ポケットでモンスターな世界にて (生姜)
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Θ0 プロローグ

 

 

 この場所を訪れるのも、数えられる範囲の値ではありながら……何度目か。

 妙に昔っぽい ―― 良い雰囲気で言い表わせば荘厳な感じのする建物。窓から見えるのは、神々しい金色の雲海。

 

 歩み進んだ奥の部屋から。

 青白く輝いた機械が、空に向けて2発の光を射出する。

 

 因子の回収と、その他色々。

 ポケットモンスターの世界において、いずれも役割を果たすために。

 

 転生というシステムを利用するのはとても有意義だと聞いたことがある。外部から出入りするのではなく、その世界の人間として生を受け、最期までを全うすることが出来るからだ。世界への馴染みが良い、と言い換えてもいい。

 拒絶をされず、内部から、何かを変えるために旅立つのであれば。それはとても意味のあることなのだ ―― だ、そうだ。

 

 隔てた壁を越えて、少年と少女は生を受けた。

 国立タマムシ大学医学部附属病院の一室に元気な泣き声が響く。

 名前も、両親から授かった。順調だろう。

 

 この世界には数多くの不思議な生き物が生息している。その名をポケットモンスター。

 由来は、生命の危機を感じた時に身体が小さくなるという特徴を持つから……らしい。その特徴を持つ生物をすべからく、ポケットモンスターと呼ぶようだ。

 尚、言語的な観点からポケモンと略されるのがワールドワイドであるらしい。そう呼びたいと思う。

 

 成り立たなければならない、という世界では決してない。セントラルから観測できるいち世界だというだけ。

 ただ、これがないと悲しい ―― と言えるくらいには、知名度のある世界だから。救えるに越したことはない。少年にしろ少女にしろ、救うことには慣れている。耐える事にも、慣れている。

 

 2人を送り込むことには意味がある。生を受けるからには避けて通れない意味がある。

 それを利用するかも含めて、彼と彼女の選択だ。ただ、手札は多くて困ることもないだろう。

 

 であれば。

 今度こそ。彼も彼女も幸福をつかまんとする事をば、祈り、届けたまえ。

 

 

 

 

 

 

 奥の部屋から、誰かの声が聞こえる。

 2人を旅立たせた張本人の声のようだ。

 

 

(何をもって世界と呼ぶのでしょう)

 

(誰かの観測をもって)

 

(それは、原作ありきなのでしょうか)

 

(なければ、成り立つはずもないでしょう)

 

(原作とは何を指して)

 

(ポケットモンスターというゲームそのもの、もしくはその根幹)

 

(それはどうして分岐してゆくのでしょう)

 

(枝葉のように)

 

(では、貴方の飛び去った ―― その世界は?)

 

(それを決めるのは、彼ら自身の選択なのです)

 



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Θ1 ニビシティ↔オツキミ山(遠足)にて

 

 さて、自己紹介から始めたい。

 俺の名前は「ショウ」。この世界のカントー地方、タマムシシティ在住の少年……なのだそうだ。

 もしも名前を漢字で書くとすれば「青」なのだろう。両親からもらった名前なので他意はないけれど、まあなんともぴったりな名前だなぁとは思うのでありがたい。

 少なくとも「ブルー」じゃなくて良かったとは思うけどな。あれはポケスぺから性別のイメージが固定されてしまってるんだよなぁ……。

 

 さてさて。転生しましたるはポケモンの世界。この世界においても西暦が使用されており、現在は1989年。乳幼児期は割愛して1984年生まれの俺は5才なのだが、その割にはかなりの語彙があることや精神年齢から、よくよく周囲から奇異の目で見られることとなる。

 ……寂しくはないぞ! ないったらない!

 というか普通に時間が持て余し気味かと思いきや、案外そうでもないんだよな。例えば。

 

 

「ねえ、遊びましょう」

 

 

 などと俺に話かけたのは、ミィ。近所の同年齢幼なじみ……という設定の、サブメンバーとして送り込まれた転生者である。前も今も、実際に幼なじみではあるのだが。

 

 

「なぜ周りに合わせるし」

 

「せっかく、遊べるのだから。遊ばなくては損かと思って」

 

 

 言われてみれば確かに。というのも、俺とミィは現在「実際に」ポケモンを見るのが初めてなため、知識・経験共に不足している状態なのだ。色々とその方が便利なので、義務教育の開始と共に飛び級しまくってタマムシ大学に進学する予定にしている。せっかく研究の最先端、タマムシシティに生まれたのだからそういうのは活かしていきたいし。

 ただ、そうなったら子どもらしく遊ぶなんて時間はなくなるだろうなぁ。もちろん、現在進行形でなくなりつつあるわけなのだけれど。ちなみに親がタマムシ大学に籍を置く教授であるため、アピールさえすれば進学自体は難しくもないと思う。

 ……そのアピールの機会自体は今はまだ皆無に等しいけどな! 園児だから!

 

 さてさてさて。

 ここでさらに無駄な思考を展開するが……1989年現在、ポケモンに関する学問の歴史は深いとはいえない。

 

 丁度90年前である1899年にニシノモリ教授が進化の概念を発表し「ピカチュウの進化に関する一考察」を発表。

 1925年にまたもやニシノモリ教授がポケモンの体が小さくなる特性を発見し、シルフカンパニーとぼんぐり職人の共同開発によってモンスターボールの研究が開始された。

 つまり、最近になってやっとモンスターボールの量産計画が始まったのだ。このまま量産が続けば、金銀の舞台となっているジョウト地方で制作されている、ぼんぐりボールの需要が減っていくのだろう。時代とは移ろいゆくものなのだ。諸行無常!

 ……そういうのは今のうちに手に入れられるなら、欲しいなぁ。まぁ園児なのでどうしようもないけどさ。

 

 などと感傷に浸ったり、初めて聞いたけどニシノモリさん凄え、とか考えていたのだが。

 

 ―― 数分後にはオツキミ山麓まで来ていたりするのだからあら不思議!

 

 

「遠足だってさ」

 

「そう。懐かしいわね」

 

 

 オツキミ山。カントー地方の北西に位置する、ニビシティとハナダシティを隔て繋げる、広く深い山脈地帯のひとつである。

 ゲームではニビシティの次に訪れるダンジョンであるため、野生ポケモンのレベル自体は控えめ。ただその前のダンジョンがチュートリアルを含んだ「トキワの森」であるため、広いし深いし階層まであるしロケット団がうじゃうじゃいるしで難所のひとつとしてもいいんではないだろうか。

 因みに俺とミィが属する保育園が企画したこの遠足自体、早くからポケモンとのふれあいを教育に取り入れた政府の方針から発案されたもの。今回の遠足のような感じで、子どもがポケモンの生息地近くまで行くことも増えたらしい。ポケモン研究の最先端であるタマムシにいたことも、理由の1つかも知れないな。

 ……この遠足は俺としては願ったり叶ったりなんだが……危なくないか? まあ護衛として、公務のエリートトレーナーさんとかがついてきてくれてるけど。

 

 

「そもそもこんな岩ばっかりじゃ楽しむも何もあったもんじゃないな……。博物館とかならすっごい見たいけど」

 

 

 ぼやく俺に対してミィが……というかミィよ。お前、ゴスロリ服で遠足はないだろう。

 

 

「そう、言わないで。私は楽しめているわ。確かに岩は多いけれど。あとゴスロリは趣味よ」

 

 

 何事も楽しめる姿勢は大切ということか。……というかミィよ。お前転生前から推察するに、成長したらマント? ケープ? インバネス? あの魔女みたいなのも装備するんだろ。暑苦しいやつ。

 ちなみに俺はきちんとスモック着用だ。和を乱さないことは大切だよな!

 さて俺達の服装は置いとくとして、今、他の園児は町の方の近くに作られたポケモン動物園みたいなのに集まっている。だがしかし、俺はさっきのミィからの「遊びましょう」の誘いに思いっきり乗って一通り遊んだから、ちょっとばかし。街道の中央あたりまでエリトレさん達と一緒に遠出してみたりする。急減する前にピッピも見てみたいしな。見れるかは分らんけど、山の中だけにいるって訳でもないだろう。その辺とか歩いてないかね。流石にオツキミ山の洞窟内にまで入る気はないのであしからず。

 

 

「あら、あなたも見てみるといいわ。……この岩壁、土の堆積……」

 

 

 ミィはどうやら路肩に夢中であるらしい。地層を眺める園児とか! なんて考えつつ、隣を寄り添うように歩いているミィの視線を追って俺も地層に目をやる。

 ……地層か。こうして見てみると、どうやらニビからオツキミ山にかけてのこの地域は地層が深くまで露わになっているようだ。そういえばオツキミ山では化石のイベントがあったしな。そういう地形なのだろう。よりにもよって「理科系のおとこ」が発見してるのはROM容量のせいだと思いたい。盗掘とかじゃ……ないよな?

 

 

「それはそれとして。今のうちから俺達も化石とか探してみるかね……。……ね?」

 

 

 セリフを中断したのには訳があるんだ。ゴゴゴゴゴって音がする。聞こえてる。

 

 

「……、地震かしら」

 

 

 確かに揺れてはいる。が、音は山の上から……ってうおおおお!

 

 

 ――《ゴゴゴゴゴゴ!!》

 

 

 大きな音を発して山から転がってくる、集団。それらを凝視してみると、岩の塊が数個。ついでに岩からは手も生えている。

 「手」ってことは!

 

 

「「ゴローンか(ね)」」

 

 

 ゴローンが大漁で大量である!

 しかしこの辺には、ゴローンなぞゲームではいなかったはずだが……。

 

 

「トレーナーが、増えて。山の奥の方に追いやられて行ったんでしょう……あ、すごい数」

 

 

 まぁイシツブテじゃあこんな山の裾まで転がってこないか。ゴローンなら生息的にもけわしい崖の中腹とかに住むらしいし、質量的にも良く転がるだろうなぁ。そういう風に住んでいる場所もあるのは実にゲーム(図鑑)準拠で、この世界に転生したからこそ味わえる嬉しい部分だったりする。入れないもんなぁ、オツキミ山の奥とかさ。

 ……さて。とにかく、危険が危ない。ここで俺もミィも逃げることはできるのだが、このまま町まで転がってしまっては他の園児が危ないだろう。いずれにせよ早く発見できてよかったくらいに考えたい。

 エリトレさん達は……気づいた。ちょっと遅い。間に合わん!

 

 ―― って2度目のうおおおお!

 

 

 たくましい おっさん が あらわれた !

 

 

「頼むぞ、ガルーラ! ケンタロス!」

 

「がるーぁ!」

 

「ぶもぅ!」

 

 

 俺達の後ろから飛び出したガタイの良いおっさん(白髪)が、躍動。

 ゴローンの進行ルートをふさぐことのできる位置にモンスターボールを投てき。自らのポケモンを繰り出し……。

 

 

「2人とも、耳を塞げ! ――ガルーラ、『メガトンパンチ』! ケンタロス、『はかいこうせん』!!」

 

「がーーぁるう!!」

 

「ぶもーぅ!!」

 

 

 先頭のゴローンへ、効果いまひとつのノーマル大技を2連発。

 すると、だ。

 

 

 《ズドドドドドドォォォオ!!》

 

 

 周囲どころかニビシティにまで響くであろう、爆発音。

 おー、なるほど。『じばく』による誘爆を狙ったんだな。おかげで俺の耳が痛い以外は無事である。耳は痛いが。

 ゴローンをただ戦闘不能にするのではなく、ダメージを自覚させて自発的に『じばく』させる。それによって普通では止められない量のゴローン達を、生態的な特性を生かして足止める。

 すごいな。流石の応用力。ゲームの知識だけじゃあこうは行かない、まさしくポケモン世界に生きているトレーナーならではの戦略だ。

 ……まぁ、この人(・・・)の場合はただのトレーナーってだけじゃあないんだけどな。知識も、技量も。

 

 

「大丈夫かね? 2人とも」

 

 

 俺はミィから手を離し(体で庇いながらミィの耳を塞いでいた)、2人同時に頷く。まあ、痛いとはいえ耳は聞こえるので万全無傷と言い表しても過言ではない。

 そうして、俺たちもおっさんが出したポケモンも落ち着いたところで、件の白髪混じり(白髪8割)のたくましいおっさんが自己紹介を始める。

 

 

「知己の子ということで、君たちの護衛についてきていた。ワシの名前はオーキド。タマムシ大学携帯獣学部の教授で、最近はポケモン博士と呼ばれておるよ」

 

 

 かの影が薄くない博士のご登場である!

 ……あー、この人護衛の中にいたのな。ポケモンばっか見てて気づかなかったよ。

 

 

「今回はワシがフィールドワークを兼ねて護衛をしとったから良かったものの……この通り。遠出は勘弁願いたいな、やはり。まあ助かったし、良しとするか」

 

「「ごめんなさい。ありがとうございます」」

 

 

 声を揃えて礼を言う俺達。しかし、いやあ……記憶にある博士よりずいぶん若く感じるな。何より、体型がガッシリしている。ここから本格的に研究にのめり込んで、忙しくなって、初老も迎えたりするのだろうか。

 

 

「さて、お前たちの先生と合流するかの」

 

「……、」

 

「お、おい!」

 

 

 とオーキドのおっさんが言いかけた。が、その横をミィがすたたたっと抜け、先程の地層へと駆け寄る。向かう先の地層からは……成る程な。確かに、ちょっと気になる。この世界では、どうなんだろう? 見つかっているのかな?

 気づいた俺もそちらへと近寄り、表面が吹き飛んだ地層を見つめ、2人で多少の土をどける。

 

 

「こら、お前たち、今は……」

 

 

 とオーキド博士から言われるが、元から斜めに露われていた露頭の表面の土をどけるだけ。結果、捕縛よりも俺達が早く土を除けきる。

 すると、少しだけ見えていた白い鎌の様な……おそらくはカブトプスの……化石が露わになった。

 ……というか、ストライクが化石だったらなんか嫌だ。カマキリといえばハリガネムシ……いや何でもない。

 

 

「これは、何かしら博士」

 

 

 俺がくだらない事を考えている横で、ミィがおっさんに尋ねる。すると、化石へと視線を向けたおっさんの目が見開かれ……数日後。ここで調査隊による発掘が開始された。

 これがこの当時世界最古とされたポケモン、カブトプスの発見だったりする。当時な。当時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠足はあれでいったん中止になりました。それはまぁ仕方ない。

 それよりも、化石ポケモンの発見である。カブトプスを発見した俺とミィは、調査のまとまった来年……1990年には発見者として名を轟かせてしまうだろう。あまり目立つのは嫌いなんだよな。目立たなきゃならんので不可抗力でもあるけど。

 ……というか、オーキドのおっさんが仲介して発表してくれたからこその目立ちだよなぁ、これは。まったく、手柄なんて奪ってくれても良いんだけどなー。功績だけ理屈だっていれば、飛び級とかするのも筋が通るので十分なんだけど。

 つまり。よくよく考えたらタマムシ大学入学には役立つな。なら良いか。手のひら返し! 

 まぁ、そんなこんなで研究界隈では名前が残る形になるであろう俺とミィである。

 ……というかミィよ。お前、やっぱり下着はドロワーズなのな。ゴスロリには確かに似合う。だので突っ込まなかったが。

 ……それはいいとする。良いとしよう。けどお前、その下に何も穿いてないだろ!

 

 

「もちろん、下着だしね。これも私のファッションだから……慣れると楽」

 

 

 下着とはいえ現代人的には何かしら対策はすべきじゃないのか? まあ、俺のことじゃないから決定権は向こうにあるんだけど。

 そもそも普通の感性してたら幼年期からゴスロリには走らないか……。一番似合う時期だからって突っ張って、ミィは絶対譲らないんだけどな。知ってた。

 

 

 

 

 




・カブトプス
 当時の世界最古。
 この辺りはご都合ですけど、この世界のポケモン研究は色々とまだ浅い設定なので、学術的に新種だと認められるレベルでの骨格の発見が初めて、くらいの意味合い。




 2020/09/14
 わりと改訂


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Θ2 初めてのポケモン

 よう、俺の名前はショウだ! なんて、ようき最速風に始めてみる。イメージはスーパーマサラ人リスペクトである。

 現在、時は過ぎて1991年タマムシシティ。俺とミィは無事、進学と同時に飛び級した。そこからさらに半年かけてタマムシ大学へ進学し、今はオーキドが教授をしている携帯獣学部に籍を置いている。

 携帯獣かー。モンスターなら怪獣と訳すべき……まあ世間的にみて聞こえがアレだし、これで良いんだろーな。

 そして、だがしかし。大学にいるといっても講義に出ているわけではなく、俺とミィはタマムシシティ郊外にまで足を伸ばしていたりする。

 

 

「あなた……ショウ、聞いてるの」

 

「聞いてる聞いてる。聞いてるけどさ」

 

 

 ミィの声が抑揚薄く響く。相変わらず幼なじみで、現在、俺を「あなた」と、(子供声で)呼ぶのを矯正中である。

 余計な苦労を背負いこみそうだしなー。いくらこの世界の子供は成長が早目だとはいえ、小学生のからかい力を舐めてはいけないのである。……あと、ミィは今日もゴスロリ服である。

 話を戻して、なぜ町郊外なんかにいるのを説明しよう。多少遠回りが必要だけど。

 さて、俺とミィはポケモンに関する知識を『持ちすぎて』いるだろう。なにせ大分最新の辺りまで知っている。

 ……といっても、この世界それ自体の経過年数はそれなりなんだろうけどな。レッドさん方の成長を鑑みると、年数の経過は少なくとも「比較的緩やか」なのだろうと推察ができると思う。

 現在のカントー地方は、ポケモンバトルがオフィシャルなものになりかけている、中途な時代だ。今からその頃までにかけてトレーナー数が増え、それに伴ってポケモン研究も進むのだろう。ガラル地方みたいに競技シーンにまで発展するのには、もう少し時間がかかりそうなんだよな。まぁ、カントーは向こうよりも研究は遥かに進んでいるし、ポケモンリーグみたいな別機軸の競技化が進んでいる訳で、一概には一括りにできないっていうのはあるんだけれども。

 また話が飛んだ。戻す戻す。

 先程は俺達に知識が有りすぎると言ったんだが、実際に持っているのは「わざ」「分布」「タイプ」の知識くらいだ。

 しかし、調査が始まって浅いこの時代において分布を知っているのは大きく、その知識を利用した俺とミィはオーキドの調査を手伝っていたりするのである。フィールドワークというわけだ。

 いる……の、だが!

 

 

「俺はポケモンがいないんだよなぁ」

 

「早く、捕まえなさいな」

 

 

 ミィの視線が突き刺さる。視線で‘研究馬鹿がとか言われてそうで何それ怖い。

 しかし……‘そう。いないのであるマイポケモン!

 本来ならばこの世界のカントー地方(1990年代の資格取得規定において)、ポケモン捕獲の資格は「満10才の誕生日を迎えた年の4月」からである。そのため本来であれば、現在7才の俺達は2年はポケモンを捕獲出来ない。

 ……だがその制度には抜け穴がある。やむを得ずポケモンを保持する必要性が認められれば、捕獲権限を持つことができるのだ。特に俺とミィは研究者としての立場をもらっているため、今回は研究者権限でポケモンを捕獲させて頂こうという運びなのである。

 まぁ、借りることもできるんだけどさ。俺がオーキド博士のポケモン借りても言うこと聞かないし。

 ちなみに現在の「ポケモントレーナー」は、ぼんぐりボールを使用しているのがほとんどだ。しかし、ポケモンバトルという娯楽制度自体は既にかなり広まっている。この調子で広まれば、全国的・国民的になるのももうすぐだろう。

 ……ほんとに遠回りだったな。まあそんなわけで、つまりはポケモン捕まえようぜということだ! さて、どこかな野生のポケモンっっ!

 

 

「うし。じゃあミィのポケモンを貸してもらってと」

 

「まぁ、良いけれど。なにを捕まえるのかしら」

 

「うーん……何でもいいんだけど」

 

 

 と言うと、ミィは自分のボールを持ち上げ、中にいるコイルを見る。つか、コイルて。鋼っていうタイプは優秀だと思うけど、カントーにいる間は最終形態であるジバコイルになれなくないか。気に入ってるみたいだし、無機質無性別なポケモンからは妙に懐かれているから良いんだけどさ。

 等々、いつも通り思考を電波に飛ばしていると。

 

 

 《ガサガサッ》

 

 

 遭遇アピール来た!

 と、早急に音のした方向へと振り向く。すると、だ。

 

 

「ポッポー!!」

 

 

 うわ、まじでポッポだよ鳴き声!

 ……そういえば出た瞬間鳴き声出すって、なんか名乗り上げみたいでカッコイイよな。野生動物としてどうよ、とは思うけど。

 

 

「ほいよっと、そんじゃあバトルからの捕獲と行きますか!」

 

「私が、出すんだけれどね……お願い。コイル」

 

 

 ありがとどうも!

 お礼も束の間、ミィはやたら覇気のないポーズで白色のボールを前へと投げ出す。

 

 

「キュー↓ イー↑」

 

「ッポーッ!」

 

 

 鋼の体に左右の磁石。不動の人気ポケモン、コイルの登場である!

 さてはポケモンバトル。俺の目の前で、コイルがポッポに向かって加速していく。

 

 

 ――《ズガッ!》

 

 

 鈍い音がしたあと、ポッポがよろける。だが、コイルも多少よろけ飛んでいるようだ。今のは……『たいあたり』の打ち合いになったのか? ……分かりづらい!

 低レベル帯のため電気技もないものなー。倒されても困るんで、ありがたいのだけれども。

 ちなみにポケモンはバトルで倒してしまっては捕獲することは出来ない。当然だが、ここはゲーム準拠なのである。詳しい仕組みを言って仕舞えば、ポケモン……ポケットモンスターという種族を捕獲する際には、「弱ると体が小さくなる特性」を利用している。この特性を100%引き出すのに必要なのがモンスターボール、もっと言ってしまえば捕獲ネットの持つ機能なのだが……いかんせん、HPが減り切ったポケモンは「きぜつ」状態となり、この特性を発現しなくなってしまうのである。

 だからまぁ、ゲームの通りに弱らせる必要があるんだよな。とか何とか脳内解説を悠長に挟んでいると。

 

 

「ッポー!?」

 

「キュー→」

 

 

 何度かの「体当たり」が交わされた。俺とミィにはゲームで培った「体力勘」があるので、ポッポが「ひんし」に追い込まれているのはよくよくわかる。まぁ、知らなくても明らかによろめいているから判るんだどなこの場合。

 

 

「捕まえるのかしら」

 

「おう。ボール投げるんで、コイル下がらせてくれると助かる」

 

 鳥ポケモン好きだし。ピジョットはモフモフしてそうだしな。というか最初のポケモンに貴賎なんてあるわけないし。楽しみ過ぎるし! 早目にポケセン連れてってやろうな!!

 またまた因みに、現在はポケモンセンター施設も各主要都市に建設途中。それでもカントー地方およびジョウト地方全域にそれらを配備する決定権限があるだけでも、カントー地方の先進ぶりが窺えると思う。ポケモンバトルに関するインフラを、本気で揃えてやろうという強い意志を感じるよなぁ。とはいえ、タマムシシティとヤマブキシティだけは大都会だけあって、ずいぶん前からポケセンは配備されているんだけどな。

 さて。俺が捕まえる意を伝えると、ミィはコイルに下がるよう指示してくれたようだ。スペースが開く。ポッポが着地した今の内!

 俺は素早くポーチの中の着色されていない白の試作品ボールをつかみ、ワインドアップで振りかぶる。 ワインドのせいで素早くボールを取り出した意味が無くなったが! ああ、野球は大好きだとも!

 

 

「そー……ら!」

 

 

 ボールを投げるとシュルルル! と妙に良いバックスピンがかかって飛んでいき、当たり……ボワンと音がした後に、ポッポがボールに入った。まずは成功。

 ポッポを収めたボールが地面に跳ね、今度は揺れ始める。

 

 

 ……1度……出るな……。

 

 

 ……2……出るなよ……!

 

 

 ……3……「ああっ」と隣で声をだすミィ。出てませんー。

 

 

 ……《カチッ》。

 

 

 ボールが完全に閉まった音が響く。ということは……

 

 

「しゃあ! 捕獲っ!」

 

「おめでとう……ショウ」

 

 

 駆け寄ってボールを拾い上げる。これが俺の初ポケモン! 全国的に見ても珍しさはないポケモンだけれど、それはそれとして嬉しいもの!!

 んーっとニックネームは……と、頭の中でまとめ、改めて喜びを噛み締める。ボールを覗き込み……良い! ポッポ! 小鳥ポケモン! かわいさとかっこよさを持ち合わせた感じとか最強!!

 さぁ、ポケセンに……と、その前にミィにお礼をしようと思うんだ。代わりに戦ってくれたしな。そう思って隣のミィを見ると、じっとこちらを見上げているみたいだ。

 

 

 ……。

 ……なんだろうな、この間。

 

 

「……ゲットだぜ! とか、言わないの」

 

「言わないなぁ!!」

 

 

 人前でやると恥ずかしいだろうが! あれ!!

 あと人さまのを丸パクリは良くないと思いますっ!

 

 

 




2020.11.16 だいぶ改訂




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Θ3 マサラ、非常にまっさら

 

 時は変わらず1991年。

 俺はタマムシシティから、遠路はるばるマサラタウンにまで来ることになった。これもオーキドのおっさん……いや流石にこれからは博士と呼ぼう……の研究手伝いの一環である。

 マサラタウンはカントー地方の南西側。位置的にはむしろジョウト地方の方が近かったりもするくらいの端っこにある町だ。小さいが港も有り、グレン島との往還船が出ているため、ニビシティからそちらへ向かう人などはよくよく通る。まぁ、クチバシティからも船は出ているから、そっちの方が圧倒的に利用者が多かったりはするけどな。何が言いたいかというと、つまりは田舎町という訳だ。

 そんなマサラへ、タマムシ大学の大御所であるオーキド博士が拠点を移したのは理由がある。なんとオーキド博士はポケモンリーグの上位入賞を期に、故郷であるマサラへ研究施設をまるごと移したらしいのだ。凄い思い切ったことをしたなぁとは思うが……理由はわかる。これから大規模なポケモンの育成と管理を行うってのに、タマムシシティは地価が高すぎるんだよ。おかげで俺や研究班も一緒についてくる羽目になったのだ。

 ちなみに、ミィはマサラに来ていない。

 この間の試作品ボール使用に関するレポート報告をミィに任せたところ、大学に籍を残したままシルフカンパニーに引っ張られる事になったらしい。……シルフカンパニーとか、なんかのフラグだろうか。あちらに所属してくれるのはとてもありがたいので、そのまま出向してはもらうのだが……ううん。

 ま、なんとかなるだろう。近況を報告。

 

 現在、俺の手持ちはポッポとニドラン♀。

 ……あっさり増えたな! ニドラン♀!

 

 実は、シルフカンパニーに出向く前に妙な気迫を纏ったミィに連れられて、ニビ辺りまで捕まえに出向いたのだ。ミィはニドラン♂を捕まえ、俺が♀。ゲームのNPC的には逆じゃないか? とは思ったが、まあ別に良いだろう。この時点じゃあバトル的には大差ないと思うし。そもそもニド夫婦自体、技のデパートであることには相違ない。

 ついでに言えばポッポとの関係も中々に好調で、戦闘の指示などは問題ない状態だ。この間『かぜおこし』を覚えて、戦闘の幅も広がってきているしな。基本的にボールからは出して生活してもらっていて、洗濯や買い物なんかを積極的に手伝ってくれている。順応早くないか……いいけど…

 

 次に、開発中のポケモン図鑑の話。

 最近、実際にポッポとトレーニングしていて思ったのだが……ポケモンのステータスが目に見えないのがキツいのだ。当たり前なんだが、ポケモンのステータスは自動的に表示されてくれる訳じゃあない。俺の場合は技を覚えたポッポが嬉々としてアピールしてくれたので大体のレベルが分かったが、普通に見ている分には細かいレベルがはっきりしないのだ。体力(HP)は何となく分かるんだけどなあ……。

 実はモンスターボールに表示されてくれたりしないかと期待してみたものの、そのボール自体も普及の途中。パソコンの預かりシステムの管理者はそっちの開発にかかりっきりでそんな機能に力を割く猶予はないときた。俺としては、ゲーム通りにはいかないとはいえ、数値は存在するなら可視化するのも悪くはないだろと踏んでいる。

 そこで、図鑑である。

 現在の図鑑は単純にポケモンの属性、進化などから系統的にナンバーを割り当てて配列したもの……つまりは本当にゲームの『図鑑』メニューみたいな機能だけが搭載されている。そこに俺はポケモンの種族としての成長限界を100とした相対的な肉体・知能成長……「レベル」のチェック機能をつけようと提案してみたのだ。こないだの図鑑開発ミーティングでな。これら数値の判明は、かなり育成が違うと思うんだ。

 レベルチェック機能は図鑑意外、例えばポケモンセンターに置いたポケモン交通専用PCなどにも機器を配置して、一般トレーナーも使用できるようにすれば万々歳。とはいえ図鑑自体もまだまだ未完成なので、俺はレベルや種族判別のための外観データ採取に駆け回る毎日である。

 などと頭の中で今後の予定を立てている内に、1軒の家の前を通りかかる。

 

「(……おっと、挨拶しておくか)」

 

 そう考えた俺が家の近くに寄ると、庭で遊んでいた2人の子どもが近寄って来る。

 

 

「ショウ! 今日はなにやってるの?」

 

「…………」

 

 

 今はまだ帽子を被っていないこの2人。黒のワンピースの気さくな少女と、無口ながらに視線を俺から外さない少年。ああ。原作主人公たちである!

 

 

「よっす。リーフにレッド。今日も元気だな」

 

「おー! 元気だ元気!」

 

「……(ペコリ)」

 

 

 俺の挨拶に、元気に飛び跳ねた方がリーフ。FRLGの女主人公になる奴だ。無口なほうが言わずと知れたレッド。これまた主人公候補だな。

 あと、2人は俺の1つ年下ながらに同年代。リーフが妹だが、出生月のおかげでギリギリ、レッドと同学年となったのである。

 さてそんなレッドとリーフの2人だが、俺がマサラに来てからは結構付き合いがある。そもそも住民が少ないマサラ在住のうえ、子どもはさらに少ないからな。とはいえ俺と遊ぶ時はバトルの見学とかだったり、俺の研究中にポッポ達と遊んでいることなんかが多いけど。

 

 

「学校は終わったのか?」

 

「終わった! 今、ナナミお姉ちゃんと一緒にトキワから帰ってきたところだよー!」

 

「……(こくり)」

 

 6才とは思えない程クールだな、レッド!

 まあ、レッドは無口なだけでポケモンを見る目は優しい。何より、仏頂面で分かりづらいが……唇の端は緩やかに上吊り。笑顔なのである。将来のチャンピオンは、ポケモンへの愛情も並々ならぬものなのだろう。ポケモンへ愛情を注げることも才能の一部、ということだ。

 

 

「で、ショウはなにやってるのー?」

 

「今度外国に行って現地調査をすることになっててなー。その準備だ」

 

「外国!? 外国行くの?」

 

 

 リーフの問いにおうと頷く。

 なんとなんと。来年度、俺と別の研究班との合同で、大きな調査が行われるのだ。その場所が場所だけに、俺としてもポケモン界としても最大級の調査だろうと思う。実際には図鑑分布調査のための試運転みたいな感じなのだが、そこへ思わぬ出資者が現れたので、ついでに相乗りさせてもらったという流れだ。

 俺は研究についてリーフに噛み砕きながら説明し、隣のレッドへも視線を向ける。すると。

 

 

「……あの、ポッポとニドランは元気ですか……」

 

「そうだ、ポッポとニドランは!?」

 

 

 どうやら2人とも俺のポケモンたちにご執心の様子。

 ……まあ良いか。ちょうど2人の母である叔母さんも来た様だし、家の中なら任せても良いだろう。

 

 

「どうも叔母さん。いきなりですが、こいつらをお願いしても良いですか?」

 

「あら、全然いいのよショウ君。2匹とも上手に遊んでくれるんだから」

 

 

 遊んでくれるか。実際その通り。

 俺はポーチからボールを外し、ポッポとニドラン♀を外へ。

 

「ッポー!」

 

「キュゥン!」

 

「じゃあ……レッドとリーフ。仕事が終わるまでこいつらを頼んだ!」

 

「頼まれたー!!」

 

「……はい」

 

 

 2人と「遊んでくれる」事になるポッポとニドラン♀にも「よろしくな」と声を掛けると、2匹から鳴き声による返答があった。うん、任せるぞ。

 さらに叔母さんに再度お願いしますと伝えて……うっし。研究所に行って計画を詰めるかな!

 

 

「ショウ、後で遊びに来るんでしょ?」

 

「おう。行くと思うぞー」

 

 

 研究所へと振り返りつつの俺の返答に、リーフは顔を輝かせる。

 

 

「後でエキサイトバ○クしよう!!」

 

「……今度こそあのコースをノーミスで走破してみせます……」

 

「ふはは! 俺の技術の粋を凝らした新開発コースは、オーバーヒート必至だぞ!」

 

 

 そう。この時代じゃメインはファミコンである!

 早くスーファミ出ないかな!!

 

 






 一応FRLG本編は時代としてもうちょっと先なので本当はゲーム機の進化も進んでいるのですが……年代的な方を優先しています(ファミコン



2020/1214 かなり改稿 主に文体整え


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Θ4 ヤマブキシティにて

 

 

「カントーの気候凄いな。この時期でもそこまで寒くないとか……」

 

 などとぼやきながら歩くことしばらく。俺は今、ミィに会うためにヤマブキシティまで出向いていた。マサラとかヤマブキとか移動が忙しいが……いちおう、人向けのポケモンタクシー的なものが存在するのだ。『そらをとぶ』がなくても、移動に関してはそこまで融通が効かない訳じゃあなかったりする。まぁ、個人がポケモンを有しているこの世界においては需要がとても少ないので、会社自体は小さなものなんだけどな。主に貨物輸送とかの方がメインだったりするんだが、そこを無理を通してお願いしたのが俺。迷惑千万である。

 さて。

 そんなこんなでやってきましたヤマブキシティ。ここはカントー地方の中でももっとも開発が進んだ地域だ。四方を壁に囲まれ、ゲートができ、高層ビルが立ち並んでいる。なかなかに壮観だ。入るためには検閲も済ませなければならなかったりするが……まぁこっちは世間を騒がしている犯罪集団のせいってのが大きいな。お騒がせ。

 さてさて。

 先程ここの気候に苦言のようなものを呈していた俺だが、この辺り、少なくともカントーは温暖気味な土地である。よく考えればシロガネ山でも半袖の主人公達とか、短パンだの海パンだのミニスカートだのが蔓延っているのだから予想できたことではあるな。流石に冬は寒くないわけでもないので、防寒具は身につけているとは言え。

 まあシロガネ山頂付近は雪が降ってたし、四季もある。……話題の軌道修正。

 現在俺が目指している場所はここヤマブキシティの一等地、「シルフカンパニー本社」。摩天楼ヤマブキシティの中にあって一際存在感を放つ巨大ビルの持ち主である。

 

 

「おー。流石にでかいなぁ、シルフのビルは」 

 

 

 無駄思考をしながら、俺は目の前にある本社を見上げる。

 山吹との名の通り町のイメージ色を黄色または黄金色で統一しているこの町に、一応は馴染んでいる。将来悪の組織に占拠されることなど予想もしていないんだろうなぁ。そんなこと予想しながらビル建てる人はいないだろう……誰とは言わないけど、ご愁傷様。

 

 

「さて、入りますか」

 

「ーー その、必要はないわ。別に仕事で呼んだわけではないし、ビルの中に用事はないもの」

 

 

 既に横にいたよ! と、ゴスロリな幼馴染のご登場である。

 彼女の隠密スキルには慣れているけど。びっくりしたぁ。

 

 

「わざわざ外で待ってたのか? ……あー、確かに中でポケモンバトルやるわけにはいかないか」

 

「えぇ、そういうことね」

 

 

 そう。本日ヤマブキを訪れた理由はこれ。ポケモンバトルの訓練を行うために、休暇を使用しているのだ。

 ……手持ちの強化はこの世界における自衛のためにもなるしなぁ。研究におけるフィールドワークの助けにもなるため1石3鳥という訳だ。ただし、これが休暇かといわれれば、俺としては首を横に振りたい気分ではあるけれども。

 

 

「んー……ま、バトルそのものは楽しんでやれるからいいか。そんじゃあ、何処でやるかね?」

 

「……ジムか、格闘道場でも。借りようと思っているけれど」

 

「ほいほい。なら、今日は実践的にいくか。広いところを借りれる時じゃないとなー」

 

 

 ヤマブキシティの大きなビルの真ん前。2人の7才児が訓練予定を話し合いながら町の北のほうへと進路を取る。

 すると、だ。

 

 

「そうね。……実践重視ならあの娘も呼ぼうかしら」

 

 

 ふむん。

 ヤマブキで俺らの練習に協力してくれる女傑と聞いて、真っ先に思い当たるのは。

 

 

「ナツメさんかー」

 

「そう。エスパー縛りに、なるけれど。私のコイルの相手をしてもらえば基礎ポイント的にも丁度良いわ」

 

 

 確かに。格闘道場の筋肉な人たちはとても気前がよく、俺らの様な子どもでも喜んで練習を手伝ってくれたりする。むしろカラテ王さんの貪欲な技術の吸収ぶりは、こちらが見習わなければならないほどだ。

 しかし、あの人たちとのバトルでは、主に上昇するのは攻撃なのだ! 努力値的に!!

 ……まあ俺達はそこまで努力値を気にして育成しているわけでもない。だが、できるならば手持ちのポケモン達にはある程度の役割を持たせたいところではある。もっと単純に、鋼タイプとは相性も悪いしな。俺のポッポとニドラン♀にはバッチリだけど。

 ちなみに。ミィが捕獲したコイルについてなのだが……しっかりと「‘鋼タイプ」と認識されていたりする。この辺はFRLGに準拠するようだ。けどまぁ、となるとひとつ気になることもある。この地方でそれを確かめられるのは……プリンとかピッピかなぁ。出来れば仲間にしておきたいところだな。研究者的に。

 さらに話題を変えてナツメさんについて。ナツメさんは現在、俺達の3つ上の10才。元々自身が超能力者……エスパーという事もあり、近い未来、順当にジムリーダーになれるであろう実力をもっている。元々タマムシと近いヤマブキ。シルフカンパニーとも協働していたため、自然に知り合いになっていたのだ。というか俺が格闘道場に出入りしていたら、ナツメさんが喧嘩(バトル)を売ってきたという形なのだけれども。どうやらカントーの公認ジム資格をめぐって、格闘道場とは色々と因縁のある間柄であるらしい。大変みたいだからなぁ、あれ。

 そんなこんなで、俺達はジムリーダーを目指す彼女とトレーニングを度々行っているのである。

 

 

「まーいーか。相手してくれるんならありがたいよな。ナツメさんもそのポケモンも強いし。それに面白いし」

 

「……面白い、って」

 

 

 可愛さとかに言及したら後が怖い気がしないでもない。まあ、この世界ではナツメさんのが年上だけれど、精神年齢的には俺達がかなり上だし。これでいいと思っておこう。女優デビューしたら面白いって評価もあながち間違いじゃあなくなるんだしな。

 そういいながら、ミィがナツメさんに携帯で連絡を取る。

 ……取ろうとすると。

 

 

「やっぱりきたわね。ショウ、ミィ」

 

 ビルの向かいにシルエット。

 おおっと、連絡つける前に普通に合流してきたよナツメさん。

 エスパーか! ……はい、エスパーでしたね!!

 

 

「っと。お久しぶりです。ナツメさん」

 

「私とは、久しぶりではないけれど。調子はどうかしら……ナツメ」

 

「あなた達がこうして来てくれたということは予知能力も調子良いみたいだし、いいと思うわ。ショウも、久しぶり」

 

 

 どうやら俺達の訪問を予知していたようだ。

 流石はエスパー少女……しょうじょ……。

 

 ……さて……計算しよう!

 1991年現在……ナツメ少女10才!

 レッド達が冒険を始める1996年……ナツメ少女15才!

 HGSS時代はその3年後。1999年でナツメさん20才!!

 BWは……言わずもがな!!!

 

 

「(今の内だけだな……)」

 

「ショウに失礼なことを言われている気がするわ」

 

 

 はい。エスパーでしたね!!

 

 

「いえ。これはマインドリーディングではなく、ただの勘です」

 

「ショウ、貴方。こういう時は意外と顔に出ているの」

 

 

 俺は脳内でしか言葉を発していないのに、なぜか会話が成り立っているなぁ。良いんだけどさ。

 ちなみに、ナツメさんの超能力は予知に長けているらしい。偶発的にそれが発動することはなく、またポケモンバトルに使うことはないようだ。彼女自身のポリシーであるらしい。その割にはバトルの前に色々とあれなことをのたまっていた気はしますけども忘れた。

 

 

「とまあ……いつも通りの漫才はこの辺にして、俺はカラテ大王さんにも挨拶入れてきますんで。2人は奥の方入っといてください。貸してくれるのは多分、いつもの奥の方のどれかのフィールドだと思いますし」

 

「……へえ」

 

 

 なぜ不満そうな顔をするしナツメさん。

 ……あー、格闘道場とジムは仲が悪いんだったな。ナツメさんとしてはそっちと懇意にされると後々困るんだろうな!!

 うん。きっとそんな感じ。

 

 

「……ナツメ、ショウは後で来るから」

 

「……絶対ですよ。今日こそはショウに負けないわ!」

 

 

 ミィがフォローを入れてくれる。とてもありがたいですマジで本当に!

 フォローを貰ったおかげもあり、話題を切りかえる事ができそうだ……と考え、口を開く。

 

 

「んー、負けないつっても戦績は五分五分くらいですよね? 俺とナツメさん」

 

「タイプ相性では私が有利でしょう。五分では駄目よ。それに、わたしは年上じゃない」

 

 そうすねてみせるナツメさん。まーそうな。ニドラン込みで考えれば、エスパー統一のナツメさん有利なのは間違いない。だからといって、そう簡単に負ける気は無いけどな?

 ただタイプのことを言うなら、とても優秀なタイプである鋼の手持ちがいるミィが1番有利だったりするし。ナツメさんはそっちとも五分だから普通に強いと思うんで。

 

 

「……まあ、俺も簡単に負け越す気は無いですよとだけ」

 

「それはわたしも望むところよ!」

 

「……私は、そこそこで。いいかしらね」

 

 

 うーん、皆さん戦意に満ち満ちておられる。

 さて。希望に添えるようにさっさといってきますか、格闘道場!

 

 





・ナツメ
 エスパー少女。のちの作品においても出番があるという点で優遇されている気もするが、初代とリメイク版、そしてbwでのジュジュべ様への進化を見るに迷走している感を受けなくもない。
 初代のナツメさんのグラフィックから受けるイメージは、おそらくポケスペが1番近い。
 ユンゲラーさんはお許しおめでとうございます(

 個人的には電撃ピカチュウ!のふしぎお姉さんが捨てがたい……!



2020/1215 そこそこ大幅に改修
2020/1220 前後との話題を調整


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Θ5 携帯獣育成計画

 

 

 ――

 ――――

 

 

 数時間後。

 格闘道場の借り付けを終えた俺を待っていたのは、エスパー少女だった……!

 

 

「ようやく来たわねショウ。さあ、バトルを始めましょう!」

 

「……いやナツメさん。ちょっと間をはさんでくださるとありがたいんですが」

 

 

 まだ髪は背にかかる程度、両手に緑のオーラをまとい、赤色のモンスターボールを宙にぷかぷか浮かせている。既に臨戦態勢なんだよなぁ!

 そもそも、戦いはあまり好きじゃないって言ってなかったっけか? ナツメさん。

 

 

「戦いは好きじゃないわ。けど、自らを守るにも力が必要でしょう。それに悪意をぶつけるような『戦い』と、競技化された『ポケモンバトル』とでは差があるのだもの」

 

「競技シーンとか訓練はいいってことですか。あー、まぁそれはよくわかります。楽しいですもんね、バトルはやっぱり」

 

 

 エスパー少女なる職業柄、何かしらセンシティブな部分があるんだろうなぁ、と予測は出来てしまうもんで。悪意とか害意をぶつけられると、それは確かにキツそうだ。ポケモンで言うとプラチナのバトルフロンティアで(執事の後ろに)初登場したカトレアさんなんかが、そういった背景を示唆されていたはずだし。

 などと相槌をうっている間に、俺は手早くポッポとニドラン♀のコンディションの確認を始めておく。

 ……コンディション確認だけでわざわざ、ポケセンには行かないかなぁ。流石にカントーの中心地だけあって、ヤマブキシティには国営のポケモンセンターが優先的に建てられたけど……南西端の区画にあるからな。このヤマブキジムは北東端。ただでさえ公共施設での回復には待ち時間があるというのに、現在の俺では移動にも時間がかかるからなー。

 それに何より、ナツメさんに急かされてる!

 

 

「……ショウ。薬、足りているのかしら」

 

「おう、多分足りる。どうもな、ミィ」

 

 

 ミィにお礼を言いつつ。ポッポとニドラン♀は気力も……大丈夫みたいだな。よっし。格闘道場の皆さんの手持ちである格闘タイプではニドラン(毒)には効果いまひとつ、ポッポに至っては効果抜群の『かぜおこし』があるため、見事にカモだったりするのだけれども。ここは相手がナツメさん。万全を期したいところだ。

 さて、ここでバトルの前に俺のポケモン育成方針について少し話しておこうと思う。唐突だけど。

 結構な尺を取るんで、この部分は分割思考で無意識の海に沈んで体感時間が1000倍だったりあと別に飛ばしても問題ない。以下略!

 

 

 

 ―― 無意識の海

 

 

 

 大層な単語なのに、やっすい使われ方だな無意識の海!!

 とかいうセルフツッコミはさておいて。早々に本題へ入っておこう。

 

 つまりは、『基礎ポイント』……通称『努力値」を振るかどうか。

 もしくは『個体差』を気にするかどうか、というものだ。

 

 前にも少し話したが、この世界において、現在の所は俺は『必要』以上に努力値・固体値を気にする予定は無い。……実際にポケモンと触れ合ってみるとどうにも愛着がわいてしまい、厳選などする気にならなかったと言うのが正確だろう。

 パーティバランス、というのもあまり気にする予定はなく、ご縁があればどなたでも(大いなる語弊)。そのほうが楽しそうだしな。そもそもシナリオクリアと伝説捕獲くらいなら何とかなるだろう。

 

 ……というかそもそも、ゲームで言うところの「厳選」の類は本当に必要なのか? って疑っていたりする。

 その辺りはまぁ、結論出すには、研究結果が出てくれるであろう未来の到来を待つしかないんだけどさ。

 

 とはいえ、持っている知識を全く活かさないのもそれはそれで勿体無い気がしている。そこで種族を決め手にある程度の基礎ポイントを『必要』とし、最低限の役割(の様なもの)を持たせることにした。例えば攻撃においては「特殊」とだけ決めて努力値を振る……とか、とにかく「HP」の努力値は獲得する、といった具合。

 ただし「狙ったポケモンとだけ戦ってもらう」みたいなゲーム的な振り方は実用性がないので却下。普通に個体数とかあるからな。なのでそれについては減算性……努力値減少木の実なんかを活用させてもらおうと考えてる。どこで育てるんだ〜とか、そう言うのはまぁ学生になって時間ができた時にでも模索しよう。

 

 そんな感じだので、まずはポッポの育成方針から。冒険的には『そらをとぶ』要員を担当して欲しさはある。現在のカントーは、公的な移動手段に乏しいからなぁ。みんながみんな、自分のポケモンを持っているからこその弊害なんだろうけれども。

 戦闘においては、最終形態であるピジョットの習得技から考えて、「特殊振り」にしようと考えていた。特攻と攻撃の種族値に大差はなく、使いやすい『エアスラッシュ』や『ねっぷう』あたりが採用率高そうだなぁと。

 

 ただ、ここでひとつ問題がある。

 FRLGの時代にはエアスラッシュは存在せず、ねっぷうに至っては次世代での教え技だったのだ!

 

 知識が最新のものなのも運用次第だな……まあ良いか。『ぼうふう』が無い時代なのは、流石に分かってたんだけどさ。

 だので、特殊だけ!と決めることはしないでおこうと方針転換。そもそもが平均的ステータスであるのだし……ストーリー攻略面で考えると、『つばさでうつ』という超効率(PP脅威の35)の技があるだけに是非とも生かしたい。デバフ用途に『フェザーダンス』とかもあるしな。選択肢が多いのは良いことだ。

 

 次にニドラン♀の育成方針。冒険において担当してもらいたい秘伝技があるとすれば、『かいりき』と……多分……一時的に『なみのり』要員くらいかなぁ。覚えられる余裕があれば『いわくだき』も。常々、新作ポケモンの移動における利便性が向上していることを実感できる話題内容である。ビーダルさんとか、カイリューとか、トロピウスとかの有能性も同時に実感出来てしまうあたりは大変に切ない!

 そんな願望はさておき、ニドラン♀については、最終形態であるニドクインから役割を考えたいところ。ニドクインの「強み」を活かしたい。つまりは「技の多様さ」だ。

 ニドクイン(並びに夫)は、他のポケモンと比べても非常に多くの技をマシンや教え技によって習得できる。だとすれば、まずは大事なのは「効果抜群」の技を習得することそのものだろう。最終的には特殊がいいのかも知れないけれど……技を覚えるってどうやら大変みたいだからなぁ。この世界。ゲームでやってた1、2のポカン!は、システム的な都合による省略かの末なのだと実感できていたりする。遺伝技とかどうなってるんだろうな。いずれは調査に手を出したいところ。

 

 ただなぁ。ここについてはひとつ問題があって。

 ……技の多様さやらニドキングとの差別化やらのために、二ドリーナがレベル53で習得する『かみくだく』が欲しい!

 

 教え技や技レコードの存在が未だ確認できていないので、レベルで覚えられるならそれに越したことはない。正直、サブウェポンとして「あく技」は大変に欲しいところだしな。つまりはまぁ、進化石による最終形態への移行は、ニドランに関してはとても遅くなるだろうと言うことだ。

 

 

 

 ここで意識浮上。

 非常に分かりづらいうえにあっちこっちと考えが飛ぶ無意識だったなぁ。

 しかもこれから初められるナツメさんとのバトルにおいては、何ひとつ方針が定まっていないというな!

 

 

「……ぇ! ……っ……!」

 

 

 っと。ナツメさんから何かしら声がかけられている。

 無駄思考もしくは無意識から浮上したばかりなので、聴覚をそちらへ。

 

 

「ねえって! ニドランとポッポは大丈夫なの?」

 

「開口一番それは優しいなナツメさん」

 

「……。……やめなさい、ショウ……」

 

 

 えー。遅いことを咎めるでもなく、今の無駄思考の間、俺がポケモン達のコンディションをずっと気にしてるんだと思ってたってことだろ? 普通に優しいと思うんだが。

 俺がまじで?的な視線を向けると、ナツメさんはぷいと視線を逸らした。頬はちょっと赤い。寒いし仕方ないね(現実逃避)。

 デレた(おそらく)ナツメさんはミィに任せた方が良いと判断して、俺は準備スペースにて手持ちの確認を始める。現在の俺の手持ちはこんな感じ。

 

 

・ポッポ LV:13

『かぜおこし、たいあたり、すなかけ、でんこうせっか』

 

・ニドラン♀ LV:19

『どくばり、にどげり、ひっかく、なきごえ、しっぽをふる』

 

 

 『かみくだく』云々の件から、ニドランの方が若干レベリングは早めに進んでいたりする。技が4つなのはただの偶然で……と。

 

 もひとつだけ無駄思考をご紹介しておく。バトルに関わる内容だ。

 ゲームにおける「ターン制」が完全に無視されてはいないと言うこと。「すばやさ」が移動スピードにも影響していたり技の同時撃ちがあったり指示が面倒だったり……と色々要素はある。しかし何より、場所によっては繰り出せない技 ―― 「技の制限」があるのだ。

 ポケモンリーグの公式フィールドであればともかく、大掛かりな技……例えば『なみのり』とか『いわなだれ』なんかは、フィールドによっては規模がかなり小さくなる。大きな水たまりがなかったり、割って砕ける何物がなかったりするからだ。一応、ポケモン自体の「器官」を使って、技そのものを出すことには問題はないんだけどな。

 また、制限じゃあないが技に関して、ポケモンの覚えていることのできる技の量が4つ以上に増えている。これはゲームでは技スペースに悩んでいた俺からすれば嬉しい限りだ。ついでに俺達の研究データからして、この技の記憶容量にもポケモンの種族や個体による差は出ているようだ。

 その技も種類を変えればずっと出せるという訳でもなく……「出せる総数はおおよそ決まっている」とかな。パワーポイント(PP)まわりの都合をつける決まり事なのだろう。

 

 最後のおまけに、ダメージとか技の種類について。

 技ダメージはきちんと分かれていて……物理は「こうげき」特殊は「とくしゅ」を基準に計算されているみたいだった。つまりDP以降の基準である。ここはFRLG基準じゃなくてよかった、と心底思っていたり。

 ……と、長々と思考させてもらったけども…そんな感じで色々な変化があって、バトルをより難しくしており、ゲームのようにはいかなかったりするのだ。俺もミィも、その違いに四苦八苦している所なんだよ。

 

 で。最後の技とフィールドの関連性から、事前に確認をしておくのは大事だなぁという結論には至るので、今回のバトルフィールドを確認する。

 目の前に広がるのは、ヤマブキシティは「格闘道場」のメインフィールド。いやよりによってメインフィールドを貸してくださったんだよカラテ大王さん。お弟子さんが沢山いる道場からちょっと奥へ抜けた場所で、ポケモンがこれでもかと技を放てる広さを持つ立派なフィールドだ。リーグの公認も降りていて、かつての公認ジム候補に恥じない素晴らしい出来。

 地面の材質は板張りとかではなく、土。水・岩場的なものは今は無い。必要に応じて変形できるという脅威のギミックを内蔵していたりする。今は誰も水棲のポケモンを持っていないので、解放していないんだな。

 つまりは技に制限がかかるフィールドだ、と言うことなのだが……まあ、俺の手持ちになみのりだのを使えるポケモンいないから技制限なんて無いようなものだな!!

 ってな感じで。本当に無駄だった思考を閉じてバトルに切り替える。目先のナツメさんにフォーカスを合わせよう。

 

 

「……なに。早く準備しなさい」

 

 

 物理的にも視線を向けていたらお叱りを頂きましたありがとうございます!

 いちお、ナツメさんについて特徴と注意点を挙げておこうかな。何度もバトルはしてるんで判ってはいるんだけれども。

 

・現在の手持ちポケモンはケーシィとユンゲラー

・ユンゲラーはレベルが高い、切り札(おそらくLV:23相当)

・フィールドによる得意不得意は、エスパータイプにとって無いも同然。

・実際のエスパーポケモンは技ではなく「宙に受ける」。種族によってはこれもまた技じゃない『テレポート』までしてくる。

・ナツメさんは部分的にテレパシー(!)的なもので指示を出せる。

 

 

 ……最後のが特に厄介なんだよなぁ。

 つまりは口頭で指示を出さないってことは……「相手のポケモンが何の技を出したか、出されたか、出してくるのかが全くもって判らない」と言うことなのだから。

 うぉぅ。エスパーつよぉい!!! 初代のエスパータイプの強さをオマージュしてるのかな!(混乱)。

 まあ、でも。

 

 

「さあ、準備はできたの?」

 

 

 ニドランとポッポにウィンクしてから顔を上げると、既に準備を終えたナツメさんがいた。

 俺がはいと頷くと、ナツメさんは満足そうに頷き返した。

 

 

「今度こそは完璧に勝って見せましょう。エスパーというタイプにあぐらなんてかかない。わたしはこの超能力を含めたうえでの全力で、ポケモン達とバトルをしてみせる。この全力こそが、バトルにおける頂上に至る道だって、信じているのよ!」

 

「それはありがたいです。……というか手加減されても困りますからね?」

 

 

 ちょっとだけ挑発を含んで見せると、ナツメさんはどうやらお気に召したようで、ふふんと鼻を鳴らしてみせた。

 実際、エスパートレーナーとの対戦経験はかなり貴重なものだと思う。どんな相手、どんな条件でも、自分のポケモンに対してはその都度自分の最善を見せていたいっていう気持ちはよぉく判るしな。俺も。

 ……何より、そういう全力でのぶつかり合いこそが、ポケモンバトルの醍醐味なんだし!

 

 

「面白い勝負にしようか。ナツメさん!」

 

「ええ。貴方達、ショウ達が望むのなら。わたしとそのポケモン達の全力のエスパー、見せてあげるわ!」

 

 








 今読み直しても、とても説明回。
 ここで読者さんをふるいにかけていますが、当時の私には自覚がありません(ぉぃ。



2020/1220 とても修正。主に文言。


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Θ6 VSナツメ(10)

 

 さーてさて。ポケモンバトルだな!

 バトルフィールドの左右にテンションだだ上がりの俺とクールビューティーナツメさんが陣取ると、固有名詞(ゴスロリ)が間に立って、まずは確認。

 

 

「ルールは、勝ち抜き制。……いいかしら」

 

 

 頷いて肯定を示すと、ナツメさんも戦意満々のまま頷いた。ポケモンバトルにおいて、トレーナー側の基幹となるルールはふたつある。

 そのひとつが「入れ替え制」。毎回のポケモンの戦闘不能後、両者がポケモンの入れ替えを行うことのできるルールだ。

 もうひとつは「勝ち抜き制」。これは敗北側だけが交換を行うことができる、比較的フラットなルール。

 ゲームのポケットモンスターではこれらルールが選択できたけれども、基本的に「入れ替え制」はプレイヤー側を有利にさせるためのシステムだ。公平性を期すため、バトルにおいてはほとんどが勝ち抜き制が採用される。

 だのでまぁ、この世界における入れ替え制は……そうだなぁ。挑戦者が連戦を強いられる「四天王戦」なんかのリーグ管轄の試合とか。そういう特殊な場において採用されることが多い。これらは野良バトルだと先に確認しておかないと喧嘩の元になったりするのでご用心を。まぁ、ゲームみたいに相手の繰り出すポケモンがわかる訳じゃあないからな。そもそも今は2対2のバトルなんで、入れ替え制だと先制したほうが有利になる。特に異論はないぞーと伝えると、ミィはこくりと頷いた。

 ゴスロリをまとうだけあって小顔で色白な我が幼馴染は、様になる優雅な仕草で手を挙げて。

 

 

「用意、いいわね。……バトル……スタート」

 

 

 透き通った掛け声によって、バトルが開始される。

 俺は手に持っていたボールを、振りかぶらず(ノーワインド)で投げ込む。

 さぁ、始めは定石どおりにタイプ相性を……重視なんてしませんよっと!!

 

 

「ニドラン! よろしく頼む!」

 

「キャウ!!」

 

「行って! ケーシィ!」

 

「……(コクコク)」

 

 

 ナツメさんはケーシィを繰り出し、俺はニドラン♀。タイプ不利対面!

 ボールから出ると同時にニドラン♀は動き出した。先手必勝!

 

 

「キャウゥ!!」

 

 

 丸っこい体、短い手足を動かし……その姿に見合わない速度でニドランが詰める。

 ナツメさんが指示を出す前に、ケーシィの真ん前!

 

 

「はやい……!」

 

 

「……! ――ゥゥウン」

 

 

 ケーシィがニドランに接触する直前『テレポート』。……よし。多分、タイミング的には当たったな!

 ナツメさん的には物理攻撃を回避できたと思っているかもしれないけれども、実は俺は攻撃を指示してはいない。勢いよく突撃して行くと見せ掛けて、ニドランには『しっぽをふる』を放ってもらった。直接接触が必要な技じゃないので、時間的なずれを見込んだのだ。

 さらに、素早さに差がある(ケーシィ>ニドラン♀)のに先手を取れた理由だが……今回のバトルの初手において、ポケモンを「出した後に指示する必要は無かった」というのがある。

 現在の俺の手持ちにエスパーに有効な技は無いうえ、ナツメさんの手持ちは種族が共通していることからパーティ内の役割分担が無い。完全にこちらの都合だけを考えて、事前にニドラン♀に『しっぽをふる』を出してくれるよう指示しておいたのだ。これによって指示の時間の短縮、指示内容が相手にバレないというメリットが得られた。案の定ナツメさんは「先手を取られた事」と「ケーシィの耐久力の無さ」から回避を選択してくれた。そのため、技の撃ち合いにはならなかったのだ。

 ……うん。本来であれば、そもそもケーシィには自力習得の攻撃技が無いんだが、ナツメさんの場合はなぁ。

 

 

「くっ! ……ケーシィ!」

 

「(コクリ)」

 

 

 このタイミング! 丁半博打!

 ナツメさんの指示のちょうど手前で……俺は右手でニドラン♀のボールを持ち、左手でポッポのボールを構える。

 タイムロス最低限、っと!

 

 

「交代だ、ニドラン! ……でもって、頼んだポッポ!」

 

「なっ!」

 

 

 ――《キュワッ!》

 

 

 ケーシィから交代したポッポに向かって『めざめるパワー』が放たれる。

 そう。技マシンを使えば攻撃技は習得できる……とはいえ、俺の知識ならばその技を予測することもできる。

 この時代の技マシンの内、ケーシィが得意とする特殊攻撃技を選択。さらに、手に入りにくかった技マシンを除外する。すると『サイコキネシス』『めざめるパワー』のおおよそ2択になるのだ。……確か、そのはず!

 しかし『サイコキネシス』はおそらくあのレベルのケーシィだと扱いきることができないだろう。仮に出せたとしても、体力とか精神力とかそういうのの消費が半端無くあるはずである。

 ならば、問題は『めざめるパワー』のタイプという訳で!

 

 

 ――《ォォン!》

 

 

「……ポッ! ……ポー!」

 

 

 虹色の力場がポッポに命中し、小柄な体躯が空中でよろけるが……飛び続けている。

 よし、受けきった!

 

 

「よっし、よく耐えたポッポ!!」

 

 

 ッポー!と力強い視線で返される。頼もしいな我がポケモン! しかし……抜群タイプのめざめるパワーではなかったようで安心だ。

 そして耐えたところでこっそり手元で開いていた図鑑の「レベルチェック機能」の結果が出た様子。

 ケーシィ♀ LV:13前後……か。

 ちなみに前後、とはあくまでレベル予測しかできないからだ。

 うーん、前よりもレベルが上がっているぞ。流石に勤勉だなナツメさん。

 

 

「次よ、ケーシィ!」

 

「ポッポ! (『かぜおこし』)!」

 

 

 次行動。

 ナツメさん側は物理攻撃ダメージ半減の『リフレクター』を選択した。流石はナツメさん、耐久としての物理狙いは読まれているようで!

 しかし、俺にも狙いはあるからな。

 

 

 《ブウゥン》

 

 

 ケーシィの前面に橙色のツルッとした光沢のある壁が展開された……ように思える。いや、物凄く見えづらいんだよあの壁。ただ、これの正体は指示が聞こえなくても判る。十中八九『リフレクター』。

 外観だけだと『ひかりのかべ』と見分けがつけられないが、相手は手合せ数がとても多いナツメさんだ。俺の手持ちポケモンの「今までに使っていた」技は知っているので、物理攻撃を警戒するに違いない。いや実際その通りだからな。むしろ『ひかりのかべ』張ってくれたんなら攻撃が通りやすくなるので、読み間違えてても楽になるまである。

 ……けれども。

 

(やっぱり……見えるぞ)

 

 未来とか人の思念とかそういうのじゃないからな、エスパー! 現在見えているのは『リフレクター』の位置な!!

 指示の通りにポッポが風を起こし、風が「フィールドの土や砂を巻き上げながら」渦を巻く。その結果としてケーシィの出した『リフレクター』が土を阻んで形を持ち、見えているのである。

 さて、視認可能になった『リフレクター』は周り全体に張られているわけではなく、定石通りにポッポのいる方向に向けて張られていた。もちろんこれはケーシィのエスパー能力的にも実際の防御的にも、間違いでは無いと思う。……『リフレクター』を周囲全体に張るのって、凄い体力使うらしいからなぁ。そもそも『しっぽをふる』の防御低下もあるしさ。

 それじゃあ位置も視認できた所で……いよいよ攻撃に回りますか!

 

 

「ポッポ! (『たいあたり』!)」

 

 

 俺はポッポへ『たいあたり』と「突っ込む場所の指定」の2種類の指示を出す。狙いはずっとケーシィの真横。『リフレクター』の影響を受けず突っ込める位置だ。これら指示を複合して出せるのは、積んできた訓練の成果だな。大変嬉しい! 

 種族としても利点がたくさんある。ポッポは視力が良いことや上空にいることから、比較的視覚による指示がしやすいのだ。声ではなく、ハンドサインやジェスチャーなどによる指示だな。指示の経路が増えたおかげで、技をだすタイミングや場所も指定出来るようになったうえ、俺との連携が非常に良くなるという副産物もあった。ちなみにニドラン♀も練習中だったり。

 そんでは、件のハンドサインでタイミングを計って……うし、突っ込む!

 

 

「……ケーシィ!」

 

「ポッポ! (ここから。……そんでもって……今だ!)」

 

 

 ナツメさんの声を基準に、相手の攻撃のタイミングを見計らう。先手を譲って、こちらは後攻!

 残っている風で指示が聞こえ辛い可能性を考慮して、できる限りの大声とジェスチャーを使いながら……壁張りを終えたケーシィはおそらくまたも『めざめるパワー』を使っての、迎撃!

 

 

 ――《キュワン!》

 

「! ポッ…ポォッ!」

 

 

 直撃は避けた! そのまま!!

 

 

「(……! ……!?)」

 

 

 ケーシィは土の舞った状況に目標を見失い……『めざめるパワー』をポッポが元いた位置に放ってくれた。指示によって位置を常に変えていたため直撃は避けられ、「予想範囲内」のラッキーを起こすことができている。

 ……可能性は低かっただろうけれども、『テレポート』で逃げて仕切り直しを狙われた場合は、俺達も『かぜおこし』しながら場所をとり直して相手に場所を絞らせず、『リフレクター』範囲外からの攻撃を続けるつもりだった。だから後攻が良かったんだよな。うん。俺の反射神経、頑張った!

 さーてさて。おかげで体当たりは直撃したが、もちろんケーシィは一撃では倒れない。

 

 

「ポッポ! (もう1度!!)」

 

「ポー!」

 

「……」

 

 

 『たいあたり』を当てた後、今度はポッポとの距離が離れたので、ハンドサインを使いながら移動位置を指定。ポッポは小さな弧を描いて旋回を始めた。

 次も同じ方法で……と考えていたのだが……この「ターン」のナツメさんに、指示を出す様子が見当たらないな。

 

(んー……なんか狙ってるか? ナツメさんはポーカーフェイスだからな。視線の先は、と。割と目線は動いてる)

 

 俺はトレーナーズサークルの反対側に目を凝らす。土煙で……いや、ギリギリみえた。棒立ちか、少なくとも口を開いている様子は無い。

 今までも、ナツメさんは技名を声に出すことはしていなかったが、ポケモンの名前による呼びかけは行っていた。テレパシーの意識集中の補助として名前を呼んだりすると、意思疎通が図りやすくなるのだそうだ。俺もこのへんはサイン指示を編み出すにあたって参考にさせてもらったりしたが……いきなり行わなくなったのは、不自然だよなぁ。ということで。

 俺は状況からナツメさんが「指示以外の行動」…おそらくは「位置の補足」を行われているかな、と予測する。目標を見失ったケーシィに対してナツメさんは……超能力か目視かのいずれかによって……ポッポの場所を見つけ出した後に、ケーシィに指示を出そうとしているのだろう。そのためにナツメさんは集中する必要があって、とかならつじつまは合うと思う。

 つまり……これは好機(チャンス)

 

 

「ポッポ!!」

 

 

 『たいあたり』の位置とタイミングを重ね、「行動変更」……「ポケモンを交換する」準備。

 指示を見たポッポがこちらへ戻って来ると、俺は素早く入れ替えてニドラン♀をフィールドに。いっけぇっ!

 

 

「ニドラン! 『ひっかく』!」

 

「ッキュゥゥン!」

 

「……! こっちよ! ケーシィ……って!?」

 

「(……? ……! ……!)」

 

 

 やっとの事で補足したみたいだけどお生憎。ポッポとニドランを交換した際に、その出現位置をさらに大きく動かしてある。これこそが交換する際の最大の利点だな。

 

(ものすっごい緊張したけどな! 一歩間違えれば、ボールから出た無防備な所を攻撃されるし……これはまぁもちろん、時間も消費してしまうし!)

 

 接近したニドランを見てナツメさんは交換された事に気づくも、時すでに遅し。戦況はともかく、後手後手に回るというのが流れとしてよくないのは十分に理解しているはずだ。ケーシィにもナツメさんの混乱困惑が伝わってしまっているようで、おろおろしている……その隙に、ニドラン♀の『ひっかく』が直撃した。

 

 

 ―― 《ズサン》!

 

 

 未だ砂煙のたつ中、鈍い音が辺りに響く。

 音から判断するに、どうやら『めざめるパワー』による迎撃は阻止できたみたいだが……。

 

 

「(……スィィィ)」

 

 

 音が止み砂が完全に晴れた後の地面には、うつ伏せに倒れこんで目を(閉じたまま)回しているケーシィの姿があった。

 

 

「ケーシィ、「ひんし」。戦闘続行不可能。……ニドラン♀の勝利ね」

 

 

 ジャッジを務めているミィによって戦闘の中断が告げられる。

 ……ところで「ひんし」は戦闘不能状態の仮称だ。誰彼が非道な仕打ちをしている訳じゃあありません!

 

 

「流石ね。アナタに先手を取られるとやっぱり、やりにくいわね。バトルの流れが掴まれてしまう感じがするもの」

 

「ども。ふいー。何とか勝てたようで、よかったです」

 

 

 ナツメさんが或いはいつものジト目で俺を見やる。ボールにケーシィを戻しながら、何やら唇に手を当てて策を練り始めた。

 しかし……いやぁ。めざパは1番の綱渡りだったなぁ。あれ、実は「タイプが変動する」技なんだよな。この世界だと。つまりはポケモンの個体値が……っていう推測ができてしまう訳なんだけど。リストラされるとそれはそれで悲しくもある。剣盾の話な!

 それにそもそも、攻撃を肩代わりしてもらうためにポッポを出すっていうのも、なんかすごい罪悪感だったんだよなぁ。精神的に。

 まぁ。これで「完全に」準備を終了することができたぞ。あとは仕上げをごろうじろ!

 

 

「次もこうはいかないわよ?」

 

「ユンゲラーはナツメさんの切り札だし、俺も作戦はたてていますよ。お楽しみに」

 

 

 とりあえず虚勢バリアー張っとこう。そんな軽い気持ちで軽口を叩いていると、ナツメさんからの視線がいっそう鋭くなった。自業自得ねとミィが視線で訴えてくる。そらそうだ(戒め。

 さーて……ケーシィは倒せたものの、次のユンゲラーこそが最大の障害。このレベル帯において進化済みという種族値(アドバンテージ)は実に魅力的なものだ。次点で技の強さとかかな。それらを、俺たちの全力をもって覆さなければならないのである。

 いやさ。せっかく本気でバトルをするなら、やっぱり勝ちたいからな!

 

 

「いくのよ! ユンゲラー!!」

 

「(……!)」コクリ

 

 

 ナツメさんがエースたるユンゲラーを繰り出す。スプーンを両手に持って、びしりとたててぐにゃりと曲げた。うーん、エスパー! アニメみたいにユンゲラー!とか鳴かないのな……とか、無駄思考もそこそこしておこう。

 既に砂煙は晴れている。けれど、ここは少しでも体力を削りたい。だとすれば!

 

 

「ニドラン、戻って! ……ポッポ!(『でんこうせっか』!)」

 

「―― ッポー!」

 

 

 交換直後の前だし『でんこうせっか』。優先度+1の先制技と指示の前だしによる、現状最速の時短合わせ技!

 ターンを無視できるとまでは言わないが、おおよそ同着あたりから1.5ターンくらいのタイムロスで済む利便性の高い技術だ。ちなみにこれを編み出したのはオーキド博士で、俺はそれを参考にさせてもらっただけなので悪しからず!!

 

 

「早い……! いくわ、ユンゲラー!」

 

「(スッ)」

 

 

 ナツメさんの指示に従い、ユンゲラーがこちらに手をかざす。……ユンゲラーのレベルは「LV23前後」。今のナツメさん的にはトップレベルのポケモンだ。スクール在中はモンスターボールの機能によって、ポケモンの取得経験値にかなり制限がかけられるんだよなぁ。

 そんなユンゲラーの持ち技だが、タイプ一致のエスパー技はレベル帯的に『サイケこうせん』か『ねんりき』の二択。『サイケこうせん』のほうが威力があるものの攻撃の範囲が「線」。『ねんりき』は「点」から「面」果ては「立体」まで実に多様な範囲で攻撃することのできる、汎用性の高い技だ。

 レベル差もあるし、確実に捉えるなら『ねんりき』……か? ニドランは俺の隠し札ではあるが、タイプ相性だけで見れば脅威には感じていないはず。あの技(・・・)は最後まで隠し通さなきゃ、勝ちの目は見えてこないからなー。

 

 

「ポッ……ッポ!」

 

 《シュンッ》――《ズガン!!》

 

 

 考えている内に、ポッポは『でんこうせっか』をユンゲラーに直撃させた。

 先手を譲られた……ということは、その技の後隙を狙われていると考えるべき。

 ……来る!

 

 

「(……!!)」

 

 

 《……グニャァアン!!》

 

 

 ユンゲラーの技によって、ものすごい音が頭に響くと共に目の前の空間が歪んで見える。いやまて。……空間が?

 おおっと、予想を超えてくるなぁ。『ねんりき』じゃあなく、より上位のエスパー技である『サイコキネシス』か! 仕上げてきてるな、流石はナツメさん!?

 俺は続けてポッポへ『かぜおこし』の指示をだす。が、「面」で展開されたサイコキネシスの直撃には間に合わず、ポッポへ超能力場……空間丸ごと歪んでみえる部分が襲い掛かった。

 

 

「……ポッ! ……!」

 

 ――《トスッ》

 

 

 直撃。ポッポが鳴声を上げながら地面に落ちる。

 こればっかりはしょうがない。むしろ、ポッポは良くやってくれた。

 

 

「ポッポ、戦闘不能ね」

 

「よくやってくれました、ユンゲラー!」

 

「ポッポ、ありがとうな」

 

 

 ミィから戦闘不能が告げられ、ナツメさんがガッツポーズ。

 俺はポッポを労いながらボールに戻し……ユンゲラーについて少し考えつつも、確認。

 

(『あの技』なら威力は問題ない。でもなんとかして「当てなきゃならない」って場面になったぞ)

 

 そう。残る俺のポケモンはニドラン♀。ユンゲラーが扱う技の威力が『サイケこうせん』や『ねんりき』止まりであれば、仕込みの策も合わせて耐えられる可能性が高かった。しかしナツメさんのユンゲラーは予想を上回り『サイコキネシス』をある程度使いこなしている。仕込みがあってもどうか、といった具合にされてしまったのだ。

 となれば先手をとって先にユンゲラーを戦闘不能にしたいところだが、「指示の先出し」っていう初見殺しはさっき盛大に見せてしまった。ナツメさん鋭いし、種までは分からなくても「素早さを覆す技術がある」って事を警戒されるだろうなぁ。

 そんな状況において、ニドラン♀では先手を取るに、素早さが足りないのである! そう! 速さが足りない!!

 だとすれば……うん。仕方ない。耐えられるかどうかは後回し。そもそも勝ちの目はこれしかないのだから、耐えて見せるのみ。つまりはニドランを、信じよう!

 

 

「腹は決まった。大げさなものなんて託さないけども、やれるだけはやってやろう。行こう、ニドラン!」 

 

「キュウッ!」

 

 

 勝負は、この一瞬。

 

 

「すぐ来るわよ、ユンゲラー!」

 

「(! ……)」

 

 

 《グニャアッ》 

 

 

 ニドランがボールから出た時点でバトルが再開される。

 指示の先だしを警戒し、ユンゲラーが早めに『サイコキネシス』を展開。「面」状に歪んだ空間が立ちはだかり、ニドラン♀の行く手を遮った。

 大切なのはタイミング。受けるにゃ受けるも、被害は最小限が望ましい。

 歪みが広がりきった。ユンゲラーは技のコントロールに集中するため足を止めた。

 ようし。そこを目掛けて!

 

 

「突っ込め!!」

 

「……キャゥゥウ!!」

 

「(……!?)」

 

「え!?」

 

 

 ニドラン♀は『サイコキネシス』をがっつり「耐えて」突き抜けると、勢いそのままにユンゲラーへと突撃する。

 さあさ、例の技、ご解禁!

 

 

「ニドラン……『かみつく』!!」

 

 

 ――《ガブッ!》

 

 

 つい最近に習得したばかりの『かみつく』を、決めてみせた。

 

 

「(!! …………)」

 

 

 ユンゲラーがたまらず両手のさじを投げる。

 浮き上がって、地面を転がって、もんどりうって、倒れ込む。

 

 

「うそ! ……ユンゲラーが一撃で? ……あっ、ユンゲラー!!」

 

 

 ナツメさんと審判であるミィがユンゲラーの元へ駆け寄り……ミィからジャッジが下される。

 

 

「ユンゲラー、戦闘不能。勝者はショウね」

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

「……やっぱり負けるのはとてもショック。でも、負けは負け。わたしの勝負に甘さがあったということだわ」

 

「まあ俺が勝てたとはいってもギリギリの勝負でしたから。良いバトル、ありがとうございました!」

 

「ええ。ん。……それとは別に、聞きたいことも色々とあるのだけれど」

 

 

 バトルの終了後、休憩室にて。ナツメさんと握手を交わしながらの会話である。

 実際、「エスパートレーナーとエスパーのコンビ」ってのはゲームにおけるそれとは大きな違いがあるからな。その経験を積ませてもらってるんだし、実践訓練としてこれ以上のものはない。

 いやぁ、良かった良かった! ……あー、判ってますってナツメさん。はぐらかさずにちゃんと答えますから。そのジト目は俺に効く。

 

 

「そんで聞きたい事ってのは? いや、きちんと種明かしはするつもりなんですけども」

 

「まずは……そうね。なぜニドランが……毒タイプが、高威力の効果抜群技である『サイコキネシス』を耐えられたか、からお願いするわ」

 

 

 はい、と請け負って解説を開始する。

 ……といっても今回俺が勝てたのは、ゲーム知識による優遇が大き過ぎるんだけどな。

 

 

「ええと。ニドランが耐えられた理由は、持たせていた道具ですね」

 

「道具というと、威力アップとか木の実とか……」

 

「そうです。そんでもって、俺がニドランに持たせていたのは、この木の実」

 

 

 俺はナツメさんに向けてポーチから「ウタンの実」を取り出して見せる。

 

 

「この実って、バトルに有用な効果がある実なの?」

 

「はい。かなり限定的な範囲にですが、効果があります。……これの効果は『効果抜群のエスパータイプの技の威力を半減する』こと」

 

 

 まぁ、ナツメさんが知らないのも無理はない。なぜならこの実はFRLGの世界ではゲームに無かったものだからな。その後のナンバリングで実装される、いわゆるところの「半減実」という奴だ。

 俺達が調査の合間にこの世界の「道具」について調べていたところ、この世界にも各「半減実」はあることが判明した。もっと言えば、「木の実の効果が判明していなかった」のだ。後々の調査で判明していく、っていう筋書きなのだろう。

 とはいえ俺達はバトルにおいて有用であることは知っているので、フィールドワークの合間に集めておいたというな。

 これらを転生について伏せつつナツメさんに説明すると「天敵じゃない……! なんてものを見つけてくれたのよ!」とか言われたが気にしないことにしよう。どうせこれはタイプが統一された各ジムリーダーの課題のようなものだ。うん。

 

 

「さて、後はなんですか?」

 

 

 後には引かず次の話題へ。

 先ほど「まずは」といっていたし、複数あるだろタブン。

 

 

「なんでユンゲラーは『かみつく』1撃でやられたの? 『でんこうせっか』の分削られていたとはいえ、効果抜群でもない攻撃では……」

 

「いえ、効果抜群なんです」

 

「……え?」

 

 

 そう、これこそこの「世界」の致命的だった部分……「あく」と「はがね」タイプが認知されていないということだ!

 まだ認知されていない、とはいっても「はがね」タイプは存在する。ミィの手持ちであるコイルなどが良い例だ。だが運悪く「あく」タイプはカントーに出現する一般ポケモンには、タイプとして備わっていないのである。だからこそ認知もされていないし……それに、いろいろと不明瞭な部分もある。

 じゃあ存在している『かみつく』なる技は、どういった認知によってタイプを識別されるのか。この辺にもっと突っ込めば、ではピクシーやプリンの「最新鋭のタイプ」なんかはどうなるのだろう? という話題にもなってくる。興味は尽きないなぁ。

 まぁメタ的な事を言ってしまえば、「あく」タイプは初代で強すぎた「エスパー」に対するバランス調整の意味合いを含んでいる訳で。俺としてはナツメさんへの対策に持ってくるのは当然と言っておきたいけどこういう知識で勝っても素直には喜べないのでとりあえず土下座。

 

 

「……まぁ、そんな感じで。ポケモンには未だ知られざるタイプがあるということです。あー、ちなみにデータさえ集まれば学会とか協会に報告しておくんで、その内ジムなんかには優先して情報が届くと思いますよ。特に天敵であるエスパーのとこだったら、なおさらです」

 

 

 なんなら直接渡しても良いですし、などと言いながら付け加え。

 ……しながらも……「あく」ポケモンが広まってきたらナツメさん家は大変だろうなぁ、とかとか。無駄思考の展開は忘れない。

 

 

「そう……」

 

 

 俺の説明を一通り受けて、何やら目を閉じ腕を組み、クールビューティーなオーラを取り戻すナツメさん。

 やっぱり特攻タイプの判明が尾を引いたか? と、ちょっと心配してみるも。

 

 

「でも、それじゃあ。その『あく』タイプっていうのについては、貴方たちが詳しく説明してくれるのよね? ……ね?」

 

 

 視線をそらし、頬を赤く染め、「くーるびゅーちー」くらいにオーラをランクダウンさせながら……ナツメさんがそう告げる。最後には念まで押されたぞおい。

 んー……ん? んん? いや、それはまぁ。

 

 

「……? まぁ、そうですね。ナツメさんがそう言うなら、全然、直接俺からデータも持って行きますし」

 

 

 半ば反射で、そう答える。

 いちいち(面倒な)ポケモン協会っていうフィルター通して伝えるよりは、直接伝えたほうが不純物混じらないよなと思うし。

 で、ミィの方を見るとため息を返された。何故に。

 

 

「……友人。ナツメに、とっては。数少ない友人に会えるのが、嬉しいのでしょ」

 

「べっ、べつに!? 友人じゃなくても嬉しいのだし!?」

 

 

 あー、分かった分かった。テンプレートな奴だ。うん。

 ミィがまぁうまーく流してくれたので、俺としてもありがたいと思っておこう。

 ……「友人じゃなくても」って単語のせいで、チェックかけられている予感はするけどな。

 

 

「でもま、そういう事でしたら喜んで。俺もミィも友人少ないんで、増えるのはとてもありがたいですし、嬉しいですよ」

 

「そうね」

 

「なら、呼び捨てでいいわ。年は確かにわたしが上だけど、あなた達は友人で‥‥‥ライバルよ。無理に気を使われているのは対等ではないでしょう?」

 

 

 ライバル、か。そうだな。

 

 

「……そうで……えふん。……そうだな、ナツメ」

 

 

 ミィがシルフカンパニーにいるからにはヤマブキシティ、ひいてはナツメs‥‥‥ナツメの所にも度々来ることになるだろう。そうなった場合、俺も無理に敬わない方が楽だからな。

 

 

「私は、始めから。ナツメ呼びなのだけれど」

 

「ミィはいいのよ。とっくに友人なのだわ」

 

 

 うん。とりあえず、ふたりが仲良さげで何より!

 

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 

 さては数刻後。

 準備と片づけを終えた俺は、ヤマブキシティの四方を塞ぐゲートのうち、タマムシシティへと続くそれの前に立っていた。

 後ろには、シルフカンパニーに籍があるため残るミィと、本日はとてもいいバトルを繰り広げてくれたナツメが、見送りに来てくれていたりする。

 まぁ俺は普通に帰るだけなんだが……ごほん、えふん。

 

 

「ナツメ。それにミィも、今日はありがとな!」

 

「……」

 

「えぇ、気をつけて帰りなさい。ショウ」

 

 

 ……ナツメからの返答がない。聞こえなかったかな……と考え、言い直そうと思った矢先。

 

 

「……それはこちらの台詞だわ。ショウ、それにミィも。あなた達とそのポケモンは、強い。それこそあなた達のほうが超能力者なんじゃないかって思うくらいに、強いわ。……そんな相手と練習できるのだから、お礼だって、こちらから言うべきでしょう」

 

 

 このセリフもそうだが、ナツメが当社比(いつもより)、しんみりとした雰囲気を放っている様に見える。

 まぁ、そうな。

 ナツメもジムリーダー候補になるほどの実力があるとはいえ、年少。ただでさえ「エスパー少女」であることだし、色々と大変なのだろう。友人が出来たくらいであれだけ喜んでいるくらいだからな。この世界のエスパー、特に強い能力を持った人が大変だというのは想像に難くない。確か原作でも、あのお嬢様とかが苦労をしている旨の描写があったはずだし。

 ……さて。実際俺達の持っているゲーム側の知識は超能力と言っても過言ではないレベルだと思うんだが……というのは置いておいて。ナツメが言っているのはこの世界における「スペシャル」の技能の事だろうから。

 今返すべき言葉は。ここでの返答は違うだろう、と台詞を考える。

 ――この少女が望んでいるだろう、言葉は。

 

 

「まぁ実際、超能力なんてただの個性のひとつだと思ってるよ。俺は」

 

「……!」

 

「もしかしたら俺達が強いのは本当に『そんな風』な超能力があるからかもしれないし、そんなんなら分からなくても『超能力』だし。そもそも俺達なんて超飛び級してる『天才児』らしいからな? それが他人にとって、どう映るかってのは気になるんだろうけれど……少なくとも俺達にとってナツメは、『ポケモンバトルが強いエスパー少女の友人』だよ」

 

 

 実際俺は、トレーナー側が持つ「エスパー」という要因が、ポケモンバトルに有意なアドバンテージをもたらすのは……この時代の一時期においてのみだろうと確信を抱いていたりする。

 確かにポケモンと意思疎通出来るってのは、普通に考えれば一方的に有利な要因なんだけどさ。

 それらはもう少し‥‥‥すこーしだけ。

 ポケモンという界隈に対する研究と、ポケモンバトルっていう競技に関する設備さえ成熟すれば……覆るだろうって、思ってる。嘘ではない。俺たちは、そのために頑張っているんだからさ。

 でもって、暗い空気は嫌いなんで……俺は先にゲートの側を向き。

 

 

「そんじゃな、ナツメ。友人なんだし、またバトルしような!」

 

「……そう……ね! ぜひ……来て、ください!」

 

 

 声の震えとかには触れないでおいて。

 ずっと気にはなってはいたが、突っ込めなかった「言わなくても以下略」。友人なら言えるだろう。

 

 

「じゃあ、最後にナツメの友人として1つ言っておこうと思う」

 

「……、……なに?」

 

 

 

 

 

「お前早くジムリーダーになって……ヤマブキジムのあの制服。女幹部(悪)みたいなやつ、変更してやれよ?」

 

 

 

 

「言われなくてもそのつもりだわっ!?」

 

「私は、別に良いと思うのだけれど」

 

 

 






・タイプ
 「あく」はエスパーへのバランス調整。
 「はがね」はおそらく炎タイプのバランス調整以外にも、ポケモンの世界観(硬さに対する数値としての防御力以外の概念が欲しかったのだと思う)を広げる役割を持っていたと思う。
 「フェアリー」はどうみてもドラゴン一強だった部分に一石を投じ、4倍弱点以外のドラゴンタイプの創造に一役買った。


 で、初代のカントーにはほんとにいないんですよね。あくタイプ……。
 FRLGも同様。だのでまぁ、広まっていないという設定でした。



・半減実
 第三世代には無かったアイテム。
 とはいえ世界観としてはないと困るので、ご登場いただいた。

 仮想敵やサブウェポンへの理解(というか構成読み力)がないと、扱うのが難しいと個人的には思う。
 だので私はあまり採用できない(戒め



・エスパー
 超能力者。
 ゲーム中で描写されているだけでも念動力、未来予知、テレパシーなど多種多様。

 ……では実際、世間的にどういった扱いなのか、についてはBWに登場するカトレアさんあたりを念頭に置いてみてみています。
 この辺りは幕間②あたりまで延々と描写し続ける問題のひとつ。






2021/0218 二話分を一話に集約。ついでに流れを改定。
     主に無駄な入れ替え制に関するあれこれを調整。
     いや入れ替え制は普通に主人公有利すぎますは。


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Θ7 グレン島にて

 ナツメとのバトルからしばらく。俺はまたもや研究に没頭していたりした。

 さあて、来たりまするは ―― グレン島!

 

 

「特に噴煙の匂いがするわけでもなし。強いて言えば硫黄っぽさはあるくらいか……?」

 

 

 なんて、いつも通りに無駄なことを考えながら島の中央通りを歩いてゆく。

 ここグレン島は、位置的にはカントーの南西。マサラタウンから真南に海路をたどって着く場所だ。最近やっとジムが建設されたばかりで……とはいえゲームの印象よりははるかに広い。人口も4桁はいるらしいしな。

 地理的に言えば、この島は周りを海に囲まれている火山島。そんな場所へ人が集まったのには理由があってだな。

 

 ああ。見つかったのだ……古代の化石が!!

 

 ゲーム本編においても、化石ポケモンの復元装置が初めて実装されたのがここグレン島だった。ただ、見つかる化石は実はポケモンに限らず。周囲に未開の自然なども多いことから、現在では研究者の前線基地といった様相を呈していたりするのである。

 

 つまり、だ。

 俺が任されている研究班一同は、来年に予定されている「外国現地調査」の計画合わせのために、この島へと降り立ったのである。

 

 ちなみに。一応言っておくと『なみのり』が使えなくてもクチバから1か月に1度往復船が出ているので、大丈夫。

 島から脱出不可能になったりは、しないのである!

 

 

「こんにちはでーす」

 

 

 島の西側、大きな屋敷の玄関についたところで声をかける。

 どうやらこの大きな屋敷が、研究者達の根城になっているらしい。また、今回俺達が協同で研究を行う研究班のトップがこの屋敷の持ち主でもある。

 この屋敷があること、その持ち主兼研究者がここにいることも島に人が集まった理由のひとつなのだろう。

 その持ち主とは、ポケモンの遺伝子に関する研究を行い、ひときわの名声を得た ―― 研究者。

 

 

「こちらでしばらく待っていてください」

 

 

 俺の挨拶で出てきた白衣の男性に施設の中に案内され。そのまま応接室に通されたのでしばし待つことに。

 待っている間は少しだけ屋敷におかれている美術品とかを見て時間をつぶし……って、どう見ても研究とか場違いなくらい豪華な屋敷だな、ここ。研究者の話によると、機材などは全て地下のほうに持ち込んでいるらしいけど……いや、立地的にここはもしかしなくても。

 

 

「……燃える前の屋敷、か?」

 

 

 などと時間をつぶすこと、5分。ドアが唐突に開かれる。

 入ってきたのは待ち人。ひとりの老人だ。

 

 

「おお、お待たせしました。いや全く、すまないね。ちょっと手が離せなかったものだから」

 

「いえいえ、こちらこそ急な訪問で申し訳ありませんでした」

 

 

 彼と挨拶と名刺を交わして、互いにソファへ。

 飲み物を口につけてから、口上を続ける。

 

 

「……では、まずは少しばかり自己紹介をさせていただきます。本研究を協働させていただきます、タマムシ大学携帯獣学部のオーキド研究班です。班長代理を務めていますショウと言います。以後よろしくお願いします」

 

 

 俺は礼をしながら握手を交わし、他の研究班員についても説明を行っていく。

 ひと通りの紹介を済ませたところで。

 

 

「いやなに、私の方にもキミの噂は届いている。弱冠7才でポケモン研究の第1人者であるオーキド博士の研究班で活躍する、若きエースだと」

 

「褒めていただいたのは嬉しいのですが、自分はまだ貴方……『フジ博士』ほどの大きなプロジェクトを持ったわけではありませんので」

 

「いやなに、謙遜することは無い。キミの研究成果はおおよそ普通の研究者では……」

 

 

 以下、褒め合いになったので割愛。……すすんでやりたいものではないなぁ。うん。

 時間を無駄にしているのも本意ではないので、本題に入ろうと話しかけることにする俺。

 

 

「ええと、じゃあ早速で申し訳ないんですが、打ち合わせの方をお願いします」

 

「そうだね。……まず、調査地はギアナ奥地のジャングルだ。私達が遺伝子サンプルを欲しているポケモンがそちらで見かけられた、という報告があってね。その採取を目的としたい」

 

「それは確かなのですか?」

 

「ああ。先行調査をしたところ、確かに1度だけ姿を映像に捉えることができている」

 

「ならば構いません。では、サンプル採取に関しては協力したいと思います」

 

 

 それだけでも、俺たちが協力する意義はありありだからな。

 さて。「フジ博士」に「ギアナ奥地」。これは「原作」における有名な、あのイベントなのである。予想は出来ていたけど。

 

 

「では次に……私達オーキド研究班の方は『フジ研究班の護衛』『現地におけるポケモンの生態調査、データ採取』が主な目的となります。私的調査の方は休憩などの合間に護衛人員以外が担当しますので」

 

「宜しくお願いするよ。ジムリーダーなどの公的トレーナーは、外国までは着いて来てくれんからね。君達が護衛をしてくれるのは非常に助かるよ」

 

「出来る限りの力を尽くさせていただきます」

 

 

 護衛を兼ねるのであれば当然であると思うのだけれど、まぁご安心くださいとか無責任なことも言いたくはないのでこういう形にしておく。

 だってなぁ。ジャングルだぞ、ジャングル。一応フィールドワークとか極地での現地調査の経験ある人たちを連れては行くし、ポケモン達がいるおかげで危険性はむしろ少なくはなるんだけどさ。実際のジャングルよりは。だからといって、安全かと言われるとな。

 とかとか。考えを一瞬で終えつつ顔を上げると、フジ博士が大声で笑い出した。

 

 

「……ははは! こうして話をしていても、見た目以外は本当に7才とは思えないな、キミは! しかもその若さで研究だけでなく、ポケモンの扱いも飛びぬけているという。この老いぼれにはまぶしい才能だ!」

 

 

 なんとも豪快な性格なんだな、フジ博士。それで研究者のトップ張ってるのは、

 さてさて。俺が「班長代理」兼「責任者」などやっているのは理由がある。ポケモンバトルはレベルがあるのであれだけれども、外国産のポケモンに関する知識を最も持っているのが俺だという事(少なくとも今回の研究班では1番)。これは新タイプに関する研究の副産物だな。どうしても外国産や他地方のポケモンが多くなるのは致し方あるまい。

 そしてもうひとつ。オーキドのおっさん……いや、博士が最近年で動けなくなってきていることの2つだ。まぁ、オーキド博士直々に行ってくれと言われたら行くしか無いだろう。

 などと愚痴ったが、実際は俺にも理由はある。

 

 

 俺はさ、あのポケモンに会ってみたいんだよ。野生環境下で。

 

 

 と。ここまで分割思考でお送りしたが、その内に博士と概要のすりあわせを行い終えている。後は、契約についてだな。

 

 

「後は、サンプル対象ですが……契約の通りサンプル採取以外では私達もデータ採取などをさせて貰うことになります。調査の結果によっては新種として登録もしますね。他に何か質問は?」

 

「無いよ。只でさえ護衛、現地入り、向こうでの必要物資ですらそちらの伝手を使って準備してもらうのに、研究費用の受け持ちまでそっちのほうが多いんだからね」

 

 

 言ってフジ博士は笑顔を見せる。ふぅ、どうやらまとまったようだな。

 その後、空港や食料などの調達の関係から先に北の大陸の地方を経由するとか、ジャングルでの注意事項とかについての説明を細かく行って解散になった。

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 その後1泊した俺達研究班は現在、クチバ行きの往復船に乗り込んでいる。

 ……と、今最後の研究員が乗り込んだ。あとは俺が船に乗り込むだけだな。

 

 

「……では、これで失礼しま……」

 

「うおーい!」

 

 

 俺の声を遮って、禿頭の男性が隣……といっても結構離れているが……の建物から大声を上げて走って来る。

 どうやらフジ博士の知り合いか……って、知ってるけどな!!

 

 

「おお、カツラじゃないか。ジムの方は良いのか?」

 

「いやぁ、ようやくジムとして機能できる目処がついたのでな! ……ところでこちらの少年は?」

 

 

 グレンジムのジムリーダー、カツラであった。

 ……当然ながら、ヅラではない!

 

 

「どうも。タマムシ大学から来ました……」

 

 

 自己紹介は割愛。ちなみに俺の自己紹介に、カツラさんは「がっはっは! 頑張れよ、坊主!」とか言ってくれた。明るい親父だな、カツラさん。

 ……というか、この島の住民は殆どが研究者なのにジムがあっても……あぁ、そうか。ジムがあるからこそ人が集まるっていう面があるのかもしれないな。

 ま、俺はこの島に住むつもりはないんだけどな。未来の噴火的な意味で。そっちは人的被害が出ないよう、なんとかしたいところでもあるしなぁ

 等々。俺がポケモンジムの有用性とかについて考えていると、写真を撮ろうという話の流れになっていたようだった。

 

 

「ちょうどいい、わたしのジム開業記念だ! 君も一緒に写真に写らんかね?」

 

「あー……良いのですか?」

 

「なに、構わん構わん!!」

 

 

 えっらい明るい(性格とか)親父だな、カツラさん!

 カメラはフジ博士が用意したそうだ。スタンドにカメラを置いて、シャッターを押し。こちらへ走って来て2人が肩を組む。俺は身長的に、その2人の前に立ち……。

 

 

「はい! チーズ!!」

 

 

 《パシャッ!》

 

 

 またも掛け声がカツラさん。

 禿頭含めてめがっさ明るい親父だな、カツラさん!

 

 

「はっはっは! あとで坊主のところにも送っておいてやろう!」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

「では、ショウ君。来年の実行までは何度か顔も合わせるだろう。これからもよろしく頼むよ」

 

 

 俺はフジ博士の言葉に丁寧に返答し、船に乗り込む。

 これからの未来に起こるであろう「実験」を思うとあまり気は進まないんだけど、これも正しい歴史ではある。

 せめてあのポケモンを「まぼろし」にしてしまわないよう、尽力しておきたいよな。

 

 

 





・ミュウイベント

 この一連の流れが原作前での1番大きなイベントですね。
 ちなみに原作ではミュウ発見は「20世紀後半」となっています。これを本作においてはギリギリ20世紀であるということから、ねじ込んでいる次第です。
 (作品内は現在1991年、主人公が言っているように来年行くので調査・発見が1992年となります)
 ……えぇ、私も強引だとは思うのですけど。

 この辺りを追体験……というか、後日談的なものを見られるイベントは、ルビー・サファイアにおける「さいはてのことう」イベントとなっております。
 色違いを探したりするには有用。


※20210714 追記校正
※20210810 後書き修正。みなみのことう→さいはてのことう


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Θ8-1 タマムシシティ周辺にて



 ここからは作者(ディレクターズ)が後から手を加えた、再編(バージョン)となります。
 ナンバリングが「8-?」になっているのは全話タイトルを直すのが億劫なための処置なのであしからず(


 グレンタウンの研究所との交流を始めてしばらく。やっとこさ遠征の段取りがついたのは、年末になろうかという時期だった。

 いちおうマサラタウンでは間借りしている身。年末くらいはと博士たちに背中を押され、俺はタマムシシティの実家に帰省することになったりした。

 

 いやぁ。帰省したとはいえ、黙っているのは苦手だから色々と動くんだけどな?

 

 両親ともに自由奔放な俺を応援してくれるので、ご飯くらいは実家で食べつつ周辺をうろうろ。目的はやっぱり、自分のポケモン達のレベルアップだ。コンビネーションというか、それ以前の問題だな。指示の飛ばし方とか、技の習熟とか。基礎的な部分も忘れたくない。

 そもそも強い技を覚えさせるのは良いんだが、どうもポケモン達のレベルが低いと扱いきれなくなるらしい。昨年度の学会誌に、低レベルのまま威力の高い技をうつと「身体が反動に耐えられない」という旨の先行研究が幾つかあった。ポケモンの「技」の権威の博士のグループ研究な。技の有無で進化を左右されるポケモンに関する研究の副産物らしい。

 ……うーん、やっぱり今はレベルで覚えられる技を使っていくのが無難だよなぁ。ポケモン達に無理もさせたくないし、そうしよう。方針決定!

 

 

「と、と。……通り過ぎるとこだった」

 

 

 考えている内に目的地の建物の前を過ぎようとしていた。足を止め、振り向く。

 鎮座しましたるは、正面 ――「格闘道場」の看板!

 道場に来るのは、ナツメとあの激戦(心情的に)を繰り広げた時以来だけど……俺の年齢で、ミィ以外の人と相応のレベルのバトルが出来るのはここくらいしかないからなぁ。ああ。俺は道端でバトルすると多分、補導されるからな! 見た目的に!!

 

 

「研究者資格があるから、自分のポケモン持ってるのは合法なんだけどなぁ。確かにバトルのレベルちょっと、世間一般よりは高いものになるが……その都度止められてたら、練習の意味もないし時間も惜しい。あと世間様の目が痛い。止められない場所でやるに越したことはないもんで」

 

 

 世間の子どもたちは、そんな妨害を振り切って、よりにもよって道端で、意気揚々とポケモンバトルを繰り広げるからなー。凄いの一言だよほんと。

 などと無駄なことを考えながら、そのまま格闘道場の内側へ。すると早速、カラテ大王(・・)のタケノリさんが俺を出迎えてくれた。

 

 

「来たか、ショウ!」

 

「うっす。今日もご指導のほど、よろしくお願いします!」

 

 

 俺はタケノリさんに一礼して道場の中へ。ついでに入り口でボールからニドランとポッポを出すと、2体とも俺の真似をして首をくいっと下げて挨拶していた。何度も出入りしているからか、覚えてくれたようで。何より! 可愛い!!

 道場の皆さんに次々挨拶をされ、俺も返しながら廊下を進み本館へ。本館に敷設されているのは、フラットで遮蔽物のないバトルフィールド。組手用の場所だ。

 

 

「今日はどうする?」

 

「いつも通り、実戦メインでお願いします。……というか今日もタケノリさんが相手してくれるんですか?」

 

 

 この格闘道場のトップみたいなものなのに、毎回相手をしてくれるんだよなタケノリさん。

 少し申し訳ないなぁと思うも……件のタケノリさんは、実に男前に腕を組みながら。

 

 

「がっはっは! レベルが下のポケモン達のトレーニングという意味合いを持たせているからな。それにお前との組手は、こちらにとっても新たな発見が山ほどにあるのでな。そこは案ずるな、ショウ!」

 

「ありがとうございます。……そんではこちらは準備オーケーですが」

 

「うむ。こちらもだ」

 

 

 向かいで仁王立ちしたタケノリさんが、モンスターボールを手に持って両手を腰に。今にも拳を突き出しそうな体勢だ。

 こちらも準備は良し。足元で、ポッポとニドランがやる気十分に鳴き声をあげている。おーい、シングルバトルだから両方は飛び出さないでおいてくれよーと願っておいて。

 

 そんでは……特訓いきますか!!

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 そして、叩きのめされること数時間。俺もニドランもポッポも、床に突っ伏しているのだった!!

 

 

「ッポー……」

 

「ご苦労さんな、ポッポ。いやほんと。ニドランも、かなりダメージ受ける役割なのによく頑張ってくれたぞ」

 

「キュゥン!」

 

 

 明らかに打撃を受けた位置に軟膏型の傷薬を塗りつけ、スプレーも吹き付けながら道場の入り口でたむろする俺たち。道場の中では、師範やカラテ大王さん達がポケモン達のクールダウンをさせている最中だ。

 お弟子さん達のポケモンは、合わせると3桁に近い数がいる。それを管理監督するってのは今の俺だと想像もつかないレベルなんだよなー。単純にすごい多い! ノウハウが必要になってくるよな、このレベルの規模だとさ。

 ポケモンバトルが6体までってのも、ポケモンの総数があればあるほど有利になる仕組みも、トレーナーの実力そのものが試される形。そう考えると格闘道場の大王さんの凄さも伝わってくれるだろうか。統率力というか、総合力というか。実に凄い場所なんだよ格闘道場。ゲームだとほぼポケモンもらうだけの場所になってるけれども!

 あと、俺も疲れているのは道場の方針で「トレーナーも体を鍛える」からだ。その点については俺も同意しとく。正直、俺は公式なバトルの大会とかよりは……ゲリラ戦とか野生ポケモン戦とか。そういう既存の枠にないバトルこそ負けられなくなるだろうからなー。

 

 

「さて。柔軟と手当ては済ませたか、ショウ」

 

「あー、はい。今日もありがとうございましたタケノリさん」

 

 

 タケノリさんがうむと大きく頷く。筋骨隆々の腕を組んでやられると、とても様になるなぁそれは。ラーメン屋じゃない。

 2体をボールの中に戻して立ち上がり、尻の埃をはらって(ないけど)。

 ……なにか視線を感じるなぁと顔を持ち上げると、タケノリさんがこちらを見ていた。なんだろ。

 

 

「俺に用事とかですかね? 俺で出来ることなら、おおよそは協力しますけど」

 

「まぁ、そうだな。用事だ。ちょっと奥までついてきてくれるか、ショウ。合わせたい人がいるんだ」

 

 

 タケノリさんからのお願いは珍しいなぁと思いつつも、俺は後ろをついていく。行き先は離れの家屋。

 どうやらお客が来ているみたいだが……ううん? いや、もしかしなくてもこの人は……。

 

 

「お待たせした。彼を連れてきました」

 

「―― うーん、ご苦労ちゃん!」

 

 

 やたら軽妙な挨拶で片手をあげるご老人がひとり。……うーわ。ここで会うのか、この人に。

 カラテ大王さんの後ろから顔を出した俺がぺこりと頭を下げると、挙げた手をひらひらと振る。それでいて「隙が隙に見えない」身のこなしで、その人は問いかける。

 

 

「さて……チミ、ワシちゃんの事を知っているかな?」

 

「知っています。どもです、マスタードさん。……ガラル地方の元チャンピオンですね! 現役の頃の映像を幾つか、参考に見させてもらいました」

 

「うふふふふ! そーね、知っとるのね。タケノリちんから聞いたとおりだねーぇ」

 

 

 そう言って笑うのは、マスタードさん。剣盾の「鎧の孤島」で出会う元・チャンピオンだ。

 ガラル地方は実は、バトルの興行化がカントーよりも遥かに進んでいる地方だ。最初はただのバトル同好会だったものが、自然を規模を増していき。自然と「ポケモンリーグ」の形を成していたのだそうだ。

 マスタードさんはそんなガラル地方で20~30年前にチャンピオン位を得て、惜しまれながらも引退。直近まで無敗記録を更新していた。ただ、その伝説的なチャンピオンもどうやら色々あったようで、成績を落とし始めてからは引退。引退後は雲隠れし……。

 

 

「どこぞの島を買い上げただとか、奥さんと一緒に世界中を旅しているだとか噂を聞いたんですが、まさかカントーに来ていたとは思いませんでしたよ」

 

「カントーはポケモンに関する学問の最先端だからねぇ。ワシちゃんもジジイになったからには、それ相応の立ち回りってのを身に着けたいと思うのよ!」

 

「なるほど……。あ、俺はショウって言います。遅れましてすいません、以後よろしくです」

 

「ショウちんね! 覚えたよん! あー、ワシちゃんから吹っ掛けた形になっちゃったから、ごめんね!」

 

 

 ソファーにだるっと背をもたれ、両ポケットに手を突っ込みながらマスタードさんが俺に視線を合わせる。

 なんというか、やっぱり「食えない」っていう表現が似合う人だなぁ。失礼だけど。

 

 

「それじゃあショウちん気になってるだろうから、理由を先に話すよん。ワシちゃんがここへ来たのは、親友のタケノリに合いに来たのがひとつ。手合わせ(ポケモンバトル)も含めてね。それと、もひとつあるんだけど……」

 

 

 で、俺をまたもやじっと見る。

 ……うはー、怖いなこれ。特になにかしら悪いことしている訳でもないのに、謎の見透かされている感があるぞ。

 しばらく目を合わせた後に……にかっ。

 

 

「うん! 聞いた通り。ワシちゃんにも物怖じしない、肝の据わったいい男の子じゃない! 気に入っちゃったよ~!」

 

「それは光栄ですけど……あの、結局用事は何なんです?」

 

「気に入ったショウちんになら、預けられるかなーって思うからね。話しちゃう! ……出ておいで!」

 

 

 するとマスタードさんは振り向いて、部屋の奥側へ手招きしだした。

 扉の影に気配。身体を傾け、ひょこっと現れたのは……耳。そして顔。きりりとした眉。短めだが、取り回しの良い手足。

 そのポケモンが、こちらを覗き込む。視線が合った。わーお。

 

 

「……ベアッ」

 

「ショウちん。しばらくこの子 ―― 『ひでんのヨロイ』であるダクマと一緒にいてあげてくれないかな!」

 

 

 そう、いきなりの難題をくださったのだった!

 






 予告とか知りません。

 こちらはエリカさん編、私的(でぃれくたーず)再編版となります。
 随分前に書いていたものを、ノリで置いておくイメージ。ほとんどがNEW文章となりますのであしからず。
 ナンバリングを割り込ませているので、8-1~のスタートです。


・マスタードさん
 ポケットモンスターソード・シールドのエキスパンションパス第一弾「鎧の孤島」より。剣盾作中50年ほど前の元・ガラルチャンピオン。
 専門(専任)タイプは「かくとう」。だのに当時のライバルであったピンクの16才()と競り合い、勝利するというとんでもないお方。(ガラル地方のリーグは恐らくカントーのそれとは大きく違うので、専任なのか専門なのかは迷うところ。ただ、ジムリーダーにタイプ毎の枠があることを考えると、恐らく専任という形が当てはまる)
 作中のマスタードさんは、チャンピオン引退後間も無くあたりの時系列。この辺りは流石におおよそでみてますのであしからず。


・ダクマ
 だいたいは同上(ぉぃ。鎧の孤島の後半部分のストーリーはこのポケモンと共に進められる。
 少なくとも剣盾主人公への扱いをみるに、誰彼にでも渡すような個体数はいないと思われる。


・カラテ大王(タケノリ)
 仔細を言えば、カントーの空手道場の頭。スリバチ山で修業をしていたお方。
 金銀およびアニメ版=リメイク版では名前が違う……そのようだ。カラテ王、師範代、カラテ大王等々、色々あってなんとでも解釈できる余地はある。
 本作においては、素直にFRLGでエビワラーサワムラーを下さるカラテ大王の名前に準拠。今二次創作の原作ですので。



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Θ8-2 タマムシデパートにて

 あれから数日。

 そんなわけで俺は「ヨロイ」ことダクマを預かることになった……の、だが。

 タマムシシティの実家近く。俺とミィの仮設練習場と化している、とあるビルの屋上にて。

 

 

「いやぁ、ただでさえ初めてのポケモン育成に手間取っている最中なんだが。ここで増員となると混乱が倍加するというか、でもそれはそれでありがたいというか」

 

「ベアっ、ベアぁっ!」

 

「キュゥン!」

 

「ッポー」

 

 

 べしべしとニドラン♀と組み手を行うダクマを、遠目に見やる。

 小さな体で俊敏に飛び跳ねてはぶつかり、壁際まで転がっては立ち上がる。うーん、血気が盛ん!

 

 

「怪我しない程度に、そこそこにしておけよー」

 

「ッポぅ」

 

 俺の声に、ニドランとダクマが視線でもって返答。手元でブラッシングしていたポッポが気持ちよさそうに寝始めた。うーん。可愛い。

 ……まぁ本気で技を出すんではなく、組み手のような……立ち回りの確認とかに終始しているので大丈夫だろう。熱が入ってきたら止めれば良いか。

 きゅきゅっとステップを効かせて拳。跳んでは脚。ニドランが四足獣に独特の押しの強さを見せると、体重を利用して迎撃。

 こうして見ている限り、このダクマは「鎧の孤島」で相応に訓練を積んで来た個体なのだろう。俺のポケモンと比べて、はるかに動きが良いんだよな。この時系列におけるあの島の環境はよく判らないけれども……昨日あの後、マスタードさんに聞いた所。

 

 

『ダクマはねぇ、ワシちゃんが「これぞ!」って思った人に託すことに意味があるのよん。ショウちんは気にせず託されちゃって!』

 

『いや、そういう訳にもいかないんですよ。だって俺、ポケモントレーナーの資格が無いんですよ? 海外からのポケモンは、外来種指定されるんで……個人で所持するにはちゃんと資格(トレーナーID)と、ポケモンの親登録がないと駄目なんですよ』

 

『あらま。そいえばそうね。ショウちん何才?』

 

『7才です。資格が取れるまであと3年かかります』

 

『ほぉ~。最近の7才はすっごいのね。関心しちゃう!』

 

『いいえ。ショウは成長がどうこうというか……そもそものモノが違うので、これを基準にされると恐らく困った事になります』

 

 

 カラテ大王(タケノリ)さんが注釈を付け加えてくれる。

 いや。でもポケモン界隈の主人公が巻き起こしたあれら事変を基準にすると、俺の影響力なんてそうスゴくはないと思うんだよ。無いとまでは言わないけれども。

 ……この世界における個人の影響力って、どうしてもポケモンバトルの表舞台で結果を出せるかどうかだからなぁ。そういう状況になったなら、「強い姿を見せておく」手段も考えなくちゃいけないか。メモメモ。

 マスタード師は、わかったのかわかってないのか。明らかワザと、判り辛い表情で。

 

『ほーん。……ま、トレーナー資格がないなら、血縁でもなんでもないワシちゃんから、ばっちりきっちり譲っちゃう訳にはいかないね。研究者資格もあるって聞いてるけど、そっちはどう?』

 

『ダクマが捕まえられてなければいいんですけどね。モンスターボールの捕獲時登録者との兼ね合いなので。どうしてもというならオーキド博士に……んー、でもボールのあれこれを弄るのは、外聞がちょっと良くないか』

 

 

 研究目的であればまだしも、単純にダクマの修業みたいだからな。

 適当な研究に協力してもらえれば題目くらいは達成できそうではあるんだが、いかんせん、俺もオーキド班も、これからの研究に向けての準備が佳境に入っている時期だ。俺の予定も詰め詰めだし……バトルの訓練時間くらいはきっちり作っているけどさ。ダクマの修業機会を減らしてしまうんなら、本末転倒だ。

 

 

『そんなんなるなら、それこそ格闘道場にあずかって貰った方がマシでしょう』

 

『それは避けたいね~。うーん、どうしよ。ダクマはもう、ショウちんのトコで修行するつもり満々なんだけど』

 

『ベアっ』

 

『でしたら名義を私の所……「格闘道場」預かりとするのはどうでしょう。まがりなりにも公認ジム候補だった身。色々と資格は揃えているので、こちら預かりにして、ショウには貸与している形にすれば問題ないのでは?』

 

『あー、それならいいかと。別の地方とかには一緒にいけませんけど、ヤマブキとタマムシで一緒に出歩いたりする分には、正式な研究寄与の形式で連れ歩けます。書類だけ印鑑(サイン)くださればおけです』

 

『それだね! 決まり! それじゃあヨロシクね!』

 

 

 などという流れで、ダクマは俺の所に修行居候することとなっていたりする。つまり、外部での修行という訳だ。

 なんとも格闘タイプらしい理由だなと思ったりはするが、ポケモンバトルを前提に考えるとかなり有意義ではあるんだよな。ガラル地方のポケモンの種類はとても多様だが、いろいろな理由から「鎧の孤島」と「冠の雪原」のポケモンは独自の生態と種別を持っていたりする。主に島の利権によるもので、カントーの「ナナシマ」と似たような感じだな。

 だとすれば、研究の最先端であるカントーで修行をするのは、ガラルにいないポケモンを相手にする場合の経験になるだろうと。そんな感じだな。うん。回想終了!

 

 

「さーて……そんじゃあ昼も過ぎたし。おーい、修行終了ー!」

 

「ベアぁっ!」

 

「キュゥン♪」

 

 

 俺の呼びかけに応えて、ダクマとニドランが戻ってくる。ポッポは元から膝の間に居たのでボールに格納。

 ようし。そんじゃあ戻るとしますか……学校へ!

 何せ俺、小学生だからな! クラス委員の視線はいつも冷たい、ぜったいれいど!!

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 さて。午後の授業も終え、タマムシマンションに帰ると、俺は母親に買い出しのお供を命じられた。

 目的地はタマムシデパート。どうやら「アローラフェア」なるものを催しているのだそうだ。なにそれ面白そう!って感じなので否やは無いな。敬礼して是非ともと返事をすると、母親は微笑みながら外出の支度を始めた。

 外は寒いのでマフラーを装着。妹はまだ小さいので母が背負って、マンションの出口を潜る。

 

 

「流石に人が多いなー」

 

「この時期で、時間だからねぇ。それでも休日よりは少ないんじゃ無いかしら」

 

 

 時期は年末近し。モールが廃れている訳でも無いので、タマムシデパートはいつにもまして大盛況だ。

 人の流れに逆らわず。デパートの入り口に飾られた「荷物持ち以外でのポケモンの外歩きはご遠慮ください」の看板に従って、出していたポッポとニドランをボールに戻し……ダクマには折角だから荷物持ちをしてもらおうと、首から札を下げる。べあっと首を傾げられたが、看板を指さすと、どうやら理解してくれたようで頷いてくれた。看板の絵が良いな。デフォルメされたニョロゾが山積みのプレゼント箱を抱えている、可愛らしいイラストだ。

 

 

「あら。新しいコに荷物持ちをお願いするの?」

 

「折角だしそうしよかなと。ダクマの住んでいた地域に比べると人口密度が多いからなぁ。カントーは」

 

 

 母親の言葉に頷き、ダクマを手招き。ちょこちょこと足元まで寄ってくると、そのままタマムシデパートに突入である!

 回転式のドアをダクマを抱えて突破。ついでにエレベーターの人混みも苦手(びっくり)らしいので、上り下りには階段を使う。目的のフェアが催されているのは、ゲームで「進化石」が売られていた階層だ。

 人波の合間をぬってえっちらおっちら辿り着き、周囲を見回す。アローラ地方はリゾートだけあって、南国的な果物とかお菓子とかの食料品が豊富だ。外が寒いので暖色で描かれた包装の数々がより際だって見える気もするな。

 さてはお仕事、荷物持ちである。俺とダクマは、母親が買ったアローラ土産や食べ物なんかを積み込んでゆく。

 

 

「ベア、ベアっ?」

 

「それは……うーん、上はいいや。ダンボールとかは横にして下に積もう。……いやおっも! 何なんだ、アローラのミックスジュースミステリーゾーンて……」

 

 

 向こうの(リージョン)ベトベトンを想起させる色合い。謎の飲料水(バラエティ)が詰まったそれにワクワクさを感じつつも、次々買い物を済ませてゆく。特に年末年始にかかるあたりの分をまとめて買い込んでいるのだろう。量がスゴい。

 すると。

 

 

「ショウ、何か欲しいものは無いの?」

 

 

 物資をひととおりカートに積載してから、母親が聞いてきた。

 うーん……ないなぁ。

 

 

「ないなぁって言う顔をしているわねぇ、我が子」

 

「お流石。……まぁほんと、ないんだよなぁ」

 

 

 実際、ポケモントレーナー周りの用品はこの年代でも充実している。台頭済みのシルフカンパニーを含む競合他社が、ポケモンリーグ界隈に続々参入し開発を進めてくれているのだ。大変にありがたいし、経済的にもよろしいだろう。

 なので充実してはいる……が、ポケモンに実際に使うスピーダーなんかの実戦用道具はいらないしなぁ。今のレベル帯だと。だからといってタウリンとかのドーピング(語弊)アイテムが欲しいかと言われるとそうでもないし。

 じゃあ何が欲しいのか。難しい問題だ。実際には容量の制限がある荷物バッグの改善や、ポケスペなんかでお披露目されてたスーパーランニングシューズとか。あーいうのが在るんなら、欲しいんだけどな。……いやさ。今は無いんで、欲しいなら開発しないといけないんだが!!

 うちの母親は別に貯金で勝手にぬいぐるみを買ったりはしない(しない)ので、手元にお金を置いておきたい訳でも無い。……という訳で、特に欲しい物というのはないのである。原点回帰。

 

 

「強いて言えば、時間は欲しい……?」チラリ

 

「私にはあげられないわね。義務教育はきちんと受けなさい。……それにどうせ、ポケモンのために使う時間なんでしょ。ポケモンに関すること以外って発想は無いのかしらね。……無いのよねぇ、我が子には。きっと。おもちゃとか、全然欲しがらないものねぇ。この年で。今年のサンタにお願いしたプレゼントは、年相応にゲーム機だったけど」

 

「あー、確かに。ゲーム機は欲しかった。もう貰ったから無いってのも大きいかもなー」

 

「今の内に遊んでおきなさい? 来年からは化石ポケモンに関する研究と技術開発に本格的に協力するんだ……って、こっちの同僚のウツギさんから聞いて知ってるんだから」

 

「そのためにグレン島にまで行ったんで。ま、俺としては研究も遊びも似たようなもんだし」

 

「我が子ながら恐ろしいわね……」

 

 

 年末年始にまでがっつり走り回っている研究者の両親に言われると、それはそれで俺としても恐ろしいな。

 そもそもこの場に父親が居ないのは、研究(それ)のせいな訳だし。

 

 

「忙しさにかまけてないで、同年代の子とも仲良くしておきなさいよ。今入っている小学校も、10才の頃にはトレーナーズスクールの内容が入ってくるんだから。バトルの練習で、ふたりひと組を作りなさいって言われるわよ? ミィちゃんはヤマブキの方なんだから頼れないでしょ」

 

「そーなー。隣のマンションのアカネちゃんとか、アキラ君アカリちゃんの幼なじみコンビとかとは仲良いと思うけど」

 

「アカネちゃんはあのオーキドさんに似たお爺さん繋がりで仲が良くなってくれてなによりだわ。通学路が一緒のアキラ君とアカリちゃん、あのふたりは、中等部に入ってからポケモンを持つんだったかしら……?」

 

「そうだって聞いてる。トレーナー資格を持ってから自分のポケモンを、ってんだから順当ではあるよな」

 

「そうね。だったら、学校に居る時間をそういう部分(・・・・・・)に向けて、有効に使いなさい。どうせ家に帰ってからは自分の事にしか時間使わないんだから」

 

「へーい」

 

「生返事が過ぎる。……頭の回る我が子だから一応言い含めておくけれど、人ひとりで出来ることなんてたかが知れているんだから。手数が増えれば行動回数が倍になるのよ。足し算は、増え方というレギュレーションで乗算には勝てないの。頭数は正義!って、パパもよく言っているわ」

 

「おおう。我が父ながら身も蓋もない……」

 

「その分。乗算される元の数が大きければ大きいほど、増え方は急勾配になるじゃない。出来る出来る! 史上初、タマムシ大学携帯獣学部特別院生の我が子(ショウ)なら出来る! 頑張りなさい!」

 

 

 拳をぐっと握って母が力説。それをみて、何故かダクマも「グマぁ」って拳を握る。やる気満々で何より!(荷物持ち)

 そんでは背中も押されましたし、頑張りますかぁ!って気分にさせてくれるな。流石は我が両親。ここまで自由奔放にさせて貰えるのはありがたい。

 そんな感慨に浸っていると、母親が。

 

 

「じゃ、これが今日のお駄賃という事にしておこうかしら」

 

 

 懐の通帳に挟んでいた現生を出して、俺に渡して下さった。

 区切りの点のふたつ上桁。ひーふーみーよ-、いつむー……わーお。子どもに渡す額としてはちょっと多い。いや。だいぶ多い。むしろ多すぎる!

 確かに欲しい現物がない以上、貰えるものとしては最も正しくはある。ただ、いいんですかね我が母よ。

 

 

「今年の私とパパが居ない間の洗濯掃除、家事手伝いと妹の面倒見の分。それと……丁度良い機会だから、我が子がポケモンを持ちたいって言ったら一緒に探してあげようと思っていた、費用プラスその養育費。夫婦の通称『ポケモン費(へそくり)』をまとめて渡しておくから、好きに使いなさい。ただし……何に使ったかは、後から教えてよね?」

 

 

 イケメン過ぎないか我が両親!!

 とか思っていると、こちらからすいっと離れてゆきましたる、母。

 

 

「私は先に帰るわね。帰りは私のカイリキー(リキちゃん)に荷物を持って貰うから、あなたはこのままダクマと一緒に遊んでらっしゃい、ショウ。どうせ見て回りたい場所もあったんだろうし。デパートのフェアのちらし、じっと見てたでしょ」

 

「あー……まぁ、ちょっと興味ある出し物はひとつ」

 

 

 どうやらばれていたようだ!

 流石は我が母、略してさす母。感嘆の念を禁じ得ない。そんな風に表情を固めていると、溜息がひとつ。

 

 

「はぁ。じゃあ、それ見てから帰ってきなさい。この時期のデパートの催しは気合い入ってるから豪華よ。少しでも興味があるなら行ってきなさい。後悔する前にね」

 

《ボウン!》

 

「リッキ!」

 

 

 母親は早々にボールからリキちゃんを繰り出し荷物を奪取。手を振って、家のある方角へと歩き去って行ったのだった。一度もこちらを振り返ることの無い、ますますのイケメンぶりよ。

 ……んー、じゃあお膳立てされましたことだし。

 

 

「屋上のあれ、見に行ってくるか。ダクマ」

 

「グマっ!」

 

 

 さーて。

 楽しい催しだと嬉しいんだが……どうなんだろうな?

 今のところは興味半分、怖いもの見たさが半分なんだが!!

 

 





・アキラ君、アカリちゃん
 いっつも使わせていただいているだいぶ昔の漫画「ポケモンカードになったワケ」最終話の登場人物。(ゲーム原作寄りの世界観で描かれている漫画が少ないというのもあるやも。他にぱっと思い付くのはゴールデンボーイズくらい……?)
 本当に「カッコイイポケモン」とは何か。かわいさと共存はできないのか。否。そんなことはありませんのことよ!!!


・主な世界観設定の変更点
 冬の寒さは普通に寒い。多分昔の私はFRLGでのゲーム内演出がないことを基準にしているんですが、まぁそんなとこまで準拠にしなくても良いだろうなと。
 今の技術でリメイクされたらROM容量とかも気にしないで良いだろうし、折角カントーなら桜景色とか追加される気もしないでもない。
 そもそもこの設定には創作する側への利点が……ない訳でも無いですがマイナスが多すぎる(戒め


・ミステリーゾーン
 ちょっとだけお安い(戒め



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Θ8-3 タマムシデパートにて②

 母親と別れて再びのタマムシデパートへ侵入。ダクマを連れだって屋上を目指す。

 俺が見たかったものは……ううん。いや、大方の予想を裏切りはするんだろうけれども。

 

 

「見られるといいんだけどなー、ポケマジ(・・・・)の撮影」

 

「グマァ」

 

 

 そう。割と通好みな青春虫ポケ恋愛ドラマ、通称「ポケマジ」の収録が行われているのである……!

 なんぞやという疑問の声はご尤も。いちおう解説しておくと、DPPtのテレビ内で放映されていた番組だな。その後にイッシュやカロスで再放送されてたりもする……端的に言えば、テレビのオブジェクトを調べようとするとよくよく目にする、フレーバーテキストとして存在する番組のタイトルだ。

 なんというか、単純にそういうのって面白そうだよなーってのが俺の興味の基準だったりする。随分と低い。まぁ、ゲーム内だとそう言うフレーバーな部分はさわりくらいしか見られなかったからな。実際に見てみたいって思うのも本筋では無いにしろ、悪くは無いんじゃないかなぁと。話の種になるし。話し相手は友人じゃあ無くてほとんど研究員だけどな、俺の場合は。

 だのでまぁ、折角頂いたお小遣い(多)は全くもって消費する予定は無い。後々のためにプールしておこうかね。

 

 

「で。……んー、あれか? 人だかりはあるけれども」

 

 

 天下のタマムシデパート、その屋上には何と噴水が据え付けられている。噴水のもっと奥……夜景と水辺が重なる如何にもな撮影スポット辺りに、人が集まっているのが見えた。

 人だかりにちょっと腰の引けたダクマの手を引き、共に前へ。……撮影は、してなさそうか?

 

 

「本日の撮影は終了です! 皆様、ありがとうございました!」

 

 

 エキストラを務めていたのだろう周囲の観客達へ向けて、仕切りさんが声を上げる。周囲が一斉に拍手に包まれた。

 というか終わったかー! なんともはや、タイミングが悪い……とまでは言わないけれども。これはこれで、仕方ない。

 

 

「すまんダクマ。撮影は終わっちゃったみたいでな」

 

「グマ」

 

 

 謝る俺に向けて、仕方ないぜと拳を前に突き出しましたるダクマ。イケメンだぁ。

 さてはどうしようかと周囲をきょろきょろしている内に、屋上から人がはけ始めた。ただでさえ寒い冬の屋外である。キャストの人の姿もなく、機材も回収されてゆく。

 そんな景色を……おっと。

 

「(んお。あれは……)」

 

 視線が吸い寄せられ、思わず足が止まってしまう。

 屋上の緑化事業の一環としても使われている噴水と、その周囲を飾る花々。

 恐らくはドラマの撮影に使用された小道具で……賑やかしとして用意されたものなのだろう。

 その隣。飾られていた草木を片付けている作業員と ――

 

 

「―― あら。お花、お好きなのですか?」

 

 

 目立っていたのだろう。

 人波に取り残された俺は図らずも……噴水に添えられたように立つその少女と、ばっちり視線が合ってしまっていた。

 

 

「……」

 

 

 にっこりと微笑んだまま、此方に歩み寄ってくる少女。というか目立ったからと言って何故俺に声をかけるんです(焦り。

 少女は身体ごと、ゆるりと脚を踏み出す。袖が揺れる。音は無い。

 草木をモチーフとした艶やか……というよりはすっきりとした印象の文様に彩られた着物。するりと組まれた手のひらを胸の前で合わせ ―― いや。流石に知ってるぞ、この人のことは。

 身に纏われましたるは、お着物。タマムシシティの大手生花業、兼、舞踊と生け花の家元。この国の文化の中心部に食い込んだ名家に生を受けた女の子。

 ついでにいえば、おっす未来のジムリーダー!

 

 

「私、エリカと申します。不躾に声をかけてしまって申し訳ありません。驚かせてしまいましたでしょうか?」

 

「いえ。声をかけられるとは思ってなかったもので、焦りはしましたけど、驚いたという程ではないですね。……ども、俺はショウって言います。こっちは修業仲間のダクマ」

 

「グッマ!」

 

「あらあら。これは丁寧に、ありがとうございます」

 

 

 挨拶を元気よく返したダクマに向けて、エリカさんはころころと笑う。

 ……うーん、ここで会うのかエリカさん。タマムシシティ在住ではあるんだが、年代がちょっと違うんで顔を合わせる機会がなかったんだよな、今までは。いや別にこのタイミングでも問題は無いんだろうけれども、この人って何というか、カントーの地理的にも文化的にも中心部にいるせいで……こう、面倒な流れに巻き込まれそうな予感がするんだよなぁ!?

 

 

「あー、でも、撮影は終わってしまったみたいですね。ポケマジの」

 

「成る程、撮影を見に来たのですね。ショウさんとダクマさんは」

 

 

 内心焦りつつ、俺が切り上げようとして発した迂闊(・・)な台詞に、エリカさんは鋭敏に反応した。

 わー会話が弾んでしまうと焦りを増す俺を余所に、たおやかに、こくりと頷いて。

 

 

「わたくしは家業のひとつである生花業の手伝いに来ていたのですが……これから撮影を終えた生花達を、店内に降ろす所なのです。タマムシシティであれば、緑化活動には事欠きませんもの。デパート内や……昨年に建てられたポケモンセンターもありますものね。きちんと活用して頂けるのは、とても嬉しいことですわ」

 

 

 そうとにっこり笑い、距離を詰めてくる。……なんだこのプレッシャーは……!?

 そもそもなんで近づいてくるんだ……? 俺は逃げ出したいってのに……と考えつつ、バリア代わりに適当に話題を回しておく事に。エリカお嬢のに乗っとくか。

 

 

「あー、ご苦労さんです。その年から家業の手伝いってのは大変そうですね」

 

「はい。ですがわたくし、トレーナー資格は前受験で取得してしまいましたから、時間を持て余している時期なのです。時間の有効活用ですわね。こういう場所に顔見せをして回るのは、大事なことですから」

 

 

 トレーナー資格……10才か。俺が言えた義理じゃ無いけど、若いなぁ。

 言葉を返している内に、エリカさんが真ん前で脚を止める。ふいと、流すように俺とダクマを眺めて。ダクマは視線を受けて首をこてん。愛嬌は抜群だ!

 

 

「あなたとダクマさんは仲が良いですね。そんな風に過ごせるように。このタマムシシティに、ポケモンも人も。もう少しだけ住みやすくなるように。わたくし、努めさせていただきますわ」

 

 

 そんな事をのたまいなさるぜお嬢様。

 ……うーん。なんかこう、わざと裏を臭わせているような口ぶりな印象。赤緑からタマムシシティジムリーダーを務めているエリカお嬢様に対する俺のイメージはというと……ROM容量的にも、人物的な掘り下げは少なかったからな。初代とかは。強いて言えばリメイクであるHGSSにおいて、同じくジョウト地方のジムリーダー・ミカンとのやり取りで、ちょっとだけ。ちょっとだけこう、黒い部分が見えていたような気がしないでも無い。

 だとするとこちらのエリカお嬢様は、はてさて。そんな思考を飛ばした俺に向けて、エリカお嬢様は茶目っ気をみせる。

 

 

「……ふふふっ。ごめんなさいね、ショウさん。今の思わせぶり(・・・・・)の種を明かしてしまいますが、実はわたくし、あなたの名前は存じ上げていたのです」

 

 

 あらま。

 まぁ、タマムシの中心部に居る人だものな。耳にしていてもおかしくはないか。

 

 

「国立タマムシ大学携帯獣学部に籍を置く、最年少院生ですもの。噂になっていますのよ? それで少し興味があって、今日は声をかけさせて貰いました」

 

「なるほど。そりゃーそうですね。……俺も挨拶回りとかした方がいいんですかね、お上の人とかに。そういうの全部オーキド博士に投げちゃってるんで、まだ気にしてないんですよね」

 

「研究者の方にとっての主たる舞台は学会ですもの。名声は博士に任せておいて、研究に邁進なさるのがよいのではないかと」

 

 

 ほー。割とドライというか、達観してるというか。ほわほわお嬢様のイメージもあったけど、やっぱりこの年齢で「名前が通っている」だけあって、それなりに芯のある考え方をお持ちだな。

 俺としてもまぁ、そうするつもりではある。今とりあえず目標にしている「イベント」をこなすには、社会的な立場が必要になるだろうから……多分、俺にも研究班長くらいは任せられそうな雰囲気はあるんだよなぁ。プラターヌ(にぃ)(ぐち)にいわく。

 

 

「あなたの研究の内容も耳にしておりますわ。声が掛かりましたから……出資(スポンサー)も、わたくし共からもさせていただくやも知れません」

 

「その時には是非。俺のこれ、ポケモン界に役立つ研究だってのは胸張れますんで」

 

「グマァ!」

 

 

 俺が胸を反らすのと同時に、ダクマが隣で拳を突き出して気合一声。自らの修業には直接関係ないってのに、ダクマもここ数日は手伝ってくれてるからな。ありがたやありがたや!

 そのまま、イタズラ心含み笑いなお嬢様としばし商業会話。こういう会話だけみてたら年相応……いやごめんそうでもないわ。お(いえ)の話とかしてる幼年期は嫌だ。

 とはいえ実際、原作の主要人物にパイプがあるのは俺としても困らないので。関わり過ぎない程度の関わりは欲しいよな(強欲。

 

 

「―― さて。それではショウさんとお話も出来たことですし。……お身体を冷やし過ぎてもいけませんわね?」

 

「あー、確かに。長話する場所では無いですね」

 

 

 エリカお嬢様がそう切り出す。現在地、寒空の下。タマムシデパートの屋上なのであるからして!

 ダクマはまぁ毛皮あるんで大丈夫だろうけれども。俺も外套着込んでるんで大丈夫なのだろうけれども。

 踵を返して「それではごきげんよう」の決め台詞。かくしてエリカお嬢様との初対面は、無事に終えることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……の、だったの、だが。

 その翌日の事である。

 

 

「おお、来たかショウ。ひとつばかり困ったことが起こっておってな」

 

「うへぇ」

 

 

 我が上司・オーキド博士から呼び出された俺に向けられた第一声がこれである。

 思わず悲鳴(うへぇ)を漏らしてしまったのも仕方があるまい。ただでさえ疲れ易い年齢だのに、長期遠征に向けた段取りや準備を夜通し行い、何とか詰めた日の朝なんだよ。日が目に()み過ぎている。

 

 

「おぬし、タマムシシティの水質悪化に関するレポートを読んだことはあるか?」

 

 

 いつも通りの俺の様子はスルーして(でも手ずからお茶は入れてくれる)、オーキド博士は話を進める。

 タマムシシティの水質悪化。近年取り上げられる事の多くなった話題だ。人とポケモンが集まり、工業用水やら生活排水やらで……自然の河川または湖における水質の変化が進んでいるのである。

 博士が特に挙げたのは、ゲームで言うタマムシスロット横の水場で『なみのり』すると垣間見れる奴だな。ベトベターが出るんだよあそこ。他にも「毒タイプ」のポケモンに関する図鑑テキストやらで、ちょっとだけ世間的な扱いの悪さが垣間見えたりもするのだけれども。

 まぁ、ホットな話題だということで論文も多かったな。たしか。幾つかは読んだハズ。

 

 

「んー、少しは。無人発電所周りと、内陸からの排水経路のいざこざとか、その辺りだけですけど」

 

「十分過ぎるじゃろ。むしろどんだけ読んどるんじゃ。そっちの道に進むのか?」

 

「いや毒タイプを選任したいわけじゃないですけどね。ほら、俺の手持ちにもニドランがいる訳ですから、知っておいて損はないかなぁと」

 

 

 オーキド博士が俺に呆れた風味の視線を向けて、息を吐き出す。ついでに腰の白モンスターボールが嬉し気にカタカタ揺れてる。

 

 

「まあ、それだけ知ってるなら十分じゃろう。察しているかとは思うが、その辺り影響が環境変化に敏感な地域に差し掛かると、ワシらの研究にも影響が出る。『カントーポケモン図鑑』の分布調査にな」

 

「でしょうね。知ってて、そもそも現段階の図鑑作成は断面研究だのもありますし……そもそもちょっと忙し過ぎるんで研究班全員で見て見ぬふりの全力スルーしてましたが。……うわ、もしや」

 

「もしや、だ。お国を介して、正式に調査しろとの通達がきおった。場所はセキチクシティ北・『サファリパーク建築予定地』――『自然保護区』。特に水質が綺麗な場所でミニリュウが釣りあげられ、一躍話題になった場所じゃの」

 

 

 わーお。まだ開園前のサファリパークの水質を調査しろと、そういう感じか。

 自然保護区。ポケモンにとっての環境が保全されなければならないと国が認め、ポケモンレンジャーと一部の資格保持者しか立ち入りを許可されていない場所だ。ゲームでテーマパークとして興されていたサファリパークは実のところその内のほんの一部で、その奥。タマムシ側に踏み入った場所に、本来の自然保護区が指定されていたりする。

 ちなみにあそこでのミニリュウの発見はカントー初の「ドラゴンタイプ」のポケモンとあって全国的に、大々的に、めいっぱい報じられた。ドラゴンタイプってそのものが神聖視されてる節があって、世間受けが良かったんだよな。

 ちなみのちなみに、それによって知り合い(友人)のポケモンマニアーとか、調査を請け負ったオーキド博士が知名度を爆上げしたという経緯があったりするらしいな。俺が生まれる前なんだけどさ。それ。

 

 

「で、それを任せようと思っておる。ワシの班からはショウ、おぬしを。ナナカマド博士の所からはプラターヌが任されるそうじゃが」

 

「……まぁ、さっさと片付けた方が良い案件ではありますねそれ。俺は確かに前準備を終えかけてるとこなんで、適任ではありますねぇ。ですんで任されましょう。あとプラターヌ兄がいるのはとってもありがたいです」

 

 

 この件に関しては、不承不承……という訳でもない。俺としてもサファリパークの「柵に囲まれていない部分」を見れるってのは、個人的に楽し気だったりするからな。忙しさはそれとして、折角だからダクマに修業の機会を作ってあげたくもあるし、渡りに船って感じ。

 ―― とかなんとか。楽観的に考えていたのがいけなかったのだろうか。

 

 

「うむ、任せよう。……それと他に、この調査に帯同する役人側のトレーナーがおってな。うむ、うむ。入ってきなさい」

 

 

 気を緩めた俺の左側で、控えめながちゃりという音。

 振り向く俺を待たずして、扉がぎぃと開いては、その人物が顔を出す。

 ……いや、貴女の立ち位置的にはこの流れで出てくるのは確かに納得なんですが……ですが!?

 

 

「あらま。昨日ぶりですわね。わたくしエリカ、不束者ですが……よろしくお願いいたしますわね、ショウさん」

 

 

 現れましたるは、タマムシ令嬢ご本家。

 本格的にご参戦である!

 




 ついったにも書いたんですが、ここにも謝辞を。
 評価投げてくださる方。誤字修正投げてくださる貴方様。呼んで下さる皆様方。本当にありがとうございます!
 いつもというか、こうしてたまにでも投稿できているのは皆さま方々貴方様のおかげなのです。感謝感謝。


・ミニリュウ
 つおい(
 伝説、まぼろしのポケモンブームが巻き起こった旨の記述がある。その火付け役。
 主人公もその波にのって資金を調達していたりするし、各地方の図鑑作成という事業そのものがブームを発端にしているという設定なので、いまいち強くは突っ込めない案件。世知辛い。


・ポケマジ
 何度か書いている気がする……?
 ゲーム中でいろいろと再放送されているので扱いやすい。
 相棒ポジションがあのポケモンなところに漢気を感じる私。


・どくタイプ
 何にとっての毒なのかというお話。
 世界観的にもバトル的にも、個人的にとても扱うのが楽しいタイプ。
 ドラテ麻痺&いかくばらまき脱皮ねむるアーボックとかいう珍種を見かけたらそれ私かもしれません(現環境不可


・草タイプ
 初代では毒の複合が漏れなくついてくる。モンジャラ以外。
 某攻略本でこき下ろされていたイメージありあり……。


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Θ8-4 携帯獣学部の研究室にて

「そんじゃま、これより会議という事で。よろしくお願いします、お二方」

 

「おお! よろしく頼むよー、ショウ! それにエリカ嬢もね!」

 

「はい。よろしくお願いしますね、プラターヌ様」

 

 

 同日。俺はオーキド博士(実際問題一番多忙)と別れ、雑多な机とPCと論文の山とソファが置いてあるプラターヌ兄の研究室にお邪魔。早速と戦略会議を開始する。

 いやさ。実際、俺だけじゃ戦力が足りないとは思うんだよ。

 

 

「何せ、サファリパークの奥は自然保護区ですからね。俺とダクマ、それに手持ちのポッポとニドラン♀だけじゃあ踏破するのなんて夢のまた夢でしょうし」

 

「グッマ!?」

 

 

 ダクマから「俺を信用しろよ!?」的な視線が向けられる。博士との対談の時には廊下で素振りをしてたんで、身体が暖まっているようでキレがやたら良い。膝の上でぐりんと振り向いて、拳を小さく突き上げてくる。怖い怖い。

 ……んー、どっちかっていうと。

 

 

「ダクマがどうこうってより、単純に体力の問題だよ。プラターヌ(にい)に車は出してもらうけど、源流近くまで寄るにはかなり歩きも必要でなー。あそこ、起伏が激しいんだよ」

 

「ショウの言う通り。あの辺りは、人の手の入っていない……ある種の聖域だ。それこそショウが先の目標にしているギアナとか程じゃあないにせよ、それなりの装備と知識が必要になる。もちろん、体力もね」

 

 

 補足を入れてくださるプラターヌ兄。

 ここで一応の補足をいれておくと、プラターヌ兄は未来の博士。XYにおいて、カロス地方でメガシンカに関する研究を行っていた人物だ。年齢はどうやら俺の幾つか上。この時代においてはまだ博士号は持っておらず、師匠であるナナカマド博士について国内外問わず色々な場所を巡っている最中であるらしい。俺も研究室で会う時は結構お世話になってる。面倒見のいい、フットワークの軽い年長者って感じだな。

 そんな師弟、ナナカマド博士とプラターヌ博士に一貫した研究の目的 ―― 「ポケモンの進化」。DPPtにおいて目玉とされた既存ポケモンの新進化や、XYで実装されたメガシンカ。それらを題材としているのがこの師弟という訳だ。

 と、説明はこんなんで良いかな。脳内でそう締めくくっていると。

 

 

「ご心配なく。わたくし、足手まといにはなりません」

 

 

 気強……というよりは、ふんわりとした壁をまとう様なイメージ。さっきのダクマと同様の雰囲気で、エリカさんが言葉を挟む。

 あー、確かにな。話題の流れはそんなだった。お嬢様の負けん気がダクマ並みな気がする。とはいえ勘違いさせてしまったのはこっちのミスなので、早めに謝っておいて。

 

 

「エリカさんに関して、その辺りは全くもって心配してないです。ジムリーダー資格取ろうって人が、自身の基礎トレ積んでないとは思ってないんで。というか舞踊も体力勝負ですからね。年齢的にも体力いちばんないのは、俺ですよ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「そうです。では何を危惧しているかというと……俺とプラターヌ兄が注意払ってるのはそもそも、これだから大自然ってヤツは!の方。人の手の入ってない山林、森や丘陵の厄介さです」

 

「ンン……あのあたりは、テーマパーク予定地の原っぱとは違って奥に行くほどかなーり厄介な地形だからねー。サバンナ程の土地がないから、水源地域は普通に山だよ。だのに野生ポケモンは独特の生態系。水の含み方もこちらの国基準。シロガネ山のふもとじゃあないけど、起伏の激しい樹海ってのをイメージしちゃえば早いだろう。やー、体力に関してはボクも心配だ!」

 

 

 ついでに話を進めてしまう。流しちまうのが一番だろーなっていう、こすい考えありありだ。プラターヌ兄も抜群に空気を読んで俺の算段にのってくれたんで、大変にありがたい!

 ……やっぱりなというか、エリカお嬢様の芯の強さが垣間見えたけれども。そこは今突っ込むポイントじゃあないだろうしな。

 

 

「南側はサファリパーク開くってんで園長さんが力入れて整備してますが、北側は自然むき出しです。フィールドワークの経験はプラターヌ兄が一番ですかね?」

 

「まぁ、その辺りは任せておくれよ。ふたりはポケモンバトルの方に注力してくれれば、ボクとしてはありがたい。バトルは強くないからね、ボクらは」

 

 

 そう言ってプラターヌ兄は、腰についていた1つ、赤白のモンスターボールを目の前に持ってくる。

 ぽおん、と床に放ると。

 

 

「―― ッザーァド!」

 

「この通り。そこそこのレベルのリザードだけが相棒なのさ!」

 

「……ッザァド」

 

 

 伊達男ばりにふふんと胸を張るプラターヌ兄。リザードがちょっと呆れた風味に尻尾で小突くまでがワンセットだ。

 1匹いれば良いと考える人も居るかもしれないが……困ったことに。今世、未だ「げんきのかけら」系統の「ひんし」回復アイテムは存在していないのである!!

 研究の片手間に調べてみたところ、漢方はあるっぽいんだけども……それはちょっと遠出しないと手に入らないんで、キッズたる俺の手元にはないんだなこれが。つまり複数体のポケモンを所持していないと、回復する術がなくなってしまうのである。「目の前が真っ暗」には流石にならないけれども。

 

 

「だとしても手持ちポケモンがいなくなるっていう危険さは、皆さんの方が知ってるでしょう。オーキド博士が真顔で叫ぶレベルですからね、それ」

 

「あの人は叫ぶねぇ。ひっくい声で。ボクも叫ぶよ、悲鳴かもしれないけれど」

 

「エリカさん向けに補足しておきますと、プラターヌ兄は、ほとんどバトルの実戦経験が無いんです。フィールドワークの数の割にリザードのレベルが相応でないのは、後方要員と化しているパターンが多いからですし。いやさ、それでも俺のポッポとニドランよりは高いですけども」

 

「ナナカマド博士のお弟子たちはとても優秀だからさぁ。つい甘えてしまってね。……その中にはショウ。キミも勿論入っているというか、むしろトレーナーに依存するバトルの腕前なら筆頭なわけなんだが。ああ、手持ちのレベルというよりは指揮という意味でね?」

 

 

 プラターヌ兄は、そう軽い調子で道化っぽく肩をすくめる動作。……いや、実際プラターヌ兄はバトル以外の部分で動いて貰った方が優秀過ぎる(・・・・・)からそうなってるんだけどな。

 というか俺は道具に頼ってる部分がでかすぎる。むしろ主戦力はダクマと、エリカお嬢様まである。行き当たりばったり感がとっても強い!

 

 

「だのでまぁ、せめて目標くらいははっきりさせておきましょう。俺が目星を付けておいちゃいましたけど……ここ。カントー中央自然保護区『源流域』。ここに毒ポケモンが発生していないこと……まぁもう一歩くらい引いて、生息分布が変わっていない事を示せれば、まずもって影響は無いですと声高に報告することが出来るでしょう。お国からの追加調査の要望もなし。これをもって万々歳という結末です」

 

「力説するねぇ、ショウ。なにか確信があるのかい?」

 

「ないです。ただ、心当たりはあります」

 

「―― それはロケット団、ですわね?」

 

 

 おおっと。

 俺がぼかそうとしたところに突っ込んでくるなぁ、お嬢様。眼差しが強靭(きょうじん)

 

 

「あー……まぁ、エリカさんの読み通り。タマムシの人らは街周辺の水質をみて危惧しているんでしょうけれども、あれって明らかにロケットゲームコーナーとか、タマムシ北の工業区域とか、ヤマブキから合流した排水こみこみでしょうと」

 

「グッマ」

 

 

 なんかこう悪のにおいを嗅ぎつけて血でも騒いだのか、腕を組んで鼻息を鳴らすダクマをどうどうとなだめておいて。

 

 

「だので、タマムシ周辺側には問題出てないと思うんですよ。証明はしないといけませんけれど。……むしろ本当の問題点は、これら公害が意図(・・)を持って起こされたものかどうか。企みの中心に水質汚染が絡んでいるかいないか。そういう点だと考えてます」

 

「なるほどね。理解した。そっち(・・・)の研究には突っ込まなくて良いのかい?」

 

「彼ら彼女らも、書類上は国の許可を得ているそうです。彼らの開発研究内容も、俺の領分ではありません……残念ながら」

 

 

 というか「そっち」 ―― 『では何故ゲームコーナー周辺の水質は悪化するのか』とかは、子どもが聴き耳たてられず、口出せないレベルのお話だ。俺としても至極当然だと思うし。

 

 

「つーわけで。第一目的は『源流域』周辺の土と水質サンプルの採取。ポケモン分布域の調査の為ならボーリングまでは必要なくて、表層で十分でしょう。ついでに周辺ポケモンの分布の実質調査ですね。この2本立てで行きましょう」

 

「心得ました。ちなみに、わたくしの方からポケモンレンジャーの方に応援要請の声をかけさせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「お願いします。それだとこっちからも追加人員を要請はしなくても良さそうで、大変助かります」

 

「現地に普段から逗留していらっしゃる方へ、お声がけさせてもらいますわ。2人ほど居たはずです。協力は、快くして頂けると思いますわ」

 

 

 エリカお嬢様がいるからこその申し出だ。実働しているレンジャーさんの協力は大変にありがたい。アドバンテージは有効に活用したいので、是非とも是非とも。

 ……こんなところかな?

 

 

「んでは、出立は出来れば明後日。器具はその辺からかき集めますんで、準備に1日。さっさと開始しましょう。なんか嫌な予感もしますし、スピード勝負で」

 

「ボクはオーケーさ。ショウの嫌な予感は、信に足るからね」

 

「ええ。わたくしも良いですよ。今夜の内に準備、整えてしまいますわね」

 

 

 こうして即席ながらに調査隊結成。家に帰って早速物品を漁ったり、母親からやたらに保存食を渡されたり、親父からフィールドワーク用途のブーツやらについてご教授いただいたり。妹がおねむだったり。マサキと一緒に研究室で平スピッツと無印ラベルを大量に発行したり。

 翌々日明朝。俺たちはタマムシシティを南へ向けて、旅立ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 

 

 

 日は高く、冬だのにかんかんと俺らを照らし。

 

 目前、盛大に泥に半身を埋めた(いぬがみけ)

 

 キザに顎に手を当て、空を仰ぐプラターヌ兄。

 

 こんな光景を前にしてもあらまぁと口元を押さえるエリカお嬢様 with 探検着。

 

 ……うん。当日昼間にはもう、この凄惨な光景である!

 おかげで車はお釈迦。舐めてはいなかったんだけどなぁ、タイプ・ワイルド。

 

 

「グマァ……!!」

 

「モンジャッ!!」

 

 

 照りつける強い日差しの下、泥に嵌まった片輪をモンジャラのツタが持ち上げ、ダクマが当て身をかまして向きを変える。ちょっとだけ外装が凹んだけれども、車はごろりと転がって。底深い泥の区域からはなんとか抜け出していた。

 まぁ、水に半身浸かっても動くとのお触れのオフロードカーである。走ることは出来るのだろうけれども、毎回こうしていては時間が惜しい。

 

 

「ふーんむ。これ以上先は、徒歩かな?」

 

「ですね。この国は他に比べると土地が少なめですんで、悪路だとしても……ここから数キロ歩くだけ。まぁ、その数キロが困難な訳ですが」

 

「わかりました。ここからは歩いてゆきましょうか」

 

「モッジャ」

 

 

 エリカお嬢様が、腕をまくってふんすと息を吐く。足元に戻ってきたモンジャラが伸ばした蔦でぐっと力こぶ。

 うーん。やる気があるのはありがたい。では、ここより人力で踏破とゆきますかぁ!

 プラターヌ兄が荷物を背負い、俺も紙類と軽めの空容器を……半分くらいは、お姉さんオーラを発しながら割り入ってきたエリカお嬢様に奪い取られたけれども。

 そうして俺らご一行、足並みそろえて森林地帯の奥へと向かうのであった。

 

 







・プラターヌ
 作中で紹介している通り。
 後作となるサンムーンや剣盾の博士が印象強い分、相対的に薄くなっている(私比)博士。
 駅の落書きとかを見るに、それなりの物語はありそうなんですけれどね。マイナーチェンジ版はありませんでしたし、この頃は追加コンテンツによる深堀もありませんでしたからね。
 ……いや、剣盾がコンテンツ追加でキャラクターや地方そのもの、クリア後の世界について深く掘り下げられたかと言われると、あれですけれども。いちおう島で色んな人と会えますから……(震え。


・源流域
 私の中でのイメージは、ヤマブキ側は開発が進んでいて、タマムシ側は自然が残されていて、くらいの感じ。というか当初の絵起こしされた数々のカントーマップを見るに、本当に自然が多い。
 セキチク北部の環境はほんとに……。いや、モチーフの幅を増やすためには必要なのですけれどね。サファリパーク。


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Θ8-4.5 今昔、かつての島にて

 

『血沸き、肉踊る。そういうバトルが、ワシちゃんは大好きなのよん』

 

 

 目の前で、師はゆったりと身体を動かす。

 時に水の流れを模倣してのらりくらり。時に燃え盛る火の様に昂ぶり。時に雷の荒ぶる様を模して疾く。

 かと思えばひょうきんに、くるりと飛び退ってはピースサイン。

 その様は、今の自分にははるかに遠く及ばないものだ。肉体的には勝っているとしても、年月の重みには敵うまい。だからこそ、彼は我らに師と呼ばれ ―― ヨロイの管理者としても、信頼されているのだろう。

 かつての国を守護した剣と盾。身にまとわれたるは鎧。王冠を冠り、馬上にあるその姿をもって、その者は王と呼ばれたのだ。

 ……呼ばれたのだ、そうだ。そうと聞く。伝聞ではあるが。

 

 

『そう小難しく考えなくても良いのにねぇ。キミは』

 

 

 数匹の同期と共に道場での修練を終えた後、師はわたしだけを残して、そう語りかけた。

 

 

『今はもう、ヨロイとしての使命なんてあってないようなものでしょ。そういう存在で在った(・・・)。確かにそうだけれど、キミ達はキミ達。そのためにワシちゃん、この島をフリーにしてもらったのよ?』

 

 

 こちらの表情を見てだろう。

 仕方がないなぁ、と。我が子をいつくしむ様な苦笑い。

 

 

『ワシちゃんもね、色々と悩んだのよ。どうもポケモン、ひいてはポケモンバトルっていう興行(・・)には、面倒なしがらみが多すぎるって知っちゃったからねぃ』

 

 

 ふるりと手足を振り回して、ぴたり。まるでそこにあるのが当然の様に、構える。

 

 

『でも、だからこそ出来ることもあったのよん。この辺り、結婚してから学んだことでもあるし……そのためにワシちゃんが居るってまで、張れるほどの名前でもないけどさ。でもでも、キミ達には多くのものを学んで欲しいし、得て欲しいと思っているのよ』

 

 

 その結果がこの道場に残ることでも ―― 他のトレーナーと外へ出ていくことだとしても。考え抜いて選んだ結論なのであれば、構わない。

 「キミが選んで」と。師はいつもそう言うのだ。

 

 

『……そこで悩むのね。キミはだからこそ、数多いる同期の内でも飛びぬけて、ヨロイの資格を持つに相応しいとも思うんだけどねぇ。どうしょっかねぇ』

 

 

 こちらの心情を察して、師は続けた。どうやらばれているようだ。

 こうした察しの速さは、師ならではの技能であると思う。島を訪れる他のトレーナーも、それこそ元チャンピオンに挑んでくる凄腕のトレーナーも、奥方でさえも及ばない。

 ……強いて言うなれば。今のお弟子の中にひとり。どこか抜けていて、しかしそれすらも愛嬌で、人ともポケモンともすぐさま友になれる……その爪で真っ直ぐに天を衝く。衝いて、突き破ってしまうような。そんなトレーナーが居るけれど。しかし彼は年少だ。実力がまだ伴っていないと、師はいつも笑い飛ばしてばかりいる。

 

 

『う~ん。……そうだ!』

 

 

 見つめていたわたしの前で、師はぽんと手を叩く。

 何かしらを思いついた時のモーションだ。

 

 

『その内に、他のポケモンバトル先進国を巡ろうと思っているのよ。キミ、一緒に来ない?』

 

 

 師の誘いである。否やはない。

 ない……が。それは修業よりも大切なことなのだろうか。

 

 

『うん。少なくとも、キミが「どれを選ぶか」の参考にはなるね。……それは「型」に関することだけじゃなくって、もっと広い意味でだけども』

 

 

 とても楽しそうに師は語る。ならば間違いはないだろう。そう思う。

 そうしてわたしは、この国に来たのだ。

 

 沢山の「人と共に暮らすポケモン達」を見た。 

 

 沢山の「ポケモン達と共に暮らす人」を見た。

 

 沢山の「野生に在るがままのポケモン達」を見た。

 

 沢山の「ポケモンを守ろうと、知ろうとする人達」を見た。

 

 見聞を広げる。そういう意味合いで、目標は達せられた。

 そうして実際、ひとりの人に興味も沸いた。

 こうして調査に同行しているのも、そのためだ。

 

 そして、おそらく。

 おそらくではあるが、師はこの少年の中に、「見聞を広げるそれ以上の何か」を見出している。

 師はカラテ大王と呼んだ友人と、夜な夜な、綿密(たのしそう)に人選をしていたのを知っているからだ。

 

 何を見せてくれるのか。それを楽しみにして良いのか。

 それはわたしにとって有意義なのか。

 

 楽しめるからには、期待に応えたいとも思う。

 悪の組織なにするものぞ。我が拳脚(・・)にて、砕いて散らす。

 

 その先に何が見えるのか。何を見せてくれるのか。

 期待をしたいと、そう思う。

 

 

 

 

 ……結論から言うなれば。少年はわたしの期待に勝るものを見せてくれた。

 ただし帰国した後、師にかけられた言葉はというと、こうだ。

 

 

『うふふ! どうやら他の楽しいこと、たくさん見つかったみたいね!』

 

 

 唖然とした。題目が単純すぎるだろうと。

 そして、その言葉がすんなりと納得できたわたし自身の単純さも、同時に。

 

 

『おんなじ子ども同士で過ごすの、楽しかったでしょ? 彼と一緒にバトルしてた時はさ。忘れてたでしょ、ヨロイの役目なんて。それで良いのよん。別にチャンピオンになりながらでも、お役目なんてこなせるくらいのものなんだし。……どう? こんどキミも、誰かと一緒に旅をしてみる?』

 

 

 あの探検の先でバトルをした時のわたしと同じ、快活な笑顔で。

 研究ではなくバトルの際のあの少年と同じような、しかし茶目っ気に勝った笑顔で。

 そのまま年を取ればこうなるのだろうなという、まるで悪戯に誘う少年のように……「キミが選んで」と。

 師はいつでも、そう言うのだ。 

 






 本日ふたつめ。
 ほんとはあとがきにこれを置こうと(愚考)していた。
 きちりと仕様を守って、普通に置きなさいな……。裏と表の、みたいな演出をしたいのはわかりますけどね。だったら普通に区切ればよい。


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Θ8-5 カントー源流域にて

 

 

 

 ―― カントー源流域

 

 

 

 ぬかるむ訳ではないけれど、古木がやたら倒れていたり、小川が細かい支流となって足場を埋め尽くしていたり。

 日本の原風景というか、そういうイメージの風景がやたらと広がるエリアにいよいよ足を踏み入れる。

 ……というか、こう配がきついなぁ。上下が激しい。っても高地な訳じゃあないぶん、易しくはあるか。納得。んでは。

 

 

「この辺りから調査エリアですね。がんがん写真とサンプルとってきましょー」

 

「了解ですわ。ショウさんはあちら?」

 

「ええ。だのでエリカさん達は向こうをお願いします」

 

「お任せください」

 

 

 採取の基準は覚えてもらってるんで、エリカお嬢様が素早く動いてくださる。

 ついでと辺りを確認。見通しは悪くないが、木々の間引きとかがされているわけでもないので、良くもない。今はプラターヌ兄に高い位置に立ってもらって、周囲の野生ポケモンやらを見てもらってはいるけれども。

 

 

「だとしても何かあったら頼むな、ダクマ」

 

「グッマ!」

 

「ふふ。やる気十分ですわね」

 

「モッジャ!」

 

 

 カメラを構えたエリカお嬢様の膝丈くらいに、負けじとモンジャラが蔦を盛り上げる。

 エリカお嬢様の手持ちポケモンはこのモンジャラの他に、ラフレシアとウツボットがいてくれる。何方もレベルは20台後半で、俺のポッポとニドランよりはダクマに近い。いずれにせよ戦力としては大変にありがたい限りだ。

 

「んー……自然保護区のポケモンは、人なれしてませんからね。あんまり刺激したくはないんですが、これも調査ですんで」

 

 自分に言い訳しながら、興味津々な保護区域内の撮影とサンプル採取をこなしてゆく俺。

 横転した車からここに来るまでに遭遇した野生ポケモンは、まぁおおよそ予想の通り。サファリゾーンで見られるようなメンバーだった。植生にもよるが、サイホーンとかドードーとか。基本的には『いやいやボール』的なものを投げてご退散いただいている。あれな、ポケモンスナップで使ってた奴。中身はどうやら、ゴールドスプレー的な化学刺激の強いものというよりは、自然由来(・・・・)であるらしい。……より生々しくて嫌だと思うのは俺だけだろうか。

 だからこそ(科学刺激強いんで)手あたり次第使う訳にもいかなくて、タイプ相性悪くない相手には、ダクマに応戦してもらっていたりするんだけどさ。

 しばらくポイントを等間隔に広げつつ、採取採取。エリカお嬢様が額の汗をぬぐって。

 

 

「ふぅ。……周辺はわたくし達で終えられそうですけれども。中央付近はどうされます?」

 

「出来れば数か所、土壌だけでなく水質のサンプルを採っときたいですね」

 

 

 ちらっと上のプラターヌ兄を見る。

 ……腕を回して東西南北確認、最後に高台の側を指さした。どうやらサンプルを採取すべき水の流れの大元は、そちらにあるらしい。

 

 

「水源は高台の方みたいですね。こっち総当たりで片づけたら……っと。ダクマ。先手頼んだ!」

 

「グマッ!」

 

「―― ホォォン!?」

 

 

 木陰。「こちらに飛び出そうと構えていた」サイホーンに、ダクマが先手で仕掛ける。

 覚えている技は、これまでの練習で見てきている。今の所の最大威力で、『かわらわり』!

 

 

「グッマァ!」

 

 

 震脚から、腰の入った拳。サイホーンの巨体が大きく傾いて、そこへ ―― 当て身(・・・)

 うわすっご!? うまぁ!

 

 

「ホォン!」

 

「グマッ……グマ!!」

 

「ホォォォン……!」

 

 

 どすり、とサイホーンが倒れこむ。本当に何というか、「対ポケモン」の訓練を相当量積んできた動きなんだよな。ダクマは。

 技ではない純粋な立ち回りで、サイホーンの『つのでつく』の死角側へ回り込んで、被弾を最低限に。そのまま体術で……よく判んないくらいすごい身体をひねって、威力減衰のないまま密着からの『かわらわり』2発目。

 

 うーん、何度見ても凄い。ゲームやアニメの範疇にしかない俺の想像を、遥かに超えた動きだぞこれ!

 

 引いてはマスタードさんの教えも凄いって事なんだろうけど……これだけ出来ているダクマに、俺から学んでもらえることなんてあるのかね、と思わないでもないな。うん。

 さて。俺の少ないながらの経験上、こうして音を立てると他の野生ポケモンが……。

 

 

「エリカさん、そちらも! ……っと。心配するまでもないですね。見事なお手前で」

 

「ええ。お相手させて頂きましたわ」

 

「モジャッ」

 

 

 しずっ(擬音)と佇むエリカお嬢様とモンジャラの奥で、目を回したオニドリルが木の幹にくたりと倒れこんでいた。手早い!

 まぁここは森の中、木々の間である。どうやら草タイプのポケモンには相当なアドバンテージがあるようで、相性不利であるはずのオニドリルですら、手も足も出なかったようだ。モンジャラに傷が見当たらないものなぁ。

 周囲を見回す。『つるのムチ』の手足になりそうな草木が沢山。『せいちょう』に使えそうな日差しに水源。空が制限された状態で、地面の高低差も激しい。飛行ポケモンが活躍するのはちょっと不便だよな。フィールド大事。覚えておこう。

 

 

「お流石ですね。そういう部分の知識では敵わんですから、いずれご教授とかお願いしたいです」

 

「ふふ。ショウさんにお時間の猶予があるのならばいつでもお相手を、とお答えしておきますわ」

 

 

 痛い所をつくなぁ。お世辞を見抜かれたようで俺が頬をかいてむーんと唸ると、エリカお嬢様も再び笑う。

 しかしまぁ、最も心配していた源流域における野生ポケモン相手には、戦力的にはダクマとエリカお嬢様がいれば足りないという事はなさそうだ。何より何より!

 などと、時折出くわす野生ポケモンに対処し、場所を変えながら周辺のサンプル採取を続ける。高低差がある分、露頭とかには恵まれているようで、ありがたいことこの上ない。どうしてもな地形にはニドラン♀に協力してもらって、ちょっとだけ削って貰って採取。

 そんなことを繰り返していると、想定よりかはやや早いくらいの時間で採取を終えることが出来ていた。

 

 

「先ほどから依頼の通り、ここいらに逗留しているレンジャーの方々も手伝ってくれ始めましたし、この辺りのサンプル採取は彼と彼女にもう任せていいでしょうかね」

 

「そうしましょう。……では、いよいよ本丸に突入するのでしょうか?」

 

「表現が物々しいですが、まぁそうです」

 

 

 これだけ対面していると判ってくるが、エリカお嬢様はユーモアたっぷりなんだよな。

 それに、心根が強い。「本丸に」と言っているあたり……いちばんの問題についても理解していて、ついでに心構えまでしている節もある。

 そうなんだよなぁ。問題ないと良いんだけどなぁ……。

 

 

「そんじゃ、上に行ってプラターヌ兄と合流しましょう」

 

「了解ですわ。運んでくださいな、モンちゃん」

 

「モッジャ!」

 

 

 モンジャラの(ツタ)エレベータをお借りして、俺とエリカお嬢様とダクマも上へ。便利だなぁ。

 高低差をすいっと、プラターヌ兄が居る場所まで……っと。

 

 

「―― ごめんよショウ。少しばかり厄介ごとだ」

 

 

 地面に腹ばいに伏せた姿勢のままで、プラターヌ兄が言う。

 何事かと、俺とエリカお嬢様がこそこそとその後ろへ近づくと。ついでに兄に倣って腹ばい。

 ……視線の先。高台の下。

 

 こんこんと湧き出る透き通った清水と、それが貯留したひろーい池。

 すんごい神秘的な雰囲気をまとっていたりするんだが……そこに、黒一点。

 お待たせしました、黒ずくめの集団!

 

 

「うへぇ」

 

「キミの『嫌な予感』は本当に当たるね、ショウ」

 

 

 最近ではうへぇ大盤振る舞いな俺の視線の先で、いつもの集団こと ―― ロケット団が、たむろしていたのである!

 まぁさ。予測は出来ていたけどさぁ。関わらない理由がないものなぁ、ロケット団。だとしても、もうちょっとやり方ってものがあるだろうに。

 思いつつ観察を継続。見えている頭数は5。腰につけているモンスターボールは1つずつ。おぉほんとに下っ端だ、とか考えていると。

 

 

「……少し、お聞きしてもよろしくて?」

 

「どぞ」

 

「なぜ、ロケット団はここに居るのでしょう」

 

 

 そう、尋ねられた。

 エリカお嬢様はちょっとばかし強張った顔を隠せていない。『いっつも悪事に関わっている集団』という認識はあれど、直接的に顔を合わせるのは初めてなんだろう。10才だものな。割と芯からの悪人と出くわすのは、そら緊張するって。

 ……というか俺も(悪事の現場で)直接顔を合わせるのは初めてだからな。人員自体は、親父と一緒に行ったゲームコーナーで見たことあるけど。

 プラターヌ兄は「説明は君に任せた」と言わんばかりに親指をぐっ。畜生め。……あー、理由か。それはまぁ聞いてみないとホントのところは判らないけれども、予測は出来なくもない。

 

 

「俺の想像でよければ、ですけれども。有力なのは『今回の俺たちの調査に先んじて』ここに来たって説ですかね」

 

「それは、どういう……?」

 

「今回俺らは、お国からの通達で調査を受けました。お国というか、まぁ本筋は協会とリーグなんですけどね。そこは置いといて」

 

 

 国を通して相談があって、リーグが承ったっていう流れなのは仕様がないので。

 あとオーキド博士にまでまわって来たのは、単に「ビッグネームだから」だろう。箔は大切だものなぁ。その分、こちらも利用させてもらっているのでお相子ではあるけれども。

 だからこそ、だ。発信先と経由先。

 

 

「だから、ロケット団は『依頼を出したことを傍受できた』んです。で、俺たちに先んじて水質をいじろうとしてるんじゃあないですかね」

 

「なるほど……」

 

 

 俺からの意見を受けて、エリカお嬢様が考えこむ。

 ……つまりは、今の話を芯から理解できたっていう事だ。実に才媛!

 

 

「調査の結果を悪く出来ると、あの方たちにとって利がある。そういうことでしょうか」

 

「かもしれない、くらいで捉えといてもらえると助かります。悪の組織の考え方なんて知ったこっちゃあないですんで。まぁ環境保全に力を裂くことで対ロケット団の人手を削れるとか、そういう遠回しな理由かもしれませんが」

 

 

 そこは大切じゃないからな。今重視すべきは、調査結果に横入りされるのは困るし……そもそも気に食わない! って所だ。

 そんな感じなので、俺は敵意マシマシである。お嬢様も心なしか、気合を入れてくださった表情だ。足元で俺と同様に伏せの格好をしたダクマも、眼力つよつよである。

 

 

「ショウ、突貫するかい?」

 

「ですね。いつもの布陣で頼みます、プラターヌ兄。……隣から怪訝な目で見られているので、エリカさんにも判るように説明しますが」

 

 

 そら当然訝しまれるわなぁ、と考えつつエリカお嬢様にも注釈を付け加える。

 

 

「俺が前に出て時間を稼いで、プラターヌ兄には脅かし役(・・・・)をしてもらうっていう手段で行きます。フィールドワーク中にヌシとか、高レベル帯のポケモンにご退去いただく際の常とう手段なんですよ。俺たちの班では」

 

「な、なるほど……?」

 

 

 少し首を傾げつつも、エリカお嬢様は策自体は受け入れてくれたようで、こくこくと頷き返してくれる。

 

 

「だので、エリカさんは下に居てサンプル採取を手伝ってくれているレンジャーのお二方を呼んで下さると助かります」

 

「……不躾ながら。わたくしが居らずとも、こちらの戦力は足りるのでしょうか?」

 

 

 俺の手持ちのレベルを知っているからこその聞き返し。冷静だなぁ。

 しかしまぁ、これまた当然の質問。俺に時間稼ぎが出来るか否か。証明する材料は少ないだろうけれど。

 

 

「いちおう言っておくと、足りています。普段は俺とその班だけでバトルを切り抜けますが、今回はプラターヌ(にい)も居る。十分過ぎるかと」

 

「ボクのリザードも、ショウに指揮をお願いするのさ。それに今ではダクマも居るよ。正直なところ、ポケモンバトルにおいては彼が一番に頼りになる。そうだろう?」

 

「グマベアッ」

 

「頼もしい限りで。……だので、こちらは俺とプラターヌ兄へ任せてもらってエリカさんは下へ。レンジャーふたりの指揮下に入ってください。ロケット団は取り逃がす可能性が高いんで、人を捕縛するための準備をお願いします。だのでいちおう言っておくと、下だからと言って安全ではありませんよ?」

 

 

 むしろうち漏らしをお願いしたいのだし。あと伏兵なんて珍しいわけでもないだろうし。なにせ、相手は悪の組織なのだから。

 ……そこまで話した所で、今度は別の種類の怪訝顔を浮かべましたるお嬢様。何事で?

 

 

「聞いてはいました。変わり種(・・・・)なお方であると」

 

「ショウの事かい? そうだね! 彼はとっくべつに型破り(ユニーク)さ。でもそれは、見方を変えれば変わり種(スペシャル)とも取れる。期待したくならないかい?」

 

「……そうですね。少しだけ、上からな物言いにはなりますが……」

 

 

 伝家の宝刀、上目遣い。俺、まだ地面に伏せたままだけども。

 エリカお嬢様はちょっとだけ素の表情を ―― 彼女を少しだけ彩るいたずらっぽさを、こっちにも向けてくれた様相で。

 

 

「現トレーナーたるわたくし共の世間一般な常識(・・)。既存のポケモンバトルにおける『レベルと数の絶対』というものを覆すことが出来るのならば。それを許される状況と場でもあるのならば。そのお手並みを拝見させていただいても、宜しいでしょうか?」

 

 

 全然上からじゃない態度で、お嬢様から格別のご愛顧をいただいた。うん。期待には応えたくある!

 実際、こちらの戦力は十分以上だろう。策を3重くらいに用意できる程だ。あとは湖に居る野生ポケモンを先んじて逃がして、多面展開(れいのもの)。……相手側も人が指示を出す状況でやってみるのは初めてだけれども、「むしろ時間的な猶予が増える」と考えている。

 ぶっつけ本番でやってやれない事はない。うっし!

 

 

「そんでは、俺とダクマは行きますんで。よろしくお願いします!」

 

「ッグマ!」

 

 

 気合の後、ふたりして崖を滑り降りていく。

 相手ロケット団員の手持ちを確認。ボールに入ってさえいれば、開発中のバトルツールでポケモンの種類は確認できるんだよな。身体データが数値化できていないんで、レベルは判らないんだけれども。

 

 さてさて、なになに。ズバット1、コラッタ1、リージョンラッタ1、アーボ1……その他(・・・)もろもろ。

 リージョンラッタは相性的にはいいけど……んー、アーボかなぁ……。

 

 どちらにせよ場にポケモンが出ていないんで、近づいてからだな。先制の不意打ち(アンブッシュ)は出来ないけど、考えようによっては、相手がポケモンを繰り出すまでの間で湖の中に野生のポケモンがいないか確認できるってことでもある。破れかぶれの特攻とか仕出かされても研究としては困るんで、優先したい。

 

 ずざざっと降りた俺とダクマに、いちはやく気づいた団員が振り向く。ボールに手をかけた。

 そんじゃあ、ロケット団員戦、いきますかぁ!

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 

「……心配かい?」

 

「当然、心配ですわ。それは貴方とて同じなのでしょう?」

 

 

 目の前で、お嬢様はそう返す。

 でもボクは見逃さないね。その態度には、しっかりと「希望」と「期待」とが見え隠れしている。

 

 

「少しだけ作戦について補足をしておくと、ボクは遊撃ですよ。戦わない訳じゃあありません。リザードもショウの指示には慣れているのでご安心を。ただ、だからこそボク自身はトレーナーだと胸を張って言い難いけれどね」

 

「……ええ。貴方の持つ資格についても、存じ上げております」

 

 

 下調べは十分にするタイプのお嬢様のようだ。心強い……と、ショウも言うだろうね。

 

 

「それは光栄だ。ならば知っているのでしょう? ショウはきちりと、風穴(・・)を開けるために。そのために新種のポケモンや新タイプといった風を吹き込もうとしていることを」

 

 

 お嬢様の唇が強く結ばれる。そちら同様、研究界隈に吹き溜まったきな臭さについても知っているようだ。勤勉だなぁ本当に。いや。彼女の立ち位置からすれば、否が応にも耳に入る部分があるのかも知れないな。

 さてどうするか。作戦の事を考えたら、ボクは早く動くに越したことはない……けれども、こちらもまたやっかいな境遇(バックボーン)を抱えた令嬢である。

 その背を押すだけの時間的な余裕は、うん。ショウが余裕綽々に応じていた(あれはおそらく見栄も多分に含まれているけれども)だけあって、いちおうあるか。続けよう。続けるだけの価値は、あるはずだ。

 

 

「子どもだてらに立ち向かう。ポケモンと一緒なら……と語ることは出来るけれども、実際に目の当たりにすると実感するよね。立ち向かう相手の迫力というか、必須な胆力というか」

 

「……ええ」

 

「相手が野生ポケモンでも悪の組織の大人でも ―― そうだね。これはあくまで例え話なんだけれども、相手が産みの親(・・・・)だったとしても、事と次第によっては立ち向かうんだろうね。彼は」

 

 

 語りの間も、お嬢様の目はその中心にショウを捉えて離さない。

 一挙手一投足に注目し、彼の活躍を逃すまいと揺れ動く。

 

 

「まぁ、彼の両親は極めて善良な研究者だけれどね。立ち向かうと言っても、まずは言葉なんだろうし」

 

「……。……なぜあんなにも、彼は一生懸命なのでしょう……? 一生懸命に、まっすぐに……自分に素直に、なれるのでしょう」

 

「そうだね。……彼は始めから、何かひとつの物事を成し遂げようとしているように、ボクは感じているよ」

 

 

 所感だけれど、と付け加えておいて。

 

 

「それが悪事ではない限り、誰もが応援するような物事をね。早すぎると思うかい? ボクとしてはまぁ、天才っていうのはそういうものなんだろうなぁ……くらいに思っているけれど」

 

 

 だからこんなところで挫けるような人じゃあない。ボクのショウに関する評は、そんなところだ。

 ボクが遅まきながらカロスを旅したように。そうすることを進めてくれたのは、他でもない彼だった。その際には、カントー地方では珍しいポケモンたちを「図鑑の進化系統収集」っていう名目まで付けて、連れ立たせてもくれた。

 用意周到だ。根回しは早いし的確。先見の明もある。なのでこの場も、彼が大丈夫と見込んだならば、本当に大丈夫なのだ。つまりは心配には及ばない。

 

 

「では、あなたが心配しているのは……?」

 

「よくぞ聞いてくれた!」

 

 

 びしりとキメ顔。無駄に伊達男と言われることが多いボクだけれど、どうやらお嬢様には不評だったようだ。

 顔を元の、彼の事を語るための表情に戻しておいて。

 

 

「ロケット団員とのポケモンバトルなんか目じゃあない、何か。彼が打ち破ると決めている目標そのものさ」

 

「……目標」

 

「そう。『壁を破る』からには、まず『破るべき壁にぶつかる』必要がある。ボクが心配するとすれば『その日その時、彼らは打ち破るだけの力を持っているのか?』というあたりだろうね」

 

 

 彼が相手取ろうとしているものの強大さは、身に染みて理解している。

 なにせ直接的、物理的にどうこう出来る問題じゃあない。途方もない根回しと、時勢と、時間までもが必要だ。

 ……だから、ね?

 

 

「だからこそひとつ提言なんだけれど。貴女が悩んでいるなら、直近の内に彼にを頼ってみてはどうだろう? 例えば、年若いけれど相応ではない立場をもってしまった……っていう共通点のある、いち友人としてね」

 

「……」

 

「肝心の企みをあけすけにしてしまうとだね。ボクとしては、彼が壁にぶつかったその時に、ひとりでも多くの人が助力をしてくれると嬉しいんだ。キミは適任だろう?」

 

「そう、ですわね」

 

「ああ。だからボクはキミの背を押すよエリカ嬢。ただの10才の女の子が、誰かに甘えてみるくらい。許されてしかるべきだろう? そうして貴女が『彼へ返すべき借り』のひとつやふたつ作っておいてくれると、いつか壁にぶつかった時に助力して貰うための理由も出来る。なんだ、一石二鳥じゃないか!……ってね。どうだい?」

 

 

 そう締めくくる。だって単純に、年は近い方が共感できるだろうからね!

 まぁ、任せてしまうとまた彼に「プラターヌ兄さぁ……」って、愚痴をこぼされてしまうのだろうけれども。それも可愛い弟分からのものと思えばご愛嬌だ。

 ……それにショウの側も、お嬢様には何やら興味津々だった。観察が過ぎていたからね、判るって。そもそも、放っておいてもショウは自分から首を突っ込むタイプの気性だしさ!

 ボクからこの提言を受けたお嬢様は、しばらくの間、唖然とした表情でいたけれども。

 

 

「……ふふ。そうですわね。少し、考えてみます」

 

「そうするといい。若いうちは悩むことも大切だよ」

 

 

 どうやら彼女にとっても何かしらの進展はありそうで、何よりだ。

 ……それじゃあ、ある程度の憂慮も晴れたところだし。

 いよいよボクの方も、準備をするとしようか!

 

 






 演台にあがるのは嫌いです。ポスターもちょっと(




・ポケモンスナップ
 新作おめでとうございます! いやっほうめっちゃ楽しい。
 イヤイヤボールの化学物質云々は、当てるとベトベターが喜ぶあたりから。
 ニコニコ時代から、学会方々のRTAのあの動画がめっちゃ好きでリピーターです。


・ゲームコーナー
 今の技術で、ゲーム内でも本格的な奴をプレイしてみたかったなぁ。
 今はもう、届かぬ願いなのでしょうけれども。

 ちなみに主人公はメダルコーナーで遊んでいただけなのであしからず。
 でもめっちゃ稼いだ。


・お家
 そんな複雑なあれではないです……。
 ただ、エリカさま編の「校正前の展開」に世界線的なものは収束していくと。そういうイメージです。


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Θ8-6 カントー源流域、その奥にて

 やたらにしめりけを含んだ地面を滑り降りて、着地。

 さては早速と前に出たダクマが、威嚇の鳴き声をあげる!

 こちらからロケット団を煽動しなくてよくなるので、大変にありがたい!

 

 

「グマァッ!」

 

「―― あぁっ、なんだオマエら!?」

 

「くそっ、邪魔者かよ!」

 

「おいガキィ、邪魔すんじゃあねぇよ!」

 

 

 俺の接近にいちばんに気づいた団員が振り向き、指さして、周りの団員に声をかけて、さらに俺を脅そうとして。でも最初からボールから出ているダクマに気づいて、ちっと舌打ちまでかます余裕まで見せてから、ボールにやっとこさ手をかけた。

 おっそい! だので俺はこの間を利用して手元に電子地図を開き、水源の側へ回り込む。道中にボールを置いて。

 

 

 《 ボボボウンッ! 》

 

 

「グマッ……ベァァ!」

 

「ッポーッ!」「キュゥン!」「ッザーァド!」

 

 

 いちどダクマから補助の『コーチング』を挟んで貰ってから、ロケット団を囲む形に全展開(・・・)!!

 

 

「……ちいっ。いけっ、お前らぁ!」

 

「ラァッッタ!」「シャーァボ」「ズバッ、ズバッ!」「ゥラァーッタ!」

 

 

 ここでロケット団たちもボールを放り、ポケモン総勢8体がずらりと出揃う。うひゃー、壮観!

 俺らと向こうの展開はほぼ同時だった。よし、遅延なし! あとはトレーナーの技量勝負!

 そう。技量勝負。なにせ俺がポッポとニドラン♀とダクマと、それにプラターヌ兄のリザードたち。「全てに指示を出せれば良い」んだからな!

 

 

「ポッポ、ズバットを! 『たいあたり』!」

 

 

 手持ちの偏りから、空戦(スカイバトル)だけは選択肢がないので、ポッポに頑張ってもらうほかない! 頼んだ!

 次いで、ニドランはアーボへ『つのでつく』。リザードはコラッタへ『ひのこ』。ダクマには「適宜」でリージョンなラッタを相手取ってもらう。

 

 

「ニドランはアーボを……『つのでつく』!」

 

「きゅぅん!」

 

 

 指示対象の名前を呼んで、相手ポケモンを指さして、口頭で技名を叫ぶ。

 早口でもこれだけの手順が必要だ。時間がかかるんだけども、ナツメの時みたいに1VS1な状況じゃあないとサインだのなんだのはとても難しい。今の俺たちだと経験不足なので、いちばん単純な経路を選ぶことにしている。

 あと森の中で『ひのこ』だっても、水場はあるからすぐに消火は出来るはず……と、無駄に考えつつも俺は湖に到着。

 

 

「おーい、逃げろぉ!」

 

 

 必死な感じで水際をばしゃばしゃする俺。声が伝わるは判んないけど、野生のポケモンなら逃げてくれるはず!

 そうこうしてると、奥側で水面が波だった。ようし、逃げてくれてるか。少なくとも影は見えな……ん? まで考えたのも、つかの間。

 

 

「―― のん?」

 

 

 はい残念。1体、好奇心旺盛なのがこちらに近づいて来てしまいましたとさ!

 ……実際の所、予測はしていたけどさ。ミオ図書館のロマン溢れる文章が参考文献。野生ポケモンの中にもたまーに、妙に人懐っこいのが混じってることがあるものなぁ。知ってる知ってる。

 

 

「というかヒンバス!? うーわ、良かった源流域で。ここなら図鑑の登録やり直しとかしなくていいし」

 

「のっ、のっ」

 

 

 これは心からの叫びな! いちおう図鑑は一般向けなので立ち入り禁止の区域は「分布」として表記しなくて良いのである。

 むしろヒンバスここにもいたのなー、とか。昨今のブームに乗って珍しいポケモンを誰かが逃がしてるんじゃないよなー、とか。思う所が無いわけじゃあないけれども。……それ、くっそ忙しい今、考えるべきことでもないんで!!

 相手方は今のところ、上からも確認できた4体。近い方からコラッタ、アーボ、リージョンラッタ。空にズバット、の順だ。

 

 

「てめぇ、遠くから攻撃すんじゃねぇ!」

 

「いや、湖を守るためにこの位置陣取ってるだけなんで……」

 

「こいつのポケモン、つえぇ!? 近づけねぇぞ!」

 

 

 湖際をばしゃばしゃと逃げ回る俺。ロケット団のポケモンは抑えてもらってるんで、何とか接近は食い止められている。

 順番に指示を出して……間に合え!

 

 

「ッポー!」

 

「ズバッ!?」

 

 

 ギリギリ、ターンの遅延なし!

 ポッポがズバットに『かぜおこし』、その下で!

 

 

「キュゥン、キュゥゥン!!」

 

「―― ラァッタッタ!?」

 

「シャーァボ!?」

 

「ッザーァド!」

 

 

 ニドランが後逸しないようアーボの『どくばり』を受けつつ、近づいてきたコラッタに割り込んで『にどげり』。リザードはそのまま攻撃対象をスイッチ、アーボに飛びかかってもらって2対1。うん、ばっちり優勢な戦況だな!

 

「(技は可能な限り「単純(レベル技)」に。かつ、声がけは大きく。身振り手振りを加えるなら、指示を出す相手の身体の方をかっちり向いて、対象を間違えないようにまっすぐに声をかける……)」

 

 こっちは随分と考える事も多いし、だからこそ課題も見えてくる。

 対面はタイプ相性が悪くない相手を選ばせて(・・・・)もらった。指示系統はこっちの方が単純だので、先手が取れる。相手は4人。何か行動を起こすに、人と人の声がけが必要になる。逆に、俺は俺だけの判断で動けるからな。

 その分フォロー速度や視野は向こうが上だろうけど、と。

 戦闘の中心 ―― ラッタとダクマに集中(フォーカス)して。

 

 

「喰らわせろ、ラッタ! 『のしかかり』!」

 

「ゥラァァァッタ!」

 

「グッ……マ!」

 

 

 ロケット団員それぞれのバトルの練度は不明だけど……こうして見ている限り、内3人は「そもそも自分のポケモンなのか」すら怪しい程度におぼつかない。ラッタを指示しているこの団員だけが、やや下がり気味に全体を見ている印象を受ける。

 『のしかかり』。タイプ一致、無反動の中では初代のノーマル最大威力。ラッタが習得するには……というかこのリージョンラッタ、レベルいくつだ……? 

 とかとか。考えている内にダクマと技の応酬、2(ターン)目!

 

 

「ウラァッッ……タッタ!!」

 

「グマッ……!」

 

 

 カントー生え抜きのそれよりも丸み増量(ブヨッ)となった身体を、押し付けてくるラッタ。

 ダクマの足が止まる。動きも鈍い。麻痺ったか! 今打った『かわらわり』は多分、中途半端に入ったな。先手を取られているし。

 それでも、不利はない。タイプ相性では抜群を突けるし、2ターン受け切ったことで、レベル差も「最悪の域」ではないと考えて良いはずだ。だとすれば、ラッタとダクマの一騎打ちそれ自体は心配いらない。最悪リザードでフォローに入ってもらえば、仕留められないという結果はない。大丈夫。

 残る、俺がポケモントレーナーとしてするべき事は……周囲確認と、警戒と、これ!

 

 

「ダクマ、頼んだ!」

 

《ポイッ》――《パシッ!》

 

「グッマ!」

 

 

 準備は万端。父さんに頼んで小遣いで用意しておいた『まひなおし』の「経口溶剤」を放ると、ダクマは空中で回転して口でそのままキャッチ。がりっと噛んで飲み干しては、こちらに拳を突き出して見せた。わーお、アクロバティック!

 もうしばらくすると効果は出てくれるハズだ。……木の実があればもっと楽なんだけどなぁ、と考えつつも。

 

 

「キュゥン!」「ポッポーゥ!」

 

「―― ラァッタ!?」「シャーァッ!?」

 

「げっ、やられやがった!」

 

「ザーァド!」

 

「ズバッ!?」

 

「うわっ、こっちもだ!」

 

 

 ポッポとニドラン♀も、リザードと交互に技を続けてもらって勝利。アーボとコラッタ、それに近づいてきたズバットをリザードが爪で『いあいぎり』。なぎ倒してKOしてくれた。

 これなら、次の巡目で決着はつくに違いない。……だとすれば、ますます動きは出てくるはずだ。

 

 ここでプラターヌ兄から連絡。

 俺の手元で広げた電子地図。源流域のマップに、最後の光点(・・・・・)が表示される。

 

 ようし、これで時間稼ぎも十分だな。

 俺も()を構え直しておいて。よし!

 

 

「ダクマ、OKだ!!」

 

 

 後顧の憂いが無い事を告げると、ダクマがいよいよ瞳をキリリ。

 大きく頷き、ラッタへ向けて半身に構えた。

 その威圧感に、ちょっとだけラッタがたじろぐも。

 

 

「後はねぇよ! 行け!! ……ついでだオラァッ!」

 

「ゥラッ……タ!」

 

「―― コラァッタ!」

 

 

 ラッタが(すく)んだその間に震脚。ついでに木陰から現れたのは、隠し玉のリージョンコラッタだ。

 関係ない。問題もない。むしろ予想していた展開のうちじゃあ、楽なほう。

 まずは正面。向かってきたリージョンラッタの大きな身体の中心をぶち抜く(抜かない)気合で、ダクマは練り上げた拳を突き出した。

 ……突き出していく(・・・・・・・)

 

 

「グマッ!」

 

「ゥラッ」

 

 

 爪と拳。

 

 

「ググマッ!!」

 

「ゥルァッ」

 

 

 回し蹴り、余韻を払って拳の雨。

 

 

「―― グマッ!」

 

 

 トドメ、離れた距離を利用して勢いをつけた上段蹴り。

 水の流れが如く放たれた連撃。たまらず、踏ん張ってはいられず、ラッタが横に吹き飛んだ。

 

 そして。

 

 ……死角から、もう1体!!

 

 

 《ズバシィッ!》

 

「コラァッ……タ!?」

 

 

 木陰に潜んでいたのは、追加のリージョンコラッタ。

 意気揚々とけしかけたは良い。ただ、今さらコラッタの『でんこうせっか』で倒れるダクマでもない。頭の横で構えた腕に、悠々と受け止められてしまった。

 ロケット団員の意地の悪さにつき合わされたのが運の付き……と、思ってもらうほかないだろう。

 もうひとつ! コラッタが地面に着くのと同時、ダクマは大きく息を噴き出す。

 一歩、大きく、強く、深く、一歩。

 

 

「グッ ―― マァ!!」

 

 

 今度はうって変わって単調な動作。

 拳を頑なに強く、ただ強く、前へ向かって振りぬいた。

 拳を受けた体勢まま、コラッタが地面を大きく滑る。その後で思い出したように転がった。

 これにて決着である。……と!

 

 

「げぇっ!」

 

「こっちも負けだ! くっそ!」

 

 

 ラッタ&コラッタが負けると同時にロケット団が瓦解し始める。まぁもともと連携すらしていなかったけれども……。

 ただひとり。俺の正面に居たラッタのトレーナーだけが、歯ぎしりしながらも、後ろ手に何かを ―― 掴んだ。

 

 

「くらえやっ!」

 

 

 そして悪あがきに投げられたのは、カプセル型の何がしか。

 されど許す道理もない。モーションばればれ……よっと!

 

 

「……! てめぇ!」

 

「だって、湖の水質を荒らすのが目的なら……まぁ近くによる必要はないですもんね。この通り、対策はしてました」

 

 

 伸縮自在の捕獲網(キャプチャーネット)製の虫取り網を振り回し、俺は投げられたカプセルを見せびらかすように手に持ってやる。ついでにいうと何度か投げられたが、遠い所に飛んだのは俺のポッポが全部叩き落してくれた。お流石!

 むしろこれ、バトル中に投げた方が効果的だったと思うんだけどさ。警戒はずっとしてたけど。

 最後に止めを刺すべく、上から真打のご登場。

 

 

「―― ついでに言っておくと、キミ達が道中に仕掛けた装置は起動前にボクらが止めさせてもらったよ。管理していた手下もね」

 

「クルールルルゥ!」

 

 

 企み全部を潰したことを示すため、プラターヌ兄が降りてきてくれた。

 地上に降りると、オニドリルが樹上で待機。彼または彼女はプラターヌ兄が「おや」となるポケモンじゃあない。「スタイラー」によって協力を申し出てくれた、ここ「カントー源流域」に生息するポケモンである。

 ポケモンレンジャーの資格と、その場その時に最適な環境に順応できている現地のポケモンによる協力。これがあるから、プラターヌ兄自身はポケモンを育てる必要性があんまりなかったりするのだったり!

 

 

「ありがとですプラターヌ兄。ではエリカさん方、どうぞ」

 

「はい。ポケモンレンジャーの皆様、捕縛をよろしくお願い致します」

 

「はぁっ!? タマムシの上役だぁ!?? ……ホントに居やがる、畜生め!!」

 

 

 エリカさんの声を待たずして、ボーイ&ガールスカウトの制服版を着たポケモンレンジャー2名がロケット団員を捕縛する。ひとりだけ、頭は身をかわして逃げようとしたけれども、エリカさんのモンジャラに足を払われて蔦に絡まりつかれていた。見事なお手並み。

 ひとりも逃さず、これにてお縄を頂戴。さぁて、事件は解決だな!

 

 

「まぁ、調査は済んでませんけど……水質はサンプル採るだけですし。何より」

 

「のっ」

 

「この湖、こいつが住めてますからね。問題はないんじゃないですか?」

 

 

 足元の水場で、ヒンバスが跳ねる。

 ヒンバスそれ自体は生命力と適応力に長けたポケモン。海でも川でも、水質の劣悪さ、いずれにも関わらず「生きていける」ポケモンだって聞いている。ソースは図鑑だけれども。

 だからといってこの水が汚染されているっては限らない。現場判断ではなく、今からサンプルで解き明かすべき事実だ。むしろそれだけの生命力がありながら「住処を選ぶ」ポケモンであるヒンバスが「この湖を選んでいた」っていう部分があるからこそ、問題はなさそうって論述にしたい。

 栄養に富んで、外敵としての害が少ない。そういう場所なんだろうなと。釣れるとこ、6か所しかなかったんだぞ……(戒め。

 

 

「グッマ!」

 

「おー、さんきゅなダクマ! 型、どっちもきれいに決まったじゃんか!」

 

「グマベッア」

 

 

 事態の収拾を悟ったダクマが、頭ロケット団員の傍を離れて俺の足元へ。拳でがっつり。

 最後のラッタを打ちのめしたのは『すいりゅうれんだ』もどき(・・・)

 ついでのコラッタを打ち倒したのは『あんこくきょうだ』もどき(・・・)

 解析班からの報告によると、技としての判定は『かわらわり』『ローキック』『インファイト』になるそうだ。

 元々の技とは違って威力も命中率もさげさげ、確定急所ですらない……後者に至っては「効果はいまいち」のはずの。しかしダクマが「目指すべきと断じた」、至高の(わざ)だ。

 進化前のダクマが使えるはずはない? ……ゲームの通りだとするとそうなんだろう。けれど俺がダクマを預かった時には既に、ダクマはこの『型』を練習し始めていたからなぁ。

 少し考える必要がある部分だ。マスタード師匠が教えた? というかそもそも教え技っていう仕組み(システム)の立ち位置って?

 ……まぁつまりは、課題が増えたっていうことだな。遠征(・・)前だっていうのにやる事山積みで、何より!!

 

 

「ふぃー。助かりました、プラターヌ兄」

 

「お疲れだ、ショウ」

 

 

 ポッポとニドラン♀をモンスターボールに戻していると、プラターヌ兄が来てくれた。

 戦闘を終えたばかりのリザードを「よくやった。見てたぞー」って労って、「きずぐすり」を余計なくらいぶしぶしと吹きかけて。

 

 

「ボクは折角だからもうしばらくオニドリルにご協力いただいて、周囲の野生ポケモンの相手をするよ。キミとエリカ嬢は、予定の通りサンプル採取をお願いしても?」

 

「おけです。でも……エリカさんも?」

 

 

 ここまで休みなく働いてもらっている。水質サンプル採取なんて水汲むだけだ(語弊)。俺としてはエリカお嬢様には休んでもらっても……と思わないでもないんだが。

 そう考えて疑問をはさむと、プラターヌ兄よりご教授。

 

 

「あれを見なよ」

 

「……このためにわたくしを同行させたのでしょうか……? だとすれば……」

 

「お悩みだろう。これ、オーキドのお上からつかわされた、キミの役目だと思うよ?」

 

 

 レンジャー方々の後ろに佇んだエリカお嬢様、なにやらかんやら上の空であった!

 わーお。これは……押し付けの予感!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 最後にエリカお嬢にじっと見つめられつつ、足元で跳ねるヒンバスにやきもきしつつ、スピッツに水を採取。

 なんかこう、意味深な事を尋ねられる訳でもなく。

 源流域における調査はこれにて終了と相成った。

 

 

 ……その、数日後の出来事である。

 

 

「ショウー、お客よーっ!」

 

 

 久しぶりに家に居着いて妹と遊んでいると、母親から声がかかった。

 お客? でも今日はミィが来る日でもなし。マサキは昨日に缶詰くらった。プラターヌ兄も、源流域から帰ってすぐにナナカマド博士の方に戻ったしな。

 という事で心当たりがない。腰を上げ、やたらと引っ付きたがる妹をベッドの中に戻して、玄関へ向かう。

 

 

「誰?」

 

「お客はお客よ。ほら、さっさと。待たせるんじゃないの」

 

 

 なんか態度が気になるなー、我が母。

 玄関まで移動すること数秒の一般アパートメント。

 扉を開けたまま、招き入れられるまでは行儀よく佇むその姿を見て、思わず悲鳴をあげそうになったのは言うまでもあるまい。

 ああ。脳内悲鳴な!!!

 

 

「―― 家出というものをしてみましたの。こちらへ泊めて頂けませんか、ショウさん?」

 

 

 名家がご令嬢。

 エリカ様、初めての家出である……!

 





 擬音を括弧で使い分けるとか、シーン冒頭でラベルみたいに現在地表記かますとか、久しぶりにやっていますがどんなものなんでしょうね。
 私としては、読んでいるとやっぱり判りやすいなぁと思って使ってみているのですけれども。なんというか、ビジュアルでイメージを流し込むというか。ずらっと読んでいても、区切りが理解しやすいというか。
 強いて言えば縦書きだとあきらかに見づらい。段落区切りも縦書きは意識していないので、このお話は横書き読み推奨です。


 ……つまりは、未だにサイト様の潤沢な機能を生かし切れていない……!


・次に会ったときは顔を隠さなきゃいけないかぁ。
 フラグメンツ。収束収束。

 具体的には件のオツキミ山事変。


・ヒンバス
 剣盾では存在が希薄になっている可能性がある。
 王冠とか、特性も夢じゃなくても良いですからね……。

 昨今においては、捕獲方法が単純になった印象がある。
 というかRSEが面倒過ぎた(
 ORASにおいては、天候と位置によっては100%釣れる救済措置もある。

 最後の戦いあたりの脳内イメージは、NEWポケモンスナップのミロカロスのあの辺。

 因みにこの後、が見たい場合はスクール編の中盤くらいまで飛んでいただければ。


・まひなおしの経口溶剤
 ポケモンの薬類は、イメージから外用薬が多いですね。設定ビジュアルの「きずぐすり」シリーズが大きいかなと。
 とはいえ、傷なら兎も角、しびれやらは基本的に内服でいいんじゃないかなぁとも思っています。
 つまりは「ポケモンにどうやって効果を出すか」の違いなだけで。むしろ木の実をみるに、内服による効果も全てあると実証はされているかなぁと思っていたり。

 スプレーも「外用薬として」と「データ化している内にボール内部に効果を出す」タイプとして、両用出来る(・・・・・)ための仕組みなのかもしれないですからねー。
 ほら、ボールに入っていると食べられませんから。

 静注>>>経口>皮膚


・リージョンラッタ

 ヌシのインパクトよ……。
 ほお袋、あるんですかね。

 『のしかかり』はわざと使っていただきました。主人公にツっこませようかなとも思いましたが、リージョンフォームラッタあたりの覚え技までそらで思い出せるのはやばい……。

 タイプ一致はかかるけれども、レベル技ではない。
 ……そもそも教えでも覚えない。
 つまり?



・ダクマ

 ヨロイとは? 
 掛け軸って?
 で、結局、黒騎士とは……?

 それは兎も角として。
 ダクマという種族は多分、進化条件に親愛度的な要素もあるはず。
 初出の鎧の孤島ではイベントという形で消化されましたが、おそらく。……いや手順が面倒になるし、条件2つはオミットされそうな予感もしますがそれはそれ。

 みにまとわれるもの。
 剣でも楯でも騎馬でも冠でもなく、人に寄り添うもの。
 そういうものだと思っています。


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Θ8-7 タマムシシティ、とあるマンションにて

 

 

 さてさて。我が家に突撃をかましてきましたる、エリカお嬢様。

 部屋に招き入れるしかないのか……という絶望(比喩では無く)と共に、いらっしゃったエリカお嬢様をリビングへ案内しておく。

 ……というか、今回の一連の攻防でエリカお嬢様との関りは出来たとは言え、親交と呼べるようなもんじゃあないと思うんだよな。なにゆえここで突撃をかまされるのか、理由は気になる所ではある。

 

 

「あなたのお客なんだから、おもてなしは任せたわね」

 

「まじか我が母」

 

 

 案内すると同時に、母親はひっつく妹を抱き上げて、厨房へと引っ込んでしまった。いちおうここから見える位置ではあるけれど……面白がってるだろ、あれはぁ!

 仕方があるまい。せめて高めのお茶請けと好物の餅モナカを戸棚から取り出し。しずっと振る舞いを整えて椅子に座ったエリカお嬢様の正面へ回って、粗茶とお茶うけを出しておいて。

 お茶を口に含んで。

 

 

「んで、どういう経緯でウチに来たんです? エリカお嬢様」

 

「えぇ。家出というものをしてみたのです」

 

「……いや、なんでです?」

 

 

 率直に来られた! ので、こちらもストレートに質問で返しておく。

 まぁなぁ。こっちの世界に産まれてからこの方、世情については俺としても色々と調べている。お嬢の場合、経緯とその心境は分からないでも無い。あくまで予想ではあるけど。

 とか考えていると、顔に出ていたのだろう。

 

 

「あら。ショウさんならば、今、我が家が置かれている状況はご存じかと思っていたのですが」

 

「俺の評価がやけに高いのは置いといて。……お家ですかぁ。知らないとは言えませんが、事実確認が取れてませんからね」

 

 

 茶請けをつまみつつ、世間話の体で話題を進める。

 エリカお嬢様が言う『我が家』というのは、家元とかタマムシジムとか、そういう世間的な立ち位置では無く……言うなれば社会的な部分。タマムシシティという街の、中心部分に食い込んでいる名家としての立ち位置のことだろう。

 

 

「貴方の予想が入っていても構いません。どこまでご存じか、お聞かせして貰っても宜しくて?」

 

 

 エリカお嬢様が「お伺い」を切り出してくる。本題の話を出すかどうか、最終判断のための材料にするんだろうな。だって俺7才だし。

 ここでこの話(・・・)を聞けるなら、願ったり叶ったり。リターンも十分。……ご期待には沿っておきますか。と、指折りながら内容を揃えてゆく。えーっと。

 

 

「タマムシシティはお隣のヤマブキシティと並んで、経済圏の中心。色々と派閥があるとは聞いてます。お家とやらは、その内においての文化的な中心部分。ポケモンジムという設備が設けられるにあたって第一候補として推され、そのまま役職に就くことになるほどの家柄だと」

 

 

 そういう部分が絡んできて、ここタマムシとヤマブキはポケモンセンターなどのトレーナー施設が優遇して設置された経緯もある。

 ついでに言えば、カントーは結構ここふたつの街に人口が集中しているので、公営のポケモンジムを設置する際にはあまり争いは起こらなかったとも。まぁ、ナツメさん家とカラテ道場みたいな相容れない部分はあったみたいだけどもな。置いといて。

 

 

「で。派閥とやらの進捗については……んー、俺が調べた限りでは。ここ数年の結果として ―― ゲームコーナーの進出は食い止めきれず、(ヤマブキ)側は地下開発が本格化。西側にはサイクリングロードの誘致。南側にはサファリパークで、北側では入り江の利権」

 

 

 エリカお嬢様が家出とやら……両親に反抗してみたくなるような。気に入らない部分があるとすれば、この辺だろう。

 街の開発。施設の誘致。資金の巡り。代表的なものを幾つか挙げておいて、さて。反応や如何に。

 

 

「……。……ふぅ。えぇ、仰るとおり。そして、その全てを譲る(・・)形になりましたわ」

 

 

 溜息と同意。どうやら話すに値すると判断されたみたいだな。うん。

 視線は下方。ゆらぐお茶の水面をじっと見つめながら、エリカお嬢様がぽつりと続ける。

 

 

「わたくしに力があれば……なんて、大仰なことを言うつもりはありません。わたくし個人の力なんて知れたもの。ですが、全てを通されるとは……悔しく思います」

 

「携帯獣学部のある街ですからね。向こう(・・・)も警戒しているのでしょう。他はエリカさんの言う通りかと」

 

「はい。……ただ、もう少しできることがあったのではないか、と。そう思ってしまうのです」

 

 

 ふーむ。責任感強いんだな、エリカお嬢様。

 さて。唐突に面倒な話を始めているけれども、少しばかり脳内で、整理という名の注釈を入れておくか。

 

 俺の生まれ故郷であるタマムシシティは、カントー地方の中心部に在る街。

 政策としての緑化が推進されている事もあり、ゲームの如く、緑豊かかつ人の賑わう先進都市となっている。個人的にはとても好きな街だな。うん。

 で。リーグとしては中堅であるカントーが、一気に世界的なポケモン文化の中心部となった理由 ―― タマムシ大学携帯獣学部、およびオーキド博士が籍を置いている街でもある。ここがミソだ。

 隣にあるヤマブキシティも相まって、お金が潤沢に回る土地だ。そこに先行って鋭く斬り込み、遂には踏み入った何か(・・)が居る。エリカお嬢様が先に挙げた周囲の土地開発なんかも一例に過ぎず、狙いはもっと深くにある。

 ……そうでもないと、こんな用意周到にやられちゃあ、困るんだよなぁ。何せこれ、俺らの目的にとっても障害なんだよ。

 とはいえだ。

 

 

「そもそもそれらは俺たちが生まれる前か、直後に立てられた計画でした。できることはあったにせよ、止めるのは無理でしょう」

 

「……はい」

 

 

 エリカお嬢様が何度も、噛みしめるように頷く。

 特に直近にオープンしたのは、ロケットゲームコーナーか。来年にはサイクリングロードが本開通。北の入り江周りはどちらかというとハナダシティのごたごた。ヤマブキシティおよびシオンタウン間の地下通路およびシェルターはリニア周りの下準備を兼ねていて、再来年辺りに出来上がる予定。

 こういうのが立て続けに続いたのもあって悔しさが再燃しているのだろう。今回の件に関しちゃあ、源流域にロケット団員が居た時点で入り込まれてるのは確定だからなぁ。

 実際の源流域の水質や野生ポケモンの流入なんて部分に関しては、まだ何とも言えないが……「お上に調査が必要と判断された」って時点で、問題として提起するには十分過ぎたってのもある。

 言っちゃあ何だが「外来ポケモン」って括りはいろいろと物議をかもしそうな話題でもあるからな。ここタマムシで言うと、金銀から出没したデルビルとかな? まだ見かけないんだけど、ゲームコーナーもオープンしたし、これからの事はなんとも言えん。

 

 

「そもそも俺個人の意見としては、流れそのものを止めるのはどうなのか、とは思います。時勢の偶然も重なって、毒タイプのポケモン達……開発が無ければ有り得なかったポケモン達。彼ら彼女らは『カントー生息』として認められることが出来ました。色々と策を(ろう)してくれたキョウさんには頭が上がりません」

 

「それは……そうですね。あの子たちは開発期の途上で発生(・・)した、産まれた……そういうポケモン達ですから」

 

「はい。俺としては確実に『良い事である』って、カテゴライズしてます」

 

 

 エリカお嬢様が頷いてくれる。

 カントーの草タイプは殆ど複合してるからな、毒タイプ。そこから斬りこんだ意味合いは、正しく受け取ってくれたようだ。

 

 

「ただ今回のようにカントーっていう土地を成す大元に影響が出るのは、当然良しとは出来ません。その過程で多くのポケモンに害が及ぶであろうことが、簡単に想像できますからね」

 

 

 俺としてはそう続けておく。

 今回の調査で言えば、源流域の清水にいたヒンバス。もしかしたらあれなんかも、初めから生息していたポケモンだったかも知れないからな。というか居たと考えるのが自然ですらある。ヒンバスは適応的にはむしろ、どこに居てもおかしくはないくらいだし。

 オーキド博士の『ポケモン図鑑』にはポケモン保護 ―― 密漁防止のための区域制限、情報制限があるんで、登録されるかは別として。ただ、もしかしたら。そういう世界であるからこその可能性を潰してしまうのは、やはりいただけないと思うんだよ。

 

 

「そもそもお家という家柄があったとしても。政治の分野にまで深く口を出せるかというと、そうではないはずです。……エリカお嬢が主に気に病んでいるのはゲームコーナーでしょうと推察しますが、あれの誘致についてご両親が強く反論できなかったのは、緑化政策を推し進めた反動でしょうからね」

 

「……」

 

「なので、意味を持つのはこの後の行動だと思います」

 

 

 ……だからこそ、ここでひっくり返しておく必要も、無きにしもあらず。なのだろう。

 俺は肯定しておくことにする。 

 

 

「きっと貴女の行動に意味はあります。だって家出ですよ? 子どもならではの、両親にまっすぐ届く行動です。抗議の意味合いもきっちり含まれています。その後の折檻があるにせよ、貴女はそれくらいは織り込み済みで動いているでしょうし……」

 

 

 どうして。何を狙って。そういう思惑をさておいて、勇気の必要な行動であることには違いない。

 エリカお嬢様は思慮深い行動をする人だ。だからこそ『家出をした』という行動に意味がないはずはない。

 あとは、その家出先になんで俺が選ばれたか。それについても理由は多分ある。……この年代にこういう(・・・・)話を出来る人なんて普通はいないよなぁ、って事だろう。

 俺としてもそっちの情報を得るための道筋はあって損はない。同様に、こういう会話が出来るのはミィくらい。ナツメはまぁ本格的にジムリーダーになってからかなと。

 だのでまぁエリカお嬢様が……もし。もしもだ。俺のことを。

 

 

「貴女にとっての俺が『友人』に分類されるのであれば。世間的にも『友人宅に遊びに行っていた』で済ませられるんじゃあないでしょーかね」

 

 

 ということにしておくのが、1番波風の立たない落とし所であろう。

 多少は年齢も離れているけれどご愛敬。さて、ご反応の程はいかに。

 

 

「……わざわざ理屈で道筋を舗装してまで、肯定をするのですね。貴方は」

 

 

 驚いてはいるが、少し呆れた様子もこみこみで……エリカお嬢様は笑っていた。

 んー。ならばよし!

 

 

「んでは、子どもらしくはない同盟の結成ですね。同士エリカお嬢。上手くやっていくことにしましょうということで」

 

「ふふ。謹んでお受けいたします」

 

 

 差し出した手のひらが握り返される。

 そのまま俺は腰を上げる。着いたばかりで申し訳ないが、エリカお嬢様にも着いてきて貰う事にしよう。

 外套をもいちど羽織って、玄関口を指さして。

 

 

「んじゃあ、夕飯の追加の買い出しにでも行きましょーか。ひとり増えましたんで、メニューとか変えてシンプルにしよかなと」

 

「あら。それはご迷惑をおかけして……」

 

「なら荷物持ちはエリカお嬢にお願いします。荷物持ちは我が母のカイリキー借りるんで、どうせカート押すだけですけどね。料理はどのくらいできますか?」

 

「えぇと、お母様の手伝い程度なら」

 

「十分です。なら俺とエリカお嬢で作りますか。……んじゃあ、行ってきます! わがははー、お米だけ炊いといてー!」

 

「あっ……あ、えぇと、えぇと……行ってきます!」

 

「行ってらっしゃいなー」

 

 

 最後に我が母から投じられたカイリキーのモンスターボールを受け取って、友人お泊まりイベントのため、ふたりで近くのスーパーに買い出しに出掛ける暮れの日であった。

 

 

 ……ついでにいえば。

 この後、お泊まりイベントの名に恥じず色々とハプニングがあったりはした。

 お嬢のモンジャラが料理を手伝おうとしてやけどしたり。

 寝間着の着付けを俺が手伝わされたり。

 我が母が俺らを一緒に寝せようと画策したり。

 まぁそんなことがあったけども……俺が心労ためただけなので、割愛させて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして改めて見ても、聞いても。

 彼は不思議な印象を受ける人だなと思いました。

 

 

「どう、エリカちゃん? うちの息子は」

 

 

 入れ替わりに彼がシャワーを浴びている間。髪を乾かしてもらいながら。彼のお母様が、わたくしに向かって問いかけました。

 彼のポケモンであるニドラン♀がかけてきて、膝の上に乗って。そのまま鏡と向かい合いながら、問われた事について考えます。

 どう。……こんな男の子(・・・)が居るとは思っていませんでした、という感想になりますね。

 

 

「そうね。私からすればエリカちゃんも大概だけれど」

 

 

 苦笑なされて、そのまま続けます。

 

 

「そうね。まぁ、気むずかしくて面倒でいつも何か考えているような子よ。今日も貴女が来たとき、すぐに両親にこっそり(・・・・)連絡を、ってお願いしてくるような。そんな息子。……あの子とミィちゃんが『化石ポケモン』っていう研究分野を足かけにして大学に籍を入れたいって言ってきたときには『マジか』って思ったけれど……」

 

 

 溜息に苦笑を重ねて。それでも、前を向いて。

 

 

「けれどきちんと目標を見据えてはいるみたい」

 

「その目標とは、彼が今オーキド博士と一緒に居るという……?」

 

「そうかもね。でも、そうじゃないのかも。研究そのものと言うよりは、もっと奥を知りたがっているように見えるわね」

 

 

 化石復活のための細胞再生技術とか。枠組みとか。進化とか。そういう単語を並べて。

 

 

「でもまぁ、まだ目先の事に精一杯みたいよ。だから友人が増えてくれることは、素直に嬉しいのよねぇ」

 

 

 お母様が、じぃっとこちらを見つめています。

 

 

「そういう意味では、エリカちゃんの視点が一番あの子に近いのかも」

 

 

 わたくし、ですか。

 ……そうなのでしょうか?

 

 

「えぇ、そう。だって人とか、その後ろにある枠組みとか、環境とか。そういう部分にも着目しちゃう性格でしょう? あの子もそうよ」

 

 

 そう言われてしまうと、似ているような気がしてしまうから不思議です。

 

 

「それで、お眼鏡にはかなったのかしら? 正直親からしてみれば優良物件とは言えないけれども……この年であの性格してるのは貴重、とだけは言って(セールスして)おきましょうか」

 

 

 わざとおちゃらけた様子で、お母様はそう笑います。

 ……家出、だなんて。清水の舞台から飛び降りるくらいの決心で、けれど無計画にふらっと現れたわたくしを。自分で家出をしたそのくせ、「親にはなるべく迷惑をかけたくはない」だなんて。そういうわたくしの高望みを汲み取って、わざわざ買い出しにまで出掛けて……スーパーでわたくしと歩くことで世間に向けた「友人宅を訪れていたというアリバイ」を作ってまでみせて。

 こういう事が出来る人。そういう人。確かに貴重、なのでしょう。

 

 

「悩んでそうなのはエリカちゃんの顔を見たら判ったけれどね。多分それはあなたのご両親も同じだと思うわよ。だから多分、あの子のばらまいた筋書きには乗ってくれるでしょう」

 

 

 最後に髪を()きながら。

 

 

「だから、エリカちゃんがあの子の友人でいてくれるなら。いつかあの子が立ち止まった時、力になってくれると嬉しいわね」

 

 

 少しだけ諦めを込めた笑顔で、お母様はそう言って下さるのでした。

 

 ……だから、わたくしは決めたのだと思います。

 来年から始まるエリートトレーナーのコースを受講し、家を継ぎ、いずれは胸を張っていられるジムリーダーになろうと。

 ふらっと。そう。ふらっと……彼に甘えてしまった(・・・・・・・)わたくしが、今度はいつか彼の力になれればいいな、と。

 今度こそは、その時に、後悔をしないようにと。

 

 ついでに、ふと考えます。

 お眼鏡に適ったのか。……適ったのでしょう。特に考えなかったはずの家出の行き先。わたくしの足は、自然とここに向かっていました。共同したおかげで、頼りになる人なのだと感じていたからかも知れません。

 気にもなるのです。どこか遠くを見ているようなその視線も、考え方も。この年齢で同じ目線でお話が出来るのも、もちろん。

 

 だとすれば、彼の傍に居ることはやぶさかではなく。

 明日も明後日も、いずれ来る未来も。隣に居て迎えることが出来たのならば。

 それはとても嬉しいことなのだと。

 そう、思えたのでした。

 

 






 わたしのイメージのエリカさんだと、どうしてもテンプレートなお泊まりの展開にはなりませぬ……。
 ゲーム外のものを統合しすぎるのも、原作味が薄れるのであれなんですけれどね。流れが流れなので仕方ない。ダイパよりもダブルの大会に備えてイエッサンなど育成する今日この頃。



・タマムシ周りのこと
 お金が潤沢に巡っております。


・外来ポケモン
 それも含めて生態系ですからねー。それだけでなく「ゲームマップの外」に居た可能性もありますし。……ただデルビルについてはあからさまに「それっぽ過ぎる」ので取り上げていますが。
 そもそも道路外やマップ奥なんかを見られないのは「ゲーム上の都合」として処理しておりますのであしからず。



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θ8-8 タマムシ空港(とか)にて

 

 

 

 そんなこんなで日々を過ごしつつ、来たる『決戦』に向けて準備を整える俺。

 土地の許可取り(権利はあやふやだったので国の方に取りに言った)と荷物の搬送を輸送(カーゴ)屋さんにお願い。自身の装備品を買い揃えて、メンバーを選抜。

 ……選抜、していたんだがなぁ。

 

 

「―― では、班長はショウということで。満場一致じゃな」

 

「おー」「りょーかいぃ」

「888888」「ないすぅ」「ハンチョー!」

 

 

 小さくて暗くてじめじめした、天下のタマムシ大学研究室の一画。

 おー、という数人の歓声と共に拍手があがる。困惑する俺。満面の笑み、携帯獣学の権威オーキド博士。

 なんと、件の決戦……遠征におけるチームリーダーが、俺に決定してしまったのだそうだ。

 

 

「いやいや、なんで筆頭研究者とかいう名目まで俺が被るんですか。色々と問題ありません?」

 

「肉体的にはな。ただ、それ以外において……知識とポケモン繰りについて、お前以外に適任はおらんじゃろ」

 

 

 オーキド博士は呆れたようにそう言うものの……まぁ、教授戦ではないし。班長になるくらいは問題ない、のか?

 実質、この遠征の立ち上げは俺みたいなものだからな。オーキド博士の新種調査に端を発しているとは言え、『あちらの研究班』に便乗してみせたのも俺自身。その指揮を執らされるくらいは、許容すべきなのだろう。

 

 

「というか俺がトップで良いのか我が班員」

 

「いいですよー。むしろ研究もポケモンバトルもこなせる人材なんて、ショウさん以外にはあり得ないですよぅ。私も向こうの地方には縁がありまして、すこしばかり立ち回りは援護できますから、楽しみにしていて下さいねっ!」

 

 

 ぐっと親指を(上に)立ててみせる我が班員。そういや生まれがあっちだものな、この人。

 実働部隊の人らから、信頼を勝ち得ていること自体はありがたいけどなぁ。

 

 

「不安なんですって。だって海外ですよ?」

 

「理解はできる。ワシもこの規模での遠征は初めての試みでな。あちらにはあちらで大きな研究機関や大学があって、そちらで同様の研究を立ち上げては居るが……土地的にはその国の南側ではある。研究領域的な問題は起こるまい。駄目ならワシの名前でも出しておけば良い」

 

「ありがたいんでそうします。そうならないようにはしますけどねー」

 

 

 まぁ後から起こりうる軋轢(あつれき)やらは、結構俺個人としてはどうでもいいんだけどな。肩書き借りられるのはありがたいんで。

 単純になー。野生ポケモンのレベルが不安っていうなー。

 

 

「調べた限りでは、ポケモンの分布的にはだいじょうぶだと思いますけどねー」

 

「マッギョに注意しましょう、マッギョに……。泥中のあいつらは怖いっす」

 

 

 我が班員達がちょっとだけ補足はしてくれる。

 肉体強度や技練度といった、野生ポケモンのレベルの直接的な(サンプリング)調査は未だされていない地域だ。ただ、「野生ポケモンが進化している割合」を見るとおおよそ割り出せたりする。それをみるに、奥地までは十分に行けそうなんだよな。野生ポケモンとのバトルは道具をフル活用して避ける方針だし。

 調査対象がそもそも、そういう場所を好んで住んでる……ってのも理由としてはあったりするからな。

 

 とかとか、思わせぶりな駄弁りを重ねているとだ。

 

 

「―― あ、お迎え(・・・)ですよぅ、ハンチョー!」

 

 

 扉近くに居た班員が声を上げた。

 片手でそちらを指さし、その口元にはなんかこう形容しづらい茶化す系統の笑みを浮かべつつ。

 ……あー、お迎えってことはだ。

 

 

「お迎えにあがりました。ショウさんはいらっしゃいますでしょうか?」

 

 

 着物をお召しになられて、しずっと。直近にご縁のありまくりな、エリカお嬢様のご登場である……!

 俺は頭をかきつつ壁時計を見やる。残念、電池切れだ。世の中PC頼り。腕時計もない有様で、トレーナーツールと一緒にしたものを作る(・・)つもりなのである。残念年齢一桁社会人!

 

 

「あー、もうそんな時間だっけか」

 

「えぇ。フライト(・・・・)に間に合わせるなら、余裕はあまりありませんわね」

 

「我ながら時間管理が酷い……。……んじゃあ、後は特に詰めるところもなさそうだしまた明日って事で」

 

「うむ。それじゃあの」

 

 

 博士らに見送られながら、雑紙とモンスターボールの入ったリュックバッグを手に持って、ささっと研究室を後にする。

 エリカお嬢様が待つ側、黒塗りの高級車の扉の中へすいっと飛び乗った。

 

 

「では、出発して下さい」

 

 

 隣にエリカお嬢様が座って、運転手さんが扉を閉めて、車が動き出す。

 タマムシシティの外縁部を通って公道へ。目指す先は公営の空港だ。

 

 

「研究の準備の方は順調でしょうか?」

 

「まぁおそらくは。権利関係は大丈夫そうなので、あとはやってやれな気分になってきました」

 

「ふふ。なら大丈夫ですね、ショウさんなら」

 

「いや、何を根拠に……」

 

「先日のわたくしとの協働を根拠に。ショウさんの知識を下地にしたアドリブ力は、十分に見せていただきましたから」

 

「あー……あー。そですね、はい」

 

 

 ぐぅの根も出ない反論である。そういや俺の研鑽の成果はエリカお嬢様には見せてたものな。お手上げしておこう。

 

 

「まぁアレを見て『俺に知識がある』って判断出来たエリカお嬢様も相当だと思うんだよなぁ。……エリトレコースってそんな雑多な知識が必要なんで? いっちゃあ何だが、トレーナー資格だけならほぼ義務教育みたいなレベルの試験だよな。運転免許というか、文語力の問題というか」

 

「そうですわね。ただ、ポケモンに関する知識は追々詰め込む形になるので……どちらかと言えば制度関連が多いですね。試験内容にも、バトルの実技などはありませんから」

 

「ほえー」

 

「国が認可した公的な資格で、その活動による収入を許されるというのは大きなものですからね。ただでさえ最近はポケモンバトルの興行化が各国で進められておりますし……」

 

 

 ここ数週間。毎日のように送り迎えをされているうちに、すっかり慣れた(慣れてしまった)間柄だ。

 大学の敷地内から中央付近に向けては、公的な交通機関が少ない。そこをまんまとエリカお嬢様に付け込まれた形だったりする。ラッシュ時間帯以外での送り迎えは……ありがたいです、はい。

 そもそも飛行機の国際便が発着しているタマムシ-ヤマブキ付近では飛行ポケモンによる交通が制限されているってのが大きいんだよな。その代わりにこうして車が走るための道路が整備されているっていう面もある。

 

 

「っとっと。そういえばこの間のサンプルだけど、水質については変わりなしって認められた。源流域の再調査は必要なしって言われたよ。いやほんとありがたい。エリカお嬢様も、ありがとな」

 

「ふふ。お力になることが出来たのならば幸いです」

 

「これで懸念はつぶせたし、図鑑はおよそ目途は立ってきたかな……草タイプについてはリストを送っておくんで、ジムの方で目を通しておいてくれるとありがたい」

 

「判りました」

 

 

 適当な会話をしている内にも窓の外の景色は流れ、どんどんと移り変わってゆく。

 ……んでは、そろそろかね?

 

 

「そいじゃあちょっと踏み込んで聞いておきますが。ご両親との進捗はどんなもんでしょ」

 

「良好です、と言ってしまえるでしょうね」

 

 

 エリカお嬢様は窓の外から振り返り、俺の目に向けてがっつり視線をぶつけながらの返答をくださった。

 そうかぁ。まぁ、(世の中に存在する噂好きな人々の琴線には触れることなく)センセーショナルな事件にもならなかったみたいだし。いい感じには運べたんかね。

 

 

「家出については父が。ゲームコーナーについては、特に母が話を聞いて下さりました。あんなに話したのは久しぶりでしたわ」

 

 

 ほぐれた感じの笑みで、エリカお嬢様は続けてくれる。

 ゲーム的にもあそこはロケット団としては総本山みたいなもんなんで、監視とまではいかなくとも、注視していてくれると助かるんだよな。ほんとに。

 ……シルフカンパニー? あそこは本質的には普通の企業だからな。R団の色が強くて売り上げ伸びるはずはないし。

 ……トキワジム? あっちはリーダーとしての側面が強い普通の場所だと思ってる(遠いし怖いので近づいていない)。

 

 

「まぁ、家族仲がこじれなかったんなら俺としても万々歳です。工夫した甲斐がありましたね」

 

「えぇ。……ちなみにですが」

 

 

 何にちなむのかは知らんけど……エリカお嬢様がふと笑みを和らげる。

 

 

「ポケモンジム自体、研究畑の人との繋がりはあまりなかったようで……そういう意味でも喜んでくれてはいるようです。父も母も、ショウさんとお会いしたいと仰っていましたわ」

 

 

 にっこり。気のせいか、運転手さんからもバックミラー越しの視線を感じた。

 いや両親紹介とかRTAじゃないんだから……う゛ぅん。俺の方はもう挨拶されてたわ。観念するべし。抗うなかれ。

 

 

「時間があれば、是非に」

 

「ありがとうございます。ではわたくしの方で、予定を組ませてもらいますわね!」

 

 

 実に楽し気な調子で言われるとなぁ。なんとも拒否はし辛いのである……!

 むしろ声を震わせることなく返答した俺を褒めて欲しいくらいだよっと。

 

 

「……ふぁあ」

 

「おっと、眠いのか?」

 

「えぇ。失礼ながら、少しばかり」

 

 

 エリカお嬢様があくびをしていた。

 今現在は真昼間とは言え、眠気というのはどうにもし難い。体を壊すとかしないでくれればいいんだけどなー、とか自分の激務ぶりを棚に上げながら思いつつ。

 

 

「なら空港に着くまで寝てたらどうだ?」

 

「……よろしいので?」

 

「そらもちろん」

 

 

 なんかこう礼儀とかに気を使うならマイナスなのかも知れないけどな。

 俺とエリカお嬢様だとそんな仲でもない。いや、ビジネス的な感じではないというだけで深い意味はないけれども。

 

 

「……そうですわね。ショウさんが許してくださるなら。……では、失礼して」

 

 

 言葉からしばらく置かず、エリカお嬢様はすやっと寝息を立て始めた。

 寝姿を見続けているのもなんなので、俺は膝の上でノートPCを起動して向こう方への機材確認メールを作成。

 作成していると、だ。

 

 

「すぅ……すぅ」

 

 

 肩にとすっとした重み。

 ……状況をおさらいしよう!

 高級車両のシート上、隣にはエリカお嬢様のみ、彼女は眠っていていや自分でオッケー出したので起こし辛い!

 いやさ。間違いようもなくエリカお嬢様が俺の肩に頭を乗せてるんだろうけどさ。視界の隅にさらっさらの黒髪が見えてるけどさ。指摘できんでしょ、これ……。

 

 どうしようもなさに正面を見る。

 バックミラー越しに運転手さんからの視線。

 起こすなよ。あるいは、覚悟をきめろ。

 そんなお言葉を眼力伝いにもらった気がした。

 

 そうなー(諦め。

 目的地であるタマムシ空港に着くまでは、快適な枕になることを目指して、まぁちょっと頑張りますかね。色々と!

 

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 

 そうしてようやくと到着したタマムシ空港のロビーにて。

 多数行き交う人の中でも、しっかりとわかる。

 少しだけ曲がった腰と胴着。ひょうきんな中に、意図的(・・・)に隠したオーラ。

 

 

「―― おっ。来てくれたのね、ショウちん!」

 

 

 お目当てのお人、マスタードさんがそこに居た。

 そう。本日はこの国を津々浦々巡っていたマスタードさんとダクマ(と奥さん)が、別の国へと旅立つ日なのだ。

 どうやらカントーだけでなくジョウト、それどころかシンオウもアルミアも、ホウエンまでも回ったらしい。なんとも健脚なおじいちゃんである。まぁ、あの人の肉体年齢を考えると当然に出来るんだろーなとも思うんだけどさ。

 俺は小走りで駆け寄りながら、頭を下げる。

 

 

「待たせてすいません」

 

「あら、ぜんっぜん遅れてないけどねぃ。というかショウちん、いいの? 女の子を待たせて」

 

 

 俺のずぅっと後ろ。空港の入り口付近で運転手と共に待っていてくれているエリカお嬢様を指して、マスタードさんは言う。

 ……いやこれに関しては完全に俺の都合で車動かしてもらってるんで、待たせるのは確かによくないんだが。挙句「別れの挨拶はおふたりで」とか言って、空港の入り口で待っているんだものなぁ。

 

 

「彼女がこないだ言ってた研究の出資者のひとりで。いや、俺の都合なんですけど、って一度断ってるんですけどね。送らせろとの要望が……」

 

「ほーん。……素質があるみたいだね~」

 

 

 ヒモじゃないんだがっ、という反論はしたいけど説得力がないので取り下げておく。代わりに苦笑。

 

 

「それはそれとして。ダクマは元気でしょーか。姿が見当たりませんけど……」

 

「そうね。……おっ、来た来た」

 

「―― グマッ!」

 

 

 頭上 ―― 2階のロビーからダクマがすちゃっと降り立った。

 軽快なアクション。ダクマと俺で、拳を合わせて挨拶。ついでに空港の警備員さんとガーディに叱られるまでがワンセットな。

 

 

「空港の端まで来まして、と。……少しはお役に立てたんですかね? 俺にはあまり実感がなかったんですが」

 

「もちろん! ダクマ、いろいろと学べたみたいよん」

 

 

 発着場の方向へ歩きながら、マスタードさんは軽妙に笑う。ダクマもグマッ、と力こぶしを作って見せた。

 

 

「にしても、実感できてないのね。うーん。まぁ、ショーちんの研究者としての(サガ)なのかもねぇ。これはお礼替わりに、具体的に言っちゃうけど……」

 

 

 マスタードさんは、ダクマのやんちゃな様子を目端に留め置きながら指折り数える。

 

 

「ワシちゃんの所属してたガラルリーグでは、1対1じゃない戦闘ってのはスタンダードじゃないのよん。そこでしか得られない強さもあれば、でも、そこでは得られない強さもある」

 

 

 そうな。ガラルは特にポケモンリーグの興行化という意味では先進地方だ。

 そして……うん。シングルの「見せ合い6-3」どころか、「見せ合い」という概念すらも希薄なのが今現在のポケモンバトルだ。

 公認リーグで禁止されていない。だからこそ成り立つ技術も沢山ある。俺のサイン指示とか、大きな視点で見た場合のナツメの念交信(テレパス)指示なんかもこれにあたるだろう。

 

 

「で。リーグという基盤が合って、ポケモンが……1対1で対面することが基準とされてしまう以上。非常に面倒な問題がひとつ、浮かび上がってしまうのよね」

 

「あー、……ですねー……」

 

「ショウちんは理解しているね。そう。ことポケモンバトルという分野において、ポケモンという種族には、『強いポケモン』と『弱いポケモン』がいるのよん」

 

 

 まぁマスタードさんほどバトルに造詣が深ければ、行き着くのも当然か。

 そうだ。この世界では能力の数値化がされていない。つまりは……『未だ強い弱いの概念が薄い』ということでもあるのだ。

 

 

「生まれた種族が、強かったり弱かったり。残酷だって、考える? そういう人も居るのかもねぃ。でも、そうじゃあないとワシちゃんは思う。ポケモンバトルという分野があって、それが発展進展を遂げる以上、ポケモンの種族別の強さというのには絶対に行き着く。ひとつの知識の到達点にして、壁でもあると思うのよ」

 

「そうですね」

 

 

 だからこそ俺は率先してその分野に「先に足を踏み入れさせてもらっている」んだからな。

 マスタードさんは続ける。

 

 

「それは種族もだし、もっと細かく広げてゆけば、タイプの話にもなるかもね。弱点の多い少ない。有効技の多い少ない。……ただこれは、ワシちゃんがガラルリーグでしのぎを削った相手がフェアリーな相手だから、特にそう思うのかも知れないけれど」

 

「……あのお方はまぁ、何でもありって感じですよね」

 

「あっははは! ショウちん、お気に入りみたいね。今度ワシちゃんから紹介しといてあげよっか?」

 

「それは是非。俺の研究の第二ラインはその辺り……『カントーに存在しない新タイプ』なので、繋がりはあるとありがたいですね」

 

 

 なら後でメールしとくね、とか軽い調子で連絡先を俺に渡してくるマスタードさん。なるほど、用意周到だ。

 ダクマがびっくりして立ち止まってしまったので、先に合った動く通路をわざと避けて。

 

 

「強いポケモン。強い種族。強いタイプ。そういうのが凝り固まると、リーグっていう組織そのものにも悪影響が出るよね。だって、見てて楽しいバトルからは遠ざかっていくのだもの。モチロン、闘っているポケモンとトレーナーはまた別だけどね? だって皆で頑張って、勝ったら嬉しいでしょ!」

 

「それはもちろん。そういう所から突き詰めていくと、っていう話題ですからねこれは」

 

「わかってるーぅ!」

 

 

 ここまで話が広がると、俺としても理解はできた。……この人は。

 

 

「だからワシちゃんはね、もっと『ポケモンバトルで出来ること』を広げようって思って旅をしているのよ。今回のショウちんから『対多数の戦闘を学んだ』ダクマも、そのひとつ。より自然でゲリラな……ワイルド(・・・・)な戦闘ってのは、価値のある(・・・・・)ものなのよん」

 

 

 今回の調査におけるバトルは、俺としては初となる、悪の組織との対面。つまりは『負けられない戦い』だった。

 そういうバトルの上手さっていうのは、少なくともリーグでは必要とされない。しかしもっと大きな盤面で要される可能性のある、欠かす可能性はあれども重要性の高い力なのだ。

 んー、そこまで見据えられてるとな。うん。理解はできた。マスタードさんは「俺と視点が同じ」なのだ。

 ……なんか最近、そういう人とばっかり合うのな! エリカお嬢様にしかず!!

 

 

「その点について、きっとショウちんは有効な答えを出してくれそうだからねぃ。ワシちゃん、安心しちゃった!」

 

「俺としてもお役に立てたってのが判ったんで安心しました。……いや、普通にダクマを戦力として護衛してもらってましたからねー、調査の時は」

 

「グッマ」

 

 

 チャームポイントの眉毛をひそめて、気にすんなよ、だろうか。

 人と過ごしているのが長いだけあって、このダクマは非常にコミュニケーションが取りやすい、判り易いんだよな。

 

 

「こういう旅を続けていれば、こういう答えに出会える偶然がある。だから楽しいのよねぇ。お嫁さんに付き合ってもらってるのだけは、ちょっと不安かけてないかが心配だけども……」

 

 

 言葉を続けていたマスタードさんが、立ち止まってニカっと笑う。

 理由は単純。飛行機につながるゲートの手前に、「いきいきと待ち構える」女性の影が見えたからだ。たぶん、奥さんだろーと。

 

 

「それもまた、いつか笑って話せるエピソードになってくれると思うからねぃ! だからね、ショウちん。いつかワシちゃんがガラルに戻って腰を落ち着ける日が来たのなら、一緒にお相手して頂戴ねっ!」

 

「グッマァ!!」

 

 

 そういう楽し気な様子を残して、マスタードさんは再び諸外国へと旅立ったのであった。

 うーん。あのバイタリティは見習わないとな。そんでは俺も、遠征に向けて本腰入れるとしますかね!!

 

 







 14日に書いていたので実質バレンタインディ(戒め
 エリカ編、ほんとの最終決戦。



 こういう内容を書いている最中にアルセウスが出てるので、びっくりした気分も無きにしも非ず。
 アルセウスよりも先にやってるので……(戒め。なんなら投球フォームでボール投げるのも剣盾より先で、BW時代に書き始めたこの書き物でリメイク次元とかやっているので……(戒めの戒め


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Θ幕間 飛び立った後に

 

 

 1992年6月。

 少年が外国へと調査のために旅立った辺りにおける、別視点のお話。

 

 

 ―― Side ミィ

 

 

 空港にて少年を見送った少女(達の1人)であるミィは、シルフカンパニーの個人研究室にて黙々とパソコンに向かっていた。

 在住はタマムシシティの少年と同アパートなのだが、親がシルフカンパニーへ出向している研究者であるため、此方に入り浸っていても別段不便があるわけでもなかったりする。

 親の紹介で研究職として配属された彼女は「開発」を行う部門において結果を出した。少年がオーキド博士の班で結果を挙げる内に、主に「モンスターボール内でも使用できる道具」「転送機能を応用した鞄やトレーナーツール」「ポケモンの肉体データを生かした世界初の人工ポケモンの開発」といった末恐ろしい商品開発を進めたのである。

 ……いちおう、最後の研究に関しては彼女が率先して進めた訳ではなく。それを押し出そうとした組織(・・)に任せてはいられなかったという理由もあるのだが。

 現在の職位も上の方。というか人工ポケモンの開発とやらのせいで、ほとんど独立した部署になってしまったから昇進したという意味合いが大きい。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 格好はゴスロリ服(実は猫耳フード付き)にインバネスコートを羽織るというなんとも目立つうえ暑苦しい格好だが、そのくせ汗ひとつかいていない。こんな格好とその年齢にも関わらず部署の開発班には舐められておらず、むしろ尊敬すらされていた。会社における地位が高く、インパクトのある研究を任されている。それだけでも衆目を集めるのは間違いあるまい。

 

 

「(……まだ、調整が必要ね)」

 

 

 息をついた少女はグラフィックボードから顔を上げて距離をとり、休憩。束の間、少年のことを考える。

 ここ数年、少年とはかなりの頻度で連絡を取り合っている。とはいっても、住んでいる場所が違うために直接会うことがなかなか出来ないのも、また事実。

 

 

「(……ショウは、上手く。やれるのかしらね)」

 

 

 あの少年は、必要であるとはいえ外国にまで行ってしまった。

 そこで待ち受けているのは「ポケットモンスターという原作を大いに盛り上げた要素」を満たすために不可欠なイベントで……大変であることは言うまでも無い。

 こうは言ったが、うまくやらなければならない。必要性のある案件なのだ。

 

 

「(……いくら、知識は。最新のものがあるとはいっても。身体能力は普通の8才のものでしょうに)」

 

 

 肉体の能力については年相応。鍛えなければどうしようもない。しかもこれまでは飛び級や研究に対して時間を割いていたため、肉体能力に関する訓練の時間はあまり取ることが出来ていないのだ。

 また、ゲームとの認識の差を埋めるため、ポケモンバトルの訓練も欠かしてはいない。その成果こそ「ハンドサイン指示」や「指示の先だし」といったものに現れていると少女は思う。

 

 

「(……ここで、私が心配していても。詮無きことね。どうせナツメやエリカお嬢様が私の分まで心配してくれるでしょう)」

 

 

 自分がむやみに心配したとて、少年の安全を保障するわけでは無い。他の(見送りで凄く心配していた、複数形の)少女らに丸投げするとしよう。

 そう考えを切り替えた少女は、自分に出来ることを始めるために、またもパソコンに向かうことにする。

 

 

「(……それにしても、『この子』)」

 

 

 手元にスペックが浮かぶ。2000年での開発が予定されていたパソコンの中の「人工ポケモン」は、この少女が開発を受けもったおかげで開発の時期を早めていた。

 この開発を推し進めていた組織。具体的に言ってしまえば『ロケット団』だ。

 手が早い。早すぎる。おそらくは「人の手でポケモンを作り出す」という研究においては、彼ら彼女ら悪の組織が第一人者であるに違いない。まぁ、無理もない。「生命を作り出す」などというのは、色々と抵触する可能性があるのに違いないのだから。

 そして……そういえば、と「この世界」について思う。

 

 

「(……この世界は、やっぱり。『私達を取り込んで初めて正史となる』ように進んでいるようね)」

 

 

 少年がかつて話していたゲームの中の歴史において「こいつ」の開発される予定の年は……1995年。FRLGの舞台となる、その前年の事象である。

 これは予定よりもかなり早い時期だ。そしてそれは、「少女が開発を請け負う」ことで初めて達成されるように思えてならない。事実、今そうなっているのだし。

 もちろん発表年数やら開発開始やらといった政治的な諸々を含めてしまえば、一概には言えない。しかし「この少女が開発すること」自体が世界の予定に組み込まれ、開発時期が変わったという可能性は非常に高いものだ。

 とはいえ、仕方がない。だって自分たちは、そのためにここへ来ているのだから。

 

 

「(……一応、私がいなくても。何らかの理由があって急激に開発が進む、と言う可能性もあるのだけれど)」

 

 

 だが、少女はあまり偶然を当てにしないタイプであるようだった。

 少し考える。だとすれば ――「自分たちが存在しないとすれば」。穴を埋めるための土嚢のひとつは。

 

 

「(……まぁ、いいわ。それより、『この子』の名前。……上の奴等は『シージーポケモン』とか名付けたいらしいけれど……)」

 

 

 少女は思考を戻して、グラボの中でぱたぱたと動く人工ポケモン、その種族名について考える。

 先にあったように開発が早まり、……それを喜んだ会社の「上の奴等」が嬉々として命名権を争っていたりもするのだ。勿論、少女にとっては果てしなくどうでも良い争いである。

 「コンピューターグラフィックスポケモン」。なるほど、狙いは理解できる。人工のポケモンというインパクトをマイルドにするため、あえて物々しい……「人工物っぽい」名前を冠したいのだろう。

 悪くはない。悪くはないが……そもそもCGじゃあない。語弊がある。モンスターボールから外に出すにあたって、デボンコーポレーションなどからも助力を得て、色々と現実に存在する素材を使わせてもらっている。

 ならば変えてしまおうか。そう思う。先に付けてしまえば、まぁお小言は言われるだろうけれども、製作者の当然の権利として認められはするだろう。

 

 

「(……後で、登録変更をするのも。どうせ私の仕事になるのだろうし。それなら初めから『バーチャルポケモン』で良いでしょう。……何より、面倒)」

 

 

 少女はそのポケモン……本来ならばポケモン種が「CG」から「バーチャル」に変更されるのが未来の歴史にて確約されていた……の種を命名し、登録することを決める。種族名だとて、少年が属しているオーキド博士の側に強い力があったはずなので、そちらに手を回しておけばいさかいは少なくて済むだろう。手間は減らしておくべきである。

 

 

「(……きっと、『電脳戦士』とかになるよりは。大分マシでしょ)」

 

 

 そしてまた、仕事を再開するのであった。

 

 






・ポリゴン
 初期からポケモンの種族名が変更された経緯があります。
 CGポケモン→バーチャルポケモン。
 人工ポケモン、って改めて見るとものっそい出来事ですよねというお話。


・電脳戦士
 いい加減許してやっちゃあくれませんか、アニポケ様ぁ……。
 だってあれ悪いのポリゴンじゃあないじゃあありませんか。


・ポケットモンスターという原作を大いに盛り上げた要素
 初代ポケモンはゲーム性もさることながら、あるひとつの要素が大きく界隈を盛り上げていたと記憶しています。

 道具の七番目でセレクトボタンを~秒。
 アネ゛デパミ。
 勝負できるオーキド博士。

 そういう要素ですが、しかし、ポケモン屋敷やハナダの洞窟のフレーバーから読み取れる、ひとつだけ。
 公式から実装されていたのが印象深いのですよ。





 20220801改稿。
 削った部分はありません。ミィの口調はやや修正しました。


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Θ9 フキヨセシティにて

 

 

 1992年、6月。

 俺と研究班はフジ博士達と合流し、海外のイッシュ地方へと飛んだ。

 ああ。初の海外である……!

 

 一旦は飛行機でヒウンシティの空港を経由。現在は俺だけで、フキヨセシティにまで来ていた。

 フキヨセシティは環状に起こされたイッシュ地方の街のうち、西側に位置している。最大手の航空貨物輸送会社である「フキヨセカーゴ」があり、そこから荷物などを受け取る必要があるためだ。

 いやさ。機材とかは流石に空輸しないと何ともならんかった。手続きもそうだし検閲もされたしな。 

 ……つまり、外国でもやらなくてはいけない仕事が山ほど待っていたのである!

 調査のための了承、現地ガイド的な人、国間を超えたポケモン調査についての了承・申請の最終確認などなど……こちらに着いてから行うこととなっていたのだ。

 しかし。

 

 

「……といっても、俺はあんまりすること無いんだよなぁ」

 

 

 そう、現在のところ俺がやるべきことは少ないのだった。

 事情を知らない現地の人には俺は只の子どもにしか見えない。そのため、他の研究員達が調整・連携をやった方が結果として時間の短縮になるようだった……と言うのがここ数日の活動から得た結果だ。ハンコも必要なく、今はもう電子決済みたいだしな。ここ。

 そんなんで俺は受け取り予約の確認を済ませ、機材の輸送の指示を出した後の暇をもて余しており……とはいってもそうそう自由に動くことも出来ず……とりあえずぶらぶらしている。

 街周辺の野生ポケモンとか、すっげぇ気になるんだけれどな。流石にひとりで出歩くわけにもいくまい。なにせイッシュは、野生ポケモンが魔境なのだからして(いやほんと)。

 ならばこんな時こそ無駄思考といきたいのだが、考えるにもネタがなくてはな。

 ……と俺が歩いていると、

 

 

 《――――ゥゥヴン!!》

 

 

「うっわ、すげぇ音」

 

 

 これは……飛行機か? と、近くにある滑走路を見る。すると3機の飛行機が順に降り立ったところだった。

 この町、フキヨセシティではそんなに珍しい光景では無いらしいが、俺は好奇心もあって近くへと行ってみることにする。うん、暇だしな。

 そんな感じで決めて滑走路に近づいていくと……飛行機からガタイのとても良いオヤジさんが降り、そこへ、建物の中から出てきた女性が近寄っていくところだった。

 

 

「はっはっは! いやあ、中々にきつかったな」

 

「あなた、無事でよかった! ……雨天の中でのフライトだなんて……」

 

「いやぁ、その点についてはすまないと思っている。だが、まずはこうして帰ってきたことを喜んではくれないか?」

 

「……まったく。……お帰りなさい、あなた」

 

「ああ、ただいま。……おおそうだ、フウロの様子はどうだ?」

 

「ええ、今は眠っているわ。やっと体重も増えだしてきているし、心配はいらないわよ」

 

 

 どうやら夫婦であるらしい。赤ちゃん談義を始める2人。

 ……あぁ、断片的な情報のみではあるが、おそらくはぶっ飛びさんの両親だろう。名前が聞こえたし。その辺の年齢だったか。

 これは俺が近寄ってもしょうがない、と考えて振り返る。

 の、だが。

 

 

「……あぁ、ショウさん! 良かったぁ、もう行ってしまわれたかと……」

 

 

 さっき手続きをしてくれたカーゴサービスの人が、大声で俺の名前を呼びながら近づいて来ていた。

 おかげで、うわ、俺の後ろのぶっ飛び両親もこちらの方を見ているが……ううん。まー良いか。

 とりあえずは急いで追いかけてきた理由を聞くべきだろう。

 

 

「どうかしましたか? 手続きに不備とか……」

 

「あのですね、ショウ様の荷物なのですが、搬送ルートで大雨の天候異常があって、搬送が遅れるそうで……」

 

「―― いや、待ってくれ。その心配は無くなったぞ」

 

「……うひゃあ!」

 

 

 カーゴサービスの人の台詞を遮る声。

 声の主を見るため後ろへと振り返ると……さっきのオヤジさんだった。

 

 

「突然すまないね。キミがショウ君かい?」

 

「はい、そうです。フキヨセカーゴサービスさんに機材の運び込みを依頼していました者で」

 

「私の会社を利用してくれてありがとう。それで荷物についてだが、大丈夫。私達が今、責任を持って輸送してきたところだ」

 

 

 なるほど、だから雨天フライトなどを強行してくれたわけか。

 ありがたいことだ。もちろんある程度は安全を確保できると判断したうえで運んでくれたのだとは思うし。ただなぁ。

 

 

「ありがとうございます。でも、良かったんですか? さっきあの人が言ってたのですが、大雨だったんでしょう」

 

「なぁに、心配は無い。これでも私は操縦と『空気読み』については1番でね。そもそも日程を遅らせないことは会社にとって重要なことだ。もちろん、荷物の安全も重要だがな」

 

「空気読みですか」

 

「ああ。風神様、雷神様のご機嫌取りでもあるな。その辺りは、空路の選択さえ幅が利けばなんとでもなるものなのさ」

 

 

 にやりと頼もしく笑うオヤジさん。なるほどな。確信があってのフライトだったわけか。

 だとすれば機材をありがたく受け取っておくか。そう考え、早速荷物の確認をさっきのカーゴサービスの人にお願いする。

 

 ……と。

 ……オヤジさんがこちらの方を興味深そうに見ている様だ。

 

 

「えー……あのう」

 

 

 なにか御用で?

 

 

「いや、この輸送は中々に大口の仕事でね。リーグを通しての依頼なうえに、ポケモン事業に関与する上の人(・・・)の監査も入った。その荷物の受け取り人にしては若すぎる……と思っていたのだが、なかなかどうして。立ち振る舞いは年相応のそれではないと思ってな。不快にさせたならすまない」

 

 

 これはしょうがない。

 俺の容姿は8才のそれであるため、もとの国(・・・・)ですらこのような反応をされるのは日常茶飯事である。外国なら尚更だろう。

 

 

「不快にはならないですね。むしろ褒め言葉として受け取っておきます。というか、そういうのを気にするんならこんな遠征調査で筆頭著者(リーダー)なんてやってませんので」

 

「ははは、それもそうだな。まぁ、これからもごひいきに。よろしく頼む」

 

 

 その後荷物のチェックなどをしている間、オヤジさんやその奥さんにポケモンバトルやイッシュ地方のポケモンについて、俺の研究について……等の話をしながら昼飯をご馳走になった。

 ついでに言うと荷物には全く問題はなく輸送されていたので、調査は予定通りに進みそうだ。 

 さぁ、次はヒウンシティに帰って仕事だな。

 

 

 

 

 ……ちなみにだが、フウロさんとは、断じて、顔も合わせていません。

 

 …………両親から攻略? うわ何という策士それも無い。

 

 ………………光源氏なにそれ怖い!

 





・フキヨセカーゴ
 本格的に使用するのはBW2。
 自然保護区域に行くとき、もしくはヤマジタウンに飛ぶときにお世話になる。


・フウロ
 BW、およびBW2のジムリーダー。専任タイプはひこう。
 エケチェン。



 20220801改訂
 地の文の整理と口調の調整のみ。展開の追加はなし。


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Θ10-① VSコクラン

 

 

 フキヨセシティで機材を受け取って後日。俺はとんぼ返りに、ヒウンシティを訪れていた。

 ここにある拠点に施設・機材の設置を行った後、食料関係の調整を行う必要があったからだ。これは出発地点で調達するのが最も手っ取り早いもんで。

 

 とは言っても。

 俺が行うのは確認と挨拶くらいなもんなんだがなっっ!!

 

 いやさ。そのために入国前から色々と手配をしていたわけなんだし。仕事が少ないのは良い事である。うん。

 さてそんな俺は現在、こちらの国のリーグとの仲介を申し出てくださったうえに研究への出資までしてくれた、さる「御家」の使いの人と会って、調整を終えたところだ。

 その使いの人物とは。

 

 

「―― 数の問題なしっと。これでどうにかなるな。ありがとな、コクラン」

 

「いや、こちらとしてもお代は貰っているしね。何よりショウの国だけでなく世界的に有名なオーキド系列とのコネが出来たのは、こちらとしても嬉しい限りだ」

 

 

 そう。プラチナにてバトルキャッスルのブレーンを務めていたコクランが「御家」の使いとして出てきたのだった。

 ちなみに家の側に俺が出向いているので、コクランだけでなく、メイドだの執事だのが後ろにいっぱいいるけどな。

 

 

「コネかぁ。……まぁ確かに、オーキド博士にはお世話になってはいるけれども」

 

「ショウが目をかけられているってのは把握しているよ。早速今回の調査もリーダーにされているみたいだし。……ついでに筆頭著者にされたりするんじゃないかい?」

 

「うっわ、って言いたいところだけれどもそうなるだろうなぁ。うーん、余所(・・)の目が怖い。具体的に言えばひがみが怖い」

 

 

 こちらの事情も理解してくれてるみたいなので、このくらいの世間話(ぐち)は構わないだろ。

 因みに彼とは年が近い(とはいってもコクランのほうが結構年上だけど)ことから、砕けた口調を使っている。コクランのほうも割と乗り気で、今では中々にフランクになってくれているのは嬉しい限りだ。

 

 

「まー、そもそも論文として出すかは気分次第だけどな。データ取るだけ取って、こっちの国に渡すかも知れんし」

 

「そういうこともあるのかい?」

 

「んー……リーグとの関係次第、とだけ言っておく。そんなだもんで、俺とのコネが役に立つのかは判らんぞ」

 

「いや、最近そちらの国に城を建てて本拠の1つにする計画もあるからね。……何より、(コネ)はいくらあっても困らないだろう?」

 

 

 にやりと笑うコクランに確かに、と笑い返す俺。なるほどなぁ。良い性格をしているじゃないか、コクラン!

 俺だって金持ちとのコネは困らない。実際に今回も出資していただいている身であるわけだし。

 

 ……そういえば軽く流したけど、城って! やっぱり金持ちは違うな!

 ただでさえ今居るのは「御家」が所有するビルの室内だって言うのに。ヒウンシティの一等地だぞ!?

 

 んまぁ、金持ちだろうとさる「御家」だろうと、縁があるならば将来俺の力になってくれる可能性は大きいだろう。

 ということで。

 

 

「『また』があるかは分からないけど、何かあったらこちらからもお願いすることにするよ。まぁ今のところ頼りっぱだけども」

 

「その『また』を楽しみにしておくことにするよ。君に借りを作っておくのは楽しいことになりそうだからね」

 

 

 そう言って、コクランは俺に合わせてにやりと笑った。

 ……そういえば、現在のコクランはまだ10才そこそこなのだが、「御家」においては既にかなりの地位を持っている執事なのだそうだ。

 そんな感じだから俺とは境遇も似ているし、思うところもあったのだろう。次に会うのがいつになるかは分からないが、良い友人になりそうな予感がするな。なってくれると良いなぁ。

 などと、俺が自身の友人関係について思索をめぐらせていると、コクランが切り出してくる。

 

 

「さて。話も終わったし。ポケモンバトルといくかい、ショウ?」

 

「おー、良いぞ。出発はまだまだ後日だし、今の俺は暇だし。つーか『御家』への顔見せと交流こそが仕事みたいなものなんで。コクランの都合が良いなら望むところだ」

 

 

 コクランに曰く、こちらでもポケモンバトルはトレーナー同士の挨拶みたいなものなのだそうで、「俺のポケモンやその実力を見たい」と言われたのだ。

 随分とカロリー高めの挨拶だなぁとは思うが、まぁ理解は出来る。なにせポケモントレーナーだからな、俺もコクランも!

 さて。バトルをするとは決まったが、ここ……「御家」の室内ではできないだろう。倫理的に。

 

 

「バトルの場所はどうするんだ? 近場のフィールドとか」

 

「向こうに俺の仕えている御家が所有しているリーグ準拠のフィールドがある。そこを使おう」

 

「アウェーじゃないか、俺」

 

「嫌かい? ……ならばどこでやるかな……」

 

 

 ただでさえさっきからメイドさん方々の視線を感じるんだよな。こう、なんというか好奇心というよりも値踏みされてる感がある。なんでだ?

 だので俺はイッシュのヒウン周辺の地形を思い出し、うーん……街中は却下。東は橋だよな確か。西と南は海。

 というわけで北しかないな、うん。このビルからも遠くはない。

 

 

「じゃあ町の北側ゲートから出て、その辺りの道でバトルってことにしよう」

 

「ここからなら遠くはないし……良いか」

 

 

 と言うと俺とコクランはビルから出て歩き始める。

 ……だが、妙に後ろに気配を感じて振り向くと、

 

 おいおい……後ろにいたメイドさんやら執事やらがゾロゾロついてきたぞ。

 これだったらさ。

 

 

「どっちにしろアウェーじゃないか……?」

 

「これでも多分、『御家』のフィールドへ行くよりはマシだと思うんだ」

 

 

 そんなになのか、お前ん家!

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

「手持ちは2匹ずつ。ルールは勝ち抜き制になりますが、よろしいですかー」

 

「あー、はい。良いです良いです」

 

「異存は無いね」

 

 

 ヒウンシティの郊外で大勢の執事&メイドに囲まれながら、審判をするメイドさんの言葉にうなずく俺とコクラン。

 ……で、またもや審判メイドが口を開く。

 

 

「あとはー、敗者が勝者に昼ご飯をご馳走する、でしたねー」

 

「あー、はい。そうですそうです」

 

「異存は……ってえぇ!? それは聞いて無いな……?」

 

 

 俺達(なぜか審判メイドも)はどうどう、とコクランをなだめる。ちなみに、この条件はさっきこっそり付け加えた。アウェーは不公平なので!

 それにしてもコクラン、良いリアクションをする奴だ。そういやゲームでもテンション上がったと思われる時の驚き方は大概だったなぁ。

 

 さて。

 そんなこんなでバトルのためにヒウンシティの外に出てきた俺達(と観戦の執事メイドご一行)だが、その光景は俺の記憶と結構な違いがあった。

 

「(……砂嵐がないな。砂地はあるけどそんなに酷くないし)」

 

 そう、BWでは盛大に砂嵐が吹いていたこの4番道路がただの荒地になっているのだった。

 おそらくはこの後、数十年かけて砂漠が進行してくるのだろう。砂漠怖い!

 

 

「まったく……。……まぁ、昼ご飯くらいはいいか。オレが作れば良いんだし。それじゃあ始めようか、ショウ」

 

「おう。……行くか!」

 

 

 環境問題とコクランのため息はとりあえず置いといて、バトルに切り替えよう。

 そういえば1番心配なポケモンのレベル差だけど……俺とコクランのトレーナーの年季は同じくらいなのであんまり無いと思う。多分。

 まあ、なるようになる!

 

 

「では、バトルー……スタートです!」

 

 

 俺とコクランが開始の合図に合わせてボールを投げる。

 開いて、飛び出すっ!!

 

 

「行けっ、ムクバード!」

 

「頼んだ、ピジョン!」

 

 

 俺のピジョンはLV:23。コクランのムクバードも進化して無いし20台だろう。

 そう。進化してくれましたポッポが!!

 エリカお嬢とプラタ―ヌ兄と協働し、ロケット団と相対したあの調査の後。流石に負けられないバトルが増えるだろうなぁと、気合いを入れてレベリングさせて貰ったのだ。親にカントーの色々な場所に遠征させてもらったりしてな。おかげで大変に捗りましたし、トレーナーとしての技術(・・)の方もアイデアを試すことが出来たりしましたありがとうございます資金面が大助かりです我が両親!

 

 さては対面、ピジョンVSムクバード。

 奇しくも空中戦になったのだが……さて、いつも通りに行きますか!

 

 

「ピジョン!」

 

「ピジョ! (コクリ)」

 

「ムクバード! 『かげぶんしん』だ!」

 

「ムク!」

 

 

 俺は「いつも通り」に、ピジョンに指示の先出しをしている……『ふきとばし』!

 

 

「ピジョー!」

 

 《ゴォォウ!!》

 

「ムク!? ムクーウゥゥゥ……」

 

 

 本来ゲームであれば後出し技だった『ふきとばし』だが、指示を出して受けてというやり取りを省略した分、『かげぶんしん』と同着……分身しきる前にムクバードを吹き飛ばすことができた。

 うし! これで交代だ!

 

 

「あー……と、コクラン様のポケモンは大きくバトルフィールドから離れてしまいましたので、ポケモンの入れ替えを行ってくださいー」

 

 

 審判メイドが交代を指示する。

 そう。この世界での『ふきとばし』は色々と便利に使えるのだが、バトルでの主な使い方はゲームとそう変わらない……「相手の強制交代」だ。

 審判のいるバトルにおいて、ポケモンが審判の視認出来ない範囲まで行くか決められたフィールドから出た場合、交換しなくてはならないのである。

 そして、実は俺、コクランのもう1匹は予想できていたりする。

 ゲームにおけるコクランの使用ポケモンと、彼が仕えている「御家」の特徴からして。

 

 

「ならば……行けっ、キルリア!」

 

 

 コクランの仕える「御家」は、BWでエスパー四天王を務めていたカトレアお嬢様のいる家系。エスパー系統の可能性が高かった!

 んでもって!!

 

 

「ピジョン! (砂を巻き上げろ!)」

 

「キルリア、ねんりき!」

 

 

 コクラン自体はエスパーでもなんでもない。(ただし万能執事ではある)

 ナツメとトレーニングしている俺にとって対エスパー戦はお手の物。『かぜおこし』によって砂を巻き上げる指示を出し……すぐさま、ピジョンが動く!

 

 

「ピジョッ!!」

 

 《ゴウッ!!》

 

「……!!」

 

 

 砂を巻き上げてしまおうと考え、俺がサインで指示した『かぜおこし』が先に決まった様なのだが……キルリアからの反撃が無い。

 キルリアの方を見ると、両手を顔の前で交差させて耐えている様子だった。……あれは。

 

 

「(……もしかしてひるんだのか?)」

 

「どうした、キルリア!?」

 

 

 コクランも呼びかけているが、キルリアは反撃できないようだ。

 俺は件の『かぜおこし』(っぽいもの)を見上げると……妙に渦を巻いている、というか……威圧感がある、というか……。ここで思考。

 

「(ピジョンが覚えられる技でひるみの効果……。『エアスラッシュ』はレベル的に無いし、技のビジュアルが完全に違う。と、すると)」

 

 ……あるとすれば『たつまき』か?

 いちおう、FRLGでは『たつまき』は覚えられず。その後のシリーズで覚えられる技になるって流れなはずなんだが……。

 まぁ考えるのは置いといて、キルリアが動いていないのは事実。とりあえずはこの好機を利用しておこう!

 未だ上空にいるピジョンに呼びかけとハンドサインで指示出し!

 

 

「ピジョン! (『でんこうせっか』!)」

 

「くっ! キルリア、『テレポート』!」

 

 

 指示が交錯し、ピジョンとキルリアが同時に動く。

 

 

「ピジョッ!」

 

 《シュンッ》――《ガッ!!》

 

「キルッ! ……!!」

 

 《――ゥゥン!》

 

「ピジョッ!?」

 

 

 『でんこうせっか』は決まったものの、キルリアは『たつまき(仮想)』の範囲内から脱出した。

 さてはさてはの、追い討ち!

 俺はキルリアの『テレポート』した位置を指差しながら、ピジョンに追撃を指示する。

 もっかい、『でんこうせっか』!!

 

 

「ピジョン! (もっかい!)」

 

「『ねんりき』だ!」

 

 

 コクランは『ねんりき』での迎撃を指示する、が。

 

 

「キル……」

 

「ピィ……ジョ!!」

 

 

 《ズガッ!!》

 

 

 ピジョンの『でんこうせっか』のほうが早かったな。

 

 

「あ、キルリアは戦闘不能ですね。ピジョンが勝利ですー」

 

 

 審判メイドからは戦闘不能が告げられる。

 ……さっきから思ってたけど、間延びしてて緊張感がどっか行く声だなぁ、審判メイド!

 まぁ友人戦なんで緊張感はいらないにしろ、昼飯がかかっているもんで!!

 

 







 20220805改稿
 地の文の追加と口調の調整のみ。追加展開なし。


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Θ10-② VSコクラン

 

 

「ショウ、やるね。君が使う知らない技も知らない戦術も、勉強させて貰おうと思う」

 

「なにせ、対エスパー戦が経験豊富なものでな-。小細工というか何というか」

 

 

 あんまりエスパー関係なかったけどな! 『たつまき』に関しては偶然だし!!

 指示の内容が「風を起こす」ことよりも「砂を巻き上げる」に偏っていたからこそ起きた、偶然も偶然なのであるからして。

 というか、むしろ俺の「原作知識」のおかげだろう。この辺の技に関する知識はさっさと広めて、皆でレベルを上げていきたいところだよな。そんな土壌がないので苦労している訳なんだが。

 

 

「ん? エスパーとの対戦が、っていうのはどういうことだい?」

 

「友人にリアルエスパーがいてなー。俺自身も奇特(めんどう)な人間だって言われたし……。まぁ、この話はバトルが終わってからでも良いだろ。世間話だし」

 

 

 ナツメ曰く「俺の未来がみえない」だそうだ。

 これは結構イレギュラーな感じがしてる。確かに転生っていう特典はあるんだが、あくまで一般人の範囲を出ないようにするために赤ん坊からスタートしている訳で。精神の発達はそりゃ早いけど……うーん、それをもって干渉防御とはいかんだろうし。

 ちなみに。そもそもいくらエスパーでも、肉体接触もなしに思考を読むとか出来ないらしかった。これもナツメ談な。

 

 

「それもそうか。世間話は後から、お嬢様(・・・)も交えてが良いだろうからね。先ずはバトルに集中しよう」

 

 

 無駄回想している俺に、すらっと姿勢を伸ばして答える執事。

 うん、コクラン素直で良い奴。

 

 

「じゃあ、再開するか」

 

「良いですか? それじゃあ、スタートですー」

 

 

 手元でパッドを操作していた審判メイドが視線を戻し、審判を再開。

 同時にバトルが再開される。あくまで練習を重視したバトルなので、入れ替え制。

 ……なら、こっちも交換しておくかな!

 

 

「んじゃあ、頼む! 二ドリーナ!!」

 

「行け、ムクバード!!」

 

 

 俺は二ドリーナ(LV:26)を出す。こちらもピジョン同様、あれからレベリングを頑張って進化していただいた!

 尚、レベリングの際にはタマムシジムのお姉さんがたに大変お世話になりました。はい。草ポケモンの放牧地みたいなとこに3日くらい寝泊まりさせてもらってな。

 あそこって別に男子禁制なわけじゃあないんだよな……。実際にレッドは入ってるし。でも女の人ばっかだったので居心地は悪かったけど。毎日エリカが会いに来るし。両親結局紹介されたし……。

 まぁ、そんなこんなで頼もしくなったニドリーナが力強くフィールドに立つ。コクランが繰り出したのは、最初に強制交代を受けたムクバードだ。

 

 

「行け! (かみつくで速攻!)」

 

「ギャウゥ!!」

 

「ムクバード、つばさでうつ!!」

 

「ムクゥ!!」

 

 ()()()()

 

 

 ニドリーナの『かみつく』と降下してきたムクバードの『つばさでうつ』が相打ちになる。

 打ち合った後にムクバードは空中に戻って体勢を立て直し、そして……

 

 

「ニドリーナ! (どくばり!)」

 

「ムクバード、もう1度つばさでうつ!」

 

 

 お互いの次の指示は、二ドリーナは『どくばり』ムクバードは『つばさでうつ』だ。

 ……さて、何故こちらの指示が『どくばり』かというと答えは簡単。ムクバードが空中にいるからだ!!

 空中にいるポケモンに対して優先的に「直接接触が必要な技」を当てることは出来ないんだよ。相手が飛んでると届かないよね? ……ってことだ。

 

「(特にこれがシングルバトルだときっつい。スカイバトルっていう理屈自体は通ってるんだよなぁ)」

 

 俺のニドリーナは四足獣。もちろん飛ぶことは出来ず、「飛ばす事のできる技」……「間接技」は『どくばり』しかない。つまり、これしか攻撃を当てられないときている。

 これが洞窟内だとか天井があるとかならば手の打ちようはある。また、ムクバードよりも俺のポケモンが早いのであれば、さっきみたいに直接接触技で降りてきた所へ「相打ち」を狙うことも出来る。

 しかし、ムクバードより攻撃が後手に回ると相手は既に空中に戻ってしまっており、直接接触が必要な技では反撃できないのだ。

 

「(で。そういう帳尻を合わせるくらいなら、こっちのテンポで攻撃できた方が仕事は出来る)」

 

 いちおう先手後手の参考程度に種族値を比較。ドリーナのすばやさ種族値「56」でムクバード「80」。降下のタイミングを読み切るのは難しそうだな。空中で勝負できるピジョンに任せたほうがよさそうだ。

 因みにさっきの初手で「相打ち」することができたのは、「指示の先だし」があってこそ。ボールから出した瞬間しか無理だな。

 まぁ、つまり今回の二ドリーナはアシストに徹しているのである!!

 

 

「ニドリーナ!(もう1度、どくばり!)」

 

「ギャウ!」

 

「ムクバード、さらにつばさでうつ!」  

 

「ムゥー…クゥ!!」

 

 ――《ズガ!》

 

 

 コクラン側は手持ちの数が不利なので、攻撃力に劣るムクバードの遠距離攻撃は選べない。

 同じ技の打ち合いが続いて。

 

 

「……ギュゥウン」

 

「ニドリーナ、戦闘不能ですー!」

 

 

 計3回目の『つばさでうつ』で、ニドリーナは倒れた。

 

 

「ありがとう、ニドリーナ」

 

 

 ボールを腰のホルダーに戻しつつ、ステータスというよりはバイタルだけチェック。うん。戦闘不能(ひんし)なだけだな聞こえは悪いけど!

 ニドリーナはホントよくやってくれた。捨て駒役のようなものなのに、必死に指示に従ってくれる姿は凄いグッと来るものがある。申し訳なさとかそんな感じの。

 ……負けられないな。おかげで勝つための道筋は整った。

 

 

「(……ムクバードも『毒』を受けてくれたようだし)」

 

 

 『どくばり』と特性の『どくのトゲ』で受けたのだろう。よくみるとムクバードは呼吸数やや増。瞬きの間隔も狭まった。苦しそうにしているな。

 コクランも気づいてはいるようだが、それでも攻撃させるしかない状況だ。

 これなら、あとはこちらが素直にスカイバトルを仕掛けるだけで展開有利に押し切れるだろう。

 

 

「つーわけで、さあ、いこう! ピジョン!!」

 

「ピジョッ!!」

 

 

 俺はピジョンを繰り出して攻撃を指示し――

 

 

 

 

「ムクバード、戦闘不能。ショウ様の勝利になりますー!」

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 さて。

 バトルを終えた俺とコクランは、ゲート外から内へ。ヒウンシティに戻ってきた。

 後ろをまたぞろぞろと、メイドさん方がついてくるのだけれども。

 

 

「うん。聞いてた通り(・・・・・・)強いね、ショウ」

 

「いやいや、コクランもな。今のは先手を俺が取れたってだけだしな。どっちが勝ってもおかしくはなかったぞ」

 

「その先手を、キミは狙って取りに行っただろう? オレは最初、初めて見るポケモンに慎重になり過ぎてたよ。『かげぶんしん』で出方を見ようとしてた」

 

「いやー、間違いじゃあないと思うぞ。何回かは攻撃耐えられる対面だったからな。俺の指示が偶然、結果としては良くなったが」

 

 

 その辺は先手後手はともかく、技知識による部分が多いからなぁ。 

 実際、最初のターンから『つばさでうつ』を連発されていたら、ピジョンは落とされていただろう。そうなってはニドリーナでは空中対策がなく、仮に毒を利用した守勢でムクバードは倒したとしてもキルリアを倒せた保証は無かった。まぁ、エスパー対策のために「ウタンの実」は持たせてたけど。エリカお嬢のとこで修業したおかげで、ちょっと木の実は潤沢(じゅんたく)になったからな。

 

 

「まぁなー。五分五分っぽかったし、今度また会った時に2回戦しようぜ」

 

「……そうだね。ショウ、次は負けないよ」

 

 

 再戦の約束をする俺とコクラン。

 いや、本当にいつになるやら分からんけどな。

 ……さて!

 

 

「んじゃ、昼飯はコクランの奢りなー! ヒウンシティて何が美味いんだ……?」

 

「敗北したオレの支払いだね。任せなよ」

 

 

 きっちりと条件つけといて良かったですマジで!!

 

 ……だがしかし、俺はすぐに後悔する。

 その後、最初に打ち合わせしてたビルのレストラン階でコクランとその他執事メイドから給仕を受け、俺だけが飯を食うというカオスな状況になったのだった……!

 ついでに言うと、食事中にはコクランとさっきの戦闘中に後回しにした「俺の対エスパー戦の経験」云々について話をしていたが、それでも晒し者だった……むしろ罰ゲームか!!

 まぁ正直、有名なエスパーの家系とか言うのには興味があったから、なんだかんだで楽しめたのかもしれない。うん、そう思っておこう。

 

「(検証どころじゃあなくなっちまったな。『たつまき』についてはもうちょい後で考えるとしよう)」

 

 などと面倒な思考を後回しにすることを決めて、後ろを見てみると……コクランは何か考え事をしているようだった。

 目が合った。笑顔。

 

「(……何の笑顔だ、何の!? 嫌な予感! 今回フラグ立てて無いはずなのに!!)」

 

 ただでさえこの後の現地調査も大変だと言うのにな!!

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side コクラン

 

 

 目の前で昼食を食べているオレの新しい友人・ショウは、心も体もポケモンも、本当に強かった。その見た目以外は8才とは思えない。

 その「強さ」は、今でも努力を怠っていないつもりであるオレたちも、もっと研鑽が必要だ……とひしひしと感じるくらいのもの。

 

「(ショウならば……やってくれるのかな)」

 

 聞いてみれば、彼にはエスパーの友人がいるらしい。

 そのせいなのか、俺の仕えている「御家」のことを話しても全く嫌悪しておらず……むしろ興味を持っている様だった。

 イッシュ地方ではありえない(・・・・・)反応だ。『御家』の血筋がもつ力というのは、そういう類のものだから。

 

「(ふむ。お嬢様に万が一があったらショウを頼ってみるのも良いかもしれないね。面通しも必要か。となると……)」

 

 「御家」の血筋においてもかなりの力を持っていると予想されているお嬢様。その力の許容量は家系トップを悠々と超えており、暴走する可能性すら持っているという。

 そんな「エスパー」への偏見がなく、「力」もある彼のような人はなかなかいない。

 ……まぁ、嫌悪感が無いことイコール良いこととは限らないし、偏見が無いことすらも良いとは限らないのがエスパーという特徴の厄介な点ではあるのだが。

 ……それでも彼なら、と思わせてくれる気がしている。

 とはいえ、だ。

 

「(まずは俺達がお嬢様を精一杯お守りしないとだね)」

 

 実際に、外国にいる彼との再会ができるのはいつになるか分からない。

 だが、その時が来たならば……頼ってみようとも思うのだ。

 

 

 







 駄目作者(わたくし)がSide使いをしておりますのは、ポケモンのキャラ数の多さが主な理由です。
 今後も、非常に多くのキャラが出てきますために、わかり辛くなってくる可能性が非常に高いと愚行しましたという次第。
(口調などを出来る限りゲームに準拠させるため、個性が……と。それもひとえに私の力不足なのですが)
 この点については、なにとぞご容赦下さればありがたいです。




・交換制
 出すポケモンがばれない(ゲームシステム)のなら、「戦わせたい体面を作る」ことにかけてはアドがあります。
 HPや展開によらない、ポケモン同士の対面を重視した練習としてはよろしいのではないのでしょうか。





 20220811/改稿
 統一しようかは迷いましたが、なんとなく分割のままがテンポ良さそうだったのでそのまま。
 展開の追加はなし。地の文、会話の調整はそこそこ行いました。




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Θ11 船上及び船内にて

 

 1992年6月後半、俺はヒウンシティの港にいる。

 ここから海路にてギアナ入りする予定であるため、今から船に乗り込むつもりだ。

 

 

「そんじゃな、コクラン」

 

「ああ。元気で、ショウ。調査のほうも頑張れよ」

 

「それは言われずとも」

 

 

 俺は数日間世話になったコクランと笑顔で握手をして、船へと乗り込む。

 さぁ、これからが調査の本番だな。

 

 

 ―― 数十分後。

 

 

「ハ、ハンチョー! 班員の6割が船酔いしましたぁ!!」

 

「流石ぁ! 俺の班員は予想を裏切らない駄目っぷりを発揮してくれるぜ!」

 

 

 流石は研究班! フィールドワークには慣れていても海上は別だった!!

 

 ……さて、船酔いしたやつらには酔い止めを一気飲みさせて船室で寝かせておくよう指示し、俺は甲板に戻ってきた。

 船上ではやはり甲板が一番落ち着くというのは俺だけじゃあるまい!

 

 

 ……と、俺は甲板端に立って風を浴びながら水平線へ目を向ける。

 

 

 ……あー……風が気持ち良いぃー……

 

 

 ……あー……

 

 

「イルカいねーかな……じゃなくて、とりあえず計画を見直そう」

 

 

 イルカポケモンって少なくともFRLGとかBWにはいないよなぁ……とか無駄思考も展開しつつ、俺は計画の見直しに入る。

 ……資料はまとめたものを船室から持ってきているので問題なしだ。

 さて。ここでいよいよ、初出の情報をおひとつ!

 

 

「(まず、フジ博士の目的は ―― 『ミュウ』の遺伝子サンプル採取!)」

 

 

 

 ポケットモンスターというゲームにおける流行の一要素。

 幻のポケモンたるミュウが関わる、歴史的にも学術的にも一大イベントである!

 ゲーム内で展開されないそのくせ、ポケモン屋敷での日記では描かれる。実在する「ミュウツー(・・)」。フジ博士、などなど。匂わされるだけ匂わせる、フレーバー。それがなんと、後から実装までされてしまったのであるからして!

 

「(まー、楽しみだよな。これこそゲームの世界にきたからこそ見られる、体験できるようなイベントだしさ)」

 

 実際にはすんごい大変なイベントではあるのだけれども!

 ……とまぁ、そんな感じだので。

 俺の研究班の第1目的は、その対象『ミュウ』の捕獲になる。第2目的がフジ博士の研究班の護衛。第3目的が図鑑周りという後付けだ。

 現地ポケモンの生態調査、捕獲という分野にミュウの調査を含んでいるため、まぁ嘘ではないんだよな。

 そのため。

 

 

「(とりあえず俺は、野生ポケモンとの戦闘と護衛に集中したいんだが、……)」

 

 

 正直ものすごく嫌な予感はしている。なぜなら、ミュウと戦闘になった場合に矢面に立つのは俺達、護衛班だろうと思うからだ。

 さらにそんなミュウは、非常に高い戦闘能力を持っている可能性がある。

 ……というか、可能性どころの話じゃなく俺の中じゃあほぼ確定だ。苦戦必死!

 ……けど図鑑完成のためには、たとえ秘匿データ扱いになろうともミュウのデータは欲しいところだからなぁ。どうなるんだろ。楽しみ半分、不安半分。

 

 

「……でまぁ、ミュウ用の戦闘対策はこっちの国に来る前から可能な限り練ったんで。実践待ちだな」

 

 

 もちろん戦闘にならないのが1番良いのだが。

 しかしそれ以上に、ここで問題になるのは現地ポケモンとの戦闘になった場合だ。

 俺はまだ良い。多少なりともイッシュのポケモンを知っているため、ギアナのポケモンもそこそこ対処できるだろう。

 だが他の護衛班員は、初めて遭遇するポケモンに対処することになる。それはキツイ。 

 

 ……本当は俺が班員に知識を分けてやれれば良いのだが、時代的にそうもいかない。なにしろ、未だ外国のポケモンは一切図鑑に登録されていないのだ。それは不自然すぎる。

 

 念のため護衛班には全員に「けむりだま」を持たせ、各種スプレーも大量に準備はしている……が、スプレーを越えてくるということはある程度戦闘意欲の強いポケモンであるということであり……

 

 

「まぁ、その時は多勢に無勢で囲んで倒すか」

 

 

 かなり邪道だが、そうも言ってられないだろう。多分そうなりゃ相手が逃げるし。

 まぁこんなもんか? あとは。

 

 

「……あー、そうだ。『たつまき』についての考察があったな」

 

 

 そう。前回のコクランとのバトルにおいて、俺のピジョンは『たつまき』という技を使った。

 ちょっと調べた。『たつまき』はHGSS以降ならばレベル22で習得する技で……レベル的には俺のピジョンは覚えることができる。レベル23だから。

 だがしかし。

 

 

「……この世界はFRLG。初代リメイクのはずなんだよなぁ」

 

 

 FRLGだと、確かに覚えられない。

 いちおうまぁ、世界線やらバースやら、考え方はあるんだろうけどさ。

 

「(……うーん。脳内で屁理屈こねる! 仮説をせめて地続きにしたい!!)」

 

 確かに、FRLGだと覚えられない……けど、このポケモンの世界は時系列順に進んでいるようだった。

 現在1992年、FRLGの舞台が1996年、HGSSが1999。ここあたりはおおよそ確定。

 

 

「……『年代が』というより、『年代しか違わない同じ世界』だからなぁ」

 

 

 ということは、ポケモンの覚える技の違いっていうメタ的な要素はどこから影響されている……?

 この流れで単純に考えるなら、年か。時間の経過によってポケモンに訪れる1番の変化は。

 

 

 ……『新しいポケモンの発見』か!

 

 

 この世界のポケモンの発見は、レッド達が冒険した辺りの年から一気に進む。これはまぁ、メタ的な視点でみればゲームが発売されるのだから当然なのだが。

 

 ……あぁ、ちなみに現在のポケモンの「発見」についての制度は、オーキドの「図鑑」と「研究の精度」が各国のポケモン学会に認められたことから……「図鑑に載る」ことが「新種の発見」となっている。

 とはいっても図鑑自体も未だ中途半端であり、各地方へ渡されるのはまだ先のことなんだけどな。

 

 話を戻そう。

 新しいポケモンが発見されるということは、各地方のポケモンの交流が進むということ。そうなれば新しいポケモンとのバトルも増えるだろう。

 それで、多くの種類のポケモンと戦う・出会うことによってピジョンの……いうなれば覚える予定である「技リスト」のようなものが「更新された」……みたいな感じかね?

 

 

「新しいポケモンとのバトルによる外的刺激が要因、って感じか。……仮説だけど、確かにカントーでしか戦わないなら相手は少ないよな……」

 

 

 ポケモンにはあらかじめ闘争本能みたいなのがあるっていうし……その辺が影響してる、とかかね。

 何よりこの仮説なら、俺のピジョンが『たつまき』を使えるようになったのは「外国に来てポケモンと戦ったこと」が原因だと結論付けることができるしな。

 

 ……あとは、外国とかの環境の変化とかも関係するかな?

 ……えーと、あとは……。

 

 

「……要因自体はきりがないか。有力なの出せたし、まぁ、こんなんで」

 

 

 覚える技が増えるなら良いことだろう、うん。こんな感じで良いや。

 なんか結局は「仮説だけど」に尽きるので俺は思考をやめ、ボールから外を見ていたピジョンとニドリーナをボールから出すことにする。

 

 

「ほい、出てきて良いぞー」

 

 ――《ボウン!》

 

「ギャウゥ!!」

 

「ピジョ? ……ピジョッ!」

 

 

 2体がボールから出てくる。

 ニドリーナはビクビクしながらも恐る恐る海面を見ており、ピジョンは飛び回る……かと思いきや俺の肩にとまって周りを見ている……

 

 ……ってピジョン、重い重い! お前30キロで、俺8才だから!

 

 

「……!? ……ギャウ!」

 

 

 痛い痛い! ニドリーナ、抱きつくのは良いけど勢いで痛い!

 まぁ、調査については……頼りになるこいつらと一緒に。何とかするとしよう!

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そして、未だギアナへと向かう船の上。

 盛大に時間が余っているので、テンションの高い我が手持ちポケモン2体を甲板に残し、俺自身は船内を散歩し始めてみる。

 ……ああ、そうだ。暇なんだってば。どうせ着くまでにしなきゃいけない仕事がある訳じゃあないからな。そんなもんは、向こうで終わらせてくるに限る!

 

「(だからといって、1人じゃあすることもないんだが!)」

 

 そんな少しばかりの孤独感を感じつつ、ほぼ貸切となっているカーペット敷きの船内を歩き続ける。

 ただでさえ金のあるフジ博士に、『御家』が出資したこの船。船内には何故か売店などもあり、完全に観光船といった雰囲気だ。……売店、ね。

 

 

「あー……そうか。これ自体、カトレアの家が所有してる船なんだな」

 

 

 なにゆえ俺でも判別がついたかというと、売店内のお土産グッズに見覚えのある家紋が記されていたからである。さらに家紋をどこで見たかと問われると、主にメイド服とか執事服の襟元とかで、と。

 ……しっかし、なるほど。商売が手広いなぁ、『御家』は。

 

 そんな風に船内の風景を眺めつつ、らせん状に階段を登る。今現在俺は船の前方上側へと歩いているのだが、だからといって、目的地などありゃしない。散歩だからな。

 そのまま階段を数個登り終え、さらに前方へと歩いていると……。

 お、扉があるな。

 

 

「なになに……ふむ。船長室だそうで」

 

 

 とりあえず、扉にかけられた表札を読み上げてみる。

 目の前に扉があるからといって勝手に入る気にはならないが、こうして来てみたからには、高台からの眺めを見てみたい気がしなくもない。

 

 

「とりあえず外に出る道を探してみるか。えーと、こっちか?」

 

 

 ここに船長室が存在するという事は、現在地は船の高い部分なのだろう。上手くいけば外に出る道はあるはずだ。結果として甲板以外の場所に出ることになるんだろうが、別に景色が見られればどこでも良いし。散歩だから。

 

 

「―― 生まれましたぁぁぁぁ、ですとぉぉぉっ!!??」

 

 

 ……若干投げやりに考えていたのが仇となったのか。

 目の前にあった扉がドバァンと開かれ、いかにもな船長帽子をかぶった人物が飛び出してくる。それこそまさに、外へと飛び出していきそうな勢いだ。まぁ、こんな海のど真ん中で外に飛び出したところで何が出来るわけではないけどな。

 ついでに言えば目の前の男は有線式の通信機を手にしており、外に飛び出したのではむしろ通信状況が悪化するだろう。断線とか。

 

 飛び出してきたその人物は通信機を抱えつつ、何故か急ブレーキをかけ……。

 なんでだよ。俺と視線がばちり。

 

 

「ああ、そこのアナタっ! 聞いてくださいよ!」

 

「……え? まさか、この流れで俺に話しかけてるんですか!?」

 

「今年、いえ、たった今!! わたしの娘が生まれましてね!!」

 

「しかもこちらの都合を省みない!!」

 

 

 あんたはたった今、何の用事なのかは知れないが外に出てきたばっかりじゃないのかよ!?

 ……取りあえずは落ち着いてほしいので!

 

 

「……いや、それはめでたいことですが。見るからに船長なお人が何で部屋から飛び出して来てるんです?」

 

「……ですねー。でも、娘が生まれたんですよ。これって一大イベントじゃあないですか」

 

「だからといって船長業務を投げ捨てられても困るでしょ」

 

「……ですねー」

 

 

 うむ。こちらがテンション低く切り替えを試みてみると、どうやら目の前の船長も頭が冷えた様子で。何より何より。

 

 

 Θ

 

 

 船長室に入り、狭い室内の中央に据えられたソファに腰を下ろす。船長からはボトルに入ったワインを差し出されるも、それをジトッとした視線で断る。

 

 

「む、だめかい?」

 

「いやいや、みりゃあわかるでしょうよ……俺は未成年ですって」

 

「はは、そうだね」

 

 

 よくわからんが、海の男ジョークなのか? これは。もしくは社会に出たら学ばなくてはいけない、面倒なあれなのかもしれないが。

 目の前で快活に笑う、しかし海の男にしては豪快さが足りない印象を受ける船長は、自らのブリキ製のコップにのみワインを注いで腰をおろした。そしてワイン飲むのにその容器かよ……個人の自由だけどさ。

 

 

「そんなことより、なぜに俺を相手に選びましたか」

 

「はは、なにせ我が船員達は堅物ぞろいでしてね。娘が産まれたなどというのろけは、話をされるのであれば仕方なしに拝聴しますが、だからといって、わたしにそんな話をされた所で本心から楽しむには時期が悪い。せめて、陸が近くになってからするべきでしょう」

 

 

 そう、目の前に腰掛けた船長は話す。……しかし内容こそ「それっぽく」話してはいるが、色々とツッコミどころが満載だ。まずは、

 

 

「遠洋に出ているわけでもないのに、ですか?」

 

「……」

 

「それに、嘘つけ。堅物ばかりじゃあないでしょうが。俺がここまで歩いてきただけでも、気の良い船員とその手持ちのドッコラーたちに幾度となく絡まれましたよ」

 

「……ううむ」

 

 

 この追撃に、壮年の男は頭をボリボリと掻く。

 表情を申し訳なさそうなそれに変化させ。

 

 

「……なんとも思考の早い少年だ」

 

「んな悪態つかず、素直に娘さんについて惚気るならば話を窺いますよ。……まぁ確かに、今の時間じゃあ船員は忙しいでしょうからね。あくまで船にとって客である俺ならば、どうせ近場にいましたし、存分にのろけていただいても構いません」

 

「すみません」

 

「よろしい」

 

「では、是非ともこの写真を見てくださいッ!! たった今、画像が妻から送られてきたのですっっっ! まるで、天使の様なッッッ!」

 

「はいはい。どれ、拝見しましょう」

 

 

 異様に切り替えの早いこの男。……そういえば、子どもを授かるような年齢で船長だというからには、かなりの「やり手」なのだろう。卑猥な意味ではなく。などという小ネタを思考内に盛り込んだ理由は、この男に対する小さめの意趣返しである。

 そう考えながら男が胸ポケットの内側から取り出した写真を眺めると、短い白髪を生やした赤ん坊が映し出されていた。

 

 

「おー……ではまず普通に、おめでとうございます。可愛いですね」

 

「えぇ、まるで、天使のようなッッ!!」

 

「はいはい」

 

 

 俺としては「人間扱いしてないぞー」とか「その喩えはさっきも聞いたぞー」なんて突っ込みをいれたい所ではあるんだが、幸せ絶頂な人には何を言っても効果が無いだろう。ならば、聞いてやるだけ聞いてやるのが1番賢い流しかたなはずだ。

 そんな風に暫く話を聴いていてやると……ふと、今まで話し続けていた男の顔が下へと傾いた。お、そのそろ来るかな。

 

 

「しかしですね、1つだけ問題があるのです」

 

「ふむ。その問題の為に、俺へと目をつけたんでしょうけど……一応お聞きしましょうか。何なんです? 問題ってのは」

 

「その件(くだり)に関しては申し訳ありません……おほん。申し訳ないながらも話題を移らせていただきまして、問題というのは『この娘』の名前についてなのです」

 

「『この子』の名前ですか」

 

 

 写真に写った子は、保育器の中に入れられており……ああそうか。保育器の横合につけられたネームプレートに未だ名前が書き込まれていないってのが、悩みという訳か。

 

 

「生まれる前に決められなかったんですか?」

 

「ええ。恥ずかしながらわたし、船長になったばかりで忙しくてですね。いずれは片田舎に自分の船を持って、渡しの船長などもやってみたいものですが……話が逸れましたね。つまり、妻と話し合いをしていないんですよ」

 

「ほうほう」

 

「この航海から帰った暁に、顔を合わせての話し合いをと相談していましてね。ですが……その際に案の1つも持ち寄れないのはどうかと思いまして」

 

「つまり、今日出逢ったばかりのこの俺に、名前案を考えてほしいと。そう仰る訳ですか」

 

「恥ずかしながら」

 

 

 俺のちょっと棘のある口撃にたははと笑いながらも、先ほど恥を晒してしまったからにはこれ以上恥ずかしがる事はないという反応の新米船長。

 ……うーん。案くらいなら、まぁ別に良いかな?

 

 

「決めるのはちょっとあれですけど、案を出し合うくらいならまぁ。……俺の鞄を持って来てくれますか? その中に、植物図鑑があるんで」

 

「ほう、成程。ネーミングを沢山眺めていれば良いのが浮かぶかもしれない、という理屈ですか」

 

「まー、何にも縁がないよりは選びやすいんじゃないですかね。んじゃあ、図鑑持ってきて選びましょう」

 

「はいッ」

 

「……ただし、あなたが昼休憩の時に、ですよ?」

 

「うっ……そうですね」

 

 

 まったく。何か1つの事に集中すると周りが見えなくなるタイプなのか。こりゃあ奥さんも大変だろうなぁ……なんて風に考えつつ。俺は自室へと図鑑を取りに戻るのであった。

 

 

 

 ―― そしてその数日後、俺たちはギアナへと到着する。

 

 

 

「それじゃあ、お世話になりました船長さん。まぁ、帰りもお願いしますけどね」

 

「向こうの野営地に無事に着くことを祈っていますよ、班長君」

 

 

 船から荷物を運び出しつつ、ここまで乗せて来てくれた船長へ挨拶をしておくことに。

 けどさ、

 

 

「……いやいや、班長代理ですって」

 

「はは。それに、『この娘』の名付け親に何かあったら、それこそ幸先が悪いです」

 

「そんな大層な事はしてないですけどね。つか、本当にあの名前で良いんですか?」

 

 

 そう。

 俺は船室でこそ「この世界で名前って言えば植物だろう」なんて考えてはいたものの……今回ジャングルに調査に来るにあたって乱読しておいたその図鑑は、

 

 『危険! 毒持ち植物図鑑!!』

 

 などというネーミングだったのだ。子どもに付ける名前がそんなんで良いのか、おい。

 ……いや。俺は意味さえこもっていれば、あと、過度にあれな名前じゃなければ別にいいとは思うんだけども。

 

 

「はは、良いじゃないですか……ホミカ。可愛いですし。それに、」

 

「それに?」

 

「毒なんて、それこそ人間にとっては『そう』であると言うだけなのです。植物にとっては自らの種族を守ってくれる大切な自衛手段ですし……それに、人間誰しも毒なんて持っているものでしょう?」

 

「……」

 

 

 まぁ、言われてみれば確かにな。でも、

 

 

「……でも、だから、人間につける名前なんでしょうが。それ。人間にとって毒だっつーのは変わらんでしょう」

 

「……ですよねー」

 

 

 なんか良い事言って誤魔化そうとするなっての。

 まぁ、俺が選ぶのを手伝ったこの名前は採用されるんだろうけどさ! 原作的に!!

 

 







 20220811/いちおう追記。
 ミュウイベントをちょっと詳しく説明。
 覚える技周りの説明もちょっとだけ追記。
 ここはにじファンさんから移行した際に書き下ろした、比較的新しい部分なのですけれどね……。ええ。比較的!!





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Θ12 未知との遭遇、「にじのふもと」にて

 

 時は来たれり。

 1992年、7月5日。

 

 

「あー…フジ博士! 虫は! 虫が! 危ないんですって!」

 

「ふむ…?」

 

「植物を突っ切るのも駄目です! よく見てください、この植物トゲだらけですから! ついでに言えば、ダニが危ないんです!」

 

 

 だめだこの博士! 好奇心強すぎないですかね!?

 

 さて。

 ご覧の通りのあり様で、現在俺達は各班に分かれてジャングルの中にいる。

 ……の、だが!

 

 

「フジ博士、定時なんで虫除けスプレー使います! ……少し止まれやぁ!」

 

 

 缶のは空輸できなかったから現地でマトマの実とか使って作った、ポンプ式のスプレーだったりするんだけどな!!

 ……あー……まぁつまりは、フィールドワークに慣れていないフジ博士が割と好奇心のままに行動するため、護衛班が苦労しているという有様なのだ。

 

 まぁフィールドワークって出ない人には辛いしなれない仕事だしな。その上外国。

 この大変さまで含めて、俺たちに課された仕事である。頑張ろう。

 

 そういえば、この世界の「むしよけスプレー」はかなり便利で、某虫除け線香的な効果をデフォルトで含んでいる。ヒルとか虫もある程度防ぐことができるだろう。

 逆に不便な点として、自分のポケモンより弱いポケモンは完全に遭遇しないという仕様ではなくなっていたり。沸き制限みたいな感じ。

 まぁ、ジャングルで湿気があるからすぐ効果が落ちそうでもあるんだけどな、スプレー。

 

 なんて。

 現実逃避の無駄思考はたたんでおいて。

 一応、護衛中だし……っと。

 

 

「また出たなぁ……頼む、ニドリーナ!」

 

「ギャウゥ!」

 

 

 ニドリーナが飛び出して、本日数10匹目になるオタマロを相手取る。

 とはいっても、1撃当てると大抵は逃げ出してくれるので大した戦闘にはなっていない。

 

 ……ピジョンはジャングル内での戦闘に向いてないので、ニドリーナが連戦中。非常に申し訳ない!

 ついでに、この辺のポケモンの分布としてはオタマロ、マッギョ、チョボマキなんかが良く出てきている。湿気が多いからだろうな。

 そんな風に、俺は護衛班の防衛線を突破してきたレベル高めと思われるポケモンを中心に相手取り、撃破していく。

 

 ジャングル踏破は長い道のり。踏破するのが目的ではないのだけれども、気分的にはそれくらいのつもりでいたりする。

 目的のポケモンを見つけるには、丁度いいだろう。

 

 そうして歩いたり、湖上や樹上に寝泊まりしたりと、進むこと数日。

 大変にハードワークだ。そろそろ研究班も、そのポケモン達もキツそうな時合になってくる。

 博士を止めることはできないけど、まずは話しかけてみるか。

 

 

「フジ博士。調査予定地点までは届きそうですけど、ベースからあまり離れると戻るのが大変になります。みなさんは体力的にどうでしょ、いけそうですかね」

 

 

 一応、近場の村に拠点を用意してもらって、そこから遠出するという調査方法を繰り返している。

 しかしもうそろそろ夕方。時間だけでなく、日時もだいぶ費やして来ている。遭遇する見込みくらいは見つけておきたい所だ。

 

 フジ博士はふむと頷いてから。

 

 

「そうだな。……さっきの原住民が目撃したのは、この先……あとふたつほど川を越えた地点だ。無理だろうか?」

 

「んー、そのくらいならこっちは大丈夫です。ですがいちおう、休憩だけは挟ませてください。俺らというより、ポケモン達に」

 

 

 歩くのが大変じゃないとは言わないけれども、バトルするとなるとまた別だ。

 俯瞰出来る立場であるトレーナーにとって、体力管理は重要な事項なのだから。

 

 さて。休憩を取りつつ。

 

 現在、俺達は比較的友好的な原住民からミュウについての目撃情報を得て、その情報どおりにジャングルを回っている。

 しかしそんな中、この爺ちゃん博士フジさんは年をものともしない速度で歩き続けるという人外ぶりを発揮しているのだ。

 なんか、アドレナリン異常分泌でもしてるんでしょーかね。

 

 などと無駄思考(トリップ)していた俺に、フジ博士からの謝罪の声が聞こえる。

 

 

「あぁ……うーん。やっぱり日程は詰め詰めになってしまったね。申し訳ない」

 

「まぁ依頼者はそちらですんで、提案と相談さえしてもらえれば問題はないです。とはいえ実際に遭遇して戦闘になったら戦うのは俺達なんで、コンディション調整については逐一挟ませて貰いますけれどねー」

 

 

 まじでお願いします。

 と言うと、流石に自覚もあったのかフジ博士も了承してくれた。

 

 

「そうだな。分かった、少し……む?」

 

 

 ……お?

 

 ぽつり、ぽつり。

 

 

「……雨が……」

 

 

 ―――― ザァァアアア!!

 

 

「ほい、全員とりあえず凌げー! そんで、今のうちに回復ー!」

 

「「了解ー!」」

 

 

 丁度良いと言えば丁度良いタイミングで、スコールの到来である。

 ターフで屋根だけ作ってみるが、雨粒の量も勢いも自国とは段違い。ポケモン達はむしろモンスターボールに戻しておいた方が快適なのではということで、戻してみる。

 隊員俺達は雨がやむまで動かず待つしかないので、ずぶ濡れコラッタになりつつ、天候をうかがうことしばし。

 

 

 ―――― サァァ……。

 

 

 ―― ぽつ、ぽつ。

 

 

「……お? すぐに止んだようだね」

 

「通り雨……ってジャングルにもあるんですかね?」

 

 

 助かることで、雨はすぐに止んでくれた。 

 通り雨については、あったのだからしょうがない。

 まぁそんなことを考えつつ、俺は雨のやんだ空を見上げるために高台に登る。

 

 すると、既にかなり傾いた太陽から夕日が差し込んできていて。

 

 

「……おー。虹だなぁ」

 

 

 夕日で赤く染まった空には、長い長い虹がかかっていた。

 

 

「うーわー……」

 

「キレーッスねぇ」

 

 

 両班員の殆どは虹に目を奪われている。

 

 

 ……しかし、俺とフジ博士だけは別のところへ視線を向けていた。

 

 

 ……虹の麓の様に見える辺り。そこから、ぼうっと。

 

 

 ……暗くなりかけている空に、光球がひとつ、浮かび上がる!

 

 

「あれだよ、ショウ君」

 

「オッケーです。来たぞ、皆。……最初はあれに敵意を可能な限り向けないでおいて。けど、周囲の警戒は忘れずに」

 

 

 指示を出しつつ、目は逸らさない。

 明らかに超常的な力で発せられた、不思議な温かみのある光。

 その光源たるあれは……何となくだが、虹を追いかけて出てきたような気がする。

 

 

「―― ミュゥゥ♪」

 

 

 森から飛び出て虹を背負って。空に向かってトリプルコーク。

 いや、気がするだけじゃなくて正解だろうな! すごい楽しそうだし!!

 

 ……まぁ。

 出てきた理由より、次の行動が大切だ。

 

 

「さーてさて。戦闘せずにすめば良いんだけどなぁ」

 

 

 班員の配置を終了させる。

 終了した時点で、俺がミュウに向けて視線を――

 

 ―― はっきりした意思と共に、向けた。

 

 

「……ミュ♪ …………ミュウ?」

 

 

 ミュウがこちらに気づいて、視線がばちり。

 ここからが、本番!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「そんではフジ博士、後をお願いします!」

 

「……あぁ」

 

 

 ミュウのいる位置まで移動が完了。

 観測を始めた地点からは「虹の麓」の様に見えた場所にて、動かずにいてくれたミュウとのコンタクトが始まった。

 ミュウは現在、俺達の1メートルほど先、手の届きそうな位置でこちらの様子を伺っているようだが。

 

 

「……ミュウ♪ ……ミュミュ!」

 

 

 ――《ヒィィィン……》

 

 

 俺達に興味津々のようだ。なんか念波漏れてるし!

 ……ほーら、今ですフジ博士!

 

 

「あ、えーと、キミに、私達の研究に協力して欲しいんだ」

 

「……ミュゥ」

 

 ――《フワッ――クルッ》

 

 

 ミュウはやっぱりよく分かってない様子。ポケモンなので当たり前だが……それでも頑張ってもらわねば。

 もっと押せ押せ! フジ博士!

 

 

「研究……あー、分かるかね?」

 

「……ミュウ?」

 

「えーと、だね。ちょっと体毛とかを分けてもらいたいんだ」

 

 

 フジ博士は、なんかそれっぽいジェスチャーをしながら必死に伝えようとする。

 

 ……だが、俺にはわかる。これは、フラグだ!

 

 

「ミュゥ、ミュ? ……」

 

 ――《クルッ――スィッ》

 

「……ミュウ♪」

 

 

 ミュウが周りを飛び回り、楽しそうな。一見乗り気であるかのような仕草をみせる。

 

 しかし、違う。

 俺にはこれは、実に小悪魔的な笑顔に見えるぞーっと!

 

 

「……ショウ君。これは?」

 

「えーと、下がってください。これは……」

 

 

 フジ博士が指示に従って後退。俺は逆に前へと一歩。

 すると、ミュウが僅か空中に浮き上がり……。

 

 

「ミュ♪」

 

「これは、おそらく……」

 

 

 光る、光る。

 空間の歪みがあちらこちらに散っては飛んで。

 

 ――《ヒィィィ……ィィ!》

 

「ミュゥ!」

 

「……バトル(遊び)の、お誘いです!!」

 

 《ィィィイイ……!!》――

 

「皆、来るぞ! 散開、退避!!」

 

 

 ――《ズッドォォォォォオオオ!!》

 

 

 轟音。

 謎の光による、広範囲殲滅攻撃ぃ!!

 

 

「……っ! ぅぉぉおおあぁ!」

 

 叫びながらの全力ダッシュ。木の裏へ。何とか衝撃を凌ぐことが出来たようだ。

 今の何の技だよ! とツッコむ気力も起きないが……たった今脳内ではツッコんだな申し訳ない!

 

 んまぁ、戦闘になってしまったからにはしょうがない。元からこの展開は予想できていた!

 

 なにせゲーム以外の媒体において、ミュウは悪戯好きなのだろうなと予想できる描写が沢山あったのだ。

 ゲームにおいても「さいはてのことう」の追いかけっこがあったし、映画やらの映像作品ではもっと顕著だな。

 加えて、この辺りでできる遊びなんて、他のポケモンとのバトルくらいのもの。

 それに何より、ポケモンには元から闘争本能があるとされているので……その「たね」。大元がミュウならば、もちろん闘争本能くらいは標準装備でしょうねと!!

 

 そんな感じの無駄思考は切って、バトルを開始。

 まずは護衛対象と戦力の確認から!

 

 後ろに班員。ちょうど良し!

 

 

「フジ博士は!?」

 

「既に離脱を開始しています!!」

 

「うし、そのままよろしく! 護衛班は何人動けそうだ!!」

 

「とりあえず4名無事ですハンチョー!」

 

 

 班員から報告が来る。4人か。

 

 

「なら、2名はフジ博士に貼り付いて安全圏まで離脱! あとの2名は他の班員の救出・救護と確認!」

 

「ハンチョーは!?」

 

「必然的にこいつの相手!」

 

 

 そもそもさっきの攻撃から見て、他の班員が……少なくとも4人では相手取れるレベルではない。

 じゃあ俺なら何とかなるのかと問われたならば、何とかするしかないっていう根性論でしか返答は出来ないのだけれども。

 

 しかしまぁ、何に代えても大事なのは生還すること。

 帰る分の戦力も考えて、まずは俺だけで相手をするのが良い筈だ。

 

 

「装備ヨシ。道具ヨシ。……んじゃ、行って来ます!」

 

「任せました。行ってらっしゃい、ご武運を! ハンチョー!」

 

 

 隊員からのエールをもらいながら。

 樹の陰からでて、ミュウのほうへと歩き出す。

 すぐ前方に捉えることができた。ふわふわと、変わらず、楽しそうに浮いている。

 

(かなりの威力の技だったな-、さっきの)

 

 周りを実割らす。「虹の麓」の地形は、先ほどのミュウの攻撃で見事に開けてしまっていた。

 空も大きく見えており、既にジャングルというよりはぬかるむ空き地といった方がピンと来るくらいだ。

 ……だが、これならピジョンも思う存分戦える。

 そう考えれば、ミュウは丁度良い「闘技場」を作ってくれたのかもしれない。

 

 

「……ミュ、ミュ!」

 

 ――《クルッ》

 

 

「っと。待たせて申し訳ない。そんじゃあ、ポケモンバトル! 行こう、ニドリーナ! ピジョン!」

 

 

 ミュウの催促を受けたような気がして、素早く手持ちを繰り出した。

 

 

「さぁ、本気で遊ぼうか……ミュウ!」

 

「キュウ!」「ピジョォーッ!」

 

「―― ン、ミュウーッ!」

 





 ミュウ=虹というのは私の勝手なイメージ。
 イメージ元は「ポケモンスナップ」のミュウステージ、「にじのくも」からとなります。
 それにしても虹の麓に埋まっているものって……えぇ……。

 あと、本作のフジ博士は研究熱心な明るくていい人です。
 といっても独自設定なので悪しからず。

 ついでにミュウが小悪魔的性格なのは、私の趣味です多分。


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Θ13 VSミュウ

 

 ―― 2ターン後。

 

 

 

 ――《バチバチィッ!!》

 

「ミュゥ!!」

 

「たのむ、耐えてくれニドリーナ!」

 

「ギャウッ!!」

 

 

「反撃だ! ピジョン、かぜおこし!」

 

「ピジョォ!!」

 

 《ゴウッ》

 

 

 ――《スイッ》

 

「……ミュウゥ♪」

 

 

 かわすか! ミュウ強いよ!!

 

 なにせ、一部を除いてほとんど全ての技を覚えるポケモンである。俺もなんとなく予想はしていたが、この世界ではおそらく……本当に全ての技を「記憶」できるのだろう。

 つまり、タイプ相性・レンジ(射程距離)・直接間接が自由自在なチート性能である!

 そのうえ只でさえ技の使い勝手がいいエスパータイプで、空中も自由自在に飛び回っている(ミュウの特異性なのかエスパーによるものなのか……飛んでいる原理は分からん)。

 

 つまり、チートの詰め合わせであったのだ……っと! 反撃タイム!

 

 

「ピジョン、でんこうせっか! ニドリーナはどくばり!」

 

「ピジョッ!」

 

「ギャウ!」

 

 

 現在、ミュウ1匹に対して俺達は2匹がかり。ダブルバトルの練習もしておいて良かったと思う!

 それでもミュウは、全く2対1を苦にする様子が無いけどな!

 

 そんなミュウへ2匹の攻撃が向かっていく、が。

 

 

「……ミュウゥ!」

 

 

 ――《カァン!》

 

「ギャゥ!?」

 

 

 ――《ゴイン!》

 

「ピジョッ!?」

 

 

 『どくばり』も『でんこうせっか』も正体不明の「何か」で弾かれる。

 ……さっきから使われているその「何か」について、対策をする必要があるだろう。

 

 

「(……あれは……『まもる』にしては違和感がある。まぁ『まもる』見たこと無いけど)」

 

 

 何故違和感があるかと言うと、技を使ったにしては隙が少ないからである。

 

 この世界では、ターンという概念こそ無いものの、かわしたり技を使ったりするのに必要な総時間……所謂「隙」によって、擬似的なターンの様なものは存在している。

 それにしてはミュウの「何か」は隙が少な過ぎるのだ。

 

 ……予想はできているし、確かめるか? 

 

 

「……ピジョン、かぜおこし!」

 

「ピジョ!」

 

 《ゴゥウ!》

 

 

 ――《スイッ》

 

 

「(これは、かわされた)」

 

 

「ニドリーナ、どくばり!」

 

 

 ――《カィイン!》

 

 

「(これは、弾いた。……。)」

 

 

「ミュゥウ!!」

 

 《キィイイイ――――グニャッ!!》

 

 

 ここでミュウから出された「空間の歪み」が、波のようにニドリーナへと向かう。 

 

 

「……ギュ! ……ャウゥ!!」

 

「……よし! まずはニドリーナ、戻ってくれ。 んでもってピジョン、しばらく『セルフ』で頼む!」

 

「ピジョ!」 

 

 

 俺は暫く『セルフ』、つまりはピジョンに行動を任せることにする。

 ピジョンの『ふきとばし』はとても使い勝手がいいため、時間を稼がせたら一級品だ。その点について作戦を立てておけば、何とか凌げるだろう。

 

 そしてピジョンに任せている間にニドリーナを近くに呼び、手元で薬を使って回復を図る。

 ついでに、ニドリーナはミュウの技を幾つか(おそらくは『サイコキネシス』と『でんきショック』)を食らっているため、効果抜群のエスパー技の威力を半減する「ウタンの実」を再度持たせることに。

 

 

「――ピジョッ! ジョ!」

 

「……ミュ! ……ミュウ?」

 

 ――《スッ》――《スイッ》

 

 

 ミュウとピジョンはけん制し合っていて……今のうちに思考を開始して対策をまとめよう!

 

 

 

ΘΘ思考開始ΘΘ

 

 

 思索の海の再登場ではなく、マルチタスクによる分割思考だ!

 この間僅かに0.…………どうでもいいですよね、はい。

 

 

 では、思考開始。

 

 

 さっきから技を弾いている様に見えるミュウの「何か」について、まず……弾かれたのは『どくばり』と『でんこうせっか』で、ミュウがかわしているのは『かぜおこし』。

 この2つの違いは、前者2つは「物理技」、後者は「特殊技」だという点にある。

 

 そして物理技への防御力に関するステータスである「防御」とミュウのレベル習得技を照らし合わせたところで、自分の「防御」をアップさせる『バリアー』という技に思いあたった。

 

 

「(バリアーも実際に見たことがある訳ではないけど)」

 

 

 『バリアー』は積み技であるため、最初から展開してさえいれば先ほど挙げた「ターン」が必要ないというのが根拠としては大きい。

 

 ……というか、技を弾いたときのあの《カィイン》とかいう妙な音といい、これが『バリアー』なら俺のイメージ的にもぴったりである。イメージとかどうでもいいが。

 

 

「(じゃあ、アレはバリアーであると仮定しよう。だが、どう打ち破る……?)」

 

 

 『バリアー』は攻撃を無効化する技ではなく、あくまで「防御」力アップ。

 だとすればミュウ自身も幾らかダメージは食らっているはずだが、このままでは攻撃力の差でこちらが先に力尽きてしまうに違いない。

 しかし、俺達は積み技を無効化できる『くろいきり』の様な技を持っていないし……ということは、物理ではなく「特殊技」で攻める必要があるだろう。

 

 

「(ダメージ源は「特殊技」だな。けどピジョンでは攻撃力も足りないし、さっきから避けられている)」

 

 

 まず、物理技ではあるがニドリーナには効果抜群の『かみつく』がある。しかし、ミュウは空中にいて、かつ「間接技」がメインなので当てることができないだろう。

 

 次にピジョンだが、ピジョンの「攻撃」と「特攻」の種族値は同程度で、低くも高くもない。

 なのでミュウが『バリアー』を積んでいるとすると、「攻撃」の種族値が関係する「物理技」では満足なダメージは与えられないと思う。

 ……だが、『バリアー』の能力上昇を無視できる「特殊技」でもピジョンの種族値的に大したダメージにはならないし、そもそもミュウが『じこさいせい』できる可能性もある。そうなっては決定打にならない。

 

 そのうえ、ピジョンの攻撃は相手に避けられている。ミュウはすばやさ種族値も「100」でピジョンより早いしなぁ、確か。

 

 

「(なら、まずは当たるように『足止め』。次に『連打』だな)」

 

 

 つまり、作戦はこうだ。

 

1.ピジョンの「特殊技」が当たるようにニドリーナで「足を止め」させる。

2.ピジョンが「特殊技」を反撃させずに「連打」して、数でダメージにする

3.多分倒しきれないので、削ったところを捕獲。

 

 ……さて、この作戦では「どうやって連打するか」が足りないが、俺に心当たりがある。

 

 

「(虹は……でているか!)」

 

 

 ちなみに、サテラ○トキャノンを撃つためにマイクロウェーブ照射するわけじゃないからな!

 

 

 そうして、俺が木々の開けた空を見上げると、まだ虹は出ていた。うっしゃあ!

 自然の虹なので、BWのように4ターンでは消えなかったようだな。 

 

 よし。これで――

 

 

 

ΘΘ現実回帰ΘΘ

 

 

 

 ――反撃開始だ!

 

 

「ピジョン! ふきとばし!」

 

「ピィ……ジョ!!」

 

 《ゴオォォウ!!》

 

「ミュ……ミュウ!!」

 

 《ゴォォオウ!!》

 

 

 ピジョンが先ほどから続けている『ふきとばし』をもう1度放ち、ミュウもおそらく『ふきとばし』だ。同威力の風が押し合い……

 

 ……その間に俺は、虹がより近くなる位置へと移動。

 

 

 《ォォォゥ……》

 

 

 風が消えたところで、出番だニドリーナ!

 

 

「行こう、ニドリーナ! ……どくばり!」

 

「ギャウ!!」

 

 

「ミュッ!」

 

 ――《カァン!》

 

 

 やはり『どくばり』は弾かれる! だが!!

 

 

「……! ……ミュ!?」

 

 

 ミュウがバランスを崩した。よし、状態異常の「毒」が効いてるな!

 

 

「ピジョン! (こっちから!)」

 

 

 俺はこの隙にハンドサインでピジョンに位置取り……俺の真上に来るよう指示する。

 そしてピジョンが真上に来て、ミュウがニドリーノの方を向いて技を出そうとする……

 

 

「ここだ、たつまき!」

 

「ピジョォォ!!」

 

 《ゴウゥッ!!》

 

「ミュッ……!!」

 

 

 うし、ミュウに『たつまき』があたった! このまま連打!

 

 

「ニドリーノはどくばりを、ピジョンはたつまきを……できる限りの速度で連発!」

 

「ピジョォ!」

 

 《ゴウウッ!》

 

「ギャウゥ!」

 

 《ビシュッ!》

 

 

 ――「ミュ! ミュゥゥウヴ!!」

 

 

 ミュウは『どくばり』で「毒」を受けて動きが鈍り、鈍ったことにより避けられなかった『たつまき』でひるみ続けている。

 

 さて。ここでひるみで「連打」できているという状況、その種を明かすと、

 

 

 

 

 ―― 天候、「虹」の効果は「追加効果がでやすくなる」なのだ。

 

 

「はは! つまりは運頼み!!」

 

 

 ここに来て運ゲである!!

 ……だが運さえあればこのミュウに勝てるというなら、リターンは悪くないと思うけどな!

 

 そして、2ターン程攻撃をうけたところでミュウの纏っていた光が弱くなり、俺はボールを振りかぶって、……投げる!

 

 

「……そらっ!!」

 

 

 《シュルルル》――

 

 

 ――《ボウン!》

 

 

「(ダメージは十分なはず!)」

 

 

 ミュウは投げたボールに収まり、

 

 

 

 

 

 ――《カチッ》

 

 

 その中から出てくることはなかった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 さて、こうして激闘の末にミュウを捕まえたのだが……

 

 

「どうしましょう。ノリで捕獲してしまったんで親登録が俺なんですが、8才なので法律的には……」

 

「いいんじゃないかね?海外だし」

 

 

 じゃあいいか!

 捕獲できたとはいえ、倒しきるのは多分無理だっただろうし。

 

 ちなみに海外では未だ「トレーナー資格が10才から」しか制定されていないらしい。俺の(くに)はこれに加えて「捕獲禁止」も入っているからなぁ。

 ……まぁ良いか。

 

 とそこへ、

 

 

「ハンチョー! だいじょぶですかー!」

 

 

 事態の収束を察知して他の班員も集まってきたため、俺は対象の捕獲を告げる。

 ……おぉ、動ける班員が増えてる。どうやらあれから何人かは回復したみたいで、何よりだ。

 

 

「それじゃあ、帰って休むとしますか!」

 

「「了解です、ハンチョー!」」

 

「いや、そこは研究じゃないのかね……」

 

 

 フジ博士のツッコミが入るが、こちらは疲労困憊だから良いだろう!

 

 

 

 ……などと爽やかに締めようとしているが。この後俺達は負傷した班員を運ぶという重労働に追われ、休むどころではなかったのは……当たり前の話だ。

 

 

 






 ミュウ、捕獲です。

 さて戦闘に関して幾つか、今回は私が自分でツッコミと解説を入れたいです。長いですスイマセン。
 本当は作中で全部解説できればいいんですが、私には力量が足りませんでした。未熟です……。

 《以下、興味ない方は飛ばして下さって全く構いませんです》


ΘΘΘΘΘΘΘΘ
  

1.『ふきとばし』について

 『ふきとばし』の有用性について述べてますが、対野生ポケモンにおいては優秀な時間稼ぎとなります。そもそも技自体が、先に繰り出すことができれば『かえんほうしゃ』などは吹き飛ばせるレベルで優秀です。なにしろ、ポケモンを吹っ飛ばせる技ですから。まぁこの世界においてはあまりに重いポケモンとかは無理ですが。
 あ、時間稼ぎになる理由はこの技が『相手とのレンジをあけることのできること』、『攻撃範囲がめっぽう広いこと』、『風の中では反撃されにくいこと』があげられます。ピジョンなど飛行タイプにおいては空中から出せるのでなおさらです。
 ですが原作どおりに『準備に時間がかかるため、原則として後攻技』となっているため、使う場所を選ばないといけないです。この点を主人公は「指示の先だし」や「元々の距離をあけること」、今回では「別のポケモンに注意を向けさせる」ことで補っている設定です。
 ……と言っても『かぜおこし』との差は風の向きと威力、持続時間としか決めてません。非常に中途半端です。
 むしろ、技の中にはこんな感じの「現実なら便利そうな技」って沢山ありますね……。
 
2.「虹」について

 まず「虹」状態ですが、天候というよりはBW御三家の合体技みたいなもので、本当にあります。
 一応第5世代から実在しており、4ターンの間「技の追加効果が出やすくなる」とされていますね。ダブルは詳しくないのですが、「虹」はマイナーな方だと思われます。「火の海」とか「湿原」というのもあって、そちらは使い勝手もよさそうでしたが。
 本作でも「虹の麓」という地形での限定効果ということで採用しました。あと、脳内風景的に綺麗そうだったので。
 こうでもしないとミュウさんに勝てる気がしなかったんです……。

3.「連打ひるみ」の場面で

 ピジョンより早いはずのミュウが、「毒」状態とはいえめっちゃ先手取られてますね。
 これは主人公が先にニドリーナを向かわせて「ターンをずらした」からです。
 ここではミュウがニドリーナに攻撃する前までピジョンが「ターンを遅らせてずらした」ことによって、擬似的に先手を取りました。(主人公のタイミング指示によってずらしてます)

 まぁつまりは「マラソンで1週遅れになると先頭っぽくなる」理論です。

4.運ゲについて

 ポケモンって運ゲになることも多いですよね。
 というか、この世界設定でのミュウさん考えたら強すぎたんです……。
 原作遭遇はLV:30のはずなのに。

5.主人公のボール命中率が凄い

 野球好きなのと、練習してますので……ということにしといて下さい。
 その内、投げずに直接ボールを持って触れさせようかとすら思ってる次第です。
 もしくは誘導機能を付与。
 ……趣がないのでやっぱり却下ですかね……

 
ΘΘΘΘΘΘΘΘ


 と、書いてみましたが、私の脳内設定ですのでお気になさらず。
 ぶっちゃけ自分で書いていて「設定に凝ってるくせに、これだけツッコミどころあっていいのか?」とすら思います。

 無駄にバトルにも凝るくせに、描写力含め全般が未熟なもので……。


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Θ14 エスパーお嬢様 new!

 

 

 1992年、7月10日。

 俺達はギアナから無事、ヒウンシティへ戻ってきていた。

 いやー、長旅だったな……。疲れたし。でもまぁ、成功したのでいいだろう!

 

 

「では、フジ博士。こいつ……『ミュウ』の登録についてはお願いしますね」

 

「わかった。捕獲者はショウ君でね。私達は本国から追ってきていることになっているから、許可自体はすぐに降りると思うよ」

 

 

 そう。この時代、外国で捕まえたポケモンは気軽に他国へ持ち出しできないのだ。しかしそこは事前から「追ってきていた」ことにして、連れ帰る許可を貰っている。

 実際、嘘ではないしな。

 

 ちなみに、現在こいつの名前を(鳴声まんまの満場一致で)『ミュウ』として、遺伝子サンプルとして睫毛を貰ったところだ。これでフジ博士の依頼は達成である。

 こうなれば俺達は帰るだけのはず。

 ……長かったぁ!!

 

 と、考えていると。

 廊下の向こうからとある執事が歩いて来ていた。

 手を挙げる。挙げ返される。

 

 

「やぁ、ショウ。調査はどうだった?」

 

「成功、成功。コクラン達のおかげだな」

 

「そうか。それはなによりだね」

 

 

 にかりと執事節に笑ってくれる。

 ……んで、コクランはどうしてここに?

 

 

「ショウへの伝言を預かっていてね……疲れている所悪いが、ライモンシティまで来て欲しいんだ」

 

「あー……了承だ。どうせ登録云々の許可が下りるまで、数日間はこの国にいなきゃいけないんでな」

 

「ありがとう。少し時間がかかるが、『御家』の車を借りてきたからね。午後には着くと思う」

 

「んじゃ、ちょっと待ってて。研究班に言ってから来るから」

 

 

 どうせ大切な部分は船上で終わらせているから、提出だけを他の班員に代理で出してもらえば良いだろう。

 

 そう決めた俺は書類を班員に任せ、一路ライモンシティへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 Θ―― ライモンシティ

 

 

「うおー、規模がでっか! やたらとビッグ!」

 

「そうだね。イッシュ地方の内では、都会なほうだ」

 

 

 たどり着いたライモンシティは、なんかピカピカしていた。

 観覧車とか、サブウェイとか、スタジアムとかがかなり目立っていて……これも町の特徴だから良いのだろうが、何となく落ち着かない雰囲気だ。

 フキヨセへ行く際とヒウンへ帰る際に通り抜けてはいたのだが、こうして町の中心を歩くとまた違って見えるものだなぁ……。

 

 

「で、目的地はどこなんだ?」

 

「『御家』の持っている別宅があるんだ……ここだね」

 

 

 コクランが『ここ』といったのは、そこそこ普通の外見をした家だった。

 正直言うと、もっと「金持ち!」って感じの家が来るかと思ったんだが。

 

 

「コクラン、ただいま戻りました」

 

 

 そしてコクランが門の前にあるインターフォン(多分)にそう告げると、メイドさんがワサワサ出てきて俺は応接室に連れられていくことになった……。

 ワサワサという擬音語が適切かどうかは知らないけどな。

 

 

 

 

 さて、応接室に通されたが、広過ぎず狭過ぎずの丁度いいスペースであると思う。

 ……家の中の廊下とかはしっかりカーペット敷きで、途中途中に高そうな絵がかけてあるのは予想通りだったけどな!! 金持ち!

 

 まぁそんな感じで呼び出された伝言の「主」を待つ。と、

 

 

 《コンコン》

 

 

「はい。既にお客様はいらっしゃっております」

 

 

 《……ガチャ》

 

 

 ドアを開けて入ってきたのは俺と大体同年代だが、既にそこそこ長いウェーブの髪の毛をした少女。

 

 

「お待たせしていて、申し訳ありません……」

 

 

 見たことのある容貌。どちらかというとBWよりも、Ptで見た外見により近い。

 楚々とした佇まいは、彼女の『御家』における立場を示しているようにも感じるな。

 

 さて。長々と紹介はしたが。要は、お相手とは。コクランの主たる少女 ―― カトレアだったのだ。

 ……まぁ、だいたい分かってたけどもな!

 

 

「どうも初めまして。お招きいただきました、ショウといいます」

 

「アタクシはカトレアです……。そこのコクランの主ですね」

 

「この度は私達の研究における食料調達の仲介をしていただき、ありがとうござい……」

 

 

 以下略。こういうやり取りは苦手なので以下略!

 置いといて。

 伝言について聞かなければいけないだろう。

 

 

「それで、私をここに呼んだ理由……伝言があると聞いているのですが」

 

「……まず、アタクシがこれから話すことを信じてくれる?」

 

 

 おぉ……なんか前提とか心構えが必要な伝言なのか。

 

 

「えーと……失礼とは思いますが、聞く前から一概に『信じることができる』とはいえません。ですが、私はあなたのことを信じたいとは思っています。恩もありますからね。なので、『信じる努力はします』。あとは聞いてみてからでないと分からないかと」

 

 

 一息で話した。

 これが相手が上司だとか日本的なビジネスだとかならまた接し方は変わるが、この場面はこれで良いと……思う。多分。

 相手はリアルエスパー少女(2号)だしな。ここは正直に接することを大切にしたい。

 ……いや、エスパーお嬢様か? どうでも良いけど。

 

 

「まぁ少なくとも、聞いていきなり『信じない!』とかは無いですんで、まずはお話を伺いたいです」

 

「……アナタは正直な方。まぁ、アタクシとしても半信半疑なので……」

 

 

 カトレアはそういって目を閉じ、指を搦めて手を組んだ。

 

 

「……アナタの未来が。見えません。他の誰しもに見えている、未来が。……どういうこと、でしょう」

 

 

 ……うーん。心当たりは凄いある。

 俺はどちらかというと「変える」ための立場だ。

 エスパーの人に「未来視(ファーヴィジョン)」がどう見えるのかは知らないけれども。

 その行く末は、見えなくてもおかしくはないのである。

 

 

「一応言っておきますが、歩く路は見えなくもないです。……ただ、その先が……」

 

「心当たりはありそうだね、ショウ?」

 

「あぁー、一応な。あるぞー」

 

 

 言えるような。言えないような。

 ……「目指す所」についてであればいう事は出来るか。うし。そうしよう。

 とか考えていたが……そういえば。

 

 

「口調とかは丁寧にしたほうが良いか?」

 

「別に、口調はそのままで構いませんし、アタクシも呼び捨てで構いません。アナタはアタクシに仕えているわけでもなく、年齢も変わりません」

 

「そんじゃー、お言葉に甘えて。……ともかく、俺の未来が見えないから心配してくれてるってことな。あんがと」

 

「はい。一瞬、アタクシがおかしくなったのかとも思いましたが」

 

 

 エスパー能力が、ということだろう。

 それはないな。というか多分、俺みたいに「未来が見えづらい」人は結構いると思うんだよ。

 遠い所(・・・)に行く可能性のある、サブウェイの人とかな。可能性がいくつもあったりする人は、そう見えてることもあるだろう。

 実際、ナツメ自身も俺の事を「見えない人」と呼んでいた。だから懐かれたっていう経緯もあるし。

 

 だから、説明する。

 見えづらい人ってのは、可能性が多すぎる人。もしくは「見える外」に行く可能性のある人。

 そうだってナツメも言っていた……と、言うと。

 

 

「……そうなのですか。……」

 

 

 カトレアがうつむきながら、考え込む。

 納得がいかない……って表情でもないな。

 どちらかというと。……うっわまずい、これ、悪戯を考えて……!?

 

 

「……アナタの、ポケモンバトルを教えてくださいませんか」

 

「……いや、なぜ?」

 

「コクランから、アナタは8才なのに強いトレーナーでもあり、またエスパー戦に長けているとお聞きしたので……」

 

 

 ここ、フラグだったかぁー!!

 確かに。カトレアは原作において、ポケモンバトルで感情を制御できないことがエスパー力の暴走に繋がる……っていう流れだった。

 それでバトルキャッスルではコクランがブレーンを担当してるんだよな。

 

 

「あー……確かに俺はトレーナーっぽいが、カトレアと年は大して変わらんぞ? 10才じゃないと免許は取れないから、非正規トレーナーだし。だから公式試合とかには出れなくて」

 

「……構いません。それは未来に。今は、座学にてご享受いただきたいので」

 

 

 ああいえばこういう!

 このやり取りの頑なさよ。おそらく、このお嬢様は折れないだろーな。性格的に。

 ならば。

 

 

「んー……分かった。引き受けよう。ただし俺の私見も入るうえ、対エスパーに至ってはただの感想っぽくなるぞ?」

 

「はい、よろしくお願いします……」

 

 

 ここで少しでも感情の制御を教えておければ、最悪の事態は回避できるだろう……などとせめて前向きに考えることにする。

 ほんと、前向きに捉えればこうだよな、うん。前向き前向き。

 

 

「……あの」

 

 

 おっと、思考が飛んでたな。

 できるだけヒウンを離れないほうが良いから、早めに始めようか。

 

 

「じゃあ、ちょっとだけ教える。……さて、まずは俺のポケモンに触れてみるか」

 

 

 触れたこともない、のだそうだ。始めるならば、ここからだろう。

 つーか、どうなってるんだ『御家』の情操教育。籠の鳥過ぎんかね!

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 カトレアに妙に懐かれた気のする講義を終え、俺はヒウンへと戻っていた。

 実を言うと、「未来が見えない」という点については、ここイッシュ地方に所以する理由も思い当たっていたりする。

 

 

「……ポケシフター、2010年完成予定。なんだよなー」

 

 

 そう。理外の施設、ポケシフター。

 ゲームではDPPt・HGSSからのポケモンを送るのに使用されていた施設だったんだが、この世界では『別世界でのポケモンをこちらに送る施設』になるらしかった。

 ……確かに、施設の機能それ自体は俺の冒険にとって大きな力になってくれるに違いない。だが、その年まで20年近くあるのが問題だ。しかも外国である。

 

 

「気長に待て、ってことか?」

 

 

 というか、手持ちに愛着が沸いているのであんまり貰う気も無いんだけどな。今のところ。

 20年近く先。その頃には普通の彼女くらいは出来ているといいなぁ。できないと、どうしても、ミィが傍に居ることになるし。

 

 

「……まー、良いか。未来の俺、ファイトだー」

 

 

 無職とかでなくて。彼女が出来てて。それなりに世間様には顔向けできる立ち位置で。

 それくらいあればいいなー、とかとか。考えながら。

 次の仕事へ向けて、頭を切り替えてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 20220908/神様関係の所を今風に修正。
 流れは全く変わっておりませんが。


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Θ15 目的

 

 

 時は1992年、マサラタウン。

 

 

「……では、やはりデータは秘匿扱いに?」

 

「そうじゃな。この世界に最後の1体かもしれん」

 

 

 国内に帰ってきた俺は、研究所にてオーキド博士と共にミュウの処遇について話し合っている。

 

 

「最近のポケモンブームは凄いですからね」

 

「うむ。ラプラス、カモネギ、イーブイ……いずれもポケモンバトルが人気になってから個体数が激減したものばかりじゃ。データ等の存在自体を隠して、そいつはお主がきちんと持っておくのがいいじゃろ」

 

 

 博士の口頭によって挙げられたポケモン達は、最近になって個体数の減少が確認された種類だ。

 何しろポケモントレーナー制度が施行され、モンスターボールが手軽に手に入る様にもなったこの時代。もともと個体数が少なかったポケモンを持つことは一種のステータスになることもあり、レアな個体はその数を減らし続けているのだった。

 そんな時期だというに、この「ミュウ」の捕獲という事件である。俺達は色々な意味で面倒になることを見越し、データを研究所の俺と博士のみで処理すると決めたという訳。

 

 ……まぁ、一応データは取るけどな。俺用に。

 

 

「コイツはマサラの空気を気に入っているみたいですし、俺と一緒にいることも了承してくれてます。一緒にいることに異存は無いですね」

 

「頼んだぞ。ワシも発表の際にはそいつを数には入れんからな」

 

「お願いします」

 

 

 とはいったものの、実際ミュウはこのマサラ以外では肩身の狭い思いをすることになるだろうな。珍しい、もしくは見かけないポケモンは注目の的になるし。

 マサラがド田舎だからこそ、普通に出て歩けるのだった。田舎でよかった!

 

 ……あ、そうだそうだ。さっきの「発表」についてだが、オーキド博士は1995年にカントーに住むポケモンの総種類数を発表する予定なのである。

 そのため、俺や研究班は戻ってきても相変わらず研究に追われる日々なのだ……というかむしろ前より忙しくなったから、最近はトレーニングをする暇が殆ど無い状態だけど。

 

 さて、2人でそんな現状を憂いていると、オーキド博士が何故か遠い目をして語りだした。

 なんかノスタルジックな雰囲気出してるが……

 

 

「それにしても、トレーナーの数は急に増えてきておるのぅ……。最近は国が力を入れておるから、トレーナーへの学業免除やスクール建設、リーグの全国放送なんかがあって至れり尽くせりじゃ」

 

「あー……確かに。中学校はそもそも努力義務でしたけど、結構前に小学校も10才までに詰め込む方針に変わりましたからね」

 

 

 そう。この世界はポケモンに関する色々と特別な制度があるのだ。

 

 先にも言ったが中学校はそもそも努力義務。小学校は12才までだったが、トレーナー制度導入の数十年位前から社会実験をしたうえで、制度開始と同時に「10才までに教育を終える」ことができる様改正されていた。

 ぶっちゃけ転生前の世界観を持つ俺からすればありえない制度なのだが、ポケモンに関するこの世界の人間の執着は恐ろしいものがあって、子ども達も必死で勉強に取り組むようになった……らしい。

 ……つか、学力はむしろ前より上がったらしいしな。

 おそらくオーキド博士は、そんなトレーナーにとって便利になった社会と昔の自分の頃の状況を比べていたのだろう。昔はぼんぐりオンリーだったし、今よりトレーナー数も少なかっただろうからな。そりゃノスタルジックになるわ、うん。

 

 

「トレーナー資格はとるんじゃろう?」

 

「そうですね……。最近は通信で取れるのもあるんですけど、しばらく休みを貰ってタマムシで取ろうと思っています。両親にも親孝行しときたいですし」

 

「親孝行とくるか……。ショウ、お主8才じゃろうに……。まぁ、だが、確かにそれが良いじゃろうな」

 

 

 まぁ、そんな先のことよりもまずは研究だけどな!!

 俺の年に関してはいまさらだし!

 

 

 ……さて、本題である研究の進行具合の話に戻そうと思うんだ。

 

 

「あぁ、そうだ博士。この間言っていた、伝説の3鳥についての見聞をまとめておきました」

 

「おぉ! 相変わらず仕事が早いの」

 

 

 そう、この仕事が面倒だったのである。

 

 ゲームをやっていた時、俺はこう思っていた。「なぜ、まだ知られていない伝説のポケモンのデータが図鑑にはあるのだろう」……と。

 しかし、実際俺達が作っているのは「ポケモン図鑑」。

 ある程度一般的なポケモンのデータは当然として、伝説のポケモンも入らないわけにはいかないのだ! 研究的に!!

 

 そこで俺達は「伝説」になっているポケモン達の見聞や僅かな観測データ等を実地で集め、外見判別くらいはできる様にしたのだ。

 ……うん、かなり苦労したけど。

 

 あとは捕まえてから詳しいデータを取る予定で、これで殆どゲームどおりになるのだった。

 

 

「フリーザーはセキチクからサイクリング辺りを望遠、サンダーはイワヤマトンネルで張り込み。……ファイアーに至っては、見たことがあるというカツラさんにかなり頼りました。大変でしたよ、博士……」

 

「すまんすまん」

 

 

 補足すると、カツラさんは昔山で遭難した際、ファイアーに導かれて下山できたらしい。そのせいで今も炎ポケモンに拘っているのだとか。

 ……はい補足終了。そんなことより、

 

 

「ひと段落したら、きちんと休みは下さいよ」

 

 

 現在は明らかに労働超過だし、年齢的には前世で言う労働基準法にも引っかかってるんで。

 

 

「うむ、それは安心してよいぞ。しばらくしたら、ワシの先輩であるナナカマド博士にも手伝ってもらう予定じゃ」

 

 

 あぁ、DPPtに出てきた影薄いけど妙に偉そうな博士。

 ……あの人、先輩だったのな……という発見をした俺へ、博士は続けて口を開く。

 

 

「それに、進化の方面に関しては助手のウツギくんに一任することができそうじゃ」

 

「おぉ……! それは楽になりますね」 

 

 

 図鑑の進化方面を任せることができれば、実際かなり楽になるだろう。

 

 因みに、ウツギはHGSSとか金銀で出たあの博士である。俺と同時期に博士の助手を始めていて、最近はその才能を発揮し始めているところだ。

 このまま進化に関する研究を進め、「ピチュー」とかの発見に至るのだろう……うん、頑張って欲しいな。主に俺の休みのために!

 

 

「なら俺も、さっさと自分の分の仕事を頑張りますかー!」

 

「うむ。ワシも、お主にも頼まれているポケモンの個体差についてのデータを纏めるとするかの」

 

「あー、すいません。俺の個人的頼みに時間を割いてしまって」 

 

 

 俺が博士に頼んだのはポケモンの「ステータス」を数値化できないかということ。

 

 現在の図鑑は開発の甲斐あって、データを採ったポケモンのレベルに関してはほぼ誤差なく見れるようになった。しかしまだゲームの様にはいかず……俺達はステータスが見れない状態なのだ。

 

 ステータスがなくては廃人もできん! 廃人しないかもしれないが!

 

 ということで(どういうことだよ)博士には、他のポケモンとの運動データの数値比較から「HP」「攻撃」「防御」「特攻」「特防」「すばやさ」の6つの項目を抽出し、因子別に数値化する……といった研究をして貰っている。

 こればっかりは色々なポケモンのデータが蓄積してからでなくてはできなかったため、最近お願いしてみた次第なのである。

 

 

「いや、構わんよ。同じようなことを協会からも頼まれていた所じゃからの」

 

「あ、そうなんですか」

 

「そうじゃ。現在開発中のぽけぎあ、とかいうトレーナー用の携帯ツールに搭載したいらしい」

 

「まぁ実際、ステータスが分かると育成もバトルも楽ですからね。トレーナーにはありがたいでしょう」

 

 

 それにしてもポケギア、この時代から開発してたんだな。

 と、未来のトレーナー像を夢想していた俺に衝撃の事実が……

 

 

「まぁ協会を通して依頼したのはシルフにいるお主の幼馴染なんじゃがな!」

 

「……あいつは有能ですからねー」

 

 

 ミィかよ! と突っ込まなかった俺は偉いと思うんだが。

 

 ……それにしてもあいつ、本気で稼ぐ気だな。その内凄い地位を手に入れそうな気がするな……ジョ○ス的な感じで。多分まだ、死なないけどさ。

 

 

「はっは! お主も10才を過ぎたら旅に出るのじゃろう? それまでは頑張ってくれ。人材を探してくるのも、中々に難しい問題じゃからの」

 

「……まぁ、10才になってすぐには行きませんけどね。研究がキリ良くなったら、旅に出ようと思います」

 

 

 いつか図鑑の判別に関する機能が完成して、レッドもリーフもグリーンも旅に出るだろう。

 その頃になったら俺も旅に出る予定だ……具体的には、1996年な。

 ついでに言うと、そのころの俺は12才である。

 

 

「そうか……すまんの。よろしく頼む」

 

「勿論です。これは俺の研究でもありますからね」

 

 

 ポケモン世界を楽しむからには、バトルを上手くこなせなくてはいけない。この図鑑完成はその第1歩なのだ。

 

 ……というか、俺の転生目的は「ポケモン世界を楽しむこと」、次点で「ゲームの通りに旅をしながら伝説ポケモンを捕獲して因子を回収すること」だからな。

 まずは原作ゲームの様にできる環境を創らなくては。

 

 

 

 

 ……実はここに来て初めての目的発表だけどな!!

 

 







 以上、後始末と説明回になりました。

 図鑑についてですが、

1.全種の外観データのみ図鑑に登録。これによってポケモン種を判別可能に。
2.旅してもらって捕獲
3.ポケモン預かりシステムを通じて、預かり施設に。そこで研究班が詳しい生態データなどを採る
4.採った生態データを大本のPCに転送し、ゲームの様に図鑑から見ることができる

 という流れになっております。この第1段階である外観データ採取のために主人公達は現在頑張っていた訳です。
 ついでに、

 1.をもって「図鑑の開発の完成」、
 2.の全種捕獲をもって「図鑑の完成」

 と呼称するとかなんとか。無駄設定です。
 どうせ時代の移り変わりでポケモン増えますし、完成とか言うのもおこがましいですからね。


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Θ16 預かりシステム

 

 

 同年、1992の9月。

 相変わらず俺は研究に明け暮れている……のだが、今日は少し毛色が違う仕事だ。

 

 

「いやいや……ゴールデンボールブリッジて、これセクハラだろ」

 

 

 周りに誰もいないにも関わらず呟いたのは、この状況では仕方ないと思うんだ!

 

 

 ……あー、現在俺はハナダシティの北の方へと歩いているところ。目的はハナダ岬にある家だ。

 だが、途中にある橋のネーミングにツッコんでしまったのだ。未熟だな、俺。

 

 …………いやツッコミ入れるけどな、普通! 流石にっ!!

 つか、橋のモニュメントすら金メッキした球体って、どんな拘りだよ……。

 

 

 さて。

 まだ少し後ろ髪を引かれながらも、本題に戻らなくてはいけないので戻ることにしよう。

 

 現在向かっているハナダの岬には、俺と同じタマムシ大学に属する1人の研究者が住んでいる。その研究者 ―― 「マサキ」は、ポケモンセンターに配置されている「預かりシステム」の開発を行っているのだ。

 で、その完全開通が来月に決定したため、本日俺はその預かり先を利用するポケモン研究者からの代表として、挨拶を兼ねてシステムの説明を受けることになっているという次第。

 

 

「いやいや……ハナダの人のギャグセンスって、あんななのか? ……そもそも、アレはウケを狙ってるのか?」

 

 

 などと未だ分割無駄思考に余念が無い俺だったが、意識が浮上したところで顔を上げると――

 

 

「……なんだろうな、あの集団」

 

 

 自身の前を歩く集団に気づいた。

 

 1人はオレンジショートカット、その隣はビッグ三つ編みメガネ、1人は帽子を首から後ろに掛けてサングラス、最後の1人は金髪ポニテ。

 

 

「でもって全員女……。ほんとに何の集団だよ……って、あ。マサキん家入った」

 

 

 しかもその集団は全員、俺の目的地でもあるマサキの家へ入っていった。

 ……謎が膨らんだだけで、全くもって謎の解明へのヒントにはならないけどな。

 

 そんな風に思案しながらマサキの家の前に着いた俺は、しかし中には入らず少々考察をすることにする。

 

 

「(……男女比が……)」

 

 

 現在のマサキの家の中の男女比は、おそらく男:女=1:4だろうと推測される。

 そして、その状況は俺の心象的によろしくないな。うん。

 

 そう結論付けた俺は――

 

 

「……俺、逃げて良いかな?」

 

 

 

 ――「なん! (男性パート)」

 

 

 

 ――「でや!! (女性パート)」

 

 

 

「「ねん!! (両者)」」

 

 

 家の中から飛び出してきた関西風コガネ人と先程の金髪ポニテに、ツッコミを入れられることとなったのだった。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「いやぁ全く。冗談キツイわー」

 

「いや、冗談でもないけど……っと、その前に説明を頼んでいいか?」

 

 

 結局は家の中に入った俺だが、こちとらこの状況には順応できて無いんだ。ツッコまれるのは、まぁ、別に良いんだけどな。

 

 

「おぉ、そやな。じゃ、まずは紹介するわ」

 

 

 マサキの紹介によると、オレンジショート=アズサ、ビッグ三つ編み=マユミ、金髪ポニテ=ミズキといって、彼女らはそれぞれ総管理施設、ホウエン地方、シンオウ地方での預かりシステムの管理を行う予定らしい。

 

 因みに、俺はアズサとマユミについてはマサキから名前を聞いて思い出すことができ、……確かに、ゲームで見たことがあったと思う。

 アズサは「ポケモンボックス」で見たし、マユミはRSの部屋が片付かない御人だったと記憶しているな。

 

 ……ミズキ? 

 俺はプラチナは???のボックスのままブレーンを狩ってた人種だから、あんまり印象に無いんだな、これが。誰かからイーブイを貰った記憶はあるんだけどなぁ……。

 ……ん、おっと。俺のボックス管理人への記憶のなさはどうでもいいだろう。んでもって、もう1人紹介が残っている。

 

 

「そのサングラスの人は?」

 

「あぁ、コイツはユカリ。関係を話すんはちぃと面倒なんやけど、まず、マユミの姉のアズサに総管理人をやってもらうゆうのは言うたよな?」

 

「おう、さっき聞いたぞ」

 

 

 この世界での「ポケモンボックス」は、全国から預けられたポケモンの管理を行う施設だ。その施設でのシステム管理を統括する人がアズサだと言っていたな。

 

 

「でもって、ショウらみたいな研究者がポケモン観察するんには、ポケモンを外に出しとける環境が必要やろ」

 

「あー、ポケモン牧場……だったか?」

 

 

 そう。俺達は預けられたポケモン達の一部からデータを取って研究を行う予定であり、そのためには、ポケモンがポケモンらしく生活している所を観察するのが望ましいのだ。でもって、その「らしい」部分を引き出すために、ポケモンを預かりながらもボールから出して生活できる施設が「ポケモン牧場」であると聞いたことがある。

 

 ……なんか、俺の知ってる「ポケモンボックス」「ポケモン牧場」とはかなり違うんだけどな。まぁ良いけど。

 

 

「そやな。でもって、ユカリにはそこの管理をして貰おうとおもとる」

 

「まぁ、この話の流れだとそうなるか」

 

 

 つまりここに集まったのは、預かりシステムに関連する管理人達と言う訳か。んじゃ、まずは挨拶からだな。

 

 俺は椅子から立ち上がり、彼女らの方を向いて自己紹介を始める。

 

 

「どもです、お姉さん方。俺はショウ。今はマサラにいて研究者をやってるんで、預かりシステムには研究方面で凄くお世話になると思います。今後とも是非、宜しくお願いします」

 

 

 俺は目の前にいるマサキへ砕けた口調を使ってしまっていることから、ある程度敬語を崩し、普通に話すことにする(元々、正しい敬語ではないんだが)。

 その所為で変な口調になったが、俺は8才なのでまぁ良いだろう。

 ……都合の良い時だけ逃げ道に年齢使うよな、俺。

 

 でもって(置いといて)、俺が紹介を終えると、次いで管理者軍団も紹介を始めた。

 

 

「あ、どうもありがとうございます。私はマユミといいます。南の方の通信機構構築を担当していますので、よろしくおねがいしますね」

 

「私はアズサ。さっきマサキも言ってたけど、マユミの姉よ。知ってるとは思うけど、ボックスの総管理をさせてもらう事になったわ。ま、わたし1人でやる訳じゃあないんだけどね。国の研究者もかなり使う事になってるしさ」

 

「ユカリです。アズサの友人でして……なんだかポケモンに関われる仕事があるって聞いて、牧場を受け持つ事になりました」

 

「でもってトリはウチ、「マサキさん2号」……ちゃうわぁ!! どないやねんっ!!」

 

 

 さっき家の前で俺にツッコミを入れていた金髪ポニテが、俺の茶々入れに対して律儀にツッコむ。口調的に、この人もコガネの人なんだろーな。

 ……まぁ良いとして……あぁ、ミズキはからかうと面白いかも知れないな。

 

 

「すまんな、ミズキ。なんだかボケないといけない空気を感じて……」

 

「……ウチはなんでしょっぱなから、いじられキャラが定着してんねん……」

 

 

 訂正。ちょっと可哀想だし、なるべく控えようと思うんだ。

 きっといつもいじられ役なのだろう……。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「あー……やっぱ専門外の部分はよく判らないな」

 

 

 そう言いながらマサラへと帰る途中の俺は、預かりシステムについての説明を一通り受け終わったところだった。

 転送は電波化データ化が云々とか、牧場にも研究員兼従業員として何人かを常駐させる事とか、実はニシキとか言う人もいるんだけど彼の役割はちょっと特殊だとか何とか……。

 

 まぁ、マニュアルも貰ったから後で見直せばいいか!!

 

 

 ……全てを無駄としたマニュアルの存在は置いとこう。顔合わせの意味が大きかったんだよきっと。うん。

 

 さて、切り替えて。

 

 ポケモンセンターの全面運転が開始されている現在、預かりシステムも完全開通することでトレーナーにとってはより便利な時代になるだろう。

 それは俺達研究者にとっても同様である。

 

 

「(この成長は、やっぱり国が力を入れてるからだ)」

 

 

 実際、国が総力を挙げてポケモン事業に取り組んでいるからこその現在の急成長だ。

 ジムやリーグの運営、トレーナー用のフレンドリィショップへの比較的高めの税金、国内にいる世界的権威オーキド博士の存在……。

 これらがそろっている状況で、ポケモンはより身近なものになったと考えられる。

 だが、この世界ではずっとポケモンと共存してきたとはいえ、近年ほど急な変化を伴ってポケモンが身近になったことは、今までに無かっただろう。

 それはとてもとても、大きな変化で……

 

 

「だけど……そこを狙われるんだろうな。サカキに」

 

 

 トレーナーが多いからこそ、国の中で大きな部分を占めているからこそ、ポケモンと人との距離が近くなったからこそ……「ポケモン犯罪」がより大きな力を持つようになってしまうのだ。

 

 この状況でもし、サカキの計画が……

 

 ……いや、それ以前に、

 

 

「……まぁ……止めればいい話だな」

 

 

 止めなくては原作がブレイクだし、何より……止めなくては俺がこの世界を楽しめなくなってしまう。

 ならば、サカキ達を止めてしまえばいいだけの話。

 そして何より心強いことに、サカキ達を止めるのは俺だけではないのだから。

 

 じゃあ、まずは。

 

 

「そのために……っと。明日は休みだし、久しぶりにバトルの練習がしたいかな」

 

 

 そう考え、今度は誰とどんな練習をするかについて、またもや考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 (※多少真面目なことを考えていますが、主人公は只今セクハラブリッジの上です)

 

 



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Θ17 研究とRと、たまに化石

 

 

 1992年、同じく9月。

 

「あれから結局バトルの実践練習できて無いけどな!」

 

 

 ……いや、忙しいんだよ。かなり。

 

 そんな俺が現在いるのは、またもグレン島。

 フジ博士との共同研究調査の成果確認(と書いて、後片付けと読む)を行い終えたところだ。

 

 

「ショウ君、今回もありがとう。来てくれて助かった」

 

「まぁ、確かにここまで来るのは大変でしたけどね」

 

 

 とはいえ、フジ博士の研究はこの島にある屋敷の地下でしか行えないしな。機材的に。

 

 ……などと俺が考えていると、フジ博士が妙にソワソワしているようだった。

 なんだ?

 

 

「えーと、何か」

 

「あぁ。あのポケモンはどうなったかと思ってね」

 

 

 ミュウのことだな。

 ……フジ博士は既に存在を知っているから、決まったことくらいは告げて良いだろう。

 

 

「やはり、データの存在自体が秘匿扱いだそうです。稀少ですから」

 

「……」

 

 

 そう告げられたフジ博士は少し苦い顔をしている様で、

 ……あぁ、そうか。

 

 

「大丈夫です。マサラにいる間は外で遊ばせてあげられますし、私としてもこいつが不幸になることは望んでません」

 

 

 ド田舎なあそこなら、外からの人にだけ少々気を使ってやれば「ふーん。まぁ、あれもオーキド博士の研究で見つかった新種の1匹だろう」位にしか思われない。

 でもって俺が既に捕獲しているから、離れすぎなければ盗られるということも無いだろう。

 

 研究中の遊び相手は俺のポケモンが勤めているため、少々こいつらにとっては大変なのかもしれないが……いや、この前楽しそうに鬼ごっこしてたし大丈夫か。飛べないニドリーナが涙目だったけど。

 

 

「……そうか」

 

 

 うん、少しは安心してくれたようだ。

 では、次はこちらからの質問。

 

 

「博士のほうの研究は順調ですか?」

 

「……あぁ、順調だよ。サンプルの解析も終わって、次の段階も中盤くらいまでは進んでいる所だ」

 

 

 ……「中盤まで」、ね。

 

 

「何よりで。では、博士からの成果発表を期待して待っていることにします」

 

「……そう、だね」

 

 

 今はまだ触れることができないだろうな。

 なにせ作っているのは、……「ミュウツー」だろうから。 

 

 

 俺とフジ博士の間に沈黙が流れた一瞬だった……が、そこへ、

 

 

 ――《バン!》

 

「博士!」

 

 

 1人の男が扉を開けて走りこんできた。

 ……ただしゲームで見た「けんきゅういん」そのまんまのヤツではなく、白衣の下の胸には「R」のバッジがつけられている奴なのだが。

 つか、白衣が翻る程度で見えるような位置につけるなら隠すなよ。もしくはいっそ、つけなければ良いんじゃないのか……?

 

 そんな走りこんできた研究員(Rバッジ付き。以下、Rと略す)は、慌てた勢いそのままにフジ博士に話し始める――

 

 ――と、思いきや。

 

 

「……? どうかしたかね?」

 

「……ちっ、」

 

 

 入ってきた男は俺を見て露骨に嫌がり……舌打ちまでしなくて良くないか、とは思うが……なるほど、邪魔なのだろう。

 

 

「あぁ、良いです良いです。俺はここでお暇するんで」

 

「悪いね、ショウ君」

 

「……」

 

 

 あー、目つき悪い目つき悪い。もうちょっと悪ってところを隠そうとしろよ……。

 そんな研究員(R)からの睨み熱視線をうけ、俺は手早く荷物をまとめて立ち去ることにする。

 

 

「では、フジ博士。お元気で」

 

「あぁ、キミもね」

 

「……博士! 早く!!」

 

 

 俺が玄関へ向かうと同時に、博士は研究員(R)に引っ張られて行ってしまった様だ。

 

 

 やっぱりもうロケット団いるのな、とか思いながら玄関から出た俺は、扉を閉めようと振り返る。

 すると、相変わらずの豪華な装飾やカーペットや彫刻の数々が目に入り、

 ……なるほど。

 

 

「(この豪華な屋敷といい、あいつらが出費してたのかもな)」

 

 

 フジ博士が頼んだのか先代が勝手にやったのかはわからないが、

 ……確かに、いくらフジ博士が有名な研究者だからといって、グレン島を殆ど1人で開発したような現在の状況には「金銭」が足りないだろう、と思う。

 

 そこをつけこまれ、……おそらくは「人の良さ」と「研究への熱心さ」から、断りきれないのだろう。

 

 

「……この島に来る理由がいるな」

 

 

 今日で、俺とフジ博士が会うための口実だった「共同研究」は使えなくなった。

 ここでこれから起こる「こと」を妨害するためには、この島に来る理由が必要になる。

 

 

「……まぁ、何とかするか」

 

 

 そう考えた俺は、少し思いついたことを実践するために、カツラさんの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 そして、グレン島でのやり取りから数週間後。

 

 

「忙しいところすまないな、タケシ」

 

「なぁに、気にしなくていいさ」

 

 

 会話の通り、俺はタケシと会っているところ。因みに、ニビシティの博物館の応接室が現在地である。

 しかし……

 

 

「気にするなとはいってもなぁ……。ジムリーダーになったばかりなんだろ?」

 

 

 そう、タケシは最近ジムリーダーになったばかりなのだ。

 現在11才のタケシだが、化石関連の功績やポケモンジムが家業であったこと、何よりも彼自身の人格が町の人達から認められていることにより、早期からのリーダー就任となったらしい。

 

 ついでに、俺とタケシが知り合ったのは化石関係からだ。

 随分前の遠足で俺とミィが見つけたカブトプスの化石はニビの博物館に寄贈しておくことになったので、その関係で知り合うことができたのだ。

 

 ……で、新人って忙しいイメージがあるんだが……タケシは忙しくないのか?

 

 

「ああ。普段はそうだが、今日はジムの定休日なんだ」

 

「定休日?」

 

「俺は化石発掘の手伝いもしているから。そのために、たまにジムを空けているんだよ」

 

「あー……そんな中で時間取らせてすまんな、タケシ」

 

「なぁに、気にしなくていいさ……2回目だな、これ」

 

 

 今は俺のためにタケシに時間を取ってもらっている状態であるため、なんか申し訳ない……。

 ……ま、ならば貴重な時間をつぶさないためにも早めに本題に入るか。

 

 そんなんで俺はタケシに本題を告げることにする。

 

 

「ちょっと俺たちの班も研究の幅を増やそうと思ってな。……これ、計画書。発案は俺だけど、オーキド博士の了解はもう貰ってるから」

 

 

 そう言いながら、俺はタケシへと紙束を差し出す。

 すると、タケシはその紙束の1枚目に大きく記された研究主題を、律儀にも読み上げてくれた。

 

 

「……化石ポケモンの再生?」

 

「ああ。一応聞くけど、再生関連の研究データとかはココにも無いよな?」

 

「そもそも再生しようと思った人がいないと思うけど……」

 

 

 まぁ化石の再生なんて考えたのは、タマムシ大学でも俺だけだし。

 因みに計画の内容はタケシのリアクションの通りで、……つまりは「化石になったポケモンを再生できないか?」ということだ。

 

 

「その技術が無いのは一応確認した。……だから、俺たちで研究しようと思って」

 

「ショウたちが、か。ショウたちオーキド班なら信用できるだろうし俺に出来ることなら手伝うけど、町を離れるのは難しいぞ?」

 

「そこに関しては心配ご無用。必要なのはニビ博物館の人材と情報だから」

 

 

 ゲームではグレン島で行われていたのが「化石ポケモン再生」の研究だった。

 だが、博物館やオツキミ山などが近いはずのニビではHGSSの時代まで再生は行われていなかったし、そもそもHGSS時代の博物館での再生施設自体もグレン島の噴火に伴って移設したと考えることも出来る。

 

 ……と、いうことはグレン島は「研究がしやすい環境だった」はずで、

 

 

「どこか……『ポケモン化石が良く発掘されるポイント』を知らないか?」

 

「なるほど。研究のためにか」

 

「あー、そうだな。珍しい化石じゃなくていいんだ。数が多く手に入るところがいい」

 

「ちょっとまってろ……」

 

 

 そういってタケシが博物館の研究班長に取り次いでくれる。

 そんで、やってきた班長から資料を受け取り、広げながら……

 

 

「さて、ショウを信用してるから研究の契約云々の前に見せるけどさ」

 

「タケシ……プレッシャー掛けないでくれよ……」

 

 

 信用してるとか、プレッシャー以外の何物でも無いからなぁ……。

 ……とはいうが、まぁこの場で見せてもらえるなら計画も立てやすいし、お言葉に甘えよう。

 

 

「はは。ま、記録によると……発掘数の多さならカブトとオムナイトみたいだ」

 

「別に問題なし。発掘地は?」

 

「グレン島の東にある『ふたご島』周辺の島群からかなり出ているぞ」

 

 

 うし! 予定通り!!

 

 

「ならこっちでグレン島に研究施設を借りるから、発掘班と研究班をニビの博物館から借りてもいいか?」

 

「それは良いさ。けど、もう話はついてるのか?」

 

「少なくともグレンの研究者のトップとジムリーダーの2人には顔が通ってるから大丈夫だろ。多分。」

 

 

 実はカツラさんには既に許可も取ってるんだけどな。

 しかしこうも予定通りだとは……まぁ良いか。上手くいくのは良い事だしな。

 

 さて、概要はもう纏まっただろうと思う。タケシの時間のこともあるし……

 

 

「んじゃ、こんな感じでいいか?」

 

 

 と話を切り上げようと声を出したが、その時。

 

 

「まぁ、ちょっと待て。まだ詰めなきゃいけない部分がある……」

 

 

 件のタケシに止められることとなった。

 ……おおう……あまり笑わないタケシが黒い笑みをしているぞ……。

 

 

 ――相。

 

 ――談。

 

 ――中。

 

 

 はい終了。

 

 

「おいおい……ショウはこれで良いのか?」

 

「別に構わないな。発掘班も研究班も、実質はニビ博物館から殆どが出るし」

 

「でもな……研究結果の化石のデータも博物館側が保管、再生方法の開発についても博物館で技術独占ってのはこちらが有利すぎじゃあないか?」

 

「俺は研究自体が出来れば良いからな。それに、タケシにとっても職員には有益な契約が出来たほうが良いだろ?」

 

 

 さっきのタケシは、万が一にも博物館員の不利益にならないようにと頑張っていたのだろう。

 全く……只でさえジムリーダーで大変だろうに少しでも町のためにと動くタケシを見ていると、どうしても応援したくなるんだよな。心情的に。

 タケシはこんな性格をしていて、……町のためや誰かのために頑張ることができるからこそ、この年でのジムリーダーなのだ。

 

 ……それに、どうせグレンは噴火するしな!

 データとかニビにあったほうが色々と便利だよきっと!!

 

 とまぁ、こんなのの他にも色々な理由はあるし。

 今タケシと計画を詰める事が出来て、一応大学としても利はあるようにしたから、これなら企画は無事に通ると思う。

 何より、これがグレン島に行くための「理由」になるだけで十分なのだから。

 

 

「……ま。あんまり気にすんなよ、タケシ」

 

「こうも一方的では、お前の友人としてそう簡単には納得できないさ」

 

 

 むぅ。やはり生真面目だな、タケシは。まぁこんな性格をしているからこそ同上。

 俺としてはそんなに恩着せがましくしたくは無いんだけど。

 そういう訳でここは明るく、

 

 

「んじゃあ、これはとりあえず貸し1つってことで!」

 

「ショウへの借りは正直気乗りしないけど……」

 

 

 

 ……俺、質の悪い高利貸しとかじゃあないんだけどなぁ。

 とか、考えていたらどうも顔に出ていたらしい。

 

 

「あぁいや、ショウが性格悪いとかじゃあなくてだな……」

 

 

 

 

 ……へぇ。

 

 

「やっぱ貸しは今使う! タケシ、お前今度のジム戦は上半身裸でバトルしろや!!」

 

「待ってくれ! 露出好きだと思われるからそれは勘弁してくれ頼むから!!」

 

「それが嫌ならその辺の女の人に『おねぇサーン』とか言いながら言い寄っていけ!」

 

「俺のキャラじゃないし、それじゃあ只の罰ゲームだろう!?」

 

 

 くっくっく……! 初代ではやっていた事だし、アニメでのお前のキャラなら簡単だろうが!!

 

 

 ……などと無駄思考するが、まぁ貸しを作っておくのも嫌いじゃないので結局は許すのが俺だったり。

 

 







 私の原作キャラについての情報源は、主にHGSS本編とFRLGのボイスチェッカーです。
 それによると、タケシはまぁこんな感じの人となりだそうで。

 タケシの様にアニメのレギュラーキャラについては、アニメでのキャラに引きずられないようにしたいのです。
(といっても、私はアニメの方をあまり知らないのですが)

 ……ですが、そもそも64とかではアニメに影響されまくった手持ち(ロコンとか)を披露してたりするので、年齢はアニメの方を参考にしました。
 タケシの服装もFRLGではアニメから逆輸入してましたし。



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Θ18 ある1日

 

 

 普段の俺の1日は、朝早くから始まる。

 

 

「ミュウ、ピジョンにへんしん!」

 

「ミュミュウ!」

 

 《グニャリ》

 

「でもって、ニドリーナにでんこうせっか!」

 

 《ビシュッ!》――

 

「ギャウ!」

 

 ――《ズドン!》

 

 

「さらに、かぜおこし!」

 

「ミュ!」

 

 《ゴオオゥ!》

 

「ピィ……ジョ!」

 

 ――《ゴウ!》 

 

 

 ミュウが俺の指示通りに技を繰り出し、ピジョンやニドリーナと渡り合う。

 

 

「……よし、これで練習終わりだ。ありがとうな、ミュウ」

 

 《グニャッ》

 

「……ミュ♪」

 

 

 因みに今のは、『へんしん』を使ってピジョンの姿での戦闘を行う訓練だ。

 ミュウを最初からピジョンに『へんしん』させたままボールから出してつれて歩けば、ミュウをポケモンバトルでも使えるという計画である。

 ……PPは少なくなるけどな。

 

 それにこのミュウは元野生でのバトル経験が豊富と言うこともあり、とても吸収が早いのだ。

 俺とピジョンが練習していたコンビネーションなどをこの数週間ですでに覚えてしまっていて、ピジョン形無しである。俺もだけど。

 

 

「ミュ?」

 

「あぁいや。お前は凄いなぁって話だよ」

 

「ミュ……ミュゥ♪」

 

 

 訝しげにこちらを見ていたミュウの頭を撫でると、気持ちよさそうに声を出しているようだ。

 ……だが勿論、バトルの練習相手をしていたニドリーナとピジョンを撫でることも忘れないぞ。流石の俺も、ここで撫でないと拗ねると学習したからな。

 何よりこいつらも頑張ってくれているので、それを労いの形で表すことは重要なのだ。

 

 

「ピジョンとニドリーナも、頑張ったな」

 

「ギャウ!」

 

「ピジョッ!」

 

 

 お2方にも好評な様で何より。

 

 

「さて。ナナミも待ってるだろうし、家に戻るぞー」

 

 

 と話しかけて3匹をボールに戻し、マサラ郊外の海の見える高台からランニングをしながら家へと戻る俺。

 

 ……の間に無駄思考を1つ。

 

 俺が現在手持ちを増やさないのは、未だ8才で、トレーナーと捕獲の資格を取得できないのが理由の1番目だ。

 だが、理由はもう1つある。

 

 それが「バトル訓練に時間がかかりすぎる」ことだ。

 

 俺は現在、「指示の先だし」「サインによる指示」といった特殊なバトル技術を幾つか使用している。まずはそれらの訓練に時間がかかってしまうのである。

 加えて、この世界において「性格」を知るには時間を掛けてポケモンと接するしか手段が無かったり、そもそも捕まえたばかりでは言うことを聞いてくれないといった問題もあったりするし。

 それらの解消のためには「ポケモンと長く接する時間」が必要であり、……冒険に出てからなら1日中ポケモンといられるからともかく……研究漬けになっている現状では時間が足りないのだった。

 

 

 

「……っ、着いた、か……」

 

 

 丁度よく無駄思考が終了したところで下宿先の家に着いたのだが、

 ……おわ、やっぱり待たせてしまった様だな。

 

 

「ショウ君、お疲れ様。朝食はできているから、シャワーを浴びてくると良いわ」

 

「早くしろよ、ショウ!」

 

 

 トレーニング込みの猛ダッシュにて家に着いた俺を、ナナミとその弟が出迎えてくれていたのだった。

 

 

「ありがとう、ナナミ。グリーンも待っててくれてありがとうな」

 

「いーから急げ!」

 

 

 おぅ……そうだな。グリーンの言うとおり待たせているのだし、急がないと……と考えてさっさとシャワーを浴びよう。

 

 と、またもやこの間に無駄思考。

 

 俺とナナミは同い年である。

 下宿したばかりの頃は例に漏れず俺が敬語を使っていたのだが、ある程度親しくなってお許しが出たところで敬語をやめた次第だ。

 ナナミは未だに俺に対して君付けだが、不快ではないし別に良いだろう。うん。

 

 よし、烏の行水終了。無駄思考も終了。(この間1分)

 

 ここから先は大体いつも通りの朝食風景となる。

 

 

「……ピジョッ!」

 

「ミュ、ミュウ♪」

 

「ミューウー。ピジョンの皿浮かして遊ぶのも良いけど、程々にしておけよ」

 

「あら。ニドリーナはいつもお行儀がいいのね」

 

「ギャウ!」

 

「……皿が浮こうがピジョンは食えるもんな」

 

 

 ミュウの本日の悪戯対象になったピジョンは、空中にある皿を追い掛け回しながら器用に食べている最中。グリーンはそこに冷静にツッコミ。

 ナナミはニドリーナを撫でながら朝食を食べている。

 

 ……俺?俺は髪を乾かしながら荷物をチェックしながらミュウを少し注意しながら朝食を咀嚼中。

 忙しい限りだが、ナナミとグリーンが俺の手持ちの面倒を見てくれるので、大体は何とかなっている。ならない時は主にミュウが原因だから仕様がない!

 

 

 そんな感じで騒がしく朝食を食べ終えて、出発の準備を整え、俺達は家の外へと出る。

 

 

「それじゃあ、行って来ます。おじいちゃん」

 

「じーさん、行って来るからな!」

 

「うむ。頼んだぞ、ショウ」

 

「はい。それでは、行って来ます」

 

 

 でもって、研究所からわざわざ孫達を見送りに来たオーキド博士に挨拶をし、マサラの郊外へと向かい始める。

 

 そしてそのまましばらく歩いたところで、いつも通りに、今度は合流する人たちが見えてくる。

 

 

「おう! おはよーだ! ショウ!」

 

「……おはようございます、ショウさん」

 

 

 只今合流したのはレッドとリーフの兄妹である。いつも通り元気がいいのがリーフで、寡黙なのがレッド。

 ……それにしてもリーフは朝からテンションが高いな。子どもって普通こんな感じだったっけか?

 いや、レッドの分の元気さと言うかそんなのが全部リーフにいってるとかかね。某ロボット兄妹の上澄み的な感じで。

 

 ……おっと、その前にまずは挨拶だよな、うん。

 

 

「おう、おはよう2人とも」

 

「おう!」

 

「……今日もよろしくお願いします」

 

「あいかわらず声ちいせぇな、レッド! お前そんなんだから……」

 

「こら、グリーン。朝から喧嘩しようとしないの」

 

 

 などと、レッドとグリーンはいつものことなのでナナミに任せ、俺は遠くにいる2人の母親である小母さんへと頭を下げる。

 ……うん。礼を返されたし、出発するかな。

 

 

「それじゃあ皆、行くぞ」

 

「はーい!」

 

「……はい」

 

「はい。ほら、グリーン。行くわよ」

 

「……わかったよ、ねーちゃん」

 

 

 

 

 ―― さて、現在俺が子ども達(俺含む)で集団行動しているのは、彼ら彼女らをトキワシティにある学校へと送るためである。人の少なさからか交通の便の悪さからかは知れないが、残念ながらマサラには学校が無く、トキワまで通う必要があるのだ。

 俺がこうしてマサラに来るまではオーキド博士が送っていたらしいのだが、やはり年らしく……最近では俺がその役目を担当しているのである。

 

 

 ――《ガサガサッ》

 

「ポッポー!」

 

 

 ……とか、考えているうちにも野生のポッポが襲来だ!

 

 

「ナナミ、そいつらと一緒に俺の後ろへ。……頼んだ、ピジョン!」

 

「わかったわ。みんな、こっちへ!」

 

 

 ナナミ達が下がったのを確認して……よし。

 既に外に出していたピジョンへの指示の先だしから、『ふきとばし』!

 

 

「ピジョォ!」

 

 《ゴオッ!》

 

「ポッ……ー! …………」

 

 

 『ふきとばし』によって飛んでいたポッポが吹き飛んでいく……怪我してなきゃ良いけどなぁ。

 

 などという心配ついでに、この辺りについて。

 

 マサラ~トキワ間では大したポケモンは住んでおらず、コラッタとポッポくらいだ。

 しかし「お前らは草むらにある何かに縛られているのか」と言わんばかりに草むらに引きこもっていたゲームとは違い、ポケモンは普通に草むらからも飛び出してくるのである。

 ……とはいえ、手持ちとのレベル差を見せてやれば他のポケモンは中々出てこなくはなるんだけどな。

 

 ついでに。この世界においては、野生ポケモンが町の中に近づいてくることは殆ど無い様だった。たとえ入ってきたとしても、暴れない限りは放置。どうしてもの場合だけ、ある程度ポケモンの使える協会職員がポケモンセンターからすぐに出てきて対処する仕組みになっているのだ。

 ま、暴れたら一般トレーナー達が出てきて治めてしまうこともかなり多いんだけどな。

 

 

 とまぁそんなんで何度か野生ポケモンを撃退していった俺達は、トキワシティの端に着く。ここまで徒歩にて約50分だ。都会的な人たちと違って毎日こんなに歩いているマサラ人は、さぞ健脚なことで。そりゃ、スーパーマサラ人も生まれるわな。

 なんて無駄思考をしているものの……トキワシティの端までくれば、もう野生ポケモンとは遭遇しないだろう。

 

 

「それじゃあ、今日はここまでで。ありがとう、ショウ君」

 

「おー。ショウ、じゃあなー!」

 

「……ありがとうございました」

 

「そんじゃあな、ショウ。ばいびー!」

 

「おう。お前らも、勉強頑張れよなー」

 

 

 俺はナナミ達へと手を振りながら別れ、なるべく急いでマサラへと戻リ始める。

 

 ……なにせ、ここからが1日の本番なのだ。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「ハンチョー! 新種の調査予定の計画をー」

 

「そっちの机の上にでかしてあるから、ご自由に持ってってくれー」

 

 

 あー……

 

 

「班長、このポケモンの属性について……」

 

「ビリリダマは電気オンリーで決めていいハズだ」

 

 

 いー…………

 

 

「ハンチョウ、学会へ提出する論文はできましたでしょうか」

 

「今書いてるとこだ。もうチョイ待ってて」

 

 

 忙 し い !

 

 トキワから妙に多い段差を跳んでマサラへと帰った俺は、勿論のこと研究に追われている。

 オーキド博士の研究が佳境に入ってからはこんなのは通常営業なのだが、それにしても忙しいのである!

 

 

「机の上ってこれですかー?」

 

「あぁ、それだな。兵器工場跡地の調査のやつ」

 

「電気オンリーのソースは?」

 

「ソース言うな! あー……バトルによるダメージ比較の結果データと持ち技のデータ、分布のデータを根拠として添付しといて」

 

「ハンチョウは今年の学会で何を発表するんですか」

 

「俺はポケモンタイプについてだな。悪もそうだが、あれは材料が足りない。まずは鋼だけでもさっさとタイプとして認定してもらわないと……」

 

 

 まぁ、いつもこんな感じだ。

 俺の記憶では、1996年にオーキド博士によって発表されるカントーのポケモン種は150種。その数へと近づけるために、俺も日夜奮闘中なのである。

 ……実はまだ見つかってすらいないポケモンも結構いるし、進化ポケモンに関しては四天王やジムリーダーなどのポケモン育成を中心に活動できる職種に依頼しとくと楽なので、早め早めの行動が鍵なのだ!

 

 と、そんな無駄思考をしながらも論文の続きを書いていた俺だが、気配的な何かを感じて周りを見渡すと……俺の方へと近づいて来ている人がいた。

 その男の風貌を端的に述べるなら、メガネに白衣。受ける第1印象としては「気が弱そう」もしくは「優しそう」となりうる確立が非常に高いであろう。そんな統計取らないけどな。

 

 さて、紙の束を持ったまま俺の方へ歩いて来たその研究助手は、未だ俺の方へと歩きながら……

 

 

「ショウ君、幾つか相談したいことがあるんだけれど……」

 

「あ、どもですウツギさん」

 

 

 と、話しかけてきた。

 因みに、この人はオーキド博士の助手であるウツギさんである。先日の予定通り、現在は進化方面に関してはこのウツギさんが取り仕切っているため、俺は(前よりは)非常に楽になっている。

 因みに俺の担当はタイプや能力値に関するデータだが、同時に新種発見も担当している事が忙しさの原因であるというのは余談である。

 

 

「あぁ、おはよう。いや、こんにちはだね、と、まぁいいか。それでまずは、このポケモン……えーと」

 

「これはカイリキーですね」

 

 

 机から椅子を180度回転させてウツギさんの持つ書類を覗き込むと、そこには筋骨隆々の良いオト……いやなんでも無い。俺はそっちの人じゃないからなっ(必死)!

 

 そんなある意味俺の威信を掛けた無駄思考をしている横で、ウツギさんは言葉を続ける。

 

 

「そう。えーと、データを見比べたところ……関連がある、えっとP値1%以上が」

 

「どの辺の数値で出ましたか?」

 

「手持ちの交換を行った結果与えられる、異なる親間の移動による刺激が進化を誘発していると考えていいみたいだったよ」

 

 

 まぁ、そうだろうな。

 カイリキーはゲーム通りに交換進化なのだろうと予想はできていたし。

 

 

「じゃ、それでいいと思います。能力値データを俺の方に出しといて下されば、あとはデータ登録一直線です」

 

 

 進化方法、能力データ、属性、大体の分布がそろえば学会に提出。その後にポケモンの素データとして全世界に公表されることと相成りうるのだった。

 ……うん、凄く面倒だと思うけど。

 

 

「わかった。それで、次に……ピカチュウの進化について」

 

「あー、はい」

 

「『かみなりのいし』による進化、ということだったけど」

 

「はい。マチスさんに協力してもらったところ、そういった助言をいただきました」

 

 

 マチスいいやつ!

 

 

「それなんだけど、まぁ結果として進化方法はそれで確定で良いみたい。でも、こういったアイテムが進化に影響すると発表してしまうとトレーナーによる乱掘が……」

 

「あー、それも大丈夫です。シルフカンパニーが大規模採掘の権利を既に取っていますし、協会と掛け合ってある程度の数を市場にも下ろすように契約しているそうです」

 

「そうなのかい?」

 

「はい。数が確保できたなら、デパートなどの大衆の目に触れるところで売り出す予定だと」

 

 

 相変わらずシルフカンパニーの先取り力は恐ろしいものがあるな。現在のトレーナー用品の殆どはシルフ製品であるし、まさに独占市場だ。

 まぁ、協会も一枚かんでいるし、国からの助成も結構な額が出ているらしいけどな。

 

 そんな中、買えるものをわざわざ個人で採掘しに行ってもあまり利益にはなるまい……と思う。

 

 

「そんな感じで……って、

 

 ―― ギャーウーゥー

 

 ……うわ」

 

 

 ウツギさんと話をしている俺に向かってニドリーナが飛び込んできた。このタイミングで、ということは。

 

 

「またあいつらは鬼ごっこを始めたか」

 

「ギャウゥゥ♪」

 

 

 仕方ないので膝に乗せたまま撫でてやると、相変わらず気持ちよさそうにしているニドリーナ。……だよなー……飛べないと不利すぎて不貞腐れたくなるよな。

 俺がそのまま研究所入り口まで歩いて出て外をのぞくと、……幾人かの研究員の手持ちやピジョンと一緒に鬼ごっこをしているミュウの姿があった。

 

 

「――ミュ!」

 

 《ヒィン!》

 

「ッポ!?」

 

 

 ……って、おい。『ねんりき』で動きを止めるのは卑怯じゃないのか? まぁ、本人達が納得しているのなら別に良いのだけど。

 

 

「……ショウ君は手持ちを外に出しておくんだね」

 

 

 と、入り口から外を眺めていた俺の後ろから、ウツギさんも着いて来ていた様だ。俺と同じく鬼ごっこ(らしきもの)をしているポケモン達を眺めながら、話しかけている。

 それにしても、……まぁ。

 

 

「そうですね。俺の自己満足ではありますが、ボールの中よりは楽しいんじゃないかと。……といってもマサラだからこそできる事であって、普通の町では1~2匹位が限度だと思いますが」

 

「ふーん……。確かにボクも、ポケモン達は楽しそうにしていると思うけど」

 

 

 目の前で鬼ごっこを繰り広げるポケモン達は、俺達の目には楽しそうに見えている。実際楽しんでくれているとは思うのだが、だからといって「俺が外に出しておきたいから出している」というのに変わりは無い。

 ポケモンをボールにおさめておくというのは、確かにポケモンと人間の両者に必要な行為なのだと思う。

 

 

「そう言ってもらえると有難いです。それに、こいつらの性格とか好みなんかもこうしてみた方がわかりやすいと思いますし」

 

「ショウ君のポケモンがよく懐いているのも、こうやってキミができる限り気にかけているからなのかもしれないね」

 

「……ま、だからといってこれが『本当に良いこと』なのかはまた別の話だと思いますけどね」

 

 

 こいつらも幸せであって欲しい、と思う事自体は悪くないと信じたいけどな。

 と、キリもいいし休憩終了するか。

 

 

「……さて、こうして眺めているのも好きですが、まずは研究をいち段落させておかないと」

 

「ショウ君はお迎えも行かなければいけないしね。頑張ってよ」

 

 

 ……だなぁ。さ、論文書くか!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「いつもありがとうね、ショウ君」

 

「別にいいよ。俺も休憩みたいなもんだし」

 

 

 現在は既に日が傾いている時間帯。午後までびっちり研究を終えた俺はナナミ達を迎えに来ていた。

 ……まぁ、家に帰ってからも論文まとめるけどな!

 

 

「だーかーら! お前はぁ!」

 

「……いつもありがとう、ピジョン」

 

「ね、レッド! 今日の宿題ってさー」

 

「ピジョッ!」

 

 

 後ろにはグリーン、レッド、リーフの3人がなにやら騒がしくしながらついてきている。ピジョンはそちらにつけているから大丈夫だとは思うんだが。

 

 

「ん、それでショウ君」

 

「……お?」

 

 

 おっと……安全面に気を回していた俺だったが、ナナミに話しかけられていたようだ。

 

 

「わたし、トキワシティにあるポケモン大好きクラブに入ろうと思ってるんだけど」

 

「あー、あったな。いいんじゃないか?」

 

 

 ポケモン大好きクラブとは、かなりの規模を誇るポケモンサークルである。その規模たるやカントーに納まらず、全国、果ては世界にまで進出しているらしい。

 ついでに、その各地方におけるクラブ会長達は例外なく自慢話が長いことでも有名らしいけどな。俺はゲームでは自転車引換券貰った記憶しかないが。

 

 

「それで、明日はわたしについて来てくれないかな? 申し込みを日中しか受け付けてなくて、学校が無いときしか行けないのよ」

 

「なる、了解了解」

 

 

 それならば明日は休日だし、ナナミにとってはそこしか無いだろう。未だ俺と同じ8才であるためポケモンは持っていないんで、ついてきてもらうのもほぼ必須だ。

 ……ただし俺については明日も休みでは無いので、

 

 

「んじゃ、ナナミのほうからオーキド博士にねだっておいてくれ」

 

「ふふ、了解よ」

 

 

 孫にはとことん甘いからなぁ……あのおっさん。

 こうして、明日のトキワ行きがほぼ決定事項となったのだった。

 

 






 大体同年代の集団を送り迎えする主人公(8才)。シュールです。

 因みにこの世界……いえ、カントーにも車などは勿論ありますが、カントーはゲームの通り「段差が異常に多い」地形をしているという設定でして、そのために車は本当の中央都市くらいでしか使われていません。
 それに移動に関しては『そらをとぶ』がありますので、余計に車は廃れております。といっても需要はしっかりあるので、あくまで比べると少ないという程度です。

 さらに踏んだりけったりなことに、トキワ~マサラ間は道路の整備がなされていない設定です。ど田舎ですので。
 ついでに、移動時間については、トキワ~ニビ間の移動(徒歩)で1日(移動時間半日、宿泊等含めて一日)位と妄想しております。とはいえ、ダンジョンなんかはゲームのドット数以上に広大になる予定なのですが。



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Θ19 いざ、トキワへ

 

 

 ―― Side グリーン

 

 

 今日はなんか、ねーちゃんが妙に張り切っている。

 

 

「……こんな感じかしら」

 

「……? こんな早くからどっか行くのか、ねーちゃん」

 

 

 ねーちゃんは学校でも男にも女にも人気がある優等生。そんなねーちゃんが気合を入れてめかしこんだなら、それはもうふんわり系美少女なんだ。

 けど、この町……マサラにいるのならばそもそもめかしこむ必要が無いと思う。

 

 

「うん。ちょっと、トキワまでね」

 

「トキワぁ? なんでだよ」

 

 

 トキワはマサラと比べれば都会だけど、わざわざ出かけるほどじゃないだろ。

 

 

「ポケモン大好きクラブに入会しようと思ってるの」

 

「ふーん……それでかよ……って、なんでねーちゃんが行くんだ?」

 

「え? それは、日中しか申し込みできないから……」

 

「……クチバにある本会に郵送で申し込みすればいいだろ」

 

「……」

 

 

 ……ねーちゃん、迂闊なヤツ……。

 

 

「なるほどな、目的はアイツか。めかしこんでたのもそれでだ」

 

「……えーっと……」

 

 

 ま、別にいいだろ。俺もアイツは嫌いじゃないし。

 ……でも、アイツってねーちゃんと同じで俺の2こ上なんだよなぁ。その割には……

 

 

「ショウも年の割りにかなり大人っぽいしさ。案外そんな感じでめかしこんで、正解かもしれないぜ?」

 

「  」

 

 

 ついに言葉もなくしちまったよ……ったく。

 とはいえ、さっき言った事は嘘じゃない。ショウはじーちゃんのところで研究者をやってるというだけじゃなく、なんかこう……オーラ? とかそんな感じのが大人っぽいからな。

 ……その割にはガキっぽいところもすげぇあるけど。

 

 

「そんじゃ頑張れよ。ねーちゃん。ショウは学校行ってないんだから、こういうチャンスは逃しちゃいけないと思うぞー」

 

「ぅ……あ、こら! 待ちなさい、グリーン!」

 

 

 待ってどうすんだっつーの……。

 ……さて。家にいらんなくなったし、レッドとリーフのとこ行って宿題でもするか。

 

 

 ―― Side End

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「そんじゃ行くか、ナナミ」

 

「はぁ……そうね」

 

 

 今日はナナミと約束していたトキワへと行く日だ。ナナミと合流した俺は、トキワへと向かう……はずなのだが、しかし……

 

 

「……暗いというか……なんか元気ないな、ナナミ」

 

「えっ、あっ、そう?」

 

 

 何となく様子がおかしい。……俺、なんかしたかな……。

 ……まぁわからない分には無駄に思考しても仕方ない。歩きながら聞くとするか。

 

 

「んー……とりあえず、ポケモンを出しておいていいか? 護衛かねて」

 

「……うん。お願いするわ」

 

 

 ナナミの了解を得て、俺は手持ちポケモンを外に出すことにする。

 

 

「ほーれ、出てこーい」

 

 《ボウン!!!》

 

「ギャウ!」

 

「ピジョッ」

 

「……ミュウ?」

 

 

 ボールからニドリーナ、ピジョン、ミュウが出てきて……どうやら3匹とも俺からの指示を待っているようだ。

 約1匹は眠そうなのだけれども!

 

 

「ピジョンはいつも通り警戒をよろしく。ニドリーナとミュウは……まぁ、遊撃警護で」

 

「ギャウゥ」コクコク

 

「ピジョ!」バサッ

 

「……ミュウ?」フワッ

 

 

 俺からの言葉に頷く2匹と、おそらくはわかっていない1匹。……ミュウは俺が直接指示すればいいかな。

 それに、この辺の野生ポケモンと俺の手持ちではレベルがかなり違うので、ある程度は任せても大丈夫だろうと思っておくことにする。

 さて、次はナナミの番かな。

 

 

「そんじゃ……あとは歩きながら話すか」

 

「……それもそうね。どうせ、トキワまで結構あることだし」

 

 

 そう言いながら、俺達はトキワへと歩き始めた。

 

 

 

 

「で、どうしたんだ」

 

 

 しばらく歩いたところで、本題をいきなり切り出す俺。芸が無いという気もするが、こういうのは単刀直入でいいだろう。多分。

 

 

「えーと、どうかしたという訳じゃないんだけど」

 

 

 ふむ。それじゃあ、

 

 

「んじゃ、なにか心配事があるのか」

 

「そう、ね。心配と言えば心配かもしれないわ」

 

「なら、話してみろよ。話せないことなら別にいいけど」

 

「えーっと……。……うん。……あの、今日のわたし、変じゃない?」

 

 

 妙に小刻みな沈黙の末に、ナナミはそう問いかけてきた……成程、そう来るか。

 

 …………そうだな。

 

 

「いつものナナミと違って、余裕が無い感じはするな」

 

 

 そう。いつものナナミはなんと言うか……もっと余裕のある、良く言えば大人っぽい、悪く言えば人をくったような(カニバではなく。念のため)雰囲気がある……ような気がする。

 

 

「……」

 

 

 ナナミは沈黙。次の言葉を待っているようだ。

 えーっと、あー……

 

 

「ま、俺としてはそんなナナミの一面が見られたのも新しい発見で嬉しかったけど」

 

「……! ……」

 

「あと、今日の格好は大人っぽくて似合っていると思うぞ」

 

「…… ……」

 

 

 とりあえず、思った部分を素直に褒めてみました。はい。

 

 

「…………ありがとう、ショウ君」

 

 

 お、何とか復活したかな? ナナミの表情が明るくなった気がするし。

 

 

「はは! ナナミが元気になった様で何より。それでこそ、褒めた甲斐があったっていうもんだ」

 

「むぅ、なんだか気に入らないわ」

 

「あー、すまんすまん。……まぁ、昨日に話した通り、今日は午前の大好きクラブに行く時と午後の買い物くらいは俺も同行できるからな。楽しみにしてるよ」

 

「……ふふふ、そうよね! 楽しめるときに楽しまないとね!」

 

 

 おおう、完全復活し過ぎたかもな……とか考えるが、まぁ元気なことは良い事だろう。

 そうして、復活したナナミと共にトキワへと向けて歩き続けるのだった。

 

 

 

 

「……ピジョー!」

 

 《ゴオォウ!》

 

「コラ!? ッターァァ……」

 

 

 そんな俺達の横では、警戒していたピジョンが見事にコラッタを吹き飛ばしているのだが。

 ピジョン、「きまぐれ」のはずなのに本当に良い子である……!

 



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Θ20 大好きクラブにて

 

 

「ショウ君にナナミさん! 君達を、名誉会員に認定する!」

 

「「はぁ」」

 

 さいですか。

 

 

 ……トキワにて無事大好きクラブに入会を果たした俺とナナミは偶然、いつもはクチバにいる大好きクラブ会長さんと会っているところ。どうも今日はこちらの様子を偶々見に来ていたらしい。

 で、俺の手持ちを見せた後の第一声がさっきのだったのだ。

 

 

「むほほ! このピジョンのモフ感が素晴らしい! ニドリーナも……」

 

「ピジョ……」

 

「ギャゥウ……」

 

 

 ……まじで話が長いんだなぁ。

 とはいっても本当にポケモンが好きなのは伝わってくるし、悪い人では無いな、会長さん。

 ニドリーナとピジョンは、悪いが耐えてくれ。

 

 さて、そんなんでソファーに座りながら大好きクラブ会員のおばさんからお茶を貰い、会長の話を聞き流すこと10分。

 手持ちはボールに戻し、俺も久しぶりに夏休み明けで校長先生の話を聞くあの感覚を思い出していたところで……

 

 

「……というわけだよ」

 

「「はぁ」」

 

 

 ……どうやら終わったようだ。俺のポケモンを褒めるだけで10分て。嬉しいけど。

 と、終わったのを見越してさっきのおばさんが寄ってきていた。

 

 

「おおそうだ、名誉会員のカードの準備は出来たかい?」

 

「はい」

 

「うむ。君達、これを受け取ってくれたまえ」

 

「「はぁ」」

 

 

 俺とナナミはおばさんの持ってきたカードを見て、……なんか1桁の会員ナンバーがついているようだ。

 

 

「それが名誉会員の証だよ。これで君達も大好きクラブの一員だ!」

 

「あー、ありがとうゴザイマス」

 

「嬉しいです、会長さん」

 

 

 ナナミは素直に嬉しがっているようだが、俺は……まぁ良いか。

 確かにポケモンは好きだしな、俺も。

 

 さてそんな風に会員証を眺めていると、会長さんがまた話し出した。

 

 

「それにしても、わざわざマサラからここまで来るとはね」

 

「俺達は学生なんで、休日しか来れなかったんですよ」

 

 

 正確にはナナミが、なんだけどな。

 

 

「む? それならば……」

 

「あ、あー、そうです! ショウ君はちょっと他にも予定があったよね!?」

 

 

 ……おや? ナナミが変なタイミングで間に入った。

 確かに予定はあるんだが、

 

 

「……いいのか? まだちょっと予定より早いけど」

 

「いいのいいの! その分午後に時間が取れると思うし!」

 

「いや、だからのぅ……」

 

 

 それもその通りか。俺としても会長さんの話がどうしても聞きたいわけではないしな。

 ……会長さんがなんか言いかけている気がするが、気にしない。

 

 

「それじゃあすいませんが、失礼させてもらいます会長さん」

 

「うーむ、仕方ないかの」

 

「わたしは他の会員さんのポケモンについても聞いていくから、また後でね」

 

 

 と言う訳で皆から了承を得たので、ナナミと会長に挨拶をし最後におばさんにも頭を下げてから大好きクラブを出ていくことにする。

 

 

「(……ま、丁度良かったかな)」

 

 

 ……なにしろ、会長の本当の恐ろしさは自分のポケモンを語るときに発揮される。

 しかし、先ほどは俺のポケモンを褒めるのみで自分のポケモンには触れていなかった。

 

 つまり、これからが本番ということだ!

 

 

「頑張れよ、ナナミ」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 こうして予定よりもかなり早く自由時間となった俺は、予てからの目的だったトキワシティの北へと向かっている。

 目指すは、一際高い丘の上にある「ポケモンジム」を建設中の場所だ。

 

 

「……着いたな」

 

 

 小高い丘を何とか登り終えジムの横に着くと、未だ建設中であり……資材が運び込まれている所だった。

 この「トキワジム」は最近になって就任するジムリーダーが決まったジムで、おそらくこうした資材によってジム内の「仕掛け」を作っているところなのだろう。

 

 

「あーっと、ジムリーダ名……『サカキ』。タイプは地面、か」

 

 

 建設中の建物の壁に掛けてあるポケモン協会からのジム紹介を読み上げる。

 ……やはり、

 

 

「サカキ、か」

 

 

 どうにも感慨深いと言うかそんな感じになって、思わず名前を再度呟いてしまった。

 ―― しかし、これが命取りであったのだ!

 

 

「俺がどうかしたか、少年」

 

「うぉ!」

 

 

 俺が大げさなリアクションで動揺を隠しながら後ろを振り向くと、黒のスーツにオールバックの男が立っている。

 ポケットに両手を突っ込み、……残念ながらRのバッジ的なものはしていないようだ。

 

 

「少年は、……見たところまだトレーナーの年ではないな。が、ポケモンは持っているようだ。トレーナー志望といったところか」

 

「あー、はい。そうですね」

 

 

 ……うーわー……。

 

 この人……サカキこそ、ロケット団のボスでありトキワのジムリーダーである。

 ……うーわー……まさかの本人とご対面だよどうするよ。

 

 つか、こうして対面しているだけでも滲み出る威圧感とカリスマ性が半端ないな。

 ……とりあえずは、幾つか会話しておくかね?

 

 

「あなたがここの新しいジムリーダーなのですか?」

 

「そうだ。いつかは少年とも戦うことになるかもしれないな」

 

「そうなれるように頑張ります」

 

 

 ……とりあえずな感じで、当たり障りがなさ過ぎるだろう!

 もうちょっと面白い方に転がせないものかな……と考え、質問の趣旨自体を変えることにする。うん、無駄に遊ぼうとするこの性格が恨めしいな(だがそれが楽しいのだが)。

 

 それはさておき、俺からの質問ターンである。

 

 

「……サカキさんは、どうしてジムリーダーに?」

 

 

 これは前から思っていたことだ。悪の組織のボスが、ポケモン協会のど真ん中もいいところであるジムリーダーという役職についているのはどう考えても得策では無いと思うんだよな。

 ということは、理屈以外のもので動いているかも知れなくて……ひとまずは聞いてみたかったのだ。

 

 

「ふむ。そうだな……」

 

 

 サカキは顎に手をあて、空を見上げる。……この人がやっているとどうにも様になるというか、渋い仕草だな。

 などとこんなときでも無駄思考には余念が無い俺へ、サカキは建設中のジムの方向へと視線を変えながら、続ける。

 

 

「俺は、『組織の力』……言い換えるならば、多少意味は異なるが『団結力』とでも言うか? ……それらの凄さを知っていて、また……信じている」

 

「……」

 

「だから、ポケモン協会にというよりはジムリーダーになって『人に指導を行う』というノウハウに興味があったのだよ」

 

「誰に、教えるのですか?」

 

「……俺の仲間に、だな」

 

 

 組織における人材育成のため、と言うわけか?

 ……どうにもこの人は含みが多すぎて、感情が読み取れない。何かまだ隠している気もするが、……ここで俺が聞けることでは無いな。

 ならば、とりあえずはここで話を切り上げるのが吉だろう。

 

 

「ならいつか俺にもポケモン勝負を教えてくださいね、サカキさん」

 

「……丁度良い。少年。バトルはそれなりに出来るのだろう?」

 

 

 ……。

 

 

 ……待て。切り上げるときの台詞選択をミスった様だ。

 

 

 

 …………。

 

 

 ……嫌な予感しかしないぃ!!!!

 

 

「……はい。多分。それなりならば」

 

 

 そして思わず嘘をつけないこの雰囲気! 一組織のボス半端無い!!

 

 

「時間があることだし、俺も育成途中の手持ちしか持っていない。……そこでだ少年。バトルをしようじゃないか」

 

「……」

 

 

 ……あー、まぁ……。

 出来れば避けたかったけれど、こうなってしまっては仕方ないから切り替えよう。それに、良く考えたら……

 

 

「ま、ベストメンバーじゃないとはいえジムリーダーさんとバトルできるのは有益かな……」

 

「決まりだな。ついて来い、少年」

 

 

 サカキのことを少しでも知っておく事は、未来のためになる。

 なにより、サカキは強いだろうから……訓練になるだろうな、うん。

 

 

「わかりました。胸を借りるつもりで行きます」

 

「本気で来るといい。俺も、手は抜かんからな」

 

 

 ……あー、やっぱ止めとくべきだったかも。威圧感やばい。擬音語で表すと《ズゴゴゴゴ》とかそんな感じだ。

 ……まぁ良いか。

 







 原作でのサカキさんは、ジムにて「俺の隠れ家」的なことを言ってますが、普通に考えたらそれだけではないのではないかと愚考。
 という訳で、本作においてはもっと色々と理由だのなんだのをつけております。
 独自設定ですので悪しからず。


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Θ21‐① VS新米ジムリーダー

 

 

 バトルを行うことになった俺は、サカキにつれられてトキワジムの裏に来ている。

 因みにフィールドは「土」といったところ。かなりの年月をかけて踏み慣らされた土のようだが、他に特徴になるものは無いと思う。

 

 

「手持ち3対3の入れ替え方式でいいですか、サカキさん?」

 

 

 ……やっぱり、マジでやるのかなぁ。

 一応、俺としてはサカキの手持ちも想像できている。恐らくはゲームコーナーで戦った際の手持ちがメインになるだろう。

 現在の俺の手持ちはピジョン(LV:27)、ピジョンに『へんしん』したミュウ(LV:30)、ニドリーナ(LV:30)の3匹で、『へんしん』したミュウはボールに戻さず使うしかないため「バトルの途中に交換で戻すことが出来ない」状況だ。

 

 

「それで構わない」

 

 

 さて、只今のサカキからの返答にて確認事項は終了。あとはバトルを始めるだけとなった。

 ……時間かけても緊張するだけだし、さっさと始めるか。

 

 

「それでは、セルフジャッジで行きます」

 

「ああ。バトル……」

 

「「スタート(だ/です)」」

 

 

 俺は腰のボール1つに手をかけ、ニドリーナを繰り出す。

 蛇足だが『へんしん』したミュウは元からボールの外に出ており、俺の横で出番を待っている状態だ……ってのは、本当に蛇足だな。

 

 

「ニドリーナ、頼む!」

 

「ギャウ!」

 

「さぁ行け、ペルシアン」

 

「フシャァ!」

 

 

 サカキは……ペルシアンか。

 

 ……ペルシアン!?

 

 確か、初代の「ピカチュウ」バージョンでは手持ちにいたはずだが……ここでも出してくるのかよ!

 俺の読みではサカキの手持ちはサイホーンとガルーラが確定だったため、『にどげり』による効果抜群を狙ってニドリーナだったのだ、が……まぁペルシアンにも抜群だしいけるだろうと思う。多分な。

 

 さぁ、「指示の先だし」から……『にどげり』!

 

 

「ギャ……ウ! ウゥ!」

 

「噛みつけ!」

 

「フシャア!」

 

 《《ズドン!》》

 

 ――《ドン!》

 

 

 よし! 指示の先出しによるスピードアドバンテージで、何とかペルシアンとの相打ちに持ち込むことが出来たようだ。ペルシアンの素早さ種族値は115、ニドリーナの56よりも圧倒的に高いため、下手をすれば一方的に攻撃される可能性もあったからな。

 因みに遅れて響いた音は『にどげり』の2発目で、同時に噛み付いているペルシアンを引き剥がしたところだ。

 

「(図鑑は……)」

 

 ここで図鑑のレベルチェック機能をみると、サカキのペルシアンはLV:30。ニドリーナと差は無い。

 さらに、新たについたステータスチェック機能の画面も見ると、今の『かみつく』でニドリーナは3割ほどのHPを持っていかれている。

 

「(だが、ペルシアンの『防御』から考えて向こうはそれ以上のダメージだろ)」

 

 ペルシアンの防御種族値は60。決して高いとはいえない数値である。

 ……素早さが高すぎて目立っているだけな気もするけどな。

 

 さて。そんな感じなのでもう1度『にどげり』を直撃させれば、ペルシアンは落とせるだろう。

 

 

「ニドリーナ、もう1度!」

 

「ペルシアン、もう1度だ」

 

「フゥゥ!」

 

 《ガブッ!》

 

「ャウッ……ガウゥ!」 

 

 《ドッ》――《ドフッ!》

 

 

 ニドリーナはペルシアンに先手を取られてかみつかれながらも、『にどげり』を2発とも命中させてくれた。そして、

 

 

「……フ! ……ニャア」

 

 ――《バタン》

 

 

 直撃したペルシアンは、地面へと倒れこんだ。そして倒れこんだペルシアンを、サカキがボールに戻す。

 

 

「戻れ、ペルシアン。……戦闘不能だ、少年」

 

「はい。じゃあ、次ですね」

 

「なかなか面白い技術を使ってバトルをするな」

 

 

 そういってニヤリと笑うサカキ。

 ……うぅ……これは、「指示の先だし」がみつかっていると考えていいだろう。

 かといって、

 

 

「全力という約束ですから」

 

 

 そういうことだ。ミュウは隠すけどな!

 

 さて、俺の言葉にも僅かに笑みを浮かべたサカキは、腰のベルトにある次のボールへと左手を伸ばしている。

 ……よく見たら全部ハイパーボールだな、あれ。やはり金持ちか……。

 

 

「では、次だ。……行け、サイホーン!」

 

「すまないけど頼む、ニドリーナ!」

 

 

 とかいう俺の無駄思考の間にもサカキはボールを投げ、サイホーンを繰り出した。

 俺はポケモンを替えず、またもやニドリーナをボールから出す。

 

 さて、ここでニドリーナは捨て鉢覚悟で手を打っておかないと、サカキの手持ちで予想している……ゲームにおけるタマムシゲームコーナーとシルフ本社で手持ちにいた……ガルーラに対抗し辛くなるだろう。

 そう考えた俺は、次の技としてニドリーナに『どくばり』を指示してある!

 

 

「ギャァウ!」

 

 《ビシュシュ!》

 

「サイホーン、角で突け!」

 

「ホォォォオン!!」

 

 ――《ドドッ、ドドッ、ドドッ!》

 

 

 この音はサイホーンがこちらへと走ってくる音だ。サカキの指示に雄叫びで答えたサイホーンは、俺のニドリーナの『どくばり』をものともせずに超重量の巨体を揺らし、向かってくる。

 ぶっちゃけものすごい迫力で、……これ『とっしん』じゃないのか? とすら思うぞ、俺。

 

 ……だが、如何な迫力でサイホーンが向かってこようがやることは変わらない!

 

 

「ニドリーナ、外しても良いから速度重視でどくばりを連発!」

 

「ギャウ!」

 

 《ビシュシュシュ!》

 

「……ォォオン!!」

 

 

 先と変わらず、ニドリーナの『どくばり』連射を受けてもサイホーンの勢いは衰えない。

 そしてその勢いのまま、

 

 

 ――《ド、ドォンッ!!》

 

「ニドリーナぁ!!」

 

「……ャウッ!!」

 

 《ヒュルルル…………ボスン!》

 

 

 思わず声を上げてしまった……というのも仕方ないと思う。サイホーンの突進まがいの『つのでつく』を受けたニドリーナは、空中へと吹っ飛ばされてしまったのだ。

 俺は慌ててバトルフィールドへ駆け寄り、ニドリーナを抱き上げる。

 

 

「大丈夫か、ニドリーナ!」

 

「……ャ……ゥ!」

 

 

 なんとか強がって見せてくれるニドリーナ。……そういえばサイホーンの突進は「高層ビルを粉々に砕く」らしいんだが……ソースは図鑑の説明文な。

 ……えふん。どうでも良いことは置いといて、最後まで立ち向かってくれたニドリーナへ感謝をしながら、ボールへと戻すことに。

 

 

「ありがとうな、ニドリーナ。……こちらは戦闘不能です、サカキさん」

 

「あぁ、そうだろうな」

 

 

 そしてボールへ戻すと同時に図鑑の各チェック機能を確認すると、

 

「(サイホーン、予測レベル24か)」

 

 ……レベル的には、俺の手持ちよりもかなり低めになる。そして俺の残り手持ち2体は空を飛べるため、飛べないサイホーンとは比較的有利に戦えるだろう。

 なら、隣にいる「ピジョンに『へんしん』したミュウ」に聞いてみるか。

 

 

「(任せていいか、ミュウ?)」 

 

「ミュ……ピヨー!」

 

 

 快諾してくれたようで。……言っとくが、「ピヨ」はミュウがピジョンの鳴声を真似ている声だ。

 ミュウ本人も『へんしん』にノリノリのご様子。

 

 さてはともあれ、ニドリーナは見事に布石をうってくれた。そして相手がサイホーンなら、ミュウで十分相手取れるだろう。

 ……あぁそういえば、俺は「へんしんミュウ」の事もピジョンと呼ぶので悪しからず。まっこと紛らわしいんだがな。

 

 

「そんじゃ任せるぞ、ピジョン!」

 

「ピヨー!」

 

 

 俺の横から元気よく飛び出していくピジョ……いや、ミュウだけど。

 サカキはポケットから出した左手をボールにかけ、

 

 

「もう1度出番だ、サイホーン……角で突け!」

 

「ホォォン!」

 

 

 サカキはサイホーンを再度出して、指示を行った。だが、そちらの攻撃の前に!

 

 

「ピィー……ヨー!」

 

 

 先手を取ったミュウは、一見何も起こらない技を繰り出す。だが、これは勿論予定通りで……って、うっわ!

 

 

 《ドッ!!》

 

「……ホォォン!」

 

「ピョォ!?」

 

 

 サイホーンは空中にいるへんしんミュウに対して、今度は跳躍からの突撃を行ってきたのだ!

 ……いや、多分『つのでつく』なんだろうけどな!

 

 

「ピィ……ヨッ!」

 

 《スイッ》

 

 ――《ドスン!!》

 

「ォォン! グルルル……」

 

「よし、ナイスだピジョン!」

 

「……速さが足りないか」

 

 

 ミュウには「指示先だし」と「素早さ種族値の差」という要素があって、何とか「技を繰り出してから相手の技を回避する」ことが出来たようだ。

 いや、それにしても、ミュウが多少低空飛行だったからといってあのサイホーン跳びすぎだと思うんだけど。

 

 そんなんで安堵しながらも考えをめぐらせるが、ここはミュウに頑張ってもらうところだろう。

 ……このまま行くぞ!

 

 

「ピジョン、フェザーダンス!」

 

「交代だサイホーン!」

 

 

 って、交代か!!

 

 サカキは俺の技指示と同タイミングでサイホーンを戻してボールを投げる。中からは……

 

 

「ガルゥ!」

 

 ――《パァン!!》

 

「ピヨッ!」

 

 

 ガルーラが出てきたのだが、速い!!

 ボールから出てきたガルーラは、こちらの技を出すより早く……ミュウに向かって手を叩いて驚かして見せた。おそらくは『ねこだまし』なのだが、いくら先制技だからといって、俺の指示と同タイミングで交代したガルーラがこちらの攻撃より早く先制できるとは……。

 

「(んー……コピーされたかな?)」

 

 交代は、ゲームで言うところの「1ターン」がかかる。普通であればその間に、こちらから1撃与えるくらいは出来るはずだ。

 それでも先制されたとなれば、俺も使っている「指示の先だし」を模倣されたかもしくは「同系統のスピードを補う技術」を使ったかのいずれかだろうと思う。

 何より、サカキが指示を口に出すのが確認できなかったしな。

 

 などと思考はしてみたが、俺の出しているのはピジョンではなくミュウだ。そしてニドリーナの張ってくれた罠もあるし、ガルーラ対策も既にしてあるのだから何とかなるだろう!

 

 

「切り替えよう、ピジョン! もう1度フェザーダンス!」

 

「ピヨ!」

 

 《バサッ!》――《バサバサッ!》

 

 

 なんかバサバサやっているが、これが『フェザーダンス』。ガルーラの「攻撃」を2段階下げる事が出来る技だ。

 なぜこの技を選んだかというと、ガルーラは高レベルでまとまった種族値を持つ強敵であるが、1つだけ……「特攻」のステータスがこれでもかというほど低い。

 そのため所謂「変態型」でも無い限りは攻撃手段が「物理技」のみになり、「攻撃」を下げることは攻撃手段封じともなりうるのだ。

 

 

「ちっ……ガルーラ、岩砕きだ!」

 

「ガー……」

 

 

 ……『いわくだき』? 

 

 俺も少し考慮していなかった技を告げられたため、観察しようとサカキの方を見る。しかし、ガルーラは先程距離をとったピジョンとの間を埋めようとはしていない様だった。

 『いわくだき』は直接接触が必要な物理技であるため、このままでは当てられない筈……と、ガルーラは真上に腕を上げているな。あのままだと、腕は下に振り下ろされるだろう。

 

 

 ……って、成程、そう来るのか!!

 

 

「……ルゥ!!」

 

 《バゴンッ!》

 

「ピジョン、地面を割った塊を飛ばしてくるぞ! 警戒しながら、かぜおこしだ!!」

 

「ピヨ!? ……ピヨォ!!」

 

 《ゴォゥ!!》

 

 

 指示通りにミュウは素早く『かぜおこし』を使い、その後に旋回を開始。 

 

 

「今だ、ガルーラ……擬似、岩落とし!!」

 

「ガルゥ……ゥウラァッ!!」

 

 《ブォオン!!》

 

 先程の『いわくだき』で、ガルーラは「地面を」砕いていた。その塊をピジョンに向かって投げ飛ばしているのだ!!

 

 

「ピヨッ!!」

 

 《スイッ》 

 

「……ガルル!!」

 

 

 ミュウに向かって投げられた地面隗は、距離があること、風で砂を巻き上げた目隠しがあることで、何とか避けることが出来た。結果としてガルーラだけに『かぜおこし』をヒットさせたため、少しは有利になっただろう。

 

 ……それにしても、強い風の中でもほぼ真っ直ぐに飛んでくる「殆ど岩みたいな土の塊」怖えぇよ!!

 ありゃ飛行タイプに効果抜群だわ! 確かに!!

 

 ……と、怖がるのもいいけど早く反撃しないと次のが来るな。

 ここは早めに決めたいところだから、一か八か……最大技で勝負に出るか!!

 

 

「ピジョン! (電光石火!!)」

 

「ピヨ!!」コクコク

 

 

 ハンドサインでへんしんミュウへと方向と位置の指示を出し、タイミングを計る……ここだ!

 

 

「ピィィ……」

 

「左斜め後ろ、メガトンパンチ!!」

 

 

 サカキの簡潔な指示に従い、煙の中から飛び出したミュウに向かって、ガルーラは的確かつ最小限の動きで振り向き ―― ドンピシャの迎撃!

 

 

「……ヨォッ!!」

 

「……ガルゥ!!」

 

 

 《《ズドッ!!!!》》

 

 

 ミュウの『でんこうせっか』とガルーラの『メガトンパンチ』が同時に炸裂する。

 

 ……今のを見て改めて実感するが、やっぱりサカキは強い。

 サカキは土煙が上がっているにもかかわらず、へんしんミュウの位置を補足。位置と技の最小限の指示だけで、完全に死角をついたミュウの攻撃に相打ちさせたのだ。

 この流れを実行するためには、ポケモンとの信頼・連携が欠かせないだろうことからも力量が伺えるというもの。

 

 だが、

 

 

「ガ……ルゥ……」

 

 ――《バタン》

 

「ミ……ピヨー♪」

 

 

 倒れたのはガルーラだけで、俺のミュウはやられてないんだなこれが。

 



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Θ21‐② VS新米ジムリーダー

 

 

「戻れ、ガルーラ。……なるほど、毒か」

 

 

 戦闘不能でボールに戻ったガルーラを見て、サカキはガルーラが「予想よりも弱っていた」原因を挙げてみせる。

 というか、

 

 

「せっかくの俺の秘策なんですが……こんな簡単に見破りますか」

 

「俺の手持ちの関係で、毒ポケモンも多く扱うのでな」

 

 

 そういえばニドキングだのクインだの使うんでしたね……。それにしてもご慧眼で。

 

 ……まぁ、それはとりあえず置いといて、まずは種明かしをしよう。長いけど。

 

 

 先も述べたように、ガルーラは「特攻」以外は満遍なく高い種族値を誇る強敵。ミュウ自体は種族値が更に高いが、『へんしん』によってピジョンと同じ種族値になっている状態だ。

 そのピジョンにおいては、最終進化の手前だけあって……ミュウ戦のときもそうだったけど……ぶっちゃけガルーラを相手取るにはまたもや攻撃力不足なのである。

 少なくとも『かぜおこし』と『でんこうせっか』を当てただけでは沈まないだろう。

 

 ……と、ここで図鑑を見ると、サカキのガルーラはLV:25と表示されていた。レベル差や努力値云々があるから、何とか同速勝負くらいには持ち込めていたらしい。

 …………いや、ピジョンじゃ素早さ種族値も負けているから、本来は先手を取れないんだ。鳥って早いイメージなのに。

 

 軌道修正。

 

 そこでガルーラのHPを削るために、サイホーン戦でニドリーナが『どくばり』を連射した仕込みが効いてくるのだ。

 あれは俺達が編み出した、『どくばり』をあちこちの地面へと「外す」ことによって作る……いうなれば『擬似どくびし』とでもいうべき技。

 使い勝手は殊更悪く、最低でも2ターン分くらいは連射しなくては十分に作り出せないうえ、範囲も中々に狭い。因みに、今回は「指示先だし」とサイホーンとの距離が開いていたことで、2ターン分くらいは確保できた次第だ。範囲についても狭かったのだが、ガルーラの方からどくばりの刺さった地面を「割りに」来てくれたことが幸いしたと思う。

 

 しかし、この様に使い辛いからといって、ニドリーナが『どくびし』をレベルで覚えてしまえばこの技はお役御免かといわれれば、そうでも無いはずだ。利点として、相手に気づかれにくいこと、『どくばり』がベースになっているため踏んだダメージもあること、撒くと同時に攻撃も出来ること、とかがあるからな。

 ただし最初のサイホーンには硬くて刺さらなかったご様子で……やっぱり使い辛いかもな、うん。

 

 

「どくばりによる罠か。使い辛いが面白い発想だ」

 

「あー……はい、ありがとうございます」

 

 

 俺、口に出して無いのに! あなたもエスパーか、サカキ!!

 

 

 ……さらに置いといて……念を入れて仕掛けておいた、ばれていない仕込みもある。

 

 実は、サイホーン戦の初手でミュウには『ミラータイプ』という技を使ってもらっていたのだ。

 これは相手のタイプを自分にコピーするという技で、サイホーンのタイプをコピーしたことにより、ガルーラとの対戦時のミュウは「岩タイプのピジョン」というややこしい状態になっていた。

 だからガルーラのタイプ一致『メガトンパンチ』を「効果いまひとつ」で耐えられたし、実は『擬似いわおとし』も耐えられた手筈なのだ。かわしたけどな。

 

 ここで更に言い訳したいのは、何故ミュウが『ミラータイプ』を使えたかということ。

 『ミラータイプ』は確かにミュウがレベルにて覚えることの出来る技だが、ゲームではピジョンに『へんしん』した状態では「ピジョンの技しか使えない」システムだった。

 だが、こちらの世界では違っており……確かにピジョンの技も使えるが、それに加えて元覚えていた技も使える仕様なのだった!! 技の記憶容量の違いが何かしら影響しているのかもしれない。

 

 これはなんというチート! と思うだろう。勿論、俺も思ったし。だけどな。よく考えたら『へんしん』はミュウとメタモン、もしくはドーブルにしか使えず、メタモンが元から覚える技は『へんしん』、ドーブルに至っては『スケッチ』だけ。つまりはミュウにのみ許されたチートなのである。

 

 ……ずるいよな! 本気とか言ってるから使うけど!

 

 ついでに、『へんしん』後にピジョンの姿で『サイコキネシス』を放つことなども出来るが、検証した結果としてやはりタイプ一致としては扱われていないようだった。ゲーム準拠だな。しかしその割には『へんしん』対象の種族値になるのだから、攻撃に関してはあまり有用ではないかもしれない。

 これを利用すればピジョンに『へんしん』しながら『バリアー』とかも張れるのだが、あからさまに「超能力!」って感じの技を使うとミュウの存在がばれてしまう可能性があった。そのため、ひっそりと使うことの出来る『ミラータイプ』のみを使用したのだ。

 ……せこいとか言わないでくれ。

 

 まぁ、これらの仕込みは最終的に……受けたダメージ元のほとんどが『メガトンパンチ』であり、どちらにせよ一撃は耐えられたであろうことから……役に立たなかったから、サカキにもばれていないのだろうな。

 

 

 はい種明かし終了!!

 

 

 

「……俺は最後の1匹だ。行くぞ少年」

 

「了解です」

 

 

 さて、長い思考も終了したところでサカキからバトル再開が告げられる。

 ここで状況を確認すると、サカキの最後の1匹はサイホーンLV:24で、俺の手持ちよりもレベルが低い。対する俺は残り2匹で、ピジョン(ミュウじゃない方の本体)に至っては全くの無傷である。

 ……それでも油断はしないけどな?

 

 そんな感じでまとめると、サカキと同時に俺もボールに手をかけ……

 

 

「さぁ行け。サイホーン」 

 

「さぁ行こう、ピジョン!」

 

「ピジョオ!!」

 

 

 俺はへんしんミュウではなく、無傷であるオリジナルピジョンを繰り出す。

 サイホーンがミュウ戦で見せた大ジャンプを警戒し、ピジョンには高めに飛行させて……っと。目の前にサイホーンが、……いないな。

 

 

「サイホーン、そのまま……」

 

 

 サカキは指示を出しているようなのだが、

 

 

「――ォォ――」

 

 

 って、なんとなく聞こえるこれは……サイホーンの鳴声か?

 聞こえる方向からして……

 

 ……うお、危ないぞこれは!!

 

 

「……踏みつけろ!」

 

「――ォォォオン!!」

 

 

「……あぶな、ピジョン!」

 

「ピジョ!!」

 

 

 ――《《ズッドオォンン!》》

 

 

 なんと、サカキはピジョンのはるか上空にボールを投げて上空から『ふみつけ』させたのだ! その足元からは砂煙が巻き起こり、……音からして地面は粉々になっているに違いない。

 俺が急いでピジョンに呼びかけたところ、何とか回避優先が伝わったようで……危な過ぎるだろ……!

 

 ……だが、うまくかわしたなら!!

 

 

「反撃だ! (たつまき!)」

 

「ピジョオオ!!」

 

 《ゴウゥゥ!!》

 

「ホォォン!!」

 

 

 よし、直撃!

 

 

「……サイホーン!」

 

 

 そんな『たつまき』をくらっている中、サカキはサイホーンになにやら指示をだしていて……今日の経験上、嫌な予感しかしないなぁ。

 俺はその予感に従い、サイホーンの方を『たつまき』で視認し辛い中でも観察しようと凝視する。するととサイホーンは、少しだけ移動した位置でなにやら地面に頭を突っ込んでいた。

 

 ……繰り返す。

 

 「地面に」、「頭を」である。

 

 

「ピジョン、来るぞ!!」

 

「ピジョ?」

 

「ホオォォ……」

 

 

 サイホーンのいる(または落ちた)位置は、先程のガルーラが「地面を砕いた」ところ。

 その地面はサイホーンの超高空からの『ふみつけ』によって更に砕けており、とかいう前にさっさと指示だ!

 

 

「(移動! サイホーンの周囲を旋回をしながら、タイミング指示でたつまきは継続!!)」

 

「ピジョ!!」

 

「……ォォン!!」

 

 ――《ブォオン!!》

 

 

 繰り出されたのは、先程のガルーラと同じ戦法……擬似『いわおとし』である! サイホーンが「割れた」地面の中に頭をいれ、投石器のように土塊を飛ばしているのだ。

 先程と同じだがしかしより細かく砕かれた礫は、細かくとは言っても中々の質量を持った大きさでもってこちらへと飛んできていて、

 

「(今のピジョンには『ミラータイプ』はないし、マジで危ないだろう!)」

 

 と、考える……が、ここは!

 

 

「攻め立てるぞ! ピジョン! 移動しながら、……」

 

「そのままだ。続けろ、サイホーン」

 

「……ホオオン!!」グッ

 

 

 サイホーンが力を溜めている。礫を飛ばす方向が決まったところで、……

 

 

「……今だっ!!」

 

「ピジョオ!!」

 

 《ゴウッ!》

 

 ――《ブオン!!》

 

 

「……ピジョ! ……ピィ……ジョ!!」

 

 《ゴゥウウ!!》

 

「オォン!?」

 

 

 サイホーンがひるんだ様子! ……ならば!

 

 

「そのままもう1度!!」

 

「……ピジョッ!!」

 

 《ゴウゥウッ!!》

 

 

「ォォ……ン! ……」

 

 

 ――《ドスゥゥン!!》

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「これで俺の手持ちは全て戦闘不能だ、少年。……キミの勝利だ」

 

「……どもです……」

 

 

 バトルを終えた俺達は、手持ちを回復し終わっていた。因みに薬は殆どサカキがくれたのだが……さすがに、疲労は隠せない……。

 なにせ結果としては2体を残して勝利することができたが、あの超高空『ふみつけ』をかわせなければおそらく大ダメージだったろうし、そもそもサカキのサイホーンやガルーラとは結構なレベル差があった筈なのだ。

 そのうえ、サカキは飛べるポケモンを所持していないにもかかわらず様々な方法・コンビネーションで迎撃を行ってきて、こちらが反撃するのに苦労させられたからな。

 

 ……ま、良い経験にはなったけどな!

 

 そんな風に前向きにまとめた俺は顔を上げ、近寄ってきたサカキの方へと視線を向ける。

 こちらへと歩いてきていたサカキは、ある程度の距離になったところで留まり……話し始めた。因みに両手はポケットの中な。

 

 

「やるな。とても大切にポケモンを育てているじゃないか」

 

「いえ、とても勉強になりました」

 

「俺の方も、まだまだ修行が必要だと感じたよ」

 

「それも、こちらこそというヤツです」

 

「……キミとは、また、会うことになるだろうな」

 

「はい、俺もジム挑戦はする予定なので、いずれかは」

 

「……そうだな」

 

 

 今の「また」には、なんとなくもっと違う雰囲気の含みを感じはしたが……ここは子どもっぽく素直な返答を返すことにする。俺、8才だし。

 

 

「では、俺は行くとしよう。いつの日かまた、少年」

 

「ありがとうございました」

 

「……さらばだ」

 

 

 礼を言った俺に対して振り向きながらも軽く笑う(ただしニヒルに)と、サカキはポケットに手を突っ込んだままでトキワ郊外の方へ向けて歩き出し……俺からは見えなくなっていった。

 

 

「……さて、そんじゃ俺もナナミのとこに行くか」

 

 

 色々思うところのある邂逅ではあったが、そもそも詳しい自己紹介すらしていない間柄だ。

 それよりはまずは目先の……ナナミを優先するべきだろう。

 

 そう切り替えた俺も、丁度よく昼時になったトキワシティの中へと……全身に疲労を感じながら、手はポケットから出したままで……歩いて向かうのだった。

 あー、チャリが欲しい……。

 

 

 ……ところで、終わったところで話を変えて無駄思考をしたいのだが、気になることがある。

 サカキは、バトルの時ですらポケットに手を突っ込んでいた。今振り返ってみても、手をポケットから出したのはボールを投げる時くらいだろうと思う。しかも、それでも片方しか出していなかったし。

 只のポリシーなのかアイデンティティなのか、はたまた大穴で切実な理由があるのか。

 

 ……理由、ね。

 

 

「……あの人は居合い拳とかの使い手なのか?」

 

 

 もしくはポケットの中にはいつだってファンタジーだとか、「俺はまだ両手をポケットから出していない」っていう能力開放フラグとかな! 

 

 






 ……表現力とか、文章にメリハリをつけられる実力が欲しい……(切実)。

 因みにゲーム版サカキは(ゲーム内全般にて、毎度の事なのですが)口調が安定しておらず、自称は「俺」と「わたし」の2種類を使用しているようでした。偉ぶる時や、性格が落ち着いてきたと思われるHGSSでは「わたし」を使っているような傾向はあるのですが、レッドに向かっている際には両方を使うので。
 本作ではひとまず、カッコ良さ的に「俺」を採用しております。

 また、作中でのガルーラによる『いわおとし(偽)』は、覚える技という意味でのゲームとの齟齬が生じています。その点については、彼女も『いわなだれ』は覚えることができるので、「いわおとしも実は覚えられたけど教える人・物・環境がなかった」との無理矢理感漂う解釈をして下さると、主に私が助かります。介錯(私を)でもよろしいかと思いますが。
 あとはサカキが「地面」使いという部分や(偽)であることも加味して、この件についてはご容赦くだされば……。
 ……そして私のイメージでは今のところ、『いわなだれ』は「岩壁とかを殴ったりなんだりで崩落」、『いわおとし』は「岩をぶん投げる」という差別化を妄想してますね。



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Θ21.5 トキワでの1日、その後

 

 

 ―― Side グリーン

 

 

 今朝はなんか張り切っていたねーちゃんだったけど、今はなんか考え込んでる。

 

 

「……んー、成功、なのかしら」

 

「……なに考えこんでるんだ、ねーちゃん」

 

 

 ねーちゃんは今日、ショウと一緒にトキワシティへ行って来た。そんなねーちゃんが考え込むのなら、それはおそらくショウの事なんだろう。

 けど、さっき帰り際にレッド達の家に寄って来たショウとねーちゃんは、いつも通りに宿題を教えてくれたし……そんなに変わりなかったと思う。

 

 

「ええ。午後は一緒に紅茶のお店も回れたし、大好きクラブにももう1回行けたのよ」

 

「もう1回? なんでだよ」

 

 

 午前の内に一緒に入会したって言ってたし、わざわざもう1回行く必要はないだろ。

 

 

「なんか、ショウ君が行きたいって」

 

「ふーん……で、行った理由は何なんだ?」

 

「え? それは、ショウ君がなんか会長さんと話したいって……」

 

「……」

 

「あ、あと、なんか『コンテスト』とかいうのについて話してたわ。なんでもポケモン達の綺麗さとか、そんなのを競うらしいのよ」

 

 

 ……ねーちゃん、話についていってなかったな……。

 

 

「なるほどな。まぁ、アイツにもなんか目的があったんだろ」

 

「……えーっと、それはいいんだけれどね。メイン目的のショウ君の好感度アップが、出来たような出来なかったような……」

 

 

 ま、別にいいだろ。アイツにも行く理由はあったっていうし。

 ……でも、アイツって何かと不思議野郎だからなぁ。つーことは……

 

 

「ショウってふらふらしてることが多いしさ。ねーちゃんとのデートより、他にインパクトが強いことでもあったんじゃねーの?」

 

「……」

 

 

 ……あー、黙ったってことはなんか心当たりがあるんだろうな。

 とはいえねーちゃんとは結構一緒にいた訳だし、この様子じゃないがしろにはしてなさそうだ。ついでに言うと、ねーちゃんの策士なくせにうっかり? というかそんな感じの性格も直って無いんだよな。

 ……その分ねーちゃんもある程度頑張ってはいるけど。

 

 

「そんじゃ、後で風呂上りのときにでも直接聞いてみろよ。ねーちゃん。上手くいけば、もう1回ショウと一緒に行けるかもしれないぞー」

 

「成程……って、あ、こら! 協力してよ、グリーン!」

 

 

 そんなんしたら、またねーちゃんの印象が薄くなるっつーの……。

 ……さて。下の階にいらんなくなったし、ショウのとこ行ってバトル練習の見学でもするか。

 

 

 ―― Side End

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「俺はなかなか取りにいけないからな……。ヤマブキのミラクルサイクルで引きかえて、郵送してくれないか」

 

『……あら、そうなの』

 

 

 現在俺はマサラに帰ってきており、今はいつもの練習場、マサラ郊外の丘の上。

 

 俺は今日トキワにて、ナナミとのデート(と断定していいだろう)に行って来た。午後には一緒に昼食を取ったり、買い物をしたり、大好きクラブの会長に『ポケモンコンテスト』を提案して自転車チケットを貰ったりしていたのだ。勿論、疲れていたとはいえ俺も楽しむことが出来て……良い休暇になったと思う。

 しかし、電話先のミィが……

 

 

「あー……頼む、ミィ」

 

『……まぁ、いいわよ。ショウ』

 

 

 う……ミィの反応がいつにもまして素っ気無い。……これは俺の不躾な注文のせいだろうな……。

 ……まぁ、実際取りにはいけないのだから仕方ないので、対価を提示するとしよう。この世は大体等価交換なのだから。

 

 

「んー……とな。一応後で埋め合わせとかもするから」

 

『……そうね、当然だわ』

 

 

 なんとか了解は得た様子か。……さて、埋め合わせのために時間調整しないとなぁ。今日はサカキとの出会いやバトルのインパクトが強すぎて少し疲れているけど……

 

 でも、自転車は苦労してでも早めに確保したいよな!

 

 







 ナナミさんファンの方に申し訳ないですすいません。

 原作のナナミさんは、紅茶好きの毛づくろい上手、コンテスト優勝経験のある、家族にもポケモンにも愛情を注げる優しい(ここは想像)お姉さん……だと思います。あと、本作の設定としては心配性な性格です。
 私は、懐き上げ→薬使用と自然上昇、美しさ上げ→プラチナでポフィン……としていたので、HGSSではあまり利用していないのですけど。


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Θ22 セキチクにて

 

 

 時は移り1993年の初め。

 

 明けた新年、今年中には俺も9歳になる……のだが、新年を迎えてからも研究には余念が無い。というか、過密スケジュールにて研究を行わざるをえなかった状況だったんだなこれが。

 そうそう。件の研究の進行具合については、研究班の活躍もあってカントー地方の殆どのポケモンを見つけることができた。

 

 ……そう、「ほとんど」であるからにはまだ足りないんだけどな!

 

 

 まぁ足りないのは仕様が無いとして、ここではさらに面倒な点がある。

 

 他の研究員やオーキド博士は「この世界」の人だからいいのだが、転生した俺の場合は、1995年に発表されるカントー地方でのポケモンの種類数は「150種類」だと知ってしまっている。

 そのため、他の研究員の様に「カントー全域を調査して見つかった数」というスタンスではなく「150種類を見つけて研究しなくてはいけない」という状況なのであった。

 と、言うことで。

 

 

「最低でも、来年の初め辺りまでには発見ポケモンを150種類揃えたい所だよな……」

 

 

 来年(1994年)までに150種類ポケモンを見つけ、最低でも外観データだけは個体研究を終わらせる。でもってオーキド博士の発表は1995年なので、前年までには研究をまとめ、発表素案を作ってしまう……という計画を進行中なのだ。

 ここまでを終わらせれば、1995年の年度内もしくは上手くいけば1994年には、俺もタマムシのトレーナーズスクールに行けるかもしれないからな。

 ……トレーナー資格がないと所謂「トレーナー修行」には出られないのだから、不便極まりない。まぁ社会的に考えれば、8才を1人旅に出さないのは当然だとも思うんだけど。

 

 などと愚・無駄思考をしたが……そんな感じで無駄思考すら研究に染まってきている俺へ、横を歩く相棒からの声がかかる。

 

 

「……今、それを言ってたら鬼が笑うわ」

 

「あー……。そういえばまだ、年始だしな」

 

「先ずは、目先のことに集中なさい」

 

「はいはい。了解了解」

 

 

 相変わらずの抑揚の無い声で話しかけるのは、ミィ。服装も相変わらずのゴスロリ&インバネスfeatドロワーズ+αで、……まぁ、良いか。

 周りからの視線にはとっくに慣れたし、本人が気に入っているし、何より似合っているのだ。問題あるまい。

 

 

「貴方は、さっさとジムへの報告に行ってくるといいわ」

 

「んじゃ……お言葉通りさっさと行くかな」

 

 

 因みに、只今俺がいるのはセキチクシティのポケモンセンターだ。年の初めっからこんなところにいるのは色々と理由があるんだが、……

 

 

「ちちうえの所に行くの? あたいも行く!」

 

 

 隣から元気な声を上げるのは、アンズ。セキチクシティジムリーダーであるキョウさんの娘にして、未来のジムリーダーとなる娘さんだ。

 ……ついでに言うと、娘さんは既にファザコンなのであるが……!

 

 

「アンズは、私と一緒に家に戻りましょう」

 

「えー……」

 

「俺からキョウさんに、アンズが会いたがってたって伝えといてやるよ」

 

「それならば、キョウは早く帰ってきてくれるかもしれないわね」

 

「でも……」

 

 

 なぜ俺達がアンズといるかというと……ポケモンセンターへと寄った俺とミィに「隣の家まで連れて行ってあげて」と、ジョーイさんが預けてきたのだった。

 ……実はアンズと俺達の年は同じなのだが、精神年齢が違いすぎるらしかったため、少々コミュニケーション的に苦労している次第なのだが。

 

 閑話を休題だ。

 

 あー……まぁ、預けられたことそれ自体は良かったのだ……別にな。しかし、ジムについてくるとなると面倒だろう。主にキョウさんが。となると俺への同行は諦めさせたいのだが、それにしてもアンズが渋っているので……

 ……ならば、ここはコンビネーションと行くか!

 

 

「(ミィ、合わせろ)」チラッ

 

「(了解)」パチパチ

 

 

 アイコンタクト完了。

 

 ……さて、ミィならばこれで十分にあわせてくれるだろうから、交渉開始だ。

 ただしこの交渉は揺さぶりとも言うし、都合を叩きつけるだけとも言うんだけど!

 

 

「いいかアンズ。俺がこの後、お父さんに伝えたとしよう」

 

「うん」

 

「貴女の父上は、すぐには帰って来れないにしても急いで帰ってくれる可能性はあるわ」

 

「あ……そうだね」

 

「ところが、ジムには俺について来たアンズが……」

 

「……」

 

「貴女は、大好きな父上に遊んで欲しくて来たのだけれど……その父上は忙しいから十分に遊べないかもしれない」

 

「……!」

 

「さらに、そのせいでアンズのお父さんは仕事が残ってしまって、家に戻る時間も遅くなるだろうな」

 

「……!」

 

「そのせいで、ジムでも、家でも、貴女は父上と遊べないのでしょうね」

 

「それは嫌だ!」

 

「なら、今はミィと一緒に家で待っててくんないか?」

 

「帰っているのなら、早く来た父上と遊べるかもしれないわ」

 

「……わかった。あたい、待ってる」

 

 

 陥 落 !

 

 

 

 

 

 

 ――さて。

 

 ポケモンセンターにて報告まとめを印刷し終わった俺は、先程にアンズを撒くことにも成功したので、セキチクジムへとやって来た。

 

 

「ショウよ、今回も有難く頂戴いたす」

 

「どうぞどうぞ」

 

 

 俺の目の前にて話をしているのは、件のお父様……セキチクシティのジムリーダーである、キョウさんだ。本日もザ・忍者な格好で、天井にぶら下がっていそうな雰囲気である。いや、実際にぶら下がってはいないけど。

 

 

「うむ……。拙者としては毒タイプの新種が見つかるのは嬉しいのだが、この様な形で増えているとはな……」

 

「これも現代の流れというものでしょう……っと、では少し説明させてもらいますね」

 

 

 キョウは俺の渡した資料を見ながら、苦々しい……とでも言う様な、なんともいえない表情をしている。まぁその気持ちはわかるんだけど。

 

 さてここで、俺がジムへと来ている理由を発表すると……新しく発見されたポケモン「ドガース系統」についての報告を行うためなのだった。 

 

 

「今キョウさんにお渡しした資料に書いてはあるのですが、一応の概要を説明させてもらいますね。……まず、今回の私達の『兵器工場跡』における新種調査にて、毒タイプのポケモン、ドガース系統が新種として登録されました」

 

 

 この新種調査は俺と研究班が先日行ったもの。元兵器工場が不当に廃棄された事が原因でその土地における土壌・空気汚染が進行し、そこには新種ポケモンが発生していたのだ。

 この跡地へは近寄る人が少なかったために今までは発見報告が無かったのだが、近年になってからは近隣の土地までポケモンが進行してきており、俺達の研究班が調査に向かった次第なのだった。

 そして、その調査にて見つかったのが、ドガース。ドガースは毒タイプであるためセキチクジムへの報告が必要で……本来ならこういった報告はポケモン協会を経由して行われるのだが、今回は俺達がセキチクに用事があったため、ついでに報告をしに来たのだ。

 こういった報告についてはどうせ後で質問メールをやり取りする羽目になるので、直接会話をした方が何かと有意義だからな。

 

 

 ……ま、こんな無駄(分割)思考の間に調査の説明は終えたんだけども!

 

 でもって、調査の流れを聞き終えたキョウさんが口を開く。

 

 

「近年で言うなればベトベターやゴースもだが……まっこと、科学とは恐ろしいものよ」

 

「使い方次第、って所でしょうかね。かといって、この点に関しては私たちが問答したところでどうこうなる問題ではないでしょうし」

 

 

 今槍玉に挙がったポケモン達も、俺にとっては真新しくもなんとも無いポケモンなのだが……この様な環境汚染が発生の原因と思われるポケモンは、近年になって増加しているのだ。

 キョウさんも毒タイプのジムリーダーとしてはともかく、何となく罪悪感の様なものを感じているのだろうと思う。

 それに、発見が進んでいるのは「汚染によるポケモンの増加」だけが原因ではない。

 

 

「おそらくは、私達の研究班が近年になってから新種捜索に力を注いでいるのも大きな要因の1つですよ」

 

 

 確かに公害とかが原因にあるのかも知れないが、実際の状況としては俺達が新種発見へと力を入れているのが大きいのは事実だろう。

 研究班も1995年に向けてちょーっとだけフル稼働だからなぁ……。

 

 などとそんな風にこれからも続くだろう研究の日々を憂いていると、キョウさんは少し慌てた様子で声を出した。

 

 

「おぉ、おぬし等の努力を否定したのではないぞ?」

 

「あー……いえ」

 

 

 おそらくは俺が俯いていたのを気にしてくれたのだろう。……何となく、研究漬けのせいで表情とか雰囲気とかが暗くなってるのかな、俺も。 

 

 

「気を遣ってくださったのは嬉しいです。まぁ、確かに忙しいんですけど……そうではなくてですね」

 

 

 キョウさんが俺達に気を使ってくれたのだろうということは、善意としては嬉しい。だが、ポケモンに関わる者としてキョウさんに「注目」して欲しい点はそこではないのだ。

 

 

「公害云々は置いといてですね。『こいつら』は既に生まれています」

 

 

 俺達が行いを省み、今後に生かすこと自体は無駄ではなくむしろ必要なことだろう。

 しかし、

 

 

「こいつらの存在自体は、私たちの勝手な後悔とは乖離させて考えなくてはいけないと思いますよ。『気を使った結果としてこいつらからは目を逸らす』のでは、それこそ目も当てられませんから」

 

「……成程。おぬしの言いたいことは理解したぞ。その点については安心するといい」

 

 

 そう言ったキョウは「フッ」という擬音が似合いそうな笑みを見せる。

 ……いや、キョウが笑うなら「ファファファ」と表現した方が良いのかも知れないけど。

 

 

「そうですね。なるべくならば、ジムリーダーであるキョウさんや、毒タイプのジムであるセキチクジムの皆さんが筆頭になってあげて下さい」

 

 

 ……まぁ、いつもベトベトンだのを扱っているキョウならば。ドガースなどの「社会的に虐げられそうな」ポケモンであってもその立場を作り、扱い、……広めてくれることだろうと思う。

 

 

「あー、ではその点についてはお願いします」 

 

「心得た」

 

 

 うし。これでキョウさん達に任せる事ができるだろうから、さっさと「本題」に入るとするか!

 

 

「では、アンズちゃんも待っているようなので……手早くドガースの特性とかそんな感じのについてのまとめを報告しますね」

 

「……アンズが、か」

 

 

 どうにも、先ほどのドガースの際とはまた違った表情を浮かべるキョウ。

 

 

「早く遊んで欲しそうでした……とは、伝えておきますよ。ですがまぁ、ひとまずそれは置いときましょう」

 

 

 キョウも少し育児方針について思うところがあるのだろうが、ここはまず報告を優先したい。

 俺だって時間は有限だからな……と考えて、急いで、矢継ぎ早に、ガトリングとかマシンガン的に概要を述べていくことにした。が。

 

 

「ドガースは暑いところでは爆発の危険性もあると思うので、気をつけてあげてください。あと、ガスの効果としては、涙とかみたいなアレルギー的な反応が止まらなくなるものだそうです。あとは……マタドガスの香水・芳香剤の原料としての活用案と、ポケモンバトルにおいての活用案を……」

 

「む、ちょっとまて……」

 

「……ありゃ、早口すぎますよね。すいませんでした。ではもう1度……まずは報告書の2ページの概要の部分から行きますね……」

 

 

 新種ともなれば概要にしてもそこそこの情報量があると思って……うーん……急ぎすぎたな、どうも。

 そうして再開した説明だが……その後は、何とか順調に進むのだった。

 



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Θ23 サファリゲーム

 

 

 俺がジムの裏口から外に出てポケモンセンターへと向かうと、建物の中からはミィが待ってましたとばかりに(ただし歩いて)出迎えてくれていた。

 ……実際、待ってくれていたんだろうけどな。

 

 

「用事は、無事に済んだのかしら」

 

「ぼちぼちかな。アンズはどうだった?」

 

「家で、待ってくれているわ。素直な良い子ね」

 

「一応俺らと同年代なんだが……まぁ良いか。んで、次はあっちの方だっけか?」

 

「そう」

 

 

 あっち、といいながら俺が指差すのはポケモンセンターのある高台の裏側。

 元々セキチクジムへの報告を終えた後は、次の目的地のあるセキチクシティ北側へと向かう予定だったのだ。

 

 

「次……私の用事は、サファリの施設調査ね。休憩所とか、安全装置の配置とか」

 

「それもシルフの管轄なのかよ……」

 

 

 何故北側を目指すかというと、そこには現在1つの商業施設……「サファリパーク」があるからである。

 セキチクシティの北には元々特殊な植生環境が存在しており、そこにシルフ上層部のおっさんが目をつけた。そのおっさんが国へと働きかけながら作り上げた「ポケモン保護、兼、民間トレーナー娯楽の為の施設」……それが「サファリパーク」。

 …………じつは北側に限らず、セキチク周辺のポケモン生態は中々に特殊なんだけどな。東にはメタモンいるし、西にはベトベターいるし。

 

 さて、そんなサファリパークだが、現在は商業施設としてのオープンのために設備を整えている最中である。でもって、そのための視察をミィが請け負っているのだった。

 つまりはこれもシルフの事業ということで、……手広くやってるんだなぁ。

 

 ……さらには、

 

 

「ついでに、サファリゲームで遊んでいく予定よ」

 

「意外とアクティブだな、ミィ」

 

 

 とのお達しである。……まぁ、サファリボールの試験的な意味を含んでいるらしいから別に良いんだけどな。

 

 さて、またも切り替えて。

 

 ここで俺達が2人でセキチクに来た理由を纏めると、「俺もミィも来る予定があったため、ついでに2人で行こう」という感じなのであった。

 

 ……つまり、これでは自転車の埋め合わせにはなっていないのだが。

 それはまた後で何とかするかなぁ……。

 

 

「……後で良いか」

 

「ショウ、言葉に出ているわ」

 

 

 おぉぅ……。申し訳なさのせいで、思考が頭の中から漏れ出てしまったようだ。

 ……「頭の中から漏れ出る」って表現がなんか脳漿みたいで嫌だけど!

 

 

「どうせ、また無駄なことを考えているのでしょう」

 

「まぁ、大正解だけどな」

 

 

 しっかりと当てられる辺り、流石はミィというべきか。

 ……当てても景品とかは無いけどな。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「……私が、シルフ社の使いよ。バオバ園長からの許可もあるわ」

 

「どうも、私がパークの環境担当になります。以後よろし……」

 

 

 そんなこんなで歩きながら、俺とミィはサファリのゲートへと到着していた。

 さっそくミィは係員との打ち合わせを始めたのだが、俺はやることが無い状況で……なら、

 

「(とりあえず周りを見渡してみるか)」

 

 これこそが時間つぶしの第1選択だろう。(俺調べ)

 そう考えて後ろを振り向くと、サファリゲートからはパーク全体を大きく囲む柵が伸びている。また、サファリ手前にはゲームの通りに珍しいポケモン達が展示されている様だった。

 

 

「サファリにくるトレーナーの意欲を煽るためなんだろーな、これ」

 

 

 一応はポケモン保護法にも気を使い、展示は1日おきに同種別固体のポケモンが3匹でローテーションしているらしいんだけどな。

 ……つーか、ここにはラプラスとかも展示してるんだが……サファリではゲットできないだろ、確か。

 

 

「これは詐欺じゃないのか?」

 

「別に、ゲットできるとは表記して無いから良いのでしょうね」

 

 

 ミィがサファリの係員から書類を受け取りながら、俺の言葉に返答する。……うーん……いいのか。グレーゾーンならいいのか。まぁ別にいいけど。

 

 と、まぁ俺はそんな風に(無駄に)悩んでいたんだが、ミィは様子から見て係員との打ち合わせを終えたようだな。

 

 

「そんじゃ、準備するか」

 

「えぇ」

 

 

 行くと決めたのなら行動は早くても損は無いだろう。俺達はさっそく係員からサファリボール(これもシルフ製品)と餌・石を受け取ると、ゲートの前に立つ。

 これらの道具一式は配布されたポーチの中にしまってあるため、2人ともポーチを腰につけた後……モンスターボールを外す。

 

 

「お前らはここで留守番していてくれよ」

 

「あなた達は、待っていて頂戴」

 

 

 サファリはポケモン保護区でもあるため、手持ちポケモンを係員に預けなければいけないのだった。

 ……おっと、因みにミュウに関しては、今回だけは預かりシステムを利用して預けてきている次第だからな。

 

 

「……っと、これで準備完了だな」

 

「それじゃあ、行くわよ」

 

 ――《ガチャッ》

 

 

 ミィの声で、俺達は同時にサファリゲートをくぐっていく。

 ゲートをくぐった先にはトンネルのような空間があり、……なんとなくここを歩いて進むたびに、辺りの風景や空気が急激に変わっていってる感じがするな。

 そのまま暫くは歩いていると、

 

 

「……あれが出口か?」

 

 

 少々歩いていって辺りの変化も落ち着いてきた頃、角を曲がった俺達の先に出口と思われる扉が見えてきた。

 

 

「うし、開けるぞ」

 

 

 そしてその扉を開けた先で、

 

 

「……サバンナってこんなんなのかね?」

 

「さぁ、サバンナには詳しくないから」

 

 

 目の前には、俺達の住んでいるカントーと同じ地域とは思えない環境が広がっていたのだった。この景観ならばそれこそ、ケンタロスやガルーラがいても納得できるという感じの風景だと思う。

 ……ラッキーはよく分からないし、アフロ牛がいる訳ではないんだけどな。

 

 ま、そんな事はいいとして……

 

 

「さて。サファリに到着したことだし……まずは休憩所を回るか」

 

「あら、ショウは遊んでいてもいいのよ」

 

 

 到着してさっそくの行動方針を提案した俺に、ミィからのツッコミが入る。

 んー……その気持ちは嬉しいが、

 

 

「せっかくミィといるんだから、遊ぶにしても一緒のほうがいいだろ?」

 

「……貴方は、そういう人間だったわね」

 

「なにも、典型的な『やれやれ』ってポーズをしなくてもいいんじゃないか……」

 

 

 どうせサファリの完成前に俺達の研究班がポケモンの研究は終えているし、遊ぶならば……と考えていたんだけどな。

 因みにミィのポーズは、両手掌を水平に挙上しながら上に向けて首を横に振るという古典的なあれである。

 ……アイツには妙に似合うなぁ、このポーズ。見た目はちっこいのに。ゴスロリの癖に。

 

 

「まぁ、それでいいわ。ショウの提案に乗ってあげましょう」

 

「お、了解。んじゃ行くか」

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「さて、残り時間も少ないのだけれど……遊びましょうか」

 

「時は過ぎ行くものだからな……」

 

 

 一瞬で過ぎ去った時間達が無常の理を……

 ……まぁ、良いか。

 

 

 サファリに入ってから50分程たった現在、俺とミィの立っているのは大きな池の前。

 その50分でミィが行ったのは、休憩所の機器のチェック、サファリボールや各道具の点検、サファリ内にあるポケモン保護区域の監視機器調整etc……。

 見事な仕事量であったと思うぞ、うん。

 

 

「……お前も大変なんだな、ミィ」

 

「あら、それは貴方も変わらない筈だわ……ショウ」

 

 

 それもそうなんだけどな。

 ……っと、これは置いとこう。

 

 

「んじゃ、遊ぶか! サファリゲーム的にはあと10分ってとこなんだが」

 

「なら、これを使いましょう」

 

 

 そう言ったミィは、ゲートにて配布されたボールや餌なんかが入っているポーチとは別の……私物である「バッグの様な袋(オーパーツ)」から、折りたたまれた1本の長物を取り出した。

 ……長物とはいっても刃物ではないので悪しからず。言わなくてもわかると思うけど。

 んで、

 

 

「それ、なんだ?」

 

「シルフ社製の、釣竿よ。ただしグレードは高ランクの……なのだけれど」

 

「つまりは『すごいつりざお』とか『いいつりざお』だな」

 

「……そうね」

 

 

 この世界にも一般的な釣り人は大勢存在する。だが「ポケモンを釣る」となると専門的な装備が必要で、シルフカンパニーの製品がよく使われているのだ。そしてその中でもグレードが高いものが、ゲームで言うところの『すごいつりざお』または『いいつりざお』なのである。

 因みに、グレードによる違いは「専用の糸が水中のポケモンからは見えない」「ハイスペック素材で竿が折れにくい」「糸が長い」「根がかりしにくい」などなど、高グレードに相応しい機能だったりする。

 

 

「そんなら、試しに釣ってみるか。目の前に湖があることだし」

 

「……はい、これで組み立て完了」

 

 ――《ヒュゥン》

 

 

 ミィは組み立て完了と同時に、錘をつけた仕掛けを湖へと投げていた。

 相変わらず行動は早いな、ミィ。

 

 

「釣れるといいな……

 

 ――《グイィィィ!》

 

「かかったわね」

 

 ……早ぇよ!」

 

 

 行動だけでなくかかるのも早い!

 

 そんな感じで(心の中ではツッコミながら)俺もミィの持つ竿を見ると、垂らしてから数タイミングにして既に竿がグイグイいっている。

 ……って、んなことより……これは危ない!

 

 

「ほれ、お前は竿をしっかり持ってろ……って、ほんとに引きがヤバいな!」

 

「……大物ね」

 

 

 ミィにしろ俺にしろ、精神年齢は置いといて体は未だに8才のそれである。

 この竿の引きの強さでは湖に体ごと引き込まれる可能性があるので、俺はミィの背後へとまわって体を支えることにしたのだ。

 ……勿論、手はミィの腹の位置で組んでいる! 

 (ラッキーなんたらに関しては全力で回避)

 

 

「ったく、この湖のポケモンは、飢えてるのか……よ!」

 

「……確かに、釣り人には、飢えてるのでしょうね……っ」

 

 

 そう言われてみれば、このサファリパーク、ひいては前身であるポケモン保護区域全般には……「釣竿」を使用されることは殆どなかったのだ。

 そりゃあ飢えてるだろうし、ポケモン(釣り対象)も警戒して無いのかもな。

 

 とか考えてるところから現実に戻るけど、この引きの強さじゃあ流石に長期戦はキツイ!

 

 

「さっさと、……釣りあげられろっての!」

 

「……そろそろ……っ、これで、」

 

 

 ミィは、オートで巻かれている竿の根元……電光表示の部分を見ている。

 俺もその部分を見てみると、糸の長さが表示されていて……

 

 ……5m……

 

 ……0m!

 

 

「いけ!」

 

「……ふぅっ」

 

 ――《ザパァン!!》

 

 

 0mになると同時に勢いよく水面から飛び出たポケモンは、釣り上げた反動のまま陸へとうちあげられることになった。

 

 

「あれは……」

 

 

 釣り上げられたそのポケモンは、体躯としてはすらっと長く2メートル程。色としては空のような青色と白色。目はつぶらで、ぱっと見としては……言い方はアレなのだが……「蛇」っぽい。

 また、外見について、非常にチョイスは悪いがわかり易いであろう表現をすると……「でかいナメクジ」とも見て取れるのかもしれないのである。

 ……いや、この喩えはほんと酷いんだけどな。

 

 さて、無駄なのはともかく。転生者である俺達にとっては見覚えがあるこのポケモンは、間違いなく未だ図鑑には登録されていない新種だ。……新種調査をしている身としては願ったり叶ったりなので、

 

 

「これは……丁度いいかもな。捕まえるか」

 

「……私達は、手持ちがいないけれど」

 

 

 一応サファリゲームに参加している俺達は、手持ちポケモンをゲートに預けてきているのだ。これでは確かに戦闘は行えない、が……

 

 

「そこはゲーム通りで問題ないだろ?」

 

「それも、……そうね」

 

「「サファリボール連打で(ね)」」

 

 

 さぁいけぇぇぇっ!

 

 

 ――「!」

 

 

「そら、……もう1回!」

 

 

 ――「!!」

 

 

「……これで、入って」

 

 

 ――《ボウン!》

 

 

「うし、入った!」

 

 

 後は、出てこないことを祈るのみ……これぞサファリの必勝法だ! 

 (ただしこの見解には個人差があります)

 

 

 

 ――、

 

 

 

 ――、

 

 

 

 ――《カチッ》

 

 

「……げっとだぜ、と。これからよろしくお願いするわ」

 

「……そういやお前はその台詞、気に入ってるんだったなー」

 

 

 こうして、ボールを連打(連投)した俺とミィは、何とか逃げられる前にそのポケモンを捕まえることに成功したのだった。

 出会うと同時にボール連打とか、こんな所ばっかりゲーム準拠なのな。

 



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Θ24 タマムシの着物、再び

 

 

「タマムシの着物……って、甲子園の魔物みたいな響きだよな」

 

 

 などという小ネタについては気にしないでおいて欲しいところ。

 

 さて。

 そんな風に着物を思い出したのは、俺が現在タマムシシティにいるからだ。

 セキチクはサファリパークにて新種のポケモンを捕まえた俺たちは、その後タマムシ大学へと戻る必要があった。研究室にてある程度のデータを揃え、マサラの研究所へとデータを送るためだ。

 

 

「……うし、これで終わりだ。ミィのとこ戻っていいぞ」

 

「リュウ? ……リュ!」

 

 

 俺が声を掛けると、手元から離れたコイツ……ミニリュウは、親トレーナーであるミィの所へとピョンピョン跳ねながら戻っていく。

 

 

「あら、……ふふ。いい子ね」

 

「ミ……リュウゥ♪」

 

 

 ミィの手の中で撫でられ、ご満悦の様子だな。ミニリュウは。

 

「(だが、と……置いといて)」

 

 その前に少し、話さなくてはいけないことがあるため……俺は隣でデータのバックアップを取っている研究員へと話しかけることにする。

 

 

「おーい」

 

「あぁ、ショウ班長。どうしましたか?」

 

「口裏あわせ。コイツの発見者は『サファリにいた一般人』なんだからな」

 

「はい。……このポケモン、『ミニリュウ』も今までは幻といわれていたポケモンですしね」

 

「おそらくは、サファリの『保護区域』にコイツの居た湖の源泉があるだろうからなぁ。色々と詮索されるのもマズイ」

 

 

 そう。只今の会話の通り、今まで「ミニリュウ」の存在は幻のものとされていた。そこを俺達がまたもや発見してしまったわけなのだが、簡単に生息情報を明かしてしまうと今のポケモン探検ブームからして、ミニリュウの「密漁」、もしくは「乱獲」になる可能性が高いのだ。

 しかし、サファリは国としても多額の資金を投資して行っている事業であるため、オープンを前にして「開業中止」とは出来ないという問題がある。これが非常に面倒な部分なのだった。

 そこでミニリュウの発見者については「発見したのは一般人で、偶々発見された」とし、保護区域からは数が出て行かないように調整を行うという方針が決定された。

 これによってミニリュウの主な生息場所を隠すことが出来れば、事実上ではサファリの「独占保有」となっているミニリュウの価値を「逸らす」こともできるのではないかと思うのだ。

 

 

 ……ということが資料に書いてあるんだ、うん。

 …………いや、俺も協力して考えたんだけどな?

 

 などと分割思考するが、その間にいつもの通り確認を終えている俺。

 

 

「はい、口裏あわせ終了。……こんなもんかね」

 

「一応資料にも纏まっていますからね。これで十分なのではないでしょうか」

 

 

 うん。この様にデータ班からの了解も貰ったことだし……と。

 

 

「ねぇ、ショウ」

 

「うん? どしたよ、ミィ」

 

 

 さっそくと研究室を出ようとしたところで、ミニリュウをボールへと収めたミィから話しかけられた。

 

 

「貴方、忘れているのでしょう」

 

「なにが……って、お前からの指摘は怖いな……」

 

 

 無表情の中にも呆れの表情を浮かべたどこまでもいつも通りのミィではあるのだが……

 

 

「この子、……新種なのよ」

 

「そうだな」

 

 

 この世界においては、ピッカピカの新種なことは間違いないだろう。

 

 

「進化系統の、データ採取はどうするのかしら」

 

「……あー……」

 

 

 盲点だった……!

 

 最近は新種発見に力を注いでたから、忘れてたよ……。

 

 

「……ちょっと、いや……かなりマズイか」

 

「時間は、……かかるでしょう」

 

 

 俺達が知っているミニリュウの最終進化に必要なレベルは、55。

 しかも、ミニリュウの系統はレベルアップに必要な経験値が最も必要なグループだったし……一般トレーナーに任せてレベルアップさせていては、1995年の発表に間に合わないだろう。

 

 

 さらにここで、ついでにこの世界での「ポケモン育成」について話したい。

 

 現在の俺の手持ちレベルは30前後。また、第1回や第2回のポケモンリーグを見るに、上位入賞のレベルで50手前辺りだろうと予想している。ゲームでもそんなんだったしな。

 そして、それはまだいい。ゲームにおいてならば50前後は難しいラインではなかったのだから、この世界においてもそう難しくは無いのだろう。

 

 ……ただしそれは俺が「冒険できていれば」の話になる。

 

 この世界の殆どの野生ポケモンのレベルはゲームと同じく、高くても30越えがいいところ。マサラ周辺になっては、1桁辺りでしかありえない始末だ。

 つまり、これだけ……「野生のポケモン相手だけ」では、満足にレベル上げができないのである。

 一応あげられない事も無いが、ゲームと違って移動・回復などに時間がかかるこの世界では、かなりの時間がかかることだろう。

 

 さて、そんな背景もあって、この世界では「強いトレーナーになりたいなら旅をしよう」というのが常識となっている。因みにこれは実際に理にかなっていることで、「野生」でだめなら「野生で鍛えている旅のトレーナー」との対戦で強く育成しようということなのだ。

 他にもトレーナー戦以外にも各町に設置されたジムを回る、とか、野生ポケモンと戦うことでトレーナーとしての力量も上げられるといった利点もある。そのため、旅をすることがポケモントレーナーとしては一石二鳥でも三鳥でもあるという次第なのだった。

 ……さらについでに補足すると、ゲームでは行けなかった「ダンジョン奥地」にも……まぁ当然ではあるが、この世界ではいくことができる。

 そこではゲームにおいて主人公達が通っていた「一般トレーナーも多く通る、比較的安全な場所」よりもレベルの高いポケモンやその進化系が出てくるため、そこでの育成も冒険しなくては出来ないものの1つになるだろうと思う。

 

 ……などと、ここまでが育成についての無駄思考だ。

 さて、これを踏まえたうえで先程のミニリュウについて思考をすると、

 

 

「ミニリュウを55までとか、どうすっかな……」

 

「……そう、ね。私としても、図鑑の完成は必要なところだし」

 

 

 つまりは、ミニリュウの進化系統のデータを図鑑に登録するのには時間が足りないのであった。

 

 

 

 

 ――そして、そのまま2人して研究室の前から歩きつつ悩むこと数分。あーだこーだと論じてみたものの、結局は結果が出ないまま……とりあえずは実家に帰ることにしてみた。

 悩んでも案が出ないときは、時間を置くとか環境を変えることが有用だと思うんだ。うん。

 

 

「さて、また明日な。ミィ」

 

「えぇ。私も、もう少し考えておくわ」

 

 

 そういって、ミィとはタマムシデパートの前にて別れることにする。

 分かれた後、俺が上を見上げてみると既に空は暗くなっており……俺もさっさと帰った方がいい時間帯になっている様だった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 少し気分を変えたくて、空を見上げながらため息をついてみる。

 ここ最近は確かに研究が忙しいのもあるのだが、研究がどうこうというよりも……締め切りに追われているこの状況は俺が苦手としている雰囲気なのだ。どうもプレッシャーを感じ過ぎてていけないし……

 

「(俺らしくはないなぁ、これ。最近は大体こんなだけど)」

 

 愚痴思考を浮かばせながら上を見続ける。しかし当然であるが、ため息をついても、空を見上げても、人波にもまれても……案が浮かぶわけはない。

 そう考えて今度は視線を落とし、しかし結局はまたも何となしに疲れた気分で周りを見渡す。年始であることも影響してか、目の前にあるタマムシデパート前の広場は活気に溢れていた。むしろ年始であることが影響して、人の出入りはいつにも増して激しいのかも知れない。

 俺はそのままのノリで周りを見回し……

 

 

 何時ぞやと同じく、またも1人の少女を見つけてしまうのだった。

 

 

「……デジャヴ!」

 

 

 その少女は今日も目立つ衣服……もう良いだろう……はっきりいうと、着物を着ている。そしてこれまた何時ぞやと同じく、噴水に腰掛けている様なのである。

 けどなぁ……。

 

「(前とは違って、俺から声を掛ける必要は無いよな?)」

 

 別に避ける理由も無いとは思うが、いらぬフラグを立てることも無いだろう……と、

 

 

「む、キミは……」

 

「あぁ、あの時の男の子ですねぇ」

 

「……ども」

 

 

 ……避けきれなかったかっ!

 

 前にいる対象(着物少女)に注意を向けていた俺は、背後から近づいた対象(着物両親)の接近には気づけなかったらしい。あえなくご両親には見つかることとなったのだった。

 ……よく考えれば、子どもがこの時間に出歩くとなれば親がついているのが普通なのだから、当然の帰結ではあるのかもな。

 ただし俺の経験からして、家出でもして無い限り……という条件はつくみたいだが。

 

「(……まぁ……良いか)」

 

 見つかって、しかも話しかけられてしまったからには誤魔化す必要も無いだろう。むしろ誤魔化してはいけない。

 それこそさっき考えたように「避ける理由は無い」(ただしフラグを除く)のだし、会話でもしていれば、なにか……現状を打開する案が浮かぶかもしれないしな。

 ……いつだって前向きに生きたいものである。

 

 じゃ、そう決めたからには会話を開始するか。

 

 

「娘さんは元気にやってくれてますかね?」

 

「えぇ。貴方には感謝しないといけないわねぇ……ほら、アナタ」

 

「……む」

 

「もう、アナタったら。……ごめんなさいねぇ。この人無愛想なのよ」

 

 

 いえ、構いません。無口なのは知ってますし、

 

 ……と返そうとした俺だがしかし……怒涛の攻勢を仕掛けてくる主は、背後から忍び寄っていたのだった。

 

 

「どうしたのですか。お父様、お母様?」

 

 

 ……うぉぅ。

 今度はご両親の方向を向いていた俺にまたも背後からの以下略で、さっきまでは正面の噴水に腰掛けていた着物少女が話しかけてきたのである。

 

 

「……おう。久しぶりだな、着物お嬢様」

 

「あなたは、……そうですね。お久しぶりになります」

 

 

 フランクにと考えて挨拶をした俺へ、丁度目の前である両親の隣まで移動してきた着物少女……これまた、もうエリカでいいだろう……エリカは、ふかーく腰を曲げて挨拶を返した。

 あー……この様子だと、両親は俺のことも普通に話しているみたいだな。まぁこれはこれで、誤魔化したり後で説明したりする苦労が無くていいとは思うけど。

 それにしても、前回遭遇した時はマフラーとかしてたんだが……やっぱ意味は無かった様で。

 

 で、話を戻して……ここにエリカが両親といるということは、だ。

 

 

「もう家出はして無いのか?」

 

「しておりませんわ。……今のところは」

 

 

 まず、また家出をされては困るんだが……まぁ、良いか。俺から振った話題だし、おそらくは冗談だろうし。……多分!

 

 

「それはなによりで。最近は色々と怪しいやつらが出てまわっているから、また家出をする予定があるなら気をつけろよ」

 

「ふふ。そうですわね。ご忠告、感謝致します」

 

 

 今ではロケット団がいるからなぁ。そんで、あいつらはここ……タマムシシティにも基地を作っているはずだから、万が一が考えられるだろう。

 ついでに言うがそもそも、

 

 

「また家出したとしても勿論、俺の家は不可だぞ」

 

「わかっております。ですが、最近はこの噴水の前がわたくしのお気に入りでして……」

 

 

 などと、暫くはそのままの流れで本気半分冗談半分の忠告も交えた会話を繰り広げる。

 ……すると、お嬢様からのご提案が。

 

 

「あの。わたくしからあなたへ、少し御礼をしたいのですが。……まだお時間の方はご都合がつきますでしょうか?」

 

 

 確かに、既に時間的にも場所的にも立ち話をするには適していないだろう。前と違って今回はご両親が傍にいるのだが、今はそこが問題なのではないと思う。

 となれば、

 

 

「あー……まぁ、いいと思う」

 

 

 ここまで来てから避けても仕方が無いだろう。ただ、俺の両親に連絡さえすれば、だけど。

 などという、エリカからすれば若干渋りを感じるであろう俺の答えに、それでも満面の笑みにてエリカは返す。 

 

 

「ありがとうございます……それでは。お父様、お母様も。参りましょう!」

 

「……あー、わかった。逃げない。逃げないから。俺の腕はつかまなくていいから」

 

「……む」

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

 

 なんとも騒がしいお礼になりそうな予感がするのだった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 時間はとんで、既に深夜になる頃。

 

 そんな感じでエリカ達からみっちりと夕食によるお礼を受けた俺だったが……その甲斐もあったのか……ミニリュウの問題については1つの案を考えついていた。その思いつきの元となったのは、エリカとの会話である。

 あの後に繰り広げられたのは、自己紹介から始まるお礼というなんとも奇妙な夕食だったのだが……会話をしながらエリカの近況を聞くことが出来たのだ。

 ついでに、エリカ曰く「家元とジムリーダー、シルフの仕事も出来る限り両立していく」とのことで、彼女は結局は自ら大変な道を選んだようだった。

 ……まぁシルフにはミィもいるし、今では両親もいるのだからこの点については大丈夫だろうと思う。

 

 それは置いといて。

 

 俺にとって思いつきのヒントになったのは「ジムリーダー」という部分。

 今までもレベルによる進化に関してはジムリーダーへの要請という形で研究を行っていたのだが、新種・新タイプであるミニリュウに関しては門外漢であろうとも考えていたため、その方法は候補に入れていなかったのだ。

 ……けど、

 

 

「……別にこの地方じゃなくてもよかったんだよな」

 

 

 カントーには適したジムリーダーがいなくても、俺には心当たりがある。

 隣の地方は、竜の里。そこに住んでいるであろう人物は、ゲーム通りに歴史が進むのならば……来年辺りにでもチャンピオンになる予定(だろう)という人だ。

 まぁ、そもそも彼は今の時代では只の「強い一般トレーナー」である。彼が駄目なら、里の長老さんにでも取り次いでもらえば良いだろうな。うん。

 

 

「いきなり『はかいこうせん』とか撃たれなけりゃいいんだけどなぁ……」

 

 

 流石に無いとは思うがそれでも捨てきれないインパクトにビビりながら、俺はポケモン協会へと取次ぎを要請するのだった。

 

 



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Θ25 フスベシティへ

 

 

 1993年も2月になった。

 そして現在、俺の眼下には1つの里が広がっている。

 

 

「ここがフスベシティか」

 

「……、……」

 

 

 予定通りに協会からの許可を貰った俺達は、研究の一環としてジョウトのフスベシティに来ることができていた。

 目的は言わずもがな……ここフスベシティには竜種のポケモントレーナーが多く存在しているため、ミニリュウの進化系統についてのデータ収拾協力を要請するつもりなのである。

 

 

「……ま、さっさと山を降りるか。ミィ」

 

「……、……」

 

 

 隣には先日カントーで見つかった新種、ミニリュウの親となったミィもいる……のだが。

 

 

「大丈夫か? ミィ」

 

「……なぜ、シロガネ山を迂回して通るとか、無茶なコースを……選択したの……かしら」

 

「いや、これは仕様が無いんだよ……」

 

 

 そう。

 現在俺達が立っているのは、フスベシティを「見下ろす」山の上。

 ここ、フスベシティは俺達のいるカントー地方の隣、ジョウト地方にある里だ。位置的にはカントーの北西、ジョウトの北東に存在し、シロガネ山と呼ばれる高い山の一部に含まれている。

 そのためフスベは岩肌を切り開いた部分に作られており、里へ到達するには山を登る必要があったのだ。

 本来であればフスベの南側に位置するワカバタウン辺りからも登れなくはないのだが、1993年の状況ではカントーとジョウト間の交流は盛んではなく……徒歩での交通路が殆ど整備されていなかったという次第だ。

 となれば、無駄に南下したうえに整備されていない道を歩いてフスベに向かうよりも、シロガネ山の近くにあってトレーナー設備まで存在するチャンピオンロードやセキエイ高原を通って来たほうが何かと楽だからな……。

 

 

「……私は、寒いところが……苦手なのよ……」

 

「高いところも苦手だったよなー、確か」

 

 

 俺にとっては山越え……山越えとはいっても最寄のポケモンセンターからは半日程度しかかかっていないのだが……は大したことではない。寒いところはむしろ好きだからな。だが、ミィにとってはそうでもなかったらしい。 

 

 前にも話したことがあると思うが、カントーとジョウトの気候はかなり暖かい。しかし、シロガネ山周辺などの地域にになってくるとその限りではない。

 雪は普通に降るし、フスベの周辺に存在する「こおりの抜け道」のように一面を氷に覆われた地域も珍しくは無いのだった。

 

 

「まぁ、その点に関しては謝るしか無いな。すまん」

 

「……さっさと、降りるわよ」

 

「いや、ほんとごめん」

 

「……い い か ら」

 

「へいへい」

 

 

 なんというプレッシャー……!

 

 という、PPすら削られそうなミィのプレッシャーに押されながら……

 

 

 ……俺達は山を降りるのであった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「ちょっとは暖まれたか?」

 

「そうね、もう大丈夫」

 

 

 無事下山を果たしたミィは一旦、フスベにあるポケモンセンターへと寄った。

 因みに俺はミィが休んでいる内に、町中で情報収をしていたのだが……

 

 

「やっぱり長老に聞くのが早いってさ」

 

「そう。なら、向かいましょうか……お世話になりました、ジョーイさん」

 

 

 ミィは俺の言葉に頷き、自分の正面に居て話をしていたジョーイさんへ挨拶をする。その後少しばかり時間を置いて、俺達の立っている入り口へと寄って来た。

 

 

「なんとも話し込んでたな。ジョーイさんと」

 

「ここのポケモンセンターは、設備が殆ど整っていないから。少しだけね」

 

「そういえば預かりシステムも通ってないんだもんな、ここ」

 

 

 山間の町にあるポケモンセンターであり、また、カントーの方が優先的に設備が整えられているため……ここのポケモンセンターには回復設備、宿泊設備程度しかなかったのだ。

 これは確かに、トレーナーにとっては不便だろうな。

 

 俺がそんな風に技術拡散の遅れを思っていると、ミィは俺の斜め後ろへと視線を向ける。

 

 

「そんなことより、……どなたかしら」

 

「あー、そうだったそうだった」

 

「……良いかな。若きトレーナーさん達」

 

 

 ミィからの問いかけを受けて、俺の斜め後ろに立っている筋骨隆々でロマンスグレーの老紳士かつお爺さんが話し出す。

 ミィが若干いぶかしんでいるのは、そのお爺さんの格好がロングコートなどで防寒対策がされているからだろう。

 

 

「そこの少年に尋ねられてね。私が長老のところまで案内しよう」

 

「ってことだ」

 

 

 俺は上記の通りの情報収集をしていたのだが、その結果として……長老は殆ど「リュウの穴」からは出てこないらしかった。

 そのうえ、一応連絡はしていたんだが、許可が降りたという話が通っていないようで……俺は洞窟の手前にいた門番さんに弾かれる羽目になってしまっていたのだ。

 しかしそうして困っていた俺のところへ、運よくこのお爺さんが「リュウの穴」から出てきてくれる。そこを俺が素早くお願いし、長老のところまでの案内を了解してもらったという流れなのだった。

 

 

「理解したわ。じゃあ、向かいましょう」

 

「了解了解。……じゃ、お願いします」

 

「わかった。では、案内しよう……こちらへ着いて来てくれるかな」

 

 

 そういうと、お爺さんは北側へと歩き出した。

 俺達もその後を着いて歩いていく。

 

 

 

 

「――君達は長老にどの様な用事があって来たのかね?」

 

「少し、ドラゴンポケモンについての研究協力をお願いしに来たんです」

 

 

 今俺達に問いかけているのは、案内してくれているお爺さん。

 現在はジムの裏にある「リュウの穴」へ小船で向かっているのだが、そこに着くまでは暫くかかるため……その間に少し話をしていることにしたのだ。

 お爺さんも話してみれば中々に話し好きな様で、積極的に会話を進めてくれているのは嬉しい限りだ。

 

 

「うむ。ここは竜の里。ドラゴンポケモンについて聞くのなら、確かに長老が相応しいであろう」

 

「そうですね……っと、それにしても助かりました。貴方が出てきてくれなければ、俺達は立往生でしたから」

 

「……連絡は、していたのだけれど」

 

「はっは。それは許してあげてくれないかね? ……今日は里の若者が『試練』を受けている日でね」

 

「試練……ですか」

 

「あぁ。この里では、『試練』にて長老に認められなければトレーナーとして旅立つことが出来ないのだよ。そのうえ今回の『試練』を受けているのは里の若者の中でも1番の使い手でね」

 

「へぇ……」

 

「今日来た私も、自分の用事を終えてからその使い手の試練に立ち会っていたのだが……」

 

 

 ――《ガコン》

 

 

「……む。船が着いたな。では、このまま私が祠まで案内しよう」

 

「何から何まですいません」

 

 

 それにしても親切な爺ちゃんだな。本当はここまででも良かったんだが、着いてきてもらった方が確かに話は早く通るだろう。

 ……ならば、ご好意に甘えるのがいいだろうな。

 

 そう考えてお礼を言うと、お爺さんは穴の中へと入っていく。俺とミィも後を着いて穴の中に入ることにするのだが、

 

 

 ――《グオォゥオウ!!》

 

 

 洞窟の中では、何の音か判らないくらいの音が混ざり合い、唸っているのだった。

 ……ほんとに「リュウの穴」なんだよな、ここ。

 

 

「凄い音ですね……」

 

「……」

 

「この裏には滝が在るうえ、この中にある湖でも渦潮が発生しているからね。音が洞窟内に反響しているのだよ……こちらだ」

 

 

 そう説明してくれたお爺さんの後についていくと、またも渡し舟が有る。

 ……いや、渦潮は大丈夫なのか? 

 

 

「渦潮は、大丈夫なのかしら」

 

 

 と、思ったらミィが既に質問している様だった。流石は行動早いヤツ……

 

 

「うむ。心配ない。裏口に着くことになるが、安全に行ける航路があるのだ」

 

「なら、いいわ。……行きましょう、ショウ」

 

「あー、分かった分かった……よっと」

 

「乗ったようだね。では、出発しよう」

 

 

 お爺さんがボートを漕ぎ出す。……うわー、筋肉すげぇ……

 

 俺の無駄思考はともかくとして、お爺さんはそのまま休むことなくボートを漕いで行く。進行方向の方を見ると、成程、木造の小さな社……いや、祠が見えてきた様だ。

 かなり近づいたところで漕ぐのを止め、ボートを寄せきる。

 

 

「これが祠なんですか」

 

「うむ。長老はこの中にいるだろう……ちょっと待っていてくれ」

 

 

 そういうと、お爺さんは祠の裏側、……ゲームで言えば「入れなかったところ」に向かって歩いていく。

 

 

「……ねぇ、ショウ」

 

 

 あぁ。わかる、わかるぞ。

 お爺さんはそのまま裏側から声をかけ、

 

 

 ――《ギィイ》

 

「「そこ、開くのか(ね)」」

 

 

 祠の裏口のようなものが開いているのだった……。

 正面から行かなくていいなら、『うずしお』いらなくないか! これ!!

 

 

「……入っていいそうだぞ、君達」

 

 

 うぅ……折角のツッコミが流されてしまう……

 と、まぁ。元々お爺さんには関係ないツッコミだから流されて当然なんだけどな……。

 



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Θ26 聖なるかな、リュウ

 

 

「ふむ……よく来てくれたのう、お2人共。そして、連絡が行き渡っていなかった件についてはこちらの落ち度じゃ。すまなかったの」

 

「いえ、こうして来れたのですから問題はありません」

 

「……ショウの、言うとおりよ」

 

 

 俺達が祠に入ったところで長老から謝罪があったのだが、まぁこうして会えたのだから実際に問題は無いだろう。

 

 

「こうして来てくれたのじゃし、ポケモン研究の協力についても安心してよい。お詫びになるかはわからんが、試練を終えたこの里で最も優秀なトレーナーを協力させよう……これ、ワタル!」

 

「……はい、長老!」

 

 

 協力を承諾しながら、長老が呼び出したのは……ワタルだった。

 ワタルといえばゲーム内では四天王だったりチャンピオンだったり、ともかく強いトレーナーとしての描写が強かった……ドラゴン使いのポケモントレーナーである、筈。

 ……あとは『はかいこうせん』が大好きな、筈。

 

 さて、マントこそしていないものの、俺達の目の前には件のワタルが立っている訳で。

 

 

「俺の名前はワタル。今年からカントー地方のリーグに挑戦させてもらう予定なんだ。先程試練を終えたばかりではあるけれど、少しばかりバトルには自信があるよ。長老からの要請もあったし、旅をしながらも君達の研究に協力させてもらおう」

 

「ありがとうございます、ワタルさん。俺の名前はショウ。オーキド博士と共に研究をさせてもらっていますね。……で、こっちがミィ」

 

「……」ペコリ

 

「研究協力の見返りとして、この町にトレーナー施設を幾つか配備する予定となってますが……それはシルフ社員であるこのミィが主になって行うと思います」

 

「宜しく、お願いしたいところよ」

 

「こちらこそ。よろしく頼む」

 

 

 うん。これにて自己紹介は終了だ。それでは、

 

 

「では、研究について幾つか説明をさせてもらいますね……」

 

 

 

 ……

 

 

 

「うん。つまり、俺のハクリューとカイリューが定期的にデータを取ってもらえばいいのかな」

 

「そうですね」

 

「わかった。この町の発展のためにもポケモン学のためにも、尽力させてもらおう」

 

 

 説明をし終えたのだが、うし……よかったー!

 これで、ミニリュウの進化系統のデータ収集ははかどる事だろう。いや、ほんと助かる!

 

 

「こちらこそ……これで肩の荷が1つ降りましたよ」

 

「もうよいかね?」

 

「あー、はい。今終わったところです」

 

 

 おっと……少しリラックスしているところへ、長老が。

 

 

「ワタルよ。この者達に、少しばかり話がある。お前は先に出ていなさい」

 

「わかりました」

 

 

 ……お?

 なにやら話があるようで、ワタルを祠から出したようなんだ、が……

 

 

「俺とミィに、ですか?」

 

「そうじゃ。幾つか、忙しい若者に道を示そうと思っての」

 

 

 ……成程。

 …………「忙しい若者」か。

 

 

「わかりました」

 

 

 そういって、俺とミィは祠の中央に座る。

 長老はゲームでも定位置だった……壇の手前、上座の位置に座った。

 

 

「なーに、心配するでない。なにも尋問やら詰問やらをする訳ではないのだよ。……少しばかり、わしの質問に答えてみなさい」

 

「質問というと……」 

 

「質問自体はポケモンとの関係について、じゃ。これによって、お主らに助言してやることが出来るかもしれん」

 

 

 あれかな。『しんそく』ミニリュウのヤツ。

 と、思ったのだが……答え方はゲームとは違うだろうな。

 ゲームには選択肢があった。だが、そもそも選択肢の内容なんかは覚えていないし、ここで俺達に「道」を示してくれるというなら……俺達自身が答えなくてはいけないだろう。

 

 

「今ここにいるお主らのままに、答えてみなさい。では、いくぞ……」

 

「「はい」」

 

 

 隣を見ると、ミィも何となく、気持ち真面目な表情になっている。

 さて、長老から促されたことだし……

 

 ……問答の、開始だ。

 

 

 

 

「まず……『お主』にとって、ポケモン勝負で勝つために必要なこととは何かな?」

 

 

 ポケモン勝負、ねぇ……。

 

 

「策、だと思います」

 

「戦略、かしらね」

 

 

 俺とミィは奇しくも同時に、同じ内容の答えを返すことになった。

 ……まぁ、ゲームで廃人やってれば大体はこの言葉になるだろうな。

 

 

 

 

「ふむ、成程……。では、どんなポケモントレーナーと戦ってみたいと思う?」

 

「……うーん、特に誰、という訳ではないです」

 

「別に、願望という意味でなら誰でも構わないわ」

 

 

 ……「強くなるために」という言葉がつくのなら経験値とか努力値とかを考える必要はあるのだけれども、「戦ってみたい」ならば別に相手には拘らないだろう。

 というよりも、そもそもこの世界にいるポケモントレーナー全てを記憶できている訳ではないのだから……「どんな」といわれてもなぁ。

 

 

 

 

「ふむ、成程……。では、強いポケモンと弱いポケモンとならどちらが大事かの」

 

「その選択肢では、選べません」

 

「私も、同じ」

 

 

 そもそも、強いと弱いの定義が曖昧過ぎる。

 別にバトルだけが全てではないんだし。

 

 

 

 

「ふむ、成程……。では、ポケモンを育てるのに一番大切なことは、なんじゃと思う?」

 

「それについても、そもそも1つを選んだのでは……」

 

「……さぁ? 愛情、とでも答えて欲しいのかしら」

 

 

 ……あ、ミィが若干やけくそになってる。

 とはいえ、俺も気持ちはわからんでもない。1番大切な、という質問をされても……「1つだけを選べないからこそ、大切」なんだから。

 

 

 

 

「ふぅむ……。では、『お主』にとってポケモンとは、なんじゃ?」

 

 

 ミィの発するプレッシャーをものともせず、長老は話を続ける。

 ……「なんじゃ?」とか聞かれてもな。

 

 

「仲間……って感じな気がします」

 

「近しい、間柄ではあると思うわ」

 

「……うむ。これで質問は終了じゃ」

 

 これで終わり、か。

 俺達の返答に首を少し動かすと、質問の終了を告げ、……少し遠い目をして長老が語りだす。

 

 

「では、少しだけお主らのために話をしよう。……爺の戯言とおもって聞き流してくれても構わんがの」

 

「いえ。それこそ、聞いてみなければわかりませんので」

 

「なーに。どちらにせよ結局は、只の助言にしかならぬ」

 

 

 俺の返答に、「ほっほ」とかいう感じの笑い方をしながら長老は返す。そして、話の続きへと入る様だ。

 

 

「……さて、お主らは、ポケモンをとても大切にしているようじゃ」

 

 

 まぁ、それは確かに。

 

 

「うむ、これはトレーナーとして大事な要素といえるじゃろう。……じゃが、同時にお主らは気づいているのではないかの? 自分自身の回答の大半が、はっきりとはしていない事に」

 

「……」

 

「そう、かも知れません」

 

 

 言われてみれば、そうなのかもしれない。

 隣のミィも無言であり……思うところはあるのだろう。

 

 

「見た所、お主らは10にも届かぬ年齢。普通の子どもというものは悩みこそすれど、その無垢さ故か、はっきりとした『自分なりの答えを、自ら見つけ出せる』ものじゃ。……これはわしの経験だがの」 

 

 

 ……そんなもんですか。

 

 

「無論お主らを責めているわけではないぞ。肩書きからして、また、思想からしても、お主らが子どもである必要性はないようじゃからの」

 

「じゃが、少しだけ考えてみて欲しい。お主らはこの世界にいる一個人。一存在なのじゃ」

 

「返答の際に、お主らは2人揃って遠い目をしておった。まるで、この世界を外側から眺めてでもいるようじゃった。なにもそこまで客観視せずとも良かろうに……と、わしは思うたの」

 

 

 ……。

 

 

「その『目』、『視点』。その『志向』、その『成長』、その『力』。わしには……お主らが何かに焦っている様に見えてならん」

 

 ――《カタカタ、カタカタ!》

 

「ふむ? すまんのう。一応、お前達の主を責めているつもりはないのじゃ」

 

「……じゃが、お主らはもっと子どもらしく……心を何かに頼ることを思い出してみても良いのではないか、と感じたのは本当じゃよ。それこそ、お主らの近しい、仲間の、ポケモンなんかにでもの」

 

「周りとの乖離を感じておるのは、お主らが一線を引いているからじゃろうな。それが悪いともいえんが、その感覚を最も気にしておるのもお主ら自身の筈」

 

「なぁに、心配する必要はない。誰かを導くだの、何かを創るだの。そんなものは他の誰かがやってくれる事もあるじゃろうて」

 

「なぁに、焦る必要もない。寂しいこと、苦しいこと。そんな風なものは時間が癒してくれる事もあるじゃろうて」

 

「そしてそもそも、お主らが自分自身を決めてしまう必要はないのではないかの? 盛大に流されてみるのも一興じゃろう。……ほっほ。未来が沢山あるのは、若者の特権なのじゃからのう」

 

 

 ――、

 

 ――――。

 

 



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Θ27 「ポケモントレーナー」

 

 

「どうだったかね? 若きトレーナー達」

 

 

 あー……、

 

 

「……まるでお説教でしたよ」

 

「……」

 

「その様子だとやっぱり、長老からの『用事』はお小言の類だったみたいだね」

 

 

 

 「リュウの穴」から出てきた俺達を待ってくれていたのは、案内をしてくれた筋骨隆々のお爺さんとワタルだった。

 ……、

 

 

「はっは! 君達がそうも疲れて感じるのなら、お説教だったのかもしれない」

 

「……うーん……とりあえず疲れたのは確かです」

 

「……そう、ね」

 

「そうか。……それでは、私もセキエイに行かなくてはならんのでね。ついでに、疲れている君達を送っていくことにしようじゃないか」

 

「俺も、カントー地方では『そらをとぶ』の許可にはジムバッジが必要みたいだし、そもそも地方間を超えての『そらをとぶ』による移動は禁止されているからね。とりあえずは君達をマサラまで護衛する事にするよ」

 

 

 どうも疲れきっているから確かにありがたいんだが……

 ……まぁ、いいか。

 

 

「「では、お願いします(するわ)」」

 

「任せたまえ」

 

「うん、了解させてもらう」

 

 

 この返答で、帰りの4人旅が決定したのだった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ――《ザッ、ザッ》

 

 ――《ザッ……ザフッ》

 

「……」

 

「……」

 

「……、……」

 

 

 こうして雪道を帰っているのは良いものの、やはりと言うべきか、帰り道は無言になってしまっている。因みにワタルは先行して野生ポケモンを警戒しているため、お爺さんと俺、ミィの計3名が固まって歩いている状態だ。

 ……ついでに言っとくと、無言が長いのは大体ミィ。無言に長さとかあるのかは知らないけどな。

 

 ……と、

 

 

「悩みは晴れたかね?」

 

 

 沈黙を耐えかねたのか、はたまた別の理由があるのか……お爺さんが俺達に問いかけた。

 

「(そうだな……晴れた……というか、そもそも悩んでいたかは疑わしい)」

 

 しかし、

 

 

「なんとなく、見透かされた感はあります」

 

「……的は、得ていたのかもしれないわ」

 

 

 要するに長老は、俺達が子どもなのに色々と頑張っているのが心配だったのだろう、と思う。

 あとは……周りの人との距離、か。

 この世界に転生した俺達では……いままでもそうだったが……周りとはどうしても違ってきてしまうのは、仕方がないと思っていた。

 だからこそ俺達のポリシーとして「この世界を楽しみたい」のだし、だからこそ俺達はまず開発系統で頑張ってみようと思ったのだから。

 

 ……けど、長老の話を聞いてみて、何となく思うところはあったな、うん。

 

 

「つまりは……周りを気にし過ぎているんですかね」

 

「そう、かもね。私達には『自分が』という考えが足りないのかもしれないわ」

 

 

 俺達自身では、そう結論付けてみる。

 あー……

 

 精神が多少年寄りなのは、仕方ない。個性の1つだ。

 この世界で開発チートをしてみるのも、別にいいだろう。個性の1つだ。

 この世界のために、と努力してみるのもいいだろう。結局は個性の1つ。

 

 これらについては周りには心配されるとしても、やはり変える必要はないだろう。だが、……「世界を楽しみたい」という立場ではいけないんじゃないかな、と思った。

 

 

「傍観者……じゃ、ないんだよなぁ。そういえば」

 

「……私達『も』、というのでもいけないのね。私達『が』なのよ」

 

 

 俺が知っている「ゲームにおけるこの世界」の主人公はレッドだった。実際、この世界にもレッドは存在しているしな。それ(主人公がいること)によって自分を脇役としてしまうのは、ある意味仕方ない事だろう。

 そして原作を壊さないことが望ましいのも、俺の受けた依頼の都合的には確かなのだ。

 

 だが、転生者だからといって、自分が裏方に回ろうとするのでは……それはただ「外から作品を眺めている」に過ぎないのかも知れない。

 

 そこには自分自身がなく、……そんなので本当に「世界を楽しめる」のか? っと、自問自答せざるを得ないと感じたのだ。

 だからおそらく、「世界を」だけではなく「俺達が楽しみたい」も必要なのだと思う。

 ……結局はそれこそがこの世界を楽しむことにもなる……の、だろう。

 

 

「うむ。私としても、君達は周りの人に対してある種の壁のようなものがあると感じるがね」

 

 

 俺達の会話を聞きながら、お爺さんが口を開く。

 やっぱr

 

 

「……というかな。つまりは私も長老も、子どもである君達が心配だというだけなんだ! はっはっは!」

 

 

 ……またも長考に入ろうとした俺の思考を、快活な笑い声で見事にぶった切ってくれるお爺さん。

 そういわれると凄い簡潔なことに思えてくるから、不思議なんだが。

 

 

「なにも、私達年寄りの言うことを真に受ける必要はない。君等は君等らしく、溢れているエネルギーのままに進んでくれれば良いのである。……ただ、今回はそのエネルギーが尽きかけている様に見えたからな。つまりは、年寄りの冷や水という訳だ」

 

 

 お爺さんはクールな中にも熱さを見せる語り口で話しをしてくれる。

 ……うんむ。(誤字ではなく、発音として)

 

 おっと……そういえば。

 

 

「あなたもポケモントレーナーなんですか?」

 

「そうでなくては君達を送る、等という事はできないだろう?」

 

 

 そう言いながら、完全防寒お爺さんは、少しだけコートを広げて俺達にモンスターボールを見せる。

 ……まぁ、言われてみれば確かにそうなんだが、まだ聞いていなかったんで。

 

 

「私は確かにトレーナーだが、実際にトレーナーになってみてからはあまり多くのものを見れなかったのだよ。視野が狭かったとでも言うか」

 

「……どういう、事かしら」

 

「うむ。つまるところ私は、ポケモンバトルに傾倒してしまったのだ。……まぁ、それはフスベの里の人間の多くもそうなのだがね。ワタル君もそうだ」

 

「……えーと、何となくわかります」

 

 

 ワタルって、ゲームでもバトルマニアっぽかったからなぁ……。

 

 

「フスベの里の一族は、竜と暮らし、竜を操る素質を持っている。そして竜の気質の関係で、戦う事が決まっている様なものなのだよ」

 

 

 語りながら、自嘲する様な笑みを見せるお爺さんトレーナー。

 ……でも、それって悪いことではないだろ。

 

 

「そうだな。悪くは、ない。だが同時に私は、若いトレーナーにはあまり見せたいものではないと思うのだよ。……若さを、私の知らない未来を見せてくれる可能性を……潰してしまっている様な気がしてね」

 

「……成程」

 

 

 だからこそ、こうまでして俺たちにお節介を焼いてくれるのだろう。

 だがそれをお節介と取るかは……別の話だな。

 

 

「……それはそれで良いんじゃないですか?」

 

「私も、そう思うわ」

 

「……ふむ」

 

 

 俺の言葉に、ミィも同調してくれる。

 お爺さんはどうも不思議そうな顔を浮かべている、の、だが。

 

 

「俺たちがここに来て新しいものを見つけたように、あなたも見つければいいじゃないですか」

 

「古が、新を育てるのは悪いことではないわ。……それに貴方は、強制はしていないのだから」

 

「……」

 

「別に良いんじゃないですか? その若者が望んでいるのなら。……いっそのこと、門下生でも募集して、バトル技術を教えてみたらどうですかね」

 

 

 この人が実力があるのは確かなんだろう。なら、人は集まってくるはずだ。

 そうすれば――

 

 

「そうすれば若者達は、自分で何かを……『あなたから』、見つけてくれるんじゃないですか」

 

「そうね、今日の私達の様に……といったところかしら。だって、私達には沢山の時間があるという特権があるのだもの」

 

 

 ……と、さっそく長老の言葉とかを引用してパクってみた!

 うん。自分達で言った言葉くらいは信用してもらわないと、それによって考え方を変えてみようという俺たちはどうなんだ! ……という事になりかねないからな。

 

 などと俺たちが話してみると、

 

 

「……ふむ。君達は、こんな老骨からも……何かを見つけてくれたのか」

 

 

 おぉ、確かに。それは、

 ……なら、所信表明でもしてみるかな。

 

 

「そうですね。勿論見つけたものはあります」

 

「私も、よ。……けれど少なくとも貴方の様に、バトルだけ、とはならないのでしょうね」

 

「それに俺たちは、今やっている研究や開発なんかも捨てる気はさらさらないみたいでした」

 

 

 俺達の言葉を聞きながら、しかし意味だけは正しく受け取っているらしく……

 ……バトル好きなお爺さんポケモントレーナーは、笑いながら、聞き返す。

 

 

「ならば、君達は何をしたいと思ったのかな」

 

 

「そうですね」

 

「私達が、目指したいと思っているのは」

 

「バトルが出来て、俺達を信頼してくれるポケモンとも一緒にいられる」

 

「だけれど、研究や技術革新をして、他の誰かの為になることも出来る」

 

「でもって、なろうと思えば別に旅人にだってなれる」

 

「そんな風に、やりたいことが纏めて……何でも出来る様になるのが1つだけあるわ。ただし、この世界なら……なのだけれど」

 

 

「……はっはっは! やはり、な!」

 

「まぁつまり……結局、目標だけは変わらなかったみたいです。……俺たちがやりたいと思ったのは、」

 

 

 

 

「「ポケモントレーナー」」

 

 

 

 

 ――《ビュウウゥゥ……》――

 

 

「……だったみたいです」

 

「……だった、らしいわね」

 

 

 ――《ビュオォォウ!!!》

 

 

 ……などという、豪雪の中での宣言となったのだった!

 

 さて、色々と面倒な展開は終了な!!

 



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Θ28 春へと

 

 

 ま、つまりは傍観者じゃつまんなくね? って事なのだろう、うん。多分。

 

 

「でもまぁ、結局はこうなるんだよな」

 

 ――《ザッ、ザッ》

 

 

 ある意味では気分を新たに、

 

 

「……思考は、すっきりは、したけれど……今度は、寒くなってきたわ……」

 

 ――《ザッ、ザッ》

 

 

 ある意味では今までと変わりなく。

 

 

 ――《ドフッ!》

 

「――ィリュウ!」

 

「よし。戻ってくれ、カイリュー! ……皆、進路はオーケーだよ」

 

「うむ。……野生ポケモンも殆どいないようだし、そろそろセキエイに着くな」

 

 

 しかし、今になって本当の意味でこの世界を歩くことができているのかもしれない……とか、そんな感じだな。

 某テントになれる風妖精が出てきそうな気がする台詞だし、結局今までとやることに変わりはないんだから口には出さないけど。

 

 

「……もう少しで、と。……あー、見えて来たな」

 

 

 さて。先程の問答2連(ダブル爺からの)を終えた俺とミィ、親切お爺さんと(前回空気だった)ワタルはその後も歩き続け……こうしてセキエイ高原までたどり着いたのだった。

 

 

「……、……」

 

「……うん。よく頑張った、ミィ」

 

「うむ。少女にとってはきつい寒さであっただろう」

 

「ミィちゃんには確かにきついのかも知れないな……」

 

 

 高所と寒さの両責めにあったミィを早く休ませてやりたい所だ。

 

 

 

 

 ――と考えて、セキエイ高原のポケモンセンター内部に素早く侵入することに。

 いくつものゲートをくぐり、ポケモンセンターが合併されたリーグ本部へと入るのだった。

 あと、ミィには素早く……既に暖を取ってもらう……の、だが……そこで。

 

 

「それでは、私は失礼するよ。後はワタル君に任せよう」

 

「あー、……ありがとうございました」

 

 

 俺に向かって声を掛けてくれたこのお爺さんは、本当に俺達を「送って」くれたのだろう。

 ここにはいないミィの分も感謝の気持ちをこめ、お礼を言うことにする。

 

 

「まぁ……色々と、ですけどね。本当に、重ね重ねですが、ありがとうございました」

 

「うむ。だがそれでも、君達のやることは変わらないのだろう?」

 

「はい。ですがそこは気持ちの問題です」

 

 

 俺達の立ち位置を修正させてくれたのだし。それになにより、

 

 

「なにより単純に……お年寄りにでも、心配してもらえるのは嬉しいことだと思います。その点についてはお礼を言っても問題はないでしょう?」

 

「……はっは! 遠慮なく言ってくれる!」

 

 

 壁を作るというのも、それをわざと破るというのも、面倒だからな。

 ……全く……楽しむのも、難しいもんだ。

 

 

「いつかまた会いましょう。その時は、バトルでもしますかね!」

 

「そうだな。君たちとのバトルならば、いつでも大歓迎だよ」

 

 

 そういうとお爺さんは振り返って、コートの内側からボールを取り出す。

 ……うん、やっぱり渋い(思考跳び)。

 

 

「それではな、若者達。君達と出会えたことに、感謝しよう」

 

 ――《ボウン!》

 

「ウォー、グルゥッ!」

 

 

 でもって、そのまま出したポケモンに乗り、セキエイの空から飛んでいったのだった。

 

 

 

 

 ……あー、

 

 ……ウォーグル、ね……

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side 『お爺さん』

 

 

「……なるほど。何を望んで生きるか、か」

 

 

 こうして空港で飛行機を待つ間にも考えてしまうのだが、やはり若者の持つ力というものは凄まじいものがある。

 ワタルしかり、その後に出遭った若き……いや、肉体的には幼き、といった方がしっくりくるかも知れんな、あの2人ならば。

 

 

「私も市長として何かを残さねば『ならん』……と、思ってはいたのだが」

 

 

 成程。残さねば、ではなく「私が、残したかった」のだろう。そして、この想い自体も無駄ではないとあの2人が教えてくれたのだ。

 ……この年になってからでも、存外学ぶことはあるものだな。

 

 

「……門下生か」

 

 

 ショウ……2人の、少年の方が冗談交じりに提案していた案。

 これならば確かに、私のポケモンバトルへの執念もいい方向で生かせるのかもしれない。

 

 

 ――《ボスッ》

 

「おっと……すまない。余所見をして……」

 

「……いっひっひ! 何を物思いにふけっているかい、シャガ!」

 

「……キクコか。久しいな」

 

 

 あいかわらず神出鬼没なヤツだ。

 そして、第1回ポケモンリーグからずっと四天王の座に着いているキクコがここ(空港)にいるということは、だ。

 

 

「セキエイ高原から、わざわざ空港まで追いかけてきたのか」

 

「ふん、あたしもそこまで暇じゃあない……といいたいところだが、今回ばかりはその通りだよ」

 

「……何用だ」

 

 

 こいつ……キクコも、私と同じくポケモンバトルに執心している者。そしてセキエイから追いかけて来たとなれば、……あの2人のことだろうか。

 

 

「そうさ。市長職も始まって、忙しくて時間がないだろうに、あんたが妙に気にかけている様だったからね。感想を聞きに来てやったのさ!」

 

「……感想、か」

 

 

 ふむ。

 

 

「……まだまだ私達には敵わないだろう」

 

「……それで?」

 

「だが……彼らのような若者をこそ、私達は待っているのかも知れん」

 

「……ほっほう。……そりゃあ、あんたにしては最高の評価だねぇ……」

 

 

 私の言葉に、キクコは先までの高揚が抑まったかの様に見える。だがこれは、おそらく……逆だ。昂ぶりを意識的に抑えなければいけなくなっているのだろう。

 ……何故なら、立場が逆であれば私もそうなるからな。

 

 

「……ひっひ。それなら……少しばかり楽しみが増えたかもしれないねぇ」

 

「……程々にしておけ」

 

「おや。やめろ、とは言わないのかい」

 

 

 ……言わないだろうな。確かに。

 

 

「私達の様な年寄りは、どうせ乗り越えられていくものだ。……それに、それがお前なりの……」

 

「あーあぁ、全く。どうせあたしゃあババァだからね!」

 

 

 ……拗ねたか、照れたか。どちらにしろ素直じゃない奴なのは昔からなのだが。

 

 

「後悔しとくんだねシャガ。このキクコ、あんたと違って優しくはないんだからねぇ!」

 

「……わかった、わかった」

 

 

 そう、言葉だけは悪態をつきながら、杖を突いてキクコが空港から去っていく。

 ……全く。後2ヶ月もすれば新しい春だというのに、オーキドも大変なヤツに絡まれているものだ。

 

 

 ―― Side End

 







 キクコとシャガについて

 原作において、この2人の関わりは「一切」描写されておりません。ですが一応正しい原作沿いにおける設定として、キクコとシャガの2人ともポケモンバトル大好き、という部分は共通しております、はい。
 また原作において、キクコは「イッヒッヒ」とは笑っていないようでした。これも私の捏造です、はい。
 ……えと、ついでにキクコツンデレ説も私の(ry


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Θ? とある日記

 

 

 ―― Side フジ博士

 

 

 1993年、2月6日。

 

 

「7月5日、ジャングル奥地で新種を発見。

 7月10日、ミュウと名づける」

 

「おい博士! 研究体が反応を示したぞ!」

 

「……! そうか、すぐに行くよ」

 

 

 私は団員の呼び声に日記を書く手を止め、エレベーターで地下へと降りる。

 あの新種から作られた研究体、いわばジュニアが目覚めた様だ。

 

 

「フジ博士、こちらだ」

 

 

 地下についたところで、スーツを身にまとったオールバックの男に呼ばれた。

 呼ばれるままにシリンダへと近づき、中で鎖に繋がれた素体を見上げる。

 

 

「……ジュニア」

 

 

 地下の1番奥の部屋。誰の趣味なのかは分からないが、周りには観葉植物がこれでもかというくらいに配置されている。

 その中で私が見上げた先には、培養液の中で目を開いたポケモンがいた。

 

 ……これが、私の遺伝子研究による最高傑作。

 

 

 

 

 ……これが!!

 

 

 

 

「名前は博士に付けてもらおうか」

 

 

 若干の後味の悪さを感じながらも研究者としての興奮を隠し切れない私に、先ほどのスーツの男が話しかける。

 

 

「名前、か」

 

 

 そういえば、このジュニアの親であるポケモンは……「ミュウ」と名づけられたと、あの少年が言っていた。

 

 

「ミュウ……ツー」

 

「成程。では、このポケモンはこれから『ミュウツー』だ」

 

 

 スーツの男は私にそう告げると、咄嗟に付けてしまったミュウツーというあからさまに「名前の元になった存在がいそうな」名前には特に反応を示さなかった。

 私がその男の後姿を見つめていると、僅かにこちらへと視線を向けて、

 

 

「私は『これ』にしか興味はない。……今のところは、な」

 

 

 そういうと男は終始ポケットに手を入れたまま、「隠し出口」から外へと出て行った様だ。

 ……何はともあれ、私の研究は順調だ。

 たとえ、それがロケット団による多額の融資を受けているからだとしても。

 こんな私の正しさ若しくは間違いは……後の世が判断してくれることだろう。

 

 思考をまとめ、私はもう1度研究体を見上げてから話しかける。

 

 

「おはようジュニア……いや、今日からはミュウツーだね。……おかげで、今日の日記の内容がすんなりと決まったよ」

 

 

 ――「2月6日、ミュウが子どもを生む。ジュニアをミュウツーと呼ぶことに」

 

 

 

 ―― Side End

 

 



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Θ29 秘伝技とか

 

 

 いつも変わらず、懐かしい匂いのする町。

 こうして帰ってきてみるのは何度目になるだろうか。

 

 

「ここがマサラタウンなのかい?」

 

「そです。……やっと着きましたよ」

 

 

 あれから1度ヤマブキシティへ寄りミィを送リ届けた俺とワタルは、やっとの事マサラタウンへと到着することが出来た。

 ……しっかし、長かった(距離的に)。

 

 

「ショウ君は8才だからね。キツかったかな」

 

「まぁ、一応慣れてはいるんですけどね……」

 

 

 確かに俺は8才だけど、今年中には9才……って、それは大して変わらない。うん。

 ……とはいえ、一般的な8才と俺では色々と違うからな。体力もまた然り、ということだ。

 

 さて。転生などという結局は言い訳に使うことの出来ない無駄理由は置いといて、まずはワタルからの依頼を優先しよう。

 その依頼とは、つまるところ「ワタルはこの地方のトレーナー制度について慣れていないから仕組みを幾つか説明しよう」ということなのだ。

 

 

「では、ワタルさんご依頼の件についてお教え致しますんで……研究所に行きますか」

 

「ああ。……それにしてもこの町は、良い所だね」

 

 

 俺の後を着いて歩き、周囲を見回しながら話すワタル。おそらくはマサラタウンの事を言っているのだと思うけど、それにしても、良い所と言われるのは珍しいと思うんだが……。田舎だし!

 

 

「いいとこだとは思いますよ、俺も。ただし研究に適しているか、と言われれば……

それはまた別の話ですね」

 

「っはは! ショウ君はタマムシ大学に籍があるんだったかな。ここも確かにタマムシからすれば田舎なんだろうけど、俺の里からしてみればかなり便利だと思うよ?」

 

 

 まぁ言われてみれば、確かに。

 ……今の時代の発展していないフスベと「比べる事ができる」のもどうよ、とは思うけどな。

 

 

「実家はあるし両親が住んでいるとはいえ、正味の所タマムシにいる期間は短かったですからねぇ。今度トレーナー資格を取る際には帰省しようとは思っているのですが……っと、これが研究所です。どうぞ入って下さい」

 

「お邪魔します」

 

「じゃ、さっそくですがこちらへ。どうぞー」

 

 

 そういって、研究所の中へとワタルを案内する。幾人かの研究員に挨拶をし、研究所の入ってすぐ横にある応接間のソファーにて、ワタルの正面側に俺も座ることに。

 でもって、棚から幾つかの紙束を取り出す。

 

 

「使う資料は……こんな所ですか」

 

 

 さてさて。では、講義を始めよう!

 

 

「うん。では、よろしくお願いするよショウ君」

 

「はい。ではまず、ポケモンセンターの利用についてですね。と、この写真の施設のことなんですが、ここでポケモンの回復が出来る……のは既に知ってると思います」

 

「そうだね。この建物と回復設備自体は里にもあったから」

 

「それで、回復が行えるフロアーの端にある……このパソコン」

 

 

 俺は先ほど取り出したトレーナー教習において使われるパンフレットを開き、その写真の一部、パソコンが描かれている部分を指差す。

 ワタルが覗き込んだところで説明を続けることに。

 

 

「これにトレーナーカードを読み込ませると、ポケモンの『預かりボックス』が使えます。『預かりボックス』の働きは呼んで字の如く、ポケモンを預かる事ですね」

 

「へぇ。どういった仕組みなんだい?」

 

「これはポケモンと呼ばれる動物全体としての特徴なのですが……ポケモンは電波、データとかそういったものとの相性がすこぶる良いみたいで」

 

 

 本当は逆で、そういったものと相性が良いからこそポケモンというのだが……まぁそれは別に良いだろう、うん。面倒だし。

 

 

「要はデータ化して飛ばすんです。預かり先は国で管理する施設なので、下手な所よりはずっと安全だと思います」

 

「へぇー……」

 

「勿論、個人情報なので普通に預ける分には研究側(こちら)からであっても他人のボックスを開く事はできないんですが……ワタルさんにはこれを」

 

 

 そういって、俺はワタルへ1枚のカードを差し出す。

 

 

「これはなんだい?」

 

「研究者IDです。ワタルさんが研究に協力してくれるに当たって、国のほうから発行してもらったもので、と。これで登録完了です」

 

 

 因みに今、机の脇にあるパソコンでワタルを研究協力者として登録したところ。

 事前にセキエイで手続きを済ませておいたので、スムーズに事が運んでくれたのはなによりだ。お役所仕事って、時間がかかるからな。

 

 

「これでワタルさんの方から使用時に基準の手続きをしていただければ、転送先であるポケモン牧場にて研究を行うことができると言う仕組みです」

 

「うん、成るほど。……了解だよ」

 

 

 ワタルは俺の目の前でコクコクと頷いている。

 まぁ、これについてはパンフも渡すし、何とかなるだろ。んじゃ、次行こう!

 

 

「では次に、ポケモンリーグについて説明します」

 

「ポケモンリーグか……確か今年は『予選』がある年だよね?」

 

「はい、その通りです」

 

 

 ここはワタルの目的でもあるし、十分に説明する必要があるだろう。

 この世界におけるポケモンバトルの最高峰、ポケモンリーグは開かれ方が2つある。1つは数年毎にしか開かれない『ポケモンリーグ本戦』。これはゲームともアニメとも色々と違っていて、

 

 

「数年に1度開かれる『ポケモンリーグ本戦』はチャンピオン位と同時に四天王なんかも入れ替えられる、トレーナー全員参加可能なイベントになります」

 

 

 この世界における『ポケモンリーグ本戦』はもう1度四天王もしくはチャンピオンになりたいのならば、優勝してみせろ! という体育会系もかくやと言わんばかりの複合トーナメント戦なのである。

 しかも今のこの世界では『ポケモンリーグ』と呼べる様な大規模なバトルトーナメントがカントーにしか存在していないため、今年なんかは物凄い数のトレーナーが全国から集まることになるだろう。

 ……そういえば、初代の四天王は手持ちポケモンのレベルが歴代最高だったもんな。ついでに言えば、その四天王候補が俺の目の前にいるわけなのだけれども。

 

 

「本戦(これ)には大規模な予選があるのが特徴ですね。これの参加資格はトレーナーである事、それ1点のみです」

 

「俺が挑戦することになる今年はそれなんだね。じゃあ、去年とかはどうなってたんだい?」

 

「去年はチャンピオン位の入れ替えはありませんでした。……『ポケモンリーグ本戦』がある年以外でチャンピオンになるには、この地方のバッジを制覇して『パーフェクトホルダー』になり、そのうえで四天王に勝つ必要があります。この場合には予選がないんですが代わりに四天王を連戦する事になるので、こちらはこちらで非常に面倒ですね」

 

 

 2つ目の開かれ方は『ポケモンリーグ本戦以外の年』。

 本戦のある年の予選は予選で多くの人と戦う事になるのだが、そのかわりに実力の差が大きく現れる事になる。運さえ良ければ、少ない消耗で勝ち上がることも出来るだろう。

 かといって予選が無い年が楽かというとそうではなく、こちらはバッジ集めや四天王との連戦が非常に大きな壁となるのだ。そしてそもそも、本戦の期間中以外ではチャンピオンロードなどで実力が試されることになる。自由に挑戦という訳にも行かないしな。

 ……まぁつまりは『ポケモンリーグ本戦』が開催されない年が、ゲームに近い形であるという次第。 

 

 

「とはいえ『パーフェクトホルダー』になると予選が開催される『ポケモンリーグ本戦』でもアドバンテージがあるので……今年の本戦に参加するのであれば、ワタルさんの実力ならばジムを回る事をお勧めします」

 

「そうだね。旅にも憧れていた事だし、俺もジムを回ろうかな」

 

「俺としても、それがいいと思います。……やっぱりワタルさんもチャンピオンになるのが目的なんですかね?」

 

 

 と、まぁ、こないだシャガさん(あの後ワタルさんから言質を頂いたので、特定)からある程度の事情は聞いてるんだけど……とりあえずは好奇心のままに聞いてみる。

 

 

「それはついでの様なものさ。俺としては、バトルの強いトレーナーと戦えるのならば本望だよ。……勿論、来るもの拒まずだけれどね」

 

 

 そう言いながらワタルはこちらを見て笑う。

 ……うーむ、

 

 

「ワタルさんはバトルマニアですねー……」

 

「っはは! まぁ、バトルはポケモン関連での花形みたいなものだからね。それに俺の手持ちである竜たちもより強い相手を求めているから……な、お前たち」

 

 

 ワタルが自らのモンスターボールを撫でると、カタカタという揺れでポケモンたちが応える。

 ……成程。さすがはチャンピオンの位が予定されている男だけあって、手持ちからの信頼も厚いのだろう。

 

 

「ま、チャンピオンなら将来は約束されたようなものですからねぇ」

 

 

 言って、俺は少しばかり感慨にふける。

 

 先日フスベに行った俺たちは、自身のこの世界におけるポケモントレーナーとしての指針を考え始めた。

 この世界でのポケモントレーナーとは固定の職業として存在する訳ではなく……まぁ、何にでもなれる可能性の1つの様なもの。俺の知識にあるもので例えるならば、運転免許がそれに近いだろう。

 かといって、この世界におけるポケモントレーナーには確かに大きな力もある。ポケモンバトルが大流行+国家的大プッシュの為、一部の実力者トレーナーは所謂「プロ選手」的な扱いを受けているのだから。

 

 その最たる者こそが、チャンピオン。

 

 その凄さは、チャンピオンになれるのならばポケモントレーナー「だけ」であり続ける事も出来るのだろうという程だ。

 ……だからこそ俺もチャンピオンを目指すんだけどな。それはもう気ままに暮らす(主に金銭的に)事が出来そうだし!

 

 

「ではそんなチャンピオンを目指すワタルさんのために、俺からお勧めのジムの回り方を紹介しましょうか」

 

「うん。それと、タウンマップを貰えないかな? この地方の地理に関してはいまひとつでね」

 

「ほいほい了解ですよ……っと。はい、これです」

 

 

 俺は資料の中から取り出したタウンマップを渡しつつ、次の説明を始めることに

 

「(……だが、と)」

 

 その前に、冒険の前にはこれを説明しなくてはなるまい。この世界でも冒険には不可欠で、移動手段として使用できる技がある。

 その名前をだれが付けたかは知れないが、なんとも一子相伝な響きを持つ技……『秘伝技』である。

 

 

「えと、まずは『秘伝技』の使用について説明します。面倒くさいですからね、これは」

 

「そういえばそうだったね。カントーには色々と決まりがあるから」

 

「はい。まず、ワタルさんは『秘伝技』と呼ばれている技の種類を知っていますか?」

 

「ああ。『いあいぎり』『そらをとぶ』『なみのり』『かいりき』『フラッシュ』……」

 

「あとは『いわくだき』『たきのぼり』。以上の7つがカントーでは秘伝技に指定されています」

 

 

 只今挙げた7つの秘伝技は、カントーポケモン協会が「フィールド移動の為に自由に使用することを許可している技」。

 まぁ……秘伝マシン自体が手に入りにくい事もあって、中にはこの世界ではあまり普及していないという技も含まれているのだけれども。

 

 

「これらは、それぞれに対応するジムバッジを取らないと使用許可は下りませんので注意して下さい」

 

「うーん……『そらをとぶ』くらいはすぐ使えないのかい、ショウ君?」

 

 

 ワタルの考えも最も。『そらをとぶ』はポケモンを使用してトレーナーが移動する技で、使用できればワタルはすぐにでも色んな場所を回れることになるからな。

 だが勿論、使用に制限がかかるからには理由があるのだ。

 

 

「最近はロケット団という組織がこの地方に横行してきてまして、『そらをとぶ』の使用には色々と制限がかかっているんです」

 

「ロケット団?」

 

 

 俺は当たり前のように話したが、ワタルは聞きなれない単語なのか、首をかしげる。

 ……あー、ワタルは別の地方出身だから聞いたことがないのかもな。

 ならば少しばかり説明を、っと。

 

 

「ポケモン犯罪をしている集団です。主に金儲けが目的みたいですけど……近年になって活動が活発になってきているんです」

 

「へぇ、ポケモンを犯罪に……ね」

 

 

 ……あ、ちょっと怒ってる?

 

 

「あはは、ワタルさんも見かけたら遠慮なくお仕置きしてやってください」

 

「勿論だよ。まったく」

 

 

 意外と、というか正義感が強いのだろう。ワタルはロケット団に怒り心頭のご様子で。そう言えば、HGSSでもロケット団に『はかいこうせん』とか容赦なかったしな(多分相手のポケモンごとふっ飛ばしたんだと思うけど)。

 

 ……話が飛んだな。『秘伝技』の話題に戻そう。

 

 

「じゃあ、話を戻して。ワタルさんが効率よく移動するために『そらをとぶ』の使用を第1目標とするのであれば、まずはクチバジムのバッジを入手する必要があります」

 

「クチバってのは、何処かな」

 

「えーと、タウンマップの……ここです」

 

 

 俺はワタルの持っているタウンマップの中央下辺りを指差す。

 

 

「ここ……クチバは入り江に面した港町なので、マサラからも定期便が出ています。ワタルさんもそれに乗ると、歩く手間は省けるかと」

 

「そうなのかい?」

 

「はい。あとは、ワタルさんのカイリューはもう『そらをとぶ』を習得しているようなので……っと、重要な説明が残ってました」

 

 

 あー、『そらをとぶ』の秘伝マシンの入手が必要ないから忘れてしまっていたな。

 今までの会話にもある様に、現実としてあるこの世界でも『そらをとぶ』による移動は可能である。しかしながら、バッジによる使用の制限以外にも色々と制限が存在するのだった。

 ……結局は「ゲームの通り」になるんだけど、

 

 

「『そらをとぶ』による移動は、町中では基本的に『ポケモンセンター前のみ』です。事前に本人が直接各町のポケモンセンターに出向いて登録を行うことでその町での使用許可が下りまして、あとは町への訪問時にポケセン前に下りることで自動で出入りが記録されます。この手順を踏まないと、犯罪になるので注意してください」

 

「つまり歩きなり何なりで1度町へ行って登録をしないと、『そらをとぶ』では移動できないんだね」

 

「そうです。まぁこれも犯罪対策の一環だそうで……クチバのバッジさえ手に入れて『そらをとぶ』の使用許可が下りれば、人目のない町の外でなら自由に降り立つことも出来ますけどね。これは所謂グレーゾーンという奴ですが」

 

 

 つまりはワタルの言った通り、バッジがあっても1度も訪れていない町には飛べないということだ。

 全く……ロケット団のせいで色々と妙な規則が出来上がってるんだよなぁ、最近。犯罪対策に関する制限の大体は、ロケット団のせいだし。

 とはいえ実際にポケモントレーナーという存在は強力な力を持つから、仕方のない事であるとも思うけど。

 

 ついでに話すと、ロケット団員は普段はそれぞれの身分を隠し一般トレーナーとしての立場も持ち合わせている。そのためポケモン協会は「団員全てからトレーナー資格を剥奪する」という行動に出ることが出来ないでいる様だった。数も膨大だしな、ロケット団員。

 

「(……ただし俺個人としては、協会にはもうちょっと込み入った事情があると踏んでるけど)」

 

 

 ……おっと、

 

 

「わかったよ。じゃあ次に、他の施設についてもお願いしていいかな。……これとか」

 

 

 などと考え込んでいる俺にそう話しかけながら、ワタルはパンフレットにあるフレンドリィショップを指差す。

 ……あー、そうだな。まずは説明を終わらせますか!

 

 

 

 

 

 ―― その後、フレンドリィショップの利用法や最近開発された道具の使用方法、ジムの仕組みや挑戦方法などについても一通り説明を終えた。

 するとワタルは良い笑顔で「早速行ってくるよ。説明してもらってからで悪いけど、どうせだから歩いて周ることにするかな」とか言って、マサラの北側へと歩き出して行ったのだが。

 うーん、楽しみで仕方がないといった感じか。

 

 

「一応、ワタルさん個人へのお礼も考えとくかな」

 

 

 祖父である長老からの指令だとはいえ、あんなに楽しみにしている旅をしながらでも研究には協力してくれているのだ。それなりのお礼をしなくては、と思う。

 

 ……と、

 

 

「帰ってきたばかりでもう研究か、ショウ?」

 

 

 そんな風に研究室の机に向かいながら思案していたのだが、後ろからオーキド博士が来た様だった。

 ……研究というほどの事でもないけど、研究協力の依頼だから結局は研究だろうな。うん。

 

 

「まぁ多分研究ですけど、今日は説明の場所として寄っただけですんで。もう家に帰ります」

 

「ふむ? だが、まぁそれが良かろう」

 

 

 何となく、オーキド博士の言葉に間(ま)があった気がするけど……まぁ良いか。

 今日はもう疲れているし、数日は休暇の予定だ。その後には実験段階まで進んだ化石研究に関連してふたご島の視察が入っているけど、そこまではじっくり休日を楽しむことにしてみようと考えている。

 

 

「それにナナミとポケモンコンテストに行く予定もあるんで、今のうちに休んどかないといけないですよね?」

 

「……成程の! それは確かにな!」

 

 

 ニヤリと笑う俺とオーキド博士。

 いや、ナナミの行動力は素晴らしいものがあるからで、この言葉に他意はないぞ。ほんとに!

 

 

「んじゃ、失礼します。博士」

 

「うむ。体に気をつけてな」

 

 

 自分の研究も忙しいだろうに、出口まで来て俺の見送りをしてくれる博士。

 ……だが、

 

 

「それはこちらの台詞ですよ」

 

 

 お年寄りにこそ、体には気をつけてもらわなくてはなるまい。研究の中心人物であるならば尚更だ。

 と、まぁ。そんな風な言葉を残して、俺は家へと帰るのだった。

 

 






 すいません(いきなり)。
 毎度の説明回となっているので、情報過多の詰め込み過ぎかと思われます。

 まずここで私が表記しなくてはいけないと思うのは、
『この話で出ている設定は殆ど、ゲーム内のシステムを辻褄合わせで説明しただけ』
 という点です。一応、少しでも合理的になる様にはしたつもりなのですが……。

 そして件の説明の内容を纏めると、つまりは以下の通りです(後書で再説明とかすいません)。


 ポケモントレーナーの中で研究協力をお願いした人には、研究者IDを発行する。でもって、トレーナーが承諾して手続きを通したポケモンのみがポケモン牧場に送られる。
 つまりは「研究協力トレーナー」という立場があるという世界観説明です。


 ポケモンリーグは「某4年に1度の祭典」と似た様な間隔で開かれているゲームとは形態が違う『本戦』と、ゲーム準拠の『本戦以外の年』がある。いずれも勿論チャンピオンになる事は出来る。
 『本戦』に関しては、アニメとかでもやってるような予選ありの大会となっています。


 『そらをとぶ』で行った事のない町に飛べない理由を説明。地方をまたいで飛べないのも前話の通りの仕様で。また、ポケセン前にしか飛べない理由を説明。(トレーナー管理社会ですね)
 作中発言のグレーゾーンに関しては、現実であることによるゲームとの乖離となっています。
 どちらにしろ、ゲームの様に一瞬で移動できる訳ではないのです。ポケモンの疲労とかレベルとかで連続飛行可能距離も変わります。


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Θ30 ポケモンコンテスト

 

 

 1993年、4月のクチバシティ。

 少なくとも雪は降っていないので、既に春にはなったのだろう。元々雪とかは殆ど降らないんだけどな。

 

 

「第……回、春のポケモンコンテスト! 総合優勝は……」

 

 ――《ダラララララ》……《ジャン!!》

 

「マサラタウンのナナミちゃんです!!」

 

「「「ドオワァァァァアア!!」」」

 

 

 うむ。当然の結果かな。

 ……と、お分かりかと思うが、俺とナナミは予定の通りクチバでポケモンコンテストに来ていたところだ。

 以前トキワシティで俺が会長に提案したコンテストは、ポケモン大好きクラブが主催で行ったところ大人気の催しとなっていたようだった。こんどポケモンジャーナルで特集も組まれるらしいしな。この人気はやはり、ポケモンはバトルだけではないということなのだろう。

 

 

「ショウ君! ありがとう!」

 

「ピジョ!」

 

「いやいや。確かにピジョンは俺の手持ちだけど、毛繕いなんかのコンディション方面はナナミにまかせっきりだからな。ナナミの実力が大きいと思うぞ?」

 

 

 表彰を受けたナナミが、ピジョンと共に俺のほうへと駆け寄ってくる。

 先程の言葉の通り、ナナミは未だトレーナー資格は持っていないため俺のピジョンでコンテストに出場したのだ。とはいえ優勝できたのは(これまた先程の言葉通り)ナナミの力によるところが大きいのは事実だろう。

 

 

「んじゃ、優勝おめでとう。ナナミ、ピジョン」

 

「ありがとう、ショウ君!」

 

「ピジョッ!」

 

 

 満面の笑みを浮かべて喜ぶナナミとピジョン(おそらく)。うん、これでこそ来たかいがあるというものだ。

 ……あ、因みに俺はコンテストには出場せず、ナナミが出ていないブロックの審査員なんかをやっていた次第。照れ屋なニドリーナはともかくとして、やはりと言うべきかミュウが出たそうにしていた点についてはグッと堪えてもらったけどな。コンテスト見に来てる人は意外と多かったんで、万が一を考えて。

 

 と、暫く会話を続ける俺とナナミのところへ大好きクラブの会長さんが寄ってくる。

 

 

「いやぁ、おめでとう! ナナミさん! ショウ君も、久しぶりだね」

 

「あ、会長。有難うございます」

 

「ども、久しぶりです会長。自転車の件では有難うございました」

 

 

 ナナミに続いて、俺も頭を下げる。

 以前会長から自転車チケットを貰った俺は、ミィに引き換え・郵送をしてもらったおかげでかの有名なミラクルサイクルの自転車を手に入れることが出来ているのだ。

 その自転車は只今絶賛(魔)改造中ではあるが、元をたどればこの会長のおかげなのであるからして。

 

 

「なに。優勝できたのはナナミさんの実力じゃし、ショウ君がコンテストを企画してくれなければこうも大掛かりには出来なかったからね。自転車はそのお礼としては安すぎる位じゃ」

 

 

 このコンテストは、ポケモンのバトル以外での生かし方の1つとしてこれからも発展して行くじゃろう……と、会長さんの話が続く。

 実はパンフレットの最後に企画・発案として俺の名前も載っているので、創設者扱いの様な感じになっているのはなんとも言いがたい気持ちではあるのだが。

 ……そういえば、協賛:シルフカンパニーな。

 

 

「しかし、ショウ君にしろナナミさんにしろやはり9才とは思えんの。ポケモンととても仲が良い」

 

「ピ、ジョォッ……」

 

 

 俺たちへ語りかけながら、俺の横で地面に降り立っているピジョンを撫でる会長。しかしその愛が若干重いのか、ピジョンはバサバサと翼を動かしている。まぁ本当に嫌になったら逃げようとするだろうから、大丈夫だと思うけど。

 

 

「そして、このピジョンも……むほほ! 流石はショウ君のポケモンで、ナナミさんの毛繕いを受けているだけある。もふもふもふもふ、もふもふもふもふ……!」

 

「……」←ピジョン

 

 

 ……とめておくか。やっぱり。

 ならば、会長を止めるためには……何か話題をふって話をさせておくのが1番良いだろう。うん。待ってろピジョン、今助ける。

 

 

「そう言えば会長、この辺で変わったポケモンの噂はありませんか?」

 

 

 会長に話を「させる」なら、やはりポケモンの話題だろうと考えて、しかし特に考えなしに(どっちだよ)この話題を振る。会長はピジョンから手を離し、

 

 

「む? 成程、よくぞ聞いてくれた。ちょっと待っていてくれたまえ」

 

 

 奥の部屋に行って、会員を呼んでくるみたいだな。

 ……あ、ピジョンは無事に戻ってくることが出来たので目的は達成したけど。よーしよし。よく耐えてくれた、ピジョン!

 

 と。俺がピジョンを撫でている間に戻って来た会長が、会員のポケモンを見せてくれる。

 

 

「見たまえ。珍しいポケモンじゃろ?」

 

「ピッピー☆」

 

「うわー、可愛い……」

 

 

 いや、語尾に「ほし」はキャラ付けにしてもやりすぎだと思うけどまぁ良いや。

 置いといて。ナナミからも可愛いと好評であるこのポケモンは、

 

 

「ショウ君、この子の名前ってあるのかしら?」

 

「ある。このポケモンは、ピッピだな」

 

 

 鳴き声そのままだけどな!

 ……まぁ一応、図鑑には進化先であるピクシー共々登録されているポケモンである。ゲームにおいても中々出現しない所謂「レアな」ポケモンとして登場していた。

 ……ギエピー? あれは別種類だと認識しても(した方が)良いのではないでしょうか!

 

 またも置いといて、上述の通りに俺たち研究班も調査を行ったのだ、が。

 

 

「ピッピは物凄く珍しいですよね? 俺たちの調査の際にも、1か月間張り込み班を使ってやっとのことで外観データを取ったんですけど」

 

 

 そうなのである。俺たちの調査の際には、ゲームよりもさらに個体数若しくは遭遇率が少なかったのだ。

 その時俺はピッピの生息域がもっと奥の方で、ゲームの舞台である1996年までに色々と移動してくるのかなーとか考えていたのだが。

 

 という俺の思考から、ナナミが引き継いだかのように質問してくれた。

 

 

「会員さんはどこで捕まえたんですか?」

 

「そんなに珍しいのかね? たしか、R商会とかいう店で買ったと言ってたんじゃが。結構多くの人が買っていると言っておったぞ」

 

 

 ふーん。Rね。

 

 ……。

 

 

「はい特定ぇー!!」 

 

 

「「うわっ」」

 

 

 思わず声を上げて突っ込む俺に、若干びっくりしている会長とナナミ。あと、ピジョンとピッピも。

 けど、仕様がないだろ! どんだけバレバレな名前使ってるんだよ、ロケット団!

 

 

「ショウ君、どうしたの?」

 

「……一応ピッピは保護指定されているので、今のところ売買と組織的捕獲は禁止されてます。今回は組織側に主に責任がありますけど」

 

 

 万能なり、ポケモン保護法。

 

 

「む、じゃあこの子は……」

 

「ピッピー?」

 

「いえ、そのピッピに関しては一緒にいることが認められるでしょうね。もう人に懐いてますから。ただし、研究協力とかを引き受けることが条件になるとは思いますけど」

 

 

 というか、そういうのは俺が研究者名義で申請すれば大丈夫だと思う。

 実際人に慣れているし、俺も何度も会っているこのピッピのトレーナーさんはポケモンを大切に出来る良いおばさんだからな。因みに副会長らしいし。

 

 それにしても……

 

「(ロケット団は、ピッピを大量に売り捌く事が出来るほど捕獲できてるのか?)」

 

 専門分野である俺たち研究班をもってしても、捕獲には苦労したポケモンである。

 生息域が移動してきたとか数が増えたとかでもない限り、あの間の抜けた悪の軍団に大量に捕獲はされないと思うのだが。

 ……まぁどちらにせよピッピを乱獲されたままでは困るし、俺も調べてみるかな。

 

 

「んじゃ、会長さん。すいませんが、そのピッピのトレーナーである会員さんから少しだけお話を伺ってもよろしいですかね?」

 

「んむ。珍しいポケモンとはいえ、人間の都合に巻き込まれて絶滅しては元も子もないからね。少しばかり待っていてくれ」

 

「あの、私も少しだけピッピちゃんと遊ばせてもらってもいいですか?」

 

 

 ピッピに興味津々のナナミと、俺の言葉に頷いて奥のほうへと歩いて行く会長さん。

 ……うお。ナナミ、もうピッピに懐かれてるし。あれはもうなんかの能力じゃないのか?

 

 

 

 

 その後会員から話を聞いてみると、R商会とやらはハナダシティでピッピを売っていたらしい。

 というか、

 

 

「そういやピッピって、隕石なんかが落ちた近くによくいるんだっけか」

 

 

 ザ・宇宙である。ユニバースだ。ユニバーサルは多分違う。

 

 思い出してみれば、ピッピはオツキミ山やBWのジャイアントホールに出現してたからなぁ。逆考すれば、DPPtのピッピ出現場所であるテンガン山にも隕石は落ちていたのかもしれない。あの山、すんごい広いし。

 

「(ただし、もろに隕石落ちてきてた「流星の滝」にはピッピ出ないけどな!!)」

 

 思考内突っ込みという新しい技は置いといて、まぁ「流星の滝」については恐らく南の方には住みにくいとかピッピ達なりの理由があるに違いない。

 いずれにせよ、ここカントー地方ではピッピが出現する場所はただ1つなワケで。

 

 

 目指すは、星の降る山……「オツキミ山」だ。

 

 






 何とはなしに、原作に情報元のあるものをネタメモから載せてみます。


・数年前、ナナミが春コンテスト優勝
 → FRLG、ボイスチェッカー
・ナナミがポケモンにめっちゃ好かれる
 → 同上
・ピッピが隕石云々
 → 図鑑、HGSSニビの人発言、等々
・オツキミ山に☆降る云々
 → HGSSのマップ説明文


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Θ30ex ナツメさん家

 

 

 さてさて。

 オツキミ山でロケット団との決戦が予想されるからには、装備を整えなくてはならないだろう。そう考えた俺は1度、実家(マンション)のあるタマムシシティへと帰省し、本日は隣町であるヤマブキシティまで出向いてきている。

 ……トレーナー用品なんかはタマムシデパートで既に揃えてあるんだが、今日はまた違う用事があるのだ。それは、

 

 

「それでは、ヤマブキシティ公認ジム選抜試合を開始いたします。……まずはカラテ道場より、カラテ大王さん!」

 

 

 中央に立つ審判の声に呼ばれ、鉢巻きと胴着といういかにもな格好の人物が前へと歩き出す。目をつぶり大きく息を吸うと、右腕を引き……

 

 

「―― ォオオ、ッッス!!」

 

 《タァンッ!》

 

「頑張って下さい、兄キーぃぃ!!」「超能力かぶれをのしてやってくださぁーい!!」「ウォォォッ!」「」

 

 

 震脚ともに気合の一声を叫んだ。周りで見守る道場の人達も、合わせて野太い声援を送っている。

 ……ところで、震脚って空手だったっけか。別にいいけどさ。

 

 そして声援が一旦収まった後、審判は次に対戦相手の名前を告げる。

 

 

「現公認ジム、ヤマブキジム代表。ナツメさん!!」

 

「……はい」

 

 

 呼ばれた少女が静寂の中で立ち上がり、右手で長い黒髪を払ってから中央へと歩き出す。

 目を瞑ったまま歩いていたナツメは、しかし、暫く歩いた所で立ち止まった。すると後ろから見守っている壮年の男性が口を開く。

 

 

「ナツメ」

 

「……はい」

 

 

 呼びかけられてはいるのだが、ナツメは中央を向いたまま振り向かない。

 

 

「わたしがお前の実力を認めただの、認めていないだの、そういうのはどうでもいいのだ。……最近のナツメはとても楽しそうに、かつポケモンを活かした戦い方をしている。そんなナツメの成長を見たいと思うこれは、親心というものだ」

 

「……」

 

「だからこそ、この場で『ヤマブキジムの皆には』実力を認められなければいけない。……まぁ、負けたところでどうということはない。私設ジムに戻るだけだがね」

 

「……でも」

 

「なぁに。お前はただ、お前のポケモン勝負を見せてやればいいのだ。……我が娘よ」

 

「……はぁ。それでは、余計に緊張するだけですよ。父さん」

 

「む? そうか?」

 

 

 溜息をつきつつ、自らの父へと苦言を呈する娘。

 ……そう。本日はここヤマブキシティの公設試合場にて、ヤマブキシティの『公認ジム』を決める試合が行われる予定となっていたのだ。組み合わせは聞いての通り、ナツメVSカラテ大王で。

 

 ……そんじゃあ、解説タイムに入りたい。

 ヤマブキシティには公認ジム候補が2つある。その1つが、現ヤマブキジム。以前は私設ジムであったのだが、数年前にナツメの父親がリーグ入賞。その後行われた決定試合にも見事勝利し、公認ジムとしての立場を得たのだ。

 そしてもう1つは、現ヤマブキジムの隣に立つ ―― 格闘道場。その名の通り格闘タイプのポケモンをメインとしている道場で、その長であるカラテ大王もリーグ入賞する実力者であったりするのだが……如何せん、ヤマブキジムとじゃあタイプ相性が悪いこともあってか、数年に1度行われている決定試合において1度も勝利した事はないらしい。これ、カラテ大王談な。

 因みに、ナツメの父親は何度もジムにいっているため面識がある。俺の印象としては何ともつかみどころの無い、良く言えばやんちゃなオヤジさんであったと認識している(しかし悪く言えば、ただただ面倒な親父なのだが)。

 俺としては格闘道場も訓練の為に何度も訪れているため、カラテ大王のおっちゃんも気の良いお人だと知っており……むう。片方を応援するってのはなかなかに難しい試合だよなぁ、これ。

 

 そんな思考を続けている中、ナツメ父がまたも口を開く。

 

 

「それでは……ふむ。気負わずいくといい、ナツメ」

 

「今更です」

 

「それでは……うむ。フレー、フレー、ナ・ツ・メ!!」

 

「恥ずかしいです!」

 

「それでは……」

 

「あああ、もう! それ以上はさせませんよ!? 何をやっているんですか、父さんッ!!」

 

 

 おぉ。ナツメは、顔を真っ赤にして振り向いてしまったな。せっかくここまで耐えてたのに……いや、気持ちは凄い分かるけど。

 

 

「何って……応援だが」

 

「と う さ ん?」

 

「すまない。緊張をほぐそうと思ったんだ」

 

「……はぁ。もういいですよ。気持ちだけ受け取っておきますから」

 

「とはいってもなぁ……む?」

 

 

 なにやら超能力親子漫才を繰り広げている様子なのだが、その父親は何事かを思いついた顔で……

 

 

「ナツメ、ナツメ」チョイチョイ

 

「……(無視、無視)」

 

「(向こうにショウ君がいるぞー)」テレパシー

 

「……ぇ」チラッ

 

 

 あ、なんかナツメと視線が合った気がする。……なんぞ?

 

 

「……ぁ」

 

「(これはもう、緊張している暇は無いんじゃないか?)」テレパシー

 

「……」

 

「(終わったら祝勝会だ! ショウ君を呼べば良いぞ!)」

 

「……、ふう」

 

 

 何事かのやり取りを繰り広げた後。ナツメは再び目を閉じ、先程までのコミカルな雰囲気を吹き飛ばしてしまうほどの気迫(オーラ)を纏い直し、中央へと向かう。

 今まで放って置かれていた審判はこの期を逃すまいと声をかけ……ただし、若干弱気にではあるんだが。

 

 

「……あの、始めても?」

 

「待たせてしまい、すいません。……カラテ大王さんも、申し訳ありません」

 

「はは! なに、気にするでないわ!」

 

「有難うございます」

 

「そ、それでは合意とみて始めさせてもらいます。両者、位置についてください!」

 

 

 仕切りなおし、という表現がしっくり来る会場の雰囲気と共に、審判が告げる。

 さて。公設会場にはヤマブキジム及び格闘道場の人達だけではなく、リーグ関係者や街の一般人なども見学に来ているためか、非常に多くの観衆が集まっている。その中央で向かい合う2人へと、俺も視線を――

 

 

「―― あの、アナタ、あの人の……」

 

「ポケモン勝負、始めェェッ!!」

 

 ―― 《ワァァアッ!!》

 

 

 向けたかったのだが。歓声が沸きあがりナツメとカラテ大王の勝負が始まると同時に、隣に立つ女性が小声で話し始めていてだな。もしかせずとも、これは、

 

 

「……俺に話しかけてます?」

 

「はい。あ、あの、アナタ……対戦者の人と成りをご存知そうでしたから。ごごご、ごめんなさい! もしかして御迷惑でしたか!?」

 

 

 若干慌てながら手をぶんぶんと振るメガネの女性。

 

 

「まぁ、確かに知ってますけど。……人と成りを聞いて、どうするんです? 小説でもお書きに?」

 

「あああ、す、すいません! どうしてそのことをご存知で……って、あてずっぽうですよねすいません!」

 

「はい。雰囲気とかそんな感じから予測してみただけですねー。当たってたのは僥倖です」

 

 

 予測というか、知ってるというか。

 ……まぁ、そんな事はどうでも良いのだ。

 

 

「それより。人と成りを話せばいいのですか」

 

「えっ!? 良いんですかっ?」

 

「良いですよ。お気になさらず。では、カラテ大王……あの胴着を着ている方なのですが……って、胴着。分かります?」

 

「は、はい。今日アタシと一緒に来てくれているレンブさんが、鍛錬の時にいつも着ていますから」

 

「知ってるなら問題ないですね。ではとりあえず、カラテ大王から紹介しましょう。彼は、まぁ、率直に言うと真っ直ぐな人です。ポケモンにも人にも。そういう意味では、誰からも好かれるお人でしょう。あとは……手持ちのポケモンには専門タイプがありまして、彼は格闘タイプが専門です」

 

 

 言いつつ、しかし、バトルを見ることも忘れない。ナツメの初手は……フーディン。こないだ俺と交換進化させたやつだ。ナツメの他の手持ちは、俺が知っている限りはユンゲラーとバリヤード、あとモルフォン。今回の戦いは3対3なので……ううん。どれだろうと有利ではあるのだが、カラテ大王もそれを承知のはずで。となると、難しい気もするな。俺だったらどうするか……

 

 

「真っ直ぐな男……と。それでは、あの女幹部みたいな人……ナツメさんといいましたか? あの方はどうです? ……あ、フーディンが仕掛けますね。興味を惹くのに最初は大切ですよ……あ!」

 

 

 俺への質問をしながら戦況を観察する女性。思考があちらこちらへと飛んでいるその様は、どことなく俺に似ている気もするな(俺は口にこそ出していないが)。

 そんなら、解説と紹介を同時進行にしてみるか。

 

 

「ナツメは見ての通り、エスパーポケモン使い。同時にヤマブキシムの次期リーダーでもあります。ナツメ自身からしてエスパー少女ですし、バトルの実力は俺も保障しますよ。……さて。カラテ大王のエビワラーに対して、初手から『サイコキネシス』。実にフーディンらしい戦法ですが、」

 

「……ボクサーみたいなポケモンは、倒れません!? 効果は抜群ですよね!?」

 

「良いリアクションです。……恐らくはカラテ大王のポケモンが巻いている鉢巻の効果でしょう」

 

 

 エビワラーが耐え、フーディンへと『メガトンパンチ』を叩き込み……フーディンも耐えてみせる。ただし、互いに残りHPが僅かなのは間違いないだろう。

 そして、カラテ大王のエビワラーが巻いているのは恐らく「きあいのハチマキ」。低確率ではあるが、発動さえすれば「HPを1残して」攻撃を耐えるアイテムだ。今回であればタスキのほうが……と。結果論でしかないからな。そこはどうでも良い。

 ……あとそういえば、アイテム重複とか言うルールは、少なくともこういったバトルにおいては存在していないので。悪しからず。

 

 

「となれば、エビワラーは先制技しかないです。ほら、『マッハパンチ』」

 

「早いっ! ……あ、ああ!!」

 

 ――《ワァァァッ!!》

 

 

 消えるほどの速さで動いたエビワラーのパンチによってフーディンが倒れこみ、メガネの女性の叫びは歓声にかき消される。かなり際どい削り合いではあったが、先鋒対決はカラテ大王のエビワラーが勝利となった。

 で、次は……おぉ。ナツメはモルフォンを出したな。

 ナツメのポケモン的に耐久積み型はいないと思うから、エビワラーはもう1度『マッハパンチ』だとして……エビワラーが倒された後の流れを考察したい。うぅん、例えばカラテ大王の残り手持ちであるサワムラーならば、振り方によってはナツメのポケモン達に先手を取る事ができるだろう。しかし、あのお人の戦法からして……

 

 

「ああ! ……ボクサーポケモンさんは最後の一撃だけ当てて、蝶みたいなポケモンにやられてしまいましたね。次はどう考えます?」

 

「おそらく、カイリキーがきます。モルフォンのエスパー技は一致技じゃあ無いんで、威力に劣りますからね。耐えて、ごり押ししてくるでしょう。……ふむん。『ばくれつパンチ』で無理くりに来ましたか」

 

「―― だが、カイリキーの一撃は必殺の威力を誇る。それをあのポケモンは余裕で耐えて見せるか。良く育てられている」

 

 

 ……いや、待て。最後の解説は俺でも、ましてやメガネの女性のものでもない。ということは、

 

 

「レ、レンブさんっ!! ……もう。どこに行ってたんですか?」

 

「カラテ大王の所へ、少々挨拶にな。……こちらに戻ってくるには時間がかかってしまったが。もう戦いは中盤のようだな」

 

 

 腕を組み、厳ついガタイの胴着男 ―― レンブ。

 紹介が遅れたが、その隣でレンブへと声をかけるメガネの女性 ―― シキミ。

 どちらもゲームにおいて、イッシュ地方四天王だった方々だ。2人とも、特にシキミはゲームより若く見えているが ―― んなことより。

 

 

「あの……紹介をお願いします」

 

「ああっ! すいません! 御紹介しますね。こちらの方はレンブさん。今回この道場へ、古くからの友人であるカラテ大王さんの激励に来るという事で、わたしも同行させてもらったんです。……ああっ!? アタシの自己紹介がまだでしたすいません! アタシは――」

 

「彼女はシキミ。小説家の卵であり、また、わたしの友人兼ライバルでもある。ところで、キミは?」

 

「あー、そですね。どもです。……俺はショウ。立場的には、あそこで戦っている両名の友人ってところでしょうか」

 

「両名、か。それは中々に難しい立場だな……む」

 

 ――《ウォォオッ!!》

 

 

 自己紹介を終えたが……歓声によって会話が中断された。歓声の原因は、モルフォンがもう1度『サイコキネシス』を放ち、カイリキーを打ち倒したからだな。

 そして、バトルも最終局面に入ったため、俺たち3人の視線も自然とバトルフィールドに集まることに。さてさて、カラテ大王最後のポケモンはサワムラーのはずだが。

 

 

「ゆくぞ、サワムラー!」

 

「ワムラッ!」

 

 

 予想通りサワムラーがボールから現れる。

 ナツメはモルフォンへと腕を伸ばし、

 

 

「相手に不足は無いわ。さぁ、モルフォン……!」

 

「モールーゥ」

 

「ふはは、そちらのほうが早いのは想定済みよ! サワムラー、『こらえる』!!」

 

「ムラッ」

 

 

 サワムラーが両腕を交差し、モルフォンの念波を受ける体勢をとる。空間の歪みはそのままサワムラーへと迫り、

 

 

「ムー……ラァッ!!」

 

「……ふ。ふはは!」

 

 

 よろけながらも、倒れない。

 高笑いをあげるカラテ大王は勢いの良い踏み込みと共に正拳突きをし、

 

 

「行けぃ……『きしかいせい』ッ!!」

 

「サワムラッ!!」

 

「何ですって? くっ……早いっ!?」

 

「―― モルー!?」

 

 

 サワムラーの伸びた足が、ボフンと音をたてながらモルフォンを捉える。モルフォンは『効果いまひとつ』であるはずの格闘技、『きしかいせい』を受けて吹っ飛び、壁に激突した。

 審判が急いで駆け寄りモルフォンの状態を観察すると、

 

 

「モルフォン、戦闘不能! サワムラーの勝利!」

 

 

 判定を下した。

 しかしカラテ大王の素振りからして、また、同レベル帯であろうモルフォン相手に素早さ種族値で下回っているサワムラーが先制できたってのは……

 

 

「サワムラーの『きしかいせい』。威力が最高値なうえ……特筆すべきはあの速さ。エスパーポケモンに対抗できるほどの素早さだ。……これについてはどう思う、ショウ」

 

「え? えっ?」

 

「カムラの実ですかね。『こらえる』がありますし、わざと一撃を受けたんでしょう。大博打ですが、あの人ならやりかねませんというか、むしろやりたがるでしょうねぇ」

 

「え……えぇ?」

 

 

 そろそろ解説が必要か。隣のシキミさんがオロオロしているしな。

 そう考え、シキミを横目に見つつの解説を開始。

 

 

「ええと、カムラの実……空の力が云々というのはともかくですね。HP低値の時に、持ち主の素早さを上昇させてくれる木の実です。ついでに言うと、かなりのレアものなのですが……あの人は格闘修行とか言って各地を回っていますからねぇ。持っていても不思議ではないです」

 

「そして、『きしかいせい』。これもHPが低い時に威力がアップする格闘技だ」

 

「成程、成程。……そのポケモン、空の力を身に纏い ―― 起死回生の一撃を ―― 」

 

 

 解説を聞きながらメモ帳に書き込みしまくるシキミ。手元を殆ど見ていないが……まぁ、そこについては俺がとやかく言う必要はないだろう。多分、大丈夫に違いない。

 レンブは目を閉じ、腕を腰に当てると、満足そうな表情を浮かべる。

 

 

「この戦術。流石は我が友人、といっておこう」

 

「ふん、ふん。……体力は限界ギリギリですけど、それを活かしたコンボがバッチリ決まったという訳ですね。ナツメさんの最後の手持ちにもよりますが……残りの手持ちポケモンは両者共に1体。その様な状況を作り出した時点で、既に勝敗は決しているのではないでしょうか?」

 

 

 どうやら四天王候補だけあって、シキミは良い勘をしているらしい。

 確かに、単エスパーポケモンは先制技に乏しい。そのため、かの有名なカムラ「こらきし」コンボを決めたサワムラーを止めるのは難しいであろうとの予測がつくからな。

 ……けれども。

 

 

「俺はまだだと思うぞ?」

 

「む」

 

「ふぁい!? なぜです?」

 

 

 うん、普通はそうだ。普通はな。

 ……だが俺は、ナツメがこないだ手に入れたポケモンを知ってしまっているのだ。

 

 

「なにせ、ナツメが最初にフーディンを出したってことは……」

 

 

 フィールドへ視線を向けると、ナツメはいつもの無表情の上に ―― 微笑を浮かべている。これは間違いないだろう。

 そしてナツメは超能力でモンスターボールを浮かすと、前へと投げ出した。

 

 

「いきなさい ―― ソーナンス!」

 

「ソーォ、ナンスッ!!」

 

 

 形容しがたい姿の水色したポケモンは、スーパーボールから出るなりビシッと手を頭に当てている。これはあれか。アニメ補正か!

 

 

 ――《ザワ、ザワ》

 

「……あのポケモンは」

 

「なんかこう……愛嬌はありますけど、見ていると不安になるポケモンですね」

 

 

 観客ともども、レンブとシキミは出てきたソーナンスに戸惑っているみたいで。……まぁ、見た目に関しては置いとこう。んなことより、

 

 

「むうぅ、怯むなサワムラーよ! 『きしかいせい』!」

 

「……迎え撃つわ、ソーナンス! ――ッ!」

 

 

 攻撃指示を出すカラテ大王。そして、迎え撃つ指示を出すナツメ。

 サワムラーの足がソーナンスに直撃。

 ―― そしてソーナンスは、攻撃によって身体を大きく反らしながらもナツメからのテレパシー指示に従って。

 

 

「ナン、スゥゥゥゥ!!」

 

「んなっ!?」

 

「サワムラッ!?」

 

 

 ナイスリアクションだ、カラテ大王とサワムラー。

 ……そして、俺の隣にいる2人も。

 

 

「ふむ」

 

「か、体が膨らんでますよ!? 何ですかあのポケモン!? ……メモメモ」

 

 

 紙こそ食べないものの、バトルから視線を外さずメモ帳へと書き込みを続ける文学的少女なシキミ。レンブも、顔にこそ出さないものの驚いているご様子だと思われる。

 さて。ソーナンスは攻撃を受け、そのダメージを相手へと返すのが得意なポケモン。体が大きく膨らむのはその前兆だ。ということは、ナツメの指示は――

 

 

「――ナンスゥ!」

 

「ムラァァーッ!?」

 

 

 ―― ビタビタ、ビタンッ!

 

 

 『カウンター』。

 ソーナンスは激しく身体を動かし、サワムラーを巻き込んだ。

 

 

「返し技かッ! ……サワムラー!?」

 

「ム、ラァァ……」

 

 《バタンッ!》

 

 

「サワムラー、戦闘不能! 勝者……新ジムリーダー、ナツメ!!」

 

 

 《ド、――ワァァァッ!!》

 

 

 ……いや、むしろソーナンスにはカウンター技しかないんだけどな!? なんぞこのドMポケモン!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「来てくれていたのね、ショウ。……でも、前もって連絡くらいはくれてもいいんじゃないかしら?」

 

「んー、万が一にもナツメの邪魔にはなりたくなかったからなぁ。杞憂だったみたいだけど」

 

「はっは。キミがナツメの邪魔になるはずはないじゃないか!」

 

「あはは。それは、ありがとうございます。……相変わらずですねー、ナツメ父……クロウメさんは」

 

「……はぁ。これが父親だと苦労するわ」

 

 

 むぅ。でも、父がこんな性格であるのは、エスパー少女にとって非常にありがたかった筈。ということはこれが噂のツンデレなのか(もしくはクーデレ)。

 

 因みに現在は、ヤマブキシティのとあるホテルのパーティ会場において祝勝会の最中である。さっきまで一緒だったシキミとレンブも会場にはいるんだが、俺と連絡先を交換した後には別行動となっている。

 このパーティの主催兼主賓であるナツメとその父は挨拶回りをしており、こうして俺のところにも来てくれているという次第なのである。

 

 

「ま、とりあえずおめでとう。ナツメ」

 

「そうね。ありがとう。……まずは目標を達成できたわ」

 

「あー、そういえばそうだよな。前々から言ってたし。俺の目標は遠いからなぁ」

 

「アナタの目標はなかなかに壮大よね……『まずはリーグチャンピオン』、なんて言っていたでしょう? 9才なのに、だわ」

 

「それも最近考えた目標なんだけどな」

 

 

 最近というか、こないだフスベに行ってから作った目標だ。とりあえず……とか言うには遠い目標ではあるな、確かに。

 そして、こちらにも話をふらなければなるまい。

 

 

「クロウメさんも娘さんが強くなってくれて、寂しいやら嬉しいやらで大変ですよね?」

 

「確かにね。ジムリーダーとしてのジム戦という意味でなら恐らく、わたしよりもナツメのほうが上だよ。それもいつも練習に付き合ってくれているキミのおかげなのだろうが……ショウ君。今更ではあるが、それは9才の子どもの台詞かね?」

 

「俺は9才です。でもって、寂しいのも当たってません?」

 

「まぁ、そうなのだが……うーむ。キミはその言動と見た目に、差がありすぎるのだよ。しかも自覚があるのだから質(たち)が悪い」

 

「見た目なんてすぐに追いつきますよ。子どもの成長は早いですから」

 

「……父さん。こういう流れになってしまっては、ショウに口で勝とうなんて考えない方が良いですよ?」

 

「どうやらそのようだ」

 

 

 流石にそれは過大評価だと思うぞー、と、頭の中で反論しても無駄だろう。

 そして……ふむ。そういえば。

 

 

「そうだ、ナツメ。来週の月曜日の夜辺り、予定空いてないか?」

 

「……、……夜」←ナツメ

 

「ぉぉう」←ナツメ父

 

 

 なぜか口を開いたままぽかんとするナツメ。そして台詞そのままのクロウメさん。

 何ゆえこの流れで……あ、成程。理解した。

 

 

「いやスマン。デートとかのお誘いじゃなくて。……いや誘い方が唐突過ぎるだろ。誘うにしても、最低限の雰囲気ってものが……というか親の目の前過ぎる。……これも違うな、えぇと」

 

「キミが子どもっぽくないとの会話だったからね。はは、ナツメも年頃という事か!」

 

「……はぁ。それで、ショウ。来週の月曜に何か予定があるのかしら?」

 

 

 非常に申し訳ない。もっと言葉選びに注心するべきだったか……なんてまぁ、反省はしておくとして。来週月曜日には、件の山狩りが待っているのだ。

 

 

「あー、そうだった。いや、重ね重ね申し訳ないんだが……少しばかり、大掃除をしようと思っていてだな。ヤマブキジムの力も借りたいと思ったんだが」

 

「大掃除……ね」

 

「ほう? ジムリーダーは既にお前だよ、ナツメ。ナツメの判断に任せよう」

 

 

 父からの言葉に、少しだけ考え込むナツメ。

 数秒の沈黙の後に面を上げ、その顔にはいつものクールな笑みが浮かんでいた。

 

 

「わかったわ。手伝いましょう。……わざわざこうして、わたしの試合に足を運んでくれたのだもの。研究に忙しい時期なのでしょう?」

 

「どーも、恩に着るよ……それに、他の理由もある」

 

「理由?」

 

「あぁ。こないだナツメに預けたソーナンスの調子も見ときたかったんだよ。別地方から預けられた新種だからな。元気そうでなにより」

 

「そうね。この子はレベルが上げ辛くて、使いどころも難しいでしょう? 今回は作戦が上手くハマったけれど」

 

 

 エスパータイプのジムリーダーであるナツメ。隣のジョウト地方で捕獲されたソーナンスはエスパータイプであるため、ナツメへと預けられていたのだ。データ収集の為にナツメへと預ける事を進言したのは、俺なんだけどさ。

 

 

「ま、それよりなにより、俺はナツメの友人だからな。大切な試合があるんなら、その応援に来るくらいはするさ」

 

「ふふ。ライバルでもあるのだけれど?」

 

「おー、そりゃ怖い」

 

 

 エスパー少女、実に怖い!

 

 なんていう、あれなやり取りを繰り広げつつ。……実はこの後、カラテ大王も交えてエキシビジョンマッチが始まったりなんだりして。

 和やかかつ盛り上がりもみせながら、エスパー少女とその父親(と、何故かカラテ大王たち道場の皆様方も)の笑顔と共に、祝勝会は進んでいくのであった。

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ヤマブキシティ、とあるホテルの前。

 浅黒い肌に胴着姿の男と、黒い格好にメガネを装備した少女が会話をしている。

 

 

「それでは、ここで別れるぞ。シキミ」

 

「はい、有難うございましたレンブさん! ……アタシはこれから、シンオウ地方へと向かいます。世界的ゴーストポケモン使いであるキクコさんに師事するために、こうしてカントーまで出向いてきたんですが……シンオウ地方で最近話題になっている地面タイプポケモン使いの方の写真を見たところ、どうにも興味が沸いてしまいました。取材をしたいと思うのです!」

 

「成程。それで、修行は上手くいったのか?」

 

「おかげさまで。……キクコさん、流石にお強い方でした。それに、とっても魅力的です!」

 

「それでこそ、こうしてわたしが連れてきた甲斐があったものだ。……それではな、シキミ。次は、より高みで出遭う事が出来るように願っている」

 

「はい! それではっ!!」

 

 

 メガネの少女は手を振り、胴着の男は笑顔を浮かべつつも振り向かず。

 

 ―― 別々の道を、歩き始めていった。

 

 






 ナツメさんのヒロイン力が高めなお話。

 シキミさんやらレンブさんに、次の出番はあるのでしょうか……。


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Θ31 オツキミ山事変①

 

 

 装備なんかを整えて、月曜の深夜。

 

 あのポケモンコンテストやらナツメの試合やらの後、俺はロケット団がオツキミ山にいるという証拠を幾つか用意し、研究班や近隣のジムリーダーに協力を要請した。

 そして現在、要請に応えてくれた人達と共にニビ側からオツキミ山へと向かっているところだ。詳しく現在地を言うならば、オツキミ山前に最近出来たばかりのポケモンセンターの中である。ここは岩山の洞窟といった様相を呈しているオツキミ山第一層、その入口の脇に建てられた比較的新しいポケモンセンターだ。

 

 さて。協力を要請した近隣のジムリーダーとは、オツキミ山の立地からすればニビシティとハナダシティの方々なのだが……

 

 

「人数多くないか、これ?」

 

「ロケット団が関わっているなら多くても問題はないでしょう? 全く。せっかく私があの道場を倒してジムリーダーになったというのに、ヤマブキにもあいつ等は出張って来ているのです」

 

「あれま。新しいヤマブキのジムリーダーは可愛らしいお嬢さんなのねー?」

 

「おねぇちゃん! わたし、ロケット団なんてぶちのめしてやるわ!」

 

「俺の町の隣だからな、オツキミ山は。化石の発掘地でもあるし、人数は多い方が俺としても安心できるよ」

 

 

 ジムのリーダー格の方々だけでもこの大所帯。この他に俺の研究班から数人、各ジムから腕利きが数人ずつなので中々の規模となっているのである。

 因みに発言順に、俺、ナツメ、現ジムリーダーであるカスミの姉・サクラ、件の妹・カスミ、タケシの計5人だ。チーム的には、俺の研究班、ナツメのヤマブキ班、サクラ率いるハナダ班(カスミ含む)、タケシ率いるニビ班の4チームという事になるだろう。

 俺がちょっと思うところもあり協会を通さず連絡したんだが、ヤマブキからはナツメが、ハナダからは……今はまだジムリーダーではない……カスミが、予想外に集まってきてくれたのだった。

 でも、これ自体はありがたいことなんだけど確認しておきたいことが1つ。

 

 

「サクラさん」

 

「何かなー? ショウ君!」

 

 

 うお、目がキラキラしているよ。

 ……そういえばサクラってアニメ版でのカスミ4姉妹の長女の名前と同じなんだけど、どうもこの世界には他の姉妹は存在していないらしい。これ、余談な。

 それはともかくとして、少しばかり皆とは離れた一角に2人で移動してから質問する。

 

 

「カスミは連れて行っても良いんですか?」

 

「母さんから貰った自分の手持ちポケモンも持っているし、実力はあるわよー。あと、私とならコンビネーションも出来るし。足手まといにはならないと思うわねー」

 

 

 カスミは現在、レッド達と同年齢の8才。ポケモンの捕獲は出来ない年齢なのだが、この制度には抜け穴があるので10才以下でポケモンを「持っている」のは不思議という程でもない。

 つまりは親などからポケモンを「貰えば」、捕まえなくてもポケモンを所持すること自体は出来るんだからな。あとは借りるとか。この場合、トレーナー資格を取ると同時にポケモンの「おや」登録を変更することが出来る制度も存在する。

 まぁ結局10才未満では正規のトレーナーではないため旅やジム挑戦は出来ないんだが、郊外や町近隣の道路などで待ち構えてポケモンバトルを挑むことは出来るという次第なのだ。

 

 という訳で、問題はカスミの実力だったのだが。

 

 

「んじゃ、カスミはサクラさんにお任せします」

 

「良いわよー! おっまかせー!」

 

 

 まぁ、これで良いだろ。

 こんだけの人数がいるし、ジムごとに固まって連携していれば何とかなるだろうと思うしな。

 

 

「では、……皆さん聞いてください!」

 

 

 カスミに関しては丸投げした所で、俺はこのオツキミ山手前に出来たばかりでほぼ貸しきり状態となっているポケモンセンターに集まった調査兼討伐隊に声をかける。

 ざわめきが小さくなったところで……注目を集めた理由としては、決行の前に注意点を再度確認したかったのだ。

 

 

「今日は皆さんのご協力に感謝します。本作戦の主目的は、ポケモン『ピッピ』の保護及びロケット団の捜索・捕縛を同位とすることとします。同位であることに迷った場合には、各々の判断で行動して構いません」

 

 

 各々のと言えばアレだけど、責任の放棄ともいえるだろう。

 ……多分、ピッピを優先する人が多いと思うけど。

 

 

「連絡は各リーダーに渡した通信機器で行います。また、班員はなるべく固まって行動して下さい」

 

 

 奴ら、ロケット団の最も恐ろしいところは連携と数だからなぁ。

 数には数で挑みたい。

 

 

「ロケット団のみを発見した場合は尾行を念頭に置いて行動し、相手の本部発見を優先して欲しいと思います。勿論これはなるべくという行動方針に過ぎませんが」

 

 

 できれば、ピッピの件に関しては今回で一網打尽にしたいところだ。

 

 

「では次に、行動の確認を。ヤマブキ班とハナダ班は山のハナダ側に回って時間差で挟撃です。ニビ班は、俺と共にニビ側からロケット団員を直接捜索します」

 

 

 ついでに各リーダーには「仲間ではあるが、ロケット団のスパイがいる可能性を考慮して欲しい」との通達もしているけど、これは杞憂であると願いたい。俺としては容赦はしないけどな。

 

 

「これで確認事項は終了です。……では、行動開始をお願いします!」

 

「さぁ行こ! おねぇちゃん!」

 

「はいはい。またねー、ショウ君!」

 

 

 俺の掛け声に応じた元気な姉妹とハナダ班は、早速と自転車に乗り山を回りこむルートを取る。ニビ班はちょっと待機。

 ……んじゃ、折角来てくれた今回の作戦の「肝」を十分に使わせてもらって楽をするとするかな。

 

 

「(ナツメ、ナツメ)」

 

「……」

 

 

 俺のジェスチャーに、ナツメがこちらへと歩いてくる。

 でもって、ここからは小声で会話を開始。

 

 

「(ロケット団、いる?)」

 

「(えぇ。かなりの数。……だからこそ私もこの場に来たのよ?)」

 

 

 まぁ。要するに、

 

 エスパー頼み!

 

 なのである。ナツメさんの予知は本当に万能だからして、俺としてもナツメが来るといった時点で既にロケット団がいるのは確信していたという訳だ。

 (ナツメさんは予知が得意です。そりゃもう、3年前からレッドさんが来るのが判っていたほど。その3年前って今年だけどな!)

 

 

「(んー、どの辺りに固まってる?)」

 

「(そうね。……この頂上付近かしら? 予知で見えた視界には、空が見えていたもの)」

 

 

 拡大したタウンマップを指差しあう俺とナツメ。

 しかし……ナツメが差している辺りって、俺たちが以前ピッピを調査した時はごく普通の岩場だったんだけどな。その後ピッピを発見した場所とも全く被っていないし。……けど、

 

 

「(ありがとな、ナツメ。指針としてはこの辺を目指してみる事にする)」

 

「(あら? 指針としては……って、わたしを信じてくれていないのかしら?)」

 

 

 微妙に不貞腐れるナツメだが。

 

 

「(信用し過ぎても面倒だろ? 未来なんぞいくらでも変えられるし。……例えば、俺が無意識に未来を変える超能力持ちだとかならな!)」

 

「(……案外そうなのかも。確かにショウの未来は見えないし)」

 

 

 おおっと、冗談に素で返されるとは。

 俺としては、ナツメの未来予知をレッドだの主人公達が打ち破るというゲームの展開を知っているのを加味した上での会話の流れなんだけど。

 ……ま、

 

 

「(ならまずは、未来を悪い方向に変えてしまわないよう努力してみるかねー)」

 

「(そういうこと。……じゃあ、わたしも出発するわね。ショウ)」

 

 

 情報は貰った。あとは、作戦の中核である俺たち次第だろう。

 だが、ナツメに合わせて俺も立ち上がった所で、

 

 

「最近のショウはいつにも増して優しいわね。何故なのかしら」

 

 

 ナツメが小声解除だった。

 ただでさえ注目されていた所へ、周りの視線が槍衾のごとく且つ圧力を伴って突き刺さる。

 

 ……ニヤニヤをやめろタケシ。お前あんまし笑わないってキャラだろ。

 

 ……研究班。ハンチョーを取られるー、じゃない。違う。

 

 ……そしてシルフのある方角からのプレッシャー……は、物理的にはおかしい気もするが。

 

 ……マサラとタマムシからのプレッシャーが無いのは、僥倖。

 

 ……けど、

 

 

「あー、いや。……ちょっと待って。こないだの試合の時はともかく、今のやり取りのどの辺が優しかtt」

 

 

「「――■■■■――!」」

 

 

 

 以下略。

 

 

 ……以下略!

 

 

 

 

 

 暫くして騒ぎも収まり、ナツメ達ヤマブキ班とも分かれる事となった。でもってとっくに丑三つ時となった頃に、研究班とニビ班を連れてオツキミ山へと入ることにする。

 先程ナツメと共に確認してみたロケット団の溜り場(言動がチンピラなので、この表現がしっくりくる)は、山の頂上付近。

 オツキミ山は東西の入り口の他に北側にも大きく伸びているため、北側である頂上付近は俺が記憶している限りゲームでは通らなかったような場所だ。

 

「(いや、HGSSでオツキミ山は様変わりするけどな)」

 

 マップ縮小される運命なのかとかは知らないので、話を戻したい。

 まぁ、ロケット団が山頂付近にいる理由は予想がついているんだ。……勘だが、

 

「(ピッピの集落が山頂付近にあるんだろうな。でもって、あいつらは輸送だの活動し易さだのを考慮せず、ピッピの集落の近くにいるんだと思う)」

 

 ロケット団、単純だし!

 

 一応、ゲームにあった図鑑説明から、ゲームのピッピにもアニメ同様に集落があると考えられる。となれば、奴らも一箇所に固まることになるだろう。

 ついでに説明すると、俺たちが深夜に行動しているのもピッピの生態から。今日は満月だし、悪知恵は働くロケット団のことだから、明け方の寝込み際かもしくはHGSSであった様な広場のようなもので踊っているところを狙うだろうと予測している。

 外には観測員として班員のズバットや俺のピジョンを飛ばしているし、早めに頂上付近を「観測できる」位置(出来ればピジョン達回収の為に洞窟外が望ましい)には着きたい所だな。

 

「(しっかし。嫌な予感がしない訳じゃあ、ない)」

 

 脳内で語ったが、確かに平のロケット団は間の抜けた奴が多い。しかしそのボスであるサカキは流石の威圧感であったし、もしかすると……「幹部」が統率として出てくるかもしれないのだ。

 いや、ゲームでも強かったんだよ。幹部級は。

 

 さてロケット団はいいとして、残った謎は「何故ピッピ達が頂上付近にいるか」なんだが……こちらも至極単純に考えてみると……ま、山頂付近に隕石が新しく落ちたんだろーな(若干投げやり)。

 オツキミ山は頻繁に隕石落ちるらしいし、HGSSの「広場」は隕石が新しく落ちて出来たそうだし、そこにもピッピ来てたし、それでピッピは増えたらしいし。こう考えれば辻褄は合ってしまうのだ。

 つまりは新しく隕石が落ち、増えたピッピ達にロケット団はいち早く気づいて、商売っ気を出したという流れだと予測してみた。

 

 

 あとは、各ジムリーダーの手持ちとかも覚えたし……

 ……うし! 考察終了!!

 

 元から深夜行動なので辺りの明るさが変わる訳でもないのだが、だからといって行動が早くて損はないと思うので……

 

 

「んじゃ、洞窟に突入しますか。タケシ達も行こうぜ?」

 

「わかった、ショウ。……皆、明かりはつけるなよ。夜目に慣れてくれ。ズバットを飛ばせるトレーナーは洞窟内でも仕事があるから、心得ておくんだ」

 

 

 流石、タケシは班員に良くわかっている指示を飛ばしてくれる。見つからない為に明かりは最小限だし、洞窟内に入ってからロケット団を尾行する場合は確かにズバットに頼りたいからな。

 

 

「ま、そういうことなんで。よろしくお願いしまっす」

 

 

 俺の研究班員については野生ポケモンを追っかけまわすので隠密行動にもそれなりに秀でているし、何とかなるだろう!

 

 

「さぁ、突入で行くぞー」

 

「「「はーい、ハンチョー(班長、ハンチョウ)」」」

 

「……軽いなぁ、ショウは」

 

 

 タケシは若干心配そうだが、最近はいつもこんな感じなので研究班は順応してくれている様で。

 大丈夫。多分、意味は伝わるし!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 そして、すぐさま対象と遭遇してしまうのだった!

 

「「おーら! いけぇ、コラッタァア(R団)」」

 

「タケシ、ここ頼んだ! ナツメ達も呼んでくる! 研究班も残って応戦で!」

 

「「了解です!」」

 

「くっ、頼む! ショウ! ……ニビ班、イシツブテ達がロケット団員には概ね優勢に戦えるから、焦るなよ!」

 

「「うっす!!」」

 

 

 ――《《ワアァァァ!!》》

 

 

 指示を出して俺だけ岩陰に隠れるが、洞窟の中は大乱戦で大乱闘である!!

 まぁ、こうなった成り行きを説明すると……

 

・洞窟入ってすぐ、僅か2・3歩。

・買出しに山を降りてきたロケット団員と対面遭遇!

・でもって、奴らは某黒きGのごとく仲間を増殖させてきました!!

・いや、黒きRだけれども!!!

 (最後はどうでも良い)

 

 ……無駄思考する余裕もあるみたいだし、こちらも援軍を呼ぶかな。そのために戦線を抜けたんだし。ついでに研究班とタケシ達だけじゃあ絶対キツいしな、これ。

 ではでは。

 

 

『本気……みたいね』

 

「いやほんとだってナツメ。因みに、買出しとかいう団員の事情は出会い頭に向こうがぺらぺらと話してくれただけだからな」

 

 

 ナツメに連絡。

 

 

『あれま。……うん、カスミもやる気だし。ちょっとハナダ側を増員してから、状況に則して人数を向かわせるわよー!』

 

「よろしく頼んだです」

 

 

 サクラに連絡。……で、これにて連絡は終了だ。

 

「(さて、と)」

 

 ここで俺1人が戦況から抜け出ているので岩陰から周りを確認してみると……あちらこちらで戦闘になっているせいなのか、わりかし広い筈のオツキミ山の洞窟内でも戦闘の音や双方のトレーナーによる指示の声が鳴り響いている。

 

「(あー、これは……チャンスでもあるのか)」

 

 正直なところ、あまりにも洞窟の入口部分での遭遇になったため、頂上付近まで未だに結構な距離がある。しかしながら奥から奥からロケット団員は沸いて出てくるので、チーム員誰一人として思うように進む事ができていないのだ。この数に時間を取られては、頂上付近にいるであろう指令系統の団員がピッピを連れて逃げていってしまう可能性が……

 ……つか、絶対逃げるだろうな。うん。ハナダでは民家の壁ぶち破ってでも逃げてたし。

 

 けれどこの状況。乱戦であることを考えれば、少数のトレーナーならば抜けていくチャンスでもあるだろう。

 ……「少数」って、今行動できるの俺しかいないけど!

 

「(……あー、ミスったかな。……ま、リーダー陣に連絡しとけば良いか)」

 

 数人であれば一緒に行動も出来たかもしれないのだが、まぁこうなっては仕方ない。時間は有限だし、今のところ見つかっていないのは俺だけ。タケシは戦闘指揮中、ナツメとハナダ姉妹はこっちへ向かっている最中だからな。

 俺は各リーダーに電子媒体を使った文面で連絡をとり……ついでに、せっかくの1人行動だし、ある「秘策」を使用することにしようか。

 

 

「(ちょーっと、静かに出てきてくれよー)」

 

 ――《ポン!》

 

「(ンミュー)」

 

 

 気持ち小さな音でもって、俺の投げた(というよりも下に置いたって感じだが)白いシルフ製試作ボールから出てきてくれるミュウ。暗い洞窟の中に、いつも纏っている謎の発光現象も抑えつつ出てきてくれる。

 さてさて。俺の「秘策」であるが……

 

 

「(それじゃあ、練習通り……)」

 

「(ミュ♪)」

 

 ――《グンニャリ》

 

 

 ミュウの『へんしん』で俺の頭とか服とかを覆い、『へんしん』で長くなった髪型なんかは盛大に変える。

 覆い切れない足元や小物は元から準備していた物でカバー。

 そして、変わったところで自分の姿を確認だ。

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 「黒い帽子と服」。

 「胸にR」。

△「エクストリームに外ハネ……しない、両側に纏めた髪(双側下尾)」。

☆「スカート」。

☆「擬似パッド、擬似コルセット」。

☆「ニーハイブーツ(借用私物)」。

 

 

△……グレーゾーンだと思いたい

☆……アウト項目

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 ……うし。これでどう見てもロケット団の女の子!

 

 

 ……いや、個人的見解だけど変装が女装なのはお約束だと思うんだ!

 

 

 まぁ置いといて、つまるところ皆よくやっている(俺調べ)『へんしん』による変装なのである。

 ただし、これをミュウでやるのは俺が初めてなのかもしれないけど! 伝説級でやるとなんか豪華だよな!

 

 

「(さて、行きますか!)」

 

「(ンミュー!)」

 

 

 偵察を任せているピジョンも早めに回収したいし、さっさと頂上付近にも接近したい。

 今は急ぐに越したことはないだろうと思うんで。

 ……んー、とりあえず「手持ちがなくなったんで伝令役をしに行きます」とか言って、ロケット団員の流路(既に液体扱いする程の数)を遡れば、大元に着くかな?

 

 さて、ソロ行動の開始といこう!

 

 

 

 

 

 ―― オツキミ山、頂上付近。

 

 

「いや、連絡役もいないとか。ロケット団大物だな」

 

 

 この状況に指揮系統がないのかという疑念を抱えるも、俺の作戦については失敗していない。

 さっき作戦通り「手持ち全滅したんで、連絡役行きます!」とか言ってみたら、「え、なにそれ」と返された。でもって「じゃあ何すれば良いですか」と聞いてみたところ、これだから新人は……とのお小言の後に「本部から新しいポケモン持って来い」との命令を頂いたので、結局目的は果たせているのだ。結果よければ全て良い……とは限らないけど!

 あとは、頂上側へと続く穴から外へと出た後にピジョンを回収。その結果として本部の方向は想定通りに頂上付近だと判明していた流れで、現在に至っている。

 

 ……で、だ。

 

 

「これが本部、ねぇ」

 

 

 そろそろ月も傾いてくるかという時間帯。洞窟からかなり複雑なルートを遡って頂上付近の外側に出た俺は、大きな縦穴……ロケット団オツキミ山本部をうつ伏せになって覗き込んでいるところだ。

 外に出たからには非常に明るい満月の下なので、本部を覗き込むにも明かりは必要ない。星空も綺麗なのだが、満月が明るすぎて目立っていないという程である。

 それにしても。

 

 

「隕石やばい。ひいては、宇宙がやばい」

 

「――待、――コラ――っ!」

 

「――ッピ――☆」

 

 

 縦穴の周囲はよく見るクレーター状にはなっているのだが……隕石跡をロケット団が更に掘り進めたのか……目の前には直径50メートル以上は確実であろう穴が開いていた。その縦穴内部の壁面は岩を削ったかのような跡が所々に見られ、なにやらよくわからない機械のランプや証明の明かりがちらちらと輝いている。

 そして縦穴内部の歩行通路でピッピを慌てて追い掛け回しているロケット団の姿や、急造で建てられたと思われるプレハブ小屋なんかも見えているな。追い回しているのは恐らく、逃げる準備なんだろう。

 

「(逃げる準備、ね。どうやらというか何と言うか、見事に予感は的中していたようで)」

 

 で、相手が逃げるという事は、ここで俺に出来るのは……やはり足止めかね?

 

 

「ミュウは実質戦えないというか、ロケット団の前では晒したくないし。ニドリーナとピジョンだけで、行けるかな……」

 

「(ミューゥ)」

 

「うん。ごめんなー、ミュウ」

 

「(ンミュ)」

 

 

 『へんしん』による変装にはロケット団に混じるという理由以外にも、1人で幹部級と出会う可能性もあるので俺の顔を隠すという大切な意味がある。俺の命まで危ないとかになればミュウにも戦ってもらうだろうけど、そうでもない限りは隠しておきたい。

 ニドリーナとピジョンでもかなり戦えるけど、見えている団員の数からして何十連戦になるのか分かったものではないしな。そのうえで幹部なぞ出て来ようものなら、(たとえ月明かりの下であろうと)おそらくは目の前真っ暗だ。

 ……ブラックアウトではなく、お先真っ暗の意味でもなく、ポケモンバトル敗北での真っ暗だからな?

 

 

 そう考え、……うーん。どうするか。

 

 

「えと、……ピッピ達に協力してもらうか?」

 

「(ミュ?)」

 

 

 これはアニメとかで見たことのある戦法だ。あの時は確か一斉に『ゆびをふる』……って、

 

 

「……運頼みは最終手段にしよう」

 

「(……ゥミュウ)」

 

 

 ピッピ達の状況を見るにこの流れになる確率は結構高いだろうと思うけど、運に頼るのは最後でも良いんじゃないかなと。捕まっているのを逃がすのも手間がかかるだろうしな。

 となると、だ。

 

 

「……じゃ、ボスを叩くか」

 

「(ミュミュ!)」

 

「うんうん。戦うとなったら、頑張るからな。応援ありがと」

 

 

 さっきも見た通り、ロケット団の指揮系統は機能していない……かの様に見えて、こちらでは逃げる準備を進めているということからすると指揮官はいるのだろう。多分、あの穴の中のプレハブ小屋とかに。

 そいつを叩けば、少なくともピッピ達がこれ以上連れ去られることはないと思う。上を倒せば、下っ端団員は逃げるだろうからな。

 ならばせめて陽動が欲しいところか。

 

「(ピジョンを先行させて時間を稼いでもらって、ニドリーナ単体で……はこっちがキツいな。さーて、どうしようか――)」

 

 

 と、困り果てた戦況へ……救世主が現れる!

 縦穴の所々に開いた洞窟の内、底の方にある出口からロケット団本部に勢いよく飛び出してきた ―― 3つの人影。

 

 

「やっ……と、外に出たー! よーし。ロケット団なんてわたしがぶっ潰してやるわよー! せめてせめて、せめまくるわ!」

 

「こーらー、カスミぃ1人で突撃するなー! あと、確かに外だけど何か穴の中だしー! というか広っ! 穴の中なのに広っ!」

 

「サクラにカスミ! 私の案内を、聞いてないでしょ……! タケシが全部の班を纏めてくれてくれたから、良いもの、の!」

 

 

 増援の後にここへ来たのであろうサクラとカスミ、お疲れのご様子のナツメでった!

 ナイスタイミングだ、ハナダ姉妹とナツメ! あと有難うタケシ!

 

 案の定、ロケット団員は穴の底の出口から現れた侵入者へと一斉に駆け寄り……

 

「(一斉にと言う事は、……指示者!)」

 

 ロケット団が統率のある動きを見せたので、この本部における指揮官を探す。

 俺は縦穴の淵からうつ伏せに下を覗き込む体勢のままで、

 

 

 先程あたりをつけたプレハブ周辺……誰もいない。予想はハズレたな。

 

 縦穴の所々に開いている洞窟からの出口……目立った奴はいない。

 

 あと考えられるのは……指揮官という立場からして、「見下ろす」位置から指示を出す……

 

 ……って、

 

 

「目の前か!」

 

 

 そして視線を上げると見事に、俺がうつ伏せになっている縦穴の淵、その「穴の反対側」に電話のような機器を持った団員が立っているのだった!

 そりゃ見下ろしてたら見つからない訳だよ。

 

 



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Θ31 オツキミ山事変②

 

 

「おやおや……あなたは、我々の邪魔をしに来ましたか。なかなかに頭の回るトレーナーのようですね」

 

 

 縦穴の反対側へとダッシュで回り込み、相対した後のロケット団幹部(俺予想)による第1声である。

 ついでに状況確認、と視線を横に水平移動させるとそこにはトラックの様なものがあり、さらにその横には大量のモンスターボールが積まれていた。未だトラックに積まれていないあのボールの中に、恐らくはピッピが入っているのだろう。

 ……あと、いきなり変装がばれてる様なんだが。

 

 

「変装は無駄ですよお嬢さん。私は、今回の作戦に参加している団員全ての顔を記憶していますからね」

 

 

 けど性別がばれてない様子! 女装しといて正解だなおい!!

 ……なら、とりあえずは少しでも女っぽく話すか。

 

 

「あー……あたしとしても本意ではないのよね。この格好は」

 

「けれど、お嬢さんはその格好のおかげでここまで来るのに時間がかからなかったのです。……全く。あなたさえいなければ、我々が逃走するにも十分な時間があったでしょうに」

 

 

 我々、とは言ってるものの周囲には他の団員がいないし、下っ端を「尻尾切り」にして逃げるつもりなんだろーな。

 どうやら、ロケット団の逃走を防ぐことには成功しているみたいで……いやはや。女装した甲斐もあったというものだ(切実)。

 で。折角逃げるのなら、

 

 

「なら、ピッピ達は置いていってくれない?」

 

「だからといって我々を見逃すつもりもないのでしょう、お嬢さん?」

 

 

 むぅ。まぁそうだけど、いざとなったら優先するのは俺的にピッピだからな。

 ……因みに、お嬢さんと言われる度に背筋が嫌な感じにゾクゾクしてるのは秘密だ。

 「嫌な感じに」な。大切だから2度言いました。

 

 

「我々はボスの為、組織の為に動いてまして。……私にも幹部の意地というものがありますし、何よりも組織のためには簡単に退くことが出来ないのです」

 

 

 そう言って、あたs……。

 ……「俺」の目の前に居る、格好は下っ端大してと変わらないが言質から幹部であることが確定したロケット団指揮官(男)はモンスターボールを構える。

 けど、ばらしていいんだな。階級。まぁ良いか。

 

 

「ま、あなたがそのつもりなら仕方ないわね。……トレーナーらしく行きましょうか」

 

 

 言いながら、地形と状況を素早く確認。

 

・時間は夜で、ついでに満月。明るさは十分とはいえ、ハンドサインなんかは見えにくいかも

・場所はオツキミ山頂付近で、見晴らしは良い。空は自由に使える

・こちらから20~30メートル先、相手にとっては後ろである位置には、件の本部兼縦穴。

・地面は土で、ゴツゴツした岩も見えている

・穴の中にはサクラ・カスミ・ナツメがいるけど救援に来るには下っ端団員を倒した後に洞窟内を行き来しなくてはいけないので、恐らく間に合わない。万に1つタケシ達が来ても、恐らく、複雑な道筋だった頂上ルートには中々出ることが出来ないと思う

・相手は幹部級(男)で、強いと思われる。手持ちと見られるボールは2つ

・こちらの現在の手持ちはニドリーナとピジョン。最終手段でのみ、ミュウ

 

 ……こんなもんか。

 

「(よし、行くかな!)」

 

 さて、と。

 俺は少なくとも、バトルに関しては強くなる、と決めた。

 そして、この現実のポケモンバトルは「ゲームの様にバトルに負けて目の前真っ暗、ポケセンからのやり直し!」とはいかないという点で、今までのバトルとは異質のもの。

 こちらにとっては初めての……

 

 

「私は非力ではありますが、戦うことになったからには容赦致しません。例え相手がお嬢さんであろうと、変わりませんよ」

 

 

 俺達の住むこの世界の為にも負けたくはない、一発勝負(まけられない)、戦いなんで!

 

 

「んじゃ……あたしに、力を貸して! ニドリーナ!」

 

「ギャウウ!!」

 

「行きなさい。……ヘルガー!」

 

「グルルルルゥ……ウワゥ!」

 

 

 あ、因みに「あたし」とかほざいてるのは俺だからな……とか言ってる場合じゃないな。相手がヘルガーだ。

 俺とニドリーナの目の前でヘルガーがスタッと縦穴の淵の岩場へ降り立ち、月の光に照らされつつ唸り声を上げる。

 

 ……。

 

「(いや、ヘルガーて! カントーの……ポケモンだけど、FRLGでは……出るけどさ!)」

 

 ヘルガーがここにいることを理屈だけでも否定したかったんだけど、出来ませんでした!

 言い訳すると、ヘルガーはHGSSの時代になってからタマムシ横の道路で出現するポケモン「デルビル」の進化系である。つまり、この時代では少なくともナナシマでなければ見かけないポケモンの筈だったのだ。

 

 

「ふふ。このポケモンは、お嬢さんにはあまり馴染みはないでしょう? せいぜい、対抗策に悩んで下さい」

 

 

 こっちとしては知ってるんだけどな。

 相手の幹部としても、こちらの地方では珍しいポケモンを使っている事自体がロケット団においても一種のステータスだと思うし、自慢しておきたい気持ちが多分にあるんだろう。多分。

 いや、ヘルガーは知ってるけど(2回目)。

 

 ……というか。この世界の法律で、そのポケモン(ヘルガー)は他の地方からの外来種の様なものになるから、検閲されてないと持ち込み不可なんですが。悪の組織に言っても無駄だろうとは思うけど、こういう奴のせいでタマムシの横に住み着くんだろうなぁ。デルビル。

 しかし、などとまぁ、無駄思考の内に分割思考してたから今目の前にいる奴の正体にはあたりをつける事ができた。

 

「(『あいつ』のラジオ塔での手持ちと、倉庫での手持ちからして……)」

 

 思考し、考察する。

 特にロケット団はよく「逃げる」事や、「ポケモンを道具としか思っていない奴が多い」事を念頭に置いておく。そして今の世界は「HGSSではなく、FRLGの時代」であることからも残りの1匹を考察する。

 

「(なら、もう1匹はアイツ。多分だけど)」

 

 「逃げる」事も選択肢に置くのであれば、もう1匹の選択肢であるゴルバットよりもこちらを選ぶだろう。

 これは、勘ではあるが確信に近い。

 

「(ここは女の勘に頼ってみましょう)」

 

 女装してるし別に良いだろう(良くはない)と、都合の良い部分のみを拝借。

 そしてもう1匹の対策のために……これで連絡を、と。

 

 

「……よし! ニドリーナ、にどげり!」

 

 

 手元で素早く連絡を終えながら、ニドリーナへ技の指示を出す。

 相手のポケモンが殆ど予想できなかったために指示の先出しをせず様子を見ていたけど、『にどげり』は効果抜群だし!

 

 

「ギャウウ!」

 

「……ヘルガー! かえんほうしゃを!」

 

「グルアァ!」

 

 ――《ボオォウ!!》

 

 

 ……うわぁ、凄い炎……って、

 

 

「……ギャ――」

 

 《ドスッ!》

 

「――ウゥッ!!」

 

 《ドガスッ!》

 

「ガフッ!! ……グルルル」

 

 

 『かえんほうしゃ』の炎を受けきったニドリーナの『にどげり』が命中し、相手のヘルガーが土の上を盛大に吹き飛んだ。

 しかし、……耐えてくれた! 有難うニドリーナ!

 ヘルガーは特攻種族値が「110」で、これは高い部類に属しているだろう。そんなヘルガーによる『かえんほうしゃ』はニドリーナの種族値じゃあ耐えられないかなとも思ったのだが、何とか耐えてくれた様だ。

 ダメージ確認含めてポケモン図鑑でニドリーナを確認(チラ見)すると、

 

「(レベル30、常態異常なし。体力ゲージは赤で僅かに残ってるな)」

 

 本当にギリギリだったみたいだな。危ない危ない……。

 因みに相手のヘルガーは今のところ図鑑には登録されていないので、レベル判別とか出来ないという状況……なのだが、

 

「(けど、ヘルガーが『かえんほうしゃ』覚えるレベルは50過ぎの筈だ)」

 

 そのレベルならば間違いなくニドリーナは一撃でやられていただろうし……

 と、いうことはレベル自体はニドリーナと同程度で……技については「技マシン」かね? ロケット団のゲームコーナーの景品に『かえんほうしゃ』の技マシンあるしな。

 

 ……いや、このレベル帯のヘルガーで『かえんほうしゃ』はずるいわー。

 

 と、少しばかり絶望するも……ヘルガーの防御種族値の低さも結構酷いもの(防御種族値は50。ニドリーノで67、ピジョンですら55はある)なので、相手も残りゲージは少ない筈だ。

 なら、読みさえあたっていれば……いけるな!

 

 

「お願い、ニドリーナ! どくばり!」

 

「ギャウ!」

 

「ヘルガー、もう1度かえんほうしゃです!」

 

「グルル……ガァア!!」

 

 《ボボッ……ボオォウッ!!》

 

 

 

 出来れば一撃とばかりにニドリーナに『どくばり』を指示するけど、ニドリーナよりもかなり高い素早さ種族値であるヘルガーには先手を取れず、炎に包まれたニドリーナがやられる事となる。

 そして、リアルバトルなので急いでニドリーナをボールに戻すことに。

 

 

「戻って! ……ありがとう。無駄にはしないからね」

 

「戦闘不能ですね。……さて、残り1匹で私に勝てますか? お嬢さん」

 

 

 目の前のロケット団幹部は、降伏しろと言わんばかりに語ってくれる。

 けど、こちらには十分なアドバンテージがあるし、

 

「(よし。……サクラさんはやってくれたみたい)」

 

 電子媒体に返ってきた文面からして、こちらの仕込みも完成した様子だ。

 

 

 ……んじゃあ、行きましょうか!

 

 

「行こう! ピジョン!」

 

「お嬢さんの残りの手持ちはピジョンですか。ヘルg」

 

 

 ――《ズガッ!》

 

「グルゥッ!? ……! ……」

 

「――ピジョオッ!!」

 

 

 相手の指示を遮る程の速さで『でんこうせっか』を当てたピジョンが鳴声を上げると、その後ろでヘルガーが地面へ向けて倒れていき――

 

 

 ――《ドサッ!》

 

「何!? ……ヘルガー! まだ、体力はあったはずだ!」

 

 

 うし! まずは強敵撃破だ!!

 

 因みに今のやり取りを解説すると、

 指示の先だしで『でんこうせっか』、それに加えてポケモンをボールから出したときのあの「名乗り上げ」(鳴声をあげるあの行動である)を抑えることで、ピジョンの出せる最高スピードを使った先制攻撃をしたのだ。

 効果抜群の『にどげり』で体力が減少していたヘルガーは、何とか倒れてくれたようだ。

 そして、アイツが「まだ体力が~」とか言ってるのは……何時ぞやのナツメの様に「この世界では悪・鋼タイプが正確に認識されていないから」だろうな。

 つまりは「悪タイプに格闘タイプが効果抜群だとは知らなかった」んだと思う。つか、だからさっき余裕ぶっこいてたんだろーな。アイツ。

 

 

 さぁて。ゲームでの手持ちではエースだったヘルガーを倒したところで、こちらの読みが正しければ……次のポケモンは!

 

 

「……行きなさい、マタドガス!」

 

「マァータドガス!」

 

「……くっく……お嬢さん。ヘルガーを倒したのは見事です。ですがこのマタドガスで、私……いえ、我々は勝利したも同然なのです。何故だかわかりますか?」

 

「……知らんです」

 

「ピジョ?」

 

「我々ロケット団のこの場での勝利とは、なんだと思います」

 

「……いや、だから知らんです」

 

「ピジョ」

 

 

 何か語りだしたんだけど。

 

 

「それは……『ここにいるピッピを持ち帰ることが出来ること』なのです」

 

「まぁ、それはあたしが阻止してやるですけど……かぜおこし!」

 

「ピジョッ!」

 

 ――《ゴォウ!》

 

「マァァタ……ドガァス♪」

 

 

 ピジョンの『かぜおこし』があたり、マタドガスの位置も移動する。が、ダメージ自体は大してないだろうな。ピジョンの種族値的に。

 

 

「その威勢だけは買いましょう。……マタドガスを後方にある本部の縦穴にでも落とそうと思ったのでしょうが、そうは行きません。私のマタドガスの特性は『ふゆう』です。特性について、トレーナーズスクールでもっと学んでおくべきでしたね」

 

 

 まだスクール行く予定は立ってないんだけどな。特性も知ってるし。

 さてさて……念のための仕込みも、今をもって完了だ。

 

 

「……では、これを食らいなさい!」

 

 

 そうい言い放ったロケット団幹部は右手を挙げ、

 

 

「マタドガス……『じばく』!!」

 

 

 目を閉じながら、初っ端からこちらの「予想通りの技」を指示してくれた。

 よーしよし、何とも有難いことだな!

 

 

「ピジョン、でんこうせっかを連打でお願い!」

 

「……ピジョ?」

 

 ――《ズガッ!》

 

 

「……おや?」

 

「ドォガース!?」

 

 

 ピジョンも少し不思議に思った様だが、素早く指示に従って『でんこうせっか』を繰り出してくれる。

 そこに至って、目の前のロケット団幹部は自己陶酔でもしていたのか、ようやくと何も起こっていない現状をおかしいと思った様だった。

 ……まぁ、かなり遅いけどな。

 

 

 

 ――《ズガッ!》

 

「……え!」

 

「ドガァッ!(鳴声)」

 

 

 

 ――《ズガッ!》

 

「いや、何故……『じばく』です!」

 

「ドガッ!(鳴声)」

 

 

 

 ――《ズガガッ!!》

 

「マタドガス、どうしたのです! 『じばく』!」

 

「ド! ガ!(鳴声)」

 

 

 

 ――《ズガガガッ!!!》

 

「マタドガスさん! 『じばく』ですよ、『じ・ば・く』!」

 

「ドガァアス!?(多分悲鳴)」

 

 

 ここで図鑑を見てみると、相手のマタドガスはレベル35らしい。しかし体力ゲージは削られて赤くなり、残り僅かだ。

 ……こちらのピジョンは未だレベル28なので、1対1で普通に戦っていたなら簡単に負けたんだろうなぁ。

 

 

「ピジョン、最後だよ!」

 

「ピィ、ジョォ!!」

 

 ――《ズガッ!!》

 

「マタドガアァァス!!」(ロケット団幹部)

 

「マァアタ、ドガァァ……」(マタドガス)

 

 ――《フワッ》……《ドスッ!!》

 

 

 明るい満月が水平線へと近づいている中で、マタドガスは地面へと落下する。そしてその横にはロケット団幹部もへたり込んだ。

 

 

「では、これにてあたしの勝利ですね。観念して下さい、幹部さん?」

 

 

 ニッコリと笑いかけながら、未だ意気消沈しているロケット団幹部を完全に捕らえる事にする。素早くニドリーナに『元気の欠片』をあたえ、こちらの手持ちも復活していたしな。

 

 ……しっかし流石に、ここまで読み通りになるとは思っていなかったんだけどなぁ。トキワで戦ったサカキのイメージが強すぎて。

 やはり読み合いも含めて、ボスであるサカキが異様に強いということなのかね? バトルには勝てたから別に良いんだけど。

 

 



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Θ31 オツキミ山事変、解決編

 

 

 あんなに明るかった月が沈んで太陽が顔をのぞかせている頃になっても、オツキミ山の頂上にはむしろ先程までより多くの人とそのポケモン達が集まっている。

 全ては「オツキミ山事変」とでも呼ぶべき昨晩からの事件の後始末のせいなのだが……はてさて。

 

 

「これで全員ですか?」

 

「はい。捕らえたのは、これで全部ですよ」

 

 

 変装している服装のせいで何度か団員と間違えられたけどな。

 因みに目の前では、バトルをしていた幹部や下っ端共がジュンサーさん達に次々と連行されていってる所だ。なんにせよ、オツキミ山の頂上がこんなにも賑やかになったのは初めてなんじゃないか? とはいえ、ロケット団の悪事で賑やかになっても嬉しくはないかも知れないけど。

 

 ……んー……む?

 

 

「ショウくーん? 引渡し、ご苦労様ー!」

 

 

 ジュンサーさんと話をしているところへ、ハナダジム現ジムリーダーにしてカスミの姉であるサクラさんが走って来た様だ。

 眩しさに若干目を細めながらそちらへと視線を向けると……今立っている所は縦穴のあるオツキミ山頂付近なため……走って来るサクラさんの背後には朝靄に包まれたハナダシティが見えていた。

 眼下に広がる朝日差し込む朝靄の風景なんかを見下ろしていると、なんとも徹夜明けの気分だな。実際に徹夜明けではあるけど!

 

 ……ま、無駄思考は置いといて。サクラさんにも開口一番ではあるがお礼を言いたいところだ。

 

 

「有難うございました。サクラさん」

 

 

 ヘルガーの炎を受けたニドリーナも炎以外の傷がなかったために傷口から感染しないですんでいたし、今回俺に協力してくれた班員やそのポケモン達は全員無事だそうだ。この結果を得られたのは、各ジムリーダー達が協力してくれえたからだろうと思う。

 ……いや、ヘルガーの炎って火傷の跡から感染するらしいんだよな。怖い怖い。

 そして、今回捕まえたロケット団員達はハナダ・ニビの警察両方から引き取られることとなっている。そのせいでサクラさんもタケシも、暫くは忙しい日々が続くのかもしれないので……そう考えるとなんか、申し訳ないかも。

 

 

「んふー。ショウ君は気にしなくていいのよー? ロケット団が蔓延っている方が面倒なんだし、駆除できたのはむしろ有難い事なんだから!」

 

 

 そういって、自らの守る街をバックにサクラさんは笑う。……なら、まぁ良いか!

 因みにロケット団員下っ端はピッピの流通ルートをはくのも早かったらしく、既に大半のピッピの行方が判明しているそうだ。まぁ、中には大好きクラブにいたピッピの様に人に慣れてしまっているのもいるだろうし、そこについてはオツキミ山に強制送還とはならないようにこちらからも調整しようと思っている所である。

 

 と、考えているうちにもサクラさんが矢継ぎ早に話しかけてきていて。

 

 

「こっちはこっちで研究室の中にいた妙にドガースばっかり手持ちの研究員とか、コラッタ・ズバット・アーボの代わり映えしない下っ端軍団とか、バトルに触発されて飛び出してくる野生ポケモンなんかと戦ってたから大変ではあったけどねー」

 

「それはご愁傷様です。サクラさん的にも、ロケット団的にも」

 

「ううん、幹部とか言うのと戦ってたショウ君程じゃあないと思うよー! ……それにしても、ショウ君からのあの連絡はなんだったのかしら?」

 

「あー、あたしが勝てたのはサクラさんのおかげだって事です」

 

 

 では、毎度の試合後解説をば。相変わらずの長さだけど。

 

 

 

 まず、戦っていたロケット団幹部の正体。ヒントはロケット団幹部+手持ちヘルガー。これだけで誰かを特定できる人も多いかもしれない。……その正体は『アポロ』だ。

 名前を覚えている人は少ないかもしれないが、HGSSではラジオ塔展望台で最後に戦い、FRLGではナナシマのロケット団倉庫で戦った奴である。ただしFRLGでの戦いのときは「ロケット団幹部」としか表記されていなかったんだけどな。

 どちらの際にも、手持ちのエースがヘルガー。ゲーム的な部分もあってかFRLGの時の方がレベルが高いけど、台詞といいヘルガーといい同一人物であろうとは推測できたのだ。

 

 

 でもって、そのアポロの手持ちの考察。

 今のこの時代がFRLG手前なので、HGSSよりもFRLGの手持ちを優先する。すると、ゴルバットかマタドガスの2択になるの、だが。

 ……ここでロケット団がよく「逃げる」こと、「ポケモンを道具のように扱う」ことを念頭に置く。さらにアポロが戦闘中に言っていた「このバトルにおいて、ロケット団は逃げ切ることが出来れば勝ちである」ということも前もって理解しておけば……マタドガスが適していると考えられる(半分以上勘とか俺も言ってたけど)と思う。その要因としては、『じばく』を所持しているという点がある。

 例えばゲームであれば、両者戦闘不能になった時点で『じばく』を仕掛けたほうが云々といった形での勝敗がつく。そしてそれは、この世界における公式ルールでも適用されている勝敗の決定法だ。

 しかし、この場において両者の手持ちが戦闘不能になれば、残るのはトレーナー同士。子どもである俺と大人であるアポロが戦えば、普通に考えれば大人が負けることはないだろう。そうなれば逃げ切ったも同然、すなわちアポロの勝利なのである。

 ……いや、チートあるから実は負けないんだけどな?

 とまぁ、そんな状況にて「ポケモンを道具のように以下略」な奴が選ぶポケモンというのはマタドガスだろうなー、と女の勘も告げていたのだ。『じばく』できればどんなに不利でも引き分けに持っていける可能性が高いからな。あとプライド高そうだったし、悪の組織っていうのに妙な誇りをもってそうだったし。

 

 

 次に、何故マタドガスは『じばく』出来なかったか。

 ……というかまず、隕石落下跡の縦穴近くで『じばく』させてしまっては崩落して皆さん生き埋めの危険があると考えてたから、阻止する方向で動いてるので悪しからず。

 で、まぁ結論から言うと「水タイプのジムリーダーであるサクラに、しめりけの特性を持つゴルダックを出しておいてもらった」のだ。『しめりけ』は『じばく』等が出来なくなるという特性で、マタドガスが『じばく』出来なかったのはこれのせいなのである。サクラさんがゴルダックを持っているのは、①の時に確認しておいたんで。

 さて。特性を使うと決めたからにはゴルダックとの距離が大切で、状況確認時での縦穴との距離目測は、20~30メートル先。しかし相手のマタドガスはトレーナーであるアポロと共にこちらよりも穴に近い場所にいたため、実際には穴まで10メートルなかったんじゃないかと思う。で、これはポケモンバトルにおいては決して遠い距離ではないため「ゴルダックの特性もこっちに届くかなー」と考えたのだ。

 しかし、事前に覗き込んでいたために縦穴の深さもわかっていて……縦穴の底で下っ端団員と戦っているサクラやゴルダックとの距離は、実際にはもっと遠かっただろうと思う。

 そこでアポロがグダグダ語っているうちに、種族値的にもマタドガスより早く動けるピジョンへ『かぜおこし』を指示。相手の位置を「より穴へと近い位置に移動」させることにした。……まぁ、これは保険みたいなものだけどな。

 これらの結果として、マタドガスは『じばく』することが出来なかったのである。その後はなるべく戦闘の位置を動かさないよう、色んな方位から『でんこうせっか』で攻撃し続けて撃破だ。

 

 

 ……あとこれは蛇足且つ余談だけど、流石にあそこでアポロがパニックを起こし『じばく』を連呼するとは思ってなかったので。

 あいての『じばく』のタイミングで手元で『げんきのかけら』を使い、ニドリーナとピジョンで2対1でのバトルにしてしまおうと考えてたんだが……ま、ニドリーナの出番はなかったという次第だな。

 

 

 

 さて、解説は終了だ!

 こう纏めてみても、今回ロケット団に勝てたのはチームの力が大きかったなぁ……とか考えつつ周囲を見ると、今回のリーダー格である皆も丁度よく集まって来ている所だった。

 ……なら、もう1度お礼を言っておくかな。

 

 

「まぁアレですよ。今回は、あたしに力を貸してくれて……」

 

 

 しかしここで違和感を覚え、自分の状況を省みること……に……

 

 

「(……ミュ?)」

 

 

 

 

 ↑

 

 主人公さんはミュウの『へんしん』でロケット団員コスプレ&フルスキン女装中。

 (ミュウが『へんしん』しているので、うかつに解除できません)

 

 

 

 

 

「……んふー。『あたし』、ねー。ショウちゃんって呼んだ方が良い?」

 

 

「おねぇちゃん、こんな所にいたー。……あれ、おねえちゃん? この娘……」

 

 

「おーいサクラさーん! ハナダの方の収容状況……、は……」

 

 

「……」←リアルエスパー

 

 

「班長……ですよね?」「ハンチョー!?」「……ハンチョウ?」

 

 

 

 

 

 ……朝日がチカチカしていて、非常に眩しい。

 

 

 ……え……目の前真っ暗になってくんないのかなぁ、これ!

 

 






 ……戦闘描写が憎いです。そして何より、私の文章力のなさが怨めしいです。

 今回は本編最後に大体まとめて説明してみました。ですが、本編自体が読み辛(ry

 以下、開示出来るその他ネタの解説です。

・カスミの姉サクラ
 殆どオリジナルです。口調とか性格とかも。
 年齢不定、主人公よりやや上。本編中のカスミが10才未満でジムリになれないため、アニメより長女の名前を逆輸入させて頂きました。本当は母親を使いたかったのですが、両親は設定の欠片も見つからなかったので、姉で。
・アポロ
 倉庫のロケット団幹部=アポロは確定……ではないのかもしれませんが、設定的に確定で良いかと愚考してしまいました。彼と思われる人物は、FRLGにおいて幹部とは表記されますが立ち絵は下っ端と変わりません。
 性格が違うのは、ここからHGSSに向けて変わるからという。もう結構変わりましたけど。



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Θ32 事後報告と後始末

 

 

 1993年、変わらず春。

 オツキミ山事変からは、数日が経過していた。

 

 

『成程、ね。元気のかけらについては、瀕死からの復活はするけれど改良の余地あり……と言った所かしら』

 

「んー、試薬だからなぁ。今回はあって助かったけれど」

 

『なら、渡して良かったのかしらね。……それじゃ、データは開発部に送っておくわ』

 

「ういうい」

 

 

 マサラに戻っている俺は只今、シルフにいるミィに『げんきのかけら』の使用報告をしている所だ。

 因みに会話に出てきた「げんきのかけら」とは、使用した「瀕死」状態のポケモンを戦闘可能な状態に復活し尚且つ体力を半分まで回復させるというアイテム。だがしかし、この時代においてはトレーナー製品も未だゲームのようにはラインナップが揃っておらず、「げんきのかけら」の様なものに至っては最近になってから開発が始まったらしい。

 ならば何故そんな物を俺が持っていたのかというと、今回オツキミ山でロケット団と戦闘を行う可能性が高かったためにテスターとして幾つか貰っていたのだ。

 そして結局幹部との戦闘で使用したのだが……如何せん「瀕死」から回復はするものの、回復率はゲームの様に半分までとはいかなかったという訳だ。まぁ、そこについては何とか改良するらしいんだけどな。

 

 

『けれど、全く。言うに事欠いて「瀕死からの回復はポケモンセンターに任せておけばよい」……シルフの重役はこれだからいけないの』

 

「まぁ、欠片自体の値段設定も高めだし。旅をしないトレーナーからしてみれば無用の長物なんだろ」

 

『公式戦や、ジム戦におけるジムトレーナー側の道具の使用制限が無用感を助長しているだけ。需要はしっかりと存在するわ』

 

「そりゃ確かに。協会側もシルフも、上の職位にいる人達はポケモントレーナーとして旅なんかした事ない世代だろうからなぁ」

 

 

 かといって、今はトレーナー絶賛増加中だ。「げんきのかけら」であれば、売り出してみて売れないという事はまずないだろう。少なくとも俺は買うしな。

 

「(しっかし、うーん。シルフ内での開発も中々に大変そうだな)」

 

 こりゃ、この時期に頼むことじゃあなかったかなー……トレーナーツール。

 そう若干の罪悪感を感じて、とりあえずは聞いてみることにする。本人が電話の向こうにいる訳なんで。

 

 

「なぁ、ミィ。トレーナーツールの方はいけそうか? 忙しいなら無理にとは言わないぞ」

 

 

 トレーナーツールとは、HGSSで言うなら「ポケギア」、RSEでいうならば「ポケナビ」、DPPtで言うならば「ポケッチ」、BWで言うならば「C-ギア」にあたる、トレーナーを補助する機器の事だ。

 FRLGの時代では存在しないこれらのツールなのだが、俺としては出来れば欲しいところなので、ミィにオーダーメイドでの製作をお願いしておいたのだ。特にポケッチなんかは廃人の為の機能がてんこ盛りの優秀な機能だったしな。まぁポケッチの「ドット表示主体の機能自体」とか「多機能腕時計とか言うそもそものコンセプト」がこの世界の技術力からして古くないかー、とは思うんだけど。

 

 ……で、返答やいかに。

 

 

『私と、ショウの分を作るくらいなら問題ないでしょう。ポケギア以外のツールに関しては、他の会社に分散させながら任せるつもり。……それに、欠片なんかは、私が案を出したり間を取り持っているだけよ。私の本業は今のところ、機器開発とポリゴンの製作になっているから』

 

 

 それは非常に有難い。

 

 

「うん、ありがとな。ミィ。……なら、俺の方も早めに自転車改造進めとくかな。と言っても、こっちは電動アシストとかつけるだけなんだけど」

 

 

 以前俺がミィに引き取ってもらったミラクルサイクルの自転車は、絶賛魔改造中なのである。しかし魔改造とは誰がいったか知らないが、速度を重視し過ぎるとただの原付であるからして。

 とはいえ折りたたみ機構に電動アシスト、高性能のサスペンションとかディスクブレーキは勿論のこと荷物や修理道具を置ける部分も欲しいし……付属品で携帯PCつけてマップ表示とかもしたいところだな。

 ……うおぅ……こういった部分で夢が広がってしまう辺り、やはり俺も男の子だと言うことなのだろう。何かワクワクするし!

 因みに、自転車に関しては俺がミィの分も含めて製作中だ。ミィの自転車に関してはシルフ子会社のものを買ってきたらしいけど、まぁ、何とかなるだろ。魔改造で。

 

 

 ――《ピピピピッ♪》

 

 

 ……っと、PCに連絡が来てるみたいだな。

 

 

『あら、そちらの通信かしら』

 

「おう。そうみたい」

 

『なら、愚痴の続きはまた今度お願いするわ。……そういえば、最後に。伝言があるわね。小母様から』

 

「ん?」

 

『ショウの妹は、寂しがっているそうよ。偶には実家にも顔出しをなさい』

 

 

 その言葉を最後に、ミィは通信を切った。

 ……トレーナースクールに通いだしたなら、毎日でも一緒にいられるんだけどな。

 

 そんな感じで自分の妹との関係を考えつつも、それはともかく。さてさて何の連絡かなーと画面を見ることにしておく。連絡の相手は……

 

 

「グレンの『ポケモンラボ』からか」

 

 

 わかり辛いかもしれないから補足すると、「ポケモンラボ」はグレン島で化石再生なんかを研究している研究所の名前だ。これは以前俺がニビの博物館でタケシ達と相談していた案件で、研究班の長であるオーキド博士や大学側なんかからも許可を得たので活動を開始しているのだった。

 ただし研究内容については化石研究オンリーとは行かなかった様で、色々な珍しいポケモンの研究も平行して行っているんだけどな。

 ……でもって、件のラボからの連絡なのである。

 

 

「はいはい。マサラはオーキド研究所、ショウです」

 

『すいません、ショウさん。こちらポケモンラボです。えと、……』

 

 ――、

 

「えーと。……つまりはポケモン屋敷から出張ってきた柄の悪い研究員が『誰のシマ荒らしとんじゃワレ』……って言ってるって事ですか」

 

 

 要約した上に曲解を加えるのが正しいというのならば、これでも正しいのかもしれないけど。

 

 

『はぁ。内容はその通りかもしれません』

 

「うーん……」

 

 

 しかし、成程。

 今まで仕切ってきた島に……例えフジ博士からは了承を得ているとしても……別の研究者グループが入ってくるのは、ロケット団的に気に食わないということなのだろう。

 

 

「とりあえず、了解です。オーキド博士と対応を検討してから、近いうちに俺が代理でそちらに行くと思いますんで。向こうの人と会えるよう調整しておいてくださいますか?」

 

『分かりました……では、先方にもそう伝えておきます。有難うございました』

 

「いえいえこちらこそ。有り難うございます」

 

 

 ラボ職員はそういって電源を切る。

 うーん、グレン島のラボにはオーキド研究班の名義と幾人かを派遣しているだけで、今のところは殆どニビ博物館で動かしているようなものだからなぁ。次の実験段階からは俺も研究班ごと出向くことにはなるんだけど、今のところは出番がないんで。

 でも、確かにロケット団なら難癖付けてきそうな研究施設ではあるからな。

 

「(ラボの創設者にフジ博士を据えて、……あとは珍しいポケモンに関する研究の方のデータを少しだけ開示してみるか? 何にせよ悪用できないデータを渡すなら大丈夫と思うけど……でも、避けたい手段ではあるなぁ)」

 

 データ開示は最終手段として、一応了解は取っているから理詰めで押し切ることも出来ると思うし。この辺についても大学側との調整含めてオーキド博士と話し合っておかなくてはいけないだろう。

 

 ……しっかし、またやることが増えたな。

 

 これは自業自得で望む所でもあるのだけど、……とりあえずは化石研究を片付けるのが先だろう。化石ポケモン達さえ揃えば、図鑑も残すところ後1匹だしな。開発中のポリゴンに関してはデータスペックを既に貰っているので問題ないし。

 

 

「うし。なら、さぁて……博士のところに行きますかー!」

 

 

 日程調整にロケット団対策。大学側との調整に自身の研究。その他諸々。なんとも忙しい限りだが、まぁこれも良いだろう。以前よりは楽しくやれていると思うんだ。使命感に追われているというよりは、やりたい事が出来ているという実感もあるし!

 

 そうやる気を補充して、個人部屋から研究所の奥に向かうため廊下を歩き出す。いつもの通路を暫く歩くと目の前には開けた空間が見えて来て、その空間の端にはいつも通り、オーキド博士の定位置である机が。……ただし今回は、

 

 

「おお? ショウか」

 

「はい、オーキド博士。少しばかりー……って、」

 

「ウム! ショウ、久しぶりだ」

 

 

 その隣に、件のオーキド博士にも負けないロマンスグレーと共に立派な髭を生やし、小脇に上着を抱えながらベストとネクタイでビシッときめている強面爺さん……ナナカマド博士が立っているのだった。

 ナナカマド博士はゲームのDPPtにおけるポケモン博士であり、ポケモンの進化に関する研究を行っているお人。またオーキド博士の先輩であるという事もあり、今回の研究にも色々と協力してもらっているのだ。

 あと余談だけど、ナナカマド博士は子供好きで甘いもの大好きという印象とのギャップ攻撃を仕掛けてくる侮れない御仁でもある。

 

 で、ナナカマド博士がここに居るという事は……だ。

 

 

「どうもです、ナナカマド博士。……もしかして、解析終わりました?」

 

「そうとも。ワタル君の手持ちに関しては、殆どデータを取り終わったところだ」

 

「はっやいですねー……けど、有難うございます。俺も後でデータ見せてもらいます」

 

「それがよかろう」

 

 

 オツキミ山事変の前にワタルにお願いした研究協力なのだが、ワタルは直ぐに実行に移してくれたらしく、カイリューとハクリューのデータを取ることが既にできていたのだ。

 ナナカマド博士には進化関連ということで解析に協力してもらっていたのだが、

 

 ……俺も「ゲームでの既定進化レベルである55未満なのに、カイリューに進化出来ている」ワタルのカイリューのデータは見てみたいからな!

 

 …………いや、チートじゃないらしいし、事実として進化してるんで。流石に『バリアー』は覚えてないけど!

 

 と、まぁそんな理由もあって俺としてもデータには興味津々なのである。

 

 

「ところでショウ。ワシに用事があったんじゃあないのかの?」

 

「あー、そうでしたそうでした」

 

 

 おっと。進化レベルが云々とかいう思考に囚われてたけど、オーキド博士の問いかけで思い出した思い出した。(繰り返し)

 

 

「すいません。ご相談があってですね。ナナカマド博士も相談に乗ってもらえますか?」

 

「ふむ? 構わんが」

 

 

 人数は多い方が良いだろうと考え、ナナカマド博士もついでに巻き込むことにする。

 

 こうしてポケモン界の権威である2人に、ラボでのいざこざという非常に小規模な諍いについての相談を受けてもらうのであった。

 

 



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Θ33 ふたご島にて

 

 

 春は過ぎ、季節は初夏に。

 

 だがしかし。いきなりではあるが、思索中である。

 

 博士達と行った相談の結果として、グレン島のラボについては「向こうの研究者筆頭としているフジ博士をポケモンラボの創設者として名前を加えておけば良いだろう」という結論に至った。ロビーに写真とか飾ったりしてな。

 許可は貰っているのだから言い争いでの分はこちらにあるし、いざとなったらカツラさんにも頼ってみようということで落ち着いたのだ。あと、大学側への言い訳は博士達が何とかしてくれるそうで。

 ……しっかし、

 

「(オーキド博士の権威がでかいのは、事実だよなぁ)」

 

 ゲームであれば忘れ去られることもあるかもしれないが、オーキド博士は「世界的」なポケモン研究の権威だ。以前イッシュで大きな力を持つ「御家」の執事であるコクランでさえもオーキド博士とのコネが出来た事を喜んでいたことからも、その名声が窺えるだろう。

 実際として俺がオーキド研究班として活動してみて、……タマムシ大学から博士自体、ひいては研究班も広告塔として扱われている部分があるんだが……ポケモン研究への資金提供の敷居はかなり低いと感じている。なにせ、「ポケモン化石の再生」とかいう技術にまで支援をしてくれているんだからな。まぁ、これこそ「オーキド研究班」であることが影響しているんだろうし、大学側としても新しい技術の開発というのは「目立たせやすい」ってのがあるから開発自体にも熱心なんだと思うけど。

 

「(ただし、資金提供が潤沢なのは俺たちの研究班だけに限ったことじゃないな。他ん所も大体そうだし)」

 

 つまりは、ポケモンが国のプッシュを受けた事業であるという事実が、研究者全体にとって大きいという事なのだろう。

 ……とりあえず、今はこれで良いか。

 

 

 そう切り替えて深みに嵌っていた思考を切り、目の前の風景に意識を向けるが……現在、俺の目の前には見事な鍾乳洞の風景が広がっている。

 

 ストレートにいうなれば、「ふたご島」の地下洞窟にいます。

 

 ……早いけど! 移動中は特にすることもないんで!

 

 まぁ、マサラから定期船に乗ってグレン経由で来たという次第なのだ。既にグレンで上記の通りに言い訳をしてロケット団研究員を言いくるめて来たし、ラボについては何とかなるだろうと思う。カツラさんやフジ博士も協力的だったし、何よりロケット団としても下っ端が騒いでいるだけらしかったので……ちょっと幹部っぽい人が出てきて話を付けてもらったところ、意外とすんなり引き下がってくれたのだった。

 多分、向こうとしてもそんなに争う気はなかったんだろうな。こちらも使用料とかは払ってるんだし。

 

 さて、本題へと軌道修正。

 

 して俺が現在、マサラタウンの南でグレン島の東、カントー全体で見れば真ん中南端辺りに位置する「ふたご島」に居る理由だが……まぁ、ついでの視察という奴である。

 化石の再生が実験段階まで進んだため、ここでの発掘視察からの再生実験という流れでまずはふたご島へと来ているのだった。

 

 

「……出る化石はやっぱり、カブトとかオムナイトとかですかね?」

 

「いえ、プテラなんかも結構見つかっているんですよ。鳥ポケモン進化の系譜を見ている様で、ワクワクしますねあれは!」

 

 

 俺のそこそこ適当な問いかけに、テンション気持ち高めで応えている博物館研究員。

 ……そう言えば、この時代ではプテラが鳥ポケ最古と考えられてるんだったな。俺はBWでアーケンを知ってるから、始祖鳥を教えてあげられないことには何となく罪悪感も感じるけど。

 そんな風に考えている俺へ、博物館員は話を続ける。

 

 

「因みに、ショウさん達が今日見る実験の再生対象もプテラですよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 何となく、プテラはレアな化石っていう気がしてたんだけど。

 

 

「珍しい……と言えばそうなのかもしれませんけど、化石を再生するとなれば風化していないほうが望ましいんです。プテラは『琥珀』の中に入っていることが多いので、劣化が少ないんですよ」

 

 

 博物館員はそう説明してくれるが……言われてみればそうなのかね。風化云々はともかくとして、プテラってゲームでも「ひみつのコハク」から再生されてたんだしな。

 

 などと、そういった会話を幾つか続けながらも滞りなく視察の様なものを終えると、鍾乳洞から外へと向かうことになる。次の予定としてはラボに戻って実験までの時間を潰すべきなんだが……と、そこで。

 

 

「誰――! ――れか!」

 

 

 俺の耳へ誰かの叫び声が届いた。勿論のこと隣の博物館員も聞こえているようで、辺りをキョロキョロと見回している。

 で、声の聞こえる方は……と。

 

 

「……んー、この声は……こっち、ですかね?」

 

「確かに。そちらは、東の海岸がある方向です。……私は念のために、船へと向かって救助要請出来る様にしてきます。必要であれば御連絡を」

 

「あー、お願いします」

 

 

 俺たちが現在居るのは……ふたご島との名前の由来である……2つある内の南側の島である。声はその島の東海岸から聞こえているように感じたので、まずは俺だけでそちらへと足を向ける事にした。因みに博物館員が別行動になったのは、俺達がこの島へ来るのに使った船の中に通信機が置いてあるからだ。

 

「(さてどこだー……って、あれだな)」

 

 地上部に関しては大して広くない島なのですぐに東海岸へと辿り着く事は出来たのだが、俺が走って海岸へ近づくにつれて……1人の女性と、ポケモンが見えてくる。そのまま近づいていくと女性はこちらへと気づき、俺へと視線を向け、口を開いた。

 

 

「あなた! この子を助けられないかしら!?」

 

「……クウウゥ」

 

「……このポケモンは、ラプラスですね。野生ですか?」

 

「えぇ。さっき見つけたんだけど、波打ち際に打ち上げられていたのよ……」

 

 

 そういってこちらを見上げながら女性が指差しているのは、ラプラスだった。

 女性に心配されている件のラプラスはヒレを杭のような物で貫かれていて、全身を浜辺にべたっと倒しながら血を流している。時間経過は定かではないがラプラスに元気はなく、辺りは流れ出した血で真っ赤に染まっているような状態だ。

 

 ……これはマズイか? いや、マズイのは確かだけど、人間とでは失血での致死量にも差がある筈だ。そう思考を落ち着かせながらラプラスの近くへと屈み、次いで状態を確認していくことにする。

 

 

「血の色からして、動脈血が多いでしょう。脈拍も、弱くは……ないです。……このラプラスの体温が下がっているかどうか分かりますか?」

 

「え、あ……わたしのラプラスよりは少し冷たいかもしれない。けど、そんなに詳しくは判らないわ」

 

「いえ、それで良いです」

 

 

 皮膚色や皮膚圧迫時の色も悪くはなく、著しくは下がっていないだろうと思う。人間ならばかなりの量の出血なのだが、ラプラスは全長2.5メートルで220kgの巨体だ。ショック容量も大きいに違いないだろう。

 

「(とはいえ、海に浸かっている状態じゃあ体温の低下も早いし。感染云々の前に、まずは止血か)」

 

 離島に居るこの状況では、移動はレスキューのヘリを待つのが一番早い。となれば、まずは捕獲をせずにこのままで処置をしたいところだ。ボールに入れてしまっては処置が行えないからな。

 ならばと考えて、ニドリーナとピジョンの入った試作品ボールを2つ用意。

 

 

「ニドリーナ! ピジョン! 手伝ってくれ!」

 

 ――《ボボン!》

 

「ギャウ!?」

 

「ピジョッ!」

 

 

 俺は補助としてニドリーナとピジョンをボールから出すが、2匹とも血の量には吃驚しているみたいで。うん、それは申し訳ないけど……今はそうも言ってられないだろうから後で謝るか。すまん!

 そして2匹を出したところで自分のバッグから紙も出し、レスキュー要請を書いてピジョンへ渡す事にする。……さっき船の通信機へと向かった博物館員と連絡を取りたいんだけど、トレーナーツールがないとこういうときに連絡が取れなくって非常に不便なんだよなぁ。

 

 

「あっちの方向に居る、メガネで、白衣の、男の人だ。だいじょぶ?」

 

「ピジョ、ピジョ」コクコク

 

「んじゃ、お願い!」

 

「ピジョオッ!」

 

 

 ピジョンは了解よ! とばかりに、勢い良く教えられた方向へと飛び立ってくれた。ジェスチャーや実際の色を指差したりなんかしてピジョンに外見を伝えたけど、まぁ、研究員の格好はピジョンも見慣れているはずなので何とかなるだろう。ふたご島に人なんて殆どいないし、発掘班も地下にある洞窟にいる人が殆どだし。

 でもって、ピジョンが飛び立ったところで次は……っと、その前にだな。

 

 

「……ごめんな、ラプラス。ちょーっと体勢変えたり縛ったりするけど、我慢してくれるか?」

 

「……」

 

 

 顔を下ろし、ラプラスへと視線を合わせ、浜辺に項垂れた頭の先にある目を見つめながら話しかける。

 相手は野生のポケモン。今は力が抜けているけど、痛みが伴う処置をしたところで暴れられては間接止血も行えない。まずはできれば協力を得たいところだ。ここで相手のポケモンがこちらへの敵意むき出しであるとかならともかく、ポケモンの中でも特に知能が高く人語も理解すると言われる様なラプラスなら、話しかけても通じる可能性が高いだろうと思う。

 

 

「うん。お前を、助けたいと思うんだが」

 

「ギャウウ、ギャウ!」

 

「……」

 

 

 俺の隣から何事かラプラスに向けて話しているのだろうニドリーナも、説得を試みてくれている様で。……さて、そのまま暫く見詰め合っていると、

 

 

「……クゥ」コクン

 

「うし、有難う!!」

 

「ギャゥ!」

 

 

 ニドリーナが嬉しそうに鳴声をあげる。ラプラスもこちらへと体を預けるような仕草をしてくれたのは……多分、OKという事だろう。ニドリーナのお墨付きでもあるし。

 それでは了解も得たので、と、まずは体勢を変えてヒレを心臓より上に持っていく。その後にヒレの根元を縛って止血し、俺自身もピジョンに連絡を任せた博物館員と直接会って連絡を取り、回復系の薬を使いながらレスキューを待つという流れになるかな?

 ……んじゃ、実行で!

 

 

「ニドリーナ。ラプラスの体を支えながら、少しだけ倒したい」

 

「ギャウ……ギャウゥ」

 

「私も手伝うわ。……お願い、ルージュラ!」

 

「……ジュラ?」

 

「倒れるのに丁度良い具合に、氷でベッドを作るわ。……冷凍ビーム!」

 

「ジュラァ!」

 

「有難うございます……ん、よし。じゃあ縛るぞ、ラプラス?」

 

「……クゥ」

 

 

 こうして、俺たちはレスキューのヘリが来るまでラプラスの傍で処置を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ――その後ラプラスはグレンのポケモンセンターにまで運ばれ、異物の摘出を受けた。無事に杭のようなものは取り出せた様で……うん、何とかなって良かったと思う。

 そんな風に俺が頭の中で纏めていると、先程まで処置を手伝ってくれていた第一発見者の女性が傍に近づいて来た。未だ少しだけ慌しさの残るポケモンセンターのロビーで俺の向かいに腰掛けて、話し出す。

 

 

「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

 

「いえ。まぁ、俺としても死んで欲しくはなかったですからね」

 

「……あの子、大丈夫なのよね?」

 

「はい、何事もなければ。手術後の管理とかのためにヤマブキにあるポケモン病院まで移送されるそうですけど、あの病院ならリハビリまで含めて面倒見てくれますから」

 

「そう。……はぁ。良かった」

 

 

 俺の正面で息を吐き出した女性は、その後に幾ばくか安堵した様な笑みを見せてくれた。あの病院ならアフターケアを含めて確かに、いろんな意味で大丈夫だろうと思うからな。

 ……さて。俺の目の前に居る女性の姿を改めて確認してみると、この世界ではそう珍しくもないオレンジっぽい髪を後ろで束ねており、メガネを装備。さらにはボディラインがはっきり出る上とスカートを組み合わせていて……

 

 

「ところであなたは、カンナさん……ですよね?」

 

「あら。気づかれてたのね?」

 

 

 ばれたか、とでも言うようにこちらを見てくる女性は……既に四天王である氷ポケモン使い、カンナだった。

 転生前の知識がある俺としては気づいてはいたのだけれど、さっきまでの状況ではそこを突っ込んでいる場合じゃあなかったんだよなー。

 

 

「やっぱり四天王にいると、ばれるのが早いのかしら」

 

「まぁ、そうでしょうか」

 

 

 ほんとは違うけどな……と、内心では正反対の相槌を打ちつつ会話が続く。

 

 

「今日はふたご島に特訓に来ていたのだけれど、そこであの子を見つけてしまってね。わたしもラプラスが手持ちに居るから……ってだけじゃなく、放っては置けないわよね? やっぱり」

 

「ですよねー……」

 

「ですよねー……じゃないわよ。それで、あなたの名前は?」

 

 

 あ、言い忘れてたな。

 自己紹介はコミュニケーションの一番初めにやっておくことだからなぁ。今回に関しては色々と急だったから出来なかったけど。

 

 

「あー、俺はショウです。ショウ。研究員やってるんで、以後お見知りおきを!」

 

「あら。……ふーん。あなたがショウ」

 

 

 え、なんですかその知ってる素振り。

 

 

「オーキド研究班のショウよね? 研究員やってる子供なんてあなたくらいしかいないんだし」

 

「成程。それで特定されてましたか」

 

「そうね。あなたの名前自体は、世間一般ではオーキド博士とかタマムシ大学のネームに隠れ気味だけどね。わたし達みたいな公的立場の人間の間では、今の段階でも結構有名なのよ?」

 

 

 まぁ、それを狙ってこの立場になったんだからな。……ビッグネームの陰に隠れているこの状況は、今の俺であればともかく、以前の俺であれば絶好の状況だったんだから。

 でもって、

 

 

「……だから、こんな子供にでも助けを求めた訳ですか?」

 

「あ、いいえ。それは違うわね。あの時は無我夢中だっただけよ。今のあなたは白衣も着ていないんだし、見ただけで判る訳がないでしょう」

 

「ですよねー……」

 

「ですよねー……じゃないわよ。おちょくってるのかしら」

 

「決してそんな事はないです」

 

 

 俺の友人に実在している脅威のエスパー少女であれば見ただけでも判りそうな気がするのだが。……それにしても、なかなか楽しい人なんだな。カンナさん。

 

 

「ま、今後ともよろしくですね。カンナさん」

 

「そうね……あ、ちょっと待ってなさい」

 

 

 こちらへ待機を求める言葉を告げると、カンナさんは足元にある自らのバッグからメモ帳の様なものを出して、……あ。何か書いた。

 で、書いたものを破るとこちらへと差し出してみせる。……なんですかコレ? 

 

 

「これはあたしの連絡先。あのラプラスの経過なんかが入ったら、教えてくれるかしら?」

 

「それは確かに。……上のがセキエイ高原への連絡先で、下のが実家ですか」

 

「そうよ。どっちにいるかは判らないけれど、大抵どちらかにいるわね」

 

 

 カンナさんは連絡先を受け取った俺にそう告げると、「さてと」と言った後に立ち上がる。

 

 

「じゃあ、これでわたしは帰るわ。……あぁ、そう言えば」

 

 

 立ち上がってこちらを見下ろす……けど、なんか、ニヤリって感じの笑顔を浮かべているなぁ。

 

 

「わたしの実家、ナナシマって言う所の『4の島』に在るんだけど。いつかあなたが来たときには歓迎するわよ……ボウヤ?」

 

 

 ……むぅ。これはからかわれてるんだろうか。

 俺のことをボウヤと呼ぶのは、カンナさんが年上であるからしてまぁ別に間違ってはないのだが、……ぶっちゃけ様になっていない感じなので背伸びしている様な印象を受けてしまったり!

 これも俺の精神年齢による影響なのかなどと無駄な思考もしてみるが、一方的にからかわれて終わるのは俺の沽券に関わるからして(沽券なんてあって無い様な物だけど)。

 

 

「んじゃ、訪れる予定がある時にも連絡入れますよ。カンナさん」

 

「ふふっ。そうね、ボウヤ」

 

 

 こちらの素っ気無い反応を照れていると取ったのか、妙に上機嫌にボウヤを連用するカンナさん。そんなに言ってみたかったのか、ボウヤって。

 ……しかし、よろしい。ならば反撃だ。

 

 

「お土産にぬいぐるみ持参で行きますね」

 

「……え」

 

「やっぱりラプラスが良いですかね。……いえ、よく考えたらラプラスはもう持ってそうです。なら、プリンとかピッピが良いですか?」

 

「……ちょ」

 

「今度、大好きクラブの皆さんにお勧めとか聞いておきますね。勿論『カンナさんへのお土産です』って言いながらですけど」

 

「まっ」

 

「新商品のカタログとかタマムシデパートで貰って来ますね。勿論、店員さんに『四天王のカンナさんの好きそうなぬいぐるみ探しに来ましたー!』って元気良く聞いてから」

 

「だから!」

 

「ボウヤですからね。ボウヤ。元気良く、かつ天真爛漫に行かないと!」

 

「待って! お願い!」

 

 

 やはりここは伏せておきたかったのか、四天王の威厳なんかは微塵も発せず、必死で止めにかかるカンナさん。

 ……ぬいぐるみ好きって、そんなに隠したい趣味かねー。別に良いと思うんだけど。

 

 



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Θ34 再生、古代のアレ

 

 

 カンナさんがどこぞへと帰って行った後。俺は予定通りにポケモンラボへと移動し、プテラの再生実験に付き合うこととなった。

 ……うーん、プテラね。

 

 

「どうやって再生するんですか? ……って。あ、いえ。やっぱそれは言わなくて良いです」

 

「? ショウさんがそういうなら、いいですけど」

 

 

 俺の目の前で「ひみつのコハク」をセットしつつ再生の準備を進める博物館・オーキドの両研究員達へ、いきなり無駄な言葉をかけてしまったが。ま、再生技術に関しては化石のスペシャリストである博物館に運用させた方がこちらとしても利益になると判断して「独占してもらって」いるのだし、ここで俺が方法を聞いてもどうにもならないだろう。

 ついでに言うと、再生方法が確立されたとしても……タマムシ大学はポケモンの最先端の研究施設でもあるため……その発表自体はタマムシ大学を通して行われることになるだろう、という打算もある。タケシ達としてもその辺を考慮しても尚、技術の独占には価値があると考えてこの依頼を受けているのだから問題はないと思うし。実際、かなり破格の条件であるのは確かだからな。

 

 ここで、せめて思考を本筋に戻そうか。

 

 戻した結果として……俺の目の前で着々と準備が行われている再生実験についてなのだが、試算なんか諸々によると成功確立は結構高いらしい。だからこそラボの研究員としても今回のように「お披露目」という流れになったんだろうなー、とか思考を続けること5分程度で、どうやら準備は完成したようだった。

 

 

「これで最終チェックも完了です。……後は装置を起動するだけとなります」

 

 

 博物館員がそう説明してくれる。んじゃあ、

 

 

「始めますか。ラボ班長さんのタイミングでどうぞ」

 

「……はい、そうですね」

 

 

 軽く語りかける俺だが、どうも研究員達は緊張している様子で……って、まぁ当たり前だけどな。自分達の研究の成果が試される瞬間なんだから。

 

 

「大丈夫ですって。失敗したなら失敗したで、次に活かせば良いんですし」

 

「そうですね。そうなんですが……ふぅ。

 

 

 目の前のラボ班長さんは目を閉じ、緊張を吐き出すようにして息を噴出す。吐き出し終わったところでグッと拳を握って、

 

 

「……よし、行きましょう! 皆さん!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 気合を入れると同時に合同の研究班全体にも声をかけると、一斉に声が上がった。いや、中々の統率力で。……さて。俺としても再生には早めに成功して欲しいのは確かだし、上手く行くといいんだけどな。

 

 

「……んで、これからどうするんですか?」

 

「はい。一旦は全員外へと出ます。そしてこの部屋は無人にして、設置してある観測機器を使って隣の部屋から再生の進行具合をモニタリングします。完全に再生されたところでモンスターボールが反応しまして、自動的に捕獲されることになる予定です」

 

「成程。……じゃ、」

 

 

 外へ出ますか! 確かにゲームの通りだけどな!

 

 

 

 

 

 ――そしてここ「ポケモンラボ」の創設者として名前を加えられる事となったフジ博士の写真と、ロビーで向かい合うこと数分。

 研究員達の宿願果たされ、見事に再生は成功する。

 

 

 

 

 

 化石再生も無事成功し、マサラへと帰る船の上。

 

 ロケット団のスパイ対策や情報漏えい対策、今後の活動なんかに関してある程度まとめて来た。しかし未だ俺や研究所には、今後の研究のほかにも「親」の定まっていないプテラの行く先なんかが委ねられている。プテラは新種であるため、再生後のデータを幾つか採った後にマサラの研究所へと送られてくる予定なのである。しかし、再生直後のプテラのレベルは1桁であった筈で。育てなくては取れないデータもあるため、プテラの育成が必要になってくるのだった。

 

 

「……ここで、ワタルさんに譲渡してみるかなー……」

 

 

 これならば、以前考えていた「ワタルの研究協力に対するお礼」になるだろう。本来であれば新種ポケモンを渡すなどと言うのはやり過ぎなのかも知れないが……まぁ、一石二鳥になるなら了解も取れるかな? と思う。

 

 

「博士とかにも相談してみてからの話しにはなるけど」

 

 

 オーキド博士も大学も、恐らくは反対しないだろう。再生技術はある程度確立できたし、そこまでレベルを上げきる必要もない。さらに研究協力トレーナーとしての立場を持っているワタルが相手ならば尚更である。

 

 ……、

 

 ……まぁ、良いんだけどな。

 

 そうしてある程度想像ができてきた思索を閉ざし、一路マサラタウンへと戻ることに。

 これからは俺も頻繁にグレン島に行くことになるし、戻ったらタマムシまで行って妹の顔でも見てくるかね? 時間があればだけど。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side サカキ

 

 

 とある町の地下。

 沢山の観葉植物に囲まれ、緑に溢れている部屋の真ん中。そこにあるソファーの上で、通信機に向けて指示を出す。出入り口の脇には見張りを立たせているものの、堂々とした口調でもって通信を続ける。

 

 

「既に収容先は判明した。では、通路は予定通りに」

 

 

 僅かに笑みを浮かべて通信を切る。

 しかし、僅かに間を置いて直ぐに次の通信が入ってくる様だ。

 

 

「私だ。……分かった。……人相はどうだ」

 

『女のガキで、――インテ――! 黒髪の奴――』

 

「分かった。その子どもの情報を支部全てに流して警戒しておけ」

 

『――!』

 

「いいか。捕縛だ」

 

 

 またも通信を切る。今度は直ぐにかかってくることもなく、男はソファーに身を沈めた。

 そして目を閉じ今度は僅か、考えることにする。 

 

 

「……」

 

 

 先程の報告はオツキミ山での作戦から「いち早く逃げ帰らせた」団員の情報である。組織の力を重視するのは自らの方針でもあり、こういった所は数による利点と言える。

 

 ……先日の作戦。

 向こうも中々に考えていた様でジムリーダー達の行動をつかむのが遅れてしまったが……結果として指示は間に合い、「わざと買出しに行かせた」団員等を使って足止めさせることが出来ていた。何も知らない末端を使うことが色々と有利になるという実績であるため、これは成果の1つ。

 また、作戦のメインとなるピッピについても最終段階にこそ届かなかったものの、元から止められるのは予想の範疇である。ある程度の稼ぎも出たので、金銭的には全く問題ないだろう。

 

 だが、別の問題点はある。それが「先程の報告からして、幹部と戦った相手の中核を成している人物は子供であろう」と言う事だ。しかも、恐らくは女。

 犯罪集団とはいえ「色々と」面倒な「枷」もあるこの集団に対して……牙をむいているのがよりによって子供だとは、あまり考えてはいなかった。

 例えば(子供だとは言え相手もポケモントレーナーである事から)団員の方が例の子供とのバトルに負けたなら、流石に組織の大半を占める「柄の悪い団員」であろうと手を出そうとは思わないだろう。なにせ、相手の手持ちにはポケモンが残っているのだから。

 しかし、相手の子供が負けた場合。「枷」のこともあるが、自らの考えからしても手をかけたくはない。これは現在の幹部達には浸透させている考え方とはいえ、平団員に関してはそうは行かない可能性があるだろう。

 

 これらについて何か……団員達を「脅せる」ような出来事が必要になるな、と予定を追加した。

 

 

「……1番強い、か」

 

 

 そして子供との連想から、自らの息子の事を思い出す。ジムリーダーに就任した際、息子は無邪気に喜んでくれていたな、と。

 ……しかし、

 

「だがまずは計画を成功させなくてはどうにもならないな」

 

 

 やらなくてはいけない事、ではない。やりたいから成功させたいのだ。

 この計画を成功させなければ……自らの気が済まない。例えその結果として「1番強い父」ではなくなるとしても。

 

 組織の長として、この計画の最終段階について――

 

 

「……はッ。最近の勢いといい、目立つために狙うならばやはりここか」

 

 

 1つの企業に狙いを定め、次の作戦のためにこの基地にある裏口から外へと出て行く。

 今となっては誰のためでもなく。全ては結局、自分の為に。

 

 

 ―― Side End

 

 



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Θ35 説明文というモノ

 

 

「あの、ハンチョー。ポニータって333メートル以上もジャンプできるんですか?」

 

「あー……一応、『筋力データ上は』可能みたい。跳んだとして、無事に着地できるのかは分からん」

 

「……この、ベトベターが元・無機物(ヘドロ)だってのもかなり眉唾なんじゃ?」

 

「それは本当らしい。エックス線は凄いなぁ?」

 

「はぁ。……図鑑によると、カイリューちゃんは時速2500キロメートルで飛べるらしいですよ」

 

「何故にちゃん付け。……まぁそれも筋力値からすれば、理論上は可能だ。仮に飛んだとすれば摩擦とかで皮膚が凄いことに……って、カイリューならそれも大丈夫かも知れないけど。ドラゴンだし」

 

「……ユンゲラー。……変身っ!」

 

「あれは知らない。多分噂だけだろうとは思う」

 

「ふむぅ。それじゃ、ブーバーの温度!」

 

「ブーバーの体温でカントーが、そして天体もやばい」

 

「じゃあハンチョー。インド象は?」

 

「データ班の趣味なんじゃないか? 体が大きくて全身循環するのに時間がかかる動物ってことで、象を選んだのは分かるけど」

 

 

 ……いや、班員と2人で図鑑に表示される予定のデータ文をチェックしてたんだ。そしたら出てくるわ出てくるわ眉唾なお話。これでは「どこの都市伝説だよっ!」とのツッコミを入れたくなるのが自然の流れだろう。入れたら負けな気がするから入れないけど。

 

 それもこれも、図鑑文をデータ班に任せていたのが原因なんだが……どうもかの「ポケモン協会」から、図鑑の表示文は夢のあるもの・ポケモンの凄さを感じる様なものにしろ、との全くもって有難くない御達しが出ていたらしい。

 なんなんだ。イメージアップとかなのか。俺は少なくともアップはしないんだが!

 

 

「流石はポケモン協会。俺たちが集めた真面目なデータの中から、よくもまぁこんな内容ばかりをチョイス出来るよなー」

 

「どっちかって言うと、町の人とかに聞いた言い伝えみたいな部分の方が採用率高いですよねー」

 

 

 ここまで曲解できるのも凄いと思うんだが……ま、そうなんだ。

 ポケモンのデータとして正式に保存されるものの中には、古くからの言い伝えや伝奇的な部分が多分に含まれている。これは太古の昔からポケモンと共に生きてきたこの世界においてはとても重要な部分であるため、いかに怪しい内容であろうともとりあえずは集めておく必要があったという訳で。というか、歴史的に見ると「こういう言い伝えがあったという事実自体に価値がある」もんだしな。

 

 ……ただし、そのせいで図鑑の文は犠牲になってしまったんだけど。

 そして、とはいえ、だ。

 

 

「実際のところポケモン自体もかなり滅茶苦茶な能力だからなぁ。全部が全部、言い伝えだけ……って訳じゃあないし」

 

「それがこの子達の凄いところですよねー? ……よーし、よーし」

 

 

 そう声をかけながら、班員が足元で寝ている自分のポケモンを撫でる。

 ……うーん。この会話内容の後でも全く物怖じしないと言うか反応が変わらないと言うか。この世界ですらこんな反応は当たり前って訳でもないのに、もしかしたら我が班員は大物なのかも知れない。

 

「(言ってしまえば、レベルの高いポケモンとの戦闘になってしまえば……人間だけじゃやられるってのにな)」

 

 「人間が素手で戦って勝てるのは~まで」などと言う議論ではなく、そして勿論悪い意味での「やられる」だ。身体能力にしろ、知能にしろ、性質にしろ……ポケモンはあらゆる点で優れてるからなぁ。

 そのうえポケモン達の殆どは大元の性質として「戦闘意欲」を持っている。これは普段は戦いを好まないポケモンであれ、その性質のさらに内側に秘めているものだ。

 まぁ、戦うにしても全てのポケモンが「ポケモン側」として人間と戦うことにはならなかったみたいで、今では「ポケモンと人間が一緒に戦う」といった仕組みが生まれている。でもってそれが幸か不幸かはともかく、そんな風に成長してきたからこそ今の世界の仕組みがあるんだとも思うけどな。

 

 ま、そんな面倒な思考はいいか。面倒だし。

 

 

「……俺も、ニドリーナ達の様子でも見に行くかな?」

 

 

 思考内容が影響したのか、なんとはなしに今日も外で遊んでいるであろう自分の手持ちが気になってしまったので呟いてみた。すると耳聡く聞きつけた班員が(隣にいるので聞こえて当然なんだけど)、

 

 

「ふっふっふ。それなら今日は心配ご無用ですよ? なんと、博士のポケモン達が総出で面倒を見てくれているみたいなのですっ!」

 

 

 そう言い放つのだが、俺としては……あの博士の高レベルにまとまったポケモン達が一堂に会している状況を思い浮かべてみて、と。うん。

 

 

「それなら尚のこと見たい。さぞ壮観な景色になってるだろうと思うし」

 

「……確かにー」

 

 

 班員の「心配ご無用」とのお言葉をあっさりとかわし、見に行くために今度は研究所の裏手へと向かうことにする。班員も腕の中に眠っているポッポを抱え、同じく裏手を目指す。

 裏手とはいったものの完全に研究所の裏という訳ではなく。正面出入り口ではない脇にあるドアから出ると、マサラタウンの東側に面した原っぱがあるのだ。遊んでいるポケモンの数が多くなったときには大体こっちが遊び場になっているので。

 

 で、と。

 

 

「おいレッド! 待てっての!」

 

「ガウゥ。ガ?」

 

「ブルルルル……」

 

「……ウィンディ、……ケンタロス……」

 

「ミュウ? ……ミュ!」

 

 ――《スイッ》

 

「待ってー!? コラッター!」

 

「コラ? ……ラァッタ」

 

 

 原っぱに着いてみれば、原作主人公達も一緒になってポケモン達と遊んでいる光景があるのだった。勿論のこと、俺のポケモンも一緒である。こうして研究所の出口に立ちながら見ている限り、博士の手持ちであるポケモン達……ウィンディやナッシーなんかが、上手く面倒を見てくれているみたいだな。

 

 

「……ま、これなら良いか」

 

「うんうん。ほら、一緒に遊んできて良いですよ? ポッポ」

 

 

 班員の腕の中で寝ていた筈のポッポもその楽しそうな雰囲気に当てられたのか、バッチリ目を開いていた。案の定、OKを出されると一直線に輪の中へと飛んでいく。

 

 

「ポッポも皆と遊ぶ夢でも見てたんですかねー? 凄い勢いで飛んでいきましたよ」

 

「そうなのかもな……さて。俺は戻って研究の続きでもするかな」

 

 

 まぁ夢を見てたのならばきっと、楽しいミニゲームでもしていたに違いない。主に夢的なポイント稼ぎのためとかに。それも毎日。

 などと、いつものアイデンティティをこなしつつ、研究所に戻る前に声をかけておく事も忘れないぞ?

 

 

「レッド、リーフ、グリーン! 皆に上手く遊んでもらえよ!!」

 

「ウィンディちゃん達も、よろしくお願いー!!」

 

「「――! ――達――、――ウ!」」

 

 

 声をかけ、子供たちからの反論が来る前に研究所の中へと素早く戻り、研究室へと続く廊下を戻る。

 ……実際、問題ないのは確かだと思う。博士のポケモン達は結構なレベルだし、実に見事に遊びなれているから。それも毎日誰かしらの遊び相手になっているからなんで、当然だろうとも思うんだけどな。

 

 むしろ、

 

 

「……問題は、むしろ他の部分に大有りだからなぁ」

 

「問題? どしたんです、ハンチョー?」

 

 

 どしたんです、とか脱字っぽいよな……との思考が先頭に来るのは仕方ないとして。

 ……口に出てしまったのも仕方ないとして、

 

 

「んーにゃ。色々とな」

 

「ふむ。こないだは世間的にもかなり久々にロケット団の幹部なんかも捕まえちゃいましたし、ハンチョーはむしろ絶好調だと思いますが」

 

「それは何か内容的に励まされてるように聞こえる。別に落ち込んではないぞ」

 

「そう聞こえるのなら、むしろ深層心理的には落ちこんでるんじゃないですかね。そんでもって、話題は逸らさせませんよ」

 

 

 うわ、流石は班員。耐性ついてるな! 

 

 とは言っても、これは少なくとも一介の研究員に話せる内容じゃあない。いや、ミュウツー倒すのに手持ちのレベルが足りないーとか、ちょっとばかり早急に他の地方にコネを作っておくべきかーとか、そんな悩みばっかりだから。

 ……でもって、何より。俺がこの班員の追求を「疎ましい」とは思わず、「心配されるのが嬉しい」と感じていられることは、間違いなく喜ばしいことだろう。少なくとも、俺としては。

 

 という訳で。

 

 

「だがそれは……禁則事項だからして!」

 

「禁則事項! ハンチョーカッコいいですね!!」

 

 

 うん。こんな流し方にも乗ってくれるのだから、お優しい限りで!!

 






 博士の手持ちの元ネタは……これが有名なのかどうかは判断つかないのですが……「オーキドせんせい」ですという。マイナーなネタですが。


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Θ― 彼女のお仕事①

 

 ―― Side ミィ

 

 

 場所はシルフカンパニー本社の7階のとある部屋。ここは私自身の研究室でもある。

 

 部屋の中を移動し、シルフ内に張り巡らされていて最近ではヤマブキジムの仕掛けにも採用された「転送機能」を大いに使用して開発した四次元カバンを、肩から袈裟にかける。そして机の上からモンスターボール4つを手に取り、いつも通りにひらひらとしたスカートの横にあるホルダーへとつけた。

 

「(……これで、と)」

 

 開発室の入り口を兼ねた出口へと立ったところで最後にインバネスを羽織り、振り返って研究班に声をかけることにする。出かけの挨拶というコミュニケーションは、非常に重要なことだろうと思うのだし。

 

 

「それじゃあ、行ってくるわ」

 

「あ、行ってらっしゃい!  所長!」「秘書の仕事も頑張ってくださいね!」「ポリゴン別の駆動データはこっちで溜めておくので、心配しないで下さい」「今日も美しいです、ミィ所長!!」「所長は9才だぞ? つまりロr「頼むからそれは言うな!」「……むしろ……ペd「うああああ倫理っ、倫理的規制ッ!!」……」

 

 

 

 かといって、こうも一斉に返事をされても聞き取れはしないのだけれど。

 とはいえ、心配または応援されているということはハッキリと分かる。……その大部分が好意や厚意から来ている事も、同時に。私たちも、少しは変わることが出来ているのでしょう。

 

 

「えぇ。……戻ってきたら、一気に進めるから。覚悟していなさい」

 

 

 そう告げて、振り向いて歩き出す。後ろで班員やその他研究者から一斉に、ただし今度は悲鳴が上がった。けれど、なんとなく、確信にも近い形で、皆分かってくれているとも思う。

 

「(さて……)」

 

 部屋から出たところでまずは、シルフ内部において超常技術・オーパーツまたはオーバースペックだとの呼び声も高い「転移床」でもって、社長室まで向かう。

 途中で幾つか、中継の部屋を通ることにはなるのだけれど……と、

 

 

「ミィさん! お時間よろしいですか!?」

 

 

 社長室へと向かう途中で、とある職員に呼び止められた。この職員は確か……

 

 

「開発部の方、ね。時間は大丈夫だけれど」

 

「はい、有難うございます」

 

 

 目の前の青年は深く頭を下げ、しかし本当に急いでもいる様で、すぐに話の続きに入る。

 

 

「それでなんですけど、ちょっとヤマブキの医療施設にですね。リハビリまで継続した治療が必要だと思われる容態のポケモンが運び込まれるそうなんです」

 

「えぇ。……もしかして、貴重な野生のポケモンなのかしら」

 

「はい。大型のポケモンで、できれば水槽なんかもあったほうが良いみたいです」

 

 

 ヤマブキにはカントーでも有数のポケモン治療施設がある。そこは容態の苦しいポケモンや国のお偉いさんのポケモンなんかがよく利用している場所なのだけど、同時に最も多くの民間トレーナーの役にも立っている病院。つまりは、病床数が多く地域全体をカバーする大規模病院であると言うこと。

 野生のポケモンの多くも容態によってはここに運び込まれる。しかし、それが貴重なポケモンとなれば話しは別。なにせ、前述の通りに「お偉いさん」が多くいるのだから。

 その様な方々のいる前で長期の療養をすることになると、もれなく目を付けられた上で治療の途中にも関わらず権力を振りかざされ……終いには連れて行かれると言う事態が立て続けに起きていたみたい。

 そこで、そういった立場のポケモンが来た場合にはシルフで療養部分を送る契約になっている。これは、私が立場を使って取り付けた仕組みなのだけれど。

 とは言っても病院長もお偉いさんの行動には困っていたらしく、「シルフにこのポケモンのトレーナーがいる」や「シルフ内にあるリハビリ施設が必要だ」等と言ってこういったポケモンをしっかりと治療できることには、むしろ感謝してくれていた様でもある。

 

 

「了承よ。私の、実験場の方ならいくらでもスペースがあるし。自由に使っていいから。……はい、これで使える筈」

 

「有難うございます! お時間取らせてすいませんでした!」

 

 

 手元で、この間試作したツールを使って直属の班員にメールを送った。大型のポケモンとなれば、確かにいつもよりスペースが必要だし。

 

 

「別に、構わないわ。リハビリ用具の開発だけでなく、水槽管理なんかも頑張ってあげて」

 

 

 病院からのこの仕組みを知っているのはシルフでもかなり少数であり、信用おける人員でしか展開していない。こうして私に直接聞きに来るのは、正しい判断だとも思う。

 私へと挨拶をした先程の青年……ポケモン用リハビリ器具の開発に取り組んでいる青年である……は、最後に一礼してすぐさま別の階へと転送されていった。恐らくは、もう開発に取り掛かるつもりね。

 ……こういう実直な青年だからこそ、この仕組みを知る人物に選ばれているのだけれど。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 その後数分歩いて、目的地である社長室へと着いた。カバンのサイドポケットからカードキーを出し、秘書権限の入室をすることに。

 

 

「社長、ミィです。入ります」

 

「おぉミィ君か。わたしの都合で呼んでしまってスマンね」

 

「いえ」

 

「只でさえ人員不足から護衛を兼ねた秘書なんていう立場をして貰っているのに、研究の方も大変だろう?」

 

「特に、構いません」

 

 

 社長との恒例となっているやり取りをしながら、社長の向かいに腰掛ける。今日の話の内容からして周りに秘書はいないけれど……一応、警戒はしておきましょう。

 

 

「では、今回の『お願い』なのだけれどね」

 

「はい」

 

「タマムシシティに、保護してもらいたい女性がいるのだ。対象は……これだね。手書きで済まないが」

 

 

 社長はそういって懐から手書きのメモ帳を出し、紙を切り取って私へと差し出す。するとその紙には、1人の女性の名前や住所なんかが書かれていた。

 

 

「社長、詳細を」

 

「相手はロケット団だよ。彼女は鳥ポケモン使いの第1人者でね。彼女が協力してくれることで作られている、秘伝マシンがあるのだよ。なんとかこちらで彼女が襲われる計画を察知することが出来てね」

 

「そう。……どこへ、移送するのかしら」

 

「隠れ家はタマムシの郊外に確保済みだ。キミには極秘で彼女を其処まで、……ただし『全く』人目に付かずに連れて行って欲しい」

 

「『彼女の存在が』、全く人目に付かなければ良いのね」

 

「あぁ。事後周辺の情報操作については任せてくれたまえ。ただし、知ってはいると思うがタマムシには規模の大きなロケット団支部があるからね。見回りの班員もかなり増えてきているよ。その分には対応してキミ以外の人員も幾人か派遣しているのだけど、中核はやはりキミに任せたいんだ」

 

 

 また、ロケット団なのね……との呟きは口には出さず。ただし、思うのは思想の自由。しかし成程。これは確かに、シルフの利益にはなりうるでしょう。……あとは、

 

 

「一応、聞くのだけれど。……移送場所がタマムシ郊外なのは、逃がすにしても離れすぎると彼女の管理がしにくいからで合っているのかしら」

 

「管理ではなく、護衛と言って欲しいところなんだがだね。いや本当に」

 

「……まぁ、それはどちらでも良いの。で、本当の目的は『こちら』なのね」

 

 

 私が、紙に書かれた「お仕事」の中核部分を指して言う。

 

 

「ははは。まぁ、そういうことだ。彼女を逃がすのは言わば撒き餌になる」

 

「……委細、承知よ」

 

「お願いしたよ。……今はかなり従っている所もあるが、私としても奴らの思い通りに進められては困るからね」

 

 

 手元でメモを燃焼廃棄。向かいでは社長が苦々しい表情を浮かべているけれど、まぁ、会社の利益を気にしているのは立場的に正しい事。そこに会社利益以外の要素が入っているのかは……まだ、分からないのだけれど。

 

 

「それじゃあ。……出張手当は、気持ち多めでお願いしたわよ」

 

「うむ。わたしは太っ腹であるからして、それに関して全く問題はないよ!」

 

 

 とりあえずそう告げると、社長はこれまたいつもの口上で応えた。……やっぱり、金持ちね。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 所変わってタマムシシティ。ヤマブキから隣のタマムシシティに行くのならば、そんなに時間はかからなかったのだけれど……

 

 

「……服が、違うと落ち着かないわ」

 

 

 ゴシック&ロリータ(いつもの)は目立つので、着替えてから町へと入った。しかしやはり、アイデンティティがなくてはいつもの調子も出ない感じがしている。……今のところは、仕事に集中して早く終わらせることにしたい所。

 

 

「さて、まずは……タマムシマンションからね」

 

 

 思考を切り替えて仕事へと向けるけれど……あそこの管理人のお婆さんにお願いし、マンション屋上を借りたい。タマムシは街中央部の建物が比較的低く造られているため、屋上からならばロケット団の行動が確認しやすいから。

 そう考えて、タマムシマンションへと足を向けることにした。歩きながら周囲を確認しても平日昼のタマムシにおける平常運転で、多くの人とポケモン達が行きかっている様子が見て取れた。

 

「(むしろ、昼のほうが抜け出し易いのかしら)」

 

 この人の多さからそう考えるものの……その場合にはバトルにならない様に調整しなくてはいけない。それに、人の多さから「見つかりにくい」事はあってもやはり「全く見つからない」とするには夜の方が出易い気もしている。

 

 

「……こうなると、面倒ね。後で考えましょう」

 

 

 そんな事を考えている内にマンション前に着いているし。なんにせよ、ロケット団の動向を見てみなければ始まりはしないのだから。

 

 そしてたどり着いた目の前のマンションの入り口を潜り、1階管理人室にいる管理人のお婆さんへと声をかける事にする。

 

 

「管理人さん、マンションの屋上を借りてもよろしいかしら」

 

「おや、ミィちゃんじゃない。どうぞ、ご自由に」

 

「有難う、ございます。帰りにはお線香もあげて行くから」

 

「いつもありがとうねぇ。この子も喜ぶよ」

 

 

 快諾ね。

 今日も管理人室でポケモン達に囲まれているお婆さんから了承を得たところで、早速とマンションの屋上へと登っていく。ゲームでは裏口から入らなくてはいけない部分もあったけれど、そもそも町を見渡すのならば正面から入っても問題ない。というか、いざとなったら柵を越えてしまえばいいのだし。

 

 そのまま階段を上り続け、マンションの屋上へと出た。このおばあさんが管理しているマンションの屋上は、どこも非常に綺麗な花壇が整備されている。太陽の光を浴びて水がきらめいている様子から見ても、今日も花達は元気な様子で。少しばかり安心するわね。

 そんな花壇の脇を抜け、屋上の端へと立ってから町全体を見渡す。

 

 

「……やっぱり、黒い奴らは目立つわ」

 

 

 案の定ロケット団員はあちこちに配備されている。

 ……いえ、何人かは只のサボりかしらね。動きに全く統制がないし。

 ……あと、何故あんな制服にしたのかしら。ここからでもハッキリと判るくらい目立つの……あぁ、あいつ等なら目立った方が都合が良いのね。成程。黒でも着なければ威圧感が出せないのだとも思うし。

 そんな感じで暫く動向を見てみると、

 

 

「対象の、家の周り。数人いるわね。……どうしようかしら」

 

 

 会社の方から対象である彼女へも連絡は行っている筈なので、家から無用心に出るということはないと思うのだけれど。かといって家に近づいた段階で団員に目を付けられてしまっても、活動しにくいことこの上ない。

 

 

「……手っ取り早く、遠ざけましょうか」

 

 

 この策で、この問題は解決。次に……経路の確認が必要ね。

 そう考えて、今度は体を右へと向ける。先程立っていた南側から西側へと立ち位置を変え、郊外にサイクリングロードの存在する方向を見ようとする。すると、視界に一人の少女の姿が映りこみ……まずは、挨拶。

 

 

「……あら、こんにちは。今日も花壇の世話をしているのね」

 

「あ、ミィちゃん! こんにちは!」

 

「えぇ。……貴女のお爺さんもお元気かしら」

 

「うん! 相変わらずポケモンの研究ばっかりなのは、少し気に食わないんだけどね……」

 

 

 隣にあるマンションに住んでいる顔見知りの女の子が、先程私が昇ってきた階段から顔を出し、こちらへと歩いて来ていたのだ。因みに隣のマンションもここのお婆さんが管理しているために、この女の子がいつも両方のマンションの花壇の世話を行っている。ボランティアらしいのだけど……好きでやっているのなら、私が口出しする事ではないわね。

 そんな顔馴染みの女の子と挨拶をし、そのまま幾つか言葉をかわす。女の子が花壇の世話へと戻ったところで、西側の街並みへと視線を向けた。

 

「(……良い景色。流石は、『虹色の街』と言った所かしら)」

 

 こうして高い位置から見渡してみると、タマムシシティは実際に非常に多くの植物に囲まれている。ここや隣の屋上だけでなく緑系統で統一されている街中のいたるところに花壇があり、その中を人とポケモン達が歩く。その街自体もまた、周りを森で囲まれている。対象が匿われる事になる郊外の宅も、その森を通って向かう事になるでしょう。

 ……ただし、水質の汚染が進行している街でもあるのだけれど。

 

「(まぁ、それは良いわ。……さて)」

 

 これで確認は終了。後は下調べと行動のみ。行動はとりあえず夜として……顔を隠すことも必要ね。そしてこんなことならメタモンを捕まえておけばよかった、と、少しだけ思う。

 

 

「……今度、譲って貰おうかしら……」

 

 

 公式リーグの戦闘では使い辛いけれど、メタモンの用途は計り知れない。主に変装や奇襲で。ならば、手元に置くのは確定としたい。

 こうして今後の予定を1つ追加して……時間潰しにショウの妹とでも遊んでいようかしら、と考える。ならばとりあえず、件の妹が家族と共に住んでいる隣のマンションに移動してみよう。そうして行動方針も決めた所で、一先ずは花壇の世話を続けている女の子の手伝いを開始するのであった。

 



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Θ― 彼女のお仕事②

 

 

「あら、ミィちゃん。もう行っちゃうの?」

 

「はい。小母様、有難うございました」

 

 

 玄関で靴を履いている最中、見送りへと来てくれたショウの母親へと頭を下げる。

 時間は既に23時を過ぎたから、子供が帰るのに遅過ぎる事はあっても決して早くはない時間帯なのだけど。実際として、さっきまで一緒に妹と遊んでいた花壇の女の子は既に家に帰っている。……まぁ、ショウの妹と暫く遊んでいたのはとても良い時間潰しになっていたみたい。

 

 

「服なんかもいっぱい貰っちゃって、悪いわねー。ショウも中々帰っては来れないし、拗ねちゃってるのよ。ミィちゃん達が度々遊びに来てくれて、とっても助かってるわ」

 

「……いえ、ショウも忙しいのだと思いますし。遊びに来るのは私としても楽しいので」

 

 

 いつもとは違う動き易い靴を履き終わったところで後ろへと振り返り、正面で微笑む友人の母親へと苦手ながらも精一杯の笑みを返す事にする。

 むしろ、服に関してはかの妹へ自分のセンスが移っていってしまっている様な気がするから、罪悪感を感じる様な気がするのだけれど。そういえば口調もどことなく私に似てきている気もしないでもないし。……まぁ、気にしないのが良いでしょう。

 

 

「小母様、それでは」

 

「また来て頂戴ね、ミィちゃん」

 

 

 再会の約束をした後で、マンションの入り口から出て行く事にする。

 

 出た後は待ち合わせをしているタマムシの南側へと歩く。街中は23時とはいえ未だ人が大勢歩いている辺りは、ヤマブキと同じく都会。

 

「(この状況を見る限り、人を集めるための作戦を取ったのは正解みたい)」

 

 さて、その件の作戦を行ってもらう中心人物は……どうやらもう来ているみたい。歩きながら目指していたタマムシジムの裏手に、1人の少女が立っているのが見えている。

 

 

「こんばんは、エリカ」

 

「ようこそ、ミィ。こんばんは」

 

 

 目の前でふかーく頭を下げている着物装備少女、エリカが挨拶を返した。

 

 

「じゃあ、エリカ。いきなりだけれど、ロケット団員の駆逐手伝いをお願いね」

 

「分かりましたわ。……それにしても、ミィも大変なのですね」

 

 

 つまりは、来年度にはこの街のジムリーダーとなるであろうこの少女と連携を確認する予定だったと言う事。

 これがロケット団を対象の家から遠ざけるための対策へとなる。奴らは犯罪者であるのだから、公式な権力を使いさえすれば退かせるのに問題はないという訳。

 そして、

 

 

「これも、私が望んだ事よ」

 

「それはわたくしも存じております。ですが、友人として……心配なのは当然でしょう?」

 

「……そう、ね。有難う、エリカ」

 

 

 友人の心配へはせめてもの誠意と感謝の念を持って返すことにしたい。

 現状として、トレーナーに関する制度は近年で急激に発展してきているため、年長者も多いシルフ社内ではトレーナー資格を持つ人物は以外にも少ない。護衛などの多くは民間会社などに頼っているのが現状となっている。そんな中だからこそ、未だ正式なトレーナーではないが戦闘知識があり現状の社内ナンバー1トレーナーに「なってしまった」私が、こうしてお仕事を行っているのだから。

 

 

「出来るだけ、気をつける」

 

「はい。そうしてくださいまし。……それにしても」

 

 

 会話内容が纏まった所なのだけれど、このタイミングで……何かしら。

 

 

「その格好も似合ってますよ、ミィ。お世辞ではなく!」

 

「……」

 

「まさかピクニックガールの格好でここへいらっしゃるとは思っておりませんでした。長い黒髪も映えますし、表に見えている肌面積もいつもより……」

 

 

 これも只の変装だと言うのに……そして、目の前のエリカはまだ褒め続けているのだけれど。いえ、これは普段の格好(ゴスロリ&インバネス)とのギャップが効いているのかしらね。

 ……褒められること自体は嬉しいとはいえ、このまま褒められ続けても面倒。

 

 

「エリカ。有難う、とは言うけれど、私はもう行く時間。続きは終わった後で受け取るわ」

 

「あら、申し訳ございません。それではお気をつけて、ミィ」

 

 

 そういうとエリカは、自らの家でもあるジムの中へと戻って行った。じゃあ、私の方も行動を開始しましょうか。

 

 行動開始を決めるとまずは、郊外の森の中へと入って姿をくらます。タマムシは街の外周に高い建物が集中していることもあってか、郊外までは町の明かりが届かない。そのため森の中に入ってしまえば周囲は真っ暗闇となっている。

 ……因みに、この辺の森にはポケモンがいないのがいつもの事。街に隣接させていきなり木が生い茂っているためにポケモン達が近づき辛いのだと思う。

 次に、その場で人気がないのを確認したところで四次元バッグから全身を覆えるほどのコートとフードを取り出した。どちら共に色は黒で、夜間活動用。それをピクニックガールの格好の上から被った所で……しかし、普段であればロケット団よりも今の私の方が怪しい人物なのは間違いない。これは仕方ないけれど。

 そして最後に黒手袋と黒ロングブーツに履き替えたところで着替えを終え、コート内側のモンスターボールを取り出して足元へと投げる。

 

 

「行動開始よ。……レアコイル」

 

 ――《ボウン!》

 

「キュキュキュキュ、キュイイ?」

 

「周囲、警戒。お願いね」

 

「キュキュ↑ キュキュ↓」

 

 

 ボールから出したレアコイルは、そのコイル3体が連結した体のどこからか、鳴声を発して体を揺らした。

 ……この仕草は、了承ね。レアコイルは非常に無機物的な印象を受けるポケモンだけれど、こうして長い間一緒にいてみれば仕草や鳴声、あとは雰囲気なんかで色々な表情が見えてくるもの。他の人にも判るかどうかは、判らないけれど。

 

 

「レアコイル。合流後は、予定通りに。それじゃあ、行くわ」

 

「キュ、キュルルル……」

 

 

 金属の頭を撫でた後に暗い森の中を走り出すと、空中に少しばかり高めに浮いたレアコイルが少し遅れて着いて来てくれる。ショウのピジョン程ではないけれど、やはり高い位置からの方が警戒はし易いし。

 ……それにしても、こうして街の境を走ってみれば……タマムシシティとヤマブキシティ上空はかなり明るくなっている。ヤマブキは壁に囲まれているけれどタマムシはそれもないためか、郊外の森の暗さがより引き立っているような状況。

 

「(これは、格好の逃げ場所になっているわね。計算に入っているのかしら。……まぁ、良いのだけれど)」

 

 結局は先無き事、と打ち切られることになる思考は放棄し、そのまま暗闇の中でタマムシシティの東を目指す。そしてレアコイルを引き連れて郊外をぐるっと遠回りで走り続けたが、結果としては誰とも遭遇することなくタマムシシティ東端にある家へと着く事が出来た。

 ……さて。と、その場で木々の間から対象の家周辺を観察。

 

「(エリカは……いるわね)」

 

 流石はエリカ、と言いたい所。対象の家周辺にはエリカとジムトレーナーが大挙して押し寄せ、ロケット団員と言い合いをしている所だった。勿論、これは計画の通りで、家周辺にいるであろうロケット団員をエリカ達が問い詰めている最中。

 

 

「――。――た達、――不審――?」

 

「――! 俺達――、」

 

 

 さらにその周囲には、この時間に街を歩いている人達の多くが野次馬として集まっていた。エリカ達は打ち合わせ通りに街中を通ってきてくれたのでしょう……町中の人間が集まっているのではないかと言う程の人数だし、さらにはその集団を遠くの人も何事かと見ている状況。そして恐らくは、街中に配備されているロケット団員ももうすぐここへ集まってくる。

 ……これならば、今の内に出てしまえば見つからない筈。ここまでは作戦通りね。

 

 裏口の見張りを想定しているから森の中を通って家の「東手」へと近づき、窓をノックする。そして同時に、手元にある試作トレーナーツールから対象の連絡先へと連絡を送る。『電気はつけたまま、東側窓から、脱出』。

 すると暫くして、1人の女性が恐る恐る出てきた。人相からしても、対象者に間違いはないみたい。キョロキョロしながら出てきたその女性に対して私が木の裏から手招きをすると、女性がこちら……森の中へと走り寄って来てくれた。

 

 

「……ひやっ! って、あなたがお迎えの人なの?」

 

「……あら。私は、こんな格好なのに。その程度のリアクションで収めてくれたのは嬉しいわね」

 

「あなた女の人なのね……。でもいや、それは確かに。我ながらよく我慢したと思うよ?」

 

「キュ← キュイ→」

 

 

 何しろ此方は全身黒ずくめ。黒より暗いお語の主人公もかくや、という格好となっている。仮面はしていないにしろ、フードで頭すら隠れている分むしろ不気味には違いない。そんな相手に対して、女性であるにも関わらず叫び声をあげなかった胆力は賞賛したいと思う。まぁ、叫び声をあげたならば口を塞ぐのだけれど。

 ……あと、慰めてくれて有難うレアコイル。でも怪しいのは事実よ。

 

 さて、彼女も少なくとも恐怖を表面に出してはいないのだし。さっさと脱出しましょう。そう切り替え、彼女に向かって方針を告げる。

 

 

「このまま、北回りで郊外を通って脱出。場所周辺には護衛も既に。そして、私のレアコイルがこのまま貴女を先導するわ。……あとは、この子」

 

 ――《ボウン!》

 

「ギューン!」(小声)

 

「想定外の人や、組織の奴らに遭遇した場合にはこの子……ニドリーノが野生ポケモンを装って相手を警戒しながら、折を見て逃走する予定。周囲を先行索敵しているレアコイルが事前に接近を知らせるから、そうなったら貴女は一旦遠回りして向かいなさい」

 

「分かった。よろしくねレアコイル、ニドリーノ」

 

「キュキュキュキュ」

 

「ギュウン!」

 

「そして、これを渡しておくわ。地図よ」

 

 

 そう言いながら、私は相手へ紙切れを差し出す。女性は暗い中で必死に覗き込みながら、

 

 

「……これ、タマムシから結構近いのね」

 

「そこは、森に囲まれているし一般人なんかは近寄らない場所だから護衛がし易いの。……あとは灯台下暗し……と言いたい所だけれど、ロケット団は恐らく街を逃げ出した時点で貴女を諦めるわね」

 

「そうなの?」

 

「えぇ」

 

 

 あの組織は良い意味で潔い。対象を捉えられなかったのならば、別の金儲けの方法を探す方が有益だと考えると思う。恐らくは、隠れきってしまえば後腐れも殆どない筈。

 

 

「向こうに着いてから、安全が確認されたなら貴女もかなり早めに自由になると思うわ。……さて、説明は終了よ。向こうへ走って頂戴」

 

 

 そう私が指示を出すけれど、彼女は自分のモンスターボールをちょっとだけ手に取り……

 

 

「……飛んじゃ駄目?」

 

「駄目」

 

 

 折角人目のない状況を作っているのに、そんなことをしては台無しになる。何より、空は色々な組織が重点的に出入りを監視しているの。勿論、ロケット団もね。

 

 

「ほら、行きなさい」

 

「はぁい、分かりました。……じゃね、シルフの小さな真っ黒ヒーローさん!」

 

「……」

 

 

 促すと、対象の女性が手を振りながら北側へと駆けていく。仕様がないので諦めて手を振り返した所で、かの女性は笑顔で向こうへと走っていった。そしてその彼女の前を私のニドリーノが、上空をレアコイルが予定通りに飛んで行く。無事に終えられると良いのだけれど。

 ……さらに、全く。自分にこれから窮屈な生活を送らせる相手に対して「ヒーロー」だなんて、彼女も強がりなのかお人よしなのか能天気なのか。

 

 

「……良いわ。私は、私に出来る事をするだけよ」

 

 

 そして、もう1度、森の中へと消えていく。

 

 



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Θ― 彼女のお仕事③

 

 

 走っていった対象を見送り、出て行った後の家を見張ること数時間。つい先程連絡があり、彼女は無事に隠れ家へと着く事ができたみたい。手持ちの2匹が戻ってくるまではまだまだ時間がかかるとはいえ、まずは無事であったことを喜びたいと思う。……ただし、私の仕事はここからが本番になるのだけれど。

 そうして気を張って森の中で声を潜めていると、既に先程の騒ぎも収まった彼女の家へと1人の女が近づいて来るのが見えてきた。

 

「(……これは、来たわね。制服着てたら丸わかりでしょうに)」

 

 未だ明かりのついている家へと近寄ってきた制服の女は、至極自然な動作で私の正面……東側へと回る。そして、窓を覗き込んでカーテンの隙間から……中を見た。これで確定でしょうと考えて、相手が周囲に指示を出したところで声をかける。

 

 

「貴女、ロケット団ね」

 

「……」

 

「此方へ、ついて来なさい」

 

 

 私の「ロケット団」との呼びかけにこちらへと正確に振り向いた女を、変声機械を使った声で森の中へと案内する。

 私は現在全身黒ずくめで暗闇の中に立っているのだから、威圧感たっぷりで……これはむしろあり過ぎて余分だと思うのだけれど。と、そんな不審人物に言われるのが効いたのか、女は素直に私の後ろをついてきている。

 そのままかなり郊外の、ある程度森の開けた場所へ出てきたところで……こちらから用件を切り出すべきね。

 

 

「さて、貴女。捕まって貰うわ」

 

「……ってちょっと、いきなり過ぎよ! もうちょっとなんか雰囲気があるでしょう! あたくしはあそこに住んでいた女を……」

 

「もう、いなかったでしょう」

 

「だから追跡を……って、ああああーーーっもう! さっきまでの威圧感は何だったのよあなた!? あたくしが馬鹿みたいじゃないのよー!」

 

 

 ……彼女は、両手を振り回しながらこの様な会話をする事を選択したみたい。むしろ今の貴女の台詞でシリアスはぶち壊しになったのだけれど。

 

 

「というか、捕まれってんなら何であたくしをこんな森の奥まで呼び出したの!」

 

「黙秘権を、行使」

 

「……っ! くききききーーっ! ふっざけんじゃあないわよ!」

 

 

 あ。見た目にも直ぐ分かるくらいに、切れたわね。

 向かいにいるロケット団女は怒りのままに腰につけている3個のモンスターボールの内の1つへと手をかけると、掴んだ手ごとビシリとモンスターボールを突きつけてきた。こちらもコートの中でモンスターボールに……実は出会った瞬間から手をかけているけれどね。

 

 

「あたくしとポケモン勝負しなさい!」

 

「意外と、正々堂々としているのね」

 

「うっふっふっふ。あたしは幹部よ? バトルの実力があるからこそこの立場なの!」

 

「……幹部。周囲に、お仲間も沢山いるのかしら」

 

「なーんだ、分かってるんじゃない。確かにあたくし達をつけて来る様に指示をしてあるわよ。いくらあなたが強くったって、多人数では勝ち目はないでしょ?」

 

「なら、何故一斉にかかって来ないの」

 

「勿論、あたくしの強さを部下どもに示すためよ! この真っ黒ヤロウ!」

 

 

 挑発のつもりなのか、私を思いっきり指差しながらそう告げてくる。……まぁ、バトルは受けておきましょうか。

 

「(……バトル前に、確認)」

 

 森の中でも比較的辺りが開けた所に出たからか……ヤマブキ・タマムシ両方の街の明かりが差しているため、暗すぎる訳ではない。そして地面も土や雑草の生えた平々凡々なもの。障害物もない。強いて言えば周囲に木々はある。相手は手持ち3体、こちらは2体。

 

 ……これで良いわね。

 

 

「良いわ。……受けて、たちましょう」

 

「悪いけど、覚悟してもらうわ!」

 

 

 互いの言葉を皮切りに、ほぼ同時に手をかけていたボールを――投げることに。さぁ、行きましょう……か!

 

 

「お願い、ミニリュウ」

 

「行きなさい! アーボック!」

 

「リュ!? ……リュウ!」

 

「シャァアボ!!」

 

 

 目の前で森が開けている空間の闇中にドスっと、アーボックがとぐろを解きながら現れる。こちらも同じく……いえ、似ているけれど、こちらは竜よ。竜。今年の初めに捕まえたこのミニリュウは、流石は初期懐き値も低いドラゴンなだけあってバトルで息を合わせるのには少し時間がかかったけれど、今ならば大丈夫。

 ……さて、出張してフスベのトレーナー設備を整えると同時に「竜の穴」で私と修行していた成果を見せてあげましょう、ミニリュウ。

 まずは『でんじは』から。

 

 

「ミ……リュウ!!」

 

 《ビッ、ビビッ!》

 

「くっ、早いわね! こちらもへびにらみよ!」

 

「シャボッ! ……(キッ!)」

 

「リュー!?」

 

 

 ミニリュウが指示の先出しで先手を取り『でんじは』を放つも、相手も『へびにらみ』でこちらをマヒ状態に。これで、両方がマヒ状態ね。

 ボールから出したときのミニリュウの反応からして、アーボックの特性は『いかく』。ミニリュウの攻撃は1段階下げられている。逆に言えば相手は『だっぴ』ではないのだから、マヒが解ける心配をしなくて良いのだけれど……そこに関しては、実はこちらも一緒。

 なら次は、

 

 

「ミニリュウ、高速移動」

 

「アーボック! どくばりを出しながら、接近よ!」

 

「ミ、リュー……ゥゥ」

 

「シャアアア!」

 

 ――《シュビビ!》

 

 

 アーボックの口から放たれる『どくばり』を受けながらも、指示に従ってくれるミニリュウはだらーんと体から力を抜き、反応速度を上げることで早く動ける様になる。

 ……これが『こうそくいどう』。……えぇ。ゲームの説明文からはどうとでも取れるけれど、この世界では別に瞬間移動する訳じゃないわ。アニメだと保存則を無視して倍速になるけれど。

 それは置いておくとして、これでミニリュウは素早さ2段階アップ攻撃1段階ダウン。これで、もういいかしら。なら反撃。

 

 

「ミニリュウ、……りゅうのいかり」

 

「ああもう、なんなのよそのポケモンは! かみつきなさいアーボック!」

 

「リューウ」

 

《ボワッ!》

 

「……! シャ、ボ!!」

 

 ――《ガブッ!》

 

 

 ミニリュウが体を起こし口元から青い炎の様な衝撃波、『りゅうのいかり』を出した。噛み付かれながらも当て続け、離れたところで同時にアーボックから距離をとることにする。

 ……レベル的にもステータス的にもこちらの1番のダメージ源となる、『りゅうのいかり』。『かみつく』で反撃はされているけれど、こちらは『マヒ』がかかっているから防御面は気にしなくてもいい筈。あと、女幹部が「なんなのよ」と言ってるのはミニリュウがつい最近見つかったポケモンだからかしらね。

 

 

「りゅうのいかりよ、ミニリュウ」

 

「アーボック! もう1度噛み付きなさい!」

 

 

 距離をとって仕切りなおした所で両者共に先と同じ指示が飛び、私たちの目の前で『りゅうのいかり』による衝撃波がアーボックにまたも直撃。それとほぼ同時に、3メートル以上の巨体でもって暗闇の中をズルズルと這いながら突っ込んでくるアーボックから『かみつく』を再度当てられる事になった。

 ……『りゅうのいかり』は「HP40の定値ダメージを与える」という技。この40という数値は序盤ではとても大きな数値だし、アーボックの種族値的に……

 

 

「これで最後ね、ミニリュウ……たいあたり」

 

「ミー! ――」

 

「なめてるの! 噛み付……え!?」

 

「……シャ!?」

 

 

 驚く女幹部とアーボックの前でこちらのミニリュウは「姿を消したように見えるくらいに早く動き」、

 

 

 ――《ズガガンッ!!》

 

 

 相手のアーボックの大きく開いた紋様部分に、体ごと突っ込んだ。

 

 

「シャァ!? ……ボッ……」

 

 《ドスン!!》 

 

「ミーリュー♪」

 

 

 相手のアーボックが暗闇の中の地面へと倒れこんで、ミニリュウがこちらへと素早く戻ってくる。……まずは、1体ね。

 

 

「戻りなさいっ! ……なんでそんなに硬いのよ、そのナメクジ!」

 

「それは、怒っていいのかしら」

 

「ひうっ! ……い、いえ、まだ私には2匹の手持ちがいるのよ!! まだまだ!」

 

「……お疲れ様、ミニリュウ」

 

 

 こちらも声をかけてからミニリュウをボールに戻す。ナメクジ、とは外見的に的を得ているとも思うのだけれど、この場面で手持ちに向かって言われては気持ちが良い言葉ではないのだし、プレッシャーでけん制しておく。まぁ、今はこれだけで良いわ。

 さて、ここで相手にも「硬い」と評された私のミニリュウの解説。

 

 ……実は、私のミニリュウの特性は何故か『ふしぎなうろこ』。

 

 この特性は「状態異常がかかっていると防御が2倍」というものなのだけれど、夢特性という普通とは違った特性のバージョンになる。夢特性はFRLGじゃあ手に入らない筈……と、それにしても。この特性のミニリュウが進化したら、かの凶悪な『マルチスケイル』カイリューになるわね。まぁ良いのだけれど。

 さて、つまりは只でさえ努力値は防御気味に振っている所へ『へびにらみ』でマヒにもなっていたミニリュウは特性が発動して防御が上昇しており、物理攻撃である『かみつく』に対してもかなりの耐久を発揮することが出来た、というのが「硬さ」の理由。

 さらに言うと、先程のとどめに使用した技は勿論「たいあたり」なんかではなく……これまた『しんそく』というノーマルタイプの強力な先制技。因みにこちらは、ドラゴンの本場であるフスベでの施設設置の仕事の合間を縫って長老との修行を行うことで手に入れた、れっきとした努力の賜物。一応隠しておくために、別の技名の指示で発動させたけれど。

 そして、そんなことよりこのミニリュウが成長した未来の『マルチスケイル』『しんそく』の揃ったカイリュー。これはどう考えても……いえ。やはりというか、別にこれも良いわね。えぇ。弱くて悩むよりは、強くて悩む方が幸せな悩みの部類に入ることでしょう。

 

 まぁ、あとは育ててみて様子見ね。……さて、次。

 

 

「くっ、次はあたしのエースよ! ……行きなさい、ラフレシア!!」

 

「レシァー、ラフゥ!」

 

 

 相手のラフレシアが女幹部の投げたボールから出て、「らふぅ」との鳴声と同時にぼふんと花びらが跳ねる。花粉は……あら、凄い量ね。やっぱり。そして、

 

「(エースが、ラフレシア……)」

 

 

 キントラノオ目トウダイグサ科ラフレシア属。

 

 ……じゃあないわね。あれは確か光合成をしない筈だし。

 

 

 フハハハハ、怖かろう!

 

 ……でもないわ。ポケモンだしね。私も、身を削ってまで質量を持った残像は残したくないわ。

 

 

 なんて。一通り消化したところで。

 私の目の前ではロケット団女幹部がエースと呼んで繰り出したラフレシアが咲き誇っているのだし、こちらも相応のエースで持って迎え撃たなければ失礼かしら。

 

 ―― そして、時間も。

 

 

「そろそろ、ね」

 

「? あなた、何を言って……」

 

 ――《ピロリロリー♪》

 

 

 丁度良いタイミングで、私の腕にある試作トレーナーツールに連絡が入る。これで準備は万端になったわね。……さぁ、行きましょう。

 

 

「貴女のエースが、そのラフレシアなら。……私もエースでもってお相手するわ」

 

「……? 何よ、急に。確かにあなたにはさっきのナメクジもまだいるけれど、戦闘ダメージや状態異常は残ってる筈。なら、実質それ1匹みたいなものじゃない!! 数でもこちらが上だってのに、なんなのよその余裕は!」

 

「そうね。出てきて、お願い……『ぽりおつ』」

 

 ――《ボウン》

 

「キィ……カタカタカタカタ」

 

「まぁた、見たこともないポケモンを出して! ……いいわ。そのカラフルな水飲み鳥っぽいポケモンも、あなたを倒した後であたくし達が頂いてあげるわよ!!」

 

「そう」

 

「やりなさいラフレシア! メガドレイン!!」

 

「レーシァー!!」

 

 

 相手のラフレシアよりは、早い。メガドレインを主力としていることから、こちらとはレベル差もあるでしょう。ならば、一撃で。

 

 

「行きましょう、

 

 ――『はかい、こうせん』」

 

 

「クルッ、パタパタパタ……」

 

 ――《キュイイイイイイン……》

 

「……えっ。ちょっとその黒い光線なによ! 何すんのよ!」(走馬灯)

 

「ラァーフー……」

 

 

 

「真ん前向いて、前方270度」

 

「シー、カリカリカリカリ……」

 

 ――《ゥォン!!》

 

「ええぃ、部下! 下っ端! お前達、あたくしを助けに……誰もいない!? え!?」

 

「レェーシー……」

 

 

 チャージ終了。

 

 

「……主砲、てーっ」

 

「……カリカリカリ、ピコン♪」

 

 

「あ、あなたの格好だけじゃなくてビームまで黒とか! そういえばあたくし制服が黒色は可愛くないとおm」

 

「……アーァァァ」

 

 

 黒い光線が木々を巻き込みながら扇形に放たれ、ラフレシアに直撃。ついでに、相手のトレーナーが余波に巻き込まれることになるかも知れないわね。わざとだけれど。

 

 

 

 《シューン》

 

 

 

 ――《ドギャギャギャギャギャ!!》

 

 

 

 ――――《《《ドギャンッ!!》》》

 

 



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Θ― タマムシ郊外、空の下へ

 

 

 夜は明け、日は昇り、私はシルフ本社へと戻る。

 しかし、社長への報告をするためにここまで戻ってきたのだけれど、どうやら社長は外出中らしい。それなら、暗号通信でもいいでしょう。そう考えながら、ビルの外へと出る。ヤマブキシティの中心、一等地に立つシルフカンパニー本社の建物の前 ――

 

 

「行くぞー、……リフト下げろぉ!」

 

「回すぞ! そぉ、れ!」

 

「搬送いそげー! 水槽の準備は出来てるからな!!」

 

 

 いつもの服(ゴシック&ロリータ)に着替えて出てきたシルフビル前は、実に騒々しい様子。……この雰囲気は別に、嫌いではない。けれども……

 

「(……この、大元は……)」

 

 入口から少しだけ距離をとった位置から、視線を巡らせる。大きなトラックが1台と、その荷台から運ばれてくる ―― 水色の大きな体。成程、ね。

 納得した所で私も喧騒の中へと歩いて行き、作業をしている人員のリーダー格と思われる男へと話しかける。

 

 

「どうも、ご苦労様です」

 

「―― ん? どうした譲ちゃん……って、おお。第一、三、四番開発部の所長さんじゃないか。いいトコに来たッ!! 搬送するんだが、ラプラスが暴れてしまっていけねぇんだ。手伝ってちゃあくんねぇかい?」

 

「それなら。どうやって、ここまで搬送していたのかしら」

 

 

 ラプラスは比較的身体の大きなポケモンの部類に入る。それを身一つでヤマブキまで運んできたというのは、効率が悪いはずなの。

 

 

「あぁ……なんか、現地で応急処置をしながらヘリで搬送されてきたらしい。ただしヤマブキにそのまま着陸は出来ねぇから、車でゲートを潜って搬送されて来たってぇ寸法さ」

 

「……それなら、まずはボールに入れないといけないわね。……私よりも適任がいるわ。少し、待っていて頂戴」

 

 

 通信機を取り、確実に社内にいるであろう青年を呼び出す。これからはあの青年が最もラプラスと関わる事になるのでしょうし……今のうちから慣れておくに越した事はない、筈。

 そして、待つこと数分。

 

 

「所長、お待たせしました! ……うわぁ……おっきいなぁ、ラプラス」

 

 

 呼び出された青年は来るなり、搬送車に乗せられたラプラスを見上げて感嘆の声を上げた。

 

 

「いい、かしら。……貴方はこのラプラスと一番多く関わることになるわ。なにせ、長期のリハビリが予定されているのだから。なら、今ここで。慣れてしまいなさい」

 

「……わ、わたしがですか。分かりました。当たって砕けます!」

 

 

 なんとか納得させた所で、意気込んでラプラスへと近づいていく青年。……できれば、砕けないことを祈っておきたい所ね。

 

 

「……クゥ、ゥ!?」

 

「いやいや、そんなに怖がらないでおくれ。わたしはこの会社の社員。キミのリハビリプログラムを担当するんだ。よろしく!」

 

「……クゥ!」

 

「うお、意外に好印象!? ……そ、そんなことよりも。これから会社の中にある、キミの部屋に案内したいんだ。この……えぇと、モンスターボールに入ってくれないかい? 所長が研究者ID処理をしてくれたボールだから、わたしが親になるわけじゃあないんだけれどさ」

 

「……クゥゥ」

 

 

 ――《ボウン!》

 

 

 ……あら。

 

 

「あ、やった! 所長! 入ってくれましたよっ!!」

 

 

 青年はラプラスの納まったモンスターボールを拾い上げ、非常に嬉しそうな笑顔と共にこちらへと走ってくる。そう、ね。

 

 

「存外、すんなりと入ってくれたわ」

 

「あの青年、見所があるじゃねぇの! ……さぁお前らいくぞ! 次は内装変えなきゃいけねぇんだからな!!」

 

「「ウスッ!!」」

 

 

 リーダーとその他数人は、どうやら内装も弄らなくてはいけないらしい。引き連れられて、シルフカンパニーの中へと入っていった。

 ……そういえば、ラプラスは人語を解する知能を持つポケモン。……トレーナーの指示に従っているからには、殆どのポケモンが解すること自体は出来ているのだと思うのだけれど……青年が真っ直ぐに話しかけたことが、ラプラスにとって好印象だったのでしょう。野生のポケモンに初っ端から話しかける、なんていう行動を取る人はそう多くないはずなのだし。

 

 

「所長! ……あの、所長? 考え込んでいる様子ですが、どうしたんですか?」

 

「……いえ、何でもないわ。その調子でラプラスに接してあげて」

 

「はい!」

 

「それじゃあ、早く研究室に行ってあげなさい。ラプラスも長旅で疲れていると思うわ」

 

「? 所長は行かないんですか?」

 

「私は、これから用事があるのよ」

 

「あぁ、そういえば、窺っていますよ。最近秘書のお仕事で忙しいらしいですね。……それでは、わたしは行ってきます。後で所長も、お時間があれば見に来てください!」

 

 

 言いつつ、走っていく。……あの様子なら、ラプラスについては任せておいても問題はないでしょう。ただし、

 

 

「……今日は、一応。秘書としての仕事ではないのだけれどね」

 

 

 誰にも聞こえない呟きをしつつ、振り返って街を出る。

 さて、行きましょうか。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「えぇ。これで、完了」

 

『うむ、ならばミィ君は自由行動で構わないよ』

 

「了承よ。では、これで」

 

 

 こうしてタマムシの郊外へと歩きながら続けていた通信を切り、社長への報告を終了する。

 昨晩のあの後、『はかいこうせん』の余波で気絶したロケット団の女幹部を捕らえた。着替えた後で周囲の下っ端団員を掃討していたエリカへと幹部を引き渡し、お仕事の主要部分を無事に進行させることが出来たみたい。

 

「(相手の、残り1匹もベトベターだったし。どちらにしても勝てていたのね)」

 

 なるべく早く終わらせられる様にと相手のトレーナーを気絶させるという強硬手段に出たのだけれど、私の切り札ならばあのレベル相手には一方的な展開にすることも出来た。ミニリュウのバトル訓練を兼ねていたから、先ずは普通にバトルしていたのも時間消費の原因ね。

 そして、いつも通りのひらひらした服の横合。ホルダーに付けられた私のポケモンを、ボール越しに見る。

 

「(もう、角張っている元の体へと戻ってしまったけれど。それはこれからの改良で、何とかしましょう)」

 

 手持ちの4匹、その内の……昨晩『はかいこうせん』を盛大に放って自然破壊をしていたポケモンを見る。幹部に「カラフルな水飲み鳥」なんて例えられた丸みを帯びていたボディは既に、いつもの形へと戻ってしまっていた。

 

「(戻ったならば、やはりパッチを改良する必要があるのでしょうし。……また仕事が増えたのだけれど、それはまぁ良いわ。異次元とか宇宙開発とか、私としても楽しみ)」

 

 増えた仕事は楽しみとして思考を戻し、自分の現在いる場所を見渡す。と、

 

 

「――おーい!」

 

 

 さっきまで自らのポケモンで真上の空を飛んでいた女性が、少しばかり離れた場所へと着地した。女性はポケモンを再度空へと放ってから、こちらへと歩いてくる。

 私の横まで「対象」であった女性が歩いてきたところで、こちらから、こうして実際に隠れ家の風景を見た感想を口に出してみる事に。

 

 

「……意外と、良い所なのね。ここは」

 

「でしょ? あたしも気に入ってるの! 逃げてみて良かったわ! ……ここ、逃走期間が終わってからもあたしが使っちゃだめかな?」

 

「恐らく、構わないでしょう。ここは会社の方で『用意した』場所みたいだし」

 

「やった、お願いね! だって――」

 

 

 昨晩逃走させた女性の隣で、ここ……タマムシ郊外にある隠れ家の風景を見る。

 森を抜け、木々の間を抜け、シルフの警護が配置されたゲートを抜けたその先。サイクリングロードを見下ろすことが出来、周りを海に囲まれた高台の上にある家。周囲には十分な空き地があるし、ヘタなリゾート地なんかよりは豪華な隠れ家ね。

 そして何より彼女にとっては、

 

 

「この、見渡す限りの青空よ! 鳥好きには堪らないね!」

 

「……流石は、鳥ポケモン使い」

 

「貴女も使ってみる? 良いわよ、鳥!」

 

 

 彼女は私の方を向いてそう言いながら、今も上空を飛んでいる自らのポケモン、オニドリルを指差した。まぁ確かに、私としても鳥ポケモンはその内必要になるのでしょうけど。

 

 

「私は、その内ね」

 

「うんうん、オススメだから!」

 

 

 私は未だバッジが取れないのだし、秘伝技も使用不可。なら、旅を始めてからでも遅くはない筈。

 なんて風に今後の計画をたてていると彼女は座っている私の隣に立ち、此方を覗き込んでいた。私は、視線を逸らすことにするけれど。

 

 

「いやー、それにしても……」

 

「……何、かしら」

 

 

 貴女の目が不気味なのよ。

 

 

「あの全身真っ黒の中身が、こーんな美少女だなんて。詐欺も良いとこよね? しかも小さくてゴスロリでゆるふわ黒髪ロング外套装備という多重属性持ち!」

 

「……一応、有難う。私としてはドロワーズとクールを属性に追加してくれると、嬉しいわ。それと貴女はもう心配ないと思うけれど、私の情報は口外御法度よ」

 

「それは勿論。シルフとの約束でもあるしね! ……で、そうそう。そんなヒーローさんはどの様なご用事でここへ来たの?」

 

「私は、今日は只の休日なのよ。ここへ来たのも、あなたの様子を見に来ただけ」

 

「ふえ!」

 

 

 ……何かしら、その反応は。

 

 

「ちっちゃい女の子が昨日の今日で休日潰して、正体も晒して。それなのにあたしの様子を見に来ただけ? どんだけよ! 聖人君子か!」

 

「……アフターケアも、万全なのがシルフの売りなの」

 

「世にはばかるシルフカンパニーは、流石に社員の質が違うわね!」

 

「『憚(はばか)る』なら、憎まれっ子なのだけれど。用法も違うわ」

 

 

 大仰なリアクションをする彼女の横で、自分とのテンションの差に内心のみで苦笑する。一応、休みを宣告されているからには先程の言葉は全て事実ではあるし。けれど勿論、別に目的は持っている。

 そう考えて彼女の方を……しかし向かず、目の前の海を見つめたままで質問する。

 

 

「……ここは、窮屈じゃあないのかしら。貴女は」

 

「あ、なるほど。それを気にしてくれたの?」

 

「えぇ。それで、答は」

 

「んーん、そうだね……」

 

 

 横目に、顎の下に手を添えるといういかにも過ぎて既にわざとらしいの域に達した彼女の仕草が見えた。そのまま数秒で悩んだ素振りをやめ、手を上へと向けると……私達の真上を指差した。

 

 

「あたしはこれがあれば十分なのかもね。こうと言い切れる様な心情じゃあないと思うけど、後悔はしてないよ?」

 

「それは、今の立場での結果論だからよ」

 

「まぁね。でもそんなもんじゃない?」

 

「思考の、放棄かしら」

 

「ふふ。……それにあなたが言ったのよ? あたしも早めに自由にはなれるって!」

 

「……そう、ね。嘘ではないし」

 

「そうそう! あなたのおかげね!!」

 

 

 彼女は私の目の前に回りこみ無理矢理に笑顔を見せてくるけれど、

 

「(……あぁ、成程)」

 

 私はやはり、この笑顔を見てこそ実感出来たのかもしれない。……なら先ずは、こちらからでしょう。

 

 

「……ショウが、言っていたの」

 

「どうしたの急に。それに、ショウって誰?」

 

「私の、相棒よ」

 

「人生の!?」

 

「それは、ここで話しても仕様がないわ。……置いておいて……言っていたの。挨拶は大切だ、って」

 

「おはよう! こんにちは!」

 

「えぇ、今晩は。……じゃあなくて」

 

「おはこんばんちは!」

 

「 な く て 」

 

「はい。すいませんでした」

 

「いつまでも、『あなた』では。駄目なのよ」

 

「うん。あ、そうね」

 

 

 立ち上がって、今度は私から、正面にいる彼女の目を見て話しかける。

 アレは他の意味合いも十分に含んではいたけれど、何時ぞやショウも言っていた。やはり、名前で呼ぶことは大切だと。

 

 

「貴女を、名前で呼ぶには。自己紹介が必要よね」

 

「なるほどなるほど。それは確かに、あなたが今日ここまで来なくっちゃ出来ない事だよね。昨日は真っ黒だったし……って、まさかその為にここまで来るとか聖人君子!」

 

「それで、良いわよ別に。面倒だし」

 

 

 彼女の言葉を流し、今度こそ本目的を話し出す。そのために、ここまで来ているのだから。

 

 

「さて、と。……私の名前はミィ。貴女の名前を教えてもらえるかしら」

 

「良いわよ、あたしの新しい友人さん!」

 

 

 

 

「あたしの名前は――」

 

 






 郊外へと退避した「鳥好きの彼女」に会いたい方は、FRLGで『そらをとぶ』を貰いにいってあげてください。

 因みに「マンションの花壇の女の子」に思い至るキャラがいた方。貴方は嗜好が似ているのやも知れません。……私、あの漫画は大好きなのです。



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Θ36 神奥と豊縁と

 

 1993年、初夏。

 

 20才までの20年間はとてつもなく長く感じるとはよく言うものの、未だ9才の俺は20年の内半分も消化し切れてはいない。……いや、だからなんだと言われれば「別に何となく」と返すしかないんだけどな。

 さて、俺自身は相も変わらずマサラのオーキド研究所に引きこもって研究している……という訳でもなく、最近では化石再生技術関連で頻繁にグレン島に行っていた。そんでもって研究自体にようやく一区切りがついてワタルへプテラを譲り渡したところで、オーキド博士に1つのお願いがあったために研究所まで帰ってきたのだ。そのお願いとは、

 

 

「と、言う事で博士達。俺に夏休みで長期遠征の機会をください!」

 

「なるほど。丁度良い頃合じゃの。ワシは賛成じゃが、……ナナカマド博士?」

 

「ウム! わたしたちの様にポケモントレーナーを極めようと志した者は皆、旅をしたものだ。わたしも協力しよう!」

 

「いやー、有難うございます、ほんと」

 

 

 いつも通りに研究所の最も奥の部屋で机に向かっているオーキド博士とその隣に腰掛けているナナカマド博士へと、前々から考えていた件をお願いすることに。つまるところ、俺が旅に出られる期間が欲しいと言うことなのだ。

 オーキド博士が「丁度良い」と言った様に、化石再生技術の確立によってカントーポケモン図鑑も「149匹まで、あとは化石再生を待つだけ」となっている時期である。グレン島のロケット団の動きも大して変わりはなく、ミュウツーが脱走するであろう時期もゲーム内日記での日付からある程度分かっているため、手持ちを鍛えるならば今しかないだろうと考えたんだ。最近ではミィの手持ちとのレベル差も出てきているしなぁ。

 で、博士達からは色好い返事がもらえたので。

 

 

「それじゃ……今から2ヶ月程、シンオウ地方とホウエン地方の図鑑完成のための連携調整を兼ねて、各地方を回って来る予定で」

 

「ラボから何かあったら、……ほれ。このルートでショウまで連絡をまわす事にするからの」

 

「よろしくお願いします」

 

「シンオウ地方であれば、わたしの研究所へ寄ると良い。向こうでの案内人も要請してあるぞ」

 

「それはありがたいです。……でも、ナナカマド博士のとこはほったらかしじゃないですか」

 

「ウ、ウムウ! 最近では助手の子も3才になったのでな! 子供も多少は手がかからなくなったことだし、任せても大丈夫かとは思うのだが。何か大事あれば呼んでくれと伝えてはあるのだぞ」

 

 

 博士は若干歯切れの悪い返事を返したのは置いておくとして……そう。ナナカマド博士はこれでもかと言うほど、シンオウ地方には帰らない博士だったのだ。まぁ一応、カントーの図鑑は149匹でほぼ完成したとは言っても、実際としてここカントーに居たほうが研究ははかどるのは確かだし。それに博士達は先に俺が挙げた地方……シンオウやホウエンの他にも、既に開発の始まっている「ジョウト地方の図鑑」を作っていく必要があるので。なにせそれら全てが装備されて始めて、「全国図鑑」となることが出来るんだからな。ダブル博士による指揮をもって対応していって貰いたい所だ。

 ……だからナナカマド博士が帰らないのに決して、カントーの甘味を食べ歩いているだとか、いかり饅頭が冷蔵庫に大量補完されているというのは関係ない。多分、きっと。そう信じたい。

 と、そんな無駄脳内独り言い訳を繰り広げる俺へ、オーキド博士が1枚の紙を手渡しながら話しかける。と、この紙に書いてある博士は……

 

 

「ホウエン地方にはオダマキ君がおるし。彼の力を借りると良いじゃろう」

 

「あー、現地調査を重視しているお人ですよね。オダマキさん」

 

「彼なら現地のポケモン組織との関わりもある。彼自身は全国地方リーグの準備で忙しい時期であるし、研究にはおまえの力が必要になっているだろうな」

 

 

 今の言葉の通り、今年度カントーで開かれる『ポケモンリーグ本戦』後には、ついに全国各地で「各地方独立でのポケモンリーグ本戦」が開かれることになったらしい。各地方のジムは未だきちんと整備されてはいないものの、ジムバッジ取得が義務ではない複合トーナメントである本戦ならば大した障害にはならない。それに、本戦の結果によって四天王だけでなくジムリーダーを割り振ることなども考えているらしいから、このタイミングでのリーグ本戦の開催は一石二鳥だということなのだろう。……けど、まぁ。

 

 

「そういえば、旅とか調査以外にも色々とやることはありますからねぇ」

 

 

 そういって今度は、元々から俺の手元にあった紙束を覗き込む。手に質量以上のずっしりとした重みを残してくれるこれらは、俺がシンオウ・ホウエン地方へ行くと決まったことで依頼されたお仕事の数々である。内容は、えーと、大きな仕事で言えば化石再生技術関連での現地企業との調整。個人的なものでいえばミィから貰った試作トレーナーツールや四次元バッグの試し運用、魔改造自転車の細かい調整なんかだな。ま、別にいいんだけど。

 

 

「はっは! 化石ポケモンに関しては、お主の専売特許だからの!」

 

「権利を持つ博物館側が提示してきたのも、中々に大きな取引相手なのだろう?」

 

「結局は化石再生技術の売込みみたいなもんですよ。えーと、デボンコーポレーションと……クロガネ炭坑への」

 

 

 これらは博物館員が動けないからついでにと、依頼がこちらへ回ってきたのだ。技術が完成したからには売り込むことが必要で、相手こそ博物館側が決めているものの、俺を含むオーキド研究班も技術開発側の人員である訳で。つまりは丁度良いから俺が直接会って来るという次第なのだ。聞いてみれば取引相手もかなり乗り気なようだし……それに2ヶ所ともゲームでは化石ポケモンの再生が出来ていた場所だからして……売り込みの成功確立はかなり高いんだろうな。

 

 

「それに、俺としても旅には何かしらの目的(チェックポイント)があったほうが楽しいと思いますからね」

 

「それはそうかもしれんが、旅とは言ってもお主の場合は名目上研究のためじゃろう」

 

「ウム。トレーナー資格が無くては、何かと不便だからな」

 

「……そういえばそうですねー。資格はなくとも、俺のやることは変わらないんですけど」

 

 

 俺は「トレーナー資格が無いから実質旅は出来ない」ものの、いつかのイッシュ地方の様に「研究のためであれば研究者権限を使って色々と出歩ける」ので。それに、どちらの地方も急ピッチでポケモンリーグ制度の整備をしている最中なので、どうせジムといえるようなものは殆ど存在しないからな。ジムには挑戦できなくても問題はない。ならやっぱり、1番の目的は俺の手持ちを鍛えることにあると思う。つまりこれまた先程口に出した通り、やることは変わらないという事だ。

 

 

「そのためにも、10才以下で捕獲禁止の俺への捕獲許可は色々と貰いましたから。つっても、俺が捕獲したポケモンの殆どは研究用になるかもです」

 

「ふむ? お主も研究協力トレーナーなんじゃから、捕獲したポケモンの所在については遠慮せずともよかろうに」

 

「いえいえ。一応は9才ですし、そもそも『多くのポケモンを同時に育てること』自体からして難しいことですからね」

 

 

 この世界で実際にポケモンバトルを体験してみて、ポケモンと息を合わせることの重要さは身にしみて実感できた。これに関してはむしろ旅の中で手持ち複数匹を捕まえながら、育てながら、馴れながら、バトル訓練も出来ていたゲーム主人公達こそどれだけ化け物か! というレベルの問題だ。だからこそ俺は未だに手持ちをバシバシとは増やしていない、否、増やせないのだし。もし捕まえるにしても1、2匹が良いところだろう。

 それに向こうの地方特有のポケモン種……つまりはカントーにいない種類のポケモンは、少なくとも暫くは施設で預かられることになるだろうしな。別地方からの外来種だから。

 

 

「トレーナーになって制約と登録さえしっかり済ませれば、別地方のポケモンでも手持ちで自由にいられると思うんですけど」

 

「ウム。それに関しては、わたしとオーキドのほうからしっかりと働きかけておくことにする。ポケモン権利団体などを使えば、わたしたちの立場と相まって上手く立ち回れることだろう」

 

「有難うございます。ようは逃がす際にしっかりとパソコン経由で元の生息地に逃がしさえすれば、生態系は変わらないですからね。かといって、それに関しては俺ではどうにもなりませんから、博士達にお任せと言いますか。そんな感じです」

 

 

 数年後にはカントーの生息域にもジョウト地方等のポケモンが流入してくることになるという未来は、さておき。

 いくら別地方のポケモンを捕まえたとしても、3年後に控えているFRLGの時代で俺の旅に付いて来られないのではあまり意味を成さないだろうと思うんだ。それじゃパソコン篭りになるポケモンが可哀想な気もするし。ついでに、今の内に複数引きの育成に余裕を持っておけば、夢の「レギュラーポケモン6匹以上、秘伝込み」なメンバーが出来るかもしれないという算段もあるけどな。

 ……因みにポケモンをパソコンからしか逃がすことが出来ないのは、上記にある通り「ポケモンを元の生息環境から逃がすため」だ。とは言ってもこれは外来種云々ってよりは「元の生息環境に戻さないと、ポケモンのほうが危ない」といった理由のほうが適切なんだけどな。うーんと、例えば、マグマッグをグレン島とかで逃がしてみたのを想像してみて欲しい。体が冷えると固まってしまうポケモンであるのに、周りを海で囲まれている時点で絶望しか存在しない……って、グレンは噴火するんだったな。ならむしろ状況さえ合っていればマグマッグにとっては良い環境だ。なら良いや。

 …………と、無駄思考全開なところへ、

 

 

「ふむ。そういえば、ショウ。先程お主宛で封筒郵便が来ておったぞ? セキエイのカンナさんからじゃ。……お主、9才じゃろうに」

 

「違います。いえ、9才なのは違いませんが……あー、グレン島で研究者権限で保護したラプラスの経過報告ですよ? 他意はないです」

 

 

 無駄思考で染まりきっていた俺の脳内へオーキド博士から鋭い突っ込み(からかい)が入ってきた様で、すぐさま否定&言い訳を試みることとなった。いや、本当に他意はないんだ。むしろ数回しか連絡とってないし。確かにこのご時世、直筆での手紙は目立つから印象には残るだろうけど。

 

 

「あのラプラスはシルフへの移送が決定したんで、その報告です」

 

「成程。お主の幼馴染が行っている制度じゃったかの」

 

「はい。最近ではシルフ社内でかなり可愛がられているみたいですよ。社長がポケットマネーでラプラスのために水周りの設備を拡張したところ、余剰分でロビーに噴水が出来たり。しかも池付きで、2つです」

 

「……わたしとしては、社内に噴水は流石にどうかと思うのだが」

 

「いやー、色んな所はシルフカンパニー脅威の技術でどうにかしているんじゃないですかね? 分からんですが」

 

 

 ゴージャスなのはいいとして、社長が太っ腹なのも良いとして、噴水があるのがロビーだから良いんじゃないかと言うのも良いとして。この訳の分からなさこそ流石はシルフカンパニー、と言うべきなのかも知れない。

 ……まぁ、

 

 

「ここで話を戻しましてですね。つまり、カンナさんに俺が個人的にどうこうとかはないのです。そこだけは強調しておきます、博士達にも!」

 

 

 ―― 今のところ、ですか!?

 

 

「……いや、そこでわざわざ廊下から合いの手を入れなくていいからな研究班員!」

 

 

 ―― そうだぞ。班長は今から、長期出張先の別地方でフラグをばら撒いて来る予定なんだ!

 

 

「いやだからわざわざ……」

 

 

 ―― 是非とも、死亡フラグをばら撒かないように気をつけてくださいね。ハンチョウ。

 

 

「……あー、もう良いや。それで良いですから勘弁してください」

 

 

 諦めどころと、引き際は肝心だって言うしな!

 

 というか、俺の沽券なんてあってないようなものだからして!!

 

 

「……ショウも中々に大変じゃのう」

 

「ウム。だが、班員との仲がいいのは好ましい事だな」

 

 

 でもってナナカマド博士はいいとして、この流れからしたオーキドのおっさんの台詞内容には、班員達と同じものを感じるんだがっ!

 

 






 説明回となると博士達との絡みが非常に使いやすいため、現在の所このメンバーでの場面が多くなっております。私の拙い文章表現からではありますが、脳内風景がおっさん2人との個室会話というなんとも言い表し難い心象を受けるものとなってしまった場合には、物凄くお詫びをしたい気分ですね。
 なんとかバリエーションを増やしておきたいと、本気で思います。


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Θ37 北の大地へ

 

 

 世間では夏休み、などといわれる時期になった。

 そして俺はというと、夏休みではあるが長期遠征に来ている。念願叶って、シンオウ地方にくることが出来たのだ。

 

 

「……っと、おー。着いた着いた。ここからさらに北だな」

 

 

 俺はこの間転送先を実家の部屋に設定して来た(ついでに妹と盛大に遊んできた)四次元バッグを肩にかけ、いつもよりも動きやすさを意識した格好でマサゴタウンの南に存在する浜辺を歩いている。といっても服装に関しては、両親に色々と揃えて貰ったんだが。

 

 

「流石に長時間のフェリー移動は、キツかったけど。……まぁまずは無事に到着したことを喜んどくかね」

 

 

 いつかの世界で言うならば本州最北端にあたる部分から、フェリーに乗って海路で渡って来ることにしたのだ。俺の手持ち3匹は船が大層お気に入りのようでテンションダダ上がりだったから、今はボールの中で眠っている頃合だろう。

 

 そんな風に考えながら暫く歩いていると砂浜が終わり、町境に着く。そして今度はそこから時間をかけて、町の北西に位置するナナカマド博士の研究所を目指すの、だが。

 

 

「流石に、マサラよりは都会なんだな。マサゴタウン」

 

 

 マサゴタウンは砂浜の町だけあって所々に砂地が見えてはいるが、町並自体は田舎と言うよりは少し間の広めな住宅街といった雰囲気になっている。いや、住宅町か? どうでも良いけど。……あー、そんでもって、これでどうやらマサラタウンは、国内屈指の田舎町である疑惑が出てきてしまったみたいだ。

 

 

「で、あれが研究所、と。……うわ」

 

 

 マサラタウンの現状を憂いつつも、俺の前方にはそれらしき青い屋根の建物が見えてきた。隣には茶色屋根の建物が隣接されており、恐らくあの部分は住居部分となっているのだろう。外見はゲームとも一致するし、ここで間違いないな。

 で、俺が最後に「うわ」といってしまった理由なのだが。

 

「(前方に見える、金長髪で全身黒の女性。……うわ、あれは)」

 

 研究所の前に立っている女性。客観的にみるなら、間違いなく「美人」との評定が下される外見。可愛いというよりは格好良いといったほうがしっくりくるその雰囲気。

 でもって、この世界で暮らしている以上いつかは遭遇するのだしまぁ良いかとあっさり諦めてみるものの、かといってすぐに切り替えられる訳でもなく。俺は微妙な心持のままにその女性の元へと近づいていくことにする。すると、ある程度近づいたところで向こうから話しかけてきてくれた。

 

 

「……あら、あたしの待ち人はきみかしら?」

 

「あー、あなたがナナカマド博士に頼まれた人なのなら、そうですよ」

 

「えぇ、その通りです。ならば間違いはないでしょう」

 

「では、自己紹介をば。俺はショウ。今回はこのシンオウ地方の研究調査のために……というのは建前で、トレーナー修行を主な目的としてこの地方に来ました。よろしくお願いしますおねぇさん」

 

「シロナで良いわ。神話研究をやっている学者です。……とはいっても、今は今年度のリーグに備えて修行中なんだけれどね」

 

 

 目の前の将来チャンピオンとなるであろう女性は、そう、少しばかり茶目っ気を見せながら俺の挨拶に応えてくれた。んー、意外ととっつき易そうなお人で良かったような気もするな。フラグ云々を無視した上で前向きに思考すれば、だけど。

 

 

「それにしても、きみ……ショウ君。いやに明け透けな話し方をしますね」

 

「いえ、博士から目的も聞いているかと思いまして。俺は9才ですからね。隠していてもどうせ面倒なことにしかなりませんから」

 

 

 俺が建前をあっさり、冒頭から話し始めたことについてなのだろう。若干呆れた様なシロナさんからツッコミが入るが、これから案内してもらう人に建前ばかりを見せていても仕方ないし。

 

「(……いや。それにしても、案内人がシロナさんかー……)」

 

 DPPtではチャンピオンを務めていたり、手持ちにガブリアスを入れていたり、メンバー構成は結構ガチな組み合わせだったりするお人。ゲームではかなりの間負けていないとの描写もあったので、恐らくは今年の地方別リーグでは優勝してしまうんだろうな。と言う事は、

 

 

「シロナさん、ポケモンバトルも強いんでしょうね」

 

「はい。それなりに、とは自負しています。……きみも中々に強い雰囲気があるわよ? 女のカンだけど」

 

「では、こちらもそれなりにとだけ言っておきます。ですがシロナさんとのバトルは勘弁してください」

 

「あら、そうなの」

 

 

 あっぶないあぶない! 先手で何とか回避することが出来たよ!

 シロナさんは目の前で拍子抜けといった表情をしているけど、こちらとしては既にリーグに向けて修行をしていて今年にはチャンピオンになるであろうという人とのバトルがこなせるほどの実力はない。主に、レベルが!

 

 

「今年にはリーグに挑戦しようというシロナさんに対して、俺の修行は今からなんですよ……ってだから、知ってるんでしょう」

 

「ふふ、そうかも!」

 

 

 うーわー。こういう人なのか。

 

 

「……まぁ、俺とシロナさんとのポケモン勝負はいつか、ポケモンリーグなんかでやりましょうよ。楽しみにしておいてください」

 

「きみがそう言うならそうしましょうか」

 

「はいはい。じゃあ、立ち話もアレですんで。研究所の部屋を借りましょう」

 

 

 そういって、シロナさんをつれて研究所へと入っていくことにする。

 入り口付近でハマナさんという助手に挨拶をした後に博士からのお土産を渡し、今度は1番奥にある部屋へと入る。ゲームであれば荷物がたくさん置かれていた部屋なのだが、今はキッチンとコンロくらいしかない様子だ。一言で言えば、殺風景、と。

 

 

「……なるほど。これも博士が帰ってこないからですか」

 

「そうね。といっても、図鑑完成まではお帰りにはならないんじゃないかしら」

 

「確かに。となれば、まだまだ先の話ですね」

 

「ううん、そんなに先なの? あたしは博士にはお世話になったから、リーグ挑戦のご報告をしたいのだけど……」

 

「なら、俺が直接伝えておきますよ。というか、教え子で後輩のシロナさんのためなら博士も流石に戻ってくると思いますし。短期間であれば尚更です」

 

「あ、やっぱり短期間の滞在は大切な項目なのね」

 

「多分、恐らくは」

 

 

 そんな何てことはない会話を交わしながらも、その間に2人して隣の部屋から椅子と机を引っ張りだす。

 

 

「うし、では始めましょうか。時間は有限です!」

 

 

 何ともらしくはないけど、机と椅子は揃ったのでこちらからそう話しかける。俺が手持ちのタウンマップシンオウ地方バージョンを机に広げると、どうやらシロナさんは確認を開始してくれる様だ。

 

 

「えぇ。じゃあ旅路の確認をしますけど……今いるここ、マサゴタウンからまずはクロガネシティへ向かい、その次にヨスガシティ、ノモセタウン、ナギサシティを経由してポケモンリーグ建設予定地と回るわ」

 

「シンオウ地方の南側を通っていく感じですね、分かりました。俺は異論無いです。途中途中で……えーと、町毎に数日ずつ修行の日にちを作ってもらえれば」

 

「了解よ。そうしておくわね」

 

 

 そのまま机上に広げられたタウンマップを指差しながら、旅順と周囲の地形、日程なんかを多少確認する。付け加えておくと、現在ジムリーダー等の存在していないノモセは「シティ」ではないらしい。マキシマム仮面も巡業で忙しいらしいしな。

 ……と、うん。この中ではクロガネの東に位置するテンガン山、リッシ湖周辺なんかが良い修行場所になるだろう。

 

 

「これで予定の順路は全て。……それで、これはきみの日程に余裕があればだけど」

 

 

 ここで、シロナさんがこちらを窺うような素振りを。何用ですか?

 

 

「これは私事なんだけどね。あたし、その後にはキッサキシティまで船で行くことにしています。これは修行とあたし自身の研究を兼ねてになってるんだけど……きみも一緒に行ってみないかしら?」

 

「……ふーむ、キッサキシティですか」

 

 

 こっちはシティなのなとか考えながら、少しだけ顎に手を添えてポーズをとり、ついでに椅子に乗ったままでグルグル回る。

 俺としてはキッサキは好きな街だし、雪上のバトル訓練としてここ以上の場所はそうないだろう。そう考えれば行ってみるのはまったくもって悪くはない。むしろ、プラスの要素が大きいな。うん。

 

 

「ホウエン地方にも行くので日程が詰まっていれば無理ですけど、俺としても行きたいですね。是非ともお願いします」

 

「えぇ。とっても良い練習になると思います。……それにしてもきみ、そのポーズが何気に似合うのね」

 

 

 ……この彫刻の考える人っぽいポーズでしょうか。回ってますけど。

 

 

「俺も伊達に9年間生きてませんから」

 

「ふふ、ならあたしも少しだけ練習してみようかしら?」

 

 

 あなたならポーズとか練習するまでもないとは思うんだが……うん。

 

 

「シロナさんなら、カッコいい感じのポーズが似合いそうですよね」

 

「そう?」

 

「勿論、服装さえ変えれば可愛いのでもお似合いかと。美人さんは特ですよねー、なにかと」

 

「ふふふ、有難う! 遠まわしですけど、褒められていて悪い気はしないわ」

 

 

 ……そういう会話の流れになってしまったのだから、これは仕方ない。仕方ないんだ。それにシロナさん相手では、この程度はフラグ要素になりえないと思うし。この程度で旗旗言っているのでは、自意識過剰もいいところだ。うん。

 

 

「あー、はい。世辞ですので、喜んでもらえるとこちらとしても褒めた甲斐がありますよ」

 

「それでもね。有難う、ショウ君」

 

 

 客観的に見て美人なのは嘘じゃないんだけど。その後に続いた俺の誤魔化し台詞もそれこそ素直に受け取られたみたいだし、流石は年上といったところか。いや、つい最近返り討ちにあってた年上の女の人もいたけどな。誰とは言わんが。

 ……と、さて。これで確認自体は終わりかな?

 

 

「じゃあ、俺は今日博士の助手さんの所に泊まる予定ですんで」

 

「あら、ヒカリちゃんの家かしらね」

 

「だそうです。3才児は元気そうですよねー……ということでまぁ、日の高いうちはちょっと手持ち達と散歩でもしようかなーとは思ってるんですけど」

 

 

 このセリフで、解散の流れにならないかなーとの期待をしてみる事に。が、

 

 

「そうなの。……なら、少し遠いですけどあたしに案内させてもらえないかしら? この近くにシンジ湖という湖があるから、そこをね」

 

「……成程。シロナさんがいれば、解説してもらえますもんねー。ご都合さえよろしければお願いしますけど」

 

「せっかく案内人なんていう役を仰せつかっているのだから、あたしとしても案内したいの。それじゃあ、行くわよ!」

 

 

 どうもシロナさんの神話研究家としての血を騒がせてしまったらしい。シンジ湖は漢字で言うなら「心事」湖となり、ここから西へと歩いていった場所にある……感情の神と言われるポケモン、エムリットがいた湖だったはず。そりゃ確かに、シロナさんの得意分野だろう。

 

 そうして、初日からマサゴタウンを出発する羽目になるのだった。つか、観光地扱いなのな。シンジ湖。

 

 

 

 

 

 ―― シンジ湖

 

 

「きみのポケモン、やっぱり面白いわ。さっきのはどうやっているの? この子が指示なしで動いていましたね」

 

「ピジョンですか。……あー、普段からの練習の成果というやつです。どうせ時間はありますんで、旅の途中でシロナさんにもお教えします。僭越ながらですが」

 

「ピジョッ?」

 

「グールルル、ガブゥ!」

 

 

 俺が物凄い詰め寄られております。いや、ちょっと、下がって欲しいんだけど。特に隣のワタルに引き続いて低レベル進化をしている様子のガブリアス。

 あと、シロナさんはここへ来る途中のピジョンの『ふきとばし』の事を言っている様で、どうも指示の先だしに興味津々みたいだった。でも、

 

 

「まぁ、今はもうほとりに着きましたんで。解説の方をお願いしても?」

 

「あ、あらそうね。ごめんなさい」

 

 

 シロナさんは俺からの指摘に少しだけ身を引くと仕切りなおし、隣にいたガブリアスを撫でながら湖の方向を向いてくれた。……いや、シロナさんもそうだけどとりあえずガブリアスは威圧感凄かったなぁ。

 

 

「この地方、シンオウにはポケモンの神話が数多く残されているの。あたしの育った町、カンナギでは特にそれが顕著なんだけど」

 

 

 カンナギタウンのある方向を指し示し、続ける。

 

 

「その中の1つに、湖のポケモン達という記述があります。それぞれが意思・知識・感情をつかさどり、この世界の一部を構成している……ってね」

 

「世界ですか。まぁた壮大な話ですね、それは」

 

「確かにそうね。えぇと、話を戻して……その意思・知識・感情をつかさどるポケモン3匹はこの地方にある湖、リッシ湖・エイチ湖・シンジ湖にいたと言われているの」

 

「ここがその1つですか」

 

「そう言い伝えられているわ」

 

 

 何となく、俺達の前に広がるゲームよりも遥かに広く見えている湖と、そのかなり奥まった部分に見えている岩の陸地を見つめる。あの岩はエムリットがいた場所なんだっけか。ならあれが中央部分なんだな、湖の。……うーん。オツキミ山の時も思ったんだがどうも、ダンジョンはゲームでの印象よりもかなり広めなんだなぁ。俺主観だけど。

 そしてそのまま湖を数秒見つめてみてから、感想を伝えてみる。

 

 

「当然といえば当然ですけど、いませんね。伝説のポケモン」

 

「そう簡単には見つからないからこそ伝説なの。あの岩の中も水溜りなんかがある空洞になっているんだけど、それだけだった」

 

 

 昔にでも調べたことがあるのだろう。シロナさんは実体験を交えながら、そのまま解説を続けてくれている。

 

「(まぁ、出てこられたらそれはそれで困るんだけど)」

 

 やはり伝説のポケモンなので、俺の転生目的の対象となっている可能性はある。しかしながら、隣にシロナさんがいるのでここで出てこられても、という事だ。

 

 ……だが、しかし!

 

 

 

 ――《きゃううーん》

 

 

 

 俺達の真上。視界ギリギリの部分を、ご丁寧に鳴声を残して、赤い色した高速の何かが横切った。湖のほとりにて2人と2匹揃ってしばし呆然とした後、

 

 

「……ショウ君も見たわね?」

 

「……多分……いえ、見ましたね。確実に」

 

 

 隣にいるシロナさんは確信しているようだ。ならば、俺だけが気のせいと主張しても無駄なのだろう。……あー。俺、何か遭遇フラグでも立てたっけか。それとも、悪戯好きなのには好かれる傾向でもあるのかね? エムリットって言うとゲームでは1度逃げて徘徊するポケモンだしな。あそびたいみたいだぞとか言われてたし。

 そんな風に内容自体はあれだが俺の体質からした予測を立てている横では、シロナさんが未だ鼻息を荒くしているみたいで。美人なのに。

 

 

「追うわよ……と言いたいけど、無駄かしらね。あれは早すぎます」

 

「東の方へ飛んでいきました。しかも、途中で消えましたし」

 

 

 シンジ湖の周りには木々が生えててその間から見えたんだが、その視界の途中で、まるで異次元に駆け込むかのように消えていった。あれは追っても無駄とか言う次元じゃないな、フォールドされた感じ。流石にシロナさんも追っても無駄との脳内決定を下した様だ。

 そんなこんなでここ、シンジ湖のほとりでは未だ上を見上げているピジョン、シロナさんの方をなにやら見ているガブリアス、熱心に手帳のようなものを見ているシロナさんという構図が出来上がっている。俺は、若干辺りを警戒しているんだけど。

 

 

「赤、赤……エムリット、かしら?」

 

「んー……。その点も含めて俺に、マサゴまで戻りながら教えてもらえますか。シロナさん」

 

「……それもそうね。わかりました」

 

 

 そうして今度は、マサゴへと戻りながら神話について解説をしてもらう。

 因みにその解説たるや深夜にまで及んだのは余談であり、彼女の神話愛のなせる業なんだろうと思いたい。

 ただし、今日やっとの事でシンオウ地方に着いた俺達の疲労は度外視されたというのも……また、余談ではあるんだけどな。

 

 



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Θ38 クロガネシティ辺りにて

 

 

 翌日早朝から、マサゴタウンを旅立った。ヒカリちゃんの家にお礼をして、魔改造自転車に乗り込んだら全力全開で漕ぎ出す。

 俺にとっては始めての旅で、冒険。例えそれが案内人付きであろうと、それは変わらないのだ。

 自転車で外を走り、野生のポケモン達と出会い、変わっていく景色を自らの目で捉える。そしてなにより、自分のポケモン達も一緒。

 

 うーん、いいね冒険! テンションあがるわこれ!

 

 ただし隣に最強クラスのトレーナー(シロナさん)がいるので、安全面を保障され過ぎている気もするけど!!

 

 

「凄く嬉しそうね、ショウ君」

 

「その見立ては正しいです。実際のところ嬉しいんで」

 

「ピッ、ピヨー!」

 

 

 ピジョンに『へんしん』したミュウもあたりを飛び回っている。ただしこれについては若干、念波とかを出さないかが心配なんだけどな。

 

 

「で、そんな嬉しそうなきみに報告だけど……クロガネにはもう少しで着きます」

 

「そういえば、コトブキシティはとっくに過ぎましたからね。マサゴを出てから半日ちょいって所ですか?」

 

「そんなことを言っても、この異常に早い自転車でフル移動でしょう。通常よりはかなり早く着いてると思うわ。……ほら、あの洞窟を抜ければクロガネシティね。あれは洞窟というよりは、ゲート的な役目なんだけど」

 

 

 そういってシロナさんが魔改造自転車に乗ったままで目の前にある洞窟を指差すが、成程。あれはゲートだったのか。管理とか大変じゃないか? 野性ポケモンとか出るし。

 

 

「役目というだけで、あれは炭坑を含んでいる鉱山の一部らしいわ」

 

「あー、観光的な部分で残しているということですか」

 

 

 まずは心もちから入るという事なんだろうな。トンネルを抜けるとそこは……いや、炭坑の街だろうけど。予測済みだし。

 

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

「はいはい。それじゃ行くか、ミ……ピジョン!」

 

「ピヨー!」

 

 

 そうして、コトブキシティの東を通り抜け、今度はクロガネゲートを潜ることにする。

 

 

 

 

 

 ―― 炭坑の町へ着いた印象は、「うわ機械すげぇ」だった。

 

 もっと何か無いのかとの反論は受け付けたいものの、空に広がっているレール網とかを見ればおそらく誰でもそう思うのではないかと。強いて言えば騒音って公害の一種なんだけどなぁとは思うんだけど、ポケモンセンターのジョーイさんに聞いたところ、防音設備の基準が他の街なんかよりも高めに設定されているおかげで全く気にならない仕組みとなっているらしい。そのせいか、機械含めてうるさいと言うほどの音とはなっていないのだ。やっぱり技術は凄いんだよなぁ、この世界。

 しかしその癖、未だに鉱山を掘るとかいう古めの発掘方法をしている点についてはご愛嬌という事なのだろうか。俺の知ってる知識では、大規模にやるなら平地発掘のほうが結局は効率が良くなる筈だったんだけど……って、あれは海外の話だっけか。まぁいいや。

 

 さて。そんな無駄思考は置いておき、まずはここに来た目的を第一に終える事にする。その目的こそ「この街の炭坑博物館に化石再生技術の売り込みをする」というもので、この旅におけるチェックポイント(の様なもの)の1つとなっているのだ。

 ……まぁ、要するに。面倒だからさっさと終わらせようぜと。

 

 

「……と、こんな感じです。只今使用いたしました資料もお渡しますんで、ご検討くだされば有難いです」

 

「あ、はい。こちらこそ、わざわざシンオウまで来て貰って非常に助かりました。有難うございました!」

 

 

 言葉通り「さっさと」終わらせていた博物館員と礼を交わし、博物館の外へと歩き出る。「さっさと」とは言っても勿論手を抜いたのではなく、語ることが無いというだけだからして。

 

「(で、やっぱり感触はかなり良かったな)」

 

 ……うーん。博物館員というのはどこの地方でも、ロマンを追い求めている人種が集まるのだろうか。何かグレンラボの博物館員達と同じような目をしてたんだ。キラキラしたヤツ。

 ついでに言うと博物館に行ってから現在の所俺の隣には誰もおらず、このまま数日はこの街周辺にいる予定なのでシロナさんは遠出しているのだった。

 そして更についでに、ではこれから俺は何をするかという状況でもあるのだが!

 

 

「特訓……は、明日で良いか。疲れてるし」

 

 

 外へと出た後、北の大地の向こう(カントー)よりは冷たいのであろう透明な空気の中で、少しだけ計画を練る。今はアドレナリンとかドバドバ出てるのかもしれないけど、半日以上も自転車を漕いだのだから俺は多分疲れているんだろう。昨日はシロナさんの神話講義で就寝がかなり遅かったしな。

 となれば次に、もうポケセンに行って休む準備なんかをするか……なんて考えてみるものの、それは単純にもったいない気がする。どうせすぐには寝れないし。

 

 で、だ。

 

 

「なら、順番的には観光になるかな。炭鉱でも行ってみようか、ピジョン」

 

「ピヨッ」

 

 

 修行の~等と言っていた割には旅行感覚だけど、まぁ良いか。そう切り替えて(開き直って)、ミュウと一緒に南側にある観光用に開かれているクロガネ炭坑へと歩みを進めることにしてみる。

 

 

「……いやーそれにしても、炭坑を観光に使おうとか考える人は中々いないと思うぞ?」

 

「ピッ、ピヨー?」

 

「うん。多分主な収入源は見ての通りに石炭関係なんだろうけどさ。この地方は需要が特に多いだろうし」

 

「ピヨォ」

 

「北の方は寒いな。ホワイトアウトとかいうレベル。場合によってはシロガネ山の時よりも酷いと思う」

 

「ピヨピヨ」

 

「ところで、その鳴声じゃ只のヒヨコだと思うんだが……。ただし某事務所の事務員ではなく」

 

 

 恐らくギアナのジャングル育ちのミュウは見た経験が少ないだろうから、雪とかの話をしながら南側へと歩き続ける。……いや、南米でも南端まで行ってれば吹雪も見たことあるかもしれないけどな。別に良いけど。

 そんな感じで歩いていると、地面がゴツゴツした所謂「作業道」みたいなものになってきた。その上には街中からも見えていた石炭を運んでいるレールがあちこちから張り巡らされ、休むことなく動き続けている。周囲ではボタ山の脇や休憩所らしきプレハブの中にて作業員のおっさんやワンリキーなんかが一緒になって弁当を食べている様子がみられて、なんだか微笑ましいといった雰囲気を作り上げていた。

 そんな中をそのまま歩き至極真っ当な観光をしていた俺達はしかし、目の前である炭坑の入り口脇に人だかりが出来ているのを見つけてしまう。あれは何を……って、うお!

 

 

「……ピヨッ!?」

 

「……うおぅ」

 

 ――《ズシィィィン!》

 

 

 俺の横をピジョンの姿でとてとてピョンピョンと跳ねていたミュウも、思わず驚いてしまっているのだが……その理由は大きな音というだけではなく。

 

 

「グハハハハ! いけい、イワーク!」

 

「負けるなワンリキー!」

 

「イー、ワァァク!」

 

 ――《《ズシィン!》》

 

 

 この炭坑には非常に良くマッチしている、イワークがポケモンバトルをしていたのが原因だ。

 

「(いや、イワークは大きいなぁ。あの図体で攻撃力が低いんだから、神様はなんともご無体な……)」

 

 まぁ、種族値は置いといて。イワークは平均全長8.8メートルという巨体の「岩へびポケモン」だ。こんなに間近でバトルをみてしまうとその巨体に圧倒されてしまうのが普通の反応というものだと思う。それに、目の前のイワークはもっと……10メートルはあろうかという大きさの個体だしな。

 そしてそのままミュウとバトルを眺め続けていると、バトルは積み技を上手く使ったイワークの勝利で決着がついた様子。辺りを取り囲んでいた……賭けでもしていたに違いない……作業員達はバトルの終了を皮切りに一斉に辺りへと散らばって行き、その後にはイワークのトレーナーをしていた筋肉オジサンだけが残ったみたいだな。

 ……と、ん? そのオジサンが明らかに俺の方を、見て……

 

 

「ほう、以外にも少年か」

 

「う、はい。性別と年齢からして、俺は少年ですけど」

 

 

 そういえば、周りの人が散ったということは俺だけが取り残されるということだよな。そこに突っ立っていたのだから、目立っていたのだろう。手持ちポケモンを連れ歩いているのだから尚更だ。

 こちらへ話しかけた後に俺の目の前まで歩いてきたオジサンを間近で見ると、紫っぽい髪と羽織っているマントが目立つ。なのに下衣は普通に作業着という不揃いと言える組み合わせなのだが、だからこそこれまた目立つという狙ったかのような風貌。

 で、「以外にも」とはどういう流れなのでしょうか?

 

 

「わたしの名はトウガン。ここクロガネ炭坑のリーダーをやっている。きみはショウだろう!」

 

「あー、……ショウです。よろしくお願いしますトウガンさん」

 

「グハハハ、そうかしこまらんでいい! 先程は炭坑博物館の皆が世話になったようだが、それとこれとは別の話だ!」

 

「……成程。トウガンさんがあそこの責任者的な立場の人ですか」

 

「なぁに、それは名ばかりの立場よ。わたしは一炭坑員に過ぎぬ……少なくとも今はな!!」

 

 

 どうやらそういった経緯で、DPPtでの鋼タイプジムリーダーであるトウガンさんは事前から俺のことを知っていたらしい。

 

 

「だが、それだけでは無くてな」 

 

「はい?」

 

 

 だけではない、とは。

 

 

「わたしもきみの論文……新タイプ考察を読んだのだ」

 

「あ、あれですか。どもです」

 

「うむ。わたしも今年の地方別リーグに出場する身なのだが、今の実力では何か足りない様な気がしている。こうして休み毎に炭鉱員と勝負をしてはいてもな。……そこへきみの『はがね』タイプ考察だったのだよ。きみへの謝礼も用意してあるのだが……」

 

「なるほど、なるほど」

 

 

 つまりは実力アップのために助言が欲しいのだろう。今のトウガンさんは鋼タイプをあんまり持っていない筈だしな。なら、少しくらいは良いか? 未来の鋼ジムリーダーなんだし。

 

 

「あー、では少しだけ。……まず、当たり前でもありますが、技術面や精神面ではトウガンさんにお教えすることは全くといって良いほどありませんですよ」

 

「うむッ?」

 

「トウガンさんのイワークを見ればわかります。体が丸みを帯びてはいるものの、体の動きからして単に年を重ねた訳ではない。つまりは修練の賜物でしょう」

 

 

 イワークは年を重ねた強い固体ほど体が丸みを帯び、また体自体も硬く成長するという。それならばトウガンさんのイワークはかなりのレベルにある筈だ。俺の見た限りだけど。

 

 

「それでです。化石再生技術を買いたいということは、化石が出るんですよね? この地方でも」

 

「う、うむ。あれなのだが」

 

 

 そういってトウガンさんが炭坑の指した一画には、未だ土に埋もれ気味のままで大量の化石が積まれていた。俺はその中から1つの化石を手に取り、話を続ける。

 

 

「えーと、こいつなんかどうでしょう? 恐らくはトウガンさんのバトルスタイル……防御力を生かした戦いの出来る1匹だと思いますが」

 

「きみは分かるのか?」

 

「まぁ、これでも化石動物は一通り見てますからね。何となくは」

 

 

 これは大嘘で、俺が差し出した「盾の化石」からは鋼タイプに進化するポケモンが再生されるというのを知っているからなんだけど!

 

 

「鋼タイプ全体の事については、今年の秋に開かれる学術発表を見に来てもらえればその後でご説明できるかと思います。今年の地方別リーグはカントーリーグの後で開かれるはずですから、十分に間に合いますよ」

 

「わかった。絶対に見に行こうではないか!」

 

 

 それはそれでプレッシャーなんだけど。

 

 

「あはは、有難うございます。あとは、ですね……」

 

 

 でもって、最後に非常に重要なアドバイスをするため、手元にあるトレーナーツールをいじってシンオウ地方のタウンマップを表示させる。

 

 

「トウガンさん、ちょっとこれを見てください」

 

「? ……おお、この機械は凄いな」

 

「これはこの地方のマップです。それで、ここ……」

 

 

 トウガンさんが注目したところで、マップの中央やや北西辺りにカーソルを合わせ倍率を上げることに。すると、1つの島の位置が浮かび上がった。

 

 

「ここは『こうてつ島』というらしいです。ここのポケモン達は比較的防御力が高めになっているそうで」

 

「なるほどッ、ここで鍛えれば……と言う訳か!」

 

「そうですね」

 

 

 これは声を大にして言えはしないが……まぁ、努力値が云々という奴だ。

 

 

「うーむッ! わたしのポケモン達を鍛えるには絶好の場所だ! 有難う、ショウ!」

 

「いえいえ。トウガンさんの気迫は凄いですからねー」

 

「ああ。わたしとしても、今年のリーグでは結果を残さねばならないのだ」

 

 

 俺に向かってそういうと、トウガンさんの雰囲気が若干変わった。両手を組んだままで両目も閉じ、少しの沈黙の後にまた口を開く。

 

 

「……ショウ。このクロガネをどう思う?」

 

「あー、なるほど。理解承知です」

 

「おお、はやいッ!?」

 

 

 目の前のトウガンさんは驚いているけれど、これは必然かと。何故なら「炭坑街というのは資源の枯渇・エネルギーの移り変わりに則して廃れるもの」だからだ。だが、トウガンさんが入賞してしまえばこの街は晴れて「ジム持ち」の街となることが出来るだろう。今のところの街の規模からしても、申し分ないしな。

 

 

「……この街の騒音対策のあれも、もしかしてトウガンさんが?」

 

「そうだ。そうすることによって機器開発や建築の面でも経験と実績を同時に積める。現在進めているシンオウ全土地下空間計画や、博物館でのきみ達との化石再生技術取引なんかもそのためだ」

 

 

 うおー、すげぇ街想いのいいおっさんじゃないかトウガンさん!

 

 

「う、わ、わたしの息子が成長した時にこの街が寂れていてはわたしの面子も立たないからな! グハハハ!」

 

 

 トウガンさんは取り繕ったようにそう付け足すと、俺の隣でまたも豪快に笑い出す。

 だがしかし。一般的な会話の流れからしても、DPPtでの言動行動を知っている俺からしてみても……これは。

 

 

「(……ツンデレ親バカ、か!)」

 

「グハハハハハハ!!」

 

 

 そうしてツンデレ親バカ筋肉おっさんという誰得な属性のお人の隣で、俺からの講義を続けるために、ひとしきり笑いきるのを待っている羽目になるのだった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 しかしまだ終わらないという!!

 

 研究者資格でポケモンセンターに1泊して翌日。ただし、既に辺りは暗くなり始めている時間帯となってしまった。只今の現在地はクロガネシティの北、206番道路でサイクリングロードの下を通る道に居る。

 というかむしろ、俺としてはこっちのほうがメイン目的なんで。

 

 

「ニドリーナ、にどげり!」

 

「ギャウ!」

 

「リキー!?」

 

 

 ワンリキー相手に戦うニドリーナの後ろから、横でポニータと戦うピジョンがこちらを見たタイミングでサインを出す。……『たつまき』!

 

 

「ピジョー!!」

 

「! ブルルル!」

 

 

 ポニータに高空から繰り出された『たつまき』が直撃するも、野生のポニータは怯んでいるのではなく、技を当てることの出来ない位置からの攻撃に四苦八苦しているようだ。このレベル帯のポニータの主力は『かえんぐるま』のはずだから、反撃するにしても『ひのこ』だろうな。ならこっちはこのままで、ニドリーナ!

 

 

「突っ込んで、アイアンテール!」

 

「ギャア、ウウ!」

 

 

 ニドリーナは、昨晩トウガンさんからお礼にと貰った技マシンで習得した『アイアンテール』を繰り出す。硬質化した尻尾がワンリキーへと向かう、が、

 

 

「リ、キィ!」

 

 ――《ヒョイ》

 

「ギャウ!?」

 

 

 やはり慣れていないためか、体勢を崩していたために回避を選択したワンリキーに簡単に避けられてしまう。さっから総計してみても当たる確立は半々位なので、うーん。使いこなすにはやっぱりまだまだ練習が必要だな。

 ……ところで、外してしまって涙目になりながら俺の様子を窺っているニドリーナが可愛いんだけどどうすればいいのだろう。

 

 

「えーと、気にしなくていいぞーニドリーナ。もう1回、にどげりで!」

 

「キャ……ギャウ!」

 

 ――《ビシッ》

 ――《ガスッ!》

 

「リキッ!」

 

「……ギャウッ」

 

「ここでもう1回、アイアンテール!」

 

 

 相手のワンリキーの『からてチョップ』を受けきったところで、もう1度挑戦!

 ニドリーナは指示と同時に再度、尻尾を相手へと向け――

 

 

「ギャ、」

 

 

 体を捻りながら横回転でワンリキーの技後を狙い――

 

 

「――ゥウッ!」

 

 《ガスゥウンッ!》

 

「……リ、キィィィ……」

 

 

 金属とぶつかったかの様な音を響かせて、今度こそワンリキーを吹き飛ばした。ふぅ、何とか成功したかな? なら次はピジョンの番!

 そう切り替えると体を少し開いてピジョンから見えやすい位置に手を出し、声をかけながらサインを送る。

 

 

「ピジョン、とどめ! (でんこうせっか!)」

 

「ピィー、ジョ!」

 

「……ヒヒィィン!」

 

 

 うお、相手のポニータも野生だっつうのにこちらの直接技に合わせて『かえんぐるま』を出した様だ。……まぁ、でも。

 

 

「……ブルルル、……」

 

 ――《ドスン》

 

「ピジョオ!」

 

 

 この道路の野生ポケモンのレベルは、時代が古いこともあってか良い所10台中盤だ。ここで俺の手持ちが当たり負けすることはそうそう無いだろうな。

 

 

「よーし、ピジョンもニドリーナもお疲れ様!」

 

「ピジョッ、ピジョッ!」

 

「……ギャウゥン」

 

「頑張ったなピジョン。ニドリーナも、あの技はまだ練習中なんだから気にしなくて良いからな?」

 

 

 一旦は倒れたポニータが逃走した後。戦っていた2匹を手元で撫でながら図鑑でレベルを確認すると、今日でニドリーナはレベル35、ピジョンはレベル30になったようだ。

 これでニドリーナは『どくびし』を扱いきれるレベルになった筈だし、今度からはその練習もだな。ついでにレベルで習得できる技がBWのものになっていると仮定すると、ニドリーナは『かみくだく』をFRLGの場合よりもかなり早く、レベル43で覚えられる。そうすると、そろそろ進化のタイミングも考えなきゃいけない。そんな風に考えをまとめ、とりあえずは順調にいっていることを確認出来たようだ。うん、順調順調。

 ……因みにミュウは既に40を超えているっぽいので、この辺で戦ったところで経験値はたかが知れているだろう。努力値的にも合わないしな。

 

 そして、ついでに。

 

「(うーん、攻撃力が足りないよなぁ)」

 

 ミュウ以外の2匹とも未だ進化を残している状態だし、これは仕方ない。そこを補うのがトレーナーの力量というものだろう。そのための練習もしているのだから、決して努力を怠っている訳でもないので。

 しかしながら「アレ」……ミュウツーと戦うに至って、切り札の1つも無い様では戦いようがないというのも確かだ。

 

 

「……この旅の内に見つけられると良いんだけどな。さて戻ろうか、ミュウ!」

 

「ピヨー!」

 

 

 暗くなりつつある辺りの中で2匹をボールへと戻し、1匹を外に出す。そして一路、クロガネシティへと戻っていく事に。

 

 ……因みにクロガネへと戻る最中もずっとこの思考に囚われていたせいで、かの「自転車でしか上れない坂」で大転倒してミュウに助けてもらうのだが。

 

 ……いやまぁ、良いんだけどな。怪我はなかったし! ありがとうミュウ!

 

 






 クロガネシティ。
 実際プレイ中にも「先」を見据えてたのかなぁなんて感じてしまったのは、私だけでしょうか。
 まぁそれはともかく、特訓はこんな感じです。地味なのであまり描写はしませんが。

 ……そしてシャキーンな鋼。



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Θ39 ヨスガシティ、幽霊騒ぎ

 

 

 クロガネシティを旅立つと、更に東へと向かう。テンガン山の中を少しだけ横切り、ヨスガシティの西側に出る。そして、洞窟を抜け出た先は滝上にかかったつり橋が待っていたのだが……洞窟の中はともかくとして、ゲームの様につり橋でも自転車に乗るという荒業に出るにはレベル(ゆうき)が足らず、そこだけは徒歩で渡る事に。いや、普通に怖いからな。

 すると、このタイミングで隣をずっと併走していたシロナさんが口を開く。

 

 

「それにしても、きみの自転車は凄いわ。普通はこういったものに乗っていると、むしろポケモンが寄ってくるのよ?」

 

「自転車自体が特注ですから。俺のお手製という意味でもです。ついでに言えば、ポケモンは確かに寄ってきてはいるんですよ」

 

 

 ただ、通り過ぎた後にしか集まれないスピードでこちらが駆け抜けているんだ。この自転車を止めたいなら目の前にカビゴンでも用意するしかないだろう……と言いたい気もするけど、実際のところ進路上にポケモンが「いてしまった」なら、俺は停まって避けるだろうな。うん。

 

 

「修行に向いてはいないけど、これならあたしも欲しいかも。お幾らなのかしら」

 

「これ、改造前の素体だけで100万以上です。嘘ではなく」

 

「うそっ!?」

 

「ですから、嘘ではなく」

 

 

 競技用や旅用と比べても非常にお高くなっているが、実はこの値段にも理由がある。この自転車の素材からして特製品となっているのだ。

 

 

「語ると遠回りにはなるんですが、俺の持っているこのカバン……転送装置を利用して容量を底上げしていまして」

 

「あら、そういえばそうだったわね。ポケモン転送と似たような仕組み、と言っていました」

 

「はい。データ化して転送するんです……が、ですね。データ化するにも向き不向きというものがありまして」

 

 

 俺はそう言いながら、自らが引いている自転車のほうへと目を向ける。

 

 

「この自転車はミラクルサイクルに頼んでフレームやギアやサスペンション、泥除けから果てはクイックリリースの仕組みを構成する部品なんかの全てに至るまでに『転送しやすくなる加工』を施してあります」

 

「……それで、お高いの」

 

「そういう訳です。まぁ、商品化はこのバッグが売り出されてからでしょう」

 

「はぁ、どうしようかしら。確かに高いけど……ブツブツ」

 

 

 こちらとしては説明を終えたのだが、シロナさんは果ての無い長考に入ったようだ。

 因みにポケモン関連の製品……例えば回復薬製品なんかは作成過程からして「データ化し易いという特性のあるポケモンを、回復させるために作られる」ために元より同じくデータ化し易く、ひいては転送しやすい構造となることが多いらしい。となればこの構造(転送しやすさ)に目をつけた幼馴染の「四次元カバン」はやはり爆売れすること間違いなく、シルフの未来も安泰というものなのだろう。いやはや、あの幼馴染は恐ろしい。

 

 

「……と、そんなことをやっている内にゲートが見えてるな」

 

 

 目の前の草原を横断した向こうに少しだけ、ゲートと目的地の街を取り囲む壁とが見えてきている。今の俺達はテンガン山を抜けたばかりで高所から見下ろしている形であるから、日が暮れる頃にはあの辺りに着けそうだ。

 

 

「――優勝すれば、あたしにも賞金が……」

 

「ほら行きますよシロナさん。……ピジョンも、警戒よろしく!」

 

「ピィ、ジョー!」

 

 

 そんなこんなで、目指すはヨスガシティ……ゲームではシンオウで住みたい街ランキング1位を独走中だった街だ!

 

 

 

 

 

 ――

 

 

「うーわ、これがヨスガシティですか。実際に入ってみるとあれですね。納得の景観です。」

 

 

 異国にでも迷い込んだかのようなレンガ敷き、外灯、建物、町並みが目を惹く。風光明美……とは言い過ぎかもだけど。またシロナさん曰く建物の中はバリアフリーで、街の構造なども高齢者や小児にも優しいつくりとなっているらしい。住居内エレベーターはゲームでは「移動時間長い」くらいにしか思っていなかったけど、こうして現実にあるならば実に便利な仕組みなんだろうな。

 ……さて。

 

 

「まずはミズキにでも会いに行ってみるかな?」

 

「預かりボックスの管理人さんね」

 

「やー。どうせポケモンセンターの隣に居を構えていたはずですし」

 

「ついでなのね……」

 

「そうでもないですけど、まぁ、旅行で知り合いの近くを通るなら挨拶くらいはするんじゃないですかね。普通は」

 

 

 外灯に照らされ、既に恒例となっている駄弁りを交わしながら、街の中央やや北にある筈のポケモンセンターを目指す。ポケモンセンターはなんかこう……全体的に輝いているため、非常に見つけやすいのだ。

 そうしてのんびりと夜のヨスガを歩き続けて数十分。ポケモンセンターが見え、そして――ついでに。

 

 

 《ズドドドドドッ!!》

 

 ――《《ワァァァア!!》》

 

「……ついでに逃げ惑う人々も見えてしまっていますね」

 

「……できれば見たくはなかったかも」

 

 

 シロナさんの黒い部分が若干見えているものの、それは置いといて。俺達の視界には、北側から走って逃げてくる大勢の人々も見えているのだった。なんだこりゃ。少なくともお祭りじゃあないってのは判るんだけど。

 老若男女が通り過ぎ、ジュンサーさん達が必死に誘導し、ついでに金髪ポニーテールのコガネ弁ボックス管理人は物凄いスピードで我先に一目散にと走り去る。なら無理してミズキには会わなくても良いか。逃げるので忙しそうだったからな。

 でもって集団が一通り過ぎ去った後。戸惑う俺達の前を見慣れた白衣のおねぇさんが1人、逃げる人達とは別の方向へと横切っていって……うーん。

 

 

「あ、すいませんジョーイさん」

 

「あぅ、あなた達も逃げてください! 協会員は全員出払っていて……」

 

「そうですね。……北側で何かあったんですか?」

 

 

 とりあえずは最も正確に理解している可能性の高い、近所に住む人たちへと声をかけて回っていると見えるジョーイさんと併走しつつ事情を聞いてみようと試みたんだが。

 

 

「北にある遺跡で、幽霊騒ぎがあってですね! どうやらゴーストポケモンらしいんですけど、物凄い数が出てるんです!」

 

「何となく伝わりました。つまりはポケモン騒ぎですか」

 

「はいぃい! で、ではわたしは呼びかけを続けてきますので!」

 

「あー、お忙しいところ有難うございました」

 

 

 そのままジョーイさんは外灯の明かりの元、東側の宅地へと走り去っていった。対照的に俺とシロナさんは足を止め……身長差は結構あるんだが……互いに顔を見合わせる。

 

 

「お聞きの通りです。……行きますか、北側の遺跡とやらに。観光だと思えばまぁ、悪くはなさそうですよ」

 

「そうね。幸いなことに、あたし達にはこの子達がいてくれます」

 

 

 2人同時に、2人しか残っていない夜の街で同時にモンスターボールに手を添える。そして今度はヨスガの夜を、到着したばかりだというのに北側へと走り出す事になった。

 

「(さぁて、北、北と。DPPtでは「ふれあい広場」なんてのになってたけど……どうなることやら)」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「うーん、何とも壮大な」

 

「空一面のフワンテに、周囲をこれでもかと漂うヨマワル。……今夜が地球最後の夜なのかしら」

 

「むしろ世紀末やら終末やら黙示録かもです。いずれにせよ人々が逃げ出すのは納得ですよ、コレは」

 

 

 遺跡周辺に建てられていた柵を越え、その場から中を覗き込む。

 今は只の観光地としてその役割を全うしている北側の遺跡へとたどり着いたのだが、その状況はシロナさんの言ったままだ。その現状たるや、惨状といった方がこの場を表すのに適している程である。

 大量に飛び回る、魂の道標とかあの世へと連れて行こうとする等々という恐ろしい噂のあるフワンテと、同じく連れ去る系の図鑑説明文があったヨマワル。こんなんが赤い目を輝かせながらウヨウヨと浮いている状況を見てしまっては、逃げるという選択肢しか浮かばないのは仕方が無いだろうなぁ……と、どちらにせよこんなに大量の野生ポケモンがいたら逃げるよな。うん。幽霊とか関係なくても。

 俺はついでにと、このタイミングで無駄思考を交えつつもいつもの通りに戦闘体勢をとり、原因を探ろうと頭を働かせる。フワンテやヨマワルの位置からして……

 

 

「……目的地はあの、手前に見えている遺跡の向こう側ですね」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

「ご覧の通りのゴーストタイプ百鬼夜行です。おそらくはおこぼれを貰おうとするコバンザメ……いえ、テッポウオよろしく、強大な何かに引き寄せられているんでしょう。十中八九その何かはゴーストポケモンだと思いますが」

 

 

 俺の言葉に、シロナさんも空に浮かぶゴーストポケモンの流れを目で追い始める。

 

 

「……成程。よく見ると、あの遺跡の奥側の空が中心になって集まっているのね」

 

「はい。もしあれらが統制されているのであればこんなに押し合いへし合いとはさせず、もっと分散されてしかるべきかと。となればこのフワンテ達はヨスガ周辺、もしくは通りすがりの野生ポケモン達だと思います」

 

 

 そして逆に言えばその中心にいるのは「おこぼれを期待できる存在」という事なんで、面倒なことになりそうですと付け加えておく事も忘れない。

 ……一応この騒動の原因は人為的なものである可能性が考えられるんだが、この現場において意図的に野生のゴーストタイプをあの量で操る人間というのは想像し難い。現実、分散されてなくて我先にと集まっているだけという状況だしな。またこの量の野生ポケモンを集めることが目的であったとしても、そうなっては中心の人間が危なくなってしまうだろう。なので少なくとも行動に関しては操作は受けておらず、その中心もまた野生のものと考える事にしてみた。まぁ一応、低い可能性やら考察外の状況も思考の端にとっておいて万が一に備えてはおくんだけどな。

 と、現状推理を終えた所で……隣のお姉さんからは熱視線を浴びている様で。

 

 

「……」

 

「あの、なんでしょうかシロナさん。」

 

「……いえ。それで、行動方針はどうします」

 

「あー、そうですね。……2人して突っ込みましょう」

 

「それで良いの?」

 

 

 シロナさんから疑問の声があがるものの、多分、問題はない。進化前の野生ポケモン達にてこずる事はないと思うからな。

 

 

「つっても、野生のフワンテとヨマワルです。俺達の手持ちとはレベル差があるでしょうから。それよりも方向を見失わず最短でたどり着いたほうが良いんではないかと愚考しましたが」

 

「言われてみればそうね。なら……ガブリアス!」

 

 ――《ボウン!》

 

「ガーブガブ! グアァァゥ!!」

 

「方針通り……突っ込みますよ、ショウ君!」

 

「ほいほい。……行こう、ニドリーナ! ピジョン!」

 

 ――《ボボン!!》

 

「ピジョッ!」

 

「ギャウゥン!」

 

「直進で、あの辺までよろしく!」

 

 

 さぁ、突っ込むか!!

 

 

 

 ――

 

 

 ――――

 

 

 《ゴォオウッ!》

 

「ショウ君、遺跡はなるべく傷つけずに!」

 

「俺としてもそのつもりですよ、っと……かみつく!」

 

「ギャゥ!!」

 

 ――《ガブッ!》

 

 

 ニドリーナが立ちはだかったヨマワルへと噛み付き、ピジョンはやや先行して『ふきとばし』で道を作り出す。好戦的なのが集まってきた際には、シロナさんのガブリアスが一掃してくれるので楽な事この上ない。

 この調子で数十分かけて立ちはだかる幽霊軍団を蹴散らして来てるんだが、見えていた部分の遺跡を越えた先は森になっていた様子で。ゲームではあのワープする遺跡までしか見られなかったから、ここからは俺としても知識は全く無いのが辛い点になる。

 ……で、だ。

 

 

「この森は抜けてしまいそうですね。そろそろの筈なんですが」

 

「もう少しで森は抜けるわよ……ほら!」

 

 

 幽霊と宵闇に溢れる木々の間を、話しながらしかしスピードは落とさず走り抜けた。走り抜けたところで俺達の前は急に視界が開け、広場のようなものが現れる。

 そこで立ち止まって広場全体を見渡すと、石畳が敷き詰められた如何にもといった儀式円。その中心には石の塔が建てられており……追加で思考すると、ここが俺達の目的地なのだろう。何故なら、「周囲に大勢の人が倒れている」からだ。

 俺はニドリーナとピジョンをボールへと戻して駆け寄ると、まずは意識や呼吸状態から確認する。

 

 

「制服を羽織っているので、倒れているのはみんな協会員でしょう。息はありますし、手持ちも全てボールに収まっていますので命までは別状ないです」

 

「今すぐ助けてあげたいところだけど……2人では限界があるわね」

 

 

 ならば大元を潰すのを優先したいのだ、が。

 

 

「……この惨状の元凶はどこなの?」

 

 

 未だそれは姿を現していないのだ。俺と背を向け合いながら、シロナさんは周囲の森や空を警戒しキョロキョロと見回す。それにつられてガブリアスも辺りを見回しているけれど、多分、シロナさんの思考としては……

 

「(サマヨールかフワライドがいる、と考えてるのかもな)」

 

 流石は未来のチャンピオンだけあって、普通なら正しい思考経路だと思う。ここまで俺達が大量に相手をしたフワンテとヨマワルの進化系2匹が中核を成しているというのであれば、この状況には説明が付け易いからな。そしてサマヨールやフワライドが相手であるのなら、確かに潜むのは森の中やら空中なのだから。……まぁ「普通なら、これで正しい」なんだけど。

 

 で、ここで。俺とシロナさんが「背を向け合っている」になっている理由をば。

 

 おさらいして……広場は円形で、周りを森が取り囲んでいる。シロナさんは森も警戒しているので、円からしてみれば外側を向いている形だ。となれば背中合わせの俺が向いているのは「円の中心の方向」となる。

 

 そう。石畳の円の中心には……石の塔。で、その中心にはこれまた――

 

 ――妙なヒビが入った石がはめられているので! そこから何か光が漏れ出してきてるし!!

 

 

「シロナさん。多分、来ますよ!」

 

「え? え、えぇぇぇ!?」

 

 

 シロナさんの肩を引っ張って中心を向かせると、光っている部分を指差す。シロナさんが声を上げると同時に緑光は周囲一帯へと溢れ出し、今度は石のほうから大音量!

 

 

 ――《《ユラーーッ!!》》

 

 

 俺達の耳にゆらーとの擬音を撒き散らして、石から「何か紫の物体」が飛び出した。つーかさ、

 

 

「いや『おんみょ~ん』じゃあないんだよな! そういえば!!」

 

 ――《ボボウン!》

 

「ピジョ!」「ギャウ!!」

 

「ひやぁ!? なにあれなにあれ!」

 

「ガブブゥ!?」

 

 

 とりあえず距離をとって、突っ込みを入れながら手持ちを繰り出す。しっかし、シロナさんは流石に女性。隣で可愛らしい悲鳴をあげ……てない。違う。興味全開で体をグイグイ乗り出しているコレは、悲鳴ではないな! 神話研究家の面目躍如な肝っ玉か!!

 

 ……さて。ビークールで。

 石の塔、ヒビの入った石、ゴースト、ついでにおんみょ~ん。つまり相手は、

 

「(ふういんポケモン、ミカルゲ!)」

 

 だったのだ。

 ミカルゲは500年封印されるほどの悪戯をしたという、魂108つが集まった割には煩悩煩悩したポケモン。更には、弱点が無いというオンリー特徴をヤミラミから奪い取ったポケモンでもある。あー……あとは、特性が『プレッシャー』。決して『ふしぎなまもり』じゃあないんだ!

 

 

「……そして、だな」

 

「アレを相手取るわよ、ショウ君!」

 

 

 テンション高く隣に並んだシロナさんを、俺は少しばかりの考察を続けながら横目で見る。纏まったところでそこから俺だけ1歩下がり、作戦を。

 

 

「シロナさんはアレの捕獲をお願いします。さっきの光で周囲にまたゴーストポケモンが集まってきてますから、俺はそちらを担当で」

 

「……確かに、見た事のない新種ポケモンだから捕獲したい所ね。でも、あたしが捕まえちゃって良いのかしら?」

 

「俺には捕獲用のメンバーがいませんし、適任でしょう」

 

 

 確かミカルゲは被捕獲率も低めだったはずだしなどと考えながらそう返すと、シロナさんはガブリアスをロゼリアへと交換した。……うし!

 

 

「それじゃ、幽霊ハントと行きますか!」

 

「ピジョオッ!」「ギャウウゥ!」

 

「ショウ君も無理はしないでね。……さぁロゼリア! 封じられるを良しとしてくれない荒御霊……絡めとり、鎮め、屈服させます!」

 

「リィアッ♪」

 

 

 すいませんシロナさん、そのノリにはなんかついていけないですがっ!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 ―― Side シロナ

 

 

 時間は過ぎて夜も白む頃、ヨスガシティに存在するポケモンセンターの宿泊部屋の一つにて。住民の多くが避難したために、この部屋は彼女が1人で使うことが出来ていた。その彼女と共に戦いを行っていた少年に関しては既に、男部屋の区画にある一室で眠りに就いている。

 彼女は髪留めやら上着やらを外すとあたりへ投げ捨て、ランプの明かりの元で椅子に腰掛ける。そして少し疲れたような表情を浮かべたところで、手に持った受話器に向かって話しかけ始めた。

 

 

「―― 博士。何者なんですか『あの人』は」

 

『ウム。きみでもやはり、そう思ってしまったか』

 

「物腰が大人びているのは、良いでしょう。他と比べてみれば、まだ一般的範囲内と考えられる気がします」

 

 

 落ち着いていて、どこからか年に似合わないダウナーな雰囲気をかもし出していて、かといって年相応の悪戯っぽさも時折といわず頻繁に見せていた少年。そうまとめてみると、印象(インパクト)は存在するものの、印象(つかみどころ)はこちらに持たせてくれていないという事にも気付いてしまうのだが。

 

 

「ですが……『それしか普通ではない』というのは、ただ凄いと言い表すには収まりきりません」

 

 

 そう言いながら、手元のモンスターボールを見る。そこには今晩つかまえた新種のゴーストポケモンが入っているのだが、今のところ関心はそれを手伝ってくれた「彼」の方へと向いてしまっていた。

 

 

「あたしも旅の最初はそんなに違和感を感じませんでした。人と成りの概要は聞いていましたし、開発や研究に秀でているのも『彼が天才だから』で済ませてしまえば良かったからです」

 

 

 天才とは便利な言葉だな、と思う。少なくとも、クロガネまではそうだった筈だ。

 受話器を肩と耳で挟み込みつつ、モンスターボールは机に置く。そのまましゃがむと足元で広げられている自らのバッグの中を漁り出し、1つの手帳を取り出した(ただし漁った中身は外へと飛び出してしまっているのだが、放置される)。

 

 

「ですが今日一緒に戦ってみるに至って……正直あたしは、そうは考えられなくなりました」

 

 

 手帳をぱらぱらとめくりながら、帰ってきてから衝撃のままに急いで書き込んだ部分を開く。開いたところで、次いで彼女の師へと追求を開始した。

 

 

「ヨマワルに、フワンテ。カントーでの発見例はないようですが、彼は一発でゴーストポケモンだと見破っています」

 

『旅立つ前に結構な量の書物を読んでいたようだ。その中にあったのかも知れん』

 

「ゴーストポケモンの習性を見抜き、今回の騒動における原因及び対象の位置を素早く特定しています」

 

『洞察力も優れていたからな。その位は可能なのだろう』

 

「あたしよりも有効に、あたしの手持ちをも活かした戦いをしていました」

 

『彼は中規模集団における戦闘指揮経験もある』

 

「2匹同時に指示を行う戦闘を、難なくこなしていました」

 

『勿論、戦闘訓練も熱心に取り組んでいる』

 

 

 打てば返る返答。1つだけ溜息をつき、最後に、技術だの知識だのといったものよりも遥かに印象に残ってしまった点を挙げることにする。

 

 

「……なにより。睨まれれば大人でも、あたしでも多少は竦んでしまっていたヨマワルの視線の中で。さらには新種ゴーストポケモンの凄まじいプレッシャーの中で……彼だけが誰よりも冷静に、そして普通に立ち回っていました」

 

 

 これはヨマワルの持つ特徴の1つで、大概は慣れていた筈の彼女自身でさえ簡単には防ぐこと叶わなかった。その結果として戦闘時……協会員は明らかに中心の塔を囲んで倒れていたというのに……周囲のヨマワルの方が気になってしまっていて。そのせいで森側からの進化形態出現を警戒していた所を、少年はあっさりと見破った。むしろ始めから塔の方を警戒していた気すらするのだ。

 この問いには博士も、間を置いてから返答する。

 

 

『……そういう気質なのだ』

 

 

 既に彼の年齢が会話に出されない辺り、博士自身も理解しているのだろう。自身の返答している内容すらも彼女の指摘通りだという事に。

 

 

『今年の初めからだな。彼は自身が楽しむため、などと言っていたが』

 

「あれは才覚と言ってしまって良いものなのでしょうか」

 

『わからん。だが……』

 

 

 一息置いて、告げる。

 

 

『そこからきみに生まれ出た感情は、まったく別のものだったのではないか?』

 

 

 博士からの指摘に、彼女は思わず笑みを浮かべた。

 ……そうだ。嬉しくて、ワクワクして、楽しみで仕方ないのだ。持て余して、眠れず、疲れてしまう程。

 

 

「……あたしもポケモントレーナーですから。今は勝っているのがトレーナーとしての年季だけだとしても、むしろ挑みがいがあるというものです」

 

 

 この台詞をかの少年が聞いたならば、とても困った顔をするのだろう。「というかまず手持ち数やレベルで、全くといって良い程勝ってないんですけど!」などと言うであろうとの予測もつくのだが、それは置いておくとして。

 ……そういえば、このレベルという概念自体もまた少年の発案だと言うことを両者共に思い出してしまうのだがこれも置いておき、ついでに思考を本筋へと戻す。

 

 

「ある意味では、彼がこの気持ちを思い出させてくれたという事ですね。感謝しなくては」

 

『ウム! このわたしですらそうだったのだからな!』

 

 

 この気持ちをこそ「期待」と言ってしまっても良いものなのかが、目下最大の悩みどころなのである。

 

 

「ふふ! これも一種のカリスマなのでしょうか?」

 

『いや。才覚やらカリスマやらというのならば、きみも全く負けてはいないと思うのだがな……』

 

 

 そうして師弟の朝は、新たな楽しみの発見と共に何とも喜ばしく。しかし寝不足を伴った形で迎えられるのであった。

 

 






 主人公を傍(はた)から見さえすれば、こんな感じかと。多少なりともポケモンが使える方々なら、尚更。これは転生様様なのですが。

 あと、ヨマワルについては図鑑説明文から。大人でもだそうです。
 ……しかしそんなポケモンにも関わらず、ヨマワルを模したライトを真っ暗なジム中に置きまくっていたのが、ヨスガシティジムリーダーのメリッサさん。彼女は嗜虐趣味なのでしょうか。
 
 ……いえ。ゴーストポケモンが好きなだけなんでしょうね。ええ。恐らくは。


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Θ40 湿地帯の手前にて

 

 

 ミカルゲを無事捕獲したさらに数日後。

 俺はヨスガシティを発ち、一旦は木の実名人の家を訪れた。しばし木の実談義を繰り広げたりなんだりした後で、現在は南側の212番道路を歩いている。

 因みにシロナさんは捕獲者としてまた研究者の1人として、ミカルゲの出てきた石の塔をヨスガの外へと移設するための指揮を行ってから来るそうだ。そのため、俺とはナギサシティで合流しようという予定になった。

 

「(移設って言っても、あの塔の移設先はゲームの通りにヨスガの東あたりになるんだろうな)」

 

 まぁ。流石にあれだけの騒ぎを起こしておいてお咎めなしとはいかず、塔の移設とはなったものの、ミカルゲの封印が解けた原因……かなめ石にヒビを入れたのは観光客という事だったしな。ミカルゲだけが悪いわけじゃあない。多分。

 ついでに言うとあの奥の広場は移設と共に完全封鎖されるそうだから、少なくともヨスガシティ内部で再発する可能性は低いという理屈で、「移設だけで良い」となったのだろう。

 

 さて、思考を切り替えて。

 俺が現在歩いている212番道路がどういった場所かというと「タウンマップ上ではL字に表示されている、長い道路。上半分はウラヤマさんの豪邸、残り半分は湿地帯」となっている地域だ。今のところは延々と続く石壁や手入れの後が見られる花壇の間を歩いているだけなので「ウラヤマさんの豪邸」の部分なのだが、この先には雨ばかり降っている場所が出て来る筈。その場所こそノモセ周辺の特徴とも言える「湿地帯」で、幾つかやりたいことがあって俺単体としての目的地にしているんだが……

 

 

「……長いんだよなぁ、この道路」

 

「ピヨッ♪ ピヨッ♪」

 

 

 花壇に囲まれている道路なため、小回りが利かない自転車は押して歩いている。そんな俺の周囲をミュウは何ともご機嫌に飛び回っているのだ。だがしかし俺としては左側に延々と見えるこの壁、壁、壁! な風景は何処まで続くのか、と言いたくなるのが普通であろうと主張しておきたい。

 

 

「むしろ、ウラヤマさんの資産が知りた……いや、別に良いや」

 

 

 何をしている人なのかは知らないが、各地方から集めたポケモンを庭で放し飼いで捕獲自由なんて事をやらかすお人の資産だ。俺が知ったところで「よくわからん」との烙印を押され、記憶の隅から漏れ出て行って風化して最終的には記憶から消えていくという流れが予想できてしまう。つまりはこれ、無駄記憶。

 

 ……で。

 ここまで無駄思考は盛大に展開させていた俺の目の前に、やっとのことで「壁の終わり」が見えてきている。実際には終わりではなく今度は門があるんだろうとは思うが、とりあえずの区切りが見えてきたことは素直に嬉しいことだな、うん。

 

 

「うーし。こっからはそろそろ草むらも出てくるはずだから、ミ……じゃなくてピジョンも――」

 

 

 そんな風に、終わりの見えた壁を左に曲がろうとする俺。

 

 の、目の前!

 

 

「待ってください! えいっ!」

 

「プルリューッ!!」

 

「と、ぅわっ!」

 

 

 《ポスンッ!》

 

 

 とある界隈でのお約束を消化するかのごとく、ただし朝と言える時間帯ではなく食パンも咥えてはいないが。

 俺は角から飛び出してきた1匹のポケモンとぶつかる事となったのだ。運命的なのか、これは!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

「と、言うわけなんです」

 

「あー、理解はしました」

 

「……」

 

 

 ぶつかった数分後。どこかサイドンっぽい石像や噴水等のザ・お金持ちという装飾の庭を抜けた先にあるウラヤマさん豪邸で、とりあえずお話を伺ってみるという次第に。

 そんな俺の後ろ、体の陰からは先程ぶつかったポケモン……プリンが、恐る恐るといった感じで向かいに座った執事さんを見つめていてだな。俺だけ何か妙に懐かれているというか、頼られているというか。これが運命効果なのか(それはないと思う)。

 

 

「つまりこのプリンは自由への逃走を繰り返している、と」

 

「はい。わたくし共と致しましても、何とか、せめては無断で逃がさないようにとの努力もしているのですが……」

 

 

 しかしさっきの出来事といい執事さんの表情といい、対策の結果は芳しくはないらしいな。

 ここで執事さんの説明を纏めてみると、ウラヤマ豪邸は裏庭を調整中らしい。ゲームでは色々な地方のポケモンを捕獲できていた裏庭なのだが、この時代では未だ環境調整をしている段階なのだそうだ。そんな庭へ最近、試運転が目的でポケモンが何種類か色々な場所から運び込まれており……その内の1匹がこのプリンらしい。

 

 

「他のポケモン達は庭の改良の結果として満足してくれた様子でおとなしいものなのですが、何故かこのプリンだけは……。野生ポケモンの庭を造るにあたっての盟約から協会だのとの兼ね合いもあった関係で易々と逃がすわけにもいかず、かといって縛り付けるにはこのプリンも可哀想かと……」

 

 

 苦労していたのであろう執事から、今日あったばかりだと言うのに次々と苦労話だのが話されていく。

 ……確かに、苦労してたのは本当なんだろうな。それには屋敷の主人がここに居ないのも状況の混迷さを際立たせるのに一役かっているのだろう。その分の苦労が全て執事やメイドにのしかかっているのだから、まぁ、大変ですねーと。

 

 

「はい、大変なのです。毎日毎日メイド達が屋敷の外へ――」

 

「……んー、……ん?」

 

「……プリュ」

 

 

 執事の話が続く中で、ふと袖を引く力が強くなったように感じて、斜め右下へと視線を移す。すると自然に俺の腕に隠れつつ掴まりながらソファーに立っているプリンと目が合うことになる……んだが。

 

「(……俺が連れて行ければ、これは万事解決なのかね? でもなぁ……)」

 

「自由を得たいのか、庭に未だ改良すべき点があるのか――」

 

 またも執事の話が続く中で、困った目をするプリンとは見詰め合ったまま、少しばかり迷ってしまう。

 なにしろ俺は未来に伝説ポケモンとの対決、悪の組織との対決、リーグ挑戦といったハードな予定を建ててしまっている面倒な人物。そこへ連れていくポケモンには当然のごとく特訓やら力量やらが求められるので、最近はどうも手持ち達に申し訳なさを感じてしまっているのだ。

 実際、今の俺の手持ちであるピジョン、ニドリーナ、ミュウは本当によく俺の特訓に付き合ってくれていると思うので感謝は絶えない、が、このプリンはそれに耐えられるのか。そしてその道は俺の一存で決めてしまっていいものなのか、と。

 それに、

 

「(プリン、かー)」

 

「そもそもそのプリン。脱出する方法自体が――」

 

 

 某ぶっ飛ばし合いなゲームであれば、滞空力という特徴があるポケモンだろう。だがしかし、この世界はポケモン本編の世界であるからして……「プリンではそもそもの力量が足りない」可能性もあるのだ。

 

「(俺は『勝たなくちゃいけない』闘いも多くこなす羽目になるだろうからなぁ)」

 

「それでですね。わたくし共も応戦してみるのですが、それがまた――」

 

 

 種族関係なく強みを活かす事が出来れば良いのだが、今の時代ではそれは難しいと思う。なにせ俺ではプリンを活かすに、遺伝技を使わない方法を思いつくことが出来ないのだ。……あー、廃人してたせいで視野が狭くなってたのかな、俺。

 かといってこの場しのぎで一旦は手持ちに入れて、挙句上手くは活かすことが出来ずパソコン生活となってしまったのではあまりにも申し訳なさ過ぎる。そこを活かすのが俺(トレーナー)の力だと言いたい所でもあるので、となれば、プリンを活かす方法か。方法、方法。

 ……が、プリンならせめて遺伝技が使えればなぁとの思考へ戻ってしまった。俺の知識は遺伝技だのといったもの込みでの戦略に向いていると思うし。つってもやっぱり、卵さえ見つかっていないこの時代に遺伝技は……

 

 と、思考ループしかけた所へだ。

 

 

「そのプリンは他とは違ってですね。飛んでいる鳥ポケモンを落として踏み台にしたり、なにやら悲しそうで滅びそうな歌を歌ったり――」

 

「……なくはないのかっ!?」

 

「プルリュッ!?」

 

 

 プリンをびっくりさせてしまったのは申し訳ないが、重要情報なんですそれ!!

 

 

「執事さん、その歌の後って手持ちが『ひんし』になったりしません?」

 

「あぁ、はい。プリンもですけど」

 

「もしかして、……それなら」

 

 

 進化させるとしたら「月の石」のほうは、ニドリーナの分も合わせて何とか工面できるだろう。あとは技マシンとかなんとかで……

 

 

「……なぁ、プリン」

 

「プリュ?」

 

 

 考えを纏めたところでプリンと再度目を合わせ、話しかける。

 

 

「お前は外へ出たいのか? それとも、遊びたいのか?」

 

「プ、プリュ、プルルリュー」

 

 

 膨らんでみたりしぼんでみたり、手をめいっぱい動かしてみたり……うん、これは解読レベル高めで自信がない。分かるような、分からないようなだ。なら、端的に選んでもらってみるか。

 

 

「執事さん、このプリンは俺が連れて行ってしまっても?」

 

「そうですね……えぇ。わたくし共としましては逃がすことにならず、またそのプリンが望むのであれば。後々のことはこのセバスチャンが何とかしてみせましょう。旦那様もポケモン自身が望んだとあれば、むしろ喜んで見送ると思います」

 

「……だってさ、プリン。で、だな」

 

 

 執事さんから了解を貰ったところで、プリンからは目を逸らさないまま。

 

 

「お前なら、活かしてやれるかもしれない。だから誘ってみる。……んーとな、俺の手持ちポケモンにならないか?」

 

「プリュッ?」

 

「あぁ、『お前なら』だ。上手く伝わるかはともかくとして、俺の手持ちになると漏れなく特訓が付いて来てしまうんでな。キツいかも知れないし」

 

「プーリィ」

 

「それでも俺と一緒なら色んなところに行けて、色んな奴らと会えるっていうのは保障するよ。それを加味した上で……と」

 

 

 目線の高さをプリンへとあわせ、バッグから取り出した(未だ持っている)白い試作モンスターボールを捕獲モードに切り替えてから机の上に置く。最後はプリン自身に選んでもらうというなら、このやり方が適している筈だ。

 

 

「大変かもしれないけど俺と一緒に来たい、一緒に頑張ってくれる。そう決心を付けられたなら……ボールに触れてくれ」

 

「……」

 

「あー。まぁ、そう簡単に決めなくていいからな。断っても良いし」

 

 

 相手が俺なら無期限でのクーリングオフも効くし。

 そう告げながら、執事に俺のボックス転送先を教えておこうと……思った時。

 

 

「……ッ! プルリー!!」

 

 

 俺が執事の方向を向いた途端。プリンはキッと凛々しい目をしたかと思うと、体を膨らませた勢いのまま俺に向かって「びしっ」と、その短くてピンクの右腕を衝きつけた。

 そのまま腕は大きく振りかぶられ、

 

 

 ――《ボウン!》

 

 《カチッ!!》

 

 

 ボールへと、一度も揺れずに、ピンクの体ごと収まってくれたのだった。

 

 

「なるほど。このプリンが初対面にしては貴方に懐いていましたのは、お人柄からですかな」

 

「……うーん、いえ。単に冒険がしたかったんじゃあないですかね。俺はこの通り旅人トレーナーっぽい風貌ですし。あとは、俺はいつもポケモンを外に出してるんでポケモンっぽいにおいがしてたとか」

 

 

 こちらへと歩み寄る執事と話しながら、においといってもマリルみたく雑巾のではなくとか考えながら、プリンの入ったボールを持ち上げて覗き込む。すると先程と同じ強気で大きな目をしたプリンは、こちらへとウインクをしてくれた。

 おー、俺と気は合いそうだよな。ノリでウインクを返しておくけど!

 

 ……でもって、寝ている間に顔に落書きするのとかはやめてくれと頼んでおくのは忘れない!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 捕獲ポケモン

 

 プリン♀

 

 LV:10

 

 






 シンオウまで行っておいて、この選択! 
 どうぞマイナー野郎と呼んでやってくだされば。なにしろ、作者私自身からして、ピッピとどちらにするべきか迷った末の手持ち抜擢なので。はい。好きなんです、プリン。食べ物ではなく。ダッシュキャンセル上スマッシュかまします。オイチさんのパートナーらしいですね(伝聞系)。

 ……ただし今回のプリンの特殊性、遺伝技についてはご容赦くだされば有難いです。都合上どうしても必要かなぁ、と考えている次第なので。

 そして勿論、本拙作のプリンは落書き云々だけではなく、自分で隠した月の石を探すためにピカチュウ眠らせて引きずったりはたくで滝を割ったりだのといった事は致しません。
 (元ネタが分かる人がどれ位いるやら知れぬネタですが)


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Θ40ex スズラン島にて

 

 

 ――《ドドドドドド……》

 

 

 上から滑り落ちる大瀑布の真横を、関係者用リフトに乗って登る。

 

 ……現在地であるのは、スズラン島。

 

 ナギサシティの北に位置する、ゲームでは「ポケモンリーグ」としか表記されていなかった島なのだが……どうやら名前はアニメ準拠らしいな。

 

 

「―― という訳で、スズラン島の本街は奥のほうにあるのです。リーグの運営本部などもそちらにありまして……いえ。リーグの運営を任されているとはいえ、バトルクラブの方々の事ですから、今日もバトル三昧なのでしょうけど……」

 

「あはは、楽しそうな方々で何よりですね」

 

 

 あの後、プリンを仲間に加えてからは212番道路での俺の「目的」も終え、ノモセタウンなどを通過してからナギサシティへと到着。俺が着いた時にはシロナさんは未だいなかったため、先に用事のあったスズラン島へと到着していた。

 ……という訳で、ナギサシティも既に通過している。なにせ、特に用事がなかったからなぁ。むしろ、用事の殆どはこの島に集中していたので、シロナさんが追いついてくる前に、早め早めで用事を済ませておこうという算段だったりするのだが。

 

 

「―― それにしてもショウさんは、バトルクラブに用事があるとのコトで。本日はバトルクラブにもう1人お客さんが来ているんですよ」

 

「もう1人?」

 

 

 隣に乗っている案内の人(シロナさんに紹介してもらった)が、そう話してくれる。俺が思わず聞き返すと、

 

 

「はい。えぇと、小説家の方らしいのですが……バトルクラブのキクノさんに用事があるとのことで」

 

「……へぇ。小説家の方ですか。もしかして、黒くてメガネの幽霊ポケモン使いだったり……」

 

「あ、もしかしてお知り合いですか?」

 

「……多分」

 

 

 恐らくは、シキミか!

 そういえばナツメの試合の後、取材に行きますとか行ってたしな。……なんでこの時期になったのかは知れないが。

 

 

「うーん。ならば今日のバトルクラブは一層楽しいでしょうね!」

 

「そ、そんな風に捉えられるのはショウさん位だと思うのですが……はは。能天気といいますか、のんきといいますか」

 

 

 苦笑いを浮かべる案内のお人。……けど能天気、と言われるのは流石に初めてだなぁ。意識的に前向きにしようとは思っているんだけどさ。

 

 

「もう暫くかかります。それまでは、この島の説明などさせていただきますね」

 

「ん、そですね。よろしくお願いします」

 

 

 そうしてリフトに乗ったまま、揺られていく。

 案内人さんの話のおかげもあり、スズラン島本街への道のりは、退屈をしないで済むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ―― スズラン島、本街

 

 

 さて。バトルクラブとは、この地方で「元からリーグのような活動はしていたけれどクラブとの名義を採っていた団体」。いうなれば「ポケモンバトル大好きクラブ」みたいなものである。

 いつだかの思考にあったと思うが、ポケモンリーグという形がとられたのは確かに、近年になってからの出来事だ。だがしかし当然といえば当然、ポケモンバトルを好んでいる人々というのは元々から多数存在していたので。そのような人々が集まって研鑽を繰り返したり色々なバトルを試してみたりしていた団体こそ ―― ポケモンバトルクラブ、という訳。

 しっかし、

 

 

「行きなさい、サイドン。地震ですよ!」

 

「これは良いタイミングでした。……わたしの次のポケモンは、ドータクンです」

 

 《ワッ、アァァ!!》

 

「……目の前の様子を見る限り、これはこれで良いのかも知れないなぁ」

 

 

 どちらもゲームにおいては四天王であった2人……キクノさんと、ゴヨウがバトルを繰り広げていたのだ。周りで観戦するバトルクラブのメンバーたちも、一般客に負けず劣らずどころかより一層の声援を送っているご様子。

 ……だけどさ。

 

「(俺の知ってるヤツに似ている雰囲気があるんだよなぁ……)」

 

 ゴヨウにしろ、キクノさんにしろ。

 

 ―― おおっと、

 

 

 《《ワァァッ!》》

 

「……おほほ! あたしの負けですね、ゴヨウ」

 

「ありがとうございましたキクノさん。わたしのエスパーポケモン達も、キクノさんとのバトルには非常に満足しています」

 

「貴方自身はどうなのかしら?」

 

「ああ、これは失礼。勿論わたしもです」

 

 

 どこからか本を取り出し、小脇に抱えながらキクノと握手をしているゴヨウ。交わされている会話からして、どうやらバトルはゴヨウの勝利で終わったらしい。

 さぁて、

 

 

「それじゃあまずは、あの2人に聞いてみるか」

 

「えぇ、そうしましょう。……あ、すすす、すいません! なんだかアタシ、便乗したみたいですけど、違うんです! 元からキクノさんに取材をさせてもらうつもりで……」

 

 

 バトルを観戦するために集まっていた人ごみの中。勝手に隣に立ち、勝手に慌てているメガネの女性は……シキミか。どうやら隣にいるのが俺だと気付いていないらしい。なら、まずは認識させる所から始めるべきだろうな。

 

 

「……あの、シキミさん。俺です。ショウですよー」

 

「あわわわ!? ごごご、ゴメンなさい! ショウさんでしたか! ……って、ショウさんは何ゆえここにいらっしゃるのデスマス!?」

 

「落ち着け落ち着け」

 

 

 シキミは百面相を見せながら、ノリツッコミっぽい質問を投げかけてくる。相変わらず大げさに反応してくれるため、退屈しないのは何よりで!

 そして俺の落ち着けとの言葉に、またもや。

 

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「って、だから……あー、シキミ」

 

「ひゃ、ほぁい!」

 

「これから取材なんだってな。その前に落ちつくのをオススメするぞー……ほれほれ。深呼吸、深呼吸」

 

「……ひ、ひ、ふぅ。……ほぁ。そうですね。これから念願の、キクノさんへの取材なのですから。アタシが落ち着いていないと、御迷惑をかけてしまいますよね!」

 

「その調子その調子」

 

 

 けど、何故にラマーズ法!

 ……などというやり取りをしている間にもキクノさんとゴヨウは別れ、次のバトルが始まっているからな。流石はバトルクラブ。噂どおりのバトル好き達が集まっているみたいで。

 そう考え、あの2人が行ってしまう前に ―― と。

 

 

「んじゃなシキミ。キクノさんは任せた。俺はゴヨウさんに聞いてみるよ」

 

「え、あ、はい。……所でショウさんは、どんな御用事でここに?」

 

 

 あー、……成程。シキミからしてみれば当然の質問か。なにせシキミと前に会ったのは、カントー地方だったからな。

 だがしかし、

 

 

「そりゃ秘密だ。今は詮索しないでおいてくれ」

 

「……ふぅむ。―― 秘密を抱く少年、怪しき笑みを湛え ――」

 

「ぅぇ、やめ! その響きはなんか嫌だっ!?」

 

 

 「怪しき笑み」とか「秘密を抱く」とかな!

 これは、これ以上ネタにされる前に逃走するべきなのかっ!!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ゴヨウが目の前で椅子に座り、パタンと本を閉じる。

 

 

「これは良いタイミング。それではわたしが話をお伺いしましょう……ショウ君」

 

「えぇと、お願いします」

 

 

 スズラン島にある図書館の中へと移動した後。何とも丁寧な物腰の男、ゴヨウとの「お話」が開始されているんだが……

 

 

「あらためて自己紹介します。私が事前に連絡させていただいていた、ショウです」

 

「これはご丁寧に、どうも。……そんなに堅苦しくしなくても大丈夫ですよ」

 

「……あー、ではお言葉に甘えて。それにしても、ゴヨウさんはエスパーじゃあないんですよね? 本を読み終えるタイミングがピッタリ過ぎです」

 

「ああ、残念ながらそれは秘密なのですよ」

 

「……うわ」

 

 

 目の前で目を閉じ、微笑を浮かべるゴヨウ。悪戯好きというか何と言うか、つかみどころのないお方だなぁ。

 

 

「まぁまぁ。そんなことは置いておきましょう」

 

「貴方がそれをいいますか、ゴヨウさん」

 

「それより。……キミは、バトルクラブ代表としてのわたしに用事があったのではないのですか?」

 

 

 ふーむ、それもそうか。

 

 

「……そですね。ならばオーキド研究班の一員として、御協力をお願いしてもいーですかね。ゴヨウさん」

 

「勿論です」

 

 

 見事に快諾してくれるな。これであれば、こちらとしても遠慮せずともいいだろう。

 んじゃ、まずは。

 

 

「ではまず、バトルクラブの大まかな規模と……研究の手伝いをしても良い、という人がいるかどうかを聞いてみて下さいますかね」

 

「わたしとキクノさんは問題ないですよ。微力ですが、御協力させていただきましょう。他の方達は……そうですね。後で聞いてみることにします。……とはいえ、」

 

「それは何の笑みですか」

 

「いいえ。ポケモン図鑑などという夢溢れる名前を出せば、恐らく、バトルクラブの皆様は喜んで……というか、むしろ我先にと協力を申し出てくれますよ」

 

「ふぅん。……それは予知ですかね」

 

「秘密です」

 

 

 むぅ、見かけ通りにガードがお堅い。

 

 

「……というのは冗談でですね。ただの予測です。ショウ君は先程、バトルクラブのあの盛り上がり様を見たのでしょう?」

 

「……なるほど。ああいう人達が中核となっている、ってな訳ですか」

 

 

 ここまで移動するまでも、何人ものクラブメンバーとすれ違っているからな。何となくではあるがゴヨウの言いたい事は分かる気がする。

 メンバーのお人たちの傾向からするに……この団体の仕組みたるや実にシンプルで、上下関係は気にせず。とりあえずまとめ役は決めといてさっさとバトルしようぜ! というどこぞの英語名が灰の主人公かと言いたくなるような気質のお人達だったのだろう。それはそれで「組織の構造としてどうよ」とは思うけど……

 

 

「だからこそ、ゴヨウさんをトップに据えているってな理屈なんですかね」

 

「あぁ、確かに。言われてみればそうなのかもしれないですね」

 

 

 おいおい。当人がその反応か。

 

 

「わたしとしましては、やはりキクノさんが相応しいと思っていたのですが……どうにもキクノさんがわたしを推して下さりまして。若輩ながら、頭などを勤めさせていただいているのです」

 

「うーん。確かに強いですよねー、ゴヨウさん」

 

「……ふむ。ですがこうして近くで見てみると、キミもなかなか……」

 

 

 ……なんぞ、その視線。

 

 ……身の危険を感じるんだがっ!!

 

 

「……冗談でもやめてください。いやマジで」

 

「いや、強そうだねと」

 

 

 嘘付け、絶対に分かっててやってるだろう!

 

 ……そういえば。もしこの人もエスパーだとすれば、イツキなんかよりも警戒しておくべきだったのでは……!?

 

 …………えぇと、うん。

 

 

「……うぅ。とりあえず、この思考は置いときましょう。でもって、本題のお話をしたいのですが!」

 

「? ……さっきの話は本題ではないと」

 

「そですね。……では、これを ――」

 

「―― ! ……へぇ」

 

 

 そうして軌道を無理やりに修正して、この後。

 数時間にも及ぶ話し合いが展開される事となる。

 

 

 

 

 

 ―― で、件の数時間後。

 

 

「ショウさん、ショウさん!」

 

「あー、シキミさん。キクノさんへの取材は終わったんですか?」

 

「はい! それよりも、聞いてくださいよっ!!」

 

 

 水に、自然に、ポケモンに、人工物に。まさにシンオウの自然を縮小したとでも言う様なスズラン島の夕方の、非常に美しい街中にて。

 話し合いを終えた俺へと、同じく取材を終えたのであろうシキミが小走りに駆け寄って来ていてだな。

 

 その手に持ったメモ帳をぱらぱらとめくり、ビシ、と指差して。

 

 

「キクノさんがあんな格好をしているのは、寒いからではなくて砂嵐対策なのだそうですよっ!?」

 

「開口一番に伝えたくなるネタがそれですか、オイ!!」

 

 

 少々強引だが、見事に締めてくれた。

 シキミ、実にありがたいっ!

 






 キクノさんは、シンオウ四天王の中で最も厚着をしているお方です。
 (というか、他の人たちが薄着過ぎるだけ)

 ですが、いくらモデルが北海道とはいえ、ゲームでも雪は一部しか降っていないですからね。薄着でも問題はないのでしょう。おそらくは。

 ……キクノさんが寒がりなのか、寒いところに住んでいるのか、他の方々が暑がりなのか。



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Θ41 ナギサシティにて

 

 

 シンオウ地方に来てから、既に3週間が過ぎた。

 あの後シキミとも別れ、スズラン島からナギサシティへと戻ってきた俺は、未だ時間があったために先にリッシ湖で修行してみたりしていた。

 

 ……で。この後にはシロナさんに付いてキッサキシティまで行く予定なので、ナギサシティまで戻ってきた訳なのだが。

 

 

「なーんでこんな事になってるんだろうな」

 

「暴れ舞いなさいっ、ガブリアス!」

 

「こいつが! オレの、相棒だッ!!」

 

 

 シンオウ地方は北の大地の東端にある街、ナギサシティ。未だソーラーパネル改造はされていないが、ゲームと同じく立体的な歩道が敷かれている街だ。そんな街の南側に建つシルベの灯台の脇に座り込み、下でポケモン勝負を繰り広げる2人の様子を見守っている。どうやら2人共今年の地方リーグに挑戦するようで、前哨戦をしようという流れになっていたらしい。

 ……あ、デンジがオクタン出して仕掛けるみたいだな。

 

 

「オクタン! オクタンほう!」

 

「まずは、穴を掘る!」

 

 

 かの有名な電気ポケモン使い、デンジ。オクタンとかエテボースは、どうやらポケモントレーナーとしての手持ちの様で。となれば案外、今の手持ちは属性の偏っていないものなのかもしれないな。そんなんなら、

 

 

「……ガブリアスさえ抜けば、かなり良い勝負が出来るんじゃあないのかね、これ」

 

 

 こうして灯台の横から見下ろしている形だと、2人のトレーナーとしての力量がよく判る。シロナさんは勿論のこと、ガブリアスをエースと見て『オクタンほう』で命中低下にかかったデンジも良い判断だとは思う。使い勝手は、ともかく。

 

 

「レベルは拮抗しているみたいだし。ん、これは……」

 

「ふん。お前、この勝負はどう見るか」

 

「……え。俺、です、か。はい。俺に言ったみたいですね」

 

「そうだが」

 

 

 現在、勝負をしている2人の周囲には沢山の見物人が集まっている。歩道の上やら建物の中やら道端やら灯台の中やらだ。そんな中、1人で高台にある灯台の脇から勝負を見下ろしている俺へ、後ろから声をかけてきた人物がいたようだ。

 

 

「何故俺に聞きますか」

 

「バトルをしている女のほうと、先程話をしているのを見たからな」

 

「いや、だから」

 

「……」

 

「あー、はいはい。了解です。俺の見立てでよければですよ!」

 

 

 無言の威圧感強えぇ!

 ……と。この類の威圧感はなんだか見に覚えがあるなぁと考えつつも体を斜めに向け、俺に話しかけた人を視界に捕らえながら思考を展開させる。

 

 

「俺は2人の手持ちを知りません。ですので勝敗までは無理ですが……」

 

 

 目の端に映る、逆立った青い髪の男。見た目からの印象としては、けっこう老けている感じを受けた。失礼だけど。

 

 

「俺の読みでは、少なくとも中盤から終盤手前までにかけてはデンジさん有利に展開されると思います」

 

「……デンジか」

 

「はい。お知り合いで?」

 

「いや、あいつはこの街では有名な人物。わたしからの一方的なものだ」

 

「さいですか」

 

 

 この街では有名な、という発言からして、この人は少なくとも街の事を知っているんだろうな。住んでいたとか。住んで……

 ……うわあ、この人の正体にピンときちゃったよ。

 しかしその事は表情に出さず、考察を続ける。

 

 

「まぁ、続けまして。読みの理由としては、単純に作戦の違いからです。デンジさんは搦め手も上手い印象を受けました。女の人の方は攻撃範囲が広く指示はアグレッシブで、タイプ相性で有利でもあるでしょう。ですが、女の人の方は今戦っているのがエースなんです」

 

「なるほど。あの女のエースは、今出している鮫のようなポケモンだと言うことか」

 

「だと思います。今のトレーナーは1体の『頼りにしたい』主力を用意している人が殆どですからね。エースを潰しきれば連勝できるような手持ちは……あ、デンジさんのタコみたいなポケモンがやられましたか」

 

 

 俺たちの目の前で、戦況は変わり続ける。これでシロナさんがガブリアスを引っ込めるかどうか……お。やっぱり変えるみたいだな。

 

 

「これで逆に、デンジさんがエースとの再戦までにどれだけ手持ちを残せるか、となりました」

 

「変化技を受けたために『引っ込めなければならなくなった』と言う事か。これで終盤はあのエースと、デンジの残り手持ちとの対決になるだろう……となれば」

 

「今度はデンジさんにもエースがいますからね。複数体を倒すことの出来る主力が1体しかいないとすれば、傷ついたエースで数匹を『相手取らなければならなくなった』のは女の人の方、ということです。読み合いがデンジさん主体で動くことでしょう。これは、流れだけならデンジさん優勢ですよね?」

 

 

 最後のだけは半身の体勢ではなく、目の前の男……アカギを正面に捕らえてから言葉をかける。

 アカギは ―― ただし倍プッシュではなく ―― DPPtで「ギンガ団」の首領をしていた、ここナギサシティ出身の男。新しいエネルギーだとか宇宙だとか言いつつ、組織を使って「新しい世界」を創ろうなんていう壮大な計画をたてていた男でもある。うん、壮大すぎるけど!

 

 

「なかなかの推理だな」

 

「いえいえ。手持ちを残せなければ、結局はデンジさん不利ですからね」

 

 

 それに、俺としては本当は手持ちも知っているしな。「手持ちを知らない体(てい)」で推理をするなら、これでも良いのかも知れないけれど。

 ……うん。最後は互いにエースである「エレブー系統とガブリアス」の対決になってしまうんだろうな! 実はシロナさん有利だろ!!

 との予測もしてあるので。流石に今からリーグに挑戦しようという2人の手持ちを知っているのは不自然すぎるから言わないし、考察も一般的なものにしたけどな。

 

 そんな思考を繰り広げる俺の横でアカギは自らのポケットを漁り、取り出したものをこちらへと、って、危ないな。投げてよこすのか。で、その手元に上手く収めることが出来た物体をまじまじと観察してみる事にする。

 

 

「着火製品のライターっぽい形をした、親指大の樹脂製品。ですがライターという訳ではなく……大容量記憶媒体ですかね」

 

「それは七面倒な解説の礼だ。受け取りたまえ」

 

「中身は?」

 

「ロトムというポケモンのデータになる」

 

 

 ロトムっていうと、ハクタイの森にあるホラースポット「森の洋館」で出てくるゴーストポケモンだな。そういえばギンガ団で研究されていたっていう描写があったような気もする。でも、何故俺に?

 

 

「あの女……最近話題のポケモン神話の研究家だろう。その女との話の内容からしても、お前は研究者だと思ったのだが。違うか?」

 

「まぁ、そうですが。いえ、そうなんですよ」

 

「ならそれを持っておけ。新種として登録できるだけのデータを揃えてある」

 

「でも、データ元に根拠がなくちゃいけないんで」

 

「我が組織、ギンガ団が調べたのだ。その内に登録も出来るようになるだろう」

 

「あー、そういえばチラシとか見ましたよ。ギンガ団。うーん……じゃあひとまずは個人的に保管しておきます」

 

 

 普通の研究者なら信じない所なんだろうけど……俺はロトムというポケモンが存在するのを知ってしまっているからなぁ。それに組織として名前が売れてくれば、研究者の名義次第では登録も出来るかもしれない。本当に登録できるだけのデータが揃っているのなら、実測しなくても済むというのは大きいんだ。なら、持っておくだけ持っておいても損はないと思うし。

 因みに、ギンガ団は名目上は新エネルギー開発だとか宇宙開発だとかを行う企業となっているらしいので、組織としての存在を隠す必要がない様だ。さっき言った通り宣伝とかもしてるし、今のところポケモンを奪ったりはしていない様だし。

 あとついでに、今の発言で目の前の人物はアカギだと確定したと考えて良いと思う。「我が組織」とかな。そう思いつつ思考をまとめ、まずはお礼を返しておきたい場面か。

 

 

「どうもありがとうございま……って。もうどっか行くんですか?」

 

 

 俺が礼を言うと同時かその位で、目の前のアカギは未だ観戦している人の多い歩道の方へと歩き去って行こうとした。俺の呼びかけに立ち止まって背を向けたまま、顔だけで振り向き、

 

 

「今日は成人の記念に少し、街並みや旧知の顔を見に来ただけだ。もう用事は済んだのでな。それに――」

 

「それに?」

 

「そのデータはわたしにとっても思い入れのあるものだ。上手く役立ててくれたまえ」

 

「オーケーです。その子……ロトム、ですか? あなたの昔の手持ちとかですかね」

 

「……いや、そういったものではないな」

 

 

 アカギは何かの感慨を振り去るように、そう言い放つ。まぁ、貰えるんならありがたいな。ウイルスのチェックとかは厳重にかけるけど。

 

 

「はい、ではもう1度。ありがとうございました」

 

「……ふ」

 

 

 言い直した礼に……なんかアカギには変な顔されたな、今。でもってその後に微妙に笑みを浮かべると、こちらへと体を向き直した。

 

 

「……そうだな。一方的に聞いたのでは不公平だ。最後にわたしの予想を言っておくとしよう」

 

 

 そう言うと振り向いた顔を、しかし正面には戻さず。今度は少しだけ横へと向けて、未だ戦っているデンジとシロナさんの方向を向いている。

 

 

「この勝負、確かに流れとしてはお前の予想が当たるだろう。が、アイツではあの女には勝てん。『そういう』奴だからな」

 

「……ふーん、とだけ返しておきます」

 

「ふ。では失礼する」

 

 

 最後に俺へとそう告げるとそのまま腕を後ろに組んで、今度こそバトルを観戦している人ごみの中へと消え去っていってしまった。

 

 

「……アカギ、ね」

 

 

 色々とアレなので予防的にあの人関連の突っ込みは自重し、アカギが立ち去って見えなくなった頃。手元にある記憶媒体のプレゼントを見つめながら、この遭遇について考えてしまう。

 何を思ってロトムのデータを俺にくれたのかは、分からない。デンジとは知り合いっぽい感じだったけど、結局は確定しない。そもそもギンガ団ってこの頃からゲームの様な活動を計画してたのかなーとか思うが、これについても分からない。分からないだらけだ。

 

「(とはいっても、収穫がなかったわけじゃあないけどな)」

 

 勿論収穫はあった。なんとも役に立たないが、多分恐らく非常に大切かもしれない情報だ。

 記憶媒体を四次元バッグの中に放り込んだ後に、それを思わず口に出してしまう程度には。

 

 

 ……アカギってさ。「今日成人」とか言ってたよな。

 

 

「今、あの貫禄で二十歳なのかよっ!」

 

 

 そういえばゲーム時でも27才だったしな!

 年が若いとか国際警察に言われてけど、確かに納得だわ!!

 

 

 

 あぁ、因みに。デンジとシロナさんの勝負に関しては、やっぱりシロナさん勝利だったようで。

 

 






 アカギさん、20才。
 世界を創るとか言いたいお年頃なんですね、きっと。
 ……多分。
 

 ついでに、電気使い()状態だったデンジさんの手持ちについて多少のフォローを入れてしまいました。Ptでのみ、彼の電気な手持ちを見ることが出来ますね。DPではよくよく

(ラスト1匹で)

 こいつが! 俺の! 切り札ッ!
 ↓
 オクタン(水)or
 エテボース(ノーマル)

 となっていた彼も、エレキブルと10万ボルト大好きな電気使いとして覚醒しておりますので。繰り返しますが、少なくともジムリーダーでは電気ポケモン使いです。
 ただしその後、イッシュ四天王に「10万ボルトって知ってる?」などと迷言(まよいごと)を言いながら挑んだ彼は、電気ポケモンが大好きなんでしょう。よっぽど。ゲーム中ではチャージビーム大好きでしたが。

 因みに作中で「エース」云々と語っていますが、これはジム戦での一番レベルが高いの~などというヤツではなく、また、通信対戦等の環境における話でもありません。シナリオプレイ中……いわば冒険中のお話です。
 誰でも経験があるかとは思うのですが、ゲームのシナリオ部分の手持ちで1匹は「とりあえず頼りたい」1匹がいると思うのです(大体は御三家になるかと)。
 ……えぇ。持ってるアイテムがお守り小判になったり、低レベル育成中に交換出しされたり、学習装置で寄生されたりする彼・彼女です。この一匹を便宜上「エース」として語っております。
 そんな1匹は大方が……これは少し語弊はありますが……「抜き性能」があるものだと思います。特に御三家なんかは覚える技のバランスがとられていますからね。それが傷ついているなら、また、正体等が知られているなら後半の削りあいでは不利になるということを言っているのでした。
 ……はい。分かり難くて申し訳ありません。


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Θ42 北の大地の、切っ先

 

 キッサキの街中には、今日も雪がガンガン降り積もる。降雪の擬音は「しんしんと」などと表現するべきなのかもしれないが、実際に住んでいる人からすればそんな綺麗な表現は出てこないだろう。俺もそうだ。住んでないけど!

 

 などと、とりあえず言いたい事を言ってからの説明になったのだが。キッサキシティは只でさえ国内最北端にあるシンオウ地方の中でも、最も北側に位置する街だ。そんな位置にあるものだから、一年中とまでは行かずとも長い期間雪が降り続くのだ。

 因みにゲームでは7つ目のジムがある街でもあり、なにかと薄着なジムリーダーがいたものだが……今は公認ジムの立地候補場所を絞っている段階でもあり、ジムリーダーとしては就任していない様だった。

 

 さてさてさて。そんなんで現在俺は雪の上に立っているのだが、周囲には3人の人物がおりましてですね。

 

 

「うし。それでは紹介も終わったんで、ポケセンに行きますか。ガラガラだと思いますけど。ポケモンではなく、閑古鳥という意味で」

 

「紹介? ……それにガラガラって……カントーにいるポケモンの名前、だったかしら?」

 

「……」(就寝中)

 

「お嬢様もご就寝なさっているからね。それじゃあよろしく頼んだよ、ショウ」

 

 

 そう言うとコクランは俺の背中へとエスパーお嬢様を預け、まだ一言目の台詞だというに、現在俺(背中にカトレア)とシロナさんの立っているポケモンセンターの前から南側へと立ち去っていった。

 ……分かった。今の状況を説明しよう。

 

 先日のナギサシティでのシロナさんとデンジのバトルの後、俺たちはナギサシティ自体に用がある訳ではないのですぐに船で発つ事になった。しかしキッサキ辺りの海には氷が張るために砕きながら運航する必要があり、「砕氷船に乗り換える必要があった」のだ。因みに、砕氷船とはゲームでキッサキ~バトルフロンティアに移動する際に乗っていたあの船である。

 そして乗り換える必要があったために、俺とシロナさんは一旦ゲームでバトルフロンティアのあった島へと寄ることになった……のだが、ここで思い出して欲しいのが「バトルキャッスル」。

 バトルキャッスルはPtのバトルフロンティアにてカトレアとコクランが担当していた施設で、実際の城としても機能していたらしい。そんな城を現在ちょうど建設中だったコクランやカトレアと、乗換えを行っていた俺らがばったり遭遇。どうやらカトレアやコクランは帰る途中らしく、一旦はキッサキシティやカントーを経由するので俺たちに同行するという流れなのである。

 

 

 で。

 解説中に以下略によって俺とシロナさんはポケモンセンターの中に入った。既にカトレアは俺の背を離れており、宿泊用の一室に寝かせて貰っている次第だ。

 あぁそう言えば、キッサキは「シティ」と呼ばれているだけあり実はゲームでの見た目以上に交通網は便利らしく、次の目的地であるホウエン地方に行くのにも色々と便利になっているらしい。しかしながらこの様な雪の降り積もるへんぴな街に来るトレーナーというのはご想像の通りに少数派であり、ポケモンセンターは予想した通りにガラガラな状況とはなっていたんだけどな。

 

 ……ふう。これでとりあえずの現状まとめは終了、かな。ポケモンセンターのロビーに座りながらそう思考を切り上げた頃合で……うん。目の前に座るシロナさんへと、今回の旅の御礼をしておきたい所だ。

 

 

「シロナさん。今回はどうも、本当にありがとうございました」

 

「あら、こちらこそ。途中で幾つかバトル指導をして頂いちゃったもの」

 

「うーん、いえ。それも含めてそれこそ、こちらこそというヤツです」

 

 

 これぞ日本人というやり取りをしつつ、それでも本当に感謝はしているからな。こんなんなら嫌ではない。

 

 

「あたしは間に合わなくて着いていけなかったけれど、バトルクラブとの連携も出来そうかしら?」

 

「はい。俺もリーグ建設予定地であるスズラン島に行ってきましたが、バトルクラブの皆さんは凄い気の良い方ばかりでしたよ」

 

「ふふ、確かにそうね。あたしの時もそうだったから」

 

「まぁ、ああいう人たちがリーグ運営の中心になってくれるのなら、この地方は安泰だと思います」

 

「……ふうん。あぁいえ、そうよね。うん、安泰安泰!」

 

 

 うおっと、少し突っ込みすぎたかもしれないな。シロナさんが上手く切り返してくれたけれど。

 

 

「有難うございます。シロナさんも今年の地方リーグ……いえ。シンオウリーグ、頑張ってくださいね」

 

「分かったわ。色々と教えてくれたきみの為にも、なにより……あたし自身とあたしのポケモン達の為にも。全力を尽くすことを誓いましょう」

 

 

 シロナさんは立ち上がり俺の目をまっすぐに見つめると、胸に手を当てながらそう宣誓してくれた。……いや、こっぱずかしいんだけど素直に受け取っておくか。とりあえず。

 そう考えて俺のほうも立ち上がり、手を差し出しながら、

 

 

「まぁ、シロナさんの場合まずはキッサキ神殿の調査ですからね。お互い頑張りましょう」

 

「えぇ。ショウ君も、お元気で」

 

 

 互いに握手を交わす事にする。

 俺とシロナさんが次に出合うのがいつになるかは分からないが、チャンピオンとの交流があるのは少なくとも悪い方向には働かないと思う。むしろ俺にとってはプラス要素ばかりだし!

 そんな風に打算的な考えによって思考内照れ隠しをしながら握手を終えると、シロナさんが身に着けたバッグをゴソゴソとしながら一枚の紙を俺へと差し出した。……あ、この光景には既視感が。

 

 

「これはあたし直通の連絡先。自転車の件とナナカマド博士の件、それに他にもなにかあったら連絡を頂戴ね?」

 

「あいや了解です。……んじゃ、こっちは俺の連絡先ですから」

 

 

 やっぱり連絡先な、との感想はどうでも良く。俺も四次元バッグから名刺を出し連絡先を交換。

 ……さて。それでは、オチをつけて貰いましょう。

 

 

「……じゃあ、シロナさん。こんど四次元バッグのテスター募集があったら連絡しますよ」

 

「……っ!」

 

 

 俺の言葉にシロナさんの顔がちょっと引きつる。美人なのに。そしてこの流れにもデジャヴ!

 

 

「これ、便利ですから。自転車云々よりもシロナさんにとっては役立つはずです……よね?」

 

「あら。そ、そうかしら?」

 

「多分、恐らく」

 

 

 この人が某所で色々と言われるのは、理由があるからなのだ。火のない所に……とは、ちょっと違うな。うん。

 勘だが、自転車~転送できると楽よね~バッグもあればといった流れにしたかったという目論見が、見えなくもない気がしないでもないかも知れない。多分。まぁこれは勘ぐり過ぎかもしれないけど。

 

 

「便利ですよー、このバッグ。転送先を設定する必要はありますが、少なくともトレーナー用品なら殆ど仕舞い込むことが出来ます」

 

「……」

 

「片付かない部屋の中から冒険用のトレーナー用品を区別出来るだけでも、かなり楽になると思うんですが。どうでしょう!」

 

「……よろしくお願いします、ショウ君ッ!」

 

 

 まぁ実際、研究室なんて早々片付くもんじゃあないってのは分かるけどな。それでも帰りたくないとかいうのはどうかと思う!

 頑張れ未来のチャンピオン! (ただし片付けを!)

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 シロナさんと別れてから数時間後、降雪の中にも関わらずキッサキシティを出て西側を目指す。目的地は「エイチ湖のほとり」だ。

 

 

「ミ……ピジョン、そのままでよろしく」

 

「ピィ、ヨッ♪」

 

 ――《ヒィイン》

 

 

 キッサキシティの西に位置する「エイチ湖のほとり」は、ゲームではロッククライムでしか登れない高台にあった。そこを目指すということでは必然的に崖を登る羽目になるのだが……ずざざざっ、と。

 

「(着きましたっと。次はあの森の中だな)」

 

 ミュウに超能力で姿勢制御をしてもらいながら高速で崖を上りきった。こないだ自転車で転んだ時に思いついた方法なんだが、これならロッククライムなど使わなくても登り下りできるという次第なので。まぁ、明らかにサイコパワーってな見た目だから人前では使えないんだけどな。

 

 そんな無駄思考と共に木々の中へと入り、抜けるとその後にはエイチ湖が見えてくる。キッサキ周辺にあるだけあって雪が積もっている湖で、知識の神ユクシーが住んでいるという場所でもあるんだが、おっと。

 

 

 ――《きょううん!》

 

「おー、来た来た」

 

 

 「予想通り」出てきてくれたな。俺が来ると同時に洞窟の中からぬっと姿を現したポケモン……ユクシー。ユクシーはいつも通りに目を閉じたままでその黄色い体を揺らしながら、ふわふわと辺りを飛び回る。数秒後には空中で体を止め、暫く飛び回って満足したのか、俺の目の前まで降りて来てくれた。

 

 

 《きょううん?》

 

「ども。この度は本当にご足労をお掛けした様で」

 

 《きょうん!》

 

「あ、そう言って貰えると助かります……では」

 

 《きょきゅうん》――

 

「はい、これでオーケーです。ご協力有難うございました」

 

 《きょ》――《きょゎん》

 

 ――《きょううん!》

 

「ほんとに有り難うございました。では、またいつかお会いできればー」

 

 

 用事を終えたユクシーは俺とミュウの周りを飛びながら数秒眺め、元の洞窟の中へと戻っていく。こちらもお礼を告げて手を振って、と。これで用事は終了だ。

 

 さあて。ではキッサキへと戻りながら、頭の中だけで本日2度目の解説をば。

 

 まず、シンオウ地方に来てすぐシロナさんと行ったシンジ湖ではエムリットが姿を見せていたのを覚えているだろうか。その際エムリットは東へと飛んでいったんだが……シンジ湖の東にあるリッシ湖で、実は俺はアグノムとも会っていたんだ。カットされたけどな。で、その際にアグノムは北西へと飛んでいって……まぁ、伝説の方々にここまでされた俺は(湖の位置関係も知っているんで)誘導されてるんじゃないかと気づいた訳だ。案の定誘導先のエイチ湖では、ユクシーが初めから待ってくれていたしな。

 さて。じゃあ何故俺がここまで誘導されていたのか、なんだが。どうやら伝説UMAポケモン3匹揃って……世界のバランスをとるのもこの3匹の役目で……この地方に散らばっていた「因子」をかき集めてくれていたらしい。

 

 ……働かない俺の代わりにな! いやほんとスイマセンでした!

 

 などという脳内解説をしながら、エイチ湖周辺の森を外へと戻る。抜けた先にはまたも崖が見えてきており、さっきは登ったのだから下らなくてはいけないのが自然というものだろう。ならばもっかいミュウに手伝ってもらいながら……

 

「(……こりゃ、凡ミスかな)」

 

 

 ――《ざざざっ》

 

「よっと。……あー……おいっす。カトレア」

 

「やっぱり、ショウだったのね……」

 

 

 崖を降りきった後で、少し動揺しながらもまずは挨拶をしておく。俺の目の前ではこの通り、以前イッシュで見たようなワンピースではなく防寒用に色々と着込んだエスパーお嬢様が、木陰から姿を現していたのだ。

 俺の挨拶にこちらを一瞥したカトレアは、次いで視線を俺が下りてきた高台の方向へと動かし、いつもの気だるそうな口調と表情で口を開く。

 

 

「この崖を登る時にも使ったということね。ふうん……」

 

「流石はエスパー……じゃなくても分かるか。降りてきてたしな」

 

「アタクシがここへ来たのは、エスパーだからが理由です。心当たりはなくて……?」

 

「まぁ、あるけど」

 

「先ほど思念波を感じました。それはもう、眠っているアタクシを引き起こす程の」

 

「で、思念波の元をたどったら俺と出くわしたと」

 

「はい。勿論、たった今崖を下ってくる際のアレも見ています」

 

「なるほどなるほど。なるほ……うーん……」

 

 

 うわ。さっきまで眠ってたからって油断してたか。そういえばエイチ湖へと登る時にも、ミュウから思念波っぽいのが漏れ出てたもんな。見られたというか、感じられたのか。

 ……まぁ、これくらいなら説明しても大丈夫だろう。相手はロケット団でもなけりゃギンガ団でもプラズマ団でもないんだし。

 

 

「とりあえず、寒くはないか? 時間がかかるから少なくとも寒くはない所で話した方が楽だと思うけど」

 

「分かりました。では、ポケモンセンターまで戻りましょ……」

 

 

 ここで話せなくはないが、なにせ216番程ではないにしろこのエイチ湖のほとりも降雪中であるからして。そう考えての提案に同意の言葉を貰ったので、歩きながら2人してイッシュで別れた日から今日までにあったことを、本題については避けつつ話していくことにする。

 どうやらカトレアの家はナナシマのゴージャスリゾートにも別荘を作ることを計画しているだとか、カトレアはこちらの国でトレーナー資格も取るつもりだとか。ただし俺のほうからの話題はやっぱり研究の話題ばかりになるというのは、ご愛嬌という事で何とかご容赦いただきたい所なんだけど。

 

 

「ショウも大変みたい……」

 

「それは昔からだって」

 

「そういえば、そうなのかも? ……知れないわ」

 

「そんなもんだろ。で、さて。ポケモンセンターに着いたけど」

 

 

 そのまま歩いて数分。話も丁度終わったタイミングで、キッサキシティの中央に鎮座するポケモンセンターまで戻ってきている。

 

 

「俺としては2階の……そうだな。今日の人の入りなら2階なだけで十分か」

 

 

 いくらキッサキのポケモンセンターがガラガラのスッカスカな状態だと言っても、できる限り用心しておきたいのだ。

 そう考えて人目を避けることを進言させてもらったんだが……俺の目の前で当のカトレアはなにやら不思議そうな顔を浮かべていて……首を傾げる。

 

 

「……? なら、ショウがアタクシが休んでいた部屋まで来れば良いn」

 

「それは駄目。俺がコクランに怒られるから!」

 

「……それでは仕様がないわね」

 

 

 いや2人きりになろうが話しかしないんだけどな、話オンリー。けどそこへ砕氷船の調整に行っているコクランがタイミングよく戻ってくるとか、その時に限ってなにやら起こっていたりなんだりしたと仮定すれば、俺の身が危ない気がするからな!

 なのでカトレアの提案を即時却下。多少は不満げな顔を見せられたものの、建物内に入ってからは2階の団欒スペースまでおとなしくついて来てくれた。

 

 

「んじゃ、あの辺で」

 

「ピヨーッ」

 

 

 俺が隅にあるソファーを指差すとほぼ同時。ポケモンセンターの中という事もあり静かに後を着いて来てくれていたミュウは、ここに至って何かが弾けたのか目をつけるなりソファーへと飛び込んでいった。

 あー、仕方ない。俺も座るか。

 

 

「……さて始めるぞ。まずは質問を受け付けてみるか」

 

 

 ここならカメラもないし、人もいないし。なので壁際のソファーに対面で腰掛けたのを見計らって、こちらから話を切り出してみる。するとカトレアは俺の隣でソファーへダイブの感触を堪能している偽装鳥(へんしんミュウ)を指差して……やっぱりか。

 

 

「先ほどの思念波の大元です。そしてそのポケモンは今も、ナニかとても強い力を使っていると思います。本当の姿も、今の見かけとは異なるのではないでしょうか?」

 

「そこまで分かるもんなのか」

 

「あれからアタクシも、少しは努力しているつもりです……それで」

 

 

 口頭で、カトレアは今のミュウの状態を指摘してみせた。流石はエスパー。

 ……まぁ、見つかったからには話すつもりだったし、いいか。

 

 

「ミュウ、へんしん解いていいぞ」

 

「ピヨ?」

 

「うん」

 

「ピヨー」

 

 

 再度の確認をとられたためそれにもOKを出すと、ピジョンに『へんしん』していたミュウが目の前で姿を変えていく。

 ここでついでに説明しておくと、どうやらミュウの『へんしん』は超能力を使ったものであるらしい。ミュウ自らがグニャグニャ動くのではないというのは何と言うか、幸いだと思うのは……ま、どうでも良いか。

 とか何とかやっている内に、ミュウは『へんしん』を解き終わってるしな。じゃあまずは解説からだな。

 

 

「コイツがさっきの鳥ポケモンの本性というかそんな感じで、名前はミュウだ。さっき俺の崖昇降をサポートしててくれたのも、コイツ」

 

「ミュウ♪」

 

「……不思議なポケモン……」

 

 

 目の前でピンクの体毛、2足、長い尻尾という「いつもの」姿に戻ったミュウを、カトレアは言葉通りの不思議そうな表情で見つめている様だ。

 

 

「新種のポケモンだから、秘密な?」

 

「ミュミュッ、ンミュー?」

 

「……はい」

 

 

 秘密だとの言葉に、その反応か。全く、聞こえているのかいないのか。……まぁ、楽しそうだから別に良いか!

 後でコクランに念押ししとくけどな!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 ……

 

 ……

 

 

「はい、はい。……あら。この方は貴女のお知り合いですか」

 

『――。ラプラス――だけ――。――』

 

「とても面白そうな子ですね……わたくしも丁度ホウエンへ修行に来ていますし。ふふ、楽しみが1つ増えましたわ」

 

『――――』

 

「はい。それでは貴女も、四天王としての責務を頑張って下さいまし。……カンナ」

 

 






 シンオウ編は、ここまでです。


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Θ43 執事のwktk夏休み

 

 

 目の前にあるPCで、「預かりボックス」の画面上を、次々と指差しながら博士達に説明していく。

 

 

「と、ここまでがノモセ湿原で捕獲したポケモンです。このボックスからがナギサシティ周辺になります」

 

「ふうむ。妙にノモセ周辺のポケモンが多いの」

 

「時間配分の都合です。それで、キッサキ周辺で捕獲出来たのは、申し訳ないですけどこの1種類だけです」

 

「ウム」

 

「……で、新しく俺の手持ちに加わったのがコイツです」

 

「プリュリー!」

 

「まぁ、このプリンは検査を受けてもらってたんで、今からが本格的な合流なんですけどね」

 

 

 俺がシンオウ地方から帰ってきてから間も無く。

 明日にでもホウエン地方に向かう予定なのだが、一応の名目上である研究調査の報告をしなくてはならないため、カントー地方はマサラのオーキド研究所に一旦寄っているのだ。

 因みに上述の言葉通りにプリンは1度研究所に預けていた。調査等々が終わり次第、ここで合流する運びとなっていたんだ。カントーにもいる種類だとはいえ、俺のプリンは他の地方からのポケモンだからな。多少の検査をしなくてはならなかったのは、何とも、面倒なことで。

 

 

「という事で、俺は明日にはホウエン地方へ発ちますが……」

 

「なら今日は、ゆっくり休むと良いじゃろ」

 

「そうだな。ショウも疲れていることだろう」

 

 

 まぁ確かに。これ以上は無いというほどの過密日程でシンオウ地方横断プラスアルファなど行ったのだから、9才である身にはキツかったってのは本当だ。

 

 

「そうですね。今日の所は博士達のお言葉に甘えさせてもらいた――」

 

 

 ―― 《ヒィイッ!》

 

 ―― お嬢様、お待ちください! そんなに力を使っては……ってワッハ!

 

 

「……じゃがの。表にいるあの娘は……。お主はやはり、大変じゃの……?」

 

「……せめて違います、と言わせてもらうくらいの権限は、俺にも欲しいところですが」

 

「はは! ショウは超能力のある者に好かれる傾向でもあるのかも知れんな!」

 

 

 いやだから、超能力お嬢様とその執事は勝手に着いて来ただけなんですって。向こうから「ショウの研究している場所を見に行きたい」と言われたなら、断る文句が見付からなかったってのが主な理由なんだしな。

 

 ……そして俺がナナカマド博士の言う通りに「超能力のある者に好かれる」とかいう能力持ちだったとしたら、未来のジョウト四天王に物凄く警戒しなくてはいけない奴が1人いる事になってたんだが……まぁ。

 先日のゴヨウといい、彼らに対しては全力を持って警戒しようか。うん。友情ならドンと来いなんだが。

 

 

「それでですね、その事は置いときまして。俺への用事ってのは、なんだったんですか?」

 

「おおそうじゃった。そういえば連絡をまわしておったの」

 

 

 ここで話題転換。これは決して俺にとって都合が悪い話題だからではなく、業務上仕方なくの話題転換であることを判っておいて欲しい。まぁ、別に良いけど。

 あー、さて。転換された話題の中心だが……シンオウ地方を回っている間に、オーキド博士から俺への連絡が来ていたのだ。どうやら至急の案件ではないらしく、研究所に寄った際にと書いてあったのだから、今がそのタイミングであると思うんだけど。

 

 

「海外のシャガ市長からだ。どうやら、ショウにプレゼントがあるらしい」

 

「はぁ、プレゼント。ソウリュウ饅頭とかですか?」

 

「別に旅行土産じゃあないからの。……ほれ。ここに1つ、モンスターボールがあるじゃろう?」

 

 

 オーキド博士が机の上を指差している。その先には言葉通り、モンスターボールが載っているのだが。

 

 

「御三家……じゃあ、ないですよね。はい」

 

「お主の言葉はよく分からんが……お礼だそうじゃの。助言への」

 

「助言、ですか。そんなんありましたか?」

 

「シャガは、ショウの言葉で市長だけではなくジムリーダーの兼任を目指すことを決めたらしいのだ」

 

「……あぁ、あれですか。確かに覚えはありますね」

 

 

 シャガさんと一緒にフスベシティから帰って来る途中。そういえば俺はシャガさんに門下生でもとればどうか、といったニュアンスの言葉をかけていたな。マジで実行したのか……って、いや。コレでシャガさんがジムリーダーになるのも別に悪い流れではないんだから、まぁ、それは良い。

 けど、

 

 

「あの程度でお礼を貰うってのは、何だか気が引けます」

 

 

 本当に提案してみただけだったんだし。始めから交換条件が提示されていたのであればともかく、こんなんでお礼を貰っていては善意の押し売りな気がしてならない。

 そんな俺に対して、オーキド博士はやれやれといった態度で身をすくめた。

 

 

「仕様がないのう、ショウは」

 

「性格ですからね」

 

「それでもじゃ。最近は改善してきた気もするがの、こういうのは『相手が受け取って欲しい』もんじゃろうに」

 

「……究極の屁理屈な気もしますが、まぁ、そうです」

 

 

 つまり、俺の価値観に照らし合わせるなら「相手はコレを受け取って貰うことでスッキリするのだから、気が引けるという程度なら貰ってやれ。その方が真に相手の為になる」という事なんだろう。自身を納得させるにもこの様な経路を辿らなければならないとは、いやぁ。なんとも面倒な思考構造をしていますことで。俺。

 

 

「……分かりました。ありがたく頂きましょう」

 

「ウム」

 

 

 要望を飲み込み、博士達の間を抜け、机へと近づく。

 研究所で机の上にあるモンスターボールを貰うっていうシチュエーションは、なんかゲームで最初のポケモンを選ぶ時の感じに似ている気もするけど、既に俺には相棒達がいるからな。場所と雰囲気、あとは博士達がいることによる気分的なものだろう。

 そう無駄に考えながら机の横に立ったところで、左手でモンスターボールを持ち上げる。

 

 

「さぁて、よろしくな。……って」

 

 

 その中に入っていたポケモンは――

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 ―― Side コクラン

 

 

 研究所から、見知った友人が歩き出てくる。

 その友人を出口から見送っている2人の博士と一瞬視線が合い、オレとお嬢様も礼を返した。先程挨拶もさせてもらったが、オーキド博士もナナカマド博士もとても良いお人柄だった。なんと言うか、威光と貫禄はあっても研究者特有の近づき辛さはないといった感じか。

 そしてそのままこちらへ歩いてきた友人……ショウに、まずは話しかける。

 

 

「ショウ。相談は終わったのか?」

 

「ん、滞りなく。俺は明日にでもホウエン地方に飛ぶんだが……んじゃ、明日はクチバまで一緒に行くか? コクラン、カトレア」

 

「……アタクシは、是非」

 

「お嬢様が良いのなら、オレには断る理由がないよ」

 

「うし。ならまずは、マサラの宿にでも案内するか」

 

 

 悪く言えば悪戯っぽい、よく言えば楽しそうな笑みを浮かべ、歩きながらショウがこちらへ説明を開始する。

 

 

「ちなみに、俺はヤマブキとクチバの間にある空港まで行けばオッケーだからな。コクランとカトレアは明日、ナナシマまで高速船で行くんだろ?」

 

「……ハイ」

 

「ならクチバの港でシーギャロップ号に乗るんだよな。港までは見送りしとくぞ」

 

「あぁ。ありがとう、ショウ」

 

「うんにゃ、土地勘無いのは当然だ。なにせ外国だからな! 俺もそうだったし!」

 

 

 当然といった感じで、今度は頭上で空を飛ぶ自らのポケモンを見上げながら、マサラの中心へと歩き続ける ―― かと思いきや。ショウはすぐに顔を下ろしてこちらの方を向いた。

 

 

「あー、そう言えば」

 

「どうした? ショウ」

 

「ゴージャスリゾートに行くんならさ。カトレア達はレインボーパス、持ってるのか?」

 

「……ショウも欲しいのですか」

 

「まぁ、はい。イエスだけど」

 

 

 おぉ、普段はダウナー全開なお嬢様が自ら興味を示したぞ。ちなみに確かにオレとお嬢様は、ナナシマ全ての島に入れるパス……レインボーパスを所持している。

 せっかくお嬢様が受け答えしているのだしと考え、オレは執事らしく後ろで控えていることにしようかな。

 

 

「今の俺は研究者権限のトライパスしか持っていないから、行ったとしても4の島までしか入れないんだ。せっかくあんな所まで行く機会を得たとしても、入れない島があるって悔しすぎるだろ?」

 

「……そうですか。コクラン、手配しておいて」

 

「承知いたしました、お嬢様」

 

 

 深く腰を曲げる。だから見えないけど、多分ショウは何ともいえない表情をしていることだろうね。

 

 

「いいのか? カトレア」

 

「いえ。アタクシの師匠であるアナタには、色々と貸しもあります」

 

「貸しって。……それに師匠て」

 

「師匠ですし、貸しです。返させてはくれないのですか?」

 

「……ま、良いか。んじゃ、とりあえずはありがとうな。カトレア、コクランも」

 

 

 ん? ショウにしてはあっさりと引き下がったな。気になって顔を上げると、ショウは頭を掻きながらも仕様がないといった表情をしていた。

 しかし、その事を問いただす前にお嬢様が質問を続ける。どうやらショウへは中々に興味深々なご様子だ。お嬢様はショウの腰辺りを指差し、

 

 

「プリンの他にも、新しいポケモン」

 

「ご名答。ついさっき親登録もしてきたトコだ。あ、でも、まだ迂闊に外に出すことは出来ないんで。それは勘弁してくれ」

 

 

 お嬢様が、頭の上で夏の日差しを遮っている麦わら帽子の影の内で(恐らくは会話の筋が区切られたことに対して)ほんの少しだけ不貞腐れる。

 

 

「……そうなの」

 

「うーん、俺に合ってはいるんだけどなぁ」

 

 

 ショウが申し訳なさそうな顔をするとお嬢様もそれに気づき、不貞腐れた顔はやめた。数瞬悩んで話題を探した(の、だろう)後に、

 

 

「合って……る?」

 

「おう、相性ってのは大切だからな。カトレアとエスパーポケモンみたいなもんだよ」

 

 

 お嬢様、来ましたよ。これは絶好の話題ですっ。

 

 

「……ふぅん。そういえば、この辺りのエスパーポケモンってどの様なものがいるのです?」

 

「……あー、そう言えば。それに関しては俺よりも詳しいヤツがいる。連絡先でも教えておけば――」

 

 

 ショウが何かを避けるかのように、話題をその「誰か」に擦り付けようとした。……お嬢様は今度こそ、不貞腐れた顔を隠そうともしない。

 

 

「アタクシは、ショウから聞きたいのです」

 

「……いや、別に良いけどな。それじゃ、まずは――」

 

 

 なんにせよ、前を歩くお嬢様とショウの会話は弾んでいる。互いに共通点があるなら、お嬢様も口数が増えるのだろう。御家にいては見ることの出来ない、「楽しそうな」光景だ。

 執事(オレ)はそのまま、マサラの中心部へと歩き続ける2人の後ろを、数歩引いて歩くことで背景に徹した。

 

 風の吹く草原に生る木々の間の木陰を歩くと、セミ達の鳴き声が響く。

 頭上には、じらじらと大地を照らす真夏の太陽と暑さを苦にせず飛び交う鳥ポケモン達。

 夏真っ盛りのカントーの田舎・マサラタウンは、言い換えれば最も平和とも言えるのかも知れなかった。

 

「(お嬢様はとりあえずショウに任せて小休止、と)」

 

 うん、束の間の夏休みを楽しむとしようかな。

 

 






 実は作中は夏休みだったという衝撃の事実。
 ……キッサキは雪降ってたというに。

 あと、新手持ちはもうちょっと後の公開で。
 いえ。予想できている方もいるかとは思うのですが……とりあえずは出てくるまで見守ってやってくだされば嬉しいです。

 ……ついでに。
 誰も気づいてくれないとなると寂しい様な気もいたしますためにここにて今回のタイトルの元ネタを解説させていただきますと、ポケモン映画の「ピカピカ~等」を意識しましたという所存。……冬休みを知っている方はどの位いるのやら……。
 (ショウのプリンには、是非ともあの歌で歌ってほしいものです)


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Θ44 今度は南の方

 

 

「っと、着いたな。カナズミシティ」

 

 

 飛行機でカナズミまで一発到着。……と、まぁそんな訳でやってきましたホウエン地方。

 ホウエン地方はカントー地方の南に位置する、この国の南端となる地方である。特性としては自然が多かったり、地方の南側は殆どが海で占められていたりするといった点が挙げられるだろう。そんなホウエン地方の北側に位置するこのカナズミシティは、ホウエン地方への玄関口となっているのだった。

 

 さて。俺がこのカナズミシティに来た理由は、とりあえず1つ。それは「デボンコーポレーションと化石再生技術の取引を行うこと」だったりする。

 

 

「クロガネでもやったけどさ。まぁ、これさえ終わればあとはほとんど自由に訓練できるからな」

 

 

 ホウエン地方ではオダマキ博士の手伝いをする予定はあるものの、訓練の合間に数匹を捕獲しておけば名目は立つだろう。ならばかなり自由に時間を、訓練のために使えるはず……なのだが。

 

「(……ホウエンって、基本的に野生ポケモンのレベルが低いんだよなぁ……)」

 

 そう。ゲーム中のホウエン地方では、終盤になってもそう高いレベルのポケモンが出てくる場所が少なかった。つまり、単純に「どこで訓練しよう?」という問題が俺の中では急浮上しているのだ。

 わざわざ俺自身も危険な高レベル帯で修行したい訳じゃあないが、高めに越したことはない。

 

「(そらのはしら……は、入り口が開いていない可能性が大きいな。チャンピオンロード……はそもそもリーグ期間以外は入れない。うーん、どうするかね。やっぱ手当たり次第バトルするべきなのか?)」

 

 分割思考で悩みつつ、石畳で覆われたカナズミシティの道をコツコツと鳴らし、デボンコーポレーションのある北側を目指す。

 もっとも、俺は『なみのり』が使えないのだから、高レベルのポケモンが出現する南側を訪れるには船の調達が大切になるんだし。……こりゃ、こっちの地方に案内人とかをつけなかったのは失敗だったかね? シンオウ地方の時はシロナさんがいたからなぁ。

 

 

「……うお、あれは」

 

 

 そうして悩んでいる内に、俺はデボンコーポレーションについてしまったらしい。石造りの妙に古めかしい外装をした建物、デボンコーポレーション本社が眼前にそびえ立っている。

 で、ついでに。

 

 

「おや。キミがショウ君かい? ボクはダイゴ。この会社の開発部職員をやらせてもらっている。今回の取引に、本筋ではないけれど参加させて貰うよ。よろしく!」

 

「……ヨロシクオネガイシマス」

 

 

 この流れだと、会社の前に突っ立っていたこのお人が案内人になってしまう!

 またもやチャンピオン(候補)の案内人かっ!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「……と、こんな感じです。只今使用いたしました資料もお渡ししますんで、ご検討くだされば有難いです」

 

「あ、はい。こちらこそ、わざわざホウエン地方まで来て貰って非常に助かりました。有難うございました!」

 

 

 クロガネの時と殆ど一緒だが決して、台詞の使い回しではありません……などという小ボケは置いとくとして。

 例え企業に在籍していようと、研究職という性質からは逃れられないものだったらしい。ニビ博物館員やクロガネ炭坑博物館の人たちと似たような進行で、デボンの開発部の方々も化石再生技術には非常に興味を持ったようだったな。うん。

 

 そんでもって。俺は、このやり取りをずっと横から見ていた会社の御曹子へと話しかけなくてはならないのであろう。ビジネス的にも。そう勇気を振り絞り、ダイゴのいる方向へと歩き寄って、話しかけてみる。

 

 

「あー、えと。大誤算、ですね」

 

「? ……あぁ、イントネーションが聞きなれなくて反応が遅れてしまったね。すまない。それで、確かにボクがダイゴだよ。今日はお疲れ様。とても良いプレゼンだったと思う」

 

「ありがとうございます」

 

「はは、さて。ここからは敬語は要らないよ。キミと私的な話がしたくて、ボクはこうして会議室に残っている訳だからね」

 

「……では遠慮なく。んで、私的な話ってのは?」

 

 

 会議室には既に俺とダイゴしかいない。そんなに広い会議室という訳でもないから、話があるのならば聞いても問題は無い状況だろうと思うので。

 あぁ、そういえば。ダイゴはRSE(ルビー・サファイア・エメラルド)にて、チャンピオンだったり只の石マニアだったりしていたお人。ついでに言えばデボンコーポレーションの御曹司でもあり、ポケモン勝負についてもゲーム中ではトップクラスの実力者だったりしてたなぁ。

 ……で、話ってなんですかね。

 

 

「ショウ君。ボクと一緒に、ムロタウンまで来てくれないかい?」

 

「えぇぇ……まぁ、何用なのかによりますが」

 

 

 ムロタウンに行くのは悪くはない。けれど、ダイゴの用事に付き合うというのであれば、安請け合いはしたくは無いと感じている。

 そんな俺へとダイゴは、

 

 

「うん。石集めだよ!」

 

 

 会心の笑顔でこの台詞を言い放った。うわぁ、

 

 

「この石頭めっ!」

 

「……珍しい石の事で頭がいっぱいなボクの状態を『石頭』と言い表したという事かい?」

 

「解説しなくても別に良いけど、そうだな」

 

 

 ホウエン地方のデボンコーポレーションの小会議室は、このやり取りによって一気に魔空間と化した。実にシュールな空間が出来上がっております。俺の面倒くさい部分とダイゴさんの天然っぽい部分が反応した結果、有毒的物質を会議室中に充満させ――以下略。どうでも良いので。

 ……さてと。

 

 

「無駄思考は彼方へと放り投げてだな。それでは俺のメリットがないし、お断りします」

 

 

 俺が切り替えてから繰り出したこの「問い掛け」に対し、ダイゴは驚いたような表情をしてみせた。

 

 

「へぇ。……因みに、件のメリットはデボンの船・飛行船の一ヶ月無料チャーターでどうだい?」

 

「あ、おっけー。引き受ける」

 

「……おや。意外とあっさり引き受けるんだね」

 

「ホウエンでの移動がままならない俺にとっては、立派なメリットだぞ。それに『ムロタウンまで』だろ? その距離を着いていって一ヶ月も無料チャーター出来るのであれば、ぼろ儲けだ。それにそれに……」

 

「……」

 

「こう見えて、面倒な出来事は慣れっこなんだ」

 

「は、ははっ! 流石はショウ君!」

 

 

 目の前で、未来にて自称最強を語る予定である御曹子が笑い出しているのだが。

 ――ムロタウンはここ、カナズミシティからそう距離のある町ではない。それこそ船を使えば、1日かそこらで着くこともできる位置にある、島の中に建てられた町だ。

 ……しかし甘い話なぞ、作り出すことは出来ても鵜呑みにはしないってのが俺だからな。警戒するに越したことは無いし。

 まぁ、結局。「俺がムロタウンにまで着いていって石を拾ったらそれで終わり」なんていう甘い話は多分、ないのだろう。これはそれなりに面倒な依頼だということだ。

 

 

「じゃあ、早速ですけど行きますかぁ!」

 

「あぁ。既にトウカの森の向こうに、船を準備しているよ。まずは森を抜けよう」

 

「うぉ、流石は金持ちだな」

 

「別にいいじゃないか。さぁ、行こう!」

 

 

 ダイゴが俺の前を先行して、意気揚々と歩き出す。

 あー、また面倒なことに首を突っ込んだのかね? 俺は。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「ショウ君はどうして片っ端から木の実を採取していたんだい? さっきはフラワーショップにも寄っていたみたいだし……」

 

「これが俺には必要だからだな。ホウエン地方は植生が関係しているのか他の地方よりも大量に木の実が採れるから、ここで採っておきたかったんだ。あとで木の実名人の家も訪問しようとは思ってる」

 

「ふぅん。……あ、もしかしてお菓子作りに使ったりするのかい?」

 

「ま、そんな感じ。コンテストとかお菓子作りが得意な友人がいるから、そいつへのお土産を兼ねてってやつな」

 

「うーん……?」

 

 

 現在、ダイゴが個人で所有しているというブルジョワジー全開な船の上。

 俺がトウカの森を抜けるまでに木の実を(ある程度の節度を保った上で、だけど)大量に採取していたのが、どうも不思議だったらしい。採取している最中はダイゴも木の実自体に注目していたんだが、ここにきてその理由にも興味が向いたんだろうな。

 さてさて。ではその理由については脳内説明を開始しよう。

 

 

 

ΘΘ思考の海ΘΘ

 

 

 

 久しぶりの再登場だがな!

(とかいう振りは、無視して構わないんで)

 

 

 まぁ、理由を端的に言えば「木の実が欲しかったから」だ。

 ……いや。じゃあ何に使うんだよって言われると「持っておいて損はないから」って言う解答になってしまうんで、少しだけ木の実の効果について解説しておこう。

 

 木の実には様々な効果がある。HPを回復したり、状態異常を回復したり、何時ぞやの様にダメージを抑えたり、能力をアップさせたり。その効果は実に様々だ。しかし、その中には上述みたいに戦闘中に効果を発揮するものだけでなく、戦闘時以外にも効果を発揮したり、コンテストで有用なコンディション調整の為のお菓子作りに使われたりといったものも存在している。

 俺としてはコンディション云々も興味があるが、ここで着目してみたいのはとある種類の木の実たちが持つ「努力値を下げる」という効果だ。

 

 「努力値」。ゲーム内での呼称は「きそポイント」。

 

 廃人的知識かと問われれば、そうなのかも知れない。いや、普通はそうなのだろう。しかし「ゲームの対人戦では」、必須ともいえる要素だったんだ。努力値(これ)

 ゲーム中での努力値について本当に端折って説明すると、「戦闘でポケモンを倒すことによって加算される、経験値以外の隠しステータスボーナスの通称。どのステータスに努力値が振られるかは、相手ポケモンの種族によって決定されている」といった所だろうか。上手く説明できたとは思わないけどな。

 この値を調整することで「異様に早いピジョン」や「異様に硬いニドリーナ」などを作り出すことも出来たりするのだ。

 

 で。

 この世界においても努力値なんていう要素は存在しているらしいんだが……俺はどっちかっていうと「ポケモンの学習能力」といった感じで受け止めている。

 例えばニドリーナが相手のイシツブテを倒すと「防御」の値が上がって「硬めのニドリーナ」に育成することが出来る訳なのだが、この際にニドリーナが「相手、硬いなぁ。あたいももっと硬くなりたいかも!」といった感じで相手の良い部分を学習しているのだと思う。

 ……あ、ニドリーナの台詞は俺の妄想だから気にしなくて良いんで。

 

 えぇと、話を本題に戻そう。

 

 この「努力値」にも当然のように限界がある。ある一定値までステータスを底上げし切ると限界が訪れ、それ以上は努力値を得ることが出来なくなるのだ。

 ゲームであればその「上げ切るステータス」のみを2種類ほど選択して振り分けるというメジャーな方法も出来ていたんだが……現実としてあるこの世界において、そんなに上手く行くはずはない。

 取得努力値を増加させるアイテムなんて未だ手に入らないし、野生のポケモンが襲ってくれば自らの手持ちポケモンで相手をしなくてはいけないし、1日で大量の野生ポケモンを相手するというのもこの世界ではかなり難しいし、そもそも逃げるだけでも体力を消費するし。

 終いにゃ苦労して素早さ調整などしたところで「細かい数値によってはっきりと攻撃順が別れる訳ではないこの世界」では、同程度の素早さだと只の相打ちになってしまうんだしな。

 たっぷりと時間があればそんな方法でも出来なくはないのかも知れんけど、実際にこうして9才まで生きてみて、ゲームの時ほどに計画的に努力値を調整してやるなんてのは、俺としては夢のまた夢だと感じたのだった。それに、そんなんやってたら手持ちポケモン達にも大きな負担がかかるからな。それは出来る限り避けたい。

 

 しかし。先程の「努力値を下げる」事の出来る木の実があるとこの話は変わってくる。

 

 ……つまりは「相手を選んで努力値を取得する」のではなく、「余計な努力値を選んで減らして」やればいいのだ。

 

 木の実を直接ポケモンに与えたり、木の実の効果を崩さない加工でおやつにしてみたり。そうして工夫していくことで余計な努力値を減らすという手法をとるのであれば(努力値を限界まで振り切るのに時間こそかかるであろうものの)、戦闘相手を気にせずとも、俺のポケモン達に余計な負担をかけずとも、上手く調整してやることが出来ると思うのだ。

 

 この計画を実現させるために、シンオウ地方でヨスガシティに行った際にも近くにある木の実名人の家に寄っていたんだし。今もこうして木の実は出来る限り収集しているという流れなのである。

 

 うし。説明終わりっ!

 

 

 

ΘΘ 浮上 ΘΘ

 

 

 

 ……分割された俺の思考の片側が、無意識のクロスホエンから浮上する。

 ま、こんなんは非常にどうでもいいんだけどな。今回の思考の海も、正直見なくても全く問題は無いんだし。どうせ「育成に木の実が必要だから」で説明が済んでしまうのだ。んじゃあなぜ解説したし、俺。

 

 

「……かといって、この説明は避けて通れないからなぁ……今更だけど」

 

「? どうかしたかい、ショウ君」

 

 

 浮上した直後で思わず脳内が外へと漏れ出した俺に向かって、ダイゴは本当もしくは天然にこちらを心配しているとみえる言葉をかけてくれる。良いヤツなんだな、ダイゴ。

 

 

「うーん、なんでもない」

 

「そうかい? それならいいけどね」

 

「ありがとな。……そういえば、ダイゴはなんで俺の事を知ってたんだ?」

 

 

 話題逸らしを含めて、気になっていたことを聞いてみることにする。

 俺とダイゴは本日、デボンの前であったばかりの間柄。だというに、ダイゴは俺の名前や目的を知っていたのだ。俺は化石再生技術の売込みで来ているのだから名前と目的は分かっていても不思議ではないとはいえ、面識が無いはずの俺の性格まで特定していた節があるように思えたので、とりあえずは聞いてみた。

 

 

「あぁ、それはね。ボクのいる部署で、『ポケギア』というトレーナー支援機器の開発を目指しているんだ。その提携という事で、シルフカンパニーにゴスロリ……あとは分かるかい?」

 

「ミィだっ!」

 

「ご名答!」

 

 

 流石は我が幼馴染ぃっ!

 

 

「お近づきの印にとボクのお気に入りのポケモンを一緒に捕まえに行ったりもしたけど……まぁ、彼女に護衛は要らなかったみたいなんだよな……」

 

「いや、本当に気をつけろよダイゴ。アイツはマジで強いぞ、色々と」

 

「そうみたいだ。確かに、身をもって実感したから。……ぁぁぁ」

 

 

 ダイゴの台詞は語尾から次第に力が抜けて行き、最終的には目がどこか遠くを見始めた。体勢も船の縁に寄りかかるという力の無いものとなり、そして勿論、口からは白い物体(エクトプラズム)。

 

 ……いやぁ、ダイゴ。中々に良いリアクションするじゃないか。

 

 そして、オダマキ博士に会いに行くのは……まぁ。連絡しとけば後回しでもいいだろ。

 

 






 ここにきて努力値の説明です。今更感が物凄いですよねすいません。
 ぶっちゃけ、バトルにおいてはともかく本拙作の物語本筋においてはあまり重要な要素ではありませんので、努力値が振られたポケモンは「早いピジョン」「硬いミニリュウ」などとかなり漠然とした表現で書かれると思います。(その都度、説明は致しますが)
 文中にある通り、~抜き調整や~確1調整などというモノはこの世界においてあまり意味を成さないので……恐らくは2種極振りかと。
 努力値計算も今回話(このおはなし)の方法により、そんなに細かく書くつもりはありませんので、ゲーム的な育成を期待していた方々には非常に申し訳ありません気持ちでいっぱいなのですすいません。


 尚、ホウエンのゲームマップを思い出しながら、「デボンが北にあるの? 西じゃなくて?」という疑問を抱くかもしれません。
 そんな時はタウンマップを思い出してくだされば。

 東にサイユウ、西にカナズミ。

 つまり、ホウエンのマップは左90度反転なのです。


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Θ45 ムロタウン辺りにて

 

 

 寄せては返す波をすぐ傍で見つめる静かな町、ムロタウン。

 

 

「意外と船とか重機とか多いんだなぁ。ムロ」

 

「今は丁度、リーグの整備中だからかな」

 

「おー。なるほどなるほど」

 

 

 ゲームで見た町並みよりはちょっとばかし賑やかな印象を受ける、その風景の中。ダイゴの船で移動してきた俺は正面に件の石マニア:ダイゴを見据えながら町中の砂浜に佇んでいる。その石マニアは建物の中からこちらへと歩いてきているので……さてさて、と。

 

 

「で、どんな石集めをするんだよ」

 

「ちょっと待ってくれ……ああ。よし」

 

 

 俺はダイゴのお願いに乗っかってここへ来ているんだからな。まずは内容を聞いてみなくては。

 ムロタウンについてから一旦はポケモンセンターへと寄っていたダイゴは、手元に資料を持ちながらなにやら思案顔を浮かべ、「よし」の言葉と共に顔を上げた。そして、ムロタウンの北側を指差す。

 

 

「あちらに『石の洞窟』という洞窟がある。ショウもボクと一緒にそこへ行って、現地ポケモンを幾匹か捕獲してきてくれないか? 勿論、捕獲用のハイパーボールはこちらで用意しようじゃないか」

 

「はぁ。ハイパーボールの支給とはまた、金のかかることで。……で、なんで俺を?」

 

 

 ただ捕獲するというのであれば、俺じゃあなくても良いだろうに。

 

 

「ん? あぁ、言い忘れていた。『石集め』ならぬ『鉱物ポケモン集め』なんだ。捕獲をお願いしたいのは『鉱物ポケモン』の類……それなら、ショウに頼むのが1番じゃあないかい?」

 

「あぁ……はいはい、なるほど」

 

 

 化石再生、鋼やら悪やらの新タイプ登録といった事をやらかしているからな。ポケモンの見極め含めて、鉱物的には俺が適任だということなのだろう。一般人に頼んでノーマルタイプのゴニョニョだのを大量に捕まえてこられても困るだろうしな。……鉱物的にって何だよ、とは脳内でツッコんでおくけど。

 

 

「ボクは外壁をつたって奥にある縦穴を降りるルートを通るから、その穴の底で合流するとしよう。ショウは洞窟の中を通って来てくれないか。ほとんど一本道だから、迷うことは無いと思うけど」

 

「了解了解。俺も研究用に何体か捕まえるから、一応の集合時間を……今は10時だから14時くらいにしとくか」

 

「うん。じゃあ行こうか、ショウ!」

 

 

 砂浜に足跡を残し、意気揚々とポケモンセンター前を後にするダイゴ。うーん、このテンションの揚がり方。流石は石マニアと言ったところか。

 そう人となりを捉えながら俺も……東側の砂浜を通って北へと向かうために……一旦は、東側へと歩き出していくのだった。

 

 

 

 

 ―― 石の洞窟

 

 

 俺ことショウを取り囲んでいるのは、洞窟の生み出した真っ暗闇。

 

 

「くーらーいーぞーぉ」

 

「ンミューウ!」

 

 ――《バサバサバサッ!!》

 

 

 洞窟内の地下へと階段で降りて、数十分。大声を出してみても、聞こえるのはズバットたちが驚いて一斉に羽ばたく音のみだ。そんな果て無き暗闇の洞窟を奥へと突き進む9才の俺とか言い表してみれば、なんとも無謀な語感の状況ではある。

 

 

「いや、ミュウが何か光ってるからまだマシだけどさ」

 

「ミュウッ」

 

「おう。流石はエスパーだ!」

 

「ッミュ~ゥ」

 

 

 『フラッシュ』ではなくエスパー的な何かによってぼんやりと発光しながら宙に浮かぶミュウの頭を撫で、奥へと歩き続ける。

 因みに自転車については、暗い洞窟内では徐行しなくては危ない為に乗ってはいない次第。ライトを取り外して使ってはいるけどな。

 

 ……さて。ここ「石の洞窟」は、ゲームにおいてはダイゴが佇んでいた場所で、手紙を渡すためにストーリーで訪れることになるダンジョンだ。しかしこのダンジョン、その他にこれといって特別なイベントがある場所ではない。どちらかといえば北東に位置する点字のレジ遺跡なんかが濃い目のイベントだからな。これは仕方の無いことだろう。と、まぁ、この「石の洞窟」の影の薄さはどうでもいいんだが……

 

「(ゲームではココドラやクチートなんかの鉱物ポケモンがいたんだけどなぁ)」

 

 こうして歩いていても、出てくるのがゴニョニョやイシツブテやズバットくらいなのである。今は原作前なので鉱物ポケモンの生息地がゲームとは違うということも考えられるけど、今回ばかりは出て来て欲しいところか。俺の研究的にも、ダイゴのお願い的にも。

 となれば、だ。

 

 

「うし。奥のほうに急いでみるか」

 

 

 ダイゴのお願いの「石集め以外の部分」が何なのかは未だ分からない。しかしながら、どちらにせよ研究のためにホウエン地方のポケモンを捕まえなくてはならないのだ。なら、全力で捕獲に動いてみても悪くは無い。

 

 

「こういう時は、奥まったトコに生息しているってのがよくあるパターンだしな。行くか、ピジョン! ミュウ!」

 

「ピジョオッ!」

 

「ミュウゥッ♪」

 

 

 ある程度は高さのある洞窟なのでピジョンも活動がしやすいだろうと考え、ボールから出した。うん、これで奥へ突き進む体制が出来たと思う。さぁ行くか!

 

 

 

 

 ゴツゴツした岩肌に沿って、奥へ奥へと進む。肌に触れている蒸し暑い夏の空気の動きからして、ダイゴの言っていた縦穴がそろそろなのだろう。

 ……ただし、未だ鉱物的なポケモンとは出会っていないんだけどな! どうしようか!

 出会えないのでは捕獲出来ないのも仕方がないとは思うが、かといって、1度引き受けた依頼を達成できないのもどうかと思うからなぁ。

 

 

「……と、「ミューゥ」「ピジョッ」……お?」

 

 

 そんな風にどうしたものかと考えている俺の目の前で、ピジョンとミュウが地面の方をしきりにアピールし出す。次いで視線を下に移し、手に持ったライトで足元を照らすと――

 

 

「……これは、梯子かね?」

 

 

 階層の隅にの元でぽっかりと開いた穴。その壁沿いに、お粗末な出来のつり梯子が架けられていたのだった。

 人工的な梯子は、人の出入りする場所では決して珍しくはない。開発された土地の近くにおいては、こうした人工的な階段や梯子も人の出入りに応じて造られていくのが自然というもの。

 しかし今、俺の足元にあるこの梯子は……かなり古い物だ。

 

「(でもって、ここに来て分かれ道かー)」

 

 ここまでは一本道といっても過言ではなかっただろう。事実、この梯子を降りずに進めばダイゴとの合流地点である縦穴にまでたどり着ける気もするしな。が、このまま行って鉱物的なポケモンが出てくるかというのもまた、怪しいものだと思う。

 時間には余裕もあるし、1度縦穴まで行ってみてからでも遅くはないけど。

 

 

「……とりあえずは、縦穴まで行ってマッピングしてから来るかね」

 

 

 何が起こるかわからないのであれば、余裕があるのだからして万全を期してからでも良いだろーな。うし。バッグから携帯機を取り出して、洞窟地下の形状把握を開始しようか。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「そんじゃ、ピジョン。降りるから、減速落下でお願い!」

 

「ピジョオ!」

 

 

 一旦は地下1階の構造をトレーナーツールにマッピングし、合流予定地点である縦穴まで行ってきた後。ダイゴも未だいなかったために先程の古い梯子の地点まで戻り、地下2階へと降りてみることにした。

 身を乗り出し、ピジョンの脚につかまりながらゆっくりと下へと降りていき……着地、と。着地したところでライトで辺りを照らしてみると……奥行きが見えない。天井も遥か上だ。

 

 

「上の階層よりも圧倒的に広い、かね」

 

 ――《オォォォォオオ》――

 

「ピ、ピジョ?」

 

「ミュ! ミュ? ミュ♪」

 

 

 見た限りから、この階がかなり広いであろうとの予測をつけてみる。それに、ピジョンにつかまって結構な時間降下したしな。高さもあるだろう。風の音も洞窟内に反響しており、ピジョンは吃驚、ミュウは興味津々なご様子で。

 周りを一通り確認したところで、んじゃあ。

 

 

 ――《オオォォ》

 

「もう少しこの階の奥まで……」

 

 

 《ォ、ォ、グオォォッ》

 

「行ってみたい、と、」

 

 

 《ガン、ガッ、グオォオッ!》

 

「思ってたんだけど、」

 

 

 《グオオオンッ!》《ガツンッ!》《ガンッ!》《ガキィンッ》《オオォオン!》

 

 ――《ドスゥンッ》

 

 「グゥアアァオオォン!」

 

 

 野生の ボスゴドラ が 現れた!

 

(その他、進化前系統も無量大数のご同伴で!)

 

 

「……一時撤退で!」

 

「ピジョオッ!」バサッ

 

 

 奥のほうからその巨体をぶつかり合わせながら移動してくる、鋼の軍団の大行進。俺は急いでピジョンにつかまって、岩壁から突き出された高台となっている部分に急いで飛び乗ることにする。

 しっかし、グオォとか聞こえてくる時点で風じゃあなかったな! 集団移動してくるなんて、サバンナのごとき野生力だし!!

 

 

 

「グゥオオオオオオッ、ゴォオドラァアアッ!」

 

 《《オォォオオオオッ!!》》

 

「ピジョ」

 

「(よっと。2度目の着地だな)」

 

 

 高台に着いたところですぐさまうつ伏せになって階下を見下ろし、暴走族か何かの集会といった様相を呈しているそれらの観察を開始する。

 どうやらこちらの存在には気付いていなかった様子で、コドラ・ココドラの集団にしろそれらを率いているとみられるボスゴドラにしろ、先程まで俺が立っていた場所へと一斉に移動してきた後はそれぞれが好き勝手動いているように見えるな。

 ……で、こいつらは何をしているかというと。

 

 

 《バリバリ、ボリボリ》《ボリッ、ガリッ》《ゴリゴリ》

 

「……あー、お食事求めて大移動していたって訳か」

 

 

 ココドラ・コドラ・ボスゴドラは、鉱石を直接食べたり、鉄分の含有量が多い湧き水なんかを主食にしているポケモンだったはず。おそらくこの「石の洞窟」の地下は、あのボスゴドラが束ねるグループの縄張りとなっているのだろう。俺は丁度、お食事の時間に遭遇したんだろうな。

 因みにボスゴドラは山1つを縄張りにする習性があり、山の自然環境の整備も行ってくれるというポケモンだ。眼下でグループの中心に立っているボスゴドラのツノは長く、またその鎧にも無数の傷がついており、レベルの高さを窺わせてくれる。うわぁ、強いんだろうなぁ。アレ。

 

 でもって。

 ……何となくではあるが、この集団の規模からして……

 

「(ムロタウン、ピンチじゃないか?)」

 

 うーん。

 何となくダイゴの思惑が見えてきた。だからハイパーボールなんて用意したのか、あのヤロウ。一石二鳥やら三鳥を狙っているな。石に関しては強(したた)かだと、褒めていいのか貶(けな)せばいいのか。

 ……まぁ、別に良いか。

 

 

「どうせボスゴドラ(あいつ)を捕まえなくちゃあ、俺もあのヤロウも困るんだろうし」

 

 

 敷かれたレールに乗ってみるのも、たまには。あんまり好きではないけど。

 決めると同時。腰にあった残り3つのボールの内、最も俺とのコンビが長いポケモンのボールにも手をかけ、足元で繰り出す。

 因みにプリンともう1体については、今回のバトルに耐えうるレベルには達していないし俺としても3体辺りが指示出し限界なので、どうしてもという状況にならない限りは出さないだろうな。非常にスマン!

 

 

「……ミュウ、ピジョン、ニドリーナ!」

 

「ギャウ!」「ピジョ!」「ミュッ!」

 

「ミュウは……で、……してくれ」

 

「ンミュー♪」

 

「ピジョン、もっかい降りるからお願い! ニドリーナも!」

 

「ピジョーッ」

 

「ギャウッ」

 

 

 今度は高台から身を翻し、またもピジョンに掴まりながら降下。ただし、途中で指示を出しながらだけどな。そして空中にいる内に、と!

 

 

「おっけ、作戦開始! じゃあ……ミュウ、ボスゴドラにへんしん!」

 

「ンミュ …… ゴドラァ!」

 

 ――《ドッシィィィン!》

 

 

 ミュウが『へんしん』によって、グループを率いていたボスゴドラと瓜二つになる。空中で『へんしん』したことによって大きな音を立てながら本物ボスゴドラの背後に降り立ったため、地下2階全ての視線を集めたに違いない。

 

 

「……グルゥ?」

 

 

 自らの背後に降り立った同種の体躯に、本物の方が怪訝な表情と共に振り向いた。……あ、因みに俺は隅っこの方に降り立ちましたんで。ニドリーナと一緒にな。

 さて。突如現れたボスの写し身に「率いられていた」集団の皆さんも困惑しているご様子で、

 

 

「ゴォ、ドラアァアアッ!」

 

 

 よし、作戦通り。本物ではなくミュウの方が上げた……「遠くまで、力の限り散らばれ」との雄叫び(めいれい)によって、

 

 

「ドラッ!?」

 

 《ドタドタッ》――

 

「ドラァァッ!!??」

 

 ――《ド、ド》――――《《ドドドド、ドドドドドドッ!!》》

 

 

 群れのコドラとココドラは、それぞれが方々へと逃げ去っていったのだった。

 

 

「グゥウ、ゴ……ドラッ?」

 

 

 で。

 未だ遠ざかっていく足音「だけ」は響いている石の洞窟の地下2階に、取り残されたボスゴドラが1匹。キョロキョロと辺りを見回すその姿には、哀愁すら漂っている気がしないでもない。

 

「(そこはかとない罪悪感……は、置いといて。集団を率いている野生ポケモンの恐ろしさは、ヨスガなんかで身を持って体験したからなぁ。けど、まぁ。何はともあれこれで1対1……いや、1対3だ)」

 

 いくら俺の手持ちと鋼タイプの相性が悪かろうと、この状況に持ち込めたからには、俺にも勝機が出てくるだろうし。というか、こうしないと勝ち目はなさそうだしな。ふぅ、成功して良かった良かった。

 そう思考を纏め終えたところで俺も岩陰から姿を現し、ボスゴドラの視界に入ることに。するとボスゴドラはこちらをギロリと一瞥し、……あぁ。俺は今、「貴様が原因か」とか言われてるな。エスパーじゃなくても判ってしまったのだから仕方が無い。どうでもいいけど。

 

 

「いや、まぁまぁ。ちょっと聞いてくれ、ボスゴドラ」

 

「……ゴァ」

 

「この先には新興の町があってだな。このまま洞窟を食べ進められると、ちょっと困ったことになるんだ」

 

「ゴドラァ」

 

「その町が発展しきっているのであれば、お前ら野生のポケモンとも折り合いを付けていくのは簡単だったんd」

 

「……」

 

 ――《ズシィンッ》

 

「……だよなぁ。そんなん知るか、ってのも仕様がない」

 

 

 ボスゴドラがこれ以上は聞く耳もたんと言わんばかりに、鋼に覆われた右足を1歩前へと踏み出して見せた。どうやら戦闘は避けられないみたいだな。

 

 ……そう。今回の「これ」は、非常に面倒な問題なのだ。

 このボスゴドラが率いる一団が鉱山を食べ進めるのは、ごくごく自然な成り行きだ。普通であれば、俺たちもそれらとの境界を保ちつつ、上手くやっていくこともできるだろう。ボスゴドラ達も前述の通り、ただ鉱山を食べつくすというだけでなく環境を整える役割も持っているのだから。……ただしそれで山の鉱物成分が戻るかって言われると、それはまた別の話になるからな。さておき。

 

 問題点は「ムロタウン、ひいてはホウエン地方全体が未発展である」という部分にこそある。

 

 これは俺の私見ではあるが、ホウエン地方にとって今回の地方リーグ開始は時期尚早であるとも言えるのだろう。全国的にポケモンをプッシュしている時期なのだからその流れに乗るのだと捉えれば良い事なのかもしれないが……多分、その他の役目が疎かになっているのだ。つまりは、今までは出来ていたポケモン環境関係の整備が追いつかなくなっているんだと思う。

 今回の事例において考えれば、このボスゴドラ達はおそらくはその内にこの鉱山を食べつくすだろうとの予測がつく。なにせ先程の様に「この場所まで群れを引き連れて大移動しなくてはならない」状況だからな。

 そうして鉱石がなくなって来るとすれば今度は、……別の鉱山へと移動していく可能性も勿論考えられるけど……ムロタウンへと降りてきて線路やら橋やらを食べだしてしまうだろうな。なにせ、ムロは今丁度「ポケモンリーグのために整備中」であり、鉄材や船や重機なんかも大量に運び込まれているんだから。

 ゲームでのココドラなんかの図鑑説明文にもあったように、野生の彼ら彼女らは(進化系統はおそらくその限りではないが)鉱物とあれば見境無くかぶりつく。先程の集団には多くのココドラが含まれていたし、そうなれば俺の目の前にそびえ立つリーダーが取る行動は「山を降り、ムロタウンへと向かう」となる確立が高くなってしまうと考える。

 

 ……強いて言えば「時期」、かな。

 

 

「あー……時期が悪かったと思うしかないだろ。お前らは何にしろ、犯罪なんて面倒な決まり事を犯している訳じゃあないし」

 

 

 目の前にいるボスゴドラに向かっている(てい)で、しかし、自らの心に向かって最後の言い訳を試みる。

 

 

「だからさ。ダイゴは俺に『捕獲』を頼んだんだと思う。いつか折り合いが付けられる程にムロタウンが発展した時に、お前がこの山もしくは群れに戻って行くことも出来る様にな」

 

 《ズシィ、ンンッ》

 

 

 ボスゴドラが、すぐにでも突撃できるような体勢をとった。ここまでかね。

 

 

「はいはい、長い話は終わりにするって。そんじゃあ、最後は男同士……拳で語り合うとしますか!」

 

「ミュー!」「ピジョオ!」「ギャウゥ!」

 

 

「グアアゥ、ゴ、ドラァアアアアッ!」

 

 

 俺の手持ち3体とボスゴドラがにらみ合う。

 いや。目の前のボスゴドラがオスかどうかは判らないし、俺の手持ちは今のところメスばっかりだけどな!

 

 

 

 

 ―― 数ターン後。

 

 《ガスゥウンッ!》

 

「ギャ、ゥウッ!」

 

 

 洞窟の地下2階にて、奥へ奥へと追い込まれつつもボスゴドラとの戦闘を続け……っと、反撃!

 

 

「ミュウ、どろかけ!」

 

「ゴドラー!」

 

「ピジョンはフェザーダンス!」

 

「ピ、ジョ!」バサバサッ

 

「ニドリーナ、しっぽを振る!」

 

「ギャウ!」

 

 

 ボスゴドラに変化技をかけまくる俺の手持ち。って、うっお!

 

 

「ゴ、ドルァアアアッ!!」

 

「ゴドラーッ!」

 

 ――《ガッキィンッ!》

 

 

 ボスゴドラに『へんしん』しているミュウが、ぶつかり合いを引き受ける。両者の間には衝突と同時に火花が散るほどのぶつかりあいだ。……しっかし、『とっしん』なのか『すてみタックル』なのかは判別つかないけど、このボスゴドラレベル幾つなんだろうな。1対3なのにまだ動きまくるって、体力ありすぎだろ!

 まぁ、そう考えてさっきから変化技重視で相手の「命中率」「攻撃」「防御」といった能力低下を狙っているんだけどな。俺の今出している手持ちの持つ技……エスパー・毒・飛行・ノーマルといった属性じゃ、ぜーんぶ、鋼には「効果いまひとつ」もしくは「効果が無い」だからなぁ。俺お得意の毒によるダメージも通用しないし、能力低下でもさせとかないと。

 それにそもそも図鑑で相手のボスゴドラのレベルや体力を確認できないから、どこまで攻撃したものかっていうのも気にしなくてはいけないのが面倒だな。ミュウの時みたいに光が弱まるとか、目に見えてHPの低下が確認できればいいんだけど……根性丸出しといった目の前のボスゴドラは、どう見ても弱みを見せてはくれなさそうだ。うん、根性的にやっぱコイツはオスだろ。勘だけどさ。

 

 

「ゴドラアァアッ!」

 

 《ガツンッ!》

 

「ギャウッ!?」

 

「ニドリーナ! ……いったん戻ってくれ!」

 

 

 ボスゴドラの攻撃を何度も受けたニドリーナは一旦戻し、薬を使用して回復させることに。

 えーと、HP低下が確認できないとなると次にとるべき方法は。

 

「(ボール連打で捕獲するか?)」

 

 ゲームであれば、開幕クイックボールなんかはむしろ定石といっても良かった捕獲方法だ。クイックボールなんて今はないけどな!

 ……置いといて。ボール連打はいつだかのサファリパークでやっていた捕獲方法だが、あの時とは状況が違う。今の相手は一方的にこちらからボールを「投げられてくれる」ようなヤツではないんだし。

 と、なればだ。

 

「(あの巨体の動きを止める必要がある)」

 

 ……さてと。

 

 

 ――《オォォオオ》

 

 

 俺の斜め前方から響いている、今度こそ本物の風の音。そろそろ洞窟も奥の方まで来た頃合なのだろう。

 例えば、「地下1階での縦穴のあった位置がすぐそこにある」くらいの奥までな。

 

 

「……ミュウ、戻って! すぐで悪いけど、頼んだニドリーナ!」

 

「ゴドラー♪」

 

「ギャウゥ!」

 

 

 ミュウを一旦ボールへと戻し、代わりに回復間もないニドリーナを戦線復帰。同時にミュウの『へんしん』は解けることになる。ボスゴドラのままじゃあ、エスパー技も使い辛いだろうしな。

 そしてまたもすぐさまミュウをボールから繰り出し、……その前にボスゴドラが突っ込んできてる!

 

 

「ゴアァアアッ!」

 

「頼む、ニドリーナ!」

 

「ギャウゥッ!」

 

 

 勢いよく突進してきた2メートル超の鋼の巨体を、それと比べれば小さなニドリーナの体はガスン、との音を立つつ完全に受け止める。動きが完全に止まったので……ここだ!

 俺はマッピングでつけておいた縦穴のある方向を指差し、

 

 

「ミュウ、あっちにサイコキネシスでぶん投げて! ピジョンも、あっちに向かって吹き飛ばせ!」

 

「ピジョオォ――」

 

「ンミューッ――」

 

 

 ――《《グオオンッ》》

 

 

「ゴド!?」

 

 

 攻撃の後の硬直のタイミング。

 『ふきとばし』と『サイコキネシス』によってボスゴドラの超重量の体は宙に浮き、

 

 ―― ぶつかれば非常に多くの岩が落下してきて体が埋まる、風が吹いているからには隙間が開いていると思われる縦穴の方向の壁に向かって、吹き飛んで行った。

 

 

「……夏に南国の洞窟入るとか、異常に暑苦しいんだよ! 少しは、風通し良くなれぇっ!」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side ダイゴ

 

 

 《《ドシィィィインッ》》

 

 ――《ドドドドドドドッ……》

 

 

「……あ。待ち合わせ場所の壁が落盤したうえ、あのポケモンが埋まっちゃった」

 

 

 空中でボクの手持ちエアームドに乗って、旋回しながら縦穴を眺めていたところ。縦穴の壁は崩れ、足音によってのみ存在を確認できていた……ムロタウンに近い将来被害をもたらすであろう(ボクが協会に保護を依頼された)鉱物的ポケモン集団のリーダーは、岩に埋まって身動きがとれずにいる。

 あの巨体なら岩程度は簡単に振り解くと思うんだけど……攻撃力低下でもかけられているのか、身動きが取れていない。

 

 

「そうか。さらに地下があったんだね」

 

 

 この「石の洞窟」は昔鉱山だった場所。しかし野生ポケモンの多さなどから、開発は志半ばで中止されていたのだ。そんな場所へボクの会社のにわか調査隊を送り込んでも、野生ポケモンへの対処で精一杯で、地下への通路なんて探している暇は無かったんだろう。

 そんな風に眺めていた中。案の定とでも言うべきか、リーダーポケモンはショウの投げた何度目かのボールへと収まった。

 

 

「……うん、見込みどおり」

 

 

 彼の力は確かみたいだ。

 ボクは確信を得たところでエアームドに地上へ降りるよう指示を出し、岸壁に集まった「その他数人」の中に降り立つ。さて。集まってくれた彼ら彼女らへと、結果を尋ねてみようかな?

 

 

「さて。どうかな? 皆さん」

 

「へへ……あの才能、文句ないよ! わたしが目をつけたブレーン候補達に勝るとも劣らない輝きだ!」

 

「オレとこいつらは自らを戦い鍛え、どこまでも強くするだけ。そういう意味では、アイツは相手に相応しい」

 

「お、シバもお気に入り? あの少年の『岩盤全体の落盤を避けるために穴の壁に叩きつける』って心配り。僕としてもなかなかのビッグウェーブだと思うね!」

 

「わたくしのポケモン達が張り切っています。うふふ、カンナにも聞いていましたが……流石の実力ですよ」

 

「……野生の生き物として戦ったポケモンに対してあの立ち回りか。結果としては良かったが、自らが埋まる危険性もあった作戦といい……わしは評価できん部分もあるな」

 

「アハハ! ねぇ、ゲンジじーちゃん! あのヒトとってもつよーいよっ!」

 

 概ね好感触、かな。ゲンジさんのこれはいつもの事だから。

 ……じゃあ。

 

 

「じゃあ、ショウを招待しようじゃないか。……サイユウシティへ!」

 

 

 

 ―― Side End

 






 休暇など無いお疲れの主人公に、更なる暗雲立ち込めた展開でした。
(それにしても、相も変わらず花のない内容なのが申し訳なく……)



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Θ46 以下、サイユウシティにて

 

 

 大丈夫。サイユウシティの高台以外のところには、ちゃんと町が在ったらしい。

 ……いや、ゲームでは本当にリーグの部分しかなくて、この間のスズラン島同様に街なんていう様相は呈していなかったからなぁ。こうして実際に街の部分を見てみると、感慨深いというかなんと言うか。

 

 

「へへ……気に入ってくれたかい? わたしの造った街、第1号さ!」

 

「確かに、すっごいですねぇ。まさかホウエン地方の『バトルクラブ』が街を丸ごと造れるほどに大きな力を持ってるなんて、思いもしませんでした」

 

 

 ムロ周辺で、ボスゴドラを捕獲してダイゴへと引き渡した1週間後。俺はダイゴに半ば強制的に引きずられ、ポケモンリーグの建設予定地であるサイユウシティへと来ている。……だってさ。「オダマキ博士たってのお願い」だとか言われて、通信で実際に博士から連絡も来てしまったのだから。来ないわけにも行かなかったりしたんだ。

 

「(それに、まぁ……俺としても好都合ではある。トレーニングになるからな!)」

 

 そんな風に打算をたてながらも、ポケモンリーグ建設予定地へと緩やかに登りながら続いている南国風の街並みを歩く。そんな俺の隣を並んで歩いているのは、肥満でアロハにビーチサンダルでサングラスという、どうにも胡散臭そうな格好をした男だったり。まぁ、この人がホウエン地方の、現バトルクラブ会長らしいんだけどさ。

 

 

「それこそわたしの力じゃあないんだよ、自然に集まっただけだね。こうして代表みたいなのもやってはいるけどさ。管轄ネームがポケモン協会になったとしても中身は殆ど今のお仲間で構成するし……わたしはそうなったら、次の街を造りにでも行こうかなと思ってるけど!」

 

「造るのが好きなんですねー、エニシダさん」

 

「実はさっ、もう構想自体は出来ていてね! みてみてよ、ショウ!」

 

 

 近い近い。夢を語りながら構想メモを見せてくるオッサンの顔が近い。

 

 

「あー……どうせリーグ予定地に着くまではまだ時間がありますから、ゆっくり聞きますよ。聞きますから、ちょっとだけ離れてください……」

 

「むむっ!? 予定地とは聞き捨てならないね。ポケモンリーグの会場はもう完成しているよ! あとは四天王とチャンピオンを待つだけなんだっ!!」

 

「ならば、それを予定地と言います。それに、そりゃあ、今年いきなり本戦を開催して四天王だのを配置するんですからね。会場が出来ているのは当然でしょう?」

 

「うわっ、正論過ぎるねショウ!」

 

 

 いや。会場はともかく、街1個は素直に凄いと思うんだけどな。

 隣のエニシダは俺の言葉に大仰なリアクションをとりつつも、歩く速度は緩めない。先程からやや早歩きになっていることからみても、どうやら俺が来るのを大層楽しみにしていらっしゃったようで。

 

 

「そりゃあそうだ。わたしがバトルクラブへと勧誘したトレーナーのトップ達に、ショウはどれほど力を見せることが出来るか……楽しみにしているよ!」

 

「つまり、自分の目が確かかどうかを確認できる良い機会だと」

 

「うん? いやいや、確かにそれもあるんだけど……わたしは、ショウの才能も負けず劣らずだと思っているんだ。となればわたしのコレは、良いポケモン勝負を見られるかもしれないという期待の現れだよ!!」

 

「そうですか。では、ご期待に沿える様に――」

 

 

 歩き続け、いままで続いていた南国風の街から数十メートル踏み出した場所にその建物は建っている。妙に古めかしく造られた、新しい建物。

 入り口側へと回りこむと、草原の端に見えるは湖。その湖の果てから水が下へと落ちていく音……率直に言えば滝の音も鳴り響いている。

 

 そして目を滝のある方向へと向けていた数俊のうちに、俺の横を歩いていたアロハのおっさんことエニシダは、建物の大きな入り口の前に立っていた。両手を広げて胸を張り、子供が宝物を自慢するかの様なテンションで、機関銃の如く、俺に向かって口上を並べ始める。

 

 

「さて、ここが入り口だ」

 

「ではあらためて、ショウ! ようこそポケモンリーグへ!」

 

「ここはわたしの夢の結晶の街! 何年もかかって、ついに実現することが出来たんだ!」

 

「この門の向こうで待つのは、わたしが求め探した強いトレーナー達の中でも更に強い……誰もが今年の地方リーグで頂点を争えるであろうという、実力者達!」

 

「石の洞窟の件では、少しキミをためさせて貰ったんだ。すまないね」

 

「でも、キミ……ショウはわたしの想像を越えた才能と実力を持っていると思う!」

 

「そんなショウにわたしが、あつかましくもお願いしたいことはただ1つ!」

 

「どうか、とにかく。こころゆくまでポケモン勝負を楽しんでくれ!!」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 その日の夜。

 ただでさえ蒸し暑い南国の夏夜。外に出て草原に座り込みながら、明日についての対策を練ってみることにする。

 

 

「さーて、どんな対策をしたものかね?」

 

 

 訓練になるとは言ったものの、勝負であるからには勝ちにいくべきだろうし、勝ちたいとも思う。エニシダの口上に触発されたのかね? 俺も。

 かといって、流石にゲームでの四天王戦の様に連戦という訳ではなく1週間かけて対戦していく形だ。またフルバトルではなく1人2体まででのバトルともなっているため、そんなに気負っていはいないな。勝負の内容は濃いだろうから、十分疲れるとの予測はついてるけど。

 

 

「……とりあえず、手持ちの確認でもしておくか」

 

 

 俺の現在の手持ちは、

 

Θ ピジョン ♀ LV:31

 

Θ ニドリーナ ♀ LV:37

 

Θ ミュウ     LV:40越え位

 

Θ プリン   ♀ LV:10 ※

 

Θ ???   ♂ LV:不明 ※

 

 ※……未育成。

 

 

 以上の5体。※印の手持ちは未育成につきレベルが低いというだけでなく、俺とのバトル連携が出来ていないという問題点がある。時間がなかったしなぁ。となれば、結局は元からの手持ちに大いに頼ることになるだろう。

 因みにミュウに関してはその都度パソコンを使って転送して手持ちに入れた体で、ニドリーナかピジョン、もしくは残りの2体に『へんしん』して戦ってもらうことになる。ボールに戻すと『へんしん』は解けてしまうので、横で控えていてもらうか……先頭で張り切ってもらうかだ。

 

 

「うーん、やっぱりもうちょっと修行すべきだったか。新手持ちが多数入ったから、練習不足は仕方のないことだとは思うけれども」

 

 

 これが終わったら駄目元で『そらのはしら』でも目指してみるかとの思考はひとまず、頭の隅に追いやっておいてだな。

 ……???との未表記(アンノウン)が気になると思うが、多分どこかで頼ることにはなると思うから、もうちょっと待って。

 …………だからといって、実は駄洒落でアンノーンでしたーとかはないからな!?

 

 

「待て待て、脳内がくだらなさ過ぎる。ちょっと切り替えて、だ」

 

 

 少しだけ真面目に切り替えて。

 ニドリーナ、ピジョン、ミュウは押しも押されぬ俺のエース達だからして、心配はしていない。けど、先日のボスゴドラ戦のようにタイプ相性的に苦手な相手に対しては、どうしようもなくなる事はある。その部分を他の2体で補える……と、いいなぁという希望を持ちたい。

 

 

「プリンには奥の手がある。コイツに関してはまぁ、俺に素質があるかどうかってとこか」

 

 

 手持ちに関してはこんなものだろう。いずれにせよ、プリンは『もう1体』よりは使い易いに違いないな。コンビネーション的にも俺との相性はよさそうだし。ならば、

 

 

「あとは相手のトレーナー……誰だろうかね」

 

 

 俺が転生知識で知っている相手であれば、バトルはかなり有利に進められるだろう。しかし、全く知らない相手や……エニシダが集めたとかいってたから……それこそ「フロンティアブレーン」なんかに出てこられても、俺としては非常に困ったことになる。伝説ポケモンばっかり手持ちだったお人とかは手持ちの予想がつかない可能性があるし。

 

 

「まぁ、でも……さっきのエニシダの言葉からして、『次に造る街』ってのがバトルフロンティアだと思うんだよな。なら、基本的にはホウエン四天王が相手だと思いたい」

 

 

 明日から戦う相手の内、判明しているのはルビー/サファイアでのチャンピオンだったダイゴのみ。残り3人をホウエン四天王だと考えると、悪ポケモン使いの無駄にギターを持参する男:カゲツ、年齢不詳の氷ポケモン使い:プリム、お前こそイッシュ地方に出て来いよって肌色のゴースト使い:フヨウ、船長っぽいドラゴンじいちゃん:ゲンジといった人達が出てくるんだろう。多分。

 

 

「……さて、とりあえずはこの辺にしとくか」

 

 

 これまたエニシダの言葉通り、挙げられた誰もが実力者であることは間違いないだろう。それこそ今年のホウエンリーグでは入賞するであろうとの予測は容易だ。

 けどまぁ、負けたら終わりっていう勝負でもない訳だし……なら。

 

 

「うし、出てきていいぞー」

 

 ――《ボウン!》

 

「ピジョッ!」

 

「ギャウッ!」

 

「ミュゥ♪」

 

「プルリュッ!」

 

「ガァウッ」

 

 

 手持ち全員を外に出し、うん。皆気合は十分な様子で。

 そんな手持ちポケモンそれぞれを見渡しながら、

 

 

「明日から連戦になるけど……まぁ、俺も全力を尽くすから。出来る限りついて来てくれ、みんな!」

 

 

 俺のお願いを告げた。

 

 ……さぁ、行きますか! 明日からだけど!!

 

 



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Θ47 VSプリム

 

 

『さぁ始まりました! 快晴の青空が顔を覗かせるサイユウシティにそびえ建ちました第1闘技会場にて! ポケモンリーグ開催記念、オープン前哨戦イベントの開催でぇっす!』

 

 《《ワアァアッ》》

 

『いやー、どもども。本日は第1・第2闘技場が共に始めてのお披露目となるだけでなく、全国でも有数の実力を持つホウエン地方バトルクラブの実力者達がポケモン勝負を繰り広げる予定となっているため、非常に多くの観客がコロシアムへと押しかけておりますよぅ!! 集客率抜群ですね!!』

 

 ――《《ワァアアァアァアアッ!》》

 

 

 元気のいいアナウンス嬢が、俺の置かれた状況を的確に説明してくれた様で。ご苦労様です。

 ……さて。俺自身は前日の予告どおり闘技場の真ん中に立っているんだが、前哨戦との言葉通り、向かい側には俺が対戦する相手が立っている。

 

 

『それでは全4戦行われるオープンイベントの初戦、本日の対戦カードをご紹介いたしましょう! まずは挑戦者!』

 

 

 会場の中心高くに設置された電光掲示板やらオーロラビジョンやらに、一斉に情報が映り始める。

 

 

『若干9才ながらにして、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士と共にポケモン研究を行っている天才少年……マサラタウンのショウ!! 本日はいわずと知れた我らが街の大変人、エニシダさん御推薦での登場だぁ!』

 

 ――《《ウォオオオオッ!》》

 

 

 空気が、観客の声援によって一気に震えた。つっても一般人じゃあ俺の事なんて知らないだろうし、大半の観客はノリで歓声あげてるだろうなぁ、これ。まぁ、別にいいけど。うーん、ひとまずは手でも振り返しておくか。

 

 

『続いて、挑戦者を迎え撃ちます我らがバトルクラブの一員を紹介しますよぅ!』

 

 

 アナウンスに応え、俺の目の前に立っている金髪の女性が一歩前へと踏み出した。……俺はこの人、ゲームで見た頃あるから知ってるんだけどさ。

 

 

『ホウエンバトルクラブ、ナンバー5! 南国の地に咲いた一輪の氷華! 美しき氷ポケモン使い……プリム様ぁぁあッ!!』

 

 《《ドワァアアッ!!》》

 

 

 アナウンスの一際熱のこもった紹介に目の前の女性……っていうか、プリムさんな。ゲームにおいてはホウエン地方の四天王であったというプリムさんは、観客の声援に手を振り返した。

 ……ただし声援の中には踏んでくださいだの、フリーザークイーンだの、オレも凍らせてくれぇぇだの、あなたへの愛が永久凍土、だのといった内容のものが含まれていてだな。まぁ趣味嗜好は人それぞれだし、気にしない気にしない。

 

 

『それではメインディッシュであるポケモンバトルを開始致します前に、本日のバトル形式やらルールやらをご紹介いたしますよぅ!』

 

 《《えぇぇえええっ!?》》

 

『いやいや、ブーイングですかこんチクショウ! 焦らされた方が美味しいんですから、暫くお付き合いくださればと思いますがどうでしょう!』

 

 ―― しょーがねぇなぁ! 早くしろよ!

 

『御(おん)ありがとうございますっ! では! 本日のバトルは手持ち2対2、交換形式はポケモンリーグ「本戦以外」に準拠しまして、挑戦される側は勝ち抜き制、挑戦者ショウ選手については入れ替え制という特別ルールを採用しております! これはショウ選手が連戦になることを考慮し、「本戦以外」の年のほうが似通った状況であるからとの理由ですっ! まぁ2対2であるからして、私的にはあんまり意味ない気もするんですがね!』

 

 ―― お前の意見は浅いから聞いてないよっ?

 

『酷っ、酷いです!』

 

 ―― おねーちゃん泣かないで頑張ってぇ!

 

『うぉお、やる気全開っ、めげませんよぅ! 解説を続けまして、えぇと、トレーナーによる道具の使用は互いに禁止で――』

 

 

 漫才っぽいやり取りがあるけど、どうやらアナウンスを使用して観客へルール説明を行う様子。

 

「(……と)」

 

 この間にと向かいから、プリムさんが歩き寄ってきているのが見えている。俺も挨拶に行くか。

 そう考えて歩き出し、モンスターボールの描かれているバトルフィールドの丁度中心辺り。ざわめきと解説が続く会場の真ん中で、プリムさんと握手を交わしてから自己紹介を行うこととなった。

 

 

「先ずはご挨拶を。わたくしはプリムといいます。あなたの事はカンナより聞いてますよ?」

 

「ども、ショウです。……カンナさんからですか」

 

「はい。不肖、わたくしめの姉妹弟子なのでして。どうやらあの子もカントーでは結果を残せたようで、姉心ながらに安心しています。ふふっ」

 

「四天王ですからね。その同期となれば、誇ってもいいんじゃないですか」

 

「誇る前に、自らの実力を見直したいと思うのがわたくしでした。これもバトルクラブの……そうですね。フヨウが言う所のタマシイといったものなのでしょう」

 

「あー、なるほど。だから氷ポケモン使いなのに、こんな南国くんだりまではるばる修行にやってきたっていう」

 

「そうですね。と、あら」

 

 

『――となっておりこれにて解説終わりですどうだ出来る限りの早口だぞこのバトル大好きヤロウ共ぉ!』

 

 《《ウォオオオオッ!!》》

 

 

「……どうやら時間のようです。それでは――」

 

 

 プリムさんはドレスと金髪を翻して後ろへと振り返り、トレーナーの待機場所へと戻りながら。

 

 

「あなたとのバトル。本気を出しても大丈夫だと、嬉しいのですが!!」

 

「どうぞご自由に。本気を出さずに負けることになろうとも、負けは負けですし」

 

 

 言いながら俺もトレーナー待機の位置に着く。腰のモンスターボールに手を沿えると正面へと突き出し、プリムさんと相対する。向こうを見てみると、プリムさんもモンスターボールをこちらへ突き出していた。

 

 

「……言ってくれますね!」

 

「そちらこそ。俺は勿論、全力を尽くします」

 

『さぁ、互いに準備は整ったようですよ! それでは! ポケモンバトル、レディ――』

 

 

 スタジアム全体が、一瞬だけ静けさを取り戻す。

 

「(公式戦用の舞台だけあって、石畳で編まれたステージの脇には水場が設置されてるか。遮蔽物は無いけど、かといって、あの水場を使うかといわれたら少なくとも俺は使わないだろうな。移動が制限されるし、直接接触が必要な技の使い方が難しくなってしまうんだから。うし、確認終了!)」

 

 さぁて、始まりだ!

 

 

『――ファイトッ!』

 

 

 バトル開始の号令と同時。振りかぶらず、素早くモンスターボールを投げ出して、っと!

 

 

「頼んだ、ニドリーナ!」

 

「行きなさい、オニゴーリ!」

 

 

 スタジアムの歓声に包まれながら、ニドリーナがオニゴーリと……時間の無駄使いをする前に。指示の先だしから『にどげり』だ!

 

 

『おおっと、2人の繰り出した初手はニドリーナとオニゴーリで……ってニドリーナ、早いですぅっ!』

 

 

「――ギャウッ!」

 

「……オニゴーリ! こおりのキバっ!」

 

 《ゴンッ》――《ゴス!》

 

「オニ、ゴォリッ!」

 

 

 地面を疾駆し、ニドリーナがオニゴーリに肉薄。『にどげり』を受け、遅れてオニゴーリが『こおりのキバ』で反撃。ニドリーナはそれを受けつつも後退せず、

 ……んじゃあ、もう1発。今度は『アイアンテール』!

 

 

『おおっと!? ニドリーナ、男気溢れるインファイト! オニゴーリに引っ付いての接近戦を展開しています! ……ひゃ、すいません! ニドリーナは女の子ですけどね!?』

 

 

「ギャウゥ!!」

 

 ――《カァアンッ》

 

「くっ、もう1度! こおりのキバです!」

 

「ゴォオリッ!? ……ォオリ!」

 

「! ギャウ!」

 

 

 『アイアンテール』で相手が吹き飛ぼうが『こおりのキバ』を受けようが、ニドリーナは作戦通りオニゴーリの傍を離れない。そんでもって、

 

 

『これは、ショウ選手のニドリーナがオニゴーリの攻撃に全くひるまずの3連撃をしかけるのかぁっ!?』

 

 

「ニドリーナ! そのままラストだ!!」

 

「仕様がありません、オニゴーリ! 冷凍ビー……」

 

 

 プリムさんがオニゴーリへと指示を出そうとするが……指示の間もあってか、予想以上に遅い!

 ニドリーナは既に尻尾を硬質化させ終え、横薙ぎに尻尾を振るう体制もできているからな。行っけぇ!!

 

 

「ギャッ、ゥウウッ!」

 

「オニゴォ……リィィィ――!?」

 

 《ガァンッ!》

 

 ……《ドスンッ》

 

 

『これは、ニドリーナの目にも止まらぬ3連撃が炸裂うっ! オニゴーリは壁に叩きつけられて起き上がれないようですね!! 勝者、ショウ選手のニドリーナ!!』

 

 《《ドワァアアッ!!》》

 

 

「……有難うございました、オニゴーリ。戻って休んでください」

 

 

 プリムがオニゴーリをモンスターボールへと戻し、こちらを見据えてくるけど……うし! とりあえずは1勝だな。目論見どおり、互いに至近距離での近接戦にすることができたし。

 

 

「やりますね。得意の冷凍ビームを封じられるとは思いませんでした」

 

「接近戦なら、冷凍ビームを当てきるのは難しいですからね。狙わせてもらいましたという次第で」

 

「それにニドリーナが殆ど指示をうけていません。自分で考えての行動をさせているのですか?」

 

「残念ながら、それは企業秘密です」

 

「……ぅふふふふッ。いい度胸です……!」

 

 

 うわ、プリムさんの笑顔が怖くて冷たい! 笑ってないだろアレ!

 

 そんでもって、今のうちに毎度の無駄解説をしたいと思うんだが。いいでしょうか。いいですね(自己完結)。

 

 まずは毎度の先手必勝で、指示の先出しをしているのはお判りかと思う。それによってニドリーナにはすばやさアドバンテージがあるんだが、今回はオニゴーリに毎回先手が取れているという違いがあったからな。これの解説をば。

 

 その理由(たね)は『指示の先だしを3つ先まで行う事』だったりする。

 今回の戦闘において……相手がプリムと判明していたので……相手のポケモンは全て氷、もしくは氷の複合タイプであるとの予測がついているのがミソだ。そんな風な予測がついているのなら、こちらは「効果抜群であろう技」を始めから決めておくことができるという訳。

 そうして俺は今回、ニドリーナに①『にどげり』+高速接近、②引っ付いて『アイアンテール』、③旋回しつつ追いかけて『アイアンテール』という流れで技を繰り出すように指示しておいたんだ。これを指示なしでっていうのは相当の練習が必要だったけど、まぁ、今回のニドリーナはやってのけてくれた。ほんっと、ありがとうニドリーナ!

 その結果オニゴーリは予想以上の速さのニドリーナに対して、物理攻撃による反撃しか出来なかったという仕組みだ。俺のニドリーナはある程度耐久性が上がるような育て方をしているし、『れいとうビーム』の様に強力な技でもって反撃されない限りは先に落ちるということはまずないと踏んでいたので。

 

 では次に、『れいとうビーム』について。俺とプリムさんの会話において「接近されては冷凍ビームを当てきることが難しい」といった類の会話があったんだが……まぁ、端的に言ってもその通りの内容なんだけど解説をしておきたい。

 上記にあるように、接近したニドリーナへは『れいとうビーム』での反撃はし辛かったんだ。これは単純に「技の速度」によるもの。「技の速度」とはいっても先制技による優先度の付加とは違って……うーん。いうなれば「技自体の繰り出される・飛んでいく・相手に効力を発揮するまでの時間の差」というものがあるんだ。

 例えば『れいとうビーム』では相手に向かって、凍るビームを打つ。これはビームが当たった時点で効力を「発揮し始める」技だ。ゲームでの威力は95で高い部類に属しているし、プリムさんは既に氷ポケモンのプロであるからして、『れいとうビーム』に関しては最大威力を発揮できるよう鍛えられているだろうな。ポケモン全部が。

 ……しかしこの『威力95』は、一定量のビームを当てきればの話。

 遠くにいる相手であれば、こういった間接技は射線・射角的にも当てやすいだろう。打つ側の振り向く角度が少なくて済むしな。だが接近しきられてしまうと、『れいとうビーム』の様に「線」で相手を捕らえる技では相手に合わせて大きく振り向くことが必要とされる。つまりは「当たるにしても当たる量が減ってしまうので、ダメージが減少する」んだ。「かすりダメージ」みたいなものだな。

 勿論、だからといって全く当たらないというわけではなく、むしろ攻撃タイミングが悟られていれば「至近距離で全弾ヒット!」といった悲惨な結果にもなりかねなかっただろう。まぁこれについては、ニドリーナが予想外の素早さを発揮したこと、旋回することでオニゴーリの射線を避けつつ仕掛けたことなんかによって補っているという次第だったりするんだけど。

 

 

 さて、解説はここまで。

 こちらは残り2体で、俺の脳内から放置されている目の前のプリムさん(with 冷たい笑顔)は残り1体。

 

 

「ぅふふふふふふふっ!!」

 

 

 ……いや、怖い怖い、まだ怖い。むしろさっきより笑顔が冷たいし! これを笑顔と表現していいんだろうかっ!!

 

 

『おおっと、プリム様が追い詰められて燃えております! 笑顔が、実に! お美しいですぅッ!』

 

 《《ウォォォォオッ!》》

 

 

 いいんだろうな! どうやらこの笑顔は燃えている証らしいし、観客の盛り上がり的にも確かっぽい!!

 まt……

 

 「踏んでくださーいッ!!」「ひぃやっほぉう! テンション絶対零度ぉーッ!!」「ふむ。この笑顔がいきなり見られるなんて、相手の少年の実力は確かなようだな」

 

 変態の地獄絵図と丁寧な解説をどうもありがとう、観客。

 ……でも、観客には悪いけど……

 

 

「いや、悪いけどさ。多分俺の勝ちだぞ?」

 

「もう勝ち宣言ですか。幾分か早いのではないですか」

 

「だから一応、多分との言葉をつけてます。これは予測なだけで、油断はしないですが」

 

「そうですか。では、いきなさい……トドゼルガッ!」

 

「頼んだ、プリン!」

 

「ットドォッ!」

 

「プーリンッ♪」

 

 

『出たァアアッ! プリム様のエース、トドゼルガです! 幾数もの対戦者をちぎっては投げ、凍っては溶かししてきたトドゼルガ! 本日の標的はまるくてピンクのにくいヤツ、眠りの歌姫ことプリンなのかぁ!?』

 

 

 解説は無視したほうがいい気がしてきた。これは突っ込んでるとキリがない。

 ……さて、と。残った相手がトドゼルガならプリンは相性抜群だろう。目の前に鎮座するトドゼルガのオットセイ or アシカ or トド or セイウチっぽい巨体に向かってなのか、もしくは、会場全体に向かってなのか――プリンが大きく息を吸い込んで体を膨らませたところで、歌い出す準備は完了だ。

 

 

「んじゃ、プリン! 『得意の歌』!」

 

「プリュッ! ……~♪」

 

「くっ、今度は先手での奇襲など……。……?」

 

「……トド、ドッ?」

 

 

「プゥ、プル~……プウ、プリィ……プー、プゥリィン~……♪」

 

 

『おおっと、意外にも先手を取ったのはプリンです! おなじみのメロディですが、マイナー調の非常に悲しそうな歌が会場内に響き渡っておりますよぅ! これは!?』

 

 

「今度は、距離を詰めて来ないのですね。しかし残念ながら、わたくしのトドゼルガは眠らなかったようですよ? ならばこちらの番です……トドゼルガ! 冷凍ビーム!」

 

「ゼルッ……ガァ!」

 

「~♪ ……プリュ! p」

 

 《ヒィ》――《カキィンッ!》

 

 

『うわあぁプリンが氷漬け! 凄まじいまでの威力の冷凍ビームが直撃いたしました!』

 

「あー、プリン戦闘不能ですっ! 戻ってくれ、プリン!」

 

『トレーナーの自己申告により、プリン戦闘不能! これで1対1の決戦ですよぅ!』

 

 

「ふふ、ほらみたものですか。後悔するのも早かったでしょう」

 

「ありがとな、プリン……さて。その割には慎重でしたね、プリムさん」

 

「確かに、先程のように接近してくるとの予測は外れました。ですが、あなたのこちらを眠らせる作戦も通じなかったのですよ? あとはダメージを受けていたニドリーナを倒せば、わたくしの勝利なのですっ!」

 

 

 おぉ、プリムさんは熱くなってるって言うかテンションダダ上がりって言うか。会場のボルテージもそれに呼応して熱くなっていってるのが分かるな。流石の人気ということなんだろうし、それこそ本人の言葉を借りるなら「魂が熱いお人」なんだろう。プリムさんは。

 ……けどさ。

 

 

「慎重になりすぎて、1ターン分ほど犠牲にして身構えてしまったのは……どうなんでしょう」

 

「え? ターン?」

 

「それじゃあもう1回……頼んだ、ニドリーナ!」

 

「――ギャウゥッ」

 

 

『ここでショウ選手、もう1度ニドリーナの登場ですぅ! さぁ、プリム様の硬い硬いトドゼルガの牙城を打ち崩せるのか? ……トドゼルガの「牙城」って、今の上手くないです!? トドゼルガだけに!』

 

 

「ニドリーナ、アイアンテール!」

 

「ギャァ――ウゥ!」

 

 《ガス!》

 

「その程度! ……トドゼルガ、あられです!」

 

「ド、ド、ドォ!」

 

 

 プリムさんは、ニドリーナが接近しようが距離をとろうが問題ない技を選択したのだろう。ニドリーナの『アイアンテール』では全く吹っ飛ばなかった程の重量級ポケモン・トドゼルガによる『あられ』によって、南国の会場には似つかわしくないあられが降り出すこととなる。

 ……あー、これじゃあ後手後手だと思うんだけどな。でもってそんな後手後手だと思われる目の前のプリムさんは、

 

 

「あなた。あられの天候では、これが当たり易くなるのはご存知ですか?」

 

「……」

 

「ふふ……トドゼルガ、吹雪(ふぶき)!」

 

「ニドリーナ、まもる!」

 

「トドゼルッ……ガォッ!」

 

「ギャウン!!」

 

 

 トドゼルガの吐き出した必中の『ふぶき』は、ニドリーナの出したバリアー的な構えによってダメージを無効化される。

 うん、もうちょっと早ければ良い手だったんだけどな。

 

 

「無駄な抵抗です。まだあられは止みません! もう1度、ふぶ――」

 

「……ゼルゥ、」

 

「―― えぇ、トドゼルガ!?」

 

 

 《ドスゥウンッ!》

 

 

『うわあぁあ!? トドゼルガ、ダウン! 戦闘不能でしょうかっ!?』

 

 

「トドゼルガ、……トドゼルガ!」

 

 

 プリムさんが慌てて駆け寄り、トドゼルガを覗き込む。が、どうやら起き上がる気配はないらしかった。

 

 

『判定員による判定が出ました、トドゼルガは戦闘不能ですぅ! うぉおぉおッ!? これにて、ショウ選手が勝利ですよぉっ!』

 

 《《ウォオオオオオッ!!!!》》

 

 

 会場が一層の大声援と、阿鼻叫喚といった雰囲気に包まれる。これは仕方がない。なにせ、見た目的にも小さな少年が、ツワモノぞろいのバトルクラブのナンバー5に……例え2対2、こちらのみ入れ替え制というハンデはあるにしろ、勝利してしまったんだからな。

 …………いやさ。ほんとに勝っちゃったんで、俺自身も少しビックリしてるけど!

 

 

『大 ☆ 番 ☆ 狂わせぇーっ! ショウ選手、プリム様に大勝利ですぅーー!?』

 

 

 痛い痛い。歓声が3割アナウンスの大絶叫が7割の原因で、耳が痛い。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 トドゼルガ戦の種も明かせば、簡単なこと。

 プリンが繰り出していた技は、相手を眠らせる(プリンの代名詞ともいえるであろう)技……『うたう』ではなく。3ターン後に相手と自分を戦闘不能にするという技、『ほろびのうた』だったんだ。ラスト1体に向かって『ほろびのうた』を決めることが出来たのなら、あとは耐えるだけという次第で。

 

 プリン相手に身構えたので、1ターン経過。

 

 『あられ』を出したので、もう1ターン。

 

 タマムシデパートで買った技マシンで覚えさせた『まもる』にて必中『ふぶき』を守りきって、最後の1ターン。

 

 で、トドゼルガが撃沈と。

 

「(一応、ニドリーナにはもう1つ仕込みがあったんだけど)」

 

 プリムさんが後手後手だったために、効果が日の目を見ることはなかったなぁ。いや、楽に勝てるに越したことはないんだけどさ。連戦だし。

 

 ……それでは。

 

 

「……お時間はよろしいでしょうか」

 

「あー、はい」

 

 

 現在サイユウシティ郊外の草原に座っているという状況な俺の、そのまた後ろからこちらへと歩いてきている本日の対戦者だったお方と話をしておくとするか。わざわざ俺を追いかけてきてくれたに違いないし。

 そう決め、南国の明るい月夜の下で振り返って、と。……言葉だけならロマンチックなシチュエーションなんだけどなぁ。

 

 

「ども、今日は有難うございましたプリムさん」

 

「いえ、こちらこそ。ショウの実力を見ることが出来て光栄でした」

 

 

 スカートを摘み、上品な仕草で(貴族っぽいアレである)こちらへ礼をするプリムさん。どうやら夜まで悩んで落ち着いた様子で、対戦時の冷たい笑顔は浮かべていないな。うん。これは間違いなく良い事だ。夜に見たいと思える笑顔ではないしな、あの笑顔!

 などと、いつも通りに無駄な思考で占められた脳内は放置して。今度はプリムさんから口を開く。

 

 

「この様な場所に来ているということは……うふふ。人目に付いて、大変だったのですね?」

 

「そですね。俺の背格好ではどうしても目立ってしまいますから」

 

「それで……ですね。今宵はショウにわたくしの敗因を聞きたくて来たのですが、よろしいですか?」

 

「いやいや。何故俺に」

 

「ふふ。なんとなく、ですよ」

 

 

 なんとなくなら仕方があるまい。解説しようじゃないか!

 ……ではなくて。相手が教えてというのなら、断る理由はこちらにはないと思うからな。

 

 

「では、今回だけ。……プリムさんの氷タイプの扱い方は、問題ないでしょう。氷タイプが苦手なタイプなんかは知っているでしょうし、『あられ』からの『ふぶき』なんかも知っていたようですから」

 

「はい」

 

「……あのコンビネーション、相当数のバトルをこなしたり猛吹雪の中とかで特訓したりとかしないと、気付かないですよね。となれば、プリムさんが習得していたのは修練の賜物でしょう」

 

 

 この世界では「レベル」も、「技の内容」も、「タイプ相性」も……「コンボ技」も。いずれにせよ未だ、知識として浸透していないものばかりなのだ。

 専門タイプとして精通している人であれば「その専門タイプについてであれば」、どんな技が強いのか、タイプ相性、「習得できるポケモンが比較的多い技」の効果についての知識なんてものは持っているだろう。また他に、例えば今回のプリムさんの様に……得意な技組み合わせなんかも持っているならば、それこそトップクラスのトレーナーにもなれるに違いない。ゲームみたいに表示をしてはくれない世界だからなぁ。単体タイプのエキスパートなんかにでもならなくては、技の強弱や詳しい効果なんかも見えてはこないに違いない。

 

「(まぁ、例えゲームだとしても知識はその位で十分だろうしな。むしろ、シナリオクリアというなら十分過ぎる)」

 

 だがしかし。俺にはそれにプラスして、さらに「深い」もしくは「無駄な」知識が備わってしまっているのだ。

 例えば今回の『ほろびのうた』。俺のプリンの十八番であるこの技は……それこそ今回の戦闘において殆どの人が勘違いしていた様に……『うたう』との判別がつきにくい。マイナー調であるとの特徴はあったにしても、おそらく、この世界で効果を知っている人物は数少ないだろうと思う。

 ……いや、だってさ。トレーナーにしてみれば『うたう』が有名なことによる先入観から「歌っても歌っても相手が眠らない」技な訳だ。試しに野生ポケモンに使ったとしても眠らないし、『ほろびのうた』を使うようなレベルになってから野生ポケモンと3ターンも技を交わして戦闘することなんて稀だしな。そのため、『ほろびのうた』が使われる/効果が発現する状況っていうのは中々に作られ辛いのだ。だからこそ知られ辛い、と。これをこそ「データが表示されない弊害」と言っていいと思う。

 

「(まぁ、俺は転生で知ってたけどな!)」

 

 つまりは、またも、転生様々だという!!

 

 

 ↑ここまで脳内の解説。

 ↓ここから現実の続き。

 

 

「―― 賜物でしょう。ですのでプリムさんに『お教え』できる敗因は、技に対する知識としか言いようがありません」

 

「技に対する、知識?」

 

「はい。あ、もちろん氷の技についてもですが……例えば他地方のポケモンやらに対する知識もです。新タイプ含めて」

 

「成程。自らが氷タイプという1つに縛られた環境の中で頂点を目指すのであれば、先ずは相手を知りなさい……というのですね」

 

 

 うん、正しい正しい。正しい……けど。

 

 

「えーと、……そんなに『俺が偉そうにみえる風味』に解釈してくれなくてもいいんじゃあないですかね?」

 

「わたくしからの意趣返し、です」

 

「人を呪わば……逆凪ですか」

 

 

 ならば仕様がないな、うん。今度こそ。

 

 

「まぁ、俺もプリムさんも丁度良く修行中の身です。他のタイプに対する経験を積むのであれば、これ以上ない絶好の機会ですからね。これからこれから、です!」

 

「えぇ。御指導だけでなく、有難うございます。……それでは」

 

 

 プリムさんは聞きたいことが聞けたのか、始めの礼の時と同じく気品ある仕草で、会場やら街やらのある方向へと振り向いた。

 ありゃ、帰るんですか。

 

 

「はい。これ以上をあなたの言葉によって聞いてしまっては、わたくしの成長にとって妨げにしかならないでしょう?」

 

「……」

 

「ですので。わたくしがこれから修行を行ってでも足りない部分、ポケモンバトルの凄さや恐ろしさ等も……また、今度……あなたとの『ポケモン勝負から』学ばせてくださいまし」

 

 

 郊外の高台から見下ろす南国の夜景を正面に、氷ポケモン使いが去って行く。

 ……うーん。台詞といい雰囲気といい、カッコいいなプリムさん。ファンが多いのも頷ける。

 

 

「……んじゃあ、また。プリムさん」

 

「はい、また。……次はわたくしよりも上のランクの相手です。そこでわたくし達バトルクラブの本当の恐ろしさ……ポケモンバトルの楽しさを、確かめなさい」

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 ショウ VS プリム(若)

 

 勝者:ショウ

 

 






 最も気を使った台詞。 
   ↓
「トドゼルッ……ガォッ!」

 どうでも良いですねすいません。

 尚、実況のうざさについてはご勘弁くだされば。
 こうでもしなくては、話が何とも単調に過ぎまして。苦肉の策なのでした。
 ……ある意味では私もノリノリで書いてはいますがっ



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Θ48 VSシバ&トウキ

 

 

 プリムさんとのポケモン勝負の翌日。

 今日も快晴のサイユウシティ第1闘技場では、既に俺にとっての2戦目が始まろうとしていたり。

 

 

『さぁ、本日も始まりましたポケモンリーグ前哨特別試合! 先日はプリム様に大勝利いたしましたショウ選手は、勝利を重ねることが出来るのかぁっ!!』

 

 

 寝て起きて朝ごはん食べてミーティングして昼ごはんは軽めに食べたら、もう闘技場にいるこの状況。いや、実際のところ疲れるよな。バトル自体は楽しみだけど。

 そんな風に清濁入り混じった思考を続ける中。俺の隣に立つ本日の相棒に向けて、改めて挨拶をしておきたいところだ。……いや。相棒とは言ってもポケモンではなくて、

 

 

「んじゃ、今日はよろしくな」

 

「アハハ! もっちろん! アタシ、がんばるよー!」

 

「おー、その意気だフヨウ!」

 

 

 隣に立つ相棒こと、褐色の The 南国幽霊少女……フヨウ。RSEにて四天王の座についていた彼女は現在、この年齢にしてホウエンバトルクラブのナンバー6らしかった。見事な幼女スタイルなのに以下略。俺だっていいだけ学童期だからして、ツッコむ資格はないだろうな。うん。

 ……で、だ。俺の隣に立つフヨウが「相棒」だということは相手も、

 

 

『本日のお客様方はラッキー&ハピネスですよぅ! なんと! バトルクラブナンバー3とナンバー4が同時に登場です!!』

 

 《《ドワァアアッ》》

 

 

 観客の声援に、俺とフヨウの反対側にいる2人の男が……いや、1人は手を振らなかったけど。

 予測外れは置いておくとして。男の1人は、オレンジのシャツを着た(もう一方に比べれば)爽やかな印象の男。手を振り返したのもコイツで、俺も知識では知っているお人だったり。でもって男のもう1人は、シャツなど着ていない筋肉見せびらかしの無愛想な男。立つ事すらせず、スタジアムのトレーナー定位置に胡坐(あぐら)をかいて座り込んでおり……コイツも、俺はものすっごい見たことがあるお人だ。ゲームで。

 

 

『御紹介しましょう! 波乗り大好き格闘家、トウキさん!』

 

 

 これが爽やかオレンジTシャツの方な。

 

 

『格闘一筋! 寡黙な剛力格闘家、シバさん!』

 

 

 で、これが胡坐かいている方。ついでに糸目である。

 つまり本日は、俺とフヨウが組んでシバ&トウキとダブルバトルをするという日程だったのだ。

 

 

「……しっかし」

 

「どしたの? ショー」

 

「あのな、フヨウ。あの2人って格闘タイプのポケモン使いだよな」

 

 

 少なくとも、ゲームではそうだった。トウキはムロタウンのジムリーダー、シバはカントーorジョウトの四天王で、互いに格闘タイプ使い。2人は共に修行をした仲だという設定もあったはずなので、一緒に出てくること自体には異論はない。

 ……ない、が。

 

 

「うん! ふたりとも、『かいりきー』とか『はりてやま』とかとトモダチなんだよ! つっよいの!」

 

「……なら相棒がフヨウだと、俺が有利じゃないか?」

 

「だいじょーぉぶ! たぶん、ふたりとも『みやぶる』とかつかってくるよー」

 

「うーん、まぁそれでもいいんだけどさ」

 

 

『さて、ではでは一応本日もルール説明をばさせていただきますよぅ! 異論は受け付けません! まず――』

 

 

 ま、確かに『みやぶる』を使いさえすればゴーストタイプに格闘技を当てることは出来る。出来るが、ダブルバトルじゃあ……読み合いになるか。ならば作戦は至極単純だ。今のうちに打ち合わせをしよう。

 手招きして、フヨウと2人して地面にしゃがみこむことにする。

 

 

「フヨウ、作戦作戦」

 

「どんなさくせんー?」

 

「いや、まずは手持ち確認。フヨウの今日の手持ちは?」

 

「えっとね。このコと……このコはげんきがいーみたい」

 

「ん。サマヨールとジュペッタだな。……ジュペッ、タ……」

 

 

 ……いや、相棒は強いに越したことはないけどさ。ゲームでの規定進化レベルが両方ともに37だったサマヨールとジュペッタが進化してるって、結構レベルが高いことになるんだよな。勿論その可能性も十分にあるんだけど……ワタルのカイリューやらシロナさんのガブリアスみたいに低レベル進化しているかも、ってのもある。

 あー……これは1回、本気で調べてみたい。トレーナーとポケモン間の、例えば相性とか素質みたいなものによる、進化レベルの変動について。とはいえ、研究題目はひとまず先送りしとくけどな。バトルに集中で。

 まぁ、思考題を戻して。フヨウもバトルクラブのナンバー6であるからには、手持ちのレベルも30台前半以上とみていいだろうとは思う。なら、

 

 

「フヨウ。ゴーストポケモン達がどんな技を使えるか、大体分かるか?」

 

「うん!! えっとねー……」

 

 ……

 

「……と、こんなかんじ!」

 

「十分十分。フヨウは凄いな」

 

「! エヘへーェ」

 

「……凄い、なぁ……」

 

「エヘへーェ」

 

 

 俺、迂闊(うかつ)!

 

 ……迂闊にも、流れ的にフヨウの頭を撫で始めてしまったという。

 まぁ、撫でられている褐色少女はステキな笑顔ですんで別に良いけど! 撫でがいのあるヤツめ!!

 

 ヤツ、め……

 

 

「……凄い、よなぁ? なら撫でてもいいよな? 俺、同年代だしな?」

 

「んー?」

 

「あー、いやいや。凄いなーフヨウは」

 

「うん! だってアタシ、ゆーれいたちのきもちわかるもん!」

 

「……新手のエスパーみたいなもんなのかね」

 

 

 もしくは慣れ故の経験則に基づいたものなのか、だ。なにせフヨウはホウエンどころか全国でも屈指の心霊ポケモンスポット『おくりび山』で修行しているっていう設定だったはずだし、今朝の顔合わせの時に聞いてみたら修行どころか今現在も住んでいるって言う話だったし。ゴーストタイプ使いとしてはこれ以上ない素質をもっているのは確かなんだろうな。キクコばぁちゃんは知らないけど。

 んじゃあ、さてさて。無駄思考も一通り済んだ事だし、作戦の発表といこうか。

 

 

「じゃあ作戦な。まず、フヨウは『まもる』『おにび』『かなしばり』を俺の言うタイミングで使ってくれ」

 

「たいきゅーしょうぶだね」

 

「得意だろ?」

 

「うん」

 

 

 流石はナンバー6幽霊少女。ジュペッタはともかく、サマヨールの生かし方は心得ているらしいな。『しんかのきせき』があればもっと良かったけど、そこまでは求めなくてもいいだろうと思う。そもそも時代的に無いと思うし!

 で、あとは。

 

 

「あとは俺かフヨウ、片方のポケモンに攻撃を集めていく」

 

「ふーん、どうやって?」

 

「それこそ相手が格闘タイプなら簡単だ。どっちかが味方を庇って前に出てやればいい」

 

「おー」

 

 

 ここがゲームとは大いに違う部分で、直接技と間接技の区分がはっきりとあるのだ。そのため例えば、

 

 俺のニドリーナに相手のカイリキーが攻撃

→ 格闘攻撃を遮ることのできる位置にサマヨールを配置

→ 攻撃はサマヨールに当たる。

→ だがしかしゴーストに格闘は「こうかがない」。

 

 この流れを上手く利用すれば今回の対戦においては、上手く立ち回れば相手の攻撃をシャットアウトできるという目論見なのだ。まぁその「立ち回る」っていうのは、相手も1度やられれば対策を立ててくるだろうから難しいんだけど。

 因みに、ニドリーナが前に出る際には『まもる』を使ってやればいいハズ。『もう1つの仕込み』もあるしな。

 

 

「俺が前に出るときは、声をかける。それ以外はフヨウのポケモンを前に出してくれ」

 

「……うーん、たしかにこのコはつよーいけどね。でも、『みやぶる』つかわれてたらこのコは……」

 

「作戦が上手くいけば、攻撃はされないぞ。『かなしばり』で封じるからな」

 

「ホント!?」

 

「ほんとほんと。それに、俺のニドリーナだってすぐにはやられない」

 

「うわぁー、たのしみっ!」

 

 

 目を輝かせているフヨウは、うん。まぁいいとして。とりあえずの行動予測をしてみたい。

 

 多分、シバとトウキはどちらかが初手でサマヨールに向かって『みやぶる』を使用するだろうと予測がつくので、そこへはニドリーナを前に出して『まもる』。これで『みやぶる』も『もう一方』から繰り出された攻撃も同時にシャットアウト出来る。

 相手の技を防いだところで、使用する技だけの指示を先だししておいたサマヨールへ『かなしばり』の対象(みやぶるを使った相手ポケモンへ)を指示。そうすれば……本来はダブルバトルにおいては狙う対象の指示も必要なのだが……指示タイミングの遅れを取り戻し、後出しでも問題なく『みやぶる』を『かなしばり』することが出来るだろう。

 

「(……「対象の後決め」とでも呼ぶべきかね、これ。ダブルバトル限定だけど)」

 

 2ターン目は雰囲気次第だが、相手は1ターン目で『みやぶる』のに失敗したために、たとえ効果がいまひとつであろうとニドリーナを集中攻撃してくることが可能性として考えられる。どちらにせよこのターンはサマヨールに攻撃を受けて貰うが、相手が格闘以外のタイプでサマヨールを狙い続けてきたなら『まもる』、格闘でニドリーナへごり押ししてきたのならば『おにび』で片方を「やけど」状態にしてもらう。「やけど」になった相手は物理攻撃力が半減するため、格闘タイプ主軸のトウキ&シバでは機能停止といってもいい状態だろう。

 

 ここまでくれば2対2という数の少なさから考えても、俺達がかなり有利になっていると思う。後は必要に応じてもう一方の『みやぶる』も読み合いで封じたり、「やけど撒き」を遂行したり、こちらからの攻撃をチマチマ当てていけば……多分なんとかなるかな。

 

 ……全ては相手が直接攻撃主体であるという仮定の元に成り立っている戦略だけど!!

 

 

「まぁ、多分外れてはいないよな。2人とも格闘大好きだし。『じしん』の技マシン持ってたら厄介な気はするけど」

 

 

 今はゲームの対人戦ではないから、そんなにエッジだの地震だのは使ってこないと信じたい。タマムシデパートだけでなく色々な場所で売り出されている様な『まもる』の技マシンとは違って、エッジだのは技マシン自体もレアだし。

 そんな折(おり)。袖口がぐいぐいと引っ張られる感覚によって、思考の海より舞い戻ってみる。すると目の前には……うぉっ。顔が近い近い。

 

 

「だいじょーぶ? ショー」

 

「あー、うん。だいじょぶだいじょぶ。離れてよし」

 

「うん? ショー、行こうよ!」

 

 

『――さぁ、間もなく試合開始ですよぅ!』

 

 

 どうやら思考している間に、ご覧の通りの展開だったらしい。……なら、

 

 

「うし、フヨウ! 俺達の即席コンビネーション、見せてやるか!」

 

「おーう!」

 

 

 フヨウと2人で、バトルフィールドのトレーナー位置へと向かう。さぁ、ここからが本番だな!!

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「……ウー、ハー! ニドリーナへクロスチョップだカイリキー!」

 

「リキィ!」

 

「ハリテヤマ、ニドリーナに地球投げ!」

 

「ハリテヤマァ! ウス!」

 

 

「……ヨ~ル?」

 

 

『またもカイリキーのチョップが割り込んできたサマヨールを(むな)しく通過っ! ハリテヤマは上手く回り込んでニドリーナに攻撃をしていますが……やはり効果はいまひとつなのか!? いえ地球投げは定値ダメージですけど、そう思いたくなるぐらいニドリーナが硬いんですよぅ!!』

 

 

「サマヨール! 『あっついの』!」

 

「ムヨーン」

 

「ニドリーナ、目の前のにアイアンテール!」

 

「ギャ――」

 

 

 俺はニドリーナに対象を声差しながら指示を出し、フヨウは……多分なんか不思議な力っぽいので息を合わせ、技指示のみにも関わらず作戦をこなしている。やっぱりエスパーといってもいいのかも知れないな、コレは!

 そんな目の前にてハリテヤマへ、サマヨールから放たれた青黒い怪しい炎――『おにび』がヒットだ。

 

 

『あああー! これでトウキさんシバさん共に、最後のポケモンまで状態異常がかけられてしまいましたーぁっ!! わたし、明日からサマヨールが怖くなってしまいそうです! 今も幽霊は怖いですけどねッ!!』

 

 

 うし。狙い通りか……それ以上に上手く進行していると言って良いだろう。

 因みにトウキは最初の1体がチャーレムだったんで、初手から『とびひざげり』を外したダメージとかがあって早めに戦闘不能になってしまっていた。シバはいきなりカイリキーからだったけど、『みやぶる』担当になってたりとか早めに「やけど」をかけられた事とかがあって、一旦は引っ込んだんだ。しかし交代で出てきたのがイワークだったため、ニドリーナの効果抜群『アイアンテール』で早々に「ひんし」状態まで追い込まれてしまい……結果、現在の窮状になっているという次第だ。

 流石に途中からは「効果なしによって両方の攻撃を遮断する」という戦前に俺がたてた作戦は突破され、上手く距離をとって1対1になるよう誘導されてるけど、さ!

 

 

「――ャウゥッ!」

 

「ハリッ!」

 

 《ガスンッ!》

 

 

『トウキさんのハリテヤマ、序盤の勢いもどこへやら! ニドリーナに押されております!』

 

 

「くっ……キミのニドリーナ、硬すぎないかい!?」

 

「まぁ、そうかも知れないですね」

 

 

 トウキが焦った顔で俺へと話しかけるが……もちろん、硬いのは確かだ。けどこれはアナウンサーが言った様に「効果がいまひとつだから」ではない。なにせ読みが外れた部分では、ニドリーナも数回攻撃を受けているんだからな。それにしては未だ……フヨウのサマヨールは元からとして……俺の先発ポケモンであるニドリーナが倒れていないのは、それこそトウキが指摘した様に「硬すぎる」と表現したくなるだろう。

 

 

「ハリテヤマ、はっけい!」

 

「ニドリーナ、まもる!」

 

 

 ハリテヤマの繰り出した『はっけい』を、ニドリーナが『まもる』で受け流す。これを隔ターン毎に繰り返せば……っと。

 

「(うし、回復回復!)」

 

 実は俺のニドリーナの「硬さ」は、『もう1つの仕込み』……ニドリーナの持っている道具『くろいヘドロ』によるものだったりする。

 『くろいヘドロ』。これは毒タイプに限って、毎ターン少量ずつのHPを回復していくという道具だ。コレを利用し、攻撃ターンと防御ターンを繰り返すことで耐久力を上げていくこの戦法は、俺にとってはよくある戦法だったんだけど……未だポケモンに持たせるアイテムがきのみ位しか浸透していない(開発されていない)この世界においては、『くろいヘドロ』自体の入手し難さも相まって行われていない戦法だったのだ。

 

 

「サマヨール、『げんこつでぼかーん』!」

 

「……くっ……ウォォォォッ!?」

 

 

 ……カオスになっているシバ VS フヨウの戦況は視界には入れないでだな。

 先程の説明では俺が『くろいヘドロ』を入手したのはどこなのか、という疑問が残るだろう。その疑問への回答は「ノモセ湿原で」となる。

 

 つまり『くろいヘドロ』を持ったグレッグルが出るまで、ひたすら捕まえ続けたという! 苦行だったけど!!

 

 いやいや。腰までぬかるみに浸かった状態にも関わらず、只でさえゲームとは違って1戦1戦にかかる時間も体力も半端ない現実であることも省みず、同じ野生ポケモンをひたすら捕まえ続けるというあの苦行。もう体験したくはないなぁ……。

 

 

「カ、イ、リキィ……」

 

 ――《ドサッ!》

 

 

『カイリキー、戦闘ふのーぉぉおおおっ! シバさんの手持ちはこれにて全滅ですよぅ!! トウキさん、追い詰められましたぁっ!』

 

 

「戻ってくれ、カイリキー。……クソッ、俺とポケモン達が負けるとはッ!!」

 

 

 苦行を回想している内にどうやら、サマヨールの相手をしていたカイリキーは力尽きた様子で。トレーナーであるシバは地面を叩いて、自らに怒っているのか戦法なんかを悔やんでいるのか――両方なのかもしれないけどな。……さぁて、

 

 

「あとはトウキさんの1体だけだ。行こう、フヨウ!」

 

「うん! ……サマヨール、『みぎてでどかーん』!!」

 

「ニドリーナ、アイアンテール!!」

 

「ギャウッ――」

 

「ヨー~ル」

 

 

「……地球投げだ!」

 

「ウス! ……ハリィィ!!」

 

 

 《《ゴスンッ!!》》

 

 

「……ハ、リィッ!! ……」

 

「……いや、ありがとうハリテヤマ。……審判! こちらは戦闘不能だ!!」

 

 

 トウキが2体の攻撃によって吹っ飛んだハリテヤマをボールへと戻し、自らの敗北を告げた。

 

 ――うし。勝利ぃ!

 

 

『ショウ選手! 本日も、いえいえ本日はッ! フヨウちゃんとのコンビにて、シバさんとトウキさんの格闘タイプコンビを圧倒しましたよーぅッ!! なんじゃコイツーっ! むしろこいつらーッ!』

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「……zzZ……。キュゥ……」

 

「いやいや。お疲れ、ニドリーナ」

 

 

 本日も付きまとってくる人々から逃げ出してきた郊外の草原。

 膝の上で眠っているニドリーナに、労いの言葉をかけておきたいと思う。なにせ、連戦の上に今日は1匹でシバ&トウキのポケモンを相手していたんだからな。とりあえず明日は休日だし……明後日の相手は鉱物ポケモン大好きのダイゴさんだ。鋼タイプ相手であれば、毒タイプであるニドリーナは出番なく休めるに違いない。

 ……岩タイプ相手だったら出てもらう事になるかもだけど。

 

 

「うーん、そうなったらミュウに『へんしん』しといてもらわなくちゃな」

 

 

 ニドリーナの代わりに、というか、まぁそんな感じで。

 

 

「つってもなぁ。今日の勝利はフヨウのおかげみたいなもんだし」

 

「……z、キュ……」

 

 

 確かにバトルクラブでの序列的にもフヨウはシバ達よりは下らしいし、俺とフヨウの近しい年代でのコンビならば絵面的に良いって言うのもあったんだろう。だけど、シバもトウキも格闘タイプ使いなのに、相手がゴーストタイプはきつかっただろうな。まぁ済んでしまった事だからご愁傷様とだけ思っておくけど。

 

 

「ん、ご愁傷様でした。と」

 

 

 因みに、件のフヨウは俺に「たのしかったよー!! またね、ショー!!」との言葉と満面の笑顔を残して、自らの格好によく似合う南国の街へと帰っていった。

 ……「また」、ね。期間をおいてから会う機会があったとしても、次は俺がホウエンリーグに挑戦した時とかになるんじゃないか? 勿論フヨウならばその時には、順調に四天王になっているだろう。

 

 

「(こんなこと考えている時点で再会フラグな気がするがっ!!)」

 

「……zz、z……ンキュー……」

 

 

 いやまぁ、うん。フラグ云々はともかく、今日くらいは俺もゆっくり眠ることにしようと思う。

 とりあえずは、膝で眠っているニドリーナが目を覚ましてからだけどな。

 

 






 ダブルバトルにおけるゴーストタイプの活用法は、あるお方の作品を参考にさせていただいてます。
(いくら時間がかかってでも、復活を期待させていただければ、これ幸い)

 ついでに。
 シバさんのカイリキーはHGSS準拠で『ノーガード』のカイリキーです。主人公はどちらにせよ「やけど」によるダメージを考慮して、やけど撒きをフヨウさんにお願いしていました次第だという。
 因みにこの後のシバさんは、サブウェポンとして『いわなだれ』を習得させたり、トウキと道を別ちカントーへと修行に来たり……という流れを妄想しておりますが、おそらく描写はあっても一瞬かと。


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Θ49 VSダイゴ

 

 

 爆睡眠コンビネーションで(たま)の休みを無駄消費して、更に翌日。俺は選手控え室にて対策を練っている最中だ。でも、今日は相手が分かっているからまだ良いハズである。

 

 

「相手がダイゴだからなー」

 

 

 ダイゴの出してくるポケモンが鋼タイプであれば、「シンオウ地方でのもう1個の目的」だったピジョンの新兵器がお披露目となる。相手が岩タイプであれば先日の脳内会議の通り、ニドリーナに『へんしん』したミュウで『アイアンテール』を連発してもらえば良いかな。あとは、鋼と岩なんていうヤツが来たならばそれこそ頑張って『にどげり』するしかないかもしれない。

 ……むぅ。鋼と岩の複合タイプのポケモンって素で「ぼうぎょ」が半端ないのが多いから、いくら4倍弱点でも物理技じゃ削りきれないと思うんだけどなぁ。格闘タイプの中では弱めの威力の『にどげり』だし。

 

 

「……となればプリンを登録して……って、駄目か。相手の先発ポケモンを確実に倒せるとは限らない」

 

 

 プリンの『ほろびのうた』であれば相手を強引に倒せる……かと思いきや、アレは自らも倒してしまう技だ。しかもポケモンを交換した時点で「ほろびのカウント」がリセットされてしまって効果が無くなるんで、相手を最後の1体にしなくては容易に逃げられてしまう。

 でもって更に。なにせ俺のプリンは、レベルが10と残酷なまでに育成不足なのである。となれば相手の手持ち1体に対してこちらは2体残っているという状態を作り出す必要がある。

 さらにプリンは初めのターンで撃墜されるだろうから、最初の1体が(最初の1体が相手の先発を撃墜したという前提がそもそも必要なので)傷ついた体で残り2ターンを耐え切らなくてはならないのだ。この点については、プリムさんの時は『くろいヘドロ』で何とかなったけど……

 

 

「ダイゴがこないだのボスゴドラとか出してきたら、どうしようかね?」

 

 

 俺が捕まえたのにな、との思考は彼方へと遠投しといて。あれから日程はそう空いていないからどうせバトルが出来るようなレベルではないと思うし、多分出ては来ないだろう。しかしつまりは、攻撃力高めの相手が出てこられたら回復量を上回ってしまうんだし面倒なことになりそう、という思考路線なのだ。

 ……ダイゴのゲームでの手持ちは防御高めの御仁が多かったから、何となく大丈夫な気はするけどさ。

 

 

「なら結局は相手の手持ち次第だな。……ダイゴの手持ちを予想してみるか。ダイゴの思考的には、」

 

 

・硬いものが好き = 防御が好き

・ダイゴはバトルクラブ高ランク

・となれば、得意な戦術もある

・多分、防御を活かした戦い方をしてくる

 

 みたいな感じかと。まぁとりあえず、ゲームでの手持ちやらこないだのムロでのダイゴの選んだルートから先発は予想できているんだ。なにせ「空を飛べるポケモンを持っていなければ危険すぎる、壁際を伝うルート」を通ってたからなぁ、ダイゴは。

 あとのもう1体は、ホウエン地方のポケモンも調べつくされてはいないことや化石ポケモン再生技術はこないだ作られたばっかりという点を考慮すれば……

 

 

「ネンドールもしくはメタグロスってトコだな」 

 

 

 ネンドールはともかくとして、想像したくない相手だよなぁメタグロス。合計種族値600族だし。かといって2対2のバトルに「エース」を出さないというのも考え辛く、(ネンドールはエース向きのポケモンではないから)メタグロスが入ってくる可能性は物凄く高いだろう。メタグロスの進化レベルについては他の地方のチャンピオン達と同じくゲームよりも低レベルで進化できている可能性が、これまたダイゴの石愛によって十分過ぎる程にあると思う。

 で、あとはゲームでの手持ち順なんかから考えて……ピジョンで、個人的にはいける気がする。

 

 

「……まぁ、後はバトルしてみてからか」

 

 

 先発さえ上手く突破できれば勝ち様は幾らでもあるだろう。んじゃ、行くか!

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

『さぁさぁさぁさぁ、本日はお日柄も良くて以下略! ブーイングされる前に、早速選手の紹介をいたしましょう!』

 

 《ワァアアッ!》

 

『このタイミングでの歓声はなんとなくわたしへの挑戦な気がしますけど、とりあえず無視しますよぅ! ではまず挑戦者、ショウ選手ですぅ!!』

 

 

 今日も絶好調だなぁ、アナウンスのお人。無駄な方向性だけど。

 

 

『プリム様やシバ&トウキさんを破っての3戦目進出! これで9才とは驚きの以下略! ……略せてないですよね、あと実力って言うだけでしたしッ!!』

 

 

 ……このアナウンス嬢にはもう1人、ブレーキ役が必要なんじゃないだろうか。個性がウケてるのかもしれないが、寄り道が多すぎて解説としては機能しないと思うんだ。まぁ、俺としては面白いから別に嫌いじゃないけど!

 で。そんな風にバトルフィールドに立ちつつ無駄思考をする俺の向かいには、予定通りにダイゴが立っている。因みに少し視線をずらした俺の隣には、先発予定であるピジョンがおとなしく待ってくれているという状況だ。……おとなしく、とかいう事実からしてどうやら、俺の手持ち達は小うるさいアナウンスにはここ数日で慣れてしまったらしい。こうしておとなしく待ってくれてのはありがたいけれど、なんだか申し訳ない感覚も多大に感じていたりなんだり。こんなのに慣れさせてしまってスマン!

 

 

『次に、ショウ選手の対戦相手! デボンコーポレーションの御曹司で、ホウエン地方バトルクラブナンバー2の実力者! こちらも年少にして会社の部門にも属している天才少年……ダイゴさんですぅ!』

 

 《ワァッ!》《ダイゴクンーカッコイイー!》《ステキー》《キャーカワイー!!》

 

『はいはい! 黄色い悲鳴が上がるのは判ってましたよぅ。ダイゴさんのルックス的に!! そんなのはいいですから、今日もわたしからルール説明をばさせていただき――』

 

 

 お、アナウンスからは今日もルール説明があるみたいだな。今日が始めての観客もいるだろうから、当然と言えば当然か。んじゃあ、今の内にダイゴに挨拶でもしておくかね。

 そう考え、俺からダイゴへと近づくことに。

 

 

「んじゃあダイゴ、今日はよろしくな。手加減なしで!」

 

「あぁ。ボクも手加減はしないよ……と、言いたいけどね」

 

 

 ……ん?

 

 

「ポケモンバトルは好きだけど、実はそれを指示するボク自身にはあまり自信がないんだ」

 

「えー……今更だろ。バトルクラブのナンバー2で天才少年が何を言うか」

 

「とはいっても。……ボクとしてはポケモン勝負くらいには、親の威光が届いていないと信じたいんだけどね」

 

 

 そう言いつつダイゴは本当に困ったような顔を見せていて……成程。デボンコーポレーションの社長である親を助けたい気持ちがあり、その会社にいるからには七光りを気にしているなんていう面倒な部分もあるんだろう。七光りが届かない「本当に自分の実力を見てもらえる場所」が、ダイゴにとってはバトルクラブだということか。

 ……でも、

 

 

「お前は負ける気はないんだろ?」

 

「うん。負けたくはないかな」

 

 

 ふぅん、なら。

 

 

「ならどちらにせよここで俺がお前を『負かせば』、万事解決っていうワケだ」

 

「……そうか。……あぁ、成程。……うん、そうなる!!」

 

 

 俺はどちらにせよ「わざとは負けない」けど、ダイゴも「負けたくはない」。しかしこの仮定は、ダイゴが勝つことを前提に成り立っている図式だったり。

 ……つまり俺が「勝ってしまえば」、こんな事で悩む必要はないだろう! 強引だけど!!

 

 

「こんなにバトルが楽しみなのは、久しぶりかもしれない!」

 

「おー。楽しそうだな、ダイゴ」

 

「いやぁ……そんな風に言われたのは流石に初めてだったから」

 

 

『――となります。ではこれにて解説しゅーりょーですぅ! 両者、位置についてくださぁいッ!』

 

 

 ダイゴが腰のモンスターボールに手をかけ、同時に、俺も隣に控えていたピジョンへと指示を出す。

 

 

「どうかボクを負けさせてくれ! ショウ!」

 

「うっわ。さっきはああ言ったけど……どうせなら自信満々にボクが1番強い、くらいの大言を語ってみせろって」

 

「……そうだね。それはいつか、ボクがポケモンリーグの頂点に立てた時に!」

 

 

『それではっ……バトル開始ですぅ!!』

 

 

 ダイゴの宣言に重なったアナウンスと同時。

 相手はボールを持ち上げて、俺も ―― ほいよっと!

 

 

「頼んだ、ピジョン!」

 

「ピジョー!」

 

「1番手はキミだ、エアームド!」

 

「エァームドッ!」

 

 

 投げられたモンスターボールからは互いのポケモンが、フィールドの空へと飛び出す。

 

 

 ――さぁて、ピジョン。まずは作戦通りに距離をとってくれよ!

 

 

「……ピジョーォッ!」

 

「様子見かい? ショウにしては、消極的な戦法だね」

 

 

 「指示の先だし」によるすばやさアドバンテージを利用して距離をとったピジョンをみて、ダイゴはそう評価してみせる。プリム戦とは違ってこちらからは何もしていない点もあってか、警戒している様子だな。

 

 

「ならまずはまきびしだ、エアームド!」

 

「ムドッ!」

 

 《バラッ、バラバラッ》

 

 

『おや。ダイゴ選手は距離をとったピジョンに対して、フィールド状況を有利にし始めましたようですよぅ!』

 

 

 おぉ、これはアナウンス解説の言う通り。『まきびし』は大雑把に言えば、交代時に浮いていない相手ポケモンへ定値ダメージを与えるっていう技だ。俺のピジョンへすぐさまダメージを与えられはしないけど、後々の展開を有利にすることが出来る。

 ……しかし、これは2対2のバトル。ポケモン交代の行われる回数は少なくなるハズで、ダイゴもそれに気づいていないって事はないだろう。なら、相手にも思惑があると思う。

 

 

「……うし。そんなら、ピジョン!」

 

 

 声掛けをしてピジョンの視線を引く。そして、サインによるタイミング指示だ!

 

 

 ……『ねっぷう』で!!

 

 

「ピ……ヨーッ!!」

 

 ――《ブオォオッ!》

 

「ムドッ!?」

 

「どうした、エアームド…………熱い!?」

 

 

『えぇっ!? ダイゴ選手のエアームドが『かぜおこし』に押されてますよぅ!? あーんな硬そうなポケモンなのに!』

 

 

 そりゃあそうだ。実際には風に色が着く訳でもなし、遠目からじゃあ……鋼タイプに効果抜群な炎タイプの技『ねっぷう』は、ただの『かぜおこし』にしか見えないのは仕方がない。しかしリアクションからして、少なくともダイゴには「こちらがエアームドに有効な技を使っている」のはばれているだろう。ま、対抗策はうってある!

 

 

「……仕方がない。エアームド、接近して鋼の翼!」

 

「ェア、……ムドォ!」

 

「ピジョン、もう1度!」

 

「ピジョォーーッ!!」

 

 ――《ブォォッ!》

 

 

 硬質化した翼を直接ぶつけるという『はがねのつばさ』がピジョンへと当たるその前に、今は「離れた位置にいる」エアームドに向かって2発目の『ねっぷう』が放たれた。エアームドは向かい風の中を突き進み……いや、向かい熱風だけど。

 

「(このために最初のターンを移動に費やしたんだからな)」

 

 最初の指示にて俺はピジョンに、指示の先だしのすばやさアドバンテージを使って距離をとってもらった。これは「ダイゴお得意の守備を生かした戦法を誘発してターンを消費してもらうため」でもあり、「種族値的に物理攻撃を得意とするであろうエアームドから距離をとるため」でもある。

 こちらが遠ざかり、かつ何もしないとなれば、ダイゴは自分の得意な戦法に持ち込もうとするであろうとの予測はついていた。例えば『まきびし』の後に『ほえる』『ふきとばし』を使っていく戦法とかな。俺のピジョンには『まきびし』は効かないけど、ダイゴは2体目がエースだとすれば、強制交替技によって俺のもう1体の手持ちを確認しておくだけでも利点になるに違いない。そもそも『まきびし』によるダメージが加わる可能性もあるんだから、尚更だ。

 しかし実際は、遠ざかっても間接技であればこちらからの攻撃は可能。ダイゴの思考的には間接技であっても……ピジョンとか鳥ポケモンの代名詞である『かぜおこし』などであれば……エアームドにはダメージが殆どないって算段だったんだろうな。つまりは俺のピジョンの『ねっぷう』の習得・存在自体が文字通り、大誤算(ダイゴさん)となったのだった。

 

「(ダイゴ自身が硬いポケモンタイプに詳しいし……けど今回に限っては、鋼タイプの相性を知っているのが仇だ)」

 

 鋼・岩タイプ相手に「普通の飛行タイプである」ピジョンじゃあ歯が立たなかっただろうってのは、確かだけどな。

 ついでに言えば、十分に距離をとっておけばエアームドお得意の物理直接攻撃が来るまでの間に(それこそ今の状況そのままに)数発くらいは『ねっぷう』を当てられるとの算段も元からあったし。

 

 さて。

 そんなエアームドは未だ『ねっぷう』に逆らいつつ、ピジョンへ向かって羽ばたいており……

 

 

「――ムド、ォオ……!」

 

『ああーーッ! エアームド、だんだんと高度が落ちてきて……』

 

 ――《ドスッ、ドッ、ズザザァッ!》

 

「うん、ありがとう。……戻ってくれ! エアームド!!」

 

 

『――戦闘不能! 戦闘不能ですぅッ!!』

 

 

「ナイスだ、ピジョン! あんがと!」

 

「ピジョォ」

 

 

 さて、まずは先発勝利だ。……しかしここではとりあえず、何故ピジョンが『ねっぷう』を覚えているかという解説は後回しにして、次に切り替えておきたい場面。なにせ俺の予想ではダイゴの次のポケモンは……

 

 

「次はキミだ……メタグロスッ!!」

 

「ェタグロスッ!」

 

 ――《ドッシィイイイイン》

 

 

 予想通り会場の真ん中に現れる、4脚青鋼の身体を持つポケモン。……嫌な予想ばかり的中するんだよな、俺。

 

 

『でましたぁっ、ダイゴさんお得意のポケモンですよぅ!! その爪の一撃と遠距離エスパー技で、幾多のポケモン達をのして来たエース中のエース! なんだかカニっぽいポケモンでぇっす!』

 

 

「……アレの相手も続けて頼んでいいか、ピジョン?」

 

「ピジョジョォ」

 

 

 ピジョンが一旦俺の横へと着地し、コクコクと頷く。

 それにしても、流石にメタグロスの相手をするにはピジョンだけじゃあキツいと……うん?

 

「(爪の一撃?)」

 

 いつもであれば聞き流していたアナウンス嬢の言葉の中にあった、違和感を覚える単語だ。メタグロスなのに爪の一撃……『メタルクロー』か。……もしかしたら、

 

 

「うーん……やってみる価値は、十分だな」

 

「ピジョ?」

 

「あぁ、作戦は決まった。基本的にはさっきと同じだけど――」

 

 

 視線を逸らさずに話している俺の目の前で、降り立ったメタグロスは目を見開く。これで相手も戦闘態勢が整った。そんな俺をダイゴが指差して、勝負の始まりを告げる。

 

 

「これがボクのエース。さぁ勝負だ、ショウ!!」

 

「グロスッ!」

 

「――ピジョ!」

 

「頼んだぞ。……うし、行こう! ピジョン!」

 

 

『さぁさぁ、お2人のポケモンが同時に動き出しました! またも距離をとったショウ選手のピジョンに対して、ダイゴ選手のポケモンは……『ねんりき』ですぅッ!!』

 

 

 《ヒィンッ》

 

「ピ――ィジョッ、」

 

「回避に専念したのか……メタグロス、もう1度!」

 

「タァ、グロスゥ!」

 

「ピィ――――ジョッ! ピジョ」

 

 《シュンッ》――《バサバサッ》

 

 

『ピジョンが高速回避の後に、空中で体勢を立て直します! 果たしていつまでかわし続けられるのかぁ!! なんだか異常に早い気もしますけどね!!』

 

 

「ならばメタグロス、念力を面で展開して確実に捉えるんだッ」

 

「グゥ、ロォスッ!」

 

「うし、ここで反撃だピジョン! (ねっぷう!)」

 

「ジョォオッ!」

 

 

『風と念波が交差し、互いのポケモンを直撃します! いや、ダイゴ選手のほうが早い! ピジョンよりも重そうに見えますが、カニっぽい方が早いですよぅッ!』

 

 

「くっ、やっぱり念力の範囲を広げると威力は弱くなるね。でも、ボクのメタグロスは耐久力に自身がある。どちらが我慢強いか……メタグロス! もう1回、広範囲で念力!」

 

「ピジョン、もう1回!」

 

 ――《ヒヨォン!》

 

 ――《ブォッ!!》

 

 

 うし! なんとか上手く進んでるから、この辺で地の文(むだしこう)を再開しよう。

 どうやらダイゴは、俺が耐久勝負を狙っていると思ってるみたいだが……勿論、メタグロス相手にそんなことしてもピジョンじゃあ勝ち目がないのは明らかだ。俺の2番手でメタグロスに確実に勝てるのであれば耐久勝負もいいかもしれないけど、手持ちにピジョン以外で炎タイプもしくは地面タイプの技を使えるポケモンはいないんだし。

 

「(ここまではなんとか、『でんこうせっか』の空打ちで技の直撃を回避できてる)」

 

 だからといって、指示を出しても確実な回避ができる保障はない。ピジョンも『でんこうせっか』の後に体勢を立て直すのに結構な時間を喰ってるから、普通の『ねんりき』にもいつかはあたってしまうだろうな。ジリ貧というヤツだ。

 

「(……だからこそ数度回避をすることによって、ダメージの拡散する広範囲への攻撃を誘発した。ダメージの減ったターンを利用して『ねっぷう』で反撃。ついでにダイゴの指示における言質から、その技が『ねんりき』だって事を確定できた)」

 

 最初の2ターンを回避できたのは運が良かった。そのおかげで『ねんりき』が広範囲に切り替わり、『ねっぷう』によって2回も反撃できた……けど、相手はあくまでメタグロス。いくらダメージが拡散しているうえ『サイコキネシス』ではなく『ねんりき』であっても、ピジョンじゃあ2発も受ければ「ひんし」状態が近いに違いない。

 

「(だから勝負は――ここで仕掛ける!)」

 

 

 息を精一杯吸い込む。

 

 空に浮かび『ねっぷう』を放ってくれているピジョンに向かって。

 

 サインによる指示ではなく、出来る限りの大声を使って指示を叫ぶ。

 

 そう ―― 例え『ねっぷう』は知らなくとも、ポケモントレーナーであれば誰もが知っているであろう、その技の名を。

 

 

「ピジョォォォン!

 

 『たいあたり』

 

 だぁぁあーッ!!」

 

 

「ピジョッ」バサッ

 

「!? ……メタグロス、迎え撃ってくれ! 『メタルクロー』!」

 

「グゥ、ロォ――」

 

 

『おおっと、ショウ選手! この展開になって接近……せ、ん……』

 

 

 今まで繰り広げられた遠距離戦にいささか焦れていたであろうメタグロスは、お得意の物理攻撃が出来ると喜び勇んで。

 ピジョンよりも素早く動く事ができるため、直接接触の際に『メタルクロー』で迎え撃とうと、ご自慢の爪を振り上げている――――けど。

 

 

『……ありゃあ?』

 

 

「ピィ――」

 

「…………しまったッ! メタグロs」

 

「――ジョオォッ!」

 

 

 《ブォォオオッ!!》

 

 

「――ロォ、ロスッ!?」

 

 

 アナウンスの気の抜けた声と同時に、ピジョンから放たれた3発目の『ねっぷう』がメタグロスを襲う。

 ……因みに、ピジョンは接近などしていない。素振りは見せたけどな。

 

 

「グ、ロ……ォス」

 

 《ズッ、スゥゥンッ!》

 

 

 ――《ァァ、》

 

 

『ああっと、かぜおこしによってカニさんが倒れまs』

 

 

 ――――《《《ドワァァァーッ!!》》》

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 本日も夜になったら郊外の草原まで逃げてきて以下略。そして本日も解説タイムを以下略。

 

 

「相変わらずだなぁ……俺の脳内」

 

 

 なんて風に、一応は自分に呆れてみる。いっつもこんなんだし、まぁ、別にいいけどな。

 さて。尺の都合から解説を手早く済ませれば……

 

1.『ねっぷう』は、ノモセ周辺・フロンティア建設予定の島・キッサキの3ヵ所に行った際に、ゲームで「教え技」を教えてくれた人達を探し出して教えて貰った。

 (ついでに、「教え方」も教えて貰ったんで)

 

2.メタグロスは例によって「低レベル進化」しているが、技習得のレベルについては変わっていない様子だった。

 (つまり、強力な技を覚えるには結局レベルを上げる必要がある)

 

3.だから攻撃技のバリエーションが『メタルクロー』『ねんりき』程度だと判明してた。

 

4.最後の技はつまるところ、ウソつきましたゴメンなさい。

 

 以上。因みに技習得レベル云々については、アナウンス嬢の発言から予想できたという次第だ。

 ……いや、流石に4日で3戦は疲れたから、こんなんで勘弁して欲しいかなぁと。

 

 

「なんにせよ、明日明後日は休みだし」

 

「……zz、ピィ……」

 

 

 先日とは変わって、胡坐をかいた俺の膝の上ではピジョンが寝ていたり。丁度、鳥が巣に入るようなあの格好で俺の足の間に納まっているその姿は、なんとも言えず愛らしい気も。毛並みもナナミのおかげでフッワフワのモフモフだし、これでピジョットに進化したらと思うと、なんとも末恐ろしいモフモフである。

 そんなピジョンの毛並みを手櫛ですきながら、

 

 

「……ふわぅ。俺も、寝て、……いいよなー……」

 

 

 眠い眠い、ねむ……い。

 

 外だけど、まぁ、南国だし、夏だし、いいかー……。

 

 






 ピジョンが無双するという、ある意味では史上最大のネタ回。
 これは勿論、バトルに勝利するためのネタを詰め込んだという意味で、ですが。
 ……おかげで読みづらい事この上ないですすいません。

 因みに作中では語られなかったピジョンの持ち物は、岩タイプ半減実でした。
(実は念のために岩タイプも警戒していたと言う)
 ただし、その場合に反撃できる術があるのかといわれると、微妙なのですが。


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Θ49+ ある病室にて

 

 

 翌日。

 

 ホウエン地方はサイユウシティに来て、初めての本格的な自由時間……だと言うに、俺は病院の一室で点滴を刺して寝転んでいたりする。草原で寝ていた俺はどうやら、倒れていると勘違いされて病院まで運び込まれたという流れだったらしい。らしいと言うからには、俺は全く覚えていないんだけどさ。

 

 ……おう。見事に風邪をひいたんだっ!

 

 

「キッサキから、ずずっ、南国まで、来たし。きおんさ、ずずっ、あっだしなぁ。ずずずっ」

 

 

 久しぶりに熱も出たし鼻水もこの通りで……うーん、流石は9才の身体と言う事か。疲れもあったし、そりゃあ熱も出るわな。つっても休みは2日あるし俺としては回復チートもいくらか以上にデフォルトなんで、今日いっぱい休めば何とかなるだろう。

 ……そもそも風邪ひいてしまった時点であれだけど、願望含めて何とかなって欲しいなぁと。

 

 

「あー、とりあえずは、寝るか。鼻詰まって、ずずっ、寝辛いけど」

 

 

 そう決めて、布団を被り直す。するとすぐさま「脳ミソをコネコネしそうな企業に創られてそうな、柔らかそうな擬態語が似合うモノ」が脳内に(イメージで)ドンドンと積みあがり、無駄に面積をとって思考を埋めていく。

 ……あ。そういえば折角の休みなのに、遊んであげられなくてごめんなー、俺のポケモンた、ち……

 

 

「……積み過ぎ右側3列目。ばたん、きゅー……」

 

 

 ……どん、えーん……。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「お邪魔します、……あら。寝ているのですね」

 

 

 先日はわたくしを打ち負かして下さった少年。今の病室で寝ている姿を見たとしても、あのような闘いを繰り広げるような子どもであるとは思わないでしょう。それ程に、寝ている姿は普通であるかと見えています。

 

 

「……いえ。寝ていて口を開かないというのが1番の理由でしょうか」

 

 

 あのような口をきかれてしまっては、子どもとして受け取れないですもの。そう考察し、手に持ったお礼を兼ねたブツを数個オーバーテーブルに置き、椅子に腰掛けた。

 そして、ふと思う。

 

 

「……もしかしてショウ君は、お菓子よりメロンのほうがお好きでしたでしょうか?」

 

 

 カンナに聞いておくべきでしたね、と。……いえ、今からでも遅くはないです。

 病室を出て、エレベーターホールまで歩く。最近において携帯電話が全面禁止という病院はむしろ珍しく、病棟を出てしまえば通話は可というのが多数派でしょう。少年が()しているこの病院も例外ではなく……だからエレベータホールまで出た、との最初の話題に戻ってしまうのですけれど。

 出たところで鞄から携帯通信機器を取り出し、通話を開始。

 

 

「……もしもし。こちらはプリムです。ご機嫌麗しゅう、カンナ。

 

 ……はい、はい。強かったですよ? 残念ながらわたくしは負けてしまいました。

 

 ……あぁ、いえ。貴女への伝言などではなく私事(わたくしごと)です。残念でしたね。

 

 ……はい。貴女からのお礼の品はお渡ししました。ところでぬいぐるm……いえ。何でもないですよ、何でも。

 

 ……はい。わたくしからのお見舞いの品を貴女と相談したいと思いまして。

 

 ……どうでもいい、ですか? 本当に?

 

 …………それで良いのです。ではお聞きしますが、ショウ君はメロンはお好きでしょうか。

 

 ……はい。それでは、貴女の名前も入れまして、果物を。

 

 ……ふふ、違いますよ。初めからこうする心算だったなどと。

 

 ……では。ごきげんよう、カンナ」

 

 

 携帯通信機器を元の位置に戻す。それでは、情報を纏めてみましょう。

 カンナ曰く、やはり、好き嫌いは特に無いと。それはそれでショウ君のイメージ通りではありますね。また、だからこそ果物に関しては素直に喜んでくれるだろうとも言っていました。

 

 

「では……偶には、わたくしが直接買いに行ってみましょう。……八百屋さんに売っていますでしょうか?」

 

 

 ぬいぐるみにつきましては……帰りがけに買って、あのコへと郵送する事にしましょう。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「おじゃましまーす……なぁんて。やっぱりねてるかー」

 

 

 ショー、やっぱり寝てる。お熱あるっていってたし、起こさないように……風邪がうつらないように、ぱぱっと置いていこーっと。

 アタシは、背中にしょったバッグからドンドンとお見舞いを取り出す。

 

 

「これがー、アタシがすきなおかし。これがー、ゲンジじーちゃんからわたされたかんづめ。これがー、ダイゴにーちゃんからわたされた、ぴかぴかいし。これがー、シバとトウキにーちゃんからわたされた……」

 

 

 ほかにも、エニシダのおっちゃんから渡されたよくわからない木の実なんかもあるし。

 

 

「おー。アハハ、テーブルのうえがいっぱいだよ!」

 

 

 アタシが置いたお土産で、ショーの横にある机が埋め尽くされてしまった。と、

 

 

「……ぅ?」

 

 

 机のさらにその横。座ってくださいといわんばかりに、パイプ椅子が開いてある。誰か来てたのかな? そういえば、机の上にお菓子が乗ってた気がするけど……まぁいっか!

 勢いをつけて椅子の上に座り、暫く足をぷらぷらさせる。ショーは相変わらず、ベッドの上で寝ているねー。

 そんなショーを見ていると……あ、また、ドキドキしてきたよ。

 

 

「うん。たのしかったなー、ショーといっしょのバトル!」

 

 

 アタシが勝てなかったシバにーちゃん達に初めて勝てたのもそうだけど、作戦がバシッと決まったあのバトルは、とてもドキドキしたの。

 ……だから、これはアタシの勝手なお礼だからね。

 

 

「ありがと、ショー。アタシにたのしいしょーぶをおしえてくれて! こんどはキミにもかってみせるから!」

 

 

 あの時のドキドキするポケモン勝負を目指していれば、アタシとこのコ達はまだまだ頑張っていける。そんなカンジがするの!

 ……あーあ。こんなこと考えてたら、またバトルの練習したくなっちゃった。こないだショーがいた場所とかで!

 

 

「よぉし。それじゃあ、きょうもれんしゅーしにいこう! みんな!」

 

 

 ――《カタカタ、カタタッ!》

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 今回のお客人は、少しばかり説明しなくてはならないだろう。なにせ登場が初めてなのだ。

 

 

「ウィーッス。おじゃまするよー」

 

 

 ……さて。少年が今だ眠る病室へと入ってきたのは、体を覆う黒のタイツの上に重ねて黒の胴着を着るというなんだかアレな格好をした少女だ。ショートの金髪で、内側にカールした髪も特徴的である。

 そしてお土産を左手に担いでいる少女に次いで、後ろからゾロゾロとバトルガールやらカラテ王やらのトレーナーが病室へと侵入した。……いや、絵面的に「侵入」で間違っていない気がする。

 

 

「……おやぁ? この男の子がショウ、だよねー」

 

「ウッス! その通りです、大将!」

 

 

 少女は少年を覗き込んで指差し、男女入り混じった舎弟達の先頭に立つ男がそこそこの声量で返答した。一応は、病院である事に気を使ったのだろう。

 

 

「ふーん……へーえ……へえぇぇ……」

 

 

 少女はベッドの周りをぐるぐると回り、少年を観察し出す。その視線が原因なのか、少年が若干寝苦しそうなうめき声を上げる頃になって足を止め、

 

 

「とりあえずは、そこの机……って、いっぱいだね。なら、皆からの見舞いはそこの台の横に置いとけばいーかな」

 

「「ウッス! コゴミお嬢!」」

 

「お嬢はやめ! 大将と呼びなさい!」

 

「「ウッス! 大将!」」

 

 

 重ねて、適切な声量である事を主張しておきたい。と、まぁ良いとして。

 返事をした男達が、「お土産」と呼ばれたナニかを床に置く。少女は腕を組み再度、少年を見下ろすのだが。

 

 

「ぅうーん……あのバトルは、あたしの闘志に火をつけてくれたんだけどなー。尊敬するシバさんにもトウキさんにも勝っちゃったヒトだし、こうして直接会うのも楽しみにしてたんだけど」

 

 

 他の「候補」達と共に観戦していた際の少年を思い描きつつ、少しばかり、首やら頭やらを捻る。

 

 

「……まあいいかっ! いつか戦う事があったら、ぜーったいに負けないからっ!」

 

 

 言いつつ指差し、素早く入口の方向へとターンし、ズンズンと大股で歩いて病室を出る。

 

 

「さあっ、帰るよ! 今日は郊外までのランニングから……始めっ!!」

 

「「「ウッス!」」」

 

「それじゃあね、ショウ! バイバイ!」

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 今回のお客人は以下略。

 

 

「……お師匠が言っていたのは、この病室だね。入らせてもらうよ、いいかな? ……それでは失礼して」

 

 

 今度はどこぞの芸術家かと言うような風貌の、すらっとしたモデル体型の男が病室へと入ってきた。その動作一つ一つには妙なキレがあり、見る人によってはその動きをこそ「美しい」と表現出来るのやも知れない。

 

 

「わたしの師匠と、わたし自身からのお見舞いだよ、と。これを貼り付けておけば良いだろう」

 

 

 どこからか取り出したサインペンを走らせ、紙に書いて貼り付ける。

 

 

「これでよし。……けど、寝ているのは少しだけ残念だ。ポケモンコンテストの発案者の1人であるキミと逢えるのを楽しみにしていたのだけど……そうだね。休養を邪魔してしまっても申し訳ない。これで帰るとしよう」

 

 

 自らもコンテストに挑戦しつつ、このホウエン地方に普及させようとしている集まりの中心人物でもあるこの男。未だジムリーダーやチャンピオンにはなっていないものの、ホウエン地方だけでなく全国におけるポケモンコンテストにおいて既にトップクラスの実力を保持している。ちなみにコンテストは、コンディションよりは技の美しさで勝負するタイプだったり。

 そんな男は、度重なる訪室にも関わらず爆睡する少年を見て、(ポーズをとりつつ)告げる。

 

 

「コンテストだけでなくバトルも上手い……まさにビューティフル! だからこそ、わたしも負ける訳にはいかないのだがね。それでは……いつかまた会おう!」

 

 

 病室を出る。

 数分後、少年の部屋の窓から見える空に、水ポケモン使いである男からの置き土産として……大きな虹がかかった。

 

 どこまでも面倒な男がいなくなってくれて、うれしい限(ry。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「……あら、寝ているの。ならお見舞いを……と思ったけれど。置き場がないわね」

 

「あら? 寝ているヨ!」

 

「うん! 寝ているヨ!」

 

 

 病室の入口から顔を覗かせると、ショウはベッドの上で寝息を立てている。そして私の背後から交互に飛び出した2人の男女、フウとラン。顔がそっくりで、世間的に言うところの双生児という人達。

 しかし、いくら息が合っているからといって、交互に似たような台詞を言う必要性は何処にもないと思う。……それが双子のイメージ補正だという感覚は、確かに判るのだけれど。

 

 

「……どう、しようかしら」

 

 

 そして置き場がない、との言葉にある様に。ショウの横へと付けられたテーブルの上には、お見舞いと思われる品々が堆(うずたか)く積み上げられているわね。

 

 

「へへへ……これがショウ?」

 

「ふふふ……これがショウ!」

 

「フヨウとのコンビネーション、凄かった!」

 

「あたし達の絆よりも、凄かった?」

 

 

 お土産の置き場に悩んでいる私の目の前で、腕を取り合いながら私の前でくるくると入れ替わり立ち代り、ショウを見ている双子たち。だから、交互に……いえ。今度はそれ以前に、回る必要性が全くないの。

 そう呆れつつ、お見舞いは……そうね。

 

 

「……お見舞いは、足元に置いておきましょう。ほら行くわ、2人とも」

 

「「えー?」」

 

「声を、揃えても無駄よ」

 

 

 寝ているのだから、邪魔をしたくはない。顔を見せられないのは確かに、残念なのだけれど。

 

 

「しかたない。遊ぶのは、また今度にしてあげる」

 

「しかたない。戦うのは、また今度にしてあげる」

 

「……いいから。貴方達、自分で歩きなさい」

 

「「えー?」」

 

 

 双子はなんだか偉そうな台詞を言っているくせ、私が襟元を引きずって初めて病室の外へと出た。両者共に、ショウへの興味は津々といった所かしら。

 

 

「ぼくの勘が、あのヒトは面白いって言ってるんだもん」

 

「あたしの勘は、あのヒトが面白いって告げるんだもん」

 

「……、……」

 

 

 引きずられながら、見かけ年齢その通りにぶーたれる年少の双子。これは、精神的にも疲れるわね……。

 

「(ただでさえ、私は仕事帰りなのに)」

 

 デボンコーポレーションにてポケナビの技術協力を終え、更にトクサネ宇宙センターにて宇宙的新素材の打ち合わせやらポリゴンシリーズの宇宙空間における稼動データ収集・改良やらを行った……その帰り。双子のお守りを含めつつ、件の少年が風邪で倒れたと言う情報を受けてこうしてトクサネシティから駆けつけてはみたものの、結局起きているショウと対面する事は出来なかったのだ。

 

 

「……まぁ、いいわ」

 

 

 私自身も御曹司経由で捕まえに行った新しい手持ちを鍛えるのに忙しい時期であるし、「あのイベント」もそろそろの筈。となれば、

 

 

「……ほら、行くわ。2人とも。貴方達のお願い通りに『サイユウシティでのイベントバトルを観るために着いて来てあげた』のだから、今日これからの時間は、私の特訓の相手をなさい」

 

 

 自らのポケモン達を鍛える事が出来るのは、今の内。

 双子は此方の呼びかけによってバッと飛び起き、引きずられていた私の手を離れる。そして2人同時に笑顔を浮かべて、しかし互いに反対側の手を振り回し始めた。因みにフウが右手で、ランが左手ね。激しくどうでも良いけれど。

 

 

「やった! ミィは強いから、楽しみだね!」

 

「やった! ぼくらも強いから、楽しみだね?」

 

「言ったわね。なら、せめて私に。対エスパーポケモン戦闘の良い経験になるようなバトルをさせて頂戴」

 

 

 双子を引き連れて、そうね。サイユウシティ郊外の、草原なんかで特訓をする事にしましょうか。

 ……と。そう言えば……

 

 

「……あら。忘れて、いたわ」

 

「「?」」

 

 

 頭上に疑問符を浮かべている双子は一旦、思考と視界の外へと追いやる。歩いてきた廊下で振り返り、病室の方向を向いて。

 

 

「(お大事に、ショウ)」

 

 

 せめて寝ている間くらいは休めるでしょうし、ね。

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 ……なんじゃこりゃ。

 

 

「目が覚めて体調は回復したと思ったら、机の上がこの有様か」

 

 

 結局夕方まで寝倒した、俺。病室で目覚めた目前では、積まれた物体達が山を成していた。

 ……さぁて、

 

 

「どっこいせ、と」

 

 

 およそ1日ぶりに体を起こしてスリッパを履き、ベッドサイドのテーブルへと手を伸ばしてみる。おぉ、昨日とは比べ物にならないほど身体が軽いな。完全回復といっても良いに違いない。

 

 

「熱もないし……。ところでこれ全部、見舞いか?」

 

 

 残されているメモを見てみると、どうやら俺が寝ている間に見舞いによるタワー建造が成されたらしい。それも半分以上は逢った事も無い人達からの見舞いである。

 ……有難い。有難いが、

 

 

「どうすっかね、この量」

 

 

 とりあえずは四次元バッグにでも突っ込んでおくか。持てないし。

 しっかし、うぅん……流石は別地方。出ていない新キャラが、続々と訪室してくれた様で。

 

 

 だからこそ確かに、有難いんだけどな!!

 

 






 当初、ホウエン編のパートナーはエメラルドにおけるフロンティアブレーン、コゴミさんの予定でした。
 ……財力の差で大誤算に軍杯があがりましたけれど。

 ……あと、本作のシルフカンパニーは変態企業なのです。そりゃもう宇宙的な。
 まぁ原作においても大概の変態企業だと思うのです。私見ですが。


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Θ49++ 幽霊とか少女とか、もしくは

 

 

 休日も2日目に突入した。

 

 天球いっぱいの青空に太陽がサンサンと輝く、南国の夏日、午前。

 俺は現在、サイユウシティの街中を観光中だったりする。昨日のうちにフヨウに観光場所を幾つか紹介してもらってたから、今日は周ってみようという試みなんだ。

 ……ところで「太陽がサンサンと」ってのは、この擬態語を作ったヤツの色んな意味で高度な駄洒落だったり……しないか。どうでも良いし。

 

 さて。前日までバトルクラブの招待試合で目立ってしまったのを理由に「街中を避けて」おり、夜な夜な郊外の草原まで出向いていた程の俺がどうやって街中を歩いているかと言うとだ。

 

 

「あー……あたし(・・・)なら、目立たないと言うカラクリなのです」

 

「(ミュー!)」

 

 

 つまりは『へんしん』による変装の再登場だったり! ついでに女装だけどさ!

 だって、いざ変装するとなってもたかだか服装を変えたくらいじゃあばれるんだよな。身長とか、手持ちポケモンなんかで。となれば、見た目の性別を変えてしまえばばれないだろうとの「自覚ある愚策」をとったと言う訳だ。

 ……今の俺が愚者だとの自覚は大概あるぞ?

 

 

「かといって、せっかくの南国だというに観光の1つもできないんでは、それはそれで嫌ですからねぇ」

 

「プリュッ♪ プルリュー!」

 

「(ミュゥ♪)」

 

 

 いかにも南国っぽい街路樹の生えている通りを歩いている、俺の隣。ふよふよと跳ねつつ付いて来るプリンと、俺の女装を手伝ってくれているミュウの鳴き声が重なって、横合と脳内から響いている。その2体共になかなかに楽しんでくれている様で、俺としても女装した甲斐があったというモノだ。

 因みにニドリーナやピジョン、それともう1体なんかはもうちょっと郊外まで行ってから自由にしてやろうと画策中。ニドリーナは先日は最も目立っていた手持ちだし、ピジョンもこの地方では珍しいためにバレかねないと考えているので。プリンに関しては、まぁ、可愛いポケモンとしての知名度ならば全国的なので……「女の子」が持っているポケモンとしておかしくはないかと思う。

 

 

「まぁ、あたしも楽しんでるのでいいですけどね」

 

「プーリュール~♪」

 

「(ミーミューミューゥ♪)」

 

 

 なにせ南国観光をするためにはこの、自らをあたしとか称するセルフ罰ゲームが必要なのだからして!

 ……まぁとりあえずは、折角の休日なんだし。合唱している我がポケモンと共に南国の町並みを見て歩くことにするかね。

 

 

「……んー、お菓子の類はナナカマド博士へのお土産として。あたしの知り合いでお菓子を喜びそうな人って、他にいましたっけ」

 

「プールールー♪ ……プルュ?」

 

「ん、この麦わら帽子が欲しいの? プリン。……オジサン、この麦わら帽子下さいです」

 

「はいよ、1500円だ」

 

「ども。……ほうら、プリン。ポケモン用で耳が出せるようになってるから、被ってみるといいです」

 

「プルリュー」

 

「うん、似合う似合う。プリンもコンテストとか出てみたい?」

 

「プールューッ!」

 

 

 緑のリボンが撒かれた麦わら帽子を被ったプリンが、身体を(しぼ)ませて回転しながら風に乗る。これは喜んでるというか楽しみ、といった感じかな。俺も最近では何となく判る様になってきたみたいで、何よりだ。

 そんでもってコンテストか。確かにプリンなら見た目的にも印象的にもピッタリで……

 

 

「――ハハ――」

 

「……んん?」

 

「――アハハハハハッ! と、あれっ?」

 

 

 彼方からダッシュしてきたのは、褐色の幽霊(使い)少女。漫画の如くブレーキをかけたかと思うと、目の前でターンして此方を凝視し始めた。

 

 

「……みおぼえが……アレ? ちがう?」

 

 

 可愛らしく首を傾げられてもな。

 ……いや、それにしても休日だというにフヨウに遭遇したか。先日はタッグを組んでくれた相方だった幽霊ポケモン使いな。かといって呼び名を幽霊少女とされては、只の萌え要素になってしまうのだからして ―― いやはや。キャラニーズの多様化とは実に恐ろしいものだ。

 

「(……じゃあなくてだな、これはマズいっ!)」

 

 思考内は無駄含めて正常だが、外見は女装真最中なので!

 そう考えつつも顔には出さず、誤魔化しを開始する。

 

 

「フヨウさんとは初対面です。あぁ、あたしからの一方通行では、フヨウさんを知っていますけどね。闘技場行ってましたんで」

 

「そうなんだけど……アレ? ちがう?」

 

「繰り返されても、違うです」

 

 

 ウソだけど、でも、顔を覗きこまないでっ!

 

 

「でも……」

 

「それよりも、です。フヨウさんは急いでたんじゃないですか?」

 

 

 この問い掛けに、フヨウは「あっ」と声を上げ、焦ったような表情を見せる。でも、よぉし。これで話題を逸らす事には成功しただろう。

 

 

「そうそう! アタシ、きのうしりあったおんなのこのトモダチとポケモンバトルのとっくんするやくそくなんだよっ」

 

「それなら急ぐといいのです」

 

「……あぁ、うぅ……そ、その……」

 

 

 ん? その顔は何ですかフヨウさん。

 

 

「ねぇアナタ! にしって、どっちかな!?」

 

「……迷ったんですか、はぁ」

 

 

 あー、そういえば、だな。褐色少女なだけあって南国であるこの街には溶け込んでいるから気にしていなかったけど、フヨウはおくりび山育ちだっけか。それなら、土地勘が無くても仕方が無い。

 そんでもって西、ねぇ。そういえばいつも特訓したり逃げ込んだりしてるあの草原は、西の方だったハズ。と、すればだ。

 

 

「あの丘の向こうですよ。この先の交差点を右に曲がれば、あとは郊外まで一直線。多少……というか、かなり登りますけどね」

 

 

 件の丘陵のある方向を指差しながら、フヨウに向かって告げる。

 

 

「そ、そう! ありがとーぉ……」

 

「お達者で~」

 

「プールーゥ」

 

 

 そして方向を告げると同時に、フヨウは高速で駆けて行く。あぁ、そんなに時間がやばかったのか。

 ……でもって、そんな事よりもだ。

 

 

「……誤魔化し、成功っ!」

 

「プル、ルーッ♪」

 

 

 なんとかバレなかったーぁ!

 これは、非常に嬉しいっ!!

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 《ピキュゥ……ゥ……ン》

 

 ――《《ズッドォオンッ!》》

 

 

 しかしこれでは終わってくれないのか我が休日らしいな!

 

 

「……空に奔る一筋の光線と……爆発音ね」

 

「ギャゥ?」

 

 

 なんたら通りでお土産を一通り買い終えた所で、ニドリーナもびっくりの爆発音である。爆発音は……あっちからか。草原の方。

 

 

「……なら、フヨウが何とかしてくれるでしょ」

 

 

 フヨウと一緒に訓練してるって言う「トモダチ」等もいるだろうしな。フヨウと訓練できるってだけで、そいつらも相当な実力者達に違いないし。

 ……つか、たった今空に飛んでった「黒い光線」はよくよく見た事がある。もしかしなくても、アイツだろうな。見舞いに来てくれてたみたいだから、郊外にいてもおかしくはない。……けど、

 

 

「――な、なんの爆発!?」

 

 

 向こうから走ってきて眼前で慌てだした、1人の女性。

 現在はサイユウシティのメインストリートを遥か後方に拝する事の出来る郊外まで散歩してきた所だ。だからこそ近くに人なんていないと、

 

 

「……思ってたんでしょうねぇ、アイツも」

 

「……えっ、貴女、逃げてないのー!? 今の爆発音が聞こえなかった?」

 

「いえ。聞こえました」

 

「うわー冷静だね。わたしよりもずっと冷静ー!」

 

 

 いつの間にか目の前にいた女性と、何故か笑顔で会話を開始。……そりゃそうだよな。俺は予想ついてるからまだ良いが、普通の人なら、あんな爆発音聞いたら逃げたくもなるわ。

 さて。ここで周りを見渡してみると、現在郊外にいるのはこの女性と此方のみの様だ。なら、まずは目の前の女性を落ち着かせる事から始めてみようか。

 

 

「……えっと。おねーさん、落ち着いてます?」

 

「えーっ」

 

「いえ。直接尋ねるのが早いかと思いまして。落ち着いてます?」

 

「う、うん。落ち着きたいと思ってるよー」

 

 

 判った。会話がかみ合ってないし、落ち着いてはいないな! 落ち着きたいという気概は受け取るけれども!

 

 

「安心してください。あたし、トレーナーですから」

 

「あ、わたしもトレーナーなんだけど、プリンちゃんだけだし……あんな爆発を引き起こすポケモン相手じゃー……」

 

「だいじょぶです。あたしのニドリーナが守ってくれますよ。ね、ニドリーナ」

 

「ギャウ!」

 

 

 隣で話題をふられるまで静かに待ってくれていたニドリーナが、任せてくれとの非常に頼もしい鳴声をあげた。けどほんと大丈夫だって。多分あのビーム撃ったの自体は、野生ポケモンじゃあないと思うからな。

 そしてニドリーナは俺と女性との前に躍り出て、爆発音のした方向へと身構える。その目つきは鋭く……これこそ野生の勘というものなのだろうか。

 

 

「ニドリーナ、やっぱり向こうから来る?」

 

「ギャウゥン」コクコク

 

「……何が来るの?」

 

「爆発音で逃げ出したポケモン達かな。んじゃあひとまずは――」

 

 

 ――《ド、――ドドッ》

 

 

 遠くから野生ポケモン数体が走って、転がって、飛んでくるのが見えているし聞こえている。ただし、あの数のポケモン全てを相手にはしていられないのが、現実なのだからして。

 

 

「――逃げるです、おねーさん!」

 

「りょーかい!」

 

「逃げつつ、こっちに来たのだけ相手をするから! ……お願い、ニドリーナ!」

 

「ャウッ!」

 

 

 郊外で特訓をするなんていうアイツも、頑張ってくれているのだろう。こんな凡ミスをする程度には疲れているんだとも思うし、

 

「(……偶の読み違えくらいはフォローしても、罰は当たるまいですっ!)」

 

 むしろフォローして罰が当たるっていう表現はおかしいし!!

 そんな考えと共に、逃げ出したぺリッパーやらコドラやらドゴームやらを相手にしつつ。逃走で闘争を開始するのであった。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「ニドリーナ、にどげり!」

 

「ギャ、ウッ!」

 

「ドッゴォオムッ!?」

 

 《ズシッ》――《ズドムッ!》

 

「うーっし……ありがと、ニドリーナ。戻って休んでください」

 

「……ふぅ。今ので最後かな?」

 

「そですね、最後。……結局こうして郊外から、サイユウシティまで戻って来てしまったけど」

 

 

 逃げつつ、迎撃しつつを繰り返して数十分。郊外で出会った女の人と2人で逃げ続けてきた結果、目の前にはサイユウシティの街並みが見えていたのだ。

 ……でもでもまったく。病み上がりの休日すら良い特訓になってしまったのは、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。

 そんな風に考えていると、共に逃げてきた女の人は此方の様子を窺っているようだった。けれど、あんまり長時間一緒にいるのは好ましくは無いだろうな、女装中だし。ここらで切り上げるか。

 

 

「ではここで……」

 

「ちょ、ちょっとまってー! ってきゃーぁ」

 

 ――《ズデンッ》

 

 

 ……立ち去ろうとしたら、女の人が自身の鞄を漁りながら此方を追いかけてきて、当然の如く足元を見ていないために転倒していた。うぉぅ。普通に呼び止められても適当に理由をつけて切り上げる算段だったのだが、これでは無視出来ないじゃないか。

 

 

「……だいじょぶですかー?」

 

「うん。ごめんねー、ありがとー」

 

 

 仕方がないとばかりに女の人へと近づき、身長は此方のほうが低いにもかかわらず手を伸ばし、立たせた後に服を叩いてはらってみる。

 

 

「あはは。わたし、方向音痴でー。サイユウシティに来れて良かったー」

 

「……もしかして、おねーさんが郊外(あんなところ)にいたのは、」

 

「迷っちゃったの!」

 

「……」

 

「う……ごめんなさい」

 

 

 いや、悪意が無いとしたら別にいいんだけどな。こちらとしても「助けたいから助けた」だけだし、郊外からサイユウシティ街中まで連れて来ることができたのも偶然に過ぎないのだ。

 

 

「別にいーよ。それじゃあ……」

 

「ま、待って!」

 

 

 くっ、逃がしてはくれないk

 

 

「わたし、アオイ! あなたの名前は?」

 

 

 素早く距離をとった此方に向かってポヤーンとした笑顔で自己紹介を繰り出す、後ろの首元で明るい黒髪を縛っている年上の女性。

 ……はぁ。自己紹介せざるを得ない、かな。

 

「(名前、ねぇ)」

 

 女版の名前について、高速思考を展開。

 (ショウ)の訓読みで「アオ」……は、目の前の女性と被るし。何より単純すぎる気がする。

 

「(ならばポケモン世界のネーミングから考えて、と。植物、植物……うん)」

 

 首だけで振り返り、横目で見つつ。

 ……ついでに、場所場所で偽名使えば良いやとの逃げ思考もしつつ。たった今思いついた名前を告げてみる。

 

 

「ルリ、だよ」

 

「ルリちゃん?」

 

「はい。植物の名前におきまして、只の『(アオ)』と表現する事を忌み嫌った誰かさん達がこぞってつけた、色味を冠する響きの名前」

 

「えぇと、じゃールリちゃん! これ、あげる!」

 

 

 アオイと名乗った女性が、こちらに向けて手を開く。すると手の中には、数個の飴玉が握られていた。

 

 

「なるほど。さっき鞄を弄っていたのは、このためでしたか」

 

「そうそう、お礼だよー!」

 

「まぁ、お礼ならば貰っておきましょう。ありがとうございます」

 

 

 数個の飴玉を受け取り、四次元のポシェットの中にしまう。因みにポシェットなのは変装中だからだ。

 ……あとそう言えば、この飴玉。見舞い群の中にも複数個あった気がするなー。サイユウシティで流行ってるとかの、名物土産だったりするのかね? だとすれば今からの帰り道で、お土産に探してみるのもいいかも知れない。ナナカマド博士以外にも。

 そして今度こそ、

 

 

「それじゃあサヨナラ、アオイおねーさん!」

 

「うん、ホントにありがとー! ルリちゃん!」

 

 

 手を振って別れ、アオイさんはサイユウシティの中へ。

 そしてこちらは宿泊所へと、ただし迂回ルートを選択して歩いていく。

 

 

「……休日としては、内容が濃かったですがね。まぁ良いとしましょうか」

 

 

 意図せずして特訓もできたしな。

 そんじゃあ明日の決勝に向けて、対策でも練ろうじゃないか。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……ん? そういえば。

 

 

「……あの人、名前がアオイって……」

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

「あ、アオイちゃ~ん」

 

「あ、クルミ! やっと会えたー!」

 

「大丈夫でしたかぁ。明日の決勝は第1会場しか使わないんで、わたしと一緒のアナウンス席で実況するというのに、今まで全く姿が見えなかったですから。心配しましたよぅ!」

 

「ゴメンなさい。ちょっと迷っちゃってー」

 

「いえいえ。時間には間に合ったのですから、あたしの取り越し苦労だったのです。別に良いですよぅ」

 

「ありがとう。それじゃあ、ちょっと早いけどこれから打ち合わせにしましょう。クルミ」

 

「はぁい!」

 

 






 迷子誘導×2。

 バトル展開の連打と自らの文章能力の無さに悩みつつ、4連戦は避けたかったために閑話を挿入いたしました。

 ……あと、今までのアナウンスはこのお方でしたという。

 …………そして、ルリちゃんです。


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Θ50 VSゲンジ

 

 

 そんなこんなで、やってきました最終日。

 

 

『うぉおす! 始まりますよぅ、ホウエン地方ポケモンリーグ開幕前哨特別試合決勝戦! こんな長くて面倒なネーミングを一体全体誰がつけたのですかぁっ!!』

 

『それは決勝まで来てからツッコむポイントじゃあないと思うな。さて。本日はわたしことアオイもアナウンス席に着かせていただきまして、クルミちゃんと共に解説を担当させてもらいまーす!』

 

『アオイちゃんは、昨日まで第2闘技場での出し物を担当してくれてましたぁ。合流した本日は、解説に期待してくれて良いですよぅ!』

 

『……クルミはクルミで、レベルが高い実況だったと思うけどね?』

 

 

 既に慣れてきた闘技場の真ん中でひとつ、足を踏み鳴らしてみる。

 しかし足音は2人の実況トークによって盛り上げられた歓声に飲み込まれ、俺の中にしか響かない。骨伝導というヤツだ。

 

「(しっかし、やっぱりあのアオイだったか)」

 

 HGSSにおいて、コガネでラジオ番組を担当していたパーソナリティである。うーん、ゲームでは固有グラフィックはなかったからなぁ。気付くのが遅れたか。

 ……そして、もう1人のアナウンスが同じくHGSSにおける人気パーソナリティ・クルミだったことには吃驚していない。何となく予想は付いてたし! 話し方とかな!

 

 

『さてさて、最終日のショウ君のお相手はゲンジさん! ホウエン地方バトルクラブのナンバー1であるゲンジさんは最近学会で話題となっている新タイプ、ドラゴンタイプを得意としているトレーナーでーす!』

 

『おぉう……真面目さんですねぇアオイちゃん……』

 

『このくらいは貴女も解説していたでしょー、クルミ』

 

『そうでしたっけ。今日のわたしは、はっちゃけますけどねぇ!』

 

『それは通常運転でしょう?』

 

『な、ならばわたしにどうしろと言うのですかぁッ!?』

 

『とりあえず、本日もルール解説行きますよー!』

 

 

 いやはや。結果としてこないだの「ブレーキ役が必要なんじゃないだろうか」っていう脳内無駄提案が、何故か世界に了承されたらしい。現実的には、第2闘技場のアナウンサーが今日は仕事が無いから合流したというだけなんだけれども。

 

 さて、そんな無駄思考は置いといて。対面側のトレーナー位置から、件のゲンジさんが此方へと歩み寄って来ているのだ。

 その外見は船長っぽい帽子に長いコート。口元には白髭を生やしたナイスなオヤジである。

 

「(うぅん、ダンディズム溢るるお人だ)」

 

 目の前のゲンジさんは原作よりか、若干若く見えている。そのせいもあってか、爺さんというよりはオヤジと言った方がしっくり来るんだよなぁこれが。

 そのまま目の前まで歩いてきて、歓声にかき消されず声の聞こえる距離になってから口を開く。

 

 

「少年」

 

「はい」

 

「……体調は? 壮健か?」

 

「あ、そうですね。だいじょぶです。御心配お掛けして申し訳ありませんでした。あと、お見舞いありがとうございます」

 

「……大丈夫ならよい。さて」

 

 

 おおう。ゲンジ、いいオヤジだな。

 

 

「このわしに挑んでくるのならばそれ相応の覚悟でもって挑むといい。ポケモンと一緒に戦うという事がなんたるかを教えてやろう。……もしお前が既に分かっているとするならば、わしに勝つことも出来るだろう?」

 

「はい。……では、全力を持って」

「ふん、当然だな。ワシもことバトルにおいては手を抜かん」

 

 

 それだけを伝えてゲンジさんは、向こう側へと戻って行った。

 

 

『――というルールだからね。流石にこの最終日に会場にいる人たちは皆、分かってるって気もするけど!』

 

『判り易い! 判り易いですよぅアオイちゃん!』

 

『いやいや。結構メジャーなルールだよ。悲しい事に、わたしの解説が特別に理解し易いという訳じゃあないんだなー、これが!』

 

『アオイちゃん、謙虚ッ!!』

 

『だけどこれ、事実なのよねッ!!』

 

 

 なんぞこれ。よりにもよって最終戦のアナウンスが最も色物な気がっ!

 ……まぁ、別にいいけどさ。何度も言うが、嫌いじゃないし。

 そんな風に考えつつ出来た間で、本日も快晴な闘技場の空やら、俺が現在立っている中心からすり鉢状に広がっている満員の観客席やらを眺める。うーん、改めて見てみると凄い人数だよなぁ。

 

 

「なら、こんだけの人に見てもらってるってのに無様なバトルは出来ないよな、皆?」

 

 ――《カタ、カタカタカタカタッ!》

 

「うっし、そんなら勝ちに行くか!」

 

 

 なにせ、今日がここまで続いた試合の最終戦である。全勝で来てしまったからには、勝ちに行きたいのが人心というものだろう。少なくとも勝って悪いものじゃあないと思うしな!

 

 

『さぁて、わたしとアオイちゃんの仲が良いのは十二分に伝わったとは思うのですがぁ』

 

『試合開始の時間が迫ってきましたから、開始したいと思いますよー。お2人とも、位置についてくださーい!』

 

 

 今までこちらを置いてけぼりにしていたアナウンスが開始を促すが、しかし。俺にしろゲンジさんにしろ、既に位置についているのだからして。んー、とりあえずアピールしとくか。

 

 

「あー、もう位置に着いてます! 始めちゃって良いですよー」

 

「……」

 

『ぅぉぅ。ショウ選手に手を振られちゃいましたよ、アオイちゃん。振り返しておきましょうかぁ』

 

『はーい、わたし達がグダグダやっている内に位置についてくれていた様で、ありがとうございまーす!! ではでは!』

 

『ポケモンバトル、』

 

『レディー、』

 

『『ファイトです(ぅ/ー)!』』

 

 

 ――《《ワァアアッ!!》》

 

 

 一斉に上がる歓声の中で腰からボールをとり、それじゃあ行きますかぁ!

 

 

「頼んだ、ピジョン!」

 

「ピィ、ジョッ!」

 

「さぁ始まるぞ、チルタリス!」

 

「チルルゥ!」

 

 

 闘技場に繰り出される、ピジョンとチルタリス。チルタリスはモコモコとした雲のような翼を羽ばたかせてボールから出た後の体制を整えているけど、こちらは通常運転だ! 『たつまき』で!

 

 

「ピ、ジョッ!」

 

 《ゴウッ!》

 

「チルタリス、攻撃に当たってからで良い! 高速移動!」

 

「チ、……ルゥッ!」

 

 

『おおっと、ピジョンがいつもの通り素早い先制攻撃を仕掛けましたが……ゲンジさんのチルタリスはそれに動じず、空を華麗に舞っております!』

 

『ピジョンのあれは今度こそ、風起こし……じゃあないですよねぇ。見た目的には、竜巻ってカンジですよぅ!』

 

 

「ピジョン、もいちど!」

 

「ピジョ、ジョッ!」 

 

 ――《ゴウッ!!》

 

「まだだチルタリス、耐えてもう1度だ!」

 

「チル、チル、タッ!」

 

 

 ……あれ、これはやばいか。俺は今、見事に積まれてるよな!

 ゲームだったらここから全抜き……は、ないか。チルタリスだし。だがしかし、これは手を打たなければならないだろう。

 

「(でもなぁ。ピジョンでチルタリスを倒しきるには、攻撃力が不足か)」

 

 『たつまき』はドラゴンタイプにつきチルタリスには効果抜群だけど、威力は低めの技だ。ゲンジさんの声掛けは非常に上手く、チルタリスを焦らせない効果を伴っており……こちらの目論見、「ひるみ狙い」が看破されているのかも知れないなぁ。

 となれば、作戦変更だ。

 

 

「……ピジョン! (フェザーダンス!)」

 

「ピジョ……ピ、ピ、ジョッ!」

 

「……ここだ! 切り返して、竜のツメッ!」

 

「チル――」

 

『ああっと、チルタリスが空高く飛び上がり……』

 

「――タァァッ!」

 

『ピジョンに向かって急降下ぁッ! ですぅ!』

 

 

 高空を飛んでいたピジョンに向かって、より高い位置から繰り出される『ドラゴンクロー』。

 ……耐えてくれ!

 

 

「ピジョォ、」

 

 《バサバサッ!》

 

「――タァァ、リスッ!」

 

 ――《ズザンッ!》

 

「ジョォッ!!」

 

 

 ――《《ワァアアッ!》》

 

『観客の歓声に包まれながら、チルタリスのツメがピジョンを直撃ィィィィィッ!!』

 

『あ、熱いわねクルミ……!』

 

 

 ピジョンはツメによって叩き落された後に地面でワンバウンドし、バウンド後の空中で素早く体勢を立て直す。

 ……どうやら『フェザーダンス』は決まった様子だけど、相手のチルタリスのほうが早かったからな。今の一撃には攻撃低下はかかっていなかっただろう。

 そしてしかも、「1度高空まで上昇したにも関わらず、こちらと同じターンで攻撃を仕掛ける事のできていた」あの早さだ。おそらくは『こうそくいどう』によって上昇した反応速度を生かして、ターンなどの体のキレをも上げているんだろう。「速さ」は2倍にならずとも「早さ」を生かして戦えば、こちらを翻弄する程の「すばやさ」をも生み出せるという事か。

 ……と、その前にだ!

 

 

「ピジョン! いけるか!?」

 

「ピ……ジョ、オッ!」

 

 

 声をかけると、こちらへ鳴声を響かせてくれるピジョン。いや、気は進まないけど……ここはまだピジョンに頑張ってもらわないといけない場面か!

 

 

「そのまま、もう1撃だチルタリス!」

 

「チルッ、ルゥゥ!」

 

「ピジョン、限界まで回避しながら! (でんこうせっか!)」

 

「ピィ、ジョォ!」

 

 

 《《ヒュッ》》

 

 ――《シュンッ!》

 

 ――――《ゥゥウンッ!》

 

 

 ピジョンが『でんこうせっか』のために高速で移動するのと、相手も同時に動き出す。けど、これは!

 

 

「ジョッ!?」

 

 ――《ウゥンッ》

 

「チルッ、ルゥッ!」

 

 《ブォンッ!》

 

 

『あぁぁぁ! ピジョンの電光石火の攻撃をかわします! チルタリスの変態機動、キターッ!!!!』

 

『うわぁ、アレは確かに……物凄い飛び方してるわね』

 

『コレ、キマシタワーーッ!!!!』

 

 

 まさか避けられるとは思わなかったけど、確かに早っ!

 『でんこうせっか』の余韻で飛び続けているピジョンに向かって振り向き、飛び上がり、ロールしつつ、翼を広げて空気抵抗を増大させると共に1度降下のフェイントを入れてからピジョンを追いかけて真横にスライドし、今度こそ降下しつつ回し蹴りの要領でフェイントの時とは逆のツメで――蹴り降ろす!

 

 

「チルルルゥッ――」

 

「ピジョ!?」

 

 ――《ズダァンッ!》

 

「……ジョーォォォッ、」

 

 《ドッ! ドスンッ》

 

 

『 直 ☆ 撃 !!』

 

『ショウ選手のピジョン、地面に叩きつけられたーぁ! これは起き上がれないでしょうかっ!!』

 

 

「……ありがとな。ピジョン、戦闘不能です!」

 

 

『おぉ! これは、チルタリスが見事な勝利ですねぇ!』

 

 

 《《、ワァアアアア――》》

 

 

 沸きあがる歓声の中。ピジョンをボールに戻し、感謝の念を忘れず伝えておく。ゴメンな、でもってありがとう、ピジョン!

 ……しっかし、結構積まれたなぁ。まさか『でんこうせっか』を反応の速さで避けられるとは思わなかった。

 

 

「よくぞやってくれた、チルタリス!」

 

「チルゥ! チルルゥ!」

 

 

 そんな俺の向こう側では、チルタリスがゲンジさんの横へ降り立ち、撫でられているのが見えるのだが。うぅん、チルタリスは非常にゴキゲンな様子だな。それも当然といえば当然か。

 

 

「……さて、と」

 

「……む、次が来るな。構えなさい、チルタリス」

 

「チ、チルッ!」

 

 

『さぁ、ショウ選手の次のポケモンはなんでしょうかね?』

 

『んー、この間わたしが見た他の手持ちはニドリーナとプリンでしたけどぉ……』

 

 

 《《ザワ、ザワザワ……》》

 

 

『ザ、ざわわ……』

 

『……クルミ……恥ずかしくない?』

 

『えぇ、迷いましたよ恥ずかしかったですよツッコミ待ちですよぅ!! 立地的にもサイユウシティならいいかと思ってネタに走ったのが間違いでしたッ!! すいませぇんっ!!』

 

 

 解説によって会場が……俺の手持ちを予想しているのであろう……喧騒に包まれ、その解説自らによって喧騒がぶち破られました。これがマッチポンプか。違うか。

 ……ざわめきだけなら俺も、賭博的なアレでツッコミ様があったんだがなぁ。

 なんていう無駄思考は置いといて。それでは、こちらの最後の1体をお披露目と行こうか。

 

 

「そんじゃ、」

 

 

 モンスターボールを振りかぶる。良い感じのバックスピンをかけつつ、前に放る。 

 そして投げた白いモンスターボールから姿を見せるのは、2本の腕を前に構え、2本の脚で地に立ち、大きな尻尾をたたえる青い身体の怪獣だ。

 

 ……そう。

 

 

「行こう! ニドクイン!!」

 

「ギャウゥゥゥォアッ! ォォンッ――」

 

 ――《ドドッ、ドッ!》

 

 

「!! 進化したのか! ……チルタリス、竜のツメ!」

 

「チル、タリ、スゥ!」

 

 

 《《ズドォンッ!》》

 

 

『これは、高速で接近したニドクインのパンチとチルタリスのツメが交差(クロスカウンター)!』

 

『……あぁッ!?』

 

 

「チ……ルゥ、」

 

 ――《ズンッ》

 

 

『ダウーンッ! チルタリス、飛ぶ間を与えられずに倒されましたぁ!!』

 

 

「……よくぞ一撃を加えてくれた、チルタリス。戻って休んでくれたまえ」

 

「うし。これで何とかなりそうだ。ありがと、ニドクイン」

 

「ギャゥ、クゥゥウインッ」

 

 

 体長が俺の背を越えてしまった、しかし変わらぬ相棒の頭を撫でる。うぅん、進化しても相変わらず撫でられるのが好きだな。撫でがいのあるヤツめ。

 

 

「で。今度はゲンジさんの2体目か」

 

「少年よ。次がワシの切り札だ……ついて来れるか」

 

 

『さぁさぁこれで1対1ですぅ! ゲンジさんの次なるポケモンはぁぁ!?』

 

『文面的には、すんごい俗っぽく怒っている様に見えるよ。「はぁぁ!?」って』

 

『次なるポケモンわぁぁッ!』

 

 

 通常進行のアナウンスの中、ゲンジさんはモンスターボールを取り出し……

 

 

「さぁ行くぞ……出番だ、ボーマンダよ!!」

 

「グルォウ! マンダァ!!」

 

「! ……ギャォオンッ!!」

 

 

 闘技場の中央に浮かぶ、青い身体の暴慢竜。あー、これは予想通りというべきか。ゲンジさんはゲームでも切り札だったボーマンダを繰り出してきたようだ。

 そしてボーマンダの登場と同時にニドクインに向かって『いかく』が発動し、攻撃力低下もかかるものの、ニドクイン自身はむしろやる気は出してくれたみたいで。 

 

 

『ゲンジさん、ドラゴンドラゴンしたドラゴンを繰り出しましたぁ!』

 

『つまり名前は分かりませんと言う事ですよ皆さーん。ドラゴンっぽいのは見れば分かりますから』

 

 

「ボーマンダよ、……龍のツメ!」

 

 

 ボーマンダが、指示と共に低空飛行に切り替える。

 

 

「迎え撃て! ニドクイン!」

 

 

 ニドクインは飛んでくる竜に向かって、両の手を構える。

 

 

『さぁ、サイユウシティにて開かれたこの試合! 最終決戦の火蓋が、切って……』

 

 

「マン、ダァアッ!!」

 

 《ズンッ!!》

 

「ギャ、ォォオンッ!!」

 

 

『落とされましたぁ!!』

 

 

 《《――ァ、アアァ――っ!!》》――

 

 

 激突と同時に、闘技場を埋め尽くす歓声とアナウンス。

 ここ数日で慣れた俺の耳には既にあまり入ってはこないが、会場が盛り上がっている事だけは、理解できる。

 

「(その中だからこそ、集中しろ!)」

 

 俺だからこそ判る。声で指示を出すという事は本来、ポケモンにとって適した経路だという事を。ただしその難しさも同時に判るんだけど、な。

 

「(ニドクインが、ドラゴンクローの威力によろけている)」

 

 当然だ。相手はメタグロス同様の600族なのだから。

 

「(けど踏ん張って、受け止めた)」

 

 当然だ。なにせ俺のニドクインは、先日貰った『ふしぎなアメ』によってレベルが43を越えたんだから(自慢気)。

 

「(口を開いて、エネルギーを溜める)」

 

 なにせ、カンナさんからラプラスのお礼にと貰った技マシンで覚えたばかりの技だ。昨日今日と訓練したにしろ、確実に当てるためにはこうして動きを止めてやる必要があった。

 

「(……もう少し!)」

 

 

 ――《《ワ――ァアアッ!!》》

 

 

「ギャ、ウゥゥゥ……」

 

『ニドクイン、自分よりも数段大きなドラゴンの翼をわしづかみィッ!!』

 

『おわぁ。ワイルドね、ニドクイン!! おてんばな女王様だよ!』

 

「な、にぃっ!」

 

「マンダッ!?」

 

 

 うし! い、けぇぇっ!!

 

 

「ニドクイン! 吹雪(ふぶき)だ!!」

 

「……ゥゥ! ギャ、ウゥォ!!」

 

 ――《《コォオオオオーーッ!》》

 

 

 

 ……。

 

 ――ピシィッ

 

 

 

 

 

 ――――《ド、》

 

 

 《《《ッワッァァァァアァッ!!》》》

 

 

 

 

『大歓声! そしてドラゴン、氷漬けーっ!』

 

『変温動物だからかぁ!? ドラゴン、ダウン! ダウンですよぅ!』

 

『……あれ、変温動物なの?』

 

『いえ。恐竜はともかく……あれぇ?』

 

 

 ……うん。最後まで、締まらないな!

 そして恐竜は……結局どっちなんだろうな。最近は変温じゃないって言ってた気がする!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 さて。実は『ふぶき』だけでなく、『れいとうパンチ』やら『れいとうビーム』やらも習得しており、一気に戦力アップした俺のニドリーナ改めニドクイン。

 チルタリスを伸したのは、『れいとうパンチ』。ボーマンダ相手では持久戦にしたくなかったため、初手『ふぶき』で仕留めに行ったのだ。

 

 

「進化したところで、飛べないもんなぁ?」

 

「ギャゥ、キュゥゥン!」

 

「いや、こうして撫でるのは良いけど、流石にもう膝には乗せてやれないっぽい……」

 

 

 それはそれで、なんかさみしい。

 なんて思考が飛びつつも次は、どうやってニドクインに進化したか、だ。

 

 

「あー、要するにふしぎなアメのおかげなんだけど」

 

 

 オツキミ山での騒動の後、しばらく通って入手しておいた『月の石』。

 しかしそれよりも「ニドリーナをレベル43まであげて、『かみくだく』を習得させる」という部分が最も問題だったんだ。そのために今までは、ニドリーナのほうがレベル上昇早めだったりしたんだけど……

 

 まぁ、つまり。

 こないだの見舞いとかアオイからのお礼とかに貰ったのが、ポケモンのレベルを上昇させる『ふしぎなアメ』というアイテムだったという訳だ!

 

 

「結局は他力本願かっ!」

 

「? キューン?」

 

「ぉおう、スマン……」

 

 

 いきなり虚空にツッコミをいれたもんだから、ニドクインに怪訝な顔をされてしまったな。

 

 

「あー、ところで。今日でこの丘ともお別れだ」

 

「ゥン、ギャウ!」

 

 

 多少誤魔化しの意味を含めて、ニドクインと共に丘の上からサイユウシティの街並みを見下ろす。

 たった1週間の滞在のはずなんだけど、なんとも毎日が濃かったためか、名残惜しい気もするな。

 

 

「……どーせ、明日からも修行なんだけどさ」

 

 

 今回はこの街で対人戦を数多くこなす事はできたけど、ピジョンやプリン、ミュウやもう1体も出来る限り鍛えておきたいからな。

 あー……訓練しても、しすぎると言う事はないハズだ。

 

 

「さて、俺はどこまで行けるのかね?」

 

 

 南国の夜空の向こう。

 その向こうの火山島で待つ、あのポケモンに立ち向かえる程度には届くと……信じたいけど、な。

 

 






 遂に、主人公にも公式戦で使えるエースが!
 これで大分戦えるかと!!
 ニドクイン! ニドクイン!

 ……さて。ここまでが長かったために、テンションおかしくなりましたが修正しまして。
 野生ポケモンのレベルが云々によってレベル上げが滞っていましたが、最終的にはアイテムで解決いたしました。
 因みに『ふしぎなアメ』は、本編でも良く使うと思います。例えばHGSSにて、シナリオ中では10個の『ふしぎなアメ』が手に入りますので、ヨーギラスやミニリュウをレベル45まであげて連打すればあら不思議(不思議なアメだけに)。
 ……流石に主人公も道で拾ったものに関しては、気軽にはポケモンに食べさせないと信じていますが。

 あと、チルタリスの変態機動については、スピードは上がらずとも反応が早くなったための補正です。(ポケモンなら、元からスピード自体はかなり出せそうな気もしますので)
 1ターンに別種の攻撃技で2回攻撃するというのは不可能ですが、4~6段階も積めば相手の(直接技による)攻撃をかわして(出の早い直接攻撃で)反撃、くらいは出来るのかもしれません。
 かといって、毎回毎回完全に回避するというのは無理です。今回のも、ゲンジさんがピジョンが反撃に出るのを読んでいたからこそでした。



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Θ51 以上。こっからは別の場所にて

 

 

 ―― 空の柱

 

 

 空の柱は、RSE(ルビー、サファイア、エメラルド)における隠しダンジョンだった場所。海にある小島から空に向かってぽつんと塔が建っているという、奇妙な立地条件だ。土地だけでその価値を評価するのであれば、さぞ安かろう。俺は買わないけど。

 まぁ、置いといて。

 この塔は隠しダンジョンだけあってゲームにおいてはかなり高レベルのポケモン達が住んでいたんだが、現在は少なくとも俺が太刀打ちできないレベルのポケモン達がいるわけではない様子だ。

 

 

「あー、こうしてみる限りは、な!」

 

「チィ!? クー、チィ!!」

 

 《ドパァアンッ!》

 

「ガウッ!?」

 

「うっお、気合パンチじゃないかアレ。……いずれにせよ、お前じゃ相性が悪いな。一旦戻ってくれ! お疲れ様! ……頼んだ、ニドクイン!」

 

「ギャウゥン!」

 

 

 戦ってくれていた手持ちを交替し、相性というよりは捕獲のための耐久力を重視してニドクインを繰り出す。

 そんな俺、in 空の柱。

 

 

「フリーで! ……っと、こっちのがいいか。ピジョン!」

 

「ピジョ!」

 

「ヨール?」

 

 

 先程こちらへと猛ダッシュしてきたクチートの後ろにて。サマヨールと戦っているピジョンを呼びとめて、ニドクインと位置を入れ替えるように指示をする。目の前のクチートは何故だかは知れないが焦っているので、うし。ピジョン、『フェザーダンス』!

 

 

 《バサ、バサッ!》

 

「……クチィ」

 

「ニドクインは噛み砕く!」

 

「ギャウゥッ!」

 

 《ガブッ!》

 

「ヨーーール……!」

 

 

 うん。ここいらで何とか捕獲数を増やさなくちゃあな! ついでに特訓含めて!

 なんて言ってはみたものの、今日の目的はこの塔の天辺(てっぺん)にあったりする。

 

 数日前、サイユウシティから飛行船(デボンからのチャーター船)で北上していた俺にオダマキ博士から連絡が入ったのだ。……いや、言っておくが忘れていたわけじゃあないぞ。そんで、連絡を取ったところ博士からキナギタウン周辺の環境調査を頼まれたという次第。

 

 ……オダマキ博士曰く、「キナギタウン周辺のポケモンが逃げ出している」らしい。

 

 キナギタウンはホウエン地方の海上にあり、「サニーゴ」というポケモンの上に建っているという驚きの街。サニーゴは、えぇと、ぶっちゃけるとサンゴ礁みたいなポケモンだ。

 さて。そんなポケモンの上に成り立っている街にて、ポケモンらが逃げ出せばどうなるか……答えは簡単。

 

 ……いや、街の人々もサニーゴと一緒に移動してたけどな!

 

 決して、海に投げ出されたりはしないのだった。うーん、なんとも逞しい。

 

 しかし、この話には裏がある。「ポケモン達が逃げ出す」という部分だ。

 ポケモン達が逃げ出すとなれば、決して気まぐれなものではない。それこそ劇場版みたいに星の危機だとか(アレはむしろ集まっていたけど)、住処を追われているだとかといった理由があるハズ。今回は流石に、俺も原因の追究までは依頼されなかったけど……

 

「(ポケモン達が逃げ出す現象は、俺もこの間見たことがある)」

 

 そう。

 本来であれば生息域でないふたご島で、泳ぎが非常に得意であるはずにもかかわらず腕に怪我をしていた、……ラプラス。

 ふたご島では普通に化石が掘れていたが、普段であれば地下にいて洞窟全体を冷やし氷漬けにしているハズの、……フリーザー。ここではついでに、一般博物館員でも安全に採掘が出来るほどに「洞窟のポケモン自体」も少なかった。

 いずれにせよ、ふたご島における事件。その原因は、近くにあるグレン島の「アイツ」だと俺は睨んでいる。つまりは、自らを脅かす強大な力から離れようとしているのだろうと。

 

 そんで、前置きが長かったな。つまりキナギタウンにおいても近くに強大な力を持つポケモンが移動してきたのではないかと推理してみた訳だ。

 そんなふうに考えてミュウと一緒に空の柱の入口辺りまで来てみたら、案の定、ミュウの念波に反応して頭上を飛んでった緑のドラゴンさんがいてだな。これは、登らざるを得まい! という流れだったのだ。

 

 

「だからと言って、激チャリしながら戦闘はキツイし……そらっ!」

 

 

 クチートの横を抜け、サマヨールに向かって山なりにモンスターボールを投げる。

 

 

「クー……クチッ!?」

 

 

 状態異常にされても面倒だし、サマヨールは早めに無力化しておきたいところだからな。

 

 

「ヨール!? ヨー……」

 

 《ボウン!》

 

 《コン、コンコンココン……》

 

 《……カチッ!》

 

 

「ほい、捕獲完了! 逃げるぞニドクイン!」

 

「ギャアウ!」

 

「クチィ!?」

 

 

 サマヨールの入ったボールをピジョンが拾い、クチートに背を向け、ニドクインをボールに戻し、ピジョンは飛んでついてきて、飛び乗った自転車でヒビの上を慎重かつ大胆に走破し続ける。

 このヒビ割れた廊下は、ゲームであれば落ちたら復活してたんだけど…………いやさ。

 

 

「ゲームとは違って渡ったら必ず崩れるってんじゃあないけど、もし落ちても復活しないだろーよ、この廊下ぁ!」

 

 

 という訳で、野生ポケモンをあらかた片付けたら必死かつ繊細に逃げつつ、頂上を目指しているのだった。 

 

 

「はぁ、きっつ!」

 

「ピジョ、ジョ!」

 

「――ミューゥ!」

 

「ミュウ、階段はもう登れるか!?」

 

「ミュ♪」

 

 

 先行していたミュウが階段にいる野生ポケモンを退けてきてくれたようだ。うし、気合入れて登るかー!!

 

 

 ……

 

 

「クチーィ!」

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ――キュリィ!

 

「ミュミュ」

 

「あ、やっぱり回収してくれてたんですね。ありがとうございます」

 

 ――キリュリリュリシィィ?

 

「ミュ、ミュゥ!」

 

「いえいえ。確かに疲れはしましたけど……ま、因子(それ)集めよりはマシです」

 

 

 今回の相手がエスパーじゃあないんでミュウが意訳してくれるけれど、ついでに鳴声、可愛いですね……と。

 俺の目の前で開けた青空をバックグラウンドに空中に浮かんでいるのは、緑の体躯を持つ東洋龍っぽいポケモン、レックウザ。地上から見上げると空を2分割している様に見えるほど高い塔:空の柱の頂上に座するその姿は、なんとも神々しい。

 ……鳴声は可愛いけどさ。あと、キュウリじゃあないんだ。

 

 

「あー。それはともかく、本当にありがとうございます。この地方のは、俺じゃあ集められなかったと思うんで」

 

 ――キリュリュウ!

 

「ンミュー」

 

「……はい。ちょおっと、忙しい時期でしてねー。この塔でもう少し修行してから行かせて貰いますが」

 

 ――キリリュ、リリュー!

 

「ミュ、ミュウッ♪」

 

「はい。使わせてもらいます。……それではー!」

 

 

 《ズオワァッ!》

 

 ――《ゴオオウッ》

 

 

 レックウザが空へと、凄まじい勢いの風を残して飛び立っていった。

 しっかし、うーむ。この地方でも伝説の皆様に因子回収をしてもらってしまうとは。俺、本格的に役に立たなくないか? まぁ、こっちの地方のについては原作がまだまだなのだからして、時間には余裕があったんだけど……言い訳だよなぁ。これ。

 

 

「……いいや。前向きに考えるか。さて一応、穴抜けのヒモは入口辺りに出口を設定してきたんだけど……」

 

 

 転送システムを使用して、ついには人間すらも転送しておく事ができるようになった道具「あなぬけのヒモ」。もちろんシルフ製。

 「あなぬけのヒモ」は、転送したい場所へ穴抜けのヒモを「設定」しておく事で、1度だけトレーナー自身をも転送することのできる道具だ。ゲームにおいても、ダンジョンから一瞬で脱出するために使われていた道具なんだが……この世界でも効果範囲があるために遠くまでは運べないものの、ダンジョン程度であれば有効範囲内らしい。つまりは、ゲーム通りにダンジョン脱出に使う分にはまったく問題ないという次第である。

 そして、俺が現在いるのは高レベルダンジョン「そらのはしら」の天辺(てっぺん)。塔を登ってきたからには、下らなければなるまい。背後にはその為の螺旋階段も見えている。

 

 

「さぁて、降りるか! 歩いて穴を避けつつ、残っている足場を使えば何とかなりそうだし!」

 

「ピジョ!」

 

「ミューゥ!」

 

 

 ……

 

 

「……クチー……」

 

 ――キョロ、キョロ

 

「……クチ!」

 

 

 

 

 

 

 窓から雲海を望む事のできる螺旋状の階段を駆け下りる、駆け降りる。

 ……どっかで見たことのある景観だけど、エレベーターがあるぶん向こうのほうがマシか。こっちの雲海は青いし。

 

 

「ネン、ドーーーール」

 

「でもって、また出たなネンドール。ピジョン!」

 

「ピジョ!」

 

 《ヒュォオン!》

 

「ネンドッ!?」

 

「ミュウは奥のサマヨールに、サイコキネシスで! 相性は悪いけどなんとか相手しといて!」

 

「ミューゥゥ……」

 

 《ッ、ォオン!》

 

「ヨー、ル!?」

 

 

 うし! 今ので道が出来たか。サマヨールの奥に見えている穴から飛び降りれば何とか、1階まで降りる事が出来そうだな。男は度胸だし、助走をつけて、と! (女装ではなく!)

 

 

「そお、れ!!」

 

「ピジョ!」

 

「ンミュー……ゥ?」

 

――《ズダンッ!》

 

「っつぅ……何とか着地成功……」

 

 

 しかし、そう上手くはいかないのが俺らしい。

 ……着地したばかりだというのに、360度からの視線が突き刺さっていてだな。 

 

 

「……って、」

 

 

 俺が着地したのは空の柱の1階。上の階から下りてきたからには、ポケモン自体は多少弱めになっていると、

 

 

「……思っていたのが甘かったか」

 

「ピジョ! ピジョ!」

 

「ミュ……ミュ!」

 

 

 周囲をグルグルと警戒する我がポケモン達。

 それでは、そんな警戒されている周囲の声を豪華かつ簡素なサラウンドでお聞きください。

 

 

「ヨ~~ル」×8

「ネンドーォ」×5

「チルルッ」×3

「ク、チィ! ガチッ、ガチッ」×8

 

 

 ……そしてこの状況は見たことがあるなぁ。主に風来坊がダンジョンに潜るゲームとか、ポケモンがダンジョンに潜るゲームとか、そんな感じので。

 

 

「……誰が呼んだか、モンスターハウス。ポケモンだけにな!」

 

「ミューゥ」「ピジョ」

 

「いや、ほんとゴメン。……えっと、頼む! ニドクイン!」

 

「ギャ、キャウゥン!」

 

 

 全方位を囲まれているため、とりあえずは指示できる限界数までポケモンを出しておく。

 んでもって、

 

 

「皆、暫くの間は自由迎撃(フリー)で!」

 

「ミュ♪」「ピジョ!」「ギャウ!」

 

「でもって……プリン!」

 

 《ボウン!》

 

「プルュ?」

 

 

 3体が周りを威嚇する中、俺の近くに繰り出されたプリンが……唖然としてるか。なにせ周りはそれなりに高レベルのポケモンだしなぁ。

 

 

「安心していいぞ、プリン。直接の戦闘はしn」

 

 

「ミュ!」「ギャウ!」「ピ!」

 

 《ヒィイン!》

 

 《グォォ!》《チル!》《ヨ~ル》

 

 《《ガスドコバキボワブォッ!》》

 

 

「……しなくていいからなー。とりあえず相手に向かって歌ってくれればいい。ただし、子守唄のほうでな? 滅ばないヤツ」

 

「プルリュー♪ ……プー、プルー~♪」

 

 

 指示をすると、プリンは以前の様にマイナー調ではなく非常に優しい歌声で歌いだしてくれた。

 ……よし。これで相手ポケモンを端から眠らせていけば、こちら有利に戦闘することも出来なくはないだろう。多分。

 

 

「うっし、それじゃあ行くか! ……ピジョンはクチートに熱風! ニドクインはチルタリスを片っ端から冷凍パンチ! ミュウはとりあえずネンドールにメガトンパンチ!」

 

「ンミュー!」「ギャウゥ」「ピ、ジョ!」

 

 

 状況的にはかなり厳しいけど、相性的には悪くないからな!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 最後に残ったサマヨールに、ニドクインが噛み砕くを繰り出す。

 

 

「ギャゥウ!」

 

「ヨ~、ルルルル」

 

 《スゥッ……》

 

 

「よーし、これであらかた片付いたな。ダメージも予想よりはかなり少なくて済んだし……うん?」

 

 ―― ササッ

 

「……んん?」

 

 

 周囲の野生ポケモンを一掃し終えた矢先。

 辺りを見渡した俺の視界の隅……空の柱の出入り口の影に、なにかが逃げ込むのが見えた様な。

 

 

「とりあえず、ニドクインとピジョンは戻ってくれ」

 

「ギャゥ」「ピジョォ」

 

 

 言いつつ、2体をボールに戻す。

 相手は多分1体だからな。こちらが3体だと逃げてしまうに違いない。……ここまではトリプル or ダブルでのバトルが多かったからロクに捕獲もできていないんだよなぁ。となれば、出来る限り捕獲したい所だ。

 

 

「ほーら出てこーい……って、これじゃあ悪役だな。けど、ゲットする目的なのに出て来いってのもなぁ。どうかと思う」

 

「ミュミュー」

 

 

 いずれにせよ、相手が野生ポケモンならバトルする羽目になりそうだし。出てこーい、との声がけからのバトルじゃあ罪悪感を感じるぞおい。

 

 

「んー、どうしたもんかね、と」

 

「……ク、チ」

 

「お、出てきたな」

 

 

 入口の脇から顔を出した黄色の身体と、頭からポニーテールの如く生えた黒いオオアギト。つまりは、先程薙ぎ倒した中にもいたポケモン・クチートが件の影だったらしい。

 どうやらバトルする気はないらしいけど……こちらへ歩いてくる。

 

 

「……チィ」

 

「これ? いや、白いけどモンスターボール……え?」

 

「ク、チー」

 

「ふむ、つまりはお前を捕獲しろと」

 

「クチィ!」「ガチン、ガチン!」

 

「ミュゥ?」

 

「えーと、ちょいまち」

 

 

 捕まえる予定ではあったものの、いざ、本人から捕まえろといわれると逆らいたくなるのが俺だからして。

 ……なんていう無駄思考は放棄して構わないからな。話を戻したい。

 クチートはその(口さえ見なければ)可愛らしい外見に反して鋼タイプという厳ついタイプを持つ、だからこそ「欺(あざむき)きポケモン」という名前には反していないってな、ややこしいポケモン。

 

「(……俺も鋼タイプを研究題材にしているからには、手持ちに1体は鋼タイプもいた方が良いのは確かだけど)」

 

 しかもクチートは、実に多種多様な技を扱える。となれば、俺のバトルスタイル的にも相性は抜群に違いない。

 

「(それに、あの策を使う予定もあるし。色々な意味で多めに手持ちを持っておいても損はないだろーな)」

 

 うん。脳内相談によって、捕獲を渋る理由は無いとの結果が出たようだ。そんじゃあ、

 

 

「ほい、これが俺のモンスターボール。ここを触れたら、あとは暴れないでいてくれれば良し」

 

「チィ」

 

 《ボウン!》

 

 《……カチッ!》

 

「ミュミュウ♪」

 

 

 うぉ、1回も揺れなかった。プリンの時もそうだったけど、戦闘からの捕獲じゃなければ揺れないモンなんだなぁ。……考えてみれば当たり前かもだけど。

 

 

「うし、これからよろしくな! クチート!」

 

 《カタ、カタ!》

 

「ミュー!」

 

 

 ヤル気満々で頼もしい事で。でもってこれにて、シンオウ及びホウエン地方の日程は大体終了したかな。後は……あぁ、

 

 

「……忘れてた。ミィがあんまり動けないから、シルフスコープの試運転してくるっていう予定が入ってたな」

 

 

 ま、修行にも丁度いいし……ここから東に行ったところにある、ミナモシティ辺りまで戻ってみるか。残った日にちは少ないけど、あの街からならば交通の便的にはカントー地方に帰りやすいし。

 

 

「そんじゃあ……」

 

 

 とりあえずは空の柱を出て、東に向かおうか!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 捕獲ポケモン

 

 クチート:♀

 

 LV:?

 

 






 裏話、クチートさん仲間入りの流れ。

・クチート、サマヨールに好かれて集団に追い掛け回される。毎日少しずつてっぺんの方へと追い込まれてた。
 
→ 嵐の如くやってきた主人公さんがサマヨールを撃退どころか服従させる
(少なくともクチートからはこう見えた)

→ しかし自分だけ捕まえられず、ショック

→ そうだ、1階で待ち受けてればまた通るんじゃないスか

→ 1階にきてみたら、ヨールさんの手下がいっぱいでした。
(お前等ヨールさん捕まえられたのに忠実だな)


 などという流れでした。心理状態を浮かせたり沈ませたりしてポケモン心を操る主人公は、とんでもない野郎です。
 ……いえ。本来であれば文中で説明すべき内容だと思うのですが、一人称風味の文章で説明するには私の能力がかなり足りませんでしたという。申し訳ないです。

 因みにクチートは私もゲームではお世話になっているポケモンですので、どこかで活かしたいとは思っておりました。それこそ、技の多様性があれば戦術も作り易いですし。

 ……ただし、暫くは……いえ。何でもないです。多分。


 さて、これにて体感的には非常に長かったホウエン編も終了です。



 ……まぁ実はも何も、ここからが本当の勝負なのです、という。


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Θ52 夏休みの終わりに

 

 1993年の夏休みも終わりを迎えた頃。

 俺は何とか訓練の日々を終え、カントー地方に帰って来た。

 

 

「えーと、コイツだ」

 

「……えぇ、確かに。それでは」

 

「元気でやれよ? これからお前の御主人になるやつは、まぁ、悪いやつじゃあないってのは保障しとくぞー」

 

 

 マサラタウンの研究所にてオーキド・ナナカマドの両博士に見守られながら、声をかけたモンスターボールを自らのトレーナーツールに乗せる。

 

 

「……貴方の、新しいトレーナーは。とっても面倒な人だから、気をつけるのよ」

 

 

 俺の横に立つゴスロリ/ドロワーズ/インバネスの人物も……いや、ミィなんだが……反撃の「口撃」と共に、取り出したモンスターボールをツールに乗せた。

 

 さて。ただいま俺が何をやっているかというと、実はトレーナー機器を通しての交換機能を試運転中なのである。

 俺が交換に出すのは、ホウエン地方にてシルフスコープの試運転を兼ねて捕獲してきたカクレオンというポケモン。ミィから送られてくるのは、この時代でも捕獲が中々に難しいメタモンだ。

 互いの手元に一旦はデータ化されたモンスターボールが出てきて……

 

 

「これで、交換は完了よ。……いらっしゃい、カクレオン」

 

「っし、これからよろしくな! メタモン!」

 

「ふむ、これは革新的じゃな! こうしてトレーナー同士のみで交換が出来るようになれば、より多くのポケモン達と出会うことが出来るじゃろう!」

 

「ウム! 今はポケモンセンターでしか交換できぬからな!」

 

「あー、とはいえ、ID保存機能やら手持ち登録の変更やらは非常に面倒な機能ですからねぇ。今回の試運転は、俺達の特権をフル活用して初めて実現したようなモンです」

 

「それに、私とショウのツールはオーダーメイド品。これを一般トレーナー全員に行き渡らせるには、まだまだ時間が必要なの」

 

「……うぅむ。そう甘くは無いという事かの」

 

 

 思惑が外れて、顎に手を添えるオーキド博士。……そういえばポケモンセンターを使わない通信が出来るのは、第五世代くらいか。かなり先の話だよなぁ。

 

 

「なんてまぁ、そんな事はどうでも良くてですね」

 

「ウムゥ?」

 

「目下最大の問題は、コレです」

 

 

 無駄ではないがしかし本筋ではない会話を切り、メタモンの収まったボールを腰につけ、抱えたモニタに表示されたとある場所を指差す。現在地マサラタウンから南下した位置にある火山島……グレン島だ。

 

 

「おぉ、そうじゃそうじゃ。この辺りの野生のポケモンが、今年の初め辺りから逃げ出しているという事じゃったの」

 

「ウム。そしてその原因こそ……」

 

「……私の、所属するシルフの班員が。こちらの画像データ撮影に成功しています」

 

 

 ミィが1枚の写真を取り出し、博士達に見せた。

 そこには、シリンジの中で鎖に繋がれたポケモンが写し出されている。

 

 

「ふむ? ミュウ……の、面影がある」

 

「ミュウツーと言うそうです」

 

「……ミュウから創られ、戦闘能力を強化されたポケモンか」

 

 

 いや、実は戦闘意欲も強化されているらしいんだけどな。

 ……けど、ところで博士。その視線は何ですか。

 

 

「成程の。ショウ、お主が修行に行っておったのはこれが理由じゃろう?」

 

「えー、いやー……どーでしょうかね」

 

「そんなに分かりやすく目を逸らすな。性格上オマエの場合、『分かり易い』はブラフの可能性が高いからな。逆に疑うぞ」

 

「こんな状況でも変わらんのう、ショウは……」

 

 

 おー、見事に呆れられてるな、俺。多分だけど。

 博士2人はそんな俺から視線を移し、隣に立つゴスロリにも尋ねる。

 

 

「君……ミィちゃんだったか。君も手伝うつもりだな」

 

「えぇ、そう」

 

 

 素っ気無い返答だが、しっかりとした意思と共に応えるミィ。オーラも気のせいか増し増しだ。

 と、そんな答えを得た後。オーキド博士とナナカマド博士は同時に溜息をつき、疲れた様子で話を続けた。

 

 

「……協会にシルフめ。大人どもが何をやっとるのか」

 

「協会はともかく、シルフは動けないのかね? ミィ」

 

「……というか、御免なさい。私が1番の戦力ですので」

 

「「……」」

 

 

 そして同時に、頭を抱える。擬音語じゃあないけど、この様子には「おおう……」との音を付けておきたいな。ピッタリだろうし。

 さて、と。

 

 

「んじゃ、とりあえず作戦を発表しますが……初めは何ていうことはありません。グレン島のポケモンラボからコールがあれば、俺とミィで屋敷に突撃します」

 

「本格的な立案は、私達が帰ってきてから」

 

「万が一そのポケモンが逃げ出した場合には、その場でグレン島のポケモンセンターを介して各町へとレポートと通信を回しておいてですね」

 

「そこまですれば、流石の協会も一部が動き出すと思うわ。……あとは、」

 

「俺達と個人的に親交のあるジムリーダー達やトレーナー達にも連絡を回しますから。少なくとも予想される『野生ポケモン達の大逃走に伴う混乱』については、何とかなるでしょう」

 

「……ふぅむ。それでは最前線にいるであろうお主らの所へ戦力が回らなくなるじゃろう?」

 

「いえ、俺達もずっと最前線にいられる訳ではないと思いますよ。本気で移動された速度には追いつけないでしょうから、その度に補給やら回復やらを詰め込みます」

 

「私達が、予想される逃走経路への誘導も試みるわ。そうなれば、戦力を最小限に集中させられる予定」

 

「ならワシらが、」

 

「―― いいえ。博士達には、協会へと発破をかけてもらいます」

 

「これは、私達には出来ない仕事。それに足止めをしていてもらわないと、追いつけるものも追いつけないの」

 

「……ウム、ゥ」

 

 

 ここまでやり取りを繰り返した所で、研究室には静寂が満ちる。オーキド博士もナナカマド博士も、心配してくれているのだろう。ただ、この場合は俺たちが動くしかないと思う。そのために修行もしてきたのだ。

 

 

「心配しないで下さい……とは、言っておきますよ。一応は」

 

「……、……」

 

 

 まぁ、感謝の気持ちと共に「心配しないで」ってのは無理だろうとも思うんだけどな。有難い事に。

 ……あー、

 

 

「とはいえ、直ぐに発つ訳じゃあないですから。今は班員に預けてあるクチートとプリンについても、あと数日は練習もしておきたいです」

 

「ム? クチートは分かるが、プリンもか?」

 

「はい。俺のトコの班員が、すこーしばかりプリンに研究を手伝って欲しいらしいんで」

 

 

 ただし特訓のほうには支障でないように、とのお達しはしてあるので問題は無い。

 でもってここで、暫く思案顔だった博士の表情が(主に諦めの表情へと)変わる。またも溜息をつき、

 

 

「……ハァ。どうやらお主らに任すのが得策な様子じゃの」

 

「……ウムゥ。我々も出来る限りの援助はするが……」

 

「えぇ、お願いします。私達は私達で、出来る事を行うだけですので」

 

 

 未だ、尽きぬ心配の視線を俺達へと送る博士達。そんな博士達へと、精一杯の笑顔でもって返すミィ。

 ……状況的にもヒト的にも、何気にレアな組み合わせだなぁこれは。どうでも良いけど。

 

 

「しかし、ショウ。お前の実力を疑っている訳ではないが、これは大変な事態なのだ」

 

「辺りのポケモンが逃げ出す、なんてのは過去の伝承くらいにしか残っておらん事態じゃぞ?」

 

「あー……やばくなったら、流石に逃げますんで」

 

「そう、ね。むしろ、逃走速度にこそ自信があるの」

 

「ウム。それだけは心得ておくといい」

 

 

 お、やっとのことで博士の笑顔が見れたな。いやぁ……笑顔ばっかりでも困るけど、見れないのもそれはそれで、なんだかなぁとか思ってたから。

 なんて無駄に考えていると、オーキド博士の表情は「あっ」と何か忘れているものを思い出したようなソレへと変わる。

 

 

「おぉ、そうじゃ。おぬし等が発つ日にちは決まっておるのか?」

 

「はい。一応は決まっています」

 

「ウム、突入の日にちか」

 

「そーですねー、と。これです」

 

 

 言われて、バッグから日程の書きこまれた1枚の紙を取り出す。

 原作を知っている俺達からすればミュウツーが脱走する日は分かっているんだが、とりあえずは屋敷の地下に突入する日としているその部分に、これみよがしに赤い丸が付けてあってだな。

 

 

「ふむ。9月……」

 

「……1日か」

 

「そですね。つまり、決戦は……」

 

「9月の、1日。開戦よ」

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 研究所から出て、どこぞへと足を向ける。

 化石ポケモン達の研究も進んだし、図鑑も殆ど完成していている時期だ。俺個人としての秋に控えた研究発表の資料も出来ているためか、今日はいつもよりもかなり早くひける事が出来た。

 そんで時間が出来た俺は何をしているかというと、久しぶりにマサラの街中を散歩してみていたりする。因みに目的地はいつものマサラタウン郊外の高台だ。

 

 

「……マサラタウン、良い町だよなぁ」

 

 

 郊外まで続く土の踏み固められた道を歩きながら、湿った夏夜の空気を吸い込む。香るのはこの先に続く草原から吹く風に乗る、若草の敷き詰められた香り。あと、さらに先に望む事の出来る海を渡ってきた、塩気を含んだ香りも。なんとも田舎というべきか。

 

 

「……まぁ、住んでいる町だし。田舎ではあるけど」

 

 

 俺がタマムシからマサラへと越してきて、既に2年程が経過している。この町が嫌ならトキワシティにでも引っ越せば良い訳で……かといって、俺はタマムシシティも嫌いじゃあないけどな。住めば都、なんてのとは違う気がするし。

 

 

「……そういえば、タマムシシティとかヤマブキシティは都って言っても良い規模だよな。となれば、住まなくても都か」

 

 

 そういえば、無駄な思考を繰り広げているのは郊外の高台を登っているのが理由だ。

 ……いや、いつも通りにどうでも良いんだけどな。ひじょーに。

 

 

「まっさらだから、マサラタウン。だからといって更地じゃあないけどー……っと……うん。この丘はいつも通り、綺麗に海が見える」

 

 

 丘を越えると、グレン島へと続く海が姿を現す。夜の海って言えばこの通り底なしに黒いものだけど、俺が今更そんな部分を気にする訳はない。それどころかむしろ、明度が低い事もあってか、月明かりに照らされた海は綺麗だし。

 ……なんて、こんな風に自らの状況を振り返り、感慨深げに思う。これは、うーん。何故かこの景色を見ておきたいと思ってしまった事を含めて、緊張しているという事なんだろう。

 

 

「思考もこんなだし、相手が相手だっつー事か。納得納得」

 

 

 来週初めには、9月の1日がやってくる。その日のために今まで特訓を積んできた。

 

 でも、

 

 ――特訓の成果を発揮し切れるのか、そもそも俺が関わって良いのか、確実に勝てる見込みがあるわけでもなく、かといって当然その可否を直ぐには試せず、だからこそ不安で。

 

 でもでも、

 

 

「……あー、自分に自信が無いわけでもない……ってな」

 

 

 勿論俺に自信があるのではなく、「与えてもらう事ができている」のだ。

 ポケットとの名を冠してはいるがポケットには入らず、俺の腰についているボールに収まっている仲間(モンスター)達が。

 こちらに来てから出逢った、様々な人達が。

 こちらに生まれてから積んできた、9年間の経験が。

 

 そして、俺自身も。

 自らを肯定するのに、内が見えなければ外を使えば良い。

 ここへ都合よくバイアスをかけた拡大解釈をすれば、俺を形作るのは世界でも良い、となる。

 

 ……まぁ、普通はこんな面倒な事に悩まなくて済むはずなんだけどな。

 

 

「はぁ、まったく。こりゃまた非常に面倒な事で」

 

 

 偶にはこんな、柄にも無い悩みを持ってみても悪くはあるまい。

 

 ……なにせ……

 

 

「……家に帰ったらゴスロリ & 緑姉弟ってな、異色(ゆめ)の組み合わせを相手にしなきゃあならないからな!」

 

 

 アイツよりにもよって居候先に泊まるらしいし、だからもう少し逃げ場(ここ)に居させてください!

 

 ……いやせめて、ゴスロリ vs 緑姉(カチューシャ)になっていないことだけでも祈らせてくれればこれ幸いっ!!

 

 






 夜に外へと、よくよく出歩く9歳児。
 しかも自ら人気の無い場所へと、好んで出向きます。
 郊外が大好きなのですね。

 また、マサラタウン郊外のイメージはあのモンジャラやらが出てくる場所なのでしたという次第。



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Θ? 9月1日

 

 

 ―― ……、

 

 ―― …ー、

 

 ―― ジー、

 

 ―― ジー、

 

 

 吐き出され、印刷され続け、床へと積み重なるコピー用紙。

 個人の日記であり、とあるポケモンが強すぎて手に負えない、との内容らしい。

 

 

 ――《ビー、ビー、》

 

 ――《ビー、ビー!》

 

 

 警報が鳴り響くは、グレン島の地下にある研究所。

 最近は非常に多くのポケモンが出入りしているために近所からはポケモン屋敷と呼ばれている豪華な屋敷の、その地下にある研究施設。そんなポケモン達が出入りしているのは遺伝子実験を行うためだという事実を知る人間は、少ない。

 

 ただし、今。

 集められていたそれらの多くは、炎に焼かれてしまった。

 

 

 ――《ビー、ビー、》

 

 ――《ビー、ビー!》

 

 

「消火班急げ!」

 

「ダメだ! 炎の回りが早すぎる!」

 

「クソッ、これもアイツがやってるのか!?」

 

 

 走り回る黒服の団員。

 しかし、その中にあって動かないスーツの男が、マフラーを巻いている幹部に向かって口を開く。

 

 

「……撤退だ」

 

「サカキ様っ!?」

 

「ランス、同じ事は言わん。自分の手持ちはボールに戻せ。実験用のポケモン達も出来る限り回収するが……団員の命には代えられん。長くとも30分以内に撤退だ。無理はするな」

 

「は、はい!」

 

「本部へ戻るぞ。わたしも、やる事がある」

 

 

 ランスと呼ばれた男が奥へと走り去り、部下へと指示を伝える。

 指示を出したスーツの男は、落ちたエレベーターから夜空を見上げ……次いで自らの後ろでしゃがみ込む、1人の男をその眼に捕らえた。

 

 

「……行くぞフジ博士。丁度良くエレベータが落ちた。ここから天井を破り外へと出る」

 

「……」

 

「貴方には移動手段が無いはずだ。ミュウツーはたった今起動させた隔壁によって少なくとも1日は封じ込めておく事ができるだろう。だが、その後は無理だ。わたし達ロケット団は引かせてもらう」

 

「……」

 

「……ふむ。ならばそのまま焼け死ぬか? 夢に溺れた老人が」

 

「わたし、は……」

 

 

 白衣が焼けたその男は、答えを返すことが出来ていない。腕の中には……広範囲の皮膚がただれ落ち、熱傷を負い、身体は動かず、息をしていない、、、、が抱えられていた。

 

 

「わたし達組織の目標は既に達した。残ったのは、お前の問題だ」

 

「わたし、は……」

 

 

 ―― ワァァアアッ!

 

 

 火を消すのは街の人に任せるつもりなのだろう。団員達はポケモンの回収、それのみに走り回る。

 そしてこの場において走り回らず、座り込んだ研究者。

 その目前にも、腕の中にも。

 夢を見た遺伝子学者に絶望をもたらすには、十分過ぎたのだ。

 

 

「……チッ」

 

 

 スーツの男が舌打ちの後に懐から1本の紐を出すと、未だ呆けている男を縛りつける。

 

 

「! 待、わ、わたしは……!」

 

「面倒だ」

 

 

 そしてなにやらスイッチを押すと、縛られた男が消え失せた。

 

 

「……ふん」

 

 

 スーツの男の視界には、熱がこもって暑苦しい中、団員が動き回っているのが見えている。炎が広がった機械からは、何のデータかはスーツの男には知れないが、コピーされた紙束が吐き出され続ける。

 元よりアレを捕らえようとは思っていなかった。アレを制御する事ができればもうけもの、といった感覚。なにせ最強のポケモンを創るなどと言い出したのは、あの研究者の方だ。

 だが、この現状を見るに……

 

 

「少し、興味は出た」

 

 

 少し、そう ―― 少しだけ。

 自らの組織が作り出した防護壁をも容易く打ち破って見せたあのポケモンは、どのくらい強いものか、と。 

 

 

「……ついでだ。行くか」

 

 《ボウン!》

 

「ガルガルゥ!」

 

 

 スーツのポケットに手を突っ込み自らのポケモンの背に乗ると、破られた天井から飛び上がり、外へと出る。

 屋敷の裏でポケモンをボールへ戻し、街の人々が煙に気付いて騒ぎ出したグレンタウンの街中を、違和感を感じさせずに歩き続ける。

 

 

「……ふ、」

 

 

 夜空と同じ黒のスーツに、Rのマークをつけた男。

 その口の端から無意識に、笑みがこぼれ出た。

 

 



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Θ53 グレン島へ

 

 1993年、9月1日の始まった深夜。言い換えるならば、かなりの早朝。

 

 

「それではな。ショウ、気をつけなさい」

 

「うむ。無理はせんようにな」

 

「はい、善処します」

 

 

 グレン島のラボから連絡を受け、俺とミィは決戦のために島へと渡ることとなった……の、だが。

 

 

「それじゃあ、行ってくるんで! 後をよろしく!」

 

「ハンチョー! あとゴスロリの人! プリンちゃんも、頑張ってくださーい!」(跳ねつつ)

 

「いってらっしゃい、ハンチョウ」

 

「怪我にはお気をつけてー、班長ー!」

 

 

 我が班員3名からの声援。

 

 

「……頑張ってください。ショウさん、ミィさん」

 

「もう……こんな時にも愛想がないんだから、うちの男の子(レッド)は。あ、ショウ君もミィちゃんも、キミ達はキミ達のやりたい事をやってるようで何よりだわ。でも偶にはタマムシの御両親に顔を見せてあげてね? 親って、いつでも心配しているものだから」

 

「……あ、あの! ショウくn」

 

「ガンバだね、ショウ! ミィ! ファイト、オー! だよー!」

 

「……ぁぅ」

 

「……うわー、ねーちゃん。そりゃねぇぞ。……とにかく、ショウ! 負けんなよ!」

 

 

 そして順に、レッド、その母、ナナミ、リーフ、も1度ナナミ、グリーンからの声援を受ける。

 

 

「皆さん有難うございます。……レッドにリーフ、グリーンにナナミもな。こんな夜中に」

 

「……いえ……」

 

「おう!」

 

「ったく。こんな夜中に出発かよ」

 

「う、うん! 頑張ってね、ショウ君!」

 

 

 俺はマサラから船に乗り込む前なんだが、両博士だけでなくこの様な人々まで来てくれるという予想外の状況にあるのだった。なにせ夜中に発とうとしている訳で、その時間帯に港に云々というだけでなく、そもそも博士以外には知らせていなかったハズ。

 

「(……いや。見送りに来てくれることはけっこうあったんだけど……)」

 

 確かに今までもイッシュに行く際や各地方へと旅立つ際には、みんなが見送りに来てくれていたんだけど……あぁ、そうか。博士達にしか言っていないというなら、流出元は博士達だな。うーん。これは、気を使わせてしまったか? 流石に隠すべき部分は隠してくれてたし、やる気は出るから感謝しておきたい所ではあるんだけど。

 

 

「……ま、いいか。そんじゃ、行くか! ミィ!」

 

「そう、ね」

 

 

 見送られながらもゴスロリの幼馴染と2人で、未だデボンコーポレーションからチャーターしている小型の高速艇に乗り込む。この船であればここからグレンタウンまで、そうそう時間はかからないはずだ。

 ……うし、気合でも入れなおすか。

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 と、まぁ。

 そんなこんなでマサラを旅立ち海を渡りきった俺たちの目の前には、既に件のポケモン屋敷が見えている。……さぁて、

 

 

「潜入……するまでも無いな。焼け落ちてる」

 

 

 隣にいる黒尽くめフード付コートを被ったミィと、状況を確認し合う。

 目の前に見える屋敷は昨晩から謎の火災に襲われ、未だ煙がくすぶっているという状況だ。しかしこうして屋敷をよくよく観察してみれば、ガラスが割れてたり、像やら柱やらがねじれたり削れたりしているなど、明らかに焼け落ちただけではない景観も見て取れるんだけどな。

 ミィも黒いフードの内側から辺りを見渡して、

 

 

「……この、有様。ロケット団もこの屋敷は放棄した様子ね」

 

「そうだろうな。……でも、目標はまだいるぞ?」

 

「えぇ。屋敷の、地下ね」

 

 

 どうやら俺たちがこうしてグレン島までくることになった原因であるポケモンは、未だ地下にて強力なチカラを振るっているらしい。

 ……だってさ。

 

 

 ――《ヒュォオォン》

 

 ――《ォ、ン》

 

 

「念波がなぁ……」

 

「漏れて、いるわ」

 

 《カタカタ! カタカタ!》

 

 

 とまぁ、お聞きの通りに『サイコキネシス』やらなにやらの余波だと思われる念波が、ここまで漏れてきているのだ。

 どうやら俺の手持ち達もその念波に含まれている闘争心に刺激されたらしく、先程からボールの揺れが鳴り止まないってな状況。

 ……うむぅ。気合入ってるところ非常に悪いんだけどせめて屋敷の地下に行くまでは揺れないでいて欲しいかな。侵入中なんで。

 

 

 ―― 、……

 

 

「……おう。どうやら皆空気を読んでくれたご様子で」

 

「……私の、手持ちもね。それなら」

 

「もう行くのか。そんなら俺も、と」

 

 

 ボールの揺れが収まった、直ぐ後。ミィが東側にある割れた窓から屋敷の中へと飛び込んだため、俺も続いて窓から中へと飛び込む。そんでもって着地した位置から柱の影へと隠れ、顔だけを出して屋敷の中を窺ってみてだな。

 ……うお。

 

 

「こりゃあ中々に酷い有様だな」

 

「――、――急――!」

 

「「――――!」」

 

 

 実際に入ってみると、外側から見るよりも酷い有様だ。屋敷の中は俺がいつか見た豪華な装飾の名残を残しつつもところどころが崩れ落ち、あちこちからあがった煙が充満している。

 さらに消火作業や熱傷を負ったポケモンの救助に当たっているのであろう人々の声もここ1階では聞こえているのだが、大変申し訳ない。今は先を急がせて貰うんで!

 

 

「脳内で謝っておいて、ラボ職員の救援要請はしてあるからご勘弁……さて。ゲームでは、3階だったか?」

 

「そう、ね。……こっちよ」

 

「お、階段あった。……つか、よくよく考えたらポケモンより人間のほうが火事場では危ないよな? ミイラ取りがミイラにならなきゃいいんだけどなぁ……特性じゃあなく」

 

「えぇ。確かに『ミイラ』は移るけれど……まぁ、人間には適用されないでしょう。……そして今、屋敷のセキュリティは全て閉じている筈。この隙に行くわよ」

 

「はいはい見事に流してくれてありがとうございます。……うわ、こりゃ煙いな」

 

 

 非常に無駄な話をしながらも、足は止めず。煙の中で人々の目を避けつつ、しかしそう遠回りもせずに階段で3階へと昇る。そして3階を暫く進むと、フロアの端に床が焼け落ちている部分が見えてくる。

 

 

「……あー、飛ぶんだよな? そこから」

 

「えぇ、降りるにはこれを使いましょう」

 

 

 ……これはアレだな。ゲームで飛び降りてた部分。

 そんな思考を繰り広げつつも、時間は有限だ。ここで尻込みしていても始まらないし、飛び降りますか! ただしミィが出してくれている、ワイヤー使って降りるんだけども!

 

 

「最近はよく飛び降りるなぁ、と!」

 

「……、いいじゃない。主人公っぽくて」

 

 

 俺は勢いよくミィは華麗に、まずは1階の「一般の入口とは隔絶されたスペース」へと着地をしてみせた。

 でもって、次は壁を回り込んで、1階から地下へと繋がる階段を駆け降りる。暫くの間降り続け……

 

 

「そんで到着、と。ここまで来れば人も殆どいないし……って、おお。地下は意外とキレイなんだな」

 

 

 そう。こうして走って目的の地下1階へと来てはみたものの、言葉に出した通り。ポケモン屋敷のその地下は、存外綺麗なままで保たれていたのだ。

 倒れているポケモンはまったくといって良いほど見当たらず、また、妙に空調の「はけ」が良いせいか上とは違って煙が充満している様子もない。有毒ガスもまたしかりだ。

 さらに地上部のカーペット敷きとは違い木目調の床となっているのも要因であると思うが、地下施設自体が今までと別種の雰囲気をかもし出している気がする。

 ……いや確かに、地下の研究は地上のそれらとは別種の、もっとアレな研究だったんだけどさ。ひとまずは置いといて。

 

 

「さて……こっからだな。頼む、ミュウ」

 

「お願い、レアコイル」

 

 《ボウン!》

 

「ミュ?」「キュ、キュ↑」

 

 

 互いにポケモンを1体出しておく。辺りに野生のポケモンは見えていないんだが……あー……これは「出しておかなければならない」だろう。

 なにせ俺達の目の前には、

 

 

「目の前には閉じた隔壁……で、向こうに『いる』な」

 

「……、来るわ」

 

 

 《――ギギ、ギ……》

 

 

 念波の大元を向こう側に控えた、如何にも分厚い、壁一面の隔壁。

 先ほどから地下へと降りる毎に強くなっていた『プレッシャー』の大元でもあるそいつは、この隔壁の向こうにいるのだろう。

 なにせその隔壁すら俺達の目の前では、「捻じ曲げられている」のだから。

 

 

 《ギ、ギ、》

 

 

 何か大きなチカラで痛めつけられている金属が歪み奏でる、いやに鈍い音。限界まで張詰めたその扉は、表面張力のごときバランスで成り立っているように見えてならない。つまりは、もうすぐ……

 

 

 《――ィン》

 

 

 軋む音が、止んだ。……やっばいぞ。

 

 

 ―― 来るか!?

 

 

 

 

 《ゴガッ、》

 

 

 《《カァァァアンッ!!》》

 

 

 

 

「ミ、ミュッ」

 

「うっお……あっぶな! どうもな、ミュウ!」

 

「ンミュ!」

 

 

 限界を迎え吹き飛ばされた隔壁を、ミュウが弾き飛ばしてくれた。非常にありがたい! ありがたい……が……

 

「(あー……こりゃあPPがガッツリ減りそうだな)」

 

 ……それと同時に、辺りにはズッシリとしたより一層の威圧感(プレッシャー)と煙が立ち込めた。しかし無常にも砂煙だけは時間経過によって段々と晴れ、俺達の目の前に立っている「そいつ」の姿が見えてきてしまう。

 

「(人間っぽいフォルムから2本の腕を構え、2つの足で地面に立ち、2メートルほどのすらっとした白色と紫色の体躯。おまけに体長ほどもある尻尾)」

 

 ついでに補足すれば、なんか形容しがたいオーラを放っている。……あと、フ○ーザ様じゃあない。たった今現した形容を言葉で聞けば、似てる気がしなくもないけどな。

 

 なぁんて、無駄思考は出来る時にしておいてだな。

 

 

「……出ちまったなぁ、ミュウツー」

 

 《ォ、ォォン?》

 

「ミュー!?」

 

「落ち着くんだ、ミュウ。まだアイツに戦意は――」

 

 《ィ、ォ、ォオッ!!!!》

 

「―― 戦意も、十分の御様子よ」

 

「キュ→ キュ↓ キュ←」

 

 

 俺の予想という名の願望が外れたのはいいとして……うーん。レアコイルもミュウツーのプレッシャーには落ち着かない様子だな。なんか空中でフルフルしてるし。

 ……つか、因縁浅からぬミュウはいつもと様子が……

 

 

「ミュー! ミュー♪」

 

 《スッ――スイッ》

 

「……ミュー」(重低音)

 

 

 違わないなぁオイ! 半ば予想通りか!!

 

 ……あー、ミュウはミュウツーの周囲をすいすいと飛び回っており、興味津々ないつも通りのご様子だった。ミュウツーもなんか呆気にとられて、ミューってな挨拶を返した気がする(実際に挨拶かどうかは知らんが)。

 そんな目の前の光景ではあるんだが、しかし、気を抜こうという考えには至らないな。

 

 

「だって、どうみても戦う気満々だよな?」

 

「えぇ。オーラが、そんな感じね」

 

 

 ミィがオーラ&プレッシャー仲間だからか解説をしてくれたが、ミュウツーはミュウと(多分)戯れながらも、その威圧感を減らしてはいないのだ。

 そして空中を飛び回っていたミュウは地上に立つミュウツーの頭1つ上あたりで停止し、

 

 

「ミュー」(重低音)

 

「ミュッ♪」

 

 

 行動指針が定まらず動けない俺とミィの前にて――

 

 ――「親子で」、笑い合っていた。

 

 

 

 …………って、おいおい待て待てこらこら。

 

 

 

「残念ながら、この笑顔は見たことがあるなー……」

 

「……、どこでかしら」

 

「……ギアナのジャングルで」

 

 

 俺には判る。2度目だしな。あれは互いに相手を「楽しいヤツ」と認めた、

 

 

 

 ―― 小悪魔的な、笑みだ!

 

 

 

 なんて風に判別がついた目の前で、ミュウとミュウツーが早速謎の光に包まれている。さぁて……全速力で、逃げるぞ!!

 

 

 《ヒィン――》

 

 

「……うっぉぉおお! 今回こそ早めに退避ッ!!」

 

「……戻って頂戴、レアコイル」

 

 

 

 ――《ズッ、》

 

 

 《《《ガォォォァアンッ!!》》》

 

 

 

 謎の広範囲、殲滅攻撃ぃっ!!!

 

 親子バージョンかよっ!!

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 

「……っっっぷはぁ。……なぁ、何の技なんだ? アレは」

 

「知らないわ。……きっと、サイコキネシスなんじゃないかしら」

 

 

 2人して壁に隠れつつ、若干やけくそに、現実から逃避してみる。今の広範囲殲滅撃の正体なんて、ぶっちゃけどうでもいいんだがな。

 さて。こうして物陰に隠れたはいいものの、今の攻撃で辺りを覆っていた壁一面の隔壁が全て吹き飛んでおり、外に出るのが非常に容易になっているのだ。となれば俺達が出やすいのは勿論、ミュウツーも出やすくなってしまったハズ。

 

 ……この状況になったからには仕方がない。こうしていても始まらないし、ミュウだけで戦闘させるわけにもいかないから、さっさと物陰から出て行くべきだろう。

 

 

「……しょうがない。行くか?」

 

「……確かに、仕様がないわね。戦うわ。お願い、レアコイル」

 

「キュキュキュキュイ」

 

「うし、行くか!」

 

 

 ミィがモンスターボールからポケモンを出したため、再度物陰から出る。

 そして俺達の目に入ってきたのは、

 

 

「……ミュー」(重低音)

 

「仁王立ちかよ……で、俺達に何か用か?」

 

 

 先ほどと変わらず、傷1つないミュウツーだ。

 しかしミュウツーは俺達に視線を向けつつも、何故かその視線からは先ほどまでの戦意を感じなくなっているのだ。だから、とりあえずは聞いてみた。

 すると、ミュウが空中を滑りながら寄ってきて……どうやら解説してくれるご様子か。

 

 

「ミュミュ! ミュ、ンミュー♪」

 

「……何て、言ってるのかしら」

 

「あー……」

 

 

 空中をふわふわと漂うミュウのこの感じも、これまたギアナで見たことがある。

 その言葉を口にするのを若干ためらいつつも伝えなければならないだろうと考え、仕方ないので、告げてみる。

 何時ぞやのミュウも見せていたこの仕草は、

 

 

「……戦おう(アソボウ)、だそうだ」

 

 

 ……はぁ、まったく。何もそんな所ばかり(ミュウ)に似なくても良いってのに。

 けどまぁ、仕方があるまい。何しろミュウツーは「戦うために創られた」のだ。ここで製作者側からみて「戦わせるためにどうすれば良いか」となれば、その答えは「戦う事を好きにすれば良い」となってもおかしくはない。つまり元からミュウツーは戦う事こそが遊びで、なによりの楽しみであるという事なんだろーな。

 

 そんな思考を繰り広げている間も、目の前のミュウツーは尻尾をユラユラと揺らしながら、こちらの返答を待っている。

 

 

「しっかし、ふむ。つまりはバトルのお誘いだな」

 

「ミュー……」(重低音)

 

「モンスターボールに入るにしろ、まずは俺達の実力を見せろってか。……となれば街で手当たり次第にバトルを挑んで暴れられるよりは良いし、何で生まれたのかなんて面倒な問題に悩んでいる状況でもないみたいだから、俺達にとっては悪いお誘いじゃあないよな」

 

「成程、ね。ミュウツーは被捕獲率もかなり低い筈。……なら先ずは、私達が勝負に付き合ってあげれば良いということ。……それと、劇場版。私は好きよ」

 

「いや俺も好きだけど……って、どうでもいいな。さて、」

 

 

 ミュウツーと戦う、か。過程と道筋こそ違うものの、元から想定していた結末ではある。……しかし、「違う過程」こそが問題だ。

 戦う事を心から楽しんでいるこのミュウツーは悩んでこそいないものの、このまま放っておいてしまっては手当たり次第勝負を挑みかかっていくだろう。その行動はポケモン1体との勝負から始まり、トレーナー個人、集団、街……と広がっていってしまうとの予想がついてしまう。

 と、すれば。

 

 

「断る理由はあるが、断る道理はないな」

 

「……ミュー」(重低音)

 

「待たせて悪かった。返答はイエスだ」

 

「……ミュー」(不満気)

 

「……ん? あぁ、こんな狭いトコじゃあ満足に戦えないってか。ならどうするかねー」

 

「ミュー」クイッ

 

「向こう、は……海上だな。広いしそれなら被害も出にくい。うし、それで行こう」

 

 

 ミュウツーは、「ふたご島」のある東側を指差していた。

 ミュウツーにとってはただ「戦いやすい」って言うだけのチョイスなんだろうけど、被害が出にくいこと自体は俺にとっても有益だ。『なみのり』はまだ使えないけどダイゴから借りた船の期限が残ってるし、空中戦なら問題ない。

 さらに今ふたご島周辺は野生のポケモンが逃げ出しており、少なくなっているはずだ。それ自体、このポケモンとの勝負に集中するには都合がいいし。

 そう考えてみると、うん。この提案はまったく持って悪くないはずだ。……なら、

 

 

「なら、早速いくK」

 

「……御免なさい、ショウ。私は、申し訳ないのだけど他にやる事が出来たわ」

 

「……ぅえ? 本気で言ってるのか?」

 

「えぇ」

 

 

 俺とミュウツーがやり取りをしている間ずっと黙っていた隣の黒尽くめが、ここにきて衝撃の発言! 俺に1人でコイツと勝負しろと!?

 

 

「ミュー」(寂しげ)

 

「貴方も、期待に沿えずごめんなさい。でも、そろそろ来るの」

 

「何がだ?」

 

「……ショウ、ロケット団よ。なにかしらの変装をなさい」

 

「……あー。もしかして、ボスか」

 

「えぇ、その通り。しかも1人ね」

 

 

 どうやって察知しているのかは知れないが、どうやらサカキが上に来ているらしい。

 ……放棄したと思われる屋敷に1人で戻ってくるというその目的は読めないが、確かに。黒尽くめのミィはともかく、俺がこのままの姿で会っては面倒な事になるだろう。一応面識があるからな。

 

 

「なら、一旦ここで別れるしかないか。サカキは頼んだぞ? 俺は念のために変装してからコイツと遊びに行く。あとはお前の用事が終わったら、トレーナーツールで連絡くれ。どっかで適当に合流しよう」

 

「了解、よ。……それじゃあ」

 

「キュキュ← キュキュ→」

 

「おう、じゃあな。ミィ、レアコイル」

 

 

 俺が変装する間を稼ぐという意味でも、ミュウツーと外へ出る時間が必要だという意味でも、サカキをミィに任せるしかあるまい。

 そう決めたミィの行動は早く、レアコイルと共にすぐさま屋敷の外目指して消えていった様だ。

 

 

「……さて、それじゃあ行くか。ミュウも、外に出るから」

 

「ミューゥ♪」

 

「……ミュー」

 

 《シュンッ!》

 

「うぉ、消えやがったよ」

 

 

 待ちきれないとばかりにミュウツーが外へと飛び出した……の、だろう。その後を追うため、俺も謎のランプが明滅している機械群の中を走り抜けていく。

 

 ……しっかし、俺1人でどうにかなる相手なのかね?

 思ってたよりは確かに、分かりやすいヤツだったけどな。

 

 

 

 

ΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― スッ

 

「……、……」

 

「オマエは……ふ。我が組織をことごとく邪魔してきたという、『黒いお人』か。オレの部下達が世話になっている」

 

「……、」

 

 ―― チャッ

 

「……オレの目的はオマエと戦う事でも、ましてや『アレ』を捕獲する事でもないぞ。それでもやるか?」

 

「……、」

 

「向こうに、夢破れた老人がいる。オマエが、せめて命くらいは助けてやるといい」

 

「……、……」

 

「成程、信用できないか。それも仕方がないだろう」

 

「……貴方の、目的は」

 

「っは。そんなものは決まっている」

 

「……、」

 

「オマエは、『アレ』をみて何を感じた? 恐怖か、威圧感か……成程。それも仕方があるまい。何しろ『アレ』は、強さを極めんと創られたポケモンだ。ヒトにとって脅威であるのは間違いない」

 

「……、」

 

「だがな。オレがそうであった様に、恐らくはオマエもそうだろう」

 

「……、」

 

「そうだ。決まっている。

 

 

 

 

 ……だからこそ、オレは『アレ』とポケモン勝負がしたいのだ」

 

 






 大分書き方を迷いましたが、屋敷内移動を省略せずに原作その通りに書きました。
 また、出来る限りの力を尽くしましたが、その癖、読みづらいことこの上なく仕上がってしまい・・・・・・申し訳ありません。


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Θ54 VSミュウツー①

 

 

 湿った風の吹く夜の海上を、オート運転の船と光るエスパーポケモン2体が交差しながら突き進む。

 なんだか雨でも降ってきそうな雲だがしかし、雨よりも風よりも、目の前に浮かんでいるポケモンの相手をする事こそが最優先事項であろう。

 

 

「……ミュー」

 

 

 《ォ、ン!》

 

 ――《グワァァンッ!!》

 

 

「ミュッ!?」

 

「ミュウ! ……まだ行けるか!?」

 

「ュ、ミュ……ミュゥ!!」

 

「うし、もう少しでふたご島だ! そこまでは耐えてくれ! ……ピジョン、あやしいかぜ!!」

 

「ピ、ピジョ!」

 

 《ヒュォォンッ!》

 

「……! ミュー……」

 

 《ヒィ》――《シュワワンッ!!》

 

「……うっわ。向こうは『じこさいせい』か。リアルにゲームみたいだ、ぞ! っと!」

 

 

 ピジョンが『ねっぷう』と同時にミュウツー対策として習得してきた、『あやしいかぜ』。ミュウツー相手では3回しか使えないが、ゴーストタイプの技であるため、エスパーには効果抜群だ。

 ……しかし必死の思いで与えたダメージもミュウツーにかかっては、HPを半分回復する技『じこさいせい』によって片っ端から回復されていってしまうという、無限ループなのである。

 

 なんて言ってるうちに、また来るし!!

 

 

「ミュー」

 

 《ヒィ》――

 

「なんとも御無体な……ミュウ! すまないが受けてくれ、『まもる』だ!」

 

「ン、ミュー!!」

 

 《《グワシャァンッ!!》》

 

「っく! ……あっぶねぇ!!」

 

 

 船もその余波を受けつつ、……うし。やっとふたご島に着岸出来そうな位置まで来れた!

 なにせ、ふたご島につきさえすればニドクインも戦闘に参加させることができるからな。流石にミュウツー相手じゃあ2対1の数が有利な状況でも、キツいものがあるんで。

 そう考え、……まずは島に着地しておくべきか。

 

 

「船はオートで向こう岸に周回しておいて……よっと! うっし、頼んだニドクイン!」

 

 《ボウン!》

 

「とりあえず冷凍ビームで!!」

 

「ギャウ!」コクン

 

「そんでピジョンは一旦戻ってくれ!」

 

「ピィ、ジョ!!」

 

 

 言いつつ、高速でUターンして来てくれたピジョンはボールに戻す。これで、ミュウとピジョンを回復させるだけの時間は稼げるか。ならミュウも一旦戻して……

 

 ―― 、

 

「(ん?)」

 

 なんて風に考えていた矢先。後ろから足音と共に人の気配を感じ、慌てて振り向いてみる事にする。……って、おお。このお人は、

 

 

「お困りね? アナタ。確かに相手も強いみたいだけれど」

 

「……いえ、」

 

 

 後ろの砂浜に開いた洞窟の入口から、1人の女性が姿を現していた。この人は以前もこの島で出合ったことのある、

 

 

「……あー……カンナさん、何故ここにいらっしゃるので?」

 

「わたしの事を知ってくれているのは光栄ね。ここはわたしの修行場所なのよ。最近はこの辺りのポケモン達が怯えているから、定期的にパトロールしていたの」

 

 

 カンナさんの御光臨であった!

 そんなカンナさんは腕を組みつつこちらへと近寄ってきて、俺を上から覗き込む。

 

 

「……それよりも、アナタみたいな女の子が今の時期にこんな孤島まで来るから何をしているかと思えば……」

 

「……」

 

「アナタ。今はこの、四天王カンナの手助けが必要じゃないかしら?」

 

 

 こちらへと手を差し出してくれるカンナさん。だが……さて。そんなことよりまずは、違和感にお気づきだろうか。

 

 ―― 会ったことがあるのに、この話し様。

 

 ―― ついでに台詞中の「女の子」発言。

 

 

「手伝ってくれるなら『あたし』としては、非常にありがたいのですが。……本当に? 相手はアレですよ?」

 

「この島を荒らされるのは本意ではないわ。それに、もうすぐ嵐が来そうな風だし……今はただ、わたしだけに出来る事……アナタを助けるとしましょう。ね?」

 

 

 

 ……スイマセン。

 

 ―― カンナさんの凄い良い台詞を(脳内では)ぶち壊して申し訳ないんですが、俺は只今、女装中なのでしたっ!!

 

 

 

 いや、だってさ。対ミュウツーにおいてはミュウが1番の戦力であるため、変装が使えないんだ。となれば、俺はこないだミィと交換したメタモンに頼るしかない訳なんだが……メタモンは交換したばかりにつきバリエーションが少ないのだ。そこで、ミュウが『へんしん』した女装セットを目の前に、メタモンを『へんしん』させたという次第。

 (『へんしん』した相手に『へんしん』するのも、無機物相手ならどうにかなるみたいだったんで)

 

「(いやいや。普通は変装のレパートリーなんてそんなに持たないからな! あのゴスロリ幼馴染は別だけどっ!!)」

 

 急場での変装だったんで、これしかちゃんとしたのを用意できなかったんだよ。

 ……愚策過ぎるけど! でもってこんな場所で人と逢うのも想定外っ!!

 

 まぁ、それはいいか。対ロケット団のボス遭遇で変装をしたんだし、いつかのオツキミ山事変での事もあるから、このチョイスも間違いではあるまいと信じたい。

 

 …………ついでに言えば、最近は女装頻度が上がっているために感覚が麻痺しているだなんていう指摘は、心苦しくも甘んじて受けるしかないなぁ。客観的に。

 

 なんて、まぁ俺の女装はどうでもいいんだ。残念な事に慣れてしまったからな。

 ここでカンナさんが助力してくれるとの申し出こそが今は重要だろう。申し出自体はありがたいし、断って負けてしまっては元も子もない。ここは素直に、力を借りたい場面か。

 

 

「……なら、お願いしますカンナさん。ミュウ、戻って!」

 

「……ミュー!!」

 

「その頼み、引き受けます。行きなさい……波間を舞え、ラプラス! 氷空を呼べ、シュゴン!」

 

「クォオン!!」「ジュゴォ~ン♪」

 

「標的はあの浮いている白いポケモンよ! ジュゴン、『あられ』! ラプラス、『ふぶき』!」

 

「~ゴォンッ♪」

 

 

 《―― コツ。―― コツ、コツッ》

 

 

「……。……ミュー」

 

 

 霰の降り出した海域で、ミュウツーが宙に浮きつつもさらに空高くを見上げ。次いで増えたカンナさんのポケモン達を見て、「かかって来い」とでも言うようにプレッシャーを放つ。どうやら乱入者ドンと来いってなご様子だな。

 

 

「……なによ、あのプレッシャー。半端ないわね」

 

「アイツは強いですよ。くれぐれも御用心を」

 

 

 俺はミュウを手元で回復しつつ、ミュウツーも見上げた曇天の夜空からはジュゴンの『あられ』によって霰(あられ)が降り出している。それにラプラスは必中『ふぶき』か……ならば!

 

 

「そんなら、ニドクインも『ふぶき』で!!」

 

「ギャウ! ――スゥ、」

 

 

「ミュー……?」

 

 

 突然動きが止まったニドクインに反応し、ミュウツーも一瞬動きが止まる。その一瞬を逃さず、ラプラスと同時に!

 

 

「ここで!」「ここよっ!!」

 

「ギャウゥァッ!!」「クゥ、オォ!!」

 

 

 《《コォォォォォーッ!!》》

 

 

「……ミュー」スッ

 

 

 視界いっぱい空いっぱいに、2体から吐き出された『ふぶき』が広がる。

 それを向かい打つミュウツーは……って、うぉぉ!?

 

 

「ゥ、ュー!!」

 

 

 ――《ズワァッ》――

 

 

「ギャウ!?」「クォオン!?」

 

「吹雪を、裂いたのッ!?」

 

「『サイコキネシス』……かな? いずれにせよ強力なエスパー能力ですね。あたしも流石に、ああして防御に使われるのは初めてみました」

 

 

 ……ただし、今のを防がれるとなると……

 

 

「……ひとまずは置いときましょう。とりあえず、カンナさん」

 

「何?」

 

「ふたご島を荒らしたくはないんですよね? だったら、既に向こう岸に船を周してあります。それに乗って海上で戦いましょう」

 

「……そうします。あんな技をこの島で使い続けられたら、たまったもんじゃあないわよ」

 

 

 よしよし。そんじゃあ戦いの舞台を海上に移すために、攻撃を受け流しつつ船まで急ぎますか!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 今度も波間を船で移動しつつ、先を飛ぶミュウツーと戦闘。ミュウツーはミュウをメインに相手取って戦闘をしており、他のポケモンがそれを補助または追撃しているという状況が続いているな。

 因みに船の上から手持ちポケモン達へと指示を出すカンナさんは、こころなしかテンション高めなご様子。

 

「ミュゥーゥ!!」

 

「ミュー」

 

 《《ォ、オンッ!!》》

 

「ヤドラン、『どわすれ』!! ラプラス、縦になぎ払う『れいとうビーム』よ!」

 

「……ヤァン?」「クォオン!!」

 

 《コォォッ》――《ピシィン!》

 

「クチート! 氷の上を走って近づいたら、『うそなき』!! ミュウはそのまま……からの、『れいとうビーム』で!」

 

「クチッ ガチ、ガチ!」「ミュミュ!!」

 

 

 クチートは後頭部の大顎をガチガチと鳴らしながらラプラスによって作り出された氷の足場を駆け、ミュウツーの真下に入り、特防を低下させる技『うそなき』を繰り出す。カンナさん的にも、特殊攻撃が戦いの中心になっているからな。下げるのであれば今のうちだろう。

 そして今度は下がった特防を活かすため、ミュウからの『れいとうビーム』。ビームはミュウツーに当たるものの、凍っては……

 

 

「……ミュー」

 

「……くれないよね。うん、ミュウ……そのまま! 攻撃来るよ!」

 

「ラプラス、今のうちよ! 戻って! ヤドランはもう1度、『どわすれ』!」

 

「クォッ!」「……ヤァン?」

 

 

 カンナさんは長期戦に備え、『どわすれ』を積んだヤドランを主軸におく積もりみたいだ。

 

「(となれば、カンナさんの手持ちの能力も把握しておきたい所か。……そんなら)」

 

 そう考えて手元でポケモン図鑑を開き、久しぶりのレベルチェック機能を使うことに。

 ……今までは別の地方にいたからなぁ。殆どカントーのポケモンにしか対応していない今のポケモン図鑑じゃあ、レベルチェック機能を使う機会が少なかったのは、仕方がない部分か。

 そんでもってチェックが終わった図鑑を見てみると、カンナさんのラプラスはLV45、ジュゴンはLV40というこの時代においては高レベルな感じに纏まっていたり。おー、流石は四天王だな。

 

「(とはいえ、ミュウツー相手じゃあ心許(こころもと)ないか?)」

 

 ゲームでハナダの洞窟に潜んでいたミュウツーは、レベル70だったはず。それと大差ないレベルであると仮定すると、種族値的にも俺たちのポケモンは1~2回攻撃を浴びればHPが危ないラインまで持っていかれてしまうだろう。下手をすれば一撃だ。だからこそ俺も鋼タイプでありエスパー攻撃を半減できるクチートを出して戦闘しているんだが……

 

 

「クチート、まだいける?」

 

「チィ! ガチン!」

 

「どもです! ならクチートは、もう1度『うそなき』です!!」

 

「クチィー……」

 

 

 戦えるかとの問いに、ポニーテールな大顎を鳴らして元気に応えてくれるクチート。

 因みにミュウツーは何かの力で浮いている。となれば直接攻撃技しか持たない俺のクチートは攻撃技を当てる事が難しいため、こうしてサポートに徹してもらっているのだ。一応『れいとうビーム』の技マシンはあるが、今回は練習しておく期間が短かすぎたからなぁ。ついこないだまで「そらのはしら」の野生ポケモンだったクチートは(どうやら俺の事を気に入ってくれているらしいため、大分時間は短縮出来たものの)多くの時間が俺とのコンビネーション訓練に費やされたのだった。

 

 ……ただし技に関する訓練が遅れていたとはいえ、クチートがいたのは「そらのはしら」だという事を忘れてはいけない。

 

 「そらのはしら」はゲームにおける隠しダンジョンだっただけあり、ゲームの時よりは野生ポケモン達のレベルも落ち着いてはいたものの、その平均レベルは俺の手持ちと比べても見劣りしなかっただろうと思う。これは、戦ってみたうえでの予想だけどな。

 さて。そんな「そらのはしら」にいたクチートは、努力値こそ入ってはいないものの「レベルそのもの」は俺の手持ちと比べても遜色ない ―― つまりは、即戦力となってくれるレベルだったという訳だ!

 

「(ゲームではあまり使わない戦略だったけど……事ここに至っては、非常にありがたい!)」

 

 色々と違うこの世界において、野生即メンバーというのは非常に難しい。今回俺に「着いて来てくれた」このクチートだからこそ、こうして戦力として扱うことが出来ているが……普通であればすぐに実践投入とはいかないはずだ。

 

 ……と!!

 

 

「ミュー」

 

 《ズ、》

 

「……!? 来るわラプラス!!」

 

「クォォォ!!!」

 

 

 《《グワ、ァアン!!》》

 

 

 カンナさんからの注意がなされた、直後。空間の歪みはラプラスへと迫り、

 

 

 ――《ドッ、》

 

 ――――《バシャッ、》

 

 ――――――《ドバシャァン!!》

 

 

「……ク、ォ」

 

「ラプラス、ラプラス!! ……戦える!?」

 

「ォォ、クォン!!」

 

 

 200キロを超えるはずのラプラスの巨体を吹き飛ばし、海上を3バウンドさせるというトンデモ現象を引き起こした。

 ……だというに、吹き飛ばされたはずのラプラスも未だ戦闘続行の意思を失ってはいないとかいう。いや確かに、ラプラスの特殊防御は高めだけども。

 

 ……あー……本当に大丈夫なんだよな?

 

 

「ラプラス、だいじょぶでしたか?」

 

「いけるわ。むしろわたしがラプラスに、『そんなにやわじゃない』って怒られちゃった」

 

「……ありがとございます。しかし、遂にミュウツーの攻撃の矛先が周りに向いてきましたね」

 

「そうね。今まではアナタのあの白い……ミュウ、だったかしら? あのポケモンに攻撃が集中していたけど……」

 

「あー……アレ……ミュウツーが、あたしだけでなくカンナさんも相手として認めた、ってな具合だと思うです」

 

「それはまた……光栄なことね」

 

 

 カンナさんが言葉とは裏腹に、苦々しげな表情を浮かべる。

 さて。ここまで戦ってみての……これは俺の予想なんだが……ミュウツーは戦い方を「試しながら」戦っていると思う。

 なにせ生まれたてだし、さっきからの戦いの様子を見ていても非常に楽しそうだし。となれば、ここから先はますます「慣れた戦い」を繰り広げる羽目になる可能性が、多大にあるんだろうなぁ。

 ……うーん……

 

 

「……ねぇ、アナタ」

 

「―― でもなぁ。だからっつっても、」

 

「ねぇ! アナタ!!」

 

「……あ、はい。あたしですよねスイマセン」

 

 

 そんな今後に関しての思考を纏めていた俺に、カンナさんからお声がかかっていたようだな。

 カンナさんは波に揺られる船の上の先頭に立ちながら何事か緊張した面持ちで、

 

 

「ここからなら数十分でセキチクシティに着くわ。……アナタは先にポケモンセンターに行って、回復していなさい!」

 

「ふぇ!?」

 

「ふぇ、じゃないわよまったく。……アナタは、ふたご島より前からあのポケモンと戦ってきたんでしょう? だとすれば、体力の減り以上に『疲れ』がある筈だわ。……ただの回復薬(きずぐすり)じゃあ戻せない、ね」

 

「まぁ、そうかも知れませんが」

 

 

 確かに「ふたご島」はその西にグレン島、北にセキチクシティという配置にある島だ。そのグレン側ではないほうの岸から船に乗ったからには、この船は先にあるセキチクシティにたどり着くだろう。

 ……申し出自体は非常にありがたい。が、カンナさん1人を置いて行く訳にも……

 

 

「わたしだけであれば、ジュゴンに乗りながら海上を広く使った戦法を取れるわ。それにこのままだと……2人とも、やられるわよね?」

 

「……」

 

「無言は肯定ととります。……でも、心配は要らないわ。あのポケモン、戦いが好きだって言うのは伝わってくる。となれば、負けたって酷いことにはならないと思うわよ? この辺りの野生ポケモンは逃げ出してしまっているから、野生ポケモンに襲われる心配も殆どないはず」

 

「……それなら、あたしだって」

 

「あら。見た限りトレーナー資格も持っていない年齢のお嬢ちゃんが何を言っているのかしら?」

 

「……うは! あたし、お嬢ちゃんですかっ!?」

 

「それが嫌ならガキンチョになるけれどね……さて、」

 

 《ボウン!》

 

「ジュラァ!」

 

「ルージュラ! 手伝って頂戴!」

 

「あ、カンナさん!!」

 

 

 目の前でカンナさんが船から飛び降り、ルージュラの作り出した氷の上に乗る。するとすぐさまジュゴンが戻って来て、今度はその背に。

 

 

「カンナさん!!」

 

「……そう。アタシは、四天王のカンナよ? アナタみたいなお嬢ちゃんにくらい、格好をつけさせて頂戴。……ルージュラ!」

 

「ルゥ、ジュラッ!!」

 

 ―― カチッ

 

 《ドド、ドドドドドッ》

 

 

 船のエンジンが勝手に……じゃない! ルージュラのエスパー能力か!!

 オート航行なのが関係してか、エンジンが切れないし……うわ。だからさっき、コンソール近くに立ってたのか!?

 

 

「カンナさんっ、ですが!!」

 

 

 エンジンがかかった船と俺は動き出し、カンナさんから遠ざかっていく。俺は『なみのり』できるポケモン持っていないし……回復が必要なのも確かではある、けど!

 

 

「名前」

 

「え!?」

 

「アナタの名前。こっちばかり知らないのは、不公平じゃない? ……今度アナタと会った時に、教えてもらうからね!」

 

 

 カンナさんが何かのフラグにも思える台詞と共に1人でミュウツーの進行ルートに立ち塞がると、ミュウツーの戦意(プレッシャー)の矛先が、俺から外れるのが判ってしまう。

 そして遠ざかっていくこの船にはクチートを抱えたミュウが飛んできており……なら、せめて。

 

 

「……カンナさん、お願いします!!」

 

 

 大声で、俺の願いを叫んでおく。

 

 遠くでカンナさんがグッと手を挙げるのが視界に移り、

 

 そのまま嵐を予感させる荒れた波間に、吸い込まれていった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 ―― Side カンナ

 

 

 全く。あのお嬢ちゃんは……

 

 

「いつかのボウヤと同じく、あの年であの実力だなんて!!」

 

 

 目の前の規格外なポケモンと戦いながら、1人で愚痴ってしまう。

 いつかのボウヤ……ショウは、わたしの姉弟子であり実力的にも拮抗していたプリムに勝利したらしい。となれば、わたしもあの少年に負けてしまってもおかしくはない。

 そう考えて修行を繰り返していたわたしが洞窟から出てみると、あの少年くらいの年にみえる少女が、強大なエスパー能力を振りかざすポケモンと対峙していたのだ。

 

 

「しかも、……あ、ラプラスッ!?」

 

 《グワァァン!!》

 

「ク、ォォ……」

 

 ――《バシャン》

 

「戻って、ラプラス!! ……ジュゴン! 時間を稼いで……あ!?」

 

 《グニャッ!》

 

「ジュゴォ~ン!?」

 

 

 あの少女と別れてから、悠に1時間は過ぎている。一緒に戦っていたときより、目の前のポケモン……ミュウツーとか言ったか……は「こなれた」戦いをしてくるようになっていた。

 わたしはジュゴンも手元に戻し、これであとは回復するまでルージュラとヤドランに頼るしかない状況だ。けど、

 

「(ヤドランは『どわすれ』を積んでいるし、効果いまひとつなのよ)」

 

 ミュウツーの攻撃の主軸は、遠距離エスパー技。とすればわたしのヤドランにはそもそも効果はいまひとつだし、『ドわすれ』はああいった手合いの技に対しての防御力をあげられる。

 このヤドランがいるおかげで、「わたし1人でも」ここまでも耐えることが出来ているのだ。

 

 

「……ヤドラン、ルージュラの前に!」

 

「ヤァン?」

 

 

 とぼけた声を出しながらも、ルージュラの前でミュウツーからの攻撃に備えるヤドラン。

 ミュウツーは空中で手を振り、こちら(多分ヤドランかしら)を指差す。そして今度は、指差した腕を自らの頭に手を沿え……来る!!

 

 

「……ミュー、ミュー」

 

 《スゥ》

 

「……空振り?」

 

 

 しかし今回は、今までは鳴っていた「空間を割ってしまったかの様なあの轟音」が響かなかった。

 ……もしかして、疲れてるのかしら。なら、これはチャンス!!

 

 

「お願い、ラプラス! ジュゴン! もう1匹、ジュゴン!」

 

 《ボボウン!》

 

「ク、ォォ!」「「ジュ~ゴ~ン♪」」

 

「ジュゴン、もう1度『あられ』!」

 

 

 「あのお嬢ちゃん」は、多数のポケモンに指示を出すのに非常に慣れていた。それこそ回復のタイミングから……悔しいけれどポケモンリーグの1対1ルールに染まっているせいで多数での戦闘には慣れていない、「わたしのフォロー」にまでね。

 けど、そんなわたしでも今一斉に攻撃するならば、あのミュウツーとか言うのにも攻撃が届くかもしれない……そう考えて全てのポケモンを繰り出し、下準備として『あられ』を指示する。

 

 

 ――《コツ、コツッ!》

 

 

 明るくなり始めた灰色の空から、氷の粒が降り出した。よし、次は……

 

 

 ―― ブォン

 

 

「…………え?」

 

 

 思わず宙を仰ぐ。

 空中に浮かぶミュウツーから響く、明らかに超常的なチカラで発せられた音。

 その右腕には、あのポケモンの強大な力が一点に込められた――

 

 ――『不可視(サイコ)の刃(カッター)』が構えられていた。

 

 

「……直接攻撃ッ!?」

 

「ミュー」

 

 

 《シュンッ》

 

 ――《ズバンッ!》

 

 

「ヤァン? ――、」

 

 《バシャ、ドバッ!!》

 

 

 《シュンッ》

 

 ――《ズバンッ!!》

 

 

「!! ジュゴォ~……」

 

 《バシャッ》

 

「あぁ、ジュゴン! ヤドラン!!」

 

「……ヤァンッ?」

 

「……ォ~ン……」

 

 

 一瞬で移動してきたミュウツーが2度その刃を振るうと、ヤドランは吹き飛ばされ、ジュゴンは吹き飛ばされた先から動けない。

 わたしはジュゴンをボールに戻し、……けど、ヤドランは耐えてくれたわ! なら、これでッ!!

 

 

「あなたがどんな技を使おうとも、これで終わらせる! みんな! 残りのチカラを全て振り絞って頂戴! ……『ふぶき』よ!」

 

「クォ!」「ヤァン」「ゴォン♪」「ジュラジュラ!!」

 

 

「ミュー」

 

 

「いき、なさいッ!!!!」

 

 《《スゥ》》

 

 ――《《コォォォォォッ!!》》

 

 

 先ほどあのお嬢ちゃんと放った『ふぶき』よりも更に真っ白な一点の染みもない白が、ミュウツーへと迫る。

 さながらホワイトアウトのようなその現象は、凄まじい勢いと共にミュウツーを包み込んだ。そのまま空へと吹き荒(すさ)ぶと、

 

 ―― 嵐を予感させる灰色の雲をも引き裂いて、朝の日差しを差し込ませた。

 

 

「……」

 

 

 宙に浮かぶミュウツーが、差し込んだ日の光のカーテンに照らされている。流石に氷漬けになっているわ……

 

 

 ―― ピシィ

 

 

「……え?」

 

 

 ―― パキャァアンッ

 

 

「……ミュー」

 

 《ヒィィ――ン》

 

 

 氷を割り中から出てきた白色の体が、わたしの絶望と共に光のカーテンに照らされた。

 事もなく氷を割って見せたその姿は、何か……そう。「神秘のベールによって守られて」でもいるようだ。

 しかもその身体には傷1つない。あの少女がいる間に2、3度使っていた回復技を使用した様子もないというのに、だ。……先ほどまでのヤドランの硬さをコピーでもされたのかしら。そうでも考えないと、やっていられない。

 

 

「……わたしの手持ち、全員の『ふぶき』が直撃したのに……」

 

 

 みんなも海の上から唖然とした表情で見つめている。

 その視線を一身に集めているミュウツーは、

 

 光に照らされ、

 自らも超常的な燐光を纏い、

 神々しいようなオーラと、

 相手にすら畏敬をも抱かせる『プレッシャー』を兼ね備え、

 

 終いには空中に……

 

 

『さっきのわたし達の吹雪に負けないくらい空いっぱいの、空間の歪みを携えて』

 

 

 ……浮かびあがった。

 

 

「ミュー」

 

「……あははッ!!」

 

 

 思わず、笑う。

 

 

「……やって、やるわよ!!」

 

 

 歪んだ空間と共にミュウツーが腕をかざすと、やっとの事で繰り出した攻撃によって作られた……日が差し込む雲間すら閉じることとなる。

 再び訪れるのは灰色の空と、薄暗い夜明け前にみられる藍色の闇。

 

 

「四天王、なめんじゃあ……ないわッ!! 凍らせて、動けなくしてやるわよッ!!」

 

 

 この光景を目の前に、既にわたしの目的は「時間を稼ぐこと」にシフトしてしまった。

 けれど、後悔はない。

 自分の全力を尽くせるのが、そして全力を尽くしても届かないのが……こんなにも「嬉しい」とは、思わなかったから。

 

 

 《《《グワァアァァァァ……》》》

 

 

 わたしは目の前の一面歪んだ、頭の割れそうな音を放つ空に向かって、立ち向かう様に叫ぶ。

 

 

「いきますッ! ……ジュゴン、空高く『なみのり』! ヤドランは『サイコキネシス』でジュゴンを支援! ラプラスとルージュラは、『ふぶき』!」

 

「クゥ、ォォッー!」

 

「ジュ、ラララァッー!」

 

「ゴォォ~ンッ」

 

「……ヤァン?」

 

 

 《ザバァッ!!》

 

 《――ィン》

 

 《《コォォォォッ!!》》

 

 

 エスパー技で信じられないほど高くまで競り上がった波がミュウツーを襲い、同時に、白い吹雪が迫っていく。

 

 

「……! ミュー」

 

 

 ミュウツーがその両手をこちらに向けて振るうと歪んだ空は一斉に崩れ落ち、

 

 

 《《ドババババッ、》》

 

 

 波間は割れ、水柱は空高く上がり、

 

 

 ――《《  ッォオ  》》

 

 

 遠浅になっているとはいえ、ふたご島周辺の海底までが露出し、

 

 

 ――《《ドッパァァァンッ!!》》

 

 

 ポケモン達はわたしもろとも吹き飛ぶこととなった。

 

 

 

 ……、

 

 …………。

 

 

 

「……っあ……。……ぅ」

 

 

 声が出ない。

 背中が冷たい。

 おそらくは先ほどまでわたしが立っていた、氷の上に寝ているのだろう。

 

 

「……あ、いつ……は?」

 

 

 足止めを、しなきゃ……いけない。

 いや、わたしが足止めをしたかった、はずだ。

 

 

「……ぅ」

 

 

 重い体を引きずり、顔を動かす。

 まず見えるのは、相変わらず灰色の空。そして、相変わらず高い波。

 そして、その波間に「そびえ立つ」のは、

 

 

「……ぁ、は」

 

 

 『なみのり』と『サイコキネシス』で高くまで上がった波が『ふぶき』によって氷漬けられ、あのポケモンを包み込んでいる。

 今度こそ、氷漬けにしてやった……わね。

 

 

「……凍らせるって、とっても……強力、よ。だって、凍っちゃったら……ぜんぜん動けないん、……だもの……」

 

 

 それこそ、時間稼ぎには。……最適、なのよ。

 わたしの作戦の成功を見届けると、気が抜け、意識がブラックアウトする。

 

「(……ぁ、)」

 

 ずるっと体が氷から落ち、

 

 

 ―― ドサッ

 

「クォ、ォォッ!!」

 

 

 ……何か暖かいものに、拾われた気がした。

 

 






 ここまではにじファン投稿分でした。
 ところどころ、手直しされております。


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Θ55 VSミュウツー②

 

 俺が独りセキチクシティについてから1時間半ほど経った頃。

 ポケモンの完全回復を待つ間にこうして海際に立ち、カンナさんの残った方角を見ているんだが……

 

 《――バシャァァンッ!》

 

 そんな俺の目には空いっぱいに空間が歪み、20メートルほどの水柱が上がったのが映ってしまってだな……と、つーかさ。

 

 

「アレに巻き込まれたカンナさんは、ホントに無事なのか?」

 

 

 20メートルて……などと思うものの、その原因たるポケモンの力ならば出来るのだろうと思い直す事にする。思い直し、次いで。

 

 

「……さて。津波が来るか」

 

 

 あんな量の水が巻き上げられたのだ。その余波は、少なくともセキチクシティには届いてしまうに違いない。

 

 

「どうやって防いだものかねー……」

 

 

 手元にあるトレーナーツールで、この街のジムリーダーであるキョウさんへの連絡の文面を作りながら考える。

 俺の手持ち……『そらをとぶ』使えないしなぁ。あと、津波を水やらエスパーポケモンの力で押し返せれば防げるのかもしれないけど、それが出来そうだったカンナさんが向こうに残ってしまっているというどうしようもない状況だ。

 

 

「それに、ミュウツーが負けていなかったら……いや、負けてないんだろうな。なにせ ――

 

 《ヒュゴォォッ!》

 

 ―― んん?」

 

 

 脳内思考を続ける俺の真上を、大きな音をたてて1体の大型ポケモンが飛んで行く。思わず見上げると、飛んでいったポケモンは遥か先の海上で一旦停止した。

 さて。所要16時間で地球を1周しそうな巨体のポケモンとその主は、

 

 

「カイリュー! 『はかいこうせん』!!」

 

「リュー!」

 

 《ズビッ》――《ズドドドドドッ!!!》

 

「……うっわぁ……」

 

 

 遥か向こうから迫り来る津波による海鳴りを、黒いビームの1薙ぎで黙らせたのだった。

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 

「ファファファ、ショウ。各街への連絡と避難は任せておくが良い。拙者が伝達を引き受けよう」

 

「お願いします、キョウさん」

 

 

 セキチクシティのポケモンセンターにて。

 俺はキョウさんと打ち合わせをしつつ回復したポケモン達を受け取り、モンスターボールを腰へと付け直す。因みに、女装そのままでは知り合いだと気付かれないんでメタモンと共にキャストオフ中だ。

 

 

「それにしても、ワタルさんが来てくれて助かりました」

 

「ふむ。ワタル、か。つい先週、拙者のジムにも来ていたが……まっこと、凄まじい実力よの」

 

 

 先ほど津波を黙らせてくれたワタルはどうやら、博士から連絡を受けて俺の救援に来てくれたという流れだったらしい。恐らくはミィを通しての救援なのだろう。となれば、アイツとの合流も視野に入れておきたい場面か。

 そして意気揚々とミュウツーの相手を買って出てくれたワタルは現在、戦闘の舞台を海上から……セキチクから西北のタマムシへと伸びる海上通路、「サイクリングロード」へと移している。

 

 

「まぁ、ワタルさんは竜の里1番の実力者らしいですからね。……それより、俺も準備は終わりました。先へ向かいますよ」

 

「もう行くのか?」

 

「はい、お世話になりました。……キョウさんは予定通り、各街への通信をお願いします。それじゃあ」

 

 

 白いモンスターボール6つを腰につけ、バッグを肩から下げ、セキチクシティにあるポケモンセンターのエントランスを飛び出す。

 ……と、その前にだな。振り向き様で申し訳ないけど、

 

 

「連絡もそうですが、カンナさんもよろしくお願いしますね!」

 

 

 気を失ったカンナさんはついさっき、ラプラスがその背に乗せて連れてきてくれていた。

 ……そう。ポケモンは「ひんし」状態になっていようが、行動不能になるわけじゃあない。秘伝技は使えるし、逃げるだけの余力は残している。ただ勿論、セキチクまでの距離を移動するというのは大変だったと思うが。

 まぁつまり。カンナさんのラプラスは文字通り精根尽きた状態であろうとも、自らのトレーナーを背に乗せセキチクまでを泳ぎきってくれたという次第なのだ。

 

 そうして振り返りつつも感謝の念を伝えつつ更なる仕事を突きつけるなんていう忙(せわ)しない俺へ、キョウさんは呆れつつもエールを送ってくれる。

 

 

「ファ、ファ! 安心せよ、ショウ! 現在の忍者たるもの、むしろ人命救助と人々を守る事にこそ力を入れているのだ!! 心してポケモンバトルをすると良い!」

 

 

 横目に入るポケモンセンターのTVには、『野生ポケモン達が逃走を始めている』『謎のポケモン、セキチク上空に出現』との緊急ニューステロップが踊っている。セキチク周辺、タマムシ周辺のポケモン達はミュウツーの飛来を敏感に察知し、既に逃走を開始しているらしい

 けどこんな状況だからこそ、俺と直接話をしたことで状況を理解出来ているキョウさんに、連絡やカンナさんを任せるべきだと思うんだ。

 

 

「それでは、キョウさん!」

 

 

 手を振り、今度こそ振り返りはしない。

 

 

「……んじゃ、行こうか!」

 

 ―― カタカタ、カタタッ!!

 

 

 今からサイクリングロードを追いかけていても、北上するミュウツーとワタルの戦闘には追いつけないだろう。となれば、先回りで……目指すはタマムシシティとヤマブキシティ辺りか。サファリパークを直線距離で突っ切れば、何とか追いつけそうではあるし。

 

 さぁ、第二ラウンドのための準備を開始だな!

 

 

 

 

 

 ―― サイクリングロード

 

 

 今はまだは盛大に土だらけのオフロード仕様でありゲームの時ほど整備されてはいない……海沿いの直線路。

 景色は十分に良い筈なのだが、辺りを包む空気と暗雲立ち込めた空によって、言い知れぬ不安を抱かせる風景となっている。

 

 

「カイリュー、『はかいこうせん』! プテラ、『いわなだれ』!」

 

「ミュー」

 

 

 カンナとの戦闘において『じこあんじ』を使用しヤドランの『ドわすれ』をコピー。また自らも『バリアー』を積んだ結果として得た凄まじい防御力によって、カイリューの『はかいこうせん』のみならずプテラの『いわなだれ』をも「全く動じず」受けきるミュウツー。

 

 

 ――《シュウウンッ!!》

 

 

 そしてミュウツーはまたも『じこさいせい』で回復。カイリューの背に乗りながらサイクリングロードをタマムシ方面へと逆のぼるワタルは、呆れ顔を浮かべた。

 

 

「……この攻防に果てはあるのかな」

 

 

 言いつつ、ワタルは思う。これでも目の前のポケモンとは対等でない、と。

 目の前に浮かぶこのポケモンが先ほどまで、ショウやその仲間である少女と戦っていたのは、ミィから聞いた話で知っている。しかしながら、……ショウの実力は人伝いに聞いているものの……自分のポケモン2体を相手に悠然とバトルを繰り広げるこのポケモンは、規格外であったのだ。

 

 

「それでもやるしかない。……バッジ集めも終わった所だし、オレはもっと強くならなくちゃあいけないんだ」

 

 

 これは所謂、心がけ。

 ポケモンリーグにおけるチャンピオンはただ単に強さというだけでなく、他にも認められる「何か」が必要になる。

 それは「求心力」であったり「求道心」であったり、「意志の強さ」であったり「美しさ」であったり。

 ワタルはその「何か」を「強さ」と、とりあえずは称し、ポケモンリーグチャンピオンこそがそれを持たなければと考えているのだ。

 

 

「―― だから、オレは……。……っ!?」

 

 

 そうしてカイリューの背に乗るワタルだったが、サイクリングロードの中心に座り込む1つの人影をその目に捉える。

 

 

「キミ! 危ないぞ!!」

 

 

 思わず声をかける。

 しかし目の前で強大なポケモン2体が戦闘を繰り広げていようと動じず、また巨竜に乗るワタルから声をかけられようが不動の男。

 

 ―― 地面に胡坐をかき、半裸で、しかし目はしっかり見開いている。

 

 その男は腰からモンスターボールを取り、ミュウツーの浮かぶ空へと突きつける。

 ワタルはその背格好、そして何よりその構えに見覚えがあった。

 

 

「……シバなのか!?」

 

「ああ。助太刀しよう、ワタル!」

 

 

 ついこの間、7番目のジムとしてヤマブキジムに挑んだ際。ワタルは隣の格闘道場でカラテ大王と一緒に訓練している凄腕トレーナーの話を耳にし、そのトレーナー……ホウエン地方から武者修行にやってきたこの男シバと、凄絶なバトルを繰り広げていたのだ。

 ワタルは考える。

 タイプ相性で考えればシバのポケモンは目の前の「コイツ」には相性が悪い。が、この数ヶ月カントー地方を旅したおかげでカントー地方のトレーナーのレベルも大体は把握しており……その中でもトップクラスのトレーナーであるシバの協力が得られるなら、それに越した事はない。

 ならば、

 

 

「頼む、手伝ってくれ! シバ!!」

 

「元よりそのつもりだ。……目の前の強者を前にしては、な!」

 

 

 シバは立ち上がり、目標をその目に捉えるとボールを投げ出す。追うワタルと立ちはだかるシバで、ミュウツーに対して挟み撃ちを仕掛けようとの試みだ。

 

 

「行け、カイリキー!!」

 

 《ボウン!》

 

「……ウー、ハー!! 『ちきゅうなげ』!!」

 

「リキィッ!!」

 

「カイリュー、叩きつける! プテラ、噛み砕く!!」

 

「リュー……ゥ」「グワォォンッ!」

 

 

 同時に3匹のポケモンが、地上2メートル辺りに浮かんだミュウツーへと飛びかかる。だが、

 

 

 《《ガガ、キィンッ!》》

 

 ――《ズドォォンッ》

 

 

 『バリアー』によって、物理攻撃2発は甲高い金属音をたてて弾かれる。その後にはカイリキーの『ちきゅうなげ』で地面に叩きつけられるのだが、

 

 

 ――《フゥッ》

 

「……ミュー」

 

 

 ミュウツーは再び、苦もなく宙へと浮かび直してしまった。

 

 

「さっきから手ごたえがないね。どれだけの強さなんだ、このポケモンは。底が見えないぞ」

 

「……オレ達のポケモンの攻撃を弾いたのは、コイツの纏っている光か。それにしても硬過ぎるが……む。来るぞ、ワタル」

 

 

 全てを受けきったミュウツーの反撃。

 空に手をかざすと、一面に歪みが現われ……

 

 

 《ヴヴヴ、ゥン》

 

 

 今度の攻撃は、ワタルのカイリューが受けていた先ほどまでのエスパー攻撃と違って、頭に「響いてこない」。

 それでも空気が震えているのは、物理的な振動によるものか。

 

 

「来るぞカイリュー! プテラ!」

 

「リュウ、リュー!」「グァァァン!!」

 

「可能な限り直撃を避けろ、カイリキー!」

 

「リキリキィ!」

 

 

 2人とそのポケモン達が共に、灰色の空に浮かぶ歪みへと立ち向かってみせる。

 しかしその歪みは段々と発光し……いつしかミュウツーの尻尾のそれと同じ、「紫色の光」となっていた。

 

 

 ――《ゥヴヴッ、ズズゥッ!!》

 

 

「……、……!!」

 

「……これは……」

 

 

 カントー地方においても指折りの実力者2人ですら、知らず息を飲む。

 灰色の空の中にあって尚、圧倒的な光と威圧感を放つその技。その存在感は既に特殊攻撃という概念を何処ぞへと捨て去り、立ち向かう両トレーナーとポケモンへ「物理的な脅威」すら与えてしまう。

 

 

「……ミュー!」

 

 

 空に浮かぶポケモンは気持ち高めの鳴声と共にその手を振り下ろし ―― 着弾と同時に、紫色の光が辺り一帯を襲った。

 

 

「くっ!! カイリュー、プテラぁぁ!」

 

「……やはり強者、か」

 

 

 《ヴゥ ―― オッ!!》

 

 2人の繰り出していた3体のポケモンは当然の如く包み込みこまれ、

 

 

 《ズズズズ、ゴゴゴッ――》

 

 しかしそれでも広がりの勢いは失われず、

 

 

 ――《ヴヴッヴヴヴヴォォォッ!!》

 

 

 いつしか紫色の光は、サイクリングロード全てを包み込んだ。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 ―― Side ミィ

 

 

 『テレポート』と「あなぬけのヒモ」の中継を使い、グレン島にて回収したフジ博士をミュウツーの予想進行ルートから外れた町へと送り届け……丁度、町に着いたという頃合。

 夜はとうに明けたというのに、嵐を予感させる湿り気を含んだ風と曇天の空がカントー地方一帯を包み込んでいる。

 それは私達がたどり着いたここ……「シオンタウン」も例外ではない。

 

 

「……、……」

 

「↑キュィィ↓」

 

 

 フジ博士をその体に乗せ宙をふよふよと飛んでいるレアコイルを背に、この老人が目を覚ましたら面倒な事になりそう、などと考えてしまう。

 蛇足だけれども、シオンタウンは原作においてフジ博士が滞在していた町。となれば、こうして……ミュウツーは人の多い場所を無意識に目指している節があるために……進行ルートから外れた位置にシオンタウンが「あってしまう」のも、仕方がないこと。

 

 そんな事を思いながら人気の極端にない町中を進み続けていた私達は既に、町の南東側へと差し掛かっている。

 ……目的地は、見えてきたわね。

 

 

「ぅ、……ぁ……」

 

「そして、丁度良くお目覚めね。……御機嫌いかがかしら、フジ博士」

 

「……あ、……!? こ、ここは!?」

 

 

 目が覚め、慌てて辺りをキョロキョロと見回すお人。とりあえずは、現状把握が必要かしら。

 

 

「現在地は、シオンタウン、ポケモンハウス前。貴方はグレン島のポケモン屋敷裏で倒れていたの」

 

「き、きみは!?」

 

「キュ↓ キュ→」

 

「有難う、レアコイル。戻って頂戴。……そして、ええ。私はシルフの使いよ。……貴方のような研究職者が私を知っているのは好ましいことではないけれど、多少なりともロケット団に関わっていたのならば、この格好のトレーナーの噂くらいは耳にしたことがあるかも知れないわね。主に悪名という形で、なのだけれど」

 

「……黒の全身コート。きみが件の黒尽くめ、か」

 

「御名答。……さ、貴方の懺悔でも聴かせて貰おうかしら」

 

「……こんな老人の話を聞いても、得られるものなどないよ」

 

 

 事ここに至って、流石のフジ博士にも元気がない様子ね。ショウから聞いていた「研究熱心で猪突猛進なお元気爺さん」なんていう雰囲気は、微塵も感じられないもの。

 ……けれども。 

 

 

「意味が、あるのかないのか。それは私が決める事よ。貴方はただ、貴方の為に話しをなさい。何にせよ、今すぐ出来る都合の良い贖罪なんて存在しないわ」

 

「……」

 

「先ずは、この中に入りましょう。……貴方がグレン島開発の資金源をロケット団に頼らざるを得なかった、1つの理由。個人で稼いだ私費の殆どを費やしていたポケモンと人の共同孤児院……この、ポケモンハウスでなら。『あのポケモン』についても話せるでしょう」

 

 

 多少……というよりは華美に偉そうな言葉を語って扉を開き、この施設の本当の主を招き入れる。

 自分でも酷い口調と言い様だとは思うのだけれど、今の博士を焚きつけるにはこのくらいは必要なのだと思う。

 事実、フジ博士はポケモンハウスの中へと歩き始めていた。

 

 

 

 ―― 数十分後。

 簡素な造りの決して広くはない部屋の中、子供たちは遊具スペースでポケモン達と戯れている。

 中心に置かれたテーブルに付けられている木製の椅子に座ったフジ博士は、意外にも、自らあのポケモンについて語り始めてくれる様子らしい。

 

 

「……きみ……えぇと、黒尽くめ君は、」

 

「その、呼び方は不本意が過ぎるわね。……さぁ、これでどうかしら。そして、私としては『ミィ』の名前呼びでお願いしたい所だわ」

 

「お、女の子だったのか。……そりゃあそうか。只でさえ背格好が小さすぎるからね」

 

 

 名乗りと共にフードを取りボイスチェンジャーも切った此方へ、意気消沈しているにも関わらずリアクションを取ってくれるフジ博士。これは、あり難いわね。

 

 

「……ま、別にリアクションが欲しかった訳ではないのだけれど……それは良いわ。それで、フジ博士。話の続きを」

 

「……あ、あぁ。ところで、つかぬ事をお伺いするが、キミは……ショウ君と知り合いかい?」

 

「えぇ、幼馴染」

 

「そうか……いや。何となくだけど、同じ眼をしているね。幼馴染というのも頷ける ―― ってああ、これもどうでもいいのか。えぇと、それで、ジュニア……ミュウツーについての話を聞いてくれるんだったね」

 

 

 話し始めた博士は、言葉数が増えてきているみたい。少しは勢いが戻ってきたのかしら。

 そんな事を頭の端で考えてみる私へ、フジ博士は語りを続ける。

 

 

「あれはそう……何時だったかな……ああ、そうそう。もう詳しく覚えてはいないけれど、確かわたしが大学院生の頃の話です。世間ではポケモンバトルが流行り始めていましてね。子供たちと……何より、戦わされているはずのポケモン達すらも楽しそうだというのが印象的でした」

 

「……、」

 

「あの頃はまだぼんぐりボールが主流だった。おかげでポケモントレーナーというのは羨望の眼差しで見られたもので……恥ずかしながら、わたしはこのムーブメントの仕掛けに一役買っていたのです。知っているでしょう? シルフによるモンスターボールの大量製品化計画を」

 

「……、」

 

「昔のわたしはポケモン遺伝子学者における活動として、よりにもよって新しいポケモン……その中でも特に『珍しいポケモン』を見つけるのを生業としていました。勿論これだけがブームを作り上げた訳ではないでしょうが、それらを発表し続けたのが1つの要因となり、今現在におけるポケモン探検ブームとなったのは事実でしょう。ミニリュウの噂についても、伝説と呼ばれるポケモンについても……そして、そうです。人々が最も心をくすぐられるであろう、未だ世界のどこかに潜む未発見の、幻と呼ばれるポケモンについても」

 

「……、」

 

「未踏の探検ブームに火をつけたことは、ポケモンの捕獲を促進します。それはモンスターボール大量製品化をも後押しし、さらには国の推し進めるポケモン事業を潤沢な資金源と成しました。……結果としてわたしも、自らの科学的好奇心を十分に満たす事の出来る、贅沢で身に余る資金を得ることとなります……いえ。『得てしまった』のです」

 

「……、」

 

「多少はこのポケモンハウスの様に慈善的な事業にも使いはしたのですが……金のある所には、さらに金が集まってしまいます。……それがロケット団です。彼等は、わたし共科学屋とは全く違った形態の技術力と科学力を持っていました。それはわたしの金に糸目をつけぬ、科学的好奇心という名の悪魔をも揺り動かします。彼等の力があれば、わたしは『ポケモンを創る事が出来る』と確信していました」

 

「……、」

 

「では何ゆえ、そしてどんなポケモンを創りたかったのか」

 

「……、」

 

「……孤児院とはいえ、この子達を見てください。非常に楽しそうです。……そして、そう。あの日わたしが本当の意味で科学者を志した際に見た子供達も、ポケモン達も、非常に楽しそうだったのです」

 

「……、」

 

「それでもわたしは、1つの疑問を捨てきれていませんでした。……ポケモン達は……そして、子供達は。『自ら(ポケモン)を戦い合わせる事を、本当に楽しめているのか』、とね」

 

「……、」

 

「だからこそ考えてしまった。ポケモンバトルはもう既に、なくなりはしないモノだ。ブームを後押ししたのも、わたし自身だ」

 

「……、」

 

「ならば、どうせ戦うのなら。……『戦いを楽しめるポケモンがいてくれたら』良いのではないか。そう考えまして。思えばここが間違いの始まりなのでしょう」

 

「……、」

 

「創るということは、技術の限り何にでも出来るという事を意味します。その限界に、科学者たるわたし達が挑戦せずにはいられないことなど……判っていた筈なのに。結果としてわたし達は『最強であり、戦いをこそ最も楽しめるポケモン』を創ろうとしていました。……そして、創りあげてしまいました」

 

「……、」

 

「ヒトにとってポケモンが戦いを楽しんでいるなどという姿は、戦いに狂っているようにしか見えないでしょう。それこそかのポケモン博士が作っている図鑑などに載ってしまえば、協会員の書いた文章なのでしょうし、凶暴なポケモンであると紹介されてしまうに違いない。それはわたしの望む形ではないなどという事も、頭のどこかでは容易に予想がついていたのですが」

 

「……、」

 

「だからこそ最後にはあの有様です。皮肉にもロケット団の救出作業によって死人こそ出ていないものの、屋敷は焼け落ちました。わたしなんかを慕ってくれた多くの研究員に怪我をさせ、そして何より研究員のポケモン達を傷つけてしまいました。……燃えつきるのはわたしの愚かな夢……『ポケモンバトルを楽しんでくれるポケモンを創りあげる』なんてものだけで良かったのです。ついでにわたし自身が燃えてしまえば、後腐れはなかったのでしょうけどね……はは、面目ない」

 

「……、ねぇ」

 

「なんでしょうか」

 

 

 思わず声をかけた私に、断罪を待つかの様な表情で返答をするフジ博士。けれど私が聞きたいのはそんなに大げさな事ではないわ。

 

 

「貴方に、融資を持ちかけたのは。ロケット団側から、という認識に間違いはないかしら」

 

「そうだ」

 

「……ロケット団は、創りあげたミュウツーの力を何に使おうとしていたのかしら。彼らにも利益があったからこそ、出費したのでしょう」

 

「それは……ああ。そういえばロケット団の技術者は言っていたよ。最強のポケモンを創れるという箔こそが必要なのだと。ボスはあんまり興味を持っていなかったようだけど、研究員達はジュニアの力を熱心に研究していたからね」

 

「……自分達には御す事が不可能だと判っていても、なの」

 

「ふむ。彼らのマッドサイエンティストぶりは、わたしと良い勝負なのだよ?」

 

 

 苦笑いを浮かべながらそう話す。どうやら目の前の博士は先程から、自らを卑下する事に余念がない御様子ね。ここまで来ると正直面倒、というレベル。

 

「(……さて。聞きたい部分は、あらかた聞けたかしら)」

 

 そう思い立った所で私は椅子から立ち上がり、玄関までを一息で歩くと施設の扉を外へと開く。そこから中を振り返り、

 

 

「……ところで、フジ博士。何故私がこんな町まで移動してきたのか、判るかしら。あぁ、貴方のためではないというのは先に言っておくのだけれども」

 

「……なら、わたしには判らないね」

 

「今、ミュウツーは貴方が創りあげたその通り、カントー中を飛び回っているわ。より強いトレーナーとポケモンを求めて、ね。けれどあんな力を持つポケモンが力を振るいつつ飛び回れば、野生のポケモン達も黙ってはいない。……そう」

 

 

 外へと一歩踏み出し、空を見上げる。

 目の前に広がるのは入ったときと変わらぬ灰色の薄暗い空なのだが、しかし、後から続いて外へと出てきたフジ博士も空を見上げて思わず口を開く。

 

 ―― なにせ見上げた先では、空を黒く覆い尽くすほどの無数のポケモン達が飛び交っているのだ。

 

 

「……これは!? ……そうか! 野生のポケモン達がミュウツーから逃げ出しているのか!?」

 

「半分は、正解。けれど、よく見なさい。空に浮かんでいるのは、鳥ポケモンだけじゃあないの」

 

 

 東の空へと飛び去っているのは、ポッポやオニスズメといった鳥ポケモン達。

 しかし空に『浮かび』、向こうからミュウツーのいるであろう西側の……恐らくは先程私が依頼したワタルが戦っている……サイクリングロードへと『近づく』ため、ここシオンタウンの上空を通過せんと近づいているのは ―― 鳥ではない、別のポケモンの集団。

 

 

「ここ、シオンタウンの東には廃棄された工場群があるでしょう。その内の兵器工場には、ドガース等の毒ポケモン達が多く住まっていたのだけれど……そこに溜まった光化学スモッグから、逞しい事に。ゴーストポケモンが生まれているなんて言う事実が判明しているの」

 

「じゃあ、あれは……」

 

「えぇ。これは、フヨウ……幽霊ポケモンに詳しい私の友人が言っていたのだけれどね。多くの争いが『生まれるであろう』場所へ、ゴーストポケモン達はむしろ喜んで近づいていくのよ。まるで人々の感情の揺れ動きが最も美味しいとでも言う様に」

 

「……キミは……」

 

 

 此方を見つめるフジ博士を横目にフードを被りなおし、腰にかかったホルダーからボールを取り外す。

 いつの間にか空に浮かぶ黒い幽霊集団は、手始めとばかりに、シオンタウンへと降下し始めている。

 

 

 ――《ォン、、ォォ》

 

 ガス状のポケモン達は発音しづらそうな音と共に、人気のないシオンタウンの町中にポツンと立っている此方へと一斉に狙いを定める。

 そう。私の本当の目的は、このポケモン達を食い止める事にこそあるのだから。

 

 

「行きましょう、レアコイル、ミニリュウ……カクレオン……ニドリーノ……ポリゴン、ダンバル」

 

「キュキュキュ」

 

「リューゥゥ!」

 

「レ、レォ~ン」

 

「ギュィーン!」

 

「ピロリーン♪」

 

「バルバルバルバル」

 

「皆、作戦通りにお願い」

 

 

 私の掛け声で、飛び出したポケモン達が手筈通りにゴーストポケモン達へと戦闘を仕掛け始める。

 ……さぁ。開戦、ね!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 ―― Side フジ

 

 

 わたしは家の入口を開けたその場に立ち尽くし、何故か動けないでいる。この少女の成す事を見届けなければいけないという強迫観念からか……もしくは単に『わたしが見届けたい』などという、またもや身勝手な想いからなのか。

 

 

「カクレオン、『だましうち』。ダンバル……は、その辺で浮いていてくれるだけでいいわ」

 

 

 黒衣を纏った少女は私の目の前で、今の所ゴーストポケモン達を1匹残らず追い返して見せている。

 鉄アレイのようなポケモンと姿を消して(ただし、ギザギザ模様以外)攻撃を仕掛けているポケモンには彼女が直接指示を出しているものの、驚く事にそれ以外のポケモン達は殆ど指示を仰がない。

 

 ……しかし、それにしても、数が多過ぎる。このままでは恐らく、近いうちに突破するものが出てくるだろう。

 

 だが、わたしがそう思ってしまった瞬間。幽霊ポケモン達の大行進が空いた、一瞬の間。

 黒衣の少女はこれまで指示を出していなかったポケモンの方向を向くと、

 

 

「……ニドリーノ、博士に張り付いて守って頂戴」

 

「ギュイン!」

 

 

 なんていう指示を出した。

 指示を受けたポケモンは素早くわたしの傍へと走り寄り、入口付近を警戒し始めている。

 そして、さらに。

 

 

「……実力の、差を。見せ付けてやりましょう。ポリゴン ―― 薙ぎ払って『サイケこうせん』よ」

 

「カタカタ、ピコリーン♪」

 

 ――《ズバババ、ズウォーン!》

 

 

「……!?」

 

 

 ――《ォ……ゾ……》

 

 

 青と赤の色をしているカクカクパカパカのポケモンが、辺りに浮かんでいた大量の幽霊ポケモンを『サイケこうせん』の一薙ぎで一気に減らしてしまった。

 多少は残っていた幽霊ポケモン達もその一撃に怖気づき、ジリジリと退いていく。

 更に、更に。

 

 

「……さぁ、そこにいるトレーナーさんも、出て来るといいわ」

 

 

 非常に挑発的な態度で、誰もいないと思っていたポケモンハウスの裏側へと声をかけた。

 

 

「……ひっひ」

 

 

 ……そして姿を現すのは、杖をついて歩く1人の老婦。しかし、ただの老婦ではない。その足元には「不気味に笑う大きな影」を落としているのだ。

 

 

「嬢ちゃん。あたしは協力者だよ。協力者を捕まえて、その言いザマは酷いんじゃあないかい?」

 

「……キクコ……」

 

「おやおや、こんなババァを御存知とは。……ひひ! あたしも捨てたもんじゃあないね!?」

 

「トレーナーなら、知っていても不思議ではないでしょう。……それにしても協力、ね。……でもそれを貴女がとなると、ただただ不気味なのよ」

 

「かっ。あぁあぁ、言いたい放題だねぇジャリンコが。まぁあたしも、面倒なお役所仕事に就いているからには、幽霊達をみぃんなアンタにぶちのめされる訳にゃあいかないのさ」

 

「……、」

 

「アンタはその博士……いや、既にただのジジィだね。ま、そんなジジィに言いたい事が残っている筈だよ。その間にも町の中を逃げ惑っている幽霊達を引っぱたくお役目は、あたしが引き受けてあげようじゃあないかってんだ!」

 

「……、お願いするわ」

 

「……ほっほう。確かに引き受けた。なら、先に行かせてもらうかね。あたしならもっともっと、向こう側で幽霊達を引き受けられる。……同族は惹きあうものさ。幽霊同士じゃあ、効果は抜群だからねぇ! ひっひっひ!!」

 

 

 不気味な声と共に文字通り幽霊達を惹き付けながら、老婦とそのポケモン達が北東へと進撃を開始する。足元からは2体の影が飛び出し……あれは先程の会話から推測するに、幽霊ポケモンなのだろう。

 その挙動からも、また黒尽くめの少女がおとなしく役目を任せたことからも、トレーナーとしての実力が窺える。

 

「(そして、わたしに……言いたい、か)」

 

 ポケモンハウスの前にあるこの空間は、老婦が辺りの幽霊達を惹きつけながら歩き去っていったことで、わたしと少女の2人きりとなった。

 ……この少女は恐らく『そう』しないであろうという予感はある。

 だがしかしわたしは……黒を一身に纏った死神のようなこの少女に、断罪の言葉をこそ求めてしまうのだ。

 あの少年にどこか似ている事も、要因なのかも知れないが――

 

 

「……貴方」

 

「なにかね、ミィちゃん」

 

「いい、かしら。これから話すのは全て私個人の勝手な意見。……私は、貴方の理想は嫌いじゃあないの」

 

「……」

 

「理想の、結果として。貴方とあのミュウツーが成した事は確かに面倒ね。いくら『捕獲が成されていない野生ポケモンが引き起こしている事』だからといって、多くのものを壊しているのは事実よ。……だからといって後悔ばかりしているのでは、報われないのだけれど」

 

「……」

 

「人間によって、生み出されたポケモンなんていうのは数多くいるの。例えば、先程の幽霊ポケモン。あれらは光化学スモッグなんていう物質を人間が多量に生み出さなければ、存在し得なかったでしょうね。例えば、ビリリダマ。人間がモンスターボールをデザインしなければ、あんなものに擬態しようなどと思わなかったでしょう。……これはちょっと違うけれど、例えば、全てのポケモン。人間の為に草むらから……なんてね」

 

「さ、最後の例えだけはちょっと分からないんですが」

 

「……あら、……そうね。最後のはロマンがありすぎるから伏せておきましょうか。御免なさい、気にしないで頂戴」

 

「あ、あぁ」

 

「……さて、話を戻すわ。つまり元々、ポケモンと人間の関係は生みだす、生まれるという部分まで深いものだったという事よ。貴方がミュウツーを生み出した、なんていうのは2番煎じどころの話じゃあないのがお判りかしら。まぁ、始めから、創ろうと決めて生み出したのでは規模が違うというのも感覚としては判るのだけれども……それでも、それは貴方自身の問題。結果は一緒よ」

 

「……そうかもね」

 

「それでは、本題。ミュウツーが何のために生まれたのか。……答えは、戦う事を楽しむため。実にシンプルで良いじゃない。いくら周りから滑稽に思われようと、貴方があのポケモンを気にしていると(うそぶ)く限りは、あのポケモン自身が楽しめているという部分によって反論されてしまうわ。クオリティーオブライフという意味でなら、ミュウツーは最初から満点に近い点数を叩き出しているのよ」

 

「……だが……。あぁ、そうか。……そうなのか」

 

 

 この少女との問答によって、わたしの引け目がハッキリと形作られていくのが判る。

 わたしは他を傷つけてしまった事とジュニアを生み出してしまった事に、「勝手に」罪悪感を感じているのだ。

 ……そうだ。『あのポケモンに』ではなく、『わたし自身が』。

 

 

「そう。……結局、貴方は自分を満足させたいのだと思うわ。何しろ、ミュウツー自身は既に世界を楽しむ事が出来ている。他ならぬ貴方の願いでね。と、すれば」

 

「贖罪はわたし自身によってしかもたらされない……か」

 

「えぇ。貴方が、真に償いたいのであれば。これから何を成すか、が重要という事。それはとてもとても難しいでしょうけれど……私にはこの言葉以上何も出来ないわ。それは私だって、未だ悩んでいる部分なのだから」

 

 

 少女は言い切ると、老婦の向かっていった方向へと振り向く。

 すると……うん?

 

 

「……ギュイン?」

 

「……お前は……はは。御主人に叱られたわたしを、慰めてくれるのかい」

 

 

 足元に暖かさを感じて見下ろすと、彼女の手持ちである紫色の身体をしたポケモン……ニドリーノが足元に擦り寄ってくれていたのだ。どうやら先程わたしを守るために近づいた後、ずっと気にかけてくれていたらしい。

 わたしはその身体をそっと抱き上げ、確かな熱を腕の中に感じ……お礼と共に頭を撫でてやる事にする。そうしたいと、思ったのだ。

 

 

「……ありがとう」

 

「ギュギュウン♪」

 

 

 どうやらこのニドリーノは、大層人に懐きやすい性分であるらしい。

 するとその様子を目の端に止めた黒尽くめの少女は再度わたしの側へと振り返り、

 

 

「あら、懐いてしまったわね……。……。……ねぇ、ニドリーノ」

 

「ギュウン?」

 

 

 主からの数秒の間があった後の問い掛けに、腕の中で可愛らしく小首をかしげるニドリーノ。

 

 

「暫く、その人についていてあげて」

 

「……ギュウ」

 

「いつも、私が自分に言い聞かせているでしょう。それは貴方も同じ。大切なのは貴方がどうしたいか、なのよ」

 

 

 説き伏せるような、また、言い聞かせるような……確かに優しい口調で話しかける少女。

 またも数秒見つめあった後に、ニドリーノはわたしの腕から飛び降り、彼女の足元へと擦り寄る。

 

 

「……ギュウン」

 

「別に、これが今生の別れじゃあないわ。……寂しくなるのは、確かなのだけれどね」

 

「……ギュ、ギュウッ!」

 

「えぇ。これからは貴方の思うまま、その人と一緒に、しっかりやりなさい……それでは」

 

 

 少女は腰から見慣れぬ白塗りのモンスターボールを取り外すと、なにやら手元の機械を操作し始める。

 

 

「これで、完了。……はい、これを持って」

 

「あ、ああ。ええと、」

 

 

 そしてそのボールをわたしへと押し付け、

 

 

「……『譲渡』」

 

「――ギュウン!!」

 

「わわっ!?」

 

 

 《シュン》

 

 ――《コン、コン、ココン》

 

 ――――《ボウン!》

 

 「ギュギュウン!!」

 

 

 モンスターボールが1度消え ―― いつの間にか、わたしの手元にあるボールへとニドリーノが収まっていた。

 少女は暗いフードの内から僅かに転送されたボールへと視線を向け、しかし殆ど間を置かずに振り向き直す。そして、

 

 

「あれ、おじーちゃん?」

 

「どしたのー、おじーちゃん」

 

「あ、モンスターボールー!」

 

「新しいポケモンー?」

 

「白いモンスターボール!? 見せて、見せて!」

 

 

 開いたままだった玄関から子供達が駆け寄ってくる。

 その音を捉えた少女が背を向けたまま、少しだけ此方へと顔を傾けると、最後の言伝を……ボイスチェンジャーによって聞き取り辛い声に戻した後、口にした。

 

 

「あなた達も、その子を宜しくね」

 

「……? よくわからないけど、いいよ!」

 

「おねーちゃんがくれたの?」

 

「え、コイツおとこじゃねぇの?」

 

「ふふ、それは秘密。そして、フジ博士……いえ、フジ老人も。その子はきっと、貴方のなくてはならない『力』になってくれる筈。……それじゃあ。私はこれで失礼させて貰うわ」

 

「あ……」

 

 

 呼び止める術は、無い。少女は足早に駆け去り、後にはシオンタウンのもの寂しい喧騒だけが残った。

 ……そう、か。

 

 

「わたし自身、自らが立ち止まる事を望んでいないんですね。……なら、きっと……」

 

 

 手元には、わたしについて来てくれる事を「自ら決めてくれた」ニドリーノ。

 後ろには、わたしが守っていく事を……これはいつの間にか、知らず知らずにではあるが……「自ら決めていた」、子供達。

 この子らがいてくれることで、今度こそ道を違える事はないと、信じることが出来るかも知れない。

 

 

「……まずは、グレン島に戻りましょう。残してきたものが沢山ありますし……それに、あの島を、今度こそ愛してみせます。あの人達とは、いくら罵られようとも分かり合ってみせます。そして……いつかは、」

 

 

 これはただの、自己満足の絵空事。

 

 ―― いつかは、自らが勝手に幻と決めてしまったあのポケモンの仲間を探しに行こう。たとえそこが、世界の果てであろうとも。

 そして出来るなら再び出会う時には、自分で自分を誇れるような心優しき人であらん事をこそ……自分勝手に願ってみせるのだ。

 

 






 ポリゴン=パカパカ。
 爪あとは深く、癒えません。


 ……どうでもいいですね。
 では、お待たせいたしました。ここからが移転含めた最新話です。

 因みにニドリーノに会いたくなったら、FRLGなりHGSSなりを起動していただき、シオンタウンはボランティアハウスまで御足労いただければと。



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Θ56 VSミュウツー③

 

 

「(くっそ、間に合えーっ!)」

 

 などと、俺ことショウが脳内で叫びながら走っているのは、昼夜問わず山吹色に光り続ける町 ―― ヤマブキシティ。

 しかし、今日この日だけは様子が違う。現在の街の状態……街中の人間が必死になって逃げ惑っているなんて光景は、阿鼻叫喚という言葉がピッタリな表現だろう。

 

 さて。現在ヤマブキにいるという状況の通り、俺はあれからセキチクシティを北上し続け、半日足らずでヤマブキシティに到達出来ていた。しかし――

 

「(まっさか、ワタルまでやられるとはなぁ……)」

 

 そう。サイクリングロードでミュウツーと交戦していたはずのワタルは、増援として到着していたシバもろとも敗北したらしい。敗北って言うからには、命に別状はないらしいんだけどな。

 ……つーか、なんだこの展開。ミュウツーはたった1体で四天王に全勝して、チャンピオンにでもなるのか? いや。まだ四天王じゃないから、倒した所でチャンピオンにはなれないけどさ。

 

「(待て待て。となれば、俺の予測……って言うか、悪い予感は今度も当たるって可能性が高そうだ。……うわー、嫌だなこれ)」

 

 けどまぁ、今の所そんな予測はどうでも良いだろう。どうせすぐに確かめる事が出来るハズだ。

 そして未来の四天王お二方の人命の代わりといっちゃあ何だが、さっきテレビでみたマスコミ曰く、サイクリングロードは半壊してしまったっぽい。

 

「(って、いやいやいやいや。半壊って!)」

 

 何て、ノリだけの無駄脳内ツッコミはどうでもいいからな。軌道修正。

 

 さて。こうして俺がヤマブキまで来た理由は、ただ1つ。ミュウツーと再戦するためなのだ。

 俺は現在、あの時別行動を取りサカキと相対したミィから「サカキはヤマブキシティでミュウツーとポケモンバトルをするつもりだ」という、何ともアレな情報を受け取ってしまっている。実際に「謎のポケモン」と報道されているミュウツーの接近によって、ヤマブキシティでは一般人への避難指示が出されていてだな。住民が逃げ出してしまった後ならば確かに、存分に戦える状況ではある。

 けどなぁ。

 

 

「こんな所で、こんな格好で、『あたし』は戦わなくちゃあいけないのよねー……」

 

 

 髪やら何やらを覆う『へんしん』メタモンと、垂らした2本の結い髪 ――

 

 まぁ、つまりはまたも女装である!

 女装頻度が半端ないけど、まだ抵抗感があるから平気なんだと信じたい所っ!!

 (「まだ」とか言ってる時点でやばいけども!!)

 

 かといってパッドもコルセットもない本日は、体のラインを隠す目的で黒のロングコートを羽織っているため、スカートこそ穿いてはいな……い。ちょっと待て。

 

「(いや、スカートを穿くかどうかは大切な基準点じゃないからな。もっと意識をしっかり持て、俺!!)」

 

 それはともかく、「あたし」なんて自称を使うのはこれで最後にしたいよな(切実)。

 ……だからと言ってサカキと出会う可能性があるからにはこうして変装を以下略(現実逃避)。

 

 

「ニュ……メッタモン、モーン♪」

 

「ミューゥッ♪」

 

「あー……随分と楽しそうね。いや、楽しいのはいーことだけどさぁ」

 

 

 そんな逃避思考を続ける俺の頭上で楽しそうな声をあげるメタモン。新たな手持ちもとい変装要員として大立ち回りのお方だ。……もうお一方のミュウについては、もう何も言うまい。こんなヤツなんだから、仕方がないだろう。楽しそうでなによりだ。

 そう考え、再び辺りを見回しつつ、自転車をこいで……そろそろだな。街の中心。

 

 

「しっかし、人がいないわね。避難しているからには、いないのが正常だけど……」

 

 

 さっきまでの街の端の方では、人が逃げ惑っていたんだが……中心辺りに来るだけでこうも少ないとはなぁ。事情を理解していない人が見ればゴーストタウンにしか見えないこの状況を鑑みるに、ヤマブキシティの防衛機構とジュンサーさんはさぞ優秀であるに違いない。

 

「(なんたらウィードが転がってこないかな……ゴーストタウンだけに。いや、アスファルトの上を転って来られても、それはそれで『えっ』ていうリアクションしか出来ないけど)」

 

 なんていう半端なく無駄な思考をしてみたんだが、移動途中で隣に人もいないのでは無駄思考くらいしかすることがあるまい。

 もう少しで街の中心部には着くんだけどな……っと。

 

 

「到着。……さてさて、」

 

 

 街の中心部であるシルフ本社前までたどり着くと同時に、自転車を四次元ポシェットへと収納する。黒いコートの内側へと消え去るその様は、アニメさながらの光景だ。……その内これが当たり前の光景になるってのも、アレだよなぁ。なんか怖い。

 なんて、油断だけはしていない俺の ―― 後ろ! 人の気配っ!!

 

 

「誰です! ……って、」

 

「昨日会ったヤツとは別の『黒いヤツ』か。……お前は、顔を隠さなくても良いのか?」

 

「あー、いや。この場所に立ってたからって、あたしは別にシルフ所属じゃあないです。……それよりも、あなたみたいなジムリーダーさんが危険地域に何用ですか? サカキさん」

 

 

 いつもと変わらぬ黒のスーツの上にはコートを羽織り、腕をポケットに突っ込み、頭にはHGSSなんかで見た渋い帽子を被っている……ロケット団首領、サカキその人がご登場か。

 まぁ、なにせ俺としてもサカキと会うのにはここ以外の場所は思い当たらなくて、こうしてシルフ本社前まで来てみたんだからな。予想が外れなくて何よりだ。

 

 

「偶然訪れていた街に、凶悪なポケモンが飛来してくるという。ならばここを守るのは、ジムリーダーとして当然の行動ではないかと思うのだが」

 

「むぅ、偶然ですか。ならば仕方がないです。……ですが、貴方ならばジムに戻って挑戦者と戦ったほうが喜ばれるんじゃあないですか?」

 

 

 なにせ見聞によれば、トキワジムはほぼほったらかし。おかげでリーグ挑戦権獲得には、カントーのジムバッジ7つと指定された私設ジムのバッジを2つ取ってくれば良いなんていう仕組みになっているらしい。

 

 

「おかげでなのかは知れませんが、貴方の知名度も、ジムリーダーの皆様の中ではかなり低いですからねー」

 

「ほう? だが、お前を俺は知っている。オツキミ山では部下達が世話になったようだな」

 

「うわー、ロケット団ボスだというのを隠そうとしないですか。それに、凄い強引な話の持っていき方をされましたですよ」

 

「ふ、知っているお前相手に隠しても無駄だろう。……今回の俺の目的も知っているようだし、な」

 

「それはどうでしょうねー……」

 

 

 カマをかけているんだろうと考え、すっとぼけた返しをしておく。どうせ、偶然なんていう事もないんだろうしな。この状況でサカキの言ってる「偶然」ほど信用できないものもない。

 そんなやり取りを一通り行った後。サカキはヤマブキの西側を向き、腰にあるハイパーボールへと手をかけた。

 

 

「……さて。来るぞ、少女」

 

「おー、もしかしてミュウツーですか。……あなたと共闘ってのも、中々に良い経験なのかもしれませんね」

 

 

 俺もコートの内側へと手を伸ばし、モンスターボールを3つ、取り出すことにする。

 そして戦闘態勢を整えた俺たちへ向かって……こちらの戦意に反応したのか、遥か遠くの空から……とてつもなく存在感のある戦意(プレッシャー)が向けられた。

 その大元である空に浮かぶ黒い点は、こちらへと高速で近づき出す。

 

 

「流石だな。これで野生ポケモンだというのだから……クク。本気で行くぞ、ついて来れるか? ……ニドキング! サイドン! ダグトリオ!」

 

「ギュウウィィンッ!!」

 

「ガァァ、ドンッ!」

 

「ダグ」「ダグ」「ダグッ!」

 

 

 そこそこ大型のポケモン2体がサカキの前へと現れ、ダグトリオはいつの間にかアスファルトを割り下から顔を出している。

 ……ところで。どうなってるんだろうなぁ、地中のダグトリオって。怖いからまだ研究してないけどさ。普通にモグラっぽいんなら良いんだけど……なんて、無駄思考もここまでだな。

 さぁて。俺の手持ちだが……とりあえず、サカキが隣にいるからミュウと……そうだな。「ショウ」としてサカキとポケモン勝負をした時の手持ちは避けておくべきか。そんなら、

 

 

「ついて行けなかったら、どうぞサカキさんお1人でお願いします。……お願い、クチート! プリン! でもって……もういっちょ!!」

 

「クゥ、チィ! ガチガチ!」

 

「プーリューッ♪」

 

「ガゥゥ、……ゥゥ?」

 

「……見たことのないポケモンを多く使うな」

 

「なにせあたし、他の地方に行く事が多い仕事なもんで。んなコトより、さぁ、行きますよ!」

 

 

 近づいてきた黒い点は、不思議な光を纏いつつアスファルトの上へと降り立つ。

 ヤマブキシティの近代的ビルが立ち並ぶ街並みの、最も大きな中央通り。しかし平時とは違い人通りは全くといって良いほど存在していない。広さは十分だけど、まぁ、俺にとってフィールド的な問題はないかな。

 

 そして、……対戦相手が地面に降り立ち、一鳴き。遭遇時の名乗り上げ。

 

 

「ミュー」

 

 

 さぁて。第2回戦の始まり、始まり!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ―― Side アオイ

 

 

 人気のないヤマブキシティの街中。物陰に入り込んだわたしは、小声で実況レポートを開始する。

 

 

「(こ、こちらアオイですー! ヤマブキシティに降りたという、謎のポケモンの取材を……う、ぁぁ!? ……た、大変危険なため、こうして隠れながら中継いたしま ―― )」

 

 《ド、ドドォォォッ!!》

 

「(きーゃぁーーっ!?)」

 

 《ヒィッ》

 

 ――《ズッ、ゴォンッ!!》

 

 

 ホウエンリーグ開催特集番組の制作から帰って来たわたし目の前で、黒いスーツのオジサンが出したポケモン……ニドキングが持ち上げられ、ビルの壁に叩きつけられた。ニドキングのトレーナーであるらしいオジサンはニドキングをボールへと戻し……

 

 

「戻れ、ニドキング。……ダグトリオ、『どろかけ』だ。サイドンはそのまま……岩雪崩(いわなだれ)!」

 

「ドォンッ!」「ダグダグダグ!」

 

 

 崩れたビル壁を利用するため跳躍したサイドンが壁を叩き、『いわなだれ』を繰り出す。白い人型のポケモンはビル壁の破片にのまれ……けれど、そこへもう1人。カッコいい黒いコートの女の子が、黒くて艶のあるツーテールを揺らしながら走り寄り、ポケモンへ追撃の指示を出す。

 

 

「プリンはそのまま歌って! クチート、噛み付く! ―― は前に出てて!!」

 

 

 プリンが歌うと、中から崩れたビル壁を跳ね除けて出てきたエスパーポケモンもウトウトとし始めて ―― 動きが鈍る。鈍った所へ、黄色い身体の可愛いポケモンが、後ろにある大顎で噛み付いた。

 

 

「……、ミュー」

 

「クチッ!? チーッ!」

 

 

 白いポケモンは噛み付かれた腕をぶんぶんと振りながら宙に浮かび始め、暫くすると噛み付いていたポケモンが引き剥がされる。

 さぁ、次はあのポケモンの反撃……なのだけれども。

 

 

「ミュー」

 

 《ッヴヴヴヴ》――

 

「サカキさんっ、またです! サイドン狙いですよ!」

 

「ちっ……回復が追いつかん! 眠りはどうなった!」

 

「あたしのプリンじゃあレベルが低くて、有効圏内まで近づけないんですって!? ジムリ根性見せてくださいっ!!」

 

「くっ……」

 

 ――《オオンッ!!》

 

 

 確実にポケモンを捉えようと広範囲に広げられた念波が、範囲を広げられたのを意に介さない大威力を伴って、うひゃあああ!?

 

「(ひゃあああっ……て、ご覧になっていますでしょうかこの光景! 黒いコートを纏ったオジサンと、黒いロングコートの女の子が、街を襲った野生ポケモンと対峙しております!!)」

 

 しかしレポートも忘れないのがレポーターとしての魂なのだからして!

 ……なんていうけれど、流石に命の危険すら感じてきたなぁ。ここ、引き際じゃあないですか、スタッフの皆さん?

 そんな願いを込めた視線を後ろにいるカメラ隊へと送ると、あたしの真後ろで肩にカメラを担いでいるカメラマンさんは、指をグッとたててみせ ――

 

「(アオイちゃんの判断に、任せるッ!!)」

 

「(うわーい、丸投げですかーッ!?)」

 

 こちらへと判断を丸なげしてくださったーぁ、畜生!

 なんていうやり取りをしながらも、わたしは目を逸らしてはいない。白いポケモンは先程から、その技一撃で黒チーム(黒いコートのお2人なので)のポケモン達を戦闘不能に追いやっている。今回の念波も範囲を広げたとはいえ変わらずの威力を誇り、頭にドリルの生えた怪獣っぽいポケモンを戦闘不能に追い込んでいた。

 

 

「戻れ、サイドン! ……ち。スペック通り、攻撃性能は高いな。これで戦い慣れしてきているのだから手に負えん。……行け、ニドクイン!!」

 

「おや、弱音ですかボス。らしくないです……クチート!」

 

 

 オジサンは新しくニドクインを繰り出し、女の子はさっきから先頭で戦っているポケモンに、何事か呼びかけのみを行った。呼びかけられたポケモンはこちらを向き……あれ? この戦い方……どこかで見たような。

 

「(どこだったかな?)」

 

 自らのトレーナーである女の子にクチートと呼ばれたポケモンは、引き続きコンサート真最中であるプリンの歌をBGMに、宙に浮かぶ野生ポケモンを指差したのち自分の頭へとその指を当てる。……それだけだ。

 え、攻撃しないの? とか思うのも束の間。オジサンは新しく出したポケモン……あたしも先月ホウエンの闘技場でアナウンスをした際に見たことのある……ニドクインと、ダグトリオへ新たに指示を出していた。

 そして、指示と共にニドクインが飛び掛かる。ダグトリオは、またも地面を掘っている様子。

 

 

「ギャウウォォンッ!」

 

「ミュー」

 

「クー、チ!!」

 

 

 挟み撃ちに、2体のポケモンが白いのへと噛み付きを繰り出した。

 白いのは先とうって変わり、振りほどこうともせず……

 

「(……あれ。紫の、光?)」

 

 空へと伸ばした逆側の腕に、紫の光が灯り始めた。

 同時に、戦っていた2人の黒トレーナーズもその光を見上げる。

 

 

「……げっ」

 

「どうした、黒いの」

 

「あんたも黒いでしょーが。……いえ、それは置いときまして……あの技、ヤバイわよ」

 

「確かにな。今までの念波 ―― 『サイコキネシス』とは、また違った威圧感がある」

 

「そうではなくてですね。まぁ、その技を覚えてるとなると……レベルが、です」

 

「……何かまずいのか」

 

「それはもう、ひっじょーに。……クチート!」

 

 

 少女の掛け声によって、呼びかけられたポケモンは噛み付きを止め顎を離し、既にひび割れ、所々が隆起したアスファルトの上へと着地する。

 

 

「キッツいのが来るんだけど、受けられるかな?」

 

「クチィ、ガチ、ガチ!!」

 

「……ニドクイン! 備えろ!!」

 

「ギャォォ?」

 

 

 少女とオジサンの声かけは、絶妙かつギリギリのタイミングだった。

 各々のポケモン達が地面で構えを取った直後 ―― 防御としては間に合うか間に合わないかという間 ―― 白いヤツの腕はこちらを指差し、紫色の光による反撃がわたしたちをも巻き込む方向へと「降ってくる」。

 ……繰り返す。こちらへ「振ってくる」のだ!

 

 

「……って、うぇ! そうかわたし自身もあぶなあぁー!?」

 

「……っ!」

 

 

 思わず声を上げたわたしの目に、黒コートの少女が勢いよくこちらへと振り向き、足元をうろうろしていた黒いポケモンへと指示を出すのが映った。

 

 

「―― くっ!! ――ズ! その娘を――!」

 

「―― ガウァッ!」

 

 

 そして、その顔には見覚えがあり……そうだ……思い出した! あの子は……!

 しかし、次の瞬間には紫の光に覆われ ――

 

 

「ミュー」

 

 《ォォォ、 オオッ!!》

 

 ――《ドバァンッ!》

 

 

 凄まじい爆風と勢いの良い音を伴って、中空で紫色の光が弾けた。

 思わず思い出したものを後回しにして ―― わたしはビルの陰にいたというに ―― うつ伏せになり、少しでも身を小さくしてしまう。恐らくは後ろのスタッフ達もそうだろう。……圧倒的な威力を持つ、この技を目の前にしては。

 

「(なに、あれ!!)」

 

 わたしのよく知るポケモンの技とは、何かが違っている。

 殺意なのか、害意なのか、戦意なのか。……知る事は叶わないが、わたしはただとにかく「その技が怖かった」のだ。

 

 

 ――、

 

 

 余韻のみが響くヤマブキシティの街中に、粉塵が舞い上がる。

 わたしは口元を押さえつつも恐怖を辛うじて無視し、素早く立ち上がり、周囲を見渡す。前方には砂煙が立ちこめ、後ろのカメラマンは何とかカメラを構えてこそいるものの、腰がぬけて立ち上がれないみたいだ。

 そんな中、引き続き視線を動かす。

 

「(黒いオジサンは? ……あの、黒い女の子は!?)」

 

 あの子……いや、あの娘。

 この間と同じ黒のツーテールだが、格好が変わったのですぐには気付けなかった。

 

「(……居た!)」

 

 攻撃の瞬間、わたしの目が少女の存在を捉えた後。あの娘はこちらへと駆けて来てくれたのだろう。気付けばその背は、粉塵の晴れた直ぐ傍 ―― 真正面にあった。

 彼女はコートを翻しながらこちらへと振り向き、輝かしいまでの笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

 

「ふぅ。だいじょぶでしたか? 皆さん」

 

「ガゥーゥ?」

 

 

 そして、咎めるでもなくわたし達へと声をかけてくれる。主と同じく鳴声をあげたのは……そういえばさっきから彼女の足元をうろついていた、黒い姿をした怪獣だ。

 と、いうか。

 

 

「……何ゆえ、わたしとスタッフの皆さんは助かっているのですか?」

 

 

 わたしたちは光に包まれ……ビルをも軽く砕いてしまうあの技が、直撃していたはずなのだ。

 しかしよくよく周りを見ると、ビルなどは砕けてしまっているというのに、わたし達の周囲だけは『目の前の少女とポケモンを始点として』、綺麗なままで保たれている。まるで、あのポケモンの攻撃を無効化したみたいに。

 

 

「んー、まぁ、結論だけを簡潔に言えばこのコのおかげです」

 

「ガウ」

 

 

 少女は足元の黒い怪獣っぽいポケモンをなで、非常に気持ちよさそうな鳴声が響く。

 

 

「このコ達はあたしの切り札ですから。……それより、あなたも逃げたほうがいいですよ……って」

 

「?」

 

「……ぅわ」

 

 

 わたしの周りの砂煙も晴れたところで、少女がわたしの後ろへと視線を向け……カメラマン達の存在を目に止めた所で、僅かに表情が固まった。

 そして手をしゅびっと挙げると、

 

 

「……あー、すいません。御無事で何よりです。んじゃ、あたしはこれで――」

 

「待ってー!」

 

 

 振り向こうとした黒衣の少女を追って、わたしは立ち上がろうとする。

 しかし先程の光景によってか、わたしの脚には力が入っていなかったようで……前に進もうとする力だけが身体に加わり、

 

 

 ―― ズデンッ!

 

 

 そして響いた転倒音によって、辺りが静寂に包まれた。うー、脚だけじゃなくて心も痛い!

 

 

「……はぁ。仕方がないですね。……だいじょぶです?」

 

「す、すいませ……じゃなくて!」

 

 

 少女はその言葉通り、何時かと同じく仕方がないといった表情を浮かべ、黒衣と艶のある黒髪を風にたなびかせながら手を差し出してくれる。

 わたしはその手をしっかりと掴みつつ……ああ、もう!

 

 

「『ルリ』ちゃん! なんで行っちゃうのー!?」

 

「いえ。あたしテレビに映るの嫌いですし、ここは危ないですし。……はぁ、どうしましょうか。避けたかったのに、映っちゃいましたよ」

 

「じゃなくて! ルリちゃんが強いのは知ってるけど!!」

 

 

 手をぶんぶんと、上下に振りながら。

 

 

「あなたも危ないでしょーっ!?」

 

「アオイおねぇさんよりかはマシかと」

 

「た、確かに。……でも、だからと言って、ルリちゃんがあんなのと戦う必要はないでしょうっ!?」

 

「……そういう訳にも……あ。サカキさんが頑張ってくれてます」

 

 

 少女 ―― ルリちゃんは首だけを動かし、後ろで未だ戦っている黒オジサンを見た。もしかして、お仲間なのかな?

 

 

「えーと、」

 

「あのオジサンとあたしは、仲間じゃないですよ」

 

「読まれたっ!?」

 

「大体分かります。……それより、ほら」

 

 

 ルリちゃんはわたし達の後ろを指差す。その指先を視線で追い、後ろを見てみると……数名の人がこちらへと走ってきている。

 その集団の先頭を走るのは、2人の女の子。

 片方は膝まで届かんとする黒くてストレートの髪が綺麗で、体のラインを際立たせるような服とスカート。

 もう片方は……とりあえず、着物。走りにくくないのかな。

 

 

「あの人たちに合流して、早めに逃げてください」

 

「で、でも」

 

「あたしもその内に逃げますよ。ただしそれは、あのポケモンに勝てなかった場合ですけどね……そんじゃ、今度こそ。ではでは!」

 

 

 そういって、ルリちゃんはもう1度走り去っていく。

 

 

「――た! ――あなた! 大丈夫? 怪我はないかしら!?」

 

「ナツメ、もう少し落ち着いてから話しかけたほうがよろしいかと。……皆様方も。お怪我はありませんでしょうか?」

 

 

 走り去っていく背中を見つめていたわたしの後ろから、声がかかる。先頭を走っていた2人の女の子が追いついて来た様だ。こちらを気遣う言葉と共にその2人も、わたしの視線の先……再び向こう側で戦い始めたあのポケモンと、オジサンと、ルリちゃんを眺める。

 

 

「……ここは任せるべきですわ」

 

「で、でも。ルリちゃんがー……」

 

「あそこで戦っている内の少なくとも片方は、この地方でもトップクラスの実力者(トレーナー)よ。……多分、あなたの言ってるルリちゃんっていうのがそうね」

 

「えぇ。ジムリーダーであるわたくしとナツメが全く敵わない、とは言いませんが……残念ながら、今は足手まといになってしまいますわ。あの方は恐らく、わたくしたちのサポートを『してしまう』でしょうから」

 

 

 そ、そんなに強いんだ、ルリちゃん。となれば、

 

 

「はい。あの男性の方(かた)も……相当な実力者でしょうと推測いたします」

 

「そういうこと。じゃあ、あなた達も行くわよ。ほら、カメラも切りなさい。……わたしの街で暴れられるのを、自分の力で止められないのはくやしいけれどね」

 

 

 そう行って振り向き、走り寄ってきた集団と一緒に街の東ゲート方面へと走り出した。わたしやテレビクルーも、再び激しくなってきた戦いを背にして、その後に従う。

 ……そんな状況なのに、ジムリーダーの2人は、走りながら何故か楽しそうに会話を続けているんだけども。

 

 

「ふふ。それにしても、噂通り可愛いかったです。いえ、凛々しいとも言い表したくなりますわね」

 

「そうね。別に良いんじゃないかしら? アイツは嫌がると思うけど」

 

「あら、素っ気無い。……ナツメはあの方を助けたいのではなくて?」

 

「……否定はしないわよ。それにエリカ。あなただって、」

 

「はい。勿論です」

 

「……だから貴女はズルイっていうのよ、エリカ」

 

「褒め言葉として受け取っておきますわ、ナツメ」

 

 

 どうやらこの2人もルリちゃんとは知り合いみたいだ。なら後でインタビューでもしてみようかな、なんてことも考えつつ――

 

「(ルリちゃん……。……頑張って!)」

 

 未だ遠くで戦うあの娘の身を案じる事くらいは、しておきたいと思った。

 

 ……一部始終をカメラで撮ってたから、うんとカッコ良く報道されるだろうし!

 

 

 

 ―― Side End

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「お待たせです、サカキさん」

 

「……これで借りは返したぞ」

 

「う……すいません。……いえ。あたしから貴方への借りなんて、あったかどうかは知らないですが」

 

 

 視線はミュウツーから外さず、しかし苦しい面をしながら、倒れたニドクインを戻しつつも此方へと返答したサカキ。

 ところで……いや。確かにアオイ達を逃がす時間を1人で耐え切ってくれたのは助かったけどさ。俺からアンタへの借りなんて、全く身に覚えが無いんですが。覚えの無い借りは怖いけど、あんた相手だと覚えの無い貸しも十分怖いんですよ。

 

 

「……オレがここ、ヤマブキまで移動するまでの間、オマエはミュウツーと戦っていただろう。時間稼ぎになった」

 

「あー、そですか。そんならこれで貸し借りはなしですね。きっちり時間稼ぎで返して貰いましたし」

 

「……くっく。食えんヤツだ」

 

 

 此方の返答に、口元に手をあて笑いをこらえるサカキ。多分、俺がさっきの「借り」に対する言い訳を信じていないってのが解ってるんだろう、コイツは。……この状況でサカキの言葉を額面通り受け取る訳にはいかないからな。半信半疑としておくのが丁度良いと思う。

 ……だからといって、意味の無い嘘をつくヤツでもないからなぁ。どうしようかね。

 

 さて、非戦闘思考はここまでにしよう。俺はボールに手をかけ、……ここまではミュウが殆ど常時稼動。「ふたご島」ではピジョン&ニドクイン、海~ヤマブキではクチート&もう1体で相手をしてきている。サカキが隣にいることだし、正体バレを防ぐためにも(負担をかけてしまい非常に申し訳ないが)さっきと同じくクチート&もう1体に任せるべきかねー……と、作戦を練った所へ、だ。

 

 

「……ん?」

 

「ミュー」

 

 ――《シュンッ》

 

 

 ミュウツーがどこか遠くを指差し……ヤマブキシティから見て北側である……クイ、と手を引いた。そして、虚空へと消える。

 ……もしかして、追って来いってことか? 

 

 

「……どうします、サカキさん」

 

「……よくみろ、少女。俺は既に手持ちが全滅している」

 

「うぇ!? ……あ、ほんとですね」

 

 

 サカキが掲げたボールを見てみると、その中のポケモン達は揃ってぐったりとしていた。

 ミュウツーの紫光攻撃によって、元々手持ちが減っていたのだろう。その後に1人で戦ってくれたのだから……うーん。これはいよいよ、まったくもって申し訳ない!

 

 

「それに、手持ちの薬もないからな」

 

「あー……スイマセン。あたしの薬をどうぞ」

 

 

 そう言いつつ、俺はいつかの借りを返さんとばかりに「げんきのかけら」を取り出す。手持ちがいないと危ないだろうしな。

 サカキは差し出された星型の薬を一瞥すると、それを素直に受け取った。

 

 

「ありがたく受け取ろう。だが、オレはここで抜けさせてもらう。……オレの手持ちを尽くしても敵わなかったという事は……この勝負、オレの負けという事だ」

 

 

 語りつつもサカキは晴れ晴れとした顔で「げんきのかけら」を使用し、サイドンを「ひんし」状態から復活させ――

 

 ―― うし。「引っ掛かった!!」

 

 俺は大仰に悪戯好きっぽい笑みを浮かべ、黒のコートを豪快にたなびかせ、1人北側を向きつつ。

 

 

「はっは! かかりましたね、サカキさんっ!」

 

「……なにがだ」

 

 

 本当に気付いていないのか、指摘によって気付いたのか、もしくは「始めから、これすら仕込みで引っ掛かってくれた」のか。サカキの表情からは全く窺い知る事が出来ない。まぁ、組織のボスだからな。この位はしてもらわないと。

 ……さて、サカキの反応はさておき。1度始めたからには謎解きを継続しなくてはならないハズ。

 

 

「今あたしが渡したのは、『げんきのかけら』。一般には市販されていないんで、その効果どころか ―― 使い方すら、本当に一握りの人しか知らないですよ。ただs」

 

「成程な」

 

 

 その先は言わせないとでも言うように、サカキが声を割り込ませた。けど、まだ他に言いたい事はあるからなぁ。ならば、

 

 

「あぁ、じゃあ、追求はここで終わっておきましょう。ただしこれで貴方の目論見と、あたしが貴方に作った『借り』についての謎は解けましたです。……ま、時既に遅し。今となっちゃあどうしようもない事ですんで、『その後』についてはまた今度あった時に致しましょー、です」

 

「……オマエのようなヤツともう1度か。勘弁して貰いたい所だな」

 

 

 サカキは珍しく疲れをその背に滲ませ、西側へと振り向いた。視線をまったく此方へと向けず、しかし、話だけを続ける。

 

 

「少女。オマエが我が組織に噛み付いてくるのは構わんが……いや」

 

「……途中でやめられると気になりますよ?」

 

「組織のブラックリストに入れておいた」

 

「えぇー……あたしの名前も判らないのに、ですか」

 

「とりあえず『ルリ』として伝えておいたが。間違いか?」

 

「……うわー。地獄耳ですね」

 

 

 聴かれてたっ! アオイ達との会話か!

 

 

「オツキミ山といい、その勘の良さといい、オレとの縁といい……あの『黒いお人』と同様、オマエが障害であるのは間違いない」

 

「……あたしがその『黒いお人』かもという考えは?」

 

「ないな。あれは絶対に、少なくともあの格好の間は顔を見せん」

 

 

 確信とばかりに言い切り、今度は顔だけをミュウツーの指差していた方向へと向ける。

 

 

「……それにしても、強いな。製作者の意図した通り、スペックだけでなく……心も」

 

「ま、そうですね」

 

「だが、それだけだ。敵にするならともかく、制御などしきれんよ」

 

「……」

 

 

 さっきの俺の推理をかき回すためなのか、それとも素直な観想なのか。サカキは意味深な台詞を残そうとする。うーん、最後の最後まで面倒な複線(フラグ)ばかりをばら撒いてくれるお人だ。

 サカキは両手をポケットに突っ込み、

 

 

「オレの部下の下っ端ならば、ミュウツーと対峙しただけでもこう叫ぶだろう。――『バケモノだ』と」

 

「はぁ」

 

「お前はどうだ」

 

「どうもこうも ――」

 

 

 当たり前の事を聞いてくれる。

 

 

「恐ろしいのは確かでしょう。ですがそれは、ミュウツーに限らず、ずぅっと昔から『そう』なんです。今更そんな事を叫ぶお人たちは、勉強及び理解不足でしょうよ」

 

「……ふ。判っていても叫んでしまうほどの恐怖なのではないかね?」

 

「それもそうですね。ミュウツーはそうなるように創られたんですし。……ですけど、だから」

 

 

 今度こそ俺も、完全に北側を向く。

 ―― このヤマブキの北にある街で、ミュウツーと決着をつけるために。

 

 

「だから、『初め』から呼んでいるんですよ。……ポケモン……『ポケットモンスター』ってね。『化け物』との訳には適さないかも知れないですが、恐ろしい生き物だってのは初めからなんですってば」

 

「……ふ、はは!」

 

「いえ、まぁ……『携帯獣』なんて呼んでいる大学もあるんですけどね? そこはご愛敬でお願いします」

 

「く、く。……はは! そうだな。当たり前だ!」

 

 

 ついでに言えば、とある世界の海外では「ポケモン」との呼び名こそが主流であり・・・・・・なんてのも、どうでも良いとして。

 俺は笑い続けるサカキを背に、……うぅん。ミュウツーが消えたのを察知して、また人が集まってきそうだな。そろそろ行くか。

 自転車にまたがり、ペダルに足をかけ、電動アシストのスイッチを入れ ――

 

 

「ではこれで。……いつかまた、です!」

 

「あぁ。……出来る事なら、次はオマエともバトルをしたい所だがな。……さらばだ、少女」

 

 

 

 ……。

 

 ……うぇぇ、面倒なフラグばかりが増えていってる気がするんですがぁぁっ!!

 

 

 なんて無駄思考を今だけは流しつつ、北側へと向かうのだった。

 

 



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Θ― 戦況、御報告

 少年がヤマブキシティでの戦闘を繰り広げる、少し前。

 多少は落ち着きを取り戻したシオンタウンにおけるお話。

 

 

 ―― Side ミィ

 

 

「戦況、御報告するわ」

 

『……とってつけたような「御」なんていらないわ、ミィ。それより、あなたとショウの挙動について知りたいのだけど?』

 

『わたくしとしては、まずは戦況を知るべきだと思いますわ、ナツメ』

 

『……それもそうね』

 

「異論は、ないわね。それじゃあ始めるわ」

 

 

 電話の向こうにいるのであろう、友人兼ジムリーダーの2人……エリカとナツメへと、現在把握できている状況を伝えることに。

 

 まずは……「逃走している野生ポケモンの動向について」。

 

 ミュウツーがグレン島を飛び立った昨晩から大きな混乱に見舞われていた都市は、主に3ヶ所。

 ―― シオンタウン、セキチクシティ、ハナダシティ。

 

 先ず、シオンタウンは私とキクコがいたおかげで、比較的落ち着いてポケモン達へと対処することが出来ていた。……とは言っても、キクコと一緒に暫く暴れて幽霊達を片付けた後に協会員へと任せた、というだけの事なのだけれども。ただし、私とキクコの減らした数というのが途方もないモノであるというのは、いうまでもない事。特殊攻撃の努力値も美味しかったし、ね。

 

 次に、セキチクシティ。ヤマブキやタマムシといった主要都市からは隔絶されており、かつ四方が野生ポケモンの宝庫であるという土地柄。それが影響したのか、本日明朝にミュウツーがサイクリングロードで戦闘を行った際に、非常に多くの野生ポケモン達が……北側「サファリゾーン」と西側「サイクリングロード」から、逃げ出してきていたみたい。それこそサファリの柵なんてものともせずに。けれど、ここへはジムリーダーであるキョウの他にも心強い援軍がいるの。

 それこそが、ミュウツーとの戦闘に敗北し最寄であったセキチクへと回復に来ていた ―― ワタルとシバ。さらには復活したカンナなんかに防衛へとまわって貰ったお陰もあってか、報告によると既に、事態は殆ど沈静化させられているみたい。

 

 そして、最後に ――

 

 

『ハナダシティ? ……確かに地理的には野生ポケモンが多いかもしれないわね。けど、ニビシティ同様、ミュウツーの逃走経路からは遠く離れた位置にある街なのだから……』

 

『いえ、そうではないのでしょう。続けてください、ミィ』

 

 

 2人の言葉に促され、説明を続ける。

 

 

「残念、ながら。……そもそも、最新の報告によればヤマブキへと向かっているわ。ハナダへも、襲撃する可能性は十分に出てきたのよ。けど、重要な点はもっと別」

 

『『……』』

 

「ミュウツーは、『北上』しているの」

 

『『……!』』

 

 

 同時に気付いたのであろう、息を呑む間。……そう。

 ミュウツーは、カントー近域の南端である『ふたご島』から北上を続けている。

 ミュウツーは、近づくと周辺の野生ポケモンが逃げ出す。

 と、なれば。

 

 

「今、大量のポケモン達が。北上するミュウツーに追われる様に、カントーの最北地であるハナダシティへと集まっているわ。それこそ、サファリゾーンなんかのポケモン達も。……観測班の報告によると、もう少しで、ヤマブキシティ周辺を通過するでしょうね」

 

『ミィ! ハナダへの連絡は終えたのですか!?』

 

 

 例えば、ピストンで押し出されるかのように。野生ポケモン達は時折分散しながらも、圧倒的な数をもって、カントー地方の北側へと軍勢を推し進めているのだ。

 着物お嬢様の何時になく慌てた声が通話口から響き、けれど、勿論。

 

 

「勿論よ。ハナダのジムリーダーであるサクラや、協会……近場のタケシにも、既に連絡はついているわ。けれど、カントー広域の野生ポケモンに対抗するには。全く持って数が足りないわね」

 

『なるほど。それでわたしとエリカへ連絡してきたのでしょう』

 

「えぇ。……先ずは、ナツメ。ヤマブキの人達に念のための退避勧告をお願いするわ。恐らく野生ポケモンの集団だけでなく、ミュウツーはヤマブキにも飛来するでしょうから。それに折角、街にシェルターがあるのだし。活用しないと駄目」

 

『わかったわ。出来れば、ミィからもシルフへ呼びかけをお願い出来るかしら?』

 

「あの、無駄に大きな企業が。役立つかは判らないのだけれど一先ずは了解よ。……次に、エリカ。タマムシも壊されたサイクリングロードの事で手一杯だとは思うのだけれど、それは両親に任せて。ナツメへの救援をお願いしても良いかしら」

 

『心得ました。幸い、サイクリングロードは整備中でした。人的被害はありませんでしたし、後回しで大丈夫かと思いますわ』

 

「有難う、エリカ。ナツメ。……それじゃ、私は少し離れた場所にいるから、真っ直ぐにハナダシティへと向かう事にするわ。……それと、」

 

『『……』』

 

「……えぇ、解っているわ。ショウは今、セキチクからヤマブキへと向かっている所よ。野生ポケモン達の軌道をなぞる様に北上しているみたい。……心配は、要らないわ。ショウがヤマブキに到着する時、野生ポケモン達はとっくにヤマブキを通過していると予測されるの」

 

 

 付け足しておくと、2人の顔が綻ぶ様子が、通話口越しでも想像できるのよ。

 

 

「それはともかく。……恐らく、野生ポケモンに関してだけじゃあなく。ミュウツーとの決戦もハナダシティになるわね」

 

『? 何故です?』

 

 

 ナツメの分も代表して、エリカが疑問を口にする。そう、ね。

 これは、私の「原作知識」によるところが大きい予想。2人に伝えるのは中々に難しいのだけれど ―― なら。

 

 

「……女の、勘よ」

 

『『……』』

 

 

 2人からの反応は一旦途絶え、数秒の間。そして、

 

 

『ふ……あははっ! 流石はミィ、ね!!』

 

『9才にして、女の勘を備えていらっしゃるとは。感服……く……致し、ます、わ』

 

 

 1人はお腹を押さえながら、1人は口元を押さえながら。

 ただし通信口からの為、あくまで想像なのだけれど……2人のリアクションは、どうでも良いわ。それに、そんなに笑われるような内容だったかしら……と、えぇ。笑われて当然ね。突拍子が無さ過ぎるもの。

 

 

「……はぁ。それに、ミュウツーはそんなに柔な相手じゃあないの。ヤマブキで仕留められる、というのは安直な希望に過ぎないわ。それで、だから。貴女達も避難誘導が終わったら、ハナダへと来て手伝って頂戴」

 

 

 若干投げやりに、2人へと動向だけを伝える。なんだか疲れたわ。これくらいで、大丈夫だと思っておく事にしましょう。

 そんな私へと、2人は少しだけ様子を切り替えて。

 

 

『わかった。わたしとエリカ、各々のジムの人員なんかも……それに、そうね。カラテ道場なんかにも声をかけておきましょう』

 

『わたくしも、近くにヤマブキとタマムシがあるおかげで安全圏であるクチバシティのマチスさんへ、連絡と救援要請をしておきますわ』

 

「有難う。そして、お願いするわ」

 

『任せて』

 

『ご武運を』

 

 

 頼もしい言葉を受けて、通信を切る。すると今度は、これまでずっと私の隣で控えていた……文字通り怪しい影を足元へと落とす人物が、入れ替わりに口を開く。

 

 

「ひっひ。お嬢ちゃん。お話は済んだのかい?」

 

「えぇ。……貴女は、これからどうするの」

 

「おや。それはこちらの質問だね。どうするんだい、お嬢ちゃん?」

 

 

 杖をカツカツと鳴らし、待っていたとばかりに捲くし立てる ―― キクコ。

 つい先程までシオンタウンを覆っていた幽霊ポケモン達を、私と一緒に、文字通り掃討してくれていたのだけれど……

 私はシオンタウン郊外でフードを被りなおし、通信機器を四次元(うち)ポケットへと収納しながら、キクコへの質問を開始。

 

 

「まず。貴女は、まだ。手を貸してくれるのかしら」

 

「おおっと、勘違いすんじゃあない。『アンタに』じゃあないよ。この貸しはね、先への投資さ」

 

「『私に』、とは言っていないわ。……なんて。こんなやり取りをしている時間が勿体無いわね。簡潔にお願い」

 

 

 私自身がハナダに向かうまでの時間は、まだまだかかってしまうのだから。なるべく早く北上しなくてはいけないのよ。

 

 

「そう急くでないよ、若いってぇのに。……ひっひ、そうさね。手助けは、してやるさ。ただし条件があるねぇ」

 

「……ついさっきは、協会の仕事だからとか言っていなかったかしら」

 

「ふん。無駄に賢しいジャリ娘め」

 

「えぇ、有難う」

 

「……面倒なヤツだね。ま、そんなに急ぐのならアタシの『お願い』は後払いでもいいさ。アタシも急いでハナダへ向かうとするかねぇ」

 

「……後払いほど。怖いものも、ないのだけれど」

 

「なに、どうせ直接アンタに関わるもんじゃあないよ。ショウとかってガキンチョに用事があるのさ。……間接的には、アンタにも被害は及ぶだろうけどね! ひっひっひ!!」

 

 

 そう言うとキクコは、腰につけたハイパーボールの1つを取りはずし、地面へと投擲。

 中から現れたポケモンは ―― フワライド。

 

 

「フワラーン!」

 

「それじゃあ、あたしゃ先に行って暴れてるとするかね!」

 

 

 その気球の様なポケモンに掴まり、キクコは嵐の前の薄暗い空へと……北側目指し、『そらをとぶ』で飛んでいく。

 フワライドなんて持っていたのね……とか、四天王の時はむしろ毒ポケモン使いだった……なんていう突っ込み思考は、隅へと追いやっておいて。

 

 

「……降り出しそうな、空」

 

 

 下生えを革靴でバサバサと掻き分けながらも、進行方向の空を見る。

 今は真昼だというのに、……シオンタウン自体の陰鬱とした雰囲気だけではなく……低気圧のもたらした黒雲によって、カントー地方全域には重苦しい灰色の天井が出来上がっていた。

 晴れぬ空を見上げながら、でも、と思う。

 

 

「戦闘の場所が、もしも……ハナダシティになるとしたら。これは好機なのかしら」

 

 

 天候パーティという概念は、今の時代にはあまり存在しない。だけれども、あの街は「水タイプジムリーダーのいる街」なのだから……上手く進行すれば、野生ポケモン達は何とかなるのかも知れないわ。

 となれば、後は。

 

 

「目下最大の、問題。……ミュウツーね」

 

 

 1対1で倒そうなどとは、初めから考えていない。

 ショウと立てた当初の作戦では、ミュウツーのPPを削って、疲労させてやろうという魂胆だった。だがしかし、この作戦には自明の欠点があるの。

 

 何故なら、この世界では「覚える事の出来る技数が4つではない」のだから。

 

 実際、……カンナやワタルなどの証言から……「こなれてきた」ミュウツーは適宜『ねんりき』や『スピードスター』といったPPの多い技を使用し、PP効率を重視した戦いをしている。

 と、すれば。ここで今までのミュウツーの挙動を考えると、1つの疑問が浮かぶ筈。

 

 ―― ミュウツーは何故、『ねんりき』や『スピードスター』といった低威力の技を使っているにも拘らず、あの圧倒的な攻撃力を保持できているのか。

 

 そう。このミュウツーの「エコ作戦」が成功しているのには、カラクリがあるのだと、思う。

 

 

「……嫌な、予想ばかり。当たるのは勘弁してほしいのだけれど……」

 

 

 実の所というか、カラクリの予想もついてはいるの。けれどもその「予想」を確定させる因子は、今の所ショウからの報告を待つほか無い。

 

 そんな最中。

 

 

 

 ―― ポツ、ポツ。

 

 

 

 ―― ポツ ―― サァァァ……

 

 

「(ついに、降り出したわね。……行きましょう)」

 

 一旦思考を切り落とし、雨粒を落とし始めた曇天の中、北西へと岩山を駆ける。

 目指す決戦の地、ハナダシティへ向かって。

 

 

 

 ―― Side End

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そして、ヤマブキ襲撃後へと時間は流れる。

 

 野生ポケモン騒ぎの収まったセキチクシティのとある民家。

 ゲーム「ポケットモンスター」において「四天王」と呼ばれていた人物達の視線は、部屋の壁際に配置されたテレビの画面へと集まっている。

 件の画面の中では、マイクを構えたアナウンサーが視聴者へと熱弁をふるっている。隣に座りながら映像についての解説を行うのは、ポケモン学の権威だという博士。

 

 

『オーキド博士。このポケモンは?』

 

『ふむ。このポケモンは、新種のポケモンじゃな。……わし等オーキド研究班が、来年度に控えた研究発表に向けてカントーに住むポケモンの調査を行い、「ポケモン図鑑」を創っているのはご存知かな?』

 

『は、はい! それは、勿論!!』

 

『残念ながらその中には、カントーには住み着いておらず、飛来しただけのポケモンなどは含まれておらんのじゃよ』

 

『……ならば博士は、このポケモンは他の地方から飛来したものであると!?』

 

 

 興奮気味に叫ぶアナウンサー。

 しかし当の博士は、そんなことは気にもせず。

 

 

『これこれ。わしとて、調査もしていないポケモンの事が判る訳がないじゃろうに』

 

『そ、そうですね。すいません』

 

『じゃがの。ひとつだけ、判る事があるぞ』

 

『それは?』

 

『うむ。それは、この野生ポケモンが……バトルを心から楽しんでいると言う事じゃ』

 

『……』

 

『闇雲に暴れまわっている、というでもないしの。……何より、各街のトレーナー達が既に動き出しておる。はっはっは! このポケモンも、存分にバトルが出来ることじゃろうて!』

 

 

 笑いながら周囲を唖然とさせる、ポケモン学の権威。

 暫くすると番組はCMに入り、2分ほどのCMの後。

 

 

『―― ここで、先程までのヤマブキシティが撮影されています。こちらをご覧下さい』

 

『こ、こちらアオイですー! ヤマブキシティに降りたという、謎のポケモンの取材を……う、ぁぁ!? ……た、大変危険なため、こうして隠れながら中継いたしま ―― 』

 

 

 今度は中継へと切り替わった。

 

 ……の、だが、しかし。

 

 

 ―― 全国放送である局で放映されているこの番組には、如何(いか)にもな黒衣を身に纏ったツーテルの少女と見える子供が、テレビクルーの前へと身を乗り出し。

 自らの黒いポケモンへと指示を出して、……張っているバリアーによってテレビ画面には紫の光球としてしか映っていないのだが……謎のポケモンの非常に強力な攻撃を。

 これはあたかも、英雄(ヒーロー)の如く。たった1人と1体で、助け出している姿が映し出されていたのだ。

 

 

「へぇ。あの女の子、ほんとに追いかけてたのね」

 

「む。知り合いか、カンナ」

 

「……この娘、とても良いバトルをするね!」

 

 

 体力が回復してからはセキチク周辺の野生ポケモン達を黙らせていた、眼鏡の氷ポケモン使いたる女性は、つい先日ふたご島で共闘した顔見知りである少女が映っていたことに対して、半ば以上に呆れのこもった言葉を発し。

 しかし、同じく回復からの掃討に尽力した半裸の格闘家からしてみれば見覚えがなく。

 ……そして最後に。ドラゴン使いの現在一般トレーナーである男は、ただのバトルマニアか。

 

 

「えぇ。わたしが会ったのはふたご島で、だけれどね。こうしてヤマブキに居る映像を見る限りでは、ずぅっとあのポケモンを追っているみたいだわ」

 

「……若いな」

 

「そうだね……けど、それなら尚更だ。そろそろ行こうか!」

 

 

 今までテレビによる映像に最も見入っていたワタルは、そう言って立ち上がる。残る2人……シバとカンナも、同時に。

 そして自らのモンスターボールに手をかけながら、次の行動方針を示す。

 

 

「おれ達としては、『この事態』を見逃すわけにはいかないよな? おれのカイリューに乗れば、ハナダまではひとっ飛びだよ。バッジも取ったから、『そらをとぶ』の使用にも問題ないし!」

 

「えぇ。行きましょう」

 

「……この状況。力あるものは、動くべきだ」

 

 

 初めに立ち上がったワタルが、テレビ画面の『上端』を勢い良く指差しながら告げ、カンナとシバも同意の声を上げる。

 

 

 ―― テレビから聞こえてくる番組の音声とは別に、画面上部に表示されていたのは。

 

 ―― 野生ポケモンの逃走による、『ハナダシティ市民への避難警報』だった。

 

 






 「英雄」と書いて「ひでお」と……呼んでも良いのです。
 少なくとも間違いではないのですし。

 そして本当にポケモンの話なのでしょうかという、最近の展開。
 いえ、ポケモンの話なのですけど……うーん。複線回収と更なる展開の為、色々とやっている最中なのです。
 のんびりと冒険できるのは、もうちょっと、まだ少し、―― まだ結構先かと思うのですすいません。



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Θ57 戦況、御把握

 

 

 ―― Side ミィ

 

 

 カントー北部に位置する水の街、ハナダシティ。

 ただし事ここに至っては、大量の野生ポケモンが逃走しているその先に「あってしまった」不幸な街と表現しておくけれども。

 

 因みに、私は黒尽くめの戦闘服からいつものよりは若干アクティブなゴスロリ衣装へと着替えていたり。身体の前に掛かったチェック柄のエプロンが目立つこの格好は、過剰にヒラヒラとはしておらず動きやすいために、最近の私のお気に入りでもある。

 そんなこんなで「私達(・・)」はハナダシティの南側に立ち、次第に強くなる風と雨脚の中で、先から走り寄ってくる黒い点の群れ(ポケモン達)を目に捉えつつ話し合っていた。

 

 

「さて。随分と、大群でお越しのご様子ね」

 

「でも、あれはわたし達だけで相手になるのかしら? 大分心配なんだけど……」

 

「……ふ、わぁ……。まぁ、相手になるかどうかはさて置くとしまして。『相手をしなくてはならない』のですわ、ナツメ」

 

「んんーーっ! よし、充電完了っ! あたしはいつでも行けるよ、ミィ!」

 

「あらら。カスミはいつにも増して元気ねぇ。……ならワタシも姉として、ジムリーダーとして。この街の為に頑張るとしますかぁっ!!」

 

 

 順に私、ナツメ、エリカ、妹カスミ、姉サクラという女性陣。更に、

 

 

「おれの岩ポケモン達は、守ることに関してはピカイチだからな。うん、こうして街を守るのもジムリーダーとしての職務なんだし、全力を尽くそうじゃないか!」

 

「オウ、何気にグレートなメンバーだナ! ミーも含めてジムリーダーが6人もイルゾ!?」

 

「うーん! こりゃ、わざわざグレンから遠出してきてみて正解だったみたいだな! わっはっは!!」

 

 

 後半は救援のタケシ、マチス、カツラという男性陣。

 ……そして、重ねて更に。

 

 

「さぁ、みせてやろう。カイリュー!」

 

「ここから先へは進ませないわ。わたしと氷ポケモンの実力、存分に発揮してあげる!」

 

「む。……あれらが相手か。不足はない」

 

 

 お聞きの如く、私が収集をかけたワタルとカンナとシバのゲームにおける四天王3人も合流してくれている。……えぇ。昼過ぎまで一緒に暴れていた幽霊使い(キクコ)がこの場にいないのは、とりあえず気にしないでおきましょう。他にもカラテ大王や各ジムのトレーナーなんかも集まっているのだし、これならナツメのいう「戦力」については何とかなると思うの。

 

 さて。

 ハナダシティはヤマブキから見れば比較的高台に位置する、山間かつ川間(かわあい)の街。北西にオツキミ山、東にイワヤマトンネルを配していることから、野生ポケモンの生息域に事欠かない立地でもあるわね。

 そんな街へ野生ポケモンが大量に侵入してしまえば、その被害たるや想像すらつかない。となると、侵入を許さない為に、こうして防衛線を張る必要性があったという訳。

 ……それじゃあ、最後の確認をしましょうか。

 

 私はトレーナーが大量に集まったせいで出来上がっている人ごみの中心で、大きく左腕を上げながら右手に拡声器を持ち、声をあげる事に。

 

 

「皆、聞いてくれるかしら」

 

 

 まず辺りにいた主要メンバーが此方へと振り向き、次いで3桁にも届こうかというその他の「率いられる」メンバー達も視線を向けてくれる。

 そして、視線が集まった所で。

 

 

「最終確認をするわ。……まず、予想される野生ポケモンの侵入ルートは2つ。空からの侵入ルートに関してはそのままハナダの上空を通過するでしょうから、ここでは陸路におけるものだけを挙げるわ。……さて。その1つ目が、今目の前にあるヤマブキ~ハナダ間の急勾配、5番道路を駆け上ってくるルートよ」

 

「このルートが主要防衛点です。ミィの他にわたくしエリカと、ナツメと、それにマチスさん。あとはカスミとサクラのハナダ姉妹に防衛を担当していただきますわ」

 

 

 横に立つエリカが加えて説明を行い、後ろにいるメンバー達が説明に沿って情況確認を行う。人によっては地図に戦況を書き込んだりもしているみたい。これなら大丈夫かしらね。

 私はエリカへありがとうと感謝の意を伝え、2つ目のルートについての説明を始める。

 

 

「2つ目はオツキミ山手前の『4番道路』と『ハナダシティ』、そしてハナダ南側にある『5番道路』……これら3箇所を囲む岩山の『三角地帯』へ逃げ込むルート。位置的には、ここから南西に下った所になるわね。特に知能が高く戦い慣れした野生ポケモンは私達の前衛を回避してここへ逃げ込むでしょうから……担当リーダーはタケシ、カラテ大王、カツラ、カンナ。タケシとカラテ大王、カツラとカンナは定置としておいて……そうね。カンナのチームのワタルは、機動力があるから遊撃を担当して頂戴」

 

「ああ、わかった」

 

 

 今回のメンバーの中で唯一ジムや大企業、研究班等とは関係なく『一般トレーナー』という立場で参加したワタルが、とても良い笑顔で承諾する。既に7つのジムを突破したという彼とジムリーダーたちは顔見知りであり、その実力もわかっている為、ワタルが今回の作戦へ参加することへの異論は出なかった。

 ……それに四天王であるカンナが認めている、というのが大きかったわね。シバに関しては(道場自体がジム候補としての実力もある)カラテ大王の一派に属してもらっているから、リーダー格ではないのだけれど。

 

 さてと。この話はともかくとして、本題を続けましょう。

 

 

「では、その他の指針についてお話するわ。ハナダの東……9番及び10番道路に逃走するポケモンについては、放置しましょう。あちらへ逃げたのであれば、ポケモン達は野性に(かえ)ってくれるでしょうから」

 

 

 向こうにあるのは無人発電所とイワヤマトンネル、あとは廃棄された工場群くらいのもの。ゲームでは存在していたイワヤマトンネル前のポケモンセンターに関しては現在建設されていないから、問題が起きたとしても処理は後々で間に合う筈。

 

 

「次に、野生ポケモン達に街中まで押し込まれた場合。この場合、私とハナダ姉妹……それに遊撃として行動するワタルが街中まで戻って対応する予定。ただし、その場合。各々のリーダー達が余力があると判断するのであれば、街中へ戦力をまわして頂戴」

 

 

 街中の人達は、既に北側にある「ハナダの岬」まで避難してもらっている。けれど、街へ攻め入られたのであれば対応する必要もあるでしょう。街中に野生ポケモンがいては、後々が大変なのだし。

 私からの注意事項伝達にまずリーダー達が頷き、次いで小波のように他トレーナー達も頷き始めた。それじゃあ、

 

 

「……それじゃあ、各自行動を始めてくれるかしら。先遣隊は既に動いているから、合流してあげて」

 

 

 この言葉を放つと、各人がそれぞれに動き出そうとする。……けど、あら。そういえば1つ、伝えるのを忘れていたわね。

 私は拡声器を持ち直し、

 

 

「あと少しだけ、付け加えておくわ。……皆、自分の行動については逐一リーダーに報告を忘れないで頂戴。それに勿論、安全が最優先よ。いざという時に居場所が判明していないと危ないのだし、何事も貴方達の命には代えられないのだから。お願いね」

 

 

 口元に微笑を浮かべながら、いつもよりも心なしかしおらしい声で。

 動き出していた人達の動きが少しだけ止まり、暫くの間雨が地に落ちる音だけが響く。

 そしてその後、

 

 

「「「ハイッ! 了解ですッッッ!!!」」」

 

 

 集まっていたカントー指折りのトレーナー集団は、とても元気の良い返事を返してくれたのだった。

 

 

「……相変わらず人を使うのが上手いのね、ミィ。職業柄なのかしら?」

 

「人聞きが、悪いわね。ナツメ。これは必要なことなのよ」

 

「そうですわね。後は男のジムリーダーの皆さんに、上手く『ムチ』を使ってもらうだけですもの」

 

「……いえ、だから。……そこまで狙ってはいないのだけれど」

 

 

 いつもの2人に挟まれながら話すものの……本当にそこまでは考えていないわね。ただ、この集団を纏めるのに「もう1押し」が必要だとは思ったのよ。ただし言われている内容自体については否定出来ないのだけれども。

 

 ……で。そんなやり取りをしている内にも先遣隊の2波が出立し、オツキミ山方面の部隊も四天王であるカンナを筆頭にして動き始めている。それなら ――

 

 

「私達も、始めましょう」

 

「えぇ。……ヤマブキのエスパーの力、見せてあげるわ!」

 

「そうですわね。わたくしも、草ポケモンの華麗な舞をお見せしましょう!」

 

「いっくわよーッ! 攻撃こそ最大の防御ーッ!!」

 

「……わたしの妹、どうして『こんなん』になっちゃったのかしら。姉としては結構心配なのよねー……。ま、いいけどさ」

 

「HAHAHA! ゲンキがあるナ、アクティブガール!!」

 

 

 言いながら、ジムリーダーたちも各自モンスターボールを取り出して戦闘態勢を整える。私もボールを取り出しておきましょう。そう考え、コートから白塗りの初期生産型モンスターボールを取り出すと、

 

「(……雨)」

 

 ―― ザァァァァ……

 

 降り続けていた雨が、より一層の濃さとなってきていた。これは、土砂降りと表現しても誇張ではないでしょう。

 雨粒がフードを伝って落ち、濡れたモンスターボールが曇天を映して鈍い輝きを放つ。

 ……けれど「雨」という天候は、この日ばかりは私たちに味方をしてくれる筈。なにせ、そのためにマチスとハナダ姉妹をこちらのチームに配置したのだから。

 

「(……さて、戦況はどうかしら)」

 

 思考を終えて視線を前へと移し、双眼鏡を覗き込む。すると、数キロ先からポケモン達が黒い塊となって駆けて来ているのが見えた。あの中には先遣隊として戦っているトレーナー達もいるのでしょうけれど……そうね。野生ポケモン達自体に罪はないとはいえ、このままではハナダシティが大変なことになるのは当然でしょうという程の数が、走り寄って来ているの。

 

 ―― カタタッ!

 

「……あら」

 

 

 思わずモンスターボールを強く握りこむと、カタカタと揺れた。どうやら皆、私を励ましてくれているみたい。そうね。期待には、応えたいもの。

 私は双眼鏡を懐へとしまい、このポケモン達の主として、胸を張って前を向く。

 

 

「……そろそろ、行きましょう。戦線を押し上げるわ」

 

「了解よ」「心得ました」「行っくぞー!」「行きましょーか!」「イエスマム!」

 

 

 一歩を踏み出し、坂を駆け下り始める。

 ジムリーダー達は走り始めた私の後を着いて来ていたけれど、私よりも歩幅が広いため、直ぐに前へと追い越していく。

 その勢いを頼もしく思いつつ ―― そう。最後の戦いが「始まる」というのは、言葉としては正しくとも……違うわね。

 

「(最後の、戦いに。『してみせる』のよ。私達の力で)」

 

 私は心の中で宣言をしながら、更なる一歩を踏み出して行く。

 

 

 ―― Side End

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

「っと、この辺からは登りか。……現在地はゲームで言う育て屋老夫婦の居た辺りなんだが」

 

 

 俺ことショウはヤマブキゲートを潜りハナダシティの郊外に達した所で自転車を止め、未だ解除していない女装の小物である四次元ポシェットへとしまう。勿論、重要な移動手段となっている自転車をしまったのには理由があるからな。

 

 ―― これ見よがしに目の上で水平に掌を当てている俺の視線の先は、段々畑のように階層になっていたり、急勾配の上り坂となっていたりしているんだ。

 

「(そういえば、ゲームじゃあ育て屋夫婦のとこだけ『降りジャンプ』でしか入れなかったんだっけ。HGSS辺りからは、育て屋の周りは都合の良い廃人ロードが設置されてたからなぁ)」

 

 なんていう思考はしかし、問題点ではないのだからして。

 本当の問題点は別にあるんだから、ここで思考を切り替えよう。

 

 

「さぁて、野生ポケモンの集団逃走ねぇ。結構な大事(おおごと)だよな」

 

 

 そう。ただいまこのカントー地方は、非常に大きな混乱に包まれている。

 その原因の1つこそが、カントー南方からミュウツーのプレッシャーに追い立てられ逃げてきた野生ポケモン達である。逃走予想経路ど真ん中にあったヤマブキシティはゲートと壁に囲まれた街であるため、野生ポケモン達は一旦は迂回しその数を減らしたのだが……結果としてミュウツーはヤマブキにも現れたんで、ハナダまで逃げてきているポケモンも数多いという次第だったのだ。

 先行してきているミィやらエリカやらナツメ、他にも連絡を受けたサクラなんかの各ジムリーダーとジム員が事態の収拾にあたっているらしいんだが……

 

 

「……えぇと、うっわぁ。これ、どうすりゃいいんだ?」

 

 

 こうして見る限り、どうやら5番道路は最激戦区となっているらしい。……いや、だってさ。

 俺の目の前では ―― カントー全土から集まったかの如く非常に多種多様な野生ポケモン達が、登り坂の先で待ち受ける、ひっじょーに見覚えのあるジムリーダー達と大規模集団戦闘(レギオンレイド)よろしくのポケモンバトルを繰り広げているんだから。

 

 

 ―― 、ァァァ……

 

 《ゴロゴロ》――《ピシャァァンッ!!》

 

 ワァ ―― ァァッ!

 

 

 イッシュ出身のネイビー的なエレクトリックジムリーダーとそれに率いられるトレーナー達が、雨中の必中『かみなり』なんかで野生飛行ポケモン達の相手。

 タマムシシティのお嬢様ジムリーダー率いる集団が草ポケモンで、野生水ポケモン達の相手。

 ナツメ率いるヤマブキ勢とカラテ大王のおっちゃん率いる格闘道場勢は、貴賎なく他のポケモン達を相手取っているとみえる。

 

 因みに「相手取られる」ポケモン達の内訳は、オニスズメ、ゴルバット、レアコイル、ゴルダックにコダック。遠くセキチクから逃げてきたのであろうラッキーやらメタモンやらドードリオ。どこぞから現れたマルマインなんかも大集合しているのが見えるなぁ。

 ……これはあれか。ゲームでハナダの洞窟に出現してたポケモン達が集ってるって事か! 初代とリメイクのが混ざってはいるけれどもっ!!

 

「(……なんてな。一応驚いてはみせるし、ミュウツー戦に手を抜いてた訳じゃあないけど、予想はついてた)」 

 

 あー……まぁ、テレビで野生ポケモン達の大逃走というニュースを見かけてから、予感はあったのだ。同時に最終決戦はハナダシティ辺りになるであろうとの予測もな。

 

 

「さてさて、さてさて……どうするかね? ホントに」

 

 

 この光景を目の前にして、少しばかり考え込んでみる。

 回り込む……のは、うーん。どうなんだろうな。自転車が役に立たない状況であるからには、時間が掛かる。って事はあんまり好ましくはないかなぁ。

 このまま後方から野生ポケモンを挟撃……は、折角『逃げてくれる』野生ポケモンを引き止めてしまうだけだ。長引いても良い事ないし、逃げてくれるポケモン達にはさっさと逃げてもらったほうが楽ではあるな。うん。

 となれば、やっぱり。

 

「(俺としてはハナダシティの中に突撃出来るのが、一番良い状況ではあるんだよなぁ)」

 

 前線にミィやハナダ姉妹の姿が見えていないという事は、既に街中まで侵入されている可能性が高いのだ。そんなんなら、俺も戦力として街中に入れると良いんだが……うん。「振り返り」はここまでにしとくか。

 

「(そろそろ約束の時間なんだが……)」

 

 俺は思考をここで切り、『先程トレーナーツールで連絡しておいた頼みの綱』の姿を探すため、辺りを一通り見渡す。

 すると、郊外の林の中に……

 

 ――《シュンッ!》

 

「……来たわよ! 急いでるんだから早く来て! ショウ!!」

 

 

 フーディンの『テレポート』によって引き連れられ、エスパー少女ことナツメが迎えに到着してくれたのだった。

 ナイスタイミングっ! そして、やっぱりエスパー頼みかっ!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― ハナダシティ

 

 

 《ギ、ギィィ……》

 

「お邪魔しまーす……って、うぁぅ」

 

「あー、あの時の女の娘! 久しぶりっ!」

 

「ありゃりゃん。来てくれたのねー。ありがとう、シ……じゃなくて。えぇと、ど忘れしちゃったわ。アナタ、名前なんだっけ?」

 

「うわぉぅ! ルリちゃんですかぁっ!?」

 

「はい、どもです。因みに名前はルリで間違いないですよ。カスミちゃんとサクラさんには、オツキミ山で『遭い』ましたね。……クルミさんは、もしかしてですが、アオイおねーさん経由で伝わってましたかね」

 

「その通りですぅ」

 

 

 ハナダシティにあるプール……ではなく、ハナダジムな。ま、プールといっても過言ではないこの場所の扉を開いてからの、第一会話がこれなのである。

 周囲を見てもハナダジムのジムトレーナーの細かい人以外は結構な割合で知り合いばかりであるため、女装の解除時期を完全に逃した俺にとっては戦々恐々の状況だったりする。

 ……ん、とりあえずは正体を「知ってくれている」サクラが上手くやってくれることを祈っておくか。むしろ、ハナダだのヤマブキだののジム員も「オツキミ山事変」には参加してくれていたんで、俺こと『ルリ』を知ってくれているんだから、解説がいらなくて好都合だろう。

 

 そんな風に顔合わせをしている中、後から入ってきたナツメがいつもは自動で開くはずのジムの扉を手動でバタンと閉じ、こちら全体へと声をかける。

 

 

「……顔合わせは済んだかしら?」

 

「うぃっす」

 

「それなら早く始めましょう。南側の指揮は父さんに任せてきたけど、事態は一刻を争うのよ?」

 

「ま、そですね。ではでは」

 

 

 ナツメに催促されてしまったが、もとよりそのつもりだったのだ。

 俺は既に左手に持っているカントー北側を拡大したタウンマップをばさりと床(の様なプールサイドなのだが)に広げ、周囲に集まった人垣の2列目までをしゃがませ、多人数が見えるような陣形を作ってから話し出す。

 

 

「まずは状況確認ですね。あたしが知っている状況を吐き出していきますから、皆さんも頭の中で整理すると同時に、疑問やら違う点があったら指摘を下さいです。……まず、5番道路を駆け上って進行して来るルートに関しては、あの感じなら持ちこたえることが出来るでしょう。ここはこのままで問題なし、としておきたいですね」

 

 

 ミィが立てたのだという作戦は、ここに来るまでにナツメから聞いた戦況によると、概ね上手く進行していたらしい。

 ……そう。『概ね』は。

 

 

「ですが、問題点もあります。5番道路に戦力が集中してしまいました」

 

「む、そだねぇ。カラテ大王にタケシ、カツラさんにも『三角地帯』から援軍に来てもらってるからさ」

 

「で、でもあれは仕方がないですよぅ!」

 

 

 俺の指摘に解説を加えてくれたサクラの台詞に、……ハナダへ中継に来ていて、逃げるタイミングを失ったせいで街中に閉じ込められてしまったのだという……クルミが返す。クルミは中々に戦えるポケモントレーナーでも為、街中での戦いにゲリラ的に協力してもらっていたらしい。

 で。サクラの言葉に「仕方がない」と反論したクルミが、続けて口を開いた。

 

 

「あの『白いポケモン』さんが来なければ、『三角地帯』の人達が大打撃を受けることもなかったですよぅ?」

 

「あれは……『数』で押し切るのは無理だったわよね。それこそジムトレーナーくらいじゃあ、ムリムリ!」

 

 

 聞いての通り、どうやら俺がここハナダへ到着するまでの間、かのミュウツーがハナダの南西へと顔を出し、4番道路と5番道路の間である地帯にて強敵トレーナー達と「大遊び」していたらしい。

 確かにクルミの言う通り。ミュウツーが来なければ『三角地帯』が大打撃を受け、「実力の高いトレーナー数名以外を残して5番道路へ集中させている」なんて今の状況には至っていなかっただろうな。

 ……なにせあのミュウツー、『攻撃の範囲が異常に広い』からなぁ。ただトレーナーとポケモンの数を集めるだけでは、むしろ邪魔になってしまうのだ。

 

 

「因みに、残ってくれているトレーナーはカンナさんが選抜したわ。四天王が選んでくれたのなら、文句も出ないし」

 

「……それでミュウツー戦に向かってるのが……」

 

「えっと、ミィちゃん、カンナ様、ワタルさん。あとは……カラテ大王のおじちゃんのお弟子さんポイ人と、突然出てきたユーレイおばぁちゃんっ!」

 

 

 カスミが指を折りながら、ミュウツー戦のために『三角地帯』へと向かったトレーナーの名前を挙げていく。1人だけ様付けだったカンナに関しては、ゲームでも憧れていた的な描写があったから、まぁいいか。

 ついでに、お弟子さん……てのは、多分シバ。幽霊ばぁちゃんもキクコで間違いないだろうから、ふぅむ。かの地にはゲームでの四天王がリアルに大集合していることになるんだが。

 

「(こりゃ、さぞや豪華な光景になってるだろーな)」

 

 これならミュウツーも御満悦に違いない。その勝敗はともかくとして、ではあるが。

 ……ふむ、と。

 

 

「さってと。それで、ルリちゃんも行くんだよねー?」

 

「……ま、そですね」

 

 

 ある程度まとめたかと考え俺がボールに手をかけた所で、ハナダのジムリーダーたるサクラが声を発していた。とりあえず、生返事を返しておく。

 

 例えば名実共にこの街のリーダーである彼女は、この街を離れて郊外である『三角地帯』へと……VSミュウツーの決戦へと、向かう訳にはいかない。雨中であるために大活躍できるであろう水ポケモンのジムリなのだから、尚更だ。

 例えば遂に夢を叶えてジムリーダーの立場と「なってしまった」ナツメは、南側の指揮を父に任せているとはいえ、だからこそ街内部の戦線からは離れる訳にいかない。

 南側で奮戦中のミィから指揮権を移されたエリカや、エスパージム軍の半分を引き受けているナツメ父。さらには必中『かみなり』で思う存分暴れているのであろうマチスさん達も然りで、5番道路の防衛を放棄は出来ない。

 ……つまり。

 

 

「ここで動けるのは、『あたし』だけですよね?」

 

「ま、そうよねー。……うん。ルリちゃんにも『あのポケモン』の相手を、頼めるかしら? あたしはやっぱり、この街を守りたいから」

 

「はいはい、了解ですよ。あたしが声をかけたオーキド班の援軍がもう少しで来ますんで、期待しといてください。えーと、多分班員である眼鏡の女の人がいますから、『ハンチョーからの言伝だ』って言って……よし。今の状況確認まとめを書きました、この手紙をお渡しくださればと」

 

「ほい。確かに受け取ったわー」

 

 

 サクラへ、間もなく到着予定である我が班員にもすぐさま状況が伝わるように書いた手紙を渡しておく。これで恐らく、班員及び援軍達を上手く振り分けてくれることだろう。うむ、これで良いかな。

 

 さぁて、うっし。これでやっと、俺がすべき ―― やりたい事が、あと1つだけになってくれた。

 全てはこのため。この後のために、俺は今までバトルの練習をしてきたのだ。切り札も含めて全てを出し尽くし、それでも勝てるかは分からない。そもそも勝つのが「正しい」のかどうかも分からないし。

 ……まぁ今となっちゃ、ポケモン勝負は趣味みたいな部分も多分に含んではいるけどな。このため『だけ』にとは、既に言い切れはしないのだ。

 

「(……うし。行くか!)」

 

 俺は、電源が落ちている為に薄暗くなっているハナダジムの内側から、入口のドア越しに外を見る。

 未だ曇天の空と、街中に鳴り響く警報音。そして遠くから、重く響く鳴声と雷鳴。

 それらを聴きながらドアの手すりに手をかけ、

 

 

「それでは皆さん。この街をお願いしました、です。あたしゃあ郊外のやつを相手しに行きますんで!」

 

 

 中に立つ集団へ、とても元気良く。

 

 

「任せたわよ、ルリちゃん!」

 

「良いわ。こっちは任せて、行って来なさい!」

 

 

 まず返ってくるのは、それぞれのリーダーの声。「任せた」との気持ち弱気な声援に、「行って来い」との切れ味鋭い応援だ。そして、

 

 

「任せたぞ、嬢ちゃん!」「お願いねー!」「負けたら承知しねぇぞ!」「行って来い!」「ツインテーェェル!」「お

気をつけて!」

 

「ニュロ、モモッ!!」「(……)」コクコク「グワ! グワワ!?」「ギャララ! グオ゛ォ!」「……ビチッ、ビチッ」「バリバリ! バリリィ!」

 

 

 この街の人々だけではない。沢山のジム員達、そしてポケモン達からの声援を受けた。

 しかし ―― それらが鳴り止んだ頃合。俺がドアを開け放ち、一歩を踏み出した時。

 

 

「―― わ、わたし! ルリちゃんと一緒に行けますぅっ!」

 

 

 眼鏡をかけた少女が、おっかなびっくりな様子で名乗りをあげたのだった。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ハナダシティを出てから西へ向かう間、数度野生のポケモンと遭遇する。

 そのどれもが強力な野生ポケモンであるのは……成程。あの軍団の中をここまで「逃げ続けてこれた」ポケモンは、カントー地方屈指の高レベルであるという事なのだろう。

 これはもう出し惜しみしている場合じゃあないな、と!

 

 

「頼んだ、ミュウ!」

 

 《ボウン!》

 

「―― ンミュッ!!」

 

 

 ボールから飛び出たミュウが、「出て良いの?」と問う視線を此方へと向けたのも束の間。目の前のドードリオに向かって素早く『メガトンパンチ』を繰り出した。ドードリオの持つ3つの頭の内怒っているそれを出会い様で的確に殴り倒したミュウは、空中で宙返りしながら素早く距離をとる。

 その間を埋めるようにクチートを走らせ、

 

 

「クチート! 『かみつく』です!」

 

「クゥ、チィ!」

 

 ――《ガブゥッ!》

 

「ド!」「ド!?」「ドォォォド……」

 

 フラッ ―― ドスンッ!

 

 

 クチートはブンッと鋼の顎を振り回すと、ドードリオの喉元へと『かみつく』。暫く鳴声を上げた後、ドードリオの巨体が地面に倒れた。そして素早く、もう1体!

 

 

「ピジョン! (『でんこうせっか』!!)」

 

「ジョッ!」コクッ

 

 

 頭上のピジョンへサイン指示を出し、同時に「俺の隣にいるトレーナー」も自らのポケモンへと指示を出す。

 

 

「ネムリン! 『サイコキネシス』ですよぅ!」

 

「……ムフッ」

 

 

 奥にいる水色の身体、ゴルダックに向かってピジョンが一気に飛翔。

 そして隣にいるトレーナーこと、クルミ。彼女の手持ちである「ネムリン」 ―― スリープは指示に従い怪しく両手を動かすと、ゴルダックに向かって「1点を基点として広がる」念波を放った。

 

 

「グワワッ!?」

 

 ―― ォォ、 ―― ポシャンッ

 

 

 『サイコキネシス』に襲われ、かつ予想外の距離を一気に詰めてきた『でんこうせっか』も横合から直撃。ゴルダックを俺とクルミが走る道の脇にある川へと落とすことに成功した。

 ……うーん。これ、経験値はどうなるのやら。倒したんなら、入るとは思うんだけども。

 そんな無駄思考を少しだけしておいて……ここまで連戦もいい加減にして欲しいほどのエンカウント率だったからな。手持ちの状態確認に入ろうか。

 

 

「ミュウ、クチート、行ける?」

 

「ミュミュ♪」「ゥゥ、チィ♪ ガチン、ガチッ!」

 

「えと、だいじょぶそうですね。……おかえり、ピジョン!」

 

「ジョーォ!」

 

 

 中空に浮かぶ1体と肩に止まる1体、そして足元に擦り寄る1体を撫で、ピジョン以外はボールに戻す。もう一方の手ではポケモン図鑑を弄り、手持ち状態確認画面を表示。どうやらHPが緑ゲージ以下になった手持ちはおらず、状態異常もかかっていないみたいだな。……申し訳ないけど、まだまだ先は長いし。皆には頑張って欲しい所か。

 

 

「ふぅっ! ……戻ってくださぁい、ネムリン!」

 

「ムフッ!」

 

「お疲れ様です、クルミさん。……スリープも、ありがと」

 

「ネムリンは強いんですよぅ? この程度じゃー負けません!」

 

 

 スリープをボールに戻すと腰に手を当て胸を張り、えっへんとでも言うように笑うクルミ。

 クルミが言うように、確かにこのスリープは高レベル。図鑑のレベルチェック機能によるとレベル33であるとの事だった。

 ……いやさ。俺も、「なんぞ」とは思うけどな? トレーナーとの相性で低レベル進化するポケモンがいるということは、多分、進化レベルが引き上げられるってな事もない訳じゃあないんだろうと思うんだ。うん。

 

 そんな風に自分を納得させておきながら手元では「むしよけスプレー」を取り出し、自分とクルミへ噴射する。これは、あれだ。ギアナでも思ったけど、キン○ョールぽい匂いがするんだよな。

 

 

「ぅわっぷ」

 

「ピ……ジョ」フルフル

 

「うし、ピジョンは終わり。クルミさんもガマンして下さい。なるだけ戦闘回数を減らしたいですからね」

 

「それはそうですが……」

 

 

 一旦言葉を切り、クルミが辺りを見回す。

 ―― ハナダの西側に広がる、岩山然とした瑞々しさの少ない台地。オツキミ山緩やかなのぼりとなっている4番道路が、俺たちの現在地なのだ。

 ずぅっと続く坂道に、嫌気が差してきたのだろう。クルミは如何にも疲れた、といった表情で続ける。

 

 

「まだ着かないんですかぁ? もう、4番道路には入ってますよね?」

 

「はい。それどころか既に4番道路を出ようかという位置ですよ。報告からして、最終的にはもうちょっと北まで移動しなくちゃあいけませんけどね。ほら」

 

「……うひゃぁ。もうこんなに来てたんですか」

 

 

 クルミが大仰なリアクションをしながらマップを覗き込み、……そろそろか。

 俺はコートの中へとマップを収納すると、ピタリと立ち止まってクルミを見る。

 その視線にクルミも立ち止まった所で、さて。どうやって切り出すべきかね。率直に行くべきか。

 

 

「んー……とりあえず。クルミさん」

 

「はぁい? なんですかぁ?」

 

「このままあたしを手伝ってくださるのなら、カメラを取り出してもいいですよ」

 

「……」

 

「ピジョ?」

 

「クルミさんのスリープ……あー……『ネムリン』とかニックネームがついてる方のスリープです。あの子、とてもお強いですからね」

 

 

 ピジョンはそうなの? とばかりに首を傾げているが……何故かクルミの手持ちは2体、どちら共にスリープ。片方は未進化高レベル、もう片方は低レベルなつき度ゼロという両極端且つ非常にマニアックなチョイスをしているのだ。

 ……あぁ、そうだそうだ。本題の続きといこう。

 

「あぁ因みに、そういえば。貴女が来るといった時点で、撮られるのは覚悟しています。いくら『エース級』がいるとはいえ、手持ちがスリープ2体だけで着いて来ると言って下さった貴女の根性も、評価したいです。どです?」

 

「……ふむぅ。中々に腹黒さんですね、ルリちゃんは」

 

「いえいえ。貴女ほどでは……って、違いますかね。あたしはともかくとして貴女の場合は、被っている仮面が『濃すぎる』だけ……つまるところ、キャラとのギャップのせいでそう感じるだけでしょうよ」

 

 

 そう。「この人」が只でこんな危険を冒すはずはない。ホウエンにおける解説、アレを聞く限りじゃあ……あの口調とボケ芸にはぐらかされはするものの……彼女がポケモンに対する深い知識を持っているのは読み取れた。恐らくは仕事(アナウンス)の為に叩き込んでいるのだろう。

 そんな彼女が、「巻き込まれた」なんて理由でハナダに残っているって言うのは、可能性がないと言い切りはしないけど、それこそ低確率だろうと考えていたからな。

 俺の呼びかけによってちょっとだけ素を見せてくれたクルミは、腰につけたポシェットからハンディサイズのカメラを取り出した。シルフ製の最新型であるそのカメラは、報道者が常時持ち歩いている人気商品だとミィから聞いたことがある。

 

 

「……ルリちゃんがそんな事を、態々こんな場まで来て言うという事は、ギブ&テイクなのですか。……ではでは、遠慮なく撮らせて貰いますよぅ?」

 

 

 にへら、と。この状況でもこんな笑みが出来る彼女は、かなり肝が据わっているのであろう。

 

 ……まぁ、俺がクルミの同行を許可したのは、このため。「ルリとしての活躍をカメラで撮って貰うため」なのだ。

 ヤマブキで出会ったサカキの「仕込み」は、ミィとの連絡からある程度予測はついている。その内容からして、俺は未だ女装を解く訳にはいかなくなっている訳なのだが……うん。個人的にはもう衣装を投げ捨てたい気分なんだけどな。それはともかくとして。

 「仕込み」が成功している時点で、ロケット団の勝利は確定してしまっているのだ。なればこそ、俺としてはこのもう1人の自分……「ルリ」の知名度を上げておいて損はないと思う。

 

「(……まぁ、知名度を上げたせいで起こる『弊害』もあるけどな。それは後回しだ。こいつらに申し訳ないとは思うけど)」

 

 少しだけ感慨深くここまで付き合ってくれている手持ち達の事を考え、隣を跳ねているピジョンのたてがみを撫でてみる。ピジョンは非常に気持ちよさそうな表情をしてくれている……が、まだ終わってはいないのだ。ここで気を抜いちゃあいけないな。

 気を引き締めなおし、俺は再びクルミと共に前へと目を向ける。北は……あっちだよな。大きな山の見えてる方。

 

 

「さてさて、この先からはハードモードです。……せめて、クルミさんがこの先でも笑顔でいてくれることを祈りますよ。目指すはあっち、オツキミ山の裾野に含まれている山です」

 

「危険なのは重々承知ですぅ。ではでは、いきますk

 

 ――《ッ、ガァァォンッ!!》

 

 ……やっぱ行きたくないかも知れないですよぅ」

 

「ピジョッ!?」

 

「根性見せてください、クルミさん。……そんじゃ」

 

 

 俺達が向かうべき場所辺りで響いた、大きな爆発音。

 恐らく、ミュウツーがヤマブキでも使用した技……『サイコブレイク』を使ったんだろう。「物理攻撃でダメージ計算される特殊攻撃」というなんとも面倒な仕組みを持つその技は、BW以降におけるミュウツーの専用技だ。中々に高威力を誇るエスパー技であり……ま、ここで重要なのは技の効果じゃあないんだけどな。ミュウツーがその技を覚えるレベルこそが問題なのだ。

 

 

 《ズゥゥゥ》

 

 ――《グニャァッ!》

 

 

 遠くの空一面、曇り空が歪んで見える。

 あの山の向こうは、俺が何度も対峙した件のポケモンを倒すならば、この地をおいて他にない程に最適な場所の筈。

 

 ハナダの北側 ―― 今はただのオツキミ山の一部である部分。

 ゲームにおける呼び名は、『ハナダの洞窟』。

 

 

「……さぁて、行きますかぁ!!」

 

「ピジョジョオ!!」

 

 ―― カタタ、カタタタッ!!

 

 

 揺れるボールを感じながら、またも走り出す。もう少しで丘を越えられる。目の前の丘さえ越えれば、見えてくるだろう。

 戦闘中の四天王+ミィ、そして……同時に。

 

 ―― 『サイコブレイク』を習得できる、「レベル100」に達しているであろう、ミュウツーの姿もな!

 

 

「……わたし、早まったかもしれません。生きて帰る事が出来るんでしょうかねぇ」

 

 

 未だ曇天に包まれた雨の降るカントー地方、ハナダシティ郊外の台地にて。

 ……不吉なクルミの呟きは、とりあえず無視しておきたい!

 

 






 ここで言い訳を致しますが、FRLGのハナダの洞窟にはラッキーやらドードリオやらは出現いたしません。初代には出現していたため、そのイメージ補正がかかっております。

 尚、実は、主人公的及び作者的な「女装の理由」が未だ残っているのです。
 ……その解説は、事件終了後になると思いますが。申し訳ありません。

 …………それにしても、多人数を紹介するに当たって、もっと適切かつ判りやすい方法がないものですかね。
 今話などは、迷走した上でのこの体たらくなのですが。


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Θ58 VSミュウツー④

 

 

 ―― ハナダシティ、北北西の郊外

 

 

 クルミの呟きを無視したついでとばかりに肉体の疲労を根性で無視し、更についでとばかりに雨粒をガン無視。必死で息継ぎをしながら最後の丘を走って登る。

 因みに、ここまで来る間も引き続き野生ポケモンの相手をしてくれていたピジョンに関しては、上手く経験値を稼ぐことが出来たから今はボールの中だったりなんだり。

 

 隣を走るピンク髪の眼鏡アナウンサーことクルミは戦闘が近くなってきた事を察してか、カメラの電源を入れているご様子。

 俺も丘の頂点に差し掛かった所で立ち止まり、息を整えて、と。……ふぅ。んじゃまずは、隣で不審な行動をしているお人へ突っ込みを入れるとしましょうか。

 

 

「えーぇと、こう、でしたっけ? あれ?」

 

 

 手持ちがスリープオンリーのこのお方は、手元で小型カメラを何やらこねくり回していてだな。

 ……もしかして。

 

 

「もしかして、自分撮りは初めてですか?」

 

「はいですぅ。そもそもわたしもアオイちゃんも、声ならともかく、映像出演は本業ではないですからねぇ。……うぅん。とりあえず、このボタンを押しちゃいましょう。えいっ!」

 

「そですか。……あ、それで撮れてるみたいですよ。ランプが点灯してます。それと手元ばかり見ていますが、転ばないように足元にも気をつけて下さいね」

 

「おぉぅ、確かにつきました! ナイスですよぅ、ルリちゃんっ! ……ですが、わたしはそんなに転倒率高くはないのですよ? アオイちゃんはあれですけども」

 

「……アオイさんのあれ、本気でやってるんですか」

 

「多分、そうですよぅ。わたしもボケキャラ以外は、結構素ですからねぇ」

 

 

 どうにものほほんと話すクルミ。……それにしてもよりによって、その話し方が素だってのがおっそろしいんだが。

 

 ん。そんな戯言思考は置いといて。俺も本気で行くための仕込みをするとしますか。まずは、俺の隣にいるクルミからだ。

 

 

「あー……ところで、クルミさん」

 

「なんですぅ?」

 

「1つだけ、お願いがあります」

 

「む、なんでしょうか」

 

 

 言いながらも、俺たちは歩みを止めない。ひたすらに丘の向こうを目指す。

 

 

「クルミさんがこれからこの丘の向こうで見ることは、他言無用にして下されば、と」

 

「……わたしがこれから撮る動画を、お蔵入りにしろというのですかぁ?」

 

「いえ。『貴女が見たこと』は、他言無用です。……きっと貴女は、色々と気付きます。貴女だからこそ、気付いてしまいます。……映像を公開する分には、全く問題はないんですよ。ただそこに『貴女の』コメントさえないのであれば」

 

「……その代償は、」

 

「えぇ。クルミさんが他言無用でいてくれる事に対するあたしの支払いは、カントー地方の平和と安寧という事で、どうでしょうかね」

 

「……うー……それって脅迫じゃあないですかぁ?」

 

「いえ。残念ながら、そういう事じゃあないのですよ。―― あなたの映像があるからこそ、『自分』は本気を出す意味があるのです。が、あなたが映像を撮るからこそ気付かれてしまう。つまり、」

 

「広められるのであればぁ、『本気を出せない』と?」

 

「おぉ、そですね。流石はクルミさん。話が早いです」

 

「……もしかして、最初からそのつもりだったんですかぁ。わたしを同行させたのも、つまりは……」

 

「おぉ、そですね。流石はクルミさん。以下同文」

 

「うっわぁ……ルリちゃん、恐ろしい娘ですねぇ」

 

「はいはい。そろそろ着きますから。カメラの準備は良いですかね?」

 

「そんなもの、とっくの昔に済んでますよぅ!」

 

 

 こんなやり取りをしながらも歩みを止めずにいた結果として、俺たちの目の前には「丘の向こう」が見えて来ていた。

 緑気の少ない、灰色と土色の入り混じった丘と薄暗い林。登る間向こうに見えていた空は、既に視界の外に。

 変わりに映るのは ――

 

 

「行けぇカイリュー! 『げきりん』ッ!」

 

「相打て、カイリキー! 宙に投げた岩を砕け! 『いわなだれ』!」

 

「ラプラス! 『ふぶき』!」

 

「リューゥッ!!」「ィリキィ!」「クォォンッ!」

 

 

 ―― ガ、オンッ!

 

 

「……ミュー」

 

 

 四天王3人のポケモンによって繰り出された『げきりん』『いわなだれ』『ふぶき』が直撃するも、ミュウツーは多少揺れ動くのみ。吹雪が過ぎ去った宙に平然と浮かんでいる。

 

 

「くっ……! やはり通じないか。だが、それでこそ心躍る!」

 

「なんかもう、レベルが違いすぎるわね。でも、それでも、戦わない訳には行かないわ。力を貸してね、ラプラス!」

 

「はっはっは、流石だね! ……まだまだ行くぞ、カイリュー!」

 

 

 ワタル、カンナ、シバの3人の顔に映っているのは、絶望というよりは喜悦。

 なにせあんなに、「ポケモン(ミュウツー)とトレーナーの両方が」楽しそうにしているんだからな。

 む、そういえばミィとキクコさんの姿が見えないが……ちょっと連絡しておくか。こんな時のためのトレーナーツールなんだしな。

 俺はトレーナーツールを弄り、ミィへと電子文面での連絡を送る。そんな俺の隣では、

 

 

「……はぁ。なんですかぁ、アレ」

 

「ん? 決まってるじゃあないですか」

 

 

 きっと、困難極まる死闘を想像していたんだろう。呆れ顔を浮かべたクルミに向かってボール片手に振り向き……言ってやるか。あれは、

 

 

「あれは ―― 『ポケモン勝負(バトル)』でしょーが!」

 

「この状況でその笑顔は、非常に眩しいですよぅ!?」

 

 

 ツッコミを入れたクルミを尻目にコートの内から白塗りのモンスターボールを取り出し、今の俺の全速力で走ると、半ば丘から滑り降りるような形になる。

 さぁて、最終決戦! 気合入れていきますかぁ!!

 

 

「クルミさんは、どうぞそこで撮影をば!!」

 

「どうぞご武運を! ……来ますよぅ!!」

 

 

 ……なんて呼びかけで前へと視線を移せば、ミュウツーはさっきの3発のお返しとばかりに腕を掲げ、「紫色の光」を浮かばせていた。

 来るぞ、『サイコブレイク』!

 

 

「ミュー」

 

 ―― ヒュワッ、

 

 《《ドォウッ ―― バァンッ!!》》

 

 

 四天王3人のエース達が吹き飛ばされ、地面が広範囲に「引っくり返された」。

 地中の爆発物が一斉に爆発したかのような勢いで土が吹き飛び……ミュウツーが上から攻撃したため、横に吹き飛んでくれたのがせめてもの救いか。降ってきた土に押しつぶされちゃあたまらないからな。

 爆発音が鳴り止まないうちに俺は丘を降りきり、四天王3人とミュウツーの間を位置取る。コートの内からボールを取り出し、

 

 

「……ミュー」

 

「やぁやぁ。お久しぶり、ですかね?」

 

 

 宙に浮かぶミュウツーに向かって手を挙げ、とりあえずのご挨拶をしておく。ヤマブキ以来のご対面だな……と、いや。そんなに時間は経っていないんだけどな? 気分的なもんだ。

 さて。ミュウツーも此方(おれ)を認識してくれた所で……その前に、と。

 

 

「……無事ですか、カンナさん?」

 

「えぇ。残念なことにね!」

 

 

 そのタイトな格好を雨交じりの土によって泥だらけにしたカンナさんは、俺の呼びかけによって見事に立ち上がってくれたのだった。

 ……あの威力の『サイコブレイク』を受けて立ち上がれるってのも、凄いと思うんだけどな。まぁ実際に「受けた」のはラプラスなんだし、四天王だから別にいいんだろう。多分。

 

 で。立ち上がったカンナさんは横で倒れているラプラスを撫でながら、素早く後ろを振り向く。

 

 

「……ワタル! シバ! 無事なの!?」

 

「ああ。おれ自身は、な。手持ちはともかくとして、だが」

 

「ふうっ! なんとか無事だ! ……オレも手持ちは全滅してしまったけどな」

 

「それはわたしだって一緒よ。……さて、お嬢ちゃん。非常に不躾で、みっともなく、大人らしくないお願いよ。―― この場をお願いしても良いかしら」

 

 

 カンナさんのラプラスをボールに戻し、俺と視線を合わせた後での台詞である。

 ……あー、責任感強めのカンナさんのことだ。見た目的にも実状的にも子供たる俺へミュウツーの相手を任せるってのに、罪悪感を感じているんだろう。セキチクでの事もあるしな。

 しっかしミュウツーも、この3人を相手にしておきながらまだピンピンしてるとかいう。―― うぅん。

 俺は、再び浮かぶミュウツーへと視線を移しながら。

 

 

「それにしても、カンナさんでも駄目でしたか」

 

「えぇ。……というかこのポケモン、最初からお嬢ちゃんを待っていたみたいよ?」

 

「……。マジですか?」

 

 

 四天王のお三方を待ち合わせまでの暇つぶしに使うとか、見事な贅沢っぷりだと思うんだが。

 

 

「ミュー」

 

「ほらね」

 

「うっわ。肯定しますか!」

 

 

 視線と話題を向けられたミュウツーが、コクリと頷いてみせる。肯定すんのかよ、おい!

 

 

「オレもシバもカンナさんも、手持ちのポケモンは全部やられてしまったよ。……ならキミが、待ち合わせの相手たるキミが。相手をしてくれると、助かるんだけどな」

 

「む……俺からも頼みたい。この白いポケモンが満足するに至るバトルを、俺達ではしてやることが出来なかった」

 

 

 ワタルと、その次に口を開いたシバの言葉が妙に頭に響く。 

 ……そうか。待っていてくれたってのは非常に嬉しいような迷惑なような、微妙な心持ではある。

 だが確かに、ミュウツーは判っていてくれたのかもしれない。

 

「(俺は海上じゃあ、手持ちのポケモン達を最大限活かしてやることが出来ない。サカキの隣にいる状態でも、色々と制限がかかるからな。おんなじだ)」

 

 そう。今までの俺では、色んな柵があるせいで全てを出し切れていないのだ。

 だからと言ってここで全てを出せるのかといわれれば、(クルミの撮影の事があるんで)そうでもないんだが……

 

「(……どちらにせよ、策は尽くせた。あとはクルミ次第か)」

 

 こんな面倒な事態になってるのは、俺が色々と「仕込み過ぎる」のが悪いんだからな。自業自得ってもんだ。

 だがまぁ、「仕込み」がなくては後々に苦労が多そうなんで……いや、どちらにせよ苦労する事は約束されているんだが……仕込みをしておきたかったのも、確か。

 

 つまり何が言いたいかというと、仕込みに関して(コレ)は、ここで悩んでいても仕方がない無駄思考の類でしょうと!

 

 

「そんなら、行きますか! カンナさんは、皆さんを連れてハナダへ戻っていてください! その後は街中での援護に回ってくだされば!」

 

「……それで、良いの?」

 

「ハイ、です!」

 

「……わかった。ここはお嬢ちゃん達に任せるわ。それと、ミィとキクコさんはもうちょっと外側で野生ポケモン達を追っ払ってくれているの。もう少しで合流してくれると思う!!」

 

「引き受けました! ……んじゃ、ご武運を!」

 

「それはこっちの台詞よっ!!」

 

「頼んだよ、シ……ルリちゃん!」

 

「もう何も言うことはない。おまえ自身、その先へと進むといい!」

 

 

 言いながら、カンナさん達を背に乗せ「ひんし」状態ながらに飛んでいくカイリューの巨体が視界の端に映る。どうやらミュウツーも素直に逃がしてくれているらしく、そちらへ『プレッシャー』を放ってはいないご様子で。

 ……ワタルの野生的とでも言うべき勘の良さには、ちょっと吃驚したけどな。

 さてさて。対する俺はというと、飛び去った一行のその代わりにとでも言うべきか。ミュウツーの『プレッシャー』を一身に浴びながら……モンスターボールを足元へと放る。

 

 

「頼んだ、みんな(・・・)!!」

 

 《《ボボゥンッ!!》》

 

 

「ギャゥゥ、オォン!!」

 

 

 先ず出てきたのは、うす青い身体の怪獣っぽいポケモン、ニドクイン。

 俺が2番目に手にしたポケモンにして、最古参の1体でもある。思えば、ニドリーナ時代には俺のメンバーに足りない攻撃力を補ってくれる要を担ってくれていたな。さらに今では、ホウエン地方で『かみくだく』を覚えてニドクインに進化し、エースとしての役目も負ってくれている頼もしいヤツだ。

 

 

「ンミュッ! ミューミミュ!!」

 

 

 ヤル気満々で出てきてくれたのは、ミュウ。

 所謂「伝説ポケモン」の1体で、俺が海外出張でギアナに行った際に捕まえてきた……この事件の発端とでも言うべきポケモン。

 その明るさ、何にでも突っ込んでいく好奇心、そして何よりバトルのセンス。伝説との名前にそぐわない実力を発揮してくれている、ニドクインと並んで頼もしいヤツだ。

 ……ただしこれまで俺が「伝説ポケモンを衆目に晒す事を避けていた」こともあって、ミュウ自身はポケモンバトル好きだというのに、思う存分バトルをさせてあげられてないんだよな。

 まぁ、それに関してはその内に何とかしてみせるからさ。もうちょい待っててくれ。

 

 

「プーリュー♪」

 

 

 ボールから出ると同時にクルリとターンして見せたのは、プリン。

 シンオウ地方に行った際にウラヤマさんの庭から着いてきてくれたこのプリンは未だにレベル12であるものの、補助技でサポートをしてくれるため、今では欠かせないメンバーとなった。

 低レベルだというのに物怖じせず高レベルポケモンにも向かっていけるその肝っ玉は、多分メンバーの中で1番だろう。

 因みに自慢の美声で我が班員の研究に協力してくれていたりもしたが、うぅん。俺の「研究に協力させていた」目的もあるからな。それは一旦置いといて。

 

 

「クゥ、チィ♪」「ガチ、ガチィンッ!」

 

 

 クチートは俺の方へと向きながら、パチリとウィンクをしてみせる。頭の後ろの大顎は、相手(ミュウツー)に向けたままだ。

 ホウエン地方を冒険中に「そらのはしら」から着いてきてくれたコイツは、この時代では非常に貴重な「鋼タイプ」要員である。「そらのはしら」が高レベルダンジョンであることから元々のレベル自体も高く、即戦力となってくれているのが嬉しい限り。

 元々の習得技がトリッキーなこともあってか、状態変化要因としても活躍してくれているしな。ゲーム同様に器用な戦いが出来る1体だ。

 

 

「ガゥゥ、ウウ!」

 

 

 満を持しての5体目。

 俺の足元辺りをのたのた歩くのは、俺がシンオウ地方からマサラへと帰った際にシャガさんから譲られたポケモン ――

 

 

「―― 頼みましたです、モノズ!」

 

「ガゥ」ノッシノッシ

 

 

 おおう。相変わらず、非常にマイペースなお方。

 さてさて。対峙するミュウツーを意にも介さず四足でのそのそのたのたと歩くのは、ご紹介に(あずか)りました通り。

 BW以降で登場している悪・ドラゴン複合タイプのポケモン ―― モノズだったり! (名前は本邦初公開だけど!!)

 ドラゴン使いたるシャガさんから譲り受けたコイツは、青い肌に黒々とした頭巾を被ったような、怪獣っぽい外見をしている。カントーにいない「悪タイプ」も研究対象としている俺としてはコイツの存在自体が非常にありがたい。そして何より、悪タイプは「エスパータイプの技を無効化できる」からな。ミュウツー戦の切り札にもなっているという次第なのだ。

 

 

 さぁて。そんなモノズを差し置いてご紹介するのは、俺の「戦闘用ポケモン」最初にして最後の1体。

 

 

「―― ピィ、ジョオオオオッ!!」

 

 

 バサバサと翼をはためかせるその身体は、鳴声こそ以前と大差ない。しかしここまで連戦をこなしてもらったからには経験値も入っており、ついでに、これまで優先してレベルを上げていたニドクインが無事に進化できたこともあったからな。俺との付き合いが一番長い、文字通り「初めてのポケモン」であるコイツの特訓にも力を入れることが出来ていたのだ。

 ……んでもって、よくよく見ると身体つきは以前よりも2周りほど大きくなっている。トサカも長く、サラサラモフモフになっている。これならマッハ2で飛べそうだ。

 つまり、

 

 

「さぁ……実力を見せてあげましょうです、『ピジョット』!!」

 

「ピィィ、ジョォーッ!!」

 

 

 うん、よし。ヤル気とコンディション、共に十分!

 

 俺はこの6体を出した所で、(プリンだけは俺の隣だが)自分の周囲にぐるっと環状に配置する。するとミュウツーは此方の準備が整ったのを感じてか、「もういいのか?」とでも言いそうな視線をこちらへと向けた。

 いや、ホントにゴメン。……一応脳内解説だったんで時間的には数秒だったと思うんですが、長いですよね。スンマセンです。

 なんて風に脳内で謝っておきつつ、俺もミュウツーへと向き直ることに。やや上に浮かぶ姿を目に映して、口を開く。

 

 

「まぁでも、これで準備はオーケーですよ。あちらの丘の上に撮影係さんがいますが、彼女は邪魔をしませんから」

 

「……ミュー」フワッ

 

 

 今まで地に足をつけていたミュウツーは俺からの呼びかけによって浮き上がり、戦闘態勢を取る。

 ……しっかし、こうして見上げてみるとミュウツーの威圧感がよく判るな。遠くでは、カメラ片手のクルミさんがこの威圧感の余波を受けて若干カメラを構えなおしたのが見えるし。

 見えつつ……俺は回りにいる「6体のポケモン全て」に見える様に腕を振りかざながら、思う。

 

「(全部を出す、か。言葉で言うのは簡単だけど、こうして実際に伝ポケと向かい合ってみてると……難しいよな)」

 

 でもそれが普通なんだ。少なくとも、この世界で生きる……ポケモントレーナーとしては。

 なにせこのミュウツーは、俺の知識を総動員しようと「勝てるかどうかわからない」。つまり、この世界でのトレーナーとしての力量こそが試される相手なんだ。

 

「(倒さないと……って、やっぱり違う。俺はこの世界に住むポケモントレーナーの1人として『倒したい』んだ)」

 

 結局はそこに尽きてしまう。

 今までの転生先とは違う点……俺の戦闘能力は、この世界における主要な『強さ』を成してはいない。ポケモンこそが、『強さ』であると言えるだろう。

 だからこそ ―― この世界でこそ。俺は……っとと!

 

 

「……ピジョ?」「ギャゥゥ?」「ミューゥ?」スイッ「プリュー!」「ガウ」グイグイ「クチ、チィ。ガチガチ!」

 

「うぉ! ……心配かけたか。いやいや、だいじょぶ。ちょっと考えてただけだからな?」

 

 

 少しだけ考えに嵌っていた所で我が仲間達からの呼びかけを受け、思考の沼から浮かび上がる。

 そうだよな。心配かけてスマン! ただここで、俺は全力を尽くす。それで良いんだ。

 頑張ってくれているお前たちのためにも、ここまで作戦に付き合ってくれているこの世界の人達のためにも、ついでに、俺のためにもな。

 

 

「……ふぅ」

 

 ―― ザーァァァァァ……

 

 

 思考を切り、いつもよりもすっきりとした心持ちで正面を見る。

 大きな雨粒がボツボツと濡らし続けるハナダシティ郊外の大地は、今まで繰り広げられていた四天王(マイナス1人だが)とミュウツーとの戦闘によってボコボコに変形していた。

 俺の身体を囲むように居てくれるポケモン達と順番に目を合わせ、確認。これは9年間この世界で生きてきている経験からなのか……どうやら皆、プレッシャーに圧されてはいないみたいだってのが伝わってくる。

 次いで目の前のミュウツーと視線を交差させ、うん。やっぱり改めてのご挨拶からかな。

 

 

「お待たせしましたです、ミュウツー。あたしは、マサラタウン在住の……えっと、その……えぇい! 『ショウ』でも『ルリ』でも、好きなほうで覚えてくれりゃあ良い!!」

 

「……ミュー?」

 

 

 どうせあの距離のカメラじゃあ音声までは拾えないし、口元も殆ど見えないだろ!!

 

 

「なんて、大切なのはこっからなんです。―― これが、最終決戦だ。俺は、出来る限りの全力を尽くす! だから俺のポケモン達が、そしてポケモントレーナーたる『俺が』! 全力を持ってお前を負かしてみせる!」

 

「ミュー」

 

「……すぅ、はぁ。すぅ、はぁ」

 

 

 息を吸い込む。ついでに目を閉じ、しばし深呼吸。

 

 ……うっし。行くか!

 

 戦うんだという意思を漲らせた目を見開き、ミュウツーにも自分のポケモン達にもよく聞こえる様に。そしてなにより俺自身に言い聞かせる為、大きな声で開戦の言葉を告げる。

 

 

「行こう、皆! ……楽しい楽しい、ポケモンバトルのスタートだ!!」

 

 

 これが今の俺が出せる、「ポケモントレーナー」としての、全てなんだから!!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

「……ミュー」

 

 ――《ズワァッ!》

 

 

 俺が指示を出すと同時に周りの5体(中央に立つ俺の隣にプリン)が動き、迎え撃つミュウツーは素早く腕を振って念波を繰り出す。

 『サイコキネシス』……じゃあないな。出力が桁違いだからアレだけど、『ねんりき』か!

 けど勿論、心配はない。このために「俺の前にはモノズが配置されている」んだ。

 

 

 ―― クワァァンッ!!

 

「うっお……モノズ、大丈夫か!?」

 

「ガウウ!」

 

 

 目の前の身体がフルフルと奮え、無傷であることを示すために元気の良い鳴声をあげてくれる。此方へ向かってきた念波は「予定通り」、モノズを中心とした一帯から消え去っていった。多少距離の離れた所ではぶつかった念波が炸裂しているが……今は、反撃!

 

 

「『じこあんじ』! (『あやしいかぜ』!) 『りゅうのいぶき』! (『かみくだく』!) 『うたう』! (ミュウも『あやしいかぜ』!)」

 

 

 俺は『左手を掲げてニドクインとピジョットとミュウへサインで指示を出し』、『俺の指示になれていない手持ちポケモンには口頭で指示を出し』、『右手を使って自分の周囲に配置したポケモンの配置を反時計回りに動かす』。

 指示は口頭でも出すけれど、指示を出されるポケモンの内……『じこあんじ』はクチート、『りゅうのいぶき』はモノズ、『うたう』はプリンしか覚えていないからな。なんとか皆対応し、指示通りに技を飛ばしてくれる。

 

 

「ギャオオォォンッ!!」

 

 ――《ド、シィンッ!!》

 

「……ミュー!」

 

「……ンミューゥ!」

 

 ――《《ひゅおおんっ!》》

 

 

 最前にいたニドクインが地面を砕くほどの脚力で跳躍し、『かみくだく』でミュウツーを引き摺り下ろしつつ、他のポケモンで追撃。

 ニドクインの両後ろに位置したピジョット、モノズが間接攻撃を。俺の後ろにいるミュウとクチートには遠距離攻撃および補助技を繰り出して貰っているからな。

 

 ……かといって、これじゃあ根本的な解決にはなっていないんだが……うむ。それはひとまず、援軍待ちとしようか。

 

 

「ミュー」

 

 ――《ヒィ、》

 

「来るぞ、皆! ――『ローテ』だ!!」

 

 

 ミュウツーの「溜め」に合わせてまたも右腕を振り、モノズを俺の前方に回す様に陣形を動かす。

 ―― んでもって。ここいらで解説を。

 只今俺は、散々焦らしていた『切り札』を使用していたりする。つまり、ここで『切り札』たるのは、エスパータイプを無効化できる悪タイプのモノズでもなく、遂に進化できたピジョットでもなく。

 

 ―― 先程から行っているこの『戦い方』こそが切り札なのだ。

 

 

「戻ってニドクイン! (モノズ、頼んだ!)」

 

「ギャウ!」「(ガウガウ!)」

 

「ミュー」

 

 《ズウォンッ!!》

 

 

 ニドクインが1飛びで戦列へと戻り、モノズが俺とプリンを重点とした五角形の先頭に回る。するとミュウツーが腕を振って出した念波は、掻き消されたかの如く消えて無くなった。その結果、こっちの手持ちは全員が無傷だ。

 この戦い方。ポケモン6体に対してトレーナー1人で指示を出し、一塊の円形(というよりは五角形なのだが)に陣取ったポケモン達を動かしながら攻撃と防御を行う。

 

 ……その名も、『6体ローテーション(フルローテ)』!

 

 んじゃあここで、まとめて説明でもしておこうか!

 久しぶりの ――

 

 

 

 

 

ΘΘ思索の底ΘΘ

 

 

 本当に久しぶり! だいぶ出てなかったけども!!

 (そして出るたびに名前が変わる気も!)

 

 

 さてさて、俺の切り札こと『6体ローテーション(フルローテ)』。

 これは俺が今まで行ってきた『複数のポケモンに指示を出しながら戦う戦闘』の最終系とでも言うべき戦い方。ゲームじゃあBW以降で行われる、「ローテーションバトル」で使われていた戦い方なのだが……

 

「(何より「位置移動(ローテーション)にターン数を消費しない」ってのが素晴らしいよな)」

 

 利点を簡潔に言ってしまえば ―― 繰り出したポケモンの内、「ローテーションバトルでは先頭のポケモンしか相手の技を受けない」のだ。つまり先頭にモノズを配置しさえすれば、ミュウツーのエスパー技は防げる事になる、と。

 けど勿論、問題もあった。

 これは俺の9年間にわたる試行錯誤による経験からだが、普通に口頭で技名を叫んでいては、同時に指示を出せるポケモンはゲームの通りに3体が限界数だったと思う。ゲームでは3対3で戦う方式だったからなぁ……ローテーションバトルって。

 だが俺は「ポケモントレーナーとして持てる全てを出す」とすれば、まだ「先」があると感じていた。それが、そう。『手持ち全てのポケモンを出して、戦う事』だったという次第!

 

「(えーと……他に纏めておくべき事は、っと)」

 

 ここらで一息、ついでの解説(むだしこう)をしておくか。無駄思考怖い。

 

 ……えふん。置いといて。

 思うに目の前のミュウツーは「伝説ポケモン」との呼び名に名実共に相応しい。なぜなら「攻撃の範囲が格段に広いのに、技威力の減衰が殆ど無い」んだ。

 

「(ミュウツーじゃあ、言語的には『伝説ポケモン』なんて呼び名は相応しくないけど……なら、定義付けを変えてみれば良い)」

 

 『伝説ポケモン』なんていうのであれば、ウィンディも入ってしまうんからな。まぁ、それは良いとして。

 

 ゲームであれば、『伝説ポケモン』としての区切りは(これは恐らく、個人的に、ってなもんだが)『種族値の高さ』と『貴重さ』だったろう。

 (600族云々は置いといて)合計種族値が高めで、とりあえず卵による孵化が出来ない……通信対戦などにおいては制限をかけたくもなって来るようなポケモン達を『伝説』と呼んでいたんだ。これはまぁ、色々と初代からの流れ的な理由も含まれているけど。

 話を戻して。

 そんじゃあこの世界における定義付けだが……『伝説』と呼ばれるポケモン種自体は、変わらないと思う。だが、そのポケモン達が「そう」呼ばれる理由は「広範囲の地域に影響を及ぼすことが出来る」事だと思うのだ。

 

「(シロナさんから話を聞いた限り、シンオウでもどこでも、『伝説』なんてのは『多くの人を伝って語り継がれる』ものらしいし)」

 

 つまりはミュウツーみたいに多くのポケモン、多くの人、更には多くのトレーナーをも「1体で相手にする事が出来る」ポケモンこそが、『伝説』足り得るのであろうと考えたのだ。

 実際、目の前のミュウツーは対多数戦闘においては一騎当千の実力を持っている。これは結果論だが、強いトレーナーとの戦いを求めて、カントー全域を恐怖に陥れたのも事実。

 

「(オマケに攻撃範囲も段違いときてる。範囲を広げた『ねんりき』1発で、サカキのニドキングが吹っ飛んでたからな!)」

 

 エスパー使いたるナツメでも、ダイゴ戦のメタグロスでも、エスパー技は攻撃範囲を広げるとその範囲辺りの攻撃力は弱まっていたんだ。これがミュウツーの……ひいては「伝説ポケモンの」特性なんだろう。

 

 で。

 この「攻撃範囲の広さ」に対して、俺たちが取っている「6体ローテーション(フルローテ)」はすこぶる相性が良い。なぜなら、一塊になっているからには「攻撃範囲は意味を成さない」。ついでに「6体ローテーション(フルローテ)」の特性から、「その攻撃は先頭の1体だけで受けることが出来る」のだ。

 ここで無効化タイプを活かしたり『まもる』を挟んだりすれば、……実際にこうしてミュウツー相手であっても、鉄壁の防御力を誇る陣形となってくれる次第なのである。

 

 ……一応「ポケモン1体を前に出して壁になって貰う」という作戦も考えはしたんだが、それはミュウツーの学習能力の高さを考慮するとどうにも悪手な気がするからなぁ。それは後々に。

 

 

 

ΘΘ以下、現実ΘΘ

 

 

 

 

 ―― うん、これにて無駄思考は終了。経過時間は0.1秒位。

 

 ところでこんな風に纏めてしまったけど、これから俺は未来で伝説ポケモン(そんなの)と何度も戦闘する予定なのである。伝説ポケモンの異常な強さが判明すると、俺にとっては未来の不安材料にもなってしまう。

 ……とりあえず、今は後回しにしておくか。その時期までまだまだ時間はあるんだしさ。

 

 

「それに、集中しないと目の前の相手に失礼だ……っと!!」

 

 

 再び腕を振ってニドクインを先頭に据えつつ、反撃の指示を出す。

 ピジョットとミュウが『あやしいかぜ』を吹かせつつ、先頭に移動したニドクインがそのまま跳んで『かみくだく』。クチートが『うそなき』で無駄覚悟の特殊防御低下を仕掛け、モノズは『りゅうのいぶき』。

 ついでに、プリンには「奥の手」があるんだが、こればっかりはクルミに期待しておくしかないからな。もうちょっと状態異常狙いで歌っててもらうか。

 

 

「……だけどなぁ」

 

「―― ミュー」

 

 

 その白い身体はこれらを受けて尚、無傷だったりする。ワクワクしているのか、ミュウツーの気持ちテンション高めな鳴声が空しく響く。響いてしまうんだっ!

 ……一応、この堅さはある程度まで折込済みではあるけどな。なにせ『どわすれ』および『バリアー』を積みまくったと思われるミュウツーだからな。仕方がないだろう。合間合間で『しろいきり』と『しんぴのまもり』までかけている手の込み様だしさ。お陰でクチートの『うそなき』による強引な突破すら容易には許してくれなさそうだ。

 だけども、その「堅さ」とレベル100である事に所以する「攻撃力」が揃ってしまっていては……と。

 

 

「もう少し耐えててくれ、皆!」

 

「ギャオン!」「ピジョオッ!」「ミューッ♪」

「クチッ!」「プーリュー♪」「ガウッ」

 

「……ミュー」

 

 ――《ズオオッ!!》

 

 

 勢い良く出てきたその癖、俺と俺の手持ちポケモン達は。

 ……非常に気の遠くなるような持久戦を強いられてしまうのだった!

 

 






 大幅に遅れていまして、申し訳ありませんですすいませんっ。

 ポケモンの紹介をしていたら大分、容量がががが!
 そして大分、時間も喰ってくれましたたた(以下略

 ……最終決戦というだけでなく、今後の展開上の都合でもあるので、これについてはご容赦をば頂けると嬉しいです。
 個人的には容量の程度はテキスト形式10~15KBあたりが読みやすいと感じているのですが、vsミュウツーが⑩とかまで並ぶ目次も嫌なので、という。……このお話しも、26KBとかになってしまっています。申し訳なくっ(土下座

 そして主人公が悪・鋼タイプを研究している云々というのは、このためのフラグだったという次第でもあります。
 なにせ、悪・鋼は初代で猛威を振るったエスパータイプの調整役として機能するタイプですので。それはミュウツー戦においても然り、という流れなのです。
 因みにミュウツーがエスパー技以外を使えば済む、という当然のツッコミへの疑問は、次話で言い訳をさせて頂きます。今話はあまりにも言い訳を詰め込みすぎましたので。その詰め込みようたるや、思策の底(解説スペース)を引っ張ってきてしまった程なのですすいません。



 そして、非常に聡いお方向けの言い訳。
 …………メタモン、ですかー。
 こいつを使わなかったのには、変装要員であるということも勿論なのですが、かなり主人公的な理由があります。悪しからず。



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Θ59 VSミュウツー⑤

 

 ―― Side クルミ

 

 

 ルリちゃんがバトルを始めてから、既に20分近くが経過しました。

 なんなんでしょうね、この戦い……いえ。違いますかねぇ。ルリちゃんの言葉を借りるなれば……

 

 

「……なんなんでしょうねぇ、このポケモン勝負(バトル)

 

 

 ハンディカメラを片手に溜息をつきながら。わたしはカメラの防水機能が心配になってくる程の雨の中、1人撮影を続けます。

 遠くに映るのはカントー全土に影響を与えるほど強大な……規格外のポケモンと、トレーナー資格を持っているかも判らない年の女の子。

 

 

「あぁ、また『あの技』ですよぅ!」

 

 

 どうやらあの白い人型のポケモンは、エスパー技を主軸においているみたいです。四天王であるカンナさんを筆頭とした3人もろとも地面を爆散させた紫の光を、右手に掲げます。

 そして相手が4人から1人へ減ったからでしょうか。お相手のポケモンはカンナさん達の時よりも素早く(・・・・・・・・・・・・・・)腕を振り下ろし、

 

 

 《ヒィン、》

 

 ――《グッ、オオオオオオッ!!》

 

「―― 出 ――ズ!」

 

 《《 オオ、ンッ! 》》

 

 

 でも、地面には直撃しないんです。

 ルリちゃんの指示で黒い怪獣ポケモンが前に出ると、光が消え失せるんですよぅ!

 

 

 ―― ゴォッ!

 

「わ、ぷ!」

 

 

 周囲に余波の如く、技の残り香みたいに、光は消えても豪風だけは吹き荒れて。

 わたしは慌ててカメラを構えなおし、

 

 

「……ルリちゃんっ」

 

 

 またも少女へとカメラの焦点を合わせます。

 そして繰り広げられる、再びの攻防。

 

 ―― わたしの撮る映像の中では、主人公たる少女の絶技とでも言うべき指示に従ってポケモン達が動く。

 

 ニドクインが前へと出て噛み付き、

 白く光るポケモンとピジョットが突風を起こし、

 ……黒い怪獣と黄色くてカワイイポケモンは、後ろでなんやらかんやら。多分、何か補助技を使っているんでしょう。

 プリンは主の隣で歌い続けて……

 

「(むー、流石はルリちゃん。ただの一般トレーナーじゃあないですね! あんなに沢山のポケモンに素早く的確な指示を出すなんていう芸当、見たことがなかったんですよぅ。……なんと言うか、ニンゲンの可能性の凄まじさを見せられたみたいなカンジですぅ)」

 

「~♪、~~♪ ……」チラッ

 

「……あれぇ?」

 

 

 そんな風に感心していたわたしなのですが、なんだか、プリンと目が合った気が。

 

「(……気のせいかプリンちゃん、やり辛そうな感じがしますね……って、まさかぁ!?)」

 

 1つだけ、「やり辛さ」とのキーワードに思い当たる出来事があります。今わたしが立っている丘を越える前に、ルリちゃんが言っていた事です。

 

『―― あなたの映像があるからこそ、『自分』は本気を出す意味があるのです。が、あなたが映像を撮るからこそ気付かれてしまう。つまり、

 

 ―― 広められるのであればぁ、『本気を出せない』と? 』

 

 

 ……「わたしだからこそ」。

 もしかして、今のこの状況が「そう」なんでしょうか? 

 

「(ふぅむ。とりあえず、今のところの撮れ高は……賞味10分位でしょうか。尺で言えば盛大に足りない、ですが)」

 

 わたしはカメラの具合を確認しながら、ルリちゃんの思惑について考えます。

 多分、あの言い様からして、この映像はルリちゃんにとっても必要なんでしょう。ですが、……ああ。

 

「(撮られていると本気が出せない、って言ってましたよぅ。―― つまり、)」

 

 あの娘は「ある程度映像を撮ってから、わたしに撤退して欲しい」のですね。これならば言葉通りになります。

 

 ……むぅ。

 

 ソレが理由で、わたしのネムリンの強さを値踏みされてたんですかねぇ? わたしがここハナダシティ郊外から、1人でも無事に帰る事が出来るという確認の為に。

 ……ルリちゃんが「ピジョンを進化させるのに経験値が必要だったにも拘らず、ここまで来るのに野生ポケモンを避けるルートを通って来た」っていうのは、もしかして……わたしに安全な帰り道(ルート)を教えるためだったのかもしれません。

 

 となれば、なんで「撮られていると本気が出せない」のか。わたしは寧ろ、この部分が気になってしまいますぅ。

 

 ……むむむぅ。

 

 考えに詰まってしまったので、再び眼前の戦いへと意識を戻しますか!

 

 戻した意識の先にあった現実では、白いポケモンが『スピードスター』で攻撃。ルリちゃんの……「クチート」と呼ばれていたポケモンが受けます。

 受けきった所でルリちゃんの周りのポケモンがぐるっと周り、それぞれのポケモンが色んな攻撃を飛ばして……

 

 さっきから殆ど変わらない攻防。

 白いポケモンはどうやら、黒いポケモンにエスパー技が問答無用で消されるというのを学習したみたいですぅ。こうしてちょくちょく『スピードスター』を使ったり、『青い光球を飛ばす技』を出したり、『不可視の刃で斬り付け』たりしています。どうやら色々と試しているみたいなので。

 対するルリちゃんはエスパー技や『不可視の刃』は黒いポケモンが受け、『スピードスター』は基本的にクチートちゃんが。

 『青い光球を飛ばす技』は、ニドクインもしくはピジョットちゃんやミュウちゃんが……なんかこう、防御するぽい技を使って防御してます。

 どうやらルリちゃん、防御に関してはほぼ問題ないみたいですねぇ。

 

 そして、またも『スピードスター』。

 星型の光線が、……って!?

 

 

「危ないですッ!? ……お、……ぅぉおおう」

 

 

 今度は星型の光線がクチートちゃんではなく、後ろに回っていた黒いポケモンを追尾してきたんです。

 割り込んだピンクのポケモン、ミュウちゃんが間に入って受けてくれましたけど……そういえば『スピードスター』は必中追尾機能がありますからね。お相手の白いポケモンさんも、惜しかったですよぅ!

 

 ……ありゃ。「惜しかった」?

 

 

「……むむむ。惜しかった、ですか」

 

 

 立場的にも心象的にも、わたしはルリちゃんを応援しているはずなのに。なのに ―― あの白いポケモンの攻撃が惜しかったと、思ってしまった。

 

「(……? むー。なんか、)」

 

 この感覚、そういえばホウエン地方でアナウンスをしていた時にも味わったことがありました。

 あの時はわたし、ホウエンバトルクラブの皆さんについてかなり詳しく調べてからアナウンスに挑んだんでしたね。なのにいつしか、挑戦者である男の子を……

 

 

 ―― そうだ。

 

 

 ―― そうだった(・・・・・)

 

 

 

 わたしはアナタの言う通り、「気付いてしまった」のでしょう。

 向こうで戦う「アナタ」の姿を目に捉え、またも無茶な戦いに身を投じていることを想い、自分の顔に浮かぶのは ―― やはりというべきか呆れ笑顔。

 

 

「……きっと、アナタのせいですよぅ。全くもう」

 

 

 なんで「撮られていると本気が出せない」のか、まで、ある程度予想がついてしまいました。詳細はともかく「あの人」は確かに、撮られたままじゃあマズイでしょうねぇ。

 

 なにせ、『女装なんてしているんですから』。

 

「(はぁ。しょうがないです、よね。なにせカントーの平和には変えられないですからぁ)」

 

 わたしが面を上げると丁度良く、白いポケモンの反撃。

 その余波で、豪風がこちらまで届く。

 ソレに合わせてカメラを傾けて……そぉ、れっ!!

 

 

「きゃーぁー。カメラがーぁ!」

 

 

 わたしは叫んだ後にカメラの電源を切って、「地面に落とします」。

 ……多少の間を置いてからカメラを拾い上げて、とぉ!

 

 この丘から去る前に、豪雨の中で戦い続けているアナタ達へ向かって。

 そして勿論、プリンちゃんへオッケーとの視線も送っておいてからですぅ!

 

 

「……ならばわたしも、『わたしなりの応援』をさせていただきますよぅ!」

 

「~♪ ~~♪」

 

「プリンちゃん! おっけーぃ!!」グッ

 

「~♪ ……!」グイグイ

 

 

 まずはこの丘から、ハナダシティへ戻りましょう。……この映像、「公開が早くて損はない」はずですからねぇ。

 

 ただしわたしも、この「ポケモン勝負の続きを見れない」ことについては、少しだけというか、かなり不満なのですがね!

 コレは貸しにしておきますぅ!!

 

 

 

 Side End

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「プリュ、リューリュー!」グイグイ

 

「どした、プリン? ……っておお!」

 

 

 『サイコブレイク』の「溜めがなくなった」事といい、さっきの『スピードスター』による不意打ちといい……気の抜けなくなってきた戦いの中。プリンにコートの端を引かれた俺が指し示された先へと視線を向けてみれば、クルミさんが「いなくなってくれていた」。

 うし。案の定、気付いてくれたか! それならば!!

 

 

「気付かれたからには後々は大変なんだろうけど、まぁ、今は良い! ―― お役目終了だ。戻ってくれ、メタモン!!」

 

「……ニュロ、モーンッ!?」デロリ

 

 《ボウンッ!》

 

 

 声をかけると頭上から素早く滑り降り、待ってましたと言わんばかりの滑らかさでボールへと収まってくれる。うっし、ありがとな。メタモン!

 

 ……うん。

 メタモンはよくぞここまで、ミュウツーの威圧感(プレッシャー)に耐えてくれていた。怖がり様からしていつ『へんしん』が解けてもおかしくはなかったし、そもそも戦闘なんて出来るような状態じゃあなかったんだ、コイツに関してはな。

 俺の手持ちに入ったのもついこないだの事だし、元々はシルフで研究用に育成してたのをミィが引き取ったってな個体だし、戦闘そのものについても素人良いトコなのであるからして。

 

「(つまり、メタモンをミュウツーに『へんしん』させて戦わせるって作戦は無理があったっつー事だ)」

 

 ま、それは元々却下されてた作戦だからな。肝心要のHPは『へんしん』しようがそのまんまなんだし、それに多分、これから行う作戦を実行しちゃあメタモンの『へんしん』による変装は解けてしまってただろうし……

 

 何よりかにより、やっとの事で女装を解除できたんだっ!

 最終決着までこのまんまってのは、正直ないわ!!

 

 なんてな意味でも、クルミには感謝しておきたい。「ルリ」が活躍している映像は、「この後」のために必要だったからさ。

 俺の仕込みにつき合わせてしまった……ってのにはそこはかとない罪悪感があるけど、まぁ、彼女にとっては「自分の撮った映像がある事」そのものが大きな支払いになっているだろう。せめてそれこそクルミが言っていた様に、ギブ&テイクだと思っておくか。

 

 

「そんでもって俺も、ポケモントレーナーとしちゃあ『7体目』を使う訳にはいかないしな……っと、お?」

 

 《テン テン テレレーン♪》

 

 

 手持ちのトレーナーツールが回復完了の音でミィからの返信を知らせてくれる。

 目の前で変わらぬ防戦を繰り広げながらチラッとその内容を確認し、……成程な。「アレ」を追っかけてくれてたか。

 

 

「ならやっぱりミュウツーの相手は俺だけで、だな」

 

 

 積まれた「堅さ」は、本当ならキクコさんの手持ちの技にあるであろう『くろいきり』にでも頼る事が出来れば楽なんだが、それでは折角のクチートの『じこあんじ』も解消されてしまう。

 そもそもミュウツーの『どわすれ』『バリアー』による6段防御アップを『じこあんじ』でコピーしたクチートは、今の状況じゃあ必要な壁役だ。壁役が1人減ってしまうのは何とか避けたい所。

 それに、今は俺とミュウツー1体1のバトルなんだしな。出来る限り俺だけで相手をしていたい。

 

 ならばクルミがいなくなり ―― メタモンが俺の頭上から落ちてしまう心配やら、クルミの安全の心配やらをする必要がなくなりました所で!

 

 

「ミュー」

 

 《シュシュ ―― シュンッ!》

 

「プリン! 受けきったら、例のヤツ! (クチート、前方に! ピジョットも!)」

 

「プーリィ!」

 

「―― クチッ、チィ!」

 

 《カンカン、カィィン!》

 

 

 数度位置移動(ローテ)のフェイントを挟みながら指示を出すと、クチートが先頭に立ち、『スピードスター』を鋼の顎を前に構えながら弾いてくれる。

 俺はここぞとばかりに、環の切れ目からプリンを引き連れて飛び出す。急に身体を抱えられたプリンが大きな目をぱちくりさせたのも一瞬の事、直ぐに俺へといつもの輝かしい目を向けてくれた。……任せてくれ、だとさ。頼もしい事で。さらに視界の端には、「地面を跳ねる」ピジョットの大きな翼が見えているし!

 

 それなら ―― いきますか!

 

 

 今こそミュウツーへ、逆襲の一手を ――

 

 

「ピジョット、『ふきとばし』!

 

 プリン、――『じゅうりょく』だ!!」

 

 

 

 Θ

 

 

 

 少年が最後の攻撃を仕掛け始めた頃。

 カントーで放映される全チャンネルで流れていた緊急ニュースが、一斉に、事態の終結を告げ始めた。

 逃走地域の停電や空を飛び交うポケモン達の影響もあるのだろう。映像及び音声は通常のそれと比べると遥かに質が悪く、ノイズが交じっている。

 

 ―― ザ、ザザ、ザ……

 

『カントー全域を襲って……野生ポケモンの大群は、ハナダシティに到達し……ムリーダー達によって……ザ……見事に鎮圧されま……ザザ、ザ。

 ジムリー……ザザ、……及びポケモンリーグが合同で事態の始末に当たる予定で……。

 謎のポケモン、ザザ、ザ……残ったポケモンについて、リーグではなく……ザザ……権威、オーキド博士が代表して指揮にあたることを表明しており……、リーグはその管理だけを……ザ、ザ……』

 

 

 説明を続けていたアナウンサーの言葉が、ここで一旦途切れる。

 

 

『では、ザザ……謎のポケモンについて、「一般の方が撮影した映像」が届いて……ます。此方を、ご覧下さ……』

 

 

 アナウンサーの言葉によって流れ始めるのは、謎のオーラ&撮影禁止バリアーによって画面上は紫の球体としか映っていないミュウツーと……ヤマブキシティの映像においても映っていた少女(と見える人物)。その2者による、激しいポケモンバトルだった。

 年端もいかないであろう少女(仮。以下略)は自らの周囲にポケモン6匹を繰り出し、その全てを巧みに操って謎のポケモンと戦闘を行う。

 年齢、技術、そして少女の扱う ―― 「世界中から集まった」と言い表す事が出来る程、バラバラの地域からやって来たポケモン達。

 映像の少女を織り成す全てがこの世界にとっては異質であり、映像を見る者達全てに衝撃を与えてしまう。

 ……そう。なにせ、国における中心地であるカントー地方。そんな場所で起こっている「謎のポケモンによる襲撃事件」は既に大きく伝播し ―― カントーだけではなく、世界中で注目を浴びる騒動となっていたのだ。

 

 だが、肝心要の「与えた衝撃」。それはかつて少年が憂慮していた様な、ネガティブなものではなかった。

 

 

 未だ混乱の残るハナダシティにいる姉妹が、テレビを見ながら。

 

 

「頑張れぇっ、ルリ!!」

 

「むーん……やるなぁ、ルリちゃん」

 

 

 ハナダシティへと駆けつけた四天王の一角たる女性と、その隣に立つドラゴン使いの青年が。

 

 

「……負けるんじゃないわよ!」

 

「おれは負けても、あの子なら負けないさ!」

 

 

 ハナダ南側の5番道路で、再び自らのジム員達を率いて事態の収拾を始めたリーダー達が。

 

 

「―― この予感。あなたの勝利で終わることを願っています」

 

「ふふっ。あの方であれば、問題はないでしょう? 態度はアレですが……なんだかんだで期待には応えてくれるお方ですわ」

 

「おれの分も頼んだからな!」

 

「がっはっは! タケシ君は真面目だなぁ!!」

 

「HAHA! このガール、やるジャないカ!」

 

 

 タマムシシティのとあるマンションにて、両親とテレビを眺めていた少女が。

 

 

「……おにぃちゃん、頑張って……」

 

 

 隣の地方は竜の里。祠の上座に座る老人が。

 

 

「ふむ。見つけることは、出来たのじゃな? ……ほっほ。全く。この輝き、老いぼれには眩しくていかんのう」

 

 

 遠くシンオウ地方で、リーグに向けて特訓をしていた女性が。

 

 

「……ふふ、凄いわ。とても楽しそうな勝負! この子もポケモンが好きなのね!!」

 

 

 遠くホウエン地方で、いつもの様に会社に来ていた少年が。

 

 

「いいね! ポケモンと一緒に、共にあるべきトレーナーとして……ボクもキミの様に在りたいものだ。……さぁ。もうひと頑張りしたら石探しに出かけようか、メタグロス!」

 

 

 隣の地方の波打ち際に立つ、未だ見知らぬ少女が。

 

 

「……あ……。……この子、あんまり上手くいえないけど……凄いです。あたしと同じ位の年に見えるのに。……最後まで諦めないんですね」

 

 

 海の向こうの国で市長ながらに私設ジムを開設した、筋骨隆々の老人が。

 

 

「……なるほど。こんな少女でも、戦う事は出来るのだな。ならば……ふむ」

 

 

 海の向こうの国へと帰った、小説家の少女が。

 

 

「う、うひゃぁあッ!? そこ、そこです! あぶなっ……おおおおお……ぅ。……メモメモ」

 

 

 誰もが応援し、語る。

 アナウンサーに語られる様な凄惨な状況の中にありながら、また、映像にある様な壮絶なバトルの中にあって……それでも尚。

 

 

 ―― 「笑顔で」ポケモンバトルの楽しさを示すトレーナーと、そのポケモン達の事を。

 

 

 かの如く広まり、無数の人に応援されていたことを「少年」が実感するのは……また、後々のお話。

 

 

 

 Θ

 

 

 

 ――《《ズシンッ!》》

 

 

「……ミュー、」

 

 ――《ゴオォッ!》

 

「ミュ、―― ……ミュー」

 

「うし、決まった! プリンはあと予定通り、歌っててくれれば!!」

 

「プルルーゥ♪」

 

 

 プリンの放った『じゅうりょく』に(あるいは魂を)引かれ、謎の力で浮かんでいたミュウツーが地に落ちる。そして、落ちると同時にピジョットの放った『ふきとばし』を受けて、今度は奥へと転がり出した。

 しかし暫く転がったその先でむくりとその身を起こし、すぐさま反撃の態勢を取ってくるあたり、流石と言うべきなのだろう。

 俺は『じゅうりょく』によって重さが(体感的には)倍化した身体をふんばって支えつつ、ミュウを背中に抱えながら前へと走る。

 

「(ここしか、チャンスはない!!)」

 

 今までは何とかミュウツーの攻撃……『ねんりき』『サイコキネシス』『はどうだん』『スピードスター』をさばききって来れた。だがこのまま長引けば、ミュウツーの学習能力からしてジリ貧どころじゃないってのは目に見えてる。

 さっきは「必中攻撃であり操作することが出来るスピードスターで、ローテの先頭以外のポケモンを狙ってくる」なんて戦法を取られたしさ。そんな奇襲を続けられたら、いつかは守る側 ―― 俺達が対応しきれなくなってしまうだろう。

 万一同じく必中の『はどうだん』がモノズに効果抜群だと知れた日にゃあ、……あー、でも、そうか。とはいえミュウツーはカントーしか飛び回ってないんだから、悪タイプを知らない可能性が高いんだったな。ならいいか、うん。

 ……まぁ、ミュウツーの学習能力が半端ないからこそ俺も、相手の攻撃変化にも指示によっては対応することが出来る6体ローテーション(フルローテ)なんて面倒な戦法を使っているんだけどな!

 

「(ミュウツーは攻撃する側だ。だからこそ、向こうに選択権があった)」

 

 まったく。本来なら攻撃パターンの変化や技選択なんてのはポケモントレーナーが負うべき役割だってのに……ミュウツーはそれを自らこなしてみせているんだ。恐ろしいっつーか何つーか、

 

「(ま、トレーナーがいないからこそ ―― 『ミュウツーにはサブウェポンがない』んだけどな)」

 

 これこそが、ミュウツー最大の弱点。なにせミュウツーがレベルアップで「自力習得できる」技は、先に挙げたものくらいなんだから。

 いくらゲームでは各種優秀なサブウェポン(タイプ一致技などの主要なダメージ元となる技以外に覚えておく、相性補完などに優れる攻撃技)を装備できてたミュウツーとはいえ、当然ながらトレーナーがいなければ技マシンは使えない。人から教えて貰える技も無理。ついでに遺伝技(……は、ミュウツーにはないんだが)も思い出すことが出来ないんだからな。

 

「(……遺伝技やら教え技の習得についてはまた後回しにしておくとして、だな。うん)」

 

 つまりこのミュウツーは、如何に攻撃力が高くとも、実際の攻撃範囲が広くとも、「攻撃タイプの範囲」が狭いのだ。

 

「(だからこそ、俺の『知識』で補えてる。―― さぁて!)」

 

 長々と考え込んでしまったが、俺としてもこのチャンスを逃すつもりはない。今度はこちらが、最初で最後の攻勢を仕掛けるタイミングなのだ。

 

 思考を晴らし走り寄る俺と手持ちポケモンの目前で、ミュウツーが重い体を引きずり、泥まみれのままで立ち上がろうとして……しかし完全には立ち上がれない。片手を地面に着いたまま、立ち膝みたいな体勢になる。

 

 ―― 俺のプリンが繰り出した技、『じゅうりょく』。

 

 この技はダメージこそないが、場全体の命中率を上げると共に、「飛行ポケモンや浮遊しているポケモンを地面に落とす」。つまりこの世界における飛行ポケモンのアドバンテージを無くす事が出来る実に便利な技なのだ。

 特性が『ふゆう』でもないのに宙に浮いていたミュウツーもこの例に漏れず、地面に落ちてきたんだが……この場合。

 

 

 《ブン》――《ブゥンッ!》

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウツーがブンブンと空いている方の腕を振り回すが……残念だったな。お前はもう浮くことは出来ないぞ、ってな。

 さて。またも解説。

 今は俺の横を両の脚で「走っている」ミュウもそうだが、エスパーポケモンが宙に浮いているその種は、調べてみれば至極簡単というか予想通り。自らの『技以外のエスパー能力で浮いている』のだ。

 その系統が『ねんりき』なのか『サイコキネシス』なのか。はたまた大穴、常時発動型『テレキネシス』なのか……なんてのは、どうでも良いな。

 ここで大事なのは(俺のミュウやピジョットは練習していたから少なくとも焦ってはいないが)普段からエスパー能力で浮いているポケモンが急に落とされた時、「自らの身体を上手く動かせるのか」って言う事だ。

 俺の思惑通り只でさえ「体重の重い」ミュウツーは、なまじ頭が良いせいか、急に動かなくなった身体に対して軽く思考混乱(パニック)状態にある。

 ……いや、混乱っつっても訳がわからなくなって自分を攻撃したりはしないんだけどさ。

 

 この隙、逃さない!

 

 

「うっし、行こう! ―― !!」

 

「プー、プルーゥ~♪」

 

「ギャウウッ!!」

 

「―― ミュー!」

 

 

 ニドクインが、重さに耐え切れず地面に片膝を突いたミュウツーに向かって、プリンの歌をBGMにして跳び……『かみくだく』。

 そんでもって、

 

 

「ミュウ! (『いかりのまえば』ッ!)」

 

「ミュ、ューゥゥッ♪」

 

 《ガチンッ!》

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウがエスパー能力で作り出した光る歯を使って、ミュウツーを「(かじ)る」。

 俺と行ったシンオウ地方でミュウが「教え技」として習得した『いかりのまえば』で、ほぼ満タンだったミュウツーのHPは強制的に半減される……その筈だ。

 おーしおし。『じゅうりょく』で接近戦に持ち込んだからこそ、この技を活かすことが出来るんだからな。

 

 

「クチートも『いかりのまえば』! モノズは『りゅうのいぶき』!」

 

「クゥ、チィーッ!!」

 

「ガァゥ」

 

 

 大顎を広げたクチートがガリッと、HPを更に半減。

 モノズの『りゅうのいぶき』がミュウツーを襲い、

 

 

「……ミュー!」

 

 《シュワワンッ》

 

 

 慌ててミュウツーが回復する、が、『じこさいせい』の回復力じゃあ追いつけない。『じこさいせい』の回復力は「HPの半分」なのに対して、『いかりのまえば』2発では「HPが4分の1になる」のだから。

 

 でもって、まだだ! 次の攻撃(ターン)!!

 

 

「ミュウはもっかい『いかりのまえば』! (ニドクイン、『かみくだく』!)」

 

「ンミューゥ♪」

 

「ギャォオオッ! ウウ!」

 

「……ミュー!?」

 

 

 ミュウの『いかりのまえば』だけでなく、先程までは余裕で受ける事が出来ていたニドクインの『かみくだく』の思わぬダメージによろけるミュウツー。

 ……ようし、これも決まってるな。なにしろこのための、ピジョットによる『ふきとばし』だったのだ。

 

 ゲームにおいてポケモンの能力変化をリセットさせる方法は、なにも『くろいきり』だけじゃあない。相手を交換させてやれば良かったんだ。この世界においても、モンスターボールに戻るとポケモンの能力変化はリセットされる。

 だが俺の見てきた「野生ポケモン」については当然ながら、吹き飛ばされようともボールに戻りはしない。大抵の野生ポケモンは吹き飛ばされた後に逃げ出してくれるので、大抵はゲーム通りになる……んだが、しかし。これはつまり、『ボールに戻ると能力変化が戻る』他にも何かしらのカラクリがあるって事なのだろうと、俺は考えていたんだ。HGSSで外に連れ歩いているポケモンだって、交換されて後ろへ引っ込むと能力変化は戻ってたんだし。

 

 そのカラクリとして俺が思いついたのは、「ふきとばしの直撃そのもの」にも能力変化を戻す効果があるのではないかという仮説。

 ……今までは『ふきとばし』を受けて尚、こちらへと向かってくる野性ポケモンなんていうレアなヤツはいなかったからなぁ。試せなかったけど。

 

 

 でもまぁ、地盤は整ってる。

 ミュウツーの「攻撃力」は「6体ローテーション(フルローテ)」で流し、「防御力」の上昇は『ふきとばし』で元に戻る。

 謎の浮遊現象についても『じゅうりょく』で無効化し、ついでにミュウツーの移動能力をゼロにした。

 

 

「(―― ここまで全て、『表向きの作戦』だ!)

 

 

 ミュウツー、気付いてくれるなよ!

 俺は再度ローテをしながら接近し、ミュウツーのHPを削りにかかる……んだが、

 

 

「―― ミューッッ!」

 

 

 ミュウツーは片手を地面に溜まる泥の中へと着きながらも起き上がり、片手をこちらへと向ける。

 ったく、反撃がくるか!?

 

 

「ローテだ、モノズ! ……って、うおわっ!?」

 

「!? クチッ……」

 

 《ズバンッ!》

 

 《ドスッ》――《ドッ、ドォンッ!!》

 

「っつぅ……って、クチート!?」

 

 

 地面を跳ねた後で岩壁に激突したクチートが、だらりと力なく項垂れる。……くっそ、「効果はいまひとつ」だってのにやってくれるな!

 ミュウツーは先頭のモノズへ向けて手をかざし、『サイコキネシス』系統で攻撃すると見せかけて……「こちらのローテに関わらず素早く対象を変更できる」、直接攻撃。『サイコカッター』で反撃を仕掛けてきたのだ。

 けど相手も「ターンを消費してまでの回復(じこさいせい)」っていう手段は捨てて来たんだから、これは引き続きの好機(チャンス)だ。行くしかない! 

 俺はクチートをボールに戻し、心の中で労いながら ―― 残る5体で、追撃!!

 

 

「ンミューゥゥヴヴ!!」

 

「ギャオオウッ!!」

 

「……ミュー!!」

 

 《ズバッ》――《ガキィンッ!》

 

「ガァウ!」

 

「ピジョオッ!」

 

「……ミュー!!」

 

 《ズバンッ!!》

 

「!! ピ、ジョオッ……!」

 

 

 ニドクインが『まもる』で刃を弾いたが、今度は『あやしいかぜ』を放っていたピジョットが『サイコカッター』を受け、地面に倒れていく。ピジョットも『じゅうりょく』の影響を受け地面に降りている為、もろに刃の直撃を受けてしまった。

 

 ―― これであと、4体!

 

 ……つーか、おいおい。1ターンに2回も攻撃してくるとか、どんな底力だよ!?

 

「(1ターンに2回、ね。……『すばやさ』の開きを元手に、こっちが周回(ターン)遅れにされたか!)」

 

 しかしここで止まってはいられない。接近戦になり、ミュウツーがこちらの『6体ローテ』を無視できる戦法 ―― 『近接戦による攻撃対象の後決め』を得た今、戦いは超のつく短期決戦になってしまったのだ。

 『スピードスター』でモノズを狙ってきた事からして、モノズがエスパー技を無効化できるのには気付いている筈。となれば、それ以外のポケモン達を排除した後、最後にモノズへ『スピードスター』か『はどうだん』で締めるつもりとか、かね?

 

 けど、まだ……気付かれるな!

 俺達は「近接戦は悪手と知りながら」、しかし、そのままミュウツーへと張り付いての攻撃を仕掛ける。

 

 

「……ミュー!」

 

 ――《ズヴォンッ》!

 

「ギャ! ……ャゥゥォオッ!!」

 

 《ガブリッ!》

 

「ミ、ュー!」

 

「ャゥ! ……ゥゥ……」フラッ

 

 ――《ドスンッ!》

 

 

 『まもる』の次のターンを狙われた結果としてニドクインが『サイコカッター』を受けた、が、それでも最後に執念で『かみつき』ながら倒れこんでくれた。……ありがと、ニドクイン!

 

 ―― 残るは、3体!!

 

 

「ミュー!!」

 

「ミュミュミュミュッ!!」

 

 《ズワッ》――《ォォンッ》!!

 

 

 残る3体の内もっとも戦闘向きなミュウが先頭に立ち、念波をぶつけ合いながらミュウツーの周囲を低空で跳ねる。

 

 

「―― ミュー!」

 

「ンミュッ!!」

 

 《スイッ》

 

 

 うっお! さっすが、いつも俺の想像を超えてくれるな、ミュウ!

 なんとミュウは、ミュウツーが右腕を振るって放った『サイコカッター』をバク宙で回避してみせたのだ。……だけど、血は争えないというべきか。

 

 

「……げっ、マジか!?」

 

「ミュー」

 

 《《ヴヴンッ!!》》

 

 

 ミュウの子であるミュウツーは重力に慣れやがりまして、両膝を突くことで両腕をフリーにし……「左手にも」、雨粒を弾く不可視の刃を構えて下さった!

 刃渡りはさっきの半分ほどになってはいるが……さっきの2回攻撃で、まさかの二刀流を閃きやがったぞ、コイツ!!

 

 

「―― ミュー!」

 

「ガァウ?」

 

 《ドバッ!!》

 

 

 ミュウツーは構えた左手を地面へと振り下ろし、その余波を利用して、俺の前で呆けていたモノズを遠くへと吹き飛ばしてみせた。うっわ、あの位置じゃあ戦闘に復帰するには時間がかかる。……くっ、やっぱ直接攻撃じゃあないと無効化はできないか!

 

 ―― これで実質、あと2体!

 

「(あー、もうな。最後はやっぱり、この対決かよ!!)」

 

 

「……ミュー!」

 

 《ズォッ》――《ォォォンッ!!》

 

「ミュミュ!? ミューゥ!!」

 

 

 ミュウとミュウツー。

 俺が「やっぱり」なんて言ってしまった様に、この2体の対決になるのは何となく予想できていた。流れ的にな。

 しっかし……数の差を差し引いても、実に面倒な攻防だ。

 ミュウは『じゅうりょく』の中を跳ねながら近づく機会を伺うが、ミュウツーもその場を動けないながらに残ったPP分の紫の光……『サイコブレイク』を搾り出すかの如く飛ばし、ミュウを近づかせない。防御を無視してHPを削ってくる、『いかりのまえば』を当てさせないつもりなんだろう。直接攻撃に近い距離までの接近が必要だからな、あれは。

 でも、反撃として間違ってはいないと思う。ミュウツーからしてみれば『いかりのまえば』をどうにかしなくちゃあ、せっかくの『じこさいせい』が機能しないんだからな。まぁ、今までは無双してたヤツが急にHPを4分の1まで削られた、ってな「脅威の刷り込み」も効いているのかも知れないけどさ。

 

 そんなミュウツーが放つ紫の光(サイコブレイク)の間を、ミュウは絶妙なタイミングで縫ってみせ……

 

 ―― スゥッ

 

 ここで急に体が軽くなる。『じゅうりょく』が解けたんだな、と、いうことは……これで、5ターン目。ここが、タイムリミット!

 

 

「(なんとか、『届いてて』くれよっ!!)」

 

「ミュ! ミュ! ……ミュゥッ!!」

 

 《スイッ》――《ピョンッ!》

 

 

 遂に技の射程圏内で飛び跳ねていたミュウが一際大きく飛び上がり、未だ晴れた『じゅうりょく』に対応しきれず地面に屈み込んだままのミュウツーを見据え ――

 

「……ミュー!」

 

 右腕の拳骨を振り上げていた。

 

「(……っ!!)」

 

 俺も最後の一撃だと気を緩めたせいか、頭のどこかがチリチリと痛み出している。指示が思考に、思考が指示に追いつかなくなりそうだ。

 ……さぁ、俺もどうやら限界っぽい。もう稼げるだけのターンは稼いだぞ。

この攻撃だけは ―― お前の思う様、叱ってやってくれ!!

 

 

「―― ミューーゥゥッ♪」

 

 

 ミュウは満面に喜色を浮かべ、

 

 振り上げた右腕をミュウツーへと向け、

 

 その小さな手はグーのままで(・・・・・・・・・・・・・)振り下ろす!

 

 

「―― ンミューゥッ!!」

 

 

 ――《《ゴチンッ☆》》

 

 

「!? ……ミュー!?」

 

 

 『いかりのまえば』なんかじゃないし、そもそも「技」じゃあない。

 予想外の攻撃にミュウツーが疑問符を浮べ、でも、このターンで戦闘……だけでなく、カントー全域を巻き込んだ騒動は終了となる運びだ。

 

「(プリンの低レベルさ、またはパーティ内のレベル差や役割分配のせいでどうしても出来上がる ―― ローテ内の能力差(デコボコ)。これこそが最大の弱点でもあった……んだけど、)」

 

 傾向がある、差がある。1つでも特徴があるということは、裏を返せばパターン化してしまうという事でもあるのだ。

 実際にミュウツーは「レベル差による攻撃力の差」を利用し『サイコカッター』を二分して両手に装備、なんて芸当をやらかしているんだしな。けれども、それですら十分に「ひんし」まで持って行かれてしまう程の差が俺のパーティにあるのは、事実でもある。

 

 だが、しかし。だからこそ。

 その思考能力の高さ故、戦闘への順応能力の高さ故。

 ―― 「こちらの策を破った」とミュウツーが「思ってしまう事が出来る事」こそが、最大の好機(チャンス)の筈なんだ!

 

「(このために、プリンはずぅっと歌っていたんだからな!)」

 

 ミュウツーを追い詰めたのも、『じゅうりょく』でミュウツーを固定してから……低レベルであるプリンの「歌の効果が届く範囲」まで近づいて……悪手である接近戦を続けたのも。

 

 

 全てはプリンが『うたう』と『ほろびのうた』をすり替えたって事実を、ミュウツーから隠すため!

 

 

「……ミュ、ー……」

 

 

 怒涛のラスト3ターンで俺のポケモンを倒しまくって下さったミュウツーは、トドメに頭に母(もしくは父)のある種愛の篭った拳骨を受け、2メートル超の身体をグラグラと揺らし。(実際には拳骨ではなく『ほろびのうた』による効果なのだが)

 

 

「ミューゥゥ……」

 

「……プー、ッリーン?」

 

 

 最後まで隠し通す為、自らも『ほろびのうた』を受けてくれたミュウとプリンも、限界だと言わんばかりに身体を揺らし。

 

 

「……うし。皆、あんがと!」

 

 

 《《《バタタッ、ドスゥゥンッ!》》》

 

 

 折角のお礼も虚しく。

 ここハナダ郊外にて最終決戦に挑んだポケモン全てが、晴れ始めた空に架かる虹の下で、泥の中へと一斉に倒れこんだ音がした。

 

 この場において唯一立ったままの存在である俺は、とりあえず辺りの惨状を見回して……うん。

 

 

 ……。

 

 

 ……あー……

 

 

 

「……つーか、地獄絵図だろ! コレはっ!!

 空が晴れて虹が出ていれば、全部爽やかに見えるとか思うなよっっ!?」

 

 

 ついに顔を出した青空の下。

 俺は楽しかったバトルの余韻を叫びによって台無しにして。

 今までは神経伝達物質を潤滑油としていつも以上に回っていた思考の歯車も、終にはギシギシと音をたて始め……頭痛へと変わり。

 

 

 ノッソノッソ。

 

 ……フルルル。

 

 

「……ガウゥ?」

 

 

 そういやお前は吹き飛ばされただけだったなー……と。

 ……うぇ。やばい、限界、

 

 

「モノズ、……ごめ。ちょっと寝るから、身辺警護……たの……」

 

「ガウ!」

 

 

 後を、非常に良い返事をしてくれたモノズへと任せ。

 泥の中へと、盛大な満足感と共に、倒れこむのだった。

 

 

「俺の、勝ちーぃぃ……!」

 

 ――《べチャッ!》

 

 




ΘΘΘΘΘΘΘΘ



 ハナダシティの郊外ではあるのだけれど、別の場所。
 そこはハナダを出、素直に西に進んだ先……現在ショウがミュウツーと戦っている部分よりは、南方。当初私が『三角地帯』と呼称した地域ね。
 ハナダシティの南西である「ここ」は、地理的にはヤマブキシティの北西であるとも言えるのでしょう。

 そんな薄暗い林の中、私達は黒い制服の集団……ロケット団に囲まれていたりするのだけれど。

 ―― サーァァァァ……

 私は周囲に自らの手持ちである5体のポケモンを「全て」繰り出しており、そのそれぞれが周囲に立つ黒の集団 ―― ロケット団員達を威嚇し続けてくれている。
 そんな風に4人の下っ端を相手取りながら、私は目の前に立つリーダー格たる紫髪の男へ向かって、変声機を通した奇妙な声でもって話しかける。


「そろそろ、諦めるのをお勧めしたいわね」

「へっ、そういうワケにゃあいかねェな! ……行きな、ドガース!」

「ドッガーァス?」

「――、ぽりおつ」

「カタタッ! ピローン♪」


 目の前の男が繰り出すのは、既に通算2()0()()()となるドガース。
 私はまたも先手を取り、ポリゴンZの『サイケこうせん』で一蹴してみせる。けれども、相手に何もさせないこのパターンこそがせめてもの最善手なの。……なにせこの男は、ドガースを次々と『じばく』させてくるのだから。


「ふふふ……今だっ! いけ、お前らぁッ!!」

「「「うーっす!!」」」


 自らの手持ちポケモンが倒されたその隙をつき、紫髪のロケット団幹部が下っ端へと波状攻撃を仕掛けさせた。
 ……でも、私だって1人じゃあないのよ。


「―― ひっひ、待ちな! ザコはザコらしく、まとめてかかって来るといい! アタシの幽霊達が相手をしてやるからねぇ!!」

「「(……ニタリ)」」

「くっ……四天王が相手かよ!」「俺たちじゃあ相手にならねぇぞ?!」「やらない訳にはいかないだろう」「チィッ、クソが!」「いけぇ、コラッタ!」


 キクコの影でニタリと笑みを浮かべる2体のゲンガーに向かって、下っ端たちは愚痴を言いながらも次々と自らのポケモンを繰り出す。
 だが、しかしと言うべきか予想通りというべきか。下っ端達のポケモンは、四天王であるキクコの手持ちポケモン ―― ゲンガー2体によって次々と、一撃の下に倒されていく。
 ……でも、数の力は強大。
 いくら四天王であるキクコでも、現在出しているポケモンは2体。対する下っ端の人数は2桁にも達しようかという数で、各人1体のポケモンを出している。これでは単純計算でも……例えキクコが一撃ずつで倒そうとも……5ターンはかかってしまうの。これこそがこの場を覆すに至らない、決定的な戦力差となってしまっているのでしょう。

 このこう着状態は、私がショウの連絡によって「とある部分」に気付き……ミュウツー戦をカンナ達に任せるという苦渋の決断をしてから、随分と長い時間続いている。

「(まぁ、任せるに踏み切ったのは。ショウの到着が近くなったから、なのだけれど……あら)」


 《――、バサッ》

 《バササッ、バササッ》


 けれども、ついに。

 ―― やっとの事で転機は訪れてくれるみたい。

 …………残念ながら、私にとっては悪い方向への転機なのだけれどね。


「―― 待たせました、ラムダ」


 青いマフラーを巻いた緑髪の男が、南側から自らのゴルバットに掴まって低空飛行で移動して来た。下っ端達の頭上を飛び越えると、一団の指揮官である紫髪の男……ラムダの隣に降り立つ。


「お……おおおッ!? なんだランス、やっと終わったのか!?」

「えぇ。つい先程仕事は完了しました。後は逃走するだけ……だった筈なのですがね?」

「ん? おれ様のせいだって言いたいのかよ!?」

「事実でしょう」

「けっ! 生え抜きの幹部様はお偉いこって!!」


 到着と同時に言い争いを始めた2人の幹部。だがしかし、


「―― そこまでよーっ!!」

「―― アテナの言う通り。やめるのです。ランス、ラムダ」


 さらに遅れてゴルバットで飛んできた2人が、すぐさま言い争いの仲裁に入っていた。
 私はフードの奥から新しく現れた3人の人物達へと視線を走らせ……思わず、溜息。


「……どうやら、間に合わなかったみたい」

「ふん。どこかで見た顔だね。……ところで、今の雑魚どもはあらかた片付けてやったが……」


 言葉通り周囲にいたロケット団員達を片付け、私の隣に歩き寄ると、訝しげな表情をしながら杖を鳴らすキクコ。そんなキクコに向かって、新しく登場した人物の内 ―― 青髪の男が口を開く。


「―― これはこれは。四天王のキクコさんに、」

「ア、アンタはッッ!? ……ここで会ったが百年目ぇッ!!」


 赤髪の女が私の姿を目にするなり大声を上げ、此方へ向かってモンスターボールを突きつける。
 ……そうね。赤髪の女……アテナは今と同じく「黒いお人」の格好の私と、タマムシの郊外で面識があるわね。
 そんな嬉しくない知己との再会に私の口から出るのは、またも溜息。


「……全く。どうして、こう……はぁ。仕方がないわね」

「うっふっふっふ。タマムシの時は負けたけれど、今度のあたくし達はこの数よ! どう考えたって2人しかいないアナタに勝ち目はないでしょーが!! 例え、四天王サマがいたってね!!」


 溜息をついたのをどう受け取ったのか。アテナは何故か勝ち誇ったような表情とポージングで、私に向かって捲くし立てる。
 けれど、そこへ。


「―― いえ。黒いお人の方が正しいですよ、アテナ。ここで争っても、無為に戦力を消費するだけです」

「な、なによアポロ!? あっちの味方をするワケ?」

「冷静になりなさい、アテナ。味方どうこうという話ではないのです。―― まともに戦力差で勝ってしまっては、この2人程のトレーナーならば『逃走する事に全力を費やす』でしょう。貴女はその時、逃走を止められるのですか?」

「うっ……」

「はっはっは、そうだぜアテナ! コイツらがそんなに柔なわきゃあねーだろーがよ!」

「アナタが言っても信憑性がないですね、ラムダ」

「うっせぇランス! テメェなんか、コイツとは戦ってすらねぇだろうがよ!?」

「それはそうですが……」

「ま、くやしいけど言われてみれば……やっぱりアポロが正しいんでしょうね。わたくしに勝ってしまうほどのトレーナーなんだもの、この黒いヤツは!」


 アテナ、ラムダ、ランスが私を指差しながらの会話。人を指差すのは失礼……なんて、普段は気にしないのだけれど。こうも囲まれながら指差されると流石に良い感覚はしないわね。

 そんな幹部漫才が続く中。またも青髪の男 ―― ロケット団幹部、アポロがまとめようと口を開いた。


「そうです。この2人のトレーナーは、強いのです。……我々ロケット団がこの方達に勝利するためには、もっと回りくどく。用意周到に仕掛けるべきなのですよ。―― ここは作戦通りに進行させましょう」


 リーダー格である青髪の男は大仰に腕を広げ、周囲に群れを成す下っ端に言い聞かせるようにそう告げるのだけれども……はぁ。揃ってしまったわね。
 青髪の男 ―― ロケット団幹部、アポロ。
 赤髪の女 ―― 同じく幹部、アテナ。
 緑髪の男 ―― 同じく、ランス。
 紫髪の(1人だけ)オジサン ―― 幹部のラムダ。
 この人達はHGSSでコガネのラジオ塔占拠をやらかした、ロケット団幹部の4人。幹部との名にそぐわず、他の下っ端達とは違ってポケモンバトルも「それなりに」出来る連中だった記憶があるわ。
 ……ただしアポロとアテナについては、私とショウが捕まえてやった筈なのだけど……そうね。


「……サカキも、やってくれるじゃない」

「ひっひ、そうだ。この問題についちゃあ、あたしらは完全に負けさ。さぁてどうする。幹部なんてぇ方々の仰る通り、尻尾巻いて逃げ出すかい?」

「正直、勝ち目は少ないわ」

「ほぉ? この周りの雑魚共を目にして、それでも勝ち目はゼロってんじゃあないんだね?」

「そう、かしらね。……どうせここで追い詰めても『根元』はどうしようもない。なら、ある程度だけぶつかってみたいと思うの」

「……はっはぁ。成るほど。なら、『残り』は引き受けようじゃないか。アタシのとっときを見せてやるよ」


 私はキクコとの耳うちを終え、正面へと向きなおす。
 そして正面に立つアポロが、自らの率いる ―― それこそ今回の「野生ポケモン防衛戦」に参加してくれたポケモントレーナーなんかよりも多いのでしょうという数のロケット団員を背にしながら、此方へと逃走を促し始めた。


「作戦会議は終わりましたか? ならば、逃げなさい。我々も今回は後を追いません」

「……、」

「なによ。勝ち目は無いのにまだやるの? さっさと無様に、逃げれば良いじゃない!!」

「あん? お前ら、まだやんのか?」

「……むむ……これ以上わたし達の仕事の邪魔などさせませんよ……!」


 アポロの促しに対して無言の私へ、4者4様の反応を示す幹部達。それらを受け、私はまたも無言で持って返す。代わりにキクコが、何時もの不気味な笑い方でひとしきり笑った後に。


「あんたらねぇ。このアタシと、それにコイツ。……ロケット団如きが、本当に勝てると思ってるのかい?」

「おや。アナタほどの人物が、戦力差も判らないのですか?」


 ランスが思いの他簡単にキクコの挑発に乗り、モンスターボールを持った手を持ち上げた。
 それを他の幹部も、止める様子がないのだから……挑発は成功ね。


「ならば ―― みせてあげましょう!! 行きなさいッ!!」


 ランスが勢い良く腕を振り下ろしたのを引き金に、周囲から雪崩の如く団員達が迫る。
 その中で、私は ―― 再びポケモン達と戦い始めた。



 Θ



「ひっひっひ。これでわかったかい? 年寄りを舐めるんじゃあないよ、お前たち!!」

「ニタッ」「ニタニタッ」

「ひぃっ!? こ、こっちくんなぁぁ!!」


 誰も立っていない林の中でキクコが杖を剣の如く突きたて、威圧感たっぷりに話しかけると、左右に佇む黒い影(ゲンガー)が赤い口を開いて恐怖を掻き立てる。それを見た団員達は、既に痛い目を見せられているが故に、一目散に散っていった。
 その隣に立つ私も「とりあえず」の成果として ―― 幹部のエースポケモン各1体を、のしてあげた所なのだけれど。


「……、」

「キュキュ、キュキュ↑↑」「ピロリロリーン」
「レォーン?」「バルバルバ(ry」「リューッ♪」


 (心なしか褒めて褒めてという雰囲気が伝わってくる)手持ちポケモンに囲まれた私を、すぐさま後列から出てきた別の下っ端達が威嚇し始め、入れ替わりに幹部達がじりじりと後ずさる。


「な、なんでよっ!? ……もーーーっ、なんでなんで、な・ん・で・なのよーォォッ!?」

「……正直、見くびっていましたね……!」

「くっそー、『幽霊ポケモンを出しまくって自爆させまくる』ババァに、『ポケモンに指示を出さないのに組織戦闘をさせる』黒尽くめときた! バケモンかお前らぁ!?」


 悪態をつくアテナ、ランス、ラムダ。
 けれど、そう。ラムダの言う通り……相手の「数」を突破したその種は、至極簡単。
 キクコが手持ちのゴースを10体程出し、『じばく』を指示。雑魚団員達の手持ちを巻き込む位置にゴース達を見事に配置した結果として、その数を大幅に減らすことに成功した。ゴース達なら『じばく』は効果がないのだから、ラムダのドガースとの自爆合戦における相性は抜群なのだし。
 そして『じばく』による混乱の中を、私のポケモン達が『遊撃』。幹部達が出していた「自らの身を守る1体」を、全て倒しきってやったのだ。
 ……キクコがそんなにポケモンの数を持っているのは、不思議でもない。相手のラムダだってやっていたことなのだし……そもそもこの世界、「ポケモントレーナーは6体までしかポケモンを持ってはいけないなんて規則はない」のだから。

 えぇ。でも、これについての説明は今度に回すとしましょう。そもそも私、トレーナー資格なんて持っていないし。今は、目の前の相手に集中すべき所。


「―― これで気は済みましたか? 黒尽くめさん」

「えぇ、……少なくとも。帰ってから社に報告できるくらいには、ね」


 幹部達へと特攻を仕掛けた結果として、私は、これみよがしに呆れ顔を向けるアポロと睨み合う形となっていた。


「もうこれで、一矢報いたでしょう。あなたも中々に優秀なトレーナーですが……今は優秀なのが、いけない。どこまでも惜しい人材ですね」

「判って、いるわ。私達は『逃げに全力を尽くせば逃げることが出来る』。でも、それは貴方達も同じなのよ」

「それが判っていながら……何故です?」

「貴方達が、逃げに徹せず。私と戦ってくれた事こそが答えではいけないのかしら」

「……頭の回る」

「えぇ、なんとでも。それで ―― 折角「ヤマブキシティの北郊外にある収容所から逃げ出して来た」と言うのに、こんな場所を通過する。……さて、貴方達ロケット団が総力を挙げて遮る、『その奥』にいるのは誰なのかしらね(・・・・・・・)

「はて。何の事でしょう? ……ですがもう、用事は済みました。撤退です!」


 これ以上の問答は避けるべきと踏んだのでしょう。
 アポロが一声指示を発すると、折角キクコが空けた隊列の大穴すらもすぐさま、補充要員によって閉じられてしまった。
 そしてそのまま幹部達に率いられ、私とキクコによる追撃を警戒しながら、西側へと消えていく。
 1人残ったアポロが私へと振り向き、最後に。


「まだ追ってきますか?」

「いいえ」

「いい判断です。……では。もう二度と出合わない事を切に願っておきますよ、英雄さん」

「……それは、貴方達次第だわ」


 こんなくだらないやり取りを最後に、アポロも奥へと駆けて行った。
 私とキクコは暫くその場を動かず……周りを巡回していたレアコイルが警戒を解いた所で、体の力を抜く事にする。
 ここでやっとの事「戦闘以外」にも気を回してみると、気付けば木々を打つ雨音はピタリと止んでいた。
 遮る木々の間から空を見上げてみると、曇天は晴れ、雲間からは日差しが差し込んでいる。


「……一体、誰が空を晴らしたのかしらね」

「そりゃあ勿論、カントーを覆いつくす暗雲を払ったのは『あんた達』だろう? ジャリ娘! ひっひ!」

「……はぁ。そんな、詩的な問い掛けではなかったのだけれど」

「ふむ……でもまぁ、あたしゃ十分だって言ってるのさ。さっきの幹部も言っていただろう? あのガキだけじゃあなく、あんただって間違う事無き ―― 今回の騒動における主役だろう! どこの英雄譚の主人公かい。まったく!」

「……まぁ、そんなのは。どうでも良いのよ。私が惜しいと思うのは、ミュウツーとの戦闘に参加できなかった事ね」

「…………あぁ……ったく、面倒なガキだねぇ!」

「キレるのが、早いわ」

「ウジウジしてんじゃあないよ! 野生ポケモンの大逃走を第一線で食い止めといて、その指揮までこなしたってぇのに、も1つオマケに牢屋から逃げ出した悪の軍団引っぱたいておいてさッ! 何がご不満なんだい!?」

「痛い、痛い。痛いってば。痛っ」


 キクコがいつものニタリとしたそれではなく快活な笑顔を浮かべ、私の背中をバシバシと叩いてくる。
 確かに痛い……のだけれど、それでも。


「レーロォ~ン」「リューゥゥ♪」
「↑↑キュキュキュ↑↑」「バルバルバル」
「ピロリ~♪ リロリロ~♪(♯)」


 不気味なステップでよたよた踊るカクレオンと、嬉しそうにのたうつミニリュウ。
 レアコイルとダンバルは無機質な癖して喜色を満面に出した空宙遊泳。
 ポリゴンに至っては、電子音で音楽まで奏で始めてしまった。


「ひっひ! アンタの代わりにポケモンの方が喜んでくれてるじゃあないかい、ミィ!!」


 そう。
 だって、この成果は、私の手で掴み取ったものなのだから。


「(……『私が』、主人公に。なる事が出来たのかしらね)」


 林中にうっそうと茂る木々がその枝を縦横無尽に奔らせ、私の頭上と空の間を遮った結果……出来上がっていた薄暗い空間。
 それでも ―― 私のこの眼にだって。

 雨上がりの空に架かる綺麗な虹は、間違いなく見えているのだ。


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Θ60 ひとまずの終幕/遠方

 

 

 1993年、年末。

 

 

 カントー全域を大混乱に陥れた事件から、3ヶ月以上が経過していた。だが、かくいう俺……ショウはというと、やる事自体は相も変わらず研究だったりする。

 いや、だってさ。夏休み修行からミュウツー事件、その後片付け……なんて流れになってしまってたからな? 研究の詰めは年末までに終わらせときたいし、今は頑張り時だろうと。多分な。

 

 ……でもこれで、仕事も ―― 終わり、っと!

 

 俺は最後の一文をパソコンへと打ち込み、大きく伸びをした。その後で周囲から向けられる眼差しの主達へと勢い良く振り向き、喜びの一声を!

 

 

「うーっし、年内のノルマは終了だ!」

 

「ふっわー! やりましたね、ハンチョー!」「これも皆さんの協力あればこそ、ですが」「これで休めますね、班長!」

 

「ま、ノルマは終了ってだけだからな。まだまだ詰める部分はある……けどとりあえずは、休めるぞっ!」

 

「「「おおーっ」」」

 

 

 懐かしい風の吹く町マサラタウンにある、世界的権威(の、筈である)オーキド博士率いる研究所にて。俺の班がこんなにも浮かれているのは、年末だからと言うだけではない。

 ―― ああ。なんとついに、ポケモン図鑑のデータを集めるだけでなく、纏める事が出来たんだ!

 

「(外観データはミュウツーを持って151匹のを採取完了済み。ステータスの数値化に必要なデータはあらかたとったし、クチートとモノズのおかげで鋼タイプ・悪タイプの研究も(はかど)ってるし!)」

 

 強いて言えば、ステータスの数値化に関してはその数値の基準または中央値をどこに置くかという所で少し揉めはした。が、……これも原作知識様々だが……俺の提案でミュウの種族値をおおよそ100として、周囲のポケモンのデータを比較数値化していく事で何とかまとめることが出来たのだ。

 なにせミュウさん、実に優秀な遺伝子をしてくれているからなぁ。ポケモンの祖っぽい感じの。研究班やら協会、リーグのお偉いさん方を説得するにあたって、この点が実に役立ってくれたのだ。祖であるからには、ミュウを基準とするのは間違っちゃあいないだろう……ってな。

 

「(ただしミュウを『公にする』のは、俺が何とかしてみせるべきなんだろうな)」

 

 なんて、研究はもういいか(大分投げやり)。

 俺は研究員達の横で半ば無意識に消音にしていたテレビをつけ、ここ暫く最も盛り上がっている話題 ―― ポケモンリーグについてのニュースを見る事にしてみる。

 

 

『―― と、はるばる海外からお越しのタイガ選手 ――』

 

「おお、ハンチョー。リーグのニュースですか?」

 

「あー、そうだ。……いくら俺でも、世間の話題に乗り遅れたくはないからな」

 

 

 テレビをつけた所で班員が寄ってきて画面を覗き込むのだが……そう。ここ最近は研究室に篭りっきりだったが、現在世間は(ミュウツーによる事件のせいでカントーでの開催が遅れて)各地方一斉に行われる事となった、「ポケモンリーグ本戦」の話題で持ちきりなのだ。

 

 

『―― なぁるほどっ。シンオウリーグとホウエンリーグ、共に実力者が揃っているようですねぇ!』

 

『はい。ですが注目すべきは、やはりこの方!』

 

「……うげ」

 

 

 これまた最近良く見るようになったアナウンサー2人がMCとなって進めているこの番組は、どうやらポケモンリーグ開催を控えての、各地方に居る有力トレーナーを紹介する番組になってるご様子。

 けれども、注目すべきなんて大仰な言葉を使ってアオイさんが紹介するのは、そう。俺が思わずうめき声を上げてしまうような、……つまりは「黒コートのツインテ少女、(ルリ)」なのである。

 

 

『おぉー、やっぱり。カントーリーグに出場すると予想されているルリちゃんですよね?』

 

『だって今年の「あの事件」で、大活躍した人だからねー。出場に期待しちゃうのは、仕方がない事でしょう!』

 

『まぁまぁ、タマランゼ会長さんも動画について「トレーナーとしての極致」なんてコメント出して、絶賛してましたからねぇ。とはいえルリちゃんは見た目的にもいいトコ10才ですよぅ?』

 

『んー……確かに。でも、カントー中の人が出場に期待しているポケモントレーナーなのは間違いないよ!』

 

『そうですね、そこに異論はありませんっ!!』

 

 

 そう無責任に言い放って、腕をがっしりと組む2人。仲がいいのは判った……けどオイ。そこのクルミ科クルミ属な落葉高樹の種子的な名前のヤツ! お前、正体知っててその(あお)り方はやめて欲しいんだがっ!?

 

 

「ハンチョー、出るんですか?」

 

「ニヤニヤするな我が班員。……まぁ、まだギリギリ間に合うからな。明日決めてくる予定だぞーっと」

 

「明日って言うとー、あぁ、リーグまで出張予定でしたね!」

 

 

 眼鏡だけでなくその奥にある目をも爛々と輝かせて、期待の視線を向けてくる女性班員。

 でもって本日で研究ノルマを終えたばかりだという俺の明日の予定は、班員の言った通り。あの騒動の後顔合わせをしたキクコに連れられて、ポケモンリーグまで向かう予定となっているのだ。

 ……実際、嫌な予感しかしないんだけどな?

 

 

「何とかなると、思っておきたいよなぁ」

 

 

 そんな風に溜息をつきつつ……うっし。明日に備えて、色々と用意はしておくべきか。

 

 

 

 

 

 そして迎えた翌日。

 セキエイ高原の中央に立つ巨大な建物と闘技場。ここが通称『ポケモンリーグ』の中心地なのである。

 キクコに連れられて文字通りここまで「飛んできた」俺は、ポケモンセンターに隣接されている競技場の更に横に建てられている、管理棟へと案内されている最中だ。

 カツカツと杖を突きながら、しかし杖なんて要らないんじゃあないかってな姿勢の良さで目の前を歩いていくキクコの後ろを、ひたすらについて歩く。ついでに辺りをキョロキョロと見回してみて、……ふーむ。

 

 

「しっかし装飾過多な闘技場とは真逆で、管理棟は殺風景なんですね」

 

「そうかい? ……ひっひ! まぁ、お役所なんてぇこんなもんさ。装飾が多くても文句をつけられるだろう? ……それよりボウズ」

 

 

 僅かにこちらを振り返り、俺へと話題を振るキクコ。……む、何用ですか。

 

 

「あんたは、ポケモンバトルが好きかい?」

 

「……ん。それは勿論、好きでしょうね。好きか嫌いかで返答するなら、ですが」

 

「期待通りの返答、感謝するよ。なら、これからされる話は渡りに船さ。……さ、着いた着いた」

 

 

 キクコはそう言って立ち止まると、目の前にある扉を指す。

 今まで並んでいた扉となんら変わりない扉だが、そこには「会長室」との表札がかかっていた。

 

 

「ほら、さっさと入りな。このためにあたしゃあ、ああして力を貸したんだからねぇ。……一応言っとくと、カンナに関しては独断専行だったんだがね! ひっひっひ!」

 

「……はいはい。カンナさんへの個人的なお礼も忘れませんよ。そんじゃあ失礼しまーす、と」

 

 

 扉の脇に立ったキクコに促され、木製の軽い扉を開く。

 俺が中に入ると扉は閉じ、部屋の上座で皮製の椅子に座っている(ひげ)の濃い老人と俺だけが室内に取り残された。

 

 

「―― うむ?」

 

 

 老人は俺の入室に気付くと顔を上げ、席を立った。次いでこちらへと歩み寄りながら、口を開く。

 

 

「ほ。ようこそ、ポケモンリーグへ ―― 英雄さん。キミがあのトレーナーか……たまらんのう!」

 

「お会い出来て光栄です、タマランゼ会長。……光栄ですけど、やめてくださいよその台詞。会長の名前をもじっているのは判りますが、男同士で言われてもひたすら気持ちが悪いです」

 

 

 タマランゼ会長。ポケモンリーグの代表兼総務みたいなのをやっているお人だ。

 そして、どうやらこの会長。名前やら職種職能はアニメ準拠で、どうやらついでに決まり文句もアニメと同じく「たまらんのう」だって事が判明してしまった。……ひっじょーに、残念だけど。

 俺の返し突っ込みという名の毒舌(ぐち)を受けた会長は、少しだけ困ったような顔をしながら、続ける。

 

 

「……自ら進んで女装しとったというに、随分と辛辣だな?」

 

「あー、はい。確かにしてましたよ。仕方なく、ですがね」

 

 

 こんなやり取りをしながら、向かい合わせに設置されたソファへと座る。すると俺が座ったのを見届けた老人ことタマランゼ会長は、奥に立っていた事務員へとお茶を持ってくるよう頼んで、同じように向かいへと腰を下ろした。

 事務員は一旦給湯室へと引っ込むとすぐさま戻ってきて、会長が座ると同時に、無駄のない動作でお茶を机の上に置いて見せた。

 

 

「よっこいせ、と。……おお、ありがとうアザミ君。キミの入れてくれるお茶はいつも変わらず美味しいからの」

 

「……最初から準備してありました。……あたしは、持ってきただけで」

 

「お礼は素直に受け取ってくれると嬉しいの。美人さんが持って来てくれる、というのは重要なのだからね。……それにしても、いつもながらつれないのう。アザミ君は」

 

「……お喋りは……好きではないので」

 

「む。だが、ありがとうという気持ちに偽りはないよ。……今日もありがとう。下がってくれたまえ」

 

「……はい」

 

 

 そう言いながら隣の部屋へと引っ込んでいく黒髪ロングツリ目スーツの女性、アザミさん。あー……RSEにてバトルフロンティアにある施設「バトルチューブ」のフロンティアブレーンをやっていたお方だな、アレは。

 つーかこうなってくると俺はもう、誰が出てきても驚かない気がするぞ。いや流石に、お茶汲みでゲーチスさんとか出てきたら吃驚するけど。

 なんて本格的な無駄思考をしつつ、思わずアザミさんが去って行った後を目で追っていると、

 

 

「おお、キミもアザミ君が気になるか? 流石にお目が高い!! 彼女はバトルクラブ出身での。ポケモントレーナーとしても実力は確かなのだよ!」

 

「いや、多分会長さんの想像してるのとは違うと思いますけど……確かに気にはなりますね」

 

「ふむ。……彼女はトレーナーとして、なかなかに修羅場も経験している。故にわたしの秘書をやってもらっているのだ。これで、キミの疑問には答えられたかな? ショウ君」

 

 

 こいつもエスパーか!

 ……エスパーなのか? (2度確認)

 タマランゼ会長は途中で雰囲気を変えると、口には出していないはずの俺の疑問に的確に答えてみせたのだ。

 ……ふーむ。これは、油断できないなぁ。流石は伏魔殿・ポケモンリーグの会長、ってとこか。

 そんな風に雰囲気を切り替えた所で一口お茶をすすって机に置き、ふぅと息を吐いた後。今まで以上に真剣な顔もちで、……来ますか。本題。

 

 

「さて……まずはお礼を言わせて欲しい。あの動画の主人公をオーキドから個人的に紹介された時は、流石のわたしも驚いたがね。―― 此度の騒動収束への尽力に、心よりの感謝を。ありがとう、ショウ君」

 

「いえいえ、頭を上げてください会長。俺は、俺自身の為にポケモンバトルをしたに過ぎないんですから」

 

「ほ、そういってくれると助かるがね。……会長としてもカントーに住む一人間としても、お前さん『方』には感謝しても仕切れんのだよ。会長として力の及ぶ範囲は、中々に狭いでの」

 

「……そですね。まぁ、やっぱり会長職は大変でしょうからねー」

 

「うむぅ。やはり協会やらシルフやら……ついでに国やらとの兼ね合いが大変でなぁ。今回の対応も、迅速にとは行かなかったのだ。その分はお前さん等が補ってはくれたが。そう言えば、我がリーグの誇るカンナ嬢も是非にお礼をと言っておったの!」

 

「お力になれてなにより。お礼はとりあえず、気持ちだけで。……それで、今回の呼び出しの目的は何ですか?」

 

「急くのう。ま、良いか。今日呼んだのは他でもない。わたし達からの『お礼』をキミに渡したいのだよ」

 

 

 そう言うと、タマランゼ会長は手元にあったファイルの中から、2つの紙束を取り出した。

 

 

「これだ。……まず、1つ。キミに『トレーナー資格』を与えたい」

 

「……一応言っとくと俺、9才なんですが」

 

 

 ポケモントレーナー資格を取るには「10才を迎える年の4月」にならないと、受験資格すらないんでしょうよ。あんたのトコで決めてるんですよ、コレ。そもそも俺が10才って、来年だし。……意外と近いな、来年。

 

 

「いや、ショウ君とは『別に』だ。将来的には特例中の特例で、合計2つのトレーナー資格を持ってもらう事になるだろうて。ほっほ。カードには『オマケ』も付けておくからの」

 

「……成る程。『ルリ』にトレーナー資格を与えるんですか」

 

「その通り! むむ、流石はショウ君。噂に違わぬ明察振りだ!」

 

「んー……まぁ、いいですよ。『ルリにトレーナー資格を与えておけば、今年度のポケモンリーグに参加させることが出来ます』し……それに。英雄を創り出しておけば、騒動に対する不満を(プラス)の方向へと昇華させることが出来ますからね。実際今もクレームやら何やらで大変なんでしょう? この騒動を落ち着かせる為の人柱みたいなのが必要なんだってのは、判りますよ」

 

「うーむ、申し訳ない。……だが、2つめの申し出は先に言われてしまったね。ポケモンリーグ、出てくれるのかい?」

 

「はい。つまりこれは貴方達にとっても有益な話、ですからね」

 

「その通り! いやぁ。英雄云々もそうなのだが、『ルリちゃん』をポケモンリーグにゲスト枠で招待しろと、毎日山の如く要望書が届くのでな。リーグとしても無視できなくなってきているのだ。正直、キミが受けてくれて助かったよ。……だがわたし達にとって『も』という事は、キミにも利はあるのかの? カンナちゃんやキクコから聞いていたキミの性格からして、出場の話は断るのではないかと思っていたのだが」

 

「利はあります。そうですね……うぅん、と」

 

 

 コレは所謂、開き直り。

 俺が『ルリ』を全国的に有名にしたのは、このため。「謎の実力派ポケモントレーナーとして世間に根付かせてしまう為」なんだから。

 俺は手元に白い試作モンスターボールを出し、内に入っている「絶滅危惧種のポケモン(ミュウ)」の事を想う。

 

 

「謎の子どもトレーナー、ルリ。只でさえカントーでは見たことのない様なポケモンを多く使っていて、本人の素性も不明。……そんな人物の手持ちなら、思う存分『コイツ』もバトルをすることが出来ますから」

 

 

 この作戦自体が、ミュウへのお礼でもある。

 ―― つまり俺はここまで一緒に来てくれた全ての手持ち達と共に、ポケモンリーグへ挑戦したかったのだ。

 存在が公にはされておらず今の所は図鑑にも載る予定がない、ミュウ。映像媒体にはポケモンスナップみたいに「虹色の球体としか映されない」んだが、だからといって、ポケモンバトルが大好きなコイツを使ってあげられないのには罪悪感を感じていたからなぁ。どこかで思いっきりバトルをしたい、とは考えていたんだ。

 でもって、そう。「ルリ」は「謎のミュウ使い」としてその役目を機能してくれる筈なんだ。

 

 俺は顔を上げ、会長へと笑みを向けながら。

 

 

「やっぱり、ポケモンバトルはトレーナーとポケモンが一緒に楽しめなくちゃあいけないでしょう! ……なぁんて思ってまして」

 

「ほ! ならばわたしも、個人としての全力で協力しよう。ポケモントレーナー『ルリ』の、素性の隠蔽……いや。違うの。『ルリ』の存在の確立に、だ」

 

「あー……本当に良いんですか?」

 

「ふむ? まぁ問題が無いとはいえないが、しかし、ポケモンリーグに参加するに当たって、トレーナーの素性などは余り関係が無いからの。必要なのはポケモンバトルが強いか弱いか、その1点なのだよ」

 

「はぁ。……そんなら遠慮なく出場させてもらいますけど」

 

 

 なら、出場に関しては一先ず問題ないか。……とはいえ、リーグに出場した「その後」は大変だと予想がついているんだけどな。例えば、「リーグに出場した手持ちは今後、目立ってしまう為に易々とは使えなくなる」とかさ。

 

「(それでも、会えなくなる訳じゃあない。マサラの研究所にでも預けてるなら、いつでも会える)」

 

 それにあの組み合わせで持って歩けば気付かれるだろうけど、1体毎に手持ちに入れておくとかにすれば大丈夫だと思う。今でこそクチートもモノズも見慣れないポケモンだが、これからは別地方のポケモンの研究も進むからな。そうなってしまえば「ありふれたポケモンの1体」に違いない。

 けど、ミュウは違う。研究が進むにつれ、その貴重さは更に浮き彫りになってきてしまうのだ。

 つまりは今、この時。今年こそが……

 

 

「今年こそが、コイツと俺のコンビが大暴れできる……最も周りを気にせず楽しめる時期なんですから」

 

「了解したよ。それではわたしが、ポケモントレーナー『ルリ』をゲスト枠で登録しておこう。勿論、一般参加者と同じ扱いだがの!」

 

 

 髭をすきつつ、実に楽しそうに手元の登録書を書き進めるタマランゼ会長。

 ……いや。確かにいきなり本戦参加! なんていうのじゃあなく、トーナメントからの参加にしてくれると助かる。後でグチグチ言われても面倒だし。

 

 

「ま、後はお前さんの実力でもって世間の口を黙らすと良い。こないだ『トレーナーの極致』と語った気持ちは、嘘ではないからの。トレーナーとしての実力に関しては、凄腕じゃと確信しておるよ」

 

「うーん……あー、ありがとうございます。褒められて悪い気はしないです」

 

「む、良きかな良きかな! っと。……これで書類は完成だの。年始には受付を開始するが、それはわたしがしておこう。キミは当日に来てくれるだけで良い。だが勿論、女装は忘れずにな!! ほっほ!!」

 

「気合入れて女装しますよ。……んじゃあ、今度は俺からの話を」

 

「ふむ?」

 

 

 なんか快活に笑って締めようとしてるのかもしれないけど、まだだぞ。

 ……なにせ今回の締めとして、「ミュウツーの処遇」を決めなくてはならないんだからな。

 

 

「今回のコレは、俺から会長への個人的な『貸し』です」

 

「ふむ。やはり『ルリちゃんの素性隠し』だけでは足らんかの」

 

「そりゃあそうです。だって『素性隠し』については『ルリがリーグに出場する事』で、相殺の相子のトントンでしょう」

 

「むぅん」

 

「はいはいむくれないで下さい。……俺がお願いするのは、これです」

 

 

 俺は不満げな老人を無視して、研究所で纏めてきた管理要望書を提出してみせる。

 タマランゼ会長は机に置かれたその紙を手に取ると、季節的にも「サンタクロースか」とツッコミたくなる毛量の髭をひとしきり撫で、

 

 

「……これだけで良いのかの? 『今回の騒動でハナダ周辺に集まったポケモン達を一箇所に集めて隔離し、その場所の入口を協会権限で封鎖する』。これではむしろ、今でも野生ポケモン達の対処に手間取っている協会の手助けになっていると思うのだがね」

 

「はい。その要望が通れば、管理するのは無駄に権限だけ持っている協会員ですからね。一般トレーナー除けとして最適ですし、それに、あいつらの手持ちじゃあ洞窟の中は危ないです。そもそも入ろうとすら思わないかと」

 

「いや……確かにそうだが」

 

 

 そう。

 俺が提案 ―― もとい押し通すつもりなのは、「ハナダの洞窟」の管理体制だ。

 今回カントーの南から北まで大逃走を繰り広げたポケモン達は、実に多種多様。そのうえ大量の他野生ポケモン達と戦いながら逃げていたからか、そのレベルも一般トレーナーじゃあ太刀打ちできないようなものになってしまっていた。

 これについては今の所、ハナダシティ北西にある洞窟へと追い込んで隔離する「対処」としているんだが……

 

 

「お願いの中心はこれからです。……俺はそこへ、かの『元凶』も放っておきたいんですよ」

 

「!? ……成る程の。それは確かに、カントー全域へ安寧をもたらしたと言う大きな大きな『貸し』を返すに相応しい、『無茶振り』じゃのう。ふむ」

 

 

 会長が一瞬俺から目を外し、空を見つめる。

 暫くすると息を吐き出し、

 

 

「ふむふむ、判った。どうせ『謎のポケモン』なのだ。キミに……いや。それは『ルリ』に任せようじゃあないか。ただし……そうだの」

 

「あ、大丈夫ですよ。……俺は『ルリ』として、何より自分達が楽しむ為に、ポケモンリーグで上位入賞するつもりです。それならば『リーグ管理』として押し通す事も出来なくはないでしょう」

 

「……もしかすると、初めからそのつもりだったのかの?」

 

「うん? あー……いえいえ。それは買い被り過ぎです」

 

 

 会長の此方を推し量る様な眼差しに、思わず苦笑する。

 つーか、俺は自分の「ミュウ達と一緒にポケモンバトルがしたい」「ミュウツーはまだ自由にしててやりたい」っていう我侭を叶える為に、こうしてセキエイくんだりまで来てるだけなんだ。そんな大層な思惑なんて……多分、ない。多分な。

 

 ……さて、と。

 俺はアザミさんの入れてくれたお茶を1口で飲み干し、腰を上げる事にする。

 

 

「これで話は纏まりましたね。んじゃあ、お(いとま)させてもらいます」

 

「ほ? 忙しないのう。これからキミお気に入りのアザミちゃんを呼んでお茶菓子でも、と思っておったのだが。何か用事でもあるのかね?」

 

「だからお気に入りではないと……それに、ですね。用事なんて幾らでも。只でさえ年末ですし、バトル訓練も研究も、ショウとして資格を取るためにトレーナースクールに入る準備もしなくちゃあいけないですからねー」

 

「おおそういえば、今年もキミの研究発表は面白かったよ。流石に鋼・悪タイプに関してはキミの独壇場だったな!」

 

「年明けにはもう1タイトル発表するつもりだったんですが、ポケモンリーグ出場っていう大層な予定が入ってしまいましたんで」

 

「ぅぉーい……それが出場するつもりだった、なんて言っておったヤツの台詞かの!? たまらんのう!?」

 

「ほいほい。もう良いですよ、それ。慣れましたんで」

 

「ノーリアクションはキツイ!? せめて嫌がってくれぃ!」

 

 

 ポケモンリーグの会長ともあろうものが、構ってなのかよ! おい!!

 

 なんて脳内ツッコミを入れつつ、セキエイ高原を後にするのであった。

 ……ただし当然、帰りもキクコの送迎に頼るんだけどな。俺。

 

 



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Θ60 ひとまずの終幕/近辺

 

 

 リーグから帰った3日後、言葉だけではない真なる年末……12月31日。そろそろ煩悩の数だけ鐘が鳴り出しそうな頃合となった。

 因みに現在、俺の実家があるタマムシマンションの一室。遊びに来たミィと向かい合いながら、テレビなんぞ見て時間を潰している最中なのである。

 あと、俺の両親は準備した年越しそばを隣のマンションに住むミィの両親の所まで届けている最中だったり。妹は既におねむとなった結果、居間には俺とミィしかいないという運びとなっているのだ。

 

 

「ねぇ、ショウ。話はついたのかしら」

 

「んー? ……ああ、『ミュウツーとの』話ってことか。主語を抜かすなよ。大事だぞー」

 

「貴方、いつもの7割り増しで。だらけているわね……」

 

「コタツに入ったらだらけないといけないだろ」

 

「何の強制力なのよ、それは。……それよりも」

 

「あー、はいはい。お話ね。だいじょぶ、つけてきたから。ミュウに意思通訳(テレパス)してもらった」

 

「そう。……それで、あの子が。『ハナダの洞窟で高レベルの野生ポケモン達を管理してくれる』という認識で間違っていないかしら」

 

「おう。案外すんなり決まったぞ。むしろアイツ、ノリノリだったしな。……あと、ついでにどうやら、ミュウツーのが管理するに相応しいと思ってるのは俺達だけじゃあないっぽい」

 

「あら、そうなの。それならばサクラも同意してくれたのね」

 

「その通り。いやぁ、ハナダシティの管轄で良かったよな」

 

 

 これこそがミュウツーに「ハナダの洞窟」にいてもらう、1つの理由。高レベル帯の野生ポケモン達をアイツに管理してもらう為って訳だ。

 ……なにせ入って早々、洞窟内における組織のトップに君臨してみせたからなぁ。アイツ。嬉々として『サイコブレイク』を使いまくった結果、地下まで洞窟を掘り進めたりなんだりって暴走もしたけど。

 

「(それにしてもよく俺の言う事を聞いてくれたもんだよなぁ、実際さ)」

 

 アイツが俺とのポケモンバトルに何を見出したのか、実は俺もよく判っちゃあいない。ミュウが俺に伝えてくれたアイツの意思は、「強くなりたい」っていうシンプルなものだったから。

 けど結果としてアイツは俺の要望に応え、「ハナダの洞窟」の管理をしてくれているんだから……ふーむ、あれかね? 負けたからには言う事を1つ聞いてやる的な、神龍みたいな感じ。

 …………いやさ。真面目に考えると多分、アイツは洞窟に集まったポケモン達から技やタイプ相性を学ぶつもりなんだろうな、と。「トレーナーの有無に左右されない強さ」を目指すんだと思うぞ。ゲームでゼクロムレシラムも言ってた(って王様が言ってた)しさ ―― 野生のままで強さを高める者も、ってな。

 そして俺も、その「強さ」を見てみたいと思った。だからこそ先日、ハナダの洞窟の管理体制に関して口出しなんてしてたんだから。

 

 

「なら、んー……これで一段落、か?」

 

「……結局、ミュウツーの敗因は。『ポケモンなのに頭が回り過ぎた』点よね」

 

「まぁな。……あの最後の場面。あいつにトレーナーがいる、もしくはただのポケモンである事が出来たなら、俺が隠していたプリンの技に気を向けられてただろうからなぁ」

 

「そう、ね。野生ポケモンなら『うたう』と『ほろびのうた』、いずれにせよ全てに警戒するでしょうし」

 

「『うたう』の技としての効果を知っているからこそ、眠っていないイコール技が効いてないってな判断出来るってもんだ」

 

「……はぁ。でも、それも貴方が。ヤマブキなんかで『うたう』を使って、ミュウツーにわざと学習させていたからでしょう。結局仕込みは成功と言う訳ね」

 

「うーい。ま、終わったことは必要以上に気にしない事にしようぜ?」

 

 

 俺は生返事と共にだらんとコタツにもたれ掛かり、思い返してみる。

 ……俺達がここまで目標としてきた「ミュウツーをなんとかする」っていうのは、これにて終結。

 誰かしらの葛藤やらフジ老人の挫折やら、悲喜交々(ひきこもごも)にミキシングしてくれたこの世界もついに1994年 ―― 原作の2年前に突入しようとしているのだ。

 あとは俺が「ルリ」として、ポケモンリーグを存分に堪能すれば……と。そういえばだな。

 

 

「―― なぁミィ。ロケット団は」

 

「それも、『終わった事』なのだけれど」

 

「これを気にしとくのは『必要』だろ? ……ロケット団の奴ら、やっぱり逃げ出してたか」

 

「えぇ、そうね。私と社長が目を付けていたアテナと、貴方の捕まえたアポロは……ラムダやランス。さらにはその他多くの力が加わって、まんまと逃げ出していたわ。ヤマブキ北の収容所から、ね」

 

「あー、でもさ。目を付けていたからこそ、逃走には気づけたんだろ。お疲れさん」

 

「労いの、言葉は。素直に受け取っておくわ。でも ―― ロケット団上層幹部の逃走は、今の所どうでもいいの。これは『後で』解決すべき問題なのだから。それにニュースでも『ルリちゃん』の活躍に薄められて、社会的には小出しにされているのだし。それよりもサカキが、かなりやっかいな事を仕出かしてくれたのよ」

 

「ん? ああ、そういえば」

 

 

 ミィはやれやれという例のポーズで、能面のまま溜息をつく。

 

 

「サカキが、ヤマブキに居た理由……」

 

「脱獄を手伝ってただけ、じゃないんだよな」

 

「そうね。……あいつは、シルフの技術とデータを。盗みに来ていたみたい」

 

 

 ……うおぅ、やっぱりマジだったか! サカキのヤツ大胆不敵過ぎるだろ!

 確かにあのヤマブキの人々が街中のシェルターへと避難している状況なら、火事場ドロボウ(それにしちゃあ規模がでか過ぎるが)をするにはうってつけだったに違いないからな。

 つか、俺としてもサカキが「現在一般発売されていない『げんきのかけら』の使用方法を知っていた」為に、あたりはついていたんだけどさ。

 きっとサカキの事だから、足が着かない様に後始末とかも万全なんだろうなぁ。

 

 

「スマン。確かにアイツ、シルフ社の前に居たよ。……いやさ。会った時は、まさか単身乗り込んでスパイしてただなんて思ってなかったんだ。意外と情報処理技術もあるんだな、サカキ」

 

「……はぁ。別に、良いのよ。私もまさか、サカキ単身でセキュリティを抜かれるなんて思ってもいなかったのだし。それにどうせその場で問い質した所で、その場合はミュウツー戦に協力すらせず逃げていたでしょうから。それでは、ミュウツーを倒しきれなかったかもしれないわ」

 

「でもなぁ」

 

「そもそも、今回だけじゃあないのだし。以前から技術は横流しされていたのよ」

 

「あー……そういえば」

 

 

 ゲームでもシルフ騒動の時、スパイが入り込んでいたってな話があった記憶がある。

 ……やっぱりサカキを止めて、問い質すべきだったか? 結果はミィの言う通りになるだろうけど、それでもやられっぱなしよりは良いと思うんだが。

 んー……おおっとそういえば、重要な部分が残ってたな。

 

 

「ポリゴンとかは無事なのか?」

 

「私の、研究に関しては。プロテクトを余剰以上にかけているから今の所突破はされていないわ。けれど例えば、リーグ主導で開発していた『ボール数チェッカー』。ああ、名前は仮のものなのだけれど……相手トレーナーの所持手持ちボール数を自動カウントする機械よ。―― それを、よりにもよってロケット団のアテナが持っていたりしたのは。間違いなく産業スパイ達の仕業でしょうね」

 

 

 アテナ、か。ミィが以前戦ったロケット団女幹部。

 『コートの内に着けているモンスターボールの数を把握されてた』って言ってた原因は、それだったのか。こりゃ他にも幾つかトレーナーツールを盗まれてると考えた方が良いかも知れないな。警戒しといて損は無い。

 ……それにしても、んー……ボール数チェッカー、ねぇ。

 

 

「リーグルールで決まってるから『ポケモンを6体選んで戦う』んだもんなぁ。だからこそ今じゃ野良バトルも上限6体6なんかが主流だけど、7体以上持って歩くのも禁止されちゃあいないし」

 

「話では、どうやらその内に。ボール数チェッカーは『登録したボール数だけをカウントする』ように改良されるみたいね。……そもそも、この世界。平均的なトレーナーのポケモン所持数は、多くても2~3体程度でしょうし」

 

「ま、ゲームでも実際そうだったからな」

 

 

 そう。ポケモン6体所持ってのは、どこぞの誰かが調べた「愛情を注げるバランスの良い数」が6体だとか、そんな理由じゃあない。『リーグの決めたルールに則ると、6体が上限数になる』ってな理由なのだ。

 ……いやそもそも「愛情」とか曖昧なもんは数値化できないからなぁ。科学信仰万歳なこの世界で、エビデンスもないものを「公式」にする理由はない……のだと思う。多分だけど。

 まぁつまりは、別に7体以上持ってても「バトルの際に使うポケモン数が6体までなら良い」んだそうで。

 勿論多数を同時に育てるのは難しいってのもあるし、結局トレーナーの目指す最高峰はポケモンリーグなんで、大抵のトレーナーは結局所持数6体までで旅をしているんだけどさ。

 などと考え込んでいる俺へ、ミィは続ける。

 

 

「……それに、この間。折角開発を完了させたシルフスコープ。あのデータに至っては『奪われ』てしまったわ」

 

 

 シルフスコープは、俺がこないだホウエンに行った時にカクレオンを捕まえてきたあれだ。ポケモン発見の為の各種センサー集合体。むしろ原作みたいに「幽霊ポケモンを見るのに使用できる」なんて想像しているヤツは、この時代にはいないに違いない。

 つか、奪われたとか……

 

 

「管理体制を見直すべきなんじゃないか? それ」

 

「簡単に、言うけれどね……。あれも私の担当じゃあないのよ」

 

 

 今度はミィがこたつに突っ伏しながら、グチグチと文句を言い始める。

 そもそもミィの公的な立場じゃあ自分の受け持っている部門にしか権限が無いだとか、秘書って立場すら黒尽くめとして動く為の方便だとか、ラムダが持っていた変装用具もシルフ社内々の製品だとか、ラプラスがシルフ班員に懐いてしまってそのままデータ収拾に協力してもらっているとか。……最後のは只の近況報告だけど。

 そしてまたも、大きな溜息をついて。

 

 

「そろそろ、辞表でも出そうかしら。せめてポリゴンのオメガモーフ部分に関してくらいは、完成させておきたいのだけれど……はぁ」

 

「……今をときめく大企業は、やっぱり大変なんだなぁ」

 

「……、……。まぁ、別に良いわ。好きでやっているのだし、途中で投げ出すのも性には合わないの」

 

「……ははっ! やっぱそうだろ?」

 

「えぇ、そうね」

 

 

 2人して笑顔を浮かべ。

 今回の騒動の末に見出した、1つの結論。

 

 

「この世界に居る俺は、ポケモントレーナーだ。―― けどな」

 

「えぇ、その前に。1人の人間なのよ。―― こうして悩んで、何かを守りたいと考えて。何が悪いというの」

 

 

 未だ9才。来年で10才。

 それに人間、悩みなんて無いヤツの方が少数派だろうと思う。

 ならば 成すべき事を成そうとする俺達もまた、自由であるのだと。

 ―― やりたい様にやった結果、原作通りの状況を作り出すことが出来た俺達でも、世界は肯定してくれているのだと。

 そんな風に思う事も、まぁ、出来なくはないのだ。

 ……一応な! 私見だけど!!

 

 

「うっし。そんじゃあ、纏まりました所で……」

 

 

 俺達がコタツから出る決心をした所で、テレビの中から鐘の音が聞こえ始める。

 107……106……

 

 

「戻ってこない事からして、お前ん家で飲んでいるっぽい我が両親でも……迎えに行くとしますか!!」

 

「えぇ。……新年の挨拶は、忘れないようにしないといけないわね」

 

「あー、そうだな。でも、まだ早くないかな、と、うし」

 

「移動時間を考えると、微妙だと思うのだけれど……」

 

 

 2人揃って靴を履き、玄関の扉を開け放ち、タマムシマンションの廊下へと出る。

 高所にあるマンションの共用路から見下ろすタマムシシティの街中は、新年を祝おうとする人々で溢れかえっていた。

 ミィが靴を履き終えた所で俺達は階段のある方向へと足を向け、下りながら、隣のマンションへと歩き出す。

 

 足音を、響かせながら。

 

 

「そういえば、勝手に家を空けて。寝ている最中の妹さんは大丈夫なのかしら」

 

「あー、……多分あとで拗ねる。けど眠っているアイツを背負って階段を降りる訳にもいかないからなー」

 

「それなら、妹さんへの御機嫌取り(プレゼント)を考えておくと良いわ」

 

「お、そりゃあ名案だ。えーと、何がいいかね……」

 

「貴方が、悩みなさい。ショウ」

 

「判ってるって。……んーと、髪飾りとか」

 

「それなら、この間エリカがデザインを担当した製品があるわね。広告を貰って来ましょうか」

 

「ああ、あのリボンか? そういえばエリカが話してたな」

 

「あの、リボンは。新技術で劣化を抑えに抑えた本物の花弁(はなびら)を使っているのよ」

 

「……おーう……生け花も進化してるんだなぁ」

 

「えぇ。……そういえば、ショウ。来年の ―― に、―― 予定……」

 

「んー……ミィが企画した ―― か? 南国は ―― じゃないが ……」

 

「―― 、―― だから……でしょう。温泉回」

 

「そういえば ―― に行って ―― 悪くは ―― 」

 

「―― 貴方 ―― が、 ――」

 

「――、―― 学園回、 ―― つーか ――」

 

「――――、」

 

「――、」

 

 

 ……、

 

 …………。

 

 

 そうして、実に恙無(つつがな)く。

 俺達にとっても転機となってくれた年が、明けて行くのであった。

 

 



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Θ-- エピローグ

 

 

 とある洞窟の底。

 流れる水の音を背景に、水晶を見つめる1匹のポケモン。

 視線の先にある水晶に映るのは、いつか戦った人物(・・)と、そのポケモン達だ。

 映像の中で自らの(おや)であるポケモンがモンスターボールから飛び出し……戦闘を見つめること、20分程。

 

 ――《ボチャンッ》

 

 白い身体を持つポケモン ―― ミュウツーは水晶の中に映っていた戦いを見届けると、自らの超能力でもって水晶を水の中へと放り込んだ。

 放り込んだ張本人、ミュウツーは思う。

 いくら意思疎通(テレパス)を使ったとはいえ、あの人間に自分の想いが正確に伝わったのかは、正直判らない。

 なにせ、人間とポケモンなのだ。

 それでも自分と戦っていたあの人間には、コイツならば、と思わせてくれる「何か」があったのも確か。

 先程までの電波放送を見る限り、あの人間はどうやら「チャンピオン」と呼ばれる存在になったらしい。

 ―― ただし、あの人間ならばその役割を自ら投げ出しそうでもあるのだが。

 その根拠はとりあえず1つ、存在する。「アレ」は自身と似ているのだと、そう思うのだ。

 ―― 主に『自分の我』が薄いその癖、『欲求』には忠実だという点で。

 

 

「……ミュー」

 

 

 何より、戦いが好きなのだ。

 ……「自らが戦う」ミュウツーと「自分のポケモン達が戦う」という、非常に大きく重要な相違点はあれども。

 

 

「……」

 

 

 無言のまま岩の天井を見上げ、思い出してしまった戦いの顛末について思い返す。

 自分はあの勝負に負けた時、正直、「あの人間にならば」と思っていた。だがしかし目を覚ましてみれば、アレは自身の傍に立ち、モンスターボールを此方へ投げるでもなく。

「うっし。そんじゃあ、勝者権限な。俺からお前に『お願い』があるんだ」

 なんて言う、とても「勝者権限」とは思えない話を始めてきたのだ。

 更に此方の意をも汲むようなアレの『お願い』は、自身にとっても好都合なものだった。

 この洞窟のポケモン達を、自身の修行のついでに「街には近づけないでおいてくれ」と。

 この4ヶ月ほど自らの能力を振るった結果として、元々高レベルかつ知能が高い者が集まっていたこの洞窟のポケモン達は、ミュウツーの指示した禁則には従うようになっていた。

 ……そもそも実は、かの人間の施した仕掛けによって、この洞窟は人間とポケモン両方が「出入りし辛くされている」のだが、それはともかく。

 

 自らも認めるに至った、かの人間。

 かの人間が呼ばれていた称号、ポケモンリーグチャンピオン。

 ……そう呼ばれるような人間であるのならば、もしかしたら、その者も……

 

 

「……ミュー」

 

 

 外へと移動すると世界を包む蒼穹を見上げ、まだ見ぬ光景への期待に想いを()せる。

 超能力で身体をふわりと浮かすと、今度は自らの意思で、青色の内へと飛び込んで行った。

 広い広い、未だ知らぬものに溢れかえっている、世界の内へと。

 

 

 ……自らの張ったバリアーによって、洞窟の守りは万全にしたままで。

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 1994年の始まった、とある世界。

 場所はこの世界における一大イベント「ポケモンリーグ」の開かれている、セキエイ高原の闘技場。

 件の闘技場を囲む観客席には数多く設置された座席数をも大幅に超える、多くの人々が集まっている。その理由は年始だからというだけでもなく、ポケモンバトルがこの世界における人気競技であるからだけでもなく。

 

 ポケモンバトルの最高峰・ポケモンリーグ ―― その決勝だからこそ集まっていると言い切って間違いはない。

 

 闘技場のバトルフィールドの内の片方に立つ青年は、湧き上がる歓声に応えるかの様に。腰につけられた内、最後のモンスターボールを前へと投げ出した。

 

 

 ――《ワーァァァアッ!!》

 

 

 歓声を一身に受けて現れるのは、2メートルを越す巨躯を軽々と翻してみせる ―― (ポケモン)

 

 

『ワタル選手最後にして最強のポケモン、カイリューぅぅ!! 満を持してのご登場ーぅッ!!』

 

『さぁ! 先日は現四天王のカンナ選手を打ち負かすという見事なバトルを繰り広げてくれたルリ選手の、残る手持ちは2体!! ワタル選手のエース・カイリューちゃんを、打ち崩すことが出来るのかーぁ!?』

 

『雷だの吹雪だの、ワタルさんのカイリューちゃんは生きる災害製造機ですからねぇ!』

 

『かく言うワタル選手も先日は、現四天王かつ兄弟子でもあるというリュウドー選手に勝利しての決勝進出ですからね!! ―― どう思われますか、オーキド博士!?』

 

『ふむ。ワタル君のカイリューも、実に良く育てられておるからのう。ワシにも予想はつきづらいのじゃ。ルリ君の次のポケモンに拠るが、ふむ』

 

 

 実況が大音声で飛び交う中で青年の反対側にある赤いトレーナースクエアに立つ人物は、年端も行かない少女とみえる。

 そんな少女(仮)は、青年 ―― ワタルの様々な技を駆使するカイリューの出現を目の前にして、しかし、より一層カタカタと揺れ動いてやる気をアピールしてくれる手元のボールを見つめた。

 少しだけ苦笑した後で顔を上げ、満面の笑みを浮かべると、揺れ動いていたボールを前へと投げ出した。

 

 

 ――《《ド、ワァァァッ!!》》

 

 

 いつもよりも気を使って身だしなみを整えてきたトレーナーがスカートを翻しながら投げ出した白いボールから、ピンクの身体を持つポケモン「ミュウ」が飛び出す。尻尾を揺らしながら謎の光を纏い……空を舞うカイリューに対抗でもしたのか……クルリと宙を滑ってみせた。

 

 

『おーぉ、ついに出ましたよぅ! ルリちゃんの持つ謎のポケモンッ!!』

 

『本戦に進出してからは毎回頼りにしているみたいですし、予想通りというか期待通りというか、決勝ラウンドにもお目見えしましたね!』

 

 

 少女(仮)が一躍有名となるきっかけとなった、ある動画。その動画にも出ていた謎の ―― もしくは未知のポケモンの登場に、より一層の歓声が向けられる。

 

 

『そう言えばワタル選手のカイリューもルリ選手のコも、最近までは発見すらされていなかったポケモンですよねー』

 

『あー、もうっ!! この所のポケモン関連の新事実の連発に、わたしはもうドキドキして仕方が無いのですよぅッッ!』

 

『うむ、その通り! この世界はまだ見ぬ新しさに溢れておるのじゃ! そういった意味でもこの2人は、決勝に相応しいトレーナーであると言う事が出来るじゃろう!』

 

『未知と未知とのワクワクでドキドキなぶつかり合いということですねっ、博士!!』

 

『ああっ!? なーんて言ってる内に、始まってますぅ!!』

 

 

 アナウンスの驚く声とともに、浮かんでいる2匹が動き出す。空中で2度、3度とぶつかり合い、そのたびに大きな歓声が沸き起こる。

 カイリューが一旦距離をとった所でワタルから指示がとび、右肩を中心として渦巻く青い炎を纏い、突撃。

 それを迎え撃つミュウは、なにやら手元をぐるぐると動かし ―― 直撃、ではない。

 巨躯による突撃を、衝撃と激突音を辺りへと撒き散らしながら、完全に受け止めて見せたのだ。

 

 

『ああっと、ルリちゃんのポケモン! カイリューちゃんの『げきりん』をまともに受けて、なんと! なんと!! なんとなんとの無傷ですぅぅぅぅーッ!?』

 

『勢いで多少吹き飛ばされはしましたが……博士!?』

 

『うむ、あれは『まもる』という技じゃ。繰り出した場合、相手ポケモンの技とその効果を防ぐことが出来る。ただし、習熟しておらんと無傷とはいかないがの』

 

『あとは確か連続して守ってばかりだと、集中力が切れて守れなくなるんですよぅ、アオイちゃん!!』

 

『流石はクルミ! 博識だね!!』

 

『えっへん!』

 

『……ふむ?』

 

 

 オーキドが何かに感心したかのような声を上げるも、勝負は次の場面へと進んでいく。

 攻撃を完全に防がれたワタルは、カイリューに小手調べの状態変化技として『でんじは』を指示。

 しかし「ルリ」は距離を取った時点で、既にミュウへと指示を出し終えている。指示を受けたミュウはというと、纏っている光球がチカチカと光り出し、

 

 

『おおぅ。ルリちゃんの子、イルミネーションみたいでキレイですねぇ』

 

『でもそれだけ。これじゃ、直接的な効果はわからないです。うーん、ルリ選手の事だから、意味が無い行動って訳じゃあないと思うんだけど……』

 

 

 この行動に対する会場の雰囲気は、困惑というよりも期待。

 なにせルリはここまで、自分より各上であるポケモントレーナー達を相手に勝ち進んできているのだ。

 何をしでかしてくれるのか、という期待が会場を包み出す、が。

 

 

 ――《ザワザワ……》

 

『ほわっと!? 『でんじは』を出したのはカイリューちゃんなのに、カイリューちゃん自身もしびれてるっぽいよぅ!?』

 

『クルミ、多分「ホワイ」の方が状況に合ってるよ。……えーと、それはとにかく。どういうことでしょうか、オーキド博士?』

 

『おそらくはルリ君の持つポケモンの特性じゃな』

 

『ほうほう。つまり博士、あのコの特性は『シンクロ』と言う事ですかぁ?』

 

『うむ、うむ。クルミ君はよく勉強しておるようじゃのう。双方共にマヒ状態にあるとすれば、基本的にはそう考えても間違いではないじゃろう。勿論例外は存在するが、と ――』

 

 

 博士の説明を遮ったのは、動き出した2匹のポケモン。

 マヒ状態で動きが鈍っていても影響の少ない遠距離技『だいもんじ』で攻撃を仕掛けるカイリュー。巨体であるカイリューの身の丈ほどもあろうかという火炎が、大の字を(かたど)って吐き出される。

 またも相対するミュウは、しかし、「手元に持った木の実を食べ」――

 

 

 ――《ワァッ!!》

 

『おおっと、回避ですかぁ!? 『でんじは』を浴びた筈ですが、木の実を使用して元の動きを取り戻しましたよぅ!!』

 

 

 ミュウはカイリューが『でんじは』のシンクロによってマヒし、動きが鈍った事を利用して、素早く回避行動を取ってみせる。そしてトレーナーである「ルリ」が腕を振ると……反撃に出る。

 

 ただし今度は、先程カイリューが使用していた、青く渦巻く炎を纏う突撃 ―― 『げきりん』による、反撃。

 

 『だいもんじ』使用後の硬直にあるカイリューを、自由自在に宙を滑るミュウの炎が蹂躙する。

 

 

 ――《ド、》

 

 ――《《ァァ ―― ワアアァッ!!》》

 

 

 ド派手な技の応酬に呼応し、今年度ポケモンリーグ1番の歓声が空気を揺らした。

 

 

『これはッ!! カイリューちゃん、果たして耐え切れるのかぁッ!?』

 

『おおーッ、……あッ! そこ、そこだよッ!!』

 

『はっは!! さて、どうなるかのう!』

 

 

 接近戦に持ち込まれたワタルとカイリューは、同じく『げきりん』で迎え撃つ。

 ミュウの『げきりん』と、3(ターン)目のぶつかり合い。

 渦巻く青い炎同士が激突し、

 

 

 《《ズゴゥンッ!》》

 

 

 

 ――《ァァ》

 

 

 ――《、》

 

 

 《《《ワアアァァーッ!!》》》

 

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 

『さぁさぁそれでは! 勝利者インタビューを……って、アレ? ルリちゃんはどこに行ったんですぅ!? インタビューがまだですよぅ……ま、まさかぁ!』

 

『ほっほ、そうだの。恐らくクルミちゃんの想像通り……残念ながら彼女は急用があるそうでな? それに、人前に出るのは好かないと言っていたよ』

 

『はっわぁ……まぁ、仕様が無いですかねぇ。あの人なら……』

 

『うん? クルミちゃん、何か言ったかな?』

 

『いえいえ、何も言ってませんよアオイちゃん。……急用じゃあしょうがないですよねぇ。なら、タマランゼ会長さん! さっさと「殿堂入り登録」にいっちゃいましょうよぅ!!』

 

『ほっほ、そうだの! それでは……コホン!』

 

『第……回ポケモンリーグ優勝者、ルリ!』

 

 《《ワァァァ!》》

 

『厳しい戦いを勝ち抜いたキミと! 共に戦ったパートナーのポケモン達を!』

 

 《《……ワァァ!》》

 

『そしてここへ至るまでの、全ての思い出を!』

 

 《《ァァァ、》》

 

『このマシンに記録する!!』

 

 《《……ァァ! ―― 》》

 

 

 ―― ジ、

 

 ―― ジジッ、

 

 ―― ジーッ

 

 

 ・

 ・

 ・

 

『トレーナーレポートを、レコードに記録中です』

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『 殿堂入りトレーナー:

 

 ルリ : トレーナーIDNo,G_____A

 カードランク : ゴールド

 

 

 殿堂入りポケモン:

 

 

Θピジョット:♀

 LV:44

 

Θニドクイン

 LV:48

 

Θミュウ

 LV:53

 

Θプリン:♀

 LV:12

 

Θモノズ:♂

 LV:36

 

Θクチート:♀

 LV:43

 

 

 

 ―― 殿堂入り おめでとう! 』

 

 






 はい。
 更新方法を元のに戻した所で、「原作前」編終了と相成りました。
 ……ええ。原作前だと言うに、男主人公が殿堂入りしてしまいましたがッ(ェェェ
 とはいえ両主人公の目的は殿堂入りでは無いのですし、これでもいいかなぁとか思っていたりなんだりやり過ぎた気もしないでもなかったりむしろ当然やり過ぎだろうと……はい。すいませんです申し訳ない。
 因みに殿堂入り時の主人公の手持ちは、過ぎた数ヶ月の間にポケモンリーグ用の特訓をしたおかげでミュウツー戦時よりも幾分かパワーアップしております次第です。
 そうでもなければ初代600族様には……と。
 ……いえ。確かにミュウも一応、合計種族値的には600族と呼べるのですがッ

 そして、またも小ネタ。
 今話にて現四天王・ワタルの兄弟子との設定がなされたお方の名前に聞き覚えがある方。その記憶は無駄記憶では無かった様です。
 ……ともだちの輪ッ(なに
 ……「でんせつのコイキングデッキ」(ぉぃ


 では、では。

 長い長い原作前も、これにて終幕。
 ここまでお付き合いくださった皆様方に、そして一度でも御拝読頂いた皆様方に、あとはこれから御拝読ご予定の皆様方に、……ついでとばかり調子に乗って御拝読とか関係ないと言う皆様方にも……心からの感謝をば。
 どうか来年も、そして続く幕間及び原作本編もよろしくお願いされてくだされば、作者としてこの上ない幸せなのです。
 平成24年は移転に次いで駄作者私の力至らず、一話に異常な容量が詰まってしまっていたり更新速度が落ちてしまっていたりしましたが、どうぞ、どうか、切に、よろしくお願いいたします。

 長くなっておりますが、最後に。
 来年のこの季節にて ―― 1年を振り返った時、皆様方にとって幸せだったと言える年と成ります様、僭越ながらに願わせていただきまして。
(鬼が笑っているでしょうけど、是非とも無視を)
 そして願わくば本拙作が少しでも、その幸せやら楽しさの内にいられる様なモノと相成ることを、私自身の抱負とさせて頂きまして。

 ではでは、これにて。
 皆様、良い年末年始を。


 平成24年、12月の某日
 年賀状(自分で書いている途中)の山を切り崩そうと悪戦苦闘中の、香辛料作者
 ―― 生姜

 あらあらかしこ(違う


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ーー 『ナナシマ』にて
Θ1 1の島にて


 

 

 1994年の8月。

 年始に世間を騒がせた至上最年少チャンピオン「ルリちゃん」ブームも一段落着き、新たな年度で忙しく動き回る時期となった。

 そんな中、俺ことショウは現在、とある場所へと来ていたりする。

 ただし、ここへ来ているのは俺1人じゃあないんだけどな。

 

 

「……流石に、この格好は。暑いわね」

 

「それはそれは。シルフ社の最新技術を駆使して風通し抜群のゴスロリ服を開発すべきだな、うん」

 

「そう、かしらね。えぇ。なら、活動的なデザインを……」

 

「……マジでやんのかよ、おいおい」

 

 

 駄弁りながら歩いている俺の隣には、南国にも関わらず断固たる意思でゴスロリ服を着続けるミィ(いつものロングスカートカボパンゴスロリ+フリフリ日傘装備)。ついでに言えば、その数歩前をミィの両親が歩いている。我が家族もその両親の隣に並び、母親同士父親同士で会話をしているという状況な訳で。

 それでは、説明をさせて頂こう。

 今年度から予定通り、タマムシシティにあるトレーナースクールへと通う事になった俺とミィ。かといって実家から通っている訳ではなく、両者共にトレーナースクール寮から通学中なのであるが、これまた両親の近くに住む事になったと言う点には違いない。

 まぁつまりは、ただでさえ仲の良い俺とミィの両親が、最近益々仲良くなっているという次第なのだ。

 そうした学生達の天国(パラダイス)……俺達の夏休みを狙って計画されたのが、この状況。

 ……ん、無駄に長くなったな。つまりは ――

 

 ―― ナナシマ旅行をしている最中なのである、と!

 

 

「俺達を招待してくれたオーキド博士達は先に来てるみたいだけどな。……よりにもよって、この暑い時期に南の島(ナナシマ)て」

 

 

 俺とミィだけでなく両家族も加わっている理由は、言質の中の通り。今回のコレは図鑑完成の社員旅行的なノリでオーキド・ナナカマド・オダマキ博士が企画してくれた旅行なんだ。

 博士達曰く「ショウ。どうせならオマエとミィの家族も呼ぶと良いぞ」「ふむ、それは名案じゃのう!」だとか何とか。呼んでみたら俺とミィの家族もノリノリで旅行に参加した、とかいう流れだったのである。

 

 因みにナナシマは、カントーから遥か南の海上にある島群の総称だ。緯度相応の全体的に温暖な気候が観光地としての最大の売りとなっているらしい。

 その中でも現在俺達と両家族が訪れている1の島は、島群の最も西側に位置する島。数多く存在する島の中で最も人が集まりやすい場所であるため、「ご縁が集まる結び島」とかいう2つ名を持っている場所でもあるそうだ。

 ……さぁて。ここまで観光パンフレット参照な。

 

 

「別に、良いじゃない。私と貴方はここ暫く学業に勤しんでいたのだし、ご褒美だとでも思っておけば」

 

「んー、まぁ入ってみたら意外と勉強になるもんだよなぁ」

 

 

 ジリジリと俺達を照らす太陽の下。目指す旅館へと向かって長い長い階段を登る両親ズ&妹を目に入れながら、ミィの言葉を受けて何とはなしに思い返してみる。

 先程の回想にも少しだけあったが、現在俺とミィはタマムシのトレーナースクールに入学している。トレーナースクールは、10才までの義務教育を終えた後に入学する、半義務教育とまで化する程の入学率を誇る「ポケモントレーナー養育施設」だ。

 そこで教えられる内容はトレーナー制約や軽い程度のポケモン学、世間一般常識トレーナー編等々、実に多種多様に渡るもの。ポケモンをゲームとしてしか知らない俺やミィにとっても、知らないことばかりだったのだ。

 ……まぁ、知らない部分に興味が沸いたおかげで余剰に知識をつけてしまったりしているんだけどさ。筆記の成績もそこそこ良い方だし。

 

 さぁて、回想その2も終了。

 折角の旅行なんだしと切り替えた所で、隣にいるミィに話題を振ってみるか。

 

 

「ミィはトレーナー専攻クラス、行くのか?」

 

「資格は、あっても。損はないと思うわ」

 

「そんな好き好んでエリトレ資格取るヤツもいないと思うんだけどなぁ。……ああ、つってもシュンとかは行くんだろーなとは思ってるぞ?」

 

「でも、あの子の場合。ナツホに引きずられている感じがするのよ。……大丈夫なのかしら」

 

「んー……シュンはシュンで、きちんと考えてるだろ。大丈夫大丈夫」

 

「だと、良いのだけれど」

 

「それにしても……へーぇ、流石はクラスリーダー様。クラスの人員をそんなにも気にかけてくださるとはね。良いリーダーしてるじゃないか」

 

「……はぁ。どうせ私は、貴方やシュンとは。別のクラスでしょうに。それより ――」

 

 

 ミィが前方にある建物を目に止め、日傘を持っていないほうの手を前へと突き出す。指差したのは、俺達が泊まる予定となっている旅館だ。どうやらようやく目的地にご到着らしい。

 俺とミィの前を歩いていたダブル両親+妹はいつの間にかこちらへと振り返り、俺とミィの到着を待っているご様子で……こちらへ手を振っている。

 あー……うし。

 

 

「うし。さっさと旅館に荷物を置いて来るか」

 

「えぇ」

 

 

 折角の休み、そして旅行。

 楽しまなくては損だろうと、思っておこう!

 いやあ。実に楽しみだなぁっ!!

 

 ↑(半ば以上に自棄)

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 それでは、荷物もろもろを片付けました所で。

 

 

「うーん! と。さぁて、どこまで行きますかね?」

 

「ハンチョー見てください! 浴衣ですよ、浴衣!!」

 

「……仲が、良いのね」

 

「……ミィおねーちゃん。なんかオーラが……」

 

 

 旅館の玄関先に集まった大勢のヒト、ヒト。辺り一帯、これらが全て旅行参加者なのだから、実に恐ろしい。

 ……そしてそんな風にたむろする俺達の先頭に立つ、これまた浴衣に着替えた博士が2名程いらっしゃる、の、だが。

 

 

「ウム、行くとするか!」

 

「はっはは! 御一行、ともしび温泉まで御案内といこうかのう!!」

 

「は、博士! 仕切りはぼくがやりますよー、って! もう出発していらっしゃる!?」

 

「ありゃ、行っちゃったか。わたしも追いかけないといけないなぁ」

 

 

 悠々と温泉へ向かって歩き出したオーキドおよびナナカマド博士。そしてその後を慌てて追いかける若手、ウツギさんとオダマキさん。オーキド博士が異常にテンション高いのは、どうやらこの島にある「ともしび温泉」が楽しみだからだったらしい。

 まぁ、上の博士にこうして振り回されているのはいつもの事だしな。ウツギさん、頑張って下さいねーとか応援しとこうか。頭の中で。

 とりあえず俺も、動き出した集団の後ろをついて行く事にするか。

 

 

「ハンチョー! ハンチョー! 見てみて、あっち! 湯気が出てますよーッ!!」

 

「見てる。見てるからくっつかないでくれ、我が班員。……頼むからさ」

 

 

 俺が家族と共に来たためについさっきの合流と相成った班員が、俺を抱きかかえる(様な)体勢になりながらはしゃぎまくっている。あちらこちらへ興味を向ける彼女は、実に楽しそうだ。ある意味では最もこの旅行を楽しめているんだろう。

 ……けどホント、止めないかな。後ろを発信源とする威圧感が強くなって来るんだよなぁ、この状態だとっ!?

 

 …………とりあえず、閑話を休題です(現実逃避とも言う)。

 現在俺達が集団で歩いている道は、「ほてりの道」。ここ、1の島は北に「ともしび山」を配する火山島であるため、所々から水蒸気っぽいのが上がっていたりするのが特徴的だ。くぼみやら要所要所に刺さっているのはきっと、有毒ガス対策の計器に違いない。

 因みにゲームではともしび温泉には「なみのり」を使用しなきゃ行けなかったんだが、どうやら本島から北東に向かって歩いていけるルートがあったみたいだな。

 つーか、そういや、

 

 

「うーん……温泉ねぇ。水着着用なのか?」

 

「いいえ。仕切りがあるどころか浴場そのものが分立してますから、一部混浴以外は水着も要らないですよ」

 

「おお、流石はウツギさん。仕切り分けしてあるなら心配はなさそうですね」

 

「えぇっ!?」

 

 

 結局博士達に追いつけないと判断したのだろうか。いつの間にかスピードを落として隣へと並んだウツギさんが、俺の疑問に返答してくれる。そして残念そうにするなよ。我が班員。ほうれ、あっちだあっち。博士に帯同して来た、レッドとかグリーンとかナナミとかがいる方。

 ……うし。行ったな。

 

 

「……ふう。やっと行ってくれましたね。お待たせしました、ウツギさん」

 

「あはは、流石はショウ班長。仲がよさそうだね」

 

「悪い事ではないですけどね。……それにしても、『一部』ってのは気になりますが、下調べはバッチリですか」

 

「まぁね。こういった部分を確認しておかないと、幹事は勤まらないからさ」

 

「ま、金勘定だけが幹事の仕事じゃあないですし。こうして皆を気にかけて歩くのも、大切な役割。……ですよね?」

 

「あはは……まぁ、そうだね」

 

「若手の鑑ですよね、ウツギさんは。つっても俺は子供なんで、今日からの旅行期間……一週間は無邪気に楽しませて貰う事にします」

 

「うん。それで良いよ。ぼくとしてもそのほうが幹事のし甲斐があるし、さ」

 

 

 気の弱そうな外見の中に、しっかりと芯を見せてくれるウツギさん。うーん。流石は若手の有望株だな。

 ……んん、俺? 俺は「若手」って域を超えてるからな。つまるところ若すぎだ。

 

 

「ところで。この集団、皆が温泉まで?」

 

「ええと、そうでもないみたい。予定を聞いた限りでは、散策の人も混じっているでしょうね」

 

「あー……つまりは只の観光の人も多いって事ですか」

 

「そうとも言いますよ、と。ありゃあ……う、後ろからのプレッシャーが凄いなぁ」

 

「そです。……PPが減るでしょ? コレ。こんなのに慣れた暁にはもう、ヨマワルの視線の1つや2つ程度じゃあビクともしないですよ」

 

「ああうん。そうだね……」

 

 

 擬音で表すなら「ズゴゴゴ」もしくは「ズオォォ」が適当であろうミィ(+、前方のナナミ)からの威圧感に挟まれながら、ウツギさんはどこか引きつった笑顔を浮べている。

 ……やっぱり苦労人かなぁ、この人。

 そんじゃあ苦労人であるウツギさんに負担ばかりかけていても仕方が無いし……そろそろどうぞ、他の所を周って下さっても良いですよー。

 

 

「うん、そうなんだけど……いいのかい?」

 

「勿論です。前後のアレらは、俺が何とかしますから。それに貴方の場合、顔を売っとくのは将来の為になりますでしょ?」

 

「……だね。ありがとう、ショウ君! また後で!!」

 

 

 ウツギさんはそう言いながら手を振り、人垣の奥へと消えていく。

 んー……おし。気合入れて相手をしますか!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 そんなこんなで歩いているうち、「ともしび温泉」にご到着。

 ゲームで見たともしび温泉は「洞窟の中にある」様に見えていたが、どうやら全天候型の開閉ドームのような施設内にあったらしい。

 ついでにいうと肝心要の浴槽は、底へ向かって伸びる直径100メートルはあろうかという大きな縦穴のそこかしこに、岩の浴槽が設置されていると言う、何とも壮大なものだ。どうやら壁からも湯が湧き出しているのを利用したらしい。そのうえ、これだけの大きさの縦穴を男女別に1つずつ浴場として使うとかいう豪華さ。こりゃあ人気出るわな。納得納得。

 

 さて。広さに反して、空気循環排気をさせているのか、妙に風周りの良い温泉私設内。俺は脱衣室で服を脱ぎ、階層的に作られた数多い浴槽の中でもなるべく高い階層の高い位置にある浴槽を選んで、っと。右足から……

 

 

「……あっ、つー……。……まぁ、暑くなかったら、温泉じゃあ、ないけど」

 

 

 そのまま一旦は肩までお湯に浸かってみる。一通り肌を濡らす感覚を堪能した所で岩に腰掛け、へそ上までの半身浴モードへと切り替えた。

 

 

「……ふーぅ。あー……しっかし。わざわざ腿をだるぅくしながら長い長い交差迷路の階段を登ってまで温泉の高階層まで来る物好きは、俺だけらしいな。おかげでこの浴槽を独り占めできる。……そんな広い訳じゃあないが、景色は最高だよな。これ」

 

「―― チュ、チュン?」

 

「おー……オニスズメ。お前は野生のぽいな。ほれほれ」

 

「チュン、チュゥン!!」

 

「うりうり」

 

 

 高い階層のこれまた高所に存在する浴槽であることが影響したのか、岩で出来た浴槽の淵に空から降りてきたオニスズメがとまったので、右手を伸ばして身体を撫でてみる事に。

 当のオニスズメはというと若干吃驚しながらも首をゆらゆらと揺らし、されるがままにお湯の上で浮かび始めた。強面(コワモテ)の割りに可愛らしいヤツだな、コイツ。多分だけど人の集まるこの施設に自ら飛び込んでくる野生オニスズメなだけあって、人に慣れているんだろうな。野生の割には。

 因みに、この温泉はポケモンが入るのも自由。実際俺の眼下、下層に広がっている最も大きな浴槽では、今でも非常に多くのポケモン達が湯に浸かっていたりする。

 

 ……野生ポケモンに加えて只でさえ沢山いたトレーナー達が一斉にボールから出した為、本日は「ともしび温泉」全体がポケモンの遊び場と化しているんだけどなっ!!

 

 まぁいいけど。俺もその中に(ミュウは『へんしん』させてだが)手持ち数体を紛れ込ませているんだし。こんな状況なら、特定個人のポケモンとはバレないだろうと思うんだ。ルリとか、ルリとか。あと、ルリとか(しつこい)。

 

 うーん、しっかし。野生だの捕獲されただの、人間だのポケモンだのといった貴賎なく、お湯を楽しんでいるこの光景は……

 

 

「……誰かさんが望んでいた光景じゃあなかろうか、と思うんですがね」

 

「―― そうだね」

 

 

 言いながら、入口側を振り向く。

 高階層の人気のない浴槽にわざわざ登ってきてくれたのは、以前の様な活発さは見て取れないものの……非常に優しそうな顔をしている、老年の男性だ。

 

 

「ども、久しぶりですね。フジ博士」

 

「ああ。久しぶりだね、ショウ君。……顔をしっかり見合わせたのは、化石研究の再生方法が確立した時以来かな」

 

 

 フジ博士。

 今では研究者としての『財産』を全て投売り、シオンタウンへ居を移している最中だと言う ―― かつての遺伝子研究者だ。

 その銘もあってか研究者としての彼を引き止めるモノも多いみたいだが、彼の決心もまた堅いらしい。その甲斐もあって、シオンタウンのボランティアハウスは一時期停止していた孤児・身寄りの無いポケモンの引き受けを、先日から再開していたりする。

 俺も時々ボランティアハウスに手伝いに行ってるんだけど、フジ博士はグレン島でやり残していることがまだまだあるみたいだからな。こうして顔を合わせるのはミュウツー事件前以来、となってしまったのだった。

 

 

「いやぁ、こんな高いトコまで呼んでしまってホントに申し訳ないんですけどね。脚とかだいじょぶでしたか?」

 

「? わたしはエレベーターで来たよ。階段は流石に、年だからね」

 

「……エレベーター、あったんですね……」

 

 

 俺のここまでの階段登り(くろう)が!

 ……そりゃ確かに、こんだけの高さだったらエレベーターの1つや2つあって然るべきだよなぁ。もうちょっと考えてから動けばよかったか!

 …………まぁ済んでしまったことだし、いいけどさ。

 

 なんて脳内で無駄にやっている内に、フジ博士もお湯に浸かっていた。 そんじゃあ折角フジ博士をここまで「呼び出した」んだし。切り替えるとしますか。

 

 

「ところで博士……と。もう博士じゃなかったんでしたね。フジさん」

 

「うん。今のわたしは只の老人だよ」

 

「の割りにゃ良い顔してますがね。……それはともかく」

 

「チュ、チュン!」パタタ

 

 

 オニスズメがパタリと跳ね、俺の頭の上に乗る。そこは巣じゃないぞー……とまるのは構わないけど。

 俺もフジ老人の方へと身体を向け、視線を合わせて。

 

 

「今回の旅行、皆は楽しめていますか?」

 

「ああ。連れてきたボランティアハウスの子ども達も皆元気にしているよ。君達のおかげだね」

 

「……貴方は?」

 

「そう、だね。……わたしはまだ時間がかかると思う」

 

「まぁ、去年の今年なんですから。じっくり行きましょう。……あー、そういや。あの辺です」

 

「……上?」

 

「チュン?」

 

 

 俺は左手の人差し指で、ピッと空を指差す。つられてフジ老人と我が頭上のオニスズメが、空を見上げた。

 人目には何も映っていないように見えるかも知れない、空。

 

 

「ミュウは素で姿を消す能力を持っていましてね。まぁ全体で見ればラティ兄妹やカクレオンなんかも持ってるんで、そうそう奇異な能力って訳じゃあないんですが……ごほん、えふん。それはいいとしまして」

 

「……うん、成る程。どうやらやっぱり、わたしの心配は独りよがりなものだったみたいだね」

 

「あー……ミュウだけでなくミュウツーも、ですか。そうですね」

 

「はは。それに関しては年甲斐もなく、ミィちゃんに怒られてしまったよ」

 

「良かったじゃないですか。貴重な経験ができて」

 

「そう思っておくよ。……結局は君達に頼る形になってしまったね。ありがとう。……おかげでわたしはジュニアを生み出した事を、後悔せずに済んでいるよ」

 

「ま、そですね。好きで生み出しといて後悔されちゃあ、アイツだってたまったもんじゃあないでしょうし」

 

 

 ドガースに然り、ミュウツーに然り。

 ……ミュウツーに関しては実際に、「そう」なのかもしれないが。

 

 

「幻だのなんだのと『コイツら』にレッテルを貼るのは勝手ですが、正直俺達にとっては良い迷惑ですからね。今回の旅行の内に、証明して見せますよ」

 

「……ああ。その時には、是非」

 

「はい。一緒に行きましょう!」

 

「チュ、チュ、チュゥン♪」

 

 

 2人して握手をし、この旅の「終わり」に仕込んだイベントを思う。オニスズメは俺の頭をつつきながら、何故か嬉しそうに鳴声をあげた。

 ……さて、と。

 フジ博士がこの旅行に居る事それ自体は、「一緒に研究をしたから」の1点が理由だ。だがしかし。俺が旅の最後にどうせだから、と仕込んだのは……もしかしたら。

 

 

「(さぁて、どうなることやら!)」

 

 

 「原作知識」じゃあ予測できない、不確定イベント!

 

 ……なのかも知れない可能性が、微粒子レベルで存在ッ!!

 

 







 ナナシマ編は「原作前全体のエピローグ……と言う名の蛇足」として書かせて頂いております。
 幕間というよりは原作前と同じノリで進みますので、悪しからず。



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Θ2 4の島にて

 

 

 4の島は、暖かく青い氷の島である。

 ……普通に聞いたら思いっきり矛盾してるんだけどな?

 

 

「―― ちゅうワケや。どや、ニシキ?」

 

「えぇと……―― ですか?」

 

「ちゃうちゃう。しゃーない、ちょい見してみ? ここがやな ――」

 

 

 冒頭から思考内ツッコミが入ったが、まぁそれは置いといて。

 現在俺がいるのは、ナナシマの「4の島」と呼ばれる場所のポケモンセンターだ。

 そんな俺の目の前で壁の一角を崩し、あーでもないこーでもないと大きな機械画面を弄っているパソコンマニアが、2名。

 コガネ弁のポケモンマニア&研究者、マサキ。

 指示通りに回路を弄っていた眼鏡の男、ニシキ。

 でもって、その後ろから遠巻きに2人を眺めつつお茶を飲む男、俺。

 

 

「え、え? うわ、流石はマサキさん……」

 

 

 目の前でバグ取りならぬ「組み換え」とでも言うべき作業を行い始めたマサキの手際に、関心と言うか羨望の眼差しを向けているこの青年が、ニシキ。

 マサキの弟子的な立場にあるニシキは、俺やマサキと同じくタマムシ大学に属する研究員である。つっても、ニシキの分野はマサキ寄りだ。ゲームでもナナシマのポケモン預かりシステムについて調整していたんだからな。弟子分だし、これはまぁ予想通りだろう。

 

 ……だったの、だが。

 

 

「うーん……こりゃあ確かに。中々にムズいもんやで。ワイでも、調整そのものに時間が欲しいわ。ニシキだけに任せるんは考えモンかぁ」

 

「……」

 

 

 機器をひとしきりタイプし終えてから放たれたマサキの言葉に、ニシキが少しだけ俯く。

 ……うーん。一応、フォローしておくべきだよなぁ。

 

 

「あー、待て待てマサキ。それじゃあ言葉が足りないぞ」

 

 

 そっち見てみろ、そっち。落ち込んでるから。

 

 

「うん? ……あ、成る程。そやな、スマン! ほれニシキ、(ツラ)あげ」

 

「……」

 

「落ち込むの早いでー、ホンマ。まだまだ時間はあるんやで? ワイが言いたいのはな、人員増やすさかい頑張ってみぃ言うことや」

 

「……! は、はいっ!! ありがとうございますっ!!」

 

「礼はええて。それよりほれ、調整再開せな! 先に1の島戻って調整しとき!」

 

「はい! 後でチェックをお願いします!!」

 

 

 うん、それで良い。

 あの言われ方じゃあ、マサキから「切られた」と思っても仕方が無いからな。只でさえニシキは弟子分なんだし。

 マサキの言い直した言葉によって駆けて行ったニシキは、1の島にあるメイン設備の調整へと向かう為、船着場へと駆け出していった。その光景を見ながら、マサキが腰に手をあて頭を掻き、こちらへと歩み寄ってくる。

 

 

「いやー……お堅いヤツやで、ニシキ。筋は抜群にええんやけど」

 

「今のはお前が悪いぞマサキ」

 

「いやぁ、ホンマ助かったわ。ありがとな、ショウ!!」

 

「……んー、まぁ上司としては悪い……って意味だけどな。研究者としては悪いとかどうとかじゃないってのは、俺だって判るぞ」

 

「まーな。ゆうても人を使うなんて大層なもん、慣れておらんのや。ショウみたいに多人数で研究しとるワケやあらへんし」

 

「んー、そうなのか? んじゃあマユミさんとかミズキとか……」

 

「あの人らはまたちゃう所を担当してもろとる。今は分野分けしとるんやで。大まかに言うと転送、格納、通信網の3つに分けとってな? マユミさんはボックスシステムの構築、ミズキは納めるシステム機構の担当や。アズサさんにはトレーナーID機能との連携なんかも担ってもろうとるんや」

 

「成る程。……ところでマサキは?」

 

「よっくぞ聞いてくれた! ワイはな、転送と通信機能だけでなく――」

 

 

 うん。長いんで、脳内で略そう!

 要約すると、マサキは通信機能の構築だけでなく根幹にある「機器開発そのもの」も監修しているらしい……と。はい終わり。

 話題が終わるとそのまま自然に移ろい、互いの研究の話に。

 

 

「なんやったかな……おお、そやそや! ショウんとこにおもろい研究しとるやつおるやん? 少ぉし話させてぇな!!」

 

「本人の了解があれば良いぞー。取り次いどくよ。……つーか、それよりマサキ。お前旅行に来てるっつーのに研究ばっかりなのな」

 

「昨日は宴会で飲んで食うて、思う存分騒ぎ倒してやったさかいな。今日くらいは研究せんと、なんつーか、落ちつかへんのや。わかるやろ?」

 

「おー。……ワーカホリック!」

 

「言われてみれば、そうかも分からんで。なはは! まぁワイからしてみればショウみたいな年から仕事なんてしとる方が、だーいぶアレやと思うけどな!!」

 

「うっわ、それを言うか。つか、直接言われると悲しくなるな」

 

「うわははっ!! なんだかんだでショウ、今日もこうして手伝うてくれとるやんか? ワイからしたらショウが居る事それ自体、はよ終わらせんとって言うプレッシャーでもある訳や。いう、わけ、でぇ、と」

 

 

 茶を(すす)る俺の目の前で、マサキが何やらをフィニッシュせんとする体勢を取った。右手を掲げ、大仰な仕草で ―― エンターキーを。ぽちっとな。

 

 

「はい終わり、終わりやっ!! ほなら行こか、ショウ!」

 

「どこへだよ。そしてニシキはあのままでいいのか?」

 

「構へん。あっちは任せたゆーたしな。何とかなるやろ。それよりショウ、北の方の洞窟に行こ! ナナシマ(こっち)も長いニシキが、珍しいポケモンおる言うとったんや!!」

 

「ふぅむ、面白そうではあるかなー。……うし、そうだな。行くか!!」

 

 

 相変わらず珍しいポケモンとなると目の色が変わるな、マサキは。

 その急上昇したテンションに合わせて、俺のテンションも微妙に揚がる。通り道には俺の目的地もあるんだし、そもそも断る理由は無いはずだ。

 そんじゃあ、行きますか。目指すは北のほうにある ―― 『いてだきの洞窟』だ!!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 さて。

 それじゃあ順序がおかしくなっているが、俺がマサキと共に行動している理由をば説明させていただこう。

 本日は全7日が予定されている旅行の2日目。旅行の本隊であるオーキド博士やナナカマド博士含む一団は、博士達が温泉をいたく気に入ったらしく、暫くは1の島に留まる予定となったらしい。

 で、その他の……博士達に行動を縛られない少数派である……俺はと言うと、旅行者の中にいたマサキと4の島まで来た訳なんだが、その理由はつまり「5の島に渡るために、マサキを手伝うため」なのだ。

 今回の旅行者権限として俺達一団に発行されたのは『トライパス』。3つの島が描かれたこの定期は1~3の島へ行く権限がある、比較的ゆるい条件でも発行されるパスだ。これら3島は観光の為に比較的整備がしてあるため、危険も少ないらしいからな。それが理由だろう。

 けれど、そう。「ナナシマ島群」には残る4つの島があるのだ。

 4の島、5の島、6の島……そして7の島。

 これらの島は「貴重な遺跡があること」や「リゾート開発途中である事」、「島全体の自然が保たれている事から保護指定されている」……等々の理由があり、研究者や一部の人にしか配布されない『レインボーパス』がなければ入る事が出来ないのだ。

 ならば、どうやってそこへ入り込むのか。そもそも俺は何故、入りたいのか。

 前者については、既に手管は整っている。マサキの持つレインボーパスを貸与させてもらって「5の島」まで行けば、俺1人でも何とかなる予定となっているんだ。

 後者については、まぁ……こういった入れない場所へ入る権限ってのは「研究者としての箔にもなる」のが1つの理由。ここでついでに他の理由を言えば、「行ける分ならやっぱり行きたい」からだ。自然保護区とか、行けるもんなら行ってみたいし。

 つってもやっぱり理由的には、箔が云々よりは「俺が行きたいから」ってのが大きいんだけどな? そりゃあ箔だって付かないよりゃあ付くほうが良いに違いないとは思うけどさ。

 で。

 ついでのついでと言うか、『俺がこうしてマサキを外に連れ出している理由』は、また別の理由があったりなんだりするんだが……

 

 

「権力やら権限には、責任が伴うんだよ」

 

「おっ。それ、ワイに言うてるん?」

 

 

 不意に俺の口から出た台詞に、マサキが反応する。

 でも、んー……

 

 

「いや。主に自分に、だな。まぁマサキにも当てはまりはするけど……お前らの研究チームの場合、個々の能力が高過ぎるんだよ」

 

「はは、そらそうやろ! ワイらは元々、個人で好き勝手研究してたんやで? そら能力も自然に高うなるわ」

 

 

 マユミさんにしろアズサさんにしろ、ついでにミズキにしろ。個々人の能力が高い場合、中途半端な指揮官は要らないからな。むしろ指揮官の実力と言う意味で言うならマサキよりも、(俺の感覚的には)マユミさんが適任だろうと思う。

 しかしそれでもマサキが主任であると言う部分に、コイツの非凡さを感じて欲しい所か。つまり、それらを差し引いてすら「マサキを主軸に据える事」そのものに意味を見出されていると言う事なんだからな。

 ……結局コイツは、実力で引っ張っていくタイプなんだろーなぁ、と。

 

 

「ま、今のまんまで上手く回っとるからな。今の体勢を変えるつもりも、必要性もないと思とる。何かあったらそりゃ、そん時に考えたるわ」

 

「そらそうだ。……ん、洞窟はこの先か」

 

 

 研究としては、上手く回っているに違いない。成果も出ている。けど、

 

「(変えないからこそ、俺がこうしてマサキを引っ張り出さなきゃ行けなくなってるんだけどなぁ)」

 

 なんて思考は本筋から外れるので、ここはひとまず洞窟へ向かうことを優先しようじゃないか。

 俺は4の島のマップ紙を広げながら、現在地を確認する。4の島の北東に存在する『いてだきの洞窟』までは、徒歩で20分といった所だった。

 ……因みに、俺が今も左腕に付けている「トレーナーツール(verβ)」の画面上にマップを表示できないのは、ナナシマが未開拓だから、ってのが理由。現在の時代において詳細なマップデータがないため、データ上に表示することが出来ないのである。まぁ地図自体は存在するんだから、データに起こしさえすれば表示も出来るんだけど……それはその内に誰かがやってくれるだろ。俺以外の誰か、頑張ってくれよー、と。

 そうしてそのまま歩いて行くと、マサキが頭の後ろで腕を組みながら遠くを見て、口を開く。

 

 

「あの山かいな? 滝のある洞窟って」

 

「どれどれ……山脈っぽくなってるあの辺り一帯がそれっぽいんだが……多分、入口はあそこら辺りだろーな。目の前が開けてる、あの部分に湖があるんだろ」

 

「そんなら、まだもうちょい時間がかかりそうやな。……ほならその間、さっきから気になっとったショウの目的ちゅうやつを聞かせてもらおか?」

 

「ん、あー……途中の民家に用事があるんだ。そろそろ、って、あれか?」

 

 

 なんとはなしの会話を続けながら東へと向かっている俺たちの視界。歩いている道の端に……こうして歩いている間もぽつぽつとあったそれとなんら変わりの無い……一軒の民家が建っている。

 俺はその家の郵便受けに近づくと、表札を確認。とりあえず名前を読み上げてみる事に。

 

 

「うし、住所も間違いない。カンナさん家だ」

 

「カンナ……て、四天王やっとるお嬢ちゃんやんか。こないな島の出身やったんか?」

 

「本人から聞いたんだから間違いないだろ。今はリーグで働いてるだろうから、家にいることは少ないらしいけどな。……さて」

 

 

 そう。ここ『4の島』は、四天王カンナの生地なのだ。

 ゲームでは初代がFRLGリメイクされた際に追加されたマップが、ここナナシマであり……ひいては4の島における追加イベントの一旦として、カンナさんとのご遭遇、ってなものがあったんだ。

 さぁて、郵便受けには、と。おお、入りそうだな。カンナさん家の郵便受けはプリムさん曰く、お土産のぬいぐるみを送る為、プリムさん自身の手によって大きめにされているって言ってたし。

 そんなバケツみたいな郵便受けの中に、俺も、っと。

 

 

 ―― カタンッ

 

「これでよし」

 

 

 只今郵便受けに放り込んだのは間違うことなきカンナさんへの「お礼」、ヤドランのぬいぐるみである。ヤドラン自身よりも尻尾に噛み付いた巻貝(シェルダー)らしきものの方が可愛くデフォルメされたこれは、俺がこないだ授業の合間にタマムシデパートで探してきたものだ。……てか、成る程。ヤドランの外見はこれ以上デフォルメしようがないんだな。うん、確かに。元々アレな顔してるもんなぁ、ヤドランとか。

 思考を本筋に戻して、こんなものを俺が用意して来た理由は、実に単純。昨年のカントー大事変の際に、カンナさんは独断専行で……リーグからの指示を受ける前に動いてくれていたんだからな。俺からの個人的なお礼をするとキクコにも宣言してたんだし、こうして直接来る機会が出来たからには、お礼をしても罰は当たるまい。……だから、お礼をして罰が当たるっていう表現はおかしいんだけどさ。

 

 で。そんな俺へマサキは、ニヤニヤ顔で視線を送ってくる。

 

 

「なんや、贈り物かいな。マメやの~」

 

「……お土産もお礼の品も、大別すれば贈り物には違いないけどな。その言い方には悪意を感じる」

 

「そら、冗談やからな。冗談には少なからず悪意も入っとるもんやろ?」

 

「……はぁ。ま、害意がないだけマシか」

 

 

 言っておいてなんだが、俺とて本気で悪意がどうとか考えてる訳じゃあない。マサキとは何だかんだで会う機会やらも多いから、慣れてる仲だっていうだけなんだ。

 

 

「タマムシの和風譲ちゃんとか、ヤマブキのエスパー譲ちゃんとか!」

 

「……連絡は取ってるな、一応。友人として」

 

「うわはは! シンオウチャンピオンの美人さんからも就任お披露目の招待状来てたし、何だかんだでマユミさんとも仲良いやんか!!」

 

「それだけ聞くと年上キラーだな、俺」

 

「んん? ほんなら年下をあげたろか?」

 

「年下をあげられても、少なくとも俺は知らない可能性が高いと思う。……交友範囲的に、の推測ではあるけどな。違うか?」

 

「まな。大正解やと思うで。あっちが勝手にしっとるだけや」

 

 

 ただでさえ大学属の研究班なんてものに入っているからなぁ、俺。義務教育をすっ飛ばしたおかげで同年代との交流がないのだからして、交友範囲は自然と同年~年上になってしまうんだ。仕方ないな!(力説)

 それに同年代ならまだともかく、俺より年下となると年齢は一桁に達してしまうのだ。まぁ、俺も去年まで一桁だったけど!!

 ……つーかマサキの言い様からして、どうやら俺には見知らぬ年下の……いやスマン。考えるのは放棄しとこう。面倒だ(逃避)。

 けど……うっし、これで俺の目的は達せられたかな。

 俺たちはカンナさん宅から離れ、当初の目的地へ向けて歩き出すことにする。ついでに、駄弁りも再開。

 

 

「くっく……ま、それだけショウは有名人ちゅうことやで。自覚しとき?」

 

「わぁってるっての。一応は同学年の(クラス)に入学してるとはいえ、色々と目立つからな。なにせ、この見た目で大学出だ」

 

「のぉ割には、トレーナーズスクールには馴染んどる気がするで?」

 

 

 話しながら歩いていると、少しずつ景色が変わってくる。植物は色観の地味なものが多くなり、そもそも植物自体の数が減りだした。そしてなにより、北側から流れてくる「冷気」が肌を撫でる。

 ……それよりマサキ。見て来たような事を言ってくれるな……って、そうか。

 

 

「そういやタマムシ大学と隣接してるんだったな、トレーナースクール。それでか」

 

「おお、良ぉく見かけるで! ショウとゴスロリのんと、あとなんか気弱そうな女のコと和服着てそうな男のコ。髪の長いお嬢様っぽいコとか眼鏡の男のコとかも混ざって、毎回昼休みは中庭に降りて来るやんか。昼飯喰いに」

 

「中庭はお前の研究室から見えるんだもんなー……迂闊だった」

 

「見て悪いモンやったらみぃへんで」

 

「いやいや。減るもんじゃなし、良いけどさ。多分」

 

 

 でも知らない所から見られてるって、俺は別に何も減らないけど……減ると思うんだが。主にマサキの友人とかが。昼飯食ってる10才少年少女を眺めてる大学生(マサキ)、ってな構図なんだし。

 ……うん? ……あー、成る程。天才(コイツ)の場合は個人研究室持ってるから平気なんだな。なら、別に良いや。減らない減らない。マサキを誰も見てないんだし。

 

 なんて脳内で無駄に纏めた所で、マサキが再び話し出す。

 

 

「でぇ、話題を戻してやな。馴染んどるやん?」

 

「ま、思ったよりは馴染んでるのは確かだな。もうちょい浮くかなーと考慮してたんだが……周りの人柄が良いんかね」

 

「ショウ自身の処世術って可能性もあると思うんやけどなー」

 

「万人に受ける処世術があるなら教えてくれよ。それで喰っていけそうだ。そしたら俺、研究者辞めるぞ」

 

「は、ウソツキぃ。どうせオマエさんは辞めへんやろ。わかるで……とぉ。危ない危ない。話題逸らされるトコやったな」

 

「おーう……否定もさせてくれないのな?」

 

「ショウも『ウソツキ』を否定せぇへんし」

 

「一応周りを気にしてない、って訳じゃあないからな。処世術うんぬんを完全否定する気はないんだよ。それでも『やりたい方へ進んで行っちまう』なんて性格の俺が浮かない……ってのは、やっぱり、周りの人柄なんじゃあないのかなぁと思ってるんだが」

 

「うーん、言われてみれば、どうなんやろか。タマムシのスクールは確かに良いヤツ多いかも知れへんけど……ヤマブキなんかのスクールも、そんなんやと思うで」

 

「俺はヤマブキのスクールなんて知らないぞー」

 

「ワイも詳しくはない。……けどま、ショウの見る目が確かって事やろな。なんせお前さん、相手を見てから近うなるやろ? んなら『初めから問題ない』やんか」

 

「だと良いんだがな……さて。無駄話はこれくらいにしとこうぜ」

 

 

 マサキの遠まわしな励ましを受け、さてと。

 歩いていた俺たちの目の前が開け出し、目の前に湖が広がる。そこそこ大きな湖のその奥に、洞窟……『凍て滝の洞窟』の入口がぽっかりと空いているのが見えていた。

 ただし……

 

 

 《―― 》

 

 《―― ヒュウウウ ――》

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 マサキは何かに耐えるように目を閉じ、腕を組む。

 俺はとりあえず、上着でも出しとくか。シンオウ行った時のがあった筈だ。

 

 

 《―― ヒュォォォォ》

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 さて、現状の解説をしよう。

 『凍て滝の洞窟』は、その名の通り所々が凍っている、万年氷が存在するほどの洞窟だ。パンフレット及び原作知識によると、住み着いた氷ポケモン達の冷気で洞窟全体が冷やされているらしく……カンナのラプラスも、この洞窟の奥にある滝で捕獲されたものらしい。

 しかしここで大切なのはラプラス云々だとか、湖を渡る方法だとか、この洞窟の氷で作られたかき氷が美味しいと評判だとか、そういうものではないのだ。

 ……カキ氷はあとで食べておくとして、

 

 

 《―― ヒュオオォォ》

 

 

「……」ガクガクブルブル

 

「ナナシマが南国だから油断したな、マサキ。半袖でこの洞窟に入るのは、厳しいと忠告せざるを得ない。ここですら冷気がやばいし。湖の水温も、多分半端無いぞ」

 

「……な、なぁ、ショウ。う、うわぎ……上着の、予備とか、あああ、あらへんかな?」

 

「この上着はシンオウに行った後で急にキッサキシティに行くことが決まって、現地調達してたってだけなんだ。残念だが予備はない」

 

「んな殺生なぁっっ!?」

 

「つか、湖だけでこの寒さだし、どうせ上着だけじゃあ中になんて入れないと思うぞ?」

 

「レ、レアなポケモンちゃんを目の前にして、立ち往生やと……っ!? な、生殺しーっっ!!」

 

 

 4の島の湖原に、マサキの声が響き渡る。

 いや、俺としてもこの寒さは想定外だったし。また何時か来ればいいさ。今度は防寒対策バッチリにしてからな。

 さぁて、んじゃあカキ氷食べに戻りますか! マサキを引きずって帰らなきゃいけないけど!!

 

 

 

 Θ

 

 

 

 時は夕方。

 俺は船着場の近くの土産売り場にて予定通りにカキ氷を買い、揺れる海を前にして食べている訳なのだが……うーん。

 

 

「うーん、甘い。かといって美味いには美味いから、スイは味気ないっつーか勿体無い気もするし……ん。美味いか?」

 

「ガウゥ」

「クチーィ♪」

 

「おー、こら確かに美味いな! ……おおっと」

 

「ピィ、ジョッ!」

「ンミュッ!?」

 

「こらピジョット、風を吹かすな。風を。ミュウも器を浮かすの止めとけ」

 

「ギャウゥン?」

「プリュー♪」

 

 

 目の前で飛び交う、我がポケモンリーグ優勝メンバー。モノズは足元に置かれた器に首を伸ばし、クチートは(大アギトの方ではない)口元に器を抱えながら、それぞれが器用にすくって食べてみせている。ニドクインとプリンは大人しく俺の前後でカキ氷を食べててくれるから、非常に助かってたり。……ミュウとピジョットにも、技の威力は抑えておけよー、との願いは通じているのが幸いか。まぁ、周りに人もいないし別に良いとは思うんだけどな。程ほどで頼むぞー、と。

 因みに研究繋がり……というか、ミュウを預ける際の秘匿回線云々でマサキはルリの正体を知ってるから、俺の手持ち達が自由行動を取るのに問題は無い。ナナシマは人数(ひとかず)も少ないし、船に乗り込んだのはマサキだけだ。その上ポケモンリーグの影響も本土程じゃあない。知名度の差もあるだろうからな。

 などと機密性について考えつつもカキ氷をすくっては口に放る、俺の隣。座りながら「凍て滝の洞窟産氷のカキ氷」を食べ終えたマサキは、俺のポケモン達をじぃっと見つめた後、急に笑い出す。

 

 

「うわっはは! 楽しそうで何よりやな!」

 

「おう。……この後お腹下すヤツがでなきゃあ万々歳なんだけどな?」

 

 

 俺の台詞に、マサキはひとしきり笑い通した。で、その後。少しだけ雰囲気を切り替え、今度は海へと視線を向ける。

 

 

「……はは、と。それにしても今日はつきおうてくれて有難うな、ショウ!」

 

「ん? あー……いや、結果的には何もしてなかった気がするんだけどな、気のせいか?」

 

 

 4の島を歩き回った後にかき氷食べただけだと思うんだが。

 

 

「何言うとる。行き帰りの護衛してもろとるし、育て屋のじぃさんばぁさんとこ行ってポケモンも見してもろたし! 何だかんだでおもろかったで、ホンマ!」

 

「育て屋老夫婦んトコ行ったのは、お前がレアなポケモンみたいってごねたからだぞー? この島のポケモン分布はカントーと違うから、どこに行っても『カントーから見ればレアな』ポケモンは見れるんだよ。つーかそもそも、洞窟行ってもマサキのポケモンじゃあ長居できなかったと思うし。初めからアポとってたんだってば」

 

 

 コイツ、研究はともかくバトルはからっきしだからなぁ。こないだ研究室で見た時の手持ちは確か、低レベルのピッピオンリーだったし。……イーブイはこれから増えるのかも知れないな。

 なんて悪態ぽいものををつく俺に、しかしマサキは。

 

 

「ふぅん。つまりそれ、ショウはワイの為に下調べしてくれてたゆうことやろ?」

 

 

 ……おい、なんだそのニヤニヤ顔。俺はパンフを見ただけだっつーの。勝手に人をなんとかデレ扱いすんなよ。

 

 

「あー……俺のレインボーパスがかかってるんだからな。パンフレットくらい見るさ」

 

「ま、ショウはそれでええわ。……そんなら約束どおり楽しませてもろたんやし、ワイもコレを渡さなアカンな。ほれ」

 

 

 言ってマサキは、タスキ掛けされたバッグから1枚の通行証を取り出した。きちんとID委託登録をした後に差し出されたそれは、マサキ自身の『レインボーパス』だ。俺は右手を伸ばし、……『ナナシマ』との名前が由来であろう……七色の虹が描かれたそのパスを受け取ることに。

 

 

「大事に預かっとく。ありがとな。1の島に戻った後に返すよ。そん時にゃ俺のパスもあるだろうし」

 

「期待しとくで。……それに、どうせワイは戻っても通信システム構築の監修やるだけやさかいな。ショウに活用してもろた方が、そのパスかて喜ぶやろ」

 

 

 空の器とスプーンを掲げながら、人の良い笑顔でマサキは笑う。

 ……はぁ。折角人が気を使ったって言うのに……ま、仕方が無いか。ワーカホリックに何を言っても通じはしまい。それにコイツの場合は『仕事を楽しめている』んだから、普通の人とはそもそも前提が違う。

 そんなヤツに「旅行が楽しかった」って言わせた時点で、俺の苦労 ―― マサキに旅行を楽しませて欲しい、ってな「マユミさんからのお願い」は、多分達成できたと思うので!

 

 そんなこんなで自己完結させながら、俺は頬杖付きつつマサキを見やる。こんにゃろ、研究馬鹿め。リーダーの癖して、なに職場のチーム員達から心配されてんだっての。逆だろ普通。

 

 

「……はぁ。能天気ヤロウだな」

 

「? ワイか?」

 

「いや、お前はそれでいいんだよ」

 

 

 多分、恐らく、メイビー。

 こんなヤツだからこそ、上手く回る部分もあるんだろう。それこそ上述してたみたいにな。

 俺がまたも溜息をつくと、マサキは僅かに気を向けたが、すぐさま切り替えて笑顔を浮かべる。そのままゴミ箱へカキ氷の器を投げ捨て、立ち上がり、背伸びをして。

 

 

「んん~、さぁて、そろそろ1の島に帰ろか! ニシキも待っとる……てか正直言うとワイの方がニシキがどんだけ出来たモンか、成果を見たいだけなんやけどな!!」

 

 

 おどけたマサキに合わせたかのように、汽笛が鳴った。多分、出発の予鈴なのだろう。ぼぉーっという重低音が、4の島の港を響き渡る。

 そんじゃあ、

 

 

「そんじゃあ、ニシキによろしくな。もう心配されんなよ」

 

「? よお分からんけど……わかった! ……あ、そやそや! 最近海外原産の珍しいポケモンが、ワイんトコに仰山おんのや。ショウらの作った図鑑にはのっとる種族やけど、タマムシん戻ったらその内に様子を見に……と。……ちゃうかな」

 

 

 マサキが後ろ手に頭をボリボリとかく。

 その手を止めると、ニカッという擬音がよく似合う笑顔で。

 

 

「どうせ、トレーナーズスクールとは同じ敷地内や。大学の研究室にも遊びにきてぇな、ショウ!!」

 

 

 なんて台詞を残して、マサキは1の島へと引き返す船へ乗り込んで行った。

 我がポケモン達もマサキに向かってサヨナラの挨拶(的なもの)をそれぞれの方法で繰り出し、俺も手を振る事にする。

 そのまま手を振り続け、船が分離能の限界を超えて点にしか見えなくなった所で手を下ろし……うーん、仕様がない。スクールに戻ったら定期的に顔出してみる事にするかね、マサキんトコにも。

 そんな風なことを考えつつ振り返り、俺達も5の島へと向かうため、別の船へと歩き出して行くのであった。

 

 







 カキ氷が美味しい → 4の島キャラ。大柄な男性、談。

 申し訳ないのですが、幕間①ナナシマ編、今回はここまでの投稿です。
 ……やはり、年末と年始は鬼門ですね。先生方が走る、奔る。



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Θ3 5の島にて

 

 

「……ようこそ、ショウ。アタクシの別荘へ……」

 

「ショウが来てくれた事、嬉しく思うよ」

 

 

 旅行3日目、昼も過ぎた頃。壁一面のオーシャンビューを眺める事の出来る、実に豪華な絨毯敷きの応接間で、表情の読めない顔で座っているお嬢様 ―― カトレア。その横手に控えるのは、俺の友人でもあるコクランだ。

 そう。俺はやっとの事で目的地である『5の島』――『ゴージャスリゾート』にある、『御家』所有の小島へと到着していたりする。

 ……御家所有の『小島』な。言い間違えじゃあ無い。小島が丸々1つ、カトレアん家のものな! 建築物どころの話じゃあ、なし!!

 

 

「ども。お邪魔しまーす、と……靴は脱がなくていいのな」

 

「アナタが望むなら、和室もセッティングしますが……コクラン?」

 

「待て待て、いいって。つか、コクランも身構えんなよ。別に和風万歳な人間じゃないぞ、俺」

 

 

 俺は本気でやりかねないカトレアの言葉を、手をかざして留める。反応の限りで出したストップサインは、コクランが踏み出そうとした足を一歩だけで留める事に成功したみたいだ。ふぅ、危ない危ない。

 さて。1年近く(かなり)昔の話にはなるが『御家』がここ『ゴージャスリゾート』に別荘を建てようとしている、なんて話題が挙がっていたのを覚えているだろうか。

 『ゴージャスリゾート』は5の島の北側、海上に広がった「天然の水上迷路」の中にある小島の数々の事を指す。ゲームではそうそう大きなイベントがある部分ではなかったんだが、どうやら本来の役目は違うらしい。つまりは、その名にそぐわぬ『金持ち達の別荘地帯』となっていたのだ。前々に思考内話題に上げた「保護理由」の内、この島が「リゾート開発されている地域」なワケである。ま、金持ち達が集まるからには治安維持もしなきゃならないからな。

 ……ああ見えて、ここへ来る途中で釣りをしていた親父も、実際には比較的金持ちな部類に所属するやんごとなきお方なのだろう。多分だけど。

 

 さてと、こんなんでいいか。そろそろ現実へと復帰すべきだろう。

 いや。だってさ……

 

 

「……そう……」ムッスー

 

 

 上座を陣取るエスパーお嬢様は、俺の言葉が不満なご様子でだな。いつも無表情でわかり辛いが、視線が僅かに横へと逸らされている。俺の経験からするに、これは不機嫌モードで違いないだろう。

 うん。何でそんなのがわかるか、を解説すると長くなるが……あれからカトレアは宣言通り「この国でトレーナー資格を取る為」、タマムシのトレーナースクールに通って来ているんだ。流石に俺達みたいに寮住まいとはいかず、タマムシ郊外の別宅から送迎されて来ているんだが……どうも俺を師匠として仰いでいるらしい(本人談)。

 そんな風にしているもんだから自然と交流も多くなり、いつしか俺はカトレアお嬢様のオーラを読み取れるまでに成長していた、と言う訳だ。……残念な事にコクラン曰く、俺には「執事の才能がある」らしい。そんな才能なんて、なくても損はしないと思うんだが。

 強いて言えば、その才能がお嬢様のご機嫌取りにも働いてくれれば万々歳なんだがなぁ……とか考えつつ、俺は口を開く。

 

 

「いや、好意を袖にしてる訳じゃあなくてだな? えーと、」

 

「―― お嬢様。なんでも思い通りになってしまうのは、不幸の始まりです。できない事があって、できる事がある。それを知ることが大事なのです。……思い通りにならない事こそが、本当の楽しみなのですよ?」

 

「……はい。判っては、いるのです……アタクシの悪癖ですね」

 

 

 言い淀んだ俺の間を埋めるように口を開いた、コクラン。流石は本職だな。

 でもって、諭されてその内容には理解を見せながらも若干頬を膨らましたままであるカトレアの姿は、年相応の少女そのもので実に微笑ましい。俺にはないものだよなぁ、アレ。精神年齢的に仕方が無いし、ああいった挙動をしたい訳でもないけど。

 この結果に俺がとりあえず安堵の息を吐くと、カトレアが頭を下げる。ウェーブがかった毛量増し増しの髪はお嬢様の下げた頭につき従い、優雅に揺れる。

 

 

「……ショウ、ごめんなさい」

 

「あー、だからいいって。今日は俺がカトレアからレインボーパスを貰いに来たんだ。それに、もてなしてくれようとするのは嬉しい。迷惑だとは微塵も思わないぞ」

 

「……でも、パス(それ)も、言って下さればアタクシが……」

 

「いやいや、御家のお嬢様に……引いては御家の側に使いっ走りをさせる訳にゃあ行かない。……そもそも俺の都合で手配してもらってたんだぞ? 俺が自分で出向いて取りにくるのが筋ってもんだろ」

 

 

 俺が5の島を目指していたのは、このため ――『以前俺がカトレアに依頼していたレインボーパスを取りに行く為』だったのだ。カトレアに申請してもらった結果、俺の研究者権限でのレインボーパス発行は受理されていたからな。

 

「(ただし、発行された場所へパスを取りに来る必要があったんだ)」

 

 カトレアは別荘を持つ5の島で、俺のパスを申請してくれた。なので、5の島へ渡りさえすれば手に入るレインボーパスによって他の島への渡航許可も出る……のだが、しかし、5の島に行くにもレインボーパスが必要な訳で。この面倒な問題を解決する為に、俺は先日マサキの依頼を受けていたという次第なのだ。マサキのパスで5の島へ渡るためにな。

 

「(だからって『御家』のお嬢様やその執事頭に届けてもらうのは、論外だっての。こういった証明物品の類はポケモン郵送出来ないし)」

 

 わざわざ、相手側に手を煩わせるのもなんだし。ってか、ゲームで主人公達もニシキのレインボーパスを譲り受けてたからな。この作戦なら何とかなるだろう、ってな確信はあったんだ。

 そんな俺の頑固さを感じ取ったのか。隣に居た執事頭が、溜息をついてから口を開く。

 

 

「お嬢様。ショウはこういう性格です。言い合いでショウを負かすには、お嬢様では経験不足かと」

 

「……言ってくれますね。けど、その通りみたい……ありがと、コクラン」

 

「身に余る光栄です」

 

 

 うーん。毎度の事だが良い主従漫才だなぁ、これ。でもって、

 

 

「人聞きが悪いぞコクラン。まるで俺がカトレアを苛めてるみたいじゃないか」

 

「実際そうだろう?」

 

 

「(……ショウが……アタクシを……イジメて(・・・・)……?)」

 

 ――《ゾワッ》

 

 

「ですから、……お嬢様」

 

 

 ――《ウゾゾゾゾ》

 

 

「……お嬢様?」

 

 

 ――《ズニャッ》

 

 《《……ゾゾゾッ!!》》

 

 

「おー……もしかして、全自動型の触手(パワーウィップ)?」

 

「……っ!! 還って来て下さい、お嬢様ぁ!?」

 

 

 コクランが叫び始めたのも無理はない。なにせお嬢様が遠い目をしたのと同時に、その長い髪がワサワサと動き出したのだ。その動きのキレたるや、お嬢様の表情が見えなくなる程である。コクランが慌てて能力の暴走……というか漏出らしきこの状況を止めようと、お嬢様に呼びかけているのだが、

 

 

『(フフ、ウフフフフフフ……)』

 

 《《ゾワワッ》》

 

 

 脳内に鳴り響く笑い声といい絶賛稼働中の髪といい、効果は芳しくも無いらしい。

 ……つーか、おいおい。何所に行ったんだよエスパーお嬢様……って、いや待て。言わなくて良い。言われても困るからなっ!? トリップしてるのは見ればわかるしっ!

 コクランは生きた髪と化したお嬢様の周囲をひとしきり走り回った後、俺の隣で立ち止まり、頭を抱えながら溜息を1つ。

 

 

「駄目か。……ねぇ、ショウ。キミが止めてくれないかい?」

 

「まぁ、止めれるもんなら止めるよ。けど、あんなのをどうやって止めろってんだ」

 

 

 それにそもそも、今んトコこっちに実害無いし。髪がウゾウゾしてるだけだ。

 放っておけば……ん? ああ……もしかして、

 

 

「放っとくとそのまま暴走するのか」

 

「ご名答だよ、ショウ。不満(ストレス)が溜まった所へ、ショウが追い討ちしたからね。……それで、止めてくれないかい?」

 

「少なくともあの言葉が『追い討ち』になるとは思わないだろ、フツー。……それに、だから、どうやれと」

 

「何時だかイッシュで、エスパー相手はお手の物だぜ! とか言ってくれてたじゃないか」

 

「ぅぉい。その台詞、コクランの頭の中で都合よく美化されてるよな!?」

 

 

 対エスパー戦の経験が云々とかいう内容だった気がするんだがっっ!!

 

 

「どちらにせよ、お嬢さまがヨロコんでいらっしゃるのを止めるに、オレじゃあ力不足だよ」

 

「……字の変換が悦んで、じゃあ無い事を祈っておくとして……あー……これはお前からの挑戦状だな、コクラン」

 

「さて、どうかな」

 

 

 コクランはいつもの燕尾服で腕を組み、俺へと視線を向けている。……エスパーの名家たる「御家」の執事であるコクランが、実害すら出ていないこの程度の状況に「全く対応できない」ってのは無いだろうからな。「俺に」この状況を解決して見せて欲しいんだと思うんだ。

 でもって、いや。「歓んで」だったら歓迎的な意味で……と。無理があるか? そうだと信じたいけど、願望にしか過ぎないよなぁ。多分。

 俺はそんな無駄思考を繰り広げつつ、マルチタスクを広げ ―― コクランの期待に応えるべく、お嬢さまを止める方法を思考することに。

 ……えぇと、……そうだな。

 

 

「手伝ってくれ、モノズ」

 

《ボウンッ!》

 

「―― ガウッ!」

 

「よ、いしょっと。ちょおっと手荒な方法になるけどな。さぁて、」

 

 

 物理で攻撃するよりは幾分かマシだろう。

 俺は1メートル近くはあろうかと言うモノズをボールから出して、持ち上げる。腕に抱えてカトレアに近づいていく事に。

 ……体重17キロ超のモノズを(以前よりはトレーニングもしているとはいえ)10歳の身で迷いなく持ち上げる、なんて……この世界に慣れてきたんだろうなぁ、俺も。これならイシツブテ合戦も問題ない。

 で、カトレアの至近に寄った所で。

 

 

「モノズ、カトレアの髪を……って、あ」

 

「フンフン……ガゥ?」

 

 《パクンッ》

 

 ――《カヒィンッ!》

 

「―― ッッ! あ、う!?」

 

 

 モノズに髪の端をハモっと噛まれたカトレアの身体が、エスパー技を無効化した時特有の音をたてながら、大きくよろめいた。

 おおっと、危ない、って!

 

 

「っとと。……だいじょぶか、カトレア?」

 

「は、はい。……ご迷惑をお掛けしました、ショウ……」

 

「いや、俺らも悪かった。コイツ、動くものに興味持って噛み付くんだ」

 

「ガググゥ?」

 

 

 つまりは悪タイプであるモノズを近づけさせて「エスパー能力をはじき出そう」てな作戦だったんだが、近づききる前にモノズがうごめく髪を甘噛みしてしまったのだ。視力の悪いモノズの「探索用の噛み付き」だったので、エスパーたるカトレアに効果抜群じゃあなかったのが幸い。……いや、元々カトレアにポケモン的なタイプとか無いし、抜群じゃあないんだけどな?

 俺は協力してくれたモノズを労いとお叱りの2つの意味でぐりぐりしつつ、左腕と体で抱えたカトレアを地面に下ろす。

 

 

「ガーゥ」グリグリ

 

「うーしうし。……カトレアも、力の使い方と練習方法はよぉく考えるべきだな」

 

「……はい。続けざまに、申し訳ありませんでした。ショウがナツメお姉様を紹介してくれて、練習を重ねていたので……アタクシも少しはコントロールが上手くなっていると思っていたのですが。……慢心でした……」

 

 

 普段と比べれば微妙に渋い表情をしながら、カトレアが両足を着く。

 そのまま立ち上がろうとして……しかし。

 

 

「―― とう、――」

 

 

 立ち上がったのは俺の耳元でぼそっと、「ありがとう」と呟いてからだったという。

 ……ぅぉぅ。このお嬢様、やりおる。

 

 

「―― お嬢様、ご無事で?」

 

「……はい。貴方にも心配をかけました、コクラン」

 

 

 当の本人は動揺もせず、何時ものカトレアに戻って、駆け寄ってきたコクランの下へと歩いて行く。

 ……んー、まぁいいか。素直な礼で何よりだ。気にしない気にしない。

 

 そうして一波乱あった後、俺は無事に『レインボーパス』を受け取ることに成功したのだった。

 いやぁ、終わりよければ全て良し! 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 ……まぁ、いつかと同じく。

 これで終わりなんて都合のイイ展開、俺には縁が無いっぽいんだけどな?

 

 

 《バタンッ!》――《キキッ》

 

「―― んん? どうしたコクラン?」

 

「おっと、食事中に早足ですまない。……お嬢様、ご用件が」

 

 

 レインボーパスを受け取った、1時間ほど後。俺とカトレアは居間(と呼んでいいのかはわからんが)でそこそこというか結構豪華な昼食中だったのだが、そこへ、大急ぎのご様子でコクランが燕尾を翻しながら駆けて来たのだ。当のコクランはその革靴でどうやって出したのかという疑問が残る程のブレーキ音を甲高く響かせ、何とも格好良く停止してみせたが……それはどうでもいいな。うん。

 カトレアが気だるげな表情に訝しさを交え、俺と一瞬見合った後に、近づいてきたコクランへと尋ねる。フォークを口にくわえたままで、

 

 

「……何か、ご用事が……入ったのですか?」

 

「はい。電信が入りました。―― この『御家』の島からそう離れていない島で、行方不明者が続出しているそうです。近場にいたために『御家』もその捜索へと狩り出されるので……私も指揮を取らねばなりません」

 

「……そう……」

 

 

 パスタを咀嚼し、カトレアがフォークを手放す。周囲に居たメイド達が口を拭き、

 

 

「それでは仕方が無いですね。この『家』の力と貴方の力が必要なのであれば、手助けをしてあげなさい、コクラン。それが『御家』としての役目でもあります」

 

「はっ。それでは、しばしお暇を頂きます。……ところで、ショウ」

 

「おう。呼んだか?」

 

 

 でも今お前、カトレアにも許可を貰ってたじゃないか。この状況で俺に話しかける意味合いは無いだろ。

 ……ただし、1つだけ。嫌な予想は残っているんだが……

 そんな予想を抱えたままでいると、コクランは俺へと向き直り、早口で語り始めた。

 

 

「これから俺は、屋敷のトレーナー達を連れて急ピッチで捜索に出かける準備をしなければならないんだ。人探しとはいえ場所が場所だから、事態の終結まであと2~3日は見て欲しい。……けど、問題が1つあってさ」

 

「あー……成る程、わあった。俺がカトレアの面倒見とくよ。ただし俺にも予定はあるから、この島を出て連れまわす事になる。その了解をお前が取ってくれるんなら、お嬢さまにもパスはあるんだし、問題ないぞ」

 

「……流石はショウ! 理解が早くて助かる!」

 

 

 部隊編成なども考えるとなると、時間的猶予も余り無いのだろう。コクランは俺へ向かって、会心の笑みを浮かべた。

 ……俺がこんなに早く理解できたのも、当然と言えば当然。この屋敷は今年から使い始めた居宅であり、何よりここは『別荘』なんだからな。管理する人数はいくら『御家』とはいえ小数になっているはず。そして屋敷にいるトレーナーの質も、本宅や別宅と比べて段違いに低いに違いない。となれば、捜索に借り出されるのはこの別荘にいる殆どの……もしくは「全てのトレーナー」になってしまったんだろーな、との予測が(俺の脳内で)ついていた。

 けれども、お嬢様を1人で置いて行く訳には行かないし。そんなら、俺が預かれば1人でこの別荘に残されるより大分マシになるだろう。そんな流れで、先程の申し出と相成ったのだ。

 さてさて。俺の申し出を即座に受理したコクランはどこかへ通信をかけ……すぐさまお嬢様の外出許可を取り付けて見せてくれてだな。何とも言えぬ早業で振り返りつつ、此方へシュビっと手を挙げた。

 

 

「それじゃあ頼んだよ、ショウ」

 

「おう。……ほい、これが俺のトレーナーツールへの連絡先。進展とか経過とかあったら」

 

「すまない。この恩は、必ず返す」

 

「楽しみにしてるぞ。今度は昼飯くらいじゃ割に合わないかもなぁ」

 

「おいおい……脅してくれるな」

 

「友情割引で、晩飯も追加でオッケーにしとくさ。ただし……お捜しの人達は無事に見つけてくれよ?」

 

「ああ、そうだね。……なにせ、」

 

 

 2人して一旦息を止め、タイミングを合わせて。

 

 

「「―― 飯が不味くなる!」」

 

「……だろ? ショウ」

 

「ん。そのとーり」

 

 

 互いにニカッと笑ってみせた。

 そして、うん。折角探したのに無事じゃあありませんでしたーなんて、後味が悪すぎるのはゴメンだ。最悪の場合も想定せざるを得ないが、コクラン達にはせめてもの全力を尽くして欲しい。

 ……ま、俺がさっき「お嬢様がコクランについていく」ってな選択肢を残さなかったのはこのためなんだからさ。お嬢さまも戦力にはなるだろうけど、コクラン達にとっては守るべき対象なのだ。そんなのが近くにいちゃあ、本末転倒だっての。

 

 

「悪いがお嬢さまを頼んだよ」

 

「いってらー」

 

 

 俺は扉を開け放って出て行くコクランへ向かって、メインディッシュを咀嚼しながら適当に手を振った。

 さぁて、そんならカトレアを連れ歩く算段でもつけるかな。んーと、

 

 

「そんじゃカトレア」

 

「……はい」

 

「俺はこれから2の島に行くつもりだったんだが、少し予定を変更しとく。2~3日ってなら、まだまだ余裕があるからな。カトレアはどっか行きたいとこあるか?」

 

「……ショウと一緒なのであれば、どこへでも。アタクシはまだ、この辺りに詳しくは無いので……」

 

「どこでも、ね。そりゃまた案内泣かせな回答だなぁ。……ん、と」

 

 

 言いながら、FRLGのナナシマの記憶を思い返す。観光になりそうな場所は……と。どっちにしろ、ナナシマってトレーナーと連戦してた記憶が強すぎるんだよなぁ。面積の割りに密集してて。

 強いて言えば……うし。

 

 

「うし、6の島に行くか」

 

「6の島……ですか」

 

「ああ。あの辺なら散策には丁度良いし、自然保護区域だからな。観光目当てで行ってみても損は無い」

 

「……それなら、アタクシのバトル指導もお願いできます?」

 

「おう、いーぞ。引き受けた」

 

 

 6の島。ナナシマの中でも最も自然が残っている島で、遺跡群『てんのあな』やら数々の散歩道やらを要する所だ。

 カトレアの意向はともかく、単純に俺が行ってみたい場所でもあるからな。楽しみ楽しみ!

 

 

「そんなら、昼飯食ったら準備するか。カトレアの着替えやらはどうする?」

 

「……アタクシもこの間、テスターとして四次元バッグを購入しました。ご迷惑はお掛けしません……」

 

「お、流石はスクールの優等生お嬢様だな。んなら心配ないか。……俺もちょっとは準備し直すべきかねー」

 

「……ウフフ、そうですね。用意はしていても、損はありませんし」

 

 

 別荘を出て船に乗れば、今日中にも6の島に到着できるだろう。

 コクラン達の動向はちょっと心配だが、よーし。気合入れて観光に行きますか!!

 

 

 

 ……、

 

 

 

 ……、

 

 

 

 ……。

 

 

 

「(……流石はコクラン。Good Job です……!)」

 

 






 カトレアが猛威を振るっております。


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Θ4 6の島にて

 

 

 ―― 6の島

 

 

 さて。

 予定通りに荷物を纏めた俺とカトレアは、昨日の内に6の島へと到着。俺の研究者IDでポケモンセンターに1泊し、旅行4日目を迎えていた。

 

 

「……星空は、綺麗でした」

 

「おー、そりゃあ良かった」

 

 

 ……ただし男部屋の区画は岸壁に面していて、空は見えなかったけどな。

 そんな俺の横に現在座っているのは、ワンピースに麦わら帽子と言う(ある意味信じられない)お嬢様スタイルのカトレアだ。動きやすさと言う点では確かに、悪くは無いのかもしれないが……流石は金持ちといった所か。お守り小判持ったヤツに狩られないように気をつけないとな。まぁ、まだトレーナー資格が無いから挑まれても拒否すれば良いんだけど。

 で、だ。実は周りには、別の人達もいてだな。

 

 

「ふーん。男部屋からは、空、見えなかったの?」

 

「えぇっ、そうなんですか? それじゃああたし達、お得でしたね~」

 

 

 目の前で駄弁るのは、フリフリした格好にキラキラした装飾品をつけたお2人。どうやらこの方々、人気絶頂のアイドルユニットらしい。スタッフ曰く旅番組的な企画で、ナナシマの自然保護区域のアピール番組に来ているとの事だ。

 現在カメラを抱えた人や仕切りの人なんかがポケセンで打ち合わせをしている最中で、この2人はどうやら暇を持て余しているご様子。宿泊部屋もカトレアと同室だったため、こうして喫茶スペースで朝食中の俺達に絡んできているのだった。

 因みに俺はコーヒーをすすりつつ、2人とカトレアのやり取りに適当に相槌を入れていたりなんだり。

 

 

「ところでカトレアさんは、どうしてこの島に?」

 

「……アタクシは、この人と……」

 

 

 話しかけられたカトレアが、俺の事を横目で見ながら名指しした。うん、間違ってはいないけど、確実に言葉は足りないだろう。

 そんな言い方もあってか、右側に座っているアイドルはぶんぶんと腕を振り、とても良いリアクションを取ってみせる。

 

 

「きゃー、お泊りデートですかー!?」

 

「……そうとも言うかも、……知れないです?」

 

「うーん、年齢的には頼りない気もするけど ――」

 

 

 アイドル2人組の左側、やさぐれ気味の方が俺へと視線を向けた。

 まぁ10才だからな、俺。その意見を否定する気はさらさらない……の、だが。

 

 

「……それは、アタクシが否定しておきます。ショウと並ぶほど頼りになる男性は、数少ないでしょう」

 

「全幅の信頼よねぇ……」

 

「きゃー! きゃー!」

 

 

 俺が何か言うより早く、隣に座るカトレアが頬を膨らませながら2人へと反論していた。

 あー……カトレアからの高評価は素直に嬉しいけどな。アイドル(右)のテンションは高過ぎやしないか?

 そんな無駄思考をしつつ。けれども、アイドル(左)は未だにこっちを見つめていたり。……えぇと、だな。

 

 

「えふん。何か俺にご用事がおありで?」

 

「ねぇ君、何歳?」

 

「ずばり10才」

 

「おっ、なぁーんだ。やっぱりあたしとミミィよりも年下じゃない」

 

「そーですね。あと俺、貴女をテレビで見たことがありますよ。あのソロデビュー曲の『はがねのつばさ』的な衣装は、大変にお綺麗でした」

 

「でしょ! ふふんっ、あの衣装はあたしもお気に入りなんだ!」

 

 

 腰に手をあて、年相応の胸を張るアイドル(左)。うむ、台詞選択はただしかったご様子で。

 ……でも、そんな俺の隣では。

 

 

「(……おー、緻密な情報収集で先輩を軽くあしらうどころか上機嫌にしてみせるとは。あのヒト、ショウさんでしたっけ? やりますね~)」

 

「(……ショウを甘く見てはいけません……)」

 

 

 おい、隣でこそこそ会話するミミィ(アイドル)とエスパーお嬢様。会話内容は聞かなくてもなんとなく判るぞ。褒められてるようで褒められてないよなっ!? それっ!!

 まったく。

 ……それにしても。エスパーお嬢様とミミィとかいうアイドルは、年が近いこともあってか、大分打ち解けている様子だ。エスパーお嬢様にとって友人が出来るのは悪い事じゃあるまい。これは良い傾向だな。このままにしとくか。

 

 そのまま暫く、30分ほど4人で駄弁ったりなんだり。

 そんな感じに時間つぶしに付き合っていると、正面にあった談話室の扉が開いた。中からサングラスをかけたちょび髭のおじさんが出てくる。

 

 

「―― さん、ミミィさん! お待たせしました! 読み合わせするので、お願いしまーす!!」

 

「ん。ようやくのお呼びがかかったみたいですね、お2人さん」

 

「ああ、そうね。それじゃあ、ショウ、カトレア。お元気で」

 

「名残惜しいですが……カトレアさんも、またお会いしましょー!」

 

「……はい、ミミィさん……」

 

 

 俺が「ミミィ」って我が幼馴染と似たり寄ったりの名前だよなぁ……なんて無駄に考え始めていると、アイドル達がスタッフに呼ばれる事となった。俺とカトレアは手を振り、ポケモンセンターの中心部へ歩いていく2人を見送る。

 さぁて、と。ここでトレーナーツールを見てみると、時間も良い頃合。俺は腰を上げ、カトレアへと視線を向けつつ口を開く。

 

 

「そんじゃ、俺達も行きますか」

 

「……師匠。ご指導ご鞭撻、お願いします」

 

 

 ま、いいけどな。師匠なんて呼ばれるのも慣れてきたトコだし。

 んじゃ、散策兼ねた特訓へと向かいますか!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 只でさえ自然の残っている6の島の北側に存在する通行路、『緑の散歩道』。

 水路を渡しの船で通過した俺とカトレアはそこを通って、更に北西にある『しるしの林』の中にいた。

 さて。この6の島の南側には、『てんのあな』等が存在する「遺跡の谷」なんてものも存在するのだが ―― 俺とカトレアが北側を選んだ理由は、至極単純。あのアイドル達が南側を目指していたからだ。

 

「(行き先が被っても番組的には困るだろうし)」

 

 自然と遺跡を撮りに来ているらしいからな。それに、緑の散歩道のほうが歩きやすいと言うのも理由としてはある。

 カトレアはお嬢様お嬢様しているその癖、……トレーナー教育の一環として身体活動も行われているからだろう……意外と体力はある。ついでに言えば俺としてもカトレアには体力をつけるよう指導をしているし、カトレアは素直に従ってくれているからな。その成果もあってか順調に体力は付いているようで、何より何より。

 ―― けれどそれは、あくまで『10才それ相応程度に優秀な体力』でしかない。

 遺跡の谷へ行くとすれば、険しい山道が続く。それよりポケモンのバトル練習に集中するとすれば、平坦な草原地帯の続く「緑の散歩道」や「しるしのはやし」の方が相応しいと考えたのだ。

 

 

「……お願いです、ムンナ!」

 

「ムミューン!」

 

「いっけぇ、マリル! 『みずでっぽう』!」

 

「リルルゥ!」

 

 

 相手トレーナーたる浮き輪少年のマリルが『みずでっぽう』を構える。迎え撃つカトレアは手を編んで指示を(念波で)飛ばすと、空中を漂う花柄ピンクのポケモン ―― ムンナがそれに応えた。『みずでっぽう』を受けきった後に身体をプルプルと揺らし、

 

 

「ムーッ、ナーァ!」

 

 ――《グミョォオンッ!》

 

 

 指示に従い、七色の色彩を放つ『サイケこうせん』を前方に飛ばす。

 沢山の輪っかがマリルへと直撃し、次々とはじけていく。最後に大きく光ってマリルが吹き飛ばされ、相手トレーナーの足元へ向かってころころ転がった。

 審判役を務めていた俺はマリルの状態を確認し、判定を告げる。

 

 

「んー……マリルは戦闘不能だな。勝者、カトレアで!」

 

「くっそー……戻って、マリル!」

 

「……お手合わせ、有難うございました」

 

「ああうん。こちらこそ、ありがと! お姉ちゃん!」

 

「ミュムーン♪」

 

 

 ボールにマリルを戻した後でカトレアと握手を交わすと、浮き輪少年は林の中にある広大な草原を、街のある方向へ向かって走っていく。家に戻って、回復を待つつもりなのだろう。

 んでもって、対するカトレアは此方へと走って来て……無表情にブイサインをしてみせた。もしかしたらこの無性に頭を撫でたくなる無表情は、褒めてーってな顔なのかも知れないな。そうじゃないかも知れないけれど。

 

 

「やりました、ショウ」

 

「おう、勝利おめでとう!」

 

「……ぅん……相手の少年には申し訳ないですが、負けようがありません。アタクシのムンナとは、そもそものレベルが違うでしょ……?」

 

「はは! やっぱり判るか!」

 

「……伊達でリーグチャンピオン(アナタ)に師事している訳では、ありません」

 

「確かにな。でもま、ナツメに教わってた技術の復習にはなったんじゃないか? 対人戦の連携確認にはなったし、何より場数ってのはそれだけで大きな経験だ。御家にいちゃあバトルもロクに出来ないだろ」

 

「……それもそうですね。このコもバトルを楽しみにしてくれています」

 

「ムンミュー♪」

 

 

 肩口辺りにフワフワと浮かぶムンナを撫でながら、カトレアが納得の意を示す。

 確かに経験値的には不十分だとは思うけど、ナツメから教わっている『テレパシーによる指示』を試していたんだからな。エスパーである事の利点は、活かすべきだと思うし。

 暫く撫でられていたムンナは気持ち良さそうな鳴声を上げると、カトレアの腕の中にすっぽりと納まった。特性は『ふゆう』じゃあないから、『テレキネシス』的なアレで自らの体重を軽減しているのかね。流石はエスパーポケモン。

 さて、と。

 

 

「そんじゃ講評が1つだけ。……別に全ての指示をテレパスで出す必要はないんだからな。それは覚えておいたほうが良い。今のは練習含めてテレパスを使う場面だったからいいけど、技名を隠す必要がないなら、カトレアの場合は口頭で喋った方が早いんだし」

 

「……ナルホド。ナツメお姉様ほどまでに習熟していれば、別なのでしょうけど……」

 

「でも、ナツメもたまに口頭で出す事はあるな。まぁ、相手トレーナーのリズムを乱したいだとか、主に自分の状況を変えたい時の一手管としてだけど。……カトレアの場合はまだ、そこまで考えなくてもいいと思うぞ?」

 

「はい。……後はありませんか?」

 

「んー、攻撃技の選択……は、マリルなら物理で攻めたいトコだけどムンナの能力的には特殊で間違いじゃあないし。マリルのHPからして、サイコウェーブで攻めなくって正解だし。催眠術してる暇があったら攻撃でオッケーな場面だったし。いいんじゃないか?」

 

「……有難うございます、シショウ。……でも、褒めてくれるのは嬉しいのですが、……撫ですぎです」

 

「いやゴメン」

 

 

 脊髄反射もかくやという速度で、慌てて手を離す。「おう、勝利おめでとう!」の後辺りから撫でっぱでした。スイマセンっ!

 ……いや。カトレアって同年の筈なのに年下風味な気がして、右手が、思わず、こう……な?(意味不明) 

 因みに、頭上の自由を得たカトレアは、もう……とか言いながら軽く髪を整えている。あー、

 

 

「あー……ほんとスマン」

 

「いえ。ショウに撫でられるのは、嫌ではないのです。けど、……」

 

 

 カトレアのムンナを抱えていない方の腕が動き、俺の後ろをピッと指差す。

 指された方へと振り向くと、

 

 

「挑戦者です」

 

「えーと……オレもポケモンバトルしたいんだけど、いい?」

 

 

 モンスターボール片手に、ザ・典型的な短パン小僧が立っていたのだった。

 ……この「しるしのはやし」は、木々に囲まれていながらも広大な草原地帯となっているため、ポケモントレーナーが良く集まる場所となっているらしい。その噂を聞きつけて俺もカトレアの練習場所として選択した訳なのだが……成る程。相手には事欠かなさそうだな、こりゃ。

 でもって、待たせてしまったみたいで申し訳ないので、

 

 

「そんじゃあカトレア。もう1戦いっときますか!」

 

「……はい。アタクシがバトルをお受けします。どうぞ、よしなに」

 

「お、おう! 行くぜっ!」

 

 

 うん。頑張れよー、未来の四天王!

 なんて風に、日が暮れるまでポケモンバトルを繰り返していくのであった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 長かった日は沈み、夜。

 「しるしの林」で連戦に次ぐ連戦を勝ち抜いたカトレア(と、ついでにお目付け役の俺)は6の島のポケモンセンターへと戻ってきていた。

 一旦はシャワーだの着替えだのの時間を取り、ロビーの隅にある休憩室で待ち合わせとしていた、の、だが。

 

 

「―― と言う訳なのです。ご、ご存知ありませんか?」

 

「……申し訳ないですが、俺達は北側にある『しるしの林』に一日中居たもので。直接はお力になれそうにないですね。……ですが」

 

「な、なにか知っているのですかっっ!?」

 

 

 目の前で身を乗り出してくるのは、朝にもアイドル2人組の番組を仕切っていたお人。サングラスの奥の眼は、既に半泣きだ。

 ……この人がこんなんなってるのには、勿論理由があってだな。

 俺は異常に近い顔を腕で押さえ、奥へと押しやりつつ、説明を開始。

 

 

「と、と。……『アイドルお2人と一部テレビクルーの失踪』なんて大事件ですが、どうやらこの島だけに限らないそうなんです。俺の友人が他の島にいまして、そこでも大勢の子供達が失踪 ―― 『神隠し』に遭っていると連絡が来ています。それに……5の島でも、同じ様な事件がありました」

 

「……旅番組が、一気にサスペンスドラマに路線変更ですか……」

 

「分野的にはむしろ報道番組ですよね……ああ、コーヒー飲みます?」

 

「はぁ。どうも……」

 

 

 俺の目の前で仕切りの人が座り直し、勧められたコーヒーに口をつけつつ、大分落ち込んだ様子を見せている。

 だが……そう。どうやら「遺跡の谷」に収録に向かっていたあのアイドル2名とテレビクルー数名が、失踪してしまったらしいのだ。この人曰くつい先程まで捜索していたが、結局痕跡すら発見できなかったとか。今も捜索は続いているみたいだが、暗くなってしまえば効率は段違いに落ちる。ポケモンセンターのロビーに実に重たい葬式ムードすら漂っている感じがするのは、そのせいだ。

 ……で。同じくナナシマに来ていた数少ない旅トレーナーたる俺にも、雲をも掴むような想いで聞いてみた、と。

 

 さて。

 その返答の際に語った様に、実はこの事件は「6の島」だけの事ではない。

 ついさっき、3の島にいるミィから「孤児院の子供達とレッド・グリーン・リーフの3人、あとショウの妹が姿をくらましているわ」とかいうとんでもない連絡が来ていたり。

 昨日は「5の島」でコクラン達『御家』や協会員、地元の人達が必死に捜索しているのにも関わらず、未だ行方不明の人が見付かっていなかったり。

 

 ―― つまりはこれ、ナナシマ全体で「何か」が起こっているのだろう、と。

 

 

「まぁ、一応記録として撮っておくべきかと思います。ナナシマなんて片田舎の事件ですが……規模が規模ですから。世間の注目も集まるとは思いますよ」

 

「はぁ。とはいえ、アイドル2名とテレビクルーの行方を捜すのが先決です。……無事で居てくれるといいのですが……と、ああ、そうでした。ご協力有難うございます。これ、名刺です。何かあれば連絡をお願いしたいのですが」

 

「勿論。……はい。こっちが俺の名刺です、どぞ」

 

「あ、はい、ご丁寧にどうも。……って、オーキド博士の研究班っ!?」

 

「はい。研究班は捜索に狩り出されますんで、俺はこれから3の島へ向かいます。何かわかれば、その時に連絡させてもらいますよ」

 

「どうか、是非! 宜しくお願いしますっっ!!」

 

 

 そこそこガタイの良い男性だというに、俺の手をがっしり掴んでくる。

 ……局としてもアイドルが、なんて大事件なんだし、この人にとっては責任問題だ。そもそも「行方不明」なんだから ―― 心配でもあるんだろうな。必死なその気持ち自体は、ひしひしと伝わってくる。

 ……さぁて、と。

 宣言した通り、俺も妹やらレッド達やら孤児院の子供らを捜しに行く。5の島はコクランが探しているし、まずは失踪したと言う3の島から……なのだ、が。

 

「(……ぶっちゃけ、3の島だけなら元凶に予想がつく事件なんだよなぁ……)」

 

 ゲームでもあったからな、こんな感じのイベント。だがそれは2の島3の島を挟んだイベントであり、5の島や6の島は関係していなかった。これが事態をややこしくしているのだが……ふぅむ。

 あいつの生息地的にも……やっぱり3の島だよなぁ。

 5の島で失踪……一応、思い当たる部分も無いではない。

 ―― だが、6の島。ここは全く思い当たらない。

 

 

「まずはその辺を整理してみるべきかねー」

 

 

 3の島に行ったついでに、とかで。

 おーしおし。そんじゃあ……

 

 

「―― ショウ、何かあったのですか?」

 

「……おおっと、そうだった」

 

 

 この湯上りお嬢様も、連れて行かなきゃいけないんだよなぁ。まったく。狙ったような時期に面倒な事件が起こってくれるな。

 で、辺りの喧騒を察知しているのだろう。カトレアは俺に事情を聞きたいご様子。

 

 

「ああ、確かに。何かあったといえば、あった。……結局はカトレアの力も借りる事になりそーだ。ゴメンな」

 

「……問題ありません。アタクシの力が必要とされるのであれば」

 

 

 うーん、流石は我が弟子と言うべきか。ナツメの弟子でもあるけど。……とりあえず、お人よしなのには違いない。

 そんなことを考えつつ、事情をかい摘みつつ説明する事に。

 

 

「―― と、言う感じだ」

 

「……本当、なのです?」

 

「お、おう。ほんと、ほんと。嘘じゃあない」

 

「……」

 

 《《 ズォオオオ!! 》》

 

 

 ……えぇと、落ち着けカトレア。お前エスパーなんだから、可視オーラ(特殊物理)が出てる。やる気を出すのは良いけど、暴走すんなよー。

 

 

「……ミミィは、アタクシの友人です。探し出してみせましょう、ショウ」

 

「勿論、当たり前だ。俺だって妹がいなくなってる。それに、マサラや孤児院の友人をこのままにしておく気もない」

 

「はい。……それでは」

 

 

 お嬢様はクルリと優雅に回ると、ポケモンセンターの入口めがけて一直線。滑るように歩き出して行く。

 ……って、オイ。

 

 

「待て待て、今日はもう船が出てないぞ? 明日の朝一で(りょう)船にでも乗せてもらって向かうから、今は休んどくべきだ」

 

「……むぅ……」

 

「むくれてもどうにもならない。朝4時発だぞ、さっさと寝た寝た!」

 

「……」

 

 

 島と島の間は潮の流れが速い。人間を乗せて『なみのり』で渡れる様な環境ではないし、『そらをとぶ』だって今の俺達には使えないんだから。

 そう考えてジョーイさんにカトレアの連行をお願いすると、カトレアは渋々のむっつり顔で女性区画にある部屋へと入っていった。

 見届けて、ロビーへと返ってきた準夜勤務のジョーイさんにお礼を言う事に。

 

 

「ども。ありがとうございました、ジョーイさん」

 

「いえいえ。元気のある子は嫌いじゃないので、全然構いませんよ!」

 

「ラッキーっ!」ポフポフ

 

「ああ、うん。お前もありがとな」

 

 

 ジョーイさんの天使の笑み。と、ついでに奥から出てきたラッキーがポフポフと俺の肩を叩きつつ、よく朝食バイキングだのに出てくる「ラッキー産ゆでタマゴ」を差し出してくれた。俺は今、「がんばれよ」とか言われたんだろう。流石はラッキー、実に良いヤツ!

 一仕事終えたジョーイさんとラッキーは俺に手を振りながらカウンターへと戻っていき、別のトレーナーの対応をし始めた所で、と。

 

 さぁて、明日からは大変そう……というか、事件は既に起こっているのだからして、大変なのは確定事項だ。

 

「(うっし。……とりあえず……)」

 

 自室に戻るなりポケセンのPC弄るなりして、色々と準備をしておく事にするか! 

 ……つーか、ラッキーのゆでタマゴ美味っ!!

 

 






 なでぽ……というか、それ以前に……

 とまぁ、今回は閑話中の閑話ですので、嵐の前の静けさということでどうか1つ。

 以下、まさかの元ネタ解説

>> ミミィ
 (少なくとも)Ptで出ていたコンテスト審査員のお一人。立ち絵はアイドル。
 ヨスガシティ突入時に固有イベントも存在します。

>> アイドル(左)
 イメージは、HGSSでリーグゲートからシロガネ山へ向かう際にポツンと立った民家にいる、元人気アイドル(自称)。
 「はがねのつばさ」の技マシンをくれます。衣装については、原作中彼女の発言まま。
 ……鋼の翼をイメージした衣装とは、いったい……?


 では、では。
 今回はここまでです。
 次回更新でナナシマ編を終了させることが出来そうです。


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Θ5 3の島にて

 

 

 事件は何時だって、現場で起きているらしい。

 

 

「おぅ……初っ端からくだらなさ過ぎるぞ、俺の脳内……」

 

「……? ショウ、なにを……」

 

 

 俺は隣で訝しげな顔をしたカトレアを「いやゴメン、何でも」とかいう台詞で誤魔化し、歩き続ける。

 さて、明朝の内に「3の島」へ到着した俺とカトレア。実は、ミィや研究班との情報交換を終えて、早々に現場 ―― 『木の実の森』へ突入していたりするんだが。

 いや。だから、さっきの無駄思考(ネタ)な。現場がどうたらこうたら。……まぁ、どうでもいい……どころか、どうでも良すぎるとは思うんだけど!

 

 んじゃ、朝の森を歩いているだけなんで、とりあえず解説をしておきたい。

 さっきまで一緒にいたミィや研究班に『3の島』での神隠し事件について聞いた所、原因については俺と同じ考えに行き着いているらしい。

 

 ―― 少なくとも3の島における事件の黒幕は『スリーパーである』と。

 

 あれだ。ロリコンがどうとか、ショタコンがどうとか、ハーメルンの笛吹がどうとか、ハーメルンだけに洞窟がどうとか。……例えが多すぎなのは勘弁してもらうとして……とかく。『子供を連れ去る』のは、スリーパーと言うポケモンの特権なのだ。図鑑文的にな!

 

「(いやさ。子供をさらった所で、夢を食べるだけらしいが……)」

 

 事実、3の島で居なくなっているのは孤児院の子供、レッド達、妹という子供ばかり。ついでに言えば、FRLGの3の島ではスリーパーを公式変態たら占めた「マヨちゃん誘拐イベント」まで存在する。スリーパー(ヤツ)は至れり尽くせり、だがしかし、社会的には恐怖でしかないバックグラウンドを手に入れているだった。

 ……まぁ、つまりは。ネタは尽きないポケモンだと言う事で。

 

 そんで。件のスリーパーの生息地が、現在俺達が探索中の『木の実の森』な訳なのだが……うーん。

 ここで辺りを見回してみても、見事な黄色広葉樹林帯。生い茂った木々が空を隠し、合間を縫って南国の強い日差しが下生えまで射し込む。それらが相まって、異様な不気味さを惜しみなく醸し出して下さっているのだ。

 ……とりあえず、さっさと解決の糸口(スリーパー)だけでも見つけたいところだよな。6の島の謎は解けてないんだし、少なくともスリーパーは何らかのヒントにはなってくれると思う。

 

 

「……ミィ達は、無事でしょうか?」

 

「ん? 心配か、カトレア。……ま、アイツらならだいじょぶだろ」

 

 

 そう。3の島に捜索に出向いている研究班達は、俺とカトレアとは別のルートを通って、『木の実の森』の奥へと進行する手はずになっている。今もこの森のどこかには、研究班達も居る……その筈なのだ。

 そんなんだからか、エスパーお嬢様は気だるげな顔をしながらも、実の所はミィ及び研究班員達を心配してくれていたらしい。

 まぁそれ自体は嬉しいんだが、むしろ戦力的には向こうの方がそろってるからな。我が班員達は俺に付き合って何度も修羅場を潜り抜けてきているし、ミィに関しては言わずもがなだ。それこそ言葉通りに、心配無用だろう(……と言うか、ここで心配した所でどうにもならない、と言った方が的確ではあるんだが)。

 そして、ついでに。俺とカトレアだけが別行動なんていう事からして、今回の部隊編成は偏っているのがお判りだろうか。

 偏りの理由は「俺の班以外の研究員も捜索に加わっている」ってな点にある。つまりは、少なくともカントーから来ているその他大勢の旅行者の前では……俺は手持ちを迂闊に出せない、って事だ。だって、ルリの手持ちまんまなんだし。

 なんて風に考えて、俺とカトレアは集団と別行動にしてみたのである。

 ……だからこそ、こっちのが状況的には厳しいんだけどな? カトレアは守んなきゃいけないし、原因も突き止めなきゃいけないし。

 

 

「普通に考えたら無謀でしかないんだが……ま、何とかしてみせるか」

 

 

 腰周りにつけたボールホルダーとそこにある6つのボールを撫でながら思う。カトレアと2人きりなら、こいつらも全員使えるんだ。ならば何とかして見せるのが任された側の責任と言うものだろうな、とかとか。

 そんじゃあ、

 

 

「いつも通りに頼んだ、ピジョット!」

 

 《ボウン!》

 

「―― ピジョォオ!」

 

 

 とりあえず、警戒役としてのキャリアも長いピジョットを繰り出しておく。

 ボールから出ると同時、空を滑るようにクルリとターンしてみせ……

 

 

「ピジョッ!」

 

「……えぇと」

 

「挨拶だよ。久しぶりですね、だとさ。勘だけど」

 

「ナルホド。……お久しぶりです、鳥さん。お元気でしたか」

 

「ピジョオ!」

 

 ――《バササッ》

 

 

 どうやらピジョットは、以前ライモンシティで出会ったカトレアを覚えていたらしい。カトレアの周りを数度旋回し挨拶を返してから、周囲警戒をするべく飛んでいった。

 因みに当のカトレアは、ピジョットへとふらふら手を振りながら「護衛をお任せします」とか呟いている。

 うん、おかげでピジョットもやる気を出してくれているみたいだし、この調子で進むとするか。ただし、

 

 

「―― ただし、時間も勝負だからな。よっ……と」

 

「それに乗るのですか?」

 

「ああ。ほれ、ここここ」

 

 

 俺はバッグから転送した自転車の荷台(昨日の準備でつけておいた)に座布団を敷き、カトレアを座らせる。

 ……ただし、なんとカトレアお嬢さま。よりにもよってお嬢さま座りなんてものをして下さったんだけどさ。

 まぁ、そんなんはとりあえず気にしないでおくべきか。事態は結構深刻、かつ急ぐに越した事は無い状況なので。

 俺はカトレアにしっかり掴まるよう説明し、舌を噛むからとの忠告も忘れず、ペダルに足をかけた。電動アシストを受けた魔改造自転車が草原の合間を縫ってスピードを上げていき、ピジョットがそれに先んじて飛ぶ。

 

 そんじゃあ、さっさと出て来い! スリーパー!!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 

 俺とカトレアは、先行していたピジョットから連絡を受けて森の深部へと進んでいた。

 森の奥深くまで漕ぎ付けると……一際大きな樹木の下で、空き地大の空間が開けている部分に到達する。

 ……っと。ブレーキブレーキ。

 

 《キィッ!》

 

 T字ハンドルをレバーごと強く握るとディスクブレーキが反応し、タイヤを鋭く噛む。ピストンブレーキで自転車を段階的に減速させ、停止。

 因みに停止した理由は至極簡単だ。俺とカトレアの目の前……空き地の中心には、

 

 

「……ッ?」ニヤリ

 

 

 振り子をたらした黄色い身体 ―― スリーパーが此方を舐るように見据えていたりしていたのだから。こら大変だ。

 ……一応、他意はないに違いない。違いない……が、スリーパーには悪いけど、あんまり気分の良い視線じゃあないな、コレ。

 

 

「……嫌な念」

 

「だろうな。あと、あのポケモンの目と振り子は見ないほうが良い。協会曰く、3秒で寝るぞ」

 

「……それは本当なのでしょうか」

 

「さぁな。試してみるか? 今なら俺が起こせるし」

 

「でも、万が一では、あのコ達の様になってしまいます」

 

 

 カトレアが言葉と共に、スリーパーの後ろを指差す。そこには10人近くの子供達が、大樹に寄りかかって眠っていた。

 

 

「目標発見、と。とりあえずは救出優先だな」

 

「ハイ」

 

 

 中には俺の妹やレッド、グリーン、リーフの3人、そして見覚えのある孤児院の子供たちも確認でき……アイドル2人は残念ながら姿が見えないが……間違いないな、こりゃ。

 俺は早く助け出さないと、と考える頭を押さえ込み、思考。

 

「(……恐らく、この位置関係じゃあ逃げられる)」

 

 ミィ達との打ち合せで、スリーパーが子供達を連れ去ったそのタネは予想がついている。

 ……いやさ。タネ自体、俺としちゃあ半信半疑なんだが……まぁいいか。それは見てみれば判る事なのだ。

 俺とカトレアはモンスターボールに手をかけながら、スリーパーに向かってにじり寄る。

 

 

「……ムフ」

 

「……あの顔。気に喰わないです」ムスッ

 

「カトレア、あんまり刺激するなよ? 逃げられるから」

 

「……理解しています。しかし……」

 

 

 目の前のあれだって、カトレアお得意のエスパーポケモンなんだけどなぁ……と考えながら、彼我の距離を測る。スリーパーまではまだ距離があるからな。「タネ」によって近づく前に逃げられては、後々が面倒だ。

 ……さて。そんじゃあ、どうやってこの距離を詰めますかねー。

 

 ―― などと、悠長に手段を探しているのがまずかったのか。

 

 

 《……ヒュォォン!》

 

「ゴォォス?」「ゴォォス!」

 

「……ニタッ!」

 

「……ムフ」

 

 

 南国には似合わない冷たい風が吹くと、辺りにあった木々の影から、ゲンガー系統ご一行が現れていた。俺とカトレアは幽霊集団に囲まれる事となる。

 

「(……って、おいおい。このタイミングで増援かよっ!!)」

 

 なんでこの島にゲンガーが? とは思うんだが、事実居るのだから仕方が無い。

 ……それにスリーパーにこいつ等が協力している状況には成る程、とも思う。これで事件における、5の島との関連は確実だろうな。思考の解説はとりあえず、後回しにするけどさ。

 

 さてさて。

 混迷を極めたこの状況、清く正しく面倒だ。なにせ俺とカトレアは前面のスリーパーだけじゃあなく、周囲一帯を警戒せざるを得なくなったんだから。

 互いに背中を合わせながら、対策について。

 

 

「……ショウ。アナタの手持ち全員を出して一気に、では駄目なのでしょうか?」

 

「うんにゃ、駄目じゃあない。俺達の安全、って意味ならそれで正解だ。ただしそれじゃあ、スリーパーが逃げるからなぁ……」

 

「……子供達を連れて、ですか」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 納得の意を示してくれる。

 何しろカトレアはともかく、俺の手持ちとあのスリーパーじゃあレベルの差があるのだ。繰り出すにしろプリンやモノズなら、何とか逃げないで居てくれるだろうが……それじゃあ今度は戦力として足りない、ってな問題が出る。相手は只のエスパーポケモンではなく、催眠ヤローなのだからして。

 さぁて、この難題。どうしますか。

 

 

「一応言っておきますが、アタクシとしてはコクランの言う事など真に受けず、我が身より子供達を優先して欲しい場面ではあります」

 

「……気持ちはありがたいが、そうもいかないんだよなぁ。二兎を追うものは……だけども」

 

 

 なんて話している間にも、俺達を囲む幽霊軍団の環はじりじりと狭まって来ている。カトレアを任された身としても、打開策を講じるなら早めが好ましいだろうな。……うし。

 

「(要するに、ポケモンを繰り出さなきゃあ良いんだ。―― 上空を旋回中のピジョットで『でんこうせっか』。先手でスリーパーを子供達から遠ざれば……)」

 

 先行していたピジョットは上空にいるのだ。初手としては悪くは無い選択、だと思う。ポケモンを繰り出す間がなければ、ゲンガー達もスリーパーもすぐには対応できまい。その隙を突いて手持ち全員で、カトレアも庇いながら輪を抜けさえすれば……と。

 んじゃあ、時間もないし。その作戦で勝負を仕掛けますか!!

 俺は右腕を目立たない程度に軽く挙げ、ピジョットがこちらを見ていることを信じて、指示を出す。

 

「(スリーパーへ、横合から、『でんこうせっか』。遠ざける、子供達……左腕を挙げた時)」

 

 これで伝わるかは……まぁ、ピジョットなら汲んでくれるだろう。

 あとはカトレアへ、だな。

 

 

「スリーパーをどかすから、その隙を突いて引き離す。カトレアは自分を守っとく為に、手持ちを出す準備しといてくれ。俺が出たら、後退だ」

 

「……ハイ」

 

 

 カトレアも流石に、一触即発のこの状況に緊張しているらしい。若干顔が強張っているけど……あー、ごめんな。後でなんか埋め合わせするから、何とか踏ん張ってくれ!

 ……そんじゃあ、行きますか。

 俺は左腕を ―― 挙げると、同時。

 

 

 

「―― 見つけた! フジ博士! 居ました、スリーパー!!」

 

 

 多分、捜索に参加していたトレーナーなんだろう。『大樹の横合から』、見知らぬ一般人が飛び出してきていたのだ。

 スリーパーやゲンガーの視線がそちらへ集まる……けど!!

 

 

「―― ピジョ!?」

 

「えっ!? ……うわっ!!」

 

「……ピィ、ジョオォッ!!」

 

 《ズザンッ!!》

 

 

 件の人は、ピジョットの突っ込もうとしていた方向から飛び出している。その結果、ピジョットは避けようとして『でんこうせっか』の軌道を無理やりに変え、スリーパーの横合を掠めながら茂みの中へと突っ込んでしまっていた。

 だがしかし、その草むらの中からは ――

 

 

「……って、あれは!? まずっ!」

 

「……っ!」

 

 《《ボボウン!》》

 

「ミュ?」「ガウゥ?」

 

 

 ボールを投げ出す間が惜しい。スリーパーは事態の変化を感じ取り、せめて何人かはと考えたのか、「タネ」を使っての逃走を計っているのだ。

 俺はゲンガー達の視線が逸れた一瞬をつき、ミュウとモノズのボールを「足元へと落として」からダッシュ。

 

 

「……っ!」

 

 

 て、おい! カトレアまで着いて来てるしっ!

 俺としては環から飛び出した後、後退して欲しかったんだが……カトレアも俺につき従い、スリーパーの横で眠る子供へと。よりにもよって最も近くに居た、我が妹へと向かって疾走している。

 

「(カトレアの思い切りが良すぎた。さては、この状況を狙ってたな!)」

 

 俺がカトレアを後退させる暇が無い、この展開を。

 親切心からか、はたまた冒険心からなのか。カトレアの心は知れないが……仕方が無いか。とりあえずモノズとミュウへ、走りながらもゲンガー達を挟撃してくれとのサイン指示を出しておいて、思考を次へと奔らせる。

 

 

「あ……あ、あ?」

 

 

 予期せぬ出来事によって、折角スリーパーの裏側から出てきたトレーナーは腰を抜かし、地面に座り込んでいるのだ。戦力として当てにはできない、が、そんな一般トレーナーへ向かってゲンガーやゴースが一斉に『ナイトヘッド』を放とうとしているって部分が問題か。

 それらを防ぐべく、トレーナーを庇う位置に残る内2つのボールを、投げる!

 

 

「ギャオオンッ!!」「クチーッ! ガチガチ!」

 

「その人を守ってやってくれ!!」

 

 ――《グワァァン!》

 

 

 『ナイトヘッド』を、間に入ったニドクインとクチートが受けてくれた。

 「守ってやってくれ」なんて曖昧な指示もここに極まれり……なんだが、これでも共にリーグを勝ち抜いた相棒達だ。何とかやってくれると信じて、こっちはこっちの成すべき事を成そう!

 

 

「―― チュ、チュンッ!?」

 

 《《グワアッ!!》》

 

「……チュゥンッ!! ……」

 

「……っ、はっ!」

 

 

 俺もカトレアも、走るのは止めていない。

 俺の目標としているそのポケモンは、ピジョットの突っ込んだ草むらに居たんだろう。吃驚してそこから飛び出していたために……ゲンガー達の攻撃に巻き込まれ、吹っ飛んでしまった。明らかにオーバーキルであるゲンガー達の『ナイトヘッド』連発だが、……間に合うか!!

 

 

「―― カトレア! 自分の身は守ってくれ!!」

 

「心得ましたっ、妹さんは、アタクシが!」

 

「……ムフ!?」

 

 

 カトレアがスリーパーの右脇を、俺が左脇を ―― 「すりぬけた」。

 俺は巻き込まれていたオニスズメ(・・・・・)を抱え、カトレアは俺の妹を庇うように抱え。

 

 

「……ッッ!!」

 

 《ヒュイイッ……》 

 

 ――《シュンッ!!》

 

 

 急いで発動させたと思われる、スリーパーが隠し持っている「タネ」――『テレポート』によって、視界がぶれていく。

 効果範囲内にいた俺とカトレア、そしてオニスズメと我が妹も巻き込まれて、何処かへと飛んでゆく羽目になったのだった。

 

 ……って、マジか!

 そういや手持ちがプリンしかいないっ!?

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side レッド

 

 

「……、……?」

 

 

 どこか遠い闇の底から引きずられる様にして、僕の目が覚めていく。まぶたを力の限り、開けた。

 ……目の前に広がった視界。木々の間に広がる空と、ツンツンの髪だ。

 

 

「……グリーン」

 

「は。やっと目が覚めたのか、レッド。遅せぇぞ」

 

「うっわぁ。あれ、ゲンガーかな!? スゴイスゴイっっ!!」

 

「ああ、ゲンガーだな。……ったく。こんな状況で目をキラキラさせてんじゃねぇってぇの、リーフ」

 

 

 起きた所は、どこか薄暗い森の外だった。

 グリーンと(リーフ)がいて、周りにはまだ沢山の子ども達が眠っている。

 けれど、そんなことより目が向いてしまうのは ―― 周囲に沢山浮かぶゴースを相手取るトレーナー達の、中央。

 一際強そうなゲンガーと、その相手をしている「優しそうなお爺さん」が居た。

 

 

「お願いです、ニドリーノ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ギュウンッッ!!」

 

「グゥ! ン、ガァ!!」

 

 ――《ブゥンッ》

 

 

 ボールから出たポケモン、ニドリーノが出様に噛み付く。苦し紛れに振り下ろされたゲンガーの手を避け、今度はタイミングを計ってから、飛ぶ。

 

 《ガブッ!》

 

 紫の身体を浮かし、大きな口でもう1度、噛み付いた。

 噛み付かれたゲンガーは凄く苦しそうな表情を浮かべ、お返しとばかりに、黒いものを纏った右手で殴りかかる。

 ……今度は当たった。けれど、ニドリーノはゲンガーの攻撃を受けても殆ど怯まない。

 

 

「―― ギュウッ!!」

 

「ゲッ、グゥ、ガァ!? ……!」

 

 《……バタッ》

 

 

 そのままもう1度噛み付いて、勝負はついた。倒れたゲンガーの影が薄くなってゆき ―― 限りなく薄まって、消える。

 辺りのゴース達も、すぐに制圧されるだろう。研究員たちは、勢いと数で勝っている。

 そんな風に見渡していると、僕の横にいた(リーフ)が目に入る。彼女はピョンピョン跳ねながら、快哉をあげていた。

 

 

「すごい、すっごぉいっっ!! あのポケモン、自分でゲンガーに勝っちゃった!」

 

「……だな。あのジィさんは、ホントに指示を出してねぇ。つまりあのニドリーノは自分の考えで技を出してた、って事になる。あんな風になるって、どんな育て方をしたんだよ……ああ、なんつーポケモン! なんつートレーナーだ、畜生!!」

 

 

 グリーンとリーフの言う通りだ。よくよく考えると、お爺さんは指示を出していない。

 

 

「……あのポケモンは、凄いね」

 

「……ちっ。お前と同意見なのは癪だけどな」

 

 

 グリーンはいつもの態度だけど、今日はちょっとだけ素直だった。

 ……そして、そんなことをしている内にも、事態は終結を迎えようとしている。

 リーダー格であるゲンガーが倒されて数が減っていた事もあるのだろう。研究員が端っこのほうに居たゴーストを倒すと、残っていたゴース達も方々へと逃げ出していった。

 

 

「―― ありがとう、ニドリーノ」

 

「ギュウンッ!」

 

 

 その真ん中。足元に擦り寄ったニドリーノを、お爺さんはとてもシンプルな言葉で迎えた。しゃがみ込んで抱きかかえると、その背中を撫でた。

 隣にいるグリーン、そしてはしゃぎながら見ていたリーフも、この暖かさのある光景に見入っている。そのまま見ていると、

 

 

「―― 貴方達、無事だったみたいね。……良かった」

 

「あっ、ミィだ!」

 

「……ミィさん」

 

 

 僕達の後ろから歩き出てきたのは、グリーンの家に部屋借りしているショウさんの幼馴染。いつもフリフリフワフワな服を着ている人……ミィさんだった。

 リーフが凄い勢いで走りより、

 

 

「ミィーっ!!」

 

「っ、ぅ。……突撃は止めなさい、リーフ」

 

「お、ミィか。おせぇんじゃねぇの? とっくに片は付いたみたいだぜ」

 

「……はぁ。周りにも、居たのよ。ゲンガーが合計12体と、率いられる無数のゴース。それにショウの手持ちを回収していたし、ね」

 

「……マジかよ」

 

 

 ミィさんはリーフの突撃をいなし、撫で、溜息をついた。ついた後には、いつもの微笑。

 

 

「恐らくは、森の方が。影が多いから潜ませていたのでしょう。ここは大樹のせいで開けているから ――」

 

 

 言葉につられて、僕たちは空を見上げる。

 ……なるほど。確かに、ここは回りの森に比べて日差しが多い。ミィさんによると、ゲンガーが潜むのに、周りの森が好都合らしい。

 でも、だとすると……

 

 

「……それは、ミィさん……1人で?」

 

「あら。レッドは、頭の回転が早いのね。……一応は他の研究員も居たのだけれど」

 

 

 どうにもショウの研究班以外は軟弱なのよ……と、ミィさんは続ける。つまり、結局は殆どミィさんが片付けたのだろう。

 

 ……スゴイ、な。

 

 

「……さて、と。何でスリーパーだけでなくゲンガーが、とか、問題は山積みね。それに、一般研究員の証言によるとショウもあのエスパーお嬢様も妹も、消えてしまったみたいだし。……はぁ。そもそも、スリーパーが。『テレポート』を覚えているなんて。確かに覚える事もできたけれど……面倒な事を仕出かしてくれるわ、まったく」

 

 

 ミィさんが腰に手をあて、……何とは無い話で僕達を落ち着かせようとしてくれているのだろう。無表情な中に、僕たちを気遣う感じがあるから。

 隣のグリーンもそんなミィさんを見ていて、すると、ミィさんは中央の方を向き ――

 

 

「……フジ老人と、ニドリーノも。良いコンビになったみたい。重畳ね」

 

 

 お爺さんとニドリーノを見ながら、優しく笑った。

 

 

 ……僕は、僕たちは。

 こんな、凄いトレーナーに ―― 成る事が出来るのだろうか?

 

 僕は、「成りたい」。

 

 

「(……成って、みせる)」

 

 

 目の前にいるミィさんみたいに、誰かの為に。

 ニドリーノのトレーナーであるお爺さんみたいに、優しく。

 テレビで見た最年少チャンピオンみたいに、強く。

 そうなりたいと、なってみたいと。

 僕は……そう、想った。

 

 





 ああ、やっと投稿できるっ……(泣
 お待たせしてしまいました、更新再開です。
 なんとも長い期間を置いてしまいまして、申し訳ありませんですすいませんっ


 ゲンガー VS ニドリーノ。
 これをやらないと「ポケットモンスター」が始まらない気が致しておりまして、という展開でした。

 因みにスリーパーが『テレポート』を覚えることが出来るのは、初代の技マシンによる習得のみなのです。
 ……つまり、現環境では覚えることが出来ない(はず)です。悪しからず。


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Θ6 VS ユーレイ 上

 

 

 

 ―― ???

 

 

 スリーパーの『テレポート』による転移に巻き込まれて、数秒後。転移酔いが覚めると、俺は霧の立ち込める洞窟の中に居た。

 ……ったく。あのスリーパー、いきなり焦って『テレポート』だなんてな。巻きこまれた方の身にもなれっての。

 

 …………ふぅ。んな無駄思考している暇があったら、状況確認をしたほうが建設的か。そんじゃあ、

 

 

「カトレア! 居るかー!?」

 

 ――《バサッ、バササッ!》

 

 

 残念ながら、エスパーお嬢様からの返答は無い。声が湿った岩壁に反響し、ズバットが驚いて逃げ出した音のみが響いている。

 外からの明かりが僅かに届いてはいるものの、辺りは暗闇。シルフ製のフラッシュライトをまわして……と。見てみた感じと音の反響具合からして、どうやら部屋のように区切られた空間であるらしい。

 

「(……駄目か。それならとりあえず……)」

 

 俺はバッグから回復用品一式を取り出し、腕の中で目を閉じているポケモン ―― オニスズメへと、その様子を確認しながら。

 

 

「ほーら、オニスズメ。『げんきのかけら』だぞー」

 

「……」

 

 

 『げんきのかけら』をかざすと空気にさらりと解け、オニスズメの体に降り注いだ。本来ならボールに格納した上で使うのが最も効果的ではあるんだが……『ナイトヘッド』による攻撃では外傷は無いため、「HPと体力」さえ回復できればやり様はあるからな。これで十分だろう。

 

 

「……どうだ?」

 

「―― スゥ」

 

 

 うむ。寝息を立て始めたから、とりあえずは安心だな。ま、奪われた体力を回復するまでにはもうちょっと時間がかかるだろうけど。

 次いで俺は、回復までの間にトレーナーツールを手元で取り出して衛星位置情報を確認しようとする。

 ……の、だが。

 

「(方位磁石は働くけど、位置情報は未取得。電波状況に到っては……最悪か)」

 

 うーん、何とも絶望的な状況だ。コクランに怒られるぞ、こりゃ。

 ……まぁ、カトレアには「万が一俺とはぐれたら『あなぬけのヒモ』の自動脱出機能(オートパイロット)を使え』ってな指示をしてある。

 とはいえ、なぁ。……あの時カトレアが俺の妹を守りに走ったのは、彼女自身の意思。つまりこれは、アイツが選んだ道なんだ。それで妹が助かりそうなんだし、責任は俺が被るとしても、まずは応援してやりたい所か。

 

「(……それでいて無事で居てくれれば文句なしの万々歳、だな。さぁて、とりあえずスプレーして……俺もあなぬけのヒモで脱出を、ってのが一般的ではあるか?)」

 

 しかし今んトコ、この洞窟から出るつもりは毛頭無いんだけどな。

 俺は身体に効果時間対の値段効率が最もお得な『シルバースプレー』を吹きかけつつ、頭をカチリと切り替える。カトレアや妹も心配だが、俺自身も「やらなければいけない事」があるのだ。

 

 その1つ目が、スリーパーの捜索。

 あの距離に居た俺とカトレアが分断された事から考えるに、相当焦って『テレポート』したのだろう。スリーパーも、そう遠くには行っていない筈だ。

 ……因みに妹はカトレアに庇われていたから、俺&オニスズメと同じく、2人一緒にいるとみて良いだろう。妹にも10才の誕生日に俺がプレゼントした手持ちポケモンがいるとはいえ、戦闘訓練なんてしていない。その点、カトレアと一緒ならば脱出なり何なり出来ると思う。

 

「(いや。自分で言っておいてなんなんだが、脱出なり『何なり』ねぇ。カトレアの性格からして『何なり』の方が可能性は高いと思うけど……そこはやっぱり、カトレア次第か)」

 

 ま、出来る限り早く合流するってな方針にしておくけどさ。結局2人の安全面については、カトレアに一任するしかないってな結論か。頼んだぞー、我が弟子よ。

 

 んじゃ次に、2つ目。それはアイドル2名とテレビクルーの捜索……なんだが、先ずはこのような思考に至る経緯を説明したい。

 現在地であるこの「洞窟」。機器による判別は出来なかったが、今まで得た状況証拠 ―― ゲンガー、行方不明、洞窟と言ったものと関連付けると、とある場所が思いつく。その場所とは、5の島の外れに存在していた『かえらずの穴』だ。

 『かえらずの穴』はFRLG、「ゴージャスリゾート」の奥に存在していた洞窟。お馴染みのズバット系統やヤミカラスみたいなポケモンの他、ゴースやムウマといった幽霊ポケモンの巣窟と化していた場所である。

 その時には霧なんてかかってはいなかったんだが、何より、洞窟自体が「トリックダンジョン」になっている為なのか「人が迷い込む」ことが多いらしい。FRLGでも、一般お嬢様が迷い込むイベントがあった。

 

「(洞窟の外へと出るって選択肢もあるが、ここまで戻るにも時間がかかる。このまま進むのが、時間的には最も都合が良い筈だ)」

 

 では、ここが『かえらずの穴』であると仮定すると……スリーパーが逃げ込んだ『本拠』でもあるため、この場所には6の島で行方がわからなくなったアイドル達も居る可能性が高いと考えて良いかと思う。

 つまり、スリーパーは世代やらを無視した規格外の技『テレポート』で島を渡っているのだと予測中なので。現在も人手をかけて捜索が行われている『6の島』に、実は本拠となるような場所はなかった。そんなんなら、捜索中の人達が見つからない、って言う今の状況には説明が付け易い。

 ……つーか、『かえらずの穴』が外的の侵入に対して強すぎるってだけなんだよなぁ。本拠としてならバッチリ、引き篭もり系野生ポケモン垂涎の物件なのだ。

 

 

「……さて、無駄思考が過ぎたか。ほーれ、瞳孔径オッケー、対光反射……」

 

「―― チュ、チュウンッ!?」

 

「あ、ゴメン。起きたか」

 

 

 状態を確認しようとした所で、オニスズメが飛び起きた。当たり前だが、バタバタと飛びまわろうとして……おろ?

 

 

「―― チュン!」

 

 

 一旦は俺の腕から飛び立ったんだが、予想外な事に、すぐ目前に降り立っていた。なんだか目を閉じながらふんぞり返っている、様な気もする。

 ……あー、もしかして。

 

 

「お前、『ともしび温泉』に居た奴?」

 

「チュ、チューンッ!」

 

 

 俺の言葉の意味が通じたかはわからないが、オニスズメは地面を数度跳ねてから頭に飛び乗って来る。

 ……腕力と首の力は別物だからな。モノズを持ち上げるのとはまた違うし、若干どころか結構重いんだぞー。まあ、耐えられるから別にいいんだけどさ。

 つーか温泉でも見たことのあるこの行動と、何より野生産らしからぬ馴れ馴れしさ。恐らく俺の想像は当たりか。何故1の島にいたオニスズメが3の島にと言いたい所だが、鳥ポケモンなんだから、島を渡るくらいは不思議でもないだろう。……沢山居るオニスズメの中からよりにもよって知り合いの1個体と出会う確立が低いってのは、勿論判るんだけどな?

 俺は頭上に腕を伸ばしオニスズメを暫く撫でつつ、ふーむ。

 

 

「着いて来てくれるのか?」

 

「チュン、チュチュン」

 

「実に助かる。……いやさ。今の俺、手持ちがコイツしかいなくて」

 

 《ボウンッ》

 

「プリュリィ♪」

 

 

 ボールから出た我がプリンは、何時もの如く華麗にターン。俺へと、そしてサービスとばかりにオニスズメにもウインクをしてくださった。流石の胆力だな、うん。

 オニスズメはパチリと目を瞬かせ、ただし、俺の頭上からは動かずに。

 

 

「チュ、チュン?」

 

「プリュー」

 

「チュンチュン」

 

「プリュッ♪」

 

 

 2体の間では、俺などには与り知らぬ何かがガッチリと噛み合ったらしい。プリンはふわりと浮かんでゴキゲンに空中を漂い出し、オニスズメは……表情は見えないが、とりあえず位置が頭上で固定されたご様子。これら反応から察するにどうやら、俺を手伝ってくれるみたいだ。

 うーし、んならば!

 

 

「このまま洞窟を探索したいんだ。まずはここが『かえらずの穴』だって事を確定させなきゃいけないからな。あと、ついでに言えば回復用品にはかなり余裕もあるけど、野生ポケからは基本逃げの一手で」

 

「チュンッ」

 

「いや、お前らは頼りにしてるぞ? けど、なーんか嫌な予感がするんだよなぁ……スリーパーはともかくゲンガーが、他のポケモンと協力してまで『人を集める』って部分がさ。だから、戦力も体力も出来る限り温存しようぜ」

 

「プリュゥ?」

 

「んーにゃ、確信は無い。けど、可能性ってのは残しとく事にも意味があるもんだ。……よいしょ、と。行くぞ!!」

 

 

 2体との打ち合わせ的なものを終え、頭上にオニスズメ、腕にプリンを抱えて歩き出す。

 えーと……やっぱり目指すなら、1番奥か。岩の数は、と考えて……

 

 

「―― まずはあっちで!」

 

「プリーィ!」「チュンッ!」

 

 

 指差し、身体で霧を掻き分けて。日が指している方向と時間から方角を確認し、岩の数と見合わせながら進む。

 目指すはスリーパー、もとい……俺の嫌な予感の、その元凶だ!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ―― Side カトレア

 

 

「……落ち着きましたか?」

 

「……う……ん」

 

 

 目が覚めると、霧と暗闇に囲まれた洞窟の中でした。

 アタクシとショウの妹さんはスリーパーの『テレポート』に巻き込まれ、どうやらこんな見知らぬ場所へと飛ばされたようです。

 妹さんの艶のある黒髪を撫でながらなだめてあげていると、泣きじゃくっていた彼女も少しは落ち着いてきましたね。

 

 

「とりあえずは防寒ですね。はい。アナタもコレを着て下さい」

 

「……」

 

 

 今日のアタクシはいつものお嬢様然とした服装とは違い、探検用に動きやすさを重視したジャケットとズボンタイプのものを着用しています。が、妹さんは違うのです。霧と辺りを包む冷気に動きを乱されては、と考えて、バッグから上着を2着取り出して。

 妹さんがモソモソと動きながら羽織ったのを見届けて、アタクシも自分の上着を羽織る事に。 

 

 

「……あ、の」

 

「ハイ」

 

 

 立ち上がったアタクシへと向かって、ぽつぽつと、小さな声で話しかけてきた彼女へ返答。手を引きながら一緒に立ち上がり、身なりを整えた所で。

 

 

「さて、何でしょう? アタクシとしては、ショウの指示を守る事もやぶさかではないのですが」

 

 

 妹さんとわが身を守る為、『あなぬけのヒモ』でこの洞窟をすばやく脱出。それがショウの言っていた「はぐれた時の指示」でした。けれども、

 

 

「……おねぇちゃん。……おにぃちゃん、……探すの?」

 

 

 ふぅん。どうやら、妹さんと気は合うみたい。

 アタクシはモンスターボールをぎゅうっと握り、ありったけの勇気を振り絞ります。

 

 

「脱出なら何時でも出来ますが、アタクシだって、やられっぱなしは割に合いません。アナタとアタクシ自身の安全は守りつつ ―― せめてあの振り子だけは、撃破してみせましょ。申し訳ありませんが、脱出は、その後に」

 

「……うん」

 

 

 演習はともかく、実践は初めてです。ですが、野生ポケモン……それもこんな大々的な事件を引き起こしたポケモンを相手取るのに、アタクシの実力は足るのか。それを、自らの成長を。見極めるのには良い機会であると思います。

 ……それに、ショウはこういった事件をあの年齢にして、幾つも解決してきているのです。アタクシも、と想う気持ちは否定できません。

 

 

「ムンナ、ユンゲラー……お願いします」

 

 《《ボ、ボウンッ!》》

 

「ム、ミュー!」「……」コクコク

 

 

 ショウがよくやるように手持ちを周りに繰り出して、ムンナを抱く腕に力を込める。同時に、ナツメお姉さまと一緒に捕まえに行ったケーシィの進化した姿を、頼りに想いつつ。

 ……ユンゲラーであれば『フラッシュ』も使うことは出来ますが、野生ポケモンに見付かるのは得策とは言い難いですね。それにライトや『フラッシュ』を使わずとも、所々から外の明かりが入ってきていますから、周囲の確認程度ならば事足ります。そもそも、日が差し込んでいる時点でそう深くにある洞窟でもないのでしょう。なら、このままで。

 空いた手でショウの妹の手を引きながら、濃い霧の渦巻く洞窟中を、歩き出す。

 

 

「……スリーパーを探しましょ。誰彼が原因にしろ、アレはキーワードになり得ます」

 

「……うん」

 

 

 何より。ミミィ達を探し出すというアタクシの想いの為に、です。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 野生の幽霊ポケモンを避けつつ。アタクシの方向指示に従って、部屋を3つ4つと進んで行きます。

 勿論、ただ赴くままに進んでいるわけではありません。あのスリーパーの持つ念の「感じ」は、とっても特徴的でした。その念を感じる方向へと歩いているのです。

 ……進むほどに念は(あまね)混ざり合い(・・・・・)、益々と嫌な感じに。

 

 

「ムミューン、ミューン、ムンムミューン♪」

 

「……」

 

「おねぇちゃん……?」

 

「(……?)」

 

「いえ。申し訳ありません。……スリーパーはもう少し……そろそろです」

 

 

 異様にテンションの高いムンナを抱えながら、岩壁にぽかりと空いた穴の内、北側にあるそれを潜り ―― その先。

 またもや部屋型の空間に出た所で。

 

 

「―― 目的、対象ですね」

 

「……ムフ」

 

 

 たどり着いた全く出入り口の無い空間の中心に、スリーパーが立っている。ここが終着という事なのでしょう。

 霧の溜まった部屋 ―― その奥には、岩壁に寄りかかる無数の人影も見ることができます。顔までは認識できないけれど、恐らくは、あの中にミミィや先輩アイドルさんも。

 妹さんが前に出ないよう、腕を横へと広げて。

 

 

「―― お願いします。ムンナ、ユンゲラー。……アナタは、アタクシの後ろへ」

 

「うん……」

 

 

 アタクシはムンナとユンゲラーを並ばせ、身体の後ろへ妹さんを庇う形に。

 ミミィ達へ大声で話しかけたい所ですけれど、その方法を脳内で却下。なにせ、丸々1日以上寝かせ続けるような『さいみんじゅつ』をかけられている方々なのです。あるいは重ね掛けかも知れませんが……どちらにせよ呼びかけで起きると言う保障はありませんし、そもそも大勢いた野生の幽霊ポケモン達を集めかねないです。

 ……なら先ずは、というよりも。スリーパーをこそ、何とかしてしまいましょう。

 

 

「―― それこそ、アタクシが今『出来る事』なのです。……さぁ」

 

「……ンフムッ」

 

 ――「ニタリ」「ニタッ」

 

 

 迎え撃つ体勢を取ったスリーパー、と、辺りの影から現れたゲンガーが2体。

 ゲンガーは、エスパーの天敵。地方問わずよく居る、幽霊ポケモンでしたね。……毒タイプも混じっているので、此方からも攻撃は十分に通る筈。

 アタクシは腕をゆらりと挙げ、指示を考える。ムンナの特性『よちむ』によって脳内に流れ込んできた、警戒すべき技は ―― スリーパーの『ずつき』。エスパーの大敵たる幽霊達については、我が『御家』も研究が進んでいます。さすれば、今回の相手は全員が爆発力に欠けているのかと思考出来ましょう。

 で、あれば。

 

 これは、『すばやさ』勝負ですッ!

 

 

「(……)」コクリ

 

「ムョーン!」

 

 ――《《 ブワワンッ! 》》

 

「ガッ、ゲンガッ!?」

 

 

 離れた位置から、ショウ仕込の先制攻撃を。

 出始めから念で指示を飛ばすと、ユンゲラーとムンナから放たれた『サイケこうせん』が他方のゲンガーの目の前から「弧を描いて」飛び、右側に居たゲンガーの身体を捉えました。もう一方のゲンガーは迫り来る『サイケこうせん』に一瞬怯んだので、動き出しが遅い。これは攻撃の軌道が『線』たる事を活かした、威嚇射撃。……アタクシ達が何度も練習した攻撃。

 その結果、状況は、純粋に2対2になりました。

 

 

「ググ、ンガー!」

 

「……ムフ」

 

 

 ゲンガーが黒い影を纏った右腕を振りかぶり、手近に居たユンゲラーに向かって殴りかかります。スリーパーも、ユンゲラーへ向かって……振り子を揺らし。

 

 

 《ボフンッ》

 

 ――《ヒヨォン!》

 

「(……っ)」

 

 

 え、と。確か、あの技は『シャドーパンチ』ですね。

 ユンゲラーが『シャドーパンチ』で殴られてのけぞった後、スリーパーから放たれた『さいみんじゅつ』によって追撃。眠り状態となり、ウトウトとし始めます、が。

 

「(―― やはり状態変化技、ですか。ならば、」

 

 お得意のそれを、アタクシ達は逆手に取らせていただきましょう。

 ゲンガーは、眠り始めたユンゲラーへと更なる追撃をと狙っているみたい。スリーパーは、次の相手としてムンナへ向かって身体を向けて。

 ……ここですっ!

 

 

「ムンナ! ユンゲラー!!」

 

 

 確かにアタクシは、テレパスによる技指示に習熟してはおりません。ですが、ナツメお姉さまに教わりました。

 ―― 呼びかけでタイミングを教えると共にアタクシへと意識を向けてもらう事で、通常よりも太い「回路」を構築。

 ……っっ!!

 

「(ムンナ、『マジックコート』! ユンゲラー、ゲンガーに『かなしばり』!)」

 

 言葉通りショウから「教わった」、トリッキー極まる……返し技。精一杯の想いを込めて、2体同時に指示を飛ばす。

 ―― 頼みますっ!!

 

 

「ムョンッ!」

 

 《ヒィ》――《カィィン!》

 

「ムフンッ!? ……ムフ、フ……」

 

 

 ムンナの前に先制技である『マジックコート』が張られ、『さいみんじゅつ』を跳ね返します。自分に帰ってきた催眠波によってスリーパーがふらふらとし始め ―― 『ねむり』状態となり、地面に倒れこみました。

 そして他方。ユンゲラーは、ショウ曰く持たせて損はないという『ラムの実』を持っていたためにすぐさま「眠り」状態から回復し、ゲンガーを対象に『かなしばり』。

 

 

「(……ッ!)」

 

 《ズキィンッ!》

 

「―― ンガッ!?」ブンブン

 

 

 『かなしばり』によって『シャドーパンチ』が封じられたゲンガーは、何事かと腕をぶんぶん振り出します。けれど当然、その腕が今までの様に黒い影を纏う事はありません。

 

「(ムンナの『よちむ』によって、ゲンガーには少なくともスリーパーの『ずつき』より強い技が無いことが判っています。そもそも『ずつき』自体、中威力の技ではあるのですが……それはともかく)」

 

 そんな中でゲンガーの主軸として用されていたのが、『シャドーパンチ』でした。ならばその主力技(メインウェポン)を、『かなしばり』によって封じてしまえば。反撃するにしても、選択肢が大幅に狭まりますでしょう。

 ……それでは。

 

 

「せめて最後は、華麗に締めましょ。……『サイケこうせん』!」

 

「ムミューン!」「(……!)」

 

 《《 ブワァッ!! 》》

 

「―― ゲン、ガァッ!?」

 

 

 アタクシのポケモン達では、ナツメお姉さまのポケモンの様に『サイコキネシス』を使うに、色々と不足です。2対1であれば『サイケこうせん』で事は足りますし。

 そう考えて指示した虹色の環が2筋、ゲンガーの身体に次々と直撃。最後の環がばちりとはじけてゲンガーを吹き飛ばし、

 

 

 《ド、ドスッ》

 

「……グゥ」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 岩壁へとぶつかって。その姿はいつの間にか、見えなくなって行きました。

 

「(……フゥ。やりました、か?)」

 

 辺りには、地面に伏せて眠り込むスリーパーが1匹のみ。戦闘的にはともかく、事実的にはこれで勝利と言って良いでしょう。これでアタクシも、少しはお力添えになれたでしょうか。

 

 

「―― ムミュッ!?」

 

「(……!)」ブンブン

 

 

 ……?

 アタクシの前にいるムンナとユンゲラーが、何故か、バタバタと此方へ ―― 2体の視線の先は。

 

 ……後ろ、ですか!?

 

 手持ち達の視線が向かうは、アタクシの後ろ。

 急いで振り向くと、しかし既に、沈んだ影から黒い身体が伸びてきていて。

 

 

 ――《ズルンッ》

 

「ゲン、ガァーッ!」

 

 

 世界が、スローモーションになる。

 身体に有る傷からして、最初に「倒したつもりでいた」ゲンガーでしょう。赤い口から出た舌がべろりと伸び、アタクシへ向かって ――

 

 ―― けれども。その、「更に後ろ」から。

 

 

「……おねがいっ……!」

 

 

 外観えはミィに良く似た、しかしより短いスカートのフリフリとした服を着た妹さんが。髪飾りをきらりと輝かしながら、モンスターボールを投擲していました。

 ゲンガーとアタクシの間にボールが割り込み、

 

 

「―― ワフゥッ!!」

 

 

 妹さんが投げたボールから、赤い子犬のようなポケモンが飛び出して……ショウと同じ「要素」を使用したのでしょう。ボールから出るとすぐさま、口頭指示を仰がず口を開け ―― 幽霊をがぶり。

 迫っていたゲンガーは飛び掛ったそのポケモンに噛み付かれて、攻撃を中断。2体が地面をゴロゴロと転がっていき、

 

 

「フルルル、グゥゥ、ワフッ!」

 

「ガー、ゲンガッ……」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 幽霊たる実体は段々と薄まり、今度こそ、洞窟の冷たい霧に溶けました。

 

 

「……」

 

「ムミュー!」「(……)」キョロキョロ

 

 

 ……辺りを見渡して、影が笑っていないかを確認。どうやら本当に、戦闘は終了したみたいです。

 

 

「ムンムミュー♪」

 

「……はぁ」

 

 

 感じていた不安や恐怖をめいっぱい詰め込んで、外へと吐き出す。ムンナが嬉しそうに辺りを飛び回り、

 

 

「(……)」トントン

 

「ムミュッ?」

 

「(……)」クイ

 

「ムー、ナーァ」コクコク

 

 

 けれど、ユンゲラーが、実に冷静沈着でした。油断はしないとばかりにムンナを連れて、眠り状態にあるスリーパーの傍へと近寄ってくれました。これならばアタクシは、眠っている人達の方へと集中できます。

 お礼や労いの意味を込めて、離れた2体へと笑みを向けつつ。振り返って、もうお一方。

 

 

「―― アナタ達も、ありがとうございました。アタクシ達の窮地を救っていただきまして」

 

「……ぅぅん。あたしも守りたかっただけ。頑張ったのは……このコだから……」

 

「ワフ! ……クゥゥーン♪」

 

 

 かがんだ妹さんと、その手に撫でられているポケモン。それらを見て、先ず思うのは ――

 

「(……アタクシも、もっと努力しなければ)」

 

 この感情をこそ「羨慕(せんぼ)」と言うべきなのでしょう。

 ゲンガーの奇襲を間一髪の所で防いでくれた彼女は、アタクシの2つ3つ年下だというに、既にポケモンバトルの才能を垣間見せたのです。

 ……彼女も兄たるショウの成せる業、その1つなのかも知れません。こう言ってしまっては、彼女自身に失礼だとは思うのですが。

 

 

「……おねぇちゃん。……おにぃちゃんは、どうする……?」

 

「ああ、えぇ。そう、ですね……」

 

 

 首をかしげる妹さんに尋ねられ、当座の目的について思い返します。

 とりあえず、スリーパーと探し人については、なんとかなりましたでしょう。行方不明になっていた人の人数とこの場で眠らされているそれは、一致しています。

 ……ただしコクラン率いる捜索隊や、現地から捜索に参加している人達。それにショウも、ここには居ないのです。なれば、もう1波乱存在するに違いないかと。

 そう考えつつ、とりあえずは。

 

 

「とりあえずは、人々を起こして差し上げましょう ―― ミミィ、起きてください」

 

「ぅぅ、ん。……あれ、カトレア? え、ここどこ!?」

 

「立てますか」

 

「……えーと、とりあえずありがと。で、説明してもらえるかな? ……何となく迷惑かけちゃったのは判るけど」

 

 

 困惑顔のミミィと一緒に他の方々を起こしながら、安全確保のため、起きて頂いた一般ポケモントレーナーの方に眠ったスリーパーをゲットして頂きつつ。これまでの経緯について説明をしていきます。

 

 

「ムー、ミューン!」

 

「―― と、言う訳です」

 

「ああ……何と言うか、ごめんなさい。あたしが珍しいポケモンに興味を持って、突撃なんてしなければ……」

 

 

 スリーパーは捕獲されました。監視と言う役目を終えたムンナは定位置であるアタクシの腕の中へ。ユンゲラーはその横へ並び立ち、けれど。

 

 

「―― それは違うわね。多分、どちらにしても番組スタッフがゴーサインを出していたと思う。貴女のせいじゃないわ、ミミィ」

 

「せ、せんぱぁい……」

 

 

 目の前で繰り広げられる、先輩アイドルさんとのやり取りを見つめる事に。

 ミミィが先輩の胸でひとしきり泣いた所で……そろそろいいでしょうか?

 

 

「えと、申し訳ありません、皆様方。―― 僭越ながら。まずは脱出をするべきかと」

 

「あ、そだよね。ゴメン、カトレア」

 

「いえ。お気になさらず。それでは、順に『あなぬけのヒモ』を渡しますので、自動座標設定で脱出をお願いします」

 

「わかった!」

 

 

 促すと、ミミィを皮切りに、迷い人たちが次々と洞窟の外へ脱出して行きます。……構造こそ複雑怪奇ですが、外の明かりが届く程度の洞窟です。深くは無いとすれば、オート座標での脱出で、余裕を持って洞窟の出口程度までは転移できる事でしょう。

 そんな風に人々を見送っていると ―― 最後の1人。先輩アイドルさんだけが、此方を見つめていて。

 ……何か御用でしょうか。

 

 

「ねぇ。貴女達だけ脱出しないなんて事は、無いよね? 恩人を置いて行くのは流石に気が引けるんだけど」

 

 

 流石は年長者。鋭いです。

 隣のユンゲラーは「どうする?」といった視線でアタクシを見ています。ムンナは腕の中から余り理解していなさそうな顔で此方を見上げ……でも、返答は、とうに決まっていますので。

 

 

「―― ご心配をお掛けしているようですね。……大丈夫です。心残りではありますが、アタクシも手持ちのポケモンが限界です。ここに居る人達は全員脱出する事が出来ましたし、『穴ぬけのヒモ』で脱出します」

 

「……おねぇちゃん。いいの?」

 

「はい。……アタクシに『出来ること』は、ここまでです。外へ出て、安全を確保しましょ」

 

 

 妹さんが無表情のままアタクシへ尋ねますが、答えは変わりません。スリーパーは、倒しました。人々も、恐らくは殆ど救出できたでしょう。

 

 

「―― カトレア? ねぇ、カトレア?」

 

「? ……はい」

 

「さっさと出ようよ。用事が無いなら、こんなトコ、長く居てもしょうがないじゃない」

 

「……いこ、カトレアおねぇちゃん……」

 

 

 「その先」を考えようとした所で、しかし。先輩アイドルさんとショウの妹さんは、『あなぬけのヒモ』を構えていました。

 ……そうですね。アタクシもヒモを用意し、転移設定を。

 

 

「そんじゃ、行きましょう!」

 

「……」コクコク

 

「……ハイ。転移します。貴方達、一旦ボールへ戻って……」

 

 

 『あなぬけのヒモ』を潜る前にユンゲラーとムンナを一旦ボールに戻し、ついでと、僅かに後ろを振り返りながら。

 あの時感じた、スリーパーの念。先程、寝ているスリーパーへと近寄りその「夢」を食べたムンナが読み取ったのは、

 

 ―― 『嫌な感じ』……そう。

 焦りや恐怖を主とする、負の感情の群体でした。

 

 もしもゲンガーやスリーパーが恐怖を感じていたとするならば、ここに居た人達は。スリーパーやゲンガーの、人を ―― ショウの友人などの一般人は森の中に残し、妹さんやミミィなどの「ポケモントレーナーを」洞窟へと集めた ―― その目的は。

 

「(つまるところ……『誰か』に助けて欲しかったから。そういう事なのでしょうか)」

 

 頼れると言う意味であるならば、この場に居ないあの方達は適任です。そこについては問題ないでしょう。連れてきたスリーパーも、その甲斐があったというもの。

 ですが、野生ポケモン……それも進化形態であるスリーパーやゲンガーが思わず恐怖するほどの『個体』。それは、一体……?

 ……いえ。そこに至るに、アタクシは分不相応ですね。おそらくは「現場」にいるのであろう、ショウやコクランに任せるのが良いかと思います。

 

 

「……さて。この『奥』に居るのは、何なのでしょうね……?」

 

 

 道具を起動し、アタクシも洞窟の外へと転移。外へ出たならば、連絡する術もあるでしょうし、ショウへと連絡する予定を建てておいて。

 ……アタクシの疑問への返答は、2人が帰って来てから。お土産話として聞かせてもらうとしましょう。

 

 

 ―― Side End

 






 戦闘については、所謂「まもしば」系統の作戦がご登場でした。
 『まもる』→『かなしばり』でメインウェポンを封じられると、抜群頼りの攻撃では中々に厳しいものがありますでしょう。技スペース的に。
 駄作者兼駄トレーナーたる私もよくよく愛用している作戦だったりします。モルフォンさんとか、ベトベトンさんとか。

 因みに。
 野生の、というよりFRLGのゲンガーは、レベル45の『シャドーボール』まで有用なゴースト技を覚えてくれません。この世界で野生レベル45、となるとかなりのハイレベルですので……舌で舐めるか、シャドーパンチです。その癖、特殊・物理の区分けが出来てしまっているこの世界。これは非常に残念な結果ですね。
 あくまで種族値上の話ですが、ゲンガーの「こうげき」は「とくこう」の半分です。が、勿論、カトレアのポケモンの種族値的に十分な脅威ではあります、とかとか。
 いえいえ。本拙作ではショウやミィだけならずカトレアにすらバッサバッサと薙ぎ倒されはしましたが、流石は初代最強クラス・ゲンガーといった所でしょうか。とはいえ現環境でも、十分だとは思われるかと。
 ……XYではどうなります事やら。

 更に蛇足ですが、ゲームにおける野生のゲンガーはDPPtのダブルスロット「もりのようかん」でしか出現いたしませんでした。(調べた所、確か、そうだったと……間違っていたら申し訳ありません)
 ですが、野生が居ないのであれば図鑑の文章がありえない事になるかと思います。ので、今回の様にどこかには(時間限定・場所限定、「ダンジョン奥地」なんかに)生息しているものだと考えております次第。


 ……さてさて。次話にて、主人公やらには。
 スリーパーよりも「もうちょっと強い」相手を倒すべく頑張ってもらいましょうか(ぇぇ


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  VS ユーレイ 下

 

 

 洞窟の奥へと進む毎、霧は濃く深くなっていく。そろそろライトオフで進むのも難しいか、といった具合。

 ……っと、野生のゲンガーがいるな。

 

「(プリン、先手で『うたう』。オニスズメは『つばめがえし』)」

 

「(プールーゥ!)」

「(チュン)」

 

 俺が岩陰に潜んだままで指示の先出しをすると、プリンはウィンク。それと、もう片方。野生の癖俺との相性/コンビネーション共に抜群であるオニスズメは、すまし顔だったり。……ここは一本道だし、突破しないと先に行けないからな。

 うし。作戦を確認した所で、早速と角から飛び出し、―― 此方を認識される前に!

 

 

「……プー、プリュ~♪」

 

「ッ!? ゲンg、」

 

「―― チュ、チュンッ!」

 

 

 プリンが一旦注意を惹きつけ、別方向から飛び掛ったオニスズメが『つばめがえし』。図鑑で状態及び相手のレベルチェックを行いながら……「ゲンガー:レベル25」。相手のHPバーは半分近く削れてくれてるな、よし。

 ゲンガーは左手を挙げ、近場に居たからであろう。丸くてピンクの目立つ奴、プリンへと『シャドーパンチ』による反撃を試みるが……

 

 

「プーリンッ!」

 

「ンガァッ!?」

 

「―― チュゥゥンッ」

 

 《シュンッ!!》

 

 

 勿論、ダメージはない。『うたう』によって眠りかけた間を利用しオニスズメが連発した『つばめがえし』で、ゲンガーのHPはあっさりゼロになってくれた。

 ……ゴーストはノーマルの属性を持つプリン、ついでにオニスズメにも「こうかがない」からな。戦闘的な意味での相性は、実に抜群なことで。

 

 

「辺りに他の奴等は……いないかな、と。うし。プリンもオニスズメも、あんがとな。戻ってくれ」

 

 

 俺はコソコソと辺りを確認しつつ、プリンとオニスズメへ定位置に戻るように促す。プリンはふわりと浮かび上がって俺の腕の中、オニスズメはぴょんと跳ねて我が頭上だ。

 ……なんぞ、この定位置。とか突っ込みを入れたいのは山々だが、今は先へと急ぎたい所だからな。脳内だけにしておこう。

 

 さて、洞窟の奥へ奥へと進み始めた俺達。そうしてから既に、時計の上では30分ほどが経過している。

 避けられるものは避け、倒すべき相手は倒しつつ奥へと進んでいるんだが……うぅん。こうしてみても、幽霊ポケモンってのは実に厄介だな。

 

「(今は昼だから眠っているムウマやヤミカラスはともかく、ゴース系統の『ガス状ポケモン』が問題だよなぁ。霧に混じると判別が付き辛いんだ、ほんと)」

 

 ゲンガーは実体ぽいのがあるから判り易いし個体数が少ないからまだいい。のだが、ゴースとゴーストが面倒だ。

 なにせ協会員を、ひいては図鑑の文を信じるとすれば……ゴースのガスを吸うとインド象が2秒で死に至るらしいし。ついでに、ゴーストなんかは舐められただけで苦しみながら死亡だ。更に更に、ただでさえ壁をすり抜けてくるその癖、奴等は『ふゆう』で空まで飛びやがるときた。

 

「(図鑑の文章が物騒極まりないよな、ったく)」

 

 ……あー、もう。こんなのの相手をするのは、本来ならば出来るだけ避けたいよなぁ。今は仕方が無いから戦うけどさ。

 

 

「とはいえ、先には進まなきゃいけないし。―― お、開けた」

 

 

 既にどう進んだかも覚えていないほどの距離を歩き、奥へと進み……辿り着いたそこは、大きな縦穴となっていた。壁から顔を出した俺達は、穴の底を高台から見下ろす形になっている。

 ……うーん。深すぎるのか、縦穴の底が黒く染まって見える。プリンは只でさえ大きな瞳を一層見開き、オニスズメも身を乗り出して穴の底を覗き込もうとする、のだ、が。

 

「(んん? ……あー、成る程。こりゃあ、底を見ようと思う事自体が無駄なんだな)」

 

 なにせ、底に向かって傾けたポケモン図鑑が、律儀に『解析を開始してくれている』のだ。

 あーあ。どうやら、我が頼りになる(悪い)予感は通常進行なご様子らしい。

 

 

「―― ッ! ―― ホーク!」

 

「―― ムクゥ!!」

 

 

 暗闇の内にあるのであろう穴の底から、何がしかを指示したぽい人の声が響き、1体の鳥ポケモンが俺達の目の前を飛び昇っていく。まるで、穴の底に潜む「何か」に追われる様に。

 ……いやさ。実際に追われてはいるんだろうけど。

 

 

 ――《バサバサバサッ!》

 

 

 真っ先に上っていったポケモン ―― ムクホークを皮切りに、無数の鳥ポケモン達が付き従い、空へと昇る。

 その中には……おお。スバメ、ホーホー、ポッポなんかも居るな。色々な場所から集まったと思われるそれらは、しかし。

 

 

 ――《オオ゛オオ゛オオ゛ッ!!!》

 

 

 底に溜まっていた『黒さ』がぐるりと回り、空を見た。

 鳴き声ともいえぬ、その何か。非常に違和感のある音をたて、自らの寝床たる「縦穴」の中心から、技を放つ。

 どうやら、黒い霧の塊のような『それ』には独立稼動できる腕があるらしい。片手を縦穴の底、地上に立った無数のトレーナー達……鳥ポケモン達の主であろう……に向けながら、もう片方を鳥ポケモン達へとかざし、

 

 『10万ボルト』。

 

 膨大な熱量の雷が通行路にある邪魔な岩壁を砕き、耳を(つんざ)く雷鳴を轟かし、青白い光で辺りを照らしながら殺到する。

 その距離から察するに、この世界における空気の通電性は俺の知る電圧的意味の10万ボルトとは一線を画すと思われる。流石は不思議な生き物(ポケットモンスター)だ。

 

 

《《ガカッ、ガァァンッ!!》》

 

 

 うお、規模が半端無いな! 洞窟の天井が若干空いていなきゃあ耳がイカレる所だぞ、今のは。

 なんて、俺が音やら気圧やらに脅威を感じたりしていると、鳥ポケモン達がバタバタと地面に落下していく中ですら機械的に動いていたポケモン図鑑が解析を終了し、結果を表示。

 

 目の前の黒い塊は ―― 「ゴースト」。レベル89だそうだ。

 

 ……体長30メートルはありそうなんだけどな、アレはっっ!!

 

 

「そもそもゴーストにしちゃあ、やけに顔が怖い。……つーか、よりによってゴーストて。戦い辛いのが相手だな」

 

「チュン!? チュチュゥンッ!?」

 

「んー、難しいのは判るけど、とりあえず落ち着いとけ。ほれ、プリンとか見習うと良いぞ」

 

「プールリュー♪」

 

「なんとも豪胆だろ? コイツさ。……それに、アレは必ずしも『倒さなきゃいけない』なんて相手じゃあないんだから」

 

 

 俺は頭の上で黒い塊(ゴースト)を見つめてあんぐりと口を開いたままのオニスズメを落ち着かせつつ、何時も通りに状況を整理する事に。

 

 縦穴の底にいる人物 ―― トレーナー達は多分、コクラン達だろう。ムクホークなんていうポケモンの珍しさといいさっきの声といい、ついでにトレーナーの数も。『御家』ならば納得できる規模だからな。

 となると、カトレアがこの場に居ないのが幸い。

 

「(とか言ってる内、カトレアから電信だ)」

 

 先ほどの雷と見まごうばかりの『10万ボルト』によって天井が貫かれたからだろう。カトレアから、トレーナーツールに連絡が来ていたのだ。―― その文面からしてどうやら、行方不明者全員まとめて救出してくれていたみたいで。

 ……おお、流石はエスパーお嬢様。期待以上の御活躍で、是非ともお礼を言いたい所ではある。

 

「(けど、ならばこっちは、元凶をこそ何とかすべき場面だな)」

 

 とは言うものの、手持ちは2体だけ。その2体もプリンと半野生のオニスズメだとかいう、俺個人だけならば絶望的戦力……なのだが。コクランたちも居るんだからな。何とかなるだろうと思いたい。

 ……さて。野生の癖、技マシンでしか習得できない『10万ボルト』を覚えていると言う事は、このゴーストの正体はかなり古株の野生ポケモン、または元トレーナーのポケモンの2択か。

 

「(……あの図体的には野生の線が強そう、か?)」

 

 通常に育てて、こんな図体になるとは思えない。野生のままで強さを ―― とかいうのの辿り着く先がこのゴーストだとするとレベル的には頷けるし。只のゴーストとは思えない強面(コワモテ)、意図的に悪い方向へと言い方を変えて、「老け顔」であるのにも納得は出来る。

 とすれば、利用するべきはあの伝説ポケモンにも匹敵する『広範囲技』か。うし。

 

 眼下に広がる穴の底、暗闇の淵を見下ろして……まずは降りるべきかな。

 

 

「ほっ、やっ……着地完了で、と」

 

 

 お碗型に削れた穴の中心へ向かって、適当に駆け下りてみる。何とか転倒せずに着くことができた。

 そしてそのまま、コクランと思われる ―― しかしほぼコクランで間違いはないであろう「執事服」の近くまで駆け寄って行く。

 多数のトレーナーの中心に居た執事服足るソイツが目ざとくも足音を聞きつけ、

 

 

「―― ええっ、ショウ!?」

 

「おーす、コクラン。……細かい事は置いといて、まずはコイツの相手をしようぜ」

 

「……本当に、ショウ? コイツの作り出した悪夢じゃあなくて?」

 

「折角の援軍の到着を、悪夢て」

 

 

 黒い霧の塊となっている、相当な質量を持つであろう規格外のゴーストを指差して、コクランであることが確定した人物と適当なやり取りをしながら。

 ……それにしても、コクランの吃驚する顔は見飽きないなぁ。良いリアクション。

 

 

「でも、ああ、そうだね。……そう言うからには、ショウには何とかする『アテ』があるんだろう?」

 

「ん、勿論だ。―― このゴースト、『捕獲』しちまおう。つか、捕獲しないでもう1度暴れられても困るしな」

 

「成る程、確かに。この巨体を捕獲しようなんて思えなかったけど、野生ポケモンなら捕獲できるのが道理だ。……そして、コレ、やっぱりゴーストなんだね……」

 

 

 うんざりといった表情でゴーストの背中を見上げ、信じたくないけど……と続けたコクランの気持ちはよーく判る。判るが、

 

 

「あー、でも、図鑑がゴーストだって判別してるんだ。それに、体のパーツ的にもゴーストとは一致するぞ? ……質量やら図体はともかくとして」

 

「だよねぇ。……あ」

 

 

 そんなやり取りをしている内に、真っ黒な体が回転した。身体の真ん中にある赤くてギザギザした口と、ハイライトの一切無い眼が俺達へと向けられ、ギンッという効果音を放って光る。

 ……何の技だかは判らないけど、視線と威圧感、半端無いなぁ!!

 

 

「ほんとにゴーストかが疑わしくなってくるよな、コイツ」

 

「本当は、どこかの伝説ポケモンなんじゃないかい?」

 

「プールルー?」「チュ、チュン……」

 

 

 緊張をほぐす為、または逃避的な思考をする為、軽口を叩き合ってみる。

 ついでに、手の中のプリンはともかくオニスズメは体が強張ってるな。ま、このゴースト相手じゃあ無理もないか。ほれ、かいぐりかいぐり。

 落ち着けとまでは言わないけど俺の指示は信じて欲しいという気持ちを込めて、その頭を撫でてやる。……少しはマシになったか?

 

 

「……チュン」

 

「キルー! キルルゥ!!」

 

 

 そして、目の前にいたキルリアが、主たるコクランの袖をくいくい引っ張っている。んー、何となくだが、ツッコミを入れられている気がするな。「そんなことしてる時間はないよ!」とか。想像だけど。

 俺とコクラン揃って、目の前の特殊固体ゴーストへと心身共に向き直す事にする。

 

 

「あんがとな、キルリア。ちょぉっと逃避したかったんだ。……だいじょぶだいじょぶ。今度はちゃんとやるって」

 

「そうだね、すまない。キルリア。……このゴースト、オレ達調査隊が来た時には既に目覚めていてさ。けど、目覚めたからには洞窟の外へ飛び出してしまう可能性がある。そもそもオレ達だって『くろいまなざし』のせいで逃げられないからね」

 

「あー……理解した。さっきのは『くろいまなざし』か。『こわいかお』かと思ったよ」

 

「らしいね。で、さっき外へ向かわせた鳥ポケモンを囮に、何人かは無事に脱出することが出来たんだ ―― けどさ」

 

 

 成る程、さっきのはそういう作戦か。恐らくは鳥ポケモン達に気を向けさせている内にトレーナー数名を『あなぬけのヒモ』で外に逃がしたのだろう。その代償として、辺りにはまだ落とされた鳥ポケモン達が「ひんし」状態で気絶しているけどさ。

 コクランはボールに納めた「ひんし」状態のムクホークを見つめつつ……そうだな。

 

 

「伝令を出したからといって、近場にそうそう都合よく強いトレーナーが居る訳じゃあないって事だろ? 大体、『5の島』に来るにも時間がかかるしな。つまり、」

 

「ああ、ショウ。オレ達でコイツを何とかしたい所だよね」

 

「おっけ、共同戦線だ。俺は仕掛けをするから、コクランは『御家』のトレーナー達を引き連れて、なんとか防衛線張ってくれ。因みに作戦は『いのちをだいじに』だ。継戦能力重視にしとこう」

 

「もう作戦があるってのがショウらしいね。……了解したよ」

 

「いやぁ、俺1人だったなら逃げの一手なんだけどな」

 

「そうかい? ……さて。とりあえず、アレを他のゴーストと区別するために、個体名を付けたい所だね。辺りに浮かぶ幽霊達と区分けが無いから、呼称する時に紛らわしいよ」

 

「……あー、そうだな。コクラン、適当に付けてくれるか?」

 

「うん、そうだ。……溜霧の幽霊(ブラッグフォッグ)なんてどうだい」

 

「それはそれは、良いセンスをしてますことで。文句は無いけどルビ振りが必要な名称だよな、それ」

 

「異存が無いなら問題は無いだろ? それじゃあ ―― トレーナー隊、行くぞ!!」

 

 

 ――《 オ゛オ゛、オォ……? 》

 

 

 コクランが特殊固体ゴースト(ブラッグフォッグ)の右側に、部隊を引き連れて走っていく。ブラッグフォッグも人が多いほうを「うざがって」いるのだろう。そっちをゆっくりと目で追って身体を傾け、その周りにまとわり付いている小さなゴース達が動き出し、襲い掛かる。その姿はまるで機動戦士のサイコミュ兵器、もしくは冬夏のお祭りでパシリとして走り回る人々を連想させてくれた。

 よぉしよし、とりあえずはこれで良い。

 相手が巨体で高レベルとはいえ、野生のポケモンならばやり様はいくらでもあるのだ。

 ……スリーパーが初代でしか覚える事のできない技を使ったとはいえ、『ふぶき』が猛威を振るう訳でもなく、『きりさく』で急所が連発出来る訳でもなく、道具欄の7番目でセレクトボタンを……な訳も無いんだし。

「(相性と技次第で、と。俺の手持ちおよび協力者は、プリンとオニスズメ。オニスズメがいるなら、この作戦で何とかなるだろ)」

 

 んじゃあ、間はコクランに頼んでおくとして……こちらも仕込み開始といきますか!!

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 戦闘が開始されて10分ほどが経過しようとしていた。

 今の所、ゴースト特殊個体 ―― 『ブラッグフォッグ』の寝床(しとね)たるお椀形の縦穴は、簡易闘技場としての役目を余す所なく発揮している。

 

 

 《《 オオ゛ッ!! 》》

 

 

 ブラッグフォッグは黒い両手を掲げ、雄叫びと共に技を繰り出す。雨粒の如く打ち出すのは、『シャドーボール』だ。通常1発毎に力をこめて打ち出される筈の『シャドーボール』がこうも容易く拡散射出されるのは、コイツが「伝説」足りうる個体であるからなのだろう。攻撃範囲的にな。

 まぁ、見た目からして普通じゃないからなぁ。只のポケモンじゃないのは、あの強面を見ればわかる。

 

 

「―― 皆、回復を!」

 

「はいっ!」

 

 

 コクランの指示に従って、控えていたメイド達が前線のポケモン達を回復し始める。各々トレーナー達は『シャドーボール』による広範囲攻撃によって倒された自らのポケモンへと心配そうな顔を向け、しかし、ブラッグフォッグから視線は逸らさない。出来る限り違うタイプのポケモンを繰り出し、ブラッグフォッグの攻撃を絞らせまいと攻撃を仕掛けている。

 

 ……が。

 

 

「(圧倒的に攻撃力が足りていない、か)」

 

 攻撃によるダメージは、殆どといっていいほど見られていないのだ。仕方が無いといえば仕方が無い。それこそがレベル差による問題点でもあるのだからして。

 だが、ダメージを与えられないという事は捕獲もし辛いという事になるからなぁ。何とかするか。何しろ「何とかする」―― そのアテをこそ、俺は用意していたんだし。

 

 俺は屈んでいた場所から立ち上がりつつ、思考を巡らす。

 さて。目の前に存在する『ブラッグフォッグ』、その攻撃範囲は広大だ。しかして俺の手持ちはプリンとオニスズメのみで、ミュウツー戦のように『6体(フル)ローテ』など出来はしない。

 ここでさらに都合が悪い事に、相手は『10万ボルト』『ナイトヘッド』『シャドーボール』などの攻撃技を使いこなしてくるときた。フルアタ気味な構成ではあるが……他の技も幾つか覚えているとみて良いだろう。

 そんな相手に対する、コクラン達『御家』の防御陣は単純明快。攻撃を受けて大勢のポケモンが倒れ、次のポケモンで戦っている内に後列のメイド部隊がボールに入った「ひんし」のポケモン達を回復するというものだ。

 ……これ、まさに金持ちならではの持久戦であると!

 

 

「なら、復活した傍から戦っているポケモン達が『疲れない』内に、カタをつけなきゃな。んじゃあ、ちょっと力を貸してくれ!」

 

「ッポ!」

「ホー、ホゥ?」カックリ

「スバッ!」

 

 

 俺は周囲に佇む多くの鳥ポケモン達……『10万ボルト』によって落とされたポケモン達を『げんきのかけら』で回復させた……の同意を得ると、ブラッグフォッグを見やる。

 

 

「―― チュゥンッ!」

 

「講師役ご苦労さん、オニスズメ。さぁて、と!」

 

 《ボウンッ》

 

「プ、ルーゥ!」

 

 

 頼りになる我が手持ち+アルファーの鳴き声を受けつつ。

 ―― ここからが、俺達の反撃だ! 

 

 って、うおぁえッ!?

 

 

 《《ズヴ、オオオ゛オーッッ!!》》

 

 

 折角反撃を仕掛けようかという所で、まさかの広範囲攻撃。その大きな身体を回すと、辺りを囲むポケモン達から可視化した緑色の生態エネルギーが溢れ、大口を開けたブラッグフォッグへと吸い込まれて行く。

 ビジュアル的には『ゆめくい』だが……恐らくは、『ギガドレイン』か!!

 効果範囲は幸い、かなりの距離をとっているこちらまでは届きそうに無いが……対多数から吸い取っているとすると、HP(たいりょく)回復効果が半端無いだろ、アレは!

 

 只でさえダメージを与えられていないってのに、ったく。強いなぁ、アイツ!!

 ……ついでに、この攻撃をされている間は俺達も近づく事が出来ない。頼むぞ、コクラン!!

 

 

「、―― ッ!!!」

 

 

 勿論、有能な執事たるわが親友も黙って嬲られているほどドMではない。

 指揮者の如く腕を振ると、メイド部隊が入れ替わりに前へと出た。エスパーポケモン達を繰り出し、一斉に飛び掛らせる。

 揃って放たれたのは、超高密度の『さいみんじゅつ』だ。

 

 

「―― んなら、合わせて、プリン!!」

 

「プリィ!! プゥ、プルー、プー、プリー……♪」

 

 

 《ッ!! ……オ、オ》

 

 

 聴覚と念波による多重催眠。流石にたまらず、ブラッグフォッグの身体がゆらりと揺らめくと、ハイライトの無い目を覆うまぶたが降り始めた。

 確かに、「眠り」状態ならば、反撃を受けずに攻撃し放題だ。これこそが単対多の利点でもあるんだし。

 ……だけど、あれだけの濃密な状態変化技を受けて、ブラッグフォッグは未だ眠りきってはいないのだ。片手で自らの頭を覆いながらもう片方を掲げ、黒い光が集まり――

 

 ―― ここだ!!

 

 

「出番だ! 行くぞ、みんな!!」

 

「―― チュ、チュゥーンッッ!」

 

「ッポー!」「スバッ」「ホゥホー」

 

 

 ここが反撃のチャンスだ。

 俺が合図を出すと、オニスズメを先頭に出番を待っていた鳥ポケモン達が一斉に飛び掛り、ブラッグフォッグの周囲を覆う。

 それでもブラッグフォッグの攻撃は止まらない。『シャドーボール』が散弾銃の如く撃ち放たれ、

 

 

 ――《 バヒュゥンッ 》

 

「チュンッ!!」バササッ

 

 

 打ち出された黒い塊が鳥ポケモン達に当たる度、蒸発したように消えてゆく。

 うっし、作戦通り。ノーマルタイプを持つポケモン達にゴーストタイプの技は「こうかがない」んだから、オニスズメだけでなく、間に入った全ての鳥ポケモン達は未だHP満タンのままで健在だ。疲労困憊のコクラン達に攻撃が届く事も無い。

 ……本来であればそれはこちらも同様で、ノーマルの攻撃はゴーストタイプに効きはしないんだが……

 

「(飛行タイプは、それ単体で成り立つ事は殆ど無い。ほぼ全員がサブタイプを持ってる。特にノーマルは多いからな)」

 

 つーか、例外はトルネロスだけだよな。その筈。

 

 んでもって、それはどうでも良い。それよりも、お披露目といきますか。この理不尽さを活かした ―― 足りない攻撃力をも補う為の、作戦。

 大きく息を吸い、溜霧の幽霊(ブラッグフォッグ)の怨嗟にかき消されないような大声で、『シャドーボール』を受けた鳥ポケモン達へと指示を出す。自らの主を救う為ならと、俺の指示にも従ってくれる彼/彼女らの期待に応える為に。ドジる訳にはいかないな、と!!

 

 

「頼んだっ、一斉に ―― 『オウムがえし』でっっ!!」

 

 

 《《バサササッ ―― 》》

 

 

 ――《《 ドシュシュシュシュ、ドシュンッ!! 》》

 

 

 オニスズメに次いで、ポッポやホーホーやスバメが『オウムがえし』に『シャドーボール』を撃ち返す。俺のオニスズメが『教えた』これは本来、タマゴ技でしか遺伝できないんだが……そう。この世界、トレーナーが付きっ切りで指導してやれば、遺伝技は「修得することが出来る」んだ。

 なにせ元々、遺伝とはいえ「使う事が出来る」技だからな。元から使うことの出来るオニスズメを師範として暫く練習してれば、付け焼刃故に成功率た再現率は100%とまではいかずとも、その性能は発揮出来るという次第。

 因みに、「野生ポケモンが技マシンを覚える」場合とか「教え技の習得」も大体は同じ様な方法だったりする。俺もリーグ挑戦前にニドクインやクチートに3色パンチを習得してもらう時とかは、格闘道場のおっちゃんの所に通い詰めになっていたんだよなぁ。懐かしい。

 

「(『教え技の教え方』は、シンオウ行った時に教えてもらえたからな。いつかは『忘れオヤジ』とか『ハートのうろこマニア』にも弟子入りしたい所かね)」

 

 ……ってか、そんな思い出話もどうでも良いな。可及的速やかに現実へと回帰すべきだろう。

 さて。目の前で鳥ポケモン達から撃ち出される『シャドーボール』は、ただの『シャドーボール』ではない。黒い弾が着弾する度に爆発し、ブラッグフォッグを覆っていく程の数だ。『10万ボルト』によって落とされていた鳥ポケモンの内、『オウムがえし』を覚える事の出来る10体ほどでこの数を撃ち出す事が出来ている ―― その種。

 

 特殊個体たるブラッグフォッグ……その拡散弾よろしくの『特殊なシャドーボール』を真似ている(・・・・・)からだ。

 

 『オウムがえし』は相手の技を真似て、相手に返す技。相手の『シャドーボール』が『拡散シャドーボール』ならば、そのまま『拡散気味シャドーボール』として撃ち返す事が出来るのだ。その点において『ものまね』や『スケッチ』とは違う使用となっている。

 それに、返された『拡散シャドーボール』は、ブラッグフォッグのデカイ図体に面白いほどよく当たる。攻撃力の不足分は、十二分に補うことが出来るだろうと考えたんで。

 そうしている内に、鳥ポケモン達がターン分の『拡散シャドーボール』を返し終えた。煙が多少晴れて……デカイ図体に群がってた黒い点が見えなくなったな。どうやら今の一斉射で、辺りに群がっていた野生のゴース達が『きぜつ』したらしい。逆に言えばそれらを楯にしたという事なんだろうが、

 

 

「……まだ来るか?」

 

 

 コクランと率いられるトレーナー達が息を呑む。勿論俺も。

 けど、まだだろうな。威圧感が消えていないから。

 

 

 《 ―― ォ ―― 》

 

 

 「……っ!!」

 

 

 《《 オ゛!オ゛!オ゛!オ゛!オ゛! 》》

 

 

 爆発煙を片手で払い、再びその巨体を現したブラッグフォッグが叫ぶ。

 ……効果は抜群、無数の『シャドーボール』を受けつつも体勢を立て直してみせるか! 手元の図鑑に表示された仮計算上の「ゴースト:レベル89」のHPバーは、とっくに空になっているのに、だ!!

 

 

 《 ―― ゥオオ……》

 

 

 だが、ダメージが通っているのは解る。ゲンガーがそうだったように、ブラッグフォッグの身体はあちこちが煤け、破れかけた布のようになっているのだ。言い方は悪いが、ズタボロになった雑巾が丁度こんな感じだろうかと思う。幾分か浮き方も傾いて見える感じがするし、少なくともかなりのHPを削ることに成功しただろう。

 『シャドーボール』の雨に圧されて地に落ちていた身体をゆらりと浮かし、

 ……来るか!?

 

 

 《 ウ゛ゥ 》

 

 ――《 ヒィンッ!! 》

 

 

「うわっ!?」

 

 

 反撃かと思われた矢先、突如ブラッグフォッグが閃光を放った。

 近くにいたコクランや『御家』トレーナー達も、慌てて光を遮ろうと体をよじる。俺も例外ではなく、とっさに手をかざし ―― !

 

 

「……消え、た!?」

 

 

 メイド部隊にいた少女が、再び開いた目でシンと静まり返った洞窟を見て、ポツリと一言。

 この言葉を皮切りに、辺りが少しずつざわつき始める。そのままざわつきの波が広がり続け……

 

 

「わぁぁぁん! 怖かったー!!」「やった、やったぞ!」「生きてるって素晴らしいッ!!」「ぅぉーッ、やってやったぜ!!」「やりゃあ出来るもんだな、おい!!」

 

 

 勝利ムードだなぁ、ったく。まぁ、仕方が無いといえば仕方が無いか。幽霊ポケモン達は、倒されるとその場から「消える」のだ。ブラッグフォッグは確かに「消えた」し、いなくなったという事は、当面の脅威は去ったということだし。この反応も間違いではないのだろう。

 ……ただし。残念ながら、今の光は明らかに「めくらまし」だったからなぁ。図鑑の追跡機能を起動して、と。こうなりゃ俺1人で ――

 

 

「聞いてくれ!! トレーナー部隊の皆、戦闘は終了だ! 各自、回復と脱出準備を始めてくれ!」

 

「「「は、ハイッ!!」」」

 

 

 大声で指示を叫んだのは、執事長ことコクラン。

 慌てて統制を取り戻した部隊は、素早く撤退の為の手はずを整えていく。

 

 

「……あれ、執事長は?」

 

「わたしはショウと一緒に、周囲警戒をしてくるよ。辺りにまだ強力な幽霊ポケモンが潜んでいないとは言い切れないですからね。先に戻っていてください」

 

「わかりました! では ――」

 

 

 コクランの指示を受けたメイドが集団の中へと走ると、コクランは暫しその光景を眺めてから、俺の方へと歩いてくる。肩をぽんと叩いて、

 

 

「さて。行くか、周囲警戒」

 

「……いい友人を持ったもんだよ」

 

 

 まさか察してくれるとは。こりゃあ一家に1人、高性能執事の時代が来るかも知れないぞ。

 

 ……なんて無駄思考も程ほどに。

 お椀型の闘技場の隅、倒れた柱の影。黒い霧の流れ出ているあの穴あたり、警戒しに行こうかな!

 

 

 

 ――

 

 

 

 穴の中へと入り、人工的な階段をコツコツと音をたてて降りていく。近づく毎に霧は濃くなっていくが、先程までの威圧感は幾分か以上に成りを潜めていた。

 因みにどうやら、ブラッグフォッグが逃げの一手として使用したのは、『あやしいひかり』だったご様子。さっきまでプリンもオニスズメも、ちょっと目の焦点が定まっておらず……『こんらん』していたのだ。

 

 

「チュゥンッ」 

 

「オニスズメ、プリン。気分は晴れたか?」

 

「プルルリュゥ♪」

 

「大丈夫みたいだね。俺の手持ちも、もう回復したみたいだ」

 

 

 そう言い、コクランが手持ちのボールを目視して状態を確認していく。順にムクホーク、キルリア、ヘルガー、エンペルトだな。

 因みに、俺の手持ちはプリン、オニスズメ。以上。

 ……レベル差的にもメンバー的にも、もうコクランに任せていいかな、俺!

 

 

「何を言うんだ? ショウがいないと始まらないじゃあないか」

 

「……うーん、でもなぁ。なんつーか、こう、戦力差がな?」

 

「はいはい。さっさと進もうよ、ショウ」

 

「一応、足は止めてないって」

 

 

 言いつつ、手の中にある「切り札」へと視線をおとす。

 ……何の事は無い。「切り札」なんてご大層な呼ばれ方をしているのは、所謂モンスターボールだ。だが、ただ1つ違うとすれば……

 

 

「―― なぁんてやってると見えて来るんだよな」

 

「……居る、ね」

 

「プルルルルゥ」「チュゥン!」

 

 

 階段が途切れ、俺たちの足が石畳の敷かれた床に着いた。コクランが思わず「居る」なんて言ってしまうのも仕方が無い。洞窟の底たるこのフロアーには、洞窟に立ち込めていた「霧」が、より一層の濃さでもって溜まっているんだから。

 暗すぎて全貌が見えないが、辺りには倒れた柱や建築物の残骸と思われるものが散乱している。

 ……こりゃあ、大人数で来なくて正解だな。なにせ、ゴーストであるアイツは「壁はすり抜けるもの」とでも言わんばかりに、遮蔽物を苦にしない(・・・・・・・・・)のだ。さっきの部隊を引き連れてたら、遮蔽物での足止めと合わせて一網打尽だったに違いない。

 

 

「で、ショウ。ブラッグフォッグはどこなんだい?」

 

「―― そだなぁ、方角と距離。でもってなにより、ラスボスのお約束としちゃあ、あの建物の中にいると思われ」

 

 

 言いつつ俺が指差すのは、50メートルほど先にみえている神殿だ。

 図鑑の持つ「追跡機能」を使用した結果、先のブラッグフォッグはあの辺に居るとの結論がでているので。

 ……本来なら原作通り、ライコウとかエンテイとか、ラティ兄妹に使う予定だったんだけどな。この機能は。

 

 

「おじゃましまーす」

 

「プールル、リュー」「チュ、チュンッ」

 

「野生ポケモンの巣に入るってのに、随分と律儀だね」

 

「んー、気分の問題だな」

 

「ふーん……まぁ、いいや。……ご免ください」

 

 

 結局お前も言うのかよ、おい。

 

 

「―― と。『居た』」

 

 《 ――、―― ォ 》

 

 

 脳内ツッコミと同時に扉を開いたその先に、ブラッグフォッグはいた。大きな身体を器用に丸め、廃墟と化した神殿の床に臥せっている。

 俺たちの侵入には、とうに気づいていたのだろう。神殿の大広間らしきその空間に足を踏み入れると同時、ぎろりとした視線をこちらへと絡みつかせてきた。

 

 

 《 オ、……オォ 、 ッ》

 

「……来るぞ。プリン!」

 

「頼んだ、ムクホーク! 『まもる』!」

 

「―― プリュッ!」

 

「―― ムクゥ!!」

 

 《シュン》――《カィンッ!》

 

 

 入るなりの投石で御歓迎と来たか。指示の先だしを受けていたプリンとムクホークが『まもる』によって生み出した障壁で、飛ばされた石片を弾いてくれた。

 ……それにしても、なんだろうな今の技。ブラッグフォッグの出自的に考えれば『サイコキネシス』だけど、この世界のそれは「思念波をぶつける技」だ。となれば、真なる意味での念動力、とかか?

 …………んー、いや。違うな。

 

 

「とりあえず。ありがと、プリン」

 

「お、おい。ショウ、無用心に近づきすぎじゃあないか」

 

「問題ない。……多分、体力切れだ」

 

 

 プリンを横に浮かしつつオニスズメを頭に乗せ、ずかずかと近寄って行く俺。そんな俺へ向かって、コクランは焦った声で静止を呼びかけてくれるが……さっきのは、あの『手』を浮かばしている力の応用で石を『投げた』だけだろう。幽霊ポケモンなりの『投石』という訳だ。

 つまりは、正統なる『技』じゃあなく――

 

 

「あー、強いて言えば『わるあがき』だな」

 

「ああ、もう! 待てって、ショウ!!」

 

「ムクゥ?」

 

 

 コクランと不思議顔のムクホークが後を追ってくる。が、気にせずそのまま、顔の近くまで寄った所で。

 ……ほれほれ、怖くは無いぞー。

 

 

「チュンッ!!」

 

「……ゴゥ、ス」

 

「お、初めて『鳴いた』な」

 

 

 おお、オニスズメの呼びかけには応えてくれるか。だが実際の所、ブラッグフォッグに力は残っていまい。

 宙に浮かぶ力は既になく、床に伏せ。身体は(かし)いでいるし、纏っていた威圧感も薄らいでいる。

 ついでによくよく見てみると、身体の端々から黒い霧が流れ出てるな。どう見ても満身創痍だ。

 

 つまりは、ブラッグフォッグ(コイツ)。既に『ひんし』状態だって事なんだと思う。

 

 ……それでいて尚、少ないながらに威圧感を発しているってのは、凄いと思うんだけど。あのミュウツーでさえ、倒れてからはおとなしいモンだったってのにさ。

 

 

「これが野生産の強さ、かー」

 

「―― はぁ、は、やっと追いついた! ……っ、」

 

 《 オォ…… 》

 

「大丈夫だ、判ってもらえたぞコクラン。……なぁ、ところで。なんで俺がコイツを捕獲しようとしてたか、判るか?」

 

「えぇ……。……はぁ。唐突な質問だけど、何となく、と答えておこうか。ショウはつまり、このポケモンを『助けたかった』んだろう?」

 

 

 コクランの返答は半分正解で、だがしかし肝心な部分が抜けている。俺は確かに、目の前で倒れているブラッグフォッグを助けたかった。

 ……だが、それは俺自身の問題だ。

 コクランとの会話を一旦切り上げ、力なくたゆたうブラッグフォッグを見上げる。

 

 

 《 オ、オ 》

 

「えーと、だな。俺はお前を捕獲しようと思ってたんだ。でも、聞いてくれ。これは選択肢であって、強制じゃないんだ。……ほれ」

 

 

 俺は手に握っていた、「白いモンスターボール」をブラッグフォッグへと差し出す。

 

 

「これは『試作品』で、普通のモンスターボールとは色々と使用が違うんだよ。制限がない、って言うのが適切か。―― 例えばお前を研究者権限を使わずに捕獲して、もっと回復できる場所へ移送してから、『足の着かない形で逃がす』とかな」

 

「! ショウ、それは!」

 

 

 毎度、コクランの良いリアクション。

 トレーナー制度が始まって以来、管理が厳しくなったこの世界において……今俺が「出来る」と言った行動がどれほどの問題なのか、コクランは正確に理解出来ているんだろう。

 勿論、俺も判っている。だからこそ、トレーナー資格を取る前の段階であるこの旅が最後の機会だと考え……その最後に、イベントを入れたんだからな。

 だから。今なら『ブラッグフォッグ』も、便乗させてやることが出来る。

 

 

「―― どうするよ。このままここで『還らずの穴』の墓守を続けるか? ……お前を怖がる余りにポケモントレーナーを集めてしまうほど、島中のポケモンに嫌悪されているとしても」

 

 《……》

 

 

 光を一切映さないブラッグフォッグの瞳が、俺の姿を映す。

 しかし、そう。今回の事件の顛末は、……

 

 

「つまり、スリーパーがこの『ブラッグフォッグ』を怖がって、倒す事の出来るトレーナーを集めていたって言う事なのかい?」

 

「あー……俺としてはゲンガーが、ひいては洞窟中のポケモン達が怖がってスリーパーに協力要請したセンを押しとくぞ」

 

 

 ゲンガー達なら「技」で人を眠らせることは出来る。が、連れ去るならばスリーパーが「適任過ぎる」んだからな。眠ったトレーナー達の夢を食べるのを条件に……なんてのは、ただの妄想だけど。

 ……つっても、どちらにせよナナシマ中を巻き込んだ事件に発展しちまったって結果は変わらないからなぁ。

 

 

「さて、どうする」

 

 《 ……オ、オォ 》

 

 

 問いかけると、ブラッグフォッグの身体が正面の俺へと向き直る。

 悩んでいるのであろう。急かすのも野暮だし、しばらく待ってみるか。

 

 

「えぇと、だな。トレーナーのポケモンになる事の特典でも説明するか?」

 

「ショウ、流石にそれは……」

 

「判ってるって。でもな。間が持たないだろ」

 

「プールゥ♪」

 

「いや、お前のライブは遠慮しとく。それだと皆仲良くお昼寝タイムに突入しそうだ。疲れてるし、ポケセンに帰ったらよろしく!」

 

「チュン」

 

「え。俺、なんか呆れられてる? 何ゆえ?」

 

「うんうん……オレは分かるよ、オニスズメの気持ち。ショウの手持ちって、皆こんな感じなんだ」

 

 《 ……ォォ 》コクコク

 

「……ぉぉう。ブラッグフォッグまで」

 

 《 ……オ゛オ 》

 

「えふん、そんな事より。……さて、俺たちも皆を待たせている身でね。返答を頂戴しよう!」

 

 

 逡巡の間を経て導き出された、その結論は ――

 

 

 ―― 《 スゥ 》

 

 

 返答は、NOだった。

 ブラッグフォッグの身体が、端から段々、洞窟の底に立てられた墓所の闇へと同化して行く。

 はぁ、仕方が無いといえば仕方が無いか。と。

 

 

「プリュ!? プルルリューッ!?」

 

「……優しいなぁ、プリンは。でもこれがアイツの選択なら、尊重してやるべきだと思う」

 

「プ、……ルルゥ」

 

「……チュゥン」

 

 

 プリンは、シンオウでの自分と同じような境遇にあり ―― しかし提案を跳ね除けたブラッグフォッグへ一言いってやらずにはいられなかったのだろう。

 その脇へトトッ、と跳ねて来たオニスズメが、俺たちを見上げて不思議そうな顔をしている。……あと、コクランは、またかと言う様な呆れ顔。

 

 

「いいのかい? 結局、強大な野生ポケモンが野放しな訳だけど」

 

「コイツはあくまで『墓守』だ。荒らされない限りは大丈夫だって。こんな深部まで踏み込めない様にしちまえば、それで事態は解決だろ? 今回のだって、目覚めた時の物珍しさで怖がっていただけだと思うしさ。野生ポケモン達なら、すぐにでも慣れるだろうよ」

 

「……わかった。そのための下地作りは、オレが引き受けよう。お嬢様を守って貰ってる借りがあるからね」

 

 

 などと、溜息をつきながら。

 ……あー、いやぁ……御家の力を借りたいのは山々なのだが。

 

 

「―― スマン。実はカトレアお嬢様、現場に着いて来ちまってて」

 

「うん? ああ、大丈夫。俺が言っているのはスクールでの事だ。お嬢様からメールが来たから、知ってるよ。お嬢様自身が独断でついてきたんだろう? お上が考えての行動なら、俺に文句を言う資格は無いさ」

 

「……んん、いや、ほんとゴメン」

 

「危険云々だけど、結果が無事ならいくらでも申し開き様はあるから良いさ。それに住民を助けた、っていうのはお嬢様と御家の箔にもなるからね。大いに宣伝として使わせてもらうから問題ない。……ただし、晩飯はおごらないから!」

 

「そらもう、当然。……ありがとな、コクラン」

 

「構わない。ショウなら上手くやってくれると思っていたさ」

 

「プールリーィ♪♯」

 

「うんうん。同意してくれるのは嬉しいぞ、プリン!」

 

 《 ……ォ、 》

 

 

 消えつつあるブラッグフォッグ、その最後に残った目が、俺とコクランの姿を……そして、トレーナーとポケモンの姿を捉える。

 内に閉じられた、渦巻く「何か」を受けつつ ―― それでも俺が、ポケモントレーナーとしてかける最後の言葉は。

 

 

「んじゃな、ブラッグフォッグ! 機会があったら、今度は俺の全力メンバーとポケモン勝負しような!!」

 

「そうだね、君とのバトル……オレも、オレのポケモン達も楽しかった!!」

 

「プールーゥ!!」

 

「……チュ、チュチュンッ!!」

 

 

 俺達が到着した際には既に戦っていて、長時間に渡る戦闘を繰り広げていたのであろうコクランが言うなら、間違いは無い。

 プリンとオニスズメも何事かを叫び、コクランの服の内に付けられたモンスターボールも、カタカタと揺れている。

 

 

 ―― 「ゴォ、ス」

 

 

 対峙した相手を驚かす為の怨嗟の鳴き声ではなく。自分本来の鳴き声で鳴いて、ゴーストは ―― 少なくともこの空間からは、完全に消え失せた。

 何もいなくなった空間を少しの間見つめてから、強張っていた身体で伸びをして……ふぅ。

 

 

「ふぅ、と! そんじゃあ俺たちも、撤退した部隊に追いつくとしますか!」

 

「プリュリー♪」「チュンッ」

 

「だね。……それにしても、『かえらずの穴』から帰ることが出来て良かったよ」

 

「帰るまでが遠足だぞ、コクラン。それに結局、今後も安全になるかって部分には、御家の辣腕を振るってもらわないと」

 

「相変わらず言葉だけは厳しいね、ショウ。でもまぁ、そうか。『かえらずの穴』なんてネーミングは活用させてもらうとして……」

 

 

 帰りの階段を登っていく最中という時間が惜しいのだろう。コクランはその間にも、ぶつぶつと対応策を挙げていく。

 ……でもまぁ、俺たちが帰ることが出来るってのは当然だ。

 

「(いつだって ――『帰ることが出来る』のは、生きてるモノだけなんだ)」

 

 いなくなった奴に囚われたままの、ブラッグフォッグ。

 彼または彼女が幸せかどうかを決めるのは、決めるべきなのは。

 決める事が出来るのは、決めていいのは。

 そんな権限を持ってるのは、奴自身なんだ。

 

 ……だけど。アイツが生きる長い長い時の中で、今回の俺みたいに。手を差し伸べる奴がいても、まぁ、悪くは無いかと思う。

 

 ……ああ。

 

 偶には、な!

 






 コンセプトは「特殊個体」、「タマゴ技・教え技・技マシン技の習得方法」、「電撃! ピカチュウ」の3本だてでお送りしました。
 ……ええ。詰め込みすぎたせいで、読みづらいことこの上なくッッ!!
 申し訳ありませんですスイマセンッ!!


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Θ7 南海の果てに

 

 

 楽しかった(……と、せめて、思っていたい)ナナシマでの1週間は、あっという間に過ぎた。

 各々が残る数日をナナシマであった人々との別れや温泉や観光なんかに費やし、俺は既にナナシマを離れている。

 

 

「―― あー、イルカとかいないかねー……」

 

「船の周囲を、マンタインやホエルコが。沢山跳ねているのだけれどね。それでは不満なのかしら、貴方は」

 

「いいえ。ただ、暇なのでしょ……ショウは。そういう人です」

 

「……あら、流石ね。カトレアは」

 

「アタクシも、伊達に弟子を名乗っている訳ではありませんので……」

 

「言いたい放題だなぁ、それ。……確かに暇だから、反論は出来ないが」

 

 

 南の暖かい海上を滑る様に進む船が1隻と、その上に乗る人々。

 この長距離航行用のクルーザーの所有者である、コクランとカトレア。乗客にして顧客でもある俺とミィ、さらにもう1名。

 

 

「……ところで。ミィはトレーナー専攻クラスに進級するのね?」

 

「そう、ね。私としては行きたいわ。シルフの仕事もだけれど……どうせなら、取れる資格は取っておくべきだと思うの」

 

「……なら、アタクシもそうしましょう。資格は万国共通ではないとはいえ、国に戻ってからも役立つ知識はありそう……」

 

「エリートトレーナークラスは、実践重視らしいけれど」

 

「それはそれ、です。……ミミィもシンオウに帰ると言っていましたし、アタクシも一旦シンオウにある別宅を見に行くべきでしょうか……?」

 

 

 ……うーん。ここで口を挟んで、2人の会話を邪魔するのも気が引けるなぁ。

 

 などと考え、俺は目の前の女子2名を視界に捉えつつ、もう1名のいる展望席へと昇る事を決める。なにせカトレアの言う通り、動いていないと暇だしな。コクランをからかいに行くのも良いしメイド・執事隊に講義をするのもいいんだが、日が高い内は外を眺めている方が理想的かと思う。

 そんなことを思いながら、梯子を昇りつつ、と。

 

 

「チュ、―― チュンッ!!」

 

「オニスズメ、こら、つつくなって。危ないぞー……と、飛んで着いて来るのはいいけど、長旅だからな。疲れたら無理せず、早め早めに休めよ?」

 

「チュゥンッ! ―― !」

 

 

 ご覧の通り「ともしび温泉」~「かえらずの穴」で力を貸してもらっていたオニスズメは、未だ俺たちへと同行しているのだった。

 梯子を昇る俺をチョイチョイとあまつつき(・・・・・)するのをやめると、切りかえし、同じく船と並んで飛んでいるピジョットやミュウ、そして自らの率いるオニスズメの群れの中へと戻っていった。

 んー……でも、コイツがいなけりゃブラッグフォッグは暴れっぱなしだった訳だし。

 

「(なにせ、遺伝技を教わるには結局『タマゴグループが同じ』である必要があるっぽいからなー。ただ見るだけじゃあ駄目らしい)」

 

 つまりは「姿形、体の構造機能が似通った相手が技を出す」のを見る必要があるのだろう。タマゴグループって、なんかそんな感じの分け方だし。とはいっても、累計データ上の関連付けだから確定はしていないけどさ。

 ……ま、どちらにせよ我が手持ち達と仲良くやってくれてるのは何よりか。ニドクインとかクチートは飛んでないし、モノズに関しては眠りこけてるだけだけどさ。

 

 

「……っと。どもです、フジさん」

 

「はは。相変わらずポケモンに好かれるね、ショウ君は」

 

「いえいえ。そうあれれば、とは思っていますがねー……何とも」

 

 

 梯子を上ったその先にいた老人へと挨拶し、そのまま風の吹きつける展望の為の特等席に座る。

 上に登った結果、どこまでも広がる南海の美しい水面が太陽の明るい光を映し、きらきらと揺れているのが堪能できる。うんむ、何とも綺麗。それに、船の航行によって造り出された暖かい風が頬を撫でつけるのが、実に心地良いし。いやはや、流石は南国。

 ……というか今、先週ナナシマにいた時よりもバカンスを満喫できてないかな、俺はっっ!?

 

 

「無理も無いか。……やっぱり戦いって、疲れるからなぁ」

 

「ショウ君は何かと努力を惜しまない性格だからね。そのせいだと思いますよ」

 

「ギュゥンッ」

 

 

 ……反論できない事は無いが、老人の横に座るニドリーノにまで同意されたら仕方があるまい。

 

 

「あー、でも、仰る通りなんでしょうね。だからこそこうして『最果ての孤島』なんて目指しているんですし」

 

「……それは、ミュウのためにかい?」

 

「はい」

 

 

 その問いに、俺は間髪いれず返す。

 

 

「そして、他の皆の為でもあります。―― でもま、孤島までは少なくともあと1日かかりますからね。今の内はのーんびーりしてますよ」

 

「それは良いですね、わたしもそうしましょう。というか、そうしてますけどね? はは」

 

 

 そう言って、ニドリーノを撫でながら笑う。

 笑った所を見計らい、……機を窺っていたのであろう……ニドリーノは、目の前にあったフジ老人の膝の上へとよじ登った。よほど気持ちよかったのだろう。そのまま御満悦に、目を閉じてしまった。

 

 

「……ギュゥンッ」

 

「よし、よし。今回は良く頑張ってくれたよ、ニドリーノ。助かった。……ところでショウ君は、下の2人を放って置いても良いのかな」

 

「あれで仲は良いんですよ、あの2人。俺としても女の子同士の会話を邪魔したくは無いですからね。フジさんにとっては貧乏くじでしょうが、しばらく無駄話の相手をお願いしたいです」

 

「無駄話かい? ―― うーん」

 

 

 律儀にも話題を探してくれているのだろう。フジ老人はそのまま、しばしの首肯。その後、あっと何かを閃いた顔をして、口を開く。

 

 

「そういえば、あのオニスズメはショウ君の手持ちポケモンじゃないみたいだね。野生かい?」

 

「ご明察。ともしび温泉で俺の頭の上に乗っかってた奴ですよ」

 

「なるほどなるほど。……ショウ君、ポケモンレンジャーに興味は無いかな? スタイラーもなしに野生ポケモンに協力してもらえるなんて、並大抵の才能じゃないと思うよ」

 

「俺としては、あのオニスズメがなつきっぽいだけだと思うんですがねー……」

 

 

 船の周囲を楽しそうに飛びながら着いてくるオニスズメを視界に入れつつ……つっても、ポケモンレンジャーか。

 確かタマムシのトレーナースクールでなら、専攻クラスがあったはずだ。選択科目にレンジャーの必修を選ばなくてはいけないが、取れる資格ではあるはず。

 取ってみれば案外、役に立つ資格なのかもしれないなぁ。ポケモンとのコミュニケート能力的にも。

 

 

「うーん。確かにちょっと、興味はあるかも知んないです。ポケモンレンジャー」

 

「流石はショウ君だね」

 

「……それ、褒めてます? 貶してます?」

 

「わたしとしては素直に受け取ってくれると嬉しいよ」

 

 

 そう言いながら南国の水平線を見つめ、優しい笑みを浮かべるフジさん。……見た目以上に元気になったな。ミュウツーの件で心身・実情、それぞれにおいてあれだけ「やらかして」しまった人がここまで恢復したというのは、喜ばしい事ではあるかな。うん。

 

 

「うむうむ。……と、そうだ」

 

 

 フジさんが少しでも元気になったのなら、丁度いい。

 俺は四次元バッグから一枚の立て札を取り出し、フジ老人へと突きつける。

 

 

「ほい、これ。メッセージをお願いします」

 

「……いや、唐突過ぎて何がなんだかわからないんだが」

 

「ああ、そんじゃあ説明を。……今日行く島は、これから『自然保護区』として機能を始める島なんです。保護区の湾には警告表示をすることが義務付けられているんで、これはその立て札と言う訳で」

 

 

 ただの無人島ではなく『自然保護区』に該当する島なんなら、注意書きをしておくのも間違いじゃあないだろう。原作的にもな。

 

 

「それを、なんで私が?」

 

「いやぁ、俺じゃあ実感の篭ったコメントは書けませんからね。注意書きというよりは、来島者へのメッセージ的な感じでお願いしたいんですよ。トイレを綺麗にお使いくださりありがとうございます、的な感じで丁度いいかと」

 

「ははは! それなら確かに、私が適任だね。と、……ふむ」

 

 

 ひとしきり笑ってから、フジさんが筆を動かし始める。

 俺はそれを見やりつつ……

 

 

「―― さて、と。どうなりますことやら」

 

 

 仕事(イベント)もふり終えたし、あとは島に着くのを待つだけ。

 とりあえず、景色でも眺めている事にしますかね!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 向かう地 ―― 『最果ての孤島』は、只でさえ南に位置するナナシマからさらに西へ西へと進んだ先にある。ホウエン地方よりも緯度の低い位置に存在する未開の島だ。

 

 ゲームにおけるその役割は、単純明快。所謂、第三世代……ポケモンの引継ぎが始まってから初めての『ミュウ捕獲イベント』があった場所である。

 

 ……ミュウ。

 彼/彼女は、ゲームにおける図鑑文章でも世間的にも、「絶滅した」なんて言われてしまっている。

 しかして勿論、図鑑文など当てにはならず、絶滅した訳でもない。この世界においても(あまり認めたくは無いが)最年少ポケモンチャンピオン「ルリ」の手持ちポケモンとして世間に認知されている、れっきとして現存するポケモンなのだ。

 

 だが。

 俺は「自分の個体以外のミュウ」を見た事が無い。

 

 それ故に、考えてしまう。

 このミュウに、他の個体がいたならば。世界で共に生きていく、俺以外の誰かが居てくれたならば。

 その機会を与えてやるのも ―― 俺のトレーナーとしての役割ではないのかと。

 

 

「―― 到着したよ! ミィ、お嬢様を起こしてきてくれるかい!」

 

「……」コクリ

 

「ふむ、島の中央部は熱帯雨林帯だね。スコール対策やレインブーツを用意しておいて、正解みたいだ」

 

「……ふあ。……予防接種もバッチリです……」

 

 

 着岸するなり慌しく動き始めた友人達、と、ついでに俺。

 それぞれが手に荷物をまとめ、船を下りていく。

 

 

「……集まったか?」

 

「えぇ、バッチリ」

 

「どうぞ、お嬢様。……荷物はわたしがお持ちします」

 

「はい。アリガトウ、コクラン」

 

「……このメンバーに混じって、私か。もの凄く場違いな気がするね……年齢とか、世代とか」

 

「いえいえ、フジさんが居ないと終わってはくれませんから」

 

 

 各々(ただし、カトレア以外)が荷物を背負って、島全体を見渡せる崖の上に立つ。フジさんが書いてくれた立て札を適当にブッ刺して、と。これで良し。

 

 

「そんじゃあ、ミュウ。もしお前なら、どの辺りが居心地良さそうだと思う?」

 

「ミュッ、ミュミュミューッ♪」

 

 

 ギアナのジャングルに気候や景観が似ている事も要因だろう。いつもよりテンション増々のミュウが、嬉々として空を滑っている。道案内は任せても良さそうだな、こりゃ。

 

 

「うぉっし、行きますか。念押しで確認の為にもう1回言っとくけど、主従コンビは待っててくれても構わないんだぜ?」

 

「……アタクシが降りた時点で、既に答えは出ています。そして、ミィには言わないのですか?」ムスッ

 

「ああ、ミィには船の上で言ったからな」

 

「……そう」

 

「あはは……お嬢様が行くなら、俺も行くよ。島の全景からして、今日中には帰って来る事が出来そうだし」

 

 

 カトレアとコクラン、そして無言なミィが続いて外に。

 最後に現れたフジさんも、俺やミュウと視線を同じく……島の密林部分へと向けながら、俺にだけ聞こえるような声量で、ポツリとこぼす。

 

 

「何故だろうね。以前はまだ見ぬ地に、あれほど心焦がれていたというのに……今では……」

 

「……あー……そりゃあ、勿体無いものを失くしましたね。……今からでも拾えると思いますが?」

 

 

 俺の言葉を受け、視線を落とし……ふるふると首を振るう。

 

 

「いや、きっとこれでいいのさ。私も、何か大きな代償を『払いたい』と思っていた所だ。憑き物が落ちたようで、身軽になったよ」

 

「はぁ、そっすか。……貴方がそれでいんなら、俺にとやかく言う資格は無いですけれどね」

 

 

 押さえ込んだのか本当に失くしたのか、はたまた。

 

 

「大丈夫だよ。そんなに心配そうな顔をしないでおくれ、ショウ君。……これを私の最後の冒険にできる。そんな冒険に、この子(ニドリーノ)だって付き合ってくれる。これ以上ない手土産さ」

 

「……んなに顔に出してましたかねー、俺」

 

「ははは! ―― さぁ行こう、ショウ君!」

 

 

 フジさんはいつかの様に元気良く、先に先にと歩き出していく。

 ……、

 

 

「……ん。そーだな。……ミュウ、先導頼んだ!」

 

「ンミュミューッ! ――」

 

《スッ、》

 

 ――《スイッ!》

 

 

 

 

 

 

 

 ミュウに付き従って進むたび空気が湿り気を帯び、木々が伸ばす枝の複雑さが折り重なって緑の濃さを増す。

 あれから休まず歩き続けた結果、俺たちはジャングルの奥。そびえ立つ山の麓までたどり着いていた。

 

 

「……ふぅ」

 

「―― ショウ、休憩にするかい?」

 

 

 主従コンビの主(カトレア)が吐いた溜息を聞いた頃合で、従の方(コクラン)が切り出した。

 

 

「……時間は、正午ね。休憩としては良いタイミングだと思うのだけれど」

 

「どうするんだい?」

 

 

 コクランの問いかけは、俺に対して。……うーん。時間も体力も、余裕があるといえばあるだろう。

 ギアナの時とは明らかに違う点があるからな。なにせここまで来るのに、野生ポケモンとの戦闘が殆どなかったのだ。

 

 

「―― この島のポケモン達は、何故こうも友好的なのかな」

 

「チュ、チュンッ! チュチュンッ!」

 

「―― ツパッ、ツパッ!」

 

「ッポー! クルッ、ポー!!」

 

 

 汗をぬぐうフジさんの頭の上を、スバメやらマメパトやらが螺旋状にじゃれ合いながら飛んでいるんだが……言葉の通り。この島のポケモン達は俺たちを見かけるや否や、近寄ってくる。

 ……「戦闘にはならず」に、な。

 あと、お前等。遊ぶのはいいけど、あんまり遠くまで行くとはぐれるからなー。気をつけろよー。

 

 

「……私達を、助ける為に……なのかしらね。まるで起源の島よ、ここは」

 

「助ける、ってのも違う気はするけどな。どっちかってぇと、遊ぶ為っぽいぞ」

 

「ミューッ、ンミューゥッ」

 

「ピジ、ピジョォ?」

 

「フリィ、フリーッ!!」

 

 

 目の前で遊び倒しているこいつ等を見るとなぁ。

 ……だが、ミィの意見には概ね賛同できる。

 古い古い言い伝えというか、昔話というか。その文面を目にするには、ミオ図書館まで行かなくちゃあならないんだけどな。

 

 

「どちらにせよ未開の地だからこそだね。オニスズメみたいに人に慣れていると言うよりも、人を見ていないというべきかな」

 

「……そうなの?」

 

「はい。フジ様の意見は正しいかと思います、お嬢様。数々の発見を成し遂げてきた研究者の目は、確かです」

 

「『御家』の執事頭のお言葉、恐れ入るよ。……まぁわたしは、最後の最後にやらかしてしまったけどね」

 

「ハイ。……事実、そうですね」

 

 

 カトレアの真っ直ぐな物言いに、フジさんもコクランも苦笑いだ。

 ……さて、と。

 

 

「話題を戻して。俺としても休憩には賛成です。現在地を確認して、休憩にしましょう。……皆さんはここで休んでいてください」

 

「馬鹿を言うなよ、ショウ。オレだって確認に行くさ」

 

「勿論、私もよ」

 

「……あの丘の上ならば、休憩にも周囲の確認にも丁度良いのではないでしょうか?」

 

 

 カトレアが指差した場所は、すぐ傍にある。密林の上へと突き抜けた大きくて平たい岩場だった。

 

 

「皆して行く気満々か。……そんならひとまず、あそこまで行きますかね!」

 

 

 なら、登る道筋を決めなきゃな。えーと。

 

 

「この辺から登れるぽいな。そんじゃお嬢様、お手を拝借」

 

「……アリガト」

 

「……、……」

 

「あー、……いやな? 岩場をゴスロリでひょいひょい飄々と跳んでるお前には要らない、ってか邪魔になるだろ。手ぇ掴んでたらさ」

 

「……、」

 

「わぁった、わぁった。ほれ。速さはカトレアに合わせろよ」

 

「……結局両手に花か。流石はショウだね」

 

「いや、お前はお嬢様の分まで荷物持ちしてるんだし、俺には他の選択肢がなかっただろ。……いや、四次元リュック背負ってるだけだけどさ」

 

 

 それともまさか、御老体に鞭を打てというのか。なんてな。

 俺はコクランの冷やかし(と思いたい)台詞を適当に流しつつ、ミィとカトレアの小さめな身体を引っ張り上げていく。

 岩を5つほど登り、平たくなった場所まで歩くと、景色が開けた。

 南国の青空の下に、緑の海と雲を引く高い山。周囲にある陸地の先には、果ても境目も無い青さが広がっている。

 

 

「……ふ、ぁ。……キレイ」

 

「ここ数日の出来事は、お嬢様にとって良い経験になっていますね。この景色もまた然り、という事です」

 

「……ショウ達は、こんな景色を、いつも?」

 

「まぁ、割とな。俺も俺のポケモンも高い場所は好きなんで」

 

「はは、それも今回で見納めだけどね」

 

 

 感嘆の吐息と共に、高台に登ったエスパーお嬢様は遠くを見続けている。……つい最近まで、文字通りの箱入り娘だったからな。単純な感動に加えて、思う所もあるのだろう。

 お嬢様が見惚れているその内に、コクランやフジさんが休憩の準備を始めた。パラソルを立て、マトレスカーペットを敷き、即席の茶会会場を作っているご様子。

 そんな中、俺は辺りを見回して……

 

 

 《―― 、》

 

「……ッ、ミュッ!?」

 

「チュンッ?」

 

「―― 居たか」

 

「来た、わね」

 

 

 ピクリと反応したミュウとオニスズメに次いで、ここぞとばかりに高台から周囲を見ていた俺やミィも、その姿を目に捉える事が出来た。

 山の天辺に生えた一際巨大な樹。その緑の屋根から、光の玉が浮かび上がっている。1つだけではない。2つ……いや、3つはあるか。

 

 

「……アレは……?」

 

「ミュウだろうね。……あんなにいるのか」

 

「……」

 

 

 カトレアとコクランもその姿を目にして口を開き、フジさんは無言。

 ……ミュウはその姿を自在に消すことが出来る。それが見えるということは、即ち、自分達の意思で「姿を現した」という事だ。

 そして。別個体が、自分から姿を現すとすれば。

 

 

「……迎えに来たみたいだな、ミュウ」

 

「……ンミュ?」

 

 

 同じく、浮かび上がったままゆらゆらと揺れている光の玉を見ていたミュウが、こちらへと振り返る。ミュウにしては珍しく、要領を得ないといった顔つきだ。

 

 

「見つけたぞ、お前の仲間。これで可能性を証明できた。……きっとこの世界には、もっと多くの仲間が居るんだ。あいつらについていけば尚更な」

 

「ミュゥ」

 

「それにこれからこの島は『保護区』になる。ポケモン達の楽園といっても差し支えは無い。お前の好きな環境だろ?」

 

「……ミューゥ」

 

「―― なぁ、ミュウ。お前は、あのジャングルに居た頃みたいに。自由に空を飛びまわり、トレーナーや他の野生ポケモンというアクシデントに晒されながらも、自らの決定だけに従って生きてゆく。……そんな生き方が『良くはなかったか』? 今のお前は、ミュウツーやこの前のゴーストの様に、自分の心に従って生きることが出来てるか? ……今なら、お前も『協会らに探知されず、足の着かない形で逃がす』事が出来るんだ。そのためにまだ、白い試作ボールに入ってるんだからな。ああ、スマンが来年は無理なんだ。俺もポケモントレーナーとしての資格を得る。……バトルをするなら最低限、『ルリ』の手持ちとして登録する必要があると思う」

 

 

 俺の一方的な独白を、ミュウは黙って聞いてくれていた。大きな瞳を瞬かせながら、宙にピタリと静止している。

 ……最も伝えるべき言葉を、待ってくれているんだろう。

 俺は息を吸い、向こうにいる別個体達にも届くくらいの想いを込めて、言葉を放つ。

 

 

「……それでも、ゴメン。俺はお前と ―― お前等と、一緒に居たいんだ」

 

 《ピシッ ―― 》

 

 

 ボールの破棄機能を起動し、ミュウを格納し続けていた白いモンスターボールが2つに割れる。これでもう2度と、試作モンスターボールとしての機能を発揮することは無い。

 ……俺は代わりにと、別のモンスターボールを突き出す。

 新チャンピオンの就任やら人気を記念して作られたそのプレミアなボールは、色こそ以前と変わらない。だが、その機能はハッキリと別物だ。

 協会にも登録され、親IDも固定され、……どこに行くにもトレーナーの影が付き纏ってしまう。

 

 

「俺と一緒に来てくれるか? ミュウ」

 

「……ミュミュ」

 

 ――《スゥッ》

 

 

 いつかと同じく、ミュウが宙を滑る。

 滑り降りながら、俺の腰につけられた5つのボールへと一瞬だけ目をやった。5体のポケモンを格納しているこれらボールは既に、試作品のそれではない(・・・・・・・・・・)。俺がこのやり取りをするのも、ミュウで最後になるだろう。

 数瞬の後、ミュウが顔を上げて俺の目を覗き込み、自らの額を躊躇なくボールへと近づけ ――

 

 

 ……《ボウンッ》

 

 ……、

 

 …………、

 

 

 

 ――《 カチッ♪ 》

 

 

 ミュウはモンスターボールを揺らさず、その中へと収まってくれたのだった。

 俺は感謝の気持ちと共に、地面からボールを拾い上げる。

 

 

「うん……ありがとな、ミュウ。―― あっちの、お前等も」

 

 

 ミュウがボールに収まるや否や、遠くで輝いていた「他の光球」が瞬き始めていた。

 明滅の感覚は次第に延長して行き、

 

 

「……あ」

 

「消えました、ね」

 

 

 まるで光源など最初から無かったとでも言うかの如く、他の個体と思われるソイツ等は、消えていった。

 後に残されるのは南国の青い空と、交わる海。

 

 そして。

 

 

「―― チュン、チュン!」

 

「……おう。お前も決めたのか、オニスズメ?」

 

 《 ト、タ、ト 》

 

 ――《パタタタタッ!》

 

 

 事態をずっと見守っていたオニスズメに声をかけると、周りを数度跳ねてから空へと浮かんだ。周囲を自らが率いるオニスズメの群れに囲まれながら俺達を見下ろし、視線が交わる。

 

 

「お前はこの数日、どうだった? トレーナーと一緒に、ってのも悪くなかったと思ってくれたんなら、俺としても嬉しいんだけどなー……とかとか。思ってみたり」

 

「チュン、チュンッ♪」

 

「おおっ、そら重畳だ。……それでも、行くんだろ?」

 

「……チュンッ」

 

 

 自らがボスを務める群れを見やり……俺達へと振り返って、頷く。

 

 

「あのコ、行っちゃうのかい?」

 

「ええ。……二番煎じですが、アイツが決めたんなら俺が言うべきことなんてないですからねー」

 

 

 俺の隣へと歩き出たフジ博士の言葉に同調しつつ、オニスズメへと目を向ける。

 ……オニスズメだって、あのゴーストを間近に見て、今のミュウを見ての決定だからな。強いて言えば、次会った時にホウオウと見紛う巨大オニドリルなんてぇのになってない事を祈っておきたい位か。二つ名がつくのもゴメンだが。

 

 などと、無駄な思考は早々に切り上げる事にして。

 

 

「俺もお前と一緒にいる間、得る物が色々とあったんだ。……それに、俺のピジョットにも『オウムがえし』を教えてくれたしな!!」

 

「チュッ、チュチュンッ!」

 

「おうっ、元気でやれよ!!」

 

 

 最後の挨拶を交わしたかと思うと、島の中心部にある山の方角へと勢い良く飛び去っていく。振り返りもしないあたり、キレイさっぱり歯切れ良い。群れ達がそれに付き従って飛んで行き、1分ほどで姿すら見えなくなった。

 

 

「―― 寸劇は、済んだのかしら」

 

「寸劇とか言うなよ、ミィ。元も子もない。……まぁ確かに、ミュウは残ってくれるってな確信に近いのはあったけど」

 

「……それほどまでに信頼しているのですね、ショウは」

 

「んーにゃ、そんなご大層なモンじゃあない。ただ何となく、ってだけだ。ああ勿論、俺はエスパーじゃあないけどな?」

 

「まぁ、ショウの言い分はオレにも理解できるよ。只、確かに……何となく、だね。それ以外に言い様はない気もする」

 

「……ふぅん。そういうものなのですか……?」

 

「えぇ、そういうもの。……あのオニスズメの様子から、この結果は予測し得たわ。ショウ、貴方にとってもこれで予定調和でしょう」

 

「そーだけどさ。でも、お前だってさみしいにゃさみしいだろ?」

 

「それは、勿論。当たり前ね」

 

「……オレは最近、ショウもそうだけど、ミィがよく判らなくなってきたんだ……」

 

「アタクシは、何となく判るのですが」

 

 

 あー、成る程。ミィの場合は抑揚のない声と能面が合わさっているせいで、慣れてこないと判り辛いんだよな。慣れて来さえすれば、コイツも俺とおんなじくらい判り易いと思うんだけど。

 

 ……ふんふん。で、と。

 

 

「―― それじゃあカントーへ戻りましょうか、フジさん」

 

「……」

 

 

 未だ別個体の消えた山のある方を見ている老人 ―― フジさん。

 フジさんは、俺が差した看板を前に、何やら文章を書き加えていた。

 

 

「―― 7月6日。どうか。この子等に……いや、違うかな。この島にいるポケモン達の為に ――」

 

 

 ミュウ達とのやり取りを見て書き加えたくなったのだろうか。……フジさんが願っている事は、俺自身の願いでもあるからな。任せるかね。

 一度は筆を止め、

 

 

此処に(・・・)立ち入る人間が再び現れるとすれば……心優しい人であらん事を。此処にその願いを記し、この地を後にする」

 

「―― フジ、と」

 

「あ、あははは……。勝手に付け加えないでおくれよ、ショウ君」

 

「なっはは。これが相応しいと思いますよ、俺は。良くも悪くも、この流れの始まりはフジさんなんです。フジさんがミュウを見つけよう、探そう ―― そう思わなければ在り得なかったんですからね。そういう意味では俺もミュウも、とても感謝していますから!」

 

「だね。……」

 

「―― ショウ、フジさんっ! 先に行くよ!」

 

 

 下の方から、コクランの声が聞こえる。どうやらお嬢様方を連れて、岩場を降りていたらしい。

 ……。

 

 

「……。…………よし」

 

 

 力強い言葉と共にフジさんは前を向いた。 

 後ろを気にかけながらも、確かな一歩を踏み出して。

 

 

「わたし達も行こう、ショウ君! 早速だけど、カントーに帰ったら孤児院の手伝いを頼んで良いかい?」

 

「そりゃあ勿論。俺もちょっと、班員の同級生の研究に付き合って、ポケモンのルーツやらを調べに出張しなきゃあならないんですよねー。遺伝子的なアレにおける経験談から、アドバイスを頂きたいです」

 

「わたしで良ければ、花の世話でもしながら語らせてもらうよ。……さぁ、これからやることは一杯だ。君にも頼らせてもらうよ、ニドリーノ!」

 

 ――《カタカタ、カタタッ!!》

 

 

 岩場を降りながら誇る様に、見せびらかす様にボールを掲げてフジさんが笑う。

 いつかの様な子供の如きそれではなく。だが、確かなやさしさが備わった笑顔だと、俺は思う。

 ……ふーんむ。だな。

 

 

「俺達も、これが最初の一歩なんだ。『いつでも逃がせる』なんてハンディのない、ポケモントレーナーとそのポケモン達としてな」

 

 

 それに、カントーに帰ってからもやる事は山積みだ。

 まずはトレーナー専攻クラスに行く為の勉強をしなきゃあいけないし、研究題材も詰めなきゃいけないし、調査予定も4つほど入っているし、ボランティアの予定もあるし、後々には『ルリ』としての試合まで控えている。

 けれど、コイツ等が。そしてまだ見ぬポケモン達が、俺と一緒にいることを決めてくれているのならば ―― これ以上に嬉しい事などないのだから。

 

 

「……これからも宜しくな、皆!!」

 

 

 ――《《カタタタッ、カタタッ!!!》》

 

 

 

 

 

 ――――『 ミューゥッ♪ 』

 

 






 最後は『最果ての孤島』イベントでした。
 個人的には孤島がギアナだとは思えなく、こういった経緯になりましたという。……面積的にも、海と面しちゃってる辺りも、……うーん。

 さて、これにて『ナナシマ編』が終了しました次第。

 これからは、なにより一先ず、更新速度を上げたい所です。ネット上でSSなどやっているからには、と。

 質問疑問突っ込み提案お誘い等々、いつでも受け付けておりますので、お気軽に感想欄なりメッセージなりに書き込みくだされば。
 私が狂喜して乱舞した結果、警察の厄介になりかねまs(以下略


 では、では。
 新年度を迎えた皆様方も、忙しいとは思うのですが、共に頑張りましょう(意味深
 駄作者私としては、幕間②を早々に終わらせたい……所なのです(意味深々


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ーー 妹、未来編
特別編① 世界はいつでも、白く眩く輝いて


※注意

 2014年2月14日から投稿した特別編を、幕間へと移動したものになりますです。以前から企画として書き溜めていたものを放出する形になっております次第。
 では、では。
 バン・アレン帯……ではなく、あれです。私からのメッセージカードという事で、何卒。


 

 

 あたしの兄は、とても強い人でした。

 いつだってポケモン達と共に並び立ち、ポケモン達と共に在る事の出来る人。

 あたしにとって兄は、名実共に至上のポケモントレーナーだったのです。

 そんな兄の活躍をテレビで眺めるのは、あたしが最も楽しみにしている瞬間の1つ。今日もシンオウ地方に新たに作られた施設 ―― バトルフロンティアの開会宣言で、兄が挨拶をする予定でした。

 ……そう。予定、だった、ハズ。

 あたしが見つめるテレビに、いつまでたっても兄は現れません。

 いつしか時間は過ぎ、開会式は中断され……バトルフロンティアの開場は延期になった、というニュースが流れ始めて。

 

 兄が行方不明になったと知ったのは、次の日の朝の出来事でした。

 

 

 

 一☆

 

 

 

 場所はカントーの遥か北 ―― シンオウ地方。時は西暦2000年ちょうど。

 広大な面積を誇る北の地の、その切先。いつでも雪に覆われたこの街は、キッサキシティと呼ばれている。厳冬期には海すら氷に覆われ、人々の移動を困難にする程だ。

 街の北端にはキッサキ神殿と呼ばれる古めかしい遺跡がそびえている。他に観光地など何も無い、と表現しても良いだろう。あの神殿はこの街において、唯一目立つ建築物に違いない。

 そんな街。街の東端にあるごく一般的な民家……あたしはその扉を外へと開いて、歩き出た。

 

 

「……ん、ぅ」

 

 

 雪が太陽光を反射して目を眩ませる。眩しさに手で作った庇で目の上を覆い、そのまま雪を踏みしめて歩き出した。

 しんと冷える街中に、真昼の雪が積もってゆく。住み慣れた街の馴染んだ寒さが、服の上から肌を突き刺してくる。

 あたしは目立つ服装……所謂ゴスロリと呼ばれるものだ……の上に外套を羽織っているが、不思議と動き辛さは無い。あたし自身、姉代わりだった人から貰ったこの服装を気に入ってもいた。

 袈裟にかけた鞄を持ち直し、その中から紅白に彩られた球体を持ちあげる。モンスターボールだ。中に入ったポケモンを外へと出す為、地面へ放る。

 

 

 《ボウンッ!》

 

「……歩こ、ガーディ」

 

「ワフ、ワゥンッ!!」

 

 

 子犬の様な、美しい赤色をしたポケモン……ガーディ。9才の誕生日の日に、兄から譲り受けたポケモン。その喉元を撫でていると、自然に、いつも鏡で見る能面然とした顔にもふんわりとした笑みが浮かぶ。

 

 

「……行くよガーディ。今日、旅立ちの日」

 

「ワォーンッ!」

 

 

 元気良く鳴いたガーディを撫で終えると、試験機である複合型トレーナーツールにイヤホンを接続し、耳につけた。ラジオからは今日も沢山のニュースが流れ出ている。

 

 

『……ザザ、ザ。それでは本日の特集に参りましょう。本日のトピック……どどん! 色違いのポケモン特集! それではアオイさん、お願いします』

 

『はーい! ではでは、まずまず、ポケモンの色違いについて説明しましょうか。例を挙げましょう。昨年ジョウト地方で起こったロケット団騒動、まだ記憶に新しい方も多いのではないかと思います。その際にチョウジタウンの北側、「いかりの湖」で、なんと赤いギャラドスが目撃されているんですねー。興味のある方はネットを漁れば画像は幾らでも出てくるので、と御紹介しておきましてですね ――』

 

 

 ラジオを聴きながら、あたしは街の中心部へと向かっていた。

 この街の中心には、公認ポケモンジムがある。あたしがポケモントレーナーとしての資格を取ってから、既に数年。ここキッサキのジムへの挑戦が、トレーナーとしての第一歩でもあるのだ。

 

 

『世界は広いのです! 色違いだけではなく、皆様方がまだ見ぬポケモン達と出会える事を祈っていますよ! ではではこれにて! 音声はわたし、アオイでしたー!』

 

「……終わっちゃった」

 

 

 5分ほどか。途中で録音の現地中継音声などを流していたが、アオイさんのコーナーは終わってしまった。あとは14時台に合言葉をチェックするのと、深夜に声優としての仕事の一環で行っている「だべり」の番組があった筈。そんな風にラジオの番組表に予約をいれながら、ポケモンジムに向かう路への時間を潰していく。

 時折ガーディを抱きかかえたりしながら数分ほど歩いた先に、件のジムが見えてきた。雪の積もった赤い屋根に、リーグ印のボールマーク。「キッサキジム」―― スズナさんことスズ姉のジムに間違いない。

 手元のポケッチ(プラス)で時間を確認する。予約を入れていた時間、3分前だ。もう入っても良いだろうか。……多分、良いかな。良いよね。

 

 

「ワフッ?」

 

「ここ、入るよ」

 

 

 ガーディを足元に降ろし、あたしはジムの扉を潜る。

 

 

「……お? お客だね」

 

 

 入るとすぐに、リーグの像の横に立つ受付のおじさんが話しかけてきた。リーグの制服を着て、首には証明書をぶら下げている。顔には実に爽やかな笑みを浮かべているが、ちょっとぽっちゃり。それもまた相まってか、愛嬌を感じられる……人の警戒心を薄れさせる容貌。

 ……あたしがこんな風に考えちゃうのは、きっと、おにぃちゃんの影響なんだけど。

 

 

「おーっす、未来のチャンピオン! 君の名前を伺っても良いかな?」

 

 

 人の名前を聞く前に、と言いたいけど、あたしが侵入者側なのだからして。此方が名乗らなければなるまい。

 

 ……。

 

 ……いや、動いてよあたしの口。

 

 力を込め、唇をわななかせ、やっとこさ喉が震える。

 

 

「……あたしの名前、……マイ」

 

「マイだね。……お、きちんと予約を入れてきてくれてる。関心関心! それじゃあ、ジム戦のスタートだ。今から1時間、マイともう1人がスズナに挑戦可能だよ!」

 

 

 あたしが差し出したトレーナーカードを受け取ったおじさんは、手元のパッド型ツールを使用してあたしのトレーナーIDを照会した。そのままジム挑戦の説明を始めてくれる。

 

 

「1時間の間は出入り自由だから、ポケモンセンターに戻っても良いよ。勿論持参の薬も使用可能だから、時間を節約したいのなら使ってくれよ。スズナの元にたどり着いた後に規定時間が経過した場合、そのバトルが終わるまでは延長可能だ」

 

 

 人の良い笑みを浮かべながらこちらに説明をしてくれるおじさん。殆どは兄から学んだとおりだ。あたしはその説明に頷きつつ、一つだけ。気になったことを聞いてみる。

 

 

「……あの……も、1人……?」

 

「ん、ああ! マイの他にももう1人、予約を入れてくれている女の子が居るんだ。まだジムに顔は見せていないけど……お、来たか?」

 

 

 おじさんが視線を向けると、タイミングよく入口の扉が開閉した。

 誰かが中へと、勢い良く駆け込んできた。

 

 

 《ガララッ》

 

「間に合ったーっ! ……え、間に合った、よね?」

 

 

 暖かそうなマフラーをしているその癖、下はミニスカートの女の子。いかにも手入れの行き届いた黒髪に健康的な太腿が魅力的な娘だ。

 その娘が走りこんだ勢いもそのままに、元気良く手を挙げて質問した。

 

 

「すいませーん! 挑戦、大丈夫ですか!?」

 

「おーっす、未来のチャンピオン! 君の名前は ――」

 

「はい! わたし、ヒカリといいます! 昨日の内に予約をしてました! あのあの!」

 

「大丈夫だから落ちつこう、ヒカリ。ジムリーダーへの挑戦だね? 丁度良く、今から始める所だったんだ! このマイも一緒にね!」

 

 

 ガイドさんに挨拶を促され、あたしはヒカリと呼ばれた女の子に向かって頭を下げる。

 

 

「……」ペコリ

 

「あ、うん! わたしヒカリ! よろしくね!」

 

 

 ヒカリは快活そうな女の子だ。どうしても無愛想になってしまうあたしとは、大違い。

 あたしとの挨拶を終えると、ガイドのおじさんはヒカリにもジム挑戦のルールを説明する。さっきあたしに説明したものと、内容は同じだ。走ってきたのであろうヒカリは、息が荒いままながらに頷きながら聞いている。本当に覚えているのかは、かなり怪しいと思うのだけれど。

 

 

「さて、よし。……それじゃあ行くぞ!」

 

 

 説明を終えたガイドさんがポケッチで時間を確認し、前方へと突き出した腕で先を指し示す。

 あたしとヒカリの視線が集まり、ジムの扉が一斉に ――

 

 

《ゴゴゴ、ガタタ》

 

 ――《《 ズゥンッ! 》》

 

 

「うわぁっ!?」

 

「……」

 

 

 風除室のように設置されていた部屋が、ガイドさんの合図で4方向に開いていた。あたしも、実際にジムの中を見るのは初めてだったけれど、……これは。

 広々とした部屋一面に氷が張られている。氷によって青く照らされた部屋の奥深く、一際高い位置には、バトルフィールドが設置されていて。あそこにスズナさんが居るに違いない。

 

 

「それじゃあ ―― 行って来い、ポケモントレーナー達! キッサキジム戦の始まりだ!!」

 

 

 促す様な。励ますようなガイドさんの声に、あたしはぐっと拳を握る。

 ……うん、よし。行く。

 

 

「……」

 

「よーし、頑張るぞー!」

 

 

 あたしは、ポケモントレーナーとして。

 キッサキジム戦への一歩を踏み出した。

 

 




 特別編のあとがきに、小ネタメモを追記しております。

>>手持ち、ガーディ
 プラチナ版のマイの切り札(この場合、ゲーム内でダブルバトルの際に先頭に出すポケモンの事)はウィンディとなっていることから。

>>赤いギャラドス
 プラチナではなく、ダイヤモンドパール版から。オープニングで流れるニュースに由来。この辺りは年代予測に影響してくるのですが、わたくし個人の意見としましては録画ニュースでもよいのではないかと考えています。1999→HGSS、2000→HGSSカントー編と、DPPtとの設定をばしております次第。

>>合言葉
 流石に2時間ごとにずっと流すとか、ゲームみたいなことにはなりませんが……深夜と昼間の2回放送している、等々。

>>受付のおじさん
 最近のによっては居たり居なかったり、ガイドーさんという名前だったり。
 サイドン石像の横に立っているあの人です。


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特別編② 白金よりも価値ある一歩

 

 ジムの中は氷漬け。足場を取られるフィールドでのバトルに、あたしとガーディは苦戦していた。

 けれども、それも何とかなりそうではある!

 

 

「……ガーディ(『ひのこ』)」

 

「ワゥンッ!」

 

 《ボオッ!》

 

「ュキッ!? ユユキキィッ!?」

 

「ああ、ユキワラシっ!?」

 

 

 サイン指示に頷いたガーディが、相手に向かって『ひのこ』を放つ。ジムトレーナーの繰り出していたユキワラシは空中広範囲に撒いた火の粉に降られ、あっちへこっちへ逃げ回る。

 滑る床に対するこちらの対策は、至極簡単。「遠距離攻撃」だ。此方が動かなければ「滑る」ことも、ない。

 ……勿論、「苦戦」というからにはこの作戦の穴も見えている。今の所はあたしのガーディの25というレベルの高さと、氷タイプへの相性の良さがあってか、一方的な展開になってはいるけれど……それにしても、この床。氷になっているその下は、どうなっているのだろう。

 そんな事を考えている内にも、逃げ回っていたユキワラシが目を回し、とうとう倒れる。審判の人がばっと手を挙げた。

 

 

「勝者、挑戦者マイ!」

 

「ありがとー。あ、この次はジムリーダーね。頑張ってよ!」

 

「……」コクリ

 

 

 スキーヤーの格好をしたエリトレのお姉さんに頷き、マッピングしたジムの構造を見直す。こうしてみれば、滑る床と滑らない床。そして雪球が意図を持って配置されているのが判る。

 ……スズねぇの所に行くには、一旦戻るかな?

 あたしはそう決めて階段を登り、入口の位置までを滑って戻る。真っ直ぐに高台を見据えると、石像の脇に立ったガイドさんがぐっと親指を立ててくれた。

 意を決して降りる。冒険用にと姉代わりだった人から貰った靴のスパイクも効かない、明らかにオーバースペックな床をバランスをとりながら滑って行く。摩擦係数を無視して、たまに階段を駆け上がり……高台の上、到着。

 すると。

 

 

「―― いけっ、ポッチャマ! 『つつく』!」

 

「ポッチャー!」

 

「カブゥ!? ッ、」

 

「っとぉ、ユキきゃブリ! ……あちゃー」

 

「ユキカブリ、戦闘不能!」

 

 

 あたしが着くと、既にバトルが開始されていた。マフラーを翻しながら元気良く指示を出すヒカリと、その相手はスズナさん。あたしがスズねえと呼んでいる、このキッサキジムのジムリーダーだ。元気良く飛び跳ねるたびおさげ髪が揺れて、今日も短パン装備。上着は腰に巻いていて。見ているだけで寒そうな服装をしているが、それももう見慣れてくれば……いや。やっぱり寒そうなんだけども。

 目の前でユキカブリが倒れる。電光掲示に映されたスズねえの手持ちに1つ、×が付いた。残るスズねえの手持ちは1体で、相対するヒカリは残り2体。……それにしても、ポッチャマかぁ。ヒカリはナナカマド博士の知り合いかな?

 そんな事を考えていると、スズねえが次のポケモンを繰り出した。

 

 

「行くよっ、タマザりゃシ!」

 

「タママー(はぁと)」

 

「あっ、見たことのないポケモン!」

 

 

 ヒカリが手元で何やら機械を操作する。……あ、やっぱり博士の知り合いっぽい。ポケモン図鑑を持ってる人だし。

 一応、ポケモン図鑑に名前と種族は表示される。時間さえあれば、データバンクに繋いで種族の平均的な能力値を見ることも出来るけど、今はそんな猶予はないはず。

 同じ事を考えていたみたい。ヒカリは素早く図鑑を仕舞い、タマザラシのタイプをうわ言の様に繰り返す。

 

 

「『こおり』と『みず』、『こおり』と『みず』……えーい、『つつく』よポッチャマ!」

 

「チャマーッ!」

 

「『まるくなる』!」

 

「マママー(はぁと)」

 

 《ガッ、》

 

 ――《ボヨンッ》

 

 

 ポッチャマの『つつく』。けど途中から、丸くなったタマザラシの柔らかい皮膚に威力を相殺されている。

 ……『まるくなる』。とすれば、次は……

 

 

「ポッチャマ、『つつく』!」

 

「行くよッ!!」

 

「タママッ!」

 

「―― チャマッ!!」

 

 《ボヨッ》

 

 

 先手を取られるのは判ってる。タマザラシは背中でポッチャマの嘴を受けて、同時に、目前にポッチャマを捉えた。

 ……スズねえ、容赦ないねっ!?

 

 

「ゴーだよ、タマザりゃシ! ……『ころがる』っっ!!」

 

「タマァ(はぁと)!」

 

 《ゴロンゴロンッ!》

 

「チャマッ!? チャマ、チャ、……チャムギュッ」

 

「ああっ、ポッチャマっ!?」

 

 

 逃げたけど、丸々と転がったタマザラシに、無残に轢かれるポッチャマ。雪の地面に深々と埋まり、大の字のポケモン型を作って見せた。あのポッチャマ、意外と芸人気質かも。良いリアクション。

 奇妙なニックネームで呼ばれているスズねえのタマザラシが使ったのは、『まるくなる』と『ころがる』のコンビネーションだ。『ころがる』という技は、『まるくなる』の直後に使うと威力が2倍になる、らしい。

 ただでさえ『ころがる』は使う毎、威力が倍になっていく技。僅かに命中させ辛さがあるけど、この雪と氷のフィールドでは、さっきのあたし達みたいに慣れていないと回避もし辛いに違いない。

 ……やっぱりスズねえ、容赦ないなぁ。これはもう、決まったも同然かな。

 

 

「ぐぅ、ケーシィ!?」

 

「(……! ……、)」

 

 《トスンッ!》

 

「ケーシィ戦闘不能っ! 勝者、ジムリーダーのスズナ!!」

 

「やーりぃ! 頑張ったねタマザりゃシ!」

 

「タママァ(はぁと)」

 

 

 2体目のピッピ、3体目のケーシィもタマザラシの『ころがる』によって跳ね飛ばされ、あっという間に決着が着いていた。スズねえの勝利である。

 暫くはタマザラシと抱き合っていたスズねえは、ヒカリの傍に歩み寄って握手する。

 

 

「ねー。君、いい感じに気合入ってたねー」

 

「あ、ありがとうございました」

 

 

 ヒカリは握手をした後モンスターボールを掲げ、ポケモン達にありがとうと声をかけ……ながらも、明らかに肩を落としている。

 あれ。これもしかして、なんか終わりだと思ってる? ここでスズねえを見てみると、何やら協会の人と話をしていて……どうしよう。あたししか話す人がいない。けど、話さないと、ヒカリは誤解したまま帰ってしまいそうな勢いだ。

 ……ぐっと(心の)拳を握る。気合だよ、気合いれて、マイ!

 

 

「……、あの……」

 

「ぐすっ……あ、ご、ゴメンッ!! えーと、マイちゃんだったよね! わたしは負けちゃったけど、マイちゃんは頑張ってね!!」

 

 

 うわぁ泣いてたッ!?

 えーと、どうしよう。泣いてる人を宥める方法とか、知らないし。……落ち着こう。……ヒカリはやっぱり、勘違いしてる。……うし。

 

 

「……えと、ね。違う」

 

「……違う?」

 

「これ、見て」

 

 

 あたしは腕についた黒白の多機能時計、「ポケッチ+」の液晶をヒカリに見せる。その中では残り時間がカウントされていて、残り「35分」と表示されていた。

 何て説明すれば伝わるだろう。言葉を選んでみる。

 

 

「……これ、残り時間。制限、1時間で……ぅぇふ……まだ、挑戦できる」

 

 

 なんだよ「ぅぇふ」って、変な吐息混じったな(自分の言葉です)。

 でも……もう。自分のこの素直に言葉を言えない感じ、もどかしいと言うかなんと言うか。

 あたしの分かり辛い説明を聞いて、ヒカリは暫くぽかんとしていた。けど自分のポケッチも確認した所で、あっと声を上げる。

 

 

「あっ、えーと、つまりポケモンを回復してくれば、もう1回挑戦できる……?」

 

「……」コクコク

 

 

 確認する様な言葉に激しく頷き、同意を示す。35分もあればポケモンセンターとの間を7往復は出来るに違いない。そんなに無駄な運動はしないけど。

 ヒカリの表情がみるみる明るくなってゆく。

 

 

「よ、よぅし! 回復してもう1回挑戦する! 最初くらいは頼りたくなかったけど、そうも言ってられない。今度は全力を注ぐ! あの子にも、頼る!」

 

 

 どうやら元気が出たみたい。はぁ、良かった。ホントに良かった伝わって。

 ヒカリは肩に鞄をかけ直し、今にもポケモンセンターへ向かって走り出そうとする。する……けどその前に、立ち止まってこっちを振り返り。

 

 

「そう言えば、マイちゃんもこれからジムリーダーに挑戦だよね?」

 

「……」コクリ

 

「どうしようかなぁ。バトルを見れば、わたしの勉強にもなるのかな?」

 

 

 確かに35分もあればあたしのバトルを見てからでも再挑戦できるだろう。でも見られていると緊張すると思うんでやめてください本当に(切実)。

 この思考を当たり障りない程度に口に出すべく、分割思考しようかと考えていた。

 ……そしたら。

 

 

「―― そうだね、あたしは見ていった方が良いと思うなぁ」

 

「スズナさん!」

 

 

 ジム員との会話を終えたスズねえが、こっちに向かって歩いてきていた。しかもまさかの見学推奨である。

 スズねえはあたし達挑戦者2名の前まで来るとエヘンと胸を張り、

 

 

「ヒカリちゃんの手持ちはわたしが回復してあげるからさ、スズナとマイのバトル見てきなよ!」

 

「え、いいんですか?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。わたしが気合でオッケー貰うから。……良いよね?」 

 

 ―― おっけーでーす

 

「はい! オッケーだって! さぁさ、あっちのテーブルに座ろう!」

 

「え、あ、はい……」

 

 

 相も変わらず強引だ。スズねえは昔っからの気性でヒカリの背中を押して、電光掲示板の横にある休憩スペースへと入っていく。

 ……どっちにしろ、スズねえのポケモンを回復する時間が必要。仕方が無い、あたしも入ることにしよう。そう考えて、あたしは2人の後を追った。

 




>>氷漬け
 原作の通り。摩擦は無視されます(ぉぃ

>>スキーヤーの格好をしたエリトレ
 確か本来は違ったと思いますが、あれです。脳内補完です。

>>マイよりヒカリのが早く着いてんじゃん
 2人とも初めてのジム戦で、待機トレーナーが2人しかいませんでした。マイは兄の教えの通りに地形把握を念入りに行っており、その差が出ているという感じです。

>>たままー(はぁと)
 毎回ポケモンの鳴き声の表現には四苦八苦しています(はぁと

>>タイプ相性
 私達はゲームの中でトレーナー何年分もの対戦を(この場合、疑似的に)体験しているので分かるのですが、実際、タイプの相性から丸暗記しようとするとかなり苦労すると思います。
 ……というかトレーナーのレベルが高い場合、タイプ相性というよりも「このポケモンにはこれが抜群!」といった形で覚えているのが多いのではないかと考えている今日この頃。

>>丸くなる+転がる
 ゲームで実際に使うかは、ともかく。
 ……アカネさんですら3番目のジムで「ころがる」単発で使い、あれほどの恐怖を振りまいているというのに……スズナさん気合い入ってますね、と。

>>ヒカリの手持ち
 ポッチャマ、ピッピ、ケーシィ。
 プラチナのゲーム内でダブルバトルをすると判明するNPC版ヒカリの手持ち(の、進化前)です。
 駄作者私としては、XYでライバルがピクシーを使っていて嬉しい限りなのです。

>>マイ
 脳内と思考構造は兄たるショウ。
 口数とオーラは姉代わりのミィ。
 実はバトルは、カトレアとエリカ、後半スズナによる仕込みとなっております。なので、ショウのものやミィのものと比べると、どっちつかずの中途半端だったり。

>>1時間は再挑戦
 ジム戦途中でのポケセンダッシュ。
 皆さんも実際、ゲームではやるかと思うのですが……最近の駄作者私は横着して、ストーリー中だというのになんでもなおしとミックスオレ、元気のかけらを買い込む方式です。


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特別編③ VSキッサキジムリーダー

 

 ――☆ Side ヒカリ

 

 

「さてと! よく来たね、マイ! 寒くなかったかな?」

 

「……ううん。スズねえのが、寒そう」

 

「あっはっは! そうだね! でもあたし、今日は燃えてるからさっ」

 

 

 わたしとスズナさんが休憩室に入ると、後ろから追ってきた……もう1人の挑戦者である……艶のある短髪黒髪「無表情な女の子」、マイも入口を潜っていた。中は暖房が効いていて、氷漬けのジムの中とは大違いだ。

 因みに今、わたしとスズナさんのポケモンを回復している最中だ。その間は休憩室に居るんだけど、どうやら入っている間ジム戦の進行はストップしてくれるらしい。 ……けど、とりあえず1つ。

 

 

「あの、マイちゃんはスズナさんの妹さんなんですか?」

 

「……」

 

「ああ、まぁ、そんな感じかなー」

 

 

 どうにも「スズねえ」という呼び方が気になっていた。

 マイはこっちをチラッと見て、スズナさんは頬を掻きながら。

 

 

「血縁はないけどね。マイはポケモンの研究をしているお兄さんに着いて、ここシンオウまで来てるんだ。けどその肝心のお兄さんはあっちこっちへ行くもんだから、折角キッサキシティに家があるのに殆ど寄らなくってさ。今はあたしが一緒に住んでるんだ」

 

「そうなの?」

 

「……うん」

 

 

 わたしが尋ねると、マイが頷く。

 

 

「昨日までは家にもう1人居たんだけどね。ミィって言う、昔からの姉代わりの()がさ。でもミィは、マイが旅立つならキッサキに用事は無いって、今朝早くにトバリに戻っちゃったんだよねー」

 

「……大丈夫。ミィねえ、最後にこの服をくれたから」

 

 

 マイが自分の服をちょんと摘む。

 彼女が着ているのは、所謂ゴスロリと呼ばれる種類の服だ。先まで羽織っていた映画の中で魔法使いが来ていそうなコートは、今は脱がれてその横に掛けてある。

 ……しかし、それをくれたと。いや、なんと言うか目立つ服だなぁ。本人が気に入っているのなら良いけど。

 でも、まぁ。

 

 

「うん。変わった服だけど、似合ってると思う!」

 

「……あ、……うん」

 

 

 素直に褒めると、恥ずかしそうにしてる。マイはつんとして無表情だけど、こういう所は結構可愛いかも。

 そんなやり取りをしていると、スズナさんがさぁて、と声をかけて立ち上がった。

 

 

「ねぇねぇ、マイ! そろそろジム戦、始めちゃう?」

 

「……、……あたしは、いつでもいいから。でも、スズねえのポケモン、回復がまだでしょ……?」

 

「大丈夫! だって相手はマイだよ? スズナ張り切って、バッジなしのトレーナーに対してギリギリ出せるレベルのポケモン使っちゃうし!」

 

 

 スズナさんが陽気に笑う。

 言葉の通り、ポケモンジムは挑戦者の実力をバッジ個数や経歴、ジムトレーナーとの戦いを総合して評価し ―― 最奥に待つジムリーダーは、相手に見合った実力のポケモンで勝負をするのが決まりになっている。

 でも。それを分かった上で「バッジ無しのトレーナーに対してギリギリ出せるレベルのポケモン」を使うとスズナさんは言った。

 ……それって、スズナさんがマイを実力者であると認めている、って事……?

 容赦のないスズナさんの台詞に、マイは溜息をつきながらそっぽを向いて、膨れる。

 

 

「……もう。スズねえ、容赦ないね」

 

「あっはは! ごめんね。相手がマイだとスズナ、いつにも増して気合入っちゃってさ!」

 

 

 スズナさんはそう言うと、ジム員にジム戦の再開を告げた。マイが休憩室の入り口を潜ってスタジアムに戻ったのを見送ってからさてと、と呟いて。役目として姉からジムリーダーへと戻ったスズナさんが、わたしに向かって口を開く。

 

 

「ここにもビジョンはあるけど、ヒカリちゃんはどうする?」

 

「えーと、はい。やっぱりジムの中に出て見ます」

 

 

 わたしは休憩室を出、バトルスクエアの横に立っての観戦を選ぶ事にした。なんたってジムリーダーが推すバトルだし、それにやっぱり、バトルは自分の目で見ていたいからね。

 

 

 -☆

 

 

「それでは、ジムリーダースズナと、挑戦者マイの勝負を始めます。リーグルールで決められたジム戦要項に則って勝負を行うように。確認する事はありますか?」

 

「なし! おっけー!」

 

「……」コクリ

 

 

 氷と雪のフィールド。バトルスクエアの青側、スズナさんの正面に立ったマイが無表情のままこくりと頷いた。わたしの時は「ジムリーダーが使用可能な道具はいいキズぐすり2個まで」とか「ジムリーダー側のみポケモンに持たせる道具は木の実限定」とか、もっと詳細な説明をされたんだけど……凄いなぁ、マイ。こんな時でも落ち着いてる。

 それぞれがバトルに使用するポケモンの数が電光掲示に表示される。スズナさんの2匹に対して、マイも2匹。数では同等だけど、ジムリーダーにとって、手持ちの数は少ないのが日常茶飯事だ。実際あたしだってポケモンの所持数では勝っていたにも関わらず、コテンパンにやられてしまったし。手持ちポケモンの数だけでは測れない強さを持つ人こそ、ジムリーダーなのだ。

 だとすれば彼女は……挑戦者マイはどんなバトルをするのだろう。思わずバトルの電光掲示板を注視する。

 

「(……いや、ここで凝視したって判らないってのは判ってるけどね。……悔しいけどわたしじゃあ敵わないと思うし)」

 

 氷タイプのジムリーダーであるスズナさんはともかく、マイのポケモンは通りがかりに見たガーディしか判らない。スズナさんはさっきのわたしの時みたいに水と氷の複合タイプを使うかもしれないし、そうなれば、ガーディとの相性は一概に悪いとは言えない。マイ自身の実力が未知数である以上、ポケモン同士の相性が判らないとなるとそれはもう、予測不可能だ。

 氷雪上のバトルスクエアを見つめるわたしの目の前で、腰に着けたモンスターボール2つをとったマイに視線を向けて、スズナさんは不敵に笑う。

 

 

「さあさ、マイ! ジム戦、しちゃおうよっ!!」

 

「……ん。スズねえ、……あたし……」

 

 

 マイは瞼を閉じる。再び開いたその眼には、静かな闘志を宿していた。本領発揮といった所か。

 ふいとそっぽを向くような動作をすると、口をへの字に、強く結ぶ。

 

 

「……負けないから」

 

「その意気やよし! 行くよーっ」

 

 

 ボールを振りかぶる。地に着くと同時に弾け ―― ポケモンバトルが、始まった。

 

 

 《《 ボウンッ! 》》

 

 

 揃った声。ボールから飛び出した影が、一直線に相手のポケモンへと迫る。

 その影が、似てる。というか……

 

 

「お願い、」

 

「さあ始めるよっ、」

 

「「 ニューラ/ニューりゃっ! 」」

 

 

 おんなじだっ!?

 けど、そう。マイとスズナさんのボールから飛び出したのは、どちらもニューラというポケモンだった。黒くて小さな身体に、ネコのようなツリ眼。腕の先には武器となる鉤爪が生えている。

 強いて言えばマイのニューラは、頭に紅色の『花飾り』がついていて。

 図鑑を起動して見比べる。どちらの個体もメスらしいけど……。

 

 ニューラ(マイ)♀、レベル22

 VS

 ニューラ(スズナ)♀、レベル25。

 

 マイよりもスズナさんの方が、少しだけレベルが高いみたいだ。

 

 

「て、早いっ!?」

 

 

 僅かに図鑑を見ている間にも、飛び出した2匹のニューラは互いに鉤爪を振り上げていた。ちょっとの差だけどやはりというべきか、レベルの高いスズナさんのニューラの方が早い!

 

 

「いっけぇ、『ねこだまし』!!」

「ニュラッ!」

 

 ――《パァンッ!》

 

 

 ニューラが眼前に迫るニューラ(花付き)に向けて、両の手を打ち鳴らした。

 『ねこだまし』はボールからでた瞬間しか効果が無いけれど、相手を怯ませる先制技。初手の一撃を取ることで優位を得ることが出来る、そのはずだ。

 実際マイのニューラ(花)は足を止め、両の爪を交差させて怯んでいるし。

 

 

「……ん」

「ニュゥ、ラァッ!!」

 

「……うーん、悩んだって仕方が無いか。次だよニューりゃ!」

「ニュラ!」

 

 

 互いに少し距離を空け、再び対面。スズナさんが何かを思案するような顔をしたけれど、間もなくバトルが再開される。

 

 

「さぁさ、全力だよっ! ……『かわらわり』っ!!」

「ニュルァッ!!」

 

 

 スズナさん、やっぱり容赦ないっ!?

 『かわらわり』、それ自体はこの場面においては一般的な格闘タイプの技でしかない。けれど図鑑で見る限り、ニューラは防御面は軒並み低く……何よりタイプが『あく』/『こおり』なのだ。

 つまり『かわらわり』は、4倍弱点。ニューラにとって的確で容赦のない一撃と化すのである。

 スズナさんのニューラが地を蹴り、拳を握る。丸まった手は硬質化し、マイのニューラ(花)の胴体を打ち抜くべく ――

 

 

 ――《べちんっ!》

 

「「へっ!?」」

 

 

 気付けば、スズナさんとあたしの声が驚愕一色でシンクロしていた。一瞬の交差の後、バトルスクエアの中央にはニューラが倒れている。

 ……立っているのは、紅い花飾りのついたニューラだった。

 呆けていた審判が慌てて様子を確認し、

 

 

「ジムリーダースズナのニューラ、せ、戦闘不能です!」

 

「……お疲れニューりゃ! ……あちゃー。やっぱりスズナの悪い予感、あたってた?」

 

 

 ニューラをモンスターボールに戻しながら、スズナさんはばつが悪そうに頬を掻いた。

 問われたマイは挑戦者の特権である「交換制」を利用……は、しかししないで。目の前まで寄ってきたニューラを撫でながら、本当にちょっとだけ、傍目には判断つかない程度、適当な目測で2ミリくらい頷く。

 

 

「…………ひるんだふり。あたしのニューラ……今日、『せいしんりょく』だから」

「ニュゥルァ~♪」

 

「うーん、タスキ持ちが安定だと思って一か八かのタスキ潰しに出たんだけど……やっぱり『するどいめ』の予想は奇をてらいすぎたかぁ。マイのニューラ、ひるんだふりの隙に脱力して、積み技かな。マイの育てだから、あたしのニューりゃに当然先手は取れるとして……で、その後のは? やっぱり『かわらわり』?」

 

「……まだ、駄目」

 

「くぅー……やってくれるよね、マイ! でもスズナ、もっと燃えてきたかも!!」

 

 

 身体をバタバタと動かして、耐え切れないとでも言うようにスズナさんが拳を掲げた。

 ……え、なに? フリーアナウンサーのアオイさんみたいな丁寧な解説が欲しいんだけど?

 あたしにとっては意味が判らないまま、けれども試合は進む。スズナさんは頬をぱしぱしと叩いて気合を入れると、2つ目のボールを手に取った。

 

 

「スズナ、最後まで諦めないからねっ!! ……いけぇっ!」

 

 《ボゥンッ!》

 

「―― クゥォッ!!」

 

「―― ニュゥラ!」

 

 

 スズナさんのポケモンが飛び出し、それがバトル再開の合図となる。

 マイのニューラはボールの落下点目掛けて素早く回り込んでいた。その目の前に、どすりと現れたのは ―― ラプラス。

 

「(しかもレベル30! ニューラよりずっと上!!)」

 

 明るい青の身体と、突き出した頭につぶらな瞳。どこか穏やかさを感じさせる瞳が、体長1メートルに満たないニューラを見下ろして……動く。

 

 

「『のしかかり』っ!!」

「クォォォーンッッ」

 

 

 指示を受けたラプラスがヒレを動かして迫る。対するマイとニューラは……あっ。

 

 

「……、……」ササッ

「ニュラ」コクリ

 

 

 どうやら受けて立つらしい。

 飛び上がり、身体を浮かしたラプラスへ、ニューラが半身に向き合って。彼我の体長差は明らかだ。傍目に見ていては押しつぶされる未来しか見えない……のだ、けれども。

 

 

「クゥォォォッ!!」

 

 《ブシュゥッ》――《 ドズンッ!! 》

 

「ニュラッ!?」

 

 

 なんとラプラスは、空中で水を吐いて強制移動。その巨体はニューラを遥か飛び越えて、マイの目の前に着地した。ニューラの攻撃……拳がラプラスの落下予測地点を空振りし、驚き顔でマイを振り返る。

 ここでさらに!!

 

 

「―― からの!! 『なみのり』!!」

「クォォォン!!」

 

「……やっぱりっ……、ニューラっっ」

「ニュラ、」

 

 

 マイとニューラとの間にラプラスの巨体が着地し、ニューラもマイも慌て顔。

 けど、理解承知。マイは指示を口に出していなかった。多分あれは、噂に聞く『サイン指示』を使っていたに違いない。つまり今のラプラスは、視界を遮る事で指示を分断しているんだ!

 雪と氷に身体を(うず)めたラプラスが頭を天高くもたげて喉を鳴らす。氷がひび割れ、水が吹き上がり、辺り一面を水が埋め尽くして……雪もろともマイのニューラを押し流すっっっ!!!

 

 

「……ォォォンッッ!!」

 

 ――《《 ザバァンッ!! 》》

 

「ニュ、ラァッ!?」

 

 

 うねる波が足元からニューラを襲う。わたしの見ている観客席やマイやスズナさんの立っているトレーナーズスクエアの目の前では見えない壁が起動し、水を遮ってくれる。

 しかしフィールドは別だ。雪は押し流され、氷のフィールドは一面が割れ、下から波を立てたその成果か、淵を残して氷海を思わせる様相を呈していた。どうやらフィールドの下には水庭が隠されていたらしい。

 ……んー、と。ラプラスの『のしかかり』も鍵だよね? アレでひびを入れておいて、『なみのり』の水流操作で呼び起こす。幾らニューラでも、広いフィールドの殆どが攻撃対象では避けきれなかったに違いない。

 

 

「っ、……戻ってニューラ。……審判、さん」

「……ニュルぁあぁあ……」

 

「あ、はいっ。挑戦者マイ、ニューラ、戦闘不能です!」

 

 

 ラプラスは『なみのり』の後に悠々と浮かんでいる。大波に巻き込まれたニューラがぷかりと浮かんだ瞬間を逃さず、マイはモンスターボールへと戻す。

 目を閉じ、次のボールに手をかけると、ドヤ顔のスズナへとジト目を向けた。

 

 

「……やっぱり。……いじわる」

 

「あっはははー! ゴメンね、マイ! ……でも、マイ、あたしに遠慮してたよね?」

 

「ん」

 

 

 そうなの!?

 マイとスズナさんのやり取りに通じ合っている感覚すら覚えるけど……マイ、あれで遠慮してたのね。随分とまた、分かり辛い。

 

 

「だってさー、スズナはあくまでジムリーダーだし。ポケモンに木の実以外のアイテムは持たせられないし、レベルも手持ちも制限される。だからでしょ?」

 

「……」コクリ

 

「ふっふっふ。でもね、このコだってスズナ自慢のポケモンだし! それに地形と特性を最大限生かすための知識と、培ったエキスパートとしての戦略が、ジムリーダーにはある。だからこそあたしは『氷タイプのジムリーダー』なんだ。いくらマイだって、油断してたら負けちゃうかもよ? ねー、りゃプりゃス!」

 

「クォッ♪」

 

 

 寄ってきたラプラスの頭を撫でつつ、スズナさんはマイを挑発しているらしい。

 マイも結んだ口のへの字の傾斜を、やや急角度に傾ける。

 

 

「……ん、だいじょぶ。……あたし……約束した」

 

 

 あくまで顔は斜め下。横目に捉えたスズナさんに向かって、マイはモンスターボールを突きつける。

 ……なんかこう、今のマイからはオーラを感じるねっっ……!!

 

 

「おにぃちゃんと、全力のポケモン勝負、相応しい舞台で、する。逢うまでは……負けないの……!!」

 

「いいよー! いいよいいよ、マイ! 気合入ってきたね!! それじゃあバトル、再開しよっか!」

 

「んっ。……お願いガーディ!」

 

 《ボウンッ!!》

 

「―― ウワォォォーン!!」

 

 

 出るなり(恐らく、技ではなく)遠吠えを挙げるガーディ。待ってましたとばかりの元気ぶりだ。

 その元気さのまま、子犬ポケモンは喜んで雪原を駆け回りたいのかも知れないけれど、フィールドは著しく悪い。

 足元は砕けて水場。水上が得意なスズナさんのラプラスの独壇場だ。フィールド端に残った僅かな足場とラプラスの位置には結構な距離があるし、ガーディをどの位置からでも『なみのり』で迎え撃てる。

 これ……わたしならどう攻略するかな。少なくともガーディなら、まずは……

 

 

「……」スイ

 

「―― ワウンッ!」

 

「距離を詰めてくる。定石だね。……勝負をこの一撃に! 気合だよりゃプりゃス!! 『なみのり』っっ!!」

 

「クォォオ ―― ンン」

 

 

 マイが手を動かすと、ガーディが氷のプールと化したフィールド、その淵を走る。

 ラプラスが身体を反らしながら鳴いている。間もなく呼び声に起こされた波がガーディを襲うだろう。先のニューラの再現だ。

 けれど、先と違う部分がある。マイの落ち着き振りと、ゴスロリを際立たせるあのオーラっ!

 

 

「距離は関係ない。同じターン。……あたしのガーディは……素早い(・・・)よ」

 

 

 オーラ増し増し、ジト目はキレキレ。言う間にもガーディが ――

 

 

「ワフッ!!」

 

「跳んだっ!?」

 

 

 淵を蹴って跳んでいた。氷海を飛び越え、ラプラスに向かう放物線。牙を剥き、前足を構え。

 

 

 ――《トスッ》

 

「ワフ」

 

 

 ガーディはラプラスの背中に、乗った。

 ラプラスは人を背に乗せるのが好きな『のりものポケモン』だ。さぞや乗り易かろう。

 

 

 ……。

 

 …………ええええええーっっ、手頃な足場、あったぁぁぁあーっ!!

 

 

「クォン?」

 

「ありゃま」

 

「ガーディ。『インファイト』……」

 

「ワゥゥウンッ!!」

 

 

 《ドカバキズドム、》

 

 《《 ドンッッ!! 》》

 

 

 

 ―☆ Side End

 

 

 

「いやぁ。近年まれに見る名勝負だったねっ!!」

 

「……そう。スズねえ、強かった。けど……あたしの勝ち」

 

「あはは! マイには負けたよ! さっすが、あれの妹なだけはあるよねー」

 

「ワゥ、ワゥン♪ ガフガフ」

 

 

 スズねえが頭をがしがしと撫でてくる。満更ではないけれど、でも、髪飾りが取れそうだからやめて欲しいかも。ガーディに舐められるのは、まあ、手と顔ならいい。

 あたしが暫くそのままうつむいていると。

 

 

「―― あのう」

 

「あ、どうだったヒカリちゃん? いいバトルだったでしょ!」

 

「はい。でも少し、解説して欲しいんですが ――」

 

 

 ヒカリが傍にいて、疑問をあたし達に向けていた。ああ。嫌な流れだぞ、これは。

 あたしの嫌な予感は無駄によくあたる。そんな風に危惧していると。

 

 

「だそうだよ、マイ?」

 

「あ、の。……スズねえ……」

 

 

 無茶振りにも程がある! あたしのこの性格を知っていての所業。まさしく鬼・悪魔・スズナ!

 ……いやこの機会にあたしのこれを直そうと頑張ってくれてるのは判るんだけども。そんな想いが顔に出ていたのだろう。スズねえが間を取り持ってくれる。

 

 

「それで? ヒカリちゃんの持ち挑戦時間はあと15分だけど、解説していいの? いいんなら質問を受け付けるよ!」

 

「あ、はい。間に合いそうですし、是非。……スズナさんのラプラス、レベル30でしたよね。氷タイプですのでマイちゃんのガーディの『インファイト』が効果抜群なのはわかるんですが……ガーディのレベルは25。なんで、一撃で落ちたんですか?」

 

「へぇ!!」

 

 

 スズねえが大仰なリアクション。でも、あたしも内心ビックリしていた。中々に良い目の付け所だと思う。ヒカリのこの質問は、あたしの打った布石……隠し玉を的確に捉えているから。

 

 

「マイ、言えるかな?」

 

「あ……。うん」

 

 

 頭の中で「どう説明すれば判り易いか」を組み立てつつ、気合で唇を動かす。ぽろぽろと、僅かずつだが言葉が漏れてくれて。

 

 

「……まず、あたしのニューラ。特性が、『せいしんりょく』。怯まない。……初めは『グロウパンチ』で全抜き……ニューラだけで勝とうと、思ってた」

 

「うん。……そのぉ、『グロウパンチ』っていうのは?」

 

「……、……すずn」

 

「スズナはその技、知らないからさー」

 

「……、……。……使うたび攻撃力、あがる……積み攻撃技……。スズねえのニューラ、先出しと怯んだふりの隙に積んだ『つるぎのまい』と相乗して、倒した。ジムリだから、タスキはないから」

 

「タスキ……『きあいのタスキ』。持たせたポケモンはHPが満タンの時に受けた攻撃では、倒れない。そういうアイテムでしたね。成る程。マイちゃんのニューラは、初めから(・・・・)スズナさんのニューラよりも早かったんだね!」

 

「……」コクリ

 

 

 その通り。あたしのニューラは攻撃 ― 素早さに特化している。スズねえのニューラより早いのは想定通りだ。

 初めはそれでスズねえを全抜きしようと考えていた。タスキか特性の『がんじょう』持ち、もしくは強力な先制技でも来ない限り、ニューラで行けるだろうと。

 

 

「……でも……スズねえのラプラスに、倒された。あれは、予想外」

 

「吃驚してたよねー」

 

「いや。フィールドぶっ壊されたら普通吃驚しますよスズナさん。……それで……」

 

 

 ヒカリが先を促す。分かってる。多分、聞きたいのは、この話題。

 

 

「……まず。スズねえの技の選択、不思議に思った」

 

「あー、りゃプりゃスの『のしかかり』?」

 

「その言い辛いニックネームはなんとかならないでしょうか。なんですか、ラ行で噛むんですか」

 

「あっははー、随分昔からこの呼び方だから、難しいかな。……それで、『のしかかり』を不思議に思ったのは、なんで?」

 

「……スズねえが、ラプラスの技のレパートリーを知らないはず、ない。そのラプラス、『ひかえめ』か『おだやか』だと思うし。だとすると ―― 物理技を選択したのは、変」

 

「あちゃあ。それは確かにね」

 

「……だから……きっと何か、来ると思った。……思考する。スズねえは残り、ラプラス1体。後はない。それで、ニューラが『いやなおと』」

 

「成る程っ! 最後の1体。ボールに戻せない不退転の状況にある以上、能力低下を能動的に戻す手段を、スズナさんのラプラスは持っていない。ならばこその、『いやなおと』。防御力を下げられていたから、ラプラスは『インファイト』一発で沈んだんですねっ!」

 

 

 ヒカリの笑顔に、頷く(若干目を逸らしながら)。

 それにしても……ヒカリ、本当に凄い。あたしが兄から何度も、長い年月をかけて吸収した思考の速度を、既に持っている感じがする。一足飛びに会話が進んでいくこの感じも久しぶりだ。あたしが旅立つ事を決めて、ミィねえが居なくなってからは、話す相手も少なかったから。

 

 

「……うーん。氷を砕いた音に紛れて、『いやなおと』の音が聞こえなかったのかぁ。派手に砕いたせいでりゃプりゃスの挙動も見えてなかったし。スズナもまだまだだねっ」

 

「……そんなこと、ない!!」

 

「うわぁっ」

 

「……ごめん」

 

 

 思わず強い口調が突いて出る。吃驚させたヒカリに謝っておいて……それでも!

 

 

「でも、だって……聞こえなかったの、偶然だもの。気付いていればきっと、スズねえ、違ってた。……そもそもスズねえは、あたしより、ずっとずっと凄いトレーナー。ジムリーダーとして戦ってくれたから、持たせる道具は木の実だけ、指示は必ず口頭で、こっちの挙動を見ながらバトルをしてたし、ポケモンだって2体だけだから組み合わせを考えたバトルができなくて ―― ぺりゅぎゅ」

 

「わ、わかった。……マイちゃん、舌、大丈夫?」

 

「……らいひょぶ」

 

 

 うわぁ、締まらない!

 あたしは思わず捲くし立てていた口を閉じ、全速力で顔を背ける。……背けた先でもスズねえが笑っているんだけれど、それはさておき。

 

 

「あっはは! まぁ、マイは理想が高いもんね? でもあんまり神格化されても困るんだよなぁ……って、スズナは結構悩んでいたり」

 

「きっと目指している所が凄いんだね、マイちゃん」

 

「……ん」コクリ

 

 

 そう。あたしは約束したのだ。あの(・・)兄と、相応しい舞台で戦うと。

 行方不明となっている兄の安否については、実はあまり心配していない。あの3年間、カントーとジョウトでの行動で心配はし尽くした(・・・・・)。ここまで来たらもう、行方不明程度ではビクともしない。

 ……ん、嫌な慣れ方だけども! それに、母さんと父さんはいつもの通りに心配してる。初めの時みたいに卒倒しなかっただけマシというものだ。

 その相応しい舞台に近付く、第一歩。バッジケースに燦然と輝く「グレイシャバッジ」を見やり、あたしは1人内心でほくそ笑む。

 

 だが。

 どうやらこれで終わっては、くれないらしい。

 

 

 ――《《 ガッ、ガガガガァンッッ!! 》》

 

 

「うわぁぁッ!?」

 

「おっと」

 

「……」

 

 

 激しい爆裂音が響き、ジムが激しく揺らされた。室内を照らしていた照明が落ち、辺りは薄暗く。

 あたしは近くにあったベンチにしがみつきながらガーディをボールに戻し、周囲を確認する。キッサキジムの室内には損害はないようだ。人やジム員が倒れているけれど、物が落ちてきてもいないし、大きな怪我はなさそう。元よりポケモンバトルを前提として頑丈に作られているのが幸いしたのかも知れない。

 「ポケッチ+」を起動してラジオをつける。周波数をシンオウジャーナルに合わせ、イヤホンを左耳に。暫くすれば速報が入るに違いない。

 揺れが収まると同時、気付けばあたしの脚はジムの入り口へと向かっていた。隣にはスズねえが歩調を合わせていて。

 

 

「行くの? マイ」

 

「……ん」

 

「そうかぁ。スズナは……

 

 

《《―― ドワァァァァッッ!!!》》

 

 

 ……この通り、キッサキの街のほうを何とかしなきゃ駄目だし、神殿の管理もあるから……原因の追究はちょっと後回しになるんだよね。悪いけど頼めるかな?」

 

「……」コクリ

 

 

 申し訳なさそうなスズねえに、頷く。ジムのドアを開いたその先では、右往左往する街の人々がおり、どの人が逃げていてどの人が事態の収拾を図っているのか、まったくもって分からない。

 ……とはいえ、キッサキシティで爆発となれば穏やかじゃない事態だ。大きな音は雪崩を引き起こす。そもそも『シティ』としては大分田舎な土地で、人々はこういった事件に対する耐性もない。

 

 だからこそ足が動く。

 そうだ。心配なんてしていない。

 心配なんてしていないけれど、もしかしたら ―― こういった事件には。

 

 

「―― おにぃちゃん、居るかも……」

 

「だよねー。……音は、エイチ湖の方から響いてた。気をつけてね、マイ!」

 

「……スズねえも、ね」

 

 

 あたしはゴスロリの上に外套を羽織り、スズねえに背を向ける。

 シルフ社製の電動アシストブーツのスイッチを入れ、附属のミニスキーを四次元鞄から取り出して。

 キッサキシティを西に向かって飛び出した。

 

 

 ―☆

 

 

「あれ、行っちゃうの? ちょっと待って、マイちゃんっっ!? ス、スズナさぁん!」

 

「あー、うん。マイはエイチ湖に行ってもらったよ。あたしも動かせる人員は出来るだけ早く向かわすけど……ヒカリも行くの?」

 

「……ん、ん~……そう、ですね。放っては置けないです!」

 

「お、真面目だねー。ヒカリ、12才だっけ。マイは14才だよ。旅に出る決意をしたのはつい最近だけど、トレーナーとしてもキャリアはあるんだ。少なくともあたしが、マイを信じられる程度にはね!」

 

「じゅ、14才ですか。……えぇぇー、かなりギャップがあるんですがー……と、とにかく。年齢は関係ありませんっ、これはわたしの心意気の問題ですっ! 女の子を1人でなんて、教えに反しますから!!」

 

「おおー……教えっていうのがどんなのだか分からないけど、気合十分なのは判るよっ! ……それじゃあ、ハイこれ! あげるね!」

 

「……これは?」

 

「『げんきのかたまり』と『かいふくのくすり』。きっと危険だからね。せめてヒカリちゃんを守って、マイに元気をくれますように、って!! ジム戦は一時中断してあげる!」

 

「は、はい! ありがとうございます! ……行って来ます!!」

 

「気合入れてお願いしたよっ!」

 

 





>>スズねえのが、寒そう
 駄作者私の心の声を代弁していただきました。

>>無表情な女の子
 脳内と外見が分離しているというイメージで。

>>ミィ、ゴスロリ
 ミィ編で服の趣味がうつりました(ぉぃ
 というか、主人公の終わる1994辺りまでは、妹と過ごした時間はミィのほうが圧倒的に多いもので……

>>バッジなしの挑戦者にレベル30
 この辺りは、シンオウだけではなく他地方も含めた野生ポケモンの中央値あたりを基準としてみました。ハナダの洞窟などの特異点やレベル上限が上がってきているBW辺りを除外すると、たぶん、この辺りかと思うのですが……

>>ラプラス水吐いたけど技じゃなくて
 技ではなく吐く水を移動に使った、という感じかと。
 害意がないので技とはカウントしませんでした。はい、ご都合主義ですね。
 ……とういか実際のところ、分断されたあとの対策がなかったマイらの「次の手が遅かった(受け身の作戦だった)」というのが適切かと思います。ラプラスは1.5ターンくらいは使ってますね。
 ターン的には、

 飛びからの「のしかかり」
 →空振りをしながら振り向いて、「いやなおと」

 空振りしながら~の内に「なみのり」。スズナが声ではきはき指示を出すため、すんなりと。
 →距離と「ごちゃごちゃ」によって、ニューラ先手とれず

>>木の実、持ち物およびレベル制限、使用アイテム制限
 ゲームの通り。
 ただし、タスキを持って竜舞逆鱗したチャンピオンは例外で。あれは未来の事な上に外国なので、色々とルールも変更されていることでしょう(遠い目

>>オーラ増し増し、ジト目はキレキレ
 オーラはともかくジト目がキレキレとはこれいかに。
 ……と思っていたのですが、語感が良く、意外と想像できるかなぁ~とか楽観したので採用しました。

>>乗るなよ
 カスミさんどうぞ、歌ってくだされば

>>「あの兄」
 どの兄ですかね(すっとぼけ

>>14歳
 実は色々と齟齬が発生しています。以前書いたのが間違っている筈なので、修正をばしておきたい(願望



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特別編④ ギンガ団、悪を成す

 

 街からくだる(・・・)路が終わった時点でミニスキー板を取り外し、靴をランニングアシストモードに切り替える。反発力を利用して跳ねるように雪の上を疾走すると、息が切れる頃になって目の前に大きな岩壁が現れた。

 ……この上が、エイチ湖。

 シロねえが毎夜の如く語ってくれたシンオウ地方の神話……その内にある3つの湖の1つだ。

 あたしは口元を覆っていたマフラーを四次元鞄に突っ込み、邪魔をする岩壁を睨む。先の爆発音を響かせた何者かの出現を警戒して聞き耳を立て、どこからか音が……後ろ?

 

 

「……」クルリ

 

「―― っぷはぁっ、マ、マイちゃん、ちょっと、待って……っ! っていうか早すぎない!?」

 

「……ヒカリ、ちゃん」

 

 

 後ろをどふどふ音をたてて追って来ていたのは、ヒカリだった。マフラーと帽子は兎も角、相変わらずのミニスカ星人である。寒くないのかお前は。

 というか、あたしが早いというのならヒカリだって十分早いと思うんだけど。

 

 

「……ん、」

 

「あ、そうだよね。実はわたしも、ほら! ランニングアシストシューズなんだ! マイの靴、配色が黒メインになってるけどシルフ社の『ランニングウィンディ』だよね! わたしのこれはコトブキ社製の『ギャロップギャロップ』なんだけど、ランニングアシストシューズってシンオウだと品切れレベルで売ってないんだよねー。わたしのお母さんが研究員やってて……て、そんなのは良いんだよ!!」

 

 

 1人で話して、1人でツッコんで。ヒカリは忙しい娘だなぁ。

 とはいえ、無口が過ぎるであろうあたしの意をこうも容易く汲んでくれるというのは心強い。恐らく彼女は、あたしの手伝い ―― エイチ湖の視察に付き合ってくれるつもりなのだろう。調査する事によって彼女自身にどういう利があるのかはわからないが……スズねえに借りを作れるというだけでも一般の人にとっては利であるに違いない。

 ……いや、だから穿ち過ぎだってば。あたしの悪い癖。

 

 

「……それで、その……ヒカリ、ちゃん……」

 

「ヒカリで良いよ! わたしもマイって呼ぶから! ……あ、でもマイの方が年上なんだよね。どうしよう」

 

「……ん。別に、いい」

 

「そう? ならマイって呼ぶね!」

 

「ん。……それより、声、小さく……」

 

「あう、そ、そうだよね。鉄則だよね。ゴメンなさい」

 

 

 指摘を受けると、ヒカリは慌てた様子で口元に手を当てた。

 いや、それじゃあ会話が出来ないし。会話はしないと駄目でしょう……とは思うけれど、口には出せず。とりあえず、相談をしておこうと切り出すことにする。

 

 

「……ヒカリ、手伝ってくれる……の……?」

 

「うん! それにね、エイチ湖って今、わたしがお手伝いしてる博士が向かってる場所でさ。……博士、大丈夫かな? 一応ポケモンは持ってるはずだけど」

 

「……」

 

 

 博士……博士か。わたしにとって馴染みのある博士と言うと、オーキド博士か……もしくは。

 

 

「……ナナカマド、はかせ……」

 

「そう、ナナカマド博士! マイも知ってるの?」

 

「……うん」

 

「そうなんだ。やっぱり有名なのかな。……あ、ナナカマド博士はね、最近お弟子さんだった人がカロス地方って言う所に行ったから、カントーでの研究を切り上げてシンオウ地方に戻ってきてるんだ。わたしはお母さんが博士の助手をしている関係で、昔っからよく研究所に行ってて……まあ色々あって、博士の調査のお手伝いをしてるの」

 

「……エイチ湖?」

 

「そうそ! 今博士は進化系統に関する調査を纏めてて、ポケモンの起源とかも考えてるみたい。……それで神話の辺りを追っていたんだけど……むぐぐ」

 

「……しっ」

 

 

 話の途中だったけれど、ヒカリの口を抑えて木の陰に引き込む。

 敵襲だ。顔だけを出して、高台から歩いてくる「一団」を覗き見る。一団の向かう先を、1人のお爺さんが走っていて。

 

 

「反抗するか、ナナカマド博士。仕方が無い……やってしまえ!」

 

「「「はっ! 全てはギンガ団のもの! 世界はおろか、宇宙を我々ギンガ団のものに!!」」」

 

「「「フシャアアアーッ!!」」」

「「「スカプゥゥゥッ!!」」」

「「「ズバッ、ズバァ!」」」

 

「―― ムウ! コータス、『ふんえん』!」

「ムッフゥ!」

 

 

 4足歩行の亀のようなポケモン、コータスが息を吸い込み、背中から熱の篭った煙を噴出する。襲い掛かったズバットやニャルマーやスカンプーを巻き込んで……けれども!

 

 

「ムッフゥ!?」

 

「「ニュアアッ」」

 

 ――《ズバババッ!!》

 

「「プブゥッ!!」」

 

 ――《ドスドスッ!!》

 

 

 相手するには、ギンガ団の数が膨大すぎる!

 まさに多勢に無勢。『ふんえん』による一撃……その影響が少なかったポケモン達が煙の壁を突破し、コータスを次々と攻撃してゆく。

 ニャルマーがよってたかって引っかき、スカンプーが次々と体当たり。コータスはそれらを甲羅で受け、遂には。

 

 

「ムッッ、フゥ」

 

 《ドスッ》

 

「ムゥッ……コータス!! ……ありがとう、戻ってくれたまえ」

 

 

 コータスは、最後までナナカマド博士の前に立ち塞がりながら……倒れこんだ。

 博士はコータスをモンスターボールに戻すと、白い髭を雪風に揺らし、毅然と立ち上がる。そんな博士を見て、部下達を手で抑え……素敵ファッションの部下達を率いていた偉そうな人物が前に。

 しかし、あたしの目が向かうのは、その人物の頭上。

 頭上に固められた濃い水色の髪。あれは何だ。猫耳か。というかそもそもアイツは男か。男だとしたら何を考えてあの髪型なのか。等々、疑問だらけである。

 

 

「―― さあ。ポケモンを全て渡してここを立ち去れ、ナナカマド博士」

 

「フン。出来ん相談だな、それは。……その制服。その紋章。お前らはギンガ団だろう。何故爆発を起こしたのか……何故エイチ湖を選んだのか」

 

「只の実験だ。それもアナタの妨害されそうになったがな。だが実際、衝撃波以外の実害はなかっただろう? シンオウ地方には地下道を利用した緊急時の電力ラインもある。停電は一瞬だったハズだ」

 

「……衝撃波は実害だろうに、ぬけぬけと」

 

 

 あたしの脳内は未だ幹部(らしき人物)の髪型に多くを占められているものの、目の前ではこんなやり取りが繰り広げられていて。

 ……それにしてもナナカマド博士、ピンチだなぁ。これは何とかしないと。

 そう考えて、手持ちを確認。ヒカリの口から手を離し、ひそひそ声で会話を開始。

 

「(っぷはぁ! ナ、ナナカマド博士っっ!)」

 

「(……落ち着いて、ヒカリ。……闇雲に突っ込むの、だめ。返り討ち)」

 

「(あ、それもそうだね。……どうするの? 作戦とか、ある?)」

 

「(ん。……敵の数、コータスの『ふんえん』のお陰で結構減ってる。やられた分が援軍の補給に走ったから ―― 今、チャンス)」

 

「(ひぃふぅみ……あの幹部を除くと、4人かぁ。ならマイ、団員はわたしに任せてくれない?)」

 

「(……いいの?)」

 

「(相手はニャルマー2匹とスカンプー2匹だけ(・・)でしょ? 自信はあるよ、この状況ならね。それとも、スズナさんに負けるようなわたしじゃあ信用できないかな)」

 

「(……)」

 

 

 軽く微笑んだヒカリを視界に入れながら、思索を巡らす。

 どうやら本当に自信はあるらしい。相手は4体だけ、しかも未進化。……でも、そのトレーナーが4人いるのだ。相手にする難しさが分からない訳じゃああるまい。

 ……踏まえて、それでも、と言ったんだ。ヒカリは。

 ならばあたしは ―― 信じたい。今日逢ったばかりではあるけれど、どこか気の合う、あたしの友人になってくれるかも知れないこの少女を。

 

 

「(……どう、かな)」

 

「(……、……わかった。お願い、したい……ヒカリ)」

 

「(任せて!)」

 

「(あたしは、あの幹部、相手する……から。ヒカリ、先行して?)」

 

「(りょーかい! ……それじゃ、)」

 

 

 ヒカリは手元のボタンで、ランニングシューズの機能を起動する。あたしも同じく起動すると、低い駆動音が伝わって来て。

 ……見守っていて、おにぃちゃん!

 最後の確認を行い、目標を目前に。あたしとヒカリは、雪原を一気に駆け出した。

 

 

 

 ―☆

 

 

 

「……敵襲か。相手をしてやれ、お前たち」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

 《《ボウンッ!!》》

 

 

 雪を掻き分け走っていると、流石に相手もあたし達に気付く。ナナカマド博士の目の前に立った幹部が此方を一瞥し、手を振る。すぐさま間に、ギンガ団員による壁が出来上がった。

 相手は……

 

「ニャルゥ!」「フシャァー!」

「スカプゥ」「プブゥッ!」

 

 ニャルマーが2体と、スカンプーが2体。連戦とはいえ、相手ももう1体くらいは持っているだろう。

 とすれば、8体か。……ヒカリ!

 そんなあたしの願いに答えるように、ヒカリが一歩前に出る。ギャロップの如く跳ねる軌道で走っていた脚を止め、余剰分を込めるように、身体全体を使ってモンスターボールを投じる。

 

 

「出番っ! お願い ―― ゴルダック!」

「くわ」

 

 

 ボールから飛び出る、水色のあひるっ!!

 いや、待て。あひる……もといゴルダックは出るなりそのイケメン顔でニャルマー達とヒカリとの間に立ち、指と水掻きを広げる。

 それでもニャルマー達に怯えは見られない。ゴルダックに向かって、予定通りに飛び掛り ――

 

 

「「フシャアアッ!」」

「「プゥゥウーッ!」」

 

「お願い、今だけは! ――『ハイドロポンプ』、扇射!!」

「……くぅわ」コクリ

 

「―― くわ!」

 

 《《ドブシャアッ!!!》》

 

「「「「っっ!?」」」」

 

 

 今ばかりはポケモンもトレーナーも声を揃えて驚いている。あたしも内心吃驚しているけれど……ヒカリのゴルダックは『ハイドロポンプ』を使いこなし、扇形に水流を薙ぎ払い、ニャルマー達を一掃して見せたのだ。強力な勢いの水鉄砲によって吹飛ばされた4体は、いずれも飛ばされた先で目を回している。

 ……レベルは幾つなのだろう。というか、何故ジム戦で使わな……あ、そうか。「今だけは」なんて言ってるし、恐らく、何かしらの問題があるとみた。

 けれどあのレベルのポケモンが居るのなら、ヒカリに任せても問題は無い。あたしは驚いている団員達の間を滑るように通り抜け、ナナカマド博士の前に立ち塞がる。

 此方を見下す幹部と、視線が合う。その顔は驚きを浮べていた。

 

 

「ふん? 今お前、中々面白い技術を使っていたな。あっちの女に意識を集中させて警戒を逸らし、自分は部下共の間を潜り抜ける。密偵の業だろう、それは」

 

「……」フイ

 

「だんまりか……仕方が無い。部下がお世話になっている以上、わたしも相手をしなければな」

 

「!? オマエは……」

 

「……」

 

 

 いや、だんまりじゃなくて口下手なだけなんですが。なんて、今語っても意味は無い。

 あたしは後で驚いているナナカマド博士に目配せをして口を閉じて貰い……相手と同時にモンスターボールに手をかけた。

 流石にギンガ団、喧嘩っ早い。―― ポケモン、バトル!

 

 

「いけっ、ドクロッグ!!」

「グッグログゥ!」

 

「……テッカニン!!」

「テッカッ、ビビィーン!」

 

 

 雪原のバトルフィールドにテッカニンとドクロッグが現れる。長い時間を過ごしたキッサキ周辺だ。地形は心得ている。ジム戦の時の様に、下には水庭がありましたーなんて言う事もない。

 あたしのポケモンは、先のジム戦ではスズねえに合わせて……というか氷タイプ相手だったために控えていたテッカニン。やる気は満々、体力も十分だ。

 いくよ。いつもの!!

 

 

「小手調べと行きましょう……『どくづき』……後ろだドクロッグ!!」

 

 《シャキィンッ》

 

「―― ビビィーン、テッカ!!」

 

「グロルゥ!? グッ、グロッグ!!」

 

 《《ガガッ、ズババッ!!》》

 

 

 先手は取ったものの、流石は幹部とそのポケモンだ。上手い!

 

 

「続いて『ふいうち』だ!」

 

「……っ!」

「テッカ!」コクリ

 

 ――《スイッ!》

 

「ふ。避けたか……やるな」

 

 

 目の前で感心してみせる、ギンガ団幹部(猫耳)。余裕かこの。

 あたしのテッカニンは『いつもの』……出るなり『つるぎのまい』からの『つばめがえし』でドクロッグを襲ったんだけど、相手のドクロッグは必ずあててくる『つばめがえし』に合わせて『どくづき』。さらにはテッカニンの速さを見るやターンをずらして『ふいうち』し、テッカニンを捉えようと試みてきたのだ。致命傷になると判断したあたしは、距離を取ってもらう事で『ふいうち』を回避させたんだけれど……

 

 

「良いバトルの腕をしている。お前、名はなんと……いや、こちらが名乗るべきか。わたしはサターン。ギンガ団幹部としてアカギ様の元で動く者だ」

「グッグログッグゥ!」

 

「……」

「テッカァ!」

 

「お前とするバトルは楽しそうだ。―― だが」

 

「―― も、申し訳ありませんサターン様っ!」

 

「片付けたよ! ……戻ってピッピ、ポッチャマ、ゴルダック!」

 

 

 サターンの後ろからは部下達が、あたしとナナカマド博士の側にはヒカリが、それぞれ駆け寄ってくる。

 ……それにしてもヒカリは今、3体のポケモンを出していた気がするんだけど……もしかして。

 いや、無駄思考に脳内スペースを割いているのは後回し。サターンが再び口を開いて。

 

 

「状況は悪いな。命拾いした……いや、これも想定済みか? ナナカマド博士」

 

「……ムゥ」

 

「まぁ、どちらでも構うまい。もうすぐ我らが盟主も ――」

 

「クロバッ、バッ」

 

 

 

「―― 何事か、サターン」

 

 





>>『ランニングウィンディ』

 「走れ! 風の如く、ウィンディの如く!」

 1996年にシルフ社が総力を結集して作成したモデル、ウィンディシリーズのトラディショナル復刻版!
 ポケモンセンターにあるシルフ社製充電器による遠隔式自動充電機能を搭載。モータと薬利効果による吸収増減クッションによるランニングアシストだけでなく、別売りの付属パーツによって様々な環境に適応したあなただけのランニングシューズへと自由にカスタマイズ!
 一晩に千里を駆ける疲労知らずの脚と快適なランニングライフを貴方に!
 定価・39800円!!(充電池別売り)

 ちなみに。
 元デザインはウィンディらしく赤メインのサブ黒でしたが、ミィによってゴスロリに似合う色へと変更されています。
 マイの特別性には、姉代わりから渡されたものが多々付加されており、ミニスキーの他、魔改造した転送機能やキック力増強(ぉぃ)などの秘密機能が満載されております。ので、定価通りなのかはかなり怪しいところ。
 尚、麻酔型時計銃やボールを出現させるベルトなどはそもそも販売しておりません。

>>『ギャロップギャロップ』

 「飛び跳ねろ、ギャロップの様に! 飛び出そう、燃える想い抱えて!」

 1999年にコトブキ社が開発した新モデル!
 遠隔充電機能はもちろんの事、新モータの開発により跳ねる事に特化した「ジャンピングアシスト」機能を搭載! 走る際にランニングアシストとジャンピングアシストを併用すれば、接地時間の少ない跳ねる様な駆け足が貴方のものに!
 333メートルはおろか、634メートルを……は、さすがに無理です!!
 定価・25800円!(充電池別売り)

 尚、ジャンピングアシストモードの使用は保護者の目の届く範囲でご使用ください。

 ちなみに。
 ヒカリが追いついた理由は、上記併用モードを使用したため。雪の浅い部分を飛んだ様子。
 もちろんの事跳ねまくった子供たちが居たせいで怪我が多発し、次のギャロップシリーズの開発は難航しているとか。
 ……上のギャロップギャロップの宣伝文でアニポケの某エンディングが浮かんだ貴方は、きっとポケモン大好きではないかと思うのですが……

>>お母さんが研究員
 確か、ハマナさん……が、居たはずです。研究所に。

>>ナナカマド博士の手持ち
 コータス。
 ……いえ、これはまったくもって根拠がなく、なんとなーくです。
 こう、頑固そうというか。

>>ヒカリの戦闘技術
 妹であるマイすら直接指導は数少ないものだったというのに、ヒカリは奴から対多数戦闘について学んでいるという。
 この辺りはバトルの特異不得意を出したかったという思惑があります。

>>ヒカリのアヒル
 既に感想でいくらか書いていますが、あのお方の二次創作がイメージ元となっています。
 ……とはいえ駄作者私が筆不精で、ピクシブは見る側専門なため、現在のところ無許可です。はい。申し訳ありませんですすいませんっ
 とはいえ、手持ちにゴルダックが居たとしてもヒカリさんの性格はだいぶゲーム寄り。色々と変更して元とは違う部分も強調しています。モンスターボールに入れていたり、普段は使用しない理由が設定されていたり。あくまでヒカリ≒ゴルダック、というイメージが付いてしまったと解釈していただければ嬉しいです。
 …………急にメッセージを書いても失礼かもですし、そもそも、ファンフィクションとしては成立していないのでどう書けばよいか迷ってしまいますし……ああああ(混乱

>>ギンガ団(猫耳)
 ゲームを見ていると、サターンさんは他の幹部と違って色々と立場が特殊なようですね。
 ええ。猫耳とか。


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特別編⑤ ポケットでモンスターな世界にて、アフター

 

 口上を止めたのは、突然の乱入者だった。

 サターンの後ろ……絶壁の岩壁をポケモンに掴まって、悠々と滑り降りてくる、ツンツン青色髪の男。恐らくはサターンにアカギと呼ばれている人物だろう。

 っっ、でも……!

 

 

「はっ。申し訳ありません、アカギ様」

 

「なーにやってんのよ、サターン。こんな爺さんと小娘相手に」

 

「どうせ油断してたんでしょ」

 

「煩いぞ女共。……アカギ様、用事のほうはお済でしょうか。でしたら早くこの場を離れる事を勧めますが」

 

「うっわぁ、サターン、アカギ様に意見とか何様よあんた!」

 

「……下がれ、マーズ、ジュピター」

 

「「は、はいっ」」

 

 

 凄まじい威圧感、肌に感じるほどのオーラとカリスマ性。それと老け顔!

 初めて見るギンガ団の党首、アカギは喧しい女幹部2名を後ろに下がらせると、頭を下げながら待つサターンの前へと踏み出した。

 後ろで手を組みながら、あたし達を見る。眼光が鋭い。それと老け顔だ。

 

 

「―― 似ている、か」

 

「……」

 

「な、何がです!? ……ナナカマド博士に手を出そうというのなら、今度はわたしが相手をします!!」

 

「気にするな、少女。独り言だ。……サターン、マーズとジュピター。実験は終了した。エイチ湖に居る団員を率いて本部へ戻れ」

 

「はっ。心得ました」

 

「えっ!?」

 

「ど、どうしてですかアカギ様っ! わたし達は……」

 

「命令だ、引くぞ。いいな、マーズ。ジュピター」

 

「くっ……わかり、ました……!!」

 

 

 あろうことか、アカギは他の幹部達を下がらせた。唯一異論を挟まなかったサターンがマーズとジュピターを半ば引きずる形で連れ、エイチ湖の高台へと上って行く。

 残るはアカギだけだ。再び、あたし達の方へと振り返る。

 

 

「さて……私の邪魔をするか、ナナカマド博士」

 

「ム……オマエがギンガ団の首領だろう。ならば聞きたい。ここ最近のギンガ団の活動はどういうことだ? ギンガ団とは、新エネルギーの開発を試みる集団であったと記憶しているのだが」

「それで間違っていない」

 

「語る気はない、か。……今の所私には、オマエ達を邪魔するつもりも手立ても無い。エイチ湖で何をしたかが定かではなく……衝撃波とそれに付随する停電、人々の混乱以外の実害もなかった以上は、な。野生ポケモン達の逃走すら起こさなかった辺り、オマエの統率力が見て取れるが」

 

「幸い、部下には恵まれている。私が今ここに残ったのは、確かめるためだ」

 

「……確かめる?」

 

 

 確かめる、と言った男はあたしへと視線を合わせる。……嫌な感じだ、この男。

 

 

「お前は似ているな。団員らを悉く妨害してきた、あの男に。いや、雰囲気は黒尽くめにも似ている」

 

「っっ! 知ってるの、おにぃちゃんを!!」

 

「ま、マイ!? 落ち着いてっ!!」

 

「っ、でもっっ」

 

「兄か。……もしもあれが兄だとするならば、お前は間違いなく敵だな」

 

 

 思わず詰め寄るが、ヒカリに抑えられる。理性では分かっている、でもっ!

 アカギの冷徹な目が正面から見下ろしている。口の端に、底知れない笑みを浮かべて。

 

 

「今のお前では私達を止める術はない。お前が思っている以上に根は深く張ってあるのだ。だがお前があの兄の様に、邪魔をするというのであれば ―― フハハ、面白い事になりそうだな!」

「っ、……。……どこ」

 

「何がだ」

 

「……おにぃちゃん、どこっ……」

 

「知らないな。だが、あれは再び……必ず私達の前に現れる。むしろ妹であるお前の方が理解しているだろう」

 

「……」

 

「良い土産が出来た。……ではな」

 

「クロバッ」

 

 

 アカギが、兄の手がかりが去って行く。舞う雪の中を飛んでいったクロバットは、一瞬にして点になった。

 ……。

 ……ああ、そうか。こいつらを、追えば。

 

 

「……駄目だよ、マイ」

 

 

 雪原を踏み出した瞬間、しかし、あたしはヒカリに腕を掴まれていた。

 ……どうして。

 

 

「……判ってるんでしょう? ここで追っても、個人じゃあ敵わない。ギンガ団って言うのは、そういう集団だよ。お兄さんの事が心配なのは判るけどっ」

 

「―― そうだな、マイ。オマエがヤツの背中を追うのは自由だが、私は勧めんぞ」

 

「……はかせ」

 

 

 心配そうな顔を向けるヒカリの隣に、ナナカマド博士が並んでいた。……いつ見ても立派な白髭だ。

 ナナカマド博士はあたしの目を覗き込み、諭すような口調で。

 

 

「久しぶりだな、マイ。今回の助力には感謝する。オマエの成長は、あやつも嬉しく思っていよう。―― だからこそ問おう。あやつはお前が、その心のままギンガ団を追う事を、嬉しく思うのか?」

 

「……」

 

 

 ナナカマド博士の言葉を心の中で反芻する。

 誰よりもポケモンバトルを好きだったおにぃちゃん。この気持ちのままギンガ団を追うということは……あたしは、ポケモンを、

 ……戦いの……っ!?

 答えに行き着いた瞬間、あたしは出来る限りの早さで首を振った。

 

 

「……違う。……違い……ます……」

 

「そうだな。怒りと不安は必要な感情だが、時として行動を捻じ曲げてしまうのだ。心得たまえ、マイ」

 

 

 ナナカマド博士はあたしを撫でながら、無骨な笑顔を浮べる。

 そう。あくまで、ついでなのだ。おにぃちゃんを探すのは。

 この旅の目的は……あたしの冒険は、ポケモンと一緒にシンオウ地方を巡り成長することにある。そして成長した先で、おにぃちゃんとポケモンバトルをする。そうすればきっと、負けても勝っても……言えると思ったのだ。

 素直な、感謝の言葉を。

 

 

「テッカ、テッカ!」

 

「……ん。あ……がと、テッカニン」

 

 

 テッカニンが羽を休め、あたしの肩に止まっていた。どうやらポケモン達にも心配をかけたらしい。あたしはもう大丈夫という気持ちを込めて、テッカニンの頭を撫でる。

 

 

「良い顔になったな。……今のオマエにならば、これも託せる」

 

「……これ、……モンスターボール」

 

「何々? 博士、マイにもポケモンあげるんですか?」

 

「フム。正確には私から、ではないな。……マイ、出してあげなさい」

 

「……」コクリ

 

 

 ナナカマド博士が持ち出したモンスターボールを、雪原に放る。中から出てきたのは、

 

 

 《ボウンッ!》

 

「―― どぉ、ぶるぅー」

 

「っ、『がはく』……」

 

「ぶる? ……ぶるる」

 

 

 白い毛並みが雪を払うように震える。ベレー帽のような頭。尻尾の先に着けた黒い体液で絵を描くポケモン。一般的な個体よりも老成しており、やや元気が無いのも変わっていない。

 ドーブルこと、『がはく』。あたしの兄が、長い間連れていたポケモンだ。

 懐かしさに思わず抱きしめたあたしを、どうやら覚えてくれていたらしい。画伯(がはく)はやや弱い歩みで近寄るとあたしの髪を撫で、優しく鳴いた。

 

 

「そのドーブルはあやつが行方不明になった後に見付かっている。差し金だろう。オマエに心配させないための、な。……それにそもそも、私ではそやつの長所を活かすことが出来ん」

 

「良かったね、マイ! お兄さんに一歩近付いたじゃない!」

 

「……ん」

「テッカァ」「どぶるーぅ」

 

 

 そうだ。兄は大丈夫。心配するなというのは、流石に無理があるが……それであたしが傷ついていては本末転倒だ。

 だから、今は進む。ギンガ団も気にはかけるけれど、それに対してはミィねえも居るのだ。あたしだけが尽力する必要はどこにもない。

 隣にはテッカニンと画伯。あたしも、あたしを信じてくれるこのコ達を悲しませたくは無い。共に行きたい。一緒にもっと成長し、一緒に喜びたい。

 ふと感じた、生まれた煌きの心持のままに空を見上げる。

 空が輝いている。ヒカリが、歓声をあげた。

 

 

「―― うっわぁ! ホラ見て、マイ! ダイヤモンドダストだよっ」

 

 

 いつの間にか夕方になっていた。結晶が落ち始める太陽を映し込み、美しい輝きに目が眩む。ダイヤモンドダスト。珍しい現象だが、キッサキであれば度々観測される気象現象の一つで……これはスズねえの異名にもなっていたはずだ。

 キラキラと舞う結晶の中を、ヒカリは跳ねながら踊る。その姿を、ナナカマド博士は「憮然とした笑顔」で見守っていて。

 

 

「―― マイ、少し私に着いてくると良い。私はこれから、研究所のあるマサゴタウンに向かう。協力者がいるのだ。我が弟子ながら、頼りになるやつがな」

 

「……シロねえ」

 

「ウム。実力は折紙つきだろう。協力を取り付けた後、シンジ湖の下見も行う。オマエにとっては渡りに船ではないか?」

 

 

 博士の言う通り、シロねえの強力な協力があるのなら百人力だ。それにもしかしたら、シンジ湖には件のギンガ団も居るかもしれない。

 決まりだ。あたしは強い意志を込めて、頷く。

 

 

「ウゥム、オマエ自身も実力はあるからな。それに、シロナのやつは妹分の参加を喜ぶだろう」

 

「……ん」

 

 

 シロねえことシロナさんは、子どもが好きみたい。あたしも、随分と可愛がってもらっている記憶と実感がある。ついこの間もスズラン島に向かう途中でキッサキに寄って、昼食をご馳走してくれた。

 

 

「暫くはヒカリと行動を共にすることになる。……ドーブルとは別に、私からもこれを送ろう。お前の兄が尽力した ―― ポケモン図鑑を」

 

「……ポケモン、図鑑」

 

 

 博士から、銀色で四角い機械を受け取る。手にずしりと重い感覚。おにいちゃんが昔から力を入れていた研究の成果……ポケモン図鑑。シンオウ地方のものは、あたしもはじめて見た。

 おにぃちゃんや、一緒に冒険に出た人達は皆が持っていた図鑑。これを持って出立できる事が、嬉しくてたまらない。

 

 

「……」

 

「……フム? ああ……やはり子供は、笑顔でなくてはな」

 

「博士ーっ、マイーっ! ほらほらっ!」

 

「ッチャマー!」

「くわ」

「(……)」コクリ

「ピッピー☆」

 

 

 いつの間にかでていたポケモン達を巻き込んで、ヒカリは率先して雪塗れになっていて。

 

 

「……ん。……そう、だね」

「テッカ?」

「どぉぶるるぅ」

 

 《ボウンッ!》

 

「ワフッ!」

「ニュラァッ」

 

「……いこ、皆」

 

 

 ポケモン達もあたしの珍しい行動に一瞬驚いたものの、直ぐに同じく走り出していた。

 新しい一歩のために……今は。

 あたしもポケモン達と一緒に、雪原の中に飛び込んでおこう!!

 

 

 ―☆

 

 

 Θ―― マサゴタウン/砂浜

 

 

「……マイ、準備は出来た?」

 

「……」コクリ

 

「それじゃあ行こっ!」

 

「……ん」

 

「北、北と。……えーと、まずはコトブキシティだよね。マイ、コトブキシティに行った事は?」

 

「……」フルフル

 

「そっかぁ。あ、わたしは博士のお手伝いで行った事があるんだけど、テレビ局とか、ポケッチの会社とかがあるんだよー。テレビはあんまり得意じゃないけど、ポケッチは楽しみかな! あ、マイは最新型のを持ってるからそうでもないかも知れないけど……」

 

「……んん。……そんなこと、ない」

 

「そ? よかったぁ!」

 

 

 マサゴタウンの砂浜を旅立つ少女が2人。一方はゴスロリの上に薄手の上着を着込み、一方はミニスカート。

 共通している点は幾つか在るが、1つ。彼女らは共に、「ポケモントレーナー」である。

 

 

「ねえ、マイ。この間調べたんだけど、その『ランニングウィンディ』のカラーパターンがカタログに無かったんだよね。それって限定ものなの?」

 

「……限定じゃあ、ないと思う。ミィねえの、オーダーメイドだって聞いた。……あ、ミィねえ、……シルフカンパニーの社員。ヒカリ、知ってる? シルフカンパニー」

 

「そりゃあ知ってるよー! そっかぁ、お兄さんだけでなくでっかい会社に勤めてるお姉さんも居るのかぁ」

 

「……あ、……うん」

 

「そういえば、マイのお兄さんってどんな人? カッコいい? あ、昨日シンジ湖の近くで博士がポケモンあげたコウキ君とかジュン君とかと比べてどんなタイプ?」

 

「……ヒカリ……」

 

「見ないでっ、そんなジト目で見ないでよ、マイッ!? ……でもさ、わたし達の年齢だと普通の話題じゃないかな、これって」

 

「……ハァ。……おにぃちゃんは、……多分……カッコいい。と、思う。……コウキ君……ジュン君は、よく判らないけど……面白い」

 

「面白い、って。それって男の子を批評する言葉じゃあないよね……」

 

 

 ポケットモンスター、略してポケモン。

 この世界に生きる、不思議な不思議な生き物。

 ポケモンと共に旅をする事はこの時代、少年少女にとってよくある出来事となっていた。

 そして今、本当の意味で2人は旅立ちを迎えていた。

 

 

「……それじゃあ、ヒカリ……は」

 

「あー、やっぱり聞かれるかぁ。……あー、……あー……と、年上かなっ」

 

「……比べて」

 

「んー……ジュン君よりはコウキ君、だと思う。どっちかって言うと落ち着いている人の方が好きなんだけど……やっぱり笑顔が大切かなぁ。わたしが3才くらいの頃から、遊んでくれたりポケモンバトルを教えてくれたりした優しいおにーさんが居たんだ。博士の所に一時期だけ来てたから、名前とかは聞けなかったんだけど……恋人にするならこんな人が良いかなぁって。あ、ニコポじゃないよ? おにーさん、最近は来てないけど前は何回も来てたんだから。あたしもこう……じっくりとだね」

 

「……ニコポ、って」

 

「……あー、いや、いいの。気にしないでマイ、お願いだから」

 

 

 旅をする思惑はそれぞれにあれど、確かな想いを秘めている。

 少女等はポケモントレーナーとして、輝く一歩を踏み出す。

 先に待つ苦難と成長。そして何よりも、ポケモンとの絆を信じて。

 踏み出し、踏み越えたその先には、いずれも光が待っているに違いないのだから。

 

 

「―― それじゃあ、出発!」

 

「……ん、いこ、ヒカリ」

 

 





>>マイ
 若干病んでます。

>>素直な、感謝の言葉を
 この一文だけでアフターストーリーのエンディングが見える貴方様は、駄作者私の代わりにプロットをお願いしたいくらいで(ぉぃ

>>がはく
 本編にもどこか……遠い未来で出演予定。プロットだけなのですが。
 ニックネームはドーブルさんの通称から。体液が黒になっているのは誤字ではなく、このドーブルの特殊性に由来します。
 ええ。特殊性とか、更新分の特別篇の中ではまったく描いてませんが!!

>>ダイヤモンドダスト
 実際、Dpptから実装された機能です。
 レッド様の必中吹雪連発に耐え切れない貴方様は、一考の余地を。

>>コウキ&ジュン
 罰金ボーイと男主人公ですね。登場人物が美少女だけとかはないのですすいません申し訳なく。

>>ニコポ
 結局のところ、描写しなければ一緒だと思うのですが(ぉぃ


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特別編― むしろ、世界の外にて

 

 Θ―― ???

 

 

「痛ってて……。……どこだここ?」

 

 

 天も地もない。左右と上下と僅かな重力は辛うじてあるが、常識はない……そんな世界にて。

 流れ登る(・・・・)滝の傍にぷかりと浮かんだ小島の上で、1人の少年が目を覚ました。

 辺りをキョロキョロと見回し、その次に、腰周りに付いた2つのモンスターボールを確かめる。

 

 

「良かった、ボールは無事だな。……ナナカマド博士にあいつらを預けてきて正解なのか、拙かったのかは判らんが……」

 

 《《カタタタッ!》》

 

「まずは元気でよろしい。安心したよ。……さてと」

 

 

 常識の無い景色よりも気がかりだったのだろう。モンスターボールの所在を確かめた後、心から安堵の息を吐いた。

 少年は流れる動作で、次々とトレーナーツールを起動してゆく。

 

 

「現在地不明、時間機能は表示がおかしい。……いや、原作知識があるから(・・・・・・・・・)大体判るけどさ」

 

 

 言って、少年は溜息をつきながら、果ての無い空間の先を見つめた。

 

 

「『やぶれた世界』、か。俺は確か、フロンティア開幕のセレモニーに強制参加させられる、その前日だった筈なんだがなぁ。……どうするよこの状況」

 

 

 確かにフロンティア開場は殿堂入り後のイベントだったからすんなり行くとは思ってなかったけどさー……と愚痴を続ける。

 

 

「それはさておき、脱出だな。うし」

 

 

 心機一転。少年が脱出に向けて動き出そうと、腰のモンスターボールに手をかけた、その時。

 

 

 《きゅううん!》

 

 《きゃううん!》

 

 ――《きょううん!》

 

「いや確かに、こんな空間に放り込まれて存命なのは人間として強運(きょううん)としか言いようが無い……って違う、そしてこの広大な空間、たった1人でのセルフノリ突っ込みは心が痛いって誰だお前ーッ!?」

 

 

 少年の周囲を、赤青黄色、3色の身体をした3体のポケモンが飛び回り始めた。その中でも赤いポケモンは距離を段々と詰めて行き、遂には頬ずりするレベルにまで到って。

 

 

 《ピーッ、ピーウッ♪》

 

「……エムリット? なんか聞いた事無い鳴き声出してるなぁ、むぐぐ。いや、懐かれるのは悪くは無いけど」

 

 

 懐かれる、という部分を強調しておいて。少年が甘んじて顔辺りを満遍なく擦り付けるすりすりを受け続けていると。

 

 

『(好きっ! エムリット、ショー、大好きーっ♪)』

 

「折角言い訳したのに2言目にはなんか脳内に響く声でブラックオアホワイツ(告白)されてるとかっ!? これはつまりお前の仕業かアグノム!?」

 

 

 エムリットを被りながら少年が叫ぶと、宙に浮く内、青のポケモン……アグノムがこくりと頷く。

 

 

『(久しぶり、ショウ。……おれは意思担当だからな、この位なら出来るんだ)』

 

『(好きーッ! 遊んでよ、ショーっ!)』

 

『(……そろそろおよしなさい、エムリット。ショウ様にご迷惑がかかります)』

 

 

 エムリットと呼ばれたポケモンが黄色のポケモン・ユクシーに連れられて少年から離れる。

 少年は頭を掻きながら、

 

 

「……いやさ。確かにシンオウ行った時、妙に好かれてるなーとは思ったぞ? だけどな、物には限度ってやつが……じゃあなくて、えふん、ごほん。久しぶりだな、アグノム、エムリット、ユクシー。その節には世話になった」

 

『(ああ)』

 

『(はい。お久しぶりですね)』

 

『(ショー、ショー!)』

 

 

 アグノムは笑顔で。ユクシーも笑顔で。エムリットは満面の笑顔で(ただしユクシーの腕の中で暴れながら)。

 一通り挨拶を終えると、エムリットはショウの腕の中に納まる事で落ち着いた。ショウは地面に胡坐をかいて座ると、アグノムとユクシーもショウの隣へと浮かぶ。

 

 

『(んう。んー、ショウ、良い匂いー。暖かーい)』

 

「光栄だなー、と。とりあえずは現状把握が必要だな。アグノム達は、なんで俺がこんな所に居るのか知ってるか?」

 

『(ああ。頼む、ユクシー)』

 

『(はい。結論からいいますが、ショウ様は人間達の実験に巻き込まれたのです。ギンガ団という集団を知っていますか?)』

 

「知ってるし、わかった。……そういやフロンティアの歓声に紛れていて判り辛かったけど、ヘリの音がしてたな。方向からしてハードマウンテンか?」

 

『(……相変わらず思考が早いですね。とはいえ正答です。近場に居た貴方は、あの人達の開発した機械の試運転に巻き込まれたのです)』

 

「ほうほう。……となれば俺1人で下見に行ったのは大正解だったな。こんなのに他の人まで巻き込んだらたまったもんじゃあない。ってか、大丈夫だよな? 他の人、いなかったよな?」

 

『(ええ)』

 

『(おれらも確認したが、お前以外には人っ子1人居なかったぞ。……というか、整備も何も成されていない活火山に近づこうなんて酔狂なトレーナー、お前くらいしかいないだろ)』

 

「おう、そら良かった」

 

『(ふわぅ……ショウ、寝ていーい?)』

 

「どうぞどうぞ」

 

 

 返答を受けると、エムリットの瞼が落ちて行く。いつしか腕の中で寝息を立て始めた。

 

 

『(……はぁ。貴方は何をしに来たのでしょうね、エムリット)』

 

『(そりゃあ、コイツの第一目的はショウに会いに来ることだろうよ)』

 

「……それはひとまず置いといて。んじゃ次に、ユクシー達が『やぶれた世界』に居るのは、お前達の仕事でなのか?」

 

『(ええ、はい。あの威力は凄まじいもので、一時的とはいえ世界の均衡が破られてしまいましたからね。あの時も言いましたが、わたくし達の仕事は世界の均衡を守る事ですから)』

 

『(おれらはお前を連れ戻しに来たんだ、ショウ)』

 

 

 意思を込めたアグノムの目が、少年を捉えた。

 連れ戻す。成る程ねぇ……と零し、ショウは赤黒く染まった見慣れぬ空を仰ぐ。

 

 

「ふむ。ありがたいし、そりゃあ良いんだが……どうも原因の方がきな臭くてな」

 

『(何が気になるのです、ショウ様?)』

 

「人っ子一人居なかった、って所。お前たちも知ってるかもだが、あの辺りでは近々、ポケモンバトルの為の施設が開設される予定でな。結構な人が集まって居たハズなんだ。それなのに1人も、ってー事は……」

 

『(成る程。人払いされていた……そう考えているのですね)』

 

「だな。ギンガ団が試運転の為に人払いしていたって考えると筋は通る様な気がする。けどな。何の気なしに近づいてた俺がこうして巻き込まれた時点でそれは否定できると思うんだ。……だって俺、ギンガ団の要注意リストに入ってそうなんだよなぁ……結構目立ってるし、アカギさんとは知り合いだし」

 

『(と、言う事は)』

 

 

 アグノムの確かめる様な呟きに、少年が頷く。

 

 

「俺は狙われたんだ。多分な」

 

『(……ッッ!! ショウ様を、同胞を狙ったのですかっ!?)』

 

『(落ち着けよユクシー。ショウとギンガ団は確かに同じ人間だが、それを1つ括りにするのは間違いだろう)』

 

『(ですが、アグノム!)』

 

「アグノムの言う通り、落ち着けってば。俺は気にしちゃいないぞー、っと」

 

 

 言って、少年は何の気負いもなしにユクシーの頭を撫で始めた。

 撫でられた瞬間、閉じられていたユクシーの目は驚きに見開き、

 

 

 《……ピゥゥ》

 

 

 遂には顔を伏せてしまう。この反応に撫でていた側の少年は手を止め、様子を伺う。

 

 

「……何か弱々しい鳴き声だな。大丈夫かユクシー?」

 

『(あっはっは! ほっといてやれ、ショウ。それはおれらが……)』

 

『(それを言ったら記憶を消しますアグノムの)』

 

『(ゴメン。ショウは気にすんな)』

 

「わかった。……お前も大変なのな、アグノム」

 

『(ありがとな、ショウ)』

 

 

 ここまでの経緯を聞き、ショウは再びの溜息を吐き出す。

 自らの境遇と想い。遂げた悲願を思い返し……だが。まず気になってしまったのは、やはり、無駄な部分の方である。

 

 

「つーか、ポケモンとテレパシーで会話とか。随分と便利な世の中になったなぁ……」

 

『(なんだその遠くを見る目は)』

 

「いや、劇場版とかさ」

 

『(すいません、ショウ様。わたくしには意味が判らないのですが……?)』

 

『(それに、正確に言えばテレパシーじゃあないぞ。お前の心に直接震わせて(・・・・)いるんだ)』

 

「あー、なるほど。感情伝播……いや、これはもう意思の伝播って域か?」

 

『(ああ。お前はあのミュウとかとよくやっているだろう? こんな方法で会話をしたのはおれも初めてだが、日常的に近い事をしているショウにはかなりの適正がある筈だ。他の人間じゃあこんなにすんなりと会話は出来ないと思う。それにこの方法なら、他のエスパーポケモンに盗聴される危険も無いしな)』

 

「なんとも俗に塗れた事情だな」

 

 

 呆れの色を濃く表したショウに向かって、何事かを思案したアグノムが、こっそりと(脳内)ひそひそ声で。

 

 

『(……一応言っておくと、エムリットのあれはマジだ)』←秘匿回線

 

「(まじですか)」←秘匿回線

 

『(ユクシーも若干マジだ)』←超秘匿暗号回線

 

「(まじですか。記憶消されないよう気をつけろ)」←超(略)

 

『(「言って」はいない。伝えただけだ。そうだな?)』

 

「(無事を祈る)」

 

 

 何が本気なのかとは問うのが躊躇われ、さしものショウもそれ以上の追求は自重しておく事に。

 本気もしくは好意と書いてマジならまだマシか。愛、もしくは結婚願望と書いてマジと読むならそれはどうしよう。そんな感じの無駄思考である。

 ―― 人と結婚したポケモンがいた。ポケモンと結婚した人がいた。

 

「(ここでその引用は悪意しか感じないんだがっっ)」

 

 

 等々、少年は自分の無駄に思考する脳内に突っ込みを入れておいて。

 

 

「うっし。無駄思考は切っといて。んー……さぁて!」

 

 

 エムリットを抱きかかえたままのショウが立ち上がり、器用に伸びをする。

 深呼吸をして、辺りを見つつ、自らのバッグを確かめる。

 

 

「お、転送はギリギリできるっぽい。……って事は、この世界のどこかに穴が開いてる可能性が高いな」

 

『(ええ。わたくし達もそれを捉えて、貴方を導くためにやってきたのです)』

 

「あんがとな。……それにしても」

 

『(? ショー、誰のこと考えてる?)』

 

 

 どうやら、脳内会話の影響で思考が漏れているらしい。考えの端を読み取ってぱちりと覚醒したエムリットが、読み取った呼称をそのまま口に出す。

 

 

『(おにー……たん? あはっ、おにーたん!)』

 

「いやそれは違う、せめておにいちゃんでっ! そして妹には増殖してほしくない!」

 

『(なんだショウ、妹がいるのか)』

 

「あー……まぁな。実は、今日が今回の仕事の締めだったからなー……本当は明日から暫く休暇をもらって、妹と一緒にシンオウ地方の旅に出る予定だったんだ」

 

『(それは……申し訳ありません。妹さんも、さぞや悲しんでいることでしょう)』

 

「いやいや、ユクシーが謝ることじゃない。むしろ助けてくれて感謝してるよ。おかげで死んでないんだから、この件さえ終えれば今度こそ妹の所にも行けるし。……心配ではあるけどなー」

 

 

 一息間をおいて。少年はそのまま視線を下げ、続ける。

 

 

「……けどその前に、だ」

 

 

 2匹を宙に。1匹を腕に抱いた少年が、上とも下とも取れる空を見る。

 

 ―― その空を、大きな影が横切った。

 

 

 《ギゴガゴゴォ!》

 

 

 この世界。掟破りの世界を体言する ―― 影のポケモン。

 真黒な身体から赤い瞳を覗かせ、黒の翼を触手の様に靡かせ、中空を漂いながら少年と3匹を見上げている(・・・・・・)

 

 

『(……!? うわ、だれぇ?)』

 

「あれがこの世界の主っぽいぞ」

 

『(あの神は、わたくし達と折り合いが悪いのです。……出来ることなら相手にしたくはないのですが)』

 

『(そうもいかないだろうよ。なにせ ――)』

 

 

 アグノムとユクシーが、影のポケモンの先へと視線を向ける。その遥か先。下へ下へと登った終りに、僅かに輝く明かりがあった。

 

 

「……うわやっぱりか。お怒りの神を相手にしながら、あそこまでたどり着かなきゃならないのな」

 

『(わたくし達も手伝いましょう。今は、わたくし達が貴方のポケモンです)』

 

『(むー、エムリットもー! エムリットもショウの!)』

 

『(ショウのポケモンも居るけどな?)』

 

「まぁ一応、主力級のと育成中のが1体ずつ居るけど。……けど今までの伝説戦を考えるに、」

 

 

 3匹と1人とが見降ろす。

 影のポケモンは辺りに影を撒き散らしながら、翼を広げて。

 

 

 《《 ギゴガグゴガゥ!!!!! 》》

 

 

 少年等に向けて、飛翔する。

 ショウの周りに浮かぶ内、エムリットが一際素早く反応する。

 

 

『(ショーはダメーっ!)』

 

 ――《《 ガッ、ズゥゥンッ!! 》》

 

「あっぶな! ありがとエムリット、そしてやっぱり半端無いよな伝説級っ!?」

 

 

 小さな身体は影の質量を受け止め切れず、体勢を崩す。……しかしその方向は確かにずらしてみせた。少年には直撃せず、影は遥か彼方へと通り抜けてゆく。

 

 

『(相手の出方が判りません! ショウ様、一先ず隠れましょう!)』

 

『(あっちの岩場とかだ、ショウ!)』

 

 

 残る2匹が慌てて少年を誘導しようとし ―― だが。

 

 

「いや、それは駄目だな」

 

 

 少年は落ち着き払った態度で、影のポケモンを見つめていた。

 ぎょっとした2匹と、宙を戻ってきたエムリットの3匹を周囲に環状に位置させて、告げる。

 

 

『(何か考えがあるのか?)』

 

「ああ。今のは『シャドーダイブ』だ。恐らくだけど、その内にお前らの『まもる』を突破してくる様になる。今の所、暫くは持ち堪えられるっぽいが……そもそも隠れたとして、ここはアイツの世界だ。どうせジリ貧だろ?」

 

『(……つまり)』

 

 

 笑みを変える。強がりではない。

 心の底からバトルを楽しもうと。少年は、そういう風に出来ていたのだ。

 

 

「ああ。……おーい、カミサマ!」

 

 

 少年の大声に、神様と呼ばれた影のポケモンが反応する。辺りに浮かぶ岩場を足場にして、再び少年等へと振り向いた。

 腰に着けたモンスターボールを1つ構え、影を指す。

 

 

「今になってサートシ君の気持ちが判るかもしんないなぁ。……さあさ!! 俺達とポケモン勝負、しようぜ!」

 

『(おーっ! 行くよ、ショーッ! エムリット、バトルはショウの次に好きだもんッ!!)』

 

『(……仕方が無いですね。理にも適っていますし……微力ではありますが、わたくしも喜んでお力添えをさせていただきますっ!)』

 

『(しゃあない。いっちょやりますか!)』

 

 

 宣言の一声と揃えられた声。

 喜びか怒りかに、影がぶるりと身を震わす。

 少年を守るべく、3匹が辺りを漂う。影と対峙し、睨み合う。

 視線が交差する。例え相手が神だとて関係ない。それは世界にありふれる、ポケモンバトルの始まりの合図だった。

 

 

「行こうっ、―― !」

 

 《ボウンッ!》

 

 ――《《 ギゴガゴォ!! 》》

 

 

 ポケットでモンスターな世界、そのどこか端っこの方にて。

 

 念波と影とが衝突し、辺りに広がってゆく。

 やぶれた世界には他のポケモンも人も存在していない。

 このポケモンバトルの行く末は、当事者だけが知っている。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 To be continued,

 ポケットでモンスターな世界にて、アフター/プラチナ

 





 ノリ突っ込みをかまちー風。金髪碧眼の女神様渾身のデレ……は私見ですが微妙に燃焼不足というか着地が綺麗というかある意味想定通りというか在るべき所に収まったというか。
 ……いえ、それはとにかく。+αである今話をもちまして、特別編の更新は終了となります。
 ここまでをお付き合いいただき、ありがとうございました。

 本作は本編終了後の話にあたりまして、ポケモンバトルも色々と変化を見せています。
 作品的には心配する妹等、及び周囲の方々を尻目に、UMAハーレムを堪能する(元)主人公というコンセプトです(嘘
 因みに貴方の脳内で、エムリットの声がポ○ョで再生されれば、駄作者私の思惑通りなのでして。

>>マイ
 ポケットモンスタープラチナ等にて登場する少女です。
 ゴスロリ、黒髪、口下手というキャラ付。
 ……はい、はじめっからこの予定でした! ミィ編などを読み返してみれば、色々とそれっぽいことが書いてあったりなんだり。
 この妹、兄よりも(作品的に)早くジム戦を体験しております(苦笑
 そして実は、既に本編では使うかも判らないプラチナ篇の伏線が張られていたりします。
 そしてそして、妹の弱点はお察しの通り精神面(メンタル)なのです。自分で書いていてあれですが、結構危ういですね……

>>UMA
 「ユ」クシー
 「エム」リット
 「ア」グノム
 という、DPPtの準伝説、湖のポケモン達を指した俗称ですね。
 彼らOR彼女らにはショウのヒロインとして……あ、ケモナーですか。そうですね(肯定
 因みに彼・彼女らの性格はポケダンに出演した個体をイメージしております。

>>ヒカリ
 基本的にはゲーム本編に沿った登場の予定。ゲームでいう主人公は、コウキ君が担当します。
 手持ちも(ゲーム内では一瞬しか出ないのですが)基本的には、ゲームの通り。ゴルダック以外は。
 とはいえゴルダックを切り札としているあたり、誰かしらのお方の影響力を感じますね……はい、あのお方です申し訳ありませんですすいませんっ(土下座
 因みに。最後の台詞を見る限り、彼女も(残念ながら)毒牙にかかっている様子。
 ……恋愛面を語るのも、実は原作通りで……ううん。いつか腹黒ヒカリになるのでしょうか(ぉぃ

>>ナデポ
 ユクシーの事です(ぉぃ

 ……いえ、実際には本編記載済み以外にももうちょっと交流がありまして。
 というか、どっちかというと人間に長い間触れられていなかった故の……やっぱりナデポですか(ぉぃ

>>育成中の1体と、未育成の1体
 設定はあります、が、日の目を見るかどうか……

>>テレパシー
 昨今のエスパーでもないのに……は、確かに判り易いですが……うーん。
 視聴年齢層はこの際おいておいて、「アニメポケモン」という原作の主題等々。

>>人と結婚したポケモンがいた。ポケモンと結婚した人がいた。
 ミオ図書館より。実はほかにも、ミオ図書館の文はちょくちょく使用しております。使い易いのですよね、無駄に意味深で。
 ……ですがこれ、壮大な、しかもレベルの高いケモナー宣言ですよ。

>>シャドーダイブ
 最近のやつは、『まもる』をすり抜けるらしいです(伝聞系

>>アフター
 ポケットでモンスターな世界にて、その中でショウがこなすべき役目を殆ど終えた上での特別編という流れになっております。
 プロット的にも、ある意味では本当の完結編……ファンディスク的な要素を目一杯に盛り込んでおります次第。
 因みに、女性視線ですので、多分、本編よりも肌色が多いはずです(ぉぃ


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―― エリートトレーナー編
1995/3月 プロローグ①



 幕間②開始の前に、注意書きをば。


・幕間②は、「幕間」との呼び名に名実共に相応しい内容となっております。ノリは変わりませんが、色々と実験的な部分もあるので、ご容赦ください。
(実験的な部分はともかく、読み辛さなどあれば、遠慮なく御指摘を)

・幕間②は全4部を予定しております(プロローグ全3話を除く)。が、文章量にはばらつきがありますので、ご容赦ください(2回目

・更新は部が書きあがり次第更新します。人物登場の速さや多さ等々、構成的に「あら」の目立つ内容かとは思いますが、あくまで幕間ということで、何卒ご容赦くだされば(3回目
 主要人物については、後々に人物紹介を書かせていただきます。

・最後に、最も大切な部分を。
 『この話に登場する主要人物に、ショウおよびミィの主人公両名以外のオリジナルキャラクターは登場いたしません』
 ……ただし、性格の捏造はあります(ぉぃ


 では、では。
 幕間②を開始させていただきます。




 

 Θ―― タマムシシティ/トレーナーズスクール

 

 ここは玉虫……虹色との色名を冠する街、タマムシシティ。

 カントー地方の中心近くにあるその街の南西。海と森との間に、施設はあった。

 

 

「おおーっ! コレが、念願の!」

 

 

 目の前に建ち、四方を囲む建物 ―― タマムシシティのトレーナーズスクールを見やる。オレは今日から、本決まりでこのスクールに通う事になっていた。

 こうして額に手をかざして太陽を遮りながら脚を進めていると、建物の概観がよくよくわかる。春の太陽光を映したレンガ様の外壁は実に美しく、足元に敷かれた半人工飼育モノだという芝生が心地よい。

 オレは今年で11才。一応、トレーナーとしての基礎教育は去年で終えていて、普通のトレーナー資格に関しては持ち合わせている。

 そんなオレがここへと通う理由が1つ。タマムシのスクールは、カントー地方の中でもこことヤマブキにしかない「上級学科」を募集しているのだ。

 

 その名も、『トレーナー専攻コース』。

 

 通称:エリートトレーナー養成所。

 

 世界に誇るタマムシ大学と併設され、各種施設も充実。他校……というか隣の地方の片田舎のトレーナーズスクール出身の身としては、友人達と共に頑張ってみた甲斐があるというものだ。

 そんな感慨に浸っていると、しかし、隣を歩く幼馴染はオレの感慨を見事に切り捨てる。

 

 

「なにをボーっとしてるの。呆けてないで歩きましょう、シュン(・・・)

 

「待ってくれ。もう少し感動の余韻を味あわせてくれてもいいだろ、ナツホ(・・・)

 

 

 トレーナー専攻コースの赤い制服に身を包んだナツホが、いつものツンとした態度でケツをまくって来ていた。

 ……ただし、エロスな意味は含まない。というかこれでエロスとか、どんだけ欲求不満だよ。ケツって言っただけだし。いや、まくるっても言ったけど。

 

 

「言葉って不思議だな」

 

「ちょっと、シュン。感動もいいけど、入寮の時間がもうすぐなの! 早く行くわよ!」

 

「あ、わかった。……しっかし、ワクワクするな」

 

「当たり前じゃない。……わたしだって、……そうなんだもん」

 

「出ました、ツンデレ!」

 

「―― もうっ! 知らないからっっ!」

 

 

 幼馴染は黒い髪を束ねた尻尾を揺らし、怒りの歩調でズンズンと前進していく。優秀な幼馴染の先導だ。どうやらオレ達が寮の手続きをする為に目的地としている生徒科は、あっちの方向にあったらしい。今知った。

 頭の中で幼馴染をどうなだめようかと思案しつつ、ジョウト出身のオレ達からすれば異郷の地……ポケモン学の最先端、カントー地方の空を見上げる。

 隣の地方たる我が地元と大差は無いが、ここに居るオレ自身の気持ちが違うのだろう。軽快な青空が、心を弾ませてくれている。

 

 

「うん。行こうか」

 

 

 右手にナツホや友人達と一緒に買った、同じ型のキャリーバッグを引きずって。

 オレは新天地であるトレーナーズスクール、その寮へと……「ポケモントレーナーとしても」最初の1歩を踏み出すべく、歩き始めた。

 

 

 

 Θ―― 学生寮(男)

 

 

 

 寮は校舎の両脇にあった。西に女子寮、東に男子寮。

 あと、校舎から見て北側に国が作った大図書館があるため、勤勉な学生達はそこにもよく集まるらしい。

 ……という説明を、寮長から受けたのだが。

 

 

「きみは、どこから?」

 

 

 前を歩き案内をしてくれている寮長が、季節はずれな紫のマフラーをなびかせながら振り返って、質問してきた。……どこから、って。説明するのはいいけど、知ってるかな?

 

 

「オレはキキョウシティ出身の、同スクール出ですね。知ってます?」

 

「うん。観光地として有名だ。……という事は、僕と同じくジョウト地方出身なのか」

 

「寮長もなんですか?」

 

「ああ。僕はエンジュシティ出身さ。ジムリーダー資格を取る為にタマムシのスクールへ来ているんだよ」

 

「お。つまり寮長は、上級生様だったワケですね。これは失礼しました」

 

「そうだ。……でも、ひとつだけ。様付けはちょっと嫌だな」

 

「了解です、りょーちょー」

 

「うん、それで良い!」

 

 

 嫌味の無い笑みを浮かべる寮長、マツバさん。

 ちなみに、只今のオレの推理は、ネタがわかれば簡単である。この学校にはただトレーナー資格を取りに来るだけの「一般組」を除けば、オレやナツホみたいに資格を取った後にエリトレを目指して入る「専攻組」が多い。しかし、更に1年かかって上級資格である「ジムリーダー資格」を取りにかかる人や、「レンジャー」「ジュンサー」「ポケモン医学」等々を修めるために努力する人々も存在するのだ。

 

 「一般組」で1年。

 

 その卒業後に「専攻組」で、更に1年。

 

 エリトレ資格がなくては上級資格を取れないので、ジムリ専攻であるマツバさんは必然的にオレよりも先輩である、という事になる。

 

 

「同じジョウト出身同士、今年1年よろしく頼むよ。シュン君」

 

「こちらこそ」

 

 

 いきなり同郷の先輩と知り合えるとは、これ以上ない上々な滑り出しであろう。

 そのまま幾つか話をしながら歩いて行くと、フロアー全体が絨毯敷きである3階の端に到着。……「325」号室。どうやらオレの部屋に着いたらしい。

 

 

「ここがキミの部屋で、はい、コレが鍵だ」

 

「ども」

 

「ちょっとだけ寮について説明しようか。……5階にある部屋番号500台の部屋は、一般組の人たちのための部屋。4階は全て事務フロアー。専攻組はみんな3階の部屋に集まっていて、2人1部屋。僕達最上級生は2階だ。あとは、そうだね。専攻組の人はキミの他にも、既に数人入寮している。プレイルームなどで交流してみると良いと思うよ」

 

「ありがとうございます。因みにプレイルーム、と言うのは?」

 

「ああ。うーん、基本的には娯楽空間かな。テレビとかソファーとか、雑誌とか、給湯器とか。あ、1階にあるんだ。食堂の隣だし、僕も食後は大体その辺にいるよ。もし見かけたら遠慮なく話しかけてね。あとの細かい部分は、プレイルームにある掲示板や学内サイトを閲覧してくれてもいいし、また僕に聞いてくれても良いからさ」

 

「はい、何から何までありがとうございました!」

 

「うん。荷物の片付けは手伝わなくても良いかい?」

 

「はは、先輩にそこまで手伝わせるわけにはいけません。それに、友人がもう来ている筈なので」

 

「あはは! それなら心配ないね。それじゃあ!」

 

 

 手を挙げ、寮長・マツバさんがエレベーターのある方向へと歩いていく。影があるのに爽やかな先輩だな。影は主にあの紫のマフラーが原因ではあるが。

 さて、と考えて、オレは早速友人達へメールを送る事にする。『ついた。荷解きを手伝ってくれ、報酬は昼飯で』。

 

 

「送信、っと」

 

 

 これでいいだろう。あとはあいつらが来る前に、自分でも最低限は片付けておくか。

 オレは袖をまくりつつ、とりあえずダンボールを開封しておく事にした。……最低限なっ!

 

 

 

 Θ―― 寮部屋/325号室

 

 

 約1時間後。

 人手と言うものは偉大だな、なんて思う程には部屋が片付いていた。後は細々としたものだけだ。

 オレは伸びをし、片付いた部屋を見渡す。

 

 

「ん~、はぁ! 片付いたな!」

 

「これでか? 最低限過ぎるだろう。ベッドとテーブルと本棚しかないぞ」

 

「ゴウと違って、シュンだからねー。これでいいんじゃなーい?」

 

「……ケイスケ。その、相変わらず間延びした話し方は何とかならないのか」

 

「じぶん、ゆるーく行くって決めてますんでー」

 

「ははは! ゴウもケイスケもサンキューな! おかげで寝ることは出来るよ。本棚なんかは後でオレが自分で埋めるし、同室の人とも話し合って決めるからさ。……と」

 

 

 ふと時間が気になり、壁にかけたモンスターボール型の時計を見る。すると、とうにお昼は周っていた。手伝ってくれた友人達を労う為にも、まずは腹ごしらえをするべきだろう。

 

 

「もう昼だし、食堂に行こうぜ。おごるからさ!」

 

「うむ、悪いな」

 

「ありがとーぅ」

 

 

 生真面目な性格が現れたゴウの返事と、いつも通りに気の抜けるケイスケの声。オレのジョウトからのスクール同級生は、別の地方へ来ても通常進行らしい。これはこれで安心するよな。

 よし。では、友人2人を引き連れて食堂へ向かう事にしますか。

 

 エレベーターで1階まで降り、寮のエントランスを横切る。途中で寮長の教えてくれたプレイルームを横目に見てみると、1階のスペースを大分使っているのだと思われる空間だった。その端には、よくよく見かける箱型の線が引かれた非常に大きなスペースが取られている。もしかして、

 

 

「ああ、アレか。僕も来た時は気になったからな」

 

「もしかして、バトルスペース?」

 

「あたーりーぃ」

 

「そうだ。『プレイルーム』の名に恥じない空間にするため、だそうだな。偶に上級生とかがバトルしてるのを見るのは、実に勉強になる」

 

「あんまり近くで観てるとあぶないけどね~」

 

「ふーん……あ、それより食堂だ、食堂。腹が減っては戦も出来ない」

 

「食堂はすぐそこだ。ほら」

 

 

 ゴウが指差したその先に、食堂の看板が下がっていた。

 のれんを潜り中に入ると、休日の昼間だというのに、結構な人数の生徒達がそこかしこに座っている。

 

 

「……おおー、流石はタマムシのスクール。広いなぁ」

 

「平日だと、昼時には席が埋まっちゃうんだー」

 

「ああ。校舎にも食堂はあるが、此方のほうが安いからな。寮生はここまで帰ってきて食べることが多いらしいと、マツバさんが言っていた」

 

「そうか。お前らはどうする予定?」

 

「僕は、時と場合によるかな。自分で作ることもあるだろうし」

 

「んー……ボク、昼休みは寝ようかなー。どうせ早弁するもーん」

 

「いや、相変わらずだな。そこは昼に食べろよ」

 

「……言っても聞かんさ。シュンも知っているだろう? コイツのポケモンバトルの実力は確かなんだ。だというに、態度がいかん。僕が何度注意した事か……」

 

 

 ああ、そういえば。ゴウとケイスケのあれは、既に漫才の域だった。ナツホやノゾミも諦めてたし。

 オレ達はジョウトのスクールの昔話をしながら食券を買い、手近な席にトレーナーバッグを置いて席取りを完了させる。

 今日は休日の昼間だからだろうか。ケイスケが言うよりは、大分席も空いているように見えている。

 で、カウンターまで歩いていって食券をおばちゃんに渡すことに。

 

 

「オレは焼きそば。全部ましまし」

 

「僕は中華定食をお願いします」

 

「はーい、オムライスお願いしまーす」

 

「あいよ。……見ない顔がいるね。初めてかい?」

 

「あ、はい。オレは今日から入寮しました。よろしくお願いします」

 

「ああ、贔屓(ひいき)にしてくれると嬉しいねぇ。料理が出来たら上の電光掲示板に表示するから、たまに自分の番号があるかをチェックしておくれよ!」

 

「はい。わかりました」

 

 

 気の良いおばちゃんだ。席に戻りながら振り返って確認すると、確かに、カウンターの上辺りに電光掲示板がある。

 ついでに、そのまま食堂の光景を見渡してみる。全体的に白からクリーム、明るい木材の色で統一された空間が目に優しい。ジムリーダーの意向で花の多いタマムシシティだからか、色とりどりの植物も飾られている。ハイセンス、というよりは安定感のある装飾だ。どうやらそのジムリーダー自身がデザインを担当しているらしい……とは、目の前でだれているケイスケの談。

 

 

「―― ほら、麦茶」

 

「さーすがー、ゴウー」

 

「お、ごめんな。ありがと」

 

 

 辺りを見ている内に、ゴウがコップを3つ持って来てくれていた。こういう気配りの出来るやつだよなー、ゴウって。

 ……ケイスケはだらーんと机に手を突いており、これは変わらないが。

 ゴウはそれぞれの位置にコップを置くと、丸テーブルの向かいに腰掛けた。一息ついて麦茶を飲むと、さて、と仕切りなおした。

 

 

「それじゃあ、少し先の話をするか。シュン、お前は何のポケモンを貰うか決めてきたのか?」

 

「いいや。まだ白紙。というか、どんなのが選べるかは年によって違うんだし……紹介と実際を見てからでも遅くは無いだろ」

 

「僕はー、やっぱりドラゴンかなー」

 

「ケイスケ……それは流石に、現実味が無いぞ。逆に、シュンは現実ばかりを見すぎだ」

 

 

 溜息をつきながら、「それでは人気のポケモンは取られてしまうぞ」なんてゴウは続ける。

 ……ゴウが言っているのは、この『専攻組』に入ってから選ぶパートナーポケモンの事だ。

 専攻組では年の初めに1~3匹のポケモンを選び、譲り受ける。年間通してそのポケモン達で実習を行い、定期レポートを提出。経過とトレーナーとしての出来を見るらしい。

 勿論、エリートトレーナーなんてものを目指すからには元から手持ちポケモンを持っている奴等も多い。だが、だからこそ、学園に入ってから初めて持ったポケモンを育てる、という事に意味があるんだそうだ。

 ああ。因みにオレ達キキョウスクール出の一団は、ヒトミを除いてポケモンを持っていない。今年の初めにトレーナー資格を取って、そのまま現役進学だ。ヒトミは家族同然のポケモンが居たから兎も角、他の皆はそろって、ここに入ってから『初めて』のポケモンを貰おうと決めていた。

 ……でもなぁ、オレ、欲しいポケモンがある訳じゃあないしな。

 なんて風に考えていると、目の前に腰掛けたゴウが俺を見て呆れ顔を浮べていた。まさかのまさか、ケイスケまでだるっとしたままでこちらを見つめているではないか。

 

 

「……あの、オレ、何かした?」

 

「シュン。お前はやっぱり面白いな。……それでも強くはなりたいというのだから、何と言うか、大物だ」

 

「だよねー」

 

「……そっかね」

 

「そうだ」

 

 

 えーと。オレは今、褒められてるのか?

 

 

「……まぁいい。でもどうせ、どんなポケモンを貰おうと厳しい戦いにはなるさ。周りは全員、エリートトレーナーやその候補なんだぜ?」

 

 

 軽口を叩きながら話題を変え、オレは周囲へと視線を向ける。

 広くて優しい雰囲気の食堂だ。利用者はまばらではあるが、こいつ等も殆どは「上を目指そう」と言うトレーナーのはず。

 ……オレ達と同じく、な。

 ゴウとケイスケが頷き、視線を交わらす。どうやら2人も、やる気は十分みたいだ。

 

 

「なら、まずは飯を取りに行こうぜ」

 

「ん? ああ、もう番号が表示されているな。……いつからだ?」

 

「ついさっきー。だからー、おばちゃんに怒られはしないと思うよー」

 

「げ、怒るのか。もしかして、残しても怒る?」

 

「ああ。無言でこう、返却された器を凝視されてだな ――」

 

 

 無駄な話をしながら、3人してカウンターまで歩き出す。

 その後、食事中は各自これまでの休みの事を話して終わった。

 

 



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1995/3月 プロローグ②

 

 

「ところで、ゴウとケイスケ。この後は空いてるか?」

 

「どうした。藪から棒に」

 

「藪からスティックー」

 

「それは古いなぁ。と、そうじゃなくて」

 

 

 只今、食事を終えたオレ達3人はプレイルームの端でマッサージチェアーに座っている。だからだろう。今言わないといけない事か? とか言いたそうな2人の態度は。

 だが、今でなくては駄目だ。俺は通信機を広げ、画面が見えるように突き出してやる。

 

 

「ハヤトからメールだ」

 

「お父様大好き委員長様からか」

 

「ハヤトー? なんの用だろー」

 

 

 2人の反応はそれぞれ。ハヤトはオレ達のいたトレーナーズスクール ―― キキョウシティのスクールの17期生の委員長を務めていた友達だ。

 キキョウジムリーダーである父を持つ、まぁ、言ってしまえばそこそこに偉そうな立場ではあるんだが……実際にはそうでもない。意外と砕けたヤツで、ここタマムシに進学した数名からの評判も悪くは無いし。

 ……悪くは無いが、ファザコンなのが玉にキズ。そんな所もまぁ、女子から言わせれば良く見えないことも無いらしいが。

 

 

「それはいい。とにかく、読み上げるぞ。……『今日の晩飯が終わったら、国立図書館2階の多目的室に来て欲しい。キキョウスクールの皆で親睦会をやろう』……だそうだ。オレは部屋に帰ったら寝るから、今の内に時間合わせて3人で行こうぜ」

 

「成る程。僕はいつでも構わない……というかむしろ、晩飯の時間を合わせればいいだろう? 僕から声を掛けにいくぞ。何時が良いかな」

 

「いつでもよろしくー。ボクはー、321号室だからー」

 

「さっき来てたから判ってると思うけど、オレは325号室な。……それなら17時辺りにしておこうか? 張り切ってるいいんちょを待たせるのも、アレだし」

 

「ああ、僕は308号室だ。……よし、わかった。17時に声をかけに行こう」

 

「ドアの鍵開けとくんでー、よろしくー」

 

 

 だるっとした言葉で、既に目を閉じているケイスケ。けど、そうだな。

 

 

「……無用心だけど、オレもそうしようかな。起きられる自信が、全くない」

 

「まぁ、お前達がそれで良いのなら僕も助かるから文句は無いが。……そうだ、シュン。ナツホにも連絡しておけよ。僕はノゾミに連絡しておく」

 

「りょーかい。あとは……ヒトミとユウキか。ヒトミはどうせ、もうバトルの練習をしてるだろうからメールで連絡するとして……ユウキも寮に来てる筈なんだけどなぁ。さっきの引越し手伝いのメールに返信は来ていないし、オレも直接は会ってないんだ。アイツの部屋、何号室なんだ?」

 

「……310号室だ。だが、僕が声をかけた時も居なかった」

 

「んー? さっきー、荷物を忘れたーとか言ってー、タマムシの郵便屋まで走っていった気がするなー」

 

 

 ケイスケのこの言葉に、またもゴウが頭を抱える。

 

 

「……またか、アイツは。学内にもポケモン郵便の窓口はあるというのに」

 

「お、そうなのか。また1つ勉強になったな。……ユウキと言う犠牲を糧にして、ではあるけどさ」

 

 

 ユウキのうっかりはいつもの事。オレ達もネタに出来るくらいには慣れたものだ。

 なら、ユウキにも連絡でいいとして ―― これくらいだな。よし。眠い!

 

 

「なら、17時でよろしく。オレは帰って寝るよ」

 

「おう。後で迎えに行くが、自分でも目覚ましは忘れるなよ」

 

「おやーすみー」

 

 

 2人と別れ、自分の部屋へと向かって歩を進める。

 睡眠は大事だぞー、心の贅肉だ。

 

 ……あれ、なんか違う?

 

 

 

 

 Θ―― タマムシ南郊外/スクール敷地内

 

 

 辺りは暗くなり始め、時間は17時を回った。

 オレとゴウ、ケイスケ……そして女子寮組であるナツホとノゾミは無事、大図書館へと向かう道で合流することが出来た。

 レンガ敷きの街道には外灯が等間隔に設置されており、木々に囲まれているスクール周辺の中でも比較的明るい場所となっている。一応の防犯対策なのだろう。

 そんな中、オレは集まった4人を眺め、

 

 

「さてと。合流した事だし、大図書館へ向かいますか」

 

「おーう」

 

「なんでアンタが仕切るのよ。……ケイスケは乗ったけど」

 

「うん? ……言われてみれば、確かに。何となくだなぁ。オレがメールまわしたし、仕切るべきかなーって」

 

「……言われてみれば、そうかも知れないわね。でも、こういう集まりっていつもはゴウが仕切ってるじゃない?」

 

 

 どうやら風呂上りらしく肩下まで髪を下ろしたナツホから、いつもの如く辛辣なお言葉を頂戴したので、とりあえず反論。間に入ったケイスケの能天気さが実にありがたい。心の清涼剤だ。刺さった棘を抜いてくれるな、ほんと。

 ……どうせ心的ダメージなんて無いんだけどさ。ナツホとも長いし、既に「受容できている」から。

 俺達に話題を向けられたゴウは、笑いながら返答する。

 

 

「勿論、僕は構わない。仕切りたい訳ではないからな」

 

「あなたはそうだよね、ゴウ」

 

 

 ゴウと、その隣。短い黒髪をなびかせているのがノゾミだ。ゴウの幼馴染で、一団の中では貴重なクールさがアピールポイントである。

 

 

「それより、シュン」

 

「なんだ、ノゾミ。……って、おお」

 

 

 ノゾミの指差した先を辿っていくと、外灯の下。件のヒトミ(紫のポニーテールと眼鏡がトレードマーク)が道の端でパソコンを弄っているのが見えた。

 ……その隣にも、なんか「ある」んだけどさ。人っぽいやつが。

 オレはひとまず皆を待たせて、ヒトミに近寄る事に。その隣でぐったりしている奴は、とりあえず放置。

 歩み寄ると接近に気付いたヒトミがPCを閉じ、手を挙げて陽気に挨拶をしてくる。

 

 

「はぁい、こんばんは。ここまで来てくれてありがと、シュン」

 

「ああ、こんばんは。それにどうせ図書館までの道の上だからさ、気にしないで」

 

「そう、ならそうするわ。……ありゃあ、皆おそろいで来たのね? ごめんなさいね。あたし、」

 

「良いよ。今日も練習してたんだろう。その手に持った分析用PCを見れば、わかるから」

 

「ふふ、そうだよ。―― で、フィールド借りて練習してたら、コイツがね」

 

 

 そう言いながらPCを抱えていないほうの手で、ぐったりとしゃがみ込んでいる男子を指差す。

 

 

「おーい……ユウキ、生きてるかー」

 

 

 新品支給された(筈の)エリトレ制服を既にボロボロにし、小さく丸まっている我が悪友。どうせ小さくなった所で、命中率が下がるわけでもないのだが。

 そして、呼びかけに返事が無い。―― どうやら、屍のようだ。

 

 

「人を殺すなよっ!?」

 

「あ、起きたわ」

 

「それよりオレは、心の中を読まれたのが気になる」

 

「そりゃ読むさ。流石に突っ込みのタイミングはわかるぜ、相棒。っと。葉っぱくらいは払っとくか」

 

「土もね。―― それで、今日はどこを彷徨っていたのよ」

 

「おれもよく判らない」

 

 

 ヒトミは指摘しつつも、ユウキの背中をはたいて汚れを払っていく。なんだかんだで良いコンビだよな、こいつ等。

 

 

「―― さて、と。これでいいや。ありがとな」

 

「はいはい。んで、なんで貴方は空から落ちてきたの? 折角なら空飛ぶ石飾りでも装備すれば良かったのに」

 

「……いや。無理言うなって、ヒトミ。……ああ、えーと……まず、郵便を受け取り忘れてて、タマムシの中心まで行こうとしたらな。土地勘がなくて迷った」

 

「うんうん、当然の流れよね。そこまではあたしも予想できるわ」

 

「そしたら何故か海に出たから、多分スクールの南だろうなって思ったんだ。なら向かうべき方角は北か! って思って北を目指したら、今度は工事中のでかい通路に出て」

 

「ああ……きっとそれ、サイクリングロードだな」

 

「おれもそう思った。だから次こそはと道に沿って歩いたら、何故か山の上に居たんだ」

 

「いやそのりくつはおかしい」

 

「そうか? ……でもそこで救世主の登場だ。鳥使いのオネェサンが現れて、おれをここまで送ってくれたという訳さ」

 

「はぁ。最後はオニドリルの脚から落っこちて、あたしのメタングがキャッチしたのよ」

 

「鋼鉄の身体を通しておれに伝わる衝撃が、骨身に染みたぜ……」

 

 

 ユウキがなんか言ってるけど、世間一般ではそれを痛覚と呼ぶ。

 コイツは5感を捨て去っているのだろうか。エムなのだろうか。

 

 

「よっ、と」

 

 

 身体を抱えていたユウキは一通り身なりを整えると、すぐさま仕切り直した。こういう所は復活の早いやつである。

 

 

「ま、んなことより歓迎会だろ! 図書館ってどっちだ?」

 

「あっち。ハヤトは現地で持ってるから、ヒトミとユウキでキキョウスクール出身の奴等は全員そろうぞ」

 

「本当に待たせてしまったみたいね、ごめんなさい。……ほら、ユウキも。一緒に謝って」

 

「ごめん。しょんぼり」

 

「別にいいよ、時間には余裕あるし。……口でしょんぼりとか言われてもあれだけどさ」

 

「おいおい、結局駄目出しかよ! つれないなぁ、シュン!」

 

「相手をしていたらキリが無いわ。さ、行きましょ!」

 

 

 こういう時は扱い慣れているヒトミが頼もしい。

 無事、全員揃って図書館へと向かって行く事が出来そうだ。

 

 

 

 

 Θ―― タマムシ国立図書館

 

 

 風除室を開き、タマムシにある国立図書館、その自動扉を7人で潜る。

 図書館特有の静けさと、空調の効いた居心地の良さがある空間……だが、なんというか……壮大な本棚だな。

 明かりを外から取り入れたエコな照明が夕日の混じった寂しげな光を放ち、そんな明かりに照らされるのは、円柱型に立てられた只でさえ広い室内。しかもその壁一面、天井までが全て本棚といって良い。

 

 

「えぇと、ここの2階だっけ? とりあえず、目指すは上だな」

 

「おいおい、シュンよ。上なのは見りゃわかる。問題は階段がどっちにあんのか、だ」

 

「ふむ……やはりここは受付に聞くのが良いんじゃあないか」

 

「ああ。それは良い案だねぇ、ゴウ。……受付の位置が分かれば、だけどさ」

 

「トイレはー?」

 

 

 葛藤の最後を締めたヒトミが、両拳を腰に当てながら溜息をつく。他の面々も似たような困惑顔だ。ケイスケは変わらないが。

 ……というか、ここまでの広さだとは思わなかったからさ。

 

 

「うーん、そうだねえ。バトルの分析でPC使うには、回線通ってる場所も見とかなきゃいけないし……」

 

「おいヒトミ。おれ、お前はパソコン中毒なんじゃないかと本気で思うんだ。どうだろう?」

 

「バカ言わないの。そういうアンタだって、迷子になる病気なんじゃないかしら、ユウキ?」

 

 

 ユウキはともかくヒトミが言う様なものを発見できたら、何かしらの賞が貰える事だろう。そもそも、そんなありもしないものを探す勇気はないけどさ。

 ……えーと、だな。どうしようか。……うん。

 

 

「しょうがないよ。案内板でも受付でもエレベーターでも良い。分かれて探そう」

 

「最後までシュンが仕切るのね。応援するわ……ただしナツホが」

 

 

 ノゾミがオレを見てクールに笑い、次いで、隣に居たナツホがギロリとオレを睨む。やめてくれ、そういう気はないんだ。

 だが、一旦目を閉じた後。ナツホの口から出たのは予想外の言葉だった。

 

 

「……まぁ、別に良いわ。個人的にも応援してあげるから、適当に分かれて探しに行きましょう。ほら、行くわよ。シュン!」

 

 

 なんと言う事でしょう。ツンデレが売りの彼女が、彼女にしては比較的素直な言葉を発していたのだ。

 吃驚したせいで、こっちのレスポンスも鈍る。……え、と。

 

 

「あ、ああ。……そうだ、ヒトミ達も見付かったらメールをくれ。あとは、えと、この真ん中の柱の前に集合で!」

 

「お達者で~」

 

「頑張って」

 

 

 ヒトミとノゾミによる謎の応援を受けながら、俺はナツホに腕を引っ張られるがまま進んでいく事に。

 というか。行くのは良いが、当てはあるのか? ナツホよ。

 

 

 ……、

 

 ……、

 

 

 そして、無為に5分が経過しました!

 

 

「……ないな」

 

「……ないわね」

 

 

 オレとナツホが探すも、エレベーターらしきものすら存在していない。エレベーターなら壁際をなぞって1周すれば、何処かにはあると思ったんだけどなぁ。これで無いとなると、じゃあ何処にあるんだよって話。

 

 

「……困ったわね。やっぱり受付を……」

 

「いや、残念ながら受付は近くに無い」

 

 

 ナツホの目の前の検索端末に張ってある張り紙を指差して、読み上げてやる。

 ―― 『受付は2階です』。

 だ、そうだ。

 

 

「だ、そうだ。……じゃないわよ!」

 

「詰め所に職員は居るだろうけど……詰め所も上の階みたいだ。貸し出しが電子化されてるから、司書も事務仕事がメインなんだろ」

 

 

 貸し出しはバーコードの読み取りで行う仕組みだ。殆どは貸し出し業務なのだと推察すると、1階の本スペースは少しでも広い方が見栄え的にもスペース的にも実用的にも確かではある。

 

 

「この端末にマップは入ってないの?」

 

「どれどれ……ないな。名前を入力すると書架を検索してくれるだけだ。技術と端末容量の無駄遣いだな、こりゃあ」

 

「あー、もうっ! こうなったら、脚で勝負! とりあえず歩いていれば見つかるでしょ!」

 

 

 もう既に、そのパターンを5分ほど繰り返したと思うんだ。ナツホはどうも、沸点が低くていけないな。

 オレはここでこそ冷静に、と周囲を確認する事に。

 ……いい『者』を発見した。

 

 

「……待ってて。もうちょっと良い方法を思いつけた」

 

「え? ちょ、ちょっと」

 

 

 オレは怒り出しそうなナツホを手と声で制し、眼前に定めたターゲットへと近づいていく。

 そうだ。受付は居ないとはいえ、図書館自体は閉館していない。ならば、利用者がいるじゃないか。

 非常に目立つその利用者(ターゲット) ―― ゴスロリ少女へ向かって、近づいた所で。こちらから挨拶を仕掛ける。

 

 

「どうも、こんばんは」

 

「……あら。私に、話しかけているのかしら」

 

「はい。実は、お聞きしたいことがありまして。お時間を頂いても宜しいですか」

 

「えぇ、構わないわ。……あら」

 

 

 そう言って、ゴスロリ少女は、本を閉じてからこちらへ身体を向けた。

 ふと横目に、机の上に置いた本のタイトルが目に入る。「ポケモン技タイプ別与ダメ比較集」。その下には「リーグ年鑑バトルスコア集1994」。どうやら見た目のインパクトとは裏腹に、勤勉タイプの生徒らしい。

 ゴスロリ少女と正面から向き合う。その顔に、その服装に、オレは大いに見覚えがあった。

 

 

「それで、何を聞きたいのかしら ―― シュンとナツホ」

 

「えぇっ、ミィ!?」

 

「やっぱり、ミィさん。いくらタマムシが都会だからといって、ゴスロリの人間がそうそういるとは思えなかったからな」

 

「そう」

 

 

 ミィ。以前、トレーナースクールで出会った事がある人物だ。確かタマムシのスクール出だと言っていたし、何より目立つその服装(ゴスロリ)である。おかげで、遠目からでも当たりをつける事が出来た。

 それにしても、動きが優美。身体からオーラが出ている気もする。

 ……でも、良い人だよなぁ。わざわざ本を閉じて正面向かって話そうとしてくれてるし、自分から自己紹介してくれたし、微笑とはいえ笑顔だし。オーラを気にしなければ良い話だ。

 ナツホは辺りに視線を彷徨わせ、

 

 

「ミィさんが居るってことは……ショウもここに居るの?」

 

「今は、居ないわね。でも恐らく、学内に居るでしょう。……それよりシュンもナツホも、急いでいるのではないかしら。挨拶も世辞も後回し。用件を伺いましょう」

 

「ああ。……えぇと、それで、ミィさん」

 

「……『さん』は要らないわ。私も専攻クラスだから、同年よ」

 

 

 そうだったのか。

 態度、物言い、肩書き。ミィもショウも、どうにも同年とは思えない雰囲気があったからなぁ。先輩だと思っていた。

 ……ならば制服をブッチしている点に、突っ込んでいいものか?

 

 

「そうなんですか? あ、なら、同級生ね。あたし達はジョウトからの編入組で、」

 

「そう。……私は、エスカレーター組。タマムシの校舎に通うのは、2年目ね」

 

「お。それならミィは、図書館の位置にも詳しそうだな」

 

「……成程。貴方達、迷ったのかしら」

 

 

 ミィは微笑みながら、的確な答えを導き出してみせた。見事な推理力だ。両手を挙げて、万歳。

 

 

「おみそれするよ。……安楽椅子探偵?」

 

「『編入組』と、『位置に詳しそうだな』。このキーワードがあればカオスの欠片の再構成には十分足るでしょう。……探偵を開業すれば儲かるかしらね。命名権を上げるわ。灰色オオカミでも眠りのミィでも、小市民でもお好きにどうぞ」

 

 

 茶化しにも律儀に反応するどころか、反撃まで忘れない。うーん、こりゃあレベル高いぞ。

 でも、やり取りは楽しいけどこの辺にしとこう。ハヤトも待っているに違いないし。

 オレはミィの言葉に諸手を挙げて敗北を表明すると、素早く仕切りなおす事にする。

 

 

「本題に入って……オレ達、上に行く方法を知りたいんだ。階段とかエレベーターとか、何処にあるか知ってるかな?」

 

「そう、ね。……ココに来る人は、大体それで迷うわ。あちらよ」

 

 

 ミィはゆらりと腕を上げると、オレとナツホの間……後方……集合地点に指定している……図書館フロアー中心にそびえ建つ「でっかい柱」を指差した。

 って、まさか!

 

 

「あれが、階段兼エレベーターよ。両方あるから、お好きな方を選んで頂戴」

 

「……うだーっ、集合地点にしたから誰も探してないってオチか!」

 

「うわぁー……しょうもないオチね」

 

「ふふ」

 

 

 オレとナツホが脱力している後ろで、ミィは口元を押さえて上品に笑っている。

 まあいい。エレベータは見付かったのだ。ハヤトを待たせてるんだし、急いで戻らなきゃいけない。みんなに連絡しつつ、行くか。

 

 

「それじゃあ。来週だけど、年度が始まったらまた学校で会おう!」

 

「ありがとね、ミィ。それじゃあ!」

 

「……えぇ」

 

 

 ゴスロリの少女は元の微笑に戻ると此方へ手を振り、暫くそのまま見送ってくれた。

 ……さて。昇るなら階段じゃなくて、エレベーターが良いかな。走り回って疲れたぽい。

 

 

 ……、

 

 ……。

 

 

「……やはり、あの子達。なのかしらね」

 



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1995/3月 プロローグ③

 

 Θ―― タマムシ国立図書館

 

 

 の、6階。

 

 

「という訳で2階に登ったのだが、しかし」

 

「ハヤトのやつ。結局準備を手伝わせるたぁ、良い度胸だ!」

 

「ギャンギャンうるさいわよ、ユウキ。それに、別にいいでしょ? テーブルを取りに行くだけなんだから」

 

「そーさ。文句ばっか言ってるといいんちょが可哀想だと思うよ、あたしは」

 

「そうなのかな」

 

「んー、かもねー」

 

「……僕としては、ケイスケを手伝わせただけでも委員長は大したものだと思うのだが」

 

 

 ゴウの悲痛な告白が妙に頭に残る。苦労しているのだろう。

 しかし、そう。エレベーターを使用して2階へ上がったオレ達は、目的の多目的室を存外簡単に発見した。が、ハヤトに机の調達を依頼されてしまったのだ。

 長テーブルを3つ。どうやら6階の倉庫から持ってくる必要があるらしい。という感じで、6階へと足を踏み入れたのだが……

 

 

「ってか、テーブル3つ運ぶのに7人も必要なの?」

 

 

 ナツホの率直な疑問に、オレは律儀に応えてやる。

 2人1組でテーブルを運ぶとしても、エレベーターの開閉役や通路進行役がいる。となれば7人全員が必要だ……と。

 

 

「そうよねー。ナツホはもうちょっと考えてから発言をするように」

 

「うぐっ……わ、わかってるのよ。でも、つい口から出ちゃうのよね……」

 

「疑問を持つこと自体は悪くない、ナツホ。あとはそれを反芻する事」

 

 

 ナツホは両隣を並んで歩くヒトミとノゾミに慰められながら、そうね、なんて呟いている。我が幼馴染が成長してくれるなら、嬉しい事この上ない。あの2人に任せておこう。

 よし。確か使って良い長机があるのは、第6倉庫だったよな。なんて考えながら、表札を探して歩くことに。

 

 

「―― この辺りか」

 

 

 携帯端末を持ちながら歩いていたゴウが、辺りをキョロキョロと見回す。ハヤトに渡されたマップによると、どうやらこの辺りに第6倉庫はあるらしい。

 オレも視線を動かしてみる、が。

 

 

「……ないな」

 

「なんで表札がないのよ、このフロアー!」

 

 

 ナツホの疑問はご尤も。

 景観を気にしたのかそれとも何か他の理由でもあるのか、扉は数多くあるのに対して、倉庫に関しては表札が掲げられていないのだ。これは人に優しくないなぁ。

 

 

「ちょっと待て。今、検索をかけようと試みている」

 

「普段端末なんて使わないからねー。それよりーぃ、開けてった方が早いんじゃなーいー?」

 

「む、確かに。みんなは開けていってくれても構わない。僕はもう少しこれを弄ってみよう」

 

 

 どうやらゴウは、端末の扱い方に四苦八苦しているみたいだ。それなら仕方が無い。とりあえず片っ端から開けて周ってみるか。

 そう考え、端から扉を開けていく。

 

 

「こっちは用具だけ。……ヒトミ、そっちはあったかー?」

 

「ああ、第6倉庫は多分ここ。……が、残念だね。長机が2つしかない」

 

「うわ……マジだ」

 

 

 ヒトミの開けた倉庫の中を見ると、様々な種類の机が所狭しと並べられていた。が、長机のスペースには2つしか収められていなかったのだ。

 辺りを見渡しても他には、長机としては使えなさそうなものや、明らかに大き過ぎる机だけ。

 

 

「さて、どうする? シュン」

 

「むしろ、ここでオレに振る? ……後1つ扉が残ってたと思うけど」

 

「その中にあればいいけどねえ……」

 

 

 まぁ別に、必ずしも長机じゃないと駄目な訳ではない。往復回数は多くなるけど、小さな机を持っていっても事は足りる筈なのだから。

 などと、オレとヒトミが考えていた所へ ――

 

 

「……うぉっ!?」

 

「どうした、ユウキ」

 

「……いや、隣の扉開いたらよ。これ……」

 

 

 ユウキの開いた扉の前に、驚声を聞きつけて全員が集まる。

 指差している扉の中を覗き込むと ―― またも、なぜか、階段。

 

 しかし、今まで昇ってきた階段とは趣が違っていた。

 

 空まで貫かれたその上。天井を成す天球グラスからは光が降り注いでいて、夕日を乱反射して階段ごと輝かす。5回ほど折り返した階段の先には、青い2枚扉が設置されているのが見える。先には何かしらの部屋があるのだろう。

 シンプルさと豪華さが同居した謎の空間にオレ達7人の意識は一瞬だけ取り込まれ、時間と思考が停止してしまっていた。

 いや。まてまて。

 オレはかぶりを振って思考を再開する……けど、にしてもだ。こんな景色、どこかで見た事がある様な。

 ……。

 ……ああ。

 オレも、映像でだけ見たことがある。『殿堂入りの部屋』だ。意匠は違うけど、あの聖い雰囲気に何となく似ていると思う。

 

 

「綺麗ね。でも……ゴウ?」

 

「ん? ああ、そうだなノゾミ。いま見る」

 

 

 流石はクール担当か。我に戻ったノゾミは、ゴウの肩をちょんちょんと突きながら話しかけた。どうやら端末を使用して場所の確認を行うようだ。

 ゴウはなんだかんだでこの数回のやり取りの間に扱い方を習得したらしく、すいすいと指を動かしてお目当てのものを表示させた。

 

 

「ふむ。どうやら、名義上は第7倉庫となっているな。最近の倉庫は階段型が主流なのか?」

 

「いやいや。いつの時代だって、倉庫は階段型にはならねーだろが」

 

「そうね。階段部分の下は収納空間としてはよくよく利用されるみたいだけれど」

 

「バカ。ユウキ、あんたノゾミにボケさせてるんじゃあないわよ!」

 

「えぇっ、今のおれが悪いのか!?」

 

「そーかもねー」

 

「ケイスケまで!?」

 

 

 クール担当のノゾミを基点として皆が順に再起動して行き、

 

 

「っていうか、そんな漫才やってる場合? どうすんのよ。机、結局1つ足りないじゃない」

 

 

 ナツホの言う通りか。これが最後の扉。つまりオレたちが全ての倉庫の中を探した以上、机は足りない事になる。

 いや、でも……そうだな。オレは階段の先を見やりつつ、

 

 

「昇ってみよう。……この先に第7倉庫とやらがあるのかも知れない」

 

「そうね。あたしもここまで来て足りないってなると、悔しいわ」

 

「それもそうだな。僕もシュンの意見に賛同しよう」

 

「わたしも異論は無いです」

 

 

 示した提案にナツホ、ゴウ、ノゾミが順に同意。

 

 

「僕もー」

 

「いや、また昇んの?」

 

「はいはい。ぶつくさ言わないの、ユウキ」

 

 

 次いでケイスケ、ヒトミ。ヒトミに指摘されたユウキも冗談だよ、と続けてくれた。

 ……それじゃあ、昇るか。

 オレは皆を促し、7人して、歩幅のある階段を少しずつ昇って行く事にする。

 

 

「しっかし、なんだろな? あの部屋。妙に豪華じゃねぇか」

 

「あら。ユウキにしてはまともな感性ね」

 

「む。倉庫……にしては、利便性に欠けるな」

 

「中に、昇降機があるのかも」

 

「実は宝物室でした、とかー。どーお?」

 

「そのお宝が机なら、需要的には更にバッチリなんだけどなぁ」

 

 

 なんて、それぞれが思い思いの話をしながら、次々と階段を踏んでいく。

 だけど、確かに。階段のスペースと図書館の構造からして……あの部屋は7~8階にあたる約2階ほどの縦スペースを持ち、6階の上にある以上はだだ広い図書館の横面積をも占めている事になるのだ。それが何のための部屋なのか、なんて想像の付け様がない。

 そして、

 

 

「……あによ」

 

 

 隣を歩くナツホの顔が若干、強張っている様に思える。オレは横目に見つつ、小声で声をかける。

 

 

「どうしたんだ、ナツホ」

 

「……うん。なんだか、ドラマで観たチャンピオンルームに近づいていく感じに似てるなぁ……って思うの」

 

 

 流石はナツホ。オレと似たような感受性をしている。

 ナツホの言うドラマは、最近のシンオウやらカントーでの女性チャンピオン誕生に拍車をかけられた内容のものだ。チャンピオンの女性と、力不足に悩む予選敗退どまりの壮年男性トレーナーの恋愛物語。

 チャンピオンの女性の回想の中に、『殿堂入りの部屋』……チャンピオンルームが出てきていた。聞く所によると、外観は本物を特別に許可を受けて撮影させてもらったらしい。中々の視聴率を誇る番組である為、宣伝効果を期待しての許可だったのだろう。

 ……とはいえ、昨年度末に電撃引退した『最年少女子チャンピオン』のせいで、既に宣伝なんて必要ない位の知名度を誇ってはいると思うんだけれど。

 でもま、そうか。

 

 

「だから緊張してるんだ、ナツホも」

 

「あ、あたしだって緊張くらいするわよ。……ああもう、とりあえず深呼吸ね」

 

「名案だ。オレもそうするよ」

 

 

 2人揃って、階段を上りながら深呼吸する。

 なんとも間抜けな図柄ではあるが、良いだろう。偶には幼馴染に付きあうのも悪くはあるまい。オレも、ちょっと緊張してたしさ。

 

 

「「―― ふぅ。」」

 

 

 さて、一息ついた所で。

 3回目の息を吐いた所で丁度、目の前に深い青 ―― 瑠璃色の扉が現れた。

 何がしかの植物をイメージしたのであろうレリーフに飾られた扉は、こうして実際に眼前で見ていると飾り気は少ないものの、丁寧に作られたものであると伝わってくる。

 

 

「……いいか?」

 

 

 後ろを振り返って尋ねてみると、全員が頷いた。了承を得たので、先頭に立つオレが代表で扉をノックする。 

 コン、コン、という音だけが響き、

 

 

 《ガ、コォン……》

 

 ――《ギギィ》

 

 

 ノックの後、何かが外れた音がして扉が開いていき、中にある空間が覗く。

 

 内から顔を出したのは、実に非現実的な光景 ――『植物園染みた空間』であった。

 

 夕陽によって放たれたオレンジの陽光が一層に飛び回り、オレ達を出迎えてくれている。

 何と言うことでしょう。劇的にビフォーアフターが過ぎる。本当に図書館の中なのだろうか? ここは。

 

 

 ――《ブツンッ》

 

『ジョッ、ピジョーッ』

 

『んん? ……おー、お客とは珍しいです。あー、……どうぞ。入って来てください。あたしは奥に居ますんで』

 

 

 そして何故か、インターホン的なスピーカから響く声に入室を許可された。

 7人で顔を見合わせ、

 

 

「……入る?」

 

 

 オレからの提案に、言葉を失った全員がコクコクと頷く。皆異論は無いらしい。素敵な冒険心こそがキキョウスクールの売りである。ならばと全員で、中に入っていく。

 入っていくと、よくよく整備された石敷きの庭園が広がっていた。

 見渡す限りの緑。道の脇にも植物が植えられている。が、過度ではなく、上品さを感じさせるレイアウトだ。なんとなく、食堂での緑の使い方に似ているような。

 

 

「……こんなのを作るやつのセンスって、すげーよな」

 

「凄いわねぇ。緑が密集している割には、暑苦しくも無いし」

 

「しかし……少なくとも倉庫ではない様だ」

 

「それは見ればわかるわ、ゴウ」

 

「うわー、すごーい」

 

 

 ケイスケ以外皆、大小様々な緊張感とともに中心へと歩き続ける。

 まぁ、ケイスケの言う事もわかる。全体を植物で囲まれている上、小川まで作られているのだから。……その中をコイキングが泳いでいたりするしさ。

 なんて辿りながら歩いていると、じきに中心らしきものが見えてきた。

 驚くべき事に、中心部ぽい部分に小さな天幕が張られ、ぽつんと机が立っているだけなのだ、が。

 

 ―― その中心で1人、本やら書類やらを広げつつパソコンを弄っていた。うつ伏せのままで。

 

 スピーカーから聞こえてきた鳴き声の持ち主であるポケモン、ピジョットも近くの木の枝に止まっている。……あ、今、ピジョットと視線が合った。

 視線の交差の後、ピジョットがばさりと枝から降りると、机に座った主と見られる「少女」へと鳴き声をあげる。次いで、突いた。来室を知らせているに違いない。

 うつ伏せになっていた人物は、むくりと顔を上げる。

 

 

「ってか、おいおい。おれの目がおかしいのか? まさか、」

 

「ユウキ。今回ばかりは、あんたの目もおかしくは無いと思うよ」

 

「……まさか、あれがこの部屋の主か」

 

「そうみたい」

 

 

 そう。近づくごとに、少女の顔がはっきりと見えてきていて ―― その顔には実に見覚えがある。しかもオレだけではない。7人全員が……むしろ今トレーナーを目指しているものならば、と言い換えてもいいだろう。

 座る椅子には、(体型からすると)ぶかぶかなコートがかけられている。黒~茶で統一された色合いのそのコートは、彼女のトレードマークでもある。

 

 

「おー、チャンピオンー」

 

「みたいだ」

 

「……はぁ」

 

 

 ケイスケのゆるーい声に、オレがむなしく同意する。ナツホは呆れて声も出ないか。溜息は出てるけど。

 オレ達はそのまま近づいていき、最後の距離を詰めた。机に座っていた主が手で指し示すまま、全員でソファーに座る。

 頃合を見計らい、件のチャンピオン……いや、「元チャンピオン」が椅子だけで移動する。オレ達全員を見渡すと、立ち上がった。

 

 

「ども。……こんな奥まった所に良くぞ、来てくれました。来客は少ないですから、歓迎しますよ」

 

 

 鈴が鳴るように可憐で、朗々と。透き通って響き渡り、それでいてフレンドリーさを失わない声だった。パッと閃く笑顔を浮かべると、後ろに結われた2本の髪が揺れる。

 ……あれだけメディアで見たんだ。間違いようが無い。

 今年度の始めに学業を理由にチャンピオンの座を辞した、史上最年少の『ポケモンリーグチャンピオン』 ―― ルリ、その人だ。

 

 

「残念ながら、茶葉を切らしていまして。飲み物もお出しできないですが」

 

「ま、いや、うお、本当にルリちゃん!? おれ……むぐっ」

 

「こら! ……し、失礼しましたルリさん。こいつが不躾な事を……」

 

「あっはは! いえいえ、ぜんっぜん、構わないですよ。そもそも皆さん、専攻クラスでしょ? あ、皆現役合格ですか?」

 

「は、はい」

 

「ならば年もあたしと同じですからね。それに、学生たるもの好奇心旺盛でなければ張り合いがないですよ」

 

 

 ヒトミがユウキを押さえつけるも、本気で気にしていないといった様子のルリさん。

 まだ頭は混乱しているが……何とか脳内を起動させ、整理し、口を開く。

 

 

「―― まず、根本的なことから質問させていただいても宜しいですか」

 

「どーぞ、どーぞ」

 

「ここはルリさんのお部屋なのですか?」

 

「んー、残念ながら違うかな。研究スペースが欲しくってエリカに頼んだら、ここを紹介されたってだけ。ここ、学内で使う植物生育用の庭園なんです」

 

「……それにしても、これは」

 

「あはははー、言いたい事は分かります。……タマムシって、建築物の屋上緑化が義務でしょう? ここは大変大きな建物ですから、すこーし規模が違う、みたいな感じらしいですがね」

 

「……成る程。では、食堂や学内に飾られているのは、ここから?」

 

「そですね。でも勿論、全部が観葉ではないんです。半分近くは教材用木の実の飼育スペースとなってますんで、それを名目に使用許可を取り付けたみたいですね」

 

 

 何故図書館の上にそんなものを建てるのか、と突っ込みたいのだろう。その内容からエリカさんとも友人らしい事が発覚したルリさんは、苦笑を浮べたままで話している。

 ……まあ、この場所の成り立ちはわかったか。

 

 

「それなら、次に。……もしかして、ルリさんもこの学校に通ってるんですか?」

 

 

 この質問にルリさん除いた6人がまさか、という顔をする。だが、

 

 

「その通り。上級学科の幾つかを専攻させてもらっています。……君達は専攻クラスで?」

 

「はい」

 

 

 声を発したのはオレだけだったが、全員が慌てて頷く。

 

 

「んなら、あたしの後輩ですね。あたしはチャンピオンになっちゃったんで、特例的に実技が免除されているから、レポート提出で単位を取るんです。そのせいで授業には殆ど出ないと思うけど……まぁ、よろしく!」

 

「「「よ、よろしくお願いします……」」」

 

 

 返答するのはいいが、全員の声が困惑一色で揃ってしまった。……なんというか、流石はチャンピオン。実技免除とは。

 そんなオレ達へと向けて、多少困ったような顔をしながらも、ルリさんは話題を振ってくれる。

 

 

「―― さぁて。てぇことは、君達も全員、エリートトレーナーを目指す。そういう認識で良いんですかね?」

 

「そう、だね。……まぁ、ルリさんはとっくにエリートとか言う範疇じゃあなくなっちゃってると思うんだけど」

 

 

 ルリが作り出した一方的とでも言うべきこの空気に慣れるのが最も早かったヒトミが、眼鏡を右手で弄りながら言葉を返した。

 

 

「うん? あー……でも、資格ってのは持ってても損はないですからね。取れなかったら、それはそれで。そん時に考えます。過程に意味が無いとも言えないですし」

 

 

 そして、ヒトミの言葉に嬉しそうに返答。

 ……何故か、オレ達を順繰りに見渡してから再度思案げな顔をして、口を開く。

 

 

「……このタイミング。ふーむ……丁度良い、のかな?」

 

 

 ルリは何事かを思案しているようだ。顎に手をあて、椅子ごとグルグルと回り、突然ピッと、何も無い空間を指差した。

 

 

「―― ミュウ、あの書類ってどこあったっけ」

 

 《……スゥッ》

 

「ミュ、ミュ♪」

 

 

 指差された空間から突如、ポケモンが出てきた、ように見えた。初めからいたのかも知れないし、テレポートしたのかもしれない。彼女が「ミュウ」と呼んだその個体は……自身がポケモンリーグを制する原動力となった……世間的にも「ルリ」の代名詞たる、「謎のポケモン」だった。

 

 

「ミューゥ!」

 

 ――《ヒィィンッ!》

 

「えっ、うわっ!?」

 

 

 思わず驚く。ミュウが、念力で書類の束をトランプの如く宙にバラまいたのだ。その中から1枚だけがふわりと動きを止め、ルリの手元へと滑るように落ちてゆく。

 

 

「ミュ? ミュミューン!」

 

「おお、えらくゴキゲンですね……まぁいいけど。どもでした、ミュウ。……片付けはあたしがしとくんで、戻って良いですよー」

 

 

 ルリが手を振ると、「ミュウ」がまたどこかへと飛び去っていった。ピジョットが接近したのを振り払うように飛んでいった状況から推測するに、どうやらこの庭園を使った鬼ごっこをしているらしい。

 などと視線を逸らされている内に、ルリは手に持った紙へと目を滑らす。

 

 

「―― うむん。これこれ。丁度良い、です」

 

 

 ルリが浮べたソレは、不敵な笑みというのが的確な表現だろう。ポケモンバトルの際に見せる、あの吸引力抜群の笑みとは正反対の笑い方だ。

 だけど、この視線……

 

 

「(……おれ、い、嫌な予感がするぜ)」

 

「(む。奇遇だな、ユウキ。僕もだ)」

 

 

 小声で話すゴウとユウキの意見には、オレも同意しておこう。

 そして、オレ達をひとしきり観終えたルリが、やたら人の良い笑みを浮かべて。

 来る、か。オレ達をここまで呼び込んだ……その理由が。

 ルリはオレ達の方を向き、書類を机に置きながら。

 

 

「あたしから、貴方達全員に提案したいです。―― あたしの研究を手伝ってはくれませんかね?」

 

「……そ。どんな研究?」

 

 

 元チャンピオンからの思わぬ提案。最もリアクションを見せなかったノゾミが、冷静に聞き返した。

 

 

「貴方達と、そのパートナーとなるポケモン達。……そのデータを一ヶ月に1回くらい、取らせて下さればいーですかね。勿論、報酬はあたしの研究費からお支払いしますよ」

 

「ふーん、データねー。それはボク達にとってー、利になるのー?」

 

「む。アナタ方にとってこの研究が直接的な利になるか、と問うたのならば、あたしの返答は『微妙です』の一言かと。利となるのは報酬の金銭くらいなもんです」

 

「……申し訳ないが、ルリ。調査の内容はどんなものかを聞いても? それがなければ判断の仕様が無い」

 

 

 オレも質問したかった部分を、皆が質問してくれる。

 ルリも、そですね、と口に出してから、頭の横で指をくるくると回しつつ。

 

 

「うーんと、ポケモンの身体計測、筋力値や反応速度計測なんかですね。全員一度にやっても1時間程度でしょう。バトルのデータは授業の実践から取らせて貰いますが……ですんで、少なくとも拘束時間があることは確かです。トレーナーとしての高みを志す貴方達にとってそれが邪魔だと言うのであれば、断っていただいても全く構いませんね」

 

 

 両の肘をつき、ルリは話す。その微笑を何故か、「笑み」と思うことが出来ない。彼女の真意を測ろうするのは、暗く深い海の底を覗くかの如き所業だろう。オレには出来ない。

 ごくりとつばを飲み込み、提案の内容を吟味する。この依頼自体は、決して大変なものではない。学生たるオレらは金に余裕があるとはいえないから、見返りの提案も魅力的だと思う。

 ……だけども。

 

 

「どです? ……あー、そうでした。同意を得られないのであれば他の誰かの頼みますんで、罪悪感は感じなくてもいーですよ。貴方達の ――」

 

 

 ルリの紡ぐ言葉が、最後の文節を迎える。

 その、前に……

 

 

「―― 待って。アナタに、少し聞きたいことがあるわ」

 

「ふむ、なんでしょうかね」

 

 

 ナツホがギリギリで滑り込んだ。流石は我が幼馴染だ。

 オレとナツホは息を合わせ、反撃を開始する。

 

 

「その見返りは、金って決まっているのか?」

 

「いえいえ。あくまで提案ですが……ああ、成る程。何か他にあります? あたしに支払えるものであれば受け付けます」

 

「そうだね、あるよ。……」

 

 

 周りに座るナツホやヒトミ、ゴウやノゾミ。ケイスケとユウキを順繰りに見回し、意思を確認する。

 ―― 全員が、頷いた。

 ならば。

 

 

「ルリさん。……オレ達に、ポケモンバトルを教えてください」

 

「ほぉ……へぇ。……ふんふん」

 

 

 多少、驚いた顔をする。

 机の端を指でとんとんと叩き、間を計る。追撃だ。

 

 

「オレ等7人全員に、です。合同で1人ずつ。もしくは講義形式、実戦形式。方法は問いません。ルリさんに任せます」

 

「成る程、成る程。……それは、『元チャンピオンとして』のあたしへのお願いで?」

 

「いいえ。研究者としても、です」

 

 

 そして、逃げ道を塞ぐ。

 この人が研究者としても有能なのは、割と有名だ。研究者としてのネームバリューはまだ少ないものの、昨年は論文を4つほど書き上げていた、らしい。らしいというのは、ゴウやノゾミが偶然読んだ事があると聞いた覚えがあるからだ。実践的な題材を取り上げ、かなりのレベルの内容らしいが、それはさておき。

 

 

「……あー、成る程。キミ達は面白いね」

 

 

 追撃を受け、逃げ道を塞がれて尚、ルリは笑みを深めた。

 ちょっとだけ顎に手をあて、考え込んで。

 

 

「―― 良いでしょう。仕事は多少増えますが、どちらにせよ今年は学業に専念するつもりでした。仕事自体、そう多くもありませんでしょう。トレーナー指導免許や教員免許を取る為のレポートとしても使用できそうですし。……その申し出、受けます!」

 

 

 元チャンピオンとして、カントー最高峰に立つトレーナーとして。

 ルリはそう、声高らかに宣言してみせたのだ。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 Θ―― 図書館最上階/『植物庭園』

 

 

 南国を思わせる植物園。ルリとしての俺が根城としているここは、ポケモンの遊び場、または木の実の生育スペースとしても設計された場だ。

 机に突っ伏し、講義で使うレジュメを用意していた所へ、幼馴染が現れた。いつも通りに、ゴスロリとフリルを揺らして。

 

 

「……どう、かしら」

 

「どうって、シュン達か? 良いトレーナーになりそうだぞ、あいつら。こっちから声をかける手間がなくて、良かった良かった」

 

「そう。なら、昨年から目をかけていただけの事はありそうね」

 

「だな。……っと。印刷開始ー」

 

 

 机の下に仕込まれた印刷機がガーガーと動き始め、プリントアウトしていく。俺はそれらを、手元で纏めながら。

 

 

「追っかけ研究だ」

 

「確かに。断面や、結果集計だけでは。判らないものね」

 

「おう。いやー……こう……努力値が入ってんのかなー、とか。進化レベルの差を見るのにトレーナー別の生育データが欲しいなー、とか。トレーナーの数を集めて追っかけなきゃあ判らないからな」

 

 

 その代わり、『ルリ』として指導をする羽目になってしまったけどな。

 ……それにしても、いやぁ。中々の切り返しだった。シュンやナツホ、それにゴウとノゾミ。

 

 

「ヒトミや、ユウキも。居たのね」

 

「お。スクール交流だけじゃなく、個人的にも知り合いだったのか?」

 

「ヒトミは、ね。前に、少しだけ。腐れ縁の友人として、ユウキの事は沢山聞かされているわ。どちらも有望よ」

 

「へぇ……。ま、なんにせよあいつらが同級生なら楽しい学校生活になりそうだな!」

 

 

 これからの1年、専攻クラスとして暮らしていくのだ。仲間が楽しいのは、大歓迎なのであるからして。

 ……ああ、因みに。『ルリ』は昨年、エリトレ資格を取った事になっている。

 だが俺は、『ショウ』としてエリートトレーナー資格を取る必要があるのだ。

 勿論、俺自身が取りたいというのも理由なんだが……あの会長、どうやら俺がエリトレ資格を取るのを前提に、ルリのエリトレ資格をこじつけたらしい。そのせいで、必要性まで生まれてしまっているのだ。

 ったく、あんの会長めが。今頃どうせ、たまらんのう、とか言ってんだろうなぁ。

 

 

「……はい、纏めておいたわ。左留めで良かったかしら」

 

「あ、さんきゅ。……っと。これで7人分だ。そんじゃ……おーい、皆! 戻ってこーいっ!!」

 

「―― ミュッ、ミューゥ♪」

 

「ピジョオォッ!」

 

「ギャゥウ」

 

「チーィ、クチーッ!」「ガチガチ」

 

「……ガウ?」

 

「ボール戻すぞー」

 

 

 並んだ端から順に、ボールの機能で遠隔格納して行く。

 6つとも腰周りのボールホルダーへとつけた所で、と。

 

 

「ところで、貴方は。いつまで女装しているの」

 

「お、そうだったそうだった。……いやぁ、この変装用具さ。流石はシルフ製だけあって、付け心地は抜群なんだよな。ついつい忘れる」

 

「一応、言っておくけれど。それは『公の品』ではないのだから、人目は避けて頂戴ね」

 

「そらそうだ。いくら俺でも流石に、人前でルリになる勇気は無いぞ」

 

 

 ミィの指摘により、付けウィッグ(ツインテール)を取り、顔につけた薄手のシリコンや変声機を剥ぐ。

 どうやらミィがラムダの変装術を鑑みて改良したらしい、この変装セット。流石にゲームみたいに一瞬でとはいかないし、そこそこの時間も取るし、技量も必要になる。その上使い捨てに近いものではあるんだが、使い勝手は抜群だ。

 一昨年のポケモンリーグ最終戦あたりから練習を続けていたから、今じゃあそこそこ使いこなせている、と、思う。メタモンはニドリーノがいなくなったミィに返したし、ミュウを変装要員として使わなくて良くなったのは大きな成果だろう。流石は我が幼馴染だ。

 

 

「それじゃあ、寮に行くかね!」

 

「えぇ」

 

 

 空調を切らない様に注意して照明の電源だけをOFFにし、石詰めの道脇に備え付けられた非常路が灯る。

 さてさて。今年も楽しい1年になってくれる事を、祈っておきますか!!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 Θ―― 寮部屋/325号室

 

 

 ゴウやケイスケと別れ、自分の部屋に戻る。325号室。

 入るなりベッドに突っ伏し、

 

 

「う……食べ過ぎた」

 

 

 歓迎会、という名目で馬鹿騒ぎをしてきた後だ。よく判らない外国産のチップスや謎のペーストでロシアンをやらかしたり、デス系ソースの押し付け合いになったり(結局ユウキが食べた)。腹もいっぱい所ではない。キャパシティオーバーだ。

 ……だけど。

 キキョウスクールの面々とこれからも1年、共に過ごせる。それを思うと、自然に笑みがこぼれてくるのだ。

 

 

「……うん。楽しくして、みせる」

 

 

 横になったまま拳をグッと握る。

 ポケモンを持つのも初めて。寮暮らしも初めて。初めて尽くしのこの状況は、新学期に相応しいと思う。だからこそ ―― 頑張りたい。

 

 

 《ガチャリ》

 

 

 考えていると、入口の方で扉が開いた音がした。

 来たかな。325号室のルームメイトさん。……随分ギリギリに来るんだなぁ。と。

 オレはベッドから体を起こし、入口へと身体を向ける。

 視界に、同居人(仮)が映る。

 男性寮なのだから当然だが、男子。艶のある黒髪で……外から入ってきた為か、エリートトレーナーの制服を着ている。荷物はバッグ1つで、妙に少ない。

 

 ……そこまでは良い。しかし、白衣を纏っていた。

 

「(この感じは覚えがあるぞ)」

 

 靴を脱いでいた少年が顔を上げ、目が合う。

 

 

「―― おう。もしかして、シュンなのか? 同室者」

 

「もしかしなくても、だ。……ショウ! 宜しくな!!」

 

「こちらこそ、宜しく」

 

 

 顔見知りで友人でもあるそいつと、走り寄ってハイタッチ。

 スクール交流の際、ミィと一緒に来ていた研究者……ショウ。

 益々楽しくなりそうな学園生活への期待と共に、オレは友人の同室者を歓迎すべく、ゴウ達を呼びに走るのであった。

 

 






 はい。幕間②、始めさせていただきました。プロローグはここまでです。
 冒頭にも書きましたが、色々と実験的な要素が組み込まれております。
 読みづらさも多大にあるかとは思うのですが、幕間が長くなりすぎても、と。

 尚、主人公交代、ではありません。あくまで幕間のみです。
 紹介すべきメインメンバーは、プロローグですべて登場いたしました。7人+主人公両名が中心となって、学園生活をメインに話が進みます。
(丸一年分を4分割して書く予定です)


 ……本来ならここで人物紹介をする予定なのですが、メインメンバー7名は最後にまわしたいと思います。
 この時点で7名が「どこにいるトレーナーなのか」当たりがついた方は、……ナツホくらいは、判る人もいるかとは思うのですが。


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1995/春 パートナー達

 

 Θ―― 大講義室Ⅰ

 

 

「はぁい、プリントはお手元にありますでしょうか? プリントが3枚、無い方は手を挙げてくださいね~」

 

 

 前に並んだ講師陣の1名、着物を着た女性の間延びした声が講義場に響き渡る。ザ・大和撫子……気分的には古き良きエンジュ女性って感じだ。

 現在地は、講義室の最上段。階段状に並んだ席の最も上に腰掛けている。因みに右隣には、我が悪友(ユウキ)

 

 

「なぁなぁ、シュン。エリカせんせって、あの間延びした感じが色っぽいよな!」

 

「そうか? いや、言われてみればかも知れないけど」

 

「……すぅ、すぅ」

 

「……」

 

 

 今日は新学期の初日。エリトレ専攻の生徒皆が集められ、ガイダンスを受けている最中だ。ユウキの反対側。オレの左隣にはいつもの通りうつ伏せに寝ているケイスケと、こちらは寝ておらずプリントに目を通しているゴウ。

 ……というか、ユウキ。すぐ前の列に女子組(ナツホ、ノゾミ、ヒトミ)が座っているんだ。その質問は身を滅ぼすぞ?

 

 

「ほう。おれが女子どもの評判を気にするとでも? 今更だぜ」

 

「だよな、ユウキなら。……エリカ先生の色っぽさ、その要因か。オレは足袋(たび)に清き一票を入れとこう」

 

「おお。マニアック……」

 

 

 軽口だけ、ユウキに付き合ってやる。

 プリントに目を通していたゴウはこのやり取りを聞いて……かは知れないが、顔を上げた。呆れ満載の視線だ。

 

 

「お前達。雑談もいいが、そろそろ説明が始まるぞ。……ケイスケも、起きろ」

 

「わぁったわぁった」

 

「むにゃあ。ボク、もう食べられないですー」

 

 

 ケイスケがテンプレートな寝言を口にした所で、最も下の段、黒板の前。プリントを漏れなく配り終えた教員達が、一列に並んでいた。

 着物の女性……この街のジムリーダーでもあるエリカさんが、一歩前へと踏み出すと、騒いでいた学生達の声が静まる。ユウキやオレも例外ではなく、口を閉じる。

 マイクを手に取り、口を開いた。

 

 

『えぇーと……どうも、こんにちは。私、エリカと申します。若輩ながら、大変恐縮ではありますが、教員を代表して挨拶をさせていただきますわ。―― 本日は、皆様方の晴れの日。国家公務トレーナーとしての第一歩を踏み出した記念すべき日に、私方が立ち会えた事を、大変嬉しく思います』

 

 

 教員達が揃って一礼する。

 エリカ先生が、ふんわりとした笑みを浮かべて。

 

 

『私個人としては教員としての日が浅く、まだまだ精進する身です。ですがそれは、皆様方と一緒に成長できると言う事であると思っております。―― それは他教員共も同じです。教員と学生という関係性以前に、同じくトレーナーの高みを目指すものとして。皆様方とポケモンとが共に歩んでいけるよう、全身全霊を持って努めましょう。これからの学徒としての日々が貴方方にとって、実り多き時間であります事を願わせていただきまして。……では』

 

 

 とどめ、にっこりと咲いた。手を合わせて綺麗に腰を折り、再び上げた顔は目を閉じて。優美な動作で列へと戻った。

 ……これはあれだ。エリカ先生フィーバー間違いなし。お見事である。

 気付けば自然と、生徒全員が手を打ち鳴らしていた。拍手喝采だ。

 

 

「うっひょー……凄ぇな」

 

「ユウキ。お前の『うっひょー』発言も大概凄いと思うんだ、オレ」

 

「……む、次だ」

 

 

 拍手が鳴り止まない中、スーツを着込んだ男性が列を抜けて教壇に立った。

 すらっとした手足に紺のスーツが映える。しかも、かなりのイケメンだ。先程のエリカ先生が男子受けだとすると、こちらは対女子最終兵器であろう。殺傷力は抜群に違いない。

 

 

『では、わたしが説明を引き継ごう。わたしの名前はゲン。しがない教員だ。キミ達の記憶の片隅にでも留めていて貰えれば、嬉しい事この上ない。……さて、履修などの基本的な部分は事前に済ませているはずだから、今日は他のガイダンスか。皆は手元のプリントの「日程表」を見て欲しい。……いいかい? 年間スケジュールが書いてあるのが、判るかな』

 

 

 プリントの一枚目には、ゲン先生の言う通り年間通してのイベント一覧が書かれていた。上から順に、視線を滑らす。

 

 

『行事の仔細な情報を知りたいキミは、冊子や学内ホームページの方を参照して欲しい。わたしからは主要なものだけを紹介していこう。まずは4月の、今日だね。このガイダンスが終了したら、お待ちかねのポケモン選びが待っている。毎年渡し方は違うけれど……今年は一際変り種を用意している。君たちが大いに楽しんでくれるなら、企画側も喜んでくれるだろう。これはわたしの話が終わったら本格的に説明をする事になっているから、暫くの間だけわたしに付き合ってくれ』

 

 

 ……ポケモン選び、か。少しだけ思い返してみる。

 

 

「去年は確か、カタログからのドラフト方式だったかな?」

 

「一昨年は突然運動会を開いて決めたらしい」

 

 

 ゴウはとりあえず運動会でなければ何でも良いが、と続ける。

 風変わりだが、どれもこれも「ポケモンを選ぶ」という行事に意味合いを持たせる為の工夫なんだそうだ。確かに、印象には残るだろうけどさ。流石にこの人数でドラフトはどうなのと突っ込みたい。初日からいきなり運動会ってのも、大分あれだし。

 とは言っても、どちらにせよ「顔合わせ」の時点でポケモン側に嫌われてしまえば、引き取る事はできないんだけどな。初見で嫌われるってのも、中々ないけど。

 

 

『では次に。1年通して基礎教育を欠かさないのは前提だ。いくら実践重視とはいえ、座学はあるから、諦めてくれ。その代わりに行事も出来る限り用意してある。夏休みにはなるが、有志の旅行なんかも企画してあるから、トレーナー同士の交流を深める良い機会としてくれ。……特に大きな行事は、そうだね。10月には学園祭がある。タマムシ大学と合同で催す、大規模なものだ。タマムシに住んでいる者ならば判ると思うが、羽目を外し過ぎないように一応の注意をしておこう』

 

 

 ここで少し、茶目っ気を見せるゲン先生。最後のウィンクが似合うのは、イケメン故か。かろうじて黄色い悲鳴は上がらなかったが、一斉に息を呑むのが感じ取れた。主に女子。

 

 

「イケメンめ。……ってか、タマムシに住んでるヤツと言えば。ショウはどこ行ったんだ? 同室なんだろ、シュン。アイツなら学園祭も知ってんじゃあねぇか?」

 

「ショウなら知ってるだろうけど、今は無理かな。ほら、あそこ」

 

 

 ユウキの疑問に答えるため、前を指差す。一際低い講義室の前方、スクリーンの前、壇の横。

 

 

「どこだ……って、あれか? エリカせんせの隣にいるヤツ」

 

「そうそう、それ。白衣の」

 

「む。随分と忙しそうだな」

 

 

 エリカ先生の隣に座り、何やらPCを弄っている……周りの大人に比べれば大分小さな、白衣の少年。今朝言っていたから間違いないだろう。ショウだ。

 そのまま何となく見ていると、ショウの横から、エリカ先生が画面を覗き込んだ。大分密着している。ゲン先生に視線が集まっているため、目立ってないのが幸いか。

 

 

「ああっ……チクショウ、ショウの野郎め良い思いを。エリカせんせは絶対良い匂いがすると思うんだ、おれっ!!」

 

「だろうなぁ」

 

 

 それはばっちり想像できる。フローラルな香りだろう。後でショウに聞いてみるか。……じゃあなくて。

 

 

「ショウは大学にも籍があるから、ティーチングアシスタントとしてよく要請があるらしい。ショウの研究も有名だけど、今日みたいな日はそもそも、書記なり印刷物なりで大忙しなんだと。昨晩も貫徹してた」

 

「成る程。んじゃ、同じくタマムシ出身のミィは?」

 

「……さぁね。少なくとも、この辺には居なさそうだ」

 

 

 なにせ、ゴスロリが見当たらないし。居たら目立ってしょうがないだろうなぁ。ミィはオリエンテーションすらブッチしてるのか? それはどうなんだろう。素行的に。

 ユウキに釣られてか、ゴウもオレも周りをぐるっと見回して…………ああ、居た居た。

 

 

「オレ達の後ろにいた。扉の前に立ってる」

 

「おお。しかし……今日も装飾華美な服なのだな、ミィは。どの様な拘りがあるのかは判らないが」

 

「相変わらず、綺麗系+愛らしい系の得する美人さんだぁな」

 

 

 ここが最後尾で、前ばかりを見ていたのが原因だ。更に後ろに立っているのなら、そりゃあ、気付かないのも当然である。

 

 

「ほら、アンタ達。あまり騒ぐんじゃないの」

 

「……確かに。すまん、ナツホ」

 

 

 ここで前列のナツホから注意を受けて、視線を前へと戻す。

 確かに、後ろばかりを見ていては目立ってしまうからな。さて、ゲン先生の話に意識を戻そう。

 

 

『あとは、終業式まで一直線だ。行事としてはこれくらいだが……そうだな。大切な事を説明しておこう』

 

 

 ゲン先生がいうと、目の前の黒板が電子映像パネルに切り替わる。

 『ポケモンバトル大会』、とのドでかいタイトルが表示された。

 

 

『キミ達が国家公務トレーナー……君達に馴染みのあるようにエリートトレーナーと呼ばせて貰うが、そのエリートトレーナーとして活動するにあたって、少なからず名前を売る必要性が出てくるだろう。この学園では、バトル大会という形でその機会を用意している』

 

 

 ゲン先生の言う通り。

 エリートトレーナーとしての資格を得ると、トレーナー資格のランクアップの他にも様々な権限が貰える。勿論、その対価として……必ず応じなければいけない訳じゃないけど、公務の要請なんかもしばしば来る事になる。

 だけど、エリートトレーナーの『公務』は多くも無い。だからこそ多くのエリートトレーナーは優待を活かし、トレーナーとしての活動幅を広げる事で収入を得ている、らしい。

 ……ああ。らしい、とはこれがスクールで習った知識であるからだ。何ともはや、夢も希望も無い実状である。それでも希望者が絶えないのは「トレーナーだけであり続けられる事」や「トレーナーとしての高み」が確かに見え易くなるから、なんだろうなぁ。オレだってそうなのだから。

 

 

『8月に一度、1月に一度だ。何れも長期の休みの先に予定している。ただし、これらの大会も甘くは無いぞ? 参加資格は「スクール生であること」で、参加自体は自由だ。わかるかい? つまりキミ達エリトレ組の他に、ジムリーダー資格組等を主とする先輩方 ―― 上級科生が参加して来る。その中で名前を売るのは用意ではない、が、参加すること自体にも意味はある。ポケモントレーナーとしての高みを目指すのであれば、是非とも参加してくれ』

 

「―― 先生。質問、宜しいですか?」

 

 

 突然の声の主に視線が集まる。話の間を見計らい、前列に居た女性徒が手を挙げていた。鮮やかな青色の長髪が印象的なその娘。隣にも、よく似た青髪の女の子が居るが……それはまぁいいか。さて。その女の子は、先生から許可を得て、口を開く。

 

 

「プリントの最後、2月末に『対抗戦』とあるのですが、これは……?」

 

『それは他の「大会」とは違って、各学校から代表を選んで行うエキシビジョンみたいなものだ。あまり気にしなくてもいいとは思うが……と』

 

 

 ショウがゲン先生へ、何やら合図を送っていた。どうやらタイムキーパーを兼ねていたらしい。ゲン先生は正面へと向き直り、

 

 

『そろそろ時間らしい。折角質問を貰った所すまないが、冊子を参照してくれ。何か質問があればわたし宛てにメールを送っても良いからね』

 

「はい。ありがとうございます」

 

『では、次の説明だ。―― お願いします』

 

 

 女生徒が答えると、ゲン先生は教壇を降りた。入れ替わりに大柄な男性が上がる。

 

 

『おっしゃ! それじゃあ俺が説明を引き継ごう!!』

 

 

 無精髭を生やした男。腕を組み、先生とは思えない口調がインパクト抜群である。

 

 

『俺の名前はダツラ! 一応ここの教員で、主にバトル関係の講義をしている! 言っとくと、これから始まるのはお待ちかね! ポケモンとの御対面だ!!』

 

「……なんか、おれ等より元気じゃね? あの先生」

 

「だが、バトル担当という事は知識が確かなのだろう」

 

 

 ゴウの台詞は諦めを含んでいた。……だよな、そう思っておこう。きっと知識は確かなのだ。

 エリトレ候補生の大半が置き去りにされている空気の中、ダツラ先生は熱い口調で語り続ける。

 

 

『だがな、ゲンの言った通り、只渡すだけでは芸が無い! お前達が動き、自ら探す事に意義があると俺は思う!! だから ――』

 

 

 ばっと腕を広げた。スクリーンパネルが一斉に輝き、表示される。

 

 

『―― タマムシ校舎全体を使った、ポケモン探し!! 名づけてポケモンラリー、開始だっ!!』

 

 

 ……講義場に集まったエリトレ候補達。その頭上に、一斉に疑問符が浮かぶのが見える。これはけっして、幻視ではない。確信である。

 

 

『さあ! ありったけの力を振り絞って、探して来いっ!!』

 

 

 だんと机を叩き、腕を天に掲げた。そして教壇を降りやがる。畜生め。

 当然ながら生徒達は、誰一人として動きはしない。というか動けないだろう。だって実質、何も説明されて無いからなぁ。

 教員達が若干呆れの篭った視線を向け……あ、ショウが左隣に座ってる女の人を急かした。銀髪で露出の多い服装をした女性。

 女性はえぇ、と声をあげ、ショウへ迷惑そうな視線を向けた。エリカ先生にも促された所で、頭を掻きながら面倒そうに教壇へ登る。

 

 

『―― はぁ。頭痛いけど、あたくしが説明を引き継ぐわ。……あぁ、あたくしカリン。いちお、教員ね』

 

 

 何と言うか、その態度は教員として良いのだろうか。

 カリン先生は言葉を一旦切ると講義場をぐるりと見回し、一頻り見終えると、教壇に肘を着いて。

 

 

『ふうん。皆、中々面白そうね。……ダツラのじゃ説明になってないから、あたくしが説明をするわ。ポケモンラリー、ってのはただの名前。その中身は結局、貴方達へのポケモン配布よ。はい、ショウ。紙を配ってくれる?』

 

 

 話を向けられたショウが動き、……ショウだけではなく、先生達が総出でプリントを配り始めた。オレもダツラ先生によって配られたプリントに目を落とす。

 

 

『そこに書いてある通りだけど、決まりだから読み上げるわ。期限は開始から3時間後まで。タマムシトレーナースクールの校舎と敷地全体に印をかけた教員や有志の先輩方が立ってるから、その人達を探して頂戴。……実際の印は、これ』

 

 

 カリン先生が一枚の印を(かざ)してみせる。印には青い首紐が掛けられていて、遠くからでもある程度目立つように工夫がされているらしい。

 

 

『これを掛けた人からポケモンがもらえるわ。でも、場所は秘密。もらえるポケモンもその数も、場所によって違う。教員だけでなく、有志のボランティアもいる。つまりは行ってからのお楽しみというワケ。……分かる? 校舎施設の紹介を含めてるってコト。各施設に1人は居る筈だから、色々と探し回ってみれば良いんじゃないかしら。順番や場所を考えてから動いてみてもいいかもね』

 

 

 成る程、校舎のオリエンテーションか。場所を周る事で、施設の位置を覚える意味合いもあるという事なのだろう。

 カリン先生は着いていた肘を離して姿勢を正し、左手で髪をすきあげる。艶やかな色気だ。年上好きであれば食いつくに違いない。実際、隣のユウキには効果が抜群。顔のにやけようがヤバイ。

 

 

『ポケモン、最低1匹は貰ってね。逆に、最高は3匹まで。実習を受けるには1匹いれば足りるけど、さっきゲンが言っていた「大会」は3匹参加だから、その辺を踏まえて個人で考えるように。手持ちの数が増えると当然、育成は難しくなるわよ?』

 

 

 最後のは忠告か。

 心底楽しそうな笑みを浮べて、踵を返した。片手を腰に当て、もう片方を面倒そうにひらひらと揺らし。

 

 

『貴方達が「好きになれる」パートナーと出逢える事を祈っているわ。それじゃ、』

 

 

 スクリーンでは、カウントダウンが始まった。

 3つしかないカウントはあっという間に減り、0になる。「スタート」とか表示されているが……。周囲を見回す生徒達。視線が飛び交う。事態を飲み込むのに必要であったのだろう、数秒の間の後。

 

 

 《……、》

 

 ――《《……アアアアッッ!!》》

 

『開始ね。……ほら、行きなさい。早い者勝ちよ?』

 

 

 怒号なのか嬌声なのか……は知れないが、とりあえず、大音声が校舎中に響き渡る。

 生徒達の第一波が走り出したのを見届けたカリン先生は無責任に、列へと戻って。

 オレ達のポケモン選びが、始まった。

 

 





 とりあえず、更新してみます!
 自分でも2ヶ月はどうかと思っていたもので。・・・・・・申しわけありませんですすいませんっ
 部はまだ書きあがっていないので、春③あたりまでを。
 
 エリカ様たちの紹介は、後々に。(紹介、必要ですからね……



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1995/春 パートナー達と

 

 オリエンテーション終了と同時に、本校舎はひどい有様となり果てた。仕方がないと言えば仕方がない。なにせエリトレ組、総勢100人超が所狭しと駆け回っているのだ。

 校舎全体の広さからすれば、100は決して多い数ではないだろう。だが、それが動き回っているとなれば ――

 

 

「……当然こうなるよな」

 

「ね、早くポケモン探しに行こうよ」「ホウエン地方のポケモンが欲しいなぁ」

「ニョロモどこー?」「拙者、毒ポケモンを探しに行くでござる」「アンズちゃん、マジでござるって言うんだね」

「相性を考えると何がいいのかな?」「飛べるのと、水タイプが1匹ずつ欲しい所かなぁ」

「とりあえず強いのー」「あたし可愛いのー」「至高の1匹が居れば十分」

「瞳が、つぶらなの」「ぐるぐるーッ」「プテラだっ」

 

 

 講義場は声で埋め尽くされている。その行動方針も、一斉に動き出すグループがいれば、対策を練ってから動き出す奴等もいる。様々だ。

 と、そういえば。俺は出入り口へと向けていた視線を戻し、周囲の友人達へと向けてみる。

 

 

「―― 行くわよっ、ノゾミ! ヒトミ!」

 

「ま、歩きながら考えりゃあいい事よねー」

 

「うん。わかった」

 

 

 女子3人はどうやら、動きながら考えるらしい。そんじゃ、こっちは。

 

 

「ほら、さっさと行こうぜ。シュン」

 

「僕も今回ばかりはユウキに賛成だ。行こう」

 

「いざ、どらごーん」

 

 

 全員が立ち上がり、こちらを見ていた。

 ま、確かに。歩きながら考えればいいというのは、至極当然。……でもな。

 

 

「皆は欲しいポケモンがいるんだろ? メンバー構成とか考えてたし。オレは特に欲しいポケモンとか決めてないから、見ながら回ってみたいんだ。だからさ、個別行動にしないか?」

 

 

 オレ以外の皆は前々から欲しいポケモンをリストアップしていた筈だ。むしろクラス全体から見ても、オレみたいな奴のが少数派である。

 丁度俺の前に居たゴウは、やっぱりなとでも言いたげな顔をして。

 

 

「ふむ。シュン、お前がそういうのであれば無理強いはしないが……」

 

「悪いな。でもほら、一箇所で貰えるポケモンの数にも限度があるって書いてあるしさ。多人数での行動は必ずしも有効じゃあないと思わないか?」

 

「……いいのね?」

 

 

 ナツホからの確認に、頷く。

 

 

「ま、シュンがそう言ってるなら良いんじゃねぇか」

 

「ああ。アタシも、目付けてたポケモンを探しに行きたいからね。異存は無いよ?」

 

「貰い終えたら、どこかに集合にすれば」

 

「どらごーん」

 

「そんじゃ、それで。オレはもう少しマップを見てから出発するよ。……行ってらー」

 

 

 オレが手を振っていると、皆も振り返しながら方々へと散ってゆく。

 その背を見送りつつ……いや。実際には、最後に1人。黒髪ポニーテールの幼馴染だけが残っているな。

 ナツホは目前に立ち、腰に手を当て背を僅か反らし、不機嫌にも見えないことは無い顔で。

 

 

「どういうつもり?」

 

「いくら仲良しグループだと言っても、こういう時まで周りを優先する必要は無いと思う」

 

「……ま、そう言われてしまえばそうね。ケイスケのドラゴン探しに付き合うだけでも、大分時間を取られるのは確かだと思うし。……じゃなくて」

 

 

 きっ、と、ナツホが睨みつけてくる。いや、オレの心の防御力は確実に低下したが。

 

 

「他のはどうでも良くてアンタよ、アンタ。欲しいポケモン、本当にいないの?」

 

「どうかな。少なくとも『欲しい』ってのはいなかったと思う。そこはホントだよ。……だから、これから『捜す』んじゃないのか?」

 

「……」

 

「睨みつけても一緒だって」

 

「……はぁ」

 

 

 腰と頭に手をあて、諦めの溜息。苦笑いだ。

 

 

「……でもね。シュンの気持ちも何となくは判るのよ。伊達に11年も幼馴染やってないからかしらね?」

 

「はは、ありがと。……オレとしては、ナツホが心配してくれてるのも判るんだ。エリートトレーナーを目指す、って言うからには色々と考えなきゃいけないって事もな。けど……」

 

「だから良いってんの。心配するだけ損だわ、アンタは。……大丈夫。シュンなら、あたしなんかよりもよっぽど良い相棒を見つけられるわよ」

 

「んなこたないさ。ナツホならきっと、オレなんかよりも凄い相棒を見つけられる」

 

「ま、それは今日の捜索次第ね。……それじゃ、アタシも行って来るわ」

 

「また後でな」

 

 

 互いに手を振り、別れた。ナツホが講堂の扉を潜るまでを見送って。

 さてと。周囲にいた幾グループか……施設巡りの算段を立てていた者達も、殆どは居なくなった。時間も勝負なのだから当然だ。そもそも既に講堂には、片づけをしている教員達しか残っていない。自分以外は、だが。

 一先ずのびをして固まっていた身体をほぐし、視線を周囲へと巡らす。

 

 

「とりあえず……外行くか」

 

 

 なにせ晴れた4月のタマムシシティだ。街中のいたる所、咲いた花々の香気を含んだ風が薫っている。今日の天気ならばきっと、植物達もゴキゲンに違いない。年に幾度とない、絶好の散歩日和。そんな日に行なわれてるポケモンラリーなのだ。屋外に配布人員を待機させていないとすれば、それは企画側の怠慢だろう。

 なぁんて。よし、オレも行きますか。……まだ見ぬ仲間を求めて!

 

 

 Θ―― スクール校舎/敷地内

 

 

 校舎周辺をゆっくり散歩しつつ、ぐるりと一回り。合計1時間半ほどは歩いたか。行動で様子見をしていた時間とあわせると、残り時間は正味1時間も無いに違いない。しかし、おかげ様、オレはピンと来たお仲間を2匹ほど譲り受けている。

 特別な処理のなされた緑色のモンスターボールを掲げ、その内を覗き込む。中に居るのは、横歩きする赤い甲殻と、のそのそと「根っこ」を動かして歩く植物。どちらもオレにとっては初めての仲間だ。

 

 

「グッグ、……ブクブクブク」

 

「……ボールの中って、水無いのな。当たり前っちゃ当たり前だが」

 

 

 人気の無い校舎裏でサボタージュしていたハナダシティの現ジムリーダーから譲り受けた、クラブ。オレの問い掛けにVサイン((はさみ)仕様)で答えるなんて陽気さがピンと来てたりする。両の鋏の内、大きな方を器用に揺らしている。

 と、もう一方のボールの内。

 

 

「へナ、へナ、へナ」

 

「お前はさ。外で歩く時はオレの腕とかに巻きついといた方が良さそう」

 

「へナッ」

 

 

 もう一方はマダツボミ。脚代わりとなる根っこを必死に動かし、身体にあたる茎部をくねらせ、頭を大きく揺らして歩くのだが……思わず手を差し伸べたくなる光景だったので。

 因みに、このマダツボミは学園内を見回っている樹木医の先生から、ついさっき頂いた。その樹木医の先生からポケモンを貰ったのはオレだけらしいが、まぁ、こんな人気も無く入り組んだ所に来るのはオレ位のもんなんだろうな。変人の類だし。

 そう……入り組んだ所。現在地、その周囲を見ても壁、壁。もひとつ壁。目の前にだけ、狭い通路が開けている。

 さーて。どこなんだろうなぁ、ここはさっ!

 

 

「さておき。……どうするか。もう1匹貰う事も出来るんだよなぁ」

 

「へナッ」「ブクブク」

 

 

 周囲には人っ子一人見当たらない。とりあえず校舎外をあてなく歩いているだけだから、現在地が分からずとも問題は無いのだ。けど、ゲン先生の言っていた、「バトル大会」が気になる所か。

 バトル大会の目的 ―― トレーナーとしての売り込みに関しては、オレとしては非常にどうでも良い。けど、今ポケモンを貰っておけば卒業後にそのまま譲り受ける事もできるらしいし。

 何より「バトル大会を勝ち進む事」、そのものには多大に興味がある。折角ルリ(と呼ぶ様に彼女に強制されたのだが)に教わるんだからな。参加しておきたい。結果も、出来る事なら付随させて。

 

 

「となれば、やっぱり」

 

 

 大会は手持ち3匹で参加する方式、と言っていた。もう1匹は確実に必要だ。その分の負担は大きくなるものの、勉強の一環だと思えば文句も無し。というか、仲間が増えるのは素直に嬉しい出来事だ。

 

 

「―― 決まりだな。あと1匹を……お?」

 

 

 狭まっていた通路の先。たどり着いたオレの視界が、いつの間にか開けていた。

 四方を高い壁 ―― 校舎に囲まれた、小さな中庭。

 小さなと評したが、あくまで校舎全体の敷地と比べればの話。花壇と生垣に彩られ、中央には大きな藤棚が据えられて。中庭としては充分すぎる敷地面積である。4月も中盤を迎えた藤棚からは、大きく紫色の花が垂れている。

 うん。垂れている。……で、その下に。正確には、下にある木製ベンチの上に。

 

 

「いや、誰?」

 

 

 顔の上に本をかぶせ、横になっているエリトレ候補男子学生が居た。気配的には寝ているに違いない。彼がエリトレ候補生だと読み取れるのは、制服と刺繍のおかげだ。

 それにしても……何をしているのか。ポケモンを貰い終えた奴、にしては妙過ぎる。ボールホルダーには一切ボールが付いていない。かといって、1匹は貰わなくては授業も受けられないのだ。

 起こすべき? それとも。そんなことを考えながら、一先ずは近づいて行く。

 ……て、おい。

 近づいていく毎、悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。確信が持ててしまう。こいつは、起こすべきだ。

 

 

「―― おい。起きろー、ショウ」

 

「ん、ん。……ぅぉ、シュンか! ……ってか、マジで。俺、寝てた?」

 

「そらもうグッスリと」

 

 

 白衣が無いため判断が遅れたが、寝ていたのはショウだった。オレが肩を揺すると上半身を起こし、若干寝ぼけながらも吃驚してみせている。

 と、いうか。

 

 

「仮眠を取るのはいいけどさ。お前、ポケモン貰ったか?」

 

「いや、これから。……ミスったな。プリンのコンサートを聴いてからの記憶が無い」

 

「プリンの歌聴いたんなら、寝てて当たり前だろ……」

 

「まぁいいさ。……んー、ポケモンラリー終了まであと30分てとこか? 丁度良いんじゃあないかなぁ、と」

 

 

 相変わらずな奴だな。流石ショウ。……と言ってしまうのが適切なのかは、判断できないが。

 ショウはベンチから立ち上がり、左腕に付いた時計を見て。

 

 

「んじゃ、そろそろ貰いに行くか」

 

「もしか……せずとも、当てがあるのか? ショウは」

 

「実はある。俺も企画側だからな。まぁ、不公平だと思ったから、タイムアップぎりぎりまで待ってたんだ。……ところでシュン、何体貰った?」

 

「オレか? オレは今の所2匹貰ってる」

 

 

 言いつつ、腰のホルダーを指す。ショウはボールを覗き込む、かと思いきや。

 

 

「あー……まぁ、見せ合いは部屋行ってからのお楽しみにしといて。先に貰いに行こうぜ」

 

「……なんでオレも?」

 

 

 顎に手をあてて思索の後、そう言い放った。

 ま、確かにもう1匹貰うという方針を決めたばかりではあるのだが。何ゆえそれが判るのか。

 

 

「お前今、『今の所』って言ったろ? それに、前々から強くはなりたいって言ってたからなー。上限まで貰うってのは予想できた。……んで、どうする? 今から俺、『当て』までポケモン貰いに行くんだが。勿論お前だってもらえるぞ?」

 

 

 ニヤニヤするな、畜生。残り時間も残りポケモンも少なくなっている時間帯だ。この提案が渡りに船なのは違いない。

 ……ええ。貰いに行く。行きますよ。 

 

 

「決まり。―― あっちだ」

 

 

 ショウに先導されて、見慣れぬ校舎の中へと足を進めた。……なんだかあれだな。妙な雰囲気、というか……どこだここは。校舎の雰囲気すら、本校舎とは別物なんだけど。

 ドアを潜ってすぐ、視線を巡らすオレに気付いたのだろう。ショウは笑いながら説明を開始した。

 

 

「ここは研究棟だよ。よく言えば世界に誇るタマムシ大学、その中心部だ」

 

「へぇ、研究棟だったのか。そりゃ当然、オレは知らないよな……」

 

 

 現在地不明のままだったが、これで合点がいった。オレはどうやら、タマムシスクールの敷地内では比較的端のほうまで来ていたらしい。

 ……でも世界に誇る、って言う割には。

 オレ達が頻繁に講義を受けるであろう西・東棟および中央棟と比べると、狭くて暗い廊下だ。壁もどこか色気無くて。

 

 

「あれだ。失礼だけど、ぼろいと思う」

 

「ま、管理棟と新A・B棟は新しいけど、研究棟はこんなもんなんだよ。機材が多くて運び出すのも、運び込むのも一苦労しそうだ。せめて廊下の拡張くらいは行うべきなんだろうけどなー」

 

「へぇ。そんなもんか」

 

「おう。そんなモンそんなモン」

 

 

 説明を受けながら階段を上がっていくと、6階に到達。ショウは6階で階段を離れ、部屋の並ぶ廊下へ出ようとしている。

 好奇心が首をもたげて、続いていた階段を振り返る。この上は……屋上、だよな。

 

 

「なんだ、屋上が気になるのか?」

 

「あ、ああ。スクール校舎の方は、屋上進入禁止だったからな」

 

 

 一応、事故防止のためらしい。学生用という事もあるのだろう。

 だが、オレが興味を示すのにもワケがある。タマムシの建築物は屋上が一つの観光スポットみたいなものなのだ。

 

 

「まぁ、『タマムシの屋上』だからなー。気持ちは分かるぞ」

 

「……開放して無い理由も、勿論分かるけどさ。こればっかりは好奇心だから、どうしようもなくて」

 

 

 タマムシシティでは屋上の緑化義務があるため、一般建築物だろうがマンションだろうが、屋上に緑が据えられている。大企業やこれだけ規模の大きな学園……庭師を雇っている様な場所は、屋上も凄くきれいにされてるのが通例なのである。それは時に、観光名所とも成る程。

 ショウは名残惜しそうな顔をしたオレを見、口に指を当てて。

 

 

「……ここだけの話。こっちの校舎の屋上は研究者が頻繁に出入りするから、鍵閉まってないんだよなぁ。こっち校舎から入って、屋上伝いに行けば、そっちの校舎の屋上にも合法的に入れる。……見付かったらこっちも出入り制限されるだろうから、あんまし使うのは勘弁な?」

 

 

 タマムシ校舎は外観も重視しているらしい。増築時も屋上までが継ぎ足される念の入れ様だ。屋上を伝っていけば、確かに可能なのだろう。

 ……それにしても良い事を聞いた。この情報は是非とも、今後の参考にさせて頂くとして。

 階層の端まで歩いた所で、ショウが足を止めた。扉の横には「マサキ」と書かれた表札が掲げられている。施錠がされていない事を確認した後にノックをし、中に入った。

 

 

「マサキー、いるかー?」

 

「お邪魔します」

 

「んー……いないぽいな。ま、鍵開いてるからその内戻ってくるだろ。麦茶で良いか?」

 

「特に好みは無いから、何でも。というか、勝手に使っていいのか」

 

「構わないと思うぞ? だってこれ、俺が持ってきた差し入れだしなぁ。あ、シュンはその辺のソファに座っといて」

 

 

 ショウは手馴れた様子で、机の横に据えつけられた冷蔵庫を開けた。中に入っていた無数のジャンクフードと栄養食品には目もくれず、立てられた麦茶の容器を手に取る。シンクの横からグラスを3つ用意し、目の前に置いた。

 オレは大分濃くなった、放置時間が長いと思われる麦茶を口にしつつ……それにしても。

 

 

「散らかってますね」

 

「研究者なんてこんなもんだよ。例えそれが美人だとしても、変わりは無いさ」

 

「それ、経験談か?」

 

「んーにゃ、微妙」

 

 

 ショウにしては歯切れの悪い返答だった。が、気にしないでおこう。

 待ち時間の間、このマサキさんの部屋を見渡す。明かりの漏れる小さな窓はブラインドで覆われ、窓際には埃が積もっている。壁にはポッポ時計。ポッポ時計のその下、壁際に置かれたパソコンとその周辺機器が、部屋の主であるかの如くでんと鎮座していて。電源は……切られていない。カリカリとシーク音が響いている。

 

 

「と。そんじゃマサキを待つ間に、シュンの貰ったポケモンを拝見しようか」

 

「お、そう言えばそうだ。……こいつとこいつ」

 

 

 戻ってきたショウの言葉に応じ、コツコツと机の上にボールを置く。上半分は市販のと同じ赤ではなく、緑色をしている。訓練生用の特殊処理をする為、ボール自体が特別製らしい。

 ショウはボールを手に……しかし、持たずに。視線を向けただけで、オレに向かって促した。

 

 

「出してみていいぞー。ここ、ポケモン出すの禁止されて無いし」

 

「……ポケモンを、出す?」

 

「ん。遠慮なくどーぞ」

 

 

 促され、ボールを再び手に取りながら。……ボールから出す? なんでだ?

 見るだけならばボール越しに見ればいい。この状況でポケモンをボールから出しておく。その意味も、ショウの意図も判らないが……

 

 

「まぁ、いいかな。―― 出て来てくれ」

 

 《《 ボボゥンッ! 》》

 

「グッ、ググッ? ……ブクブク」

「ヘナッ!」シュルリ

 

 

 クラブとマダツボミがボールから出た。クラブはぶくぶくと泡を出しながら鋏を動かしており、マダツボミは、オレとの会話を覚えていたのだろう。出るなりビシッと敬礼し、オレの腕に巻きついた。

 そんな風景を暫く見ていたショウが、口を開く。

 

 

「―― ほほう。成る程、成る程」

 

「評価をいただけるか? 研究者目線の評価を貰えるなら、オレとしても ――」

 

「ん、良い選択だと思うぞ。チーム云々とかバランス云々とか、陸海空を揃えるとかな。そんなのはどうでも良くて」

 

 

 ショウも正面のソファーに腰掛け、麦茶を1口。グラスを置いて、続ける。

 

 

「トレーナーとして『ポケモンを選ぶ』。そういう意味ではお前の目は確かだと思うぞ、シュン」

 

「どういう事だ?」

 

「時間もあるしちょっと説明するか。世間じゃ、6体パーティには空を飛ぶポケモンと水に潜れるポケモンが『必須』だとか言われてるだろ? けど、それはポケモンリーグにおける話なんだ。その点をどうにかするのは、そもそもトレーナーの役目な訳で。……なら『選ぶ』時には何を重視すれば良いのか。そんなの、実際には答えなんて無いんだが……こと『スクール』なら別だろーな。一緒に居られる時間も短いし、何より1年間って期限がある。さぁて、さて。遠回りしたけど、んじゃあ何が重要なのかってーと ――」

 

 

 クラブとマダツボミを、びしと指差す。

 

 

「ブクク?」「ヘナッ」

 

「シュンに『懐いて』いるか。シュンと『上手くやっていけそうか』。そんな部分なんだろうな、と俺は思ってる。……実は配られるポケモン達だって、ただ無事平穏に集められたんじゃあないんだな、これが」

 

「ああ、やっぱりそうなのか」

 

「お。ここでその反応って事は、気付いて選んでたみたいだな。……学生達に配られるために『集められた』ポケモン達。その条件は、実は『低レベルである事』だけなんだ。そんな集め辛い条件だから、数を稼ぐ事こそが優先事項になってしまってな? ポケモン孤児院にいたヤツや、身寄りの無いポケモン。もっと状況が悪いのを含めれば、捨てられたポケモンなんかも居るんだ」

 

 

 それは……

 

 

「そーそ。別にポケモンが悪い訳じゃあない。それに時間をかけてコミュニケーションを図れば、いつかは判ってくれるだろ。だけど、スクールに居る内に、って考えれば別だ。特に大会なんかで使おうと思うんなら、そんな時間は無いんだよ。残念ながらな」

 

「オレとしては、ピンと来るやつを選んだだけなんだけどさ。でも確かに、何かこう……ゴウ風に言えば、『目が』淀んでるって言うのか? そんなポケモンも沢山居たよ」

 

「だな。まぁ元々、ポケモンの種類によっても懐き易さはあるし……選んだとしても、その後はトレーナーの腕の見せ所だ。むしろ結びつきは強くなるだろうし!」

 

「何か嬉しそうだよな、ショウ」

 

「まぁな。これから、っていうトレーナー達を見るとワクワクするだろ」

 

 

 ワクワクする、て。お前は親か。視線が教員側だぞ、おい。

 ショウは、そのワクワクした顔のままで解説を続ける。

 

 

「そのマダツボミは多分、人に接し慣れてる。前の人があんまり好戦的ではなかったか……もしくは治療の為に捕獲したか、て感じ。会ったばかりのシュンの指示に従ってるからなぁ。人への信頼感を持ってるのは、判る」

 

「ヘナッ」

 

 

 マダツボミが腕から顔を覗かし、頷いている。……樹木医の先生だから、かな? 先生の人柄なら、ありえない話でも無いとは思うけど。

 

 

「あー、そのクラブはまぁ、よくいる低レベルのポケモンだな。これから人を『知って行く』感じ。恐れ過ぎては居ないけど、信頼感もそこそこだ。そいつを育てるのは、トレーナーとしての良い練習になると思うぞー」

 

「グッ、グッ」

 

 

 大きな鋏を掲げてバランスをとりながら、足元をしゃかしゃか歩くクラブ。

 でも、そうなのか。なら頑張って接してみるか。などと、考えつつ。

 

 

「改めて。宜しくな」

 

「グッ!」「ヘナナッ!」

 

 

 クラブは鋏を一際高く上げ、マダツボミは葉っぱで敬礼。言葉に応えてくれた相棒達の姿は、実に頼もしく感じられた。

 目線を合わせてから、顔を上げる。頼もしいけど、この行事の残り時間も気になる頃合だ。そう考えて、時計を ――

 

 

 ――《バァンッ!》

 

「いや、待たせてもうた!! よー来てくれた、ショウ!」

 

「おーす、マサキ。こっちこそゴメンな。勝手に上がってて」

 

「かまへんかまへん。ショウなら何べんも来とるし、アポもらっとったのに居なかったんは完全にこっちの責任やさかいな!」

 

 

 頭を掻きながら、苦笑。暖かい笑顔が快活さを滲ませている。

 会話や表札から推察するに、今居る部屋の主にしてオレ達の待ち人。マサキさんは、コガネ弁を話すこのお方で間違いないであろう。

 その人、マサキさんが入ってきて ―― 手に2つ。

 

 

「ほな、時間も無いしぱっぱと行こか。ワイが用意したポケモンは、こいつらや!!」

 

 

 モンスターボールを、掲げた。

 

 





 講堂での「その他」の皆様は、かなりネタに走りました(笑

 ポケモンを貰う、というのはワクワクする行事であって欲しいですよね。そういう思いを込めて、こんな感じにさせていただきました。
 学生生活を思い浮かべながら書いておりますと、なんともワクワクする心持の今日この頃。
 ……でも、原作が遠いですね。目の前にしていると、尚更です。

 因みに。
 植物医はポケモン世界にも存在します。原作で言えば、RSE(ルビー、サファイア、エメラルド)の『おくりび山』……の、画面的には下の道路に存在しておりますので。
 ……うーん。流石に今になってからエメラルドをやると、慣れゆえの違和感が凄いです。特殊物理の概念が、技固有ではなくタイプ別ですし。


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1995/春 パートナー達に

 

 Θ―― 研究棟6階/マサキの部屋

 

 《 ボウンッ!! 》

 

 

 マサキさんはぐちゃぐちゃにした白衣を丸ままソファへと放った後、両の手からモンスターボールを投げた。割れたボールの中からポケモンが姿を現す。

 

 

「ブイ、ブイーッ♪」

「……ブイッ!?」

 

 

 机の上に座ってる。多分、2匹とも同じポケモンだ。四足歩行で、首の周りと尻尾と……いや。全体的にモフモフしているか。頭上の耳をピンとたてて揺らす様が、可愛らしい印象。

 うん。身体構造的に……同じポケモンだ、よな?

 疑問が浮かんでしまったのには理由がある。一方はボールから出るなり辺りを嬉しそうに飛び回り、もう一方は怯えてソファーの後ろに隠れて。そんな性格の違いも、理由ではあるのだが。

 マサキさんを見ると、腰に手を当て、ドヤ顔のまま。解説を期待したのだが……しょうがない。頼りになる友人の方をあてにしよう。

 

 

「ショウ。これ、同じポケモンだよな?」

 

「あー……確かに。両方イーブイだな。片方が色違いだけど。つっても、このくらいの色違いならまだありえるほうなんだよなー……銀色なんかよりは」

 

 

 ショウは怯えている方……(アカネ)色をした個体を指差して、色違いと言った。そう。この2匹、色が違うのだ。これが別種かもしれないと思った理由なのである。

 

 

「ブイーッ!」

「グッ、ブクク」「ヘナッ、ヘナッ」

 

 

 ふーむ。こっちの、ボールからでるなりオレのポケモン達と遊んでいる、フレンドリーな方……茶色が本来の色という事か。

 ショウが簡潔に説明をくれた所で、マサキさんが話し始める。

 

 

「どや? 珍しいやろ! ショウんとこの嬢ちゃんと通信研究しとったらな、何の手違いかこいつらが数匹送られてきたんや」

 

「数匹、って事はこの他にも?」

 

「ん、そやな。これは大分前やけど、オーキドの博士に良く似た悪人面の爺ちゃんに、研究のためにと頼み込まれて1匹。随分勝気なお嬢ちゃんに1匹。それと、さっきお前さんらが来る前にこの研究室に来たヤツにも……と。正確にはちゃうかな? どっちかってぇと迷い込んだってのが正確な表現やろな、あれは!」

 

 

 確かに。幾らポケモンを貰う為とはいえ、こんな研究棟の端にまで足を踏み入れる人物は中々居ないであろう。個人研究室にとなると、更に勇気が必要だ。……「迷ったやつ」が「ユウキ」であったかは、さて置いて。

 と。となると、既に3匹は貰われたという事か。

 

 

「それじゃあ、元々は5匹いたんですね」

 

「やなー。ま、この『色違い』の個体は色々特別やったんや。研究の為に、ってよりは保護のために今まで残しといたんやけど……そろそろ、トレーナーと過ごすんも悪ぅ無い思たんでな。研究員とは結局打ち解けへんかったし、ずぅっと研究ばっかさせとくんも忍びないさかい」

 

「そか。……さーて、どうするか」

 

 

 話を聞き終えた所で、ショウは腕を組んで考え始めた。えーと、まずは。

 

 

「この子ら、貴重なのか?」

 

「ブイー?」「ッ!」ビクッ

 

 

 オレに指差されたイーブイ達が、首を傾げたり怯えたり。ショウが頷き、

 

 

「おう。間違いなく貴重だな。色違いとなるとそらもう、確立を考えたくもなくなるぞ」

 

「っておいっ! 無駄思考大好きなお前さんが『考えたくなくなる』とか、世界崩壊するでっ!! きっとそれは神々の黄昏やっっ!?」

 

「突っ込みをあんがと、マサキ。……茶々が入ったけど、まぁ、そんな訳で貴重だな。個体数と、それに雌雄比が半端ない偏り様ぽい。どんな進化をしたらこんな比率になるのかね……てのは置いといて。元々環境変化に敏感な種だから、あんまり住処を移すわけにも行かないみたいでなぁ。……あー、逆説的に、可能性に溢れた種族と言い換えることは出来る。けどそれがこいつらにとって幸せなのかどうかは、判らないな」

 

 

 ……成る程。ショウの言い様から察するに、ある程度は研究が進んでいる種であるらしい。

 

 

「んで、さぁさ。どうする?」

 

「どうする、って……」

 

「どっちを貰うか、だ」

 

 

 ああ。どちらをショウが、どちらをオレが貰うか、か。

 考えながら、研究室に放たれた2匹をみやる。すると突然、元気な茶色の方が立ち止まり ―― ショウをじっと見つめ出す。

 数秒、値踏みする様な視線の後、

 

 

 《ピョインッ》

 

「ブイ、ブイーッ♪」

 

「うぉっ、と。……危ないぞー」

 

「ブイーィィ♪」

 

「そのイーブイ、♀やからな。流石はショウやで!!」

 

「……えぇぇ。それ、理不尽じゃないか。確率とか」

 

 

 元気な方がピョンピョンと跳ね、組まれたショウの腕に飛び込んでいた。確かにな。組まれた腕は、収まるのに丁度良く見えたのだろう。

 それにしても、ショウは♀ポケモンにも(・・)好かれるのか。にも、に悪意を込めたのは御愛嬌で。

 

 

「ブイッ!」

 

「……好意は嬉しいんだけどなぁ。素直に喜びたく無い気持ちも、そこはかとなく」

 

 

 イーブイ(茶)はそのままショウに身体をすりつけ、御満悦で。

 ……さて。もう一方。

 

 

「―― ッ!? ……ブィ」

 

 

 視線が合うと一旦ソファーの陰に引っ込み……それでも茜色の耳は隠れていないのだが……間を置いてから、恐る恐る顔を出す。オレらに興味はあるみたい。

 ショウも腕にイーブイを抱いたまま、その様子を見て。

 

 

「色違いとか、特殊な個体は得てして臆病になるんだよなぁ。環境が環境だから ――」

 

「ブイーッ、ブイーッ!」

 

「っとと。危ない。……えーと、環境だから……何だっけ」

 

「醜いアヒルの子とか、そんな感じ?」

 

「あー、そうそう。あれは『オチ』の為にそもそも種類とかが違うって設定だから、参考にはならんかもだけどな。……托卵、おっそろしいよなー。白鳥とかスワンナは、種族的にやらないけど」

 

 

 最後の方はよく判らないが、一先ず、茜色の体色は自然界においても目立つらしい。イーブイの希少さと相まって、肩身が狭いという事なのだろう。茶色と茜色では、そこまで差があるとは思えないのだが……微妙とはいえ、他と違うのは確かだし。群れというのはそういう違いに、敏感でもあるのだろう。

 と、いうかさ。選ぶも何も。

 

 

「……な、ショウ。もう決まってるんじゃあないか?」

 

「だなぁ。うしうし」

 

「ブー、イーッ♪」

 

 

 ショウは腕の中のイーブイを撫でながら、まぁいいか、なんて話す。そんなに懐かれてしまったのなら、決まっている様なものなのだ。なにせさっき、自分で、相性が大事だとかそんな感じの事を言っていたのだから。

 イーブイを一頻り撫で、ボールの仮登録を行うと、今度は向こうへ視線を向けた。

 

 

「んじゃ、あの茜色のイーブイはシュンに任せる。……多分、色々大変だぞ?」

 

「それでも、だ」

 

 

 オレの場合、残り2匹は「そういった部分」に注力しないで済むだろう。天下のオーキド研究班、ショウのお墨付きでもある。

 

 

「ならさ、単純にピンと来たやつを受け取っても良いだろう?」

 

「ほー、ピンときたんかいな? ならワイは大賛成や。そらもう運命やで。諸手を挙げて万々歳したる!」

 

「それは只のお手上げじゃないか? ……じゃなくて。まぁ、そんなら俺のお節介だ。何かあったら相談にのるし、どうせ同室だからな。何時でも頼ってくれ」

 

「頼りにしてる。……さて、と」

 

 

 オレは腰をあげ、ソファーの裏へゆっくり歩み寄る。近づくと、イーブイは一瞬びくりと身を震わせたものの、その場からは動かずに居てくれた。

 そっと触れて、抱き上げる。ふわりとした体毛に、グラデーションの利いた茜色が映える。腕の中にいて尚もぞもぞと、所在なさげに身体を動かしている。抱えられ慣れていないのだろうか。

 

 

「……これからお世話になるよ。オレはシュンって言うんだ。宜しくな、イーブイ。……ニックネームは、と」

 

「お。ニックネームつけんのん?」

 

「はい」

 

 

 今はあくまで登録上だけど、クラブは「ベニ」。マダツボミは「ミドリ」というニックネームをつけている。愛着も沸くし、個体識別にも役立つと思うから。

 となれば、このイーブイは。頭に浮かんだ候補を、そのまま口に出してみる。あとはイーブイの反応次第。

 

 

「ん。『アカネ』とか、どうだ?」

 

「……。……ブィ!」コクリ

 

 

 イーブイ ―― アカネは、たっぷりの間を置いてから、間を打ち消すような勢いの良さで、しっかりと頷いてくれた。そのまま過ぎやしないかと心配だったが、気に入ってくれたらしい。

 モンスターボールにイーブイを収めていると、壁にかけられた時計の針が、かちりと動いた。

 

 

「―― っと。時間だな。タイムアップ。今を持って、ポケモンラリーも終了だ。……んんーっ!! うっし! 部屋に戻って、アンケ集計なり貰われなかったポケモンの仕分けなりをするかな!!」

 

「ってか、ショウ。1匹だけで良かったのか?」

 

「んー、迷ったんだが、大会に出る余裕は無さそうだったからなぁ。スケジュールがカツカツでさ。その内にでも増やそうと思って」

 

 

 ああ。部屋ですらいつも仕事してるからなー、ショウは。寝てるか仕事してるか、ポケモンと一緒にいるか。

 

 

「そんじゃな、マサキ。また今度遊びに来る。……それにそういや、我が班員と共同研究するんだってな?」

 

「そそ。夏終わりあたりな、海外まで行きそうな勢いやで」

 

「おかげで、その計画に俺まで巻き込まれたんだけどなー……」

 

「ははは! そんなら、ワイも少しは楽できそうや。……ほなら元気で! ショウと、シュンもな! イーブイの事、大切にしたってや!!」

 

「おう。じゃなー」

 

「はい。ポケモン、ありがとうございました!」

 

 

 マサキさんに挨拶をして、研究棟の廊下へ出る。薄暗い廊下は鈍く赤く照らされている。既に、外から夕日が差し込む時間帯となっていた。

 

 

「さーて、と。飯でも食いに行きますかね」

 

「寮の食堂で良いかな? 実はオレ、ゴウ達と集合の約束してて……ショウにお願いしたい事があるんだ。仕事とかの都合がよければ、だけども」

 

「おっけ。飯が食えれば、万事よし!」

 

 

 などと。オレとショウは、新たな仲間達と共に。装い新たに、寮の食堂へと向かうのであった。

 

 

 Θ―― 男子寮/食堂

 

 

 食堂の奥の方。比較的高い位置に作られた、円形の机。元々多人数が個室のような使い方をする事を目的として作られた場所に、オレ達はいた。いつもは競争率が高い場所なのだが、早めに到着したゴウとノゾミが場所を取っていてくれたらしい。

 

 

「―― では、見せ合いと行くか?」

 

「いえーい」

 

「ほーぉ? ゴウにしては珍しく、自信満々じゃねぇか」

 

「きっとゴウも、テンションがあがってるから」

 

「そういうノゾミだって、顔つきがバトルの時みたいになってるからねえ。ま、アタシだってそんなんだと思うけどさ!」

 

 

 言ったヒトミは机にポケットパソコンを置き、頬杖をつきながら笑みを浮かべている。その言葉の通り、いつもは仏頂面のゴウとクール担当のノゾミも顔つきが違っていた。……この2人、バトルの時になると性格変わるんだよなぁ。面白いくらいに。

 なんて、まぁ、その位皆がテンション高めなのは。やはりポケモンを手にしたから、なのであろう。

 オレは周囲に座ったいつもの7人と、

 

 

「なぁミィよ。女子寮の食堂も男子は出入り自由なのか? それとも、」

 

「女子寮の場合は、入口で。例外なく弾かれるでしょうね」

 

「だよなー……門番いたし。まぁ、別に良いんだけど」

 

 

 その近くの席に座ったショウ&ミィコンビを視界に入れつつ、話題を転がす事にする。

 ここでショウが居るのには理由があるのだが……そう。オレ達は約束 ―― 各々のポケモンを、見せ合う予定としていたのだ。心境的には見せびらかす、とも言うのかも知れないが。

 

 

「そんじゃ、誰から行くか」

 

「別に誰からだって良いじゃない。ふふん。あたしのポケモン、自信あるし!」

 

「皆もそれで良いか? ―― ふむ。ならば、僕から順に行こう。では。僕の初めてのポケモンは、こいつらだ!」

 

 

 ゴウが先陣を切り、食堂の円卓にモンスターボールを置いた。ここで今回のゲスト、ショウの出番だ。

 ショウは机上のボールを覗き込み、

 

 

「ゴウの選んだポケモンは……」

 

 

 ゴウのポケモン達の『紹介』を始めてくれた。律儀にも、解説付きで。

 ショウはオレ達共通の知人であり、友人でもあり、何よりも研究者だ。しかも只の研究者ではない。今年発表された「ポケモン図鑑」。世界的権威であるオーキド博士と共にその図鑑を完成させたスタッフにおける、中心人物でもあるのだ。なんなんだそのスペックは、と、脳内で突っ込みを1つ入れておいて。

 兎に角。

 毎年恒例なのだが、エリトレ組で配られるポケモンは様々な地域、国々から集められて来る。そのポケモンを全て(とまでは行かないだろうが)解説してもらうに、ショウという人物は適任過ぎたのだ。

 因みに、大型ドラフト選手ショウの契約金は晩飯2名分。今ショウとミィが食べている物は、オレ達のおごりなのである。これがはたして、有名な研究者を雇う代金として高いのか安いのか、判断つかない点ではあるのだが。

 ……一応、ルリに頼んでも良かったのかも知れないが……アイツに頼むと何を要求されるか想像もつかない。まだショウのが安全で確実かと。

 

 

「ゴウはヒトカゲ、ウリムー、コイルか。ウリムーが珍しいチョイスだなぁ」

 

「ウリムー。わたしも捜したけど、見つけられなかった」

 

「ああ。ウリムーは、僕とノゾミの実家の近くによく居たからな。1番馴染みのあるポケモンなんだ」

 

「成る程な。そういうのは、意外に大切だと思うぞ。……あとは……進化しないことを考えると、このメンバーは就学中のバトルでは地面対策を怠らないようにしないとな。将来性は抜群だし、先が楽しみなメンバーだと思う」

 

「ふむ。参考になった。恩に着る、ショウ」

 

 

 ゴウが礼を言い終えると、今度は、隣に居たノゾミがボールを置く。

 

 

「じゃあ、わたしの」

 

「次はノゾミか。どれどれ……おー。メリープとナゾノクサ? 2匹なのか」

 

「うん。わたし自身は、バトル大会にでる気は無い。けれどね、2匹は居ないと。ゴウ達の練習相手になれないもの」

 

「友人思いだなー、ノゾミは。……ポケモンのチョイス的には、バトルが難しいかな? メリープにしろナゾノクサにしろ、補助技の使い方が肝になるだろうし。トレーナーの腕が試されるだろーな」

 

「うん。頑張る」

 

 

 ノゾミはその顔に判り辛い何かを浮かべ、ぐっと拳を握った。やる気は満々らしい。

 そのままの流れで、ショウが逆時計回りにポケモン紹介を続ける。

 ヒトミのポケモンはポニータ、フワンテ、ヤジロン。ショウ曰く「曲者ぞろい」だそうだ。ヒトミはその他に、家族同然に育ったメタングも居るし。曲者だとて、彼女にかかれば使いこなせるに違いない。戦略やらデータ分析は、ヒトミの十八番でもある。

 ナツホのポケモンはガーディ、ニドラン♀、ヒトデマン。手堅く、カントー&ジョウトの周辺に住んでいる……オレ達にも馴染みのあるポケモン達で固めてきた。ショウは「戦闘のバランスは良いし、比較的馴染みのある面子だから、知識面で優遇されるだろうなー……ただし、どいつも最終進化に苦労しそうだけど」との評を下している。どういうことだろう。後で聞いてみようと思う。

 続いてオレ、シュンのポケモン。クラブとマダツボミ……けど、イーブイの紹介をされた時は流石に驚かれたかな。今回みたいに紹介されない限り、色違いだなんて、まじまじと見なければ判らないと思うけど。あとバトルに関しては「レベルを上げて物理でなぐれ」だそうで。これはネタだけど。

 ユウキのポケモンはパラス、コダック、イーブイ。パラスもコダックものんびりした性格で、イーブイまでそんな感じ。3匹纏めてお昼寝日和な様子を見ていると、なんともバトルに向いていない気がするが……ユウキの性格も考えると案外上手くいくのかも知れないな。ポケモンに引っ張られるトレーナー、って。ついでに言うと、イーブイはマサキさんに貰ったもので間違いなかった。流石、迷い人スキルが上限を突破しているなぁ。ユウキは。

 そして、最後に1人 ――

 

 

「はーい。ボクのポケモンはー、この子らでーす」

 

 《《ボウンッ!》》

 

「……えぇっ!?」

 

 

 ケイスケの行動に思わず声を上げたのは、ナツホだった。食堂でいきなりポケモンを出したのである。いや、出す必要は無いのだが……別段問題が起こっていないのが幸いか。

 とりあえず。ここで視線を、ボールから出たポケモンへと移す。1匹は足元から(・・)巻き付き、1匹はびちびちと。ケイスケの手の内で跳ねている。いや……えええええ。

 

 

「ミーリュー♪」「コッ、コッコッ」ビチッ

 

「はーぁい。ミニリュウとー、コイキングでーす」

 

「「「……えぇっ!?」」」

 

 

 今度の驚声は、ハモった。ノゾミですら口を開けたままだ。

 そんな中にあって尚、のほほーんとした笑顔でポケモン達を見せ付けるケイスケと……

 

 

「ミニリュウって、アンタ!! どんなに貴重なポケモンか、判ってるの!?」

 

「そうだぞ、ケイスケっ! ミニリュウっていや、ドラゴンポケモンじゃねーかっ!!」

 

 

 捲くし立てるナツホと、結局何を言いたいのかよく判らないユウキ。驚いているのは判るが……コイキングは視界に入らないのかな、皆は。あんなに必死に跳ねているというのに。御無体な。

 暫しぽかーんとした空気が続き、咳払いをした後、思案気な顔をしたゴウが口を開く。

 

 

「む。もしや、ケイスケが始めから竜、竜と言っていたのは ――」

 

「……そう、ね。アテがあったのでしょう」

 

 

 隣の席に居たミィの割って入った一言に、全員が向き直る。どうやら彼女なら、事情を知っていそうだと。

 全員が一斉にミィの方向を向くと、溜息をつきつつ、ゴスロリ能面のままで。

 

 

「―― ミニリュウ、ね。カントーに生息している以上、全く見付からない訳じゃあないの。年に数匹は迷子の個体が保護されるわ。運よく親元に帰すことができれば、良いのだけれど……そうならなかった個体も、当然いるのよ」

 

「まーな。それが今回はたまたま、要請もあって ―― 1匹だけエリトレ達に配られたって流れだ」

 

「えぇと、要請、ですか」

 

「んん、要請。―― なぁ、ケイスケ。そのミニリュウ、誰から貰ったんだ?」

 

 

 ショウの質問に、のんびり顔を一切崩さず。

 

 

「イブキから~」

 

 

 ケイスケが答えた。……イブキ? 聞きなれない名前だ。周りを見ていると、ヒトミもナツホもユウキも、疑問符を浮べていた。唯一、疑問符を浮べていなかったゴウだけが、尋ねる。

 

 

「―― イブキ、とは。もしかして……現ジムリーダー組筆頭トレーナー、フスベシティ出身のイブキさんの事か?」

 

「んー、そーだよー」

 

「リュー♪」「コッ、……コッ」ビクッ

 

 

 ゴウだけがまさか、といった顔で追求する。それよりも……ああ……コイキングの元気が無くなってきてる。なあケイスケ。ボールに戻してあげた方が……

 

 

「イブキはー、ボクの幼馴染だからねー」

 

「「ええっ!?」」

 

「ふむ。ならば確かに、昨年、エリトレ組ながらに年始大会で準優勝して見せたという……あの伝説の、イブキさんなのだな。ミニリュウをくれたのもイブキさんか?」

 

「そーだよー。……あ、ズルはして無いからねぇ? イブキが居そうな所なら、なんとなーくわかってたしー」

 

「ミィ、リュー♪」「……、」ピクピク

 

 

 コイキングーッ! お前はきっと、あらいが美味しいはずでッ!!

 ……いや待て違う。食べはしないぞ。じゃない。これも違う。オレがおろおろしている内も、ケイスケは話し続けているから。

 

 

「―― っていう事だよー。あの意地っ張りイブキがぁ、わざわざ学園のイベントに参加するって言ってたからねー。きっとどらごーんなポケモンを配ってると思ってー」

 

「ふむふむ。……まぁそんな訳で、ケイスケは正統な手段でミニリュウとコイキングをゲットした、……がなぁ。コイキングがそろそろ限界だぞー」

 

「うーん……あぁっ、そうだねー」

 

 

 ショウのフォローで、ケイスケが2匹をボールに戻した。ああ……よかった。強く生きてくれよ、コイキング。

 間に、麦茶を一口。これで全員の紹介が終わった。と、このタイミングで隣の席に離れていたショウが腰を上げる。隣に居たミィも、同じく。

 

 

「そんじゃ、紹介終わり! 俺は先に部屋に行ってるな、シュン!」

 

「……、」

 

「ん、そうか。ありがとう。でもせめて、寝る前に机の上の書類の山は片付けといてくれよ?」

 

「善処するー」

 

「―― と、待てよ、ショウ。お前とミィは、どんなポケモン貰ったんだよ?」

 

 

 出て行こうとするショウとミィを、ユウキが呼び止めた。

 ……そういやそうだな。オレも、ミィの貰ったポケモンは知らないし。

 

 

「おう、そだな。忘れてた。……つっても俺の貰ったポケモン、ユウキやシュンも貰ってるからなー。ほれ」

 

「―― ブイーッ♪」

 

「私のは、それほど。珍しくも無いわ」

 

「―― ビリリリリィ」

 

 

 ショウの放ったボールからは、あの人懐こい♀のイーブイが。ミィのボールからは通常のモンスターボールと同配色のビリリダマが出てきて、足元をころころと転がっている。意外とでかいよな、ビリリダマ。0.5メートルとか。あれをモンスターボールと間違えるのは、大分難しいであろう。遠近法でも使用しない限りは。

 ショウはイーブイを抱き上げ、ミィは、ビリリダマを……そのまま足元に転がしておいて。

 

 

「俺もミィも大会に出る気は無いし、自分のポケモンも居るんだ。今は1体で十分。研究なりサークルなりで忙しいしな」

 

「大会に、というよりも。名前を売る必要性が無いからかしらね」

 

 

 そうか。ま、ショウといいミィといい、研究者としての道が拓けているからなぁ。そこまで差し迫った問題でもないのか。

 というか、サークル?

 

 

「む、さぁくる、とは?」

 

「おう、サークル。学校でいう部活みたいなもんだよ。それなりに自由度は高いし、専門的なのはとことん専門的だけどな。管理棟の掲示板とかに募集がかかってるから、見てみればいいと思うぞ」

 

「えぇ。因みに、私はポケモンフライトサークル。ショウは園芸とコンテストよ」

 

「へぇ。なんだか意外だねえ。ショウとミィ、違うトコなんだ?」

 

 

 驚いた声を出したのはヒトミだけだが、オレとしても驚いている。多分皆も。なんか、ショウもミィも似た雰囲気だしさ。所属しているとすれば当然同じサークルだろうと、勝手に思っていた。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか。ショウは苦笑いを浮べつつ、

 

 

「あー、そうそう。フライトサークルは女ばっかりでなー。学外からも大勢参加してるわで、居心地が悪いんd『ブイ、ブイーッ!?』……何ゆえ怒り出しましたか。……とりあえず噛まないでくれ、頼むから」

 

「私の、場合は。サークル長のソノコに誘われただけなのだけれどね」

 

「ビリリリリー」

 

 

 ショウの腕をガジガジし始めたイーブイに対して、変わらず表情のわからないミィとビリリダマ。にしても、サークルね。オレは特にしたい事も無いしなぁ。皆は興味あるみたいだけども。

 

 

「まぁ、興味があったら見に来てくれればいいって。掲示板の張り物に活動場所とかも書いてるし。―― そんじゃな!」

 

「これで、失礼するわ」

 

 

 ショウはイーブイ小脇に手を振りながら。ミィは足元にビリリダマを転がしながら、食堂を出て行った。オレ達も手を振り返しながら、姿が見えなくなるまで見送っておいて。さてと。

 

 

「それじゃあ、オレ達も解散にしようぜ」

 

「そうね。さっきミィが言ってたんだけど、実は今日、寮の歓迎会があるの。あたしもノゾミも、さっさと寮に戻らなくちゃいけないのよ。ね、ノゾミ」

 

「うん。そう」

 

「ヒトミは? 実家の門限は大丈夫そうか?」

 

「ああ、多分ね。手持ちのバトル訓練をする暇だってありそうさ」

 

「うげっ。お前、まだやんのかよ。変わんねぇなぁ。……おれ達はどうする? ゴウ」

 

「む。僕は、そうだな。男子寮の歓迎会はとうに終わっているし、ひとまずプレイルームにでも居るとするか」

 

 

 それぞれが、今後の予定について話し出す。因みにケイスケは、とっくにというか、またも眠っているのだが。

 オレはケイスケをどうするか考えつつ、ひとまずは、解散後の行動について思索するのであった。

 

 

 





 やはりイーブイを貰うに、王道(マサキから)展開(もらう)は外せないでしょう。

 という訳で、イーブイとフレンズが一気に数匹の御登場でした。開発の押し面の、モフモフ族です。
 イーブイの愛らしさは反則に販促ですよね? 誤字ではなく。

 作中、シュンのイーブイ「アカネ」の特殊性についてはその内に。色違いには展開上の都合があります。

 あとは、メイン7人のポケモン達がお披露目となりました。話の都合上、スポットを当てられるポケモンは限られてくるのではないかと思いますが、それぞれ選んだ意味はありますので、なんとか頑張ってみたいと思います。
 尚、彼ら彼女らが『いる場所』をご存知の方々は、メンバーを比べてみたら、今後の展開が読めるのやも知れません。
 ……実は、ヒトミなんかは意図して顕著に、手持ちがかき回されております次第なので、疑問に思って下さったのならば僥倖です。

 ついでに。
 白鳥は托卵しないはずです。確か。きっと偶然混じったのでしょう。


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1995/春 ルリ(ちゃん)講座・春 上

 

 

 Θ―― 国立図書館/『植物庭園』

 

 

 オレらが初めてのポケモンを手にしてから3日後。

 過ぎた3日間は皆、初めてのポケモンに四苦八苦しながら過ごした。

 ヒトミは相変わらずバトル訓練。変わった事といえば、それにユウキやオレが付き合うようになった事か。流石に手持ちがいるだけあって、訓練自体は順調だろう。メタング先輩(思わず敬称)がとても頼りになるし。因みにオレの3匹は未だ連携練習をしている最中なのだが、ユウキの手持ち達は……そののんびりした性格故なのか……指示によく従ってくれているのだ。詳しい部分はともかく、意外とバトル向きなのかもしれないな。ユウキ。

 ゴウとノゾミは、2人で色々なサークルを見て周っているらしい。これからの勉学との兼ね合いも考えて、ある程度余裕を持ったサークルに入りたいと言っていた。ポケモン達とも一緒に見て回ることでコミュニケーションも図っているらしいしな。あとは、ゴウ曰く、ヒトカゲが気難しいんだそうで。ま、その点はゴウなら大丈夫だろうと思うんだけどさ。何とかなるなる。

 ナツホもオレとサークルを見にいってる、の、だが……今の所はあまりピンと来るものがないらしい。明日明後日辺り、講義の後にショウやミィが所属しているサークルを見学に行く予定だ。何か合いそうなものがあれば良いのだが。いやま、無かったら入らなくて済むだけの話でもあるんだけどさ。折角の学園生活なんだし、と。

 

 さて、経過報告も終えた所だし。今現在の話をしよう。

 エリトレ組へ入学したオレ等の勉強は、座学から開始されている。トレーナースクールで習った知識の再確認が主だった内容だ。これからはエリトレになることによる優待などの特典や、ポケモントレーナーとしてより深くポケモンを知るための軽いポケモン学なんかが授業として行われるらしい。

 ……てのは、後々の話で。

 庭園にいる今現在、時間帯は放課後。本日の座学も終え、本来ならば寮に戻っている時間帯……なのだが。

 

 

「―― 皆揃った? 揃ったなら、講義を始めたいんですが」

 

「ミュゥッ♪」「ピジョオオーッ」

 

 

 目の前、庭園の中心地に据えられた黒板の前で揺れるツインテール。その左右をぐるぐる飛び回るミュウとピジョット。おかげで煽られたツインテールが、彼女のコートに絡まる絡まる。今にも首を絞めそう……あ、2匹がニドクインとクチートに止められてる。でも、モノズは止めないんだな。ルリのプリン共々、ソファで寝てる。……ルリのプリンはショウの持ってる(・・・・・・・・)プリンと違って(・・・)麦わら帽子を被ってないし、性格も違うからか新鮮な感じがするなぁ。

 

 

「ありがと。―― ええと。ゴメン、皆はあっちで遊んでてくださればと!」

 

「ミュッ!」

 

 ――《スッ……スイッ》

 

 

 ルリの呼びかけによって、ミュウを筆頭に、メンバー4匹が庭園の奥にある木の実飼育スペースへと移動していった。プリンとモノズはソファの上に置いてけぼりで。……ま、そんな風にルリの殿堂入りメンバーも気になる所なのだが、一先ずはさて置き。本日オレ等はルリの講義、第2回を迎えているのだった。

 開講場所は庭園の奥の方にある、開けた場所。天井には強化ガラス張りの開閉式天井が備え付けられている為、青空教室な気分。

 因みにオレ達のポケモン達はただいま、更に奥のスペースで基礎データを採っている最中だ。1年通して継続観察する……その基となるデータであり、ちょっとだけ時間がかかるから、その内に講義をしてくれる手筈となっていた。

 うぅん……イーブイ(アカネ)、大丈夫かな。人見知りするし、まだオレにだって慣れたとは言い難いのだ。研究員さん達は大変でしょうねと。

 

 

「はーい、いない人は手ぇ上げてですー」

 

「いや、それは無理だろ。定番だけど」

 

 

 ルリのボケ(恐らく)にユウキが突っ込みを入れる。第一回の講義の殆どを顔合わせと自己紹介に費やした甲斐もあったのだろう。以前はルリの威光威圧異名等々に圧され気味だったオレ達も、この程度のやり取りならば問題なくこなせるようにはなっていた。未だに、ルリのボケは判り辛いけど。

 今日のルリはいつも通り、彼女お気に入りであるというトレードマークのダボダボトレンチコート(黒)をだるっと纏っていた。なんだっけな。確かルリの友人がデザインしたとか何とか、どこかの特集で見掛けた事がある気がする。ま、それはどうでもいいか。

 講師であるルリはオレ達と、『残る4人』―― 同じエリトレ組である男子2名と、女子2名を見渡す。

 

 

「んー、よし。ショウ君の知り合い(・・・・・・・・・)4人と、シュン君率いる学生7人! ……シュン君達、相も変わらず野武士に突撃できそうな人数ですね!」

 

「その場合は3人くらいしか残らなさそうねえ」

 

「うむ。とすれば、ヒトミは残るのだろうな」

 

「ユウキも残りそう。生命力で。……わたしとゴウは何となくやられてそうだね」

 

 

 その場合、残る1人はケイスケだろうな。そもそも出撃しなさそうでもある。

 ああ、と、話題を戻すが ―― そう。なんと、オレ達の他にも受講生が居たのだ。てっきりルリの存在は秘匿されているのかと思いきや、だ。オレらはあんまり口外しないでと言われているし、実際言ってはいないのだが、オレ等と共通の友人であるショウを通してルリ自身に声がかかったらしい。

 

 

「ちょっと。それよりも、さっさと講義始めない?」

 

「……まぁま、そうカツカツするなよナツホ。カルシウムが足りないかなー」

 

「う、うるひゃい! ……え、こら、シュン!! 口を、ホホをひっぱるにゃああっ!」

 

 

 いつも通り空気を読めなかったナツホに、幼馴染コントロールマニュアル(脳内)から引いた悪戯を仕掛けてやる。縦、縦、横、横、丸書いてなんとやら。

 よし。終了。オレが手を離す事で頬の自由を得たナツホは口から空気を噴出し、ちょっぴり赤くなった頬を撫でつつ唇を尖らした。頭の後ろで馬の尻尾が揺れているのが見えている。

 

 

「……っぷふぁっ! あにすんのよ、もう!」

 

「いいからさ。ほら、前向こう、前」

 

「ふふふ。ナツホちゃんとシュン君は仲が良いのですね? ですが一先ずは御希望に沿いまして、あたしの講義を始めさせていただきます。……さて、今日から本格的に講義の開始です。お題目は、こちらっ!!」

 

 

 ルリが移動式のレトロな手書き黒板をひっくり返すと、そこには『ポケモンバトル講座~準備編』との文字が、妙に小気味良いポップ体(レタリング済)で描かれていた。

 

 

「と、いう訳で。月1ではありますが、今回からあたしはポケモンバトルに関する私設講座を開講させていただきます。受講いたしますのはここに居る11名と、たまぁにミィさんも来てくれる手筈ですね。ミィさんは主に講師として、ではあるのですが」

 

 

 使うのかも判らない……いや、黒板を使用している以上恐らくは使わないだろうが……レーザーポインタを手に、腕を組んで。ルリはそう説明して見せる。

 言ったルリはそのまま、前列の『オレ等以外の』4名に紙束を手渡した。その内のお嬢様っぽい娘・カトレアさんと清楚な感じの前髪娘・ミカンちゃんから、オレも紙束を受け取る。左留めにされたこの紙束は、どうやら本日の講義で使用するレジュメらしい。

 

 

「そのレジュメはジムリクラスで使うものをパッチワークして流用しただけですんで、他の人に見せるのも別に構わないですから。……さて、みんなに行き渡りました様なので、1ページ目をご覧くだされば。まずは基本的なことから行きましょう」

 

 

 ルリの言葉に従って、皆がレジュメに視線を落とす。1ページ目の一行目『初めの初めに』として、タイトルが書かれていた。『ポケモンと技』。

 

 

「ポケモンの技について、です。これはごくごく個人的に、のお話ですが、ポケモンとトレーナー……その繋がりの内で最も覚えておくべきは、『技』だと思うのですよ。これはバトルがどうこうという訳ではなく、特殊性という意味でですが。……では、皆さんに聞いてみたいです。ポケモンにとって、技とはなんなのでしょうかね?」

 

「……えぇと、」

 

「ハイハーイ! ポケモンの攻撃手段だね!」

 

 

 考え込むミカンちゃんの後ろで、元気な袖なし改造制服の男 ―― リョウが手を挙げ、答えていた。黄緑色のアホ毛も、頭頂部で元気良く揺れている。自律稼動ではないのが残念だ。

 その隣。『その他』もう1人の男子であるヒョウタは、リョウとは対照的。眼鏡属性に違わず、生真面目にノートを取っている。……今までの内容のどこをメモっているのであろうか。まだ大した話はしていないと思う。

 ルリは、リョウの答えにうんうんと頷いて。

 

 

「リョウ君の言う通りです。―― さてさて。では、もうちょっと面倒な質問をいたしまして。『たいあたり』と命じてぶつかるのと、同体格同速度で……ただしポケモンが『意図せずぶつかる』の。この2つが同一箇所に命中した場合、どちらが相手ポケモンにとってダメージが大きいのでしょうか? 判ります?」

 

 

 今度はリョウも手は挙げず、皆が一斉に考え込んだ。……うーん? どうなんだろう。試す……というか、試そうと思ったことも無い。

 この反応を見て、

 

 

「うんうん、意図した反応をありがと。ちょっと意地悪な質問だったです。……答えは『たいあたり』を指示した方が大きなダメージを与えられる、なんですよね。これが」

 

「……む。ルリ、それの意味する所を御教授願いたいのだが」

 

「そうだね。ぼくも、ゴウ君と同じ。どういう事?」

 

 

 ゴウと、ノートから顔を上げたヒョウタが質問を返す。この2人は、真面目という部分で気が合いそうだよなぁ。

 

 

「そですね。これはあくまで数値計測からはじき出された結果らしいので、詳しい機序は不明なんですが、どうもポケモンの『技を出すという意志』や『ポケモンを対象とするか否か』なんて部分が関係するみたいなんです。―― もうちょっと判り易い様に例を挙げましょう。皆さんは『秘伝技』をご存知で?」

 

「ああ、勿論さ。その辺はスクールでもやったからねえ。『秘伝技』は、ポケモン以外を対象とした場合や移動手段とする場合に使用すると『普通の技よりも効率が上がる』技で、習得すると忘れない。一般的な技マシンとも違って、認められたトレーナーしか使ってはいけない。違うかい?」

 

「今のヒトミの説明に付け足すなら、秘伝マシンは生産数が少なく手に入れ辛い。それと一般的な勝負においては、認められなくても使う事が出来る」

 

「おお、皆さん優秀ですね。ええ。ノゾミさんの付け足し含めて、重大な間違いはなさそうです。そんなら、秘伝技自体の説明は省かせていただきまして。ここで引用したいのは、ヒトミさんの言葉にあった『普通の技よりも効率が上がる』という部分なのです。では、資料を開いて下さい。そこに秘伝技それぞれの特徴と、件の『効率』についてを記載しました」

 

 

 ページをめくり、ルリの読み上げと共に目を通してゆく。

 

 

『いあいぎり』

 草むらや断ち切る事の出来る障害物を切ることが出来る。計算上、非ポケモンを対象とした場合ならば『きりさく』よりも断然切断効率が良い。疲労が溜まり難い。

 ただし、人の家の生垣や樹木を斬るならば、ばれないように斬るべし。自己責任で。

 

『そらをとぶ』

 通常飛行では不可能なポッポなどの小さなポケモンでも、人を乗せて(というか掴んで)空を飛ぶ事が出来る様になる。普段から人を乗せて飛ぶ事が可能な体格のポケモンでも疲労が溜まり辛くなるため、高空・高速・長距離の飛行が可能になる。

 ※尚、ポケモンに乗っての飛行はバッジが無いと制限というか処罰される可能性が高い為、さっさとクチバジムでオレンジバッジを取得し、講習を受け、ライセンスを取得する事をオススメしたい。

 

『なみのり』

 基本的には『そらをとぶ』と同様。潜る際には適用されない。潜る際には以下『ダイビング』を参照されたし。

 尚、ポケモンに乗って遊泳すること自体は禁止されていないが、ライセンスがあった方が色々と以下略。

 

『かいりき』

 非ポケモンを対象とした場合、動かす為の要求筋力値を明らかに下回っているようなポケモンでも、これを移動させる事が出来る様になる。筋力値の増加と効率化であるため、非ポケモン対象であれば色々と適用される。勿論限界値はあるが。

 ※尚、同理由からカビゴンを『かいりき』で動かすのは諦める事。戦闘になるし。

 

『たきのぼり』

 ここまで読んだら大体判るだろうが、滝を登る際の効率アップ。人間を乗せようが体格関係なし。ただし濡れる。あと、ポケモンの体格が無いと滝が割れず、トレーナーは痛いので要注意。というか外であれば飛んだほうが早い。洞窟内などで活用すべし。

 その特性上、『なみのり』が無ければ効率が落ちる。陸上で使用した場合、水タイプを帯びるがその実は体当たりである(威力は違うが)。

 

『きりばらい』

 風を起こしながら飛び回り、霧を払う。範囲が広大になり効率も良くなるが、範囲効率を考えなければ『かぜおこし』や『ふきとばし』でも十分。どちらにせよ極めでもしない限り、霧は時間経過で補充されます。

 そのせいあってか、一部地域でのみ秘伝技指定されている。我がカントー地方では秘伝どころか技マシンすらないので注意されたし。

 

『ダイビング』

 潜る際の効率化。人間は濡れるし、酸素携帯が必要。使用した場合ポケモンにのみ水圧無視が加わる(検証中)。人間は水圧を度外視した深さまで潜るのは無理なので、その場合は素直に潜水艦を頼ろう(度外視、というだけで実は水圧軽減効果はあるらしい)。使用の折は潜水病に注意されたし。

 近場に水が無い場合は使えない。陸上では素直に穴を掘る。

 尚、技マシンは無い。

 

『うずしお』

 これは普通に泳いだのでは無理である。効率化云々というより、水を『この様に』操る技。戦闘使用の場合は水が無くとも出現させた(吐き出した)水である程度は事足りる。

 尚フィールド使用の場合は、無理して消滅させずとも、マンタインなどがいれば飛び越えても良し。外であれば空を飛んでしまえば良い。洞窟内であれば飛び回るのが難しい為、頼るべし。

 尚、技マシンは無い。

 

『いわくだき』

 非ポケモンの硬質の岩や遮蔽物を砕く際の効率化。効率は良くなるため低レベル帯ではお世話になるが、高レベルであれば一般的な技でも十分に壊れる為、効果は限定的か。

 そのせいあってか、一部の地域でのみ以下略。

 ただし技マシンはある。岩砕き大勝利。

 

 

 少し休憩しよう。聞いたことも無い技も多いのだが……ふう。それよりもなんだろうこの文章は。突っ込みを入れたい。それに、どこかで見覚えがある気がするんだよなぁ。ノリがさ。

 ここで辺りへ視線を巡らす。皆も何かを言いたげな、苦々しくも見えなくは無い顔で資料を読んでいる。仕方が無い。どうやら、まだ続いているみたいだし。オレも視線を落とし、ページをめくる事にする。次のページには、秘伝技以外の例外について書かれていた。

 『フラッシュ』、『あなをほる』、『あまいかおり』。

 例外の代表として(とりあえず、と書いてある)挙げられたこの3つも、……文章の言い回しを借りるのであれば「非ポケモン」を対象とした場合に効率化されるらしかった。ここで、視線を上げる。

 

 

「―― という訳なんです。まぁ、『あまいかおり』は特定のポケモンに……という技ではありませんし、『タマゴうみ』なんかの例外もあるのですが……さて、ではなにが言いたいのかというとですね。つまり『たいあたり』という技は、ただ『身体をぶつける』よりも、『身体をぶつける行為を効率化している』って結論に持って行きたい訳なのですよ」

 

 

 成る程、そう持ってくるのか。

 『なみのり』がただ泳ぐだけでなく、泳ぐという行為を効率化している様に。『たいあたり』は身体をぶつける行為を、『かぜおこし』は風を起こす行為を……ダメージ増加の意味を重視して、効率化していると。『技』ってのはそういうものなのだと、ルリは言いたいらしい。

 

 

「それは、ルリ。貴女が?」

 

「んー? あ、いいえ。この研究なり着眼点は、ショウ君のものでして」

 

「……ああ、成る程。道理で」

 

 

 ルリはノゾミの判り辛い口調をいとも容易く解読してから、答えた。

 ……というか、思わず納得してしまった。この文章、ヤツが書いたのか。きっとアレだ。この間夜中に含み笑いをしながら不気味に書いてた文章が、これだぞ。文章が深夜ノリだしさ。

 

 

「技っていえばさー。ルリのあのサイン指示、だっけー? あれってどうやってるのー?」

 

 

 突然、空気を読まず話題を変えたのはケイスケの一言だ。だがそれはオレも、オレ達も気になる所ではある。

 「サイン指示」とは、ポケモンリーグでルリが使用した純然たる「トレーナー技術」だ。知識ではなく、トレーナー自身が主体となって発揮されるそれは、ポケモンバトルの革命と言って差し支えない。かのポケモンリーグ会長も絶賛していたしな。ルリがチャンピオンになった原動力ともいえる。

 今ではその利点からか、リーグに参加するトレーナーにはルリと似たような……もしくは同種の技術を使用するトレーナーも増えてきた。が、ルリにはあの「6匹同時指示」もあるのだし、そもそもの熟練度も段違いに感じてしまう。オリジナルは偉大だということなのだろう。

 自然と、ルリに視線が集まった。ルリはふむぅ、などと唸りつつ、顎に手を沿えて。

 

 

「―― まぁいいでしょう。その内に実践の機会を作って、お教えさせていただきます。理論は簡単なのです。えーと、あたしからショウ君に講義をしてくれるよう頼んでおきますね」

 

 

 それはありがた……ん? なぜここで、ショウの話になるのか。

 

 

「……。あ、あのう……そ、その……。……それも……ショウ、君、が……?」

 

「ええ。そでs」

 

「ハイハイ、ハイ! 虫ポケモンでも出来ますかっ!?」

 

 

 前髪少女(ミカンちゃん)が頑張って話し出すのを、皆が固唾を呑んで見守っていたのだが……リョウのヤツめ。ヤツのマイペースぶりは、ケイスケといい勝負だろう。そんなリョウの質問を受けて、ルリは若干以上に呆れの篭った視線でもって返答する。

 

 

「……まぁ、ええ。ミカンちゃんの疑問にはイエス、と答えます。あたしの戦法、その大元はショウ君が使用していました。あたしはただ、それを真似したというか、教わったというか……代わりに実践したというか。そんな感じなのですよ。んで、リョウ君の質問ですが……虫ポケモンとか関係なく出来るんじゃあないですか? 出来るか否かはリョウ君次第ですが、貴方であれば問題ないでしょう。メンタル的にも天才ですし」

 

 

 リョウへの天才発言はさて置き。……何と言うか、流石はショウというべきか。元チャンピオン様にまで影響を与えているとは。オリジナルは偉大……あいつが偉大なのかは判断つかないが、兎に角、研究者というのは恐ろしいものであるというのは実感できたか。

 

 

「で。ここでついでの解説を加えておきますと、さっきの秘伝技の『非ポケモンを対象とした効率化』というのは、その他『通常技の効率化』より、とってもとっても効率が良いんですね。殆ど疲れがたまらない ―― ポケモンが行う日常動作と同程度までとかいうトンデモ倍率なんですよ。ポケモンが疲弊しきり、『ひんし』状態……戦闘用の体力が無い状態にあってすら問題なく使えるほどにです。とはいえ、多少は精彩を欠きますが……これが『秘伝』という特別視の由来な訳なのでした」

 

「うっひゃー、そらスゲェな!」

 

「へぇ……これなら、秘伝マシンも少なくなる訳よね」

 

「あっはは。まぁ、秘伝マシンが作り辛いというのも大きな理由なのですけどね? ブランド、というものは数が多すぎると希少性が薄れますから。意図して作っていないってな理由もあるでしょう」

 

 

 元も子もない事をいうなぁ、ルリは。あっけらかんとし過ぎじゃあないのか。……いや、テレビを見る限り元からこの性格だったか、そういえば。今の『暫定チャンピオン』ワタルさんとのデート企画とか、大分アレだったしなぁ。やさぐれていると称しても過言では無いだろう。

 

 

 《ピリリリリーッ!》

 

 

 ここまで語った所で、黒板の端に張られたタイマーがやかましい音をたて始めていた。ルリはそれをリモコンで止めつつ。

 

 

「さて。話題もそれましたし、タイトル的には一区切りです。あたしも向こうの計測班を見に行かなけりゃあいけませんですし……ここいらで10分ほど、自己学習含めた休憩にして貰っても良いでしょうか?」

 

「休憩、だいかんげーい」

 

「PCに打ち纏める時間も欲しいからね。アタシは構わないけど」

 

「……いい、です。あたしも、ちょっと、考えたい……です」

 

「あっ、ボクはトイレを捜して来ようかな!」

 

「皆さん了解ですか? ……ども、ありがとうございます」

 

 

 ルリの問い掛けに、皆が頷いていた。オレとしても異論は無い。

 ……っぷはぁ。

 休憩の提案と共に息を吐き、庭園に配置された長机(実は親睦会の時にもここから借りた)に突っ伏す。頭は、痛くは無いが……少しだけ重たい。文章の質量がやばかったからな。秘伝技。

 

 

「と、と。そういえばそういえば」

 

 

 黒板を片付けたルリが動きを止める。自らの執務机からファイルを1つ手に取ると、ああ、と思い出したような声をあげた。

 

 

「資料の最後にポケモンの技の内、効果が判明しているもの達をだらららーっと載せてみてます。暇だったら、それを眺めていてくださればと。―― 皆様にお茶をお願いしても良いですかね、コクラン君?」

 

「ああ。次の茶菓子用にいくつか実を貰ってもいいのなら、受け付けるよ」

 

「勿論構わないです。リストの提出をお願いしますね。……ではでは、暫し御歓談をー」

 

 

 手を適当に振りながら、ルリは木の実区画の奥へと早足で消えていった。

 






 ……さて、ついに来てしまいました。判り辛い説明回が。考えるのは好きなのですが、それを文章にするとなると……うぅん。
 この回が主に時間を食っております次第。これさえなければ、もっと早く進められるのに、と。自らの力の無さを悔やんでいたりなんだり。
 残念ながら、次の話も判り辛さが満載です。更に面倒なことに、今回の話しの内容を踏まえたうえで、の話になります。畜生め(ぉぃ
 どうぞ、突っ込んでやってくだされば。私が幸せなのです。

>>ルリとワタルさんとのデート企画番組
 The 黒歴史。
 地味ーに、ルリがリーグの一線を引退したことによる空位カントーチャンピオンの座についての説明が成され様としております。はい、伏線です。これはその内、ルリやらショウやらから説明させる心積もりなのです。

>>ミカンちゃん
 露骨で大喰らいであざとい。だがそれが良い。……シャキーン!!
 ついに原作人気キャラの御登場です。エリカ様で彼女を弄る時がやっと来たのかと思うと、今から楽しみでなりません(ぇぇ

 以下、人物紹介です。まだ原作主要キャラしか出ていませんので、軽い紹介のみである点、ご容赦を。


●ヒョウタ
 DPPt(ダイヤモンド・パール・プラチナ)にてクロガネシティのジムリーダーを勤める少年。眼鏡と、炭坑夫というよりは探検隊っぽい装備が特徴。専門タイプは岩タイプ。原作一人称は『ボク』。
 同作品内、ミオシティで鋼タイプのジムリーダーをしていたトウガンの息子。(本拙作ではトウガンさん出演済み。シンオウ編をご覧いただければ)
 本拙作独自の設定としては、トウガン絡みでショウと知り合い、遥かシンオウから単身で引越してきている。慣れない寮での初1人暮らしには四苦八苦している模様。作中の手持ちポケモンはヨーギラスとイシツブテ。ショウ(の班員)から譲り受けたズガイドス(化石復活)。

●リョウ
 DPPt(ダイヤモンド・パール・プラチナ)にて四天王の先方を務めていた少年。アホ毛。飛び上がったり、飛び上がらなかったり。原作一人称は『ボク』。被っているため、ヒョウタの方を『ぼく』で統一して記載したい(願望)。
 原作では、私見だが、ミオ図書館イベントのあるゴヨウ、デンジとタッグのオーバ、キクコの面影のあるキクノ……といった、他の四天王の面々に圧され気味。だがそこが良い。言い回しといい、虫の専任タイプといい、個性はあると思われる。
 本拙作独自の設定としては、虫ポケモンをより学ぶ為にポケモン学の最先端、カントーまでやって来ている。エリトレ専攻もその一端。ショウとは図書館仲間である。……つまりは「本の虫」である、と(すいませんです、はい)。作中手持ちはヤンヤンマ、ストライク、ヘラクロス。進化前でも大分強いメンバーだが、リョウ自身はまだバトルにあまり興味が無い模様。

●ミカン
 今はまだ、前髪少女という設定で。
 彼女については、その内にショウが語ってくれるでしょう。ので、割愛させて頂きます。

●カトレア
 未来の四天王、兼、エスパーお嬢様。本拙作中で何度か紹介されているので、同じく割愛。
 宣言通り、ショウやミィと共にエリートトレーナーコースへ進学しています。コクラン付きで。

●コクラン
 執事のため基本的事項は割愛。まだキャッスルバトラーではなく、また、学生でもありません。
 男子学生共の猥談(というには可愛らしいが)にも柔軟に対応して見せるほどの話術を持ち合わせる多芸さは、まさに執事の鑑。
 更に、因みに、件の学生達は11才である事をお忘れなく。


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1995/春 ルリ(ちゃん)講座・春 下

 

 

 Θ―― 国立図書館/『植物庭園』

 

 

 

「えぇと、シュン君……だったよね。キミは緑茶で良かったかな?」

 

「はい。どうも、ありがとうございます」

 

 

 ルリにお茶係を頼まれたこの執事は、どうやらコクランというらしい。先日の第一回……顔合わせ自己紹介の時には居なかったよなぁ、この人。聞いた限りではカトレアお嬢様の執事らしいんだけど。

 コクランは執事という職業の通り、手馴れた様子で菓子とお茶を運んできた。授業中に奥のキッチンスペースを使用して用意していたらしい。

 菓子が運ばれると、リョウだけが休憩早々にトイレを探して旅立ったが、他の皆は談笑を始めていた。……あと、トイレの所在は是非とも教えてもらいたい。わざわざ下の階まで降りなくて済むのは非常に大きいのだ。

 

 

「ねぇ、ミカンはどこ出身なんだい?」

 

「あ、あの……え、と、ジョ、ジョジョ、ジョウトのあひゃぎっ……アサギシティ、ですっ」

 

「へぇ! そうなんだ! となれば、ノゾミやナツホと一緒の地方なんだね」

 

「そ、そうなんです、か。ノゾミさんと、ナツホさんも……?」

 

「うん。あたしも同じくジョウト出身。あたしとゴウはチョウジタウン生まれ。……ミカンは、チョウジタウンは、知ってる?」

 

「……は、はい。シロガネ山の、麓にある……。……ヒトミさん、は?」

 

「残念ながらアタシは転勤族で、ホウエンのカナズミって街の出身なんだよ。……なんだけど、去年は親に無理言ってキキョウシティのスクールに留まらせて貰ったからねえ。今年も絶賛ワガママ放題って訳さ」

 

「……そ、そぉですか。え、と。皆さん、キキョウスクール出身なんです……よね?」

 

「うん、そーそ。わたしとシュンとユウキがキキョウシティ出身。それで、あそこでだれてるケイスケがフスベ出身よ。ジョウトじゃあトレーナースクールはキキョウとコガネシティにしかないからね。ミカンはコガネシティのスクールで資格を取ったのね?」

 

「そそ、そう、です。……あ、カトレアさん、お帰りなさい」

 

「ええ。……コクラン、下がっていいです。ありがとうございました」

 

「畏まりました」

 

 

 菓子配りを手伝っていたカトレアお嬢様がその輪に加わった。執事の手伝いをする主ってのもどうかとは思うが、これで女子達の会話は益々ヒートアップすることだろう。

 オレもそこで、自身の机に置かれた焼き菓子を手に取りつつ、お茶をすすってみる。んー、甘すぎないのは嬉しい配慮か。

 ……さて、と。

 

 

「シュンは足袋派だと。ゴウはどう思うよ、オイ」

 

「む。……エリカ先生の魅力といえばやはり、気品ではないのか?」

 

「ゴウ君の意見ももっともだ。けどね。気品は目に見えないものだからね。ぼくとしてはやはり、着物だからこその(うなじ)をっ……!」

 

「カチューシャー、ふくらはぎー、黒髪ー、二の腕ー」

 

 

 ……なんでこんな話ばかりになるのだろう、男共ってやつは。しかも外見真面目そうな眼鏡少年、ヒョウタまで巻き込んでだ。いや、気持ちは判るけれども!

 全く。女子の「人見知りしそうなミカンちゃんに気を使った」のであろう、安心できる会話と話題を見習ってもらいたい。

 

 

「諦めるんだ。これは世の常なのさ」

 

「コクランさん……」

 

 

 カトレアお嬢様から離れ、男区画に歩いてきたコクランさんにぽんと肩を叩かれた。どうやら慰め……もとい、諦めを促しているらしい。

 ……はぁ。まぁ、いいか。自習は諦めよう。こっちのが楽しそうではあるし。

 オレはコクランさんと共に腰を下ろし、折角の休み時間を男共のくだらない話に混じって楽しむことにしたのだった。

 因みに、コクランさんは唇派だそうで。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 そのまま話を続ける事、ぴたりと30分。ルリはファイルを厚くして、オレ達の居る講義の広間へと戻って来ていた。談笑していたオレ達も机へと戻り、思考を再びの講義モードへ切り替えている。

 目の前では、ルリがレーザーポインタを手に取った。

 

 

「では、講義再開ついでに本題に戻りまして。ポケモンにとっての技、その特殊性については御理解いただけたかと思います。では次に、技の注意点について勉強しましょう。資料は9ページです。はい、開きました?」

 

 

 指定されたページまで紙を捲る。すると表題は変わり、「技の習得と疲労について」というタイトルが掲げられていて。

 ルリは黒板から文字を消し去ると、そこへ「レベル習得技」と「技マシン技」、そして「教え技」という項目を書き込み、順に指差しながらの説明を開始する(レーザーポインタは使わずに)。

 

 

「レベル習得技、というのはポケモンの成長に則して覚えることが出来る技。これは種族毎に決まっていると断言してしまって良いでしょう。ですがまぁ、このスクールに居る内で覚えられるのはたかが知れていますんで、これについてはその内に」

 

「なによまどろっこしいわね。さっさt」

 

「おーし、頼んだぜヒトミ!」

 

「はいはい。ナツホの頬よー、伸びろー!」

 

「いひゃいっ!?」

 

「―― ん。まどろっこしいのは自覚ありますんで全く構わんですが……ともかく。『技マシン技』と『教え技』についての解説を致しましょう」

 

 

『技マシン技』

 技マシンで覚えられる技。ポケモン種族別に決まっている。技マシンによる習得だけでなく、覚えられる場合は他のポケモンが使用しているのを見ながら、または受けながら練習する事でも習得する事が出来る。

 基本的にはレベル習得技よりも疲労度が高く(・・・・・・)習熟し難い(・・・・・)経時劣化(・・・・)する可能性がある。

 

『教え技』

 レベル習得技および技マシンのナンバリングに無い技の内、人またはポケモン伝いに習得できる技。ポケモン種族別に決まっている。習得方法は、上記「他のポケモンを見ながら~」と同様。

 基本的には、疲労度も経時劣化も習熟し難さも、「技マシン技」を上回る。

 

 

「と、ここまで説明しておきまして。どうやって覚えるのか、どうやって教えれば効率が良いのかといった事は資料に載せましたんで、後ほどにご覧下さればと。さてさて、優先してお教えしたいのは……ここです、ここ。『疲労度』についてです。資料は2ページほど飛びますよ」

 

 

 今度もルリの声に従い、ページを捲っていたの……だが。

 

 

「……申し訳ありません。質問をしても宜しいでしょうか?」 

 

「はい。なんでしょうか、カトレアさん」

 

 

 淡い色のワンピースと、それに準じた高貴な藍色でコーディネートされたつば広の帽子。毛量多めのエスパー少女、カトレアさんだ。聞いた所によるとどうやら、やんごとなきお家のお嬢様らしい。だからこそ、脳内ではカトレアお嬢様と呼んでいるので。

 ゆらりと手を挙げて質問許可を得たカトレアお嬢様は、一瞬考え込む様な……それとも素なのか……奇妙な間の後、黒板をピシリと指差した。

 

 

「…………疲労度。先程の秘伝技の際に、僅かに話題に挙がっていました。会話の流れを考えれば、疲労度というのは技の硬直以外の『技を使用した反動』であり、ポケモンの通常動作よりも重い『疲労』であると捉えて良いのだと思います。それは、アタクシにも心当たりがありますので」

 

「おお、話が早いですね」

 

「ウフフ……褒めて下さるのは、嬉しいですが……ええ。このスクールにおいて、『教え技』と『技マシン技』が有効だと言いたいのでしょ? アナタは。なら、その『欠点』……『経時劣化』と『習熟し難さ』と『疲労度』を埋める方法も、ここで教えてしまえば良いのではないでしょうか?」

 

「む、そりゃまた欲張りな。……うーむむ……基本的には、習熟度を上げる事が対策になりえます。結局は練習あるのみ、なので……あー、スイマセンです。これはまたその内に個人的にお教えさせていただきまして。とりあえず、あたしとカトレアさんの会話の説明をばいたしましょう」

 

 

 それは助かる。実際、今の会話の流れには殆ど全員が置いてかれていた。勿論オレも。開いたままだった口を意識的に閉じると、代表してユウキが。

 

 

「……んあ、そりゃ助かるがよ。つまり、どういうことなんだってば?」

 

「はい。では、では ――」

 

 

『経時劣化』

 全ての技に存在する「忘れ易さ」。「技マシン技」や「教え技」は「レベル習得技」よりも忘れ易い。

 また「技マシン技」や「教え技」はポケモン種と個体差による記憶容量限界がある。「使用頻度の少ない技」もしくは「ポケモン個体の性格や嗜好に合わない技」は経時劣化で忘れる優先度が高く、疲れ易く、慣れ難く、回復し辛い。レベル習得技を習得する際などにも、忘れる優先度が高くなる。

 とはいえ、使いこなしてしまえば忘れる事は無い。勿論、嗜好に合えばレベル習得技などよりも得意になる場合も存在する。

 

『習熟し難さ』

 言葉そのまま、ポケモンがその技を使いこなせるか否か。慣れ・馴染み易さ。

 ポケモントレーナーがついて指導できれば、十分な練習を積むことで(技種による程度はあるが)習得可能な殆どの技は習得できる。野生ポケモンの実例を考えるに、トレーナーがいたほうが断然、習熟効率が良い。

 尚、習熟する事による利点は「命中率(技個別ではなくポケモンによる技誘導能力)の上昇」、「技使用回数の上昇・疲労度の減少」、「ダメージ触れ幅の高値安定」、「有効範囲の拡大」等々。

 

『疲労度』

 『技』の使用・移動。もしくは特定の技を受ける事によってポケモンの「自分を動かす体力」を減少させる、技毎の割合。

 ポケモンの使用技の総回数を決める「総体力」と、技固有の「器官」体力が存在する。「器官」体力の限界値は、技固有と使用者の技量で決まる。

 尚、「HP」=「総体力」……ではない(関係ない訳ではないが)。便宜上、相手ポケモンのダメージによって「HP」が枯渇し、戦闘の続行が不可能な状態を「ひんし」と呼称している。

(以後、器官の体力限界を(パワー)(ポイント)と略称する)

 尚、総体力がなくなっても「HP」に余裕がある場合、ポケモンは「わるあがき」を行う。「わるあがき」の内容はポケモン種によって違うが、物理直接攻撃である点が共通している。

 

 

「―― ですね。はい。どうも文章ってのは分かり辛いですし、この文はかなり寄り道をしてますんで、あたしが砕いた説明をすると……」

 

 

 ここまで読み進めた頃合で、ルリは黒板に新たな文字を書き込んでいく。

 

 

「レベル習得以外の技は、覚え辛いし使い辛い。まぁ、元々『自力で覚える技のが使い易い』って言えば判りますかね。比較すると、『強制的に覚えさせられる』方が使い辛いっていう理屈です。因みに練習で鍛える事は十二分に可能ですので、その差を埋める事も出来ますが。

 ……で、技を使うとポケモンは疲れます。一定以上疲れると、技を出せなくなってしまいます。当然ですね。この疲れに関する『体力』の考え方としては、『技固有の使用限度回数』と『全部で技を何度使えるか』、っていう体力の分け方があります。

 技固有の平均的な体力は、例えば『たいあたり』で言えば25回ほど(・・・・・)消費すると疲れて来るらしいです。無理をして(・・・・・)、35回程度ですね。この場合、PPは35と考えます」

 

 

 へーぇ。技を使うと疲れてくるのはスクールで習うから知ってたけど、具体的な数値はそんなだったのか。……35回も『たいあたり』を使う状況には陥りたくないけどなぁ。複数もしくは単体相手にそんな長時間戦ってるって事だし。

 

 

「……それじゃあー、技による『総体力』の減少っていうのがー、『全部で技を何回使えるか』ってことー?」

 

「やー。現実味の無い数値ですが ――ええと。例を挙げたいのです。まずは」

 

 

 ルリがチョークを持ち、黒板に書き並べた技名を指す。

 

▼使用済み

『たいあたり』 PP:35

『なきごえ』 PP:40

 

▼他の習得技

『みずでっぽう』 PP:25

『かみつく』 PP:25

『だいもんじ』 PP:5

『ハイドロポンプ』 PP:5

 

 

「隣に書いてあるのが平均的なPP値です。さて。とあるポケモンがこれら6つの技を覚えているとしまして、全て習熟度が高いと仮定します。『たいあたり』と『なきごえ』を限界値まで使いきったとして、この場合、勿論ポケモンは疲れていますね。『たいあたり』と『なきごえ』は『器官』を酷使しましたので、もう使えません。―― こんな状況において、『総体力が切れるまでに使える技の組み合わせ』パターン例は、こんな感じですかね」

 

 

『みずでっぽう』25回

『かみつく』  25回

 

『みずでっぽう』25回

『だいもんじ』  5回

 

『みずでっぽう』20回

『かみつく』  25回

『だいもんじ』  1回

 

『みずでっぽう』18回

『かみつく』  20回

『だいもんじ』  1回

『ハイドロポンプ』1回

 

 

「つまり、習熟度の高い技4つ分のPP限界の総計(いこーる)『総体力』であると考えてよいでしょう。だからこそ、先に言った『全部で技を何回使えるか』となる理屈で。……えーと……計算上、というのがミソです。今回は計算しやすいような技を選んだのですが、判りますか?」

 

「へぇ。『みずでっぽう』と『かみつく』5回分は、大体『だいもんじ』と『ハイドロポンプ』1回分の総体力の減りに相当するってことかい?」

 

「そです。『技別で1回分の総体力の減りに違いがある』ってヤツですね。大技ほど技固有の体力も総体力も消費するので、PPは低くなる傾向にあります。つまり総体力で考えれば、

 

『だいもんじ』5回=『みずでっぽう』25回

『ハイドロポンプ』5回=『かみつく』25回

 

 ……ということですね。まぁおおよその計算ですし、実際に総体力がそこまで減っている状態で『だいもんじ』やら『ハイドロポンプ』なんて大技が通常通りに出せるのかは、だいぶ微妙なのです。逆に言えば、最初であれば『だいもんじ』程の大技でも連発しようが余裕を持てる、という事でしょうがね? でもま、総体力が減るとPPの限界値も低まるのが通説です」

 

「……ねぇシュン、これ、結局何が言いたいのよ?」

 

「ん。多分……習熟するのが大切だってさ。習熟してなきゃそもそも、『みずでっぽう』が20回しか使えないってこともありうるだろうし。それに、ポケモントレーナーはこんな感じで疲労と戦局を踏まえて指示を出す必要がある。そういうことだろう?」

 

「はい! ええ、ええ。あたしが言いたいことは今、シュン君が殆ど言ってくれました。一般トレーナーなら兎も角、上位のエリートなトレーナーであればPP計算は必須といって良いですよ。指示を出す以上、ポケモンの疲労度はトレーナーの組み立て次第なのですから!」

 

 

 ルリが会心の笑みを浮かべ、手を叩いた。……ふぅ。なんとかお気に召す答えを返すことが出来たようだ。

 ……っと? 安心した所で周りを見ると、ゴウの隣に居たノゾミが手を挙げていた。何か聞きたいことでもあるのだろうか。

 

 

「はいはい。どうぞ」

 

「ルリ。さっきの計算なのだけど。『みずでっぽう』と『ハイドロポンプ』の組み合わせが避けられているのは、何か特別だから?」

 

「む。確かにな。先程の例だが……④の場合に『みずでっぽう』がきり良く減らされていないのが、僕としても気になる所だ」

 

「お、だね。アタシもそれは気になってたところさ。……ルリ?」

 

 

 ヒトミが最後にPCのキーボードを打つ指を止めて、尋ねた。

 でもそうだ。④の場合だけ、『みずでっぽう』のPPが18にされている。ルリの事だし、何かしらの意図があるんだろうけど……。

 ルリは若干渋い表情を浮べた後、

 

 

「んー……皆さんの質問に返答するためには、面倒な要素が加わってしまいます。その面倒な細かい事象を一旦無視して、通常計算をすると……『ハイドロポンプ』の平均限界PPは5、『みずでっぽう』の平均限界PPは25です。『ハイドロポンプ』1回と『みずでっぽう』1回では、『ハイドロポンプ』のが5倍疲れるという計算になりますね」

 

 

 うん。そこまではさっきも聞いて、何とか理解した。

 

 

「では、件の『面倒な部分』はというと。……同属性攻撃の場合、属性別の器官規格容量ってのが関与するんですよねー。実に面倒です。具体的にはPPの削られ方がほんのり早くなるのですが、どちらにせよPP限界前後までは使えるでしょう。そこまで気にするほどでもありません、という事なのですよ」

 

「……ぼくとしては、砕いて説明して欲しいなぁ」

 

「ヒョウタ君の御要望にお答えしましょう。……まぁつまるところ、水技ばっか使ってると『器官』なんて仮称されてるトコが疲れるんで、水技の水量が減っていくんです。炎ばっか使ってると炎は弱火に。超能力ばっか使っているなれば、頭痛が痛く。最後のはカトレアさん、貴方ならば判るのではないですかね?」

 

「ウフフ、頭痛が痛く……コホン。ですが、そうですね。アタクシも暴走した後やテレパス指示を多様した後は、頭痛が起こりますので……」

 

 

 ほう。お嬢様の笑いのツボはよく判らないが、つまり同タイプの技を使い続けるとポケモンの「器官」が疲れやすいという事か。だからPPも減りやすいと。こんな解釈であってる?

 

 

「はい、合ってます。PP容量と『器官』の疲労度も考えて……ってのは、実際の所難しいのですよ。当然、炎ポケモンはノーマルのポケモンよりも炎器官の容量が多いですし……でも、ノーマルのポケモンでも練習を重ねれば『だいもんじ』を5回くらいなら問題なく放てますし、そもそもノーマルタイプの『器官』ってなんだよ、ってな話ですし」

 

「あ、そりゃあ確かに。戦略に組み入れるとなると難しい、ってトコか」

 

「だろうね。……けど、」

 

「ん! ポケモン達に指示を出すボクらが、とっても重要って事だね!」

 

 

 何故か最後を引き継いだリョウが、アイドル的スマイルで腕を広げて言い放つ。ルリは入れたいであろう突っ込みを全て飲み込み、肯定。

 

 

「はい。だからこそ、あたしはこの『疲労度』についてお教えしたかったのです。先のシュン君の言葉にある様に。例えば、ポケモンバトルだけなら野生ポケモンでも出来ますね? むしろ自分で考えて動く分、下手なトレーナー付きポケモンなんかよりも早く動く事ができます」

 

 

 言われてみれば、確かにその通りではある。だが、ルリがここでそんな話題を出したという事は……続くは、逆説。

 

 

「ですが、野生ポケモンは指示こそいらないものの、俯瞰した物の考え方が出来ない傾向にあります。―― 相手が近くにいれば近接攻撃を。相手が遠くにいれば間接攻撃、または補助技。さらに『相手に有効な』というよりは、『自分が得意な』技を優先してしまいます。他にも焦った時やら『こんらん』状態の時やら……ポケモン自身では制御できない部分も多々ありますでしょう。これも仕様が無いですね、なにせ当事者なのですし。……えと、つまりです。こうして考えてみると、ポケモンバトルという状況において、トレーナーが居た方が状況は遥かに安定するので」

 

「……成る程。僕達はそこを努力するべきだ、と言いたいのか」

 

「はい。ポケモンの疲労度と技の有効性、技の選択。レベル的な育成に技の習熟、レベル技以外の習得。……これら全てをポケモン自身に管理させるのは、実際、厳しすぎる無理難題なのですよ。そんな点をこそトレーナーが管理してあげる事で、ポケモン達は十分なパフォーマンスを発揮できます。……ええ。だからこそ、あたし達トレーナーはポケモンのパートナーで居るのですから」

 

 

 微妙にしんみりとした締め括りで、ルリはレーザーポインタを置いた。

 机の横を探り切っていたスイッチを入れると空調が動いて、木々がざわめきを取り戻す。屋上庭園元々の光景が訪れていた。

 

 

「では、今日の講義はここまでです。机はあたしらが片付けておきますんで……もう日も沈みますし、皆さんは解散してくださいね。……さてさて、それでは。皆さんに相棒方をお返ししましょうか」

 

 

 ルリが何やら通信機器を立ち上げると、木の実の飼育スペースの奥から、大量のポケモン達が駆けて来ていた。先頭は、リョウのヤンヤンマだ。

 

 

「ブィーン」

 

「あっは! ヤンヤンマ、キミはいつ見てもキレイでカッコいいね!」

 

 

 出迎えようと掲げたリョウの右腕に、ヤンヤンマがとまる。ぱたぱたと羽を動かすその様は、恐らく喜んでいるに違いない。ま、リョウにあんだけ好かれてるからなぁ。ヤンヤンマが懐くのも早かったのだろう。

 

 

「おかえり、ワンタ! ホッシー! ドラこ!」

「ワゥンッ!!」「ヘァッ」「キュウンッ」

 

「む。頑張ってきたか、お前等?」

「ムー、ムー!」「カゲッ」「キュキュィ」

 

「おいで」

「メーェ」「ナゾッ、ナゾッ」

 

「ほらね。あたしの特訓に比べたら、大したことはなかったろう?」

「ヒヒィンッ」「フワラーン」「ジローン」

 

「ぅぉっ、お前等、なんでそんなに土塗れっ!?」

「ブ、イーィ……♪」「クュュ……♪」「ガァ、グゥァ……♪」

 

「かもーん」

「リュゥン」「コッ、コッ」ビチチッ

 

 

 各々が自らのポケモンを出迎える。さて、オレも……

 

 

「グッ、グッ! ……ブククク」「ヘナッ、ヘナッ!」ビシリ

「……」チラッ

 

「お疲れ、ベニ。ミドリ。……お前もこないか、アカネ?」

 

 

 マダツボミ(ミドリ)を腕に巻きつけ足元にはクラブ(ベニ)という、ある程度定着してきたポジション。促されたイーブイ(アカネ)は、そんなオレ達の数歩後を付いて歩いてくるのがいつもの流れ……なのだが。

 

 

「……ブイ」

 

「お。……あんまり脚の前に出るのは危ないな、オレに蹴られるからさ」

 

 

 今日に限ってはオレの足元付近を歩いていた。オレが困惑していると、その様子を見ていたルリが笑う。

 

 

「あははは。そのコ、アカネちゃんと言いましたか? どうやら白衣の皆様に囲まれて、緊張していたらしいんですよ。あ、お話は聞いてます。恐らくは白衣の皆様に飽き飽きしてるんでしょう。心的外傷までには至っていないみたいですんで、その点についてはなによりで」

 

「ああ、それは……えーと……お手数をお掛けしまして」

 

「いえいえ、研究させてもらっているのはあたし達ですからね。研究班は一度私服に着替えてくるという手段をとりましたんで、全く問題はありませんです。……でも。暫くは甘えさせてあげてくださいね、トレーナーさん」

 

 

 オレに向けられた、というよりはオレの脚に隠れたアカネへと向けられたルリの笑顔。

 解説を終えると、ルリは手元の機器を動かした。数度弄ると、植物庭園に灯されていた明かりが順に消えてゆく。足元灯が光り、辺りが暗くなる。……にしても、妙に暗くなったな。オレは原因を探ろうと視線を上に向ける。すると、天球グラスから覗いている空は、深い藍色に変わっていた。もうそんな時間だったのか。

 視線を戻した所でルリが機器から顔を上げ、

 

 

「直通のエレベーターを動かしました。是非ともご利用をば」

 

「ハイ。……今日もありがとうございました、ルリ」

 

「……あ、あのっ、……ありがとう、ございました」

 

「じゃあねーっ!」

 

「少し図書館に寄って、資料を見直そうかな? 岩タイプは弱点が多いからなぁ……」

 

 

 皆が一斉に礼をした。ショウの知り合い組は庭園に据えつけられた直通エレベータのある方向へと歩いている。折角の直通エレベータなのだ。これを逃す手は無い、が。

 

 

「……」

 

「どうしました?」

 

「ルリは帰らないのかなー、と」

 

「ふむん。お誘いは嬉しいですが……まぁ、あたしは片づけがありますからねー」

 

「それは手伝わなくても?」

 

「はい。片付け、という名前のサービス残業ですから」

 

 

 笑顔でそれを言われると、頼んだ張本人であるオレ()は返す手立てがない訳なのだが。

 

 

「んー、それじゃあ……あ、そうですそうです。丁度いいですし、シュン君にこれを伝達してもらいましょう。ほい」

 

「? これは……」

 

 

 ルリから一枚の紙を手渡された。その内容を確認する間もなく、ルリが口を開く。

 

 

「折角の開講ですし、課題など用意してみたのです。丁度、みんなエレベータに乗るみたいですし……中で伝えてもらえればと。良いです?」

 

「宿題。……問題集とかじゃあないよな……?」

 

「大丈夫ですよ。問題を解くだとか回答を丸写ししろだとか、そういった類の課題ではないんで」

 

 

 そう言われてもな。こちとら、課題という単語の響きが苦手な職業 ―― つまりは学生なので。

 にしても……うーん。ルリの「この笑顔」は、どうにも苦手だな。対外用って感じがするし底が読めないし。でもま、こちらは受講している身。自分のためだと思って課題も素直に実行するべきなのだろう。そう考えて、折りたたんだ用紙をポケットへと滑り込ませた。内容は、エレベータに乗ってから確認しますか。

 

 

「―― おーい! さっさと行こうぜ、シュン!」

 

「……待たせてますよ?」

 

「あぁ、分かってる。……それじゃあな。ユウキ、今行くよ!」

 

「お達者でー」

 

 

 ルリから視線を外し、手を振るユウキに、腰に手を当て半身でこちらを見るナツホ。講義内容を振り返っているのであろうゴウとノゾミとヒトミ、猫背でだるだる歩くケイスケ。

 黄昏て行く庭園の中。それら友人の後を追って、オレは少し早足で歩く事にした。

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 Θ―― 国立図書館/『植物庭園』/バトルスペース

 

 

「ハンチョー! 基礎データ採取、終わりましたよーっ!!」

 

「ほいほい。んじゃ次はデータ比較して、数値化な。数値化したらレベル算出して、技効率のに移る。まずはPP出して、命中率とダメージ出して、振れ幅と中央値出して、技効率の算出だ。そこまで終わればひと段落だし、あとは個体別に分けて保存しとけば後日……と。映像データはプライバシーだからコピー不可か。目隠し補正もお願いしないとな」

 

「アタシ達を殺す気ですか、ハンチョーッ!?」

 

「確かにやるべき事だから、少なくとも班長に悪気は無いと思うけど」

 

「というかそれ、ハンチョウも参加するんですからね?」

 

「分かってるって。それに今回は、前よりも人員増えただろ。俺の私的研究だとはいえそこそこの都合は付く筈だ」

 

 

 シュン達の手持ちの核となるデータを採り終えた本日。我が班員は個人の研究もあるだろうに、こうして俺の研究を手伝ってくれているのだ。いやはやありがたい。まぁ、流石に払うべきものは払ってるけどな。研究費とか。

 さて置き。

 こうして俺がシュン達のポケモンのデータを採っているのは、以前に言っていた研究の為だったりする。その目的は、大まかに言えば4つある。

 

 まずは単純に、データの蓄積。

 俺が以前に計画していた通り、今の時代ではポケモンセンターにレベル測定器が設置され、センターを使用して回復した際にレベルやステータスの簡易的な値が見られるようになっている。おかげでポケモンセンターの利用率がうなぎのぼりだとかいうのは、俺としては関係なく……とにかく、実際に動くポケモン。それも他人が育てたポケモンのデータを「部分を指摘して」まで採れるとなると、有用性というのは幾らでも存在するのだ。蓄積そのものにも意味があるしな。

 

 次に、レベル上昇と技習得レベル。

 このスクールに居る内、使用が義務付けられている『擬似フレンドボール』。流石にガンテツさん手製の一品を大量生産することは敵わなかったが、このボールに入っている間は手に入る経験値がかなり減少される代わりに、ポケモンが懐きやすくなってくれるのだ。

 つっても、学校側が指定したのはむしろ「経験値減少」の機能なのだが。

 ポケモンの成長。それ自体は望ましいことだし、歓迎すべき事態なのは間違いない。だが、ここに居るのはエリートトレーナーの卵たる学生達な訳で。強くなり「過ぎる」……彼ら彼女ら自身が危険に晒される可能性は排除したい、という意向らしかった。まぁ、俺としても理解は出来るからな。まずはポケモンとの連携や信頼を深めて欲しいという事でもあるのだろう。

 因みに、エリトレ組だろうがジムリ組だろうが関係なくこのボールを使用しているため、バトル大会の上位者でもレベルは20中盤に満たないらしい。……それでも覚える技はあるだろうし、あわよくば進化レベルの集計だって出来るかも知れないからなぁ。

 

 あとは、ポケモン毎の個体差か。

 この世界におけるポケモンの個別性……「個体値」に関して、俺は少なからず疑問を抱いている。ゲームでは孵化厳選やらをしなければ、高個体値のポケモンを手に入れることが出来なかった。だがゲームに準拠するとすれば、所謂「ボス」足りうる存在は6V(最高個体値)のポケモンをぞろぞろと持っていたのも事実ではある。NPCは努力値を振っていない、というのもシナリオに限られた話で、バトルフロンティアやPWT(ポケモンワールドトーナメント)なんかでは普通に努力値が振られているし。

 その点を明らかとするに、現状、まだまだデータは足りない。だがデータの蓄積はそのための最初の一歩でもあるんだよな。うん。

 

 そして何より ―― なつき度と ――。

 

 

「ハンチョー、ハンチョーってばっ! また何か考えてるんですか? 今はさっさと終わらせましょうよっ!!」

 

 

 そこまで思考を巡らせた所で、班員に呼び戻されていた。

 ……けど、そうだ。我が班員の言う通り。反論のし様も無い。

 

 

「あー、すまんすまん。ちょっとな。……さて、今日の所はデータを分けて終わりにしようか!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 だな。さっさと終わらせたら部屋に戻って今後の準備もしたいし、明日も早い。

 

「(プリンもそうだけど、イーブイの『レベル技の先行習得』とかも試してるトコだし……またも仕事は山積みだ。でも、だからこそ、やる気は出るって事で)」

 

 俺は一旦伸びをして、班員達と同じ様にパソコンへと向かう事にした。

 さーて、やってやりますか!!

 





「クュュ……♪」 ← パラスです

 毎回ですが、ポケモンの鳴き声って困るんですよね。動物ならまだしも、パラスみたいにおとなしそう+虫+名前で鳴くとなんとなーく違和感がある……とかいう場合。名前に単語が混じっていますので、名前全鳴きは除外。「ラスッ」とか「パラ、パラッ♪」なんて軽快な鳴き声をしそうにも無い。仕方なく搾り出したのが、「発音できないけど想像は出来る鳴き声」という手段でした。
 ……はい。ホウエン編のハリテヤマは、あれです。眠かったので(ry
(今回悩まずに書いたのはヒトデマンだけでした。ヘァッ)

 そして。
 ナツホのネーミングセンスについては、御愛嬌。
 駄作者私のネーミングについては、平に謝罪をば。


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1995/春 ある学生のよくある朝

 

 Θ―― タマムシシティ/市内

 

 

 少年の朝は早くから始まる。

 AM5:00。ショウの日課に付き合ったオレは、朝のタマムシシティに出ていた。

 空は一面、夕焼けよりも澄んだ赤……既にピンクと呼んでも差し支えはないであろう……に染まっている。壮大で美しい光景だな。眠いけど。

 

 

「ブイブイブイブイーッ!」

 

「ブイブイ言わせてんなぁ、イーブイ。……物足りないのかも知れないけど、俺はもうちょっと遅いのが好みだぞーっと」

 

「横歩きなのに早いんだな、お前(ベニ)。なんだか意外だ」

 

「グッ、グッ?」シャカシャカ

 

 

 そう。オレとショウは、互いのポケモンを出しながらの早朝ランニング中なのである。走っているのは、市内の端に作られた国立公園だ。自然と人工物が程よく組み合わされたこの公園は、スクールと同じ敷地の確保的な問題のせいなのか、男子寮からかなり近いところに建設されている。タマムシらしく景観良く設計されたこの公園は、地元民からしてみれば若干近づきづらい場所でもあったみたいだが、トレーナーになってみれば別だ。バトルも出来るし、こうして個人での利用もできる。立場が変わると視点も変わる、とは、タマムシ在住のクラスメイト談。

 ……それにしても。

 こんな朝早くから走るとか……なんて思っていたんだが、周囲にはオレらと同じ様にポケモンとランニングやら体操やら、散歩やらをする人々が見て取れる。利用者は存外に多いらしいな。

 春の朝は未だ肌寒い。ショウもオレも、学校指定の長袖ジャージを上下に着込んでいた。朝の湿った空気が頬を撫で付ける中を、早すぎず遅すぎずの速度で走り続ける。

 

 

「―― うっし、着いたっ!」

 

「ブイブーイッ♪」

 

 

 そのまま15分ほど走り続けた後。公園の中程、時計付きモニュメントの下に到着した所でショウが足を止めて伸びをした。彼らの場合は毎日だから見慣れているのだろう。イーブイも、着くなり芝生の上で寝転がって行く。あのとんでもない勢いのダッシュ前転を寝転がる、と表現して良いのかは微妙であるが。

 ショウはイーブイの葉っぱだらけになった身体をはたきつつ、腰のボールに手をかける。

 

 

「ブーィ、ブィーッ♪」

 

「だから、飛び込み前転をすると汚れると言ってるだろうに。汚れを払うの、俺なんだから……ほーらプリン、出てきていいぞー」

 

「―― プリュリーッ!」

 

「っておい、ちょっと、待てってば!」

 

 

 言いながら、自らの元々の手持ちであるプリンをボールから出した。お手製らしい緑のリボンを頭上に飾り、ポンポンと地面を跳ねている。……そうだな。オレもショウを見習う事にしよう。

 

 

「グッ、グッ。ブクブクブク」

 

「よし。……それっ」

 

 《《ボボゥンッ》》

 

「ヘナッ!」「……ブィ」

 

 

 お呼びですか! なんて聞こえてきそうなきりっとした態度のマダツボミ(ミドリ)。若干眠そうなイーブイ(アカネ)。公園を気に入ったのか、嬉しそうに深呼吸をするミドリとは対照的に、アカネはボールから出るなり辺りをキョロキョロと見回し、所在なさげに縮こまった。

 ……仕方が無いか。

 オレはアカネを抱き上げ、そのまま地面に胡坐をかくことにする。

 

 

「……ブ、ィ」

 

「気長にやろう。オレも、お前もな」

 

 

 抱きかかえたまま、特に何をするでもなく。そのまま朝の公園の光景を目に焼き付けておく。

 跳ね回るプリンを追いかけていたショウ……と、その足元をぐるぐる駆け回っていたイーブイ。泡を吹かして遊んでいるベニと、朝日で日光浴をしているミドリ。

 非常に日常的な光景と……あ、ショウがプリンを捕まえた。ダイビングキャッチで。

 プリンを腕中に収めたショウは、草を払いながら立ち上がり、やれやれなんて言いつつも満更ではない顔でこちらへと歩いてくる。捕まえられた筈のプリンもどこか満足気だ。

 

 

「―― だから、飛び回りながら歌うなってば。それ、朝のこの時間帯にやると睡眠テロになりかねないんだって」

 

「プリュッ♪」「ブイーッ♪」

 

「ははっ! 判って無いだろ、それ」

 

「気楽に言ってくれるな、シュンよ。……ほれ。ストレッチ始めるぞー」

 

 

 ショウはオレの目の前にある芝生へ腰を下ろすとプリンを手放し、ストレッチを始めた。イーブイもそれを習い、身体を伸ばしたり曲げたりしている。プリンのはストレッチというか変形というか……ぐにゃぐにゃした何かである。流石は風船ポケモン。

 オレの目の前で5分ほどの体操を終えたショウは最後に伸びをしてから、こちらへと視線を向けた。

 

 

「それにしても、シュン。急に俺の日課に付き合うなんて、どういう風の吹き回しだ?」

 

 

 ああ、まぁ、確かに。今までこの時間は寝てたからな。同室とはいえ、ショウの日課である早朝訓練に付き合ったことは一度もなかったのだ。疑問に思われても仕方があるまい。

 ……正直に話しておくか。ショウもルリとは知り合いらしいし、問題は無いだろう。

 

 

「うーん、ちょっとポケモンとの触れ合い方を考えてる所でさ。丁度いいと思って。……それに、今日は土曜日だろう? 明日にもう一日休みがあると思えば、この位はね」

 

「あー……もしかして、アレか。ルリからの宿題とかだったり?」

 

「ああ。そんなとこ」

 

 

 そう。先日のルリからの課題 ――「夏の講義までの期間、必ず、ポケモンを1体はボールから出して連れ歩く事」。オレは今、それを実行しているのだ。

 一応オレなりにその課題の持つ意味合いを考えてもみたのだが、結局はポケモンとのコミュニケーションをとって欲しいのだろうという結論に落ち着いた。それならこうして朝から今までやっていなかった事をやってみるのも悪くは無い、という訳だ。

 ……というか、ショウなんかはナチュラルにボールからポケモン出してるからなぁ。先日のマサキさんの研究室でもそうだったなー、なんて思い返しながら。

 

 

「ショウの場合はレンジャー組の講義も取ってるから、そういうのには詳しいんだろうなーと思ってさ」

 

「……うーん、どうだろう。オレは資格を取る為にレンジャーのを選択してるんじゃあないし……ご期待に沿えるかは判らんな」

 

 

 そこでショウは、既に準備運動に飽きて原っぱでミドリやベニやプリンと遊ぶ自分のイーブイと……オレの腕の中にいるアカネを見比べて。

 

 

「でも、こうやって色々とやってみるのは悪い事じゃあないと思う。現にアカネは、お前の腕の中で眠ってるだろ? 慣れてきた証拠だよ」

 

 

 ショウの指すまま腕の中を見ると、眠そうだったアカネは本当に寝入っていた。……最初は、人に近づく事すら忌避していたアカネだからな。進歩である事には違いない。

 ……この体勢だと、オレがここから動けなくなるという事実はさて置いて。

 

 

「どうやらオレはここまでらしい。ショウ、オレは気にせず先に行け」

 

「いや、ここ、目的地だからな? 先に行くも何も、ここで暫くトレーニングするつもりだったし。……けど、相手にするつもりだったシュンが駄目となると……うぅん」

 

 

 朝焼けた空の下、公園のシンボルたる時計塔のもっと下で、ショウは顎に手を当てて考え出した。ショウの今の手持ちは、エリトレクラスで使用するイーブイと、元からの自分の手持ちであるプリンの2体のみ。ショウのプリンはどうやら研究の手伝いをしている個体らしく、1対1の戦闘においてはあまり実力を発揮できないとの話を聞いた覚えがある。その分、プリンはコンテストサークルやらで鬱憤を晴らしているらしいが……兎も角。オレが動けないとなると、バトルの相手が居ないという事なのだろう。

 

 

「と、いうか。それは考えた所で答えの出る問題なのだろうかと」

 

「まぁ、それは確かにな。機を待つのみ、ってのはあまり好きじゃあないんだが……仕方ない。プリンとイーブイでやっとくか。プリンにしても、いつまでも他力本願なバトルは嫌がるだろうし。丁度良い機会になるだろ」

 

 

 そう言いながら、ショウはプリンとイーブイを集めようと空に腕を掲げた。ショウの扱うサイン指示の中で統制用として使用されている「集合」のサインだ。

 サインをその大きな瞳の内に留めたプリンは、熟練した反応により「素早く転がって」ショウの足元へ……ぼよんとぶつかる。数瞬遅れ、暫し目を瞬かせていたイーブイは、あっと思い出したようにショウの元へと駆けて来た。これはまだ手持ちになって日の浅いイーブイと、随分前から一緒に居るというプリンの差が出た結果であろう。

 ショウは足元に集まった2匹へと視線を合わせ、

 

 

「よぉし。そんじゃあ今日h」

 

「見つけたわ、ショウ!!」

「ね、姉さん……声が大きくない?」

 

「―― 今日はもう、帰ろうかなぁ。帰りたい」

 

 

 しかし突然飛び込んできた青髪の少女が、2名。その顔を目に止めるなり、ショウのやる気が大きく目減りした。肩を落として、大きく溜息をついている。

 その2名をよくよく見ると、青髪でツインドリルの少女……姉さんと呼ばれているから、こちらが姉であろう……と青のセミロング髪を持つ妹たる少女は、顔がそっくりだ。双子なのだろうか。違いを挙げるとすれば、妹の髪の青さは緑っ気が混じっている。髪形も違うため見分けは幾分か以上に容易ではあるのだが……ここで、思考を戻したい。

 ツインドリル(青)を装備した姉は、妹の忠告を気にせず、指定のジャージを着込んだままでがっくりと肩を落としたショウを指差した。

 

 

「このコトノ、勝負を挑んで勝てぬままに敗走などというのは性に合いません! 確かにショウ、貴方はポケモン達と響き合っています! けれど、コトノも負ける訳には行かないの! たとえそれが、世界の終末であろうとも!!」

 

「あのー、姉さん。それは『貴方が負けるまで勝負を挑む』と脅迫していると思うんだけど……」

 

 

 胸を張る姉の横から、若干テンションの差を感じる妹の合いの手。というか、姉の言い回しは聞き取り辛いというか……本当にこの国の言葉ですか、それは。謎言語が過ぎるだろう。どこからどう繋がって、世界の終末なんて単語が捻り出されたのだろうか。そして妹は何故に理解できているの……ああ、双子の妹だからか。理解納得。

 この『迷』文句を受け、仕方が無いと言った感じで頭をガリガリと掻き、ショウが顔を上げる。

 

 

「……残念姉とその妹。人を散々追い回しておいて、遂には早朝までストーカーですかそうですか」

 

「まぁわたしも悔しいのは確かですけど、上には上が居るーってので納得でしたんですけどね? 姉さんはそれだけじゃあすまなかったみたいでして。……ええと、お疲れですか」

 

「勿論。人の話を聞かないからな、お前の姉」

 

「さあ、ショウ! お聴きなさい! コトノが最愛のポケモン達と奏でるアンサンブルを!」

 

「でもまぁ、バトルを挑む事自体にはわたしも賛成なので、姉さんを後押しします。準備は万端ですか、ショウさん。体力には気をつけてくださいね?」

 

「その気配りを何ゆえ、俺にバトルを挑まないという形で『遣う』事が出来ないのかねぇ……はぁ。結局はコトミも変人だってことだよな」

 

 

 変人に絡まれてる時点で俺も変人の仲間入りだし、とショウは続ける。いや。ショウは元から変人達の中心人物だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。傍目に見ている分には、同じ様なものなんだけどなぁ。

 と。これら会話や、エリトレの制服を着用している事から察するに、この双子はどうやらショウが一方的に絡まれた相手らしい。何かと目立つショウの事だし、多分ポケモンバトルを挑まれたとかそんな感じなのだろう。そこでショウに負けて、執念なのか乙女心なのか判断付かない何かを燃やしていると。そういえばガイダンスの時に前列に座って質問しているのを見た気もするなぁ、この双子。

 何だかんだ言いながらも付き合い(というには分を超えているとも思うが)の良いショウは、モンスターボールに手をかけた双子を目の前に、溜息をつき呆れて……イーブイとプリンへ視線を向けた。問いかけているのだろう。

 

 

「ブイィッ!」「プーリュリッ♪」

 

「……はぁ。まぁ、お前等がやってくれるってんなら問題は無い、か? 丁度相手もいなかったし」

 

 

 ショウも、双子へと視線を戻す。どうやらバトルをする決心が付いたようだな。よし。

 

 

「それじゃあ、オレが審判をやるよ。この通り、おねむ(・・・)のお方を乗せてるから移動が出来ない。ここを中心ラインにして、両サイドへ広がってくれるかな」

 

「了解」「はーい」

 

「悪いな、シュン。頼んだ」

 

 

 オレの言葉によって、ショウと双子が距離をとって対面する。辺りを散歩していた数少ない人達が、よくよくみるポケモンバトルの体勢に足を止め、ギャラリーが出来ていた。

 双子がボールに手をかける。ショウは屈んで、辺りを確認しながら、足元の2匹へと何やら耳打ち。ギャラリーの皆様もある程度位置が固まった。……さーて、頃合か。そう考え、オレは審判としての勤めを果たすべく口を開く。

 

 

「2対2のダブルバトルな。ショウの手持ちが固定だから、」

 

「―― いや。そっちの双子は各2体ずつポケモン持ってるし、俺のプリンはレベル15だから、4対2のハンデ戦にしよう」

 

「……はぁ。いいのか?」

 

「屈辱ですが、致し方ないかと」

「あはは。わたしもコトノ姉さんも、前回はこっぴどくやられてますからね。わたし達のポケモンはレベル一桁ですし、仕方が無いでしょう」

 

 

 意外にも、双子からの反論はなかった。プリンのレベルの事もあるが、前回ショウに負けたのが苦い経験となっているらしい。

 確かに、オレの手持ち達もレベルは一桁。ベニはレベル5、ミドリはレベル4、アカネに至ってはレベル1との判定だ。双子の手持ちが鍛えられていると仮定しても、プリンの15というのは大きな差であるに違いない。ただしそれすら、カントー全域やポケモンリーグと比べれば天と地ほどの開きがあるのだが。

 と。仕切りなおして。

 

 

「そんじゃあ『双子4』対『ショウ2』のハンデ戦だ。交換なしのトレーナー道具使用なし。手持ち道具はどうする?」

 

「んー……無しにしとかないか? 結局、俺のプリン以外は道具の使用にも慣れてはいないだろうし」

 

 

 ショウの呼びかけに双子が息を合わせて頷く。異存はない、か。よし。

 

 

「じゃあそれで。―― いくぞ」

 

 

 事前の呼びかけに朝の空気は引き締まり、ギャラリーが息を呑む。ぴしり、と時計の針が動きを止めた。

 では今度こそ。……ポケモン勝負、

 

 

「……スタート!!」

 

「奏でてっ、コアルヒー!」

「準備万端だよ、ヒメグマ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ガァガァ!」

「クママー!」

 

「頼んだ!」

「―― ブイッ!」

「―― プー、プルー♪」

 

 

 互いのポケモンが出会い、間もなく交錯する。ボールから出たばかりのヒメグマと、見慣れない水色の小型鳥ポケモンへと向かって ―― イーブイが前に。

 

 

「コアルヒー、イーブイに『みずでっぽう』!」

「ヒメグマ、前に! 『ひっかく』!」

 

 

 双子は急襲するイーブイを目の前に、比較的焦らずに指示を出した。以前のバトルも同じ様な展開に持ち込まれていたに違いない。

 スタートダッシュのまま一直線。イーブイは銀色の閃光となり、横一列の……コアルヒーというポケモンへと仕掛けた。多分、『でんこうせっか』。

 

 

「ブー、イッ!!」

 

 《バシンッ!》

 

「ガァッ!? ……ガァガ!」

 

「クママァ!」

 

 《バシュッ!》《バシャーッ!》

 

「ブイ! ブイーィ!?」

 

 

 『でんこうせっか』の後の間を利用し、ヒメグマが『ひっかく』でイーブイを攻撃。重ねて体勢を直したコアルヒーの『みずでっぽう』を浴びたイーブイは、水圧とダメージによる後退を余儀なくされた。イーブイは初期位置から動いていないプリンと並び、しかし、双子がその期を逃すハズも……

 ……ん?

 目の端。オレの視界が僅かにショウの動作(しじ)を捉えることが出来た。挙げていた手を下ろす動作、その余韻。という事はイーブイはショウの指示を受けて動いた訳で。

 待て。これはショウの罠だ。ショウだからこそと言って良いだろう。この男がタダでこんな展開を許すはずが無かったのだ。甘い話には、裏が。

 だがセオリー上、この隙を逃す道理も無い。双子はここぞとばかりに追撃の指示を出そうとして。

 

 

「そこを追撃よ! コアルヒー、」

「追って、ヒメグマ! 『ひっか」

 

 

「プ ―― ルゥッ!♪!」

 

 《《 ズ ド ム ッ!! 》》

 

 

「「……えっ」」

 

 

 双子の声が双子らしく揃った。その原因はヒメグマと ―― 今まで動いていなかった、プリンだ。

 そう。双子はどうやら努力家であるらしい。オレ達はまだ、ポケモンを貰ってからひと月も経っていない。だのに双子は揃って、自らのポケモンとはバトルに差支えが無い、どころかそれ以上の連携が出来ていて……そんな努力の賜物であろうか。双子妹(コトミ)から追撃の指示が出るであろうことを予測したヒメグマは、指示を受ける以前からイーブイを追って前に出ていたのだ。

 で。前に出て。

 

 感嘆符と音符がまさかの同居を果たした気合の掛け声と共に、集中力を解き放つ。

 プリンのピンクでふわふわの拳が凄まじい闘気を纏い、近づいていたヒメグマの腹部に直撃。

 その結果、ヒメグマの身体は宙に在りながらくの字(・・・)に折れた。

 

 つまり先程の深く重い「ずどむ」とかいう擬音は、プリンのパンチ一閃(スマッシュ)により発生したのだった。これがレベル制によるステータス上昇の不条理さなのか(錯乱)。

 ええと、うん。とりあえず、ヒメグマは地面に伏して動かない。大丈夫だろうか……じゃなくて。

 

 

「ヒ、ヒメグマ、戦闘不能。……交換するのか?」

 

「え、ええ。……戻ってください、ヒメグマ」

 

 

 オレは何とか審判としての役目を取り戻し、双子妹(コトミ)へと交換を促す。ヒメグマは目を回したまま、緑色のモンスターボールへと吸い込まれていった。

 ショウの足元で、ピンクの悪魔が跳ねている。イーブイも無邪気に喜んでいる。

 

 

「残念ながら、俺のプリンとお前等のポケモンとじゃ年季が違うからなー。……ところでヒメグマ、大丈夫だったか?」

 

「プルリュー?」

 

「え、あ、はい。……準備は万端でしたから」

 

 

 準備が万端だとパンチでくの字に折れるのか。分からない。

 さて、なんとか落ち着きたい。あの威力と動作。そしてヒメグマのリアクションから察するに、さっきのはノーマルタイプに効果抜群な格闘タイプの技だろう。動かなかった……『溜め』が必要だった事からして、威力の高い技でもあるに違いない。

 ……というか。さっきのイーブイへ向けた『引く』タイミングの指示といい、ショウの扱う技術はルリのそれと比べてもなんら遜色なく見えた。これなら教えたというのも頷ける。

 そして、成る程。指示というのは技に限らず、動作や位置取りやタイミングなんかも含むものなのか。それら全てをポケモンに仕込むとなると……どれ程の努力が必要になるのだろう。これは確かに、信頼関係が不可欠だ。

 

 

「続けるの。コトミ、次を」

「はい、姉さん。えっと……お願い、コリンク!」

 

「コリュゥ!!」

 

 

 妹・コトミが出したポケモンはまたも見慣れない個体だった。4足歩行で、青と藍を基調とした身体。出るなり辺りを威嚇し、ばちばちと雷をはじけさせている。とりあえず、見た目的にも雷タイプである事は間違いないだろうと思うけれど。

 ショウはそのポケモンを目にとめ、

 

 

「へぇ、コリンクか! まぁた地方外のポケモンを。あー、もしかしてシンオウ地方出身だったりするのか?」

 

「あ、いいえ。わたしも姉さんも、生まれはイッシュ地方ですが……」

 

「成る程、だからコトノは主にイッシュに分布してるポケモンを使ってると。となれば、苦労してないか? コトミ」

 

「えーと……確かに先日配られたポケモンで、イッシュ地方のものは少なかったので、わたしは入手できませんでしたが……それでもここタマムシなら他の地方の事とはいえ、ポケモンに関する書物は沢山ありますから、調べれば意外となんとかなりますよ。これも良い経験だと思っています」

 

「ふーん、そか。努力家だな」

 

「―― ショウ、コトノはバトルを続けても良いの?」

 

「ん? あー、いやスマン。だいじょぶだ。中断無駄話して悪かった、コトノ」

 

 

 怒気を孕んだ姉の言葉に、話し込んでいた妹とショウが仕切り直した。怒気の所以は兎も角、オレがこなすべき役目を代わってくれて、なにより。

 

 

「良いんだな。それじゃ、再開!」

 

 

 試合再開だ。オレが腕を下ろすと同時、再びショウのイーブイがダッシュする。狙いはコアルヒーだ。

 

 

「後退よ!」

 

「グワ!!」

 

 

 狙われたコアルヒーは、コトノの指示に従って後ろへ飛び退く。コトミのコリンクは、イーブイの動線から逃れようと距離をとった。コリンクはイーブイの相手を避けたと考えれば……題目。

 コアルヒー VS イーブイ!

 

 

「コアルヒー、『みずでっぽう』!」

 

「―― グワワッ!」

 

「! ブイィ……!!」

 

 

 コアルヒーが後退しながら吐き出した『みずでっぽう』を出来る限り避けようと、弧を描きながらも確実に距離を詰めるイーブイ。先制できなかった所を見るに、今度のイーブイは『でんこうせっか』では無いらしいが……?

 もう一方。コリンクは直線ライン上で腕を振り上げているプリンに若干ビビリながらも突撃し、

 

 

「しょうがないね。練習中なんだけど、最大威力が必要だから……コリンクッ、『スパーク』!!」

 

「コリゥ!」バチバチッ

 

「転調ですの、コアルヒー! ……『みずのはどう』!!」

 

「ガァ!」

 

 

 双子は勝負をかけるらしい。コリンクは突撃の最中で電撃を纏い、コアルヒーは近寄ってくるイーブイを迎撃するため、後退と『みずでっぽう』を中断した。

 だが未だ攻撃をしていない分、イーブイの方が早い。後ろ脚で大きく地面を蹴り、

 

 

「ブイーィッ!!」

 

「―― グワ、グワワッ!?」

 

 《バシバシ》――《《ズバシンッ!!》》

 

 

 コアルヒーの側面から突撃。突撃と同時に身体を捻り、両手足と尻尾による目にも止まらぬ連撃を繰り出した。何の技なのかは知らないが、乾坤一擲。とっておきの攻撃だ。

 その勢いたるや凄まじいもの。似たような体格のコアルヒーを、ノーバウンドで10m程吹っ飛ばして見せた。飛ばされた先で転がり、コアルヒーは動かない。戦闘不能だ。

 

 

「うく、コアルヒーっ!?」

 

「まだまだだよ! コリンク!」

 

 

 姉が慌ててコアルヒーの状態を確認しに走るが、バトルは中断されていない。コリンクはそのままプリンに突撃し……青白い光が勢いを増した。それはコリンクの全身を覆い、火花を散らす。

 だが。

 

 

 《バチバチィッ!》

 

「コルゥッ!!」

 

「―― プールゥ!!」

 

 

 コリンクの『スパーク』がプリンにあたるのとほぼ同時……僅かに後攻。

 ―― 突き出されたプリンの右手が、コリンクの左頬を捉えていた。

 相手の勢いを利用した反撃技だ。この技自体がかなり高レベルの習熟度を必要とするだろうし、技の性質からして出し所も難しい。だが、ショウとプリンはそれを綺麗に決めて見せた。連携にしろ読みにしろ展開にしろ、見事という他無い。

 腕が離れ、コリンクは地面に倒れる。プリンは若干後ろへ飛ばされたものの、倒れたコリンクを見、元気で華麗にターンして喜びを表した。

 

 

「プールリュリーッ♪」

 

「ブイッ♪」

 

「うっし! 良くやってくれたぞ、プリン! イーブイ!」

 

「戻ってください、コアルヒー。ふ……降参です。コトノにはまだバチュルが残っているけど、ショウ相手に2対1では勝ち目が無いわ」

 

「ありがとうコリンク。ふぅぁ、プリンの『カウンター』かぁ。コリンクじゃあ耐えられないのも道理だね」

 

「おう、流石は双子だな。良い練習になった。……プリンのこの戦法は初めてだし、俺のプリンはバリエーション豊富だからなぁ。対応できなくても仕様が無いと思うぞ? そもそも今のバトルだけで言えば、技威力の差が出ただけだし」

 

「けど、プリンだけではなくイーブイにもしてやられたわ。ショウのイーブイはコトノ達と同時期に貰ったものよね? ならやっぱり、トレーナーとしての質が現れているのだと解釈したいの。そもそもトレーナー人数だってこちらの方が多いのだし。……そう言えば、先のイーブイの技はどういったものなの? 正直、ドン引くくらいの凄い威力だったわ」

 

「褒められたのは嬉しく思う。んで質問にあったイーブイの技だが、コアルヒーを吹っ飛ばしたのは『とっておき』だ。俺のイーブイは今『でんこうせっか』と『とっておき』しか覚えていないんでな」

 

「『とっておき』……と、はい。メモも完了しました、姉さん」

 

「有難う、コトミ。あとで図書館で調べましょう」

 

「あー、いや……どうかな。『とっておき』も『たいあたり』とか『じたばた』と判別が付き辛くて、書物には載ってなさそうだ。その内に解説しとく」

 

「はい、楽しみにしています! あ、それじゃあわたしから質問なんですが ――」

 

 

 双子がショウに幾つかアドバイスを求め、イーブイとプリンを抱いたショウがそれに答える。妹はその間、ずっとメモを取っていた。

 暫くその問答を繰り返し、最後に、姉が腕を差し出す。

 

 

「有難うございました、ショウ」

 

「いーや。今日はこちらこそ、だ。バトル相手になってくれてありがとな」

 

「ハイ。でもそれだけではなく ―― コトノは、コトノ達姉妹が憧れた強い貴方のままで居てくれた事が嬉しいの。とてもとても……本当に」

 

 

 姉は腰に手を当て、多分に格好つけて目を閉じながら。お礼の内容から察するに、恐らく、この2名とショウはスクール以前にも何処かで会った事があるんだろうなぁ。オレは知らないが……その内にでも聞いてみる事にしよう。と、予定を1つ追加しておいて。

 素直なような素直で無いような。非常に微妙な態度のこのお礼を、ショウと妹は苦笑しながら眺めていた。姉が、むくれる。

 

 

「……人のお礼を苦笑い?」

 

「だとさ、妹」

 

「ですの、コトミ」

 

「うわ、えぇっ、わたしですか? いやいやショウさんだよね、今の流れ!?」

 

 

 からかいの矛先が妹に向いた。というか、仲良いんじゃないか。最初の態度はなんだったんだ……ああ、成る程。バトル以外の内容で絡まれる事もあるのか。そもそも早朝に名指しバトルを仕掛けられる時点で面倒ではあるし。今回は偶然にもバトル相手を探していた、というタイミングが良かったのだろう。

 

 

「って事で、暫くはおとなしくしていてくれよ。俺としてもお前等の成長を見れるのは嬉しいけど、程ほどにしてくれ。試したい事が出来た時とか、最後に使おうとしてた『スパーク』やら『みずのはどう』を仕上げた時とかな。……流石に3日で10戦は、疲れるんだ」

 

 

 いやゴメン、バトルでも面倒だった。3日で10戦とか半端なく迷惑な双子だな、おい。今日が3日目だとすると昨日と一昨日で9回挑まれた計算だよ。

 

 

「……仕方が無いわね。なら、今度からは事前に都合を窺うことにしますの。連絡先を教えていただける? ショウ」

 

「あー、まぁ、いいけど」

 

 

 

 そして自然な成り行きで連絡先を聞かれたなぁ、ショウ。とても自然、自然だ。姉が後ろ手にガッツポーズをしてさえいなければ。

 ショウが何やら名刺を手渡し、姉と妹がそれぞれ受け取ってジャージのポケットに閉まった。てか自然に妹も貰ったぞ、今。自然に。

 

 

「自然ってなんなんだろうな?」

 

「人間社会を取り巻くものだろ。……えふん。それよりイーブイ、プリンも。疲れてないか?」

 

「プルーゥ!」「ブイブイッ」

 

「元気はあるみたいだなぁ。HPは、と。……うーん、イーブイは堪え気味だな。公園の自販機でも捜しに行きますかね」

 

 

 ショウは右腕に銀色の機械を開きながらそう呟いていた。どうやらポケモンの状態を確認できるらしい。便利そうだな、それ。

 

 

「あー、これは図鑑の携帯運用試作品だ。ポケモンのステータスを簡易的に表示できる機能とポケモン判別機能が主だったもので、他にも……っと、話が逸れたな。俺はとりあえず公園の自販機行って『おいしいみず』でも買って来たいんだが……シュンはここから動けないとして。双子はこれからどうするつもりだ? まだ朝の5時台だろ」

 

「何を言っているの。コトノもコトミも、ポケモンを回復させなければなりませんから、学内のポケモンセンターに向かいます」

 

「なる。それもそうだな」

 

「あ、それじゃあここでサヨナラですね」

 

「おう。じゃな、双子!」

 

「次こそは負けないわ」

 

「もう。姉さんはそればかりですね。でも、わたしだって次は負けませんよ!」

 

 

 妹は手を振り、姉は一瞬こちらに視線を向けてからスクールのある方向へと走って行った。負けず嫌いな双子だったな。スクールで暮らしている以上は、また会う機会もあるだろうか。

 姉妹を見送り、その姿が公園の外へと消えた所で……オレも聞きたいことがあったのだ。アカネの背を撫でつつ、ショウを呼び止めようと口を開く。

 

 

「……なぁショウ。さっきの技……『でんこうせっか』と、えーと」

 

「おう、『とっておき』か?」

 

「そうそれ。もしかしたらだけど、アカネも覚えられたりするのか? 『教え技』なんだろう?」

 

 

 先日の講義で覚えた単語を使いながら、予測を述べてみる。ショウは若干びっくりした顔を見せ、

 

 

「流石はシュン、鋭いな。正確には『でんこうせっか』はレベル技でもあるんだが……まぁ、その辺はややこしいんだ」

 

 

 ショウが「ややこしい」というからには、実際にややこしいのだろう。面倒だとも言う。

 

 

「その内、アカネにも教えてやってくれ」

 

「あー、アカネ自身も望むならな。結構練習するし。でも、教えるならシュンがやってやれ。俺はあくまで『教え方を教える』から」

 

「……良いのか?」

 

「勿論だ」

 

 

 などと、事もなさげにそう言ってはいるものの。

 

 

「オレ、そういうの教えた事ないしさ。初心者でも出来るもんなのか? 難易度とか」

 

「あー、そうだな。ポケモンの個体差とか性格による習熟し易さはあれども、基本的には習得できるだろうなぁ。俺のもシュンのも、イーブイって種族なのは確かだし。ただし、アカネの場合はその性格自体を何とかしなくちゃあならんかと。それに、俺のイーブイがこの技選択をしているのには幾つか理由がある」

 

「理由?」

 

「そうそ。『特性』がな。……アカネの特性『にげあし』よりか、俺のイーブイの特性はバトル向きなんだ。『てきおうりょく』ってやつ」

 

「……また聞いた事の無いもんが出てきたよ。オレ、これでも結構予習復習は欠かさない方だと思ってるんだけどさ」

 

「ははは! まぁ、こんな無駄知識があるからこそ、俺は学者なんてやってるんだろうけどな!」

 

 

 ショウが快活に笑う。

 でも、いや、そうか。ショウは下地になる知識が豊富なのだから、予習がどうこうとかじゃあないのだろう。これだから努力をする天才というやつは質が悪い。

 

 

「とにかく。特性なんかは、アカネさえその気になれば俺がどうにかしてやれる(・・・・・・・・・)。だからこそ、まずはコミュニケーション部分で注力するのが最善だと思うんだ」

 

「わかった。ならオレなりに、判ってもらう努力と判る努力をする事にするよ」

 

「おう。お前がピンと来て選んだんだから、きっと出来るさ。……多分な!」

 

 

 あ、最後に多分をつけたなこの野郎。

 

 なんていつも通りの会話をしつつ、通常通りの休日も始まりを迎え、何とはない1日は過ぎてゆくのだった。

 






 プリンが作中ヒメグマへと使用したのは、『きあいパンチ』です。
 技名がばれないという利点により、プリンが「ただ動いていないだけ」なのか「溜めているのか」が分かり辛くなる、という次第だったりします。

 それにしても、駄作者はまだ増やしますか。双子とか(ぉぃ

 『とっておき』について。
 前回の体力の話題で、「なら技を2つしか覚えていない場合とかは?」と思った方もいるかと思います。『ねこだまし』→『とっておき』のコンボなどで使用しますね、はい。
 それらも変わらず、結局は「2つ分のPP」=「総体力」となります次第。前の話は、技を4つ以上覚えている場合が前提なのでした。
 となれば、技を忘れる=総体力が減る? という謎の図式が出来上がってしまいますのですが……まぁ、その場合には「技が少ない場合、残った技の威力は乱数中の高値で安定する」というゲーム外特典をつけまして、「ダメージが出る分疲労度が増す」という辺りで何とか落とせるかと思います。言い訳としては幾分以上に苦しいですが。
 ……となれば、今までの習熟度のお話と合わせて、
 技を覚えさせすぎるというのは本当に有用な行為なのか?
 ダメージ値が低レベルで安定してしまうのでは? 
 と不安に思っていただければこれ幸い(ぅぉぃ
 いずれにせよ技を忘れるという行為自体あまりポピュラーではありません、とかとか。こんな所で、平にご容赦を。

 ……この世界のヌケニンさんに、救いの光はあるのでしょうか……?


 以下、拙いですが人物紹介です。


▼エリートトレーナーの「コトノ」
◎出典:ポケットモンスターBW2/23番道路
 実に勇壮なBGMが印象的な23番道路、そのバッジチェックゲートエリアに移動する手前の階段を登りきった先で主人公を待ち構えるモブトレーナー。トレーナー種は「エリートトレーナー」。
 手持ちはスワンナ、デンチュラ。
 とても印象的な台詞が素敵なツインドリル。戦闘上において特に苦戦する要素は無いが、何より台詞がロマンチックなので、採用いたしました。むしろ1週して中二ですか(BWのトレーナーはこういうのが多いのです)。
 本作独自の設定としては、コトミの双子の姉。理由は名前が似ているから(酷い)。あと、ゲーム中では「ですの」とは言ってません。あしからず。

BW2
「生まれた時からポケモンと一緒だった。ずっと勝負してきた。そして一緒に世界の終末を迎えたいわ」


▼エリートトレーナーの「コトミ」
◎出典:ポケットモンスターFRLG、RSE、DPPt
 FRLG、RSEのチャンピオンロードと、シンオウではハードマウンテンに居るモブトレーナー。トレーナー種は一貫して「エリートトレーナー」。
 FRLGではマダツボミ、ウツドン、ウツボット、パラセクト、パラス。
 RSEではエアームド、ヤミラミ。
 DPPtではレントラー、グライオン、リングマ。
 髪色はシンオウエリトレを重視してイメージ中。3作通して出ているというのは希少なので、採用いたしました。むしろ出演時のレベルやらポケモンの数やら、設定上の姉より大分優秀なのですが。
 本作独自の設定としては、コトノの双子の妹。理由は同上(酷過ぎる)。準備万端とか体力に注意してねとかいう台詞具合から、過保護気味な性格をしております設定です。

LG
「上には上がいるって教えてあげます!」
RSE
「このチャンピオンロードもポケモンリーグも長丁場! 体力には注意してね!」
Pt
「準備万端! 後は勝負するだけね!」


※台詞はコピーに当たるため、意図的に変換・割愛しております。

 ……ですが、はい。つまり本拙作において、

【同じ名前で同じ職種のトレーナーは、同一人物として扱います】

 という次第。
 逃している部分もあるかとは思いますが、出来る限り調べてから挑んでおります。逃しがあった場合、どうかご容赦やら御報告をばいただければ。


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1995/春 春色の散歩日和

 

 Θ―― 学生寮(男)/325号室

 

 

 外を囲う日差しはやや強さを増し、春の風は湿気を含むようになってきた。お優しかった春も、寂しいながら、佳境を迎えてしまっているらしい。

 カントーでの日々を過ごすオレはというと、変わらずの毎日。

 座学は未だ基本的な部分や教養科目が殆どだが、夏に入ればエリートトレーナーとしての専門科目も始まるし、自分たちのポケモンを使った実習もスタートする予定らしい。だからこそショウとの朝錬にたまに参加してみたり、ヒトミとのバトル練習をしてみたり、オレやナツホの入った園芸サークルに顔を出してみたり……なんて、結構充実した日々を送っているので。

 

 そんなありきたりな内容はさておき。

 来たる本日。日曜日で、お日柄も抜群。ベッドの上に寝転がっているオレことシュンは、ありがたい休日の過ごし方について思索を広げている最中なのだった。

 

 

「―― スゥ、……ブィー……」

「グッ、グッ、グッ、グッ」

「へナァ」ユラユラ

 

 

 部屋の隅で眠っているイーブイ(アカネ)、泡を吹いて遊んでいるクラブ(ベニ)故郷の街(キキョウシティ)の塔を思い出させるゆらゆらした動きで日当たりの良い窓際に陣取るマダツボミ(ミドリ)……という我が手持ちの面々。

 ま、こうして部屋に居る分には問題ないのだが、折角の日曜に引き篭もっているというのは11歳の学生としてどうなのと思う。

 ……けどなぁ。

 ショウは昨日から何処だかへ出かけているし、ユウキはヒトミに連れられて郊外のバトルスペースを貸しきっての訓練に付き合っているらしいし(半ば強制だったが)。ゴウとケイスケっていう珍しいコンビは図書館に篭っているらしいし、ナツホとノゾミはミカンちゃんやカトレアお嬢様を誘ってタマムシデパートへ買い物に出かけると言っていたし。因みにオレもナツホから買い物に誘われたが、その面子に男1人は嫌だなぁなんていう至極真っ当な理由で断っていた。社交的にはあれだけどさ。

 っと……あれ。ここで重要な事に気付いてしまったかも知れない。

 

「(今日のオレ、ぼっちなんだな!)」

 

 致し方が無い。ぼっちにはぼっちなりの過ごし方と言うものがある。オレはベッドから起き上がると最低限の荷物をポーチにまとめ、腰に括った。エリトレ制服ではなく私服へと着替えて、と。

 

 

「さて、一緒に散歩でも行かないか?」

 

「グッ、……ブククク」

「ヘナッ……ヘナッ!」ピシリ

 

 

 ポケモン達へと問いかける。ルリの講義から一月ほどが経過しているが、課題を忠実に実行し部屋の中でも隙あらばボールから出している我が手持ち。その内、比較的アクティブな2匹が頷いてくれた。そして、

 

 

「……ブィ」コクリ

 

 

 最後の1匹であるアカネも、小さいながらに頷きを返してくれた。よし。

 折角のお散歩日和なのだ。オレはベニを残して他2匹をボールに収めると、部屋の扉を開け、外へと出かける事にした。

 

 

 Θ―― タマムシスクール敷地外/北西側

 

 

 敷地の外へ出て、とりあえず北西に向けて歩く。別段明確な目的がある訳でもないのだが、ぼんやりとした指針はある。一先ず、オレも所属している『園芸サークル』の畑を見に行こうと思ったのだ。

 木の実の果樹園とも呼べるほど鬱蒼と……しかし確かに整えられた園芸サークル管理の畑はスクール敷地外の北西、サイクリングロードの脇に存在している。理由は幾つかあるが、主な理由は「タマムシジムに近いから」だ。

 園芸サークル。その名の如く植物やらを育てるサークルで、実は野菜なんかを育てているグループもあるのだが、それは置いといて。オレやナツホが所属するのは中心も中心、『木の実』を育てるグループだ。

 ショウやミカンちゃんが参加しているのも同じグループで、どうやらショウはコンテスト用ポケモンのコンディション調整に『木の実を使ったお菓子』を使用するためにも所属しているらしい。ま、ショウはよく珍しい木の実とかを持って来る中心人物な訳で……その辺りの流れはどうでも良いのだが。

 閑話を休題し、園芸サークルの立地の話に戻して。

 スクール敷地外の北西。タマムシシティからすれば南西に位置するその場所の何が便利なのかというと、タマムシの誇る『公認ポケモンジム』が同区画に存在し ―― タマムシジムには園芸サークルの管理責任者であるエリカ先生がいるのだ。

 

 エリカ先生。

 年齢はオレ達とそう変わらないながら、タマムシシティのジムリーダーを勤めている才媛である。昨年末のポケモンリーグにも個人として参加し、見事に上位入賞を果たす草ポケモンの実力派トレーナーだ。また、実家の関係から日舞と活花の実力もあるという。そんな若さに見合わぬ才と美しさから、トレーナー達の羨望を一身に向けられているのは有名な話。

 だが、それだけではない。 

 トレーナーとしてだけではなく、今を煌く世界的会社・シルフカンパニーにおいてデザインアドバイザーを勤めていたり、先日のようにタマムシ大学の講師としても彼女の才は発揮されている。

 まぁ、兎に角。エリカ先生のこれでもかと言う程の高スペックさは、社会的な評判を加味すればあのショウ以上であると言って違いないだろう。

 

 で。そんなエリカ先生は、園芸サークルの管理責任者でもあり……学生管理とするにはあまりにも広い畑や敷地を、タマムシジムの管理下とする事でサークル所有のものと認めさせたらしい。だからこそジムの近くに建設されているのだ。

 まぁ、強いて言えば畑までの距離が問題だが、自転車で通えばそんなに遠い距離でもない。……学園に程近い寮住まいのオレが自転車を持っているのかと問われると、その内に購入予定だと答えるしかないのだが……と、そろそろ畑が見えてくる頃合だ。

 オレは考えるのを中断し、まずは足元へと視線を向けた。

 

 

「ブクククク」シャカカ

 

「そろそろ歩き疲れたか? 最近はちょっと日差しも強くなってきたしなぁ」

 

「グッ、グゥ。ブクブクッ」コクリ

 

「そんじゃ戻れ、ベニ! ……えーと、日差しが強いならミドリの方が良いか。出てこい、ミドリ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― ヘナッ!」

 

 

 今はまだ水場が遠い。畑の中には用水路があるが、ちょっと遠いからと考えてベニとミドリを交替した。だが、出てきたミドリはいつもと様子が違う。オレの腕に絡まろうとして来ず、自分の根っこで立っていて。

 

 

「……あ、もしかして天気がいいから?」

 

「ヘナッ、ヘナナッ!」

 

 

 ミドリはオレの質問に何度も頷き、クラブ顔負けの脚運びで辺りを駆け回ってみせる。どうやら素早く動けることを証明したいらしい。実際、あの日見たたどたどしい歩行とは比べ物にならない元気さだった。

 よし、なら良いか。ミドリが十分に歩けるならば問題は無い。このまま進む事にしよう。

 

 

「―― と ―― ですわ」

 

「ん?」

 

 

 暫く歩き、畑の手前に作られた温室の横へと差し掛かった時だった。閉じられた温室のある方向から、話し声が聞こえてきた。誰だろう。こんな休日にタマムシの郊外まで出て来る輩なぞ、よっぽど熱心なサークル員か……もしくは。

 ん。もしくは、の方が可能性は高そうだ。オレは少しだけ回り込み、覗き込む。温室の入り口に立っていたのは、

 

 

「はい ―― はい。それでは、ごきげんよう!」

 

 

 暖色を基調とした着物に身を包んだ黒髪の女性。エリカ先生だ。口元に当てた携帯通話機に向けて、これ以上ない喜色に溢れたごきげんようを繰り出している。うーん。エリカ先生って何かこうしとやかーなイメージが強かったけど、こんな表情も出来るのな。

 何を、誰と話しているのかは知れないが、邪魔をするのも忍びない。オレはとりあえず、温室から離れてゆく事にした。うん。予定通りに畑に行って、モモンの実の袋がけとかしてれば良いと思うんだ。そうしよう。……こっそりと。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「―― 今、ショウに窺いました。どうやら孤児院の方は順調そうでしたわ。そもそも、わたくし達が心配する様なものではなかったみたいです」

 

『そう。……もう、ショウは直ぐに突飛な行動に出るから。ミュウツーの時だってそうだったでしょ? ああするしか方法がなかったとはいえ、1人であれに立ち向かうなんて』

 

「ふふ、ナツメも心配だったのですね。……とはいえ、孤児院の側が孤児の数を調整するのは必要な事。その転居先の主と面談するのも、……ショウが相手をする必要性は無いのですけれども……フジ様の御年齢では止む無き事ですわ」

 

『分かっています。ああもう、なんでショウはこうなのかしら。……そういう分ならヤマブキやタマムシを頼ったって良いでしょう、ねぇ? 11歳の少年が、社会福祉事業よ?』

 

「あら、それはどうでしょう? 社会福祉事業だからこそ。流石に孤児院の支援となれば、わたくし達を友人として頼るというのは範疇を超えてしまいますもの。……勿論わたくし個人の感情は別として、ですけれども」

 

『……そうね。……はぁ、判った。これからシオンタウンまで行って孤児院の様子でも見てくるわ。テレポートがあれば遠い距離でも無いし……この話題はここで終わりにして、本題に移りましょう』

 

「ええ。年末の『対抗戦』の事ですわね。……当初の予定では例年通り、タマムシとヤマブキの二校でクラス毎に選抜した生徒でポケモン勝負をする予定でした。ですが今年は、さるお方からの要請もありまして。どうやら規模を拡大する事になりそうですわ」

 

『シンオウチャンピオンとホウエンチャンピオンと、その辺からの依頼だったかしら? 4校合同での総当り対抗戦になるという話ね』

 

「ええ。一般組、エリトレ組、ジムリーダー組からそれぞれ2名ずつ。総数24名でポケモンバトルを行うそうです。詳しい企画はまだまだ詰めている所なのですが……やはり、お上の方々が少し煩いですわね」

 

『仕方が無いでしょう。そういえば組み合わせの理由は、シンオウとホウエンのスクールにその他上級科目組が創設されていないから、かしら』

 

「はい、そうです。そして代表ですが……我がスクールでは夏と冬の期末にスクール全体でのポケモンバトル大会を行っていますが、それとは別に、選抜予選を開こうと思っております」

 

『……へぇ? それは何故?』

 

「ふふふ。それは勿論、スクールのレベルで勝負するに当たって、ただ『ポケモンバトルが強い』というだけでは美しくないからですわ。今年はショウの教え子たちもいらっしゃいますし……彼ら彼女らの実力をみるに、ただのバトル大会は役が不足しています」

 

『そう。……わたしの所は、やっぱり実力主義になりそうね……そんな事が出来るのもエリカ、貴女が居るからかしら?』

 

「いえ。それもこれも、わたくしの力などではありません。……ダツラさんは熱く、実力のあるお方。ゲンさんは思慮深く鋭いお方。カリンさんは誰よりもポケモンを愛せるお方で……皆が人格者揃いだからですわ」

 

『そういうのを聞いてると、相変わらずタマムシのスクールは面白そうよね。ヤマブキはどうしてもエスパー主体の学園になってしまうから、代わり映えがなくて駄目。……とにかく。そういう事なら今年のシンオウやホウエンの事も調べて、対策をしておくべきね』

 

「学園主催のバトル大会は全地方共通ですから、招待を受ければ多少は情報も集まりそうですわね。……そうですわ! こういうのはどうでしょう? ―― と ―― で !」

 

『成る程ね、面白いかも知れないわ。わたしは賛成。でもそれ、あのリーグや協会が許すかしら?』

 

「チャンピオンの方々は積極的な様子ですし、時と場所を考えて提案すれば、ですわね。こういう時のために幾つか手札をやりくりしていますから。……ふふふ」

 

『今のふふふ、は完全に悪人面よね』

 

「あらあらまぁまぁ。わたくし、顔に出すほど無用心ではありませんわ」

 

『今の台詞は、完全に悪人側の台詞よね』

 

「それが生徒達の実になるのなら、幾らでも」

 

『……ハァ。判った、判ったわ。こっちにもお偉いさん方と繋がりのあるエスパーは沢山居るもの。ちょっとだけ手を回してみるわ。その企画は面白そうだし。でも、プレゼンと企画はエリカの方でお願いね』

 

「ええ。承りました。……あら、そろそろゼミの時間ですわね。それでは御機嫌よう、ナツメ」

 

『はいはい。またね、エリカ』

 

 ――《プツンッ!》

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 Θ―― タマムシ西郊外/サイクリングロード(修理中)

 

 

 モモンの実の枝を整えたり袋をかけてやったりしている内、外は日差しが強くなってきていた。手伝ってくれるミドリと共に一通りの作業を終えたオレは、ぶらりと海際まで出ていたり。

 夏に差し掛かったじっとりした空気の中。目の前に、青い空を飛ぶ無数の鳥ポケモン。波が寄せては退く砂浜。数キロほど先には、現在修理中の海上通路……通称サイクリングロードが水平線と平行し、横一線に伸びている。

 

 

「ブクク、ブククク!」

 

「お、ベニが元気だ。ここでミドリを出したら萎れそうだな……海水とか」

 

「……ブィ!? ……ブイィ!?」

 

 

 後手を組みながら、前を走り回るクラブと、波が来るたび飛び退くアカネを眺める。

 海もしくは淡水生まれであろうクラブは兎も角、アカネは海を見るのが始めてらしい。何事も経験は大切だからな、と考えて、街中でも無いので2匹を外に出しておいているのだが。

 因みに、只今、本気で散歩中なのである。

 散歩だから本気も何も……と言いたい所なのだが、時間を潰すのとコミュニケーションを図るのを同時進行するに、散歩と言うレクリエーションはかなり有効だと思うのだ。

 ―― うん、そう。オレがヒトミの様にバトルの練習ばかりをしたって、彼女に並ぶ事が出来るとは思えないからな。オレは、オレなりのアプローチ方法で上達を試みる。そうするだけの目標が、ある。

 改めて、故郷(ジョウト)を離れカントーの地に来ている自らの目的を思い返す。よし。それじゃあ本気で散歩をしようじゃないか。

 

 

 《ピーィ》――《ピューイッ♪》

 

「うん? 何だ、この音」

 

 

 突如海岸に鳴り響いた甲高い笛の音。その出所を探して、オレ達は周囲を見回す。すると前方、サイクリングロードの根元にある小高い丘へ向かって、鳥ポケモン達が飛んでいくのが見えた。丘の上と関係がありそうだな。

 

 

「……ブイッ?」

 

「ん、お前も気になるのか、アカネ。……よし」

 

 

 どうやらアカネが興味を持ったらしい。少し遠出になるし、海際を気に入っているベニには申し訳ないのだが、アカネが興味を持ったというのなら行ってみても悪くないだろう。今は特に目的があるわけでも無いしさ。

 とか考えて、実に適当に方針が決定。オレ達は砂浜を北に向かって歩いていく事にしたのである。

 






 エリカ様が腹黒くおなりに……(泣
 さてさて、久しぶりの更新となっております。待たせてしまった方々には、もう、大変に申し訳なく。
 本来私が目指す1話ごとの文章量はこのくらいでして、出来れば、なるべく考え過ぎないように書いていきたいと思っているのですが……ううん。

 因みに、ポケモンも絶賛プレイ中なのです。
 X・Yの台詞集をメモ帳に書き出したりしながらのプレイですので、クリアまでの時間はかかるでしょうが……兎角、楽しんだ者勝ちでしょう。
 ……X・Yの要素を出すに、FRLGはちょおっと昔過ぎますかね……?

 そういえば、「スカイバトル」やら「対多数戦闘」やら。私が「原作前」で取り上げたものらが最新作に盛り込まれたように感じるのですが……ええ。気のせいでしょう。

 ……気のせい、ですよね? 本拙作、監視なんてされていないですよねっ?

 手持ちもプリンやらクチートやら、何やら都合の良い方々が揃ってしまっていますし。相手が相手。ポケモンだけに、二次創作云々はかなーり怖いのですが……いえ。原作には最大限の敬意を払って作らせて頂いているつもりですし、商業文章にする気はさらさらないのですが……ガクガクブルブルしていたりします。

 では、では。
 更新速度、上げたいですね……(落涙。


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1995/春 ポケモンとトレーナーと

 

 Θ―― サイクリングロード(修理中)

 

 

 暫く砂浜を歩いているとサイクリングロードの路が近くなり、通路の真下まで到達。通路下を潜って海側へと周る。視線を上げると、丘への登り道が見えた。鳥ポケモン達が向かっていたのはこの先か、と考えて足を伸ばす事に。

 

「―― ん、おお。こりゃあ、随分と景色の良い」

 

 登ってみると、丘の上にあったのは短く刈りそろえられた草原だった。緩やかな上り坂、その所々に石が落ちている。踏み固められた獣道が一本、丘の頂へ向かって伸びており、歩いていて風が実に心地良い。

 

 

「なんかこう、田舎のリゾート地っぽい。いや、リゾートにしちゃあ整備が足りないけどさ。……さて。そろそろ出てきても大丈夫だぞ、ミドリ!」

 

「―― ヘナナッ!」

「ブィ!」「グッ、グッ!」

 

 

 海岸線から離れた為、ミドリをボールから出しておく。そのまま、丘の上を目指して歩き続け……うん? 風斬り音が聞こえて、段々と大きくなっている様な。オレが頭だけで海側を振り向くと、

 

 

「うぉっと、危な!」

 

「―― キュィィンッ!」

 

 《 ブワッ!! 》

 

 

 オニドリル、か?

 オレらの頭上を1匹、巨大な翼を広げた鳥ポケモンが低空飛行で飛んでいった。その行方を追いかけて行くと……丘の上に1人の少女が立っている。どうやら少女がオニドリルのトレーナーであるらしい。オニドリルが傍にある木の枝に降り立つと、少女の出したモンスターボールへと収まった。

 少女が一度伸びをする。そのまま視線を巡らし、……ああ。オレ達の存在に気付いたみたいだ。ばちりと視線が合って、少女はこちらへと駆け出してくる。

 

 

「はぁい、こんにちは! あたしはソノコ! ちょっと鳥ポケモンが大好きな鳥ポケモンブリーダーよ! 君の名前を教えてもらえるかな?」

 

 

 そして目の前に立つなり、びしり。一気呵成に自己紹介を仕掛けてきたな。ま、確かに自己紹介が大切なのは判るか。

 

 

「どうも。オレはシュン。この辺を散歩していた一般トレーナーです。……というか、成る程。鳥ポケモンのブリーダーさんなんですね」

 

「うんうん! まぁ、といってもこの土地自体はあたしが買ったんじゃあないんだけどね。技マシンを作るのに協力しているから、そのコネで……たはは。色々あってさ。今じゃあこの場所に腰を据えてる、ってワケ」

 

 

 オレよりも2つ3つは年上であろう少女は、頬をかきながら説明してくれた。理解納得。さっきまで海上を飛び回っていた鳥ポケモンは、このソノコさんが育てているポケモン達という事か。オニドリルはソノコさん自身のポケモンで、他のポケモン達のまとめ役をしていると。

 

 

「んー……まぁ、そんなトコ。まとめ役って言うより、オニドリルは普段からボールの外に出してるんだけど。流石に午前一杯空を飛んでて疲れてたっぽいから、今はボールの中で休ませてるけどねー」

 

 

 ボールを空に掲げながら、ソノコさんは笑みを浮べている。……なんかこう、空、大好きー……って感じのお人だな。

 挙げていた手。ソノコさんの指がついーっと空をなぞり、そのままオレを指差して。

 

 

「ねぇねぇ。シュン君は鳥ポケモン、持ってないの?」

 

「残念ながらオレの手持ちはこいつらだけなので」

 

「ブククッ!」

「ヘナッ!」

「……」ソロリ

 

「うんうん、でも、とってもいい子達だね!」

 

 

 ベニが鋏を上げ、ミドリが敬礼し、アカネがオレの足から僅かに顔を覗かせる。ソノコさんはそれぞれに手を挙げ陽気に挨拶をしつつ、……表情が、微妙に暗めのものへと切り替わる。

 

 

「……折角来てくれて悪いんだけど。あたし、今日はこんなにフライト日和だから、他の子たちも飛ばせてあげたくってね。―― ほうらっ、出てきてっ!!」

 

「ムクホーォクッ」「……ホゥ、ホゥ?」カクリ

 

「あそこ、丘の上にある一番大きな木の横に建てられてるのがあたしの家。多分お茶とか出してくれると思うからさ、先に行っててくれる?」

 

「……いえ、あの。オレは散歩で通りかかっただけなんですが……?」

 

 

 申し訳なさそうな雰囲気からこの流れ。何ともはや、押し付け型コミュニケーションな。

 

 

「いいのいいのー! ご縁は大切にしなくちゃね、お茶ぐらい出させてよ! ……そーら、ランウェイ、イズ、クリアーっっ!! 飛んでこーっ!!」

 

 

 快活な笑顔を浮べてヨルノズクに掴まると、ソノコさん自身も空へと舞い上がっていった。そもそもソノコさんが飛んでいって、誰がお茶を……と。違う。えぇーと、どう行動するのが正しいのだろうか。

 

 

「……考え込んでても仕方が無い」

 

 

 考えて答えの出る問題ではなさそうだ。どうせ散歩なのだし、厚意に甘えるのもいいだろう。オレら御一行は、丘の上の家を目指して再び歩き出すことにした。

 とはいえそうそう遠くに在る訳でもなく、目的の家には数分足らずで到着する。家自体もどこにでもある普通の一軒家だ。別段大きくもなく、小さくもなく。

 

 ―― ただし。丘の上という立地故、景色はより一層美しいものとなっていた。

 

 明るい緑の絨毯がうごめく。その先に、空と海の境目が溶け合った青さ。太陽の光を乱反射した海がきらきらと輝き、眩しさと美しさに目が眩んだ。

 オレは踵を返し、その景色へと向き直る事にする。手持ちポケモン達も、海側へと視線を向け ――

 

 

「ブイッ……!」

 

 

 一杯に広がる光景に、アカネも思わず目を見開いていた。海側に向かって一歩を踏み出し、そのまま動けずにいる。尻尾が立ち、ゆらゆらと揺れ……耳が時折ピクリと跳ねる。どうやらこの景色が気に入ったみたいだな。

 

 

「ヘナッ!」

「ブクク、グッ、グゥ!」

「ブイ、ブィッ!」

 

 

 3匹共に草原でテンション高めに跳ね回る。他2匹は兎も角、アカネがこんなに喜んでくれたのは嬉しい誤算だ。こういったことの積み重ねが、ベニやミドリと……ついでに、オレとも打ち解ける切欠になってくれると良いのだが。

 そんな風に3匹を親心満載で見つめていると。

 

 

「ピロリーン♪」

「ビリリリリー」

 

「うわっと。なんだ?」

 

 

 アカネ達の方向へ移動していくポケモンが2匹、オレの足元を移動して行った。

 身体の角ばった赤と青のポケモンは、この間ポケモンジャーナルで見た覚えがある。シルフ社が開発に成功した初の人工ポケモン、ポリゴンだ。確か安く見積もっても13万はくだらないと言うそのお値段。何ともお高くとまったポケモンである。

 もう一方は赤と白の色合いが目に眩しい、球形をしたポケモン……ビリリダマだ。草原の上をころころと転がっていく様を見やりつつ、爆発しないでくれよーと頼み込んでおく。

 ……で。このポケモン達を持っているトレーナーと言えば。そう考えて辺りを見回す。ああ、居たな。

 

 

「―― あの子達が、騒がしいと思ったら。御機嫌よう、シュン。散歩かしら」

 

「っと……相変わらず気配が無いね、ミィ。とりあえず、こんにちは。それにまぁ、確かに散歩だけど」

 

 

 家の横。樹の陰にテーブルとパラソルを広げて、ゴスロリの少女が本を積み上げていた。

 エリトレ組では「図書館姫」と名高い少女、ミィ。

 因みに徒名の由来は図書館での遭遇率が最も高い(・・・・)事に由来するのだが……そう。この少女、やたらと神出鬼没なのである。

 その見付かり辛さたるや、気配の薄さや能面、さらには抑揚の無い声とが相まって、同じ講義を受けている中ですら発見が困難。眼前にいる状態ですら存在が希薄に成る程だ。あんなに目立つゴスロリなのになぁ。

 さて。では何故遭遇率の低い少女は、こんな街外れの丘の上にいるのだろう。ミィは見た目や第一印象こそ取っ付き辛いがすれた性格をしている訳ではないという事は、ショウとの付き合いの中で実感出来ている。ならば本人に聞いてみるのが一番早いか、と考えておいて。

 

 

「ミィはなんでこんな所に?」

 

「シュンは、ソノコと逢ったかしら。あの子がフライトサークルのサークル長よ。私の友人でも在るわね」

 

 

 言いながら、ミィはテーブルの上にあったクーラーボックスからペットボトルのお茶を取り出し、オレの手元に放った。……あ、確かにソノコさんの言った通りにお茶を出してくれたな。想像とはかなり扱いが違うけどさ。

 オレはキャップを外して口をつけながらミィの話を反芻し、脳内で情報を整理する事に。

 

 

「えーと、ミィはフライトサークル所属で……そのサークル長がソノコさんだと。で、ソノコさんの家がここ。成る程な。サークルの活動場所がこの丘なのか」

 

「あら。頭の回転は、十分みたいね」

 

「……もしかして、試された?」

 

「さぁ、どうなのかしら」

 

 

 言ってオレを一瞥すると、ミィは読書に戻った。……ぇぇ、大分理不尽じゃないか? 知らない内に試されて、知らない内に終わらされたんだが。

 そんな風にやりきれない思いでいると、ミィが思い出した様に、ただしゆっくりと優美に顔を上げた。虚空を見つめている。

 

 

「そういえば、家の中では。他のサークル員も休憩中よ。女子と知り合いになりたければ突撃しても良いと思うのだけれど」

 

「それは遠慮したいなぁ」

 

「そうなの。……良かったわ、ナツホやノゾミに。報告しなくて済むわね」

 

「うわ、寮同士の繋がりは怖いなぁ」

 

 

 だからこそ行かないんだけどな。いや、だからこそも何も、女子率高い所にオレ1人が突入する必要性は感じないのだが。

 というか、となれば、件のサークル長はサークルの休憩中すら空を飛び続けているという事か。それは、何と言うか……

 

 

「ソノコの事ね」

 

「なんで分かるんだ?」

 

「貴方、ソノコの飛んでいる方向へ意識を向けたもの」

 

 

 ミィは本を開いたまま、意識だけを此方へ向けている。目を閉じ、あくまでも彼女の視界はオレを捉えず。

 

 

「ええ。貴方の考えた通り、あの娘には才があるわ。こと空を飛ぶという一芸に関して、常人の及ぶ域にあるとは言い難いの。勿論、それを楽しめるという部分を含めて、なのだけれどね」

 

 

 瞼を開き、空を見た。透き通る青い空が今日もカントーを包みこんでいる。

 蒼穹に鳥ポケモンが2匹、弧を描いた。

 

 

「ねぇ、シュン。貴方はなぜポケモン勝負で強くなりたいのかしら」

 

 

 空を見たまま、ミィはオレへと問いかけた。

 別段、隠す事でもあるまい。オレはきっと ――

 

 

「―― 届かないのは悔しい。ミィはさ、そう感じた事はないのか?」

 

「お生憎様、よ。私も世間では天才と呼ばれる人種なのだから」

 

 

 言いながら今度は視線を本へと落とし、ページを捲る。本のタイトルが彼女の表情を隠し、その本意を窺うことは出来ない。「海外リーグ戦歴1994」。実に彼女らしいチョイスだと言える。

 ……そうだ。空は、遥か高い。

 掲げた拳は当然の如く雲にすら届かず、そもそも雲は掴めない。オレがこんなに昔の事を思い出してしまうのも、空を見上げているからなのだろう。

 

 

「ええとさ。オレがポケモン勝負で強くなりたい、って思ったのはけっこう昔の事なんだ。年末にポケモンリーグの特集をやっててさ。年始のリーグ開幕に向けて、4年間のリーグ戦ハイライトが放映されてた」

 

 

 あの情景を、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 舞台は真冬のセキエイ高原。参加トレーナーは数千を超えて尚余る。その頂点を争う2人が、闘技場の中央でポケモンを戦わせている。勿論の全国中継、その画面を、オレは食い入るように覗き込んでいた。

 接戦の末、戦いは他方が制した。が。

 

 

「あの頃のリーグじゃ、今のルリみたいにポケモントレーナーの技量が重要視されてた訳じゃあなかったけどさ。トレーナーとしての戦歴による差も殆どなく、ポケモン達も高いレベルで大きな差は無いように見えた。―― だとしたらポケモン達の勝敗を決めたのは、やっぱり、トレーナーの『力量』だと思う。あ、この力量ってのは相性を含めた意味だけど」

 

 

 オレがあの試合を見て想った……実感したのは「トレーナーの強さ」だ。

 ポケモン達を強く速く鍛えることは、トレーナーであれば誰でも出来る。戦えば良いのだ。実に単純で明快な、真っ直ぐ高い直線路。

 だがその道には限界がある。ポケモンのレベルを高くしていったとして、いつしか生物としての限界に直面するからだ。勿論レベル以外にも技の習得や修練など、出来ることは山ほどあるが、しかし、「トレーナーとしての技術」は意識しなければ身に付かないもの。

 本来ならばそれも、ポケモンを鍛えながら研鑽する物であるに違いない……が。

 

 

「そう、ね。私は表情を忍んで、色にすら出さない。ショウは表情は出来るだけ隠し、色を出しつつ……仕込めるブラフを全て利用する。型は違えど、トレーナー間における心理戦を仕掛けているの。でも、これはつまり。『才あるが故』の所作なのかと問われれば、その回答は『いいえ』よ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 天の才。人それぞれに訳解はあるだろう。が、それは主に、生まれつきのずば抜けた才能として呼ばれる事が多いはずだ。

 ミィやショウは学問や研究において確かに天才であると言える。だが、ポケモンバトルにおけるそれら技術は、彼ら彼女ら自身がゼロから研鑽したものだ。後付のもの……後天的に備えられたもの。

 

 

「技術と才能の区別くらいはある。だけどさ、世間における天才っていうのはそうじゃないだろう? 相応の年齢じゃあ無い者が結果を出すだけで、天才扱い。……いや、違うか。オレが言いたいのはこうじゃあなくて ―― 」

 

 

 光景が脳裏を過る。雪の舞う、ポケモンリーグの決勝戦。栄光の壇上に上がったのは……壮年のベテラントレーナーではなく、エスパーとしての力を持つ青年だったのだ。

 

 

「……あの日見た、世間的な天才とは違う本当の『天賦の才』。それは存在するんだ、ってのを実感したかったんだ」

 

「天資、英邁ね。その目標は達せられたのかしら」

 

「ああ。この春の間だけでも、沢山出会えたと思ってる」

 

 

 例えば、ヒトミ。努力を惜しまず ―― なにより彼女は、物事を「見る」才がある。分析力と言い換えても良いだろう。彼女が身近にいてくれたからこそ、オレはこの目標を掲げる事が出来ているのだから。

 同じくルリの講義を受けているリョウだってそうだ。虫ポケモン限定ではあるものの、その「虫ポケモンから好かれる性格」や「虫ポケモンに愛情を注げる事」は、確かに天才という言葉以外の表し方がない。

 先輩でいうならば、イブキさんやマツバ寮長だって学内外における戦歴は華やかなもの。その戦い方は、竜使いや先見師としての天賦の才の上に胡坐をかかず……更なる研鑽を重ねた実力派なのである。

 

 

「エスパーのトレーナーは殆どヤマブキに居るけどさ。つまりオレは強いヤツから技術を盗む ―― もしくは間近に観察して対抗策を見つけたい、って事。そうやって自身が強くなりたいんだよ。……多分だけどな?」

 

 

 だからこそ、沢山の相手と戦っておきたい。そのためには相手が全力を出せるくらい、自分自身も強くなくてはいけない。勿論ポケモン達もだが。

 

 

「つまりは打倒・天才! ……って事だよ」

 

「手上と相手になり候。これ、第一の薬也」

 

「ああ、そんな感じ。そもそも『オレと一般トレーナーとの間にある隔たり』なんて、そう大きなものでもないさ。オレの友人達だって、この目標は知ってる。強くなりたいを突き詰める上で避けて通れない課題を、今の内から消化したいってだけなんだ」

 

 

 キキョウスクールからの進路を決める際、ナツホにもゴウにも、ユウキにも。ノゾミにもヒトミにも……ケイスケにだって、オレはこの目標を話している。それを踏まえた上で、みんなはエリトレ組に来た。それぞれに目標とするところはあれど、だ。

 

 

「そう。なら目標は、年末の大会かしら」

 

「うーん……できれば間に合わせたいけどさ。それよりかは、適当にポケモン勝負を挑んでった方が効率いいかもだ」

 

 

 あの双子じゃあないけど、学内にはゲリラ的なバトル大会なら年中開催されている。それらに挑むのも手だとは思う。……でもなぁ。天才等と渡り合うほどの実力が、今年度の内に身に付く可能性はかなり低いんだろうなぁ、と。

 ミィは頬をほんの僅かに上げながら。

 

 

「でも。トレーナーとして、ね。……それは、確かに。この場所(スクール)で掲げるべき目標だわ」

 

 

 ミィの言う通り。このスクールにおける特殊性……レベルが低い状態で、となれば。ショウの様に有効な技を覚えさせたり、ルリの様にトレーナーとしての技術を磨いたり、ミィの様にポケモンを……ただしレベルを上げるという意味ではなく……「育てる」必要があるのだろう。

 なにせ、ただポケモンを「強くする」というのでは、恐らく。オレの理想とする場所には届かないのだ。

 

 

「ま、そういう事だ。ソノコさんには悪いけど、オレはこのまま散歩を続けさせてもらうよ。アカネがテンション高めな今の内に、コミュニケーションをとっておきたいから」

 

「ええ。どうぞ、ご自由に」

 

「それじゃあ。お茶、ありがとうな」

 

 

 完全に本へと視線を戻したミィに声を掛け、未だ景色に見入っている手持ち達の元へと急ぐ。

 今しか出来ない事だ。出会って間もないからこそ、一緒にいるという事が重要味を帯びてくるのだと思う。

 そうして春の一日(いちじつ)が、ポケモン達と共に、今日も見る間に終わりを告げて。

 

 ―― 学生としての佳境。夏へと移りゆくのであった!

 





 どうも、新作発売日に間に合わなかったですすいません(泣
 最近もあまり余裕というものは無いのですが、暫くはポケモンで書き進められそうです。
 ……本編の内容については、なんかこう……どこかで聞いた事があるような(苦笑
 というか、ミィがいつもこういう役回りですね。

 ―― イガルッガ!

 さてさて。ポケモンのXとYが発売しましたね。
 私がネット導入を決める切欠になってくれそうです。年500円ならば全く問題ないですし。
 旅パの方々があれだったり、例によって御三家を早々ボックスへ格納してのマイナー旅だったりしますが、です。

「クチート は ショウ の作戦を 頼りにしてる!(うろ覚え」

「ニダンギル は ショウ の 匂いをかいで(ry」

 ……ああ、もうっ!! グおあああああ可愛(以下略

 ―― イガルッガ!

 仕切り直しまして。
 新タイプやらメガ的進化やらやら、追加されても変わらずのポケモンクォリティー。戦闘時のカットインがバストアップになったため、モブキャラのふとももがじっくり拝めなくなったのはあれですが、ポケモン達が可愛いので良し、です!
 主人公の見た目を(ある程度)変えられる様になったのも要素としては面白いと思いますし。ですが、きっと、ゴスロリは無いんだろうなぁ……などと思いつつ、メインロムを男主人ハムで進めております次第なので。

 ―― イガルッガ!

 ……時折謎の鳴声が混じっておりますが、L=Aが復活したので、只今左手で厳選をしております。と。

 ―― イガルッガ!!

 お、……。
『せっかち』
 実数値……201・151・99・151・110・130(インドメタシン×2で134)。
 捕獲はゴージャスボール。


 ……(廃人思考を展開中)。


 ……良し!

 さて、ストーリーを進めます!!(待て

 ではではっっ。
 リオルとルリリの乱獲を始めつつ、更新頻度も頑張りますっっ!!


▼鳥使いの「ソノコ」
◎出典:ポケットモンスターPt
 Ptはバトルフロンティアの舞台……の島の右上の方。活火山「ハードマウンテン」の中に待ち構えるモブトレーナー。トレーナー種は「鳥使い」。
 手持ちはムクバード、オニドリル、ヨルノズク。
 なんとも空が大好きな女の子。手持ちにオニドリルが居る事と、その作中台詞やらがピッタリだったので、FRLGにて「そらをとぶ」の秘伝マシンをくれる方と同一にしてしまいました。捏造です。
 本拙作独自の設定として、空を飛ぶこと、に長けた天才であるという。……というか、好きこそものの上手なれ。好きなものが上手で何が悪いー、とは思うのですが、けれども、「天才を倒す!」という展開も好きなのです(既にキャラ紹介ではないですが。

Pt
「降りかかる火の粉も翼でバサッと一払い!
 ……
 洞窟の中だと空を飛ぶを使えないのよね」


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1995/春 リーフの思うこと・その1 new!

 

 

 Side リーフ

 

 

 あたしの実家はマサラタウンという所にある。海の見える丘の上にある町だ。

 そこには沢山のポケモンが暮らしていて、たぶん、人よりも多いと思う。

 あたしの家ではママのポケモンであるラッキーとバリヤードしかいないのだけれど、都会に出るともっと沢山の人と暮らすポケモン達がいるみたいだ。

 

 とはいえここ、トキワシティはカントー西側の中では都会なほうだ……と、思う。

 ここ以外の町にはほとんど行ったことがないんだけれどね。タマムシくらい?

 

 

「……」

 

 

 目の前に座ってノートを取るむっつりは、レッド。あたしの兄だ。双子ではないのだけれど、生まれの関係で同じ学年となっている。

 そしてレッドの他にも、ここ ―― トレーナーズスクールにはあたしと同学年の子どもが大勢いた。

 

 

「―― こんな感じで、モンスターボールに入れたポケモンは自動的に『おや』登録がなされることになる。捕獲地も記録されるから、ポケモンをボックスから逃がす際なんかに、これを基準に生態系バランスを考えつつ逃がされるわけだな」

 

 

 先生が電子黒板に色々と書き込んでいるので、ノートにまとめる。もしくはコピー&ペースト。テストの答えになりそうな部分だけにブックマークをつけておく。

 いまはギムキョーイクの範囲を終えて、ポケモントレーナーになるための資格を取るための勉強をしているところだ。

 開けっ放しの窓で結ばれたカーテンがゆらゆら。外をばさばさ飛んで行くポッポの羽音。

 

 

(……あたしも来年には旅に出ることになるのかな?)

 

 

 ちょっとだけ未来の、そんなことを思う。

 カントーを旅する。ポケモン図鑑を持って。レッドはそれを目標にトレーナー資格を取りに来ているんだってさ。

 グリーンのやつにもかなり影響されてる。あいつが今ここに居ないのって、外国……どこだっけ。かろ、かる、かれ……まぁどこだかの外国でトレーナー資格を取るのと同時に、ポケモンの勉強をしてくるためだって聞いてるし。

 

 

(じゃあ、レッドとグリーンは()から影響されてそんな夢を思ったか。……それって、決まってるよねー)

 

 

 ショウだ。いつだかマサラタウンに越してきた、年ひとつ上のポケモン研究者。

 研究者だからって早くポケモンを持てていたらしい。あんなのが近くにいたら、憧れてしまうのもしかたないでしょ。

 

 ポケモン図鑑。カントー地方のポケモンをぜんぶ記録した、トレーナーツールふくごー型の最新アイテムだ。

 わくわくしないはずはない。あたしだって、そらそうだ。

 

 ……というかどうせイソーローするなら、あたしの家に来れば良かったのに。まぁさ。オーキド博士と一緒に来たんだから、ナナミおねえさんの居るグリーンちに行くのは仕方ないと思うけどさ。

 

 

(なーんか、目をかけられてるみたいなんだよね。あたしもレッドもグリーンも)

 

 

 ショウはおとな(・・・)にしては、子どもと遊ぶことにセッキョクテキというか。

 んー、でもひとつ年上だと思えば遊ぶのはフツーだろというか。

 でも、やっぱり、よぉく見られている感じはするんだよね。 

 

 

(……あたしが好きとか!?)

 

 

 ないな、と思いつつムダなことを考える。

 うん。ないな。ショウに限って、ナイナイ。好きならモーションかけるよね。

 見られてる、っていうのはイッテーの距離を置かれているってことでもあるもん。

 というかアイツ、ナナミさんのアタックをかわし続けてるし。鯉とか恋とかにはかまけていられない、って言ってるし。

 

 

(……というか、じゃあレッドたちはどーなんだって)

 

 

 そっちから考えてみよう。

 あたしがレッドに関していちばんにインショー深いのは、ナナシマへ旅行に行った時のこと。

 研究員さんたちと一緒の旅行。そこで、子どもたちがスリーパーっていうポケモンに連れ去られる事件があったらしい。

 あたしも巻き込まれた……んだけれど、じっさい、森の中で目を覚ましてからの記憶しかないからなぁ。あんまり覚えてない。

 

 

(あの時からだもんね。レッドがポケモンバトルに興味を持ったの)

 

 

 お爺さんのニドリーノと、野生のゲンガー。

 あたしはゲンガーが勝つと思ってた。ポケモンリーグの「べすとばうとしゅう」で、何度も見たことがあるからだ。ゲンガーは強いポケモンだって、知っていた。

 けれども結果は違った。

 回りがみえにくい森の中。ニドリーノが自由に動いて、叩いて、けれどぴったりな補助をするお爺さん。

 ポケモントレーナーがいる意味っていうのを、しっかり見た。

 

 

(トレーナーズスクールに行かないって言う選択肢もあったけど……トキワシティまでちゃんと通うし。テストの成績も良いし)

 

 

 ユートーセイというやつなのだ。兄は。

 いつもぼーっとしていたあの眼も、今はポケモン達に全てが向けられているとわかる。

 なんというか。妹のあたしでも……今のレッドが考えたり感じたりしてることは、とても意味のあるものなのだと思うもの。

 そんなレッドに対抗するために、グリーンは海外っていう場所を選んだんだしさ。

 

 

(……どうなんだろーなー、あたしは)

 

 

 スゴいとは思った。でも、怖いとも思った。

 あたしが真っ先に思い出せるのは、駆けつけてくれていたミィに抱きついて安心したことだし。

 

 

(レッドみたいにポケモンとすっごい仲良く出来るわけでもないしなー。グリーンみたいにすっごい勉強してバトルに活かせるわけでもないしなー)

 

 

 わくわくはある。怖くもある。何が出来るのかわからなくて、それが楽しくもある。

 ふしぎ。そういうコトバが合っている気がするのだ。

 

 

(こんどショウに合ったら、ちょっとお願いしてみようかな?)

 

 

 このもわもわしたふしぎを晴らすのに、きっとショウが良いと思う。

 だから今度合ったときに聞いてみよう。あたしも旅に出て良いと思うかな……って。

 もし出るのなら……うん。もうひとつ、お願いをしてみようと思う!

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 

「でさー。ショウ、あたしもポケモンと一緒に旅に出れると思うー?」

 

「おう。思うぞ。良いんじゃないか? 行くならポケモン図鑑もらえるように用意しとくぞー」

 

「やった! ならさならさ、ショウ! ……あたしと一緒に旅してよ!」

 

「……おん?」

 








 短めはさみ。
 改修してるとこういうはさんだほうが良さそうな視点ばっかり浮かんでくるんですよ私。

 今まで出していない視点①。
 (レッド)でも(グリーン)でも、(ショウ)でもない彼女の視点をここで出しているということは、つまり……?
 ナンバリングのとおり、いくつかエリトレ編の時系列に入れておこうと思います。
 季節ごとにひとつずつくらい……かな? リハビリなので書き上がり次第の不定期。




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1995/夏 いざ、合宿

 

 

「―― それでは決を取りましょう。近場の海沿いに落ち着くか、はたまたセキエイ高原か。……ただ今の案で最終決定して、宜しいでしょうか?」

 

「ええ」

 

「異議なし」

 

「別に、どっちでもいいわ」

 

「判りました。では、夏の遠征 ―― その行く先は、セキエイ高原に」

 

 

 Θ―― タマムシスクール/講堂

 

 

 《ガヤガヤ……》

 

「あっちーな、チクショウ。急に熱くなりやがった。信じられるか? ヒトミの奴、こんな時でも炎天下で練習しやがるんだぜ?」

 

「熱心だなー……と言いたいけど、毎日は流石にな。ヒトミの手持ちが無機質な奴らとポニータで構成されてるから可能な芸当だぞ」

 

「ふむ。僕のヒトカゲはそこまで暑さに強くないのだが……まぁそれも個性の1つか」

 

 

 夏が始まりを迎えようかと言う頃合。ただいまスクールの催しの伝達の為、エリートトレーナークラスの人員は殆ど全てが講堂に集められていた。因みに居ない人は、ショウやらミィやら。研究に関する事柄のため、あいつらは今も色々と走り回っているらしい。相変わらず忙しそうだ。

 足元にはクラブのベニ。そんなオレの目の前では、席に着く生徒達も各々のポケモンを傍に出している……なんて光景だ。これはルリの課題を受けてから気づいた事なのだが、タマムシ大学の敷地内において、ポケモンを出すのは禁止されていないのだ。オレやナツホら、それにカトレアお嬢様やリョウ達が嬉々としてポケモンを出していた結果、今ではエリトレ組の多くがポケモンを出しながら生活していたりするんだな、これが。

 さってと。机へと頬杖をつき、教壇に立つ教師陣を眺めながら、手元のプリントへと目を落とす事に。颯爽と壇上に上がったゲン先生が説明を続ける。

 

 

『用紙に書いてある通り。エリートトレーナークラスの今年のポケモン合宿は、セキエイ高原で行われる事に決定したんだ』

 

 

 ポケモン合宿。色々と略されすぎて原形を留めていないな。

 

 

「んで、ポケモン合宿って?」

 

「ああ、そうだな。マツバ先輩から聞く所によると、バトルやブリーダーなどで功績のある方々を講師陣に呼んで、文字通り合宿をするらしい。……合宿という行事の説明も必要か?」

 

「いや、それはいいけど」

 

 

 つまりはセキエイ高原に集団お泊りして、実地訓練をするのだろう。修学合宿……じゃ語呂が悪いから、まぁ、ポケモン合宿という表現も言い得て妙か。

 で。今年の夏の合宿地はどうやら「セキエイ高原」に決まったらしい。

 セキエイ高原は数年に一度、年度末に開かれる通称「ポケモンリーグ」と呼ばれる、全国的なポケモンバトルの決勝戦が行われる地として有名だ。近年では各地にリーグが分散しているものの、ポケモン学の最先端たるカントーにおける大会というのは否が応にも注目されてしまうのだからして……その知名度は世界的なものだと聞いたことがある。

 えぇと、他には。

 

 

「……カントーバッジを集めきった人がチャンピオンロード(ふるい)の後に四天王に挑むのも、リーグ決勝と同じ闘技場なんだよな。あとは、ポケモンリーグ組織自体の本拠地もある」

 

「ま、そう言われれば聞こえは華やかかも知れないわね。……でもセキエイの街は交通の便の悪さのせいで岩一色の地味色だし、シロガネ山に近いせいで寒いわよ? 避暑を含めて、って言いたいのかしら」

 

 

 呆れ顔をした我が幼馴染は、隣で腕を組んで憤慨(ツンツン)している。いや。ナツホは憤慨(プリプリ)している率がかなり高いから、今だけって訳じゃあないけれど。

 ……というか。単純にセキエイ高原を実際に見せてトレーナーとしての意欲を煽りたいって考えるのが普通だろう。我が幼馴染のそれは穿ち過ぎだ。

 

 

「う、うるさいわね。そういう気分だっただけよ」

 

 

 指摘を受けたナツホは頬を赤らめ、視線を逸らす。……んん? ああ、そうかそうか。

 

 

「それ、単にナツホが涼みたいってだけだよな」

 

「……う゛う」

 

 

 だからこそ避暑を含めてー、って思考なのな。納得。

 なーんて、いつもの幼馴染弄りも大概にしておこう。遥か下。講義場の壇にいるゲン先生は、未だ説明をしている最中なのだ。(無言の)黄色い声援を一身に浴びつつ。

 

 

『セキエイ高原での日程はこの通り。今回の合宿の目玉は……そう。他の地方にあるスクールとの合同合宿であるという点だ』

 

 

 ゲン先生の一言に、講義場がにわかにざわついた。

 それもその筈。数年前にリーグ大分割が成された結果、大会と共に組織も分割され、地域には地域ごとのリーグ組織が出来ている。その中でも特に、カントーとその他のリーグはあまり折り合いが良くないと噂されているのだ。そこへ今回の合同合宿の話題である。スクールには地域の特色が出る。だからこそ確かに、他のスクールとの交流は有意義ではあると思うのだが……一体どういう手管を使ったのだろうか。あんまり考えたくない手段なのかも知れないなぁ。

 

 

「にしても、セキエイ高原ねぇ。リーグで使われてるあの闘技場が実際に見れるっていうなら、そりゃあアタシは嬉しいけれどさ」

 

「お前はそうだろうな、ヒトミ。だけどよ。折角の合宿があんな不毛の地で、面白味があるか? いや、ないな!!」

 

 

 大声ではなく、そこそこの声量と熱量で主張を始めるユウキ。

 

 

「遠く離れた異国の地で、合宿だぜ!?」

 

「いや、異国じゃないからな」

 

「ふむ。ユウキが期待するようなイベントが用意されているかは先生方次第だろうな。……ダツラ先生はともかく、ゲン先生は意外と推してくれそうではあるが」

 

「ゴウ。真面目に考えても無駄だと思う」

 

 

 最後にノゾミの手厳しい一言を受けて、ユウキは胸を抑えつつ机に突っ伏す。掛け声は勿論「ぐはっ」。ナツホはため息を零し、ヒトミはいつものにやにや顔で馬鹿だねぇ、なんて呟いているが……うん。このくらい元気があるなら心配ないか。通常運航のユウキだ。因みにケイスケは眠っている。

 オレらが視線を向け直すと、ざわめきが収まってきた頃合いを見計らって、ゲン先生がマイクを握り直す。

 

 

『落ち着いたかい? 説明を再開させてもらおう。合宿に参加するのはシンオウ、ホウエン、ヤマブキ、そして俺達の計4校だ。これは、国内にあるエリートトレーナー組の存在する学校全てだね。通常通りの修学の他に、それぞれの交流を深める為のイベントも用意している。学業と言うだけでなくみんなの思い出となってくれるなら嬉しい』

 

 

 あ。この内容を聞いたユウキが、隣で息を吹き返してる。

 

 

『今日はそのための準備というか、部屋分けやらについての説明をさせて貰いたいんだ』

 

 

 ユウキの瞳が段々と輝きを取り戻してゆく。部屋分けという魅惑のフレーズに引き込まれたに違いない。

 

 

『それじゃあ始めようか』

 

 

 ―― でも、まぁ。結局はいつもの面々になる訳なのだが!

 

 

「グッバイ、おれの青春……!!」

 

「ほら。涙を拭けよ、ユウキ。ただし鼻はかむなよ」

 

 

 本当に泣き始めかねないユウキにハンカチを貸してやる。結局部屋は他校含めて男子合同3部屋になるらしかった。義務教育ならばくじ引きやらで決めるのかも知れないが……いかんせん、ここはタマムシ大学のお膝元な訳で。それといってこじれた人間関係がある訳もなく、予定調和の結果と相成ったのである。

 

 

「くそう。せめてヒトミの訓練につき合ってなきゃあ、もっとお近づきになる為の時間があるのによ」

 

「そうかい? それじゃあ今度からはシュンとナツホを引っ張って行く事にしようかな。ユウキのお手並み拝見といこうじゃあないか」

 

「……お、おう」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるヒトミに、ユウキがたじろぐ。話術に嵌り、何故か後には引けなくなったらしい。

 まぁ、ユウキに関しては個人的には応援しておくとして……

 

 

「……荷物とかの準備、しなきゃいけないよな?」

 

 

 当然と言うか……なにせ手元ある合宿の日程表。その中に(恐ろしい事に)「シロガネ山山中踏破」とか、「チャンピオンロード野営訓練」とかいうものが並んでいるのだ。装備品は整えなくてはなるまい。

 肘を机に突きつつ、オレはそんな事を考え、まずは溜息をつく事になるのだった。

 

 

 Θ―― タマムシシティ/タマムシデパート

 

 

 合宿が発表された当日の放課後、オレは早々にタマムシデパートへと足を向けた。

 あの後ゲン先生に質問をした所、ありがたい事にポケモンに関する必要物品は学校側で用意してくれるらしく、オレ達は各々の衣類を揃えるだけで良いとのお達しだった。

 ただし、チャンピオンロードはそこまで専門的な装備は必要ないらしい。まぁよくよく考えればバッジを集めたトレーナーの中には、エリトレの様にその他技術を学んだ者もいれば、ただの一般トレーナーもいる訳で。その「ふるい」としての役目を持つチャンピオンロードが「ポケモンに関する部分以外」で厳しすぎては、元も子もないのだろう。

 とはいえ、もう一方。セキエイ高原に隣接した「シロガネ山」は未踏の自然である。近くで山中散策のための備品を借りる事が出来るらしいが……エリートトレーナーをやっていればそういった装備を使用することも少なくはあるまい。オレとしては揃えておくのもやぶさかではなく。

 と、いう訳で。靴やらバッグやらを揃えにこうしてデパートまで来たのだ、が。

 

 

「―― で、場所が判らないんだっけ? あんたも下調べくらいはしなさいよ」

 

「いやぁ、デパートだから下調べくらいしなくても案内板を見れば大体判ると思ってたんだ」

 

 

 だが、タマムシデパートは思ったよりも広かった。むしろ広過ぎだろと言いたいくらいだ。

 そんな風に迷ってしまいそうな我が隣に、頼もしきナツホ。

 頻繁にタマムシデパートへ来ている彼女らは店内の構造にも詳しいため、本日の案内役を買って出てくれたのだ。……いやさ。ヒトミやノゾミもいる所でお願いしたんだが、その2名にも推されたナツホが来てくれていて、だ。何ともお頼もしい友人達である。

 因みに今、オレはナツホと合流し、エスカレーターに乗っている。階層をあがって行くと、階層丸ごと衣類品(っぽい)所が見えてきた。ナツホを後ろに引き連れて、順に見てまわる事にしよう。

 オレもナツホも、辺りを適当に見回しつつ。

 

 

「なんか、でっかい看板がでてるわね。何々……ワタルさん愛用のマント、か」

 

「ああ、チャンピオン引退の年始デートのテレビ企画でルリが引き継ぎにってプレゼントした品だな、アレ。あんなマントが似合う人、ワタルさんとイブキさん以外に居ない様な気がする」

 

「どうかしら? あんたも似合……わないわよね。ゴメン」

 

「そもそも似合いたくは無いなぁ。まぁ、今のワタルさんは正確にはチャンピオンじゃあないけど」

 

「そうだったわね。ルリに勝ってないのに繰り上がりでチャンピオンになるのは自分が許せない、って言ってたもの。そのせいで今のカントーはチャンピオン空位なのよね」

 

「そうそ。今のカントーリーグは、あの四天王に勝ちさえすればすぐにチャンピオンになれるんだよな」

 

 

 次の本大会には必然的にチャンピオンも決まるだろうけど、それは1997年の事。勿論そんなカモネギな期間を狙う挑戦者も数多い。それでも負けていないというのは、やはり、カントーのリーグは全国でも高いレベルにあるという証拠なのだろう。チャンピオンロード含めてな。

 

 

「……と、この辺で運動用の靴とバッグだな。あとは防寒具を一揃い」

 

「ふぅん。結構、本格的に揃えるのね」

 

「まな。今じゃ授業には真面目に取り組む方だぞ」

 

「キキョウじゃあそうでもなかったのに?」

 

「だから『今じゃ』を付けたんだって。……これとかどうだ? 暖かそうだけど」

 

「シロガネ山の山頂に行くなら、確かにそれでも良いのかも。……で、分かってる? わたし達が行くのはそんな高い所じゃないし、保温機能はある程度あれば十分よ。その辺ので良いんじゃないの」

 

「それもそうか」

 

 

 助言を受けつつ、いくつか上着を手にとって見る。とりあえずナツホに意見を貰っておけばデザインの良し悪しは気にしなくても良さそうだ。

 そのまま上着と手袋、断熱性に優れたインナー数枚を揃えた所で。

 

 

「こんなもんか? あとは靴くらいだけど、売り場が別だし」

 

「そうね。不足はないと思うわ。わたしもインナーは幾つか選んでみようかしら」

 

「ん。あっても困るもんじゃないからな」

 

 

 そんな風にナツホに付き合って、インナーを幾つか手にとってから2人でレジへと向かう。籠をどさりと置くと、店員のお姉さんが愛想満点にお会計を始めてくれた。

 

 

「1万4千円になりまーす」

 

「ほいほい。……これで」

 

「はい。千円のお返しですねー」

 

「……ふ、ふーん。シュン、意外とお金持ってるのね」

 

 

 おつりを受け取っている最中に、ナツホが自分の財布を開きながらの問いかけだ。確かに、親からの仕送りしか貰っていないオレ達ジョウト組の懐事情は良いとは言えないだろう。だが、

 

 

「この間ちょっとな。ショウの紹介で幾つかバイトしてたんだ。いっても資料整理とか棚卸しとかみたいなものだけど」

 

 

 何しろあいつの研究に関わるものを整理しているだけのバイトだ。ショウとは同室なのだからして、バイトをする間は部屋篭もりになってしまうのだが。

 

 

「バイト……バイト、ね」

 

「もっと手っ取り早いのも幾つかあるけど、オレは自分の時間を減らす訳にはいかないからさ。ショウに色々紹介してもらったんだ」

 

 

 つまりはあくまでポケモン方面に全力を傾けながら出来るもので、と言う事だ。

 

 

「ナツホもやってみるか? ショウの班は意外と女性研究員が多いし何人か有名な人もいるらしいから、支払いもそこそこあるらしいぞ」

 

「ん……わたしは保留、かな。お金はあっても困らないけど、奨学金もあるもの。切羽詰ってるってワケでもないし」

 

 

 考え込んだ末、ナツホはそう返答した。確かにナツホの言うとおりだな。オレだって色々と物入りだったりしなければ、そうそう足りなくなる事はない。そもそも支払いって意味じゃあ普通にバイトした方が効率は良いのだ。

 オレはナツホにそうか、とか返しておいて……と。ナツホの支払いも終わった頃合を見計らって。

 

 

「そうだな……ナツホ。屋上でも行こうぜ。買い物に付き合ってくれたお礼をするよ」

 

「え、……うん」

 

 

 折角の放課後をオレとの時間のために費やしてくれたのだ。付き合ってくれたナツホには御礼をしたい。

 オレ達はそのまま、エレベーターで屋上に出る事にする。上階はさぞや暑かろうと思いきや、……直射日光による熱は兎も角……体感的にはそう酷い暑さでもなかった。日よけや位置の高さによる風通しの良さ、そして何より屋上一杯の植物による効果なのだろう。

 ナツホを屋上端のパラソル下に座らせて、さて。自販機でサイコソーダを買って来ることにしようか。……あっと、そうだ。

 

 

「屋上なら良いんだったな。……えーと、ミドリ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ヘナナッ!」

 

 

 デパート内は混み合う為、(禁止されている訳ではないが)よほど空いて居ない限りはポケモンをボールに収めておくのが暗黙のマナーらしい。だが屋上はその限りではなく……今も、そこかしこでポケモンと共にくつろぐ人々が見て取れる。

 おいしいみず、サイコソーダ、ミックスオレが販売されている自販機は……あった。オレはサイコソーダを4本買い、ナツホのもとへと抱えて戻る。戻ってみると、ナツホも自らのガーディを外に出していた。

 

 

「お待たせ。ほい、サイコソーダで良かったか?」

 

「ヘナナッ♪」

「ガウガウッ♪」

 

「ありがと。この夏場に『あったかい』ミックスオレよりはマシよね」

 

「……そういやあったな。商品の入れ替え、してないのか?」

 

「自販機のラインナップに木の実ジュースを導入するか検討中で、そのままになってるらしいわ。この間ヒトミが間違って買ったやつをミカンが飲まされてたもの。なっまぬるーいミックスオレ」

 

 

 なんともミカンの行く末が忍ばれるエピソードである。

 オレらは互いのポケモンにサイコソーダをやりつつ、そういえば、ナツホに聞いておきたいことがあるのだ。日光を浴びながらサイコソーダの缶を両の葉っぱで抱えるミドリを見やり、水と光で光合成か……そしてガーディにエスパー(サイコ)炭酸水(ソーダ)は効果抜群か否か……なんて考えながら。

 

 

「なぁナツホ。なんでお前、その3匹なんだ?」

 

「……あによ。わたしの選んだポケモンに文句でもあるの?」

 

 

 いや。それはケンカっ早過ぎるだろう。掌でどうどうと宥めておいて。

 

 

「ガーディ、ヒトデマン、ニドラン♀。……どっちかっていうとバトル向きだよな。普通に女の子らしい可愛いポケモンを選べば良かったんじゃないのか? 勿論、そいつらが可愛くないとかじゃあないけど……ナツホもプリンとかピッピとか好きだったろ」

 

「……それは、そうだけど」

 

 

 なにせナツホの部屋には可愛い系のポケモンの写真集が一杯にあるほどだ。だとすれば ―― 一応の予測はつくものの。

 

 

「ゴウはチョウジタウンで修めた特殊な技術を色々と持ってるしお役目もあるから別だけど、ナツホはノゾミやケイスケみたいに割り切っても良かった筈だ」

 

 

 ノゾミは自分でも「練習役」って言う程だし、ケイスケのドラゴン押しだってそうだ。あいつらは各々が好きなポケモンを選び、「その上でバトルも」という選択を取っている。が。

 

 

「ナツホは違うだろ。3匹選んで、しかもどれもがバトル向きでもある。……ナツホはなんで、オレに付き合ってくれてるんだ?」

 

 

 意を決して問いかける。自惚れでは無い、と思う。

 

 

「始めに言っておくけど、けど ――」

 

 

 念を押し、ナツホはふんとそっぽを向いて。

 

 

「―― ねぇ。アンタはそれを、あたしに、言わせるの?」

 

 

 頬を赤く染めながら、上目使い。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………うわ卑怯だろうそれは。

 

 じゃあなくて。ごほん、げふん。

 これは此方が悪いな、うん。何を言わせようとしているんだって話し。そも何を話そうとしていたかに心当たりも無いのだがっ。

 

 

「ゴメン。この話は保留ということで」

 

「そ、そう。それが良いわ、……ぐふっ、げふっ」

 

 

 ぐいと飲んだ拍子、気管支にサイコソーダが迷い込んだのだろう。ナツホがいきなりむせていた。どこまでも締まらない我が幼馴染である。だがまぁ、そこがまた可愛い所でもある。

 むせたナツホの背を撫でつつ、シロガネ山の方向を見やる。うっすらとだが、その雄大な姿が見えていて。

 

 

「一先ずは合宿だよなぁ」

 

「え、ええ。ヤマブキのいけ好かない連中はともかく、シンオウとホウエンから来る人達は楽しみね。……どんな人たちかな?」

 

「オレも知らないなぁ。ショウなら知り合いもいそうだけど」

 

「ふん。あいつは全世界に知り合いばっかりでしょうよ」

 

「それもそうか。ああ、そういや、相談したいことがあるんだ。アカネのレベルなんだけど……、……」

 

「そうね。まだ時間はあるし、付き合ってあげないことも無いわよ?」

 

「……デレてからツンに移行した場合、デレツンで良いのかなぁ」

 

 

 夏を告げる風の中、タマムシデパートの屋上にて。

 オレは我が幼馴染と、夕暮れまでデートを続けるのだった。

 






 ついに拙作作中でラブ(コメ)とかしましたね……(遠い目

 さて、夏編にやっとのこと突入です。
 展開の都合上、登場人物は無駄に増え、その1人1人を紹介はしますが、かといって別段役割があるわけでもないですので。
 合宿に焦点をあてるため、ばーっと書き進められればいいなぁ、と思っております。


 因みに駄作者私、メタモンは結局ポケトレで何とかしました次第。どうやら腕はさび付くまでは到っていなかった様子です。総計120連鎖程度でしょうか。最後は寝ぼけてローラスケートを出してしまい、ジ・エンド。気持ち4殻の連鎖率が上がっている気も致しますので、メタモンに困っている方は是非ともご一考ください。ゴチミルが出ても責任は取れませんが。
 私の成果の程は、3ボックス分ほど捕まえて4Vが5体、5Vがゼロ。色2体。
 ……うーん、まぁ、良いのですけれども!


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1995/夏 合宿なので全員集合

 

 

 Θ―― セキエイ高原/闘技場前

 

 

『はぁい。タマムシの皆様は、こちらに集まってくださぁい』

 

『ユー達の華麗な整列に期待しよう』

 

『シンオウの皆は……居ますね。このまま待っていてくれるかしら』

 

 

 遥かに高いシロガネ山のお膝元。セキエイ高原の闘技場前に無数の学生達が列を成している。

 そう。何を隠そう、本日は来るべき合宿の初日なのである。

 集団移動でトキワシティの横からバッジゲートを潜り、チャンピオンロード……の横に併設された用務員用の通路を抜けてここまで来たのだが。辺りには各地方から集まった、一杯の学生達。各々が地域ごとの制服を着ているため見分けは容易だが、それにしてもと言いたくなる大人数なのである。

 とはいえ学生達を見ているより、オレの視線はどちらかと言えば上向きだ。ポケモンセンターを抜け、テレビなどで良く見るポケモンリーグの闘技場に熱視線を向けている。何ともはや、でっかいなぁ……と言う感じで呆けているのだ。荘厳な雰囲気もあるし、流石はポケモンリーグと言った所か。

 そんな風に感心していると、前に並んだ教師陣……その内の美人な人が拡声器を持って話し出す。

 

 

『各部屋へ荷物を置いたら施設の案内を行い、そのまま競技場で実践練習に移ります』

 

 

 すらっとした肢体に黒1色の、格好良い系美人だ。金の長髪が味気ないセキエイにあって実に映える。

 ……あれは確か、シンオウチャンピオンのシロナさんだな。聞く所によると彼女も今回の合同合宿の企画に一枚噛んでいるらしく、特別に引率をしてきたらしい。

 シロナさんが合宿1日目の概要について説明を行っていく。今日はどうやら、このまま部屋に行って荷物分けや顔合わせを行い、闘技場で交流バトルをするらしい。

 そういや、ポケモンバトル……その「本番」をしたことはまだなかったなぁ。ヒトミとかショウとバトルをする事は多々あるが、あれは練習の意味合いが強い。真の意味で「勝ちたい」バトルは、これが初めてになるだろう。

 一先ず、気合を入れなおす事にしておくか。コミュニケーションに注力していた分レベルに関して多少の差はあるだろうが、それでも、上の学年(ジムリーダー組)のトップクラスでレベル20台。同級生相手では、今のオレ達が埋めきれない差はない筈だ。

 

「(自信は、ある)」

 

 目の前に並ぶエリートトレーナー候補達の背をみながら、ぐっと拳を握る。普段は他の学校に居る彼ら彼女ら、その全てが壁になる訳ではないだろう。だがオレ達が学べるものは大きいに違いない。

 

 

『それではあたし、シロナとエリカが女子達を先導します。男の子のキミ達は、アダンさんやゲンさんが案内をしてくれますから、ついて行って下さい。同室になった子達と仲良くするのも良いけれど、各自指定された闘技場に10:00集合ですから遅れないで下さいね。……それじゃあ! お部屋に行きましょうか!』

 

 

 どこか子供っぽさを残した笑顔でシロナさんとエリカ先生、それに後数人の女性教員が女子の群れを引き連れて宿舎へと向かっていった。因みにオレ達が泊まる旅館は本来ポケモンリーグ開催中しか解放されていないのだが、今回の合宿のため特別に開けてもらったらしい。

 女子達が視界から消えた所で、目の前に立つ男性教員らが声を出す。ゲン先生と、それに目立つ人がもう1人。コートを羽織る渋めの男性……アダンさんと言ったか。

 

 

『それではこのわたくしアダンと、隣にいらっしゃるゲン先生がお部屋まで案内しましょう。一部屋30人と少しです。右半分はわたくしが、残る左半分をゲン先生がショウアゲスト……すなわち案内いたします』

 

『ああ。今から行けば部屋についてからも1時間半ほど自由時間があるね。そんなに離れている訳じゃあないから友達の部屋に行っても良いし、先に闘技場の見学をしていても良い。ただしシロガネ山の中と、女子の宿泊施設のロビーから奥には、入らないように気をつけてね』

 

 

 2人続けての説明。が、それはそれとしてアダンさんはあれだな。端的に言ってめんどくさそうだ。どうやらオレはゲン先生の引率らしく、その点について幸運と言えなくもないであろう。

 そんな事を考えていると、先生達が宿舎のある方向へと歩き出した。生徒の列が先生に率いられ、次々と入口を潜っていく。

 さて。オレも行くとしますか。

 

 いざ、合宿!!

 

 

 Θ―― 宿/氷水の間

 

 

 宿の部屋の名前には、歴代四天王の得意としていたタイプや戦法が飾られる事になるらしい。オレを含むグループ30名程が泊る事になったのは、現四天王であるカンナさんをイメージした部屋だ。

 とはいえ部屋毎に大きな違いがあるわけでもない。先程隣の部屋を見に行ったが、装飾や家具の配置は似たようなものだった。ま、あの家具らはその内に撤去されるんだろうけどな。オレらの人数と部屋の広さを鑑みるに、この人数が泊まるにはどうやっても雑魚寝しか思いつかないからさ。

 因みに、男子は3部屋に分かれていた。どの部屋にも各地方の生徒達が均等に分配されている。カントーが最も生徒数が多く100人程。シンオウとホウエンが80名程度ずつなので、今回の合宿は合計260名の大所帯という事になる。

 

 

「さてと、荷物はこんなもんか」

 

「なんかそれっぽい事を言ってるけど鞄を枕元に置いただけだからな、ユウキ」

 

「ふむ。とはいえ、ユウキの言う事は正しいだろうな。集合時間まで、まだ1時間30分ほど時間がある。その先に待つイベントがバトルである以上、準備も必要物品も無い」

 

 

 同部屋には、我が愛しきいつものメンバーだ。ゴウはいつもの顎に手を添える仕草でふむ、とか思案気な感じになっている。が、確かに。

 ポケモンバトルをする以上……授業であるからには道具の回数制限があるだろうし……1時間半という時間は、準備に当てるに長過ぎるのだ。

 先生達は散策をしても良い、みたいな事を言っていたが。

 

 

「普通に考えて他の生徒達と交流はかれ、って事だよな?」

 

「ま、そーだよな」

 

「うむ。僕もそう解釈している」

 

「……zzZ」

 

 

 オレの解釈はどうやら、ゴウとユウキのお墨付きを貰えたらしい。ただしケイスケは眠っている。

 さて、方針が決まったのであれば出し惜しみをする事もないだろう。オレは部屋に集まった他の生徒達を見回してみる事にする。

 

「(……制服も色々あるもんだな)」

 

 先ず眼に入るのは制服の違いだ。カントーとジョウトでは、エリトレは赤を基調とした制服が支給される。実際今のオレ達も身に纏っている、見慣れた制服だ。こうしてみてみるとシンオウのは橙~茶色っぽい色。ホウエンのはシンオウ勢より若干明るいオレンジが主となり、その気候からか、とりあえず暖かそうな感じをしているな。

 とはいえ既に結構な人数が散策へ向かってしまっているからか、部屋に残った人は疎ら。散策へ向かった奴等は恐らく各学校でのいつものメンバーと合流して気ままな学生旅行を楽しむつもりに違いない。

 言う事はだ。彼らも同じく、交流をはかろうと考えている組なのでは?

 なんて逆説的な考えをしていると、他の学校出身のエリトレ達4人が揃って、オレら一団へと近づいてくる。どうやら適当な予測は外れていなかったらしい。オレ達の目の前まで歩いてくると、胡坐になって座り込んだ。どうやら律儀にも、視線の高さを合わせてくれたらしい。

 

 

「さてそれじゃあ、自己紹介といこう。俺はカズマ。見ての通りシンオウ出身だ」

 

「オレ、ナオキ。カズマと同じくシンオウ出身だってんの。因みに同じエリトレクラスのチトセって奴が彼女だかんな!」

 

 

 シンオウの制服を身に纏った2名。いかにもなイケメンがカズマ、微妙に愛らしい系のモテ野郎がナオキと。そんじゃ、そちらは?

 

 

「……ああおれ、リョウヘイ。ホウエン出身」

 

「おいおい、それだけかリョウヘイ。……相方が無口ですまないな。オレはアサオ。同じくホウエンのスクールに所属している。ヨロシク頼む」

 

 

 各クラスから2名ずつ。実に塩梅の良い配分だ。

 だが自己紹介をされたからには、返さなければなるまい。オレ達も揃って紹介をする事に。

 

 

「オレはシュン。ジョウト出身なんだけど、訳あってカントーまで来てる」

 

「僕はゴウ。出自はシュンと同じく、だな。因みに残り2名も同じ様な境遇だ」

 

「おいおい、先取りすんなよゴウ。……おれはユウキ! 彼女は募集中な!」

 

「……ん、ボク、ケイスケ……ぐぅ」

 

「ああ。宜しく頼むよ」

 

 

 見回し、イケメンスマイルを浮べたカズマと握手をする。ケイスケが「ねごと」さながらの自己紹介を繰り出したのはまぁ、良いとしてだ。

 自己紹介を終えた所で、仕切り屋な性分でもあるのだろう。カズマは若干困ったような顔を浮かべ、ある1名を指差しつつ、周囲に居るオレ等8人にしか聞こえないような子声でささやいた。

 

 

「なあ。アイツ、シュン達と制服は同じだけど……アイツもタマムシのか? それとも……」

 

 

 ああ、そういや制服が同じだから忘れてた。オレ達の他にも、ヤマブキスクールのやつが部屋の(お座敷にはよくある)窓際の空間に置かれた椅子に座っているのだ。

 カズマがそれとも、を付けたのは妥当だろう。なにせ、件の少年(おそらく)は『仮面を着けている』、見るからにエスパーって雰囲気の少年。いや、オレ達も少年ではあるのだが……あれと一括りにはなるまい。

 言い辛そうなカズマ達に向かって、ゴウが返答する

 

 

「む。恐らくはそれとも、の方だな。彼はヤマブキのスクール生徒だろう」

 

「やっぱりか。……大丈夫なのか? あれ、噂のエスパーだろ」

 

「まぁまぁ、それもまた良しだぜカズマ。面白そうだし。オレは大歓迎だかんな」

 

 

 シンオウ組のカズマとナオキが言って、ホウエン組のアサオとリョウヘイも。

 

 

「エスパー……実物を見るのは初めてだな」

 

「……あれが」

 

 

 驚きに困惑。色々な感情が入り混じった視線をエスパーたる彼へと向けている。

 ……そうか。超能力者ってだけで大変なんだろうなぁ、彼も。機会があったら話してみる事にしよう。

 なんて第一遭遇を終え、男同士で暫し各々のスクールの事を語り合っていると。

 

 

『各地方エリートトレーナー組の生徒は、闘技場へ向かってください。繰り返します……』

 

 

 旅館を貸し切っているからだろう。放送機器を通じて、生徒の集合がかけられていた。

 ここで時計を見てみると、集合10分前に。闘技場までの移動時間を加味すれば丁度良い頃合だろう。オレ達は腰を挙げ、それぞれの移動先へと向かう事にする。

 

 

「そんじゃな!」

 

「おう」

 

「また後で合流しよう」

 

「またねー」

 

 

 ゴウやユウキやケイスケ、それに他のスクール生とは闘技場のロビーで分かれる事になった。けれどもどうせ部屋は同じなのだし、交流する機会はこれから幾らでもあるのだ。楽しみにしておこう。

 ……さてと。オレが指定されたのは、E-8バトル場だったか。どこにあったかなぁ、などと考えながら、ロビーの壁一面に設置された大きな電光案内板へ近寄る事に。

 ふむ。どうやら右の通路、2階奥らしい。

 

 よし、行こう!

 

 オレにとって、初めてのバトル!!

 

 

 

 Θ―― 闘技場(E-8)

 

 

 

 オレが指定されたバトル場に着いて暫くすると、スクリーンを使用してのバトル説明が始まった。

 闘技場と言っても、ここは予選で使用される場所。そこまで大掛かりな仕掛けがある訳ではなく、気持ち程度の水場が設置された平面土のフィールドだ。

 E-8のバトル場にはオレを含めて3組6名の少年少女が集まっている。今の所、その視線は全てスクリーンの中に立つゲン先生へと向けられていた。

 

 

『―― 使用ポケモンは各生徒のパートナーとして専用ボールに入っている手持ち全てで、上限は3体まで。ルールはリーグ本戦に則って勝ち抜き戦になる。だが、1つ。特別なルールとして……今回の戦闘において、各トレーナーは道具の使用が可能だ。各自、支給された「いいキズぐすり」を2つまで使って良い』

 

 

 ここで闘技場に入った時に支給された四次元バッグの道具リストを見てみると、確かに『いいキズぐすり』が入っていた。これは多分、道具使用の訓練を含んでいるという事なのだろう。

 

 

『ただしその代わりとってはなんだけど、ポケモンに道具を持たせるのは禁止。これはトレーナーによる差が大きく出てしまうからだね。そして最後に、大事な事を。……このバトルの勝敗は成績には全く関係しない。自分達の修練だと思って、存分に楽しんでくれると嬉しい。……では、3分後にバトル開始の号令をかける。各自トレーナースクエアに立って、準備をしてくれ』

 

 

 言うと、タイマーが表示され始めた。よし、それじゃ準備をするか。

 赤のトレーナースクエアに立ち、トレーナー機器を身につける。モンスターボールを持ち、少しだけ考える事に。

 現在、オレの手持ちは3匹。

 クラブのベニ、マダツボミのミドリ、イーブイのアカネ。ベニが最もレベルが高くレベル9、ミドリが8。残念ながらアカネはバトルの練習が出来ず、未だレベル1という状況。

 

「(……今後の事を考えると、アカネは今の状態で使う訳にいかないよなぁ)」

 

 戦略としてはありかもしれないが、こんな状況でバトルに出しては、新たなトラウマになりかねないのだ。ならば実質、オレの手持ちは2匹だけ。

 ……っと。忘れてた。

 オレはルリの講義にあった教えの内、「相手を見る」という部分を思い出す。いくら自分のポケモンだからと言って、勝負の勝ち負けにおいて重要なのは相手との相性なのである。

 そう考えて前を見据えると、オレの正面にある青のトレーナースクエアには、シンオウのエリトレ制服を着たすらっとしたスタイルの女生徒が立っていた。そして背が高い。モデルでも出来そうな感じだ。

 彼女はオレと目があうと、ニッコリと笑いながら此方へと近づいてくる。

 

 

「こんにちは。目と目があったら、ポケモン勝負の始まりね! ……ああ、これ、1度は言ってみたかったのよね!」

 

「どうも、こちらこそ。よろしくお願いします!」

 

 

 残り時間はまだあるからな、と。バトル場の中央まで歩いてきてくれた彼女へ足早に近づき、握手を交わす。

 

 

「わたしはチトセ。貴方は?」

 

「オレはシュン。タマムシのスクール生徒ですから、よろしくお願いします」

 

「わたしはシンオウのトレーナーなんだけど。自分のポケモンでバトルをするのは、なんと生まれて初めてなの! あ、だからと言って手加減してなんて言うつもりはないんだけど……とにかく、バトル、ヨロシクね!」

 

「はい。勿論、オレ達だって勝つつもりで勝負しますから」

 

 

 この返答にチトセはにかっと笑い、腕を掲げながらトレーナースクエアに戻っていった。

 ……けれど。

 チトセ、チトセ……ねぇ。この名前、つい最近どこかで聞いた気がするんだよなぁ。どこだっけ。

 考えている内に、電光掲示板はカウントダウンを開始していた。

 10あった数は、いつしか5を切り、3まで減って。

 

 ……ああ!

 

 

『それでは ―― ポケモン勝負、スタート!』 

 

 

 オレが閃くのと勝負開始の放送は同時だった。

 名前はチトセ。シンオウ地方のエリトレ。

 

 チトセって、さっき部屋で会った、ナオキの彼女だっ!?

 





 今回は一先ずここまで。
 アダンさんがルー語(っぽいの)を話すのは原作の通りなのですが……これでいいのでしょうか(笑

 因みにエリトレ達がチャンピオンロードに突っ立っているのが多いのは、原作の通り。終盤にかけて増えてきますからね、エリートトレーナー。最近の作品の傾向もあわせると、ベテラントレーナー、サイキッカー、かくとう/バトルガールあたりがバトルにおける強トレーナー種であるみたいです。
 ……ところでミィがXYに出たら、「メルヘン少女」に分類されるのでしょうかね……。


▼エリートトレーナーの「カズマ」
◎出典:FRLG/チャンピオンロード
 チャンピオンロードも中盤、お宝の前に立ち塞がるにくいお方。
 手持ちはナッシー、マルマイン、ウィンディ、サンドパン、パルシェン。
 ところで私、勝手にですが、エリトレ達が最も強いのはFRLG……ひいてはやはりの、カントー地方であると思っております。はい。カズマやらの手持ちを見れば。こんなんと連戦して勝てるのなら、そらもうチャンピオンにでもなれるでしょうね……と。

「ロケット団のサカキを倒したのは……きみか!」

▼エリートトレーナーのナオキ
◎出典:DPPt/228番道路(バトルフロンティア近く)
 手持ちはゴルダック、ライボルト、サンドパン。
 コトノに引き続き、台詞が印象的で採用しましたお方。彼女云々は創作ですが、きっと良い性格をしているかと(妄想

「ポケモンのレベルとか攻撃力とか気にしてる?
 ポケモンの数字なんてどうでも良いことさ。大事なのは勝てるかどうか! 数字だけじゃ判らない!」

▼エリートトレーナーのアサオ
◎出典:FRLG/チャンピオンロード
 手持ちはラッタ、リザードン、リザード、フシギソウ、カメール。
 チャンピオンロードに入るなり、御三家を使用してプレイヤーを出迎えてくれる驚かし担当のお方。因みに出典はFRLGですが、本拙作においてはホウエン出身と設定されております。捏造ですね。
 個人的にはゲームも終盤になったこの舞台に、ラッタを出してくれて有難うとお礼を言いたいです。

「なかなかやり手のようだな。お手合わせ願おうか!」

▼エリートトレーナーのリョウヘイ
◎出典:RSE/チャンピオンロード
 手持ちはドードリオ、ユンゲラー、マルマイン、ダーテング。
 他にはない個性がありますこのお方。RSEにて存在感を発揮しました「きょうせいギブス」をくださる「勝ち抜き一家」の長男さん(と推測される)。
 本拙作においては色々とありまして、RSE本編とは結構性格が違う設定になっていますが。

「家族全員でポケモンの修行をしてたんだ! 誰にも負けないぜ!」


 チトセの紹介は後々に。
 では、では。


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1995/夏 合宿バトル、にて

 

 Θ―― VS チトセ

 

 

『―― 始めッ!』

 

 

 彼女とか言う単語には何となく釈然としないが、驚いている暇は無い。オレは大慌てでボールを掴むと、前へと投げ出す。

 

 

「任せた、ミドリ!」

 

「ヘナナッッ」

 

「いけっ、ディグダ!」

 

「ディググゥ!」

 

 

 両の根でひたっと降り立ち、ミドリとディグダとが向きあう。

 草VS地面。相性はこれ以上ないが……いいや。躊躇している時間も惜しい。

 手元のバトルレコーダーを使用し、相手(チトセ)の登録ポケモン数とレベルを確認。ディグダのレベルは5。だがこのレベルは最近にポケセンに寄った際にトレーナーカードを通じて自動更新されるものであるため、実際にはもう少し高くなっている可能性を考慮しておかなければならない。

 

「(そして、チトセの手持ちは、3匹)」

 

 なら数でもこちらが不利に違いない。初っ端は、攻撃一択で!

 

 

「ミドリ、『つるのムチ』!」

 

「―― 戻って、ディグダ! ……いけっ、ロコン!」

 

「ヘナッ!?」

 

「―― ロコォン!」

 

 《ビシィッ!》

 

「コンッ……コォン!」フルル

 

 

 放った蔓を止める事はできず、そもそも止める必要性は無い。チトセが交換して繰り出したロコンに効果はいまひとつだが、……ここからどうするかだ。

 ここでオレもベニに替えることは出来る。だが炎タイプと言えば「やけど」の状態異常がやっかいだ。可能性は低いが、ロコンの持つ炎技で物理攻撃が得意なクラブが機能停止になってしまうと、その時点でオレの負け。

 その上ディグダとロコンはオレのもう1匹の手持ちのベニで突破可能であるが、相手には未だ見ぬもう1匹が潜んでいるのだ。此方の手の内は出来る限り隠しておきたい。

 

 

「となれば、だ。……できるか?」

 

「ヘナッ!」

 

「だよな。……いけ、ミドリ! つるのムチ!」

 

「えっと、ロコン、『ひのこ』っ!」

 

「コォンッ!」

 

 《ボボッ……ボッ!》

 

 

 種族的な素早さの差があってか、先手は譲る形。……けど、それで『つるのムチ』が止まるかと言われると!

 

 

 ――《シュルッ、バシィンッ!》

 

「コンッ!?」

 

 

 相手のロコンはレベル6近辺であり、また着火→飛ばすという技行程のたどたどしさを見る限り、本当にバトルに慣れていないのだろう。ミドリの方がレベルが高く、技の習熟度が高い事もあって、『ひのこ』の方が出は早くとも『つるのムチ』の速度が勝ったのだ。

 放たれた火の粉を突き破り、ミドリの手(葉っぱ)近くから伸びた蔓がロコンの前足を払った。ロコンは地面に転倒し、べちゃりと地面に顔を打ち……放たれた火の粉は、途中からあらぬ方向へと向けられた。甲斐あって、火は僅かに触れたという程度。

 

 

「もう1回!」

 

「ヘナァッ!!」

 

 

 物理攻撃は使い方次第で連携を取り易い。量の減った『ひのこ』を耐えたミドリは、再びロコンに向けて蔓を伸ばす。

 ミドリは、あの『ひのこ』程度では体勢を崩されない。逆に相手は転倒している。となれば、これは絶好の好機。根を踏ん張り、全身全霊を込めた一撃を ―― 狙って!

 

 

「ミドリ、顎だっ!!」

 

「ヘェ……ナァッ!!」

 

「あっ、危ないロコンっ!?」

 

「コン?」

 

 ――《ズベンッ!》

 

「コォンッ! 、……」

 

 

 

 勿論闇雲に狙ってもらったのではない。急所を狙った(・・・・・・)のだ。

 これは毎日観察をしていて実感できた事なのだが、マダツボミという種族は脚にあたる根や手にあたる葉っぱよりも「蔓の方が器用に動かす事が出来る」。そのため、蔓を自由自在に ―― ロコンの顎をピンポイントで狙う様な動作も朝飯前なのである。先の『つるのムチ』の錬度の高さもこの辺に由来する。

 そして恐らく、チトセはこう考えていた筈だ。キズぐすりが使えるのなら、まずはロコンで受けておこう……と。効果がいまひとつならば回復する機会はあるのだし、大筋として間違った思考ではないと思う。

 だがそれはロコンが『つるのムチ』を十分に耐えられる事が前提だ。また、トレーナーズスクエアから回復アイテムを使用するには遠隔アイテム投与ツールを起動しなければならない為に時間がかかってしまう。 

 因みにオレはというと、キズぐすりの使用に関しては練習していない訳でもないが……如何せん、勝ちたい試合に組み込むほどの要素ではない。レベルが低い以上、受け役がいたとしてもタイプ相性が重要になってきてしまうからな。

 さて。蔓に顎をどつかれたロコンは、身体を大きく反らしたままだ。熟練されたポケモンであれば反撃できなくは無いだろうが……チトセもロコンも狼狽している以上、これは大きな隙でしかない、な!

 

 

「とどめっ!」

 

「ヘナ、へナァッ!!」

 

 《ビシィッ!》

 

「コォォンッ!?」

 

「大丈夫っ、ロコン!?」

 

「……クォン」

 

「もう、こっちは戦闘不能ね。ありがとロコン。戻って!」

 

 

 チトセが吹っ飛んだロコンをボールへと戻す。対してこちらは、勝ち抜きルールのためミドリを交換する事はできない。

 

 

「ミドリ、ナイスだ!」

 

「へナナ!」

 

 

 蔓と手とでハイタッチ。

 ……良し。次だな。

 バトルレコーダーの画面上でチトセの手持ちを表すボールマークに×がつき、チトセが新たなモンスターボールに手をかける。

 

 

「しょうがないよね。いけっ……ディグダ!」

 

「ディグゥ!」

 

 

 ボールから出たハズなのに、地面からポコッと顔を出すとか。

 ……さて、ここでディグダか。教えを生かして、「相手の思考」を考えてみよう。

 この場面で『つるのムチ』が効果抜群なディグダ。考えられるパターンとして、

 

・相手のもう1匹がマダツボミに対して(ディグダよりも、更に)相性が良くない

・このディグダに何かしらの方策がある

・もう1匹を使う為の下準備

・オレと同じく、もう1匹自体に何かしらの問題がある

 

 辺りが可能性として濃厚だろうか。これはディグダに限った話ではないが、教え技を含めるとポケモン達が覚える技のタイプは実に多種多様であるらしい(・・・)のだ。マダツボミに有効な技を持ち合わせている可能性は十分にある。

 ディグダの種族的な能力から考えて……先に発動する事で有効に働く変化技か、もしくは。

 

 

「お願いディグダ、『つばめがえし』!!」

 

「ディグッ ――」

 

「っ、『つるのムチ』!」

 

「へ、ナッ」

 

「―― ディググッ!」

 

 《シュババッ》――《ズバンッ!!》

 

 

 ディグダは「素早い」ため、ミドリが先手を取るのは難しかった。目を回すほどの速さで、ディグダが爪っぽい何かを振り回した……そんな気がする(はっきりとは見えなかったが)。

 ロコンの火の粉によってHPが少ないながらに減っていたからであろう。多方向からの攻撃によってミドリの身体がジグザグに曲がり、倒れてしまう。

 

 

「ヘナュ」

 

「こっちも戦闘不能! 戻って休んでくれ、ミドリ!」

 

「よぉしっ!」

 

「ディグッ!」

 

 

 安心した、という風にチトセがグッと拳を握る。

 成る程。彼女の『しょうがない』発言は、『つばめがえし』が習熟されていないからだったか。自信を持って繰り出せるならロコンで受けようとせず、始めから『つばめがえし』を出していれば良い筈なのだし。

 ミドリが倒され、これで残るはクラブのベニのみ。……ディグダが相手なら、コイツで、相性的にも問題は無いな。

 

 

「任せた、ベニ!」

 

「グッグゥ!」

 

 

 ベニはボールから出るなリ、任せてくれとばかりに左の鋏を掲げる。よし、頼んだぞ。

 出した瞬間がバトルの再開だ。チトセのポケモンも此方へと向きなおし、

 

 

「『はさむ』!」

 

「ううっ、ディグダ、『すなかけ』!」

 

「ディグッ!」

 

 《ズザザッ!》

 

「グッ、グッ……!」

 

 ――《バチンッ!》

 

「ディ、グゥッ!?」

 

「ああっ!?」

 

 

 『すなかけ』によって視界が遮られたものの、ベニの鋏がディグダを捉える。そのままギリリと締め上げると、ディグダは力なく地面に潜っていった。

 よし、これで残るは1匹のみだな。

 

 

「戦闘不能! 戻ってディグダ! ……くぅ、こうなったら……!」

 

 

 ボールにディグダを戻したチトセが、新たなボールを取り出した。願う様に額につけ、……

 

「(えっと、あの表情は……不安か?)」

 

 そのままボールを宙へと放る。

 開き、中から現れたのは。

 

 

「行けっ……ライチュウ!」

 

「ラーァィ、ヂューッ!」

 

 

 橙の肌。すらりと伸びた尾をピンと立て、頬についた電気袋をバチバチと光らせる。進化前のポケモンと違う大きなその身体は、一際の異彩と威圧感を振りまいている。

 

 ……ほぉ、ライチュウ。

 

 

 ……。

 

 

 …………はぇ!?

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 自分がバトルをする闘技場へ向かいながら、大きく腕を伸ばしてのびをする。伸ばす先には、今日も変わらぬカントーの青空が広がっていた。

 

 

「やっと! やっっっと自国に帰ってこれたっ!!」

 

「ええ、長かったものね」

 

 

 そう。俺ことショウ、それとミィはつい先日まで、我が研究班員の研究の為にイッシュやらカロスやらの外国をウロウロしていたのだ。が、学業の方もサボる訳には行かないのだからして。エリカ先生から代替の効かない合宿には多少遅れても良いから合流するようにとのお達しが来ていたのだ。そんなこんなで、俺はこうしてセキエイ高原まで来ている訳で。

 因みに、我が班員の研究はイッシュ地方を中心に行うことが決まった。その点については成果がでたと言える。いやぁ、何より何より!

 

 

「グリーンは大丈夫そうだったのかしら」

 

「あー、まぁ大丈夫なんじゃないかね? 元気にバイビー言ってたし」

 

 

 因みに原作XYの通り、グリーンはカロス地方へ留学中。ボンジュールはともかくバイビーは……ま、良いか。本人が気に入ってんだし問題無いだろーな。

 我が班員の研究の候補地としてカロス地方も挙がっていたために訪れたんだが、まぁ、結局はイッシュでやる事に決まったからな。その間、俺もグリーンとカロスを周ってみたりしていたのだ。勿論そこそこのイベントもあったりしたんだが……さておき。

 んー! やっぱり慣れたカントーの空気はいいな!

 

 

「原作前はあれだったけど、最近じゃあタマムシにも慣れてきたからなー……と?」

 

「……あら」

 

 

 通路を歩いている最中、響いた音につられて横を見ると、通りかかった闘技場の中で数名の生徒がポケモンバトルを繰り広げていた。陣形を見るに、俺とミィもこれから行うバトルの実践授業だろう。端にカメラが設置されている状況からして、バトル内容を記録しているに違いない。

 その中でも俺とミィが注目したのは……

 

 

「シュンだな。しかも相手がライチュウとか」

 

「……相手の娘、苦々しげな顔をしてるわね」

 

 

 確かに。ミィの言う通り、相手の娘は何やら小難しい顔をしている。……あれかね? 間違って進化させた、とか。

 実際ゲームじゃあ、石で進化するポケモンは進化のタイミングが難しかった。速く進化させてしまうと覚えないレベル技があるからだ。俺もニドクインへの進化はかなりタイミングを計ってさせたものだが ―― だとしても早すぎだな。っつーことは。

 

 

「いや、タイミングは間違ってないんじゃないか? あの慣れた尻尾の動きを見る限り、むしろ始めっから(・・・・・)ライチュウだったとか」

 

「そう、ね。でも今は、進化のタイミングは兎も角……言う事を聞かないのが、問題」

 

 

 トレーナーとポケモンとの関係はただでさえ流動的なもの。レベルが上がりきらず、半年すら一緒に過ごしていないポケモン。その上進化形態なのだから、言う事を聞かないのも仕方があるまい。

 ……どうも進化するとポケモンの格ってかプライドみたいのもあがるらしいんだよなぁ。野生の生物的には当然だとも思うけど。

 

 

「そんでシュンの方の手持ちは、と。……クラブ。んー、結構行けんじゃないか?」

 

「そう、かしら」

 

「あー、まぁ、普通に考えたらヤバイ。けどあれ、低レベルのライチュウだし……」

 

 

 それに俺は、シュンのクラブの技レパートリーを知っている。

 シュンが教えた教え技。その内には ―― 勿論。

 そして何より、あのクラブとシュンの連携も。

 

 

「ま、勝敗は後の楽しみにしとこうぜ」

 

「それも、そうね。私達もこれ以上遅れる訳にはいかないもの」

 

「うっし、行きますかーぁ」

 

 

 去り際にチラッと、シュンの方を見やっておいて。

 

 

「……頑張れよと言いたいけど、その前に俺達もだな。気張って行こう、イーブイ!」

 

 ――《カタタッ!》

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

「ライラィ! ヂューッ!!」

 

「お願いしたわよ!」

 

 

 《バチッ》――《バリリリィッ!!》

 

 

 驚きも束の間。

 目の前に現れたライチュウは、出るなり電気を撒き散らし始めた。えーと、ライチュウの特性は『いかく』じゃあ無い筈だよな。ベニの反応を見ても威圧された感じはないし。

 と、バトルはもう始まっているのだ。ライチュウ……電気タイプの相手なら、クラブの技に幾つか有効なものがあったハズ。それを生かす方針で、と。よし。

 例の「アレ」を試しますか!

 

 

「ベニ、『あわ』を出しながら走れ!」

 

「グッグ、ブクククッ!」

 

「ライチュウ! 『でんこうせっか』よ!」

 

「……ヂュウ!!」

 

 

 やや間があった後、ライチュウは四つ足で『でんこうせっか』を繰り出した。間のおかげでベニが先手を取り、水場へと横走りしながら『あわ』を吐いて……やっぱり早いのな、おい!

 

 

「ヂュッ、ヂュー!」

 

 《バッ、》――《ズババッ!》

 

 

 ライチュウは『でんこうせっか』のスピードを利用し、これみよがしに大きな回避軌道を取ることで『あわ』の直撃を避けているのだ。

 ……とはいえ、これはオレにとって都合が良い。

 

 

「あくまで牽制で良い! そのまま移動だ!」

 

「ブククククッ!」

 

 

 『あわ』を吐きながらフィールドを横切るベニに、猛スピードのライチュウが追いすがる。

 あと少し……もう少し……よしっ!

 

 

「そこだ、ベニ!」

 

「グッ、――」

 

「ラァ、ヂューッ!」

 

 《ズシンッ!》

 

 

 『とっしん』じゃないかと思うほどのライチュウの『でんこうせっか』を、鋏を構えたベニが受け止めた。

 

「(よし。いける!)」

 

 狙い通り、受け止めたベニの真後ろには水場がある。これは主に、水生ポケモン達を活躍させる目的で設けられる場所なのだが……ベニとライチュウが立っているのは、その「境目」。

 水場と土とが入り混じり、「泥」になっている ―― クラブが最も得意とするフィールドっ!!

 

 

「ベニ! 『どろあそび』!」

 

 

 叫ぶと、ベニは素早く攻撃に転じてくれた。ライチュウを受け止めた鋏を下に滑り込ませて、

 

 

「グッ、グゥッ!!」

 

 《ズサッ、》

 

「ヂュ?」

 

「あっ、駄目、ライチュウ!? 『離れて』!」

 

 

 よし、ここだ!!

 

 

「 ―― からの、『マッドショット』!」

 

「えっ、あっ!?」

 

「ヂュッ……!」

 

 ――《べショッ!》

 

「ヂュゥッッ!? ッ!?」

 

 ――《ズべシャッ!!》

 

 

 まずかきあげた泥で『どろあそび』し、チトセの『離れて』との指示に従い飛び退ったライチュウに、『マッドショット』で、追撃を!

 

 

「ヂューゥ゛!?」

 

 《ズザザザッ!》

 

 

 ライチュウは飛んだまま。空中で泥を受け、中途な位置まで後退し体勢を崩した。

 そう。この「泥連撃」は、オレがショウ達と練習をしていて編み出した「素早さ」を補う技だ。

 切欠は園芸サークルだった。ショウとミカンちゃんがポケモンコンテストに向けて、「技のコンビネーション」の練習をしていた期間の事。

 

 ――

 

 ――――

 

 園芸サークルのとある日。

 この日もオレ達は土仕事を終え、休憩室でミィの作る菓子やらを堪能していた。

 園芸サークルにはショウとミカンちゃんの影響でコンテストに興味がある者が多く居る。そのため休憩室のテレビでは、ショウが録画してきたコンテストの映像を頻繁に流しているの、だが。

 

『……あ、あの……ショウ、君……。……この、技の、事なんだけど……』

 

『ん? ああ、『どろあそび』と『みずあそび』のコンボか。オレとしてはかなりオススメしとくけど。覚えられるポケモンは限られるけど、アピールとして有効で、なにより可愛いからなー。……え、もしかしてお前のネールちゃんに覚えさせたいと?』

 

『うううん、それは無理です。あの。そうじゃなくって……なんていえば、良い、かな』

 

 ショウに尋ねられたミカンちゃんが両手をアワアワと動かしながら、言葉を模索する。因みにこの会話、2名の間に3メートルほどの距離をとりながらの会話である。どうも男子に慣れていないミカンちゃんに、ショウが気を使っているらしい(あの野郎め)。

 

『急かしている訳じゃあないぞ。落ち着けって』

 

『おどすんじゃないわよ、ショウ。ほらミカン、深呼吸して』

 

『は、はい。…………すぅ、はぁ…………はい。あの。この技って、繋ぎが凄く綺麗だなー……って、思って』

 

 ナツホに促され、ミカンちゃんが深呼吸。

 指差す動画の中では、ショウの知り合いだと言う芸術家っぽい男性がドジョッチを繰り出し、虹色に輝くステージの上で『どろあそび』からの『みずあそび』を出している。

 それにしても、確かに。言われてみればと言う程度の違いだが、技と技の接続が滑らかにも思える気がする。

 オレとナツホも見入ったテレビを、ショウが一瞬、真剣な顔で見て。

 

『―― 成る程。「あそび」同士で、大元の動きが同じだからか? もしかしたら同系列の技でこれを再現すれば……いや。そうなるとノーモーションの間接技はどうなる? プリンの歌とかは普通にターンを消費するし……とすれば恩得を受けるのは限られてくるだろーな。よし、行くぞシュン!』

 

『へ、オレ?』

 

『ああ。シュンはこないだクラブに「マッドショット」を先行習得させただろ? 俺のイーブイとで、すこーしばかり試したいことがあるんでな。悪いが手伝ってくれ。ああ、お前にも損はさせないぞ。これが完成したら面白いかもしれないからなっ』

 

 実に眩しい笑顔だなおい。

 その後ベニとイーブイで特訓を繰り広げる事、幾星霜。

 ショウのナチュラルスパルタな特訓の果てに、オレとベニは『コンビネーション』を身につけたのである。

 

 ――――

 

 ――

 

 いきなり回想に入ったが、それは兎も角。

 『どろあそび』は泥をまとい電気タイプの技威力を半減する技。『マッドショット』は泥を放って相手に地面ダメージを与えると共に、その素早さを下げる技。

 どちらも泥による攻撃。ショウはそこに目を留めたのだ。

 

 さて。視点を現在に戻すと、目の前には受身を取りつつも転倒したライチュウがいる。身体をふるって泥を払おうとするが、全てを払う事はできない。泥の重さの他にもスリップを気にしなければならなくなり、攻撃の為の移動スピードを落とさざるを得ないはずだ。

 対するベニは、『どろあそび』により泥を纏っている。確認すれば、相手のライチュウはレベル3。『でんきショック』程度の電気技や、ベニの能力的に電気タイプの物理技は十分に耐えられるに違いない。

 で、あるならば!!

 

 

「このまま倒しきる! 『マッドショット』!」

 

「ググッ ――」

 

 

 止めの泥を放つべく、ベニが鋏を構えた、

 

 

「―― えーぇい! もう、いっちゃえライチュウ!! 『好きに動いて』ぇっ!」

 

「ラィヂュ」ピクリ

 

「は?」

 

「グゥッ?」

 

 《べシャッ》

 

 

 その時、チトセが好きに動いてと言った瞬間、ライチュウが矢の如く飛び消えた。

 当然というか放った『マッドショット』は地面に弾け、……ライチュウはどこだ!?

 ベニも後退しながら辺りを見回し、

 

 

「ヂー! ューッ゛!」

 

 《バリバリバリッ》――

 

 

 帯電を始めた音と轟く雷光によって存在を誇示する電気ネズミが1匹。

 ベニの、真後ろっ!!

 

 

「ベニ! そのまま鋏を振りまわせっ!! ……『クラブハンマー』ッ!」

 

「! グゥ、グッ!!」

 

「ラ゛イ゛ヂュ゛ーッ!!」

 

 

 未完成だが、威力と勢いが必要な場面だ。そう考えて練習中である『クラブハンマー』を指示。

 ベニは要領を得ないであろうオレの指示に素早く従い、泥に塗れた鋏を横一文字に振るい、そのまま身体を捻る。

 真後ろで放電しようとしていたライチュウに向けて、鋏が ―― 電気袋から雷が溢れ出て。

 

 

 《バリバリ 《《ズドンッ!》》 バリィィッ!!》

 

 

 ……同時か!

 あの電気量からして只の『でんきショック』ではない。少なくとも『10万ボルト』クラスの電気技の筈。

 

 

「グッ、……グッ?」フラフラ

 

 

 ベニは雷を受けて朦朧としていて ―― 当たり一帯に雷光を迸らせたライチュウは。

 

 

 ――《ドサッ!》

 

「ラ……キュウ」

 

「……グッ」

 

 《パタン!》

 

 

 鋏による物理攻撃だった事が幸いしてか、ライチュウは既に地面に倒れこんでいた。僅か遅れて、ベニも地面に倒れこむ。

 え、と。確かこの場合は……?

 

 

「ライチュウ、そしてクラブのベニ、戦闘不能! リーグルールにより先に倒れこんだライチュウを敗北とみなします。

 

 ―― 勝者、キキョウシティのシュン!!」

 

 

 ……あ。勝った、のか?

 ベニの元へと駆け寄り、抱きかかえながら呆けていると、自分のポケモン全てをボールに収めたチトセが手を差し出してきた。オレはその手を取り、立ち上がる。

 改めて見ると、チトセは清々しい笑顔を浮かべている。この笑顔がナオキを虜にしたのだろう。

 

 

「ゴメンね。実はわたしのライチュウ、自然に進化してしまった珍しい個体なんだって。わたしが貰った時には既にライチュウだったんだけど、早すぎた進化のせいで、放電があまり上手くなくって。……これでも上手になったんだよ?」

 

「成る程。だから最後はわざわざ、こっちに接近してた訳ですね」

 

「うん。本当はわたしがもっと上手く指示できれば良いんだろうけど……あはは。わたしはあまり、上手くなくってさ。だから本当は、ライチュウに任せちゃった方がバトルは良いんだ。でも……」

 

 

 手に持ったボールを覗き込む。ライチュウは「ひんし」状態にありながら、チトセに向けてぐっと拳を握っていた。

 

 

「うん。……ライチュウがわたしにもっと頑張ろう、ってさ」

 

 

 だからこそライチュウは、チトセの指示に従っていたのだろう。彼女を友と……

仲間と思っているからこそ。

 チトセは息を一つ吐き、表情を引き締めて向き直る。

 

 

「ありがとう。良いバトルだった。きっとわたし、このバトルの事を忘れない! そして、もっともっと強くなってみせる!」

 

「はい。……オレ達も、もっと強くなってみせます。お互い頑張りましょう!」

 

 

 笑顔で握手を交わした。

 オレの初バトルは、何とも苦しいながら ―― 何とも嬉しい、勝利で飾る事が出来たのであった。

 






 低レベル石進化は、誰もが一度は通る道だと思っております!
 が、実際戦うとなると強敵この上ないですよね……。低レベル時に進化の無い高種族値のポケモン相手とかも、超高○級の絶望です。
 ……種族値の暴力がががが。

 先に倒れこんだ~のルールは、ゲームにおける『だいばくはつ』のあれをイメージしてくださればと。
(『だいばくはつ』で自ポケモンダウン → 相手ダメージ、相手ダウン……の場合、ゲームでは『だいばくはつ』を使用した側の敗北になります。)

 狙って急所に当てるは、アニメの要素……ではなくXYの要素です。
 気になるお方は、XYのポケパルレで、ニンフィアの八重歯をとくと拝みましょう。そしてNPCと戦闘すれば一目瞭然の摩訶不思議です。

 そして細かいですが、シュンが「電気の物理技なら~」云々と語っているのは、特殊物理の概念やクラブの種族値は知っていながらも、「電気タイプの物理技は(レベル習得が)少ない」という知識が無い事に由来しています。
 教えれば『かみなりパンチ』、技マシンで習得のうえ特訓を積めば『ワイルドボルト』もいけなくは無いでしょうが、いずれにせよ教え技を習得しているのは一部のタイプエキスパートやリーグ上位常連さん方々、最近になって、エリトレの一部が習得に乗り出しましたという程度との設定ですので。


▼エリートトレーナーの「チトセ」
◎出典:DPPt/229番道路(バトフロの島)
 手持ちポケモンはダグトリオ、キュウコン、ライチュウ。
 目と目が合ったら、の印象的な台詞回し。負けた後の下記台詞。シュンと初めに戦わせるのは彼女と(勝手に)決めていました。
 恋人云々については、同じ環境に居るエリートトレーナーのダイアンとバトラー(ポケモン映画:ジラーチのに登場する主要キャラ)の関係に憧れていたという捏造設定があったりなかったり。実際にダイアンとバトラーは同じく229番道路に存在しています。が、彼・彼女らに憧れると言う事は、ナオキはメタ・グラードンでも召還すれば良いのでしょうか。何とも先の忍ばれる。

「なんだか生まれて始めてポケモンで戦った時のこと思い出しちゃった。どうしてだろ?」


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1995/夏 リーフの思うこと・その2 new!

 

 

「おっす、ミィ。ご足労ありがとさん」

 

「それは、えぇ。そうね。この暑い中をセキエイ高原まで来たのだもの」

 

「セキエイまで来たのはエリトレクラスの課外授業だからしゃーない。遠いのはそうだけど、資格取るなら結局は授業参加しなきゃならないしなー」

 

 

 だからこそ俺ことショウも、海外での活動を終えて大慌てで戻ってきているのだからして。

 

 

「グリーンとの、カロス旅は。どうだったかしら」

 

「おー、新発見ばっかりだった! 俺は半周しか出来なかったけど、向こう行ったプラターヌ兄とも会えたし遊べたし。ん、いい旅だったって言えるだろーな!」

 

「そう。重畳ね」

 

 

 バサッと外套(インバネス)を外して掛けて、ミィが正面のソファに座る。

 遠路はるばる、無茶に等しいスケジュールでセキエイ高原にすっ飛ばしてきたのだから無理もない。

 ……身体はあんまし動かしてないんだけどな? ご友人方々に『テレポート』で中継してもらったから。いやでもあれなんか身体も心も疲れるのはホントなんだよ。ホント。

 

 

「で。相談がある、だったかしら」

 

 

 率直に話題に斬りこんでくれる。

 疲労もあるんだろうに、ありがたいことだなぁ……としみじみ幼馴染を堪能しつつ。

 

 

「リーフにな、こないだ旅に誘われたんだよ」

 

「……」

 

 

 ジト目が痛ぁい!!

 予想の範疇なので(冷静)話題を続ける。続けるしかない……。

 

 

「来年はほら、1996年だろ? レッドとグリーンは旅に出るって聞いてるけど……」

 

 

 本人たちがそう言ってるからな。俺がマサラタウンで直接聞いたし。むしろ聞かされた。宣言されたわ。

 そうだな。もう来年なんだし、ここで一応、「年下組」の関係性について整理しておこう。

 

 長男レッド。次女リーフ。年始と年末で生まれてるんで、双子ではないのに同学年の兄弟となっている。

 あとはそのお隣さん。我が幼馴染2号のナナミの弟、グリーン。この3人が年下組だ。

 

 年下組っていう括りを使うのには、言わずもがな理由が在る。

 この3人は原作「ポケットモンスター」において、無印リメイクを問わず重要な子どもであるからだ。

 

 

「レッドは、ポケモンバトルに。精を出しているみたいね」

 

「らしいなー。トレーナーズスクールではぼーっとはしてないってさ。ちょっと逆に見てみたくはある。無口なのは変わらないみたいだけど」

 

 

 レッドは初代およびそのリメイクであるFRLGの主人公。ポケットモンスターの原点とも呼べる男の子。

 無口だが、ポケモンに強く興味を示す。ポケモン側からも好かれるタイプだと言えよう。なにせあいつ、かなり高レベルのオーキド博士のポケモン達に、物怖じせずに絡みに行くからな。大丈夫だって判ってても、ちょっとひやひやするくらいだ。

 最近ではポケモンバトルに興味を持ち、スクールでは座学だけだけど好成績を収めたという。俺としてはまだ「主人公」っていう器を見たことないんで、レッドには十分に期待をさせてもらっている。

 

 

「グリーンは、今回は。どの街へ行ったのかしら」

 

「ヒャッコク、シャラと来たんで、いよいよミアレシティに。あそこのスクールはでかいからなぁ。カルチャーショックとかでいじけてないと良いけど」

 

 

 あえて次はグリーン。レッドのライバルの立ち位置に居る男の子。

 キザで、最近はカロスの留学に数度出かけているせいか、やや外国にかぶれて……んん、いや、かぶれてるから別にいいか(放棄)。まぁそんな感じで慣れてない外国語で、伝える気のないコミュニケーションを図ろうとしてきたりする、やや意地悪な面も見える奴だな。うん。

 ただまぁ一応言っておくと、グリーンがああなる(・・・・)のはレッドの前だけだ。なんとなーくだけど判るんだよな。グリーンはなまじ親和性が高いだけに、レッドの持つ「ポケモンの全てに関する才能」に焦りを感じているんだと思う。

 他の人に対してはキザだけど悪態とかはつかないな。キザだけど。

 

 

「問題の、リーフね。どうするのかしら」

 

「どうしよかねーぇ」

 

 

 リーフ。この子だけが立ち位置が特殊なのだ。

 ポケットモンスター……いや、地方の括りが判り易いか。ので、地方ごとの冒険で語ることにしておいて。

 メタ的な目線において、「カントー地方を巡る冒険」というのは3つもある。

 

 ひとつは初代ポケットモンスター。無印とも呼ばれる、ゲームボーイを発端とするものだ。

 バージョンが最も多く存在し、赤、緑、青、黄色の4つ。それぞれ微妙に出現ポケモンが違ったり、ミュウが入れられて返送されたり(されるんだよ)、黄色に関してはそもそも御三家の入手イベントが追加されていたりする。

 

 ふたつめ。上記のリメイク版である、ファイアーレッド、リーフグリーン。

 ナナシマが追加されカンナさんについてやや深堀りされたり、ポケモン種の入手幅がやや広がったり、鋼タイプが組み込まれていたりと、最新世代のポケモンシリーズに乗じた改修が成されたものだ。

 

 みっつめ。レッツゴーピカチュウ、イーブイ。これはフルリメイクというよりは、パラレルリメイクというのが適切だろう。なのでまぁ、仔細は語らないでおくとして。

 

 問題はひとつめとふたつめ。そしてリーフという存在の有無(・・)にこそある。

 

 

「今の、リーフは。黒のワンピース。初代の『没女の子』に見えるのよね」

 

「まぁそうなー。でも旅グッズも充実してきたし、旅に出るんなら普通に着替えるんじゃないか?」

 

 

 今はそういう風潮があるからなー……と。そう。

 リーフは「リメイク版にしか存在しない女の子」なのだ。

 

 

「最近のポケモンシリーズだと、主人公として選ばれなかったもう片方は、どこかでキャラクターとして出てくるパターンがあるんだよな」

 

 

 必ずそうだとは限らないけれども、比率としてな。

 ルビーサファイア、ダイヤモンドパール、XYあたりは顕著だろうか。BWみたいにバトルサブウェイの相方として、みたいなパターンもあるのでちょい役の可能性も高いけど。

 しかも名前の括りもやや特殊。確かファイル名とかだったはずなんだよな。もちろん、名前の枠組みとして外れている訳じゃあないし。主人公であることは確か。

 

 

「それが良い悪いじゃなくて。見たことがあるなら、予測がしやすいってだけなんだけどな」

 

「えぇ、けれども。リーフにはそれがない。ましてや……」

 

「そうなー。黒ワンピースの場合、レッドと一緒に旅はしていないってなルートの可能性が考えられる。でも、旅立たせると……主人公の枠を取り合うんじゃないか、ってな恐れもある」

 

 

 杞憂(空が落ちてくる心配)かも知れないが、心配になるにはなるだろ。

 これが自然な流れで「わたしも旅に出る―っ!」って元気よく宣言してくれたんなら心配しなかったんだが。

 

 

「その大事な旅立ちの有無を、よりにもよって俺に(ゆだ)ねるかねぇ……!」

 

「ふふ。いい、プレッシャーじゃない」

 

 

 うがーってなりそうな頭にコーヒーを注入する。食道経由。

 そう。リーフという重要な要素(ピース)の有無を、俺の選択が左右しかねないのである……!

 

 

「悩むぞー、悩むぞー。悩むぞー……ずずず」

 

「あら、本当に。悩むのかしら?」

 

 

 鋭いなぁ。

 確かにな。悩むというよりは、ちょっとだけ腰が引けているっていうのが適切な表現だ。

 

 

「私たちは。好きに、やるって。決めたものね」

 

「おう。俺が今よかれと思うことを、やることにするよ。それで駄目ならリカバリに東西奔走するだけだ。それも俺が奔れば良いんだしな」

 

 

 なんて風に、腹は決めていたりする。

 主人公がどうとか、そういうのを決めるのは俺じゃない。

 そもそも決める人がいる訳でもないのだから。

 

 

「……さて。愚痴を聞いて貰ってありがとな」

 

「背中は、押して。あげたのだから。頑張りなさいな」

 

「おー。頑張るぞーっと」

 

 

 リーフへの連絡経路を考える。メールは……アドレスなし。直接伝えるのが早いか。そうしよう。

 決定をひとつ終えつつ、並行作業を欠かさない。

 目前に控えたエリトレクラスの夏合宿の課題に目を通しながら……って、おいおい。

 

 

「時間的にもう実戦練習始まりかけてるって……! というか俺イーブイしか手持ちいないんだけどまぁいいかなんとかするか練習だしな俺に割り当てられたフィールド何処だーっ」

 

 

 手当たり次第に道具をかき集め、カントーのエリトレ制服に身を包んで部屋を出る。

 うん。慌ただしいことこの上ないな!

 ちなみにミィは既に部屋におらず、多分常人は選ばないルート(窓上とかで)で会場に向かったと思われるので足も決断も早すぎる……!

 






 普通に出てこない主人公もいますからね。
 そもそもデフォルトネームが同じな様に認識されているけど違う人とかも多いですし。ゴールドシルバーとか。そもそもデフォルトネームすら4つありましたからね。一番上が絶対、なんてことはないわけなんですよ。

 強いてリーフと同じ立場に居る人物を挙げるとすれば、クリスとか……(戒め。

 だとしても初代(根っこ)はちょっと色々と重要度が違うので、挙げさせて頂いております。
 リーフ絡みのお話は多分あとふたつ。

 ちなみにですが、主人公たちは(レッツゴーを省いたために)見逃しをしています。
 次のお話で回収されるのでご安心を!





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1995/夏 合宿バトル、他

 

 Θ―― 闘技場/A‐7

 

 

 その後ポケモンを回復しつつ闘技場に居た他のスクール生と2戦を戦い、1勝1敗の戦果を上げた。1敗とはいえ惜敗だったし、初めてにしては中々の戦績と言える。

 そして現在、課題を終えたオレは闘技場の通路を戻り、講義用に予約された講堂へと向かっている。ベニとミドリだけで相手をしていた為か、我が手持ち(1匹を除く)はかなりお疲れのご様子。ボールの中ですやすやと寝息を立てている。……でもリーグの予選はもっと強いポケモンとトレーナー達を相手に連戦するんだよなぁ。トレーナーは如何にしてポケモンを休ませるかも重要になってくるんだな。

 ま、今の所のオレらはそこまで考えなくても良さそうか。

 

 

「……うん?」

 

 

 考えつつ、闘技場の通路横を渡った時だった。人々の喧騒が聞こえた方向を振り向くと、向こうの闘技場周辺に人だかりが出来ているのに気が付いた。

 ……なんか、ホウエンの制服のヤツが多いな。どういう事だ? なんかのイベント?

 

 

「一先ずは見てみるか」

 

 

 見聞を大事にするオレだからこそ、野次馬根性は持ち続けていたい。通路の手すりに腕を乗せて下を覗き込む。風に乗って、何とか聞き取れる程度の会話が聞こえてきた。

 

 

「ふーん。……アハハ! キミが、ショーに挑む? 別にいいよ。けっこー面白いかもね!」

 

「ふん。フヨウさんと口がきけるだけでもありがたく思うんだな」

 

「あー……、判った判った。ほれ。バトルするからスクエア行こうぜ」

 

 

 どうやら何事かを言い合っていたらしい。片方の生徒がもの凄い形相で他方の生徒を睨んでいて、褐色の少女が底なしに明るい笑顔を浮べて。睨まれた男子生徒は溜息をつきながら闘技場の向こうへと歩いて行く。

 そんな様子を眺めていると。

 

 

「ん? あれは……」

 

 

 通路を歩いてきたエリトレ男子2名と視線が合い、此方へと(片方は)駆けて来る。あれはホウエン組……アサオとリョウヘイだな。

 

 

「お疲れ。シュンも今終わったのか?」

 

「……」ジロリ

 

「アサオ……と、リョウヘイもか。オレは2勝1敗で終わった。そっちは?」

 

「オレもリョウヘイも2勝1敗だ。中々やるじゃないか、シュン。……ところで、何を見ていたんだ?」

 

「ああ、アレだよ」

 

 

 リョウヘイの無言の視線を気にしないよう心がけつつ、通路の下に広がる闘技場を指差してやる。アサオとリョウヘイも通路の端に立ち、件の人だかりを目にとめた。

 

 

「―― 成る程な。ホウエンの生徒が野次馬に集まるわけだ」

 

「うん? どういうことだ?」

 

 

 納得行った、というニュアンスのアサオに質問をしてみる事に。いや、隣のリョウヘイはずっとむっつり顔してるから聞き辛くてさ。

 質問を受けたアサオは、オレ達は出身もホウエンだからな……と前置きをしておいて。

 

 

「だからこそ知っているんだが、あそこには今、ホウエン地方で有名なトレーナーが2名いるんだ。まず頭にハイビスカスを付けた褐色肌の少女。彼女はフヨウという名で、現ホウエンの四天王でもある」

 

「へぇ。……へぇ?」

 

 

 四天王ときましたか。ちょっと想像の域を超えて来たな。せめて飛び級した最年少ジムリーダーとかだと思っていたのだが。

 

 

「にしても、四天王? エリトレ候補生なのにか?」

 

「彼女は一昨年に開かれた本戦で4位入賞したからな。それも10歳の時。資格も取りたてである為、ジムバッジなしの一般予選を通過しての入賞だった。ルリの前例もあってか、一躍時の人と言う流れだったのだ。今年は彼女の意向と、ホウエンのエリトレ組持ちのスクールはサイユウシティにあるという立地条件から、四天王に居ながらのエリトレ候補生となっている」

 

 

 いやはや。そんな凄いトレーナーも居るとは、何とも、世界は広いものだ。

 なんて風に感慨に浸っていると、今まで不機嫌にしていたリョウヘイが舌打ちをしてから口を開く。

 

 

「ちっ……おい、アサオ。さっきお前2名っつったよな。つう事は、もしかして、フヨウの前に居るヤツ……」

 

「ああ、恐らくお前の考えている通りだリョウヘイ」

 

 

 アサオとリョウヘイの視線が一点に集まっていた。オレもその視線を追うと、褐色の少女……その横に居るのは、形相以外は極々普通と見えるホウエンエリトレ(男)。

 いや。正確にはもう1人いる。居る、のだ、が……うん。

 

 

「なあアサオ。アサオの言ってる有名人っていうのは、」

 

「あの怒っていない方の男子だ」

 

 

 そのエリトレの少年は、よく見ると小脇に白衣を抱えている。そんなものが身近に複数人存在するとも思えない。嫌な予感というよりは「またか」と表現したくなる感情が立ち昇る。

 青のトレーナーズスクエアに他方が立ち、赤の方に白衣エリトレが陣取る。遠くに見やるその姿に、よくよく目を凝らすと。

 

 

「やっぱり……ショウだよな?」

 

「おお、知っていたか。聞いた所シンオウやカントーではホウエンほど有名ではないらしいが」

 

「……」ギリ

 

 

 歯軋りをするリョウヘイを尻目に、目下にてバトルが開始される。審判はあのフヨウと言う褐色の少女が勤めるようだ。

 

 

 《《ボウンッ!》》

 

「ブイーッ!」

 

「ズバ、ズバッ!」

 

 

 繰り出したポケモンはショウがイーブイ、相手はズバットだ。

 ……ってか、バトルレコーダーをよく見るとショウは手持ち1匹。だのに、相手の手持ちは3匹と。

 

 

「相変わらず不利な状況だなぁ」

 

「だが、ショウならば難しくもあるまいよ」

 

「……」

 

 

 ……うん?

 ショウの強さ(等々)を知っているオレら一味なら兎も角、ホウエン組もショウのことを信頼と言うか、強さを知っている感じがする台詞だな。……どういう事だろう。アサオは勿論、リョウヘイも睨みながらに視線をショウから外していない。

 そんな間にもバトルは進み、ショウのイーブイが『のろい』を2段積んでからの『でんこうせっか』。2度『きゅうけつ』された相手のズバットを、一撃の下に伸してみせた。

 これで、まずは1匹。

 相手の生徒は手早くズバットをボールに戻し、苛だたし気に2匹目を繰り出す。

 

 

「いけぇ、スカンプー!」

 

「プブゥゥーッ!」

 

 

 今度は見たことのないポケモンだ。どうやらスカンプーというらしいそのポケモンは、出るなり尻尾をたててイーブイを睨んでいる。4つ脚同士、なにか怨みでもあるのだろうか。

 

 

「スカンプー、『どくガス』!」

 

「プーゥー!」

 

「頼んだイーブイ!」

 

「ブイブイ……」

 

 

 バトルが再開。

 ショウのサインに応じてイーブイが口元で何事かをブツブツと呟き、相手のスカンプーは周囲に『どくガス』を撒き始め……るのと、同時に。

 

 

「……ブイッ!」

 

「スカプゥッ!?」

 

「ちっ、『ひっかけ』スカンプー!」

 

 

 イーブイが矢の様に飛び出した。『でんこうせっか』で近づき、そのまま前足でスカンプーを押さえつける。前にかざした尻尾で相手からの『ひっかく』をあしらいつつ、

 

 

「『おんがえし』!」

 

「ブ、イーッ!!」

 

 ――《ビタンッ!!》

 

「プブフゥッ!?」

 

 

 強烈な(愛の篭った)一撃でもって、地面に叩きつけた。

 それとほぼ同時に、ズバットの攻撃によって傷ついていたイーブイの身体が(というよりは毛並みが)輝きを取り戻してゆく。

 ……うわ、えげつない。オレはショウから同じく手持ちに居るイーブイについての技を学んだり、ルリから教え技およびレベル技について学んでいるからまだ何とか判るのだが、

 

「(指示の先出しで『ねがいごと』。『でんこうせっか』から『おんがえし』をコンビネーションして相手を倒しておきながら、『ねがいごと』の効果で回復までしやがったぞアイツ)」

 

 恐らく『どくガス』によって「どく」を受けた場合も考慮したのだろう。ただでさえ『のろい』によってあがっている防御力。だのにHP回復までされてしまったのだ。

 それに加えて、『ねがいごと』の指示は先だしとサイン指示の併用で「相手からは判別不可能に隠蔽する」念の入り様。対戦相手はイーブイのHP感覚を失くしている事だろう。オレだってこうして第三者視点で見ていなければ『ねがいごと』に気づく事が出来るかどうか怪しいものだ。

 苛々の度合いを増し、焦りの色が濃くなってきた相手トレーナーは、叩きつける様に次のモンスターボールを投げる。

 

 

「くっ……行け、ニャルマー!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ニュァーア!」

 

 

 出るなり尻尾を丸めた、スマートなネコっぽいポケモン。手を舐め、舐るようにイーブイへと視線を送る。

 

 

「ブイッ♪ ブイッ♪」

 

「いや、今、バトル中だからな……?」

 

 

 ……しかしてイーブイは、ショウの方を見て嬉しそうに飛び跳ねていてだな。なんぞ、あの主愛は。

 その態度にカチンと来たのか、ニャルマーはその主同様、瞳を怒色に染めた。

 

 

「『ひっかく』!」

 

「ニャリュゥっ!」

 

「真っ直ぐなヤツだな。……あれを試しとくか。イーブイ、『シンクロノイズ』!」

 

「ブィッ、」

 

「―― ムミャーァ!」

 

 《バシュシュッ!》

 

 

 ニャルマーがイーブイの身体に纏わりついて爪を立てる。

 イーブイはそれを意にも介せず目を閉じ、

 

 

「ブイ! ブイイイイーッ!!」

 

 《リン、》

 

「……ミャァ?」

 

 

 まず、鈴の鳴るようなノイズが奔り。

 ……次の瞬間。

 

 

 ――《《 リィーーィンッ!! 》》

 

「ギエミャアアア゛ーッ!?」

 

 

 高く鋭い音が響いたかと思うと、ニャルマーが頭を抱えながら転げまわった。

 暫く悶えた後、

 

 

「にゃふ」

 

 ――《トスリ》

 

 

 目を回しながら地面へと倒れこむ。

 間違いなく、文句のつけようのない、ショウの勝利だ。駆け寄ったフヨウがショウの手を取り、勝者的なあれで手を掲げる。

 

 

「はーい、アハハハッ! やっぱりショーの勝ちだねーっ!!」

 

「痛い痛い。腕が痛い。振り回さないでくれ頼むから、あとイーブイも噛み付かないでお願いだから。甘噛みだっても涎でベトベトになるから」

 

「ブイーッ! ブイーッ!?」

 

 

 結果は兎も角、まさしく圧巻と言って良いだろう。ショウの手持ちはレベル10のイーブイ1匹。相手は3匹を使用したにも拘らずの、この完勝ぶりなのである。精神的にも。

 ……だが。

 

 

「ふふーん。だから言ったでしょ? ショーは強いんだよー、って! キミは外から来ているから知らないかもしれないけど、少なくとも、アタシの友達とかはみーんな知ってるもんね!」

 

 

 だからか。ショウに喧嘩腰でバトルを挑んだ男子生徒は、周囲から否定も肯定もされていなかったからな。

 褐色少女(フヨウ)の胸を張りながらの言葉に、周囲のホウエンエリトレ生徒達が男女問わずうんうんと頷く。隣を見てみると、アサオも頷いていて。

 

 

「ああ、話を戻すが ―― アイツ、ショウはホウエン地方においてはフヨウさんに負けず劣らずの有名人だ。リーグの前哨として行われたエキシビジョンマッチで、現四天王を3人とジムリーダーを1人。さらには暫定チャンピオンをも倒しているのでな」

 

 

 だからこうもホウエンの生徒の注目を浴びている、と。

 それにしても……いや、ホウエンのショウ(アイツ)は化け物だな。こっちのですら十分に化け物なのに。

 

 

「まぁ鮮明な映像が出回らない事もあってか、有名な話ではないのだがな。しかし未だに、あのルリにバトル技術を教えたのはショウだと言う噂もあってか、ホウエン地方ではショウを尊敬している者も多く居る。……そしてプリムさんやフヨウさんやダイゴさんとのカップリングは祭典の定番だ」

 

 

 成る程。……いや、因みに最後の余計な情報はアサオのイケメンぶりを台無しにするから聞き流しておくとして。

 

 

「……はぁ。やっぱり凄いんだな、ショウ」

 

 

 電光掲示板を見ると、彼奴は3戦3勝。3戦までが今回の実践演習の課題だから、今のエキシビションを加えれば4連勝したらしい。イーブイだけで。

 オレは感嘆に近い溜息と共に、ホウエン生徒に囲まれ始めたショウから視線を……。

 あ。アイツ人垣をすり抜けて逃げやがった。忍者かよ、ゴウじゃあるまいし。

 

 

「逃げたな」

 

「だな」

 

「……」ギリリ

 

 

 まぁ、それだけならばまだ良い。

 ……だがその後ろを1人、褐色の少女が追っていて。

 

 

「逃げたな。……フヨウさんを連れて」

 

「一応友人として弁護しておくと、『連れていった』んじゃあなくて『着いて来られた』んだと思う。……多分、だけど」

 

「……」ギリリリ

 

 

 ああ。あれは性分みたいなもんだから。

 

 

「ええ、そうね。春の名前が付くヒロインが居たら、夏秋冬も誘蛾灯。姉が居たら従姉妹まで。これがショウの特性よ」

 

 

 貴方の隣にゴスロリを。

 ……というかミィは流石に気配が無いなっ!?

 …………そしてショウは節操が無さ過ぎだろうっ!!

 

 なんて。三段突っ込みをさせておきながら、どこぞへとすいすい向かってゆくミィ。

 

 

「シュン、彼女は何処へ?」

 

「知らない。知らないが……ま、バトルも終わった事だし」

 

 

 オレは彼女の後ろをアサオ、リョウヘイと共に追うことにした。ミィはそのゴスロリな外見とは裏腹に動き辛さも無く、迷わずに建物内へと入って行く。どうやらリーグには何度もきた覚えがあるらしい。

 

 

「ってか今更だけど、ショウもミィも帰ってきてたんだな」

 

「ええ」

 

「というか今、どこに向かってるんだ?」

 

「……、……講義場よ。エリカから、これから講義があると聞いたわ。貴方達も同じ場所へ向かうと思っていたのだけれど、違ったのかしら」

 

 

 ミィの言葉が正論過ぎる。そういやオレも、ショウのバトルを見る前は講義場に行こうとしてたなぁ。忘れてた。

 

 

「(なぁシュン)」

 

「(なんだアサオ)」

 

「(彼女はオーラが凄いな。あのリョウヘイが、借りてきたニャースの様だ)」

 

 

 言われてみれば、いつもムスリとしているリョウヘイが微妙な顔もちになっていた。機嫌が悪いけど気圧されているとか、そんな感じだ。

 ……仕方が無い。

 

 

「っと。ミィ、2人を紹介させてくれ。アサオとリョウヘイ。どちらもホウエン地方から来てる生徒だ」

 

「アサオだ。よろしく頼む」

 

「……っす」

 

 

 ミィは礼をする2人を僅かに振り返った目の端に止め、……ゴスロリドレスの端をちょんと摘みながら正面を向いて礼を返した。

 

 

「私、ミィよ。これから顔合わせする事も多くなると思うわ。どうぞ、よしなに」

 

 

 うーん、実に優美だな。気品のある動き。2人も一瞬呆気にとられた後、呻く様な挨拶を返した。リョウヘイは黙ったままだが、空気を読んだアサオが素早く気を取り直す。

 

 

「よし、それじゃあ講義場に向かおうぜ」

 

「そうだな。確かこの棟の3階に……」

 

 

 アサオが階段を指差しながら、講義場の場所を声に出そうとして……。

 オレ達は、階段の横に何かが居るのを見つけた。小脇に白衣を抱えた少年だ。ミィが珍しく呆れの感情を露にしながら近づいて行き、階下を覗き込む少年に向かって声をかける。

 

 

「―― 何を、しているのかしら」

 

「……なんとか撒いたか? って、ミィか。それにシュンと他2名。おいっす、久しぶり」

 

 

 ああ、そうか。あの場から逃走したショウも同じく、講義場に向かっていたんだな。にしてはフヨウさんがいないのだが……

 

 

「あー、フヨウは撒いたぞ。最終的に校舎外壁を伝って無理くりな」

 

 

 その手段を選んだショウが凄いのか、そこまでしなければ撒けないフヨウさんが凄いのか。その判断はオレにはつかないのだが。

 

 

「と言うか、ショウ自身は人垣からは抜けてただろ? フヨウさんも撒く必要はあったのか?」

 

「勿論ある。俺だけなら良いが、フヨウがいると色々目立つ。俺は顔をまじまじと見られた上で自己紹介でもしなきゃあ認識されないが、フヨウはあの肌だ。ホウエン生徒への顔通りも良い。……な?」

 

「ほう。ま、言われりゃそうか」

 

「んな事より……あいつらは、と」

 

 

 ショウは一旦辺りを見回し警戒したかと思うと、うっしと声を出して立ち上がる。

 

 

「完全に撒いたみたいだし、そんじゃあ講義場まで一緒に行きますか。そこの2人の自己紹介と、シュンのバトルの経過と結果も聞きたいからなー。……あ、そーそ。俺はショウ。カントーのエリトレクラス所属のポケモントレーナーな。どうぞ宜しく!」

 

「あ、……はい。よ、よろしく……。お、オレ、アサオって言います」

 

「……っ、…………リョウヘイ、っす」

 

 

 ん? ショウに挨拶をされて、アサオとリョウヘイが縮こまっているが……ああ。そういや、ショウはホウエンの生徒達の多くに尊敬されているんだったな。こいつらも例に漏れず、って事なのか。

 

 

「うーし、アサオにリョウヘイ。宜しくな。因みに講義場ではフヨウ達に絡まれないように後ろの端を陣取る予定だがっ」

 

「……はぁ。折角なのだし、フヨウも構ってあげなさい」

 

「疲労がなければいけなくも無いなぁ。つー事で、せめてカラマネロなら明日以降が良いなぁと言う希望で」

 

「色々とおかしいわ」

 

 

 笑顔と、能面気味な呆れ顔。立て続けに紹介を受けたこの子供2名がカントーにおける有名な研究者であると、誰が予想できるだろうか。

 ……ま、いっか。とにかく今は、講義へと意識を向けておくべきなのだろう。

 …………そうしたい!

 






 今回更新分の2バトルにおけるコンセプトは、そのまま「コンビネーション」。
 コンテストにおけるコンビネーションの最盛は、RSEですね。実際に『どろあそび』『みずあそび』によるコンボは、無類の強さを発揮します。コンディションなんてある程度で十分。全部門制覇もいけます。
 DPPt以降はもうちょっと凝った技構成が必要ですが、個人的に、嫌がらせをする相手が減った分RSEよりか楽でしたね。
 尚、コンテストの効果については(色々と混じっていますが)『おんがえし』はアピール1番手で☆+2、『でんこうせっか』は次のアピールを1番手で行えるという効果です。RSEでなくとも事実上のコンボという訳ですね、はい。

 尚、ショウ戦の構成上のバトルはこの通り。

①~③ターン
イーブイ/○のろい・○のろい・先○でんこうせっか
ズバット/先○きゅうけつ・先○きゅうけつ・×ちょうおんぱ

④~⑥
イーブイ /先指○ねがいごと・先○でんこうせっか・同昆布○おんがえし
スカンプー/(先指)・×どくガス・同○ひっかく


イーブイ /○シンクロノイズ
ギエミャア(ニャルマー)/先○ひっかく

 こうしてみてみると、ショウはNPC抜きのお手本の様な技指示をしてますね。当たり前と言えば当たり前ですが……ズバットが『さいみんじゅつ』できていれば(無理。せめて『ちょうおんぱ』を以下略(運ゲ
 因みに技の前にある(まる)は「攻撃成功」で×は「攻撃失敗」、(先)は先手で(同)は同時、(先指)は指示の先だしアドバンテージによるターン消費、同昆布はコンビネーションによる素早さアドバンテージがあって同着になったことを意味しています(ズバットの『ちょうおんぱ』とスカンプーの『ひっかく』が失敗しているのはその前に「ひんし」にされた故)。
 ……あとは、うーん。
 イーブイVSスカンプーで、イーブイが『のろい』によって素早さが下がっているにも拘らずスカンプーに終始先手を取っているように見えますが、実際には、「先指ねがいごと」と先制技である「電光石火」を組み合わせて無理くりに1ターンをひねり出しております次第。その上でのコンビネーションで(ショウが素早さ系統の技術をフル活用してやっとのこと)最後にはおんがえしを同着出しとなっているのでした。

 ……実際の構成は鉛筆書きをしていますので、もうちょっと見やすいかとは思うのですよ(苦笑

 ついでのついで。ショウの対戦相手も、一応の元ネタはあるのですが、諸事情により固有名がありません(苦々笑
 ズバット、スカンプー、ニャルマーという手持ちから、彼がどの様な「組織」に落ち着くのかは……はてさて。すっとぼけておきまして。

 では、では。
 因みに、スカンプーの鳴き声は自重しませんでした。あくまで鳴き声ですし!
 そしてギエミャアさんは進化しても意外に素早いのですよ! 体型の割りに!!


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1995/夏 ルリ(さま)講座・夏

 

 

 Θ―― 闘技場/ロビーカフェテリア

 

 

「……なぁナツホ。この相手レベルの換算ってどうすんだっけ」

 

「バトルレコーダーに記録されてるでしょ? それを参照して ――」

 

 

 連日の講義が続く中に湧いた束の間の休憩時間。オレ達はカフェテリアに集合してレポートの作成を行っていた。

 季節は夏の真っ只中。セキエイ高原に降り注ぐ日差しは強いが、タマムシに比べれば暑さはかなりマシと言えよう。流石は避暑地として有名な場所である。その代りポケモンリーグ一色の弊害か、リーグ期間以外は閑散としているのだが。実際今もオレ達の周囲を通るのは同じく合宿に参加している生徒か、もしくは基本的にはスーツを着込んだ人ばかりだ。

 机に向かっていたユウキが走らせていた指を止めて伸びをし、だらりと椅子にもたれ掛かる。

 

 

「しっかしだるい作業だよな。研究協力トレーナーだっけ? エリトレで金を貰う方法が、一々バトルや自分のポケモンの状態をレポート報告する事だなんてよ」

 

「なにさユウキ。それすらサボったら、あとは自力でスポンサーを捜すか大会に参加するくらいしか稼ぐ方法が無いだろ? ま、知名度があればまた別。色々なお声がかかるかもしれないけどねえ」

 

「ふむ。だがそれもバッジ複数個の所有と、トレーナーとしての箔をつけてからの話だな」

 

「うん。堅実に稼ぐには、やっぱり、レポート」

 

「ぐぅ」

 

 

 こんな風にいつも通りの、何とはないやり取りを繰り広げながら。現在、合宿が始まって4日が経過している。複数校でバトルの実技を行った後、レポートを書く。この繰り返しでレポートの上達を試みる思惑らしい。……それも既に、4日目に突入している訳なのだが。

 4日も同じことを繰り返していると、どうにも飽きてくるのは仕方が無い。ユウキの気持ちはよくよく判る。

 

 

「ま、判る。判る……けど。オレとしてはバトルそのものが勉強だから、こっちのはオマケみたいなもんなんだよな」

 

「そのオマケをサボったら大変な事になるって言ってるの、シュン。収入の無いエリトレには意味がないでしょ? 何の為のエリトレなのよ」

 

「っかー。レポート書きさえすれば金が入るってんなら、おれも練習するにやぶさかじゃあねぇなぁ。……どれ、再開しますか」

 

「っふふ。ま、文章含めて内容が悪かったりすると差し引かれるみたいだけどね」

 

「うむ。あとは相手のポケモンのレベルやトレーナーランクによって決まるらしいが……」

 

「自分のため」

 

「ぐぅ」

 

 

 その「自分のため」にすら寝過ごしているケイスケをどうしたものだろうか、ノゾミ。

 などとレポートを作成していると、此方に歩いてくる一団があった。オレはその左端に居る人物を目に留め、……とりあえず。

 

 

「おっす。元気か、ショウ」

 

「ん? あー、シュン達か。おいっす。……うわ。考える事はどこも同じだな」

 

 

 互いに適当に挨拶を交わす。

 どうやら元々、ショウ達もカフェテリアを目指していたらしい。ショウがこちら7人を見て、隣のテーブルに座った。周りに居るのはミィ、ミカンちゃん、カトレアお嬢様。そしてリョウ、ヒョウタという面々。詰まる所、ショウが大体一緒に居るメンバーなのである。

 

 

「だからね! 虫ポケモンは、なんで岩タイプに……」

 

「ぷちっとされるからじゃないかな」

 

 

 リョウとヒョウタがふざけ合いながら適当に腰掛ける。ショウの両隣には、ミィとカトレアお嬢様。ミィを挟んで隣にミカンちゃんという位置取りだ。

 席順は兎も角、各々が携帯PCを持っているのだ。オレはショウと視線を交わし頷きあう。目的は同じだろうと。

 

 

「レポートか」

 

「レポートだ」

 

 

 言いながら、ショウもPCを立ち上げていた。その画面を覗き込むと……うわ、ショウのやつ結構でかしてあるし。1からうってるオレとは大違いだ。

 ヤツの真面目さに感心していると、ショウは罰の悪そうな顔をしながら。

 

 

「いや、オレとかミィとかカトレアの場合、レポートにする癖がついてるからなー……」

 

「それも研究のおかげって事か」

 

「おう。だから今日の場合、オレはその他ヒョウタ達のレポート作成指南役みたいなもんだ。……ほれ、リョウ。さぼんなよー。トウガンさんに怒られるのはヒョウタだぞー」

 

「わーかってるー」

 

「理不尽だろっ!?」

 

 

 理不尽だが、確かに。トウガンさんはヒョウタの父親だ。怒るとすれば、その雷が真っ先に向かうのは息子であるヒョウタに違いない。重ねて、理不尽だが。

 それらやり取りを笑いながら流すと、早速とカフェのメニュー(電光表示)を広げていたリョウがタッチパネルで手早に注文を済ませる。どうやらドリンクバーで居座る典型的学生らしい。それはまぁ、オレらも同じではあるのだが。

 暫く飲み物を運んだりした後、ショウが思い出した様に声を上げる。

 

 

「そうだ。シュン達にこれ、やるよ」

 

「……大容量記憶媒体?」

 

「ああ。その中には、俺が勝手に作ったバトルレポート作成支援のツールが入ってる。ターンって書いてある場所に技名を打ち込んで、バトルレコーダーに繋いだらレコードを起動して貼り付けすれば、あとは備考欄を埋めていくだけになるぞ」

 

 

 成る程。お前が救世主かっ!

 

 

「我はメシアなりっ! ……って、なにやらせんだ恥ずかしい」

 

「いやいや。勝手にやったろ、今。ま……それは兎も角。ありがたく頂くよ。さんきゅな、ショウ」

 

 

 オレは何度も頭を下げながら敬いつつ、記憶媒体の中にあったレポート作成支援ツールをコピー。隣に居たナツホに見せると、ぶつくさ文句を呟きながら受け取った。

 

 

「……アンタ、こういうの作るの上手いわよね」

 

「どっちかってと必要にかられてだけど。夏休みに入るまでは研究が目白押しだったから、時間が無くてなー。効率化は優先課題だったって流れで」

 

「む。僕ももらうぞ、ショウ」

 

「もち、おれも貰う」

 

「ボクもー」

 

 

 レポート作成支援ツールは予想通りの大人気である。しかもあのケイスケが起きるとは、ショウの評価はドジョッチ登りに違いない。

 心強い武器(ツール)を入手したオレ達は、30分ほど、皆であーだーこーだと言い合いながらレポートを作成する。

 すると、

 

 

 《ぺロリーム♪》

 

「っとぉ、メールだね。……ふぅん? これは……」

 

「……ん。ゴウ」

 

「どうしたノゾミ」

 

 

 袖を引くノゾミに促され、ゴウがヒトミのパソコンへと視線を向ける。ヒトミはパソコンを良く見えるよう向きを整え、此方へ向けた。

 どうやらメールが来たらしい。ヒトミがそれを読み上げる。若干小声。

 

 

「ルリの講義、セキエイ高原(ここ)でやるんだって」

 

「……そういや予定日は明後日だったなぁ。確かに、合宿中だなーどうすんだろーとは思ってたけど」

 

 

 という事は、わざわざセキエイ高原くんだりまでやって来るのか。ルリは。アイツはタマムシのスクールで他の上級学科を専攻しているハズで、となれば……いや。あいつの事だし、色々と予定調和にしてくるに違いない。

 

 

「でもま、やっぱり元チャンピオンって大変なのな」

 

「別に良いじゃない? 予定通りに講義してくれるっていうんだし」

 

 

 それもそうか。ナツホの言う通り、ルリが自分で講義してくれると言っているのだ。ならば問題はあるまい。

 でも……その前に、まずはだな。

 

 

「まずはこの目の前のレポートを片しとこうぜ」

 

「うむ、シュンの言う通りだ」

 

「ショウから頂いた秘密兵器もあることだし。カタタターッとうってりゃ終わるだろうぜ」

 

 

 課題が終わってないと、講義ってなんか集中できないからさ。

 さて。本腰入れて書き上げるとしますか!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 Θ―― 旅館/耀瑠璃の間

 

 

 離れにある豪奢な部屋の中。最年少チャンピオンの誕生を祝して建造された、所謂スイートな部屋にオレ達は呼び出されていた。

 部屋の主たるルリ(指定ジャージ)は、ホワイトボードを引っ張りながら本日の題名(タイトル)を書き出している最中だ。妙にレトロな講義風景だが、それも4回目になってくると慣れてくるもの。……部屋の豪華さに対してルリの格好(ジャージ)設備(ホワイトボード)が違和感バリバリではあるけどな。

 ルリがマーカーを動かすたび、文字とツーテールが躍る。どうやら講義内容は『指示』らしい。動かしていたマーカーを止めると、ふんす、と気合の一息を吐き出した。

 

 

「さてと。来る本日はいよいよ、ポケモンへの指示と、それに関連した育成について講義をしようと思うのです」

 

「はいはーい。それはルリちゃんの得意技を教えてもらえるっつー解釈で良いのか?」

 

「まぁ、ユウキ君の仰る事も間違いではないですねー。ですが育成についてはあたしのだけではありませんし、色々と誌上の講師陣を揃えましたんで……かなーり豪華な面々になってますが……うぅん。教える、と言うよりは紹介になるでしょうか」

 

 

 レジュメを配りながらルリが目を閉じて唸る。というかその状態でよく紙束を配れるな、ルリ。

 カトレアお嬢&ミカンちゃん、リョウ&ヒョウタという昨日一緒にレポート作成を行ったメンバーの他、我が友人6人。オレ含めて11人と言ういつものメンバーが配布資料を受け取った所で、ルリが元気良く向き直った。

 

 

「んでは。……さてさて、ここまで皆様方にはあたしからの課題として、パートナーポケモンとの交流を深めて貰いました。先日のバトル、皆様方のは拝見させてもらいましたよ。どうやら成果がでているみたいで何よりです。まぁそれはそれで置いときまして……どうやらこういった連携の授業をしても問題ないと判断しましたんで、本日はポケモンに指示を出すという動作について考察をしてみましょう。まず、あたしの得意技ーってのを皆さんはご存じで?」

 

「知ってるわよ。『指示の先出し』と『サインによる指示』でしょ? でもそれ、最近じゃあ結構パクられてるみたいじゃない」

 

 

 言われた様に、今のリーグの上位者の中には、ルリと同じ技術を使用するトレーナーがまま居るのだ。捻りも何もないパクリではあるが、お陰で、『指示を隠蔽する事』の有効性は証明されてしまったといって良いだろう。なにせ、変化技ならその効果を。通常攻撃でもその追加効果が判り辛くなるからな。現在のポケモンリーグにおける上位トレーナー陣の駆け引きがこんなにも高度になっているのは、こいつ、ルリの及ぼした影響なのである。

 当のルリは腰に手を当て、

 

 

「あっはは! 実をいうと、パクられるのは大歓迎なんです。この面倒な技術をパクれる腕前のトレーナーが増えているって事ですからね。……とはいえナツホさんの言う通り。あたしがショウ君から教わった得意技は、その2つです。この利点を書き出してみましょう」

 

 

 遠慮も何も無く踏み込んだナツホに笑い返しながら、ルリがキュキュキュ、っとマーカーを動かしてゆく。

 

『指示の先出し』

▽スピードの補填

▽初手の技名の隠蔽

▽比較的容易に使用できる

 

『サイン指示』

▽指示の隠蔽

▽音声以外での伝達(指示方法の増加)

 

 ここまでを書き上げておいて少し筆を休めた。腕をぐるりと回し、板書の間を取る。

 

 

「こんな所ですかね。あとは組み合わせ次第で他にも色々とあるでしょうが……はてさて。では次に、問題点を書き出しましょう」

 

 

 問題点? などと疑問符を浮べていると、ホワイトボードに追記をしてゆく。

 要領を得ないオレなどと反応が違う人員は2名。和室に座っているカトレアお嬢がうんうんと頷き、ミカンちゃんがあわあわ言いながらメモを取る。

 

『指示の先出し』

▽スピードの補填

▽初手の技名の隠蔽

▽比較的容易に使用できる

▼相手のポケモンが判らない状態で指示を出す事になる

▼ポケモンも突撃するため、技が変更できない

 

『サイン指示』

▽指示の隠蔽

▽音声以外での伝達(指示方法の増加)

▼ポケモンは指示者を視界に入れなければならない

▼視界遮断する技での分断が可能

 

 

 ルリは書き連ねた問題点とやらをボード横から眺め、こんなもんですかね、と呟く。

 オレも資料を捲り該当するページを開くと、「トレーナー技術」とのタイトルが飾られていた。……トレーナー技術、ねえ。という事は。

 回そうとした思考を遮る様に、ルリが解説を再開する。

 

 

「判りますかね。何が言いたいのかと言うと、この様に ―― トレーナーが使用する技術である以上、益と害は存在し、さすればそれを防ぐ手段も少なからず存在すると言うことです。あたしの使う技術はそれが顕著で、『先出し』はポケモンとのコミュニケーションさえ取れていれば容易に模倣が可能。指示の変更が殆ど不可。『サイン指示』は使う側と使われる側の連携が要求される為、模倣は難しいですが……そもそも使うのが難しい。砂嵐状態などでの分断も簡単ですし、と諸所の問題が存在するのです」

 

 

 自らの技術をあっけらかんと酷評してみせる、元チャンピオン。オレらが呆気に取られている内に、ルリは頭を振ってツーテールを誇示する。それでも、と続けた。

 

 

「それでも使う人次第では強力な手札になることには変わりありません。つまり、『相手はこの技術を持っていると知っている』のを武器に出来ますから。……えーと、判ります?」

 

 

 小首を傾げ、数名が疑問符で返す。どうやら伝わっていない人もいると言う事を理解し、ヒトミが手を挙げる。

 

 

「それは、ルリ、こういうことかい? 例えばあたしがルリに挑むとする。あたしはルリが初手に『指示の先出し』をする事が判っているから、初手のタイプ相性の組み合わせに苦慮する。でもそれはルリ自身も、『ヒトミは先出しを知っている、という事を知っている』から……タイプ相性以外の何かに重きを置いて指示を出す、と」

 

「そですね」

 

 

 ルリはヒトミの言葉を簡素な言葉で肯定する。

 

 

「タイプ相性以外の何か、ってのはとても良い着眼点です。あえて否定部分があるとすれば、初手のタイプ相性の組み合わせに苦慮する、の所ですかねー。あたしの手持ちは有名になってますから、この場合、苦慮するのはあたしだけでしょう」

 

「そのタイプ相性以外の何か、ってのは、具体的には?」

 

「中々難しい質問をしますね……っむむ。うーん……例えばピジョットで先手『とんぼがえり』とか。思考を次の次に無理やり持っていくことが出来ますね。あとはちょっとあれですが、天候変化とか場を変えてしまうとか……そうですね。先手を警戒した相手に、強力な後攻技でお返しするのも良いかも知れないです。尻込みしている相手に『しっぺがえし』とか、泣き面に蜂ですよ?」

 

 

 よくもそういう考えをぽんぽんと思いつくものだ。質問したヒトミ自身もうわぁ、と零して苦い顔を浮べている。

 

 

「あははー。ですがこういう駆け引きは高レベルのトレーナーさんであればこそ、ですからねぇ。その点皆さんは今の時点で理解できてるっぽいんで、ちょっと末恐ろしいです」

 

「うーん、ボクは微妙なんだけど?」

 

「あー、そですね。リョウ君はもっと感覚的に話せば大丈夫かと思いますが……まぁ、今回も巻末に技集を付けましたんで、それを読んでくださればより一層判るかと思います。んでは!」

 

 

 言いながらルリは筆を置き、何をするのかと思いきや、ボードをひっくり返した。その裏には、既に何かが書いてある。

 

 

「さてさて、あたしの技術は大体わかりましたね? では、次の(・・)紹介をしましょう」

 

 

 ルリが持ち続けたレーザーポインタが本来のものではなく(甚だ不本意ながら)指し棒としての機能を発揮する。ボードに『ポケモンへの教え込み』と『自由選択』と書かれた文字が躍り、のたくる下線が引かれた。

 この展開に待ったをかけたのは、ユウキだ。

 

 

「なぁ、あのさ。……えーと、おれらにルリちゃんの技術を教えるんじゃあなかったっけか? その割にゃあ、まだ何にも教えてもらっていない気がするんだがよ」

 

「成る程。……うーん、言葉が足りませんでしたか。教え方は、実は資料に載せてあります。ですがその前に ―― あたしは、皆さんに、選んで貰いたいのです」

 

 

 ルリはユウキの発した……彼だけならず、他の面々も思ったであろう……疑問を真摯に受け止めた。因みにオレはそうでもない。さっき「トレーナー技術」とか言ってたから、若干予想できてた。括りがルリの、っていう1人に絞ったものじゃあなかったからなぁ。

 オレの内心を知ってか知らずしてか、新たに書かれた表題2つを差し置いて、ルリは説明を続ける。

 

 

「だからこそ始めに、『紹介』と呼ばせてもらいました。いいですか? ポケモンと同じ様に、トレーナーにもタイプと言うものがあると、あたしは思うのです。あたしの技術は、あくまであたしに合ったもの。皆さんには皆さんの、それぞれやり易い形があるでしょう。ポケモンとの関わり方だけでも十人十色なんですよ。それはもうバトルになっちゃあ言わずとも、ってぇ事です」

 

「お、おう。……そういやそれもそうか」

 

 

 微妙に気圧されたユウキが、自らの手持ちポケモンが入ったモンスターボールを見る。確かに、ユウキのポケモン達は皆マイペース。今回の合宿におけるバトルを振り返ってみれば、ユウキ自身、普通な方法で指示を出したとて苦労をしていたのだ。先出しならば兎も角、サイン指示が難しいのは目に見えている。

 納得したユウキをみやり、ルリはうんうんと頷いている。

 ……笑顔、か。それは恐らくオレ自身、久しぶりに見たルリ本心からの笑顔だったように思う。世界中の人々を惹き込んだ、バトルの際に見せる、魔法の笑顔だ。

 幾分以上に説明の足りない語りだが、オレはなぜか得心していた。彼女は恐らく、「自分と同じものではつまらない」と言いたいのだ。選び取り、模倣する事は誰にも出来る。だが、そのままの模倣は多様性を失わせてしまう。ルリはそれを危惧し ―― その先に広がるポケモンバトルの可能性をこそ楽しんでいるに違いない。

 ……いやぁ。そう考えると底意地悪い笑顔だよなっ!

 無理やり捻って着地した結論、底意地の悪い笑顔(仮)を浮べ、ルリは話を続ける。

 

 

「だからこそ、少ない講義時間では紹介に終始します。教え方は……でもまぁ、仕組みと種がわかれば皆さんでも出来ることです。今まで通りコミュニケーションを続けながら、教えることが出来るでしょう。……あ、そうですそうですそうでした。前にも言いましたが、あたしが居ない間はショウ君に頼ってくださいね。話は通してありますから」

 

 

 どうやら話を締めるつもりらしいこの捲くし立てに、生徒一同が首を振る。ルリも満足げにして、今度こそとホワイトボードを指した。

 さては再度のご紹介。件の白板には『ポケモンに教え込む』、『自由選択』という表題が書かれているのだ、が。

 

 

「では仕切り直しまして。育成……『ポケモンに教え込む』という型を紹介しましょう」

 

「えーと、教え込む?」

 

「はい。例えば『この相手(ポケモン)にはこの技』『この色をしたポケモンにはこの技を優先して使う』といった形で、ポケモン自身に判断をさせて技を『繰り出してもらう』様に育成するんですよ。相手ポケモンに応じてというパターンの他にも、『3ターンはこの組み合わせで技を使う』とか、『HPが減ったらこの技を使う』といったパターンも考えられますねー」

 

「ほほー、そりゃあ便利だな」

 

 

 言葉の通り便利そうな技術の紹介に、ユウキが唸る。確かにこの『教え込む』パターンが実現できれば、戦術の幅は大きく広がるに違いない。

 ……でもなー、ユウキ。これ、そんな簡単に出来る事じゃあないと思うぞ。

 

 

「なんでだよ、シュン」

 

「よく考えれば判るさ。……お前、この4ヶ月近くの間ポケモンバトルの練習してて、ただ指示を出すだけでも難しいと思わなかったか?」

 

「ん? ……そらまぁ、そうね」

 

「そのトレーナーでも難しい事を、バトルしている当ポケモンに任せるって言うんだぜ。かなり難しいだろ。ポケモンに判断させると柔軟性にも欠けるだろうし」

 

「ああ。それにそもそも1対1のバトルなら、トレーナーが着いている時点で、ポケモンに判断させる意味はないからねぇ。トレーナーが指示した方が何倍もいいさ」

 

「シュン君やヒトミさんの仰る通り、まぁ、普通の1対1なら多少の素早さ補填と指示隠蔽以外の意味は薄いです。対して柔軟性に欠ける為、デメリットではないですが、準備の為の負担が大きすぎますかね。つまりは教え込まなくても出来るでしょーと。……はいはい、こんなもんでしょうか」

 

▽指示の隠蔽

▽トレーナーから指示を仰ぐ必要が無く(少なく)なる

▽指示経路が塞がれていても自律行動できる

▽▼指示時間の短縮 or 考察時間の延長

▼判断できる様ポケモンを育てる必要があるため、難易度が高く、融通がきかない

 

「これに加えて、場面によってはもっと問題点が増えます。どちらにせよ使い所が難しい事に変わりは無いですね」

 

「え、と。……それが、選択肢……?」

 

「はい、そです」

 

 

 ミカンちゃんが前髪の内側から疑問の視線を向けると、ルリはジャージの袖をまくって腕を組む。

 

 

「実はこれ、ミィさんの『技術』なんです」

 

「……ふぅん。ミィ、の?」

 

「はい。ミィさんはどうも、『ポケモンに判断させる』という部分に着目しているお方でして。アイテムの開発が目立ちがちですが、野生ポケモンの思考パターンとか色々研究してるんですよ」

 

 

 この言葉に真っ先に反応したのはカトレアお嬢様だった。ぽーっとした表情で口を開け、ホワイトボードを見つめている。

 ……にしても、これがミィの技術か。成る程。技術ってよりかはやっぱり、『教え込む』って方がしっくり来るよなぁ。とはいえポケモンに教え込むとなれば、それも紛うことなき『トレーナーの技量』だ。寧ろ育成と言う意味ではトレーナーの本分とも言えるだろう。

 

 

「ついでに言えばシロナさんはサインと口頭、そして育成の複合型です。ガブリアスは育成とサインに対応してますが、リーグ時点ではミカルゲなんかは殆ど口頭でしたね。恐らくは手持ちに入ってからの日が浅いのでしょー、との予測ができるかと。あー、一般的な教え方については同じく、資料にかるーく注意点を載せてますんで、どこかで行き詰ったならあたしかショウ君に相談してください」

 

 

 言われて、オレも資料に視線を落としてみる。

 すると、書かれているプログラムは実にハード。例えば「指示を出さずに効果抜群の攻撃技を選択してもらう場合」の場合、「色と技をパターン付けし、野生ポケモン相手に実践しながら教え込む」という風体だ。これでもかなり省いたが、省いた分「もやっと」した感じも。……なんかこう先の見えない、果てしない作業な意味合いが伝わってくれればこれ幸い。

 それにしても大盤振る舞いだな。ミィのそれだけでなく、シロナさんのまで種明かしとは。

 

 

「あ、許可は貰ってますからねー」

 

「それはそうでしょ」

 

 

 自らのトレーナー技術を明かすなんて、そら大変だからな。

 何て風に考えていると、ルリは首を横に振った。

 

 

「皆さんの考えも判りますが ―― あたしやミィさん。それにシロナさんにミクリさんも、自分の技術を公開するのに前向きですよ? チャンピオンとして開講している講座では、結構そのまんま話してますから。皆さんにだけ、という訳ではないのです」

 

 

 そうなのか。

 確かにシロナさんなんかは、シンオウでも幾つかポケモントレーナーとしての講演などを開催していると聞いたことはあるが……

 

 

「シロナさんやあたし達……チャンピオン位を持つ人は多分、皆同じ先を見ているのです。教える、模倣するのは手段に過ぎず、期待をしているのですよ。皆さんの持つ可能性と多様性に」

 

 

 ルリはあくまで真っ直ぐだ。国の指導者もこれくらいやれれば大衆を動かす事が出来るに違いない……と思わせる。

 

 

「あたしはあくまで媒介です。皆さんを生かす事に終始します。方法も教え方も、紹介はしますが ――」

 

「いえ。先まで言わせはしません」

 

 

 割り込んだのはカトレアお嬢様だ。

 手で制し、何時もの気だるい雰囲気をオーラに変えて、可視化しかねないそれを制御しつつ。

 

 

「アタクシ達がその中から選び取り、自分の力で身につける。その過程に……その選択に。アタクシ自身が考える事に、意味があるのでしょ……?」

 

「はい! カトレアさんの仰る通り、です!」

 

 

 正鵠を射た、というのを身体と雰囲気と表情で表現するルリ。

 

 

「だからこそ待っていますよ。それこそが今のあたしの、夢ですから!」

 

 

 夢、か。確かに夢だな。そのような段階を踏んだレベルアップを、全トレーナーに強いるのは無理だろうと思う。

 ……だがこの世界。ポケモンと共に生きるオレ達ならば……「全て」ではなくとも、「多く」が得ることは、出来るのかもしれない。

 オレを含めた幾人かがルリの言葉を察したのを見て、ルリは今度も満足げだった。

 そして筆を持ち、再びの、苦笑。

 

 

「えぇと……で、ですね。だからこそ、講義を続けても良いですかね?」

 

「……しっかたねぇなぁ。おれは良いぜ!」

 

「頼んでるのはあたしらだからね、ユウキ。ああ勿論、あたしは望む所さ」

 

「ああ。僕は教えてもらいたいな」

 

「ゴウと同じ。わたしも」

 

「ボクもー、別に良いけどねー」

 

「ふん。あたしは構わないわ、ここまで来て辞められたら後味悪いじゃない」

 

 

 友人皆々が肯定し、

 

 

「アタクシは勿論です」

 

「あ、え、えと……そのう……ぜ、是非に」

 

「ぼく? ぼくはしっかり講義を受けてくるよう、父さんに言われてるから」

 

「虫ポケモンの事をもっと知れるなら、否定する理由がないね!」

 

 

 ショウの友人達も肯定する。

 ぺこりと頭を下げ、ツーテールを揺らした。

 

 

「ありがとーございます、皆さん。……んでは話を進めまして。次に、エスパーの方々の扱う技術について説明をしましょう。まずは ――」

 

 

 ルリはそのまま、様々なトレーナーの使う技術について説明を行った。技術そのものだけでなく、時には指示を受ける側……ポケモンの種類にまで話は及ぶ。

 けど、そうか。

 

「(選ぶ事もそうだけど、これを知るだけでも意味はあるってことだよなぁ)」

 

 トレーナーとして、相手が何をしているかを判断できるのは非常に大きい材料となる。「知っておかなければならない」ではなくとも……「上を目指すのならば、知っておくべき」なのだ。

 オレは自分に必要な知識の広さと深さを改めて認識しつつ、夕方遅くまで及ぶ講義に耳を傾けていた。

 

 





 さて。まずは、明けましておめでとうございます。
 新年の喜びと共に、皆々様方にとって今年が良い一年でありますことを願わせて頂きます。

 という定型文を引き合いに出しておいて(ぉぃ
 ただし願う心根だけは本当ですが。

 さては師走。例年の通り先生方もお坊さん方も、走る、奔る……などと忙しさに忙殺されながらも、なんとか書き進めております。
 最近はスランプといえばよいのでしょうかね、何と言うか、自分の書いた文章の細部が気になってしまって、一文を書くのにも大層な時間を費やしてしまうという事態が発生しております次第。
 ……とはいえ駄作者私のこと。スランプなんていうのもおこがましく、世のスランプ様に申し訳ない文章力なので、本来そんな事を気にせずプロットどおりに書けば良いのですよね……はい。申し訳ありませんですすいません。

 そういえばの雑談。
 この間感想にて、「携帯で見ていたから、2話ずつ更新をしているのに気付かなかった」という御意見を頂きました。
 そうなのですよね。私もそうなのですが、携帯閲覧すると更新日が表示されないのですよ。
 本来なら活動報告や前書きなんかに更新話を書くと判りやすいのかと思うのですが、本拙作は更新に1ヶ月がアタリマエダノクラッカーになってしまっておりますし。見返すとなると副題なんて忘れていて当然なのですよね。
 ……一斉投稿をしているのは、駄作者私のつまらないこだわりから、という事も考慮いたしまして……とりあえず。
 投稿分を連続であげる場合、1話ずつ、毎日0時更新としたいと思います。(ただし次から)
 連続投稿が途切れる場合は、活動報告や、後書に一文を載せたいと思います。いえまぁ、連続とはいってもそんなに連続される事はないのですが……はい。申し訳(以下略
 今回も上手い区切りが見付からず、容量はそこそこですが話数はたったの2話ですし。上手く進めば来月頭には夏分を終わらせられるのかな? なんて夢想をしていたりはしますが……駄作者私自身、自分にあまり期待は出来ませんね(苦笑

 作中の話題について。
 ポケモンに『教え込む』とういミィの技術は、やっとの事紹介する場を設ける事ができました。読み返してくだされば、結構、判りやすかったかなとも思うのですが。
 作中で取り上げられた内、『色に則して使う技を教え込む』。これは意味のない様でいてしかし、結構有用な育成ではないかと思っていたりします。
 だって、ポケモン、身体の色で大体のタイプが判断できますし!!
 効果抜群な技を選ぶ、という思考をポケモンに任せる事が出来る。これだけでも対多数戦闘における有用性は証明出来るんじゃあないかなぁ……と考えております次第なので。
 とはいえショウとミィ、それに近しい方々は各々の技術を交換し合ったりしていますので、実は結構みんな使えていたりします。
 ですが、作中ルリ(ちゃん)の言う通り。互いを模倣するだけでは意味はあれど、対策が容易ですからね。それぞれ得意な型と組み合わせと持っていて、特色がでている……というのが実情だったりするので。
 ある意味、大事な話題がでていたりしますが……まぁそれは後々に。

 では、では。
 もう1話ありますが、後書はこの辺で。お眼汚しにお付き合いくださり、有難うございました。

 今年も拙作に付き合って下さる貴方様方に、無上の感謝と喜びを。

 ポケモンバンク、1度も使っていませんねっっ(様々な思惑を押し込めた満面の笑み)!!


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1995/夏 ポケモンリーグ「が」お膝元

 

 

 Θ―― シロガネ山/山腹

 

 

 夏なのにしんと冷えた空気が、辺りを覆っている。

 寒さに耐えながら重い荷物を背負うオレ達一団は、ただひたすら白い山道を道なりに登る。

 

 

「人は何故山に登るのか……」

 

「そこに山があるからだろ、相棒」

 

「意外と平気なのだな、ケイスケは」

 

「うーん。ボク、フスベ出身だからねー。山は遊び場だったしー、寒いのもへーきだからー」

 

 

 こうして軽口を叩くのも億劫だが、叩きでもしなければ戦えない。

 ……だが、そう。今日こそはセキエイ高原合宿が目玉。

 

 オレ達は志願し、シロガネ山・山中踏破という荒行を行っているのだ……!

 

 

「ねぇ、ノゾミ。……脚が、重いん、だけど。忍者的な、あれで、なんとか、……ならない?」

 

「……ごめん。ナツホ。無理」

 

「いやいや。そりゃあナツホが悪いでしょうよ」

 

 

 なにせコガネシティやタマムシの街中からも眺めるほど険しい「霊峰」シロガネ山、その山腹だ。オレ達は現在尾根を伝い、道中据えられた山小屋を目指しているのだが……うん。

 ガイダンスの際にも書かれていた「シロガネ山山中踏破」と「チャンピオンロード野営訓練」。実はこれは、志願制だった。オレとしては折角の特別授業を受けない理由はなく、シロガネ山に興味が合ったこともあり、真っ先に志願していた。するといつしか我が友人達も……という流れの末に今に到る。

 因みに。選択した少数派の生徒以外は今も変わらず、闘技場で講義とバトルの繰り返しを行っているはずだ。様々な特別講師による講義も興味がない訳ではないが、それは後からレジュメを貰えばある程度は何とかなる。それに比べて、実地授業は「行かなければ学べない」のだ。

 

「(いやま、その為に防寒具買ってたし。それに、シロガネ山には一度行ってみたかったからなぁ)」

 

 シロガネ山は一般的なトレーナー達の間ではある種の神聖視を受けている山だ。入山には本来、特別な認可が必要で、チャンピオンの位を持つトレーナーや、何らかの仕事があって認可を受けた場合しか足を踏み入れることは許されないのだそうだ。だからこそ団体がシロガネ山に足を踏み入れるのは、歴史上類を見ない事例だと案内のお姉さんが言っていた。

 その分、シロガネ山の野生ポケモン達は実にワイルド。現在通っているルートは比較的安全な部分らしいが、それでも、オレ達のポケモンでは束になってやっとのこと撃退に持っていける程度だ。さっきリングマが出てきた時なんて総力戦も良い所だった。

 また通常の山と違いそこそこの標高まで来ると、足元にはうっすら雪が積もりだす。僅か数センチの雪は疲労を濃くし、足場も悪くなる。今も先導をしてくれているナツメさんが居なかったら、というのは考えたくもない。ヤマブキスクールの綺麗なエスパーおねぇさんは、野生ポケモンに対する保険という意味でも引率という意味でも、自信を持って信頼できるお方だ。口数こそ少ないが、今も前方の安全を確認しながら視線でオレ達の移動を待ってくれているし、エリカ先生ほど顕著ではないにしろ指導者としての能力もあるに違いない。流石はエスパー少女兼ヤマブキジムリーダーだ、と感心しておくとして。

 勿論、向学心旺盛なエリトレ組の方々の事。シロガネ山踏破に参加した学生メンバーはオレ達だけではない。オレはその他横を歩いているメンバーの方を向き……そうだな。

 

 

「カズマ達は意外と平気そうなんだな?」

 

「ああ、俺達の地方は年中雪が降っている地域もあるからなぁ。単に慣れているだけだろ」

 

「でも、シュン達はよく志願したよな。オレとカズマは折角だし、観光含めて来てる様なもんだかんなー」

 

「……」

 

 

 シンオウ組からの使者が、ここにも3名。

 同室のカズマとナオキは本人達が言っている通り、ロビーに置かれたシロガネ山のパンフレットを見、観光を含めての思い出作り目的での参加らしい。よりにもよってこんなキツイ思い出を作らなくてもとは思うが、それを含めての思い出なのだろう。そもそも2人とも体力に自信があるみたいだし、他の班には同様の友人等もいるらしい。なら、オレがとやかく言うことでもないだろう。

 

 でも、そう。もう1名。

 

 

「……は、……は、」

 

 

 厚めの防寒着を着込み、フードを深く被り、淡々または耽々と脚を進める女性徒。

 防寒具に覆われて顔ははっきりと見えないが、息を荒げ、白い吐息を絶え間なく吐き出しながらも、その視線は真っ直ぐ前を向いている。

 ……なんかこう、一生懸命というか。そんな印象を受ける生徒だ。合流した際にカズマ達に聞いてみたのだが、シンオウのエリトレ組では結構有名な生徒ではあるらしい。

 彼女はその名を、ヒヅキさんと言う。

 

 

「―― は、ふぅ」

 

 

 ヒヅキさんは時折腕を挙げて、汗を拭う。凛としたその眼は未だ、まだ見ぬ先へと向けられていて。

 ……いや。痛い痛い。物理的に痛い。

 

 

「頬が痛いって。……ナツホ」

 

「あに見てんのよ。ほら、ナツメせんせを待たせても駄目でしょ」

 

 

 ヒヅキさんの方を向いていると、いつの間にかナツホに頬を(つね)られていた。

 指し示された方を見ると、一段上の岩場でナツメさんが腕を組んで目を閉じている。どうやら待たせてしまっているのは確からしい。

 うし、ナツホの言う通りだ。

 

 

「気合入れて登るべし」

 

「今さっき抜いてた奴が何言ってんの。ほら、行くわよ」

 

 

 なにせオレ達は最後の組なのだ。日が暮れる前に、なんとしても山中に建設された宿泊所まではたどり着かなければなるまい。

 今回のシロガネ山踏破に参加した他の学生も待つ山小屋へと急ぐべく、オレはナツホと共に歩調を速めることにした。

 

 

 

 Θ―― シロガネ山/山小屋

 

 

 道中は苦行にも関わらず、山小屋の中はかなり広々としており、団体が十分に宿泊できる設備を備えていた。火をくべる型の薪ストーブが中央に設置された、円形にソファの設置されたリビング。やや奥まった場所にシステムキッチン(というには広いが)が置かれ、個室は流石に少ないものの、1階と2階で区切られている。ここも初めから男女団体での使用を考慮した施設だという事なのだろう。

 合宿に参加したトレーナー達の内、志願してシロガネ山に登ったのは40名ほどだ。男女混合の地方もバラバラだが……いや。オレ達(・・・)ショウ達(・・・・)で、タマムシ組は全員なのだが、思ったよりはシンオウとホウエンから来てる人も多かったなぁと。道中は苦行なのに。

 とはいえ山荘的な雰囲気を持つこの山小屋は、如何にもな学生旅行にピッタリだ。確かに、カズマ達の言う通り思い出にはなるだろうなぁ。道中は苦行だけど。

 

 

「ユウキ、生きてるかー?」

 

「へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 

 

 よし、コイツは元気だな。迷子の達人たるもの、脚力も生半可ではないらしい。

 だがオレやユウキの様に、山小屋についてまで余力を残している様な……「こういった事態を想定して、体力もつけているトレーナー」は少数派だった。

 40名の内、上下階に分たれたリビングに残っているのは10余名程度だ。その他の生徒はご飯を食べると共に寝所へ直行している。

 残っている生徒はというと、

 

 

「おっ、もうニュースしか入らなくなる時間かよ。チャンネル変えないか、ゴウ?」

 

「僕としてはこの時間のニュースは見逃したくはないな。この時間に見ておかなければ、他に見られる機会は無いだろう」

 

「ニュースも。大事」

 

「ゴウもノゾミも真面目だからねぇ。あたしは、スポーツニュースとポケモンニュースで十分さ」

 

「うーん、オレは流石に疲れててニュースの内容が頭に入ってこなさそうだ。ナツホは?」

 

「シュンと似たようなもんね。腿がだるいわ」

 

 

 まず、2階の吹き抜けの横でテレビを眺めているオレら。

 

 

「きつい。山登りきつい」

「プールィ~♪」「ブィ……ブゥィ……」

 

「私は、寒くなければ。万事が良いのだけれど」

「ビリリー」

 

「ショウに言われて体力をつけていて、今日ほど良かったと思う日はありません……」

 

 

 机の上でプリン抱えながらテーブルに突っ伏し膝にはイーブイを乗せるという、両手に花状態でだれているショウ。

 その向かいでビリリダマを転がしながら抑揚なく本を読んでいるミィ。

 眠るゴチムをボールごと机に置き、無表情+疲れ顔のカトレアお嬢様。

 因みにこの他の面々……リョウとヒョウタとミカンちゃんも山荘には来ているのだが、夜半を過ぎると同時に部屋へと潜り込んでいた。どうやら結構身体に来ているらしい。

 そして、残る「余名」の方々。

 

 

「ヒヅキさんは明日の自由時間どこ行くのー?」

 

「―― ええ。わたくし、折角なので洞窟の中を見てみたいと思っています。皆様はどうなされます?」

 

「あたしかー。かなり脚に来てるから、明日はこの辺りで散策かな?」

 

 

 オレやショウ達の居る2階とは別。階下では件のヒヅキさんが、所属しているのであろう女生徒グループと共に談話の最中だった。

 先は見えなかったが、凛々しく気品のある顔立ち。佇まいにもどこか可憐さがにじみ出るその様は、ヒヅキさんが聞いた通りの「お嬢様」であることを示しているのだろう。

 お嬢様。彼女はどうやら、さる会社の御令嬢らしい。人としてのスペックの高さと共に人望も厚く、向上心の強いポケモントレーナー達の中心人物である……とは、シンオウ在住のナオキ談。

 カトレアお嬢様みたいに旧家のって訳じゃあなく、毛色の違うお嬢様。だがしかし、確かなればお嬢様2号。

 

 

「ヒヅキさんはアクティブだよねー」

 

「ええ。今の内に吸収できるものは、しておくべきなのですからと!」

 

「ついでに熱いねー」

 

 

 女友達に囲まれながら、ヒヅキさんは目を輝かせる。実際、彼女の真っ直ぐさは言葉だけでなくその表所にも現れていてオレの想いと通じる部分があるとは思う。

 ……だが彼女の横顔に、オレは僅かな違和感(・・・)を覚えていた。

 どうしてだろうか。何故だろう。

 そしてついでに、とりあえず。答えのでない長考から思考を逸らしてもう1つ。視ていたヒヅキさんのある部分に、否応なしに目が留まる。

 具体的には腹部の上、首より下くらい。

 隣のユウキがにたりと笑う。……仕方が無い。怖い怖い女子たちは傍にいるのだからして、目線会話で冒頭の言葉をリピートしようじゃあないか。

 

 

「(人は何故、山に登るのか……!)」

 

「(そこに山があるからだろ、相棒……!)」

 

「(ユウキ、シュン。それは胸を見ながら話す台詞ではないと思うぞ……!)」

 

「(おっきいよね~)」

 

 

 これはきっと、人生の話である。山あり谷あり。

 ……いやすいません目下に居るお嬢様の胸のお話ですどうかご容赦をば。

 まぁつまり、あんた本当に11歳ですかと。女生徒の方が成育が早く、彼女のカリスマ性や率直な人柄の影響もあってか、ヒヅキさんはまさに「人の上に立つ人」というオーラを放っていた。胸の大きさも所以たる部分であるのだろう(混乱状態)。

 などと、残念思考を広げつつナツホらに悟られはしないかと内心恐々で居ると。

 

 

「……ふわぁ……と、もう11時じゃない。ヒトミ、どうすんの?」

 

「うーん……ま、あたしもそろそろ寝ようかね」

 

「うん。わたしも、そうする」

 

「だそうよ。そんじゃね、シュン。また明日一緒しましょ」

 

「おっけ了解。朝飯ロビーで」

 

「はいはい」

 

 

 ナツホとヒトミの一声にノゾミも同調し、3人の泊まる部屋へと向かっていった。

 ヒトミはパソコンを抱えて、ノゾミが能面と手を振り、オレとナツホが幼馴染としての少ない会話をして別れる。すると。

 

 

「―― さて。女生徒の皆様はお疲れだそうだぞ、ミィにカトレア。お前らは寝なくて良いのか?」

 

「えぇ。私は、別に」

 

「アタクシは、ショウとミィが居るなら」

 

「さいで」

 

 

 この機を見計らって、気を使ったのか、ショウがミィ達に尋ねていた。

 ミィは兎も角、カトレアお嬢様は疲れても居るようだ。が、頑としてこの席を譲るつもりはないらしい。

 それを判っていながら、ショウはこれ以上口を開かなかった。……ああ、この顔は見たことがあるな。どうやら明日はカトレアお嬢様のフォローに回ることを「決めた」っぽい。

 質問を終えると今度は、オレ達男子4人組に口を向けた。

 

 

「……んで、だ。シュン達ならシロガネ山にも来るんじゃないかなーとは思ったが、予想以上に来てるよなぁ。他の生徒も」

 

「ああ、ヒヅキさんとかの事か?」

 

「そだ。ナツメが言ってたぞ、彼女は根性あるって」

 

 

 他の生徒と聞いて真っ先に浮かんだ名前をオレが挙げると、ショウが同意。先程までオレの所属する班を先導してくれていた女性の名前を挙げていた。

 しかし、ナツメさんだ。この名前に、ゴウが唸る。

 

 

「ふむ。ナツメさん、か。……エスパーの台頭するヤマブキスクールの理事をやっている、現役ジムリーダーだな。今回の合宿にも着いて来ているが……彼女は教師ではないのだろう?」

 

「教師じゃなくても、ジムリーダーなら教えるだろ? まぁおれとしちゃ美人教師の台頭は望む所だからよ」

 

「あっはは! まぁ、美人だってのには同意しとく。友人として後が怖いからな」

 

「やはり知り合いか、ショウ」

 

「えぇ。ナツメは2つ年上だけれど、ショウの幼馴染でもあるわね。……なら当然、私の、でもあるのだけれど」

 

「アタクシにとっては超能力の師匠ですね、ナツメお姉さまは」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 

 そのままミィとカトレアを交えて、暫く話しをする事にする。

 こうして聞いてみれば、カトレアお嬢様はどうやら「御家」と呼ばれるエスパーの家系に生まれているらしい。どういう経緯か知り合ったショウにポケモントレーナーとしての指導を、超能力制御に関してはナツメさんの指導を受けているという事らしかった。

 ナツメさんは、ショウがシオンタウンの孤児院を手伝いに行くといつの間にか居たり。シルフカンパニーや格闘道場に顔を出しに行くと、予知したナツメさんが立っていたり。ジムリーダー試験に2人で対策を立てて臨んだり、格闘道場との公認ジムを賭けたポケモンバトルだったり、ジムリーダーとしてリーグに挑戦したり。聞いている限り実に、ショウの一派の者と言う感じだ。あ、勿論良い意味で。

 そしてその内容を聞いている限り、ナツメさんをタイプ区分けするとクール+不思議系だな。

 因みにタイプ区分けは、カトレアお嬢様はそのまま不思議お嬢様系。ミィは総合強者優美系。ヒトミは姉さん系で、ノゾミは素直クール。……ナツホ? ナツホは言うまでもなくツンデレで良いだろう。

 そして会話が区切りを迎えると、自然に、先までオレ達が視線を向けていたヒヅキさんに関する話題が中心となった。

 

 

「で。ヒヅキさん、だっけ? お前なら立場的にも知ってるんじゃあないか、ミィ」

 

「そうね。……あれは、女子の中心になるべくしてなってる女よ、きっと」

 

「ふぅん。でも……彼女、バトルはそう強くもないみたいだけれど……」

 

「そうなのか?」

 

 

 カトレアお嬢様……お嬢様1号の言葉に思わず反応する。この問いに、1号はこくりと頷いて。

 

 

「ええ。彼女もイーブイをパートナーにしていました。が、上手くバトルを出来てはいないようでしたね……」

 

「あんなにやる気はあるのにか?」

 

「ハイ」

 

 

 ヒヅキの実力をダンと斬るカトレアお嬢様。その後を継いで、ショウが早速のフォローに回る。

 

 

「あー……カトレア。ヒヅキさんのバトルって、アレか? イツキと勝負してたヤツ」

 

「そうです、ショウ」

 

「なる。でもありゃあ、厳しいバトルだったろうになぁ。……待て、皆まで言うな。解説するから」

 

 

 流石のフォロー力と如才ない読み力を発揮するショウが、身振り手振りを加えながらちょっと悩む。

 顎に手を沿え、言葉を捜した後。

 

 

「んじゃあまず、合宿でやってる合流バトルの話から。あの初日、俺の注目してたトレーナーも、課題でポケモンバトルをしていたんだ。彼の名前はイツキ。ヤマブキシティのトレーナースクールで、エリトレ組ながらにスクールトップの実力を持つ、エリトレ組の生徒だ」

 

「うわぁ……化け物かよ」

 

 

 ユウキが呻くが、それも仕方のない事。一般的なトレーナーの実力として、上級科を持つスクールでは『 エリトレ << その他上級科 < ジムリ 』という公式が成り立つ。

 因みに現在オレ達のタマムシスクールでは、昨年度エリトレ組ながらにスクール主催の年末バトル大会で準優勝したイブキさんが生ける伝説とまで化している。

 しかし彼女のそれですら、エリトレ組の実力が少しでも上級科に近づく年末大会での出来事だ。その事からも、夏の時点でその地位を確立しているイツキ生徒がとんでもないという事がお判りいただけるだろうか。

 因みの因みに、そのイブキさんの幼馴染であるらしいケイスケは既に薄めで寝息を漏らしている。あののんびり声が聞こえない時点で予想は出来たが、この時間まで起きていただけでもケイスケにしては上出来だろう。

 

 

「でもって、彼は生まれつきのエスパーでな。大道芸人をしている親の都合から世界を転々としていて、ポケモンバトルの経験は豊富。だからこそ洗練されたバトルの技術を持っている。……彼とは直接の顔見知りじゃあないけど、シンオウに居る知り合いの弟だって事もあってさ。バトルも腕が立つって言うから、眼はかけてたんだ。……んで、そのバトル合宿初日。イツキの相手は彼女、ヒヅキさんだった」

 

 

 ここでショウは若干渋い顔をする。迷ったような間の後、

 

 

「まぁ、結果は想像できるだろ。エスパーとしての利点を最大限生かしたバトルをするイツキは、ヒヅキさんを歯牙にもかけず圧倒した」

 

 

 結果だけ聞けば、ショウ……や、後から聞く限りミィやカトレアもなのだが……のやらかした圧勝と大差はない。

 だが1つ、違う点がある。

 今まで見ていたから、オレには判る。ショウのバトルは ―― 相手を打ちのめすものではないという事を。

 ショウのバトルは視た者。更には対戦した相手にすら、希望を抱かせるのだ。こうなれれば、こうあれば。自分もポケモンも、もっと強くなれるのではないか……と。それはショウ達が創意工夫を凝らした技術で勝負しているから、が理由で間違いないだろう。イツキとは大きく違う点。「才能」だ。

 同じくエスパーという境遇にあるカトレアお嬢様は、これを聞いてぽつりと呟く。

 

 

「……ふぅん、成る程。彼女は努力家と聞いています。それを彼が超能力に感けた方法で勝利したとなれば……彼にその気はなくとも、折れる(・・・)でしょうね」

 

「あー……まぁイツキとそのポケモンからしてみれば、超能力で勝てるってんならそれで勝った方が練習になるからなぁ」

 

「でも、それは。組み合わせが悪いわね。彼女はあくまで、『生徒』よ。ポケモントレーナーとしては駆け出しでしょうに」

 

 

 つまり、イツキ自身は勝つべくして勝ったと思っていても……受け取る側が不味かったと言う事か。ヒヅキさんに非がある訳ではなく、バトルとしてはイツキにも非はなく。

 ……けどなぁ。よく判る。努力を、超能力で負かされたら、そりゃあ腐るわな。

 

 

「うおぉ……怖ぇなぁ、エスパーってやつ」

 

「ふむ。だがナツメさんもカトレアさんもエスパーだぞ、ユウキ」

 

「エスパー最高ぉぉっ!」

 

 

 微妙に視点の違うショウらと、いつものやり取りの我が友人。

 だがオレの頭の内には、お嬢様1号の言葉が響いていた。

 ……「折れる」、か。オレが感じた違和感も、この点に由来するのかもしれないな。

 しかしとなれば、とりあえず。才能もトレーナーとしての実力もあるという、イツキは。

 

 

「―― それ、オレの一番苦手なタイプなんだけどなぁ」

 

「でもそんな事言ってられない……か。大変だよな、シュン」

 

「他人事だと思って言ってくれるなぁ、ショウ」

 

 

 あくまで動じないショウに向かって、せめてもの悪態をついておく。

 すると苦笑いを浮べたオレの肩を、ユウキが勢い良く組んだ。

 

 

「へへ。でもシュンならやってくれると思うぜ? そうだろ、ゴウ!」

 

「そうだな。……シュンの眼はヒヅキさんのそれに似ているが、似て非なるものだと僕は思っている。折れたら、建て直せばいいからな」

 

 

 信頼感を顔に浮かばせ、ユウキとゴウがそれぞれ笑った。

 我ながら良い友人を持ったものだ、と思う。プレッシャーでもあるけどな。

 

 

「さて……そろそろおれらも寝ようぜ。明日に響くだろ?」

 

「む、ユウキの言う通りか。だが、せめてこのニュースが終わってからにしよう」

 

 

 だらりと格好を崩したユウキの横で、ゴウは腕を組みながらじっとテレビを見つめていた。

 まぁ、あと4、5分で終わるニュースを待っているくらいは苦にもなるまい。どうするかね。オレもシロガネ山を登って疲れているからとボールに収めているポケモン達を外に出して、コンディションのチェックでもしてみるか。

 そう、考えていると。

 

 

『―― それにしても最近、ロケット団という組織の活動を良く聞きますね。これまではあまり耳にしない単語でしたが、昨年辺りから台頭してきましたね』

 

『いえ、実は再浮上といった方が正しいのです。これをご覧ください』

 

 

 テレビの中。キャスターが出したフリップには、年表が書かれていた。その始まりは意外と古く、1960年代にも遡っている。

 

 

『活動が沈静化したのは1970年代後半。ロケット団の中心人物と見られる方が捕らえられ、組織は成りを潜め、地下へと潜り込みます』

 

『え、組織は残ったんですか!?』

 

『はい。組織の規模は構成的にも人員的にもとても大きく、その活動を抑えられただけでも当時は大きな成果だったのです。さて。ですが ―― ここ、一昨年ですね。今までは地下に潜んでいたロケット団は、あの「カントーポケモン事変」にも関わっていたとされる証拠が幾つも発見されました。ここで犯罪組織としての知名度が、全国的に再浮上します』

 

『……そう言えばそうですよね。秘伝技のライセンスなんかも、犯罪組織を引っ掛ける検問的な目的と思われるものが幾つか含まれて居ますし』

 

『良い着目ですね。つまり以前からポケモン犯罪組織としては有名だったのですよ、ロケット団は。それが何故最近になって活動を活発にしているのか、というのはわたしにも判りません。ですがいずれにせよ、市民の方々とそのポケモン達にとって、犯罪組織がのさばるというのは良い事ではありませんよね』

 

『それはそうです。―― 』

 

 

 特集はそのまま、ロケット団の活動を一通り振り返り、活動がこれ以上活発にならなければ良いのですが……というひよった結論でもって締めくくった。

 後に流れるポケモンスポーツニュースの番組を終始無言で眺めていると、

 

 

「―― なぁ、シュンとゴウとユウキ。起きれるならケイスケも……少し聞きたいことがあるんだが、良いか?」

 

「ん? なんだよショウ。お前からの質問なんて、珍しいじゃねぇか」

 

「いやぁ、カトレアは海外育ちだし、こればっかりはな。えふん。……んで。お前ら、ロケット団の事、知ってるか?」

 

 

 ショウが何かに興味を持ったらしい。

 というかショウの口ぶりからしてロケット団は知っているみたいだし……オレ達に何を聞きたいのだろうか。そもそも知ってる、ってのもショウにしては漠然とした質問だ。

 オレを含め、一同が考え込む。

 

 

「唐突だな。……ふむ。僕は最近の活動しか知らないが……ケイスケ?」

 

「んんぅ。……んー? ロケット団~? ボクはぁ、知らないかなーぁ……」

 

「まぁ、オレもゴウとケイスケに同じく、だな。ショウが聞きたいのは多分、活動が沈静化する以前の情報だと思うんだが……そもそもオレ達生まれてないしなぁ。最近は名前をよく聞くな、ってくらいだ」

 

「つーわけで、おれも知んねえな。スマン、ショウ。力にゃあなれないみたいだ」

 

 

 この返答を聞いて、ショウが顎に手を添える。

 暫しの間の後。

 

 

「うし、あんがと。……そんじゃ、ロケット団をどう思う(・・・・)?」

 

 

 またしてもよく判らない質問だ。しかし、先よりは答え易くもある。

 うーん……感覚的なあれでいいのなら。

 

 

「オレは、面倒くさい集団だと思う」

 

「シュンがそんなら、おれははた迷惑な集団だと思うぜ?」

 

「……そんなものか? 僕としてはポケモンの犯罪集団、というだけで劣悪なものにしか思えないんだが」

 

「んー……どーでもいーかなーぁ」

 

「ほー……へーぇ……ふんふん。中々やっぱり、違うもんだな。うし、どもな。参考になった」

 

 

 オレらがそれぞれ違った答えを返すと、ショウはそれで質問を終えた。

 いったい何を聞きたかったのかは判断つかないが……

 

 

「まぁ良いか。女子陣も寝た事だし、オレ達もそろそろ寝よう」

 

「そら賛成だ」

 

「ニュースも丁度終わった所だ。待たせて済まなかった、シュン。……ほらケイスケ」

 

「んー、ぅ」

 

 

 眠気には勝てまい。木製の椅子から腰を浮かし、ゴウに抱えられたケイスケが眼を擦りながら。

 

 

「ショウはー、寝ないのー?」

 

「なっはは。いやなに。実は研究の詰めをしなくちゃいけなくてさ。……もうちょい、……あと1時間半くらい」

 

 

 1時間半もやってたら深夜を過ぎる丑の刻だ。偶には素直に寝ろよ、ショウ。

 

 

「忠告はありがたく思うけどな、そうもいかないのが仕事というもので」

 

「……まぁ、良いわ。私とカトレアがついて早めに寝させるから、貴方達は先に寝ていて頂戴」

 

「アタクシも、ですか。……いえ。喜ばしい事ですね」

 

「仕方が無い、か。そんじゃ根詰めすぎるなよ、ショウ」

 

「おう、気遣いならいつでもありがたく受け取るよ。やすみー」

 

 

 暖炉とテレビの前で手を振るショウに各々が挨拶をしつつ、オレ達は自分の部屋へと戻る事にした。

 明日はここからシロガネ山に出て、明後日には来た道を引き返さなければならないのだ。体力は、出来る限り温存しておくべきだからな……。

 うん。眠い!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

「それで、ショウ。アタクシが同席して良い類の相談なのですか?」

 

「こういう勘は効く様になったよな、カトレアは。まぁもう少しまってくれ。もうすぐ……」

 

「―― 来たわよショウ。相変わらず無茶な提案を通すわね、貴方は」

 

「よっすナツメ。悪いな」

 

「本当にそう思うのなら埋め合わせをする事ね」

 

「善処するよ。ま、その内に」

 

 

 向かいのカトレアとも挨拶を交わして、ナツメがソファに腰を下ろす。座った後髪をすいて瞳を閉じ……あれは多分、辺りに人がいないかを確認してくれてるんだろーな。流石はナツメ、頼りになる。

 

 

「大丈夫みたいね。……それで……わたしを態々、シロガネ山の山登りに付き合わせた理由はなんなのかしら? 伝令出来るミィが居るのに直接呼んだってことは、話し合いをしたいんでしょう?」

 

「そうだな。ヤマブキのジムリーダーになったからには、知ってると思ってさ ―― ロケット団」

 

 

 この単語にナツメが目に見えて顔を強張らせた。次いで、しかめる。

 

 

「……それをわたしに聞くと言う事は、やっぱり、居るのね」

 

「ああ。リーグでもぽい奴等がちらほらとな。だろ? カトレア」

 

「ナルホド。だからアタクシも呼ばれたのですね。……はい。ショウの言う通り『悪意』……の様なものを滾らせた面々が、セキエイ高原に潜んでいるのは感じ取れました」

 

「へぇ。……カトレア。それは、総体?」

 

「ハイ、その通りですお姉さま。多過ぎて(・・・・)、根幹は掴めません」

 

 

 エスパー2名が会話を繰り広げるのを、考えながら聞いておく。

 そう。これは夢 ―― 俺が思い描いたものを実現するに、避けて通れない障害なのだ。

 ついでに言えばタマランゼ会長の意思やら、その他諸々の利権も絡んでいない事はないが……ま、結局は自分のためだよな。うん。

 

 

「それで? 話はわかったけど。具体的にわたしを呼んで、ロケット団相手にどう動いて欲しいのかしら?」

 

「それは、私が。同行するわ、ナツメ」

 

「ミィが居た方が良いようなものなのね。……それ、大分大変じゃない」

 

「うーん、実はエリカやらシロナさんやら、チャンピオン面々には話を通してあるんだ。動きだけならスムーズに行く。ミィが行くのは、情報処理面と『黒尽くめ』としての活動の一環だ」

 

「へぇ。……ああそう。だからこんなに大規模の合宿を計画したって訳ね?」

 

「そだな。俺は学生として動く他、まぁ、そもそもこの場を作るために結構道理を引っ込めたからなー……。餌として使った、元チャンピオンとしての企画を実行しなくちゃあいけないんだ。そんで動けないんで、今回はちょっと色々と協力して欲しいかなぁ……と」

 

 

 先に待つその企画の事を思うとどうしても浮かぶ渋面を出来る限り抑えつつ、ナツメに視線を送る。

 するとナツメは、

 

 

「……ふふふっ」

 

 

 口元を隠しながら、笑っていた。

 ……クールで不思議なナツメがこうして笑みを見せてくれるというのは、俺としても素直に嬉しい。あの泣いていた少女が笑ってくれるのならば、それは代え様のない報酬なのだ。

 弟子も出来て、ジムリーダーになって。それでもナツメの物語は終わらない。まだまだ先を見据えていられるその事実をこそ、俺も、とても嬉しく思える。

 …………ジュジュベ様になるんなら、1番に観に行ってやろうかなー……なんて無駄思考は繰り広げつつ。

 ナツメが、一頻り笑い終えてから。

 

 

「ええ、大丈夫。今に始まった事ではないけれど、ショウに頼られるのは悪くない気分よ」

 

「……主にエスパー関連ばっかりだからなぁ。いや、ホントすまん。本気で何か埋め合わせ、用意しとくから」

 

 

 手を合わせながら礼を言うと、ナツメはいつもの素っ気無い態度で期待はし過ぎないでおくわ、と返してくれた。

 だが……うっし。これで仕込みはある程度完了したハズだ。後は仕上げをごろうじろ、と。

 ……うん。隣のカトレアのジト目が、痛い。どうしましたかお嬢様。

 

 

「ふぅん。……ところで、ショウ。ナツメお姉さまには協力の見返りがあるのに、諜報活動を行ったアタクシには何もないのですか」

 

「……あ、お、おう。……ちょっと考えとく。いやカトレアの場合、どこか連れ出すにもコクランと『御家』の許可が必要だしな?」

 

「あら。私は、いつも手伝っているのに。返してもらったという記憶は遥か彼方ね」

 

「……債務が多過ぎて返すのが間に合わないっっ……!?」

 

 

 多額の借金に溺れる前に、どうやら返済方法を考えなければならないらしい。

 ……随分とあれな死活問題だな。研究を終えたら、真っ先にその辺を何とかしなくてはなるまい。

 いやま、俺の今後の為にもな!!

 





 と、とりあえず今回はこの辺りまでです。


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1995/夏 いざ、いざ

 

 明くる日、オレはポケモン達と共に外 ―― シロガネ山の山中へと出かけることにした。山荘の周りでならば雪原遊びをしていて良いとのお達しがあったので、折角だからと散策を実施。

 因みに、ナツホはノゾミやミカンちゃん他多数の女子メンバーを連れて(もしくは率いて)近場のスキー場に向かった。ゴウとリョウ以外の男連中は大体まだ寝ているし、件のゴウはノゾミによってスキーに強制連行。リョウは虫ポケモンは寒さが苦手だと言う事で、山荘周辺に留まっているという……男子どもが実に残念な有様だったりする。うん。こういう環境でのアクティブさにおいて、オレら男共が女子に適うことはないのだろうというのが実感できたな。

 以前は似たような起床時間であったオレだが、近頃は同年代平均男子と比べて比較的早起きになった。理由としてはショウと同室になったのが大きいだろう。……なにせアイツ、朝っぱらから走りに行くからな。オレもそれに同行する割合が結構高めだし、習慣的に目覚めは早ってゆくので。

 ただし勿論、ここは秘境・シロガネ山。一般的な雪遊びとは違い、オレの散策の場合は護衛を付けることが条件でのお許しとはなったのだが。野生ポケモンが危ないからな。

 

 

「で。件の護衛がショウだ、と」

 

「ナツメに睨みを効かせられたらなー……断れないだろ」

 

 

 そう。ナツメさんに護衛を依頼されたのは、いつもの如くショウだったのである。何の面白味も無い展開だ。

 ……ああ、いや。ショウも学生だのに、とかは別にいいんだ。こいつは色々と規格外だし。

 だが男2人で雪原を散策して何の楽しみがあるものか! とは力説しておきたい。少なくとも散策に関しては楽しめるけど、それ以上にロマンスはなさそうだ。むしろ男同士でロマンスがあったら嫌だ。

 と、いう訳で。

 

 

「……あのう。わたくしは何故、誘われたのです? そろそろ理由をお聞かせ願いたいですわ」

 

 

 どういう訳なのかは知れないが、ただ今オレの後ろに居るのは、金髪(ゆるめ)縦ロールのお嬢様2号……ヒヅキさんだ。

 彼女に関して言えば先日のイツキのあれこれやらがあったが、今回は同行した事案には特に直接的な関係も無く。利害(というか、彼女は洞窟でポケモンバトルの練習をしようとしていたらしく、彼女の友人から半ば強制的に散策への参加をさせられたのだが)が一致したための同行と相成ったのである。

 

 彼女の友人に曰く。「ヒヅキは頑張り過ぎ」だそうで。

 

 ……というか、金髪(ゆるめ)縦ロールて。語尾に「ですわ」て。お嬢様か! ……いえ実際お嬢様でしたね、はい。

 まぁという訳で、オレとショウ2人だったら全力全開で逸脱した散策をしていたかもしれないのだが、ヒヅキさんの諸々を考慮した結果、軽ーい散歩な具合となっていた。ただでさえ精神的ダメージを受けているんだし、思い詰めるのは勿論、肉体的疲労も程々にしなければならないだろうとの考えからだ。

 だのに、困った点が1つ。当のヒヅキさんは……友人にどう説明されたのかは知れないが……オレ達から散策への勧誘を受けたという事になっているらしい。だからこそこうして理由を尋ねられている。の、だが。

 

「(どうするよ、ショウ。オレらは2人とも、すすんで彼女を誘ったというのは色々とやばい立場じゃないか?)」

 

「(……どうしようかね。いや、まったく)」

 

 オレもショウも、彼女の諸事情を鑑みればこそ友人達からのお願いを引き受けた。しかし、よりにもよってのオレら2名だ。

 なにしろショウにはゴスロリの姫とエスパーお嬢様……プラス、その他色々。オレにもツンデレの幼馴染がいるのである。互いに恋人という訳ではないが、それなり以上に深い付き合いだ。オレは自身の事だから勿論、ショウの場合は枯れてるうえ相手が皆個性派で……ああ、相手がい過ぎて判りづらいってのも大きいな。そういや。

 と。つまり互いに、帰ってからの風評被害=折檻が怖いのである!!

 

 

「(いつもの悪謀を発揮しろ、もしくは、たらしっぷりでも良いけどっ)」

 

「(たらしはともかく、会話しなきゃあならんとは思うんだがなぁ。……生憎初対面なもんで、会話の切り口が思いつかないんだ)」

 

「? あのう……」

 

 

 まずい。オレ達があーだこーだとやっている間に、ヒヅキさんが疑問符を浮べている。ここで帰られては本末転倒だ。

 ……でも、そうか。そもそも誘った理由を聞かれる展開がマズイのだ。話題を逸らすべきなのだろう。同じ事を察したのかショウは目を閉じ腕を組みながら話題を探し、オレもなんとか話題を探ろうと頭を働かせる。

 

「(……っ!)」ピキーン

 

 突如奔る、脳内雷光!

 先日カトレアお嬢様が言っていた言葉だ。これはと思いヒヅキさんの腰に着いたボールを見ると、そこには。

 

 

「間違いなくこれだな。―― あっと。ヒヅキさん、だよな?」

 

「はい。わたくしは名前をヒヅキと言います……けれども。自己紹介は先程終えましたわよ?」

 

「あ、ごめん。違う違う。オレとユウキ、そしてショウの他にマサキさんからイーブイを貰ったって言うエリトレ候補生。それってヒヅキさんのことだよな?」

 

「……えっ?」

 

 

 ヒヅキさんは驚きの声を漏らして見せるが、マサキさんがイーブイを渡した最後の1人はヒヅキさんで間違いないだろうと。

 実はあれから、オレはひそかにイーブイを貰ったもう1名を捜していた。なにせイーブイは個体現存数の少ないポケモンだ。ショウやユウキだけでなく、同じポケモンを持つ人と情報を交換するのは大事だと考えての行動……なの、だが、捜索の甲斐なくその所有者は遂に見付からなかった。少なくともオレの手の届く所にはいなかったのだ。

 しかし探索の顛末を聞いたショウが、マサキさんに直接聞いてきてくれた。するとどうやら、シンオウやホウエンのスクールも同日にポケモンの配布を行っており、マサキさんはシンオウ地方にイーブイを1匹譲ったらしい……という所までが判明。あ、因みに調査自体はそこで打ち止めだ。シンオウ地方に居るのなら交流することもあるまいと思っていたからな。そもそも個人情報だし。

 それでも、エリトレ組。マサキさんの発言から勝気なお嬢様。そして先日のカトレア発言から、ヒヅキさんのパートナーはイーブイ。遥かシンオウ地方のスクールにまで移送したのを「渡した」と一括りにするのはどうかとは思うが……

 

 

「どうしてそれを? ……まぁ隠す事でもないですが。おいでなさい、ブラウン!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― ブイ」

 

 

 ヒヅキさんが投げたボールから出たるは、オレらも見慣れたイーブイ。強いて違いを挙げるとすれば……ボールを出た場でぴしりと4つ脚ついて背筋を伸ばし、落ち着き払って動かないその性格か。いや、オレの知るイーブイ達とはこれだけでも大分違うけど。

 さてさて。ブラウンことヒヅキさんのイーブイは、半眼でオレとショウを見上げている。値踏みされてるような、職人さんに見透かされているような。随分と渋いイーブイだなぁ。本当に低レベルですかと。

 

 

「確かにわたくしはシンオウのヨスガスクールで、ミズキさんという方からこのブラウン達を譲られました。それでなんです? 貴方がたは……」

 

「イーブイ仲間同士仲良くやろうぜ、ってことだな」

 

「おっ、そう繋げるかシュンよ。……うーし、出てこいっ」

 

 《《ッボボン!!》》

 

「ブイブイッ♪」

「ッ、ブイッ!?」

 

 

 ショウのイーブイは出るなり雪の上を駆け回り、我がイーブイ(アカネ)は何時もの定位置。オレの脚の後ろだ。

 突然飛び出た同種ポケモンに驚きに目を見開いたのも僅かな間。ショウのイーブイが自分のイーブイ(ブラウン)の周囲を周り出した光景を見たヒヅキさんは、実にお嬢様らしいきらびやかな笑顔を浮かべ、ばさりと縦ロールをすき挙げ腕を組む。いや。腕を組むと胸部が強調されるんだけど。

 

 

「ナルホド。同じくイーブイをパートナーとする者同士、という事ですわね。……です、わ、ね? ……いえ。よくよく考えれば理由にはなってないですわ」

 

「まぁ情報交換でもしたいと思って」

 

「イーブイ使い同士、という事ですの?」

 

「と、まぁ、ん。そんな感じ」

 

「―― いや、実は理由は2つある。俺達が役目を『引き受けた』理由はシュンの言う通り、イーブイで間違いない。だがま ―― というか、本当のトコはあんたも判ってるだろ? つまりは、あんたが友人に心配されてたってーことだよ」

 

「……ふぅ。成る程、そういう事ですの。理解しましたわ」

 

 

 気付かれたことを取り繕おうとしていると、ショウが明け透けに話してしまう。この台詞を受けてヒヅキさんは、頭に手を当てながら溜息を吐いていて。

 ……うわぁ。口に出してしまえば早かったのか。どうやら女友人達の気遣いを、ヒヅキさんは正確に察しているらしい。表情を少し苦々しい笑顔に変えて。

 

 

「ええ。あの娘たちには、いくら感謝を捧げても足りません。わたくしが令嬢だということ。目立つ立場だという事を差し置いて、良き友人として接してくれているのですわ。……なにせ、先日はみっともない姿を見せてしまいましたし」

 

「ブィ」

 

「あら。貴方はよく戦ってくれましたわ、ブラウン。ですがわたくし共々、実力が足りなかったと言うことですわね」

 

 

 どこか諦めた表情を浮べてヒヅキさんは遠景を見やり、その足元に目を閉じたブラウンがぴしっとした姿勢でつき従う。

 斜面を吹き上げる冷たい風が巻き上げた白色を伴って頬をぶつ。視線の先には連なる山々。その中にあって一際大きなシロガネ山だ。見渡す先には一面の空と、果てしなくも雄大な銀世界が広がっていて。

 彼女が何を思っているのか。判らないようでいて、しかし、オレには判ってしまうのかもしれない。

 ……んまぁ、だからこそだな。早速だけど本題と行きますか。

 

 

「―― ところでヒヅキさん。アナタはイツキに勝てないとお思いで?」

 

「ぶっこみますわね、シュン。……しかし、ああ、どうでしょう? 少なくとも見えていた筈のその背も、今のわたくしには見えませんわね」

 

 

 目を閉じて微笑するヒヅキさんの姿は、お嬢様と呼ぶに相応しい優雅さを備えていた。

 ……だが、「見えていた」か。かつての彼女はやはり、以前のオレと同じだったに違いない。

 イツキは決して、エスパーという天凛に胡坐をかいている訳ではない。だからこそオレ達は、どう差を詰めるのかに苦慮するのだ。本来ならばポケモンバトルというステージにおける才能の差を埋める為に、これから幾年もの年月をかけて研究がなされ、その対策を検証して。それでやっと対等になれる(・・・・・・)程の才能なのだ、エスパーは。

 オレはここでヒヅキさんから一旦視線を逸らし、やや後ろに下がったショウを見る。ショウは微妙に様相を崩して。

 

 

「そこまで振ったらお前が教えとけ、シュン。貰った資料使えば何とかなるだろ。足りなきゃ俺が作るし」

 

 

 ショウのヤツ何気に役割回避してやがるぞ、畜生め。ルリに言いつけてやる。

 ……けどま、それもそうか。イーブイの話題を聞いてヒヅキさんの散歩を引き受けた ―― 彼女を放っておけないと思った主体は、オレ自身なのだ。オレが黙っていれば、代わりにショウが手を差し伸べたに違いない。それでも結果はこうだ。指し示すのもオレでなくてはならないのだろう、多分、恐らく。

 

 

「ってか、俺は後から研究者としての身分がばれたら同じモンだと思われて終わりだって。お前じゃなきゃ駄目だろ」

 

「そうか? ショウならそれすら含めて、何とかしてしまう気がするんだけどさ」

 

 

 押し付け合いとも呼べるやり取りを繰り広げるオレとショウを、ヒヅキさんは再びの怪訝な眼差しで見つめていて。

 

 

「結局、何を仰りたいんですの……?」

 

 

 この問いに答えるのは、オレの役目になった。

 後のナツホが怖い気もするが……まぁそれは何とか許してもらおう。誠意で!

 

 

「つまりはこういうこと。―― オレと一緒にイツキに一泡吹かせてやろう、ヒヅキさん」

 

 

 

ΘΘΘΘ

 

 

 Θ―― ポケモンリーグ/宿舎・氷水の間

 

 

 合宿も残るは3日。予定通りにシロガネ山を下山してからの数日は、特に滞りなく進行した。

 疲れた身体に鞭を打ち、岩山然としたチャンピオンロードで野営訓練。野生ポケモンからの身の守り方は勿論の事、キャンプ設営の実地や地形の見通しに関する講義が面白いものだった。

 バトルでは様々な人を相手取り、講義では名の知れた人たちの講義を受講する。ポケモンブリーダーである老夫婦からの講義で、ポケモン同士のタイプとは違う「相性」にある程度の決まった型があるという論題はオレだけでなくエリトレクラスの皆々を驚かせていた。

 他にも実地と講義織り交ぜての様々な修学を経て、最後の3日間。この期間を利用して、合宿の総まとめとしての意味合いを持つ簡易的な「バトル大会」が行われる予定となっているのである。

 

 

「んで、オマエはコトブキカンパニーのお嬢様とお知り合いになったと。……おれはしらねぇぞ、シュン」

 

「判ってるって」

 

「いいや。僕も忠告しておこう、シュン。最近のナツホはツンデレだけでなく押し隠す事を覚えたからな。お前が決めた事であれば信頼こそしていれど、それとこれとは話が別だろう。嫉妬は信頼や納得とは関係なく生まれるものなのだ」

 

「んー……ボクもー、ツンデレはのんびーりしてないと思うなーぁ」

 

「……流石にケイスケにまで言われると、オレもどうかと思うけど……兎に角。ナツホの事を忘れるつもりはないさ。その意味で順番を間違えたりは、しない」

 

 

 何故オレはナツホよりも先に、男連中に言い訳をする羽目になっているのだろうか!

 ……まあ心配してくれてるのは判るけど。そういう意味では良い友人を持ってるよなぁ、オレって。

 しかし脳内でも同じことを宣言するが、ナツホはオレにとっても大切だ。その点において優先しないという選択肢はない。トレーナーとしてもそうだが、今のオレが在るのは常に隣に居てくれた……幼馴染たるナツホのおかげと言っても過言ではないのだから。

 なんて会話からは、話題をスライドさせておいて。

 

 

「ところでシュン。……どうだった?」

 

「いや、何がだよ。そしてアサオのその笑みはなんの笑みだよ」

 

「ヒヅキお嬢の双丘……いや、双峰といった方が適切だかんな、アレ」

 

「シュン×ヒヅキさんという事か」

 

「……はぁ。アサオ。あんま拗らせんじゃねぇぞ、面倒だから」

 

「それはいーけどよ。シュンの相棒としちゃあ、ナツホが怖いもんでなぁ」

 

「イブキもー、ツンデレだけどねー」

 

「ふむ。それはまた、イブキさんの新しい情報だな」

 

 

 同室のカズマやナオキ、アサオやリョウヘイといった面々を加えていつもの歓談となっているのだ。

 ……まぁ皆緊張してるんだろうなぁ……とか。この面々で始まった合宿も既に終わりが近づいている。だからこそこういう時間は、大切にしたいと思えるのだろう。

 そんな風に感慨深く思いながら、感慨をセルフでぶち壊す馬鹿話を展開し……すると。

 

 

 ――《ザザ、ザ》

 

『……これより、ポケモンバトル大会が開催されます。生徒の皆さんは、指定の闘技場へと移動してください。繰り返します……』

 

「お、時間じゃねえか。……そんならここで解散だな。健闘を祈るぜ、じゃな!!」

 

「ふむ。互いに全力を尽くそう」

 

「ボクもー、どらごーんって頑張ってこようかなー」

 

 

 ユウキ、ゴウ、ケイスケが後腐れも何も無く廊下へと出て。

 

 

「……ちっ、いこうぜアサオ」

 

「ああ。……シュン達もな。健闘を祈る」

 

「それじゃあオレ達も行こうぜ」

 

「おうさ。バトル自体は楽しみだかんなー」

 

 

 リョウヘイが悪態をつき、アサオが無駄に爽やかな笑み。カズマとナオキがいつもの通りに連れ合って。

 さてと。他の皆は各々の闘技場へと向かった。今回オレは近場の闘技場だしバトルの順番も遅めだから、急ぐ必要はない。そう考えて……

 ……いや。部屋に残ったのには、も1つだけ。明確な理由があるのだ。

 オレは意を決して、窓側へと振り向く。

 

 ―― そこには、仮面を被った少年が(ひじつき)の椅子に腰掛けている。

 いや。前々から思考の通り、いつかは話しかけようと思ってたんだよなぁ。結局、合宿最後のイベント前になってはしまったものの。さて、近付きながら……コミュニケーションタイムと行きますか!

 

 

「―― なあ、お前は闘技場、行かないのか?」

 

「いきなりお前という他称はどうかと思うよ?」

 

 

 お。見た目に反して存外すんなり返してくれたぞ、仮面少年。やはり人は見た目で判断すべきじゃあないよな。

 だが仮面の少年は旅館窓際の安置隔離スペースの椅子に足を組んで座り、顔がこちらを見た以外は微動だにしていない。うーん、反応に困るな。そして怯むなよ、オレ。とか自分を叱咤激励しておいて。

 

 

「いや、ゴメン。互いに自己紹介もしてないしさ。なんて呼べば良いか迷った末の、苦渋の切り出しなんだ。―― 因みに、」

 

「シュン君だね。ボクはイツキ。君も知っての通り、ヤマブキに群れを成して(たむろ)するエスパートレーナーの1人だよ。……ああ、呼び方については気にしなくて良いよ。ボクもなんて返せば良いか迷った末、苦渋の切り替えしだったんだ」

 

「お、そう言ってくれると嬉しいな」

 

 

 オレの言葉に、茶目っ気を出しながら話すイツキ。

 うん、エスパーだからって身構えてると駄目だよなぁ、やっぱり。イツキの今の口調からは、エスパーによくある「取っ付き辛い変人加減」が感じられない気がする(ただし着けている仮面からはひしひしと感じるけれども)。何と言うか、「意識してエスパーっぽく振舞ってる」という印象が適切か。

 そして「知っての通り」とかいう語り口な。エスパー全開なのか?

 

 

「ってか、エスパー全開なのか?」

 

「……へぇ、ナルホド。思ってることをずばずば口に出す。エスパーに好かれる切り口だね。……そして、うん。実は遮蔽物が少ない空間で距離も近いと何となく思考が『見える』んだ、ボク。エスパーだからね」

 

「何に納得されたのかも気になるけど……ま、そういう奴を相手に会話をするなら、単刀直入に思ってることを口にすると良いってオレの友人が言っててさ。でもって、エスパーは凄ぇな。それってポケモンバトルとかでもなのか?」

 

「その友人はきっと、エスパーの事を深く理解している人だよ。大切にね。バトルに関しては……スクエア同士は結構離れているから、基本的には見えないかなぁ。よっぽど焦っていたり強く念じていると見えることもあるみたいだけど……そういう時って、そもそもエスパーじゃなくても顔を見れば分かるからね」

 

「そうなのか。……でもそれは、日常が大変そうだな。あ、だから部屋の端に居たのか」

 

「思考も早い。ああでも、シュン君の言う通り。ボクが端っこにいたのは、そういう理由さ。別に人が嫌いとかそういうのじゃあないから、安心して」

 

 

 言ってイツキは立ち上がり、此方へと右手を伸ばした。オレも右手を伸ばし、握手を交わす。

 

 

「―― へえ!」

 

 

 するといきなり、イツキの口が驚きに開く。いきなりはこっちも吃驚するんだが。

 

 

「イツキ。何か見えたのか?」

 

「うん。というか、判るんだ?」

 

「そこそこだけど」

 

 

 握手して第一声に「へえ!」とか声をあげるのはなぁ、流石に判る。見えた! って言外に言ってるし。

 

 

「……うん、うん。……シュン君はトーナメントの組み合わせ、知ってるかい?」

 

「いや、まだ。総当りの予選は見たけど……」

 

「ついさっき、上の組合せ表が発表されてね。これなんだけど」

 

「へえ。……オレは……お?」

 

 

 イツキの差し出した用紙を覗き込むと、ある事態に気付いた。思わず声をあげたオレに、イツキが仮面の内から笑いかける。

 今回の大会はブロック総当り+トーナメント方式。オレはMブロックに所属しているが……その近くに。

 

 

「ボクはPブロックだ。総当りを抜けて、トーナメントで1勝すると、シュン君と当たる位置だね」

 

 

 なんでしょうか、その意味深で予言的な発言は!

 しかし、そう。イツキとオレは存外に近い位置に居たのだ。それこそ言う通り、当たる可能性が薄くはない程度には。

 ……とはいえ、だ。

 

 

「そりゃま、大会の方式的には、オレとイツキが勝ち続ければいつかは絶対にあたるからさ」

 

「うーん。そういう考え方をされると、ボクとしても反論しようがないんだけど」

 

「おおっと。エスパーを言い負かせるって、実は貴重な経験だったり」

 

「負けてはいないけどね?」

 

 

 そして意外と負けず嫌いな事が判明したな、今。まぁ負けず嫌いでもないと、ヤマブキで一番になんてなれやしないか。

 などと脳内で勝手に納得しておいて……ついでに思う。これは、ある意味僥倖だ。なにせイツキがその位置なら ―― オレの前に、彼女と(・・・)あたる。

 

 

「オレと勝負するのを期待してくれるのは嬉しいけど、」

 

「判ってる。キミ達(・・・)なんだよね?」

 

 

 うぉ、っと。凄いな。

 言葉を怯ませたオレの反応に満足がいったのだろう。バトルを控えたイツキは、仮面の上にも満面のやる気を漲らせていた。

 

 

「あのナツメさんだって、ボクの兄だって、予知は完璧じゃあない。ならボクの予知なんて予想の域を出るワケがないんだ。―― でも、それでもボクはエスパーだ。この予想を実現させてしまえば、それって予知だと思わないかい?」

 

「それは独創的な発想だなぁ。とてもエスパーとは思えない」

 

「エスパーなんてそんなものだよ。モンスターボールを浮かした所で、ポケモンが強くなる訳じゃあない。テレパスをした所で、サイン指示を使えば同様の効果が見込める。……いや、多少はエスパーポケモンとの意思疎通が取りやすくはなるけれど……大事なのは、結局手札の使い方なのさ。そうだろう?」

 

 

 これはいよいよ、イツキ攻略に暗雲が立ち込めてきたな。イツキは自分の力に慢心していない。オレ達がルリから教わった事すら既に理解し、……その対策もしていると考えて良いだろう。

 

「(けどま、そういう『ポケモントレーナー』って事だよな)」

 

 いくら壁が高かろうと、イツキがエスパーらしからぬエスパーだろうと、やることは同じ。

 むしろ、これこそオレが学ぶべき ―― 経験すべきバトルなのだと思う。

 

 

「そんじゃあ向こうで。宜しくな、イツキ」

 

「うん。キミ達(・・・)とのバトル、期待させてもらう。それじゃあ」

 

 ――《ピシュンッ!》

 

 

 言った直後に、イツキの姿が掻き消えた。恐らくモンスターボール内にいたエスパーポケモンの『テレポート』を使用したに違いない。

 ……それにしても移動も自由自在とか、便利だよな。いつか一家に1匹エスパーポケモン、の時代が来るのだろうか。

 

 

「よっし……それじゃあ」

 

 

 時間的にも頃間(ころあい)だ。オレも腰につけたモンスターボール達を確認し、闘技場へと歩き出す事にする。

 わざと歴史感を意識して作られているのだろう。セキエイ高原の中を歩いていると、よくよくテレビで見ていた光景だからか、自分がポケモンリーグの出場選手になったような感覚になり……学生同士の大会だというのに身が引き締まる。教員たちもこれを狙ってセキエイ高原にしたのだろう。実際、オレみたいな生徒には効果てき面だ。

 もちろん、イツキの前にも戦うトレーナーがいる。そこで負けては話にならず ―― しかし、オレの合宿試合における勝率が7割という好成績であった事を考えれば、油断さえしなければそこそこまでは勝ち残れるはずだ。そしてオレがイツキとあたるまでの間に、少なくとも高名なトレーナーはいない。皆が学生である。それは実力が拮抗しているという事でもあるが、「絶対に勝てないという相手ではない」という事でもある。

 シロガネ山でオレが企んだ提案。あれから、シロガネ山登山とチャンピオンロード野営訓練の内に個人的な修業も積んだ。オレとショウと、もちろん、彼女(ヒヅキ)さんもだ。

 ショウは兎も角、オレにしろヒヅキさんにしろ因縁浅からぬエスパーが相手。別段エスパーが憎い訳でもないのだが、それでも今回は、全力で戦う事そのものに意味があると思える。ポケモン達もそのために(・・・・・)特訓を積んでくれたのだから、尚更だ。

 これにて仕度は上々。あとは結果を出すのみ。

 目の前に開いた闘技場の控え室を通り抜け、出口にして入り口を潜る。眩しい陽光と共に、合宿の間に見慣れた土の会場が視界一杯に広がって。

 階段の最後の一段を昇り、見上げる。

 

 ――さぁて、行きますか!

 

 観客は少ないが、闘技場の中へと踏み出す。

 そのままポケモントレーナーの定位置であるトレーナーズスクエアの中へ。

 1回戦の相手を正面に捉えた所で、オレの腰に着いたモンスターボール『3つ全て』がカタカタと揺れ出した。

 スクエアの正面、対戦相手の少年を見据える。

 掲示板にトレーナーと手持ち数とが表示され……

 

 

『ポケモンバトル、スタート!』

 

 

 モンスターボールの1つを手に持って、投げ出す。

 電子音と共に、夏合宿最後のバトル大会がその幕を上げた。

 





 更新再開しておいてですが、とりあえずある程度出来上がったものを、2話ほど。
 また、文章量が無駄に増えている気がしてならないのですが……ううん。


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1995/夏 時は数日を遡って

 

 ―― Side ユウキ

 

 

 友人の誘いに乗っかりシロガネ山へと登った翌日。全身の筋肉痛にうなされるケイスケ達男子組を部屋の中においたまま、おれは1人で起き出していた。身体はどうやら問題なく動いてくれる。あいつ等と比べれば体力で勝っている自信はあるしな。迷い人スキルとかで問答無用に鍛えられるからさ。

 

「……つっても、もう昼近い時間だ。誰も居ないんじゃねーか?」

 

 部屋にいなかったのはシュンとゴウ。ついでに言えばショウも居なかった。……けどショウの場合、そもそも部屋の中に寝に来たのかどうかも判んねーんだよな。おれらは昨日山登りの疲れでさっさと寝たってのに、ショウは起きるのもおれらより早かったみたいで、布団は既にもぬけ(・・・)の殻だったから。

 おれはそんな事をぼそぼそと呟きながら部屋を出、リビングに向かい、そのまま通り過ぎて食堂に入る。腹が減っては戦は出来ない。食事は当番制だから少なくとも食べる分はあるはずだ。

 そう考えて食堂へと入れば、目論見の通り机に食事が並べられていた。ご丁寧に網までかけてある。

 ……おぉっと、ただし。

 

 

「―― んー? あれま、ユウキじゃない。この時間に起きるなんて、重役出勤だねぇ」

「フューン」

 

「なんだ。ヒトミに、ドーミラーもじゃねぇか。他の女子共はどっかいってんだろ? なんでお前だけ残ってんだよ」

 

 

 食堂には予想に違い、席に着いたまま茶を飲んでいる友人が1人居た。ヒトミだ。その手持ちのドーミラーは、何故かお茶請けの皿として煎餅を乗せて宙に浮かんでるけど。

 っつーか、少なくともおれは昨日、女子達はスキー場に向かう予定だって聞いてる。こいつ、いつもの通りに「バトル練習ーぅ」とか言ってんな。

 

 

「ご明察、まったくもってその通りだよ。流石はユウキ、判ってるじゃないの!」

 

「そういうトコばっかあたってもなぁ。外面でなく、もっと内面が美しいお方の心を判りたいよ、おれは」

 

「……ん? さらっと侮蔑したよね、今」

 

「判るって事はお前も自覚あんじゃねえか」

 

「客観的に見ればねー」

 

 

 軽口を叩き合いながら席に着き、被せてあった網を外して手を合わせると、適当に箸をつける。……おっと、その前にやる事あんな。

 

 

「おや。電子レンジはあっちだよ?」

 

「メシはこのままで良いんだ。冷たくても旨いもんは旨い。ってか、手間だから面倒だな。……それより、これだよこれ」

 

 

 引き出しを開けて、山荘買い置きのポケモンフーズを引っ張り出す。ポケモンフーズは乾燥されたポケモン用の食事だ。人間も食べれるからおれ自身も食べた事もあんだけど、携帯食のフルーツ味濃縮版みたいな味がした。これが一般的なポケモンにとって美味しいのかは兎も角、おれのポケモンはどうやら好みの味らしい。適当に引き裂いて皿に載せると、一段低くした机の上に置いて。

 

 

「そりゃ。出てこーい、朝飯だぞーっ」

 

 《ボウンッ!》

 

「……ブイーィ」

「……グワワ?」

「……クュュ」

 

 

 モンスターボールからイーブイとパラスとコダックを出していつもの通り朝飯を勧めると、ボールから出た3匹は、3匹共に寝ぼけ眼のまま皿へと口をつける。まぁここまで含めていつも通りっちゃあいつも通りなんだけどよ。

 

 

「ふぅん。どうにも、ユウキんトコのポケモンはのんびりしてるよね」

 

「そういう個性なんだろ。それよりヒトミ、お前が飲んでるお茶ってどこにあんだ?」

 

「あっちのアメニティ。チーゴの実を使ったかなり挑戦的な渋茶だけど、それでも良いんなら入れたげる」

 

「別にいーぜ。宜しく」

 

「はいはい……って、」

 

「フューン」

 

 

 ヒトミが了解した瞬間、ドーミラーがポットに向かって飛んでいった。バッグを入れた湯飲みを念力で自分の上に乗せ、お湯を入れてからフリスビーの様に戻ってくる。……そういやドーミラーはエスパーだっけな。

 

 

「……フューンッ?」

 

「あれま。ありがと、どーみら。……アタシが立ち上がる前に持って来てくれるとか」

 

「悪い。あんがとな、ドーミラー」

 

「フューンッ♪」

 

 

 感慨深げに呟くヒトミの横を通り抜け、水平に移動したドーミラーからお茶を受け取った。ってかこれだとお前は完全にお盆……いや、ドーミラー自身が楽しそうだからいーんだけどよ。

 そのままおれ自身もメシを食べ、朝飯を終えたポケモン達もモンスターボールの中で再度のおねむにさせる。イーブイもコダックもパラスも、普段なら時間的にはまだ寝ている時間帯だからな。

 おれはそのまま目的も無く食堂を出、リビングを再度素通りする。

 ……する、のだが。

 

 

「……なぁヒトミよ、お前はなんで着いて来んだ?」

 

「いーじゃない、別に。アタシって暇だしさー」

「フヨーン」

 

「それが女子連中の誘いを断ったヤツの台詞かよっ!?」

 

 

 足音で後ろを振り返ってみると、ヒトミが着いてきてた。ビシッと大声でツッコミを入れてやると、ヒトミは何時もの男勝りな態度で大笑いしやがる。

 

 

「あっはははっ! まぁまぁ。折角聖地なんて呼ばれてるシロガネ山に来たってのに、スキーなんてつまらないだろう? むしろ野生のポケモンを見たいってさ、思わない?」

 

「……はぁ。思わなくも無いけどよ。絶対あぶねーだろ、それ」

 

 

 手をポケットに突っ込みながら冷え込む廊下を歩いていると、窓の外が目に入る。目前のシロガネ山は一面に雪が積もり、真っ白白(まっしろしろ)だ。

 ヒトミの言葉にある通り、シロガネ山はほぼ全域が自然保護指定されている山だ。万年雪の降り積もるこの辺りは特に自然が厳しい事もあって、野生のポケモンは活動的でこそないけど、レベルはかなり高くなる。そらもう、昨日みたいにジムリーダーなんかが着いて来てくれないとかなり危ない筈だ。

 などと忠告してやると、ヒトミが企み顔になる。……おい、嫌な予感しかしねーぞ。

 

 

「くっふふふ。そこを何とか出来る方法があるんだよねー、それが!」

 

「……一応聞くけどよ。なんだよ、その方法って」

 

「まぁ良く聞き。実は今、シュンが昨日気にしてたお嬢様と一緒にシロガネ山で修行してるらしいんだよねぇ。ナツメ先生に用事が出来て、スキーの方の引率を替わって貰ったって情報もある。多分、スキーに替わりの引率をつけたんだと思うの」

 

「そらまぁ、そうだろな。……まさか」

 

「そのまさかっ! アタシもシュンの後を追って参加しようと思ってさ!」

 

 

 ヒトミのはつらつとした答えに、おれは思わず額を覆う。色んな意味で最悪だろ。シュンと……ヒヅキさん、だっけか? 引率もいるとはいえ、そこに加わろうとするとかさ。ヒトミじゃなきゃ良いかもだが、コイツの場合は企みを隠そうっつー気が無いから、算段が透けて見えんだよ。

 ……ああ、つまり。

 

 

「いやぁ、それってデバガメじゃね?」

 

「あっはっは!!」

 

 

 笑うな。声もでかい。このままじゃあおれもお仲間になっちまうじゃねえか。

 んー……あぁ、仕方ねえ。

 

 

「おれとしちゃあ相棒をフォローしとくけどよ。ヒヅキさんの手持ちポケモンがイーブイらしいぜ? イーブイを持つトレーナー同士で練習したいって魂胆だろ。あと、シュンにゃあそんな度胸はねぇよ。幼馴染が強すぎだ」

 

「そうかい? あたしゃ、度胸は無くてもバトルの為って理由で女の子を誘えるのも大概だと思うけどねぇ。……あ、そうか。それで同じくイーブイ持ってるアンタが誘われないとなると、引率はショウで決まりじゃない」

 

「成る程。確かに、イーブイ繋がりだとそうなるわなぁ。すっげぇ説得力」

 

 

 その辺の条件を満たしちまう辺り、やっぱショウは規格外だよなあ。

 ……さて、そんじゃあ決まりか。

 

 

「ん? どこ行くんだい、ユウキ」

 

「シュン達を探すんだろ? 手っ取り早くバトルするのに良さそうな雪原でも探そうぜ」

 

「方針が早く決まるのはアタシとアンタの良いトコよね。……さぁてさて。友人らが変わりない事を、喜べば良いのか悲しめば良いのか」

 

「喜んでやってんだから良いんじゃね? ってかヒトミ、二言目にはバトルのお前が言うなっっての」

 

 

 一番変わらねえの、お前なんだからな!

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 山荘を出たおれとヒトミは、悩んだ末に南側へと向かう事にした。バトルの訓練をするならシロガネ山の高嶺に近付くだろうという読みからだ。先生達から近付くなといわれている地域(野生ポケモンの縄張りらしい)をギリギリ避け、登り降りを繰り返しながらどんどん荒れ具合の酷くなる雪道を南下する。

 

 

「ブイィ~」

「あー、温いわー、アンタのイーブイ」

「フューン」

 

「いや、良いんだ。良いんだけどよ……」

 

 

 ヒトミはおれのイーブイを抱き、肩口にドーミラーを浮かばせながらのご満悦。イーブイも目を閉じて……ってのは、おれのイーブイの場合はいつもの通り。

 どうにものんびりとしたおれの手持ちらは、誰彼に懐き易い傾向にある。まぁ、人見知りしないっていえば聞こえは良いんだが……

 

 

「野生ポケモン対策で手持ち出してんだから、お前に抱かれてると意味ねえだろーが!?」

 

「そうかい? ……ああ、そうかもだね。ならさ、と!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― ターング」

 

「その代りの護衛は、この子でどうだい?」

 

 

 ボールから出たのは、ヒトミの手持ちポケモンの中じゃ最も古株のポケモン、メタング。青鋼の身体と2本の腕。空中に浮かんだ無機質気味なポケモンだ。

 このメタングはレベルもヒトミがスクールに入る以前の出身地……ホウエン地方からの手持ちになる。バリエーションに富んだ鉱石の産地であるホウエン地方「ならでは」というべきか、カントーでは見かけない新たな属性「鋼タイプ」のポケモンだ。それに手持ちの中じゃレベルも一番高いハズだからな。護衛としちゃあ十分だ。

 エリトレクラスの授業じゃ春に選んだポケモン達しか使えないためにあまり姿は見せねえけど、それでも、バトル訓練とか戦力が必要な際にはこうして真っ先に呼ばれんだから、信頼も厚い筈だ。

 ヒトミがすっと手を挙げると、メタングが僅かに高度を増す。

 

 

「メタング、周囲警戒だよ」

「ブイ~」

「フューン」

 

「ターーング」

 

「……いや悪ぃな。頼んだよ」

 

 

 おれは一先ず、メタングに謝っておくことに。ボールから出てみりゃ主人がこの有様じゃな。なんつーかこう、いたたまれない感じで申し訳ない。

 

 そうして、メタングにイワークとかの野生ポケモンを追っ払って貰いながら進む事1時間。未だ山の中腹だが、これ以上は入るなと先生達に念を押されてた地域ギリギリまで到達する。

 

 

「これ以上進むとお叱り覚悟になるな。どうすっかなぁ……」

 

 ――《……ォ》

 

「ブイ~?」ピクッ

「……って、おお?」

「ブイ、ブイブイ」

 

「わっ。どうしたってのさ、イーブイ」

 

 

 雪を阻む岩場へと差し掛かった所で、ヒトミに抱かれていたイーブイが突然耳を動かした。動かしたと思ったら手の中からジャンプ。おれの前に出て、姿勢を低く構える。

 ……っとぉ。こりゃあ……

 

 

「……この岩の先、なんか居んのか?」

「ブイ~」

 

 

 おれは、イーブイは警戒してるんだろーなという考えに到る。危機回避に関するポケモンの勘はかなり鋭い。岩陰に野生ポケモンがいるとすりゃ、突然襲われる可能性もあるからな。

 

 

「へえ? そんじゃあたしも。戻って、どーみら。……ぽにー!」

「ヒヒィンッ!」

「―― メターング」

 

 

 ヒトミは浮かばしていたドーミラーを引っ込めてポニータを繰り出し、メタングをやや先に浮かばせた。そして鞄から、「何時もの通りの物」を取り出す。

 

 

「ってこんな時でもパソコンかよ!?」

 

「いざ戦闘って時に、パソコンが無いと落ち着かないからねぇ」

 

「……いーけどよ。やっぱ中毒だよな、それ」

 

「おやぁ? 国宝級迷子のアンタがここまで迷わなかったのは、誰と何のおかげだと思ってるんだい?」

 

 

 携帯端末を小脇に抱えたヤツに向かって、はいはいおれを先導してくれたヒトミサマとGPSのお陰です。とかいう緊張感の無いやり取りを繰り広げながら、おれ達は慎重に歩を進めてゆく。

 さぁて。頃合だな。ヒトミに視線で合図を送り、意を決して、その先へと視線を伸ばす。

 

 

「……んだこりゃ」

 

 

 しかし開けた瞬間、おれは思わず突っ込みを入れてしまった。待ち受けていたのは野生ポケモンじゃあない。眼下に、一段低く削られた雪の原が現れたのだ。

 その雪原は三方を岩山に囲まれたせいでか風が弱まっていて、差し込む日差しに照らされながら薄く積もった雪が輝いている。広さはそう広くも無いが、「ある用途」に使うには十分な広さを備えていて。

 奥にはシロガネ山の主峰。その麓に建つは、真新しい外観の最新式ポケモンセンター。

 手前にポケモンバトルを繰り広げる2名、相手役1名、審判役1名。

 

 

「ベニ、『クラブハンマー』っ!」

 

「―― 遠慮はしません。ゴチム……」

 

「ごめんあそばせっ、仕掛けますわ! ブラウンっ!」

 

「エスパーの力、見せてあげる! ユンゲラー!」

 

「ごめんあそばせって本気で言う奴初めて見たんだが。……でもって、おーい。気合い入れるのは良いけどやり過ぎんなよー、ナツメ」

「ラッキーッ!」

 

 

 シュン VS カトレアお嬢。

 ヒヅキさん(と見られる豊かな胸囲の縦ロール) VS ナツメさん(と見られるスレンダー美人)。

 そしてその奥、ポケモンセンターの入口前に立ってどうでも良いことを考えながら審判を務めるショウ&その横でバトルを応援するラッキーという構図だ。

 おれの横から顔を覗かし、ヒトミが呟く。

 

 

「へーぇ……ジムリーダーの直接指導とか、随分と贅沢にやってんのね」

 

「別に違法じゃあねーからなぁ。つーかこんな所にポケモンセンターあったのか」

 

「立地から考えるに、シロガネ山調査の拠点とかだろうさ。ショウなんかは知ってたんじゃない? シロガネ山なんて如何にも調査してそうだし」

 

 

 なんてヒトミは呟くものの。おれとしちゃあポケセンの立地なんかよりも相手トレーナーの選び方のが気になるんだよな。ナツメさんとカトレアお嬢とか。こう、作為を感じるってぇの?

 

 

「ま、エスパー対策だろうね。ほら、シュンってエスパーみたいな才能あるトレーナーに対抗意識燃やしてるじゃない。ヒヅキお嬢様の方もこないだイツキって言うエリートエスパーに負けちゃったみたいだし、その辺りに共通点があるんでしょ」

 

「はぁぁ。……ヒトミ、お前って結構周りを見てんのな」

 

「お堅いゴウとか、意味不明原理不明のケイスケは兎も角、一緒にバトル訓練してるシュンとナツホはねー」

 

 

 視線の先にはシュンとお嬢様、これまたお嬢様と美人のお姉さま。あとラッキーと一緒にバトルを見てる野郎が1人。

 ……遠目からじゃあ、そのバトルの詳しい内容までは察することは出来ない……けどな。

 

 

「―― さて。帰るぜ、ヒトミ」

 

「おやぁ?」

 

「何不思議そうな顔してんだっての。お前だって本気でバトル訓練したいって思って着いて来た訳じゃあねーんだろ?」

 

「いや、2割くらいは本気だけど」

 

 

 マジかよ。

 

 

「マジかよ。……8割は?」

 

「5割は勿論アンタと同じく、シュンが心配だから。あと2割は知的好奇心という名のデバガメ根性」

 

「……一応、突っ込みは止めとくけどよ」

 

 

 何だかんだで1割残してやがるしな。

 でもまぁ、シュンが結構危うかったってのはおれら友人の中では周知の事実だったりする。一番やばかったのはキキョウスクールの卒業前辺りか。つっても10才の事だったし、青春してんなって分には構わねーんだけども……あの悩み方は傍から見てると、ちょっとな。

 

 

「まぁ今回は大丈夫だろ。上手く手綱を握ってくれる奴等が居て安心してるよ」

 

「あの時はナツホが大立ち回りだったからねえ。……今回はそれに、具体策を提供及び実現してくれるショウやルリが居る。……あと、こうして心配で見に来てくれる相棒も居るし?」

 

「お優しいヒトミサマも怖ーい幼馴染も、委員長っぽいのにガンコな奴もクールビューティーも、ついでにどらごーんなのんびり屋も居る事だしな」

 

 

 バトルの練習漬けになってしまっているってのは、シュンにとっては良い事なのかもしれないな。少なくとも、あの時の様に暗中を模索する必要は、もう無いんだから。

 

 

「……まぁ、シュンもあの感じなら良さそうだね。それで? アンタも帰るの?」

 

「確かに。ナツメさんとかカトレアお嬢みたいな美人さんが居るのに出向かないってーのは、おれのポリシーにゃあ反するかもしれねぇな」

 

「うわぁ……出た出た」

 

「んだよ。これで結構本音なんだぜ?」

 

「その努力をもっと別の方向に使いなさいよ」

 

「……んまぁ、ぼちぼちな」

 

 

 おれの場合、それはバトル関係じゃあないからな。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 それから2日ほど間を空けて。

 シロガネ山を降りたおれらは休憩を挟み、今度はチャンピオンロードでの野営訓練に参加することになった。

 チャンピオンロードとは、セキエイ高原へと続く道すがら……シロガネ山の周辺に複数本が用意されている、ポケモンリーグへの「振るい」の役目を持つ半人工ダンジョンの事。野生ポケモンが多く潜んだ洞窟、その中にトレーナーの知恵を試す人工物が配置されている。正にトレーナーだけでも、ポケモンだけでも突破は困難な「試練の道」であると言えるだろう。チャンピオン・ルリの登場以降勢いを取り戻したカントーリーグにおいて、チャンピオンロードは名実共に四天王へ挑戦するための最終試練となっているのだ。

 今回の訓練の目的は、ここで野生ポケモンが潜む中での野営の実際を学ぶ事……らしいな。っと。

 

 

「いっけ、イーブイ! 『でんこうせっか』」

 

「ブイ~ぃ」

「ズババッ、ズバッ!?」

 

 

 足元を飛び出したイーブイが宙に有るズバットの身体を弾き飛ばし、岸壁に叩き付ける。目を回して「ひんし」状態に気絶したのを確認してから、おれはイーブイをボールへと戻す事に。

 

 

「ブーイーぃ」

「さんきゅな。戻れっ、イーブイ。……くっはぁー、野営予定のトコまであと少しってか」

 

「―― こっちも終わったか、ユウキ」

 

「おっ、ゴウじゃんか。そっちも終わったか?」

 

「ああ。このまま進めそうだ」

 

 

 無愛想な友人に駆け寄り、今度は合流して2人で歩いて行く。

 辺りをキョロキョロと見回し、野生ポケモンの更なる出現を注意しつつ。おれ達は現在、もう少し歩いた所にあるらしい各班毎に予定された野営地を目指しているのだ。

 

 

「っつか、チャンピオンロードって開催期間外でも野生ポケモン居んのなー」

 

「む。チャンピオンロードは半人工的なダンジョンだからな。この場所の場合は、近自然工法によって作られた岩山群といった所か」

 

「その近自然なんちゃらでわざわざ野営訓練するってんだから世話無いぜ」

 

 

 おれは自分のキャラとして軽口を叩いておく。しかし、

 

 

「……まぁ、それもそうだな」

 

 

 ゴウには反発されるかと思いきや、返答はまさかの肯定。しかもゴウにしては珍しい表情、苦笑しながらの肯定だ。

 何時も理路整然としていて堅物のゴウ。その苦笑の表情に驚いたってのが、どうやらおれの顔にも表れていたらしい。ゴウは慌てて自らの頬をぐにぐにと動かし、取り繕った様に目を閉じ、表情を何時もの無愛想に固定する。

 

 

「……ああ、理由はあるぞ? エリートトレーナーは、ポケモントレーナーとしての高みを目指す者だ。となれば当然、若輩ながらに旅をする必要が出てくるだろう」

 

「ま、言われてみりゃあそうね」

 

 

 リーグ挑戦のためのポケモンジム巡り ―― というだけでなく、各地を巡って様々なポケモントレーナーとバトルをする。自らのポケモンを鍛えるのに、最も適した実践らしい。

 ……ってまぁ、そう世間で言われているだけで、実際にはどうなんだか知らんけど。

 

 

「旅をするからには、トレーナーはただポケモンに指示を出すだけの存在であってはならない。時には自らの身体を持って海を超え川を渡り山を越える必要もあるだろう。そんな時、野営訓練の経験は必ず役に立つからな」

 

「……つっても実際、エリトレなんて『箔』の1つでしかないって奴等も多いしなー。おれらの内何人が、そんな高尚な考えを持っていることやら」

 

「少なくとも自由参加である今回の野営訓練に態々参加した人物は、その高尚な考えを持っている者だと思うが……果たして全員がそうなのかは、確かに判断が付かない所だな」

 

「だよな」

 

 

 エリートトレーナー……ポケモントレーナーの上級資格を持つってのは、このポケモン中心の社会において、社会的評価を上げる役目も果たしてる。実際ポケモンリーグの中心で……バトルだけではなく……事務方の仕事なんかをこなすのも、その殆どがエリトレ資格を持っている奴等だ。

 勿論ポケモンといえば、その花形はポケモンバトル。だけど最近じゃあポケモンコンテストみたいなバトルだけじゃあないものも増えてきているしな。あれなんかはポケモン大好きクラブに所属する一般トレーナーが主だった人員だし、一概に協会が中心だーたぁ言えねーらしいけども。

 

 

「実際、おれもそうだしなぁ……って」

 

 

 なんて考えながら脚を動かしていると、ゴウにいきなり手首を掴まれる。何だよ?

 

 

「待てユウキ、どこへ行くつもりだ」

 

「どこって、野営予定地に決まってんだろ?」

 

「……野営予定地は、こっちだ」

 

 

 あらま。どうやら何時もの如く迷い人スキルが発動していたらしい。

 しっかたねーな。大人しくゴウの後を着いていくことにすっか。

 

 

 

 そんなこんなで数分ほど歩いて、山の半ばにある野営地へと到着。

 辺りで他の地域の学生達も混じって、テントを張ったり飯ごうを火にかけたりしてる。制服の違う奴等が一同に揃っている様は、なんだか見慣れないような嬉しいような。どうやら(体感的には)長きに渡る合宿の結果、他地域のエリトレ達との交流は随分と進んでいたらしい。

 

 

「んで、何で班員以外の人も居んの?」

 

「いやさ。実はこれもバトルの訓練の一環で……」

「……ブィ」ビクビク

 

「流石はカトレアさんですわね……今のは口頭と念波で別々の命令系統を使ったのでしょうか」

 

 

 座り込みながら割り箸を飯ごうに当てるおれ、イーブイ(アカネ)を抱きながらカレー鍋をかき回すシュン。胸を組んだ腕に乗せるという仰天荒業を繰り出しながら仁王立ちで戦況をみやるヒヅキお嬢様。因みに、ゴウはノゾミに無言で引っ張られて別の所で調理を担当。ケイスケは爆睡。

 そしてそんなおれらの目の前で、ショウとカトレアお嬢が(またもや)ポケモンバトルを繰り広げているのだ。どんだけバトル好きなんだよこいつらは。

 

 

「イーブイ、『おんがえし』っ!」

 

「くッ、ゴチムッ!!」

 

「ブイブイブイーッ!」

「ゴチィ!」

 

 

 2、3度ぶつかり合ったかと思うと、絡み合っていた内ショウのイーブイが器用に尻尾を振り回した。念波の壁を掻き分け、勢いそのままに貫く。イーブイの突撃によってゴチムが吹き飛び、カトレアの足元まで転がった。

 エスパーなお嬢様は目を伏せ、足元からゴチムを抱き上げる。

 

 

「チム~」

「ゴチムっ……良くやってくれました、戻ってください。……ショウ、アタクシの負けですね」

 

「何度も言ってるけど、ゴチムとの1対1だと俺のイーブイのが有利だからな? なんかイーブイ的にもカトレアのゴチムに対抗意識燃やしてるみたいだし、負ける訳には行かない……って。だからいきなり肩に登るな、危ないだろイーブイ。何なんだ、俺登りがブームなのか末妹なのか」

「ブイブイブイーッ♪」

 

 

 ショウはイーブイと、相変わらず仲の良さそうなこって。

 それに比べて……

 

 

「なぁシュン。お前のアカネは、ちっとは慣れたのかよ?」

 

「最初の頃と比べれば多少は、と言っておこう」

「……ブィ」ササッ

 

 

 おれが視線を向けると、アカネは素早くシュンの後ろへと回りこむ。そこで「シュンの後ろ」を選ぶ辺り、進歩は見て取れるんだけどなぁ。

 

 

「ですわね。わたくしのブラウンと違って、シュンのイーブイは怖がりですものね」

 

「ヒヅキさんのイーブイが真っ直ぐすぎるだけだって。あんなキビキビ動くポケモン、オレは初めて見たよ」

 

「そうなんですの? ……確かに、こうして沢山のイーブイを見比べてみると、わたくしのブラウンは大人しい部類に入るみたいですけれども」

 

「大人しいってか、どうみてもお姫様相手にした執事か騎士ってぇ対応だろ」

 

「だな。オレもユウキに同意しとく」

「……ブイー」

 

 

 ブラウンに対する賞賛っぽい言葉にシュンが頷く。アカネは何やら、ヒヅキお嬢様の腰に着いたモンスターボールをきらきらした瞳で見つめているけれど。

 

 

「まあそれはどうでも良いのですわ。それよりも、次はわたくしとシュンの番です。行きますわよ、シュン!」

 

「了解です、と。……さて、戦力的に考えたらベニだけど……どうするか?」

 

 

 先を行くヒヅキお嬢に促され、シュンは何やら考え事をしながら岩場を登ってゆく。

 ……いやだから、お前ら飯の仕度を手伝えよっ!?

 そう口に出してしまう直前、ショウがステージを降りて来る。素早く駆け寄り、此方に向かって手を合わせた。

 

 

「いやスマン、ユウキ。シュンとヒヅキはバトルさせてやっててくれ。バトル大会まで時間がなくてな。その分は俺が働くよ」

 

「……まぁ、おれはシュンの目標を知ってるからいーんだけどよ。つか、さらりと思考を読んでくるよなぁ。ショウは」

 

「ただの予想だからなー。……にしても、アリガトな。ユウキ」

 

「おう」

 

 

 言いながらも有言実行。ショウはカレー鍋とにらめっこを続けるおれの隣をするりと抜けると、飯ごうの前に陣取った。

 しかしその後ろをトコトコと着いてきました、カトレアお嬢様。先までバトルをしていたお嬢様はごく自然な動作でショウの横に座ると、如何にも不思議といった表情を浮べて首を傾げる。

 

 

「……料理、です……?」

 

「あー、そうだな。野営訓練ってーよりかは完全に学生キャンプのノリだけど」

 

「ふぅん。……なら、アタクシも手伝います。学生ですから」

 

「そっか。どうも、頼むよ。……それじゃあ米をカトレアに任せるとして……んー……お」

 

 

 あっさりと飯ごうの前を明け渡し、何事かを思考するショウ。じゃあお前は何をするんだよ……と思ったら、またもやすたすたと歩き始めた。その向かう先には、楽しそうに笑う女子が3名居て。

 横までたどり着いた所で、ショウへと視線が集まる。注目が集まった頃合を見計らい、ショウは申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。

 

 

「あー……これ、カレー鍋その2の野菜だろ? 俺が替わるから、あっちのテント設営を手伝ってきてくれないか。どう

も俺じゃあ役立てないみたいで」

 

「えっ、あっ……はい」

「ホントに? どうもね~」

 

 

 まな板の前でお喋りをしていた女子共に首を突っ込んで、既に殆ど終わっているテント設営の側へと回らせた。どうしたよ。そもそもお前、バトルする前にテントの設営を仕切ってきてたじゃねえか。

 おれはその疑問を問うべく、ショウの横まで歩み寄る。……あ、おれの担当のカレーは大丈夫だろ。キャンプのカレーなんて多少焦げてた方が味があんだよ。多分な。

 

 

「んで、ショウ。どういうことだってば?」

 

「そこでだってばよ、にならないのは惜しいなぁ。……じゃあなくて、そだな。これ、見てくれ」

 

 

 ショウはそう言ってプラスチック製の包丁を構え、まな板の辺りを指す。覗き込むと、そこには、未だ塊の野菜がゴロゴロと転がっていた。

 

 

「……なる。あいつら、お喋りにかまけて仕事を放っていやがったな?」

 

「だなー。そもそも切るだけなのに時間が掛かり過ぎだ。こういう所でダラダラしてると後々に響くわけで……まぁ学生だからそういうのも思い出か、ってのは判る。だからこそ首を突っ込むに、今回みたいに波風立てず出来るならってー感じだな。別に急ぎじゃあないし」

 

 

 包丁を動かしながらショウが解説を挟む。

 頭ごなしに叱った所で動くはずも無く、ならば解散させた方が早いという算段か。しかも、その泥は自分が被るっつー引き立て振り。……今更だけど、何ともフォローの上手い奴だよな。見れば話に夢中になっていた女子達は離れ所で、テントを設営し終えた他の連中と共に談笑を続けている。彼女等にとって、ショウの行動は概ね好意的に受け入れられた事だろう。何せ注意もされなけりゃあ仕事も終わってるっつーんだからな。

 

 

「……流石にやんな、この色男め」

 

「いやいや。お褒めいただき恐悦至極ー……と言いたい所だけど褒め言葉じゃあないよなぁ。別段嬉しくもないし」

 

 

 なぁんてどうでも良いを水増ししたようなやり取りをしていると、辺りを取り仕切っていたヒトミが此方へと近付いて来た。どうやら監査のお時間らしい。

 

 

「さぁて、どうだい? カレーの方は順調?」

 

「まぁた出やがったな、ヒトミ。ほれ、あっちでポケモンバトルの練習してんぞー」

 

「まぁたぞんざいな振りをするし、ユウキ。アタシがバトルなら何でも釣られると思ってるねアンタは。……まぁそれは後で感想戦を聞いておくとして。ショウ、順調かい?」

 

「んー、ぶっちゃけ微妙だな。今からスピード上げる予定」

 

 

 やってきたヒトミに、ショウが苦笑いで返す。ヒトミは眼鏡の位置を直しながらショウの手元の野菜を見やり、溜息。

 

 

「あー、あの娘らサボってやがったかぁ。……仕方が無いね。ほら、ユウキも手伝って」

 

「おい……おれ、カレー鍋混ぜてたんだけど?」

 

「過去形で正しいけど……そうかい? じゃあそれは……おーい! カトレアーっ」

 

「……ヒトミさん。なんでしょう?」

 

 

 ヒトミが大声を上げ、飯ごうを見つめていたカトレアお嬢様をご指名。ゆるりと立ち上がったカトレアに続けざまに指示を出す。

 

 

「第1カレー鍋の火を止めて、ゆるーくかき混ぜといてくんない? 混ぜが足りなくても十分。カレーなんて焦げてなんぼの食べ物だし、飯ごうの方含めて一緒にショウに監督してもらうからさ」

 

「ハイ、承りました」

 

 

 何時もマイペースなカトレアが加速装置を起動したかの如くターンし、カレー鍋の火を止める。やけに聞きが良かったのは間違いなく、野菜を乱切りにしているこの男の名前を使ったからだ。

 

 

「……おい、俺は今ダシにされなかったか?」

 

「されたされた。仕事増やされた」

 

「あっはっは。だってそうだろう? この食事時にバトル訓練なんてしている馬鹿どもが居なければ、人数は十分足りたんだからねえ」

 

「あー……違いない。返す言葉もないなー」

 

 

 にやりと笑うヒトミに万歳で降伏を示しておいて、ショウは再び包丁を手にした。

 ……ショウみたいなのをお人好し、ってんだろーな。その分を自分で抱え込む辺り、シュンとも似てるっちゃあ似てる。行動力とかは段違いだけど。

 

 

「お人好し……ってか、優しさかね」

 

「……そこがショウの良い所です」

 

 

 おれが鍋の前でぼそりと呟くと、カトレアお嬢様に呟きでもって返された。ぎりぎりおれの耳にだけ届く声で。緩くウェーブを描く長髪から覗いたその頬は、僅かに赤らんで見えなくも無い。いやぁー……流石はショウ。是非ともお師匠と呼びたい男第1位(おれとシュン調べ)だな。うん。惚気やがったなこん畜生っ。

 

 そのまま準備を進めること幾ばくか。ショウが野菜を鍋に突っ込んで火を入れ始めた頃合を見計らい、おれはヒトミとアイコンタクトを交わす。

 

「(ねえユウキ、良い機会じゃあないかい? ショウに『あれ』、聞いてみようじゃないのよ)」

 

「(『あれ』かぁ……んまぁ、おれも気にはなってるからな。いいぜ、確かに機会としちゃあ良い具合だ)」

 

 始めはエリトレの中でも(主に研究者やってるせいで)とっつき辛かったショウとの間も、最近じゃあ結構埋まってきた感じがするしな。よし。唐突だけど話題を振ってみっかね。

 

「―― んでよ、ショウ」

 

「ほいほい」

 

「聞きたいことがあんだけど、いーか?」

 

「わざわざ了解取るってことはそれなりに踏み込んだ質問か。……んー、まぁ、良いけど」

 

「お前とエリカせんせ、それにナツメせんせもか。……どういう関係なんだ?」

 

「あっ、それはアタシも知りたいトコだね。……ショウ?」

 

 

 打ち合わせたその癖、自然な感じで割り込むヒトミ。こういう時のヒトミの行動力にはすげぇもんがあるな。

 つっても相手はあのショウだ。援護が居てくれて頼もしい事には変わりない。ショウは暫し頬を掻いて、

 

 

「あー…………。……まぁ、普通に友人だろ」

 

「案外普通なのな」

 

「煮え切らない答えだねえ」

 

「俺をなんだと思ってたんだよ。エリカは兎も角、ナツメは名実共に友人だぞ? それこそ付き合いの長さ的には幼馴染って言っても良いくらいだ」

 

「へえ。そんなになのか?」

 

「そうそう。エリカは……なんだろ。家族ぐるみの付き合い? 何か両親が妙に仲良いんだよなぁ。妹も姉みたいに慕ってるし。あー、でも、妹が慕ってるってんならカトレアもミィもだな」

 

「へええ。……既に家族、と」

 

「歪曲した内容でパソコンにメモするなよー、ヒトミ」

 

 

 おれは、ある事無い事をメモしようとするヒトミには突っ込みを入れつつ。

 

 

「―― ところでその妹さんは美人かねショウ君や」

 

「あー、年下だから美人という区分けは難しい。んーむ……恥かしクール?」

 

「そらコワク的な妹だ」

 

「黙れ男子。……そういやその妹さんもタマムシに居るのかい?」

 

「勿論。両親と一緒のアパートに居るぞ、デパートの奥の。ま、その内に会う機会もあるだろーな」

 

 

 とどめ、笑顔で締めるショウ。成る程、妹さんが居ると。是非ともチェックしておきたい情報だ。この点についてはヒトミと同意見。

 すると質問の切れ間を見計らって、ショウが口を開く。

 

 

「……あ、ついでだから俺からも質問していいか?」

 

 

 言ってから、ショウは辺りを警戒したように見回す。カレー班は現在おれとヒトミ、ショウ、それにカトレアお嬢様のみ。野営訓練に参加した他の学生がちらほらと居るが、近場に目立った人影はなく、こっちに注意を向けてくるような生徒も今は居ない。

 そんなら。

 

 

「まぁ、おれは別にいーけどよ。……つーかそっちがショウの本題だろ」

 

「アタシは内容によるねえ。ただ話題を変えようとしただけならお断りするよ?」

 

「一応内容自体は簡潔だけどな。……シュンとナツホの関係について、だ」

 

「それはそれは。……あっはっは! 踏み込んで来るね!」

 

「ああ、高笑いすんなってのヒトミ。お前声でけえんだから人が寄ってくんだろ」

 

 

 折角ショウが気を使ったってえのによ。全く。

 ……けれど、

 

 

「どういう風の吹き回しだ? 物事には気を使うショウがそーいうプライベートな部分に踏み込んでくるって、珍しいじゃねえか」

 

「シュンのポケモンバトルへの情熱はどこから来るのかねーと思ってさ。違うか? 違うんならこれ以上は聞かないけど」

 

 

 相変わらず的確に切り込んでくる奴だ。聞かれた内容に、おれとヒトミが思わず身構えていると。

 

 

「……あー、そんなに駄目な事聞いたか? それなら聞かなかった事に……」

 

「ああ、やめやめ。わかった。アタシは良いと思うよ。……ユウキ?」

 

「まぁな。相棒もショウに話すってんなら納得するだろうしさ。……本当は本人から話すのが一番良いんだろうけど」

 

 

 切り出しは唐突だったが、バトルに関する指導を請け負っているショウへと話すなら問題もねーだろな。出来れば本人から……ってのは、ちょっと厳しいし。

 そうしておれは、ショウに向けて語り出す。

 

 

「―― 先に言っておくと、おれとヒトミは一般家庭なんだけどな。シュンとナツホは違うんだ。キキョウシティに在る家庭……街の開発方針でポケモンバトルが中心になってるエリアに住んでんだよ。だからこそ、小さい頃からバトルに関しては人一倍興味があったんだろーな。スクールに入ってからも勉強熱心だった。……シュンの親父は結構有名なポケモントレーナーでさ。知ってるか? 何回か前のリーグトーナメントじゃあ決勝まで行った事もあんだぜ」

 

「なる。もしかしなくてもあれか。エスパーのトレーナーが優勝した大会の……」

 

「それだな。んで、親父さんは負けちまったと。……本当なら準優勝でも凄いんだろうけど。バトルに熱心な地域だったのが災いして、親父さんは今まで以上にバトルに傾倒しちまったんだ。その替わりに家庭をほっぽりだしてな」

 

「あれは多分、傾倒しなくちゃあならないって感じの世間体もあったんだろうねえ。今思えば。……あの頃のシュンは荒れてる訳じゃあないけど……何ていうか、荒んでた感じだった。でもまあそこで幼馴染の登場さ。そこをナツホがビシッと喝入れて、ある程度は元通りって訳」

 

「喝の入れ方については想像に任せるぜ。……それである程度は吹っ切れて、今に到るわけだ。つっても未だに、バトルに執心な部分は残っちまってる。それがシュンの目標って形になってな」

 

 

 顎に手を当てていたショウはここまでを大人しく聞いた後、ふむと頷いて。

 

 

「あー、成る程。お前らは『ナツホが』って言うけど、実際には違うんだろ?」

 

「「……」」

 

 

 ……なんで判るんだっての、ショウのヤツ……!

 いや実際、あの時はおれ達も随分と気にかけてた。止めがナツホだったのは間違いないが ――

 

 

「ははは! まぁ、そこは曖昧にしとくか! ―― 判った。それなら問題はなさそうだ。だって今も昔も、シュンの周りにはお前らや幼馴染が傍にいるんだからな」

 

「一応言っとくと、アタシもユウキも他の皆も、シュンに釣られてエリトレを目指したんじゃあないんだけどねえ……」

 

「でも理由に一枚噛んでるのは確かだろ?」

 

 

 ショウのその問いには頷くしかないか。……いや、降参。降参だっての。

 そんな風に、おれが両手でも挙げてやろうかと考えていると。

 

 

「執心、ね。……俺からしてみればシュンは、個人で執心しているってよりは ―― 皆のために。『一度掲げた夢を叶えようと努力している自分を見せる為』に頑張っている様な気がするんだよなぁ」

 

 

 ほう。そりゃあ、また。

 言われてみればという気がしないでもない。身内みたいなおれらグループ、その外に居るショウから見ればこその意見だ。

 

 

「アタクシにもそう見えます。……あの方の眼は、アタクシやナツメお姉さまの様なエスパーを、憎悪を含む感情では見ていませんでしたから」

 

「補足をあんがと、カトレア。とまあ、こんな感じか。自分のために頑張れる、っていうのは意外と限界値が低いもんだよ。きっと、タブンな」

 

 

 いつの間にか寄ってきていたカトレアお嬢からも言葉を頂いた所で、ショウが野菜を切り終わる。

 

 

「ほいっと。これで具材は足りるな。煮えてるしさっさとぶっこんで……お。丁度良いみたいだな」

 

 

 ショウの言葉に顔を上げて道の先へと視線を移せば、シュンが丁度帰ってくる所で。

 

 

「―― バトル練習、終了ーっと。ごめんなユウキ、今からでも手伝うから……」

 

「「……」」

 

 

 おれもヒトミも、思わずシュンの顔を眺めてしまう。

 

 

「……えーっと……ショウ。オレ、何かしたか? むしろ何も手伝ってないから何もしていないと……いや、バトルの練習はしてきたけど」

 

「その手伝いも後は鍋の管理だけだけどなー。……因みに、ユウキ達の挙動についてはあれだ。あちらで幼馴染がお怒りですよーと」

 

「……うっわぁ。マジか」

 

「若干な。さっさと行くのをオススメしとくぞ」

 

「ゴメン。ユウキ達も、手伝えなくて悪いな。それじゃあちょっと行ってくる」

 

 

 シュンはそう言うと、ナツホの居る火元へと走っていった。

 ……なんつーか。

 

 

「友達甲斐の、あるような無い(ねえ)ような……」

 

「微妙だよねえ」

 

「親友共がなに言ってんだか。さぁてカトレア、カレーの方見張りに行くか」

 

「そうですね。……ですが。相も変わらず仕事人間のアナタが言う事でもないと思います、ショウ」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そんな日々が暫く続いて、いよいよのバトル大会開催日。

 闘技場に座ったおれら学生が見つめる先で、とあるスポーツのエキシビションマッチが開催されていた。

 

 その名も「ポケモンバッカーズ」。

 何かこう響きの悪い名前だけど、ポケモンバッカーズはポケモンスポーツにおいてメジャーから中堅所といった立場の球技だ。

 ……ただし。電光掲示板に表示された対戦カードはプロチームのそれではなく、『こう』なんだ。

 

『ルリ VS シロナ』

 

 カントーの元チャンピオン・ルリとシンオウの現役チャンピオン・シロナさんの対戦という夢の競演とかな。……んまぁ、だからこそエキシビションなんだろうなぁとは思うけれどよ。

 さて。ポケモンバッカーズは、端的に言えばサッカーとバスケットを混ぜた形のポケモンスポーツだ。6匹と補欠2匹で1チームを組み、コートに出るのは3匹。それぞれが入れ替わりながら試合を行う。空中に浮いたゴールへボールを叩き込むと2点。フリースローは1点、指定された範囲の外から決めれば3点だ。その得点でもって勝敗が決まる。

 移動の際、「腕」を持つポケモンはバスケット風のボールを「つく」ドリブルを。腕の無いポケモンはサッカーの様に無形でのドリブルをしなければならない。空を飛ぶポケモンに関しては、地面を走る場合は足を使ってのサッカードリブルが適用され、地面すれすれを飛べば腕(無い場合は脚)を使ってバスケットのドリブルもアリとなる。ただし1メートル以上空中へと浮かんだ場合はパス交換を挟まななければ一度しかボールに触れる事は出来ず、ドリブルは不可能。

 ……とかとか、その他も雑多なルールが多数。おれは読み上げたパンフレットから顔を上げ、試合へと視線を移す。

 

 

『さーぁ、ルリ選手が仕掛けるかぁっ!!』

 

『いやいや。シロナさんも負けてませんよぅ? ガブリアスが虎視眈々と遊撃スティールを狙ってますからねぇ』

 

 

 大音量の声援に負けない明るさの実況が語る通り。

 他方 ―― ルリと呼ばれた、黒髪ツーテール……に「準和装を纏った少女」が動く。

 艶やかな黒髪。鮮やかな瑠璃色の帯、それらをグラデーションしてゆく胴。頭上には銀細工の(かんざし)と、竜宮城の乙姫様っぽい羽衣。

 緩やかに広がる袖を振り上げると、ニドクインが地面を蹴ってガブリアスへと背を向けた。地面やや上に浮いたミュウが尻尾でボールを転がし……目前には、トリトドンの巨体。

 滑らかなフォーメーションから。

 簪が揺れるのと、同時。ルリのポケモンは一斉に動き出した。

 

 

「―― ピジョォッ!」

 

「ポワーオ!」

 

「ンミューッ♪」

 

 

 後ろから入ったピジョットがミュウの横からワンタッチして、宙返り。一旦ボールの所有権が変わったので問題は無い……ルールを利用して、ミュウがドリブルを変化させる。

 サッカーから、バスケへ!

 

 

「ポワグチュゥ!?」

 

 ――《スイッ!》

 

「ミュミュミュミューッ!!」

 

『シロナチーム、鉄壁を誇ったトリトドンの中央支配が、遂に破られましたっっ! ルリチームの見事なトリックプレー!!』

 

 トリトドンは直前まで転がっていたボールが浮き上がった事態に対応できず、ミュウによって抜き去られた。「飛ぶ」こともすれすれを「浮く」ことも出来るエスパーポケモンならではのフェイントだ。

 小回りを利かせて立ち回るミュウの進撃を止めるべく、体格と素早さに勝るガブリアスが飛び出そうとするも、

 

 

「ガブゥッ!」

 

「―― ギュゥン!!」

 

 

 またも対策は抜かりなく、今度は横から入ったニドクインによって押しのけられた。スクリーンアウトと呼ばれるディフェンスの技法だ。

 これで道は開けた。宙に浮かびながら左右に移動するサイコロ形のゴールに向かって、ミュウがドリブルで突き進んでゆく。

 後は最後の、もう1匹っ!

 

 

『ルリチーム、ミュウを中心としたチームプレーでのゴールへの切り込み! ルリ選手の巧みな指示が光りますねっ!』

 

『ゴールへまっしぐら、ミュウちゃんの目の前にはシロナさんチームのスイーパーであるミカルゲちゃんが! さあああーっ、1対1で ―― 』

 

 

 ――《ドッ、》

 

 《《 ワアアアーッ!! 》》

 

 

 歓声が沸く。

 その原因は明快。ルリお得意の「驚かし」によるものだ。

 

 

『おおっと! いつの間にかルリチームが選手交替っ!? ミュウとのコンビネーションッ、ピジョットに替わってモノズの登場ですーッ!!』

 

『さっきの宙返りは「とんぼがえり」で、「とんぼがえり」は交換の布石でしたよぉぉぉーッッ!?』

 

『繰り出されたモノズが割り込みますっ、これで、状況は2対1っ! ミカルゲ、もやの様な身体をゴール周辺に張り巡らす得意のディフェンスで時間を稼ぎますがっ!?』

 

「―― ガウウゥ」

「―― ンミュッ!!」

 

「ユラーーーッ!」

 

 

 残り時間を考えれば、この攻撃が試合を決定付けるに違いない。ボールをパスし合いながら、ルリチームの2名がゴールへと近付いて行く。

 ミュウ、モノズ、ミュウ……からのシュートを、

 

 

「オンミョーン!」

 

 《バシンッ!》

 

『ミュウ選手のシュート、弾かれたああっ!!』

 

『リバウンドはどちらのボールにっ!?』

 

 

 ゴールに向かっていたボールがミカルゲのもやによって弾かれ、宙を舞う。

 ミカルゲがもやを再び伸ばし ―― そこへ、シュートを撃たなかった為に体勢を崩していないモノズが飛び込んだ。

 

 

「ガウッ……ガウッ!!」

 

 

 まるで足りないものに手を伸ばしているかの様に、飛びながらも首を伸ばすモノズ。しかしミカルゲに比べると、初動が僅かに遅い。

 空に向けて伸ばされたもやと首が、ボールを挟んでぶつかり合う。

 

 

『さああーっ、シュートーっっ!!』

 

『ボールに触れたのは同時っ、これは ――』

 

 

 ほぼ同時。時が止まった様な一瞬の後、モノズの身体だけが落下を始める。

 地に脚(というか台座というか)を着けているミカルゲは、押し合いの持久戦には強い。未だ持ち堪えてこそいるが、近い内に、モノズが弾き出され ――

 

 

「―― ガォォウンッ!!」

 

 

 などという大方の予想を裏切ったのは、他でもないモノズだ。

 牙の並ぶ口を開き、叫んだかと思うと、モノズの身体が光り出す。

 全身が光に包まれ……次の瞬間、

 

 

「グァゥ!」「ガウガウ!」

 

 

 その首の数が、増えた。

 

 ……。

 

 ……いや。このタイミングで進化すんのかよっ!?

 

 

「っ、ならばお願いです! ……ジヘッド!!」

 

「「ガウゥッ!!」」

 

 

 すかさず指示を出すルリ。モノズ……じゃなくて。ジヘッドが、増えたもう片方の首をボールへと叩き付けた。

 首は見事にボールを捉える。捉えられたボールはミカルゲのブロックを弾き飛ばし、今度は真っ直ぐ、ゴールの中へと収まった。

 中にボールを抱え、ゴールが七色に輝いた。電光掲示板が「GOAL」の文字を声高に明滅させ、闘技場の盛り上がりは最高潮を迎える。沸き上がる歓声が、セキエイ高原の闘技場を縦横無尽に駆け巡る。

 ……そんでもって歓声に負けないくらい大きな声で、解説者が絶叫。

 

 

『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールッッッッ!!』

 

『ルリチームのモノズ……って進化しちゃったんでこれで良いかどうは判らないけどとりあえずモノズ、増えた首が見事にボールを捉えましたッッ!! これでルリチーム勝ち越しですっっ!!』

 

『ねえねえアオイ、この流れで行くとモノズちゃんの最終進化は首が3本になりますよぉぉ、ドードリオ的なっっ!!!』

 

『どうでも良い、今そこはどうでも良いよねクルミ!? 素直に勝利を喜んd』

 

 

 《ピッ、》

 

 《ピッ、》

 

 《ピィィィィーッッ!!》

 

 

『ああもうほらっ、ここで試合終了のホイッスルだよもーぅッ!!』

 

『セキエイ高原におけるポケモンバッカーズエキシビションマッチは、元カントーチャンピオン、ルリちゃんの勝利で幕を閉じましたーぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 ……ってだから、どんな内容だよっっ!?

 

 

「なんでいきなりポケモンバッカーズとか始まってるんだっつーの! しかもおれが解説役とかなっ!?」

 

「……む、すまない。僕はスポーツには疎くてな」

 

「とまぁ、解説のゴウがこの通りだからな。オレもルール位は知ってたけど、解説するほどじゃあないし」

 

「ぐう」

 

 

 ああ確かに、おれはよくヒトミにつき合わされてるからマイナースポーツも知ってるよ。知ってるけど、唐突過ぎんだろこれはっ!

 ……ああ、因みにさっきまでポケモンバッカーズのエキシビションをやっていたのは、おれらエリトレ組が大集合した今回のセキエイ合宿……その「シメ」を飾る為だ。

 なにせ、昨日の講義を持って合宿は全工程を終えた所。今日の午後から総括となるポケモンバトル大会が開催される予定だからなぁ。景気づけみたいなモンらしい。

 

 

「ってか、おれらの内で大会に参加するのは結局シュンだけか。……ゴウが参加しないのは兎も角、ヒトミの奴が参加しないのは意外だよなぁ」

 

「うむ。だが彼女が何も考えず参加を止めたとは思えん。きっとそれ以上の利があるのだろうな。……僕の場合はバトルを主眼におきつつ、育成を楽しんでいる形だからな。バトルはきっと、年末だけだ。……だからこそシュン、今回はお前の応援に回るぞ」

 

「お、よろしく頼むよ。経験積むには絶好の機会だからさ、この大会」

 

「すぴー」

 

 

 来る ―― 協会主催の学生バトル大会。合宿最後となるこの大会に参加するのは、おれら7人の中ではシュンだけらしかった。

 先にも言ったみたいに、おれやケイスケが参加しないのはいつも通り。だけど、あのヒトミが参加しないってのは予想外だったな。

 

 

「んまぁ、ヒトミの奴も色々と事情はあるだろうけどよ」

 

「お、心配か? 心配なのか?」

 

「そのにやけ顔を止めろよ。……ところで相棒、ヒヅキお嬢の胸部についてだが」

 

「さあユウキ、ポケモンバトルの話をしよう!」

 

「だよな! ……そういや最近はシュンのイーブイも ―― 」

 

「……相変わらず仲が良いな、お前らは。少し羨ましくもあるが」

 

「そうだねー」

 

「そしてお前は何時の間に起きたのだ、ケイスケよ」

 

 

 我が相棒と適当な馬鹿話をしつつ、その後ろをゴウとケイスケが着いてくると。いつものパターンだな。

 そのまま歩く事暫く。角を曲がれば目的地である食堂兼カフェテリアが見えてくるかという頃合で、スーツをビシッと着こなした長身の男性がこちらを目に留めた。ありゃあ、ゲン先生だな。

 我らが学年の担当たるゲン先生はおれらの前を行き交う女学生達にイケメンスマイルを振りまきながらおれ等へと歩み寄ると、きさくな感じで手を挙げる。

 

 

「やぁ、いつものメンバーだね。……ユウキ君達」

 

「おおっと、ゲンせんせか。ちっすー」

 

「こんにちは」

 

「どもー」

 

「どもです。―― ユウキ、オレ達は先に行った方が?」

 

「ん、そうな。頼んだ」

 

「おう」

 

 

 ゲン先生がわざわざ生徒達のたむろする「氷水の間」近くに現れたのもそうだけど、ゴウとシュンの居るこのメンバーで、オレの名前を名指ししたかんな。多分、おれに用事があるんだろうという推理だ。

 同じ様な推測をしたシュン(とゴウ)がケイスケを引き摺り、とりあえずはカフェまで入ったのを見送っておいて、だな。

 カフェの前を通り過ぎ、人気の少ない自販機コーナーに着いた所で会話を開始だ。

 

 

「そんでせんせ、何の用事だ? このタイミングで話す事?」

 

「ああ。君はバトル大会には参加しないと聞いてね。あれだけバトルの練習もしていたのにかい?」

 

「なる、その事。……せんせも良く見てんなー。ま、参加はしない。おれは友人を応援する側だ。んで、それだけ?」

 

「ああ、すまない。結論を率直に言わせて貰えば、君の進路についての希望を再確認したくてね」

 

 

 それがセキエイ高原まで来て話す内容かよ……とは思うけど、実はおれの場合は少々特殊なのだ。先生がわざわざ来るというのも理解出は来る。

 つっても、少々ばつが悪ぃんだよな。おれは歩みを止めると頭の後ろを掻きつつ、若干視線を逸らしておいて。

 

 

「……まぁ、前の通りで」

 

「そうかい? まぁ、君の学業成績を考えると十分にボーダーを越えている。楽な道のりではないけれど……でも、だとしたら先の様な訓練に参加するのは、君の場合は寄り道でしか無いんじゃあないかな?」

 

 

 先生が言ってるのは、先のシロガネ山中踏破や野営訓練の事。

 ……ああ。いや、これは正確には「忠告」ぽいな。自分から悪役を買って出てくれる辺り、ゲン先生はおれの事を心配してきてくれてるんだろ。どうもこう、濃い面子の揃ったタマムシスクールの先生方の中じゃ、ゲン先生やエリカ先生みたいな比較的まともな教師は苦労している様な気がしてならないからなー。

 そんな訳で。おれはこれが心優しい「忠告」だと理解した上で、先生には、笑いかける。

 

 

「―― んー……ゲンせんせ、判って言ってんだろ? 学生の学びに無駄なんて無いっての。おれがここで学んだ事は、絶対にどこかで活きてくる。それが何時なのかは、判んないけども」

 

「……」

 

「それに、一度きりの学生生活だしな。友達とバカやるのは間違いなく大切じゃねーの?」

 

「そう、か。……ふむ」

 

 

 数瞬の間、先生が何かを考え込むような仕草。その後、ポンと手を叩く。

 

 

「ところでユウキ君。君はポケモントレーナーの持つ力っていうのを、信じているかい?」

 

「うっわ。せんせ……何か宗教でもやってんじゃあねーよな……?」

 

「あ、あはは……まぁ話が突然だったのは申し訳ないけれどね。わたし自身は至って真面目だよ」

 

 

 そもそも話題の転換が無理やりだ。

 でもま、……うーん。

 

 

「んー……まぁ、信じてるかな。ほら、エスパーとか居るじゃんか? でもさ。それって1つの形でしかないんだなー、って最近じゃあ思ってる」

 

「……へぇ」

 

「例えばだけど。協会が打ち出した『トレーナー種』で言う所の『カラテ王』って人。前はなんでポケモンと一緒に自分も訓練してんだよ……とか思ってたんだけどな」

 

 

 ここでおれは、自らのモンスターボールを手に取った。中ではイーブイとパラス、それにコダックが何時もの通り眠っていて。

 

 

「―― 今じゃあ、何となくだけど分かんだ。きっと強くなるだけじゃないんだ、ってさ」

 

 

 おれ達の目の前にあるこの道は、無限に伸びて、広がっているのだ。

 だからきっと、この道だって捨てたもんじゃあない。例え友達と道が違ったとしても、トレーナーでなくなる訳じゃあない。ならおれだって、昔からの夢を見続ける事が出来るはずなんだ。

 

 

「おれは今まで通りだっての。友人は大切にするし、騒ぐときゃあ騒ぐ。おれが目指すのは『ポケモンドクター』だから、な」

 

「ああ……そうだね。ならばわたしは教員として、そんな君の事を援助するとしよう。君達からは瑞々しく真っ直ぐな波動を感じるよ。力強く、可能性に満ちたものだ。……ではね。その波動の行く末に、輝きあらんことを」

 

 

 最後にそう告げてピシッと礼をすると、ゲン先生は手を振りながら廊下の向こうへと歩いて行く。

 ……例え目指す場所が違ったとしても、応援くらいは出来る。おれが応援したいんだから尚更だ。声を出すのは昼食の後、スタジアムに行ってからにするとして。

 おれは自分の友人へと、心の中でエールを送る。

 

(シュン……頑張れよ!)

 

 ……まぁ、これから食堂で顔も合わせるけどよ!

 

 

 ―― Side End

 

 

ΘΘ

 

 

「……これで良かったかい? ヒトミ君」

 

「多分ね。アリガト、ゲン先生」

 

「お役に立てて光栄だよ。最も、生徒の悩みについて生徒から相談されて初めて動いたのでは、本末転倒だと笑い飛ばされても仕方の無い体たらくではあるけれどね」

 

「アイツはキャラが立ってるからねえ。表情にしろ内心にしろ、読むのは難しいんだよ、きっと」

 

「はは。そういう意味なら、君がユウキ君と共に『居て』くれればどうだい?」

 

「……学生同士のを推奨する教員ってのもねえ。……まぁ、考えとく。それじゃね、ゲン先生」

 

「ああ。君達と波動の行く末に、輝きあらんことを」

 

 




 とりあえずここまでですっ。
 更新の遅れについては活動報告にて追記の言い訳をさせて貰いたいと。

 ユウキ編に思わぬ時間を食ってしまった感が否めません……2万2千文字を詰め込むとか、駄作者私にしては字数が多い。
 ……これって、きっと無駄な部分が多いのですよね……。省くのはやはり、どうにも苦手でして。


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1995/夏 まず予選

 暫くバトルばっかりになります


 

 Θ―― セキエイ高原、闘技場/予選会場

 

 

 トレーナーズスクエアを挟んで反対側に立つ少女が1人。その顔からは今、はっきりとした焦りが見てとれる。

 国中のエリトレ組生徒が集まって開催されたポケモンバトル、セキエイ大会の予選総当り……その最終戦。ここまで戦況は上々。このバトルはオレらに有利に事が運んだからな。そりゃあこれ位の差はつけられるか。

 オレの手持ちは全て残っているのに対し、対戦相手 ―― ホウエンエリトレのマリカは残り1匹。

 ヒトデマン VS クラブ!

 

 

「ベニ! 『おんがえし』だッ!!」

「くっ……ヒトデマン、『じこさいせい』!」

 

「ヘアッ!」

 

 《シュワワンッ》――

 

「グッグ!」

 

 ――《 べ ゴ ン ッ !!》

 

 

 ヒトデマンの身体が仄かに光りだし、クラブ(ベニ)が鋏を振り回す。力自慢のベニによる横薙ぎ一閃でヒトデマンは壁に叩き付けられ、凄まじい音をたてて、ぶつけられた側である水庭(プール)の壁が陥没する。

 倒れ込むヒトデマンの気絶を待たずして、審判が素早く判定を下した。

 

 

「トレーナーマリカのヒトデマン、戦闘不能! よって勝者、シュンとベニ!」

 

「っし! やったなベニ!」

「ッググ、グッグゥ!」

 

 

 縦に揺れるクラブ(ベニ)の鋏に、オレも握った拳を合わせる。

 これでバトルはオレの勝利。オレことシュンは、1回戦の総当りグループを(何とか、辛うじて)全勝で勝ち抜けた事になる。

 ……いやぁ、実際ギリギリの勝負ばっかりだったなぁ。今のバトルひとつとってみても、相手のヒトデマンに練習不足の水中戦に持ち込まれたけれど、強引な力技で突破した感じだ。

 

 

「やっられたぁ! ……戻ってちょうだい、ヒトデマン。……ああごめんなさい、マリサ、マリカ姉さんっ……!」

「両者、整列して握手を」

「あ、はいっ。ごめんなさいっ!」

 

 

 頭に手を当てながら落ち込む少女は進行命の審判によって急かされ、ヒトデマンを収めたボールを慌てて腰につけた。既にバトルフィールド中央を陣取っていたオレに早足で近寄り、右手を差し出す。

 

 

「君のポケモン、良い鍛え方をしてるわね。バトルは完璧にわたし達の負けだわ。勝負、ありがと!」

 

「いえ、こちらこそでした。マリカさんも強かったです」

 

「世辞ね。いやみたらしくないのがせめてもの救いかしら。……でも、油断しない事。わたしの姉さんは強いわよ?」

 

「……あ、と。……はい……?」

 

 

 何故か自らの姉を自慢してから去って行く彼女に適当な相槌をうっておいて、遠ざかるその背を見つめる。……彼女の言う姉さんってのが誰だかは分からないが、そもそもトーナメントでオレと当たる位置に居る人なのだろうか。いや、ここで考えた所で判らないのは確実なんだけどさ。理由不明の姉押し。

 その後後始末を終え、審判員にお礼を言ってから闘技場を後にして、廊下を戻って行く。これにて予選は突破で、明日からは本戦になる。これもポケモンバトルの聖地・セキエイ高原で行っているからなのであろうか。勝ち進むたび、気分的にも自分がリーグ参加者な感じがして、いつも以上に高揚している実感がある。

 足取りも心なしか弾むイメージですとも。そんな風に歩きながら……とはいえ、まずは目先の課題を片付けよう。

 

 

「バトルの振り返りは……っと。でも、今回は結構段取り良く進んだよな。誰も戦闘不能にはならなかったし。強いて言えば ――」

 

「―― 強いて言えば、水中戦の練習しなきゃあな……てトコだろ。シュン?」

 

「おっと、このいきなりな感じはショウか?」

 

 

 そう言いながら振り向くと、ロビーの横から白衣を丸めて小脇に抱えたショウが気さくな感じに手を挙げていた。どうやら、このタイミングを狙っていたらしい。だとすれば。

 

 

「ショウ。お前は、水中戦の練習なんてとっくにしてますよーってな顔してるよな。……試合、見ててくれたのか?」

 

「おう。まぁ、今回は俺もミィも大会には参加してないからなー。観戦と、それに手助けぐらいはするさ。……それより……ほい、俺はこれを届けに来たんだよ。木の実を幾つか、サークルの果樹園から送ってもらったから」

 

 

 おお、ありがたい。頼んでいた例のブツ、って訳か。

 ショウはその鞄から、様々な色の木の実を取り出してはオレの手に乗せてゆく。それらを一つ一つ受け取り、

 

 

「どうもアリガトな、ショウ。いやぁ。どうも決勝トーナメントにもなると、ポケモンに持たせる道具も切り札になるものが必要でさ。助かったよ」

 

「はっは、やっぱり大変だよな。何せ相手はタマムシ、ヤマブキ、シンオウ、ホウエンでも屈指のポケモンバトル大好きトレーナーとそのポケモン達なんだし。てぇ訳で、それら木の実は十分に手札になりうる。お前が見極めながら使ってくれよ、シュン」

 

「勿論だよ。……それで、そういえば……」

 

「あ、そうそう。向こうも心配はいらないぞ。ほれ、ミィからの通信だ。ヒヅキも予選は勝ち抜けたってさ」

 

 

 ショウが差し出した見慣れない機械にミィから送られたと思われる文章が表示され……その下に、頬に掌を添えた優美な仕草でオホホ笑い(ぽい事)をしているヒヅキさんの画像が添付されていた。

 おーし……よかった。何とか彼女も、予選を勝ちぬけてくれたらしい。いや。彼女の実力はポケモンのレベル的にみても正味オレよりずっと上だし、よっぽど当たりが悪くなければ抜けられるとは思っていたけどさ。実際に勝ち抜いたのをみるとほっとするというか何と言うか。

 

 

「これで、本戦の一回戦でヒヅキとイツキのリベンジマッチが実現したな。いやぁ、名前の字面が実に似てる!」

 

「それはどうでも良いだろう……というかショウ、ヒヅキさんとイツキの因縁を知っててその反応はどうなんだ、お前」

 

「勿論わざとだけどな?」

 

「それも知ってるよ。ショウはそういう奴だしさ。でも、それを言ったらオレとお前の名前だってややこしいじゃないか」

 

「あー、シュンとショウだからなぁ。……そうそう。ついでに言えばタマムシスクールの上級科生にはシュウって名前の先輩も居るらしい。昨年の年度末バトル大会でベスト64入りしてるぞ」

 

「それはどうでも良過ぎるだろ……順位も、低くはないけど高くもないし」

 

 

 どうでもいいにも限度って物があると思ってたんだけど、ショウと会話していると、どうにもその垣根が際限なく崩されて行く気がしてならないんだよな。どうでも良過ぎて。

 そんな会話に思わず呆れ顔を浮べていると、ショウはいつもの通り屈託なく笑う。

 

 

「ははは! まぁんな訳で、相手がイツキにしろヒヅキにしろ、シュンは決勝トーナメントで1勝しなけりゃ当たらない……と。そんなこんなで大切な、1回戦のお相手は?」

 

「そのお相手を確認するためにこうしてロビーまで戻ってきたんだ。もうすぐその電光掲示板に出る予定らしいけど……おっ」

 

 

 丁度話題に出した所で、ロビーの大掲示板が切り替わる。グループ表と案内だったものが、一面のやぐら(・・・)へと切り替わった。

 オレもすぐさま自分の名前を探し、その、相手は。

 

 

「―― へえ!」

 

「オレの相手は……ヒョウタ!?」

 

 

 何やら楽しげな笑顔を浮べるショウの横で、オレは思わず顔を歪ませる。

 ヒョウタは所謂ショウのグループに属している眼鏡の少年で、遥々シンオウ地方からカントー地方はタマムシにまでポケモンを学びに来た奴だ。

 同じ様な境遇にあるリョウとよくよく一緒に居て……うーん。ルリの講義も一緒に受けているし、何れにせよ一筋縄ではいかない相手になるだろう。

 

 

「へーぇ……面白い組み合わせになったじゃあないか」

 

「そりゃあショウ、お前からしたら面白いかもしれないけどな」

 

 

 だから楽しげに笑うなよ、ショウ。オレの場合はイツキにしろヒヅキさんにしろ、勝負するために一回戦は負けられない戦いなんだってば。予選の時も必死だったけど、総当りの予選は「負けたら終り」じゃなかったからさ。

 そう、ショウに向けて告げてやると。

 

 

「成る程なぁ……負けられない、か。だとすれば、次のバトルはきっと良い経験になるぞ。俺も昔、そんな感じのバトルをした経験があるからなー」

 

「ショウのそれっていつの事だ?」

 

 

 ホウエン組の奴等曰く、昔からバトルも上手かったショウが「負けられない」って、相手も相当な奴だと思うんだけど。

 

 

「むしろ事実的には相手の方が強かったかも知れんが……んー、2年くらい前かね。体感的にはもっと長い気もしないでもない……が、俺の場合はちょっと特殊だったからなぁ。バトル大会じゃあなくて、悪の組織の幹部とのポケモンバトルだった」

 

「うっわぁ。9才の男子児童が悪の組織の幹部と決戦とか ―― 絵面が酷いぞ」

 

「はっは。あれは流石に、必要に駆られてだったけどな?」

 

 

 そんなシチュエーション、オレなんかは一生掛かっても経験するかどうか判らないんだけど。

 どこか感慨深げな顔に変えて、ショウは続ける。

 

 

「けど今回は違う。学生のバトル大会だから、背筋に走る怖さはない。そういう意味じゃあシュンはもっと素直に燃えられるだろ、ポケモンバトルにさ。……楽しめば良いんだよ。自分も、ポケモンと一緒に」

 

 

 ショウはにやけた顔のままにまっすぐ、ルリみたいな事を言う。うーん……

 

 

「……すっげぇ理想論だな。そんな鋼のメンタル、是非ともオレも身につけたいもんだ」

 

「っはは! まぁ、違いない! ……おぉっと。そろそろ約束の時間か」

 

 

 さっきの機械が振動して、ショウに何かしらの時間を伝えていた。どうやらあれにはアラーム機能も付属しているらしい。

 オレも腕時計で時間を確認すると、トーナメント開始の2時間前を指し示していた。

 

 

「それじゃあ約束してるトコに急ぐ……前に、俺からもちょっとだけアドバイスしとく。―― シュン。早め早め、ポケモンセンターには今の内に行っといた方が良いと思うぞ」

 

「……ん? でもポケモンの体力を万全に、って考えるならギリギリに行った方が良いんじゃないのか?」

 

 

 現在はバトルの2時間前。

 だがポケモンセンターに預けて手持ちポケモンの回復をするとしても、今のオレの手持ちの消耗具合であれば30分もあれば十分足りる筈だ。もっと大きなダメージを受けているなら別だけど、……強いて言えば。

 

 

「直前だと同じ様な事を考えたトレーナーで溢れかえって混雑する、とかか?」

 

「ん~……今回の大会は学生参加だからな、連戦には慣れてないトレーナーが多いだろうから、それもあるっちゃあある。けどこの場合は、より単純な発想になるなぁ。……シュン。お前、休んだ直後で身体が動くと思うか?」

 

「そっか。ウォームアップをしておくべきなんだな」

 

 

 ぽつりと口に出せば、実に楽しそうな笑顔を浮べたショウがグッと指を突き出して。見事なサムズアップだ。

 でも、そういえばそうだ。ポケモンセンターにある回復機器は、ポケモンのデータ化を利用して傷などを治すらしいけど……何れにせよ目覚めてからバトルまで、時間を置く必要はあるに違いない。

 

 

「ま、そーいうこと。これも本当なら連戦を経験しないと身には着かないんだろうけど、シュンの場合、俺との朝練という経験があるだろ? あの身体を解す感じで同じ様にやってれば、本番での硬さも少しはマシになる筈だ。あとは、本戦は予選と違って客数も入る。ポケモンの緊張具合とかコンディションにも気を配っとくと尚良しだなー」

 

「おー、流石は経験者。わかった。……というか、あの朝練にそんな意味があったのか?」

 

「あー……いや。それはただの結果論だな。狙っちゃあいない。でも、色々なシチュエーションを考えておくのは悪くなかっただろ? 実際こうして身になっている訳だしな。……ん、と。これ以上は邪魔をしちゃあいけないか。そんじゃな、シュン。本戦も頑張れよー!」

 

「おー、頑張るよ」

 

 

 最後に声援を送って、ショウは観客席のある方向へと駆けて行った。

 しっかし、ショウの奴はいつでも応援してくれているな。思えば昨年度のスクール交流会の時からそうだった。エリートトレーナークラスだって、進学を決めたのはオレ自身だけど……その情報元はショウとミィ。何故アイツらみたいな天才 or 天災達にこうも目をかけて貰えるのか、は、……うーん。

 

「(……何かこう、過剰な期待をかけられている気がしないでもないなぁ)」

 

 その何の期待の対象が何なのか、はさっぱり判らないんだけどさ。

 ……さて。こうしてぼうっとして居るのも、試合前だから時間が勿体無いか。それじゃあ、

 

 

「まずはポケセンに向かおうか」

 

 

 オレは脳内にセキエイ高原の闘技場に据えられたポケモンセンターの内、程よく空いていそうで練習場が近そうな場所を思い浮かべながら歩き始める。

 さては、本戦に向けての準備を始めるとしますか!

 

 





 最近、バトル描写に悩む時間が多くなったなぁ……と思っていたのですが、よくよく考えれば当然でしたね。手持ちポケモンが3VS3に増えていたんですもの(ぉぃ
 ちな、振り返ってみても今までは最高でも2VS2。変則でミュウツー戦の1対5、ブラッグフォッグ戦の1対多でした。
 ……これでフルバトルなぞやろうものなら、どのくらい掛かるのやら。先が忍ばれますね(←まるで他人事

 因みに。
 どうせプロットは組んでるんだからバトル以外は悩まず書けと言ってくれた友人方に感謝を。仰るとおり。地の文なんて飾りです(ぉぃ
 いつも応援の感想を、メッセージを送ってくれている皆様方に感謝を述べつつ。いつもありがとうございます。バトルが長考になる原因もはっきりしたので、ちょっと頑張ってみました次第。




▼エリートトレーナーのマリサ、マリカ、マリア
 出典:HGSS
 コガネの下、育て屋向かいを波乗りして南下した先に待ち構えるエリトレ三姉妹より、本作にはマリカ嬢が出演。ある意味では印象に残るイベントのため、覚えている人たちも多い……かなぁ? と考えまして採用しております。
 作中の台詞から推察するにマリサ<マリカ<マリアの順だと思われる(マリサ=マリカでも可)。マリカの台詞内にて、マリサは名前呼びなのに、その後に待ち受けるマリアが「ねえさん」呼びとなっております。つまりマリカとマリサは対等かそれ以下では……とどうでも良すぎる考えを等等。
 因みに、手持ちポケモンは、マリサはトサキントとアズマオウ。マリカはヒトデマンとスターミー。マリアはシェルダーとパルシェン(の、はず)。
 台詞の内にて2名から異常な姉押しがあるのですが、長女とその他で言うほど実力が離れていないと思うのは、わたくしだけでしょうか? レベルも一緒ですし。
 ……むしろパルシェンは特殊で攻めれば何とかなると……

(スキルリンク『つららばり』で身代わり貫通で串刺しにされる、駄作者私のスナイパーピントレンズ気合いだめスピアー(浪漫))

 ……ぐわあ。


マリサ「おねえさんに仕返ししてもらうからっ!」

マリカ「油断しない事ね! 姉さんは強いわよ!」

マリア「妹達を随分可愛がってくれたわね!」


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1995/夏 VSヒョウタ

 

 件の2時間後。

 俺が本部で用事を終えてから慌てて観覧席の中段へと戻れば、既に本戦……その初戦が始まっていた。

 

 

「来たわね。……遅いわよ、ショウ」

 

「悪い、ナツメ。これでも合間に抜けてきたんだが……おっと、もしかしてもう始まってるか?」

 

「ええ。シュンと、ヒョウタの試合は。少し前に始まっているわね」

 

「うふふ。ショウ様の教え子同士の対戦、非常に楽しみな試合ですわね」

 

 

 エリカとナツメの前の席に身体を預け、俺も闘技場を覗き込む。目下バトルフィールドの中では、シュンとヒョウタとが互いのポケモンを出して攻防を繰り広げていた。

 シュンのポケモンはマダツボミ。対するヒョウタは……おお。

 

 

「初っ端からズガイドスか。のっけから飛ばすなぁ」

 

「ズガイドスと言えば、ヒョウタさんの『エース』でしたわね」

 

「そうね。でも、意図して始めから勝負を仕掛けたのだと思うわよ?」

 

「……ええ。私も、ナツメの意見に賛成」

 

 

 エリカとナツメとミィの順に、女性陣が解説を付け加える。

 ……ま、それもそうだな。シュンの手持ちはマダツボミ、クラブ、イーブイの3体。つまりヒョウタの視点で考えれば、どこかで流れを断ち切らない限り、岩タイプのポケモンとはタイプ相性が悪いのだ。マダツボミだけでなく、シュンのエースである攻撃力の高いクラブも、相性の悪さの中で攻略しなきゃいけないからなー。いや、岩タイプは素で弱点多いけどさ。

 

 

「ズガイドスでマダツボミを力づくに突破して、クラブにはズガイドスを交換したイシツブテをあてて……補助技で五分五分に持ち込むとか、かしらね」

 

「ええ。ヒョウタさんとしては、クラブとマダツボミを突破したなら ―― 言い方は悪いのですけれど、勝ちも同然。シュンさんのイーブイを戦力としては捉えておらず、そこに勝機を見出しているのでしょう」

 

「……」

 

 

 成る程。ナツメとエリカの話した方策は、いかにも堅実な……机上での戦いが得意なヒョウタらしい考えではある。

 確かにヒョウタは、同じ師匠(ルリ)から学んでいる同門であるために、シュンのイーブイ(アカネ)が殆どバトルの練習をしていないってな事実を知っている。クラブとマダツボミさえ倒せば、って考えてしまうのも無理はないか。

 そんな会話と思考を巡らす俺達の目の前で、シュンのマダツボミは無理やり突破しようとしたズガイドスを得意の技で相打ちに持ち込んで見せた。

 

 『ずつき』を受けつつ後退して、マダツボミ得意の急所狙いの『つるのムチ』。

 

 引きつけたせいでマダツボミもダメージを受けたが、これでヒョウタは突破力のあるズガイドスを倒されてしまった事になる。エースの先発が裏目に出た結果だ。

 ……しっかし、見事な手際だな。シュン。始めから準備してたっぽいし、ヒョウタが初っ端から「仕掛けてくる」のも一手として読めていたんだろうなぁ、これ。

 

 

「そう、ね。順を追って考えれば、相性が悪いというのは誰にでも判るもの。なら相手は、『勝つための手段を仕掛けて来る』。シュンも、そう考えていたのでしょ」

 

「だな。……ううん……となるとやっぱりヒョウタは後手か。イマイチ硬さが抜けないんだよなぁ。トウガンさんの場合なら、その磐石さが良い所では在るんだけどさ」

 

 

 俺がそんな事を考えていると……しかし。

 

 

「―― あら。トウガンさんと比べるのは失礼じゃないかしら? ヒョウタ君にだって、彼には彼なりのポケモンとの関係があるのよ」

 

 

 観戦している俺達の後ろから、突如聞こえた第三者の声。

 明るく凛としたこの声は……って、俺は午前中に嫌というほど聞いてるんだよな。いや、別に聞いてて嫌な声ってんじゃあないけど……

 

 

「それはともかく。あー、どもですシロナさん。そういえば、さっきはポケモンバッカーズでの試合を有難うございました」

 

「ふふ! ショウ君……は、久しぶりよね。それにしても、ポケモンバッカーズ。わたしは見事に引き立て役にされちゃったけれどね?」

 

「いやぁ……ああいう遊びはミュウが乗り気ですんで。負ける理由もありませんし、勝たせて貰いました」

 

「あらら、流石は最年少チャンピオン。言ってくれます」

 

「だから『元』ですよ、『元』。とっくにチャンピオン位は降りてますって!」

 

 

 いつかのシンオウで出会った時と同じく、茶目っ気を混ぜながら笑うシロナさん。

 午前中にエキシビションとしてバッカーズで対戦したシンオウ地方のチャンピオンはそのまま俺の後ろの席に腰掛け、観戦を開始……するかと思いきや、俺に向けて再びの満面の笑顔を向けてきていた。

 ……なんですか。笑顔が眩しいんですが。……ってかこれ、シロナさんが興味津々の時の笑顔だよなぁ。嫌な予感しかしない。

 とか何とか身の危険を感じていると、表情そのままにシロナさんが切り出してくる。

 

 

「でも、和服も似合っていましたよ ―― ルリちゃん!」グッ

 

「「です(わ)よね!」」

「ええ、そうね」

 

「いやいやいやいや、待てい。違いますから! あれ、シャガさんから送られてきたチャンピオン衣装なんですって!」

 

 

 頼むから同意しないで女性陣っ! 半ば判ってたけどっ!!

 件の和装だって、BW2でイッシュの少女チャンピオンが着てたのとは趣向が変わって綺麗+可愛い系統のものになってこそいたんだが……それ自体は何の救いにもなっていないっていうな!?

 けれど、そう。実は俺のチャンピオン就任の際、海外から幾つか荷物が送られてきていたのだ。荷物のその中身は、あの船長からの親馬鹿写真やらフウロ両親からの子育て日記的な手紙、シキミさんデビュー作のサイン入り献本などなど。そんな中、シャガさんから送られてきたのが件の「準和服」一式だったという流れなので。この送り主の中でルリの正体を知ってるのはシャガさんだけだけど、梱包を任されたシャガさんが贈り物をひとまとめにしたらしい。

 ……いやさ。リーグチャンピオンは何やら正装をする必要があるらしく、俺は決して、自ら好んで振袖でひらひらで煌びやかーな和服なんて着ていた訳じゃあないんだけどな?

 

 

「本当ならルリがチャンピオンとして公式バトルに出る際には、あれを着て行く予定だったのよ? でも、ルリがチャンピオンに着任している1年ちょっとの間には挑戦権をもったトレーナーが現れなかったのよ。残念だわ」

 

「頼むから心底残念そうに言わないでくれ、ナツメ。……俺は結構本気でビクついてたんだぞー」

 

「ふふ。ですのでお披露目となる今回は、僭越ながら、わたくしエリカが着付けを担当し、小物を選ばせて頂きました。シロナ様にもお気に召して頂けたのであれば、……ふふふふ。家元冥利に尽きますというものですわね」

 

「ええ。流石はカントーの才媛、エリカ嬢ですね。上品な中にあって美しさと可愛さを失わず、それでいてルリちゃんの強さと明るさと無邪気さを失わない、見事なお手前でしたよ!」

 

 

 あーあー、聞こえない。嬉しそうなシロナさんの声も、撫子ドヤ顔なエリカの声も聞こえないぞ、俺は。

 美しさは百歩譲って服のお陰であったとして、可愛さは千歩譲って変態シルフ社製の変装セットで作っているものだからあったとして。

 ……無邪気さとかな!

 

 

「あら。貴方も、とうとう。譲るものが多くなってきたわね。これも慣れのせいなのかしら」

 

「……ぅぉぅ。……慣れたくはなかったなー……っていう台詞も実際、何度目だか判らんが」

 

 

 いつもの能面のまま鋭いツッコミを繰り出すミィ。そのツッコミに俺が肩をがっくり落とすリアクションで落ち込んでいると、ナツメが此方を覗き込みながら不思議そうに小首をかしげた。

 

 

「別に良いじゃない、実際ルリは可愛いんだし。それともショウ、可愛いのが嫌なの?」

 

 

 ああ、いや、

 

 

「いやさ。可愛いのはいいんだよ、可愛いという現象そのものと可愛い人に罪はない。可愛い万歳。……けどそれが自分だと、アイデンティティ的に危機感があるだろ。可愛いとか。まぁ自業自得だとはいえ、な。……ってほら、シュンもヒョウタも次のポケモン出すぞー」

 

 

 闘技場に沸いた歓声につられ、俺は視線を再度の闘技場へと向ける。ナツメは一瞬目を伏せた後、同じ様に顔を上げた。

 

(……目を見つめられながら可愛い可愛い連呼されると、流石にくるものがあるわね……)

 

 何となく照れて微妙に赤いナツメも可愛い訳だが、それはさて置きバトルだバトル。

 

 

「頼んだっ ――」

 

「……えっ!?」

 

 

 1番手はマダツボミとズガイドスが相打ち。次手としてシュンが繰り出したポケモンを見て、ヒョウタは驚きの表情を隠せないでいた。眼鏡が微妙にずれてるし口は開いたままだ。

 

 

「さぁ、ここ()正念場だぞ……どうする? シュン」

 

 

 呟いてみるも、試合は着々と進行してゆく。

 ヒョウタは次手としてイシツブテを繰り出す。シュンの繰り出したポケモンと相対し……2(ターン)のやり取りの末、先に倒れたのはヒョウタのイシツブテだった。

 予想を裏切る展開によって会場が俄かにざわめく中、それでも更にバトルは進む。

 目論見の外れたヒョウタの3体目は、なんとヨーギラス……だが。

 

 

「―― ブクク、グゥ!」

 

「ヨギラッ!? ギァゥ!?」

 

 

 如何せん、進化先の大怪獣は兎も角、ヨーギラスとて未進化ポケモンだ。相性を活かした戦法を実践する……しかも攻撃種族値抜群なクラブの水技によって、成すすべなく倒されてしまった。とはいえヒョウタは戦況を思惑通りに進めることができなかったんだから、この結果は戦術的な予定調和といえなくもない。

 いずれにせよ、これにてポケモンバトルはシュンの勝利。シュンは本戦の一回戦を突破したことになる。

 ……しっかし、となると、だ

 

 

「次の相手は……あっ」

 

「? どうなさったのでしょう」

 

「勝った方のコ……シュン君が走って出て行きましたね」

 

「……そう。そういうこと」

 

 

 シュンは勝利してヒョウタと握手を交わした次の瞬間踵を返し、闘技場の外へと走っていった。

 疑問符を浮べるエリカやナツメやシロナさんと違い、その訳を知っているミィだけが(表情には出さないが)納得している風なオーラを出していて、だな。

 

 

「まぁ、イツキとヒヅキの試合は向こうの闘技場だからな。結果を観に行ったんだと思うぞ」

 

「そう、ね。……これも、運命と言うのかしら」

 

 

 ミィがなんか意味深なことを言ってるが、単純にヒョウタよりもシュン達のがうわ手だったってだけだと思うぞ。

 ……さて、さて。

 

「(……あっちの会場はどうなっていることやら、ってな)」

 

 これで状況が状況なら、運命と言えなくは無いのかもしれないけどなぁ。

 ……さて。

 

 

「? ショウ君、どこに行くのですか?」

 

 

 俺が腰を上げると、実はポップコーンを持って観戦スタイルをびしっと(と言って良いのかは判らないが)決めたシロナさんが、不思議そうに首を傾げていた。だから、そういう仕草も似合うのは美人様様ですねー……じゃあなくて。

 

 

「バトルも終わったし、も1回タマランゼ会長のとこに行ってきます」

 

「そのご用事というのは、例の計測機器の事ですわね? 随分とニュースにもなっていました」

 

「そういえばそうですね。……今年からカントーでだけ、導入されたんでしたか。凄い技術ですよね。シンオウ地方には売ってくれないのかしら?」

 

「あー、いえ。あれは俺らの管轄じゃあないですし……それに、今はあくまで試運転です。もうちょっと期間を置いてから買うのをオススメしときますよ。シロナさん達には」

 

「……へぇ?」

 

 

 話に挙がったのは、トレーナー同士の間に表示されている電光掲示板 ―― とそれら周囲に付属する計測機器の事だ。シロナさんの言葉にある通り、電光掲示板の設置はカントーのリーグで先駆けて行われている事業でもある。

 実際、テレビ放映などを考えると画期的なだけでなく実に有用な仕組みではあるんだろうな。ポケモンのHPのやりとりが一目で判るようになるんだし。

 そしてその中には、俺達オーキド研究班が血の滲む想いで収集している身体測定データが使われている訳なのだが……んー。

 

 

「そういえば、結局こうして使われているって事は……止められなかったのよね」

 

「残念ながら、お偉いさん方に押し切られたんだよ。本当は何とかして止めたかったんだけどなぁ」

 

「そう、ね。……はぁ。どうせ、不具合があれば技術者にお鉢が回ってくると言うのに……」

 

 

 ナツメと、最後にミィが溜息をついて憂う。

 こういう新技術を早く使いたいってのは気持ちとしては判るんだが……何でも先頭に立ちたがるお偉いさん方の事だ。理由なぞ心底くだらないもの……カントーが1番でなくちゃあ気が済まない、とかなんだろーな。

 そもそも仕組みが出来た時点で悟られてしてしまったのが失敗だったよなぁ。まぁそれもシルフカンパニーから流出したっぽいから、ぶっちゃけ防ぎ様はなかった。目を付けられたのが運の尽き、って考えるしかないよな。うん。前向きに。

 

 

「てな感じで、今はごり押しされてるから厳しいけど、タマランゼ会長は協力してくれるって言ってる。その辺詰めにもっかい行って来るから……んん?」

 

「……あのー、いいかしら?」

 

 

 ここで声を受けて振り向いてみれば、まだ思案気なシロナさんが小さく手を挙げていてだな。無駄に可愛い仕草ですね、おい。

 ……えふん。だから、じゃあなくて。

 

 

「はいシロナさん。御意見どうぞ!」

 

「指名をありがとう! ……えっと、そういう時こそチャンピオンとしての権限を振るえば良いのではないですか? いえ、ショウ君の場合は元・チャンピオンですけれども……」

 

 

 尤もすぎる質問だなぁ。シンオウ地方で育ったシロナさんならでは、だ。

 ……けど。

 

 

「あー……カントーだと『リーグチャンピオン』ってのは色々と特別な立場なんですよ。利用するにやぶさかではないですけれど、これに関して言えば振るうことの出来る権限なんて全く持ってないんです」

 

「そうなの?」

 

「はい。その辺り、バトルクラブが前身になっているシンオウその他地方とは大きく違う点ではありますね。……さて。時間なんで行ってきます」

 

 

 トレーナーツールに表示された時間が丁度待ち合わせの10分前になったんで、俺は少し早めながらも会話を切り上げる事にする。目的だったシュンの試合、その結末までは見届ける事ができたしな。

 ……っと、忘れてた忘れてた。

 

 

「あー……俺が向こうに行ってる間、ミィとナツメにカトレアの付き添いを頼んでも良いか? カトレアに、大会出てるのに仲間はずれだーって拗ねられてるんだよなぁ」

 

「ま、わたしは別にいいわよ。カトレアなら。エスパーに関してなら、まだまだ教えたい事もあるもの」

 

「……ただし、後で。見返りを要求するけれどね」

 

「わかったわかった。幾らでも何にでも付き合うって、ミィ。それにナツメもな」

 

「あら。それでしたら、わたくしはシロナさんのエスコートを続けさせて頂きますわね!」

 

「……わかったわかった。幾らでも何にでも、どこへでも付き合いますって。……今はこれで勘弁してくださいお願いだから」

 

「ショウ君、ただの口約束で3日間の拘束が決定するんですね……」

 

 

 哀れみの視線は止めて下さいシロナさん。ってか、だからこうやって負債ばっかりが増えるんだよな、最近!

 本格的に分身の術とか欲しい……なんて。満面の笑みを浮べて手を合わせるエリカ(達、ただしミィ以外)を横目に、俺はタマランゼ会長の元へと戻っていくのであった。

 





 とか言いつつ、すっかり毒されている主人公。実際バトルをするとなったらノリノリでルリとして振舞うのでしょうね、と。
 イメージ的にはアイリスさんのチャンピオン衣装からコスプレっぽさをマイナスして、着物っぽい細身仕様にして、あとは瑠璃色に染めればそれで大体あっているかと思われます。
 ……胸もないですし、結構似合いそうですね。あったら困りますけれど。主人公が。
 あと、シャガさんの目の前では着替えませんし、ライバルに脱がされたりもしませんよ! これ、大切です!

 そして流されるヒョウタ戦……。
 本拙作におけるシバさんの扱いを思い出します(ぉぃ
 作中でヒョウタ自身も話していましたが、岩って弱点がサブウェポンとして持たせやすく、また種族的なイメージの関係から防御が高く、相対的に特殊耐久が弱くなる傾向にありますからね……<くさむすび!
 その辺りを対策しないと、ジムリーダーは大変そうです。弱点木の実を持ってもらうか、あるいは砂パとかになるんですかね。XYで天候は弱体化しましたけれども……。

 あ、ちなみに。
 イッシュからの手紙の数々=フラグ維持のためのフラグ、で間違いはありませんのです(ぉぃ


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1995/夏 ヒヅキVS

 

 Θ―― セキエイ高原、闘技場/本戦会場

 

 

 ――《 ドッ、》

 

 《《 ワァァァァーッ!! 》》

 

 

 ヒョウタとのポケモンバトルに勝利こそしたものの、気が気でなかったオレは、すぐさま別の……ヒヅキさんとイツキがバトルをしている会場へと足を走らせた。

 歓声に連れられる様に階段を登り、観客席を潜れば……

 

 

「頼みます ―― ブラウンっ!!」

 

「ブィ」コクリ

 

「さあ、仕掛けるよ! ネイティ!」

 

「トゥートゥトゥー」

 

 

 局面は、既に終盤へと差し掛かっていた。

 イツキの腕から降りてぴょんぴょんとてとて跳ねるネイティに向かって、ヒヅキさんがイーブイ(ブラウン)を繰り出した。ここで電光掲示板の表示をみれば、イツキのポケモンは残り2匹。対するヒヅキさんは、ブラウンが最後のポケモンとなっていた。

 ……状況だけを見ればヒヅキさんに不利。しかし、だとすればこの会場の盛り上がり様は何なんだ?

 

 

 

「お、来たなシュン。こっちだ、こっち!」

 

「席はとってあるかんなー」

 

「ってカズマ、ナオキ! それにアサオに、リョウヘイもか!」

 

「……」

 

「まぁな。オレもリョウヘイも応援するならホウエン地方のトレーナーだが、それはまぁどうせフヨウさんが勝ち進んでくれるだろうからな。それよりはシュンの興味が向いているヒヅキとやらに興味があったんだ。それで、そっちの初戦は勝てたのか?」

 

「一応はな。……どうなってる?」

 

「ヒヅキさんがイツキのキリンリキを倒し、ネイティを引きずり出し ―― そのネイティもあと一押しで倒れる。つまり、状況的には既に1対1へ持ち込んだ所だ」

 

 

 同じシンオウ組だからこそヒヅキさんの試合の観戦に来ていたカズマとナオキ、それにアサオとリョウヘイのホウエン組も同じ区画に座ってくれていた。

 闘技場から視線を外さないカズマが、着いたばかりのオレへと解説をしてくれる。が。

 

 

「でも……というか、なんでこんなに盛り上がってるんだ?」

 

「……フン。あの仮面ヤローは今まで、手持ちのポケモンを倒された事が殆ど無いんだとよ。ちっ、ふざけてやがる」

 

「ああ、言い方はあれだがリョウヘイの言う通りらしい。……だからこそ、こうして2匹を倒したヒヅキさんが注目されているって訳さ」

 

「まぁイツキって奴が注目されてたせいで、初めっから観客は多かったけどなー」

 

「それにイツキ生徒は、キリンリキとネイティ以外の『3匹目』に到ってはスクールトーナメントにおいても使用すらしていなかったと聞くぞ」

 

 

 へぇ。とすれば、まだ見ぬ手持ちに対する興味による集客もあるのだろう。

 ヤマブキのスクールは(これもエスパーのせい……なのかは知れないが)秘密主義で有名だ。生徒達の間ですら、手持ちポケモンなどの事前情報は殆ど出回らないらしい。

 実際「スクールトーナメントで優勝してるんなら手持ちくらいは」と思っていたオレも、イツキの手持ちに関しては2匹までしか調べられないでいるのだ。

 そんな目の前では、刻一刻と局面が進んでゆく。

 

 

「トゥ、トゥーッ……」

 

 ――《パタンッ》

 

「ネィティ、戦闘不能!」

 

 

 ヒヅキさんのブラウンが『でんこうせっか』を繰り出してネイティの体力を削りきってみせた。これで本格的に1VS1。歓声も一層強いもの、熱狂的なもの、期待をはらんだものへと塗り換わっていて。

 ……さて、これで互いに最後のポケモンだ。ヒヅキさんのブラウンはショウのイーブイと同じく特性が「てきおうりょく」であり、レベルも16と圧倒的に高い数値を誇る、名実共にエースのポケモン。

 因みに「てきおうりょく」はノーマルタイプの技の攻撃力が増す特性だ。その攻撃性能もあり、よっぽどの事がなければ1対1(タイマン)勝負に負けることは考えにくく……

 

「(けど、それはイツキも同じだろうな)」

 

 とかとか、オレは思っていたのだが。

 電光掲示板の画面を見ればイツキの手持ちの内、倒されたネイティもキリンリキもレベルは14。実際、夏の時点であることを鑑みれば高い数値ではある。だがヤマブキスクールのトーナメントを勝ち抜いた経験値があるのなら、もっと高くてもおかしくないとは考えていたのだが……?

 そんな考えをめぐらせる中、イツキは最後のモンスターボールを振りかぶった。

 下手投げで放られたボールの中から光が溢れ、

 

 

「ボクの最後の1匹だ。……頼んだよ、バタフリー!!」

 

「―― フリーッ、フリーッ♪」

 

 

 ボールの中から現れたのはイツキの代名詞たるエスパーポケモンではなく、「ちょうちょポケモン」。4枚の羽をパタパタと愛らしく動かす、バタフリーであった!

 

 ……。

 

 

 

「って、良いのかエスパーぁ!?」

 

「はぁぁぁぁああああ!?」

 

「シュンは良いリアクションすんのなー」

 

「リョウヘイのガラの悪さもことリアクションに関しては好印象なのだな……」

 

 

 突然のバタフリー(バタフリーが悪いわけではなく)に、エスパーポケモンの登場を期待する雰囲気にあった会場全体がどよめいた。

 いや、でも、仕方が無いだろ。これはびっくりするって。

 衝撃を反芻していると、隣のカズマが思案顔になる。

 

 

「それにしてもバタフリー、か。……いや確かに、エスパーポケモン使いという先入観が強かったが……これならば、確かにな」

 

「なんで?」

 

「なんでとか聞くんじゃないナオキ。お前はそうやって鈍いから、いつまでたってもチトセと進展しないんだ。……いいか? バタフリーは虫タイプ。対して、イツキの居るヤマブキスクールはエスパーポケモンが多い。至極単純だろう?」

 

 

 カズマがそう解説してみせる。恐らくスクールトーナメントに優勝した理由として、バタフリーのタイプ相性をあげているのだろう。

 ……とは言っても、その思考には重大な欠陥が在るぞ。

 

 

「それは違うんじゃあないか? だってイツキは、そのバタフリーを出さないで優勝したんだからな。オレが調べた所、ヤマブキスクールのトーナメントを制したのはネイティが習得しているゴースト技が大きな武器になってたし」

 

「そ、そういえばそうか。……ん? だとすれば、イツキはなんでバタフリーを……」

 

 

 オレの指摘で火がついて、あーだこーだと男子陣で悩んでいる内に、会場のざわめきも一旦収まりを見せる。

 ボールから出たバタフリーは一度イツキの元へと戻り、その周囲をひらひらと舞った。仮面の口元が弧を描き、笑顔を見せると、バタフリーは元気良くフィールドへと向かって。

 ……これは。

 

「(ああ……判るかも知れないな。多分あのバタフリーは、イツキの……ポケモントレーナーとしてのポケモンなんだ)」

 

 エリトレとしてエスパーとして。そして何よりポケモントレーナーとして、だ。

 スクールトーナメントは結局、「エスパー」として参加する生徒が大半だったに違いない。エスパートレーナーの長所を伸ばすというのは、ヤマブキの採る基本的な方針でもある。

 だとすれば、その様なトーナメントを勝ち抜くに必要なのは「同属対策」だ。たとえばショウのイーブイも使ってた『シンクロノイズ』とか、イツキのネイティみたいにゴースト技を覚えさせるとか。それに加えてエスパー能力も秀でているとなれば、あとはイツキの実力次第で優勝も十分に可能になるだろう。

 ……そして実際に優勝したということは、その実力の程を自ら証明して見せたという事でもあるな。うん。

 さて。イツキはバタフリーをフィールドへと向かわせ、曲芸師の様な腕捌きでモンスターボールを浮かせつつ、言い放つ。

 

 

「皆に見せよう、バタフリー。君とボクの……トレーナーとポケモンとの力を!!」

 

「フリーッ、フリーィィ!!」

 

「来ますわよ、ブラウン。……絆の力では負けていないと信じています。ここまでやれているのです。勝って見せましょう!」

 

「ブイ」スッ

 

 

 言葉を受け、前傾姿勢のブラウンがヒヅキさんの前に立ち塞がった。まるで姫を守る騎士の様だ。

 対するバタフリーはどこまでも自由にフィールドの空を飛びまわる。イツキも似ていて、とても楽しそうな雰囲気を身体全体から発し。

 会場が息を呑む一瞬。

 

 トレーナーの指示が、交錯した。

 

 

「―― ブラウン!」

 

「―― バタフリー!」

 

 

 重なったのは、互いのポケモンを呼びかける声だけ。ヒヅキさんが練習していた「非動作のサイン指示」、イツキも同様の技術による指示であろう。

 声はなくとも、ブラウンもバタフリーも動き出し、

 

 

「フリリ、フリーッッ!」

 

 《ヒィッ》――

 

「ブイ、ブ ―― イッ」

 

 《ビュンッ!》

 

 

 バタフリーが僅かに先手を取って、『ねんりき』を面で展開した。その壁をブラウンが突破して……そのまま!

 

 

「ブイッ」

 

「フリーッ!」

 

 《バシバシッ》――《ヒィンッ!!》

 

 

 攻撃が当たると同時、掲示板に表示されたバタフリーのHPがぐっと減少する。半分ほどか。対するヒヅキさんのブラウンは3分の2程度が残っている。

 ……これで形勢は、有利!!

 

 

「ブラウン! そのまま『おんがえし』!」

 

「ブィ」チラッ

 

 

 初手を優勢に終えたヒヅキさんが勝負を決定付けるべく『おんがえし』の指示を出すと、ブラウンが視線で頷いた。

 射程内。空中で体勢を崩しているバタフリーに脚を向け、駆け ―― これで決まるか!?

 

 

「―― まだだ、バタフリー!」

 

「フリッ、……フリーィィィ!」

 

 《バサッ、バササッ!》

 

 

 ヒヅキさんと同着で指示が飛べば、バタフリーがブラウン目掛けて広範囲に『ねむりごな』を降らせる。

 ……これは拙い。ブラウンが『ねむりごな』を受ければ、形勢逆転の可能性が十分過ぎるほどに出来る!

 ブラウンの「持ち物」は「シルクのスカーフ」。これまたノーマルタイプの攻撃力をあげる道具であるらしい、が……素早さで僅かにバタフリーに先手を取られている以上、トレーナーとしては信じる他に手が無い場面なのが非常に悔しい所だ。

 しかしブラウンは迷いなく、振り返る事無く、一直線に駆けて行く。……勝負どころだ。『ねむりごな』の中を突っ切るつもりか!

 

 

「お願い……ブラウン!!」

 

「ブィ、ブィ ―― 」

 

「フリッ!?」

 

 

 ブラウンがバタフリーへ向けて跳ぶ。粉の中を突っ切って、それでも動きは衰えない。宙に浮くバタフリーの目前で、前足を振りかぶる。

 よし、よし! これで ――

 

 

 《ズバシッ!》

 

「!? ―― フリィィ、」

 

 

 当たった!

 

 ……と、

 

 

「フリイッ!」

 

 《ヒュワッ》――《ィンッ!!!》

 

「ブイッ!?」

 

 

 思ったその直後。バタフリーが『おんがえし』によってよろめくと同時に ―― 何故かブラウンまで吹飛ばされていた。

 ……え、何? 何をされた? 少なくともバタフリーに関して言えば、技を出した挙動はなかった筈だ。

 目の前で同じくヒヅキさんも狼狽しているが、イツキは勿論待ってなどくれはしない。

 

 

「よし! このまま攻勢だ、バタフリー!」

 

 

 まだまだ余裕のある様子のバタフリーが、ひらひらと舞いながら反撃に出た。空間が歪んで ―― 歪みの具合からみて、『サイコキネシス』!

 

 

「フゥ、リーィ!!!」

 

 《《 グニャッ! 》》

 

「……『こらえる』っ!!」

 

 

 「先制技」であることを利用したヒヅキさんの「指示後だし」。

 吹飛ばされた先で立ち上がったばかりであったブラウンが地面に低く構え、再びの衝撃によって床を滑り、

 

 

 ――《ズザザザザァッ!》

 

「ブィ……ブィ、ブィ……!」

 

 

 だがなんとか『こらえる』を成功させ、そこから再び立ち上がった。

 よし! と、思わずガッツポーズをしてしまうが……それよりも今は気になる事がある。なにせ電光掲示板に表示されたバタフリーのHPは「とっくに空になっている」のだ。

 ならば何故、HPが無いバタフリーは未だ元気一杯に飛び回っているのだろうか?

 ……そういえば。さっきもキリンリキやネイティに対して思ったけど、満を持して出したにしてはバタフリーのレベルが低すぎる気もするな。件の電光掲示板に、バタフリーのレベルは14と表示されていて……って、

 

「(うわ……嫌な予感。……もしかしてあの電光掲示板のデータ、正確じゃあないのか!?)」

 

 それは運営側としてやばいだろう!?

 とか言っていても仕方がない。多分バタフリーにしろネイティらにしろ、実際のレベルはもっと高いものであると仮定すれば、この状況には説明がつけられてしまうのだ。

 ……だとしてもブラウンだってレベルは高い。今のバタフリーの「元気さ」、それ自体にはもっと他の種が在るはずで。

 そう考えて眼を凝らせば、バタフリーの前面にうっすらと「光り輝く壁」が見て取れた。可視範囲ぎりぎりにまで薄められたそれは、

 

 

「っ、『リフレクター』!?」

 

 

 張ったのがキリンリキかネイティか……弾き飛ばしたのが時間差のエスパー攻撃だとすると、『リフレクター』自体はキリンリキ……? いや、どちらもネイティと言う可能性もあるけど……。

 しかし今は、その辺りを詮索している時間が勿体無い。『リフレクター』により物理攻撃を半減されていると見るや否や、ヒヅキさんは特殊攻撃に切り替える。

 

 

「……ブラウン! 『スピードスター』ですわッ!」

 

「……ならバタフリー、迎撃! 『スピードスター』!」

 

 

 指示を受けたブラウンが口を開き、星型の光線を吐き出そうとするも、

 

 

「フリーィィイッ!!」

 

 

 僅差で先手を取ったのは、素早さに勝るバタフリー。

 星と星がぶつかり合い、弾け、先手を取ったバタフリーの『スピードスター』がブラウンのそれに割って入る。

 もとよりノックダウン寸前のブラウンは足の鈍りもあり、『スピードスター』による迎撃を避ける事が出来ず……その場を一歩も動かないままに巻き込まれてしまった。

 

 

「ブ ―― ィ」

 

 《バシバシババシッ、―― バシバシバシッ!!》

 

「ブ、……ィ」

 

 

 雨あられと降り注ぐ、星型の光線。

 それでも倒れこまず、その場に伏せ込んで目を閉じるブラウンの様子を見て、審判がすぐさま勝敗を告げた。

 

 

「……! イーブイ、戦闘不能! よってこの勝負、勝者、ヤマブキシティのイツキ!」

 

 

 歓声が沸き溢れる。イツキの肩にバタフリーが止まり、ヒヅキさんはトレーナーズスクエアからフィールドへと飛び出した。

 タイプだけには拘らない。エスパーポケモンでないながらに、エスパータイプの技を活かす。これはきっと、イツキの出したエスパートレーナーに対する答えでもあるに違いない。

 流石におかしいと感じた運営側によって、再解析がされていたのだろう。電光掲示板に表示されたバタフリーのHPは綺麗な緑バー……安全圏にまで「修正」されていた。

 ヒヅキさんはブラウンを腕に抱き、自らの敗北を噛み締める表情のまま電光掲示板に眼をやった。バタフリーの残ったHPを見届けると、喉元まででかかった溜息を押し込め、微笑みかける。

 

 

「よく頑張ってくれましたわ、ブラウン。わたくしも貴方の勇姿に答えられるような人間でありたいと、改めて思いましたわ。……だから、これはお礼です」

 

 

 目を瞑り、ブラウンの頬にキスをしてからモンスターボールへと戻す。どこまでも気障と言うか、お姫様というか。ヒヅキさんだからこそ許される所業だな。

 いつしか傍に、バタフリーをボールへと収めたイツキが立っていた。ヒヅキさんが再び立ち上がった頃合をみてイツキは右手を差し出し、差し出された手を、ヒヅキさんは掴み返す。

 ……ただしジト眼で睨みながら、だけども。

 

 

「……今度こそ『わたくし達の』敗北ですわ、イツキ」

 

「そうだね。ボク達の勝ち。……でも君達は、君も、君のポケモンも、とても強かった。だからこそ、こんなにも楽しいポケモンバトルだったんだと思うんだ」

 

「ええ。わたくしも楽しかったですわ。……ただし、次はありません。今回の敗北はしっかりと糧に出来るものでした。―― その背はしっかりとこの眼に焼付けましたわ。待っていなさい、いつかはわたくしが勝って差し上げます!」

 

「いつかまた、受けてたつよ。でもその時にはボク達も、もっともっと強くなっていると思う。だから、負けない。そのためにも今、世界へ向けて足掛けているんだからね」

 

 

 最後に握手を交わして、観客達が鳴り止まない拍手を送る中。時折歓声に対して手を振りながら、ヒヅキさんは堂々たる笑顔で引き返していった。選手通路……観客席からは見えない位置へと入ると、そのままその姿は見えなくなる。

 ……。

 

 

「シュン。なんだ急に、立ち上がって」

 

「悪い。ちょっとイツキのトコに行って来る」

 

「? おい、そっちは確か……」

 

「……ちっ。イツキの居る選手入場口はあっちの、東側だろ。間違ってんじゃねえよ」

 

「おっと。ありがとな、リョウヘイ」

 

 

 助言をくれたリョウヘイにお礼をいいながら、オレは指差された西側の(・・・)通路へと降る。おかげでどうにか、怪訝な顔をした他の友人達からは追求をされずに済んだ。

 階段をおりきると、今度は長い通路を進む。「スタッフオンリー」になっている区域の入口に立っていた係員の人に選手証を照合してもらい、闘技場へと続く選手通路を目指す。

 

 ここまで来ればもう歩いている人はいない。

 

 ただ、壁に背を預けて脱力しているポケモントレーナーが1人、居るだけだ。

 

 

「……あら、シュンですのね。ご免あそばせ、と」

 

「別に、今くらいは気にしなくて良いって」

 

 

 足から崩れそうになったヒヅキさんを、オレは差し出された手を掴んで引き上げる。

 立ったヒヅキさんは涙を流していなければ、いつかの様に無力感に苛まれた表情も浮べていなかった。

 どこかさっぱりとした、憑き物が落ちたような……いつか鏡で見た覚えのある顔。

 

 

「わたくしにも判りました。あのバタフリー……あれはきっと、エスパーである彼が出した結論でもあるのでしょうね。……ポケモントレーナーとしての彼に負けたんですもの。それは、悔いがないといえば嘘になりますが……」

 

 

 レベルも整えた。調べて、エスパー対策もした。ポケモン達にも出来る限りの育成を行った。

 だからこそ、全部を出し尽くして ――

 

 

「まさか、ですわね。……全力を出し尽くして届かないと言う事が……それ以上に。こんなにも『嬉しい』とは、思っておりませんでしたわ」

 

 

 コトブキカンパニーのご令嬢はある意味では輝かしい ―― 獰猛な笑みを浮かべ、どこか未来へ向けて笑っていた。

 ……いやぁ。というか、これ、見事にオレの二の舞ですよねと!

 

 

「でもヒヅキさんは実際、惜しかったと思うよ。足りなかったのはあと一手。イツキのキリンリキとネイティが『みらいよち』や『リフレクター』を仕込んでいなれば……サポートをしていなければ……あるいはヒヅキさんが途中でそれを読めていれば、って感じだった。結果論だけどさ」

 

「ええ、そうです。……ポケモントレーナーの力の如何によっては、わたくし達はあのイツキに勝てたのです! それが判っただけでも、戦った甲斐はあるというもの!!」

 

 

 バトルが終わった興奮もあるのだろう。テンション高めのヒヅキさんは、そのままお嬢様らしからぬ鼻息の荒さでもって捲くし立てた。

 いやさ。この結果で奮起するかどうかはヒヅキさん次第だったんだけど……まぁ彼女の気性であればやる気は出るだろうな、というのはオレ自身も予想してはいた。結局合宿の間は初日以外殆ど一緒に居たから、その性格も想いも理解する時間はあったしさ。

 そんな感じで自分を納得させていると、捲くし立てていたヒヅキさんが口を閉じ、此方へと視線を向けていた。微妙に居ずまいを直して、髪の端をちょちょいと整えて。

 

 

「……こほん。それはそれとして、シュン。貴方にも随分と協力をしてもらいましたものね。何か、貴方に、わたくしから出来ることはなくって?」

 

「ん? いや、オレもヒヅキさんに練習を手伝ってもらって助かってるからさ」

 

「ですが、わたくし達がここまで……イツキに肉薄するレベルまで上達できたのは、間違いなくシュンのお陰でしょう?」

 

「そうでもないんじゃないか? ヒヅキさん自身が頑張ったってだけで……」

 

 

 特に返して貰うような恩は作っていない。十分に還元はされている、と思うんだけど。

 

 

「それではわたくしの気が済みません。何か、何かないのですか? 次は貴方がイツキと勝負するのですし、尚更……例えばコトブキ社製の製品とか、欲しいものはありませんか? お父様に頼めば多少の無理は効きますわ」

 

「うーん……と、言われてもなぁ」

 

 

 悩んでみるけれど、実際、この試合直前になって出来ることは少ないだろう。

 秘策の種(文字通り)はショウから受け取り済みだし、オレとその手持ちポケモンの技量は出来る限り磨いたし、今からバトルの練習をする様な時間でもないし。

 コトブキ社製品……は、確か開発中のランニングシューズとかがあった筈で、そういうのは欲しいと言えば欲しいけど……これもバトル自体には関係ない。

 

 

「そもそも試合前だし、カタログだって持ってないよな」

 

「それは……そう、です、わね。ですが、恩義を感じているのは確かですもの。返さなければわたくしの気が済みません。この様な不躾なお礼など、シュンにとってはご迷惑だと承知の上で……ですが」

 

 

 そう言うと、ヒヅキさんは考え込んでしまった。

 ……どうにも令嬢らしく、こういう所は頑固だよな。仕方が無い。それじゃあ、

 

 

「それじゃあさ。その内に、って事にしとこう」

 

「その内に、です?」

 

「そうそう。合宿が終わるまでに。もしくは、合宿が終わったって連絡が取れなくなる訳じゃあないだろ? その内に、ヒヅキさんの気が済む形でやってくれればそれで良いよ」

 

「……ですわね。シュンはイツキとの試合を控えているんですものね。申し訳ありません。わたくしとした事が、つい熱くなってしまって……」

 

「いいっていいって。それじゃあ、はいこれ。オレの連絡先だから」

 

「ありがとうございます。後で連絡させて貰いますわ」

 

「おっけ、了解。それじゃあ……ああ、そうそう」

 

 

 一旦振り向いたものの再び足を止めたオレを見て、ヒヅキさんは疑問符を浮べる。

 でも、これだけは試合の直後である今、伝えておきたかったからなぁ。

 

 

「ヒヅキさんとイツキの勝負、見ていてワクワクするポケモン勝負だった。頑張れ……っては、これ以上はないだろうから言わないけどね。……ありがとう。オレも次、頑張るからさ。見ていて」

 

 

 こっぱずかしいお礼を言ってから、オレはヒヅキさんに背を向けた。

 慣れない事をしたせいであろう。オレは微妙に早足というかむしろダッシュで、イツキとの試合会場に向かう羽目になる。

 ……そのバトル開始までまだまだ時間があるって言うの、忘れてたんだけども!

 

 





 今話の「元凶」につきましては、元々あのHP表示が謎技術過ぎると思ったのが切欠ですね。ポケモンごとの個体差があるというのに、正確に表示できるはずもないでしょうと。いえ、前話からみえみえの伏線を張ってましたけれども!

 あ、因みに遅くはなりましたが「ポケモンバッカーズ」についてはポケアニ映画、ゾロアークのやつを参照してくだされば。冒頭とエンディングでやっているポケモンスポーツだそうです。ルールは殆ど捏造ですけれども。

 バタフリーについて。
 序盤虫ポケ。最終進化系というだけでも低レベル帯のバトルにおいては脅威ですね。低いレベルでエスパー技を扱えますうえ、エスパーポケモン一色にするのは攻略側としては……と考えたうえでの選出となりました。
 イツキは見ての通り重要な役ですので、……シュン達としてはなんとか攻略の手口を「見つけたい」ところですよね。きっと。

 ついでに。
 作中、シュンの思考より「先制技」の定義がちょっとずれているように感じるかも知れませんが、これもまたある意味では布石です。
 シュンの中では「先制攻撃をするダメージ元」ではなく、「優先度を持たない技に『先んじて繰り出すことの出来る』技」が「先制技」と解釈されているようです。
 ……「せんせい」とか連呼してますが、ドサイドンさんやイャンクックさんは関係ないのですよ? 本当です。



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1995/夏 VSイツキ-①

 

 Θ―― セキエイ高原、闘技場/本戦会場

 

 

 セキエイ高原の闘技場は、予選用の会場であっても十分な人数が収容できる。本戦仕様ともなると更に規模は増し、観覧席も設けられている……のだが、その席は今、半分以上が観客によって埋め尽くされていた。

 学生による非公式の大会だとはいえ、エリトレや学生によるポケモンバトル大会は物好きな人達にとっての娯楽だそうで、セキエイの街の人々もかなりの数が見物に来ているらしい。

 

「(ショウの奴、これを見越しての助言だったのか?)」

 

 この雰囲気は確かに、予選とは一線を画すものだ。予選は試合の数が多くて基本的に空席だったからな。プレッシャーとか空気とか、そういうのが断然違う。

 ショウの仕事を聞く限り、ポケモンの研究という仕事はセキエイ高原にあるリーグや協会との繋がりも強いものだそうだ。だとすれば、ショウが事前にがセキエイ高原の雰囲気を知っているのもそう不思議でもないのな。

 

 そんな事を考えながら、オレも中央部に設けられたバトルスペースの赤側へと歩み入る。道具入れをスペースに配置しながら周囲を確認すると、反対側からイツキが入場してきた。同時に、観客席の視線が一気に集まるのを感じてしまう。すごいな、観客の盛り上がり様。

 

「(フィールドは……と)」

 

 セキエイ高原本戦会場は、バトル毎にフィールドの変更がなされる。水場の割合が違ったり土の質が違ったり。その情報は実際に場に出るまで選手には伏せられるため、手持ちに様々な環境に対応できるポケモンを揃えておく事が大事だと言われている。

 ところで、今回のフィールドは「岩場」と言った所か。フィールドの中に小さな岩が7つ、大きめの岩場が1つ用意されている。これら障害物は主に遠距離攻撃を遮断する用途で使われるため、物理ばかりが得意なオレのポケモン達にとっては命綱とも呼べる。

 そんな感じでバトル前の情報を整えつつ、中央に歩み出し、オレはイツキと握手を交わす。

 

 

「さて。結果としてはボクの予知通り、君とバトルをする事にはなったみたいだけれども……初戦からあの様で、ボクに……エスパーに幻滅したかい?」

 

「いやまったく。イツキとヒヅキさんとのポケモンバトルは凄く勉強になったし、見ていてワクワクしたよ。幻滅どころか感動したって」

 

「まぁ、君にならばそう言って貰えると思っていたけれどね」

 

 

 イツキは仮面の下で確かに笑顔を浮べている。どうやら気負いはないらしい。

 ……それならオレも遠慮をする必要はないな。いやさ、遠慮をしていたら勝てない相手だし。

 スクエアに戻っても尚、イツキのトラッシュ・トークが続く。

 

 

「ボク自身、ヒヅキさんとのバトルのお陰で世界は広いと実感することができたよ。この国の中ですら、こうして素晴らしいポケモンとそのトレーナーに出会えるんだからね。ヤマブキという狭い世界の中じゃあ判らなかった。……だからこそ、シュン君。ボクはこの大会を勝ち進みたい。乗り越えて、その先へと踏み入りたい。ボク()の目指す世界は、そこにこそ在る」

 

 

 芝居がかった口調で話し出すイツキ。雰囲気が徐々に「判り辛く」……読み辛くなってゆく。

 成る程。イツキにとっては仮面も、エスパーである事も、この雰囲気も含めて心理戦を仕掛けるための手管であると言う事なのだろう。

 かと思うと両手をがばっと広げ、

 

 

「さあ始めよう、シュン君! ボクもボクのポケモン達も、もっともっと強くなる! ここで負ける訳には ―― いかない!」

 

「オレだって、それは同じだよ。……勝負だ、イツキ!」

 

 

 気迫で圧してくるイツキに立ち向かう様に、オレもボールを放る。

 

 沸きあがる歓声の中、

 

 ……さあお目見えします。互いの、1匹目!

 

 

 《《ボボゥンッ!!》》

 

「―― ヘナッ!」

 

「―― キリリィン!」ガブガブ

 

 

 マダツボミ(ミドリ)が地面に降り立ち、相手のキリンリキに対面する。

 キリンリキはその穏やかで人懐こい顔とは裏腹に、尻尾が独立稼動してギザギザの歯をうち鳴らしている。ガブガブしてるのはそっちな。あの尾も攻撃手段として存在するため、死角は想像以上に少ないと考えるべきだろう。

 

 さて。オレが初手にマダツボミをもってきた理由はとても単純。先発をマダツボミ(ミドリ)にして、戦況把握に努めておこうという訳だ。

 ……クラブ(ベニ)はミドリに比べて、相手ポケモンによる得意不得意が大きいからなぁ。特に特殊攻撃中心の相手になると、それはもう困った事になる。

 イツキは正に特殊攻撃が中心になっているエスパーを主軸としているし……何しろヤマブキスクールにおけるトップトレーナー……謂わば『スクールチャンピオン』。ほんの一手、僅かな挙動が戦況を左右するバトルになる。戦況を読むのは大切だろうという訳だ。

 

「(それじゃあ、と)」

 

 大事な初手について考えを巡らす。

 ミドリの相手はキリンリキ。ノーマルとエスパーの複合タイプを持つポケモン……だったよな? 確か、うん……その筈。情報源はルリの資料に書かれたコラム「今日のピックアップポケモン」だけどさ。

 さてさて。そのキリンリキだが、ミドリとの相性は少なくとも良いとは言えないだろう。が、

 

 

「任せた、キリンリキ!」

 

「キリィン!」

 

「初手だ、ミドリっ!」

 

「ヘナッ!」

 

 《シュルンッ》

 

 ――《キィィィッ!》

 

 

 ミドリが(つる)を伸ばすと同時に、キリンリキの目の前の空間がぐにゃっと歪む。……くっ、やっぱりそう来るか!

 そう。蔓を使った物理攻撃を主体にしているオレのミドリに対して、イツキのキリンリキはエスパー故の遠距離攻撃を得意にしているのだ。距離を開けて攻撃をし辛くする、というのは当然の策。

 ……けどそれは、エスパーにしてもありきたり(・・・・・)な作戦だよな!

 

 

「単純に距離が遠いな……頼むぞ、ミドリ」

 

「ヘナッ、ヘナナッ!」

 

 《シュルルッ》――《パシィンッ!》

 

「キリィ!? ……リッ!」

 

「! やるねっ」

 

 

 ミドリは両手から蔓を伸ばし、『つるのムチ』。片方でフィールドの岩を掴んで移動(・・)、片方でキリンリキへの攻撃(・・)を試みた。

 ……よっし! どうにか、『ねんりき』の直撃を避けることが出来てるっぽい。

 種族的にもマダツボミは根っこで走るより、こうやって移動した方が早い。とはいえ、ミドリだってこんなに器用に使うには大分練習が必要だったけどさ。

 電光掲示板のHP……は、昨日の例があるからあまり気にしないでおいて。あくまで感覚的に(・・・・)だが、『ねんりき』がフルヒットすれば、ミドリのHPは残り2割もないだろうか。

 

「(今はかする程度だけど……やっぱり、効果抜群はキツイな)」

 

 ミドリはまず間違いなくKOされるであろう先発という役目を、意気込んで引き受けてくれている。だからこそ……その意気に報いるためにも、この間にイツキの突破口を見つけ出さないと、と。

 どうやら念波を起こすためには集中力が必要であるらしい。その証拠に、キリンリキは岩間を移動し立ち止まっては念波、を繰り返していた。

 その挙動を、オレはじぃっと観察し……

 

「(……、見つけた!)」

 

 キリンリキの優等生顔と挙動を観察していると、何やら奇妙な動きが目に止まった。

 よくよく見れば後ろ側、真っ黒な尾のほうが時折、歯を鳴らして頷いているのだ。

 

「(あれは……指示受けのタイミング、か?)」

 

 仮面越しのイツキの表情は窺えない。テレパスによる指示を平然と使用してくるために、今まではそのタイミングも読めなかったが、どうやらキリンリキの反応は突破口になりそうだ。

 考えている内にもキリンリキの尾が頷き、歯を鳴らす。……来る! 

 

 

「ミドリ、『なわとび』!」

 

「ヘナッ!」

 

「!? ……キリンリキ、迎え撃て!」

 

「キリリ、キリィ!」

 

 

 岩場によってサイン指示が出し辛い。声かけを行うと、タイミングをずらした指示に耳を奪われ、イツキの集中が僅かにそれる。

 指示の遅れによってキリンリキの素早さが奪われ、移動と攻撃が後手に回り……先制したのは岩場から身を乗り出したミドリによる『つるのムチ』……の、「バリエーション」!

 

 

 《ピシィッ》――

 

「リキッ!?」

 

 

 その1本目で足元をすくい、

 

 

 ――《バシンッ!!》

 

「リキッッ!!」

 

 

 体勢を崩した所で「急所を狙った」2本目の蔓がキリンリキの頭の横を鋭く抜けて、その尾をうった。

 クロスカウンター気味に飛ばされた『ねんりき』がミドリを狙うも、体勢を崩しているためにこちらに直撃はしない。

 ……このまま押し切ってみせる!

 

 

「近付いて、『ぜんりょく』!」

 

「ヘナッ ―― へナァァッ!!」

 

 

 尾を打った蔓を戻さず、そのまま近場の岩に巻きつけて巻取り、ミドリが一直線に飛びかかる。

 十分に勢いをつけた所で蔓を離し、2本揃えて、キリンリキを叩き付ける!!

 

 

「―― キリンリキ!!」

 

「キリリッ、リィィ!!」

 

 

 蔓が振り下ろされるが、しかし近付いたミドリに向かって、キリンリキの脚が伸ばされた。

 成る程、テレパスによる指示は岩場に隠れても問題なく届くのだろう。……多分、『ふみつけ』!

 

 

 《《 ビタァンッ!! 》》

 

 

 直撃はほぼ同時。しかし、

 

 

「……へ、ナァアッ……」

 

「マダツボミ、戦闘不能です!」

 

 《―― ワァアァァーッ!》

 

 

 倒れこんだのはミドリだけ。キリンリキはその場で立ち上がり、ふるふると首を振るっていた。

 ……良くやってくれたぞ、ミドリ。

 

 

「戻ってくれ。……流石はスクールチャンピオンのポケモン。奇襲だけじゃ、突破は難しいよな」

 

「それでも大分削られてしまったけれどね。『ねんりき』による包囲でなら、突破も難しくないと思っていたんだけど……ボクらも慎重になりすぎたかな」

 

 

 イツキはそう評しているけれども、どちらにせよ負けは負け。オレはキリンリキを突破して、残るネイティとバタフリーにも戦力を回さなくてはならなくなった。

 ……となれば、次は……。

 と考えていると、イツキが続けて口を開く。

 

 

「君のポケモンの攻撃はやっかいだね」

 

「うん。まぁ、練習したからなー」

 

 

 とはいえ、それでもキリンリキの『ふみつけ』には打ち負けてしまったんだけれども。……もうちょっと周りを絡めた攻撃が必要そうだな。それは今後の課題にしておこう。

 

 さて。

 オレとミドリが使った「バリエーション」とは、要するに「攻撃の出し方」である。

 

 「技」を狙って出す、勢いをつけて出す、急所を狙って出す。それら目的を持って攻撃を行う事で、技の本質に「味付け」を行う事が出来るという理屈である。

 実はこれ、エスパーポケモンが当然の様に行っている『ねんりき』攻撃を基にしたもので。ナツメさんやカトレアお嬢様が『ねんりき』を面でくリ出したり放射状に繰り出したりするのをヒントに、オレとミドリ流にアレンジしたのだ。

 ショウによるダメージ計算の結果、蔓を2本出すとダメージは半減以下になるらしい。が、元よりミドリは、『つるのムチ』の扱いに長けていた。蔓が1本から2本に増える……2本を別々に扱えるという事実は、それらを補って余りあるメリットをもたらしてくれていたのだ。

 

 ついでに付け足しておくと。「バリエーション」は、間接攻撃よりは直接攻撃のほうが組み合わせ易い。

 間接攻撃とは、つまり(多くが)何かを「飛ばす」技である。炎にしろ水にしろ攻撃方法は「線」な訳で……無形のものを出す側の一存でコントロールするというのは、大変に難しいのだ。

 その点においてミドリの『つるのムチ』は間違いなく有用性に富んでいると考えている。何せ直接攻撃で有りながらにして、攻撃範囲が広いという、十分な利を持っているんだから。

 

「(とはいえ、学生の間に……というのは、時間がなさ過ぎたんだよな)」

 

 いつだかショウも言っていた通り、学生の内に出来ることは有限なのである。その上「フレンドボール(もどき)」によるレベル制限と来たものだ。

 だからこそ辿り着いた、オレの学生ポケモントレーナーとしての答え。

 

 それが ―― ポケモンの「長所」を、思いっきり伸ばすこと!!

 

 オレのミドリの場合、それが『つるのムチ』の習熟度を極めることだったと言う訳だ。

 いや……とはいってもこれ、上述したみたいに他の皆も使ってるんだけども! ショウに曰く、学者的には「それを系統的に分類できた事には大きな意味がある」らしいけどさ。

 

 

 《ワ ―― ァァァ》

 

「と。さて、次だ」

 

 

 歓声に呼び戻され、オレは意識を次へと向ける。勝ち抜き制が採用されているため、相手は引き続いてのキリンリキだ。なら、決まっている。

 頼むとは言わない。ここまで経験が少ないのは、あくまでオレのトレーナーとしての我侭だから。

 それでも、ヒョウタ戦は上手く運ぶことが出来たし……だから、送り出す時は!

 

 

「頑張ろう ―― アカネ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「……ブ、ブィー……」コクコク

 

 

 出るなり岩場の影に縮こまり、それでもこちらを見て小さく頷くアカネ。その後、素早く視線を相手へと戻した。

 どうやらおっかなびくりながら、頑張ろうと言う意思は見せてくれている。……よっし。なら、目に物見せてやるとしますか!

 

 

「ヒョウタ君とのバトルで中盤戦をしめた(・・・)、茜色のイーブイだね。……キリンリキ!」

 

「キリ、リッ!」

 

 

 アカネがバトルフィールドに入ると、バトルが再開される。

 指示を受けて、キリンリキはアカネ(の隠れた岩場)に向けて猛然と迫ってくる。岩場を避けての近距離戦。恐らく、一撃でけりをつけるつもりなのだろう。

 察しの通り、アカネはバトルの経験が圧倒的にないだけあって、未だレベル3。その上ミドリの様に「バリエーション」を使える程の技の熟練度もない。

 

 

「キリィィーッ!」

 

 

 けれどこれまでバトルを避けてきたアカネを、何の策もなくポケモンバトルに出す訳はない。

 キリンリキが岩場を回り込んで……ここだ!

 

 

「今だっ!」

 

「ブ、ブイッ!?」

 

 《ブンッ》――《ヒョイッ》

 

「キリッ!?」

 

 

 アカネがキリンリキの技を『みきり』、踏み出された足を横っ飛びに避ける。

 イツキからは見えずオレからは見えるという最高の位置……岩の陰を位置取ったまま、サイン指示 ――『シンクロノイズ』!

 

 

「ブ、イッ……ブイ!!」

 

 《ヒィッ》――《キィィィンッ!》

 

「リィッ! ……キ、リィン……」

 

 

 頭と尻尾が同時、弾かれた様に仰け反ったかと思うと、キリンリキはぐったりと倒れ込んだ。勝敗が告げられ、闘技場がにわかにざわめきに包まれる。

 ……ふー。指示の先出しからの連携からの逆襲は、どうにか成功したらしい。これにて先頭のポケモンを突破だな。

 

 

「戻ってキリンリキ。……どうやら、此方が誘い込まれたみたいだね」

 

「まあな。ミドリでキリンリキは削れていたし、一撃くらいならアカネでも十分だ」

 

 

 なんてハッタリをかましてみるものの、実際にはかなりのレベル差がある訳で、倒せるかどうかはかなり不確かだったんだけどさ。その時はその時で、別の策を実行するつもりだったから。

 此方のそういう策の組み立てまで、イツキは理解しているのだろう。オレの目の前で口元を緩めると、次のボールを浮かばせた。

 

 

「それじゃあ次、行くよ。―― いけっ、ネイティ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「トゥートゥー」ピョコッ

 

 

 モンスターボールから出て、地面を跳ねるネイティ。……次手はネイティで来たか。

 調べてみて判ったのだが、イツキのネイティはヤマブキのスクールで「エスパーポケモンキラー」として恐れられていた個体であるらしい。『ひかりのかべ』や『リフレクター』などの補助技を駆使する上、エスパーに抜群のゴースト技『シャドーボール』を使用してくる筈だ。

 ……けど、今の相手はノーマルタイプのイーブイ(アカネ)。ゴースト技は効果がなく、オレとしては、バタフリーが来るのかも……とか思っていたりもしたけれど……3VS3のバトルだから、補助に徹するっていう可能性も勿論ある。選択肢として捨てていなかったため、想定内であることが幸いか。

 

「(それなら、こっちも相応の戦いをしなくちゃな)」

 

 むしろ、補助は性格的にアカネの得意分野でもある。

 これで方針は決まっただろう。……行くぞ!

 

 

「アカネ!」

 

「ブ、ブィッ!」コクコク

 

「ネイティ、『サイコショック』!!」

 

「トゥートゥー」

 

 

 変化技から入った事に対するイツキのリアクションは……と見てみるも、やっぱり仮面で判らない。

 しかし、先手はネイティだ。ネイティにとって岩場はあまり障害ではないらしく、羽ばたきながら飛び上がり、上から『ねんりき』……もしくは『サイコショック』辺りのエスパー攻撃を放ってくる。

 アカネ相手に先手を取れば倒せる……と、イツキが思っているのなら、さっきのキリンリキの二の舞。イツキの踏んだ場数からして、対策はしてあるんだと思うけど……考えている内に、念の歪みがアカネを覆う。

 

 

 《ヒョオンッ!!》

 

「ッ……ブゥィ」

 

 ―― 《パァンッ!》

 

 

 よし、狙い通り!

 先のキリンリキ戦の初手に「先出し」していた『みがわり』が効果を発揮する。アカネの周りを薄く纏っていた「HPの壁」がはじけて消える……その内に!

 

 

「ブィ……ブイ、ブイブィッ!」

 

 

 アカネが何事かを呟いて、頷いた。

 これで、仕込みは成功だな。あとはイツキのネイティ次第だけど……

 

 

「……このまま押し切るんだ、ネイティ!」

 

「トゥ、トゥー」

 

 

 最も高い岩場に跳び登ると、そこに脚を落ち着けて、ネイティが再び同様の攻撃を繰り出す。

 ……流石はイツキ。仕込みを続けさせては、くれないなっ!

 

 

「アカネ、『あくび』!」

 

「ブ、ブィッ、ブィッ!」

 

 

 岩場に隠れながら指示に従おうとするも、アカネは突然の指示に対応できず、攻撃に取り囲まれた。

 空間が歪んで、アカネは踏ん張ろうとするものの、手前に吹飛ばされてしまう。

 オレはすぐさま手を挙げ、フィールドへと駆け寄って。

 

 

「すいません、こっち戦闘不能です!」

 

「はい。トレーナー申告により、勝者イツキのネイティです!」

 

 審判が告げると、観客達が待ってましたとばかりに歓声を上げた。

 抱き寄せ、モンスターボールへと戻す。……バトルが苦手ながら、アカネは十分に頑張ってくれたと思う。ありがとな。今度はもっと上手くやれるよう……アカネにとって怖いバトルをさせないようにって、オレも一段と頑張るよ。

 

 

「……シュン君はマダツボミにしても、その臆病なイーブイにしても……その長所を生かすポケモンバトルをしてる。正しくポケモントレーナーの理想だね」

 

 

 ちょっとぼうっとした表情で此方を見ていたイツキがそう言ってくれるけれど……いや、それは褒め過ぎだと思うぞ。オレは。

 とはいえ、兎に角。今までのバトルによってイツキにはオレの方針がばれているらしい。けど、オレもイツキのエスパーとしての手の内は調べたために知っている。お互い様だ。トレーナーだけで言えば、五分五分に違いない。

 ……うん。

 

 

「で、オレは最後のポケモンだよな」

 

「とはいえ、簡単には負けてくれないんだろう?」

 

「そりゃあ勿論。そっちだって、ネイティも簡単には突破させてくれないんだろ?」

 

 

 オレから、仮面の内から。バトルフィールドを挟んで互いの笑顔がぶつかっている。

 ミドリもアカネも、レベル的に格上のポケモンを相手にしながら、オレの指示に良く従ってくれた。あれは特殊な事情があったけれど、チトセのライチュウみたいに「自分で対処したくなる」部分もあったに違いない。

 ミドリは自分に大ダメージを与える『ねんりき』に逃げ出す事無く、立ち向かってくれた。

 アカネは圧倒的なレベル差のポケモンを前にして、それでも「次の為に」と頑張ってくれた。

 

 ……オレも、皆の頑張りに報いたい。

 勝ちたいというのは自分のためだけではなく。ポケモン達と、イツキのバトルの情報収集なんかを手伝ってくれた……オレを応援してくれる友人達のためにも、だ。

 

 一瞬だけ息を吐いて、空を仰ぐ。

 ……大丈夫。勝ち筋は、十分に残してる。

 

 ―― 見上げた先では、セキエイ高原の闘技場の空が曇り始めている(・・・・・・・)

 

 視線を追って空を見たイツキが、口を大きく開く。

 

 

「っ! イーブイの最後の技……『あまごい』!!」

 

「ああ。舞台は万全。―― こっちのエースの登場だ!」

 

 《ボウン!》

 

「グッ、グッグゥ!」

 

 

 ボールを放れば中からクラブ(ベニ)が現れて、大きな鋏を振りかざした。

 ぽつぽつと雨粒が落ち始めたかと思えば、すぐに本降りになる。辺りの土が水気を含んで泥へと変わり、ベニを最も活かせるフィールドが出来上がってゆく。

 

 

「これは……」

 

「ポケモンの長所を活かす『育て方』、それを組み合わせてバトルを進める『戦い方』。それを組み合わせて戦術を練るのが、トレーナーだろ? これが、頑張ってくれるポケモン達に返す……ポケモントレーナーとしてのオレの回答だからさ!」

 

 

 さあ、決着をつけよう、イツキ!

 





 情報不足のためちょっと追記

 手持ちポケモン()内はレベル

シュン
・マダツボミ(14)戦闘不能
・イーブイ(3)戦闘不能
・クラブ(16)

イツキ
・キリンリキ(17)戦闘不能
・ネイティ(19)
・バタフリー(17)



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1995/夏 VSイツキ-②

 

 大きな雨粒が闘技場に落ち始め、観客席の所々で傘が開き出した。

 どうやら「観る側」である観客皆々様方も、ポケモンバトルの盛んなセキエイに住んでいるからには天候技にも慣れているらしく……観戦の準備は万端であるらしい。

 そして、これもバトル観戦の慣れからであろうか。振り出した雨がイーブイ(アカネ)の『あまごい』によるものだと認識できた人は案外多く居るらしく、微妙にオレに視線が集まっている様な感じがして、どこか落ち着かない気もしないでもなかったり。

 

 

「……雨によって水タイプの技を強化し……土から泥を作ることでクラブの移動を妨げない環境へと変える。……成る程、シュン、君は……」

 

 

 またぼうっとし始めたイツキはというと、ぶつぶつと状況把握を続けており、しばらくそのまま呟いた後……表情を変える。

 

 

「―― 残り1匹でも諦めない。その為の、ポケモントレーナー。……いいね。君は、凄く良い!!」

 

 

 雨のフィールドの中、イツキは満面の笑みを浮かべていた。

 ……褒められるのはまだしも、「良い」っていわれると微妙に身の危険を感じるんです。いや、何でなのかは判らないけれども。

 ひとしきり笑ったイツキは、ネイティをバトルスペースへと戻す。

 ともあれ、学生トレーナーポケモンバトル大会本戦2回戦。

 ―― その〆となる、バトル!

 

 

「さあ行くよ、ネイティ!」

 

「トゥートゥー」

 

「決めよう、ベニ!」

 

「グッグ」ブクク

 

 

 バトルスペースに2匹が戻った事で勝負が再開される。

 最も高い岩場を足場にしているネイティと地面を歩くベニとの間には大分距離があり、そもそもネイティにダメージは与えられていない。

 

「(ベニはレベル16……ネイティは、少なくともそれ以上)」

 

 ……このままだと、キリンリキ戦みたいに遠距離から一方的に攻撃を受ける可能性が高いだろうか。

 イツキにはまだ1匹いることだし ―― 初っ端から、「切り札」を切ってく!

 

 

「本当は相性を考慮して持たせていたんだけど、フィールドの利がある。……ベニ、『しぜんのめぐみ』!」

 

「グゥ……」

 

「! まずい……ネイティ、至急!!」

 

「トゥ、トゥ!」

 

 

 岩場の上で小さく翼を広げるネイティ……へ、向かって!!

 

 

「―― グッ!!」

 

 

 ベニが大きな鋏を振り下ろす。勿論、鋏自体は届かない。振り下ろされて、地面を叩く事になる。

 ……叩いた地面ついで、ネイティの足元の岩、弾けろっ!!

 

 

「……トゥッ」

 

 ――《バカァンッ!!》

 

 

 岩がバカリと割れて、見事にネイティを巻き込むことに成功だ。

 地面に落下したネイティは目を回し……てない。あの遠くを見てる目のままだなぁ。どちらにせよ起き上がる様子はないし、効果は抜群だったと信じたいけれど(願望)。

 寄った審判が、動かないネイティを覗き込んで……判定を。

 

 

「ネイティ、戦闘不能! 勝者、シュンのクラブ!」

 

 《ワァァァーッ》

 

 

 歓声が鳴り響く中で、オレもこっそりとガッツポーズをしておいて……だ。

 さて。これは別に、オレがエスパーに目覚めた訳じゃない。ベニの『しぜんのめぐみ』による効果である。

 『しぜんのめぐみ』は持っていた木の実に応じてタイプと威力が変わる技で、オレがベニに持たせていたのは、「ミクルの実」。「ミクルの実」によって『しぜんのめぐみ』が岩タイプの技に変化した……というのが、今回ネイティを一撃で伸して見せたその種だ。

 岩タイプなら、ネイティとバタフリーに一貫してダメージが通る。どうやら地面を叩いた攻撃力を基準として『しぜんのめぐみ』の威力はあがるらしく……特殊攻撃が決して得意ではないベニが切り札として使うには、うってつけだったしさ。

 ……とはいえこの「ミクルの実」自体、かなり珍しい木の実らしい。ショウの奴は「木の実名人の弟子だから」とか何とか言いながら園芸クラブの畑を魔開拓するし、その成果としてこういうのをほいほい収穫してくるからなぁ。何ともありがたみを感じ辛い。ありがたいけど。

 

 

「今のが、『しぜんのめぐみ』……?」

 

「ベニのは、ちょっと特別だけどな」

 

「グッグ!」

 

「……成る程。天候技によってパワーアップされた水タイプの直接打撃……『クラブハンマー』辺りを警戒していたんだけどね。離れていたネイティを一撃ってなると、どうやら効果抜群だったみたいだ」

 

 

 イツキはネイティを抱き上げてその様子を確認した後、ボールへと戻す。どうやら岩タイプの攻撃だったというのは把握されてしまったらしい。

 まぁ、どうせ木の実は消費されてしまったのだ。ばれた所で大差は無いか。

 

 

「さて、と。これで残るはバタフリー1匹だぞ」

 

「グッグ、グッグ!」

 

「おっけ。指示は任せてくれ」

 

 

 そんな風にベニと気合を入れなおしている内に、イツキは再びモンスターボールを取り出す。

 手ずから宙に放り、割れると、雨空にバタフリーが元気良く飛び出して。

 

 

「フリーィ、フリーッッ!!」

 

「……行くよ、バタフリー!」

 

 

 いつにない程の気合を纏い、腕を振るった。

 互いに最後のポケモン。体力はどちらも満タン。歓声によって闘技場がびりびりと振るえる感触。

 

 オレも足元に居たベニに指示を出し、フィールドへと走らせる。

 勝負は初手。ネイティの最後の仕掛け ―― 多分、『リフレクター』か『みらいよち』、もしくは『ねがいごと』を何とかしなくちゃいけないからな。

 

「(……読み合い、だな!)」

 

 雨粒が頭上を濡らす中、それぞれの技の効果を順に思い出してみる。

 『みらいよち』。

 未来に攻撃を予知する、攻撃技。今の場面だと、ヒヅキさんの時みたいにベニに予期せぬ一撃を加えることが出来る為、体勢崩しという意味でも残しておいて損はない。

 『ねがいごと』。

 バタフリーに回復をかけることが出来る技。これも、残して置いて損はないな。

 『リフレクター』。

 ベニは物理攻撃が主体であるため、物理攻撃を半減できるこれも十分に可能性がある。

 

「(結局どれも可能性があると来た)」

 

 だが、指示を受けて行動をしている以上、猶予は残り僅か。

 どれかを予測して、それを打ち破るための策を練り……ベニを、勝たせてやりたい。

 ……。

 ……よく見れば、バタフリーの前面には薄く輝く壁がある。目を凝らせばぎりぎり。ヒヅキさんの時にも決め手となった、(リフレクター)か。

 時間がない。これに、賭ける!

 

 

「いけぇ、ベニ!!」

 

「グッグ!」ササッ

 

「フリッ、フリーィィ!」ヒラヒラ

 

 

 ベニが時折泥を巻き上げながら、岩場を縫う様に接近してゆく。

 対するバタフリーは岩場を上からひらひらと見下ろし、ベニを捉えられないでいる……のか? 地面に降りれないのであれば兎も角、ネイティみたいに足場を固定すれば此方を狙うことも出来るはずなのだが……。

 

「(……もしかして、『しぜんのめぐみ』を警戒してるのか?)」

 

 実際には木の実は消費されているため、『しぜんのめぐみ』は使えない。

 オレの読みは『リフレクター』。そのため、ベニには『かわらわり』によって『リフレクター』を無効化してからの『クラブハンマー』を指示してあるのだが……

 

「(……いや、だとしても……ああも移動をしない理由は無いだろ)」

 

 だと、すれば。移動を、しない。

 ……っ!?

 

 

「まずいっ……切り替えだ、ベニ! 『クラブハンマー』!」

 

「グッ? グッグ」コクコク

 

「気付かれた……か! バタフリー、そのまま頼むよ!」

 

「フリーィッ!!」

 

 

 土壇場で思い出せたのは、いつかのショウと双子のバトル……もしくは合宿に来てからのイーブイだけで4連勝のバトルを追想出来たからだ。

 テレパス、およびサインによる指示 ―― その利点の1つが、指示の隠蔽。

 ひらひら(・・・・)舞っている(・・・・・)

 ……要注意の積み技、『ちょうのまい』!!

 

 

「頼むっ、……急所狙いっ!!」

 

 

 勝負をこのターンで決めなければ。

 HPを削り切るには『クラブハンマー』で急所を狙うしか、ない!

 ……頼むっ!

 

 

「グッ……グッグゥ!!」

 

 《ブォンッ》――《 バシュンッ!! 》

 

「フリーィッ!?」

 

 

 8の字に飛ぶバタフリーに向かって、跳びあがったベニが鋏を振り下ろす。

 『リフレクター』に勢いを殺されながらも、直撃。……どうだっ!?

 

 

「フリッ、……」

 

 

 羽の動きが止まる。

 宙をゆらりと滑り、落下し ――

 

 

「―― 今だ、『サイコキネシス』!!」

 

「……フリィッ!!」

 

 

 その途中でバタフリーがみるみる内に元気を取り戻し、回復(・・)

 イツキの指示に頷いて素早く空中で切り返し、ベニの周りの空間一帯を歪めた。

 

 

 《《 グワーァァンッ!! 》》

 

 

 『ちょうのまい』によって強化された特殊攻撃だ。範囲を広げようが関係なく、岩場を含むフィールド全体を念の波が包み込む。

 次々と岩にひびが入り、1つ、また1つと砕けてゆく。

 

 

「フリーィ……リーィィ!!」

 

 《 ヒィィ 》――《 ビィィィィィンッ!! 》

 

「グッ、グゥ!?」

 

 

 バタフリーが力をこめると同時、まるで空間が膨張したかのような破裂音が会場を震わした。

 同時に突風が吹き荒れ、砂煙と岩礫が弾け飛び、フィールドの中は見えなくなる。

 空調が動き始め、雨粒に落とされ、砂煙は段々と晴れて。

 オレの視界に、映ったのは。

 

 

 《……オッ》

 

 

「―― シュンのクラブ、戦闘不能! 勝者、ヤマブキシティのイツキ!!」

 

 

 《《《 ドワァァアアアアーッ!! 》》》

 

 

 膨れ上がる歓声。

 バトルフィールドの中央に倒れているのは、審判の判定の通り ―― ベニ。

 

 

「……ふぅ。ありがとう、ベニ」

 

 

 知らず息を止めていたらしい。

 奥に溜まったそれらを吐き出しながら、オレはベニをボールへ戻して上を向く。

 未だ雨粒は大きいままだ。

 

「(負け……。……あーあ、負っけたかー!)」

 

 合宿に来てからも、ポケモンバトルにおける負けは何度もあった。

 けれど、この試合は少し違ったもの。

 勝ちたかった。勝たせてあげたかった。負けたくは無い、試合だった。

 うーん……人生、なかなかに厳しいな!

 

 

「―― ありがとう、シュン」

 

「……ああ。オレも、ありがとう!」

 

 

 歓声の中、差し出された右手を掴んでイツキと握手を交わす。

 と。ついでに。

 

 

「イツキ。最後のバタフリーの『頑丈さ』の種を聞いてもいいか?」

 

「ああ、良いよ。……ボクのキリンリキは『ひかりのねんど』を持って『リフレクター』。ネイティが『ねがいごと』をしてる」

 

 

 そう。バタフリーとのレベル差があるとはいえ、『あまごい』下におけるベニの『クラブハンマー』は、バタフリーを一撃で仕留めかねない威力を有している……はずだった。

 しかし、それも軽減されているとすれば。

 

 

「つまりは、結局オレの読み負けだよな。ベニがネイティを一撃で倒せたから、『キリンリキの時点でリフレクターが張ってある』っていう選択肢を無意識に除外してしまっていたのか」

 

 

 だから、ネイティが『リフレクター』を張ったと考えていた。『ねがいごと』までを考慮仕切れていなかった。

 ……ある意味、ベニの攻撃力が高すぎた(・・・)らしい。

 

 

「ボクも流石に、警戒していた物理攻撃の一撃でやられるとは思わなかったけれどね。大分焦って、HPを削るはずだったのを回復に急遽変更したんだ」

 

 

 『クラブハンマー』は『リフレクター』によって半減され、『ねがいごと』で回復したバタフリーが積み技を併用して確実な止めを繰り出す。

 つまりイツキは、どちらも(・・・・)仕掛けていたという訳だな。

 

 

「それって、オレのポケモン達が……」

 

「うん。シュンのポケモンは一貫して物理攻撃……だよね? 『リフレクター』は張っておいて損はない。まぁそれも、マダツボミの『急所狙い』で突破されかけたけど」

 

「なるほど。マダツボミ(ミドリ)がキリンリキに打ち負けたのは、『リフレクター』の効果込みでか」

 

 

 そう考えると、攻撃力を増す『ぜんりょく』ではなく『急所狙い』で仕留めに掛かっていれば、少なくとも相打ちには持ち込めていたのかも知れないな。

 ……ま、そういう振り返りは後にしておかなきゃな。

 降り注ぎ続ける歓声を意に介せず、イツキはオレに向かって再び口を開く。

 

 

「シュン。君もボクと同じく(・・・)、ただポケモンを強くというのではなく、手持ちポケモン達を組み合わせ……『戦略を練ることの出来る』ポケモントレーナーだ。ボクは、それがとても嬉しい。……ポケモンバトルの次代を担うのはボク達のようなトレーナーであるという確信があるよ」

 

「……ショウといいイツキといい、オレに過大な期待をしている気がするんだよなぁ」

 

「あはは! でも、シュン。君達とのバトルは本当に楽しかったし、嬉しかった。今も余韻が残ってる。これは、揺ぎ無い事実だ」

 

 

 言うと、イツキは仮面を手に取った。

 何の事はない。イツキだって、やや視線は鋭いが、オレと同じ普通の少年で。

 

 

「―― またいつか、バトルをしよう!」

 

 

 イツキは満面の笑みを浮べる。例え仮面を被っていたとしても、これじゃあ全く隠し切れはしないだろう。

 ……そうだなぁ。少なくとも、これだけは確約できる。

 

 

「次に会う時は、オレも、オレのポケモンも……もっと強くなる。だから ―― 約束するよ、バトル!」

 

 

 負けない様にオレも笑みを浮かべる。

 そうしてイツキと視線を交わして……オレは闘技場の出口へと引き返していった。

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 数日の後。

 この大会は、勢いのままに勝ち進んだイツキが見事に優勝を決めた。

 

 2位はホウエン地方から、フヨウさん。

 決勝戦でイツキとの死闘を繰り広げた結果、僅差での2位だ。彼女とイツキはどちらが優勝でもおかしくはなかっただろう。

 

 3位はシンオウ地方のスズナさんという人。

 氷タイプのポケモンと天候を操っての上位入賞で、強いて言えば、エースのユキメノコが上位2人に対してタイプ相性が悪かったのが敗因か。

 

 他にもあのカトレアお嬢様が8位入賞を果たしたり、各地のトレーナーが表彰をされたり。

 

 そうして終始歓声に包まれたまま、セキエイ高原における学生トーナメント……そしてセキエイ高原における合宿は、幕を閉じたのであった。

 

 





 さて、尻切れヤンヤンマですがこれにて夏編が終了になります。
 何時になく仕込みすぎたせいで壁張りのタイミングとか、クラブの恐るべき攻撃力とか、そういうのが読み辛いとは思うのですが……駄作者私の力不足なのです。
 そしてナイトヘッドとか、上でも自分で効果が無いって書いているというのに……駄作者私。
 因みに最後の急所お願いは、壁張りされている上に何かある、とシュンが感づいた故の行動となっております。
 ……とはいえマダツボミの様になるには練習が足りなく(そもそもレベル技の先行習得なので熟練度(仮)はあがり辛いのです)、こういう結果になってしまいましたが。

 敗北。
 かの主人公では出来なかった事、その1つになります。
 本来であれば、バトルで負けた方が主人公は成長すると思うのですよね。

 ……さて、ここから頑張って再起してもらわねば!

 ということで、夏編の後暫くはイベントの消化にはしる予定です。


 以下、バトルについて。
 久々に解説が長いですので、御注意を。


>>マダツボミの『つるのムチ』二刀流。
 拙作中でミュウツーがやっていた『サイコカッター』二刀流みたいな感じですね。
 「バリエーション」も一応の解説をしておきますと、『慣れている近距離技の能力を多少弄れる』といった感じです。

 『ぜんりょく』……攻撃力アップ(↑)、PP消費アップ(↓↓)、急所率(↓)

 『なわとび』……PP消費アップ(↓↓)、攻撃力ダウン(↓↓)(2本分合わせても通常以下)、2本目の蔓に特殊効果付与が可能(↑)

 『急所狙い』……急所ランク+1~3(↑)、攻撃力ダウン(↓)、PP消費アップ(↓)、命中率ダウン(↓)

 といった感じかと。これで遠距離>近距離という技の優劣を少しでも軽減する意味合いもありますね。
 駄作者私の打ち出すものなので、当然といいますか、「元の技の効率を超えることは絶対に出来ません」。
 何かを尖らす代わり、何かを余剰以上に消費されます次第。
 因みに、ポケスペより「100万ボルト」がイメージ元です。あれは遠距離でしたけれども。

>>天候技に訓練された観客
 実際、ポケモンバトルを観戦するとなったらかなりの忍耐力が必要そうですよね……とか思ってました。雨や日照はともかく、砂嵐はやばいでしょうねー。ごわごわ。
 甲子園の観戦慣れしてる感じです。セキエイ高原に住まう人々。
 エレキフィールドとかミストフィールド辺りなら、観客席までは届きません……よね?

>>『しぜんのめぐみ』
 XYで色々と強化された技の1つですね。擬似物理版めざぱとして使用できる可能性のある技で、効果は作中の通り。
 とはいえ持ち物が制限されてしまう以上、何かしらの奇襲やピンポイントで使うと言った工夫が必要そうです。こういう技を使いこなせたらカッコいいと思ったりしております。
 本当は木の実を投げる技になる予定だったのですが、『しぜんのめぐみ』はHGSS辺りまでマシン技だった事もあり、その習得範囲の広さから……どうにも投げられそうにないポケモンが多くおりまして。
 岩場でしたし、地面を叩いてもらいました次第。実は投げても良い、とかとか。

>>木の実。ミクルの実。
 努力値調整→趣味の園芸→レア木の実の育成……と順調かつ着実に進化を果たしてますね。
 因みに木の実の説明で最もロマン溢れるのは「スターの実」かと。この世の果て……そこに全てを置いてきた。探せ!>幻の実


 では、では。

 ……ところで皆さん、BW2の主人公が素敵お団子のメイ(ちゃん)だとすると、手持ちポケモンは何が似合うと思います?
 ……もうちょっと目標を具体的に書くと、今現在、私、BW2の特別編を執筆中でして。
 ある意味ではスクール編と対を成すというか、地続きというか、そんな感じの内容になります予定です。とはいえプロットをあげたら結構な話数になりそうなので、いつ投稿するかは未定なのですけれども(苦笑
 それで、手持ちを……と自分で考えてみたり現地ロケ(という名のサブウェイ巡り)をしてみたりしたのですが、悔しいことに、BW2のNPC版キョウヘイ&メイは手持ちのバリエーションが多すぎたのです(あと、パッとしませんでした)。
 それで、私だけで考えていても……という流れで皆様方にお伺いを立てました次第。
 作中で使用するキャラクターの方針的なものは、キャラ立てのために作ってあるものがございますので、活動報告に載せておきたいと思います。活動報告もしくはメッセージ等でご意見をば賜りたく。
 ……ですが、基本的には皆さんが「メイちゃん」と聞いてまっさきに思い浮かべるパートナーをお伺いしたいので、そちらはご覧にならず直にイメージできるポケモンを教えてくださっても一向に、全く、むしろ喜ばしいほどに構いませんので。
 では、では。


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1995/秋へ リーフの思うこと・その3 new!

 

 とある映像を、終える。

 テレビの電源を切って、俺ことショウが振り向いた。

 問いかける。もうひとりの少女へ。

 

 

「……なぁ、リーフ。この試合をどう思う?」

 

 マサラタウンのとある家。

 テレビに繋いだ記録媒体から、とあるポケモンバトルの試合を流したところだ。

 俺の隣に居たリーフは、少しぶうたれながらも。

 

 

「……ねえ、ショウさー。これに答えたら、あたしと一緒にカントーの旅、してくれるの? ホントに?」

 

「答え次第、って感じ。もう半年近く待たせてるのは悪いと思うが……」

 

 

 こちらとしても言い分はあるので、適度に台詞を返す。

 

 

「そもそも俺だって旅に出るのは来年なわけで。その旅のための時間を、リーフに使うってことなんだぞ? そら俺にも利がないといけないだろ」

 

「むー。一緒にポケモン捕まえたりとか。ポケモンバトルの相手をするとか。そういうんじゃだめだってことー?」

 

「そういうデータで済む様なとこは、間に合ってるんでな」

 

 

 にやりと笑って見せると、リーフはますます不機嫌になった。

 ご機嫌は……まぁ一応、取っておくとするか。

 

 

「つーて、リーフには一応別のご褒美も用意したよ。このバトルの感想を聞かせてくれたら、レッドとグリーンと一緒に俺の大学の大学祭に招待するぞー」

 

「ほんと!? ショウの大学って、タマムシ大学の!? 答えるだけで、いーのね! ウソは言わないでよー?」

 

「ほんとほんと。だからまぁ、見るだけ見ちゃあくんないか」

 

「わかった! 貸しいちね!」

 

「貸されちゃあいないんだなこれが」

 

 

 なんともマイペースに、リーフはくるりとテレビの側へと向き直る。

 もう一度、映像を流してやる。……先日の夏合宿におけるベストバウト。「シュンvsイツキ」の試合を。

 むーんと、リーフは少し悩んで。

 

 

「……ルリ(・・)と似たにおいを感じる」

 

「ほーん」

 

 

 それはまぁ、そうだろうけど。

 

 

「もっと詳しく」

 

「ポケモンバトルって、とにかくポケモンを最終進化させて、タイプの相性をつくっていうのが『決めて』だった。少なくとも、数年前までは」

 

 

 リーフがこっちを……俺を見る。

 その所感は正しい。これまでのポケモンバトルを、極限まで圧縮して言語化するとそんな感じになる。

 

 そう。俺がリーフに期待している能力が、これだ。

 彼女はこの世界の人間でありながら。一歩引いた、俯瞰的な視点を持っている。

 

 あれなんだよな。実は、マサラタウンに研究所が移ってからしばらくした時。

 俺は『リーフにモンスターボールを投げられ、何度もぶつけられた』ことがある。

 

 ……最初は冗談だと思ってたんだよ。けど、どうも本気らしくてなー。

 そっから色々とリーフと話もするようになったんだが……。

 

 彼女はレッドやグリーンとは少し違い。家でポケモンバトルを「見るのが趣味」だ。

 つまりそれは「ポケモンバトルを断片化、データ化したものを自分なりに読み取れている」ということで。

 既存のトレーナー達とはひとつもふたつも世代の違う、新世代のトレーナー……に、なれる可能性のある人物だという事である。

 

 話を戻そう。

 リーフが感じていた「数年前」までのリーグでの試合をみると、そういう感想にはなるだろう。

 もっと詳しくと言われていたので、リーフ(9才)なりに頭を悩まして。

 

 

「ショウに合うといっつもこういうむつかしいことされるからなー。改造人間にされちゃうよ」

 

「それはスマン」

 

「だからさー、いっつも言うけどさー。ショウ、あたしに捕まってみない?」

 

「もっとリーフの立場が上になって、福利厚生がしっかりしてたら考えるよ。……ほい、考えはまとまったか?」

 

「ん」

 

 

 リーフは膝に行儀よく手を置いて、首を左右にふりふりする。

 ぴた、と止めたところで口を開く。

 

 

「眼鏡のないほうのトレーナー。『壁を割る』とか『タイプを読まれない技』を駆使してる。『相手も自分のポケモンについて知っていること』を前提にした、『作戦』を持っているトレーナーだ」

 

 

 シュンについての批評。

 次に、イツキについての批評。

 

 

「眼鏡のある奇術師みたいなトレーナー。『自分の強みを押し付け』つつ、『統一性を一点突くことにカウンターを用意』している。普通のトレーナーではないけど、自分の知識に戦法をうまく乗せてる。ジムリーダーとか四天王みたいな、今のポケモンリーグでの勝率が高いオーソドックスな戦法を……だね」

 

 

 ふん、と鼻息荒く。

 リーフは腰に手を当てて、偉そうに。

 

 

「でも、あたしが推す(・・)としたら前のトレーナーだ。負けちゃったけど」

 

「どういうところが好きなんだ?」

 

「うん。相手の策を打ち破る速度がスゴい。何パターンも用意された構築に、即時対応をし続けている。そして自分の武器も用意……しようとしてる、よね? だって、あのポケモン達、トレーナーを信じるってだけじゃなく……最後まであきらめない目をしてる」

 

 

 ……リーフはテレビから視線を外すと、こちらの側を振り向いた。

 彼女にらしい、どや顔で。

 

 

「で、どう? あたしはショウのお眼鏡にかなったかしら?」

 

「そーな。合格」

 

「やたっ。……そうよね、ショウを捕まえるんじゃなくて、あたしが捕まるのもアリよね!」

 

 

 拳を握って天にガッ。

 喜ばしいことで。ただな。

 

 

「実のところ、リーフの旅には最初から付き合うつもりだったんだけどな」

 

 

 その方が「抑制」も「促し」も出来るだろーな、って結論だ。

 この世界に生まれた因子だのに、例外でもあるっていう……源流の特異点。

 その傍にいることは、悪いことじゃあないだろう。向こうが要望出して来てるんだしな、そもそも。

 なんて、正直に言うとリーフは……まぁ、予想の通り。

 

 

「んはー? なにそれー! 聞いてないんですけどー!」

 

「言ってないからな。だって言ったら慢心するし」

 

「慢心しないー!」

 

 

 ぼふぼふとモンスターボール型のソフビボールを俺に投げまくってくるリーフ。

 全部掌でさばいてキャッチして、むむむと唸って噛みついてくるのでそれも捌いて背負い投げ。ソファーの上へ!

 

 

「暴力系ヒロインはモテないぞーぅ。……いや、ご時世的には全盛期かもしれんが」

 

「暴力じゃなーい! ちっくしょー、やっぱりショウは捕まえないとダメかーぁ!」

 

 

 ばたばたとソファの上で四肢を動かす彼女をなだめつつ。

 さーて。これから秋は、リーフらも招待することだし。

 学園祭とかの準備を始めておくべきかね? んー、仕込みしとこ。

 

 







 リーフに組み込まれる要素はまぁFRLGでしかないんですが。
 彼女が黒ワンピースを着ている限り、ピカブイという要素が少しだけ後押しをしてくれます。

 彼女のイベントについてはつべとかで動画でもどうぞ。
 これは世界観的にもかなりのイレギュラーで、作者私的にもおもしろいなーと思っています。
 彼女の「要素の薄さ」に、「外来要素」が割り込んでいるというわけです。

 だからこやつらに目ぇつけられてるって感じですね。
 こやつら。


 あと今日は23時くらいにbwの閑話があがります。
 ノイズのベータ。



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1995/秋へ 残された夏休みを!

 ひとまず2話投稿します。
 9月中はもう1回くらい更新する予定です。


 

 Θ―― タマムシシティ/街中

 

 

 セキエイ高原から戻ったオレらを待っていました、学生の楽園こと夏休み。

 暦的には秋にも移り変わろうかという頃。それでも、太陽は諦め悪く、引き続きの炎天下。

 空にうずたかく積もった雲を見上げながら、隣を歩くナツホはポニーテールを揺らして伸びをする。

 

 

「んーっ……今日はお買いもの日和よねっ。帰りにはタマムシデパート寄ってくわよ!」

 

「ワフーッ!!」

 

 

 ナツホが腕を掲げると、その隣を歩くガーディ(わんた)が真似をして背筋を伸ばす。なんともはや日常的な光景だ。

 かくいうオレもマダツボミ(ミドリ)を腕に巻きながら、ナツホと共にタマムシシティを北へ向かって歩いている。その目的地は街の外側に区画整理された住居群、その一棟にある……らしい。

 

 

「ヘナッ!」ピシッ

 

「天気が良いのは良いけどさ。ミドリも喜んでるし。……それにしても、暑いんだよなー」

 

「仕方がないでしょ? セキエイ高原が涼しかったってだけなんだから、タマムシシティの本来はこんなもんだと思うわ。……まぁ、キキョウシティと比べて暑いっていうのには同感だけどね」

 

「だよなー」

 

 

 やはり都会だから、であろうか。故郷のキキョウシティと比べると、アスファルトやらコンクリートやらの比率が高いタマムシシティはやはりというかなんというか、とにかく暑いのだ。

 とはいえ緑化政策が勧められている分、お隣のヤマブキシティよりはまだマシらしい……とは、この暑い中でもゴスロリ(夏服ver)を断固として着こなすミィの談。夏には行きたくないなぁ、ヤマブキシティ。イツキとか大丈夫なのだろうか。

 

 

「……でもま、とりあえずこのままだとキツイ。コンビニで涼むついでにアイスでも買っていくかなー」

 

「ヘナっ!!」

 

「ミドリはアイス、好きだものねー……。あたしのガーディ(わんた)も毛の生え変わりとかは済んでるけど……やっぱり、あなたも暑いの?」

 

「ワンっ、ワフゥッ!!」

 

「暑いってさ」

 

 

 わんたはいつでも元気だなぁ。と、オレは適当な意訳をしておいてコンビニへと入る。

 入口脇に設置されたアイスコーナーを上から覗きつつ、

 

 

「じゃあガリガリ……4本ずつか」

 

ヒトデマン(ほっしー)は食べられないからあたしは3本ね」

 

 

 いつもの資料整理のバイト代の他に今はオレもナツホも、先日のバトル大会をレポートした分の収入(学生のレポートであるため割引かれてはいるらしいが)、〆3000円ほどがある。ある程度の支出も問題は無いだろう。

 コンビニに入ってアイスを手に再び外へと。……むわっとした熱気がトレーナーとポケモンを襲う!!

 

 

「……継続ダメージきつい!」

「ヘナッ?」

「グッグ」

「……ブィ」

 

「……ねえシュン。こっちも暑くなるからそういうのやめてくれない?」

「ワフッ……ワゥン!?」

「……ヘァ」

「キュゥゥン!?」

 

 

 マダツボミ(ミドリ)は口の中にすっぽり。ベニは口元に器用に咥えて。アカネはオレの手の持ったものをおずおずと。

 ナツホの方はというと、暑さに負けてだらっとしなだれたヒトデマン(ほっしー)を抱え、ニドラン♀(どらこ)ガーディ(わんた)は数口で食べきった反動でか頭をキーンとさせて悶えていた。

 そんな風にだれ気味にアイスを片手、歩くこと数十分。

 敷石の詰められた街路の突き当りに、街北東に設置されている第一ポケモンセンターが見えてくる。まずはここが目印のはずだ。そのまま視線を横へとスライド。

 

 

「さて、ショウの指定したアパートは……と。このポケモンセンターの隣の隣の隣……タマムシマンションD棟だったっけ?」

 

「合ってると思うけど、ややこしいわよね。D棟、D棟……あった」

 

「D棟、よし。間違いないな。それじゃあ全員、戻っておいてくれ」

 

「あんた達もよ」

 

 

 それぞれ手持ちポケモンをボールに戻してから、ナツホが指差したタマムシマンションD棟へと足を踏み入れる。入口の管理人のおばあさんに挨拶と要件を告げて、確認を取ってから中へ。

 エレベーターに乗った所で、やっとのことエアコンがお出ましだ。

 

 

「何階だっけ?」

 

「指定は屋上みたい。……別に、屋上に家があるわけじゃあないと思うけど」

 

「ってか、ショウの家に呼ばれたわけじゃあないらしいしな。屋上なんかで、いったい何をしてるんだか」

 

 

 オレが胸元をバタバタしながらショウの行動について考えていると、しばらくしてエレベーターのドアが開く。どうやら屋上に到着したらしい。

 外へと出れば、相変わらずの強い日差し。

 ―― しかし屋上には青空の下、色とりどりの花が一面を埋め尽くす様に咲いていた。

 隣のナツホが口を開けてぽかんとしているのも無理はない。いくらタマムシの屋上だからってこれはやり過ぎだ。……それに何と言うか、ここだけフェアリーな雰囲気だなぁ。以前旅行のパンフレットに写っていた、カロス地方みたいな、整備された美しさがある感じ。

 

 

「ふ、ふぅん……結構キレイじゃない」

 

「それには同意しとく。……さて。ショウの奴は、と」

 

「―― おーい。こっちこっち!」

 

 

 気を取り直してあっちこっちを見渡してみれば、遠くで手を振っている少年(ショウ)が1人。

 オレとナツホはそちらへ向けて、ショウの指示に従いながら、微妙に入り組んだ花壇の中を移動して行く。

 

 

「その柵は乗り越えてオッケー。そっちの土を踏まないように注意してくれれば良い。あ、街中を歩いてきたんだよな? 出来れば花壇の土を踏む前に靴の裏を除菌……ついでに身体にクリームをn」

 

「注文の多い園芸店っ!」

 

「細かいっ!!」

 

「あっはっは! 冗談冗談。雑草は生えてきたら考えるって。色々気遣いが必要なのはあっちの簡易温室に入ってるから、その辺は問題ないしな」

 

 

 屈託なく笑うショウに2人で突っ込みを入れておいて……いや、これはショウ的にはいつもの事だな。うん。

 ショウの居る場所へと辿り着くと、屋上の端に立てられた小屋の中から麦茶を取り出して来てグラスに注ぎ、オレ達の座った机の上に。

 オレもナツホも、それをありがたく受け取る。口に含んで……それじゃあ、

 

 

「―― それよりも、アンタのいうボランティアってのに参加しに来たんだけど。その話は?」

 

 

 といいかけた所で、ナツホが口早に捲くし立てた。……というか、セキエイ高原から帰ってからナツホの機嫌はすこぶる悪い。

 まぁオレとしても機嫌の悪さ、その原因は判ってはいるのだ。そこへゴウ達が気を使って、こういったイベントを紹介してくれてはいるんだけどな。

 だから、

 

 

「だから、今から話す流れだったろナツホ」

 

「ひひょひひょふるふぁー!?」

 

「2人さんとも、相変わらず仲のよろしい事で何より。……そんじゃナツホの言う通り、そっちの話を進めるとしますか。ほいこれ」

 

 

 我が短気な幼馴染の頬を引っ張っていると、ショウが冊子を取り出した。

 ……「ポケモンふれあいの家」?

 

 

「あによ、これ?」

 

「明日の日曜日に、俺がいつもボランティアに行ってる孤児院で催されるイベント。シュンとナツホにはこれの手伝いスタッフをして欲しいんだ」

 

「……お前、いっつもこんな事してたのか?」

 

 

 確かにショウは度々、シオンタウンにあるという孤児院の手伝いに行っている。研究しながら学生やりつつ、しかも学生はエリトレとレンジャーの掛け持ちしてるというにだ。

 ……加えてこんな事もやってると、なぁ。

 

 

「ん? あー、でもエリトレとレンジャーは元々両立出来るようなカリキュラムだろ? それにこの孤児院は俺が学生やる前から手伝ってた施設だしな。こういうイベントの企画とか他の孤児院との交流とかは参加してるんだって」

 

「いや、それもどうなのよ……」

 

 

 ナツホは呆れ顔だ。恐らくは、オレも同じ様な顔をしているに違いないけれど。

 そんなオレ達の反応をみやりつつ、ショウは続ける。

 

 

「ともかく。ボランティアだっても1日拘束する以上、俺と主催者からある程度の謝礼はするつもり。とにかく一般トレーナーのポケモンに多く参加して欲しいんだよ」

 

「でもさ、その孤児院ってポケモンも多く預かってるんだろ? ポケモンの頭数自体は足りてるんじゃないのか?」

 

 

 いつか聞いた話題を記憶から引っ張り出してみる。

 確かシオンタウンの孤児院は子供だけではなく身寄りの無いポケモンを預かり、一般トレーナーに授与するような制度も請け負っていたはずだ。内職の他にそういった活動が国から入る収入源になっているって、ショウから聞いた。

 ……ん? あ、そっか。

 

 

「ポケモンとのふれあいか。なら、確かにオレ達のポケモンのが適任かもしれないなー」

 

「おっと、流石はシュン。気付いてくれたか」

 

「どういうこと?」

 

「先に行っておくけど怒るんじゃないぞ、ナツホ。……前にホラ。春にオレ達のポケモンが配られた時もこういう話、しただろ?」

 

「……あぁ。そう言えば、そうね」

 

 

 説明をすれば、ナツホも思い出してくれたらしい。

 あれだ。孤児院が預かるようなポケモンって言うのは基本的に……捨てられていたり、住処を追われていたり。つまり警戒心の強い状態であることが多いのだ。

 だとすれば、「ふれあい」をするには……ちょっとな。

 

 

「あー、実際には孤児院の孤児とか近所の子供達に毎日のように遊ばれてるから、普通に人懐っこいポケモンも多いんだけどな。それでもそういうポケモンが少なからず居るのは確かで……なら元からトレーナーのポケモンが増えるに越した事はない、ってな」

 

「分かった。そういうことなら喜んで協力するよ。なぁ、ナツホ」

 

「仕方ないわね」

 

 

 それならオレにしろナツホにしろ、力になる事が出来るだろう。アカネは若干心配だけど、最悪ボールの中で待機していてもらうという手もないではない。

 ……アカネ自身もセキエイ高原での一戦以来、前向きになってきてくれている気がするしな。ま、そんな事はしなくても大丈夫だろ。

 しかし、ここで問題が1つ。

 

 

 

「……でも明日、シオンタウンまでって言うと結構距離があるよな。……ナツホはどうする?」

 

「うーん……ヤマブキまで行けばバスがあるでしょ? それを使えば、実質、移動距離は少なくなるんじゃない」

 

「それでも十分遠いんだけど、まだマシか」

 

 

 タマムシシティと現場のシオンタウンは、街1つを挟むくらいには距離が離れている。となれば、移動に時間が掛かり過ぎるのである。

 と、悩んでいるオレ達をみかねたのだろうか。

 

 

「いや、その辺はこっちで移動の準備をしてあるから気にしなくて良い。一瞬で着く予定だ」

 

 

 ショウの奴がここまで自信満々に言うからには、何か用意がしてあるのだろう。ピジョットによる輸送(カーゴ)とかさ。

 ……そんじゃ、その辺はショウに任せるとするか。あとは、

 

 

「何かオレ達が準備すれば良いものとかはあるのか?」

 

「いや、ポケモンだけいれば十分。昼飯もあっちで用意するし、移動手段はこっちもちだし。明日朝8時にスクールの裏門に集合するだけでいいと思う。……多分。俺がなんか忘れてなければ」

 

 

 微妙に不安を煽る返答だ。

 けれどショウはさして気にした様子も無く、手元に持っていた金属部品の組み立てを始めていた。……多分、スプリンクラーとかその辺だろう。

 

 

「うっし、それじゃあそんな感じで。俺はまだ花壇の手入れ続けるから……その用紙に名前書いといてくれるか? それ、本人サインじゃないと駄目らしくてなー。アナクロだけど」

 

「判った。……ほい、ナツホ」

 

「うん。……はい、書いたわよ」

 

「ども。……おっけ、これにて準備は終了だ。今日はわざわざこっちまで来てもらって悪かったな。重ね重ね迷惑かけるけど、また明日、宜しく頼むよ」

 

 

 最後に手製のスプリンクラーを稼動させてから、ショウは小屋の中へと戻って行った。

 ……突っ込みを入れとこう。いや、どんだけ園芸好きなんだよアイツ。手製て!

 

 

「―― さて。こんな感じで用事も終わった事だし。戻るか」

 

「ん? あ、そうね」

 

「……っと。ナツホ、なに見てたんだ?」

 

 

 突っ込みも脳内で済ませ、寮へと戻るべく腰を上げると、ナツホがまだ座ったままどこかへ視線を向けていた。

 視線の先は……花壇?

 

 

「うん……この花壇って、かなりキレイに手入れがされてるわよね。サークルの木の実園も、そろそろ選定を終わらせなきゃいけないかなー……って思ったのよ」

 

「そういや、そうだな」

 

 

 セキエイ高原に合宿に行っている間は業者に任せていたんだけれど、それはあくまで最低限のもの。最も手が掛かる……佳境たる夏場。オレらとて入れ替わりに手入れを行ってはいるが、必要な部分は未だ多く残されているらしい。

 ……成る程。ナツホが言いたい事は大体判った。もしや、ショウの奴……

 

 

「うっわ……マジか」

 

「ぽいでしょ? ……今度、園芸サークルの人員集めて一気に手入れをしといた方が良いのかも知れないわね。ただしショウ以外で」

 

 

 奴は団体行動というものを知らないのか。だとすれば……確かに、オレ達でやっておいた方が良いのかも知れないなぁ。

 そんな感じに、オレはナツホと園芸サークルの集会について話をしつつ。タマムシデパートを経由して、その日は寮へと戻る事にした。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 そして後日。

 園芸サークルの畑作業について、裏門の木陰にて待ち合わをしていたショウを直接問い質してみた所。

 

 

「……いや、1人でやってる訳無いだろ。ミカンがどうしてもやるっていうから、俺も手伝ってたんだって。昨日だってミカン、屋上の小屋の中でプランターの土弄ってたんだぞ?」

 

 

 とのことでした。

 ……でもなぁ。

 

 

「お前ならやりかねないからさ。本気で心配したんだ」

 

「そうよ。普段の行いのせいよ」

 

「……そこまで言われるとなると、自分の普段の行動を反省せざるを得ないんだが」

 

 

 ナツホの追撃を受けて、頬をかきながら苦笑いするショウ。

 ま、コイツへの戒めはこれくらいにしておくとして。……となると、問題はミカンだな。

 

 

「ミカンはなんで、いきなりそんな事を言い出したんだ? どっちかって言うと引っ込み思案で、そんなにアクティブな印象は無いんだけど」

 

「あー、そうだな。元々、夏休みは実家に帰る予定だったみたいなんだが、どうも予定変更でこっちに残る事になって、時間が出来たらしい。だからといって1人でやるには園芸って力仕事だろ? 流石に見かねた俺が助力を申し出たって流れだった。……予定変更の理由については俺なんかよりナツホとかのが詳しいと思うけど、どうだ?」

 

 

 ショウが話題を向けると、ナツホは目を細くする。

 そういう気配に敏感なノゾミも居る事だし、同じ寮の隣人兼友人としてミカンの事情は聞いているのだろう。やや口を曲げて逡巡した後、他に口外しないよう注意を促しておいてから。

 

 

「……どうもアサギシティの灯台守のデンリュウが代替わりするらしくて、ミカンは帰省どころじゃないみたい」

 

「代替わり? いやさ。それってむしろ帰った方が良いんじゃないのか?」

 

「それがね。ミカンの家は灯台守をやっているらしくて……」

 

 

 アサギシティの灯台といえば、海を往来する船を導く役目を持つ重要な灯台だ。特にアサギシティから先の海域は海流がとても複雑かつ迷い易く、ジョウトだけならずカントーも灯台の恩得は受けているらしい。

 そんな場所で、灯台守の一族と。デンリュウの代替わりがどういった意味を持つのかは判らないが……

 

 

「兎に角、ミカンの家は無関係じゃあないって事か」

 

「……そうみたい。帰ってもばたばたしてて何も出来ないから、ミカンはそっちに居なさいって言われたって。ミカン、仕方が無いって笑ってたけどちょっと悔しそうだった」

 

「うーん……まぁ、子供のうちは気苦労を背負って欲しくないんだろうよ、親としては」

 

 

 表情が若干曇るナツホと、ショウは何故か親目線でのご意見。

 恐らく、ミカンは何でもいいから身体を動かしていたかったのではないだろうか。帰った所で自分に出来る事が無いのは判っているに違いない。だがそれと心とはまた別、というお話だ。

 と。微妙に表情が暗くなっていたオレ達を見越してか、ショウは手が鳴らして場を取り持つ。

 

 

「はいはいそこまで。―― まぁ、そんなこんなでミカンの鬱憤晴らすのに暫く付き合ってたらこの通り、花壇やらクラブの畑やらを一通り手入れしてしまいましたって訳だ。それで昨日は、俺のマンションの花壇の整備当番にも付き合ってくれてたと。こんなんで判ったかね?」

 

「了解。……移動の前だってのに、説明させて悪かったな」

 

「一応は判ったわ。フン、あんたがミカンに手でも出したんじゃないかと思ったじゃない」

 

「いやそれはないなぁ。とかとか、思いっきり否定しておく」

 

「……判ってるだろナツホー」

 

「まぁね。……冗談よ?」

 

「こっちも冗談だと思って相槌うってるし、構わんですよー。……よしよし。そんじゃあ、と」

 

 

 話題を区切ると、ショウは自分の鞄を漁り出した。

 青く塗られた鞄から突っ込んだ手を引き抜いて、手の先に掴まれているのは……

 

 

「実は、孤児院への移動はこいつに任せてるんだ」

 

 

 そう言って掲げたのは、なんら変哲の無いモンスターボール。

 しかし中からピジョットでも現れるのかと思いきや、ショウは一向にボールを空ける気配が無い。いや、これからシオンタウンに移動するんじゃなかったのか?

 ショウはそのままボールに話しかけ、

 

 

「移動するぞー」

 

 

 ボールをかざし、

 

 

「―― あ、目は瞑っておくのをオススメする」

 

 

 最後に付け加えたような一言。……嫌な予感!!

 慌ててオレもナツホも目を瞑り、次の瞬間。

 

 

 

 《《 グニャッ♪ 》》

 

 

 Θ―― シオンタウン/ポケモンハウス

 

 

 ――《グニャオン♪》

 

 

「……」

 ↑ 膝を突いてうずくまるシュン

 

「……」

 ↑ 手で口元を押さえながら壁によりかかるナツホ

 

 

「よっし、着いた着いた。シオンタウンはポケモンハウスに御到着ぅ、っと」

 

「あ、ショウだー」

 

「ショウだー。あと、誰?」

 

「ねえねえショウ、今日はこの間のお姉ちゃんも、ミィも、ナナミお姉ちゃんも居ないのー?」

 

「何だよショウ、フられたのかー」

 

「こないだのお姉ちゃんはここの花壇の手入れにつき合って貰っただけ。ミィは仕事中で、ナナミはポケモン医療資格の上級クラスで実習期間中だ。けど、代わりにこの2人を連れてきたぞー」

 

 

 ショウが(多分)こちらを腕で指して(恐らく)子供達に紹介している。

 

 ……。

 

 ぉぇぅぁ……。

 

 いや……歓迎ムードの中悪いんだけどさ。子供に絡まれる前に。

 

 

「な、ショウ。……トイレって、どっち」

 

「そこ。男女別だから同時に飛び込んで良し。《バタンッ!》―― あー、やっぱり酔ったか。俺も前はよくよくトイレのお世話になってた。まぁ、慣れれば平気なんだけどな」

 

 

 ショウの指差した個室へ、オレとナツホは出来る限りの速さで飛び込んだ。

 

 ……ああ。

 顔を洗っているだけだともさ!!

 

 



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1995/秋へ ポケモンふれあいの家(ただし公園にて)

 

「―― 酷い目にあったわ。覚えてなさいよ、ショウッ!?」

 

「スマン。そして判った。報酬ちょっと上乗せしとく」

 

「せめて誠意で支払えよ……」

 

 

 テレポートから数分の後。

 やっとの事顔色の回復したオレとナツホはポケモンハウスの居間に案内され、ソファーに突っ伏していた。

 ショウの説明を信じるならば……元より疑う気は無いが……どうやらオレ達に襲い掛かったのは『テレポート』酔いであったらしい。脱力感と浮遊感、頭重感……それと嘔tいやなんでもない。

 

 

「……でもさ。こういうのがあるなら事前に言ってくれ、ショウ。本気で見せられないよ、な映像をお届けするかと思ったぞ」

 

「いや、本気でゴメンって。普段は俺1人なもんで忘れてた。背中をさするから替わりに秘伝マシンをおくれ」

 

「意味が判らないって。……それより、そのポケモンだ」

 

「あー、そうだな。このフーディンは俺がシオンタウンに行く日だけ、ナツメから借りてるポケモンなんだ。言おうと思ったらもう『テレポート』発動寸前でな」

 

 ――《カタタッ!》

 

「おう、悪いな。いつも世話になってるよ」

 

「フーディン? ……それってナツメさんの切り札じゃないの?」

 

 

 ナツホが聞き返すと、ショウは頷く。

 言う通り、フーディンといえばヤマブキジムのリーダーであるナツメさんのエースのポケモンだ。何故それがショウの手元にある、なんて流れになるのだろうか。

 するとショウはそのまま顎に手を当てる、何時ものポージング。

 

 

「まぁ確かにそうなんだが……だから、シオンタウンから帰る時はいつもナツメが迎えに来る事になってんだよ。俺は1人で移動するのも好きだし、自分の自転車があるからナツメの手を煩わせなくて良いって言ってるんだけど。どうも時間が掛かるのは非効率的だとか言われるとなー」

 

 

 等々、ショウは話を続けるものの……恐らくも何も、会うための口実だと思う。ナツメさんの策略だ。

 同じことを思っていたのであろう。隣のナツホが頬杖を着き、呆れの色を濃厚に、オレの意見を代弁して言い放つ。

 

 

「はいはい、何時ものショウね!」

 

「あー、そうだな」

 

「そしてお前が同意するのか!」

 

「ナイスなツッコミをありがとな、シュンもナツホも。……と」

 

 

 ソファーを挟んでいつものやり取りを繰り広げていると、ショウは何かに気付いたらしく、突然オレらの後ろへと視線を向けた。

 何を……おお。

 

 

「―― いらっしゃいましたね、ショウ。お茶を入れてきたのですが……何やら皆さんお疲れのご様子です。どうぞ」

 

「ここで休んでいったらいいんじゃないの? ほらほら、わたしとバーベナと子供達が焼いたクッキーとか出してあげる!」

 

 

 オレも視線を移せば、その先でピンク髪マシマシと黄色髪ハネハネの少女が2名、お盆を手に持ってこちらを見下ろしていた。2名の少女はそれぞれ、各々が髪色と同系統のワンピースを纏っている。儚げだが清楚な雰囲気は、孤児院という環境にも2人にも実に似合っていると言って良いだろう。

 そのまま持ってきたお盆を机に乗せて、湯飲みとクッキーがオレらの目の前へと置かれた。何となくだけど安心感というか何と言うか、そんなものを感じる動作だ。

 

 

「あんがと女神姉妹。ポケモンハウスはどうだ?」

 

「どうもこうも。貴方が来た先週と相変わらず……皆、心身ともに壮健です」

 

「平穏よ、平穏。世はなべて事も無し。ショウも平和、好きでしょ?」

 

「はっは、そりゃ勿論! ……さてさて、紹介をしなきゃな」

 

 

 ショウが言って、少女達が談笑をしながらテーブルに着く。

 ……見た目は2名共、オレらと同じ程度であろうか。どこか浮世離れした様な雰囲気のある……姉妹、で良い筈。ショウの言葉を借りるなら、ではあるけれど。

 

 

「こちらは女神姉妹。ピンクの髪がバーベナ、黄色の髪がヘレナ。同年の11才だけど、俺が居ない間はこの2人が孤児院の面倒を見てくれてるんだ。……そんで女神姉妹。この2人は同い年、俺のスクールでの友人。男子がシュンで、女子がナツホ。今日の『ふれあいの家』のイベントを手伝ってくれる予定。ほい、女神姉妹から挨拶どうぞ!」

 

「貴方に言われなくとも。……失礼しました。お初にお目にかかります。わたし、バーベナと申します。本日はお二方が催しのお手伝いをして下さるとの事。どうぞ、宜しく、お願いします。……それにしても。ショウに何か迷惑をかけられてはいませんか?」

 

「ねえバーベナ、それは流石に失礼……普通に友人じゃ駄目なの? ……あ、わたしはヘレナっていいます。バーベナとは姉妹みたいな感じね。いやぁ実際、手伝ってもらえるのはとても助かるんだ。悪ガキどもの見張りをするだけでも結構大変でさ」

 

 

 バーベナが深くお辞儀をすれば、横からヘレナがフォローを入れつつの挨拶。コンビネーションも良く、物腰も何かと丁寧な印象を受ける。

 ……しかし、隣の幼馴染が疑問符を浮べていてだな。

 

 

「姉妹……みたいな、感じ? ってあによ。姉妹なら姉妹ってはっきり……」

 

 

 あ、この流れは拙い。素早くフォローを、と、

 

 

「待てナツホ。……ここはどこだと思う?」

 

「? ここ……って、勿論……孤児院……あ」

 

 

 ぽかっと口を開けたナツホは、想定通りに気付いてくれたらしい。あわあわと視線を動かし……オレの出番。

 

 

「……さて。2人とも、話を切って悪かった。とりあえずこっちも自己紹介するよ。オレはシュン。隣は幼馴染のナツホ。どっちもショウと同じポケモントレーナーでさ、今回はお手伝いに参加するんで宜しくお願いします」

 

「…………なんかゴメン。あたし、ナツホ。宜しくお願いします……」

 

 

 微妙にへこんだ我が幼馴染が、遅ればせながら挨拶を返す。まぁ孤児院だからお察しという辺りはオレも勘なんだけどさ。

 ここで少女方々の反応を気にして表情を窺ってみれば、件の2名はしかし、さして気にした風も無く笑っていた。ヘレナが手をぶんぶん振って、ナツホへと笑いかける。

 

 

「ううん。気を使ってくれてアリガト、シュン君。それにナツホも気にしないでね。変に気を使われるよりは全然良いからさ! すぱっとした性格なんだねー。あ、他にも何かあったら遠慮せずに何でも聞いて頂戴!」

 

「そうですね。ヘレナの言う通り、気にすることは無いです。わたし達自身も生い立ちについては全く覚えておりません。ついぞ気にした事も、ですよ」

 

「そう言ってくれるとありがたい。な、ナツホ」

 

「うん。……えと、ありがとう。ヘレナ、バーベナ」

 

 

 ナツホが必殺の上目遣いを発動しながら2人と順番に握手。うんうん、良き哉良き哉。

 目の保養になるような美人方々の紹介の後。バーベナとヘレナとも微妙に馴染んだ感じがした所で。

 

 

「うっし。さてさて……これにてポケモンハウス重役との顔合わせも済んだ事だし、さっさと打ち合わせに……」

 

「いえ、ショウ」

 

「……ん? 何かあったか、バーベナ」

 

「フジ老人が帰ってきていませんよ」

 

「それって良いのかな? 勝手に進めて」

 

 

 ショウが本題を話し出そうとすると、女神姉妹から突っ込みが入れられた。

 聞けばどうやら、そのフジ老人という方がこの孤児院の代表を務めている人らしい。

 だとすればバーベナとヘレナの疑問は最もなのだ……けれども。

 

 

「あー、良いと思うぞ。許可は貰ってある。……どうにも最近、黒服のがここらに出張り始めてるからなぁ。急遽その辺りを『お話し』しなきゃいけなくなったんで、今日のイベントの仕切りは俺に任せるってお達しを貰ってるよ」

 

 

 ショウはいつもの事とばかりに、そう返していた。見ればバーベナもヘレナもまたかという感じ。……いつもの事なのか、これ。子供に任せる仕事かよ。いや、オレもナツホも子供だけれど。

 ……ま、その辺は気にしないでおこう。ここまで含めていつもの、と言える辺りは実にショウらしくもある。それよりもだ。

 

 

「黒服って、ロケット団か?」

 

「あー、いや、それに関しては俺の言い方が悪いだけだ。黒いのはスーツで……直接の関係は、少なくとも表面上は見当たらない。土地の利権とかの話になるとどうしても俺は舐められるんで、そういうのは事前に打ち合わせしてからフジさんにお願いしてるんだって」

 

 

 ショウの話を聞くに、お話しの相手はロケット団ではないがどうもそういう(・・・・)お人柄の方らしい。

 しかし得意分野の舌戦でショウよりも、となると……フジ老人はそういった方々にも最低限の顔が通っているお人だという可能性があるのだが。

 ……いや、これ以上は考えるのを止めておこう。きっと筋骨隆々のお爺さんで、雰囲気(オーラ)が違うだけだと思いたい、という願望。

 

 などとそのまま、流れた話題を強引に引き戻してから、ショウが仕切りなおした。

 

 

「そんじゃあ今日の予定をおさらいな。場所はここから徒歩5分の位置にある公園で、開園は10時から。今回はうちだけでなく他の提携してる孤児院との合同企画だから、他の地方とか、海外からもお客さんが来る予定だ。子供は総勢200人前後。監視と運営を含めて他の孤児院からも応援の助っ人は来るし、勿論シュンとナツホと俺ら以外のトレーナーもボランティアとして参加する。……お偉いさんも居ると思うけど、そういうのは俺か女神姉妹、または後から到着するフジ老人が接遇する手筈だから、シュンとナツホは聞かれた時にテントまで案内してくれればそれで良い。つまりシュンとナツホは設営の他、子供達とポケモンで遊んでやるのがメインの仕事になるな」

 

 

 そういえば昨日渡された紙に書いてた気がするな。海外からも、とか。半ば忘れてたけれど。

 そのまま、ショウは来る団体の名前やら参加予定のお偉いさんの顔写真やらを見せながら解説を続けてゆく。小気味良く進めること5分ほど。ある程度の説明を終えたショウは首を捻って腕を伸ば、伸びをする。

 

 

「んー、っと! こんな所か。……バーベナ、ヘレナ、あと他に注意点はありそうか?」

 

「そうですね……。特に最近、子供たちの間でポケモンバトルごっこが流行しております。ここに居るポケモン達は基本的にレベルが低くなっているので、危険な事にはならないと思うのですが、それとなく気を配って下さると大変助かりますね。……ヘレナ?」

 

「わたしも? うーん、バトルについてはバーベナが言ってくれたからね。……イシツブテ合戦は良いけど間違って『じばく』しない様にコダックを必ず抱いておかせてね、とか。室内で遊んでるポケモンを無理やり外に出すのはやめてあげてねー、とか。そんな感じかな」

 

 

 そして、バーベナとヘレナが幾つか注釈を付け加えてくれた。うーん……こうして話を聞くだけでも注意点は数多く、中々に大変そうだ。

 

 

「さて。あと何か、質問とかは無いか?」

 

「あたしは無いわね。……シュンは? 何かある?」

 

「あ、それじゃあ折角だから直接の関係はないけど気になってる事を。……女神姉妹ていう呼び名については聞いても良いか?」

 

 

 ある程度場もこなれた所で、オレは遅まきながら突っ込みを入れてみる。

 いやさ。最初から気にはなっていたんだけれど、我が幼馴染のフォローに入ったから時期を逃していたんだ。やっと聞けたよ。

 質問を受けた女神姉妹は、しかし、揃ってショウの方向を見つめていて。……あ、やっぱり原因はコイツか。

 

 

「えぇー……と。……解説してくれるか、ショウ」

 

「残念ながらそんなに深い理由はないって。2人ともキレイ所だろ? そんな感じ。命名は俺な!」

 

 

 そこで胸を張るな! 由来が全く持って判らんから!!

 ……というか、暗に女神みたいに綺麗だって言ってるとなると口説き文句でしか無い訳で。うん。オレは普通に呼ぶことにしよう。脳内では呼ぶかもしれないけどさ。

 

 

 

「いくら止めてと頼んでも、ショウは聞き入れてくれませんでしたから。イジメでしょうか。イジメは良くないのです」

 

「いーじーめーてーまーせーんー。美しさは罪だって誰かが言ってた気がする」

 

「って、ショウは見ての通りの感じでね。それでわたしもバーベナも、もういっかなって諦めたんだ。まぁね、悪い気はしないんだけどね。流石にこうして初対面の人にも平然と『女神』とか使われると……うん。恥ずかしいって」

 

「やっと定着してきたんだけどなー」

 

 

 止めてよというヘレナの言葉をショウは平然と受け流す。奴は止めるつもりがないらしい。ショウは普段は子供離れしている癖に、こういう所でだけ相応の子供っぽいんだよなぁ。

 

 

「つー訳で、だ。まずは公園で他の施設の人達と顔合わせしてそのまま設営に移る予定。今から案内するんで、全員着いて来てくれよ」

 

「わかった」

 

「さっさと案内しなさいよ」

 

「……皆、良い子で待っていて下さいね」

 

「バーベナの言う通り! 喧嘩なんてしてたら、あとでおしおきだからねー」

 

「「「はーい」」」

 

 

 オレとナツホは早々に扉を開けたショウの背を追って席を立ち、女神姉妹は子供達に言い聞かせてから。

 5人でもって、シオンタウンへと繰り出した。

 

 

 

 Θ―― シオンタウン/公園

 

 

 

 ポケモンハウスを出て15分ほど歩けば、町の南側、シオンタウンの町立公園へと到着。

 公園の入口から入って、まずはショウに連れられながら挨拶回りをこなす。孤児院同士のネットワーク的なものがあるようで、シンオウ地方やホウエン地方、オレのジョウト地方からも人員は集まって居る為にスタッフ側も中々な人数が動員されているようだった。

 ……そういえば、シンオウ地方といえば……あのヒヅキさんが明日、コトブキ社とシルフの提携協力の会談(をする父に着いて)カントーを訪れるらしく、ついでにタマムシシティに顔を出すのだそうだ。オレも合宿のイツキ戦の前に言っていた「お返し」について、待っていてくれとメールで連絡を受けている。

 彼女と会うのもそうだが、加えてアカネがブラウンに会えるのを楽しみにしているんだよな。どうやらアカネは、ブラウンの騎士的な態度(と、とりあえずは呼称するが)に感じるものがあったみたいだし。

 

 話を戻して。

 

 挨拶回りを終えてからはショウおよび女神姉妹と別れて公園で設営を始める。やはりボランティアとなると男手は少ないらしく、柵や旗の運搬の様な力仕事が主だったものとなる。

 ……ショウに付き合って運動はしてるから、まだマシになっているとは思うんだけどな。なんだか微妙に腰が痛い。

 しばらく設営を済ませてポケモン達を誘導した所で10時となっており、いよいよ本番。入口からどっと流れた沢山の子供達が、公園中に放たれたポケモン達を追いかけながら散ってゆく。

 

 

「……凄い元気」

 

「オレ達と5つくらいしか違わないけどな。5年前はオレ達だってあんな風だったと思うぞ?」

 

「ま、それもそうね。マダツボミの塔とかアルフの遺跡でかくれんぼとか、毎日の様にしてたもの」

 

「そんで最後には皆でユウキを捜索し出す所までがセットだけどな」

 

 

 ナツホの隣で走り回る子供達とポケモン達を眺めながら、少しだけ思い出話に浸ってみるものの……さて。

 こうなると、オレ達の仕事はショウの言っていた通り安全管理および遊びの相手になるだろう。

 それじゃ気合入れて、相手をしますか!!

 

 

 

ΘΘΘΘ

 

 

 

 そうして、子供達と遊んで2時間が経った頃。

 オレとナツホも大分ボランティアに慣れてきて、子供達とポケモンを昼食の振舞われている区画へ案内している最中だった……のだが。

 

 

「―― 失礼ですが、運営側の方。ひとつ、道案内をお願いしても宜しいですか?」

 

 

 クラブ(ベニ)の上に乗って遊んでいた子も、マダツボミ(ミドリ)の蔓で縄跳びをしていた娘達も、かくれんぼよろしく逃げ隠れするイーブイ(アカネ)を追い回していた子も。

 子供達全員が、そろってぽかーんと口を開けた。

 

 

「「「……でっかぁ」」」

 

「へッナァ」「グッグゥ」「ブイゥ」ササッ

 

 

 それも仕方が無いこと。何せ、オレの後ろから声をかけてきたのは、身長2メートルはあるかという大男であったのだ。

 紫と金が多用された豪華な装飾のマントを羽織り、モノクルを装着し……その背後には影と見紛う様な黒い人物が控えているが、SPか何かだろうか。

 どちらにせよ威圧感が半端ないせいで、子供達は一斉にオレとナツホの後ろに隠れてしまう。すると。

 

 

「―― アナタ達は下がりなさい。子供達が怯えているでしょう」

 

「……はっ」

 

 

 察した男の人が、優しげな声音でSPを下がらせる。……ってか一瞬で消えたぞ、今。人力テレポートかよ。

 しかし体駆や格好を差し引いても、この人自身にもオーラがある感じだな。これがカリスマ性という奴だろうか。SPもついていたし、それにポケモンハウスで見た顔写真も記憶に残っている。ショウの言っていた「お偉いさん」の1人に違いない。

 オレはやや態度を整えつつ、隣のナツホへ目配せ。

 

 

「……すまないナツホ。オレが案内するから、暫くここ頼んだ」

 

「いいわよ、別に。さっさと行って来れば良いじゃない」

 

「お? シュン、どっか行くのかー」

 

「えー」

 

「シュンお兄ちゃん、また後でねー」

 

「ああ。案内終わったらまた来るからさ、皆、良い子にしててくれよ? お前たちも、宜しく頼んだ」

 

「グッグ!」「ヘナッ!」「……ブィ」コクッ

 

 

 最後にポケモン達にも声をかけ、色よい返事を貰った所で、オレは男の人の居る側へと向き直る。

 

 

「すいません。お待たせしました」

 

「いえ。此方こそ、お手数をお掛けした様で。お仕事中に申し訳ありません」

 

「構いません。これも仕事ですし、そもそもオレ達はボランティアですから。それでは……あちらです」

 

 

 男の人を数百メートル先のテントまで案内する事に。

 しかし、暫く歩いていると……うーん。

 

 

「あの、杖とか車椅子を用意してきましょうか?」

 

 

 などと、オレがこの提案をしてみたのには理由がある。男の人の歩き方は、どうにも右脚を庇っている様子なのだ。不自由とまでは行かないものの、それなりに動かない状態であるらしい。

 ……モノクルを右側にしている所を見るに、もしかしたら、右半身が……なのかも知れないけれど。

 

 

「お気遣いをアリガトウ。見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません。……ですが、大丈夫ですよ。多少歩き辛いだけなのです、問題はありません。むしろ歩くのは好きなのですよ?」

 

 

 見苦しくはないと否定したかったが、件の男の人は会話繰りによって安易な追求を回避。

 問題ないといわれてしまえば、此方としてもあとは触れない方が安牌だろう。などと、切り替えることにしておいて。

 その後も、男の人は微笑みながら話を続けてくれる。

 

 

「……この町の孤児院であればワタクシも何度か訪れているのですがね。カントーをこうして歩くのは久方振り……公園に至ってはまったくの初めてでして。ワタクシとした事が、不安だったのです。貴方が居てくれて大変に助かりました」

 

「そうなんですか」

 

「―― ところで。貴方も大変お若く見えますが、何歳になられるのです? いえ、失礼。この場にて、しかも初対面の得体の知れない男に年齢を聞かれて大変困惑されるかとは思ったのですが……このイベントにはどうにも若いトレーナーが多くいらっしゃる。ワタクシとした事が、興味をそそられてしまいましてね」

 

「大丈夫です、気にしてませんよ。オレは今年11才になった所です。エリートトレーナーを目指している学生で」

 

「おお、それはそれは。ワタクシにも同い年の息子がおりまして、どうも親近感とうか保護欲というか、そんなものを覚えてなりません。皆さん将来有望なようで何よりです。それに若い人材を育てることは何処の国でも、何時の時代でも必要となる案件でしょう。貴方達の様な方々が未来を担ってくれるのであれば……いやはや、カントー地方も安泰というもの。これも年寄り故の老婆心という物なのでしょうけれどね」

 

 

 饒舌というよりは、話し慣れしているといった方が適切か。そんな相手側の会話の上手さもあってか、オレは結局会話を途切れさす事無くショウの居る所まで案内する事が出来た。

 設営されたテントに一礼。男の人の体格からすると小さなその入口をオレはそのまま、後から着いて来た男の人は屈みながら潜る。

 目的のショウは入ってすぐ、入口の脇に座っていた。子供達を見ながら名簿に何やら書き込んでいたショウは、此方に気づくと顔を上げて立ち上がる。

 小走りに近くまで寄ってきて、男の人と握手を交わす。

 

 

「案内をありがとうな、シュン。……あー、ども。お久しぶりです ―― 悪魔的な音さん」

 

「いきなりの挨拶がそれとは、ショウさんは相変わらずウィットに富んだユーモアがお好きな様だ。……いえ、実際にお久しぶりですがね。こうして直接顔を合わせるのは、バーベナとヘレナが転院した一昨年以来になります。2人は壮健でしょうか?」

 

「ええ。面倒見も良いし、家事も抜群。やんちゃ盛りの子供達を相手に、根気強く頑張ってくれていますよ。むしろ、俺もお世話になっている位ですし」

 

「それはそれは! あの2人が馴染めたのも、ショウさんとポケモンハウスの方々の尽力あってこそなのでしょう!」

 

「あー……いえ。俺なんかよりも孤児院の子供達や、フジさんの力が大きいんじゃあないでしょうかね。後は2人の元から持っている気質だと思います」

 

「はは。ショウさんはまた、御謙遜をしていらっしゃる。謙遜はこの国の美徳ではありますがね」

 

「謙遜じゃないですって、ホント。俺はただの友人ですから、やっぱり、子供達との交流が大きいんだと思いますよ。……なんなら顔を見ていきませんか? 2人とも、あっちでふれあい広場の運営をやってますが」

 

「いえいえ。ご好意を袖にする様で申し訳ないですが、それには及びませんよ。先ほど遠目からではありますが、しっかりと目に留めさせていただきました。……あの娘達が今、あのように大勢の子供達に囲まれているのです。大変に喜ばしい事ですね」

 

 

 その言葉通りに、悪魔的な音さん(仮)は微笑んでいた。内容から察するに、この人はどうやらバーベナとヘレナに関わりのあるお人らしい。

 ……となると別の孤児院の運営者さん、とかなのか? だとすれば成る程。間違いなくお偉いさんだ。

 

 

「ショウ、オレは席を外してていいか? ナツホを待たせてるんだ」

 

「おう、いーぞ。昼飯時にありがとな」

 

「ワタクシからもお礼を。ありがとうございました、少年」

 

 

 ショウと男の人に揃って見送られ、オレは一礼してからテントを後にする。

 ……なんか不思議な人だったな。いや、それを言ったらショウも十分に不思議な奴なんだけどさ!

 

 





 案内の場面にはポケモン恒例の道案内BGMを御用意くださればと。……いえ、案内されたお人には似合わない音かも知れませんね。キャラソンでも良いのd(ry

 さて、今回はとりあえずここまで。ボランティアがあとちょっと、小話が盛りだくさんで行きます。
 前回更新分の修正とかもしたいのですが……うーん、中々に時間がありませんね。
 では、では。


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1995/秋へ G-cisとは不協和音である

9月とは何だったのか……(ぉぃ
とりあえずお茶を濁します。


 

 遡って、シュンがショウの居るテントを離れた直後。

 

 

 

 Θ―― シオンタウン/公園設営テント内

 

 

 

「……それで、ゲーチスさん。わざわざ俺の方に顔を出してくださったのは嬉しいですが、一体全体何用で?」

 

「いえいえ。バーベナとヘレナの顔を見るのもそうですが ―― ショウ。改めて、アナタをスカウトさせて戴きたく思いましてね」

 

 

 勧めた椅子に腰をかけ、俺の出したウェルカムドリンクを一口だけ含み、目の前で(表面上は)にっこりと笑うゲーチスさん。

 ゲーチスさんといえば、BWおよびBW2で悪の組織……プラズマ団の親玉を勤めたお人だ。会話繰り、人を扇動する能力、上に立つカリスマ。それら全てを併せ持っている上、ゲームにおける「人の悪さ」の描写が半端ないんだよなぁ。

 だからこそ……サカキ以上に判らないお人かと。サカキが鉄面皮だとすれば、この人のそれはポーカーフェイス。厚化粧を塗りたくった上に演技派の技巧を加え、デコイを置きまくってチャフをばら撒きながらマニューバとかそんな感じ。コクピット周辺にはiフィールドも忘れないで、とかとか。

 ……何か表現も判り難いな。まあいいけど。

 

 

「それで、スカウトでしたか。……んー、前も1回断りましたよね? だから改めてって言うのは判りますが、今回も言葉は同じですよ」

 

「ショウ。貴方ならばそう言うであろうとは思っておりましたが……ですから、改めて。ワタクシの抱える一団とその息子の理想を適える(・・・)ため。賢人としての貴方の力でもって、一助となっては下さいませんか?」

 

「11才のガキを捉まえて賢人て。ってか今、不穏な意味の『かなえる』を当て()めた気がするんですが」

 

「気のせいでしょう。……それで、返答は? 何れにせよ返答をいただかなくては引くに引けないのがこの世という物の在り方でしてね」

 

「相変わらず面倒な人と形ですね。……仕様がない。んでは、前より詳しく」

 

 

 悪の組織の親玉、しかもよりにもよってゲーチスさんとのお喋りなんて好んでしたくはないんだけどなぁ。

 ……仕方が無い。攻め手としては、この辺りから突いて行きますかね。

 

 

「はてさて ―― 俺は、物事の善悪をくっきりはっきり……白黒つける事が出来る人間でもなければ、ましてや人一人の人生を導く事が出来るような人間でも在りません。周囲の評価は置いておくとしても、俺自身でやりたい事があるからです。どちらかをと問われたならば、俺は必ず自身を優先しますんで……それって、実質的には兎も角、組織に適した人材では無いですよね? これはどうでしょう」

 

「それならば問題ありませんよ。我等が頂くのは『王』ですから、ショウはその手助けをして下されば良いのです。それに貴方は自分を優先しつつ、周りをも巻き込める力をお持ちだと考えております。『個人』でもって組織をも引っ張る事が出来るのならば、適した人材ではありませんか」

 

「ですが貴方が欲しているのは少なくとも、貴方自身の思惑から外れない行動を示すことの出来る『個人』なのでしょう? その点、俺は貴方の思想の通りには動けません ―― とお答えしているんです」

 

「ふむ」

 

 

 ここでゲーチスさんは悩み……悩んだ体でブレてはいない。座った机の角をカツカツと指で鳴らし、再び視線を交える。

 

 

「しかし個人だけでは変えようが無いのが世界というモノの在り方です。ワタクシの誘いはあくまで、大きな流れの支点の1つになって欲しいというもの。大勢の力でもって変えてみせる。その為の手段が、我等の団なのです。巨大にして強大な光の中に違う色がぽつりと混じっていたとして、実はそれが皆を纏める始まりの光であったとして……誰がそれを気に留めるでしょう」

 

「それは勿論、ぽつねんとした光そのもの(・・・・・)が気にするでしょうね。あとご期待を頂戴して申し訳ないですが、俺自身にそんなネームバリューはありませんよ」

 

「それこそご謙遜を。ポケモンタイプの提唱者。バトルとコンテストにおける開拓者。そして実践する者でもある。そんな貴方が居るだけで変わるものは、確かに大きいでしょうに」

 

 

 おおー……ゲーチスさんのドヤ顔語りが留まる所を知らない。しかもよりにもよって俺を持ち上げる部分で、だから堪ったもんじゃない。

 しっかし、相変わらず、こういったアピールに関してはずば抜けたセンスを持った人だよなぁ。ただし同類から見るともの凄く胡散臭いんだって。残念ながらな。

 とはいえ話の内容それ自体は俺にとって良い流れ。そんじゃあ。

 

 

「そうですね」

 

「……ほう」

 

 

 今までの否定一辺倒から、遂にその言葉を肯定した俺に、身長差も遥かなゲーチスさんの視線が覆い被さる。

 ……うっわー、流石はボス。潜めてるにも関わらず立ち上る、毒々しさ満点の威圧感が半端無い。

 でもここで負けてたらプラズマ団の賢人にされてしまうんで……あのマントを着るなんて事態は避けておきたい所だな。うっし。

 

 

「まぁ、そんな感じです」

 

「では、何故」

 

 

 オレは口の端を釣り上げ、にやりと笑う。ゲーチスさんに視線を返して。

 

 

「ええ。先ほどゲーチスさんに仰っていただいた通り、俺は色んな事をしてますんで、予定が詰まってるんです。……ここでいたずらに仕事を増やすってのは、断って当然じゃあないですかね?」

 

 

 さっきまでの面倒な内容の舌戦をひっくり返して、あくまで一般論。そして何よりの本音でもって反論を試みた。

 いやぁ……要するに、正直、まだまだカントーでやりたい事があるこの時期に外国での活動を誘われるとかキツイだろ!? って事だ。

 敵役の組織だとかそういうのは置いといて、この部分にゃ俺の本音が丸出しだ。嘘の欠片も含んじゃあいない。さてさて、ゲーチスさんの反応やいかに。

 

 

「……」

 

 

 無言というか脳内で、喧々囂々で侃々諤々な議論が飛び交っているのだろう。ゲーチスさんは悩んだ末。

 

 

「……ふう」

 

 

 溜息を1つ、ついた。

 ……よーし。これにて、少なくともゲーチスさんの言論は封じた訳で……痛み分けといった所か? いや、判定はかなり怪しくビデオ判定でも必要なくらいではあるんだけどな。言ったもん勝ちという感じで。

 息を吐き出したゲーチスさんは、幾分か深くした笑みを湛えたまま席を立ち、腰を上げる。

 

 

「ショウ、話に付き合ってくださり感謝します。……ですが貴方は、ワタクシ共の事情を随分と理解してくれている様です。それも『御家』との繋がりからですか?」

 

 

 鋭い……けど、まぁ、俺の交友を知っていれば当然か。カトレアとは結構一緒にいるからなー。

 つっても勿論、それを馬鹿正直に話せるわけも無く。

 

 

「あっはっは! なんて、その点については笑って流させていただきまして。……まぁ、実を言うとこういう意味がありそうで全く無い、損ばかりする問答は苦手なんですよ」

 

「……」

 

「貴方は俺と話をした所で揺るがない。つまり建設的じゃあないです。そもそも何が良くて何が悪いかなんて、十人十色で一概には決めようが無いでしょうに。こういうのはむしろ、そっちの国のが理解は進んでいると思っていたんですが」

 

「その知っていた筈の事を忘れ、新たなモノを知った気になっているのが大人という人種なのですよ、ショウ。いつまでも人の世は、過ちを過ちと判っているというのに、義と利を天秤にかけては、多くの大切なものを手放してゆくのです」

 

 

 右半身マヒの症状が窺える、歪な、鈍い表情。しかしその中に確かな色の見え隠れした様子で、ゲーチスさんは語る。

 ……いやぁ。

 

 

「思ったより人間してるんですねー、ゲーチスさん」

 

「……。……ワタクシとした事が、どうやら語り過ぎました」

 

 

 言葉の通りに苦虫を噛み潰した様な表情に改め、腰を上げ、モノクルの向こうで再びの視線を交わす。

 

 

「ショウ。貴方がワタクシの事をどう想っているのかは掴めたと思います。良いでしょう。時期が来たならば、貴方をイッシュ地方へ招待させていただきます。賢人としてではなく、ね」

 

「やっぱりこっちを推し量るのが目的でしたか……って、良いんですか? 招待とか」

 

「構いませんよ。ええ、それぐらい計算済みですとも」

 

 

 原作の台詞に反応した俺が訝しむと、ゲーチスさんがニヤリと笑った。

 いや、なんだ。まるで悪ガキが反撃してやる方法を思いついたとでも言う様な……って、

 

 

「ショウ。差し出がましいですが先達として、ワタクシから貴方への忠告を1つ。……貴方の様に天稟を持ちながらも献身的な人物というのは、得てして組織という集団の中に埋もれて行く運命にあります。これは歴史が証明する紛れもない真実」

 

 

 かつりかつりと指を叩く。

 腕は広げず。脚をずるりと引き摺り。ゆったりと。

 

 

「例えばそれを横から見ていた人物がいて。消え行く運命にあるその光を消すまいと、手を差し伸べる。それは ―― はたして。エゴに埋もれた人の世にあって、まだ優良な自己満足だとは思えませんでしょうか?」

 

 

 ……ん?

 なんだ。つまり……「単純に善意から言ってんだぞこの野郎」……って訳せば良いのか?

 …………うーん。さっきイニシアチブを取ったのに対するお返しとも考えられなくはないが、だとすると腰を上げてから思い出した様に話すのは……いや。ゲーチスさんの場合はそれも演出の可能性はある、か。

 などと無駄な考えが回るものの、何れにせよ言動の内容それ自体は好意的にも解釈出来るもの。

 

 ………………あー、判った。びびっときた。悟った。開眼した。

 

 

 ―― つまりはこれ、捻デレなのであるっっ!

 

 

 異様に無駄な事実を悟った俺なんて、そのまま解脱してしまえば良いのになっ! きっと攻略難易度が高いんだろうゲーチスさん!!

 とまぁ脳内で慌てておいて。……いやあ。期待してない人物(オッサン)からのデレによって、人間は真っ白になるもんだと、改めて実感出来たな。うん。エビデンスすら必要ない真理だ。

 さて。せっかく真理を体得したので、それを対価に身体(の支配権)を取り戻しておいてだな。えふん。

 

 

「えふん。……招待には応じますよ。折角のお誘いですし、……あー、忙しくなければ、是非」

 

「ええ。機は伺います。―― かかって来るといい。その時には、ワタクシが直々にもてなして差し上げましょう」

 

 

 そう決め台詞的に言って、ゲーチスさんは(きびす)を返した。

 表情をニュートラルに戻し、お茶を一口。

 

 

「さて、長居が過ぎました。お茶もぬるくしてしまい申し訳ない。お(いとま)しましょう」

 

「いえいえお気遣い無く。……あの子らは呼ばないので?」

 

「ふむ……公園の外へ出たら呼ぶ事にしませんか。どうやら子供には怖がられるようですからね」

 

 

 ここでとりあえずとダーク3人衆(カッコカリ)達について振っておくも、ゲーチスさんは首を振った。

 確かになぁ。あの3人を見た子供たちの反応は、きっと怖がるか忍者ーっていってはしゃぐかのどちらかだ。どっちかっていうと負のオーラ満載なんで、怖がる可能性の方が高いかも知れんし。

 

 

「でも、それはそれであいつ等が可哀想な気もしますねー。悪気があってやっている事ではないでしょうに。あ、ヘレナとバーベナと子供達が焼いたクッキーありますんでどうぞ」

 

「クッキーですか。帰りの便の茶請けとして丁度良い。ありがたく頂きましょう」

 

 

 俺は手を伸ばし、机の上に袋詰めにしていたクッキーを……

 

 

「……5つ?」

 

「はい。ダーク達と、貴方と、この間に俺もお目通りした貴方の息子の分です。あ、途中で捨てないでくださいね? 女神姉妹、あれでも向こうに置いてきた弟分の事を結構心配してるんで」

 

「その願いは勿論聞き届けましょう。……それにしても、バーベナとヘレナをつかまえて女神とは。言い得てはいますが、まだ2人とも子供ですよ」

 

「あっはっは! ヘレナもバーベナも花言葉はともかく、成長したらこのあだ名も似合う様な人物になると思うんですよね。俺としては」

 

「ええ。他ならぬワタクシがそう願い、付けた名前です。こうして誰かに期待をされ、また実際に立派な人物になってくださるのとすれば。それは……嬉しいに違いありませんけれどね」

 

 

 口の端に笑顔を滲ませ、ゲーチスさんは今度こそ完全に振り向いた。

 扉の前に立ち、……扉の向こうに何かが降り立った足音が3つ。あいつ等が迎えに来たに違いない。

 俺は笑顔を向けつつ ―― ゲーチスさんと見合って。

 

 

「愉快な時間をアリガトウ、ショウ。再び合間見えるその時を楽しみに……しかし難敵の増援は願わずに。お待ちしていますとも」

 

「ええ、こちらこそ。……ポケモンバトル、楽しみにしておきますから!」

 

 






 ゲェェェチス! ゲェェェチス!

 こういう語りをしてくれそうなキャラは好きです。動かしやすいですからね(笑
 ですが、ゲーチスの捻デレとか誰得なんですかねぇ……はい、作者得です。親父は好きです。

 尚、ゲーチスさんの原作の様な狂喜あるいは狂気染みた雰囲気は、拙作中では大分少ないのですね。
 本拙作の設定上、今の所、BW原作開始まで残り8年程度はある予定。BW2となると10も年を取る計算に。

 BWの年代予測はDPPtから共通してカトレアを基準とします。
 カトレアがもっとも精神的負荷の高い時期(いわゆる中二の14歳あたり)からバトルを封じられたとして、バトルを見る程度にはリハビリしているDPPt(&HGSS)時に16歳。あの爆発的な成長(どこがとは指定せず。あえて言うなら毛髪)と四天王という役柄から、大人レベルには成長していると仮定しまして、プラス4年させていただいております。
 逆に言えば「BWのカトレアが何歳に見えるか?」という辺りで微調整が可能なのですけれどね(苦笑
 ……こう見ると、駄作者私的にもカトレアは重大な役目を担ってくれていますね。流石はヒロインの一角(強)。

 ついでに。
 うろ覚えではありますが、スタッフの台詞から「王」さんの年齢はBW時点で20歳程度をイメージされていると聞いた覚えがあるような(無いような。ファンミーティングだったかも……)。
 なので、「王」さんは本拙作における主人公と同年代という計算になります(1996のFRLG開始時点で12才なので)。この辺りは狙ってやってました。ええ。都合よく設定させていただいてますので。

 ……まあPWTとかを見るに、年代予測って徒労以外の何でもなさそうだと感じるのですがねっ!!

 という訳で迂遠になりましたが、諸々の事情により今のゲーチスさんはBW時代より焦っておらず、心の余裕が半端無いのです。舌戦もどきも「あ、コイツめんどくさいわ」と察したゲーチスさんが引いてくださった形です。ゲーチスさん、おっとなー(白目
 とまぁ、その辺りは後々に。

 ……。

 ……ゲーチスさんとの問答についてはあれですが、内容的に要約するとポケットにファンタジーな曲やらベストなフレンドの曲が大好きですと(意味不明

 義と利を天秤に~はとある六賢人さんの台詞より噛み砕いた言い回しを抜粋。
 あとは、未来の話になるでしょうけれども、ショウとゲーチスさんの戦いがあるとすれば実に絵になりそうな雰囲気がありますね。
 ええ、切り札の手持ちポケモン的に対比がし易そうなのです(フラグ。

 では、では。


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1995/秋へ 愛と平和と敗北と

 

 

 オレことシュンが現場へと戻ってみれば、既に皆が昼食を食べ始めていた。残暑に優しく流し素麺である。ポケモンも子供達も、皆一緒に麺の流れる竹筒に舌鼓を……違うな。せめて麺に……いやなんでもない。

 

 そして、おい誰だ、今コイキングを流したのは!

 

 幾らギャグ要員でもこの扱いはあんまりだろ。竹筒が詰まるから止めてくださいという企画側満場一致の意思。

 それらを代表してオレが一番最後の巨大バケツまで誘導してあげれば、先ほどまでは虫の息だったコイキングがバケツの中でびちびちと元気良く跳ねた。流石の生命力、すげー。もしくは苦しかったのを忘れているのかもしれないが……それはヤドンか。

 

 そうこうと突っ込みを入れている内に子供たちが昼食を終える。これにて「ふれあいの家」のプログラム的には、折り返しを越えた辺りだろうか。

 けれど、来場者がピークを迎えるであろう午後には聴衆を多く集めるイベント類が集中的に用意されている。子供達はそちらに注目するだろうから、これにて、遊び相手としてのオレ達がもっとも手を焼く時間は過ぎたであろう。

 するとここで、遠くから。

 

 

「居たんじゃない、シュン。戻ってきたなら声かけなさいよ」

 

「悪い。そんで、ただいまナツホ」

 

 

 オレを見つけたナツホが駆け寄ってきてくれていた。

 隣に並ぶと、ナツホは昼食を食べている子供たちを指差した。どうやらボランティアも昼食に入って良い時間帯となっていたらしい。

 ……そういえば。

 

 

「そういえば、1番忙しかった時間帯に抜けて悪かったよ」

 

「全くよ。おかげで別の場所を担当してた女神姉妹まで手伝いに来てくれてたんだから」

 

「うお、マジか。それは悪い事をしたなぁ……」

 

「ふん……まぁでも、案内だって仕事なんだからシュンが悪いわけじゃあないでしょ。ほらシャキッとする! さっさとあたし達もご飯食べに行くわよ!!」

 

 

 自分で言い出したその癖すぐに励ましてくれる辺りがツンデレたる由縁だなぁ。我が幼馴染。

 オレ達も昼休憩を取るため、公園の外周に設置されているテントからショウ手製の弁当箱を持ち出して、そのまま近くのベンチに座る。空を見上げてみれば、微妙にどんよりした天気だった。

 

 

「……降るかな?」

 

「そうでもないんじゃない? シオンタウンって、最近曇りが多いらしいから……」

 

「ふんふん」

 

 

 天候の話題であーだこーだと駄弁りながら、昼食に片をつける。食べ終える頃には天気も、雲間から日差しが覗く程度には明るさを取り戻していた。

 ナツホと近場の自販機でコーヒーを買い、少し歩きながらシオンタウンの公園周辺を散策する。別に目新しい建物がある訳でもないのだが、いつもと違う町並みは新鮮だ。

 

 ……そう思える程度には、オレもタマムシシティにも慣れてきたってことなんだよなー。

 

 ものの流れだと少し、ほんの少しだけ故郷の事を思い返す。

 結局オレは、今年の夏はキキョウシティに帰らなかった。母親からは帰ってこないのかという主旨のやり取りはしたし、家族同然の付き合いをしているナツホの家の両親からも尋ねられたが、タマムシでやりたい事があるからと断っていた。

 別段、ミカンの様なのっぴきならない事情がある訳ではない。それでもここタマムシスクールでの生活が、実家に帰るのが惜しいと思える程度には恵まれた環境にあるのも、また事実なのであると。

 ま、そんな感じだ。今しかできない事があるのならそれに傾注するのも悪くは無いに違いない。

 

 

「っと、そうだ。……出てきてくれ、アカネッ!」

 

「あ、それもそうね。……どらこっ」

 

 《《 ボ、ボウンッ 》》

 

「ブィ」ササッ

「キュィ!」

 

 

 午前のプログラムを終えてボールに入っていたポケモン達を外に出そうとボールを放る。

 しかしというか勿論というか、イーブイ(アカネ)は出るなりオレの足元に隠れてしまった。

 

 

「……なんだかその子、シュンの後ろに隠れるのが早くなってきたわね」

「キュィ、キュィ!」

 

「ん、やっぱりナツホもそう思うか? だとしたらありがたい事なんだけど」

「……ブゥィ」

 

 

 オレはいつもの如く足元に隠れたイーブイ(アカネ)を抱き上げ、ナツホの周囲をニドラン♀(どらこ)が走り回る。

 バトルの時は大観衆に見られながらも頑張ってくれていたが……うん。実は最近、アカネはこの位で良いんじゃないかなぁと思えてきたんだ。

 『怖がる』のはちょっとあれだけど、今くらいの『警戒心』を持ってるのは悪い事じゃない。危険を(・・・)予知する能力(・・・・・・)は必要だ。それが度の過ぎたものでなければ、つまりは個性に違いないんだし。

 

 等々、ナツホと駄弁りながらシオンタウンを逆戻りする。公園近くまで戻って時計を見れば、集合時間まではまだ猶予があった。

 オレとナツホは仕方が無く、公園の外に唯一設置されていたベンチに再び腰を下ろし……と。

 

 

「んっ!」

「ッキュィ!?」

 

「どうしたナツホ。電波でも受信したのか?」

 

 

 何故かあらぬ方角を向いて、ナツホが立ち上がっていた。

 膝の上に居たニドラン♀(どらこ)が足元に着地し、ナツホは「あ、ゴメン」といって抱き上げ……アカネが眠り出したオレの膝の残存スペースへとどらこを設置。

 ……ついでにジト目で此方を見下ろす。ありがとうございます。合唱。

 

 

「人間なんだから電波は浴びるだけよ」

 

「遅めの突っ込みだな。……じゃあポn」

 

「ポニーテールはアンテナの役割は果たさないでしょ」

 

 

 ことごとく先回りされてしまうのだが、まあ構うまい。幼馴染だからオレの思考の先読みくらいは出来るのだろう。幼馴染ってすげー。

 立ち上がったナツホは、どうやら機嫌が悪そうだ。ついさっきまでは回復傾向にあったと思っていたのだが……少なくとも、近現在においてオレの行動を洗ってみても、機嫌を損ねた心当たりは……無いなぁ。

 さて、どうしたものかと考えていると。

 

 

「……ねえシュン、ちょっと席外すわね。良い? 必ず戻ってくるから、それまでどらこをお願いね。ここで待っていなさいよ?」

 

「それは構わないけどさ。一体何を……って行っちまったよ」

 

 

 アカネだけでなく、どらこまでもオレに任せ、ナツホは何処ぞへと走り去ってしまった。

 理由はわからないが……両膝をポケモン達に占領されてしまっていては、動けるものも動けない。仕方が無いか。昼食の片付けは他の人に任せて、しばらくのサボタージュとしますか。

 

 

「だるーん」

 

 

 背もたれに全体重を預けて空を仰ぎ見るオレ。

 昼休みの時間を無為に消費し、脱力する事15分ほど。ベンチに座っていると、とうとう膝の上の2匹が寝息を立て始めてしまった。

 

 

「……ブゥィ……」

「……キュゥゥン……ュゥン」

 

 

 何とも心を和ませてくれる風景ではあるのだが、……と。

 当然の如く通行人は行き交い、視線を上げれば、前からも1名。

 

 

「お隣、宜しいかな」

 

「ああ、はい。どうぞ」

 

 

 どこからかふらりと歩いてきたお爺さんが弁当箱を抱え、オレの隣に座り込んだ。

 確かに近場のベンチはここだけ。お弁当を食べるならこの場所を置いて他にない。正しくベストスポットである。

 ……うーん。というか。

 

 

「お爺さんもお昼ですか?」

 

「ふむ? という事は君も昼食だったのですね。はは。会談が長引きさえしなければ、わたしももう少し早く昼食を取る事ができたのですが」

 

「ご苦労様です」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 この時間帯に弁当を広げているとなると、オレらの様に何かしら昼食をずらす理由があったのだろうか。

 と、その辺についての追求は置いておきつつも、まずは世間話か。そう考えながら話題を振れば、お爺さんはニッコリと微笑みながらの返答。ゆっくりと丁寧な……何となく安心感を感じさせる動作で包みを広げ、お弁当を食べ始めた。

 暫く無言で、ポッポやオニスズメが飛び交う羽音と鳴き声だけが公園に響く。

 ……無言だけど、お爺さんの持つ穏やかな雰囲気のおかげでか不思議と嫌な感じはなかった。敵意には敏感なアカネも、膝の上で起きる事無く眠っている。

 弁当を半分ほど食べ進めた辺りでお爺さんは一旦箸を置き、オレの上で眠る2匹に優しげな視線を送った。

 

 

「……君はもしや、この公園で行われているイベントでボランティアをしてくれている学生さんかな」

 

「? はい、そうですけど」

 

「ああ、そうか。いや、繰り返しになるけれどもね。ありがとう。子供達も喜んでくれているだろうね」

 

 

 一瞬何でお礼をと思いはしたものの、何分優しげオーラ全開のこのお爺さんの事だ。恐らく孤児院の子供達とも知り合いであるに違いない。

 投げかけられたお礼にオレがはい、とだけ返答をすると。

 

 

「となると、君達もポケモンバトルをするのかな」

 

「はい、しますよ。何せエリートトレーナーを目指す学生ですので」

 

「エリート……ああ、国家公務トレーナーの事だね。そう言えばわたしの若い友人もタマムシでその資格を取る為に励んでいるそうなんだけど……まあ、流石の彼も今日は向こうで忙しくしているかな」

 

 

 向こう、と設営されたキャンプの方角を見ながら、お爺さんは卵焼きを口に入れる。

 その知り合いはボランティアの参加者であるらしい。タマムシの学生となると知り合いの可能性は高いのだが、生憎オレは全ての生徒を覚えている訳でもない。

 関わりのある数人ならまだしも……

 

『あー、ども。お久しぶりです、悪魔的な音さん』

 

 ……ん? いや、心当たりがびびっと来たぞ。遅ればせながらの電波だ。

 いやさ。もしかしなくてもショウの可能性が高いんだよなぁ、こういう場合。アイツの顔見知り率は異常だしさ。

 どれ位異常かというと、慰霊塔が有名なシオンタウンだからって、どこぞの綺麗な巫女さんとイタコさんに追いかけられていたとしてもアイツならばと納得出来るくらいだ。その場合、オレは呪われたくないから一切近付かないけど。

 という流れで(この予感が外れていても嫌なんで)ショウの名前を口には出さず、オレは直近の話題を続ける事にする。

 

 

「お爺さんは、ポケモン勝負は嫌いですか」

 

「あはは、君はわりと鋭いね」

 

 

 お爺さんが苦笑する。

 鋭いという褒め言葉は身に余る光栄だけど……世間的に言って、ポケモンを持っていたらバトルをするのは普通だと思うんだ。そこをわざわざ聞いてくるとなると、という逆説的な考えだったのだ……けども。

 

 

「でも、違うよ。わたしに好き嫌いはなく ―― どちらかと言えば、君達がポケモン勝負を好きかどうか、だね」

 

 

 時折ご飯を口に運びながら、問いかけは一転。オレに対するものとなっていた。

 目線は空に。どこか影を引く面差しのお爺さん。

 ……オレ自身がバトルを好きかどうかなら、話は早いんだけどさ。

 

 

「ああ。君自身は好きなのですね、ポケモン勝負も」

 

「それは、まあ。好きじゃ無ければこうして隣の地方にまで来てませんね」

 

 

 自然と頬が緩む。

 オレの場合は父の事も含めて色々と複雑だったが、それもまた別の話。

 こうして初めて自分のポケモン達を持ってみて。ポケモントレーナーの楽しさと、難しさに触れて。初めて真剣勝負に勝って、クラブ(ベニ)マダツボミ(ミドリ)イーブイ(アカネ)と一緒に喜んで。

 

 ―― 初めて、真剣勝負に負けて。

 

 

「……はぁ。それでも実はバトルに負けて、あいつ等が1番に落ち込むとは思ってなかったんですよね。……敗北も、オレ達(・・・)にとっては良い経験になったと思います」

 

 

 思わず曇天の空を仰ぎ ―― そう。

 イツキに負けたあの一戦の後、実の所、オレよりも手持ちポケモン達の方ががっくりと落ち込んでいたのである。

 (はさみ)を掲げる元気を失くしたベニも、(しお)れているミドリも、出会い始めの如く怯えるアカネも。

 おかげで「ポケモン達は何時も何時でも全力で居てくれる。だからバトルに負けた責任は、全部トレーナーに在る」……だなんて偉そうなオレの思考が、どれだけ「独りよがり」だったのかを思い知らされたものだ。

 おかげでか、オレも、前を向くことが出来ている。転んだら起き上がれば良いと、それだけの話なのであろう。

 

 

「オレを案じてくれる友人達も、ライバルも居ますしね。もっと強くなれる。それが判っただけでも良いと思えるんです」

 

「……ははは。やっぱり、若いって言うのは良いですね」

 

「いえ、すいません。愚痴みたいなものを聞いて貰ってしまって」

 

 

 見知らぬ他人にこんな事を話されても困るだろうに。そう考えてオレが頭を下げると、お爺さんは眩しいものを見るように目を細め、首を振った。

 

 

「構いませんよ。こういったものも、わたしの役目ではありますからね。……かつてのわたしは、あの子達に諭される側でしたが」

 

 

 呟くと、いつの間にか食べ終えていた弁当を畳んだお爺さんは腰を上げた。

 ……微笑む。

 

 

「実は、お礼はわたしが言うべきなんですよ。バトルを楽しんでくれて。……そして何より、笑顔を見せてくれて、ありがとうございました。貴方とそのポケモン達の願いが成就する事を、わたしも微力ながらに願っています」

 

 

 そう言って、お爺さんは町中へとゆっくり歩いて行く。

 ……何だか不思議な人だな。どこか燃え尽きたような、それでいて優しげなお爺さんだった。

 最後はお礼を言って去っていったが、あの人にも色々とあったのだろうか。オレと同じく……と言ってしまうのは、人生の先輩に対して不敬なのかも知れないけど。

 

 

「ま、いっか。……どっちにしろ、次の照準は年末の学内バトル大会に合わせてる。再びの修行タイムだな!」

 

 

 そうしてベンチに座り、おねむのどらことアカネを膝に乗せたまま。

 何処ぞで用事を終えたナツホが戻ってくるまでの間、オレはこれからのスケジュールについて思いを巡らせるのであった。

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

「―― こんな所に居たんですか、フジおじいちゃん」

 

「おや、バーベナ。もうご飯は食べたかい?」

 

「はい。つい先ほど、ヘレナと一緒に。……フジおじいちゃんは、もう?」

 

「ああ、食べてきたよ。ショウ君が気を利かせて、向こうの話し合いの会場にお弁当を持たせてくれたからね。……どれ、わたしも今から会場に向かうとしようかな」

 

「そんなに急がずとも。……もう少し休まれてはいかがです?」

 

「はは。実はショウ君にばかりお願いしているのも、少しばかり気になっていたものでね」

 

「……判りました。一緒に行きましょう」

 

「はいはい。……どっこらせ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「それにしてもバーベナ、君は相変わらずショウ君には厳しいね」

 

「……ショウには少し厳しいくらいが良いのではないかと思いますが」

 

「はは。……バーベナ」

 

「はい」

 

「気持ちは判るけれどね。そこでショウ君と張り合うのは、意味があるとは言い難いかな」

 

「……」

 

「あの子がポケモンの心を掴む事が出来る理由は、なにも優しさだけじゃあない。自分の弱さを見詰めたその上で、ポケモン達に厳しさと愛情をもって真摯に接する事が出来るからなんだ」

 

「……知っています」

 

「うん、うん。確かにショウ君には強さがある。けどその強さは、ニンゲンならともかくポケモンには関係のないものだからね。つまりは彼の人柄だという事だよ」

 

「……」

 

「ショウ君にはショウ君の。ヘレナにはヘレナの。そしてバーベナにはバーベナの良い所がある。皆が違うのは当然で……それが良いと言い切れはしない所が少々口惜しいけれど……それでもわたしはバーベナに逢えて幸せだと思っているんです。そんなバーベナが、何時も苦しそうな表情をしている。例えばそれを見ている人が居たとして ―― どうだい?」

 

「……いや、ですね」

 

「うん。そしてわたしがこんな事を話すのはバーベナ、君がショウ君に負けず劣らず大人だからに他ならない。……ははは。ヘレナにはこういう話はまだ少し、早いのだろうね」

 

「大人。……そう、なのでしょうか。わたしはあの人を見ていると、どうしても……」

 

「ああ、今すぐにとは言わない。良いんだよ。悩んで悩んで、それでも後悔しない道なんて無い。なら今はまだ、せめて、悩んでいても良いんだ。張り合うのも別の部分であれば、意味は十分にあるだろうからね」

 

「……はい」

 

「それじゃあバーベナ。まずは今日の夕食、楽しみにしていても良いかい」

 

「はい。腕を振るいます、フジおじいちゃん」

 

 






 とりあえずのここまでとさせていただきました。
 因みにバーベナは、ご覧の通り、作中では珍しく(むしろ初の)好感度が低いお方となっております。
 ですが、とある作品の主人公は言っています。敵意は好意に変換することが可能である……と!(ぉぃ

 次回はちょっとナツホの話になる予定です。
 では、では。


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1995/秋へ 爆ぜる何か

 Side ナツホ

 

 

 シュンをベンチに座らせ、その膝にニドラン♀(どらこ)を乗せて。

 見覚えのある人物に「呼ばれ」たあたしは、その傍へと歩み寄った。近づいてきた此方を改めて目に留めると、お嬢様は不遜にも見える笑みで笑いかけてくる。

 

 

「お久しぶりですわね、ナツホ」

 

「……ヒヅキ」

 

 

 シオンタウンの公園の外側。道路沿いに立っていたのはセキエイ高原での合宿で知り合い、今はシンオウ地方に居るはずのコトブキ社令嬢……ヒヅキだった。

 曇天の下、近付いたあたしとヒヅキの間に沈黙が下りる。交錯した視線の間には、見ようによっては、火花が散っているように見えたかもしれない。

 ……だとしたら、それはあくまで幻視なんだけど。

 

 

「それで、何でアンタがここに居るのよ」

 

「随分な言い草ですのね。折角、あなたに頼まれていた件について調査をしてきましたのに」

 

「……そうなの?」

 

「ええ」

 

 

 再び微笑むヒヅキ。……だとしたら。

 

 

「そ。……それは、だったら、ごめん」

 

「まあ構いませんわ。こうして付き合ってみて、あなたの性格は掴めてきましたもの。シュンの苦労が忍ばれますわ」

 

「むぐ……」

 

 

 思わず言い返そうとしたけれど、此方に非があることに気付いて口を紡ぐ。どうにも直情的に成ってしまうのは、あたしの悪い癖だ。

 ……幼少からそんなだったあたしは、孤立しがちな性格だった。そんなあたしがスクールで孤立しないようにと気を使ってくれていたのが、他でもないシュン。

 思わず口を突く罵倒を一身に引き受け、友人の前でこの悪癖を「ツンデレ」と言い表し、ノリの明るいユウキを連れては何事においても矢面に立ってくれて。

 あたしは間違いなく面倒くさい幼馴染だったに違いない。それでも幼馴染をやってくれているシュンに、あたしはとても感謝をしている。……うん。それをあまり露骨に表面に出さないようにとは、気をつけているけれど。

 そんな感謝を、恩を、少しでも返そうと。あたしはこのお嬢様にある「お願い」をしているんだけど……勿論、感謝だけじゃない。相手が相手。負けられない捨てられない矜持というものも、あるのだ。

 

 

「今、隣街のヤマブキシティで、お父様がシルフカンパニーとの会合を予定しているのですわ」

 

「それはシュンから聞いたわ。……でもあんたは良いの? こんな所で油を売ってて」

 

「ええ。普通はこんな子供に会議なんてさせませんもの。わたくしの役目は、あくまで相手方のお子さんとの顔合わせみたいなものですわ。そういう意味での本番は、今夜開かれるレセプション。それまでは自由行動ですわね」

 

「……だからって、それでシオンタウンまで来るのはどうなのよ……」

 

「あら。わたくしだって、シュンには返さなければならない恩がありますわ。近くに居たら顔を見せるくらいは構わないでしょう?」

 

 

 このお嬢様は、そんな台詞を平然と言ってのける。

 ……あー、もう、強敵なのには間違いない。けど、アイツ自身が居ないこの場でど突き合っていても不毛なだけだ。あたしは言葉で勝負できる性格でもない。ここは、話題を変えてしまうべきよね。

 

 

「……良いけど。それより、お願いしてたことの進展があるならさっさとそれを聞きたいわね」

 

「せっつきますわね……。まあ、良いですけど。コトブキ社の伝手で、探偵事務所に調査を依頼しましたわ。シュンの父様……ワタリさん、その行方について」

 

 

 ヒヅキは手に持ったA4用紙をぴしりと伸ばし、告げた。

 でも、そう。あたしはヒヅキに依頼していたのは、シュンの馬鹿親父 ―― ワタリさんの行方についての調査だ。

 調査という意味ではカトレアにお願いしても良かったかも知れない。けど、その母体である「御家」はあくまで外国。それに、聞く限りカトレアは「御家」の中でも撥ねっ返りみたい。その家に頼るのは、友人としてしたくはなかった。

 その点このお嬢様が令嬢をしているコトブキ社は、シンオウ地方を拠点とする大会社。ごたごたもないらしい。だとすれば、あたしやシュンよりも遥かに有効な調査が出来るに違いない。そう考え、調査をお願いしたんだけれど……

 

 

「その探偵事務所って何処なのよ。適当じゃないでしょうね」

 

「あら、手腕を疑っているのかしら? ご安心を。父様御用達、国際警察さんが別口で営む事務所ですわ。所長のハンサムさんとはわたくしも面識があります。頼りになるお方ですわよ」

 

「国際警察……って、随分と大げさな名前が出たわね……。まぁ、ヒヅキに頼んだのはあたしだから信用はするけど」

 

「光栄ですわ!」

 

 

 とか言って、漫画っぽいオホホ笑いではなく、淑女然とした仕草でスカートの端をふわりと摘む。

 ……くっ、動作が一々お嬢様っぽい……! あたしには無い如何にもな育ちの良さとかっ!!

 なんて少しだけ劣等感を覚えはするけど、嫉妬をしていても仕方が無い。あたしが目線で先を促すと、ヒヅキがコクリと頷く。

 

 

「さて、結論から述べますわ。彼……ワタリさんはどうやら、世界を飛び回った後、5ヶ月ほど前にイッシュ地方で足跡を消していますわね」

 

「……イッシュ地方」

 

「詳しく言えばイッシュ地方の東側。ブラックシティやホワイトフォレストがある場所辺りで、野良バトルをしている彼を見かけた人が居る……と伺いましたわ。それも5ヶ月前を境に証言が途絶えては居ますが」

 

 

 溜息と共に、用紙を指でぴしりと弾く。

 野良バトルをしてほっつき歩いている辺りはあの馬鹿親父らしい。その辺りには奇妙な安心感すらある。しかし問題は、姿を消したという点。表立ったバトルを止めたのか……もしくは。

 その先へ想像を伸ばそうとして、しかしあたしは頭を振った。どうせあたしが考えてみた所で、大した結論には行き着きそうに無い。折角出来た友人達を頼るべき ―― そしてこの少女もその友人に加わったのだ、と、思い直す。

 正面に立つ友人へ直り、あたしは笑顔を向けた。

 

 

「十分よ。ありがと、ヒヅキ」

 

「受けた依頼はきっちりと達成するのが流儀ですわ。調査はこれからも続けます。……それに、オトウサマのことです。わたくしも人事ではありませんわ!」

 

「ありがと……って、オトウサマの発音がおかしいっ!」

 

 

 わざわざおかしくする辺りは義理の父の方っぽいし!!

 なんて、あたしが慣れない突込みを入れていると、ヒヅキが堪えきれないといった風に笑う。ねえ、こっちは渋面ものなんだけど。

 こうして一々牽制を入れてくる彼女の気性には、少し、辟易しつつ。

 

 

「にしてもナツホ、何であなたの方がそんなにも気にかけるのです? オトウサマについて、シュン自身はあまり気にはしていない様子でしたわ」

 

「……っはぁ」

 

 

 これみよがしに溜息をつくと、ヒヅキの顔が若干強張った。……いつもの悪癖が出ているわね。反省。

 とは言いつつも、過ごして来た年月によるアドバンテージを覚えつつ。でもライバルで、友人で。前を向き出したあいつに惹かれているこの少女にも、説明を受ける権利はある筈だ……なんて、思い直してみた。

 そんなお人好しな自分に呆れつつ、判り易く伝えるにはと頭を捻って言葉を選ぶ。

 あいつ……シュンは。

 

 

「シュンは今、ポケモンバトルに夢中なの。他に気を回している余裕なんてない。つまり、気にかけていられない(・・・・・)だけなの。……無鉄砲なのよ。危なっかしいったらありゃしない」

 

 

 言葉に反して、あたしの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 ……あいつの周りに居るのは、そんな危なっかしさを放っておけない人ばかりなのだ。

 面白いことやってんな……と、仲良くなっていたユウキとヒトミ。

 委員長気質から輪に加わっていたゴウと、彼が守る対象であるノゾミ。

 ゴウとユウキに引っ張りまわされ、時には引っ張りまわす側にも回る、問題児のケイスケ。

 今はまだ、大丈夫。友人達の助力もあって、あいつは真っ直ぐに前を向いていられるから。

 

 

「でも何時か未来に、シュンがポケモンバトルを上手くなった時。一息ついて周りを見る余裕が出来た時。その時、あいつは絶対に気付くのよ。自分が父親の影を追っていたことに、ね。……そしたらめでたく馬鹿親子の誕生よ。シュンは周囲を省みず父親を追って、世界中を旅しながらバトル三昧。そんな感じになるのが目に見えてる」

 

 

 その時のシュンに、後ろを振り返る気持ちはあるかも知れない。けど、あの親父の挙動がそれを実行に移させないでしょう。……何せあいつは、だからこそ馬鹿親父でしかないんだから。

 爪を食い込ませながら拳を握る。いつか胸に抱いた決意を想いに乗せて、あたしはヒヅキに向かって吐き出す様に。突き付ける様に。その想いがどうか ―― 素直に伝わる様に。

 

 

「でも、二の舞にはさせない。その為にあたしが居る。それがあたしの役目で、やりたいことなの。誰にだって文句は言わせないわ。だから……」

 

 

 それでも今、こうしてエリトレ組に所属したあいつならば。そうしてバトルに傾注していた末に、未だ見ぬ何かを掴む事が出来るのではないか。馬鹿親父とは違う何かを見出せるのではないか……と思わせてくれる。

 不思議な魅力、とでも言うのだろうか。要するに、ただ放っておけないというだけじゃあなく、あたし達は期待もしているに違いない。

 自然と伏せていた顔を上げる。ヒヅキは息を吐き、あたしの顔を正面から見つめていた。……あによ。

 

 

「ねえナツホ。そこに、ナツホの私情は入っていないのですか?」

 

「ぅ。……それは……」

 

 

 割り込まれたヒヅキの言葉に言葉が詰まる。

 勿論、私情は入っている。むしろ私情が8割だ……という、認めたくは無いけど、実感はある。でもそれを素直に話すのも……ん。悔しいというか、何と言うか……そんな感じよね。

 だから、

 

 

「……それ、黙秘ね」

 

「あら。普通に話すよりも雄弁に語っていますわよ」

 

「うるさいわね」

 

 

 くすくすと笑うヒヅキにぶーたれる。

 逃げるように進む足は、自然とシュンの待つベンチへと向かっていた。

 ……シュンはきっと、あの親父の事に決着を着けなければこちらを向いてくれない。なぜなら、向いている余裕が無いから。

 だから目下、あたしの目標。

 いつかあの馬鹿親父を引っ叩いて、そして言ってやるのだ。

 シュンは家族を蔑ろにするあんたなんかと違って、ずっと、ずうっと、格好良いんだから ―― と!

 

 

 

 

 Side End

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 オレがお爺さんとの会話を終えて暫く。ナツホは何故か、ヒヅキさんを連れて戻って来た。

 因みに当のヒヅキさんは挨拶だけをして去っていったのだが、学園祭の開催中にもう1度カントーを訪れるのだそうだ。その折にオレとも再会する事を約束した。隣に居るナツホとも親しげな(いつもの容赦の無い言葉で)やりとりを交わしていたので、仲が悪い訳じゃあないのだろう。ただしその後でオレに向けられる、猛禽的な視線が恐ろしい。くわばらくわばら。

 

 さて。

 そんなこんなで午後は名作劇場紙芝居だとか人形劇だとか、そういったイベントが多く催された。オレとナツホも「100万回生きたニャース」の朗読を行ったり、創作劇「ピカチュウの夏休み」を手伝ったりと忙しく動き回っていた。

 プログラムは滞りなく進み、15時にて終了を迎える。一杯に遊んで満足げな顔を浮べた子供たちが、それぞれの施設の大人やボランティアに連れられて公園を去っていくのを見送った。

 その後に残されたオレ達が後片付けを行う事20分ほど。全イベントは恙無く終了。オレの出遭ったお爺さんはやはりというか偉い人であったらしく、彼が皆の前に立って締めの挨拶を行った後、スタッフも解散となった。

 

 ショウはどうやらポケモンハウスに泊まるらしく、タマムシへ帰宅するのはオレとナツホのみ。ショウは『テレポート』による移送を提案してくれたのだが、それを断固として拒否してピジョン輸送を選択した。

 カーゴを行ってくれる施設はシオンタウンの南郊外にあるらしい。場所を聞いてから、オレとナツホはそこへと足を向ける。するとその頃合で、ショウが「ちょっと待っててくれ」と声をかけて『テレポート』し……オレとナツホはショウの到着を待つ事に。

 

 

「何の用事だろうなぁ」

 

「さあね。ショウの考える事ってよくわかんないし」

 

「そうか? オレとしては結構判りやすいと思うんだけどさ」

 

「それはアンタがショウの同部屋で、いっつも馬鹿ばっかやってるからでしょ」

 

「成る程な。それは同意しておく。因みに次のボランティアへのお誘いとかだったらどうする?」

 

「断る理由はないんじゃない? バーベナとヘレナと、子供達にもまた会いたいし。……『テレポート』だけはお断りするけど」

 

「それも同意しておくかな。……さーて、釣れるかどうか」

 

 

 サイレンスブリッジへと続く橋の横で河川を眺めつつ、オレは竿を振るった。

 因みに、この竿は近くのレンタル小屋で借りた物だ。何故釣具を……というのには理由がある。

 実は、サイレンスブリッジは別名『釣りの名所』と呼ばれている。朝方と夕方は釣り人でごった返すことで有名だ。つまりは折角なので、待っている間釣りをしてみようと言う試みなのである。

 そしてそのまま待つこと10分。ショウは行った時と同様に、『テレポート』で戻って来た。

 

 

「悪い、待たせただろ。少しばかりやる事があって引き止められてた。……おっと、釣りか。釣れるか?」

 

「いや全く。ピクリともしないな。それよりそのやる事ってのは大丈夫だったか?」

 

「んー……少しいざこざがあって、近々、野生のカラカラを大勢抱えることになりそうでなー。まぁ、その辺を決めるのはオレだけじゃあないから安心していいと思われる」

 

「そっか。お前がそう言うなら気にしないでおくよ。……でも本当に『テレポート』で酔わないのな、お前って」

 

「これくらいの距離で酔ってたらナツメの幼馴染なんて出来ないからなぁ。そこは経験がものを言う。……んで、ほい」

 

 

 すると近寄った途端、脈絡なくショウが両手を差し出した。オレとナツホは、反射的にそれを受け取る。

 竿から意識を外し、手に持ったそれらをまじまじと観察。

 中に炎模様、雷模様、水の波紋のそれぞれを宿した石。そして葉っぱを象った化石みたいな石 ―― の、合計4つだ。ナツホには葉っぱの替わりに、三日月形の薄黒い石が渡されている。

 オレが思わず顔を上げ疑問の視線を向けると、ショウは待ってましたとばかりに口を開く。

 

 

「それが本日ボランティアを手伝ってくれたお礼だ。『炎の石』はナツホのガーディを。『水の石』はナツホのヒトデマンを。んでもって、『雷の石』を合わせたこれら3つ全部が、イーブイを進化させてくれる選択肢になりうる。ついでに言えば『リーフの石』はマダツボミを最終進化させてくれて、『月の石』はニドラン♀を最終進化させてくれるんでな。お前らなら持って置いて損は無いと思うぞ」

 

 

 1つ1つ説明を付け加えるショウ。

 ……そういえば春先に、こいつ自身が言ってたな。ナツホの手持ちは最終進化に苦労する、って。道具がないと進化できないと、そういう意味だったのだろう。

 ついでに言えばその際、ショウはオレの手持ち3匹の弱点を的確に言い当てていたりする。「レベルを上げて物理で殴れ」……つまり、特殊攻撃の少なさを。見事にもイツキに突かれ、敗北の原因となったそれだ。……ショウ、お前もしかして未来が見えたりしないよな? ナツメさん的な。

 

 

「それはない。その3体の特徴を活かそうと(・・・・・)するなら、物理に偏るのは目に見えてた。勿論それが悪いって訳じゃあない。……でも、その先を。特長を活かした上にある『その先』を目指すとなると……その進化の石が必要になる場面も多いと思ってな」

 

「というか、つまりはショウ。お前、オレ達にこれを渡そうとしてボランティアに誘ったのか?」

 

 

 いずれオレ達に進化の石が必要となることは判っていて。それを合理的に、無理ない理由で渡すために ―― ボランティアへの参加を勧めた。そう考えるに自然な流れが出来てしまっているからなぁ。

 このオレの指摘に、奴めは微妙に視線を下に向けて逸らしつつ、頬をかいて。

 

 

「まぁ、それも否定はしないかね。……化石研究のために発掘をしてると、結構余計に出て来るんだよな。進化の石。つー訳で俺個人からのお礼だから、まぁ、構わず受け取ってくれると助かる」

 

 

 そう言うと、ショウは腰辺りにつけたモンスターボールに触れる。イーブイが入っているボールだ。……あ、なるほど。オレ達のために……と言う他に、アイツ自身も使うに違いない。つまり石の入手はショウにとって、ボランティアの人手増加を含めた「一石三鳥」な手段であったのだ。

 ……となると、さっきのあれは照れ隠しが入ってるんだな。うん。こいつも十分に捻デレだ。

 さて、と、オレはもう1度手元に視線を落とす。ごつごつとした進化の石が4つ。イーブイ(アカネ)マダツボミ(ミドリ)の進化のために必要な石、か。

 どちらにせよ必要になるのなら、まぁ。

 

 

「ありがたく貰っとくか。どうもありがとな、ショウ」

 

「……ふん。まぁ、ただ働きよりは良いものね」

 

 

 とか何とか言いつつも、丁寧にハンカチに包みながら石をバッグに入れるナツホ。ツンデレをありがとうございます。

 そんな様子に、オレがほっこりとしていると。

 

 

「……って、おおっと!」

 

「どうした……って、竿が引いてる!?」

 

「ええ!?」

 

 

 ショウがオレの横を抜け、何かに飛びついた。飛びついた先は、釣竿。オレが目を放している隙に、垂らしていた釣り糸がぐいぐいと引かれ始めていたのである。

 ショウは慌てて竿を押さえつつ、リールに手をかける。

 

 

「くっ……やっぱ電動リールじゃないと、力とか足りないなっ……シュン! この竿どうする!?」

 

「釣れば良いんじゃないか……ってか今更オレに竿を渡すなよ!? どうすれば良いか判らないし!!」

 

「そんなら俺がこのまま引き受けるか。橋の下は潜らせないぞー……っと! ……シュン、ナツホ、釣具屋から網を借りてきてくれないか!?」

 

「わ、わかった。網を借りてくれば良いのね?」

 

「おう。頼む!」

 

 

 というやり取りの元、魚ポケモンとの格闘が始まった。

 河川を縦横無尽に泳ぎ回るポケモン。糸だけは切らすまいと竿を操るショウ。

 5分ほど格闘していると、ナツホと釣具屋の店主が大きな網を持って駆け寄ってきた。

 

 

「これで良いの!?」

 

「おっけ、十分! ……釣り名人の兄の方、今から俺も本腰入れて引き上げます。網を!!」

 

「おうさ、判った!」

 

 

 何故か知り合いっぽい釣具屋の店主とショウが息を合わせて動き始めた。いやだからどんだけ顔が広いんだよ。

 オレが突っ込みを入れている内にも、リールがどんどんと巻かれて行く。次第に魚影が見え始め、

 

 

「跳ねるっ!?」

 

 《ざぱぁんっ!!》

 

「―― あっぶなっ。でもまだ、行けるな!!」

 

 

 糸を切るべく水面を跳ねたポケモンに合わせ、ショウが糸を解放。功を奏したらしく、糸は切られずに済んでいた。

 危機を回避したならばショウの攻勢。魚影がくっきりと見えた頃合になって、店主(釣り名人兄)が水面に網を差し込んだ。

 網の中には。

 

 

「って、コイキング……か?」

 

 

 思わずポツリと呟いたのは、釣り名人兄。

 それもそのはず。網の中に居たのは、コイキングと同様のフォルムを持った魚型のポケモンで……しかし。

 

 

「でも何か、みすぼらしいわね。……あ、何かショウに怒ってる?」

 

「コイキングと比べると身体も少し小さいし、色も綺麗な赤じゃあなくて灰色だ。……それと確かに、ショウにガンくれてるよなぁ。何かしたのか、ショウ?」

 

「釣り上げたけど、その他にちょっかいだした覚えは無いな。ってか……」

 

「―― のッ、のッ!」

 

 

 網の中に居たポケモンとショウとが見合う。見つめている内、突如ポケモンがじたばたと暴れ始めた。ショウの方向へ行こうと必死な様子にも見えなくは無い。

 オレとナツホが言う通り、釣り上げられたポケモンはコイキングとは違うように思えた。体色だけならばアカネの様に色違いだと思ったかもしれないが……どうにも、ボロボロな外見とは裏腹に、強気な印象を受けるポケモンである。少なくとも流し素麺と一緒に流れて来たり、ケイスケの腕の中で窒息しかけたりはしないタイプの性格だろう。

 

 

「とりあえず、下ろすぞ?」

 

「はい、お願いします」

 

「のッ、ののッ!!」

 

 《びちっ、びちっ!》

 

 

 釣り名人兄が広い場所に網を下ろすと同時、そのポケモンが跳ねてはショウに突撃。いや、ダメージは無いけどさ。

 ……どうするのだろう。と眺めていると、ショウは一度此方に視線をくれて。

 

 

「なあシュン。このポケモンは……」

 

「オレは遠慮する。というかオレがしたのは竿を振るうくらいであって、竿を準備したのは店主さんだし、吊り上げたのはショウだし。……そもそもオレは、3匹で精一杯だぞ」

 

「んー……そっか」

 

 

 そう告げてやると、ショウは顎に手を当てて考え始めた。

 暫くして頭を掻くと、ショウは腰を落としてそのポケモンに視線を合わせる。じぃっと見つめると、暴れていたポケモンもその身を止める。

 

 

「あー……そう言えば見覚えあるな。タマムシの水質調査の時に、清水源流の汚染区域から逃がした個体か?」

 

「のッ」コクコク

 

「だよな。道理で今のカントーに居ない筈のポケモンが居る訳だ。お前だけだったもんなー、あそこに残ってたの。……おかげでお前達の種族は、カントー図鑑からは除外されたんだが……」

 

 

 聞くに、どうやらショウに恩義のある個体だった様だ。それにやっぱり、コイキングではないらしい。何せ、コイキングの場合は住む場所を選ばないからな。清水源流どころか海水淡水問わずといった有様だ。

 頷いたポケモンに納得だとばかりに頷いて、ショウは笑う。そのまま視線を交え ――

 

 

「―― うし。一緒に来るか?」

 

「のッ!」

 

「先に言っとくけど結構キツイぞ? あ、クーリングオフは効くけど」

 

「のッ、のッ!!」

 

「あー……意思は硬いか。それならまぁ、仲間に居てくれれば嬉しいよな。……おっけ。ほい、これ。中に入って暴れないでいてくれればすぐだから、宜しく」

 

「ののッ!」

 

 

 そう言って、何の変哲も無いモンスターボールを差し出す。

 ポケモンが鼻先で触れると、粒子となってボールの中に入り込み。

 

 

 ――《カチッ♪》

 

「宜しくな ―― ヒンバス!」

 

 

 ショウが嬉しそうにボールを掲げると、腰のイーブイの入ったボールもカタカタと揺れる。それが果たして、嫉妬なのか歓迎なのかは判断つかないけどな。

 こうして帰り際、オレらは進化の石というアイテムを。ショウは新たな仲間を得て、シオンタウンにおけるボランティアは幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 





 以下、本来の意味であとがき。

▽ ここは つりの めいしょ

 サイレンスブリッジとか、中々ピンと来ない単語ですが原作の通りなのです(笑
 まぁ、実際には主に違う『つり』の意味で使われることが多いのですけれどね。この警句。

 さて、やっとの事ボランティア編が終わりましたので「秋へ」の題目は過ぎ去って、本格的に秋のスケジュールに入ります。
 具体的には今話に少しだけ話題を挙げている学園祭ですね。それと日常が少し。
 ……久しぶりにSideを使ったら、思ったより難しかったのです……!

 増えたお仲間は、始めっから決めうちしてました。水ポケモンを持たせるならば彼女でしょうと。
 何せヒンバス(の進化先)は駄作者私が初めて遺伝技を持たせ、厳選し、努力値を振ったポケモンなのですよね。彼女と共にフロンティアを攻略していたのが懐かしくも感じます。それももうすぐリメイクを迎え、彼女はリメイク先へまさかの里帰りをするわけなのですが……。
 ……彼女? ああ、はい。

 勿論、ショウの捕まえたヒンバスは♀です!(力説

 ぱっぱと書けると良いなぁ……と、筆速を渇望しつつもインスタント味噌汁が美味しい。特にロー○ンの揚げナスの奴が(ぉぃ
 ORASの季節がやってきますし、暫くはフィーバーしてそうなのですよね、駄作者私。


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1995/秋 不思議な生き物と書いてドードーと読めば

 

 それは、あるいは最後の一助、追い風であったのかもしれない。

 

 風の吹き渡る草原の上。高い高い秋の空を、今日も沢山の鳥ポケモン達が、気持ち良さそうに飛んでいた。

 人間たちとポケモンが一緒に集まって空を飛ぶ。隠れ家のようなこの場所は、海と街との間……一際小高い丘の上に在った。

 そんな丘の上。少し離れた場所に立ち、「僕と私」は今日も遥か高い天井を見上げる。

 

 ―― 飛びたい。

 

 小さな熱は、いつもこの胸の中で燻っていて。

 自分自身、飛びたいと思うことに理由なんてなくて。

 人間達も……たった今、空を自由に飛んでいるあのポケモン達だってそうだ。

 ただ空を飛べれば気持ちが良いだろうなぁ……と。漠然とした、憧れのような想いだけを持ち続けていた。

 そんな時だった。いつもと同じく「僕と私」が、空を飛ぶ人間達とポケモン達を木の陰から眺めていた時。

 

 

「……昨日も、この間も。同じ様子だったわね。あなたは、いつもそこから空を見上げているのかしら」

「キィキィ!」

 

 

 人間。それと、その肩に乗る小さな虫ポケモンだ。

 突然の声に、「僕と私」の体は意図せずビクッと跳ね上がり、数歩後退してしまう。

 しかし、それ以上近寄ってくることは無い。「僕と私」はその姿を観察する。人間は「僕と私」よりも小さく、でもどこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 人間の特徴的な格好と仕草を鍵にして記憶を探る。……ああ、成る程。彼女の姿には見覚えがあった。何時もこの丘のてっ辺……大きな木の向こう側で、座って本を読んでいる人間だ。

 今日も、ついさきまでは本を読んでいたはずだったのだけど。……空を見たままでぼそりと呟く。

 

 

「絶好のフライト日和……と、ソノコならば言うのでしょう。フライトサークルの皆も、ああして楽しそうに飛んでいるのだもの。ねえ、イトマル」

 

「キィキーィ!」

 

 ……。

 

「―― 貴方も、飛びたいのかしら」

 

 

 声が響く。

 何時もの「僕と私」ならば、自慢の脚力を活かして逃げ出していただろう。けれどこの人間が持つ独特の雰囲気のお陰なのか。後ろに向けて踏み出した足は自然と止まり……それ以上動くことはなかった。

 何かを問われた気がする。ああ、「飛びたいのか」と尋ねられたのだ。

 焦がれている、と言っても過言ではない。「僕と私」は同時に頷く。でもそれは、とても難しい事だ。

 

 

「そう、ね。貴方が飛ぶことは確かに、難しいのでしょうけれど……」

 

 

 目線で頷き返し、そのまま顔を空へと向けた。

 釣られて視線が後を追う。

 

 

「良いわ。飛んで、みせましょう」

 

 

 その人間と「僕と私」は、その日初めて、揃って空を見上げた。

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 「彼と彼女」を飛ばすためには、何か発想の転換が必要ね。―― そう考え、私は即日ショウの研究室を訪れた。

 ビロードビロードしたフリルを揺らし、頬杖を突いて、ヘッドドレスを傾けて。

 

 

「ねぇ、貴方」

 

「せめて名前呼びに……って、このやり取りも久しぶりだな」

 

 

 目の前で、椅子に乗った彼がくるりと回る。机の上には湯気を昇らすコーヒー。相変わらず不精な生活を送っているのは間違いないのでしょう。

 呆れつつも、私がソファに座って視線を合わせると、彼はいつもの何ともないといった調子で話を続ける。

 

 

「俺のヒンバス宜しく、新しく手持ちに加わったイトマルの育成に忙しいんじゃないのか?」

 

「それは、そうなのだけれどね」

 

「―― のッ、のッ」

 

 

 私が返事をすると、研究室の中心に置かれた机の上。水槽の中を泳いでいたヒンバスがびちりと跳ねた。

 その視線を追うと、壁にかけられたポッポ時計があって。

 

 

「あー、そういや約束の時間だな。あんがとヒンバス。……でまぁそんな忙しげなミィが、態々タマムシ大学の研究棟にまで顔出すとかな。それもこんな朝っぱらから。さてさて、どんな用事だ?」

 

「ええ。……貴方は、ドードーが空を飛ぶ所。見た事があるかしら」

 

 

 此方が単刀直入に切り出すと、その顔に疑問符が浮かぶ。

 

 

「それは、こっちでって意味か?」

 

「そうね」

 

「んー……いや、ないな。データ集めの時も、秘伝技はリストの外だったし」

 

 

 言って首を降る。しかし性分からか、すぐに顎に手を当て。

 

 

「そうだなー。あの図体で空を飛ぶってのは、中々に想像し辛い場面だ。飛ぶとすれば走るか滑るか。アホウドリみたいに助走が必要なのかも知れないし、不思議な力が発動するのかもしれないし。もしかすれば謎のガブリアス方式なのかも判らん。……いや、どっかで見た気もするんだが……どこだったかね」

 

 

 次々と推論を並べてゆく。

 ……こういう切り替えの早い所は流石ね。伊達に研究者と学生の掛け持ちをしていない。まぁそれは、シルフの研究者を兼ねている私も同様なのだけれど。

 そして。

 

 

「……聞かないのね」

 

「ん?」

 

「私が、こんな事を。聞き始めた理由よ」

 

「あー、まぁ、付き合いも長いしな。……飛ばしてやりたいんだろ? お前が」

 

「ええ」

 

「だったら協力するって。何より、ドードーは飛べる筈だからな。ちょっと原著でも会議録でもとりあえずの類例を引っ張ってくる。後は、具体的な部分は俺よりもソノコ……だっけ? 空を飛ぶことに関してならアイツに聞いた方がはっきりするんじゃないのか?」

 

「ソノコは、明日。帰ってくる予定ね。夏休みを利用して国一周飛行……なんて壮大な企画を実行中なのよ。連絡機すら持たずに」

 

「そらまた随分と凄い。……つっても休みを持て余した大学生じゃああるまいし、壮大過ぎやしないかーっと」

 

「そういう娘なのよ。眩しいけれどね」

 

 

 私が苦笑して見せると、倣った苦笑でもって見合う。

 そうしている間にも、頭の中で段取りをつけたのでしょう。最後に溜息をついて、うっしという気合の声と共に立ち上がる。

 

 

「まぁ、そんなら今日は情報収集の日だな。実行はソノコの意見を聞いて、明後日以降でいいだろ」

 

「ええ。……貴方はどうするのかしら」

 

「俺か? 今日は丁度、ポケ誌から取り寄せた論文が届く日だし、日中はカレンとか班員とかの論文に付き合って図書館に篭ってる予定だ。……あー、あとはマサキにも聞いとくよ。連絡は明日の昼までに、で良いか? 俺の方から出向くんで」

 

「お願いするわ」

 

「おう、お願いされた。また明日 ―― あの丘の上でな」

「のッ」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

「ようこそおいで下さいました、ミィ」

 

「……突然の訪問でごめんなさい」

 

「いいえ、どうかお気になさらずに居て下ればと。カトレアお嬢様の友人を迎えるとなれば、むしろ御家に奉仕する側にとっては腕の見せ所ですから」

 

 

 目の前で腰を折りつつもドリンクを注いでゆくコクランと、目の前で頷くカトレア。次にと、タマムシシティにある「御家」の別宅へと足を伸ばした。

 突然の訪問だったのだけれど、彼女らは快く迎え入れてくれた。今日はコクランも家に居たみたいで、普段に増して給仕には気合が入っているような印象。多分、コクランの目がある分引き締めているのでしょう。

 主従揃って朝食を取る。その相伴に私も預かりつつ……此方が本題を切り出すと、カトレアがいつもの半眼のままでぽつりと呟いた。

 

 

「―― ドードーが空を飛ぶ、ですか」

 

「ええ、そう。カトレアだけでなく、コクランも。2人から意見を貰えると嬉しいわ」

 

「はい……少し時間を貰えますでしょうか? 考えたいので。……コクラン?」

 

「私がお力になれるのであれば。しかし……ふむ。ドードーが空を飛ぶと言うのは中々に想像し難い光景ですね」

 

「……コクラン。貴方、ショウと同じ事を言っているわ」

 

「そうなのです?」

 

「光栄ですね」

 

「……。……コクラン」

 

「畏まりましたお嬢様。ショウは本日、図書館と研究棟を行き来していると聞いています。後に車を回しましょう」

 

「……」コクリ

 

 

 相変わらず、テレパシーが猛威を振るっているとしか思えない意思疎通能力ね。

 とはいえ今はそこに突っ込んでいる時間が惜しい。明日ソノコが帰ってくるまでに、事前段階までは漕ぎ付けておきたいのだから。

 だとすれば。この2人に今の話題(・・・・)を続けさせると長いわね。……とりあえず、話題を切り替えましょう。

 

 

「それよりも。……一般的に、鳥ポケモンは翼を羽ばたかせて飛ぶわ。なら翼の無い鳥ポケモンが空を飛ぶためには、何をするべきかしら。貴方達の意見を聞かせて欲しいの」

 

「……ミィ。ミィはそのドードーが空を飛べると確信しているのですね」

 

「その様ですね、お嬢様」

 

 

 別に良いのだけれどね。そうも確信されているとやり辛い気もするのよ。

 

 

「では、僭越ながらこのコクランが。―― 翼の代替となるものを用意するのは如何でしょう? 要するに揚力を得るための力場が無ければ浮かないのですから」

 

「それはまた、随分と。御家の執事らしくない現実的な発想ね」

 

「……そうですね。けれど、ドードーはエスパーポケモンではありません。こういった別な角度の視点が必要なのだと思います。……一度、エスパーポケモンの念力で浮かしてみてはどうでしょう?」

 

「それは安全面の確保が大事になります、お嬢様」

 

「浮かせば案外飛べるかも知れないと思ったのですが……では、こういうのはどうでしょう」

 

 

 そのまま話し合いを始めてくれるカトレアとコクラン。ドードー自体、この2人にとっては飛べるかどうかも判らないポケモンだというのに……ね。

 ……有難いことには違いないもの。少しだけ、このまま、意見を募る事にしてみましょう。

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

「ってか、ドードーって飛べないのか?」

 

 

 帰りの道中、今度はシュンとナツホに出会う。事情を説明した後のシュンの第一声が、これね。

 彼と彼女は買い物の帰り道。手に持った買い物袋は膨れ上がっている。聞く所によるとこれから友人と一緒に海岸へ出かけ、焼いたり食べたり騒いだりする予定だったみたい。

 ……でも。むしろ、何を持ってドードーが飛べると思っているのかしら。シュンは。

 

 

「うーん、例えばだけどさ。オレのイーブイ(アカネ)は『みがわり』って技を使うだろ? 体力を使って自分の周りにバリアーみたいなものを張る……って理屈だけど、それって人間には出来ない動作だよな」

 

「まぁ、ポケモンだからこそよね。……それがどうしたのよ?」

 

「同じ理屈でさ。ドードーが空を飛ぶとしたら、きっとそれは不思議な何かが影響するんじゃないのかなー……って。飛べるかどうかは、見た目とは違う部分にあるんだろうなって。考え過ぎか?」

 

「翼がないと物理的には飛べないものね。だとしたら、確かに、そうなるんでしょうけど……シュンの意見だっていうのが信憑性をおおいに損なってるのよ」

 

「おーい。酷い言い草だぞー、ナツホ」

 

「普段の適当な言動がいけないんでしょ。それに、ふん。アンタに言う分には問題ないじゃない」

 

 

 相変わらず仲の良い2人……。

 ……。

 ……あら。でも……そうね。確かに。シュンの意見は最もだわ。

 

 

「それで、どうだ? ドードーはポケモンっぽい不思議な力で空を飛ぶ説」

 

「……ねえシュン。アンタの言う通りだとすると、それって結局ミィからは教えることが出来ないって事じゃないの? 主旨と違うし意味ないじゃない」

 

「そっか。それもそうだな。いや悪い。やっぱ素人考えじゃあ力にはなれないみたいで」

 

「……そうでもなくて、……いいえ。かなり参考になったのだけれど」

 

 

 此方が素直にお礼を言うと、シュンは吃驚した顔をする。

 そこまで驚かなくても良いと思うのだけれど。実際に、シュンとナツホの視点は私には無いものだったのだし。

 

 

「お、おう……? 何がミィの手助けになったのかは判らないけど、ま、力になれたのなら良かったよ。……そういえば日程とかは決まってるのか? どうせ飛ぶんなら後学のために見ておきたいんだけど」

 

「あの子が、飛ぶとすれば。最低でも明後日かしら」

 

「そっか……よし。その日はまだ休日だし、サークルの出店の進行はナタネさんとかのお陰で順調みたいだしさ。オレもユウキとかゴウとか誘って応援に行くよ。ナツホもどうだ?」

 

「いいわよ。あたしもノゾミとかを誘ってみるわ。……折角応援に行くんだから、頑張りなさいよ、ミィ!」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 走る、跳ぶ。

 

 走る、跳ぶ、跳ぶ。

 

 「僕と私」は人間をその背に乗せて、愚直なまでにひたすらと練習を繰り返す。今日1日を明日のための練習に費やすらしい。

 飛ぶよりも転んでいる時間の方が長い。当然、人間の服装は草だらけ。「僕と私」と同じだ。

 

 

「まだ、いけるかしら」

 

 

 ……いける。頷く。

 

 

「そう。……次は、ソノコのムクホークに先導をお願いしてみるわ」

 

「おっけー!」

 

 

 いつの間にか控えていた別の人間が、大きく手を振った。

 ……よし。次こそは。

 

 走る。

 

 跳ぶ。

 

 飛……そのまま、落ちる。痛い。

 

 

「次ね。……ソノコ、『おいかぜ』をお願いできるかしら」

 

 

 受身を取った人間が、草原から立ち上がる。

 人間が別の人間に……ああ、判り辛いから人間を少女と呼ぶ事にしよう……少女が、別の人間に依頼をすると、「僕と私」の後ろから追い風が吹き出した。

 意思を持ったように後押しを続ける風。いつもよりも体が軽く感じられる。

 

 

「……準備が出来たら、行きましょう」

 

 

 身体を振るい、少女を背に乗せ、走る。

 今度こそ、飛んでみせたい。

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 ソノコが帰還した翌日。

 

 そしていよいよ、あの子が『そらをとぶ』 ―― 決戦の日。

 

 

 《…… ワイワイ、ガヤガヤ…… 》

 

 

 丘の上に集まったのは、予想を超えた数の観衆達。

 学生。大人。そして、所々に白衣の面影が残る人。中には只の物見の人だけではなく、研究者も居るみたい。言葉の通り見物に訪れたシュン達友人一同や、ショウも元・班員を引き連れて木の下に座り込んでは空を見上げている。その隣には日傘を構える執事と、白ワンピースのお嬢様の姿も見えた。

 

 

「あ、居たわね ―― ミィ」

 

「秋の澄んだ空気。とても良いお日柄ですね。……本当にお行きになるのですね、ミィ」

 

「そうそう。貴女って高い所が苦手なんじゃあなかったの?」

 

 

 近付いて来たのはエリカと、それにナツメ。

 輪の中から僅かに離れた位置に立っている私を、彼女らは追いかけて来てくれていた。

 しかし顔にはいずれも、不安気な表情を浮べている。……そう。苦手、って話だからなのね。

 

 

「―― 高い所は。苦手というより、生理的な嫌悪感ね。寒い所も同様よ」

 

「判るような、判らないような……」

 

「ふふ。けれど、どうやら緊張はないみたいで安心致しました」

 

 

 ……仕方が無いじゃない。注意の仕様がないのだもの。あれは。

 そう思いつつも瞼を開き、エリカとナツメの間を、私は数歩進み出る。

 後ろを振り向けば。

 

 

「ですが、ミィの決めた事。貴女の道。わたくし達はその意思を尊重し、ここで見送りますわ。……応援しております」

 

「安心して行ってきて、ミィ。ついでに落ちても良いわ。いざとなったらわたし達で浮かすから大丈夫」

 

 

 いつもの様に強い意志を秘めた眼差しのエリカ。鋭くも温かさを忘れない瞳のナツメ。

 ……でも、大げさなの。これじゃあまるで、死地に向かう兵士。

 ふぅ ―― 溜息を1つ。

 幸せを1つ犠牲にしておいて、その幸せが空気に溶け、見知らぬ誰かをほんのりと幸せにしてくれることを祈り。

 

 

「大丈夫。練ったのだもの。私は後は、あの子を。信じるだけよ。……それにきっと、今日ならば。空を飛ぶのも気持ちが良いでしょうし、ね」

 

 

 自然に浮かんだ微笑みと共に、私はあの子の元へと赴いた。

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 少女がこっちに近付いて来る。

 やっぱり、緊張する。「僕と私」は硬くなった身体をほぐす様に両脚を上げ下げしつつ、……昨日一日ずっと練習を共にしたとはいえ……まだ慣れない「傍にいる」という感覚を持て余し、視線を逸らした。

 

 

「……」

 

 

 見上げると、空が何時になく高く感じられる。

 秋めいてやや色を失った緑の絨毯が一斉に風になびく光景は、いっそ壮観ですらある。

 

 

「―― 準備はどうかしら」

「キィキィ!」

 

 

 横に立つ少女とも、その肩に乗ったイトマルとかいうポケモンとも、視線は交えない。

 同じ空を見上げた回数は、この3日間だけでどれほどになっただろうか。

 それでもやっぱり、少女の考えている事は判らない。

 ……そう。考えていることは、判らなくても。飛びたいという気持ちを、「僕と私」を理解しようとするその心だけは伝わってくるのだ。

 

 

「……そろそろ、時間かしら。イトマル。ボールに……」

 

「キィ! キュキィッ!」

 

「……」

 

 

 ボールを差し出した少女の肩を飛び退き、イトマルは「私」の頭に乗って来た。

 この虫ポケモンはどうやら少女の手持ちになって日が浅いらしく……元々の性格も大きいと思うが……反抗的な、というか、無意味に指示に逆らう事も多いらしかった。

 「僕」だけが首を戻し、少女を見る。

 

 

「はぁ。……仕様が無いわね。ねえ、貴方。貴方が良いのなら、その子も乗せて飛んで欲しいのだけれど」

 

 

 少女の問いに「僕と私」は頷く。

 このポケモンの事は嫌いじゃあない。それに、「僕と私」が空を飛ぶ動作の邪魔にはならない身体の小ささもある。

 

 

「そう。ありがとう。……イトマル。飛ぶときはせめて、糸で私と貴方を括って頂戴」

 

「キィキィイ!」

 

「あら。現金な子」

 

 

 ふわふわした袖口から出た手がイトマルを撫でる。

 暫く堪能したイトマルが見た目にも喜んで見えた頃合で、少女は再び向き直った。

 

 

「―― それじゃあ、良いかしら。乗るわよ」

 

 

 また頷くと、少女は小さな身体をバネの様に縮める。次の瞬間「僕と私」の背に手馴れた様子で飛び乗った。

 少しだけ身体が重くなる。心地良い、とは言い難い重み。

 だけど。

 

 

「……ええ。飛んでみせて、やりましょう」

 

「ド!」「ド!」

 

 

 嘴から気合を込めた一声。

 

 「僕と私」だけでいるよりも体は熱く、やる気はふつふつと沸いて出る。

 

 両の脚に力を込め、軽快に身体が弾み、「僕と私」達は草原を駆け下りる。

 

 助走を付け始めたこっちに気付いた人間達がざぁっと分かれ、道が出来、その間を走り抜ける。

 

 首を前へ。少女も身体の重心を前へ傾ける。

 

 足が地を離れて空をかき、跳んだ。

 

 そしてそのまま、飛んだ。

 

 両の首を、前進翼の様に風に逆らって突き出し。

 

 脚を動かして、地面と同じく空を進む。

 

 青い空を、青い海を、その間を、僕と私と少女と虫ポケモンは一陣の風となって飛んで行く。

 

 風が4つ。分かたれては頬を震わせる感覚が、心地良く感じられた。

 

 遥か下に、大海原にぽつりと浮かぶあの丘。

 

 

「―― 飛んでみれば、高い所も。意外と平気なものなのね……」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

「いやぁ、まさかのでっていう方式とはなー……」

 

「どっちかって言うと『そらをはしる』よね。うわー、面白そ!! あたしもドードー捕まえに行こうかな?」

 

 

 手を庇にしてのんきに見上げるショウと、その前で騒ぎながら両腕をバタバタと動かすフライトサークル長、ソノコさん。

 オレ達の目の前で、ミィを乗せたドードーは確かに空へととんだ(・・・)。……ああ、確かにとんだんだけどさ。

 

 

「なあショウ。解説とか頼めないか?」

 

「ん? あー、……解説、解説ねー……」

 

「おいおい。いつものキレはどうしたんだっての」

 

「む。さしものショウにも判らない事はある、という事か……?」

 

「飛んでるねー」

 

 

 オレ、ユウキ、ゴウ、ケイスケといった男子勢が次々と質問を浴びせると、ショウはその手を顎に当てた。

 ショウの言う「でっていう方式」とやらがどんなものなのかは知らないが、少なくとも物理現象は超越してるんだよなぁ。あれ。ソノコさんの言う通り、むしろ『そらをはしる』って言う技のほうが納得できる。

 

 

「……先に言っとくと、この辺りにはまだまだ補強と解析が必要なんだけどな。要するに未知の力場というか、エネルギーの翼というか、そういうのが発生してるらしい。ポニータが筋力データ上で333メートル飛べたりするあれだ。ドードーの場合はどうやら、『そらをとぶ』の技を発した際に揚力としてそれらが発現するらしい。流石は不思議な生き物、って所だな」

 

「おおっと、オレの不可思議な力理論も遂に認められたか」

 

「シュンよ。それは偶然というか……ナツホに否定されていただろう。そもそも不思議な力、という範囲が広過ぎるだろうに」

 

「……言われてみれば、そういや、ギャラドスとかも飛ぶんだもんな。あんな水棲生物してんのによ」

 

「ギャラドスはー、翼があるからねー。でっかい体だけどー」

 

 

 最後に、自らもコイキングを手持ちとしているケイスケがのんびりと付け加える。

 ……両足を動かして文字通り「空を駆ける」ドードーと、その背に乗るミィ。

 

 

「まぁ、ミィの方からちょっかい出したのは、あのドードーの特殊性もあるっぽいんだよな」

 

「へぇ……その、特殊性ってのは?」

 

「あー、あのドードーはどういった訳か雌雄の区別がないらしい。それで、ドードーってのは基本的に群れを作るんだが……前もイーブイの時に説明したけど、同じ種族の中にいると『違う』ってのは目立つんだ。どうもあのドードーは、気味悪がられて群れを追い出された個体らしい」

 

「成る程。それでいつもこんな丘に……って訳か」

 

「単純に興味もあったんだろーな。アイツだってミィだって、好きで1人でいる訳じゃあない。1人に成りたい時ならままあるだろうが」

 

 

 しかし、今のドードーの様子を見ていれば、そんな境遇を経てきた個体には思えない。

 私有地の空を飛ぶのであれば制限は無いらしい。見上げたオレの目に、両者はとても楽し気な様子に映っていた。

 

 

「……っはー。凄げーのな。ポケモンも、ポケモントレーナーも」

 

「それについては同意しとく、ユウキ。だからこそ面白いんだよ」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 地面が迫る ―― ランディング。最も危険な場面がやってきた。

 地面を走りつつ、背を傾け、着地する。通常の鳥ポケモンとは違って羽よりも脚力を重視した「僕と私」にとって減速はお手の物。問題は背に乗る少女とそのポケモンを落とさずに着地できるかどうか……なのだが。

 

 

「お願いするわ、イトマル ―― 今」

 

「キィキッ!」

 

 

 機を計り、少女が腕を振るうと、イトマルというらしい頭上の虫ポケモンが糸を吐いた。木と木の間にクモの巣が張り巡らされ、「僕と私」の身体は徐々に減速を始める。

 ぶちぶちと糸が解ける頃には完全に静止していた。くちばしで糸を解いていると、少女も身体にまとわりついた糸を解くのを手伝ってくれる。

 

 

「どうかしら、貴方。私と一緒に飛ぶのは楽しかったかしら」

 

 

 まだドキドキの余韻を残している「僕と私」に、少女は尋ねた。

 そのまま、心すら透かすような真っ直ぐな視線でこっちを見上げる。

 

 

「……私も、貴方のおかげで。少しは空を飛ぶことが好きになれたみたい」

 

 

 次に、腰に手を当て。

 

 

「これは、ただのお願いよ。それも貴方が良ければなのだけれど。―― ねぇ。私と、一緒に。来てはくれないかしら」

 

 

 微笑んだ人間……少女……ミィは、右手に掴んだ球体を此方へ差し出した。

 赤と白。知っている。これはモンスターボールだ。人間とポケモンとを居合わせる、魔法の道具。

 「僕と私」は近場で顔を見合わせる。けれど、言わずとも、答えは決まっていた。楽しかったのだ。多分、生まれて初めて。

 

 ボールを、二つのくちばしで同時につつく。

 

 次の瞬間。「僕と私」は浮遊感に包まれ、心地の良い場所に収まっていた。

 何より心地よいのはきっと、誰かの……この少女の隣に居られるから。

 

 空を飛べて。一歩を踏み出せて。

 そんな自身を。ようやく。やっと。少しだけ ―― 「僕と私」は好きになれたのだ、と想った。

 





>>お話
 少し毛色の違ったお話を、と考えて組みましたこのお話。お見舞い回とかを思い出しながらかたかたしました。
 インスピレーションとかオマージュ的には、ミィの服飾の表現に「ビスクドールの様な」とか「灰色なんたらぁ」とか「古代の生き物の様にうごめく髪」なんて語句を使いたい気分もあったのですけれどね(笑

 はい。



 ( 眼を瞑って側面ポーズ )



 ( 引き画面ポーズ )



 ( 正面アイドル(あざとい)ポーズ、満面の笑み )



 「きらきらー」で「どろどろー」になりそうでしたので、
 控えさせていただきましたっ☆(涎


>>ドードー
 ドードーが飛べるのは原作準拠です(ぉぃ
 私、好きなのですよね。ああいった鳥類。エミューとか。
 飛び方については、バトレボを御参照くだされば。物理法則を越えた決定的瞬間がご覧になれます事うけあいなのです。

※バトレボ
 うぃーのポケモンバトルレボリューションの事。要は64ポケモンスタジアムのうぃー版。
 ドードリオの『そらをとぶ』は固有モーションとなっている。
 動画とかを探していただければ、幾らでも参考には出会えますねー。


>>イトマル
 いつの間にかゲットしている以下略。何気に主人公勢では初の虫タイプですよね。多分。
 実際、ポケモンバトルでは使いどころの難しいポケモンです。弱点がメジャーで鈍足。しかも物理メインという。
 ですが、ミィ的にはかなり役にたってくれるポケモンでしょうと。



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1995/秋 待ちかねろ学園祭

 

 

 Θ―― タマムシシティ/南郊外

 

 

 遅れてやってきた夏休みも涼しさを増し、佳境を迎えた頃。

 タマムシシティの南西に在る園芸サークルの一室に、20名超のスクール生徒が集まっていた。かくいうオレ、シュンもこうしてサークル部室に集まっている訳なのだが……うーん。なんで呼ばれたんだろうな。木の実の収穫にはまだ若干早いし。

 暫くそのまま待っていると、サークル顧問のエリカ先生に引き連れられショウが正面に立った。ホワイトボードを指しながら声を上げる。

 

 

「さて、集まってくれてありがとな。時間は無駄にしたくないから直ぐに本題に入るけど……皆に集まってもらったのは他でもない。学園祭の『出し物』の事なんだ」

 

「えええ、学園祭ぃ!?」

 

「おう。良いリアクションをありがとな、シュン!」

 

「なんでそんな大げさなリアクションなのよ……」

 

 

 オレとショウのやり取りを、呆れた表情で見つめるナツホ。いつもの構図だな。うん。

 けど、珍しくサークル員の収集がかかったと思えば、待ち受けていたのは「学園祭の出し物」を決めるという実に民主的なイベントであったらしい。

 

 さて。

 開催を控えるは、タマムシ大学の学園祭こと ―― 『虹葉祭』。

 

 大学を含む全域が敷地として使われる、他の学園祭と比べてもかなり大きな規模のものだ。タマムシ大学の傘下にある全ての学校が対象であるため、当然オレ達のエリトレクラスも参加することとなっている。

 しかし、その「虹葉祭」にはサークルとして「出し物」を用意しなくてはならないらしく……オレら園芸サークルも例に漏れず、恒例の屋台を出展しなければという流れなのである。

 

 

「合宿があったエリトレクラスは代わりの夏休みが長めだって言っても、それも残り2週。今の内に内容とかを詰めておけば、近くなってから焦らなくてすむからな」

 

「ふふ。それに、早めに企画を練っておけば企画書を他のサークルより早く生徒会に提出することが出来ますわ。似通った内容の出し物だと、どうしても先着順になりますから……そういった点で有利に運びますでしょう」

 

 

 ショウが語ると、隣の畳が敷かれた和室区画に正座しているエリカ先生が微笑みながら解説を付け加えた。それにしても……うん。なんともショウらしい理由である。

 ともあれ、どうやら先手を打っておくことで後々に色々で様々で諸々なアドバンテージがあるらしい。既に夏休みも終盤。園芸サークルの皆も無事に帰省を終えてスクールに戻ってきている頃合の今であれば、確かに意見を纏めるくらいなら出来るに違いない。

 

 

「まぁエリカ先生の言う通り、そんな感じなんだ。そんで皆から意見を聞きたいと思ってな。ほい、園芸サークル長のナタネ先輩、こっから宜しく」

 

「ええっ、ここであたしなの!? あなたがここまで説明済ませておいて、あたしに何を言えと!?」

 

「意見を募って下さればと。俺はホワイトボードに書き出しますんで」

 

「くぅっ、……もう!! はいはい意見のある人は手を挙げてっ!!」

 

 

 煽られつつも慣れたもの。煽り耐性抜群のナタネ先輩は、気を取り直して発言を促した。

 サークル員達は次第にぼそぼそ、ざわざわ、がやがやとざわめいてき出す。

 

 

「育てやすい苗をプランターに小分けすれば?」「ああ、それ用のはサークル代々のスペースを用意してあるから大丈夫」

「木の実も売ればいいんじゃない」「ポケモン連れの人には売れるかもね」

「押し花でしおりとか?」「間に合わなくはないかな。でも需要も問題だし」「図書館脇のスペースで販売して貰えば」

「とりあえず模擬店の周りは花一杯にしなくちゃねー」「それは同感」

 

 

 部屋のそこかしこから雑談の声があがり、ショウが聞き取った意見を端からホワイトボードに並べてゆく。

 暫くすると意見も出尽くしたようだ。声が収まり、皆がホワイトボードに並んだ意見を眺める体勢をとり始める。オレもそれに習って眺めてみて……と。

 苗や木の実の販売は、園芸サークルの専売特許のようなものだ。決定で間違いないだろう。屋台は代々の園芸サークルに受け継がれた骨組みがあるみたいだし、少々の大工仕事をこなせば飾り付けだけで済むみたいだしさ。

 ショウは挙げられた案1つ1つに腹案と手順の解説を挟んでゆく。ショウとエリカ先生、それにナタネサークル長による事前の手回しは首尾よく済ませられていたようだ。やるべき事も思ったより少ないな、などと考えつつ……すると。

 

 

「あの……お菓子、とか、どうでしょう……」

 

 

 型通りの意見が出揃った所で、前髪少女ことミカンがおずおずと手を挙げ、ぽつりと呟いた。やや静まり始めていたサークル室内であったためか、小さなその声もやけに通りが良いように思える。

 

 

「お菓子? ……って、なんで」

 

「あう」

 

 

 誰かが疑問を口にすると、ミカンがびくっと身を縮こめ、見るからに萎縮。あわあわと周囲を見回し、今更に自分に注目が集まっているのを感じてか、一層慌しくなっていって。前髪の下の目はさぞやグルグルしているに違いない。

 と。ここで助け舟を出すのはそっちの役目だろ ――

 

 

「……あー、俺はいいと思うぞ。ミカンの意見」

 

 

 ここで、今までは意見を出さずに静観していた書き手たる奴め(ショウ)が、いつもの口調で割り込んだ。流石、期待には応えてくれる奴。

 そう言えばショウはあの孤児院ボランティアの後も変わらず、夏休みの間はずっと、ミカンの鬱憤晴らし活動のお供をしていたらしいんだが……それは兎も角。ここでショウの助力が入るのは大きいぞ。何だかんだサークルの重役だしな。

 ショウの発言に、全体が思わず傾注。ショウはちらとミカンへ視線を送り。

 

 

「……あ、の……ショウ、君?」

 

「おっと、悪い悪い。……始めに聞いとくけど、ミカン。お前もある程度はお菓子作れるんだよな?」

 

「はっ、はっ、はい」

 

「それならミカン主体で活動出来るし、木の実を使ったお菓子っていうなら他にも得意な友人に心当たりがある。俺自身もコンテストのコンディション調整のお菓子ぐらいなら作れるしな。何より、トレーナーだけじゃあなくポケモンも食べられるお菓子って、それこそお祭り向けじゃあないか?」

 

「まぁ三大欲求にダイレクトに訴えかける分、プランター並べてるよりは集客が見込めるわね。あたしは良いと思う。増収よ、増収!」

 

 

 『虹葉祭』における収支は、そのままサークルの活動費用に直結してくる。肘を突いて事の成り行きを眺めていたナタネサークル長が賛同すると、サークルのムードも一気に賛成側へと傾いた。

 各々が騒ぎ始め、声が飽和してゆく室内。……しかし、そこへまたもショウが突っ込む。

 

 

「つっても問題はあるんだけどな。商品としてお菓子を出すなら、ある程度の種類が欲しい」

 

「なんでよ?」

 

 

 相変わらず直球なナツホが尋ねるが、しかしショウも手馴れたもの。待ってましたとばかりにホワイトボードの端を指した。

 そこに貼ってあるのは、他のサークルの出し物(予想)一覧だ。

 

 

「勘の良い奴は判ったと思うが、これがそのまま、他のサークルの出し物予想の一覧にもなる。根拠は昨年の出し物なんだが……いや実際、学園祭はサークル代々で同じものをやる事が多いからな。多分そうそう外れてはいないと思うぞ。そうだろ、ナタネ先輩?」

 

「そりゃそうね。屋台だってタダじゃないんだし、出し物を変えるたび新しい屋台を出してちゃあキリが無いわ。その点、うちのサークルの屋台は毎年補修して装飾変えるだけ。わたしも去年はプランター売ってたし……それに、プランター売りなら地面に置けば屋台のスペースをとる事はないものね。その分をお菓子を売るのに使うのなら、問題は出ないと思う」

 

「ああ、それでお菓子の種類がって訳か」

 

「あによ、シュンまで。……だから、何でなのよ?」

 

 

 どうやらショウに曰く勘の悪い奴に分類されるらしいナツホが疑問を向ける。

 ショウはあー……と間延びした声を出しながら顎に手を当て、解説。

 

 

「シュンの言う通り、つまり、端的に言うと競争力の問題だな。他のサークルもお菓子自体は出してくるだろうし、木の実のお菓子っていう発想に到るサークルは多いと思う。スイーツサークルとかになると、毎年本格的なのを出してたはずだ」

 

「あら。そういえば去年、ショウと一緒に回った際にいただいた覚えがありますわ。ナツメも一緒でしたわね」

 

「……。……いや、エリカ。このタイミングで思い出すのは兎も角、割り込まなくて良い場面だったよな?」

 

「うふふふ」

 

「意味深っ!? え、今の割り込みに一体なんの理由が……」

 

 

 あーあ、と。いつもの顧問漫才である。

 他のサークルの人が見ているのならば兎も角、園芸サークルからしてみれば日常の風景だけどな。生暖かい視線を繰り出して防御力低下を試みるのも慣れてきた。

 ……ジムリーダーで両手に花とかな。いい加減、そろそろ爆発しないものだろうか(にっこり)。ゴローンが転がって来い。

 そんな型通りのやり取りをこなした後で、ショウはえふんと仕切り直す。

 

 

「そんで、話題をもどすぞー。……どっちにしろ花押しの園芸サークルにお菓子が1品ってなると、どうしても他のサークルのに埋もれてしまう。となるとこっちは『ポケモンも食べられる』の他に、栽培している木の実の種類の多さを武器にした『お菓子の種類』位の対抗手段(セールスポイント)は用意しておくのが良いんじゃないかなぁって感じなんだが……どうだ? これなら園芸サークルの色を出せると思うぞ」

 

 

 最期に問いかけると、今度は部室全体が喧騒に包まれた。

 

 

「えー、でもわたし達が作るんでしょ? 大変じゃない?」

「簡単なのだったら出来なくはないと思うよ」

「単純に作ってみたい気はするけどなー。設備とかは?」

「大学の施設を使わせてもらえば何とかなるんじゃないかと思う」

「日持ちのする焼き菓子とかで売り切りにすれば、保存は気にしなくて良いし」

「女子の手作りに心惹かれない奴は男じゃないだろ」

「勿論作るとなったらあんた達も作るんだけどね」

「すごい事に気がついた。エリカ先生の手作りって言う付加価値」

「よし作ろう今すぐ作ろうやれ作ろうの三段活用……は、出来てないか」

「「「 だんしたち は はりきっている!! 」」」

「いつ『きあいだめ』したのよ!?」

 

 

 とかとか。

 手間がかかる事を悩んだ人は居るものの、どうやらおおむね賛成であるらしい。

 かくいうオレもサークル長の言う通り、プランターだけで人を呼び込めるとは思わないので賛成だ。園芸サークルとしては新しい試みになるんだろうけれども、そこはショウが大丈夫と太鼓判を押すのだから問題はあるまい。門外漢の部分はアイツとサークル長に丸投げだ。

 ある程度の意見が出揃った頃合をみて、ナタネさんが手を叩き注目を集める。

 

 

 《パン、パンッ!!》

 

「はいはい皆注目! それじゃあお菓子作りは決定で良いわね? 異論のある人は……そうね、後であたしに直接言って頂戴な。考えとくわ」

 

「そんじゃあナタネ先輩、次は班分け宜しく」

 

「はいはい判ってるわよ、もう。……ああ、勿論、園芸サークルが毎年やってる活動も疎かにはしないから! ……模擬店班、プランター班、木の実班、お菓子班に分けるとして……模擬店班はそこのアナタ、プランター班はあたし、木の実班はショウが取り仕切って……お菓子班は……そうね。あなた、ミカン!」

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 ナタネさんに名指しに呼ばれると、小動物的なリアクションのミカンが、またも縮こまる。

 前髪の奥でうろうろと動く眼に視線を合わせ、ナタネさんはにかっと笑う。

 

 

「あなた、言いだしっぺなんだから班長をお願いするわね。それに当然、ショウがフォローするんでしょ?」

 

「そりゃ勿論。つっても、俺はナタネ先輩と同じくどの班にも顔は出すからな。何か手伝える事があったらなんでも言ってくれ……ただし動くのは基本的にサークル長のナタネ先輩で宜しく」

 

「そこでこっちに振るかなぁ! あなたも少しは年長者を敬いなさいよね!?」

 

「敬ってる敬ってる。12才ジムリーダークラスのナタネ先輩」

 

「それが敬ってないんだって、何で判らな……いや、あなたの場合はそれも判った上でそういう対応なのよね……。ああ、頭が痛いわ……」

 

「ふふ。ご安心を、ナタネさん。わたくしエリカも、顧問として微力ながらにお手伝いをさせていただきますわ」

 

 

 エリカ先生がフォローを入れつつ、そのまま細かい所を話し合う。

 2週間後に控えた書類提出期限に向けたスケジュールを詰めると、最期にエリカ先生が畳スペースにぴしりと立った。

 

 

「それでは皆さん、宜しくお願い致しますわね。園芸サークル一同、成功に向けて頑張りましょう」

 

「「「はぁーい」」」

 

 

 こうして、『虹葉祭』に向けた園芸サークルの活動が始まった。

 

 

 その後も少しだけ話を詰めて、後日連絡という流れになった。これにて本日の話し合いが終了したとみると、部室を出た先でサークル員達が次々と解散していく。

 ショウが伸びをして、その脇に立ったミカンがおろおろ。どうやら話しかけるタイミングを窺っているみたいなのだが……

 

 

「さてさて、そんじゃあ! こっちも頑張りますかね、ミカン」

 

「……あのう……はい。ふ、不束者ですがよろしゅく、おにぇがい、しましゅ」

 

「あっはっは。いつにも増して噛み噛みだなー」

 

 

 そこはショウの事。どうやらコミュニケーションに関する問題は無さそうだ。

 ぺこぺこと頭を下げるミカンとは一定の距離を保ったまま、ショウが腰に手を当てて笑う。しかしそれを見かねた様子のナツホが間に割って入り、ふんと鼻息を荒くして。

 

 

「……全く。ほらショウ、ミカンを緊張させてるんじゃないわよ!」

 

「りょーかい。微力を尽くす。……ほいほい、そんじゃあミカン」

 

「ひゃい!」

 

「いきなりで悪いんだが、これからお菓子作りが得意な奴の所に案内するんで着いて来てくれないか? そこで話し合って、借用できる施設とか器具とか……あー、後は日付を決めてこよう。その方が話し合いも進めやすいからな」

 

「あ、は、はい。……その、あの、名前……」

 

「あー、そいつな。ナナミって言う、俺の幼馴染なんだ。丁寧な奴だから安心して良いと思うぞ。……ナナミはジョーイ資格を取る為に、実家のあるマサラタウンからタマムシにまで来ててな……っと、今の時間は別棟にいるらしいから大丈夫だとさ」

 

 

 手元のトレーナーツールを使って連絡を取っていたのであろう。ショウが文面を指し示すとミカンがそれを(若干遠目に)覗き込み、うんうんと頷く。

 

 

「あの……わたし、作れ、ますか……?」

 

「んー……無責任に作れるとは言わんが、コンテストに出るなら覚えて損は無い。それにまあ、一般的なお菓子ってのはテキスト通りに分量さえ守ればどうにかなるもんだ。俺でも出来るんだし、大丈夫だろ。多分な」

 

「……は、はい。……が、頑張りますっ」

 

 

 奴めは「多分な」とか言っているのに、ぐっと拳を握ってやる気を見せるミカン。

 ……傍から聞けばショウが無責任なだけに聞こえるのかもしれないが、恐らくショウは「多分な」という言葉に重圧を減らす意味合いを込めたのだろう。しかもその意図をミカンが読み取れる事までを予測して、だ。

 なあんて、オレがむやみやたらに考えている内。いつの間にかショウとミカンは離れた位置に移動して、こちらへと手を振っていた。

 

 

「おーい! そんじゃまた後でな、シュンとナツホ!」

 

「……!」ブンブン

 

 

 大声を上げるショウ。何かを言っているっぽいのだけど、聞き取れず、目一杯手を振っているミカン。

 彼らへ向かって、オレとナツホも手を振りかえしておいて……その姿が小さくなるまでを見送る。

 

 

「ミカンがちょっと心配ね。ショウと一緒で大丈夫かしら?」

 

「まぁ良いんじゃないか。仲良くはなってるみたいだしさ」

 

「……ショウの場合はそれこそ心配になるでしょ。……仲良くなるって」

 

 

 成る程、それは最もな御意見で。

 全く持って異論は無い。まぁ、もう手遅れな気もしてなくはないけどさ!

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 ―― なんてやり取りがありつつも、オレとナツホは「お菓子作り班」としての活動を始めた。

 屋台の場所や大工仕事は他のあてを頼るらしく、話し合いの際に当たりを付けた「木の実を使ったお菓子」についての内容を詰めるのがオレらの主な仕事になる。

 しかし「つっても売る時にはお祭り価格だからな。材料費とかは業務用スーパーで買えばどうやってもプラスにはなるだろ」とショウが言うので、採算は度外視。まずはその内容を決めておこうという流れになった。

 そこで、オレとナツホにその他のサークルメンバーを含めた面々で話し合ったところ ――

 

『 他の地方で特有の、木の実を原料とした、ポケモンと人間の両方が食べられるお菓子 』

 

 という題目が掲げられた。

 木の実を使ったお菓子と言うのは珍しい発想ではないらしいので、ショウの言う通り園芸サークル独自の色を出して行こうという感じだ。

 因みにここで「地方特有のもの」としたのは、宣伝文句が考え易いから……とはナタネ部長の談。相変わらず実も蓋もないお方であった。守銭奴っぽい。まあ、一緒に地方のアレンジを取り入れれば独自色の手管として使えるから、別に問題はないんだけどさ。

 

 さて。

 それらお菓子の内容を決めるに当たって。オレ達は折角の国立図書館を利用し、幾つか当たりを付けてみる事にした。広い図書館の中から曖昧なキーワードでお目当ての棚を探すのは難しかったのだが、そこは図書館司書のお姉さんに尋ねて中りをつけてもらう事で解決。あとは人海作戦で資料を読み進めて行った。

 ではでは、その成果を以下に並べて行こう。

 

 まず、ホウエン地方発祥のお菓子として「ポロック」というものがあるそうだ。

 ポロックは木の実入りの角砂糖兼キャラメルみたいな感じで、粉砕して混ぜ合わせて固めれば出来るため、商品としての数の確保が容易である。ポケモン用のおやつとしてはこれ以上なく、携帯し易さや食べるポケモンを選ばないのが利点だ。あとは、砕くと木の実の香りが増すらしい。

 折角なのでセキエイ高原合宿で知り合ったホウエンの友人達に詳しい作り方や現地アレンジを聞きつつ、ポロックをラインナップとして加える事はめでたく決定。

 

 次に、シンオウ地方発祥のお菓子「ポフィン」も採用が決定した。

 ポフィンはポケモン向けに味を調整してある焼き菓子だ。混ぜたり何だりという工程は必要だが、シンオウ地方出身のナタネ部長に曰く、木の実を使ったお菓子としてはメジャーなものであるらしい。

 メインの品として十分に活躍できるポテンシャルを秘めているため、これについては即・採用と相成った。

 

 3つめ。オレの地方……ジョウト地方のものも何か無いかと探したのだが、菓子類となるとどうにも記憶からは思い当たらない。煎餅とか饅頭なら一杯あるんだけれどさ。

 なので、出身地の事も同様に図書館を利用して調査。するとどうやら「ポケスロン」なる競技を行う人達の間で「ボンドリンク」という木の実を原料としたジュースがあるらしいことが判明した。

 ただし、その「ボンドリンク」の原料が問題で。木の実の中でも一際大きく味に癖を持つ「ぼんぐり」と呼ばれるものが原料であったのだ。

 「ぼんぐり」は一般的な木の実とは区別され、一般的に栽培はされていない。ジョウトにおいては一部の町にぼんぐりをモンスターボールへと加工する技術を持つ職人がおり、彼らは自生した木々から収穫されたぼんぐりを加工しているのだそうだ。

 肝心の食用はというと、桃色ぼんぐりなどは甘い香りがするそうなのだが、総じて独特のえぐみ(・・・)があるため食用には適していないらしい。煮詰めに煮詰めえぐみを消した上で、やっとのこと食べられるのだとか。

 しかし栄養価は高いらしく、何より土さえ合っていれば痩せた土地でも一年中収穫が見込めるらしい。そんなぼんぐりをなんとか飲用のものとして利用したのが「ボンドリンク」だ……というなんとも複雑な歴史があったりする。ここまで国立図書館の「今昔モンスターボール」「レジェンドオブポケスロン」より引用。

 ……さてさて。こうなるとぼんぐりの収穫方法が問題になるのだが、その解決方法については心当たりが無い訳でもない。オレとナツホがこれについて、我らが万能なる利器・ショウへと相談を持ちかけたところ。

 

 

「あー……そんじゃあ丁度良かったな。ぼんぐりは直接はポケモンの食用にならないんで、別のスペースで排他的に栽培してるのがあるんだ。流石に土も気候も違うからか実の大きさはジョウト程じゃあなくって、モンスターボールの作成には使えないんだが……ん。ジョウトでポケスロンの特集を企画してたアオイさんやらクルミ曰く、ボンドリンク加工のためってんなら問題はないっぽいぞ。時機を見て収穫しとくから、必要量だけ連絡くれればオッケーだ」

 

 

 これが、軍手に枝バサミを持ち脚立にまたがり枝の選定をしつつ放たれた台詞である。奴は危険だ。便利すぎる(褒め言葉)。

 とはいえショウに頼りすぎるのもあれなので、収穫の申し出については断った。時期だけを教え、サークル員で収穫を行う事が決定。

 

 あとは合宿の前にショウと共にカロス地方へと出かけていたミィから、「ポフレ」について作り方を学んだ。

 これも焼き菓子なのだが、ポフィンと違うのは始めからデコレーションする土台として出来上がっている点であろう。粉砕したポロックなんかも使えるらしいので……ま、この辺は女子の皆様方のセンスにお任せだな。

 因みにカロス地方と言えばミアレシティの木の実ジュースもあるが、これについてはボンドリンクと被るために除外しておくこととなった。まぁ競争力がありそうなのはボンドリンクだよな。珍しいし。

 

 とりあえずの品目はこれら4種類。他にもお菓子は色々と見付かったのだが、友人から知識を得られる範囲となるとこの辺りが切り上げ時だと判断した。

 そんな感じで決定した内容について報告を行い、ナタネサークル長からの許可を貰う。

 菓子作りの練習についても段取り良く進んだ。女子寮のフリースペースにオーブンがあるらしく、使用について申請をしてみた所、女子寮長から入寮許可を得ることが出来たのである。

 ……申請の際に提示した取引の条件は、練習で余った菓子を女子寮の皆様方に無償で提供すること。満場一致で受け入れとなったのは全くの余談だったりするんだけどさ。

 とまぁ、ありがたくも試食をしていただいている女子寮の皆様方からじゃ中々の好評をいただいていたりするので、味については問題ないみたいだ。本番は街の人や外来のお客がターゲットなので、ここで山ほど食べられた所で飽きられると言う心配も無い。

 

 

 なんて。ここまで、学園祭に向けた準備は順調なのがお判りいただければ幸いか。残る詰めの部分はナタネサークル長とミカン、それにエリカ先生が協力して行うらしいしな。任せてしまって良いだろう。

 となると実際に動き始めるまでオレ達には仕事が無く、再びの夏休みが訪れる。

 

 ―― ああ。訪れたかに、思えたのだが……。

 

 それは男子会で使う菓子類の買出しに行った、帰り道。

 荷物をポケモン配達に頼み、タマムシデパートから帰宅する際の出来事だった。

 

 

「おいシュン、ゴウ。あれ見ろよ」

 

「なんだユウキ……む」

 

「あれはー、……女の子ぉー?」

 

 

 ユウキとゴウ、それにケイスケまでもが首を傾げたのも無理は無い。

 年はオレらの少し下だろうか。フリフリした目立つ服……ミィに倣った様なゴスロリ服を着る少女が、モンスターボールを片手にタマムシシティの郊外へと走って行ったのである。

 モンスターボールを持って走る少女。これだけならばよくある光景だ。だが、既に時間は18時を回っている。日は沈み、辺りには秋めいた冷たい空気が漂い出していて。

 少女の格好も異様さに拍車をかけている。ゴスロリの可愛い服を着ていながらも、その服は土と葉っぱで汚れていたのだ。それはお洒落に気を使っている(っぽい)少女が、周囲に気を回す余裕を失くしているという事でもある。

 オレ達は思わず顔を見合わせる。

 

 

「―― しゃーない。追いかけますか!」

 

「僕も今回ばかりはユウキに賛成だな。流石にこの時間帯に郊外へ出るのは危険と言わざるを得ない」

 

「そんじゃあオレがナツホ達にメールしといて……ん、よし。行こう」

 

「あっちってー、ヤマブキシティの南側に出る通路だよねー?」

 

「だな。あのガキンチョ、どこへ行くつもりなんかね」

 

 

 少女の背中を追って。

 夕闇に染まりつつあるタマムシの郊外を、オレ達は揃って走り出していた。

 






 これにて一旦切りとなりますです。

 
>>そこのアイツ
 ナタネの指名の台詞より。パワプロでいうモブの事です。
 昇級試験ではよくよく滅多打ちにします(されます)。私的には彼がクビになっていないか、大分心配していたり。
 まぁ、ゲームの突っ込み所はそれ自体も楽しみではありますけれど!

>>ポケモン世界のお菓子
 こうしてみてみると、結構数はありますよね。種類は少ないですが(ぉぃ
 ぼんぐりに関してはちょっと悩みましたが……ボンジュースはやはりジョウトに特徴的なものでしょうということで。
 今日もムーンボールやヘビーボール入りのポケモン達を求めて、ジョウトを彷徨う廃人がまたひとり……

※ボール引継ぎが成される昨今のポケモンにおきまして、ムーンボール等ガンテツさんのボールに入ったポケモンを手に入れるに、能動的にはHGSSから引き継ぐしか手立てが在りません。GTS以外だと。廃人要素の塊ですね(にっこり


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1995/秋 ゴスロリの少女、あと妹

 

「どこまで行くんだろーな?」

 

「さぁねー」

 

「それは、あの少女に聞かなければ判らないだろうな……」

 

 

 3人で話をしながら追いかけていると、だんだんとタマムシシティの郊外へ差し掛かる。

 タマムシシティの郊外はとても範囲が広い上に背の高い木々が生い茂っており、その暗さといえば、隣接する「黄金に輝く街」……もといヤマブキシティによる、やたら眩しい明かりすらシャットアウトする程である。とはいえこれは、ヤマブキシティが四方に高い壁を作っているというのも大きな理由の一つではあるんだけどさ。

 さて。オレ達が追いかけている今も、辺りは着々と薄暗く……というか真っ暗になって行ってる。少女が何をしにこんな場所へ……って、それよりもだ。

 

 

「……お、追いつけない! あの子、やたら足が速いなぁ!」

 

「年齢もそんなに違わねーのになぁ」

 

「む……あの足捌き。僕達と同じく、隠密に繋がる訓練を受けているのか……?」

 

 

 ゴウがなにやら物騒な事を言っているなぁ。それだとオレ達、心配して追いかけてきたのに追いつけないとか言う格好悪い結果になりかねないんだけど。

 言う間にも少女は垣根を飛び越え草むらを突っ切り、街の外へと向かってゆく。随分とワイルドな順路だ。とはいえオレ達も、ここまで来たからには追いかけない訳にも行くまい。既に野生ポケモンが飛び出してきてもおかしくは無い区画だしな。

 

 

「……っ!」

 

 

 などと考えながら、野生ポケモンに備えてモンスターボールに手をかけると、少女は突如足を止める。

 何事だ、と……。うん?

 

 

「―― おおっと嬢ちゃん、残念ながらそこまでだ。手を挙げな。ついでにそのモンスターボールをこっちによこしちゃあくんねえか?」

 

 

 少女の周囲を囲むように、黒尽くめの集団が現れた。威圧的で高圧的な黒尽くめ。その胸には「R」のマークがでかでかと掲げられている。後ろを走っていたオレ達は運よくも、彼等に見付かる事無く距離を保ったままで草陰に身を潜めた。

 ―― ポケモンを使って悪事を働く集団、ロケット団。間違いない。その数は、目に見えるだけで5人は居るだろうか。

 まずいな。ならば……とオレは友人達に軽く目配せをしつつ……ロケット団の団員達は、どうやら此方の存在には気付いていないらしい。各々がズバットやコラッタを正面に繰り出し、少女に向けてじりじりと輪を狭めてゆく。

 ここでちらりと横を見る。ユウキとゴウが頷く。ケイスケも、寝ては居ない。

 

 

「そのポケモンはおじちゃん達にとって、大事な大事な商品なんだ。それさえ渡してくれれば、お嬢ちゃんは無事にお家まで……」

 

 

 先頭に立った紫髪の男が横柄な態度で一歩を踏み出し、その手を少女へと伸ばしかけ。

 ……よし! 今だ!

 

 

「―― 頼んだ、クラブ(ベニ)ッ!」

 

「行って来い、ヒトカゲ(ホカゲ)!」

 

「っしゃあ、出番だコダック(あひる)!」

 

「たのむよーぉ、コイキング(キングゥ)ー!」

 

 

 《《ボボウンッ!》》

 

 

「グッグ!」「カゲェー!」「……グワ?」「コッ……コッコッ!」

 

 

 オレ達の放ったボールから、それぞれポケモンが飛び出した。

 飛び出した4匹は、囲んでいる団員達のポケモンへと一斉に飛び掛る。

 

 

「―― ちぃっ! てめえら……」

 

 

 頭っぽい風貌の団員は此方に素早く振り向き手下に指示を出すも……遅い!

 

 

「グーッグ!」

「コラッッタッタ!?」

 

「カゲッ、カゲーッ!」

「ズババッ!?」

 

 

 コラッタをオレのベニが、ズバットをゴウのヒトカゲが蹴散らし。

 

 

「グワ?」

「ドーガーァァァス」

 

「コッコッ!」ビチビチ

「コッコッ!」ビチビチ

 

 

 ユウキのコダックがドガースを『ねんりき』でねじ伏せ、コイキング同士が『はねる』。しかしなにもおこらない。

 

 ……うん! 組み合わせが良かったな!! というかロケット団員は何を思ってコイキングを出していたのか!!

 

 等々。

 頭の中で突っ込みをいれつつも確固撃破。割り込むことに成功したオレ達は、それぞれのポケモンを前に出しながら少女の周囲を守るように取り囲んだ。

 ロケット団員達からの視線が突き刺さる……が、ポケモン達をのされているせいなのか強い視線は感じられない。どちらかと言えば弱腰だ。

 ただし。

 

 

「……またガキか。どうもこの所、ガキに邪魔をされてんだよなぁ……おい、お前ら」

 

「へい!」

 

「ランスに失敗だって報告しとけ」

 

「は? 宜しいので? だってこいつら、ガキじゃあ……」

 

「馬鹿か。こいつらは確かにガキだが、この特別製のモンスターボール見る限りトレーナーズスクールの上級科生のガキじゃねえか。てめえらなんぞより、ずぅっとポケモン強えんだよ。判ったか? 判ったらさっさと引き上げな。邪魔だからよ」

 

 

 このマフラーをした尊大な態度の男(紫髪)だけが、最初から強気の視線を崩していないのが気にかかる点か。

 ……というか、勢い勇んで飛び出したのは良いし後悔もしてはいないけど、随分とあれな状況だよな。なにせ相手は本物の悪の組織ってやつなんだからさ。

 さて、とりま状況を振り返ろう。正面に陣取る尊大な態度の男は、これまでのやり取りを見る限りリーダー格なのは確かだと思うのだが。……などと考えていると、しっしっと払った手に従い、手下達は全員が引き上げて行ってしまう。

 1人残った男が腰に手を当て、此方に再びの視線を向ける。

 

 

「さて……ガキども。お前らが本当にスクールのガキだってんなら、一石一鳥分ぐらいの手間が省けるんだけどよ……お話をする余裕はあるかい?」

 

「悪党に語る言葉はない。去ね」

 

「おーおー、随分と強気だねえそこの坊ちゃんは。……んー」

 

 

 男はこういった状況に比較的慣れているゴウの返答を気にも留めず、順繰りにオレ達を見回し……ん?

 

 

「っお。良いねえ」

 

 

 よりにもよって、オレと視線が合ってしまう。良いねえ、とか! 何が宜しいのでしょうか!!

 

 

「お前は他の奴らよりも話が出来そうだ。ま、つっても勝手にこっちの伝言を押し付けるだけなんだが」

 

「……いや、それは困るんですが」

 

「がっはっは! 困る事をすんのがおれさまども、悪党ってもんだからな。そこは諦めな!!」

 

 

 いや、悪党の癖に言っている事は間違っていないから困る。

 一頻り笑った男は顎を撫でながら、にやりという悪党風味に笑った。

 

 

「お前。この損害の分までロケット団はタマムシ大学の学園祭で荒稼ぎさせてもらうぞお……ってな。手前らの頭に伝えな」

 

「……? いや、オレらの頭って誰ですかそれ」

 

「そらあ、お偉いさんの事だろ。生徒会とか教師会とか、あんじゃねえの? その辺りで構わねえぜ」

 

 

 おいおい、随分と適当な伝言だぞ。しかも意図がよく判らないと来ている。

 とはいえ、今の内容が確かなら伝えない理由は無い。それに、どちらにせよこの場は頷かないと引いて貰えなさそうだ。後から脅迫状を贈りつけられても困るので、とりあえずは頷いておくか。

 

 

「よし。そんじゃあついでにお嬢ちゃんの持ったポケモンを……ん?」

 

 

 頷いたオレを見て、男が満足気に……って。

 

 何だ。上?

 

 ……っとおおお!?

 

 

 

 《ピローン》

 

 ――《《ズバババババババッ!》》

 

 

 

 突如降り注ぐ、黒色の光線っっ!!

 

 そのまま、もの凄い威力の光線は一文字に地面を抉り……オレ達とロケット団の男との間に溝を作ってみせた。

 男が顔を引きつらせて腰を引いていると、目前に誰かが降り立つ。

 

 

「……」

 

「ピロリーン♪」

 

「てめえ、黒尽くめっ!! 直接『はかいこうせん』をぶっ放すとかどんな神経してやがんだてめえはっっ!?」

 

「……次、容赦しない」

 

「ピロリ~、ピロリロリ~」

 

「そのポケモンもだ!! せめてこっちがポケモン出してからにしやがれ!?」

 

「……仕様がないでしょうに。悪党を困らせるのが此方の仕事なのだもの。労働は国民の義務よ」

 

「っち! 覚えてやがれ!!」

 

 

 姿を現した全身真っ黒のポケモントレーナーを前に、最後まで悪党らしい台詞を吐きつつ、男は全力で逃げ出していった。

 ……。

 何がなんだか判らないけど、とりあえず助かったのか?

 

 

「む……貴方は?」

 

「……」スッ

 

 

 ゴウが黒尽くめと呼ばれた人物に向かって尋ねるが、当のお人は無言。カタカタとバグッた様に動くポケモンをボールに戻し、そのまま横の空間を指差した。

 だよな。こっちが優先だ。黒尽くめのお人が正しい。

 隣にはへたり込むゴスロリの少女。ただしそれは、かのミィではなく。

 

 

「えーと、そうだよな。……まずは君、大丈夫だったか?」

 

「……。……。……ん」

 

 

 オレが少女の安否を確かめるために尋ねれば、三点リーダを多用した沈黙の後、コクリと可愛らしく頷く少女。

 年は、オレらと同じかそれ以下だろうか。少女はモンスターボール2つを胸に抱きかかえたまま、無表情でもってこちらを見上げている。

 ……。

 そのまま、続く沈黙。あ、判った。これコミュニケーションに困るパターンの人選だ。成る程……仕方が無い。ならまずは。

 

 

「とにかく、奴に習ってまずは自己紹介だな。オレはシュン。エリトレのスクールで学生やってる。宜しくな。隣の軽いのがユウキ。お堅いのがゴウ。だるいのがケイスケ」

 

「よっす」

 

「む。無事でなにより」

 

「ほーい」

 

「……」

 

 

 三者三様の挨拶を見届け、少女の視線が再びオレに帰ってくる。頷いて。

 

 

「君の名前は?」

 

 

 見上げる少女が唇を ―― ぽかっと、開けたり震わせたり。何かを戸惑うような間の後、再びの沈黙。

 ……大丈夫。大丈夫だ。待つぞー、待ちますよー。だから今は茶々を入れないでおいてくれよ、ユウキ。との合図を目線でだけ送っておいて。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「……ぅぇふ……。……。……マ、イ」

 

 

 だから大丈夫。きっと名前は「マイ」だ。「うえふまい」じゃあない。きっとな。そんなユウキみたいなボケはユウキだけで十分だからさ。

 

 

「そんじゃ宜しく、マイ」

 

「……」

 

「……ん」

 

 

 オレの挨拶と同時に黒尽くめが手を差し出し、マイを立たせてくれる。

 さて。まずは……一先ず。タマムシに戻るとしますか。夏休みの終わりに、とんでもない事に巻き込まれてるなぁと思いはしつつ。

 

 

 

 

 Θ―― タマムシシティ/街中

 

 

 

 少女を引き連れたオレらは、それ以降ロケット団と遭遇する事も無く街中へと辿り着くことが出来ていた。

 安全な道順をと、案内役を買って出たのは黒尽くめ。しかし彼または彼女は案内を終えるとすぐさま、どこぞへと姿をくらましてしまっていた。お礼をいう暇も無い電光石火だ。唯一、マイだけが手を振っていたらしいのだが……ま、機会さえあればまた逢う事もあるだろう。お礼はまた今度。

 時間も時間。マイが違和感無く立ち寄れる公共施設をと言う事で、オレ達はすぐさま最寄のポケモンセンターに立ち寄った。

 オレ達と出会う以前からロケット団とバトルをしていたのだろう。マイは手持ちのポケモンが収められていると思われるモンスターボール3つをジョーイさんに預け、通信機にて両親への連絡を取ることに成功。そこまでを終えるとと、オレ達の元へ戻ってと来た。

 

 

「……ん。……その……あの……。……どうも、あ、ありが……んん」

 

 

 視線をあちこちへと彷徨わせながら、どうにかこうにかお礼を紡ぎ出しつつ、頭を下げた。

 ああ、いやさ。

 

 

「大丈夫。君の人となりは何となく判ったよ。伝わってるからさ、気にしないで」

 

「そうだぜ。おれ達も好きでやった事だしな」

 

「ぐぅ」

 

 

 最後の寝息が全てを台無しにしている感が否めないが、それは兎も角。

 

 

「だが、あの時間に1人で出かけているのは感心しないな。何か理由があるのならば聞かせて欲しい所だが。……僕達でも力になれる事はあるかも知れないからな」

 

 

 ゴウがオレの聞きたかった部分をも代弁してくれた。流石はゴウ。こういう仕切りをやってもらうと大変に頼もしい。

 少女は予想通りいつも通り、若干の間無言でいた後。

 

 

「……これ。……この子」

 

「む? このボールは……」

 

 

 思わずゴウが唸るのも無理はない。マイが胸元に大事に抱え込んでいたものを差し出すと、それはモンスターボール……しかも研究者が時折使う、「ポケモンの親を決めないで居られる」特別なモンスターボールであったのだ。

 その辺りはショウが詳しいのだが、研究協力トレーナーに渡す際、相手方の手続きを減らす為の制度であるらしい。授業で習った限り、あまり頻繁に使われては居ない制度のはずなのだが……

 

 

「……中に居るの。……ポケモン。……ロコン。……おねえちゃんに手伝ってもらって、譲ってもらった。……おにぃちゃんに、って。……あたしのガーディのお礼に、って。……交換みたいに、って。……でも……ロケット団……追って来て……」

 

 

 ふむ。たどたどしくも語ってくれるマイの言い分によると、どうやらマイが兄へのプレゼントの為にと手に入れたポケモン……キツネポケモンのロコンがボールの中に入っているのだが、それをロケット団に横取りされそうになったらしい。

 郊外へ出かけて戻る中途の出来事。姉とやらは捕まえた後別行動となり、別れ際から執拗に追い掛け回されていたらしい。流石はロケット団。事案だ事案。犯罪だ。

 

 

「しっかし、そうなると学園祭を襲うってな脅しが意味わかんねーな」

 

「襲うとは言っていないぞユウキ。『荒稼ぎさせてもらう』……だったか。いずれにせよ繋がりが判らない部分なのは間違いないがな」

 

「ぐぅ」

 

 

 ユウキとゴウがロケット団幹部(っぽい)男の台詞を思い出しながら話し出す。……そうだよなー。そこが判らない。何故そこで学園祭の話に繋がるのだろうか。

 とはいえ。

 

 

「まあさ、オレ達はロケット団の目的も活動理念も、何もかも知らない訳だろ? こういう時に頼れる奴も今は居ない事だし、まずは無事な事を喜ぼう。その上での対策としては、やっぱり、生徒会か教師の人たちに事の運びを伝えに行くのが最善だと思うんだけど……どうだ?」

 

 

 頼れる奴ことショウは学園祭の半ばまで研究で手が空かないらしい。だとすれば現在正しく佳境。部屋にも帰ってくる予定が無い程だ。

 ただでさえショウに頼りきりなのも良くは無い。ならばまずは、頼れる組織の力を頼ろうというのが当然といえば当然だろう……と考え口に出してみる事に。

 

 

「む、そうだな。相手の思惑通りに行動するのも癪ではあるが……僕達に出来ることなどたかが知れている。まずは協力を仰ぐ事から始めるべきか」

 

「シュンのいうことは間違っちゃあねえと思うぜ。そう理屈で固めんなよ、ゴウ」

 

 

 さては友人からの同意も得られた所で、得心しながら、オレはマイへと視線を戻す。

 

 

「そんじゃ、まずは君のお兄さんにポケモンを渡しに行こう。ちょっと時間も遅いけど、君の安全も考えるとロコンは早めに渡しておいた方が良いだろ?」

 

「そうだな。ロケット団にも狙われてたみたいだしよ」

 

「……。……あ」

 

 

 兄へのプレゼントだというのもそうだが、かのロコンが再びロケット団に狙われる可能性も捨てきれないのである。用心するに越したことはない……と思っていたのだが、マイの反応が芳しくない。どうしたか。

 

 

「……。……おにぃちゃん……明後日(あさって)まで、居ない、の」

 

「明後日……って言うと、『虹葉祭』の2日目だな。それまでマイが預かってるのか?」

 

「……。ん」

 

 

 マイが頷く。ま、そうだよな。普通はロケット団に狙われるなんて思わないだろうし、プレゼントというのは前もって用意しておくものであるのだからして。

 しかし、これは困った事になった。「虹葉祭」は全3日からなる学園祭だ。その2日目まで残るは2日。明日には学園祭が始まってしまうと来ている。ロケット団と出会うとは限らないものの、出会ったならばロコンを奪おうとする可能性は低くない。しかも兄の側は予定も詳しくは不明と。難題だなぁ。

 うーん……。

 

 

「……仕様がない、か。これもまとめて生徒会に相談してみるか。もう夜だし……。うーん。学園祭の前々日にこんな事案を相談とか、大分迷惑だけどさ」

 

「そういや今の生徒会は学園祭に関する相談窓口も請け負ってたな。生徒会長の方針だっけか?」

 

「ああ。ギーマ会長……それに、今は上級科生のトップを張っているイブキさんも役職に籍を置いていた筈だ。教師陣の評判も良い。真偽の定かではない情報ならば、真っ直ぐに教師達に相談するよりも、まずはそちらを通した方が良いかも知れないな」

 

 

 ギーマ会長。何かにつけて賭け事へ持っていくキライはあるものの、バトルと政務共に優れたお方。イブキさんは言わずもがな、目下タマムシスクール最強と謂われるポケモンバトルの腕を持つ人。

 どちらも見聞でしか知らないものの、学生の生徒会といえば教師達の言いなりみたいな形式が多い中、学園祭などを取り仕切ってみせる現生徒会はかなりの手腕を持っていることは間違いない。それに、だからこそ、学園祭に関する事態は生徒会を通した方が良いかも知れないしさ。

 それに、先生方に相談するとなると恐らくエリカ先生が1番手だ。ゲン先生はまだしも、カリン先生とダツラ先生は微妙にそういった部分に疎そうに思えるし。それで、だとすると、この大変な時期にエリカ先生を真っ先に頼るのは正直言って気が引ける。

 

 

「まぁ、だったらお兄さんに会えるまではオレ達が護衛として付き添おう。それでいいかな。あ、大丈夫。オレにも女子の友人が居るからさ。その娘にも手助けしてもらおうと思ってる」

 

「……ん」コク

 

「よし。じゃあ、生徒会に掛け合ってみよう。……ところで、君もタマムシスクールの生徒なのか?」

 

「……」コクコク

 

「上級科じゃなくて、一般科生?」

 

「……」コクコク

 

「とすると、オレ達の1個下か。トレーナーに成り立てなんだなー。あ、だとしたら大学の方の敷地はあんまり判らないか」

 

「……」コクコク

 

「そんじゃあさ。少なくとも目の届く範囲にいた方が安全っぽいし、敷地内を移動することにするよ」

 

 

 問いかける度にマイの反応を窺いながら、こちらも言葉を重ねてゆく。「イェス or ノー」で答える質問形式。エリトレクラスの授業の雑学方面でちらっと目にした気もするコミュニケーション方法だ。

 マイの様なタイプの人種とコミュニケーションを図るには、感性が似通った人が相手をするか、こうした一般化された方法を使うか。流石にオレは、今から感性を寄せる訳にも行かないからな。うん。学ってのは意外と裏切らないものだ。

 と、暫し質問と返答の流れを繰り返していると……どうにも友人達から視線を感じる。

 

 

「……何だよユウキ、それにゴウまで」

 

「いや。お前、マイと普通に会話? っつーか意思疎通してんのなー……って」

 

「うむ、思わず凝視してしまっていた。すまない。シュンがそういったコミュニケーションに長けているとは思っていなかったのでな」

 

「ぐぅ」

 

 

 成る程。だが確かに、それは尤もな疑問だ。そしてケイスケは眠っている。

 うーん。自分でも原因の仔細についてはよく判らないけれど、多分こないだの孤児院で子供達に「揉まれた」のが影響しているに違いない。何ていうかこう、マイは1つ下とは思えない感じがするからな。被保護的、とでも言えば良いのだろうか。もっと年下に感じる。

 

 

「ま、これも社会経験の賜物だと思っておいてくれよ」

 

「……ふむ。やはり社会経験というものは大切だな。ノゾミにも機会を与えて貰うべきか……」

 

 

 あ、ゴウが長考に入った。ノゾミとお家(・・)の事になると、ゴウは大体こうだよなぁ。相変わらずだ。

 それならゴウは置いといて、

 

 

「生徒会室……は。管理棟の5階東、だったっけか? アポイントメントとっとくよ」

 

 

 言いながら、オレは通信機に登録されている総合案内を呼び出す。

 さてさて、厄介な事に巻き込まれかけている気もしないでもないけれど……ポケモンセンターの休憩区画から、ひとまず。相手方の都合を伺っておくことにしますか。

 

 





 御年最後の更新をばさせていただきました。
 遅ればせながらのORASの想い出は活動報告にでも!

 さて、私が拙著におきまして心がけているバトルがここにて入ります。
 ……はい。バトル形式以外のガチ、野良(ゲリラ)バトルという奴です!

 見ての通りタマムシシティですし、やはりというかロケット団がお相手。学園祭を巻き込んでどたばたさせます。
 この時のためにショウの方もフラグを溜めに溜めております。爆発させますっ!

 少ーし、原作に則った残酷気味な表現が入るかもしれません。イベント的にも。
 とはいえ駄作者私の事。大分ハッピーで御都合なエンドにしますので、そこはご容赦をいただければと思います。

 さてさて、年末も楽しく指カタカタしますので!


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1995/秋 祭りに学べ

 

 Θ―― タマムシシティ/スクール敷地内

 

 

 諸々の事件から予定していた男子会は最終日に控え、マイとの出逢いから数時間後。友人全員を集めた万全の護衛体勢を整えたオレ達は、生徒会に相談をすべく歩を進めていた。

 夜の空は晴れきっていて、実に星空が美しい。空はヤマブキシティの灯りに照らされ、薄赤い雲が印象的で。

 

 

「―― いつもとは目前の景色が違うけどさ」

 

「当たり前よ。だって明日は学園祭だもの。ねえノゾミ」

 

「うん、そう。だよね、マイ」

 

「……ん」

 

 

 ナツホの問い掛けにノゾミが頷く。いつもと違うお客人ことマイは、オレらの内ではノゾミと最も波長があったらしく、今も歩きつつ彼女の影に隠れていたり。うんうん。クールビューティーの気があるからな、マイも。確かに気は合いそうだ。

 ……けれど、そう。辺りを見渡す限りの人。敷地内を行き交う資材。そして喧騒。タマムシ大学は「虹葉祭」に向けた準備の真最中なのである! 夜中でも! 前日だしな!

 

 

「はっはぁ。でもマイはタマムシ出身なんでしょう? 随分と慣れていないもんだねえ」

 

「そこはマイの気質だろうよ、ヒトミ。察しろ」

 

「おおっと、ユウキの口から察しろという言葉が出るとは!」

 

「んだそりゃ」

 

「いやね。そこを察しながらも敢えて聞き尋ねるのが淑女の嗜みかと思ったもので」

 

「淑女がド直球を放るもんかよ」

 

 

 珍しく庇う側に回ったユウキを、ヒトミがいつもの調子でド突きまわす。

 この様子にマイも始めは困惑していたが、暫く続ける事で2人の人柄を察したのだろう。どうやらマイの空気察知能力、それ自体は低くも無いみたいだ。無口が過ぎるけどさ。まぁ、なら、そこまで遠慮する必要も無いか……と考え、とりあえずは放置しておく事にしてみていたり。

 暫くはユウキとヒトミ、時折ナツホとオレ。ノゾミとゴウがマイに気を使ってちょくちょく合いの手を入れるといった形で会話を続けながら管理棟を目指して歩く。

 その合間にも、所々で屋台やらを組み上げるサークル員の様子が次々と目に留まった。管理棟の前に広がるエントランスの広場は真なる戦場。真ん中を突っ切るというのは自殺行為にも思え、やや遠回りをして外壁伝いに管理棟の入口を潜った。

 

 

「それじゃあここまでだな。頑張れよ、シュン!」

 

「アタシも応援してるよ。あの生徒会長はかなりの曲者だからね、気をつけて」

 

 

 まずはサークルの違いから、ユウキとヒトミが別行動。

 

 

「それでは僕達も失礼する。話は通しておいた。お前なら上手くやってくれると信じているぞ、シュン」

 

「うん。……じゃあね。……マイ、頑張って」

 

 

 ノゾミに付き従って、ゴウも別行動。マイに手を振って、無表情のまま去っていった。

 こうなると、残るはオレとナツホ。でも、そういえば、珍しくケイスケが寝ていないな。何時もサークル活動の際には寮でだらーっとしているのが恒例なのだけれど。

 オレが隣に、疑問気な視線を送ってみる。すると。

 

 

「んー、ボクはあまりー、イブキとは顔を合わせるべきじゃあないからねー。食堂に行ってー寝てるかなー」

 

 

 ならば何故ここまで帯同をしたのだろうか。……いや、世事に興味のないマイペース・唯我独尊を地で行くケイスケとて、学園祭には多少の興味があったに違いない。そう思っておこう。うん。

 オレもナツホが思わず曖昧な返事をしている内にも、ケイスケは適当に手を振りながら何処ぞへとふらふら移動し、喧騒に紛れてしまった。

 ……オレと、ナツホと、今度はナツホの後ろに隠れたマイ。

 

 

「そんで目前に管理棟、と。……さて、行くか!」

 

「ま、そのために来たんだものね。当然よね。……ほら。行くわよマイ」

 

「……」コク

 

 

 1人と1人をお供に。

 いざ、いざ! 我がスクールの生徒会とやら!!

 

 

 

 Θ―― スクール敷地内/管理棟5階

 

 

 

 管理棟、というのはスクールの敷地のど真ん中に構える建物の事だ。

 1階には学生事務があり、2階から4階には各部門の教員の部屋や応接室。5階は少し特別で、屋上で他の棟と繋がっているために音楽室や美術室といったサークル向けの部屋が立ち並んでいる。

 その内の一室。国立図書館が見える廊下を進めば、一番奥が生徒会室だ。

 

 

「おっけ?」

 

「よし。行きなさい」

 

「……」コク

 

 

 扉を前にしてナツホと顔を見合わせ、マイが頷く。

 ノックすると暫くして返事が返ってきた。扉を開いて中へと入る。

 ……眺めのいい部屋だなぁ。タマムシの夜景が一望できる。部屋を見渡すと、コの字形に置かれた机やその周囲にちらほらと数人の生徒がいるのが見て取れる。

 そのまま数歩踏み入ると、入口を潜って直近の場所にいた女生徒がオレ達を見て……何だか驚いた顔をしているのだが。

 

 

「ナツホ! 生徒会に用事なんて、どうしたの?」

 

「ヒロエ寮長!? な、なんでこんな所に……」

 

 

 女生徒の顔を認識した瞬間、ナツホは思わず身を引き……引く前に頭を下げた。オレも倣って頭を下げる。マイも。

 相手ははぁいと手を振り、気さくな感じだ。ナツホの言葉を引用するならば、彼女は女子寮の寮長であるらしいけれど……女子寮という事は、先輩だな。科は何科なのだろうと考えつつ、こちらも会釈。

 

 

「オーケイ、ナツホ。そんなに構えないで。リラックスしていきましょ! 深呼吸、深呼吸!」

 

「はっ、はい」

 

 

 おおらかな様子の先輩に促され、ナツホは言う通り深呼吸。改まって正面に立つヒロエさんを見つめた。

 

 

「……それにしてもヒロエ寮長が何故こんな所に?」

 

「わたしは生徒会の書記なのよ。言ってなかったかな?」

 

「はい。聞いてませんでした……」

 

「んー……まぁ言うべき事でもないし、言ってなかったかもね。それより、その男の子が例の?」

 

「  」(返答に窮している。誤字ではなく)

 

「あっはは。それはじゃあ、また今度聞く。寮長権限でパワハラだー。……それよりもこの時期に生徒会に用事という事は、学園祭についてだね。それなら会長に直接話してくれるかな。ほら、今丁度奥に座ってるから。格好つけて」

 

 

 ヒロエ寮長が指差した先には、明らかな改造制服の男が腰掛けている。それで良いのか生徒会長。マフラー巻くには早過ぎだろ生徒会長。

 オレとナツホはヒロエさんに一言お礼を言って、奥へと向かう。窓ガラスが近くなる。タマムシの、秋だろうが構わず虹色に輝く夜景と街並みに目が眩む。

 

 

 ――《ピィンッ》

 

 

 オレ達の気配を感じ取って、なのかは分からないが……会長がコインを1つ、弾いた。

 くるくると上昇してゆき……。

 

 ……。

 

 どうした。落ちてこないぞ、コイン。

 

 

「……やれやれ。今日はどういう日かな? 続けざまに相談者がやってくるとは」

 

「あの、それよりも、コインが……」

 

 

 落ちてこないんですが。

 

 

「どうやら窓際にいたせいでかブラインドのレールに引っかかってしまった様子さ。これは誰にとっての節目かな。……さては、役目に従い君達の相談を受け付けようか」

 

 

 やれやれと手を振って、腕を組み、ギーマ会長が正面を向く。

 やや釣った目。バックにあげた髪型。長いマフラー。そして制服をパリッと着こなした細身に長い手足。うん、オレも入学式の時に代表挨拶で見たギーマ会長だ。

 話の流れは分からないが、兎に角相談を受け付ける体勢が整ったというのは判った。オレはナツホが、ひいてはその影に隠れたマイが見えるよう身を引いて話し出す事にする。

 

 

「どういった相談だい? ……ああ待って。あてて見せよう。日は沈み、この時間、そしてこの時期。……学園祭に関する悩み事だろう?」

 

「それはさっきヒロエさんが言ってましたけどね」

 

「……ふっ」

 

 

 オレが咄嗟に言い返してしまうと、ギーマ会長は手を顔に当て目を閉じ吐息を漏らす。何ですかその反応は。

 

 

「勝つ人がいれば、必ず負ける人が居る。勝負とはえてしてそういうものさ。しかしこのギーマ、一流の勝負師として目指すものは次の勝利だけ。さぁ、相談の内容に移ろう!」

 

 

 何だこの人面白いな! それと確かにヒトミの言う通り面倒臭い!

 などと、ギーマ先輩のお人柄にも少しだけ興味は湧いたものの、先に話をしなければなるまい。

 

 

「……」キョロキョロ

 

「実はこの娘も関係してくるんですが ―― 」

 

 

 辺りを忙しなく伺い始めたマイの横に立って、オレは各々の自己紹介の後、先日のロケット団の件を相談し始めた。

 ギーマ先輩は時折頷き、こちらの反応を観察しながら相槌をうってくれる。大事なのは一点。この子(マイ)の安全と学祭に来る人の安全だ。

 その点について万一にも不備をきたしてはならないと身振り手振りを交えながら、マイの兄がプレゼントをの(くだり)までを語り「さあこちらの話は終わりだ」とギーマ先輩の反応を待つ。

 すると。

 

 

「―― まず君に尋ねるよ。そのロケット団は何を狙って事前に、犯行予告紛いの事をしでかしたのか……と思う。君の率直な意見を聞きたい」

 

 

 事実、犯行予告ですけどね。

 ……うーん。オレの感覚が正しいのかは判らないが、出遭ったロケット団員はあのゴウが慎重になっていた相手だ。ギーマ先輩の言葉に応えるなら。

 

 

「ロケット団って捕まる時は一気に捕まるじゃないですか。そんな事件も多い。だとすると計画的な犯行って少ないのかなー、とか思ってたんですが……あのリーダー格っぽい男と実際に会ってみて、オレの印象はかなり変わりました」

 

「印象か。良い意味でかな? それとも」

 

「ロケット団にとっては良い意味。オレ達にとっては悪い意味です。マイを囲んでいた人員の配置といい、少なくともあの頭は綿密に動くタイプの人間に感じました」

 

「だとすると、事前に伝える事ことが目的か……もしくは。フム。ばれても問題の無い計画かもな。それとも、それら全部に加えて想像だにしない選択肢っていう確立だってありうるぜ」

 

「ですね」

 

 

 ギーマ先輩が次々と選択肢をあげ、オレが頷く。どちらにせよ学生の領分かといわれると疑問符の浮かぶ案件には違いない。だからこそ生徒会がその窓口か、と、こうして相談に持ちかけているんだけどさ。

 暫く悩んでいた先輩は、胸元から別のコインを出して弾き ―― 伏せる。

 

 

「どっちだい?」

 

「表で」

 

 

 開口と同時に即答。その質問は予測してましたので。

 そろりと掌を明かせば。

 

 

「―― アタリ、か。ナルホド。この面倒、生徒会も引き受けようじゃあないか」

 

「うわ。アンタ、当たんなければ引き受けなかったの?」

 

「手厳しい。……これはギーマ流の精神統一みたいなものさ。見逃してくれると嬉しいよ、レディー」

 

 

 厳しい口調になったナツホに向けて気障で皮肉気な動作で笑い、視線を逸らすギーマ会長。

 いやナツホ、いままでの会話で大体判るだろ。この会長は面倒くさいタイプの人間だって。それに多分、今のコインは両方表か両方裏だと思う。どこの国の通貨でもなかったしさ。事前に確認もしなかった。

 

 

「さて。そちらの影に隠れた小さなレディーが襲われた当人だね。宜しく。……ナルホド、そちらのレディーも腕は立つようだ。とはいえ護衛は必要だろう。ご実家は?」

 

「両親ともにタマムシ大学に勤めているそうです。研究が忙しくなる秋場は居ない日もあるそうで、残念ながら今日がその日で」

 

「そうか。なら大学内の応接用の客間を宿泊用に使ってもらおう。その方が両親も安心できるし、何より近い。事案が落ち着くまではここの3階に居を構えてくれるよう連絡を回しておこう。両親にも連絡を回す。研究棟かな」

 

 

 言ってギーマ先輩が指をぱちりと弾くと、その辺りに立っていた女子生徒がおっけーでーすと子機を取る。以心伝心であるらしい。この辺りは流石といった所か。

 そのままマイから、今度はもう1つと話題を移す。

 

 

「虹葉祭の警備についても先生方と検討しておこう。だけどね、時期が時期。たったの前日だ。正式な脅迫状が届いた訳でもなし。警備を強化する以外の選択肢は存在しないだろうぜ」

 

「例えば、お祭りをずらすとかは駄目なんですか?」

 

「こういうのは決まり事ってヤツでね。上の方々ってのは何事も時分通りに進まないと気が済まないもんさ。それも学生の本分は勉強だと言われれば不本意はない。……が、そんなお祭りを学業の一旦だと言い切っているのは誰なんだか。真顔で言い切るあの人種には、一度鏡を見てみる事をオススメするよ」

 

「あによそれ。都合都合って面倒くさい」

 

「それが学生の限界。だからそう怒ってくれるなよ、君達。タマムシ大学全てを使っての規模と成ると経済効果も大分なんだぜ? 不確かなもので中止にするのが勿体無いかどうか、数字を見ることがあれば判断もつくだろうさ」

 

 

 いやさ、怒る理由は無いけど……それもそうか。だからこそあの男もオレ達に声をかけたのかもしれないな。影響がないと判っていて……けれども、それに対応する人員の反応をみたくて。

 

 

「という訳でこのギーマ。会長としての役職を引き受けている限りは、まずは、学生達とお客様方の安全に気を配るとしようか。警備の見直しと増員。それにロケット団員への警戒をしておくことにするさ。それも一般客に紛れられてしまえば難しいだろうが」

 

「お願いします」

 

「……判ったわよ」

 

「……」ペコリ

 

 

 オレとナツホ、それに始終を見守っていたマイも揃って頭を下げる。

 しっかし、生徒会に頼んだとしては最高の反応ではなかったか。最悪、質の悪い冗談だと受け取れる可能性まで考慮していたんだけどさ。

 

 

「シュン。痛みの訴えは、当人が痛いと言えば確かに有るもんなんだぜ」

 

「ありがたいです。でもそれを全て応対していては身が持たないんじゃ?」

 

「そこを見極めるのがこのギーマの引き受けている役目さ。実働は生徒会だけでなく教員にもしてもらう」

 

 

 だからこそ教員との関係は大事なのさ……だそうだ。流石は先輩だな。というかギーマ先輩は何歳なのだろう。どうも上級科生のジムリーダークラス以上になると年数がバラけてくるんで判らないんだが。

 とは思いつつも、用事は済んだ。それも良い方向でだ。ギーマ先輩は頼れる人だと思うし、長居することもあるまい。頭を下げ、退出を。

 

 

「―― ところで、シュン」

 

 

 けれど、ナツホとマイが出口を潜った頃合で、再びオレを呼び止めた。

 なんでしょう。

 

 

「君はケイスケという男子生徒の友人かい?」

 

「まぁ、はい」

 

 

 ですが、その情報を何処から仕入れたのでしょうか。

 

 

「ああ。あのイブキ君が彼の事になると口煩く言うものでね。友人だという君の名前も何度か挙がっていたよ」

 

「イブキ先輩が? ……ケイスケを?」

 

 

 イブキ先輩といえば昨年末の学生トーナメントでエリトレながらに準優勝をした、現ジムリーダークラスの事実上の主席である。因みに一昨年の優勝者が目の前に居るギーマ先輩な。

 さて。そんな人が何故ケイスケの悪口を……いや、口煩くというだけで悪口とは決まっていないけど。

 

 

「いや。これが聞くだけ聞けば、全く持って悪口なのさ。その文面に秘められた意味を理解するには、直接彼女の言葉を聞いて反応を窺わなければならないだろう」

 

「……それって」

 

「「―― ツンデレ(かい)?」」

 

 

 思わずギーマ先輩と声が被ってしまう。いやさ。こちとらそんな幼馴染と数年来の友人やってるんで、真っ先に単語が浮かんできてしまうんだよな。ツンデレ。

 

 

「そうか。このギーマ、彼女の意思を後一歩で測りかねていたが、だとすると色々とおもし……明確にものが見えてきそうだ」

 

 

 今、面白いって半分以上言ったけどな。言いかけですらないです。

 しかし、イブキ先輩はツンデレなのか。そう言えばケイスケも言っていた気がするな。それもまだ疑惑ではあるが……うーん。

 

 

「イブキ先輩、ケイスケと直接会ったりはしてますか?」

 

「見たことがないね。ツンデレというのはツンツンする当人が居なければツンだけだろう? それは只の取っ付き辛い人だ。しかしてこのギーマ、良く知りもしない人間を端から決めてかかるのは好きじゃあない。そしてそれは生徒会の人間も同様だ」

 

「成る程」

 

 

 もしかすれば、今正にイブキ先輩がそういった状態であるのかもしれない。ギーマ先輩と同じく生徒会をやっているイブキ先輩の真意は測りかねる……が、だとするとツンデレと判明するのは良い事なのかもしれないな。ナツホもそうだったしさ。

 考え続けるオレにありがとうとお礼を言ってギーマ先輩は話題を切る。

 

 

「わざわざ帰る前に声をかけさせて貰ったが、どうという事は無い。これだけさ。あのレディーには聞かせない方が良いと判断したのでね」

 

「気遣いをありがとうございます」

 

「ああ。事件については進展があったら君と小さなレディーへ伝えよう。園芸サークルにも、直接ね」

 

「はい。お願いします」

 

 

 最後に真心を込めて頭を下げ、生徒会室を出る。

 ……何と言うか、やぱり個性的な人が多いな。この大学傘下。何だろう。そういう時期柄なのだろうか。変人が集まる世代か。掛け値なしに嫌だな。だってオレもいるんだぜその世代。

 そんな無駄な事を考えつつ、オレとナツホはマイを引き連れて敷地内へと戻る事にした。

 

 

 

 

 Θ―― タマムシシティ/運動公園

 

 

 

 明けて翌日、明朝。

 

 とはいえオレ自身、マイが再び狙われる確率が高いとは思っていない。それについてはあの後にギーマ先輩が相談してくれた教師陣、加えてジュンサーさん達も同様の見解のようだ。

 その原因は、ロケット団が何故マイの持つポケモンを狙ったのか……その理由にある。

 

 

「神様の系譜?」

 

「……。この、ロコン。……ホウエン地方で、有名な一族、みたい」

 

「そりゃまた随分と豪勢な家系だな。なんなんだ。華麗なる一族とかなのか」

 

「それは人。ポケモンの場合はお神輿に担がれるんじゃないの?」

 

「ん」

 

 

 朝のジョギングをしつつ、マイが頷く。

 人目のある公園ならばと早朝ジョギングに誘ってみると、マイは存外に快く応じてくれた。もしかしたら見知らぬ部屋に閉じこもる疲労もあったのかもしれないな。あ、勿論ナツホ同伴。

 しかしそれよりも、ロコンの素性だ。ナツホの「お神輿に担がれる」って考えはあたらずも遠からずみたいだ。マイはこくこく頷いて。

 

 

「……日照の、岩戸」

 

「ああ。踊ってたら出てくる奴な」

 

「実際はもっとえぐいけどね。それで、その日照りの岩戸に出てくるのがこのロコンの家族なの?」

 

「……」コクコク

 

 

 らしい。

 実際、ポケモンを神様として仰ぐ地方は数多い。こないだ国立図書館でお菓子を調べようとした際に、文献で沢山見かけたしさ。

 因みに、オレの故郷でもあるジョウト地方は古めかしい所以でか特に顕著で、ホウオウと三犬、海の神様の伝説とポケモン神話には事欠かない。中でも有名なホウオウは、特にマツバ寮長やハヤト(元)委員長なんかが詳しい。というか、伝説の少ないカントーが例外的だ。

 ……とはいえそれら伝説と謳われるポケモン達は、総じて人前に姿を現さない。虹や嵐といった自然現象に置き換えられるのが通常だ。

 となると、このロコンは。

 

 

「―― ロコン。日照りの、神さま」

 

「それも今は休業中なんだろ?」

 

 

 らしい(2回目)。

 つまるところ、マイが抱えるモンスターボールに納まったロコンは日照をもたらす力があった(・・・)ようだ。ショウの言葉で言うポケモンの「特性」だ。あ、理由は判らないが今は能力も失われて過去形らしい(3回目)。

 しかし、天候を変える程の強力な特性となると聞いたことが無いな。ホウエン地方の伝説にある古代ポケモンにその一端が垣間見える程度で、もし実在するとすればバトルにおいても非常に有用な特性になる筈だ。

 ま、その能力を失っているとすればロケット団にとっても優先度は低いよな……という思考の流れなのである。血統自体は有用だったのかも知れないが、危険を犯してまで大学の敷地内に奪いに来る相手かと言われると微妙だ。目の前にあったなら、そりゃあ奪うだろうけど。

 後は、会話におけるマイの三点リーダが少なくなって来た事は幸いか。とはいえオレ達が居なくなるとまた言葉少なに戻る訳で、マイの未来には一抹の不安を覚えるな。どうにかこうにか、良く喋る……彼女の意図を汲んでくれる器用な友人が居ればなぁ。それが居ないから苦労しているんだろうけれどさ。頑張れよー、おにぃちゃんとやら。

 

 

「……でも、この子。特性が無くなって……それで……。……」

 

「普通のポケモンに戻れたなら、喜ばしいこともままあるさ。人生、何事も経験だって」

 

 

 だからこそロコンはこうして一般に出回った、って事だしな。それはきっと幸せだと思う。囲まれ祭られ、一箇所に留められているよりも ―― 少なくともオレはさ。

 そういった想いを込めつつ、マイに語りかけていると。

 

 

「……ん」

 

「そのお兄さんって優しい人なんでしょ? だったら大丈夫よ。喜んでくれると思うわ。……べっ、別にシュンの楽観的な意見を庇ったわけじゃないけどね!?」

 

 

 流石は幼馴染。オレの意見を順当にフォローしてくれつつもツンデレる抜け目ない可愛さよ。

 なんて、走っていた足を止めてほっこりしていると、マイの足元……地面からのそりとポケモンが這い出てくる。

 

 

「ツッツチィ?」

 

「……おいで、ツチニン」

 

 

 足を止めたことで追いついたのだろう。マイはゆらゆらと髭のような触覚を揺らす虫ポケモン……ツチニンを抱き上げる。

 ツチニンは確かこの辺りには居ないポケモンの筈なのだが、マイに曰く彼女のポケモンは大体が兄または兄の仲間達から譲られているポケモンであるらしい。

 とはいえ、マイは一般科スクールの生徒でもあるためオレらと同じくボールによるレベル制限がかかっているのだが、ツチニンのレベルも13と一般クラスにおいてはかなりの高レベルとなっている辺りに、彼女自身の勤勉さも窺えるというものだ。

 

 

「……ん」

 

「ま、その恩を返すためにもロコンはしっかり兄貴に届けなきゃあな」

 

「それはそうね ―― うん?」

 

 

 ――《 パァンッ、パン、パアンッッ!! 》

 

 

 タマムシの空に炸裂する火薬音に、思わず会話を止めた。

 空を見上げる。

 

 

『―― ガ、ガガガガッ。

 本日午前10時より、タマムシ大学学園祭『虹葉祭』を開催致します。タマムシ大学の敷地内全域を使った学園祭に、皆様どうぞご参加ください。

 繰り返し、お伝えいたします。本日午前10時より、タマムシ大学学園祭『虹葉祭』を ――』

 

 

 スピーカから流れた放送に、ナツホと、それにマイとも顔を見合わせる。

 

 

「開催まであと1時間ちょいか。そろそろ園芸サークルにも人が居るかな」

 

「プランター出しとかは昨日の内に済んでるけど……そね。お菓子班の方とかなら手伝えるんじゃない?」

 

「そんなら、サークルに顔出すか。売り子の当番は昼過ぎだけど、まぁ何か手伝っておこう」

 

「うん。ほら、マイも」

 

「……ん」

 

「ツッツチ!」

 

 

 ナツホがマイの手を引いて、マイの頭上にツチニンが上って。

 そのまま、いよいよ、学園祭が催される敷地内へと脚を向けた。

 

 





 さてさて。
 これにて今回分終了です。皆様、良いお年をーぅ。



▼エリートトレーナーのヒロエ
 出展はRSEより。チャンピオンロードで待ち受けるエリトレ軍団の一端。手持ちポケモンはヤミラミ、アブソル。
 リメイク版では、確か、いなかったはず……。トレーナー種がかなり変更加えられていますので。あ、とはいえリョウヘイは居ましたね。相も変わらず勝ち抜き一家の長男でした。
 因みに負けた時の台詞が「ワンダフル!」。どこぞの人はグロリアス。明るめな台詞がお気に入りです。

「チャンピオンロードだって今までの道のりと変わらないわ。残りもエンジョイしてね」



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1995/秋 序幕ですか、1日目

 

 

 なにはともあれ、『虹葉祭』の開催である。

 

 我らが園芸サークルの陣地は公正なるくじ引きの結果、体育館前に決定している。

 集客と言う意味であれば一等地は管理棟の前なのだが、あそこにはライブを行うための特設ステージが設営されている。出し物が本格的にが始まってしまうとどうにも客引きが出来ないため、少し離れたこの場所は中々に良い場所なのだそうだ……とは、ナタネサークル長の談。

 という訳で、マイを引き連れたオレとナツホはそこを目指しているのだが。

 

 

「っし。見えた」

 

 

 花満開の屋台は遠目からでも実に目立つ。あれだな。

 オレがナツホを引きつれ近付くと、既にプランターが所狭しと並べられていた。その筆頭に立っているのが、現在オレのお目当てのお人……ナタネさん。

 

 

「あらら、シュン。今日も子連れね。誰の子? ナツホ?」

 

「っなー!?」

 

「子連れじゃないです、ナタネサークル長。それと子持ちであることがあたかも当然であるかの様に話さないでくれません? 友人の妹さんですって」

 

「……」ササッ

 

「あっはっはー、知ってる知ってる。いやあ、ナツホの反応がみたくって」

 

 

 からからと笑うナタネさん。

 ……ま、確かに。「っなー」とか言ってたもんな。からかいたくなる気持ちは判らないでもない。オレも後でやろう。

 あ、因みにマイは友人の妹という体にしている。知らない人の妹を連れまわしていると知られるのはあまり外聞が良くないからさ。

 

 

「ですけど、今はそれよりも。手伝うこと無いですか?」

 

「おおっと、手伝ってくれるのかな? 確か2人とも、店の当番は13時からだった筈だけど」

 

「そうなんですけど。どうにも早起きしてしまったので」

 

 

 という方便と共に、オレは手伝いを進言する。

 実際にはジョーイさん達が増えてくるまでのマイの安全確保が理由としては大きいんだが、早く起きたのは嘘でもないし。

 この申し出を受けて、ナタネさんは腕を組んで考え出した。

 

 

「んー……それなら……そうそ! ここからは少し戻るけど、ミカンの方を手伝ってくれない?」

 

「ああ、はい。……結局女子寮の設備を使ってお菓子を作っているんでしたっけ」

 

「うんうん。でも今日は途中までミカンの専任補佐が居ないでしょ? おかげで、ミカンが何かこう……落ち着かなくってねー」

 

 

 ナタネさんが思案気に首を振る。

 手伝いの内容については予てからの予想通り、お菓子作りという事になったのだが……しかし、成る程。

 ショウの奴はミカンのお菓子作りを全般的にサポートしていた。ミカン自身もお菓子作りの腕は悪くなかったのだが、ポフィンやポロックに関してはアイツの木の実知識が大きな助けになったとか。加えて、お菓子作りの講師もショウの紹介した友人だしな。ナナミさんって言う人で、お姉さん系の美人幼馴染だった。うん。ショウめ、爆発以下略。

 だが今は、そんなショウが居ないという事態である。ミカンの性格から言って、浮き足立ってしまうのは仕方がないか。

 ……よし。それなら。こういう時こそ出番だな。

 

 

「つー訳だからさ。是非とも、頼んだナツホ!」

 

「……え、あたしが行くの? あいつを探しに行くんじゃなくて? だって、今日は帰ってきてるんでしょう?」

 

「んー、どうせあいつは帰ってきても忙しくしてる筈だしな。何よりナツホだってミカンの友人だ。心配だろ? ……そしてぶっちゃけ、あの女子空間は男にゃキツい。オレだったら逃げるね」

 

「……それもそうね。それじゃあマイはどうするのよ?」

 

「そうだなー……」

 

 

 勿論あの場所にマイを共だっても良いが、オレとしては学祭を回っておきたい気もするな。マイに学祭を見せる……というのもそうだし、オレら護衛陣としての「目的」もある。

 ナツホも大体は同じ様に考えているのだろう。オレとマイの返答を待ってくれている。

 ……さて、それじゃあ此方様からの意見を頂戴するか。

 

 

「マイ。学祭回るの、オレが一緒でも良いか?」

 

「……。……ん」

 

 

 よし。この「ん」は肯定の意味だ。

 小さく頷いたマイは、ナツホの後ろからおずおずと身を乗り出し……そのまま、『こうそくいどう』でオレの影に移動した。でもやっぱり隠れるのな。マイ。

 

 

「わっ、素早い!」

 

「マイの素早さは半端無いですよ」

 

 

 ナタネ先輩の驚きには適当に相槌をうつ。というか実際、マイの駆け脚はオレより速いな。

 この様子をみていたナツホは、多少呆れながらもふんと笑った。

 

 

「まあいいわ。それじゃあ頼んだわよ、シュン。マイを危ない目に遭わせたら承知しないんだから!!」

 

 

 びしりとオレを指差して。おお、ツン度高めだな。

 これはこれで良い物だが……マイが危険だとか言うのを暗にひけらかしてしまってるな! うっかり屋め!!

 だとすれば仕方が無い。こういう事もあろうかと。……ついでにあれを切り出すことにしますか。

 

 

「了解。……ついでに、それじゃあミッションコンプリートしたらさ。ナツホ。3日目、オレに付き合って学園祭を回ってくれないか?」

 

「……。……っなー!?」

 

 

 などと、当初から準備をしていたオレの切り返しにナツホが再びの驚き声をあげる。

 だってさ。

 ……せっかくの文化祭なんだし。

 …………マイの安全も大事だけどさ。なぁ?

 

 

「おやぁ?」

 

「……」キョロキョロ

 

 

 ナタネさんがにやにやとした笑みで視線を交互に。マイは落ち着かない様子でオレを見ている。

 これも仕方の無い反応だろう。何せ目前でデートのお誘いをしてみせたのだから。……このインパクトがあればマイの危険云々も煙に巻けると考えての行動なのだし、反響が大きいのは嬉しい事だ。うん。オレ個人としては大分に恥ずかしいけどさ。

 ナツホは暫く大口を開けて驚いていたが、全く動じないオレの様子を見て、当初から計画していた事を悟ったのだろう。やっとの事(何とか)平静を取り戻して。

 

 

「―― ふん、良い度胸じゃない」

 

「度胸は大事だろ? 返事を貰えると嬉しい」

 

「……良いわ。その代り、約束は守りなさいよ? 3日目には禍根を残さないで」

 

「ああ。それは勿論だな」

 

「分かってるなら良いの。……頑張りなさいよ。……た、楽しみにしててあげるから!」

 

 

 最後にこれぞツンデレという台詞を残し、ナツホは女子寮に向けて走り去って行った。ポニーテールが揺れる揺れる。「実はオレ、ポニーテール好きなんだ」が至言である。

 

 ……そして周囲の視線が生温い!!

 

 

「ツンデレというか、完全にデレ期よねえ」「あ、それ知ってる。攻略済みだからでしょ?」

「どわすれ」「バリアー」「コスモパワー」「とける」「こらえる」「がまん」「いかり」

「防御あげたり耐えたりしてんな」「いや、最後の2つは危険じゃね? 怒りのボルテージ上がってんぞ」

「みせつけるなよシュンー」「みせつけないでよナツホー」「みせつけ……うええ」「泣くなって。オレがいるだろ」

「これが学園祭パワーなのね……」「というか誰だ今シラッと惚気た奴」

 

 

 ……ああ。

 周囲に他のサークル員も居ただなんて事実は、決して忘れていないともさっ!!

 衆人環視かっ!!

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ナツホがお菓子班を手伝いに行ってから、幾分かの時間が過ぎる。

 オレは引き続き、体育館前に残ってプランター運び(力仕事)を率先して手伝っていると。

 

 

 《ドンドン》――《ドォンッ!!》

 

 

 いきなり撃ちあがった花火の音に、オレだけでなく、準備を進めていた生徒達が何事かと耳を澄ます。

 すると次いで、ががががという雑音と共にスピーカーが鳴り出し。

 

 

『お待たせいたしました。これよりタマムシ大学学園祭、『虹葉祭』を開催致します。つきましては、学長と生徒会長から開会の挨拶を行います。お越しの皆様方、是非とも管理棟前へとお集まりください』

 

 

 という放送でもって、開会宣言が始められようとしていた。ってか、もう開会の時間なのな。随分と早かったように感じられる。

 暫くすると開会宣言が流れ出す。学長からは型通りの、ギーマ会長からは型通りだが変人の雰囲気を漂わせた挨拶が行われ……遂に、開催が告げられる。

 入口の方面から人波がどっと押し寄せた。

 そして、同時に。

 

 

「虹葉祭名物、タマムシ焼きはいかがっすかー!」

「焼きそばー! 焼きそばー!!」

「わたあめあちらで販売してまーす!!」

「10時30分から公演ありまーす!! 演劇サークル、是非ご覧になってくださーい!!」

「なんの、バンド演奏は今すぐにでも始まりますよーっ!! 管理棟前特設ステージ!! 是非足を止めてお聞きくださいっっ!!」

 

 

 お客の到来に合わせて、周囲から大声があがっていた。まさに客引き音声の飽和攻撃である。

 オレは圧倒されながらも、暫くそのまま、園芸サークルの成り行きを見ることにしておく。……準備をあれだけ頑張ったのだ。その滑り出しは気になるからな。

 園芸サークルは、代々プランター売りをしているからか、早速と手に取ってくれるお客さんが沢山いた。今年はその中に、並べられたお菓子を見てくれる人も含まれている。

 ポケモンにも食べさせられるという点を紹介されると、どうやら喜ぶなり驚くなり。反応は上々だ。

 

 

「はい、配送ですか? 少々お待ちください ――」

 

 

 そんな中で、ナタネさんは店頭に立ちつつも購入したお客さんへの宅配サービスを請け負っていた。

 誰も彼も、兎にも角にも忙しそうだな。オレがこの状況から抜けるのは気が引けるなぁ……なんて、考えていると。

 

 

「―― ほらシュン、その友人の妹さんを連れて何処かに出かけてきなさいな」

 

 

 当のナタネさんから、そう声を掛けられてしまった。

 これはあれか。就職面接にスーツを着てこなくても……とかいうのと同様の心理戦か。

 

 

 《ペシンッ》

 

「はいはい、無駄な事は考えない!」

 

「……痛いですよナタネさん」

 

「ウソをツかない。加減したわよ」

 

 

 ま、ナタネさんに叩かれたとしても、勿論痛くは無いんだけどさ。

 

 

「それより、当番じゃないならさっさと行く! そんなお節介な部分まであれ(・・)に似なくていいんだから!!」

 

「わ、分かりました。……行こう、マイ」

 

「……ん」コクコク

 

 

 有無を言わせぬ迫力を放ち始めたナタネさんに背を押され、オレは園芸サークルの屋台を離れる事となった。あのミスターお節介であるショウに似ているとか言われたら、なぁ。身の危険を感じるぞ。

 とはいえ、ナツホは未だ戻ってきていない。トレーナーツールで連絡をしてみると、女子寮側でもう少しミカンの走り出しを見ておきたいとの返信がきた。行き先さえ教えてくれれば、此方で先に回っていて良いとのお達しである。

 

「(なら、体育館前を離れて……一先ずは研究棟を目指す事にするかな?)」

 

 これは只の印象だが、マイは人ごみが苦手そうだ。人見知りという意味では恐らく間違っていないと思うけど……安全と言う意味でも両親が居ると言う意味でも、催し物の(比較的)少ない研究棟は好都合に違いない。

 オレとしては、初日にマイを連れ出す事さえ出来れば「目的」……とある確認事について片がつく。その上で、マイにも学園祭を楽しんでもらえればこの上ない程上々の結果なんだが……

 

 ……ん?

 

 

「……待ち人が来たね。やあ、君達」

 

「コマ、タナーッ!」

 

 

 研究棟へと続く道すがら、とある人物が壁に寄り掛かかりながら手を挙げていた。

 人の少ない通路にその風貌はよくよく目立つ。隣には相棒である、両腕が鋼の刃になっているポケモン……コマタナが控えていて。

 

 

「昨日ぶりです。ギーマ会長」

 

「……」ペコリ

 

 

 オレが挨拶を返し、マイがお辞儀。先ほどまで開会の挨拶をしていた筈の、生徒会長のお出ましであった。

 近寄ると、オレの後ろに隠れたマイを……少しだけみやりつつ会長が笑う。

 

 

「……成る程。君が護衛を務めるという事だな?」

 

「えっと、はい。……ま、オレじゃ護衛としては頼りないかもしれませんが」

 

「おいおい、それは謙遜が過ぎるぜ? 君があのヤマブキ最強と謳われるイツキ君と良い勝負をしたというのは知っているのさ」

 

「うーん……とはいえ、それポケモン勝負の話でしょう? 今の相手は悪の組織ですが」

 

「その悪の組織が主力にしているのもまた、ポケモンの力さ。それに……っと、ああ、そんな事よりも報告を優先するぜ。今日こうして待ち伏せたのは、君に伝えたい事が出来たからだ」

 

「報告というと?」

 

「実はあれから、教師陣の説得に成功したのさ。ジュンサーさんの増員だけでなく、私服ガードマンも結構な数を投入しているぜ。大声をあげれば何処にいても駆けつけるくらいには配置も万全。しかも3日間全てに隙なく、だ」

 

「コマタナァ!」

 

 

 と、ドヤ顔っぽい表情で語るギーマ会長。隣のコマタナも刃の両腕を組んで胸を張り、擬音語で表すならば『ドヤァ』といった雰囲気を醸し出している。『ドヤァ』が擬音語なのかは怪しい所だけど。

 いずれにせよ警備員の増員はありがたい。流石の手の早さだなー……なんて素直に感心していると、オレの後ろにいたマイが会長に向かってもう1度頭を下げた。

 そのまま、唇を開いて。

 

 

「……、……あ。……あ、の。……。……あ。……」

 

「―― ふ。お礼はいらないさ小さなレディ。これは学園祭を楽しんでもらうための備えに過ぎないのでね」

 

 

 マイの返答を待つまでも無く、ギーマ会長は明後日の方向へと視線を向ける。

 どうやらマイが苦手な部分を読み取ってくれたみたいなのだが……それにしても、相変わらずキザっぽい仕草である。似合ってるけどさ。

 ……おっと。

 

 

「……」ササッ

 

「どうした? ……って」

 

 

 マイが再度、オレの真後ろへと隠れてしまった。

 どうした事かとオレも前方を確認。すると、新たに現れた「元凶」方が般若的な表情を浮べていた。

 

 

「―― それは格好付け過ぎでしょう、ギーマ会長」

 

 

 やり取りを交わす会長の後ろからその誰かがやって来て、隣に立つ。

 ……あ、オレもこの人には凄い見覚えあるぞ。水色の髪を垂らし……今日はマントを羽織っていない。

 

 

「おやおや、珍しいな ―― イブキ。君は2日目のバトルトーナメントにしか興味がないと思ってたんだが……このギーマ、読み違えたな」

 

「コマッタナ?」

 

「あの情報を流したのはアンタでしょうに……ぬけぬけと」

 

 

 そう。登場したのは、同じく生徒会に所属するイブキ先輩であったのだ(因みにコマタナが「困ったな」と言った気がするがオレの気のせいだろうそうだろう)。

 イブキ先輩はツリ目でこちらを一瞥したものの、そのまま、微妙に強面な表情でギーマ会長に愚痴り出す。

 

 

「……それよりです。その、友人と言うのは何処に居るのですか」

 

「そう焦らずとも良いだろう? 勝負を急くと仕損じるぜ?」

 

「こうあからさまでは馬鹿にされたように感じる。当然でしょうっ」

 

「コマッタナ!」

 

 

 食い気味ににじり寄るイブキ先輩と、それらを流すギーマ会長。そして合いの手を入れるコマタナ。

 それにしても先日聞きかじった通り、イブキ先輩の態度は刺々しいなぁ。何かにつけてお冠であるらしいが、ギーマ会長がおちょくっている様子にも見えなくはないな。

 そのまま2、3やり取りをしておいて(あしらっておいて)、ギーマ会長は此方へちらりと視線を向ける。

 

 

「それよりイブキ。この場には一般の人がいる。場所を変えようぜ?」

 

「……良いでしょう。今日という今日は聞き出してみせます。……それでは、失礼する」

 

「という訳でお暇するよ。良き学園祭を、君ら」

 

「コ、マタナッ!!」

 

 

 最後にひらひらと手を振って、ギーマ会長は去っていった。イブキ先輩はズカズカという擬音が良く似合う歩調で、こちらには目もくれず歩いて行って……(因みにコマタナが「またな」って言った気がするがオレの気のせいだろうそうだろう)。

 何はともあれ……ふぅ。眼前の危機は去ったな。

 

 

「こうやって研究棟に向かっていても注意はされなかった。ということは、ガードマンの人達は研究棟にも居る筈で……ロケット団もおおっぴらには活動してこないだろ。マイ、朝飯まだだよな。途中で何か食べ物でも買っていくか?」

 

「……ん」

 

「了解だ。この道だと、確か創作飴とかが売ってた筈なんだよな。ちょっと見ていこうぜ」

 

「……ん、ん」

 

 

 オレの提案に対するマイの反応や良し。

 そんじゃあ少しばかり寄り道をしつつ、安全に配慮をしつつ。

 学園祭の1日目を、楽しみますか!

 

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 

 結論から言って、学園祭は初日っから全力全開だった。

 

 色とりどりの販促ポスターが壁を飾り、通る道全てに原色塗れの装飾がなされ、自然に土に返る素材の紙吹雪がこれでもかと空を舞う。

 研究棟では謎のフラスコが小人を練成し、講義室では有名な博士達が公開講座で長蛇の列を生み出す。

 3食全てをここで食べても到底食べきれない食べ物屋台が、これでもかと売り込み。匂いに釣られてやってきた野生カビゴンが子どものトランポリンを務め、駄賃代わりにと差し出された食べ物を消費。

 喧騒に負けじと音を鳴らすバンド隊と歌うピッピ(ロック風味)。体育館一杯に響き渡る声量で歌う演劇サークルとゴニョニョ(歌劇風味)。

 最後には甲子園さながらのジェット風船が7回でもないのにこれでもかと空を埋め、初日の終わりを告げた。これでもか。

 案内役を務めたオレとしては、その全てをマイが珍しそうに眺めていたのが印象的だった。

 やはりというか、余りこういったお祭りには参加しない(たち)であったらしい。殆ど散歩のような形になってしまったのだが、それでもマイが楽しんでくれたのならば何よりだ。

 

 そんなこんなで、時刻は夕方の17時を回る。

 学園祭の1日目は滞りなく進み、無事に終了を迎えた。

 

 そして目前には今、大学側が用意したマイ達の仮住まいの扉が在る。

 

 

「今日はありがとうございました。この子の面倒を見てくださって」

 

 

 送ってきたオレらを出迎えてくれたのは、マイの母親だ。

 頭を下げたマイ母にオレの他、男子陣は揃って手と首を振る。

 

 

「いえいえ。オレ達も楽しかったですから。な?」

 

「ああ、勿論」

 

「だな!」

 

「そうだねー」

 

 

 男子陣が順に肯定すると、マイの母親は再びありがとうと返礼。

 それでは順番に行こう。あれからオレはマイを連れて買い食いをしつつ研究棟へ向かい、待ち合わせをしていた友人勢(迷ったユウキ以外)と合流。オレ達が当番になる昼からはマイの両親も加わって、学園祭を回ることが出来ていた(因みにユウキはゲリラバトル研究会の人波に埋もれていた所を発見というか回収された)。

 マイの両親は研究で忙しい中、管理棟の仮住まいでの生活をこなしているらしい。だというのに部屋の入口の前まで送ってきたオレ達にお茶でもどうかと勧めてくれて……それについては厚意だけで、と断らせて貰った。何せ、まだ油断は出来ないからな。お礼を言われるのは安全が確認されてからでも遅くは無いだろう。

 そう、考えていると。

 

 

「……ふふ」

 

 

 マイの母親がくすりと笑う。

 何か気に障っただろうか、とオレは慌てて聞き返す。

 

 

「あ、いえ。……何か可笑しかったですか?」

 

「あら、違うのよ。貴方のそのいつも何かを考えている感じが、私の息子に似ていると思ったの。気になったならごめんなさいね」

 

「そんな事はないです。むしろ、個人的には光栄ですよ」

 

 

 この人の息子と言う事は、マイの兄か。……似ているのかな、オレ。悪い気分じゃあないけど微妙だ。反応に困る。知り合いでもないのにさ。

 そんな風に、困ったオレに微笑みながら、マイ母は続ける。

 

 

「先を先を、って真っ直ぐに見据えているのね。でも貴方なら大丈夫。見誤ることは無いと思うわ。友達も、それにポケモン達も居るのだもの。でも……私の息子も、いつも心配をかけてばかりだから。貴方もたまには両親に手紙の1つでも書いてあげてね」

 

「それは……あの、大丈夫でしょうか?」

 

「ええ。きっと、嬉しいわ」

 

「……はい」

 

 

 マイ母の持つ……何と言うか……有無を言わせぬ無言の母性におされ、オレは思わず頷いていた。

 なにせ両親に、という事はあの親父にも手紙を書くことになってしまうのだ。絶賛行方不明中で住所不定だと言うのにな。こりゃあ、難題を引き受けてしまったぞ。

 

 

「……お母さん。……困ってる」

「ツッツチ!」

「ワフワフ!」

「ニュラァ」

 

 

 と、悩んでいたオレを見かねたのだろう。母親の後ろに居たマイとその手持ちポケモンが、母親の袖をくいくい引っ張り始めていた。

 娘の様子を見て、マイ母はまたも笑い。 

 

 

「そうね。困らせてしまったならご免なさい。でも心の隅にでも留めていてくれると嬉しいわ。……それじゃあ、気をつけて。ありがとう」

 

「気をつけます。ありがとうございました。マイも、またな?」

 

「……。……じゃぁね」

 

 

 小さく手を振るマイとその母。そしてポケモン達にも見送られ、管理棟の仮住まいから離れる。マイとは明日また管理棟の前で待ち合わせという事になった。

 扉の影に隠れながらも此方に手を振り続けるマイの様子に、この子を妹に持つ兄は幸せだろうなぁと感じつつ。

 

 

「―― それでは明日の計画を建てたいと思うのだが、どうだろう」

 





 学園祭編、一日一話で更新していきます。
 ……多分。構成上の大きな欠陥が見つからなければ、です。
 尚、直前シオンタウンのあたりに一文を追加する予定でいます。構成上、1つ、忘れていた展開がありましたので。申し訳ありませんですすいません。

 喋るコマタナの元ネタは私がたびたび引用するエニッ○ス4コマから。ライチュウが「来週(らいちゅう)!」って言う奴です。ライチュウ可愛い。でもつねりたくは無いですね。インド象が天に召されかねないので。
 ……分かる人には分かるネタですが、非常に局地的ですという次第。

 ナタネさんの性格をつかむのが難しいというお話。
 とりあえず怖がりなのは判りましたが、そのインパクトが強すぎて他が疎かになっている気もしないでもないですー。
 あ、疎かというは駄作者私の情報収集が、という意味合いですのでお間違いなきよう。


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1995/秋 佳境ですか、2日目

 

 マイ及びその母と別れた管理棟を出て、10分も歩けば男子寮に到着する。

 しかしながら後片付けや明日の準備のため、敷地内には未だ数多くの生徒達が残っている。

 そんな生徒達を眺めながら歩き、その途中の出来事であった。

 

 

「―― それでは明日の計画を建てたいと思うのだが、どうだろう」

 

 

 誰も回りに居なくなった頃合を見て、ゴウが話題を切り出したのだ。

 

 

「んだよゴウ。今日は全然全く無事だったんだし、良いんじゃねえの?」

 

 

 外灯の明かりをバックに、ユウキがいつもの調子で、頭の後ろで腕を組みながら言う。

 楽観的に過ぎると取られかねない発言だけど……まぁ、気持ちは判らないでもない。勘違いされてもあれだし、オレもユウキを弁護しとくか。補足的に。

 

 

「ま、そうだな。今日はマイを連れ回してみたけど、ロケット団からのアプローチは一切なかったんだろ?」

 

「む、それはそうだが」

 

 

 本日マイを連れ回したのはこの通り ―― つまりはマイが未だ狙われているのかを確かめる為でもあったのだ。

 そして、安全だろうという判定を下したのは他でもない、そういった行動に長けているゴウ自身の発言である。ゴウに曰く「視線を感じなかった」のだそうだ。

 大勢の人に紛れるならば、初日である今日は観察するに絶好の機会。3日の中で段取りをつけるとしても、これ以上はないロケーションである。だとするとアプローチが無かった今、ロケット団のマイへの興味、引いてはロコンへの興味も薄れていると考えて良いとは思うのだが。

 ……そんでも、ゴウの言う事だしな。意味はあるに違いない。

 オレも考えてみよう。だとすると、だな。考えながら口に出してみるとして。

 

 

「明日の行動予定は……メインはマイを兄と合流させること。で、ロコンの引渡し。必要なら兄の護衛。ギーマさんに曰く、警備もシフトも今日と同様で薄くはならない。メインイベントのバトル大会があるけど、オレらは出場しないから関係ない。出店に関しては今日と同じの筈で……」

 

 

 次々と挙げてみるが、これといって今日との違いは無い様に思える。

 ……いや、違うか。今オレが挙げたのはあくまで「開催側」のスケジュールであって。

 

 

「―― 客入りは多分、今日より多くなるな」

 

「流石はシュン。そこに気付いてくれたか」

 

 

 オレのこの返答に、ゴウが意を射たとばかりに頷いた。

 しかし、そう。明日はメインイベントである「バトルトーナメント」が催される日なのだ。

 タマムシでも大人気のポケモンバトル。しかも学生達が多く参加する規模の大きなものとあって、最高の集客要素を持っている。

 ……で。

 

 

「それで、どうなんだ? 客に混じってロケット団は入りやすくなるだろうけどよ、どっちにしろロケット団はロコンに執着してないんじゃねぇの?」

 

「ああ。ユウキの言う事にも一理ある。僕も今日1日の観察を経て、マイとロコンの安全と言う意味ではかなり増していると感じた」

 

「それじゃあー、何が問題なのー?」

 

「そこはもっと別の観点だろ? ゴウ」

 

「そうだ」

 

 

 オレの問い掛けに、ゴウが語気を強める。

 

 

「―― うむ。マイの安全がどうこうと言うよりは、だが。ロケット団の狙いが『人が多く集まる場所』で行われるものだとしたら……その決行は間違いなく、明日になるのではないか?」

 

「……っ」

 

 

 この言葉に、ユウキは思わず息を呑んだ。

 ……そうなんだよな。ロケット団は別にマイを狙うとは言ってない。オレ達は身近にある危機を避けようと努力をしていたのだが、どうやらゴウは違ったらしい。「学園祭に集まってくる人達の安全を」という視点にあったのだ。

 その中には……というか、恐らく、ノゾミは最優先の護衛対象(・・・・)として含まれているのだろう。だからこその視点でもある。勿論そこにはマイも含まれており……本来はいっぱしの学生が気にする点じゃあないというのは、お察しだけどな。

 とはいえゴウの事だ。全く手を打ってないとも考え難い。となると。

 

 

「その事は、ギーマさんには、もう?」

 

「無論だ。先ほどの自由行動の時、会長へ直接伝えてある。しかし、ジュンサーさん達は元よりそのつもりだったようだな。判っている、とだけ返されてしまった。……しかし僕達が意識しているかいないかで、マイの安全はまた違ってくるだろうと思ってな」

 

「だな。それで明日の計画を、って訳か」

 

「うむ。言葉が足りなくてすまないな」

 

 

 ゴウがしかめっ面をして軽く手を合わせる。珍しく殊勝な態度のゴウに、ユウキが若干驚いている。……いやゴウは基本誰にでもこんな感じなのだが、例外がユウキとケイスケだってだけなんだ。

 さて。そうなると、優先順位が変わってくるだろう。

 

 

「それじゃ兄との合流よりも安全を優先したほうが良さそうだな。なにせ兄は明日から予定が空くっていうだけで、明日じゃなきゃ渡せない訳じゃないんだ。最悪、学際期間が終わってからでも良いんだし」

 

「僕もそう考えている。しかし姫君……ではなく、ノゾミにも、学園祭を楽しんでもらいたいという気持ちはある。何かあれば警()の方々だけではなく、僕も動く事になるだろうな」

 

「なるー。そこまで言われりゃ納得だな。ま、おれとしちゃあ明日何にも無い事を祈るけどよ」

 

「……ふーん? じゃあー、巻き込まれないように注意しないとねー」

 

「ケイスケの言う事は最もだ。……普段からそうしてくれていれば、僕の負担も減るのだがな」

 

 

 ゴウがしかめっ面のまま、こめかみ辺りを押さえる。先週も試験対策のレジュメとかコピーしまくりだったからなー。お疲れなのだろう。

 そんなゴウをオレが労い、ユウキがはしゃぎ、ケイスケが伸びた調子のお礼を言って。

 マイの兄だと言う人にはその通りに伝えて欲しい旨を、マイ宅へ連絡をしておいて。

 オレ達は男子寮へと帰り、学祭1日目の眠りに着く事にした。

 

 

 

 

 Θ―― 新B棟前広場

 

 

 そして翌日。

 

 舞う紙吹雪。行き交う人々の波が寄せる。

 路上に積もる紙吹雪。行き交う無数の人々。無数の人々に連れられるポケモン達。

 

 タマムシ大学の学園祭は、ご覧の通り、何事もなく2日目を迎えていた。

 

 新B棟は管理棟に隣接されている新造の校舎である。それだけに人の数も多いのだが……こうして賑わっているのを見ていると、まるでロケット団の犯行予告なんて無かったみたいな平和な様子だな。

 まぁ一般には話されていないし、大々的には伝えられていない。オレから口頭でちくったのみ。だから無いなら無いで、それに越した事はないんだけどさ。

 

 

「ほらマイ、ノゾミ! 今度はあっちのお店を見に行くわよ!!」

 

「ナツホ、早いよ……」

 

「……」コクコク

 

 

 本日は仕事の無い女性陣が合流し、マイを引き連れまわしてくれている。

 昨日のオレみたいに無計画に行くと、只の散歩になってしまうからなぁ。こういう時にアクティブな(女子)がいてくれるのはオレとしても大変にありがたい。

 先で声をあげるナツホと、マイの手を引いて連れて行くノゾミ。そんな様子を、さて、オレらはと言うと。

 

 

「お前は行かねえのかよ、ヒトミ」

 

「あたしはああいう一般的な女子とは感性が合わないからねえ」

 

「……うっわ。良いのかよ、それで」

 

「別に良いんじゃない? それで困ってはいないんだもの。ほらユウキ、トーナメントの調整に付き合いなよ!」

 

「ってうおわ、引っ張んなよ! 待てって、せめてシュンに……ぁぁぁぁ」

 

 

 そしてまた、2人消えたな。

 というかヒトミはトーナメントに参加するのか。そう言えば公の大会なんかよりも、こういった局所的な大会の方を好んで参加している気がする。その辺りには彼女の気性も関係しているのだろうけれども。

 残ったオレとゴウは、新B棟の壁に寄り掛かり……ん。

 

 

「やはり腑に落ちないという顔をしているな、シュン。……事件の事か」

 

「……うん。まぁ、多分そうだ。いやさ。何というか、やっぱり当事者だからだろうな。このまま何事もなく終わってくれるのが1番なんだけど、あの犯行予告が意味の無いものだとは思えないんだ」

 

「それには僕も同意しよう」

 

 

 そう言って頷くゴウ。ゴウの同意を得られるならば、オレの勘も捨てたものではないだろう。

 ……ああ、因みにケイスケは休憩スペースの受付当番。恐らく率先して睡眠という名の休憩を取っている。

 そんな風に、オレが今は無きドラゴン使いについても想いを馳せていると、ゴウは表情を変える。先ほどの話題の続きだろう、と、オレも少しだけ気持ちを切り替えておいて。

 

 

「……あの幹部が仕掛けてくるとすれば今日だ、という予測には覚えがある。実は、僕とノゾミの実家があるチョウジの里も、昔にロケット団の襲撃を受けていてな。その際に漂っていた不穏な雰囲気は忘れもしない。そしてその不穏な雰囲気は、今の学園祭も同様なのだ」

 

「つまり今、この学園祭は、オレには判んないけど不穏な雰囲気だって事か」

 

「ああ」

 

 

 率直に言ってそれは嫌だ。折角の学園祭だというのにな。

 ついでにオレにもゴウみたいなことが出来ないかと、少しだけ神経を尖らせてみる。眼を瞑って……うん。当たり前だけど、判らないな!

 オレは雰囲気とやらを読み取ろうという試みを早々に放棄。話題を変える事にする。

 

 

「それにしても、チョウジはその時大丈夫だったのか?」

 

「ああ。僕らお庭番集が撃退したのでな、実質的な被害はなかった。……とはいえ、その襲撃に紛れてロケット団の息の掛かった人間が里に紛れ込んでしまう結果となった。未だに尾を引いている部分もある」

 

「へえ、そんな事もあるんだな。……そういう意味じゃあタマムシは厳しいよな。あの黒い制服のお人達はどこに潜んでいても不思議じゃあないし」

 

「うむ。建物もそうだが、そういう意味では大学の敷地内だとて油断は出来ないだろうな」

 

「それでもま、街の中央部に独りで居るよりはマシなんじゃないか? 年齢層とか、制服とかさ」

 

「ふ。違いない」

 

 

 先日の語りの通り、マイの安全という意味ではかなり十分に確保できている感ありありだ。

 となると、やっぱり、本当に今日仕掛けてくるのか ―― という部分が気になる所か。相手が何をするのかが判らない内は漠然と警戒をするしかないので、緊張感も募るばかりだ。

 ロケット団の襲撃について思考を廻らせつつ。

 ……すると、ぼうっと学祭の景色を眺めているオレとゴウの前を、姦しい集団が横切った。

 

 

「今日はわたしがトーナメントで華麗に優勝してあげるんだからっ! 見てなさいよね、レッド!!」

 

「……。……?」

 

「煽るんじゃねえよおてんば人魚……って、おいレッド! 待てってんだよ、てめえも! オレがせっかく外国から帰ってきてんのに……だからリーフ、てめえもどこ行くんだよ!?」

 

「おー。レッドの目が輝いてる……。うんうん! 判るよ! あたしもあたしも!」

 

 

 うん、子供ばかりの集団だったな。

 学祭では珍しい光景じゃあないけど、ま、とりあえず緑の男子が大変そうだ。先頭の女児(おてんば人魚とやら)に触発されたらしい赤い上着の男子……だけでなく、黒のワンピースの娘がどこぞへと走っていった時点で、収集はつかなくなっている。頑張れよー。せめて迷子になるなよー。無茶振りだけど。

 

 

 ――《 ヴー、ヴー 》

 

「っと。残念ながら、連絡だな」

 

「ふむ。ギーマさんか。ここは任せて行って来てくれ」

 

「頼む、ゴウ」

 

 

 ここで予定調和といわんばかりに携帯(ツール)が振るえていた。残念ながら……あるいは待望の、ギーマさんからの連絡であった。どうやら事態に動きがあった様子で、文面よりは直接会って話したいらしい。

 お言葉に甘えて、この場はゴウに任せ、生徒会室に向かうとしよう。

 

 

 

 

 Θ―― 管理棟/生徒会室

 

 

「―― さて、君に来てもらったのは他でもない。嫌な知らせで悪いが、あの小さなレディーから始まった流れだ。君の耳には入れておかないといけないだろうぜ」

 

「うわ。やっぱ、嫌な知らせなんですね」

 

 

 開口一番、コインを弾きながらの台詞がこれである。

 そろそろギーマ会長のノリには慣れてきたとはいえ、それにしても、内容が悪いものだと肩を落とす他にオレの反応も無いな。

 

 

「とはいえ、聞かせて下さい。遂にロケット団が動き出したんですか?」

 

「そうだ。……これを見てくれ」

 

 

 ギーマ会長が広げたのは古風な手書きの文面 ―― ではなく、パソコンの画面だった。電子メールらしいそれを、オレも横から覗き込む。

 

 

『諸君、我々からのメッセージは受け取っただろうか? 準備は万端だろうか?

 では、我々とゲームをしようじゃないか。

 我々ロケット団は、学園祭の敷地内に爆発物を仕掛けた。本日午後5時の閉会と同時に爆破する。止められるものなら止めて見せろ。

 ゲームと称したからには、勿論、ヒントを与えている。

 大学の敷地内の所々に、現在、野生のポケモン達を解き放っている。赤色の首輪が目印だ。首輪の裏につけた記録媒体に爆発物の数や場所を示している。野生ポケモン達を捕まえれば、その回収に近づくことが出来るだろう。

 尚、戦力として警察に頼るのは構わないが、一般人にこの情報を公開した場合はその情報を掴み次第すぐさま爆発させる事とする。君達の力で解決して見せることだ。諸君等の健闘を祈る』

 

 

 読み上げた所で視線を逸らして、溜息を1つ。今コマタナは居ないが、何処からともなく「困ったな」と聞こえてきそうな心境だ。

 ついでに溜息をもう1つ。……気持ちの整理の為に吐き出されたくらいで逃げる幸せなら、此方から勘弁願いたい。

 兎に角。兎に角だ。

 

 

「突っ込み所は山ほどありますが、兎に角、これで紛う事無く犯罪ですね」

 

「ああ。ジュンサーさん達も本腰を入れて動き出している。本来ならばお客さん達に協力してもらい会場から退避してもらうのが安全策だろうが、気付かれたら爆破させるという無茶振りまで追加ときている。『気付かれた』がどの程度なのか、一般人というのをどう定義するのか……というその匙加減も向こう任せだというのにな。……やれやれ、何を考えているのやら」

 

 

 ギーマ会長はそのまま「お手上げ」のポーズをしてみせてから、何かを思案しているような素振に。

 オレはまず、時計を見る。今は昼時。午後5時となると、残すは約5時間か。爆弾を探すだけの時間は十分にある。「健闘を祈る」という言葉に悪意はあっても虚偽は無いらしい。健闘(てんやわんや)しながら、5時間を駆け回る羽目になりそうだ。

 それに一般客も……ん?

 

 

「そう言えば、オレには話しても大丈夫なんですか? 一応オレ、一般生徒なんですが」

 

「ああ、此方としては君も当事者だと考えている。伝言を頼んだ時点であちらさんもその積りだろうとね。……という訳で逃げるなり協力するなりしてくれると嬉しいぜ、君」

 

「……いやそれ、一択じゃないですか」

 

「くっく! ま、その辺りは心配ご無用。こちらも秘密兵器を続々と呼び寄せている最中なのでね。精々、このギーマに伸るか反るかのゲームを挑んだ事を後悔させてやるさ」

 

 

 悪人顔してるな、ギーマさん。のりにのっている様子で何より。

 

 

「しかし、いくらポケモンマフィアだとは言え、こうも大勢の人たちを巻き込むのは珍しい事例になるな。あいつらはあまり一般人を傷つけない辺りが憎めないと思っていたのだけどね。……このギーマ、その点については少しばかり疑問も感じるが……ま、それは追々考えて行くことか。まずは目の前の厄介事を無事に片付けて、祝杯をあげるとしよう」

 

「ですね。ではまず、オレはオレでマイ達の安全を確保しに行きます。協力はその後で構わないですよね?」

 

「ああ。引き続いてトレーナーツールを連絡に使用させてもらう」

 

「判りました、連絡待ってます。それでは」

 

「悪いね。是非とも頼むよ。此方も精々、トーナメントに意気込んでいるイブキの説得に奔走するとするさ」

 

 

 オレは最後に頭を下げ、入口にいたヒロエ寮長にも挨拶をして生徒会室を出る。

 さて……まず、爆弾についてだ。オレが当事者としてカウントされるというのならば、こういった厄介事に慣れているゴウにも協力を仰ぐことにしよう。

 ユウキとヒトミは恐らく、この事件に関しては一般人のカテゴリだ。ロケット団と相対したとはいえ、ユウキはユウキだからな。何よりバトルの調整をするとか言ってたから、近くに居ないだろうし、仔細は話さずに居ておくとして。

 

 ……問題はやはり、行動を共にしている幼馴染らの側であろう。

 

 うーん。何とかして説得、しなくちゃいけないよなぁ。

 よし。まずはそっちから、気合入れて口を動かしに行きますか!

 

 






 説明を詰め込んだ一話となりました。なってしまいました。文量のせいで分割せざるを得ませんでしたね……

 尚、本作は(飯)テロやらを一切支援しておりません。
 一市民の妄想という事でお許しください。

 ……いえまぁ、日和っている駄作者私の性質だと云々かんぬん!


 ちょろっと出演致しましたレッド達は作中現在10才。トレーナースクールに通っている年代となりますね。原作を来年に控えてのはしゃぎっぷりと相成りました主人公。
 本作においてレッドの妹設定のリーフは、年を跨いで年末の同学年という辺りで何卒のご容赦を。


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1995/秋 VSロケット団①

 

 

「という訳なんで、ナツホ。ノゾミと一緒にマイを連れて自宅待機で宜しく」

 

「……」

 

 

 合流した後、経緯について一通りの説明をしてからの提案である。

 ……ああ。率直に伝える以外に思いつかなかったんだ。時間もないしさ。

 …………で、痛い痛い。ジト眼ジト眼。今はやめてくれませんか、それ! 御褒美だけど!!

 

 

「……ナツホ、ノゾミ。……隠れよ?」

 

「うん。そうだね。ナツホ、ほら」

 

 

 我が幼馴染が防御力低下を試みている間に、ありがたいことに、マイはナツホの袖を引いてくれた。隣のノゾミも、微笑でもってクールに促し。

 当のナツホの反応は……と、オレが戦々恐々の面持ちで伺っていると……大きく息を吸い込んで。

 そしてそのまま、吐き出す。

 

 

「―― っはぁ。仕様がないわね。今回だけはマイに免じて、アンタの無茶も許してあげる。ただし、怪我の1つでもしてみなさいよ? 絶対に許さないから!」

 

「確約は出来ないけど、判った。約束として受け取るよ」

 

 

 オレが真摯に頷くと、ナツホはぶつくさ言いながらもマイに引き連れられて行ってくれた。因みに「絶対に許さない」はオレの脳内で「ぶ、無事に帰ってきてね」くらいに変換されている。おう。ナイスデレ。

 などと、約束も重ねてしまったからには……さてはこれからの5時間、何とかせねばなるまいな。デートをふいにする訳にもいかないしさ。

 そんな風に約束を受諾したオレがデレを噛み締めていると、その横でもだ。

 

 

「ゴウ」

 

「む。ノゾミか」

 

「ゴウも手伝う。……そうでしょ?」

 

「ああ。そうだな」

 

「気をつけて」

 

「しかと肝に命じよう」

 

「じゃあ」

 

「うむ」

 

 

 短いやり取りを交わして、ノゾミもマイ達の後ろを追って行った。どうやらというかやはりというか、心配してくれていたらしい。

 これにて全て、忠告も、見送りも終了だ。

 オレはゴウと顔を見合わせる。

 

 

「それじゃ、行くか!」

 

「ああ。そうだな」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 ギーマ会長がジュンサーさんや教員らと相談の上で立案した作戦は、単純明快。

 敷地内に放たれた「首輪つき」のポケモン達を、しらみ潰しに探すというものだ。

 

 ……要するに、人海戦術であると!

 

 そんな内容について電子文面で作戦の概要について説明を受け、各々が持ち場へと移動する最中、ゴウがぽつりと溢す。

 

 

「ジュンサーさんと動ける教員、生徒会、それに僕達でもって全区画を総当りして野生ポケモンを探し出す。……効率的ではないな」

 

 

 効率的……か。言われるとそうかも知れないけどさ。

 

 

「オレとしては、有効な手段だってのは間違いないと思うけど」

 

「いや、すまない。僕とて不満は無い。ただ、ロケット団の言う『ゲーム』とやらが、此方にとってひたすらに理不尽であるというのが気に食わないだけだ」

 

 

 成る程なぁ。

 几帳面なゴウの性格からして、如何に悪の組織が相手であったとしても、不公平さそれ自体が気に食わないものなのだろう。

 でもこれに関して言えばロケット団有利で当然な訳で……やるせない感じをどこへぶつけると良いのやら、と言った所か。

 

 

「それもまぁ、首輪を付けられているらしい野生ポケモンにぶつけるのは可哀想だしなぁ」

 

「論外だな。八つ当たりにも程がある」

 

 

 だよなーと、ゴウの愚痴を適当に受け流しながら、オレらは管理棟の階段を降りて行く。

 階段を降り切ると、今度はすぐさま北側へ。

 オレとゴウ、それに現地にいるジュンサーさんが探索を担当する新A~B棟の辺りを目指し……その途中。

 園芸サークルで買ったと思われるポフィンを放ばるゴーリキーとトレーナーの前を横切り。ヒウンアイスを持った親子の間を抜け、焼きそば屋台の裏を通り。

 

 

「コラッ、ラッ、ラァッタ!!」

 

 

 赤くてR印の着いた首輪を着けた、野良コラッタとすれ違い。

 

 ……。

 

 ……ん?

 

 

「シュン。今のはもしや……」

 

「もしやも何も……って言ってる間も惜しいな。追おう!!」

 

 

 いやさ、あれはどう見ても捕獲対象だしな!!

 言うが早いか、オレとゴウは振り返るとすぐさまダッシュ。すいませんと掌をかざしながら人垣を割り、コラッタの後を追って屋台の裏へと抜けた。

 

 

「コラッタは……!?」

 

「シュン、向こうだ!」

 

 

 ゴウが指差す先へ……草むらへと速度を緩めずに突っ込む。

 石畳の大通りから外れると、流石に人は多少なりとも少なくなった。走るには十分だ。それでも木々が増える分、視界は若干悪くなるけどさ。

 走りながら前方を確認する。当のコラッタはと言うと芝生の上を全力疾走、生垣を潜り、ちょこまかと動き回っては方向を変えて!

 

 

「っく、ただでさえコラッタのが早いって言うのに!」

 

 

 これは当然だが、オレらよりもコラッタのが移動は早い。しかも小回りが利くから質が悪い。逃げる時はジグザグに、というのも案外迷信ではないのだろう。

 そんな、全力で脚を動かしていても射程圏内には近づけず、悪戦苦闘していると。

 

 

「……仕方があるまい。シュン、少しこれを持っていてくれ」

 

 

 見かねたゴウが、今まで背負っていた鞄を差し出した。

 お、本気を出すつもりだな。是非とも見失う前に ――

 

 って。

 

 

「―― と、そうは問屋がおろさない訳よな、ガキども!」

 

「「うおっ!?」」

 

 

 目前に、いきなり、草むらより現れましたる……ただしポケモンじゃなくて、怪しい人物! 

 

 

「へっへ、ここは通行止めさせてもらうぜ? ガキどもよう」

 

 

 男は出るなり、コラッタとの直線状に立ち塞がってみせてだな。

 その態度に、オレと、ダッシュを仕掛けようとしていたゴウの足がピタリと止まる。この間からチンピラ風味のお方には心当たりがありまくりなのである。主にロケット団のお陰でな。

 男とオレ達とで視線が交わり。

 

 

「へっへ。あのコラッタを簡単に捉まえられるとなぁ、オレ達の上役が困るわけよ」

 

 

 止まったオレ達の目の前で、いよいよ怪しい人物(私服)はモンスターボールを突き出している。

 ……やっぱりゲリラバトル研究会でしたー、とかいうオチにはならないよな? いや、期待が薄いのは判っているけれども。

 

 

「でも期待したいと言うか何と言うか」

 

「……シュン。当然というか流石に、この流れはロケット団の人員だろう」

 

「はっはぁ。ご明察ぅ! さて、正解したガキンチョには賞品としてオレとのポケモンバトルをくれてやる。嬉しいだろ!」

 

 

 いいえ。押し付けがましいにも程があるんですが。

 それに今、バトルを挑まれて楽しい状況じゃあないのはそっちだって判ってるくせに!

 とは思いながらも、オレとゴウは腰のモンスターボールに手を伸ばしておく。……男のせいで逃したコラッタはもう見当たらないし、辺りにジュンサーさんも居ない。仕方が無いな。

 

 それは、この私服(青アロハ黒ハンチング)ロケット団を何とかしてからにしよう!

 

 

「行くぜっ……とあっ!!」

「ラァッタ!」

 

「頼んだ ―― ヒトカゲ(ホカゲ)!」

「カァゲーェ!」

 

「任せた、マダツボミ(ミドリ)っ」

「ヘナッ!」

 

 

 願いましてはポケモンバトル、いざいざである!

 同時に放ったボールからは予定の通りにポケモン達が飛び出す。オレは様子見かねてマダツボミのミドリを、ゴウはエースであるヒトカゲのホカゲを繰り出した。

 相手のラッタはやる気満々に跳ね、闘争本能むき出し。前歯を突き出して此方を威嚇している。

 ……うん? と言うか、さ。

 

 

「え、2対1で良いんですか?」

 

 

 尋ねたオレも、何故か思わず敬語である。

 しかし、そう。

 相手はラッタ1匹。トレーナーたるロケット団員も1人。

 相対するは、オレとゴウ。ポケモンは2匹。

 ……いや、これってこっちが有利じゃないか? 勝つ気があるのでしょうかと。

 

 

「へっへ。他の場所の奴らはそうじゃねえみてえだけどな! たかがガキ2人に負けてたまるかってんだよ!!」

「ラァッタ!」

 

 

 この疑問に、指を此方に突きつけながら、ロケット団は大声でそう話すものの。

 ……んー……ま、良いか。状況を前向きに捉えれば、だ。

 

 

「ゴウ。どうやら不満をぶつける相手が、わざわざ出てきてくれたみたいだぞ」

 

「うむ、そうだな。―― ならば、容赦などしてくれると思うなよ、貴様ら」

 

「んん? ……って、ひぇ!?」

「ラァッ……ラァッタ!?」

 

 

 戦闘モードに入って、ゴウの口調は少々(・・)変わっていた。その恫喝まがいの声にロケット団はびびり腰で身を竦め、ノリノリだったラッタは綺麗な2度見をする程の変容ぶりだ。

 ……何と言うか、あれだ。これまでちょいちょい話題にしてきたが、ゴウはチョウジタウンで忍者(っぽい護衛みたいな役職)に就いている人物なのである。

 エリトレ資格もゴウの場合、実は望んで取りに来たと言うよりも護衛対象であるノゾミが来るから来た……といった方が正確だったりする。ま、その辺は実際もうちょっと複雑なんだけどさ。

 それは置いておくにしても。詰まる所、ゴウは戦闘モードに入るとちょっぴり性格が変わるのである。本人曰く「やや強気」なのだそうだ。

 で、その結果がこれであると。ゴウは悪役よろしく拳の骨をポキポキしながら。

 

 

「お前らがでしゃばったお陰で、僕も彼女も被害を被っているのだ。―― この憤り、貴様らにぶつけてくれよう」

「カァーゲーェ♪」

 

「益々怖いぞ、ゴウ。立場とか逆転してるし」

「へナナッ!?」

 

 

 既に慣れている様子のヒトカゲは、ゴウの目の前で同様の「骨ポキポキポーズ」。うん、アカネを出しておかなくて良かったな。オレの前ではミドリですらびっくりしているのだし、アカネだったら完全に隠れてるぞこれ。味方なのにさ。

 ……置いといて。目の前で震えているロケット団員(平)とラッタには悪いのだが。

 

 

「時間もないし、行くぞミドリ! 『つるのムチ』!」

「ヘェッ、ナァァッ!!」

 

「ホカゲ、『ほのおのパンチ』!」

「カァ、ゲーェ!!」

 

「どっひゃああ!?」

「ラァッ!? ラッ、ラッター……ぁ」

 

 ――《《 ビシべゴンッ!! 》》

 

 

 良くあるアニメの悪党宜しく、迅速に星になっていただいた。

 ま、その辺は比喩だけど……って、あ。

 

 

「―― ちっくしょ! 覚えていやがれ!!」

 

「あ、こら待て!!」

 

 

 オレ達が勝利を喜んでいる間に、ロケット団は自らのポケモンを放り出して、何処ぞへと逃げ去ってしまった。その逃げ足たるや凄まじいもの。木の陰に隠れたかと思うと、一瞬の内に姿を消して。ゴウが俊足を発動する間もない早業だ。

 

 

「うーん……何かしらの道具を使ってるっぽいな、これ。『あなぬけのヒモ』とかさ」

 

 

 流石に消えるとかなるとな。あのロケット団員がエスパーだって言う可能性もゼロじゃないけど。

 因みに、解析が終了したトレーナーツールによれば倒れているラッタはレベル10(・・・・・)。成る程な。これは、オレ達のポケモンで十分に倒せるレベルだった訳だ。

 そんなこんなで腰に手を当てつつ、ロケット団員の逃走方法についても頭を割いていると、ゴウが隣に並んでいた。

 

 

「逃したのは惜しいがロケット団は捨て置こう、シュン。……良くやってくれた。戻ってくれ、ホカゲ」

「カーゲッ!」

 

「ゴウ的には良いのか? 悪党、逃がしたんだけど」

 

「……ふむ。相手は男の成人だった。どうせジュンサーさんが居なければ、僕達子供2人では捉えられないからな。それにロケット団の末端なのだ。情報など持っていなかった可能性が高い。それよりも、優先するならば先ほどのコラッタの捕獲だ」

 

「言われてみればそうか。……こっちもありがとな、ミドリ」

「ヘナナッ」ビシッ

 

 

 オレもポケモンをボールへ戻しておいて、だ。

 さて。本来ならばさっきの「首輪付き」のコラッタを追いかけたい所なのだが……どうするか。これ以上敷地から離れるのもな。先にギーマさんに連絡をした方が……

 と、手元で連絡の文面を入力しながら考えていた時の事。

 

 

「対象発見、ついでに捕まえましたよー!! ハンチョー!」

 

「コラッ……ゴルァ!?」

 

「大声上げないでください我が班員。一応そういう役割なんです。それと今はハンチョー呼びやめてくださればと、切実に」

 

 

 木々を割り、騒がしい2人組が顔を出していた。

 片方は(オレ達やもう片方と比べて)背が高く、眼鏡。なんだかぽわぽわとした「夢見がち花弁オーラ」でも纏っていそうな白衣で黒髪の女性だ。その腕にはがっしりと「首輪つき」のコラッタを捉えていて、瞳をきらっきらに輝かせている。綺羅星。

 とはいえこれら、大学敷地内にいる研究員ならば別段珍しくも無い様相である。

 

 ……だから問題は、もう片方の人物だ。

 

 

「もう。呼び方を変えるにしても、じゃあ何て呼べば良いんですかぁ。……ルリちゃん?」

 

 

 あ、言っちゃったよ。折角「赤ジャージの眼鏡装備」なんて変装っぽいことしてるのに、ずばり名前を言っちゃったよこの人。

 当の名前を呼ばれた側。秋の通常講義以来顔を合わせていなかった……セキエイ高原秋講義と同様の服装に眼鏡が付与された元チャンピオン……ルリは、微妙に視線を落として溜息をつきながら。しかしそのマイペースさには慣れている様子で、女性とやり取りを交す。

 

 

「……あー、まぁ、呼び方はそれで良いですんで……それよりも」

 

「それじゃあそれじゃあ! わたしが名前で呼ぶんですから、わたしの事も『我が班員』とかじゃあなくて、名前で呼んでくださいませんか?」

 

「はいはい、判りました。それよりも、いいからコラッタの首根っこを掴むのはやめてあげて下さい、マコモさん(・・・・・)。……これで良いですかね」

 

「ええっと、もう一声!! 敬称を捨て、親愛を込めて、甘えるように!!」

 

「ゴルァ」

 

「コラッタが息苦しそうですので早く離してあげて下さい ―― マコモ姉さん」

 

「グッ! ベリグッ!!」

 

「いやだから、親指立ててないで。コラッタがバッドな状態なんで、迅速な解放をお願いします……はぁ。ほいっと」

 

「ゴルァッ、ラッ、コラッ、……コラッタァ!?」

 

 

 何度言っても聞かない女研究員の手から、ルリがコラッタを奪い取っていた。

 当のコラッタ(首輪つき)はそのままルリの腕の中、「マコモ」と呼ばれた女研究員を怖いものを見る目で見つめ、震えながら(すが)っている状態である。当人は奪われてああっとか声を上げているが、どうみてもルリの方が良心的だ。

 そして正面に居るそれらを見つめていたためか、2人とこちらとで、視線がぴたり。オレ達の存在に気付き、ルリは目を大きく見開いた。

 

 

「……んお? シュン君とゴウ君じゃあないですか。どうしてここへ……って、あ、もしかしてこのコラッタを追い立ててくれたのは君達ですか?」

 

「ああ、そうだけど」

 

 

 オレらを認めると、ルリはコラッタを抱きかかえたままで此方へと小走りに寄って来た。

 近付いて、その様相を改めて確認。赤ジャージ+ビン底眼鏡。それでもツーテールは同様、変わらずだ。

 ルリが頭を下げる。ツーテールがふわりと弧を描く。

 

 

「ありがとうございました。お陰で捕獲できましたんで。……そこのラッタは、ついさっき消えたチンピラロケット団員の手持ちですかね」

 

「そうだけど……それより、ルリのそれは変装か?」

 

「はい。もう半年以上もテレビからは離れてますし、一般客にばれない程度の一応のものですが。まぁこうして、戻ってくるなり面倒な事件に巻き込まれましたので……ほいほい、記憶媒体は抜き取りました。マコモ姉さん。コラッタはこのまま保持。ロケット団員のラッタは鹵獲と転送をお願いします」

 

「はいは~い」

 

 

 首輪を除去すると、マコモさんが白いボールに手際よくコラッタを収める。ついでにロケット団が置いていったラッタ(気絶中)は、何やら白い網の中に入れ……あ、ラッタ小さくなってるぞ。

 

 

「そんで持って……ピジョット!!」

 

「―― ピジョオッ!!」

 

 

 ルリが左手をかざすと、空からピジョットが降り立った。

 恐らく、コラッタを捉えたのはピジョットだったのだろう。ピジョットはルリにぐりぐりとトサカを押し付け、ルリは一頻り労うようにもふもふし。

 

 

「んー、お疲れ様です。しばらくは貴方達に頼れますから、お願いしますね」

 

「ジョッ、ピジョオッ!」

 

「あはは。確かに見せ場ですね。―― 時が来たなら、あたしと貴女の力。ロケット団の奴めに見せ付けてやりましょう!」

 

「ジョッ!!」

 

 

 最後に拳とクチバシをごつりと合わせて、モンスターボールに戻していた。

 ……んー、兎に角。色々と聞きたいことは在るのだが。

 

 

「面倒な……って事は、ルリもこの事件の収集に協力してるんだな?」

 

「ええ。というよりあたしとしては、シュン達が事件に関わっている方が驚きですけどね!」

 

「それはご最も。いやさ、色々あったんだよ」

 

 

 こちらへと向き直り、いつものやり取りを繰り広げながら。ともかくも、彼女らが強力な助っ人であることは間違いないな。

 その後、オレとゴウがルリにこれまでの、ロケット団と相対するに到った経緯を説明する。何とか納得をしてもらい……それじゃあ一緒にと笑顔を向けてくれていた。流石はルリ。細かいことは気にしない方針である。

 それで、だ。

 大体の都合あわせも済んだ所で、ルリは手元の携帯PCでラッタの転送を確認(・・)。確認を終えると頭を上げた。

 

 

「さて ―― 転送も無事に済みましたね。これにて『確認』は1つ終了しました。……事件の解決に向けて動く前に、少しだけ準備したい事があります。近場のジュンサーさんを探しましょう。シフトはどうなってますか?」

 

「判った。近場で言うと……どこだっけ、ゴウ」

 

「ああ。恐らく広場の十字路が1番近いだろう」

 

「では、そこへレッツゴーですよ! ハンチョー!!」

 

「……はぁ。もう、ルリと呼んでくださいと何度言えば良いのやら。こればっかりはまあ良いやで済ます訳には行かないんですがねー……確かに、『ルリ』も貴方達の班長ではあるのですが……(書類上は)」

 

 

 マコモさんとやらは、ルリの手を引っ張りながら十字路のある方向へと駆け出してゆく。

 何とも活力に溢れた人だな、マコモさん。いや、ルリが疲れているっぽいから対比でそう見えるのかも知れないけれども。

 あっという間に2人との距離は開いてゆく。オレも、ゴウと顔を見合わせ。

 

 

「ま、元チャンピオンの協力は望む所だよな」

 

「む。とにかく……追うか」

 

 

 陽気な1人とお疲れの1人、その後を追いかける事にした。

 






 チョウジタウンは忍びの里です。ええ。原作的に。
 ゴウのヒトカゲのニックネームは忍者だけに、といった次第なのでした。火影。


 マコモさんはBWよりのご出演。かつての研究班員A(ハンチョー呼び)が彼女でした。出演フラグも少しずつですが溜めておりました。
 確か、「原作前編」の庭でポッポを抱きかかえて夢がどうたらとかやっていた筈です。後は研究班員の研究の下見に外国へ~とか、ちょくちょく書いてた気がします。
 ……ええ。細かいですが!!
 そしてマコモさんを登場させる事それ自体もある意味ではフラグだという。主にプリンの特性とかですね。

 明らかに注目していただいたラッタのレベルについては、後々に。



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1995/秋 VSロケット団②

 

 コラッタを無事捕獲したオレ達は、一度近場のジュンサーさんと連絡。

 その後に追ってギーマさんから収集の連絡が入ったため、三度生徒会室へと向かう事に。

 

 

 Θ―― 管理棟/生徒会室

 

 

「入りますよー」

 

 

 陽気なルリに引き連れられ、いざ生徒会室へと踏み入れば……恐らくは会長かジュンサーさん辺りが事前に説明していたのだろう。赤ジャージ瓶底眼鏡ツーテールに驚く人はいたものの、ルリが居る事それ自体にはそこまで驚かれずにいた。

 生徒会質はギーマ会長ら生徒会役員の他に、今回協力しているジュンサーさん(偉めの階級)。それに加えて教師陣の代表幾人かが腰を下ろして話し合いをしている最中である。

 その中に堂々と入り、取り外した首輪を手土産に、ルリが指し出したものはというと。

 

 

「―― なんだこれ?」

 

「ポケモンマーカー、と言ったか」

 

 

 オレとゴウが思わず疑問を口にするのも無理からぬこと。

 なにせ、エリトレ全員および警官達の持つトレーナーツールに、白衣眼鏡の女性……マコモさんが新たな(謎の)機能を追加してみせたのである。

 で、その機能の名前がゴウの言う「ポケモンマーカー」という訳で。

 

 

「是非とも説明をお願いしたいね、元チャンピオン殿」

 

「こういう時にしっかりと『元』を付けてくれる辺りが用意周到ですね、ギーマ会長。……ですがまぁ、これの開発に携わりましたのはあたしではなく、こっちのマコモ姉さんですんで。解説をお願いします、姉さん」

 

「はい、承りました!」

 

 

 促され、マコモさんは自分の手に持った機器(ツール)に件の「ポケモンマーカー」を起動させた。

 

 

「……これは」

 

「地図、だよな」

 

 

 そう。画面に映し出されたのは、タマムシ大学敷地全体の地図。

 注目すべきはその画面の1点。管理棟の辺りに「赤い点」が明滅している。

 

 

「その赤い点はなんですか?」

 

「ええ、良くぞ聞いてくれました。この赤印は、シュン君達が先ほど遭遇した首輪付きのコラッタの所在地を指しています。つまり、遭遇したポケモンを追う事が出来る機能なんです! これ!」

 

 

 コラッタの入ったボールを掲げ、女研究員らしからぬ軽快さでピョンピョンと跳ねながら、マコモさんはテンション全開に説明をくれる。鼻息も荒い。どういった原理でか、眼鏡のレンズがむやみやたらと光る。……うん、その隣にいるルリのしかめっ面が印象的だ。

 ま、それは置いといて。

 つまりこの「ポケモンマーカー」……略してマーカーは、トレーナーツールにポケモンの認識と追尾を備えさせるものであると。ルリ、合ってるか?

 

 

「ええ、合ってますね」

 

「だからさっきのコラッタを、そうしてボールまま持って来てるって訳か」

 

「はい。本来はID登録された時点でマーカー消去されるのですが、このボールが特別性ですので。……さて。このマーカー、本来はポケモン図鑑構築の為に作ってもらったのですが、マコモさんの発明家としての実力は想像以上でしたので、こうして色々な機器で使える様にしているのです。今回の事件に関して言えば有用な機能だと判断しましたが……どうです?」

 

 

 そんなの言うまでも無く有用だって。何せ相手は野生のポケモン達だ。先のオレらの様に、ポケモンの側に逃げられる場面はかなり多くなるだろうしさ。

 ルリの視線を(何故か)背中で受け止め、ギーマ会長は(やれやれと)頷いてみせる。素直じゃないなこの人も。

 

 

「あるとないとでは大分の差だろうぜ。ありがたい」

 

「お役に立てればなにより。……あー、そういえば。既に先手を打っていまして、先ほど途中で遭ったジュンサーさんにマーカーの現物を手渡してありますよ。此方から正規の命令を送ってくだされば直ぐにでも配布は可能かと思います」

 

 

 おお、成る程。ルリが途中でジュンサーさんの所に寄ったのはこのためだったか。

 この言葉を受けて、マコモさんのアドバイスを貰いながら、ジュンサーさん(偉)は通信機を使って指示を出し始めた。

 慌しく成り始めた対策本部にて。動じないのは、先ず、生徒会長。ジュンサーさん達を尻目に指を鳴らす。

 

 

 《パチンッ!》

 

「―― 次いでだ。報告を待つ間を利用して、この1時間で見付かった首輪から得た情報を統合してみるとしよう。ヒロエ君」

 

「了解ですよ、会長」

 

 

 この話題を切り出す頃合を見計らっていたのだろう。

 ギーマ会長が再び指を鳴らすと、ヒロエ寮長がホワイトボードに次々と書き込みを始めてくれていた。

 さてその内容はというと……これまでの人海戦術で捉えられた「首輪つき」のポケモンの数は3。ルリ達が捕まえてくれたもの以外も、いずれもがコラッタ。のんびり敷地内を駆け回っていたのだそうだ。

 

 

「生息地の広いポケモンだしな、コラッタ」

 

「……シュンよ。今はそれよりも、爆弾とやらの数に気を配るべきなのだが」

 

 

 ゴウの仰る通りで。

 オレも、今度は口を(つぐ)んで盤面を見つめる。

 

 

「では情報を統合して、警邏担当から1つ注意点を。これまで『首輪つき』のポケモンの周囲には、必ず私服のロケット団員が潜んでいました。いずれもポケモン勝負を挑んで来て捜索を妨害するそうです。この妨害は、今後もあるとみて間違いないでしょう。団員トレーナー数は1人もしくは2人。場合によってはもっと増えるかもしれません。一応、こちら側がバトルに負けたとしてもロケット団側は逃走する様子です。経験則ですが」

 

「解説に感謝するぜ、ジュンサーさん。……では我が生徒会からも注釈を加えておこう。逃走に関しては、多分『あなぬけのヒモ』を使用されている。此方も対策は打ち始めているが、圧倒的に時間が足りない状況だ。現状、よっぽど構えていない限り当事者らを捕まえるのは難しいだろうぜ。……ま、つまり、ロケット団員はほっといて目下の危険。爆弾の無力化を優先しようという訳さ」

 

 

 もう対策を打ってるのか。早いもんだな。

 とはいえ、エリトレ組の講義で習った限り「モンスターボール」や「あなぬけのヒモ」といった道具には犯罪防止のための対策措置や器具が用意されるのが決まりであるらしい。多少時間は掛かるみたいだが、その辺はオレ達にはどうしようもない。ジュンサーさん達に任せるのが得策だろうな。

 その説明に生徒会室に集まった人員……全員含めて30名ほどが頷いたのを確認して、ギーマ会長は続ける。

 

 

「……さて、ここいらで記憶媒体の確認も丁度終わったみたいだ。このデータを信じるならば、爆発物の数は全部で8。……場所が判明しているのは……新B棟裏、旧西棟前、図書館裏国立公園か」

 

「どれも管理棟からは遠いですね。早速、付近のジュンサーに捜索を要請します。暫しお待ちを」

 

 

 そう言って、偉めのジュンサーさんがきびきびとした動きで部下に指示を送る。

 生徒会室の後ろのほう。オレは腕を組んで壁に寄り掛かりつつ……それにしても、8個か。大学の敷地は広いぞ。全部を見つけるには中々に骨が折れるだろう。

 そして8とか、リーグ挑戦に必要なバッジの数と同じだな。ロケット団がジムトレでと考えると、語呂合わせとしても中々だ。……いやさ、本当にどうでも良いけど。

 満遍なく警備を敷いていたからであろう。程なくして、爆発物らしき物を確保したとの報告が入った様だ。ジュンサーさん(偉)が通信機を耳に当てたままで会長、それと教師を見渡す。

 

 

「―― 形は、各辺50センチほどの正方形の箱だそうです。ご丁寧にロケット団のマーク入り。頑丈ですが、外から何かを仕掛けて爆発させてしまっては元も子もありません。まずは、爆発しても無害な場所へ移送しましょう。解体は後回しに」

 

「頼もうか。ところで、平行して捜索を行っても良いのかな?」

 

「そちらは構いません。むしろこれまでポケモンを発見してくださったのが生徒ばかりだという部分を考えると、是非お願いしたい所ですよ、ギーマ会長」

 

「なに、学生には地の利があるからだろうさ」

 

 

 自嘲気味な台詞に、ギーマ会長は何を馬鹿なとでも言いたげな様子でもって返答。

 そんな会長を、ジュンサーさんは苦笑しながらみやり。

 

 

「ポケモンの扱いに関しても、恐らくは学生さんの方が上手いでしょうね。大人として情けない話ではありますが。……そして、あの」

 

 

 言葉を濁す。ジュンサーさんの視線はそのまま、隣にいた教員へと向けられている。

 件の教員はというと……いや。

 

 

「ふわ……。……うん? あたくし?」

 

 

 そうだ。あくびをしているけど、エリカ先生じゃあないんだなこれが!

 見事なまでの銀髪をなびかせているその教員は、カリン先生。カリン先生は現在、多忙な他教員の替わりに代表としてこの生徒会室に出頭しているのである。

 ダツラ先生(熱血)と足して2で割れば丁度良い按配になりそうな、ダウナーテンションが特徴のカリン先生。脱力して椅子の背もたれへと完全に体重を預けたその姿は、ジュンサーさんの視線を困惑一色に染め上げられている。

 

 

「あの……。……先生方としてはどうお考えでしょうか」

 

「? あたくしはさっきのそれで、別に、構わないけど。生徒の安全をって意味で聞いているなら……そうね。上級科生を子ども扱いするのもどうかと思う。子どもではあるけど」

 

 

 カリン先生の投げやりにも聞こえる返答を受けて、ジュンサーさんは眉をひそめた。

 うん。社会的にはジュンサーさんの反応が正しい。正しいが……しかしカリン先生は動じず、むしろ呆れた表情で見返して。

 

 

「なに、心配なの? それって無駄だし……大丈夫よ。だって、やるべき事ははっきりしているじゃない。状況は理解したわ。次からはあたくしも捜索を手伝ってアゲル」

 

「貴方が自ら?」

 

「そう。教員含めて、指示ならそこの会長に任せれば良いのよ。そいつ優秀だし。あと、あたくしそういうの苦手だし」

 

 

 だそうだ。指差されたギーマ会長は、ニヒルな感じの笑いと共に慣れた手つきのお手上げポーズ。

 ジュンサーさんの視線が遂には大丈夫かコイツというような感じになり……教員であるからには礼を逸することも出来ず、「はぁ」とかいう気の抜けた声に変わった。

 

「(うーん。でもま、カリン先生なら現場に出ていた方が活躍できるぞ?)」

 

 ジュンサーさんはカリン先生を「教員」として見ているのだろう。だからこそ失望気味なのだと思う。

 けど今回の事件において、爆弾のヒントを集めるべく「首輪つき」に挑むと、ロケット団にバトルを挑まれると言う。それについてはオレらも経験済みだしな。

 だとすれば。カリン先生のポケモントレーナー及び実働能力を知っているオレ達からすれば、この人が動いてくれることは頼もしい事この上ないんだよな。実戦的でさ。

 

 

「それに……何より、今って、形振り構っていられない状況じゃない? 好きよ、あたくし。そういうの」

 

 

 腰に手を当て、妖艶に笑って見せる先生。……でも好き嫌いで語るって、子どもか!

 とはいえカリン先生は困った人ではあるが一騎当千のトレーナーである。それら実情を知っている生徒会側からも賛成を受けると、ジュンサーさんは渋々疑問を引っ込めた。

 

 

「んでは、カリン先生の奮闘にも期待をばさせていただきまして……爆弾らしき物体の回収と移送、遅れて解体まではジュンサーさん達に。あたし達は早速、他の『首輪つき』のポケモン達を探しに出かけましょう」

 

 

 カリン先生については言葉で説明してもきりが無いと踏んだのだろう。ルリが締めると異論もなく、生徒会室での会議は終了となった。

 生徒会室に居た人員も、6割ほどが布陣について相談を始めている。動き出しが早いな。当然といえば当然か。ギーマさんからの連絡も追って入るし、ここに居るよりも「首輪つき」の回収を迅速に行う方針なんだし。

 

 

「それでは捜索へ移る!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

「所で、一般客の方に動揺は無いか?」

 

「お祭りの陽気にあてられてか、ポケモンが騒ぎ出す事件が幾つも。ですがどれも管理棟の前でしたので、直ぐに収まりましたね」

 

「ロケット団とのバトルについては、ゲリラバトル研究会の催しなどもあってか気に留められてはいない様子です」

 

「あの、会長、この報告なのですが……」

 

「ふん? ああ、それは、そうだな ――」

 

 

 ジュンサーさん達が一斉に動き出す。

 生徒会室に置かれたPCにも実働部隊からの電子文面が次々と届き。

 全員が1つの目的に向かって足並みを揃えている。実に緊張感を感じる状況だ。

 いやさ。爆弾騒ぎなんだから、これが本来、正しい反応な訳だけど。

 

 

「―― ふぁぁ……っく。ま、楽しくなってきたわ。悪の組織が矜持で持って行動しているのなら、それを打ち砕くのもまたあたくしの役目よね」

 

 

 とはいえ、そんな雰囲気を気にした様子も無く。カリン先生は早速とヒールを鳴らして管理棟の外へと向かったのであった。

 因みに台詞の出だしはあくびからあくびのかみ殺しに移行しただけであり、危険な単語とは一切関係が無い事を、ここに主張しておきたい。是非ともな。

 

 

「んでは……あたし達も捜索に行きましょう。シュン君、ゴウ君、マコモさん」

 

「あいあいあいまむー!」

 

「……マコモさんの返答は、アイが多いのだが」

 

「そういうお人なんだろ」

 

 

 過剰な愛は兎も角、心機一転。目的もはっきり明快だ。

 オレ達も、赤ジャージルリ及びマコモさんと共に、本格的な捜索へと移る事にしますか!

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 Θ―― タマムシ大学敷地内/大講堂横

 

 

 学園祭を楽しむ人々が未だ多く行き交う ――

 

 ―― 行き交う位置から数百メートルほど横道に逸れ、木々の合間に開けた空き地にて。

 

 

 予想通りというかお決まりの通りというか。

 兎も角。ロケット団との小競り合いは始められていますと……!

 

 

「―― っけ、ガキの癖していきがってんじゃあ……ねえ! とっとと噛みつけゴルバット!!」

 

「頑張れアカネ、『あくび』だ!」

 

「ブ、ブイッ!」コクコク

 

 

 オレおよびゴウに相対したロケット団2人の内、正面に居る団員のゴルバットに向かって、アカネが後攻めの『あくび』。

 白い(もや)に包まれ、ゴルバットの瞼が重くなってゆく……っし!

 

 

「ナイスだアカネ! 交替だ ―― ベニッ!!」

 

 《ボウンッ》

 

「グッグ!」

 

 

 ボールから飛び出したクラブ(ベニ)はすぐさま、鋏を楯の様に構えた。

 動きの鈍くなったゴルバットの『かみつく』を受け、そのまま、地面に降り立った瞬間を狙って……いっけぇ!!

 

 

「……ゴルバッ?」

 

「グッ、グッ ―― グゥ!!」

 

 《バシャァンッ!》

 

「げえっ……ゴルバット!?」

 

「ル……バァ~ット」

 

 

 渾身の『クラブハンマー』でもって、ゴルバットを地に落とす。

 ベニによる最大威力の攻撃だ。見事、レベル18(・・・・・)と高レベルのゴルバットを打ち倒すことに成功。

 よぉしよし。連携は上手くいってるぞ……とかとか、ガッツポーズをしている間にも、トレーナーたるロケット団員は姿を消していたりするんだけどさ。

 

 

「しかも『ひんし』のゴルバットを置いたままとか。……何ともはや、いたたまれない感じがするぞ。恐るべき逃げ足」

「グッグゥ」

 

「それが奴らのやり方、という事なのだろう。……此方も勝利したぞ、シュン」

「ムームー!」

 

「ありがとな、ウリムー。ダブルバトルでの『こごえるかぜ』は助かったよ」

「グッグ!」ジャッジャ

「ム~ゥ」ズリズリ

 

 

 ゴウと互いに、バトルを終えたポケモンを戻し。腹に貯まる勝利の余韻を反芻しながら。

 こうして闘ってみて判ったのだが、ロケット団が使うポケモンって、コラッタとズバット、それにアーボとドガースの系等に偏ってるんだよな。

 つまり、オレの手持ちであるマダツボミ、クラブ、イーブイとの相性は決して「悪くない」。何せ弱点を突かれる事が殆ど無いのだ。強いて言えば、それは相手も同じ事だけど……逆にトレーナーの組み立て次第でどうにでも出来るということでもあるし。

 オレもエリトレとして勉強しているからこそ実感できている。ポケモン勝負において、タイプ相性というものはひっくり返すことが難しい最大の壁でもあるのだと。

 ……ま、いずれにせよ腕の見せ所だと思えば、マフィアの平団員に負けている訳にはいかないよな。そこを何とかして見せるのがトレーナーの役割であり、最も楽しい部分でもあるのだから。

 そんな風に思い至りつつゴウと並んでいると、先行してコラッタの捕獲に走ったルリとマコモさんが正面から戻り来る。その手には勿論、コラッタ。無事、捕獲には成功したみたいだな。

 

 

「クーチィ!」「ガチガチ!」

 

「マタドガスの相手ありがとう、クチート。あたしの指示なしでも十分動けてましたね」

 

「チィ!」「ガチン!」

 

「ありがと! 後でサークルのお菓子をおごりますよ。お陰でこっちは勝手に動けましたし。……んでは、首輪を回収してデータを転送……マコモ姉さん?」

 

「はい、それは既に済みました!」

 

「手早くやってくださり助かります」

 

「いえいえ。それよりルリちゃん、ゴルバットは? やっぱり鹵獲します?」

 

「実を言うと、結果的に鹵獲では無い様なのですが……むう。……まぁそれは置いておくにしても『ひんし』のゴルバットを敷地内で放っておく訳には行きませんから、ボールには入れておきましょう」

 

 

 なにやらぶつぶつと続けつつ、元チャンピオンはボールにクチートを戻す。ゴルバットは同様に白い網の中へと納めて。

 それにしても、長年の経験からか、ルリとマコモさんは連携も万全の様子だな。実に頼もしい。

 さて……進行具合。そろそろか?

 

 

「んで、回収の進度は如何に……と」

 

「しばしのお待ちを。今、マコモ姉さんに伺って貰っていますので」

 

「―― はい、はい……そうですか。判りました。……朗報ですよルリちゃん! 首輪つきコラッタの捕獲は終了し、爆発物8つ全ての場所が判明したみたいですーっ!!」

 

「おー。それは何より……わぷ。抱きつかないで下さい、マコモ姉さん。苦しいので」

 

「カリン先生が頑張ってくださったみたいです!」

 

 

 それでも後ろから抱きつくマコモさん。うーん、こうして見ていると本当の姉妹みたいだ。態度と振る舞いで言えば、むしろマコモさんが妹みたいだけどさ。

 ルリ抱き枕を装備した状態のマコモさんに詳しい状況を尋ねると、どうやらカリン先生が鬼神の如き突破力でもってロケット団員をものともせず蹴散らした……らしい。妨害さえ無ければジュンサーさん達の機動力でもって捕獲するのは容易、って訳だったらしい。実にカリン先生らしいな。うん。らしいらしい。伝聞。

 

 

「嬉しいですねー!」

 

「はいはい嬉しいですねー」

 

 

 抱き合う2人は目の保養……兎も角。

 ロケット団との小競り合いや野生ポケモンとの追いかけっこをこなす事、数多く。苦労の甲斐もあってか、全ての爆弾の場所が判明したという。これにて事態は収束へと向かうはず。

 ……しかしオレとしては、ルリの表情が未だ晴れないのが気になるところだな。確かにロケット団……というよりも、あのリーダー格の紫髪の男か。あの男にしては、呆気ない事件の締め括りというか。もっと綿密な備えのある作戦な気がしていたのはオレも同様だ。

 気になるし、少しまとめよう。……報告の通り全ての爆弾の場所が判明したのなら、オレ達の仕事は終了なのだ。爆弾が見付かるのも時間の問題。その点についてはジュンサーさん達に任せてしまって良いハズ。―― ああ。本来は、だけど。

 するとここで、ルリは一頻り抱きつかせていたマコモさんから身体を離し、本部のある方向を指差す。

 

 

「ではマコモ姉さん、そろそろ先に本部へ行っていてください。30分もすれば人員が集まるでしょう。爆発物とやらの解体が始まるはずです。……只の爆弾なら良いのですが、中にビリリダマとかが仕込まれていたら、マコモ姉さんの力が必要になりますんで」

 

「むぅ、それもそうですね。……名残惜しいですが、それでは!!」

 

「宜しくお願いします。お気をつけて、マコモ姉さん」

 

「任せてください!」

 

 

 ばたばたと去ってゆくマコモさんを、オレとゴウも立ち止まって見送る。

 残された3人で顔を見合わせ……真っ先に口を開いたのはやはり、ルリだ。

 

 

「貴方達は……あー……同じく、先に本部である生徒会室へどうぞ。事件の顛末を見届けていてください。管理棟に行くならば、ついでに、貴方達が守ったという誰かしらの妹さんにも挨拶が出来るでしょうし」

 

「―― その言い様。まだ、何かあるのか?」

 

 

 ルリの話した内容は右から左へ。ゴウがそう尋ねると、ルリはばつが悪そうな表情を作った。

 「先に」……って。ルリはまだこの場に居残るか、もしくは。

 

 

「一緒に行かないってことは、そうなんだな」

 

「いえいえ。如何せん、野暮用ですが」

 

「その野暮用にロケット団が絡むんだろ」

 

「……あー、まぁ、恐らく」

 

 

 そして差し指で頬をかく。

 何というか、不器用な奴だな。隠す気はないのだろうけれど、進んでオレらを「巻き込む」つもりも無いという事か。

 微妙に居心地の悪い間。その間を縫って。

 

 

「ならば悪いがシュン、ルリ。……僕はそろそろ一度、ノゾミの様子を見に行こうと思う」

 

 

 と、ゴウは切り出した。

 この流れをぶった切る発言ではあるのだが、うん。

 

 

「? ……どういう?」

 

 

 ルリがオレを見ている。その頭上に疑問符を添えて。

 成る程。ゴウの発言を繰り返す。ノゾミの護衛を、か。

 

 

「―― そう言えば、もう16時か。3時間も待ってもらってるんだものな。お役目を放り投げるわけには行かないし」

 

「力になれずすまないが」

 

「いや、判ってる。危ない状況があるとすればここからだ。……ゴウが守るべきものを違えていなくて、オレとしては嬉しい限りだよ」

 

 

 ルリが巻き込みたくないという事は厄介な案件であるに違いない。それなら尚更、人手は必要だろう。乗りかかった船。オレはそれを手伝うにしても、ゴウには守るべき姫君がいるのだから。

 そんな風に納得したオレを、ゴウは……怪訝な眼差しで。

 

 

「む? ……いや。勘違いしているぞ、シュン。一般市民も多く参加する催しに脅威を振りまいたロケット団を、僕の手で打ち倒せない事……それはそれで悔しいが」

 

 

 腕を組み、憮然とした顔つき。

 

 

「僕が戻る理由の1つは、確かにノゾミを守るためだ。だが、それだけではない」

 

「他に……か?」

 

「ああ。ノゾミと、それにマイ。ナツホもだ。何せ彼女らは、同じ場所にいるのだからな」

 

 

 オレの友人は、そう、語ってみせる。

 先へと歩を進めるオレの、後顧の憂いを絶つ為に。

 

 

「行きたいと。行くべきだと思ったのだろう? ならばお前は、ここで振り返るな。……お前の横には最大戦力であるルリがいる。シュン1人ならば守る事も容易だろう。守りは僕以上に万全であるに違いない。だからこそ、シュン。お前自身を心配するのは筋違いというものだ」

 

 

 ゴウは振り向く。

 オレらと別たれ、管理棟へと歩き出す。

 

 

「―― ならば、せめて後ろは僕に任せておけ。行って来い、シュン」

 

 

 最後には半身のまま笑顔を見せて、ゴウはこの場を立ち去って行った。

 ……ギーマ会長の気障癖が感染したのかもしれない。けど、ゴウみたいに真面目な奴がやってくれると安心感を覚えるというか、何というか。

 兎も角。オレの友人が後ろの守りを引き受けてくれている。これで進まないと男じゃないな。そうだろ? ルリ。

 

 

「ええ。……いい友人を持ちましたねー。これではあたしも、貴方の危険だけを理由に同行を断るわけにはいきません。……それでは行きますか、シュン君!」

 

「だな。自慢の友人の分まで頑張ってみせるよ」

 

 






 展開のイメージ元はファイアーエムブレム「封印の剣」かと思われます。
 体格と移動マックスにしたロイでゼフィール倒しても終わりじゃねえんだぞと。イドゥンはルナティック可愛いですね。

 尚、ゲームにおいて、マコモさんの肩書きは研究員ではなく発明家となっている様でした。
 ですがアリャリャギさん(噛みました)と同期だとかも設定としてありましたし、そもそもやっている事が研究です。なので研究員、兼、発明家となるよう下地を作っておりましたという次第なのです。

 あとは……そうですね。カリンさんがあの台詞を言うのは大分先になりそうです。
 HGSSで追加情報が無かったので、原作におけるカリンさんのこれ以上の掘り下げは難しいでしょう。という訳で性格は台詞の内容から(邪)推測しております。駄作者私の妄想ですのであしからず。

 そしてポケモン世界における子どもが早熟な上に(悪の組織に喧嘩売る程度には)活発なのも、ある意味ゲームの通りです(苦笑
 大人に関してはご覧の通り。ゲームでも、主人公ズに関わっていないだけできっと皆様方慌しく動いていたとは思うのですが……という妄想が爆裂しております。


 それにしても、首輪つき……いえ、大丈夫です。

 < わたしの最高傑作に何をする!!

 ……いえ、ですから大丈夫です。私の(from)脳が。


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1995/秋 VSロケット団③

 申し訳ないのですすいません。
 学園祭編は今話にて毎日更新を一旦停止となります。
 仔細はあとがきに。
 


 

 Θ―― 国立図書館前/カフェ

 

 

 

 それで何ゆえ、カフェへと向かうのだろうか!

 な。オレ、ついさっき結構良い感じでゴウと分かれたと思うんだけど?

 

 

「一応、理由はあります。確証が欲しいんですよ」

 

「確証?」

 

「はい。ロケット団の思惑についての、確証です」

 

 

 どこぞの探偵よろしく、遠くを見る目でルリは続ける。

 

 

「ですんで、こういう相手有利な時には裏技を使います。ナツメ……は、今年の学祭2日目は来ない予定と聞いてます。それで、ここへ来たのです」

 

 

 言いながら店に向き直る。

 確か、このカフェは普段からサークルで使用されている建物だと思ったが……学祭仕様に本格的に飾りつけのされた店の入口を、無造作に潜る。

 動いた扉に合わせてカウベルが鳴る。すると、奥から喫茶店の制服といやに似合うスーツに身を包んだ2人組が出てきて応対してくれた。

 

 

「いらっしゃいませ、ルリ。それにシュン君も、いらっしゃいませ。お席はカウンターをどうぞ」

 

「いらっしゃいませ。……ルリ、ですか……」

 

 

 今回は主従ではなくどちらも従に徹した……エスパーたるカトレアお嬢様と、コクランさんであった。

 どうやら2人が属している午後茶サークルは、こうして喫茶店を開いていたらしい。

 オレとルリはカトレアお嬢様に案内され、入ってまっすぐカウンターの席に腰掛ける。

 

 

「カトレアと、学園祭の期間中にここに来る約束をしていましたからね。ついでに少し、そちらの手をお借りしたく思ったので」

 

「おや、お嬢様の力をかい?」

 

「ええ。少しくらいのズルは許される状況でしょうと」

 

「お喜びになられると思いますよ」

 

 

 そう言って、コクランさんが身体を横へとズラす。

 ルリがその奥へ……カップを用意し始めているカトレアお嬢様へと笑いかけた。

 

 

「制服、良くお似合いです。トラディショナルな雰囲気と色使いがカトレアの髪にマッチしていてとても可愛いですね」

 

「――! ……」

 

「それで?」

 

「それで、じゃないですコクラン。どんな無茶振りですかそれ。……カトレア、忙しい所を申し訳ないのですが、予知をお願いできますか?」

 

「……ええ、勿論です。ワタクシの力が必要であれば、尽力いたしましょう。……順番として、まずはお茶を用意するけれど」

 

「ムンムミューン♪」

 

 

 何かを噛み締める様な間の後、微笑でもって返すエスパーお嬢様。その機嫌やよし。

 カトレアは無表情気味で少々判り辛いのだが、肩口辺りに浮かんでいる手持ちのムンナが主の喜色に応じるようにピンクの身体をゆらゆらと揺らしているため、今回に関して言えば間違いなく上機嫌だろう。

 

 

「それは良かった。……おー、カトレアが淹れてくださるのですか」

 

「不肖ながら、練習しましたので。お口に合うと良いのですが」

 

「お嬢様は練習を頑張っておいででしたよ。ついでにルリ。お嬢様とおれが準備をしている間に状況と依頼の説明をお願い出来るかい?」

 

「それはご尤も。判りました ―― それでは戦況を」

 

 

 皿やスプーンの準備を始めたコクランを正面に、ルリは現状の説明を始めた。カトレアは一旦奥に行って牛乳を温め始め……オレは若干の手持ち無沙汰となる。

 ここで周囲を見てみると、どうやらこの喫茶ではポケモンを出しておくらしい。店の中の所々にはエスパーポケモン達が気持ち良さそうに浮遊していた。

 地理的に学園祭の中央部からはやや離れているため、比べれば人の数は多くもないんだが、落ち着いた雰囲気でポケモン達とお茶を楽しむ人々が席を埋めているのが良い塩梅だと思う。「居付き易い」というか何と言うか、そんな感じだ。

 しかし、つまりルリは、カトレアお嬢様のエスパー力を借りる為にこの場所へ来たということなのだろう。だとすれば、エスパーお嬢様の機嫌が良さそうなのは好都合でもある。

 注文したダージリンとロイヤルミルクティーの茶葉をコクランさんが蒸し、カトレアお嬢様はカップを温め。そのまま練習したのだろう危なげない手つきで、飲み物を目の前に運び……運ばれたカップに口をつける。

 

 

「……渋い」

 

「シュンのは煎茶だからね。ミルクと砂糖は任せてもらえるならオススメで入れるよ」

 

「頼みます、コクランさん」

 

「美味しいですよコクラン、カトレア。んー……あー……でも、手伝うにしても無理はしなくて良いですからね? 前の時もそうでしたが、予知(ファービジョン)なりの超能力というものは、人が多い場合に難しくなると聞いてます」

 

「…………。……心得ておきます。アナタからの心配は喜ばしく思えます……」

 

 

 カトレアお嬢様を見慣れていない人には、一見、今の微妙な間が不機嫌そうにも映るかもしれないが……オレは違う。流石に半年以上見かけてると判るもんだな。何かこう、必要とされて喜んでた感じだった。

 ……うーん、忙しくて喜ぶって……と。これはお嬢様に失礼だな。くわばらくわばら。

 

 

「コクラン……?」

 

「ええ、お嬢様。今ならば落ち着いていますし、構わないと思います」

 

「……では」

 

 

 依頼を受諾し、カトレアお嬢様は目を瞑った。予知を始めるようだ。

 

 

「……」

 

「……ゴチ?」

 

「ムーナ~ァ♪」

 

「(……)」

 

 

 眼を閉じたカトレアを見て、周りに手持ちのポケモン達が集まってくる。ムンナが肩口に浮かび、ゴチムが足元で瞑想を始め、ユンゲラーが斜め後ろに控えたまま同様に眼を瞑る。 

 当のお嬢様は、髪をうねうねさせ、暫くの後、再び開眼。

 開眼して……そのままぼうっとしているな。何だ?

 

 

「どうなさいましたか、お嬢様」

 

「爆弾……。爆弾、ですか」

 

 

 何かを考え込んでいるらしい。

 コクランさんの問い掛けにぶつぶつと呟き、此方に視線を向けて、疑問符。

 

 

「……ルリ。それに、シュン。その爆弾というものは、本当に存在しているのでしょうか?」

 

「だそうですが、シュン君。先ほど会長から、その辺りについて説明はありましたっけ」

 

「? ……まぁ、言われてみれば爆弾らしきものは回収されたみたいだが爆弾だとは判ってない……よな?」

 

 

 確かジュンサーさんは、回収よりも被害の無い場所へ移送するのを優先していると説明していた。処理はまだだ。それもまぁ、人海戦術でやってるからには人手も足りないし、妥当だと思っていたのだが……。

 同じような事を考えていたのだろう。オレの横では、ルリがうわぁとでも言いたげな顔をして、尋ねる。

 

 

「カトレアさん。あー、もしかして」

 

「ハイ。その通りです。……悪意を持っている、ロケット団と思われる方々は確かに大勢存在しました。その方々に関しては恐らく、下っ端でしょうし、爆弾についても仔細は説明されていないのでしょ」

 

「つまり?」

 

 

 カトレアはコクリと頷く。

 どこか遠くを見つめる眼で、オレらの予感を肯定した。

 

 

「―― ナツメお姉さまには程遠く及ばぬ、ワタクシの大雑把な予知ではありますが……現状。人工物たる爆弾が爆発するイメージは平行林立、何処にも存在し得ないかと……」

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 5分ほどか。

 カトレアお嬢様手製のお菓子は甲斐甲斐しく四次元鞄に仕舞いこみ、コクランさんに見送られ。

 大通りから離れ、閉会も間際。辺管理棟前の閉会セレモニーに集まっているようで、道を歩く人はかなり少なくなっている。

 カフェテラスを出て直ぐに、ルリは顎に手をあて、唸るように声を出し始めた。名探偵の種明かしというか、推理というか。そんな雰囲気を醸し出している。美少女は何かと得だな。唸っているだけなのに。

 

 

「それは兎も角。何を唸っているんだ? ルリ」

 

 

 先ほどのカトレアお嬢様の予知の通り爆弾が存在し無いとすれば、前提を覆す驚かしではある。

 しかし無いなら無いで「ロケット団のハッタリだった」で済む話じゃあないのか?

 いや、ルリが悩んでいるからには済まない話なんだろうな……と考えを回していると、ルリが人差し指をピシリと立てた。

 

 

「……あまり気は進みませんが、解説をしましょう。実はジュンサーさん達にはもう1つ機器を配ってもらっていたんです。これ、レベル測定器という奴なんですが」

 

「ああ、見たことあるぞ。オレ達のツールにはプリセットで入ってる奴だよな、レベル測定ツールって」

 

「ええ。エリトレはレポートを書く必要がありますから必須アイテムですね。同時にこれはショウ君らの研究成果の1つでもあるのですが……これ、実は一般に出回っていないんですよ」

 

「そうなのか? 便利なのに」

 

「まあバトルをする人には便利ですが、一般生活には必要ないですから。それに買うにしても、子どもにとっては結構なお値段なんですよ。ですが今は試験期間中でして……トレーナーカードのデータ更新がわざわざポケモンセンターでされるのには、費用削減の意味合いがありますという。まぁ、それでも来年度にはトレーナーツール用のアイテムとして販売される予定ですが」

 

 

 公共事業として考えると、って訳か。成る程な。

 

 

「少し話が逸れましたので、ここまでは置いておきまして。さて、ツールによって集めましたデータによると……君達が最初に戦ったロケット団員がくりだしたラッタは、確かレベル10でしたね?」

 

「ああ。解析によれば、だけど」

 

「マコモさんによる開発ですので、概ね間違いはないでしょう。腕は信頼しています」

 

 

 腰に手を当て、少し誇らしげにルリは話す。その言葉尻からは、確かな信頼感がにじみ出ている。同じ研究班に属していたという他にも、マコモさん本人の性格は「ああ」にしろ、開発という分野で見れば大変に優秀な人なのは間違いないのだろう。今は海外で1つ、研究のプロジェクトを任されているというしな。

 

 

「えふん、それも置いといて。振り返りを続けます。先ほどあたしのクチートが倒したマタドガスがレベル22。シュン君達が倒したゴルバットが、レベル18と15。……実は他の皆さんが戦ったというポケモン達も、軒並みこんな感じでして」

 

「……何か変なのか?」

 

「はい。あたしは変だと感じます。……最近というか何と言うか、まぁ、あたし達が手を出している研究の1つにポケモンの進化レベルという分野があります。これはトレーナー毎にばらつきがあって、今挙げたポケモン達も可能性だけで言えばありえないレベルではないんです。実際、レベル7で進化したピジョンとかの報告もありますからね」

 

「進化レベル……って、レベル7? それはかなり凄い様な……」

 

「あっはは、ですよね! とはいえこれは、かなぁり稀少な例なんですけどね。こういうのがあるから研究は楽しいので」

 

 

 明朗に笑うルリ。ここで一旦言葉を切って。

 

 

「ですが語りました通り、可能性が無くは無い。野生でも低レベル進化はありますし、そちらの要因については目下研究中です。だから……偶々、低レベル進化した相手と連戦になった。偶々、ロケット団員がそれを持っていた。偶然が重なったと」

 

 

 ありえなくは無い。しかし偶然が重なりすぎている、といった所か。確かに不自然だな。

 

 

「ここで重ねて、研究途中のデータでも予測が出来る結論を1つ。野生は別として、人の手持ちとなったポケモンの低レベル進化には、ポケモンとトレーナーとの『親密度』が関わっている ―― 『親密であればある程、ポケモンは早く進化をする傾向』というものがあるんですよ。これは進化レベルの閾値だけではなく、経験値の増加などの他の要因もあるかも知れませんが」

 

「……ん? でも、それって」

 

「はい。ポケモンと親密とか、これって、ロケット団には当て嵌まりませんよね? それはもう全くと言って良いほど。むしろ野生ポケモンの例を鑑みるに、進化して無くてもおかしくは無いかと」

 

 

 それはそうだ。何せあいつ等、戦ったポケモンを「ひんし」のまま投げ捨てて逃げるくらいだからなぁ。

 ロケット団を組織する人の数は膨大だ。それ故に、中には大事にしている人もいるのかもしれないが……でも、オレらが出遭ったロケット団員は全て「そんな」奴らで。多分、組織の大多数はポケモンを道具としか思っていない人達なのだろう。予想はついてしまう。

 ここまでを語り、ルリはにやりと笑って見せた。

 

 

「人の多く集まる学園祭。実在しない爆発物。低レベル進化したポケモン達を手持ちとする団員との不合理なバトル。そして、それらの糸を引く ―― ロケット団。出来すぎだとは思いませんか、シュン君?」

 

「……それが必然だって言いたいんだな? ルリは」

 

「まぁ確定はしませんけれども。でも悪い予感に限って言えば、その的中率に自信があるんですよ、あたし」

 

 

 少女らしい苦笑を浮かべ、ルリは紙吹雪の舞う空を見上げた。

 ルリとロケット団の間にある因縁 ―― カントー事変。

 この少女が2年前に収束させた、ロケット団の活動を発端とする大事件である。

 元々、悪の組織との争いには縁があるのだ。浮べられた苦笑には「仕方が無い」という観念が大いに含まれている様に感じられた。

 

 

「……でもま、それもお役目なので。その悪い予感を、これから確かめに行きます」

 

 

 ルリは笑いかけながらも拳を握っていた。やる気は十分といったところか。これはこっちも出来る限り脚を引っ張らないように、気合入れていかないとな。

 しかし……うん?

 

 

「……どうせですし聞いてしまいましょう。シュン君。どこか、ロケット団が潜んでいそうな場所に心当たりはありませんか? あたしは学園祭の準備期間は席を空けていたもので、今の学園の様子には詳しくなくて」

 

「おいおい、肝心の場所が不明なのか?」

 

「残念ながら候補が多過ぎでして。手当たり次第の予定でしたが、あてがあるのならばそこを優先したく思います」

 

 

 その場所にはあたりをつけていなかったらしい。

 オレも少し考えてみる。うーん……と、だな。

 

 

「……屋上とか、どうだ? 庭園化してる屋上なら身を隠すには好都合だし、高さがあるから学祭の様子は見渡せる。出し物として解放してる区域じゃなければ、学園祭の期間中も屋上には一般人立ち入り禁止だしさ」

 

「! それ、ジュンサーさん達のシフトは?」

 

 

 どうやらピンときてくれたご様子。

 ルリのはっとした顔を見つつ、オレはぼやっとシフトを思い返す。確か……

 

 

「……基本的にはお客が間違って入らないよう、入口を固めているだけだな。巡回も元からの警備員の定時のみ。マズいな。逆に言えば、入ってさえしまえば潜むのに便利なことこの上ない」

 

「恐らくはビンゴでしょう。決まりですね」

 

「待て待て。どこの屋上に向かうんだ? 屋上ってだけなら校舎の全部の上にあるんだが」

 

「……うーん。絞ってみます」

 

 

 この指摘に、ルリは唸りながら手元のツールで地図を見始めた。

 その中には、赤色のマーカーが16箇所で点滅している。捕まえたコラッタ8匹に対して遭遇ポイントが16箇所な理由は単純。逃げられて再度の遭遇を図ったからだ。

 ……ツーテールを風になびかせ、画面を見つめ。

 

 

「―― 管理棟」

 

「え、なんだって?」

 

「可愛い台詞でも告白の文句でもないので、難聴で聞き返さなくて良いです。管理棟と言いました。見てください。マーカーの場所を」

 

 

 律儀に突っ込みを入れてくれる部分にありがたさを感じつつも、反省の意を込めて視線を手元に。

 ……確かに、言われてみればコラッタ達の遭遇ポイントはどれも管理棟から離れた場所にある。オレとゴウが最初に遭遇したのもそうだった。わざわざ管理棟から遠ざかる方向に逃げてたし。

 でもそれは、野生ポケモンだからと言ってしまえばそれだけだと思っていたのだが。

 

 

「これが只の野生ポケモンならそう結論付けても良いでしょうね。ですがそこにロケット団の意図が介在している時点で怪しいものです。少し、見えてきました。ロケット団が今回の事件を通して何がしたかったのか」

 

「マジか」

 

 

 見えてきたとか、随分と早いな。何かオレの知らない情報を持っているのだろうか。ルリは。

 いずれにせよ狙いは管理棟に定まった。全ての爆発物(もどき)が回収されてしまえば、件の黒幕も撤収を始める可能性が高いため、残された時間は限られている。管理棟への突撃が最初で最後の接触チャンスとなるだろう。

 

 

「解説は長くなるので後に。ともあれ、虹葉祭2日目の閉会時間まで残り1時間もありません。まずはとっちめに行きましょう」

 

「オレも行くよ。最後までを確かめるのは、オレがゴウに托された役目だしな」

 

「あはは、大丈夫ですって。今更追い返したりはしませんよ?」

 

 

 それは助かる。ここまで来て年齢を理由に追い返されたくはないしさ。

 

 

「……あー、そうですね。丁度良い。ついでに……この半年間の講義に最期までついて来られた貴方へ、最後の講座と行きましょうか!」

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 実は、管理棟から屋上へ繋がっている通路は非常口しか存在し無い。

 これはルリがよく居る図書館庭園と同様に、校舎の屋上でも教材用の木の実などが栽培されており、その管理が行われているためだ。関係者以外の立ち入りが禁止されているのである。

 という訳で、本来、直線距離だけでいうならば非常口を開放してもらうのが早いんだが……しかしそちらにロケット団の人員を配置されていると、追い詰めるべき人物に逃走を図られる。ここまで来て逃げられるのは勘弁して欲しい所だ。

 そのためオレとルリは研究の為に屋上が解放されている研究棟を登って、屋上へと走るルートを選択した。いつだかイーブイ(アカネ)を貰う際、ショウに案内してもらった階段を、今度は最後まで登りきる。

 

 

「―― 居るか?」

 

「いえ、誰も。……各所への援軍要請は済ませました。管理棟の屋上まで急ぎます」

 

 

 屋上は木々に囲まれ、鬱蒼としていた。

 学園祭の華やかさと賑やかさが嘘のようだ。喧騒は遠く、風に吹かれて葉の擦れる音が聴覚を占めている。

 ……ま、屋上の光景としてならば、いつも通りであるのだが。

 

 

「(そんで、だな)」

 

「(もうお相手の御登場です。残念ながら、包囲に関しては間に合いませんでしたね)」

 

 

 足を止め、小声で話す。

 実働の部隊が爆弾処理などの為に郊外に集まっていたのが仇となった。ルリの呼んだ応援が布陣を完成させる前に、此方へと顔を出した……相手。

 

 

「―― へっ。やっぱり来やがったな、元チャンピオン様め」

 

 

 西日による木漏れ日の中。ふんぞり返っていたのは、紫髪の男だ。オレがあの夜、マイを守って対峙した幹部級のロケット団員である。

 読みが的中したらしい事を嬉しくは思うものの、ロケット団との遭遇はまかり間違っても嬉しくはない。そんな感じに、右手をモンスターボールに添えながら待機していると。

 

 

「あたしの事をチャンピオンと呼ぶ。……うーん、やっぱりこの変装は意味がありませんでしたね」

 

「その程度でおれ様の目を誤魔化せるとでも思ってんのか、元チャン様よぉ?」

 

「あー、いえ。だったらあたしの正体よりも……と。ありがたいんですが、どこか釈然としません」

 

 

 いやに落ち着いた様子のルリの方から、相手へと話しかけていた。しかも雑談の類だとかな。どんだけ肝が据わってるんだと。

 そんなルリを、男はこの間と同じ横柄な態度で見下ろし。

 

 

「しっかし、よくもまぁこの屋上におれ様が潜んでいるとアタリをつけてくれたもんだなぁ。お陰で、トンズラこく前に見付かっちまったじゃねえか。……はっはぁ! どうしてくれる!!」

 

「どうする……って、可能ならば捉えるに決まっています。貴方には『個人的な禍根』もあります。お相手、願えますでしょうか?」

 

「無理って言おうが、ふんじばってでも捉まえんだろ?」

 

「あはは。どうでしょうね」

 

 

 ルリとの応答には手応えの無さを感じたのだろう。男の視線は、こちらにも向いてくる。

 

 

「お前はこないだのボウズじゃねえか? そういや伝言ありがとよ」

 

「いや、あれ脅迫じみてたじゃあないですか……」

 

「がっはっは! ま、あん時のロコンにゃもう執着してねえからよ。安心しな。引き際を見極めるのも金稼ぎにゃあ重要でな!」

 

 

 何故か此方を安心させる様な言葉をかけ……態度を、一瞬の内に切り替える。

 両手を腰に。眉を吊り上げ。顔を突き出し。

 

 

「―― けどよ。悪ぃが、まだ研究は続いてんだ。少しばかり時間を稼がせてもらうぜ。……出てこい、ポケモン共っっ!」

 

 《《ボボボゥンッ!!》》

 

「ルバーァット!!」バササッ

「シャァァーボ!!」

「マァァ~タドガー」

「ラァッッタ!!」

「クァ? ……サカキサマ、バンザーイ!!」

 

 

 腰に着いたボールから、次々にポケモンが飛び出した。

 ゴルバット、アーボック、マタドガス、ラッタ。そして何故かオウム的に言葉を話すヤミカラス。

 そして、最後の1匹。

 

 

「―― ガッ、ガララァア!」

 

 

 ボールからではなく、転送で。

 太い骨を両手に構え、赤黒い首輪を着けた大柄のガラガラが、オレとルリの前に立ち塞がっていた。

 凄まじいまでの威圧感を発するそのガラガラは、仁王立ちのまま此方を睨みつけている。……覚えがあるぞ。この「嫌な感じ」の視線。

 

 

「まさか……」

 

「ほっほう、お目が高え。……こいつは今のおれ様の手駒の中じゃあ、1番強ぇぜ? 何せシオンタウンの東の原で群れのボスを張ってた雌ガラガラだからな。まぁ、捉える時……被っている骨を乱獲した時に、群れ1つ解散させちまったがな!」

 

「……!」

 

 

 そう。ガラガラがオレらに向けている……怨みつらみの篭った視線。

 それはエリトレクラスでポケモンを貰う際、もしくはシオンタウンの孤児院でよくよく見に覚えのあるもので。

 ……ロケット団!

 

 

「今は抑えてください、シュン。……所で幹部さん。その群れ、今は?」

 

「知らねえな。それより、おれ様にはラムダって通り名がある。頭のお堅い他の幹部と一緒にされちゃあ困るからよ、そう呼んでくれや」

 

「そうです? ではラムダ、その変装も解いて下さって構わないのですが」

 

「……ちっ、やっぱ知ってやがるかよ。でもそらゴメンだな。おれ様は素顔を知られていないからこそ好き勝手やれるってのを強みにしてんだ。売れるのは顔じゃあなく、ラムダって名前だけで良い。どうせ演技も上手くはないしよ」

 

 

 ルリによる些細な()撃に、男は居ずまいを直す。

 今のラムダは壮年の男として変哲の無い外見だ。肌も髪も違和感は無い。しかしルリの言う通りこれが変装だというのならば……半端無いな。どこの特殊工作員だよってレベル。

 段々と空気が重さを増してゆく。明らかに高レベルなロケット団のポケモン達から、視線が集中する。

 

 

「―― 男を守る前線の5体はあたしが。貴方は後ろを……あのガラガラをお願いします」

 

 

 その視線を、ルリは僅かに一歩踏み出すことで受け止めた。

 少し、呼吸が楽になる。今の内だと緊張の度合いを確かめ ―― 思う。

 先ほどルリから告げられた講義のシメ。「オレ()ポケモンの全てを生かした戦い」を探るに、これだけ上等の相手もそうないだろう。

 モンスターボールを握り締める。ボール3つがかたかたと揺れて返答。うん、頼りにしてる。

 男が大げさな動きをする。胸をそらし、今にも高笑いしそうなまでに。

 

 

「そっちのガキにしろ、お優しい元チャンピオン様にしろ。―― 許せねえだろ? ポケモンに悪逆非道の限りを尽くし、金儲けに使うロケット団が。ほうら、無駄な語りを入れて大義名分を作ってやったぜ」

 

 

 ……そう来るか。

 挑発だと判ってはいるが、心象はやはり良くも無い。

 

 

「―― 来な、ガキども!! お灸を据えてやる!!」

 

 

 男が腕を振り下ろす。

 オレとルリが、それぞれの相手に向かいモンスターボールを投じる。

 悪の組織とのポケモン勝負の火蓋が今、切って落とされた。

 

 






 という訳で、学園祭編は残り2話なのですが、後日談の裏話を追加しようという試みの為に一旦更新停止します。お待ちくださっている皆様方には、申し訳ないですすいません。
 追加の話はラムダとのバトルが終わってからの話になるのですが、(一応の)整合性を補正する為に、次話から停止です。何かあった場合に追記できるようにと。今までの文章に関しては大体枠組みの通りにかけてますので、手を加えるかどうかは微妙です。

 ……一人称はこういう風に説明不足になるので、Side使いをしてるんですよね。もっと構成が上手ければいいのでしょうけれども……まだまだ精進です。



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1995/秋 VSロケット団④

 

 Θ―― タマムシトレーナーズスクール/管理棟・屋上庭園

 

 

 

「―― シュン君はガラガラを! あたしは、前を!!」

 

 

 《《ボボボゥンッ!》》

 

 

「ミューゥ♪」

「クッチィ!」「ガチガチ!」

「ギュゥゥオオン!!」

「ピジョオ!」

「ガウガウゥ!」

「―― プリュリーッ♪」

 

「頼みます、皆!」

 

 

 ラムダの口上と同時。ルリはすぐさま前線を陣取り、ラムダの繰り出したポケモン達と対峙した。

 勇ましい掛け声と共に、ルリのフルメンバーが屋上へと散らばってゆく。

 

 

「……ハッ! マジのチャンピオンメンバーじゃねえか!? こら精々、気合入れてお相手しねえとな……!」

 

 

 ラムダは自分のポケモンへの指示に集中するらしい。此方……ただ1匹飛び出したガラガラとオレらとの戦況からは、完全に意識を逸らしていた。

 しかし、目の前に鎮座しましたる大柄のガラガラはというとだ。

 

 

「……ガララァ」

 

 

 そんな(主のはずの)ラムダを気にする様子は全く無く、此方をじっとりと睨みつけていてだな。ヘイトを溜めたつもりは無かったんだけど。

 ……つい最近まで群れのボスだったという事からも、どちらかと言えば野性に近い個体に違いない。元よりラムダからの指示を仰ぐ必要性は無く。そして同時に、バトルをしないという選択肢も無いのだろう。

 

 

「―― ガラララ、ラララッ」

 

 

 ガラガラがその手に持った骨を振り上げ、戦意をこめた鳴き声を張り上げる。地面を蹴り。

 

 

「判ってるよ。……頼むっ、ミドリ!」

 

「ヘナァッ!!」

 

 

 接近するガラガラに対して、オレは大きく後退しつつ……マダツボミ(ミドリ)が割り込み、立ち向かってくれた。これにて此方も、バトルの開始である!

 ここでオレはちらっと手元でツールを確認。何らかの阻害を受けているのか、ガラガラのレベルの割り出しには時間が掛かっていた。だからといって、画面に浮かぶ「精査中」の文字をいつまでも見つめているわけには行かないな……と!!

 

 

「骨を絡めとれ、『つるのムチ』!」

 

「ヘ、ナァァッ!!」

 

 《シュルッ》――《ピシィッ!》

 

「!? ガラガ、ラッ!」

 

 

 ミドリがオレの指示に素早く応じ、伸ばしたツルをガラガラの持った武器……骨の棍棒に巻きつけた。よし。ダメージは入っていないにしろ、勢いの良かったガラガラの動きを止める事に成功だな。

 さて、この均衡状態を使って状況をまとめたい。何せ急に始まったバトルである。

 フィールドは「草原」、もしくは「森」といった所。特筆すべきは……木々を挟んだ向こう側にはフェンスがあるという点か。とはいえ近付かなければ影響も無い。木々は利用できなくも無いが、園芸サークルの一員として保護は責務である。どうしようもない場合だけ利用する事にしよう。

 次に相手について。

 ガラガラは「孤独ポケモン」カラカラの進化した姿だ。怪獣の様な二足歩行で、頭に被った親の頭蓋骨(らしきもの)が特徴だろう。

 一番の武器は、その手に持つ「骨」。漫画骨っぽい。太さといい、部位的にはおそらく大腿骨なんだろうけれど……ガラガラ自身の足は短い。あれに関して言えばカラカラ系等の骨ではないっぽいな。ま、そこは気にしていても仕方が無い所か。

 ガラガラのタイプは地面。ポケモンの種族として注意すべきは、その物理的防御力の高さと……

 

「(……あと1つ……何か、何か引っかかってるんだけど)」

 

 ルリの講義を思い返してみるも、残念ながらすぐに結果は得られない。……もう1つ何か、重要な注意点が残っていた筈なんだけどな。なんだっけか?

 

 

「―― ガラッ、ガラッ!!」

 

「ヘナッ!?」

 

 

 考えているうちに戦況が動く。ガラガラに思い切り骨を引っ張られ、ミドリの体勢が崩されてしまった。

 

 

「離して、距離を取るんだ!」

 

「ナッ……!」

 

 

 木に巻きつけていた片方のツルを巻き取り、接近したガラガラから距離を取る。

 ……悠長に悩んでいる暇は無いな。今はまだ、オレの手持ちポケモン達とのタイプ相性が悪くないというのを強みにしていくべきだろう。

 前線にはルリも居る。電撃作戦であるからには、相手であるロケット団の側に時間制限もある。防戦に徹するのも悪くは無い選択だ……けど、ここで黙っている訳には……行かないだろ!!

 

 

「それなら行くかっ……ミドリ、もう1回『つるのムチ』!!」

 

「ナッ、へナァ!」

 

 《ピシィ、バシィ!!》

 

「ガラッ、ガララッ!!」

 

 

 四方八方から迫る2本のツルを、ガラガラは器用に捌いてゆく。それでも一撃も入らない辺り、元々の技量の高さが伺える。

 しかし相手の武器が骨だというのなら、距離を取っての戦いは有効だ。

 ガラガラのレベルは……と考え、「測定中」の文字が現れていたツールを閉じる。機器の調子が悪いらしい。レベルの判明は諦めよう。さっきのツルを挟んでの綱引きから、また進化系であるという事からも、少なくともレベルはミドリ以上であろうという予測をしておいて。

 ……そこだっ!!

 

 

「ミドリ、『きゅうしょねらい』!」

 

「! ヘェッ ―― ナッ!!」

 

 

 指示に応じ、ミドリが両方のツルでもって攻撃に転じる。

 距離がある分、あの剣の達人じみたガラガラへの攻撃は通り辛い。だからこそ、1本目のツルをあの骨で防御させておいて、『急所を狙った』2本目を正中に当てようという試みだ。

 5メートルほど。1本目のツルを、目論見通りガラガラは苦もなく弾く。絡みつかせないよう大振りになった後 ―― その隙を!

 

 

「狙って!」

 

「―― ナッ!」

 

 

 本命のツルが鋭く伸びて行く。

 1本目のツルを弾いたホネは振り上げられたまま。

 

 ……が、しかし。

 

 

「ガラッ!!」

 

 ――《スパァンッ!!》

 

 

 弾かれる。

 ……ガラガラが何処からか取り出した、「2本目の骨」によって!!

 

 

「は!?」

 

「ヘナ!?」

 

 

 思わず口から間抜けな声が漏れる。ミドリも同じだ。

 そしてガラガラに取って、その間は十分な「隙」であったらしい。

 一足に距離を詰め、

 

 

「ヘ! ……ナァッ!?」

 

「―― ガラァ」

 

 

 『ホネこんぼう』。

 ミドリを一刀(二刀流なのに)の元に切り捨て、打ち倒してみせた。

 ……まずいまずい。今の光景の衝撃で、さっき思い出そうとして思い出せなかったブツを思い出したぞ。

 

 

「『ふといホネ』かっ!?」

 

「……ガララァ」

 

 

 両手に骨を構えたガラガラはオレの声を受け、見せ付けるように突き出す。

 あれは「ふといホネ」。ポケモンに持たせることでバトルをサポートするアイテムの1つだ。ルリから貰った資料によれば、「ふといホネ」はカラカラ系統にとって思い入れのある一品らしく、その攻撃力を底上げしてくれるのだそうだ。

 

「(……骨が2本で攻撃力も2倍とかなのか?)」

 

 それは無いと信じたい所ではある。

 こうしてみる限り、その外見は元々持っていた骨と大差無いように思えるが……効果抜群ではない『ホネこんぼう』一発で、体力満タンのミドリを倒したのだ。攻撃力が半端無いという点について、少なくとも間違いはないのだろう。

 さて。いずれにせよ、この状況で距離の離れてしまったルリに助けを求めるのはいけない。オレとオレのポケモンらによって打開すべき状況である。

 負けられないぞ。もちろん負けたくもない。頭を回せ。ポケモン達の力を引き出して、活かし、その上でオレが「うまく」組み立てる。

 

 

「……っ、頼んだアカネ!!」

 

「―― ブ、ブィイ!」コクコク

 

 

 ミドリをボールに戻しつつ、2番手にイーブイ(アカネ)を選ぶ。茜色の体毛がぶるると振るえ……うん、危険な技(・・・・)は無い。大丈夫みたいだ。

 兎も角も、このガラガラとの間に明らかな力量差が隔たる以上、ごり押しではにっちもさっちもいかないのである。

 決戦に向けて「げんきのかけら」や回復アイテムは備えて来た。問題は使う暇があるかどうかだが……それはオレがどうにかすべき問題だな。

 戦況を組み立てながら、思う。

 ……少なくとも、苦戦は免れないみたいだと!

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

「後ろの戦況が気になるか? チャンピオンさんよぉ!!」

 

「まぁ、気にしておいて損はありませんので。 ……ミュウ(『サイコショック』)! ジヘッド(『あくのはどう』)!」

 

 

 確かに後ろのシュンの戦況は気になるな。でもそれはラムダを相手取ってからでも遅くは無いし……とか考えておきつつも、右手を振るってミュウとジヘッドにサイン指示を出してゆく。

 毒ポケモンを主体とするロケット団の手持ちだけあって、攻撃という意味でミュウは有効に立ち回ることが出来る。防御面では毒攻撃を無効化できるクチートを基軸に、遠距離技を主体にしてじわりじわりと戦線を押し上げてやる。俺達は扉を背にしている為、ラムダの逃げ場を狭めている形だ。

 ここまでは上々。しかし面倒なのはラムダの「呼び出し方」というか、「布陣」というか。こうして少しでも隙を見せたならば……っと!

 

 

「そこだぜ、食らいつけラッタ!」

 

「ラァッタ!」

 

「援護を、クチート!」

 

「クチチィ!」

 

 ――《ガチィンッ!!》

 

 

 「またも」だ!

 しかし、そう。アーボックに向けて『サイコショック』を繰り出し静止していたミュウの横合から、隙を突いてラッタが飛び出したのである。

 対する此方は、クチートに割り込んでもらい、鋼の顎を楯に側面の援護を依頼しておいて。

 ……んでもって、それだけじゃあ終わらん!

 

 

「叩き込んでやってください!!」

 

「クゥ ―― チィ!!」

 

 《ド、パンッ!!》

 

 

 クチートが元から張っていた『みがわり』は突破されていない。おかげで体勢を崩す事無く、反撃の『きあいパンチ』をぶっこんでみせる。綺麗に決まった「みがきあ」コンビネーション。さあさ効果は抜群で、ラッタを木々の間へと吹飛ばしてくれた。

 よぅしよし……そんじゃ、次いでこっちで!

 

 

「ニドクイン(ジヘッドをカバー)!」

 

「ロケットダンンゥ、バンザーィ!!」

 

「―― ギュゥゥンッ!」

 

 《ズドンッ!!》

 

「クアァ!?」

 

 

 今度はジヘッドに、カルト染みた宣言を繰り返すヤミカラスが飛来していた。タックルで割り込んだニドクインによってことなきを得たが……ギリギリセーフだな、ほんと! とはいえレベル差があるから一撃ではやられないけど!!

 ……とまぁこの様に、お判りいただけただろうか。隙を見せたら最後。ラムダは常に「2対1」の状況を作り、手痛い一撃を食らわせようと狙ってくるんだよな、これが。実に悪役らしい、ルールに則らない手口ではある。いや俺もアポロに2対1を仕掛けようと企んだ事はあるけど、あれは未遂だったのでノーカンで。

 さてだ。こうしたポケモンの配置をしてくるラムダはというと、腰に着けたバッグから次から次へとポケモンを繰り出してくる。物量で押し通すつもりらしい。

 

 

「そらよ、新手だ!!」

 

「「「ドーガァ~ス」」」

 

 

 ドガースを3体。……やっぱり『じばく』には注意が必要だなぁ。

 

 

「自由迎撃を!」

 

 

 ミィから聞いていた情報から、ラムダのポケモンの『じばく』を意識しつつ。オレが全員に各個撃破との作戦方針を伝えると、あちこちに散らばったポケモン達から、頷くなり鳴き声なりの返答。

 よし。頼んだぞ、と丸投げしておいてだ。

 ……なんだろうな、その視線! ラムダさん!

 

 

「へっ。まさかあの黒尽くめ以外にも、んな馬鹿げたことをやってのけるトレーナーがいるなんてと思ってな。……自由迎撃だ? なんだそりゃってレベルじゃねえか」

 

「この程度、今のリーグでしたらざらに居ますでしょうに。でも、でしたら、少しくらい手を抜いてくださっても良いのですよ? 終わらせてさしあげますので」

 

「はっはぁ、意外と話せるじゃねえか天才少女! でもよ、残念ながらチャンピオン級のトレーナーとそのポケモン相手に出し惜しみは無しだ!!」

 

 

 正面に向き合ったラムダは、どうやら無駄話に付き合ってくれる積りらしい。情報を引き出そうという試みなのかも知れないが、ここはチャンスでもある。

 あー、因みに。ラムダについて解説を加えておくと、HGSSにおける占拠事件で局長に変装していたロケット団幹部だ。そういえばチョウジタウンの秘密基地でも連れてたな、あのヤミカラス。ヤミカラスが合言葉を連呼していたせいで発電所のロックが解けるとか言う、間の抜けたシチュエーションも印象的か。

 しかし今、重要なのはそこじゃあない。さらに言えばラムダの戦闘方針でもなく。

 

 

「―― 先ほどバトルを始める前に、貴方は研究といいましたね」

 

「そうだったか?」

 

「思うに、今回の事件は貴方達にとって『絶対の利』がある作戦なのですよ。何せ『雌伏の時』を経てきたロケット団が、わざわざこうして大掛かりな作戦を展開したのですからね。表舞台に立つのは避けたかったはずですし」

 

「真面目に答える義理はねえな」

 

 

 流石は変装の達人。とぼけて見せるものの、表情を面に出すことは無いらしい。だとすれば「研究」というのも本来重要な意味を帯びてはいないに違いない。

 ……けどな。真面目に答える義理はなくとも、俺にとっては興味も意味もある内容なんだ。

 

 

「いえいえ。あたしはある意味当事者でしょう? 何せこれは、あのカントー事変を発端とする『一連の流れ』なんですし」

 

「……。……てめぇは何を知ってやがる?」

 

 

 おおっと、やっとの事で表情が変わったな。

 だがしかし、俺がこれを読めていたのは、いわゆる原作知識によるものだ。おいそれと話せる内容じゃあなし。……いや、おいそれとどころか普通に話せないな。どうでも良いけど。

 

 

「まぁ、その辺りは適当にご推察くださればと。いずれにせよ、あたしにはこの件に関わる理由があるのだと判っていただければありがたいですね」

 

「……この件、って……おいおい!? まさか、昨日、カラカラどもを追い立てる邪魔をしたってのは……」

 

「ええ。あたし(と仲間)です」

 

「……。今、おれ様を迎えに来る予定のランスを妨害してるってのも……」

 

「ええ。あたし(の仲間)です」

 

 

 一部誇張が含まれているが、邪魔してるのは黒尽くめに扮したミィとそのサポートのナツメなので間違いはないな。うん。カッコをつければ。

 ついでに言えば俺も……シオンタウンの東の原でロケット団を追い払って、怪我をしたけどトリアージの結果医療施設からあぶれたカラカラ達を孤児院で引き取る算段を立てて、イワヤマトンネルやシオンタウンの野生ポケモンにも影響を及ぼしたんでその辺の調査を方針だけ指示して、無人発電所の無事を確認して、自分で引き入れた癖して女神姉妹にカラカラ達の世話を丸投げしたんでバーベナからジト目で睨まれて悪寒を感じつつもこの場へ急行したんだよ。

 ……さて。

 

 

「―― 覚悟は出来ていますか?」

 

 

 手間を取らせてくれたな、と暗に言い含めた満面の笑みで告げてやる。

 んでもって何より、変装中なんで口には出せないが、俺の妹も世話になったからなー。ああ。全力でお相手するぞと。

 ラムダの頬に一筋、冷や汗。

 

 

「……けっ。悪役ってのは損な役回りだなぁ、チクショウが!?」

 

「それも悪役の務めでしょう! ……さあさ、行きますよ!!」

 

 

 腕を振るい、ラムダの繰り出したポケモン達を一斉に攻め立てる。

 

 

「ミュミュミューッ!」

「―― プール~ゥ♪」

 

 

 切り込み隊長はミュウだ。

 それでも、今では全員が自分で考えながらある程度の動きは出来るようになってくれているため、皆の後ろ姿は大変に頼もしい限り。プリンも『フレンドガード』で全員を覆いつつ、俺の横で変化技を仕掛ける準備をしてくれているしな。大きな瞳でウインクが眩しい。

 

 

「クッチーィ」「ガチンッ!!」「ギュゥゥンッ!!」

「ガゥオォーン!!」「……ピジョッ!」

 

 

 俺からポケモン達へ。任せたぞ、気をつけてという想いを視線に込めつつ……相手を観察する事も忘れないでおく。

 今現在ラムダの手持ちは、(数の増減はあるものの)見えているだけで12体ほど。対する俺のポケモンは、プリンが非戦闘員的な立場なんで実質は5体。それでもレベル差があるため、何とかなるだろうという算段はつけられている。

 

「(……だとすれば、注意すべきはやはりラムダ自身の挙動だな)」

 

 例えば俺がかつてバトルをした別の幹部・アポロは、サカキに惚れ込んでいる様子があった。ミィに聞く限りではランスもそっち系。唯一の女幹部であるアテナは、その気がありつつも悪の組織という部分に誇りを持っている感じであるらしい。つまりはこれら、サカキというカリスマを中心として集められた人物達なのであろうと。

 そんな中、最も何をしてくるか判らないのがこのラムダ。こいつからはサカキを尊敬しているというよりも……いや、していない訳じゃあないんだろうが……何か、他に重視している部分があるように思えてならない。

 これが杞憂なら良いんだけどな。残念ながら、俺の悪い予感はかなりあてになる。悪い意味で。

 

 

「―― ア……ネ、『あまごい』!」

 

「―― ィ」

 

 《ポツ、ポツ》

 

 ――《ザァァァァァ》

 

 

 現在進行形でバトルは展開されている。

 どうやらシュンが選局を動かす為……仕掛けをする為に、アカネに『あまごい』を指示したらしい。

 

「(良い手だ。んでもって、雨はオレ達にとってもありがたい天候だぞ)」

 

 『あまごい』によって降る雨は局所的とはいえ、屋上程度は範囲の内だ。当然、俺の頭上にも強い雨粒が落ち始めている。

 ……ツーテールのキューティクル……は、気にしないで良い。それはウィッグだ。むしろ化粧が……いやナチュラル程度だから気にしなくて良い。気を強く持て、俺。

 置いといて。戦況も熟してきた頃か。例の電波によって「通信機器が妨害されている」とはいえ、援軍のランス率いるロケット団員を相手しているミィとナツメならば、そろそろ決着を着けてくれるだろう。

 

「(……逃走を図られる前に、どうにかして先手を取りたい場面)」

 

 シュンとそのポケモン達がかなり奮闘をしてくれている。流石だな……と思いつつ、ガラガラをシュンに任せながらも、そのガラガラの強さも十分に知っている。

 現在シュンが相手にしているのは、俺ことルリがシオンタウン周辺で立ち回った際、唯一群れを守ってロケット団の矢面に立ち ―― 辛くも捕らえられてしまった母ガラガラなのだ。その点について、ラムダの言葉に嘘は無い。

 しかしだからこそ、あの個体がバトルに強いのは相違なく……ついでに、孤児院で帰りを待っている子ガラガラのためにも、何とか連れ帰ってやりたいなー。と、考えている時分での遭遇となっていたのだ。

 つっても、今のシュン達がガラガラ単体に引けを取る事は無いだろう。シュンもそのポケモン達も、戦術と体術のレベル上げを油断無く積んできている。こうして研鑽の結果も出た。レベルではかなり劣っているというのに、ポケモン達の奮闘や道具の使用によって戦線を保てているのがその証拠だろう。シュンの求めた「トレーナーとしての強さ」、その一端を手に入れようとしているのだ。

 ……あー、ついでのついでに。そう言えば、あのガラガラはロケット団の「手に負えない」強さの個体だったご様子だな。唯一ボールに入っていないのが証拠だと思う。

 

「(ガラガラのためにも、孤児院で待ってるカラカラのためにも。……いや。他にもカラカラ達の件で迷惑かけてる女神姉妹とか、ここに援軍として向かっているロケット団の足止めって言う貧乏くじを引いてるミィ&ナツメのコンビに愚痴を言われない為にもだな)」

 

 さてさて、さて。

 ここは推して参るべき場面なのだし。

 ……ついでにこいつのご登場と行きますかっ!!

 

 

「行こう ―― ニンフィア!」

 

 《ボウンッ》

 

「フィー、アーッ♪」

 

 

 モンスターボールから元気良く飛び出したる「7体目」、ニンフィア。

 ニンフィアは俺の周りをぴょんぴょんと跳ねて回り、そのリボン型の触手を俺の右腕に巻きつけておいて、相手のポケモン達に向き直った。あー、巻きつける必要は無いけど突っ込みは後にしとこう!

 

 

「ここで援軍かよチャンピオン様!?」

 

「アナタに言われたくないですよ、物量作戦」

 

「……そいつぁ確かに」

 

 

 俺の適当な言い訳に、なんとラムダが殊勝に頷く。自覚はあったらしいぞおい。

 さて。ここは少しでも力が欲しい局面と考えて、援軍を呼んでみたのだが……「6体(フル)ローテ」でも無い限り、ポケモンが7体だろうと指示系統に問題は無いし。

 特に今の手持ち達なら、むしろ俺のフォローすらしてくれるだろう。援軍がニンフィアなら、ロケット団にばれないで済むしな。

 因みにニンフィアは勿論、マサキから貰ったイーブイが進化した姿な訳だが……

 

 

「そんじゃあこっちも援軍といくかよ!!」

 

 《《《ボボボウウンッ!!》》》

 

「「「ドーガァ~ス」」」

 

 

 援軍1体に対して3倍量、ドガースの群れが再度ラムダの頭上に現れる。3倍て、援軍過多だろおい。

 ……無駄思考はここまでにしておくか。タイプ相性的に「フェアリー」タイプであるニンフィアは不利。ここは集中していかないとな。

 そんでは!

 

 

「続いてくださいっ、ニンフィアっ!!」

 

「フィアアーッ!」

 

 

 最後まで油断しないでいきますかね! 最後まで!!

 






>>ラムダ
 現在シュン達の目の前に姿を現している分には、HGSSのあの姿で間違いはありません。
 ですが、変装の達人がわざわざ素顔をさらす必要性もないのではないかと愚考しております。

>>ガラガラ
 ここでガラガラは出しておかねばなりませぬ、という強迫観念。つまりはポケモンタワーへの伏線です。……まぁ駄作者私ですし、日和った結末になることは請け合いですので……と連呼していますね。
 あと2刀流大好きです。2本持って攻撃力も倍々ゲームですぜと言わんばかりの。
 スターバースト……っ○×△ッッ

>>カッコつける
 無意味にネタをネジこんできましたね。

>>フレンドガード
 周囲のポケモンの防御力を上げる技……と、解釈させていただいております。
 ミュウツー戦に向けてこれを習得させる為に、ショウとプリンはマコモさんの研究に協力していましたという、大分忘れかけている伏線があったりなかったりします。ドリームシンクの研究に、眠りの歌姫は有用性抜群だったという次第です。
 いえ……だから、大分前の話なのですけれどね(苦笑。とはいえ特性やら技やらといった面倒な話題は、ここ幕間で語りたかったという目論見もありました。
 因みに。研究云々といった話題の顛末については、BW2特別編に持ち越しの予定。

>>妖
 八重歯がたまりません(詳しくは後々



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1995/秋 VSロケット団⑤

 

 晴れた(・・・)夕空の下、前線で戦うルリの姿が小さく見える距離にて。

 クラブ(ベニ)と対峙したガラガラの『ホネこんぼう』の一撃が、鋭さをもって振るわれる。

 

 

 ――《ボゴンッ!!》

 

「グッグ……!」フラッ

 

「戻ってくれ、ベニ!」

 

 

 ベニが奮闘してくれている内に、倒れたミドリに『げんきのかけら』と『きずぐすり』を使用して再び戦線へ。

 

 

「……連戦で悪いけど、頼むミドリ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ヘ、ナァァ!」

 

 

 草葉が揺れる中を、ミドリは根に力を込めて立ち上がってくれた。……ミドリが時間を稼いでいる間に、今度は手元で2匹を回復する。

 こんな後手後手の状況を、既に2度も繰り返している。申し訳ないけれど、出来る精一杯の反撃でもある。

 戦況は変わらず劣勢。ミドリが一撃を与えられるかに勝負の結末が委ねられてしまっているという不甲斐のなさだ。トレーナーとして何とかしてやりたい場面でもあるんだけど……

 

「(それにしても、ガラガラの攻撃力が圧倒的に過ぎる!)」

 

 ミドリが『つるのムチ』で遠距離戦闘を仕掛けようとも、ガラガラの両手に持った骨に弾かれる。逆に向こうは此方を一撃でのせる攻撃力を持っていて。オレらがいくら慎重に事を進めようとも、ガラガラの一挙動で覆されてしまうのだ。しかもあのガラガラは、戦況を左右できるほどの実行力をも備えているから質が悪い。

 

「(流石はボスってとこか。これは何と言うか、ゴウじゃないけど、理不尽だな。……でもさ)」

 

 とはいえ理不尽なのはこの世ではなく、只のレベル差である。理不尽に屈している暇も無い。そろそろ反撃の策をうたねばなるまいな。

 なにせ、戦況を覆す……そんな経験を積む為に、今、オレらは渾身立ち上がっては必死に向かうのだ。

 

「(策については一応、これはというものを思いついてはいる)」

 

 しかし踏み切ったが最後、手持ちの回復はままならなくなる。つまり失敗=オレらの負けとなる事を覚悟しなければならない。

 踏み出すに、少しだけ勇気が必要だった。

 でも。

 

 

「ヘナッ……ヘナッ!!」

 

 

 オレの前で頑張ってくれているミドリを。

 それに。

 

 

 ――《《カタカタカタッ!》》

 

 

 『げんきのかけら』を溶かし、すぐさまボールの中で立ち上がってくれたベニ。それに震えながらも強い眼差しで此方を見上げるアカネを見れば。

 ……こんな弱気でいたら、駄目だよな。オレはポケモントレーナーなんだからさ。

 良し。

 状況のループに陥っている以上、決断は早くて損はない。感覚は、イツキ戦のものを思い出せ。上手く事を運べた成功体験……ではないけど、まぁ、あのバトルは負けたにしろ良い感覚だったからさ。

 一撃。『ホネこんぼう』によってミドリが戦闘不能に。その身体がふらりとよろめき。ありがとう……そして、

 

 仕掛けるなら ―― 今!

 

 

「頼む、アカネ!」

 

 《ボウンッ》

 

「……ブィ!」

 

 

 ミドリに替わって顔を出したアカネが、捉えられるその前に、指示を出す。

 状況を打開……打破する為の一手。戦況を俯瞰し覆す為の、トレーナーとしての思考 ―― 変化技!

 

 

「『あくび』!」

 

「ブイィ……。……クァァ」

 

 《ホワワーン》

 

「ガラ、ラァ?」ブンブン

 

 

 ガラガラの一歩は……よし、遅い! やっと効いて来たな!

 これまでも2度ほど使ってはいたのだが、アカネの『あくび』は未完成。しかもレベル差やら距離やらが影響してか、かなりガラガラに効き辛かったのだ。

 だからこそ、重ねがけ。どうやら賭けには勝てている……このままいくぞ!!

 

 

「アカネ、『あまごい』!」

 

「ブィ ―― ブイッ!?」

 

「うん? 何を驚いて……って」

 

 

 アカネが『あまごい』を繰り出そうとした瞬間だった。

 オレもそちらへ視線をやる。すると。

 

 

「ガラァ……」

 

 

 倒れかけていたガラガラは半身を起こし、

 

 

「―― ララッ!!」

 

 《ブンッ》――《ヒュンヒュンヒュンッ!》

 

「っ、アカネッ!?」

 

「……!」

 

 

 《ドズッ!》

 

 

「ブィッ……ブゥィ」トスリ

 

 

 飛来した『ホネブーメラン』による直撃を受けてしまった。

 決して欲張った訳ではない。この後の流れに、『あまごい』による援護はどうしても必要だった。しかし間違いなく眠気に襲われているはずのガラガラは、鈍る身体をおしてアカネを打ち倒してみせたのだ。

 此方の想像を超えてきたその執念は、恐ろしいまでのものがあるな。

 

 

「……戻ってくれ!!」

 

 

 アカネをボールに戻して労いながら考える。それにしても『ホネブーメラン』だ。成る程。間接中距離物理技も搭載してるってのか。隙が無いな!

 

 

「ガラァッ」パシッ

 

 

 戻ってきたホネをぱしりと掴み、ガラガラは瞼を辛うじて開く。

 けれど……さて。このタイミング……どうだ!?

 

 

 《ポツ、ポツ》

 

 ――《ザァァァァァ》

 

 

 良しだ!!

 どうやら、足を鈍らせる効果は確かに発揮されたらしい。アカネの残してくれた『あまごい』が何とか間に合い、屋上庭園には雨粒が落ち始めていた。

 ありがとな。……だから、次を!

 

 

「頼んだ、ベニッ!」

 

「―― グーッグ!!」

 

 

 次手はベニだ。

 天候は雨。ベニの水技を活かせる場面……だけど、ここは違う。相手のガラガラはレベルもそうだが種族的に防御力も高い。だとすれば、攻撃を仕掛けるべきはここではなくて。

 ベニは飛び出すなり、雨粒が落ちる中、既に慣れた手つきで泥を掻き分けた。

 

 

「連続で『どろかけ』だ!」

 

「グッグッ、グゥ!!」

 

 ――《ベショベショベショッ!!》

 

 

 そして得意の物理攻撃を差し置いて、ガラガラとの遠距離戦に転じた。

 庭園に落ちた雨粒が作り出す、即席の泥。ベニはその大きなハサミで泥をすくっては、ガラガラに向けて射出する。

 だから、

 

 

「ガラッ……ガラッ!!」

 

 《バシバシバシッ!!》

 

 

 展開については先ほどと同様。ガラガラは両手に持ったホネを振り回し、泥玉を叩き落し始めながらゆっくりと距離を詰め始めた。

 ただし今度は、『あくび』による眠気が要素として加えられている。鈍った動きでは全ての『どろかけ』を迎撃するのは不可能であり……1つ2つと直撃をし始め。

 だから、ガラガラは行動を変えてくるだろうとの予測も出来ている。

 来るぞ! 『ホネブーメラン』!!

 

 

「ガラ ―― ラッ!!」

 

 《ブオンッ》――《ヒュヒュンッ!!》

 

 

 ガラガラ渾身の『ホネブーメラン』。それはミドリの『つるのムチ』と同様、ガラガラ自身の腕力によって振るわれる、間接的な物理攻撃である。

 その勢いは凄まじく ―― それでも。

 

 

「グッ、グ!!」ブンッ

 

 《ベショッ》――《バシンッ!!》

 

「……ッグゥ」

 

「……! ありがとな。ベニ」

 

 

 『ホネブーメラン』と相撃ちに『どろかけ』を放ち、倒れ込んだベニを、オレは足元から抱きあげる。

 ベニに直撃して跳ね上がったホネを、ガラガラは苦も無くキャッチする。どうやら泥塗れになったのと引き換えに、眠気は大分晴れてきたらしい。その動きはかつての精細を取り戻しつつあるように見えた。

 

 

「―― ガラララッ」

 

 

 そしてまた、立ち上がる。

 両腕で油断なくホネを構えながらも、ガラガラは既に満身創痍だ。元からロケット団によって傷つけられてもいたのだろう。

 その姿は何かを守ろうとする強い母そのもので。

 ……それでも、此方にしてみれば負けられないバトルだから。

 

 

「でも ―― だから!」

 

 《ボウンッ!!》

 

「ヘナッ!!」

 

 

 こんなに強い相手だからこそ、立ち向かう意味はあるのだと信じるべきだ。

 雨粒に降られ。満を持して。オレは「げんきのかけら」にて三度(みたび)復活してくれたミドリを、万感込めて送り出す。

 

「(……そうだ。だからといって)」

 

 ガラガラの境遇に若干の意識はあれど、バトルを止めるつもりはさらさら無い。

 ルリを通じて、ポケモン達と交流を図ったことが根付いているのだろう。

 イツキに負けた際、オレなんかよりよほど落ち込んだポケモン達に、固まっていた価値観を壊してもらったのも要因かもしれない。

 

「(今なら大丈夫。ポケモン達は確かに、バトルを楽しんでもくれている)」

 

 ポケモンバトルにおいて、無意識の内にポケモン達を「他」だと思っていたから気が引けたのだ。

 それは違う。答えは無数にあるにしろ、少なくとも、オレにとって。

 

「(オレにとってのポケモンは ―― 同じ目標を持つ仲間で)」

 

 オレもまた、ポケモン達と一緒に戦っているのだ。

 例えば今、ガラガラにミドリもが負けてしまったならば ―― いやむしろ、負けてはならない闘いで、勝ち筋すら見えないならば今すぐにでも ―― 今度はオレが身体を張って立ち塞がるなり、目の前が真っ暗になるその前にポケモン達を抱えて格好悪くも逃げるなりすれば良いだけの話。

 だから今はまだ、勝つ為に、全力を尽くすべきで!!

 

 

「行くぞ、ミドリッ!!」

 

「―― へナナァッ」

 

「! ……ガラ」

 

 

 覚悟を持って腕を振り上げたオレに反応し、ガラガラはホネを構えた。

 あれだけみせたのだ。ミドリの『つるのムチ』を警戒しているのだろう。間違ってはいない。効果は抜群。今だってミドリが最も得意とする攻撃は『つるのムチ』だ。

 

 だけどな。ミドリが物理攻撃だけと決め付ける ―― それは、時期尚早だろ?

 

 そんな思考を、勝手に作られた枠型をこそ、誰もが打ち破って欲しいと願っている。

 ……そうだよな、ルリ。それにショウも!

 

 

「―― やってみせようミドリ!!」

 

「ヘナッ!!」

 

 

 声を張り上げる。ミドリは気合十分に応えてくれた。

 返答を受け、オレは面を上げる。

 ……経験則。アカネがもたらした雨は、あと攻撃2回分は保たれるハズ。

 あれからオレが頭を悩ませ続けたのは、ポケモン達を組み合わせた「戦術」。「上手く」戦う方法だ。それは誰かがサポートをし、誰かがそれを活かした攻撃に転じるという「型」でもある。

 

 そうして、オレが悩みぬいた末に捻り出した1つの鍵が ――「天候」。

 

 天候はオレのポケモン達を強化するに「通りの良い」ものだった。

 例えば『あまごい』によってもたらされる雨は、水タイプの攻撃を助長する効果を持つ。ベニの水技を十分に活かすことが出来るだろう。また、泥技を使う為にも活用できる。

 例えば『にほんばれ』によってもたらされる日光は、ミドリのもつ特性「ようりょくそ」から素早さを上昇させてくれる。炎タイプの技の威力もあがるけど、先手を取れるというのは余りあって大きなアドバンテージとなるだろう。

 とはいえ、他にも様々な恩得はあるけれど、天候は場全てに効果を与えてしまう。つまり相手にとってもプラスに働くのである。上手く組み合わせる……トレーナーの手札とするには、天候それだけ以外にも。

 

「(何か『もう一押し』が欲しいと考えてたんだよな)」

 

 物理攻撃である『つるのムチ』が得意なのはミドリ自身。だとすればきっとそこにワンポイント、何かを加えてみせるのがポケモントレーナーとしての役目。

 だからオレは、何とか見出した。ルリの授業を通して学びに学んだ「技」の中に、その答えは在った。

 今はその中心こそ、ミドリ。

 

 ……さぁ、見せてやろう!

 頑張って練習した切り札と、オレら全員の力を!!

 

 

「―― ミドリ! 『ウェザーボール』だ!!」

 

「ヘッ ―― ナァァァァ!!」

 

 

 ミドリが両の葉っぱを振り上げる。

 空を落ち葉を滑る雨粒達をかき集め、見る見るうちに、頭上で水球が形成されて行く。

 巨大化した水球が渦を巻き、水飛沫がびしびしと頬に跳ねてくる。

 

 

「ガラァッ!?」

 

 

 正面で迎え撃とうと構えたガラガラの、驚き顔。

 ミドリが練習していた技……『ウェザーボール』。天候によってタイプが変わる、物理以外の力で発動する特殊技だ。

 ガラガラにはタイプ的にも効果は抜群。いくら防御が得意でも、特殊攻撃にそこまでの耐性はない筈だ。しかも不定形である水の大玉ならば、ホネでは防御できまい!

 圧縮された水の玉が直径3メートル程に。よっし……

 

 ……いけぇ!!

 

 

 《 ズ 》――《 ドバァンッッッ!! 》

 

 

 投じられた水球は、目を見開いたままのガラガラへと落下、直撃、破裂した。

 植物の生育のため、水はけが良いとはいえない土。足元を水が流れて行く。まだだ。レベルの差があるぞ。一撃で倒せるなどという都合の良い想像を、今はまだ捨て置こう!

 ミドリはもう1度、『ウェザーボール』を構え……

 

 

「ガラッ……!」

 

 

 でも、この相手がそんな隙を逃してくれるはずも無い。

 完全に弾き飛ばす事は出来ずとも、両腕の『ホネこんぼう』で出来る限り相殺したのだろう。ガラガラは水塗れの身体を僅かに起こし、執念でもってホネを振るう。

 ……ここは祈って!!

 

 

「ガラッ!」

 

 《ヒュヒュヒュンッ》――《カランッ!!》

 

 

 通じた祈り!!

 そう。ベニの執拗な『どろかけ』によって「命中率」を奪われていたガラガラは、あらぬ方向へとホネを投じていた。

 一瞬水で流れるかもと考えはしたが、『ウェザーボール』が瞬間的な攻撃だったことやガラガラが正中を守っていた事が幸いし、作戦成功である。

 相手ポケモンが残り1匹、もしくは野生ポケモンを相手にする時の優位な点。

 

「(……状態変化の、持続!!)」

 

 つまり、命中や能力の低下を能動的に戻す術を、ガラガラは保持していないのである。

 トレーナーがいれば、能力の低下や一部の状態変化はボールに戻すことでリセットされる。しかしラムダから離れている様子のこのガラガラは、『くろいきり』などの変化技がない限り、バトルの最中にそれを回復する手立てが無い。

 それに加えて、野生ポケモンは変化技に疎いのが通例であるらしい。だからこそ、このガラガラがそれら変化技を覚えている……覚えていたとしても積極的に使ってくる確率は低かった。勝算は十分って事だ。

 オレはミドリに目を向け、……ま、言わずとも判ってくれているのだけれど……再度の指示をする。

 水球が作り上げられる。バトルを、終わらせる為の!

 

 

「―― 『ウェザーボール』!!」

 

「ヘェ、」

 

「……ガララッ……」

 

「―― ナァッ!!!」

 

 《 ドッッッバシャァァァン!! 》

 

 






>>どろかけ
 クラブの『どろかけ』については、過去作限定の教え技となっていたはずです。
 低レベル帯ではよくよくお世話になりました技ですよね。命中率低下。特にコガネシティのミルタンク戦とか、マグマラシが『えんまく』で頑張ってくれます。ワニノコはそもそも相性が悪くなく……チコリータはもっと頑張って(ぉぃ。


>>天候&ウェザーボール
 シュンのは所謂、一貫した天候パーティというのとは少し違います。
 作中の語りにある通り、イーブイを基点として天候を切り替えながら使いこなす特異な型となっております。
 シュンのパーティを見た(作った)瞬間から、このポケモン達をどうすれば生かすことが出来るのか……というのは私自身よくよく考えていた課題でしたので。
 クラブは未進化最高クラスの攻撃力(と防御力。ただしHPは少ない)。
 マダツボミは天候によるタイプ技レパートリーと「ようりょくそ」による底上げ。
 ……という訳で、残すは最後の1ピース。主題に挙げていた彼の成長を待つばかりですね。とはいえ原作HGSSで登場した際のシュンの手持ちをご存知の方は、それも今更かとは思うのですが(苦笑


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1995/秋 VSロケット団⑥

 

 ガラガラをその場に残し、ミドリとベニにはその監視をお願いした。

 信頼できるポケモンらにその場を任せ……とはいえ距離はそう離れてはおらず……オレは先行したルリの後を追う事にする。

 

 

「まだ大丈夫か、アカネ?」

 

「ブ、ブィ」コク

 

 

 走るオレの横にはアカネ。アカネにはガラガラが何時立ち上がっても相手を出来るようにと、『あまごい』を追加で繰り出し「雨」の天候を維持してもらっている。

 ……しかしこれは当然というべきか。駆けつけてみれば、戦線を押し上げていたルリは、既にラムダをフェンスの端へと追い詰めていた。

 

 

「―― っと、シュン君。無事ですか?」

 

「なんとか。ガラガラもなんとかなった」

 

「おー、流石ですね!」

 

 

 来たばかりの此方を気遣う余裕もある辺り、流石はチャンピオンだよな。

 しかしまだ敵は居る。オレも、場に到着してすぐに戦況の観察を開始する。

 念波と共に飛び交うミュウ、上空から一撃離脱を繰り返すピジョット、炎を吐き電撃を繰り出し冷凍ビームを放つ大怪獣ニドクインや、黒オーラ全開のジヘッド、ちょいちょい割り込んで援護に徹するクチート、歌って踊れるプリン(オチ)。どうやら戦線は均衡を保っているらしい。

 しかしそこに、今は7匹目(・・・)のポケモンが姿を現していた。

 

 

「フィァー♪」

 

「ジヘッドに続いて『りんしょう』を、ニンフィア!」

 

「フィー……ア゛ーッッ!!」

 

 

 見慣れないポケモンだけど、それもルリに限って言えばいつもの事。恐らくは新種なのだろう。

 ニンフィアと呼ばれたポケモンは、どことなくイーブイに似ている様な気もする外見。体色は白とピンク。耳をピンと立て、リボン型の触手っぽいものをルリの腕にグルグル巻きに巻きつけている。お楽しみのご様子(語弊)だ。

 ジヘッドの直ぐ後。ニンフィアの叫び声……『りんしょう』が近場のラッタを吹飛ばすと、ルリはニンフィアを宥めつつ前線に向かわせる。そんな(ニンフィアが、楽しそうな)ルリとは裏腹に、援軍であるオレの到着を見て、ラムダは露骨に顔をしかめてみせた。

 

 

「……っち。こりゃあどうやら、引き際だな? 時間は時間だが……援軍も期待は出来ねえ」

 

「どうでしょう」

 

「っは、ふざけんな。今おれ様が相手出来てんのは、元チャン様が1人しかいないうえに戦うポケモンが少ねえってな、環境の甘さに漬け込んでるだけだろうがよ。切り札で用意してたあのガラガラを、まさかそこの一般エリトレ候補生に足止めされちまうとはな。……こりゃあ、逃げの一手だ」

 

「はぁ。まぁ、貴方にとっては時間も丁度良いですかね?」

 

「―― へっ。そう言う事だな。まっ、今回に関しちゃあ痛みわけってとこにしとこうや」

 

「痛みわけは良いですけど……HP平均化は兎も角、簡単に逃がすつもりはありませんよ」

 

「おお、知ってるぜ。転送技術……部下どもがやってた『あなぬけのヒモ』紛いのワープは封じてんだろ?」

 

「はい。それに今、ジュンサーさん達が屋上を囲んでいます。物理的に捕縛する用意はしてもらっておりまして」

 

「それはハッタリだろ。ま、ジュンサーどもがこっちに向かってるのは知ってるがよ。……抜け目ねえな」

 

「いえいえ。貴方には敵いません」

 

 

 ルリはそう言って、視線を逸らさず両腕を広げた。

 日が沈み始めたタマムシシティの空。雨雲はオレらの上に限定的であるため、空の端では藍色と茜色とが入り混じっていた。

 そんな幻想的な空に無数に浮かぶ、ラムダのマタドガス。そして距離がありながらも、その相手をしているルリのポケモン達。

 とは言え、その技量の差は圧倒的だ。ルリのポケモン達が攻勢に転じると、1匹……2匹とマタドガスを落としてゆく。

 対して、ラムダは動かない。今までの戦況から考えるに、ここは増援を呼ぶ流れなんだけどさ。

 

 

「……っち。仕様がねえな。こいつぁ最後の手段だったんだが」

 

 

 その代わりにと呟き、ラムダは腰のバッグを開く。

 

 

「……うっわ。まだ居るんですねー」

 

「そら当然だろ? おれ様のやり口はこれだ。弾切れだけはしねえよ」

 

 四次元鞄だったのだろう。開いた口からぼろぼろとモンスターボールが零れ出し……そのままにやりと笑う。

 

 

「おれ様の手持ちポケモンはよ、全部が『じばく』を使える様にしてあんだ。今までは研究機材もあったし、おれ様まで巻き込まれたら堪んねえからな。一斉にってのは遠慮してたんだが……さて。想像しちゃあくれねえか。こいつら全部をこの屋上から解き放って……一斉に『じばく』と『だいばくはつ』を命じたらよ。面白い事になると思わねえか?」

 

 

 そんな事を言う。何を仰るなんとやら。

 ……一斉に、か。

 ……いやマズイというか駄目だというか元も子もないしやめて下さればと駄目だろそれはッ!?

 

 

「―― そらよっ!!」

 

 

 最悪の想像を前に思わず足が止まる。

 そんなオレを他所に、ラムダはすぐさま手元で操作を……駄目だ、って!!

 

 

「「「ドガーァス」」」

 

「「「ドッドガーァス」」」

 

「「「マァァァータドガーァス」」」

 

「「「D・О・G・A・R・S」」」

 

 

 ディー、オー、ジー、エー、アール、エス ―― DOGARS(ドガース)!!

 50匹を超えようかというドガースとマタドガスが、一挙に、雨粒落ちる宙へと飛び出した。

 空中とは言え数が数。わらわらと湧いて出ており……

 

 

『さあさ、タマムシスクールトーナメント秋の陣、決勝戦も最終局面! おてんば半魚人カスミちゃん、ばーさす、ヒトミ選手ッ!! 今、最後のポケモンが……はれ?』

 

『半魚人は間違いにしても酷いと思うけど……どうしたの、クルミちゃん? ……上?』

 

 

 管理棟前広場。

 バトルトーナメント決勝戦の観戦の為に集まった人々も、雨傘を開きながら何事かと管理棟の空を見上げ。

 

 

「弾けなあっ ―― 野郎どもぉぉッ!!」

 

 

 ラムダが叫ぶ。

 指示に応じ、ドガース達があちこちで光り出す。

 慌てて後方を確認。ガラガラの様子を見てくれているミドリのツルが届かない距離ではない。ルリも、ポケモン達に一斉に指示を出せば一撃は与えられるだろう。

 しかし、ドガースの数が多すぎる!! 全部を「ひんし」に持っていくには ――

 

「(―― 違う、諦めるな! 何か……)」

 

 必死に周囲を見回す。

 この状況を打開する、何か……

 

 

「―― 大丈夫です。あたしに任せてください。援護は既に、そこに居る貴方のポケモンがしてくれていますから」

 

 

 前方。ルリが一歩を踏み出していた。

 そこに居る……って、アカネがか?

 

 

「ブ、ブゥィ?」

 

 

 アカネは何事かという様相で此方を見上げ、疑問符を浮べている。自覚は無いと思う。何かしらの援護をしているらしいのだが。

 ぽかんとしたままのオレとアカネを他所に、彼女はそのまま腕を振るう。

 

 

「ここが全力の出し所ですっ……行きますよ!!」

 

「―― ピジョオオオオーッ!!」

 

 

 腕を振るうと同時、空から急降下してきたのは、ピジョットだった。

 どこかのインタビューで聞いた覚えがあるのだが、ポッポはルリが一番最初に捕まえたポケモンなのだという。それだけに進化したピジョットとはコンビネーション抜群なのだとか。

 そんな噂にそぐわず、ピジョットはここぞという絶妙のタイミングで降下を始め……

 

 

「ピジョッ……」

 

 《ギュルン》

 

 

 ……そして、その身体が光の渦に包まれるとかな!?

 

 

「なんだありゃあ!?」

 

 

 ラムダの叫び声と、人々の騒ぎ声とが重なった。

 驚くのも無理はない。オレだって何が起こっているのか判らない。というか説明できる人がいるのかこれ。あ、ルリは説明できるか(混乱)。

 ルリのジャージのポケットからも虹色の光が溢れ出し、ピジョットを包む光の(まゆ)にはヒビが入り始め。

 

 

 《ピシッ……パキキ》

 

 

 ドガースの集団まで距離10(メートル)。

 ピジョットの身体を球状に覆っていた光の繭。ヒビが一層大きくなり、

 

 

 ――《《ブワァァーッ!!》》

 

 

『ピィ、ジョォオオーーッ!!』

 

 

 虹色の炎を吹き上げつつ、一層大柄に姿を変えたピジョットが、堂々たるその姿を現した。

 空を見上げていた誰もが、敵味方に関係無く、口をぽかんと開いたまま固定される。

 その姿は、外見だけで言えば確かにピジョットなのだが……頼もしさが出たというか、トサカが長いというか。まるで「別の進化をした」様な、通常のピジョットとは一線を画す風格を備えていて。

 思考は止めず……兎に角。今までと姿を変えたピジョットは ―― ドガースを何とかするためのルリの「策」であるに違いない。

 

「(きっとルリとあのピジョットなら、鳥ポケモンの最大技を使いこなすハズ。……なら!)」

 

 飛行タイプの大技は、講義によって学んでいる。

 「遠距離」……そしてアカネの降らしている「雨」。

 

 

「さらに援護だアカネ! 『てだすけ』!!」

 

「ブ、ブィ。……ブィ!」

 

 

 解は出た。オレらに出来るのは「援護」であると。

 アカネの『てだすけ』に答え、ピジョットはトサカをなびかせながら、くるりと(ひるがえ)り。

 

 

「援護ないす! ……さあさ! 全てを巻き込む貴女の特性……加えてこの悪天候ならば、ドガース全部を狙ってもおつりが来ます!!」

 

 

 ルリが笑う。

 びしりと、勢い良く、それら全てを楽しむが如く、指差した。

 

 

「行こう、メガピジョット! ――『ぼうふう』!!」

 

「ピ、」

 

 

 

『―― ジョオオーーーッ!!』

 

 

 両の翼が唸る。タマムシシティの上空を、荒れ狂う風が吹き抜けた。

 凄まじいまでの勢いだ。宙を漂っていたマタドガスやドガースが、クモの子を散らす様に吹き飛んでゆく。『じばく』の準備に入っていたはずなのだが、爆発もしない。恐らく今の『ぼうふう』による一撃ですべてが「ひんし」状態にまで追い込まれたのだ。

 上空に向けて放ったからだろう。風はそのまま、勢い良く空をも突き破る。最後に空を飛んでいた為に巻き込まれたヤミカラスの「バンザぁぁぁぃ」がフェードアウトしていって。アカネの呼んだ雨雲にぽっかりと穴が開き、そのまま、散り散りになって消え去った。

 夕日を挟んで、背後には七色の虹が輪を描いた。後味すっきり、正に会心の一撃である。

 

 

「ありがとです、ピジョット。ドガース達以外の相手に戻ってくださればと!」

 

「ピジョッ」バサァッ

 

「……ちっ」

 

 

 かなりのポケモンを投入した一手をあっけなくも封じられ、ラムダは軽く頬を引きつらせている。仕方が無いだろう。それが普通の反応である。オレも敵側だったらそのリアクションだったに違いない。

 でも……それでも笑って。余裕を崩さない辺りに、幹部らしさが垣間見えている気がしないでもないな。

 

 

「……で、だ。おれ様が最後の最後でとちると思うか?」

 

「いえ。用意周到ですからね、貴方は。ですがそれを予測するのも難しく……まだ、策のお披露目ですかね?」

 

「おう勿論よ。……ほら、向こうをみてみな」

 

 

 正対するルリに見せびらかすように、ラムダが親指で木々の間を指差した。まだ策があるのか……と、オレもアカネも視線を向ける。

 屋上に張り巡らされたフェンスの前。

 逃げ場のないそこに、マタドガスと……。

 

 

「あのマタドガスは遅れて反応するよう指示してある。……お嬢ちゃんがどうなっても知らねえぜ?」

 

 

 そこに居たのは、お菓子作りを担当していたはずの少女。

 トーナメントの決勝戦は長引いていたらしい。既に時刻は17時……閉会時間を過ぎている。

 だから恐らく3日目の為に、許可を得て木の実の補充に来ていたのだろう。

 その両手に籠を抱え、此方を前髪の内から呆然と見つめる ―― ミカン!

 

 

「は、れ……?」

 

 

 彼女は呆けたままだ。前髪で見えないのか、頭上のマタドガスにも気付いている様子はない。

 ……当然だけど、でも、あれはまずい。巻き込まれる位置だぞ!?

 

 

「避けろっ、ミカン」

 

 

 オレは慌てて叫びつつ、周囲を見回す。

 オレとアカネはミカンまでかなりの距離がある。ミドリはかなり背後でミカンを守れる位置にはおらず、それは未だ残っているラッタやアーボックの相手をしているルリのポケモン達とて同じこと。

 打つ手が見当たらない、って、だからと言って諦める訳にもいかないしっ……

 

 

「―― マーァタ、」

 

 

 頭上のマタドガスがゆらりと揺れる。

 ミカンは未だ気付かず。

 せめてもと腕を伸ばすが、当然……届かない!

 

 

「……あ」

 

 

 オレが手をこまねいている間にもマタドガスは律儀に指示に従い、光を放ち始めた。

 フェンスとマタドガスに挟まれているミカンは、ようやく頭上の光を見て、しかしぽかんと口を開く。

 数秒の後には『じばく』が敢行され……

 

 ……るっておい!?

 

 

「この場を任せます! ……そらっ!!」

 

 

 そこへ、自分のポケモン達には曖昧な指示を出して。ルリが気合い一声、駆け出していた。

 ただし本来ならば走ったところで間に合うはずもない。オレより近い位置にいたとはいえ、ミカンまでの距離は10メートルはある。

 ……だがだが、しかし、しかして!

 

 

 ――《フィィンッ!》

 

「んよいしょっ」

 

「あぷっ」

 

 

 人を驚かすのが趣味なのだろうか。だとしたら悪趣味といわざるを得ないが……兎に角。ルリの靴から謎の駆動音が響いたかと思うと、その距離を僅かに2歩で埋め、ミカンを腕に抱いてみせたのである。

 そしてそのまま。

 

 

「ドガーァ……」

 

「ミカン、しっかり掴まっていてくだされば ―― とっ!!」

 

 《ガシャッ》――《 バッ! 》

 

 

 光を放ち始めているマタドガスを背景に ―― ルリはフェンスの端から、跳躍した。

 ……ってここは屋上だぞおい! 管理棟の7階相当の高さから、一切の躊躇なくとか! いや、その発想は無かったけどさ!?

 

 

「はぁぁ!? おいおい、まさか……っち、こうなったら……!」

 

「……ーァス!」

 

 《ヒィィィ、》

 

 ――《 チュドオオオオォォンッ!! 》

 

 

 そして響く、炸裂音。

 びりびりと空気が震え、屋上に並ぶ木々が爆風に傾ぎ、辺りが閃光に包まれた。

 

 

「ド、ッガ~ァァ」

 

 

 光と煙が晴れてゆく。

 役目を終えてぽとりと地に落ちるマタドガス。どさくさに消え失せているラムダ。

 ……それよりもだ!

 

 

「大丈夫なのか、ルリ!」

 

 

 視界が復活すると同時。オレは走り寄り、爆発によって焼け焦げたフェンスの向こうを覗き込む。

 ……って、

 

 

「……って、おおう」

 

 

 思わず漏れた安堵の息。ああ、安堵によるものである。

 管理棟前の広間ではポケモンバトル大会の決勝戦が開かれていた。人も数多く集まっている。

 何せ、そこには。

 

 

「っふー。何とかなりましたね。流石は相棒。良い仕事をしてくれます」

 

「っあ、……あの……一体何が? ……いえ、その、まずはありがとうございます……?」

 

 

 バトルステージの間に広がった『クモのす』―― 救命ネットの上。

 ミカンを抱きかかえながら寝ころぶルリが、いつもの笑みを浮かべていたのである。

 

 






>>ニンフィア
 オチにも絡まず、ある意味ぽっと出。リボンでぐるぐる巻きにされたかった(ぉぃ
 次(の、次)話にて色々と理由も説明されます予定です。


>>ディー、オー、ジー、エー、アール、エス ―― DOGARS(ドガース)!!
 ずぎゃぎゃぎゃぎゃー、
 てーーー、てれれっててー、
 てーーー、てれれってててー↑
 てーーー、てれれっててー、れっててー、てーーー、てれらったりれ~れー

< ホミカチャーン

(BW2、タチワキジム内でジムリーダーホミカ達のバンドが鳴らしている楽曲の歌詞より抜粋)


>>目がピジョット ← 予測変換
 いや違う。メガピジョット。とはいえ、最初に進化するとすればピジョットでしょうと。
 ……いえ、学園編の内に誰かはメガ進化させようとは思っておりました。本当ですよ(学園編の構想がXY以前でしたので言い訳)。
 なので、ピジョットでなければクチートでしたね。惜しい。
 因みにメガピジョットの『ぼうふう』時の台詞が重複して「ジョジョオオーッ!!」になっていた時にはびびりましたが。何部の主人公ですかと。


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1995/秋 終幕ですか、3日目

 

 Θ―― 管理棟/生徒会室

 

 

 

「顛末は聞いたぜ? 大活躍だったみたいじゃあないか」

 

「知ってるでしょうギーマ会長。オレの場合、ルリが居たからですって」

 

 

 ゴキゲンなギーマ会長に、苦笑でもって返すオレ。

 ロケット団幹部とのバトルを終えて翌日、オレはまず生徒会室へと向かった。本当は当日にでも向かうべきだったのだろうが、全ての決着がついたのは既に夜中。ルリが率先して報告を引き受けてくれた為、オレは寮に戻り休息を取っていたのだ。

 さて、そんなオレを出迎えてくれたのはジュンサーさん達と生徒会役員。学園祭の3日目があるため既に通常業務に戻ってはいるが、総勢拍手でのお迎えだった。

 その中にはあのイブキさんも居て、幹部は逃がしたものの屋上で破損していた機材を回収した旨を報告すると、「やるじゃない」とのお言葉を戴いていたりする。いやはや、やはり通ずるものがあるな……イブキさんとナツホには。

 

 

「ふっ。ロケット団の幹部と対峙しておいて、ポケモンバトルを挑む。しかも勝利をもぎ取ってくるなんざ、活躍以外の何物でもないだろうに」

 

「オレの直接の相手は幹部じゃありませんでしたし……ってか、勝利なんですか? これ」

 

 

 元々相手にかなり有利な条件だったし、その目論見も結局よく判らなかったと思うんだけどさ。

 ……ラムダの言う「研究」が、屋上に放置されていた機材を使用したものだっていうのは想像も付くけど。でもその機材すら、マタドガスの『だいばくはつ』によって半壊状態とかさ。

 そんな不満気が面に出ていたのだろう。ギーマ会長が続ける。

 

 

「なあシュン。今回は生徒側、警備側、どちらにも被害は無い。ロケット団の人員は2名を捕縛。学園祭の開催にも影響は無かった。……この結果は勝利と呼んで差し支えないだろうさ」

 

 

 ……慰めてでもくれたのだろうか? その気遣いはありがたいけどさ、落ち込んではいないですぞーと。

 ああ、そうそう。ギーマ会長の言う通り、オレとルリが幹部に挑んでいる間に「あなぬけのヒモ」らを封じるという策はぎりぎり間に合い、最後のほうで数名のロケット団を捕縛することにも成功したのだそうだ。

 しかも爆発物と詐称されていたブツに関しては、爆発物処理班が解体した所、謎の機械が詰め込まれているだけだったという顛末だ。それもエスパーお嬢様の予知の通りという訳だな。最後にマタドガスは爆発したけど誰も巻き込まれなかったのでそれは兎も角。

 ついでに、マタドガスが爆発といえばだ。

 

 

「そう言えば、ルリは何処へ?」

 

「ああ。彼女にはまだ現場の処理を任せてしまっている。彼女もついでに調べたいことがあるそうでね。元チャンピオン権限だと言われてしまったよ。……ヤレヤレ。俳優顔負けのアクションをしておいて、まだ働くとはね。この国のワーカホリックはとんでもない」

 

 

 そう言ってヤレヤレポーズのギーマ会長。どうやら今日もオレより先に来ていた筈の元チャンピオン様は、いつの間にか生徒会室を後にしていたらしかった。

 加速装置まがいの靴の事とか、すごい進化ピジョットの事とか、『クモのす』の張り具合は何処から計算してたんだとか。ルリに聞きたいことは、山ほどあったのにな。

 ……ま、良いか。

 

 

「その辺りはいずれ機会もあるだろうぜ。それより君は、行くべき場所があるんじゃないのか?」

 

「……それもそうですね。それでは失礼します、ギーマ会長」

 

「グッドラック。君らの進み行く未来に、幸多からん事を」

 

 

 うん、相変わらず気障だなこの人!

 とは言え、確かに、行かなければならないのだろう。

 そこに我が幼馴染とゴウ達、それにマイとその両親も居る。

 

 

 

 

 Θ―― 管理棟5階

 

 

 

 学園祭3日目の開会時間はまだ。

 早朝だけに行き交う人の数は少ないけど、それでも生徒会室を目指す生徒はいるらしく、数名とすれ違いながら階段を降りてゆく。

 5階。目的地たる客間の廊下……扉の前に立つ影が、3つ。

 

 

「―― 無事か?」

 

「無事だね。よかった」

 

「ふん。まぁ、良かったわ」

 

 

 昨日振りの我が友人らがゴウ、ノゾミ、ナツホの順に労いの言葉をかけてくれる。

 オレはそちらへ、軽く手を挙げながら近づく。

 

 

「まぁ無事だな。ミドリ達が頑張ってくれたよ」

 

「無茶したんじゃないでしょうね?」

 

「してないと思う。昨日はすぐに休ませて貰ったから、そういう意味でも無茶はしていないな」

 

 

 出来る事をやっただけだな、オレは。

 フェンスからダイブとかポケウッド的なアクションで無茶したのは、ルリだけだ。

 

 

「あれは主役かスタントのオファーがきても可笑しくなかったぞ」

 

「ルリの場合は、ショウとかヒトミと同じ馬鹿族バトル脳だからしょうがないでしょ」

 

「ふふ。ナツホはずっと心配してたから。あとで安心させてあげてね」

 

「だだだ、誰が心配してたっていうのよノゾミ! そりゃ、無事でよかったけど!!」

 

「デレをありがとう。……それで、マイは?」

 

「―― 向こうだ、シュン。マイが待っている」

 

 

 そう言って、ゴウは後ろ側を指差して横へと避けた。

 何分、オレが今日も早くから生徒会室へと出頭したのは、マイが兄へロコンを渡すという念願の場面を見届けるためでもあったのである。

 マイ母からの連絡によれば、マイ兄は今朝早くに家(仮住まい)に顔を出し父親と母親からお小言をいただいていたらしい。それも済み、今はマイと2人で学園祭へと繰り出す準備をしているのだそうだ。

 けど……ん?

 

 

「なんでオレだけ?」

 

「僕達は既に顔合わせを済ませている。……ここはお前が行くべき場面だ、シュン」

 

 

 他2人も同様の意見のようだ。

 ノゾミもナツホも後ろでうんうんと頷き、その場を動くつもりはないらしい。

 

 

「? ……ま、それじゃあ行って来るか」

 

 

 3名に見送られ、若干の疑問を感じながらもオレは角を曲がる。

 簡易ソファが窓際に置かれたそこは、自販機スペースとなっていた。そこで、ソファに腰掛けていた2人が腰を上げる。

 2人。服の端をつまみながら影に隠れるマイと……

 

 

「……ショウ?」

 

「おう。そーゆーことだな。マイの兄です宜しくどうぞ」

 

 

 そこには、にかりと笑うショウが立っていたのだった。

 

 ……。

 

 ……うわ、脱力感が半端無いぞこれは!!

 

 

「あらためて礼を言うよ。ありがとな、シュン。ほい、マイも」

 

「……あ、……あ……が……とぉ、ぅぇふ」

 

 

 またこいつかとの感嘆符は取り置くとして。待ち受けていたマイの兄がショウだったとかさ。

 ……何でオレ、その発想に思い至らなかっただろうな? 目先のロケット団に気を取られていたのもそうだし……そうだな。ショウに妹や両親が居るっていう感じが無かったのも大きい。

 ……、……いやさ。普通に考えて親が居るのは当然なんだけど、ショウの場合はなんだか独りで生きてるというか既に自立してるというか、そんなイメージがあるんだよな。なんでだろ?

 

 

「俺にだって親はいるぞ?」

 

「知ってるよ。可愛い妹も居るしな」

 

「……」ササッ

 

「「……照れてるな」」

 

 

 とまぁ、マイの挙動について意見は一致。伊達に兄をしていないという事なのだろう。

 ま、なんにせよ無事兄君に会えたのならば喜ばしい結末だ。オレ達も頑張って守った甲斐があったよ。

 さてと、だ。

 

 

「さてと。……ほらマイ。お兄さんに会えたら渡すものがあったんだろ?」

 

「……ん」コクリ

 

 

 最後のイベントだ。マイはおずおずと、ショウの影から足を踏み出す。

 離れ、ショウを見上げ ―― 大事そうに抱えていたモンスターボールを差し出した。

 唇を何度か震わせ、続く三点リーダの末に声を絞り出す。

 

 

「……これ、ロコン。……ガーディの、お礼にって」

 

「へえ……俺にか?」

 

「ん」

 

「というかお前以外に誰が居るんだよ兄貴」

 

「そらそうだ」

 

 

 ショウはマイからボールを受け取り……暫し覗き込んでいたかと思うと、にかりと笑った。

 

 

「ポケモン交換だな。ありがとな、マイ。ガーディの替わりにロコンって辺りが凄い嬉しい」

 

「……ん」コクリ

 

「嬉しいのは良いけどさ、なんでガーディの替わりにロコンだと嬉しいんだよ」

 

「んーん……バージョン?」

 

「意味不明だぞおい」

 

「あっはっは! んまぁとにかく、ありがとうって事だ!! 大事にするよ、マイ」

 

「……」サササッ

 

 

 そしてまたしても兄の影に隠れてしまうマイ。

 お兄ちゃんっ子だな。でも兄の視線から逃れるために当人の背後に隠れるとか斬新過ぎるだろ。確かに死角ではあるけど、それは密偵とか武術者とかそっち系の思考だ。

 そんなオレを他所に、目の前でショウが笑い、マイが仏頂赤面とかいう新技を繰り出している。

 いずれにせよこれにて、学園祭を軸とするロケット団の騒ぎも、無事に収束を迎える事となったのだろう。

 最後を笑顔で飾れたのならば……ま、良い結末に違いない。何よりもな!

 





 あとがきは次の話に。
 どうでもいいですが、マイが「ありがとう」と言えないのは作者による強権です(ぉぃ
 別段呪われているだとか言ったら爆発するだとか、そういう理由はありません(ぅぉぃ


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1995/秋 字あまりで、3日目

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 Θ―― 管理棟/屋上

 

 

 学園祭の日程も最終日となる、3日目。

 ラムダとの決戦から一夜を置いて、俺ことショウは管理棟の屋上で人を待っていた。

 因みにマイからロコンを受け取った後、シュンは何やら準備をはじめ、早々に管理棟を後にしていた。恐らく改めてナツホを誘い行ったんだろうな。順調な様子で何よりだ。

 ……因みの因みに、少し時間を置いて、学園祭に遊びに来たらしいコトブキカンパニーの令嬢とにらみ合うナツホの姿が目撃されている。うーん、若いって素晴らしい(遠い目)。

 つってもシュンもある程度の「答え」は出すことが出来たらしいし。これは、年末のトーナメントを楽しみにしていようって振りだよな。うん。良きかな。

 

 などと考えつつも俺は現在、屋上庭園の見回りを行っていたりするんだが。

 

 

「さてさて……ん、この樹も無事だな」

 

「ブイィー。……ブィッ♪」

 

「……っと。それはお前もなんだぞ? 無事だったから良いものを」

 

 

 はしゃぎながら頭に飛び乗ったイーブイ(・・・・)の、茶色の尻尾を上目に捉えつつ。

 俺は枝バサミを持ち、『だいばくはつ』によって焼け焦げた枝を切り落として日の通りを良くしてやる。これで根元に異常が無い限りは大丈夫だろう。あとは樹自身の回復力にお願いだ。あの短期間の雨程度であれば、水分の取りすぎで根腐れすることもないだろうしな。むしろストレスとしては良い具合になるかもだ。

 微妙に遠い学園祭の喧騒を聞きながら作業をしていると……園芸のお供、ラジオのスピーカーが震え出した。

 

 

『ガガガッ。……はいはいそれでは、記者放送サークルより、番組を始めますー。本日の昼放送は、昨日のトーナメントに出場しましたおてんば半魚人さんにゲストとして来ていただいています!』

 

『えっ、半魚人ってどこよっ?』

 

『あなたの事ですよカスミさーん。それではそんな愉快なおてんば半魚人さんをゲストにお迎えしまして……タイトルコール! あなたの昼食に素敵な差し水!』

 

『差し水なの!?』

 

『はい、それでは最初のトークテーマ。一般トレーナークラスでありながら大会で優勝しましたカスミさんから、喜びの言葉をいただきたいと思います! この大会での優勝はジムリーダークラスでの単位にもなりますが、進学についてはどうお考えですか?』

 

『……随分とマイペースね貴方達。……でも、わたしが優勝できたのは偶然です。スクールチャンピオンであるイブキさんが生徒会のお仕事で参加しなかったという偶然もありましたし、決勝で戦ったヒトミさんは、わたしなんかよりもずっと強いトレーナーでした。あそこで雨が降り、水ポケモン有利になるという、天候に恵まれなければ全く持って ――』

 

 

 記者放送サークルによる放送番組が始まったようだ。

 先日開かれた学園祭のメインイベント「ポケモンバトル大会」の優勝者である少女……ってか、カスミな。カスミがバトルの説明をしたり、インタビュアーに食って掛かっていたりするのだ。

 因みに俺たちの1つ下のカスミは、一般トレーナークラスに在住のハズ。そんなカスミがよく優勝できたなぁとは思うものの、シュンのアカネが使用した『あまごい』がバトルトーナメントにも影響をもたらしていたらしい。シュンの友人であるヒトミは負けたにしても楽しそうだったし、まぁこういうこともあるだろうと。

 さて、ジムリーダーの単位になる。つまりカスミは、ジムリーダーカッコ仮として活動出来る資格を得たという事だ。最年少ジムリーダー爆誕は原作通りだな。

 

 

「―― 居たわね」

 

 

 カスミの流れに相槌を撃ちつつ、切った枝根にニスを塗り終え腰を下ろした所で、樹の影から声がかかる。

 こんな……脳内は無駄に賑やかだが、実際には非常に静かな……屋上に先んじて姿を現したのは、我がゴスロリの幼馴染。

 勿論、突然現れたことに驚いていてはきりが無い。適当に片手を挙げつつ応対しておく。

 

 

「よっすミィ。お疲れさん。マイの情報と護衛、ありがとな。出来る限りの速さで駆けつけられた」

 

「マイを、守るのは。私のやりたい事でもあるもの。礼には及ばないわ。ナツメにも後で礼をしておきなさい。……それに、疲れているのは其方も同様でしょう。決着は済んだのかしら」

 

「ド!」「ドォ!」

「ビリリリリ」

「キキィッ」

 

 

 しかし今日のミィはドードーの上に跨り、ゴスロリの上にこれまたフリフリの日傘を構えているどこぞの令嬢スタイル。残暑に優しい格好である。足元をビリリダマが転がり、ドードーの頭にイトマルを乗せるというスクールメンバーのポケモンも御一緒だ。

 そのミィが口にした「決着」という言葉には、微妙に顔をしかめ。

 

 

「決着なー……いきなりその話題か。もう少し明るい話題にしたい所だよな」

 

「ええ、お互い様にね」

 

「ド?」「ド?」

 

「ここまでで良いわ。ありがとう」

 

 

 そう言って、ミィは(微妙に残念そうな顔をする)ドードーを降りて、木陰の椅子に腰かけた。どうやらこの場を離れるつもりはないらしい。

 ……んー……まぁ、暫くこのままで良いか。この学園祭までの期間は俺もミィも忙しくしてたしな。休息は必要だろ。

 俺は頭上のイーブイ帽子を取り、ミィの隣に腰を下ろしつつ。

 ミィのポケモン達は促されると、自由に木の実が食べられる生育スペースでおやつタイムに突入した。ついでに俺も膝の上のイーブイを促してみるも、「ブィィ」。断固として動こうとしない時の声。なら良いか。別に重くないし。

 ミィが四次元手提げ鞄から取り出したお茶をありがたく受け取り……ついでに、仕事の進捗でも聞いておく事にするかね。

 

 

「そんじゃあ……んで、シルフの方はどうだった?」

 

「的中よ。―― 強化ランニングシューズは、出資元が覆い隠されていたけれど。件の『パワードスーツ』に繋がる研究で間違いなかったわ。実際に役には立つのだから、止めるのは野暮。私も手伝う事になりそうよ」

 

「そっか。んー、良いんだか悪いんだか判断しかねるとこだな」

 

「そうね。……其方の、ポケモンリーグへの打診は。どうだったのかしら」

 

「こっちは、会長はおおむね賛成してくれたけどそれ以外は厳しいな。資金源と切り離す為には後押しが必要だ。やっぱり来年か……もしくは再来年が好ましいっぽい」

 

「来年……そう。あの、事件の。後になるわね」

 

「あー、そうだな。やっぱりそこが転機になるんだろ。こうして動いてみても、ロケット団の首領が作ったこの流れは用意周到といわざるを得ない。流石の貫禄だぞーと」

 

「……流れ、ね」

 

「そう。流れ。……少しばかり謎解きと行こう」

 

 

 そんじゃあ順に振り返るとして。

 

 強化ランニングシューズとは、ポケスペばりのあれ。ただ衝撃吸収力がとか偏平足を予防だとかではなく、そもそも走る能力を機械的科学的に強化しようという試みだ。現在シルフ社では第一次商業品として「ランニングウィンディ」の開発を行っており、俺はそのテスターというなの実験台を努めている。

 まだ起動時間が短かったり充電機構をどうしようかという改善部分はあるみたいだが、先日ミカンを助けた際に活躍してくれたからな。大変助かりましたまる。

 

 次にパワードスーツ。これは……XYもしくはBW2で研究されていた器具になる。肉体的な補助だけでなくポケモン周辺機器への関渉能力を備えた、いわゆる犯罪組織のお品。スーツとして大々的に使われたのはXYとORASだな。BW2では、ゲーチスさんの持っている杖にその影があったりする。

 ミィに曰くまだまだあの領域になるまでは時間が掛かるらしいが、シルフで行われていたこれら研究の横流しが素体になっているのだろう。産業スパイ様々だ。

 

 最後に、ポケモンリーグへの打診。

 これはまぁ、事件に直接の関係は無く。つまりは俺の目論んでいる構想のための一手。シュン達のおかげで実践できるという確信が出来たため、本格的に動き出してみていたりする。

 ……説明になってない? じゃあその辺は後々、また無駄思考の中で。

 

 さてさて。

 俺があの場……ラムダとの決戦に急行して、少なくとも幾つかの収穫はあった。

 ラムダがこの場所で行っていた研究 ―― 「強制進化電波」。HGSSで言う「怪電波」に関してだ。

 

 

「怪電波。学園祭が『実験場』になっていたのでしょう」

 

「一応被害は最小限だったぞ? 『大爆発』に巻き込まれた庭園の木々が少々。ついでに言えば『実験』の前段階に巻き込まれたガラガラ達の群れとシオンタウンもだ」

 

「ガラガラ。ポケモンタワーの、イベントね」

 

「そうそう。怨が付くにしろ付かないにしろ、念ってのはやっぱ『居ない奴』よりも『居る奴』のが強いからなぁ。タチサレ云々はあのガラガラの生霊ってオチになりそうだ。……無事群れに返すことが出来たけど、暫くは孤児院で対人のリハビリをすることになりそうだったな」

 

 

 それで女神姉妹からジト目を食らってるんで、Mもとい自業自得だが……もう1個解説を加えたい。

 

 強制進化電波といえば、HGSSストーリー上にてチョウジタウンの「紅いギャラドス」を生み出した実験。あの時は湖丸ごとを仕切って実験が行われていたが、強制的に進化させられたポケモンは何らかの不具合を生み出す……かも知れない、という一例だったのだ。

 どっちにしろ、ポケモン達がこの電波を嫌がっていたのは確か。何せ電波装置を置いていた管理棟に近付こうとしてなかったからな。野生ポケモン達。

 ロケット団員達の使ったポケモンが進化してる割に低レベルだったのも、恐らくはこの実験の一環。バトルで使用するに足るのかを確かめていたんだと思う。

 

 つまりこの学園祭を巻き込んだ一連の流れは、「電波の実験」と「電波によって進化したポケモン達の運用実験」を兼ねた、ロケット団ばかりに得のある事件だったという事でまとめておこうそうしよう! うし!!

 

 因みに、爆弾に偽装されていた謎の物体は電波の中継装置だった。そっちを分解しても電波の仔細は判らないんだそうだ、マコモさん談。……電波が「何の研究によって生み出されたものなのか」には俺個人の心当たりもあるが、確定してないんで一旦置いといて。

 その上で電波を発していた大本の機械は、最後まで配置していたマタドガスの『だいばくはつ』で破壊してくってな念の入り様だったしな。こりゃあ、ラムダ相手には気が抜けないなぁと。結局本人にも逃げられたし。

 

 ……あー、でも、被害といえば。

 

 

「直接の被害者は今の所、好奇心一杯に機器に突撃した俺のイーブイだけだなぁ」

 

「……あの『強制進化』の電波を放つ機器に、突撃ね。影響は無かったのかしら」

 

「いや、実は一度進化したんだ俺のイーブイ。な」

 

「ブィーイ」グデェ

 

「……。……何に」

 

「ニンフィアだった」

 

 

 「なつき」と「親愛」がどうやって競合しているのか不明だけど、俺が園芸をしている間にいつも花畑で遊んでいたからか、それともグリーンの送り迎えでカロス地方にちょっとだけ寄ってったからか……いつの間にかフェアリー技を覚えてたんだよな。『つぶらなひとみ』。ニンフィアに進化する条件は整っていたって寸法だ。それでもあのタイミングで進化したのはやはり、ロケット団の怪電波による影響なんだろうけど。

 

 

「貴方の、イーブイが。ニンフィアになったのは納得だけれど。それで、何故今もイーブイの姿なのかしら」

 

「ブィ?」

 

「判らん。退化したっぽいぞ。だよな」

 

「ブィ!」ピョイン

 

「おう……って、また頭の上か? オニスズメといい、俺の頭上には何かあるのか?」

 

「ブーィーイー」グデッ

 

「見えない、見えないぞ前。尻尾がだれてる尻尾」

 

「……はぁ。いつの間に、退化スプレーは。実用化に到ったのかしら」

 

「ブィ!」

 

「ちょおっと腕の中に居てくれよー……と。ってか退化スプレーて、それはカードゲームの話だろーに」

 

「カードでも、ポケモン世界には。違いないでしょう」

 

 

 確かにそれもそうか。カードも漫画もだな。……俺のイーブイ、流石にポケスペみたいに自由に進化できる訳じゃあないんだけどなぁ。苦しんでもいないし。

 あ、一応言っとくとポケモンカードゲーム(初期)に「退化スプレー」っていうカードがあるんだ。一応な。効果は名前まんまだ。

 

 

「んー……つっても、イーブイは環境の変化に敏感なポケモンだ。その辺りが影響してるのかも知れん。強制的な進化だったしな。今後にも影響あるのかは、ちょっと経過観察って事で。まぁ、少なくとも俺はずっと一緒にいるつもりだ。命に別状とかそういう話ではないと思うぞ」

 

「そういう話だったら、貴方は。ロケット団の基地に突撃していたでしょう」

 

「あっはっは。実験結果と内容を漁って対処法を探すくらいはしてたかもな?」

 

 

 やはり、イーブイに悪影響が無いのは、……退化が悪影響なのかどうかはさて置き……何よりだ。

 とはいえ、今後の為にもデータを手に入れておくくらいはしておくべきかね。うん。予定に追加しておこう。

 そんな風に俺がまた仕事を(こっそり脳内で)増やしていると、ミィが空へと視線を向けた。話題を少し変えるらしい。

 

 

「この、学園に。在籍しているトレーナー達は。有名所が多いわね」

 

「そりゃそうだな」

 

 

 確かに、登場する人物の割合として原作における有名所がかなり含まれているのは事実だ。

 でも、それは当然でもあるな。だって。

 

 

「有名所のトレーナー……将来ジムリーダーや四天王に就くようなトレーナーが偶々ここに居るって訳じゃあない。順序が逆なんだよ」

 

「……成程。それもそうね」

 

 

 ミィが理解を示してくれる。

 そうだ。「作中有名トレーナーがここに集まっている」んじゃない。

 

 

「今このカントーで優秀な成績を残しているトレーナーだからこそ、『有名所になる』んだって。未来ではな」

 

 

 《ガサッ》

 

 

 ――《ガササッ》

 

 

 ――――《ドサッ!》

 

 

 

 ……あー、うん。

 

 それで、明らかに〆に掛かった俺の言葉を遮った落下音とかな!

 

 

「……いやほんと、何の音だ?」

 

「集合時間だから、かしらね」

 

「あー、成る程」

 

 

 トレーナーツールの時間は確かに集合時間を指している。

 ミィの言葉に納得した心持のまま振り向くと、木の上を伝ってきたのだろう。這い出てきた不審者が、もぞりとその身を起こす。

 

 

「……ん」ササッ

 

 

 そして、素早く身を隠した。……俺の後ろに!

 ミィに影響されたゴスロリ。しかして丈の短めなスカートと、昨年末に俺がプレゼントした花弁を象った髪飾りが黒髪にきらりと映える。

 ……あー、いや。不審者っていうか、妹だ。俺の妹。マイ。

 妹とは言え、マイはれっきとした原作キャラ。プラチナはチャンピオンロードの脇道で出会うトレーナーで、シェイミの一連のイベントに関連していた。その辺りはまぁ、原作を参照していただくとして。

 千葉県在住じゃあないから大丈夫だと思いたいが、それにしても、俺やミィ……カトレアやエリカ辺りに引っ付いて歩いてばかりなのが心配だったんだよな。マイは。けどそれも今回の学園祭を通してシュン達と知り合ったお陰で、少しずつ改善傾向にあるっぽい。その点については、素直に嬉しい出来事だ。

 とまぁそんな妹と、本日は学園祭を回る約束をしていたのだ。集合時間ぴったりの現地集合。とはいえ集合の仕方が「木の上から飛来する」のはミィの影響を受け過ぎている気がしないでもなかったり。

 ……そんなマイが来たからには、こいつも外に出しとくべきだろう。

 

 

「さぁて、と。外は気分が良いぞー! 皆こーい」

 

 《ボウンッ!》

 

「のっ、のっ!」ボチャン

 

「――」スタッ

 

 

 ボールから出て近くの小川(屋上水路)に着水するヒンバス。

 そして、もう1体。赤くりくり巻き毛のおキツネ様はというと。

 

 

「―― コォンッ」プイッ

 

「ん? そこ……木陰よりも日向のほうが良いのか? まぁ日照の一族の末裔ってんなら納得できる」

 

「……コォン」

 

「でもお菓子とかいらんのん」

 

「……」プィ

 

「そっぽ向いたかー。……とまぁロコンはこの調子でな。流石は日照一族の秘蔵っ子って感じで、プライド高めらしい」

 

 

 たっぷり3メートルは距離をとった場所で太陽を見上げて動かないロコン。マイが俺の事を心配そうに見上げているが、まぁ、貰ったばかりのポケモンはこんなもんだろ。今はメガシンカできるほどになったピジョットだって、ポッポだった最初の頃は『かぜおこし』の練習1つするにも大変だったしな。

 メガシンカの要因については、実はというか当然というかあまり詳しくはわかっていないんだが……少なくともダイゴから貰った「ピジョットナイト」と、最近ミアレに引っ越したプラターヌ兄弟子との研究で使っていた「キーストーン」が揃っているため進化が出来ていた。

 キーストーンはルリ御用達の(かんざし)に埋め込まれているんで……何だろう。「メガカンザシ」? 語呂が悪いな。でも簪を英訳するとこれ以上に語呂が悪いし、そもそもヘアピンはダイゴと被るんで別に構わない気もする。

 ……あ、そうそう。プラターヌ博士はナナカマド博士の弟子な。「進化」という要素を研究する同門なんだこれが。

 さて。話が跳んだがメガシンカの為に、原作で言うなら「絆」が大事なんだと思う。けど別に懐いてなくてもポケパルレこなしてなくても進化は出来るし……やっぱり不明な点が多い。その辺りはまぁ今後の課題としておこう。また増えたぞ課題。

 と、いう訳で。妹には心配はいらないぞと髪をすいておいて。

 

 

「単純に仲間が増えてくれるのは嬉しい事だって。スクールのメンバー3体も揃ったしな」

 

「成る程、そうね。……私も年末のあれに参加しようかしら」

 

「あれって、あー、あれか?」

 

「ええ。エリカが、何か。楽しそうなイベントを催すと言っていたもの。ナツメも協賛らしいわ」

 

「だなー。エリカの企みとなると楽しそうだ」

 

「貴方の、好みに合った。催しにするでしょうね。エリカなら」

 

「言葉に他意があるぞ、他意が。……でもまぁ、トーナメントは間に合わんだろーけど、俺も参加するか」

 

 

 更に更に、せっかく3体居るのだからとそんな催しへの参加予定も追加しておくとしてだ。

 ……俺は腰を上げる。

 

 

「っと、そっちのけで悪いなマイ。そんじゃ ―― ほい」

 

 

 そして、右手を差し出す。マイはそれを、不思議そうな表情で見つめ。

 

 

「……?」

 

「手。3日目となると人ごみも客引きも凄いからな。離すなよ?」

 

「……。……うん……!」

 

 

 僅かに迷った末、俺の服の裾を離し、手をぎゅっと握った。

 マイは姉代わりのミィに似た能面の中に、笑顔を浮かべてくれた。

 

 

「……うん。……プラチナ嬉しい……」

 

「……はぁ。その知識はどこから得たんだ。というか、プラチナを上級詞として使うのは別の妹に任せておいてくれるとありがたいんだが」

 

「確かに、プラチナ(で活躍する)妹なのだけれどね」

 

 

 などと突っ込みを入れつつも、これにて、学園祭の本当の終幕。

 決め込んで、妹に引かれつつも屋上を降りてゆくことにする。左にはミィ。

 ……うっし。

 暫くは大変だった分、俺達も学園祭を楽しむとしますかね!

 





 ながぁくなりました学園祭編にお付き合いくださり、ありがとうございました。
 私にとっての「ちょっと」が1ヶ月くんだりそれ以上なのは駄作者故の不出来につきご容赦をいただければ。
 付けたしは各所ショウの場面になります。そのため、今話の説明箇所が分割され、前話が短めになりました。
 文章量の比が悪くなりましたが、大分裏話も出来ましたし、そういえば最初ってこんな感じで書いてたなーと振り返ることが出来て結果的には良かったと感じます。
 「謎解きと行こう」の台詞がお気に入り。見るからに役目からに転生者たるショウの題目ですね。
 作者的なタイトルは★学園祭、★バトル展開、★シオンタウンのガラガラ、★メガシンカ、★電波というHGSS伏線、★ロケット団、★ラムダの目論見、★スクールにおけるシュンのバトルスタイル確立、★XY系列への伏線、★イーブイの特殊能力付与、★マイおよびマコモさんご登場、★ショウのスクール仲間3匹目 ―― その他細々。詰め込み過ぎのきらいがあります(苦笑。
 その辺り構成下手なのでしょうと実感しております次第。
 次回は少し日常編(ポケウッドアクションでフラグを完成させたお方のイベント消化)を挟んで、いよいよ冬編の最終章となります次第ですね。おおよそは主人公が解説してくれたので、あとがきでの解説は多分これ以上ありません。
 ではでは。


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1995/冬へ 甘い(甘い)お話


 Θ―― 男子寮/325号室



「さて。秋もすっかり深まり終盤なわけだが……シュン、宿題は終わらせてるか?」

「今、最後のレポートを〆にかかってるとこだよ」


 いつも通りの部屋で、ショウが突然語り出す。
 エリトレクラスには「秋休み」という、学生にとっては別段嬉しくない行事がある。
 「秋休み」は名目上、学園祭の振り替え休日である。学園祭から授業を挟んで間を置いて、1週間ほどがまる休みになるのだが……こうして宿題を出されるなら大差無いと思うんだよな。オレとしては。
 とはいえ休みは休み。こうして宿題さえ終わらせてしまえばどうという事は無い訳で。


「ナツホ達と集まって、昨日1日で根性入れて殆ど終わらせたからな。これさえ終わればあとは休むだけだぞ?」

「そーか。……んー、そりゃあ良い事だ。うん」


 しかし、オレに尋ねた側であるはずのショウの表情が芳しくないな。
 ……ん?


「もしかしてショウ、終わってないのか?」

「あー……実は、な。最大の課題が残ってる」


 残る秋休みは6日。
 ショウの進み具合にもよるものの、物事には全力が基本のショウが、課題なんていう真っ先に取り組みそうなものを「手付かず」という状況は考え難い。半ばまでは終わらせてあるはずだ。そう考えれば時間には十分余裕があるといえよう。
 だがそういったオレの予想に反し、ショウは未だ心苦しい面持ち。白衣と制服をベッドの上に放り私服に着替えると、時計を確認しながら部屋の入口まで歩いて……ドアノブに手をかけた。どうやら何処かへ出かけるらしい。
 外で課題を片付けるとか、流石はショウ。日がな図書館に篭って宿題を進めたオレらとは違うな。実に斬新だ。とはいえショウはタマムシ出身。コイツなら行きつけの喫茶店の1つや2つあっても不思議じゃないな。そしてそこには、ほぼ間違いなく美人さんが居る筈だ。それがショウという友人なのである。


「そんじゃあ行ってくる。最後の課題を片付けにな」

「なんだか判らないけど、気合十分だってのは判った。ショウの健闘を、部屋の中でポケモン達とチップス食べながら祈ってるよ」

「おう。こればっかりは残しとく訳には行かないからなぁ。負債が貯まり過ぎてて6日もかかる。……そんじゃな!」

「おー。がんばー」


 ショウは最後にグッと拳を握り、外へと走って出て行った。気合が十分過ぎるだろ。

 ……。

 ……んん゛?


「―― 6日もかけて、課題?」


 オレらが1日で終わらせる事ができた課題を、か?
 ショウの奴がオレらよりも手が遅い、というのは考え難い。となるとポケモンレンジャー関係か……


「……まあアイツの場合はもしくは、ってのも可能性としては大きいか。研究もやってることだしな」


 などと、浮かんだ疑問は早々に放棄し、研究万能説を提唱しておいて。
 だって考えるだけ無駄だと思うしな。それよりもこっちはこっちで、休みを満喫するとしよう。


「さて、まずは買出しに行くか。……出てこい、皆っ」


 《《ボボボウンッ!》》


「……ブィッ」
「グッグゥ!」
「ヘナナッ」ビシッ


 繰り出したポケモン達と共に、まずは、チップス菓子でも買いに行こうと思い立った火曜日なのであった。
 ……うん。頑張れよー、ショウ。割とマジで。




 

 

 Θ―― 女子寮/エントランスカフェ

 

 

 ―― Side ノゾミ

 

 

 

 ミカンからその話題が切り出されたのは、火曜日。

 秋も深まり、朝晩の冷え込みが強くなり始めた頃だった。

 

 

「ショウとルリにお礼をしたい、ですって!?」

 

「ひゃっ、はい!?」

 

「ナツホー、もうちょっと声量押さえてあげてよー。ミカンが怖がってるじゃあないか」

 

「うん。ヒトミの言う通りだね」

 

 

 わたしの言葉にナツホがうっと言葉を詰まらせた後、ごめんと呟く。

 女子寮の1階、クリーム色したカフェ「えれくとろん」の店内。正面にナツホとミカン。隣にはヒトミ。

 先のミカンの言葉は、朝にカフェに集合して季節物を注文している間に発せられたもの。

 お礼をしたいというのは悪くない。むしろ良い。それでもナツホが声を荒げたのは多分、挙げられたショウ君の持つああいった(・・・・・)人気に対しての苦言染みたものだ。

 ……でも仕方が無い。こういうのは唐突だって、少女漫画でも言っていた。ミカンのそれは、まだよく判らないけれども。

 ミカンは、ショウ君にはお菓子の件でずっと後押しをされていた。ルリには、この間のマイの件で命を救われたと聞いた。ナツホはキレ気味だったけど、そこにお礼をしたいというのは、わたし的には普通の事だと思う。

 少し「はんすう」する。わたしは口数が少ない分、物事を黙って考えるのは好きだ。ミカンの方からお礼がしたいと。人……とりわけ男子が苦手な彼女にとっては大きな決断で、イベントだ。

 わたし達の学徒としての課題は終わっている。手伝える。是非とも成功させてあげたい。……だとすれば、少しだけ問題が隔たっている。

 

 

「ミカン」

 

「…………は、はい。すいません」

 

「謝らなくて良いよ。……でもショウ君あまり学園の敷地内に居ないよ?」

 

「そ、そうなんですか」

 

「うん。そう。研究だって。ルリも結構出かけている」

 

「なるほど。つまりはノゾミ、敵を知り己を知れば百戦危うからずという事かい?」

 

 

 否定に留まらず、わたしの言いたい事をヒトミが察してくれた。頷く。

 ショウとルリには神出鬼没な所が有る。つまりミカンが挙げた2人とも、休日では遭遇からして難しい。

 ……作戦の成功の為には、まずそこを打開したい。先ずは。

 

 

「連絡先は知ってる? ショウ君の」

 

「……あ、いえ。お菓子の時は……いつもショウ……君、から、迎えに来てくれていたので」

 

「そう。難しいね。ルリも、あの図書館の屋上庭園にいつも居るわけじゃない」

 

「シュンからの返信来たわ。ショウは今日からまた出かけているって。しかも秋休み全部。あによアイツ、ミカンのお礼を受け取らないつもり?」

 

「まぁまぁ、落ち着きなよナツホ」

 

「―― お待たせしましたー」

 

 

 ここで、わたしが注文した栗きんとんが店員さん(休みの日にバイトをしている知り合いの娘だ)によって運ばれて来る。店員さんに軽くお礼。ナツホがまたねといって分かれる。

 思考を中断して楊枝を握る。甘いものは大事だ。みんながみんな、自分の注文したお菓子を1口掬って口に運んだ。栗きんとんの「こわくてき」な甘味が口に広がり鼻に抜けた。うん。美味しい。

 わたしは右手に楊枝を摘むまま、続ける。……両者ともに居場所は不明。だとすると。

 

 

「ルリを呼び出すにもわたし達には繋がりが無い。いつもショウ君が連絡役をしてたから」

 

「だね。だとすればまず、狙いはショウに絞るべきだろうねえ」

 

「そうなる。芋づる方式だね」

 

「ふーん……でもミカン、適当に会った時にお礼を渡しても良いんじゃないの? 秋休みが終わって学校が始まれば、ショウには自然に会えるでしょ?」

 

 

 ヒトミと話しながら方策をまとめていると、ナツホが意見を差し込んだ。

 確かに、急がないならそれでもいい。でも、と、わたしはミカンに視線を送る。

 

 

「……あ、いえ、そのぅ。……出来ればこういうのは、その、決心が揺らがない内にと思います」

 

 

 珍しく。ミカンは目を覆い隠す前髪の奥で、確かな炎を燃やしていた。ぐっと拳まで握られている様にはどうにも愛らしさといじらしさを感じる。

 ……うん。

 

 

「決心が揺らがない内に。いいねえ。何かこう甘美な響きのある台詞だねえ。それは、アタシ達にはないねえ」

 

「うん。青春」

 

「……あ! ちが、ちがうんでっ」

 

 

 わたしとヒトミのからかいに、ミカンは慌てて腕を振った。やはり可愛らしい。違うのは知っている。それでも、告白でもする様な物言いだったには違いないから。

 ……青春。良い言葉。スクールに通い始めるまで、わたしには余り縁が無かった。ナツホ達が教えてくれたから。

 一息ついて、再び考え込む為の糖分補給にと栗きんとんに食指を伸ばす。そんな言い訳染みた糖分補給を堪能していると、わたし達を見つめていたナツホがぽつりと言った。

 

 

「つまりミカンは、そのショウ達へのお礼を秋休みの内に渡したいのね。……あによ、まどろっこしい。ミィからショウとルリの行動予定を聞いて、後をつけて渡せば良いじゃない。ミィならそれくらい知ってると思うわよ?」

 

 

 ……おおー。思わず感嘆。なんという肉食ナツホ。でもこれは良い。わたしにはない、攻めの発想転換だ。

 ミィ。同じ女子寮に住む、同年代の、ショウ君とは幼馴染だという、ステルス機能を有したゴスロリの女の子だ。図書館のお姫様でシルフカンパニーの研究室長でもある。

 彼女なら間違いなく連絡先は知っている。「そう言った観点」からみるとミカンとは敵対関係かもしれないにしろ、お礼をするためだと突き通すことは出来る。……でも多分、彼女はそういった部分に頓着せず普通に教えてくれると思うけど。そういう人だ。

 うん。どっちにしろ方針は決まり。

 

 

「わたしはミィの連絡先は知ってる。部屋が近いから」

 

「流石だねえノゾミ。それじゃあ連絡先を聞きながら……と。ミカン。お礼の品ってのは、もう?」

 

「す、すいません。それも少しお知恵を借りられればと思って……」

 

「なら決まりね。街に買いに行くわよ! ほらミカン、準備よ準備!」

 

 

 ナツホがミカンの手を引き上へと向かう。多分上着でも取りに行ったのだろう。仲が良い。

 大都会だとはいえ、また「こおりのぬけみち」にもほど近いわたしとゴウの故郷チョウジタウン程ではないとはいえ、タマムシシティは寒い。それも冬に差し掛かっているのだから当然で、外出するなら尚更。

 わたしも上着を取りに行こう。甘味の最後の一口を放ると、勘定の紙を持って会計へと向かった。ナツホとミカンの分はわたしとヒトミが折半して支払った。

 ミィに連絡した所、ショウ君は本日シオンタウンの孤児院に行っているらしい。流石に遠い。という訳でわたし達もその日は買い物。翌日水曜日より作戦を決行。

 かくして一大事、ミカンの「お礼を渡そう大作戦」が始められた。

 

 

 ――

 

 ――

 

 

 ……でも、何せ相手が相手。

 やはり、事は簡単には進まない。

 

 

 水曜日。

 ショウ君はエリカ先生と一緒に歌舞伎の演目「助六(すけろく)由縁(ゆかりの)不思議花(フシギバナ)」を観に行っていた……!

 その後もそのまま街をぶらぶらして男性向けの香水を紹介されたり、「御用達」っぽい雰囲気の織物屋さんに寄った際に当代の娘に引き連れられて……と、周囲から勘違いをされていたり。

 近づけない。うん。明らかにデートだし。着物だから目立つし。先生と生徒だし……背徳的だし。エリカ先生は家元だからか、両親まで引き連れているし。そしてショウ君の両親も何故かいるし。

 あれは外堀を埋められているね。うん。逃げ場が無い ―― という事で退散。

 

 

 木曜日。

 ショウ君は、ナツメさんとバトルの練習をしていた。

 バトルについてあれこれ相談をしながらも、リニアの話とか、孤児院の話とか、カトレアさんの話とか。仲が大変良さそうだ。そして多分、ナツメさんにはわたし達の尾行がばれていたね。

 何だろう。それでも見せ付けるのが趣味なのか、わたし達を気にせず服を買いに行ったりしてた。ジムリーダーの制服について「女幹部」とか発言したショウ君がムチ(の様なもの)で追い回されていた。ナツメさん、それじゃあ完全に悪役です。

 でもその後にショウ君から実は真面目に選んでくれてた服をプレゼントされて赤面ナツメさん ―― という事で退散。

 

 

 金曜日。

 カトレアさんにポケモンバトルの練習をつけてた。毎日の様にバトルしてる。バトル好きだね。知ってた。

 どうやら、カトレアさんはエスパー能力の制御に加えてショウ君のサイン指示を練習しているみたいだ。ポケモンに指示を出すその様は、結構手馴れているように見える。

 ショウ君に向けて褒めて褒めてと、表情少なに詰め寄るカトレアさん。髪がぶわぶわしてる。どんな原理なんだろう。そしてバトルの振り返りに集中してて素っ気無くされたのに、何か、嬉しそう。潜在的なのかな。

 ショウ君はそのまま、コクランさんに勧められ宿泊したらしい。流石にそこまでは尾行しなかったから ―― 途中で退散。

 

 

 などなど。など。

 こうして3日ほどつけ回した結果、ショウ君には隙がない事が判った。

 くじけない。ここまでは想定内。勝負は次の土曜日。

 ……その、筈、だったんだけどね。

 

 

 ―― 件の土曜日。

 

 

「勝負ですの、ショウ!」

 

「あの、コリンクが3色牙を覚えて来たのでお手合わせ願えますか?」

 

「……あー、……あのな双子。連絡先はどうした、連絡先。前もって連絡をって言ったよな?」

 

 

 出先のカトレア御家から寮に戻った所を待ち伏せていたら、そんな不審わたし達よりも先手を打った超絶不審人物らがいた。

 2人。顔が似ている。ショウ君が口に出した通り双子なのだろう。尊大な態度の姉がツインドリルを揺らして、びしりと指差し。

 

 

「偶然のほうが運命的でしょう!!」

 

「だ、そうです。姉さんの言葉は良く判らないですけど、……あはは。運命的って言葉にはロマンを感じまして」

 

「それでオレが寮に帰った所を待ち伏せて、こうしてバトルを挑んだってか。それは偶然でも運命でもないと思うんだが」

 

「バトルだけでなく解説もお願いしたいわ!」

 

「あ、それは是非とも。お疲れの所申し訳ないですが、お弁当とか作ってきてみたので、お礼も出来ると思いますよ?」

 

「……まぁ新しい手持ちも居るし、バトルは望むところだけどな!」

 

 

 なんだかんだ言いながら、ショウ君は2人のバトルに付き合う様子だ。

 またしても空振り。ミカンがややも涙目になりつつある。わたしはその頭を撫でながら、それならばと午後に狙いを定め。

 

 

 ―― 昼食後。

 

 

「ふむふむ。それじゃあこれっていうのは……」

「ゼニゼェニッ」

 

「おー、元気良いなゼニガメ。……んでカレン、それは副次的にだな」

「のっのっ」

 

「……ふんふん」

「ゼーニーィ」

 

 

 ……だのに。午後には知らない女の子が入れ替わりに隣へ。しかも白衣。研究の仕事っぽくて近寄れない。春には藤棚が備えられていた木枠の周囲に今は水が張られており、そこでヒンバスとゼニガメが水を掛け合っている。

 以下、偶然通りがかったシュンによる質問で始まった会話の内容だ。

 

 

「それでショウ。隣の人は誰なんだ?」

 

「貴方から紹介して頂戴な。これでも私、見知らぬ人を面にして緊張してるのよね」

 

「そんなキャラだったかお前。……あー、それじゃあ紹介を承りまして。こちら、俺と同じくエリトレとレンジャーのクラスを掛け持ちしてる天才同級生。名前はカレン。今は一緒に研究してるんだ」

 

「紹介に預かったカレンよ。宜しく」

 

「ご丁寧にどうも。シュンです」

 

「シュン君ね。多分覚えた。……専攻というか、このショウ君とは論文の内容が似通っているのよ。わたし、強すぎる技って余り好みじゃないのよね。その点、ショウ君の技についての研究は鱗ぼろぼろよ」

 

「ゼニゼーニィ」

 

「いや、鱗ぼろぼろて。表現表現。ゼニガメも合いの手を入れるなよ」

 

「ええ? 通じるなら問題ないでしょうに」

 

「ゼニィ?」

 

「おー、あざといぞゼニガメ」

 

「―― ああっと、居ました居ました! ハァァァァァンチョーォォォォォッッッ!!」

 

「げふ。……声がでかい、あと背中が痛いぞ我が班員」

 

「のっ、のっ!?」ピカーン

 

「なんですかヒンバス? ……あ! それとも今は研究所じゃあないのでショウさんとか呼んだ方が良いですか!!」

 

「俺のが年下だから、呼び捨てで良いですって。……大丈夫。大丈夫だぞー、ヒンバス。俺はそこまでやわじゃない。『ひかりのかべ』もありがたいが、この人のタックルは特殊攻撃じゃないんだ。見た目とか夢見がちなんで勘違いし易いが。あのサイトのトップで閲覧注意の忠告してる人とは世界線が違ってだな……」

 

「それならハンチョーもわたしを呼び捨てにしてくださいよーぅ! 前はしt」

 

「さーて何のことだか心当たりが無いなというかこのやり取りは初めてだいいな?」

 

「ショウが必死だ……。あ、でも、お久しぶりですマコモさん。学園祭の事件の時以来ですね」

 

「はい、お久しぶりですシュン君」

 

「……ってか、ショウもハンチョーなんですか?」

 

「ショウ君はハンチョーですよ!!」

 

「一昨年に図鑑作った時のな。今はただの研究仲間だって」

 

「……名前で呼んであげれば良いじゃない?」

 

「ニヤニヤすんなカレン。……あー、判った。判ったよ ―― マコモさん。これで良いか?」

 

「おっけーです!!」

 

「のっ!」

 

「順応性高いのなー、ヒンバス。釣れるポイント決まってんのに。……あー、まぁ、それは良いとして。件のマコモさんは何の用事であんな大声上げながら走り回ってたのでしょうかと」

 

「あ、そうですそうです。この間調査を手伝ってもらった『デルパワー』についてなんですけれど、イッシュ地方に置いている分室からとても興味深いデータが届いていまして」

 

「デルパワー……ドリームワールドの調査の副産物だったな。プリンが『うたう』で協力した研究の。特性と地方特有の力場と、ポケモンの『野性』の関連性って題目だったか」

 

「はい!」

 

「それってもしかして、ショウが教えてくれたアカネの特性のやつか?」

 

「ああ。シュンのイーブイには随分と素養があったからな。『特性の変化』と『隠れ特性』。ドリームワールドによって引き出された特性の方が、ポケモン本来の能力に近いんだそうで」

 

「なになに特性の変化? それ面白そうじゃない。わたしにも一枚噛ませなさいよ」

 

「圧さないでくれカレン。色々と当たるから。というかまだ十分なデータが無いんだって。……一部で実用化はしてるんだけどなー。カプセルには到ってないし」

 

「それでそれで、ハンチョー! その研究の事なんですが、実は『(オー)パワー』というですね ――」

 

 

 等々。

 途中からマコモ研究員さんが加わり、研究の話題が加熱。益々入り辛い雰囲気となってしまったため、撤退を余儀なくされた。

 

 

 

ΘΘ

 

 

 

 そして最終、日曜日。

 カフェ「えれくとろん」に集まった女子4名は、いずれもが机に突っ伏していた。疲労と心労による気力の減退が原因だった。

 ……手強い。この4日間ショウ君を追い掛け回して実感できた。うん。手強過ぎる。

 まさか連日のように女の子を周囲に配置してガードを固めてくるとは。隙が無い。それも自発的にではないから、こっちの介入を許さない偶発性がある。あらかじめ予定を建てて動くと、その不確かさによって阻まれるのだ。

 そんな風にショウ君を追っかけまわして、遂には秋休みの最終日になってしまった訳だけど。残念ながら、ミカンのお礼を渡すという目的は達成されていない。

 

 

「……はぁ。今日もやるのね、ミカン」

 

「あ、あの……ナツホさん達には、ご迷惑をお掛けして申し訳ないのですが……その、今日こそは」

 

「だねえ。ミィに曰く最後で最後の本日、ショウは仕事みたいだし。可能性は一番高いんじゃあないかい?」

 

 

 ヒトミの言う通り。今日のショウは、女子寮から見える位置……第2体育館の一室に潜んでいた。どうやら誰かと待ち合わせをしているらしい。

 ただ連日の流れからそれが女子だった場合、帰宅時を狙うしかない。仕事とは言え相手が女性の可能性は十分……という訳で、長期戦を見越して寮の中で待機をしている。

 女子寮自体が3学年合同で使用している建物で。連休だとはいえ人も少なく無い。各自のんべんだらり。

 

 パソコンを前にカフェラテを含むヒトミ。

 ミネラルウォーターのミカン。

 モンブラン増し増しのわたし。

 

 

「―― ぶほっ!?」

 

 

 そして、ロイヤルミルクティーを噴出すナツホ。

 

 ……あ、噴出すとはいっても小さく。ほんの僅かに。一滴くらい? そこは女の子の尊厳を守った。

 

 

「毒霧とは新技だねえ」

 

「そうじゃなくてっ……ルリが居たわっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

 

 ナツホの(噴霧)の先へと一斉に振り向けば、確かに可憐なツーテール。ルリが姿を現していた。彼女もミカンの標的(語弊)だ。お礼をするならこの機会を逃すことも無い。

 

 

「それなら今よ! ミカン!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 ナツホに背中を押され、ルリの後を追って第二体育館へと駆け足に突入するミカン。

 ……それにしても何故ルリがここに来たのだろう。と、考えていると、暫くして3人(・・)。ルリと、ショウ君に連れられたミカンが部屋から出てきた。

 わたし達は女子寮の風除室に移動して聞き耳を立てた。知り合いの娘が心配そうな視線を向けてくる。大丈夫。食い逃げじゃない。

 息を潜めていると、少しだけショウ君とミカンの会話が聞こえた。

 

 

「そ、そのっ。……元チャンピオン……け、敬語とかっ使ったほうがっ……」

 

「あー、ミカン。今のは秘密な。本来のラッキーでトゥラブルなお約束と男女が逆だって突っ込みを入れたくは思うが、その内ちゃんと説明するから。あんま萎縮されるとそれこそ困るぞーと」

 

「……が、頑張りますっ」

 

「おう。頑張ってくれると俺としても助かる。……そんじゃあ、その説明とミカンの話っていうのを含めてだな。話をするには……んー、そうだな。この辺だと、あっちか」

 

 

 そう言って、ショウ君が先導して建物を出て行く。

 二兎を追ってはいけない。ミカンは当初の作戦通り、ショウ君を先方のターゲットにしていた。しかしどうやら、会話から察するに、お礼はまだ渡せていないみたい。

 ……でもショウ君の秘密を握ったと。やるね、ミカン。

 当の元チャンピオン・ルリは言葉を発しなかったが、ショウ君およびミカンと分かれたところで『テレポート』していた。やはり彼女の側は放っておくしかない。

 しかしショウ君だ。ワタル→ルリだと思っていたけど……こうなるとルリ→ショウ君の線も怪しく思えてくる。わたしは恋愛探偵ではないから、そこまで立ち入った追求はしないけど。

 

 建物を出た2人。ミカンに歩調を合わせるショウ君は、少し敷地を逸れた所にある甘味処のノレンを潜った。

 わたし達は近くの茂みに身を潜める。怪しいのは十も承知だ。お母さんに手を引かれたそこの子、真似をしてはいけないからね。

 お店の外観を観察すると、看板に横文字が躍っている。確か、雑誌で紹介されていた覚えがある。持ち帰りも出来る「季節のたると」が看板メニューだった筈だ。

 ……女の子を案内するのに甘い物。これは良い。ただ、男の子がこういう場所に詳しいのは、いただけない感じもする。他の女子の影が見え隠れするからだ。先にあげたのも何処かの旅番組などではなく、「がぁりぃ」を売りにする服飾雑誌の特集であったはず。隠れ家的なという文句で。

 他の女の子に連れまわされ、否応無しに甘味処の情報を得る。それもショウ君なら尚更だ ―― けど、うん。

 

 

「それも違うかな」

 

「? 何が違うってのよ、ノゾミ」

 

「ナツホは判らない? ショウ君の場所選びのこと」

 

「えっ……え?」

 

「あっはっは、ナツホには難しいかもねえ。……こんな雰囲気の良い場所の喫茶店を選ばれると、デートの為に下調べでもしたかと感じるのが正直な意見だけど……今回は偶然からだね。となると、他の女の影を感じるってのが素直なとこさ」

 

 

 そういえば下調べという線もあったか。でも、そこまでは同意。

 情報入手の前提を、「他の女の子から」とする。そんな情報だということを忘れて、目の前の女の子を喜ばせる為にと、甘いもののお店を選んだ。これがよくある流れ。ナツホは例外としても、大変に判りやすい流れ。

 ……でも、ショウ君はきっともっと「したたか」だ。それについては確信がある。だから。

 

 

「だからわたしもそう思ったんだけどね。初めは。でも改めて、それも違うかな」

 

「……へえ?」

 

 

 ヒトミがいぶかしんでくれる。探偵の助手役とかが似合ってると思う。探偵わたし、解説しよう。

 

 

「多分、ショウ君がこの店を選んだのはわざと。意図的だね」

 

「わざと?」

 

「意図的に?」

 

「うん。意図的にこの店を選んで ―― 意図的に他の女の子の影をちらつかせている。ミカンにあまり踏み込ませないように」

 

 

 それは大別すれば「気遣い」に分類される楯なのだろう。影が見えれば「そういう」意味で近付こうとした女の子は尻込みする。

 ……普通は。普通はね。だから逆に言えば、ショウ君の周りの女の子はそれら楯をぶち破って接近する娘ばかりだという事になる。何と言うか、次元が違うのかもしれない。

 他の女の子達が近くに居て、ショウ君はそれをこっそりと提示した。ある種の想いを持つ女の子だけがぶつかる楯を。本当にただお礼をしたいだけの娘は、これには傷つかない。お礼を言って美味しく食べて、それじゃあねで済むから。

 相手に優しい戦法だ。そしていやらしい。

 多分この気遣いを、ミカンは察することが出来る。聡い子だから。察して、どうするのか。ミカンが自分の心と向き合う良い機会。

 ……傍目に見ているわたし達にとって、ミカンの気持ちは一目瞭然だけど。だって、後を追うだけで4日だ。そうでもなければこんなに執着する筈は無い。何よりショウ君は、ミカンが扉を開く手伝いをしてくれた人だから。優しい人だから。

 店の中の2人は幸い、こちらからも表情を確認できる窓際の席に座ってくれた。声が聞こえなくても判る。先ほどの「説明」だろう。ショウ君が中心となって話を振りながら、コーヒーを減らして行く。

 「それでも」。ショウ君の飲み物が無くなった頃合。窓の向こうで、ミカンは覚悟を決めたようだった。

 勢い良く立ち上がる。

 唇を別ち喉を振るわせる。

 全力で頭を下げる。

 そこでお礼の品を2つ共に差し出した。ショウからルリにも渡してもらうつもりなのだろう。

 それよりの問題は今、ミカンがどんな言葉を口にしたかだ。文句によって方針が決まる。

 友か。愛か。

 

 

「――、……。―― っ!」

 

 

 ああ。でも、その真っ赤な表情で十分に伝わった。

 ショウ君は少々ぽかんと口を開けていたが、すぐに苦笑いを浮べた。予定としてはここで切り上げるつもりだったのだろう。けど、ミカンに機先を制された形だ。

 ミカンに座るよう促すと、ショウ君は適当な品を追加で注文した。待っている間にトレーナーツールを差し出す。連絡先を交換するらしい。ミカンの喜びに埋もれた顔。これからの戦意に満ちた顔。それだけで十分な戦利品……で。

 

 

「――、」

 

 

 ……十分だと思っていたら、ショウ君も何かを差し出した。あのショウ君の事だ。恐らくはミカンが頑張ってサークルの「お菓子班」を取り仕切った事に対するお礼といった辺りか。

 お礼をしようと思ったらお礼を送り返される。抜け目のないやり口(サプライズ)

 勧められたのだろう。ミカンは逡巡の末、その場でプレゼント……髪結を付ける。頭の左右に2つ。垂れていた前髪が開けて、綺麗な目が露出する。ショウ君が感想を言って、ミカンの顔色がリンゴかトマト。

 うん。そろそろ、わたし達が紛うことなきデバガメだ。

 

 

「馬に蹴られる前に退散だね」

 

「確かに。ミカンも頑張ったみたいだし、アタシらは引き時だねえ」

 

「……はぁ、まったくもう! ミカン、あの子、わざわざ修羅の道を選ぶことは無いのに。……応援するしかないじゃないのよ!」

 

 

 最後にそう言って、わたし達は街路樹の茂みから離れていった。

 ナツホの「修羅の道」という文句は言い得て妙だ。確かに難敵。攻略し難い大山。

 でも挑むくらいは自由だと思う。応援するのも、勿論自由。

 そこに可能性はある。未来は無限に広がっている。

 先日、学園祭の後にゴウもそう言ってくれていた。姫君として持ち上げられるわたしも同様なのだと。狭い世界に閉じこもる必要はないのだと。

 ……そしてわたしがどんな決断をしようとも、彼は傍にいて応援をしてくれるのだと。

 だからこそわたしも頑張ろうと思えたのだ。彼を……また、彼が気にしている友人の応援を。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 冬に向けて日々冷え込みは増してゆく。

 外から室内へ。わたし達が女子寮の「えれくとろん」でお菓子を囲む日は数多い。

 テーブルを彩る甘さ。その内にミカンの1つか、ミィやカトレアが居る時には2つも3つも。

 甘い話題が乗ることになったのは、きっと、喜ばしいことだ。

 ……うん。おいしい。頑張ってね、ミカン。

 

 





 今回はこれ単発の更新です。書き方を大分変えて寄せて、今話をお送りしました。
 主人公は探偵染みた思考と、どこぞのよろしく無駄な事を考える頭を兼ね備えた女の子。ノゾミとなります。
 内容はタイトルの通り。砂糖砂糖。
 「助六由縁不思議花」は、本来フシギバナの所が「江戸桜」になります歌舞伎の演目ですね。結構メジャーな方かと。なお、この演目は最後に男女が心中します(ぉぃ。これをエリカさんと見たあたりに主人公の苦労を感じていただければ。

 ゴウとノゾミのコンビは書いていて好きですね。どちらにも自分があって。今話を通してノゾミの属性「クール」に「お茶目」を追加できたならば目論み通り、嬉しく思います。無口だからといって脳内までがぼうっとしている訳じゃあないですよね。むしろ話さない人ほど頭は忙しなく動いているものかと。

 今更ですが予告をしていたはずですので、ミカンについて。
 HGSSのアサギシティでジムリーダーをしている女の子です。鋼タイプのポケモンを得意としています。灯台でデンリュウを助ける為に奔走したり(走るのは主人公ですが)、HGSSにおきまして大食らいの属性が追加されていたりと、懸命という言葉が似合うキャラクターですね。
 あと、スタッフに愛されてます(笑。ヤマブキ道場での再戦はメンバーがガチ過ぎて!
 今作におきましては前髪少女となっていたのですが、ここにて転機をば演出させていただきました。人の性質的にはまったくもって相性は悪くありません。是非とも頑張って欲しい所ですが、スクール編を終えたらジョウトに帰ってしまいますね。どうしましょう(ぉぃ
 プラチナではハガネールの「ネール」でマスターランクコンテストに出場する彼女の姿が確認できます。その「ネール」はHGSSでポケモン自由の交換をすることができたり。ミカンファンの方はHGSSを周回する事でしょうね。私はしました。

 そしてはたして、体育館でミカンが見たものとは……!
 (続かない。ご察し!)


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1995/冬へ 嵐台風雨(あられはありません)

 10月。

 冬に差し掛かる秋の日。

 夕食を平らげた後の食堂。いつものメンバーの中、ユウキだけが熱弁をふるっていた。

 

 

「この11才真っ盛りのおれらに男子寮に篭れと? 色気もなにもありゃしねえっ!?」

 

 

 うだーっと机に突っ伏すユウキ。一応、こうも荒れているのには訳が有る。

 なんとタマムシ大学は今日から2日、授業を切り上げる旨を発表したのである。

 それに加えて、生徒には自宅に戻って外に出ないよう勧告が成された。理由は、季節はずれの台風の到来だ。かなりの規模らしく、夜にかけてここカントー地方を横断するらしい。

 タマムシシティの店や施設も、今日は早めに店じまいをするだろう。そのため、好奇心旺盛な学生達だとて引き篭もらざるを得ない。オレらも例に漏れず、男子寮へと引き上げてきた……

 ……訳、なの、だが。この荒れようである。外に居ても中に居ても荒れているとはこれ如何に。

 

 

「む。ヤマブキの様に地下道でもあれば良かったのだがな」

 

「そのテンションのユウキに真面目に取り合うなよ、ゴウ。疲れるぞー」

 

「んー、ボクは色気より眠気だねー」

 

「非常時のロマンスこそが燃え上がるんだろうがよっっ!?」

 

「いやさ、ロマンスて。……良いけどさ、ロマンス。大事だけどさ」

 

「大方ポケウッド映画でも見たのだろう」

 

「色気より眠気だねー」

 

 

 ユウキも、言ってる事は側面的だとはいえ正しいんだよなぁ。

 とはいえ命には代えられないし、オレらの場合は帰る場所が寮だ。食堂のおばちゃんは日が沈む前に帰るとは言え、部屋に篭らなくてもいいからな。自宅通いの連中とかよりは暇しないはずだろ。

 そもそも。

 

 

「そもそも、台風の間に出来ることなんてたかが知れてるんじゃないか?」

 

「シュン、お前……遂に枯れ方までショウに似てきやがって……! そんなだからヒヅキのお嬢様にも言い寄られんだぞ!? 何だ、その内前髪で隠れて目が見えなくなるのかよっ」

 

「ギャルゲーの主人公化するっていうのか、オレ。……ぞっとするなそれは……」

 

 

 血涙が見えそうな(見えないが)ユウキの言葉には、オレも少しだけ身を引く。視線が怖いからな。

 ……ってかショウのそういった特性に似てるとか言われるとやっぱり怖いぞ。この間、あれは好意かどうか判らないけど、天才同士で仲良い娘も居たし……ついにはミカンにまで影響させたからなアイツ。うんよし、前髪は切ろう。

 あんなになりたいか、と問われたらオレはノー。多分ユウキはイエス。飢えてるからなぁ。

 

 

「それは兎も角。自宅待機だからって何かある訳じゃないんだろ? 夜になったら寝て、起きたら午後からまた学校ってのは変わらないんじゃないか」

 

「―― いや、それは違うなシュン」

 

 

 向かいから生真面目な声。……おおっと、まさかゴウから否定されるとは思わなかったんだけど。

 

 

「どういう事だ?」

 

「……僕としては承服しかねるが。学生が、こういった事態に何もイベントを練らないはずが無いだろう」

 

「だな。マツバ寮長が臨時でバトル大会のメンバー集めてるぜ? ハヤト委員長ですら図書館貸しきって肝試しの取り仕切りやってるしよ」

 

「ぼくはー、寝るかなー……ぐぅ」

 

 

 何なんだろうな、アクティブ上級科生!? ケイスケが寝るってのは知ってる!!

 ……ま、馬鹿やれるのも学生の内ってのは理解できるな。台風が来る前に図書館に移動してしまえば、ってのも。出来ればオレも参加したかった……けどさ。

 

 

「うーん。そのバトル大会にしろ肝試しにしろ、動けるポケモンが居ないとなぁ」

 

「……なる。そういやシュンは2月の大会に向けて、調整の大詰めしてるんだったな」

 

「ポケモン達を無為に疲労させる訳には行かないか」

 

「そうなるな」

 

 

 言って、オレは腰元のボールを翳す。日中殆どの時間をバトルの練習に費やした結果、アカネもミドリもベニも、お疲れモードで睡眠中だ。とまぁこの通り、バトル大会にしろゴーストポケモンを使うのであろう肝試しも、今はお預けなのである。流石に優先順位というものがあるのだからして。

 ……まさかオレもケイスケ側に回ることになろうとは! なんて、一応の弁護をしておいてだ。

 

 

「って訳で、オレは早めに寝ておくことにするよ。先輩方といいんちょには謝っておいてくれるか?」

 

「ま、そりゃ仕方がねーな」

 

「任せておけ」

 

「ぐぅ」

 

「悪いな。そんじゃ」

 

 

 ユウキ達に手を振って。イベントを控え、にわかにざわめき始めた食堂を後にする。

 未だ日は沈んでいないにしろ、風は強くなり始めていた。寮の傍にある木々はけっこうな強さで揺れている。大丈夫なのかなこれ。この寮って建てられたの何時ぐらいなんだろ……と考えつつも、オレは階段を上って行く。いや、少なくとも古くは無いから心配ないか。

 325号室に到着するとすぐさま、『ちいさくなる』で命中率低下したポケモンを押し潰さんばかりに、ベッドにダイブ。それにしても正直、ポケモン達が疲れていなければ男子寮バトル大会は惜しかったかなー……と思いながら。

 疲れに負けて、オレは眠りに落ちて行く。

 

 

 

 

 

 《ゴーォォォ……》

 

 

「―― ん、あ?」

 

 

 風の音、窓が軋む音、雨粒が衝突する音。全体的にうるさいなぁという感じで、目が覚めていく。

 ……というか辺りが暗いな。

 

 

「……夜? あ、夜か」

 

 

 何だかぱちっと目が覚めてしまった。壁掛けのポッポ時計を見ると、午前3時。眠り始めてから7時間ほどだ。睡眠としては十分だけど、夜中に起きてすることがある訳でもない。日の出も遅いため、バトルの練習にも早すぎる。

 隣のベッドを見ると、同室のショウはやはり帰ってきてない。アイツは不良少年か。

 

 

「んー、喉は渇いたかな……」

 

 

 寝起きに枕もとのモンスターボールを腰に着け(ボールの中の3匹は完全に眠ってるけど)、オレは部屋を出る。一気に寝たせいで冷蔵庫の中身が空なのだ。買いに行くしかないだろう。

 扉を開いて出ると、廊下だけでなく寮中がしんと静まり返っていた。風と雨の音だけが響いている。灯りも何故かついてないし……いやさ、慣れ親しんだ寮の中で迷うことは無いけど。

 

 

「自販機コーナー……おいしいみず……いや、あえてここはミックスオレにするべきか。……にしても真っ暗だなおい。……うん、まさか?」

 

 

 この暗さにも理由があった。予想外にも、自販機コーナーが稼動していなかったのである。

 ……成る程、廊下を歩いても自動照明が動かないのは停電だからか。足元灯だけが点灯しているのは非常電源から。……となると次に目指すべきは、多目的スペースか。あそこには確かろ過機があったはずだ。

 階段を降り、今度は多目的スペースに向かう。暗い中を転ぶ事無く進み、1階。食堂の前で右折する。

 いつも通りの多目的スペースの奥。薄暗い一面のガラス張りに雨粒が打ちつけられており ――

 そこに居た人影に、オレは思わず声を掛けていた。

 

 

「っと、ケイスケか?」

 

「……あれー、シュンー? どーしたのさー、こんな時間にー」

 

「のどが渇いてさ。ってか」

 

 

 それはこっちの台詞でもあるのだが……兎も角。ケイスケが1人、ソファーに腰掛けていたのである。

 いつもなら(たかが)夜中の3時程度なら誰かが残っていてもおかしくは無い、この多目的スペース。そこに誰も居ないのは、恐らく馬鹿騒ぎをしたり図書館に行ったりと、人がばらけているからだ。

 3時ってなると馬鹿騒ぎ → 皆おねむのコンビネーションを食らっている時間帯だしな。この嵐で図書館から帰ってこれるはずも無いし、せめて風が収まるまでは無理だろうし。

 しかし、ケイスケと言えば睡眠、睡眠と言えばケイスケ。そして睡眠といえば、夜にとるべきものである。今回のオレみたいに珍しく早く寝てしまったとかなら判るけど、ケイスケは……

 ……ん? そういやケイスケ、昼間は寝てるな。おかしくはない、のか?

 

 

「でもー、シュンが来るってー、丁度良かったかもねー……。珍しく今、誰も居ないしー」

 

 

 そう言うと、ケイスケはろ過機へと近付いた。ボタンを押してコップに水を注ぐ。水を飲みに来ていたのだろうか。それはオレの目的でもあるので、同様にコップを取って水を汲み……隣にケイスケ。水を飲み干した所で。

 

 

「そんで、何が丁度良かったんだ?」

 

「んー? そうだねー……」

 

 

 問い掛けに対して応じながら、ケイスケは再び、だるりとソファに腰掛ける。

 

 

「シュンはさー。ボクとポケモン勝負の練習ー、するー?」

 

 

 いきなり、そんなことを言った。

 

 ケイスケ。ポケモン勝負。

 

 ……うん、違和感が拭えない単語の並びだな!

 ではなく。キキョウシティスクールにおけるケイスケの成績は、実はトップクラスだったりするのだ。模擬手持ちポケモンを使用してのバトルもかなりのレベルで実践的だった。そんな相手とバトルが出来るのは、勿論、嬉しいことではあるのだが。

 

 

「嬉しいし願ったり叶ったりだけど、いきなり言われてもな。今はポケモンも寝てるし。……そもそもケイスケの目標は『のんびーり』過ごす事なんだろ?」

 

 

 そう続けて、オレもソファの向かいに腰を下ろす。嵐は収まる気配を見せていない。でも嵐の夜って何だかテンションあがるよな。オレだけかもしれないけどさ。

 置いといて、『のんびーり』について。

 ケイスケが信条としているこれは、つまりはバトルとか、そういうのに「忙しなく取り組まない」という言葉だと受け取っていたんだけどな……。

 とはいえオレの言葉に大きな間違いが有る訳でもないのだろう。ケイスケは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、こっちの言葉を否定もせず。

 

 

「そうなんだけどねー。……今年の夏のバトル大会、知ってるよねー。イブキが優勝したんだけどー」

 

「そうらしい、ってのは知ってる。バトルスコアも持ってるぞ」

 

 

 夏のバトル大会。オレ達がセキエイ高原の合宿から帰ってきてすぐ、夏休みの初めを利用して催された大会だ。

 その大会ではケイスケの言う通りイブキさんが優勝して、ヒトミがなんとベスト32(+シード2名)入りしたりして。

 ……その頃のオレはイツキに負けたばかりで、落ち込んだポケモン達のフォローと、その後の練習に時間を費やしていたから、参加しようという気分にはならなかったんだよなぁ。

 しかも実際にバトルを見たわけじゃあない。ケイスケの言う「知ってる」っていうのもどの辺りを指すのか判らない。なので何となく曖昧な返答になってしまった。

 そんなオレに向かって、ケイスケはいつものだるそうな視線を向けつつ。

 

 

「ならさー。シュンが優勝を目指すんならー。優勝候補のイブキへの対抗策を考えておいてもー、悪くはないよねー」

 

 

 どうやら自ら、練習台を買って出てくれているらしい。

 ……微妙な静寂。風の音がうるさい。

 ……あ、成る程。珍しい事をいうのは全部、外が嵐で『ぼうふう』のせいか(こんらん)!!

 

 

「違うけどねー」

 

「いやごめん。ちょっと意外過ぎたんだ」

 

「別にいいけどねー」

 

 

 本当に気にした様子も無く、ケイスケは立ち上がった。

 そのままオレに背を向け、多目的スペースの入口を曲がり。……曲がった角からひょっこりと首を出し。

 

 

「忘れてたー。イブキ達には見付かりたくないからさー。練習したい時はー、ボクのツールに連絡ちょーだいー」

 

「お、おう」

 

「じゃあねー」

 

 

 本当に眠そうな表情で、この場を去っていった。

 ……うーん。何だろうな。何か、ケイスケにとっての転機でもあったのだろうか。そしてそれは、友人として手伝える事だろうか。

 そんな風に悩みながらその晩、オレは自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 明けて翌日。

 だがしかし、一晩考えたらある意味開き直れていたりする。

 ドラゴンタイプとのバトル練習なんて、望んで出来るものじゃあないからな。ミニリュウを手持ちポケモンとするケイスケは、練習相手としてうってつけだ。今まではケイスケ自身の気質が「あれ」だから、こっちから進んで挑む事はなかったけどさ。

 なので、午前はスクールの授業が休みとなっているため、オレは早速とケイスケに連絡をつけてみた。

 睡眠の権化に対する朝早くからの連絡だったので若干心配ではあったのだが、「今行くー」との簡素な返信が来たのでちょっとだけ安心しつつ……自然公園の片隅にて待つこと数分。

 

 

「お待たせー」

 

「お早うケイスケ。悪いな、こんな朝早くから」

 

「んーんー。むしろありがたいかなー」

 

 

 ありがたいって……ああ、成る程。そう言えば「イブキ達に見付かりたくない」とか言ってたものな。そこまでは考えてなかったけど、結果的にケイスケの都合としても良かったのならば万々歳だ。

 

 

「それじゃあ早速ー」

 

 《ボボウンッ!》

 

「ミーリュー!」「コッ、コッ、コッ!!」

 

 

 フード付きパーカー+ジャージ姿のケイスケは目の前に立つなり、いきなりポケモン達を繰り出してみせた。

 ドラゴンタイプのミニリュウ。そして今回はきちんと公園脇の水路スペースに出してもらえたコイキングの、2匹である。

 

 

コイキング(きんぐ)とはー、水中戦の練習をすると良いよー。それにミニリュウ(りゅーた)もー、水中戦は得意だからねー」

 

「コッ!!」「リュー!」

 

 

 やる気十分なミニリュウと、それ以上にやる気十分なコイキングが跳ねる跳ねる。しかしなにもおこらない。

 ……そう言えばミニリュウって元々水棲ポケモンだったんだよな……というか。

 

 

「オレのしたい練習ばっかりで良いのか?」

 

 

 そりゃ確かに水中戦は課題だって言ってたし、練習できるのは嬉しい。でも、オレとしてはてっきり、ケイスケも何かが練習したくて誘われたと思ってたんだけどさ。

 折角練習に付き合ってくれているのに不躾かとは思ったが、友人なのでそう問いかけてみると。

 

 

「……う~ん……良い、と思うんだよねえー……」

 

 

 おおっと、ケイスケには珍しくのんびーりしていない返答だな。

 

 

「何か理由があって誘ったんじゃないのか?」

 

「理由ねえ~……有るというか、練習の手伝いがそもそも目的と言うかー……」

 

 

 どもりながら、指をくるくると回すケイスケ。

 暫くそのまま回し続け。

 

 

「……まぁ、良いやー。その内話すからさー。今は練習しようよー」

 

 

 話題をぶん投げやがりました。うん。遠投120メートル。背筋いくらだよ!

 ……いやさ。多分面倒くさくなったんだろうなーとは思いつつも、バトルの為に思考を切り替える事にする。

 

 

「それじゃ、頼んだベニッ!!」

 

 《ボウンッ》

 

「―― グッグ!」

 

「ベニだねー。それじゃあー、きんぐは一旦下がってーぇ」

 

「コッコッ!?」

 

「お願いするよぉー、りゅーた」

 

「ミーリュ!」

 

 

 あれだけやる気を出していたコイキングは無残にもボールの中へ。

 やはりオチ要員は避けられぬ定めか……。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 さてさて。

 そんな流れで、バトルの練習それ自体はつつがなく進んだのだが。

 

 

「いや、知ってたけどやっぱり強いのな」

 

「グッグゥ」フラフラ

 

「まぁねー。どらごーんだからねー」

 

「ミーリュ!!」フンス

 

 

 日はすっかり昇り、予鈴まできっちり40分。

 ベニとりゅーたの一騎打ちは、見事なまでの敗北だったりした。敗北の要因は色々とあり過ぎる。オレにしてもベニにしてもな。

 ……うーん、ミニリュウの水中での器用さを舐めてたな。何せベニが脚か鋏で水をかく必要が有るのに対して、ミニリュウは身をくねらせ自由自在に泳ぎ回るのである。多分コイキングより美味……じゃなくて上手い。

 オレはふらふらになったベニを一旦ボールへ戻すと、買い置きのミックスオレを投与しつつ。ケイスケはケイスケで、いつのまにか首にミニリュウ巻いてるし。ドラゴンマフラーとか随分とまた豪華な。

 

 

「学校が開いたらナツホ達と図書館に行く予定なんで、今日はこの辺りで終わりだな。……ドラゴンタイプって、何か弱点とか無いのか?」

 

「んー? 弱点はあるよー。確かにー、初心者向けのタイプとの相性になるとー、どらごーんの一方通行だけどねー」

 

 

 ケイスケがサイコソーダを飲み差し……そう。オレが手持ちにしているポケモンとのタイプ相性が、抜群に悪いのだ。主に防御面で!

 ドラゴンタイプの弱点は、ドラゴンと氷。海外だとその他にもフェアリーがタイプとしてあるらしい(ショウ談)が、少なくともオレの手持ちには居ないからな。そこを頼っていても仕方が無い。

 しかも氷タイプに到っては何かと弱点が多いため、そもそも「ポケモン自体」が初心者向けではなかったりする。ポケモン自体も暑さに弱かったりと育成が難しい。その分、育てきればカンナさんやプリムさんの様に強力な見返りもあるけどな。

 そんでもって、オレの手持ちの内でダメージを期待できるミドリの草もベニの水も、ドラゴンに効果は「いまひとつ」。対する相手の攻撃は半減出来ずじまいでは、どうあっても1対1じゃあ厳しいと思うんだよな。

 当のケイスケは、弱点、弱点ねーと呟きながら。

 

 

「うーん……学生じゃあ『ない』と思うけどー、逆鱗を狙うのも手だねー」

 

「逆鱗? というと、技の『げきりん』じゃあなくてか?」

 

「そうだよー。つよーいドラゴンタイプはプライドが高いからねー、怒りのツボみたいなのを持ってるんだー。逆鱗以外にもぉ、肩の後ろの2本のゴボウの真ん中に有るすね毛の下のロココ彫の右って言ったりするねー」

 

 

 最後のボケは兎も角。

 ……とはいえケイスケの言う通り、学生トーナメント位じゃあカイリューとか、ガブリアスとか、そういう強いのは出てこないだろうからなぁ。

 

 

「それに慣れてるトレーナーほど逆鱗は隠しちゃうからねー。フスベのドラゴン使いはつつかれても怒らないようにって練習するしさー。……やっぱり氷タイプかなぁー。どらごーんをタイプとして用意するのはぁ、難しいからねー」

 

「ミーリュ」

 

「うーん、そうなるよな」

 

 

 そういう結論に落ち着いた。イーブイが『あられ』を覚えられれば万事解決なんだけど、残念ながら相性が悪くて覚えられないらしい。根本的な対策が必要になるとすれば……難しいな。

 ここでバトルも終了したため一息ついて。どうせなので話題を振ってみることに。……そういえば、氷タイプと言えば。

 

 

「フスベの里も、ドラゴンの修行の為にあえてシロガネ山を切り開いたらしいよな。寒さ対策とかでさ」

 

「うんー。そうみたい(・・・)だねー」

 

 

 不穏な部分があった気がする。主に伝聞系とか。

 ……うーん。どうも、ケイスケの難しい部分は「この辺り」なんだよな。……これって聞いて良い場面なのか? 選択肢は?

 

 

「って、違う! だからギャルゲーの主人公じゃあないってのに、選択肢とか場面で悩むとかな!」

 

「……シュンってさー。たまーにそうやって独り言が凄くなるよねー」

 

「……いや悪い。それは知ってる」

 

 

 悪癖なんだ。どこかで直すべきなのか、個性は元々特別なオンリーワンなのか。

 

 

「ま、それも兎に角だ。明日からも出来れば一緒に練習して欲しいんだけど、ケイスケ、頼めるか?」

 

「別にいいよー。どうせ起きようと思えば起きれるしー。ボクは興味ない授業は寝てるしー」

 

 

 最後にそう返答すると、ケイスケはミニリュウを首に巻いたままマイペースに歩き去って行ってしまった。

 オレも「おいしいみず」を口に含みつつ。……それにしても、ケイスケとポケモンバトルについての話をすることになるとは思わなかったけどな。明日からも頑張ってみよう。ドラゴンタイプの練習相手って、気軽に頼める人だと他に居ないしな。

 となると、うん。せめてケイスケの方の都合をもう少し考えるべきか。タマムシ国立公園は早朝とはいえ人も多い。余り人目に付きたくないのであれば……

 

 

「とりあえずショウにも相談したい所だな。オレ自身もアイツに相談したいこと、有るしさ」

 

 

 最後の詰めについてはアイツと一緒に進める約束をしているのだ。同時に場所についても相談できれば万々歳だろう。

 そんな風に予定を考えながら、オレは公園を後にした。

 





 修行編の始まりですが、とはいえあまり長くはありません。語り過ぎず、余力(仕込みネタ)を残して最後のバトル連打に持って行きたいと思います。
 ケイスケと書いて伏竜と呼んだら三顧の礼(ぉぃ。

 因みに、駄作者私はグルグル大好きです。作中ワタルのカイリューでパンチラドラゴンかましてやろう(ルリのを)と本気で考えました程度には。すんでの所で思いとどまりましたけど。
 ほかのさくしゃさんたちはすごいなぁ。ぼくにはとてもできない。


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1995/冬へ 聖なるかな、どらごーん

 Θ―― タマムシ国立公園

 

 

 ……で、冷え込みが半端無い翌日の早朝。

 実はこの時期はエリトレクラスだけでなく学園全体において、年末の大会に向けた本格的な準備が始まっていたりする。

 具体的には、授業時間が減って各自の練習時間に使われる、教員のアドバイス講座が開かれる等々。かくいうオレも、こうして増えた時間をバトルの練習に当てているわけなのだが。

 昨日と変わらず午前は休講、人目を避けるように公園の端っこ。目の前に居るケイスケが白い息を吐き出して、ミニリュウ(りゅーた)に素早く指示を出す。

 

 

「りゅーた、『例の奴』お願いねー」

 

「リュッ!」

 

 

 大きく頷くと、その身体を地面にべったりと着け。

 ……消えたっ!

 

 

「っ、後手で良い! しっかり当てるぞアカネ!」

 

「ブ、ブィ!」コクコク

 

「リューッ!」

 

 

 素早い一撃の競合になった……とはいえ、先制技にも優先順位が有る。りゅーたの使う『しんそく』の方が早いのだ。

 右、左……やっぱり左!

 

 

 ――《ズダンッ!!》

 

「ブィ!? ……ッブィ!!」

 

 

 此方の指示は既に。受け止めて、『でんこうせっか』!

 

 

 《タン》――《バシッ!》

 

 

「よしー。そのまま引きずり込むよー」

 

 

 アカネが突撃した瞬間、ケイスケの声に応じてりゅーたが体を僅かに傾ける。

 っと。これはマズイな。すぐ後ろに水庭がある!

 

 

「アカネッ、相手を蹴って飛び退るんだ!!」

 

「ブ、……イッ!!」

 

 

 『でんこうせっか』で当てていた肩口を離し、両前足でりゅーたを突き飛ばすように……間に合うか!

 そんな心配を他所に、アカネは半身のまま辛うじて水庭のふちに着地する。間一髪、水中戦は避けられたかな。りゅーただけがぼちゃんと水に落ち、ケイスケが拍手。

 

 

「おーぉ。シュンの判断の早さはー、流石だねー」

 

「ギリギリだって。ベニなら兎も角、アカネがミニリュウ相手に水中戦を仕掛けても勝ち目が無いだろ?」

 

「そーだねー。……でもボクはー、練習しておいて損はないと思うよー」

 

「確かに。でもま、その辺はバトル形式じゃない時にお願いするよ」

 

「リュッ!」

 

「……ブィ」コソッ

 

「ナイスだったぞアカネ。……何となく終わりな感じだな? 時間的にも丁度良いし、終わろうか」

 

「そだねー」

 

 

 バトル自体の決着は着いていないにしろ、オレとケイスケが話している内にアカネがりゅーたから距離を取ってしまった。雰囲気的に終わりな感じだったので、了承を得て終了する事にする。

 互いにポケモンをボールに戻し。

 

 

「そんじゃおごるよ。いつもので良い?」

 

「んー、サイコソーダー」

 

 《ピッ》――《ガタンッ》

 

「はい。今日もアリガトな」

 

「よいよーい」

 

 

 手近に有る自販機で、お礼にとサイコソーダを3本(ケイスケ、りゅーた、コイキング(きんぐ)の分)買って渡す。

 ただ今日は学校へ向かうまではまだまだ時間が有るため、ジュースを持ったまま公園のベンチに腰掛けた。

 

 

「んー……ぷは」

 

 

 座るなり、ケイスケはサイコソーダを一気飲みだ。

 ……炭酸を一気飲みとか、のんびりとは程遠い光景だけど突っ込みは野暮というもの。ケイスケのそういう部分に一々反応していては、ゴウやいいんちょの二の舞なのである。

 ただやっぱり、聞きたいことは聞きたいな。昨日も思っていたが……

 

 

「所で。ケイスケは結局、なんでバトルの練習を手伝ってくれてるんだ?」

 

 

 新製品の『ツボツボ製きのみジュース』のタブを起こしながら、尋ねてみる。

 唐突ではなく。1日跨ぎ(かねてから)のこの質問に、隣のケイスケはうーんと唸ってから。

 

 

「ボクはねー。今はキキョウに住んでるけど、前は別の場所に住んでたんだー」

 

「? その言い方だと、フスベの里じゃない場所なのか?」

 

「そうだねー、前の前だけどー……えい」

 

 

 サイコソーダの缶を放り投げてゴミ箱へ。だるっとベンチに体重をかけ、ケイスケは目を閉じる。

 

 

「まぁさー、小さな集落だったんたけどさぁー。若い人が少なくなっててー、面倒なしきたりも多くってー、煩くってー……居心地が悪くってー。それで面倒くさくなって出てきたんだよー。交換留学みたいな形でねー」

 

 

 聞いた内容を頭の中で纏めつつ、オレもジュースの缶に口をつける。……期待以上にどろっとしてるけど美味しいな、『ツボツボ製きのみジュース』。「あったか~い」なのがまた奇妙な感じ。でも冷え込んだ朝にはありがたい。

 ……さて。詰まる所、ケイスケはフスベとは別口の「竜の里」から出かけてきている身であるらしい。

 となると、ケイスケの出身地は。

 

 

「シンオウ地方か? それともホウエン?」

 

「ホウエン地方だねー。洞窟の中だよー」

 

「それはまた、遠いな。というか洞窟の中て」

 

 

 どうなんだろう。不便じゃないのか?

 

 

「不便だったねー。……しかもぉ、しきたりしきたりってうるさいしさー。古ーい言い伝えなのにー、妄信的っていうのが近いかなー。そういうのはぁ、ボクよりもよっぽど得意そうな娘に任せてきたんだけどー」

 

 

 ケイスケは頬を膨らませてぶーたれているけど、でも、流石に同感だ。

 子どもの内から何やらかんやらに縛られるというのは……窮屈過ぎる。真面目な子どもならばストレスを感じる間もなく「慣れてしまう」かも知れない。が、少なくともオレは反抗するな。ケイスケも同様だったのだろう。

 しかも里の子どもは少ないと来ている。大人たちの期待やら重圧やらが集中していたのは間違いない。

 

 

「あぁ、でもぉ、フスベの人たちは良い人が多いんだよー? のんびーりやってても応援してくれるからねー」

 

「だからこその『のんびーり』なんだな」

 

「そうだねー。……本当は海外っていう選択肢もあったんだけどねー。この竜の里同士の交換留学を主催したのがぁ、イッシュ地方の人だからー。シャガおじーさんー」

 

「シャガ……さん? 悪い、知らないと思う」

 

「だろうねぇー。でもぉ、フスベを選んだ理由が……とぉ。それでー、シュンとバトルを練習する理由だったよねー」

 

「おいおい。今本題を忘れてたよな?」

 

「うんー」

 

「ここで肯定するのか!」

 

「今から言うからいいじゃん別にー」

 

 

 こういう適当なやり取りはケイスケならではといったところか。

 とまぁ話題に区切りをつつ、ケイスケが続ける。

 

 

「シュンはー、ポケモンバトルー、楽しいよねー?」

 

「うん。楽しい」

 

 

 半ば確信している様でありながらも首を傾げたケイスケには、とりあえず即答。

 総合したら間違いなく楽しいに分類される。ってかそれ、オレの中で一区切りついた問題だしさ。

 

 

「そもそも、楽しいからこうしてハマってると思うんだ」

 

「だよねー。ボクもさー、ポケモンバトルを一緒に頑張るのは楽しいんだー。……だからねぇ、シュンに倒して欲しいんだよー」

 

 

 ケイスケはにへらっと笑ってみせる。

 ……だから、倒して欲しい?

 矛盾している様な、いや、待て。その答えは知っている気がするぞ。多分それは。

 

 

「イブキさんを、か?」

 

「だねー」

 

 

 だるっと頷く。

 イブキさん。スクールチャンピオンで、ケイスケの幼馴染でもある、凄腕の学生トレーナー。何度も(脳内で)紹介をしてきたし、少しだけ顔を合わせたことも有るけど、オレにとっては未だに雲の上の人には違いない。

 の、だが。

 

 

「さっき言った『任せてきた娘』はー、それも受け入れてた風味だから良いと思ったんだよねー。……たださー、イブキはさー。……うーん……。……面倒だねー」

 

「いや。説明が面倒だからって最後を投げるんじゃない、最後を」

 

「えぇー。……それじゃあー、もうちょっと話が戻るけどー。……イブキが準優勝したのってさー。別にイブキが強いからじゃないんだよねー」

 

「そうなのか?」

 

 

 オレの心からの問い掛けに、ケイスケが頷く。

 とはいえ事実として昨年、イブキさんはエリトレながらに年末大会で準優勝という結果を残している。上級科生……いわゆるジムリ候補達を薙ぎ倒してのその結果は、見事という他ないと思っていたんだけど。

 

 

「確かにさー、理由は幾つか有るねー。モチのロン、どらごーんがタイプ的に強いって言うのもあるけどー。シュンさー、大会のスコアも持ってるっていったでしょー?」

 

「ああ。持ってるけど。1994年期タマムシ学生ポケモンバトル大会スコアな」

 

「イブキのミニリュウが主軸にしていた攻撃技はー、なんだったー?」

 

 

 ケイスケからの質問に、反射的に記憶を探る。

 昨年イブキさんが切り札にしていたのはケイスケと同じくミニリュウ。その中で、バトルの主軸として使われていた攻撃技は……確か。

 

 

「確か『りゅうのいかり』だった気がする」

 

「そうだねー。『りゅうのいかり』だねー。……『りゅうのいかり』はぁ、ポケモンの側に関係なくー、技自体でダメージが決まってる珍しい技だからさー。低レベルのポケモン達だと大体は2回も当てれば倒れちゃうんだよー」

 

 

 そういえばの ―― 定値ダメージ。

 『ソニックブーム』、『りゅうのいかり』、『ちきゅうなげ』といった技は、ポケモン自体の能力とは(ほとんど)関係なくダメージが決まっている特殊な技であるらしい。なので、低レベル帯だと尚更効果的だ。

 つまりこのスクールの特殊性……レベルが低いポケモン同士のバトルじゃ、それ自体が強みであるという事か?

 

 

「それにぃ、フスベのトレーナーはミニリュウに一子相伝の『しんそく』を教えてあげられるからねー。『でんじは』なんかの補助技も豊富だしー、ミニリュウっていうポケモンそのものが強力なんだー」

 

「だから強かったと? ……でもオレはスコアを見た時、イブキさんの技判断なんかは確かだと思った覚えがあるんだよな」

 

「うんー。でもそれは判断が『間違っていない』だけでぇ、イブキ自身はトレーナーとして普通だと思うよー。ワタル兄さんが言う所の『それ以上』がないんだー。……イブキの実力だけで準優勝出来るほど、タマムシの上級科は甘くないしねー」

 

 

 語っているケイスケは、やはりどこか諦めを含んだ様子だった。

 言葉にあったワタル兄さんというのは現四天王、1993年ポケモンリーグ本戦でルリに惜敗し準優勝を飾った当人で間違いあるまい。「それ以上」っていう言葉も、ワタルさんのインタビューか何かで聞いた覚えが有るな。「チャンピオンでいる人間には通常のトレーナーそれ以上の何かを求めたい」。チャンピオン位の譲渡を断った際の台詞だ。

 そのまま、ぼうっと空を見上げ。

 

 

「イブキはフスベの里では1番偉い……古い家系の娘でねー。みんなは気にしていないのにぃ、イブキは1番じゃないと気が済まないみたいなんだー。だからー、今はー、バトルもねー。楽しむって言うよりはー、『バトルに勝って楽しんでる』んだと思うよー」

 

 

 ケイスケはその後に「ボクの感覚だけどねー」と付け加えたけど。

 バトルに勝って楽しむと。それはまた、随分と高尚なご趣味。オレも背をベンチに預けつつ。

 

 

「……うーん。あの人、やっぱり残念な感じなのか?」

 

 

 オレも学園祭で、ギーマ会長とイブキさんのやり取りに不穏な様子を感じはしたけどさ。何かに焦っているというか堅物というか。それは、こういった複雑な事情もあっての事だったのだろう。けど。

 

 

「そーだねー。イブキはだいぶ昔からツンデレだしー」

 

「いやさ。ここでツンデレは関係あるか?」

 

「すっごいあるよー」

 

 

 ツンデレは関係有ると、ケイスケは断言する。せめてエビデンスを示そうぜ。

 ……でも確かに、ナツホも、残念といえば残念だよなぁ。そこが可愛いと言えるのはオレだからであって。

 

 

「まぁでもー、イブキはポケモンに無茶させるタイプじゃないからねー。そういう意味じゃあ良い方だとは思うけどー」

 

 

 一応、フォローとも取れる内容を付け加えていたり。

 ドラゴンタイプは数多いポケモンの中でも特にプライドが高く、気難しいと聞いたことが有る。そういう意味もあって厳しい人も多いのだろうとは予想していたけど、イブキさんはそうでもないらしい。

 

 兎に角。

 タイプ相性の強み。そして『りゅうのいかり』を筆頭とした技の強さ。それらを含んだ「ドラゴンの強さ」がイブキさんを準優勝たらしめたのだと、ケイスケは言っている。

 

 本当だろうか? オレは実際にあの人の戦いを知っているわけじゃあない。公式記録のスコアだけで全部を知れるわけもない。ただ、トレーナーとして実力が有るというのは確かだと思うんだけどな……うーん。

 ま、今はその辺は置いておこう。何にせよケイスケは、オレにイブキさんを倒して欲しくて協力をしてくれていると。

 年末の大会にはほぼ間違いなくイブキさんが出場してくる。今年は1つ上のジムリクラスとなり、ジムリクラスになるとまた育てなおしをするにしろ、去年の経験を活かしてより手強くなっているであろうことは疑うべくも無い。

 ……うん。あ、これやばいわ。

 

 

「いやそれ、本当にオレらで倒せるのか?」

 

「判らないけどー、でもシュンが勝ってくれないと意味が無いかなー。去年の決勝戦みたいに凄い人に負けてもぉ、イブキは変われないからねー」

 

 

 ここにもオレに(あるいは過剰な)期待をする人が居たんだな。うん。

 まぁ良いか。オレ自身、友人としてその期待には応えておきたい。そもそもオレとしても負けるつもりは無いしな。だとすればイブキさんに勝つことだってありえなくはないだろう。可能性はゼロではないという意味で。

 因みに、エリトレクラスの人も4分の1くらいは大会に参加しないらしい。ノゾミや、ど真ん中の大会を嫌うヒトミなどもそうだと聞いた。

 本来はエリトレとして名前を売る為に参加するべき大会だし、……オレみたいに好奇心で参加する人も多いのでもう少しいるかと思ったんだが……やっぱりイブキさんを筆頭とした上級科生の圧力(プレッシャー)が強かったかもだ。もし1回戦でコテンパンに負けたら、とか想像してしまえば出場そのものに尻込みしかねない。判る判る。

 ん? そういえば。

 

 

「そういえば、ケイスケは出場しないのか? 年末の大会。ケイスケならイブキさんの事も良く知ってるし、オレだけが出場するよりもイブキさんに勝てる確率は上がるんじゃないかと思うんだけどさ」

 

 

 というかイブキさんはそういうつもりで春のポケモンラリーにこれみよがしに参加して、ケイスケにミニリュウを渡したんじゃないのか? ……これは流石に深読みかもしれないけどさ。

 

 

「んーんぅ。出場は無理だねー。昔の里の人たちにー、ボクは目の敵にされてるからさー。あ、『任せてきた娘』じゃなくてじっさま達になんだけどー。……タマムシの年末学生大会は有名だからテレビも来るしー、あまり目立ちたくないんだよねー」

 

 

 確かに、タマムシの学生大会はローカルとは言えカントーの局で放映される。目に止まる可能性は低くない。

 

 

「そもそもだけどー、ボクに『ドラゴン使い』っていうのが合ってないと思うんだよねー。子どもは生まれる場所を選べないしさー」

 

 

 などと愚痴は洩らしつつも。ケイスケは、逆説で接ぐ。

 

 

「でもシュン達と一緒に居てー、そういうのに関係なくー、どらごーんのポケモンはやっぱりカッコいいなーと思えたんだー。シュン達のおかげだねー」

 

 

 ここで笑えるのは、強い。

 そう思わせる強靭な笑顔を浮べて、ケイスケは今日もベンチから立ち上がった。

 

 

「だからぁ、ボク自身は普通じゃないどらごーん使いを、のんびーり目指すんだー。イブキにはぁ、代わりにシュンが教えてあげてくれると嬉しいなー。ポケモンバトルって、結構楽しいんだよー……ってさー」

 

 

 こういう強さも、世の中にはあるのだ。それをイブキさんにも知って欲しい。

 ……うっし。それがケイスケの望みでも有るのなら、やってやりますか!!

 

 

「そんじゃ、これからもご指導ご鞭撻の程をたのむよ、ケイスケ!」

 

「よろしくーぅ」

 

 

 

 

ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 Θ―― 男子寮/325号室

 

 

 シャワーを済ませ、ポケモンのケアを終えて10時。午後の講義に向けた資料を机の上から手にとっては鞄に詰め込む。

 ちら、と隣の机を見る。本棚を挟んで向こう。ショウの机の上は、今日も見知らぬ資料が束になっていた。これでも以前よりはかなりマシになったんだけどさ。

 先日そして今日と、ショウは男子寮に帰ってきていない。あいつはタマムシに実家も有る。なので帰って来ない事は比較的多いのだが……研究は一区切りついた、って言ってた筈なんだけどな。一応メールは返ってきている。「講義には間に合いそうだ」だそうで。何をしているのやら。

 

 

「―― うん。いや、本当に何をしてるんだろう? あいつは」

 

 

 ここ数日話してみて。あれだけ一緒に居たケイスケですら、知らないことは沢山有ったのだ。

 だとすると……うん。

 

 

「……ショウ、か」

 

 

 オレらに期待を寄せて、オレらに協力をしてくれる友人。

 天才という肩書きを持つ研究者であり、ポケモントレーナーでもある同級生。

 

 あいつについて、もう少し知っておく必要が有るのかも知れない。というか知らなさ過ぎている気もする。

 相談事に加えて、聞きたいことも追加しておこう。ショウ自身について。ショウのポケモンバトルについて、だ。

 そんな風に、今は部屋に居ない不良少年たる友人について考えを巡らせつつ。オレは校舎へと向かうため、鞄を背負い寮を出た。

 

 





 幕間の存在意義について語るため、しばし真面目なお話。
 ですが今回更新はとりあえずここまでです。

 ミニリュウの『りゅうのいかり』はシナリオ攻略にはかなり便利です。特にHGSSではゲームコーナーで早々に入手しておくと後々が楽になりますでしょう。オススメです。
 とはいえ低レベル帯で相手が使ってきたなればと思うと、もう脅威でしかないのですよね……。
 さあ、何とかしてください主人公(ぅぉぃ。

 イブキさんの性格……は、原作を鑑みるにこんな感じでしょうと。
 ジムリーダーになってすら祖父に認められていないとか、そんなお方ですし……。そう考えると大分可哀想な気もするのですけれどね。

 竜の里交換留学については原作の通り。詳しくはBWおよびBW2をご参照くださればと。
 となると、アイリスの出身地が何処なのかー! という流れになりますが、恐らく、今話にて話題になりましたホウエンの部族なのではないかと予想をばしていたり。肌色とかも丁度良いですし。
 つまりはあれですね。

 そうぞうりょく が たりないよ !!

 (スカイスキンマンダが『すてみタックル』をかまして駄作者をぶっ飛ばす音)


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1995/冬 冬でも青い

 

 オレの日課となったバトル練習にケイスケが加わり始めて、数週。

 黒板の前。学長とエリカ先生の挨拶の後。教壇に立ったゲン先生はマイクを掴み、朗々と口を開く。

 

 

『それでは皆、年末のトーナメントに向けて休みの間も研鑽を積んでくれ。……解散!』

 

 

 声に応じて、エリトレ学生らが休みの予定について話しながら方々へと散ってゆく。

 11月の序盤。エリトレスクールは年内の講義すべてを消化し、遂に冬休みに突入した。

 因みに、講義の内容もルリの言っていた「技」なんかに食指を伸ばし、大詰めを迎えていた。とはいえそこから何を学ぶのかはオレら次第なので、やはり自主性が大きいな。うん。エリトレクラスってこんな感じだよな。

 

「(……さて。オレも今日こそはショウに相談したいことが……と)」

 

 結局あれから、ショウと顔は合わせるにしろ、ゆっくり話す機会がなかったからなぁ。この休みの入りを是非とも狙いたいと思っていたのだ。

 階段状になった大講義室の中ほど。オレも伸びをしておいて、白衣を抱えた標的(ターゲット)を前列に確認。

 それじゃあショウを、と。

 

 

「なぁ、ショウ。話したいことが ――」

 

 

 前列窓際に座っていた男子目掛けて声を降らす。

 しかし。当のショウは、微妙に顔を強張らせて素早く腰を上げていた。オレは声掛けを中断しつつ。

 

 

「―― ってどうした。挙動不審だな、ショウ? 隕石でも落ちてくるのか」

 

「おっと……そんでもって隕石から現れた謎のポケモン、未知との遭遇……となるとロマンだけどな。いや悪い、シュン。時間がないんだ。次いでカトレア、今日の講義は夜にな!」

 

「……あっ」

 

「……」フリフリ

 

「おいー……って、もう居ないし」

 

 

 隣に居たカトレアに声をかけ、最近やけに一緒に居るミカンに目線を送り。ばっと身を翻し、ショウは何処ぞへと消え去ってしまう。

 そしてすぐ後。……そんなショウの居た辺りに2名、青縁と深青の髪を揺らす双子が駆けて来た。

 

 

「……っ、居ませんわっ!」

 

「居ませんねー」

 

 

 彼女らの名前はコトノとコトミ。よくよくショウに絡んでくる双子だ。姉がコトノで妹がコトミ。今日はどちらもツインドリル(っぽい)髪型をしているが、妹の方がやや髪色が薄くミドリがかっているのが特徴だ。

 そのまま周囲をきょろきょろと見回す双子。そしてその内、辛うじて話の通じるほう(妹)とオレの視線がバチリ。

 いやさ。バトルも恋も始まることは無い訳だが……仕方が無い、こちらから話しかけますか。妹には日本語が通じたはずだ。姉はちょっと謎言語の使い手なので判らないが……よし。

 

 

「こんにちは、コトミ。ショウでも待って……いや、待ち伏せていたのか?」

 

「こんにちはですシュンさん。……そうなんですけど……この様子だと、逃げられちゃいましたね?」

 

「ご覧の通りだよ。ショウは窓から、こうな」

 

 

 凄まじい加速力で飛び出してたからな。アイツ、連絡を寄こさない双子に痺れを切らして第六感を覚醒させやがったな!

 ……あいつは以前から「悪い予感だけは当たるんだ」って豪語してたな、そういえば。ルリも似たような事を言ってたし。なんだ、ポケモンバトルをしていると第六感に目覚めるのか。オレはまだだし目覚めたくもないけどさ。

 妹はふぅと息を吐き出すと、ショウが逃げた窓を身を乗り出して覗き込んでいる姉の首元を引っ張って体を戻した。妹は容赦ないな……と若干引いたオレに向かって、一礼。

 

 

「情報、ありがとうございます。……でもショウさんに逃げられたのならしかたがないですね。あの人を追っても追いつける気がしませんし。帰りましょうか、姉さん」

 

「ですの」

 

「―― あ、ちょっと待ってくれるか?」

 

 

 その2人を、オレは呼び止める。

 いやさ。ショウに聞きたいこととは別口なんだけど。

 

 

「少しで良い、丁度2人に聞きたい事が有るんだ。時間を貰えないかと」

 

「……? それは内容によりますの」

 

「というか、その、シュンさん。……奥からナツホさんが凄い顔で睨んでいらっしゃるのですが……」

 

 

 現在、背後、凄まじいプレッシャーである……!

 しかし女子に声をかけたくらいで、これか。いや。これもツンデレとしての責務(ツン)なのだろうけど。

 お疲れ様です ―― ナツホのお得意『にらみつける』には目線で土下座をしておいて。ばっちり(じっくり)見つめ返したら赤面して顔を逸らされた。兎に角。

 

 

「話はここでするよ。何かやましい事をする訳でもなし」

 

「―― なになに、面白い事やってるね!」

 

「ぐぇっ……引っ張るなら首もと以外にしやがれヒトミ!」

 

 

 後ろからはヒトミが身を乗り出し、聞き耳を(盛大に)たてている。身を乗り出した際に手をかけていたユウキの襟が引っ張られた結果が上記の悲鳴である。無言ながらゴウとノゾミもやや離れた位置からこちらを見ているようだ。話を聞くというよりは、オレを待ってくれているらしい。ごめんな。そしてケイスケは眠っている。

 ……とはいえギャラリーは関係なく。防御力が底をつく前に、さっさと聞きたい事を尋ねるべく、素早く話題を切り出してゆく。

 

 

「ちょっとショウの事を聞きたくってさ」

 

「「ショウの?」」

 

「ああ。双子はホウエン地方出身だって聞いたんだ。……2人がショウに絡むのって、サイユウシティでのバトルが切欠だったんだろ?」

 

「ええ、忘れもしません。あの時のショウは燦然と輝いておりましたもの」

 

「あははは。わたしも姉さんも、偶然観戦に行っていたんですけどね」

 

「そんな、ショウの事を知ってそうな2人に聞きたいんだけどさ。……なんであいつ、ホウエン地方でのエキシビションマッチなんかに呼ばれていたんだ? 少しでも理由を知ってるかなぁと」

 

 

 うん。とりあえずはここを聞きたい。

 ショウはカント―地方出身で、研究者としては確かに有名だ。天才という肩書もあるし、ポケモン図鑑、化石再生技術や悪・鋼タイプに関連する項目では必ずと言っていいほど名前が出てくる程にだ。それは過去の資料を見ても確かである。

 ただ、ポケモントレーナーとしてはあまり積極的じゃあなかったはずなんだよな。そんなショウが公的な場に始めて姿を現したのが、このホウエン地方リーグ開催エキシビションマッチだ。これはショウを知る為に有用だろう……と考えての質問である。

 双子はいったん顔を見合わせる。ショウについての内容だからか微笑みを浮かべて、姉。

 

 

「シュン。貴方は、エニシダという人を知っておりますの?」

 

「……いや。残念ながら、聞いた覚えがないよ」

 

「まぁ他の地方の人なら仕方がないですよ。……ですがそのエニシダさんという人は、実はホウエン地方ではかなりの有名人なんです。うーん、顔が広いというのでしょうか? ポケモンバトルクラブの人々からの依頼を受けて、土地を探し、出資者を募り、人を集め……遂にはポケモンバトルに長けたサイユウの街を文字通りに『創り上げた』人なんです」

 

 

 それはまた、何というか……すごい人だな。

 後ろのヒトミやナツホからも感心したような吐息が漏れる、が。

 

 

「ええ。実際、すごい人なんですよ。……ただし……あはは。エニシダさん、結構な変人なんですけれど」

 

 

 コトミの一言でぶち壊されていたりするなぁ。

 ああ、なんだろうな。この既視感。凄いと変人はイコールで結ばれているのだろうか!

 

 

「さて置き。エニシダ方に見込まれた人たちが中心となって作り上げられた場所こそが、サイユウシティ ―― ホウエン地方のポケモンリーグですの。お判りでしょうか?」

 

「すごい(変な)人がいて、ホウエンにポケモンリーグを造ったっていうのは判ったよ」

 

「その理解で構わないですよ。シュンさんが聞きたいのはここからでしょうし。―― そして、そんなリーグ開催に伴って、エニシダさんはエキシビションマッチを開催します。どこからか訪れていた見知らぬ少年をゲストとして、ですね。ここでショウさん登場です」

 

「ショウが選ばれた経緯などは、コトミだけでなく、関係者の殆どですら知らないですの。エニシダその人が強権でもって、天才少年研究者だという一点を突っ張り通したというのが実情かもしれません」

 

 

 見知らぬ少年を、という表現に当時の風評がうかがい知れるな。それでもショウは結果を残したので、結果的にエニシダさんの人を見る目は確かだったという顛末なのだろう。

 戦績は、確か合宿の時に聞いた筈だ。オレの思考を、後ろに居て聞いていた(転勤族。元ホウエン出身の)ヒトミが引き継ぐ。

 

 

「現ホウエン四天王のプリムさん、ゲンジさんに勝利。カント―四天王のシバさんに勝利。チャンピオン……は今は代行に頼んでるけど、本来のチャンピオンのダイゴにも勝利したんだったよねえ」

 

「ですの。……嗚呼! あの時のショウの見事なまでの策略の冴え! 意を汲み、華麗に応えてみせるポケモン達!! 次々と光を放つその様は、まるで地上に降り立つ太陽神(キマワリ)が如く ――」

 

 

 おおっと、姉の悪い癖が出ているな。

 姉の口上はBGMに回しておいて、妹がフォローに入る。

 

 

「でも、姉さんの言い方は、この件に限って言えば大げさ過ぎる表現という訳でもないんですよ?」

 

「それは、どういう?」

 

「だってショウさんはプリンとピジョン、それにニドリーナ……最後はニドクインに進化しましたが……まぁ。そんな未進化の、別段に珍しい訳でもないポケモン3匹で勝ち進んだんです!」

 

「しかもその年には四天王になるレベルの実力者を相手に、だねえ?」

 

「はい! それって、他でもなく、トレーナーのショウさんが凄いんだ! ……って年齢関係なく誰にでも、一目で判ると思いませんか?」

 

 

 注釈を挟んだヒトミの言葉に、コトミは拳をブンブン振り回しながらテンション高く応えた。……それは、そうだな。思うかも。

 妹の言葉に続き、ようやくとテンションを取戻した姉は誇らしげに頷く。

 

 

「事実、あの頃のホウエン地方は『バトルクラブのトレーナーには負けても仕方がない』といった風潮がありましたの。今思えば、エニシダ方はそんな空気を打開したかったのやも知れません」

 

「おかげで第1回のポケモンリーグ本戦はかなり賑わいましたからね。かくいうわたしも姉さんも、そんなショウさんを見て、カントーに帰ったらエリートトレーナー資格を取ろうと決心しましたから。……本人にあえるかもという下心もありましたけれどね」

 

 

 あはははと誤魔化しつつ笑うコトミ、あくまで誇らしげに胸を張るコトノ。

 でも、2人の言葉のおかげで何となくだけど判ったぞ。ショウがホウエンの人たちに尊敬されている理由が。

 そして、ショウの立ち位置が……元チャンピオンと同じ高さにあるという事も、同時に判明。ホウエンの人々を奮わせたショウのエキシビションマッチは、「カントーにおけるルリ」のそれらと全くもって同じ役目を持つ立ち位置にあるのだ。

 

「(ルリのあの動画、そしてチャンピオン位への就任が、カントーとジョウトに大きな影響をもたらしたってのはオレも身に染みて実感してるからなぁ)」

 

 つまりは、ホウエンにとっての転換期。

 ポケモンを鍛えレベルを上げる事こそがトレーナーの至上命題とされた過去(かつて)とは一線を画す ―― ポケモンバトルが迎えた新たな局面への。

 

 だとすればやはり、ここから先は本人へと直接尋ねるべきなのだ。

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 双子にお礼を言って解散した後、オレはユウキからの(ヒトミとのバトル練習をなすり付けようとする)誘いを丁重にお断りし、ゴウとヒトミに断りを入れ。ナツホには土下座を繰り出し、1人でタマムシシティの北側へと脚を向けた。

 理由は単純。というか話の流れ。ショウに合うためだ。

 校舎を出たところでショウへ話がしたい旨のメールを送った所、やはり双子から逃げていただけらしく、時間は有るとの返信が届き。流石に逃げていた側であるショウを呼び戻すわけにもいかず、オレがそちらに向かっているという流れだったりする。

 ……ただ、なぁ。

 

 

「その移動先がタマムシ郊外の森の中というのは、学生としてどうなんだ?」

 

 

 なんかこう、やましい事をしてます的な感じがする。それは嫌だぞ。

 それにオレとしては学園祭のマイの事件の例もあって、良い感じがしないというのも大きいな。今にも木の陰からひょこっとロケット団とかが出てきそうというか。いやさ、実際にはひょこっとだなんて軽快な音はしないのだろうけど。むしろ警戒な感じ。

 しかしそのまま、添付されていた衛星地図に従いずんずんと進んでいくと、少しずつ木々が薄くなってくる。

 ……いたいた。ショウだ。

 

 

「いや。居たけど、さ。なんだあれ?」

 

 

 疑問符が浮かぶのも当然。

 

 ―― 何せ、目の前にいるショウは「ちょっとだけ浮いている」のだから!

 

 うん、大丈夫。エスパーに開眼した訳じゃあないだろ多分。その種は足元に有ると見た。なんか空間とか歪んで見えてるし。

 などと考えを展開させつつ近寄っていくと、ショウも此方に気づく。地面に降りたショウに向かって、オレは適当に手を挙げた。

 

 

「よっす、ショウ。浮いた話には事欠かないな」

 

「おいっす。悪かったな、シュン。わざわざこっちまで来てもらって。……ってか浮いた話に事欠かないって只の警句だぞおい」

 

「実際、警句だからな。というか話が有るって持ちかけたのはこっちだから、ここに来るのは別に良いさ。それと大丈夫。双子は今日は諦めるって言ってたぞ」

 

「おおっと、それはありがたい」

 

 

 おどけながらも、ショウは足元で「靴」の腹を触る。ぽちっとな。何かしらのスイッチを押したような。

 ……流れで何となく判るけど、後学の為に聞いとこう。

 

 

「それで、双子から逃げたショウはこんな場所で何してたんだ?」

 

「あー、実はオレ用のランニングシューズを試作で思索しててな。試し走りしてたんだ」

 

 

 この場合の「ランニングシューズ」はただの靴じゃない。この間にルリも履いていた、シルフ社開発の加速装置(夢とロマン)の事を指している。

 言いながら、ショウは左右の靴を持ち上げてみせてくれた。

 眩しいまでの真っ白々(まっしろしろ)を基調としながら……しかし、靴の側部を彩る蛍光ラインの色が違っている。右は淡い栗色で左は紫。ただ、コントラストは歪ながら形は揃っている。靴を左右で間違えたとか、うっかりの類ではないらしい。

 

 

「今使ってる機能は右がフライングピジョット、左がプレジャーⅡ世(ジュニア)だな」

 

 

 左は兎も角、右にご注目。ごつい外付けパーツが附属している、ピジョットの名前がついた靴。

 ……聞き逃せない単語があったぞ今!!

 

 

「フライング、って。まさか……まさかだ!?」

 

「あー、ご想像の通り。どうやら機能をキチンと使えれば飛べるらしいな。反重力なんたらで! ……まぁ今の俺はそこまで慣れてないんで、この通り、左足の念力場フォロー機能を使って多段ジャンプが良い所。要練習だな!」

 

 

 それは人類の発明で良いのだろうか ―― いや、流石はシルフカンパニー!

 こんなこともあろうかと、の潤沢なる精神である!!

 ……はい。取り乱しました。多段ジャンプて。若者の人間離れは深刻だなおい。

 

 

「あっはは、判る判る! 加速装置だけでなく飛ぶとなると、テンションあがるよなー」

 

「理解してくれると嬉しいよ。……そういえば、ランニングシューズって名前とかも有るんだろ?」

 

「あるある。これはまだ開発中で本決まりじゃあないが、ドーブルをイメージしてたんで『ペインタービビッド』って呼んでるな」

 

画伯(ペインター)か。それは確かにドーブルっぽいかも知れないな」

 

「だろ。……ただ、開発と調整を担当した技術さん曰く、多機能の先鋭特化(ピーキー)を地で行く『非売品のプロ仕様』だそうで。靴の機能は容量だけを重視しててな? 外付けのパーツとか外部インストーラーで自由に特化機能を変えられる……ってコンセプトなんだ。こんな風に」

 

 

 ショウが踵のパーツを外して端末をぽちぽちすると、栗色から赤、濃い紫、虹色と蛍光線が色を変える。

 話からすると只のイルミネーションではなく、その度に機能が変わっているのだろう。興味は有るけど……お高いんでしょうね!

 

 

「機能からすれば相応だけど、一般的な感覚では高いだろーな。なにせランニングウィンディとかの市販品と比べると機能の枠組みからして違うからなぁ。エネルギーも電気じゃなくて土着の不思議パワーに頼るつもりなんで、バッテリーが摩訶不思議な感じだし。この間マコモさん達と話してただろ? О(オー)パワーとかハイリンクのデルパワーだとか。そんな感じな」

 

「そういや聞いたな」

 

 

 そのまま幾つか説明をしてくれる。

 因みに『プロ仕様』にも理由があり、将来にトレーナーとポケモンが同時に参加して行うスポーツなんかで使う予定らしい。その時には勿論、レギュレーションがあるんだろうけど。

 

 

「そういうのって維持費とかもかかるんじゃないのか?」

 

「それは大丈夫だろ。部品の交換でも行わない限り、維持費の大半って人件費だからなー」

 

「人件費が節約されるってことは……つまりショウが自分でやるって事か。大概だな、相変わらず」

 

 

 思わず苦笑いになってしまう。

 しかし、そんな靴があるならオレも欲しいとは思うけど、流石に「プロ仕様」とやらには手が届かない。

 だとすると、だ。狙いは市販品になるわけだが。

 

 

「……因みに聞いとくけどさ、ランニングウィンディは幾らで売り出す予定なんだ?」

 

「今は市場に競争が無いからな。〆て45800円なり。充電池別売り」

 

「うわ、十分高いだろそれ」

 

「ランニングウィンディの他にもエレクトリカルラッタとか、女の子用のアイドリングピッピとかが同時発売だそうで。こっちのはもうちょい落とせるらしいな、機能も少なくなるが」

 

 

 そして他のは兎も角、エレクトリカルラッタて。何と言うか、危ないだろ。

 ラッタはキチンと電気技を覚えるのでネーミングそのものは別に良い。きっと男児向けに電飾がぴかぴか光るのだろうって予想がつくし。

 ただ……明言は出来ないけど……こう、著作権とかさ。「エレクトリカル」と「ネズミ」っていう語呂の組み合わせがな。夢の国チキンレースというか。むしろそれ、ピカチュウでよくないか?

 

 

「んー……パレードする訳じゃあないし大丈夫だろ。むしろそこにピカチュウを混ぜるほうが喧嘩を売ってる感が強いと思うのは俺だけか?」

 

 

 言われてみれば確かに。真正面から拳骨振りかざしてる感じかもだ。

 よし。じゃあやっぱりラッタで良いか(そもそも悪いとは何か)。

 

 

「あー、因みにランニングシューズ第一弾は『新人トレーナーとなったお子さんへのプレゼントに!』って売り文句で、発売は3月初めくらいらしい。四次元鞄やトレーナーツールと並んで、CMにはアイドルトレーナーの方々を起用してたんで、そろそろ放映され始めると思うぞ」

 

「最近のアイドルトレーナーといっても、オレ、テレビはあまり見なくなったしな……。ミミィちゃんくらいしか知らないぞ」

 

「お、でもそのミミィと同じ事務所の先輩だよ。ソロデビューしてから3年くらいの。あの人、最近は女優業にも手を出してるらしいが……はてさて、どうなるやら」

 

「……おいショウ。その口ぶりは、まさかの知り合いか」

 

「あー、知ってるな。連絡先とか」

 

「みてな。お前今に爆発するから」

 

「手持ちに『しめりけ』入れとかなきゃな」

 

 

 等々。

 どうでも良い話題をクッションにしておきながら、オレは切り出すタイミングを見計らう。

 しかし流石に空気を読むのに長けたショウが、先んじて口を開いてくれた。

 

 

「そんで、オレに聞きたいことがあるって言ってたな。それって時間掛かるか? オレは今日実家の方に泊まる予定でここらに居たんだが」

 

「時間……うーん。悪いけど聞きたいことが幾つかと、相談もあるから、時間は余裕を貰いたいかな」

 

「あー、いや、実家に連絡入れるってだけだよ。休みに突入したし、別に時間は気にしなくて良いって。んー……でも、真面目な話っぽいし移動するかね。流石に森の中だと色々と気を使うからな。ロケット団とか」

 

 

 やっぱりロケット団はひょいひょい現れる害虫扱いなのか……との突っ込みを入れる間もなく、ショウは森を突っ切ってゆく。いや。道中で突っ込みはしっかり入れとくとして。

 森を抜けるとすぐ、細い路地に突き当たった。どうやら立ち並ぶマンションの裏側であるらしい。どうにも寂れた雰囲気で、薄暗い。

 

 

「よっ、と……ほい。ここの上にしよう」

 

 

 殊更に軽い調子。あげた親指で、ショウは後ろの扉を指し示した。

 釣られるように見上げると、夕日と森とに囲まれて陰が射している。日陰に佇む扉。マンションの裏口だ。年季が入っているのだろう。錆び付いている箇所がそこかしこに見受けられる。

 

 

「入って良いのか? 裏口とか」

 

「許可は貰ってるよ。ここの花壇の整備は当番制だからな。今日は俺の日なんだ」

 

 

 そういうとショウは鍵を差込み、すんなり扉を潜ってしまった。

 ……仕方が無い。後を追うとしよう。

 





>>11月の序盤
 既に義務教育もしくは高等教育レベルは超えているので、休みの期間はとても長くなりますね。
 連続で休んでばっかりな気もしますですが、冬はバトル連打で尺を取りますのでご容赦を。というか講義部分は長くなってしまうので。


>> まるで地上に降り立つ太陽神(キマワリ)の如く――

 それで例えは合っているのでしょうか……太陽神光臨の様。

 晴れ下で能力を発揮するキマワリさんをネタ的に例えたのが太陽神。
 遂にフレアドライブを習得したのが唯一王。
 それは兎も角、聖なる炎を享受なされた唯一神。
 メガシンカで公式にすらネタにされ続ける宿命を背負うエビフリャー。
 鋭い眼光でにらみつける真唯一神。
 壁や地面を這いまわっていたゴキブロス。

>>三点リーダ
 最近多用しすぎな気も……(ぉぃ。
 とはいえそこで悩んでいると、また速度が遅くなるので、減らせるだけは減らしてあまり気にしない事にしました。

>>ピカチュウ
 それにしても、ポケモンの二次創作を書いているというのに、ピカチュウという単語を使った場面があまり思い出せず。かなり久しぶりに使った気がするのは気のせいでしょうか……(震え声。
 世界一有名な電気ネズミとは、一体なんだったのか。


>>夢の国チキンレース

<コンコン

 ……おや? こんな時間に誰かがご訪問なされた様子です。
 それではでh(



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1995/冬 ポケモンバトル開拓戦線

 

 

 屋上へと移動するショウの後ろを、数歩遅れて着いていく。

 階段を何階分を上ったか判らない。幾つもの折り返しの末に到達した扉が、ぎぃという軋んだ音をたてて開く。

 風が冷たく頬を触れる。ビルの規模から予測はしていたけど、改めて見ても小さい屋上だ。

 やや廃れた雰囲気のタイルは、所々が修復剤によって埋められている。そもそも、花壇とはいってもプランターに入った花々が2列。ビニールハウスのかかった簡素なものが、隅にぽつりと置かれているだけだった。

 それらの傍に屈みながら、ショウが早速と問いかける。

 

 

「そんじゃあ相談を後回しにするとして。……聞きたいことってのは、なんだ?」

 

「ショウの事と、あとは研究の事かな。あれだ。ルリがオレらにデータ計測の依頼をした理由を聞きたくってさ。データの集計をしてるショウなら知ってるだろ?」

 

「成る程なー……それは確かに、知る権利もあるなぁ」

 

 

 これが1つ目の質問。

 ルリに曰く、先日を持ってポケモンの肉体データの計測は終了を迎えたらしい。あとは年末の大会を通してのものだけで済むとか何とか。

 先日挙げた課題(の様なもの)。ショウの事を知るための第一歩。一般の研究協力トレーナーに依頼すれば良い所を何故、わざわざ、エリトレの生徒を選出してデータを集めたのか。その目的を知りたいと思ったのである。

 なにせオレらが1年近く協力した研究だからな。内容にも興味はありありだ。

 

 

「そんじゃあその前に……ほいっと」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― コンッ」

 

 

 ショウはあくまでプランターの様子を確認しつつ、慣れた動作でモンスターボールを放る。外に出したのはロコン。先日マイから渡された新たな手持ちポケモンである。

 ロコンはすぐさまショウの横を離れ、

 

 

「コゥン」プイ

 

 

 つんとそっぽを向き、我関せずとばかりにフェンスの上へと飛び乗った。

 その様子に苦笑いをしながら、ショウは解説を付け加える。

 

 

「ロコンはここの景色がお気に入りでな。……落ちるなよーと、忠告だけはしておいてだ。実はここ、タマムシシティの北部開発で1番最初に建てられたマンションなんだ。だから人も疎らだし、借りてるのも住民ってよりは業者の方が多い」

 

「業者っていうと、会社が入るようなビルを兼ねてるのか?」

 

「そういうことだな。正面から入ると色々な看板が出てるんで一目瞭然だと思うぞ。ただ、このマンションは改修とか色々と訳ありなんだよなー。裏口はこうして屋上にしか繋がってないとかな。まぁ都合が良いんで、オレとミィがポケモンを始めて持った頃はここでバトルの練習をさせて貰ってたもんだよ」

 

 

 ショウは目を細めて懐かしみながら、腰に手を当てる。

 成る程。人目を避けるってのは判るかもだ。トレーナー資格を持ってないとバトルの練習1つとっても色々と言われるものだしな。巡回業務のジュンサーさんとかに。

 

 

「おう。そんで、会社って定時を越えると人が帰るんで、4階の神様と管理人のおばあさんくらいしか居なくって ―― こないだまでは隣のマンションの女の子がプランターの整備をしてくれてたんだけどな。その子がこないだ旅立ったんで、今はこうして俺にお鉢が回ってきたって訳だ。昔にバトルの練習場所として使ってた分を恩返し、って感じかね」

 

 

 良く判らない単語を挟みつつ、ショウはビニールを剥いで土の様子を確認する。どうやら別段手を加える必要は無かったらしい。うっし終わり、と呟いて再び腰を上げた。

 ちかっと光が横目に入る。丁度フェンスを挟んで、タマムシシティの夕焼けがお目見えしていた。

 隅に有る掘っ立て小屋に入るでもなく、そのままフェンスの横へ。ショウが足を止めたので、此方も同様に。

 端に立つと尚更判る。とても、夕焼けが綺麗な場所だ。タマムシシティは外観保全の一環として外側の建物ほど高くなるという建築基準があるため、街北部のここからはかなり遠くまでを見渡せた。

 空の端に夕日が沈み、秋を経て修復を終えたサイクリングロードが、林の向こう……海の上を一直線に伸びてゆく。

 

 

「良い景色だろ?」

 

「ああ。ロコンがお気に入りの理由がよくわかるよ」

 

「コゥン」プィ

 

「あっはっは。……そんな訳で。そんじゃあここなら誰にも聞かれないし、話しを始めるかね。さっきの質問からすると、まずはルリと俺がしていた研究についてだな。……それはやっぱり、理由からだよな?」

 

 

 苦笑を重ねた『わるあがき』の様に、ショウは尋ねた。

 此方が当然ながらに頷くと、念を押してくる。

 

 

「……結構つまらないし長い話だぞ。それでもいいか?」

 

「こっちから頼んでるんだ。つまらないとか言わないって」

 

「はっは! それもそうだな。まぁ言わなかったとしても内心思うかもしれないからな。前置きをしただけであって……ん、どうでも良すぎる。本題に行くか」

 

 

 仕切りなおしだ、と。

 ショウは身体を傾け、フェンスの上で夕焼けを見つめるロコンを横目にみつつ。

 

 

「凄く簡潔にまとめると、色々と『面倒くさい』って話なんだが」

 

「いや、そこはせめてもうちょっと噛み砕けよ」

 

「あー、そんじゃあまず、このカントーのポケモンバトルに関する利権争いが面倒くさい」

 

「……それはそれでざっくりいったな」

 

 

 まぁ、「それ」が面倒なのはオレも重々承知してるけど。

 

 

「エリトレは必修にポケモン学があるんで、シュンもある程度は知ってるよな。カントーがポケモン最先端だって言われてる理由」

 

「ああ。このカントーだけは、バトルよりもポケモンの研究が先立った……だよな? だから今でもバトル最前線で、研究の最先端でもあるんだろ」

 

「その通り。詳しく言うと……先ずカントーで研究が始まって、ボールの量産とかがされて、それが結果として一般にポケモンバトルを流行らせた。その『ポケモンバトル』のムーブメントによって各地方にバトルクラブが設立されて……バトルクラブが、カントーを真似して(・・・・)ポケモンリーグを作ったんだ。だから源流が違う。他の地方は自治だってのにカントーのリーグは協会が仕切るし、チャンピオンの扱いも違うしな」

 

「うん? そうなのか。チャンピオンのについては初耳だ」

 

「あー……テストに出たりピックアップされる事は絶対に(・・・)ないが、実は教科書にも隅っこの方には書いてあったりする。……何と言うか、カントーは看板扱いなんだよ。リーグチャンピオンは原則1人だけどチャンピオン位を持ってる人は何人も居るって面倒な仕組みも、カントーのあれこれを基にしてるからだしな。つってもそれは今のホウエンみたいに役立つ仕組みでもあるから、さて置くとして」

 

 

 話題を置いて、最大級の溜息を吐き出し、改めて顔を上げるショウ。やはり呆れ顔だ。

 

 

「でもなー。これって他の地方よりも、なんでかわからんが、大元になった筈のカントーのが面倒くさいだろ?」

 

「うん。そりゃご尤もだ」

 

「だから俺は、その辺りを改善したい。出来ればぶっ壊したい。よりにもよって好きなもの……ポケモンバトルの周辺で面倒くさい事態が蔓延(はびこ)るってのは、ちょっとガマンできん」

 

「出来ればの後が控えめになっていないんだけど」

 

「その辺はまぁ脳内で適当に変換してくれると助かるなーと」

 

 

 話題を切り替えるのだろう。ショウは腕を組みなおす。フェンスから背を離し、顎に手を当てる。

 

 

「そんで、肝心要の解決策は後々に来るとして、次題だ。……知ってるか、シュン。俺って天才なんだそうだぜ」

 

「だそうだな。こうして身近に過ごしてみて、やっぱ天才ってのはレッテルに過ぎないとは実感できたけど」

 

 

 天才って便利な言葉だよな。文字数が省略できるって意味でさ。

 というか、お前はどっちかって言うと努力の鬼だよショウ。

 

 

「そう言ってくれるのは助かる。けど、それってやっぱりシュンが近くに居るから判る事なんだよな。どれだけ努力を重ねても、社会的な評価は『天才』の一言で済む」

 

「へぇ……ショウもそういうこと考えたりするのか?」

 

 

 天才って呼ばれるのは努力を無視されているようで嫌だー、とかそういう話なのかもしれないな……と思ってのオレの発言だったのだが。ショウはすぐさま手を振って否定する。

 

 

「ん? あー……いや、言い方が悪かったな。俺は大学に早期に入学する必要があって、それを目指して『天才』っていう評価を貰ったんだよ。自分からな。だから俺は俺自身を『天才で良かった』と思ってるんで、これについては自分のことじゃあ無くてだ」

 

 

 ヤマブキの有る方角をちらっとみて。

 

 

「けど、俺の友人にはやっぱりそういう人も何人か居る。エスパーの能力なんてのも、生まれつき……望んで得たものじゃあないしな。友人がそれで悩んでた時期もあって……今はそいつも、笑ってくれる様にはなったけど」

 

 

 生まれつき。そう言えばケイスケも言っていたな。生まれる場所は選べないって。それと似たような話だ。天から授かったギフトは、残念ながらクーリングオフが効かないのである。

 オレの表情を伺っていたのだろう。納得した所で、ショウはうんうんと頷いて。

 

 

「妬まれるんだよなぁ。才能って。勝った負けたのバトルの世界だと尚更で、面倒なんだ」

 

「実に摘まされる話だな」

 

「まぁ、それが普通なんだけどな」

 

 

 ……これ、普通なのか。

 才能に纏わる云々。このスクールに入る前までは理解できていなかった世の仕組み。到底普通だとは思っていなかったけど……言われてみればそうなのかも知れないな。才能の影に有る努力を知らず、「ずるい」と嫉妬する事は簡単でもあるのだし。

 

 

「おう。俺は普通だと思うぞ。そんでも、それが普通だって知るのは本来もっと後になってから……成長してからの話で。だのに、結果的に誰かが傷つくってのはやっぱり面倒くさくて」

 

「……傷つく、か」

 

「まぁな。相手も自分も傷つく。面倒だろ? ……だから俺は考えてる。そういうのを埋めてやろう、って。エスパーなんかに張り付いたレッテルは、もののついでにぶち壊してやろうって。天才なんてのはバトルを盛り上げるための広告文句に過ぎないんだ、ってな」

 

 

 ショウはぐっと拳を握る。

 握った拳はすぐに解き、ぴっと指をたてて。

 

 

「……となると、まずは学生トレーナーのレベルアップに落ち着くってな訳で」

 

「オレの脳内ではまだそこまで追いついてはないけど……もしかして、オレ達に教えてるのってそういう……?」

 

「ん。まぁなー。目指す先はもっとあるけど……第一段階となると、そうだ。学生達が成長する曲線(データー)が欲しかったんだな、つまりは。これが研究の目的だよ」

 

 

 ポケモンバトルが上達する。ポケモン達がきちんと育つ。それを確かめることが第一の目的。

 ……第一の、ということはだ。オレが目線でその先を促すと、ショウは頬をぽりぽりと指で掻いて。

 

 

「あー……そうだな。双子からエニシダさんの話も聞いたんなら、良いか。ここでいよいよお待ちかね、これら『面倒くささ』に対する解決策のご登場だ。これが最終目的でもあってだな」

 

 

 既に解決策が有ることを、驚くつもりは無い。むしろやっぱりなという感じだ。元よりショウは、そこへ向けて動いているのだろうから ―― うん。奇妙なまでの信頼感。

 お待ちかねという言葉を示すように、じらすべく、ショウは指でこつこつとフェンスを叩いた。立っている場所を揺らされたロコンが少しだけショウに抗議のじと目、また、イーブイ(アカネ)の体毛にもよく似た茜色の夕陽に視線を戻し。

 

 

「随分先の話にはなるだろうけど ―― 俺は、色んな人を巻き込んで『バトルフロンティア』ってのを作ろうと思ってる」

 

「……開拓戦線(バトルフロンティア)?」

 

「そーそ。ただポケモンバトルをするってんじゃあない。例えば冒険しながら。例えば借り物のポケモンで。例えば、ポケモン自身の判断に従って ―― とかな。色んなバトルが出来る場所。トレーナーとポケモンとで、存分にバトルを楽しめる場所だ」

 

 

 どーだ、凄いだろ!!

 そんな言葉が続きそうなほど、心底楽しそうな表情で、ショウは語る。

 

 

「だって、そうやってバトルをしていれば絶対に気付くだろ? トレーナー側が特別だろうがエスパーだろうが、全部のポケモンを意のままに操れる訳じゃあない。タイプ相性が大きいし運の要素もあるから、読みが鋭くても必ず勝てる訳じゃあない。結局はエスパーだって、ちょっとコミュニケーションツールが多い ―― ポケモンと仲が良いだけのトレーナーに過ぎないんだ」

 

 

 ……成る程。流石はショウ。エスパーの云々についてはぼんやりとしか固めていなかったのだが、言葉にするとそうなる訳か。

 学生レベルのバトルであれば十分に脅威なエスパーだとて、実力が拮抗してきている同士だと……うん。

 

「(どうせエスパートレーナーとエスパーポケモンが揃ってないと、テレパスは成り立たない訳だしなぁ)」

 

 テレパス等々が通用するのはエスパーな人間とエスパータイプのポケモン、それらがセットになった状況と固定されている。逆に言えば、エスパーポケモンが選出されると判っているなら「あく」タイプやら「虫」タイプを選ぶなりの対策が出来るのである。もしくは、タイプの特徴から特殊防御に特化したポケモンを選ぶという選択肢もあるな。しかしつまりは「型に嵌っていることそれ自体」、レベルの高いトレーナーにとっては駆け引きの材料に過ぎないと言う事なのだ。

 ただ、これが判るのは多分、オレがエリトレで10ヶ月近くを学んだからなのだろうけど。

 

 ……。

 ……あ、そうか!

 

 

「だからだ。そういうレベルでポケモンバトルを語るためには、相手をするトレーナーも一定の実力が無きゃいけない。バトル施設を丸ごととなると尚更。なればトレーナー全体のレベルアップを……って話に戻るわけだな?」

 

「そうなる。しかも全世界のトレーナーを、ってな大々的な目的を掲げてるんだこれが」

 

 

 それは何と言うか、ほんとに壮大だよな。

 

 

「判ってるし、知ってるよ。でも今の俺がそうやって考えられるようになったのは、シュン達のお陰なんだぜ?」

 

「オレが? むしろ教わってばかりだった気がするんだけどさ」

 

「いやいや。お前らは、この1年でそれぞれに成長してくれたからな。特にシュンとヒトミ、それにリョウやミカンなんかは、ポケモン側の身体データで見てもトレーナーのスコアから見ても劇的なもんだ」

 

 

 ここは、本当に嬉しそうに。

 

 

「だからこそ出来ると思った。全員をレベルアップさせるっていう、絵空事。全員で新しいポケモンバトルを作るっていう、彼方の夢」

 

 

 髭は無いのに指で顎を撫で、腰に手を当てる。

 

 

「……まぁ俺自身、そうやってレベル高めのポケモンバトルができる場所があったら楽しいだろうなぁ……と思わないことが無きにしも非ずだけどな! 最後は自分の為だって締め括るのも大概だけど、でも、一石三鳥かそれ以上の可能性が有るんなら目指してみたいと思ったのは本当だぞーっと」

 

 

 そう言うと、ショウは続けての笑顔を浮べた。

 けどここからのそれは明らかに違う。あの日。出遭った日から思っていた……オレが好きになれない、ルリなんかが頻繁に浮べている「奇妙な笑顔」だ。

 最近わかってきた。ショウとの会話は、ここで終わらせてはいけないのだ。

 自分のいる場所を自覚しているからこそ、そこに他人を巻き込まないための……踏み込ませないための壁を作ってしまうから。

 

 バトルフロンティアってのを作ることで、協会の利権を分散させて。

 バトルのレベルを底上げする事で、エスパーとかの枠をぶち壊して。

 そんなバトル開拓の最前線で、ショウ自身はポケモンバトルを楽しむと。

 

 ……成る程。そう聞くと確かに、一石三鳥だな。そのためにどれだけの苦労を要するのかは、お察しだけどさ。

 兎も角。どれだけの困難が待ち構えていようとも、ショウは既に、そのための道を歩み始めているのだろう。

 そんな事を考えている内にも、ショウは話を続ける。

 

 

「だからさ、シュンが今日こういうことを聞いてくれて、ちょっと嬉しかったよ。誘いやすくなったからな!」

 

 

 オレも誘う気満々だよなぁ。とはいえ、話を聞いて楽しそうだとは思った。今のオレなら参加する気は満々だ。

 ショウはちょっとだけおどけてみせて、違和感無く話題を紡ぐ。申し訳なさそうに。

 

 

「だから…………んーと、な。俺からも聞きたかったんだ。シュンはそう言う才能を相手に戦って。勝てるかも定かじゃあないのに必死で努力して。辛くは無かったか? お前らは ―― 楽しかったか?」

 

 

 頬をかきながら口にしておいて、ショウは視線を逸らした。

 面倒というか、むしろ率直に ―― 友達想いな奴だな、と思った。

 この話題を出すこと自体が怖いのかも知れないな。だからオレは、問いかけたショウの表情にこそ問いかけてやりたい。お前は辛くは無いのかと。

 ……ただ。今それを率直に問うのは野暮と言うものなのだろう。こいつも捻デレだからな。湾曲で婉曲で遠回しで迂遠な言い方をする必要があるのだ。

 ならばこうしよう。オレの返しは決まっている。

 

 

「そりゃ勿論。楽しいに決まってるさ。オレはいつだって、自分とポケモン達がバトルに勝つその瞬間を信じてにやけてるさ。でもな、ショウ」

 

「ん、おう」

 

「それに加えて ―― そもそも努力が楽しいんだよ。これもさ、お前が教えてくれた事なんだ」

 

「……あー、そうか?」

 

「ああそうさ。……お前がそう(・・)しなくちゃいけない事情に関しては、これだけ偉そうな事を言ってはいるけど、実は良く判らない。でもお前はきっと、自分が楽しいってだけじゃあ自信が持てなかったんだよな? だからオレらに指導をすることで確かめたかった。他の人も、自分と同じく、努力すら楽しめるのか否かを。それは伝わったよ。友人だからさ」

 

 

 不器用というよりは、やはり、面倒という単語が似合う。コイツ以外にこんな11歳はいないだろうな。

 でも、大事な友人だ。だからこそはっきり言ってやろうと思う。オレは、このスクールに入ってきた頃の心境を思い返しながら。

 

 

「……オレ、実を言うとさ。お前やルリに言われるまで、ポケモンをバトル以外の時にボールから出すって事すら疑問に思ってたんだ。バトルに付随した場面以外でボールから出す必要があるのか、って。バトルで強くなりたいっていう気持ちは昔からあったのにだぞ? 今にしてみればありえないよな。ポケモンの事を理解せずして強くなれるはずは無いのに……」

 

 

 きっと漠然とし過ぎていたのだ。どうやれば強くなれるか、っていう部分が。

 それを晴らしてくれたのが、道を示してくれたのが……ショウ達だ。

 

 

「だけどオレは、こうやって普通に生活してみて……ポケモンってなんて不思議で楽しい奴らなんだ、って思ってる。便利な一面も有る。互いを互いに役立ててる相互利益の関係でも有る。でもそれを超えて、楽しいって思えたんだよ」

 

 

 勝ちたい。その一念は強いだろう。ただ、それだけで見える限界なんていうのはたかが知れている。

 そこから上を見る為に必要なのはきっと、胸に渦巻く何がしかのエネルギーで。

 それはきっと、学生にとっては楽しさに他ならなくて。

 

 

「ああ。楽しいんだ。一緒に努力を重ねる事。先にある何かを目指して一緒に居る事。その時点が、通過すべき場所を走り抜けることそれ自体が、もう楽しいんだよ。努力には苦しいことも有る。負ければ悔しい。負け続ければもっと悔しい。辞めたくもなるかも知れない。挫折するかもしれない。それがポケモン以外の事……例えばエスパーだから、って部分が際立って負けたとかならさ。それはきっと、果てしなく悔しいだろうと思う」

 

 

 実際にあの日、リーグで負けた父の姿を見たかつてのオレは、そう思っていた。

 あの人はバトルに負けて悔しいのだろう、と。それもエスパーなんていう先天的な、努力を否定されるような部分が鍵となって負ければ尚更だと ―― そう、安易に。

 雪の振るセキエイ高原。決勝戦。夕陽に、父の俯く背が溶けて。

 

 

「……うん。あの日の子どもだったオレは、ただ『画面の向こうから見ていただけ』だって言うのにな」

 

 

 幾つもの後悔が転がる。

 当事者どころか、会場にすら行っていないというのに。まだ隣にポケモンもいないというのに。

 傲慢。知ったかぶり。だからこそ当然、俯く父の表情は判るはずもなく。

 その顔に浮かんでいたのは、イツキに負けたヒヅキさんやオレと同様、「悔しさの向こうに存在する楽しさ」に所以するものだったかもしれないのに。

 オレらの様に、再び立ち上がる時には。……もっと強くなっていたかも知れないのに、だ。

 

 

「大丈夫だよ。オレはさ。勝ち負けは重要だけど、そこだけに全部を求めてるトレーナーなんて、きっといない。……まぁ、それで帰って来なくなって家族をほっぽった辺りはやっぱり間違いなく、馬鹿親父と呼ぶに相応しいんだろうけど」

 

 

 馬鹿親父は兎も角。さて……ここからがオレにとっての本番だ。

 ああ。先が有るのは嬉しい事なんだ。オレの上にも前にも、ポケモンバトルにまだまだ先はある。未だ教わる身の「オレは」、そう思えている。

 ルリが先陣を切り、ショウや、多分ミィなんかが押し上げ、誰かが満たしたこの世界を。

 だからこそオレは、向かいに立つ友人に問いかけてやりたい。奴の言葉を借りるならば、「面倒くさく」も……曲げに曲げた先の、ここで。

 視線を交わす。空気を悟ったのだろう。ショウは一旦、観念と共に目を閉じ。

 

 

「―― ここで本題か。シュン、聞きたかったことが有るんだろ? ……まだ質問は受け付けてるんだが」

 

「ああ。ショウ。なぁ。……お前はそれで、辛くないのか?」

 

 

 尋ねた向かいのその眼は、何処か遠くを見たままだ。

 返答は無い。オレはそのまま続ける。

 

 

「きっと、多分、お前は知ってるんだろ。この先に。努力を重ねた先に、もっと広くて深いバトルが待っていることを。お前が思い描いているポケモンバトルって言うのは……心底楽しめるバトルって言うのは、今よりずっと『先』にあるものなんじゃないのか?」

 

 

 マラソンなんかは、後追いのほうが有利だと言う話を聞いたことが有る。スリップストリームとか流体学だとかの話じゃあなく、精神的な話だ。

 そういう意味でショウがトップランナーの一員なのは間違いない。双子の話からも、それは確かである。珍しくも無いポケモンだけで、レベルでも劣っているのに、強敵を相手に勝ち進む。確かに希望と言い表すことが出来るに違いない。

 

 ―― ただその視点は、希望を「見上げる」立場からすれば、なんだけどさ。

 

 しかしどうだろう。希望その人が立つ場所は、当人からすれば、心苦しい場所でも在るはずなのだ。

 圧倒的に少ない光。見上げた先の暗さ。

 押し広げる側の……到達し終えた先に立ち塞がるのはきっと、どうしようもない閉塞感だけであるはずなのに。

 未来にたちこめ行き場を無くしてどろどろと溜まった闇であるはずなのに。

 天井の見えた世界こそが、物悲しいはずなのに。

 そして、そんな閉塞感を打開すべくもがいているのすら、ショウ自身なのだ。世界はショウを助けてはくれない。戦っている当人なのだから当然でも有る。

 ショウやルリが居る場所はきっと広げる側だからこそ。

 そういう(・・・・)―― 独り、端っこの場所だ。

 

 

「お前こそだ、ショウ。今のお前は楽しいのか?」

 

 

 感慨を込めて言い切った。

 ……ただ。ただな。オレはショウに期待している部分も大きい。コイツならばそれすらも……。

 

 

「あー……心配をどうもな。なら、期待に応えて訂正を挟んでおくか」

 

 

 そこまで(・・・・)を理解して、ショウは表情を変える。

 笑みの種類を、誰しも惹き込む、魅惑的なものへ。

 

 

「俺は、楽しいぞ。今のポケモンバトル」

 

 

 ここでショウはロコンの側をちらりと見る。未だ夕陽に見惚れたままの彼女(ロコン)

 そんな風に御せずにいる「面白さ」をとってか、ショウは屈託なく笑った。

 

 

「そもそも俺だってバトルも育成もまだまだだぞ? 試す事だって沢山有る。シュンが指摘してるのは、どっちかというと競技用のポケモンバトルの事だしな」

 

 

 例えば先に挙げたバトルフロンティアにおけるバトルなどは、その「競技用」と違うものなのだろう。

 オレが目線で理解を伝え、先を促すと、ショウは頷く。

 

 

「俺も『その先』には至ってない。今はリーグや、多くのエリトレ達が立っている場所こそがポケモンバトルの最戦線で、スタートラインでも有るからな。だから、俺だってその辺りには戻ってこられる。悩むことはあるにしろ辛くは無いぞ」

 

 

 ここに至ってオレの努力が実を結ぶ。

 いつもの、一見強がりに思える「自己満足さ」だけでなく、ただ、と続けた。

 

 

「シュンの指摘は正しいな。この壁を突き抜けるには俺達だけじゃあ足りない。それは間違いない。だってそもそもポケモンバトルって、1人や2人や3人じゃあ回らないもんだからな。 ―― それでもこの壁の向こうに、『先』は間違いなく在る。知ってるんだ。未来の俺がそこを目指しているのも、まぁ、間違いないかね」

 

「なら寂しいか? だってそこ、お前とかミィ、他にはルリくらいの数人くらいしか居ないんだろ。雰囲気的にさ」

 

「……。……あー……まぁ、近い人はいるけどな。カトレアとかコクランとかナツメとかエリカとか。近い奴らで固まってしまったからこそ閉塞してるんだが」

 

「だろうさ。だったらオレらもそこを目指すよ。何せ結果も過程も道中も、楽しい事ずくめだからな」

 

 

 オレも先を目指す。いやにすんなりと言葉がでていた。

 これはショウやルリに教わったことに対する恩返しでもあり、オレ自身の利でもある。つまりは一石二鳥なのだから。

 効率すらも兼ね備えたこの返しに、オレの友人は改めて苦笑した。

 

 

「凄いな、その言い方は。逃げ場が無い。前々からシュンはそーいうの得意だと思ってたが」

 

「磨かれたとしたらそれは多分、お前とかルリのせいだぞ。だってお前ら面倒すぎるし」

 

「うわー、返されたかー。……ま、実際のところあんま心配されなくてもだいじょぶだって。バトル以外でなら、協力してくれる人達も結構居るしな」

 

「……うん? もしかしてお前が異様に顔が広いのって、今話した策略のためなのか?」

 

「それもある。でも、単純な興味ってのも大きいかね」

 

「そういう部分では全く敵う気がしないんだけどな……」

 

 

 苦笑しながらお手上げのポーズをしてみせると、ショウがそんじゃあと話を切り替える。

 

 

「そんじゃあ質問に引き続きまして、お待たせしました『相談ごと』とやらを承るとしますか。……ま、大体判るけどな。この流れなら」

 

 

 ああ。思考の回るショウならこれで判るのかも知れないが、普通は言わなきゃ判らないんだよ。それに、こういったものは口に出すことそれ自体が一種のケジメでもあるからな。

 屋上にて。唇を離し、喉に力を入れる。

 

 

「―― 冬休みさ。オレの練習に付き合ってくれ!」

 

「おう、いいぞ。そら勿論」

 

「荷物にはならない。寄り掛かりもしない。ただ、頼ったらアドバイスはくれ!」

 

「おう、いいぞ。それも勿論」

 

「そしてオレに……お前の目指す場所を見せてくれ! 一緒に!!」

 

「おう、いいぞ!」

 

 

 張られた声に、小気味よく返事をしてゆくショウ。

 やっぱり楽しそうだな。いや。参加するのはオレなので、オレが強くなることはこいつ自身も望んでいるのだろう。いいさ。一石二鳥という事にしておいてやろう。そこにショウ自身の思惑もあるのであれば尚更だ。

 

 

「頼んだ!」

 

「うっし、やってやりますかね!」

 

 

 拳を握り、ショウのそれとごつりと合わせる。

 フェンスの上からこちらを見ていたロコンが、音に合わせてふぃとそっぽを向いた。

 

 

 タマムシスクールにおける、ポケモンバトル。

 目指すは2月初めの「年度末大会」。

 ジムリその他の上級科生が圧倒的に有利といわれる大会でもあるその中で、ただの1エリトレ候補生たるオレが優勝を目指す。

 ポケモンバトルの最前線へと。

 格付けをひっくり返すためのチームが、こうして、本格始動と相成った。

 






<タラリラリラ~

 ショウ との 支援レベルが A になりました(空耳)!!



 と、言う訳で2話にて更新区切り。
 幕間をゲームにおけるNPC、つまりはモブキャラ達で構成したのはこうした理由からでした。

 ……作中でショウに解説していただいても良いのですが、流石にメタメタしいので一応の解説を。

 「バトルフロンティア」とはRSEおよびPt、HGSS(PtとHGSSは同じもの)に存在するポケモンバトル施設です。
 ポケモンにおきまして、シナリオ上のNPCの手持ちポケモンには、実は努力値が入っていません。個体値すら最低値。ジムリーダーやライバル、悪の組織のボスといった格上で初めて6V(全個体値最高)、(ただし努力値なし)のポケモンを繰り出してくるという仕組みになっています。
 ですがこの「バトルフロンティア」は別でして。フロンティアブレーン(バトルフロンティアのボスみたいなもの、という解釈で正しいかと)と戦うまでに当たる全てのモブトレーナーのポケモンには性格及び努力値の計算がなされていますという。
 また、他作におきましては「バトルタワー」、「バトルサブウェイ」、「PWT(ポケモンワールドトーナメント)」、「バトルシャトー」などが同様の仕組みを有していたりします。
 そのため、原作の世界を作り上げる為に ―― という題目を掲げている主人公達としては、「バトルフロンティアまでも再現してこそ、原作」という途轍も途方もない場所を目指しているという訳なのでした。
 ええ。無茶振りですけれどね(Japanese DOGEZA)!!


 因みに、途中のシュンの語りにゲーチスさんの勧誘文句を思い出していただけると嬉しいです。
 で、そんな文句が(こうして雰囲気を作る必要も無く、初出演だのに)すらすら出てくる辺りにゲーチスさんのキャラを感じていただければと(笑。


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1995/冬 → 1996/冬

 

 Θ―― タマムシシティ/スクール敷地内

 

 

 

「―― ごちそうさま」

 

「はいはい、お粗末さま」

 

 

 手を合わせたオレに、エプロンを着けて台所に立ったナツホが返答する。オレは年越し蕎麦(黒汁)の入っていた容器をシンクまで運び、たらい入れた。汚れを浮かしておかないと、後から洗うのが大変なのだからして。

 

 ……などという只今、1995年の12月31日。

 要するにオレらは、タマムシシティで年末を迎えていたりするのである。

 

 ナツホの隣で食器を洗いながら、大きなシステムキッチンから向こう側を覗く。そこでは、友人や先輩が大勢集まって馬鹿騒ぎをしていた。

 ああ、因みに、現在地は大学の新研究棟の食堂である。ポケモン学の第一人者であるオーキド博士の名義で年末年始のために借り出したのだそうだ。こういうのを認めてくれる辺り、タマムシ大学の寛容さ(もしくは適当さ)が伺えるな。うん。

 当のオーキド博士はというと、上座で教授候補の皆様に囲まれて少々難しそうな顔をしていたりするな。オレみたいな一般エリトレ候補生が入れる雰囲気じゃあないぞ、あれは。

 

 

「苦労してそうよね、あの博士って」

 

「だろうな。……でも実際、あの人の研究ってポケモン学の基礎になるほどのものだろ? 教科書に名前が載ってるって時点で、こういうのはお察しというか」

 

「……それもそうね」

 

 

 水を切った食器を次々と水切りに乗せてゆく。

 加えて、オーキド博士はポケモンリーグ本大会で上位入賞したことがある程の実力者でもある。研究界隈だけでなく一般的なネームも大きいからな。影響力が大きいのは間違いない。色んな意味で。

 しばらくざぶざぶと水音だけが響いて。ポニーテールが揺れる揺れる。……あ、そういえば。

 

 

「ナツホは年始、キキョウシティに帰るのか?」

 

「……アンタがこっちにいるんだから帰らないわよ。……ア、アンタは目を離すとすぐに無理するんだものっ! 人命救助なのよ、これはっっ!!」

 

「南無南無」

 

「なんで拝むのよっ!?」

 

 

 御年最後のツンデレをありがとうございます。

 もうね。あれだ。デレの後に慌ててツンを入れるっていう黄金比率とかさ。なぁ。(なんだ)。

 などと、余韻に浸っていると。向かいからユウキが駆けて来て。

 

 

「―― おうシュン、あっちで先輩達が呼んでるぜ」

 

「マジでか。判ったユウキ、今行く」

 

 

 そういって後ろを指差す。さっきまでユウキがいた場所、男子の群れ(誤字ではなく)だ。阿鼻叫喚という言葉が相応しい線上でもある。しかし先輩達のお呼びならな。参上仕る他あるまいよ。

 ……実際、先輩方は知識も豊富なのだ。絡み方さえ上手くいけば、バトル大会に有用な情報をゲットできるだろうという下心も満載だけどさ。

 とはいえ、洗い物が終わっていないのだが……ちらり。

 

 

「大丈夫」

 

「こっちは任せとくといいよ、シュン」

 

 

 こっちは、駆けつけたノゾミとヒトミが替わってくれるらしい。

 オレは2人と、ナツホに改めて手を合わせつつ。

 

 

「悪いな。また後、初詣で」

 

「ふん。期待はしてないけどね」

 

「判ってるって。ヒトミもノゾミも、後でな!」

 

 

 2人に手を振り、オレは台所を離れ、喧騒の中へと突入する事にした。

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

「……ナツホ、行かせて良いのかい?」

 

「うん。止めてたよ、前のナツホなら」

 

「そう、ね。そうかも知れないわ。……前はね、多分、シュンがあたしに見えない、何処か遠くまで離れてしまいそうで怖かったのよ。少し離れるだけでも。あいつの父親の様を見ていたから、尚更ね。でも……」

 

「でも?」

 

「でもでも?」

 

「今は、ああして前に向かってるシュンを応援するのも役目かな……って思ってる。べ、別に諦めたわけじゃないわよ? シュンはあいつの父親とは別人で、今のあいつなら見失わないって信じてるだけ」

 

「ほう」

 

「ほほう」

 

「……それにそもそも、シュンが遠くに行くならこっちも追いかければ良いだけの話よね」

 

「もの凄い惚気てくるねえ」

 

「それに動じない」

 

「ふん。あたしだって成長してるんだもの。それくらいであたふたしてたら……」

 

「コトブキカンパニー令嬢」

 

「なんなのよあの胸はっっ!?」

 

「もの凄く動揺してる」

 

「あっはっは! ナツホも正妻の余裕には程遠いねえ!!」

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 テレビ上の時間表示が変わり、0:00。

 年越しと同時。

 ……テレビの大音量に負けない歓声が部屋を包んだ!!

 

 

「ひゃっほーっ! みたみた!? 今おれ、地球上に居なかったんだぜ!!」

 

「……ぐわ?」

 

 

 年越しの瞬間に一斉にジャンプした男子勢とそのポケモン達(コダック以外)。特にユウキのはしゃぎっぷりが半端ないご覧のご様子(ありさま)である!

 ショウとかがこの場に居れば、地球上ってのがどの辺までなのかを定義しろとか言われるだろうな。あいつは年越し会の途中から用事で席を外していたから、今は姿が見えないけどさ。因みにオレの認識的に大気圏内は宇宙船地球号なんで、ユウキはばっちり地球上に存在していたと思われる。

 

 女子からちょっと男子ーというお決まりの文句が聞こえてきそうな程の声が響き、収まった頃になって、今度は初詣に行こうかという流れになっていた。出かけ先はタマムシシティの中心やや外れに存在する大社だ。年始は参拝客でめちゃくちゃ(確かな表現)になっている場所である。

 

 流れに身を任せて外に出ると、いつもよりも遥かに大勢の人出。

 人、人、人、ポケモン、ポケモン、ポケモン。0時を回ったとは思えない程、活気に溢れた街中だ。

 ……まぁ、その点については年末のキキョウシティも同じなんだけどな。我が故郷は古めかしい街並みを売りにしているだけあって、隣町なんかからも参拝のお客が流れてくるからなぁ。

 そんな風に思い返している内にも、まずオーキド博士を筆頭とした大人陣が出立し、幾許か遅れて先輩方の仲良しグループが順に建物を出て行く。この後は自然解散という事なのだろう。

 しかし、オレら別地方組は初めて向かう場所のため、立地が判らないのだが。

 

 

「さてどうしたものか。後を追うべきか? もう人混みに混じってしまって、大人達は背中も見えないんだが」

 

「……キキョウだったらいつもの神社なんだけど、ここで先輩達に頼るのは、確かに気が引けるわね。もうグループに別れちゃってるし」

 

 

 各々上着を身に着けながら、建物の外に出た場所でナツホと一緒に唸ってみることに。周囲には同じく初詣に向かうのであろう人が沢山行き交っている。だとすれば、この流れに沿って歩けば着くのだろうか? それはなんというか、冒険が過ぎる気もするな。

 因みにケイスケは寝正月だけど。

 

 

「む」

 

「あれ」

 

 

 ノゾミと連れ立って研究棟を出てきたゴウが、いつもの通り腕を組みながら周囲を見回し、1人の(大変目立つ)人影を目に留めた。

 ゴウの視線を読んで、ノゾミが声をかけに近寄って行く。

 「大変目立つ」と書いて「ゴシック&ロリータ」と読む、そのお人。

 

 

「ミィ。ミカンとカトレアも。初詣?」

 

「あら、ノゾミ。それにいつものグループもご一緒ね。あけまして、おめでとう。……そうね。私達も初詣に向かう所よ」

 

「あ、あけましてゅっ……おめでとうございますっ」

 

「……どうも」ペコリ

 

 

 ミィが優雅に。ミカンが慌てて。カトレアが折り目正しく、それぞれの挨拶を交わす。まさに僥倖。土地勘のありそうな女子グループのご登場であった。

 特にミィとカトレアはタマムシも長いはずなので、着いていって間違いはあるまい。ノゾミがそのまま同行の許可を取り付けると、オレ達もその後ろに続いて歩き始めた。

 

 まだ暗い空の下、街の北を目指して動く一団に混じり脚を動かす。

 しかし、それにしてもだ。人の数がいつにも増して多い。社へと近付くに連れて、振袖の人もちらほらと散見し始める。流石はタマムシ。年末年始には着物が潜んでいるな。

 

 

「どうでもいいけどよ、ロータリーって字を見るとミィを思い出すよな」

 

「それ、アナグラムなだけじゃないか?」

 

「そしてユウキ。それはどうでも良すぎるだろう」

 

 

 などと、移動の間もどうでも良すぎる話題を見繕うオレらに対して。

 

 

「ふあっ、す、すいません!?」

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

「あっはっは! 人にぶつからないように気をつけなよ、ミカン」

 

「私も。あまり、人が多い場所は。得意ではないのだけれどね」

 

「その割にはすいすい歩いてる」

 

「……」ウツラウツラ

 

 

 会話の内容に程度はあれど変わらない。それでも華やかに感じられるというのはやはり、女子力という不可思議パワーの成せる業なのだろうか。万能だな女子力。世界の法則に加えたらどうだろう。

 

 出発が遅かったためか、初詣というには少々遅い時間。暫く歩いていると、小高い丘と長広い階段が見えて来た。あれが目的地の社か。雰囲気あるな。

 しかし、その階段をもの凄い数の人が上り下り……いや、厳密には下りている人のほうがかなり多いか。時間的にも帰宅ラッシュだしな。

 でもあの階段は、一人が転んだらドミノ倒しというか、あれを逆行するには『たきのぼり』が必要なような。前髪をアップしたミカン(おでこ)の目がぐるぐるしている程、といえば混雑の酷さも伝わるだろうか。

 すると。

 

 

「此方よ」

 

 

 先導していたミィが自然な動作で道を逸れた。その後にカトレアが無言のまま続く。

 

 

「……なんだ?」

 

「……兎に角追おう」

 

 

 オレらは顔を見合わせ、互いに疑問符を浮べながらも、後ろを追う。ニョロゾを連れた男性の横を抜け、薄暗い小路を幾つか曲がり ――

 

 

「あ、成る程ねえ」

 

 

 ヒトミの言葉に釣られて、一斉に見上げる。

 延々続く街中にぽっかりと、裏道らしい細階段が姿を現していた。

 林の中を貫いている事も関係しているだろうか。正面入口とはうって変わって、人の姿は殆ど見かけられない。

 

 

「地元民ならではのコースってやつか」

 

「ええ。……行くわよ」

 

「ハイ」コクリ

 

「はっ、はい!」

 

 

 わざわざこのコースを選ぶということは、ミカンに気を使ったんだろう。そんな素振を全く見せない辺りにミィの男気に近い優雅さが見て取れるけどさ。

 オレらも早速と、石積みの階段へと足をかける。意外と長い。蛇行している分が増長しているのかも。とはいえ息が切れる前に階段は途切れ、境内へと到着する。

 そして同時に、人の渦が姿を現した。

 

 

「確かに人の渦だが、神社に来ておいてその表現はどうなんだ」

 

「でも実際、人ばっかりじゃねーか?」

 

「もの凄い人数よね……」

 

 

 本当なら参拝は鳥居を潜ってだとか、道の端をだとか、手水舎だとか色々あるらしいが、昨今の感染予防の観点からみて、この人混みでは感染経路になりかねない。今のオレに風邪を引いている時間的猶予は無いので、そこは神様の寛容さに甘えておいて……謝っておきながら本殿へと直行する。

 本殿の前には当然列があったものの、ピークは過ぎており、思ったよりも人は少なかった。その最後尾に一同が並ぶ。

 

 

「何お願いする?」

 

「ミカンは決まっているものねえ」

 

「あ、うあ、え、ええぇっ!?」

 

「真っ赤」

 

「別に良いと思うわ。私はね」

 

「何でミィはそんなに寛容なのですか……」

 

 

 行列に並んでいる間、皆はお願い事を考えている様子だな。

 ……でもなぁ。

 

「(別にオレ、お願いを聞いてもらいたいわけじゃあないしな?)」

 

 日本人の初詣はお祭り感覚だから、オレもとりあえずは流れに乗っているだけである。そもそも、今オレが頑張っているのが神様の成果(もしくは援助)になってしまうのは、シャクだよなーと。

 どうするか……と、考えていた所で目の前から人が居なくなる。参拝の順番が来たようだ。

 目の前に本殿。賽銭箱と鈴。

 

 

「リッキ!」「リッキ!」「ワンリッキ!!」

 

 

 奥間ではなにやら、烏帽子を被ったワンリキーたちが台座を運び……その手前。

 

 

「―― うん? おう、シュン達か」

 

「……」ササッ

 

 

 水色の袴を穿いた「神主風」男子学生が目の前、社の廊下を通りがかっていた。後ろに隠れた黒髪振袖の妹も印象的か。

 気さくな感じにこっちに挨拶……じゃない。いやさ。おい! 突っ込み!!

 

 

「ショウ……どこにでもどんな格好でもどんな時間でも現れるのな、お前!」

 

「呆れ顔で言ってくれるな。今回のこれは、流石に俺もどうかと思ってる。……あ、悪い悪いワンリキー。先に行っててくれるか?」

 

「リッキ!」

 

「……」ササッ

 

 

 言いながら、「神主風」コスプレ男子ことショウが肩を落とす。落とした肩に合わせて妹が隠れなおした。

 ショウの言葉に頷いて、ワンリキー達が一斉に動き出す。その背を見送った頃合で、唯一事情を聞いているのであろうミィが2拍2礼しつつ、解説を挟んでくれる。

 

 

「……少し、ね。研究の為の、伝説ポケモンの伝承が書かれた書物の閲覧、宝物殿の自由見学。それらの引き換え条件として、ここでバイトをしているのよ」

 

「そーそ。ミィも年始には巫女さんやる予定だよな?」

 

「ええ。面には、出ないけれどね」

 

 

 なんなんだろうな、そのけれんみ(受け狙いの演技のこと)に溢れたバイト!

 因みに後ろの女性陣はミィ以外(カトレア含む)、唖然とした表情でこの遭遇を見つめているのだが……うん、似合ってるからな。一応。お前の落ち着いた雰囲気とマッチしてるぞコスプレ野郎。

 ……いや、ショウ自身は受けを狙っているわけじゃあないんだろうけどさ。そしてバイトなら何故マイが後ろに……初詣の後で兄から離れなかったとかなのか。マイなら十二分にありえる流れだけれども。

 

 

「つーわけで、まだ稼ぎ時と書いてバイトと読む時間なんで失礼しとく。今年も宜しくな、皆!」

 

「……。……新年、あけまして、おめでとう……ございます……」ペコ

 

「お、おう……」

 

 

 ショウとマイの挨拶に対して各々頷き、ユウキが辛うじて返答すると、ショウもなにやら台座っぽいものを運びながら、奥へとすいすい歩いていってしまった。マイはその後ろを自然な動作で(ただし黒子の如く)着いてゆく。

 その姿が見えなくなった頃になって。

 

 

「流石はショウ……と、いうべきなのだろう。年始だというのに落ち着きの無い、嵐のような奴だな」

 

 

 消えた先を見つめるゴウは腕を組み、呆れたような感心したような微妙な様相で言った。

 うん。その台詞には全力で同意しておくよ。

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 そんなこんなで。

 新たな年を迎えつつも、初詣から寮へ戻ると解散の運びとなる。

 先輩方の中には徹夜コースで遊ぶ人も多いみたいなのだが、残念ながらオレにとっては時間が貴重。早速と明日から「予定」が詰まっているのである。

 そんなオレにも一応の遊びのお誘いはあったものの、同じくトーナメントの調整に入っているマツバ寮長がオレを含めたトーナメント挑戦組を引き連れて帰ってくれていた。しがらみなく帰れたのは寮長のおかげであろう。

 イケメンマツバ寮長がオレにも「同郷同士頑張ろう」と言ってくれたからにはやる気も十分。友人及び先輩達の理解があるのはありがたい事だな。

 

 自室に帰り、扉を閉める。

 

 ……さて。

 

 オレは果たして、どこまで手が届くのか。どこまで行けるのか。

 けれどどちらにしろ、こいつ等には頼りっぱなしになるのだろう。

 オレは机の上から枕元に3つ、縁色のモンスターボールを移動させると。

 

 

「頼んだぞ皆。そして、頑張ろう」

 

 

 最後に語りかけてから、自分にも言い聞かせつつ、オレはベッドの上で目を瞑るのであった。

 

 

 





 幕間の間隙、束の間の閑話となりました次第。
 冒頭から所帯染みているナツホとシュンはさておき、次話よりやっとのことサブタイトルが原作年に突入する運びとなりました。

 しかし駄作者私、ここまでに5年近くかかっているとは……!(ぉぃ

 ……一応、作中経過も内容的には5年くらいですけれどね!(ぅぉぃ



 さて。
 拙作におきましては年末年始、家族と共にタマムシ辺りに宿を取っております設定のオーキド博士。
 本格的な研究中はやはりマサラに引き篭もるのですが、こういう集まりにはよくよく顔を出している……の、かも、知れません。研究職というのは繋がりが面ど……げふんげふん。大事になってくるお仕事ですので。
 いずれにせよオーキド博士はPtの出張やラジオ番組等々、意外と活動範囲が広くアクティブなので、そんな気がするのですよね。私的に。

 さてさて。
 ちょっとだけ修行を挟んで、大小、かつて無いほどのバトル連打になるでしょう予定(プロット)
 とはいえテンポ(や私のテンション)の関係で、休憩は挟みますけれどね!

 バトルの展開が上手く都合つかず、駄作者私のバトル経験が足りないと踏むや否や、暫くレート戦とかしてみていたりしましたために時間を食っております。
 むしろ内容的にはフリーの方が(レートは負け続けでもしない限りポケモンの種類が固まってくる為)合っているのですが、フリーは伝説相手になる可能性もかなり高いので、頭の体操という意味合いではレートの方が強いですね。
 とかいう今も、左手タッチペンでバトル中。駄作者私は負け越していますが(苦笑、本編では主人公達が頑張ってくれることでしょう。
 恐らく、メイビー、きっと。タブンネ。経験値どうぞ。



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1996/冬 ルリ(中の人)講座、冬

 

 

 

 さてさて。

 年が明けてすぐさま翌日。

 寮の玄関口で靴を履いて、鞄を背負い、オレは前を向く。

 

 

「……いくぞポケモン(マスター)。『きずぐすり』の貯蔵は十分か!」

 

「うし。勝ちフラグも建ったし行きますかね!」

 

 

 などと軽口を叩き合いながら、オレと(夜中に帰ってきていた)ショウは早速と寮を後にする。

 

 理由は簡単。これより、ポケモンバトルのための自主合宿へと向かうのである。

 

 その修行場所としてショウが指定したのは、タマムシ郊外を更に南東へ下った位置。ヤマブキシティとセキチクシティの間にあたる森の中だった。

 理由は幾つかあるのだが、この時期のタマムシ周辺における大学傘下や公共の施設は、同様の事を考えた有力エリトレ候補やジムリ候補、さらには年末に目白押しとなった公認のポケモンバトル大会などの練習目的のトレーナー達でごった返してしまい ―― つまり、混雑を避けると共に情報漏えいを考慮した場所選びでもあるらしい。

 

 ヤマブキシティなら兎も角、タマムシは郊外に行くと雪も見られる。ざふざふと薄く積もった雪を踏みしめ、歩く事1時間。

 ……とはいえ辺りの景色は変わらず、木とか林とか森。同種の進化系に囲まれている状況である。オレ、ショウに言われて宿泊グッズとかも持ってきてるんだけどな。どうするんだこれ。ここでエリトレの野営技術を活かしてもいいけど、冬は寒さがちょっとやばいぞ?

 そんな疑問を呈したオレを他所に、前を歩くショウはどこまでもマイペース。一本の樹の前を陣取って立ち止まると、両手を腰にあてふんすと白い息を吐いた。

 

 

「さてさて、余裕もなければ時間もない。さっさと進めますかね。……あ。シュンには先に言っとくが、俺も年末のとあるトーナメントに参加するんでバトルの練習はするぞ。同じ大会じゃないけどな」

 

「? そうなのか。じゃあ何のトーナメントに出るんだ?」

 

「ポケモンの『マルチバトル』だぞーっと。トレーナー2人ずつ、ポケモンは2対2。新形式のバトルルールになるな。なんで参加人数は少ないけど、お前らの大会の裏番組で同時進行するらしい」

 

 

 どうやらエリカ先生の発案らしいそれに、ショウは参加をすると。

 いや、それって。トレーナーが2人という事はつまり。

 

 

「……それもそれだ。誰と参加するんだよ」

 

 

 ショウの相棒は倍率が高そうだから、次第によっちゃあ修羅場ると思うんだけどさ。

 

 

「あっはっは! でもま、そこはちょっと参加規程とかもあるしな? 相棒はもう決まってるんだ。修羅場る必要もなくな。誰と参加するのかは、後の楽しみに取っといてくれると嬉しい」

 

 

 後の楽しみとか。でもその大会、オレの出場する『シングルバトル』のと同時進行するんだろ?

 だとすればオレがショウのバトルを直接見ることは出来ないはずなのだが……それを理解していない訳じゃあないだろうに。

 などという疑問は浮かびまくるものの。

 

 

「それよりも、だ」

 

 

 それら疑問を打ち消し凌ぐ余りある「何か」が、オレらの進行先に大口を開けてお待ちかねだった。

 

 

「―― のーんびりー」

 

 

 そう。

 ……目の前の樹から伸びるツタを、ぶち壊しな台詞と共に、するすると降りてくるケイスケ!!

 

 

「ん? あー……ケイスケか。ここは俺の『ひみつきち』でな。ケイスケが長期休暇中の寝床を探してるってんで貸し出ししてるんだ。あ、ちなみに相棒はケイスケじゃあないとは言っておくぞ」

 

「どーもー」

 

 

 降りてきて、いぇーいとローテンションだかハイテンションだか判らないハイタッチを交わすショウとケイスケ。

 ……いやさ。今現在のオレの練習相手という意味ではこの2人で正しいのだが、なんだかややこしい組み合わせになったぞこれは。面倒くささが倍々ゲームだ!

 

 

「それより早く上がろうぜ。冬は流石に寒いからな」

 

「お前が言うかそれを……っと。……おお、なんか凄え」

 

 

 突っ込みを入れつつも、ショウに促されるままにツタを上ってゆくと、そこには樹上とは思えない快適空間が広がっていたりした。

 道具とか家具とかは、これ、転送技術を使用したとしてもさ。この空間自体が摩訶不思議なんだけど。どうやってるんだ?

 

 

「ポケモンの技で『ひみつのちから』ってのがあるだろ? バトルじゃあ、フィールドの力を借りて攻撃するやつ」

 

「あるけど、ああ、それが関係あるんだなってのは判ったけど」

 

「理解が早い。……実はあの技の本質は、『空間を読み取って操る』ことに有るんだ。それを『ポケモン以外を対象』にして上手く利用すると、適正がある地形なら変化させて不思議空間を造れるって訳でな。不思議な生き物の面目躍如って感じだろ? 因みにこの秘密基地を作ってるのは俺のイーブイだな」

 

「へーぇ……」

 

 

 とりあえずは納得した声を出しておく。室温的にも寒く無い。加えてこの快適な室内だけで、明らかに樹上のスペースを越えていると思うんだけど。

 ……何と言うか、あれだな。胃袋よりも大質量の食事を腹に詰め込んでいる人を見て「なんだ」って思う感じ。おかしいぞ、明らかに奴の胃袋よりも食べた体積の方が大きい! みたいな。オレでなきゃ見逃しちゃうね、みたいな。

 しかしそれでこそポケモンである。感想は置いといて、とりあえず荷物をかたしておこう。

 

 

「荷物はこの辺に置いても良いのか?」

 

「おう。自由に使ってくれていーぞ。……でもまぁ、『ひみつのちから』の別の使い方を知らないのは仕方が無いだろーな。なにせポケモンレンジャーが盛んな地方とか、若しくはホウエン位でしか使われて無いもんだし」

 

「ポケモンレンジャーが盛んな地域って言うと、シンオウの南側にあるアルミア地方とかフィオレ地方とかか?」

 

「あとはまぁ、オブリビア諸島とかもだな」

 

「その辺りはーぁ、自然保護区が多いところだねー」

 

「そうだな。あとは、イッシュ地方やオーレ地方なんかにも所々に自然保護区があって、レンジャーが盛んになってるらしい。むしろ面積の狭いこの国が例外なんだよなぁ……」

 

「へぇ……」

 

「まぁ、そういう地方でなら野営するのに役立つんだが、いかんせんカントー圏はそこかしこにポケモンセンターがあるだろ? 野営の必要性自体が薄いとなると、こうも奥まった場所で野営するなんて人はそうそう居ないし、居たとしても『ひみつのちから』を知ってないといけないもんでな。しかも練習が必要ときてる。『ひみつのちから』を活用する人はかなり少ないだろーな」

 

「となると……うーん、流石はショウ。レンジャー科は伊達じゃあないって事か」

 

「俺自身としちゃポケモンレンジャーになるつもりはあんまないんだけどなー。手持ちが居るんで」

 

「ああそっか。レンジャーになったら活動の時はボールに入れたポケモン手放して、スタイラー持たないといけないんだっけ」

 

「それとー、2年毎の活動報告だねー」

 

「補足をどうもだ。ただ先輩方の話によれば、資格の更新だけなら結構甘い活動でも許されるっぽいんだけどな」

 

 

 部屋の入口脇。デスクトップパソコン(電源不明)の前に座りながら解説を挟むショウに相槌をうちつつ、オレは荷物を片してゆく。ショウとの相部屋生活も長くなっている為、時間は掛からない。因みにその間、ケイスケは奥まった位置に置かれた青いテントの中で寝そべりながら駄弁っていた。

 部屋決め。そして家具の追加(ショウが転送した)なども終えると、奥の部屋に3人で集合する。いよいよ作戦会議の時間である。

 ショウはホワイトボードの前に立ち、さてと意気込んだ。

 

 

「さて。年末年始以外の期間は、この『ヤマムシ樹海域』の秘密基地を拠点にしようと思ってる。ここを拠点にする利点は幾つか言ったが……」

 

 

 ショウは視線を移し、ホワイトボードに張ったカントー中心部の地図を指差す。

 タマムシシティが描かれた場所から、つつーっと下へ。ヤマブキシティとの中間距離にあるために「ヤマムシ」と名がついたそうなのだが、その場所で指を止める。

 

 

「ここが現在地な。既にセキチクシティの北側とも言える、境目の場所なんだ。セキチクシティの北側は自然保護区……通称『サファリパーク』があるお陰で、野生ポケモンの種類が多いし戦闘意欲が強い。ここは自然保護区の外だけど質は変わりないと思って良いぞ。まぁつまり、練習相手に困らないってのが実に好都合でな」

 

「そういう理由はありがたいな。でも、対人の勝負ってなるとそれだけじゃあ足りないんじゃないか?」

 

 

 と、オレも一応の指摘をしておく。

 対人勝負と野生ポケモンが相手では、想定すべき部分もかなり違ってくるだろう。高レベルの試合となれば尚更だ。

 指摘に「一応の」とつけた理由は、勿論、ショウもそれを判っていない訳じゃあないだろうという信頼からだ。とはいえ特訓を受ける側であるオレ自身も目的を理解しておいた方が良いのは確かだからな。解説を期待しよう、と。

 

 

「いや、俺としては『どちらも必要だ』と思ってるんだ。方針は今から解説するが、対人戦に関しては俺とケイスケがいるし、シュンの友人達もちょいちょい顔を出してくれる都合がある」

 

「そういえば言ってたな。ゴウとかノゾミとか、ヒトミとか」

 

「勿論ナツホもだな。張り切ってたぞー。……バトル練習の時は、ヤマブキにあるカラテ道場を借りる。馴染みの場所だからついでに俺の知り合いも協力してくれるそうなんで、相手トレーナーって意味じゃあ必要数には困らない。そこは安心してくれて良いはずだ」

 

 

 でもそれは逆に豪華すぎる面子になってきましたねと!

 ショウにも考えがあっての事だろうし、アドバイザーの意見は真摯に受け止めておくけどさ。

 

 

「あと質問はないか? ……ん、うっし。そんじゃあ対策会議を始めますか」

 

 

 ショウが意気揚々と仕切りなおして、兎に角。

 それでは前置きを終えまして、講義の開催である。

 えふんと咳き込み、ショウがホワイトボードを裏返す。「打倒、ジムリーダー!」という表題が左上に小さく描かれていた。

 

 

「さて。エリトレ候補生達は手持ちポケモンの種類がバラバラだが、上の人たちがそうじゃないのは知ってるよな?」

 

 

 頷く。それは知ってるな。予習済みなんで。

 オレらを含むエリトレクラスは好き好きでポケモンを選ぶ人が多いのだが、ジムリーダークラスは違い、エキスパートタイプを選ぶことが義務となっている。

 それは将来シムリーダーとなるための予行演習でもあり、つまるところ、手持ちポケモンのタイプが偏ることになるのだ……が、しかし。

 

 

「そんで、そのエキスパートタイプの弱点を突けば勝てる! ……とかとか、それが最善策だと思っていると大変にマズいわけで」

 

 

 そらそうだ。続けたショウの言葉に、オレはまたも判ってるぞーという意味を込めて頷いてやる。

 普通に考えれば。対戦相手は当然、ジムリーダーの専任タイプに対する対抗策……もっと簡潔に言ってしまえば、有利なタイプのポケモンを繰り出すのが筋という物なのだろう。

 それでも、そんな「誰しもが考え付く方策がある」というのに、ジムリーダークラスは強い。バトルにも勝てている。明らかなデータに顕れるほど、「結果としてそうなっている」のである。

 

「(これって、『挑戦する側の方が有利である』のに『ジムリーダー側の方が勝率は高い』という矛盾が発生しているんだよな)」

 

 そんなジムリクラスの生徒達がオレらに勝り、バトルにも勝てているのは、何かしらの種 ―― 理由があるのだろうと踏んではいるのだが。

 理由には、オレ自身も幾つか見当はつけられた。向かいからはショウの発言を待つ視線。……挙げてみるか。

 

 

「えーっと、下級生側のが知識が少なくて、安易に突っ込んで行ってる。ジムリーダーは変化技の使い方が上手い。あと、ポケモンの個性を活かした『当て方』が上手い。その辺りまでは、オレもスコアを見直してたら気付けたよ。けどさ。でも、なんで勝率がひっくり返るんだ?」

 

 

 なにせ今オレが挙げたものは、誰でも思い当たる点ばかりなんだ。ポケモンバトルはそんなに単純じゃあないはずなんだけどな。

 この質問に意を射たとばかり。

 

 

「うっし。それを説明する為に、ちょっとだけ歴史をおさらいするぞ?」

 

 

 ショウは満面の笑みでペンを動かし始める。

 ホワイトボードに書き始めたのは、ジムリーダーという職業の歴史についてだ。オレもおさらいの意味を含めてホワイトボードを見つめておく。

 

 ジムリーダーと言う仕事は、つまるところポケモンリーグへ挑戦する者を絞る為の「ふるい」の役目である。

 トーナメントの時には参加自由だが、それ以外の期間。「チャンピオン位」を求めて四天王へ挑戦しようとするトレーナーは膨大な数に登り、リーグの速やかな進行においてそれを制限しなければならないためだ。

 厳密にはもっと細かい決まりがあるが、年度内に8つのバッジを手にして期間内にチャンピオンロードを突破する。

 そして4日以内に四天王を勝ち抜く事で、リーグチャンピオンへの挑戦権を得る。

 制約有りのリーグチャンピオンに勝利すれば、晴れて「カントーチャンピオン位」の会得 ―― という流れだ。

 これがどれだけ果てしない試練であるのかは、あれだけの人気を誇ったルリがチャンピオンに就任していた1年間の間ですら、挑戦権を得たトレーナーが現れなかったと言うエピソードが存在する時点でご察しである。

 

 

「つまりは、とんでもない難関なんだよなぁ……ポケモンリーグ」

 

「はっは、リーグの仕組みについては同意しておく。ただ、ジムリーダーへの挑戦には別の意味合いもあるんだな、これが」

 

「別の意味……っていうと、ああ、記念挑戦とかか」

 

「おう。むしろ単純に挑戦って言う意味なら、そっちのが多いかもしれないしな」

 

 

 オレの指摘にショウが頷く。

 話題に挙げられた「記念挑戦」というのは、「8つも集めるつもりは無いが、バッジは貰えるので挑戦しておこう」っていう軽い感じの奴だ。

 実際ジムバッジというものは1つ集めるだけでも十分な記念になる程、入手が大変なものだ。なにせジムリーダーは、トレーナーのバッジ所持数とは他に(上限はあるものの)相手方の実力に合わせたポケモンを使用して来るのであるからして。

 その分、バッジを持つほどのトレーナーにはポケモンが言う事を聞き易くなるっていう話もあるらしいのだが……。

 

 

「まぁ、そんな感じのトレーナーを数に加えると、挑戦者ってのは膨大な数に膨れ上がる。つまりジムリーダーってのは『不特定多数を相手にする事が前提になる職』なんだと考えてもらいたい」

 

「ん……あ、そうか。不特定多数を相手にするなら、いちいち相手に合わせる必要性が無い。自分に沿った勝ち筋が有るほうが『勝率を残せる』。そういう意味でタイプを統一するってのが有効なんだな?」

 

 

 納得納得。しかもタイプを統一しておくと、天候やフィールドの変化技に「一貫性」が出てくるしな。

 ポケモンと言うのは実に不思議な生き物ではあるが、タイプが揃っていると何かとコンビネーションが取りやすくなるのである。それは天候であったり特性であったり、技の組み合わせであったり。

 

 

「お、さっすがシュン。そこまでを理解してくれると助かる。……さて。それを踏まえた上で、ジムリを攻略する側としてまず考えなきゃいけないのは、『複合タイプ』の存在になるな」

 

「まぁ順当だよな。……でも、ポケモンの種類って半端無いからなぁ」

 

「あっはっは。そこは覚えるしかないとはいえ、大変だろーな」

 

 

 ショウはいつもの笑みに苦笑を交えているものの……オレらがこうしている今ですら、ポケモンの新種と言うのは発見され続けているらしいからな。それが図鑑に登録されているか否かは、ただ研究の手が回っているかどうかに過ぎないのである。

 十分すぎるほどに理解しているであろう図鑑開発者のチーム員たる目の前の男子は、「複合タイプの対策についてはシュンの記憶力に期待しとく」と流しておいて話題を移す。

 

 

「んでもって次に、これは前も言ったかもだが『相手がこれをしてくる!』……って決まってるなら、実はそれってトレーナー側の工夫でなんとでもなるんだ。ジムリーダーなら尚更な」

 

 

 ショウはそのまま説明を付け加え、一例を挙げてくれた。

 例えば「電気」タイプの弱点を突こうとすると「地面」タイプの技を使うことになる。ただ、そのために繰り出したのが「地面タイプ」である場合、「電気タイプのポケモンに水か草の技を覚えてもらう」事によりカウンターで相手の弱点を突くことができるのだ。

 

 電気タイプのジムリーダーに対して、挑戦者が安易に地面タイプのポケモンを出す。すると『タイプを逆手に取った』ポケモンによって、華麗なる逆襲に合う……ってわけだな。成る程、確かに昨年度のバトルスコアでもそんな感じの逆襲が多かった。つまり対策が容易なんだな。

 この考えは実際、現役のジムリーダー達には殆どそのまま用いられているらしい。ただ単純に弱点を突こうとすると失敗するという教訓たる実例である。

 

 

「その他にも電気タイプなら特性が『ふゆう』のポケモンや『でんじふゆう』、手持ちの道具とかで地面技を無効化するっていう手もあるな」

 

「へぇー。……スコアには特性や道具までは記載されてなかったけど、不自然に技が通じてない場合って、もしかしてそういう?」

 

「だろうな。他にも電気タイプのポケモンはタイプのイメージから素早さが高くて防御が低い種族が多いんだが、そもそも弱点が少ないって言う大きな利点がある。地面しか抜群じゃないから、対策はバッチリしている筈だ。素早さを生かすのが得意なマチスさんなんかは、先ずこの辺でくるだろーし」

 

 

 ショウはここで一息、間を挟んで……次の話題。

 

 

「そしてなにより、ジムリーダーのポケモンは『鍛え方』が違う。専門性があるんだ」

 

「専門性、っていうと……その口ぶりだと、エキスパートタイプがどうこうとかとはまた別のものか」

 

「そーそ。ジムリーダーの人たちは、ポケモンの学習能力……まぁ、『ポケモン固有の能力にプラスした学習能力』ってのがあって、それを上手く身につけさせてるんだ。『育成のコンセプト』って奴だな。……ただ正直、これはエリトレクラスのトレーナーには難しい」

 

「……また知らない話が出たよ。それって、具体的にはどうするんだ?」

 

「簡潔にいえば、戦うポケモンを選ばなきゃいけない。木の実を使って減算していく別のやり口もあるけど、それはかなりの時間が掛かる。どちらにしろポケモントレーナーっていう職の年季がなきゃあ難しいんだ」

 

 

 判るだろ? という感じの視線を向けてくるショウ。それは確かに、無理難題だな。何分オレだって、半年近くはポケモンとのコミュニケーションに注力せざるを得なかったからなぁ。

 

 

「そんなんで、ジムリーダー対策自体は別の方法を提案しとこうかと」

 

 

 そう言うと、ショウはホワイトボードに書き込みを始めた。

 段階を踏んで。ここまでジムリーダーの強さと武器を解説しておいて、いよいよの対策である。

 一文、ぴしりと指をたてて。

 

 

「まず1つは、相手のポケモンを徹底的に『メタる』こと」

 

「『メタる』?」

 

 

 なんだ、はぐれたのか? どくばり持って追っかければ良いのか?

 

 

「経験値をくれるのはタブンネかハピナスの役目だぞー……って、それはどうでも良いけど。『メタる』ってのはつまり、相手のポケモンや作戦を徹底的に研究し尽くしてその対抗策をたてて行くって感じだな。それは勿論、メンバーにおける『ポケモンの構成』すらも含めてなんだが」

 

 

 ガリガリと髪をかきまわして、ショウは溜息。ああ。

 

 

「……これ、トーナメントなんかじゃあ現実的じゃないってのは判るだろ?」

 

「ああ。なにせ相手はジムリだけじゃない、不特定多数だし」

 

「ジムリーダーを攻略する、って部分だけみればかなり有用な戦略ではあるんだけどなー」

 

 

 なにしろエリトレ候補生達のポケモンはその年に受け取り育成を行ったもの、と決まっている。しかもトーナメントは組み合わせ発表すら直前だ。そのため、「メタる」とやら……1人に応じた対策「だけ」を練習していては、他のトレーナーに足元をすくわれかねないのである。

 そもそもポケモンのレベル差だって、トーナメントをどれだけ勝ち進めるか、バトルの経験をどれだけ積んだかといった辺りに大きく影響されてしまう。上限は低いとしても、「勝ち進めるほど強い人」はそれなり以上の経験を積んできていることだろう。

 ……成る程なぁ。

 ここまでジムリーダー(候補)の強さを挙げられまくって、ようやく判ったよ。

 ジムリクラスのトレーナーが持つ、勝率を覆すほどの大きな「武器」とは、つまり。

 

 

「つまりは ―― オレと同じ(・・・・・)。一般エリトレみたいにバラバラじゃあなく、組み合わせ(チームコンセプト)を持ったポケモン育成と戦略が武器ってことだよな? ジムリの先輩方には、ポケモンバトルの経験もあるし」

 

「その通り!」

 

 

 良い笑顔だな、ショウ! でも絶望しか感じられないんですがなにか!?

 ……いやさ、あくまで立ち向かうべきはオレなんだけどな。それで判明したジムリの強さが、「オレの行き着いた場所と同じ」だったのには驚きなんだけど。

 

 

「単純に考えても、ジムリクラスはタマムシの豪華な環境の中で1年多くポケモンバトルを経験してる。それは育成に関してもおんなじで、結局、要点を心得てるんだよ。これがかなり大きくてなー」

 

 

 うんうんと頷いておいて、ショウはそのまま此方へ視線をちらり。

 

 

「……ただ実は、バトルの経験に関してって言うんならシュンも存外に負けてないと思うんだよなー?」

 

「そうなのか?」

 

 

 視線を向けられながらも、頭上には盛大に疑問符が浮かぶ。

 そりゃあ、この9ヶ月は努力したけどさ。バトルの実践経験はやっぱり、上級科生よりも少ないと思うぞ。そもそも経験って目に見えるものじゃあないし、自信は無いし。

 

 

「んー、そりゃあ数値に出るわけじゃないからってのは判るが。……ミィに聞いたんだよ。シュンは図書館でバトルスコアをよく見てるんだろ?」

 

「まぁ、見てるけど」

 

「だからだよ。多分だいじょぶ」

 

 

 何が「だから」で何が大丈夫なんだ、おい。

 ……確かにオレ、スコアを見ながら仮想戦をするのは好きだけど。でも、いや、理由になってないし。

 

 

「あっはっは。その辺りは追々な。……ただまぁ、経験ってのは確かに見えないもんな。シュン自身の『自信になる武器』が欲しいってのは判る。『天候切り替え』があるにしろ、武器ってのは多く持ってて損がない。手札が増えるわけだからな」

 

 

 どうにも似合う、遠回りな着地をしておいて。

 ショウは顎に当てていた指をぴしっとたてた……ブイの字に2本!

 

 

「そこで俺がオススメするのは『型』を奇抜にすること。そして相手を驚かすこと。この2点だ」

 

 

 良い笑顔だな。うん。しかし……うん?

 型を作るってのは今もやってるけど、「奇抜な」か。それに「驚かす」って言われてもな。

 

 

「そんじゃ、こっちはちょっと詳しく説明するか。この辺は理解してもらっておかないといけないし。……驚かすって言うのはつまり、簡単に言うと『怖いトレーナーになる』練習なんだが」

 

 

 なんだそりゃ。詳しくはなったのかも知れないが、砕かれてないぞ。複雑怪奇な感じになった。なんだよ「怖い」トレーナーって。

 などと考えていたんだが、なんと、これまでは黙って聞き手に徹していたケイスケが隣で頷いているではないか。

 

 

「うんうんー。怖いってのはーぁ、怖いよねーぇ」

 

「……いやさ。納得している所悪いんだが、ケイスケに通じるってことは一般的に判り辛いってことだろ?」

 

「あっはは! ま、そうだな。知ってた。……んー、とな。口で言うのも難しいんだが ―― 『怖い』ってのは要するに、『相手の想像を超えてやる』って感じなんだ」

 

「うーん……想像を超える、なー……」

 

 

 ピンと来るような。来ないような。

 首を傾げるオレに、ショウはおうと頷いておいて。

 

 

「ポケモン同士だけで考えると、勝負には相性とか色々な要素が絡む。でもな。トレーナー同士でぶつかった時、勝敗に直接関与するのってやっぱり『発想力』だと思うんだよな。あー……あくまで発想力なんで、想像力が足りないよとか駄目だしされることは無いと思うし」

 

「そーだねー」

 

 

 誰に駄目だしされるんだよ。そして何でケイスケは頷いているんだよ。

 ……というかなんだ、想像力が足りないとか言われるのか?

 

 

「発想と想像はーぁ、別物だよー」

 

「ケイスケはそれ、わざとややこしくしてるだろ」

 

「まーそれは冗談にしてもだ。……相手が何を考えてるか。相手のポケモンはどうか。自分はどうか。自分のポケモンはどうか。フィールドはどう利用できるか。戦況はここからどう動くか。その辺りを踏まえて、何をしてくるか判らない ―― 相手が予想だにしていない事を仕出かす。つまりは想像を超えてくるトレーナーって、相手にしてみれば怖さを感じるんだよ」

 

 

 言われてみればそうか。さっきショウも言ってたものな。「相手の行動が判っているなら、トレーナー側の工夫でなんとでもなる」って。

 「行動を読まれない事」は「相手の身動きを取り辛くする」。

 それが積もり積もって、「自分の動きやすさ」にも繋がってくるのだ。

 一手が選局を左右する高レベルのポケモンバトルにおいて、それが大きなアドバンテージであるのは言うまでもないな。つまり一石二鳥どころの話じゃあないんだ、これは。

 ……にしても、その「怖さ」ってのはだ。

 

 

「それが何より楽しいんだろ、ショウにとって」

 

「おう。まーな! ……序でにこれは俺の私見だが、イブキさんとかみたいに経験よりも才覚に比重を置いてるトレーナーの弱点てのは、その辺りだと思うんだよな……」

 

 

 おーっと、意味深な発言だ。……ま、オレにしても「相手が何をしてくるか判らないのが楽しい」ってのは理解できる。

 いつもいつでも上手くいくなんて保障は何処にもないからな。なので、それはさておき。

 

 

「トーナメントになれば参加者のポケモンが判るだろ? でもって、予選はともかく別本戦はトーナメント制で、1日1戦までっていう決まりが有る。ジムリクラスの持っている『勝ち筋』を読みきるには努力が必要にしろ、何とかならないことも無いよな」

 

「……確かに、休憩時間を使えばトーナメント期間中でも対策を練ることはできるのか。でもそれって一夜漬けだし、その対抗策を練るってのがそもそも難しいんだろ? ポケモンを休ませられない……のは、まぁ、どうにかなるかもしれないけどさ」

 

「そこいらは心配ないと思うぞ。理由とか細かい事は、後でまとめて実践しながら相談する。ただ結論はこうだ」

 

 

 まるで悪戯を思いついた子どもの様相だなと思わず呆れが混じるものの、「ショウはやはりこうでなくては」という安心感もある。奇妙な友人だよな、やっぱり。

 そんな風に思い返しているオレの目の前でショウが再び、さし指をぴっと立てる。

 そのまま親指をグッと、サムズアップに移行した。

 

 

(ミミロップ)2体をうまく(・・・)追う。同時に進めれば良い。堅実じゃあないが、これはある種の王道でもある……」

 

 

 指の向こうで、先日とは違う表情。

 その唇の端から漏れる声は、喜色に満ち満ちていた。

 

 

「――『トーナメントを利用してポケモンを育てる事を勘定に入れる』んだよ。……さあ、驚かしにかかってやろう!」

 

 

 そう、実に楽しそうに、方策を告げたのである。

 






 ポケモンバトルバトルバトルバトルバトル。
 ポケモンバトルバトルバトルパルレバトル。

 ( ↑ 現在脳内)

 バトルの枠組みを考えるのは楽しいのですけれどね……実際に文章に起こすと、何というか、実力不足を痛感いたしますというか。
 幕間のラストに繋がりますし、大筋の粗方は決まっているので気合入れてがんばりたい所ではありますね!

 アルミア地方、フィオレ地方、オブリビア諸島はそれぞれポケモンレンジャーの舞台となった地方になります。いずれもDPPtとの連動がなされていた(カントーとは遠く離れている)という設定があるため、シンオウ周辺だという事にしてあります。
 因みに、オーレ地方はXDの舞台です。イーブイ好きの方は是非ともプレイしていただきたい作品なのですよ……(涎

 そして遂に、バトルの解説がかなり本筋っぽくなってきました。
 かくいう駄作者私も一端のトレーナーではあるのですが、それにしてもレート上位の方々とは比べ物にならないポケモン脳(ローレベル)でしょう。
 ただ、素早さとかそういうのを気にしなくて良い世界観ではあるので、その点についてはこれまでと変わらず描いていこうと思います。


 ……メガシンカする前に上から襲われるんですよねー……!

(そんな貴方に『まもる』!)


 ええ。技スペースの関係で無理です。
 駄作者私は『みがわり』や『ちょうはつ』を優先して使いたい性分ですので。


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1996/冬 年始なので仕方がない

 お茶濁す挿入話です。


 

 

 年が明けてすぐ。

 ショウに用事があるという事で、オレとケイスケもスーパー秘密基地から外出。とはいえ試合前にだらだらと過ごすつもりにもなれず、オレはヤマムシ樹海域から直行できるヤマブキシティの格闘道場へとお邪魔していた。

 午前と午後15時までを師範代の方々の筋肉ポケモン達に揉まれ、汗を流してから格闘道場の外へ。

 

 

「―― さて。これくらいにしておいて、だ」

 

 

 ポケモン達はボールの中でくたくたになっているが、時間だけは残っている。

 なので、ついでに余り来る事のないヤマブキシティの街並みを見学しておくことにする。タマムシシティに居るとそれなりに物は揃ってしまうので、態々ゲートを潜ってまでヤマブキシティに来る理由がなかったんだよな。シオンタウンに行く時にはシェルター建設に伴って増設された地下道か、もしくはカーゴを使うからさ。

 そんな訳で街並みを眺めつつ、時折シルフ社製の道具なんかを見学。試合に向けたポケモンの道具選びの参考にしておく。

 すると、だ。

 

 

「―― っし、これで挨拶回りは終了だな」

 

「ナツメお姉さま、本日もご指導ありがとうございました……」

 

「また来なさいね。ショウも、カトレアも」

 

 

 ちょっと大き目の一軒家から、見知った2人が顔を出していた。

 玄関先で見送りをしているのはこの街の公認ジムリーダーであるナツメさん。伸びをしているのはショウで、無表情なのはカトレアお嬢様である。

 遭遇率高いな……と考えながらぼうっとしていると、ナツメさんが家の中へ引っ込んだ直後に、気配察知能力に長けたカトレアお嬢様と視線がばちり。ショウの袖をくいくい引っ張り、件の奴めも此方を認める。

 

 

「おおっと、シュンか。こっちの都合で練習休みにして悪かった。もしかして格闘道場か?」

 

 

 相変わらず頭の回転というか状況察知が早いな。

 オレはショウの言葉に頷きながら、格闘道場でポケモン達の体術的な練習をしていた旨を話しておく。

 

 

「……という感じかな」

 

「体術なー。良い着眼点だ。俺の手持ち達も、公式戦に向けては練習しておくべきなんだよなぁ……」

 

 

 顎に手をあてながら、ショウはちょっと悩んだ素振。

 ついでに、ここで帯同していたエスパーお嬢さまを気遣ってか。

 

 

「っと。ナツメの家の前で駄弁ってても仕方ないし、シュンも一緒に夕飯食いに行かないか?」

 

「まぁ、どうせ秘密基地に帰る頃には夜中になるし、それは良いけどさ」

 

「……此方ですね」

 

 

 疑問符を挟もうとしたオレの前に、カトレアお嬢様が一歩進み出る。

 ききぃっ。とかブレーキ音。

 ……ヤマブキシティの環状線沿いに、黒塗りの車が1台。勿論長いやつ!!

 

 

「オレは何処に連れて行かれるんだ……?」

 

「カトレアの別宅だなー」

 

「……ですね」

 

 

 当たり前だろ的な口調のショウと無言の同調カトレア。

 いやさ、お前らはそんな風に通常運転だけどさ。気にすんなというのは無理な話なんだよ、普通はな!

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 中に冷蔵庫とかバーカウンターが在る謎の車に(びくつきながら)乗って、ヤマブキシティを南側に進むこと15分ほど。目の前に鎮座しましたる別宅は、到底別宅とは思えない豪華さだったりした。

 面積はそれほどでもない。けどメイドさんと執事さんが居る時点であれだし、絵画とか飾ってないからな普通の家は。

 脳内で初体験豪邸に突っ込みを入れつつ、リビングへ。連絡は行き届いていた様子で、食卓には既に万全のセッティングがしてあった。

 

 

「シュン君は此方へどうぞ」

 

 

 ザ・執事コクランさんに促されるまま、3人掛けと思われる小さめの机に着席。もしかしなくても、これ、人数に合わせてテーブルも選んでるよな……。

 とはいえ食事はオレに合わせてあるようで、テーブルマナーとかは気にしなくて良さそうな品目だった。カトレアお嬢様は膝の上にムンナを抱えているしさ。

 戦々恐々たるオレの目の前で、ショウは慣れた調子でナプキンを広げてゆく。

 

 

「まぁ色々とあるんだよ、お金持ちには。お金をかけるべき場所にかけるのは義務なんだと」

 

「……それは基本、見栄と呼ぶべきものなのでしょ。アタクシは心底くだらないと思っています」

 

「ムミューン?」

 

「何を仰る純粋培養お嬢様」

 

「ですがそんなお嬢様を少しずつでも外に触れさせてくれているのは君だよ、ショウ」

 

 

 うわー、ここでコクランさんからの反撃か。対面する形で席についているショウは、苦虫口内大粉砕な表情でコクランさんからの生温い視線を受け止めていたりする。

 コクランさんが視線を此方にも振りながら、続ける。

 

 

「丁度良い。シュン君。食事ついでに。……イッシュ地方は『御家』のお嬢様が、どうして外国はこのカントーにまで来ているのか、理由を聞いたことはあるかい?」

 

「いえ、理由までは聞いてないですね。想像はつきますが」

 

 

 カトレアお嬢様、ショウにぞっこんだからなぁ。理由の1つ。

 と、顔には出さず。コクランさんは察してくれているだろうけれどさ。

 

 

「その考えも的中はしているよ。でもこの留学は色々な条件が重なって実現した出来事なんだ」

 

「いやー、コクラン? その話題は……あー……」

 

「友達甲斐のない友人の身の上話くらい、オレにさせてくれてもいいじゃないか?」

 

「ムー、ナーァ!」

 

「……ムンナは押しが強いなぁ。まぁ……ん、俺が羞恥に耐えられれば良いんだが」

 

「ふぅん。なら、お食事のお供には良さそう。続けなさいコクラン」

 

「は」

 

「カトレアまで楽しむ気満々だなおぃ……はぁ」

 

「ムナーァ」

 

 

 どうやら観念したらしい。

 溜息の後、ショウとカトレアお嬢様が食事を口に運び始めたのを見計らい、コクランさんのターン再び。

 

 

「ショウとお嬢様は本日、新年の挨拶回りをしていたんだけど」

 

「挨拶回りですか?」

 

「うん。『御家』はショウの研究のメインな出資者だからね」

 

 

 カトレアお嬢様が研究の出資者か。

 うん。そっか。……成る程。

 

 

「それは……ヒモですね」

 

「ああ。ヒモだね」

 

「……ヒモ。そうですか」

 

「ヒモヒモ言うなよ」

 

「あ、話の腰を折ってすいません」

 

「いいさ。話を戻そう。さて、そんなヒモ友人なんだが……お嬢様と一緒に年始の挨拶に回っていたんだ。シュン君、君が合流したのはナツメさんの家の前だったと聞いたけど」

 

「そうですね」

 

 

 確かにナツメさんの自宅前だった。

 オレが頷くと、「それはタイミングが良かった」とコクランさん。

 

 

「ナツメさんはエスパーの大家の息女で、公的な立場もある。しかもお嬢様の超能力の制御訓練にまで力を貸してくれているんだ。だからナツメさんの家のは最後に回された、私的な挨拶だったんだよ」

 

「へぇ。あ、他にはどんな所を?」

 

「他の出資者は主にカロスやシンオウ、それにホウエンなんかの各地方に在る『ポケモンエネルギー』関連の会社……だったかな、ショウ?」

 

「そーそ。その辺の会社の支部は殆どヤマブキにあるんでな。でもシルフは除外した。あそこは利権が面倒だし、ミィが居るんで十分だろーと思う」

 

 

 ほうほう。

 ポケモンエネルギーっていう単語があまり聞き覚えはないけれど、ショウが抱えている研究の数を考えると複数の出資場所があって然るべきだしな。納得。

 

 

「だね。……と、そんなお抱えでもない研究者に出資をする余裕のある会社ってのは、ご察しの通り少なくてね。タマムシのご令嬢の家とかも有力筋だったんだけど、あそこは研究者に出資するような毛色ではないから、オレの仕える『御家』が1番乗りだったっていう訳さ」

 

「……一応の注釈を。『御家』それ自体がショウへ出資しているわけでは有りません。出資はあくまでアタクシが動かす事の出来る『御家』の一部、ですね……。……ますますヒモでしょうか」

 

「ムナーァ?」

 

「もうヒモで良いけどさ。仕事はしてるぞー」

 

「わっは! ……ショウにも耐性がついてきてしまった所で、お嬢様の海外留学の話だ」

 

 

 コクランさんがショウの真似をしてひとさし指から薬指まで、3本をぴっと立てる。

 

 

「端的に言えば、留学の理由として公的に『御家』へ提出しているのは3つだ。1つ、お嬢様の超能力制御の特訓。2つ、お嬢様のカントーにおける事業拡大。3つ、お嬢様をイッシュでのゴタゴタから遠ざけるため。1つ目に関しては、お嬢様の能力が日に日に強くなっているというのも大きいね」

 

 

 どうやら自分の能力と向き合う期間というのは、エスパーが必ず通る道であるらしい。

 なのでそこについてはあまりツッコミを入れず。……けどさ。

 

 

「えっと、イッシュでのゴタゴタ……ですか?」

 

「ああ。イッシュでは今、巨大な組織が台頭してきていてね。これは名前は伏せておくけど、お金の循環が兎に角激しいんだ。イッシュを環状に結ぶ最後の橋、『ワンダーブリッジ』の建設再開。リーグの移設に伴う周辺地区の整備。サザナミ湾からセイガイハシティにマリンチューブを繋げるなんていう壮大な計画まである」

 

「マリンチューブはあれ、利益に絶対見合わないけどな」

 

 

 最後に突っ込むショウは、まるで見てきたように言うけど。

 ……見てきた……って、おいおい。

 

 

「まさかショウ、その辺も関係してるのか?」

 

「直接じゃあないけど、一応な。マリンチューブ建設に伴う現地ポケモンの分布調査とサザナミ湾沖の海底の調査を、俺がポケモン研究者の肩書きで請け負ってた。影響予測については丸投げしたんで、合宿前に何とか終ったな……調査は隠れ蓑で、実際やらされたのは古美術品の宝探しだったが」

 

 

 ショウが呆れた感を滲ませながら昼食を口に運ぶ。

 相変わらず規模の違う11才だ。でも隠れ蓑とか、むしろそれ、オレが聞いて良い話なのでしょうかと。

 

 

「良いんじゃないか? 表向きはそうなってるし、オレがイッシュに出張したメインはあくまで、シッポウ博物館に化石再生技術を売るのとマコモさんの研究手伝いだったしな」

 

「……化石再生技術は、確実に『向こう』に横流しされましたよね」

 

「言ってくれるなカトレア。お金を積まれた上に社会表面上の体勢を整えられると、お上が折れるんだよ。それに一応、証拠は残ってないぞ」

 

「証拠はなくとも……エスパーの勘です。ですよね、ムンナ」

 

「ムャー!」

 

「俺の悪い予感も流されてるっては言ってるけどな。はぁ。ま、組織が組織だから技術拡散はされないだろーと思っとくよ」

 

 

 意外とお茶目なカトレアお嬢様に相槌をうって溜息を連発するショウ。その『向こう』とやらも聞いちゃいけない範囲な気がするから忘れておこうな。うん。台頭してきた組織とやらとイコールで結べそうだ。

 オレは、この間を利用してコーヒーを持ってきたコクランさんからカップを受け取りながら。

 

 

「そんなこんなでイッシュではゴタゴタが起きていて、ただでさえ能力が不安定な時期に突入するお嬢様は引き離しておきたかったという訳なんだけど」

 

 

 流れのまま背筋を伸ばすコクランさん。

 オレを見て、カトレアお嬢様を見て、最後にショウへ笑いかけて。

 

 

「―― さて、オレはあくまで執事。ここで1つ質問だよ。そもそも、お嬢様を海外へ連れ出すなんていう無理難題を、提案して、通して。出資者なんていう社会的立場まで用意しつつ……ポケモンバトルの師匠をしながら、ホームシックにならないように何かとつけては連れ回す友人役まで兼ねてくれているのは、誰だと思う? 知っているかい、ショウ?」

 

「さーて、だれだろなー」

 

 

 遠い目(ネイティオフェイス)をしながら棒読みで視線を逸らす。判り易いくらい照れ隠しだなこれ。

 要はショウの奴、コクランさんの立場じゃあ土台無理な、「深窓の令嬢たるカトレアお嬢様を連れ出す役」を担っているのだろう。昔からそういう役目を請け負っているとすれば……まぁ、惚れた腫れたは自然な流れでもある。御伽噺とか童話とかそっち系だけどさ。

 観念したようなしてないような。ショウは微妙に下を向き、食後のコーヒーを口に含み。

 

 

「……つってもエリトレクラスでの友人も居るし、ミミィ達アイドル新人グループとも仲良いだろ? 俺の出番は減ってる減ってる」

 

「オレとしては、それもショウのおかげだと言っているんだけどね」

 

「あーあー聞ーこーえーなーいー」

 

「(それもショウのおかげなのでしょ……)」

 

「耳を塞いだからといって、直接脳内に……! 芸が細かいなっっ」

 

 

 超能力を使用してまでお茶目さを発揮するカトレアお嬢様。それに執事のコクランさんまで、本当に楽しそうな様子だ。

 うん。ショウの言う友人っていう関係性は、断じて間違いではないのだろう。

 

 

「―― はぁ。……ちょっと花摘とか行ってくる」

 

「中二女子っぽい発言だね」

 

「そんじゃあ(きじ)撃ちな」

 

 

 コーヒーを飲みきった頃合で、ショウがトイレに席を立った。勝手知ったる別宅。トイレの場所は心配ない様子ですたすたと部屋を出てゆく。

 席が1つ減って。コクランさんとカトレアお嬢様が、食事を終え始めたオレに向き直った。

 ちょっとだけ雰囲気が変わる。

 

 

「さてシュン君。今の内に、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど、良いかな」

 

 

 先ずはカトレアお嬢様の後ろ、コクランさん。

 今の内に。ショウが居ない内にと言うことだろう。むしろそのための昼食の席だったんじゃないかな……とは、オレの邪推かも知れないけどさ。

 

 

「勿論良いですよ。何です?」

 

「ありがとうございます。……お嬢様」

 

「ハイ」

 

 

 促され、お嬢様が口元を拭いてから。

 ムンナを抱きかかえながら、無表情気味に、ぽつりと。

 

 

「ショウの目標?」

 

「ハイ。彼がこの国を、そして外の国をも駆けずり回っている理由……です」

 

「ムーミャァ」

 

 

 どうやらお嬢様は、ショウの目標について尋ねておきたいらしかった。

 確かにオレは知っている。ついこの間支援レベルが上がったばかりだしさ。ただそれは、本人が居ない間にカトレアお嬢様に伝えてしまって良いものか。

 ……少し悩む所だけど、まぁ、友人であるカトレアお嬢様とコクランさん相手なら心配あるまい。むしろ手助けになってくれる筈だし、悪いようにはならないだろう。

 オレは2人に、ショウが建設を目指しているという複合型ポケモンバトル施設についてさわりだけ話しておく事にする。

 

 

「―― バトルフロンティア、ですか」

 

「はい。ショウはそう言っていましたね」

 

 

 オレの話した「バトルフロンティア」について、カトレアお嬢様は暫し黙考。

 ちらりと視線をトイレの側……ショウの側に向けながら、さっきよりやや小さめの声で。

 

 

「……ただでさえショウは色々、面倒な問題を抱えています……それは、シュン。貴方もご存知でしょ?」

 

「ですね」

 

 

 面倒な、というのはショウもよくよく言っていた。全部それで済ませてしまう困った奴でもあるのだけれど。

 カトレアお嬢様は両手を合わせ、指を絡め、目を閉じ、祈るような仕草の後、再び開く。

 

 

「……アタクシは時々、ショウが突然消えてしまう。そんな夢を見ます」

 

 

 未来の話なのだろう。エスパーお嬢様が語ると信憑性がぐっと増してくる。

 バトルフロンティアへと到る道の何処か、はたまた、近い内か。いずれにせよ穏やかじゃない予知である。

 

 

「ショウは、何か、とても大事な役目を担っている人。アタクシは、ライモンシティで彼に初めて出逢った方法からして、出逢いも出逢いでしたし、これは神様とやらに導かれた運命なのだと思っていますが」

 

 

 そこは少し嬉しそうに。しかし、表情はすぐに戻す。

 

 

「……彼は、立ち隔たる岐路を目前に控えるショウは。アタクシになど構っていて良いのでしょうか。そう思うことも、少なからずあるのです。嘗ての彼を縛っていた焦りは、今は消えた様子ですけれども、なればこそ。……アタクシは、ショウと同じものを見たいと想い、願い、この国へとやってきました。そしてその願いは、成就しております。他ならぬ彼自身の手助けによって」

 

 

 自分の力だけでは、という事なのだろう。ショウへの恩義を強調しておいて。

 それでも、挫けず折れず。エスパー大家の息女たるカトレアは、唇の端を緩やかに吊り上げた。

 

 

「ムァッ!」

 

「ええ。わかっています」

 

 

 お腹に抱えたムンナにも一瞥くれて。

 カトレアお嬢様は視線を上げる。

 

 

「……アリガトウ、シュン。彼の目標を知れて、良かった。今度は、アタクシが彼を支える番。きっと、そういう事なのでしょ……。アタクシは彼の後ろ盾にも、相棒にも、場所にでもなれると思います。アタクシが耐えてきた『御家』という力は、アタクシ自身にとっては嬉しくありませんでしたが、そういう役割には向いていますので」

 

 

 最後にはそうやって笑えるのだから、ショウの友人というのはどうにも強度が高い人たちなんだろうな。隣ではコクランさんも頷いているしさ。

 カトレアお嬢様とコクランさんはそのまま、ショウがこれまでに仕出かした(無茶もしくは馬鹿な)事件について楽しそうに語ってくれた。それこそトイレから戻ってきたショウが第一声「楽しそうだな」って言うくらいには。

 こうして、会食それ自体は恙なく楽しく進んだのであった。

 

 

 

 ―― とはいえ、キチンと攻勢も忘れないのがお嬢様。

 ヤマブキシティの別宅で食事を終え、その帰り道。太陽がヤマブキシティの壁際にかかる頃。

 別宅の前にまで見送りに来たカトレアお嬢さまは、最後にショウを呼び止めた。ショウは嫌な予感だ……と小声に出しつつも、振り返り。

 

 

「……ねえ、ショウ」

 

「なんだ、カトレア」

 

 

 赤くなり始めた空を背景に、やや冷たい空気がお嬢様の髪を揺らす。

 ここで特大、お嬢様は笑顔を浮かべ。

 

 

「貴方をヒモにというのは、虚言では有りませんから……失敗した時にはアタクシの元へ来て下さい。ふふ、養ってさしあげます」

 

「うん、オレも良い案だと思うよショウ。どうせだからお嬢様の執事になればいいさ」

 

「ムー、ナァー!」

 

 

 コクランさんと2人揃って、そんなことを言い残し、別宅の中へと戻っていったのだった。

 ショウはぽかんとしたまま、困った風味で頬をかいて。

 

 

「……これだから油断ならん」

 

 

 溜息を吐き出しながら、そんな風にのたまう(照れ隠し)。

 もう結婚しちまえよお前ら。ああ、でも、それだと第一次嫁大戦とか勃発しそう。ショウの場合は。

 ……そもそも年齢的に結婚できないけどさ! 一般的には養われるのが普通だぞ11才!!

 






 なんか「全て乗り越えてきたぜ」っぽい雰囲気は出してますが、カトレアお嬢様の力が暴走するのはこれからだという……(ぉぃ

 今月はまだ更新予定。あくまで場繋ぎでした。


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1996/冬 来ちゃった年始、その延長

 

 Θ―― ジョウト地方、エンジュシティ

 

 Side ゴウ

 

 

 

 年が明けて、西暦1996年。

 すでに年始とは言えないような日付にはなったのだが、(ゴウ)とノゾミは実家に顔を出さなければならない約束があった。

 ここで言う実家とは、僕らが今現在在学中の「カントー地方」とシロガネ山やトージョウの滝を挟んで隣接する、「ジョウト地方」はチョウジタウンに土地を持つノゾミの生家のことである。

 顔を出す。様式的なものだが、これが暗黙の強制となってしまうのは、主にノゾミの家柄に由来する。

 家柄とはいっても、特に高貴な訳ではない。ノゾミが強制されていた訳でもない。しかし実際、土着の名士というか、そういう古い……いや。歴史のある家であるため、顔を出さないというのもまたつまらぬ波風が立つものだ。

 今はカントーにいる学生だという大義名分はあるものの、しかし2人で話し合った結果、1週間ほどは顔を見せに帰省する予定となったのである。

 

 

「……ゴウ」

 

「なんだ」

 

「大会は大丈夫?」

 

「む。心配は不必要だろう」

 

「そう」

 

「ああ」

 

 

 小さく2人で会話を交わす。髪をすっと流す和風な装いのノゾミだが、こんな時にでも僕が出場する予定となっている年度末ポケモンバトル大会の調整について心配をしてくれているらしい。

 実際、心配は要らないだろうな。僕にとって大会は……こう言ってはシュンなどの本気の参加者には失礼かもしれないが……本戦出場程度でも箔がつく。御庭番として一定以上のポケモンバトルの実力があると示すことが出来れば、それで構わないものである。

 ポケモンリーグ本線に則った複合トーナメント式であるため、何処まで行けるのかは運の要素がかなり出ると思う。順位だけで実力を測ることは難しいという側面も有り、負けたところで言い訳は十分に可能だ。そのため、僕としてはかなり気楽な気持ちで挑める大会と考えている。

 ……とはいえ流石に友人にも感化されたのか、バトルに関する準備は万端にしておく予定だ。まだひと月ほどは猶予もあるため、その辺りはお役目を終えて、戻った後に詰めてゆこうと考えている。

 

 そんな事を考える僕たちが現在歩いているのは、ヤマブキシティ。

 実家が得ていた「特()」を使用し、この街の北側にある駅から終着のコガネシティを経由。エンジュシティを目指す予定となっている。

 実家の在るチョウジタウンではなく、スリバチ山を挟んで西側のエンジュシティへ挨拶へ向かうのにも理由がある。

 近年に観光地であった塔が焼け、ごたごた(・・・・)によってその修復予定が難航していたりはするものの、ジョウト地方における文化の中心地と呼んでも過言の無い都市。古き良きこの国の美しさを現代に残す都。それが、エンジュという街だ。

 それら上下の繋がりは、僕らの故郷チョウジタウンとて例外ではない。要するに「年始の挨拶回りはお上方へ向けて行うもの」という訳だ。本来はもっと上の大人達がやるべき仕事なのだが……そんな大人達は、纏めて体調不良を訴えており同道は不可能とのこと。主に酒による体調不良らしい。これは仕方の無い人たちだと呆れるべき部分か。それとも、こういう人たちだからこそ現代の姫たるノゾミも自由を許されていると喜ぶべきか。これについては悩みの尽きぬ部分ではあるのだが。

 当然のこと、大人達も後々、大した遅れは無く挨拶回りへ訪れるであろう。だが僕とノゾミは学徒である。加えて1週間という期限が存在する為、先んじて顔を出しておくという運びになったのだ。

 挨拶、それ自体は滞りなく終えられる。何分エンジュシティの上役達は、皆幼少の頃からの知り合いばかりだからだ。

 一応の形式は存在するが、むしろ僕とノゾミに気を使って毎年、お年玉という名目の小遣いを山ほど手渡されている程である。甘えてばかりではならないとは思うが、彼ら彼女らにとって僕たちはまだまだ子供だということなのだろう。

 

 さておき。

 ヤマブキシティは広い上、高低差の明らかなカントーにおいては珍しく交通網の発達した街だ。だからこそシロガネ山を挟んだ大都市、コガネとの直通幹線などという荒唐無稽な計画も進められている。

 僕とノゾミは、はたしてその恩恵に預かろうと、こうして北側を目指している訳、なの、であるが。

 

 

「……む」

 

「あれ」

 

 

 駅の前、見知った顔を目にして、思わず立ち止まる。

 どうにも新年らしからぬ格好をして荷物を抱える、ショウだ。

 

 

「おおっと、ゴウとノゾミか。まさかこっちに来てまで出逢うとは思わなかったが……いや、こないだのシュンの件もあるしそうでもないか?」

 

「―― あらあら。ショウ、先にあけましておめでとうございます、ですわね」

 

「あー、そだな。スマン、まずは新年の挨拶か」

 

 

 ただしその傍らにはめかしこんだ様子のエリカ教員を添えて、ではあるのだが。

 (少なくとも言動をみれば)吃驚している様子ながらに挨拶をしているショウ、およびいつもの丁寧さそのままのエリカ教員。2人へ向けて、余程吃驚した此方も新年の挨拶を返す。

 

 

「あけましておめでとう」

 

「新年、おめでとう」

 

「おぃっす。そんじゃま、目的地は同じみたいだし、さっさと駅の中で待つことにしようぜ?」

 

 

 ノゾミと僕が挨拶を返すと、引き連れて駅の中へと入り込む。

 吃驚しておいてなんだが、この男(ショウ)ならば(僕らと同じく)ジョウト地方にまで出歩いていても不思議ではない。タマムシシティの生まれだとは聞いているが、研究者という社会的な立場を持っている。むしろエンジュシティやコガネシティであれば挨拶回りに訪れて当然とすら言えるであろう。

 ……とはいえその隣にエリカ教員がいるのは最早病魔の類であるのかも知れないが、さておき。

 駅の構内は、そこまで人は多くない。それもそのはず。この場に居合わせられるのは、特殊な権限を持つか、もしくは顧みない(・・・・)人間の類いだけなのである。

 

 

「先生まで、どうしてコガネへ?」

 

 

 ここヤマブキから鉄道で向かうことができるのは、コガネシティで間違いない。

 構内を移動する間に、ノゾミがそう直球で尋ねると、エリカ教員が上品に微笑みながら説明をくれる。着物の袖をついとひっぱりながら。

 

 

「恐らくは貴方方と同様の、挨拶回りですわね。わたくしはこういう(・・・・)(なり)なもので、ジョウトのエンジュシティには知己の方が大勢いらっしゃるのです。近頃は母様から名実共にタマムシジムのお役目も任せて貰っていますし、この場へは両親を伴わず訪れようと考えていました。ならばとショウに同道して貰っているのですよ」

 

 

 説明内の「ならばと」という流れは恐らく、ショウも同様に挨拶回りをしている最中だったという事なのだろう。肝心要の一緒に行く意味は……護衛役を含めて、であろうか。いずれにせよそれもこれも、好意があればこその行為ではある。

 

 

「まぁ、俺自身ジョウトには出資者もあんまりいないんだけどな。実家に帰ったマサキらポケモンボックスのグループのとこに顔出したりとか、あとはエンジュに寄ってる間にアサギシティを、ミカンを連れ帰りに訪ねるくらいか? ……っと、来た来た」

 

 

 首を傾げながら、ショウはさらっと会話をすげ替える。

 年相応の笑顔を浮かべたショウがくいと腕を上げると同時、駅のホームへと電車が滑り込んできた。

 文字通り滑り込むというに相応しい、流線型。

 

 

「さぁてさて。……リニアモータートレインのお出ましだな!」

 

 

 開いた客車の扉の中へ。

 嬉々とした表情でもって、ショウは真っ先に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 リニアモーター鉄道。車輪のない、磁力を利用して高速移動を行う車両のことだという。

 その線路の整備は、僕が知る限り数十年以上も前……確かホウエンがシーキンテツのご破算で揺れていた頃から手がけられていた筈だ。ヤマブキシティ周辺における地下開発やゲート管理とも平行して行われた、実に計画的なものである。

 窓の外に流れる石壁を眺めながら、僕は思わずぽつりとこぼす。

 

 

「試運転、か」

 

「あー、そだな。俺たちが無理やり割り込んだからなー。客車を引いての実働訓練だっても、スピードは落としてる筈だぞ?」

 

 

 スピードを落としている……これでもか。

 ボックス席に腰かけた4者。僕の向かいに座るショウの言葉を無意味に疑うわけではないが、窓の外の景色は、通常考えられないほどの速度で変遷を続けている。ヤマブキ‐コガネ間ほどの長距離を数時間で移動するという謳い文句は、どうやら飾りではないらしい。

 思わず景色に目をとられる僕へ向けて、ショウは駅で買った駅弁などを手元の台に並べながら。

 

 

「んまぁ、2人の立場なら分かってるとは思うけど、確認含めて解説挟むか。確かにポケモンは移動にも便利だけど、それだけで良いって事にはならないよな。何かの拍子にポケモンが調子を崩すかもしれない。ポケモンは生物だから、もしかしたら動かすのが躊躇われる状況もあるかも知れない。大荷物の輸送にも向いてないしな。それにそもそも、移動のための秘伝『そらをとぶ』自体が、結構なマイナーだろ? だからこそカーゴとかの大衆向け業務が成り立つ訳で」

 

「む。そのあたりは僕でも判るな」

 

「おう。でもって副次的な交通手段を整えるのは国の役目。都心辺りには車とかバスとかも整備されてるけど、あれは道路の整備が必要だ。……それによって失われる住処にしても、移動の手段にしても。ポケモンがいるだけあって、国中に道路を敷きまくるなんて事業にお金をかけるだけの同意は得られないだろーな」

 

「それもそうか。……だからこそ区間を選定し、大都市間を結ぶ鉄道をという訳だな」

 

「そうそ。あとは海外向けの長距離をカバーできればいいと思うし。このリニアも本来の時期的には貨物の輸送試験を行ってるんだが……そこに客車を連結して乗客訓練なんて予定があったもんで、俺とエリカは乗り込む権限を差し込んだ訳だ。それはまぁ、無理矢理だし事故っても大丈夫的な誓約書も券受け取る前に書いたし、降りたらアンケートも記入するし」

 

 

 僕とノゾミはその「事故っても文句を言わない」券を知らぬ内に掴まされた訳なのだが……うむ。

 ショウから聞かされた事情は、概ね理解できた。シロガネ山を貫くトンネルも、要するに「利益はともかく必要なもの」だという事だ。

 

 

「すごい速度」

 

「あらあら」

 

 

 席が窓際で向かい同士のエリカ教員とノゾミが、揃ってお茶を片手に窓の外を眺めている。

 む。……しかし、ショウが挨拶回りに出ているということは、だ。

 

 

「シュン達の修行の程は、順調だと思って良いだろうか?」

 

「俺もずっと見てる訳じゃなく、移動に便利な場所を貸して、必要な時に助言してるだけだけど……多分な」

 

「多分、か」

 

 

 思わず納得の感を挟んでしまう。ショウの言う「多分」ほど範囲の広いものはない。

 ……とはいえシュンが「自身とそのポケモンの力で勝ち進めた」という実感を持てねば、大会に参加する意味そのものすらも失われる。うむ。介入の加減が難しい部分ではあるな。

 

 

「んー……つっても、あんま心配することはないと思うぞ? シュンがやってた練習自体、あのレベルでのバトルの練習としちゃあ100点満点みたいなもんだと、個人的には思うしなぁ」

 

「そうなのか」

 

「そーだった。だからまぁ、俺としてはそれを集中して実践できる機会を作ったってだけだよ。そもそも負けちゃいけないバトルでもないだろ?」

 

「それは、そうだな」

 

 

 ショウの語る「負けちゃいけない」は本当に気負いがない。軽い調子ともとれるが、しかし、ショウの発する奇妙な心強さがその不穏さを埋めてしまう。

 頼り易さ、とでも呼称すべきだろうか。この気性は。

 

 

「てー訳で、だ。これは昔にエリカにも言ってた事なんだけどな? ゴウもノゾミも、堅っ苦しく考えることはないって。きっと時代がぼんぐりからモンスターボールに、鉄道がリニアに変わるみたいに……なるようになるさ。俺ら個人なんかが好き勝手やっててもな」

 

(やわ)ではない、か。……それは、ショウ。体験から来るものか?」

 

「おー。判るか? 流石のご慧眼だなゴウ。シュンが言ってた眼を見れば人と成りも、ってのはマジなんだなー」

 

「その程度の見極めが出来ぬならば、姫つきのお庭番など務まらん」

 

「凄いハードル高いなジャパニーズニンジャ」

 

「うむ。そういう意味でも、セキチクのアンズ嬢などと知り合えたのは幸運と言えよう」

 

「アンズなぁ……。あのファザコンさえなければ、大会でも良いとこ行くんだろうけどなぁ」

 

「仕方があるまい。キョウ殿は、憧れて当然と納得出来る偉大な父君だ」

 

「まぁ、毒タイプ専任ってだけで凄いのは確かだ」

 

 

 こちらが懐古的な表情にでもなっていたのだろう。ショウの軽口に、少しばかり付き合ってみせる。

 伺うようで気遣いの感じられる、決して見かけほど薄くはない……薄く見せているのであろうその内容に、同室のシュンの気苦労を少しだけ実感しつつ。

 

 

「ショウ。君のこの先(・・・)での健闘を、友人ながらに祈っておくとしよう」

 

「あー……それは、バトル大会か?」

 

「それとも、の側だ。バトルの方は心配するまでもない。そうなのだろう?」

 

「……俺って結構判り易いか?」

 

「ああ。君が興味のある部分……嬉々として取り組んでいる件に関しては、かなりな」

 

「……んー……あー……そっかー……」

 

「ふふ。それについては、わたくしも同感です。子どもみたいで愛嬌があるかと」

 

「そうなの」

 

 

 僕が「隠そうとしている部分は判らぬが」と付け加える前に、エリカ教員とノゾミが会話に復帰する。どうやら結構な時間が経過しているらしく、そろそろリニアがトンネル……シロガネ山をくり貫いた部分にさしかかるようだ。

 程なくして、辺りが暗闇に包まれた。窓の外との対比で、車内灯の明かりが少しだけ眩さを増す。

 

 

「うぉっと、もうシロガネ山まで来てたか」

 

「ならば、今の内にお昼を済ませてしまいませんこと? どうやらショウははしたなくも、待ちきれない様子ですからね」

 

「駅弁駅弁駅弁」

 

「早いね」

 

 

 ……うむ。これで僕の役目も終了だろうか。あとはエリカ教員がショウの手綱を握ってくれるはずである。

 ショウは文字通り研究者という楔であり、旗頭でもあり、そして同時に世の流れを見るべき立場にある。ポケモン界隈という枠には収まりきらない才を見に宿した人物だというのは、今年を通じて実感することが出来た。

 先ほどは流したが、そのショウが僕たちへ向けても「堅苦しく考えることはない」と言っている。

 あの学園祭の時にノゾミとも話はしたのだが……恐らくは、僕たちがエリートトレーナーとして活動しようとも、実家へ実害が及ぶようなことはないのだろう。きっと。

 

 

「(今年の……いや。これから(・・・・)のポケモンバトル大会は見物だな ―― 学生も、カントーも)」

 

 

 カントージョウト間を結ぶべく走るリニアモータートレインの中。

 ショウが「目指せ世界遺産登録・シロガネ山弁当」やら「トージョウ海の幸山の幸弁当」やらを楽しげに広げる向いで、僕は終始そんなことを考えながら駅までを過ごすのであった。

 

 

 

 

 Side End

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 コガネシティへ到着し、エンジュシティへと向かうゴウやノゾミと分かれて数時間。

 ゴウ達との遭遇は想定外ではあったが、まぁリニアの道中が賑やかになったので良き哉良き哉からのそれはさておき。

 オレことショウとエリカは予定の通り(・・・・・)、コガネシティのゲストハウス的な場所で打ち合わせを重ねていた。夜間でも明かりの絶えない第二の首都は、事務的な作業にはとても便利だと思う。

 書類の束を端に置き、エリカから緑茶を受け取ってお礼を挟んでおいて。

 

 

「打ち合わせっても難しいもんじゃあないけどなー……本来は俺の仕事じゃないし」

 

「あらあら。ですが、チャンピオンとしての仕事としては正しいのではありませんこと?」

 

「それな。ったく、ワタルが素直にチャンピオン位を譲渡されてくれれば良かったものをーぅ」

 

 

 最後の方で思わず面倒くささにだれてしまったが、ジョウト地方における「押し上げ」は必要不可欠なものだから仕方がない。原作的にも。エリカの言う通り、チャンピオンとしての仕事だと言われてしまえばそれまでだ。

 さて、それじゃあこの場を借りて少しだけ解説をしておきたい。

 ―― これまで放っておかれてた「ジョウト地方」について、だ。

 

 

「まとめとくと……残念なことにジョウト地方のポケモンバトルクラブってのはやっぱり、カントーの利権に飲み込まれてしまってるんだよな」

 

「ええ。それらの体制はわたくしの母の代、祖母の代から変わりないと伺っております」

 

 

 エリカの同意に、オレはうんと頷く。

 

 

「丁度間に挟まれたセキエイ高原にリーグを置いたっていうのも、資料を見る限りは、まぁそういう理由なんだろーな。ジョウトの利権を吸い上げるため」

 

「あらあら。リーグを統合した方が管理を行い易いというのは確かですわ……一応は」

 

「その最後の一言が全部を物語ってるぞー、エリカ」

 

 

 とまぁ、そんなこんな。どうやらジョウトにおけるポケモンバトルというのは、カントーのそれと同一視されてきた歴史があるらしい。

 やはりタマムシ・ヤマブキの両大学を筆頭とした学問の進歩が大きかった……大き過ぎたのだろう。

 ポケモンの縮小特性の発見。英傑・オーキド博士の出現。それらを目指した人の流れ。いずれもがカントーを中心として発展を遂げてきた。

 それ自体は自然なことだ。ただ、それだけに。ジョウトは隣の「先進地域」たるカントーに、それらポケモンに関する研究や制度について「引きずられてきた」感がある。

 

 

「要するに、おんぶにだっこって感じか?」

 

「少なくとも、自治制は確立されておりませんね。いずれもカントーの下部組織の様な枠に納められてしまっています。それこそが問題なのでしょう」

 

 

 隣の地方がポケモン関連事業で進んでいるからこそ。これまでの発展を、カントーに頼ってきたからこその負い目という奴だ。

 上級トレーナー資格を取得するための学校にも乏しい。フスベのワタルやホウエンのシバの事例の様に、トレーナーはカントーへと流出する。そのまま四天王の選出もカントーに偏る。重役も。故に、利権が離れない。

 悪循環……とは、一概には言えないけど。でもそれを利用されているこの状況は、面倒な事この上ないしなぁ。まあ良いけど。

 

 

「地盤がでかいってなると、それ自体が分散させるための障害だからな。出来れば事前に切り離しておくまではいかなくとも亀裂くらいは入れておきたくて、こうして仕込んでんだが……やっぱ、時期を待つしかないのかねー」

 

「その時期というのが、今年なのでしょう? 貴方とミィが何やら忙しく準備をしているのは存じ上げております」

 

 

 エリカにはまだ明言していないんだが、ここまで忙しく動いていれば判ってしまうのは仕方がないか。

 今年 ―― 1996年はレッド達が旅に出立する年なのだからして! 原作としても動きがあるのは当然なんだよなっ!!

 と、脳内ハイテンションと表情ローテンションを乖離させつつも、俺は無言で肯定の意を示しながら。

 

 

「んまぁ、おっきな会社とおっきな組織が……色々とな?」

 

「ふふ。それだけでも十分に足る事を、わたくしは嬉しく思いますわ。理解できているという証しですもの」

 

 

 この話題を切り返した上に、惚気てきただと……!

 などと戦慄する俺を余所に、エリカは上品に微笑み返し。

 

 

「その亀裂を入れる為に、わたしが差し込んだ年末の大会も一助となれるかと思いますわ」

 

「ああ、マルチトーナメントだな」

 

「ええ。ショウとミィも参加してくださるという事ですし。それに、大会の『その先』こそが本命なのですから」

 

「頼りになるなぁ……」

 

 

 いやほんと。むしろちょっと怖い。

 協会のタマランゼ会長は協力してくれているけど、トップのトップ過ぎて通し辛いんだよな。あの人も実働部隊は持ってるみたいだけどさ。

 そういう意味で、エリカみたいに強く影響力を持つ人が手伝ってくれるのは大変にありがたい。……借りを作り過ぎてお後が、というかそろそろ手遅れな気もしてきてはいるんだよ。一応は。

 

 

「本腰入れて根回ししとかないとな」

 

「はい。わたくしも御伴致しますわ」

 

 

 年始だってのに。いや、年始だからこそだ。

 こうして動いておいて損はないだろう。うし。こうして力強い友人(カテゴリが正しいかは微妙になってきている)も居ることだし。

 気合を入れなおして、さっさと終わらせてきますかね! 暗躍とかとか!!

 





 SSでお茶を濁しまくって後も濁る(意味不明
 久しぶりにSide使い。
 バトルの展開が詰まった合間にだらだら書いている感じでこれだけという……説明が無駄に長いのは変わりませんね。駄作者私。
 展開が進まなくて申し訳ありません。


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1996/冬 ポケモン・スクールジャーナル

 

 

 1月も終わりを迎えようとする某日。

 タマムシ大学傘下で最も顔の広い「報道サークル」から、いよいよ2月に開催を迎える「タマムシ大学トレーナーズスクール上級科生ポケモンバトル大会」についての特集雑誌(フリーペーパー)が発刊されようとしていた。

 

 記事の内容は、大会のあらましやお偉い方のコメントに始まり……それはさておき……「参加選手の紹介」こそが、注目を集める本記事である。

 

 これはタマムシ大学においては毎年恒例ともいえる記事なのだが、しかし、今年は一層の熱が篭っていた。

 その理由の1つが、前年度に伝説的な記録を残したトレーナーである「ドラゴン使いのイブキ」がジムリーダークラスとして再びの参戦を表明している事だ。

 昨年にイブキを下した選手は気紛れから他のスクールへと移っているということもあってか、その対抗馬の予想が学内における話題を独占しているのである。

 既に大学及び大学院の生徒達の間では、優勝予想による賭けが行われていた。こういった賭け事は本命が()るからこそ面白い(んやで)……とは、珍しいポケモン大好きなとある研究者談。因みに賭けの商品は純然たる労働力(研究のタダ手伝い)なので法には触れていない。

 

 

 

 そんな中。

 研究棟にぽっかりと開いた中庭の一角、今は枯れて蔦だけになった藤棚の下。

 とある少年が手に持った見本誌を開き、覗き込んでいた。

 

 

「―― ほうほう。ねえビビ。やっぱり、対抗馬といえばマツバ寮長が本命ッスかね?」

 

「ビビーッ!」

 

 

 呼びかけに応じて、隣に居たポッポがぴょんと跳ね上がる。

 雑誌の巻頭。見開きで男子勢のグラビアを飾るのは、優勝候補とされるマツバ選手だ。

 彼はジョウト地方のエンジュシティ出身。ジムリーダークラスの実力者で、男子寮の寮長でもある。

 ポケモンの専任タイプは「ゴースト」。エースであるゲンガーの得意な強襲や、トリッキーな変化技を利用した緩急を加えた戦い方を得意としている。

 本人も「千里眼」と呼ばれる未来予知、遠視に類似した能力を持つ血筋であり、その読みの鋭さも一級品であることは言うまでもない。

 

 

「この辺のは先輩方が書いたんスよねー。特に注目が集まっている昨今、学生トレーナーの中にも人気がある人が居るのは判るッスけど……見開きグラビアて。アイドルトレーナーじゃあないんスから……」

 

「ビビーッ!」

 

「ビビには好評みたいッスねー。……まぁ契約とか色々あるんでしょうし、次ッス」

 

 

 少年は次々と頁を捲っていく。

 幾人か、ジムリーダークラスの選手が紹介された後、昨年のイブキ選手の例もあってか、同大会に参加を表明しているエリートトレーナークラスの選手も紹介がされていた。決して侮ることが出来ない……というあおりの文句。

 

 

「ジブンが記事書いたのはこの辺スけど……あーぁ、やっぱりかなり削られてるッス」

 

 

 少年がインタビューを行ったのはエリートトレーナークラスの選手。中でもシンオウ地方出身のリョウ選手と、ジョウト地方出身のハヤト選手は、記事も担当していた。

 それぞれが『飛行』と『虫』タイプのポケモンをエースに据える。ハヤト選手は堅実な試合運びを、リョウ選手は以心伝心のコンビネーションを武器とする……両名共にエリートトレーナークラスでは注目株のトレーナーである。

 しかし両名の記事はエリトレクラスを纏めて取り扱った半頁、その一角に小さく扱われるに留まっていた。

 

 

「まぁ、参加する選手の数だけで100をらくーに超えるッスからねー。仕方が無い仕方が無い、ッス」

 

「ビッ、ビビッ」

 

「とはいえ今年はエリトレクラスが来ると思うんスよねー。これ、ヤジウマの勘ッスけど。……お。次は女子のエリトレクラスの人ッスね」

 

 

 続いて捲られたページには女子勢。

 中でもエリートトレーナークラスの注目株として、セキチクシティのジムリーダーキョウの娘であるアンズ選手と、エスパー御家の息女であるカトレア選手の特集が組まれていた。

 

 

「おーお。……アンズ選手はジムリクラスでもないのに毒タイプばっかりを使うんスよねぇ……。お父上譲りの毒使いなんで、エリトレクラスだとはいえ経験の不足はなく、むしろ扱いやすいって言ってたッスもんねー。その辺の木に逆さにぶら下がりながら」

 

「ビービッ!」

 

「うんうん。ヤマブキではなくあえてタマムシを選んだエスパー界のじゃじゃ馬娘、カトレア選手も要注目ッスね!! ……というか女性陣は写真が多いッス。やっぱり写真栄えするッスからねえ。……カトレア選手だけは執事さんの後ろに隠れてるッスけど、執事さんがイケメンなのでこれはこれで絵になってるッス」

 

「ビ、ビビービッ!」

 

「うん? もっと他の選手に……? でも、特集記事は次で最後ッスよ?」

 

 

 自分のポケモンとそんなやり取りをしながら、残り少なくなった頁を捲ると、いよいよ巻末ぶちぬきのグラビアで紹介されるのがイブキ選手。

 ジムリーダークラスに制服はないため、イブキ選手はフスベのドラゴン使いとしての正装であるマントを羽織り、腰に手を当てるというポーズ。

 ……ただ。

 

 

「……うわーぁ。ぶっちゃけ、なんか奇妙な格好ッス。ワタルさんのマントは威厳があって良い感じッスけど、イブキさんのはマントがどうとか以前にそもそもぴっちりしたスーツの意味が良く判らないッス……」

 

「ビィッ!!」

 

 

 逆に言えば、服装については個人のセンスに任されてしまう。……とはいえ彼女の格好はいつも「こう」であるため、周囲からはいつもの事だと慣れた様子で受け止められているのだが。

 言うまでも無く今大会の最有力優勝候補であるにも関わらず、写真に写る彼女の表情は険しい。それはインタビューの内容からも読み取れた。

 

 

「なになに。……『チャンピオン級の実力を持つ兄者に追いつくためにも、私は常に1番でありたい。また、ドラゴン使いに求められる1番とはより高いレベルにおけるものだと考える ―― 』……だ、そうッス。かなり端折ったけれど、なーんかお堅い感じッスね?」

 

「ビービ!」

 

「ワタルさんのあの発言を意識してるんでしょうけど、これだとかなり違った見方になってるッスよ……。しかも何と言うか、これって『ドラゴン使いはレベルが違うんだ!』って言う、傲慢な感じにも聞こえるッスからねー……」

 

「ビビッ?」

 

「うん。そうッスね。イブキさんがそういった悪意を持って言葉を発したかどうかは判らないッスよ。なにせあくまでインタビューッスから」

 

「ビビビィッ」

 

「勿論ッス! ヤジウマはヤジウマなりの信念ってもんがあるッス!」

 

 

 少年がぐっと拳を握ると、隣のポッポが囃し立てるように周囲を飛び回った。

 そうこうしている内に、日も傾き始めていた。

 少しずつ冷え込み始める中庭。

 体を小さく震わせ、最後にと、先輩方と共に作り上げた記事を確認しながら、少年は知らず呟いていた。

 

 

「……しっかし。こうして選手達が出揃ってみると、壮観なもんッスねー」

 

 

 少年の持つヤジウマ根性だけではない。あらゆる人々に期待を抱かせる何かが、今大会にはあった。

 ポケモン学、そしてバトル研究の最先端であるカントーに住まう人々だからこそ、来る気配を鋭敏に察知し ―― 知らず期待を寄せている。

 革命児たる元チャンピオン・ルリと、そのポケモン達が垣間見せた、新たなポケモンバトルの時代に。

 そして次代を担う、トレーナーとポケモン達の戦いに。

 

 

「やっぱり、楽しみッスよね。ビビ!」

 

「ビー、ビッ!」

 

 

 すっかりテンションの上がった両名。

 隣に居たポッポが頷き、大きく翼を広げ。

 

 

「―― おーい、ヤジウマーっ! そろそろ印刷終わるぞー。左留め手伝ってくれー」

 

「あ、了解ッスー!! ……週明けの大会に合わせてでかさなきゃいけないッスからね。行くッスよ、ビビ!」

 

「ビビーッ!!」

 

 

 サークル仲間の呼ぶ声に未だ仕事が待っていたことを思い出し、少年とポッポは立ち上がり、印刷室へと駆けてゆく。

 

 

 

 

 

 ―― しかし彼はベンチに、見本誌を置き忘れていた。

 ポケモン・スクールジャーナル「Celadon & Rainbow」号。

 

 

 《ヒュゥゥ……》

 

 ――《パラ、パラパラ》

 

 

 風でページが捲れてゆき、最後の1ページ。

 そこには参加選手全員の顔写真と、簡易のプロフィールがまとめて載せられている。

 エリートトレーナー候補の顔写真が、卒業アルバムもかくやとギュウギュウ詰め。精々が賭けの大穴探し程度にしか使われないであろうその中に、本気で優勝を狙う1人の少年がいる事を、今は誰も知らない。

 

 

 大きな注目を集め待ち望まれた、タマムシ大学トレーナーズスクール上級科生ポケモンバトル大会。

 その開催をいよいよ2日後に控えた、土曜の出来事であった。

 

 





 次回よりバトルバトル。ついでにバトルです。今回更新分のあとがきがバトルっていう字で埋まりそうですホント。

 イブキさんの格好がいじられるのは公式ですね。HGSSエリカさま&ミカンのやり取りより。
 でもポケギア会話によれば、里のみんなは羨望の眼差し(と、本人が、勝手に、思っている)だそうで。技マシンの名前のネタといい、ツンデレ以外にも色々と属性はあるのですよ!
 ……その辺りをつけばイブキさんも可愛い系ツンデレに様変わり出来るでしょうに……と、言うわけで(何。

 切りも良く。
 今回更新分はここまで……

 ……と、みせかけて……?



▼ヤジウマさん(少年期)

 覚えている人がどれだけいるのかは判りませんが、原作、初代およびFRLGのヤマブキシティに登場する人物です。
 ロケット団の事件が解決された後、フレンドリィショップの正面にピジョットと共に駆けつけて、

「もう終わってる……? すいません! ジブン、根っからのヤジウマなもんで!」

 ……的な、印象に残る台詞を残すキャラのたったお方。
 (いい加減ご存知の方も多いかと思いますが)、駄作者私、こういう脇役が好きなんですよね。
 という事で、どこかで出演させておきたいと考えていた結果、ここでの登場と相成りました次第。
 因みにビビーッ!と鳴くポッポ(ピジョット)は原文ままです。


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1996/冬 大会予選1試合目

 

 

 Θ―― タマムシ大学敷地内、体育館バトルコート

 

 

『さあさあ、いよいよに始まりましたるタマムシ大学の年度末ポケモンバトル大会! 実況はヤマブキ放送所属、わたくしクルミとー!』

 

『そしてわたくしアオイ! 今日はそこに解説の方も加えて実況をお送りさせていただきます! ……さて、ただいまの話題にありました解説の方なのですが、実は現役のスクール生徒の方にお越しいただいているんです。カレンさん?』

 

『はいどうも。カレンといいます。今日はよろしくお願いしますアオイさん、クルミさん』

 

『いえいえこちらこそ、ですぅ!』

 

『はい。こちらこそよろしくお願いしますね。……ここで少し、カレンさんの紹介をさせていただきましょう。カレンさんはエリトレクラスおよびタマムシ大学の大学院にを置いていらっしゃる研究者で、特にポケモンの技に関する研究を中心になさっています。今年で言えば国家公務トレーナー……いわゆるエリートトレーナークラスにストレートで入学した方々と同い年の11才なのですが、その年にして既にいくつもの論文を手がけていらっしゃるんですね』

 

『ええ。ただわたしとしては、まさかこういった解説の席に呼ばれるとは思いませんでしたが』

 

『技に詳しいと解説が捗りますし、カレンさんの推薦をくだすったオーキド博士からも、厚い信頼をいただいていましたよぅ?』

 

『恐縮ですね。……何故「くだすった」と訛ったのかは判りませんけれど』

 

『さておき。さあさあではでは、紹介も終わりましたところで、今回の大会の概要とルール説明に移りたいと思いますぅ。今大会はタマムシ大学傘下にあるポケモントレーナーズスクール、その中でも「上級科生」を対象にしたポケモンバトル大会となっていますー。上級科というのを皆さんにわかりやすく説明すると、ポケモンレンジャーやエリートトレーナー、ジムリーダーといった「資格を取るための資格」になる専門教育課程をひっくるめたクラスなんですよぅ! あれですね、皆さんバトルがお上手なのでしょうとっっ!!』

 

『でしょうね。もちろん中にはバトルを重視していないクラス……たとえばジョーイさんになるための専門クラスなどもありますが、その方達はまずこの大会には出場しませんから』

 

『クルミちゃんのフォローをありがとうございます、カレンさん』

 

『……はっ!? もしや今、この場は、フォロー力が2倍になっているのでしょうか……!』

 

『頼もしいことです。いやホント。……さてでは、本日は既に大会の予選1回戦が行われているんですよね。早速、経過をみてみましょうか。クルミちゃん?』

 

『はいはぁい、わたしの『かいりき』をご照覧あれっ! ……ずぅぅしぃぃんっ!!』

 

『それでは皆様、『かいりき』よりもこっちの表をご覧ください。クルミちゃんが抱えて下さっているのがトーナメント表です。確かにでっかいですけど紙製なので重くはありません。……ご覧の通りの大きなやぐら! 総勢128名+人数合わせ(シード)の生徒さん達が、タマムシ大学学生ナンバーワントレーナーを目指して競うという訳です!』

 

『予選というのはここ、下の4名または3名の総当たり戦の部分のことで、つまりポケモンリーグと同じルールを採用しているのですねぇアオイちゃん』

 

『そうですよクルミちゃん。なにせ未来の国家公務トレーナーですから、その辺りには気合も期待も込められているのでしょう。この流れでエリートトレーナーについても説明をしておきますと、エリートトレーナーというのはさらに上のジムリーダー資格などを得るために必要な下地の資格になります。また、研究協力トレーナーとして育成の請負やレポート報告をすることで収入を得たり、各地で開かれる大会に参加したりするためにも必要になりますね』

 

『研究協力トレーナーとしてのレポートは、依頼者から出資がなされる通常とは異なり、国がしっかりと買い取ってくれるようになります。つまりはポケモントレーナーとして幅広く活動するための資格なわけですよぉ、エリートトレーナー!』

 

『ただこれは、この大会で言えば、エリートトレーナー候補生はジムリーダー候補生より少なくとも1年はポケモン育成とバトルの経験が少ないという事でもありますね。その辺りはどう影響してきますでしょうか、カレンさん』

 

『うーん……育成期間は同じでも、やはり違いは出てくるでしょう。とはいえジムリーダー候補生はポケモンのタイプが1つ「専任タイプ」として決められています。そこを狙いたいエリートトレーナー候補生と、ジムリーダークラスの戦術とのぶつかり合いになると面白いでしょうか』

 

『観戦する側としてはその辺りに注目して見て行きたいですねー。……ではクルミちゃん、本日午前の結果を書き込んでいきましょうか!』

 

『おぉっす! 未来のチャンピオン達がしのぎを削る、ポケモンバトル大会 in タマムシ!! 予選1回戦の結果はぁぁ……』

 

『『 ―― これだぁっ!!』』

 

『さっすが、息ピッタリのコンビよねこの2人って……』

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 Θ―― タマムシ大学敷地内/屋外バトル区画

 

 

 

クラブ(ベニ)っ、『かわらわり』!」

 

「くっ……接近戦に持ち込まれた……! ニャース、『ひっかく』よ!」

 

 

 バトルスペースのおおよそ中央部。

 オレことシュンのベニと、相手のニャース。

 指示を受けたポケモン2匹が、ほぼ同時に、腕を振り下ろす!

 

 

「グッグ ―― 」

 

「―― フシャァ!」

 

 《《ゴツンッッ!!》》

 

「ウ ―― にゃァァ……」

 

 

 しかし倒れたのは相手 ―― エリートトレーナーのサヤカさんの手持ちポケモン、ニャースのみだ。

 物理防御力にも自信のあるベニは『ひっかく』を悠々と受けきり、その場で(はさみ)を上下に揺らしつつブクブクと勝どきをあげている。よし、ありがとうだベニ。ついで、次もこのままいってやろう。

 

 

「あわっ、ニャース!? ……戻って!!」

 

『ニャース、戦闘不能!!』

 

 

 サヤカさんが自分のポケモンをボールに戻したところで、電光掲示板の手持ち数を示すボールマークに×がつく。先頭のピッピに続いての撃破であるため、相手の残るポケモンは1匹。逆に此方は、まだベニしかバトルに繰り出していないという状況だ。

 その最後のボールを手にとって、サヤカさんは拳を握った。気合を入れ直している様子だ。何かを飲み込むような俯き、そして強い視線を此方に向けてくる。

 

 

「……強いねキミ。でも強い相手を求めるのはトレーナーの宿命よ。最後の1匹だって諦めないんだから!! プリーズカムヒア、パウワウ!!」

 

 《ボウンッ!》

 

「パウ! ワーウ!」

 

 

 ボールから飛び出た「あしかポケモン」のパウワウが、水庭の端に着地する。

 ポケモンが出た瞬間がバトル再開の合図となる。総当りとなるこの予選1回戦。バトルフィールドは平面土の見渡しの良い地面と水庭だけと言う、シンプル極まりないものだ。とはいえそれは国の管理するフィールドが豪華なギミックを有しているというだけで、普通はこんなものなので慣れたもの。

 パウワウは一度水に潜り、そのまま。

 

 

「パゥ ―― ワウゥッ!」

 

 《ファッ》――《パキキッ!!》

 

「グッ……グ!」

 

「水に飛び込むぞ、ベニ!」

 

「グッ!!」

 

 

 先に指示を出されていたのだろう。水面から頭だけを出したパウワウは、すぐさま口から『こごえるかぜ』を吐き出した。表面が僅かに凍り、動きが鈍りかけたベニには水中戦の指示を出しておいて。

 ……先手を取られたとはいえ「効果はいまひとつ」。ベニの物理攻撃力を警戒し、相手は徹底的に遠距離戦を仕掛けてきている……

 

「(……なんて思うのは、こっちに都合が良いような)」

 

 気がしないでもないぞ、これは。

 ……諦めない、と彼女は確かに言ったのだ。だとすれば逆転の策を練っていると考えておくべきだろう。

 大体、こっちにはまだ後続のポケモンが居るにしても、水タイプのパウワウに相性良く戦えるのはベニだけだ。警戒するに越したことは無い。

 なら少し様子を見たい所だな、と考え、水中で1度の交戦をはさむ。

 「すばやさ」は別にしても、水中での移動はパウワウの方が早い。此方が直接攻撃を仕掛けられる距離まで詰めている間に、再びの『こごえるかぜ』(というか水流というか)を受けきった所で。

 

 

「っ、 ―― 『アンコール』!!」

 

「パウッ! アウアウッッ!!」

 

 

 反撃を仕掛けないこちらに対して、サヤカさんの指示と同時、パウワウが先手。両ヒレをぱしぱしと叩いた。

 

 

「グッグ!?」

 

 

 ベニがびくりと硬直する。

 『アンコール』は、直前に出した技を「数ターン強制する」効果を持っている。この効果を解除するにはポケモンを交換するか……いや、まて。

 

「(解除する必要はない……よな?)」

 

 ベニが直前に使ったのはニャースを打ち倒した『かわらわり』。パウワウ相手には普通に通る。だとすればいずれにせよ、此方の攻撃手段としては固定されても「痛くない」のである。

 オレ自身も実感(・・)を持って理解しているのだが、『アンコール』は通常『みがわり』や「積み技」などの変化技に対して、「交替の強制力」をもって流れを強引に変える為に使われる。

 だとすればこの技の目的は ―― ベニに(・・・)近付いて欲しい、って事か!!

 

 

「成る程。それは確かに、僅かではあるけど光明は見えてるものな。……受けてたつぞ、ベニ!」

 

「グッ!」

 

 

 相手の狙いは読めた気がする。間違いないかどうかは兎も角、「オレならこうする」って技がある。

 ただしかし、こればかりは運否天賦。こっちとしては攻撃を仕掛ける他無いのである。

 なにせあの技は熟達したとしても絶対に成功するとは限らず……いやむしろ、どうあがいても失敗の確率のほうが高いハズで。それでも少ないながらに逆転の目は残している。

 可能性はゼロではない。サヤカさん達は、一縷の望みを托しているのだ。

 

 

「グッ ―― 」

 

「―― アウッ!」

 

 

 互いに「直接技」が届く距離。ベニがパウワウの眼下に、パウワウがベニの頭上に構える。

 上はパウワウにとられているが……これなら大丈夫!

 オレとサヤカさんの指示が、同時にとんだ。

 

 

「行くわよ、パウワウ ―― 『つのドリル』!」

 

「攻勢だ、ベニ ―― 『かわらわり』!」

 

 

 水中に静止したパウワウの角が高速回転する。

 

 

「ワウワウ、ワー……」

 

 《キュィィィィンッ!!》

 

 

 ベニが水底を蹴って飛ぶ。

 

 

 《ゴボボッ》

 

「グッグッ、」

 

 

 近付いて ―― 先手。

 パウワウが頭上の角を突き出し、「上から下へ」。勢い良く飛び掛かる。

 

 

「アウッ!」

 

 ――《チュィンッ》

 

 

 はたして、パウワウの角がベニを気絶させる……ことはなく。

 大きな鋏をオールのように動かしゆるりと回転。一点突破の突撃を掠めるに留め、回避したベニは、がら空きの背後へ悠々と攻撃を繰り出した。

 

 

「グッグゥ!!」

 

 《 べゴムッ!! 》

 

「―― アウッ」

 

 

 水堀のような長方形のプールの底に、パウワウが叩きつけられる。

 ……しかし、まだ!

 

 

「まだまだっ、パウワウ! 続けて『つのドリル』よっ!!」

 

「パゥ……ワゥッ!」

 

 

 トレーナーの気合に応えるようにパウワウは素早く身を起こし、再びの攻勢の為に反転した。

 

 ……ただ。

 そこでは既に、ベニが構えているんだけどさ!

 

 

「早いっ……!?」

 

「『アンコール』で縛られてるなら指示を出すまでもないからな!」

 

 

 オレからの指示は先の「攻勢だ」に全て ―― 「3ターン分」が集約されていた。攻撃の位置取りだけなら、ベニは十分に動いてくれる。

 それにそもそもデータ上、ベニとパウワウの素早さは伯仲(はくちゅう)しているのだ。水中戦も上下移動を加味すればパウワウに分があるとは言え、ベニの足が着く水底近くにまで引き込んでしまえば此方のもの。

 

 それでも角を突き出そうとするパウワウに、一歩先んじたベニが鋏を叩き込む。

 

 

『サヤカ選手のパウワウ、戦闘不能! よってクラブの勝利! 勝者 ―― キキョウシティのシュン!!』

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 Θ―― 男子寮/プレイルーム

 

 

「……という訳で、午前中に実施された大会の1戦目は無事に勝利して通過したわけなんだけどさ」

 

「そんで早速次の試合に向けた予定を組んでんだもんな……」

 

 

 いよいよ開催された「タマムシ大学トレーナーズスクール上級科生ポケモンバトル大会」。その初戦で見事に勝利を収めたオレは、ユウキと共に男子寮まで戻ってきていた。

 バトルとバトルの間の時間は、各自自由待機の時間。という訳で、体育館から遠くも無い男子寮のプレイルームは絶好の待機場所となっている。ちょっと騒がしいけど、各々が集中モードに入っているので邪魔な騒がしさという訳でもない。むしろ緊張感を保つには丁度良い感じがするな。

 ……というかユウキ。次の試合に向けて調整しなきゃいけないのはさ。

 

 

「それはユウキだって同じだろ?」

 

「おうよ。1戦目は負けたが次は負けねえぜ? ……ゴウの奴はまだ試合中だしな。ケイスケは寝てるけどよ」

 

「いや実はあれ、寝てるんじゃなくて……うーん、まぁ、大会中は良いか」

 

「んだよ、思わせぶりだな」

 

 

 などとユウキと駄弁りながら、オレは手元のトレーナーツールをみやる。理由は簡単。大会中のバトルスコアが全て、トレーナーツールに転送される仕組みになっているからだ。

 大会の予選は4名での総当たり戦で、その中から1名が勝ち抜けする仕組みとなっている。得失点差などの概念はなく、同率の場合は当人同士での再試合が行われるというルールで……「ポケモンリーグ本戦」そのままだな。これは。

 ただ、ユウキやゴウはこの予選の時点でジムリーダークラスの生徒ともあたっている。ユウキの負けた相手というのもそうだ。

 130名近い大会参加者の内、30名はジムリーダー候補生。そう考えると、予選の相手4名全員がエリトレクラスのオレのグループは運が良いといえなくも無いだろう。

 ……うん。いえなくもない、と、思うんだけどなぁ。

 

 

「そんで、シュンの次のお相手は?」

 

「エリトレクラスのヒカルさん、だそうだ。ユウキは知ってるか? オレは顔と名前が一致しないんだけど」

 

「ああ、確か、ポケモンバトルに異常に執着してる人だって聞いた気がすんなぁ……」

 

 

 成る程。

 オレとしては見聞はあまり当てにしていないし、そもそもエリトレの人達は差はあれど少なからずバトルには執着しているので、人と柄は兎も角。

 ……ユウキの耳に入っているとすれば、恐らくヒカルさんとやらは美少女に分類されるのだろう! それは楽しみでもある!

 

 

「正解。ナツホの奴にどやされんじゃねーぞ」

 

「その辺は抜かりないって。幼馴染だからな」

 

「……それもそーだな。ナツホマスターには言うまでも無い事だったぜ。……だとするとその次が例のお人(・・)だな。そんな熱心にスコア見てんのも対策のうちなんだろ?」

 

「まーな」

 

 

 ユウキに頷いておきながらも、オレは続々と情報更新中のツールから視線を逸らさずにいた。

 何分、予選の3戦は全て今日の内に行われる。最新のデータは今の内に見ておかなければならないのである。

 なにせ。ヒカルさんとの対戦もあるが、ほぼ確実にそれ以上……エリトレクラスとして本スクールトップクラスの実力を持っているお方が、その後に控えているのだから。

 

 

『予選1戦目の結果はぁぁ ―― こうだぁっ!!』』

 

 

 ぴったりと揃った小気味の良い掛け声。どうやらリアルタイム速報が更新される様子だ。

 オレは手元でワイプを拡大。人気アナウンサーであるクルミちゃんアオイちゃんコンビの手元に映された表に、次々と○×が書き込まれてゆく。

 時折、少しだけ顔見知りのカレンさんが解説を挟み。

 ……同グループの彼女も(・・・)バトルに勝利した事を確認して、オレは軽く息を吐いた。

 

 

「ふぅ。やっぱ順当に勝利したよ。エリトレなのに毒タイプ使い」

 

「タマムシエリトレの『次席』 ―― 忍者のアンズちゃん、だな」

 

 

 オレも無事に予選を1勝したとはいえ、だ。

 

 立ちはだかるエリトレ候補生の高い壁 ―― 未だ2枚!!

 

 





 てんしょんにまかせてぷろっとをみながらひとばんでしあげました(遠い目。


 バトル風味の説明回。間に合ってしまったので投稿しておきます。これにて今回更新分の終了(真)です。
 会話を主体にすると書きやすい……。とはいえ、駄作者私の私見の混じったフリーダムアナウンサー2名がいてこその手段ではありますが。
 この辺が駆け足なのは予選なので、という事で。大まかに使う部分だけは書けたので問題は無いと思います。あったら後で手直しがかかるやもですけれども(土下埋まり。

 パウワウ(ジュゴン)は『つのドリル』よりも『ぜったいれいど』の感。トドゼルガと良い、無効タイプがないのでそちらが優先されるのも致し方なきことかと。
 ただ、習得の難易度というかレベルと言うか、後発の『ぜったいれいど』は難しいイメージがあるのですよね……。やはり初代からある技の馴染みというものなのでしょうか。

 『つのドリル』。
 『ハサミギロチン』。
 『じわれ』。



「「「 いちげき ひっさつ ! 」」」



 では、では。



 ▼エリートトレーナーのサヤカ

 またも珍しく3作品、しかも全てエリートトレーナー職で登場しているトレーナー。特に私自身、BW→BW2の流れは印象に残っています。
 ……いえ、モブトレーナーの名前なんて記憶しながらプレイする人がどれくらいいるのかは存じ上げませんが……。
 作中ではカントーの手持ちを優先させていただきました。
 なんというかこう、私的に、模範的なエリートトレーナーっぽい雰囲気なんですよね。この人。

・FRLG(チャンピオンロード)
:ピッピ、プリン、ペルシアン、ジュゴン、ラッキー

「強い相手を求めるのはトレーナーの宿命よ!
 ああッつよい!
 厳しい戦いを続けて本当の強さが身につくわ」

・BW(チャンピオンロード)
:エルフーン、ゼブライカ

「ポケモンリーグに行く前の腕試しさせてもらうわね!
 ……あたりまえだけど 上には上が居るのね……」

・BW2(チャンピオンロード)
:クイタラン、デンチュラ

「あなたの雰囲気、2年前のあのトレーナーみたい……
 優しく厳しい所があのトレーナーにそっくり!
 あのポケモントレーナーいまごろどうしてるのかな?」



 ▼エリートトレーナーのカレン

 調べれば他にも出てきそうな名前ではありますが、とりあえずHGSSに出演していたお方。
 「台詞が印象的枠」で選出と相成りました。前回登場時には紹介をしませんでしたが、技に詳しい(というか詳しそう)なキャラでして、ここで解説役となる予定だったでした。
 ……ええ。学生トーナメントの予選にオーキドさんを呼ぶのも気が引けてしまったもので……

・HGSS(フスベ下道路)
:マリル、カメール、カメール

「ポケモンで戦う時あなた何か考えてる? むやみに強い技を命令するだけじゃダメなのよ
 ……わたしのまけね。そうね余り強すぎる技は好みじゃないわ。
 勝負は勝ちたいけど別にポケモン傷つけたいわけじゃないもの」



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1996/冬 大会予選2試合目

 

 

 

 さてさて。

 強トレーナーたるアンズさんとのバトルが控えているとは言え、足元をすくわれていては元も子もない。なにせこの総当り予選は、勝ち抜けるのが1人だけなのである。

 だとすれば、1敗が明暗を分ける……1戦たりとて落とせないバトルになるのは間違いない。なのでオレは、休憩時間を利用して次の対戦相手、エリトレクラスのヒカルさんについて作戦を最終確認しておくことに。

 大会中は基本的に1人で行動することになる。食堂から直接次の会場に向かったユウキとは分かれたオレも例に漏れず、各々が試合を消化し出入りの激しい控え室の喧騒の中、トレーナーツールを広げる。

 動画は保存されていない為、手元で前試合のスコアを眺めつつ、対策を練り……しかし。

 オレはすっかりハマッた「ツボツボ製きのみジュース(どろり濃厚モモン味)」を片手に、思わず疑問符を浮べてしまった。

 

 

「……このモンジャラ、なんでこれで倒れないんだ……?」

 

 

 ヒカルさんの手持ちポケモンはモンジャラ、ダルマッカ、キャモメの3匹。

 その内、特にスコア中のモンジャラは、どう考えても倒れるダメージを受けても、何故か戦闘不能にならないのである。

 バトルの相手だったアンズさん(毒タイプ)との相性の悪さが際立ち、バトル自体は負けてしまったものの、そのアンズさんですらモンジャラによって2匹を突破されている。毒タイプで固めていないオレとしては、早急に対策を練らないとな。

 

 まずはレベル。

 セキエイ高原での夏大会を教訓にして……なのかは知れないが、公式の大会の場合、選手登録の際に「最新のレベルを登録すること」とバトルの前は「体力を回復させる事」が義務付けられることになった。上級科の学生大会も同様の仕組みを取り入れているため、あの時のように間違えられるという事もなく、レベルもしっかりと判明している。

 少なくとも一戦目の直前、ヒカルさんのモンジャラはレベル23。ダルマッカは21。キャモメは20。

 対するオレの手持ちはと言うと、イーブイ(アカネ)が14、マダツボミ(ミドリ)が20、クラブ(ベニ)が24という並びぶり。

 ……だがしかし、オレの手持ちにしてもヒカルさんの手持ちにしても、今大会に参加した学生の平均的な値を大きく飛び出しているわけではない。これだけでモンジャラの固さを説明しろといわれると大変に困った事になる。

 ショウの言う所の育成技術……「ポケモン個別のバトルに関連した身体能力及び反射能力における基礎数値点」だっけか? あれについても、時間をかけて調整でもしない限りは、そこまで強大な影響力を与えるものではないらしいし。

 

 

「だとすると……うーん」

 

 

 こういう時に着目するべきなのは、「スコアに明記されない要素」だ。スコアに記されない要因ならば読み取れないのも頷けるしさ。

 こうなるといよいよ「仕組み」について詳しいエリトレの授業が役に立ってくる。

 公認のバトルスコアにデータとして集計されないのはポケモンの「特性」、ポケモンの「疲労度」、手持ちの「道具」、そして「トレーナーによる技術」といった辺りだ。

 「特性」に関してはポケモン個々による差があるため、読む側が読み取るしかない。特に先日ショウなんかが言っていた「ポケモンの原生に近い特性」もあることだし。

 

 

「とはいえ特性が戦況に関与した場合は、前後の流れを見れば判断できるはず。……これは主要因じゃないとしておいて、次にいこう」

 

 

 「疲労度(PP)」に関しては、確かに疲労した状態で技を放つと威力は減退する。

 その上限の判断はかなり難しいけど……ただこれも、技の種類や回数で減り具合の予測はできるんだよな。このバトルにおいて、モンジャラは相手の「疲労度」を増す技は使ってないと思う。

 というかそもそも、そういうのはゴーストタイプの十八番だ。モンジャラで使う要素は薄いので……次だな。

 

 

「でも次。道具……道具、なぁ」

 

 

 「道具」は今も次々と新しいものが生み出されている最中だ。ただその中でも、ポケモンに持たせるものとなると数は限られてくる(・・・・・・)

 各タイプの技を少量ずつ強化する「能力UP持ち物」か、消費される「木の実」。それに「光の粉」みたいな「身体強化アイテム」(語弊はあるけど括りとして)もその1つ。

 

 

「確かに、大会の前には道具の回収が流行ったけどさ」

 

 

 実はポケモンの育成とは他に、道具の回収も各自トレーナーに委ねられている。道具の種類がバトルの結末を左右しかねない昨今、各学生たちも躍起になってお目当ての道具の取得に走っていたというエピソードがあったりするのだ。因みに、木の実を求めて園芸サークルを訪れるトレーナーを狙い、ナタネサークル長は荒稼ぎしていた。勿論それらは来期の活動費になった。

 さておき。

 ……モンジャラの固さの原因が道具になると仮定すると、かなり範囲が広くなって断定できないけど、モンジャラにオレの知らない身体強化アイテムが持たされていた可能性は十分にあるな。考えには含めておこう。

 一応、今回の大会では、決勝トーナメントに進むとトレーナー側からも道具の使用が許可される。「いいきずぐすり」、「各種状態異常なおし」、「各種能力アップアイテム」。この中から2つを選んで使用できるようになるのだ。

 予選で使えないのは恐らくスポンサーの方針。ただこれも、予選の内には関係ないのでさておいて。

 

 

「最後、トレーナー技術か」

 

 

 「トレーナー技術」というのは眼力や戦況観察能力、それにエスパーや千里眼といったトレーナー側の固有能力を含むその他の要員の事。ルリでいう「サイン指示」やミィの「教え込み」もこれにあたるだろう。

 ……秘密のトレーナー技術で被弾率を下げている? それはかなり難しいような気はするんだけどさ。

 ただ、トレーナー技術によって「技を出していないようにみせる」ことは出来る。様は「技の出だし」を悟られなければ良いのだ。

 『リフレクター』や『ひかりのかべ』なら、気付かせないように張れれば……会場に居れば薄い光の壁(見辛い)も視認出来ない事はないが……スコアの中には表記されない可能性もある。イツキなんかは得意だな。これは。

 あとは、偶発的に急所にあたったとかも明記はされないけど……それについては以前よりも(多少)改善された電光掲示板のHP表示機能がある。そもそもモンジャラが倒れない原因とHPが多めに減る要素(きゅうしょにあたった!)を無理やり関連付ける必要はないので、これについてはさて置き。

 

 

『シュン選手、ヒカル選手。会場準備が終了しました。ご入場ください』

 

 

 まだというか勿論というか、結論までは達しないうちに、ウグイス嬢の無機質な声が会場の控え室に響き渡る。

 とはいえ結論を出そうと思っていたわけじゃない。オレは早速と腰を上げ、出口を潜る。通路をすぐに右折すると、もう会場の入口が見えている。

 タマムシ大学が所持している闘技場はかなり広く、豪華な設備のものだ。特に決勝トーナメント用の闘技場など、セキエイ高原のそれと比べても規模は見劣りしない(セキエイ高原はそれを「幾つも」備えているが)。

 落ち着いた色の通路を直進していると、隣の通路からエリトレの女子生徒が合流した。

 ……美人さんだな。だとすると、恐らくは。

 

 

「―― 貴方が相手の人? シュン君?」

 

「はい。宜しくお願いします、ヒカルさん」

 

 

 小さく頭を下げるオレ。ただ、対戦相手のヒカルさんと思われる女子は、此方を一瞥するとすぐに視線を前に戻してしまった。いやさ。返事が無いのでヒカルさんだって確定できない。

 思わず言葉に詰まる。緊張なのか、はたまたコミュニケーションを取らないタイプのキャラなのか。ついでにどちらもか。

 ヒカルさん(多分)は真っ直ぐに前を見据えたまま、唇を小さく動かす。

 

 

「……宜しく。でも、あたし達が勝つわ」

 

 

 おぉう。キャラだった。強力ですね!!

 オレの知る限り「宜しく」には手心を加えるだとか、そういう意味は含まれていないはずなのだが、ヒカルさんはどうも真面目に言っているらしい。

 整った顔立ち。艶のある青色の髪。左端にひと括りにされたサイドテールが揺れる揺れる。

 そして、この発言。 

 

 

「勝って、この愛情を示してみせる……!」

 

 

 そんな呟きを残して、ぽかんとするオレを置き去りに、闘技場へと駆け入ってしまった。

 ……成る程。これは、ユウキの言う通りだ。残念な人だ。

 

 

「バトルに執着してる……っていうか、勝ちに執着してる? いや、なんか、もっと別の……」

 

 

 な、気がするものの。オレの目の前にも階段が見えてきていた。ここを登ればバトルスペースである。

 ヒカルさんの事情は後回しだ。実力的に考えて、アンズさんもサヤカさんに勝利するであろう。オレもここで負けているわけには行かないし。

 

 

「……行くか!」

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 バトルスペースに入ってトレーナーカードを機械に提示するとすぐさま、電光掲示板にオレとヒカルさんの顔写真が表示される。

 同時に、準備時間2分のカウントダウンも開始される。ポンポンポンというボール同士がぶつった様な音をたてながら、互いのポケモンの種類と数が並んだ。

 

 

・ヒカル

 

 Θ(空)

 Θ(空)

 Θ(空)

 Θモンジャラ

 Θダルマッカ

 Θキャモメ

 

『HPバーの円環表示』

 

 Θクラブ(ベニ)

 Θマダツボミ(ミドリ)

 Θイーブイ(アカネ)

 Θ(空)

 Θ(空)

 Θ(空)

 

・シュン

 

 

 といった具合である。因みに、ポケモンの並びは単に登録順だ。

 オレらトレーナー側からしてみればより多くの情報が欲しい、簡易的に過ぎないものだが、観客やお偉いがたからしてみればこれで十分だろう。それに画面が情報の漏洩……互いの戦況に殆ど関与しないという点についても評価が出来る。これもあの日、夏の大会でショウが働きかけをしていた成果の1つなのだそうだ。

 

「(言っても、未だに怪しい技術らしいのであまりあてにはしないけどさ)」

 

 減ってゆくカウントダウン。視線を戻し、改めて正面をみる。

 バトルスペースの更に奥。トレーナースクエアに立つヒカルさんは、目を伏せたまま静かにバトルの開始を待っている様だった。

 オレも改めて対策について考える。要するに、大事なのは「組み合わせ」。戦うポケモン同士の相性だ。このポケモンにこのポケモンをあてる、というのさえ上手くいけば十分に勝利できる相手。

 ただそれは、相手にしても同じ事。不気味なまでの耐久力を持つモンジャラが何処でくるか ――

 

 

『それではバトルを開始します。3、2、1

 

 ―― ファイトッ!!』

 

 

「頼んだっ、アカネ!!」

 

「勝つ、ふぅ……っ、モンジャラぁっ!!」

 

 

 《《ボウンッ!!》》

 

 

「モジャッ!」

 

 

 やや水庭が広いが戦況を左右するほどじゃないフィールドへ、同時にボールを投げ入れた。

 モンジャラがその場にどさっと。

 

 

「ブィ、ィッ」ササッ

 

 

 対して、アカネはバックステップですぐに距離を取った。

 いきなりモンジャラか!! との思いはあるもののそうも言ってはいられない。視線は戦況に残したまま。

 出るなり、互いの技が飛び交った。

 

 

「ブィッ」

 

 《……くぁぁぁ》

 

 

 アカネが開いた口に釣られるように白い煙があがる。先制の『あくび』だ。

 

 

「モッ……モッ……」

 

 《ズッ》

 

 

 が、しかし。

 対面である。

 

 

「―― モジャァァァン!!」

 

 《―― ズモモモモモモッ!!》

 

 

 蔦が絡まりあったモンジャラの身体が、一気に膨れ上がっていた!!

 

 

「ブィ!?」ビクッ

 

「予定通りに行くぞ、アカネ!」

 

 

 オレは動揺は見せず、アカネに仕掛けを指示していく。

 ……見た目はあれだが、大きくなったのはモンジャラの『せいちょう』だ。多分。

 しかしつまり、ヒカルさんは此方の「得意な戦法」を理解しているのだろう。

 

「(晴れ下での『せいちょう』は、攻撃も特殊攻撃もかなりパワーアップさせるものなぁ)」

 

 モンジャラに対応する策は幾つかある。その内の1つがミドリの『ウェザーボール』だ。天候「晴れ」における『ウェザーボール』は、炎タイプの技になる。モンジャラには効果抜群という訳だ。

 そして、オレのパーティにおいて天候変化の分岐点となっているのがアカネ。

 つまりヒカルさんは、此方が「晴れにするであろう」と予測して、カウンター……つまり「相手が変えた天候を逆手にとって利用しようとした」のだ。

 ただでさえこのモンジャラには防御力がある。攻撃力を補おうというのは、エースという考えからしても至極当然。当の本人は息が荒いものの、ヒカルさんが冷静にバトルを進めようとしている証拠なのだろう。

 だとすればオレも、全力は尽くさなくちゃいけないな……と!!

 

 

「ふぅ、ふぅっ。……次よモンジャラ! 『つるのムチ』ぃ!!」

 

「モジャァンッ!」

 

「後ろに飛んで『にほんばれ』だ、アカネ!」

 

「ブ、ィィ」コクコク

 

「……ふぅ……ふぅ、ここで、ふぅ、『にほんばれ』……?」

 

 

 此方の指示に、ヒカルさんの顔がちょっとだけ疑問に染まる。

 モンジャラ……というか、ポケモンにおける草タイプというのは、天候「晴れ」によって様々な恩恵を得ることが出来る。その中でもモンジャラはミドリと同じ『ようりょくそ』を特性として持っており、晴れている間は素早さがアップするのである。

 ただでさえたった今、逆手に取ろうとした天候。しかも「晴れ」は後続のダルマッカの炎技をも手助けする。こちらが不利になる要素は満載だ。

 ……けどな。これこそ、トレーナーの腕の見せ所だろう!

 

 

 《シュルルル……》

 

「ブ、」

 

 《バシィッ!!》

 

「ブ、ブィッ!?」

 

 

 後ろに飛んで出来る限り勢いは減退させたものの、『せいちょう』によって大きくなっているモンジャラの蔦は凄まじい攻撃範囲を見せ、アカネを奥まで突き飛ばした。

 ごろごろと転がり、茜色の体毛を土色に汚したアカネを、素早くボールに戻し。

 

 

「こっちは戦闘不能です!! ……ありがとな、アカネ」

 

 

 そう告げると、掲示板の表示……イーブイの顔を表示している部分に×印。

 その性格上、アカネはサポートに積極的だ。直接の攻撃はあくまで最終手段の奥の手であり、ミドリとベニの攻撃によってそれを補っていくのがオレのパーティの戦い方でもある。

 ……ただ、それって、つまりはアカネはやられ役みたいな感じになるんだよな。勿論そうならないための手段も用意はしてあるけど、それは「今は」使えない。そもそも幾ら強くなったとしても、こういう競った試合になるとどうしても負けは出てきてしまう。オレとしてはお礼を言う事しかできないのが口惜しい。

 

 

「……でも、次だな」

 

 

 これで負けたら尚更酷い有様になってしまうからさ。

 なので、再び前を向いた……の、だが。

 

 

「じぃぃぃ……」

 

「いやさ、流石にそんな視線を向けられても困るんですけど……」

 

 

 ヒカルさんから熱視線を浴びせられているとかさ!

 なんだろうな。観察されてる? いや、ボールに戻すだけで他には何もしていない筈なんだけど。

 ……うーん、判らないし、気にしたら負けか。オレは手早く次のポケモンを場に出すことにする。

 

 

「出番だミドリッ!」

 

「―― ヘナナッ!!」

 

 

 ひたっ! という音と共に根を地に着けるミドリ。

 相対したモンジャラは蔦の真ん中、瞼を眠そうに開け閉めして ――

 

 

「……モジャ、ぐぅ」

 

 

 ついにその瞼を、閉じた。

 1ターン目に使用したアカネの『あくび』による効果が現れたのだ。

 

 

「くっ……」

 

 

 ヒカリさんが唇を噛むものの……バトルは再開されているぞ。

 この隙を、逃さず!!

 

 

「『せいちょう』だ、ミドリ!!」

 

「ヘッ……ナァァ!!」

 

 

 両の葉っぱを広げて陽光を集め、葉っぱと茎、それに蔦が一気に大きくなる。

 ここでヒカルさんがようやくと、理解に及んだという顔になった。

 

 

「―― 攻撃順を、ずらされ(・・・・)てるの!?」

 

 

 大声で叫ぶものの……そう。

 『あくび』で隙を作って「積み技」を重ね、ポケモンの突破力を跳ね上げるというコンボ。これは大会でもよくよく見かけるメジャーなものだ。

 ただオレは今回、相手のモンジャラをも強化する可能性があったとしても、『にほんばれ』を「使用しなければならなかった」。

 かなりの固さを誇るモンジャラを打ち破るにはやはり『ウェザーボール』を使用したかったというのがその種。ただでさえもう1匹のエースであるベニは、水タイプだしさ。

 モンジャラは物理攻撃に耐性がある。特殊攻撃で攻めたい。でも特殊相手だとしても「謎の固さ」がある。だから此方がパワーアップしておく必要がある。

 これらの面倒な条件を満たす為にどうするか? 答えは簡単だ。

 

 トレーナーの組み立てによって、特性や技が有効な順番の噛み合わせ(・・・・・)ズラす(・・・)

 モンジャラが強くなるなら、ミドリはもっと強くなっていればいい。

 相手が動けない……眠っている内に、此方だけがパワーアップしてしまえばいい!

 

 

「ミドリ、『ウェザーボール』で仕留めるぞ!!」

 

「ヘナァッ!!」

 

 

 《シュボッ》――《ズ、》

 

 《《 ゴオォゥッッ !!》》

 

 

 赤色を帯びた球体が1度浮かび上がったかと思うと、モンジャラ目掛けて落下。

 辺りにおびただしい熱エネルギーを振りまきながら、炸裂した。

 

 

「くっ……目を、目を覚ましてモンジャラ!?」

 

「モ、ジャ……!?」

 

 

 砂煙が舞う中。炎攻撃を受けて、眠っているとは言い難いが、まだ寝ぼけ眼ではっきりとは動けないでいるモンジャラ。

 ヒカルさんはモンジャラの「固さ」を信頼し、戦術の軸に据えていた。だからこそ『あくび』をかけられても換えなかったのだろう。

 けど、固さをも突破する攻撃力……晴れの状態における『せいちょう』で抜群にパワーアップしたミドリに対応できていない。思考から(・・・・)して、後手に回っているのだ。

 今からでもモンジャラをボールに一旦戻すというのも手だが、その場合、折角目を覚ましかけている状態がリセットされ、またボールの中で眠りについてしまう。

 相手にして見ればここで突っ張るか、戻すか、悩む場面だな。

 ……とはいえ今の一撃で倒れない辺り、ヒカルさんのモンジャラは本当にタフだ。

 でも、だから、単純に……何度でも!!

 

 

 《ュゴォォンッ!!》

 

「……ジャラァン……」

 

『ヒカルさん、モンジャラ、戦闘不能!!』

 

 

 眠気が残っているうちに3度の『ウェザーボール』を受けて、モンジャラは遂に倒れた。

 ……ふぅ。よし。これにて関門突破、だな。

 

 

「ナイス! このまま突破してやろうぜ、ミドリ!」

 

「ヘナッ!」ピシィ

 

 

 フィールドでゆらゆら揺れるミドリと、サムズアップ&敬礼を交わしておいて。

 ……つまりオレはモンジャラへの対応策について、固さの原因については深く考えない事にしたんだな、これが!

 知らない事は知りようがない。なので相手を、「凄く硬いモンジャラ」と想定して動いた。あとはどう突破するかを考えるだけ、という単純な流れなのである。

 まぁ、結果よければ全てよし。モンジャラを突破することは出来たので、あとは仕上げをごろうじる(・・・・・)べき場面となったな。

 

 

「ふーぅッ……! ふーぅッ……!! ……出番だよっ、ダルマッカ!!」

 

「―― マッカッカ!」

 

 

 ヒカルさん(いよいよ獣っぽい)が投じた緑色のモンスターボールからはダルマッカが現れた。赤い体色がぴょんと跳ね、素早くこちらに反転。向かってきた。

 確かに、「晴れ」ならダルマッカの炎技の威力が増す。ミドリは草&毒タイプ。相性としては悪くない。むしろ良い。

 ……でもそれって、あくまで「盤面上の話」なんだよな?

 

 

「ミドリ……『しぜんのめぐみ』!!」

 

「ヘッナッ!!」

 

 

 《ズワッ》――

 

 

 葉っぱの間で渦巻いたエネルギーが、ミドリの口の中に収められている木の実……「ズアの実」からもエネルギーをかき集め吸い上げて、土色に染まる。

 それをそのまま蔦で絡めとり、物理的に投げる!!

 

 

 ――《ビシュンッ!!》

 

 

「マッ……カ!?」

 

 

 《ズパァァァーンッ!!》

 

 

 此方に向かってきていたダルマッカよりも、素早く。鋭い音をたてながら、地面タイプの『しぜんのめぐみ』が直撃した。

 よっし、効果は抜群だ!

 目を回したダルマッカは、立ち上がることも叶わず。

 

 

『ダルマッカ、戦闘不能です!』

 

「っ!! ……戻ってちょうだい、ダルマッカ!!」

 

 

 ヒカルさん(憤怒の表情)は、丁寧な手つきでダルマッカをモンスターボールへ戻していた。

 顔は美人だけどオーラが怖いなヒカルさん。……確かに、思い描いたその作戦は成功しなかったんだろうけど……いやさ、確かに晴れていれば炎タイプの技は強力になる。ミドリに効果は抜群だ。

 けどさ。そもそもミドリを倒すのに「そんな威力はいらない」し……普段は別にしろ、晴れている間のミドリは『ようりょくそ』によってかなりの素早さを誇っている。ダルマッカに先手を取ることは十分に可能なのだ。

 相手のポケモンも、事前のバトルによって判明している。そもそも草タイプは炎に弱いので ―― だとすれば地面タイプの『しぜんのめぐみ』で迎撃するっていう予測は、難しい事じゃなかったからさ。これはジムリーダーも良くやっている作戦だってのは、ショウからの受け売りだけどな?

 さておき、兎に角。相手は最後のポケモンだ。

 

 

「くっ……。……出番よキャモメ!!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ピョォォッ!」

 

 

 ヒカルさんが苦々しい顔をしながらも投じた最後のボールから、キャモメがフィールドに現れる。翼をパタパタと動かして旋回すると、弧を描きながらミドリへと接近し始めた。

 ……オレとしてもこの試合は、ミドリで勝ち抜きたい、経験を積ませたい(・・・・・)バトルだ。

 このまま、行かせて貰うぞ!!

 

 

「命中を重視して……『つるのムチ』!」

 

「そのまま『ちょうおんぱ』!」

 

 

 直接うち合っては勝てないと踏んでいるのだろう。諦めないヒカルさんは絡め手を指示し、キャモメはそれに従う。

 ただ、今のミドリは攻撃力も素早さも規格外のそれだ。キャモメはあっという間に絡みついた『つるのムチ』によって引き下ろされ、地面に落ちた。そこを(つる)二刀流のミドリが追撃する。

 

 

「トドメの全力だっ!!」

 

「へナァッ!!」

 

 

 ――《ビタァンッッ!!》

 

 

 威力を重視した『つるのムチ』が地面にキャモメを『たたきつける』。電光掲示板に表示されたHPバーがぐいと減った。

 動かない。ミドリが葉を振るって、敬礼する。

 

 

『キャモメ、戦闘不能。よってマダツボミの勝利です。バトル終了。……勝者、キキョウシティのシュン!!』

 

「ヘナッ!」

 

 

 ふぅ、と息を吐きながら結果に安堵する。これにて見事、2戦目も勝ち星が着いたことになるな。

 ミドリに「ありがとな」と声をかけながらボールへ戻し……うおっと。

 バトルの後は中央部で握手をするのがマナーなのだが、中央部で待っている人はどうもそんな穏やかな雰囲気ではないな。ヒカルさんはバトルの最中にもみせた、あの「視線」で此方を伺っているのだ。

 オレはやや駆け足に歩み寄りつつ。開口一番。

 

 

「……素晴らしい試合運びでした。でもこれ、どこから計算していたの?」

 

 

「どこから、と聞かれると返答に困るけどさ。……最初から、かなぁ……」

 

 

 ヒカルさんの質問に引っ張られる形で、オレは自分の頭の中にバトルのスコアを描いてゆく。

 ……こうして振り返ってみても、『にほんばれ』を(キー)にした攻防。戦略的なカウンターに次ぐカウンター。綱渡りにも近い戦法だったな。

 なにせ、もしも下手をうっていれば……『にほんばれ』を初手にしていれば。素早さ攻撃ともに上昇した(しかも防御力もある)モンジャラによって、此方が蹂躙されていたかもしれないのだ。

 それはもう、モンジャラを突破するどころの話じゃあない。

 

「(でも、それでも、勝ったのは此方だ)」

 

 狙い通りにターンをずらして強化されたのはミドリ。この辺りを調節して見せる事こそが、トレーナーの役目なんじゃないのかなと。なぁ。思うのだけど。

 

 

「……そうね。指示を出す事だけがトレーナーの仕事じゃない。それは勿論、判ってる。でも……あたしはやっぱり、勝たせてあげたいのよね……」

 

 

 うーん。

 ヒカルさんの勝ちに対する執着心はどうやら、ポケモン達に勝たせてあげたいという部分から来ているらしいな。

 

 

「それ、勝たせてあげたいっていうのは良いんだろうけどさ。でも別に、ポケモンの為にっていうなら……」

 

「だから、よ。バトルに勝つと、ポケモン達、喜んでくれるよね?」

 

 

 ……。

 …………うん?

 いやさ、喜んではくれるだろうけどさ。それは色々おかしいと……というか通じてますか日本語。

 

 

「あたし、だから勝ちたいの。だってポケモン達、喜んでくれるでしょ?」

 

 

 などと言いながら、ヒカルさんは心底不思議そうな表情で小首を傾げた。

 

 ぅーぉぅ。随分と歪な愛情表現ですね、それは!

 

 とは、勿論口には出さなかったが、頬が引きつってしまっているのは多めに見ておいて欲しい。

 間違いない。オレじゃあ説得の時間が足りないし、そもそも説得できるのかも怪しい。こういうのはショウの手合いだろう。アイツなら変人同士よろしくやれるはずなので(ぶん投げ)。

 

 

「……キミがそう思うんなら、それで良いんじゃないかな」

 

 

 君の中では、だけど。

 などという日和った返答に終始していると、ヒカルさんは向かいで眉をひそめた。

 

 

「まぁいいけど。……次の試合こそは、勝ってやるんだから……」

 

 

 抑揚のない声でそう呟きながら、通路の奥へと歩き去っていったのだった。

 

 ……。

 

 ……いやさ、怖い怖い!

 

 なんというか、バトルは終わったって言うのに、新たな火種を増やした気がするのは気のせいなんでしょうかと!!

 

 









 誰ですかパラスのこと千代ちゃんって言ったの!
 (そうとしか見えなくなってきた)


 とまぁのっけからあれですが脳は沸いていません、駄作者私。
 探検隊を買いたいですが、モンハンクロスとかも……。いえ。2ヶ月も間が開いてはいるのですけれどね。時間という物は激流のようなものでして……(何。


>>堅くて硬くて固いモンジャラ

 「原因」と書いて「種」と読み、「伏線」とルビが振られては「理由」に連なる(ややこしい)。
 そんなモンジャラの硬さについては明言しませんでした、わざとです。
 ……いえ、方々にはバレバレかと思うのですが、展開の都合上、一先ずはおいておいてくださると助かります。私が。
 …………それとここで説明しない事によって解説に使う文章が減った(後に回された)ので、やっぱり私が助かりました。ありがとうございます。


>>ポンポンポンというボール同士がぶつった様な音をたてながら、互いのポケモンの種類と数が並ぶ。

 その後の文章風味の図式も含めて、紙とかを気にせずこういう無駄表現が出来るのがネット書き物しかも二次創作の良い所だと思っていたりなんだり。
 普通ならページ配分とか、区切りとか、そういうのを考えなければならないところを、ゲームの表現を好き勝手に入れるだけで形になるのですよねー。
 因みに図式はアニメ方式。今年の映画は映画館に見に行くことができず悔しい思いです。
 ……いいですよ。別に。だって私、まだディアンシーの厳選終わってませんし(ぉぃ


>>威力を重視した『つるのムチ』が地面にキャモメを『たたきつける』

 あまり深く考えてはいませんが、ある意味では重要な一文。
 ログホラだとかSOA(そんなオカルトありえません)だとかなら、多分ここから主人公が開眼するとか。しないとか。口伝だとかスキルコネクトだとか。ですがそういう伏線では(まったくもって)ありません。
 要するに「技」というものの境界が概念的で曖昧だという話です。
 ……あ、その話は既に秘伝技の説明とかPPの説明でしていますが!(うっかり


>>新たな火種を増やした気がする

 気のせいではありません。
 ですがそれは遠い未来、別の場所(本編主人公)に降り注ぐ火の粉です(ぅぉぃ




 ▼エリートトレーナーのヒカル

 BW2のチャンピオンロード周辺にて、素通りも出来るほど端っこのほうにいるお人。
 採用基準は、どちらかと言えば台詞が印象的枠。こういう尖った人は好きですね。破滅的で。
 この(尖った穿った)考え方は「あの集団」に属しているトレーナーの方々に多いので、本作に置きましては、この人も「そういうこと」に設定してあります。BW2のチャンピオンロードには沢山いますしね。同じく「そういう」トレーナーの方々。
 ……しかしBWシリーズに日本的感覚でいう変人が多いというのは、やはりそういう事なんですかね……(どういう事だ

 BW2:ヒヒダルマ、モジャンボ

「あたしは勝利することでポケモンへの愛を示したいの!
 負けちゃったらポケモンへの愛情を示せない!
 あたし……勝つこと以外にポケモンへの感謝をいえないの。どうしたらいいのかしら?」


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1996/冬 大会予選 勝ち抜け決定戦・上

 

 

 かくしてヒカルさんとの試合を終えたオレは、ポケモン達のコンディションチェックを済ませると、早速次の会場へと脚を向けた。

 本日も3試合目。時刻も夕方に近くなっている。とはいえ予選の最終試合が詰まっているため、どこかしこへ急ぐ人によって往来は相変わらず混雑していたり。

 既にバトルスペースのまん前にまで移動したオレは、そんな人ごみの中、壁に寄りかかりながらこうして入場時間までを待機しているわけなのだが。

 

 

「……それで対戦相手が隣にいるっていうのもさ、どうなんでしょうと」

 

「む? ……それはあたいも思わないでもないけど……」

 

 

 オレの言葉を受けて、隣で壁に寄りかかっている次の対戦相手 ―― アンズさんが唸った。

 まぁ、率直に言うと、ばったりと鉢合わせしたんだよな。2人とも開場と同時に入るつもりだったらしく、こうして並んで待っているという状態に落ち着いたのである。

 しばし目を閉じて唸っていたアンズさんは、目を開くと同時に頷く。

 

 

「しかしあたいもシュン殿も、別に互いにいがみ合っているわけでもなし。構わんでござろう」

 

「……ござるって本当に言うんだ」

 

「ござる」

 

「しかも単品!」

 

「拙者ござる」

 

「日本語なのだろうかそれは」

 

 

 「拙者」と「ござる」を交互に連呼しながらこくこくと。ノリノリだなアンズさん。

 ……なんだろうな。聞きなれない一人称、それに語尾。それもアンズさんには似合っているから構わない……とはいえ、エリトレの制服ではない彼女、この闘技場の中じゃ目立っているんだよ。隣に居るオレにも視線はちょいちょい向けられる。

 自由気ままなエリトレクラスとはいえ人数が人数。グループも細分化されている。オレ自身も、こうしてアンズさんとゆっくり話す機会は殆どなかった、のだ、けれど。

 

 

「だとしてもこれは、悪目立ちに入るんじゃあないですか……と思うんだけどさ」

 

「……む。あなたもあたいが『忍びなのに忍んでない』などと突っ込みを入れるでござるか、シュン殿?」

 

 

 仕方が無くないか。そして正しい意見だと思う。だってアンズさんのエリトレ制服をブッチした格好……いわゆる「くの一」染みた衣装は、清く正しく目立つからさ。

 忍びなのに忍んでない。オレは口にしていないが、心境的には正しくその通りだ。同感である。ただ。

 

 

「でも、その突っ込みはショウっぽいですねー」

 

「左様。忍びなのに忍んでいない……と、ショウ殿がお父上に向かって良く突っ込みを入れるでござるよ」

 

 

 おっと。オレとしてはかなり適当な発言だったのだが、アンズさんから予想外の応答が返ってきたな。

 アンズさんのお父上は有名だ。惜しくも四天王の座を逃したセキチクシティのジムリーダー、キョウさん。

 キョウさんは毒ポケモン使いの忍者というイメージそのままなお人なのだが、毒タイプを最大限に生かしたジワジワくる戦法と、忍者らしい奇抜さを備えた戦術を大胆に組み合わせてくる。リーグ上位の実力を持つトレーナーである。

 そしてその娘であるアンズさんも、バトルの腕は確かなんだよな。アンズさんも例に漏れず忍者の毒使い。戦法は流石に彼女自身が組み立てるものではあるのだが……

 ……ここはそれよりも、気になった点が1つ。いやさ。

 

 

「だとすると、アンズさんもショウとは幼馴染になりますか」

 

「……拙者とあの御仁の関係の場合、その言い様は恐れ多いというか、語弊があると思うでござるが……まぁ、世間的なイメージとしては『幼馴染』で間違いないのでござろうな。ショウ殿と、それにミィ殿も。彼らは仕事でセキチクシティを度々訪れていたために、あたいが幼い頃は、迷子の案内やお父上との取次ぎ。それによくよく遊び相手になってもらったものでござる」

 

 

 懐かしむような表情で、アンズさんはそう言うものの。

 ……迷子の案内に父上との取り次ぎ、それに遊び相手て。キミら、同い年だよな? オレと同年の11才。

 まぁそれも、ショウとミィなら(それはもう十分に。光景がありありと浮かぶほど)ありえる話ではあるんだけどさ。

 

 

「だからショウ殿には、幾度か説教を挟まれた事も……。……む」

 

「どうかしましたか?」

 

「そろそろ開場の様子。あたいは先に入場するでござるよ。……とはいえ」

 

 

 アンズさんが口を閉じると同時。扉の側へと一歩踏み出して、振り返る。

 父親に似たそれではなく、口調を、自身の少女然としたものに変えて。

 

 

「……実はあたい、キミとのバトルは楽しみにしていたんだ。よくよく知っているからね。なにせキミはあのショウの友人だから、さ!」

 

 

 口元を黒い布で覆い隠しておきながら、アンズさんはこちらを見て笑った。

 かとおもうと、くるり。素早い動作で反転。

 

 

「では。宜しく戦おう、でござる。―― これにて御免!」

 

 

 屈みこんだかと思うと、なんかこう手元で印を結んで「シュッ」という音と共に消え去っていた。

 どこへ行ったんだろうな物理法則!

 ……しかし実は「あなぬけのヒモ」を利用したりすると案外再現できてしまったりするので、まぁそんな感じの種があるのだろう。孤児院でみかけた、悪魔的な音さんの付き添いの人も、あんな感じで消えてたしさ。最近じゃあ空を飛べるスーパーシューズもある事だし。

 開場の様子を察知したアンズさんが消えて、数秒。

 

 

「整備が終わりましたー。開場しますよー」

 

 

 第5~8屋外バトルスペースの入口が開き、受付のジョーイさんが声を出した。

 どうやらアンズさんの勘の通り。整備……対戦毎にバトルフィールドがランダムに選ばれる……が終わったらしい。その脇では明らかに疲労した作業員っぽい人が息を荒げて壁に寄りかかっているのだが……大人の皆さんご苦労様です、と。

 オレは頭を下げながら潜り、入口の脇の機械で生徒証(トレーナーカード)を認証して、いよいよバトルスペースへと踏み入った。

 

 

 

 Θ―― 屋外闘技場

 

 

 

 本戦となると放映が始まるため別だが、予選会場は屋外のバトルスペースで統一されている。

 1戦目のサヤカさんは通常屋外。

 2戦目のヒカルさんは屋外(やや)水多め。

 今回も例に漏れずフィールドが選ばれているわけなのだが、はてさて、3戦目のアンズさんはというと。

 

 

「―― 森、か」

 

 

 オレは呟きながら周囲を見回す。

 バトルスペースだけではあるのだが、覆い囲むように生えた木々、それに生草。トレーナーからの視界は一応通るように出来ているものの、大変に見辛いフィールドとなっていた。

 これはアンズさん得意そうだな……というか今回はフィールド凝ってるな、これは準備に時間も掛かるはずだわ。とかなんとか考えていると、ふと、向こう側のトレーナースクエアの様子が目に映る。

 

 

「……うわっと。アンズさん、相変わらずぶら下がってるし」

 

 

 逆さまだよ逆さま。トレーナーズスクエアまではみ出した樹に、アンズさんがぶら下がっているのである。

 オレは思わず声に出して突っ込みを入れてしまうものの……いやさ。別にトレーナーがぶら下がっている事それ自体には違和感も無い。アンズさんだし。ジャパニーズニンジャだし。ただ、光景としてどうかとは思ったけどさ。

 少々の違和感と共に手元に視線を戻すと、本来は道具を遠隔使用するための「ミラクルシューター」の通信画面にバトルフィールドの映像が映し出されていた。視界の悪くなるフィールドではこの画面を使って、横90度からの映像も視認できる仕組みであるらしい。

 これ、使う余裕があるかどうかは判らないけどなぁ。その辺りは臨機応変にいくしかないってことにしておこう。

 周囲確認、周囲確認……と念入りに辺りを見回していると、掲示板では既に、カウントダウンが開始されていた。またもデフォルメされたボールが積み上がる。

 

 

・アンズ

 Θコンパン

 Θアーボ

 Θベトベター

 

・シュン

 Θクラブ

 Θマダツボミ

 Θイーブイ

 

 

 アンズさんのポケモンには大きな変化はない。ってか変えたら駄目なルールだから当然だけどさ。

 オレもモンスターボールを覗いて、手持ちのテンションを確認しておくか。

 

 

「ついでに準備を……って、うん?」

 

 《ガ、ガガッ》

 

 突然、電光掲示板のスピーカーが鳴りだしていた。

 なんだ? 今まではジャッジの機械音声しか使っていなかったのに。

 急な知らせの様子に、若干身構える。が。

 

 

『さて、そろそろ時間も丁度良いですし、予選最終戦の解説を……と、いかがしましたかカレンさん?』

 

『ああいえ、面白そうな組み合わせがあったもので』

 

『どれどれ……ほほう。アンズ選手とシュン選手、グループDの最終試合。総当り戦はどちらも2勝、これが事実上の予選通過者決定戦となる試合ですね。折角なのでこの試合をピックアップして解説をしましょうか?』

 

『おや。興味はあるので解説させて貰えるのは嬉しいですが、番組側としては良いのですか』

 

『もち、ダイジョブですよぉ! 全部を同時に解説するのは土台無理ですし、解説をしないならしないで、どうせわたしとアオイちゃんとでハイライトを見ながら駄弁るだけですからねぇ』

 

『そうですね。という訳で、この試合をピックアップして解説していきましょう』

 

『ありがとうございます』

 

『いえいえ。では、スピーカを回しましょうか』

 

『もう回ってますよーぉ!』

 

『なんで(↑)!? なんで(↑)そんな早いのクルミちゃん!?』

 

『ふっふのふ。そこはわたくし、エスパーに目覚めまして……あいえすいません。ごめんちゃ……ごめんなさいアオイ先輩。絶好調のプリムさんみたいな絶対零度の視線はやめてくださいよぉお願いですから!? 良かれと思ってやったんですってばぁ!!』

 

『相変わらずですねこの2人……。あ、そろそろカウントダウンが1分を切りますよ』

 

 

 いきなりのやり取りに、オレだけでなく向かいではアンズさんも若干の苦笑を浮かべているのは仕方ない事だろう。

 何をやってるんでしょうね、人気アナウンサー達!

 ……いや、別にいいんだけどさ。まだ準備中だし!!

 

 

『それでは……ドーモ、ミナ=サン。ニンジャだけどスレイヤーではない! セキチクテクシティが生んだ二代目忍者、アンズさん!』

 

『怪しいネタはいいからねクルミちゃんー』

 

『古事記にもそう書いてありますから!』

 

『いえ、書いていないと思いますが……』

 

『それはさておき、そのお相手! 夏のセキエイ遠征における大会であのイツキさんと互角の勝負を繰り広げたエリトレの期待株、キキョウシティのシュンさん!!』

 

『おや。以前から注目されていたアンズさんはともかく、シュン君についても随分と詳しいですね?』

 

『うっふふぅ。とある筋からの情報でしてね。私的には彼、注目選手なんですよぉ! ……とある筋って格好良くありません!?』

 

『というか、どうせ、あの人が関わっているから調べてたんでしょクルミちゃん』

 

『ネタバレは駄目ですよぅアオイちゃぁん!?』

 

『あの人……? ああ、そういえば青いのg』

 

『なんで通じるんですかぁカレンさんもぉっ!?』

 

 

 間を持たせるつもりなのだろう。相変わらずの明るさ(意味不明さ)で会話を引っ張るクルミちゃん。突っ込みつつも時折のってくる(悪のり)アオイちゃん。そこに、先日顔を合わせたこともある「技」研究者のカレンさんが常識的な合いの手を入れてくれている。

 ……これはこれで良い解説チームなんじゃないかな、なんて考えている内。駄弁りを聞いている内に、勝負開始のカウントが3をきった。

 

「(オレは2勝してるけど、アンズさんも2勝してる。ここで勝たなきゃ結局、予選は敗退だ。全力を尽くして、その上で勝たなきゃいけない)」

 

 うん。解説にややも抜かれた気合は入れなおしておこう。

 公認ジムの娘であるアンズさんは戦歴でいうなら今のオレよりも、確実に格上。強制はされていないのに自ら毒という専任タイプを持ち、それでも尚成績を上げてくる猛者なのだ。

 勿論、そこにこそ勝機を見出したい所でもある。上手く決まれば逆襲(・・)は可能だろう。

 

 

『―― バトル、スタートッ!!』

 

 

 最後のまとめを考え終えて、数字が0になると同時にスピーカーから大音量が。

 その音に被さる様にして、オレとアンズさんはモンスターボールを放った。

 

 

「頼んだっ、マダツボミ(ミドリ)っ!」

 

「先陣にござる、アーボっ!!」

 

 

 《《ボボゥンッ!》》

 

 

「ッシャァァボッ!!」クワッ

 

「ヘナッ!!」

 

 

 初手、アーボ VS マダツボミ!

 予想通りといえば予想通り。アンズさんはいつもの順番で来ているな。

 ……というのも、アンズさんには格上らしく「得意な戦い方」がある。ジムリーダー達が持っているというチーム戦法のそれだ。

 アンズさんの場合の得意戦術は、「毒の状態異常」を使用したもので……と。

 

 

『さあさぁ、遂にバトルが始まりましたが……あれぇ、アオイちゃんもカレンさんももの凄い見入ってますね?』

 

『ちょっと展開を予想していまして』

 

『これは……』

 

「ミドリっ、『まきつく』!」

 

「『睥睨縛り(へびにらみ)』でござる!」

 

 

 相手のアーボが特性「いかく」を発動させているため、此方は攻撃力が低下している。なので持続ダメージに切り替えて体力を削っていこうとすると、アーボからは『へびにらみ』。

 『へびにらみ』はアーボがかなり初期から覚えられる技の1つで、相手をマヒ状態にする技だ。

 アンズさんなのにマヒ? とは思うかもしれない。実際、アンズさんの得意な戦法は相手を「毒状態にすること」を前提としている。ポケモンにかかる状態異常は1つだけのため、マヒ状態にすると毒状態では上書き出来ないのである。

 ……ただ、オレのマダツボミ(ミドリ)は「草・毒」の複合タイプだ。毒タイプにはこういった利点が幾つかあるのだが、その中には自身が毒状態にならないというものもあったりする。

 だからこそアンズさんは、ここが「是が非でも突破したい場面」のはず。

 

 

「ヘ、ナァッ……!」

 

「シャァ、ボォッ……!!」

 

 

 しびれる体を押して、ミドリの蔓がアーボに絡みつく。

 最初に激突したフィールドの中央から動かず、相手が相手。そこから抜け出そうともがくアーボの蛇っぽい身体も相まって、いつの間にか『まきつく』合戦になっている戦況だ。

 最初に動くとすれば、アンズさん。逆さになっているアンズさんの目が開き……来る!!

 

 

「アーボ、『牙の陣(かみつく)』でござるよッ!!」

 

「頑張れミドリ、『しぜんのめぐみ』だっ!」

 

 

 アンズさんは予想の通り、アーボに『かみつく』を指示。先手を生かした「麻痺+怯み」戦法も加味しているのだろう。

 対するオレらはというと(前の試合に引き続いて)毒タイプに一貫して効果抜群である、地面タイプの『しぜんのめぐみ』。

 

「(ここばかりは運次第。頑張ってくれよ、ミドリ!)」

 

 蔓に巻きつかれたまま。

 アーボが鋭い牙を向き、ミドリが、葉っぱにエネルギーを集めながら迎え撃つ。

 

 

「―― シャァボッッ!!」

 

「ヘッ……ナ!!」

 

 

 《ガブッ》――《ズバァンッ!!》

 

 

 音が2つ。

 と、言う事はだ。

 

 

『―― 勝者、マダツボミのミドリ!!』

 

「ヘナッ!」ピシィ

 

 

 疲労(もしくは麻痺のせいもあってか)でちょっとふらふらしているミドリが、此方へ向けて蔓を巻き取りながらもぐっと葉を握る。

 よっし、流石はミドリ。なんとか怯む事もなく、アーボを突破してくれたな。

 

 

『さぁてさて……アーボ 対 マダツボミはマダツボミの勝利となりましたが……アオイちゃん? カレンさん? そろそろ試合の観察から、此方の世界というか解説に戻ってくれても宜しいのではないでしょうかーぁ!』

 

『あぁ、そうですね。……とはいえアンズさんのネタバレになるのでどこまで解説して良いものか……』

 

『ですよねー。いえ。アンズさんには得意な戦法があって、実行の為にここでマダツボミを突破しておきたかった、という流れだと思うんですよ。今のは』

 

『ほうほぅ? ……アンズさん、如何ですかー?』

 

 

 よりにもよってこっちに聞きますかクルミちゃん! フリーダムだなおい!?

 とはいっても確かに、相手の得意な戦法となると解説そのものがネタバレになりかねないっていうのは判る。

 今は丁度良く、次のポケモンの待機中だ。アンズさんの反応や如何に! と、オレもそちらに注目していると。

 

 

「ふーむ……どうせ相手はシュン殿。次の局面まで到達したら、解説してくれて構わないでござるよ」

 

『了解いただきました~ぁ』

 

 

 しかもオッケー出ちゃったしさ!!

 まぁ確かに、オレとしても戦法それ自体は知っている。アンズさんは今までの2戦をその戦法によって勝ちあがっているために、知らないとなるとその時点で、トレーナー側の予習不足感が否めないんだよなぁ。知っているのが前提というか、そもそも、知っている上でのバトルを期待しているというか。

 ……いやでも、それってやっぱり、アンズさんも「オレが戦法を知っている」って判断してるってことだよな? 許可が出たってことはさ。

 ああ。やっぱりショウの仲間ってだけで無条件にハードルが上がるのな……などと、考えていると。

 

 

「シュン殿。行くでござるよ!」

 

 

 此方に声を掛け、アンズさんが手裏剣ボールを指に挟んだ。

 因みに、手裏剣ボールは「ボールのデコレーション」として認められているため何の問題も無い。ボールをシールで飾るのも認められていたりするので……いややっぱり手裏剣は行き過ぎじゃないのか。

 

 

「次峰にござる ―― ベトベター!!」

 

 

 正しく手裏剣といった様相で、回転しながらボールが飛ぶ。

 何度も言っている気がするけど、ポケモンがボールから出た瞬間がバトルの再開の瞬間でもある。

 オレはその行方を注視して ――

 

 

 《シュルルル》――《バササッ!》

 

 

 ボールが木の茂みの中に、消えた。

 

 行方を一瞬見失う。開閉音も葉を掻き分ける音に混じって聞き取れなかった。

 ベトベターは彼女のエースたるポケモンである。

 ……これは、もしかしなくてもマズいっ!

 

 

「ヘナッ!?」

 

「来るぞっ、ミドリ!!」

 

 

 木々の陰と重なって。ボールの行方を捜して上を見ていたミドリの死角……後ろ足元から、にゅっと影が伸びる。

 んばぁっ、という感じに両手を広げて、影と同化したベトベターが顔を出していた。

 重そうな音とともに、粘着質な手が振りおろされる。

 

 

「後ろ、いただくでござるよ……忍法『潜影の術(かげうち)』!!」

 

「―― ベッタァ!」

 

 《ベタァンッ!!》

 

「ヘッ……ナァッ!?」

 

 

 不意打ち気味の攻撃が後ろから、急所狙いで直撃だ。

 アーボとのバトルで消耗していたミドリは、残ったHPを削られてふらふらと倒れ込む。

 

 

『マダツボミのミドリ、戦闘不能! 勝者、ベトベター!!』

 

「戻って休んでくれ、ミドリ」

 

 

 オレがミドリをボールに戻すと、向かいのベトベターはぶくぶく泡だっている。多分喜んでいるんだろうな。アンズさんも心なしか、逆さ吊るしの身体をぶらぶらしてるし。

 ……さて。遂に出てきたぞ、ベトベター。

 このポケモンこそが彼女の作戦の中核であり、エース足りうる突破力をも備えた相手。

 

 

「ならやっぱり、相手にとって不足なし……だな。さあ見せてやろう、アカネ!!」

 

「―― ブ、ブィ!」コクコク

 

 

 ボールを前へと投げ出す。

 姿を現したアカネと同時、再び戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 







 サブタイを「VSアンズ」にしようかどうか迷いましたが、やはり予選という部分を示しておかなければという事もあり、こうなりました。

 原作前に引き続き、作中で既にかなり説明されてますが、アンズさんは現キキョウシティジムリーダー、キョウさんの娘。HGSSで四天王となったキョウさんの後を継ぎジムリーダーになった御方です。
 HGSSでのイベントや台詞から察するに、結構勝気な性格である様子が窺えます。

 そして、ファザコンです(断定)。

 ……はい。いえ、行動言動の両面から見まして、断言しても良いかと思います!
 それはそれで属性になるあたり、やはり属性というモノは罪深いのではないかと思う次第。


 さて。
 構成の拙さもありますが、解説役のショウが居ないせいで、久しぶりにあとがきという名の長い解説(いいわけ)があります。多分今後もちょいちょいあります。しかも前後編においてという不甲斐なさ。
 読んであげても良いよ! という寛大なお方は以下をスクロールしてくださればと。



>>森フィールド

 イメージ元はHGSS四天王キョウさんの部屋ですね。
 見ての通りアンズさん有利ですが、まぁ、本作におきましてこのくらいの劣勢は序の口です(ぉぃ。


>>明らかに疲労した作業員っぽい人が息を荒げて壁に寄りかかっている

 HGSS、サファリゾーンのネタ。
 HGSSのサファリゾーンは自分で環境、設備を設定でき、それらの数や組み合わせ、設置日数などによって出現するポケモンが変化するという仕組みでした。因みに確か1V確定。
 ……そしてその入口の脇に、かなりの面積を誇る環境設備を、人力で移動させていることを示唆する疲れきった作業員の方々が数名いるんですよね!!
 なんでしょうね。企業的にブラックに過ぎるのではないでしょうか、バオバ園長(いえ、ポケモンと一緒にやっている可能性が高そうですが)。


>>ニンジャだけどスレイヤーではない

 絶対他にも誰かがやってると思うのです(確信)けど、やらざるを得ませんでした……。


>>麻痺+怯み

 いわゆる「まひるみ」と呼ばれる有名な戦法。トゲキッスを見ると弥が上にも思い出されるもの。

 ①麻痺状態は「すばやさ」を下げます。しかも確率で「しびれて行動不能」にします。
 ②「ひるみ」を追加効果として持つ技が先制すると、後攻の相手を技%にて行動不能にします。
 ③「技%行動不能①」+「麻痺%行動不能②」= ずっとオレのターン!!

 という流れ。
 今話のアーボの場合はこれを『へびにらみ』+『かみつく』で実践しようと試みていますね。失敗しましたが。
 トゲキッスの場合は「こだわりスカーフ」で強引に怯ませてきたりもしますが……ええ(諦め)。


>>ボールのデコレーション

 DPPtにて実装されていた機能(過去形)。
 「シール」と呼ばれるものでボールをデコって、出現時のエフェクトを弄れるというものでした。
 駄作者私が大好きだった機能(過去形)。


>>マダツボミの持ってた木の実、HP減少で発動しないの?

 ……いえ、実は後編にもちょっとだけ乗っかっているネタなんですが……つまるところ、シュンが攻撃用だから食べずに持っていてと指示をしていました。
 勝手に発動するものなら兎も角、食べるかどうか位は指示で何とかなると思うんですよね……(力説)!
 ええ、カビゴンなんかの食いしん坊は別として……!!


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1996/冬 大会予選 勝ち抜け決定戦・下



 意図せずして前後編に分かれてしまったので中継します。
 レベルはバトル前、設定上のもの。たまにダメージとか計算して上下する程度の不確かなものです。
 ですが、今の所イーブイ以外はレベルに大差ないのであまり関係ないです(ぉぃ。


・アンズ
 Θアーボ LV:20 ひんし
 Θベトベター LV:25 バトル中
 Θコンパン LV:23 未出

・シュン
 Θクラブ LV:24 未出
 Θマダツボミ LV:21 ひんし
 Θイーブイ LV:15 ついさっきボールから出た





 

 

 

『おおっとぉ! シュン選手、次手としてイーブイを選択!!』

 

『アンズさんから許可を貰った「次の局面」に突入した様ですし、解説を始めましょうか。……アンズさんが得意としている戦法は ――』

 

 

 解説が再開されて少しだけ騒がしくなった闘技場(バトルスペース)の中。

 木々に囲まれた草むらの上で、アカネとベトベターとが対峙する。

 さあ。予想通りに進むかどうか、ここが天下の分かれ目。分水嶺とやら。

 オレとアンズさんの指示が飛ぶ。

 ……見せてやろう、アカネ!

 

 

「絡め手、忍法『毒の陣(どくびし)』にござる!」

 

「アカネ、『みがわり』!」

 

『―― アンズさんが得意としている戦法は、この『どくびし』から始まる持久戦なんです』

 

 

 カレンさんの解説に重なって、ベトベターが足の踏み場もないほどの広範囲……オレのポケモンの出現スペース一帯に、『どくびし』をばら撒いた。

 対するアカネは、自分の周りにHPによるバリアーを張る『みがわり』。

 お互いに変化技からの入りになったが……よし(・・)

 

 

「続けて『縮小変化(ちいさくなる)』!」

 

「ベタァッ!」

 

「こっちも『のろい』だ、アカネ!」

 

「ブゥィ」コクリ

 

 

 続けて重ねて、変化技!

 アカネが『のろい』で防御力と攻撃力を上げれば、ベトベターが『ちいさくなる』で身体を小さくして回避率を上げてくる。

 小さくなったベトベターの体長はさっきの半分ほど。まだ大丈夫だけど、このまま小さくなると草むらに紛れて見えなくなってしまうかも知れないな。考慮にいれとこう。

 アカネとベトベターが一定の距離を保ち移動をしながら様子を窺っていると、その間に解説も進む。

 

 

『カレンさん。アンズ選手が持久戦が得意というのは、どういう?』

 

『はい。―― アンズさんの手持ちポケモンはベトベターに限らず、相手を毒状態にする技を多種多様に用意しています。そこへ『ちいさくなる』で回避率を上げて……毒状態が大きなダメージになってくる持久戦を挑んだり、『ベノムショック』や『ベノムトラップ』による追撃を行うんです』

 

『なるほどぉ。それが毒状態を軸にするアンズ選手の戦法、という事ですかぁ!』

 

『ですね。……今、シュン選手のイーブイが使用している『みがわり』はその点について考えると良い手といえます。『みがわり』にはほとんどの変化技……ダメージのない技を無効化する効果がありますから』

 

『流石はカレンさん、詳しいですよぅ!!』

 

『そのための解説席ですからね』

 

 

 カレンさんの詳しい解説が入るものの……その通り。

 アンズさんはこちらがイーブイ(アカネ)を出したと知って、自身の得意とする持久戦を仕掛けてきているのだ。

 ……恐らくだけど、アンズさんはオレのアカネに「決定力のある攻撃技がない」と考えている。それはオレにしてみればアカネの引っ込み思案な性を考慮した結果なのだが、裏を返せば能力をアップさせる「積み技」を使用し易いという事でもあるからだ。

 

 

『既にフィールドに出ているイーブイに『どくびし』は効果を発揮しませんが、『ちいさくなる』によって攻撃があたらなければ、いずれは他の攻撃技によって倒されてしまいます。続いて出てくるクラブは『どくびし』に引っかかり、毒状態のまま『ベノムショック』によって倒される ―― という算段なのでしょう』

 

『ほう』

 

『ほほう』

 

 

 アンズさんの許可を得ているからか、カレンさんが随分と突っ込んだ部分……このバトルの後々の展開にまで解説をのばしてくれる。

 ただオレとしても、その辺りは大丈夫。予想できているので、バトルの展開についてはまだ変える必要はない。

 

 

「ベタァッ!」

 

 《シュンシュン!》

 

「ブィ……!」

 

 《グィィッ》

 

「ベタベタァッ!!」

 

 《シュンシュンシュンシュン!!》

 

「ブィ、ブィッ……!!」

 

 《グゥイィッ!!》

 

 

 ひたすら小さくなり続けるベトベター。

 張り合うように(威嚇っぽいポーズで)身体を伸ばしているアカネ。

 ……なんと言うかこう、傍目(はため)に見ている分には微笑ましい光景なんだけどさ! 

 

 

「そういう訳にも、いかないだろうな……と!」

 

 

 ここで向かいのアンズさんと視線が絡まる。「わかっているだろうな」、という此方を値踏みする様な視線だ。

 ベトベターは合計3度『ちいさくなる』を使用した。これ以上小さくなることは出来ない。つまり限界まで回避率を「あげきった」のだ。

 対する此方は、おおよその変化技を無効化する『みがわり』を使用している。だとすれば、選択肢は1つ。アンズさんのベトベターは上げに上げた回避率を楯に、攻勢に出てくるだろうと。

 ……けどさ。

 

 

「―― いざ、参る! 『泥爆丸(ヘドロばくだん)』!」

 

「ベッタァ!!」

 

 

 『ヘドロばくだん』で攻撃するため、今までは草むらに埋もれていたベトベターが ―― その姿を見せる(・・・・・)

 ……この瞬間をこそ、狙っていたから!!

 

 

「ここだアカネ!!」

 

 

 振り返らないまま、アカネがこくりと頷く。

 ベトベターは斜め後ろで飛び上がり……攻撃を仕掛けようと!

 

 

「ベッタァ ―― ベタッ!?」

 

 《バションッ》

 

「―― ブイッ!」

 

 

 粘性の音と共に『ヘドロばくだん』が直撃、弾けた。

 ただ『みがわり』のお陰で、アカネはバリアに使用したHPそれ以上のダメージを受けることがない。

 レベル差のあるベトベターの攻撃によってバリアは剥がれてしまったものの……

 

 ……そう。

 実は今のオレらにとって問題だったのは、ベトベターが上げた回避率でもなく。

 極論、アンズさんらが得意とする毒の状態異常にかかるかどうかという部分でもなく。

 

「(小さくなって草むらに隠れてしまったベトベターの居場所が、判るかどうか!!)」

 

 オレの反撃という指示に反応し、アカネが勢いよく飛び出している。

 ずいと身を乗り出し、草むらから飛び出したベトベターの着地を狙って。

 

 

「アカネ、『のしかかり』!」

 

「ベ、ベッタァ!?」

 

「ブィ」ズィ

 

 

 必死に身をよじって逃げようとするベトベター。

 彼の視線からすれば、さながら巨大怪獣のようであろうアカネが、身体で覆い潰す ―― 『のしかかり』!

 

 

「ベタッ、ベタッ!?」

 

「ブィ」ズズィ

 

「ベタァァッ……!?」

 

 

 

 

 

 ――《 プチッ♪ 》

 

 

 

 

 

『決ぃまったァァァーッッ!! ジー、ザスッ! イーブイ、『ちいさくなる』をものともせずベトベターを押し潰しましたょぉぉォぅっ!?』

 

『クルミちゃんは色々とおかしい気がしますけど……兎に角。今の流れはどういうことでしょう、カレンさん?』

 

『はい。実は『のしかかり』には副次的な効果がありまして……『ちいさくなる』を使用した回避率の上昇を、無視できるんです。しかも攻撃力が倍近くに増します。アンズさんは得意な戦法を逆手に取られた訳ですね』

 

『確かに、言われてみればそんな感じがする技ですね『のしかかり』。カビゴンとかじゃないだけ見た目はマシですけど』

 

 

 よしよし。狙い通りに決まったな!

 ……しかし、カレンさんは本当に詳しいな。流石は技の専門家。

 

 

「よくやってくれた、アカネ!!」

 

「ブ、ブィィ……」

 

 

 オレが声を掛けるも、アカネは恐る恐る身体をどけて、押し潰されたベトベターを気遣っている様子だった。

 大丈夫だぞー、アカネ。ベトベターは気絶してるだけだから。「ひんし」っていう状態名を聞くとあれだけどさ。

 

 

「……かたじけない。戻って休むでござるよ、ベトベター」

 

 

 アカネが身体をどけた頃合を見計らい、アンズさんがお礼を言いながらベトベターをボールに戻す。

 そのまま僅かに目を閉じて、口元を覆い隠している布を外し、声が通るようにしてから。

 

 

「……うん。流石はショウ君の友人だよ。……ただあたいも、お父上に近付く為、ここで諦めるわけにはいかないのさ。……コンパン、参る!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― コンッ、パンッ!」

 

 

 手裏剣ボールが空中で開き、いよいよ最後のポケモン……コンパンが小柄なその姿を現した。

 

 

『さあ、アンズ選手最後のポケモンはコンパン!』

 

『イーブイは防御力もあっぷあっぷしてますからねぇ! 生半可な攻撃じゃあ駄目ですけどぉ』

 

『ですね。だとすればアンズさんの……コンパンのとる攻撃手段は1つでしょう』

 

 

 だろうな。

 コンパンは防御力も、ベトベターの弱点だった「素早さ」もそこそこにあるため、本来であれば、他のポケモンが与えた「毒」に乗っかり『ベノムショック』で抜いていく役目を担っているメンバーだ。

 

「(けど、今は違うものな)」

 

 オレは勝利の可能性を手繰ろうとするアンズさんの思考を(・・・)追ってゆく。

 

 

 ――

 

 (少年、思索中)

 

 ――――

 

 

①『みがわり』によるバリアーは解除したものの、アカネに毒状態は掛かっていない。

 →『ベノムショック』による策は封じられている。

 

②アカネが『のろい』によって上昇させているのは防御力と攻撃力。逆に素早さは下降している。

 →なら、コンパンが先手を取れる。特殊攻撃なら通る筈。

 

③先ほどのベトベターは『のしかかり』の『ちいさくなる』に対する特攻効果で突破されたが、本来のアカネは攻撃技に乏しく、レベル差もある。

 →コンパンは、複数回攻撃を受けなければ倒れないはず。

 

④マダツボミは倒したので、『どくびし』は回収されていない。

 →ここさえ乗り切ればクラブは『ベノムショック』で突破できそうだ。

 

 

 ――――

 

 (思索終了)

 

 ――

 

 

 といった辺りになるだろうか。

 ……まぁ、さ。

 この答えから導かれるのは ―― 攻撃、1択だよな!!

 

 

「コンパン、『追毒連撃(ベノムショック)』だよ!」

 

「コッパッ!」

 

 

 アンズさんとコンパンが、予想の通り攻勢に出てくる。

 だよな。オレでも事情を知らなければそうすると思う。

 

 ……ただそれは勿論、さっきの考えが全て(・・)通っていれば、の話で。

 

 あえて間違いを指摘するとすれば③か。

 アカネは確かに攻撃技に乏しい。でも、乏しいって言うのは「無い訳じゃない」んだ。

 アカネには3回積んだ『のろい』の効果がある。アップした攻撃力を足しても、性格やレベル差を加味すれば、普通の攻撃だけじゃあコンパンは突破できない可能性が高い。

 でもさ。

 例えば「効果が抜群」なエスパー技で。

 かつ「積み技によって威力がアップする技」……なんて、都合良い(・・・・)ものがあれば、この状況は打開できるんだよな!

 

 

「練習の通り反撃だ、アカネ! 決めよう ―― 『アシストパワー』!!」

 

「……ブゥィ!」コクコク

 

 《……ガリッ!》

 

 

 幾らアカネが「特殊攻撃に強くなるように練習している」と言っても、レベル差のあるコンパンの攻撃を『みがわり』の後……4分の3になったHPで耐えられるかどうかは賭けるしかない。なのでここは練習の通り。走り出す前に「オボンの実」を齧ってから、アカネが突貫する。

 「オボンの実」はHPを回復する効果がある木の実だ。ただ、一定値までHPが下がっていないとその効果が薄くなるらしい。

 なので今回は、途中で使用してもらう。どうせ相手が先手なのだ。もしかしたら、ダメージを受けている途中で(・・・・・・・・)「オボンの実」が効果を発揮してくれるかもしれないと期待をしておいて!

 

 

「……。ブ、ィ……ィッ!」

 

 

 アカネが渦を巻く紫色の液体に、一歩も怯まず立ち向かう。

 未だに少し、身体は震えているけれど。でも彼も、バトルに勝ちたいと願ってくれて。

 騎士然とした性格の、ヒヅキさんのブラウンの様に、せめてトレーナーの前では勇ましく。

 

 

『激突、しますよぅ!!』

 

「―― コッパッ!」

 

「ブィ……」

 

 

 ――《ベチョンッ!》

 

 

「……ブィィッ!!」

 

 

 身体を傾かせながらも……耐え切った!!

 上昇している能力分、威力が増大する。『のろい』3回分の威力が乗っている。

 アカネが尻尾を振るうと、コンパンの周囲が歪み。

 

 

 《ズ》――《グワワワワァァァアンッ!!》

 

 

 2重、3重 ―― 7重。

 連なる念の波が、コンパンに向けて殺到した。

 

 

『うぉぉぉぅ、これはぁぁぁぁーっ!?』

 

『す、凄い威力ですっ! 「森」フィールドの木々が嵐の中のように傾いています!?』

 

『これは『アシストパワー』ですね。エスパー技ですからコンパンには効果も抜群です。……イーブイが使っているところを見るのは、わたしも初めてですが……』

 

『さあ、念波が途切れます!』

 

 

 息を呑む音と共に、解説が一旦途切れる。

 念波が、晴れた。

 

 

「―― よく耐え忍んでくれた! 反撃だよっっ!!」

 

「……コンッッ、パンッッ!!」

 

 

 しかしアカネが慣れていないエスパー攻撃を耐え切ったコンパンは、此方へと飛び掛ってきていた。

 万能性を持ったポケモンだからこその耐久力もある。知ってるぞ。

 

 よし(・・)

 飛び掛ってきてくれた。

 ……今だ!!

 

 

「アカネ! 練習通りに!!」

 

 

 声かけ……とは言っても技名ではないのだが……十分に伝わるはずだ。

 

 

『ふたたび『ベノムショック』ぅぅ!!』

 

 

 降りかかる紫色の液体。

 ……それを『こらえる』で耐えて、「コンビネーション」で先手を取る!!

 

 

「なんだって!?」

 

「ンパンッ!?」

 

 

 念波を突っ切り接近していたコンパンが、アンズさんと共に、満身創痍ながらに構えたアカネに目を見開いていた(複眼だけど)。

 コンビネーション……技の継ぎを意識した流れで、アカネが素早く先手を取り、手足尻尾を振り回す!

 

 

「アカネ、『じたばた』!!」

 

「ブィッ……!」

 

 

 《ビシバシベシドシポカポコドコベフッ》

 

 ―― 《 ズドンッッッ!! 》

 

 

 

「……コンッ、パァァン……」

 

 《トサッ》

 

 

 木々を押し分けて、フィールドのやや向こう。

 倒れたコンパンの前。

 

 

「ブ、ブィィ……」

 

 

 勝利したアカネは、そこに、堂々と立っていた。

 ……それでもまぁ、少しだけ所在なさげなのは、仕方が無いんだけどさ。疲れてるだろうしさ!

 

 

『勝利、勝利、勝(WRYYYY)ィィ!! レベルで劣るかと思われたイーブイを軸にして、シュン選手、下馬評を覆す大金星ですぅぅぅッ!!』

 

『確かに。途中までは一進一退でしたが、相手のエースへの反撃を機にシュン選手が流れを掴みましたね、カレンさん』

 

『ええ。それだけチームの攻撃頭というのは重要なファクターだという事なのでしょう。得意な戦法があるだけにマダツボミを無効化してその戦法に持ち込みたいアンズ選手の心理を逆手に取り、狙い通りベトベターにイーブイをあてる。シュン選手が終始作戦勝ちしていた印象ですね』

 

『なるほどぉ、なるほどぉ』

 

『解説をありがとうございます。勝利したシュン選手とそのポケモン達の、本戦におけるますますの奮闘に期待しましょう! ……あ、只今連絡が入りまして、この試合が予選最後の試合になったようです。他の試合も終了して、本戦出場者が決定したみたいですね! 決勝トーナメントの組み合わせは再抽選が行われる予定となっていまして、その抽選が今からタマムシスクール教員団によって実施されるとのことです。それでは中継を戻して、そちらの解説に入りましょう ―― 』

 

 

 アオイちゃんの言葉を最後にスピーカがぶつりと切れ、バトルスペースにはいつも通り、リラックスBGMが流れ出す。

 ……ふぅ。バトルはなんとか、勝利で終えることが出来たな。これについては上々だ。

 でもまだ、試合後のマナーが残っている。オレは一足先に中央部でまっているアンズさんの所へ向かって、歩き寄ってゆく事に。

 すると、木から下りて久しぶりに地面に立ったアンズさんは、何やら気難しいオーラを纏っていた。なんだろうな……などと原因について思考を伸ばしていると、そのまま、オレに向けて口を開く。

 

 

「シュン君。あたいから少しだけ、質問して良いかな?」

 

「えと……まぁ、はい」

 

 

 なんでしょう。というかエリトレクラスに在籍している人って、こうも悩んでいる人ばっかりだったんだろうか。オレも含めて。

 それでも質問良いかとの問いにオレが頷くと、アンズさんは「ありがとね」と挟んだ後、率直に切り込んできた。

 

 

「この大会に向けて、君達はどんな鍛錬をしてたのかなぁって思ってさ」

 

「……うーん……そう、ですね」

 

 

 どんなと聞かれると難しいものがある。

 今回の大会の前の修行にあたって。ショウが示した方針を軸に、オレらは修行の方法について話し合った。

 その結果、オレのポケモン達には、出来る限り「広い範囲」の技を覚えてもらったのだ。

 アカネの攻撃技なんかはその成果として最たるものだろう。勿論それを使いこなせるようにって言う練習もしたけど、どっちにしろ範囲が狭いと「苦手なポケモンが出て来た時に手も足もでない」なんて事になりかねない。トーナメントじゃあ誰と当たるか分からないし、それだけは避けておきたかったんだよなぁ。

 

 

「……成る程。自分のポケモンはどんな技が使えて、どんな技がまだ苦手で。それは相手の事も同様に。……そこまでを君が熟知しておいて、後はバトルに応じて繰り出していく訳だ」

 

「ええ。まぁ、多分」

 

 

 言葉にすればそうなるのかも知れないですね。

 オレはそんな感じの返答をしておいて、これで答えになったのかなぁと戦々恐々としていると。

 

 

「……あははっ! 君らは、やっぱりスケールが違うね! 完全にあたいらの負けだよ! ……この辺りが、あたいとの差だったのかな。父上の背中ばかりを目指してばかり(・・・)じゃいけないって事だ」

 

 

 顔を上げたアンズさんは、心なしか晴れ晴れとした表情をしているな。

 ……うーん、なんとなくは判るぞ。オレも似たような感じだったし。

 でもさ、大きな違いが1つ。

 

 

「オレ、キョウさんは立派なトレーナーだと思いますよ?」

 

 

 認識を改めても変わらずやっぱり馬鹿親父と呼べるこっちのとは違って、キョウさんは立派だと思うんだよな。社会的に認められる貢献度、バトルの強さ、性格。父親としてもジムリーダーとしても、そして一端のトレーナーとしてもだ。

 人間性って言う意味では、オレの親父とは比べるべくも無いですよ……と。

 

 

「ははん。知ってる! ……でも、だから、そればかりじゃあいけないんだよ。やっぱりさ。あたいはあたい。君は君。それでもって、お父上はお父上なんだ」

 

 

 そう(誇らしげに)言いながら、アンズさんはうんうんと首を縦に振る。

 実際、今大会でアンズさんが軸にしていたあの戦法は、キョウさんが愛用する戦法の1つ(・・・・・)なのだ。それを耐久型に捻ってるんだよな。父親の背を見ていたというか、追っていたというか。ファザコンというか。

 ……いや、ファザコンじゃない。それだとかつてのオレも……なんでもない。違いますよね(疑問系)!

 そんなオレの脳内葛藤を知る由もなく、アンズさんは一頻り頷くと、納得したという感じでこちらに手を差し出していた。

 

 

「ありがとう。君たちとバトルができて、良かったよ!!」

 

 

 バトルはとっくに終わっている。昨日の敵は今日の友。昨日の友達は、きっと、明日も友達だ。永遠かどうかは判らないけれども。

 オレも一歩進み、その手を取って、握手を交わす。

 

 

「うん、決めた。あたいはジムリーダークラスに進学する。もっともっと修行して……それでいつか、あんたにも父上にも負けないようなトレーナーとそのポケモン達になってみせる。いつかあたいがジムを継いだら、挑戦にきてよ? 2度と負けないからね!」

 

 

 そう、忍者らしくはない満面の笑みを残して。

 アンズさんは(やはり一瞬で)フィールドを去っていったのだった。

 

 






 今回更新分は、予選が終了したこの辺りにて終了となります。
 アンズさんの「ははん」は原作の通りです。むしろ原作だと拙者とかござるとか言ってないんです。父親が大好きなんです。

 さてさて、ここでこうしてアンズさんが敵として立ちはだかっているという事は、つまり……?
 という辺りで次回更新分では、本戦に向けた短い幕間を挟みます。作中は2月ですからね。忘れてはいけませんよね。
 では、では。


 以下、長ぁいあとがき(いいわけ)第2弾です。
 今回から(一応、拙いながらに)第6世代を知らない方向けの解説も挟んでみています。
 ……文章が一層酷いですので、どうぞ心して。



>>ベノムショック、ベノムトラップ

 第6世代(XY)から追加された技。
 『ベノムショック』は「毒状態」の相手に威力が2倍(技威力130相当)になる攻撃技。
 『ベノムトラップ』は全ての「毒状態」の相手の攻撃、特攻、素早さを下げる変化技。

 アナフィラキシーショック的なイメージでしょうか。
 弱り目に『たたりめ』程メジャーであるかどうかはまた別の話。


>>みがわり

 最近の『みがわり』は、先手で張っていると、解除されるまでは状態異常や能力変化技を遮断できます。あと多分、水を弾きます(ぉぃ。
 ただ『アンコール』、「音を利用する技」、特性「すりぬけ」のポケモンなど一部のものは無効化できませんのであしからず。

 ……うーん。つまり『アンコール』は拍手の音そのものに効果があるという事なのでしょうか?
 ……いやでも、特性「ぼうおん」で無効化できないですし……(無駄思考)。


>>決ぃまったァァァーッッ!!

 解説に先んじたこの時点で決まったと叫んでいる辺り、アナウンサー(少なくともクルミさん)は『のしかかり』の効果を知っているご様子。
 ……それでも。
 知っていても解説役に尋ねるのが、解説のお供という職業なのです。


>>大金星ですぅぅぅッ!!

 知っていても驚いて見せるのが以下略。


>>『のしかかり』

 ・『ちいさくなる』の回避率無視
 ・『ちいさくなる』を使った相手に威力2倍
 ・『ちいさくなる』を使ったベトベターの心境「ぅゎぃ-vっょぃ」

 最近では他にも、『ドラゴンダイブ』や『ふみつけ』なんかにこういった『ちいさくなるの効果を逆手に取れる効果』が付与されています。昔と違い『ちいさくなる』の回避率上昇効果は2段階となっており(かなり)強化されているため、そのための対応策と言う訳ですね。
 ……ただ『かげぶんしん』など別の技には効果が無く、最近は特性の『するどいめ』などに回避率上昇を無視する効果が付与されましたので、そのためだけに採用するかと言われると技スペースが微妙なんですよね。悩みます。

 タイプ一致で使用するなら(麻痺の追加効果もありますし)『のしかかり』は採用できるかもですが、実は『のしかかり』、レベルなどで習得するポケモンは兎も角、イーブイの場合は「FRLG、エメラルド専用の教え技」だったりします。
 ええ。ショウ(他の大会参加中)が居ないのでここで解説をしますが、FRLGではこうした「過去作で技マシンだった技」が人からの教え技という形で覚えられるのですよね!
 他にも『カウンター』とか、後々に登場するそれ(どれだよ)とかも、教え技として使用できます。


>> コンッ、パンッ!

 いや本当、なんて鳴くか悩みましたが(ぉぃ
 虫ポケ的には「きゅいきゅい」とか「ぎちぎち」が似合いそうなんですが、前者は今後盛大に被りそう。後者はそもそもコンパンに節足がないという事で見送られました。「コォンパァン」などと伸ばすのと2択になった結果、ぶつ切りに。
 ……BWモルフォンのグラフィック、私、羽ばたく早さが好きだったんですよね……(涎


>>アシストパワー

 通常威力20。能力一段階上昇毎に威力が+20される。
 本編では念の波一重あたり20、イーブイは140相当のアシストパワーをうちました。能力が下がっているとマイナスだとかそういう効果は無いのでご安心。
 ……ただコンパンなら、この程度は耐えてきますよ!


>>こらじた

 『こらえる』+『じたばた』。HP極定値で威力が200にまで上がります。
 コンビネーションについては夏大会を参照してくださればと。


>>持ち物

 今回のネタの裏軸、ゲーム外特典となっております本項目。
 「HPは技を受けた瞬間に下降しきる」のではなく、ゲームの様に「徐々に下降する」仕組みになっていますという。この点について直接接触技は減少がかなり(ほぼ一瞬)素早く、遠距離技は当てていく毎に徐々に下降するという感じです。確かこれについては、原作前編のプリム戦の『れいとうビーム』を当てきるのがどうこうといった辺りで少しだけ触れてますね。
 しかしつまり、オボンの様な回復木の実の発動タイミングが練習次第では……? と(なので一応、HPが下降しきっていないと効果が薄い、という感じになってますが)。
 この仕組みでないと半減実の仕組みが説明し辛いという理由(へりくつ)もあり、こうなりました。
 ……なってしまいました(ぉぃ。


>>いえ、アンズちゃんの方のポケモンの持ち物はどうなってましたかと

 ……あ、いえ。
 作中はシュン視点なので解説し辛かったのですね(言い訳
 長くなると読みづらくなってくるのは駄作者私の悪癖ですし。
 こんな感じでした。

 アーボ   →「どくバリ」(ただし相手がマダツボミ。毒技は使用しなかったです)
 ベトベター →「くろいヘドロ」(回復アイテム。でも一撃で潰されたので出番なし)
 コンパン  →「どくバリ」(重複してますが今のメインルールでは制限ありません)

 バトルに詳しい方ならもっと他に持たせるべきものがあったのでは? と思うかもしれませんが、エリトレ……しかも学生が手に入れられるものとなると(基本的には)この辺りが限度なのではないかと。
 いえ。学生が「どくバリ」とか「くろいヘドロ」を手に入れられるあたり、世紀末感が半端無いですがっ!!
 因みに青いほうの主人公(ショウ)があれだけ苦労して手に入れた「くろいヘドロ」を、アンズさんはタマムシゲームコーナー横の湖に居るベトベターらから悠々と拾い上げました。……なんともご無体な……。


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1996/冬 つまり、王道を行けと

 

 

 

 Θ―― タマムシ大学敷地内/屋外バトルスペース

 

 

 

 

「やったなシュン、オイ!!」

 

「何とかって感じだったけどな。でも……祝ってくれるのは良いけどさ、痛いぞユウキ」

 

「だっておい、あのアンズちゃんに勝ったんだぜ? 思っきし喜んだっていいだろーがよ!」

 

 

 背中を叩いてくる友人の手荒い祝福を受けながら、オレはアンズさんとの試合会場を後にしていた。ユウキは出入り口の横にて待ち受けていたのだ。用意周到この上ない。嬉しいけど。

 ……そしてさっきの放送にもあった通り、どうやらオレの試合が予選の最終試合となっていたらしい。と、いう事はだ。

 

 

「ユウキ、そっちは?」

 

「残念ながら、おれは無理だったな。でもよ、ゴウとナツホは突破したぜ?」

 

「おーぉ。マジでか」

 

「おうよ! カトレアお嬢様やミカンちゃんに至っちゃ、ジムリクラスの奴らがいたのに1位抜けだってよ。かーっ、スゲぇよな!」

 

 

 流石はゴウ……って言いたいところではあるものの、ナツホも勝ち抜けたんだな。何よりだ。

 一応これで、ユウキ以外、大会に参加したオレの友人らが勝ち抜けた形だ。因みにショウに近しい人たちはというと、カトレアお嬢様とミカンはユウキの言う通り。リョウは勝ち抜けたものの、運悪く同グループにあたったヒョウタは突破できなかったらしい。その辺りは組み合わせが大きいと思うけど……詳しくは知らない、とはユウキによる情報なので仕方が無いか。

 それにしても……うーん。まぁ、負けた当人であるユウキがこの調子でいるなら、オレが突っ込むのも野暮という物だな。

 

 

「あの後の試合は勝てたんだろ? 2連勝だとか」

 

「まぁな。でもこの予選は1位しか抜けらんねえからなー……惜しくも、の2位って奴だ。おれのイーブイ(ぶいも)だって、折角シャワーズになったってのによ」

 

「でも2勝だからな。勝率は6割6分。オレは流石だと思うぜ、ポケモンドクター」

 

「……んー、そりゃあ、進学試験に受かれば、それも卵だけどな」

 

 

 オレらにとってのいつものやり取り、に留めておく事にしておこう。

 そのまま話題を軽口に移行して、暫くの時間を移動に費やす。

 

 

「そんで、あれか? ショウんとこの試合を観に行くんだろ?」

 

「まぁ、そのために歩いてる。……お、ナツホとかは先に会場についたみたいだ」

 

 

 手元のトレーナーツールでナツホからの連絡を返し、会場の見取り図を頭に浮べながら……そう。

 本日はショウが参加しているという、マルチバトルの大会初日が行われているのである。

 とはいえマルチバトルとなるとフィールドも広いものが必要だ。生徒が沢山参加している大会予選の最中では中々に会場が取れず、日程自体は平行するものの、試合は予選を早めに終了させて行われる事になっていた、らしい。

 だからこそこうして、観戦も出来るというものなのだが……

 

 

「ふーんんぅ。それって参加者はどうなってんだ?」

 

「参加者はそんなに多くないみたいだな。一応シングルトーナメントと掛け持ちも出来るみたいだけど、注目度は段違いだし。16組32名。だから予選は無くていきなり本戦。全部トーナメント制の1日1試合の合計4日。間日を挟んで、オレらの方のシングルトーナメントの間も試合が行われる。順調に進めば、丁度シングル準決勝の日にマルチトーナメント決勝が行われる……んだってさ」

 

「ほーぉほーぉ」

 

 

 とか何とか説明を加えながら、見えてきた階段を上って行く。

 ホーホーホーホー言うユウキにポッポポッポと適当に返しながら、観客席の入口から顔を出すと。

 

 

「あっ、来たわね。……こっちー、こっちっっ!!」

 

 

 お目当ての集団はすぐに見つけることが出来た。ゴウ、ノゾミ、ヒトミと並んだその隣から、ナツホがポニーテールを揺らして(大)声を出してくれていたからだ。

 オレらシングルバトルとは境遇が違い、マルチバトルの会場が闘技場となったのは、先述のフィールドの広さの問題からだそうだ。注目の違いもあって、しかも予選とあれば、観客数は多いとはいえないが……それでも大声は迷惑だと思うぞ、我が幼馴染?

 

 

「こぉっt……んむぐっ!?」

 

「これは駄目。ナツホ」

 

「あっはは! まぁ、そこまで気にするような場所でもないから大丈夫だろうねえ。マナーはともかくさ」

 

「フォローをありがとな、ヒトミ。ノゾミもありがとう」

 

 

 オレも通路を抜けて、お礼を言いながら席に座る。

 ヒトミが「慣れてるよ」、ノゾミが「うん」とだけ返して。

 

 

「……あによ」

 

 

 残るは隣。声を遮られたせいでジト目の、困った幼馴染である。

 今回のはナツホの自業自得なんだろうけど……というかナツホの場合はこういう時、大概が自業自得だ。先に伝えるべき事もあるし、まぁ、今はそっちを優先しよう。

 

 

「場所を教えてくれてありがとう、ナツホ。それと本戦出場おめでとう。一緒に頑張ろうな」

 

「ん、にゅん」

 

「いやにゅんて何だ、にゅんて。ショウの前に立った時のミカンかよ。……というかナツホ、こういう場所で大声を出すのは流石にどうかと思うぞ?」

 

「わ、分かってるわよっっ!! にゅんは冠詞よ多分!! 今度からはっ、んむぐ!?」

 

「だーかーら、声が大きいんだって……」

 

 

 意味不明なことを大声で話し出したので、その口元は咄嗟に覆っておくことに。というかもう、試合も始まるみたいだしな。

 ナツホも、オレに口元を抑えられ「んーっ、んーっ!」と顔を赤くしているものの興奮した感じで振りほどこうとはしない。いやさ、そこは早めに静かになってくれないとオレも手を離せないんだけど……まぁ、このままで良いか。良いのか。抱きしめてる感じの格好になってて耳とか紅潮してるけど……多分良いんだろな。オレとしては役得なので断る道理はない。

 

 

「さて、ショウの試合は……っておい」

 

 

 体勢そのまま、オレが口を開いて早々に突っ込みを入れたのには理由がある。

 視線を向けてすぐ、闘技場の中心、手前のトレーナーズスクエア。

 

 ショウの隣に並んでいる人物……というか。

 オーラというか。

 

 

「―― はぁ。私、目立つ場所は。嫌いなのだけれど」

 

「まぁだからこそマルチバトルに誘ったんだけどな。観客も相手も、良い感じに少ないだろ? ついでに言うと、エリカの手伝いもしておきたかったしなー」

 

 

 ゴスロリというか、な!

 兎も角。ショウが以前言っていた相棒とやらは、どうやらミィであったらしい。

 あの2人が揃って並ぶとかさ。……ショウの外見自体は一般人の範囲を出ていない(ミィは飛び出している)けど、これは色々と凄まじい絵面だな。向かいに並ぶ相手エリトレ2名(クラスでは有名なラブラブカップルのシン君とカヨさん)も、心なしか気圧されている様な気がしないでもない。

 そんな空気を感じているのかいないのか……いや。あの2人に限って、察していないということはないんだろうけど……終始和やかな雰囲気でショウとミィは会話を続ける。ただその間にも手を止めず、トレーナーツールを高速で動かしているのだから、相手にしてみれば堪ったもんじゃない。

 

 

「少ないと、言っても。それは予選の間だけで勝ち抜けば別でしょう。決勝トーナメントと平行するのだもの」

 

「……あー、言われてみれば。でも4月に入ってレッド達が出発したら俺達も旅に出るだろ? こうして肩を並べて、勝つことだけを考えてバトルするのも、まぁ悪くないんじゃあないかと思うんだよ。学生やれるのは今の内だからな。それに色々と事情のある原作前組はともかく、今のスクールメンバーはそのまま旅に連れ出せるんだし」

 

「……、……。……それも、そうかしら。何もかも無駄にはならないものね。……はぁ。貴方も、やるからには。勝つつもりなのでしょうし」

 

「おー、ありがとなミィ。んでもって勿論、バトルはバトルだ。勝ちに行く。端っから負けるつもりで行くわけがない。だろ?」

 

「えぇ。それなら、私も。必要以上に本気を出しましょう」

 

 

 そう言って視線を交わし、モンスターボールを握る。

 ショウとミィは一転、微笑とはつらつな笑み。オーラをデュオでまとっておいて、正面を向いた。

 途端に空気が一変する。密度を増したみたいな感覚だ。……うわあ。やばいぞこれは。

 

 

「ってかよ。あの2人が並んでると勝ち目が無い気がするのって、おれだけなんかな」

 

「いや。オレもユウキに同意しとくよ」

 

「……厳しいだろうな」

 

「初めからラスボスみたいな感じだものねえ」

 

「うん。圧倒的」

 

「……っぷは。え、何この感じ!?」

 

 

 空気に鈍感なナツホも流石に大人しくなったので解放しておいて、だ。

 うーん。こうして傍目に見ていても判るくらい、ショウとミィは合わさった時の相乗効果が半端ないんだよな。約束された勝利、勝利すべき。勝ちフラグしかないって感じが適当か。

 

 

「学内で、この2人が相手で勝負になる……最低限マルチバトルに慣れてるっていう条件に当て嵌まるとかは、あの双子くらいか?」

 

 

 この大会にはコトミ&コトノの双子も参加をしていると言っていた。あいつ等もある意味では、ショウの教え子と言っても過言ではあるまい。毎日の様に手合わせしてるものな。時には男子寮の部屋にまで突撃しにきてまでさ。……それでショウがバトルスペース確保の為に連絡を取ろうと部屋を離れた隙に、人目をはばからずベッドにダイブした双子姉妹を、オレは忘れていない。それを『ドラゴンダイブ』の練習だと言い切った図太さも、同時に。

 オレは手元でマルチトーナメントの組み合わせ表を開き、そんな残念な所ばかりが息の合う双子の位置を確認する。

 すると予想の通り、エントリーはしていたけど……やぐらの反対だよ。当たるとすれば決勝だなこれ。

 

 

「だとすると、……うーん」

 

 

 やはり……と考えるオレらの目の前で、マルチバトル大会の初戦がやや遅れて開始される。

 早速とショウ&ミィがバトルを繰り広げていく。まさに圧巻。阿吽の呼吸で目配せすら必要ない。

 

 

「―― 鳴らすわ、ビリリダマ」

「ビリリリリィ」

 

「重ねて『りんしょう』だ、イーブイ!」

「ブー、イーィッ!!」

 

 

 《ズギュゥゥゥンッ!》

 

 ――《ブゥイィイィッ♪》

 

 

 向かい合う4匹の中で最も素早いビリリダマのエレキギター+アンプ的な『りんしょう』に、ブイブイ言うイーブイの『りんしょう』が追随する。

 相手のラブラブカップルは目を見開いてびっくりしているものの……いやさ、オレは知ってる。今はまだ「ポケモンの技のダブルバトルにおける効果などは殆ど研究が進んでいない」から知らないのも仕方がないけど。

 

 

「僕には何が起こっているのか判らないんだが……シュンは判るのか?」

 

「受け売りだけど一応は。……ポケモンの技の中には、多数と多数のバトルで真価を発揮する技も存在するんだ」

 

「む。それは……」

 

「まぁ、ポケモンだって野生の生物だ。群れで戦うこともある。普通に考えておかしな話ではないだろ? ……ってのはショウの言い分だけどさ。『りんしょう』は呼吸を合わせて使用する事によって、直前に出した『りんしょう』の直後に(・・・)重ねることが出来る特殊な技なんだとさ。しかも威力もアップする」

 

「重ねるの」

 

「ああ。つまりダブルバトルにおける『りんしょう』は、『同時に使うと素早さを引っ張り上げることが出来る』んだ。今の場合だと、ミィのビリリダマの素早さを活かしてイーブイと2匹で『りんしょう』。1体に素早く集中攻撃を加えた、って感じだな」

 

 

 オレの説明に、質問をした姫&従者……ノゾミとゴウがふむと頷く。そうして速攻で1匹が倒されると、もう1匹が不利になるのは数の原理。このメンバーにはあえて説明するまでもないだろう。

 そして今の場合、呼吸を合わせるその主体は、技のタイミングを指示するトレーナー同士である。つまりショウとミィの技術の高さを表していたりもするんだよな。

 

「(……やっぱりショウもミィも、大概だよな?)」

 

 トレーナーとしての錬度がさ。

 とはいえ、トレーナーとしての錬度という言葉に凝縮してしまえば短いが、それは本来もっと多くの意味を含んでいる。

 ショウは多分。きっとミィも。「それら」を求道するトレーナーの一員なのだ。

 目の前でマルチバトルを繰り広げる2人は、どうにも様になっている。ポケモンバトルの新しい形を、2人とそのポケモン達によって指し示しながら描いている。2人の目には、自分達がバトルに求めるものが(例え遠くとも)はっきりと捉えられているのだろう。

 

「(……指示系統が2つ。ポケモンも2匹。ここに来るまでは考えつきもしなかったけど、こういうバトルだってあるんだよなぁ)」

 

 目指すものという単語を聞いて、オレは思わず思い返す。

 

 

 あの日……冬合宿の初日。

 二兎を追うことを提案したショウはあの後、こうも言っていた。

 

 

 ―― まぁ、トーナメントに勝ちながらポケモンを育てるなんて、普通は計算じゃあ出来ないだろうな。エリトレでも無理難題。最終的に決めるのはお前だけど、でもシュン、お前なら勝算は有ると思ってる。そうじゃなきゃあ紹介しない。

 シュンの場合は自身で身につけたものもあるけど、他にも俺やルリからポケモンの、それに『技に関しての知識』を山ほど叩き込まれてる。実はこれがかなりでかくってな。相手のポケモンの『覚える技』と『覚え得る技』、それに『注意すべき技』が判断できる。 これはつまり『先読みの技術』に他ならないんだ。

 

 

 オレの脳裏に、夏の大会でイッキの言っていた「その先」という言葉が思い浮かぶ。

 

 

 ―― お前達や俺達がそうだった様に、自分のポケモンを知る事は、一緒にいれば誰にでも出来る。上手くバトルをするなんて、練習を重ねれば誰にでも出来る。

 が、しかしだ。その先。『自分ら以外のポケモンとトレーナーを知る事』だけは、トレーナーが1人で、進んで学ばないと出来ない項目なんだ。しかもポケモンバトルっていう特異な枠組み(レギュレーション)の中だとこれが殊更重要だしな。

 ……んでもって、ここで利点を幾つか上げとこう。『トレーナー戦』はただ野生ポケモンと戦うのとは訳が違う。シュンも歴史上、ポケモントレーナーが旅に出だした理由は知ってるよな。

 

 

 何度も聞いたし、知ってるぞ。

 トレーナーの多くが旅に出るのは、野生ポケモンよりもレベルの高いトレーナーやそのポケモン達とバトルをして「より上質な経験」を得るためだ。

 

 

 ―― だな。それを前提にして……さてさて、年末の大会は相手トレーナーのポケモンもレベルが高い。つまり『経験』は他より濃く、レベル上昇やそれ以上の成長(・・・・・・・)を見込めるっていう理屈が通る。しかも相手にしてみれば、大会中のレベルアップを計算に入れるのは難しい。つまり想定外の行動を起こすにばっちりな条件でもある……と。

 1番最初に俺が『両方必要』って言ったのは、こういうことだ。他のトレーナー達もやっているであろう野生ポケモンとのバトルを使ったレベル上げは『当然やって』、ついでにそこへ『成長の計算』を加えるって事。ただし、この作戦には『勝ち進むからこそ可能』だっていう条件がつくけどな。

 勝ち進みながら成長して、その成長こそが相手にとっての不確定要素になる。

 どうかね。……これって、面白そうだと思わないか?

 

 

 ショウの悪ガキの様な……楽しそうなその声に、オレは当然やってやるさ、と返したんだ。

 

 

 そして今、オレはここに居る。

 翌々日には本戦トーナメントに出場するトレーナー、という立場で。

 

「(予選の内は全員、かなり計算どおりに『経験を振れた』な。……それにしても、あいつ等はどこまで先が見えてるんだか。予選でオレがバトルしたヒカルさんじゃないけどさ)」

 

 あの人はまた、極端に過ぎてた。

 勝つという事それ自体は大切じゃあない。負けという事象に重大な意味が付与されている訳でもない。

 ただ、負けるよりは勝つほうが良いには違いない。オレにとっても、オレのポケモン達にとっても。

 自分たちの成長が、努力が。目に見える形として結実した……その実感ができるという意味ではさ。

 

 

「……どっちにしても。オレが目指すべきは一先ず、今のシングルトーナメントでの優勝だな」

 

「おぉっと。そらまた大きくでたじゃねえか、シュン。一先ず優勝ってあたりがでかい」

 

 

 思わず声に出した所で、オレの呟きを耳に挟んだユウキが突っ込みを入れる。

 この友人にしてもそうだ。既にその目にはポケモンドクターという目標が、はっきりと映っているのだろう。勿論、バトルの経験を無駄にするつもりもないに違いない。バトルは怪我の要因第1位なのだ。使われた技や攻撃能力なども、知っているだけでアドバンテージになる。

 

 

「ん、んん゛。……ま、良いんじゃないの?」

 

「わたしもナツホの言う通りだと思うねえ。シュンは今まで引っ込み過ぎてたのさ」

 

「そうだね。……ゴウ?」

 

「ああ。だがシュン、僕とて負けるつもりはないぞ?」

 

 

 ナツホを皮切りに、友人らが次々と声をかけてくれる。

 本戦出場者たるゴウの言葉を聞いて、ナツホも慌ててあたしも負けるつもりはないわよとか付け足して。ツンデレの幼馴染としては、ツンも有り難く頂戴して。

 

「(まぁ、目標は大きくなくちゃな。大きい方が楽しいだろうし)」

 

 予選という大きな壁をまず1枚越えて安堵している自分にも、そう喝を入れておく事にした。

 

 

『―― ドードーおよびヒンバスの勝利。よって勝者、ショウ&ミィ組!』

 

 

 マルチトーナメントの初戦は結局、ショウとミィが手持ち1匹たりとて倒されず、しかも2匹目を出す余裕すらみせつつ、勝利した。

 まぁあの2人からしてみれば、それは余裕じゃあなくて、「次も勝つために出来る限り経験を積ませていた」になるのかも知れないけどさ。

 ハイタッチしようとするショウと(空ぶらせて)さっさと踵を返すミィ(ただし後手に拳を合わせる)の最恐コンビを、視界に映しながら……

 

 ……オレらも、そうだな。

 目の前の目標に向けて、1歩を踏み出しておくべきなんだろうな。

 

 





 本当はもう1つ更新したかったのですが、間に合わなかったのでとりあえずの2話分。大会本戦までは届きませんでした……。



>>手持ち

 ショウ……イーブイ、ヒンバス、ロコン。
 ミィ……ビリリダマ、イトマル、ドードー。

 マルチバトルはこの中から2匹ずつを選出するという「見せ合い6-4」みたいなルールになっています。
 ……それにしても、相変わらずミィのメンバーの尖り具合は凄まじいですね……(ぉぃ。
 因みにヒンバスやロコンやドードーは野性からの捕獲でしたが、初期レベルは1桁でして、適正レベル内なのでボールを入れ替えてスクールパートナーとして使用できましたという流れ。


>>『りんしょう』

 「いかく」や『ふくろだたき』からの『いわなだれ』と並ぶ、ダブル‐トリプルバトル御用達の技。
 効果は作中の通り。これをスカーフポリ乙に続いてだとか、しかもそれがフェアリースキンニンフィアだったりするとか。
 ダブルバトルは魔境なのですよ。


>>ポケモンドクター

 アニメはともかくゲームポケモンの世界の医療職は仕組みが良く判りません。
 が、BWで遂に登場しましたトレーナー職がこのドクターになります。一貫して、バトルが終わると回復役として機能をしてくれるありがたいお人達です。

 ……ただ、そうなると、困ることが幾つか。うーん……(次話のあとがきにつづく)




 ▼ エリートカップルのシンとカヨ

 FRLGのチャンピオンロードで待ち構えるトレーナー(達)。
 「ブレイン&パワー」みたいにコンビでトレーナー職が変わるのは最近の作品の特徴だと思わせておいて、実はFRLGの時点でありましたという実例。
 この場合はエリートトレーナーの男女コンビ。実質エリートカップルはこの2人の専門職となっています次第。
 使うポケモンもニドキング/ニドクインとか、リアルが充実している風味の臭気が凄まじい吹き荒れ具合。ラブカスとかならまだしも……もうラブラブカップルに転職してはどうでしょうね。
 いえ、ラブラブカップルに増殖されるとなると、それはそれで困りますけど。


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1996/冬 運営、ポケモンセンター……からの

 

 

 ショウとミィのマルチバトルを見届けた後、オレは一旦学内のポケモンセンターに寄る事にした。バトルの後に転送したポケモン達の回復予定の知らせを受け取ったからである。

 初日から3戦ずつを消化した大会の予選も終了し、人気のない闘技場内。疲労困憊の友人らと別れて移動すること数分で、お目当ての闘技場上階端にあるポケセンに辿り着く。

 ガラス張りの引き扉を潜ると ―― しかし。

 

 

「あら。奇遇ね」

 

「おおっと……マジか? いや、奇遇だけどさ。ショウとミィが居るとは思ってなかったぞ」

 

「おいっす、シュン。それはこっちの台詞でもあるんだが……試合の後に、わざわざこのポケセンまで来たのか?」

 

 

 なんと、つい先ほどまで試合をしていたショウ&ミィのコンビが休憩スペースを陣取っていたのである。

 オレはびっくりして見せながらも、2人のいる方向へと近付いていく。というかさ。

 

 

「わざわざ……って聞くって事は、ショウ達はここのポケセンをよく使ってそうだな」

 

「ああ。遠くて不便だけど、このポケセンは使い易いからなー」

 

 

 ちらりと奥を見ると、受付のジョーイさんは席を外していた。回復終了の時間まではまだ多少の余裕がある。急ぐ用事でもないので、ショウの答えに成る程、と呟きながら2人の向かいに腰を下ろす事にする。

 オレが座るとミィが静かで優雅にお茶(セルフサービス)を差し出してくれたので、それをありがたく受け取りつつ。2人が何をしているのかと見てみるも、ショウはドリンクバーコーヒー三昧。ミィはいつもの通りに本を広げているな。

 

 ……ああ、そうそう。

 実は、現在、この小さなポケセンにはオレとショウとミィしかいないんだよな。利用客!

 

 このポケセンがある場所は闘技場の4階。4階というのは微妙な場所だ。トレーナーがたむろするバトルスペースからは上階、観光客の集まる屋上庭園からは階下にあたる。そもそも各階に二箇所はポケセンがあるし……エレベーターから離れた最端のこのポケセンは、人気が無いと踏んだのだ。

 それでもオレがここを選んだのには理由がある。

 先に挙げたのはあくまで、立地に限った話だ。オレみたいなトレーナーにしてみれば、利用客が少ないというのはそれだけでも利点。受け取りやパソコンの利用がスムーズに行えるという特典が盛り沢山だったりするのである。

 

「(いやさ。どうせ今、他の所のポケセンは、ポケモンを回復してる大会参加者らで混雑してるだろうからなぁ……)」

 

 それはそれで、学生らを巻き込んだ一大イベントだから仕方の無いことなんだけどさ。

 その点、このポケセンは建物の面積は(ポケセンにしては)かなり小さいものの、設備の内容は1階ロビーのものと比べてもそん色ない。それどころか何気に喫茶や売店、ドリンクバーは充実してるしな。利用客は今も、食事目当ての方が多い。

 なので今日はここのポケセンで夕食しつつ、スコアを眺めてから部屋に帰ろうと思ってたんだよ。寮には食堂もあるけど、あそこは食べながら長居するには向いてないしさ。

 久しぶりに来たけど、ここのポケセンは雰囲気も好きだ。内装やインテリアがシックな色合いに纏められており、パステルカラーで統一された万人向けのポケセンとは方向性が違い、落ち着いた感じがする。窓から一望できる景色も高層にあるポケモンセンターならではだ。

 

 

「おっと、その点については俺も同意だ。こっちのポケセンに入り浸ると、どうしても学生で賑やかなポケセンは居辛くってなー。……ポケセンの内装って、実は管理の人に任されてるんだ。このポケセンはこじんまりしてる分、費用が内装に割かれるんだそうで」

 

「へーぇ。つまりここのジョーイさんのセンスが良いって事なのか?」

 

「ん? あー、まぁ、ここの場合はそうなるかもな」

 

「……それが、私達が。このポケモンセンターをよく利用する理由でもあるのだけれどね」

 

 

 珍しく歯切れの悪いショウの言葉に、本から視線を上げたミィがちょっとだけ補足する。

 この場合にミィが挙げた「それ」というのは多分、内装センスの事じゃなくて……だ。

 

 

「―― あ、ショウ君。ミィちゃんも。また来てくれてたの? ありがとう!」

 

「ハッピッピー!」

 

 

 後ろから白衣の天使……じゃなくて、看護師と医療事務とポケモンドクターの複合国家資格……ジョーイさんの制服に身を包んだカチューシャ女子と、そのポケモンらしいハピナスが現れる。それぞれの腕に巻かれた「研修中」の腕章も印象的か。

 あ、見たことあるぞ。この人は確か、学園祭の時にミカンにお菓子作りを教えてた ――

 

 

「実習中に出てきて良いのか? ナナミ」

 

「良いのよ。もう今は実習時間外だし。ね、お福?」

 

「ハピッ!」

 

「……おっと、そういやいつの間にか17時も過ぎてるもんな。悪い、マルチバトルが進行遅れてて気付かなかった。……って事は、もしかして、待ってたのか?」

 

「ふふ。それはどうかなー」

 

「ハピピィ~♪」

 

 

 ハピナスの合いの手に乗って、その女子は笑みを深めた。

 悪戯っぽい笑みでショウとやり取りをする ―― お姉さんっぽいけど同年の女子、ナナミさん。

 お姉さんっぽさを全面に押し出した彼女は、マサラタウンにおけるショウの幼馴染の1人。今はジョーイさん資格を取るため、上級科生としてタマムシスクールに在籍しているのだそうだ。

 とはいえ、ショウの場合は幼馴染が多過ぎる。幼馴染という意味でなら生まれた時から隣に居たらしいミィや弟子でもあるカトレア、ナツメさんやエリカ先生は幼馴染に加えて年上属性まで完備という幼馴染セレブっぷりなのである。

 ……だから、なんとなくだけど、ナナミさんの個人的な印象はやや薄いんだよな。薄幸気味なキャラというか。ちょっと残念というか。

 

 

「(それはどうかな、ね。……バレバレでしょうに)」

 

「(ボソッと言わないでミィちゃん!?)」

 

 

 小声でやり取りをしているけど、こういう部分がさ。

 そんな微妙に落ち込んだナナミさんの横で、ショウはさして気にした様子も無いらしい。

 

 

「それよりナナミ、実習が終わったんならご飯食べてから寮に戻らないか?」

 

「えっと……良いのかな? あ、わたしは嬉しいよ。一緒に食べられるのは。でもショウ君のことだし、大会中はそちらに集中するものだと思ってたんだけど」

 

「いや、飯の時間まで集中はしないだろ。俺はどれだけバトル脳だと思われてるんだ?」

 

「だって家じゃ食べながらお仕事してたじゃない。グリーンも呆れてたっけ」

 

「……それはそれ、これはこれという事にしといてくれると助かるなぁ」

 

「はぁ。……どうせ、女子寮に戻るなら。ここで食べて行っても変わらないでしょう」

 

「んー、それもそうかな。ありがとショウ君、ミィちゃん。それにシュン君もね!」

 

 

 切り替えの早い人だな。とは思いつつも、お礼には頷いておこう。

 

 聞くに、ナナミさんは丁度、実習時間が終了した所だったらしい。

 ハピナスをボールに戻し、一旦ロッカーへ戻り着替えを済ませると、新たにナナミさんを加えたオレら一行は、ポケセンからフードコートに(同じ区画の中を)移動する。

 注文の品が来るまで、とりあえずオレが気になっていたことを尋ねる事にしとこう。さっきは途中で話が終わってしまったから。

 

 

「話を戻すけどさ。このポケモンセンターの内装は、確かに、一般的なトコとはかけ離れてますよね」

 

「だなー。でもま、ナナミがこのポケセンの内装をやってるのは本当だぞ」

 

 

 ……んん?

 いや、さっきの話だと管理の人じゃなかったっけ、内装決めるのって。

 そんな疑問の視線を横へ向けると、ナナミさんは少しあわてた様子で手を振っていた。

 

 

「あはは……やったけど、わたしが全部決めたんじゃないよ? 年間を通して貢献をするのが、実習の課題みたいなものなの。わたしの場合はその課題が、インテリアコーディネイトだったっていうだけかな。……ポケモンセンターの内装にも幾つか決まりがあって、落ち着いた色でまとめるのは、ちょっと難しかったけど……あ、でもでも、あれこれ考えるのは楽しかったよ? それにショウ君やミィちゃんも、こうやってよく遊びに来てくれてるものね」

 

「確かに、バトルの後とかは結構来てるな。ここのポケセンは固定客が居るんで、稼働率も立地の割にそこそこあるから、俺とミィで必死こいて通う必要もないんだけどな。ナナミ達の努力の賜物だろ。流石はナナミだ。ポケモンコンテストだけじゃなく、こういうのもセンスあるもんなー」

 

「もう、ショウ君ったら。あれはショウ君のポケモンで出場できたからこそだよー」

 

「いやいや。今じゃあいつら毛繕い大好きだからな……っと。一応補足しとくと、ナナミはポケモンのコンディション調整が上手いんだ。公的なコンテストで優勝したこともある」

 

「へぇー……」

 

 

 などと紹介を受けている内に、各々が注文した食べ物が完成していた。

 カウンターで受け取り、机に運び、手を合わせ、ちょいちょい口に運びながら話を続ける。

 

 

「……このポケモンセンターに関してなら、わたしなんかより、イチミちゃんとかミライ君の力が大きいと思うのよね」

 

「あー、イチミとミライな。あれは確かに経営の化け物だ。実家がポケセンとかいうポケセンの妖精、チユなんかも戦力としては大きいだろーな。……っと、噂をすればだ。ほれシュン、あっち」

 

 

 そう言いながら、ショウがくいっと首を向ける。

 するとそちらで、ジョーイさんの制服に身を包んだ女子が、此方に向けて手を振っていた。

 ……あ、手に持ってるのは回復が終わったオレのポケモンっぽい。どうやら届いたみたいだな、と、席を離れてカウンターまで近寄って行く。と。

 

 

「お待たせしました! 痛いのイヤイヤ! ナオッター!!」

 

「な、なおったー……?」

 

「タブンネ~」

 

 

 いきなりなぜか、目の前で両手バンザイをするジョーイさん女子。それとタブンネ。

 釣られてオレもちょっとだけバンザイ。彼女の胸元で揺れる名札には、「チユ」と書かれている。この不思議っ娘がナナミさんやショウの言う「ポケセンの妖精」であるらしい。

 オレも何度か「ナオッター!」を繰り返した所で、満足したらしい彼女からモンスターボール3つを受け取った。腰のベルトにボールを装着し、再び前を向くと。

 

 

「チユの所にも、話は聞こえてましたよ。でもこの第22ポケセンが立地の割りに安定して稼動できてるのは、チユの他にも、イチミちゃんとかミライ君とか! ナナミさんとか! みぃんながこのポケモンセンターの経営を手伝ってくれてるからなんです!」

 

「タブンネ~」

 

 

 にかーっという笑みを浮べておいて、「それではごゆっくりー!」という言葉を残し、チユさんは奥へと引っ込んで行く。一々付け加えられる「タブンネ~」はご愛嬌として。

 ……ああ、成る程。判ったぞ。

 

 

「いやさ。……面子が濃いのな、このポケセン!」

 

「その通りだ。とまぁこんな風に、このポケセンは元々人員が少なかったんで実習が始まった今、動かしてるのは学生が多くてな。だからこそこんな思い切った内装にも出来てる。小さいからこそ縛りが少なくて、自由が出来るってのも大きいか。……勿論、監修の人はいて、オッケーは貰ってるぞ?」

 

 

 そりゃそうだろうけどさ。

 面子が濃いってのは、学生とか関係ない気もするぞ。

 

 

「いや。俺としては、エリトレはかなり個性派だと思うんだが。……つってもこれ……学生が多く施設に実習してるのって、このポケセンに限った話じゃあないんだよな。ポリスやレンジャーは警備とか公安。ナースやドクターはポケセン。つまりこの大会には、エリトレ以外の上級科生徒も色んな形で絡んできてるんだ。大学をあげた最後の実習みたいなもんで」

 

 

 成る程。そういう背景もあるわけか。レンジャーを掛け持ちしてるショウならではの情報だ。

 因みにショウも一応、レンジャーの哨戒くらいには顔を出しているらしい。

 

 

「んでもって、話は戻るんだが……経営の化け物やポケセンの妖精なんて人員を集めてみせたのは、結局ナナミだよなって話」

 

「ふふ。おだてても新作の焼き菓子くらいしか出ないわよ、ショウ君?」

 

「流石はナナミ。抜かりないなー」 

 

 

 ありがと、とか言いながら木の実の焼き菓子を並べていくナナミさん。

 豪華な装飾がされた……ポフィン? いや多分、デコレーションしてあるからポフレかもしれないが。出来栄えは店売りしているものとそん色ない……どころか、それ以上の品だろう。お菓子作りの師匠は伊達じゃないな。

 既にサンドイッチの軽食を食べ終えたショウは、早速とナナミさんのお菓子にもフォークを伸ばしつつ。

 

 

「そんでこんな風に、そこかしこで学生らが動きまくるからこそ、世間における大会それ自体の注目度も高い ―― 」

 

 

 ショウはここで、ふと視線を逸らして、入口の側を見る。

 つられて、オレやナナミさんも視線を其方に向けて……ミィは一切気にしていないけど。

 半透明の自動扉が、左右に開いて。

 

 

「ですよね、クルミさん?」

 

「―― おやぁ? ばれてましたか」

 

 

 声に応じて、桃色の髪と眼鏡がトレードマークの少女が観念したという様子で姿を現した。

 ヤマブキ放送所属。色物系名物アナウンサーの、クルミちゃんだ。

 出入り口から現れたクルミちゃんは、驚いているオレ(とナナミさん)の近くへマイペースに歩いてくると、ペコリと会釈。

 

 

「初めましてぇ……と、言うほど知らない仲でもありませんですねぇ。解説は聞いてくれてましたか、シュン選手?」

 

「えっと……はい。初対面ですけど、どうもです。あの解説は……その、嫌でも耳に入るというか」

 

「おぉっと、その言い様。流石はショウ君の友人さんですねぇ! あ、だいじょぶですよぅ。アナウンサーにとって『嫌でも耳に入る』は褒め言葉ですからぁ。そうそう、ミィちゃんも、ナナミさんも、お久しぶりですぅ!」

 

 

 それぞれに如才なく挨拶を送りつつ、クルミちゃんは明るい感じで手をぶんぶんと振り回す。元気な人なんだな。解説そのまんまなテンションだ。

 クルミちゃんの挨拶が終わると、ショウは「それで」と間を取り持った。

 

 

「仕切りなおしまして。わざわざ出入り口で待ち伏せてまで、どうしたんですクルミさん」

 

「……んっふっふぅ。聞きました。聞いてしまいましたね理由を。このわたくし、何を隠そう……!」

 

「あ、ちょっと時間無いんで帰っていいですか」

 

「ちょぉっと待ったぁぁぁ!?」

 

 

 もう既に、やはり、ショウとクルミちゃんはこういう(・・・・)やり取りが出来る程度の仲らしい。ミミィちゃんの一件といい、TV関係者にも顔が広いのなコイツ。

 兎も角。アオイちゃんと共に予選の解説席(の賑やかし)を担当していたクルミちゃんが何故、この予選も終了している時間に、こんな端っこのポケモンセンターに?

 

 

「よくぞ聞いてくれましたぁっ! 皆さんこれから、わたしとアオイ先輩のインタビューを受けてくださいませんかぁ?」

 

 

 多分、この問い掛けの主体はショウとオレだ。クルミさんの視線がそれっぽいから。最初から名前も挙がらないミィがインタビューを受けないというのは、半ば確定事項なのだろう。実際ミィは本から視線を逸らそうとしない。オーラは出てるから気にはかけているみたいだけど。

 オレはショウの方を見る。視線が合って、オレが微妙に顎を引く。決断というか、この部分のやり取りはショウに任せたかった。オレにとってのクルミちゃんは、「ちゃん付け」が拭えない程度には画面の向こうの人だしさ。

 視線を受け取ったショウは肩を落とすと、いつもの。

 

 

「……はぁ」

 

「いきなり溜息ですかぁショウ君!? ええぇ、それは流石のわたしでも困りますよぅ!?」

 

「クルミさんの場合、困るのはリアクションでしょうに」

 

「……ですねぇ。どうしてこう、タレント路線なのでしょうか」

 

「アオイさんといい、貴方達の発言に問題がありますね。やり取りがコントメインなのも助長している原因かと」

 

「あ、それは判りますぅ。納得ですねぇ!」

 

「納得したのならなによりですがね」

 

 

 それで良いのでしょうか!

 ただ実際、2人とも数年後にはDJとかタレント業がメインになっていてもおかしくは無い働きぶりだからさ。重ねて、2人が納得してるなら良いんだけれども。

 

 

「そんじゃあ本気で話題を戻してインタビューですね。……うーんぬ。強いて言えばこの食事の後なら、まぁ、俺は良いですが。シュンはどうだ?」

 

「それならオレもです。どうせオレもショウも同じ部屋ですから、時間を合わせるのは苦になりませんし」

 

「わっかりましたぁ!! お二方とも、ありがとですぅ!!」

 

 

 クルミちゃんが左右の手を伸ばし、がっしりとオレ及びショウの手を掴む。上下に揺すられる。元気過ぎてちょっと痛い。

 そんな動作をいつまでたっても止めないクルミちゃんの頭部に「いい加減にしろ」と左の手刀(威力は無い)を叩き込むと、ショウがこちらを向いた。

 

 

「ああ、そーそ。この話になるのが遅れたけど、本戦出場おめでとうな、シュン。途中までは見てたが、試合前だったんでラジオ中継に切り替えて聞いてたよ。作戦がハマッたみたいだな」

 

「ありがと。……でもここからが本番だろ?」

 

「だなー。本戦は名前のある人がかなり出てきてる。まぁ、逆に言えば対策のたてがいがあるんじゃないかね」

 

「ですねぇ。今大会は実力がある……と目されている(・・・・・・)人が、順当に勝ち上がっているみたいですからぁ」

 

 

 ……ん? と、違和感を感じるものの。

 話に割って入ったクルミちゃんは、席の後ろから僅かに身を乗り出し、ショウの持っていたトレーナーツールの画面を指差す。

 

 

「そういやクルミさん。本戦の組み合わせって、もう出来たので?」

 

「はぁい。そちらの中継も済ませて(・・・・)から来たんですよぅ! えっへん! 社会人ですからぁ!!」

 

「あー、成る程。後の打ち合わせを抜け出しましたか。……アオイさんの苦労が忍ばれるな……」

 

「なんで判っちゃうのですかぁ!?」

 

「ここへ、到着するのが。早すぎるでしょうに」

 

「はぐぅっ、ミィちゃん鋭いですぅ!?」

 

 

 呆れたミィの突っ込みにクルミちゃんは大げさ気味なリアクションを取ってみせている。うん。これについては予想通りだ。

 ……が、ここでクルミちゃんはすぐさま表情を戻し。

 

 

「うーん……でもぉ、今の打ち合わせは解説の間を持たせる小ネタ作りだけ。アオイ先輩が居れば十分ですからねぇ。それに、選手と直接お話ができるとやっぱり解説も違いますよぅ? 選手紹介とか、場繋ぎの時もそうですねぇ。わたしがキチンと理解をしておく事で、よりよい実況もできるものだと思いますぅ」

 

 

 これだ。にへら、とした笑みとは真反対なクルミさんの対応に、思わず反応が鈍ってしまうのだ。

 ……正直、びっくりしたな。オレの想像していたクルミさんのキャラと実像とでは、かなりのギャップがあったみたいだ。

 元から知っていたのだろう。ショウは微塵も動揺を見せず。

 

 

「とまぁ、クルミさんはTVでのタレント染みたキャラとは裏腹にかなりきっちりした人なワケだ。キャラがたってる分、惚けてみせても様になるんで、そこを活かして多少は腹黒く立ち回ると」

 

「えぇ~……ショウ君、そういう紹介になるんですかぁ?」

 

「あの時に貸し借りなしだって、まぁ、そんな風味の事を言いました。なのでもちろん、遠慮はしません」

 

「またそうやって(おんな)じ様に煙に巻くんですからぁ。『いちゃもん』つけちゃいますよぉ! ぶぅぶぅ!!」

 

「ブーピッグが鳴いてますかね」

 

「残念、バネブーでしたぁ!!」

 

「うおう。ただでさえ水物の鳴き声を、しかも進化系統ですら間違いと言い切るのは流石ですクルミさん」

 

 

 相変わらずコンビネーションのよろしい事で。既に漫才の域だよな。ショウとクルミちゃん。

 長居もよくないと思ったのだろう。慣れたやり取りを繰り広げがら、各人がお菓子を食べ終えた頃を見計らい、ショウは席を発つ。オレらのトレイも重ねて、さっさと返却スペースへ。そこで此方に視線を寄こすと、騒がしいクルミちゃんを引きつれ、自然な流れでポケセンの出入り口へと歩き出した。

 ……ミィはそのまま図書館に向かうらしく、早足な感じで出口を潜ってしまったけどさ。

 

 

「うーん……インタビューって、何をすればいいんだ?」

 

 

 先行し、時折振り返りながら、オレを手招きするショウ。どうやら逃がすつもりはないらしい。オレにもクルミちゃんの相手をしろと、そういうことなのだろう。

 仕方が無い。慣れない事でも、やっておいて損はないだろう。スコアを眺めるのは部屋でも出来る。しかも部屋でやればショウの解説付きだ。というかエリトレは職業上、バトルの情報戦という意味では別にしろ、世間に名前を売っておいて損はないのだし。

 

 

「それに、クルミちゃんとアオイちゃんから大会参加者の情報もちょっとだけ聞けるかもしれないしな」

 

 

 そう考えればオレにも十分な利はあるだろう。

 なので鞄を抱え、ボールの中のポケモン達にもうちょっと待っててくれよと話しかけておいて。ボールがカタカタと揺れたのを確認して、多少ゆっくりながらも、2人の後を追うことにしたのであった。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 

「……。……あ、あれー。わたし、話題も移動も置いてかれてるよね? ちょ、ちょっと待ってよー、ショウ君!」

 

 







 アオイさんファン(とナナミさんファン)の方には申し訳ないですが、とりあえずこの辺で。
 書いているときりが無いもので……。ご容赦土下座。
 ですが大丈夫です。出番の機会は用意してあります……!(多分)


>>ナース

 診療の補助などを行う人の事。
 BWにて登場いたしましたトレーナー職。ドクターと同じく、バトルの後は回復役となってくれます。

 前話あとがきより、続き。
 とはいえ、この方達(ナース)とジョーイさんは何が違うのか……語源的にもポケモンドクターの女性版がジョーイさんなのか。ですがそうなると医療の主体となる方がポケセンでは受付をしていることになってしまいます。だとすると医療事務も兼任なのか……というかアニメの描写的にポケモンは外科的処置+謎の機械で回復をしている筈(ゲームのポケセンにジョーイさん1人しかいないのは流石に演出もあるでしょう)なので、そもそも専門技術は備えている必要が……あ、でも、知識がないと治療の判断が出来ないのでやっぱり専門技術は必要ですね。ただしそれだと医療機器担当のMEさんも兼ねていることに。うーん。そもそもポケモンって「ひんし」からの回復と医療は違うのでしょうし、道具を使うなら資格は必要なさそうですし。なのでジョーイさんはポケモンセンターを運営する為の複合資格という事にしてしまいました。もちろんポケモンドクターも複合資格で、トレーナーの上級資格はその1つとしておきましょう。ジョーイさんとの違いは、治療の主体がポケセン機器か外科的処置かという辺りに置いておくとして……(以下略。

 ↑ ここまで全て無駄思考。


>>ナナミさん

 折角の(久方振りの)登場シーンが、

 全体的に、

 クルミさんに持っていかれている。


 どうしてこうなった……(ぉぃ
 ただ出番がない症候群の彼女も、これにて、ポケセンで出会える素敵なお姉さんに。
 ……だからそもそも本編でタウンマップを貰う以外に出番はあるのでしょうかと。






 ▼チユ、イチイ、ミライ

 BW2に登場。トレーナーではなくジョインアベニューのオープンスタッフとして活動をしている方々です。
 初期配置なら、チユさんはナースで回復。イチイ&ミライは自職選択などの人員管理をしてくださっているエリトレグラフィックとなっています。

 ……どこまで脇役を出せば気が済むのでしょうね、駄作者私!


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1996/冬 アキを愛する人は

 

 大会の本戦を間近に控えた、一段と冷え込む2月の半ば。

 夏はあれだけ暑かったタマムシシティには、珍しく雪が積もり出していた。

 とはいえ、積もると言っても薄いもの。合宿の時にみたシロガネ山には遠く及ばない。それでも、街中に雪が積もるという光景それ自体が、こうして現実感を失わせるくらいの美しさを持っている気はするな。

 外を歩く子どもたち(オレも11才だけど)はイシツブテの替わりにと、雪玉を握っては投げ合っている。イシツブテと比べれば重さとか殺傷力とかが段違いだけど、岩と違う冷たい感触が楽しいのだろう。今度は保持し易さだけを考慮して重さを思考放棄した「オニゴーリ合戦」が流行らないことを祈るばかりだ。

 

 さて。

 雪が積もった闘技場の整備の為に設けられた2日の間日も、トーナメント本戦に集中していたいオレことシュン(バトル脳)ではあるが、2月の中盤には忘れてはならないイベントが有る。

 ……大丈夫。中止にならない。

 これ、おっきなお菓子業者の陰謀だからさ。

 

 

「人はそれを、バレンタイン・デーと呼んだ……!」

 

「なんだ、朝から……。ってか俺は同室者兼友人として、お前の奇行にどういう反応をすれば良いんだ?」

 

 

 起床1番のオレの呟きに、ドライヤーで髪を乾かしながらも律儀に突っ込みを入れてくれるショウ(シャワー出)。

 かくいう現在、時刻は朝6時。早朝である。

 ……一応言っておくと、早朝から変なテンションになっていた訳じゃない。ちょっと早朝のトレーニングを早めに切り上げたっていうだけだ。

 だってさ。チョコレートだよ。この際カードでも良い。貴賎は問わずWANTEDだろ。

 ……ただ、オレとショウとでは立場が違うんだよなぁ。

 

 

「お前の場合、もらえないって言う心配はないだろ?」

 

「これはこれで大変なんだが……ま、6歳くらいから貰えなかった前例は今の所ないな」

 

 

 ショウは「ちょっと待ってろ」と言ってパソコンを起動しながら、守衛さんに電話をかける。

 暫くして返答があった。ガラガラという車輪の音が部屋の前から遠ざかった所で、ショウが部屋の扉を内に開く。

 ……開くと同時に、だ。

 

 

 ――《ドサドサドサドサッ!!》

 

 

「と、この様に、雪崩みたいな現象がだな」

 

「贈り物が倒れる表現で雪崩という言葉が使われる事態からして、そもそも聞いたことがなかったな……」

 

 

 途端に荷物がなだれ込んできていた畜生め。

 この寮は人が多いため、郵便物は各自の部屋の前に置かれるのが通常である畜生め。

 325号室の扉の前に積まれたこれらは、今の電話で(台車によって)運ばれてきた物だろう畜生め。

 (チク)ショウは部屋着のまま廊下に一歩を踏み出し、「うわさむ」と身を震わせながら。

 

 

「毎年だと慣れてくるぞーっと」

 

 

 いそいそと、大切そうに抱えては包みを机へと移していく。何だかんだ言って楽しみにはしているらしい。

 オレらはよくショウの事を枯れてると言うものの、嬉しいものは嬉しいのだ。イベント事には全力で取り組む奴でもある。バレンタインもショウにとって、そういった楽しむべきイベントの1つなのだろう。

 

「(……というか、どこからこんなに……。……うお!?)」

 

 オレが興味からその手元に覗く宛名を見ると、国内各地方だけではなくまさかの国外……イッシュ地方やカロス地方なんかからも物が送られてきていた。

 国内の各地方は多すぎるので割愛するけど。

 

 

「その辺はイッシュからのだな」

 

「イッシュ地方……ショウは夏合宿の前、班員のマコモさんの研究で行ってたんだったっけか」

 

「まぁな。ちょっと王冠の掘り出しに付き合わされてた……以外にも、何度か行ったな。そん時の知り合いからだ」

 

 

 視線の先。

 この国から遥かに東 ―― イッシュ地方の筆頭を飾るのは、丸文字で「ほみか5さい、パパへ」と書かれた謎の小包だ。

 ……贈り物に似つかわしくない毒々しい包装と相まって、既に意味不明の領域である。まさか11才にして子持ちなんじゃあるまいな。

 …………あ、「パパ」の上に小さく(親が慌てて付け足した様な書体で)「名付けの」って書かれてる。なら大丈夫……いや、娘が5歳ってのはやっぱり駄目だ。逆算すると生まれた時のショウは6~7才だぞ? 名付けの親ってのはおかしいんだよ。普通は。感覚が麻痺してるなどうも。

 同じくイッシュ。「フキヨセカーゴサービスより、ショウ君へ」と書かれた包みには、少し焼けた肌の活発そうな少女が耐寒装備を整え、スワンナやウォーグルと共に小型飛空艇で空をぶっ飛んでいる写真が添えられていた。

 見たところ少女はオレ達より2つ3つ年下だろうか。だとすれば、グライダーまがいの飛空艇を乗りこなすというそのセンスは、あのソノコさんにも劣ってはいない。末恐ろしい。実にぶっ飛んだ才能だ。

 ショウが包みを移動させながら日焼け少女についての写真を捲っていると、中には同年代の絢爛美麗(シャイニングビューティー)なモデル体型の少女と並んでいる姿もあった。とても仲が良さそうだ。一見して活発そうなぶっとび少女とは正反対に見えるモデル少女ではあるが、友人ってのはそういう部分とは関係ないからな。

 ショウ(11才)はそれらを父性を込めた微笑みで見やり「カーゴ両親の娘さんにも友人が出来てなによりだ」と呟いて、次の荷物へ。

 

 

「そっちはカロスからか。……カロスも夏合宿の前に行ったんだったか?」

 

「ああ。いちお、そっちは初来国な。グリーンの付き添いでちょっと1周してきた」

 

「ちょっと1周とか、規模がなぁ」

 

 

 この国から遥かに西 ―― カロスからは先ず4つ、「ルスワール4姉妹」と括られた箱。ラッピングに独特のセンスを感じる贈り物が届いている。

 ……送り印はカロスなのに、現住所がホウエンになっているのは兎も角。

 …………どこの姉妹だよ。というか姉妹なのかよ。4人もかよ。しかも個別だしな! 緑色と赤色の贈り主は同年代らしく、特に気合が見て取れるほどの大きさで……あ、ショウは緑色(ルミタン名義)の贈り物にだけちょっと嫌な顔をしたぞ今。なんかチョコレートの他に女物のバトルシャトレーヌ用ドレスとかいうのが入っているらしい。それは嫌だな。確かに。ショウに着ろというのだろうか。

 カロスからは他にもフレアなんたらとかいう謎の組織や、美人な写真家さん。女優さんなんかからもショウの個人名義で贈り物が届いている辺り、底知れない感が半端無い。ショウの場合は元からだけど、再確認出来るというかさ。わざわざこっちの国の行事に合わせて贈り物をするってよっぽどだと思うんだよな。

 等々。1番上に見えている物をちらっと紹介するだけでもこれである。ワールドワイドに過ぎるぞ、ショウ。

 

 

「こうなってくるともう、すげーとしか言い様がない」

 

「あー、俺は顔が広いからなー。無駄に。それに、社会人なんで義理ってのも多いぞ」

 

「……一応聞くけど、義理って、それはショウの場合にも適用される通念なのか?」

 

「……。……俺としては、通用すると思うんだけどなぁ。信じておきたい」

 

 

 うん。触れられたくない話題なのは知ってた。そこをあえて聞いただけだ。義理と本命の境目って何処に有るんだろうな!

 

 

「それはさて置き。シュンも貰えるだろ? 幼馴染とかから」

 

 

 それらを踏まえつつ、ショウは(完全に流れを無視して)これみよがしに矛先を変えたものの……うん。

 いやさ。……実はね。……そうでもなくてさ。

 

 

「……! その落ち込み様。いや、まさか……あの凄まじいデレ比率なのに、貰えないなんて可能性が有るのか?」

 

 

 知らない内に哀愁でも漂っていたのだろう。尋ねたショウに向かって、オレは頷く。

 ああ。あるんだよ。実はさ。そんな悲しい可能性が、しかもなかなか高確率。

 

 ―― なにせ我が幼馴染ことナツホは、総計2分の1の確率でバレンタインのプレゼントを下さらないのである!

 

 

「なんかさ。ツンとデレが競合してツンが勝つこともあるみたいでさ」

 

「ツンデレか。……業が深いな」

 

 

 しみじみと語っては見るものの、此方にしてみればハラハラ感が半端ない。

 去年は貰えた。エリトレクラスへの進級試験合格祝いだとかと理屈をつけて。一昨年は貰えなかったな。ナツホがチョコを渡す前に遠投してしまって池ぽちゃである。

 とはいえ貰えない年も仲の良いナツホ両親からのフォローが入って、家で夕食を一緒にだとか、なんかんだでプレゼントっぽい行事は組まれているんだけどさ。

 だとすれば今年は……うーん。

 オレが確率とやらはどこまで信じて良いものか……脳内シュレディンガーのナツホ、と悩んでいるとだ。

 

 

「お。でも325号室あての荷物の中に、これがあったぞ。ほれ、シュン」

 

 

 山の内から何かを取り出したショウが、そのまま此方に投げて寄こす。

 長方形の箱がふわりと宙を舞う。オレは両手でキャッチしておいて……「コトブキヒヅキ」……っておい!

 

 

「投げるなよ!?」

 

「あー、それは悪かった。……じゃなくて」

 

「……そうだな」

 

 

 2人して冷静になる。本題はそこじゃなくて、つまりは、ヒヅキさんからの贈り物なのである。

 

 

「……チョコレートか?」

 

「……チョコレート……だな」

 

 

 緊張感やら何やらと共に慎重に包装を開いてみると、中身は、当然の如くチョコレートだった。コトブキ社ご令嬢らしく、海外の有名なトコから取り寄せたっぽい感じのだ。

 ……いやさ、個人的には嬉しい。ただ嬉しいのが悲しいというか後が怖いというか。複雑な感じなんだよ。

 

 

「貰えたことそれ自体は嬉しいんだよなぁ。ただ、このプレゼントを貰ったことによってナツホのツンの発動確率が変動しそうだっていう点には恐怖感を覚えるよ」

 

「成る程なー。流石はツンデレマイスター。あ、その場合は『もう貰ってるんだから』みたいな流れで貰えなくなるのか?」

 

「……どうだろう。張り合って貰えるってのも十分にありえるから、やっぱり五分五分だと思うけど」

 

 

 ツンデレマイスターオレ、思わず天を仰ぐ。オレ達の戦いはこれからだ!

 ……ごめん現実逃避だ。結局のところ、貰えるか否かは神のみぞ知る。うん。祈っておこう。貰えますように貰えますように。

 

 

「つっても今年はエリトレの大会があるし、貰えるんじゃないか?」

 

 

 微妙に苦笑しながら、ショウはそう励ましてくれるけどな。

 貰えると良いな、きっと貰える。……ただやはり、確証がもてないのが辛いところである。

 

 

「まぁ、なんだ。貰えなかったらむしろあげるか! シュンがナツホに!」

 

「代案をありがとうな、ショウ。ただそれは女子力が高いぞ」

 

 

 お前ならではの手腕だよ。そもそも作るだけの時間も無いしさ。

 などと、戦々恐々たる面持ちながら、いつも通りのやり取りを繰り広げつつ。

 よし。なにはなくとも腹ごしらえだ。まずは朝食を食べに食堂に向かおう。その後はバトルの練習もしなくちゃだし、な!

 

 

 

 Θ―― ヤマムシ樹海域

 

 

 

「うーん……よし。そろそろ切り上げようか、イーブイ(アカネ)

 

「……ブィ」コク

 

 

 なんだかんだ、3時間ほどの模擬戦を終えた所で声をかける。

 オレはバトルフィールドを駆け降りると、雪塗れになりながら息を荒げるアカネを抱え、綺麗な茜色の体毛から雪を払ってから、モンスターボールの中へと戻すことに。

 ふと視線を向ければ目の前、バトルフィールドだけがくり貫かれたように雪が掻き分けられている。どれだけ走り回ったのかが一目で判るよな、これ。

 練習相手だったケイスケも「戻ってりゅーたー」と、ミニリュウをボールに戻した。

 

 

「……んーぅ。この寒さだしー、バトルが外でやるんだったらぁ、どらごーんの動きが鈍るのも期待できるかもね~」

 

「でもフスベの里のドラゴンポケモンって、寒さには強いんじゃなかったっけ」

 

「それは他の場所のどらごーんと比べるとー、って言うだけだねー。動きは普通に鈍るよー」

 

 

 加えて、そもそも学生であるイブキさんとそのポケモンはタマムシで生活しているのだから、寒さに耐性をつけようがない……だ、そうだ。ケイスケ談。それもそうか。寒さ対策なんてフスベじゃないと出来ないものな。

 因みに、大会に参加したイブキさんの手持ちポケモンは既に判明している。

 

「(ハクリュー、シードラ、クリムガン。……この3匹だったな)」

 

 水タイプのシードラは寒さにも強そうだけど、残る2匹は紛れも無くドラゴンタイプ。本戦が行われる闘技場はドームではないため、ケイスケの考えもありっちゃありかもだな。

 とはいえ、判り易い弱点についてイブキさんが何も対策をしていないとは考え難い。公平さを演出する大会側も危惧している部分ではあるだろうし、臨時の暖房くらいは入りそうだ。あくまで可能性の1つに留めておこう。

 

 

「―― うーん。となるとやっぱり、対策は必要だよな。初手選出の読み合いみたいな形になるか……?」

 

「ねぇー、シュンー。シュンってばー」

 

「……と。悪い、ちょっと考え事してたよ。呼んだか?」

 

「うんー。だってさー、今日は午前ずっと練習してたけどさー、良いのかなぁーって」

 

「何が?」

 

「バレンタイーン」

 

 

 疑問を浮べたケイスケから、間延びした声。

 ……あ、いや、忘れてはいないんだけど忘れたかったというかさ。

 

 

「なんでか、ナツホに連絡もつかないし。どうしたものかなぁと、兎に角、バトルの練習に現実逃避してたんだよ」

 

 

 ちょっと肩をすくめながら、ケイスケには言い訳をしておく。

 ナツホにせめて、午前はこの「スーパーひみつきち(命名ケイスケ)」でバトルの練習をしている、というのだけでも伝えてはおきたかったんだけどな。メールは送ったんだけど返信が無いので、伝わったのかどうか定かじゃない。

 ただ、中日とはいえバトルに頭を割いておきたかったというのは本当の話だ。特にアカネには体を動かしておいて欲しかった。なにせ本番までに残された、慣らす(・・・)為の時間はかなり少ないからさ。

 とはいえ、全力に後ろ向きだという自覚はあるんだぞーと。

 

 

「んー。貰えないかもって心配なのはーぁ、ボクにもわかったけどねー」

 

「……そういやケイスケは貰わないのか? イブキさんとか」

 

「イブキはツンツンだからねー。それにー、ボクとイブキはー、どっちかって言うとライバルだと思うよー」

 

 

 ライバルか。確かにそうなのかも知れない。

 幼馴染だとは言っても、ホウエンの竜の里……確か「流星の民」とかいったっけ。まぁ、そんな遠い一族から留学みたいな事をしているケイスケと、フスベの里で生まれフスベの里で育ったイブキさんとでは、距離もあるに違いない。ショウの幼馴染セレブっぷりを見ていると、やはりどうも麻痺しがちだけどさ。オレの中で幼馴染がゲシュタルト崩壊しかけているんだろうって思うことにしたい。

 

 

「さて。そのライバルから見て、今年のイブキさんはどうだった?」

 

「シュンならいけるよ~」

 

 

 オレとしては、大会予選でイブキさんの様子を見ていたのであろうケイスケのご意見ご感想をいただきたかったのだが……おいおい。それで良いのかライバル。

 

 

「いけるいけるー」

 

「軽いな。そりゃまぁ歯も立たない手も足も出ない……って相手だとは思わないけどさ。でもそれって、要は、フレンドボールが平均レベルを圧縮してくれてるからだろ? もうちょっと何かないかなぁ」

 

「うーん?」

 

 

 ケイスケが首を傾げる。

 しかし、実のある話題を探しているわけではないみたいだ。すぐに表情をいつものだるそうなものに変えて。

 

 

「…………うん。イブキのポケモン達はー、確かに強いけどねー。育てるのはともかくぅ、イブキ自身がもうちょっと上手くならないとー、シュン達(・・・・)レベル(・・・)のポケモンバトルには勝てないかなー」

 

「そうか? でも、相変わらず、イブキさんの事となると辛らつだよなケイスケは」

 

「辛らつというかー、ぼくとしてはイブキに頑張って欲しいんだよねー……。だから期待を込めてというかー、そんな感じー」

 

 

 期待か。

 ……修行の間に聞いた「ドラゴン使いの事情」を鑑みれば、それも仕方の無い事ではあるのかもな。イブキさんにとっては大きな試練だろうけどさ。

 

 

「それでー、話題を戻すけどねー。……シュンならだいじょぶ、だよー。バレンタインもぉ」

 

「うん?」

 

 

 のんびーりしたいつもの調子で、ケイスケが後ろを指差す。

 追いかけて後ろを見れば。

 

 

「ほらねー?」

 

 

 ケイスケが指差す先で、ポニーテールがツンデレに揺れている。

 

 手を後ろに回して何かを隠す彼女の顔は、既に真っ赤だ。此方を上目遣いに伺いながらもじもじと内腿をすり合わせるその姿は、誰の目にも可愛らしく映るに違いない。可愛い。

 更に後ろではヒトミが眼鏡を光らせ、ノゾミがクールビューティーにサムズアップしている。ナツホの退路を断ってるなこれ。流石は実行力のヒトミと思索力のノゾミ。

 ……うん。これは、待たせちゃいけないよな。

 

 

「お待ちかねだよねー」

 

「……そんじゃお言葉に甘えて。今日も練習ありがとな、ケイスケ」

 

「お達者で~」

 

 

 ケイスケの台詞は色々とおかしいが、兎にも角にもお礼を言って、オレはその場から走り出す。

 

 うん。

 どうやら、嬉しい側のバレンタインになりそうで、オレとしては一安心(ひゃっほう!)だな!

 (一安心と書いてひゃっほうと読む、堪えきれず漏れ出した心の叫び)

 

 

 

 

 

 

 Θ―― 男子寮/325号室

 

 

 ただまぁしかし、大会の中日ともあろうものが、バレンタインだけで終わるわけも無いんだよな。

 その後も調整を重ねておいて、夜。

 自室に戻ったオレは、眠る前に1つ、同室者へと相談をもちかけておく。

 

 

「なぁショウ。1つ、聞いても良いか?」

 

「いいぞー。……んー、でももうちょい待って」

 

 

 そう言うと、仕事に手を着けていたショウは、机の上の資料を少しだけ端に追いやった。

 

 「鋼タイプポケモンにおける選択的半減タイプについて」。

 「ポケモン種別の進化レベルとトレーナーとの関係に関する第一報」。

 「新区別:フェアリータイプ総論 カロスにおけるポケモンタイプの変遷と追加」。

 「トレーナーが存在するポケモンにおける、バトルに関連した個別身体能力及び反射能力の基礎数値点」。

 

 等々。

 とてもじゃないが処理しきれるとは思えない題目が並んでいる。そもそもの題名からして難解だしさ。しかもこれらは全部がショウ主体の研究だというから、末恐ろしい少年である。むしろもう既に恐ろしい。

 資料をデスクトップPCの前に積み上げ、省電力モードを起動すると、ショウはベッドに腰掛けて体勢を整えた。ただしコーヒーは手放さず ―― 膝の上に自分のイーブイを繰り出す。

 

 

 《ボウンッ!》

 

 

「ブイー♪」

 

「これで良いか。んで、シュンは大会の間バトルについて、こっちから直接は助言を貰いたくないって言ってたから……あー、アカネの事情(・・)についての相談か?」

 

「よく判るな、今の流れで」

 

「伊達に支援Aじゃあないもんで」

 

「ブィ~ィ」

 

「それはよく判らないけど」

 

 

 イーブイはショウの腹に、オレはベッドの端に寄りかかりながら……支援Aとかが何を意味するのかは兎も角。

 同時に、オレの切り出した「話題」を汲み取ってくれたショウの聡明さにはありがたさを感じつつ、続ける。

 

 

「前に……というか、アカネを受け取った時だったかな。ショウは言ってたよな? アカネみたいに『微妙な色違い』は、自然でも珍しくないって」

 

「あー、まぁ、そんな感じのことは言った気もするな。ただアカネの場合はイーブイって言う比較的臆病な種族に属してるし、種族そのものがレアだってのもある。一概に珍しくないかって聞かれたら、俺は首を振ると思うぞ」

 

「……そこで『一概に』って言っちゃう辺りがもう、まだ冒頭にすら入っていない筈の話の流れを読んでるんだよな……」

 

「伊達に10ヶ月も過ごしてないもんで」

 

「それはまぁ、判るかもだ」

 

「ブゥィ」

 

 

 ショウとオレは10ヶ月も同じ部屋で暮らしている。朝練は一緒、クラスも同様でサークルすらも園芸でお揃い。挙句の果てにはイーブイを受け取る瞬間だって一緒だったのだ。そりゃ流れや思考だって判ることもあるだろう。

 そんなショウを相手に、もったいぶった言い方をしていても仕方があるまいな。

 

 

「率直に聞くけどさ。オレも少しは調べたんだけど、アカネみたいな『微妙な色違い』って ―― 進化しても色はそのままなのか?」

 

「……んじゃあ、承りまして。その質問に答える為に、前置きを幾つかしておくか」

 

「ブィッ」

 

 

 ショウがよっこいせと声を出して、ベッドから起き上がる。イーブイは息を合わせてショウの首元……肩に飛び乗った。

 顎に指を這わせ、ぴっと人差し指をたてて。イーブイがその横でぶいっと耳を立てて。

 長くなるぞという前置きの前の事前承諾をした上で、話し出す。

 

 

「最近の研究によって判ってる範囲だと、ポケモンの色違いってのは幾つかパターンがあるらしい。個体差の範囲内、ぽわぐちょやバスラオみたいに環境の差、ポケモンの種類によっては雌雄の差ってのも確認されてる。

 ただ、俗にいう『色違い』っていうのはそれとはまた別だ。そういう、アルビノに近いらしい色素そのものが置き換えられる『色違い』は、ポケモンっていう生物の場合、種族としての色から『大きくかけ離れたもの』に統一され易い。……まぁこれもバタフリーの場合に数種類……ピンクとかの変り種も確認されてたり、例外はあるっぽいけどな?

 んで、どうでもいい無駄話は置いといて。

 種族によって差はあるにしろ、この色違いの区分けはイーブイの場合はそのまま当てはまる。統計上、遺伝子レベルで変色した場合、イーブイって言う種族は毛が『銀色』に置き換わる事が多いんだそーだ。通常の茶色とははっきり区別される色だな。この遺伝子レベルの変色の場合、普通は進化先でも遠めに判別がつく程度には変色するっぽい。

 ただ、進化元になるイーブイは銀色なんて判り易い色なのに、進化系統は比較的……他のポケモンと比べると判り辛い部類になるみたいだな。シャワーズとブースターは特に、変化が目立たない(・・・・・)らしい。

 あー……まぁ、アカネの毛色の場合、体毛が茜色になってるって言うのはそもそも、ぎりぎり『地域による個体差の範囲内』だと思うんだ。俺があれからマコモさんやその同僚の博士の協力を貰って調べた所、マサキのパソコンに置き去りにされたイーブイ達の出自って、どうもイッシュのヒウンシティ源域に生息してる純血統らしいんだよな。俺んトコのイーブイも含めて、だ。だからこそシュンのアカネは特性だって『そう』出来たろ?」

 

 

 コーヒーを1口含む。

 立てた人差し指を顎に当てる。ついでに微笑み。

 

 

「まとめるとだ。DNA的にもシュンのイーブイは純血統で、色違いは個体差の範囲内だと考えられる。通常のイーブイは進化の石で進化しても、大きく色違いになる可能性は低い。むしろ薄まる可能性が高い」

 

 

 ここで一息、間を置いて。

 

 

「―― これらの例から考えると、結論は多分シュンの(・・・・)と同じだ。俺も、進化の石での進化先なら、アカネが先天で持っている個体差は余計に『薄まる』だろーなって予想をしとく」

 

 

 うん。やっぱりな。

 進化すると個体差が薄まる。綺麗な茜色のその体毛が、同種のものと近くなる。

 ……それはアカネにとって、嬉しい事なのだろうか。

 ……そしてオレにとって、喜ばしい事なのだろうか。

 思考と共に息を吐き出したオレに向かって、ショウは率直に切り込んでくる。

 

 

「そんで結局、どうするつもりなんだ?」

 

「ブイブイ?」

 

「……その辺はアカネ次第かなぁ」

 

「シュンのそのスタンスも含めて、俺は良い考えだと思うぞ。……やっぱり進化って『強くなる』もんな。アカネだってこの先もずっとサポート重視って訳じゃあないんだろ」

 

「アカネ自身はそう思ってるみたいだ。ヒヅキさんのブラウンみたいな、あんな感じのアタッカーにも憧れてるらしい」

 

「成る程なー。まーそれなら確かに、『どっちも出来る』のが好ましいかね。必要な時に力がないってのはやっぱり悔しいぞ。それは多分、戦ってるポケモン達だって同じだ」

 

「うん。大丈夫、それに関しては嫌ってほど実感出来てる」

 

 

 この大会の直前に、ユウキのイーブイはシャワーズに進化した。

 電子文面でやり取りをしているヒヅキさんのブラウンも、ホウエンのスクールには大きな大会が無いそうなのだが、サンダースに進化したと聞いた。

 そして、オレがアカネに「似合いそうだ」と思っている進化先は ―― もう1匹。

 

 

「しっかし、アカネには抜群にはまり役だろーな。性格的にも色的にも向いてると思うぞ?」

 

「ブイブイ!」

 

「ショウもイーブイも、太鼓判はありがとな。ただやっぱり、明日の最後の休日を使ってアカネとじっくり相談してみるよ。進化はポケモンにとっても一大事だし」

 

 

 バレンタインのいざこざがありつつも、結局は調整に費やした間日を経て、ポケモン達はおねむの状態だ。机の上のモンスターボールは既に、微動だにしていない。

 向かいのショウはにやけたままだ。こいつもマルチバトルの大会があるはずなのに、余裕が半端無い。コイツの様に何事も楽しめるのならそれが1番、だがしかし、そう上手くは運ばれぬのが人心というものである。

 

 上級科生によるシングルバトル大会。

 残るバトルは、決勝まで残ったとして最大5戦。

 

 

「……そろそろ寝ておこうかな」

 

「それが良いだろーな。俺も、続きは明日の朝にしておくよ」

 

 

 オレとショウと、揃ってベッドに身を投げ出した。

 何せ大会の……ポケモンバトルの中で。自分とそのポケモン達に最大のパフォーマンスを発揮してもらう事こそが、今のオレの仕事であり、目標でもあるのだからして!

 

 




 今回はここまで(というかこれだけ)ですすいません土下座。
 バトルは煮込み不足のため見送りになりました。申し訳ないですすいません地面に頭突き。
 代り日常回を挟んでおいて、ついでに仕込みをしておきました。
 この先は恐らく想像通りの展開ですが、とはいえ日常回がなくなる訳ではないのですよね。
 ちょいちょい伏線というか仕込んでいたネタも回収してはいますが、その辺りはあまり重要ではないので。ご愛嬌なのです。



>>ピンクのバタフリー

 バイバイバタフリーは涙なくしてみられません。
 関係ないですがサトシ君は早くピジョットを迎えに行ってあげてくれると私が嬉しい。
 ただ、ゲームのバタフリーの色違いはピンクではありませんね。いや本当に。
 しかしピンクのバタフリーはアニメだけの話ではなく、ゲーム内の会話にも登場します。確か(少なくとも)クリスタル版「いかりのみずうみ」に居るモブ人物が話していた筈です。うろ覚えですが、ですので、原作通りという事にしておきました。
 因みにGB版「いかりのみずうみ」周辺の人物は、「ピンクで花柄のポケモン」……つまりはムンナの登場を予見していたりもするのですよね。これも怪しい電波の影響でしょうか(ぉぃ

>>バン・アレン帯

 神秘の宇宙に存在するなにがしか。

>>バレンタイン

 監督でしたが何か。

>>企業の陰謀

 生徒会よりもマテリアルゴーストの方が好きな私は異端でしょうか(何

>>贈り物、ワールドワイド

 5才というのは想像以上に大人です。
 ただ、フラグというものは消化しないといけないのですよ……。

>>鋼タイプポケモンにおける選択的半減タイプについて

 ジュエル同様、調整が入りました(遠い目。
 個人的には、メガグロス様に『ふいうち』が通るため、大変に助かっております次第。

>>トレーナーが存在するポケモンにおける、バトルに関連した個別身体能力及び反射能力の基礎数値点

 もしかして:努力値



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1996/冬 本戦1回戦

 

 

 中日を終日訓練にあて、いつもの通りにベッドで眠ってしまえば、とうとういよいよ、来る本戦の当日である。

 オレは時間より早く会場入りをすると、選手控え室の中へ。同じく選手として待機するゴウやナツホと共に、一角を陣取って気合を入れなおしていた。

 

 

「僕は今日の2戦目。ナツホは3戦目。シュンは、初戦だったな」

 

「ああ。オレが先陣ってのも緊張するけどさ」

 

「しっかりやりなさいよ? シュン」

 

「大丈夫だって。勝っても負けても、やれるだけの事はやってるさ。それに、ゴウのグループも強敵揃いだ。ナツホもイブキさんの居る山に入ったんだから、オレより厳しい戦いになるんじゃないか? しっかりやりなさい……と、お返しするよ」

 

「む。僕たちも全力は尽くそう」

 

「う゛っ……ま、負けないもの!」

 

「そうだな。心配はしてないって。ナツホ達ならきっとやれるさ」

 

 

 ナツホの肩をぽんと叩くと、頬を赤らめやがるぜ幼馴染。

 こんなやり取りを見ての通り、思ったよりもリラックス出来ているなぁとは自分でも感じるんだ。夏大会で注目された経験や、ヤマブキ道場での修行による慣れだけではなく、本戦の場にゴウやナツホが居てくれたのも大きな要因なのだろう。

 そんな風に暫く雑談をしていると、マルチバトルに出場予定、ショウとミィのコンビも控え室に入ってきていた。後ろに続いて、エスパーお嬢様カトレア、その執事であるコクランさん(特別入場許可)、虫ポケ大好きなリョウ。

 いつものメンバーの中から此方の姿を認めると、ショウはいつもの軽い調子で手を挙げた。

 

 

「おいっす、シュン。勢ぞろいだな?」

 

「……そう、ね。控え室に居るのは出場選手なのだから、勢ぞろいしているのは当たり前でしょうに」

 

「知ってるぞー。季節の挨拶みたいなもんだって。……あー……因みにミィ、お前も出場選手だからなーっておい。何も部屋の隅っこからプレッシャーを放たなくても良いだろ。オセロだったら最強だぞそれは」

 

「ならばワタクシがショウの隣に……」

 

「お嬢様はショウらとは違いシングルの初戦に出場なさるのですから、先に登録をしに向かいましょう」

 

「むぅ……」

 

「頬を膨らませても時間は止まりませんよ。それでも良ければそのままどうぞ」

 

「……。……仕方がありません。また後でお茶をしましょうね、ショウ……」

 

「あっ。いっちゃったよエスパーさん。良いのかな、ショウ?」

 

「まぁお茶の約束もしたからな。そこでポイントを取り返せって事だろ。……それにそもそも、コクランに任せとけば本気で機嫌を損ねるこたーない。それが執事というものだ」

 

「なんの信頼なのよ、それは……」

 

「んー、まぁコクランはあくまで執事だからな。というかリョウ、お前も登録に行かなくていいのか?」

 

「あっ、そだねー。ぼくも行ってくるよ」

 

 

 隅っこで本を広げ始めたミィの替わりに、無言のまま頬を膨らませたエスパーお嬢様と虫ポケ大好き少年は退場を余儀なくされたものの。

 カトレアとリョウは本戦にも出場するからな。特にリョウは、オレと準々決勝……3回戦であたる位置に居るので、無視はできない相手である。これは虫ポケモンにかけた駄洒落じゃないので悪しからず。

 さてここで一歩引いて、控え室の状況はというと。相変わらず騒がしい一団を連れて来たショウに1度は視線が集まったものの、ミィのオーラに追いやられてか、選手たちはすごすごと四散していたりする。ハヤトいいんちょだけはオレに挨拶をした後、堂々とお茶をすすっているけどさ。

 

 

「……なぁショウ。視線を散らしたのは計算どおりか?」

 

「いやー、どっちかと言えば俺とミィがシングルトーナメントの出場者じゃあないってのが大きいんじゃないか? バトルしないなら注目する必要もないし」

 

 

 頬をかきながら解説を加えてくれるショウは、微妙な表情をしているな。まぁお互い幼馴染には苦労する、という辺りには共感できる。

 いずれにせよ選手間でのやり取りは、オレらの様に仲の良いグループでしか交わされていない。大会を前にして緊張しているのか、コンディションを整えているのか、はたまたリラックスを試みているのかは判らないけどな。こういう緊張感の混じった空気も、大会ならではというべきであろう。

 

 

「―― さて、そろそろ始まるかな。控え室から人がはけたら面白みもないし、俺達も観客席に移動するかねー」

 

「ええ」

 

 

 一団を含めて5分ほど。段々と人が控え室を出て行っている頃合で、ショウとミィが腰を上げた。

 放送はまだだが、入場時間は決まっている。早くから会場入りする……オレと同じ初戦を向かえる人たちが、既に移動を始めているらしい。

 うーん……今から入ればフィールドの確認や合わせが出来るけど、そもそもフィールドが出来てないと会場には入れてもらえないしなぁ。オレはもうちょっと後からで良いや。

 とはいえショウとミィの出場するマルチバトルの初戦は、出場選手が兼任も可であることから、シングルが終わった後にまとめて行われる。だからオレらの試合を観戦する余裕もあるし、そのために観客席へ移動するつもりであるらしい。

 ショウはミィと並んで、入口から振り返る。

 

 

「……全力の、貴方達を。期待させてもらうわ」

 

「ポケモンバトルを楽しんでやれば結果はついてくる……っては、無責任だから言わないけどな。でもその方が後悔は少ないと思うぞ? そういう意味じゃあお前らは間違いなく強いから、まー俺も期待しとく。ファイトだがんばー」

 

 

 激励の言葉(っぽいもの)がかけられるものの……相変わらず面倒くさい考え方をしている奴。ミィではなくショウの方な。

 

 

 その後も10分ほど待機していると、闘技場内に放送がかかってオレらも解散となる。ナツホとゴウを置いて、第一試合のオレも控え室を出る事にした。

 オレは磨かれた積み石の廊下を進みつつ。

 

「(さて、最後におさらいをしておくかな)?」

 

 言いながら、オレはトレーナーツールに視線を落とす。

 大会期間中、報道サークルからは毎日、大会の経過を知らせるペーパーが発行されている。かく言うオレも昨日クルミちゃんアオイちゃんとは別口で、本戦出場者として軽いインタビューを受けていた。ヤジウマ根性のある人だったな。名前は知らないけど。

 それは兎も角、目下データ化されたペーパーにあるトレーナー紹介の欄だ。

 本戦初戦の相手 ―― エリトレクラスのアヤカさんは、手持ちのポケモンを「草タイプ」で統一してるらしい。

 ただそれは、アンズさんみたいにお父上に憧れてとかいう理由ではない。

 

「(タマムシジムに入職希望。つまりはアピールなんだよなぁ)」

 

 そう。今回のお相手たるアヤカさんのコメントには、就職希望先として「タマムシジム」がでかでかと掲げられているのだ。

 タマムシシティにある公認ジムは昨年から、我らが園芸サークルの責任者でもあるエリカ先生がジムリーダーを務めている。特徴としては、専任タイプが「草」であること。その他に「男子禁制」であることが挙げられるだろう。……ただ「男子禁制」だとかいうのは実際には規定ではなく(というか規定だったら色々と法に触れる)、単に女性しかいない場所に誰も就職したがらない……ってだけみたいだけどな。結構出入りしているショウに曰く。

 まぁ、学生のうちから草タイプばかりを使用してます! となると、就職先に向けた強烈なアピールになるに違いない。彼女はこうして本戦にも出場出来たのだから尚更である。

 エリートトレーナーとして十分に活動出来るか否かは、こうしたアピールに拠る部分が大きい。それは春先に嫌というほど聞いた。ただ、オレにとってはまだどこか他人事なんだよな。大会は勝ち進む気満々だけどさ。

 ポケモンバトルで食べていきたい……って言うのは、あくまで理想形。実際、金銭的な問題は他のあれこれで何とかなる。理想に辿り着くまでの道中には、時間が掛かって然るべき。学生を卒業すると同時に、即エリトレ活動! だなんて無茶振りは、そもそも、そうそう叶うものじゃないのだ。焦る必要はないと思う。

 

 

「うん。オレは、目先のバトルに勝つことに集中しとこう」

 

 

 オレはオレ、アヤカさんはアヤカさん。

 本戦はトーナメント。1度負ければそれにて終了の厳しい戦いだ。……そういえばオレのグループDは予選からして、結果的には1度でも負けてたら敗退だったが……過ぎたことなので置いといて。

 その点、相手のアヤカさんにしてみればこの一戦は「将来をかけたバトル」にもなる。ポケモン達と共に、必死に、死力を尽くして立ち塞がるだろう。力を抜く理由はないし、全力を尽くすという点についてはオレと同じなのである。彼女が目先のバトルに集中していないという訳じゃあない。油断は禁物だ。

 ただ……必死に、か。うん。

 こちらの作戦は変えない。何せ弱点は、彼女のアピールポイントそのものだ。アンズさんとはまた違う形ではあるけれど言葉の通り(・・・・・)タイプが違う。「良い実践」にしてみせろ、という事だ。

 

 そうこう考えている内に、闘技場の中へと差し掛かった。

 本戦5回戦は全て、タマムシ大学の誇るメイン闘技場で行われる。受付の人は……居た居た。

 

 

「第一試合、エリトレクラスのシュンといいます。受付をお願いします」

 

「はい、トレーナーカードお預かりします。……確かに確認いたしました。この先を真っ直ぐ進めば、闘技場の入口に辿り着けますよ」

 

「どうも。……古めかしいというか、なんか意識して歴史的にしてあるのかな?」

 

 

 オレは案内の人に促されるまま、歴史を感じさせる石積みの通路を進む事にする。何度かの補修を経て今も愛用されるこの闘技場は、セキエイ高原に存在する闘技場の兄弟的な建物であるらしい。

 入場も予選とは違ってとても大掛かりだ。石積みの壁はあくまで装飾で、その奥には近代的な計器が詰め込まれている。持ち込み検査を兼ねたチェックゲートを3度通過し、何度も学生証を提示するという順路を経て、初めて闘技場の入口に辿り着く。

 

 階段を前に一度立ち止まり、オレは息を吸い込んだ。

 この先がバトルスペースだ。今はまだ、遠くに聞こえる歓声。階段の先からは眩しい程の白光が差し込んでいる。

 上を見上げ、1段目に足をかけた。ここからが本戦だ。見せ所だ。ここまでの道のりと同じく脚を動かして、階段を上ってゆく。

 ……さあ、全力を尽くそう。楽しもう。勝とう。そして見せてやろう。

 オレらの、ポケモンバトルを!

 

 

 《カタタタッ!》

 

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 

 ――《ワァァァ……ァァァアアアッッ!!》

 

 

 

『さあさあ、いよいよ選手達が入場して参りました! タマムシ大学上級科生ポケモンバトルトーナメント! その初戦の開幕です!』

 

『各所での熱いバトルを期待しますよぅっっ!! 解説もよろしくお願いしますね、カレンさん!』

 

『はい。こちらこそ、よろしくお願いします』

 

 

 足を踏み入れると既に、アオイちゃん、クルミちゃん、カレンさんという解説メンバーが解説を始めていた。

 スピーカーからの選手紹介をバックに、オレとその対戦相手であるアヤカさんが、各自トレーナースクエアを歩み出る。

 

 

『赤コーナー、エリトレクラス! タマムシシティ出身のアヤカ選手! タマムシジムに入職希望と宣言するだけあって、手持ちポケモンを草タイプで統一しての参戦です!!』

 

『アヤカさんはそれだけでなく、育成に熱心な人でもあります。手塩にかけたポケモン達の奮闘にも注目して欲しいですね』

 

 

 紹介されました……微妙に照れた表情のアヤカさんと、中央部で握手を交わし。

 

 

『白コーナー、これまたエリトレクラスからぁ……キキョウシティ出身のシュン選手!! Dブロックを勝ちぬけての本戦出場ですよぅ!!』

 

『彼はポケモンの特徴を生かした育成と、戦術とのかみ合わせが上手い選手です。試合繰りに期待しましょう』

 

 

 等々、カレンさんがちょいちょいコメントをはさんでくれる。なんだかんだ、解説には真面目な人だよな。

 ……さて。歓声が凄いのでアヤカさんと言葉を交わすことは無かったが、試合前ならこんなものだろう。本戦という一触即発……いや、この表現が正しいのかは判らないが……兎に角、ただの馴れ合いは好まれない舞台なのだから仕方が無い。

 オレがトレーナーズスクエアに戻って一息ついていると、それまで注がれていた観客たちの視線が和らいだ。どうやらついさっき登録した手持ちポケモンが、電光掲示板に表示され始めたらしい。

 

 

『それでは、出場選手のポケモン達を紹介しましょう! アヤカ選手の手持ちは……クサイハナ、ルンパッパ、フシギソウの3匹!』

 

『対するシュン選手はマダツボミ、クラブ……おおっと、そしてイーブイがブースターに進化している様子ですよぅ!?』

 

 

 大げさな紹介をしながら、吃驚してくれるクルミちゃん。

 いや、そんな大々的にお知らせしてくれなくても良いんですけど……とは内心思うものの、これも実況席の仕事の1つである。やはり、仕方が無いかと諦めておいて。

 

 うん。まぁ、そうだな。

 

 先日ちょっとショウにも相談していたけど ―― アカネは先日、ブースターへと進化した。

 バトルにも慣れ始めてきただとか、肉体的にもしっかりしてきただとか、本戦前というタイミングが良いだとか、色々な機会が重なっていた。進化に必要な「炎の石」は、シオンタウンでのボランティアの際にショウから貰っていたため、あとはアカネの一存。大事だったが、アカネにとっても進化はいずれ訪れるものであり、進化をする際には力強く頷いてくれていた。

 環境に敏感であるイーブイ。そんなイーブイの進化形態は幾通りもあるのだが……オレとて適当にブースターを選んだわけではない。

 

 

『ブースターは炎タイプですねぇ。これは、アヤカ選手への対策という事でしょうかぁ?』

 

『……わたし個人の意見としましては、今までを見る限り、シュン選手はそこまで短絡ではないと思いますが』

 

『というと?』

 

『わたしも全ては判りませんけれど……草タイプのマダツボミ。水タイプのクラブ。そこへ炎タイプのブースターが加わったことにより、チームのタイプバランスがとれて役割がより明確になった、というのは理由の1つだと思いますよ』

 

『なるほどなるほど。確かに、基本的なタイプが揃った事になるんですね』

 

 

 おおっと、実況席に思考を先取りされているけど……その通りである。

 カレンさんの言う通り、チームのバランスがというのも理由として挙げられる。今までのイーブイ……つまりノーマルタイプは、苦手も少ないけど得意も少ない、良くも悪くも中間的なタイプだ。だからこそ「ノーマル」とかいうよく判らない名前だったりするとはショウの談。

 勿論タイプが変わったことによって今まで以上に得意不得意の差は出始めるけど、いちトレーナーにしてみれば、勝ち筋が強化できるというのは大きな手札になり得る。そもそも強くなったのは間違いないしさ。

 ……因みにそれら以外の、最後の一押しになった理由はというと、オレの手持ち画面に映った「臆病そうだけど、少し小奇麗な毛色のブースター」の様子を見てもらえば伝わると思う。

 目立つのは悪い事じゃない。でも、だからといって、当人にとって良い事だとは限らないのである。

 

 

 さて、前置きはここまで。思考をバトルに切り替えよう。

 2分あった待機時間が刻一刻と目減りする。少し状況をまとめておきたい。

 

 

 本戦になったため、オレらトレーナーはポケモンに持たせるものとは別に「道具」が使用可能になった。

 

・回復アイテムとして「いいキズぐすり」。

 

・状態回復アイテムとして「どくけし」「まひなおし」「やけどなおし」「こおりなおし」「ねむけざまし」。

 

・能力上昇アイテムとして「プラスパワー」「ディフェンダー」「スペシャルアップ」「スペシャルガード」「エフェクトガード」「クリティカット」「ヨクアタール」。

 

 これらの中から、合計2つまでが使用できるルールだ。使う道具は試合の状況によって選べるけど、フィールドの中へ遠隔投与するための「ミラクルシューター」を起動しなければならないので時間を食う。使用のタイミングもまた、トレーナーの技量が試される事になるだろう。

 

 目の前に広がるフィールドは草原+水庭。

 中央部に起伏のないくるぶし丈の草原が広がっていて、周囲を水庭が取り囲んでいる感じだ。隠れる場所は水中以外にないと言って良い。草原だから草ポケモンが有利なんて、そんなストレートな事があるとは思わないけど、技を使うときに便利なのは間違いない。オレってフィールドに恵まれていない気がするぞ。文句を言っても仕方がないけどさ。

 水庭はこの際クラブ(ベニ)専用……ではなく、相手のアヤカさんの手持ちにもルンパッパが居る。ルンパッパは「水・草」の複合タイプのポケモンだ。二足歩行で陽気に踊るポケモンなので水中が専門ではないにしろ、水を扱うのも苦手ではあるまい。

 

 最後に……今までの試合と最も違う点は「本戦である」。これに尽きる。

 観客は多く、緊張は増し、相手のレベルも高くまとまっている。判断ミスは命取り。

 ……とはいえ試合だけを見ていれば、集中が途切れる心配もなさそうだ。ヤマブキシティは挌闘道場での暑苦しい特訓が効いてるぞ、これは。

 

 

『さあ! いよいよカウントダウンだよクルミちゃん!!』

 

『了解しましたよぅアオイちゃん! 始まりま……始まるでガンスぅ!!』

 

『なぜ言い直したんですかクルミさん……と突っ込むのは野暮なのでしょうね。わたしも予選で学びました』

 

『ですよぅ、3!』

 

『ですよね、2!』

 

『えっと……1!』

 

 

 掌からボールを投げるより早く、待ちかねた観客席から歓声が沸きあがった。

 白と縁のボールがくるくると回り、草原の真ん中辺りで同着、ポケモンが飛び出してゆく。

 

 此方のポケモンはマダツボミ(ミドリ)

 

 相手は ―― クサイハナ!!

 

 

「ハナナ」

 

「ヘナッ!!」

 

 

 茶色の花弁を揺らし花粉をばらまきながら降り立ったクサイハナに、すっかり先手が板についてきたミドリが相対する。妙にフィールドの端っこにいるけど、その点については後でだ。水場を使いたいわけでもないと思うんだけどさ。

 ついで間をおかず、オレとアヤカさんの指示がとぶ。

 

 

「ミドリ、『ヘドロばくだん』!」

 

「ヘェ ―― ナッ!!」

 

 

「『ねをはる』のよ、クサイハナ(オオハナ)!!」

 

「ハァンナッ」

 

 

 ミドリが口から毒々しい色をした『ヘドロばくだん』を吐き出すと、クサイハナはそれを正面から受け止めた。足元でがっしりと根を張り、地面から養分を吸収し……「体力を回復する」。

 なるほど。これはある意味、予想通り(・・・・)ではあるな。

 

 

「押し切るぞ、ミドリ!」

 

「ヘナッッ!!」

 

「次は『グラスフィールド』ッ!!」

 

「ハヌァッ」

 

 

 力を込めたクサイハナに従い、足元の草原が濃い緑色に。力強さを増した植物たちから、小さく緑色の光が漏れ始める。

 『グラスフィールド』はいわゆる「フィールド変化技」だ。草タイプの技を強化し、地面に居るポケモン達のHPを少量ずつ回復させる効果がある。先の『ねをはる』と合わせて、粘り強く戦うつもりなのだろう。

 油断をしてはいけないけれど……つまりアヤカさんのクサイハナは、「持久戦をしかけてきている」。

 しかし動いてみた限り、性格や育てもあってか、オレのミドリが先手をうてる。

 

 ……ならば!

 

 

「ミドリ、『アンコール』!」

 

「ヘェ、ナッ!!」

 

 

 ――《ペチペチペチペチッ♪》

 

 

 ミドリが両の葉っぱを打ち鳴らすのと同時に、遅ればせながら、アヤカさんが指示。

 

 

「『ドレインパンチ』……って、ええっ!?」

 

「ハニャ?」

 

 

 ただの拍手 ―― では、勿論ないぞ。

 クサイハナの『ドレインパンチ』が直撃するも威力はない。ミドリの茎は、自分より太いクサイハナの拳を悠々と受け止めてみせてくれた。今クサイハナが出せるのは『グラスフィールド』のみ。他の技を発動することが出来なくなっているのだ。

 対策は万全だぞ、っと。動けないままのクサイハナを、今度はミドリが『ヘドロばくだん』で攻め立てる。

 

 

『マダツボミちゃんの「アンコール」によって「グラスフィールド」を強要されるクサイハナちゃん、反撃出来ないですよーぅ!』

 

『これはクサイハナ、一方的な防戦になりますか!?』

 

『えぇ。草と毒の複合タイプであるクサイハナ相手なら、「ヘドロばくだん」は十分に通る攻撃ですからね。回復量を上回るのも難しくは有りません』

 

 

 先日予選でパウワウも使っていたけど、解説にある通り、『アンコール』は相手が直前に出した技を固定回数「強要する」という特殊な技だ。有用な使い道は今の通り、変化技を強要することによって「ペースを奪い返す」ことが出来るのである。

 さては、こちらの『ヘドロばくだん』による攻勢。

 ……しかしミドリが押し切ろうかという直前、ギリギリのタイミングでアヤカさんはクサイハナに指示を出す。

 

 

「一旦戻って、クサイハナ(オオハナ)!」

 

「ハンヌァ」

 

 

 アヤカさんの指示に応じ、『ねをはる』の効果で大きくは移動できないクサイハナが一歩、フィールドの外へと足を踏み出す。

 ……成るほど、そういうことか。

 

 

『クサイハナ、フィールド外です。ポケモンの交換を行ってください』

 

 

 審判員から指示が飛ぶ。これこそがフィールドの端にクサイハナを繰り出した理由だったか。

 通常、『ねをはる』を使った場合はモンスターボールの格納機能が使えなくなる。対象がポケモンだけではなく地面なども含まれてしまうから、っていう理由らしいけどそれは今関係ないので兎に角。

 フィールド外に出たら交換。これは本来『ふきとばし』や『ほえる』の効果を試合の中でも再現できるようにと作られたルールだ。けど、うまく利用すればアヤカさんの様な使い方もできるらしいな。勿論、ただの攻撃ではみ出した場合にでも交換しなければいけなくなるというデメリットも存在すると思うけど。

 考えているうちに、アヤカさんがクサイハナの根をほどき終わり、新たにボールを投じる。

 

 

「出番だよ、お願いルンパッパ(ネジマキ)!!」

 

 《ボウンッ!》

 

「パッッ、ルンパッ♪」

 

 

 交替、ルンパッパ!

 このタイミングで交換したのは『グラスフィールド』を残したという意味で十分な効果を持つ。クサイハナは他にも支援技を多く持っているだろうから、残しておきたい役割なのかも知れないが。

 ……だけどこの場合、ルンパッパには此方の『ヘドロばくだん』が効果抜群で通ることになるんだよな?

 タイプ相性だけでいうなれば、ミドリに軍杯が上がるこの対面。

 ならばアヤカさんの狙いは ―― やっぱり(・・・・)

 

 

「ネジマキ、『しぜんのちから』っ!」

 

「ルンパッ……パァッ!!!」

 

 

 十分なHPと最終進化系の能力を持って『ヘドロばくだん』を耐え切ったルンパッパが、こちらに向けて両手をハの字に構える。

 同時に、ルンパッパの雨受け皿が光り輝き。

 次の瞬間『しぜんのちから』―― もとい変化した『ハイドロポンプ』が、凄まじい勢いをもってミドリに衝突した。

 

 

「ヘッッ……ナァァッ!?」

 

『なんとルンパッパ、タイプ相性とかガン無視した技威力重視の水流攻撃ぃぃぃッ!! ルンパ汁ブッシャァァァァッ!!』

 

 

 クルミちゃんが何かもう、いっそ残念な感じに叫びだ(リアクション)しているけどさ!?

 ミドリは「こうかいまひとつ」のはずの水流によって、大きく体勢を崩されている。『ハイドロポンプ』はそれだけの威力を持った技なのだから当然でもある。

 

 『ハイドロポンプ』。

 水タイプ特殊技、最大級の火力。

 圧倒的にして単純なその種は、水による質量攻撃!!

 

 『しぜんのめぐみ』……ではなく『しぜんのちから』は、フィールドによって威力もタイプも変動するという特殊な効果を持ち、水庭を力の源として使った場合には『ハイドロポンプ』として機能する。

 ここで都合が悪いのは、ルンパッパが水技を使いこなしまくっているという点だ。ミドリが属するマダツボミという種族は、お世辞にも防御能力に秀でているとは言い難い。勿論その分「生かすべき部分」はあるのだがそれはまた、あとの話にしておいてだ。

 多分アヤカさんは、この攻撃でミドリを倒しきるつもりだ。そうじゃなければここまで無理な攻勢には出るはずもない。……ならこの場面、甘んじて『ハイドロポンプ』を直撃される訳にも、ゆくまいさ!!

 

 

「反撃行くぞ、ミドリ!」

 

 

 オレの叫びに、葉っぱを交差して根っこを踏ん張るミドリが小さく頷く。

 相手が遠距離の最大威力でくるのなら……全部を受けきる前に、だ!!

 

 

「回り込むぞ!!」

 

「ヘナッ……ヘナナッ!!」

 

「っ! ネジマキ、しっかり狙うのよ!」

 

「ンパッパ!」

 

 

『おおーっと、マダツボミ、蔦を使った高速移動! ルンパッパの水流が追いつけません!!』

 

『「ハイドロポンプ」は威力を重視する為に制動能力を犠牲にします。素早く旋回しながら狙いをつけるのは難しいのでしょう。ただでさえ今の「ハイドロポンプ」は、「しぜんのちから」から変換するための時間が必要ですからね』

 

 

 水庭はフィールドの端にある。ルンパッパが放つ『ハイドロポンプ』が通常よりも扱いが難しいのだろうとは、読めていた。

 ……とはいえ、ミドリもギリギリだ。クサイハナ戦で体力を残していたのに加え『グラスフィールド』による回復があるにもかかわらず、今の攻防だけでかなりのHPを削られている。

 それでも動きは鈍らせず。ミドリは時折フェイントを入れながら、ジグザグに距離を詰めてくれる。

 

 目測。

 

 6メートル、

 

 5メートル、

 

 4……、

 

 3!!

 

 

「『パワーウィップ』を『ぜんりょく』だ、ミドリ!!」

 

 

 射程距離に入った瞬間、ミドリは大きく体を捻った。

 移動に伸ばしていた蔓を勢い良く巻き取りながら、勢いをそのまま前方に向けて放る。

 ずっと練習していた『パワーウィップ』。草タイプ物理の最大技だ。『つるのムチ』と違って、使うための制限が厳しくなるし、動かし辛さもある……けど、これだけの近距離で振り回してしまえば命中させるのは難しくない!!

 

 

「ヘェ ―― ナッッ!!」

 

「ルンパッ!?」

 

 

 《ズビィッ》――

 

 

「……パッ……パ!」

 

 

 ――《スパァァァンッ!!》

 

 

 

 強烈な蔓の2撃を受けて、まったく怯む事無く立ち向かったルンパッパが宙を舞う。

 草むらに倒れた彼は、目を回したままだった。よっし。

 

 

「よっし、ナイスだミドリ!」

 

「ヘナナッ!」ビシィ

 

 

 オレとミドリはいつものハイタッチ。

 けれどハイタッチしながらも、前を向いたまま、喜んでばかりはいられないぞと気を引き締める。

 

 

『ついに最初の1匹がダウン! ルンパッパ、戦闘不能ですぅ!』

 

『最後は綺麗に決まりましたね。とはいえ……』

 

 

 うん。カレンさんが言葉を濁したのも無理はない。

 なにせ『パワーウィップ』を使いきるまでに間があった。ルンパッパが最後の技を発動させている。

 

 

 《ポツ、ポツ、ポッポツ》

 

 ―― 《ザァァァァァ!!》

 

 

『ルンパッパ最後の技「あまごい」が発動! というか土砂降りじゃないのかこれはーっ!?』

 

 

 大声をあげているアオイさんには完全に同意だぞおい!

 それにしても、アカネが呼ぶのとは雨粒の勢いが違うな。ルンパッパに水タイプが入ってるから優遇されているのだろうか?

 とはいえ、雨の勢いが強くとも(この程度であれば)『あまごい』の効果は変わらない。

 オレはアヤカさんの考えを辿る。

 ルンパッパで突破するつもりというのは、一応の根拠がある考えだった。だとすればそのルンパッパが敗北した今、最後に出された技は後続へのサポートであるはずだ。

 水タイプの能力アップ……は、残るポケモンからして重要な項目ではないとして。アヤカさんの他の手持ちはHP減少済みのクサイハナ、そして攻撃特殊両方の攻撃を得意とするアタッカー・フシギソウ。

 対して、こちらの手持ちはクラブ(ベニ)マダツボミ(ミドリ)……そしてブースター(アカネ)

 

「(うん。多分、炎技を警戒してるとみて良いハズ)」

 

 『あまごい』による雨天候には、炎タイプの技威力を減少させる効果もある。副次的なものだけど、草タイプにもしっかりと効果は通っているからさ。

 一応奇襲も警戒しておきながら、オレは頭の中で勝つための手順を組み立てる。

 アヤカさんが次のポケモンとしてクサイハナを出したなら……

 

 

「もう1度、頼んだよっ、オオハナッ!」

 

「―― ハンヌァ!」

 

『アヤカ選手、次のポケモンとしてクサイハナを選択ぅッ!』

 

 

 ここまでが、予想の通り!

 逃さずにこちらのペースに持ち込む場面だよな……と!

 

 

「オオハナ、『まも……」

 

「戻ってくれ、ミドリ!」

 

「……る』って、ええっ!?」」

 

 

 後手後手ですよ、アヤカさん。

 そして出番だっ、

 

 

「出番だっ、クラブ(ベニ)ッ!!」

 

 

 ――《ボウンッ!!》

 

 

「グッグ! グッ……」

 

 

 中央部からやや前方。

 雨粒をかき分け、ボールを飛び出した赤い体は、素早く(ハサミ)を振り上げ、『シザークロス』!! 

 

 

「あっ、えっ……あ、オオハナ!?」

 

「……グゥッ!!」

 

  ()()()()()()()() ()

 

「ンハァッ!?」

 

 

 ベニの攻撃を受けたクサイハナが、大きく仰け反る。

 

 

『シュン選手、相手が「まもる」を使うと読んでクラブに交換! そのまま怒濤の攻勢だぁーっ!!』

 

『両腕のハサミを素早く交差ぁぁ! 恐らく「シザークロス」でしょうかぁ!?』

 

『ええ。抜群では無いですが、等倍で通る虫タイプの技 ―― 「シザークロス」に違いありません』

 

 

 大きく仰け反り……体を起こせないまま、地面に倒れ込む。

 審判員がびしりと手を挙げ、そのまま勝敗が告げられた。

 

 

「クサイハナ、戦闘不能!!」

 

 

 よしよし。狙い通りの予想通り。

 加えてさらに、アヤカさんの残る手持ちはフシギソウ。悩む暇も猶予もなく最後の1匹、アヤカさんはフシギソウを繰り出し ――。

 

 

「ヘッナナァァァッッ!!」

 

「―― フッシャァァ……」

 

「フシギソウ、戦闘不能! よって勝者、キキョウシティのシュン!!」

 

 

 ベニは突破されたものの、手持ち1 VS 3。後続のミドリによって止めを受け、戦闘不能と相成った。

 兎も角も、これで1回戦突破だな。

 ボリューム最大の歓声の中、オレはぐっと拳を握る。

 

 

『1回戦、勝利選手はシュン選手っっ! 見事な勝利です!』

 

『それではカレンさん解説をぉ』

 

『テンポが早くないかなクルミちゃんっ!?』

 

『次の試合が控えてますんで巻きで行きましょうよぅ!!』

 

『……では試合事情も鑑みまして』

 

 

 コホンっと咳を挟んで、どうやらカレンさんが解説をしてくれるらしい。向かいのアヤカさんも、倒れて目を回したフシギソウを抱きかかえながら拝聴モードだ。

 さて、ではオレも拝聴。

 

 

『私見も挟みますが、アヤカさんは確かに、ポケモンの個性を活かしています。それぞれに適した役割を持たせてあるのでしょうね。クサイハナは『グラスフィールド』や『メガドレイン』を使った持久。持ち物は恐らく『たべのこし』か『くろいヘドロ』。ルンパッパは水タイプとしての特殊アタッカー。持ち物は恐らくダメージ増強。フシギソウが特殊物理、両方の攻撃役。こちらも恐らくダメージ増強……といった形でしょうか』

 

『ほむほむ。……んむ? つまり、育成の方針はあるんですよねぇ? ですけどぉ、わたくしとしては、その割にはシュン選手が押せ押せだったと思うんですがぁ……』

 

『クルミちゃんの意見に加えて、シュン選手の手持ちポケモンとの相性が悪かったわけでもありませんよね』

 

『はい。……ですが、ポケモンの個性を活かすことに終始してしまったのでしょう』

 

 

 カレンさん解説は、まさにその通り。

 草ポケモン達の個性としては合っている。間違いじゃない。

 だからこそ、対面する勝負相手であるオレにも、それら画一的(・・・)に割り振られた役割が「読めてしまった」のである。

 

 

『性格や種族の個性は大事です。活かす事も同様に。けれども、ポケモンは折角「技を(・・)沢山覚えられる(・・・・・・・)」というのに、役割を1つに限定してしまうというのは……勿体無いのではないか、とも思いますね』

 

 

 成る程。うんうん。攻略する側であるオレからしてみれば「弱点は明確」だった訳だけど、研究者的に言えばそういう表現になるわけだ。

 流石はショウの同僚。

 ……と、舌を巻いているとだ。

 

 

「―― 勝負、ありがとうございました。でも、そうなの?」

 

 

 うぉ……っという驚きの声は、なんとか喉までで留めておいて。

 解説を聞いている内に、対戦相手のアヤカさんがこちらの側まで歩き出てきてくれていた。

 オレは慌ててその手を取り、握手を交わしておいて。……「そうなの?」という問いかけは恐らく、「解説の言ってることは正しいのか」という意味だと解釈して置いて。

 

 

「ええっと、ありがとうございました。……解説は、オレとしては言うとおりだと思います。クサイハナが持久戦を仕掛けてくるのは読めていたので、そこを『起点』にさせてもらいました」

 

「やっぱり、そうなんだ。……草タイプを極めるための道のりも、結構困難なものなのね。エリカさんの凄さが身に染みて実感できる。うん、精進精進」

 

 

 頷きながら、アヤカさんはどこか楽しそうな表情を浮かべている。どうやら、心配は無用そうで何よりだ。

 

 

「君はジョウト出身なのね? いずれまた、カント―に来てくれるかな。タマムシシティのジムに挑戦してよ! 今度はわたし、貴方に全力を出させてみせるからっ!」

 

「楽しみにしています」

 

 

 こちらをびしっと指差すと、アヤカさんは闘技場の反対側の出口へと駆け込んでいった。

 あの調子なら、次はもっと強くなっているに違いない。楽しみにしていよう。

 ……うーん、オレがカント―のジムに挑戦するかどうかは、まだちょっと未定だけどさ?

 





 あけましておめでとうございました(過去形。
 新年の挨拶は活動報告にでも。

※H28、2月6日、ちょっとバトル内に説明を追記しております。


 今回はこれ1話だけの更新となります(分割すべき分を詰め込んだので字数が溢れております)ですが……うぅん、相変わらず説明が長い私。
 もうちょっと削れないものですかね。いえ、これでもかなり悩んで削ったのですけれども。かなり削ってこれという辺りに不甲斐なさというか、ヘタさというか、そういうのを実感してしまっています。自己嫌悪。あとがきが長くなるか、本文が説明臭くなるか。選べない選択ですよ……。

 でもこの書き方(思考追い経過パターン)が1番好きなのでやめられないんですよね、駄作者私(わたくし)

 今回の対戦相手は皆さん見ての通り「ポケモンの種類的に間違っているとは断定できない指示をしてはいるけど、前の相手が見えていない」技の選び方をしています。
 確かに相手は(未進化)マダツボミでしたが、初っ端から「持久力あげていこうぜ」とか結構理不尽な指示。そこまで相性が良い訳でもないルンパッパを後だしで返り討ち。タイプ相性だけから甘く見ていたクラブのサブウェポンによる敗北。
 ……ちょっと可哀想かも? と思わないでもないですが、彼女は草タイプに関する知識を詰め込んだタマムシジム大好き少女なので、基本的には我を通そうとする選択をするかなーと。結果こうなりました。
 深読みしすぎも良くないですが、自分の戦略だけをみていてもこうなりますよね。実体験なのです。はい。


▼エリートトレーナーのアヤカ
 FRLG:クサイハナ、ウツドン
 HGSS:フシギダネ、フシギソウ、フシギバナ

 FRLGのタマムシシティジムに居る、記念すべきポケットモンスター最初のエリートトレーナー。
 そういう意味合いもあって、初戦は彼女と決めていました。ルンパッパはFRLGで本気を出していない的な台詞があるので、彼女の本気メンバーと言う事にしておいてくだされば助かります、私が。
 HGSSではトージョウの滝を超えた先に登場。台詞的にも手持ち的にもFRLGと同一人物っぽい、珍しいお方です。 


「タマムシジムへようこそ!
 やるわね!
 今日は強いポケモン持ってこなかったから……」


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1996/冬 本戦2回戦

 

 

 バトルを終えてすぐさま、オレは別の会場へとひた走る。ゴウとナツホのバトルが開始されているためだ。

 しかしそんなオレの心配はどうやら、1回戦に関して言えば杞憂であったらしい。

 

 

「―― ゆくぞっ、レアコイル(テツゾウ)!」

 

「ビビビビ」 

 

 

 ジムリーダークラスの人を相手に、鋼タイプのレアコイルを前面に押し出した入れ替え戦の末、ゴウが勝利。

 

 

「わんたっ、やっちゃいなさいっ」

 

「わふぅっ!!」

 

 

 手持ちの相性が良く、なんとナツホもジムリクラスの人を相手に勝利。と、2人とも1回戦を突破することが出来ていた。

 本戦に勝ち進んだ32人のうち、ジムリクラスの人員は19名。つまりエリトレクラスの人たちも13人が勝ち進んでいる計算になる。元もとの比率がおおよそエリトレ100対ジムリ30だったのだから、見事な逆転現象である。恐ろしい。

 逆に言えば、オレの1回戦の様に、本戦でもエリトレクラスの人と当たる可能性は十分という事でもある。とはいえ勿論、勝ち進んでいるエリトレクラスの人たちも油断できない奴らばっかりだったりするんだけどさ。

 

 

「さて。これでオレらは3人とも、初戦を突破した事になる訳だけど」

 

「2回戦は明日。組み合わせを観に行くべきだろう」

 

「そうよね。ふふんっ、でも今のアタシなら誰が相手でも楽勝よっ」

 

 

 ナツホが明らかに増長しているけれど、ツンデレという特性ならばこの増長も力に出来るに違いない……と、信じたい。オレはそんなナツホにそーだなーとか適当に相槌をうちながら、闘技場の入口に向けて歩いて行く。

 移動している目的は、とりあえず1つ。ゴウの言う「組み合わせ」を見に行く事だ。

 本戦2回戦からは16人ずつの「山」の中で対戦相手がシャッフルされる。そのため、1回戦全てが終了した時点で次の対戦相手が発表される。

 組み合わせが決まった時点でトレーナーツールに連絡は来るにしろ、やっぱり見られるなら直接みたいよな。という事で、こうして闘技場の入口にまで戻ってきたのである。

 

 ……が。

 2階の通路から、オレら3人がひょいと顔を出すと。

 抱き合っていた(様に見える)2人がびくっと。

 

 

「っ……」バッ

 

「……あー」

 

「……」ギュッ

 

 

 握っていた胸元を離し、背中へと隠れ、裾を握りなおすカトレアお嬢。そして、隠れられたショウ。

 微妙な沈黙。気まずい感じ。

 

 

「……修羅場、か」

 

 

 ゴウがぼそりと発した声が、いやに響く。

 ……さて。そうだよな。見なかった事にして、と。

 

 

「いや、待て。本気で待ってくれ、シュンもナツホもゴウも。それは勘違いだ」

 

「……」

 

「勘違いではないだろ。今の場面を見られたら修羅場るのは確かだしさ」

 

 

 とか言いつつ、オレらは脚を止める。

 オレの指摘にショウは「いやー、だいじょぶだと思う……だいじょぶだよな?」と自信なさげな様子。

 ……ふぅ。冗談はここまでにしておいてやりますか。一応、思い当たる節もあるしな?

 

 

「カトレア、負けちゃったのね」

 

「……」ギュッ

 

「まぁ、そゆこと」

 

 

 空気を(ある意味)読んで、ナツホが確認。頬をかきながらも、ショウはその場を離れようとはしていない。後で涙の後を残しているらしいカトレアお嬢を、その身体を衝立代わりに隠したままだ。

 泣いているカトレアお嬢に、その師匠たるショウ。

 つまり、カトレアお嬢様は本戦1回戦で敗北を喫してしまったのだろう。

 

 

「あー、相手がいきなりのマツバさんだったからな。タイプ相性もトレーナー技術も、今はまだマツバさんのが上回ってる。カトレアにしてみれば、良い経験にはなっただろ」

 

「……ですが」ムゥ

 

「はいはい。確かにオレとミィは、マルチトーナメントの1回戦は勝ち抜けたけどな。ルールも相手のレベルも段違いだって。だから不貞腐れるなよ、カトレア」

 

 

 どうやら、同時進行して行われたショウとミィの「マルチバトル」の試合は見事に勝利したらしい。それこそ先日言ったように、タマムシスクールで相手になるのはあの双子くらいのものなのだろう。其方はある意味予想の通り。

 置いといて。

 マツバさんの専任タイプはゴースト。カトレアのエスパーポケモン達は、マツバさんのエースであるゲンガーには相性が良いとは言え、その他の手持ちも考えると土台からして不利な戦いだったのは間違いない。

 ショウの言う通り、相手が悪かった。それでも負けたのは悔しいだろうな。とはいえ同情して喜ぶようなカトレアお嬢様でもないので、そこはショウに任せて触れずにいておいて。

 

 

「それより組み合わせの発表はそろそろだ。掲示板 ―― ん、出た出た」

 

 

 ショウが指差す先に、オレも視線を向ける。

 2階通路から見下ろす……いや、2階通路からも尚見上げる必要のある、巨大な電光掲示板。

 その電光掲示板をばばんと覆う一面のやぐらが、一斉に色を変え始めていた。

 敗退した選手にバツ印。

 勝ち進んだ選手の名前がやぐらの中心に近付き。

 名前は動きを止め、一斉に入れ替わる(シャッフル)

 

 吹き抜けのロビーに歓声が沸いた。

 

 1階にも2階にも3階にも、出場選手たるトレーナー達が集まっていたからこその、歓声。

 それは歓喜であり、恐慌であり、単なる驚きでもあり。オレ的には多分、歓喜……で良いと思われる。

 やぐらで向かい合ったのは、見覚えのある名前。

 

 

「オレの2回戦の相手。ハヤトいいんちょ、だな!」

 

 

 こうしてオレことシュンの2回戦の相手は、決定したのである。

 

 

 

 

 ΘΘΘΘ

 

 

 

 

 明けて翌日。

 色々と準備を済ませ、オレらは再び闘技場へ。控え室でゴウやナツホと別れ、出番を待つ。

 

「(それにしても、相手はいいんちょか)」

 

 いいんちょこと、ハヤト。

 同郷キキョウシティ出身。このタマムシスクール上級科エリトレクラスで「主席」たる、エリート中のエリート男子生徒である。

 この場合の主席とは主に座学による判定であるため、バトルの腕前と直結しているわけではないけれど。アンズちゃんが「次席」であったように、要するに席次とは「次の段階へ進むための箔」なのである。

 うん。アンズちゃんにしろいいんちょにしろ、ジムリーダークラスに進む気満々だからなぁ。父親がジムリーダーという所も、ファザコンという所も共通しているし。……2人の相性が良いのか悪いのかは、不明だけどさ。どちらかと言えば言い合いになりそうではある。

 そんな風にまとめつつ、昨晩かけて描いた作戦を脳内で確認していると、選手入場の時間となっていた。

 名前が呼ばれ、コロッセオ的な入り口が重い音を立てて左右に開閉。溢れる歓声。

 

 よし。行こう。いよいよ2回戦!!

 

 闘技場の観戦席は、あいも変わらずというか、寧ろ先日よりも人が多いくらいだった。

 タマムシシティだけではなく、カントー全域。隣のジョウト地方。加えてそれらだけには留まらず、なんとヴイアイピーと書いてビップと読むお人たちも観戦に訪れているらしいとはショウの談。

 ……いやさ、暇なのだろうか? VIPの方々。決して掲示板の事ではなくて。

 何分、たかがカントーの学生によるポケモンバトルトーナメントなのである。娯楽としてはそこそこだとしても、将来性としてはまぁまぁだとしても、だからといって直接見に来るほどの事なのでしょうかと。

 などなど。

 意味も無く考えを回しているのは緊張からなのだろうか。それはさておき、先ずは挨拶からだな。

 目の前、バトルフィールドの中央へ。

 

 

「今日は宜しくな、いいんちょ」

 

「おれの方こそ、宜しく頼む。良いバトルにしよう」

 

 

 爽やかな笑顔と共に手を差し出すいいんちょと握手を交わす。

 さて、準備までの時間はもう少しあるみたいだけど……。うん。いいんちょと会話をするのは(何故か)かなり久しぶりな感じもするので、積もる話もあるだろう。ハヤトが口を開く。

 

 

「こうしてバトルをするのは久しぶりだな、シュン。もしかするとキキョウシティでのポケモンスクール以来か?」

 

「そうかもなぁ。それに、真剣なバトルとなると初めてだし」

 

 

 こっちに来てからも、バトル自体は結構やってたけどな。スクールのポケモン達でさ。

 なんとはなく昔を思い返しながらそう返すと、いいんちょが目を大きく見開く。ついで、笑った。

 

 

「そうか。そうだな。真剣なバトルとなると初めて、か。……おれ達もそのつもりでかかる事にするよ」

 

 

 いつになく真剣な笑みで、ハヤトいいんちょはそう話してくれるものの。

 ……なんか藪蛇だったか? このハヤトに勝たなければならないとは、中々の難題であるのは間違いないな。まぁ油断しているハヤトに勝っても嬉しくはないし、意味もない。そもそも知己だからといって油断するようないいんちょでもないので、うん。気にしない方向で置いとこう。

 

 

「そろそろ準備の時間だ。それじゃあ、シュン」

 

「ああ。それじゃあ、いいんちょ」

 

 

 互いに背を向けて、トレーナーズスクエアへと戻ることにする。

 

 さては、本格的に2回戦の始まりである。

 オレはポケモン達に支給の「アイテムバッグ」を装着しながら、アイテムを選別してゆく。

 「アイテムバッグ」はポケモンの手持ち道具を隠すために唯一バトルフィールドへの持ち込みが許されている道具だ。例えば「きあいのタスキ」なんかは、身体にかけていては相手にバレバレになってしまう。道具を隠し持てるポケモンであれば良いけど、そうでないポケモンも、当然多く存在する。

 そういった部分で公平さを保つためのカバンがアイテムバッグ、という訳だ。因みに中には1個しか入れられず、しかも木の実なども中に入れているだけで発動させられるらしい。マダツボミみたいに隠し持てる部分(この場合は主に捕虫器の中)があるのなら、バッグを使わず持ち込みも許されるんだけどさ。

 尚、バッグに入れた場合には効果発動のタイミングが選べない。アンズさんの時みたいにタイミングを選びたい場合には、はじめっから口の中に入れておくとか工夫をする必要があったりする。アカネは尻尾のもふもふの中に隠し持ってたので。

 

 いいんちょ相手、対策は事前にたてられた。

 あとはバトルの流れ次第だな。と。

 

 

『それではではではっ! 本戦2回戦、そろそろ開始しますよぅ!』

 

 

 これまでアナウンスを使用して来場者への説明を行っていたクルミちゃんの音声が、闘技場内部へと戻ってくる。

 来るなり。

 

 

『和風イケメン VS 業界注目度高しシュン選手っ! さて、オッズはどうなっていますでしょうか!?』

 

『賭けてませんからねー。ええ。不穏当な事をいうのはこの口ですか、クルミちゃん』

 

『いひゃいいひゃい……いひゃいいひゃいいひゃいッッ!?』

 

『縦縦横横とはまた渋い選択を。後半が痛いんですよね』

 

 

 確かにそれは不穏当でしょうに。クルミちゃん、芸人肌だなぁと。

 

 

『いひゃい……』

 

『わたしがお仕置きしておいたので許してくださいね、お上の方々と選手方々。では、仕切り直させていただきまして! お二方の準備も宜しい様で……本戦2回戦、キキョウシティ出身トレーナー対決! ハヤト選手 VS シュン選手!』

 

 

 会場の弛緩した空気をちょっとだけ引き締めるため、長めに間を取るアオイちゃん。

 その間に、オレとハヤトの視線が改めて交錯し。

 

 

『バトルッ……始めっ!!』

 

 

 ブザーに重なったバトル開始の掛け声に合わせて、モンスターボールを投げ合った。

 初手、

 

 

  ()()()()()()() ()

 

「―― ピジョォッ!」

 

「―― ッグ!」

 

 

 ピジョンが空に浮かび、クラブ(ベニ)が地上に降り立つ。

 ハヤトの中で上手く回したい相手は、やはりエアームド。鋼という防御力に長けたタイプに加えて、空を飛ぶことが出来る飛行タイプでもある。弱点は明白だけれど、それだけに対面が良い場合は無類の強さを発揮する。

 オレとしてもエアームドには炎タイプであるアカネを当てていきたい。

 ハヤトにしてみれば、物理攻撃力が高いオレらメンバーへの対策としてエアームドを温存しておきたい。

 つまり先鋒の対面がこう……ピジョンとクラブになった理由は、オレもハヤトも「様子見」をしておきたかったという事なのだろう。

 

 

『さあ、ハヤト選手のピジョンとシュン選手のクラブとの対面となりました初手! 互いの指示はっ』

 

「ピジョン、『舞う』んだ!!」

 

「ベニ、距離を詰めてって中央!」

 

 

 オレの指示に従い、ベニが「丘陵」フィールドの中央部へと駆けて行く。対するピジョンはというと、空に留まってバサバサと羽を動かし出した。

 それにしても「舞う」……『フェザーダンス』か。

 確かにこれは、ピジョンを上手く生かす形だ。『フェザーダンス』によって物理攻撃力を下げられたベニは、ピジョンに対する有効打を失っている。『はねやすめ』によって回復できるHP分が、ダメージを上回っているのである。

 警戒しているのは物理攻撃ながらに間接攻撃が可能な『しぜんのめぐみ』だろう。とりあえず今は届かないので、物理攻撃を当てられるタイミングを見計らう「てい」で居るけど。

 

「(いいんちょ、オレのベニを流す(・・)つもりか)」

 

 先ほどにも挙げたとおり、この「勝負全体」の分岐点は、アカネに誰が相対するかという部分にあると思う。オレのメンバーの炎技は、起点にしろ直接にしろ、全てアカネに集約されているからさ。

 だとすればベニを「流す」……後退を余儀なくさせ、続いて繰り出されたアカネにアドバンテージをとるという流れは、十分な意味がある。ミドリに関しては飛行を扱うハヤトのポケモン達とはタイプ的な相性が悪いし、後出し(先行でポケモンを交替し、攻撃を1度食らう形)するには分が悪い。交換するとすればアカネだというのは、理論としては間違いもない。

 

 

「ベニっ、そのまま『あわ』!」

 

「ブクククッ!!」

 

 

 オレは相手の『フェザーダンス』に合わせて後出しから間接技を指示。届かないけど仕方なく、という部分を強調しておく。

 勿論オレも、闇雲に指示しているわけじゃない。考えが絞れているなら、それを崩すのがトレーナーとしての役目(みせどころ)なのである。

 ピジョンが空を飛んでいる間は、残念ながらベニお得意の物理攻撃も届かない。狙いは必ず挟んでくるであろう飛行タイプの回復技『はねやすめ』の、初回だ。

 慎重に相手を観察。ハヤトの回復指示のタイミングは絶妙である。こちらの攻撃では倒れず、それでも十分に回復量を維持できるタイミングで、必ず繰り出してくる。

 ……でも、だからこそ「読める」。

 ピジョンが地面に降り立つという事は、ベニお得意の接近戦が挑める距離になるという事でもあるのだから。

 今は攻撃力を殺されている……と、安全だとハヤトが考えている内に。

 初めての回復。訝しまれる、その前に!

 

 

「再び舞うんだ!」

 

「ピジョジョッ!」

 

 《バサササッ》

 

 

 届かない空の上、ベニの『あわ』を物ともせずピジョンが2度目の『フェザーダンス』。

 とはいえ2度も攻撃を受ければ回復を挟みたくなってくるはず。重ねての使用により、次に使う『はねやすめ』の回復量は相対的に増大 ―― ハヤトがピジョンと、数瞬、視線を交わし。

 

 

「ピジョン、『休め』!」

 

 

 そんなオレの脳内を知らずして、ハヤトは素早く腕を振り下ろす。

 

 

「ピジョッ」バササッ

 

 

 指差した……フィールドの端に降り立ち、ピジョンが翼をたたむ。

 先手がピジョンなだけに、狙いはつけやすい。ベニに合図を送る。脚を素早く動かし、中央から接近。よし。十分に届く距離!

 

 

「ベニッ、よく狙う(・・・・)ぞ! 『かわらわり』ッ!!」

 

「ブククク。……グっ」

 

 

 脚を曲げ、ベニが跳ぶ。ピジョンの上からハサミを振りかぶる。

 『はねやすめ』は特殊な回復技で、使用している間「ひこう」のタイプを失う。つまり今のピジョン……ノーマル単タイプには、格闘タイプの『かわらわり』が効果抜群だ。

 

 

「―― っググゥ!!」

 

「ピジョッ!?」

 

 《ベコォンッ!!》

 

 

 慌てて飛び立とうとしたピジョンごと、逃げ場である上方を取ったベニがハサミを振り切った。地面に大きくクレーター。

 効果抜群だとはいえ、ハヤトとピジョンの側としては倒れるつもりはないのだろう。攻撃力の低下というのは、それ位には重要な効果を持っている。

 

 

「狙われたか……しかし、反撃だっ、ピジョン!」

 

 

 声高に叫ぶハヤト。

 ……でもさ、いいんちょ。信用ならないのはオレとしても重々わかるけどさ。本意ではないらしいけど、あれだってショウ達が頑張った研究成果の1つなんだ。

 しっかりくっきり底をついたHPを、さっきから一生懸命に表示してくれている電光掲示板。見てあげてもいいんじゃないかなと!!

 反応が無い事に気付いたいいんちょは、視線を下ろして見えてきた光景に目を見開いた。

 

 

「ピジョン! ……まさか!?」

 

『ピジョン、戦闘不能! シュンのクラブの勝利です!』

 

 

 驚くハヤトの前で、目を回したピジョンの様子を確かめ、審判員が戦闘不能を告げる。

 よし、突破!

 

 

『クラブちゃんのトンデモ威力の「かわらわり」が炸裂ぅぅっ!! ハヤト選手のピジョン、派手にのされてしまいましたよぅっ』

 

『威力もさることながら錬度の高い精密な攻撃です。正中の良い所……急所に当たりましたでしょう。ただでさえHPが減っていましたし、いくら「はねやすめ」の直後といえど、あれではひとたまりもありません』

 

『ほうほう。急所ですか。そう言えば確か、クラブが固有とする「クラブハンマー」のように、急所を狙いやすい技というのもあるんですよね』

 

『でもでもぉ、今のは「かわらわり」でしたよ? 特に狙いやすい訳ではないはずですぅ。それでも狙っていたんですかね?』

 

『ううん……確かな事は言えませんが、例えば、練習を重ねている。そういう道具を持っている。あるいはそういう効果を持つ木の実が発動しているなど。状況が揃っていれば、混戦の中で狙って当てることも不可能ではないでしょうね』

 

 

 ハヤトが「ひんし」になったピジョンの状態を確認している間を埋めるべく、解説間でのやり取りが続く。

 カレンさんが鋭すぎるけど……そう。オレのベニは今「ピントレンズ」という道具をアイテムバッグの中に入れている。「ピントレンズ」の効果はその通り。「急所を狙いやすくなる」というアイテムなのである。

 訳あって、今のベニは「技の追加効果を発動させられない」。だからこそ道具にも頼った。急所に当ててしまえば、技による能力低下は無視できる。格闘タイプの技で威力を重視するならもう1つあるけれど、熟練度を考えると『かわらわり』を選択したかった……という流れである。まぁ、まだバトル中だからいいんちょにも解説さんにもリアクションはみせないでおくけど!

 反対側のトレーナーズスクエア。ハヤトはこちらに一瞥をくれ、笑っておきながら、次のポケモンが入ったボールを投げた。

 

 

「押し切るぞっ……エアームド!!」

 

 《ボウンッ!》

 

「ェァームドッ!!」

 

 

 堂々名乗り上げておいて、金属質な翼が空に羽ばたく。

 重そうな外見のその癖、飛行タイプ。随一の防御力を持つポケモン ―― エアームド!

 

 

「『当てる』ぞ、エアームド!!」

 

「『あわ』で迎え撃つぞ、ベニ!!」

 

 

 同時に指示がとんだ。

 ……けど、これは予想の範囲内!!

 

 

「ムドォッ」

 

「ブクククっ!」

 

 

 エアームドは、ベニとの距離を保ちながら周囲を旋回。時折星形の光線……『スピードスター』を撃ち放ってくる。

 対するベニはというと、『あわ』。ぶくぶく噴出した泡は宙に浮かび、空中を飛び回るエアームドに当たってはぱちぱちと、軽い感じにはじけて消える。

 ……ええと、さっきからの不出来に関して言い訳をしておくと、時間は限られていたから習得する技の取捨選択は大事だったんだよ。遠距離特殊技は、ベニも苦手がっていたしさ。

 

 

 《バシュシュシュシュシュンッ!》

 

 《ブクククク、ブククッ!》

 

 

『物理攻撃の届かない空から、ひたすら「スピードスター」! これは一方的な展開かっ!?』

 

『反撃はしていますけれどね。ですが、この対面は決まりでしょう』

 

 

 解説に従い、段々と歓声が増してくる。見た目派手な遠距離戦に観客も熱気を高めている様子だ。

 攻防が都合3回。降り注ぐ星形の光線に埋もれ。

 エアームドがハヤトの前に立ち戻り、勝どきとばかりに翼を広げた。

 

 

「―― ァーッムドォォ!!」

 

「……ブッククク……」

 

 

 ハサミの重さもあって前のめりに、ベニは倒れてしまう。

 うん。審判員に言われずとも、オレが重々判ってる。

 

 

「クラブ、戦闘不能!」

 

  ()()()()()()()()()()()()() ()

 

「……ありがとな。よく頑張ってくれた」

 

 

 文字通り泡を噴くベニは早々にモンスターボールへ戻し、彼の大会におけるアタッカーとしての奮戦ぶりには感謝もしつつ。

 ここで相手はエアームド。次のポケモンを出す権利 ―― 対面の選択権はこちらにある。ハヤトもさぞや展開に苦しんでいる事だろう。なら、次だ。ご期待には応えたい。

 オレはボールを握り、素早く前へ。

 ……それじゃあお待たせ。ベニのためにも勝とう、この試合!

 

 

 《ボウンッ!》

 

「いよいよ出番だ……頑張ろう、アカネ!!」

 

「―― ブゥィッ」スタッ

 

 

 ショウに曰く「ブイズ」なる系統(どうやらイーブイの進化系統を括った総称であるらしい)に連なるブースター。進化したアカネが、バトルスクエア正面に降り立った。

 燃える様なふわふわの毛並みに、紅蓮と黄色の炎タイプらしい体色。やや所在なさげではあるものの、相手のエアームドをしっかりと見据えてくれている。

 

 

『さあこれは、いよいよましましブースタァァァァーッ!! お~で~ま~し~~ィィィッ!』

 

『クルミちゃんのテンションが異様に高いですが、いつもの事ですのでどうか皆様お気になさらずー』

 

 

 戦況の中心、炎ポケモンの登場に解説(というかクルミちゃん)が沸き立つ。

 さあ行くぞ。初手 ――

 

 

「アカネッ、『にほんばれ』!」

 

「……一旦退く、エアームドッ!!」

 

 

 アカネが指示に従い『にほんばれ』。寒空を切り裂いて、陽射しが強くなってくる。

 それにしても、退いたか。確かにアカネの攻撃ならば、残る1匹は後出しされても十分に耐えうるだろう。

 

 

『おおっと、ブースターが天候変化技を使用している間にハヤト選手はエアームドを交代!! となると、残るポケモンは……』

 

『オオスバメ、ですね』

 

 ――《ボウンッ》

 

「その通り! 覆すぞ、オオスバメッ!」

 

「スバ、スバッ!」

 

 

 ハヤトの中では最も素早く、攻撃力も十分なオオスバメ。

 この局面で「覆す」という言葉は正しいな。「攻撃力」と「素早さ」が揃っているポケモンというのは、相手を伸してゆく……戦況を一変させる力を持っているからさ。そういう意味で、オオスバメは正しく「覆す」ためのポケモンだ。残りのメンバーから考えても、アカネよりも、ミドリよりもオオスバメは速い。

 

 

「オオスバメ、『なげうて(ブレイブバード)』!!」

 

 

 交替して間もなくバトルは再開されている。『ブレイブバード』。低レベル帯では習得の難しい、飛行タイプの大技だ。流石はいいんちょと言った所!

 

 

「スバッ!」

 

 

 オオスバメは旋回すると低空飛行、一直線にアカネへ。

 先手は取られる。反撃も難しい。

 ……けど、『こらえる』!!

 

 

「―― スバッ!」

 

「ブゥ、イッ……!」

 

 

  ()()()()()()()()() ()

 

 ――《ゴロンゴロンッ》

 

 

「……ブィッ」フルルッ

 

 

『ブースター、転がった先で何とか立ち上がります!』

 

『ぎりぎり踏みとどまりましたよぅっ!?』

 

『ですが、相手の攻撃により場外。シュン選手のブースターはリングアウトで交替になりますね』

 

 

 よしっ、なんとかなった!!

 電光掲示板上のHPもかなり際どいが、立てている。アカネには何とか耐えて欲しかったから、この結果は上々に過ぎる。本当によく耐えてくれたぞ、アカネ。

 

「(戦局上は問題ないんだけど、ここで生き残ってくれないと色々と足りなくなってきそうだしさ)」

 

 考えつつも手元でボールを入れ替える。

 正面で「やってくれたな」という顔をしているいいんちょに向けて、さあ、試合を決める1匹を繰り出そう。

 

 

「決めるぞっ ―― ミドリ(・・・)ッ」

 

「―― ヘナァッ!!」

 

 

 ベタン。

 ボールから出たミドリが着地する、鈍い音。

 根ではなく、身体でもって降りた音だ。

 

 

  ()() ()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()() ()

 

 

 そんな音もかき消される程、周囲から一層の歓声。……にしても凄い音量だな。

 しかし客席が盛り上がるには当然、理由がある。説明は解説席に任せるとして。

 

 

『キタキタキタキターッ!! 来ましたよぅっ、シュン選手のウツドン(・・・・)ちゃんッ!!』

 

『それにしても、シュン選手はどんどんポケモンを進化させてきますね。対戦相手からしてみれば作戦が読みづらい事この上ないでしょう』

 

『ですね。作戦が立て辛いというのは、シュン選手にとっても同様でしょうけれど……おっと、2匹が動きます!』

 

 

 歓声が落ち着くのを待たず。

 いよいよ進化レベルに達し、間日に進化したウツドン(ミドリ)が蔦を伸ばして素早く跳ねる。

 空中で切り返したオオスバメが、切れ味鋭く飛び込んでくる。

 

 

「へナァッ!!」

 

「スバッ!!」

 

 

 ポケモン同士の視線が交わる。オレとハヤトの指示が出揃う。

 ミドリとオオスバメの、素早さ対決っ!!

 

 

 《ズバチィッッッ!!》

 

 

 ――《ド、ザ、ザザザザァッ》

 

 

 雷鳴が弾けて、空から落ちて、地面にこすれる。

 ハヤトの手持ち全てに通る電気タイプの『しぜんのめぐみ』……ミドリが、見事に先手を取って見せていた。

 

 

『オオスバメ、戦闘不能っ! 勝者、ウツドン!』

 

 《 ワーーーーァァァァァ……! 》

 

 

 悔しそうな顔を浮べるハヤトとは裏腹に、観客席が大盛り上がりだ。

 そしてそれは解説席も例外ではない。

 

 

『素早いっ! 素早いですよぅ、ウツドォンッ!! ドォォンッ! ドドンガドォォォンッ!!』

 

『ウツドン、随分としゃっきりした動きでした!』

 

『素早さで勝っている分を利用して、カウンター気味に「しぜんのめぐみ」を当てる指示だったんでしょう。完遂しましたね』

 

『達人ドォォォンッ! 始まるドォォォーンッ! ゲームを選ぶドォォォーンッ!! ザウルスを守備表示で召喚だドォォンッ!?』

 

『うるさいですよクルミちゃん……』

 

『いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい』

 

 

 流石は女3人揃ってるだけあって姦しい。いやさ、実際に姦しいのは主に1人だけど。

 さて置き。

 これで残るはエアームド1匹。とはいえ天候晴れによって「ようりょくそ」を発動している今のウツドンに先手を取れるポケモンは殆ど居ない。それは残る1匹も例外ではないはずだ。

 

 

『さあハヤト選手、残り1匹を繰り出します!』

 

「……行くぞ、エアームド!」

 

 

 目前、ハヤトがエアームドを再び繰り出した。

 と、同時に叫ぶ。

 

 

「ミドリ、『ウェザーボール』!」

 

「エアームド、その場から『切り刻め』!」

 

 

 エアームドが羽ばたき、ミドリが頭上にエネルギーを集中させる。

 恐らくは『エアカッター』。此方の『ウェザーボール』は折りこみ済み。ただでさえ遠距離。うち返すには遠距離技と決めていたのだろう。

 しかしエアームドはどちらかと言えば直接打撃の方が得意な種族。『エアカッター』は特殊技だ。加えてウツドンの弱点を突くとは言え、先手を取れなければダメージも無い。

 互いに技を放つ。

 炎の玉と風の刃が、すれ違い。

 

 

 《ボォォォォンッ!!》

 

「ムドッ! ……ムドォォ……」

 

 

 倒れこんだのは、エアームド。

 炎によって赤熱した鋼の翼を地面にぶつけ、そのまま目を回してしまう。

 審判が駆け寄り、腕を交差。そして大音量が闘技場を包んだ。

 

 

 《ド、》

 

『エアームド、戦闘不能。ウツドンの勝利です。これにてハヤト選手のポケモンが全て戦闘不能となりました。よって勝者、キキョウシティのシュン選手!!』

 

 《―― ッッ、ワーーーァァァァァッッッッッ!!》

 

 

 なんだなんだ、本戦も2回戦。注目度が上がっているとは思っていたが……こんな数の観客は居ただろうか? ちょっと耳が痛くなりそうなくらいの歓声である。

 そんなオレの困惑を他所に、通常進行、向こう側からはいいんちょが此方へと歩み寄ってきていた。

 ……その辺りは後に回しておこう。ということで、オレも中央へ歩いていって手を差し出す。握手。

 

 

「勝負、ありがとう」

 

「此方こそ、いいんちょ」

 

「……ちょっとそこまで、良いか?」

 

 

 握手を交わした後、いいんちょの小声に小さく頷く。

 クルミちゃんらのバトル後解説が始まる中、2人で選手入口から揃って出た場所……誰も居ない場所になってから、再びいいんちょが口を開く。

 

 

「1つ、バトルの展開について聞きたい事があるんだ。シュンは奇妙な指示を出していたな。ブースターがオオスバメの攻撃を耐えた時に。あれはどんな意味が?」

 

「……うーん、HPを残す事それ自体に意味があったっていう返答じゃ駄目かな」

 

 

 答えられるけど、イマイチ掴み難い答えになると思う。オレとしてもはっきり効果があるとは言い切れないからさ。

 そう考えたオレの返答に、ハヤトは少し考え込みつつ。

 

 

「だとしても、オオスバメの攻撃を耐えられる事が前提だった訳だろ」

 

「ああ。アカネには『こらえる』があるし、オオスバメが物理技で来るのは判っていたからさ。物理技、得意だろ?」

 

「……それはまぁ、そうだが」

 

「だったらちょっと欲張って、リングアウトを狙うのも悪く無いんじゃないかなと」

 

 

 ハヤトのオオスバメがという訳じゃなく、オオスバメという種族としての話しだ。物理技が得意というのは、一般的な感覚ともいえるだろう。

 ……けど、いいんちょの視線は吃驚している感じのまま固定されている。何かしたかな、オレ。

 微妙に困惑したままでいると、暫くしてハヤトも素に戻る。笑い、オレの肩を叩いた。

 

 

「シュンは凄いな。……うん。おれとしても今日のバトル、収穫があって良かったかなと思うよ」

 

「収穫、と言うと?」

 

 

 負けて得るものは確かに多い。けれども、ハヤトの言う「収穫」というのはちょっとニュアンスが違っている。

 尋ね返したオレに、再び笑いかけ。

 

 

「今のシュンは、あの頃とは見違えた。スクールでの鬼気迫る様子とは、な。どうやらこっちにきたのは正解だったみたいだ。バトルで負けたのは勿論悔しいが、そういう意味では満足もできた。それはおれにとって十分な収穫だ、という事さ」

 

 

 どうやら心配をかけていたらしい。面倒見が良いというか、物好きというか。ファザコンではないこれら部分がいいんちょのモテ要素なのだろう。

 そんな風に困った様子のオレを見て、いいんちょは満足そうに笑うと、背を向ける。

 

 

「そんなシュンが得た『凄さ』はきっと、この先にあるものなんだろうな……。……よし。決めたよ。おれはここに残って、来年ジムリーダークラスに進級する。そのための『主席』だからな。……だからこの大会勝ってくれ、シュン。優勝者に負けたって言えるなら、おれとしても誇らしいよ!」

 

 

 そう、最後にプレッシャーを好き放題かけられておいて。

 いいんちょとの2回戦は無事勝利で、幕を閉じたのであった。

 

 





 遅ればせながら。
 ポケモン20周年、おめでとうございますっっ!!
 祝、ミュウ配布っっ!!


 ……という事で、VC赤版をプレイしていて遅くなってしまいました土下埋まり。
 いえ。いるんですけれどね、映画配布のミュウと1000匹預けて貰ったミュウと。厳選していない奴が。でも何と言うか、やっぱり手放せないというか。
 プレイ時間9時間ほど。いつもの通り御三家は早々にボックスにしまっちゃおうねーの後、削りラッタ&七色ニド夫婦&うたうピクシー&友達なくす拘束アーボック&秘伝要因(げんきのかけら係)で何とか突破をばいたしました。
 慣れきっているもので、オツキミ山を突破した時点で既にニドクイン。歌っては『メガトンパンチ』ぶっこむ武闘派ピクシー。ハナダシティで遭遇したグリーンは、対面した(蹂躙された)時に何を思っていたのでしょうね……(ぅぉぃ
 新作も楽しみですね。リメイクされたらゴールデンサン&シルバームーンになることは明らかでしょう……! ついでに更に「石」にぶっこんだ話になっていきそうで、こういうお話をやっている身としては大変にありがたい。


 それはさておき。
 拙作については、2転3転してこんな感じに。やはりハヤトを掘り下げるためにはエピソードが欲しかった気持ちもアリアリですが、それだと対戦相手たちの描写を年末トーナメントまで極力ガマンしていた意味が薄くなってしまうというジレンマ。
 それでも書くべきものは書いた……はず! たぶん! そのはず!! 相変わらずのポカが有りそうで怖い!!
 ……だとしても字数はどうにかならないものか……。思わず分割したくなりましたが、展開のテンポはこれでいい気もしないでもなかったり。

 以下、長ぁい言い訳。



>>ハヤト
 何を今更ですが、金銀およびHGSSにおいてキキョウシティでジムリーダーを務めていたお方。どうでも良いですがいいんちょと呼ばせる自分に歴史を感じる今日この頃。でも好き。
 金銀では「どろかけ」。HGSSでは「はねやすめ」の技を得意としており、低レベル進化したピジョンが目玉です(ぉぃ。
 鳥ポケ構成ならば、やはりエアームドを入れたくなるのは世の常というもの。だからこそシュンに逆襲される余地を残してしまったわけなのですが、勝率という意味で考えれば絶対的に間違いではないでしょうと断言できますね。対策を怠らなかったシュンに花丸をあげてください。
 あ、あとハヤトもファザコンです。この辺はポケスペらにも一貫した設定というか、逆輸入というか。


>>アイテムバッグ
 アイテムバッグの説明は予選1回戦でやろうとして(端折ったので)書きどころを忘れていた設定でした。その為に説明回を作っているくせに、本戦も2回戦で説明とかどうなの……(駄作者私。あとで整理するかもしれません。


>>ピジョン
 その耐久力で流そうというのか(ぉぃ
 いえ。ピジョンをディスっているわけでは有りません。むしろ愛しています。それはここまでを(辛抱強く)読んでくださっている皆様ならば判ってくれるはず……(必死。
 とはいえ拙作中の鳥ポケは何より「飛べます」ので、防御力以上のメリットをお持ちです。対面が直接打撃に偏っているクラブという部分も鑑みて、急所が無ければ十分完遂できたお仕事でした。シュンが「交換せずに粘った理由」にまで辿りつけていれば、察する事も出来たやも知れません。


>>最も素早いのがオオスバメ
 オオスバメは実際に速いですが、やっぱり、飛行タイプって総じてそんなに速くはないですよね……(ぉぃ。
 ハヤトのメンバーに限ったことではないというか、イメージ先行というか。「すばやさ」がという意味では虫や電気やエスパーのがタイプとしては高いですよね。タブン。前から言ってますけれども。
 作中で幕間主人公が「エアームドにアカネを当てられるかが分岐点」的なことを言っていますが、個人的には「オオスバメが誰からも先手を取れると、ハヤトが信じていた」部分こそが分かれ目だと思います。
 次の一手を持っていたシュンと、対面に拘ったハヤト。作戦という意味では明らかに、シュンのが上手を取っていた訳ですね。


>>相手の攻撃を受けて「リングアウト」
 前のお話(本戦1回戦)にちょっとだけ展開の追記をしております。多分恐らく、もうちょっと追記します。
 これについてはかなり有用そうなゲーム外特典ですが、そこは私の事、なかなかそうも上手い話は有りません。

・防御系の技でないと狙えない
・1撃必ず受ける事を前提とするので(攻撃するとすれば)手順が後攻になる
・下手すると遠距離技でなぶられる

 等々、リスクが大きいです。
 とはいえこのルールがないと『ふきとばす』や『ほえる』、その他交換技の類が無力と化してしまいます(謎パワーでボールへ戻る! でも良いですけれど、その場合は野生ポケモンで困るかと)。それもご無体という訳で何卒のご容赦を。


>>素早いウツドンどどんがどん
 実はウツドンの段階ではそんなに早くなかったり。
 だからといって最終進化しても抜群に早くなるわけではないのですが、肝はやはり『めざぱ(氷、岩、地面)』『しぜんのめぐみ(同様)』『自前の両刀草』『晴れ下ウェザボ炎』といった「各種4倍弱点を突ける両刀」という部分にあるのかと思いますね。毒でフェアリーに素で強いですし、アンコで縛るといった器用なことも出来たりします。
 ……ですのでピンポイントで『しぜんのめぐみ(氷)』をドヤ顔で使ったときに限ってタスキを纏うのはやめてくださいガブリアスさん。こっちは木の実をもったせいでタスキがないんですよ(泣。返す刃で撃沈となると悲しい事この上なく。


>>ザウルスを守備表示で召喚だドォォン!?
 何故この流れでこの語尾ネタを使ったし。
 そして何故守備表示にしたし。


>>ハヤトのメンバーの道具
 こんな感じでした。

・ピジョン「ノーマルジュエル」
・エアームド「たべのこし」
・オオスバメ「ラムの実」

 オオスバメに「ラムの実」を持たせている辺りがなんとも一般的というか……活かしきれていないというか。一応の麻痺対策という。
 とはいえ「火傷」からの例の戦法は、現在作中では主流ではありませんという言い訳をしておきまして。そもそも火傷するための道具が無いというか、手に入り辛いというか、需要がニッチで開発が敬遠されているというか。
 ピジョンは最大威力『おんがえし』用のジュエル、エアームドはよくある感じ。どちらも機能しきれず退場と相成りました。そうさせたのは幕間主人公の気転ですけれどもね。


>>アカネ
 やっと出せました(ぉぃ
 それは兎も角、原作シュンのメンバーに1歩前進です。
 ウツドンと合わせて2歩前進。
 ……あと1歩進んだら2歩下がるのでしょうか(退化スプレー。


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―― BW(ひとつの結末)編
□0.ジャイアントホール ー 2006/Black or White


 

 

 

 ポケモン図鑑を貰って旅をする。

 それは少年少女にとっての通過儀礼であり、憧れだ。

 研究が進み、ポケモンリーグが分散した今でも、例えカントーから遠く離れた異国の地方であっても。

 図鑑を貰ってポケモンと旅をすることそれ自体が、色褪せることのない、紛う事なき「憧れ」なのである。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……だから、これは「夢」だ。

 

 世界が、世界の持つあらゆる光景が、燃え盛っていた。

 兵器によって空へ放たれた人工の光が業火に変わり、人々とポケモン達を追い立てる。

 巨躯を縮込め許しを請う男に向けて、花弁を携えたポケモンは悲しげにさよならを告げた。

 これは何百年も昔、とうに過ぎ去った景色 ―― の、はずだった。

 

 少女が1人、使命を帯びて南の地を旅立った。

 宇宙の果てから、まるで意志を持つかのように、とある惑星めがけて飛来する何がしか。

 目指すのは果たして、ポケモンだけが住まう世界か。約束を果たすべく力を溜める、仲裁の緑竜が佇む世界か。

 この世にやがて降り注ぐ未曽有の災害を防ぐため ―― そう、防ぐために。

 

 空に大きな穴が開いている。

 その先には恐らく別の世界が広がっていて、見た事のない生物達が蔓延っていて。

 生物たちは穴から飛び出した。島の人々は立ち向かった。とある母娘の確執を背景に。

 その生物たちがポケモンと呼ばれるものであるのかも確かめずに ―― 多分、そう、確かめるために。

 

 ありえた未来で。ありえた過去で。

 かつて、望む世界を引き寄せようと願い、行動を重ねた少年と少女が居た。

 

 世界は、巡り巡ったその末に、とある道筋の分岐を強いた。

 実質の選択の余地のないそれは、苦渋の……とまでは言わずとも、少年らのそれまでの努力の一部を無為にするものであった。

 少年は決断した。それから少年は、表舞台からよくよく姿を眩ませるようになってゆく。

 かつては社会的な地位もまあまああったが、5年もそんなことを続けていれば、名前と立場が薄れるのも仕方のない事。

 

 そうして誰かが忘れられた世界、舞台はイッシュ地方。

 西暦2006年。

 プラズマ団による「イッシュリーグ制圧事件」が起きた ―― 翌年。

 プラズマ団によって「都市氷結事件」が引き起こされる ―― 前年。

 

 その、プロローグの一幕。

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

「―― ンバーニンガガッ」

 

「ああ。そうだね、レシラム」

 

 

 僕と僕のポケモンであるレシラムは、雲の上から地上を見下ろしていた。

 望遠鏡を通した眼下には、プラズマ団の残党が作り上げた巨大な基地が広がっている。

 カゴメシティの郊外にぽつりと開かれた窪地 ―― 「ジャイアントホール」。

 崖や台地にカモフラージュされたこの地には、ひっそりと建設された基地がある。これが実の所、イッシュ全土をもカバーする情報収集能力をもつ施設であるらしい。

 ……いや。この場合は「基地が」じゃないか。主語が違う。プラズマ団という「組織が」、そんな強大な力を有しているのだ。

 

 プラズマ団。

 

 かつてはNという青年を首魁に仕立て上げ、イッシュ地方におけるポケモンの解放とやらを目指していた、言葉通りに怪しい集団。

 事件に直接関わった()は、かつてイッシュを混乱に陥れたその事件の顛末だけでなく、真相をも知っている。Nという少年を祭り上げたのは、イッシュに伝わる建国神話になぞらえた余興であり……実の所は、Nの父を名乗るゲーチスという男が画策した地方征服の手段の1つに過ぎなかったのだ。

 結果として、その襲撃は退けることが出来たのだけれど、こうしてプラズマ団の残党は今も活動を続けているのだから……懲りないものだなと呆れもする。

 事件を通して仲間に加わったこのレシラムも、建国神話に語られるような伝説のポケモンではあるのだけれど、どうにも気を使われるのは苦手らしい。こうして気軽に、空を飛ぶために繰り出すくらいが、レシラムにとっても僕にとっても丁度いい塩梅みたいだ。

 僕もレシラムも、空を飛ぶことは嫌いじゃない。こうしてプラズマ団を追うために、っていうんじゃなければ、猶更良いんだけれどね。

 

 

「シュボッ」

「そうだね。相手も動いた。……気が付かれたか?」

 

 

 レシラムの問いかけに、僕は頷く。僕とレシラムは基地からかなり距離を置いているのだが、プラズマ団の基地に動きが見られていた。

 一応言っておくと、僕はNの様にポケモンの言葉が判るわけじゃない。でも、ポケモンは高度なコミュニケーション能力を持っている。仕草や目線、表情なんかで伝わるものはとても多い。僕とレシラムの様に、数年来の付き合いになっていれば、猶更だ。

 ……ポケモンのコミュニケーション能力云々という話は、事件終了後に師事した僕の師匠の受け売りなのだけれども、まぁ、良いと思う。あの人ならばむしろ喜んで引用させてくれるに違いない。

 逆説的な考えを後付に、僕はレシラムに向かって行動の指示を出す。

 レシラムが尻尾の炎を抑えながら旋回すると、いよいよ地上があわただしくなる。同行している工作員さん達が光学機器や観測系にジャミングをかけてくれているから、団員の幾人かが、直接肉眼でこちらを確認しようとしているのだろう。

 隠しているという事は、隠すべき何かがあるはずなのだから、確かめようとするのは当然として ――

 

 ―― !?

 

 突如、違和感を感じて、僕は雲の上から空を見上げた。

 レシラムも空気の変化を感じ取り、空中にその巨体を縫いとめる。

 

 すくい上げた僕の手のひらで、小さな白いものがはらりと解ける。

 

 

「……これは、雪?」

「シュボボッ」

 

 

 確かに雪だ。イッシュ地方には四季がある。だから冬であれば、雲の下の出来事であれば、いつも通りのことだとスルー出来ていただろう。

 けど……今は残念ながら、夏だったりする。

 

 

「真夏の、雪……?」

 

 

 小さくつぶやきながら、僕は(新入りだけれど)国際警察としての頭を働かせる。

 理由と経過はともかく、有力な答えはすぐに出た。気象を変動させるほどの不思議な力を持つのは、多くの場合、人間ではなくポケモンだ。

 だとすれば何のポケモンが。何の力を使って。

 ……そのポケモンに、指示を出すトレーナーが居るとすれば。

 

 

「モ゛ェルルゥ」

「……! 来るんだね、レシラム。……良し。臨戦態勢っ」

 

 

 考えているうちに、どうやら元凶が接近してきたらしい。

 僕が指示を出すのと同時に、レシラムの身体に炎が灯る。毛並みが陽炎のように揺れ、ぶわりと波立ち、尻尾が灼熱のエネルギーを溢れんばかりに輝かす。

 

 戦闘態勢を整えた僕らの、視線の先。

 地平線の先から、高速で飛来したのは ―― 2本ずつの腕と足と翼を持つ、黒。冷え冷えとしたポケモンだった。

 視認できる範囲からさらに一歩を踏み入った辺りで、そのポケモンは飛行を停止した。

 僕はそのポケモンへ、ポケモンの背に見える小さな影へ目を凝らす。

 

「(……あれは……ポケモンのトレーナー、か?)」

 

 珍妙な格好をした少女だ。

 少女だと認識できるのは、ひらひらとしたロングスカートやふわふわの長髪が風に舞っているからで、遠目に表情までは窺えない。

 割行ってきた間をみるに、おそらく敵だと思うけど……彼女を敵だと決めつけるのは、早計だろうか?

 迷った末、僕は可能な限りの大声で少女に向かって問いかける。

 

 

「―― 君たちは、何者だ!」

「……」

 

 

 当たり前だけど返答はない。

 とはいえこのポケモンの登場と同時に、周辺の温度が目に見えて低下し始めている。ダイヤモンドダストが舞っているほどだ。

 風が強い。雪はレシラムの周囲で溶解して水滴となり、僕に降りかかる。

 レシラムの警戒のしようからも、相手のポケモンが強大な力を持っているのは間違いない。僕の「何者だ」っていう聞き方も、ぼんやりとしていて悪かったけれど……それだけに返答はし易かったはず。近づいてきたからには相手にも目的があるはずなのだけど。

 

 

「――。―― て」

 

 

 やや間をおいて、背に乗った少女の唇が小さく動く。ただ、声は熱と風に遮られて届かない。

 

 

「? 聞こえないぞっ」

 

 

 僕が再度問いかけると、俯きがちだった少女がふいと顔を上げる。

 視線がかち合う。特徴的な服装に隠されていた表情は、というか目鼻立ちが整っている……じゃなくて。

 その特徴的な服装は、世間ではゴスロリと呼ばれているものらしいと後から調べて知った……でもなくて。

 今度は、口元がはっきりと読み取れる。

 

 

「……今は、まだ。ここから去って」

 

 

 やばい。

 ただ、そう思った時には既に、レシラムが動き始めてくれていた。

 

 振り上げられた腕に呼応して、痺れるような稲妻をまとった冷気が殺到し ―― レシラムの吐き出した「あおいほのお」と拮抗する。

 

 ごうっというマンガみたいな音が炸裂する。

 そのまま、ポケモン同士が出したエネルギーが、四散した。

 

 破裂した余波、豪風を腕で遮りながら考える。

 やっぱりまずいぞ。チャージ不十分の急ごしらえだったとはいえ、レシラム最大の炎技である「あおいほのお」と拮抗するほどの「パワー」と「範囲」。だとすれば相手も、少なくとも攻撃に関しては伝説クラスのポケモンだ。

 相手のポケモンは余熱を破棄するかのように、尻尾に青いエネルギーを漲らせていた。あれは……よく似ているぞ。かつてNのパートナーだった伝説のポケモン、ゼクロムに。

 しかし、相手のポケモンはゼクロムじゃあない。顔や腕など、ところどころに面影はあれど……意志のない空っぽの瞳は、Nと共に在るべく全力を尽くしたあの瞳には、似ても似つかないものだ。

 

 

「君は ―― イッシュ地方に害成すものか! それとも!」

 

 

 僕は少女の顔をしっかりと捉えながら、声を張り上げる。

 レシラムは次弾を用意してくれている。こんどこそ全力全開の「あおいほのお」を口元にくゆらせる。

 そんな警戒心を顕にした此方へ向かって、寡黙そうな表情とは裏腹に、少女は言葉を投げかけた。

 

 

「……プラズマ団に、与するつもりは。本来はないのだけれどね。とはいえ今は……」

 

 

 それは果たして、僕の問いかけに対する答えになっていたのだろうか。

 判らない。判らない……が、その後に続いた少女の言葉に、僕は、自身が再び大きなうねりの中に放り込まれていることを悟った。

 悟らざるを、えなかった。

 

 

「強引にでも動かす必要があるのよ ―― 世界を」

 

 

 少女の言葉に呼応し、ゼクロムの面影を残すポケモンが嘶いた。

 レシラムの炎も止む無く。

 空間が閉じる。時間が止まる。

 凍える世界の果てに全ては凍てつき、その動きを封じられる。

 

 

 

 

 

 

 ポケモンリーグにおける公式な記録として。

 西暦2006年の夏。

 史上20人目のリーグチャンピオン資格を保持した少年 ―― イッシュリーグを襲ったプラズマ団を追い払った若き英雄 ―― ミシロタウンのトウヤは、ここで足跡不明になったとされている。

 

 



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■1.ヒオウギシティにて ー 2006→2008



 さらに時を重ね……それは、降り続く雨の中。

 イッシュ地方を巻き込んだ二度目の事件が終幕を迎えた翌年、2008年。

 或るひと夏の出来事でした。



 

 

 ■1.

 

 

 ―― ザーァァァ……

 

 

 イッシュ地方の南西、片田舎の片隅にて。

 この年、イッシュ地方には前例にないほどの雨季が到来していました。その雨粒の強さは、視界を塞ぎ、人々の往来を止める……だけでは飽き足らず、とある「ポケモンバトルのお祭り」に中断を強いるほどのものです。

 あたし……イッシュ地方在住のポケモントレーナであるメイも、例外ではありません。突如沸いた待機時間を、持て余してしまったのです。

 なので現在、あたしは水を吸って重い脚をばちゃばちゃと動かし、張り付く髪とお団子を揺らし ―― イッシュ地方南西の片田舎。ヒオウギシティに在る自宅を目指していました。

 いつもは長閑な街の景色も今はどんよりとした曇り空に覆われ、鈍い人工の照明だけが、雨煙に包まれ人気のないヒオウギの街中をぼんやりと照らしています。どこかタチワキシティやヒウンシティの路地裏を彷彿とさせる、薄暗い雰囲気と言えるでしょう。

 一面に石畳が敷かれた道の先。街の南側。

 ポケモンセンターの横を通り抜け、更に南下。

 微妙に不便なその場所に、あたしの家は在りました。

 

 

「……つきましたっ」

 

 

 思わず声をあげながら、雨に追われる様に家の扉を潜り抜けます。水でだぶだぶの靴は大変重く、自重で脱げそうになる程。全身もずぶ濡れです。

 

 

「……うん、靴下も脱いでおきましょう」

 

 

 どうせ母親しか居ない(偶にベルさんが遊びに来るけれど)家の中です。あたしは旅衣装である上着とバイザーを脱ぎ、靴下を手に持ったままのながら前進。ゲリラ豪雨によって濡れた身体を暖めるべく、一直線にシャワールームを目指します。

 外に負けず劣らず、家の中は薄暗くて。お母さんがテレビをつけたまま寝ているのでしょうか。青白い灯りがリビングの中から、ちらちらと明滅を繰り返しています。どこかホラー風味の雰囲気が微妙に恐怖心を煽ってきますが、湿った衣服の生々しい気持ち悪さには勝てません。

 ……今お母さんを起こしても、濡れたまま室内に入るなだのとお小言を言われるだけだろうなぁ。

 …………なら、このまま行っちゃいましょう。

 ドアを空けて脱衣所に踏み入ると、シャツの裾に手をかけて一気に上へと引き上げる。濡れたシャツは反らした胸に何時もより余分に引っかかるけれど、やや強引に捲り上げて。

 

 

「んもぉ……なんでこんな時に限って、雨が振るのでしょう……」

 

 

 ぶつぶつと呟きながらレギンスとスカート、下着まで、中に着ていたものも全てを洗濯機に放り込んで、頭の両脇のお団子を解き、最後にモンスターボールを鏡台に置いてシャワールームへと踏み入ります。

 タブの横で栓をねじる。暫くお湯で流してから身体を洗い……そうだ、着替えを持ってくるのを忘れています。

 仕方が無いでしょう。バスタオルのままで。あたしはそう決め、体を温める程度のヤミカラスの行水でシャワーを浴び終えると、予定の通りバスタオルを羽織ってから、モンスターボールを抱えて廊下へと出ます。

 暗いままの廊下をわたり、ドアノブに手をかけ、自分の部屋の戸を開ける。

 

 開ける、と。

 

 

 ――《 《 ズシャアアンッ!! 》 》

 

「ひやっっ!?」

 

 

 タオルを押さえていた手を離し、(バスタオルが胸に引っかかりつつもはらりとはだけ)、咄嗟に身を縮こめ……

 

 ……。

 

 ……?

 

 

「何も……」

 

 《かた、かたたたっ!?》

 

「……か、かみなりぃ、です、よね……?」

 

 

 大丈夫。どうやら、雷だったみたいです。

 んもう。誰かがこの大嵐の中で、ポケモンバトルをしているんじゃあないですよね? だとしたらその人は、大馬鹿か、よっぽどのバトル馬鹿なのだと思います。どちらにしろお馬鹿には違いありません。

 バスタオルを纏いなおしてから、ボールを揺らして心配してくれていたポケモン達にもお礼を告げておきます。

 

 

「ありがとうございますっ」

 

 《かたたたっ》

 

 

 そのままあたしは、時々光る雷に怯えながらも着替えを全て終え、リビングへと向かいます。

 階段を降りる途中で窓から外を眺めてみれば、外は叩き付けるような大雨になっていました。硝子を滝のように雨粒が流れ、窓の淵には水飛沫があがっています。

 

 

「……これはやはり、早く帰ってきて正解だったでしょうか?」

 

 

 早く帰ってきて。そう。降って沸いた待機時間のことです。

 あたしことメイは今、イッシュリーグチャンピオンの仕事としてPWT(ポケモンワールドトーナメント)へ参加をしている最中なのでした。

 PWTとは、リーグによって催されているポケモンバトルの大会で、残る開催期間は2週間ほど。

 本日、PCT……チャンピオンズトーナメントを勝ち星最多で勝ち抜けたあたしは、来週からチャンピオンズトーナメントの「本戦」に参加する予定となっているのです。

 流石に海外を含めた様々なリーグのチャンピオンが集まる大会だけあって、一筋縄では行きませんでしょう。ですが、だからこそ、あたしがそこを勝ち星最多で通過できた事には大きな意味を見出せます。

 前半戦は、イッシュ地方のプロアマ問わずのトレーナーが参加した、ナショナルチーム選抜を賭けた戦いでした。

 本戦は更に別の……いえ。「上の」と言い表すべきなのでしょうね。まぁそんな感じの、海外のバトルフロンティアで好成績を残している方やグローバルリンクの上位ランカー、ワールドプロリーグで数人しかいない高レート(チャンピオンクラス)な方々も参加してくるらしいのです。

 はい。あたしとしても、若輩とは言え、その様な高レベルなバトルの大会にナショナルメンバーとして参加できるのは、もの凄ぉく楽しみではあるのですが……

 

 

 ――《 ザァァァァ 》

 

 

 階段の踊り場から覗く窓の外はこの通り、生憎の土砂降り。大会の継続は大丈夫なのかなぁ、との不安が過ってしまいます。

 ……と、いう訳で。あたしはホドモエシティで開かれた前半戦の祝勝会をかなり早めに切り上げて、幼馴染かつ兄分のヒュウさんやツンデレジムリーダーのヤーコンさん……多々諸々に別れを告げ、こうして家まで帰ってきた所なのでした。

 つまりは帰省と雨天にかこつけた、祝勝会エスケープな訳ですね。人が多い所は微妙に苦手なんですよ、あたし。それにこの天候だと、本戦に向けたポケモンの調整方法を考えなければならないでしょうとか言い訳云々。

 そんなどうでも良いことを考えつつ、髪を拭きながら、リビングの仕切りを跨いだ所で。

 

 

「……お母さーん? あ、居ました。ねえ、お母さん……ん?」

 

 

 あたしが視線を巡らせれば、お母さんは先ほど帰ってきた時に予測をした通り、ソファーの上で眠っていました。寝息もバッチリ。

 けれど、ドラマか何かを見ている途中で寝てしまったのでしょう。テレビの電源が入れられたままになっていました。

 あたしはお母さんにタオルケットをかけ、テレビの横に放置されているテーブルタップにドライヤーのプラグを差込んで、スイッチをON。

 薄暗い部屋の中に、テレビの薄ぼんやりとした灯りが明滅します。

 

 

『ついにワンダーブリッジの完成です! ××年かけてデザイン、設計、建築が成された……技術の粋を集められた最先端の橋!』

 

『15番道路の切り立った崖と川に阻まれ、長らく水路を利用して交通が行われていたイッシュ東側も、これで行き来が便利に成るでしょうねえ』

 

 

 テレビから流れているこのニュースは、何十年も前のもの。おそらくはテレビの特集による再放送なのでしょう。

 司会の人が声高に紹介している「ワンダーブリッジ」とは、2本の河川によって区切られるイッシュ地方を渡す、大きな橋の1つです。あたしが生まれた頃には既に完成していた橋、の、筈。3年前にごたごたがあって一時通行不能となっていましたが、そこまで話題にもなりませんでした。

 そのワンダーブリッジですが、あたしもイッシュを旅した昨年、ブラックシティやサザナミタウンといった町へ陸続きに向かう際に通り抜けた経験があります。イッシュ地方を渡す様々な橋のうち、あの橋におきましては、丸みを帯びた近未来的なデザインが際立った特徴となりますでしょう。

 橋については妙な噂もあったと記憶していますが、バトルには関係なかったのであたし自身、噂についてはあまり詳しくありません。そういうのは今も四天王を勤めていらっしゃるシキミさんがお詳しい筈です。

 

 

「……でも、なんで今になってこんなニュースをやってるんでしょう?」

 

 

 冷蔵庫から取り出したミックスオレ(喉越しどろりアローラフルーツ味)を口にしながらお昼寝中のお母さんの向かいに座り、暖かさからくる眠気と闘いながらも髪の為にドライヤーをかけつつ、あたしはニュースをぼうっと眺めます。

 しばらくすると古い映像が切り替わり、近代のワイドショー染みた物になりました。

 

 

『このように、ワンダーブリッジの完成が最後に回されたのは、土地権利に絡む問題によるものですが、それらも今では全て解決されています。この橋の完成を待ちわびた人は数多く、特にリバースマウンテン周辺の陸路の悪化に苦労するヤマジタウンに住む方々は心待ちにしていた事でしょう』

 

『ブリッジ開通以前はフキヨセからの空輸に頼りきっていた補給線も整い、現在はブラックシティとホワイトフォレストを経由したライフライン整備が課題となっており ――』

 

『ブラックシティとホワイトフォレストと言えば、アローラ地方に拠点を持つとある財閥による開拓ビジネス参入が注目されていますね ――』

 

「うぬー……ポケマジにしましょう!」

 

 

 ですが、ワンダーブリッジのニュースがどうにも長く続くので、ポケマジの再放送でも見ようとチャンネルを変えることにしました。

 スイッチ1つで、チャンネルは容易に切り替わります。ポケマジは海外のシンオウ地方、コトブキカンパニーの出資で作られた人気ドラマです。人気を博してかイッシュ地方でも放送が開始され、本日は再放送の第一話が放映予定となっています。

 ……はい、勿論HDにも録画済みですけれども。それと、リアルタイムで見るのとはまた別なんですよ。

 ソファに深く身を沈め、暖かい飲み物を片手にテレビを眺める。

 

 さて。

 この頃のあたしは知りません。

 この後のあたしが、これら(・・・)を巡る騒動に巻き込まれていくことを。

 薄暗い因縁に絡め取られてゆくことを。

 

 

 ―― そしてその途中で、ある運命の出逢いが待っていることを。

 

 

 





 メイちゃんDETA
・イッシュチャンピオン new!
・巨new!


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□2.ライモンシティにて ー バトルサブウェイ

 

 

 □2.

 

 

 あたしが暮らすイッシュ地方でもっとも賑わいを見せる街、ライモンシティ。

 その街の地下中心部には、バトルサブウェイというポケモンバトルの施設があります。

 現在あたしは、その施設の「マルチバトル」……ポケモントレーナー2人対2人で戦うポケモンバトルの形式だ……を行うための「駅」に降り立っていました。

 けれども。逆説。

 

 

「それでさ、メイちゃん。バトルの相方(パートナー)は見付かったの?」

 

「……んもぉ! 判ってて聞いていますね、キョウヘイ君はー!」

 

 

 あたしの向かいでちょっと意地の悪い笑顔を見せるのは、根っからのバトルマニアである男の子、キョウヘイ君。サンバイザー仲間である彼は、あたしが時折マルチトレインでパートナーを組んでいる相方でもあります。

 ただ、今日は偶然の遭遇だったのですが、これ幸いと声を掛けたあたしのお誘いは、すげなく断られてしまいました頃合です。そのくせこの「見つかったの?」とかいう台詞ですよ腹黒さんめ。

 むくれるあたしを前にして、キョウヘイ君は頬をかきながら苦笑します。

 

 

「あはは。メイちゃん、ぼっちだもんなぁ……」

 

「あたしぼっちじゃないですよ!? ちょっと人が寄り付かないだけだと思いますっ!」

 

 

 ええ。とっときの怨嗟を込めた声で、抗議をさせて頂きます!

 決してぼっちじゃない。……じゃない。本当なんですよ?

 

 

「……本当だものぉ」

 

「あ、あはは……冗談だよ。でもメイちゃん達、本当にポケモンバトル強いからなー。イッシュチャンピオンだし、PWTでも大活躍だしさ。確かに他の人も近寄りがたいのかも知れないね。特にホラ、今はポケモンバトルの施設に居るし。タッグを組むのが緊張する……みたいな?」

 

「……ありがとうございます。はぁー」

 

 

 キョウヘイ君は慌てて、矢継ぎ早にフォローを繰り出してしてくださいますけれど……実際あたしは、マルチトレインの駅で他の方からお誘いの声をかけられたことがありません。……自分から? そんな風にお誘いできていればぼっちとは呼ばれていないでしょうに。

 とはいえ、2人じゃないとマルチトレインには参加出来ません。結果としてあたしは未だ、マルチトレイン(スーパー)だけを制覇できずに居たのです。ダメダメですね。

 ……これもぼっちのせい……いやいや、ぼっちじゃあない。きっと。違う違う。いくらあたしでも、宝探しフェスを1人でやっていたりはしないのですよ? ああでも、各種進化の石はストックが欲しいかも……。

 なんて、自分で自分を慰めつつ。

 そうだ、と思い直しまして。

 

 

「重ねて、ありがとうございます、キョウヘイ君。あとは大丈夫です。今日はもうちょっと時間がありますから、あたし、パートナーの人を探してみます」

 

「……う、うーん。本当に大丈夫?」

 

 

 キョウヘイ君は本当に心配そうな顔をしながら、此方へ疑問をぶつけてきます。

 同情はいりません。お金にも困っていません。ですから!

 

 

「んもぉ、だいじょうぶですよ。ノーマルのマルチトレインはキョウヘイ君のお陰で制覇できましたから、これ以上のご迷惑をお掛けするわけには。それにほら、キョウヘイ君は彼女さんとミュージカルに出演しに行くんでしょう? ここでぐずぐずしていて待ち合わせに遅れたら、承知しませんよっ!」

 

「……そうだね。ルリちゃんを待たせてもいけないし。……それじゃあまたね、メイちゃん」

 

「彼女さんとのデート、楽しんで! 相手方も楽しませてあげてくださいねっ!」

 

 

 サンバイザーを微妙に傾け、急ぎ足でキョウヘイ君は外へと駆けていきました。

 あたしはそれを、手を振りながら見送り……ふぅ。行きましたか。

 というかそもそも、彼女持ちの男の子とデートの前にマルチトレイン乗車とか、絶対に避けなきゃいけない事態ですよ。その辺りの気遣いをあれで朴念仁なキョウヘイ君に期待するのは、無理なお願いでしょうからね。

 

 

「しかし、となると……これからキョウヘイ君には頼れなくなりますか」

 

 

 あたしとキョウヘイ君のコンビでノボリさんとクダリさんを倒したのが昨年末。プラズマ団の事件を解決した直後の事でした。

 

 その後、キョウヘイ君には彼女さんが出来た……らしいのです(上下に協調のための空白)。

 

 らしいという曖昧な語句も仕方がないもの。何分、キョウヘイ君とはここ、バトルサブウェイでのパートナーと言う間柄。マルチバトルに挑む時にだけお互いに連絡を取り、駅の中で待ち合わせをする。そんな距離のあるビジネスライクな関係でしたので、プライベートまで突っ込んだ話はあまりしたことがありませんでした。

 けれども。

 プラズマ団の事件を解決しPWTに招待されたあたし達は、以前よりも遥かに多く、バトル前の調整としてバトルサブウェイを利用するようになりました。利用機会が増えると、キョウヘイ君と顔を合わせることも多くなります。居合わせた駅で乗り継ぎの電車を待つ合間に、ふと、そういう恋のお話しとやらになったのです。関係が希薄なりに、本当に、偶然に。

 聞くに、キョウヘイ君に彼女が出来たのはどうやら、丁度あたしがPWTに招待され忙しくなり始めた期間の出来事。なので彼女さんの御尊顔を窺ったことは無いのですけれども、落し物のライブキャスターを拾って始まる恋愛だった……とはキョウヘイ君の(のろけ)。なんだそれ。ラブコメですか。ライブキャスターラブとか、アイドルさんの歌じゃああるまいし。

 ……ううん。今度顔通しとかもしておくべきでしょうか? あたしは只のポケモンバトル仲間です、と。

 とはいえ何れにせよ彼女もちの男の子を、あたしが、気軽に誘うわけにはいかないでしょうという流れなので。

 彼女もちはいけませんよ。彼女もちは。除外対象として是非ともマスキングしておきましょう。

 

 

「……置いといて。挑戦したいのも、あとはスーパーマルチトレインだけなんですが」

 

 

 物を右から左へ移す(おいといて)動作と共に。思わず溜息を撒き散らしながら、あたしは途方にくれます。

 こうして言うのもですが、キョウヘイ君はポケモンバトルが大変にお上手でした。

 ええ。ダブルバトルのパートナーの時しか会っていなかったにしても、それだけでも十分に強さが伝わってくる程度には。それこそバトルマニアと呼んでも差し支えはないのだと思います。

 しかし、そのバトルマニアをこうも変えてしまうとは。恋愛、恐るべし……と驚愕して差し上げましょう。ポケモンばかりにかまけていて乙女力も女子力も低い(ただしアウトドア能力は高い)あたしには、まだまだレベルの高い話です。

 

 

「ですが、こうして黙って突っ立っていても埒があきません。パートナーも、探しに出かなければなりませんし」

 

 

 PWTのチャンピオンズトーナメントの本戦までには一週間の猶予期間が設けられています。

 けれどあたしは、その僅かな間でもバトルの感覚を鈍らせたくはありませんでした。だからこうして、バトルサブウェイにまで足を運んでいるんです。ここにきてまで調整を諦めてしまうのは、惜しいにも程があります。

 これでシングルトレインが乗客超過とかしていなければ、迷いなくそちらに挑戦したのですけれど……どうやら今日は全てが客車として使われているみたいです。イッシュの皆さん大移動中なのでしょうか。

 さて。現実逃避は中断。

 立って、伸びをして、靴を直して。Cギアのすれ違いログ(0件)を確認しながら、ちょっとだけあくび。

 雨のために閑散とした駅構内を進みつつ。相棒探しのため自分から声を掛けるという慣れない所業に手を染めるため、気合一声。

 内心はドキドキですが。それでは。いざいざ、パートナーとなってくれる人を探すことにしましょう!

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「……」

 

 

 ……。

 

 ……あ、あのぅ、そこなOLさん。

 

 ……あ、お急ぎですか……すいません……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 だからっ!

 これで簡単に誘えるようならっ!

 ぼっちとか言われないんですあたしっ!?

 

 

「それはさて置き。これはいよいよ、暗礁に乗り上げましたか」

 

 

 人を探して彷徨っている内、いつのまにか、時刻は16時を回ってしまいました。

 外は薄暗いうえに雨降り。出歩く人が少なくなれば、あたしが現在居るような奥まった地下鉄構内なんて尚更の有様。お陰で今となっては、人っ子一人見当たらない状態です。

 

 

「……どうしましょうね」

 

 

 マルチトレインに挑むとすると、そろそろ最終決断を下さなければならない時間です。

 マルチトレインでのバトルは諦めて、ビッグスタジアムとかに向かうべき。それともリトルコートに……ううん。むしろ、黒の摩天楼。

 

 

「……いいえ、ノー! どちらもダメダメでしょうっ。ビッグスタジアムなんてライモンシティの北側は、デート帰りのキョウヘイ君に出くわす可能性が高い。黒の摩天楼は、入ったら長い時間出られなくなりますしっ」

 

 

 デートしてるリア充遭遇は兎も角、この準備期間に黒の摩天楼なんて入ったら、ポケモンのケアも出来なくなってしまいます。主力ポケモンが怪我なんてしてしまったら、PWTの調整どころじゃあないですから。

 だからこそ列車ごとにコンディション調整を挟むことのできるバトルサブウェイは重宝していたのですが ―― じゃあどうする? という命題に戻ってしまいました。思考の堂々巡り。

 

 

「……仕方ない、ですよねー。……帰りましょう!」

 

 

 ポケモン達が傷ついてコンディションを崩すよりは、だらりと過ごした方がまだ良いはず。また明日来てみましょう。

 逡巡の末にそう決めて、あたしは腰を上げました。

 

 

「あ、そうでした。ミックスオレを買い溜めしたかったんでした」

 

 

 ここでついでにと、電車を待つ間、駅のホームに据え付けられている自販機へと足を向けます。

 身分証明書にもなるCギアをかざして自動支払い。ミックスオレをダース買いよろしく連打。値段当たりの回復率が良いんですよねミックスオレ。同じく値段当たりの効率を考えると「漢方」も手段としては挙がるのですが、それらを使うよりは、おやつ感覚のミックスオレの方がポケモン達にも好評ですし。

 がちゃがちゃと落ち続ける自動販売機。ぽちぽちと連打しながら、その当たりルーレットをぼうっと見つめ……て、いる。

 

 ……と。

 

 

 ――《ブシュゥゥーッ!》

 

 

 挑戦者用のスーパーシングルトレインが、ホームにて停車しました。生温い風があたしの横を吹き抜け、お団子(シニヨン)&ツインテールを揺らします。

 あたし以外は無人の駅。スーパーシングルトレインの中にも、駅員さん以外の乗客は見当たりません。

 

 

「「またのご乗車を、お待ちしております」」

 

 

 黒と白の声が出そろい、見送られた方がドアの陰から姿を現しました。

 開いたドアを潜る、男性が1人。

 

 

「……んー、っと。あー……さぁてさて。カナワタウンでのミィへの用事も済んだし、手持ちも揃った。……どうすっかね? サザナミでの待ち合わせまでには、まだ時間が有り余ってる。……ふーんむ」

 

 

 ああ。

 すれ違いましたね。人と。

 腰にモンスターボールを着けた、見るからにポケモントレーナー。

 なんとなく青色の似合う、でも黒髪のお兄さんでした。

 

 ……。

 

 

「―― ちょっと助けてくれませんかお兄さんポケモンバトルはお好きですか彼女はいらっしゃいますかぁぁーーーっっ!?」

 

 

 この機を逃がすまい!

 気が付けばあたしは飛びついて、その鞄と腕にしがみ付いていました。

 しかしてこれが最後のチャンスなのですっっ!! 必死になるのも当然と言えましょうっ!?

 

 

 ……。

 此方を見下ろし、無言のお兄さん。

 

 …………。

 ああいや、客観的に見て、ですね。

 いえ。彼女の有無はキョウヘイ君の例を鑑みたのですが。

 

 ……。

 今のあたしって、逆ナンパ的で酷くないです?

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 身体全体で腕に抱きついたまま、2人そろって暫しの無言。

 ダメダメです。セクシャル・ハラスメントですこれはっ。

 唾液をごくり。

 ……こ、此方から! こちらから謝罪をしなければ……!

 あたしは唇を震わせ、喉に力を込めます。

 

 

「あ……。……あのう、もしかしなくてもあたし、ご、ご迷惑です……よね?」

 

 

 自己嫌悪の念をたっぷりと込めて、窺うように視線を上げれば。

 しかし、意外にも。

 お兄さんは少しだけ吹き出した後、手を顔の前でひらひらと振り ―― 笑顔。

 

 

「あー、いえいえ。それは別に。俺もこの地方には、ポケモンバトルしに来てるようなもんですんで。貴女とサブウェイに挑戦できるならば喜んで。……でも、まさか、こんな嵐の夜に薄暗ーい地下の駅で人と合うとは思わなかったんで、ちょっと吃驚はしましたがね」

 

 

 齧り付いたその人は、その言葉を示すように一瞬だけ吃驚した様な表情を浮べていましたけれど、その後にあたしの腕を優しく解いてくれました。押し付けてしまっていた胸(セクハラ案件)も、後顧の憂いなく解放。

 でも……嵐?

 

 

「え。もしかして今、外の天気って……」

 

「恐らくは想像の通り。トルネロスとボルトロスが喧嘩してるんじゃあないかっていう位の大嵐ですねー。さっさとランドロスに御登場いただきたい場面かと。レックウザでも構わんですが」

 

 

 人の好い苦笑を浮べながら、お兄さんは解説を付け加えてくれました。

 ……成る程。嵐も嵐、大嵐なのですか。道理で人も少なく、構内に湿気が充満している訳です。

 となるとあたしは、尚更このお兄さんを逃したくないのですけれど……ちらり。

 

 

「そんじゃあ、順番に答えときますか」

 

「え、と?」

 

 

 何に?

 と、あたしが続ける前にお兄さんが重ねます。

 

 

「貴女の問いに、です。……残念ながら彼女は居ませんね、俺。んでもって果たしてポケモンバトルが、客観的に得意かどうかは兎も角 ―― 好きではあります。俺も、俺の手持ちのポケモン達も。ポケモンバトルが。ですんで、貴女に必要な『助け』がポケモンバトルに関するもの……例えばマルチトレインのスーパーに一緒に挑戦してくれとかでしたら、お力になれると思いますよ。さっきも言いましたが、喜んで」

 

 

 ……何か、あたしの思考が読まれてます。

 というかしどろもどろな状態で話したあたしの言葉を、まさか、理解されているとは思っていませんでした(酷い言い草ですが)。

 お兄さんはどこか飄々と、厄介事には慣れているという雰囲気を放っています。あたしが落ち着くのを待っていてくれたのでしょうか。代わりにと、自販機から溢れたまま放置されていたミックスオレを取り出しながら、あたしに向かって再度、問いかけます。

 

 

「それで、どうします? マルチトレイン」

 

「ぜ……是非とも! あたしにお付き合い下さいっっ!!」

 

 

 差し出されたその両手を、ミックスオレごとがっしり確保。

 神々しい! 御姿に後光が差して見えます! お兄さん!!

 

 

「うっし。それじゃあ……と。その前に……ほいこれ、ミックスオレ。君のだろ?」

 

「あっ、はい! ありがとうございます! でも、ただで付き合って頂くのも申し訳ないので……それは1本、お兄さんに差し上げます!」

 

「そんじゃあ、どもです。……んっく。でもって、自己紹介と行きますか」

 

 

 その人はぐいっとミックスオレ(背高ナッシー風味)を飲み干し、ホールインワンでゴミ箱に放り。

 乗ってきたスーパーシングルトレインがドアを閉め、背後にて動き出します。誰も居ないホームに、あたしとお兄さんだけが取り残されました。

 お兄さんは此方へと向き直り……腰に手をあてながら。

 

 

「俺はショウ。ポケモントレーナー、で間違ってないと思う。宜しくな」

 

「はい。あたしはメイと言います。……宜しくお願いしますねっ、ショウさん!」

 

 

 あたしが元気良く手を挙げれば、ショウさんが手を合わせてハイタッチ。小気味良い音が駅構内に響きます。

 ……よしよしよっし。これで挑戦できますよ待ってろスーパーマルチ!!

 そんな風に脳内でバッチリなガッツポーズを決めていると、お兄さん改めショウさんは、手を顎の下に当てながら何やら思索。

 

 

「しっかし、イッシュチャンピオンとマルチバトルが出来るとは。また光栄な役目を仰せつかったなー」

 

「あ……やっぱり知ってましたかぁ……。あの、出来れば普通に接してくださいね?」

 

「メイちゃんがそれを望むんなら、勿論。というかその方が俺も楽だし、そうするよ」

 

 

 実際の所、リーグチャンピオンだけではなく今のPWTもテレビなどで放映がされている為、自身の思惑とは裏腹に、あたしの顔と名前は広まってしまっています。恐らく、ショウさんもどこかで映像を見て知っていらっしゃったのでしょう。

 あたし自身としてはあまり、無駄なメディア露出はしたくないのですけれどね。

 



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■3.ライモンシティにて ー マルチトレイン

 

 

 ■3.

 

 

 その後。

 あたしはショウさんを連れて、念願の、スーパーマルチトレインの乗り場までやって来ました。

 あたしもあたしのポケモンも気合は十分。よっし、やってやります!

 

 

「メイちゃん、やる気一杯だなぁ」

 

「そりゃあ、やる気は一杯ですけど……そうだ。ショウさんよりもあたしの方が年下ですし、呼び捨てにして下さいませんか? 話し方も楽にしてくださった方が、あたしも気が楽なんですけど」

 

 

 やる気ついでに、ちょっと気になっていた点について指摘をばしておきます。

 自己紹介の際に聞いたところ、ショウさんは(満)23才。16才のあたしよりも一回りは年上です。目上の人に敬称を使われる(ちゃん付けですけど)のは、なんというか、嫌というか、慣れる気がしませんから。

 

 

「そーか? そんじゃ遠慮なく、メイで。あ、そうそう。俺も名前は呼び捨てでいいんだぞ?」

 

「ああ、いえ。……うーん……何だか恐れ多い感じがしてしまって」

 

「俺は気にしないけどなー。そっちはチャンピオンだし。でもまぁメイが気にするってんなら、そのままでも別に構わんかね」

 

 

 ショウさんとベンチに座りながら、何てことは無い会話で乗り換えの電車を待ちます。

 さて、ここにてご紹介。

 あたし達がこれから挑むマルチバトルとは、トレーナーが2人……各々手持ち2匹ずつのポケモンでダブルバトルを行う形式の事です。

 シングルバトルと違い「仲間のポケモンを技の対象に出来る」というのが、最も大きな相違点でしょう。

 仲間のポケモンを技の対象に。つまりは一瞬でポケモンの強化やコンボなどが行えます。組み合わせが一層重要になってくるという訳ですね。

 それらに加えて、「攻撃の範囲」というものも概念として加わります。なので、より戦略的な技の選出が求められる事になるという点が、私的には興味をそそられる部分かと。

 ……ええ。あたしとて、同じくポケモン2VS2で行うルール「ダブルバトル」のトレインは、しっかりとスーパーまで制覇しました。あれはポケモントレーナー1人で参加できますからっっ!

 ぼっちな自虐は置いておいて(右から左)。

 となると、マルチバトルでは、ダブルバトル以上にトレーナー間の意思疎通が重要になると。ここであたしは件の相方、ショウさんをちらっと横目に確認します。

 

「(……強そう、です?)」

 

 いえ、残念ながら外見程度ではポケモンバトルの強さなんて判りません。ここで少し思索。

 ショウさん曰く、彼もスーパーシングルを49連勝できる位の実力は持っているらしいです。今回スーパーシングルトレインから降りてきたのは、電車の運行ダイヤ的に使いやすかったからという世紀末的な理由だそうですし。

 けれど……ですが、やっぱりポケモンを扱う所を見てみない事には……うーん。

 ……いえいえ。あんまり人を値踏みするのも失礼ですね。いずれにせよ、むしろあたしの腕の見せ所でしょう。バトルマニアーの血が騒ぎます!

 

 

「ええ、やってやりますとも!」

 

「やる気があるのは良い事だと思うぞー。さっきよりやる気増してる感じもするしな」

 

 

 うっ……あの、いえ、理由は兎も角淑女としてはしたない挙動でしたね。反省します。

 あたしはどうも、バトルにワクワクしていると直ぐにこう(・・)なってしまうんですよね。えふん。重ねて、自重するべく心がけておきましょう。

 

 そんなやり取りをしながら暫く。あたしがショウさんと手持ちポケモンの打ち合わせなどを行っていると、スーパーマルチトレインが駅に入ってきました。

 ブレーキ音を甲高く響かせて、ぶしゅーっと扉が開きます。

 準備万端のあたしはショウさんに先立って、昂揚した気分のまま、待ってましたとばかりに車内へと乗り込みました。

 

 

「それでは。……目指すはサブウェイマスターですよ! 行きましょう!」

 

「りょーかいりょーかい。俺としてもサブウェイマスターとはバトルしてみたいしな」

 

 

 そう言いながら駅員さんの前で手続きを済ませ。

 いざいざ乗車!

 

 

 《ブシーッ》

 

 ――《タ、タ、……タタン、タタン》

 

 

 後手にドアを閉めると、電車が再び動き出しました。いよいよ狭い通路を進んで、バトルサブウェイ、その本陣へと立ち入ります。

 普通のバトルフィールドよりやや横長、シングルの車両よりは数歩分広い車内。

 細かく揺れる床。枕木を進む、定期的で心地よい音。

 ……うん、懐かしい雰囲気。キョウヘイ君とノーマルマルチに挑戦したのはリーグ制覇の後、PWTが開催される前でしたからね。随分と昔です。

 

 

「色々と懐かしいな」

 

「あ、ショウさんもですか?」

 

「そうそ。いや、俺自身は初めてなんだけどな。スーパーマルチトレイン。でもこの感じが懐かしいというか、タワークオリティに注意というか」

 

 

 緊張した風もなく、こなれた感じでショウさんが話してくれます。

 あたしの感じた「懐かしい」とはやや意味も違うのでしょうけれど、慣れているというのであればそれに越した事はありません。

 ここで前を向くとドアが開き、対戦相手の2名が入場してきます。

 ……どうやらウェートレス(女)さんと、山男さんがお相手みたいですね。

 

 

「にゃんにゃん勝負だにゃん!(って馬鹿みたいよねホント)」

 

「んー、いや、キャラ付けとしては十分有りなんじゃないか?」

 

「お ま た せ! 一部のアイドル山男よッ(はぁと)」

 

「……あ、あはは。なぜオネェキャラなのでしょう?」

 

 

 片方がネコ語尾のウェイターさん。もう片方はオネエ口調の山男さん。

 どうにもサブウェイのトレーナーの方々は一風変わった方が多いらしく、その点については残念ながら、今回も相違ありませんでした。

 相対したるは変人方々。あたしは、ショウさんと共にがっくりと肩を落としながら……でも、バトルには関係ないですと切り替えることにしておきましょう。

 

 

「それでは、いざバトルです! 相方は宜しくお願いします、ショウさんっ!」

 

「おっけ。頑張ろうな、メイ!」

 

 

 バトルサブウェイは、入場して暫くすると自動でポケモンバトルのカウントダウンが始まります。

 

 あたしは靴の踵を直して、ショウさんは腕まくり。

 

 2人、腰からモンスターボールを取って。

 

 車窓を利用した電光掲示に『 Fight! 』の文字が躍り。

 

 同時……投げ出します!!

 

 

「出番だよっ、アーケオス!!」

「―― あきゅああッ!」

 

「行こう、ハッサム!!」

「―― ッサム!」

 

 

 打ち合わせの通り、あたしの初手はアーケオス、ショウさんの初手はハッサムです。

 因みにショウさんのハッサムはアイテムバッグの中に「ふうせん」を持っているためにジャンプの滞空時間が延びていて、あたしのアーケオスのサブウェポン『じしん』を能動的に回避できるようにしてあります。まあ、挙動でアイテムバッグの中身が「ふうせん」だというのは相手方にもバレバレになるのですがそれはそれ。

 さてさて、相手のお方は!

 

 

「行くにゃっ、ゴローにゃ!」

「―― ゴロンゴロンっ」

 

「行って頂戴ぃん、マッギョ!」

「―― ギョギョッ!」

 

 

 ずっしり岩塊、マッシブなゴローニャ。

 と、沼地の罠マッギョ。現在季節は夏。マッギョナイト開催中です。

 

 ……両者、別段浮いている様子も無く、共通弱点である「地面タイプ」への対策はされていないと見えます。

 

 …………ふふ、ふふふふ。ゴローニャの物理防御力にあぐらをかいているのでしょうか……?

 

 

「ええ。……別に、倒してしまっても、構わないのですよね」

 

「それは負けフラグだぞー、メイ。用法も違う。……まぁいくらスーパーマルチだとはいえ、サブウェイも序盤だと相手は『ランカー』じゃあないだろうし、こんなもんだろ。何より、連勝が大事なサブウェイだからな。楽に勝てるに越した事は無いと思うぞ?」

 

 

 どこか釈然としませんが、ショウさんの言う通り。序盤ですし、楽に勝てるに越した事はないというのも確か。……ここはさっさと勝ち進んで、次の車両へ向かうとします!

 あたしは、目の前で絶えず翼を動かすアーケオスへ向かって……指示を!

 

 

「それじゃあアーケオス、『じしん』っ!!」

「―― きゅああッッ!!」

 

「ハッサム、ゴローニャに『バレットパンチ』!」

「ーーッサム!!」

 

「ゴローニャ……『ストーンエッジ』だニャア!」

「ゴロ、ゴロォー!」

 

「『でんじは』よぅ、マッギョ!」

「ギョギョッ!」

 

 

 トレインの内に4つの指示が飛び交います。

 が、何れにせよ先手はポケモンの選択に速さを重視しているあたし達です。

 

 

「あきゅぁぁぁッ!」

 

 ――《グラグラグラッ!》

 

 あたしのアーケオスのサブウェポン『じしん』が、車両ごと揺らしてゴローニャとマッギョを弾き飛ばし(バトルサブウェイはこの程度の衝撃はお茶の子さいさいです)。

 

 

「ッサム!」

 

 《スパァァーンッ!》

 

 

 その間を、ハッサムが滞空時間の長いジャンプで浮きながら接近。『バレットパンチ』でゴローニャをはたき飛ばしてくれました。

 

 がん、ごん、ごっつん。

 『バレットパンチ』で転がったゴローニャが『じしん』の追撃を受け、鈍い音をたてて車内を転げまわります。

 手前では、ひっくり返ったマッギョがびくんびくんと痙攣しているとか。

 

 ……ふふ、ふふふ、ふふふふっっ!

 

 トレーナーツールや車窓のホログラフを見てHPを確認するまでもありません。

 ゴローニャは『がんじょう』込みで『バレットパンチ』を耐えましたが、此方はアーケオスがしっかりと追撃。相手のポケモン達は、残念ながら、たった一度の交錯での御退場と相なります。

 

 

「―― ゴロンゴロンッ」「ギョギョ~」

 

「うにゃっ!?(えっ!?)」

 

「ウソォン、一撃なのぉ!?」

 

 

 足元で倒れ込むポケモン達を見た、サブウェイトレーナー方々のリアクション。

 ええ。嘘じゃあありません。驚くなんてもってのほか。共通弱点鈍足対策なしのポケモンを相手取ったのですから、当然の結果でしょうに。

 

 

「ですからさあ、さあ! どうぞっ! お次のポケモンを!!」

 

 

 ふふ。これから49連勝するんですふふふ。立ち止まっている暇などありはしませんよふふふふ。

 さあ、さあ、さあさあさあさあーっッッ!!

 

 

「ノッてきてるなー、メイ。……そういや、リーグの時のもテレビで見たなぁ」

 

 

 ……。……。

 …………あ。まずい。そういえば、今は、1人じゃあなくて……。

 ぎぎぎ、と軋みをあげる首を無理やり動かして隣を見てみれば、ショウさんは、テンションが天元突破したあたしの顔を興味深そうな表情で眺めていました。

 あのう。

 

 

「……すいませんショウさん。一体全体、何処で、何を見たんでs」

 

「作年末のポケモンリーグ本戦だな。徐々に口角が釣り上がって、最後には悪鬼羅刹の如き笑顔でバトルをしている(のち)のPWTイッシュ代表第一席の姿だが」

 

「後生ですっ! それは忘れてくださいッッ!!」

 

 

 あたしはブラックキュレムにも勝る気迫で、ショウさんの腕に縋りつきます!

 ですが、これ以上はご勘弁を! あれが全国放送されたせいで、あたしは今でもヒュウさんに近付き辛いとか言われるんですよっっ!? あの事件の際、襲い掛かるレパルダスにすら、一歩も怯まなかったヒュウさんに!!

 

 

「いや、メイがそこまで言うなら忘れてもいいけど……まぁ今は、目の前のバトルに集中しとくかね。メイには気にし過ぎてしくじるなよーとだけ、忠告をしておいて。さてさてすいません、お待たせしました。次のポケモンを出してくださればと!」

 

 

 縋りつくあたしを左腕にぶら下げたまま。ショウさんは自然な流れで、目の前で唖然としていた対戦トレーナーの方々を促してくれました。

 ……あの……えふん。

 

 

「……取り乱しました。本当、す、すいません」

 

「あっはは! 顔がまだ赤いけどまぁ何とかやれそうにはなったな、メイ」

 

 

 ……はい。隣のショウさんだけでなく、目の前にも、相手のトレーナーの方々が居らっしゃったんですよね。もう恥ずかしいやら何やらで、色々と見失っていました。

 はつらつと笑うショウさんを前に、あたしは手で顔を覆ってしまいたくなりますが、そういう訳にも行きません。相手の次のポケモン達が……何よりあたしのアーケオスが指示を待ってくれているのです。

 

 

「……うう。なるべく早く倒してくださいよぉ……お願いします、アーケオス!」

 

「あきゅぁ?」

 

「うっし。俺達も一層気合入れていきますか、ハッサム!」

 

「ッサム」ビシィ

 

 

 アーケオスがあたしの様子に首をかしげて、ハッサムがショウさんの言葉にびしりとハサミを掲げて。

 ……ああ、もう!

 初戦からこんな失態とか、兎に角、早く終わらせてやりますーっっ!!

 



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□4.ライモンシティにて ー ふたりの前哨戦

 

 

 □4.

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 滑り出しはバトル以外の部分で苦労をしたものの、相手をしてくださったサブウェイトレーナーの質(の低さ)もあってか、あたし達は初戦を危なげなく勝利することが出来ました。

 

 (あたし自身の失態で)辛くもスタートを成功させたその後も着実に勝利を重ね、次々と車両を突破して行きます。

 

 バトルサブウェイは7戦ごとに手持ちポケモンを入れ替えることが出来るルールとなっています。連戦を予測したあたし達は、手持ちポケモンの疲労を考慮し、7戦ごと、駅に降り立つ毎にメンバーの入れ替えを行いました。ショウさん手持ちのポケモンは数も種類も多く、その都度あたしの戦法に合わせる形を取ってくれたため、コンビネーションについて問題にはならなかったのが幸いです。

 

 その甲斐もあってか、バトルを重ねる毎にコンビネーションや速攻に磨きもかかり、その結果あたしとショウさんは42戦42勝、車両を6つ。全勝にて通過という成果を上げることが出来ていました。

 

 今回の目標はサブウェイマスター撃破。バトルサブウェイの顔を務めるサブウェイマスターお二方は、49戦目のお相手です。

 つまりは、次の車両の最終戦こそがあたしの目的であり……

 

 ……ですが、ここで問題が1つ。

 

 ホームの液晶から見える、とっぷりと闇につかるライモンシティの様子とか。ええ。時の流れは……というモノローグでも入れて欲しい所かと。

 はい。判っています。重々承知。

 

 

「ふーっ。……車両を通過するのに夢中で、すっかり日を跨いでしまいましたね!」

 

「いやいや待て待て。夢中も何も、俺は途中で何度か指摘したよな? むしろ0時を超えてからは10分毎に!」

 

 

 あたしは夏夜(嵐)の蒸し暑い空気の中、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭います。何処ぞにベビーパウダーを常備しておいて良かったと、自分の準備の周到さに感服です。

 ……だって、バトル、楽しかったんですよ!!

 

 

「などと言い訳はしておきますけれど……いえ、すいません。あたし、バトルに集中するとどうやら周りが見えなくなるらしくって」

 

「あー、確かに居る居るそういう奴。俺が学生の時にも性格が変わる奴、いたっけなぁ。……元気にしてるかね、ゴウとか」

 

「ですよねっ! 変わりますよねっ!!」

 

 

 と言い張ってみると、ショウさんがじと目。

 ……視線は、ちょっとだけ、逸らしておいて……当然、追撃がきますね。

 

 

「でもメイのそれは周りが見えなくなるって程度じゃあなかっただろ。終電のチャイムでも気付かず空のホームへ突進、見かねたジャローダの『へびにらみ』でやっと止まるとかな」

 

「あの、いえ、もう、その件に関してはショウさんに多大なる迷惑をお掛けしました。重ねて、すいませんっ! そして、ありがとうございますっっ!! ……ジャローダも!」

 

 《カタッ、カタタッ!》

 

 

 謝意を示すには先ず形からということで、あたしは既に地面(ベッド)に向かって全力の土下座をしています。これはショウさんの生地カントーにおける模範的な謝罪方法なのだそうですと小耳にはさみました。こすり付けるように頭を低く!

 バッグの中でも、ジャローダの入ったモンスターボールがかたかたと揺れ動いてあたしに反省を促してきます。……いえ、初対面の方にここまでご迷惑をお掛けするとは、猛省が必要ですね。はい。

 ですがまぁ、猛省はそれとして、終電のホームに留まっている訳にもいきませんよね。

 

 

「……出ますか。駅を」

 

「だな。出てから考えようぜ」

 

 

 との言葉で意見は一致。

 やや疲れた体を引きずりながら、あたしとショウさんは夜のライモンシティへと繰り出すことに。

 

 

「さーて、と。宿泊施設は」

 

 

 そう言うと、ショウさんはあまり見かけないトレーナーツールを起動させ、この夜遅くからでもチェックインできる宿泊施設の検索を始めてくれました。

 ライモンシティの駅を出て、しかしてあたしの実家には帰らず、街中に留まる理由は1つ。

 「朝いちばんでバトルサブウェイに挑戦を試みるため」、なのです。

 なんとありがたいことに、どうやらショウさんはご都合が良いらしく、連日同行してくれる運びとなったのです。なので、あたしとショウさんは見知らぬ駅近くで空いていた安価なビジネスホテルへと留まる事にしました。どうせなので同じホテルへ。何かとこの方が都合も良いですから。

 

 さてさて。

 そんなこんなでホテルに着くなり持ち込みのご飯を食べて、シャワーを済ませ。

 あとは、いよいよ明日の打ち合わせをしておきたい心持ち。

 

 

「ええ。ポケモンバトルは作戦立案が重要ですからねー」

 

 

 それもマルチバトルとなれば猶更です。ひとしおです。

 意気込んだあたしは自室を出ると、硬い床の上をぺたぺたと歩き、廊下へ。

 ショウさんが借りたすぐ隣の部屋の前で……ちょっと深呼吸を挟んでから拳を軽く握って、扉を2回ノック。

 ざあざあと雨の振りつける音だけが暫く続いて、「なにかー」というショウさんからの返答があったのを確かめて。いざ、ドア越しに声をかけてみます。

 

 

「あ、あの……ショウさん。あたしです、メイです。明日のバトルの打ち合わせをしようかと……思いまして。はい」

 

「ん? おー、真面目だな。明日の朝でもいいかと思ってたんだが」

 

 

 言いながら、ショウさんは扉を開けてくれました。どうもとお礼を言って、あたしは入口を潜ります。

 シングルの部屋はあたしの部屋とは配置が鏡面になってますが、大体は同じ構造をしています。

 ただ、ベッドの上には、ショウさんの四次元鞄から広げられた道具が所狭しと広げられていました。何に使うか判らないような機器とか、あたしにも見覚えのあるポケモン用の道具とか。

 そして、道具だけではなく。

 

 

「どぶるぅ」

 

「そうだなぁー……どうする画伯(がはく)。尾筆の手入れが終わったなら、ボールの中戻るか?」

 

「どぶるるぅ」

 

「そっか。そこの椅子に座っててくれ……っと、ハッサムは戻っとくかね」

 

「ッサム」コクリ

 

「おう。バトルだけでなく手伝いまで、あんがとな」

 

 

 どうにも通じ合ったやり取りの後。ショウさんは(なんと)洗濯物を干してくれていたハッサムをボールに戻し、尾の筆を水洗いしていたドーブルを抱えて、椅子の上に乗せました。

 ハッサムはあたしに向けて小さく会釈をしてボールの中へ。なされるがままのドーブルは、椅子の上で尻尾の先をゆらゆらと揺らしながら、雨の滴る窓の外を眺め始めます。

 あたしも促されてベッドの端に腰を乗せ……それよりも、気になることが一つ。

 

 

「あの……ショウさん。もしかして、ポケモンの言葉を判ったりしちゃうんですか?」

 

「ん? あー、まぁ、何となくは。明確に言葉としては聞こえないけど、でも、メイだって大体なら判るだろ? ポケモンだってこっちの指示を理解してるんだし、仕草や表情だってある。別に難しい事じゃあないって」

 

 

 それはそうですけれども、にしても、先ほどのドーブルとのやり取りは通じ合ってい過ぎる様な気が……しないでもなかったり。等々。

 部屋の奥へと引っ込んだショウさんの言い分を聞きながら、あたしの脳内で思い出されたのは、昨年の旅の途中で出会った男性の事でした。

 ……ポケモンの声が聞けるという彼は今、どこに居らっしゃるのでしょうか。探しているというお方と、出会えていれば良いのですが。

 彼とあたしとは昨年、リーグ乗っ取り事件の舞台となったらしい(伝聞)「くたびれたお城」の中でバトルの後に会話を交わしたのが、最後の顔合わせとなっていますが……。

 

 ……う、ひゃいっ!?

 

 

「うひゃいっ!?」

 

 

 突然頬に当てられた感触に、あたしは思わずびくりと肩を震わせます!

 

 

「あー、いや、驚かせたなら悪い。打ち合わせならと思って飲み物を用意したんだが」

 

 

 驚きながら振り向くと、そこには、マグカップを両手に、寝着に着替えたショウさんが立っていました。

 ……あたしが驚きすぎたのは、きっと、ここ最近降り続いている雨によって出来上がった何ともいえない不気味な雰囲気のせいでしょう。ええ。そうですとも。

 

 

「ど、どうもです」

 

「んー」

 

 

 恐る恐る両手でマグカップを受け取ると、ショウさんは早速と口をつけます。

 引いてくれた椅子に腰をかけて、あたしも口に。どうやらヤマジ産の豆を使用したカフェオレのようです。酸味の少なさが特徴の豆が、ミルクの甘さを自然に引き立ててくれています。うまうま。

 

 

「あの、美味しいです。うまうまです」

 

「そりゃ良かった。んでもって良かったついでに、バトルの打ち合わせだったな」

 

 

 お礼を受け取りながら、ドーブルの座る椅子の横、ベッドに腰掛けるショウさん。そのまま「仕切りはメイに」と、こちらに向けて両手を広げました。打ち合わせの仕切り、という事と解釈します。

 とはいえあたしも、明確な戦略が存在する訳ではありませんし……どちらかというと、意見の擦り合わせというか。打ち合わせみたいなものを行っておきたかっただけです。

 なれば。

 

 

「いよいよ次はサブウェイマスターが待ち受ける車両ですけど……その、どうします? 組み合わせ」

 

「あー……そうだな」

 

 

 此方のアバウトな切り口に対して動揺も無く、ショウさんが唸ります。

 組み合わせ。つまりは、あたしがどのポケモンを。ショウさんがどのポケモンを選ぶか、という事です。

 先にも挙げました通り、マルチバトルはトレーナーが2名。指示系統が増加しているのです。バトルの進行が早まる反面、トレーナー同士の意思疎通をはからなければならないルールだと言えるでしょう。

 それらを一言語で理解して下さったショウさんは、ぴっと人差し指をたてまして。

 

 

「まずは相手の情報をまとめるか。道中のトレーナーはランダムだから対策たてようがないから、ラストの2人だな。……これは前情報だけど、サブウェイマスターの2人は公平を期すため、俺達が最後の車両に乗ってからはバトルをモニタリングしないらしい」

 

「あ、それは良かったです。ですが、手持ちポケモンの情報が漏れていると、サブウェイマスターの2人だけが一方的に有利になってしまいますから、当然といえば当然ですね」

 

「だな。……でもこれって、逆を言えば、今日……日付を跨いだんで既に昨日だがそれはさておき。ともかく、6車両分のバトルは見られているって事にもなる」

 

 

 ……ふむん?

 ショウさんのその言葉には、違和感が感じられます。

 あたし達が今日行った、42戦分は確認されていると。勿論録画はされているでしょうけれども、この夜半まで続いたバトルを、となると……対策をとる分を含めて、リアルタイムでも見ていなければ時間が足りなくなってしまうでしょう。

 ですがショウさんはそれをも鑑みて尚、6車両分を、と仰りました。うーん。

 

 

「……確かに、録画はされているでしょうけれど……お忙しいサブウェイマスターのお2人が、幾らでもいる挑戦者の中から、あたし達だけに注目するものでしょうか?」

 

 

 なので素直に聞いてみます。

 尋ねられたショウさんは、顎に手をあて、ドーブルの乗った椅子をくるくると回しながら。

 

 

「一応、そうだと思ってる。俺はな。……今日は嵐のせいで挑戦者は少なかっただろうし、何よりメイ、お前が居るだろ? イッシュリーグの顔がトレインに挑戦してるとなると、チェックはされてると思っておいた方が確実だ」

 

「どぶるぅぅぅ」

 

 

 うーん、それもそうですね。ショウさんの言う通り。

 あたしの顔は知れていますから、注目されていたとしても確かにおかしくはないのでしょう。こうなると、ちょっとだけリーグチャンピオンのネームバリューが恨めしくも感じます。普段ならバトルを挑まれるので大歓迎なんですけれどね。

 此方の情報は知れている、という前提。これだけを見れば不利。

 だとしても突破口は存在するはず。考えを回してみます。

 ……例えば。

 

 

「そう言えば……相手のサブウェイマスターとなるお2人……ノボリさんとクダリさんにも、パートナーというべきポケモン達が居たはずですね」

 

「だな。あの2人はあくまで『攻略される側』だ。バトルサブウェイっていう商業施設(アトラクション)のな。だからまぁ、その辺りはメイの言う通り対策をうてる。だから当然、対策の対策を相手がうってくるとして……」

 

 

 ショウさんはそのまま、思考を続けてくださいます。

 なんでしょうね。考えがお早い。あたしにもぎりぎり理解は(・・・)出来ます(・・・・)が……。

 

 

「……という感じでどうだ?」

 

「えっ、あっ……あたしは異存ありませんっ」

 

「うし。ならオーケーだな。そろそろ時間も遅いし、寝とこうぜ」

 

 

 いつの間にか、バトルに向けての相談は終了してしまっていました。ショウさんは立ち上がり、空になっていたあたしのマグカップを受け取ってくれます。

 椅子の上ではドーブルが小さく「どぶるぅ」と鳴いて……というか。

 

 

「あの、不躾な質問なのですが……」

 

「ん? なんだ?」

 

「えっと、ショウさんって、何をしていらっしゃる人なんですか?」

 

 

 と、興味のままに口に出してしまったものは引っ込めようがありません。

 とはいえ、これは気になる所かと。何せあたしがショウさんに吹っかけているのは「連休でもない平日に、今日も明日も、2日がかりでポケモンバトルを」という無茶ぶりなのです。

 それに付き合ってくれているショウさんは、果して、一体何者なのでしょうか。そもそも、お仕事などに不都合はないのでしょうか23才彼女なし。

 ご迷惑をお掛けしては……というあたしのこの今更な問い掛けに、ショウさんは楽しげな、でもどこか陰のある苦笑を浮べてこう返してくれました。

 

 

「あー、まぁ、今は『何でも屋』なのかね?」

 

 

 ああ、えと、それはご職業と呼べるのでしょうか……?

 



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■5.ライモンシティにて ー サブウェイマスター

 

 ■5.

 

 

 さて。

 翌日、「何でも屋」ことショウさんとチェックアウトしまして、それはさて置きポケモンバトル。

 あたし達は再びライモンシティの中央部を訪れ、一目散に地下へ。目的としていた始発のバトルトレインに乗車します。

 スーパーマルチトレイン、7週目。

 1~6車両目でもトレーナーの方々が待ち受けて下さいましたが、体調を万全に整えたあたし達はそれらを難なく突破し……その先。

 

 49車両目の扉が、いよいよ開きます。

 

 

「「―― ようこそおいでくださいました」」

 

 

 車両の奥で待ち受けていたのは白と黒、双子然とした両者のお顔、やけに長い外套の裾……注目すべきはそこではなく。

 バトルサブウェイのサブウェイマスター。駅員の中の駅員。ノボリさんとクダリさんのお出ましでした。

 お2人は「出発進行!」的なポーズを仕切りなおすと、直立不動、ぴしりと背筋を伸ばした姿勢であたし達を促してくれます。

 

 

「お二方とも、ポケモンの回復はお済でしょうか?」

 

「そりゃあ済んでるでしょう、ノボリ兄さん。あたりまえだよー」

 

「……車掌たるもの事前の確認は欠かしてはいけませんよ、クダリ」

 

 

 きっちりした印象の黒々とした車掌さん、ノボリさん。

 対照的に白々しててゆるふわな車掌さん、クダリさん。

 件のご両人の登場と相成りました。

 

 

「あー、だいじょぶです。だいじょぶですんでお構いなく」

 

「お久しぶりですノボリさんとクダリさん。回復はしっかりと済ませましたから、ショウさんの言うとおり、大丈夫ですよ!」

 

 

 力の抜けたショウさんの返答、そしてあたしの挨拶に、ノボリさんが小さく会釈。クダリさんは「ちわー」と手を振ってくれました。

 あたしとノボリさん&クダリさんとは、幾度もバトルをしたことがある、友人に近い間柄です。

 お2人は各サブウェイの49車両目を務める「サブウェイマスター」。しかしそれだけでなく昨年は旅の最中、キョウヘイ君と一緒に駅の前で呼び止めてまでバトルに付き合ってもらったこともありました。それからはあたしも、リーグチャンピオンという立場もしくはバトルサブウェイの挑戦者として、お二方と何度も交流を持ったことがありましたから。

 うーん、でも、だとすると。

 

 

「ショウさんも、お二人とはお知り合いなのでしょうか?」

 

「おう。一応な」

 

「うんうん。ショウ君はさぁ……」

 

「クダリの言うとおり、ショウは知人であります。ただ勿論、だからといってバトルに手心は加えませんが」

 

 

 あたしとしてはショウさんの対応の緩さが気になっての発言だったのですけれど……ショウさんはいつもの軽い感じ。クダリさんの発言は進行命のノボリさんによって遮られ、要領を得ませんでした。

 ……なんとなーく、会話の流れを切るのが目的だった気はしますが、ここはノボリさんをたてておきましょう。

 

 

「それではサブウェイチャレンジャーのお二方、準備を宜しくお願いします」

 

 

 ノボリさんに促され、あたしとショウさんはマルチトレインの車両、連結側のトレーナーズスクエアに陣取ります。

 同時に液晶窓に「LIVE」の文字が点灯し、このバトルの衛生中継が開始されました。

 これはバトルサブウェイにおける興行収入の1つ。中継を行うことによって同線に乗車した乗客の皆さんからもサブウェイマスターのバトルをご覧になれるという、集客システムなのです。

 あたしとしてはこれ、いつ立ち会っても慣れない仕組みなんですよね。此方からはお客の方々が見えませんし、バトル用の車両は他の客車と離して別ダイヤで運行されるので、悪目立ちするという可能性はないかと思うのですが……。

 

 

「やるよー!」

 

「気合が入ってますね、クダリさん」

 

「それは勿論。イッシュリーグの英雄であるメイさんがお相手……しかもその相方はショウなのです。力を入れるなと言うのは無理難題でしょう。私ノボリとて、いつもよりは緊張しておりますよ」

 

 

 随分と気合が入っているのは、そういう事でしたか。

 にしても、ショウさんの評価が高いですね……。まぁ、それはそれとしてポケモンバトルですけれども。

 そうこうしている間に、カウントダウン。

 3、2、1……

 

 バトル、スタートッ!!

 

 

 

「頼んだぞっ ―― ドレディアッ!」

 

「お願いしますっ ―― ワタッコ!」

 

「進路良し ―― ギギギアル!」

 

「出番だよっ ―― ローブシンッ!」

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

 すごい。

 その一言に尽きます。

 

 ……いえ、その、いよいよノボリさんクダリさんとのポケモンバトルが始まったのですけれど……。

 何が凄いのかというと、ショウさんとそのポケモン達の「懐の深さ」が、です。

 

「(……なんとなく、ですけれども!)」

 

 まあどれだけ懐が深かろうがこのバトルに勝てなければ悔しいので、その辺りは後回しにしておきましょう。

 さてさて。先発はダブル草タイプを選出したあたし達。ワタッコの先制『にほんばれ』&ドレディア『めざめるパワー』でクダリさんのギギギアルが退場。

 クダリさんの2番手ダストダスの攻撃を引き受けつつも「作戦」を実行しつつ、ドレディアが退場。ショウさん2番手のハッサムがダストダスを撃沈し、続いてクダリさんがシャンデラを選出。あたし自身もワタッコを引き下げ、同族、シャンデラを場に繰り出しています。

 同時にショウさんのハッサムも『とんぼがえり』で引き下がり、はてさて3番手、ショウさんが繰り出したのは。

 

 

「続くぞ、ガラガラッ!」

 

 《ボウンッ!》

 

「―― ガラルァッ!」

 

 

 頭蓋骨を被った二足歩行の怪獣 ―― ガラガラ。手に持った骨をくるりと回し、びしりと向かいのシャンデラに突きつけました。

 単純に考えて、地面タイプは炎のシャンデラに効果抜群です。攻撃が等倍で通ればまだしも、地面相手だと分も悪い。

 

 ご対面。

 サブウェイマスター両名、シャンデラ&ローブシン。

 あたし達、シャンデラ&ガラガラ。

 

 

「くっ……シャンデラっ!」

 

「しゃらんら~」

 

 

 その出現を受けて、ノボリさんはシャンデラの位置を入れ替るよう指示を出しました。クダリさんのローブシンと付かず離れず、いつでも庇える位置へ。

 ドレディアからのハッサムと来て、上手を取られる序盤は出し辛かったであろうノボリさんの2番手ローブシン。筋骨隆々なだけあってその体力と防御力は十分なもの。1番手のアイアントは状態異常を起点に引っ込めていただいたので、ノボリさん自身はまだ1匹も戦闘不能にはなっていません。

 この場面。注目し易い対面は、炎タイプのシャンデラに、地面の間接物理攻撃を持つガラガラでしょう。

 タイプ相性から言えば、それが順当だとはいえ……。

 

 

「ローブシン、『アームハンマー』行くよー!」

 

「ウロロォロ、ブォォォーッ!!」

 

 

 クダリさんの指示にローブシンが雄々しく叫び、シャンデラを庇うように一歩前へ出ながら攻撃の準備。

 ローブシンの攻撃対象は、恐らく、あたしでもショウさんでもどちらでも……という指示でしょうか。

 ですけれど、残念ながらこの流れは狙い通りです。

 ……読みが正しければ、おそらくは、ここで!

 

 

「シャンデラ、『みがわり』ですっ!」

 

「しゃーら~んっ☆」

 

 

 反応速度に勝るノボリさんのシャンデラは、狙いの通りに守りの一手を繰り出してくれました。

 庇われている内、体力がある内に次の攻撃を防ぐための『みがわり』。間違いではないでしょう。なにせ ―― 攻め立てられたノボリさんが残すポケモンは「1匹だけ」なのですから。

 これはマルチバトル特有のルールで、トレーナー2人が各3匹ずつポケモンを持ちより合計6匹の対面となるのですが、「1人3匹までしかポケモンは扱えません」。

 つまり今ノボリさんのシャンデラが撃墜されれば、あたし&ショウさんとクダリさんの2対1という構図が出来上がってしまうのですから……重ねて、そこまでを予測して防御を強化するのは間違いではないでしょう。引き下がったショウさんのハッサムに、何とかしてシャンデラを当てたいでしょうし。ええ。それは良くわかります。

 ですが、ガラガラには……!

 

 

「―― 今だガラガラっ!」

 

「グゥァラッ……ガラララッッ!」

 

 

 ショウさんが大きく腕を振るうと、フィールド中央で準備をしていたガラガラが前へ出ます。

 そう。ガラガラの得意技。2回攻撃判定で、『みがわり』を突破可能な代名詞。

 ローブシンの攻撃を受け止めながら『ホネブーメラン』を投げられる位置へ ――!

 

 

 

「させません ―― クダリ!」

 

「お願いされるよー、ローブシン!」

 

「ウロロゥッ!」

 

 

 ノボリさんもローブシンも準備は万端。

 ガラガラの代名詞たる『ホネブーメラン』は十分に警戒していたのでしょう。ローブシンはガラガラの前面を覆うように肉体を掲げ、盾になりながらも頭上で腕を組み、盾と矛とを同時にこなす、反撃の『アームハンマー』を構えます器用な筋肉。

 通常車両よりは広いとはいえ、ただでさえ狭い車両の中で、どでかい壁となったローブシン。これでは奥のシャンデラまで『ホネブーメラン』を潜らせる空間的な猶予はありません。

 はい。間違いなく、ありませんよ。

 ですからっ!

 

 

「こっちも、今だよ! シャンデラッ!」

 

「ッシャラァァー!」

 

 

 そのローブシンを厭わず、「あたしのシャンデラ」が直線距離を進撃します!

 

 

「受け止めてー……あれぇっ!?」

 

「ウロォッ!?」

 

 

 クダリさんの驚き顔。

 ですが、炎タイプであると同時に、ゴーストタイプでもあるシャンデラ。当然、ローブシンの物理的な肉壁なんて、ものともせずすり抜けられるのです。

 ローブシンの(肉)壁を抜け……もう一丁!

 

 

「今……『シャドーボール』でっ!!」

 

「ッシャラァァー!!」

 

 

 《ボウワッ》――《ヌルンッ》

 

 ――《ボフゥゥゥーンッ!!》

 

 

「しゃ~ら~ん!?」

 

「!? 『みがわり』の壁を、通り抜けて―― !」

 

 

 あたしのシャンデラが噴出した影は、相手のシャンデラを薄く覆った『みがわり』のバリアーをもぬるりとすり抜け、直撃!

 

 

「ら~ん……ら~」

 

 《トスン》

 

 

 ノックアウト。ノボリさんの3番手、シャンデラがご退場と相成りました。

 よしよしよしよし、とても良し! 狙いがばっちり!!

 これで先ほど示唆した、ノボリさん VS あたし&ショウさんという構図の出来上がりです。

 数の差は圧倒的。粘れるポケモンであるローブシンがガラガラの『ホネブーメラン』を食らっていたのも痛い。ノボリさんも残るポケモン達で粘りましたが、削りきるには相性が悪い。

 

 そうして、7ターン後。

 遂に。

 

 

『WINNER、チャレンジャーコンビ』

 

「うっしゃ!」

 

「勝利ですねっ!!」

 

 

 バトルサブウェイの車窓に、あたし達の勝利を示す文字が表示。クダリさんが最後のポケモンをボールに戻す姿を向かいに、あたしはショウさんとでハイタッチをかわしました。

 それにしても……狙い通り、と言う他ない展開でした。

 以下、あたしとショウさんが前日にホテルで話し合った内容ですが。

 

 まずはドレディア、ワタッコ……からのハッサムと繰り出すことによって、炎タイプのシャンデラを誘います。

 炎から逃げるという自然さを装い、突破力のあるハッサムを交換させることで、「シャンデラをその場に残したい」という欲を持たせます。

 場は相手優勢。油断はできないとはいえ、其方に……戦況を優勢に進めることに注力するでしょう。

 その隙をついて、両者『とんぼがえり』。一斉交換で隙を突き、「手持ちポケモンの残数を偏らせる」。具体的に言えばノボリさんのポケモンを素早く全滅させて、「クダリさん対あたし達」の2対1な状況にしてしまおうという作戦だったのです。

 

 ドレディアがアタッカーからの標的。

 ハッサムが毒タイプのダストダスに対する壁……からのアタッカー。

 そしてガラガラがアタッカーと見せかけた ―― シャンデラを確実に落とすための、囮。

 さらに言えば、それらショウさんのポケモン達が「目立ったこと」自体も作戦の肝です。

 あたしのシャンデラが特性「すりぬけ」持ちで、『みがわり』を無視して攻撃を与えられる。そしてノボリさんが集中的に狙われている……と言う2つの部分から目を逸らさせるための誘導でもありましたという。

 

 おそらくは1匹で幾つもの役割を担えるよう、各個訓練されているのでしょう。事前にたてた策とはいえ大きなミスもなく、ショウさんのポケモン達はあたしのメンバーに合わせつつも各々が「基点」「壁」「突破」「囮」という役目を目まぐるしく入れ替えていきました。

 ノボリさんとクダリさんも、それら変化に追いすがろうと必死でポケモン達に指示を出すのですが ―― 先手は後手に対して、「効果を先出しできる」という点について有利を保持します。

 変化に追い付かせない流動性。このバトルだけの、しかし、だからこそ成り立っている仮初の牙城。

 それら武器をこれ見よがしに振りかざすことで、ショウさんとそのポケモン達……ついでにあたしとあたしのポケモン達も、相手を翻弄し続けることが出来たのです。

 

 うーん。

 もしも……もしも、ですよ?

 ポケモンバトルという競技において「ポケモン自身の素早さが」ではなく。

 こうして、「トレーナーの組み立て」によって先手がとれるのだとしたら。

 それはポケモンバトルの革命であると言っても過言ではない……のでは、ないでしょうか?

 

 勿論今回は、指示系統が2つ存在するマルチバトルだからこそ可能な「回転の早さ」なのですけれどもね。

 

 

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

 

 

「いや、どっちかってと相手が此方の思惑を『受けて立ってくれた』っていうのが大きいんじゃないか?」

 

 

 ライモンシティの東側、遊園地内のフードコートでショウさんがびしりと言い放ちます。

 ……いえ。あのですね。せっかくサブウェイを制覇したので、あたしのおごりでご飯を食べに来ているのですけれどね。バトル後の感想戦だというのにそれを言われると、大変に困ってしまいますという。

 そう。バトルサブウェイのマルチトレインを49連勝し、サブウェイ制覇を達成したあたしは、ショウさんを連れてとりあえず昼食をはさんでいるのでした。ライモンシティの街中は目立つとの事だったので、相変わらず蒸しっとした湿気の中、平日雨降り小雨の遊園地の中にまで遠出してみています。狙い通り、園内ならともかく食事処には人も少なくなってくれていますので、おかげであたしの顔ばれやらを気にする必要はないでしょう。

 あ、ちなみに、ポケモントレーナーが保持できる個人タイトルにおいて、賞金額とその後の副収入の合計が最も大きいと言われているのが現在あたしが就任している「リーグチャンピオン」でして。あたし的には金銭的余裕はありありなのでおごりも問題ありません。付き合ってもらったショウさんにお礼をしておきたいというのもありますからね。

 まぁそれはそれ、置いといて。

 

 

「それは何というか、身も蓋もないというか……そうですね。ロマンがありません、ロマンが!」

 

「フワワーァ!」

 

「ロマンて」

 

「ッサム」

 

 

 軽口をたたくあたしと、あたしのポケモンであるお揃いのお団子っぽい綿毛を揺らすワタッコの前で、ショウさんは苦笑を滲ませます。

 その横に立ってポケモンフーズを齧るハッサムと一度視線を交わし、バゲットサンドを1口もしゃり。

 

 

「んー……まぁ、作戦は確かにあてたけどな」

 

「はい」

 

「例えばだぞ? ノボリさんが初っ端ギギギアルに替えてシャンデラで、ドレディアの炎『めざめるパワー』を『もらいび』受けしてたらどうだ?」

 

「それは……1ターン損した上に此方を蹂躙しかねない炎タイプの無償降臨、ですね」

 

 

 「だろ?」と呟くショウさんの向かいで、あたしは頭を悩ませてしまいます。

 挙げられた場面は最初の最初、まさに1ターン目の部分です。

 確かに。草タイプはその種族としての特徴から『にほんばれ』を良く変化技の起点とします。『にほんばれ』は炎タイプの技の威力を増強してくれるため、サブウェポンとしての炎もまた有力な候補になってきます。『めざめるパワー』の属性としては岩か氷のが優勢かと思いますが、受けの鋼を意識すれば4倍を突こうという意味で間違いはありません。シナジーとてもよろしいです。

 相方のあたしのワタッコは、その素早さもあってどちらかと言えば補助が得意。ドレディアはサブウェポンに乏しいですが、特殊攻撃アタッカーとしての面ありあり。しかも相手は鋼タイプのギギギアル。それを炎で突破しようというのは、確かに、読み筋としても有力に考えられますね。

 だとすれば受けも十分に選択肢。強いて言えばシャンデラの『もらいび』受け無償降臨を1ターン目から行うと言うことは、戦局を左右しかねない博打でもあるという点が判断を尻込みさせるマイナスポイントでしょうか。うぬぬ。

 

 

「うぬぬ……『ノボリさんがあたし達の戦法をどう読んでいたか』、という部分に焦点をあてると……ドレディアかワタッコが炎以外のサブウェポン……いえ、いずれにしてもシャンデラは突破し辛いですね? 相性的には」

 

「だなー。シャンデラならクダリさんのローブシンとの相性も、まぁ、悪くはない」

 

「ならドレディア&ワタッコによる状態異常のばらまきという読み違えの線はいかがです? 草タイプですし、これで後手に回ったら面倒ですよね?」

 

「1ターン目から2体揃って状態変化か。それこそ博打だと思うがなー。ローブシン狙いなら物理攻撃力を抑えられる『やけど』か? こっちは先発が草タイプが2体だしなぁ……麻痺と眠りならまけなくはないけど」

 

「ああ、それもそうですね……催眠は、ちょっと」

 

 

 分が悪いですね。ショウさんの考えた手順(たられば)が、どうやら此方にとって致命的な一手であったらしいというのは判りました。

 ……けれどね。その辺りは1番最初に相談してあって(・・・・・・・)ですね。

 

 

「が、まぁ……それこそ、ホテルで相談した内容を踏まえての選出でしたからね。ノボリさんとクダリさんはあたし達の作戦を『受け止めてくださる』だろう、と」

 

 

 それはあたしとショウさんに共通の感。

 バトルサブウェイのサブウェイマスター。相手のホームで戦うからこその、読みでした。

 草タイプと言うのは、要約すれば「ハマれば強い」タイプ。場が整い、場面がぴたりと当てはまれば、限定環境下での無類な強さを発揮するのです。勿論全ての草タイプポケモンがという訳ではないですが、他と比べても明らかなタイプとしての特徴を持っている属性括りだと思います。

 

 相手があたし、リーグチャンピオンなことが思考の歯車に重さを含ませ。

 集客を見込む商業施設(アトラクション)だからこそ。

 エンターテイメント性を狙い、挑戦者に「花を持たせる」のを前提としていて……加えて相手の手管が読み辛く、手を(こまね)いてしまう。

 つまりあたし達は挑戦者と言う利を生かし、準備に時間(ターン)を費やしてOKだろうという予測だったのですから。

 

 

「その結果、あのお二方にあたし達は勝利しました。手を抜いていた訳でもありません。ノボリさんとクダリさんは、サブウェイマスターとしての役割を十二分に努めて下さいました……と、あたしは思いますよ? 勿論、ポケモンバトルの公平性という点について鑑みれば完全勝利とはいかないんでしょうけれど……」

 

 

 ここで、遠くから軽快な電子音が響き始めます。どうやらライモンシティの遊園地、昼の部のパレードが始まった様です。

 あたしは、頭上でゆらゆらとやじろべえのようにバランスを取って遊んでいたワタッコを腕に抱え、「フワワー」と浮かぶ綿毛と、小雨を降らす曇り空、遊園地に舞い始めた色とりどりの紙吹雪を眩しく眺め。

 それら光景からちょっとだけ斜に構え、目線を逸らしたショウさんへ、問いかけてみます。

 

 

「ひとまずの勝利。ですがバトルサブウェイというアトラクションを、あたし達はしっかりと突破したんです。……それでも十分でないと、ショウさんはお感じになっているのでしょうか」

 

「……あー……」

 

「ッサム」

 

 

 フードコートのパラソルの下。ぱらぱらと落ち続ける夏の雨がもたらす、暗さと湿気。

 目前、ショウさんは頬を掻き。コーヒーのカップに紛れ込んだ紙吹雪をちょいと摘んで、その指をハンカチで拭い。

 ハッサムが羽根をぶぅんと動かして、積もりかけた紙吹雪を端へと落としてくれた頃合い。

 

 

「結末に関していえば、良いんだろーな。勝ったという事象に憂いも未練もない。ただこれは個人的な感情なんだが……結果が重視される、ってとこだけ。それが微妙に悔しい(・・・)んだよなー……とかとか」

 

 

 どこか目に焼き付く寂しさを伴った表情で曇り空を見上げ、ショウさんは、そう、呟いたのでした。

 






 わ か り づ ら い (戦闘描写が)。
 突っ込み、お待ちしております。

 これが、サンムーン環境に適応できていない罰でしょうか……(ブランクです)。
 とはいえ特別編でガチに戦闘を組まなければならないのは、サブウェイマスター戦が最初で最後の予定。……の、はず。

 しかして、これにて1部終了。
 次回更新をお待ちいただけると幸いです。


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□6.サザナミタウンにて ― What's 何でも屋?

 

 □6.

 

 ライモンシティはバトルサブウェイでの一戦から翌々日。

 今、あたしの目の前には一面の海が広がっていました。

 そう。海。Sea!

 

 

「―― それで、ショウさんはサザナミタウンに用事があるんですよね?」

 

「あー、まぁ、俺自身の用事じゃあないんだけどな。研究仲間からの依頼、みたいな感じで」

 

 

 という訳で、現在地はサザナミタウン。

 サザナミはイッシュ地方の東側に位置する、海岸沿いのリゾートと観光の町です。聞くところによるとここの北東側に新設されたセイガイハシティが一般観光客のベッドタウンの役目を果たしており、ビーチを利用する場合やものっそいお金持ちの人が別荘を建てたりする場合には、このサザナミタウンを訪れるのだそうです。あたしみたいな一般人の金銭感覚じゃあ関係ない話題ですね。ええ。

 ……しかして、ショウさんの「研究仲間」ということは。

 

 

「ショウさんって、研究もしてらっしゃるんですか?」

 

「そうそ。今は本業じゃあないから、一応はって形になるかもな。つっても歴史的な発見をしている訳じゃあなし。世間的なネームはイマイチだけど……主な業績は化石の研究発掘とか、再生とかになるか」

 

「へぇぇ……最近の何でも屋さんは、本当になんでもするんですねえ……」

 

「いや悪い、昔の話だ。俺は普通の何でも屋ではないぞ? つかあれは只の例えであってだな……」

 

「あ! それじゃあ、あたしがアーケオスやアバゴーラに出会えたのもショウさんのお陰なんですね!」

 

「凄げー話が飛ぶなぁおい。……んー、まぁ、そう言われてみれば、アロエさんとそのダンナさんの博物館やあの組織に再生技術を売ったのは確かだなぁ。大分前にはなるけど」

 

 

 言いながら、ショウさんは顎に指を沿わせます。

 そう。化石の再生といえば、シッポウの博物館。「飛石アクロバットアーケオス」や「殻破頑丈アバゴーラ」の速攻と最大火力には、あたし、大変お世話になっておりますので!

 ……でもまさか、ショウさんがそんな研究に関わる様な人だなんて思ってもいませんでしたけれど。

 

 

「そうなると、今、こんな夜中にサザナミの海岸線を目指しているのは……その研究者さんのお手伝いのためなんですかね?」

 

「研究の内容は結構違うけど、まぁそうだな。この先の海底遺跡の調査をしている研究者から、俺の最近の研究テーマの1つに関連した情報を貰ってて……んーと、これだこれ」

 

 

 言いながらひらひらとタブレットをかざしてみせるショウさん。

 その画面には、「プルリル/海底遺跡」との簡素なタイトルが掲げられていました。

 

 

「へぇー……プルリルが研究の題材なのですか?」

 

「あー、色々あってプルリル……ひいてはブルンゲルの分布調査をしてたんだよ。そんで、発生源はどうやらこの辺りらしくってなー」

 

「そういえば、この辺の海ってプルリルが多いですものね。研究には丁度良い場所ですね!」

 

 

 サザナミからセイガイハシティへ向けて海底を通るマリンチューブからの眺めも、よくよく思い返せばプルリルがとても多い。水色(雄)とピンク(雌)のプルリルが連れ添って泳いでいる所なんて目撃した日にゃーもう、キョウヘイ君にダンゴロ大爆発です。

 

 

「あ、それに最近は月曜日とか木曜日にちょっとでっかい、特殊な特性を持ったブルンゲルが出ますよ、ここ」

 

 

 嫉妬とかいう感情は存じ上げません(暴論)。

 などと言わんばかりに、あたしが偶然知った通常と違う特性の親玉ブルンゲルの出現情報を添えて話すと、ショウさんは少し吃驚した顔をしてくれました。

 

 

「良く知ってるなぁ、メイ」

 

「えへ。あたし、勉強と情報収集は欠かしていませんから」

 

 

 そう言って、あたしは少し得意げに胸を張ります。ああ。これは重くて邪魔ですけれども(暴言)。

 しかしまぁ……そんなものをぶら下げているだけあって、あたしは視線に敏感でもあります。だので判るのです。件のショウさんの視線は、ただ今、向かいの海にだけ真っ直ぐに向けられていましてですね。此方には一瞥もくれやがりませんで。

 自意識過剰のお一人スモウレスラーですね。置いといて。

 

 

「……話を戻しますけど、何故プルリルを研究の題材に?」

 

「んー、簡単に言えば『大規模事件後の地域におけるポケモン分布に関する調査』だな。……これは前に俺の居た地方でも度々確認された現象なんだが、ゴーストタイプのポケモンって人間の『騒動』に対して敏感に反応するんだよ。野生ポケモンは数多く居るけど、住処を頻繁に移すのはゴーストタイプのポケモンが特に顕著でなー。関連付けもし易いとなると、研究者にしてみれば格好の研究対象なんだこれが」

 

 

 そ、そうなんですね。むつかしい……。

 正直あたしはブルンゲルって、異様に硬い特殊防壁&かなしばり&熱湯物理鉄壁ってイメージ ―― それだけだったんですけれども、それはブルンゲルというポケモンのバトルにおいて発揮される、いち側面に過ぎないのでしょう。流石は研究者ですね、ショウさんは。

 でも、私でも判ることを整理して行くと……1つだけ疑問点が。

 

 

「あの、もうちょっと詳しく聞いてもいいですか?」

 

「おう。どぞー」

 

「どもです。……『騒動』って、一口に言っても沢山あると思うんですけど」

 

「うーん、まぁそーだよな。騒動ってのはあくまで観測的な表現なんだ。……フヨウの言葉を借りると1番判りやすいと思うんで引用するけど、要は『人の心の揺れ動き』に集まるんだそうだ。そうだな。具体例でいえば、悪事とか」

 

 

 ショウさんの放った言葉に、ちょっとだけびっくり。

 悪事という言葉に関して、あたしは心当たりが在る ―― どころか、在り過ぎ(・・・・)ます。

 

 

「……悪事っていうと、もしかして……」

 

「多分メイの想像通り。―― 去年と3年前に、イッシュ地方は大規模な騒ぎがあったばかりだろ?」

 

「はい。そうですね」

 

 

 ショウさんの挙げた3年前と去年は、いずれもイッシュ地方全てを巻き込んだ事件が有った年。

 何れも、その原因たる組織 ―― プラズマ団。

 3年前は「幻のチャンピオン」と呼ばれた当時15歳の少年が、プラズマ団の「王」を倒したことで事態は自然終結へと向かい。

 去年は、それでもしぶとく残ったプラズマ団の首魁側の人達を、不肖あたしめが追い込みました。

 ……とは言っても、あれは色々な人の力を借りての解決だったのですけれどね。あたしだけで成し遂げたと言うつもりは毛頭なく、その様な事実も当然の如くありはしません。

 いえ。というか実質、殆ど、あたしはポケモンバトルをしていただけですから!

 ポケモンジム踏破の旅。その行く先々でああも出会ってしまっては、巻き込まれざるを得ませんでした、というだけの話です。……まぁ今ではあの経験こそが今のあたしを形作っていると思える辺り、あたしも成長出来たという事なのでしょう。

 あたしがそんな回想をしている内にも、ショウさんは指をぴしりとたてて。

 

 

「そんで、その事件の傷跡が未だ残るイッシュ地方は、ゴーストタイプのポケモンにとっては居つきやすい環境だったんだろーな。騒動はゴーストポケモンにとっての『餌』みたいなものなんだろう、っていう研究結果が出てる。餌を培地に、ゴーストポケモン達が集まりに集まり……お陰で個体数は増えに増えて、今に到ると。俺はその辺を関連付けてレポートに起こしてる最中なんだ。だから、今回のこれは現地調査って奴だな。―― さてさて。どうやら海岸線が見えてきた。メイ」

 

「あっ、はい!」

 

 

 ショウさんの言葉にあたしも前を向いてみれば、確かに波際が望める高台に差し掛かっていました。

 サザナミタウンの夜の海。リゾートらしい静かな波音と、ぎっしり詰まった赤い光。

 

 赤色光。

 

 ……って、赤い光!?

 

 どうです! 三段ノリツッコミっっ!!

 

 

「あの……ヒトデマン、じゃあないですよね?」

 

「まぁな。だったら俺はここまで足を運んでないと思う」

 

 

 手を(ひさし)に、ショウさんは興味深げな視線を前方へと飛ばします。

 うねうね。ごわごわ。そして。

 

 

「プルリルリー♪」「プルリラー♪」

「ルリプルリラー♪」「プルリルリー♪」

「ブルブルブッルンゲル!」

 

 

 御覧のあり様。

 赤い光の大元は、サザナミの海岸沿いにぎっしりと詰め込まれた……プルリルとブルンゲルの群れなのでしたっ!

 夜の海に浮かぶ彼ら彼女らの目が、赤く光ってるんです。目が。

 

 

「えーっと……折角のサザナミタウンなのですが、お天気は雨ときどきプルリル……のちブルンゲルのご様子」

 

「あっはっは! 俺のプリンが混ざって歌っていてもおかしくは無いな、あれ!」

 

 

 ショウさんはそんな風に笑い……シャッター音はないけれど、手に持ったトレーナーツールで写真を撮りながら段々とプルリルとブルンゲルの海に近付いて行きます。

 あたしもその横を、恐る恐るな足取りで波打ち際へ。

 するとあたし達の存在に気付いた海一面のプルリル達が、一斉に視線を向けてきました。

 

 

「プルルリル」「ルリルッ?」

 

「うっ。……わあ」

 

「まぁ、普通は慣れないよなぁこれ。つっても観察しなきゃいけないから、メイはそのまま、俺の後ろからで良いんで記録写真をとっててくれるか。海岸線に沿って、左側からよろしく頼む」

 

「す、すいません」

 

 

 謝っておいて、ささっとショウさんの後ろへ回り込みます。裾をしっかり握りつつ。

 ……うーん、プルリルとブルンゲル……というか、ゴーストポケモンの視線はやっぱり恐怖感をあおられますよね。生理的に。

 とはいえ、あたしもお手伝いをサボる訳にはいきません。手元でばしばしシャッターを切っていきます。この写真を元にある箇所の面積毎のプルリルを数えたら、後は海の測定面積からおおよその個体数を割り出すらしいです。責任重大ですよね。

 

 

「……ぷにぷにしてます」

 

「順応早いな、おい。良い事だけど」

 

 

 写真を撮っている内に、ゴーストポケモンのうんたらかんたらには慣れてしまいましたけれどね!! 順応早いあたし!

 波打ち際で自ら顔を出しているプルリルの頬をつついてみたりしてみました。ひんやりしてます。ぷにぷにしてます。ぷにちゃんと名付けましょうか。あ、何処からかそれはやめときなさいと電波が……。やめときましょう。

 ……んーまぁ、生理的なあれで攻められると、ゴーストポケモンも怖いにゃ怖いですけど。しかしそんなずっと怖がっているのもお暇なのです。というかプルリルにしろブルンゲルにしろ、よくよく見ると愛嬌のある顔立ちをしていますし。

 

 

「そう油断させといて、図鑑の説明文がおっそろしいのがゴーストポケモンなんだぞーっと」

 

 

 微妙に煽ってきますね、ショウさん。

 ……えーと。

 

 

「図鑑の説明文を全部真に受けていたらきりがないと思うのですよ、あたしは」

 

 

 この返しにショウさんも「そらそうだ」と納得。いや納得するんですね。

 そのままぐだぐだと、画像を撮ったりすること数分。ショウさんは記録媒体をポーチに差し込むと、ふうと息を吐き出します。

 

 

「さて、カウントも映像記録も終えたことだし、戻りますかねー」

 

「あ、はい。戻りましょう!」

 

 

 そう言うとショウさんは少しの後腐れも残すことなく、ゴーストポケモンでぎっしり埋まった海の正面から踵を返してしまいました。

 ……このプルリル達、このままで良いんでしょうかね?

 

 

 …………さて、それはそれとして。

 それでは移動の時間を利用して、これまでの展開について、少しばかり説明を挟ませていただきたく思います。

 こうしてあたしがショウさんに着いてきているのは、実の所、バトルサブウェイで相方を務めて頂いた御礼というだけではなくてですね。先ほどの言にあった組織……プラズマ団。あの人達が関わっている以上、あたしにとっても他人事ではないでしょうという心持ちからなのです。

 この機会に、ショウさんから調査とやらの内容を伺おうと思っているのですね。守秘義務とかなく可能であれば!!

 

 そんな事を振り返っている内に、サザナミ湾の海岸線から移動すること数分。

 夏の空気がむんむんと立ち込め、むしろ湿気に満ち満ちたサザナミの通路に差し掛かりながら。

 十分に離れた位置……貯金ばk……いえ。ブルジョワな一家のお家がある辺りまで来た頃を見計らって、それら思案の内容について切り出したあたしに、ショウさんは向き直ります。

 

 

「まぁなぁ。俺としては、プラズマ団について話すのは構わないんだ。メイは無関係な立場じゃないからな。……構わないけど……話は凄く長くなる。メイは来週にもPWTとWCS(ワールドチャンピオンシップ)に参加する予定なんじゃないのか?」

 

「はう、う、ぐぐぐ……! それは……そう、なの、ですけれどね」

 

「そのためにポケモン達の調整をしてて、サブウェイに挑戦してたんじゃなかったのか?」

 

 

 もうやめてください! イッシュチャンピオンは目の前真っ暗です!?

 追い打ちしてくるとか何気に容赦がないですよね、ショウさんは……。

 

 

「でまぁ、どうするんだよ実際。時間は食うからメイ達の状況次第だけど」

 

「ぐ、う、ぐぐ……プラズマ団その後の解説を、ヨロシクオネガイシマス……」

 

 

 後半思わずカタコトになるほど唇を噛みしめながら、あたしは言葉を絞り出します。

 まさかポケモンバトルを二の次に回すような事態に陥ってしまうとは……ポケモンバトル大好きあたし、一生の不覚かも知れません。

 とはいえ。

 

 

「とはいえプラズマ団の事は、ずっと気になってはいたんですよね……あれから音沙汰もありませんし。国際警察の方々も色々と協力してくれてはいますが、あたしのような(・・・・・・・)戦闘部門(・・・・)の末席にまで情報が回ってくるのは大凡の事態が解決した後か、人手が必要な時くらいですものね。それを最中に知る機会があるのなら、逃したくはありません」

 

「あー、まぁ……んな気質だからこそメイはリーグチャンピオンになれたんだろうな」

 

 

 苦々しげでわざとらしい表情を止め、チャンピオンとしての表情に切り替えるあたし。実は国際警察(の末端も末端)にも籍を置いてたりします、というどうでも良い事柄を付け加えつつ。

 ……しかしそんなプラズマ団の動向を知っているとお話しするあたり、ショウさんはやはりただの何でも屋ではないのでしょうけれども……。

 などと悩みながらもきりりと表情を作る此方の様子を見て、ショウさんは、腰に手を当て嬉しそうな笑みを浮かべています。

 

 

「うっし判った。そんならなるべく手短に……ついでに、バトルの調整の助けにもなるようにしてみるか」

 

「? それはどういう……」

 

「ほいほい、連絡済み……っと。そっちは着いてからのお楽しみにしとこう。でもって ―― そらっ!」

 

 

 話の途中ながら、ショウさんは腰のボールを宙に放ります。

 中から出てきたのは。

 

 

「きゅぅぅん♪」

 

「おふっ……毎度、好いてくれててありがたいことで」

 

 

 赤くて小さなポケモン、エムリット。

 エムリットは邂逅一番、名乗り上げもおろそかにふわりと(素早く)ショウさんに頬ずりをかましたかと思うと、宙を滑り……

 

「そんじゃ、ちょっと場所移動だ。テレポートするぞー」」

 

 びかり。

 

 ああ。あたしが抗議する暇も無く、『テレポート』が発動されてしまいました。

 いえ、いいんですけれどもね。あたしもよく利用するので『テレポート』酔いとかはしませんし。時間短縮は大事ですし、時間を無駄に出来ないあたしを気遣ってくれたその心遣いは嬉しいですし。

 でもほら、やっぱり円滑なコミュニケーションを形成するに当たっては大切な物がぅおええ。

 

 

 

 

 ΘΘ

 

 

 

 

「何も聞かなかったし見なかったぞ、俺は」

 

「既にその発言が物語ってるんですよ!?」

 

 

 何を? あたしの数分前までの惨状を、ですよっっ!?

 ……いえ。取り乱しました。

 

 

「慣れてるつもりだったんですけどねー……『テレポート』での移動は」

 

「はっは! 俺のエムリットのは、結構移し(・・)が荒いからなー。いや、悪かった。でも、そんなに酔ってる反応は初めて(・・・)みた(・・)。酔い易い奴って、ホントに酷いのな」

 

 

 すまんねと付け加える様に言いながら、ショウさんは軽い調子で笑います。

 悪びれてないようにみえて、多分、ストレートにわざとなのでしょう。

 

「(……しかしこの方。なんとなく。なんとなくですけど……)」

 

 あたしが年の離れた……7才年下の16才女の子であるという部分を気にかけた、だからこそ砕けていて、突拍子もない行動を主とした接し方。

 

 つまりは……自分との間に意図的に距離を作る接し方。

 

 ショウさんのこれら態度は、なんとなくですけど、そんな風な行動原理を元にしている気がしてならないのです。

 気になります。ええ。めいっぱい気になってしまいます。

 そうする理由は、残念ながら今のあたしには判りません。なにせあたしはショウさんと出会って、未だ3日しか行動を共にしていないのです。ポケモンも、考え方も、出身地も……例えば好きな食べ物なんて、どうでもいい事柄すらも。

 知るには深すぎるショウさんの「底」も問題だとは思いますが、それはそれ。

 

 わざと、人との間に距離を置く。

 ……人を遠ざけて過ごす事を信条としているのでしょうか。

 ……ポケモン達とあんなに楽しそうにバトルをしていた、この人が?

 

 それは違うだろうと、あたしの感覚は言っています。

 ノボリさんクダリさんとのバトルの最中。ポケモン達と息をぴったりに合わせていたこの方は、本当の本当に楽しそうな笑顔を浮かべていました。それはきっと、この人がポケモン達にも好かれていて……とても良いポケモントレーナーであることと、無関係ではありません。

 だとすれば、知らなければ見えることのない、何かしらの壁を抱えているというのが正解に思えます。

 うん。……うん。

 

「(この人の、そういう思惑にまんまとのせられて……斜に構えて見ることしか出来なくなるのは、悔しいですね。癪ですね)」 

 

 あたしは心の中で、そう、意地を張ってみることにします。

 素直に好感度を下げられてなんてやられるものですか。ウェットティッシュで口元を押さえながら、ショウさんに必要最低限の睨みだけを効かせ。反応はできる限り淡泊に。

 

 

「……まぁ、いいですよ。それでショウさん。あたしをこんな所にまで案内したんですから、早速プラズマ団についてのお話をお聞かせ願えますか?」

 

 

 こんな所。

 あたしが嘔t……いえ。テレポート酔いしてまで、移動してきた場所。

 座っているのは、開けた木々の合間に作られたロッジのベランダ。

 大樹が立ち並ぶ周辺。それは街の端まで行っても変わらない光景の筈で。

 夜中であっても吹き抜ける風が心地よく感じられる、自然を主にした人とポケモンの街。

 

 ホワイトフォレスト。

 ブラックシティと対を成す、ハイリンクを隔てた先にある街。

 通常は『テレポート』で来られない(・・・・・)街……その借ロッジの中なのです。

 

 

「んー、でもメイならここまで連れてきた理由は判るだろ?」

 

「恐らくは。他の誰かに聞かれる可能性が薄いから、でしょうね」

 

「正解。あとは俺自身、あまり足跡を残したくないってのも副次的な理由としてはあるけどなー」

 

「……それは、あの」

 

「あ、ちょい待って」

 

 

 夜分に駆け込み素泊まりでチェックインした木組みのロッジは、必要最低限の物しか在りません。アメニティなどもっての外。

 だというのにショウさんは、四次元鞄から次々と道具やら何やらを取り出し、木目調が美しい机の上に並べていきます。

 

 

「―― きゅわわんっ」

 

「お、悪いなエムリット。見繕ってくれるのか?」

 

「きゅゅぅ」

 

「んじゃあそっちは任せるわー」

 

 

 ショウさんがコーヒーを準備している間に、エムリットが鞄から買い置きのマラサダを取り出しては4分割カット。

 それらを丁寧に、あたしとショウさんの前に取り分け。エムリットの前には、ショウさんが蜜たっぷりのドリンクを用意しまして。

 準備完了、でしょうか。

 

 

「そんじゃあ話すか。イッシュリーグチャンピオン様の夏の夜長をお借りしまして ―― 」

 

 

 そう切り出すショウさんの口調は、イタズラを思いついた子どもの様に楽しそうなもの。

 ぴっと人差し指を立てる動作が堂に入っておりまして。

 

 

「―― まずは2005年、プラズマ団がイッシュ地方ポケモンリーグを占拠した事件にまで遡って話を始めるかね」

 

 

 ああ。それは確かに、長丁場ですねぇ。

 でも、なめないで下さいね。貴方の向かいに座るあたしの感性は、割と一般的なそれからはかけ離れた所にある……とヒュウさんによく言われるのです。最近はヒュウさんの妹にも、ベルさんにまで言われます(ベルさんに言われたくはありませんけど!)。

 それに、ショウさん。貴方が語ってくれる内容はあたしにとって、楽しみな物でもあるんですよ?

 あたしがポケモン図鑑を持って旅をした去年の、さらに前。

 だって、その事件について、あたしは伝聞でしか知らないのですからね!

 

 





・プルリル
 マリンチューブめ……。


・飛石アクロバットアーケオス
 時代を感じさせる構成。
 現在はジュエル系統はリストラが進み、ノーマルジュエルだけが生き残っている状況であります。
 スキン系統では変わらず生かせるご様子。


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■7.ホワイトフォレストにて ― 夏の夜語り

■7. ホワイトフォレストにて ― 夏の夜語り

 

 

 2005年。

 それはイッシュ地方の……特にポケモンリーグにおいては大きな事件があった年。

 プラズマ団によるイッシュチャンピオンリーグの占拠。そう。協会が紛れもない迷惑行為を、「許してしまった事例を作り上げてしまった年」なのです。

 ポケモン協会というものの権利はここイッシュ地方では割と曖昧なものではあったのですが、それはそれ。ここで問題となるのは犯罪集団にポケモンバトルで敗北した挙句、各地のジムリーダーを収集してまで事態の解決にあたり。それでも足りなかった戦力を補う……所か、協会員ですらない当時15歳の少年が、プラズマ団の首魁を撃破してしまうという顛末を迎えた部分にあります。

 責任問題がどうとか。協会はポケモンを戦力とは捉えていない、とか。

 そういう理屈はあるものの、いずれにせよ悪事を働く集団に負けたという汚点を被った事に変わりはありません。

 ショウさんはそんな風に、概要を掻い摘んで話しつつ。

 

 

「まぁ、その事件なんだが……メイは面識もあるはずだな。プラズマ団のボス、ゲーチスさんは」

 

「はい」

 

 

 私は無駄に力強く頷きます。

 何というか、悲しい人だなぁという印象が強い人でした。ゲーチスさん。

 

 

「何となく予想は付いているんです。あたしが解決した事件の前哨戦 ―― 2005年のリーグ占拠事件も、あの人が黒幕さんだったんですよね?」

 

「そうそ。息子をイッシュ建国神話の王に準えて持ち上げて、地方を力で制圧しようとした、って。そんな事件だったんだよ。表向きにはポケモン解放運動なんてのを行って、真っ先に楯突きそうな一般トレーナー勢のポケモン帯同率も下げるとかいう下地作りをするくらいにゃ計画的だったんだ。まぁ、あれ、あんまし上手くはいってなかったけどな。労力の割に」

 

「ほう。3年前の事なのに、まるで見てきたように言いますねー」

 

「ん、見てたぞ?」

 

 

 私のかまかけに、ショウさんは意外にあっさり。

 ……ふむ。

 

 

「ショウさんはカントーのご出身なのでは?」

 

「まーそうだけど。つっても俺、23才の何でも屋だぞ? カントーばかりに居ちゃあ実入りが悪いし……ここ最近は確かに、イッシュでの仕事が多いけどな。昔のオフィスも使えるし、都合が良いんだよ。ここらだと」

 

 

 追撃もあっさり、正直にいなされてしまいます。むぅ。何となーく、もやっとしますね。

 しかしながら話の主軸はプラズマ団について、なので話題を蒸し返すのも。そう思っている内に、ショウさんは仕切り直します。

 

 

「でもまぁ解放運動とかはさっき言った通りに『表向き』で、裏じゃあかなりえげつない破壊工作とかもされててな。俺はそっちの手伝いに回ってたんだ」

 

「あのう。えげつない……というと?」

 

「メイは末端とはいえ国際警察の立場もあるから内容についても話せるけど、まぁ、普通じゃ話せないような物が幾つかな。ヤバい所でいうとポケモン預かりボックスのハッキングかね、一番は」

 

「―― え」

 

「でもって他には、イッシュ東側全域を使って行われた、他地域の『外来ポケモン』による生体破壊実験。同時進行で、野生ポケモンの煽動操作実験。それら野良ポケモンの混乱を利用した伝説ポケモンの意図的な召喚。―― で、止めにそれら全部を囮にした海底神殿荒し。まぁこんなとこか」

 

 

 ショウさんが指折り数えながら挙げたそれらの内容を詳しく説明してくださいますが、思わず絶句。

 ぽかんと……暫くして。しかし衝撃からは抜けきれないまま。私は手元の(ショウさん持参)ホワイトハーブティーを啜りながら、頭の中でまとめてみます。下がった能力が元に戻りそうですが。

 

 

「……確かに3年前、ライモンシティ東側が一斉封鎖されていましたね。野生ポケモンの暴走とか、そんな風に報道されていた記憶があります」

 

「あー、そうな。実際、暴走ってのも間違いじゃあないんだよ。つってもそれを意図を持って行った集団がいるなんてのは、流石に衝撃が強すぎる。一般的向けの報道としては、あれで正解なんじゃないかね。イッシュ地方のポケモンは、特に『ドリームワールド』と相性が悪くてな。外来ポケモンばっかりを狙ったらしいしなぁ。……特に手が付けられなかった地域は、イッシュの円環部分の南東側。マップで言うとヤマジ周辺からサザナミにかけての辺りだったけど……人が多く住んでる地域じゃなかったから、情報封鎖もかなり上手くいったみたいだしな」

 

「なるほど。……あたしもイッシュの東側は訪れたことがありますよ。あたしが旅した時は既に全体に『外来ポケモン』の頒布が広がっていましたが……確かに、東側には他の地方を原産とする種族が多く住んでいたと記憶していますね」

 

「だろうな。プラズマ団が他の地方で乱獲してきたポケモン達やら、ポケモンボックスをハッキングして盗んできたポケモン達やらを一斉に『逃がし』やがってな。それが現地のポケモン達と衝突。俺ら研究者が『野生間相互レベリング』って呼んでる、『一定地域間にポケモンの集団が流入した際に起こる野生ポケモンの衝突に伴うレベルアップ現象』に歯止めがつかなくなったんだ。一時期、東側の野生ポケモン達はレベルが60を超えるって異常事態になっちまったからなー」

 

「だとすると、もしや、ポケモンリーグの方々はそちらに戦力を割いて……」

 

「そーそ。襲撃された時、リーグの守りが薄かったのはそういう理由もある。……でもって、メインの目的を見事に成し遂げた訳だ。プラズマ団は」

 

 

 すうっと。

 これは事件のおさらいだけどな、と言いながら指を持ち上げ、ショウさんは私が腰に付けているモンスターボールのひとつを指します。

 指されたボールは、かたりと揺れて。

 

 

「ゼクロム。イッシュ地方に住む人達にとっては特に象徴的な意味を持つ、伝説のポケモンだ。海底神殿で古代の『王権』を復活させる事に成功したプラズマ団は、遠い昔にかけられた封印を解いて、ゼクロムを復活させた。あとはまぁ、それを元手に息子さんが素直に戴冠の儀を完遂してしまえば、こっちの敗北は確定してたんだけどなー」

 

 

 ちょっとやけっぱちな感じに語りを入れてくださいます。

 まぁそうなんですよね。ここまで上手く運んでおいて ―― 逆説で語られるのは、歴史が証明してしまっていますもの。

 ここから先は私も知っている内容なので、端折って。

 

 

「対になる王位のポケモン・レシラムを手に入れた『少年』がリーグを占拠した城へと討ち入り。ゼクロムを扱う『王子』にポケモンバトルで勝利。敗北と共に姿を消した『王子』に引きずられる様に、プラズマ団は瓦解。……何やかんやあって去年に活動は再開しましたが、まぁ、私とその『王子』さんによって野望を打ち砕かれて完全崩壊。こうなる訳ですね」

 

「プラズマ団の酷評よ。容赦ないのな……その通りだけど」

 

 

 容赦をする理由がありませんからね! プラズマ団には!!

 と。オチが着くところまで語っていただいたお陰で、流れは理解できました。

 ですけれどね。

 

 

「そんな大きな問題に、なんでショウさんが関わって来るんですか? いえあの、分不相応とかそういうのではなくて、単にショウさんに興味があると言うだけなのですけど」

 

 

 言い方がややこしくなってしまったので、私は注釈を挟みつつ掌をぶんぶん。

 何となく、ショウさんからの視線が困った風味になりますけれども……答えては下さるご様子。

 

 

「……うーん……ま、あれだな。俺は研究者やってるって言ったろ?」

 

「ええ。さっき、サザナミでお聞きしました」

 

「その研究者仲間に、ポケモン通信システムの開発者がいるんだ。マサキって奴な。で、そいつからボックスシステムに迷い込んでたイーブイってポケモンを貰った事があるんだが……どうもそいつがイッシュ地方原産の血統らしくてな。開発は1995年とかの話なんだが……混入した原因がどうにも気になって調べてたら、プラズマ団がその頃から、基盤レベルでボックスシステムに介入をしてたみたいなんだよ」

 

「えぇぇ……重大事件じゃないですか」

 

「だろ。んで、ボックスシステムへの関連に気づいた時……2001年くらいだったかね。その辺から現地で事態収拾のお手伝いをしてたってわけ。動いてたら顔見知りだったハンサムな人に国際警察にスカウトされて、何でも屋としてダークヒーローごっこしてたらあっという間に2008年でした!って感じだなー」

 

 

 はい終わりー。

 語り終えたとばかりに、ショウさんが椅子の背もたれに身体を投げ出します。

 同時に、その肩口に小さくて赤い身体のポケモンが蜜でべとべとの頬を摺り寄せていました。

 

 

「―― きゅううんっ!!」

 

「甘い甘い。……けどもうそんな時間か。ありがとなエムリット。半分くらい俺の自分語りになった気もするけど、プラズマ団の経緯についてはこんなもんで伝わったか? メイ」

 

「そうですね。プラズマ団の事は……およそ判ったかなと思います」

 

「んじゃあ話はこれくらいに切り上げて、だ。そろそろ寝ないとな。メイだって明日のPWTに響くんじゃないか?」

 

「んー……そう、かも、です」

 

 

 名残惜しいですけど。

 そんな言葉を飲み込んで、私はショウさんの言葉に頷いて見せます。

 

 

「因みに、ご心配なく。メイのレベルでも調整になりそうなトレーナーの人を寄こしてくれるようお願いしといたから、明日午前の内に、ポケモン達のバトルの調整はここの庭でやれると思うぞ」

 

「おー……ありがとうございます! 因みにどんなお人なんです?」

 

「ホワイトフォレストの『白の樹洞』でトップ張ってる人だそうだ。あ、でもメイの知ってるアデクさんのお孫さんじゃない方だから、知り合いじゃあないんじゃないかなぁとは思うが」

 

 

 白の樹洞。

 ブラックシティのタワーと並んで、このイッシュ地方における、レベルが極限まで煮詰まったポケモンバトルを繰り広げるバトル施設です。そこのトップだと言う人が相手をしてくださるのであれば、不足は全くもってありませんでしょう。むしろポケモン達の数値的なレベルだけで言うなら、あたしは負けていても不思議ではありませんもの。そういうレベルの場所です、あそこ。

 

 

「そんじゃ、決まり決まり。おやすみなー。メイは奥の部屋使って良いから、早めに寝とけよー」

 

「きゅううんーっ♪」

 

 

 手近なソファに、ぼすん。そのお腹の上に、エムリットがぽすん。

 身を投げ、リモコンでリビングの照明を最小限に落とすと、ショウさんはすぐさま目を閉じてしまいました。上に乗ったエムリットも同様です。

 あたしはその横顔を少しだけ眺めてから、挨拶をして、ショウさんが目を閉じたまま小さく手を振っているのを確認してから、奥の部屋の扉を開けて入り、後ろ手に閉めまして。

 ……やっぱりちょっとだけ隙間を開けて、ソファの上で寝息に上下する胸板を眺めまして。

 

 あたしも、自分のベッドにぼすん。枕元にポケモン達のボールをまとめて並べ、おやすみなさいと挨拶をしておきます。

 夏の雨が続く昨今、ジトっとした空気もありますが、ホワイトフォレストにはとても良い風が吹いてくれます。この晩、寝苦しさはあまりありませんでした。

 

 翌日。ショウさんが手配してくれた強豪トレーナーさんと密な模擬戦をしておいて、PWTに出立。

 あたしとそのポケモン達は無事、イッシュの代表 ―― ナショナルチームの大将として、選考を通過することが出来たのでした。

 

 





・イッシュ東側
 BW本編において、中央の円環部分の東側はリーグ制覇後でないと立ち入れなかった事に関する屁理屈。

・ボックスシステムのハッキング
 BW、リーグ乗っ取りの城の中のプラズマ団員の台詞より。主人公が手持ちを入れ替える為のボックスが設置されている(優しさあふれる)部屋にて。
 この時代のポケモントレーナー達を混乱に陥れるという意味では、割と普通に恐ろしく、有効な手管だと思われます。
 ただ、それだけにプラズマ団が「ならばどの時点で策を始めていたのか」については妄想が膨らんでしまう。


・3年前
 つまりはBW1原作真っただ中。
 その他事件と合わせて、イッシュ東側のあれらに説明をつけてみています。

 物凄く判り辛いと思うので以下、本作に関係する年代の簡易な注釈。ほぼ再掲。
 本作の独自設定なのであしからず。


 1996年 FRLG

 1999年 HGSS

 2000年 DPPT
 2001年 DPPT(バトルフロンティア)

 2005年 BW1本編
 2006年 (★BW編プロローグ)

 2007年 BW2本編
 2008年 (★作中幕間②本編)


 わざわざBW原作の翌年で話を作っているのでややこしいことこの上ない。


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 α.noise ―― 1999/04

 草木も眠る丑三つ時。


 すぅっ。と。
 何故か見る者を不安にさせる影が、頭上を通り過ぎる。


 息苦しさに目が覚めた ―― 気がしました。

 

 嫌悪感と危機感に、あたしは身体を起こします。

 目はぼんやりながらも光を捉え、ざあざあと降り続く雨音が響き、肌は生ぬるく薄暗い空気を確かに感じ。

 

 しかし、声は出ません。

 

 この感覚に、あたしは覚えがありました。

 イッシュ中央部に位置する解析不能のエネルギー異帯……ハイリンク。または、ドリームワールド。

 様々な人とポケモンが行き交うイッシュ。この地に偶発的に出来上がった「エネルギーの集積地」。そこに存在する研究者達にとっては格好の題材。観測は可能で、確かに存在はする……だのに、ポケモントレーナーやそのポケモン達が偶然迷い込むことでしか踏むことの出来ない地。それが、ハイリンクと呼ばれる場所です。

 あたしも、ハイリンクには幾度も踏み行ったことがあります。プラズマ団が再び活動していた昨年には、特に顕著に行けていたと思います。

 しかし少なくともあの事件が集結して半年以上、今の今まで、このハイリンクにお目にかかることは無かったのですけれどね。

 

 とはいえ、今現在あたしはハイリンクに用事はありません。ポケモンの捜索や捕獲をするタイミングではありませんからね。……理由は、ない、筈なのですよね。はい。

 ここに居てもすることが無いのならば、脱出の一択。ぼんやりと自覚はしながらも、あたしは周囲を確認します。

 いつにもまして不明瞭な視界。出入り口の役目を果たす白黒の樹も、今は見つかりません。これは仕方の無いことでしょう。なにせ迷い込んだのは、あたしの側なのですから。

 こういった場合、脱出する方法は、ハイリンクを出現させた原因を解消するか……ハイリンクが、その役目を全うするか。

 そう。用事は無いと思うのですが、しかし。この場所に来る時は、決まって、来るべくして。何かしら「引き寄せられるべき要素」があってこそ来られるイメージがあったのですよね。

 だとすると……。

 

 

『ざざ、ざ。―― ! ―― 』

 

 

 そう思っていると、何か不鮮明な音、ついで、映像が目の前一杯に広がっていきます。

 ちょうどこの間の自宅で、薄暗いリビングで昔のニュースを見ていたような。不鮮明だけどそれだけが響く。そんなイメージ。

 響いていた音は、雨音に似たノイズを少しずつ薄めてゆき、突如、ぴたっとフォーカスが合わされた様に、映像も鮮明になります。

 ええ。くっきり解像度になりました、が、しかし。……どうやらそもそも、映し出されている『もの』自体が薄暗い様子。

 そうする他にない ―― 観客席にただ座るお客のあたしは、ぼんやりと、それを眺めます。

 

 

『―― ざ、ざざ。―― はぁ』

 

『ざ、ざ。―― どうするの ―― かしら』

 

 

 暗い部屋の中で向かい合う、小さな男の子と、女の子。

 明かりは薄く、両者ともに顔つきまでは判別できない。

 男の子の表情は、どこか ―― 諦めたような。

 女の子の表情は、しかし、鉄面皮。

 ため息をついた男の子へ、女の子は続けて声をかける。

 

 

『続ける ―― かしら』

 

『いや ―― 終わりだろ。―― に、これはこれで ―― だ。原作と ―― 悪くない』

 

『―― はぁ』

 

 

 笑う男の子の目の前で、今度は女の子がため息。

 男の子の笑顔は傍目に見ても、ひいき目に見ても、無理に浮かべたものでしたから……男の子を心配する女の子としては当然、ため息もつきたくなるもの。

 視線を交わさず、表情を落とす2人。

 強い落胆の、諦めの感情。

 これは何かが、既に、終わった。そんな一場面だった感がある。

 きっと……ふたりにとって、とても大切な何かが。

 

 

『仕方が、無いわね。―― 動かす役目は ―― 目立たず私も ―― 』

 

『なら俺は ―― だな。裏方 ――』

 

『―― だわ ――』

 

『―― が、地方に隠遁 ―― ざざ、ざ、ざざざざ ――』

 

『ざざざ、ざ ―― ええ。決まり ―― ざざざ』

 

 

 今日はここまで。

 そう言わんばかりに、ノイズが急速に濃くなってゆきます。

 はじき出される感覚。

 映像が遠のき、音声が遠のき。

 話し合いを終えた、女の子と男の子の距離が遠のき ――

 

 落ちて行く景色の中。

 最後に、ふと、偶然、薄暗い部屋の片隅。

 部屋の中にかかるカレンダーに焦点が合いました。

 

 1999年の4月。

 

 今のは……9年前の……出来事……?

 

 



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□8.ホドモエシティ南にて ー PWTを終えて

 

 □8.

 

 

 計2日。イッシュ地方における年代別トレーナー代表選考会を、先ほど、やっとの事で終えました所です。

 すこーしだけ、肩の荷が下りた気もしますね。いえ。リーグチャンピオンって、割と乱雑な(語弊)……どんなルールにおいても発揮できる強さが求められる位階なものでして。メディアさん達の期待というか、視線というか。そういうのも当たりが強い物なのですよ。

 

 さてはホドモエシティの南側。あたしは未だ喧噪の残るロビーの端っこで、ソファに座って回復アイテムの残りを確認……はい、し終えた所です。たった今。

 これにて後片付けも手打ちです。元々はPWTのために造られたこの会場ではありますが、今回全世界を対象にしたWCS(ワールドチャンピオンズシップ)を催すにあたって、(この国の、世界一が大好きなお国柄もあって)、その会場として引き続き使用することに決定したのが最近の事。本戦は流石に別の場所で開かれるみたいなのですけれどもね。そちらはまだ2ヶ月先の事なので。

 そんな真新しく、賑やかな会場の片隅で……いえ。あたしの隣には誰もいないのですけれどね、誰も。ぼっちじゃなくて近寄りがたいとはキョウヘイ君の談なので採用します(強権)!

 

 ひと段落着くと同時。なんとなーく、手持無沙汰になります。なってしまいます。

 虚脱感とでも言うのでしょうか。

 

 勿論、先ほどまでの選考トーナメントは、常日頃イッシュリーグでしのぎを削っている方々との対戦でしたので、手応えは抜群でした。

 バンジロウ君との決勝での闘いは、ジャローダでの積みが相性が悪いので『麻()るみ』に切り替えたのが功を奏しまして、彼にトラウマを植え付けるくらいには一方的に。

 ジムリーダーさん達の中でも特に、チェレンさんとのバトルは激しかったです。ノーマルの選任ジムリーダーを脱し、いちトレーナーとしての実力を見せてくれた彼には、流石先代のポケモン図鑑所有者さん!と賛辞の言葉を尽くすべき所でしょう。

 そんな風な熱戦を、合計8戦。全てで勝利を収められたことに、誇らしさと満足感はあるのです。あたしと、あたしのポケモン達の努力を示すことが出来たのですから。これに勝る喜びは、あるはずもないと。

 

 けれども。

 けれども……。

 

「(……あのバトルサブウェイでの勝負が、印象に残り過ぎているのですよね)」

 

 確かに、ショウさんと共に戦ったあの勝負。ノボリさんクダリさんを対面に、綱渡りの上を全力疾走で駆け抜けた挙句ばちこーんかました ―― あのドキドキワクワクハラハラの勝負こそが、ここ最近のベストバトルで間違いはないのです。

 だからこそこんなにも後を引いてしまうのでしょうか。ううん。重ねて、イッシュリーグの方達が実力で劣るということもないのですけれどね? まぁあたしは今回のトーナメントで負けてませんけれども(そこは胸を張る)。

 それに、昨日の朝方……ホワイトフォレストにおいてバトルのお相手を務めてくださった『白の樹洞』のトップトレーナーさんも実力はかなりのもの。ええ。ワタリさんと仰るあのベテラントレーナーさんは今回の大会にはご参加されていないご様子で……それが残念に思えるほどには。

 そういうお人達とそのポケモン方々がまだまだこの世界には居るのだと思えば……はい。これからのWCSがとても楽しみになってきますね!

 と。自分で落ち込んで自分で持ち上げるセルフワインディングを終えましたので、あたしもロビーの隅ソファから腰を上げます。

 おしりをぱんぱんと払って、靴の踵を直しまして。

 

 

「―― そろそろ話しかけても良いかなっ、メイ!!」

 

「……ふわぁ。次の集合日の打ち合わせくらいは……今の内に済ませておきたいのだけれども」

 

 

 そんな会場の端っこへ、お二方。

 

 

「あっ、すいませんアイリスさん、カトレアさん。勿論話しかけても……。……いえ。あたし、独りで居ましたよね? どの辺りが話しかけたら駄目なタイミングに見えたのでしょうか!?」

 

「うーん。えーとねっ、ぼーっと空中を見てたり、トレーナーツールをいっぱい弄ったり、バッグを必死な顔でかき回したりしてる所かなっ!!」

 

「ですね。同意しましょう……」

 

 

 子どもの素直な感想が心に痛いのですけれども……!!

 なんてあたしの自虐(いつもの)はさておきまして。今お近くに来てくださったお二方こそが、今回WCSのイッシュナショナルチームのメンバー。

 ジュニアクラスのチャンピオン次節、アイリスさん(10)。

 ミドルクラスのリーグチャンピオン、あたしことメイ(16)。

 マスタークラスのカトレアさん(23)。

 計3階級の、選抜トレーナー方々なのです。

 

 ええ、はい。今回のWCSは、世界中のポケモントレーナー達が一堂に会するお祭りみたいなポケモンバトルの大会です!

 個人戦も考慮されたらしいのですが、なんともはや、参加選手の数が多過ぎるという問題が浮上していたのでした。だので国毎に選手を階級別に選抜し、6-3対面シングルバトルのトレーナー3人ずつで成績を競うものとなったのだそうです。

 それで、今回のトーナメントで選抜されたのがこの3人と。

 

 

「よーし! シャガおじーちゃんに教わったバトルのやつ、全部出して! 出し切って!! 戦うよーっ!」

 

「グノーッッ!!!!」

 

 

 こちらアイリスさんと、その相棒のオノノクスさん。目の前で拳をがっつり握って宙に突き出し、勝負服のチャンピオン衣装をふりふりと揺らしていますのが大変かわいらしいですね。

 さて。彼女は昨年末の『勝ち抜き戦』にて、あたしが対戦した元・チャンピオン位の序列1位さんです。ドラゴンタイプのポケモンを選任としていまして、安定した戦いぶりと爆発力が売りですね。

 因みにアイリスさん、チャンピオンに就任したのが9才という恐ろしいご幼女でもあります。「英雄」と呼ばれたかつての20代目チャンピオンの後、その余韻を吹き飛ばすほどのインパクトと共にトーナメントを勝ち進んだニューヒロインでして。あたしも、その活躍と暴れぶりはテレビで拝見させていただきましたね。あの時はまさか、その翌年に対面で勝負することになるとは思っていませんでしたが。

 付け加えて、この9才チャンピオンという年齢は、世界的に見ても最年少タイ(・・・・・)記録なのだそうです。年月日まで考えると僅差(というか時差)で2番手だそうですが、凄い事に変わりはありませんね。そもそもトレーナー資格を取れる10才以下でリーグに挑戦できている例が少ないですし、あたしも憧れたあのチャンピオンと同列というだけでも……はい!

 

 

「―― ウフフ……アイリスがやる気なのは良い事……。ふわ……。でもアタクシ疲れてしまったから……合同練習の日取りを決めて、今日は早めに眠りたいかも」

 

「ムナーァ」

 

 

 目の前で身長程もある髪の毛をぶわぶわさせながら優雅にあくびをしているのが、現・四天王のカトレアさん。その斜め上に浮いて、なにやら口元をもくもく動かしているのがムシャーナさんです。眠気でも食べているのでしょうか……?

 四天王としての彼女はエスパータイプの選任なのですが実の所、ポケモントレーナーとしてもかなりの実力の持ち主なのですよ。今回は一般トレーナー枠として出場し、見事マスタークラスの激戦を勝ち抜いてくださったのですね。

 因みにカトレアさん、イッシュでは四天王位序列2位であります。ワールドレートランキングも2桁上位を5年間維持している、超強豪の頼もしいお方でもあったり。

 ただ、どうやらやんごとなき「御家」のご息女らしく、色々な利権が絡むチャンピオンにはあまり興味がないご様子。四天王という位置づけに留まっているのは、あくまでポケモンバトルに関わりたいという彼女自身の意向である……と、年末の四天王特集ワイドショーでお見かけした気がしますね。ええ。

 あと四天王の序列1位は現在、レンブさんが務めています。シキミさんは小説の執筆で忙しいと順位が激しく上下しますし、ギーマさんはよくよくバカンスとかで居なくなってしまうので、必然的にこうなるのだとか。この場合の序列はリーグ挑戦者への対面率が大きく関係するので、ネームバリューの大きなカトレアさんよりもレンブさんへの挑戦数が偏って多いというのも一因としてありますね。

 

 と。

 前置き、兼、紹介を終えておきまして。

 

 

「では日取りだけ。……あたしが決めても良いんでしょうか?」

 

「うん! メイが大将(たいしょー)だからねっ」

 

「アタクシもそう思います。……スケジューリングは得意ではないので、メイに任せるのが良いでしょ」

 

「ええ。では任されましたよっ、大将!!」

 

 どん(ぼよん)と胸を叩いてみせて、あたしはやる気を込めた鼻息をふんす。

 早速大将として、意図せずしてガールズチームとなってしまったイッシュナショナルチームの合同練習日をスケジューリングするのでした。

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 

 さて。

 問題はここから。

 

 

「―― メイ」

 

「? どうされましたか、カトレアさん」

 

 

 2か月間のおよその計画を立て終えた頃合いでした。

 アイリスさんが「ばいばーい!!」と元気よく手を振り去った後。あたしは何故か、カトレアさんに呼び止められたのですけれども……?

 カトレアさんは口数少なく、ずいっ。

 

 

「……嗚呼(アア)、なるほど……。これは、口惜しい……?」

 

「いえあのカトレアさん。近い、近いです。顔が、顔が……!?」

 

「ムーナァ?」

 

 

 ムシャーナまでがこてんと疑問符を浮かべ、あたしの視界いっぱいに広がりましたるカトレアさんのお顔。

 あと、とても美しい御髪(おぐし)がぶわぶわしてて凄くいい匂いがします。

 ではなく!

 

 

「何か見えましたか……? 多分、未来視ですよね?」

 

 

 そう、身を引きながら行動分析してみます。

 不思議美人(カトレア)さんが突拍子のない行動をするのはいつもの事なのですけどね! ええ!! 具体的に言えば髪が明らかに重力に逆らって浮いているのもいつもの事ではありますが ―― エスパーさんが遠く(・・)を見ている表情とか、焦点のなさとかは、エスパー発動している時の特徴だと思うんですよ。はい。

 あたしがしばらく両掌を前に出しNOと言えるイッシュ人と化していると、カトレアさんが表情を取り戻します。

 

 

「やっと。やっと……見つけました」

 

「ナーンムァ!」

 

「何をでしょう……って」

 

 

 話を二段飛ばしに大遠投したカトレアさんと、非常にうれしそうに周囲を回遊するムシャーナ。

 するとカトレアさんが、とても、とても……切なさ満点かつ真剣な表情に、端正な顔を歪めまして。

 

 

「アタクシでないのは悔しく思います」

 

「は、はぁ」

 

「ですが、何より……やっと見つけたその影を、逃すつもりもありません」

 

「ほぇ……?」

 

「メイ……頑張って。あなたはきっと、希望の光。壁を砕き道を開き路を照らす、『鍵穴』のひとつ」

 

『ムァ!』コクコク

 

「……」

 

「アタクシ、期待するの……。『ムァーッ』……ウン。アタクシだけではなく……ムシャーナも、大好きだものね。……。……メイ。今は、貴女のしたい事を優先するといいと思う」

 

『ンムァ』

 

 

 ムシャーナがぶんぶんと夢の煙を振るうのを見上げ、けれども、いつもより数段口数多く……あたしも初めて見た、興奮した様子のカトレアさんの瞳は、少しだけ涙に濡れていました。

 

 

「未来視なんて……あてにならないけれど。でも、こうして……見つけることが出来たのだから。アタクシ、今日ほど超能力を宿していてよかったと思ったことは、ないかも……」

 

 

 縁に感謝を。

 そう告げられた言葉が……カトレアさんの背中を見送るあたしの頭の中に、いつまでもいつまでも、響いていました。

 

 ……ううん。

 これはいよいよ、きな臭くなってきましたね……?

 

 

 

 






・PWT
 本作においては、お祭りとして開催されたゲームのPWTと、イッシュ全体のWCS選抜として開催されたPWTの2種類が混在しております。あしからず。どちらも開催されたものとしております。
 ちなみにPWTはゲームで出ますが、WCS自体はゲームではなく現実で開催されているポケモンの世界大会の名前です。とはいえゲーム内で全く語られないわけではなく、実は話題に出すトレーナーが存在したりします。
 だのでその辺は自分勝手に融合させてもらっています。あしからず(2回目。


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■9.ホドモエシティにて ― 国際警察・座談会

 

 ■9.

 

 

 とまぁ、何とも意味深な感じでカトレアさん(およびアイリスさん)と別れたあたしではありますが。

 あの助言らしきものは、結局あたりのやりたい事をやって良いと背中を押してくれたわけですからね。あたしの得意分野です。チャンピオン位を得てからこの方、お母さんによくよく(お小言を)言われるくらいには、あたしはやりたい事を優先する性分でして。

 件のやりたい事 ―― 興味は今、勿論! ポケモンバトルに向けられているのですからねっ!!

 

 なんて、WCSに向けた一件はこれにてお片付け。あたしはこれからの2か月間の予定について少し考えた後、やりたい事リストの1番手を、早速行動に移すことにします。

 ……神速を貴びまして!

 

 

「―― ショウさんっ! あたしのバトル練習の専任指導者(コーチングマネージャー)を務めてくださいませんかぁっっっ!!!」

 

「ええぇ……」

 

 

 気合の一声と共に放たれます、イッシュ王者渾身のDOGEZA(伝統芸能)

 同時に腰のボール達がかたかたと揺れまして……あたしへの突っ込みとショウさんへのシンクロ土下座が半々ですね、これは。

 ずざざっ! という小気味よい(擦過)音にドン引きするショウさんを、あたしは上目使いに見上げまして!

 

 

「お暇な時間で構いません! 家事などはあたしも手伝います! それにお金は払います! お金はあるので!! (yen)は!!!」

 

「いやいや……確かに財産は俺よりメイのがあるだろうけどさ。しかも家事て。主夫でもないし自分でやるから」

 

 

 ぐいぐい押すあたしと、距離を適切に保ちながら後退りするショウさん。

 そして、その背後。

 

 

「ヒモですか。ヒモですね」

 

「ヒモだね。ショウにはその辺の才能あるなぁとは思ってたよ!」

 

「女神姉妹よ……お前らなぁ……いやホントにコーチを引き受けたとしたら、その時点で普通に仕事だから。働いてるから。……でもそれだと出資元が年下少女になるのは違いないなぁ畜生め」

 

 

 バーベナさん、ヘレナさんからの心強い援護追撃(ひるみ先制)が入ります。

 いけいけ押せ押せ……からの壁ドン!

 

 

「白の樹洞からいらっしゃった、ワタリさんから聞いたんですよっ。ショウさんは、色々な地方を旅して世界中のポケモンをお持ちだそうですねっ! だので、これから世界戦に挑むのに経験面での不足がありありの、あたしのコーチとしてはぴったりだと思うんですよっっ!!」

 

「ぬーん……チャンピオンの理論武装だ。防御力ぐーんと高い」

 

 

 追いつめてやりましたうへへへ。(やっこ)さん困り顔ですぜ。

 ……なんでしょうね。これ、無駄に高揚します。困らせるのは本意では無いのですが、どうにもこうにも!

 あたしがじぃっと見上げ詰め寄り……視線を逸らすでもなく真っ向から困った表情を見せるショウさん。そして溜息。

 そんなやり取りを数度、挟んだところで。

 

 

「はっは! まぁ、その当たりにしてやったらどうだメイ君。キミ達若者諸君の元気な様は、見ていて此方も活力をもらえる物だがね! ……しかし時間が時間だ。今はここいらに君らを集めた理由の方を先に済ませて貰えれば、私としては嬉しいかな?」

 

 

 あたし達が介する一室、その壁にもたれかかっていた渋いコートの……壮年の男性から声がかかりました。

 上役からのご注意に、すぅっと、あたしも頭が少し冷えまして。あら、あ、いえ。少しどころか、なんであんなテンション上がってたのか判らないので、跳び退いた先で身を縮こめまして(冷めたテンションの代わりに頬が熱いです!)。

 

 

「あー……大変ありがとうございます、ハンサムさん。いえ、ほんと助かります」

 

 

 頬を掻きながら、ショウさんが頭を下げますが……そう。

 この方、ハンサムさん(コードネーム)は国際警察の中でも特に世界中を飛び回る「特権」を持つお方。彼のキャリア的には管理職でもおかしくないのですが、どうも自ら動くのを信条としておりまして、未だに現場にこだわっているらしいですね。

 その代わりと言っては何ですが、新人のスカウトと教育にも熱心みたいです。何を隠そうこのあたしも、ハンサムさんにスカウトされたクチなのですよ。

 

 

「メイ君はリーグチャンピオンという忙しい身でもある。今回は私らの片づけに付き合ってもらって、申し訳ないと思っているよ。その分、少しくらいは融通を効かせておいてあげたいとも思う。その辺りは、ショウ君にお願いしたいのだが?」

 

「……まぁ、ハンサムさんに頼られるのは悪い気はしませんね。そも、十分承知してますよ。……メイ、さっきのは前向きに検討しとく。でも返事はちょっとまってくれな?」

 

「はいっ!」

 

 

 善処という言葉を信じ、あたしは期待と懇願をめたくたに混ぜて拳をグッ。

 実際、WCSを目前に控えた現段階で海外へ武者修行に、なんて遠出をしている暇もありません。目前に優良物件がいらっしゃるのであれば、頼まない理由はないですからね。無論、その分のお礼は此方から出せる限りのものでお支払いさせていただきますし。

 ……さて。そんな私の突撃当身を横から眺めていた方が、ここで初めて言葉を発します。

 

 

「―― ショウさんの専属コーチか。それは僕からみても羨ましいね!」

 

 

 追随なさいましたのは、ハンサムさんの斜め後ろに立ったご青年。

 かつての面影を残しながらも成長したそのお姿は、圧倒的な存在感を放っておられます。

 はい。この人こそが、かつての「英雄」。

 

 

「あ、それじゃあ ―― トウヤさんも一緒に修業しませんか? ポケモンバトルですのでお相手は沢山、いればいるほど良いのですけども!」

 

「あはは。忙しくなければぜひ、とお願いしてたところだけどね。僕はハンサムさんの補佐をしているから、直近ではあまり時間がないんだ。ごめんね?」

 

「いえいえ、こちらも頼んでみただけなのでお気遣いなく!」

 

 

 お誘いはすげなく断られてはしまいましたが言葉通りに、いってみただけですからね。

 というかお願いのタイミングが悪いですもの。今回は。

 

 

「僕としても ―― うん。レシラムも、ちょっと興味はあったみたいだけど」

 

 ―― 《カタタッ》

 

「それはあたしもですね。ね、ゼクロム」

 

 ―― 《カタタタッ》

 

 

 こくりと頷いて、ボールが互いにカタカタと揺れます。

 英雄相うった(討ってない)所で。あたし達2人を見渡し、首肯。ハンサムさんがお話を進めてくださいます。

 

 

「それでは本題に入りたい。私の補佐、トウヤ。助っ人捜査官のショウ君。荒事部門のメイ君。諸君らにこのホドモエ、女神の家に集まってもらったのは他でもない。プラズマ団の動向について、最後の調査を入れたいからだ」

 

「……ふぅ。女神の家じゃないと、何度も言っているんですけど」

 

「まぁ判りやすいし諦めようよ」

 

「ふむ。不快なら改めようと思うが……それはまた後々の話にしよう。さて、プラズマ団の残党……とはいっても残党の殆どは昨年のメイ君の活躍によって、現在はアクロマ君の側について研究などに精を出しているのだがね。仮にこれを『アクロマ派』と呼称した場合に、全く異なる活動を広げている輩が僅かながらに存在する。これを活動の内容から『ゲーチス側』と呼称するとして……」

 

「……あのう。あの人がまだ動いているんですか?」

 

 

 話を遮るのは申し訳ないと判ってはいても、思わず聞いてしまいます。

 プラズマ団の首魁、ゲーチスさん。あたしにとっても……そしてトウヤさんにとっても、因縁浅からぬお相手です。

 

 

「ああ。とはいえ今は、彼の周りで動いている人員も少ない。大規模な破壊工作やテロは行えないと、上も私達も判断しているよ。だが、完全に捨て置くこともできないと言う部分でも意見は一致していてね。彼は間違いなくカリスマ性がある。再起を企てるその前に……叩くなら今だと、そういう風にも考えているのだ」

 

「僕もハンサムさんに同意見です。けれども今のゲーチスは、広い広いイッシュ地方の片隅に追い込まれた、瓦解寸前の組織の首領だ。このためにただでさえ少ない国際警察の人員を割くのもできないと、そういう判断かと思います」

 

 

 ハンサムさんの後をトウヤさんが次いで、注釈を付け加えてくださいます。

 

 

「つまり、人員をかけずにケリはつける。良いとこ取りをしろという事みたいですね。だから今回は、名前の知れているハンサムさんには動かないでいてもらいます」

 

「ウム。私は変装も得意ではあるが……相棒のいない今の私は中途半端だ。それこそ相棒(バディ)でもいなければな。バトルでは足を引っ張ることになるだろう。ならば私は、裏方をしながら、ミアレ異動の準備でも進めておこうと思っているよ」

 

「ええ。お願いします、ハンサムさん。だので、今回の作戦については……この件が解決するまで国際警察に身分や所在を隠して貰っている僕と、直接の戦闘経験があるチャンピオン。助っ人としてショウさん。事件に関わったこの3人だけで挑みましょう」

 

「判りました!」

 

「おう。りょーかい」

 

 

 あたしが元気よく挙手すると、ショウさんはこっくり頷き同意。

 返答を受けたハンサムさんが一歩後退したのを見計らい……トウヤさんが入れ替わりに前に出まして。

 

 

「じゃあ早速ですけど方針です。僕はここ数年、外国とイッシュを行ったり来たりしていたもので、最近の話題についてはあなた達の方が詳しいと思います。ショウさん、例の調査の進捗はどうでしたか?」

 

 

 話を仕切って下さいます。

 しかし、例の調査というと……もしや?

 

 

「おう。そのもしや、だ。……結果から言うと、まぁ、予想通りだったなー。あの人はしっかり最後の『わるあがき』を手札として残してたっぽい」

 

「それはこの間のゴーストポケモンの調査から判ること、なんですね?」

 

「だな。今から説明する。……女神姉妹、ホワイトボードとかないか?」

 

「ないよ。バーベナ、雑紙はあったよね?」

 

「えぇ。子ども達がオリガミに使用したものの残りが。……ショウ、これで代用してください」

 

「十分、十分。さて」

 

 

 ピンク髪のバーベナさんから藁半紙の束を受け取ったショウさんは、鞄から取り出したボードに挟んで手早く図を書き込んで行きます。

 くるっと円形に描かれたのは、イッシュ地方の中央部分……つまりはヒウンシティの北側。

 真ん中に「ハイリンク」、東側に「ライモンシティ」→「ブラックシティ」→「サザナミタウン」を図示。それらに囲まれた北側に活火山の(・・・・)「リバースマウンテン」と「ヤマジタウン」を書いて……ついでみたいにセイガイハ、カゴメタウンまでを付け足しておいて、所要30秒。

 

 

「そんでもって、これがゴーストポケモンの分布移動な。北側のカゴメ周辺から、セイガイハ、サザナミと南下してきてる」

 

「ほうほう。かなり判りやすいですね」

 

「そうだね。これがそのまま、彼の足跡に近いと考えて良いんでしょうか?」

 

「まー、移動速度を考えたらゲーチスさんの足跡っていうよりはゴーストポケモンらが『集まる原因』の足跡ってとこだけどな。俺らがまず狙うべきはゲーチスさんの手札……つまりは原因の方だから、こっちを追って間違いじゃあない」

 

 

 ですね。

 ゲーチスさんの身柄をこれまで拘束できないでいるその理由は、「ダークトリニティ」なる超人的な運動能力を持つ3人の部下が居るという点につきるでしょう。追い詰めても追い込んでも、彼ら(彼女らかも知れません)が首魁さんを匿って移動してしまうと、追うことが出来なくなってしまうのです。エスパーでは無く、物理的に!

 つまりは先に原因の方を叩いて首謀者を誘き出す事から始めないと、遭遇すら出来ないのですよね。困りものです。

 

 

「……で、こっからは予測だけども。計測は終えたけど、あの日海辺に居たプルリル達はかなりの数と割合だ。水棲の幽霊ポケモンだもんで、海が入り組むサザナミでは押しくらまんじゅうになってたんだろうな。……と考えると、ゴーストポケモン達が次に向かいたいと思ってるのは、多分西だ。てか地形からして陸続きには西しかないんで、当然なんだけどな!」

 

「まだイッシュ地方で何かを企んでいるからこそ未だ逃亡せず、この辺りに居る訳ですからね。ゲーチスさん達が海側へ出立する理由は薄そうだとは思いますよ、はい」

 

「だね。……西側で潜伏しやすいのは、やっぱりブラックシティかなぁ」

 

 

 トウヤさんが顎に手を添えてむぅと唸ります。

 確かに、あの街に潜伏されると厄介ですね。ブラックシティは「お金が全て」な街でして、隠れる場所には困らないでしょうから。

 

 

「まーその分、手段を選ばなけりゃ調べようもあるんだけどな、あそこ。……っても捜索に無駄に時間を食わされるのは間違いないんで、同時進行だ。調べる方は俺よりも得意な奴がいるんで、依頼しとく、俺らは周辺の調査を始めようぜ。具体的にはヤマジタウンに逗留してひたすらフィールドワークって感じ。こっちも援軍は呼ぶけど、流石に人手が必要だから手伝ってくれるとありがたいぞお二方」

 

「了解です、コーチ!!」

 

「判りました。手掛かりがないのなら、まずは足で稼ぐべきですからね。それでいきましょう」

 

 

 ショウさんの意見にあたし達が同調し……どうやら話はまとまったご様子です。

 広げていた資料をバッグの中に詰め込んだショウさんが「うっし早速行きますか」と区切りをつけ、あたし達も椅子から腰を上げます。

 

 

「では行ってきます、ハンサムさん」

 

「ああ。身体には気を付けるんだぞ、トウヤ」

 

「はい」

 

「……あー、俺としてはハンサムさんも心配なんで、気を付けてくださいね。ただでさえ時期が時期なんで」

 

「ああ。肝に銘じるよ、ショウ君!」

 

 




・トウヤ
 BW主人公。レシラムに選ばれた英雄さん。
 氷漬けになったりとかもロマンスありますけれど、本作ではこうなりました。

 前作主人公の名前読み込みとかせっかく実装したのに、全編において赤緑からの金銀の流れをオマージュとかしてるのに、戦わせてくれないので泣きました。私が。


・ダークトリニティ
 物理的にゲーチスさんを保護する3人のNINJA。三色ジムリーダーではない。
 やたら凄い身体能力を持っている。
 レベルインフレしたBWにおいては、ポケモンバトルは余り強くない印象。
 (それでも引き合いに出されるジュン君はホント強い)

 私が特に感じるBWの不消化感のひとつだったりします。
 スーツだとか、ホール潜っただとか、今ならいろいろと妄想は出来ますけどね……?



・リバースマウンテン
 バージョンによって活火山かが変わる山。
 トウヤがレシラムを持っているのでホワイト準拠。

 ……準拠ですが……はてさて。


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□10.ホドモエシティにて ― お見送り方々

 

 

 □10.

 

 

 ――

 ――――

 

 

「さて、リーグチャンピオン。これは個人的なお礼ですが、あのゾロアを育ててくれて ―― ありがとうございます」

 

 

 女神姉妹のお家を出た所で、見送りに出てきてくださった(元)六賢人のロットさんが、あたしに一言。

 昨年あたしが旅の途中にここホドモエを通った際、プラズマ団の軽い茶番(ごたごた)に巻き込まれまして。かつてプラズマ団の幹部同僚であったこの方は、迷惑料兼あたしの旅の助けにと、中々出会えないポケモンであるゾロアを預けてくださったのですよね。

 その時のゾロアも、今はゾロアークになりました。あたしは腰につけたモンスターボールの1つを差し出しまして。中でゾロアークがガッツポーズ!

 

 

 ――《カタタッ!》

 

「この通り、元気にしていますよ! ゾロアークの特性はかなり珍しいですし、初見で見破れる人はまずいませんからね。特に対面のないトーナメントで頼りにさせてもらっています!」

 

「それは良かった。その様子では心配なさそうですね。……正直私は門外漢な部分が多いですからね、バトルについては。ポケモンが……いいえ。そのゾロアークがバトルを楽しめているのなら、かつての王も嬉しく思う事でしょう」

 

「―― ロットさんは、ポケモンをお持ちではないんですか?」

 

 

 なんだか気になってしまった部分へ、ちょっとだけ突っ込みを入れておきます。

 

 

「いえ。ご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが……」

 

 

 視線を斜めに外し。

 あたしは、この曇天の中でも元気な……家の裏で遊ぶポケモン達と子ども達を一瞥しまして。

 

 

「昨年お伺いしましたし……じつはあたし、その『王』さんとも会っているんです」

 

「……成程。Nから聞いたのですか?」

 

「ええ。あなた方の事は少しだけ、ですけど。そしてこの間、ショウさんから3年前にあなた達がリーグ占拠事件の際に行った……えぇと、やらかしの事も」

 

「……はは。素直に悪事と言っても良いのですよ?」

 

「むぅ。せっかくぼかしましたのに」

 

 

 その反応は此方の頬が膨まざるを得ないですけど……少しでも笑ってくれたのなら良いですかね。

 だので、続けて。

 

 

「彼はきちんと先を見ていましたよ。やりたい事もあると言っていました。探し人……という訳でもなく、恐らくトウヤさんの事なのでしょうけど、あったら言いたい事もあると」

 

「ああ……彼らは相変わらずニアミスしているのですね」

 

「はい。絶妙にすれ違ってますねぇ」

 

「……せめてNが通信機器を持ってくれていれば、伝えることも出来るのでしょうけれども」

 

 

 それも野暮でしょうか、とロットさんはこぼします。

 偶然ではなく彼らの力で出会ってこそ、と言いたいところですけどね。もどかしいのはよく判ります。はい。

 

 

「さておき。兎に角ですね。彼は既に向き合えていましたよ、とお伝えしたいのです」

 

「私も、ポケモン達と向き合うべきだと?」

 

「どうでしょう。贖罪というのは、あたしには難しいので何とも言い辛いですけど ――」

 

「―― がぁが」

 

 

 いつの間にか、ロットさんの足元に一羽のコアルヒーが歩き寄ってきていました。

 跳ね橋から遊びに来ている野生ポケモンなのでしょう。ですけれど子どもたちといつも遊んでいるからか、非常に人懐っこい様子で……ロットさんをとぼけた顔で見上げています。

 

 

「そういうのは置いといて、そのコアルヒーはあなたと遊びたそうにしていると思うんです!」

 

「がぁぐわっ!」

 

 

 あたしの言葉に同意した様に、コアルヒーが翼をばさっと広げてロットさんの古びた革靴を(くちばし)でつんつんし始めます。

 ロットさんは、そんなコアルヒーをしばし呆然と眺めていましたが……恐る恐る手を伸ばし。

 ……腕に抱いて。

 

 

「ぐわぁ」

 

「……ああ、成程。これは当然、言葉だけでは打ち破れる筈もない。だからこそ私達は……」

 

 

 何かしら ―― 沢山の感情を混ぜ込んだ表情で、ロットさんは立ち竦みます。

 まるで初めてポケモンを貰った、あの高台でのあたしの様な。期待と不安とでどうしようもなく、今にも走り回って地団駄踏みたいような。

 暫くして、コアルヒーが「がぁぐぁ」と鳴きました。ロットさんはふぅと息を吐いて。

 

 

「……貴女は今、私に進むべき道の一端を見せてくださいました。だから私も正しい賢人の在り方のひとつとして、貴女の手助けとなるであろう言葉をお送りさせて頂きます」

 

「……? なんでしょう」

 

 

 憑き物が少しだけ削れたような笑顔で、言葉を続けてくださいます。

 

 

「あなたは若い。私は、貴女よりは年月を経ている。だからこそ身をもって理解しています。贖罪というのならば、社会的に償う方法があります。ですが後悔というのは、何時になっても引きずるものです。それを傍から眺めているだけの他人が『払拭してもらおう』と願うのは、本来虫の良い話なのかもしれませんが」

 

「……えぇと……ごめんなさい……?」

 

「はは! いえ、先に言った通り貴女の言葉は確かに私に光明を示してくれましたよ! お気になさるな。……貴女が気になっているのは()の事でしょうから、貴女よりも以前から。私ら賢人とは既に10年来の付き合いとなった彼について、少しだけ示させてもらいます」

 

 

 彼……という単語よりも、「気になっている」の方で心当たりがあってしまいます。

 それは確かに、アドバイスを拝聴したい所です。あたしは面持ちを神妙なものに引き締めまして。

 

 

「貴女が彼の憂いを払いたいと願うならば、共にいる事です。彼と同行したのでしょう? ならば知っている筈ですからね。彼は『まっすぐ強く、そうあれと想える人間』だ。いずれにせよ時を経てこうして再び世間に出たのならば、あとは彼自身の力でどうとでもなりましょう」

 

「はい。それはあたしもそう思います。あ、まだ過ごした時間は少ないので、印象なのですけど」

 

「ならば判りますね。彼もいずれ、進む道を決める事でしょう。ただそれは、『彼だけ』で決める必要は決してないのです。かつてのあの組織が集団の力を求めた様に。かつての我らが衆愚と罵った人々を利用し、返り討たれた様に。彼の進む道を一緒に見ることが。そして一緒に進むことが出来るのは ―― こうして今、共にいる者だけなのでしょうからね」

 

 

 そう仰りまして、ロットさんは、ふとあたしに視線を合わせます。

 むむむ。なんだか期待をされているような。やたら生暖かいパワーを感じますね(デルダマください)。

 とはいえ、ショウさんにはコーチ兼マネージャーもお願いしていることですから、最低でも2か月は一緒に居ることになるでしょう。その間に少しでも彼の事を理解できるのなら越したことはありません。

 そもそも、ロットさんは道を選ぶとか大仰な言い方をしていましたが、それは皆が皆同じこと。当然のことなんです。人間だとか、ポケモンだって同じだと思いますよ。

 例えショウさんが……そうですね。別の世界から来た人だとか、そういうのだったとしても。今ここに居る以上は、あたしのコーチさんに違いはないのですから。

 

 ……えぇ。突っ込みはご最も。むしろよくここまで耐えてくださいました。

 未だ現在、コーチ就任の件は保留されているんですけれどねっっっ!?

 

 







「……遂に行くのですか?」

「ああ。またこれから拠点持たず(ホームレス)だ。ありがとなバーベナも、ヘレナも。女神姉妹には世話になったよ。あんまり手伝えなくて、悪いかったなー」

「……ええ。人手については、最近はトゲトゲ髪の男の子なども手伝ってくれていますから。気遣いなく。……。……あなたは5年もここを拠点にしていましたが、今のここはショウの家でも、国際警察の溜まり場でもありませんから。次はきちんと計画立ててきてください。事前連絡も……旅の途中での報告も、忘れないように」

「それは確かだね。皆心配するからね? でもまぁ元々、この家の所有権持ってるのはショウだし……それに今キミは、私達の友達だし。あと子ども達とも遊んでくれるから、泊まるなら歓迎するからね」

「おう。あんがとな! そんじゃまた、その内に顔出すよ。じゃなー」

「……」

「……」

「……ねぇ」

「……なんでしょう」

「ショウ、行っちゃったよ。バーベナ。良いの? 引き止めなくて」

「悩んだ末に彼が選んだ道です。それを尊重こそすれど、わざわざ引き止める理由はありません」

「良いのかなー。ねぇ、愛の女神?」

「良いのです。世は全て事もなし、ですよ平和の女神。それに……」

「それに?」

「彼は前に進もうとしています。今回こうして、人の目に触れる場所へ出てきてくださった(・・・・・)のが証左。何か転機があったのでしょう。それが時か、場所か、人か。……判りませんが」

「……うん」

「私はこの場所で願っています。この兆候が、啓示であると信じています。―― ここはもう、彼が恐れた暗闇ではないのですから」


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■11.15番道路 ― abstract

 ■11.

 

 

 かくして。ショウさんの研究のお手伝い(あたし)、兼、国際警察のお仕事(両名)、兼、あたしのコーチングマネージャーを務めて下さる(ショウさん)……という今までにないくらいに忙しい1ヶ月が始まりました。

 合間合間にショウさんのコーチングを受けながら、お仕事の手伝いもさせてもらいます。

 コーチングについては、ショウさんは最高の教師であると断言できましょう。座学もできて実践もドンとこいだとか、どこの完璧超人モンスターですかショウさんは。

 というか、流石に学者さんなだけあって、データだとか具体的な例だとかを挙げるのがお上手なのです。主に「強い」とされるポケモン達とその対策を、実例を添えながら教えてくれる現役トレーナーだなんて。そんなのは寡聞にして聞いたこともありません。いえ言い過ぎました。居るのかもしれませんが、少なくともあたしは出会った事がありませんでした。ショウさんに合うまでは。

 

「あたしがこれまでイッシュ地方でしか活動していないというのが大きいんだと思いますけどねー」

 

 チャンピオン位で勝率もまぁまぁとはいえ、在籍年数も少ないですあたしは。そもそもイッシュ地方のポケモンはとてもバラエティ豊富で、他と比べても固有の種が多いのだそうです。イッシュでの調査で「新たなポケモン」と認定された種族は、それこそカントーで最初に図鑑に登録された種族数と同様の、150匹にものぼるのだとか。これはまぁ、全世界でポケモン図鑑を作るぞっていう調査に踏み切ったタイミングが、イッシュは2番手に選ばれたからというのも大きいのですけれどね。カントーを有する国とここは仲が良いので。

 

 さて。不肖あたし、それらコーチングのついでにお仕事のお手伝いをさせてもらいます。何でも屋なだけはあって内容は多岐にわたり、イッシュ地方の様々な場所を巡ることと相成りました。

 

 記念すべき、お手伝いひとつめ。ゴーストポケモンの分布推移の洗い直しと、原因ポケモンの検索!

 こちらは先日談合が行われた国際警察の、あたしとショウさんがメイン担当となったお仕事。実際に直近の移動経路を辿り、探索区域を絞っていきます。

 どうやら野生ゴーストポケモン達がサザナミシティから西側へと移っているのは確かなようでして。14道路、ブラックシティ、15番道路……と。ライモンシティへ向かう道なりの道路を順に巡りました。

 その先。ライモンシティの手前、15番道路の崖際にて。

 

 

「……んー。どうやらあぶれてる(・・・・・)っぽいな、これ」

 

「はい? どういう事でしょう」

 

「幽霊ポケモン達の目的地は、こっちじゃあなさそうだって事。14番道路はサザナミと水路続きだし、滝とかがぐねぐねしてる湿度の高い場所だからゴーストポケモン達も多かったが……」

 

「ッサム」

 

 

 ショウさんがRoute 15の北側……高台から森を見下ろし、説明をくださいます。ハッサムが器用にハサミに挟んだ傘を伝い上から下へ、雨粒がしたたり落ちて。

 15番道路は断崖で構成され、吊り橋によって通路と成る上と、下の深い森のエリアに分かれています。そんな中……眼下に見渡せる森の様子は、常日頃の穏やかなもの。物音も擦れる木の葉や雨粒のもの。物見遊山なポケモン達の動向も見当たらず。

 ふーむ、確かに。

 

 

「なるほど……。ポケモン達の移動に伴う争いが起きているようには、あまり見えませんね?」

 

「だな。森のそこかしこで衝突が起こってるならまだしもだ。多分、許容範囲な程度の個体数しか移動してないんだと思う。ゴーストポケモンは場所を取らないんで縄張り争いにはあまり干渉しなかったりするけど、流石にあの数が動くとなると話は別だからなー。日照権の問題で森の中に集中すると思うし」

 

「ほうほう……。あ、ありがとうございます」

 

「ほいほい。あ、でもメイはミックスオレじゃなくてサイコソーダの方が好きだったりするか?」

 

「いえ。どちらも好きです!」

 

 

 ショウさんが差し出してくださった、手近な販売機から買った缶ジュースを受け取っておきまして、あたしはぐっと力説。(いつもおごりありがとうございます!!)

 ミックスオレの味には地域性が出ますからね。口元をさっぱりさせたい時には(未だに生産方法が明かされていない)サイコソーダが有能ですし。

 プルタブをかしゅん。……あ、このミックスオレはだいぶ前にジョウト地方の伝説ポケモン降臨を記念して造られた「虹色の空」味ですね。結構レア物です。見た目がアローラ地方のベトベターの体色にそっくりだと一部で話題になったのを覚えていますよあたし。因みに味はデリシャスなのでご安心を。

 ショウさんの方も、サイコソーダを飲みさして。ハッサムにもストローパックの『おいしいみず』を差し出し、傘を代わりに受け取って。イケ魂おふたり。

 

 

「ッサム」コクリ

 

「おう。飲んどけ飲んどけ。―― まぁ15番道路側はこれなら、ポケモンの動向は俺の研究員に任せて問題ないかね。次の捜査に移るか」

 

「ふぁ? あのう。ショウさん……の研究員さん、というのは何方でしょう。そもそも、どちらに所属しているんです??」

 

「あー、言い方が悪かったけど。俺が元々研究してたんだ。これ」

 

 

 そう言ってショウさんは、後ろ手の指し指をぐっと掲げ、建物を示します。

 あたしの後ろ。「シフトファクトリー」との看板に、やたら実務的な外観の建物。ここ、あたしは名前くらいしか存じ上げないのですが。

 

「確か、時間を超えてポケモン交換を出来る……という触れ込みの場所でしたか」

 

「その通り。因みに空間も超えられるぞ? 時間だけだとパラドックスとかも問題になるしな」

 

 自慢げにそう仰るものの……いや凄いじゃないですかね、それ!!

 

「おう。……仰る通り、機能(スペック)としては凄いんだけどな。流石はマコモさんとパーク博士の合作というべき代物だ。俺が幼年期の頃にはもう計画はあったけど、結局完成には最近までかかったな。出資も、色んな所からもらったよ。南国な気候の島の財団のご夫婦とかにまで、俺が直接掛け合ったりな」

 

「わおう。急に世知辛い話をお挟みになられますねぇ……」

 

「それが建設に年数かかった主な原因だしなぁ。ただまあ、このシステム、よくよく考えると交換する『相手側』の選定がもの凄く面倒でな? 色々とポケモン保護の法律にも触れるし。……そもそも個人で公的な許可を得て動かすとなると費用がお察しになる」

 

「あぁぁ……それは確かに、ですねぇ。というか相手側には、どういった風に接触するんでしょう」

 

「容量少なく、規格合わせてメールでやり取りするのが一般的だな。文章は送るのが楽だ。……だもんで、研究所が稼働してこの方、成功例はそのまま試行回数。未だ実例は1回だけって話だ」

 

「それもまた何というか、ご無体な話です。……十字斬り(なむなむ)

 

「ポケモン通信バトルリーグのレベル固定技術に比べると、『時空という境目を超える』って部分がかなりネックになったみたいだなー。まぁ今は副次的な所……具体的には時間空間の技術開発面であげた成果でもって資金は潤沢にやりくり出来てるんで、本元のポケシフター自体はもう稼働してなくても問題ないんだけどな。金銭的には」

 

 などと本末転倒な締めくくりをなさるショウさん。

 けれど成る程。どうやらそんな風に苦楽を共になさった研究員さん方に、後の15番道路の環境調査……という程でもないですね。まぁ、ゴーストポケモンの分布が異常に広がっていないかの観察をお願いするようでした。そのリスクは低い事を承知の上で、ですけれどね。

 

「んではこれにて。まとめて束ねて報告書、と。んじゃあブラックシティまで戻りますかね」

 

「そうしますかぁ。あ、ホワイトフォレストにゆけばワタリさんともバトルが出来ますか? あの方のポケモンはとっても強かったので!」

 

「ッサム」コクリ

 

「ハッサムもあの人強いのは知ってんな。イッシュに来た時、戦ったし。でも……あー……確かにそっちのがいいか。他地方のバラエティ豊かなポケモンを育てて、扱えてる強トレーナーってんならワラキアさんも居るけど……今は、ブラックシティだと潜伏してるであろう不協和音さんにちょっかいかけられる可能性高いからな」

 

「お強いですよねー、ワタリさん。ご家庭もあるそうなのですが……不思議と話してくださいませんでしたね」

 

「一緒にイッシュには来てるそうだけどな、奥さんとその息子(・・)も。ワタリさん自体は、ジョウト地方のキキョウシティご出身で、まだ開催数ひと桁だった時代のカントーポケモンリーグで準優勝してる実績があるんだよ。その腕を財団に見込まれて、『黒の摩天楼』のラスボスを引き受けてるそうだ」

 

「ワタリさんのご勇名は納得できますけど……財団?」

 

 

 なんとも不穏な響きです。いえ。言葉単語以上の意味は持たないのでしょうけれども……中二心をくすぐられるというか?

 

 

「近年、ポケモンバトルの開発を一気に進めた ―― その元凶なんだよなぁ。財団なにがし。勿論、邪な活動してるわけじゃないけどさ。それでもタブン、俺にとっちゃあ、元凶って呼ぶのが相応しいんだよ」

 

 

 ショウさんはそう言って再び、苦笑みたいな、アンニュイ笑顔を浮かべてみせます。

 

 

「んじゃ、先に行ってるよ。いくら夏だっても雨の日に出歩き過ぎて体調崩しかねん。さっさとホワイトフォレスト行って、ワタリさん達と合流しようぜ」

 

「ッサムゥ」

 

 

 すいっと踵を返して、ショウさんとハッサムは15番道路の東へ。ホワイトフォレストの在る方角へと歩いて行きました。

 ……くそう。暗い影ばっかりみせられたら、気になるじゃあないですか!

 

 

「何か、きっかけが必要なんでしょうかね……? とはいえ、あたし自身、あまりショウさんには詳しくないですし」

 

 

 後ろにあるシフトファクトリーを見上げ、空から落ちてくる雨粒が鳴らす傘の音を心地よくも不思議に聞いて。

 もしかしたら。専門性(エキスパート)なトレーナーの資格等々、上級トレーナーとしての権限も持っていたりするのでしょうかね、ショウさんは。今度聞いてみる事にしましょう。

 というか、研究内容云々についてはもしかしたら調べたら出てくるのかも……? ううん。課題が山積。とりあえずは目の前の試合に集中したいというのは、一貫して優先されるべき目標なので後回しになるのですけれどもね!!

 

 



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□12.ヒウンシティにて ― introduction

 

 

 □12.

 

 

 

 さては2番目。

 その次に手を付けたお仕事は、デルパワーを利用したハイリンクエネルギーの循環路の発掘。

 こちらはどちらかというと、ショウさん個人のお仕事に由来するものみたいです。あたしもショウさんとスパーリングを行う傍ら、ちょっとだけお手伝いしてみたり。

 このお仕事(?)はどうやら不思議エネルギーを副次的に都市や興行に利用できないか、という試みのようでした。ショウさんが持っている電動ランニングシューズが、そのエネルギーを変換できる機構を備えているらしく。なんと走ってハイリンクを囲む都市をぐるりと1周、所要1週間。ええ。とてもエクスプレスな日程でした……。

 あたしも体力トレーニングは欠かしていませんが、それにしてもイッシュを一周は……違います。シャレではありませんってば!?

 

 つきましては、雲すら望む摩天楼。

 最後に立ち寄ったヒウンシティで、あたしがチャンピオンとして個人事務所を構えるビル……その屋上にてふたり。

 

 

「―― ところで、デルダマって結局なんなんですか? ハイリンクに由来するエネルギーで、多様なものに変換できるというのは流石に知っていますが……」

 

「ノジャ?」

 

 

 模擬戦を交えた後。汗をタオルでぬぐうあたしから、ヘリポートから離れた位置でガラガラと一緒に屋上縁のプランターを眺めていたショウさんへの質問です。

 ただいまストレッチ中。ジャローダがあたしの背もたれになってくれたので、スパッツ姿で前屈。ぐいぐいと後ろから押してもらい、なんとかつま先を掴みつつ、ショウさんを見上げます。どうやらなにやら、ジャローダはショウさんには畏敬というか、そんな感じの念を飛ばしている事が多いように感じるのですが。

 

 

「ん? あー、デルダマとデルパワーなぁ。土着の不思議パワーについてはマコモさんがほんと詳しいんで、殆ど受け売りなんだが……求められたんなら説明するか。の、前に。ガラガラー」

 

「ガァララ? ガァラ」

 

「おう。メイの午前分の練習はこれで終わりだな。どうする、ボール戻るか?」

 

「ガラァ」

 

「おっと、まだホネの見繕いか。作業の途中で手伝って貰って悪かったな。さんきゅー!」

 

「ガァラ!」ノッソ

 

「ンミュー?」「ピジョーッ!」「ンガァ」「チーィ!」

「ッサム」「どぶるぅ」「きゅぅん」「ジュホーゥ」「んべろぉ」

 

 

 おそらくは「いいってことよ」あたりでしょうか。そんな風に信頼の感じられるやり取りを交わして、ショウさんが私の側へ。ガラガラはショウさんがボールから出したままのポケモン達の所……緑化スペースの側へとのっそり歩いてゆきました。

 少し意識して、上目遣いに見やり。首をちょいとかしげ。

 

 

「あのガラガラとショウさんは、付き合いも長いのでしょうか? なんとなーく、そんな印象を受けるのですけれど」

 

「だいぶになるなー。それこそカントー地方だよ、ゲットしたのは」

 

 

 成る程。生地からのお付き合いでしたか。しかしまぁショウさんはトレーナー歴も長く、ポケモン達も多数育成していらっしゃるので、さもありなん。

 

 

「さて、説明に戻るけど。……デルパワーか。これは数ある不思議パワーの中でも、2番目くらいに解説に困ったもんでな。いやさ、解説に困らないなら不思議パワーとか呼ばんのだけれど」

 

 

 ポケモンバトル用のバトルフィールドにもなっているヘリポート中央当たりまで歩いてきて、ショウさんは言います。1番目はO(オー)パワーなんだが、と前置きを挟んでおいて。

 

 

「解析不能なりに、『別位相との擦れ合いで発生した余剰エネルギーがパッケージングされたもの』って仮想される事が多いな。学会とかだと頭文字で略されてる」

 

「いいえ! よく判りませんけど!?」

 

 

 思わず反射的にそう言い放ってしまいます私。不遜だ不遜!

 ですが仕方ないと思うのです。全然簡単ではないですよ、それって!?

 

 

「……じゃあもっと端的に、誤解を覚悟でいうならだけど。『別の世界から移動した時に出るエネルギー』みたいな感じなら伝わるか?」

 

「うーん、ニュアンスなら」

 

 

 正確ではなくともイメージは掴めます、その表現ならば。

 別の世界、と言われてしまえば物々しさはありますけれども。ここイッシュ地方において「壁を隔てた異世界」というのは、比較的身近な単語でもあります。

 

 

「だろうな。イッシュ地方は特に、異世界とまでは言わないけど、ハイリンクがあるからなぁ。そもそもからして、こういうのが生成されやすい土壌になってしまってるんだそうで」

 

「ふむふむ」

 

「ポケモン固有のエネルギーやら、こういったランニングシューズとかの普段使い出来るエネルギー開発の場としては最適なんだなこれが」

 

 

 言って、ショウさんは自分の靴を指さします。

 滑泥コートの輝く白地。おみ足を覆いましたるは、白を基調としたカラーリングの電動補助ランニングシューズ。

 

 

「ほえぇ。それって土地のエネルギーで動いているんですか?」

 

「還元率が悪くて少しだけだけど、一応は。そもそも俺の靴は特殊なんだけどなー。ほぼ一品物になってるし」

 

 言いながら、ショウさんは掌で顔を仰ぎます。

 曇天だとはいえ、蒸し暑くなってきました真昼のイッシュ。そろそろ、雨の降り出す気配もありそうです。いえ。連日振ってるんですけどね、雨。

 

 

「だな。室内戻って昼飯にしますかね。……おーい、我がポケモンたち! 昼飯いくぞー」

 

 

 ショウさんの号令に反応して、沢山のポケモン達が駆けてきます。そのまま連れて、室内へ。

 ……にしても。

 

 

「研究に見境がありませんね、ショウさんって」

 

「ジャロぅ」

 

 

 ジャローダの頼もしい相づち。お礼に王冠周りをぐしぐし。

 研究、とひと括りにしていいのかは判りませんけれども。今のショウさんはそれ程には忙しく……いえ。あたしのトレーニングに巻き込まれているのでそう見えるかも知れませんがごめんなさいごめんなさい。

 とにかく。忙しい、という程ではないように思えます。それこそあたしに付き合ってくださっている程度には(自虐)。あの嵐の夜のライモンシティでも、突然のお誘いにも関わらずトレイン連戦にお付き合い下さいましたし。

 

 

「昔はお忙しかったのでしょうか……?」

 

 

 と、考えてしまいます。大変に失礼なのですけれどね。

 何というか。「生き急いでいる」感はあまりない様子なので、あたしとしては今のショウさんはとても良いと思います。はい。

 そのままひとりとジャローダ1体。身体のアイドリングを終える意味合いを含めて、暫しヒウンの街並みを眺めます。

 

 

「……ふう」

 

 

 手摺りに腕をかけ。

 ヒウンシティの乱立したビルとビルの合間を、お仕事を終えた方々が多数行き交い。ポケモンはおおよそモンスターボールの中。ネオンと街灯によって照らされた街並みは昼と変わらずか、それ以上にまばゆく。裏通りの暗さをもかき消して、雲までもが輝き出します。

 

 

「5勝5敗。ポケモン選出は地方毎のバイアスかけつつランダム。ジャローダの使用戦型は2つ、作戦の仕様バレは7回。積み突破1、完勝0の完敗1……」

 

 

 目を瞑り、今日のバトル練習を少しばかり反芻(ふりかえり)

 相性有利不利のサイクル。4倍弱点による役割破壊。先手後手の回しかた、トリックルーム保有の有無。ジャローダによる積みと麻痺まきの仕込み型。……をちらつかせておいてからの、特性による「リーフストーム」の有用性。

 濃い……濃過ぎませんか! 1日で振り替えれる量じゃないですねこれ!!

 とはいえそれこそ、座学用に網羅された()技リストやショウさんが保有していない要注意のポケモンなんかも資料を頂いていますし……ええ。ポケモン達にも疲れはありますので、あまり無理を強いるのもいけません。今日はこれくらいに切り上げて、座学フェイズと参りましょう。

 あたしはくるりと向きを変え、出口入り口の側へと足を動かします。

 

 

『―― 行こう(・・・)! ―― !!』

 

 

 直近、間もなく開催されましたるは ―― WCS。

 その宣伝を兼ねているのでしょう。昔の、とても人気のあったチャンピオンのバトルシーンが使用された街頭広告が、あたしの足元……摩天楼のスクリーンを流れて行きました。それも、この映像は確か最も有名な……初代WCSで優勝を決めたときのものでしたかね。あたしが最も見た、見返した……原点にして頂点とも言える、トレーナーさん。

 曇天。蒸し暑さ。ご機嫌くさぶえ(眠らない)ジャローダ。草ポケモン的には宜しいのでございましょうけれども。

 ……まぁ、ここで考えていても仕方の無い事ですね。今はトレーニングに注力しなくては。

 さてはあたし達も、昼食にしておきましょう!

 





 おおよそ日常回。字数ぶつ切りにつきご容赦。


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■13.プラズマ帆船/17番水道にて ― subject (not main)

 ■13.

 

 

 お手伝い3つ目!

 プラズマ団残党さんの再調査……というか、情報収集です!!

 

 あたし達 in 研究室。

 周囲に積まれたる謎の機械やらが、ぴこぴこと七色の光りを放っております。アクロマさん曰く「ゲーミング座椅子」とか。座椅子じゃねぇですか。やけに電気代をくうだけの、座椅子じゃねえですか。

 

 本当に座椅子なのかは右から左(おいといて)

 つまりは問題に挙げられているゲーチスさん、およびダークトリニティさんの後を追うためにお力を借りさせて頂くのですね。

 これは南側の海上に陣取った「プラズマフリゲート」内で今はこき使われている、アクロマさん派閥の皆さんに直接お伺いしています。昨年の都市氷結事件を経て、アクロマさんという有名な(変わった)研究者の下働きとなる事で市民権を得たプラズマ団の方々。未だリーグ占拠事件の余波は世間に根強く残っていますが……それらカルマを背負った上で活動をというのですから、暖かく見守ってくださる人々も数多くいるとの事です。この間の女神ハウスなども、それら生暖かさの一例なのでしょうね。

 どちらかというとショウさんも、暖かく見守る派閥なご様子。

 

「基本的には首魁に罪被ってもらったとはいえ、ここに居る人らは法的な罰は終えてから来てるからな。何より研究には人手が必要なんで、手伝ってくれる分にはむしろ助かるってくらいだぞ?」

 

「ああー。アクロマさんは何というか、アクティブでありながら忙しそうな人ですものね」

 

「そーそ。……いや、アクロマさんの名前はほんと大きいぞマジのガチで」

 

「そうお聞きしましたね、はい。ショウさんからも。あのオーキド博士と並ぶくらいの知名度だそうで」

 

「おう。むしろ研究の最先端にいるって意味で、今はそれ以上かもしれないけどなー」

 

 オーキド博士はカントー地方におけるポケモン研究の第一人者。あたしが初等部で習った教科書に名前が載っているくらいの人物です(尚ご存命)。

 まぁ、このお仕事はショウさんが殆どを片付けてくれています。ダークトリニティさんの身体能力に関するデータや、彼らが出陣した際の活動記録の受け渡し。あたしは傍にいるだけですね、殆ど。

 そんな感じであたしはだらだらと過ごしている……のですが。

 ショウさんが副長方からデータを受け取っている、その後方。団員さん達が小さく頭を下げて行き交う、通路の片隅にて。

 

 

「……ところでヒュウさんはここで何をなさっているのでしょうか?」

 

「残党の動向調査みたいなもんだ。俺も来年からはエリトレとして活動しなきゃならねえからな」

 

 

 名前通りに帆船(ただし空を飛べる)のプラズマフリゲート艦内だというのに、隣に、ヒュウさんが居るのでした。

 ヒュウさんはいわゆる、近所の幼なじみという間柄。エリートトレーナーの資格を持っておりまして、来年からは公務に就く事が決定しております(倍率凄い高いんです。おめでとうございます!)。

 あたしはどちらかというとその妹さんとの交流の方が多かったのですけれども、彼とは昨年の冒険を経て、幾度となく協同したりぶつかったりを繰り返してきました。おかげでポケモンバトルは上達しましたので、今となっては良い思い出だったりします。公的なリーグなどには参加しないのですが、強いですからねぇヒュウさんも。

 ただ。今そのヒュウさんは腕を組んだまま……ずっと、どこかしらむっつりした顔をしていますけれども。

 

 

「……。……あのう、(いか)ってます?」

 

「なんでだよ。怒ってねぇよ」

 

「でも、何かしらの思う所はあるんですよね? 何でしょう」

 

「―― 本来はオレが口挟む問題ではないんだけどよ。あのショウって人は、本当に信用できんのか?」

 

 

 ふむん。信用とはまた、けったいなご文句。

 ……バトルの腕で言うなれば、ライモンシティにて。

 

 

「少なくとも、ここの地方のスーパーシングルトレインは突破していましたよ」

 

「……ある程度実力の証明にはなるな。けど、あそこはイッシュ地方のポケモンがメインだからな……」

 

 

 ヒュウさんの言う通り。ここ最近で、ポケモンバトルというのは急速に「競技化」と「遠隔化」が進みました。

 元々ヴァーチャルさんな某と相性の良いポケモンです。遠隔地にいながらにして、気軽にポケモンバトルをすることが出来るようになったというのがひとつ。それに伴い、各地で様々なバトルリーグが発足したというのも活性化のひとつの理由として挙げられますね。

 

 

「だな。……けど悪いが、レートバトルリーグでも、それに準じた実力の証明になるっていうバトルフロンティアのシンボルゲッターにも、ショウっていう名前は見覚えがなかった」

 

「ヒュウさんはまめにチェックしていましたものね、そう言えば」

 

 

 バトルフロンティアとは第1回がホウエン地方、第2回がシンオウ地方とジョウト地方で開催されたハイレベルなポケモンバトル興行施設。ちなみに移動型です。

 それぞれが数ヶ月だけの期間限定で催されたのですが、実は協会肝いりのバトル施設だった事もありまして。その施設制覇の「シンボル」は、ポケモントレーナーとしての実力証明にもなったりしているのです。

 あたしも参加してみたかったのですけれどね。トレーナーとして旅だったのが去年だったもので、情報収集だけしていたり。次の開催が待たれるところ!

 そんなバトルフロンティアですが、それだけにシンボルを獲得した人はバトル界隈では有名になっていたりします。実のところ突破率が果てしなく低かったそうなのです。特にフロンティアブレーンと呼ばれる施設管理者を2週目まで突破してみせると手に入れられる「ゴールドシンボル」は、ひとつ手に入れるだけでも四天王位と同等の価値があるとかないとか。

 

 

「ブレーンの皆さんは、誰も彼もが今では有名トレーナー。むしろどう実力を隠していたのか、っていうレベルでしたね。……最終的なゴールドシンボル取得人数は二桁なかばでしたっけ? 挑戦者との比率が凄まじくなっていた記憶がありますよ、あたし」

 

「だったな。全制覇してみせたカントーの旧チャンピオン()が凄まじ過ぎたせいで、あんまり世間には広まらなかったらしいが、ゴールド取った奴の顔はともかく、名前はだいたい割れてるよ。むしろ自分から見せびらかすレベルの勲章だからな」

 

「ほえー。そのゴールドのしんぼるげったー……の皆さんは、今は何をなさっているのでしょ」

 

「オレが調べた限りじゃ、どいつも現役でワールドプロリーグやら四天王で活躍してる。例外はその旧チャンピオンと、今カナワタウンで私設ジムを開設してる人だけだな」

 

 

 ヒュウさんがそのまま、ふんふんと鼻息を鳴らしながら話します。

 いえ別にこれ、警戒しているとか敵意を燃やしているとかじゃあ無いのですよね。ヒュウさんの場合は。

 

(……妹さんのチョロネコの敵討ち、に徹している時間が長過ぎたのでしょうね)

 

 プラズマ団残党との争いは1年前。未だにそれしか時間が過ぎていないのです。あの頃のヒュウさんはなにかにつけて(いか)っていらっしゃいましたから。癖みたいになってしまっているのでしょう。

 かくいうあたしも、誰かと「争う」事に忌避感を覚えなくなったのは、おそらく昨年の ―― ポケモンバトル漬けの旅が、あったからなのかなぁと。それ以上の……ポケモン達と共に競う「楽しさ」を心底持って感じられたからこそ、全トレーナーの小数点以下%割合。チャンピオンという位にまで手が届いたと言っても、間違いではないのでしょうから。

 

 

「―― まぁ、他人より知人か。ところでバトルの調子はどうなんだよ、メイ」

 

「あぁ……何というか、ショウさんには力及ばず。負け越してますね、あたし。ただそれは別地方のポケモンとバトルするのを主軸に置いているからであって力不足という訳ではなさそうですし! ですし!! ……そもそもきちんと学べてはいますので。そこは心配ご無用ですよ!」

 

「負けず嫌いは変わらねえのな。……しかし、へぇ? お前でも負けるんだな」

 

「いやいやいや。そもそも、あたしって結構負けてませんか?」

 

 

 ヒュウさんがやたらびっくりしてみせますものの……あたしも反論させて頂きます。

 それこそプラズマ団に負けた事もありますし、確か道中でも一度、一般のトレーナーさんに負けたこともあったはず。

 

 

「プラズマ団に負けた時は、それこそプラズマフリゲートだったな。でもあれは、メイが回復アイテム買い忘れた上に頑なに休憩挟まなかったからだろ」

 

「いやぁ…… Time is money というか。それこそ船を急いで追うべき場面だと判断しましたからね。その節はご迷惑をおかけしました」

 

「まぁそういう奴だものな、お前は。あとは、一般トレーナーに負けたって言うと……ああ、あのチャンピオンロード遠回りした時に勝負を挑んできた、歪んだ女エリートトレーナーか。よく覚えてるな?」

 

「はい。負けた試合は忘れませんよ、あたし」

 

 

 エリートトレーナーのあちらさんは、プラズマ団では無かったようですけれどね。ヒカリさんだかヒカルさんだか……どうでしたっけ。なんというか、勝ちへの執念が凄まじい方でした。それ以外に愛情を示す方法を知らない、って……踏み出し方を間違えなければ、末恐ろしいトレーナーになり得るお方とも思えます。

 そうして、むむぅと考え込むあたしの斜め後ろ。……ところでヒュウさんは、なにゆえそんなお顔をして身を引いていらっしゃるのでしょう?

 

 

「いや。さっきの『忘れませんよ』にやたら強い執念を感じた。……まぁ、いいけどよ。言われれば思い出せるが、メイはリーグのポイント戦に参加してからは、結構負けてたんだなそういえば」

 

「はい。それも含めて、覚えています。流石に同レベル帯の人やポケモン達と勝負して、負けないはずはないですからね」

 

「そりゃあ、そうか。……俺にとっちゃ、あの旅でのメイの印象が強すぎんだろうな」

 

 

 言って、ヒュウさんはツンツン髪をかき上げ溜息1つ。

 自分の考えとかは忘れる事も多いですが、状況を俯瞰した様子、対面、技の手順。相手の思考、自分の選択肢。それらは基本的にはトレーナーツールのメモ帳に書き出しています。印象深い敗北であれば、メモを見るまでもありませんね。

 有効打。トレーナーとしての技術。癖。それら、できる限りは自分で記憶してしまいます。だって、その方が……。

 

 

「―― そういう所、拘るよな。メイは」

 

「そうですか?」

 

 

 あたしとしては当然……というか。「そうしたいからそうしている」の最たる物なんですけれどね、知識の取り込みって。それこそチャンピオンとして活動をするからには、負けたくは無いですもの。

 ヒュウさんはいつもの怒り顔を崩し、呆れたように。

 

 

「それこそ、ここ数年の出来事だ。……バトルがワールドワイドになるに伴って、急速に……ポケモンバトルっていう場所で日の目を浴びるポケモンの種類は増えた。新しいポケモンに、新しい技、新しいタイプまで。データが膨大過ぎて、追いつけないんだよ普通は」

 

「ですね。同時に「情報の価値」というのも上がり、需要が出てきました。王者カントー地方を中心としてまとめられたデータの数々は『トレーナーツール』にアップロードされてますから、ポケモントレーナー必携!……みたいになってますね」

 

「ポケモンの能力を数字で調べられる時代だからな。でも、メイ達は自分でぶつかって、調べて、取り込もうとする。……メイのそういうストイックな、真っ直ぐなところがバトルには活かされてるんだろうなって思うよ」

 

 

 うーん。それも含めてバトルが好きなので、あたしとしては何とも。単純に、調べる時間が無ければその分すばやく指示を出せますからね。身をもって識れば、脊髄反射の(ような)速度で、打てば返る指示を飛ばすことも出来ます。経路は短くて損はないですよ、ポケモンバトルって。

 

 

「……それも才能、って奴なのか。こうしてポケモンに関わる職についてみて、本当にそう思う」

 

「はぁ。でも、誰でも出来ることですよ?」

 

「出た出た。ナチュラルボーンプレデター、メイ様だ」

 

「はぁぁん? いやプレデターは言い過ぎじゃないですかね!?」

 

「お前の怒りの琴線がわからん」

 

 

 などと、多少の小突き合いを含むやり取りを少々こなしていると。しばらくして、遠くに姿が見えました。ショウさんです。副長さんとのやり取りを終えて、此方へ帰ってきたのでしょう。同時に、ヒュウさんが「じゃあな」と小さく手を挙げて離れて行きます。

 ショウさんは、紙資料を抱えたコジョンドの隣で、その背を見送り。

 

 

「……ほーん」

 

「コジョ。ジョッ、ジョジョッ?」

 

「お? おう。向こうの集積場までは頼む。……気を使わせた気がするんだけどなー。良かったのか、メイ?」

 

「えぇ、ただの近況報告ですから。あたしとしてはショウさんと居る方が、大事ですよ」

 

 

 そろそろお昼休憩です。ポケモン達のコンディションを一緒に見て貰いたいですし、バトルログによる模擬戦解説もお願いしたいのです。

 貴重なショウさんのお時間を無駄にはしたくないですからね! はい!

 

 



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□14.自然保護区にて ― conclusion

 

 □14.

 

 

 最後の4つめは、自然保護区の調査……というか定期訪問というか。

 さて。自然保護区とか言う壮大な名前を冠してはいますが、要はイッシュの中でも特に奥地。山間に囲まれた土地に拓かれた、ポケモン達の楽園です。あたしも色々とありまして、そこに入る権限を頂いてはいるのですが。

 

 

「ここ、調査をお願いされてこの子(・・・)を捕まえはしましたが……それ以外ではあんまり立ち入った記憶は、ないのですよね」

 

「ノォォン!!」

 

 

 あたしの斜め前で、オノノクスが嘶きます。

 その体色は ―― 黒。この子、なんと色違いのオノノクスだったりするのです。

 

 ……っとぉ!

 

 

「スワッ!」

 

「―― ノォン!!」

 

 

 索敵。樹上から飛来したスワンナさんに、真っ先にオノノクスが立ち向かってくださいます。

 合わせて ―― 『りゅうのまい』、そして『げきりん』!!

 

 

「オノノノノォォ!」

 

 

 遠距離からの『みずのはどう』を、どうせ効果はいまひとつなので真っ正面で受けておいて、積み技で速度と攻撃力をマシマシ。鱗逆撫で、オノノクスは突貫します。

 

 

「スワッ!?」

 

「―― ゲゲタゲッ!?」

 

 

 スワンナと ―― その奥で漁夫ろうとしていたタマゲタケを弾き飛ばします!!

 オノノクスは(わだち)に青白い炎を巻き上げ、蹂躙。2体共にすぐさま伸してくださいました。

 

 

「ガンガンいっていいぞっ ―― ジュナイパー! ベロベルト! ウーラオス!!」

 

「ジュホーウ!」「んべろ」「ッシャウラァ!」

 

 

 まぁ、あたしの横ではショウさんがそれ以上の速度でポケモン達を退けてくださっているんですけれどね!!

 単純に、指示を出せるポケモンの絶対数があたしよりも多いです。ジュナイパーが翼を開きながら木の矢を射放ち、ベロベルトが丸さを活かして肉弾、前線。隙を縫ってはウーラオスが強烈な一撃を放ち、遊撃。見事なまでのコンビネーションです。

 

(サイン指示……? でも、それだけではないですよね)

 

 しばらくじっくりショウさんを観察。その技量を盗んでやりたい、あわよくば癖とか見つけたい(強欲)。

 そんな風に欲望丸出しで観察していると、ショウさんはポケモン達にタイミングくらいしか指示をしていないような気もします。……なるほどなるほどぉ。3体同時に管制をするために、ポケモン個々が覚えられる数多くの技の中から、おおよそ使うものを数個だけ決めて……簡素な合図や単語で指示が通るようにしているんですね。なんとも効率的です。

 あたしとしても、例えば「ローテーションバトル」なんかは3体同時に動ければなぁと思ったこともありますけれども。それはトレーナー側がもの凄く大変というのは理解していますからね。やってみてパンクしました(苦い)経験がありますのです、はい。……そもそもこういう多数のポケモンを扱える技術は、野生ポケモンやゲリラ戦では役に立ちますが、昨今の競技シーンにおいてはあまり出番のないものですからね。希少なのです。

 周辺の野生ポケモン達をおおよそ退けるまでに都合数分。ショウさんは小さく息を吹き出すと、周囲警戒をジュナイパーに任せ、本来の目的の達成を目指すご様子。

 

 

「よーし、そんじゃこの辺りで良いかね。……はろはろ。マコモさん、マコモさーん」

 

『ハンチョーは姉さんって呼ばないと反応しませーん』

 

「嫌だよ。なんでだよ」

 

『別にー? ハンチョーの国の言語的にはぁ、年長の女性を呼称するのに姉さんという単語を使うのも、間違いじゃあないんじゃないですかぁ?』

 

「職場の同僚をそうは呼ばんだろ」

 

『もう同僚じゃあありませんー』

 

「それだと尚更マコモさんで良いだろ」

 

『……確かに。親密度は下がっていますねぇ……』

 

 

 中央付近にまでくると、ショウさんはライブキャスターでもって眼鏡の女性研究員さんと通話を始めました。会話はここまでは聞こえませんが、どうやら研究員さんかそれに近しい立場の方のご様子。ここに来た目的……謎パワー観測機器の設置をする場所の目安をつけてもらう積もりなのでしょう。

 あたしは、その後ろ数メートル。オノノクスと一緒に周りとちらりと見渡します。要するに周囲警戒です。先ほどの圧倒的なバトルを見せつけておいたので、物音によって集まった野生ポケモン達も、尻込みしてすぐには近寄ってこない筈という目論みはあるのですけれど。

 すると、あたしのさらに後方。この「自然保護区」へ来るためにチャーターした飛行機からひとりの女性が此方へ歩み寄ってきます。

 

 

「―― どうかな、メイちゃん。調査の方は順調そうなのかな?」

 

「あ、どうも! ご無沙汰してます、フウロさん!」

 

 

 やや日に焼けた健康的な肌とナイススタイル。フキヨセカーゴの貨物機操縦士、兼、フキヨセシティジムリーダー ―― フウロさんのご登場です。

 バトルをしたり、ヤマジへ送ってもらったり、その後にこの自然保護区へ連れてきて貰ったり。出会ったのは2年前でしたが、なんだかんだであたしとの交流も多い方です。

 ……まぁ、友人というには少しばかりお姉さんがすぎる気もしますし。そもそもフウロさん自体、ジムリーダーを数年来務めていらっしゃるご才媛(ジムリーダーは引き継ぎは楽でも、公認資格の維持がとても大変です)。あたしの立場がリーグの顔、チャンピオンという事もありまして、間柄は仕事付き合いというのが正確なのでしょうねぼっちじゃないもの。

 彼女は手を(ひさし)に遠景。木々の木漏れ日と霧に煙る自然保護区の景観をぐるりと見回し、機器を持ちながら地面のあちこちを触りだしたショウさんをフォーカス。

 

 

「昔から、誰よりも ―― ううん。どんなトレーナーよりも、どんな研究者さんよりも。ポケモンを追って、世界中を駆け回っている人ですからね。ショウさんは」

 

 

 なんとなーく、苦笑している風味のフウロさん。

 あぁ……やっぱり昔からのお知り合いなのですかね?

 

 

「うん。それこそ、アタシが子どもの頃からイッシュには来ているみたいです。ホミカさんのパパ(・・)で、ポケウッドの出資者のひとりで、シャガおじいちゃんの恩人で、シキミさんのネタ帳擬人化で……あとは、なんだったかな?」

 

「なんともそぐわない単語がちらほら聞こえますね……?」

 

「アハハ! かくいうフキヨセカーゴも、ショウさんには昔からご利用頂いています! お得意様という奴ですね。研究機材の運び出しや、こういった『ハイリンク各所の自然保護区』に出張なさる際には、アタシが運転手を務めなければならないですからね」

 

 

 まぁ、イッシュという一地方だけでなく、この国は広大ですからね。貨物の空輸は有用だという事なのでしょう。

 それはそれとして。ショウさんのイッシュ地方におけるあれこれはおいておくとしても……フウロさんの言う通り。実はここ、『自然保護区』はハイリンクの中にあるのです。

 ポケモンが話したり、リンクツリーによって隔てられてはいない……しかし自然が残された場所。ハイリンクの解析が進むことによってようやっと判明した、ポケモンと自然の楽園。それこそが自然保護区という訳です。

 特に珍しいポケモンが住んでいたりする訳では無いらしいのですが、どうやらそれこそデルパワーに代表されるような不思議エネルギーに満ちた場所ではあるらしく。許可を得た人しか足を踏み入れることは許されていない、という流れなのでした。だから飛行機も、リーグから権限を受諾されているフウロさんが運転するしかないのですよね。個人チャーターに慣れてきた自分の金銭感覚の乖離が怖い気しますあたし(震。

 

 

「プラズマ団の動向の調査を手伝ってるんだって、メイちゃん?」

 

「あっはい。ご存じでしたか」

 

「そうだね。ジムリーダーとして……というよりは、飛行士のひとりとしてって言った方が適切だね」

 

 

 うろたえるあたしをみかねてか、フウロさんは話題を変えて、そう切り出してくださいます。

 いつもそこに居る、空を見て。

 

 

「……雨、今年はすごく降っているよね?」

 

「はい。地崩れや氾濫の報告があまりないのが、ありがたいですけれども」

 

「その辺りは専業のポケモン達が頑張って土木工事で対策してくれてるからってのが大きいかな。……にしても、今年は梅雨が長いのです。天候は重要ですから、アタシが今回ショウさんからの依頼を引き受けたのは、会社のためでもあるんですよ」

 

 

 話が飛びましたねぇ。

 ……うーん、つまり。この案件、というか。あたし達が現在国際警察の手足として調べている件 ―― プラズマ団との決着に関する案件は、今年のイッシュの気候の異常にも影響しているという事でしょうか?

 

 

「さっすが、回転がはやいね! そう。これはきっと、残された最後の課題なんだと思うな!」

 

「ははぁ、課題ですか」

 

 

 フウロさんの仰ることは難解です。誰にとっての、何をどうすれば達成なし得る課題なのでしょう。おそらく、それを察する所からして、なのでしょうけどね。はい。こういうのは、相場が決まっているのです。

 ……とはいえヒントくらいはください、ヒント!

 

 

「アタシも詳しくは知らないけれどね。空の模様を肌で知っている分、少しは他の人よりも敏感だよ。メイちゃんなら、イッシュ地方で嵐を起こすポケモン達のことを知っていると思うけど」

 

「一番に思い当たるのは、ボルトロスさんたちの事でしょうか」

 

 

 こうしてすぐに名前が出てくる程度には、あたしも考えてはいます。イッシュ地方に降り注ぐ雨。無論、四六時中という訳ではないのですが、今年度の総雨量は平均を大きく超えているとも。

 いわゆる、異常気象。そう呼称(ラベリング)してしまえば、温暖化だとか、そう言うので片付けられてしまうなぁと思ってはいたのですが。

 ただ、この世界には。天候すらも容易く変えてしまえる、不思議な不思議な生き物 ―― ポケモンが居るのです。これら降雨を(継続時間は別として)、情報の少ない内から異常気象と断定するよりも、そちらが原因であると考えるのが筋というもの。

 ライモンシティでも真っ先に思い浮かんでいた、ボルトロスさんとトルネロスさんの喧嘩による、大嵐。イッシュ地方に広く伝わる伝承です。ホウエン地方までみれば、太古のポケモンによる大規模災害もあったようですが……規模で考えれば、イッシュに伝わるこのお話の方が現在の状況には近いので。

 だとすれば引っかかるのは、現在の天候があくまで「雨」「豪雨」程度に収まっている点……くらいでしょうか? 伝承の文面によれば、2体の喧嘩によって引き起こされる現象はそんな生半可な表現ではなかったハズ。

 

 

「うん、アタシの考えとおんなじ! 今は嵐というほどに風雷は強くはないよね。だからその『力を振るう理由』に乏しい、って考えてしまえば良いんじゃないかな」

 

「……異常気象よりは、ポケモンの仕業と考えた方が身近で。ポケモンの仕業だとするならば、伝説のポケモンによるもので。だとすれば、何らかの原因があってその気象を変える能力が全てふるわれているわけではない ―― だから雨という具合に留まっている。こういうことでしょうか?」

 

「はい、アタシはそう考えています。いえ。感じています、かな? だって、地域の気象全部を変えるなんて巨大な力が1か0かの両極端だなんて、そんなことはないと思うんだ」

 

 

 それもそうですね。しっくりきます。

 だとすれば、ボルトロスさんとトルネロスさんの喧嘩……に満たないにらみ合いみたいなものが起こっていると仮定しまして。

 

 

「その理由は……? フウロさん、心当たりはありますか?」

 

「ウン、一応は。前例を考えれば、明白ではあるかな。……ずっと前のカントー地方で、全域を巻き込んだポケモン達のスタンピード事件がありました。その翌年に、鳥ポケモン使いの間で『幻の翼』って呼ばれてる伝説の鳥ポケモン達が現れたそうなんです。さらには触発され、ジョウト地方でも伝説のポケモン達が次々に励起した、と。―― それがそのまま、今のイッシュ地方にも当てはまるのではないでしょうか」

 

 

 最後に「伝説と呼ばれる鳥ポケモンが関わる事象だから知ってるだけなんですけどね」と舌ペロ。茶目っ気を見せてくださいますフウロさん。

 成る程。事件など、何らかの刺激が引き金となって……強大な力を持つポケモン達が目覚めるなり行動を起こすなり。それが連鎖して行く、という現象ですか。

 言われてみればイッシュ地方には当てはまりますね。ジャイアントホールでキュレムが目覚めたのは、プラズマ団が大きな悪さをした翌年でした。さらにはそのキュレムもまた翌々年には利用され ―― ああ、つまり。

 

 

「これもまたプラズマ団から始まった一連の事件が及ぼした影響の余波、かも知れないということなのですね」

 

「ウン。ショウさんが駆け回っているって言うことは、伝説のポケモンが関わっている可能性が高いと思います。もしかしたら、既にあたりをつけているのかも知れません」

 

 

 フウロさんは、遠くであーだこーだと機器を傾けているショウさんの背を眺めながら。そんな風に……。

 ……いえちょっとまってください。どうして、伝説のポケモンと……。

 

 

稀代(スペシャル)何でも屋(トラブルバスター)ですからね、ショウさんは。ここは自然保護区。夢と(うつつ)の合間。ショウさんが何を調べているかアタシには判らないけれど……それでもきっと理由はある。そのハズなんですよ」

 

 

 仰るフウロさんの瞳には、確信にも似た信頼が宿っていられるように感じられます。

 そうなのですか? ……そうなのでしょうか? なぜそんなことを、ショウさんは自ら……?

 困惑に包まれるあたしの目前。時は過ぎ、霧は晴れ、イッシュの地平線へと太陽が沈んでいく頃には目的も達成され……いつしか調査も終了と相成っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 ―― さて。これにて、修行回および日常回は〆。以上があたしとショウさんが過ごした忙しき1ヶ月の準備期間となります。

 いよいよ明日からはWCS本戦の始まりです。

 ショウさんにはホドモエの女神ハウスに滞在していただきながら、引き続き大会中もあたしのトレーニングパートナー兼コーチを務めて頂くことになりました。

 

 大会はポイント方式。3日間の間、数チーム毎に分けられたブロックを転々と入れ替えつつ、それぞれの地方代表と戦い。稼いだ勝ち点の総計で争うことになります。

 ブロック分けも先日発表されましたね。意図せずしてガールズチームとなったあたし達イッシュチームの1回戦は「ガラル地方」、「アローラ地方」、「カロス地方」のグループで争うことになるようです。先日組み分けのくじを引いてきましたリーダーあたし。アイリスさんもカトレアさんも、そのポケモン達も戦意十分で楽しい大会になりそうな予感がしています。

 

 大会の推移についてはおそらく皆さん予想は一緒で、絶対王者たるカントー地方こそが優勝候補。次点で歴史に勝るジョウト地方でしょうか。

 カントー地方を要するかのお国は、そのリーグ数の多さと学問の歴史、またポケモンバトルの活発さ等々。リーグのレベルが高い理由が存分に盛り込まれておりまして。世界におけるポケモンバトルランキングはぶっちぎりなのですよね。今回の大会でも猛威を振るうことでしょう。

 ……あ。このランキングは国が要するポケモントレーナーのポイント数によって順位づけられるものなので、絶対数が多いととても有利になるのですよね。カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。あとはポケモンレンジャーが活躍する地方なども有るようですが、あのお国は兎に角トレーナーとポケモン達の質が優れているのです。そういう意味では面積と人口で圧倒的に勝る我が国も、いまでは追いつけ追い越せなムードが漂っていたりするのですが閑話休題。

 

 ショウさんと共にトレーニングに励んだりお手伝いしたりしたこの1ヶ月は、とても目まぐるしく忙しく大変な物でした。……まぁ、忙しさと同じくらいに楽しさを感じているのですけれどね!

 楽しさの一番の要因は、やはりショウさんとバトルが出来ることでしょう。ショウさんはトレーナー歴が長いだけあって、ポケモンとの連携が取れているだけでなく……それぞれの特徴を掴んだバトル回しがとてもお上手です。そこに加えて、そもそも手持ちポケモンの数が3桁を超えて更に膨大だとなれば、その凄さも伝わってくれるでしょうか。あたしでも、本格的にバトルでの活躍を狙えるポケモンは30体くらいが限度なんですけれどね?

 

 イッシュでしかポケモンバトルを知らないあたしやそのポケモン達にとって、果てしなく刺激的な毎日。

 だからこそ、楽しい。見たことのないトレーナー、技術、ポケモン、技、特性。輝ける宝物。

 自分の見ていた世界が際限なく、綺麗に、虹色の光彩がぶわーっと広がってくれるような感覚に……存分に浸ることができてしまう。

 これは昨年、イッシュ中を巡って旅していた時と同様の感覚でした。新しい物を見るのが楽しい。知るのが楽しい。こういった感情はやはり、あたしにとって最大の原動力なのでしょうと実感できていますもの。

 

 その楽しさの環状線における ―― ひとまずのターミナル。

 明日からはとうとう、あたしがイッシュ代表として参加する、WCSの本戦が始まります。

 雨がしとしと、今日(こんにち)も降り続く夏の夜。

 大会への期待を胸に、あたしは本日も床に就くのでした。

 はい! はば、ぐっない!!

 




 各話の後書きを忘れていた(というか間違って消去していた)ので、後々思い付いたら足しておきます。
 キャラ紹介と補足くらいかなぁと思いますけどね。



・フウロ
 BW、BWともにフキヨセシティのジムリーダーを務める女性。専任はひこうタイプ。
 貨物機のパイロットで、切り札はスワンナ。
 やや日に焼けた肌から活発な印象を受けるし、実際その通り。ジム内の大砲の仕掛けをみるとあれな人にも見える。
 口調は凄い難しい。


・ボルトロス
 何回かボルボロスって書いた。多分、全部直した。

・幻の翼
 FRLGのモブトレーナー(とりつかい)の台詞より。
 他にこう呼んでいるキャラは多分いなかったはず。じゃあなぜそんな呼称を……?


・自然保護区
 BW2で初出。図鑑を埋めた後に許可が出て、フキヨセカーゴから出立できる場所。
 高レベル(だが別段珍しい訳でもない)なポケモン達が出現する森、野原。河川に囲まれた土地である。
 イベントらしいイベントはただひとつ。色違い(黒)のオノノクスを捕獲することができます。
 ハイリンク内というのは独自設定なのであしからず。




 R2/09/14
 今話まで実施していたアンケートへのご協力ありがとうございました。
 所感などについて活動報告に「活動他:~」のタイトルで書きましたので、それが気になったりする方や暇な方(暴言)はどうぞ。


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 β.noise ―― 20**/0*


 丑三つ時。


 ふわり。と。
 何時の間にか傍らに浮かんだ黒と白が、あたしの顔を見つめていた。





 

 息苦しさに目が覚め ―― 理解しています。

 あたしは今、起きて夢の中に居るのです。

 

 判ってからは早いもの。既に長い間、あたしはこの夢を見続けています。

 流れ昇る汚泥の滝。目まぐるしく降り落ちる年月と光景。

 嫌悪感と危機感と。それら真っ只中に立ち尽くし、ざあざあと覆い隠す雨粒のカーテンの向こうを、見逃すまいと睨みます。あたしはさながら、意地でも席を離れない観劇客。

 

 1996年。

 少年と少女は赤い帽子の少年が旅立ったのを見送って ―― 膝を折る。

 

 1997年。

 隣の、ジョウト地方に研究の場を移し。

 

 1998年。

 ひたすらに研究を発展させ。

 

 1999年。

 以前も見た光景だ。少年と少女が道を別つ。

 

 2000年。

 少年は妹と再びの邂逅を果たし。

 

 2001年。

 バトルフロンティアなる施設の後先 ―― それまでを見届け、少年は遠い諸国を巡り始める。

 

 2002年。

 何かを確かめるように、カロス地方を。

 

 2003年。

 何かから隠れるように、アローラ地方を。

 

 2004年。

 逃げるように、オーレを経由し、ガラル地方を。

 

 2005年。

 イッシュ地方の東側で、プラズマ団の事態の収拾にあたり。

 

 2006年。

 少女が、足りない部分を補うために動いたのを見届けて。

 

 2007年。

 あたしがプラズマ団相手に大立ち回りを繰り広げるその後ろで、彼は、実は手伝ってくれていたりして。

 

 

 ――

 ―――― そして、今日に至る。

 

 

 これらは、大変にイジワルなことに、彼の行動の仔細を教えてはくれません。

 ただ、結果だけが流れ込んでくるような感覚です。

 ただただ、彼が駆け抜けた年月が過ぎ去って行くような感覚です。

 

 ここはハイリンク。想いの、エネルギーの集積地。

 残された人やポケモン。誰かしらの感情をもとに。年月を経て劣化を繰り返した情報なのでしょう。

 致し方ありません。それでもこうして残っていると言うことは。大多数の人やポケモンらが今も忘れない、強く印象づけられている記憶という事でもありますが。

 

 この記憶が。

 たかがひとりの、少年の歴史が。

 

 来るべくしてここへ来た、と以前にあたしは推測していました。

 おそらくその勘は間違ってはいないのでしょう。

 誰よりもあたしは、あたしのためにここに居るのだと。そう思います。

 

 映像はどこまでも不鮮明。ノイズ混じりの砂嵐。

 しかしながら、ここまでの長さ見続けていた甲斐もあってか、映像は少しずつ最近の……多少なりとも鮮明なものへと変わってゆきます。

 

 2008年。

 カノワタウンを出て。時間が合わなかったのでスーパーシングルで時間を潰して。

 ―― そして出会う。

見知った、鏡でよく見る顔の、あたしと。

 

 追いかけて来た少年の歴史は、この人のもの。

 かつては少年だった。今のあたしよりも年下な、しかし大人びた少年。

 今は23才彼女なし、何でも屋 ―― ショウさん。つまりはそういう事でした。

 

 振り返ればひたすらに悪路なその道程を、吐き気をこらえて見届けます。

 ため込んだ息を思い切り吐き出し。身体をずり落として、あたしは劇場の天井を見上げました。

 

 頭上を覆い尽くして余りある、黒の雲。

 そのひとつひとつに少年が積み重ねてきた、ばらまいてきた(まばゆ)さがちらついて、星の河を成している。

 暗さに負けじと輝くも、陽や月ほどの明るさも持てずに、それでも、集まって。

 

 果てしない。果てしなさ過ぎる。

 どれだけを重ねて、どれだけを広く、どれだけをリピートすれば……これだけになるのだろう。これだけの輝きを放てるのだろう。これだけの熱量を持てるのだろう。

 

 果てしない時間の間、けれどその長さを忘れる程に、あたしはただただ眺めていました。

 彼のポケモンに曰く……少年にとっての悪夢にカテゴライズされる、きら星のような時間の数々を、無限に近い間。夢の中で。

 あいむ、すたーげいざー。……いや、ほんとなんですってば。

 

 そんなノリツッコミを入れた機会を見計らってか。

 黒い雲を足元で揺らめかせるポケモンが、あたしの感情(・・)を覗き込んでは言う(ふるわす)のです。

 

 彼は役目をここで果たした。

 この後の物語(じんせい)は、ぼろぼろのばらばらの薄氷だらけで、道の(てい)すらも成していない。

 

 側役を担っていた彼女も役目を果たした。

 彼女は歩くことを放棄し、なんとか未開の惑星に不時着をしてみせた。

 

 ずっと見て来た私や彼や彼女(たくさんのわたし)は、彼らを助けたいと思っている。

 せめて道を選ぶ権利を。歩きたい道を、選ぶことすら許されない彼に。

 そうなるため、少しでも可能性が高いのが ―― あたしなのだと。そう、言われました。

 

 恒星が回る。地平に居ないのに夜が明ける。

 あたしの足元に、最期(・・)の映像が浮かびます。

 天井は過去の星。そこを辿って下、足元。

 過去に連なった先 ―― 可能性の未来。

 

 星雲やら何やらがうにょんと浮かんだ、亀裂の入った空間の穴(・・・・)

 そこへ自ら吸い込まれて行く、ひとりの少年の姿が ―― 消えた。

 



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■15.WCSにて ― VS カロス、アローラ、ガラル

 

 

 ■15.

 

 

 

 さてはさてさて。

 ワールドチャンピオンシップス。特別編が、いよいよ開催なされます!

 要するに野球のあれににた客寄せの興行の大会な訳ですが……呼ばれた選手達は本当に実力者そのもの。

 

 カロス地方とガラル地方は、ポケモンバトルにも歴史のある地方です。

 リーグという形を取り、ショウさんの国の「現在のリーグの形」に近い方式を取っています。

 

 カロス地方からは、今年にチャンピオンとなったばかりの少女、セレナさん。

 とてもファッショナブルなお方で、登場の度に衣装と髪型が変わっております。

 なんと専属のファッションデザイナーがついているそうなのです。

 

 スゴいなー。流石はカロス地方! なんかいらぬやっかみ受けそうですね!(直球)

 ……ということをバトルの後に彼女に聞いたら。

 

 

「あははー……スポンサー契約でね、そういうことになってるんだ」

 

 

 と言われてしまいました野暮な突っ込みでごめんなさい!?

 あたし自身の反省が増えることとなりましたねほんとすいません。

 

 ポケモンバトル自体は、彼女はカロス地方の最大戦力。

 チャンピオン位は維持している、世界的な名優のカルネさん(あたしでも知っている)。

 そして四天王位のタイプ相性的に招集されたと思われるガンピさん。鎧重そう。

 この3人のメンバーな訳でしたが……。はい。

 

 

「やったねオノノクス! カルネさんにも勝てちゃったー!」

 

「ぐるぉーう!」

 

 

 ハイタッチどころか首根っこ掴んで騎乗してかちどきをあげるアイリス少女。

 そのままぴょんぴょんと跳ねて、鞍も手綱もないのに、身体能力たけぇ……。

 

 

「いい勝負でした。流石は最年少のチャンピオン。ありがとう! あなた、とても輝いていました!」

 

「こっちこそ、ありがとー! でした!」

 

「がーぅ」

 

 

 オノノクスが首を下げて、カルネさんと握手するアイリス。

 

 

「まぁさいねんしょーって言うの、ルリにはおよばないんだけどね。でもでも、イッシュではさいねんしょーだよ!」

 

「ふふ。その才能もまた、輝かしいものです。絶えず磨いて、また勝負をしましょう」

 

「うん!」

 

 

 礼がどうこうというよりは微笑ましいですね。本当にいい勝負でしたし。

 そう。

 アイリスさんがとても太い択を通しまくってくれたので、ガンピさんとカルネさんを2連勝。

 一番マルチにタイプを扱うあたしとセレナさんの対決を、辛くもあたしが勝利。

 カトレアさんを出さずしてのチーム勝利と相成ったのでした。

 

 ……実の所。あたし達にとってに有利な点は、イッシュ地方では「メガシンカ」が出来ないという点にもありまして。

 カロス地方の人達は、どうしてもそれを前提にポケモン達を育てざるを得ませんから。

 ショウさんとあたしでそれを加味した作戦を立てていた、というのも優勢勝利には貢献しているでしょうね。

 

 

「ふ、あ。……アタクシが出ても、出来ることは少なかった……かも知れないもの」

 

 

 ……実際の所、カトレアさんはかみ合いが悪そうでしたからねー。エスパーは。

 特にガンピさん。アイリスさん以外では誰しもが悪戦苦闘を強いられたのではないでしょうか。

 なのでひとり残しとはいえ、決して優勢すぎるバトルだとは思いませんでしたけどね。あたし!

 

 なのに振り返ってスポーツ紙を読んでみると、コメンテーターの方はなんかそういう風なことを話してくれてやがりましたね。

 見出しは大勝利とか煽り文句満々だったんで、SNSの方で上記の組み合わせについては喋っちゃいましたけど。

 

 

「とまれ、リーグ戦だから残りも頑張るよ。あなた達も頑張ってね! メイちゃん!」

 

「はっ、はい! お互い頑張りましょー!」

 

 

 最後に大将同士、セレナさんと握手を交わし。

 ……初戦勝利、と!

 

 

 

 

 

 続きましてはアローラ地方戦。

 

 ……いちおう、アローラにはリーグがこれから創設される予定と言うことで。アピールを含めての参加となったご様子。

 ただ、ここ相手は特に特に苦戦しました。後から話しますけども。

 

 参加選手は島の格闘ポケモン使いハラさん。

 世界的なプロゴルファーでもあるカヒリさん。

 そして。

 

 

「ねーね、あなたのセコンドの人、ショウでしょーっ!」

 

 

 試合終わってからすぐ控室に逃げたあたしを追ってきて、しかもめっちゃ話しかけてくる少女。アセロラちゃん!!

 そうなんですよねー。はい。あたし達イッシュガールズチームは、リーグのないアローラと大接戦を繰り広げたのです!

 

 ……というかね。言い訳ですらないんですが。アローラって、固有種がめちゃくちゃに多いんですって!?

 ポケモン対策というか。そういうのがし辛いのです。ただでさえワールドリーグへ未参加となると、固有のポケモン種への対応って遅れがちになりますし。そういう意味で、あたし専属セコンドのショウさんに知識実地共に経験を積ませて貰っておいて良かったと思います。

 因みにZ技は……使えなくもないみたいなんですが、一応の大会ルールで禁止されているので使えませんでした。

 

 試合自体は、ドラゴンのタイプ相性をみて先方を務めたアイリスさんが、なんとハラさんと引き分け。珍しい完全同着。

 カトレアさんがカヒリさんには勝利したものの、アセロラさんとは人的にもタイプ的にも相性が悪く、完敗(といえる内容)。

 あたしとアセロラさんの一進一退の接戦で、なんとか対策が取れてたかなぁ……という勝利だったのです。

 

 

「ねー! メイちゃんー! ショウのこと、教えてくれるー?」

 

 

 で。話しかけられている訳なのですが!

 ……あの。ショウさんはあたし専属のセコンドなので、この場はおろか会場にすら顔を見せていないんですよね……。

 

 

「な、なんで判るのでしょー……? あ、し、試合はありがとうございましたー……」

 

「うん、勝負ありがとう! すーごかったよ! あなたのポケモン! 『タイプ相性をそもそも見ない』っていう考え方は、新しいなぁって思った! でもああいう着眼点からして変えてしまう裏手って、アセロラが知ってる人だとショウが良く考える策なんだよ~!」

 

 

 そうなんですよね。メインウェポン、サブウェポンをガン無視した「中立的な択」という奴を無難に、HP管理がっつりしながら通したわけなんですよ、あたし。すっごい疲れたんですけども。

 ……でもそれだとショウさんの技術や知識を真似た、って解釈にしかならなくないですかね。なんでセコンドとか……。

 

 

「それよりショウだよショウ! あなたの近くに居るって、みんな(・・・)から聞いたんだけど。居ないの?」

 

「こ、ここにはいらっしゃいません~」

 

「そっかー。残念!」

 

 

 初対面なのでちょっと引き気味(ひとみしり)のあたしの前で、アセロラちゃんがゆらゆらと揺れます。

 みんなって誰でしょうね! ゴースト使いさんがおっしゃるみんなって!?

 

 

「ショウはね。アセロラが古代のプリンセスだって証明してくれた人なんだ。それに孤児院(エーテルハウス)の経営もアセロラと共同でやってるし」

 

「そ、そうなんですか」

 

 

 孤児院に縁とゆかりのある人なんですねぇ。ショウさん。

 ……いや、そういう所にこそプラズマ団とか。エーテル財団とか。そういうお金の回りそうな環境が出来るからこそ、突っ込んでいってるんですかね? 研究費用とかでかなーりヒモになっているみたいですし。

 とはいえ、つまりは。

 

 

「ショウさんに会いたくて参加を決めたと」

 

「そーだよー! 今回こんな大会に出たのは、会えるかな~って思ったからなんだよ~。ほんとはクチナシおじさんが出る予定だったんだけどねぇ。快く、譲ってもらったんだぁ!」

 

 

 笑顔で。口みてぇな栗じゃなくて。ずい、とした圧を感じます。

 ……いやお会いさせすることが出来なくてすいませんというかあたしがショウさんを奪った訳じゃないですしでも縛ってはいますけれども会場に来てないのはショウさん自身の選択ですし。

 ……。えーと。

 

 

「アセロラさんが会いたがってたー……って、つ、伝えておきますから……」

 

「ほんと! アセロラ、会えるまではイッシュに泊まるつもりだからねって言っておいてね!」

 

 

 だ、そうですよショウさん。

 うげぇという声が脳内に聞こえてきます。

 なんで会いたくないんでしょうね。彼女の側が離れなくなる予感はあるので気持ちはわかりますが。

 

 ……とにかく。2勝利目!

 

 

 

 

 

 

 3戦目。ガラル地方。

 リーグとして、興行としてのポケモンバトルの歴史がとても深い地方です。

 ただしリーグの形が「カントー式」ではなく、四天王と言う役職が存在しません。チャンピオン位はあるんですけどね。

 

 なので選手として出場なされたのは、現ランクが高い選手3名。

 常勝の王者、ダンデさん。

 フェアリー女史、ポプラさん。

 ドラゴンタレ目、キバナさん。

 以上の3名でした。

 

 感想。バランスが……バランスが良い……!

 あたし達のチームにアイリスちゃんが居ますように。専任タイプの組み合わせ、となると中々に困るもの。

 このガラル地方の3名は特にそれが良い塩梅な気がします。ドラゴンタイプの優勢とそれを止められるフェアリー。

 それに加えて、王者のダンデさんです。国内無敗なだけあって、素晴らしい戦績を誇っておられます。

 ……因みに付け加えておくと、流石に国外戦では完全無敗というわけではありません。その少ない敗戦を、あたしとショウさんで研究し尽くしてやったわけなんですけれどもね。うっへっへ。

 あとここもガラル特有の粒子が無いとダイマックスは出来ないため、そこは加味しなくて良くて、とっても助かりましたね。

 

 さては試合結果。

 

 

 キバナさん敗北 ― アイリス勝利。

 ここは同タイプを当てると決めていました。スピード差が顕著に出た戦いで、アイリスちゃんが勝利。

 

 

 アイリス敗北 ― ポプラ勝利。

 こうなりますよねー。これは仕様がない。タイプ相性というもの。

 

 

 ポプラ敗北 ― メイ勝利。

 

 痺れるバトルでございました。毒対策はされているものとして。弱点は突かれず、しかし毒をサブウェポンとして併用できる草タイプを活かさせてもらった形です。

 因みに。なんかバトルの途中で問答をされたんで、適当に答えていたんですが、あたし側にブーストかかったりしてよくわかりませんでした。

 ポプラさんに曰く。「ショウの輩みたいに如才ないくせドッキリ好きな答え方をする娘だね。優しい賢しさに混ぜ込められた、良い具合にショッキングなピンクだったよ」とのこと。

 ……? ……いや、ようわかりませんでしたが褒められたみたいなので胸は張っておきます勝ちましたし!

 で。

 

 

 メイ敗北 ― ダンデ勝利

 

 ダンデさんには勝てませんでしたすいません(土下埋まり)!

 メンバーを変更できないのでホントは搦め手を使いたかったんですが、高火力高スピードをひたすら上から押し付けられた形での不甲斐ない敗北となりました。

 切り札のリザードンとの相性も最悪でしたしね。タイプ的には。

 ただ、一応の引き出しは持たせまして……登場したりますは、我らがイッシュ地方の最終兵器!

 

 

 ダンデ敗北 ― カトレア勝利

 

 やーりました! やってくれましたよカトレアさんっっ!!

 世界ランク的にも大きめのジャイアントキリングです。これはまぁ、カトレアさんがワールドチャンピオンシリーズのポイントを国内のものしか取っていないからってのが大きいのですが……。

 兎に角。この勝利には会場も沸きに沸き、ネットニュースが大騒動。あたしも思わずカトレアさんのお胸に抱き着く事間違いなし!

 

「……アタクシ、チャンピオンには、負けないの」

 

 手のひらで額をぐいと押され、遠ざけられ。広げたあたしの両手が空を切ります……!

 アイリスちゃんとは普通に「やったね!」てハイタッチしてるので、あたしもそちらに切り替えて無難にハイタッチ。

 ダンデさんが此方に歩いてきて。カトレアさんと握手。

 

 

「久しぶりに負けたよ。悔しいな。……でも、これが海外大会の良い所だな!」

 

「ありがとうございました」

 

 

 手を放し、ふわりとお辞儀をするカトレアさん。

 ダンデさんは腕を組んで、笑顔で続けます。

 

 

「……けれどキミの戦い方ならば、負け筋は確かに見える。納得のできる敗北だった。良い戦術眼を持っているね、カトレアさんは」

 

「……。この眼は、師匠に嫌と言うホド鍛えられたもの……」

 

「師匠? こんなに強いキミにも師匠が居るのか! どんな人だい?」

 

 

 質問をぶつけられはじめたので、カトレアさんは視線を下に逸らして。

 「むなーぁ」と、ボールから出したムシャーナを腕に抱いて。撫でて。

 

 

「とても強い人、です。……きっと、アナタよりも」

 

「ほう?」

 

「ムーナーァ!」

 

 

 ムシャーナからも同意のような声を得て。

 特に気分を害した訳でもなく。むしろ興味がある、といったように目を見開くダンデさん。

 カトレアさんはあくまでマイペースに。

 

 

「……そういう人。『チャンピオンになるような人』を刺す(・・)ための。カウンターで勝つための作戦は。いつもいつも、いつも……アタクシ、頭の中でシュミレートしていたの……」

 

「ふむ」

 

「アナタは有名。公開された映像も、育てたポケモンの状態を見ることが出来る情報も、山程、ありますでしょ……」

 

「なるほどな。研究のたまものってやつか。俺ももっともっと、新しい戦法を身に着けていかなきゃってことだな」

 

「えぇ。アタクシに勝ちたいのなら。次は……もっと先の見えないような。星々をばらまくような。そんな戦い方を……よろしく、お願い」

 

 

 ふいと踵を返してしまうカトレアさんに、おうと元気に頷くダンデさん。

 これにてWCS初戦は、3戦3勝。

 ファーストグループは全勝で勝ち抜けることが、出来たのでした!

 

 

 

 

 

 

 

 ΘΘΘ

 

 

「―― はーぁ。いーいバトルでしたね! おふたかたっ!!」

 

 

 拳をぐっと握って、アイリスちゃんとカトレアさんに喜びを示すリーダーあたし。

 格好よくダンデさんに勝利して決められれば一番良かったのでしょうけれども、それは次の機会にとっておくとして!

 

 

「そーだねー。でも今回の大会はトーナメントじゃなくて総当たりだから。ここで3勝できたのはとっても大きいよね!」

 

 

 アイリスちゃんが付け加えてくださいます。

 ですね。今回のワールドチャンピオンシップスは特別編。

 ここからまた勝ち上がってきた3地方と戦って……次の中で総ポイントの多い2チームが、決勝として最後に1戦。そういう特殊なルールなのでした。

 

 プール自体はもっと多いんですけどね。初日3勝を決めた向かい側のトーナメントのチームは……うん。やはりのカントー地方。

 対応力の勝負になると、強いんですよねー。最古参め。

 

 

「ふあ……。でも、まずは次のプールのお相手。注目、しておきましょ」

 

 

 仰る通り。

 次にあたし達が迷い込むプールは、というと。

 

 シンオウ地方。

 ジョウト地方。

 ホウエン地方。

 

 ……ワーオ!

 なんて、イッシュリアクションしちゃうくらいには固まりやがってますね!

 カントーを有する国ばっかりだぁ……という呆れと言うか。組み合わせの妙と言うか。そういうのは感じますけれども。

 

 

「でも逆に言えば、また対策は立てやすそうな相手ですよね」

 

「エェ、そうね」

 

「そうだねー。アローラは怖かったー!」

 

 

 そういう意味でも、こちらには頼もしいお味方がいらっしゃいますからね。ショウさんという!

 ……などと。連絡してみるとですね!

 

 

『―― あー、ちょっと全面的には協力できないかもな』

 

「えぇー!」

 

 

 再びの抗議の声、あたし!

 お金を払ってるんですけどね、こちとらぁ!

 ……すいませんお金には困ってないって知ってますけれども。

 

 

『いや明日にはそっち向かうよ。ただ、ポケモンを全部連れてくのは無理そうだぞって話だ』

 

「ほー。それはなぜ?」

 

『単純に、数が多すぎる。3桁は持ち歩くのは管理できん。日付もないしな』

 

 

 そりゃあそうだ!

 だってショウさんの生まれの国の地方ばっかりですものね。対策のためだ、って言い出したらキリがないくらいには、捕獲を済ませて育成もしていらっしゃるのでしょう。

 でも、ある程度は見繕って手伝ってくれると。

 

 

『ちょっとばかし向こうの事件で調べたいところも出て来たしな。ワンダーブリッジの創設関連で。今日動けないのはそれのせい』

 

「ほえー。あたしが生まれる前の事件でしたっけ、ワンダーブリッジのは」

 

 

 こないだ、雨の日、ニュースで見たのでちょっとだけ記憶に残っています。

 火山・リバースマウンテン周りと……工程と。使われるお金の出所に関する、面倒なごたごただったらしいですね。

 

 

『そーそ。まぁそっちは大会には関係ないから気にすんな。……てーわけで、だ。俺もそっちに行くぞ ―― カトレア、アイリス』

 

 

 感慨を込めた声で、ショウさんは……あたしの背後へ話しかけます。

 

 

「ほんとー! やった! バトルしよーね!」

 

 

 アイリスさんの返答には「おう、するぞー。嫌ってほどするぞ覚悟しておけ」「うげぇ」とかいうやり取りが続いて。

 

 

「……」

 

 

 無言のカトレアさんには、もうちょっとだけ優しく。

 

 

『いっぱい世話になったのに、心配かけて悪かったな。カトレア』

 

「……。いいえ……いいえ。お世話になったのは、むしろ、アタクシで……」

 

『そっか。ならどっちもどっちって言う事でどうかひとつ。……チャンピオンシップスに関しては全力でサポートするから、またよろしくな!』

 

「はい。……はい!」

 

 

 そうと良い感じのやり取りで、しめてくれたのでした。

 うーん。エモい。尊い。

 ……ちょっとだけ、嫉妬(もやっと)もあるのは内緒です!

 







・アローラ
 ここだけまだリーグとしては成り立っていないという。
 ただまぁ島めぐりとかは歴史もありますし、こういう大会に参加する分には積極的という感じです。
 イッシュとは、お国の大元が……だったりしますしね。


・ダンデさん
 まぁちょっとタイムリー……なのでしょうか?
 今作の中では国際大会では負けることもある。でも勝率はすごいいいよ!なお人です。
 カトレアさんのチャンピオンカウンターが発動しました。チャンピオン位絶対倒すマン。


・カルネさん
 ある意味こちらもタイムリー(上記と合わせて
 とはいっても相手の地方決めたの、BW編を組んだ時だので……もう数年前ですからねぇ。
 そもそも私、そういうのは気にしないで出す人は出しますし。

 ダイマックスとかZ技はなんとかなりますが、正直メガシンカはパーティにおける占有率というか。そういうのが高い印象を受けます。持ち物固定とか、強化比率がポケモンによってかなり違ったりするところもそうですね。

 ……それだけに、好きな機能なんですけどねぇ。

 石は咲くし。
 ニャオハは……こうなってくるとどっちでも楽しみな自分がいる……(笑


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□16.WCSにて ― VS シンオウ、ホウエン、ジョウト

 

 □16.

 

 

 ワールドチャンピオンシップス2日目が開催の日を迎えます。

 休憩(という名のファンサ期間)が挟まれましたが、ステージイベントやらをこなして。夜にはチーム全員でショウさんから対策を伝授してもらえたため、よい塩梅であると言えるでしょう!

 

 何分、本日のお相手は全てショウさんが在籍するお国の地方。歴史も強さもそれなり以上のものを持っている筈なのです。

 油断はせず。準備は万端に。そういう気概でもって、挑むべきお相手方々でありましょう。

 

 

「それでは試合、よろしくお願いしますね!」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします ―― シロナさん!」

 

 

 先鋒。あたしことメイに相対したりますは、シンオウ地方で最も長くチャンピオン位を保持している……シロナさん!

 シンオウはカントーの北方に位置する、リーグとしての歴史も長めな地方。チャンピオン位は複数人おりますが、国際大会での成績では眼前のシロナさん、あとはコウキさんという青年が好成績を収めています。

 今回はネームバリュー……というか、コウキさんの側はワールドリーグにはあまり積極的ではないため、この配員となったのでしょう。彼と仲の良いジュンさんという方が新たなバトルフロンティアの創設に動いているとのことで、そちらに力を割いているようですし。

 ちなみにジュンさんも、数年前にジョウトとホウエンで開かれたバトルフロンティアにてかなりの好成績を収めたことで有名だったりしますね。バトルタワーでの親子対決は、動画サイトですっごい再生回数だったりしますもの。

 

 

「ふふっ、そうね。コウキ君たちなら、きっと新しいバトルフロンティアも盛り上げてくれると思うわ」

 

「ですねー。……あっ、でも、シロナさんがその分ワールドリーグで暴れていますもんね! 今年は!」

 

 

 そう。今年のシロナさんのワールドリーグにおける戦績は実に華々しいもの。

 他リーグのとの競り合いに勝ち越し、上位に食い込む……だけでなく。暫定トップを争っていたりするんです!

 

 

「知ってくれているのね。ありがたいことだわ。メイちゃんは……苦労しているみたいね?」

 

「あたしはどうにもこうにも、海外のポケモン達に苦労してきたところですからねー……。年始の5期には追い込みで参加権を得ることはできましたけど……」

 

「ふふふ。そこは経験あるのみよ。今回の大会を見る限り、対策も進めているみたいだし……ね」

 

「わかっちゃいますか。ご慧眼で」

 

 

 この少なめな試合数だけでそこを見破られるとは、恐るべし。

 まぁ、初戦のプールでの動きも変えていましたからね。そんなこんなで、シロナさんとも初対面や初対決という訳でもないですし。

 

 

「それじゃあ始めましょうか。……良い試合を」

 

「はい! あらためて、よろしくお願いしますっ!」

 

 

 互いに握手。離れて、トレーナーボックスに入場。

 道具投擲ツールの確認。データーチェッカーの起動。バトルステージ変化は……荒れ野。

 観客の歓声。カウントダウン。モンスターボール(費用対効果統一)を構えて。

 

 ……バトル、開始ですっ!

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 えー、それでは。

 WCS2日目の結果を、振り返り形式で発表させていただきます(粛々)。

 

 初戦、我らイッシュVSシンオウ。

 

 

 メイ勝利 ― シロナ敗北

 

 メイ敗北 ― ヒカリ勝利

 

 カトレア勝利 ― ヒカリ敗北

 

 カトレア勝利 ― ゴヨウ敗北

 

 

 はい。

 3勝1敗。アイリスさんを出さずしての勝利と相成りました!

 

 そうなんですよね。コウキさんジュンさんは居なくても、彼らと同世代の強トレーナーは沢山いらっしゃいまして。

 あたしがシロナさんに久しぶりに勝ったぜやったー!している内にあっさり敗北してしまった、ヒカリさん。彼女もまたお強いトレーナーなのですよね……!

 彼女と友人のマイさんは、最近ワールドリーグにもちょくちょく参戦を始めたトレーナー。研究職らしいですが、その実践の場として(よりにもよって)ワールドリーグを選んだらしいのですよね。なんだその選択。おっそろしい。

 

 カトレアさんがヒカリさん、および同エスパー対決となったゴヨウさんとのバトルに連勝してくださいましたので、事なきを得ましたが……ううん。

 ゴヨウさんとアイリスさんとのバトルの性格指標的な相性は、とても悪かったように思います。真っ直ぐですからね、アイリスさん達のポケモンバトル。そのスピード感に圧倒、翻弄されない相手では、どうにも不穏な空気が漂いますから。

 ここは先日夜のコーチングでやる気マシマシに、そのままの勢いで対決を制してくださったカトレアさんに感謝をささげておくことにしましょう。かくあれかし。

 

 

 次戦。イッシュVSホウエン。

 

 メイ勝利 ― ダイゴ敗北。

 

 メイ勝利 ― ハルカ敗北。

 

 メイ勝利 ― ミクリ敗北。

 

 

 やった……! やってやりましたぜ……!

 破竹の3連勝。汚名は挽回せず(すす)ぐ所存なのです!

 

 とはいえ、ダイゴさんとミクリさんは対戦経験あり。勝率も元々悪くはありませんでした。

 初戦プールの相手とは違って、殊更に特別な……ダイマックスやZ技などの要素がない地方からのご出演。メガシンカはできないのでご割愛。なので、ホウエン固有の種を多く扱ってくる地方最高位チャンピオンのハルカさんへの対策が最も重要視される組み合わせなので。

 そのハルカさんですが。プール終了後に会話をした、させて頂きましたところ。

 

 

『あっちゃー……やられちゃったなぁ。やっぱりデジタルリーグでの調整だと、勘が鈍っちゃう感じがするなぁ』

 

 

 とのこと。

 どうやらWCS前の調整にデジタルリーグ……通信バトルリーグを利用なさっていたようで。その感触にあまり良いものを持っていないようでした。

 あたしは実戦派なので、トレインを選んだところ。気持ちはわからないでもないですが……そんなに違うものなんです?

 

 

『個人的にはねー。ラグもあるとこはあるし、空間調整されてるゾーンは、やっぱりこう……肌触りが違うというか? そんな感じがするんだよね』

 

 

 なんとも感覚派なご意見をいただきました。

 あたしとしては他地方のポケモンとのバトルが出来るという部分に着目しているので、そこまで気にはならないのですけれども。ハルカさんからしてみれば、そういう感じなご様子。

 確かにハルカさんは野生の感と言うか、そういうポケモンとの親和性の高い(としか言いようのない)バトルがお得意だとは聞いていますね。

 

 

『メイちゃんと一緒に、わたしも年始のリーグには参加できるし、それまではユウキ君と実践中心のトレーニングにしよっかなぁ』

 

 

 ユウキ君。

 ……御彼氏でしょうか(戒め。

 

 

『えへへー。そだよ! 博士の助手をしてるんだけどねー、ポケモンバトルも最近強くなってくれててねー……』

 

 

 以下、惚気(のろけ)のため省略! お熱いようで頼もしい限りでございます。はいはい。

 ……にしても、研究職の方にトレーナーのサブに入ってもらうのが昨今の流行なのでしょうか。確かに知識面から入るのは理にかなっていたりしますし。シロナさんに至っては別ルートではありますがご本人が研究者ですからね。

 あたしも例外ではないので、深くは突っ込まず。セコンドのショウさんの知識と保有ポケモンの幅広さには大変にお世話になっております。ご挨拶。

 

 それでは大会結果の続き。

 ここで勝つことが出来れば、プール勝ち抜けを決定させられる闘いとなりました。

 

 

 3戦目。イッシュVSジョウト。

 

 アイリス敗北 ― クリス勝利

 

 カトレア勝利 ― クリス敗北

 

 カトレア敗北 ― ミカン勝利

 

 メイ勝利   ― ミカン敗北

 

 メイ勝利   ― ワタル敗北

 

 

 ……っぷはぁ! 大将戦の重圧がすんごかったですっっっ!!

 先鋒うきうきで出て行ったアイリスさんが半泣き。次鋒カトレアさんが粘りの1勝。

 あたしにおきましては、ただでさえ重厚だったミカンさんとの対戦の後、竜の里(フスベ)に帰属したドラゴンポケモントレーナーの先駆者、ワタルさんとの一進一退の攻防を繰り広げる羽目になってしまして御覧のあり様。

 いえ。勝てたのですけれどね。なんというか、満足感が有り余ると言いますか。

 とはいえワタルさんについては今更でもある大御所。特筆すべきは、クリスさんとミカンさんでありましょう。

 

 クリスさん。現在のジョウト地方チャンピオン位の中では最年少。彼女がチャンピオンとなった当時、ロケット団というお騒がせ集団の「ラジオ塔占拠事件」を解決していたという事で、一躍有名となったお人です。

 ワールドリーグのご活躍は、現在は中堅どころ。彼女自身は「自然保護区」に入るために各種資格を揃えたという、探検家、捕獲家、ブリーダーとしても実績のあるお方でして。どうしてもバトルの側よりもそちらに比重を割いてしまう……と、以前にご本人から聞いたことがあります。

 

 

『うん。今回はウツギ博士からの推薦で参加させてもらったんだよ。いろんなポケモンバトルを直に見てみたくってね』

 

 

 そういう目的なのであれば、プール総当たりと言う今回の大会の形式はとても当て嵌まるものでしょう。

 あたしがそう返すと、彼女は水色のおさげをぴょこぴょこと揺らして。

 

 

『そうそう! だから、とっても刺激になったなぁって思うよ。こっちは年始のワールドリーグにはポイント足りなかったから、メイちゃんのことは応援してるね!』

 

 

 ああ、光のポケモントレーナーだぁ(目を逸らす。

 とまぁ。クリスさんについてはWCSを満喫されているようでした。

 ではミカンさんはというと。

 

 

『……ふぅ。負けちゃいました』

 

 

 バトル終了直後。深ぁく溜息を吐いて、彼女は空を見上げます。

 彼女が着るとようく似合う白のワンピースの裾を揺らして、こちらに寄ってきて握手。

 

 

『……最近、また座学に力を入れているんですが。メイちゃんにはかないませんでしたね』

 

 

 そう。ミカンさんもまた、ワールドリーグに参戦しているお方。

 ジムリーダー出身。四天王経験あり。そういう経歴を引っ提げて来た彼女とは、あたしも何度も対面させていただいた覚えがあります。

 

 

『エリートトレーナーの資格も最近(・・)取らせていただいたので、もうちょっと知識をつけたいなぁ……』

 

 

 ただでさえ硬い固い堅い立ち回りが売りの彼女。ジョウト、カントーにおいて、知識は特に生かせる部分となるでしょう。

 ……というか、そちらの地方におけるエリートトレーナーは結構メジャーな職業なので。その資格を後から取ったとなると、彼女のますますのご活躍に期待するというかなんというか!

 

 

 さてさて、これに2日目の試合が全終了。

 あたしたちイッシュガールズ代表(チーム)は文句なしの全勝で、決勝リーグに進むことと相成りました!

 やったぜ。どんどんパフパフ。そういう擬音が、頭の中で鳴り響くくらいには、嬉しい限り!

 

 というわけで、ガールズチームも解散解散!

 帰り道。決勝リーグまではやや日時が空くので、あたしも調整とかを挟もうかなーと、手元で連絡を取っていましたところ。

 

 

「やったねメイちゃん! 決勝進出おめでとう!!」

 

 

 サンバイザー。同年代。トレインフレンズ。

 ライモンシティで別れたあの日ぶりの、キョウヘイ君のご登場でありました。

 

 

「おお、見てくれていたんですねー」

 

「そりゃあね。ポケモンバトルに関する一大イベントなんだし。せっかくイッシュで開催されているんだからさ、見たいと思うよ」

 

 

 開幕バトルジャンキー……とまではいえないまでも片鱗程度は見せてくれる台詞を吐きまして。キョウヘイ君と笑い合います。

 そして。ついでに。

 

 

「で……そちらが例の彼女さんでしょうか?」

 

「そうだね。紹介するよ……ルリちゃん」

 

「はい。その……初めまして」

 

 

 キョウヘイ君の後ろから出て来まして、ペコリ。

 可愛らしい桃色の髪を揺らしてお辞儀をしてくれますは、彼の彼女。どうやらルリと言う名前……というのは、ライモンシティでも聞いたところなので存じ上げておりましたが!

 ……ううん。それにしても、ルリさん。

 

 

「あの、あたしとどこかでお会いしました? いえナンパとかではないんですけど」

 

「うーん……まぁ、メイちゃんになら伝えてもいいんじゃないかな。ね、ルリちゃん?」

 

「そう……かな。あの、メイさん……こうです。こう」

 

 

 ルリさんは帽子を外し、髪をまとめて後頭部よりのワンテールに括ってみせる。

 前髪を掌であげて、少しだけ表情を快活気味に。……おお、もしや。

 

 

「ああっ、ルッコちゃんだー!?」

 

「声が大きいよメイちゃん!?」

 

「あはは……。ま、周りは誰もいないので平気だよキョウヘイ君。……その、ご無沙汰です。テレビで共演して以来でしょうか」

 

 

 ルッコちゃん! イッシュでタレント寄りのアイドル活動をしている女の子で、あたしとも何度か共演したことがあります。

 あたしはまぁ、アイドルではなくリーグとしての広告塔の役割なのですけれどね。その割にはバラエティ寄りの仕事ばっかり振られるのはなんともかんとも。国際警察といい、あたしにばっかりこういう役割を振ってくるのはどうなのでしょう。報酬がとても良いので割にはあっているのですけれども!!

 

 

「アイドルを彼女にするとか……やりますね、キョウヘイ君」

 

「それほどでも」

 

「じ、自慢されるのは嬉しい……かな。だけどばれると困るので秘密にしてくださいね、メイさん」

 

「はい! それは勿論!」

 

 

 満面の笑みでそう返しておきます。

 ……彼女さんのご尊顔も拝見させていただいたことですし、トレインにキョウヘイ君を誘いやすくなったなーみたいなことは全然考えていませんよ、ええ!

 

 

「決勝も観客席に応援しに来るから、頑張ってね、メイちゃん」

 

「ひとをデートのダシに使うな~?」

 

「あはは……。ですが、メイさんのバトルを見るのは此方から誘ったんですよ」

 

 

 あら意外。

 とはいえまぁ、このふたりの馴れ初めを実際時間で横から眺めていたあたしとしましては、彼女の積極性も知っています。告白もアタックもルリさんの側からなんですよね、なんと。

 

 

「バトル、お好きなんですか? ……そういえば番組の方でそういう話題を耳にしたような気も、無きにしも非ず」

 

「うん。大好きです」

 

 

 彼女はそういうと、思い出すように胸元で掌を、指を組んで。

 

 

「おんなじ名前のチャンピオンさんが居たんです。わたしが小さなころに」

 

「僕も知っているよ。カントーの旧チャンピオン筆頭だよね? 最年少の……」

 

「うん、そうだよ」

 

 

 キョウヘイ君に向けてわざわざ振り向いて、顔を合わせ。ほほ笑む姿がとても可愛らしいですね、ルリさん。

 ……とはいえ、名前を聞いて考えることはどうやら同じなご様子でした。

 

 ルリ。

 今尚最年少のリーグチャンピオン記録を保持している。

 しかし、今は籍をどこにも置いていない……姿も続報もないポケモントレーナーの名前です。

 

 各国各地方でのリーグの仕組みが異なるため、一概には比べることは出来ないのですが。みんな大好きポケモントレーナー最強議論となると、必ずと言っていいほど名前の挙がるトレーナーのひとりです。

 彼女がチャンピオン位を取ったのは、あたしらが生まれて少しの頃のお話。これは覆すことがほとんど適わないだろうと言われている記録でもあります。何故なら彼女がリーグに参戦したのが9才という、ポケモントレーナーの資格を取ることが出来ない時期の出来事だからです。

 

 

「かなーり特例での参戦だったんですよね。いちおう動画として残っているバトルの記録はありますが……任期中の挑戦者もいなかったせいで、招待制の世界戦でトップを1回取ったのが最長の動画記録でしたっけ」

 

「そうだね。ミュウっていう珍しいポケモンを使っていて、今のリーグには参戦出来ないんだったかな。そうでなくてもチャンピオン筆頭から降板した後は、メディア露出もリーグ参戦もしていないからどうなったのか判らないんだけど」

 

「……でも、すっごい強かった」

 

 

 あたしとキョウヘイ君の、最強議論している側の立場っぽい会話を置いといて。

 ルリさんが、ほうと思い出しては息を吐く。

 

 

「なんだろう。あの頃のポケモンバトルに、トレーナーの強さっていう側面を見せてくれた……っていうのが当て嵌まる……かな。だから、わたしが大好きなトレーナーなんです。それは、今でも」

 

 

 確かに。あの頃の ―― 「技名のサイン指示」や「指示の先出し」といった、今の公式リーグでは仕様統一のために禁止されている(・・・・・・・)、トレーナーとしての技術が際立っていた感はあります。

 だからこそ個人としての印象が、人々の中に強く残っていて。彼女と言うポケモントレーナーを好んでいる方が多いのでしょう。

 彼女監修のネームドランニングシューズが販売されたということもありましたね。それだけ民衆に浸透していた名前、ということなのでしょう。当のランニングシューズ「メタモルペインタ」は、メモリの自由度が高すぎてカスタマイズの知識が必要なのに、お値段も高すぎたというオチがあったりするのですけれども。

 

 

「彼女に、わたし、とっても勇気をもらったんです。だからポケモンバトルも、今でも好きなんですよ。……。キョウヘイ君と違って、見る方専門なんですけど」

 

「そういう訳だからさ。素直にメイちゃんの活躍を楽しみにさせてよ」

 

 

 むう。そうまで言われてしまっては、素直に応援させてあげましょう。

 ……なんだかあたしが捻くれているみたいに聞こえますけれども……!

 

 

「それじゃあね、メイちゃん」

 

「応援しています……!」

 

 

 なんともお似合いなごカップルは、最後にそう言って手を振りながら退場していったのでした。

 実際、応援されているというのは悪い気分ではありませんからね。ありがたいことです。それはそれとして、友人からの応援はそれはそれで緊張の種ではありますけれども。

 こちらも手を振り返して。振って、振って。その姿が見えなくなって。

 

 

「……はー」

 

 

 あたしの定位置、会場の隅。息を吐きながら、手元で同日に繰り広げられていた相手側のトーナメント表を見返します。

 競り上がってきたのはご想像の通り、カントー地方。

 あたしたちと同様の、全勝での決勝進出でした。

 

 対策は練りたく思います。

 ただ、前述した通りにやや空いた日付もありますし……どうやら決勝戦の演出と広告に使われる日程のようなのですが、そこは運営側に任せておいて。

 

 合流することにしましょうかね、ショウさんと。

 どうやらあちらの調査の進捗もあったようですし。

 

 

「んー……頑張りますかぁ!」

 

 

 大会は大会で楽しみなので。その楽しさに、後顧の憂いを残さないで挑むために。

 国際警察としても、頑張っておきますか!!

 とか。気合を入れて、まずはショウさんとの合流に向かうのでした。

 

 







 お久しぶりの更新。あんまり見直してないけどここで更新しないとなという心持ちで投稿しておきます。
 ちなみに今話か前のノイズあたりから、ちょっとずつ、このBW編がどういう意図で書かれているのかが判る方もいるのではないかなーと思います。



・シンオウ地方

 人選はちょっと変則的。ただしシロナさん以外。
 ヒカリさんは作中解説の通り。主人公はコウキ君。つまり……?

 ちなみに私設定の中では、アルミアはここの片隅に置かれている設定となっています。


・ホウエン地方

 人選はちょっと意図的。ふたり同時に出しているあたり。
 私はポケモンの公式二次とかからの影響をちょっとずつ取り込むきらいがありまして。ハルカさんが主人公に選ばれたのは、ポケスペとかのバトルよりの印象からだったりします。特に他の意図はありませんという。
 ポケスペは次項のクリスさんにもちょっと影響していますね。多大だぁ。


・ジョウト地方

 人選はかなり作為的。
 主人公がクリスさん。ミカンさんはエリトレ資格を取ったばかり。
 そういうことです。


・ルリちゃん

 この名前で出したのは私のが先なんですよ(何度目かの言い訳。
 まぁ被ってしまったからには利用させてもらいましょうと言う次第。日本名で花弁の青い植物を表すときにようく使われる色名です。瑠璃。
 こちら自体はBW2、男主人公のライブキャスター落とし物連続イベントより。あの一瞬の為だけにルッコさんのバストアップが造られたのかと思うと凄まじい気合だなあと言う感想がまろびでる。
 こういうアイドル像はルチアさんに引き継がれたような気がしないでもない。

 テンマ君は……?(出さない。


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■17.ブラックシティにて ― 次元とはなんぞや

 

 ■17.

 

 

 と言うわけで、WCSへの対策込みで。あたしことメイはショウさんの元へ向かいます。

 決勝がカントーということで対策も何も、映像記録が沢山残っている方々ばかりが相手。これは策の練りようがあるぞう、と意気込んでいたのも束の間。

 

 

「―― あー、なるほどな。どうやらあっちも、動き始めたみたいだぞー」

 

 

 準決勝の翌日。

 実はあれからずっと借りていたホワイトフォレストのコテージ。すっかり対策のための資料で一杯になった部屋の中。

 あたしとふたりきりでカントー勢のスコア研究をしていましたショウさんが、立ち上がって首を鳴らします。

 

 

「動き始めた、と言いますと?」

 

「復唱ならびに確認をありがとうな、メイ。……今ハンサムさんとトウヤから連絡が来てな。観察対象が見つかった、というか……足跡を見せたみたいだ」

 

「おー、ゲーチスさんでしょうか!」

 

「そうな。……さーて、と」

 

 

 資料の山を(片付けるわけでは無く)奥に押しやりながら、ショウさんはポケモンボックス管理のためのパソコンの前へ。

 ふぃーんと心地よい起動音。スクリーンにOS名が浮かび上がって、立ち上がるまでの間……こちらを振り向きまして。

 

 

「メイも来るか?」

 

 

 などと、当たり前のことをお尋ねに。

 ……いや何を言ってるんですか。当然でしょう。

 

 

「ゆきますよ! そりゃあまぁ、あたしではショウさんの相棒としては心許ないかも知れませんけれども。あのお方ことゲーチスさんとの決着は、あたし自身、他の方だけに任せておきたくはありませんから!」

 

 

 拳をぐっとやる気をアピール! あたしの笑顔と合わせてアピールコンボで審査員(ショウさん)にハートが8つ!! 調子に乗りましたごめんなさいっっ!!!

 などと。先にこちらの理由と思惑も突きつけておきまして。ショウさんは呆れたように肩を竦め……でも、笑って下さいました。

 

 

「愚問だったか。まぁそりゃあ因縁の相手ではあるからな、ゲーチスさん」

 

「はい! ……それはまぁ、あたしのWCSの調整を気遣ってくださるのは、ありがたいというか嬉しいですけれどね?」

 

 

 先手の先手(ゆうせんど+2)をうって、ショウさんの考えていたであろうことを牽制。

 ふふん、どうです? これだけお付き合いしていれば(ぼっちではない)あたしでも、思考原理くらいは判っちゃうんですからねーと……胸を張っておいて。

 

 

「そこまで判ってるならお願いするかー。戦力は普通にありがたい。でも2日なんだろ? 調整期間」

 

「そうみたいですねー」

 

「決勝まで間を空けないのは大会としちゃあ普通だけど、カントー組だって大会費用で宿泊させてる。なんともまぁ、宣伝に力を入れてるなぁと」

 

 

 そうなんです。わざわざ決勝戦まで日程を空けた理由が、宣伝のため……だったりするんですよこれが。

 宣伝というとあれですが、要は移動のための期間。最終試合を別の……ライモンシティのスタジアムで行うことになっているのです。この地方、広いですからねぇ。国だともっと広いですし。

 しかもしかも、全チームに取材班をつけやがったらしいんですよねWCS運営さん。そのために日程を増やしたりだとか、わざわざ宿泊滞在費まで付けるという回し様。

 ……あれなんですかね。興行の方に力を入れているというか。もっと直接的に言えば、カロス地方やガラル地方と張り合っているというか。

 

 

「今更だけどな。そもそも主流のリーグの形式がイッシュは違うんだからーってのは思うが……あっちの客を引き込むことは可能か。ガラルなんかは特に、別基軸の競技シーンを宣伝するにはうってつけでもあるし」

 

「やっぱりそうなんですねぇ……。うう。こっちのリーグ運営さんはやることなすこと、規模が大きくて……」

 

 

 そのせいで大会の日程を今までの通例とは違う変な感じにしているので、選手側としては微妙な気持ちではあります! はい!

 最初から決まっていたこととは言え、ですね。

 

 

「とはいえ今回はそれも、ありがたく利用させて貰いましょう! そもそも決勝戦に後顧の憂いを持ち込む必要がなくなるのは、あたしにとってはメリットでもあります!」

 

「あー、なるほど。ぐだぐだ考えながらバトルすんのは確かに面倒だ。……それじゃあイッシュチャンピオンのご協力も頂きまして。いよいよ腰を上げるか、ゲーチスさんとのご対面に向けて」

 

 

 やる気満々なあたしを見たショウさんが笑って、手元で再度の連絡。

 あたしのCギアにもハンサムさんから、正式な指令として連絡が届きまして。確認。

 

 

「追い込み猟みたいな形になるな。まずはブラックシティ。こっちの姿をわざと見せて、ゲーチスさん達が移動をしたのを確認して、追い立てる。周辺はかなり包囲網はってるから、その先で策に嵌まってくれればいよいよだ」

 

「なるほど。……でもゲーチスさんが罠とかにかかってくれるんでしょうか。すっごい用意周到なイメージが、あたし勝手にあるんですけど」

 

「捜査範囲とか国際警察のやる気、ゲーチスさん側の手札の少なさ的に、もう罠というか。そもそも現状況からして、壁とか行き止まりに追い詰めてるようなものだからなー。……つーか、そうなるように仕掛けるだけの時間はもらったんで。ブラックシティに逗留してくれたおかげで、こっちからも色々と細工が出来たんだよ」

 

 

 あぁ。ちょっと悪い顔してますね、ショウさん!

 お金さえあれば何でも出来るって言ってましたものねー。タイムイズマネー!!

 

 ……。

 ……ううん。

 あたしの脳裏によぎります、一抹の不安。

 

 

「……うまくいきますかね?」

 

「さあ? 俺としてもゲーチスさんがどうやって何をしようとしてるかに、あんまに想像がつかないもんで」

 

「やっぱりそうですよね」

 

 

 えぇ。現状、ゲーチスさんが不利過ぎる(・・・・・)んですよね。

 あのゲーチスさんがこうも容易く追い詰められてくれるものでしょうか……というか。でもでも、あたしが追い詰めた時のゲーチスさんは結構、焦ったりなんだりしていたしあるっちゃあるのかなぁ……というか。

 

 

「いずれにせよ、準備が終わったらすぐに発つ予定だな。メイも来るんなら、準備しといてくれるとありがたいぞーっと」

 

「はい! 了解しましたー!」

 

 

 あたしはショウさんに向けてびしっと敬礼とかをかましておいて(別に上司とかではないんですけれども)。自室に戻ると、手持ちのポケモン達をバッグの中とか(・・)にささっと整列。道具を登録してあるマイセットの「全のせ」に合わせて自動整理。

 靴だけ外向けの頑丈なヤツに履き替えまして……ヨシ!

 

 

「お待たせしました! それじゃあ向かいましょう!」

 

「おっけ。ハンサムさんはもう現地に居るから、合流してそのまま突入だな。んでは目的地 ―― 黒の摩天楼!!」

 

 

 

 

 ΘΘΘΘΘΘ

 

 

 

 

 黒の摩天楼。

 ブラックシティの実質的な中心部に建てられている、「バトル施設として活用されている何某(なにがし)か」です。

 

 ええ……面倒ですよねっ! あたしもそう思いますっっ!!

 ですがこの施設をバトル施設と素直に呼ぶことははばかられるんですよね、個人的には。

 

 ……そんなことを言いながらも、あたしはウィンディでもってフルアタック!!

 

 

「ウィンディ、奥行き……『インファイト』!!」

 

「う゛るる、ォォーフッ!」

 

「ヒョォオッ……!!」

 

「早いっ……!?」

 

 

 ワラキアさんの持つ高レベルのフリーザーに向けて、詰めていた距離を活かしてインファイトの『インファイト』。

 ウィンディであればわざわざ構え直して炎を吐くよりも、こっちのが早いのでっ!!

 

 

「フリィ……」

 

「……戻りなさい、フリーザー。こちらの敗北。良い勝負だった、久し振りにね」

 

 

 どこまでも高貴というか高潔に、ワラキアさん。

 ボールへフリーザーを戻して、外側をつるりと撫でて、こちらへ歩み寄ってくださいます。

 

 

「流石はチャンピオン、といったところかしら」

 

「いえいえ、こちらこそです! ……ワラキアさんもワタリさんも、ご高名は存じ上げていますのでっ」

 

 

 白の樹洞で最奥トレーナーをお務めされているワタリさん……そしてこのワラキアさんは、かつてのリーグでご活躍なさったハイレベルトレーナーなのですね。

 あたしはスコアや映像で見知っていましたが、えぇ。特段エリートトレーナーとして活動をなさっている訳でも無し。四天王などを務めた訳でも無し。世間における知名度というのは、低いのも知っては居るのですが。

 

 

「えーと、そんなにびっくりされなくても」

 

「ふふふ。いえ、あの男……ワタリもですし。わたくしも、身を隠してこの財団(・・)に籍を置いている立場ですもの。それを知っているというのは、嬉しいと言うよりも、少しばかり危機感を覚えるくらいです」

 

 

 なるほど。財団と。

 というかそれって隠したりしていないんですね?

 

 

「そうね。観測されることには無頓着で、観測することに命を懸けている連中だもの。だからこそ居場所として選んだ、という理由もあるわ」

 

「ほえぇー」

 

 

 納得。

 ……納得しているあたしの目の前で、ワラキアさんは半歩横へ身を引き。優雅に手を広げ。

 

 

「先へどうぞ。あなたが戦闘を受け持ったおかげで先にゆけたあの青年が、待っていることでしょう」

 

「あっ、それもそうですね。お手合わせ、ありがとうございました!」

 

「えぇ。こちらこそ。……あの青年に、わたくしやワタリの様な存在はあなたに感謝をしていますよ……と。伝えて置いてください」

 

 

 ほぉん?

 ワラキアさんが最後にくれたその言葉に疑問は浮かびましたが、振り返ってみればもう居ません。

 ならば進むしか無いので、黒の摩天楼その最奥 ―― 最上階へのエレベーターへと乗り込むことに。

 

 ウィンディに回復アイテムを(備えは万全にしたい)与えつつ昇ってゆきます。エレベーターの奥側は強化ガラス張りで、ブラックシティの夜景が良く見えました。

 おぉ~。これはこれで綺麗ですよね、人工物で埋まっている夜景も。あたし的にはヒウンなんかの人混みも苦手では無いので、これはこれで。

 そういうことをやっているうちにエレベーターは最上階に着きました。

 

 

「メイ、現場到着しました~! ショウさんは居ますでしょうかー!」

 

「おー、こっちこっち」

 

 

 展望台みたいな場所で、声を出しても良さそうだったので呼んだところの即反応。

 ショウさんは端っこの、モニタが集積されている場所に何やら端末を差し込んでいました。

 

 

「悪いことでしょうか」

 

「これもだし、あっち(・・・)もだな。情報はもう少しで抜き終わるんでまだ待っていてくれると助かる」

 

「了解です! あと、ワラキアさんから伝言がありましたね。ショウさんには感謝をしてるとのことでした!」

 

「おー。まぁ、だからこそ俺もこうやって活動再開してるんだしな。ありがたいこって」

 

 

 何やら思い当たることはありそうですね。旧知ではなさそうでしたけれども、ショウさんそれ自体はバトル施設には詳しいご様子。別段、不可思議という訳ではありません。ワタリさんとも知り合いでしたしね。

 それにしても。

 

「ショウさんがこうやって警戒なしで居ると言うことは、やっぱりゲーチスさんは逃走済みでしたかー。予定通りとはいえ、流石に最短解決とはいきませんねー」

 

「まぁな。でも、これらを消し去ることは幾らゲーチスさんでも出来ないだろ、って読みも大正解だった。向こうとしてもこの場所は、最終手段だったんだろーな」

 

 

 ショウさんが指さす先に、複数枚の電子モニタが浮かんでいます。

 そう。ここは黒の摩天楼にある「ポケモンに関する全ての情報を集積したスーパーコンピュータ」の中身を閲覧できる、唯一の場所なのです。

 

 黒の摩天楼。その目的はここでバトルをこなす人々とポケモンのデータを集め、「何か」を産み出すこと。

 そのためにとある「財団」が資金を出して作られた、というのです。一見すれば都市伝説のようにしか聞こえないアレですが、本当らしいので(伝聞系)。ショウさんが言ってました……し、ハンサムさんも言ってましたし!

 

 

「ゲーチスさんの足跡くっきりだ。ここを発ったのは結構前っぽいけど、何を見てたかも判るし、何を目論んでいたかも予想はつく」

 

「……えっと、その目論みなのですが。今の待ち時間を利用して、あたしも内容を把握しておいても?」

 

「それがいいか。っと、これこれ」

 

 

 ショウさんは自前のモニタを立ち上げると、そこに1匹のポケモンを映し出します。

 大柄で、黒くて。手の沢山ある、見たことのないポケモンでした。

 

 

「このポケモンのお名前はなんでしょう」

 

「フーパ。このリングを介して別の次元(・・・・)に手を突っ込んで、繋げられる能力を持つポケモンだ」

 

 

 わーあ!? すっごいポケモンだっ!

 取り乱しました。いえ。取り乱すのも無理はないと思うのですがっ!?

 なんてったって別次元。素敵な別次元。そんな力があったなら……って、夢は誰しもが想像したことがあるはずです。

 だから勿論、悪用だって可能でしょう。

 

 

「だろーな。別の地方で観測されたポケモンだし、こっちは()だから、このポケモンが出現するのは俺にとっても予想外ではあった。でもまぁよくよく考えれば、イッシュ地方にも要因はたっぷりあるんだもんなぁ。ホワイトフォレストとブラックシティの行き来。ハイリンク。俺がこの地方にポケシフターを建設したのと同じ理由だ。……次元移動をしやすいからこそ、この場所からフーパの移動を観測できると読んでたんだな。ゲーチスさんとダークトリニティは」

 

「うーん……えーと、つまりは……ゲーチスさんはこの場所、ブラックシティでフーパの観測をしていた。おそらくは捕獲なりなんなりでその力を扱うために。で、ここに居ないということは、力の確保それ自体は既に済んでいるとみまして……」

 

 

 情報をまとめながら。あたしとショウさんはかなり電撃的に黒の摩天楼を突破したので、少なくとも逃げる姿の観測は可能なはずですね。外などにはきちんと国際警察の援軍を、結構前から混ぜこんである筈ですし。

 なのに見つかってはいない。ならばゲーチスさんの目的は果たされた。きちんと計画の上での逃走を決行した。

 ……その次。

 

 

「フーパを移送する意味は、なんでしょう?」

 

「次元移動には場所も結構関係するんだ」

 

 

 あたしが抱いた疑問に対して、ショウさんがちょっと理屈を説明してくれます。

 

 

「俺のグループのポケシフターは土地代金ばっかり考えたせいであんな場所に出来たけど、普通は移動したい、させたい、力を引っ張りたい場所に近ければ近いほど、やりやすくなるはずだ」

 

「ほうほう」

 

「次元にも遠い近いはあって、当然遠い方が大きな(エネルギー)が必要になる。メガ進化とかではキーストーンを軸にして、隣の次元からエネルギーを借りるから、姿も変わる。直接的に移動できるやつだと、アローラ地方の伝説ポケモンなんかでも光年(・・)単位での位相移動が必要になるな」

 

「光年は時間じゃない……距離だ!」

 

「お決まりの台詞をありがとう、メイ。……でもって、ゲーチスさんの目的の推察に戻るけど……重ねたい場所。フーパであれば、フープを通したい場所だな。そこに移動したんだと思う。その方が総じて、引っ張れるエネルギーは大きな物になる」

 

 

 つまり引っ張りたい「対象」は、サイズでは無くエネルギーとして、相応に大きなもの……ということにもなりますね。

 移動先や対象を、推論で絞ることなんかは、出来るんでしょうか?

 

 

「そこで以前に調べたゴーストタイプポケモンの移動データを活用できる。……サザナミから西へ逃げた。ヤマジの南側では既に離散。つまりはサザナミよりも東側で大きなエネルギーを発したってことで、多分海底遺跡だな。セイガイハは異常なかったことが確認されてる」

 

「あぁ~……何も無い海上よりは遺跡のほうが、色々とありそうですものね」

 

「そうそ。俺は事前調査やったんで、あそこに何があった(・・・)のかも知ってるからな。そこから時間が経ってもゴーストポケモンの再移動は無く、風化しつつある。持続的断続的にかかわらず、エネルギーの発露がなくなったってことだ。でもゲーチスさんは動いてる。……こっからはハンサムさんとも相談したんだが」

 

 

 ショウさんの持つモンスターボールがカタカタと揺れます。

 あたしのジャローダが入ったボールも、挨拶を返すように揺れて。

 

 

「やる気だしてんなー。……まぁ、予測は上部の方にも太鼓判もらったよ。ちょっと今日の夜にカナワタウンで援軍付けてから、そのまま現場へ直行する予定になった」

 

 

 おおー。素早い判断と素早い行動。急いても事をし損じなければ、メイちゃん的にはオールオッケー。

 つまりは、いよいよですね!

 

 

「おう。決まり。ゲーチスさんおよびダークトリニティの潜伏地点はヤマジタウン周辺、リバースマウンテンその麓。ワンダーブリッジの東 ―― ストレンジャーハウス、だな!」

 

 

 どがしゃーん。ショウさんの宣言に合わせて落ちました、雷の音。

 今日もしっとり雨が降っています。えぇ。夏ですし。

 

 ……実に、ホラー日和ですねぇ(ヤケクソ)!

 

 






 単発です(悲壮感


・ワラキア
 黒の摩天楼のラスボスとなる、ベテラントレーナー女性。対のW。ブラックシティなのでずっと夜。ワラキアのカットカット。
 彼女は高レベル準伝説まで使ってきますが、まぁレベルがフラットではないので何とでもなる。
 とはいえこのダンジョンそれ自体が全てのポケットモンスターシリーズの中でも最高レベルのポケモンを相手取ることになるので、要所ではある。


・財団
 ポケモンゲーム内で原作として描写がされているのは、エーテル財団。リーリエ父さんやアクロマさんがアローラに集まっている当たり、あの辺の大口の出資元なのでしょうと思ってはいます。
 私が認識できているのはそれくらい……? 資金周りなら、新旧ともにニューキンセツとかは誰かが関係したのかなと考えつつ、個人的な印象からデボン周りでもひとつあることとしています。二次創作設定。流石にあれは国側かなぁ。どうなんだろう。


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□18.決戦前夜 ― ガール・ミーツ・ミーティング

 

 □18.

 

 

 今日の夜も、相変わらずの雨。

 降雨はダブルバトルの敵(必中・うるおいボディ忌むべし)ではありますが、自体は一刻を争うようです。

 あたしとショウさんはブラックシティを早々に出発し、夜中のうちにライモンシティまで移動。終電ギリギリの線に乗り、カナワタウンまで移動することになりました。

 

 たたんたたん、と揺れる電車の中。

 がらりとあいた席で、ショウさんの隣に腰掛けまして。

 

 

「―― それで、ショウさん。援軍というのはどなたなのでしょう?」

 

「直接的ではないけど、手伝ってくれるヤツが居るんだよ。国際警察ではないんだが、特務ってやつをやっててなー」

 

「特務!? いやそれって、国お抱えの専門部隊(S.P.A.T.)じゃあ……?」

 

 

 そう、それ。とショウさんは軽い調子を崩しません。

 ……うーん。一応の解説をしておきますと、あたしの所属するお国柄。国の中枢さんには、ポケモンバトルで優位を取れるだけの「ポケモン戦闘力」を保持しておこうという考えがありまして。

 バトルクラブから派生したリーグとはまた別口なのですが、そこには通常の興行的なバトル以外の手段を得意とする人達が集められているそうなのです。

 

 

「興行はリーグ。力の誇示としては国。区分けは出来てるんだよな、ポケモンバトルっていうフィールドの。……それこそあの頃。リーグ占拠事件があった頃のイッシュ東側での混乱を治めたのも、特務と治安維持隊の力が大きかったからな」

 

 

 ポケモン保護という壁に唯一、国という力で突き刺せる剣ですからね。特務方々は。

 ならばなぜ、そんな方がカナワタウンに……?

 

 

「そいつは今、監視者っていう立場にいる。立地的にカナワタウンは潜みやすいからな、色々と」

 

 

 ショウさんは窓の外を眺め、遠い目をしています。

 カナワタウンはイッシュの北西。街と橋と町で形作られたイッシュの輪を、大きく外れた位置にある町です。

 そんな場所で、監視者。なにを見ているものでしょう。疑問の連打。

 

 

「時代の、だな。……おっ、そろそろ着くぞ」

 

 

 終点、カナワタウン。

 お降りの際は、お荷物の忘れがないようご注意ください。

 

 荷物、ヨシ!

 ポケモン、ヨシ!!

 雨合羽の装備、ヨシ!!!

 

 外は雨だし夜だけれど、足元注意、ヨシ!

 

 

 

 

 

 

 終点の町。

 立体交差を利用し、車両と人が住み分けられている町。

 カナワタウンにはそんな印象があったりします。

 

 車両の整備や新型配備のための入れ替えだとか、繋がった線路の外へ出しておく場所は必要であると判断され。

 車両が集まり、人が集まった。……町が、出来上がった。

 

 だからできれば、プラズマ団だとかそういうごたごたには巻き込まれないで居て欲しいんですよね。カナワタウンは。これ、あたしの勝手な願望なのですけど。

 

 そんなことを考えながらサブウェイを降りてすぐ。

 レンガ敷きの角を曲がって。階段の傍から……橋上をちらり!

 

 

「……うーん。流石に今は楽器、誰も弾いていませんねっ。残念!」

 

「あー、橋上で横笛吹いてくれてる人な。イッシュはどこいってもストリートで鳴らしてる人が居たりするからなー。好きなんだよな、あれ」

 

 

 雨だし夜だし、仕方なし!

 そのまま上がって橋を渡り、目的の民家を目指します。

 

 夜のカナワタウンは人気(ひとけ)はほぼ完全になし。

 人の声よりもポケモンの声よりも、遠くで緑に覆われた車両倉庫に落ちる雨音と金音のほうが、いっぱい聞こえてくるほどです。

 

 そんな町の奥の方。一軒家。

 扉をノック。

 

 

「ここだな ―― よーす、未来のチャンピオン」

 

「いえ。普通にいるわよ、現役のチャンピオンも」

 

「お邪魔しています、ショウさん。メイさん」

 

「……えぇっ、トウヤさんもいらっしゃるっ!?」

 

 

 あたしが取るべきだと判断したので盛大にリアクション。

 鋭い視線に精悍な顔立ち。女神さんのお家以降出会っていなかった、ご同僚さんです。

 そんなトウヤさんから「メイさんはリアクション、ありがとう」。お礼言われると余計恥ずかしいヤツですトウヤさん……。やや勢いを削がれつつも室内へ。

 

 ごく普通のリビングと。

 ソファと、キッチンと、テレビと。

 

 ……お人形、ふわっふわ、ゴシック&ロリータ!!!!

 

 

「こんにちわ。お初に、お目にかかるわね。……私はミィ。今はここカナワタウンで、サックス奏者をしている者よ」

 

「僕の恩人で、ショウさんの幼馴染み。加えてトウコちゃんの師匠なんですよ。ミィさんは」

 

 

 どうやらミィさんと言うらしいゴスロリさんについて、トウヤさんからも軽く説明が入ります。

 つまりは以前からの知り合い、ということなのでしょう。トウヤさんは国際警察としては先輩でして、人脈関係はあたしよりもずっと広いはずなのでさもありなん。

 

 ……イッシュの英雄の口から放たれたトウコちゃんとかいうカプ厨必見のワードは、今のところは関係ないので血涙流してスルーをしつつ……!

 

 あたしも挨拶を返します。ミィさんへ。

 この人がショウさんが目的としていた協力者で間違いは無いでしょう。

 

 

「……でも、普通の人ではないのでしょう……?」

 

「それは、そう。じゃないとソレ(・・)の相手なんて、していられないでしょうに」

 

 

 ソレとはショウさんを差しての言。

 ……この場にいるのは、国の特務。国際警察末端兼リーグチャンピオン。何でも屋。幻のチャンピオンにして英雄。

 

 はいっ! そうですねっっ!

 普通の人 is いずこっっ! 強いて言えば何でも屋!!

 

 

「元気がよろしい。……でもまぁ、時間もないわね。ささっとすり合わせを終えて、アナタ達は現地へ向かうべきでしょう」

 

「それもそうだなー。よいせっと」

 

 

 ショウさんが壁に寄せられていたホワイトボードを持ってきて、ミィさんと並びます。

 さっそくと書き込み始めた彼らを眺めながら、あたしとトウヤさんは邪魔をしないよう席についておいて。

 

 まずはおふたり。

 

 

「―― 結論から、いうと。フーパは捕獲はされなかった。邪魔したわ。私が以前にダークライの捕獲も阻止していたし、ジャイアントホールでアクロマの研究を促進していた。睨まれはしたけれど、おかげで足跡は追えるようになったわ」

 

「逃げ先は?」

 

 

「ハイリンクよ。ストレンジャーハウス周辺から、追い込みがかけられる位置ね」

 

「うまくいったんだな、つまりは。でもなぁ、あっちも作戦込み込みだしな。(フープ)は使われたか」

 

「えぇ。現地で空間を破るエネルギーの観測がされているわ。あなた達がブラックシティに入った直後だったから、先手をうたれているわね」

 

「逃げ足はっやいからなぁ。何を呼ばれたかまでは推測しとくか」

 

「それこそ、あなたの。持ってきた情報を照らし合わせるべきでしょう」

 

「履歴からして、探しものはフーパだった」

 

「……はぁ。厄介ね。一応、エネルギーの総量から予測をしておくと。2体呼ぼうとして……1体は狙い通りに成功。1体は失敗してスケールを落とした。最低限は通されている、と考えるべき」

 

「2体な。おっけ了解。ならここまでをメイとトウヤにも説明しておくか」

 

 

 ありがとうございます、ありがとうございます……!

 ショウさんからの毎度の噛み砕いた説明を、大変有り難く拝聴させてもらいます。かくあれかし。

 

 

「ゲーチスさんの目的は、フーパそのものじゃない。フーパを介して、別の次元からポケモンを呼ぶことだ」

 

「……僕はあまり知らないのですが。そういう実例があるんですか?」

 

「ある。実は国際警察も随分前に被害にあってたりするんだ、リラさんって人がな」

 

 

 あれは個人での交換だったせいで、あっちとこっちで混濁したらしい……と付け加えて置いて。

 

 

「ゲーチスさんが呼ぼうとしたポケモンの種類は、今の段階だと判らない。他の地方とかの伝説のポケモンとかにとんでもないのは居るんだけど……じゃあそのポケモンを手に入れれば彼の夢を達成できるかといわれると、微妙なんだよな」

 

「彼の望みは人の支配。世界を、創ったところで。そのあとを支配できるわけではないものね。根本を崩したとしても、そこに居るのは人とポケモンなのだもの」

 

「そーだなー。しかも伝説のポケモンだなんて強大な存在を、フーパ本人がいないのに……回数限定、威力限定のフープだけで呼べるのか? っていう疑問もある。疑問って言うか、俺からすれば無理だって断言してもいい。アイツらは素直に呼ばれてくれるような、やわなポケモンじゃあない」

 

 

 好敵手の健闘を喜びでもするように、にやりと笑いまして。

 

 

「こういう流れにするために、ミィには活動してもらってた。トウヤを邪魔したこともあるし、迷惑かけたな」

 

「いえ。あれは眉唾な情報で先走っていた自分が悪い件でもありますので」

 

「……あそこで、アクロマの。研究を中断されるわけにはいかなかったの。トウヤには、中断させてしまうだけの力もあったのだし」

 

 

 ミィさんは小さくため息を吐き出します。

 どうやら昔にぶつかったことがあるとのこと。アクロマさんがあの頃にしていた研究と言えば、キュレムさんの凍結・結合能力の調査……でしたっけ。

 

 

「そうだな。アクロマさんの場合はもうちょっと複雑で、国側からゲーチスさんの側にスパイとして潜り込ませた研究者、っていう体にはなってる。そうでもしないとキュレムの調査を進めることが出来なかったんだよ」

 

「ジャイアントホールで。即座に確保されていたものね、キュレムは」

 

「おう。ゲーチスさんがよくよく使う作戦……プラズマフリゲートっていう超特大の矢面に立たせるために、色々と連れ出されていたからな」

 

「国と、しては。アクロマをプラズマ団の片割れとは扱わず、あくまで被害者として扱いたいの。あの存在は国そのものの利益になり得る……と。判断されたみたいね」

 

「だからあの人は、今でも自由に動けてる。次のアローラの財団お付きに行きたいって言う要望も普通に通るだろーと思うし」

 

「アナタは。着いて、行かないのかしら」

 

「アクロマさんに何度かお誘いはもらったけど断ったよ。アローラはもうお邪魔した。目的のものも見れた。行く理由はあんまりないなぁ。先約束もあることだしな」

 

「……あっ、そうですそうです。ショウさんにはアセロラさんから伝言がありまして」

 

 

 アローラと聞いて思い出したので伝えておきます。孤児院の件で、と。

 斜め後ろから「アリガトー」とでも聞こえてきたような。そうでもないような。アセロラさんのゆらゆらVサインが幻視出来るような。そうでもないような。

 

 

「……観念して会うかぁ。この件とWCSが終わった後でいいかな……」

 

「ハァ。着いて、行くのは。決定みたい」

 

 

 肩を落としたショウさんはコーヒーを口に含んで後、ホワイトボードをぐりぐり書き殴ります。

 ミィさんが仕切り直して。

 

 

「ゲーチスの最初の目的。ダークライ。リバースマウンテン周辺で、実際に生息していたの。いえ。あれはプラズマ団に押し込められていた、というのが正解かしらね。広範囲に眠りの入り口を開けるというせいで、夢の世界とハイリンクとの相性がよくって。使われていたみたい。……私が昨年に阻止して、今はもう別の場所へ保護・移送されているわ」

 

「それに加えて、フーパだな。それら全部の企みが展開されたヤマジタウン南……リバースマウンテン周辺。崖を降って15番道路。よくよく調べてみたならば、あの周辺の橋 ―― ワンダーブリッジは、プラズマ団が主権を持って作成されたもんだった」

 

 

 確かにまぁ、言われてみれば。

 ワンダーブリッジのデザインというか次元というか。そういうのが違うように見えたのは、案外間違いでも無かったようで。

 

 

「『ゆめのけむり』を、使用した。ポケモンの『次元変化』に関する実験を行っていたのも。あの場所周辺にワンダーブリッジに紛れながら造られた仮設基地の中だったわ。東側の異変の時もだからこそ、長期の封鎖だなんて指示が出た。……あの橋はライフラインなのに、ね」

 

「つまりはまぁ、昔っからあの辺ではプラズマ団が暗躍してたんだな。……俺もそれは注視していたからこそ、ポケシフターをあの辺りに作ったわけだし」

 

「……その下地づくりや計画が、今になって現れている……ということなんでしょうか?」

 

「いや、計画それ自体は完全な成功にはならないように邪魔させてもらった。ゲーチスさんの策の巡らせかたが多過ぎて対応できてなかった分と見つけられてなかった分が、今は最終手段として使われているイメージだな」

 

 

 なるほど。

 追い詰めているには追い詰めているけれど、ゲーチスさんも一筋縄ではやられていないぞと。

 

 

「そーそ。……で、その最終手段がフーパ's フープによって移送されてきた2体、と」

 

「策は、あるのかしら」

 

「準備は万全にした上で現場アドリブ。いつものやつだな!」

 

「……はぁ。具体性はなし、という訳ね。いつもの」

 

 

 再びため息。

 むぅ。小気味良いやり取りが続きます。

 

 

「それなら、私は。ダークトリニティのお相手かしらね」

 

「じゃあ僕も予定通り、ミィさんの側で予備選力ですね」

 

「そっちは任せた、ミィ。トウヤ。俺はメイ連れて直接、ゲーチスさんとぶつかってみることにするよ。ゲーチスさんの周りの露払いをお願いするかもなんで、よろしくな」

 

「は、はいっ! お任せくださいっ!」

 

 

 トウヤさんを差し置いてあたしが本丸に……というのは少し気が引けてしまいますが。

 彼とレシラムは確かに、ゲーチスさんとの直接的な因縁よりは。かつての王であるNさんとの因果とのほうが、強い縁なのでしょう。

 

 

「そうだね。僕がというよりは、彼が決着をつけるべきだと思うよ。ゲーチスさんとは」

 

「その願いが、叶うかどうか。願いは果たして、別にあるのか。……さて。どうなることかしらね」

 

 

 ミィさんがふぃっと、窓の外へと視線を向けた。

 何も無いけれど。遠くの宙を見つめるように。

 

 

「……それじゃあ。私も準備が済み次第、追って現地入りするわ。トウヤはご自由に、どうぞ」

 

「判りました。僕はレシラムも居ることですし、すぐに配置につく事にしましょう」

 

「任せた。俺とメイは直接じゃあなく、崖側。ヤマジタウンでフウロに控えてもらってるんで、そこにテレポート。ぐるっと遠回りしてストレンジャーハウス裏から登坂して向かうことにしとくよ。どうせ『テレポート』は阻害なり転送なりで、直接乗り込むのは無理だろうしな」

 

 

 最後に経路を確認して。

 あたしも頭の中に、なんとか突っ込んで覚えて置いて。

 

 いざいざイッシュの中心部 ―― ハイリンク!

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 ところで。

 

 

「ミィさんのポケモンバトルの実力などは、如何なもの……なのでしょう」

 

 

 深夜のカナワタウン。

 周囲には人はおろかポケモンすらおらず、丁度良い機会。

 

 気になったので、隣のショウさんへ聞いてしまいます。

 なにせ幼馴染みだそうですからね。カントーズ幼馴染みが強いというのは知っていますが。それはラブコメ方面だとかそっちだそうなので。

 ……決してあたしの中でざわざわと、バトルマニア―の血が騒いでいるとかそういうのではないのです!

 

 下にスパッツは履いていますが、スカートの裾を押さえてしゃがんで。

 座標計算中のショウさんの周囲をふわふわ飛んでるエムリットちゃんと視線を合わせ、指で遊びつつ。

 

 

「んー……まぁいいか。ミィの場合は源氏名を使ってると思うけど、ワールドレートシリーズでは何度かレギュレーショントップ取ってるな」

 

「おおう。予想以上の戦果持ちなんですが……!」

 

 

 思わず手元でハンドクラップ。

 電脳仮想空間で行われる……ポケモン達のレベルを50に揃え、6-3見せ合い。レギュレーションがシーズンによって細かに変わるとかいう超硬派なバトルリーグです。

 試合数も他リーグと比べてダントツの過酷さ。登録できるバトルチームはシーズン通して2つまで。聞いただけでもポケモンバトルの良い所悪い所が煮詰まったような感を覚えますね。

 そんな場所でトップ、とは。

 

 

「それで特務とかに招聘(しょうへい)されたとか、そういう経緯なんでしょうかね」

 

「いやー、あいつの場合はもっと別だな。昔にシルフカンパニーでポリゴンの開発やっててさ。その時にポケモンエネルギー周りのごたごたに巻き込まれて、あれよあれよとイッシュまで流されてた」

 

 

 ハード、ハードです!

 シルフカンパニーは今でもロングセラーになっているポケモン関連商品を産み出した場所。ヒウンにも一等地に支社があるはずで……とにかく大きな会社なんですよ。

 

 

「そのくだりでゲノセクト。アクロマさん。特務。……っていう感じだったな」

 

「それはなんというか、お忙しそうですねぇ」

 

「実際忙しいだろーな。俺もこの間メイと出会った嵐の日に、5か6年ぶりくらいに顔を合わせたレベルだし」

 

 

 ほう。

 ショウさんは確かに、直近では世界各国を飛び回っていたと言いますし。研究仲間でもなく、仕事の範囲も被らないとなれば、そういうこともあるのでしょう。

 

 

「ミィの場合は特殊部隊だから、どっちかっていうと今回みたいな作戦の方が得意なはずだぞ。レート戦は俺らには有利が過ぎて、ステップに使わせてもらう程度だったからな」

 

「有利というと?」

 

「知識。俺もミィも、ポケモンバトル(・・・)に関する基礎知識は広めにあるんだ。……だって、全部はそこから始まったからな」

 

 

 懐かしむような楽しむような。思わず正面から覗き込んでしまいたくなる顔をショウさんは前へと向けて、そこへ……きゅううん。エムリットちゃんががばりと飛びつきます。

 

 

「ふもご。……頭の上とか乗っといてくれ、エムリット」

 

「きゅん!」

 

「おっけ、そんじゃあ行きますか。向こうついてからも結構移動するから、ゲーチスさんに対する動きは伝えながら行こう」

 

「了解です!」

 

 

 あたしがOKサインを出すと、ショウさんが笑って、空間がぐにゃり。

 ヤマジタウンへと、跳躍したのでした。

 

 

 






 ここからこそが描くべき場面。
 この編を書いておかないと学園編で結末を迎えられ……なくはないのですが、説明というよりも理屈が圧倒的に足りなくなるのがネックで。
 わたくしが書くのに時間がかかりすぎているのがもっとネック。ハイネック。


・テレポート
 現行の長編では安全地帯に移動する際にしか使っていません。
 つまりは主人公はイッシュのことをどう見ているのか、という。

・カナワタウン
 ああいう町、めっちゃ好きなんですよね。私。
 リメイクどうなりますかねぇ。
 ……そもそもリメイクになりますかねぇ。

・トウコちゃん
 BW1の女性主人公。
 今作ではトウヤ君が主人公のため、メイに対するキョウヘイ君の立ち位置。
 つまりはバトルサブウェイ相方。
 ……なのですが、メイに対するテンマ君。キョウヘイに対するルリちゃんみたいな相手が居ないので、想像力は無限大。

 全然関係ないですが、一応注釈を挟んでおくと。

 今作中のトウヤ君は観覧車に乗ったことがありません。

 ありません。



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 γ.noise ―― 2005/0*

 

 

 頭上に星の雲。

 足元に黒い海。

 

 あたしはテレポートをした……はず。だったのですが。

 気がつけばこうして、謎の空間ことハイリンクの中に放り出されてしまっています。

 

 周囲を見回しますが、一緒に居たはずのショウさんの姿が見えません。

 ……あたしに。あたしだけに何かを伝えたい、ということなのでしょう。

 

 足元が、波立って。

 前回も見かけた影が、あたしの前ににゅっと顔を出します。

 黒い人型。雲のように白く揺れるスカート。率直に言って、この影には見覚えがあったり。

 

 ダークライ。

 生息地の周囲に、無差別に悪夢をばらまくといわれているポケモンです。

 

 全身を黒塗りにしてくださってはいますが。そのシルエットはあたしがポケモン図鑑によって姿形を知っている、ダークライそのもの。

 怖さはありません。ハイリンクにおいては喋るポケモンなんのその。コミュニケーションどんとこい。そのようなご様子なので、ダークライがあたしに何かを伝えたいというのならば、持って来いの場所だったりするのですよね。

 

 周囲にポポポポポ、と湧き出してゆくのは。モノクロ写真のような、以前にも見たショウさんの残影。

 波打つ足元は不安定。以前と違い、今にも砕けてしまいそう。

 

 これは不安、なのでしょうか。

 それとも何かを伝えたい……?

 

 視線を上げると、ダークライのシルエットが動きます。伝えてきます。

 あの夢をみたあたしに向けて。心づもりは決まったか、と。

 

 あなたが()を救いたい、と発したのは覚えています。

 あたしは彼を救いたい、と思います。

 

 ではどうすれば、というのは。

 あたしにはまだ、全く見えてはいないのですけれども。

 

 ……。

 ダークライ。ダークライ……に、見えていますが。

 疑問が浮かんでしまいました。目の前にいるこの影は、はたして、ダークライなのでしょうか?

 

 ダークライがショウさんを助けたいと思う。違和感はありません。

 ダークライがあたしに何かを伝えたい。違和感はありません。

 

 しかし現在。

 ダークライが引き起こすという悪夢の集団発生は、確認されていないのです。

 

 思い返します。

 イッシュ地方に、確かにダークライは出現した過去がありました。昔のワンダーブリッジにまつわる逸話が、件の悪夢による影響とされていたはずです。

 しかしあの事件は、死傷者(・・・)を生むことはありません(・・・・・)でした。恨み辛みの怨嗟(えんさ)は、多少のみ。

 加えてさっきの話によれば、それら事件はミィさん方特殊部隊によって安全に処理をされていて。

 ……その際にもっとも危険な状態の地域であったストレンジャーハウスは、争いの舞台にはなり。ハイリンクによるリバースマウンテンの活性化と休止の狭間に巻き込まれ、荒廃はしましたが。今は安全に解体が進んでいるのです。

 

 つまり ―― ダークライによる過去の事件は、ポケモンと人との関係を崩すこと無く、解決された。

 

 そこだけが気にかかります。

 生態系に影響がなくっても、後を引く悪名がなくっても。ショウさんに恩があったから、ハイリンクに来てお話をしたかった。別にそういうこともあるでしょうし。

 それこそショウさんであれば野生ポケモンをお助けしていても、不思議ではありませんからね。

 

 でも。

 あたしは、じっと、目の前の影を見つめます。

 

 浮かんでいる影がゆらゆら。

 向こうもこちらを見たようで、視線が交わります。

 真っ黒に塗り潰されたその影は。

 

 

 ―― ぐるり。

 

 

 時計回りに世界が反転。

 夜は朝に。地面が空に。海が星に。黒は白に。

 逆さに立ったあたしの目の前に ―― 真っ白な影。

 

 小さな女の子の、影。

 

 明らかにさっきまで象られていたダークライのものではありません。

 人間の。小さな女の子の影です。

 

 両腕を腰辺りで組んで。

 胸元に……ケーシィでしょうか。真っ白なので輪郭しか判りませんが、そのくらいの大きさのポケモンを抱いているようです。

 

 ウユニ塩湖みてーな白紫の水面に立って、女の子は話します。

 直接は伝えることが出来なくって、お姉ちゃんに頼りたい。

 あのお兄さんはそっち(・・・)わたし(・・・)を助けてくれたんだ、と。

 

 羽が間に合ったから。

 わたしは間に合わなかったけれど。

 わたしを助けてくれて、嬉しかったよと。

 

 だからわたしから。あのお兄ちゃんに伝えて欲しい。

 

 助けてくれて……ありがとう!

 

 

 

 

 

 ぱりん。

 世界が割れた音。空白の怒濤(どとう)。灰色の雪崩(なだ)れ。

 浮遊感。落ちてゆく世界の先には、ヤマジタウンの倉庫が見えます。

 

 小さく空いた世界の穴の先。

 こちらを見上げる彼と ―― 目が合いました。

 

 嬉しさを届けたいと思いました。

 後悔よりもありがとうを伝えたかったんですよ、と。声を大にして叫びたい。

 

 決壊した暖かさを溢れさせ。

 この感情をどうすれば伝えられるのだろうと考えて。

 あたしは彼に勢いまま、抱きつくことに、したのです……!

 

 






・ウユニ塩湖みてーな

 でも1番判りやすい字面かなと思いまして(


・まぁもう元ネタ話してええか
 その方が適時性はありますからね。

 BW2より、ストレンジャーハウスの幽霊ぽいイベント。
 および、ワンダーブリッジにおけるクレセリアイベントより引用。



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