ゼロから始める『ぼくのさいきょうのIS』作り (星震)
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序章 凡人は空を夢見る
プロローグ: 東 七瀬という凡人


注意:この作品は作者がオリ主物を書いたことがないから試しにという理由と色んなロボットアニメの技術をISの世界で苦労しながらも再現する過程を書きたいというくだらない願望から産み出された作品です。
一応作者はIS原作全巻読んでます。
ですが不定期更新、駄文はお許しください。
よろしくお願いします!


───『夢』とは誰もが抱く幻想である。

 

 

───生まれついてその才を与えられた者だけがその幻想を実現させる。

 

 

───人、その者を天才と呼ぶ。

 

 

───ならばその者と対である者は幻想を実現させられないのだろうか?

 

 

───凡人が夢を見ることは意味がないことなのだろうか?

 

 

───だとするならば、これは夢という意味のない幻想を追い続ける男の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、またやってしまった……」

 

 某家電量販店にていつの間にか渡されていた領収書を見ながら彼、東 七瀬(あずま ななせ)はため息をつく。

 

「これで今月5体目…そして本日の出費5200円…とんでもない出費だ。万死に値する」

 

 七瀬は手に持った紙袋を膨らませている元凶である箱を見つめながら閉店のメロディを背に店を出る。

 『プラスチックモデルキット』。俗にプラモと呼ばれるそれは中学3年の受験勉強で忙しい七瀬にとっての唯一の癒しであった。

 

「サーフェイサーと紙やすり、塗装用のブラシはまだ余りがあるから問題ないか。さて、休日のフィーバーといくか」

 

 勉強を学校と平日で休むことなくやり続け、休日の時間全てをプラモに費やす。これが彼の一週間の生活サイクルであった。これが近年で変わった試しはない。

 

「今月の食費…危険だな」

 

 これが彼の問題点である。

 七瀬は数年前に両親を亡くし、唯一の肉親である姉から送られてくる食費で生活しているのだが、その一部を趣味であるプラモデルに使っていた。

 

「本当に何やってんだろうな…俺は」

 

 自分を生かすために姉が稼いでくれた生活費をこんなことに使うなど人として最低なことをしているのは七瀬自身も分かっている。

 理由は平日になれば説明できるのだが、今はプラモ祭りの前夜祭に集中したい、それが今の彼の心情だった。

 

 

 

 

【時変わり平日】

 

「(今週のフィーバーは実に良かった…)」

 

 月曜日という嫌な筈の日にちから七瀬はご機嫌であった。

 今週は学校の体育祭の振り替え休日があったことを忘れていたのである。

 

「(時間があり余っていたおかげで部分塗装だけでなく関節の延長工作までできるとは。パチ組で終わると思っていたがこれは嬉しい誤算だった)」

 

 そんなことを思いながら七瀬は鞄から時間割表を取り出して授業の用意を始める。

 

「(一時間目は何だったか──あぁ、英語か。嫌だねぇ)」

 

 七瀬は一時間目から嫌いな授業があるということに絶望するがなんとか気を持たせ一時間目までの間にやる英語の自習の用意をする。

 が、そのときだった。何かが凄い速さで七瀬の目の前に落ちてきた。

 

「雑巾……?」

 

 濡らされていた雑巾が七瀬の自習のノートをびしょ濡れにしていた。

 

「あぁ、今日もか…」

 

 七瀬はそう呟く。苛立ちながら雑巾が飛んできた方を向く。

 

『おっ、どうしたキモオタ?睨み付けやがって…やんのか?』

 

『やめてやれよwこいつにそんな根性ないって!』

 

 七瀬を嘲笑うのはクラスのカースト上位にいるような人種だった。といってもいつものことなので七瀬には振り向かなくとも分かるのだが。

 

『なんだ?あぁ!?』

 

 七瀬は彼に近づき濡れた雑巾を投げ返した。七瀬が投げ返した雑巾は彼の制服を濡らす。

 

『この!やりやがったな!!』

 

「っ……」

 

 彼は七瀬の襟元を掴み教室の壁に叩きつける。

 敵とも言える相手が近くにいるのでこの状態から反撃したい衝動に襲われる七瀬だが、クラスメイトの視線が集まってしまったこともあって迂闊に手を出せずにいた。

 

『俺は皆の思ってることを代弁してやってるんだよ!!なんで俺がこんなことをしてるか分からないか!?』

 

「自分から火種を蒔いておいてやり返されたらすぐ暴力。こんなことになんの意味があるんだ?」

 

 七瀬は彼の腕を払いのけて言う。 

 すると彼は七瀬にこんなことをした理由を語り始める。

 

『この間の体育祭、誰のせいでウチのクラスが負けたと思ってるんだ!お前が最後の競技でしくじらなければビリにはならずに済んだんだ!!あの日皆の足を引っ張るくらいなら学校に来なければよかったんだ…家でお得意のプラモでも作って引きこもってりゃあよかったのによぉ!!』

 

「俺が負けた競技はあの最後の種目だけなんだが?」

 

『言い訳をするな!!』

 

 七瀬は壁に突き飛ばされる。周囲のクラスメイトの反応は笑う者、見て見ぬふりをする者と様々であった。

 俗に言ういじめである。

 

『お前ら何をやってるんだ!!やめろ!!』

 

 そんな殺伐とした空気の中、クラスに入ってきた人物がいた。クラスのカースト頂点に立つ太田優樹(おおたゆうき)という人物である。

 

「お前らいくらなんでもやりすぎだ!体育祭で負けたのはクラスの団結が足りなかったからだ!」

 

『お、太田…そうだけどよ……』

 

「分かったら汚してしまった教室を掃除するんだ。俺も手伝うから」

 

『あ、あぁ。サンキュー…』

 

 七瀬に雑巾を投げた彼は七瀬を一睨みした後、雑巾を洗いに水道へ向かっていった。

 

「あんなことをされる原因は君にもあるんじゃないのか?」

 

「どういう意味だ?」

 

 太田は七瀬の目の前でそんなことを言い出した。やはりただ助けてくれたわけではないらしい。

 

「アイツは喧嘩っ早いところがあるが、何の恨みもない相手にあんなことを言う奴じゃない。それも他人の趣味を否定するようなことなんて…」

 

「(趣味を否定…あぁ、キモオタって言ってきたことか。……キモオタって言ってる時点で趣味否定されているんだが)」

 

 彼のような人種は自分と違う者を普通じゃないと捉えるということを七瀬は分かっていた。だが、太田がそんなことを知る筈がない。太田からすればクラスメイトは皆仲間でそんなことをする輩がいるなど信じたくなかったのだから。だが、既に一連の会話の中で七瀬は趣味を否定されていた。都合のいいことにその一部始終を太田は見ていなかったが。

 

「君の持っている本、勝手ながら見せて貰ったよ。あんな過激な絵がある本だからあんなことを言われるんじゃないのか?」

 

「お前ライトノベルってジャンル知ってるか?ていうかカバーもしてあったのに勝手に読んだのか?よくもまぁ手の込んだ調査をしてくれたもんだな」

 

 ライトノベルをエロ本と同じような扱いをされても困るのだが、そう思う七瀬を横目に太田の話は進んでいく。

 

「なぜ自分を変えようとしないんだ?そうすれば君だってクラスの仲間に…」

 

「やりたいこともやれずに何を言われても黙っている、それが仲間の条件なのか?俺は嫌だね。それに今の嫌がらせが俺が読んでいる本が元凶でこうなったと本当に思っているのか?」

 

 雑巾を洗いにいった彼が言っていた体育祭の一件の話は嫌がらせをするための建前にしたかったのだろう。先程の会話の中で本の話が出てきただろうか?七瀬の中の答えは否である。つまり、さっきの彼はただ自分たちが体育祭で負けたという不満を七瀬にぶつけたくて行った嫌がらせであり、七瀬のライトノベルの内容が原因で嫌がらせをしてきたわけではない。

 

「違う!あれはアイツなりの注意のつもりなんだ!俺はアイツを信じる!」

 

 太田は人を疑うということを知らなかった。自分が周囲の中心にいるようなタイプだからか、それは分からない。だが、人を疑うということを知らない彼を七瀬は少し羨ましくも思っていた。

 

「少しは自分の悪いところも考えたらどうだ?そうすればこんなことも無くなるさ」

 

 そう言うと太田は去っていった。周りのクラスメイトはそんなことを言って去る太田に声援や激励を送る。

 

 そう、これが七瀬が食費にまで手を出してプラモを買ってしまう理由だ。

 学校ではこのようなことが日常的に起こり、七瀬は過度な人間不信とストレスに悩まされていた。

 だからこそ家では娯楽が必要なのだ。平日の嫌なことも消せるような大きな娯楽が。

 

「(こんなにも心が弱い俺を見たら両親はどう思うだろうか?)」

 

 そんな罪悪感だけが壁に突き飛ばされたままの状態の七瀬の心を支配していた。

 

 




ISの小説なのにISが登場しないという駄目っぷりを発揮していく…
次回は出す予定ですのでよろしくお願いします!


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プロローグ2:起動

ISのシステムや構造については一部独自解釈ありでやるつもりです。
オリ主人公ものは書きやすく筆が進みます…

今回もよろしくお願いします


『おい、聞いたか?なんか今日ISの適性テストが行われるらしいぜ?』

 

『あー、あれか。男でISを使える奴が現れたっていうから他にも適性がある男がいるか試してるんだろ?』

 

『でもラッキー。おかげで授業無くなるしな』

 

七瀬がいつも通りラノベを読んでいるとそんな会話が耳に入ってきた。

 

「(ISを使える男、確か織斑とかいったか…)」

 

織斑一夏。女性しか扱えない兵器『インフィニット・ストラトス』を操れる唯一の男。彼がISを動かしたことは世界中で話題となり、同時に世界の秩序が変化の兆しを見せ始めていた。

ISが使えるということから女の方が男より偉い、女尊男卑の関係が出来上がっていた世界だったが、織斑一夏がISを起動させたことによって男にもISが使えるということが分かり、男性も女性も平等だと訴え、蜂起を起こす者たちが現れ始めたのだ。

 

「IS、ねぇ…」

 

ISは現行存在するどんな兵器よりも強力な力を持っているというのに、今はもっぱらスポーツ目的で運用されている。アラスカ条約によって軍事利用が禁止されているからである。

 

「(ま、俺の場合ロボットなら兵器だろうがスポーツだろうが構わないけどな)」

 

そう、どちらにせよロボットなら七瀬が興味を持つことに変わりはないのだ。かくいう七瀬も昔、父親に連れられてISの世界大会である『モンドグロッソ』を間近で見たことがある。

 

「(とはいったものの、兵器とも認識されるISがあることで苦しむ人間がいることも事実。開発者様は何をやっているんだか…)」

 

かくいう七瀬も自分がその一人であることを自覚している。この話は七瀬の両親に関係しているのだが、それは追々話すこととしよう。

話が脱線してしまったが、そんな中で七瀬は二人の『織斑』について考えていた。

 

「(そういや、織斑ってあの第一回世界王者の織斑千冬と同じ名字だな)」

 

偶然か、と思う七瀬であったが織斑という名字がそうたくさんいるとも思えないし、二人の名前の共通点も気になった。一夏と千冬。どちらも名前に数字と季節が入っている。ますます二人の共通点が気になる七瀬であったが近くから聞こえた話題の内容でそんなことはどうでもよくなってしまう。

 

かくいう七瀬も自分がその一人であることを自覚している。七瀬の両親に関係しているのだが、それは追々話すこととしよう。

話が脱線してしまったが、そんな中で七瀬は二人の『織斑』について考えていた。

 

『太田君なら起動できんじゃね?何でもできるし』

 

「ははっ、やめてくれよ。流石にISは起動できないさ」

 

太田とその取り巻きが起動テストのことで話していた。確かに彼なら問題なく起動させてしまいそうで怖い、と七瀬は納得してしまう。どれだけ道理の通らないことを言っても許される彼ならば、という皮肉つきな理由で納得したのだが。

 

************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【テスト会場】

 

『次の者、前に』

 

白衣を着た研究員が生徒の移動を促し、次々にISに触れさせていく。

そしてしばらくして七瀬は自分の番がきたことを確認する。

 

『目の前のISに意識を集中させて触れて下さい』

 

七瀬はそう言われ、目の前のISに触れる。

 

「(ラファール・リヴァイヴだったっけな、このIS…)」

 

七瀬は一瞬、意識が研ぎ澄まされるような感覚があったがその後は何も起きずに稼働テストは終了した。

 

『適性は無し、ですね。もう大丈夫です』

 

「…ありがとうございました」

 

七瀬はそれだけ言って会場を出る。学校が手配した送迎バスが発進する時間まではまだ長い。

 

「(今日は学校も終わりだし、さっさと帰るか)」

 

バスを待つのも面倒になった七瀬は歩いて会場を出ることにした。

 

「(つーか、もう金曜日か。なんで休日のプラモフィーバーだってのにこんなに虚しい気持ちなのかねぇ…?)」

 

自分に適性がないことくらい分かっていた筈なのに少し残念な気持ちが残るのは何故だろうか。自分に何か可能性があるならそれを開花させたかったのか、あるいはまだ自分はロボットに乗るという夢の途中なのか。

 

そんなことを考えていた七瀬の意識は轟音と共に突然途切れることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

七瀬は倒れていた。朦朧とする意識の中、目を開ける。 

 

「は……?」

 

目を開けるとそこは地獄だった。

周囲が炎に包まれ、さっきまで賑わっていた人々が命の灯を消していた。周囲に黒ずんだ体で横たわる人、それが焼死体だと理解するまでそう時間は掛からなかった。

 

「うぅっ…!?」

 

七瀬は猛烈な吐き気に襲われる。初めて人の死を目の当たりにしたのだ。それもこんな残酷な形で。

 

『くっ…!!』

 

「お…おい!!大丈夫か!?」

 

一人の白衣を着た男性が七瀬の近くでうごめいていた。その症状はまさに虫の息同然だった。

 

『男……君は男なのか?』

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!女性の方がよかったなんて文句受付けねぇからな!」

 

七瀬は出血していた彼の腹部を彼の着ていた白衣を破って止血を試みる。

すると突然、彼は白衣のポケットを漁り始める。何をしているのか、そう思う七瀬の意思を置き去りにして彼はいつの間にかその大きな大人の腕を振り上げていた。

 

『悪く思わないでくれ』

 

「何を…ぐっ!?」

 

七瀬は突然彼に止血していた腕に注射器を打ち込まれる。中から血のように赤い色をした液体を流し込まれる。

 

「っ!?一体何をした!?」

 

『これで…我々男の祈願は達成される……女共はこれで終わ…り…』

 

渇いた声で笑った後、言葉の続きを言えぬまま彼は息を引き取った。

 

「このバカが…!!」

 

注射された部分を抑えて七瀬は炎の中、周りを見渡した。そしてあるはずのものがないことに気がついた。

学校の手配した送迎バスがなかったのだ。

 

「あぁ、そうか。ここにいる奴等は皆、見捨てられたのか…」

 

バスは生き残っていた数人の生徒を連れて既に出発してしまったのだろう。周りの取り残された生徒たちが悲鳴や泣き声を挙げている。その足元には友であろう者たちの亡骸があった。

 

「どうしてこんなことに……」

 

七瀬はこうなった元凶を探す。炎の熱で目を開けられず、視界が見えにくい中で周囲の現状を理解しようとした。

そして七瀬は炎の中で何かを探すように稼働する巨体を見つける。

体の大きさからしてまず人間ではないことが理解できた。ならば何なのか、それは先程まで自分たちが触れていたものであった。

 

「IS…どうして攻撃を!?」

 

周囲の建物や人にISがその手に持っている重火器から火が吹かれる。人が、建物が焼けて黒ずんだ炭になっていく。

 

「あれは…拠点制圧用の重装備か!?こんな場所で!?」

 

プラモの設定やロボットアニメの情報から敵の武器の使用用途と火力を知る。そして七瀬は敵のISの目的を理解した。敵のISの目的はこの試験会場の破壊とここにいる全ての人間の抹殺なのだと。

抵抗手段を考えるが何も思い付く訳がない。スポーツとして見なければISは最強の兵器でしかない。つまりISに勝てるのはISだけなのである。

七瀬はここにきてISの兵器としての恐ろしさを身を持って知ることとなった。

 

「IS…確かさっきの稼働テスト用のが…」

 

七瀬は敵のISに気がつかれないようにISがあった方向へと走る。周りの生徒の死体をできるだけ見ぬようにただひたすら走りぬけた。瓦礫の山を越えた先にそれはあった。

七瀬はISのあった格納庫まで辿り着いた。いくつかの格納庫を探したがどうやら他の機体は現在も殺戮を続けている敵に持ち去られてしまった後だったらしく、今七瀬の目の前にある機体が残された最後の一機だった。

ラファール・リヴァイヴ。フランスの企業が開発した量産型のISだ。

だが、どういうことか体の一部が破損していた。

 

『き、君は……?』

 

七瀬は声が聞こえた自分の後ろを振り向く。そこには一人の研究員がいた。その手には大きな資料のファイルを持っていた。

 

『その服装…今日の学校の試験生か!すまない、人手が足りないんだ。コイツを直すのを手伝ってくれ!』

 

突然の頼みに七瀬は動揺を隠せずにいた。

 

「俺、ISなんて直したことないですよ?」

 

『これを見てくれ。これはこの機体の整備データのコピーだ。緊急事態で本社から送って貰ってね。これを見ればきっとできるだろう』

 

「・・・どうせ死ぬくらいなら少しは足掻いてやるか。わかりましたよ!」

 

七瀬は研究員からファイルを渡してもらい、資料と機体に目を通す。

 

「歪んでいる背部のウィングはどうします?」

 

『ユニットごと交換する。向こうに高周波カッターがある。そいつで交換の邪魔になる部分を切り落としてくれ』

 

七瀬はそう言われて高周波カッターを探してくる。道具を見つけ、指定されたウィングを切り落とす。

 

『おぉ、なかなか手慣れてるじゃないか』

 

「この切り跡見てそう言えます?」

 

七瀬が切り落としたウィングはいくらユニットごと交換するから適当に切ってもよいとはいえ、酷く歪なものだった。

 

『最初の僕はもっと酷かったさ。それより君、IS好きだろ?』

 

「よく分かりましたね」

 

『いきなりこんな作業を頼まれて楽しそうな顔をする奴なんて、ISが好きか、ドMかのどっちかだろ?』

 

「比べ方の単位が酷すぎるな」

 

七瀬は作業を続けていく中、七瀬はマニュアルにない異常事態が機体に起きていることに気がついた。

 

「くそっ…こいつ、ところどころケーブルが焼き切れてますよ…!」

 

『予備のケーブルがあるか見てきてくれ!今ちょっとハイパーセンサー周りの接続で手が放せないんだ!』

 

七瀬は周囲に予備のケーブルがないか確認する。予備の補充品だと思われるコンテナを確認してケーブルを探す。だがケーブルは見つからず仕舞いで持ち場に戻ることとなった。

 

「お?ケーブルってこれか?」

 

探していたものが持ち場にあったという事態に動揺する。灯台もと暗しとはこのことなのか。

 

「明らかにさっきまでなかったが…大丈夫なのか?取った瞬間『はい、捕獲ー』とかないよな?」

 

怪しみながらもケーブルを取り、それを目の前の機体、ラファールに繋ぐ。するとラファールは空中投影型のディスプレイとキーボードを表示した。

 

「エネルギー残量が少ない…それに調整も不十分…こんな状態でテストしていたっていうのか…!?」

 

『上の奴等、そこまで期待なんてしてなかったのさ。二人目の男性操縦者が現れるなんて』

 

ISの手配をした政府と企業のやることが滅茶苦茶であることと状況の悪化を感じる。

 

『OSは僕が書き換えておく。君は最低限できる調整をマニュアル通りに頼むよ。もうすぐ操縦者も来るからね』

 

「了解」

 

七瀬は自分でできるほんの僅かな調整をラファールに加え、起動できる状態にはなった。

 

「俺にできるのはこれが限界です」

 

『こちらも終了した。あとは乗り手を待つだけだ。僕らの役目は終わ──』

 

彼がそう言おうとしたそのときだった。彼の携帯の着信音が鳴り響いた。通話相手の話が進むにつれて彼の顔が青くなっていく。そして通話が終了すると彼は突然携帯を地面に投げつけた。

 

「なんだったんです?」

 

『操縦者の連中は既にここを離脱していた…ここに残されたのは僕と君、そして可哀想なこの機体だけだ』

 

七瀬が積み上げたものが崩れ去った。最後の希望であったISは操縦者のいない今、ただの人形となったのだ。

 

「どいつもこいつも信用ならねぇな…」

 

自然と身体の力が抜けていくのが分かる。足に力が入らなくなった七瀬は目の前のISにもたれ掛かる。

 

「(死ぬ前にこの間買ったプラモ、作りたかった…)」

 

建物が揺れ始める。敵のISはこの格納庫への攻撃を開始したらしい。あと何分持つか、そんな考えだけが二人の脳裏に浮かんでいた。

 

『……!……!』

 

「(あ……?)」

 

ぼやけた視界の中、目の前の研究員が何かを叫んでいることに気がつく。力の抜けた体を起こして彼の言葉に意識を集中させる。

 

『ISが起動している…!?君は何を…?』

 

「何っ!?」  

 

ISの話になり、七瀬は息を吹き返した。そして後ろの機体に目をやった。さっきとは違う、神々しいまでの光を放つISの姿があった。

 

「(だがさっきのテストで俺は落ちた。なのにどうして…)」

 

考えうるはさっきの研究員に打たれた薬。それが原因だと分かっていても七瀬は立ち止まっていられなかった。もしかしたら、と微かにある希望を手にしたい気持ちで頭が一杯だった。

 

『君なら、ISに乗れるんじゃないか…?』

 

七瀬は彼にそう言われ微かな希望を抱き、ラファールのコックピットに乗り込む。依然として投影されているキーボードをいじり起動シークエンスを開始させる。コックピットに乗り込むとラファールが生体データの読み込みを始める。何もつまづくことなく起動シークエンスが終了する。

七瀬を操縦者と認識したラファールの装甲が操縦者の体の位置に合わせてスライドする。

フォーマットとフィッティングが完了したことを投影されている画面で知らされる。

 

『…完了だ。これで君は正真正銘、二人目の男性操縦者だ!』

 

「ロボットに乗っている…俺が…この俺が!」

 

喜びに浸っている二人だったが建物が再度揺れると冷静さを取り戻した。

 

「奴を叩きに行く。武器は?」

 

『・・・君が持ってきたあれだけだ』

 

七瀬はフォークリフトで運んできたコンテナを開き武器を確認した。

 

『これが何も考えちゃいない政府のやり方さ…機体の強奪の危険も考えずに…!』

 

研究員はコンテナにあった武器を見てそう吐き捨てる。

言い方からするに、彼は強奪の恐れも視野に入れていたらしい。

だが七瀬の反応は違った。

 

「いいねぇ、この武器。こういう武装は大好きだ。いかにも量産機って感じじゃないか」

 

七瀬は目を輝かせながらその武器を手に取る。ISを装着しているためあまり重さを感じないソレに七瀬の心は更に高揚した。

 

『そんな旧世代の武装で太刀打ちできるわけがない!どうするつもりだい!?』

 

「逆に聞きます、太刀打ちできないとしたらどうするんです?戦える力が目の前にあるというのに、生きることを諦めるんですか?」

 

『………』

 

「それに自分はロボットに乗って死ねるなら本望です。

 とはいっても、自分は初心者である身です。あなたにアシストをお願いしたい」

 

『・・・私は大人としてあるまじき行為をしている。子供を戦地に送り込み、自分は助かるかもしれないという希望をもっている。こんな僕でも君は命を預けられるというのか?』

 

「言ったでしょう。ロボットに乗って死ねるなら本望。ロボットに乗るためなら何だってしてみせますよ。それでは、あとはよろしく頼みます」

 

『ま、待ってくれ!』

 

七瀬はそう言ってその場を去ろうとする。だが、それを研究員が呼び止めた。

 

『名前は?』

 

「……東 七瀬、です」

 

『東君か。少しこの老害の話を聞いて貰いたいんだけど…いいかい?』

 

「えぇ、どうぞ」

 

老害というが彼はどう見ても20代後半だった。七瀬はツッコミたくなる衝動を抑え、彼の話に耳を傾けた。

 

『僕は幼い頃から大好きなロボットに憧れてIS企業に入ってね。…だが、そのロボットへの熱を企業にいる間に忘れていたようだ。感謝する、僕のロボットへの愛を再点火させてくれて』

 

「・・・失礼ですが好きな機体は?」

 

『ジオン公国軍の旧ザク一択だ。当時旧式さえも投入せざるを得なかったジオンの戦局を教えてくれる素晴らしい機体だ』

 

「数あるザクの中でもあえて旧ザクを選ぶとは…貴方とは旨い酒…いや、茶が飲めそうですよ。帰ったら語りに付き合ってもらうとしましょう」

 

『折角だ。発進のときに初めての出撃台詞を言ってみてはどうかな?』

 

「では、自分が一番思い入れのある作品の出撃台詞を使わせていただこう」

 

七瀬は一瞬で勢いをつけて発進するためにブースターにエネルギーを集中させ、前屈みの体制になる。ブースターにエネルギーを集中させることは結論から言うとエネルギーの無駄でしかないのだが、二人にとってはどうでもよかった。今この瞬間のロボットという夢を発進させることだけが二人の頭を支配していた。

 

『スラスターエネルギー充填、限界まで完了!いつでもいいぞ!東君!』

 

「了解!ラファール・リヴァイヴは東七瀬で行きます!」

 

七瀬は自分が最初に見たロボットアニメ、ガンダムF91の出撃台詞を叫びラファールのブースターを蒸かす。

七瀬がブースターを吹かすとラファールはそれに応え、先程まで残っていたエネルギーでは想像もつかない程の加速を見せてくれる。

 

「これがISなんだ……あんな少しのエネルギーでこれだけの速さだなんて…!」

 

こんなときであるというのに七瀬は喜びを感じていた。幼き頃からの夢が叶ったことに。

 

「見つけたぞ、初めての獲物!!」

 

七瀬は敵のISまで接近する。

敵のISは七瀬に気づいたようでその手の重火器から炎を吐き出した。

 

「量産機だからって甘く見るなよ!」

 

『男の声…?まさか、男がISに乗っているのか!?』

 

敵のISの操縦者はそんな声をあげた。

初心者特有のデタラメな動きでなんとか炎を回避する。だが、ただ動き回るだけでは撃墜されてしまう。七瀬は死中に活路を見出だすためにラファールのストレージから武器を探した。

 

「腕部マイクロミサイル8発…これだけか!」

 

最低限防衛用として装備されていたのであろうマイクロミサイル。

だがたった数発しかないそれで敵のISを倒せる筈がない。

 

『東君!敵は重装備で動きが鈍い!ラファールの速さを利用して活路を開くんだ!』

 

「了解!」

 

旧ザク研究員(仮)からの通信によるアシストを受け、七瀬はラファールの片方のブースターだけを吹かして急旋回をかける。その際発生するすさまじいGにもISに乗っているからか耐えられた。

 

「そんなただでさえ重そうな機体に重装備を付けてたらついてこれないだろうな!この武器の見せ所だ!」

 

七瀬は敵の背後に周り込み、その手に持っていた武装を振り下ろした。

敵のIS、『打鉄(うちがね)』の特徴ともいえる部分である肩のアーマーが宙を舞った。

 

「やはり、この武器はいいものだ!」

 

その手に持っている武器、鋼鉄製のアックスが鈍く光を反射する。

 

「ヒートにできないのは残念だがそれもよし。ドンパチするにはもってこいだ!」

 

敵のISは時代遅れなその武器に戸惑いながらもその重火器から炎を吐き出し続ける。その攻撃を避けながら七瀬は次の反撃の機会を伺う。

 

「見える!初心者の俺にも隙が見える!」

 

隙を見つけた七瀬は鋼鉄のアックスを振り下ろす。だが、敵もそう何度も同じ手が通じるはずもなく、振り下ろされたアックスを瞬時に呼び出した刀で塞いでいた。ラピッドスイッチという高等戦術である。

 

「ぐっ…細い刀のくせにやる!」

 

七瀬はアックスで刀を振り払うが、その刹那、敵がもう片方の腕に呼び出していた刀でラファールの胸部装甲を破壊していた。

 

「二刀流かよ…まだそんな隠し手を!」

 

すっかり態勢を立て直した敵は続けて七瀬に攻撃を仕掛ける。敵の刀が七瀬の脚部の装甲に突き刺さる。七瀬は咄嗟の判断で刀を持っていた敵の腕をアックスで切り裂く。敵のISの装甲が壊れ、内部のフレームが露出した。

 

「このままじゃあジリ貧でしかないか…何か策は……」

 

『東君!』

 

旧ザクの研究員から連絡が入る。ある位置データと共に。

 

『この場所まで奴をおびき寄せてくれ。面白い物を見つけたよ』

 

「ここまでって…無茶苦茶いいますね」

 

送られてきた地図に表示されていた場所は七瀬がいる場所から程遠い場所だった。

 

「なら、こちらも無茶苦茶させてもらいます」

 

七瀬は通信を切るとすぐに行動に移した。だがその行動に敵さえもが戸惑いを見せる。

 

「来いよ、女が繰り出す細ぇ刀の攻撃くらい受けきってやるよ」

 

七瀬はアックスを捨て、人差し指を立てて挑発する。あとは相手方がこんな安い挑発に乗るかが鍵となる。

 

『男風情が…嘗めるなぁ!』

 

七瀬は笑みを浮かべる。

敵は刀を持って七瀬に向かって接近する。七瀬はそれでも動かなかった。そして敵が七瀬に刀を振りかぶらんとしたそのときだった。

七瀬のISの装甲が吹き飛んだ。いや、正しくは七瀬がパージしたのだ。

結果、普通のISよりも一回り小さくなったラファールが完成する。七瀬は背丈の小ささを利用してそのまま、敵のISの懐に飛び込む。敵の腕を抑え、刀の動作を封じるとその残されたエネルギーを惜しみなく使い、トップスピードを出す。イグニッション・ブーストと呼ばれる動作である。

 

「アンタがバカじゃなかったら終わってただろう」

 

七瀬はそのまま敵のISに直進し、敵のISを建物の壁に叩きつけた。建物が崩壊し、敵のISも脱出するのに時間がかかっていた。そこから七瀬は作戦を開始する。

身動きを取れない敵のISに上空から旧ザク研究員がコンテナで見つけたという液体を上空から流し込む。

 

『……?』

 

敵のISは困惑していた。この液体はなんなのか、なぜこのようなことをする必要があるのかと。

 

『今だ!東君!!』

 

旧ザクの研究員からの通信が入ったことを確認すると七瀬はマイクロミサイルを一発のみ撃ち込んだ。

たった一発のそれがあたっただけだというのに、敵のISが爆炎に包まれた。しばらく時間が経っても敵のISから火は消えない。

それもその筈。先程上空から流し込んだ液体、それは石油やニトログリセリンといったとても引火しやすいものだったのだから。ニトログリセリンの爆発とミサイルを合わせて威力を上げた。ただそれだけなのだが身動きのとれない相手には効いたようである。

 

『!!』

 

「逃がすか!!」

 

建物を残ったミサイルで壊しつくし、瓦礫が敵のIS襲いかかる。

敵のISのシールドエネルギーが崩落した建物から操縦者を守るべくして防御に働いた。先ほどの爆発に続いての猛攻を受けた敵のISは立っているのがやっとの筈である。

こうしている間にもシールドエネルギーは消費され続けている。未だに敵のISから炎は消えていなかったのがその証拠である。

 

『おのれッ…!この私が男ごときに!!』

 

敵のISは流石に分が悪いと判断したのかその体に炎を纏ったまま撤退していく。

 

「クッソ……鹵獲し損ねちまったか……ん?」

 

七瀬がそんなことを考えていると七瀬のIS、ラファールから白い煙が吹き出し、七瀬の体からフィットしていた機体が外れる。どうやらこの機体もあれ以上の戦闘を続けていたら危なかったらしい。

 

「東君、無事か?」

 

「えぇ、何とか」

 

ラファールに乗ったまま、七瀬を追いかけてきた研究員に答える。

 

「・・・いや、無事ではないですね。さっき野郎を建物に叩きつけたときに腕折ったようです」

 

「なんで君はそんなに平然としているんだ…?」

 

七瀬は折れた腕を抑えながらラファールごと地面に倒れ、空を仰ぐ。

 

「(ISを動かせるようになった、か

 …俺はもう一度、夢への切符を手に入れたことになるな)」

 

ぼんやりと頭に浮かぶのは、かつて自分が作ることを夢見た機体の姿。幼い頃から試行錯誤を繰り返し理想とした、言わば『ぼくのさいきょうのろぼっと』。

 

「待っていろ、絶対作りあげて乗ってやる…!」

 

そんなことを考えながら七瀬は目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとラファールはもう少しこのままの状態で頼みます」

 

「……何故だい?」

 

「壊れたフレームの露出した機体の姿を写真に納めておきたいのです」

 

「僕はとんでもない奴に機体を使わせてしまったかもしれないな……」

 

ここから彼は狂い出す。

夢というたったひとつの幻想を手にするために。




まだ学園には入学しませんね。文で誤字脱字があればご報告いただけると嬉しいです。
今回もありがとうございました!


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プロローグ3:猶予

今回でプロローグ終了です。
次回から学園編に行きます。


『それでは再度、入学書にサインと実印を』

 

「分かりました」

 

IS学園入学書。それに七瀬はペンを滑らせる。

ISを動かしたあの日以来、事態は電光石火の如く進んでいった。骨折した腕を治療しに行こうと思えば突然、黒い服を着たサングラスのハゲ(七瀬談)にリムジンに乗せられ、気が付けば今に至る。

男がISを動かしたことはその日の速報となり、全てのテレビ局が我先にと報道を始めた。

 

「腕折れてるんで字が汚いですが我慢してください」

 

『構いません。そのための実印でもありますから』

 

相変わらず目上の者に対しての口の利き方がなっていないのは言うまでもない。

だが、七瀬は罪悪感を感じる中、怒りを感じていた。

 

「あの、そんなに見られてると気持ち悪ぃんですが」

 

半分ギレの状態で七瀬は言う。

だが、七瀬の目の先にいた唯一ハゲではないボディーガードのリーダー格の男はこう返答した。

 

『どうかお気になさらぬよう。我々のことは空気だと思ってください』

 

「できないね!」

 

いくら身の安全が保障できないからといって病院や自室にまで付いてこられては行動しにくい。現にここ、IS学園にまで移動する道もリムジンで行動を共にしているのだから。

 

「逆に目立つんじゃないですかねぇ?容姿がなかなかな織斑一夏ならいざ知らず、いくら二人目の男性操縦者だからって俺みたいな奴、顔を覚えてるわけないと思いますよ」

 

『失礼ですが、貴方は自分の価値を安く見すぎです。本来ならば学園に入学できなければ解剖──』

 

「某家電量販店まで俺に付いてきたとき思い出してくださいよ」

 

『…………』

 

そう。これが一番の七瀬がキレる理由だ。プラモを買いにいくときも同行。よってあまり集中して買い物ができないのである。だが、七瀬も性格が悪く、二度と付いてきたいと思えないように一週間全て店に通い、数時間プラモを見て廻るというプラモを知らぬであろうボディーガードへの嫌がらせを繰り返した。だがどういう訳かお付きのボディーガードは顔色ひとつ変えずにしっかりと七瀬に付いてくるのだった。

それで七瀬は何を思い出せと言ったのか、それは七瀬が二人目の男性操縦者と発覚した次の日だというのに七瀬がいるということに誰も気が付かなかったということだ。これにはお付きのボディーガードも驚きを隠せずにいた。

 

「自分にはハイパージャマーかミラージュコロイドといったステルス機能でも付いてるんですかね?」

 

『返答を控えさせていただきます』

 

「あぁ、そうですか…」

 

七瀬は心の中で涙を流しながら言う。

そんなことをしていると書類を違う部屋に持って行ったIS学園の教師が帰ってきた。

 

『これで手続きは終了です。そして、こちらが入学前に配布している参考書です。無くさないでくださいね』

 

「あ、ありがとうございます…」

 

七瀬は席を立ち上がり、辞書並みに厚みのある参考書を受け取る。いくらロボットを愛する七瀬であっても辞書並みに厚みのあるそれを受け取ったときは顔をひきつらせた。

 

『それでは、迎えが来るまでお待ち下さい』

 

「はぁ…」

 

ボディーガードの彼にそう言われ、七瀬はため息をつく。迎えが来る時間までの間、七瀬は携帯を弄り始める。

 

「(本来ならこのあと遅刻で学校に行く筈だが…サボるか)」

 

普段ならこんなことはしない。だが今回ばかりは仕方なかった。理由はボディーガードの彼がいるからだ。

普段学校で暴力沙汰のような嫌がらせを起こされている七瀬。いつも七瀬に手を出す彼らが学校にまで同行するであろうボディーガードに見つかれば投獄では済まないからだ。

 

『東様、これが終われば我々の任務も終了です。ここまでの監視、お疲れ様でした』

 

「えっ…今日で終わりなんすか?」

 

『いえ、その…政府から見つかる心配のない東様よりも織斑一夏様の方へ優先しろとのことでして…』

 

「自分のステルス機能公認になったんすね」

 

影の薄さだけは一流な七瀬であった。

七瀬と彼は迎えからの連絡が来るとIS学園をあとにする。

 

「来年からここに入学するのか…しかし、女子校に男が二人ねぇ…」

 

『お気に召さないようですな』

 

無駄にデカイ校舎を見つめながら二人は言う。

迎えの黒い車に乗り込むとボディーガードの彼は行き先を運転手に告げた。

 

「当たり前じゃないっすか。今のところ、ここに入学する男は自分と織斑一夏だけなんでしょう?いい比較対象にされますよ、彼と自分は」

 

『お二人とも世界でたった二人の男性操縦者です。比較などしなくとも…』

 

「織斑一夏が全てにおいて自分のスペックを上回っていたら世界にとって自分は彼の代用品、もしくは解剖材料にしかなりませんからね」

 

七瀬は政府を信用していなかった。その理由にはボディーガードの彼から聞いた信じられない事実があった。当初、自分は解剖用として使われる予定だったというのだ。織斑一夏も最初はそうだったらしいが織斑一夏のその後を決めたのは他でもない篠ノ之束だ。彼をIS学園に入れろと言ったのは彼女だったのだ。だが、七瀬に対しては特に指令はなかったので解剖用の媒体として扱う予定だったらしい。

 

「それにあの事実を教えてくれたのは貴方です。自分が代用品にしかならないことは貴方が一番分かっているのでは?」

 

『………』

 

彼は黙る。なぜ自分にそんな事実を教えたのか、なぜ自分の身の危険を侵してまで自分に世界を教えようとするのか、七瀬には到底理解出来なかった。

 

『だからこそ、認めたくないのだ』

 

「と、いいますと?」

 

『君はまだ未来に希望のある子供だ。そんな子供に何故このような非人道的なことが平気でできるのか私には分からん。たかが兵器を使えるという理由だけで人の命を犠牲にするなど、私は認めない。こんなやり方をする政府を、世界を…』

 

「大方、男にもISが使えるようになるかもしれないという人類の発展に繋がるからでしょう。全ては自分ひとりの犠牲で男女の人権を平等にできるかもしれない、この女尊男卑の時代に終止符を打てるかもしれないという希望からくるもの。こんな偉業を成し遂げれば国は更に発展し、世界との関係をリードすることができる。普通の国民からすればそんな素晴らしい計画を止めようとする自分らの方が悪人ですよ」

 

『人殺しの技術で成り上がるなど発展など言わない。私にとっては篠ノ之束だって同じに思える。人を殺めることができる機械を世界中に広めた。一度人の命を救った力とはいえ、使い方を誤ればそれはただの脅威だ。なぜ世界はこうも変わらない…犠牲の上に手に入れた力を使い誤るのだ……』

 

「それが人間としての本能なんでしょうな。…けど、それを知って尚、人は止まるわけにはいかない。それがより良い明日へ繋がると信じ続けるのもまた人間の本能なんですから」

 

『……』

 

「かつて人間の先祖たちが初めて火を見つけたとき、その眩しさと熱さに恐れを抱いたでしょう。ですがそれを乗り越え、後の時代に繋いでくれたからこそ、今の自分たちの生活があるのだと自分は考えます」

 

そんなことを話していると七瀬の自宅に到着する。

七瀬はシートベルトを外し、学園で受け取った資料を手に車のドアを開く。

 

「貴方のような人にお会いできて嬉しかったです。ISを肯定的に考えていない人の意見も欲しかったところでした。では…」

 

『待ってくれ、東君』

 

七瀬によって閉められた車のドアの窓が開く。

任務を終え、今は七瀬の元ボディーガードとなった彼はかつての主に声をかける。

 

『君は自分がそんな扱いだと知って尚、なぜ自ら進む?その道は命を磨り減らす道だと分かっている筈だ』

 

学園に入る以外には解剖される、もしくは保護対象として国に監視されながら生きる道もある。だが嘆くことをせず、七瀬が自ら学園に入ることに対して積極的であった理由がボディーガードの彼には理解出来なかった。

 

「夢があるんですよ」

 

『夢?』

 

七瀬は服の胸ポケットから一枚の紙を取り出して彼に見せる。

 

『これは…?』

 

「まぁ、俗にいう『ぼくのさいきょうのろぼっと』です」

 

端から見たら子供が書いたただの落書きにしか見えないその絵に彼は戸惑う。

 

「そいつは幼い頃に描いた夢の設計図です。そいつをISとして作りたいんですよ。叶わないと思ってた夢に今は挑戦することができる。それが堪らなく嬉しいんです」

 

自分が危険な立場にいると分かっているのにその先の夢を見つめている。元ボディーガードの彼は表情が柔らかくなる。自分の硬い考えも目の前のロボットを愛する男にとっては過ぎたことでしかないのだと思うと阿保らしく思えたからだ。

 

『君はISをアニメのヒーローロボットのように考えているのかもしれないが…』

 

「分かってますよ、兵器だということは。それを身をもって思い知らされましたから」

 

七瀬は包帯で巻かれた腕を見せて言う。

 

「それでも、自分は諦めきれませんでした。ソイツが誰かを助ける力になるか、人を傷つける力になるかは分かりません。ですがひとつ確かなことは俺がソイツを作って操縦したいってことです。ソイツで自由に空を飛びたい。それが今の分かることです」

 

『…後者にならないことを祈るとしよう』

 

彼は苦笑いしながら言う。七瀬というロボット馬鹿は止まらないということを悟ったのだろう。

 

『おっと、そういえば渡し忘れていたものがある』

 

彼は車の中に置いていた鞄から何か箱を取り出した。

それは七瀬がよく知るものであった。

 

「これは…」

 

『これまでの監視のお詫びとついでに布教活動とでも言っておこう。私が一番愛する機体だ』

 

「ジムカスタム…連邦の機体ですか。なかなか渋いチョイスっすね」

 

彼から渡された箱は七瀬の愛するプラモデルだったのだ。

 

『君の部屋はジオン系の機体が多かったな。正直、連邦派の私には居心地が悪かった』

 

「なるほど…貴方にあの嫌がらせが通用しなかった理由がようやく分かった」

 

七瀬は気がついたのだ。目の前の彼もロボットを愛する人間の一人だということに。

プラモコーナーを一週間周り続けるという嫌がらせ、それが通用しなかったのも彼がプラモを趣味に持つ人間だったからなのだ。

 

『ISを作る際にはジムのような機体も作ってみてくれ。是非私も見てみたい』

 

「最善を尽くさせていただきます」

 

七瀬は受け取ったプラモの箱を抱えながら彼の中に残った疑問を投げ掛ける。

 

「そういえば貴方はなぜ政府やIS関係のことをそこまでご存知なんです?いくら学園から派遣されたボディーガードといっても政府の思惑なんて知らない筈では?」

 

『流石に勘がいいようだ。そう、君の言う通りだ。普通は私のようなボディーガードが知ることではない…普通は、だが』

 

彼は付けていたサングラスを外しながら言う。

 

「失礼ですが、貴方は何者なんです?」

 

『…私のコードネームは沖田雄(おきた ゆう)。対暗部用暗部、更識家のエージェントだ』

 

「更識家…?」

 

『いずれまた会うこととなるだろう。夢への健闘を祈る、武運を!』

 

彼は七瀬に連邦式の敬礼をする。咄嗟に返した七瀬であったが彼の言っていた言葉が疑問となって残っていた。

 

「(更識家…何者なんだ?)」

 

残り数ヶ月。その入学までの猶予を使って更識家について調べてみることにした。

 

「ボディーガードの人もいなくなっちまったし、大遅刻だが…学校行くか」

 

七瀬はすぐに用意をして学校に向かうのだった。

 

 

 

 

「(なんだ、この違和感は…?)」

 

学校の教室に入ってすぐ、七瀬は異変に気がついた。クラスメイト数人分の席が空いていたのだ。

 

「(そうか、あの襲撃で…)」

 

稼働テストの日の襲撃、それで命を落としたクラスメイトたちがいることに気がついた。

 

『てめえ、どの面下げて戻って来やがった!』

 

突然、教室に声がこだまする。七瀬が自分に投げ掛けられた声だと気づくのにそう時間は掛からなかった。

いつも七瀬に嫌がらせをしている男子であった。

 

『お前のせいだ!お前がもっと早くISを動かしていればアイツらは死なずに済んだんだ!』

 

「はぁ?」

 

七瀬は思わずそんな声を上げる。それに対して男子は怒ったのか七瀬の襟を掴んで椅子から地面に叩きつける。

 

『アイツらは死んだのにお前は腕一本折るだけで帰ってきたってのかよ!ふざけんな!』

 

「ぐっ!」

 

七瀬の顔に男子の拳がめり込んだ。

男子は同じ動作を何度も繰り返す。だが、それを止める者はいない。むしろもっとやれ、と囃し立てる者もいた。

 

「お前は怪我すらしてないんだな」

 

『何だと!?』

 

「我先にと逃げた腰抜けにそんなことを言われる筋合いはねぇって言ってるんだよ」

 

七瀬は嘲笑する。不気味な笑顔で。

顔を真っ赤にした男子はもう一度七瀬に拳を振り下ろそうとする。だが、拳は届かなかった。

 

『どうして君はそうなんだ!!』

 

「(あぁ、そうだ。お前が来るのを待ってたんだ)」

 

七瀬の前にクラスのヒーロー、太田が現れた。だがこれも七瀬の筋書き通りだということに誰も気がつかない。

 

「君はISを動かせたんだろ!?なんでその力を皆のために使わないんだ!君がやっていれば全部を守れたんじゃないのか!?」

 

「馬鹿を言うな。全てを守る?そんなことは機体を見てから言え。あれが精一杯だったさ」

 

新聞やらニュースやらで七瀬が乗ったラファール・リヴァイヴの状況は最悪だったということが報道されていた。政府や企業の整備が不十分だったということも共に報道された。それを知らない筈がない。現に七瀬がISを動かしたことを知っているのだから。

 

「お前の思ってるISの力は幻想だ。世界最強の兵器だからといって全てを守ることはできないんだよ。その力を振るうことで誰かが傷つき、誰かが何かを失うんだからな」

 

「俺は君とは違う!例えISがなくても、全てを守って見せる!」

 

「感動的だねぇ。けど、お前ら分かっているのか?死んだアイツらのお陰で生きていられるってことを」

 

「どういう意味だ…!」

 

太田が握りこぶしを震わせながら叫ぶ。

 

「お前らはアイツらを見捨ててバスで逃げた。アイツらを待ってあと少しバスが出る時間が遅れたらお前らが死んでたんだ。誰のお陰で生きていられるのか、分かっているのか?お前らが見捨てたアイツらのお陰だろ?俺はアイツらを助けられなかった、お前らはアイツらを見捨てた、つまり俺たちがアイツらを殺しちまったも同然なんだよ」

 

「言わせておけば………!」

 

「いいか、太田。テメェらは所詮クズの集まりだ。起きた現実に目も向けず何かあれば責任転嫁と誰かを犠牲にした傷の舐め合いを繰り返す。そうやって一生生きているがいいさ。俺は現実から目を背けない、前に進み続けてやる。その先に失うものがあったとしても乗り越えて、そして夢にたどり着く」

 

七瀬は淡々と言葉を口にした。普段絶対に口にしないような皮肉を。

 

「東、君というやつは…!!」

 

太田は七瀬に拳を振りかざそうとした。だが、七瀬はその動きを待っていた。ずっと憎かった相手、その相手に仕返しするときを待ち望んでいたのだ。

太田の拳をしゃがんで避けると太田の腹に全力の拳をめり込ませる。偶然ではあるが、綺麗なカウンターに成功した。

 

「待てっ!東…!」

 

「ずっとやり返したくて仕方なかったよ。ようやくそれが叶った。ここで思い残したことはないな」

 

周りのクラスメイトが太田に駆け寄る。そして七瀬を睨み付けた。

そのクラスメイトに対して七瀬はこう言った。

 

「あばよ、同じクズの共犯者たち。せいぜいアイツらの分まで生きてみせろよ」

 

七瀬はクラスメイトと区切りを付けるためにそう言うと来たばかりではあるが学校を去る。

もう二度と戻らないと誓って。

 

**************************

 

 

 

 

 

「束様」

 

「おかえり、くーちゃん。はじめてのおつかい、ちゃんとできた?」

 

「いいえ…『アスクレピオス』は既に被験者の体内に気化注射された後でした」

 

「えー?誰だよそんな面倒なことしやがったの」

 

「既に関係していた研究者は死亡、もしくは自殺してしまいました。手がかりは被験者のみかと」

 

「被験者、か…そいつは誰なの?」

 

「確か…『東 七瀬』という学生だったかと。世間では既に彼がISを起動させたことが知れ渡っていました」

 

「う~ん…めんどくさいし放っておいていいか。適当に監視するなりしておいて」

 

「了解しました」

 

 




ISの原作は次回が最終刊らしいですね…さみしいです。
今回もありがとうございました!


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プロローグ:キャラクター情報

今後も登場するキャラクターの情報のみです。
章が終わるごとにキャラクター情報は書くつもりです。


東 七瀬

 

身長/体重:168cm/50kg

年齢:16

誕生日:9/27

趣味:プラモデル、アニメ鑑賞(主にロボットアニメだがそれ以外もいける)

苦手なこと:人付き合い、周囲の空気を読むこと、etc……

イメージCV:杉田智和(声の詳しい質のイメージは普段が『涼宮ハルヒの憂鬱』のキョン、本気モードが『創聖のアクエリオン』のシリウス、ロボットを語るときが『妖狐×僕SS』の青鬼院蜻蛉)

好きなロボットアニメ作品:

機動戦士ガンダムF91、機動戦士ガンダムサンダーボルト、ナイツ&マジック、コードギアス反逆のルルーシュ、etc…

好きな機体:F91ガンダム、ギラ・ドーガ、バーグラリードッグ、紅蓮シリーズ

 

本作の主人公。

クラスメイトからの嫌がらせによる過度な人間不信とストレスに陥っていたある日、ISを動かしてしまう。

二人目の男性操縦者であり、初操縦時には襲ってきたIS、『打鉄』を整備もままならぬ状態のラファール・リヴァイヴで大破させているところから操縦テクはそれなり(?)と目測。

外見に触れるならば第一印象は最悪とのこと。目には光が宿っていない俗に言う『レイプ目』であり、更に猫背であるため周りからは不気味がられている。猫背については入学するのが女子校ということもあり、ある程度は改善させた。生まれつきの目はどうにもならないのだが、どういう訳かロボットの話になると目が別人のように輝き出す。

幼き頃からロボットに乗ることを夢見ており、自分の考えた最強の機体に乗ることを夢見ていた。中学時代は科学部に所属しており、ロボット部門で入賞するなど多少の功績を上げたがクラスメイトと繋がりのある部員からの嫌がらせによるストレスが貯まったことで退部することとなった。

理想のロボットをISとして作り、乗るという夢を叶えるためにIS学園に入学することを決意する。

 

 

 

 

[情報が完全ではないキャラ]

 

旧ザクの研究員(現時点は名前不明)

 

年齢:22

職業:IS企業の研究員(現時点においては企業の名前は不明)

好きな機体:ザクⅠ(旧型ザク)

通称:旧ザクの研究員

イメージcv:代永翼(声の詳しい質のイメージは『ヴァンガード』の先導アイチor『弱虫ペダル』の真波山岳or『機動戦士ガンダムさん』のアムロさんor『FAIRYTAILl』のルーファス・ロア)

 

我らがジオニスト(ジオンの機体が好きな人)。プロローグ2にて登場。七瀬と同じく幼き頃にロボットに憧れ、IS企業に入る。たまたま試験会場にて機体の運搬を任さており、その際に襲撃を受ける。残った機体を七瀬と共に修復し、敵の機体を撃退することに成功する。

企業に入っているということもあり、かなりのISに関しての技術を持ち合わせている。

 

 

沖田 雄(おきた ゆう)

 

年齢:25

職業:IS学園雇われのボディーガード、更識家のエージェント

好きな機体:ジムカスタム

通称:一人だけ髪がある人(学園のボディーガードの中で)

イメージcv:子安武人(声の詳しい質のイメージは『新機動戦記ガンダムW』のゼクス・マーキスor『銀魂』の高杉晋助)

 

上記のジオニストとは対極に生粋の連邦派。

プロローグ3にて登場し、その際にはIS学園に雇われたボディーガードとして七瀬の前に現れる。が、その正体は対暗部用暗部、更識家のエージェントである。

兵器であるISをスポーツに使う世界に疑問を抱いており、今回の七瀬解剖計画の実態を知ったこともあって、雇い主である学園の上層部と政府に不快感を持っている。

高身長に黒スーツ姿、サングラスと典型的なエージェントの服装であり、平日休日問わずに服装は変わらない。

 

 

太田優樹(おおたゆうき)

 

年齢:16

職業:学生

好きな言葉:ひとりは皆のために、皆はひとりのために

通称:完璧超人のぼうや

 

プロローグ1にて登場。一応、小学生、中学校は七瀬と同じ、更にクラスまで同じであったがいつでも険悪(七瀬から避けている)。その結果、クラスでは正の太田と負の東と呼ばれるまでであった。

クラスでは中心的な人物であり七瀬曰く、『奴がいなければクラスは成り立たない(皮肉)』とのこと。

クラスメイトからのいじめから協調の意思を示さない七瀬を必要以上に敵視しているがその詳しい理由は今は不明。

 




次回から序章、入学編です。はい、お約束の代表候補生相手にどう戦うのかにご注目を。
今回もありがとうございました!


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一章 IS学園
入学


今回から入学編です。


「全員揃っていますね。それではSHRを始めたいと思います」

 

「どうしてこうなった」

 

 IS学園の教室にて一人、七瀬はそう呟いた。

 今まで他人の視線など感じなかった(というより向けられなかった)七瀬だが、この日だけは違っていた。

 自分を省いたクラスメイト30名中、29名が女子。そんな状況の中で、出席番号上一番前の席になってしまう七瀬は後ろの席にいる女子生徒から向けられる針のように刺さる視線に緊張感を抱いていた。

 

「(そして俺の隣の席が例の織斑一夏か)」

 

 七瀬は自分と同じくこの嫌な緊張感に悩まされている少年に目をやった。

 

「(お気の毒様、俺より目立つ席だな。…おそらく、俺たち二人セットで目立っているんだろうがな)」

 

 七瀬は窓際の一番前の列の二番目、そして彼、織斑一夏は七瀬の隣である一番前の列の真ん中。二人セットで並んでいる以上、目立つのは必然的であった。なにせ二人とも世界に二人しかいない男性操縦者なのだから。

 

「私は副担任の山田真耶です。一年間よろしくお願いしますね」

 

「「よろしくお願いします」」

 

『………』

 

 自己紹介した副担任の山田先生に反応したのは七瀬と一夏の野郎二人だけであった。

 教室の女子生徒は未だに二人の席に視線を刺したままだった。

 それに気づいた野郎二人は咄嗟に縮こまる。皆が静かな中、一人だけ声を出したら恥ずかしくなるというアレだ。

 

「(仮にも一年お世話になる先生だろうに…それでいいのか諸君…)」

 

 七瀬は心底そう思うのだった。

 一応、七瀬も世話になる教師に対してはそれなりの敬意を持って接する。七瀬が受けていた嫌がらせをもみ消した中学の教師には礼儀さえもわきまえなかったが。

 

「で、では一人ずつ自己紹介をお願いします…」

 

「(いかん、自分の生徒のあまりの無反応さに先生が半泣きになっていらっしゃる…)」

 

 だがこの時、これから彼女が学園の教師の中で最大の苦労人になるということを七瀬はまだ知らないのだった。

 

「(というか今、自己紹介と言わなかったか?何も考えていないんだが…)」

 

 七瀬の大嫌いな行事の一つ、それが自己紹介だった。

 紹介できるようなことなど何も持ち合わせていない七瀬は新学期になる度にこの最悪の行事に悩まされていた。

 

「(とりあえず同じ男である織斑の自己紹介を手本にするとしよう…)」

 

「では次は…東君、お願いします」

 

「(あぁ、無理だ。俺、出席番号2番だったわ)」

 

 出席番号1番の少女が自己紹介を終えると七瀬は指名を担任から受けた。

 そう。これが彼が自己紹介が嫌いな理由の一つでもある。名前があ行であるため、基本的にいつも一番目か二番目というクラスメイトが注目するであろう順番に自己紹介させられるのだ。

 嫌がらせにより、毎年友人ができないことが確定している中学のために自己紹介を家で考えてくるのも馬鹿馬鹿しいので今までは適当にやり過ごしてきたが今回ばかりは状況が違う。

 この学園初の男子の自己紹介、それに耳を傾けない女子がいるわけがない。

 

「(クソ、織斑まで見てやがる。さてはこいつも自己紹介文考えて来なかったな?)」

 

 自分がしようとしたことを棚に上げて言えたことなのだろうか。

 七瀬は仕方なく席を立ち上がり一呼吸置いてから口を開いた。

 

「東 七瀬、です」

 

 この後、七瀬の脳はフル回転した。数秒間の間に次何を言えばいいのか、どう繋げればいいのか模索した結果、自分が思っていることを率直に述べるという結論にたどり着く。

 

「ロボッt…ISには昔から興味があり、今日からこうしてIS操縦者の育成機関で学べるということをとても嬉しく思っています。右も左も分からないような状況ですがよろしくお願いします」

 

『……………』

 

 教室が静まる。そして七瀬は緊張感で一気に頭に登っていた血が降りていくのを感じた。

 

「(何を言っているんだ俺は)」

 

 自分でもそう思った。七瀬が言ったことは紛れもない本心であったがまず普段と口調が違う、そしてロボットという単語を瞬時の判断でISという単語に置き換えたのは流石に自重したのからなのか自分でも理解出来ていなかった。

 

「(慣れないことはするものではないな)」

 

 七瀬がそう思ったそのときだった。

 教室から小さな拍手が聞こえてくる。次第にそれは大きくなり、隣にいた一夏までもが拍手を送った。

 

「(受け入れてくれたのか…?)」

 

 自分のこんな自己紹介を受け入れてくれたクラスを喜ばしく思う七瀬。当たり前のことかもしれないが、七瀬は高校一年にしてようやく自己紹介というものを成功させることができたのだった。

 

*************************

 

「よ、よぉ。君がもう一人の男性操縦者だろ?」

 

「あ、あぁ。そうだ」

 

 ぎこちない返事を返す七瀬。途中、隣の席の一夏が担任の織斑先生に殴られたり、織斑先生の登場による歓声で鼓膜が破壊されかけたりと色々あったが野郎二人はなんとか生き延びていた。

 

「さっきの自己紹介が有耶無耶になっちゃったから。ちゃんと挨拶しておこうと思ってさ」

 

「確かにたった二人の男子生徒としてこれからやっていくというのに、お互い関わらないままでは肩身が狭いしな」

 

「あはは…」

 

 自己紹介文など何も考えていなかった一夏は先程の自己紹介で自分の名前を言っただけで終わってしまったのだ。

 そんな自分の弟の自己紹介文が余程嘆かわしかったのか、二人の担任であり一夏の姉でもある織斑千冬はその手に持っていた出席簿を自らの弟の頭に振り下ろしたのである。

 そのとき、七瀬を含めたクラスメイトが思うことはひとつであった。自分は絶対にあの鈍器(出席簿)で殴られまいと。

 

「(しかし、この二人、本当に姉弟だったとは…)」

 

 七瀬は自分の仮説が合っていたことに対する驚きと世界の狭さを感じていた。

 

「俺は織斑一夏。趣味は…料理かな。これからよろしくな、東」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 七瀬は差し出された手を握り返す。こんなことを求められたことは今までなかったため、少し戸惑った七瀬だが一夏の性格を少しだけ理解しつつ、すぐに対応した。

 

「って…今の自己紹介をさっきできたらよかったな、俺」

 

「いや、その必要はないようだ」

 

「え?どういう…」

 

「ほれ」

 

 七瀬が一夏に後ろを見ろと目で言うと教室の女子生徒たちは一番前の席の七瀬と一夏の方を見ていた。

 二人の注目は教室内だけでは留まらず、廊下にまで侵食していた。他のクラスから情報を聞きつけたのであろう生徒が教室のドアに張り付いていた。

 

「怖ぇ、さすがに怖ぇよ」

 

 これには流石にフレンドリーな性格であろう一夏も怯えていた。七瀬は顔にこそ出さないが今すぐにでも逃げ出したかった。

 

「けど、これで一人一人にもう一度自己紹介する手間も省けただろう。よかったな」

 

「他のクラスメイトにまで自己紹介することになるとは思わなかったけどな…」

 

 廊下の生徒たちは各々メモ帳などに一夏の情報を書き込んでいた。七瀬は自分の情報が漏れなかったことに安堵する。

 

「あ、そうだ。早速なんだけど名前で呼んでもいいか?」

 

「名前で?まぁ、その方が呼びやすいならそれでもいい。だが、俺は織斑と呼ばせてもらいたい」

 

「そうか。分かったよ、七瀬」

 

 やはり織斑一夏はフレンドリーな性格である。七瀬はそう確信した。だがそのおかげで早期に話し掛けられてよかったと思う七瀬がいた。

 

「話は終わったか?」

 

 そんな中、二人の会話に入ってきた者がいた。

 

「箒…どうしたんだよ?」

 

「知り合いか?」

 

「あぁ。篠ノ之 箒(しののの ほうき)、俺が昔通っていた剣術道場の同門で幼馴染みなんだ」

 

 目の前に現れた少女はいかにも大和撫子といった風格を漂わせており、そのツリ目は少し不機嫌そうにも見えた。

 もっとも、彼女よりも目つきの悪い七瀬が思えることではないのだが。

 

「すまない、一夏を借りたいのだが」

 

「借りるって…俺は物か何かか!?」

 

 普段の七瀬だったらすぐにでも構わないと返答をしていただろう。

 だが、今回ばかりは状況が違ったので少し考えた。

 

「それを決める権利は俺にはない。だが、それはここを去らなければ会話できない内容なのか?」

 

「いや、そんなことはないが…私が一夏を借りたら何か問題があるのか?」

 

「あぁ。俺にとってはだが」

 

「どんなことだ?」

 

「簡単なことだ。女子生徒しかいない教室に男一人はキツすぎる。だから俺にとってはかなり重要な問題で──」

 

「一夏、行くぞ」

 

「……無慈悲だな君は。もう好きにしてくれ」

 

「そうさせてもらう。行くぞ、一夏」

 

「あ、あぁ…それじゃあ七瀬、また後でな」

 

 七瀬を置き去りにして二人は教室を去っていく。廊下にいた生徒も大半は一夏と箒を囲むようにして去っていく。

 

「(さて、これからどうするか)」

 

1 携帯のイヤフォンで音楽を聞く

2 寝た振りをする

3 本を読む

 

「(……入学初日で1と2は最悪。3は…現在持っている本がラノベだけだから却下だな。結局どれも駄目か)」

 

『……の…な……』

 

 いよいよどうしようもなくなった七瀬はこの場を切り抜ける方法を模索する。

 

 自分に掛けられている声にも気がつかないくらい真剣に。

 

「(いっそ退室するか?ISの訓練のアリーナやら場所を先に把握しておくのは悪いことではないしな…いや、しかし時間が…)」

 

『あの~、聞こえてる~?』

 

「えっ?……ぬおっ!?」

 

 七瀬は声のした方を振り向く。その先には顔があった。

 比喩などではなくそのままの意味である。

 七瀬が振り向いた先には一人の少女が七瀬の顔を覗き込んでいた。

 超至近距離で少女と目が合った七瀬は驚き引き下がる。

 

「そ、そんなに嫌がられると私もショックなんだよ~…」

 

「すまなかった、別に嫌がったわけじゃあないんだ。だが流石に振り向いて目の前に人の顔があったら驚くぞ…それも見ず知らずの」

 

「あぁー、確かにそうかも~」

 

「(納得されたぞ)」

 

 目の前のほんわかしたした少女を前に七瀬は対応に困っていた。

 

「えっと…君は?」

 

「布仏 本音(のほとけ ほんね)だよ~。布仏さんでものほほんさんでも好きなように呼んでくれていいよ~」

 

 七瀬の前で少女は自己紹介をする。

 記憶力が乏しい七瀬は初日からクラスメイトの名前をたった一回の自己紹介だけでは覚えられないのである。七瀬も自分の名前を覚えてもらった以上は相手の名前も早く覚えたいのだが。

 

「布仏、だな。俺は東 七瀬。俺のことも呼びやすいように呼んでくれ」

 

「じゃあ、あずさんって呼ぶね~」

 

「某軽音部の部員みたいだな…」

 

「それはあずにゃんだよ~」

 

「……あえて名前を隠したのが台無しだよ」

 

 ネタが通じる相手で安心する七瀬。こんな些細なことでも今の七瀬にとっては緊張を解してくれることだった。

 

「あずさんはどうやってここに来たの~?」

 

「いろいろあってISを動かしちまってそれからはトントン拍子で連れて来られた、ってところか。君もニュースで見たことあるかもしれないが『エリア61事件』って知っているか?」

 

 エリア61。七瀬が住んでいた地域のマップ上の別名である。

 そこのISの稼働試験会場で起きたISによる襲撃事件、それが『エリア61事件』である。そしてそれは七瀬が初めてISを動かした日のことだ。

 

「知ってるよ~。ニュースでずっと取り上げられてたからね~」

 

 ニュースの映像には規制のためか、本来あるはずの死体が映っていなかった。

 死傷者もほとんど無しということで報道されていたが実際は大多数の人間が死亡した。

 中学の頃の七瀬のクラスだけでさえ10人近く死亡していることがそれを証明している。

七瀬はそんな残酷な事件を本音のような女の子が見ずに済んでよかったとも思ったが。

 

「そのときだよ。俺が初めてISを動かしちまったのは」

 

「あずさんは襲撃してきたISと戦ったの?」

 

「あぁ。敵を撤退させるだけで精一杯だったがな…機体にも無理させちまったし、なにより敵の機体を鹵獲することができなかったのは悔しかった」

 

 七瀬はあのときに敵のISを鹵獲出来なかったことを今でも後悔していた。敵の機体を鹵獲し、証拠として保管できれば政府が事実を隠蔽することも叶わなくなったからである。

 七瀬が乗った『ラファール・リヴァイヴ』にもデータは残っていたが既に政府が回収。データも消去されてしまっただろう。

 

「でも、あずさんが乗った後のIS、凄く幸せそうだったよ~」

 

「それはどういうことだ?」

 

 七瀬が乗って大破したIS、『ラファール・リヴァイヴ』の姿だけは包み隠さずに報道されていた。勿論、整備がどれだけ不十分だったかということも。

 

「あれだけ壊したのに、か?」

 

「私は整備科志望なんだよ~、だからあのISが持ち主さんにあんまり大事にされてなかったこともすぐ分かったよ~」

 

 七瀬はあのISの状態を知ってから本来の持ち主に怒りをぶつけたい気持ちで一杯だった。愛機を大事にしないとは言語道断である、と。

 

「けど、だからかなぁ。あんな状態の自分でも少しでも多くの人を助けられたってことが幸せだったんだと思うよ~」

 

「……そうか。ありがとう」

 

 七瀬は少しだけ肩の荷が降りた気がした。

 

「(確かに俺はクラスの奴らを助けられなかった。だが、少なくともあの機体にとっては無駄なことではなかったんだな…)」

 

 夢への新たな挑戦権を与えてくれた、大破までして力を貸してくれた機体に自分は何もしてやれなかったと思っていた。

 だが、あの機体も自分と戦ったことを幸せに思ってくれた。七瀬はそれが嬉しかったのだ。

 

「ほえ?私、何かお礼を言われるようなことした~?」

 

「機体は嘘をつかない、それを教えてくれたことに対しての礼だ」

 

「えへへ~」

 

 出会ったばかりの少女に元気付けられた七瀬。

 だが、この最初の出会いが後に学園すらも恐れる勢力の誕生となることを誰も知らない…

 

 入学初日はまだ終わらない。




サブヒロインとは思えないかわいさの本音ちゃん登場。次回が代表候補生さんですね。


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代表候補生

今回はISの基礎知識の説明会とセシリアです。
原作で曖昧になっていたISの説明は全て独自解釈なのでご注意ください。


高評価をくださったビグ・ラングさん、sevenblazespowerさん、奏羅さん、ありがとうございます!


「ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。日本で開発されたマルチフォームスーツですね。当初は宇宙空間での活動を想定して作られていましたが、今は停滞しています」

 

「ふむ…」

 

 七瀬は教科書の山田先生が説明した文を見る。

 教科書には説明された文と共に開発当初のISの写真が載っており、七瀬の目はそれに釘付けになる。

 

「(まるで宇宙服だな。かつては必要最低限のスラスターとPIC領域で動いていたのか?)」

 

 今のISの姿とはまるで違う原初のIS。宇宙空間での活動を目的として作られていただけあって空気ボンベやヘルメットのような面影が目立つその姿はまさに宇宙服と例えるに相応しいものだった。

 

「教科書に載っているのがISのプロトタイプです。ISは誕生するまでにいくつもの試作品が作られており、代表的な例では『EOS(イオス)』と呼ばれるものがありますね。こちらはISと違って女性だけでなく、男性も操縦できます」

 

 教科書に載っているISのプロトタイプ、その中には七瀬が愛する巨大ロボットのようなものもあり、それらが更に七瀬を夢中にさせる。

 

「そんな宇宙空間での使用を長年目的とされてきたISですが、実際には日本が宇宙空間で使用したのはたったの2回です。では東君、その2回の運用目的は分かりますか?」

 

「確か1回目が宇宙服の代用品として使えるか実験するためだったかと。この1回目にはもうひとつの理由があると言われています。それは日本がISの力を世界に知らしめるため、そう聞いたことがあるのですが…自分には真偽は分かりませんね。

 あ、あと二回目の運用目的はシールドエネルギーの実装です。宇宙に漂うアステロイドベルトとの衝突に耐えながら単機で突破できるか、それが実験内容だったと言われています」

 

「凄いですね……1回目の目的は参考書に載っていましたが、2回目は参考書に載っていないから分からないと思って出題したのに…」

 

「先生は意外とドSなようで…」

 

 他の生徒が指されていたらどうなっていたのかが見物である。

 七瀬は中学のクラスと区切りをつけたあの日以来、卒業式以外は学校に戻らず家でISの参考書を読んでいた。

 もちろん、読むだけでなく内容をノートに纏め、分からないことは自分で調べ尽くした。

 クラスと区切りをつけたのが卒業式の一ヶ月前だったからこそできたことである。

 そうでなければ出席日数が足りず、生涯に支障を出すだけでなく、IS学園に入学することも危うくなるからだ。

 

「(まぁ、それが今こうして役にたった訳だが…)」

 

 七瀬は自分の努力が無駄ではなかったことに安堵する。

 

「……ですが、この2回目以降、ISの宇宙進出は急速に勢いを失います。先程、東君が説明してくれたアステロイドベルト突破実験が失敗に終わったからです。原因は精密機械であるISの整備不良です。当時は技術が発達していなかったためにISを確実に安全といえる状態に整備することが叶わず、それが実験の失敗を招いたと言われています。この一件によって信頼を失ったISは開発が一時凍結されることとなります」

 

「(精密機械だからこそ起こりうる事故ってことか。そして世界にISの力を知らしめる筈が危険性を知らしめてしまったというわけか)」

 

「ですがISには別の使われ方が考えられ始めます。織斑君、分かりますか?」

 

「えぇっ!?え~と……」

 

 突然指名された一夏は焦る。そして考えた結果…

 

「な、七瀬~……」

 

 隣の席の七瀬を頼るというに活路を見出だした。

 七瀬はヒントくらいは、と思い一夏に語りかけた。

 

「織斑、思い出してみろ。アステロイドベルトを越えることは理論上可能だった。つまり、アステロイドベルトとの衝撃にも耐えられる防御力が証明されていたってことだ。そんなとんでもない防御力、お前なら何に搭載させる?」

 

「防御力…?戦うってことは……まさか、兵器か?」

 

「正解だ」

 

 一夏の表情が暗くなる。

 宇宙に進出し、人に明るい未来をもたらすために作った技術が、正反対の人を傷つける戦乱の未来を作る兵器になることに虚しさを感じたのだろう。

 だが、それを感じたのは一夏だけではない。クラスの全員がその事実を前に表情を暗くしていた。

 

「そしてISが兵器に転用され始めようとした最中、史上最悪の事件が起こります。それが…」

 

「白騎士事件だ」

 

 山田先生が説明しようとしたとき、山田先生の隣で口を開いた者がいた。

 このクラスの担任であり、一夏の姉でもある『織斑 千冬(おりむら ちふゆ)』だ。

 

「各国が保有する軍事用ミサイル2341発、それらが全てハッキングされ日本に向けて発射された。ISを兵器転用しようとした我々日本人という愚者に罰を与えるかのように」

 

 一夏には心なしか姉である千冬の表情がいつもよりも強ばっている気がした。

 

「絶望の最中、当時では異形ともいえる形をした白銀のISが現れた。

 そのISは発射された全てのミサイルをその手に持っていた剣一降りで撃ち落とすと日没の訪れと共に姿を消した。まるで幻影だったかのように、な」

 

 白騎士事件、まだ七瀬が幼かった頃に起こった事件である。

 当時はまだ七瀬の両親が生きていたが、両親が二人とも絶望した表情を見せていたのを七瀬は覚えていた。

 

「だが、この白騎士事件の一件によってISを兵器転用するなどと考える馬鹿は消えた。そして二度とこのような悲劇を繰り返さぬよう、『アラスカ条約』が締結された」

 

 アラスカ条約。日本が保有するISの基礎技術を提供する代わりにその基礎技術を手に入れた国全てがISの軍事利用を禁止するといったことがその内容であった。

 

「そして条約を締結してまで手に入れた技術をもて余す各国の思惑から、ISはスポーツとして姿を変えた。そしてISは宇宙から地球へとステージを移した途端、異変を見せた。どういうわけかISは男には使えなくなっていたのだ」

 

「(つまり、宇宙で活動を目指していた頃までは男もISを動かすことができたってことか)」

 

 今では男がISを動かせたなど信じられない話である。男であるのにISを動かせる七瀬が言えたことではないが。

 

「そして今、ISは国の一大事業として開発、研究が進められている。既に知っての通り、このIS学園ではIS運用協定に基づいてIS操縦者の育成を目的とした場所だ。…だが、ここは日本が兵器としてのISを作り上げてしまったことに対する責任を取るための場所でもある。諸君らにはそれを承知した上でこれからの勉学に励んで貰いたい。これから先、ISの未来を背負う者たちとして」

 

 千冬がそう言うと丁度授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「これで今回の授業を終わりとする…が、その前に織斑」

 

「え…はい!」

 

「入学前に貰った参考書はどうした?ノートがあまり進んでいないようだが?」

 

「あの辞書みたいに分厚いやつですか?」

 

「そうだ。必読と書いてあっただろう」

 

「あぁ、あれなら古い電話帳と間違えて捨てましt痛ぁっ!?」

 

 一夏がいい終える前に千冬のその手の出席簿が降り下ろされた。

 

「あとで職員室に来い。再発行してやる。来週までには覚えろ」

 

「えぇ!?一週間であの厚さはちょっと…」

 

「やれ、命令だ」

 

 やらねば殺す、千冬の目がそう物語っていた。

 

「……はい」

 

 仕方なく了承する一夏。一夏が職員室に同行しようと思ったそのときだった。

 

「その必要はありませんよ、織斑先生」

 

「何?」

 

 千冬を引き留めたのは七瀬だった。そして机から自分の参考書を取り出した。

 

「自分、この参考書全部ノートに纏めきったんで。自分のを織斑にやれば再発行なんてしなくとも済むでしょう。さすれば織斑も早期に覚えられます」

 

「……は?」

 

 一夏の口からそんな言葉が出てきた。

 

「待て、七瀬。あれを全部写したのか!?辞書並みの厚さあったぞアレ!?」

 

「知らんな。俺は早くISを知り尽くしたいんだよ。気づいたら終わっていた」

 

 全ては夢と愛するロボットのため、それだけの理由があれば七瀬は時間など気にしなかった。

 趣味であるプラモを作る時間を削ってまで覚えたのだから。

 

「東、そのノートを見せてみろ」

 

「これです」

 

 七瀬は少し分厚めのノートを千冬に渡した。そして千冬は七瀬のノートを捲り始める。

 

「(この程度のページしかないノートに参考書の全文を纏めきることなど…)」

 

 最初こそそう思う千冬だったが、ページを捲るにつれてこのノートの本質が伝わってくる。

 

「(…そうか、このノートの本質はあくまで自分が覚えやすいように参考書の文を簡略化させたということか。だがそれでありながらも参考書にないことまで記述されている…よくもまぁ、ここまで調べあげたものだ)」

 

 千冬は七瀬が参考書を必要としない理由に納得し、ノートを返そうとした。だがそのとき、あるページが千冬の目に留まった。

 

「東、このページはなんだ?」

 

「・・・織斑先生、それは駄目なページです。公開しないでくださいお願いします」

 

「ほう、そうか」

 

「そう言いつつ、なぜしっかりと開いてクラスメイトの前で見せるんですか俺の周りはドSしかいないんですか」

 

 先の箒といい、分かる筈のない問題を出す山田先生といい、現の千冬といい、どうしてこうも無慈悲なのか。

 七瀬の頼みも虚しく、千冬によって七瀬のノートがクラスメイトに公開される。

 

「東、このページの説明をしろ」

 

「……はぁ。分かりました」

 

 七瀬は座ったままノートの解説を始めることにした。

 

「では、このISの絵の脚に書かれている部分について説明してもらおうか」

 

「それは私が考えた武器のひとつ、脚部アサルトナイフです。相手を蹴りあげる、蹴り下ろすの動作の他に簡単な程度の装甲であれば切り裂くことができる武器です」

 

「ではこの背中から出てきている腕のようなものはなんだ?」

 

「背部サブアームですね。バススロットに入りきらない武器をマウントすることができます。ゆくゆくはISのヘッドユニットと連携させて操縦者の意思だけで射撃や打撃を行ってくれるサブアームも開発したいですね」

 

「……この腰についているものは?」

 

「腰部プラズマキャノンです。砲台が大きいわりに連射ができないという欠点がある上、機体そのものの重量も上がるのであまり実用的ではありませんが威力は折り紙つきです。現代のすばらしいISの技術を持ってすればすぐに完成させられるでしょう。もちろん、そんな技術は自分にはないのでどこからか奪うしかありませんが」

 

「……」

 

 千冬はノートを読み進めていく。

 そんな千冬に懐かしい記憶が甦る。大人になっていくに連れて忘れていた記憶。

 

「(そういえばアイツも東と同じように夢を語っていた頃があったな)」

 

 違う形とはいえ夢を叶えた幼馴染みを思い出す千冬。

 そんな幼馴染みの面影を先にある夢を語る七瀬に重ねる。

 

「あー…そろそろ返してもらってもいいですか?」

 

「あぁ」

 

 千冬は七瀬にノートを返した。

 

「何故こんなものを作る?知らんのかもしれんが、今までこんなものをISに搭載させた例など聞いたことがないぞ」

 

「何を言いますか。人類の発展というのはいつもはじめの一人がいたから成り立つんですよ。ないから作るんです」

 

 七瀬がノートに書いた案はほとんどがロボットアニメなどから得た知識を集め、彼好みのデザインにしたもので今までのISの常識とはかけ離れていた。

 

「お前は何者だ?」

 

「は…?」

 

 千冬は常識を外れた知識を持ち込んだ、そして天才と呼ばれる幼馴染みに似た面影を持つ七瀬に問う。

 だが七瀬は千冬が思っているような特別な人間ではない。七瀬の答えは決まっていた。

 

「何者って言われましてもねぇ…自分はただの凡人ですよ。ロボットへの愛の強さ以外は、どこにでもいて誰でも代用が利いてしまう量産型の人間です」

 

「(束とは正反対を名乗るか。だが、コイツの夢への向き合い方はまるで束の生き写しだ…)」

 

 こうしてこの日、世界最強である織斑 千冬は目の前にいる東 七瀬という凡人を知ることとなった。

 

***************************

 

 

 

 

「織斑、お前が初めて乗ったISはなんだったんだ?」

 

「確か日本の量産機だったから『打鉄(うちがね)』でいいんだっけ?」

 

「打鉄…うっ、頭が……」

 

 雑談に華を咲かせる野郎二人。一夏が乗った機体でもあり七瀬を襲った機体でもある打鉄は七瀬にとってある種のトラウマとなっていた。

 

「七瀬は確か『ラファール・リヴァイヴ』だよな?ニュースで見たけど凄い状態になってたけど…」

 

「あぁ。確かに自分でもやり過ぎたとは思っているが。そういや元気にしてるだろうか、アイツは…」

 

 七瀬は本音との会話の話題にも上がったラファールのことを思い出す。

 七瀬はあのままラファールを頂戴しつつ、自分の機体にしようとしたのだが、救護に駆けつけた企業の人間に機体から離されてしまったために以降の機体の行方は分からないままなのだ。

 

「でもカッコいい壊れかたしてたよな。命をかけて何かを成し遂げた、みたいな感じで」

 

「おぉ、あの大破した機体の美しさが分かるか織斑よ。露出したフレーム、そして敵に斬り付けられた傷痕。あれこそが全てのロボットが一度はたどり着くべき姿だと思っている!」

 

『ちょっとよろしくて?』

 

「実物を見てみたみたかったな…俺の家、あの事件が起きた場所の近くにあるんだけど入学のドタバタで忙しかったからさ…」

 

「そうか…それは残念だ」

 

『んんっ!ちょっとよろしくて?』

 

「ていうかあの場所の近くということは、思ったよりも俺の家と近いんだな…そんなにも近くに自分と同じ境遇の男がいたとは…」

 

「そうなのか!?じゃあ五反田食堂って行ったことあるか?俺のオススメの定食屋なんだけど」

 

「あぁ。かなり頻繁に行っていたぞ。あそこの野菜炒め定食は俺の好みの味でな。だが、あのクソ甘いかぼちゃの煮付けはレシピを考え直して貰いたいものだ。料理をあまりやらん俺が言えることじゃあないがな」

 

「厳さんに言っても駄目だから弾にも相談したけど、昔から食べているからかあれが普通じゃないのかと言われる始末だしな。よし、今度一緒に厳さんに抗議に行こう!」

 

「店主だけじゃなく弾まで知ってるのかよ…マジでなんで今までお前と関わりが無かったのか不思議なんだが…」

 

 七瀬と一夏が通いつめる五反田食堂。

 そこの店主が五反田厳(ごたんだ げん)であり、その跡取りの息子が五反田 弾(ごたんだ だん)、偶然にも二人の友人である。

 七瀬は中学3年のころの人間関係の問題などで何度か店主の厳に相談に乗って貰ったことがあった。

 弾とは厳と関わっていくうちに会う機会も増え、気がつけば腐れ縁になっていたのだ。だがそれはさておくとしよう。

 

 …そろそろ彼女にも触れなくてはならない。

 

「あ~、ちょっとよろしくて?」

 

「ん?七瀬、何か言った?」

 

「さっきから聞こえるノイズのような音のことなら俺ではないが」

 

「わたくしは機械ではありません!!」

 

 もはやわざとやっているのではと思うレベルのスルー。

 七瀬はISと自分の知り合いの話に入り込みすぎたために彼女の声など雑音程度にしか聞こえなかったようである。

 

「貴方たちは…!わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですのよ?それ相応の態度があるのではなくて?」

 

「ほう、それは失礼した」

 

「えぇ、気分を損ねましたわ。謝罪の言葉が欲しいものです」

 

「了解した」

 

「お、おい七瀬…謝る必要なんて…」

 

 一夏が止めるが七瀬は目の前の高飛車少女の前に出る。そして『彼なりの』謝罪を述べる。

 

「申し訳なかった。本当にもうめちゃくちゃ反省しているから許せ」

 

「馬鹿にしていますの!?」

 

「そんなことはねぇよ用が済んだなら席に戻りやがれ、です」

 

「ですを付ければいいというわけではありませんわ!!」

 

「なんと…敬語を知らないとは。です、ます、は基本だぞ?」

 

「そんなむちゃくちゃな敬語を使う貴方に基本を語られたくありませんわ!」

 

「そうか…つまり基本を知らない君はむちゃくちゃな敬語を使う俺よりも敬語を知らないということか…」

 

「なんですって!?」

 

 顔を真っ赤にして凄い剣幕で叫ぶ少女。

 初登場ですぐさまネタキャラとしての枠を手に入れた彼女は初めてのツッコミで体力を削られたのか息を切らしていた。

 七瀬の高飛車な相手への有効策、『相手をネタキャラに仕立てあげて体力減らしちゃおう作戦(仮)』が効いているようだ。

 

「と、ところで君は?」

 

 体力を吸われ尽くした彼女を哀れんだのか、一夏が救いの手を差し出した。

 話を反らされたことで威厳を取り戻したのか彼女は二人の前に立ち、腰に両手を当てて声をあげた。

 

「わたくしはセシリア・オルコット。このIS学園で行われた入試の主席にしてイギリスの代表候補生ですわ!」

 

 ドーン、という擬音が似合いそうなほどに自信に溢れた自己紹介。

 だが先ほどの一件のせいでそれさえもネタにしかならないといことを彼女は知らない。

 

「なぁ、質問してもいいか?」

 

「ふん、下々の者の要求に答えるのも貴族の勤めですわ。よろしくてよ」

 

「ほー、それは頼もしい」

 

「貴方は少し黙っていなさい!!」

 

 七瀬に対して叫ぶセシリア。だが彼女の体力が削るのはこれだけではなかった。

 

「代表候補生って何だ?」

 

「なぁっ…!?」

 

 セシリアはそんなすっとんきょうな声を上げる。

 彼女の持つ特権の意味を一夏は知らなかったのだ。

 つまり、一夏にとってセシリアはただの少女と変わらない扱いなのである。

 先ほどから続く自分への酷い扱われようにセシリアは額を押さえた。

 

「信じられませんわ……日本の男子というのはこれほど知識に乏しいものなんですの…?いいでしょう、教えて差し上げますわ。代表候補生というのは───」

 

「そのまんまの意味さ。国家代表のIS操縦者、その候補のことだ。つまるところ、彼女はエリートだと言いたいらしい」

 

「………」

 

「そうなのか。てっきりもう少し捻りのある意味なのかと…」

 

 七瀬に説明され納得する一夏。

 台詞を奪われたセシリアは言葉を失っていた。

 しかし、彼女は諦めなかった。

 

「そう!エリートなのですわ!」

 

 空元気もいいところである。

 

「本来なら私のようなエリートとクラスを共にできるだけでも奇跡、いえ、ミラクルですのよ?その現実を理解していただける?」

 

「おぉ…ついに言動までおかしくなり始めやがった…」

 

 奇跡もミラクルも同じ意味であるのにわざわざ繰り返して言う必要があったのだろうか、それが野郎二人の内心だった。

 

「そうか、それは光栄だ」

 

「嬉しい限りだ。これから先、代表候補生の『IS』を見られるチャンスがあるなんて」

 

「貴方たちは二人揃って馬鹿にしていますの!?」

 

すでにセシリアのプライドはズタズタだった。

 

「といっても、俺たちは具体的に君の凄さが分からないんだよ。国家代表っていっても俺たち素人じゃどれだけ狭い門か分からないし」

 

「でしたら、入試で主席といえばどれだけ大変なことか分かりますわね?貴方も受けたでしょう?」

 

「あぁ、ISを動かして戦うやつか?」

 

「えぇ、本来ならどれだけ教官のエネルギーを削れたかで順位が決まる入試ですが私は唯一教官を倒したんですのよ!」

 

「え?俺も倒したぞ。教官」

 

「……は?」

 

 さらっと答える一夏。これがまたしてもセシリアのプライドを削っていく。

 

「倒したっていうより、勝手に突っ込んできたのを回避したら壁にぶつかって動かなくなったんだけどな。七瀬はどうだったんだ?」

 

「二人に比べては情けない話だが、俺は勝てなかった。やはり学園の教官には及ばないさ。しかしエネルギーを削った数値だけでいえば俺は次席だったらしい」

 

「なんですって……」

 

 そんな二人の前でわなわなと震えるセシリア。よほど驚きだったのか空いた口が塞がっていない。

 

「貴方も教官を倒したというんですの!?わたしだけだと聞いておりましたのに!」

 

「女子ではってオチだ」

 

 七瀬の一言で静まるセシリア。騒いだり静まったり色々と忙しい少女である。

 

「だが教官を倒したというのは確かに凄いものだな…流石は代表候補生ということか」

 

「えぇ、そうでしょう!もっと誉め称えてもいいんですのよ!」

 

「お、おう……」

 

 それ以上七瀬は言わなかった。下手に誉めてもまたセシリアのプライドを削るだけだと理解したからだ。

 

 そして神の助けか、休み時間が終了したことを知らせるチャイムが響いた。

 

「君も座った方がいいんじゃないか?千冬姉の出席簿を喰らいたくないなら」

 

「え、えぇ………」

 

 なんか納得しない、そういった表情でセシリアは自分の席に戻っていった。

 

「(嵐のような娘だったな……)」

 

七瀬は心の底からそう思った。

 

「全員席に着いているな?授業を始めるぞ」

 

 タイミングを測ったかのように千冬が教室に入ってきた。一夏の一言がなければセシリアは出席簿を喰らっていただろう。

 

「この時間は再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表を決める。因みにこれに出た生徒はクラス長を兼任することになる」

 

「(なんだその苦痛しかないシステムは)」

 

 クラス対抗戦に出るだけでも辛いのに委員会の出席や会議に出るという面倒な仕事まで付いてくる。クラス長という名前ではなく人柱という名前に改名した方がよいのではないだろうか。

 

「自薦他薦は問わん。誰かいないか?」

 

「そんな役を自薦する奴などいないのでは…」

 

「東、貴様にしてもいいんだが?」

 

「やめてください」

 

 小声で言っても聞こえる千冬の地獄耳に恐怖しながら縮こまる七瀬。やはり世界最強は伊達ではない。

 

『私は織斑君を推薦します!』

 

『私も!』

 

「えっ!?ちょっと待ってくれ!!」

 

 一夏を推薦する女子たち。

 一夏にとってはいい迷惑なのだが女子たちに悪気はない。この学園では珍しい男子を持ち上げようとしているだけなのだから。

 

「だったら俺は七瀬を推薦する!七瀬だったら俺よりもISの知識あるし、なんだかんだ言ってしっかりしてる!」

 

「お前はなんてことをしてくれたんだ」

 

 空気として溶け込もうとしていた七瀬だが自分と同じ境遇である一夏がそれを許してはくれなかったらしい。

 

「安心しろ東」

 

「はい?」

 

「織斑もそうだが、お前のことは端から候補に入れている」

 

「俺たちの意思は何処へ?」

 

 千冬からの無慈悲な通告に涙する七瀬。やはりこの学園は男子に対して厳しい。

 

『やっぱり織斑君がいいよ。ここで持ち上げておけば文化祭とかの収入面でも私たちが優勢にたてるし!なによりこれを機に近づけるし…』

 

『でも優勝商品の学食のデザート1ヶ月分無料券を狙うなら東君がいいよ。ISのことよく知ってるみたいだったし!』

 

「俺たちは広告塔かよ…」

 

 女子たちの計画を聞いた一夏は額を押さえながら言う。

 

「お前はまだいい。俺なんか商品目当てだぞ?

 負けたら一体どんな目に遭わされるか…」

 

 お前は一体何があったんだ。そう思う一夏。

 しかしそんな中、再び嵐が吹き始める。

 

「納得がいきませんわ!」

 

 一人の少女が叫びをあげた。

 

「納得がいかない、とはどういうことだ?オルコット」

 

「男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!一人は無知無能、もう一人は論外。こんな二人にクラスを任せるだなんて出来ませんわ!」

 

「……ほう?」

 

「(なんかオルコットが織斑のことを無知って言った瞬間だけ先生の目付きがヤバかったんだが)」

 

 生徒と教師とはいえやはり弟のことは大事なのだろう。

 七瀬はそう思った。

 

「(…いや、これはチャンスだ。代表をオルコットに押し付ければ俺は代表を降りられる!そうと決まれば…)」

 

「いやはや、やはりこういったことは代表候補(笑)たるオルコットに任せるのが一番だろう。俺たち凡人とは違ってエリート(笑)だからな。そうだろう、織斑?」

 

「えっ?…あ、あぁ!そうだな!さすがに俺たちにはまだ荷が重いっていうか、なんというか……」

 

 七瀬の考えを察したのか一夏は話を合わせる。

 そのとき、二人に女子たちからの視線が向けられる。

 

『ヘタレ……』

 

 確かに彼女たちの目がそう語っていた。

 

「男なんて皆このようなものですわ!知識に乏しく、その弱さから女に頭を下げる。大体、文化としても後進的なこの国にいるだけでも私にとっては耐え難い苦痛なんです!その上で男よりも下の立場になるなんて屈辱を一年間も味わえというのですか!?」

 

「(何やらおかしな方向に話が進んでいるぞ…)」

 

「……そこまで言わなくてもいいだろ」

 

 セシリアが一人語る中、一夏が口を開いた。

 

「確かに俺たちは君みたいに特別な訓練を受けたわけでも狭い門をくぐり抜けてきたわけじゃないさ。けど、だからって俺たちだけじゃなくて男の全てを否定するのは違うんじゃないのか?」

 

「事実を述べたまでですわ。今まで沢山の男を見て参りましたが結局は女にすがり、自分だけではなにもできない者ばかりでした。それとも…貴方は自分は違うと仰いますの?」

 

「…あぁ」

 

「いいでしょう。なら、決闘ですわ。クラスの皆さんの前でどちらが上に立つに相応しいか教えてあげますわ」

 

「ハンデはどれくらいつける?」

 

「・・・あらあら、あれだけ大口を叩いておいて早速命乞いかしら?」

 

「逆だ。俺がハンデをつけなくていいのかって話だ」

 

 一夏がそう言うとクラスからドッと爆笑が起こった。

 

『織斑君、それ本気で言ってるの?』

 

『男が女より強かったのってもう昔の話だよ?』

 

「むしろ私がハンデを付けなくていいのか悩む立場ですわ。男と女が戦争したら3日持たないといわれているのは知らなくて?」

 

「うぅっ……そうだった…」

 

 現在は女尊男卑の世界。最強の兵器であるISを動かせる女の方が強いとなるのは必然的であった。

 だが、そんな爆笑の中で何も言い返せない一夏を見ていられなくなったのか七瀬はこんなことを言っていた。

 

「何を馬鹿なことを」

 

 それを聞いたクラスは静まった。セシリアが言ったことは事実。それに反論などできるはずがないのに口を開いた七瀬に全員が驚いていた。

 

「東、それはどういう意味だ?」

 

 千冬が尋ねた。

 

「では順に説明しましょう。女はISを使えるから強い、という意見ですがそれは我々というイレギュラーが出たことで変わる可能性があるはずです。もしかしたら他にも男性操縦者がいるかもしれませんよ?つまり既にISは女性だけのものではなくなりつつあります」

 

「ほう?」

 

「そしてもうひとつ。男と女が戦争したら3日持たないという言動についてです。現状、世界の軍の8割を占めているのは男性です。つまり男性の判断だけで兵器を総動員することも可能ということになる」

 

「ですが所詮は旧世代の兵器。女にはISがありましてよ?」

 

「ISは最強と言われる由縁はシールドエネルギー。だがエネルギーが切れた状態で爆弾なんか落とされてみろ。いくらISといえど耐えられまい。それにさっきも言ったはず。既にISは女性だけのものじゃない、と」

 

 七瀬はセシリアの瞳を見て言う。今まで真っ直ぐに見もしなかった彼女を。当然真剣になった七瀬に怯むセシリア。

 

「第一、男と女で戦争なんてすれば人間は生きる道を失う。男と女が手を取り合わなければ次世代に繋ぐことはできないのだから」

 

 それだけ言うと七瀬はセシリアから目を反らした。

 

「…東、お前の言っていることは恐らく正しい。だが、この歪んだ世界に対してお前はその事実をどうやって証明する?」

 

 千冬は七瀬に問う。

 対し、七瀬は普段光のない目を輝かせながらこう言った。

 

「ロボットによるドンパチに決まってます!!」

 

「ろ、ロボット…?ISのことか?」

 

 一夏が疑問を投げ掛けた。ISは確かに機械だがロボットと呼ぶものはいなかったのだから疑問に思うのは当然だ。

 

 だが、七瀬の答えはいつも同じだ。

 

「あぁ、そうだ。そして───」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の夢だ」

 

 戦いの幕、それが今、切って落とされた。




次回は七瀬君、初めてのIS改造です。本音ちゃんには頑張ってもらいますよ。
山田先生と本音ちゃんはこの小説での最大の苦労人です…

今回もありがとうございました。
ロボットに対する熱い愛を込めた感想、是非ともお待ちしております!


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魔改造

お待たせしました。代表候補生回です。

新たに高評価を下さった奏羅さん、妙唱さんありがとうございます!


「織斑、お前の機体だが準備まで時間がかかる」

 

「俺の機体?」

 

セシリアの宣戦布告から数日が過ぎたある日、一夏の元にそんな知らせが届いた。

 

「なにしろ、突然の決闘で予備の機体がない。お前には男性操縦者としてのデータ収集を兼ねて学園が専用機を用意するそうだ」

 

一夏がわけも分からずポカンとしていると周りがざわめいた。

 

『専用機!?1年のこの時期に?』

 

『つまりそれって政府からの支援が出るってことよね?』

 

「なぁ、七瀬。専用機があるってそんなに凄いことなのか?」

 

「あぁ。ISは世界で467機しかないだろう?この世にいる人間は約60億人超。つまり運だけで言ったとしても60億分の467の確率でしか手に入らないわけだ。そもそも、専用機というものは国家か企業に所属してるものにしか与えられない。世界で467機しかないISはひとつひとつが貴重だからな」

 

「それだけの力を認められないと手に入らないんだな…そんなもの、俺が貰っていいのか?」

 

一夏は千冬に視線を向ける。

 

「なに、政府が勝手に用意したものだ。気にすることはない。それにお前はIS適正値がAだ。鍛練を怠らなければ使いこなせないことはないだろう」

 

勝手に、という部分に皮肉を込めて言う千冬。

それもその筈である。一夏に専用機が用意されたもうひとつの理由は一夏が千冬の弟なら良いデータが取れるだろうという思惑があったのだ。一夏をモルモットのように扱う政府を千冬はあまりよく思っていなかったのである。

 

「何を躊躇うことがある織斑。ここは大いに誇るべきだ」

 

「どういうことだ?」

 

「四六時中、自分の愛機と共に居られる、そして好きなときに自分の好きなように愛機を改造できる。これを喜ばずしてなんとする!」

 

「そ、そうなのか…?」

 

「それに自分が力不足に思うなら鍛えればいいだけだ。力を手に入れるのとそれを持つ資格を手に入れる順番が逆になった、それだけのことだ」

 

「……そうか。なら俺はその機体に認めて貰えるよう頑張らなきゃな」

 

一夏はそう自分に言い聞かせるのだった。

そんな中、一人の生徒が口を開いた。

 

『あの、先生』

 

「なんだ?」

 

『織斑君に専用機が出るということは東君にも専用機が出るんですか?』

 

男性操縦者のデータを取るなら同じ男である七瀬も例外ではないはずだ。質問した彼女はそう考えたのだろう。

質問に対して千冬は淡々と答えた。

 

「いや、政府からの報告は受けていない。だが、東が望めば喜んで最新鋭の機体を手配してくるだろう。…東、要請をするか?」

 

「そうですか!!それは素晴らしい!では───」

 

七瀬は千冬の質問にいつもは暗い目付きの瞳を輝かせて言った。

そしてすぐにその質問に対する返答を出した。

 

「断固辞退させていただきます」

 

一夏のときとは違う理由で再び教室がざわめく。

一生に一度、もしくは二度と巡ってこないチャンスを七瀬は自分から投げ捨てる道を選んだのだから当然だ。

 

「あ、東君!?いいんですか!?専用機ですよ?これはまたとないチャンスなんですよ?」

 

山田先生が七瀬に言う。専用機が貰えるということがどれだけ希少なことか七瀬は分かっている。だが、それでも答えは変わらなかった。

 

「それでも、自分は辞退させていただきます」

 

「理由を聞こうか」

 

千冬は七瀬にもう一度問う。先程、一夏に散々専用機の素晴らしさを語っておきながら、いざ誘いが来たとなれば断るなど矛盾しているにも程があるからだ。

 

「自分の最終目的は理想のISを1から作ることにあります。それをこのような偶然訪れた機会に潰されては堪りません」

 

「ならば、先程言っていたとおり、受託した機体を自分好みに改造していけばいい筈だが?その方がお前の夢にも早く近づけるだろう」

 

「違いますよ、織斑先生。早く理想に近づくなら近道を探すのではなく、その過程を楽しみながら一歩を進むことですよ」

 

「ほう?」

 

「それに、最初から最新鋭の、最強の機体を貰って採点基準をぶちあげても面白くない。いくつもの試作品を重ねて強い機体にしていかなければ自分のロボット愛に反します。……と、以上が自分がこの件を辞退させていただく理由にございます」

 

七瀬が言い終えると教室は静かになる。七瀬の選択は彼女たちからすれば信じられない選択だったのだ。

国家から専用機がでるということは将来が約束されるのと同じ意味である。だが七瀬はそれを夢があるからという理由だけで捨てたのだ。

クラスメイトたちからすれば七瀬の選択は一時の感情に身を任せ、人生を棒に振るような行為だったのである。

 

「いいだろう、辞退を許そう。試すような真似をしてすまなかった」

 

再びざわつきだしたクラスメイトたちとは対照的に、千冬はそれだけ言うと授業を開始するのだった。

 

**************************

 

 

 

「織斑先生、東君の選択を分かっていて…?」

 

「あんなノートを見せられたら嫌でも分かる。ヤツは本気でISを0から作り上げるつもりだ」

 

「・・・織斑君に訓練機の残存機体がないって言っていたのも東君に貸すのを予定していたからなんですか…?」

 

「あぁ、そうだ」

 

放課後、職員室にて千冬は山田先生が入れたコーヒーを飲みながら言う。

あのとき見た七瀬のノートの夢のページは細かく、まさにさっき七瀬が言っていた『ロボットへの愛』に溢れているということが千冬にも分かった。それでありながらシステムや構造に関してはしっかりと現実的に書かれていた。

そしてそれこそが七瀬の言動が伊達や酔狂でないことを物語っていた。

 

「このくらいで夢を諦めてはくれない、か」

 

「東君の夢が実現したらどうなるんでしょうか…?」

 

「大騒動になることは間違いない。篠ノ之束以外で今までISを1から作り上げた個人など一人もいないのだから」

 

「それでも、私は東君の夢を応援したいと思います。教師として」

 

「そうか…」

 

「・・・ですが、東君の夢を応援するということは大騒動の共犯者になるようなものです。だとすると、私は間違ったことをしているのでしょうか…?」

 

「・・・少なくとも、生徒の夢を応援するということは教師として間違っていないと私は思いたい」

 

そう言うと千冬は残っていたコーヒーを飲み干した。

器を乗せていた皿と陶器でできたカップがカチャンと甲高い音を立てる。

 

「ですが、それは決して簡単なことではない。少なくとも今年一年はお互い苦労することになりますよ、山田先生」

 

そう言うと千冬は大量の資料を机に置いた。異例の入学を果たした一夏と七瀬に関連する書類である。

 

「史上最大の問題児の誕生かもしれませんね……」

 

山田先生はそう確信したのだった。

 

************************

 

 

 

「あの~、あずさん?」

 

「ん?どうかしたのか?布仏」

 

IS学園整備室。そこに七瀬と本音の二人はいた。

 

「いくらなんでもここにある資材だけでこの仕様は無理だと思うんだよ~」

 

七瀬の渡した機体の設計図を見て本音は悲鳴を上げた。

 

「駄目か。せめて訓練機にラファールがあれば幾分かマシに戦えるんだがなぁ…」

 

「ここにある機体を好きに使っていいって許されただけでも奇跡だよ~」

 

初心者である七瀬はISの操縦技術に問題がある。量産型の中でも七瀬の目の前にある機体よりも機動力がいいラファールの方が扱いやすいのだが現実はそう甘くなかった。

 

「しかし…機体が『打鉄』しかない上に、新学期が始まったばかりなために資材も届かないとは…」

 

状況は最悪だった。セシリアとの決戦に備えて機体を用意し始めた七瀬と本音だったが最初から手詰まってしまった。

 

「このままだと、下手したら無改造のままでオルコットの最新鋭機と戦うことになる。実力差だけでもでかいのに流石に機体も月とすっぽんの違いじゃあ話にならないな…」

 

七瀬と本音の目の前にある機体、『打鉄』は日本の量産型ISであり、その武士のような姿と優れた防御力が特徴的な機体だ。

七瀬が出した開発案はその防御力を生かしつつ、遠距離射撃型の機体にすることだった。だが、不幸なことにそれを完成させるための資材がないのだ。技術は本音が手伝ってくれるとのことだったので今回の改造ついでに習うつもりだったのだが、材料がなければ改造はできない。

 

「ちなみにその少ない資材は何があったんだ?」

 

「今は使われなくなった補助筋肉と劣化した装甲、あと武器はいっぱい余ってたよ~」

 

「機体の改造には劣化した装甲くらいしか使えなそうだな…はぁ~………」

 

七瀬はいよいよ打つ手が思い浮かばなくなり、その場に仰向けになって倒れた。すると、たまたま棚の上に片付けてあった補助筋肉が目に留まった。

 

「布仏、何故に補助筋肉はISのパーツの中でもこんなにも余るんだ?」

 

「昔は大型の機体の重量を支えるために多く使われてたみたいだけど今の機体は細身で高機動な機体が主流になったから必要なくなったんだって~。お姉ちゃんが言ってたよ~」

 

「なんと、君に姉がいたのか……」

 

七瀬は補助筋肉の仕様用途よりもそっちに驚いた。

 

「(布仏の姉か…そこまでISのことについて知っているということは整備士志望なのか…?)」

 

IS学園にはいくつかの科がある。IS操縦者を目指す者が入る操縦科、ISの開発企業に入社を目指す者たちが入る整備科などと、この学園でのISとの関わり方は十人十色なのである。

 

「補助筋肉は確かまだISが地面に足を着いていた時代に装甲の重さに耐えながら動けるようにサポートしてくれる、昔はISに絶対必要なパーツだったんだよ~。現代のISは空を自由に飛行できる機体が多くなったからあまり使われる量も減ったんだよ~」

 

「減った…?ということは現行稼働しているISにも使われているのか?」

 

「数はすごく少ないけどね。非固定浮遊部位がある第三世代の機体は武装の重量による負担がないから使われなくなったけどね~」

 

「なるほど。武装が重くて機体にかかる負担が大きいなら武装自体を浮かせてしまえ、ということか。

 確かにそれなら補助筋肉を使わなくとも行動ができるな。

 それに浮遊し続けることが前提ならば地面に足をつけることなどまずないから筋肉なぞいらんわけだ」

 

非固定浮遊部位。ISに取り付けられている浮遊装置『PIC』の技術を本来機体に取り付けられている筈の部位に使うことで武装自体を浮遊させ、機体を操る操縦者の筋肉への負担を減らすための技術だ。先に七瀬が申したとおり、武装が重いなら武装自体を浮かせればいいという考えのもと完成した第三世代技術である。これにより、第三世代機には操縦者への機体重量による負担を減らす補助筋肉を付ける必要がなくなったのである。

 

「ならば、第三世代の機体はPICが稼働を停止したら機体の重量に押し潰されて動けないということになるのか…ならばそこを突けるな」

 

「けどPICが稼働を停止するなんて聞いたことないよ~?何か作戦はあるの~?」

 

策を講じた七瀬に今度は本音が質問する。

 

「質問に対して問題で返すようで悪いが、布仏、現代においてISとはなんだと思う?」

 

「んん?スポーツだよね…?」

 

「そうだ。世間からするISはあくまでスポーツだ。

 ならばその域を越えた戦いは想定していない…いや、できない筈だ。

 さもなくばただの兵器になりかねないからな。勿論、コイツも同様だ」

 

七瀬は目の前のIS、『打鉄』を見てそう言った。

 

「うわ~、あずさん悪い顔してる~」

 

「産まれ落ちてからこんな顔だ」

 

「確かにそうかも~」

 

「で、今後の改造計画なんだが……」

 

七瀬は無理やり話を変えた。これ以上は自分にとって苦しいだけだと理解したためである。

そして黙って一人、何かをノートに書き始めた。

 

「あ、あずさん?これって……?」

 

その内容は驚くべきものだった。本音が見たもの、それはただの骨格といっても過言ではない機体の姿だった。

 

「とりあえず、装甲捨てよう」

 

*************************

 

 

 

『東、聞こえるか?』

 

「えぇ。聞こえてるっすよ」

 

決戦当日、アリーナにて七瀬は千冬からの通信が来たのを確認する。彼の傍らには一夏とその特訓に付き合っていた箒がいた。

 

『どうやら、織斑の機体の搬入が遅れているらしい。先にお前が出撃しろ』

 

「了解っす。自分も早くコイツを動かしたくて仕方なかったもんでしてね」

 

『そうか。ではすぐにカタパルトへ向かえ』

 

「カタパルト!?なんと、学園にはそんなものまであるのか!」

 

『……あまり遅れるなよ』

 

ロボットアニメのお約束の発進シークエンスを学園でも行えることに歓喜する七瀬。そんな七瀬に呆れながら千冬は通信を切るのだった。

 

「よし、行くとするか」

 

「けど七瀬、訓練機でどうやって勝つんだ?訓練機にはフォーマットとフィッティングもない、つまり七瀬の動きに着いて来られないってことなんだろ?」

 

「まぁ、そうなる。だが心配はいらない。俺の動きに合わせて各稼働範囲とスラスターを改造したこの機体ならな」

 

七瀬はハンガーデッキに布を被って鎮座している機体を見て言った。そんな七瀬のISを見て近くにいた箒が何かおかしいことに気がつく。

 

「なんだかこの機体、少し小さすぎないか?」

 

「おぉ、分かるか篠ノ之よ。そうとも、なにせこの機体は──」

 

『あずさ~ん!!』

 

七瀬が機体について語ろうとしたそのときだった。アリーナの管制室から通信で声が響いてきた。

 

「この声……布仏か?」

 

『せっしーが早くしろって言ってるよ~?これ以上は私の手に負えないんだよ~』

 

「それは悪いことをしてしまったな。すぐに出る」

 

七瀬はそう言うと機体に被せてあった布を捨てた。そしてその元の姿を留めていない姿が露となる。

 

「な…なんだこれは!?東、こんな機体でどうするつもりだ!」

 

「なんとかする。時間なのでこれで失敬」

 

「おう、頑張れよ、七瀬!」

 

「ま、待て!私の話を──」

 

箒が止めるが七瀬は機体のハンガーデッキをカタパルトがある方へ移送してしまう。それに乗って七瀬自身もハンガーデッキと一緒に移動してしまった。

 

「自らもハンガーデッキで移送されるなんて何を考えているんだ東は!?」

 

本来、ハンガーデッキとは機体だけをエレベーター式でカタパルトに運ぶものであり、人を運ぶものではない。それに対して箒は驚きを隠せなかった。

 

「けどカッコいいじゃん、アレ。機体を格納しているデッキが自動で動いてカタパルトまで運ばれるなんてさ」

 

「そうなのか…?私に男の趣味は分からん」

 

箒は男の趣味の理解に苦しんでいた。

 

***********************

 

 

 

『あずさ~ん、準備はおっけ~?』

 

「君はさっきからそこで何をしているんだ」

 

何故本音が管制室にいるのか疑問を持つ七瀬。それに対して同じく管制室にいた千冬が答える。

 

『お前の機体の改造に貢献したのは布仏だ。ならば機体の詳細を理解している彼女ならサポーターとして働けるだろう』

 

「ということで~、今日は私がオペレーターを担当しま~す!」

 

「そ、そうか……」

 

実際、本音が機体の改造に貢献したのは千冬が頼んだからであったりする。快く引き受けてくれた本音だったが機体の改造は難航し、ギリギリで完成していたりする。

さらに、本音のお陰で七瀬は少しではあるがISの整備技術や改造技術を習得した。これは七瀬にとってこれ以上ない得であった。

 

「では、行くとするか。織斑先生、カタパルトの用意をお願いします」

 

『了解した。布仏、リニアボルテージの確認を。東は安定域に到達次第、カタパルトに接続を』

 

『こっちはおっけー。あずさん、乗っていいよ~』

 

「分かった」

 

七瀬はハンガーデッキに鎮座していた機体に飛び乗った。しばらく動作状況を確認してから七瀬はカタパルトに乗った。

 

「カタパルトへの接続、完了した。あとはそちらに任せる」

 

『リニアボルテージ上昇。タイミングをあずさんに譲渡しまーす。いつでも発進おっけーだよ~』

 

本音からの発進許可を確認すると七瀬はその改造した機体の名前を告げた。

 

「了解。『打鉄・零』( うちがね・ぜろ)は東 七瀬で出る!!」

 

カタパルトの加速によって七瀬はアリーナへ飛翔した。

………いや、飛び降りたという方が合っているかもしれない。

 

*************************

 

 

 

「遅い!!」

 

「いやぁ、すまなかった。機体の調整が難航してな」

 

勿論嘘である。実際は七瀬がハンガーデッキの移送を楽しんでいたり、カタパルトの発進シークエンスを楽しんでいたりしたのが原因だったりする。

 

「貴方……その機体はなんですの!?」

 

「これが俺の改造した機体、打鉄・零だ!何か文句があるのか?」

 

「大有りですわ!!」

 

セシリアは七瀬に向かって叫ぶ。

 

「そんな、量産型の機体でフレームを露出させているあげく、装甲もほとんどない機体なんて…私を馬鹿にしていますの!?」

 

「馬鹿になどしていない!これが記念すべき正真正銘、俺の改造ISの1号機だ!元が量産機だからって甘く見るなよ!!」

 

「ふざけるのはお顔だけにしてくださいまし!」

 

七瀬の機体は異形だった。一部のフレームは露出しており、他の場所に比べてマッシブとした腕と脚のフレーム。更に打鉄の特徴といっても過言ではない腰と肩のアーマーは外されていた。打鉄本来が持つ侍のようなフォルムは跡形もなく消えており、正に機械だと言わんばかりの姿であった。

しかし、装甲が全く装着されていないその機体は普通のISよりも一回り小さく見えるのが特徴的だった。

 

「一戦目はもう1人の方が相手だと聞いていましたが?」

 

「織斑ならまだ機体の調整が終わっていない。だから俺が来た」

 

「そう。……なら丁度よくてよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「あの方をひざまづかせる前に貴方でウォーミングアップさせていただきますわ。貴方もいつまでもわたくしを見上げていないで早く上がってきてはどうですの?」

 

カタパルトで発進してから地上に着地した七瀬に対し、セシリアはそう呼び掛ける。

すると、七瀬はアリーナにいる誰もが予想できなかった返答を告げた。

 

「悪いな、俺の機体、そんな高くまで飛べないんだ。だからここから相手をさせてもらう」

 

「なっ……!!」

 

その七瀬の言葉にアリーナにいた全員が驚愕する。勿論、それは管制室にいる千冬とて例外ではなかった。

試合を見に来た生徒や教師たちがざわめく中、遂にセシリアの堪忍袋の尾が切れた。

 

「貴方はどこまでわたくしを馬鹿にすれば済みますの!?もう容赦致しませんわ!!」

 

「こちとら始めからそのつもりだ!!」

 

セシリアは試合開始の合図を待たずにスターライトMK-Ⅲで射撃する。高出力のレーザーの雨が七瀬に降り注ぐ。

 

「ったく、本当に容赦ねぇな!」

 

七瀬はレーザーの上空から降り注ぐ光の雨を地面を走り抜けて避ける。

その異常な程機敏な動きにセシリアは驚愕する。

 

「ISが地を走っている!?貴方、一体どんな改造をしたんですの!?」

 

ISとは本来、PICの恩恵により、空中を飛行、または浮遊しながら移動するものである。それが走る、ジャンプをするなどといった人間染みた動きをするなど代表候補生徒であるセシリアでさえ見たことがなかった。

 

「敵に教えると思うか?だがこの機体について語りたいから試合が終わったあとでじっくり語ってやる!」

 

七瀬はそう言うとその手に量子変換して拡張領域(バススロット)に収納してあったホーミングミサイルランチャーを展開する。

量子変換とは武装を光の粒子として収納する場合は分解、展開する場合は光の粒子から武器に再構築させることであり、バススロットとはその分解した粒子を保存する、いわば武器の入れ物のことである。

 

「行けよ、ミサイルぅ!!」

 

「そんな小さなランチャーにそれだけのミサイルを!?貴方、本当に無茶苦茶ですわ!」

 

七瀬のランチャーから無数のミサイルがセシリアに向かって飛翔する。

 

「その程度の攻撃がわたくしに通用すると思いまして?お行きなさい、ブルーティアーズ!」

 

セシリアがそう言うと背部のウィングから何か独立飛行する物体が射出された。

 

「さぁ、踊りなさい。わたくしとブルーティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

独立飛行する物体は向かってきたミサイルにレーザーを放つ。独立飛行している物体はビットと呼ばれる兵器だったのだ。

 

「やはり、そいつが一番邪魔になるな。今のを全部撃ち落とすかよ…」

 

七瀬の放ったミサイルは全てビットによって撃ち落とされていた。

 

「貴方、今のミサイルランチャー、普通のものではありませんわね?」

 

「おう、よく分かったな。こいつは山田先生のラファールから借りた教員用の装備だ。丁度整備に出されていたから使用許可なく使えてな。それを改造させて貰った」

 

『な、何を勝手なことをしてくれているんですか!』

 

「先生、整備室にあるものは全部使っていいって仰いましたよね?なら整備中だった先生のラファールも例外ではないはずでは?」

 

『そ、そんなぁ…』

 

涙目の山田先生からの通信に対して七瀬はジャイ◯ン並みに理不尽な理由で返す。

しかしながらこの男、山田先生のラファール自体を改造しようとまで企みかけていたりした。教員専用機とはいえ、初期化は可能。それを利用して山田先生のラファールをNTRしようとしたわけである。

本音が止めていたからよかったものの、本音がいなければ今頃どうなっていたか分かったものではない。

 

「余所見をしている暇がありまして?いきますわ!」

 

「来い、ソリッドバレット!」

 

セシリアはビットを七瀬に向けて射出する。

七瀬はミサイルランチャーを量子変換し、アサルトライフル『ソリッドバレット』を展開する。連続射撃を考慮して設計されているこのライフルは一発の威力は少ないものの、装填できる弾は150発と非常に凶悪な代物である。

……無論、これも山田先生から借りたものだ。

 

「俺のロボット対決法第45条、ビット兵器を持つ相手と戦うときはまずビットからに基づき対処する!」

 

七瀬は向けられたビットに向かってライフルを構える。射撃が開始されたのを確認すると七瀬はレーザーを避けながらライフルを乱射する。

 

「そのような射撃ではブルーティアーズは落とせませんわよ!」

 

「俺は狙い撃つよりも乱れ撃つのさ!」

 

適当に撃っているかのように見えた七瀬だったがその弾はしっかりとビットを捉えていた。4つあったうちの2機が落とされたことによってセシリアも表情の色を変えていた。

 

「ですが、いつまで体力が持つかしら!?」

 

「ぐっ!?流石にフレーム剥き出しだと被害が甚大だな!」

 

七瀬の機体はたった一発レーザーに当たっただけでシールドエネルギーが大きく削られた。更にその部位と連動していたスラスターが大破する。

 

「腰部スラスター大破…こいつはもう使い物にならないな」

 

七瀬は少しでも機体を軽くするために大破したスラスターが装着されている装甲をパージする。

 

「そろそろか。特殊弾を使う」

 

七瀬はビットによる攻撃を避けながらその腕部に取り付けられているミサイルをセシリアに向けて放った。

 

「なっ…!?」

 

セシリアはビットの操作に集中していた中、突然の攻撃に対処が間に合わなかった。

七瀬が放ったミサイルはセシリアに命中し、爆破する。

爆破したミサイルから煙のようなものが吹き出した。

 

「これは…煙幕?笑止ですわ、ISにはハイパーセンサーがありますのよ!」

 

ハイパーセンサー。ISに取り付けられている高感度センサーのことであり、それは如何なる状況下でも相手を見失うことはない。それは七瀬も分かっている筈なのに何故このようなことをするのか、セシリアには分からなかった。

 

「まだまだあるぜ、避けてみせろよ、代表候補生?」

 

七瀬は同じミサイルを放つ。今度は一発ではなく数発のミサイルを。

 

「同じ手は通じませんわよ!」

 

セシリアはビットを収納し、スターライトMK-IIⅠによる、射撃でミサイルを撃ち落とす。すると同じくしてミサイルは煙幕を吹き出す。

 

「……同じ手を食らっているようだが?」

 

「何を言ってますの?貴方のミサイルは私にダメージを与えられませんでしたわよ?」

 

セシリアにとって七瀬の手とは煙幕を噴射してから無数のミサイルで攻撃することだと思っていたようだ。

…だが、七瀬の真の目的は違っていた。

 

「お前、俺がダメージを与えるのが目的だと、本当にそう思っているのか?」

 

「何を言って────」

 

セシリアがそう言おうとしたそのときだった。

自分の機体が何かを表示したのを確認した。

 

「(ブルーティアーズの出力が落ちている…?いえ、それどころか安定値を下回って──)」

 

ガクン。

そんな感覚が自分の機体の異変に気づいたセシリアを襲った。

 

「(え……?)」

 

そしてセシリアは自分が空中から落下していることに気がついた。

セシリアはそのまま成す術なく地面に叩きつけられる。

 

「げほっ…げほっ………」

 

セシリアは脳の処理が追い付かない中、状況を確認しようとした。地面に叩きつけられた衝撃でシールドエネルギーが極端に減っていたことに気がつく。

 

「貴方……一体何をしましたの…!?」

 

「教えると思うか?…と言いたいところだが俺は語りたいから教えてやる」

 

セシリアは目の前の男を恐怖の目で見ていた。さっきまで見下していた男が今はただただ恐怖の対象でしかなかった。

 

「さっきの煙幕は硫黄と硝石、そしてカーボンを粉末状にしたものだ」

 

「どういう……ことですの……」

 

「そして第3世代ISのブースターの仕組みはこうだ。大気中の酸素を入り口から取り込み、爆発のエネルギーから得られる出力を推進力に変換した後、別の出口から排出する」

 

「それがなんだというんですの!?」

 

「まだ分からないか。つまり、お前の機体のブースターは粉末状のカーボンを取り込み燃焼させたことで一時的にではあるが通常では得られない爆発的なエネルギーを得た。その後、得たエネルギーを出口から排出しようとしたが同じく煙幕に入っていた硫黄と硝石が入り込んだことによって出口が塞がり排出に失敗。そのまま得たエネルギーに耐えきれずブースターが爆破というわけだ。空気を入れすぎて風船が破裂したとでもいえば分かりやすいか?」

 

「そんな…馬鹿なことが……」

 

「ある。お前の機体のブースターにはシーリング処置用のフィルターが取り付けられていなかった。BT兵器の試験機だからだろうな。少しでも安く試験して次の機体に金を費やしたかったんだろうな。まぁ、俺としてはこれ以上に煙幕を取り込み易い構造はないから助かったけどな」

 

「そんな方法でわたくしのブルーティアーズを……」

 

セシリアの額を脂汗が滴り落ちる。自分の得意戦術である遠距離戦法が使えなくなったためである。自由に動ける領域がある空ならいざ知れず、動ける領域に制限があるアリーナの地上で戦わなくてはならないとなるとすぐに間合いに入られてしまうからだ。

 

「ですが、まだ私にはPICが──!?」

 

「そういえば、お前の機体はPIC干渉領域がブースターの近くにあったな。さっきの爆破で一緒に壊れちまったか?」

 

ブースターも使えない、その上、浮遊機能であるPICも使えなくなった機体、それは動きの一切が制限されるといっても過言ではなかった。第3世代機の特徴ともいえる非固定浮遊部位は効力を失い、地に墜ちていた。

 

「さ、これで状況は同じ。お互い空を飛べないロボット同士でドンパチしようぜ!!来いよ、『へヴィーアックス』!」

 

「くっ……『インターセプター』!」

 

二人は武器の名前を呼んで武器のイメージを体現する初心者用の方法で武器を展開する。セシリアは近距離の戦いに慣れていないためであるが七瀬は単に『武器の名前呼んで展開した方がカッコいいだろ』、という理由で呼んでいたりする。これが初心者用の方法であることを七瀬は知らないが。

 

「わたくしに近距離用の武器を使わせましたわね…!貴方が初めてですわ!!」

 

「そりゃあおめでとう。近距離でドンパチすることのロマンを知れたんだ。今日は赤飯だな」

 

「初見の相手にわたくしがこうまで押されるなんて!!」

 

セシリアは近距離用ブレード『インターセプター』で、七瀬は近距離用アックス『へヴィーアックス』で応戦する。二人の激しくぶつかり合う武器からは火花が散る。

 

「地に足を着いての戦いは初めてか?本来の自分の機体の重さとパワーを直に感じ、相手と武器をぶつけ合う。どうだ?最高だろう?」

 

「くっ…!!ブルーティアーズがこんなにも重いなんて!」

 

セシリアは地上に足を着いての戦いに慣れていなかった。普段は自由に空を舞いながら戦うブルーティアーズ。だが今だけは翼を折られた鳥のように無力であった。

 

「いいじゃないか。機体の欠点を見つけられたんだ。それはすなわち、改善の余地があるということだ!!」

 

「改善の余地…?私のブルーティアーズに…?」

 

「おうさ、その機体は試作機なんだろう?ならばそれを完成品にするのは国でも企業でもない。その機体の相棒であるお前の仕事だ!!」

 

七瀬はそう言うとセシリアの『インターセプター』を払いのけ、アックスでブルーティアーズの装甲に亀裂を入れる。

 

「まだ倒れてくれないか…流石だ。代表候補生──いや、セシリア・オルコット!!」

 

「……いいでしょう、好敵手と認めましょう東 七瀬!!ですが、だからこそ負けられませんわ!」

 

「ぐっ……!!」

 

セシリアも負けじと『インターセプター』をレイピアのように持ち、七瀬に連続刺突を繰り出す。七瀬は左腕でその刺突を防ぐが左腕の装甲を破壊されてしまう。

 

だが、お互いピンチである筈だというのにその表情は笑っていた。

 

「くそっ!やはり一撃のダメージが大きい…!!」

 

七瀬は一度距離を取る。だが、それはセシリアの布石であった。

 

「掛かりましたわね!!」

 

「しまった!!」

 

セシリアはインターセプターを量子変換させて収納し、七瀬にレーザーライフル、『スターライトMK-Ⅲ』を構えていた。

連射ではなく、その一撃に全てを賭けたような高出力のレーザー。それが七瀬に向かって直進していく。

次の瞬間、七瀬は爆発に呑み込まれた。

 

「これで…!」

 

セシリアは勝利を確信していた。量産型の機体で尚且つあれだけ装甲を削った機体が今の正確で高威力な一撃に耐えられる筈がないと思っていたから。

だが、セシリアは七瀬が言っていたことを思い出す。

 

量産機だからといって甘く見てはいけないと。

 

「ところがぎっちょん!!」

 

「!?」

 

七瀬が爆炎の中からその姿を現す。

フレームは溶解し、立っているのさえやっとの状態の機体。それがセシリアに急接近していた。

 

「(ですが、あの一撃をどうやって…!?)」

 

セシリアは七瀬のISを見てそれに気がついた。

 

「(機体が最適化(フォーマット)されている…!?そんな…学園の訓練機ですのよ!?)」

 

最適化(フォーマット)。それはISが操縦者に合わせて形を変えることである。専用機では初期設定として行われるのが当たり前のことなのだが、学園の訓練機は違う。改造やカスタマイズをすることはできるが、誰もが使えるように最適化のプログラムはされていないのだ。

 

「(まさか、機体が東さんを主と認めたというんですの!?)」

 

いつぞやの山田先生の授業を思い出す。

 

『ISは機械ではなく、パートナーとして認識してくださいね』

 

意思のあるISが操縦者である七瀬の機体への愛に応えることは必然的だったのだ。今、『打鉄・零』は全ての意味において七瀬のパートナーとなったのである。

 

「どこまで常識外れなんですの、貴方は!」

 

セシリアは笑っていた。自分が見下していた男がこんなにも自分の心を楽しませるなど、思ってもいなかったのだから。

 

「貰った!!」

 

七瀬はセシリアの間合いを取っていた。七瀬が溶解しかけた『へヴィーアックス』を振り回そうとしたときだった。

セシリアの腰部装甲から自分に何かが向けられた。

それは七瀬がもう警戒していなかったものだった。

 

「ブルーティアーズは…6機ありましてよ!!」

 

腰に備え付けられていたミサイルビットが七瀬にその銃口を向ける。

 

「ここまで分かっていたとは…流石だな」

 

ビットから放たれたミサイルが七瀬を襲う。

すでに大破寸前だった機体にその攻撃を耐えるだけのエネルギーは残っていなかった。

 

爆発の音と共に試合終了のアナウンスがアリーナに響いた。

 

『試合終了、勝者、セシリア・オルコット!!』

 

しばらくの間、アリーナは二人の健闘を称える拍手と歓声で満ちていた。

 

 

 

 

 

 




次回は零の機体解説と少しストーリー進めます。あと新キャラ。一夏にも仕事させないと不味いですねぇ…

今回もありがとうございました!
ロボット愛を叫んだ熱い感想もお待ちしております!!


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革命機

タイトルがヴァルヴレイヴですね……

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ありがとうございます!


決闘から一夜が明けた。七瀬は朝、目を覚ますと昨日ISを動かしすぎたせいであろう、体中の筋肉が悲鳴をあげていた。

されどいつも通り東七瀬の朝は早い。

 

「はぁ、はぁ……たった5キロ追加しただけでここまで辛いとは...」

 

七瀬はいつも通り、朝のランニングに励んでいた。その息はいつも以上に上がっていた。

というのも、学園に入学してから七瀬は訓練において自分が他の生徒に比べて体力がないということを思い知らされた。そのため、普段よりも朝のランニングの距離を増やしたのである。

 

「訓練受けた後に部活できる奴はどんな鍛え方しているのか…」

 

七瀬は心底そう思った。七瀬は学園に入る以前、普段は部屋に籠ってプラモばかり作っていたが、毎朝のランニングは欠かさなかった。故に体力には自信があったのだ。

だが、それでもIS学園というIS操縦者の育成機関を目指して日々鍛練を積み重ねてきた者たちに比べれば雀の涙程度の努力だったのだ。

 

「とりあえず、クールダウンをするか…流石にいきなり負荷を掛けすぎたかもしれない」

 

七瀬は段階を踏んで挑戦しなかったことを後悔しながらクールダウンのジョギングを始める。

 

「(明日からはサーキットトレーニングも始める予定だったが…先伸ばしにするしかないか…)」

 

七瀬がそんなことを考えていたときだった。

 

「息が上がってるよ?東君」

 

「相川か」

 

相川清香(あいかわ きよか)。七瀬の隣の席、つまり出席番号1番のクラスメイトである。

 

「東君は今日もランニング?」

 

「あぁ。ISを長時間動かすには気力と体力が必要になるからな」

 

そう、これもあくまでISのため、自分の理想に近づくためである。知識や技術も大切だが操縦者の腕も必須能力となるのがISなのである。

 

「といったものの、この通りたった10キロ走っただけでこの様だ」

 

「ランニングで10キロも結構な距離だけどねー…」

 

二人はジョギングをしながら話を続ける。だが、七瀬はランニングをした後なのであまり余裕がない。

 

「東君ってもしかして、地元が高地じゃなかった?」

 

「それはどういうことだ?」

 

七瀬は質問の意味が分からずに聞き返した。

高知県に住んでいるのかと聞いているのであれば違うが。

 

「東君の走り方って坂とかヒルクライムのときに使われる走り方だから。IS学園の敷地はほとんど平地だからそれじゃあ走りにくいと思うんだよね」

 

七瀬の走り方は歩幅を小さくして走る走法である。これは山や高い地形の場所で使われることが多い走法であるのだが、七瀬は平地である学園でその走法で走っている、つまり走り方に無駄があるというのだ。

 

「東君はもう少し歩幅を広げて走ってみると疲れが減ると思うよ。体力づくりを目的にしたランニングなら尚更だよ」

 

「そうなのか…ではやってみるとしよう」

 

七瀬はそう言うともう一度走り出した。思ったらすぐに行動してみる、それが東七瀬という人間なのだから。

 

「なるほど…歩幅をほんの少し変えるだけでも効果は覿面だ。闇雲に距離だけを変えても駄目だったのか…」

 

七瀬は違いを実感する。

 

「(これだけのことでこうも変わるものなのか…いや、こういう基礎が備わったからこそ変化できたのか)」

 

陸上に関しては全く知識のない七瀬にとってはこれだけのことと言えるが、陸上の大舞台で戦う人々にとっては走りのフォームというのは他者と差を付けるために必要な一種の要素といえるだろう。先の見えない長い距離の中でいかにその走りのフォームを維持できるか、それが重要になる。

 

「しかし…俺の走りのフォームなんてよく分かるな。君は陸上部だったか?」

 

後ろから追い付いてきた清香に七瀬はそんな質問をする。 

 

「私はハンドボール部だよ。けど、ジョギングが趣味で毎朝走ってるんだ。だから東君のことも毎朝見かけたよ!」

 

「そうだったのか…走りについてやけに詳しいからつい…」

 

「趣味でやってたらいつの間にか詳しくなってたんだよね~。気がついたら駅伝とか球技の試合なんかも観戦するようになってたし。…周りの子には男の子っぽいって言われたことあるんだけどね」

 

「だが、趣味だからこそ全力になれる。君が詳しくなったのも、好きなことに全力で打ち込んだ証だろう。俺が言うのも変だが、それは誇っていいことなんじゃないか?」

 

かくいう七瀬もロボットが好きで色々なことを調べていたらいつの間にか科学部でロボット部門賞を貰う程度になっていたという過去がある。

その情熱ぶりから『無機物に恋してる人』などと呼ばれるようになったのだが。

 

「本当に?何もおかしくない?」

 

「あぁ。それにスポーツが好きな女子がいておかしいことなんてない。中学にせよ、高校にせよ、部活をする女子なんて沢山いるからな」

 

「…そっか。なら、よかった……」

 

七瀬は、不安そうな表情が消えた清香と共に朝のトレーニングを終えるのだった。

 

**************************

 

 

 

「…すまない、遅れた」

 

「あずさ~ん、こっちだよ~」

 

放課後、七瀬は整備室の一角で手を振っている少女、本音の元に駆け寄った。

 

「それで布仏、機体のダメージレベルは……」

 

七瀬は目の前に大破した状態で鎮座している機体、『打鉄・零』を見て言う。

 

「う~ん。レベルで言うとDといいたいところだけど操縦席周りの骨格から歪んじゃってるからね~。この子の性質上、1から作り直さなきゃ駄目かも~…」

 

「そうか…二人で直したとして掛かる時間は?」

 

「元通りにするなら早くて1ヶ月かな。フレームだけなら一週間もあれば直ると思うよ~」

 

「…ふむ、ならば学園に届け出したことだし、思いきってオーバーホールするか」

 

あの決闘以降、ようやく学園が物資の申請を出してくれたようで補修ができるようになった。だが、一年生ということもあり、使える物資は限られてくるが。

 

「じゃあ今日はフレームを直そうね~」

 

「あぁ。いつもすまない…埋め合わせはする」

 

「大丈夫だよ~。あずさんいつもお菓子持ってきてくれるし~」

 

二人は整備の用意をし始めた。七瀬も最近は本音の教えもあり、ISの整備の手際が良くなってきていた。

そして二人がいざ整備を始めようとしたそのときだった。

 

「話は聞かせていただきましたわ!」

 

準備をしていた二人の背後から声が聞こえてきた。

 

「あ、せっしーだ~。やっほ~」

 

「せ…せっしー…?まぁ、いいですわ…ごきげんよう、東さん、布仏さん」

 

七瀬と本音が振り向くとそこには、いつもどおり腰に手を当てて仁王立ちしているセシリアがいた。

 

「オルコットか。今日はどうしたんだ?」

 

「東さんが機体の修理をすると聞いて立ち寄ってみましたの。なにやら人手不足でお困りだとか」

 

どこからそんな情報が漏れたのか気になる七瀬だがそんなことは今はどうでもよかった。

 

「あぁ。この通り、俺と布仏しかいないものでな」

 

「それは大変ですわね……ですがご安心を!このセシリア・オルコットが来たからにはすぐに改修が終わること間違いなしですわ!」

 

「お~、せっしー手伝ってくれるの~?」

 

「いえ、そうではありません!東さんは私の好敵手、ライバルなのです!早期に機体を直していただかなければ前回の決着が──」

 

「よーし、人数も増えたし頑張ろ~」

 

「って、聞いてますの!?」

 

長そうなので無理やり話題を変えた本音。やはりどう足掻こうとセシリア・オルコットはギャグキャラである。

 

「なら、次にオルコットと戦うときまでには新しい装備にしなければな」

 

「東さんと布仏さんにブルー・ティアーズの整備を手伝っていただいたときにブースターのシーリング処置もしましたからあの煙幕対策は万全でしてよ?」

 

あの決闘の日、七瀬と戦った後でセシリアは一夏とも戦わなくてはならなかった。本来はそっちが本題であったのだが、七瀬の介入によって後回しになってしまったのだ。

七瀬との戦闘にて中破したセシリアの機体は予備パーツがあるとはいえ、修復するのに必要な時間が足りなかった。人員が足りなかった中、同じく戦い終えた七瀬と本音が機体の修復を手伝ったのである。

今回、セシリアが手伝いに来たのはそのときの恩返しの意も含めてなのだが七瀬が知ることではない。

 

ちなみに試合の結果は七瀬と同じくあと一歩のところで一夏が負けてしまった。だが、セシリアは一夏に対して以前のような高飛車な態度を取ることはなかった。むしろ自分から積極的に接するようになったようにも見えた。

 

「そのためにも頑張って終わらせようね~」

 

「あぁ。ではまずは残った装甲を斬り落として行くか」

 

「ではわたくしはハイパーセンサーの動作チェックを行いますわ」

 

「じゃあ私は使えそうなフレームの予備パーツがないか確認してくるね~」

 

三人は各々、作業を始めた。

愛するロボットを友人と共に修復作業ができることに七瀬はいつも以上に気持ちが昂っていた。

 

*************************

 

 

 

「この機体のフレームはどうなってますの!?」

 

セシリアは、装甲を外されフレームが露出した機体をみてそんな声をあげた。自分の仕事を終えたセシリアは歪んだフレームの部品の交換を行っていた。だが、機体のフレームはセシリアの持ってきた部品を受け付けず、さすがのセシリアも手に負えなかった。

 

「ほとんどの予備パーツが使用不可なんて…一体どのタイプのフレームですの?」

 

「ああ...こいつがフレームの修理に時間が掛かる所以だ。間接部に補助筋肉を多く設置するためにほとんどの打鉄のフレームを新規パーツに取り替えてある」

 

本来は量産機である打鉄は量産機用の共通フレームを使用しているため、各部位をそのまま取り替えるだけで修復が完了する。だが、七瀬が改造した本機は現行あまり使われなくなった補助筋肉の導入に加えてそれを導入するにあたり邪魔になる部分を排除していたりと、もはやオリジナルのフレームになったといっても過言ではないのだ。そのため、他のフレームパーツを全く受け付けないのである。

 

「これを東さんが…貴方、本当にIS初心者ですの?」

 

「俺は設計しただけだ。取り付けや調整をやってくれたのはほとんど布仏だ」

 

「私でも設計なんてやったことないけどね~…」

 

本音は主に整備や開発専門であるが、それは企業や国家によって基礎設計されたデータを元に行われる。企業や国家でもないただの学生が設計をするなど、今までになかったことなのだ。

 

「こいつが設計図だ。これを元に1からパーツを作り直すしかない」

 

「って、紙に書いたんですの!?どうしてこのような手間の掛かることを?」

 

「決まっているだろう。コンピューターに頼って楽してロボットを設計するなど怠惰以外の何物でもない。なぜこのような悦楽を短縮する?勿体ないだろう」

 

「・・・貴方はそういう方でしたわね……」

 

普通コンピューターを使えば設計の時間を短縮し、より鮮明に機体の姿を描ける。だが七瀬はただ自由でありたかったのだ。コンピューターの決められた動作から形を選んで作るよりも、自分の理想に忠実にたった一枚の薄い紙に描くことを選んだのだ。

そんな七瀬の執着心とこだわりに呆れセシリアは額を抑えた。

と、そのときであった。

 

「お~い、七瀬!」

 

「ん…?織斑か」

 

七瀬が声のした方を振り向くとそこには一夏がいた。

その後ろには箒の姿もあった。

 

「おや、今日は篠ノ之も一緒だったか。仲がよろしいようで何よりだ」

 

「からかうなよ。ただの幼馴染みだって」

 

一夏が七瀬にそう言うと後ろで無言を貫いていた箒が不機嫌そうな顔になる。

 

「どうしたんだよ?」

 

「なんでもない………ふん」

 

そう言うと箒はそっぽを向いてしまった。

すると七瀬は何かを察したような顔をする。

 

「(篠ノ之が手に持っているのは弁当箱か…?なるほど、何かあると思ってはいたが篠ノ之め、そういうことか…)」

 

七瀬はこれでも人間観察は得意である。箒の表情、そして手に持っていたひとつの布で包まれた箱、その2つから箒の心情を悟った。

 

「(織斑に気があるのか、篠ノ之は。いいねぇ、これは面白いことになってきたじゃないか)」

 

そう考える七瀬。

七瀬の見立てでは恐らくセシリアも一夏に気がある一人であった。そんな二人が今の状況で遭遇したらどうなるか、七瀬には予想がついていた。

 

「篠ノ之さん、これはどういうことですの?」

 

「どう、とは?」

 

「今日の放課後は剣道の練習があると聞いていましたが?」

 

「あぁ、そうか。一夏と、とは言っていなかったな。それはすまなかった」

 

「抜け駆けは感心いたしませんわよ!」

 

「お前が言うか、この夜這い女め」

 

「なっ…!?」

 

箒は以前にセシリアが夜、一夏の部屋に忍び込んでいたことを知っていた。…というより、目の当たりにしたのだ。

一夏の部屋は同室である箒の部屋でもあるのだから。

 

「なんで喧嘩してるんだ?あの二人…」

 

「はぁ…」

 

お前が原因だ、とは言えなかった。

そして七瀬はそんな二人と一夏を見てただ一言、こう呟いた。

 

「これが若さか………」

 

************************

 

 

 

「……なるほど。じゃあ七瀬たちは機体を直していた最中だったのか」

 

「あぁ、そうだ」

 

話が脱線したが、なんとか修復の話に戻ることができた。

箒とセシリア、そして一夏が一悶着している間、七瀬と本音は作業をしていたがようやく三人も戻ってきたらしい。

 

「というわけで見られた以上はお前ら二人にも修復に協力してもらおう」

 

「俺はいいぜ」

 

「何故私まで…」

 

快く承諾した一夏とは相反するような態度をとる箒。

だが七瀬は二人の答えを待たずに二人分の椅子を用意した。

 

「椅子に座る必要があるのか?ISの整備をするんだろう?」

 

「いや、それはあとだ。まずはこの機体、零の機体の各部を説明しようと思ってね。修復するにもこれがわからなければ話にならないだろうしな、この機体の場合」

 

「そうなのか。じゃあ説明よろしく、七瀬」

 

「了解した。まずは今の修復状況の報告からさせてもらう。現在、零は左腕のフレームを残してほとんどが大破した状態だ。布仏、オルコットは修復している過程で疑問に思ったことがあれば遠慮なく言ってほしい」

 

「では…」

 

「おう。なんだ、オルコット?」

 

「そもそもこの機体のコンセプトはなんですの?このような複雑化したフレームであるからには何かわけがあるのでしょう?」

 

「よくぞ聞いてくれた。こいつのコンセプトは『稼働範囲の拡大とフレーム構造の詳細を知る』ということだ」

 

セシリアの問いに七瀬は細かく書かれたフレームのみが描かれた設計図を見せる。ご丁寧に近くにあったホワイトボードに張り付けて。

 

「フレームの構造だと?そんなものを知って何とする?」

 

「愚問だな、篠ノ之。ロボットにおいて内部フレームは基本。こいつの構造が分からなければ理想のロボットを作るなど、夢のまた夢というものだ」

 

「…はぁ」

 

普段とは違うテンションの七瀬に着いていけずため息をつく箒。

 

「あずさんってロボット作ってるときと乗ってるときは普段と性格変わるよね~。乗ってるときは目もキラキラしてるし」

 

「確かに…それは俺も分かる気がするよ」

 

「何、性格が変わったとしてもどちらの意志も俺のものだ

。ロボットを愛する心は変わらん」

 

本音と一夏にそう答える七瀬。

 

「話を戻すぞ。この機体、打鉄・零のデータを見せるとこんな感じだ」

 

七瀬はそう言うとホワイトボードに機体のスペックデータを書いていった。

 

 

【打鉄・零(うちがねぜろ)】

 

和名:打鉄・零

型式:強化外装・零

世代:第2世代

国家:IS学園訓練機

分類:陸戦用機動型

仕様:新規フレームによる稼働範囲の拡大

装備:

  アサルトライフル『ソリッドバレット』

  ホーミングミサイルランチャー『ボルガニック・レイン』

  腕部ミサイルランチャー×2(弾頭は切り替え可能)

  近接戦闘用アックス『へヴィーアックス』

 

 

「……と、まぁこんな感じだな」

 

七瀬はホワイトボードにデータを書き終えた。

するとそれを見てセシリアが手を上げた。質問があるようである。

 

「この最新式のライフルとミサイルランチャーはどうしたんですの?いくら学園といえど新学期早々最新式装備を支給してくれる筈はないでしょう?」

 

「それならあずさんがまややん先生から貰ってきちゃったんだよね~」

 

「も…貰った?」

 

七瀬の代わりに本音がセシリアの質問に答えた。

 

「悪く言えば盗んだ、もっと悪く言えばNTRしたというところだ」

 

「寝とっ…!?お、お前は何を言っている!!」

 

七瀬が口にした言葉に過剰なまでに反応する箒。

 

「でも、あの試合のあとで先生に返しに行ったら本当にくれちゃったんだよね~。まややん先生は優しいよね~」

 

七瀬が盗んだ2つの武器は山田先生自身あまり頻繁には使わなかったらしく、七瀬が武器を使いこなしていたことに敬意を表して譲ってくれたのである。尤も、零が学園の訓練機であるからこそ武器を譲っても問題なかったということもあるが。

 

「型式番号は打鉄と同じ、『強化外装式』なんだな」

 

「あぁ。一応、元は打鉄だからな」

 

七瀬が一夏に言った通り、あくまで一応である。フレームが違う以上は別物といっても過言ではないのだから。

 

「しかし…少し前までISに無関心だったお前の口から型式番号などという言葉を聞くとはな。そんなことまで覚えたか織斑」

 

「セシリアと戦う前に勉強したからな。箒には剣道の練習してもらったし」

 

「それはISの練習になるんですの…?」

 

「あぁ。お陰で雪片を使うときの感覚にも困らなかったし」

 

「まぁ、お前がそう言うならそれでいいが…」

 

竹刀とISの武器では重さが全く違うので練習になるのか不安なところだが二人からすれば似たようなものなのだろうか。

 

「世代は変わらずか…だが、この仕様に書いてある『新規フレームによる稼働範囲の拡大』とはなんなのだ?」

 

「そうか。篠ノ之と織斑はまだ実際見たことがなかったな。いいだろう、お見せしようじゃないか」

 

そう言うと七瀬は機械を操作し、大破していない方の零の腕のフレームを取り外し、セシリアが持ってきた打鉄の腕のフレームと並べた。

そして七瀬と本音は手早い作業で並べた二つの腕のフレームを訓練機体として置かれていた別の打鉄に取り付けた。

 

「勝手に訓練機体に別のフレームを取り付けていいのか…?のほほんさんまで……」

 

「知らんな。だが、フレームの違いを見せるにはこれが一番手っ取り早いんだ」

 

取り付けが終わった二人はそれぞれ違う機械の前に立つ。

そして打鉄の操縦席を開閉させた。

 

「篠ノ之、試しに乗ってみろ」

 

「わ、私が乗るのか!?」

 

「あぁ。そのあとは織斑だ」

 

「俺もかよ!?」

 

二人は七瀬の実験台となったのだ。

 

「だが、見た目だけで判断するよりも体で体験した方がいい。違いに驚くだろうがな」

 

自信有りげに言う七瀬の姿が二人をより一層不安にさせる。

 

「な、なぁのほほんさん、本当に乗って大丈夫なのか…?」

 

「大丈夫だよおりむー。試験操縦で何回かあずさん乗ってるけど一回しか爆発してないからね~」

 

「いや、駄目だろ!!」

 

本音の言葉で二人の乗ろうという意志は消沈した。だが……

 

「…わたくしが乗りますわ」

 

「お、おい正気かセシリア!?」

 

一夏が止めようとする。だがセシリアは静止を聞かなかった。

 

「わたくしが苦戦した機体、その実力のほどを見たいのです。東さん、よろしいでしょうか?」

 

「乗ってくれるってなら誰であろうと大歓迎だ」

 

「ありがとうございます」

 

七瀬は知らないことだが、あの決闘以来、セシリアは七瀬の機体に興味を示していた。第三世代機をも翻弄する人間の動きを正確に再現する、もしくは増幅するIS、その実態が気になって夜も眠れなかったのだ。

 

「それでは、アリーナに行くとするか。布仏、この打鉄を腕部のフレームだけを露出させたままにしておいてくれるか?俺がアリーナまで機体を運ぶから」

 

「分かったよ~」

 

「七瀬、アリーナの使用許可は取ってあるのか?」

 

「こんなこともあろうかとな。とはいえ、時間は有限だ。急ぐぞ、全速前進DA!」

 

「どこまで先を読んでるんだよ……」

 

一夏たちは彼のロボットが関わるときの行動の速さに呆れながらアリーナへ向かうのだった。

 

**************************

 

 

 

「それじゃあオルコット、機体に乗ってみてくれ」

 

「分かりましたわ」

 

七瀬が指示するとセシリアは打鉄に乗り込んだ。フォーマットとフィッティングのない訓練機体のそれはセシリアが乗り込んだのを確認すると全てのシステムを立ち上げた。

 

「一応確認しておくと左手が零の腕フレーム、右手が普通の打鉄の腕フレームだ。違いは感じられるか?」

 

「そうですわね…率直な感想を述べますと、左手は軽い気がしますわ」

 

「そうか。なら問題なく差別化できてるみたいだな」

 

「どういうことだ東?」

 

箒が七瀬に問う。

 

「零のフレームには補助筋肉と呼ばれる繊維状の筋肉が取り付けられている。そしてこの補助筋肉の使い方こそがこの機体の真骨頂なのだよ」

 

「補助筋肉?昔は大型の機体の重量を支え、その重量に耐えながら操縦できるように取り付けられていたパーツのことだよな?」

 

「あぁ。つまり、昔は大型の機体には必須ともいえるパーツだったのだ」

 

一夏の勤勉ぶりに関心しながら七瀬は答えた。もっとも、補助筋肉は授業にも単語すら使われないほどに今ではマニアックなパーツなのだが。

 

「だが、現在のISの主流は細身で高機動な第三世代型だ。今はあまり使われなくなっているパーツの筈だが…」

 

「流石だな、篠ノ之。君の言う通り、今は全く使われなくなったパーツだ。だが、その原因は高機動な機体に対して大型の機体はいささか相性が悪いために大型の機体の開発が停滞したからだ。ならば、そのパーツを現在主流となっている細身の機体に使ったらどうなると思う?」

 

「大型の機体重量を支えるだけの力を機体のパワーに回せるということですの?」

 

「そうだよ~。そして補助筋肉は普通の金属パーツよりも軽い素材で出来ているから機体の重量も落ちるんだよね~」

 

乗っている本人であるセシリアの問いに本音が答えた。

 

「つまり、死角がないということですの?」

 

「あはは~。そうだといいんだけどね~…このフレームは稼働範囲が増えた代わりにこのフレームに対応している装甲しか装備できないんだよ~」

 

「つまり、稼働範囲に合わせて装甲にも稼働範囲がないと装着できないんだ。俺が乗ったときもほとんど装甲を着けないで戦っていただろう?あれは稼働範囲に合わせた装甲の完成が間に合わなかったためなんだ。なにせ、フレームを複雑化したせいで時間が足りなくてな…」

 

「そうでしたの…」

 

セシリアは自分を見下して装甲を着けないで戦いを挑んできたのだと最初は思っていた。今のセシリアはそんなことを考えたりしないが、完成が間に合わなかったというのが理由だとは思わなかったようだ。

 

「それに補助筋肉という軽いパーツが増えたことによって耐久性も落ちちゃったんだよ~。だからあんなに簡単に装甲も壊れちゃったんだよね~…」

 

「おまけに複雑化したフレームと装甲によって整備に長い時間を必要とする。それも悪い点のひとつだ」

 

「機動力は上がったが耐久性が落ちた、か…東の戦いを見たからに地上戦は強そうだが空中での戦いはどうするのだ?確かこの機体は空を飛ぶことができないんだろう?ISは空で戦うのが普通なんだぞ?」

 

箒の質問の答えをセシリアはわかっていた。

地上戦に特化した機体でどのようにして空中にいる相手を倒すのか。

自分がその恐怖を一番知っているからだ。

 

「そのために用意したのがオルコットに使った特殊弾だ。相手のスラスター系のみを使用不可にして無理矢理地上に落とす、それが空中にいる相手の倒し方だ。まぁ、一度見せた相手には二度と通用しないがな」

 

現にセシリアは特殊弾対策のフィルターを取り付けたので同じ手は通用しない。二度目はない奥の手なのだ。

 

「だが、悪いことづくめではないぞ。オルコット、バススロットに収納してある武器を展開してみてくれ。どれから使うかは気にしなくていいぞ」

 

「では…これを」

 

セシリアは打鉄のバススロットから近接用のアックスを展開した。七瀬の『へヴィーアックス』とは別物であるが威力は折り紙つきである。

 

「よし、ではまずは打鉄のフレームの方の右手で出現したターゲットを切り落としてくれ」

 

「分かりましたわ」

 

セシリアはそう言うと七瀬がアリーナに出現させたターゲットに向かって直進する。

 

「はぁっ!」

 

セシリアがアックスを振り下ろすとターゲットはポリゴン体となって消滅する。

ターゲットを切り終え、セシリアは七瀬たちの方に帰還する。

 

「重いですわね…東さんはいつもこんなものを振り回しているんですの?」

 

鋼鉄製のアックスは近接戦闘に慣れていないセシリアにはとても重く、扱い辛かったようだ。

 

「まぁ、その理由が今から分かるさ。次は零の方の腕でアックスを持ってターゲットを切り落としてみてほしい。ターゲットの数も増量していくぞ」

 

七瀬がアリーナのシステムに指示を送るとアリーナはターゲットを出現させた。それもさっきとは違い、無数に。

 

「参りますわ!」

 

セシリアは先ほど同様にひとつ目のターゲットに接近する。そして同じ動作でアックスを振り下ろした。

 

刹那、遠目で見ていた七瀬たちの横をポリゴン体の破片が霞め飛んでいった。

 

「なっ!?」

 

七瀬の横で見ていた一夏が遅れて声を上げた。

一同がターゲットのあった場所に目を向けると、残りのターゲットも残らずに消滅していた。

 

「一体何が起きたのだ!?」

 

箒も目の前で起こったことに対する驚きを隠せずにいた。

しばらくして未だに何が起こったのか分からずにいるセシリアが戻ってきた。

 

「東さん…これは……?」

 

「これが、補助筋肉の恩恵により、パワーが上がった打鉄・零の真の力だ。布仏、力の計測は?」

 

「お、おぉ~…これは凄いかも……さっきの打鉄の方と比べると力が1.5倍にも跳ね上がってるんだよ~…」

 

「1.5倍!?補助筋肉が搭載されるだけでこんなにも変わるものですの!?」

 

七瀬を含んだ一同が驚きを隠せずにいる中、更にセシリアは零のフレームが装着されている左手を見ながらこんなことを言い出した。

 

「わたくし、利き手は右手ですのよ…?その力を省いても1.5倍の力を得ているなんて……」

 

「おいおい、マジかよ。ということは利き手で扱えばそれ以上のパワーが出るということか。俺も既に使っておいて言うのも変だが、ここまで変わり果てるとはな…」

 

「あずさん…何か追加したパーツがあるの…?」

 

「あぁ。補助筋肉周辺に油圧式のシリンダーパーツを追加したんだ。支点となる骨格の補強のために着けたんだが、まさかパワーまで上がるとはな。いやはや、驚いた」

 

「それ、どこから持ってきたの~?」

 

「ISの部品を運搬するときに使うパワーリフターがあるだろ?あれの交換部品を使ってみたんだ」

 

今回の修復は性能の強化、安定も視野に入れたものだったので七瀬は壊れていなかった方の零の腕に補強パーツを追加していたのだ。だが、それはあくまで補強のためであり、パワーを向上させるためのものではない。

 

「・・・俺は今、猛烈に感動している!!」

 

「「「「!?」」」」

 

突然叫びだした七瀬に一同が驚く。その声は普段の七瀬からは想像もつかない、怒号とも呼べる程の音量であった。

 

「突然どうしたというんだ東!」

 

今度は箒が七瀬に怒鳴る。

 

「今や零は打鉄を大幅に超えたパワーを得た!これがどういうことかわからんか篠ノ之よ!!」

 

「し、知らん!それより近い!離れろ馬鹿者が!!」

 

「ぐふっ……」

 

箒は咄嗟に七瀬を突き飛ばす。

 

「す…すまない……大丈───」

 

「あぁ…今だけは痛みさえも快楽に感じるかのようだ…!」

 

「ひっ…!!」

 

倒れたまま空を仰ぐ七瀬の気持ち悪い言動に箒は立ち上がらせようと差し出した手を咄嗟に引っ込めた。

 

「それで七瀬、パワーが上がったことの何が凄いんだ?」

 

一夏がそう尋ねた。すると七瀬は勢いよく立ち上がる。

 

「何を言う!!既存の技術のブラッシュアップだけで打鉄のパワーを上回ったんだぞ!?これは革命だ!!」

 

「か、革命ですの…?」

 

「そう!!今この瞬間、俺たちの手でロボットの世界が新たな一歩を踏み出したんだ!」

 

「まだ完成してないけどね~?」

 

本音のその一言が再び七瀬に火を点火した。

 

「おっと…そうだったな。まだこれはフレームの片腕。両腕にシリンダーを取り付ける前にまだ修復も残っている…やることが山積みだな。なら、こうしてはいられないな…!」

 

「あ、東さん!?どこに行きますの!?」

 

「決まっている!戻って機体の修復だ!新しい装甲の案も思い付いたしな!」

 

そう言うと七瀬は走り出す。整備室に向かって。

 

「あ、東さーん!?肝心の機体を忘れてますわよー!!」

 

セシリアはISから降りて叫ぶが七瀬の姿は既になかった。

 

「せっしー、機体は私が先にトレーラーで運ぶから大丈夫だよ~」

 

「そ、そうですの?では…布仏さんにお願いしますわ」

 

「のほほんさん、トレーラーの免許持ってるのか?まだ入学したばっかりなのに凄いな」

 

「うん。機体運ぶのによく使うからね~」

 

セシリアは機体を運ぶ小型トレーラーを運転できないために本音に機体を任せることとした。ちなみにISを運ぶ小型トレーラーの免許を持っているのは本音を除いて一年生では片腕で数えきれる程度しかいない。トレーラーというが、形は軽トラのような形をしており、速度もあまり出ないものだ。

 

「だが、私には分からないことがある布仏」

 

「ん~?」

 

「何故そこまで苦労して東に協力するんだ?その…考えすぎかもしれないが、私には東は機体を完成させることが優先で疲れた布仏のことを気にも止めていないように見えるんだが…」

 

箒は本音の気持ちが分からなかった。なぜそんなにも他人のために頑張れるのか。それも一番疲れているであろう本音を置いてきぼりにしている人間のために。

 

「あずさんは心配してくれてるよ~?毎回手伝う度に」

 

「だが、今回東は───」

 

『おーい、布仏ー!!』

 

二人が話している中、声が聞こえた。

声の正体は今、二人が話していた人物であった。

 

「トレーラー持って来たぞ。あ、あと昨日夜こっそり作業してただろ?いかんぞ、きちんと睡眠は取らなければ。そんな状態でトレーラーを運転なんてしたら事故起こすぞ?いくら学園内だからといって車は車なのだから…」

 

七瀬も無論、トレーラーを動かせる人間の一人である。

ロボットが初めて大地に立つときはトレーラーに乗った状態から、というのが七瀬の掟である。

 

「えへへ~、バレてたのか~」

 

「あぁ。俺も夜整備室に行ったからな」

 

「あずさんも駄目だよ~寝ないと」

 

「布仏がきちんと寝たらそうするさ」

 

「この間もそう言ってたよ~?」

 

「そうだったか?とはいえ、今日は設計図を書かなければならないからな…」

 

「え~、でもー、私も脚のフレームを直さないと……」

 

「お前ら二人とも寝ろ!!」

 

「「は…はい………」」

 

じれったくなった二人に箒が怒鳴った。箒に渇を入れられて縮こまる二人。

 

「まったく…お前たちはどこまで阿保なのだ!」

 

「心外だな。ただ夢を追っているだけだろう」

 

「夢ばかり見てないで周りのことや自分のことに気を配れと言っている!」

 

箒は母親が子供に怒鳴るようにそう言う。

 

「(篠ノ之、オカンかよ。こりゃあ)」

 

「明日からは私と一夏も来る!今日は寝ろ、いいな?」

 

「え?お前明日も来るのか?」

 

「私たちとしてもISの整備技術を覚えられるのは得になる。それにこれは、お前たちがこんな馬鹿なことをしないよう監視するのを兼ねてだ!!」

 

「私たちって…あぁ、織斑もか」

 

「俺はいいぜ。整備の知識はからっきしだからありがたいぜ」

 

手伝うことを一夏も承諾しているようである。

 

「そんじゃ、お願いするわ。明日からよろしく頼む」

 

「あ、あぁ…」

 

考えずに結論を出した七瀬の投げやり感が気に入らなかったのか箒は少し不機嫌そうな顔になる。七瀬としては一人でも多く人員が欲しかったために即決したという理由があるのだが、箒がそんな七瀬の心情を知ることはない。

 

「オルコット、片腕に負荷が掛かりすぎただろうからきちんと解しておいた方がいいぞ。俺も初めて零に乗ったときは体中バキバキになったからな」

 

「そうですの?では気を付けますわ」

 

七瀬はそう言うとセシリアにタオルを渡した。運動後の飲料水も忘れずに。

 

「あ、それと布仏。今日は『シャトー・ドルチェ』のケーキを買ってきててな。革命祝いも兼ねて、といっては変だがこのあとどうだ?」

 

「えっ!?午前中には完売すると言われるあのケーキ!?すぐに食べるよ~!」

 

「そうか、それはよかった。洋菓子は早く喰わんと鮮度が落ちるからな。君がきちんと寝るように追加でホットミルクでも用意するとしよう」

 

だがこの男、今日そのケーキを買うために昼休みに学園を抜け出し、次の授業をギリギリ遅刻していたのである。

七瀬は本音の返事を聞いて機体をトレーラーに積み始めた。

 

「はぁ……」

 

箒はしばらく七瀬のことを見ていた。何を考えているのか全く分からない彼を。だが、その夢に向かって死に物狂いになる姿は一番身近である筈の家族の姿に似ていた。

 

「(姉さんは今どうしているだろうか……)」

 

この頃は連絡すら取っていなかった。

身近であるはずの家族がこんなにも遠く感じることに昔から箒は不安を抱いていた。

だが、姉に似た夢への姿勢を持つ彼を見て箒の心は更に姉のことが気になって仕方なかった。

 

「(部屋に戻ったら電話くらいしてみるとしよう)」

 

箒がそんなことを考えていたそのときだった。

誰かが箒の制服の袖を引っ張っていた。

 

「心配、してくれてるでしょ?ちゃんと」

 

本音は機体をトレーラーに乗せている七瀬の方を見てから箒を向いてそう言った。

 

「……さっきはすまなかったな、布仏」

 

「ん~?」

 

「……まぁ、少しは心配していたようだな東も。だが、それ以上にお前も東を心配し過ぎだ。睡眠くらいは取れ」

 

「えへへ~。そーだね~」

 

そんな返事を返す本音に箒はため息をついた。だが、これが彼女の素の返事なのだ。

 

「…お前たちの先が思いやられる」

 

「おーい、積み込み終わったぞー」

 

丁度七瀬も機体の積み込みが完了したようだ。

 

「うわっ!ヤバい、アリーナの使用時間過ぎてるぞ!千冬姉に見つかったら不味い、早く出よう!」

 

出席簿の恐怖を一番知っている男、一夏がそう言うと一同は急いでアリーナを出る支度をする。

 

 

 

 

気配を消して彼らを監視していた者がいることにも気付かずに。

 

『うん、この光学迷彩装備なかなかにいいわね。おかげで気づかれずに監視できちゃった♪機体の情報もご丁寧に喋ってくれちゃったし、今日はツいてるわね』

 

その手に持っている扇子には『有益』と書かれていた。

 

『あれが沖田さんの言ってた彼ね。でも、あんな規格外の技術どこから持ってきたのかしら…引き続き監視を続けた方が良さそうね』

 

監視をしていた人間は光学迷彩を切り、その姿を現す。

ナノマシンで構成された装甲に機体ほどの大きさの槍。水のヴェールに身を包んだかのような姿はさながら『淑女』のようであった

 

『さて、あの子、次は何をやらかしてくれるのかしら?』

 

先を楽しみにするかのように笑みを浮かべる彼女だが、それは後々の後悔となる。

次の被害者が自分であるなど、考えられるはずもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「(例えるならミラージュコロイド…あるいはハイパージャマーか?まぁ、ステルス機能ならどちらでも構わんがな)」

 

七瀬はトレーラーで邪悪な笑みを浮かべていた。

だがそれは、欲しいものをようやく見つけた子供のように無邪気さも混じってそれが更に見る者を恐怖させる。

 

「(今回は迂闊に手を出せなかったが…他人の情報を盗むということは自分が何かを盗まれることも了承していると見てよさそうだな。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、とどこかの皇帝も言っていただろう?)」

 

七瀬は気がついていたのだ。アリーナで稼働テストをしていたときに影から自分が監視されているということに。

 

「(こんな晴れの日にステルスを使っても影が見えるんだよな。それにあの機体の操縦者、人を見下すのが趣味なのかねぇ?あんな高いところからなら尚更影ができるっての)」

 

これでも七瀬は敵意に敏感である。今回の場合は敵のミスのおかげで気づけたが。恐らく相手も初めて使用した装備だったのだろう。

ならば、七瀬がそんなミスを犯した相手(エサ)の機体を見逃す筈がない。

 

「次はその装備も、技術も、全部俺の物だ」

 

七瀬はバックミラーに写るアリーナを見ながらそう呟いた。

 

 




会長さんの機体、NTRの危機…全てはミラージュコロイド実現のために!!ステルスが追加されると闘いの幅が広がりますね!


今回もありがとうございました!
ロボットへの愛を込めた熱い感想、高評価お待ちしております!!


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授業1:ISの基礎について知ろう

本来は『革命機』の話を投稿する前に投稿するはずでした。
間に合わずに一度ボツになったものを編集しまくって今頃に投稿です。

今回はISの設定についてです。設定については全てオリジナルなのでこれから発売するであろうIS最終巻で設定が発表されても変えるつもりはありません。

今回はロボット愛マシマシですよ。

新たに高評価をくださった
RAIVOさん、アサルトさん、永樹さん、スタンドさん、お節介焼きの石油王さん、sou1588さん、黒羽 ファントムさん、機巧さん、永遠さん、ライデンジョニーさん、龍竜さん、ほたてさん、久遠秋人さん、沙香月 雪音さん、8毒海月さん、琥雨さん、いざやさん、Kazuma@SBさん
ありがとうございました!


 IS学園。

 そこはIS運用協定に基づいてIS操縦者の育成を目的として作られた国家機関である。IS操縦者の育成の他にも、技術者の育成に力を入れており、一大事業であるISに関係したキャリアに幅広く対応している。

 

 そんな学園の科のひとつである『整備科』。そこではISの基礎設計についての授業が行われていた。

 

「今日は前回の続きから。ISの基本構造についてです」

 

 皺の一つさえないスーツを着こなしている三角メガネの教員が授業の監修役として隣で見ている中で、山田先生は電子黒板に文字を書いていく。

 休み時間は騒いでいた生徒たちも各々教科書を開き、授業の態勢に入った。

 

「ISを構成する最も重要となる要素はいくつかに別れています。…では更識さん、その要素を覚えていますか?」

 

「はい」

 

 山田先生が指名したのはこの学園の生徒会長、更識楯無。

 彼女もまた、この『IS基礎開発科』の授業を受講している生徒の一人である。

 

「最も重要な要素は4つです。

 骨格である『インナーフレーム』。

 人間でいう血管となる『エナジーサーキット』。

 鎧たる『アウタースキン』。

 そして頭脳と心臓の役割を兼ねた『センターコア』の4つです」

 

「その通りです。流石は更識さんですね」

 

 山田先生は感心しながら電子黒板に文字を書いていく。一通り書き終えると生徒に説明を再開した。

 

「今回の授業ではそれぞれの要素がどんな役割を果たすか、それを説明していきます」

 

 山田先生はISの解体図の画像を電子黒板に表示した。

 

「まずは骨格である『インナーフレーム』から説明していきましょう。そもそもISにおいての骨格というのはコックピットユニットを含んだ骨組みの金属パーツのことを指します。

 ですが例外として、機体の重量やパワーバランスを支えるのに使用される『補助筋肉』も金属パーツではありませんが骨格の一部に分類できます。そして業界ではこれらのパーツを総じて『インナーフレーム』と呼んでいます」

 

 山田先生はISの解体図の、インナーフレームにあたる部分をズームして黒板に表示した。

 

「ISの『インナーフレーム』の基本的な役割は機体の形状を保つ他に、シールドエネルギーを貯蔵する役割があります。

 インナーフレームにはISコアが生成したエネルギーの一定量を貯蔵していくコンデンサが内蔵されており、イグニッションブーストや単一使用能力を使うときにこれが消費されていきます。

 このような動作を行った後に、しばらくシールドエネルギーの使用が制限されてしまうのはインナーフレームに内蔵されているコンデンサ内のエネルギーが減少しているためです」

 

 生徒たちはインナーフレームのパーツの断面図を目を凝らして見てみる。

 すると、インナーフレームの所々に円柱型をした部品が組み込まれているのに気がついた。

 

「インナーフレームに所々組み込まれている円柱型をしたパーツがコンデンサです。

 このコンデンサはISコアの生み出す膨大なエネルギーに耐えられるよう、篠ノ之束博士が一から設計を行い、その技術は世界に公表されています。

 篠ノ之博士が設計した円柱型のコンデンサは、搭載されるISによって様々な形へと変化しており、現在各国で開発が進められている第三世代型の機体ではその全てが一から設計されたオリジナルのコンデンサが使用されています」

 

「(コアの技術は公開していないのに入れ物であるコンデンサの技術だけは公開するなんて。篠ノ之博士は何を考えているのかしらね...)」

 

 山田先生の説明を聞いて楯無はそう思うのだった。

 授業に関して思うことはないのかと思うかもしれないが、自分のISを一から組み立てた彼女からしてみればこの程度の知識は頭の中にインプットされているのだ。

 

「次にエナジーサーキットについてです。こちらも先ほどと同様にその名の通りになりますが、主な役割はコアから生成されるエネルギーの伝達です。

 単純に聞こえるかもしれませんが、本機関の調整はISで最も困難となります。

 本機関の調整次第ではエネルギーの伝達率を大幅に向上させることが可能であり、操縦時のラグや出力の割合を最適な状態にすることができます。ですが、それは逆の場合にもいえることであり、調整によっては第三世代の機体であっても第二世代の機体に劣ることがあります」

 

「(私の機体の場合はナノマシンによってエネルギーが伝達されるから調整は必要ないんだけどね。この調整は私も苦手だからよかったわ)」

 

 楯無の機体『ミステリアス・レディ』はエナジーサーキットを搭載しておらず、機体のヴェール状の装甲を生成するナノマシンプラントがその役割を果たす。

 コアから供給されるエネルギーをナノマシンプラントが生成した水のナノマシンとともに機体へと伝達する。この仕組みは『ミステリアス・レディ』のプロトタイプである『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』には搭載されておらず、エナジーサーキットの調整が苦手な楯無が独自に開発した技術であった。

 この機体には楯無が独自に作り出した技術がほかにも詰め込まれているが、それについてはまたの機会に語るとしよう。

 

「次は『アウタースキン』です。これは装甲のことですね。

 説明することがあるとすれば、アウタースキンは『世代のフレームに対応したものしか装着させることができない』ということくらいです。

 『アウタースキン』はシールドエネルギーが破られたときに備え、防御力を上げるために装着されるものです。

 ですが高機動が主流になった第三世代の機体の多くは機体重量を軽くするために減らされています。これは第三世代機が展開するシールドエネルギーの防御力に信頼を置き、装甲による防御力を不必要としためです。

 第二世代機もシールドエネルギーによってほとんどの攻撃を防ぐことは可能ですが、やはり第三世代の防御力には劣ります。

 第二世代の機体で第三世代を越える防御力を持つシールドエネルギーを展開するには高度な『エナジーサーキット』のエネルギー伝達率調整が必要で機体の性能によっては限界があります」

 

「(第二世代機はシールドエネルギーが破られたときのために装甲を厚くしてある、第三世代機は展開するシールドエネルギーが頑丈だから装甲を限界まで薄くして機動力を上げているってことよね。第三世代機は重量を軽くして機動力を上げることもできるんだからこっちの方が得よね)」

 

 例として上げられるのはセシリアの『ブルーティアーズ』。

 ブルーティアーズは最低限必要なフレームと装甲で機体を構成しており、機体重量は全てのISにおいても軽い部類に入る。

   

「最後は『センターコア』です。いわゆるISコアのことですね。知っての通り、こちらの設計は完全なブラックボックスとなっており、篠ノ之博士以外は作り出すことはできません。

 その役割はISの動力であるエネルギーの生成、操縦者の身体状況の管理、そしてISの通信機能である『コアネットワーク』の構築です。他にも役割を多く持ち、まさに頭脳と心臓の両方の役目を兼ね備えた部位ともいえます」

 

 無限にエネルギーを生成すると言われるISコア。

 その力をIS以外のエネルギーに使えないのか、そう思った者の考えを絶つために山田先生は説明を続けた。

 

「ISコアが生み出すエネルギーはどういう訳か、篠ノ之博士が設計したISコンデンサにしか貯蔵することができません。

 更にISコアの生み出したエネルギーは、他のエネルギーに変換しようとすると再び大気へと還元されてしまいます。

 そのためISコアが生み出すエネルギーは『電気エネルギー』や『熱エネルギー』に続く『新たなエネルギー』として認識されています。

 これが無限機関であるISコアが他のことに使用されない理由です」

 

 山田先生が説明を終えると黒板に表示されていた画像が消える。

 そして山田先生の隣で授業を監修していた三角メガネの教員が教壇に上がった。

 

「山田先生、ありがとうございました。聞いてのとおり、ISの整備というのはこれら全てを把握し、我々女性の未来を切り開いていくという信念がなければいけません」

 

「(まーた教頭先生の話が始まったわ…この人の話って長いのよね…)」

 

 表情こそ変えないが、心底そう思う楯無。

 憂鬱そうにする楯無だったが、それを変える変化が訪れる。

 

「ですが、皆さんの中にはISを遊びか何かと勘違いしている生徒もいるようです」

 

 普段よりも低いトーンの声で語られた教頭の言葉に教室の空気が凍る。

 

「我々女性の未来を切り開くISを基礎すら知らない状態で悲惨な姿にし、あまつさえ大破させるという軽率な行動をとり、神聖なISを汚すというこの大罪。

 どう償うつもりなんでしょう…?ねぇ───

 

 

 ───東 七瀬君?」

 

 教頭の一言で教室の視線が一人の人間に向けられる。

 それはこの学園で二人しかいない男性操縦者の片割れであり、教頭の言う『大罪人』であった。

 

「前に出なさい」

 

 教頭に促され、七瀬はため息をつきながら前に出た。

 

「まず、一年の貴方がなぜ二年の授業を受けているのですか?」

 

「おや、山田先生から聞いていませんか?私共男性生徒二名は初の男性テスト生として全ての授業に出席しなければならないのですよ」

 

「一年の授業はどうしたんですか?一年の基礎が備わっていなければこの授業は受けられませんよ」

 

「入学前の春休みに全て終わらせましたよ。自分も織斑も。いやはや、あれは地獄のようでしたよ」

 

 七瀬の態度に憤りを感じる教頭。

 そんな教頭を嘲笑うかのように七瀬は言葉を紡ぐ。

 

「あぁ、そういえば…この間は織斑が随分と世話になったようで。

 なんでも『私たち男性は女性より劣っています』というセリフを聞いてみたいとか言ってくれたみたいですね。しかもそれを教訓とせよと強制したとか。

 是非とも自分にもその教訓とやらご教授願いたいものですね」

 

 七瀬の言葉に教室がざわつく。教頭が一夏に言ったということに対するものか、七瀬が教頭に口答えしたことに対するものかはその場にいたものにしか分からない。

 

「えぇ、言わせていただきました。神聖なISをその薄汚れた手で改造し、あのような穢れた姿にした者には再教育が必要だと思いましてね。

 貴方も同じですよ。女から手柄を奪うような輩をこの学園に置いておく理由が私には解りません」

 

「(こいつも布仏から手柄を奪ったと思ってるのか。俺は何回説明すればいいのか…)」

 

 七瀬は呆れながら教頭を睨み付ける。

 

「それで、アンタは何が言いたい?」

 

「では単刀直入に言います。今すぐこの学園から出ていきなさい」

 

「それを決める権利がアンタにあるとでも?」

 

「貴方をよく思っていない教師は私だけではないんですよ。私の一存では無理でも複数の教師の申請なら通るでしょう。

 国は人権を尊重するために貴方たちを学園に入れていますが、実際は貴方方を解剖して調査したい気持ちの方が大きい筈です。IS学園にいるからこそ貴方たちの安全は保証されていますが暴力沙汰を起こして退学、というシナリオにでもすれば国が貴方たちを保護する理由はなくなる。あとは国が貴方たちを処分するでしょう」

 

「たかが俺一人を処分するのにそこまで手を込ませるかよ。呆れたものだな」

 

 七瀬は目の前にいる教頭に礼儀を弁える必要はないと判断したのか、口調を変貌させた。

 

「大体、ISを扱うべきなのは女性だけだから俺たちを男性操縦者を消したいなどと考えている時点でアンタの言う信念はチープすぎる。

 散々馬鹿にしている男性がISを扱えるようになるのがそんなに怖いか?気に入らないことがあるならばその神聖な力とやらを駆使して立ち向かえばいいものを」

 

 七瀬は嘲笑いながら教頭に告げる。

 

「アンタは結局男って生き物が怖いんだろう?ISを持った男がISを扱えることで威張れていた自分に反抗するのではないかとな。

 アンタにとってのISは自分の高い地位を現状維持するためだけの踏み台でしかないのだろうな。なんと嘆かわしい…」

 

「・・・貴方のような世間知らずな子供に知ったような口を訊かれるなんて、私も嘗められたものです」

 

「だが、少なくとも俺は違う。アンタとは違うISの在り方を選ぼう」

 

 この教室の中で唯一、七瀬にとってのISの在り方を知っている山田先生は、彼がその先に言おうとしていることをわかっていた。

 

「(東君にとってのISの在り方…それは──)」

 

「ロマン溢れるロボット、そして俺の夢だ。俺はいついかなる時もこの在り方を変えるつもりはない。

 ・・・例えアンタにこの学園を追い出されようともな」

 

 他人から聞けば幼稚染みた発想でしかないその言葉を聞き、あるものは七瀬に冷ややかな視線を送り、あるものは男という生き物に対して落胆した。

 

「その夢見がちな言葉もいつまで続くか楽しみですね。

 ……いえ、ここまで言われた以上は私も黙っていられません」

 

「ほう?」

 

 七瀬は口元を不気味に吊り上げて教頭の言葉を待つ。

 教頭が自分の望む言葉を出してくれることに確信を持ちながら。

 

「貴方のその考え、私が粛正します。決闘です」

 

 来た。そう言わんばかりに七瀬が目を輝かせる。

 ロボット同士による決闘。それが七瀬の望んだ結末だったのだ。

 

「私が勝ったら貴方は自主退学なさい」

 

「いいだろう。それで、いつやる?今か?明日か?明後日か?できるだけ早くしてほしいものだ、俺はロボットに対する欲は我慢できない性分でね」

 

 七瀬の先ほどとは違う興奮した態度に調子を狂わされる教頭。七瀬の輝いた目を見て思わず舌打ちをした。

 

「貴方に期限を与えます。決闘は二ヶ月後。クラスリーグマッチの後です」

 

「期限、とは?」

 

「貴方が降参する期限です。期限内に降参すればこの話はなかったことに──」

 

「そんなものはいらん!だが、日にちは決まった。

 あとは機体だな。さて何を使うか、今から楽しみで仕方がない…!!」

 

 教頭の話を遮って答えを出す七瀬。

 話を途中で切られた教頭を見て吹き出す山田先生。教頭はそんな山田先生を睨み付けた。

 

 このとき、教室にいた生徒のほとんどが七瀬に反感を抱いただろう。

 だが、一人だけ彼に興味を持った者がいた。

 

「(学園の教頭に決闘を挑むなんて、正気の沙汰じゃないわね。けど───)」

 

 彼女は持っていた扇子を開く。そこには『興味』の文字が書いてあった。

 

「(面白そうだから、いっか♪)」

 

 これが更織楯無という少女が東七瀬に目をつけた日の出来事である。

 この出逢いが後に彼女にとって、よい出逢いとなるか、悪い出逢いとなるかはこれから次第となるのだろう。




まだ無人機戦の話が納得いく内容が書けずに投稿できずにいます。
執筆の気分転換にガンダムナラティブを見に行ってきました。
賛否両論ある作品ですが私はとてもよかったと思います。
これで元気も出たし、頑張って無人機戦の話も執筆して参ります!



今回もありがとうございました!!


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次なる犠牲者は

お待たせしました!劇場番コードギアスの最終章を見ていたりMGのクアンタフルセイバーを予約していたりで遅れていました……ちなみにコードギアス入場特典の手紙はオレンジ様とアーニャちゃんからでした!嬉しい!


新たに高評価をくださったe.u33さん、protoさん、ぺちぷにさん、 3区の二等捜査官さん、ボーアイディールさん、常乃磐さん、ハコネさん、最弱のニートさん、夜乃唱さん、tyuseiさん、8ナナシさん、輝零さん、リリカルイリアさん、ふくろう449型さん、フェリアルーチェさん、あきピザさん、ありがとうございます!


昼休み。それは普通の学生ならば、昼食をとるための時間である。普通の学生であれば、だが。

 

「さてさて、今年の三年の方々が余らせてくれた参考書の棚はどちらか...」

 

無論、普通の学生ではないこの男にとっては昼食をとるための時間ではない。

 

「ああ、これか。やっと見つけたぜ。こんなところにまで侵入したかいがあるというものだ」

 

昼休み、七瀬は学園の視聴覚室に侵入していた。生徒数の関係で余ったISの参考書を盗むためである。

 

「捨てられるぐらいなら俺が有効活用しないとな、うん。そう、これは学園の貴重な資材を無駄にしないようにしているだけのこと。故に徳を積んでるだけなのだ...」

 

七瀬がそう自分に言い聞かせながら参考書と教科書を持って逃走しようとしたときだった。

 

『山田先生から頼まれた資料、ここであってるかな...』

 

「!?」

 

誰かが視聴覚室に入ってきたのだ。

ドアに手を掛けていた七瀬は当然、入ってきた人物と鉢合わせすることとなる。

 

「あ、東君!?」

 

「た、鷹月...」

 

鷹月静寐(たかつき しずね)。七瀬のクラスメイトだった。

 

「どうして東君が…?」

 

「環境保護活動だ」

 

「?」

 

「捨てられる予定の教科書参考書諸々を盗んでおりました」

 

「……」

 

純粋な彼女を騙すことは七瀬ですらできなかったようである。そして潔く真実を告げた。

 

「その参考書ってこの間図書室で借りてた本に書いてあったところだと思うよ?」

 

「内容は同じだ。だがこの参考書にはフランスの第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』の解体図が乗っているからな。復習もできて一石二鳥なのだよ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

熱烈に語る七瀬に対して静寐は苦笑いを漏らす。

 

「しかし、俺の借りた本なんてよく覚えていたな。確かに借りる手続きは図書委員である君にやってもらったが内容まで覚えているとは…」

 

「図書室に来るのなんて東君だけだからね。仕事がなくて人が借りてく本を覚えるくらいしかやることがなくて…」

 

「なんと、それは勿体ないな。あそこにはロボット関連の本が山ほどあるというのに!」

 

七瀬はISの知識や整備技術は本音から教わることが多いが放課後は図書室に通って知識を手に入れてくるのだ。それもあり七瀬の整備技術は本音ほどではないが、中々高いものとなっていた。

 

「東君はよくロボットの本を借りていくけどそれを読んでどうするの?」

 

「夢に繋げるのだよ」

 

「?」

 

七瀬の意味不明な説明にコテンと首を傾げる静寐。

 

「まぁ簡単に言えば他のロボットの技術をISの武装に流用したりできないか試しているんだ。例えば運送会社なんかで荷物を積むときに使われるロボットアームをISのサブアームに使えないか、とかな」

 

「さぶあーむ?」

 

「あぁ。ISは武装をいちいち収納、展開して使わなければならないだろう?あの弱点を補うには『ラピッドスイッチ』という操縦テクニックが必要だ。だが、ラピッドスイッチは才能がある者にしか使えない。つまり、俺のような凡人はISの操縦において不利ということになる」

 

「ラピッドスイッチ…一瞬で武装の収納と展開を行う高操縦テクニックのことだよね?」

 

「流石だな。そして俺は考えた。いちいち収納と展開をして武器を入れ替えなくても一度に多くの武器を同時に持つことができればラピッドスイッチなどいらないのではないか、と」

 

「でも一度に多くの武器を持つことなんてできるの?ISに収納できる武器の量だと腕が何本あっても足りないんじゃ…」

 

「何も収納してある武器を全部持たせるわけじゃない。ようは使うことが多い武器だけを取り回しできればいいのだから。そのためのロボットアームだ。こいつを左右2つ背中に取り付けてその腕に武器を持たせる。こうすることでラピッドスイッチがなくても一度に武器を4つも使えるようになる。更にISの腕とロボットアームに持たせる武器を近距離用、遠距離用と別々に持たせることで近距離遠距離両方に対応できる機体となるんだ」

 

「ようするにたくさんの種類の武器を収納展開して使うんじゃなくて常にたくさんの武器を持たせるってこと?」

 

「簡単に言えばそうなる。それにさっきも言った通り、このシステムの良点は誰でも使えるという点にある。才能がなくても機体を合わせてしまえばできないことはないのだよ」

 

「なんか、凄いね…これがもし量産化でもされたら世界中が大変なことになっちゃいそう………」

 

「まぁ、騒動にはなるだろうな。ラピッドスイッチを持つ者たちの才能と努力が台無しになるんだからな。そのときはお疲れ様ということだ」

 

七瀬はニヤリと笑みを浮かべながら言う。つくづくこの男は強者に喧嘩を売るのが好きなようである。

 

「で、今はそのために必要な背部機関をいじる技術が掲載されてる参考書を盗んでいたというわけだ」

 

「…こんなところで参考書を漁ったりしなくても私が図書室から探して来ようか…?」

 

「……え?」

 

「この参考書、実は図書室にもあるんだ。私なら最近本棚の整理したからどこにあるかも分かるし」

 

「君はあの化け物みたいな大きさの図書室の棚を全部覚えているのか…?」

 

七瀬が知る限り、あそこは図書室という大きさではない。もはや図書館というレベルに等しいほど棚の量があり、七瀬は目的の本を探すときにいつも苦労していたのだ。

 

「大抵は覚えているよ。だから───って東君!?どうして両手を合わせて正座なんてしてるの!?」

 

「あの長い捜索の時間を減らしてくれる…だと?君は女神か…?」

 

「あ、東君!!どうして祈るように目を閉じてるの!?ちょっと~!?」

 

こうして七瀬の中で図書館の女神様が誕生したのだった。

 

****************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、なんとか間に合ったな」

 

「そうだね〜」

 

難航していた新型フレーム搭載型の機体、『打鉄・零』は一ヶ月という長い年月を掛けた末に完成した。

追加された補助筋肉と骨格保持シリンダーによってパワーに一層磨きが掛かった性能はもちろんのこと、強化改修以前と見た目も変わっていた。

 

「細かく分割した専用の装甲による可動範囲と運動性能の向上、そしてその装甲によって多少ながら防御力を上げることにも成功...以前よりも大分現実的な性能となりましたわね」

 

「その代わり、重くなった機体重量を減らすために補助筋肉を少し減らしたから予定されていた1.8倍のパワーよりも少し減っちゃったけどね〜」

 

改修された零をみてそう言うセシリアと本音。

 

「だがそれも調整の末に得た結果だ。東がフレーム補助のシリンダーを開発していなかったらもっとパワーが減っていた。ISの調整がこんなにも難しいものだったとは…」

 

箒は空間投影型のディスプレイに表示されたスペックデータを見てため息をついた。自分の姉がこんなものを作った張本人だということに呆れながら。

 

「相変わらず整備コストと時間は短縮することが叶わなかったが、分割装甲を増やしたおかげでフレーム自体が壊れることも少なくなった。あとは稼働テストをするだけだ」

 

七瀬はそう言うと機体の最終調整を管理するタブレットに触れた。

 

「…やはり俺の専用機、というわけではないようだな」

 

「わたくしとの試合のときに起きた『最適化』はなんだったのでしょうか…?」

 

そう、この機体はセシリアとの決闘のときに確かに七瀬の機体となった筈だったのだが、どういうわけか今では学園の訓練機に戻っていたのだ。

 

「あのときの戦いで起きた現象について山田先生に聞いてみたんだが、今まで前例がないらしく不明らしい。…もしかするとこいつは俺以外にも乗って欲しいと願っているのかもしれんな」

 

「どうしてそんなことを願ってるんだろ~ね~?」

 

「この機体、この学園に訓練機として払い下げされる以前は研究用サンプルとして国家研究所に展示されていた代物らしい。だから動けなかった分、思い切り暴れたいんだろうな。沢山の生徒に乗ってもらってより多く戦いたい、そういうことかもしれん。全く、活発な子で困る」

 

そう言いながらも機体を撫でる七瀬。

改造をしていく中で七瀬はこの機体に偶然残されていた整備データを見たことがあった。その際、この機体が一度も大きな故障を起こしたことがないことを知り、この機体が研究用のサンプルとして使われていたことを理解したのである。

 

「と、いうわけだ。試運転は俺以外が乗ってやるのがこいつのためかと思うんだが…どうだ?」

 

先の話を聞いたからか、その場にいた全員が止めることはなかった。

そして真っ先に立候補した者がいた。

 

「東、私にこの機体を預けてくれないか」

 

意外なことに立候補したのは箒だった。彼女は最初はやるせなしに協力していたものの、機体の整備という裏方作業の精密さや苦労に触れていくに連れて機体への思いも変化していた。わけのわからないものでしかなかった機体が今では我が身の一部のように大切なものへと変わっていたのだ。

そんな感情が芽生えた彼女の意思を七瀬が引き留める筈がなかった。

 

「その言葉を待っていた。こいつもその方が喜ぶだろうしな。是非お願いしたい」

 

「あれ?試運転はセシリアに任せるんじゃなかったのか?」

 

一夏が七瀬に問う。

 

「東さんはわたくしだけでは飽きたらず、他の女性(の操縦データ)も欲しいそうですわ。今回はお譲りしようかと」

 

「言い方に悪意混めてるだろ、オルコットよ」

 

セシリアの言い方は誤解を招くので辞めていただきたい、そう七瀬は思うのだった。

 

「それに私は自分の機体もありますから。テスト操縦者は篠ノ之さんに一任いたしますわ」

 

「じゃあその実験台は織斑で決定だな。専用機もあることだし」

 

「せめて対戦相手って言ってくれよな!!」

 

かくして役者は決まった。

一夏とその専用機『白式』との対決。それが改修を終えた『打鉄・零』の初陣であった。

 

「それじゃあアリーナに行こうね~」

 

「了解だ。俺はトレーラーの準備をしてくる。織斑、篠ノ之の両名はISスーツに着替えておいてくれ」

 

「ではわたくしは戦闘データの記録を担当させていただきますわ」

 

七瀬たちは各々自分の役割を見つけ移動を開始する。この機体の改修をしている間にその動きは洗練されていき、今では千冬の授業の移動の際に一番早く準備が終了しているという始末であった。

 

*************************

 

 

 

『篠ノ之、準備はいいか?』

 

「あぁ。機体の調子も問題ないようだ」

 

通信で送られてくる七瀬の確認に箒は機体の起動フェイズを行いながら答える。

 

『カタパルトでの出撃は初めてだろう?使い方は大丈夫か?』

 

「お前たちのやり方を見ていたから問題はない筈だ」

 

『そうか。では発進シークエンスを始めるぞ。布仏、カタパルトのリニアボルテージの上昇を開始してくれ』

 

『りょーかいだよ~。しののん、数値が安定値まで到達したら足を乗せてね~』

 

「分かった」

 

しばらくしてカタパルトのレールに青い光が灯り始める。そして箒はカタパルトのボルテージが安定値を突破したのを確認した。

 

「…よし。乗ったぞ、東」

 

『了解した。続けてリニアボルテージを上げる。布仏、あとを任せていいか?』

 

『は~い。リニアボルテージ730を突破~。機体との同調率安定値の突破を確認。射出タイミングをしののんに渡すよ~』

 

「分かった。いざ、参る!!」

 

箒がそう言って発進しようとしたそのときだった。

 

『駄目だ!!やり直しだ!!』

 

「な…なんだと!?」

 

『当たり前だ!機体の名前も操縦者の名前も言わないなど言語道断!!折角のお前にとって初めての発進シーンが勿体ないだろう!!』

 

カタパルトで発進しようとした箒を七瀬が呼び止めた。この男、箒の発進の仕方がお気に召さなかったようである。

 

「じ…自分の名前だと?」

 

『そうだ!!自分が全てを預ける機体の名前と、その操縦者であることを宣言しながら発進するんだ!さぁ、自信を持って!!』

 

「わ…分かった。やり直す」

 

了承しなくてもいいことなのだが箒は了承した。そしてもう一度宣言した。

 

「し…篠ノ之箒、『打鉄・零式』出陣する!!」

 

『合格だ!!』

 

七瀬の合格(どうでもいい)を貰いながら箒は名前を新たにした機体『打鉄・零式』と共にカタパルトでアリーナの地面に降り立つのだった。

 

*************************

 

 

 

「来たか、箒」

 

「あぁ。今日はいつもの訓練機とは違うぞ。覚悟して挑め、一夏!!」

 

「あぁ、望むところだ!!」

 

二人はそう言うと向かい合って試合開始の合図を待つ。

 

『よし、それではこれより、稼働テストの仕上げとして『打鉄・零』改め『打鉄・零式』と『白式』による模擬戦を始める!!両者試合開始だ!!』

 

「行くぞ、一夏!!」

 

「来い、箒!!」

 

七瀬の試合開始のアナウンスと共に両者はその手に持っている刀でぶつかり合った。

その初撃を制したのは箒だった。

 

「くっ…!これが零式のパワーか!!白式でさえ力負けしている!」

 

ダメージこそ防いだものの、吹き飛ばされた一夏はいきなり零式のパワーを思い知らされることとなった。

原型は量産機でありながら第三世代のパワーに勝る性能、それは一夏にとって恐るべきものだった。

だが、そのパワーもいいことづくめではない。

 

「いつもと剣を振るう感覚が違う…?零式のパワーに私が振り回されているというのか!」

 

箒は零式で初めて剣を振るった感覚に困惑していた。

普段箒が一夏の練習に付き合うときは学園の訓練機である『打鉄』を利用しているのだが、零式のパワーが打鉄と比べ物にならず、武器を振るう感覚までもが変わってしまっていたのだ。

 

「だが、機体が持つポテンシャルを使いこなすのは私の仕事だ!」

 

箒はアリーナを走り抜け一夏の白式に接近する。補助筋肉が搭載されているフレームが箒の走る速さをより一層高める。

 

「(白式に遠距離武器はない。それにここは地上…あの力を振り回されると分が悪いな。なら──)」

 

一夏は手に持っている刀、『雪片弍型』で地面を抉り、砂ぼこりを起こす。白式の強い力で抉られた地面はたちまち辺り一面を覆った。

 

「なっ!?」

 

突然のことに箒は一瞬動揺するが、すぐにその場を離れてISの標準機能であるハイパーセンサーで一夏と白式を探す。

 

「(馬鹿な!?ハイパーセンサーに反応しないだと?なら一夏は──)」

 

箒が一夏を探していると自分の影に何かが重なっていることに気がついた。

まさかと思い背後を振り向いたときには既に遅かった。

 

「ぐっ!?」

 

切り裂かれた機体の装甲が未だに熱を帯びて発光していた。そして箒が振り向いた先、そこには一夏がいた。

 

「(白式は空中戦もできる。今の目眩ましは私を空から奇襲するための時間稼ぎか!)」

 

陸戦専用といっても過言ではない箒の零式。それに対して一夏の白式は空中戦も可能な機体だ。

 

「(明らかに私の方が不利だな。どうしたものだろうか…)」

 

零式と白式はどちらも近接戦闘型の機体であるため、相手に接近する必要がある。だが箒の零式は白式が空に上がってしまえば接近することはできない。

 

「(何か空中相手の対策はされていないのか?いや、東ならきっと──)」

 

箒は一夏と距離を取りながら武装を確認する。そしてひとつの武装が目に留まった。

 

「零落白夜、発動!!」

 

一夏はここぞとばかりに単一使用能力『零落白夜』を発動させる。これは一夏の白式の専用能力であり、自分のシールドエネルギーを減らす代わりに相手のシールドバリアを無効化することができるという代物だ。バリアを破り機体に直接ダメージを与えるということはまさに一撃必殺の力といっても過言ではないのだが、これは自分のシールドエネルギーを減らすために使い所を間違えれば自分が負けてしまう、まさに諸刃の剣である。

 

「くっ!!」

 

一夏の『零落白夜』の使用承諾を得た刀、『雪片弐型』の刃の部分が開きレーザー状の刃が生成される。

箒はそれを刀で防ぐ。

 

「本気で行くぜ箒、雪片弐型を最大出力で使用!フレーム内部排熱ダクトを解放する!」

 

一夏が白式に語りかけると『雪片弐型』のレーザー刃が太くなり、白式の一部装甲が開く。装甲がスライドして解放された隙間からフレームに備え付けられている排熱ダクトが現れた。

 

「なんだ!?この出力は!うわぁっ!!」

 

雪片弐型のレーザー状の刃が箒の持っていた刀を焼き切った。いくらパワーが零式の方が上だとしても使っている武器の性能が違いすぎたのだ。

武器の破壊によって吹き飛ばされる箒を一夏は追撃する。

 

「くっ!!この私が敵に背を向けなければならないとは!」

 

箒は一夏の猛攻を避けながら態勢を立て直そうとするが上手くいかずにいた。

そしてついには追い詰められてしまい、一夏が勝負を着けるべく、雪片を振り下ろしたときだった。

 

「!?」

 

雪片が何か強い力によって防がれた。そして一夏はいつの間にか自分が吹き飛ばされたことに気がつく。一夏は起き上がり、何が起きたのか状況を確認しようと箒の方を向いた。

するとそこには異形の武器を手にしていた箒の姿があった。

 

「な、なんだその刀!?」

 

一夏は箒の異形の刀を見てそう叫んだ。

一夏が動揺するのも無理はない。何故ならその刀は全長が機体の大きさの倍はある巨大な刀だったのだから。

 

「私としてもこのような化け物のような刀を持つのは気が退けるが……刀は刀だ!」

 

箒はその巨大な刀改め『機神刀』を軽々と一夏に振り回す。

 

「なっ!?反則級だろそれ!」

 

一夏は立場が逆転したかのように箒から距離を取る。だが、自分は今『零落白夜』を使用していることを思い出した。

 

「(どうせエネルギー切れでやられるくらいなら…)」

 

一夏は空中に飛翔する。そしてもう一度、あの奇襲攻撃を仕掛ける態勢に入る。

 

「考えても答えなんて出ない!勝機は己の信念と剣の中にあり、だ!!」

 

かつて自分が箒と共に習った篠ノ之流剣術の極意を叫ぶ。そして空中からトップスピードで箒に接近する。イグニッション・ブーストである。

 

「今こそこの武装、使わせて貰うぞ東!」

 

箒は接近してくる一夏に向けて零式の腕部に備え付けられている武装を向ける。そしてそこから金属の塊のようなものが一夏に向かって飛翔する。

 

「なんだ!?」

 

その金属の塊は一夏の雪片弐型の前で姿を変える。花の蕾のような形から爪のようなものへと。変形したその爪は一夏の雪片を捕まえた。

ワイヤーアンカークローである。

 

「捕らえたぞ一夏!!」

 

「何!?うわぁぁぁっ!!」

 

一夏はその手に持っていた雪片ごとワイヤーで引っ張られ、バランスを崩した。イグニッション・ブーストを実行しているときにバランスを崩せばあとは地面に落下するだけである。だが、それは自由落下する場合だ。今は箒のワイヤーアンカーに引っ張られて引き寄せられていく。そしてその先には先ほどの『機神刀』を構えた箒の姿があった。

 

「(待って!箒さん!?そのコンボは流石に死ぬ!)」

 

ISを身に纏っているので死亡することはないが、今のシールドエネルギーが少ない白式でこのコンボを喰らえばただでは済まないだろう。

だが、これも勝負の結果である。

 

「終わりだ、一夏!!」

 

「ま、待て箒!ぎゃあぁぁぁ!」

 

こうして無慈悲にも決着が着いたのであった……

 

********************************

 

 

 

「……死にかけた」

 

「おう、そうか」

 

実際のところ一夏は巨大刀に吹き飛ばされてそのGに耐えきれずに気絶していただけなのだが。

 

「しかし…零式は化け物だな。あんな巨大な刀を平然と振り回すなんて……」

 

「設計した俺が言うのもなんだが、それには激しく同意する。もはやこれは打鉄ではないな」

 

今さらそんなことをぼやく七瀬。フレーム自体が異なるのでその時点で打鉄とはいえないのだが。

 

「試作品として作ったワイヤーアンカークローは成功だな。だがやはりあのパワーを活かしきる装備には刀は向いていなかった。いっそのこと機神刀を標準装備にするべきか…?」

 

「俺と同じ犠牲者が出るのか…」

 

二人が整備室でそんなことを一夏の待機状態になっている白式に通信が入った。

 

「千冬姉からだ。えーっと何々…『零式の開発に関わった生徒全員を集めて応接室に連れてこい』だってさ」

 

「何だと?」

 

七瀬はその通信を聞いてそんな声を上げた。この通信は千冬から直接送られてきたものであり、更に一夏の白式の個別暗号アカウント宛に送られてきていた。千冬が通信を出すときは基本、副担任である山田先生から送られてくるのだが今回は違った。更に極秘情報を伝えるときなどに用いられる個別暗号アカウントに送ってきたというのだ。七瀬は違和感に気がついた。

 

「ちょっと大事になりすぎじゃないか?何かをやらかした覚えはないんだがねぇ…」

 

「けど普通個別暗号アカウントになんて送ってこないよな…?とりあえず、もう遅い時間だけど皆を集めようぜ」

 

「はぁ…嫌だ…出席簿喰らいたくねぇな……」

 

殴られることを前提としている時点でこの男の常識は歪んでいる。

 

だがこれが後に全IS企業を揺るがす始まりとなることをこのときの二人はまだ知る由もなかった。

 

******************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七瀬と一夏が千冬からの連絡を受けた時間と同刻、とある研究施設では任務を終えた一人の少女が主の元に帰還していた。その美しい銀髪を揺らしながら歩く様はさながら妖精のようであった。

 

「あ、くーちゃんお帰りー」

 

「束様、東七瀬の開発した機体のリーク情報の拡散が終了いたしました」

 

「そっかぁ。やっぱり面倒だけど管理することに越したことはないからね」

 

銀髪の少女の名はクロエ・クロニクル。束の使いであり、主の束いわく娘である。

娘の任務完遂の報告を受け、束は微笑んだ。

 

「…束様は例の機体をどうお思いですか?」

 

「う~ん……ありゃ駄目だね。ISの基礎理論はおろかISが何なのかさえも全く理解しちゃいない奴に造られた可哀想な子だよ」

 

「そうですか」

 

「けどさ」

 

束は途中で言葉を止める。そして先ほど行われていた試合、箒が乗ったときの零式の戦闘映像を再生する。

 

「この機体、なんでか分からないけど幸せそうなんだよね。企業に実験機として使われていたときとは別人に思えるくらい」

 

「束様はこのISを知っておられるのですか?」

 

「くーちゃん、私はね、今までに作ったISコアの467機全てを覚えているんだよ。勿論、君の中のソレもね」

 

「……」

 

クロエはそう言われ自分の心臓があるはずの部位に手を当てた。

 

「このISコアはね、正直最悪といってもいいくらいに機体との同調率が悪かった。いわば私が作った初めての欠陥品なんだよね」

 

天才と呼ばれた彼女が始めて生み出した欠陥品。それこそが企業で研究用の実験機体として粗末な扱いを受けていた原因だった。

 

「それが今じゃあ別人のように笑ってる。傷つきながら戦っているのに喜んでいるんだよ、この機体は」

 

束はわけがわからないと言わんばかりに頬杖をつく。そんな主をクロエは物珍しそうに見ていた。

 

「東七瀬がISに及ぼす影響力が束様でも理解できないと、そういうことでしょうか?」

 

「悔しいけどそういうことになるかな」

 

そう言うと束は先程まで見ていた箒と零式の戦闘映像を切る。そして長い時間椅子に座っていた為か立ち上がり際に背伸びをした。

 

「だからこそ監視を続けてほしいんだよね、くーちゃんには」

 

「ご命令とあらば」

 

「うん。そんなことより私はお腹が空いたな。くーちゃん、何か作ってくれる?」

 

「かしこまりました」

 

クロエは返事を返すとキッチンへ足を運ぶ。

一人、与えられた任務の監視対象を考えながら。

 

「(束様でも理解のできない相手、東七瀬。最近監視をしている際には目立った変化は現れていない…けれど現に知らないうちに機体は完成していた…)」

 

クロエは七瀬の動きに違和感を覚えていた。数日単位で彼を監視していたが、その際に機体の開発や整備などを行っていたことはなかった。

 

「(まさか監視に気づいて…?)」

 

これがクロエが覚えた初めての不安だった。自分は主に与えられた任務を完遂するための存在。それすら果たせないかもしれない、そう考えると怖かったのだ。

 

「(今回は私の失態。…ですが次は見逃しません)」

 

少女の初めての失態。それも七瀬が生体同化型のISとしての少女に与えた影響のひとつであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼女が生体同化型のISということは七瀬にとってはIS(ロボット)と大差ないのかもしれない………

 

 




接近戦の小さい方の刀オンリーの戦闘描写も書いたのですがいまいち説得力がなかったのと燃えなかったというのが理由で2回ほど書き直ししました(これにより作者無事オルガ状態

あと白式に独自解釈として零落白夜発動時に装甲展開からのフレームの排熱ダクトが見える要素を追加しました。イメージはユニコーンガンダムのサイコフレームチラ見え的なのを。詳細は後程機体設定に書きますね!

あとさりげなくくーちゃん狙われる…


では次回、『ランサー(槍使い会長)が死んだ!この人でなし!』でお会いしましょう。


今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた熱い感想、高評価をお待ちしております!!


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結果と末路

遅れてすいませんでした!

新たに高評価を下さった雨季同家さん、加賀川甲斐さん、エルハルスさん、キャンピーさん、楓の葉っぱさん、チョムチョムさん、ありがとうございます!


「東、開発に関わった奴は本当にこれで全員揃ったのか?」

 

「はい。東七瀬以下4名揃いました」

 

千冬に呼び出されて七瀬を筆頭とした『打鉄・零式』の開発に関わった生徒は学園の応接室に呼び出されていた。

 

「お前たちにはこれからある人物と会ってもらう。私も同行したいのだが、向こうの方から人払いを強制させられていてな。同行できない」

 

「織斑先生に命令できるほどの人物からの指名とは…自分なんかに何の用があるんですかね?」

 

「お前もあの機体を開発している中で薄々思ってはいただろう?自分の作った機体が『特記事項』の対象になるのではないかと」

 

「やっぱりそのことですか。まぁ、そんなことでもなきゃお偉いさんが自分なんて指名してきませんよね」

 

七瀬は千冬との会話でこれから会う相手が分かった。

七瀬が一人で納得する中、箒が七瀬に疑問を投げ掛けた。

 

「すまん、どういうことだ?東」

 

「俺たちが作った機体は規格外すぎた。その機体の性能が特記事項に触れるレベルだと判断されちまったのさ」

 

「特記事項っていうと…あれか?『本機関で得られた技術は協定参加国の共有財産として公開する義務があり、黙秘、隠匿を行う権利は日本にはない』ってやつか?」

 

「あぁ、そうだ。つまり、今から会う人間は…」

 

「IS学園の特記事項に触れられるレベルの人物、ということですの?」

 

「その通りだ」

 

ここに来て七瀬以外の4人はISを造り出すということの重大さに気づいた。

新たな技術を使って開発した機体、すなわち特記事項に触れた機体を開発した以上はその機体の情報を世界に開示しなければならないのだ。

 

「向こうは機体について根掘り葉掘り問いただしてくるだろうが相手はそれでも国家機関だ。くれぐれも無礼のないようにな」

 

「もちろん、わかっていますとも。ですが機体を壊せなどという命令を受けたら...自分も黙っていないかもしれませんのでご了承を」

 

「そうか。...布仏」

 

七瀬は千冬にそう言うと応接室のドアに向かった。一夏たちも不安な中、七瀬に続いていく。

彼らが向かう中、一番後ろにいた本音を千冬が呼び止めた。

 

「アイツが手に負えなくなったときはお前が頼りだ。...そもそもこんな大事を生徒に頼むべきではないのだが、この会談が失敗すれば学園は危機に陥るやもしれん。どうか、アイツを支えてやってくれ」

 

「分かりました~」

 

いつも通り穏やかに返事を返す本音。少々頼りない返事ではあったが、千冬にとって今は彼女だけが頼りだった。

 

********************************

 

 

 

「招集に応じ、『打鉄・零式』の開発を担当した東七瀬以下4名、到着いたしました」

 

「研究で多忙の中、よく来てくれた。

 私はIS委員会検閲官の者だ。まずは諸君らが開発した新型機のことについて聞きたい。そこに腰かけてくれたまえ。楽にしてくれていい」

 

「では、失礼して...」

 

彼がそう言うと七瀬たちは机の前に置かれていた椅子に腰かけ、彼と対峙する。

そして持ってきた資料を広げ始める。そしてお約束のホワイトボードもしっかりと用意する。

 

「こちらが我々が『打鉄・零式』のために開発した新型フレーム、その名も『ゼロ・フレーム』です」

 

「ふむ…」

 

彼は七瀬が机に置いたフレームの設計図を手にとって見る。

 

「打鉄に補助筋肉を取り付けたのか…しかし、なぜそんなことをする必要があった?」

 

「なぜ、といいますと?」

 

「元々補助筋肉は第二世代IS以前の巨体な機体の重量を支えるために作られた部品。つまり、打鉄にはほとんど必要ないパーツな筈だ。そんなパーツを何故こんなにも使った?」

 

「…なるほど。ではその点を説明させていただきます。お手元の資料をご覧ください」

 

彼は七瀬に促されて設計図とは別の資料を見る。

 

「確かに先ほど質問してくださったとおり、補助筋肉の本来の使用目的は大型な機体の機体重量を支えることです。ですが、私たちはここで試行してみたことがあります。補助筋肉に大型な機体の重量を支えるほどの力があるならば、それを機体の各部位のパワーの増強に使えるのではないのかということです」

 

七瀬はホワイトボードに張られた設計図の機体の関節付近に取り付けられた補助筋肉を指す。

 

「このようにもとは金属であった一部パーツと補助筋肉を差し替えることで機体重量は従来の打鉄のフレームの2割を軽減することに成功しました。それにより、従来よりも稼働範囲が増えて攻撃のモーションも豊富になりました。更に本来の目的であった機体のパワーも従来の打鉄のフレームより1.5倍以上の増強に成功しました。」

 

「なるほど、フレームの一部を変えただけで効果は覿面だな。だがフレームの構造が変わったということは装甲も変える必要があっただろう?」

 

「その通りです。この『ゼロフレーム』はフレーム自体の機体性能が高い代わりに本フレームに対応した専用の装甲しか装着できません。本来、ISのフレームとは装甲以外のコックピット周辺を入れた骨格のことであり、ISが持つ力のほとんどは武器や装甲などといったフレームに装着するものです。そのため今までフレームはISを形として成立させるためと操縦者を乗せるためだけの骨でしかなかったのですが、この機体は逆にフレームが力を持ち、装甲はフレームを壊されないようにするための壁でしかありません。今までのISの法則の全く逆の存在となりえた機体、それがこの『零式』なのです」

 

「つまり、装甲はただの飾りでしかないと、そう言いたいのか?」

 

「いえ、なにもそこまではいいません。フレームのみで戦うということは一発でも敵に攻撃を当てられれば負けになってしまいますからね。装甲も重要なパーツのひとつですよ」

 

「だとしたら装甲にも作る手間がかかるのだろう?フレームが稼働範囲が増えたということは装甲にも同じものが要求される筈だからな」

 

「もちろん。装甲のパーツを細かく分割して精密化させた専用の装甲でなければ『ゼロフレーム』の長所が活かせませんからね」

 

「………」

 

彼は機体の設計図を見て唸った。そして怪しげに七瀬たちの方を見る。これほど手間の掛かる機体をたった数人の学生が造り上げたこと、そしてこれを設計した彼の力が本当か信じられなかったためだ。

 

「機体の性能についてはまた後程聞くとする。……そろそろ本題に入るとしようか」

 

彼の言葉に七瀬を除いた一同は息を呑む。説明が終わり、肩の荷が下りた七瀬は目を閉じて左足を右足に乗せて腕を組んでいた。

 

「…いつまで大人をからかうつもりだ?」

 

「ほう?」

 

彼から出たのはそんな言葉だった。七瀬はその言葉を聞いて閉じていた目を開いた。

 

「こんな機体を学生が、それもこの人数でたった1ヶ月という時間で造り上げた。そんな馬鹿な話を我々大人が信じるとでも思っているのか?」

 

「………」

 

七瀬が黙ったことで一同もどうすればいいのか分からずにいた。だが、そんな一同の緊張を解すためのように七瀬は淡々と言葉を紡いだ。

 

「確かにアンタの言うとおりだ。ISってのはそもそも国家事業であり、膨大な時間を用するものだからな」

 

「御託はいい。このIS、どうやって造った?」

 

「ハハッ………アンタも大人なら聞き分けろよ」

 

ここにきて七瀬が初めて怒りを露にする。声にドスが効いており、机に足を乗せる。

 

「アンタに真偽かどうかを確かめる手段がないというならば、俺たちが造り、俺が設計してコイツを造ったという今ある結果だけが頼りだ。なんなら俺が書いた設計図から指紋でも取ればいいだろう。折角紙に書いてあるのだから」

 

「残念だな。それは叶わない」

 

「…と、いいますと?」

 

「この設計図、及びこの機体に関するデータは全て消去してもらう。無論、機体も処理してもらう。出所が分からない以上、世界に混乱を招く害悪でしかないからな」

 

「ほう?」

 

七瀬は彼の台詞を聞いて心で嘲笑う。

だが、その言葉を聞いて七瀬を除いた4人は驚愕する。これが普通の反応なのだが。そんな彼らの表情を見て七瀬は言葉を紡ぐ。

 

「そうか、なら言われたとおりバラバラにするしかないな」

 

七瀬のその言葉に一同が更に驚愕する。今度は『商談』の相手もだ。

 

「どうせならアンタの前でやって見せよう。布仏、コアを外して自爆コードを──」

 

「ま、待て!まだ話の続きはある!」

 

途端に彼は焦りだした。

 

「……聞いてやるから早く言ってくれないか。俺はこの機体との別れをしなければならないのだから」

 

七瀬がわざとらしくそう言うと彼は一枚の紙を取り出した。それを彼は七瀬に押し付けるように渡した。

 

「なんのつもりっすか?」

 

「我々IS委員会にあの機体を引き渡してくれれば破壊はしなくともよい。特記事項によりその機体の技術は各国に公開、しかるべき措置を行った後で各国にて正式に量産がされることになるのだ。そしてこれがその契約書だ。国家機密の取引なのだからな。これはあんなものを産み出してしまった諸君らに課せられた義務であり、拒否権はない」

 

彼の言葉に一同の表情が変わる。

契約書を半ば押し付ける形で七瀬に渡す彼。

七瀬はその契約書に目を通す。そしてしばらくしてから彼に疑問を出す。

 

「こいつは見返りが少ないと思うんだが?俺は機体を失う損害を受けるのに対して、報酬が専用機体として学園に『打鉄』一機を授与、だと?なに劣化させてくれてんだよ。ふざけてるようならマジで自爆させるが?」

 

「ま、待て!これでも十分な筈だ!それに君はISがどんなに貴重なものか分かって──」

 

「分かっているに決まってるだろう。だからこそ俺は追加の報酬を求める。…そうだな、打鉄はいらんからリヴァイヴを2機ほど渡せ。それとこいつをベースに完成させた量産機も2機はいただけないと困る」

 

「たった1機の開発で4機も要求するだと!?ふざけているのかね君は!」

 

「ふざけてこんなこと言うとでも?ただ分かってねぇようなら教えてやる。こいつは世界に革命を起こす機体だ。常に新しいものを開発して使う今までの最新機とは違い、こいつは古くて使い捨てられた部品だけで作れる最新機だ。こいつがどういうことか分かるか?」

 

「ど、どういうことだ?」

 

「つまりはどんな国でも造れてしまうチート機体なのだよ。そんなものが量産されたらISの企業情勢を破壊しかねないだろう」

 

「だ、だが、企業間のISの開発競争も激化する。この機体を土台に新しいISが早期に開発されるかもしれないんだぞ?」

 

「あぁ、そのとおりだな。ならばその時代を切り開いた俺たちにはそれ相応の報酬があるだろう?」

 

「しかし、これ以上は………」

 

「さっきアンタに言われたことを返そう。…いつまで子供をからかうつもりだ?俺たちだってISの価値くらい理解しているぞ。俺たちが子供だから騙してできるだけ安くこの技術を手に入れたい、違うか?」

 

「何だと!?」

 

「上に言っておけ。追加報酬を寄越さない限りコイツは爆破させると。いやぁ、ロボットアニメのシーンを再現したいという理由で自爆プログラムを組み込んでおいてよかったぜ」

 

七瀬はそう言って彼に契約書を返品する。

 

「自爆プログラムだと!?そんなものをISに搭載するなど馬鹿げている!ましてやあれは元々学園の訓練機の筈だ!それに技術公開は君たちの義務なんだぞ!」

 

「自爆プログラムくらい他の企業ですら搭載してる機体はある筈だ。まずロボットなら搭載しておくのが当然だろう?機密保持のために。

 それにアンタ状況分かってんのか?こっちには爆発させて機体をなかったことにもできんだよ。どっちがお願いする立場か分かってるか?」

 

自爆プログラムを搭載するのが普通。それを聞いたとき、そのとき初めてその場にいた七瀬以外の全員の心が揃った。そんなわけないだろう、と。

目の前の彼は七瀬の言葉を聞いてため息をつく。

 

「ロボットだと…?ISをそこらのガラクタと一緒にするとはやはり君はISの価値を分かっていないようだな。第一、ISというのは兵器だ。兵器に感情など必要ない。求められるは効率だけだ!」

 

「……そんなあなたのエゴで七瀬たちが、俺たちが造った機体を取り上げようっていうんですか!!」

 

「い、一夏!」

 

我慢出来なくなったのか一夏が男に向かって叫ぶ。箒が止めようとしたが一夏は聞かなかった。

一夏が言うと彼は立ち上がって一夏を見下ろす。

 

「君たち乗り手も所詮は同じだ。兵器の乗り手にも感情などいらない。君たちは私たち一般人からしたら強大な力を振るうだけの化け物でしかないからな。そこにいる戦闘狂は特にな」

 

「俺のことか」

 

「あぁ、そうだ。君とセシリア・オルコットの試合は先程学園によって世界に公開された。…しかし、こうして見ると醜いものだな。君がたまたま見つかっただけに過ぎない才能を振るって相手が恐怖するのを楽しんでいるのが見て分かるのだから」

 

「(まぁ、会話のやりとりの音声がなかったらそう見えても仕方ないな…)」

 

七瀬がアックスを笑いながら振るう姿やセシリアと地上戦をした姿がいい例だ。IS操縦者同士の会話はコアネットワークを通じて行われているために周囲の人間には聞こえない。つまり、お互いの感情が分からないという状況で七瀬の戦い方を見た人間が楽しみながら戦う七瀬を戦闘狂と思われてもおかしくはないのだ。もっとも、七瀬が笑っているのはロボットに乗っている時間が楽しいためなのだが。

 

「…ひとつ、アンタに聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

彼は一夏から視線を外し、七瀬の方を向いた。

 

「この機体についてアンタは何を思った?どう思う?」

 

「そんなことか。いいだろう、素直に答えてやろう」

 

彼は七瀬の他者から恐怖の対象とされる目を見てこう語った。

 

「他の機体と同じでただの殺戮マシンだ。ISは皆兵器、どうやってもその事実は揺るがない。

 君は男性でありながら敵である女性に力を与えたんだ!楽しみだな、君が造った機体が君自身を殺しに来るのが!」

 

「言わせておけば…!」

 

「し、しののん駄目だよ~!」

 

一夏を咎めていた箒までもが彼に掴みかかろうとする。それを必死に止める本音。

だが、そんな状況の中でもセシリアだけは微動だにしなかった。これ以上彼のペースに持っていかれては事態は悪くなる一方だと理解したためである。

 

「よくもまぁアンタみたいなやつがIS委員会に入れたものだな。どうしてそこまで嫌っているISに関係した委員会に入った?」

 

「私はね、ただ傍観者になりたかったんだよ」

 

「傍観者ねぇ…」

 

「調子に乗っているIS操縦者共を縛り、犠牲者が出ないようにする。これ以上に素晴らしい仕事はない。そうは思わないか?」

 

「……」

 

七瀬は彼の話を聞いて自分にとってのISと彼にとってのISのあり方の違いを知った。…それが故に、彼とはこれ以上話す気にならなかった。

 

「アンタがISを使える女じゃなくて本当によかった」

 

「なにを───」

 

彼が立ち上がった瞬間、彼が後ろに吹き飛んでいった。吹き飛んだ先には机があり、それに頭をぶつけ彼は意識が朦朧とする。

 

「この話は終了だ。とりあえず、もう寝てろ」

 

「こっ……の……」

 

倒れた彼の髪を掴んで七瀬は言う。

 

「技術に心はない。アンタがISを使えたらその力を兵器として振るっていたんだろうな。だが俺にとってISは愛すべき存在、ロボットでしかないんだよ。他の何物にも変えるつもりはない。だからさ、アンタには共感できそうにない。よって交渉は決裂だこのクソ野郎」

 

刹那、彼の視界が闇に消える。

 

彼が最後に見たのは拳を振り上げていた男の姿だった。

そして彼を殴った張本人である七瀬は倒れた彼を汚物を見る目で見下ろした後、一夏たちを連れて部屋を出るのだった。

 

*************************

 

 

 

「東さん、よかったんですの!?」

 

部屋を出た後、学園の廊下でセシリアが七瀬に叫ぶ。

 

「よかった、とはどういう意味だ?」

 

「いくら先程の方の持ち込んできた交渉が理不尽であったからといってあのような暴行を加えるなんて…」

 

「あぁ。あれ以上対話の余地はなかった。時間が無駄になるだけだ」

 

「ですが、彼は曲がりなりにも委員会から派遣されてきた人間ですわ!もし東さんの身にも危険があったりすれば…」

 

「おおう?心配してくれるのか?」

 

七瀬はからかうような表情でセシリアに言う。

 

「当たり前です!それに目の前でその発端が起こったというのにただ見ていることしかできなかったなんて…一族の名が泣きますわ!」

 

「そ、そうか…」

 

七瀬はセシリアが本気で自分を心配してくれていたということに驚き、一歩後ずさる。今まで他人に心配される立場になどならなかったためか、嬉しいような、自分がなさけなく思うような複雑な気持ちでいた。

 

「……だが、そこまで心配することでもないと思うぞ」

 

「それは…どういうことですの?」

 

セシリアが小首を傾げて七瀬に訊ねる。

 

「織斑、アイツの持っていた契約書のおかしい点に気づかなかったか?」

 

「…そういえば、契約を持ち込んできたのは向こうなのに委員会の署名がなかった気がする」

 

「えぇ~!?」

 

大袈裟に反応するのは本音。セシリアと箒もそのことに気がつき驚く。

 

「初めから向こうさんは俺たちとまともに契約する気などないのだろうな。あの場で俺たちだけに署名をさせた上で後から報酬内容を書き換えるつもりだったんだろう」

 

「ただでさえ報酬内容が酷かったのに~?」

 

「俺たちは学生だ。そんな奴らが造った機体に報酬を払ってまで手に入れようとする方が馬鹿だろうよ」

 

訊ねてくる本音に七瀬は委員会への皮肉を込めて言う。

 

「ま、何にせよあんな下心筒抜けな契約書を持ち込んでくる辺りさっきのクソ野郎は交渉が下手なことが分かった。いくら国連の機関といえこのことをIS学園の名前を使って公にすればあのクソ野郎の首くらいは飛ばせる筈だ。そうすれば交渉の報酬の再検討、そして野郎に危害を加えた俺の刑罰を軽くすることも視野に入れて貰える筈だ」

 

「けど証拠がないぞ。私たち学生の口から出た言葉など信じて貰えるのか?」

 

「篠ノ之、交渉とは話し合いから始めるのでは遅い。その前の仕込みからが交渉の始まりなのだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「何故オルコットが何も喋らずに黙っていたと思う?」

 

「何?」

 

「一連の会話はしっかり録音いたしましたわ。そして先程の彼の態度などもISのシステムで撮影済みでしてよ。そのためにわたくしに彼から目を離さぬように仰ったのですね、東さん」

 

「あぁ、こんなことを頼んですまなかった」

 

「いえ、東さんに危害が及ばないならなによりですわ」

 

セシリアはここで初めて七瀬に録音と撮影を頼まれた意味を知った。これで彼女の中にあった不安はなくなった。

 

「だが、交渉を無理やり終了させるためとはいえ、もうあんな手は使いたくないな。あの野郎を殴った嫌な感触がまだ残っていてな。気分が悪いことこの上ない」

 

「やっぱりわざとだったのか、あれは」

 

「俺が目的の物を手に入れるために一時の感情で拳を振りかざしたりすると思ったか?機体という報酬を手に入れるためならば野郎と何時間でも会話してやるさ。まぁ、今回は報酬もない、気分も悪くなるといったデメリット揃いだったからこんな無理矢理な手を使ったんだがな。はぁ…悪役演じるってのは疲れるものだ」

 

そもそも力が強くない七瀬が相手を殴っても相手は気絶などしないのだが、今回はたまたま彼が倒れた後ろに机があり、それに頭をぶつけて気絶したというわけである。勿論、七瀬はそれを計算してやったのだが。

 

「だが東、なぜ委員会はあのような者を派遣してきたのだ?あのような者を派遣してきても交渉が決裂することも分かっていたはず…ならばどうして我々の元に送りつけてきたのだろうか?」

 

「そうだな…考えられるとすれば交渉を命じたのは委員会でも交渉の方法は野郎に一任されていたのかもしれない。……あるいは──」

 

「あるいは…?」

 

「ドレンを呼び出してくれ!」

 

「は…?」

 

「このネタは篠ノ之には通用しなかったか。まぁ、ふざけるのはここまでにしておこう」

 

どこぞの赤い彗星の部下を呼び出すときの台詞を使いながら何か思い付いたような素振りを見せる。

 

「あるいは…委員会自体があのクソ野郎を追放したかったがために奴に交渉を一任したか、だな」

 

だが、箒は七瀬の語る憶測に疑問を持った。

 

「なぜそんなことを…?」

 

「あそこまで男性至上主義の男はそういない。女性が乗るISに関係する事業を行っている以上、あんな性格の人間は邪魔にしかならなかったんだろうな。委員会は野郎が交渉を失敗させることを知っている上でわざと交渉の件を一任したのだろう」

 

「彼に責任を押し付けた上で委員会をクビにするためにか?」

 

「まぁ、あくまで憶測だがな」

 

『だいせいかーい。凄いねー君』

 

七瀬が箒たちに自分の憶測を説明していると後ろから声が聞こえてきた。七瀬たちは声のした後ろを振り向く。

 

「……アンタは?」

 

『あー、ごめんごめん自己紹介ね。はいはい』

 

七瀬が声の主である青年に訊ねると彼は着用している白衣のポケットから名刺を取り出した。それを七瀬たち一人ずつに渡した。

 

「IS委員会総技術管理長『バラム・エレック』さん、ですか。……って、総技術管理長!?」

 

名刺を見た一夏が驚きの声を上げる。

 

「それで、正解ってのはどういう意味っすか?」

 

「うん?そのままの意味だよ。君の言ってたことが全部正解ってことね」

 

彼、エレックは七瀬の方を見て答える。

 

「いやぁ、さっきの君たちと彼の交渉、監視させて貰ってたんだよね。するとまぁ驚いたもんだよ。彼が殴られたんだもの、それも学生に!いやぁ、面白かったなぁ」

一人笑いながら彼は言う。

 

「まぁ、これですっきり尻尾切りができるよ。彼、本当に邪魔だったからね。いちいち女性に突っ掛かって言ってさ。彼のせいで何件技術提供を断られたことか…」

 

彼は頭を押さえながらそう言う。

 

「ISによって…いや、変わった世界によって野郎の人生は歪められたんだと思います」

 

「んん?」

 

「ISに恐怖心を抱いた彼はそれを操れる女性にまで恐怖を抱くようになった…彼もまたこの歪んだ世界の被害者なんでしょうね」

 

「君は面白いことを言うね。世界の被害者、なんてさ。まるで────」

 

 

 

 

 

「この世界の真理を知っているかのような口ぶりだね」

 

「…俺が知っているのは俺の世界のISの真理だけですよ」

 

「ISの真理!技術者としては是非教えてもらいたいね!で、その真理ってのは何?何?」

 

彼に聞かれ、七瀬は答える。

 

「ロボット…等しく愛すべき存在です!!」

 

「う…うん?もう一回頼むよ」

 

「ロボットです!!」

 

「あぁ、うん…君の真理とはずいぶんと浅く軽いものなんだねぇ」

 

七瀬の答えに彼は呆れる。

 

「ま、そんなことはいいんだけどねぇ。今回僕が来たのはこんな茶番をするためじゃあない。交渉のやり直しに来たのさ」

 

「やり直しだと?」

 

彼はそう言って掛けている眼鏡を指でクイッと上げる。そしてまたもや白衣のポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「そうそう。彼を追放する算段は完遂したからね。君たちの開発した技術が欲しくってさ。あぁ、この契約書はちゃんとうちの署名も入ってるからね」

 

彼は契約書の委員会の署名欄を指差して言う。

 

「こっちはまっとうな契約をさせてもらうつもりだよ。君たちの造ったアレはそれだけ価値のあるものだと思ってるからね」

 

「それで報酬は?」

 

七瀬は自分にとって一番肝心なことを聞く。それが先程のように大したものでなければ契約を締結するつもりはないからだ。

 

「あー、そのことなんだけどね。あの機体をベースに造った量産機は引き渡せるとして、リヴァイヴはうちの研究機関でも多く使われてるんだよね。だからあげられないんだよ。残念でしたー」

 

「「「「「………」」」」」

 

彼のペースはめんどくさい。七瀬たち一同はそう思った。

 

「ま、その代わりと言っちゃあ機体が可哀想なんだけど、アメリカの第二世代量産機に興味はない?」

 

「よし、その話くわしく」

 

「おぉー、目がキラキラしたあずさんだ~」

 

彼の言葉に過剰なまでに反応した七瀬の目が輝き出す。普段の不気味な目の中に光が灯る。

 

「そっかそっか、よかった。一応スペックデータあるけど見る?」

 

「是非とも!!」

 

「はいはいー」

 

そう言って彼は機体のスペックデータを表示した。

 

 

 

アメリカ量産機『アサルト・ソルジャー』

 

和名:兵士

型式:AZ-06

世代:第2世代

国家:アメリカ

分類:汎用型

装備:

12.7mmアサルトライフル『ヘリオス』

中距離用サブマシンガン

ロングレンジライフル『ハイドロシューター』

ミサイルバズーカ

腰部収納アサルトナイフ×2

防御用マウントシールド

手榴弾

 

 

 

「と、まぁこんな感じかな。詳細はこっちね」

 

「ほう、なるほど!実弾兵器のみで戦うISか!機体の色もミリタリー感溢れる深緑を基調とした迷彩模様とは!!しかも量産型ISの中でも珍しい運用方法があるのか…えぇい!アメリカの量産機はロマンの化け物か!」

 

七瀬は機体のスペックデータを見て一人喜んでいた。

 

「安っぽい機体に見えるかもしれないけどこれでも世界第四位のシェアを持つ機体だよ。扱い辛いところもあるけどね」

 

「構いません!」

 

「ううん?いいの?」

 

「全部分解して原因を解明させ、その汚点さえも改良するので!!どんな風に改造しようか…今から楽しみだ!」

 

「え…?じゃあ契約は締結でいいの?契約を持ち込んだ僕がいうのもなんだけどもう少し考えてからでも──」

 

「はやくロマン機体に乗りたいんで。ただ、契約はしばしお待ちを」

 

七瀬は彼から契約書を受け取る。一応契約書にある契約内容を確認する。

 

「俺たちは機体の開発に使用した全てのデータを提供、そして零式を貸与する……ん?零式返ってくるんすか?」

 

「そりゃあ返すよ。一応学園の訓練機を改造したのがこの機体なんでしょ?」

 

「そういえばそうだったな…」

 

「忘れてたのか!?」

 

「自分で言うのも変だがあそこまで変わり果てると訓練機といえるのかと思ってな」

 

「確かにそうだね~」

 

学園の機体を交渉に使うのもどうかと思うかもしれないが、これは学園も公認していることなので問題はない。

 

「だ、そうだ。だが、今回の交渉の締結については布仏、君に聞きたい」

 

「私~?」

 

七瀬に指名され、箒たちの後ろからひょこっと顔を出す。

身長が小さいために隠れてしまっていたのだ。

 

「零式は確かに俺が設計し、俺たちが完成させたものだ。だが、一番頑張ってくれたのは布仏だと思っている。情けない話だが、無理な構造のフレームを造り始めるところからずっと世話になりっぱなしだった。だからこそ布仏に聞いておきたいんだが…」

 

「うん、いいよ~」

 

「ず、随分軽いな」

 

「あの子はちゃんと返ってくるし、それにまたあずさんと新しいIS造れるんでしょ?」

 

「まぁ、そうだが…」

 

「それに、私もあずさんとIS造るの好きなんだよ~。お世話になりっぱなしって言ってたけど、そうしたら私はあずさんに楽しませて貰いっぱなしだよ~?」

 

「楽しい…?」

 

「うん。新しいものを造ったり~、すごいものを造ったり~、たまに変なもの造ったりとか!」

 

「へ、変なもの…」

 

その変なものに心辺りがある七瀬だが、いざ言われると胸に痛みがささる。

 

「けど何を造っても楽しいんだよ~。でもそれさきっとあずさんとおりむー、しののんにせっしーと一緒だからだと思うんだ~。そのはじまりをくれたのはあずさんなんだよ?」

 

「俺が?だが君に何かしてやれたことなんて…」

 

「あずさんがあの子を造ったから、造り始めたからいまここにいる皆は繋がれたんだよ~?…さっきの男の人はISは化け物だって言ってたけど、私にとってISは私たちを繋いでくれた存在だと思うよ~」

 

七瀬の真理でも、男の真理とも違う本音の見つけたISのあり方は七瀬の中に強く印象を残した。

そして、七瀬の中の本音という少女の存在をより大きいものにした。

 

「(やはり、俺はいつも彼女に助けて貰ってばかりだな)」

 

七瀬は男のISへの負の感情とそれを造った自分への憎しみを聞き、少なからず悪い気分になっていた。

だが、そんな七瀬の心を本音の言葉は優しく解きほぐした。

 

「意見は纏まったかな?」

 

彼、エレックは七瀬たちのやり取りを見守っていた。時を見て七瀬たちに声を掛ける。

 

「はい」

 

七瀬はエレックの方に向き直る。

そして自分の、自分たちの答えを出すのだった。

 

***************************

 

 

「なぁあの二人、俺たちのこと見えてるのか…?」

 

「馬鹿者!少しは黙っていろ!」

 

「痛ぇ!足を踏むな、足を!」

 

「一夏さんったらデリカシーのない…けどよかったですわ」

 

「よかったって何が?」

 

「東さんが無機物にしか恋をしない方ではなくてよかった、ということですわ」 

 

「は?恋…?」

 

「心情を語らい関係を深め合う二人…これが王道の恋愛だろう!」

 

「分かりますわ箒さん!わたくしもいつかは…」

 

「いや、確かにいい雰囲気かもしれないけどさ…恋かどうかは分からないだろ。もう少し二人の先の関係を見ないと分からないぞ、うん」

 

「い、一夏が恋を語るだと…!?」

 

「一夏さんは自分のことになると鈍感なんですのね…」

 

七瀬と本音が話していた中、こんなことを小声で話していた3人と…

 

「これも若さだねぇ~」

 

こんなことを話していた総技術管理長がいたという。

 

****************************

 

 

 

「(機体が届くのは一週間後、そして零式の搬送は明日か。明日は休みだが搬送に備えて早く寝なければ…)」

 

七瀬はそう言って自室の鍵を開け、ドアノブに手を掛けた。

だが、そこで違和感に気がついた。

 

「(鍵を開けたときの感触が軽い…!?既に鍵が開いていた…?)」

 

鍵をかけ忘れるということはまずない。七瀬は部屋を出る前に必ず鍵が掛かったか確認するからだ。

 

「(空き巣、ということもないはずだ。IS学園にまで入れる空き巣などいるはずがないからな。…当たり前だが)」

 

すると考えられることはひとつだった。

 

「今日はじめて鍵を掛け忘れたということか。くっ…万死に値する!」

 

どこぞのイノベイドのような台詞を言いながらドアノブを捻る。そして開けてはならなかったであろう扉を開く。

 

「これからは二回鍵の確認…………を……」

 

「おかえりなさーい、私にします?私にする?それとも…わ・た・し?」

 

バタン!!

 

「(いかん。欲求不満か?こんな幻覚が見えるようになるとは…俺は病気だ。ドアを開けたら裸エプロン姿の痴女がいるなど…!)」

 

扉を思い切り閉め、一度自分を葛藤する。そしてもう一度ドアを開いた。

 

「おかえりなさーい、私にします?私にする?それとも…わ・た・し?」

 

「…………」

 

幻覚、というわけではなさそうである。

七瀬は状況を分析する。まずは部屋の雰囲気から。

 

「(部屋には造りかけのプラモ、そして書いている途中のISの設計図…よし、ここが俺の部屋であることは間違いない)」

 

「ここまで思いきった服装をしてきたのに感想も無しだと流石にお姉さんちょっと傷つくんだけど」

 

「いや、これにどんな反応をしろと…」

 

ここではじめて七瀬が言葉を口にした。

 

「おかしいわね。男の子が一度は夢見るシチュエーションだって聞いてたのに…」

 

「どこから情報を得たんだ、それは」

 

「成人男性が大好きな少し過激な漫画よ。買うとき結構恥ずかしかったのに…」

 

「燃やしてしまえそんなもの」

 

七瀬は疲れがピークを迎え椅子に腰掛ける。

 

「(そんなことより誰だよこの痴女…)」

 

「お前は誰だってそんな顔しているわね?」

 

「最初からしている!ドアを開けたときからな!!」

 

「私は更識 楯無(さらしき たてなし)、この学園の生徒会長よ」

 

「話を聞け!!」

 

勝手に自己紹介を始めた少女に七瀬は叫ぶ。

 

「まずひとつ言わせてもらおう、どうやって入った!?」

 

「どうって…ピッキングよ?」

 

「(常識であるかのように言いやがって…)」

 

七瀬はクローゼットにずかずかと歩いていくと服を漁る。

彼女を無視して。

 

「え?私は放置プレイ?」

 

「まず、なにか着ろ!!」

 

「無理よ。これ以外服持ってきてないもの」

 

「どうやってその姿でここまで来たんだよ…」

 

「ふっふっふ…私のISの光学迷彩を使ってきたのよ!このくらい余裕よ」

 

「光学…迷彩………!?」

 

その手に持っている扇子には『余裕』の文字が書かれていた。

だが、彼女は自分が地雷を踏んでしまったことに気がついていない。

 

「…え?ねぇ、どうしてそんなに急に近づいてくるの…?」

 

「鴨がネギを背負ってやってきたか」

 

「え…?鴨…?え?きゃあっ!?」

 

七瀬の行動はこれ以上にないほど迅速であった。自分が着ていた制服のシャツのネクタイを解き、それで彼女の手を後ろで拘束する。

訳が分からずにいる彼女をベッドに押し倒した。

 

「え…?ちょっと!?」

 

「よし、足も拘束完了…さて───」

 

「ちょっと!?会っていきなりなんて…!!」

 

「あと、これは邪魔だな。避けとくか」

 

彼女から扇子を取り上げる。捨てられて開かれた扇子には『初体験』と書かれていた。

 

「わ、私をどうするつもり!?」

 

「どうするって…分からないか?」

 

「い、嫌よ!こんな形で大事なものをなくしたくないー!」

 

「それは残念だったな。そんな格好で男の前に現れたことを悔やむんだな」

 

「くっ…!頑丈に縛ってある!解けない!もう…駄目なの…?」

 

「それでは、頂くとしようか───」

 

「うぅ…せめて優しく……」

 

 

 

 

 

「アンタの機体の光学迷彩装備を!!」

 

「……え?」

 

「そんなエプロン一枚だったら武器を隠す場所もない!つまりは無防備!」

 

「え?え?」

 

「アンタが俺たちを監視していたことは知っている!一度影が見えていたからな!使いなれていなかったことがあったということは後付けのアウターパーツなんだろう?ならば、外して他の機体にも使える!アンタはいい鴨だったよ!」

 

「え…あの……」

 

「な、なんだ?さっきから」

 

「……わ、私は?」

 

「……は?」

 

「……」

 

二人の間に沈黙が訪れる。そして七瀬だけが状況を理解した。

 

「ん~?何を期待していたんだ?会長(笑)さん?なぁ?」

 

「~!!」

 

七瀬は顔を赤らめる楯無を見て愉悦感に浸る。

 

「いかんな、会長がこんなんじゃ学園の風紀が乱れまくりだろう。少しお灸を添えてやらないとな」

 

「な、何をするつもり!?」

 

「ん?機体の光学迷彩装備を展開して渡してくれるまでこいつでくすぐってやろうかと」

 

「そ、それは!?」

 

「サブアームの試作品もどき。こいつを使ってくすぐろうかと。俺が触れなければセクハラにはならんからな」

 

「こ、この鬼畜!!生徒会長たるもの、くすぐりなんかに絶対負けたりなんかしないんだからぁ!」

 

「死亡フラグをありがとう。これを使って布仏にイタズラされまくった俺の気持ちを味わってこい。スイッチオン、と」

 

「い、いやぁぁぁ!!」

 

**************************

 

 

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

とある学生寮の一室で自分の姉のピンチを悟った少女がいたという。

 

「ま、いいや。寝よ…」

 

が、姉の願いは届かなかったようである。




本音ちゃんは仲が深まりました。
会長はお嫁にいけない体にされました。
次回からやっと鈴ちゃんだー!!……遅ぇ。甲龍にどんな独自解釈を入れるか…お楽しみに!

報告としては今現在作者はガンプラで「HGドムトローペンサンドタイプ」を造っております。
もうすぐでクアンタフルセイバーも我が家に来ますからね、それまでに残っている100/1バルバトスルプスレクスとMGサイコザクも造らなければ……


今回もありがとうございました!
ロボットへの愛を込めた熱い感想、高評価お待ちしております!


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超兵

とある理由からある子のクラスを変更してお送りいたします。そしてタイトルがアレルヤ。
今回遂にロボットアニメネタと中二病が炸裂します。分からない人はごめんなさい。
炎上しないか不安だなぁ……


新たに高評価をくださった
北条カズキさん、エドナさん、Cowboyさん、カスタムさん、レヴィ0910さん、スーパースター☆さん、アストラッドさん、MK/シュウさん、戦逃基盤さん、ultrakussyさん、 ヴァル樽さん、ブレンドコーヒーさん
ありがとうございます!


「…どういうことですか」

 

『それが、上からは滞った事情としか聞かされていなくて…機体の譲渡は次を待ってくれということでして……』

 

IS学園のとある学生寮の一室、一人の少女と企業の人間による取引が行われていた。

いや、行われれるはずだったという方が正しいだろう。

 

『こちらの勝手で簪さんにご迷惑をおかけしていることは重々承知です。…ですがどうか、呑み込んでください』

 

「…でも、先日連絡したときには順調だって」

 

『…………』

 

簪と呼ばれた少女の質問に電話の相手は黙る。そして少し考えたかのように時間を空けてこう答えた。

 

『…実は、織斑一夏さんの白式を開発する際に人員を総動員しまして…それで開発が遅れていたのだと思われます。それが原因で今日の譲渡までに間に合わないと判断し、開発を断念していたのかと…電話の際には伝達に誤りがあったことを謝罪いたします。申し訳ありませんでした…』

 

「(どうして…!?これじゃあクラスリーグマッチに間に合わない…姉さんにも……!!)」

 

彼女は歯を食い縛る。

簪にはその電話に出ている相手が全て悪いわけではないということはわかっていた。だがそうとわかっていても、相手の声に、態度に、やり方に苛立ちを覚えていた。

 

「(…なら、もういい)」

 

そのとき簪の中の何かが壊れた。何かが狂ったのだ。

そして彼女はこんなことを口にしていた。

 

「…今の完成率はどのくらいですか」

 

『えっ…?確か50%位だったかと思いますが……』

 

彼の言葉を聞いて彼女は心の中で笑みを浮かべた。

 

「なら、予定通りに搬送をお願いします」

 

『え…!?ですから、機体は……』

 

「結構です。あとは自分でやります」

 

『いえ、しかしそんな突然言われても…』

 

「予定の時刻までに搬送が確認できなかったそのときは、私は日本の代表候補生を辞退します。…その原因を貴方たちに押し付けて」

 

『な…!?そんな、待っ──』

 

簪はそれだけ言うと通話を切る。

そして一人しかいない部屋の中、自分のベッドにダイブする。

 

「…ふふ、はははは……」

 

ルームメイトがいない彼女の乾いた笑い声だけが一人で暮らすには広すぎる寮内に響く。

 

「(…これでいいんだ。私は自分の力だけで…姉さんを……!)」

 

簪の中でそれは歪んだ決意となって彼女の心に縛りついた。

だが、そんな決意も次の瞬間に途切れることとなる。

 

『おりゃあああああああ!!』

 

「!?」

 

そんな声と共に簪の部屋のドアからドォォン!と轟音が響く。

簪はドアのある方に振り向いた。

 

『やっぱり歪んでたのね…誰かいる?』

 

ドアを破壊した犯人は部屋に侵入してくる。突然のことで簪は咄嗟にベッドの毛布で自分の顔を隠した。

 

「あ、いたいた。1年2組(・・・・)の更識さん、で合ってる?」

 

「だ、誰…!?何なの…!」

 

「何って…あたし、今日から貴方のルームメイトになったんだけど」

 

「ルームメイトだからってどうしてドアを壊したの!?」

 

「うーん…部屋の鍵をもらったからそのドアの鍵穴に差したんだけど何故だか開かなくて。しかも何回もノックしても開かなかったから。壊れてたのね」

 

「え…ノックしたの……?」

 

「気づいてなかったの?何回もしたわよ」

 

「え…あの…ごめんなさい……」

 

簪はドア破壊の犯人であるツインテールの少女に謝る。

少女は荷物を床に降ろして簪に近づく。

 

「いや、こっちこそ。怖がらせたみたいね…」

 

「え…?」

 

「いや、すごい泣いてるじゃない。貴方」

 

「泣いてる……?」

 

簪は少女に言われて初めて自分が泣いていたことに気がついた。そしてそれを強盗のような登場をした彼女は自分が泣かせたものだと思ったようだ。

 

「ち、違うの!これは貴方のせいじゃなくて…」

 

「そうなの?じゃあどうして泣いてるの?」

 

「そ、それは……」

 

簪は彼女のストレートな質問に戸惑う。

 

「ま、言いたくないならいいんだけどね」

 

「ごめんなさい…」

 

「そのごめんなさいって言う癖、あたしといるときはなし。これから同じ部屋になるのにそんなに謝ってたらストレス溜まるわよ、あなたが」

 

「ご…わ、わかった」

 

また謝ろうとした簪だったが少女に言われたことをすぐに思いだし、やめた。

 

「なんて、右も左もわからないあたしが言っても何様ってなっちゃうわね」

 

「そ、そんなことない…よ?あと、ルームメイトっていうのは…?」

 

「え?先生から聞いてなかった?」

 

「…うん」

 

「はぁ…確かにあの先生、話した感じ適当そうだったしな…」

 

少女は額を手で押さえてため息をつく。

未だに困惑する簪は少女に訪ねた。

 

「あの…貴方は…?」

 

「あぁ、ごめん。自己紹介してなかったわね。」

 

普通は一番先に聞くことだが登場の仕方の問題もあって簪は聞くのが遅れてしまった。

 

「あたしは凰 鈴音(ファン リンイン)。中国の代表候補生よ。よろしく、更識さん」

 

彼女、鈴音は簪に手を差し出した。自分に手を差し出してくれた彼女の姿は簪の目にはとても輝いて見えた。

 

「さ…更識 簪(さらしき かんざし)…です。一応、日本の代表候補生。よ…よろしくお願いします!」

 

鈴音の手を握ったその瞬間から簪の独りぼっちだった時間は終わりを迎える。

そしてこれが同時に自分の機体の完成へも繋がるということを、簪はまだ知らない。

 

****************************

 

 

 

IS学園には訓練に使われる多くの施設がある。その中でもISの模擬戦を行う『アリーナ』のひとつ、『第三アリーナ』では二人の生徒による模擬戦が行われていた。

片方は白い装甲に一本の刀を携えた機体。その機体の右腕部には最近追加装甲と一緒にされたばかりの滑空砲が、そしてもう片方の左腕には新たに製作された『新装備』が目立っていた。

 

「おのれ…中距離武器をひとつ手にしただけでここまで厄介になるか、白式!!」

 

その白い機体と対戦している人物が叫ぶ。一撃必殺の力を持つ刀に中距離武器。近づけば一撃必殺の刀で、距離を取れば滑空砲で狙われる。どちらを許しても対戦相手である彼にとって不利になることは共通していた。

 

「エネルギーもそろそろ切れる、ならその前に倒す!『零落白夜』発動!!」

 

白式の操縦者、一夏は単一使用能力である零落白夜を起動する。白式の装甲の継ぎ目が分離し、内部にあるフレームの廃熱口からエネルギーが放出される。そして雪片弐型にレーザー状の刃が構成された。

 

「行くぜ、七瀬!」

 

一夏は対戦相手、七瀬に向かい加速する。

 

「世界第四位のシェアを持つこの量産機…そして布仏が調整してくれたこの機体の力は伊達ではない!!」

 

七瀬はあろうことか、一撃必殺の力を持つ零落白夜を発動している一夏に向かって突撃していった。

 

「はぁぁっ!!」

 

一夏が、自ら間合いに入ってきた七瀬に零落白夜を突き刺す。七瀬の機体の装甲を零落白夜を使用している雪片弐型が貫通した。

 

「いや、これは…浅い!」

 

雪片を突き刺した一夏が異変に気がついた。

一夏は咄嗟に距離を取ろうとする。だが、雪片が七瀬の機体の装甲を突き刺したまま離れなかった。

 

「言っただろう。伊達ではないと!!」

 

「リアクティブアーマー!?まずい!!」

 

雪片が突き刺していた装甲が爆発を起こす。

 

「ようやく捕らえた!!」

 

「くっ!!」

 

七瀬は雪片を持っている一夏の片手を掴んでいた。一夏は七瀬を引き離そうとするが離れないでいた。

そんな一夏に向けて七瀬はガトリングガンを連射する。至近距離から発射されたガトリングガンの弾丸は白式のシールドエネルギーを削っていく。

 

「お次はこいつで!!」

 

「なんだ!?…うっ!!」

 

七瀬は閃光弾を投げた。閃光弾の光を直に見た一夏の視界が真っ白になる。投げた本人である七瀬は、ISと操縦者を繋ぐヘッドユニットが変形したバイザーで光を遮った。

 

「くそっ…視界が……」

 

一夏は七瀬を探す。視界が回復しない一夏はブースターの音が聞こえた場所に滑空砲を放つ。

 

「音を頼りに砲撃しているのか。…だが!!」

 

七瀬は砲撃をしている滑空砲に向かって腰のサイドアーマーから取り出したアサルトナイフを投げる。

投擲されたナイフは滑空砲の砲身を切り裂いた。白式の右腕が爆発を起こした。

 

「七瀬はどこに…」

 

未だ視界が完全には回復しない中、一夏は周りを見渡す。

目は相変わらず見えないが、背後に気配を感じた。

 

「!?」

 

「この距離なら外さん」

 

刹那、轟音と共に一夏は地面に落下していく。

ようやく視界が回復した一夏がその試合で最後に見たものは、背中に背負っていた二つのロケットバズーカを両手に構えて自分の後ろにいた七瀬の姿だった。

 

**************************

 

 

 

『凄かったねぇ、さっきの』

 

『あぁ…布仏さんと東君が改造した機体?あれで訓練機なんて信じられないけどね…』

 

『織斑君大丈夫かな?クラス代表戦までに強くなってくれるといいんだけど…』

 

『けど東君はどうして訓練機でずっと戦ってるんだろうね?この間も企業からの話を断ったらしいよ?』

 

『勿体ないよねー。その話私にくれないかな…』

 

一夏と七瀬の試合の後、見学に来ていた数人の生徒は各々アリーナから出ていく。放課後は彼女らも部活なり訓練なりに時間を費やすのだろう。

 

「言われているぞ、バカ男子共」

 

「返す言葉もありません」

 

「放っておけ。一から機体を造るロマンを知らない者の言うことだ」

 

二人の試合を見に来ていた生徒の一連の会話を聞いていた箒が二人に言う。そんな彼女に、七瀬は白式と自分の機体のデータを見ながら適当に返事を返した。

一夏は自分に時間がないことを理解しているため、言い返せなかったが。

 

「それで装甲式装備の調子はどうだった?」

 

「う~ん……なんとも言えないっていうのが正直なところかな。確かに白式に雪片以外の装備を持たせられるっていうのは凄いけど、あの『滑空砲(?)』っていう武器が大きすぎるから余計操作が難しくなってさ…」

 

七瀬の質問に一夏は唸りながら答える。

 

「装甲式装備?なんですの、それは?」

 

二人の口から出てきた知らない単語にセシリアが反応する。

 

「それを話すならまず織斑の機体について話すところからだな。普通ISというのは武器を量子変換するものだ。だが、織斑の白式はバススロット…もとい、量子変換した武器を収納する器の容量がない。これは零落白夜という一撃必殺の力に容量を使いきっているためだ」

 

「その零落白夜を外すことはできないのか?」

 

箒が七瀬に訪ねた。

 

「できたらとっくにやっているよ。基本ISの単一仕様能力ってのは操縦者に合わせてIS自身が造り出すものらしいから外れないんだ」

 

「だからおりむーの機体は武器は刀しかないんだよね~」

 

本音は整備室の扉をカードキーで開けながら言う。

話しているうちに整備室まで移動していたらしい。

 

「まぁ、実物を見た方が織斑の意見が分かると思うぞ」

 

七瀬は整備室に移動されていた白式を指差して言う。

女子三人が白式を見るとその腕には巨大な砲台が取り付けられていた。

 

「これがその『装甲式装備』ですの?」

 

「あぁ。さっきも言った通り、白式には武器を追加することができない。だが、装甲を追加することは問題なくできた。だから武器を装甲と一緒に外装パーツとして取り付ければいいのではないかという目的の元に造られたのがこの装甲式装備というわけだ。装甲兼武器の役割をする部位になったがために装甲式装備という名前になった」

 

「けど、見ての通り、砲台が大きすぎるんだ。なにより、雪片を振るときに邪魔になっちまってた。確かに便利なものではあるけど、これは改善する必要があるかな」

 

「なに、最初の試作品というものが大型化してしまうのはロボットの理だ。これから時間をかけて小型化すればいいさ。データは十分に得られたしな。だが、クラス対抗戦にはあまりいい手とはいえない。残念だが、今は外しておこう」

 

七瀬は白式の装甲式装備を取り外す作業を開始する。たかが滑腔砲を付けただけに見えるほど単純な造りをしている装甲式装備だが、白式のフレームにある廃熱ダクトに干渉しない位置に取り付けているために構造はかなり複雑だったりする。故に取り付け、取り外しができるのは設計した七瀬だけなのである。

 

「もうかたっぽの腕についているものは外さなくていいの~?」

 

作業をしている中、本音が白式のもう片方の腕に付いていた装甲式装備に気がついた。

 

「こいつは今回使いどころが見つからなかったな…七瀬、こいつも外した方がいいのかな?」

 

「いや、お前がそっちの腕に雪片を持つことはないのだから取り付けたままでもいいと思うぞ。それにソイツはお前の雪片と相性がいいものだからな」

「相性がいい…?どういうことだ?」

 

「それはクラス対抗戦までのお楽しみだ。それよりも今日の本題はこっちだ」

 

七瀬は白式の隣のハンガーデッキを指差して言う。

そこには元の緑を基調とした迷彩模様の色から灰色に彩られた機体が鎮座していた。

 

「これこそがアメリカの第二世代量産機『アサルト・ソルジャー』を改造した機体。その名も『エクス・トルーパー』だ!」

 

灰色と黒に機体色を変更されたその機体は背中に2つの巨大な武器を背負っていることが特徴的であった。

 

「外見はともかく名前がまた激しく微妙だな」

 

「気にしているところを抉ってくるあたり君は流石だよ篠ノ之…一応理由はあるんだがな」

 

「理由だと?」

 

「まずは機体のデータから見てもらおう」

 

 

 

『エクス・トルーパー』

 

和名:超兵

型式:AZ-06R

世代:第2世代

国家:IS学園訓練機

分類:中距離対応型

装備:

アサルトライフル『ヘリオス』

シリンダー式グレネードランチャー(ヘリオスのアンダーバレルに装備)

ガトリングガン

強襲用ロケットバズーカ×2

腰部収納バリスティックナイフ×2

パンツァーファウスト

閃光弾

仕様:高性能射撃OSによる精密射撃

 

 

 

「戦闘スタイルは原型となった『アサルト・ソルジャー』と変わらず実弾兵器とナイフのみで戦うのが特徴的な機体だ。だが、武器を根本的に変えた。『アサルト・ソルジャー』が全ての距離に対応した実弾武器を持っていたのに対して『エクス・トルーパー』は大火力な実弾兵器のみを選出して使っている」

 

「背中に背負っている二つのデカイ武器は何なんだ?」

 

「ロケットバズーカだ。ちなみにこいつもさっき白式で説明した装甲式装備の技術を使っている。外付けでロケットバズーカを背負わせて量子化して収納できる武器を増やしている」

 

「さっきの模擬戦で一夏にとどめを刺した武器だな」

 

箒が模擬戦での出来事を思い出しながら言う。

 

「だが、この機体の原型『アサルト・ソルジャー』は世界第4位のシェアを持つほどの名機だが、ある問題があった」

 

「問題?」

 

「一言で言うと、飛べる時間がISの中でも特に短いんだよ~」

 

「つくづく東さんは飛ぶということに縁がありませんわね…」

 

前回の零式のときといい、今回といい七瀬は飛ぶことを禁じられているのだろうかと思うほどに高機動な機体に恵まれないのである。

 

「だから、少しでも機動がよくなるように脚部と背部にブースターを増設した。ちなみにこのブースターのバーニアは白式とブルーティアーズで使い古されて取り替えられた中古品を使っている」

 

「そんなの使い物になるのか?」

 

「飛行時間自体は伸びているから問題ない。このブースターを取り付けた目的はあくまで飛行時間を伸ばすためだからな。ただ俺の今の技術だけでは取り付けられないから大方布仏がやってくれたんだがな。俺はある細工をするので手一杯だった」

 

「大変だったけどなんとかできたよ~」

 

本音と七瀬の目の下にはまた隈ができており、後で箒に怒られることとなるのだがそれはまた別の機会に語るとしよう。

 

「それで東、ある細工というのは?」

 

「あぁ…これから話すことが『エクス・トルーパー』名前に繋がることなんだが…ときに篠ノ之、ISのCPUやOSとはどんな働きをするものだと思う?」

 

「そうだな…戦闘スタイルの変化、機動力の変化などといったことか?」

 

「大方その解釈で構わない。つまりは機体の動きを左右することになるわけだ。お前ら、この間話した『処女ビッチ会長事件』のことは覚えているか?」

 

「あぁ…七瀬の部屋に裸エプロン姿の女の人がいてその人の機体が『ステルス装備』を持っているからくすぐって拷問して装備を貰ったってやつ?」

 

「それだけ聞くと超クソ野郎だな俺は。あと裸エプロンではない。一応下に水着を着ていた」

 

「こんなこと言うのもなんですけどー、裸と大して変わらないんじゃないかな~?」

 

本音は自分の身内のことを思い出しながら言う。更識楯無は彼女にとっての主でもあるからだ。

 

「で、そのときだ。あの会長、ステルス装備がなくなって身を隠しながら廊下を歩けなくなったから一応水着の上から俺の予備の服着せて帰らせたんだが…何かを落としていったのだ」

 

「ゲームでモンスターを倒したときのドロップアイテムみたいだな…」

 

一夏が呆れながら言う。

 

「落としていったのはあるデータが入ったメモリーカードだった。それを解析してみたら驚くべきことに会長の機体のOSデータだった」

 

「この先の展開がわかりましたわ」

 

「その素晴らしいデータに俺は感動した。あの会長もただのビッチじゃなかったんだと。この機体を開発するにあたって俺の元にやってきた鴨……ではなく天使だったのだと」

 

七瀬はあろうことかそのOSのデータを表示した。そう、この男、そのデータを目の前の機体『エクス・トルーパー』に組み込んだのである。

 

「俺はこのデータを必死に組み込んだ。…そして気がついた」

 

七瀬は機体のスペックデータを見せた。そして全員がそのスペックデータを凝視する。

 

「これは…!?」

 

「どうしてこうなりましたの…?」

 

箒とセシリアが困惑する。明らかに訓練機が有するスペックを越えているのだ。

そしてこの機体のスペックが改造以前の原型を留めていない理由を語った。

 

「OSだけ第三世代のものを使ったせいで機体のリミッターがほぼ全て解除された状態になっているのだよ」

 

ISのリミッターを全て解除するということは機体の持つ力を越えて操縦するということである。

例えばバーニアを増設して飛行時間を長くしたとすれば通常伸びた筈の時間より多く飛行時間が伸びるということになる。

 

「そして改造して手に入れた機体の飛行時間、それを第三世代のOSで手に入れた反射能力と思考の融合。まさに超人と呼べる力を手にした兵士を体現したような性能になったために付けた名前が『エクス・トルーパー』、『超兵』という名前になったわけだ」

 

「果たしてガンダムOOを知らない人が今の話についてこられるか不安なところだな」

 

「『超兵』を『エクス・トルーパー』と呼ぶのは自分でも中二病っぽいと思ったがな。…それよりも、OOは知ってるのか、篠ノ之よ」

 

「姉さんが見ていたのを思い出した」

 

「君に姉さんがいるのか」

 

七瀬が箒に姉がいることを知ったのはこのときだった。といってもこの面子の中で箒に姉がいることを知っているのは一夏だけであったが。

 

「しかしOOとはな。そのお姉さんと今度ゆっくり話がしたいものだ」

 

「………」

 

一瞬箒の表情が暗くなったのを見た七瀬はこれ以上詮索するのはやめた方がいいと思い、話を変えた。

 

「しかしよかったよ。他の企業から専用機の勧誘を断り続けて。…これで俺はあと10年は戦えるな」

 

「10年もこの子と戦うってことは7年留年することになっちゃうよ~?」

 

「おっと、それは嫌だな」

 

訓練機であるこの『エクス・トルーパー』を10年も使えば必然的に10年学校に残らなければならなくなる。

この機体を訓練機と呼べるか否かは別として。

 

「そういえばさっきの生徒も噂していたが、また企業からの話を断ったのか?お前は」

 

「あぁ。今回は倉持技研(?)とかいう企業だったな」

 

倉持技研。日本のIS研究のほとんどを行っている企業である。ちなみに日本の量産機、打鉄を開発した企業も倉持技研である。

 

「これで何件目~?」

 

「23件目だ」

 

白式の整備パネルを操作しながら質問してきた本音に平然と答える七瀬。

 

「ちなみに今回断った理由は~?」

 

「出してきた機体がピンとこなかった。俺のタイプに合わない機体だった。以上」

 

「おぉ~…あずさんを攻略するのは大変そうだよ~」

 

本音はそんなことを言いながら操作を終え、休憩スペースである机に置いてあったホットココアを飲む。ときどき茶請けとして用意されていたクッキーを幸せそうに口に運ぶ動作が可愛らしく、先ほどまで一夏と七瀬に説教をかましていた箒までもが表情が柔らかくなっていた。

 

「倉持技研というと一夏さんの白式の開発元でしたわね。そこならば東さんの望む機体とまで言わずとも、欲している技術くらいは手に入るのでは…?」

 

「まぁ、確かに俺が欲している技術が機体に積まれていた。『マルチロックオン』に『リボルバーブースター』。どれも今すぐにでも欲しい技術だった」

 

「ひゃあほうひへ(じゃあどうして)~?」

 

「まずは口の中を空にしてからにしよう。むせるぞ」

 

七瀬が言うと本音はクッキーをゆっくりと噛んでから飲み込みリスのように膨らませていた頬を縮めた。

そして七瀬は茶請けとして持ってきたクッキーの山が消滅していたことに驚愕する。箒とセシリアも口をモゴモゴと動かしていたことから犯人は明確である。二人も甘いものは嫌いではないらしく七瀬は安心した。

 

「んくっ…じゃあどうして~?」

 

「なんと言うべきかねぇ…あれは俺のために造られた機体ではなかった、そんな気がしてならなくてな」

 

「けど、七瀬のために持ってきた機体なんだろ?それなら七瀬の戦い方に合わせた機体を造るのが普通なんじゃ…」

 

「そのはずなんだがな。だからこそおかしいと思った」

 

「ちなみに…もぐ…専用機を渡す目的は……もぐ…なんだったのだ?」

 

「篠ノ之、君も食べ終えてから話したほうがいい」

 

七瀬は本音のときと同様に箒に言う。

以前の箒ならこんなことはしなかったはずである。一体どこで道を踏み外してしまったのか。

 

「…で、専用機を渡してくる目的だったか?織斑と同じで男性操縦者のデータの回収は勿論だが、もう1つ変わった理由があるらしい」

 

「それはなんですの?」

 

「今後その機体を改造して得られたデータの一切を提供すること、だそうだ。なんでもその機体、完成してないから俺が手を加えて完成させろとのことでな」

 

「なるほど。東さんのデータを回収するだけでなく、これを機に開発にも貢献させようということですわね」

 

七瀬が打鉄・零式を設計したことはIS委員会を通して企業に知れ渡っていた。

そのため一応企業からの注目はあるのだが、一部の企業や学園の生徒からは本音に頼りきりで自分が開発したことに仕組んだ卑怯者という扱いを受けていたりする。

 

「それであずさんは今回はどんな機体をフったのかな~?」

 

「告白を断ったかのような言い方はやめてくれないか。される日など来ないだろうから余計虚しくなるだろう」

 

七瀬は機体のスペックを思いだしながらロボットを語るときの輝いた目に変わる。

 

「ふむ…マルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイルによる攻撃を主軸とし、そして脚部に搭載されたリボルバーブースターによる細かい旋回飛行動作が可能になった機体だった。武器の薙刀にはロマンを感じたな。名前は確か………」

 

 

 

 

 

 

 

「打鉄弐式(うちがねにしき)といったか」

 




思考と反射の融合、それが真の超兵だ!! byハレルヤ。

簪を2組にした理由は鈴と簪だけ1組じゃないというのがかわいそうというのと一夏グループと過ごしているとき以外はどうしているのか不安になったためです。ようするにぼっt(自主規制)にならないか不安だったからということです。

今回もありがとうございました!ロボット愛を込めた熱い感想や高評価、お待ちしております!!


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二人目の幼なじみ

遅れて申し訳ありませんでした。
本日もう一話投稿しますのでそちらで高評価の礼文もさせていただきます。


「東君、頼まれてた本見つかったよ」

 

「本当か。ありがとう」

 

朝、教室にて七瀬は鷹月から本を受け取った。

もはや図書館といっても過言ではない、広すぎる図書室を全て記憶している彼女は七瀬が探していた本を探してきてくれたのだ。

 

「300番の棚にあったよ。誰かが読んだあとにもとの場所に戻さなかったみたい」

 

「300番……まだ俺がノートに記載しきれていない棚だ。早急に記載しておかなければ…」

 

七瀬はいつまでも鷹月に頼りきりではいられないと思い、図書室の棚の場所と置いてある本のジャンルをノートに記載しているのである。

 

「IS学園の図書室の棚は500番台まであるからね。それをノートに記録するのは時間がかかるんじゃないかな…?」

 

「しかし、いつまでもこうして君に探してきてもらうわけにはいかない。なにより、俺も覚えなければならないんだ。ISの知識を授業以外で手に入れるには自分から行動するしかないからな」

 

七瀬はついこの間もISの知識欲しさに視聴覚室に侵入し、生徒数の関係で余っていた2、3年生の参考書を盗みだすという行為を働いていたが、それだけでは飽きたらず、学園の図書室にある数万冊の本の知識までも求め始めたのである。

 

「本当は昨日の帰りに渡そうと思ったんだけど、東君昨日は先生に連れてかれちゃったから。何かあったの?」

 

「いやなに商談…いや、個人的な相談をしていただけさ」

 

昨日、千冬に呼び出された七瀬はIS委員会との商談の内容のひとつであった『打鉄零式』とその改修機の受け取りに行っていた。受け取りといってもアリーナまで機体を運んでくれた委員会の総技術管理長であるエリック管理長から機体の説明を言われただけであるが。

 

「相談…?何か困ってることがあるなら言ってね?私なんかが力になれるかは分からないけど、話を聞くことくらいはできるから、ね…?」

 

「(すげぇ罪悪感)」

 

嘘を本気にされたあげく、心配までされてしまい、罪悪感で満たされる七瀬。

だが、彼女の優しさに触れた七瀬は少しばかり嬉しそうでもあった。

 

「女神様…」

 

「そ、そんなのじゃないよ!」

 

両手を体の前で振りながら否定する図書室の女神様は今日も健在であった。

 

「そ、そうだ!それと、今回みたいに本を見つけたときとか先に連絡しておきたいから東君の連絡先教えてほしいんだけど…いいかな?」

 

「連絡先というと…L◯NEか?」

 

「うん」

 

七瀬は快くわかったと答えたかったが、それはできなかった。とある理由があるからだ。

 

「あ~…それはなんというか、その…」

 

「や、やっぱり、いきなり連絡先なんて迷惑だよね…ごめんね」

 

「いや!そんなことは決してないんだ!だが、その…」

 

断られたと思い込ませてしまったために七瀬は必死に理由を告げようとする。

 

「俺はLI◯Eをやっていないのだよ…」

 

「え…?えぇっ!?」

 

これには流石に鷹月も驚きを隠せずにいられなかった。

今時、学生でLIN◯をやっていないなど聞いたことがなかったからだ。

七瀬は唯一の家族である姉以外に連絡する相手がいないために電話以外の連絡アプリは片っ端から消しているのである。彼にとっての携帯は電話をするか、インターネットを開くための道具か、目覚まし時計でしかないのである。

 

「そ、そっか…それじゃあ仕方ないよね」

 

鷹月は仕方なく諦めようとした。

だが、そんな彼女を見た七瀬はこんなことを提案していた。

 

「電話番号とメールアドレスくらいなら持っているんだが…それでもいいだろうか?」

 

七瀬は今は使われることすら少ない、はじめからインストールされているアプリの連絡先を教えようと考えた。

 

「えぇっ!?それこそ教えて貰っていいの?」

 

「構わないが」

 

「ちなみに東君の連絡先を持ってる人っているの…?」

 

「…今思えばいないな」

 

「織斑君とか布仏さんは?」

 

「運がいいことに二人とも部屋が隣だから連絡はしないな。更に言うならば放課後とかもISを弄ったり手伝ってもらったりして一緒に行動してるから不要だと思ってる」

 

「そうなんだ…」

 

鷹月は七瀬の連絡先がある意味貴重なのではないかとそんなことを思うのだった。

 

「(考えてみれば、私の携帯に男の子の電話番号が入るなんて初めてだなぁ…)」

 

鷹月は七瀬の連絡先を電話とメールに登録している最中、最近はあまり使われないアプリであるために少しばかり不思議な気分になっていた。学生の友達というと◯INEは持っていても電話番号やメールアドレスは持っていないというのが大半であるが、今回の場合は逆だ。電話番号やメールアドレスのやりとりとなるとそれこそ、現代における学生の、友達という関係の人がするものなのかと考えると不思議だった。

 

「ところで、電話番号やメールアドレスの登録とはどうすればいいんだ?」

 

普段はISという精密機械を弄り回している七瀬が携帯という簡単なものを使いこなしていない不器用さに鷹月は笑みを溢すのだった。

 

*********************

 

 

 

「聞いたか織斑、二組に代表候補生が来たらしいぞ」

 

「えぇっ!?こんな時期にかよ…タイミングが悪いぜ…」

 

「あぁ。だからこそ伝えた」

 

一夏はこのクラスの代表である。クラス代表は生徒会の定期会議の出席等の他に、もうじき行われるクラスリーグマッチに参加することを義務づけられている。

つまり、この学園においてクラス代表になるということはそれ相応の実力を持っているということである。その一方で一夏がクラス代表にされた理由は珍しい男性操縦者であるからというだけで代表にされている。他の代表と一夏の力の差は歴然である。

 

「ただでさえ力の差があるのに敵が強くなったときたら、流石にお前も余裕はないか」

 

「最初からないよ!!そんなもん!」

 

涙目になりながら叫ぶ一夏。

そんな悲痛な叫びを上げる一夏とは反対に七瀬の表情は笑っていた。

 

「(また代表候補生が増えるとは。機体はどんなものか、今から楽しみで仕方がないな)」

 

七瀬がそんなことを考えていると、教室のドアが勢いよく開いた。

 

『頼もー!!』

 

そんな声がドアの開閉音と共に聞こえてきた。

その声の大きさにクラスメイト全員がドアの方に視線を向けた。

 

『織斑一夏はいる?宣戦布告に来たんだけど』

 

「(相手の安否も確認せずに先に用件を言うか?普通)」

 

七瀬がドアを開けて入ってきた少女を見たときに初めて思ったことはそれだった。

 

「鈴…?お前、鈴か!?」

 

「そうよ!…久しぶりね、一夏」

 

「(あぁ…こいつの身内か)」

 

こういった常識はずれの少女は基本、一夏の身内である。IS学園にきて七瀬が学んだことのひとつであった。

 

「(篠ノ之にせよ、織斑先生にせよ、どうしてまぁこいつの身内は顔が整ってる女性ばかりなのかねぇ…)」

 

そんな柄にもないことを思った自分に嫌気が差す七瀬。

 

「本当に久しぶりだな!学園にいるなら連絡くらいしてくれればよかったのに」

 

「最近転入してきたのよ。本国で色々手続きが遅れて──って、そんなことはどうでもよくて!」

 

「?」

 

「久しぶりに再会した幼なじみよ!何か他に言うことがあるでしょーが!」

 

「言うこと?」

 

「あたしの姿見てなんか思うことない?ほら!」

 

「う~ん……」

 

二人のそんなやりとりを見て七瀬は察した。

 

「(もしや、あいつも織斑に?…また面白くなるな)」

 

人の恋愛事情を見て楽しむこの男は一度馬に蹴られて死んだほうがいいのかもしれない。

 

「背、少し縮んだか?」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

「じゃあ伸びた?」

 

「中学時代から一センチも変わってないわよ!っていうか身長以外はないの!?」

 

「う~ん…じゃあ大人っぽく──もなってないよな?」

 

「……あんた、喧嘩売ってんの?」

 

「「………」」

 

二人は一度黙る。そしてお互いを見合ってから硬くなっていた表情を崩した。

 

「このやり取り、やっぱり鈴だな。何も変わってないよ、昔から」

 

「ほんと、このやり取りだけで私の知ってるアンタも変わらないんだって実感できるわ。…特に鈍感さが」

 

二人のこのようなやり取りは中学時代、二人のクラスの名物コント(痴話喧嘩)として有名になっていた。それは今においても変わることはなく、二人にとっては暖かいものであるようだ。

 

「連絡してないのは悪かったけどそういうアンタこそ、ISを動かしたなんて大事なことをどうして言わないのよ。ニュースで見たときビックリしたじゃない」

 

「いや、あのときは俺も突然のことすぎてさ。しばらく国の人に隔離された上に一切の連絡も禁止されてたんだぞ?そりゃあ俺だってお前や弾に真っ先に連絡しようとはしたさ」

 

「なんでそこで弾が出てくるのよ!あたしにしなさいよ!」

 

「一緒に高校見学まで行ったんだぞ?俺だけいきなり進路変更することになったら、あいつと打ち合わせしていた高校見学まで中止になるわけで…」

 

「あたしと弾どっちが大事なの!?」

 

「そんなの決められるわけないだろ!」

 

この発言によりクラス中がざわついた。

 

「(弾、ということは男か…?一夏…お前まさか同性に興味が…!?いや、そんなことよりあの女は誰なんだ!?一夏と随分親しそうだが…)」

 

「(一夏さん…あぁ、どうか嘘だと言ってくださいまし…!)」

 

「(こりゃやっちまったな織斑)」

 

「(おりむーだいた~ん)」

 

一夏の同性愛者疑惑が浮上する中、再び教室のドアが開く。

そして入室してきた人物は静かに鈴音へと近づいていく。

 

「おい」

 

「なによ、大事な話を───」

 

「ほう、教師に反抗を見せるとは、随分と度胸のある転校生がきたものだな」

 

「ち、千冬さん…」

 

鈴音は睨まれただけで引き下がる。いくら彼女といえど、世界最強の千冬には敵わないようである。

 

「自分の教室に戻れ。授業を始められん」

 

「は…はいぃ……またあとで来るから、逃げないでよ一夏!」

 

彼女はそう言い残すと去って行った。

突然現れては大きな爪痕を残し(一夏の疑惑で)、それだけ済ませると去って行った。まるで嵐のような少女であったとクラス中がそう思ったことだろう。

 

「本日の最後の授業は二組と合同でISの基礎実習を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。解散!」

 

千冬がそう言うと生徒は着替えを始めようとする。

 

「七瀬、急いでここから出るぞ!」

 

「了解した」

 

実習があるたびに二人は部屋を出なければならない。

自分たちが部屋を出なければ女子たちが着替えられないので急いで教室を出る。そしてアリーナにある更衣室で着替えているのだが……

 

「…今日は盗撮のカメラないといいな。織斑」

 

「勘弁してくれ…」

 

その更衣室にも危険がいっぱいだったりする。

数日前は七瀬のロッカーに、そして先日は一夏のロッカーに盗撮が目的と思われるカメラがあったのだ。

 

「(織斑はともかく、俺を盗撮する物好きなど一人しかありえん)」

 

七瀬は、先日自分の部屋に侵入していた痴女が頭に浮かんだ。

 

「(あの処女ビッチ会長…次、俺の前に姿を見せてみろ。今度は身ぐるみ全部剥いでやる)」

 

更衣室に移動しながら、七瀬は自分のロッカーにカメラを仕掛けたであろう者への復讐を決意したのだった。

 

************************

 

 

 

「本日は戦闘を実演してもらう。誰か我こそはという者はいないか?」

 

アリーナに集まった一組、二組の専用機持ちも名乗り出る者はいなかった。

 

「あぁ、一応言っておくが対戦相手は私ではない。なんなら生徒同士の対戦でも構わないぞ」

 

千冬がそう言うと生徒は胸を撫で下ろした。

だが、それでも教師が相手である以上、下手に勝負を挑めばたこ殴りにされるのは目に見えているからだろう。

 

だが、千冬の後ろでラファール・リヴァイヴに搭乗し、実演の準備をしていた山田先生が今にも泣き出しそうな顔になっていたのを一夏は見逃せなかった。

 

「俺、やろうかな」

 

そう思って一夏が手を挙げようとしたときだった。

一夏の手を引き留めた者がいた。

 

「なんだよ箒」

 

「やめておけ。お前はクラスリーグマッチを控えている。二組の代表もいる前で力を見せるのは危険だ」

 

「…そうだな。分かったよ」

 

一夏は手を降ろした。

仕方ないと呆れた千冬は生徒を指名した。

 

「…東、お前でいい。前に出ろ」

 

「自分、専用機持ってないっすよ」

 

「お前がいじりまわした機体があるだろう。それを使って構わん。持ってこい」

 

「了解」

 

七瀬は千冬に促され、機体を取りに向かった。

 

「(あれ~?あずさん、今笑ってた~?)」

 

七瀬が機体を取りに行く際、口元が緩んでいたのを本音は見逃さなかった。

 




もうひとつ投稿するのが七瀬VS山田先生です。
では、仕事に備えて寝ます。

今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた感想や高評価、是非是非お待ちしております!


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Core Connect Error

連続投稿2話目です!
新たに高評価をくださった
ビグ・ランクさん、シニー・フェレライさん、
にけさん、yuuki7611さん、禅吉さん、シューティングスターフォールダウンさん、ゼオンさん、ネッシーさん、ありがとうございます!

投稿が遅れていた原因である余り物改造ガンプラの画像を後書きに添付してありますのでよければそちらもご覧ください


「また戦うことができて光栄です。山田先生」

 

「東君と戦うのは入試のとき以来ですね。よろしくお願いしますね」

 

「は、はぁ…これはご丁寧に……」

 

 アリーナの空中にて二人は試合の準備をした。

 山田先生の機体はラファール・リヴァイヴの教師仕様、対する七瀬側は超兵の和名を持つ機体、『エクス・トルーパー』である。

 二機とも万全の整備状態でその力を使われるときを待ち望んでいた。

 

「ねぇ一夏。アンタどっちが勝つと思う?」

 

「そうだな…って鈴!?なんでここにいるんだよ!二組は向こうの席で観戦だろ!」

 

「だって簪が二人の機体データを採取するって言って構ってくれないんだもん。それに今は織斑先生もいないんだからいいでしょ」

 

「あとで怒られても知らないからな?」

 

「で?アンタはやっぱりもう一人の男が勝つと思うの?」

 

 鈴の問いかけに一夏は少し考えてから答えを出した。

 

「いや、多分勝つのは山田先生だと思う。どれだけ健闘できるかが問題だ…ってさっき七瀬が言ってたんだけどな」

 

「ふ~ん」

 

 この学園に来たばかりの鈴には解らなかった。なぜ簪がそこまで彼の機体が気になるのか、なぜ一夏が先程の勝敗の問いに一瞬考えたような素振りを見せたのかを。

 

『それでは両者、試合を開始せよ』

 

千冬のアナウンスで試合が開始される。

 

「行きますよ、東君!」

 

山田先生はその手に51口径アサルトライフル『レッドバレット』を構え、七瀬に放つ。

 

「どれ、実機試験開始と行くか!」

 

 七瀬は回避行動を取ろうとエクス・トルーパーのブースターを吹かす。

 すると、ブースターは青い炎を巻き上げて爆発の反作用によるすさまじい加速力を得た。

 

「ぐぅっ!?」

 

 一瞬で七瀬の視界が変わる。

 ほんの数秒前まで目の前に山田先生がいたはずなのに視界が一転し、今の七瀬はアリーナのシールドバリアの壁に叩きつけられていた。

 

「(この加速力…俺の体の負担を全く考えてないな)」

 

 エクス・トルーパーのデータの多くには、処女ビッチ会長こと更識楯無の機体である『ミステリアス・レイディ』のデータが使われている。

 無論、それは加速力やブースターの出力も含まれており、七瀬が体験したこともない第三世代の機体の瞬間速度を発生させたのだ。

 

「(データやOSが要求してくる機体スペックに機体の完成度が達していない…覚悟はしていたが、リミッターがないとこんなにも扱いづらくなるのか!)」

 

「あ、東君!?大丈夫ですか!?」

 

 山田先生が心配して静止する。

 

「大丈夫です。戦えます」

 

 七瀬は返事を返し、すぐに壁から離れる。

 

「(今からデータを調整する時間も技術もない。なら、乗りこなすしかあるまい!)」

 

 七瀬は機体の状況を確認するべくして装備を試しに呼び出す。

 

「来い、『レイジ・スパイク』!」

 

 『レイジ・スパイク』。エクス・トルーパーに新たに追加された近接格闘用サーベルである。

 七瀬は武器が呼び出せることを確認すると山田先生のラファール・リヴァイヴに向かって突撃する。

 

「(速い!こんな機体が本当に第二世代の改修機!?)」

 

 アサルトライフルでは対応できないと悟った山田先生は近接格闘用の短剣を展開して刺突を防ぐ。

 

「相手に喰らい付いた状態なら!」

 

 山田先生とつばぜり合いになる中、七瀬は機体のブースターを吹かす。

 ブースターから青い炎を出しながら山田先生のリヴァイヴを押していく七瀬のエクス・トルーパー。

 だが、それで終わるほどこの学園の教師は甘くない。

 

「スピードが速い分、コントロールが上手くできていませんよ!」

 

「なっ!?」

 

 山田先生はスラスターの一部だけを吹かし、コントロールの利かない速度で押し合っていた七瀬の機体を受け流した。

 

「なんとぉぉぉぉぉっ!?」

 

 受け流された七瀬はそのまま、アリーナの壁に向かって回転しながら突っ込んでいく。

 七瀬が突っこんでいく場所、その先にはクラスの観戦席から離れて一人でこの試合を観戦していた生徒がいた。

 その生徒は試合の解析に使っていたものであろう端末を落とし、その顔を恐怖に染めていた。アリーナの壁のシールドバリア越しではあるものの、自分よりも巨大なISが向かってくれば当然の反応だろう。

 

「(このままではまた壁に…!)」

 

 壁越しに恐怖に怯える少女を目の前に、七瀬は壁に機体の足を向けた。

 

「ぐうぅっ…!」

 

 機体の加速力と壁に板挟みにされた脚部のフレームと装甲が軋みを上げる。

 その圧迫力はフレームの中の七瀬の足にまで影響していた。

 

「上がれぇぇっ!」

 

 七瀬は一度ブースターを切り、脚部フレームに僅かに仕込まれている補助筋肉の恩恵を受け、壁を蹴って跳躍する。そして、跳躍した瞬間に再びブースターを吹かして飛翔した。

 

「『ヘリオス』、展開!」

 

 アサルトライフル『ヘリオス』を瞬時に呼び出し、それを放ちながら七瀬は飛ぶ。

 

「(次の壁までの距離、残り50m…)」

 

 再びさっきとは向かい側の壁に向かっていく七瀬。そして壁との距離が縮まったとき、七瀬は再び壁を蹴って飛翔した。

 

「(駄目だ。まだタイミングが遅い!蹴るときに壁との距離を離さなければ機体のフレームが壊れる!)」

 

 壁を蹴り、加速した七瀬は山田先生に再び近づき、アサルトライフルのアンダーバレルに装備されているグレネードランチャーを発射する。

 だが、山田先生の対応は迅速であった。イグニッションブーストに匹敵する速さで動きながら攻撃を仕掛けてくる七瀬の機体を目で捉え、発射されたグレネードを瞬時展開したハンドガンで撃ち落とした。

 

「いくら速くてもこれなら!」

 

 山田先生はグレネードを撃ち落とすと同時に巨大なミサイルランチャーを展開する。その巨大な砲台から放たれたミサイルの大群は七瀬の機体を追従するように追い回す。

 

「誘導ミサイル…ここまで追い回すことができるとは!」

 

 ひとつひとつが小さなミサイルであるが、大量の数のそれを喰らってしまえばいくら七瀬の機体とて持ちこたえることは難しい。

 これらを避けるだけでさえ、精一杯であった七瀬に更なる攻撃が加えられる。

 

「そこです!」

 

 山田先生は、ミサイルを回避しながら撃ち落としていく七瀬に大火力のロケットランチャーで射撃する。

 

「(こっちを撃ち落とすだけでも精一杯だというのに…!)」

 

 追尾ミサイルを撃ち落としていた七瀬は腰部から取り出したバリスティック・ナイフの刃の部分を飛ばしてロケットランチャーの弾頭を爆破させた。

 七瀬が本機に刃の部分を飛ばすことができるバリスティック・ナイフを採用した目的は攻撃はもちろん、防御手段としても使えるためである。

 だが、山田先生の射撃の防御に気を取られていた七瀬は追従してきたミサイルの雨に打たれることとなった。

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

 七瀬はミサイルの雨に打たれ、爆炎の中に飲み込まれた。

 数人を除いた全員が試合の終了を確信した。一夏の隣で観戦していた鈴音も試合の終了を確信したその一人であった。

 

「あーあ、もう終わっちゃった。機体もそうだけど操縦も無茶苦茶ね、アイツ。決められた操縦モーションに従おうともしないなんて」

 

 七瀬の操縦を見た鈴音がそう呟く。

 代表候補生として高い操縦技術を持つ彼女にとって、七瀬の操縦は目に余るものであったようだ。

 

「なぁ、鈴って代表候補生なんだよな…?」

 

「なによ、藪から棒に。そうだって言ったじゃない」

 

 一夏の問いにそう答える鈴音。

 その答えを聞いた一夏は頭を押さえてため息をついた。

 

「たくさんの修羅場をくぐり抜けてきた鈴でも、七瀬みたいなやつはいないのかぁ…ほんと、普通なんだか規格外なのかわからないぜ、七瀬は」

 

「それどういう意味よ」

 

「ほら、見てみろよ」

 

 今度は鈴音が一夏に問いかける。その問いに一夏は試合が終了したはずの場所を指差すことで答えた。

 鈴音がその場所を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「各部の反発爆破装甲の機動を確認、および機体のダメージレベルをCと確認。なら、まだやれる!」

 

 そんな声が爆炎の煙の中から聞こえた。

 やがて煙が消えていき、倒れたと思っていた機体の姿が現れる。

 

「(嘘…!?なんでまだ立っていられるわけ!?)」

 

 鈴音はアリーナのシールドバリアに張り付いてその場所を見つめていた。

 

「(あれだけのミサイルを喰らって助かるわけがない…ならどうして──)」

 

 鈴音は爆炎の煙から現れた七瀬の機体を見る。

 すると、半壊している機体の、一部の装甲のみが綺麗に跡形もなく消えていたことに気がつく。

 

「(あれだけのミサイルが命中してあんな綺麗な壊れかたはしない。…まさか、リアクティブアーマー!?けど全身の装甲がリアクティブアーマーの機体なんて聞いたことないわよ!?)」

 

 驚く鈴音とは別に隣で頬杖をついて観戦している一夏。

 それを見た鈴音は一夏に怒鳴る。

 

「なんでそんなに平然としてるのよ、アンタは!!」

 

「いや、もういつものことだし。それにあの機体の改修、俺たちも貢献したからあの装甲のことも知ってるし」

 

「機体の改修!?アンタ、自分たちだけで機体の改修をしたっていうの!?」

 

「あぁ。のほほんさんの技術やアイツの執念は凄いだろ?それに比べて、俺なんて自分の機体を理解するだけでも精一杯さ」

 

「アンタも自分の機体を整備できるの…?」

 

「まだひとりではできないけど、順調に覚えてるところだ」

 

 一夏のその言葉を聞いた鈴音は、この学園の生徒が持つ技術の高さを思い知らされる。

 

「(あたしは整備なんてできないのに…この学園にいる生徒はあんな奴らばかりだっていうの…?)」

 

 鈴音はアリーナで戦う彼に再び目を向けた。

 フレームの一部から火花を散らしながら、それでも尚、稼働し続ける半壊した機体。爆破に失敗したのであろう装甲がところどころ残っていた。

 既に満身創痍であるはずの機体がなぜまだ動けるのか、代表候補生である鈴音にも分からなかった。

 

「まだ行けるか、エクス・トルーパー。ならば、超兵の和名を冠するお前の力、もっと俺に見せてくれ!!」

 

 七瀬は普段の生気が宿っていない目とは違う、ロボットに乗っているときの輝いた目で機体に向かって叫ぶ。

 すると、機体のフレームが七瀬の体に合わせてスライドし、完全にフィットする。それはフォーマットとフィッティングと呼ばれる専用機の初期動作だった。

 

「この現象は…オルコットと戦った打鉄・零のときと同じものか…?」

 

 本来、原型が学園の訓練機であるエクス・トルーパーは

フォーマットとフィッティングは行われない。訓練機であるために操縦者との同調率も、引き出せる力も制限されているのだ。

 だが、それを無視して起こるこの現象は七瀬自身にもわからなかった。

 

「(ようやく枷のひとつが外れたか。だがされど、山田先生と対等には戦えまい。ならば…)」

 

 七瀬は整備用の空間投影型ディスプレイ出し、飛翔しながら機体のコアから送られてくるデータをもとに命令を下す。

 

「(脚部PIC干渉領域誤差調整、脚部ブースターを5プラス、背部ブースターを8マイナスで再点火。破損ブースターの機体フレームからのエネルギー装填を停止。保存領域内データファイル『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』から空間投影レティクルのファイルをコール、拡張領域内に保存。ヘッドマウントディスプレイにバイザーを装着。ヘッドユニットバイザーに照準サポートを表示。バイザー表示照準サポートと空間投影レティクルをリンク…完了。空間投影レティクルを表示。保存領域内データファイル『ミステリアス・レイディ』から『蒼流旋』刺突実戦データをコール、空間投影レティクルのデータにコネクト。ファイル名『刺突レティクル』を保存領域に保存。保存領域内データファイル『ラスティー・ネイル』斬撃実戦データを『刺突レティクル』のデータにコネクト。これより『エクス・トルーパー用サーベル攻撃補助プログラム』として保存、およびヘッドユニットバイザーに表示。不要になったコネクトデータを消去、完了)」

 

 専用機となったISから送られてくるデータは訓練機の比ではなく、七瀬の頭に負荷がかかる。

 だが、その恩恵によって人間離れした速さで専用の補助機能をプログラミングすることができた。

 

「(あぁ、これを俺が操作している!このような人間離れした操作をこの俺が!!)」

 

 送られてくるデータの結合の承認と起動以外は機体が思考して行ったものだが、その膨大な量のデータが何を意味するものなのか一瞬で見極めるのは困難である。ましてや、機体の飛行を行いながらならば尚更だ。

 それをやってのけるあたり、この学園で着けられた『弾丸まで作る変態ビルダー』の異名は伊達ではないようである。

 

「来い、『レイジ・スパイク』」

 

 七瀬はサーベル『レイジ・スパイク』を再び展開し、山田先生の機体に接近する。

 

「これ以上学園の機体を傷つけるのは気が進みませんが…いきます!」

 

 山田先生はアサルトライフルを二丁拳銃で持ち、突撃してくる七瀬を迎え撃つ。

 

「(二丁拳銃とは…まだそんな隠し手を持っていたか。…だが!)」

 

 七瀬は自身の目を覆い隠しているバイザーに表示された通りにサーベルを振るう。

 システムに従いながら、山田先生の放った小さな弾丸を細いサーベルで跳ね退けて接近していく。

 

「このシステムはいいものだ!!」

 

「きゃあっ!?」

 

 山田先生に接近した七瀬はそのサーベルで山田先生の片方のアサルトライフルを貫く。

 アサルトライフルが爆散を起こし、山田先生の周囲を煙が覆った。

 

「え…?東君はどこに──」

 

 一瞬の間に姿が見えなくなった七瀬。

 山田先生がハイパーセンサーで七瀬を探そうとしたそのときだった。

 山田先生の背後で爆発が起きた。

 

「うぅっ!!」

 

 背部のウェポンラックが備え付けられたウィングを破壊され、地面に落下していく山田先生のラファール・リヴァイヴ。

 山田先生が空を見上げると、そこには両手にロケットランチャーを持った七瀬の姿があった。

 山田先生が視界を失った一瞬でイグニッション・ブーストを使い、山田先生の背後からロケットランチャーを放ったのである。

 

「ようやく一撃を与えたか」

 

 七瀬は空中から地面に降り立ち、低空飛行のまま、山田先生の機体にアサルトライフル『ヘリオス』を放つ。

 

「(PIC発生部が破壊されて機体の力学バランスが悪くなっている…ですがまだ、ウィングをパージすれば!)」

 

 山田先生はリヴァイヴのウィング部をパージして脚部のPIC発生部のみで飛行を行った。

 このまま大破したウィングという重りを背負っていては機体の重量を支えきれなくなると判断したのだろう。

 

「(シールドエネルギーには余裕がある。…ずるい手段かもしれませんが、東君から接近戦に持ち込んでくるのを待つのが得策ですね)」

 

 今の七瀬はシールドエネルギーが僅かな状態だ。

 ならば、射撃の腕が自分よりも上である相手に遠距離で勝負は挑まないだろうと山田先生は考えたのだ。

 

「(遠距離で勝負するのはエネルギーの残りを考えるとキツいな。山田先生はこのことを見越しているだろうし。…死ぬな、このままでは)」

 

 七瀬はしばらく考えたような素振りを見せたが、すぐにサーベルを呼び出して行動に移した。

 

「今は考えても答えは出ない。活路はロボット愛の中にあり、だ!!」

 

 七瀬は機体のブースターを吹かして山田先生に接近する。

 

「(やっぱり速い!ライフルで弾幕を張ることができない!)」

 

 一瞬で山田先生の目の前まで現れた七瀬はその手に持っているサーベルで連続刺突攻撃を繰り出す。

 

「(なんて的確な攻撃!さっき東君がプログラミングしていたものってもしかしてこれの…!?)」

 

 山田先生は短剣を握り、七瀬の刺突をできるだけ防いだ。防ぎ切れなかった刺突がラファール・リヴァイヴの装甲に穴を開けていく。

 そして、七瀬がまたも刺突を仕掛けようと思ったときだった。

 

「これ以上はさせませんよ!」

 

「なっ!?」

 

 山田先生が投げた手榴弾が七瀬に命中し、爆発を起こす。

 

「(一体何種類の武器を収納できるんだ、あの機体は!)」

 

 ラファール・リヴァイヴは大容量のバススロットが備え付けられているために多くの武器を量子変換して収納できるが、その量は七瀬の予想を越えていた。

 七瀬が初めてISを動かしたのもリヴァイヴだったが、そのときは企業の不手際で武器が一種類しかなかったために本来の性能を発揮できていなかった。つまり、七瀬はリヴァイヴを理解しきっていなかったのだ。

 

「あぁ…!そんな一面もあるとは、益々欲しくなったぞ、リヴァイヴ!!」

 

 吹き飛ばされている中、山田先生が短剣を持って接近してきていることに気がつく。

 

「まだ終われん!その機体の更なる性能に俺は心を奪われた!!もっと、もっと知りたい!!」

 

 七瀬は吹き飛ばされる中、ブースターを吹かし、山田先生にサーベルを持って突撃する。そしてそれを短剣で防ぐ山田先生。

 以前のように、七瀬のサーベルと山田先生の短剣がつばぜり合いになる。

 

「強くなっていますね、七瀬君。入試で戦ったときとは別人のようです!」

 

「あのときは一撃しか与えられませんでしたね。なのに学年次席という結果は驚きましたよ」

 

 七瀬が学年次席ということは、七瀬のクラスの生徒は誰も山田先生に一撃も与えられなかったということになる。

 もちろん、セシリアと一夏は例外だが。

 

「ですが、私も先生として負けられません!それにこの子(リヴァイヴ)だって本気を出しきりたいと望んでいますから!」

 

「ほう。俺を相手に全てをさらけ出してくれるかリヴァイヴ!ならば、俺とエクス・トルーパーも限界以上の力を出さなければ失礼というもの!」

 

 七瀬はエクス・トルーパーのブースターを全開で吹かす。

 依然としてコントロールの利かない速さによる力が七瀬の体を押す。

 

「ぐうぅぅぅっ!?」

 

 七瀬は先程のプログラミングの中でブースターの出力を自分に合わせて調整したが、それでもこの機体の速度は七瀬に耐えられるようなものではなかった。

 

「調整してもこれか!…なら、あとはこの機体への愛だ!!」

 

 七瀬は思い切り歯を食い縛り、背中から押されるその力に耐える。背骨から鳴るはずのない音が聞こえはじめる。

 だが、戦況に変化はあった。

 

「(押されている!?東君、あの機体の速さをコントロールして…!?)」

 

 山田先生のリヴァイヴがアリーナの壁に向かって押され始める。

 

「これなら!」

 

 山田先生はこれ以上は押されまいと脚部のパイルバンカーを地面に突き刺して体を固定する。

 

「ところがぎっちょん!」

 

「!?」

 

 山田先生はエクス・トルーパーの両腰部の『バリスティック・ナイフ』がマウントしてあったウェポンバインダーを見る。目をやるとそこには、『パンツァー・ファウスト』がマウントされていた。

 

「(さっきまではなかったのに、いつの間に!?…まさか、今展開したんですか!?)」

 

 自分を押し潰すような力を反射しながら、量子化されているパンツァーファウストを呼び出すためにイメージを固め、思考する。そんな芸当ができる者はそういないだろう。

 …だが、実際はこの男が普段からロボットのことしか考えていないために武器のイメージが一瞬で固まり、すぐに武器を取り出せただけであり、あとは愛の名の元に機体の力に耐えていただけなのである。

 

「爆!散!」

 

 七瀬はパンツァー・ファウストのひとつをパイルバンカー、もうひとつを山田先生に向けて発射した。

 爆発によってパイルバンカーが壊れたところで七瀬は更に加速する。山田先生の機体が七瀬の機体に押され、アリーナの壁に向かって進んでいく。

 

「きゃあっ!」

 

「(この機体性能に影響している『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』のデータすごいよ!流石はミステリアス・レイディのお兄さん!!)」

 

 機体のデータを流用した事実上ではミステリアス・レイディの弟に当たるこの機体。

 そしてそのミステリアス・レイディの兄に当たる機体が『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』である。

 その機体はもともと高いパワーを持っていたのだが、楯無がミステリアス・レイディに改修した際に扱いやすくするべくしてパワーを削られたのだ。

 だが、そのデータをそのまま使用した本機はそのパワーを失っていなかったのだ。

 

「どこかで見ているか、処女ビッチ会長さんよぉ!!」

 

 七瀬は見ているであろう楯無に向かって叫ぶ。

 

「これがアンタが切り捨てた『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』のパワーの…いや!

 

 

 

 

 

これが、超兵(エクス・トルーパー)の力だァ!!」

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 山田先生の機体がアリーナの壁に叩きつけられた。

 そして、七瀬が壁に叩きつけられた山田先生にサーベルを向けた。

 だが、その攻撃は届かずに終わる。

 

「ん…?なんだ?機体が……」

 

 七瀬の機体が突然、動作を停止した。

 七瀬が原因を調べようとした刹那、文字が空間に投影された。

 

「『Core Connect Error(コア・コネクト・エラー)』だと?」

 

 それは整備中、ISの機体とコアの同調率が低下した際に起きることがある『整備中に起きるエラー』である。

 

「(なぜ戦闘中にこのエラーが…?コアと機体の同調率が戦闘中に下がること自体がない筈だが…)」

 

 七瀬は今行ったことを思い出す。

 ブースターの出力を限界まで高めて山田先生の機体を壁に叩きつけられたこと、そしてその前の『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』のOSを起動し、パワーを限界まで上げたこと。

 それらがコアに与える影響についてを考えた末にある結論にたどり着いた。

 

「(どちらもコアから膨大なエネルギーを要求する動作…ということは、コアから機体へ送られるエネルギー伝達が間に合わなかったということか…?)」

 

 無限のエネルギーを生成するはずのISコア。それが一定時間で機体へ伝達するエネルギーに限界があるということが発見されたのはこの事件が初めてであった。

 

 アリーナには多くの生徒がいたが、この事件の真相が分かる者は七瀬の他には存在しなかった。

 七瀬がこの事実を伏せたためである。この情報が世界に衝撃を与えると見越してのことであった。

 

***********************

 

 

 

「(ISコアのエネルギー伝達の制限があったなんて…3つもの別のOSを搭載し、尚且つ並外れた速さとパワーを持つあの機体だからこそ気づけたのね…)」

 

 七瀬と山田先生の試合から数時間後のIS学園生徒会室。

 そこで深刻な顔でディスプレイを見つめていたのは、生徒会長である更識楯無であった。

 

「(念のため全てのデータに監視プログラムを組み込んでおいてよかったわ。データの流出元を突き止めるための機能だけど、こんなところで役に立つとは思わなかったわ)」

 

 楯無が七瀬の部屋に落としていったデータ。そこには監視プログラムが組み込まれており、そのデータを使って作られた機体の情報や場所を開示するという代物であった。

 

「(これからあのデータを利用した機体は全て監視プログラムに記録されていく。一部でも利用すれば、ね。)」

 

 楯無は罪悪感を感じながらもその機体の詳細情報を見ようとデータを開示する命令を端末に下した。

 すると、真っ先にデータに添付されていたファイルが独りでに開いた。

 

「(何かしら…)」

 

 楯無はそのファイルを開く。そこにはこう書いてあった。

 

 

 

 

 

  気づかないとでも思っていたか?

                  』

 

「!?」

 

 その一文を見た楯無の体から血の気が引いていく。

 心臓を掴まれたかのような、そんな気分になる。

 

    アンタは知りすぎた

                  』

 

 次々にファイルが変わっていき、内容もその文字を変えていく。  

 ホラー全般が苦手な楯無はこの僅かな文字だけで顔を青白く染めていく。

 そして、ザザッという機械的と共に、突然画面が砂嵐になった。

 

「(気づかれていたの…?初めから…?ならどうして機体にあのデータを搭載したの…?)」

 

 彼をよく知る者ならその単純な理由が分かるだろうが、このときの彼女にはまだ分からなかったようである。

 

「(え…?また通信…?)」

 

 砂嵐になっていたその端末をもう一度見ると、そこにはメッセージが送られてきていた。

 

『ps,

 コアの件は内密にしておいたほうがいい。

 アンタの家族や友人にも影響が及ぶ可能性がある』

 

 楯無はその追伸を見て少しばかり表情を和らげた。

 そして、生徒会室で独り、こう呟くのだった。

 

「...わかっているわ。それに、このことを公表しても無益な争いの火種になるだけだもの」

 

 楯無は、ISコアを研究材料に使っている国家や組織にこの情報を流出させまいとコアの秘密を守りきる覚悟を決めたのだった。




次回がクラスリーグマッチですね。
今回出てきた超兵は武器ジオン系、中身ハルートもどきというミスマッチな感じになってしまいましたが個人的には満足しています。

で、こいつが問題のガンプラです。


【挿絵表示】


【挿絵表示】


余っていたパーツを駆使してジムスナイパーベースでいろいろ張り合わせた結果がこれですよ。ジムなのにいろいろ盛りすぎましたね。
メイン武器はアサルトカービンと盾。そして盾にヒートナイフがマウントしてあります。
背部のエネルギータンクとビームスナイパーライフルはガナーザクウォーリアを参考に製作しました。
脚部装甲内部にはビームサーベルがマウントされています。
そしてこの機体、名前がないので募集したいと思います。何かいい名前があれば『ガンプラ名前募集』とある私の活動報告へよろしくお願いいたします!
こちらでは製作したガンプラの画像を添付していきたいなと思っています。

ジオン系改造機ばかり作っているので連邦系も改造機作るかと思ったのが始まりでした。その結果が投稿を送らせてしまい申し訳ありませんでした。
これからはできるだけ投稿と併用してできるように致します。


今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた感想、高評価、是非是非お待ちしております!!


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棘抜き

ビルドダイバーズのアヤメさんのプラモ発表されましたね。それもガチのやつが。
おっ始めようぜ!アヤメさんファン同士によるとんでもねぇ戦争(購入予約競争)をよ!

今回はロボット要素ありません(ロボットアニメネタがないとは言っていない)。
七瀬の周りの人間関係と彼の心境です。



新たに高評価を下さった
隠パルスさん、RAIVOさん、亞縷刃さん、すず塩さん、妹(国産)さん、seek09さん、arutaituさん、kou 00さん、爆弾さん、福霊さん、コーチマSPLさん、漆塗りさん、がるっちさん、ユキニティーさん、雪ん狐さん、byakheeさん、らりぞーさん、Ritoruさん、遺伝子の砂さん、トレミーさん、 8nekomaruさん、ヴィントさん、オヤカタRXさん、isiken0503さん
ありがとうございます!



「…で?なぜ夜中の11時なんかに俺の部屋に来たのか説明してもらおうか」

 

「らってぇ…一夏がぁ…一夏がぁぁ……わたひのぜいで…」

 

「はぁ……」

 

 とある金曜日の夜11時。七瀬は自室にてため息をついていた。

 夜中に突然、鞘に納められている木刀と真剣のみを持って七瀬の部屋に来ては泣き始めた彼女、篠ノ之箒が原因である。

 

「お前と織斑の部屋にいきなり酢豚女(?)が侵入してきて部屋を変われと言われたところだけは分かった。それとお前が泣いていることになんの関係がある?」

 

「…追い出された」

 

「はぁ?」

 

「だから、部屋から追い出されたんだ!!」

 

「理由を述べろ、理由を」

 

 それから七瀬は箒から一連の事件の詳細を聞いた。

 この間一組に宣戦布告に来た転校生、凰 鈴音が一夏と箒が同室だということにいちゃもんをつけてきたようだ。

 そして、箒と同じ幼なじみである以上、自分にも一夏と同室になる権利があるはずだと主張してきたらしい。

 

「まぁ、年頃の男女が同じ部屋ってのは俺もどうかと思うんだがな。わざわざ男性操縦者が二人いるというのに別々の部屋にする理由がわからん」

 

 山田先生曰く、部屋の調整をした先生が『男子を二人同じ部屋にしたら絡み合って【自主規制】してしまうから取り止めた』とのことだ。

 

「(とりあえずその先生は腐女子確定だな。関わらないのが懸命だ)」

 

 七瀬はそう心に誓うのだった。

 

「で、篠ノ之よ、今回の件の君の失敗はなんだと思う?」

 

「失敗…?」

 

「あぁそうだ。とんでもない失敗をしている」

 

 考えた素振りを見せる箒。

 だが、自分の失敗とは自分では気づきにくいもの。心の状態が不安定な今の箒の場合、尚更だった。

 

「それはな……凰と織斑に木刀を振り下ろしたことだ」

 

 七瀬にそう言われ俯く箒。

 鈴音に部屋を変われと言われたあと、自分をないがしろにしたように二人は部屋交換の話をし始めたらしい。

 無論、一夏も承諾はしていなかったらしいが。

 そんな光景を見た箒は自分には関係ないことだと言われているようで腹が立ったらしい。

 そのとき、偶然あった木刀を取り、鈴音に振り下ろしてしまったらしい。

 それに気づいた鈴音はISを部分展開して木刀を防ごうとしたのだが、それよりも早く一夏が鈴音を守るために腕で木刀を防いだらしい。

 当然、一夏も無事では済まずに腕を腫れさせてしまっていたらしい。

 

「本当は気づいていたんだろう?自分の失敗に。いや、考えなくてもこの失敗には気づけるはずだ」

 

「……」

 

「いや、認めたくなかったのか。自分の大切な人を自分で傷つけてしまったことを」

 

 そのあとだ。

 一夏を傷つけてしまった箒に鈴音が激怒したのは。

 

『出てって!!』

 

 傷つく一夏を見た鈴音は箒にそう怒鳴ったらしい。

 彼女もまた、箒と同様に一夏のことを大切に思っているが故に怒ったのだろう。

 そして自分が一夏を傷つけてしまった事実と、幼なじみという自分と同じ立場にいる筈なのに人としての格の違いを見せつけられ、それに耐えられなくなって部屋を飛び出して七瀬の部屋に来たらしい。

 

「だがな篠ノ之」

 

 七瀬の言葉に俯いていた箒が顔を上げる。

 ようやく二人の目があった。

 

「失敗には責任が伴う。その責任からは逃げることも忘れることも許されない」

 

「…っ!!だが、どうすればいい!?今の私は一夏に会わせる顔が──」

 

「簡単だ。織斑にもうこんなことはしないと誓うことだ。それがアイツに対してお前が果たすべき責任だ」

 

 普段と変わらずに淡々とした口調で告げる七瀬。

 だが、それを語る彼の目は真剣だった。

 

「だが、一夏は許してくれるだろうか…?こんな最低な私を…」

 

「本当に最低な人間というものは最初から自分の失敗を隠すはずだ。お前は自分が織斑を傷つけてしまったことを隠さなかった。それは自分の失敗を理解しているからだろう?」

 

「…慰めのつもりか?」

 

「俺は上辺だけの関係は嫌いだ。…だが、織斑や布仏、オルコットも含め、お前という一人の人間とはそんな関係ではないと思っている」

 

「…そうか」

 

 箒はそのとき思い出さされた。

 東七瀬という人間はこういう奴だったと。

 さっきまで自分に対して言っていた辛辣な言葉も、端から聞けば着飾っているとしか思えない口調も、自分や一夏を信用しているという隠れた言葉も、自分に嘘を言い聞かせることのできない彼の『不便な心』から出た本心であると。

 だからこそだろうか、箒は自分の分身ともいえるそれを彼の前に差し出した。

 

「これは…?」

 

「今回使ってしまった木刀と、もう片方は我が篠ノ之家に伝わる秘剣だ」

 

 今回使ったらしい木刀と一緒に添えられた秘剣は鞘に納められており、レプリカとは違う、人の命を絶つことのできる重さを持っていた。

 その秘剣はまごうことなき『真剣』であった。

 

「名は『緋宵』。かの飛騨の名匠、『明動陽』の晩年の作だ」

 

「明動陽…聞いたことがある。女剣士を伴侶とし、なにより、剣を愛してやまなかった男であると。彼の残している短文や詞にも刀を我が身と呼ぶ表現が多く使われているのを見たことがある」

 

 七瀬たちの世の歴史にも多く名を残す名匠の剣。それを間近で見て七瀬は驚愕していた。

 

「その明動陽が晩年に作り上げた二本のうちの一本だ」

 

「しかし、そんな代物をどうして持っている?」

 

「本来、篠ノ之家に代々伝わるこの剣は亭主が変わったときに引き継がれる。今、私の家族は訳あって一家離ればなれで暮らしている。家族との別れ際に父が私にせめてもの繋がりになればと渡してくれたんだ」

 

「そんなものを何故俺に?」

 

「私が今回のように力と感情を誤り、大切な人を傷つけてしまう内はその剣は握れない。…だから、預かっていてほしいんだ。私が本当の強さと力の意味を知るまで」

 

「…さっきのようなことを言っておいてだが、俺は他人の人生を左右できるほど大層な人間ではないぞ?」

 

「違う。私はお前の立場や価値でこの剣を預けるわけじゃない」

 

「なら──」

 

「私を『篠ノ之』ではなく、『篠ノ之 箒』として見てくれているお前だからこそ頼みたい」

 

 そこまで頼まれて断る理由が七瀬にはなかった。

 端から断るつもりなどなかったのかもしれないが。

 

「…期間は三年だ。それまでこの剣、確かに預かった」

 

「私もできるだけ早く返してもらえるよう、日々精進する所存だ」

 

 箒はさっきまでとは違い、何かを決したかのような表情をしていた。

 そんな彼女を見て、七瀬はもうひとつの本題に入った。

 

「どれ、今回の処方薬をくれてやろう」

 

「な、なんだこれは?」

 

 そう言う七瀬から大きな紙袋を渡される箒。

 箒はその中身を確認するべく七瀬から渡された紙袋を開く。

 

「これは…漫画か?それに映画まで…」

 

どういうつもりだ?そう目で訴える箒。

 

「君はさっきの事の他にもうひとつ、失敗があるぞ。自分の気持ちに素直になれず毎度遠回りをしてしまうことだ」

 

「それとこれとどう関係がある?第一、この…破廉恥な描写の多い漫画はなんだ!?」

 

「だから言っているだろう、処方薬だ。今の篠ノ之は恋愛知識が乏しすぎる。それらはラブコメを中心にした内容の物語たちばかりだ。お前にとっていい勉強になる。色恋の、な」

 

「い…色恋だと!?私はそんなもの──」

 

「まだ分からないか、お前は織斑が好きなんだよ。だからその酢豚女とやらに嫉妬した、違うか?」

 

「そ、それは……」

 

「好きという感情がなにを意味するものなのか、それくらいは分かる筈だ。ここから先は君が自分で答えを出すんだ」

 

 箒は渡された漫画の数ページを捲る。

 …が、すぐに顔をぼっと赤く染めた。まだ耐性がないようである。

 

「だが、その恋愛物語のセリフや行動を真似するだけでは駄目だ。それはあくまでその登場人物の気持ちの伝え方にすぎない。その漫画たちの使用用途は君の中の恋愛事に対する耐性を作るためのものだ」

 

 そう言って処方薬の用途を説明していく七瀬。

 

「………」

 

「どうした?そんな不思議そうな目で」

 

 箒は不思議そうな目で七瀬を見ていた。

 そして、こんな質問を投げ掛けていた。

 

「お前は一体何者なんだ…?心理相談から…れ、恋愛事の相談までこうとことん時間を割いてくれる者はそうはいない。お前に得なことなどないというのに…」

 

「何者か、か。そうだな、強いて言うなれば──」

 

 未だに恋愛という文字を口にするのに躊躇いがあるらしい箒の問いに七瀬は答えた。

 

「戦争(修羅場)屋です。ロボット同士による戦いの修羅場と純粋な恋情同士がぶつかり合う修羅場が好きで好きでたまらない、人間のプリミティブな衝動に準じて生きる最低最悪の人間、といったところか」

 

 七瀬はそう言って嫌な笑みを浮かべた。

 

**********************

 

 

 

 七瀬は箒を一夏の部屋まで見送り、一時間ほど二人の騒動の仲立ちをしてきて帰ってきた。

 結局、事は箒が謝罪を入れ、一夏も自分が怒鳴りすぎたことを謝罪して解決した。

 現在は自室のドアの前で立ち止まり、そんなことをしてきた自分について考えていた。

 

「(なにをやっているんだ。俺は)」

 

 自分の時間を他人のために使う。簡単なことに聞こえるがそれは相手のことをよほど思っていない限り到底できることではない。それこそ、友と呼べる関係でない限りは。

 故に、中学時代の七瀬にそんなことができるはずがなかったのだ。

 

「(こんな俺を中学時代の野郎たちが知ったら何て言うかね。・・・いや、やはり考えるのはやめておこう)」

 

七瀬は中学時代の『完璧超人のボウヤ』を思い出す。

 

「少しは自分の悪いところも考えたらどうだ?」

 

 かつて七瀬にそう言っていた太田というクラスメイト。 

 なんでも完璧にこなし、そのカリスマ性と人柄の良さから男女問わずに好かれていた彼であったが、自分からクラスメイトを遠ざける七瀬には厳しく当たっていた。

 七瀬がクラスメイトを遠ざけていたのはクラスメイトからの陰湿ないじめからきていたものだったが、そんな理由に聞く耳を持たなかった彼は七瀬に自分からクラスメイトに接してみろと言い聞かせていたのだ。

 

「(向こうじゃあ自分から接するということをしても意味などなかった。だが、人間関係がリセットされたこの学園に入ってからはどうだ?俺は結局誰かに接して貰わなければ関わりを持てていない。…このままでは野郎に言われたことに反論すらできん)」

 

 七瀬はこの学園に入ってからのことを思い返す。

 最初に話したのは一夏。そして次に箒、本音、セシリアに鷹月、相川とこの学園に入ってからは多くの人間関係を得ることができた。

 だが、全てにおいて共通していることがあった。

 それはどの場合にせよ、相手から七瀬に話しかけてきてくれたことから人間関係が始まっていることだ。

 

「(やはり、俺は助けてもらってばかりだ。理想のロボットを造るなどという夢を掲げ、今までの機体を組み上げてきたものの、結局は布仏や織斑たちの助けがあったからだ。そして布仏や織斑と人間関係ができた始まりもアイツらから俺に話しかけてくれたからだ)」

 

 理想のロボットを造るという七瀬の夢。

 それを実現するには多くの人の力が必要になる。それこそ、今よりもずっと多くの人の力が。

 

「(今のままでは駄目だ。野郎に言われたことを気にするってのもシャクだが、それ以上に俺は変わらなければならない。夢のためにも、これまでアイツらが俺にしてくれたことを今度は俺が誰かにできるようになるためにも)」

 

変わる決意、それが固まっただけでも彼にとっては大きな進歩であった。

 

「(…しかし、これでは偽善者とでも言われるな、野郎に)」

 

 そう思いながらドアノブに手を掛けた。

 そして、七瀬は変わり果てた自分の部屋を目撃する。

 

「なんだ…これは」

 

 一時間前に部屋を出ていったときとは違い、入り口から見ても分かるほどに変わり果てた姿の部屋を見て七瀬は絶句する。

 

「『積みプラの長城』が荒らされている…プラモ関連雑誌の棚も整理してあったはずだがぐちゃぐちゃだ。どうなっている…?」

 

 積みプラ。作られていないプラモデルの箱が重なって積まれた状態のことをそう呼ぶが、七瀬の場合、その量が異常だった。

 学園の寮が独り部屋だからといって家にあったプラモを片っ端から持ち出しまくった結果、七瀬の部屋には山のように積まれたプラモの城が築かれていたのである。

 

「誰がこんなことを…?」

 

 七瀬が部屋に入り、辺りを見渡す。

 すると、部屋の机に棚から消えていた本と積みプラの山から消えていたプラモの箱を見つけた。

 そして、この部屋を荒らした犯人である人物を発見した。

 

「……何をやっているんだ、アンタは」

 

 消えていた本とプラモがあった机、そこにはすやすやと寝息を立てている更識楯無の姿があった。

 なにやらやりきったような顔をして眠っている彼女はまたもや水着エプロンという異常な格好で左手の人差し指だけを真っ直ぐに立てたまま、机にうつ伏せで眠っていた。

 

「どっかの団長みたいな眠り方だな。綺麗に希望のはな咲かせてやがる……ん?」

 

 七瀬は楯無が指差していた場所を見る。

 そこには消えていたプラモが組み立ててあった。

 

「人のものを勝手に組み立てるなよ…」

 

 そう思いそれを片付けようとした七瀬だったが、ふと、楯無の周りのものに目が止まった。

 

「これは…初心者用のページだな。これを見て組み立てたのか…」

 

 消えていたプラモ関連の本の中の初心者用のページにしおりらしきものが挟まっていたので楯無が読んだのであろうことを察した。

 

「だからって…よくもまぁ初心者が『レグナント』なんてものを組み立てられたな。しかも一時間足らずで…」

 

 荒削りではあるが、手間をかけて作られたことが分かるそのプラモは七瀬の中に疑問を生んだ。

 

「なんでこんなことを?」

 

 それを考えようとした七瀬だったが、すぐに答えが出た。

 その答えが先程まで自分が考えていたことと繋がっていたからだ。

 

「(大方、俺がいなかったから暇を持て余していたんだろうが、わざわざやったことのないプラモを選ぶ必要はない。…俺がやっていることを知ろうとしているのか?この会長は)」

 

 一夏たちとは出逢い方はもちろん、やり方こそも違うが彼女なりのやり方で自分のやっていることを知り、自分を理解しようとしているのだろうか。

 そう思う七瀬はうぬぼれているのだろうか。

 

「そういえば、アンタとの関わりもアンタがこの部屋に侵入してきたことが始まりだったな。まぁ、布仏や織斑たちとは違って助けられたと思ったことは微塵もないが」

 

 むしろドアのピッキングに勝手にプラモを作られるなどと、迷惑しかかけられていないわけなのだが、彼女と関わることは不思議と不快感は感じなかった。

 

「…少しくらい、俺からも関わってみるべきなんだろうな。これからは」

 

 七瀬はそう言って異常な格好の楯無に毛布をかける。

 そして楯無が作ったプラモと向き合った。

 

「レグナント…ダブルオーライザーと一緒に並べるために買ったってのに…」

 

 レグナント。機動戦士ガンダムOOに登場する復讐にその身を投じたやたら楯無と声が似ている少女が乗るモビルアーマーである。

 一方のダブルオーライザーも同じく機動戦士ガンダムOOに登場したモビルスーツであり、作品中の主人公の少年とレグナントのパイロットの恋人である少年の二人が乗った機体だ。

 その片方の機体が発売することを知った七瀬は即座にもう片方の機体も一緒に並べるために購入したのだが、片方を楯無が作ってしまったために心底参っていた。

 

「どうしたもんかね。どう思う、会長さんよぉ」

 

 眠っているために返事をするはずがない彼女に七瀬は語りかけた。

 

「えへへ…ガンダムを……倒したよぉ…誉めてぇ…」

 

「どんな夢を見ているんだアンタは」

 

 たまたま七瀬の問いかけに寝言を返した楯無だった。

 そんな楯無の寝顔を見て七瀬はふと呟いた。

 

「眠っていればなんとやらとはこのことか」

 

 眠って危害を与えない間の彼女は七瀬の目にただの美少女として写っていた。

 …あくまで眠って危害を与えない間のみに限るが。

 

「仕方ない…さっさとこっちも作って並べるしかないか」

 

 七瀬は崩れた積みプラの山を整理しながらダブルオーライザーの箱を持ってきた。

 そして彼女が右手に握っていたニッパーを持ち、楯無の作った機体の隣に並ぶべきそれを作り初めた。

 

「明日は休日だしゆっくり作るとするか。…が、その前に」

 

 七瀬はいつぞやのサブアームの試作品を取り出した。

 本音によって改造されたそれはどういう訳かくすぐりに特化した性能を持つ代物だ。

 

「レグナントの弁償代は文字通り体で払ってもらう」

 

 その日の朝、起きたときが彼女の最後であろうことを彼の目とサブアームもどきの動きが語っていた。

 

 

 

 

 

 勿論、楯無がその日一日中動けなくなったことは言うまでもない。

 




こういう日常回もあればいいかなと思い書きました。
次は一夏VS鈴ですね。
今回の人間関係の伏線め回収しつつ丁寧に書いてまいりますよ!シェンロンにもオリジナル要素を足していくのでご注目を。

あ、そういえばフルセイバー買いました。メタル塗装でガチで作ってます。


今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた感想、高評価お待ちしております!


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本気VS本気

ミキシングガンプラを作っていたのとリアルが忙しくて遅れてしまいました…

新たに高評価をくださったテントウムシ!!!さん、ミリオタでアニオタなバカさん、眞川 實さん、弟切社長さん、ムリエル・オルタさん、海苔餅海苔さん、ふにゃ~んさん、カレン・タイターさん、Godライザーさん、レインボーゴリラXDさん、9sigure4539さん、雅大0914さん、黒たんさん、始まりの0さん、サマーブックさん、士郎狐さん、bisyさん、ギャラクシーさん、なまこ102号さん、MK/シュウさん、福霊さん、コーチマSPLさん、漆塗りさん、がるっちさん、ユキニティーさん、雪ん狐さん、byakheeさん、らりぞーさん、 そうちぃさん、gosurolionさん、フランマさん、ありがとうございます!


「ほう、これがそうか」

 

「えぇ。これがIS委員会が『打鉄・零式』をベースに開発した機体『真打』です」

 

 学園の開発室、そこで目の前に鎮座している二機のISの説明をする七瀬。

 その説明を受けているのは地上最強と名高い千冬であった。

 

「しかし、織斑先生に機体を品定めしていただけるとは、光栄ですね。てっきりもっと上の人間が来ると思っていましたが」

 

「どこかの馬鹿者が次々に規格外の機体を造り上げるせいで上は忙しいのさ」

 

「椅子に座っているだけの無知なお偉いさん方には用などありませんよ。バカ共には丁度いい目眩ましだ」

 

 先日、機体の状態を確認しに学園の上層部を名乗る女性が訪問してきた。

 その際、七瀬が本音や一夏たちと共に機体の説明をしようとしたのだが、『女から手柄を横取りした男に説明する権利はない』と七瀬を一蹴し、その場から追い出してしまった事件があり、それ以来、七瀬は学園の上層部を良く思っていなかった。

 

「女から手柄を…布仏のことか?」

 

「えぇ」

 

 七瀬は整備科志望である本音に手伝ってもらうことで機体を組み上げている。それは本音も了承している上でのことなのだが、そんな理由など知るはずもない者は七瀬が脅して本音に手伝わせていると思い込んでいる輩が少なからずいた。

 それに加え、七瀬が機体を自分ひとりで開発したものとし、売名のためにその技術をIS委員会に売りさばいたという噂まで広がる始末であり、上層部の中の七瀬の印象は最悪なものとなっていた。

 

「確かに自分はISの知識が足りないために布仏に頼りきりなところが多いです。そう言われても仕方ないことではありますが、売名のために機体を組み上げていると思われているのは不愉快極まりないものです」

 

「今日布仏たちが顔を見せないのはそういうことか?」

 

「…えぇ。そうですよ」

 

 本音や一夏たちは先の事件のようなことにならないようにと説明役を七瀬に任せることにしたのだ。

 一番機体の構造を把握している七瀬に数時間も説明されれば七瀬が機体の開発にしっかりと貢献していたことが嫌でもわかるだろうという本音の算段である。

 

「布仏たちには気を使わせてしまってばかりですよ。なにか礼でもできればと考えているんですがね」

 

 そう言いながら機体のデータを表示する準備をする七瀬。

 空間投影型に投影されたそのデータは国連の機関であるIS委員会から送られてきたということもあり、厳重なロックが掛かっていた。

 

「あのクソ上官が来たら24時間はこの機体について語り尽くして過労死させる予定でいましたが、織斑先生の貴重な時間を削るのはいけませんからね。できるだけ簡潔に説明しましょう」

 

 

 

IS委員会産実験機『真打(しんうち)』

 

和名:真打

世代:第二世代

形式:真打軍一陣目

国家:IS学園訓練機、IS委員会実験機

分類:近距離格闘型

仕様:改良型ゼロフレームの採用、豊富な拡張領域

装備:

近接格闘用メイス

近接格闘用ジャイアントアックス

腕部機関砲(弾薬は切り替え可能)

 

 

 

「本機は特殊な機能こそ持ちませんが、改良型ゼロフレームによって強化されたパワーは第三世代機にも引けをとらないものです。そのため武装もかなり重量のあるものとなっています」

 

「だがそれは『打鉄・零式』のときも同じだった筈だ。結局のところ、以前との違いはなんだ?」

 

千冬は七瀬に問う。

 

「我々が開発した『打鉄・零式』はフレームに稼働範囲が増えた分、装甲にも同じ稼働範囲を設けなければならないために機体全体の防御力が低いことやフレームにブースターが対応しなかったために飛行ができないことが問題点でしたが、この新型ゼロフレームではそれが改善されています。総合すると、『打鉄』の性能全てを1.5倍にしたものが本機ということになります」

 

「ほう…『特長がないことが特徴』ということか」

 

「しっかりと『特長』の部分を強調していただいてありがとうございます」

 

 繰り返すようではあるが、『特徴がないのが特徴』ではない。

 特出している性能は見受けられないが、操縦に余計な負担が掛からずに扱いやすいというのが注目すべきところなのである。

 

「ですが、『打鉄』の性能を全て1.5倍にした上で『零式』での問題点全てを解決している点では極めて高く評価せざるを得ません。流石は国連の機関といったところですな」

 

「たしか、『打鉄・零式』のパワーは『打鉄』の1.8倍程度だったか…近距離格闘に特化させるべくしてパワーを極限まで強化した『打鉄・零式』に対して、この機体は全ての性能の安定と扱い易さを追求した、そういうことだな」

 

「はい。そして注目すべき点はもうひとつ、豊富な拡張領域にあります」

 

 七瀬は外されている機体の足の一部の装甲を指す。

 そこには本来、装甲が装着されるはずの場所にブースターの基部が備え付けられていた。

 

「これは…追加ブースターを装備するための場所か?」

 

「えぇ。先ほど自分は『特長がないことが特徴』と言いましたが、逆に言ってしまえば、乗り手次第では『特長を持った機体』にすることも可能なのですよ。本当、委員会の技術にはつくづく驚かされます」

 

「将来的面も考慮された機体…量産機に求められる要素を詰め込んだような機体だ」

 

「それが、そうでもないみたいですよ」

 

 七瀬にどういうことだとでも言わんばかりに視線を向ける千冬。

 

「量産機に求められるものは性能、将来性…あとは何だと思います?」

 

「…生産コストか」

 

「それもありますが惜しい答えですね」

 

 千冬に七瀬は答えを出す。

 

「信頼、ですよ。いくら機能がよくても世間に認められなければ量産の予定は立ちません。さきに先生が仰ったコストもこれに関係します。余程の馬鹿でもない限り、学生の設計した機体なんぞに高いコストをかけてまで量産しようなどと考えないでしょうよ」

 

 IS委員会を通しているとはいえ、世界で467機しかないISコア。

 そんな代物を消費してまで学生の作った信頼のない荒削りの機体を量産化するよりも、自分たちが長い研究の末に作り出した『確かな信頼』のある機体を生産し続ける方が懸命だと判断するのが普通である。

 

「性能は保証できます。ですが表舞台に出ることのないであろうゴーストファイター、それがこの機体です」

 

「この機体が学園に送られてきた理由というのはまさかとは思うが…」

 

「えぇ、この機体の信頼を集めるための広告塔にするためかと。自分が零式を引き渡す契約をしたときに何の支障もなく『零式を改良した機体は送れる』と言われたのはそういうことでしょう」

 

「ほとんどの国家は作った者の立場だけで性能を判断して損をしているわけか。だが、打鉄を作った企業からすれば首の皮一枚繋げて助かったようだな」

 

「この機体が生産されれば打鉄は不要になってしまいますからね。新時代の機体が古い技術のブラッシュアップのみで作られた機体に負けるとは皮肉なものです」

 

 されど長い年月をかけて使われてきた機体の信頼は揺るぎなかった。

 どの国家も、その長い時間の間で使われてきた機体が学生風情が作った機体をもとに改良された機体に負けるはずなどないと判断したのだ。

 

「ですがよかったですね!こんなにも素晴らしい機体を学園が独占して使えるなど、有難いことですよ。しかも二機も!」

 

「あぁ。これがあればわざわざ教員用の機体のパッケージを新しく受注する必要もなくなる」

 

 教員用の機体というのは、量産機に企業から送られてくる強化パッケージを装着したものである。

 しかし、最新技術を盛り込んだパッケージも無償で要求できるわけではなく、その使用する教員の実績や働きによっては要求できないことがある。

 そんな貴重なパッケージを消耗品のように消費しては学園としても被害が大きく、学園の上層部はこの問題に対して頭を抱えていた。

 だが、この機体、『真打』はパッケージなしの状態で量産機とはかけ離れた性能を有している。

 今までのようにパッケージを壊しては要求しての一連の動作を行う必要がなくなるのだ。

 

「なるほど、この機体の性能はわかった。ところで───」

 

 千冬は二機から視線を外し、その隣のハンガーデッキに視線を向けた。

 

「隣にあるその機体は何だ?」

 

「その機体に目が行くとは、流石は織斑先生。お目が高い」

 

 千冬が指したのは一部のフレームが露出したままの異形の機体。

 普通のISよりも巨体なその機体は、見るもの全てを威圧する『鬼』のような見た目をしていた。

 

「その手の込んだフレーム構造は…返却されてきた『打鉄・零式』の改造機か?しかし、搭載されているブースター基部は『超兵』(エクス・トルーパー)のもののようだが…」

 

「えぇ。そして───」

 

 

 

 

「自分の技術集大成『第一弾』です!!」

 

****************************

 

 

 

「あずさ~ん、こっちこっち~」

 

「おぉ…ここなら両機ともよく見えるな」

 

 七瀬は、千冬への機体の説明を終えた日の午後、アリーナにて行われるクラスリーグマッチに来ていた。

 

「すまなかったな、俺の分のチケットまで頼んで」

 

「いいよ〜、もう一枚予約分のがあったからね〜」

 

 午前に千冬への機体説明があったために七瀬はチケットを購入することができなかった。

 そのため、本音にチケットの購入を頼んでおいたのである。

 

「詰めが甘かった...まさかチケットが10分足らずで完売するとは...」

 

「この件は貸しですわよ、篠ノ之さん」

 

「くっ...なぜだ!?こうならないように早くから準備をしておいたというのに!」

 

 自由見学であるこの大会だが、今年は例年よりも観客の数が多かった。そのため、チケットも例年よりも早くに完売した。

 それもそのはず、今年は一夏という史上初の男性操縦者の参加者がいるのだから。

 

「一夏は大丈夫だろうか...」

 

「白式のシステム周りもアイツ用に調節し直した。鍛錬も積んだ。あとは時の運に任せるしかない」

 

 この日に備えて訓練を重ねた一夏であったが、他の生徒との差はやはり歴然であった。

 

「一戦目からあの転校生が相手なんだね~。おりむー、がんばれ~」

 

「(さて、見せて貰おうか。新しい代表候補生の機体の性能とやらを…)」

 

 七瀬はそう言ってアリーナのフィールドに視線を向ける。

 そこには既にカタパルトから発進した二機のISが飛行しており、試合開始の合図を待っていた。

 

「いい、一夏?負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くんだからね!」

 

「俺、頼みたいことなんてないけどな…」

 

 試合開始の合図を待つ二人の間に交わされる賭け。

 鈴音が一夏にこの賭けを持ちかけたのには理由があった。

 

「(これであたしが勝てば一夏をデートに…って何考えてんのよ、あたしは!)」

 

 と、このように一夏をデートに誘うのが目的なようである。

 一夏に対して、素直にデートしてくれと言えない鈴音はこのような手段を取ったのだが、この賭けが一夏には利がないために成立していないことに気がついていない。

 

「(あの男と一夏の試合からある程度の一夏の能力は分かってるけど、相手はあの一夏。あたしの考えることはお見通しよね…)」

 

 鈴音の中で一夏の強さは『自分と過ごした時間の長さ』にこそあった。

 行動というものはその者の性格に影響するが、一夏と鈴音の場合はお互いがお互いの性格をよく知っているために、次に相手が何をするのか、何を考えるかが読みやすいのだ。

 

「それでは両者、試合を開始してください」

 

 試合開始の合図と共に双方は武器を拡張領域からコールする。

 一夏は雪片弐型、鈴音は双天牙月を手に取った。

 

「いくわよ、一夏!」

 

 鈴音は双天牙月を二刀流で持ち、一夏に接近する。

 対する一夏は雪片弐型で応戦する。

 

「甲龍のパワーと互角に渡り合えるなんてやるじゃない!形だけの第三世代機じゃないみたいね!」

 

「いや、形だけだったさ!最初はな!」

 

 一夏は鈴音の双天牙月を振り払い、腕部の装甲式装備である滑空砲を放つ。

 以前の失敗を糧に小型化されたそれは一夏の雪片を振るう際の動作を邪魔することなく使用できた。

 

「(こんな装備、以前の戦闘データには無かった筈...まさか、ここで作ったって言うの!?)」

 

 鈴音はこの試合の前に、ルームメイトが採取していた白式の戦闘データを見て戦い方を研究してきた。

 だが、そのデータには無かった装備に対処に戸惑いを隠せずにいた。

 

「たかが遠距離武器ひとつで!」

 

 最初こそ滑空砲に翻弄されていた鈴音であったが、すぐに弾丸の軌道になれ始め、得意の近距離格闘戦に持ち込んだ。

 

「捉えたわよ!!」

 

「うわっ!!」

 

 鈴音は双天牙月の刃を白熱化させ、白式の腕部に装甲ごと装着されている滑空砲に向けて振り下ろす。

 双天牙月に搭載されているジェネレーターによって白熱化された刃は白式の滑空砲を焼き切った。

 

「ヒート状態にもできるのか!?」

 

「この試合のために本国から送ってもらったとっておきよ!!それに──」

 

 白式の滑空砲が爆散するのと同時に鈴音が片手を広げる。

 次の瞬間、爆風で目が眩んだ一夏の目の前には両手に双天牙月を構えた鈴音の姿があった。

 

「一本だけじゃないのよ!!」

 

 爆炎の中から双天牙月を二刀流で構えた鈴音が現れる。そしてヒート状態に白熱させた双天牙月の刃を一夏に振り下ろした。

 

「(このままじゃやられる...!)」

 

 双天牙月の刃が一夏に触れたと思ったそのときだった。

 鈴音の目の前から一夏の姿が消えた。

 

「な..なに!?」

 

「もらった!!」

 

 鈴音は自分が地面に落下していることに気がつく。

 地面に叩きつけられた鈴音はすぐに上空を見上げる。すると、そこにはブースターから青い炎を巻き上げている一夏の姿があった。

 

「イグニッションブースト...!?アンタ、そんな隠し球をもってたのね!」

 

 鈴音は損傷を確認し、すぐに上空へ戻る。

 

「(右翼の龍砲は駄目ね。奥の手を封じられるなんて...けど...)」

 

 一夏の思わぬ行動により、隠していた武装を破壊される鈴音。だが、その表情は笑っていた。

 

「最高の盛り上がりじゃない!!すぐに終わっちゃうと思っていたけど、訂正するわ!!」

 

 鈴音は二本の双天牙月を連結させ、一夏に構える。

 

「(イグニッションブーストはもう使っちまった。鈴が今ので見切れていないとしても、もう一度使うには時間がかかる…なら─)」

 

 一夏は深呼吸をしてその場で雪片弍型を構える。

 そして鈴音に告げる。

 

「鈴、本気で行くからな」

 

「当たり前よ!こっちも全力で相手したげるから、泣くんじゃないわよ!!」

 

 一夏は白式のシステムから単一使用能力の解放を知らされる。

 それは一夏と白式の同調率が最高状態にあることを知らせる証であり、一夏の奥の手の発動の合図でもあった。

 

「零落白夜、発動!!」

 

一夏の『零落白夜』の使用承諾を得た『雪片弐型』の刃の部分が開きレーザー状の刃が太くなる。

 

「雪片弐型を最大出力で使用!白式のフレーム内部排熱ダクトを解放する!」

 

 一夏が白式に語りかけると『雪片弐型』のレーザー刃が太くなり、白式の一部の装甲が開く。装甲がスライドして解放された隙間からフレームに備え付けられている排熱ダクトが現れた。

 

「それがアンタの奥の手ってわけね!なら、こっちもこれを使うわ!」

 

 鈴音がそう言うと『甲龍』のウィングブースターの装甲がスライドし、砲身のようなものが現れる。

 鈴音が指示を送るとその砲身が一瞬光を放つ。

 そして次の瞬間、一夏は見えない何かに吹き飛ばされた。

 

「ぐうぅぅぅ!?」

 

 吹き飛ばされた際の急激なGに一瞬意識がブラックアウトしそうになる一夏。

 それをなんとか堪え、シールドエネルギーの残量を確認する。

 

「(たった一撃でこの威力…!?もう一撃喰らったら確実にやられちまう!)」

 

 衝撃砲『龍砲』。それが鈴音の使った武装だった。

 甲龍の肩部装甲に装備された空間圧作用兵器である。

 その仕組みはPICの技術を応用した空間圧によって空中に砲身を作り出し、衝撃を放出するというものだ。

 空間圧兵器であるために、砲身はおろか砲弾すら見えない。それがこの装備の特徴でもある。

 

「(やっぱり片方の『龍砲』だけじゃ当てにくいわね…!片方で誘導して当てる方が確実なのに!)」

 

 龍砲は出力を下げることで連射も可能だが、鈴音は先程の一夏のイグニッションブーストによって片方の龍砲を破壊されていたために、一撃に全てを込めて龍砲を放ったのである。

 

「(けど、俺も一撃に全てを賭けなきゃ勝てない!!無理は承知!!)」

 

 一夏は鈴音に接近する。

 

「甘い!」

 

 鈴音は自分に向かって飛翔してくる一夏に龍砲の照準を合わせていた。

 そして龍砲を出力全開で一夏に放った。

 

「……今だ!」

 

 一夏はタイミングを見て白式の独立飛行しているウィングブースターを機体前方に展開する。

 そして龍砲の見えない弾丸が当たる寸前に、ウィングブースターと機体のリンクを切断した。

 

「耐えてくれよ、白式…!!」

 

 『甲龍』の全力の龍砲を喰らった白式のウィングブースターが一夏の目の前で爆散する。

 だが、ウィングブースターの機体とのリンクは切断していたために白式のシールドエネルギーが減ることはない。

 

「ウィングブースターを盾にした…!?まずい…!」

 

「逃がすかぁぁ!!」

 

 鈴音が一夏から距離を取ろうと離れるが、それはかなわなかった。

 何かが鈴音を引っ張っていたからである。

 

「これは…ワイヤーアンカー!?」

 

 白式の左腕の装甲ごと装着されていたそれは『零落白夜』との相性を考えて作られた装甲式装備である。

 自分のシールドエネルギーまで攻撃力に変える零落白夜は最強の矛ではあるが、当たらなければ意味がない。動くISに対してどうすれば確実に当てられるかを考慮した結果、『自分から当てられないならば相手を無理やり引き寄せて当てる』という結論に至った。

 ワイヤーアンカーによって引き寄せられた相手を零落白夜で倒す。それが新たな白式の切り札となったのだ。

 

「雪片弍型、最大出力!」

 

 ワイヤーアンカーによって引き寄せられる鈴音。

 そしてその先には零落白夜を最大出力で展開している一夏の姿があった。

 装甲の隙間から見えるフレームの排熱ダクトから熱が放出されていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 そして、一夏の振るった零落白夜が甲龍に命中する。

 最強の矛が甲龍のシールドエネルギーを0にした。

 決着は着いたのである。

 

『試合終了!勝者、織斑一夏!!』

 

「いよっしゃあぁ!!」

 

 試合終了のアナウンスが入るのと同時に一夏が拳を突き上げ、会場から大歓声が上がった。

 今ここに、男性操縦者が公の場で大金星を上げたのである。

 だが、この歓声は決して一夏一人だけに送られた訳ではなかった。

 

『……鈴』

 

「簪…」

 

 鈴音の元にルームメイトの簪から通信が入ってきた。

 通信越しに見える鈴音の表情は無理に笑顔を作っていることが見てとれた。

 

「ごめんね。あんなに手伝ってもらったのに、勝てなかった…」

 

『…かっこよかったよ』

 

「え…?」

 

『…すごく、かっこよかった。…それに負けても次は勝てるように頑張ればいいと思うから…』

 

「…ありがと」

 

 簪から告げられた言葉にそっぽを向いてしまう鈴音。

 照れ隠しなのか、少し赤面していたのは簪には分からなかった。

 

「鈴!」

 

 そんな鈴音の前に白式を装備したままの一夏が歩み寄ってきた。

 そして鈴音に手を差し出す。

 

「ナイスファイト」

 

 普通は戦っていた相手と握手などしないだろう。

 だが、一夏は『戦い』ではなくあくまで『幼馴染みとの試合』と捉えていたのだろう。

 殺意と殺意の戦いではなく、本気と本気のぶつかり合い。それが一夏にとってのこの試合だったのだ。

 

「(あたしは代表候補生になったときから勝ちにこだわりすぎてたのかもしれないわね)」

 

 鈴音は今までの自分を思い返す。

 代表候補生として、専用機持ちとして、ただひたすらに強さだけを求めて戦ってきた自分。

 この学園に来てからも同じだと思っていた彼女だったが、変わらない幼馴染みを見てその気持ちは変わった。

 

「(けど、このままじゃ悔しいから──)」

 

「次は負けないわよ、ばか」

 

 そう言って鈴音が一夏の手を握ろうとしたときだった。

 

 

 一筋の光の矢がアリーナを貫いた。




次回、遂に七瀬の技術集大成第一弾が出撃!!そしてゴーレムさん登場。

余談
BANDAIさん、モビルドールサラ(の予約)が死んだよ…(ヤメナイカ!!バチン!!キボーオーノハナー
だからよ…再生産とまるんじゃねぇぞ…
そしてガンダムデュナメスMG化おめです。この調子でハルートも頼みます…その前にキュリオスですけどね。

今回もありがとうございました!ロボット愛を込めた熱い感想、高評価お待ちしております!!


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アリーナ解放戦線


ついに七瀬の技術集大成の登場です!
しかしやりたいことを詰めまくったせいで文がおかしいところが多いかもしれませんね…
ご了承下さい!


新たに高評価をくださった
闇の囁きさん、肉太郎さん、石鏡さん、狂人日記さん、ゆっくり龍神さん、パシフィックさん、ハミルカルさん、抗う者さん、タマムシ戦車さん、らりぞーさん、んんん(・∀・)さん、アレサ@ACさん、AFさん、 天地無双騎士団さん、強化機動外殻さん、松影さん

ありがとうございます!!


「なにがおきているのか...」

 

 突然、アリーナのバリアを破壊して試合に乱入してきたISの襲撃によって強制ロックされるアリーナのドア。

 そんなアリーナの様を見て呟く七瀬。

 

「これでは避難することも、機体をとりにいくこともできない...

 すぐ目の前でロボット同士によるドンパチが繰り広げられているというのに...!!」

 

「あずさん、どうするの...?」

 

 不安そうに七瀬を見つめる本音。

 普段は見せない不安げな彼女の様子を見た七瀬は興奮状態から正気に戻る。

 だが、本音はほかの生徒に比べればずっと落ち着いている方だった。

 

『あけっ!!開きなさいよ!!』

 

『だれか開けてよ!専用機持ちは!?』

 

 機体を持たない生徒たちは専用機持ちであるセシリアに寄って集った。

 

「こんなに人が密集している場所でレーザー兵器を使うわけにはいきませんわ!皆さんにもしものことがあれば…!」

 

『なによ...いざってときに役にたたないわね、専用機持ちっていうのは!!』

 

セシリアに怒鳴りつける女子生徒。七瀬はその光景を見て呆れていた。

 

『アンタ、男でしょ!なんとかしなさいよ!』

 

 そしてその矛先は七瀬にも向いた。

 

「おかしな理屈だな。第一、俺は専用機を持っていないぞ」

 

『男なら女のために戦ってよ!それが当たり前なんだから!』

 

 力を持つ者に身勝手に言い寄る少女たち。危機に晒された人というのはここまで愚かになれるのか。

 

「戦うのが当たり前…か」

 

「東さんはあなたたちの盾ではありません!」

 

 七瀬を人柱のように扱う少女たちに怒鳴るセシリア。

 そんな扱いをされれば不快な思いをするだろう。

 だが、当の七瀬は不気味に笑っていた。

 

「いいだろう!」

 

『な…なによ!?』

 

 七瀬の言葉に驚く生徒たち。勿論、箒やセシリアも例外ではない。

 

「喜んで戦ってきてやろうと言っている」

 

『はぁ…?専用機も持たない男なんかに何が……』

 

「そうと決まれば始めるとするか」

 

『ちょっと!?話聞いてるの!?』

 

「聞く耳持たんな」

 

 怒りを七瀬にぶつけ続けるだけの女子生徒を無視し、七瀬はアリーナのドアのシステムに戦闘データの収集用として持参していたPCのケーブルを繋ぐ。

 そして状況の確認をする。

 

「非常事態レベル4…あの野郎、指令システムごと乗っ取ってやがる。無駄に手の込んだことを…」

 

「あずさん、まずはアリーナの隔壁を開けないと避難ができないよ?戦うにしても、ISを取りに行くこともできないよ…?」

 

「いや、方法はある」

 

「どうするというのだ、東」

 

 七瀬に問う箒。

 

「流石に向こうさんも普通の通路以外は封鎖しきらんようだぞ、ほれ」

 

 そう言って七瀬は換気口を指差すのだった。

 

************************

 

 

 

「織斑先生、この機体は…」

 

「聞くな。私にもわからん」

 

 アリーナの第一管制室。そこで山田先生と千冬は襲撃してきたISを見ていた。

 本来ならばISを使って鎮圧に向かうところだが、アリーナの隔壁が全てロックされてしまったせいで救出にも戦闘にも向かえずにいたのである。

 

「(これもお前の計画の内だというのか…束)」

 

 こんなことをできる人物は千冬が知る限りでは一人しかいなかった。強力なISを作り、IS学園のアリーナのシステムを乗っとれるほどの天才を。

 

「(そうだというなら…私にも考えがある)」

 

 考えはあってもその場では何もできないことに千冬は苛立ちを募らせていた。

 だが、そんな千冬の前にティーカップが差し出された。

 

「今は信じましょう?生徒たちのことを。

 織斑君たちのことを───」

 

 山田先生から差し出されたティーカップを手に取る千冬。

 今できるたったひとつのことを自分の後輩から教えられた千冬はそのティーカップの中身を口に運ぶのだった。

 

 

……そのときのコーヒーに塩味があったのは山田先生が塩と砂糖を間違えただけなのか、千冬の心が安定していなかったからなのかは分からない。

 

************************

 

 

 

「迎えに来たぞ、我が機体よ」

 

 換気口を伝ってアリーナの整備室にたどり着いた七瀬と箒。

 そして七瀬はハンガーデッキに片膝を着いて鎮座している機体に向かってそう語りかけた。

 

「東、この機体は…?」

 

「そうか、篠ノ之とオルコットは最近は織斑の特訓に付き合っていて見ていなかったな。

 これが、俺の技術集大成第一弾だ」

 

「これがお前の…形こそ違うが、各部位に零式とエクス・トルーパーの面影を感じる…」

 

「そうだ。二機の長所を併せ持ちながら、更にその長所を限界まで引き上げた暴れ馬…それがこいつだ。」

 

 七瀬は『技術集大成』である自分の機体のセッティングを始めた。

 

「まぁ、説明は後回しだ。今は奴を倒しに行く。

 篠ノ之は隣のハンガーにある『真打』を使って先行したオルコットと共に封鎖された隔壁の破壊を。

 但し重火器は絶対に使うな。周りの生徒を巻き込むからな」

 

 箒に釘を刺しておく七瀬。

 救出が目的とはいえ、怪我をさせてしまえば結局それは人を傷つけるだけの『兵器』にしかならないからだ。

 

「本当なら、私も一夏と戦う側に回りたかった。

 …だが、力のない者の救出もせずに自分の我が儘を優先するほど私も愚かではない。

 私の代わりに一夏を頼むぞ」

 

「あぁ。君も武運を祈っている」

 

 それだけ言ってエレベーターで整備室のハンガーデッキごとカタパルトに移動していく七瀬。

 箒は一人取り残された整備室で鎮座する真打に触れた。

 

「頼むぞ、皆を救うために力を貸してくれ」

 

 学園の訓練機として配備された真打。

 自分の命を預けるとはいえ、機体に語りかけてしまう辺り、七瀬に毒されているのかもしれない。

 そう思いながらも箒は真打を起動させた。

 

*************************

 

 

 

「布仏、そっちの準備はどうだ?」

 

『こっちは終わったよ~。無事に第二管制室に到着しました~』

 

「そうか。君には敵の機体の分析を頼みたい。俺の機体の通信コードを送る。

 些細なことでもいい、何か気がついたことがあれば報告してくれ」

 

『じゃあ早速報告~。あれはISじゃないと思いまーす』

 

「その根拠は?」

 

『人間ではあり得ない可動をしているからかな。本来人間の関節がない場所まで可動してるよ~、あの機体』

 

「つまり無人のIS…純粋なロボットということか!!」

 

『う…うん?そうだよ~』

 

 その場のノリで返事をした本音。

 だが、そんなことも今の七瀬は気がつかない。

 

「できればなんだがあとでアリーナの監視カメラの記録を削除しておいてもらえないか?

 鹵獲がバレると不味いからな…」

 

 さらっととんでもないことを依頼する七瀬。

 

『了解~。あ、あとしののんとせっしーの方もうまくいってるみたいだよ~。頑張ってアリーナの隔壁を壊してくれてるみたい~』

 

「そうか、流石だな。いくらISといえど素手でアリーナの隔壁を破壊するのは大変だろうに…」

 

『せっしーは機体の性能もあるけど、おりむーと戦ってからはずっと格闘戦の練習をしてたからね~。しののんの方は真打を使ってるから大丈夫だと思うんだよ~』

 

 本音は第二管制室から、アリーナに取り残されてた生徒の解放を行っている箒とセシリアに、アリーナのマッピングデータを送りアシストもしながら七瀬と通信をしていた。

 そこから更にもうひとつ仕事を追加する。

 

『カタパルトの準備を始めるよ~?カタパルトのリニアボルテージの上昇を開始ー、あと500、450…』

 

 本音がカタパルトの調整を始めた。

 通信の確認をするのも兼ねて、七瀬は本音に通信を入れる。

 

「布仏、まずはここまで手伝ってくれたこと、本当に感謝している。ありがとう」

 

『私はできることをやってるだけだからいいんだよ~?』

 

「君がいなければ今こうして奴を鹵獲に向かえていない。

 …いや、今回だけじゃないな。この機体を作れたのだってそうだ」

 

『…それはあずさんが頑張ったからだよ~。

 何も知らない人は皆、私が全部やったっていうけど、私もあずさんがいないとその子を作れてないよ?私は設計ができないからね。

 きっと、私たちにとって機体を作るってことは誰か一人でも欠けたら駄目なんだと思うよ~』

 

「(設計、技術、実践。どれも俺一人でも布仏一人でもてきない、か。確かにそうだ)」

 

 本音の言うことに納得する七瀬。頼りきりでは駄目だと自分に言い聞かせ、全て一人でできるように努力をしてきた七瀬だったが、そんなことをする必要はなかったのだ。

 たった一人で機体を完成させることなどできないのだから。

 

「俺は他者からの意見を気にしすぎていたのかもしれないな」

 

 自分にはない技術を多く持っている本音に劣等感を感じていた自分。だが、劣等感を感じる必要などなかった。

 自分にはできないことが、本音にはできないことがそれぞれあって当然なのだから。

 

『全部一人でやらなくてもいいんだよ~。

 あずさんには皆がいるよ。だから──

 

 

 

 

 もっと、私を頼ってね?』

 

「えっ…?」

 

 一瞬、本音の声のトーンが落ちたことに驚き、そんなおかしな声を上げる七瀬。

 

『あっ、リニアボルテージの規定値突破を確認したよ~。射出タイミングを渡すね~、あずさん』

 

 会話の途中で本音が七瀬にそう伝えた。

 思うことは多々あるが、七瀬は機体をカタパルトに乗せた。

 

「了解。東 七瀬、『プロト・オーガント』、鹵獲行動に入る!!」

 

 普通の機体よりも一回り大きい体格、そして胸部装甲に取り付けられた『鬼面』が特徴的な機体が飛翔した。

 邪悪な欲望を抱いて。

 

「いただくぜ…!未知のロボット!!」

 

 七瀬は無人機という完全なロボットに向けて飛翔するのだった。

 

*************************

 

 

 

「くそっ…なんなんだ?コイツ…これでもISなのか…?」

 

 先ほどから機械的な動きを繰り返しながら襲いかかってくる機体を見て一夏はそう言った。

 

「一夏、離脱して!!攻撃がくるわよ!!」

 

「駄目だ…ブースターがないと全然出力が…」

 

 鈴音との戦いで、背部のウィングブースターを破壊された白式は空を飛ぶことさえ困難だった。

 敵のISから放たれるビームマシンガンを、地面を走りながら避ける一夏。

 

「ビーム兵器かよ!あんなに小さい砲門なのに出力はセシリアのレーザーライフルより上!?

 一体誰がこんなものを…」

 

 敵のISの腕部から放たれるビームは機体内蔵式でありながらも十分すぎるほどの火力を持っており、満身創痍の一夏と鈴音の機体を退けることなど容易かった。

 

「一夏!!」

 

「!!」

 

 瞬時に一夏の目の前に移動していた敵のIS。

 鈴音に名前を呼ばれるまで全く警戒していなかった一夏に、敵のISの鋼鉄の爪が振り下ろされようとしたときだった。

 

 敵のISの背部に何かが当たり、爆発が起こった。

 突然の攻撃によろける敵のIS。

 それを期に一夏は離脱し、敵のISと距離を取った。

 

「なんだ…?」

 

 一夏が空を見上げると、そこには『鬼』がいた。

 

「ほう、機体自体の性能はよくても、プログラムされているAIの敵の認識数は少ないようだな!えぇ?無人機さんよぉ!!」

 

 上空で飛翔している機体は、その巨体に加え、肩部のスパイクアーマー、そして胸部装甲に装着されている『鬼面』が見るものを恐怖させる威圧感を放っていた。

 そして、その機体には一夏がよく知る人物が乗っていた。

 

「七瀬!?その機体…完成したのか!?」

 

「おうよ、これが俺の技術集大成第一弾!『プロト・オーガント』だ!!」

 

 『鬼』の名を冠する機体が遂にアリーナの大地に立った。

 普通のISよりも重量のあるオーガントが地を踏みしめる度に、同じく地に足を着いていた一夏たちにも振動が伝わる。

 

「ははっ…七瀬のやつ、とんでもない機体を作りやがった!」

 

 七瀬の機体、『プロト・オーガント』から地面から伝わる振動から一夏は気迫を感じ、そんなことを呟いた。

 

『……!!』

 

 無人機は腕部のビームマシンガンを七瀬に向けて乱射した。

 

「説明している最中に攻撃とは無粋だな」

 

 七瀬はオーガントのブースターを吹かし、ビームマシンガンを避ける。

 そしてそのまま上空にいた一夏と鈴音と合流した。

 

「流石はエクス・トルーパーのスラスターだ。

 以前は機体重量に対して加速が大きすぎたが重量級のこの機体との相性は抜群のようだな!素晴らしい!」

 

 自分の設計した機体に自画自賛する七瀬。

 しかしシステムに誤差があったことに気づいたのか、その場で機体のコンソールを表示し、瞬時に書き換え始めた。

 

「(やはりISに乗っているときは頭が冴える。・・・いや、普段は理解できない情報まで処理できている辺り、機体自身から俺の頭に直接情報が提供されているんだろうな)」

 

 システムの書き換えを終えた七瀬は一夏と鈴音に向き直った。

 

「織斑、こいつは俺に譲ってもらう。今のお前らの機体ではやつと対等に渡り合うことは難しいだろうしな」

 

 試合後の白式と甲龍を見て、無人機との戦いを止める七瀬。

 しかし、二人は納得いかなかった。

 

「一人で戦うなんて無茶だ!俺もまだやれる!」

 

「そうよ!それにここで引いたらアリーナに取り残されてる人はどうなるのよ!?」

 

 大破している機体を動かしながらそう叫ぶ二人に七瀬は量子変換していたあるものを展開し、放り投げた。

 

「これは…スナイパーライフル?」

 

「奴がビームを撃つタイミングを狙って気を引いてくれ。

 できるだけ被害がでないよう俺も戦うが、もうこのアリーナは崩落寸前だ。つまり、奴の強力なビームの流れ弾をアリーナに当てないように闘わなければならないんだ。

 篠ノ之とオルコットが取り残された生徒を逃がしてはいるが、まだ時間が掛かる。

 全員が逃げ切れるまでアリーナを守り抜いてくれ」

 

 七瀬の目は真剣だった。

 人の命が懸かっている以上、七瀬も生半可な覚悟ではこの役を任せられないと思っていたのだろう。

 そしてその七瀬の姿勢に動かされたのか、一夏は返事を返していた。

 

「・・・分かった。流れ弾は俺たちでなんとかする。

 最悪、俺たちの機体を張ってでも守ってみせるさ。だから、行けよ」

 

「感謝する!」

 

 そう言い残して七瀬は無人機に向かって行った。

 

「随分無茶なことを依頼してきたわね、アイツ。

 けど一夏、射撃はできるの?」

 

「正直、全然駄目だ。だけど、何もしないなんてのは絶対に嫌だ」

 

「はぁ…そういう奴よね。アンタは」

 

 鈴音は昔から全く変わらない一夏の性格に呆れながらも、一夏と同じく七瀬に渡されたライフルを構えた。

 

「射撃のときは脇を絞めなさい。

 あと機体の射撃補佐に誤差があるわ。修正しておいた方がいいわよ」

 

「なんで俺の射撃のこと知ってるんだ…?」

 

 鈴音の自分の射撃スタイルへの適格な指摘にそんな疑問を持つ一夏。

 

「幼馴染みの勘ってことにしておきなさい!!」

 

 本当は一夏の射撃練習を隠れて見ていた鈴音だったがそんなことを語れるような状況ではなかった。

 鈴音がライフルを構えると一夏もそれに合わせてライフルを構えた。

 その一方で、二人に流れ弾を任せた七瀬は無人機に向かって走り出していた。

 

「では、お手並みを見せてもらおう!!」

 

 七瀬は無人機の上空からメイスの先端を向ける。そしてその先にある穴から何かが発射され、無人機に当たり爆発した。

 メイスの先端の穴はグレネードランチャーになっていたのである。

 

「ランチャーメイス…実に使いやすい!流石は国連のIS委員会が設計した武装だ!真打や打鉄零式にピッタリの武器だな」

 

 複合武器のランチャーメイスはIS委員会技術班が『真打』用として作った装備であり、メイスの内部に小型のグレネードランチャーが搭載された多目的装備である。

 オーガントのランチャーメイスは七瀬の希望によって機体の背丈以上の大きさまでに改造されており、それにともない、内部のグレネードランチャーも撃てる弾数が増えているといった代物だった。

 

『…!!』

 

 グレネードを遠距離で撃たれ続けるのを避けるべく、無人機は七瀬に突進してくる。

 そして無人機は腕部の鋼鉄製の鉤爪を七瀬に向けた。

 

「格闘型のオーガントに格闘を挑むとは!」

 

 七瀬は敵の鉤爪の連続攻撃をメイスで防ぐ。

 

「格闘戦ってのはなぁ!武器以外も使うんだよ!!」

 

 無人機の攻撃の隙を見て、七瀬は肩部のスパイクショルダーアーマーによる体当たりを繰り出した。

 

『…!?』

 

 巨体な機体であるオーガントの体当たりは無人機をいとも簡単に吹き飛ばし、スパイクショルダーアーマーによる装甲への損傷も与えた。

 

「逝っちまいなぁ!!」

 

 七瀬は吹き飛ばされ、よろけた無人機にランチャーメイスを振り下ろす。

 

『……!!』

 

「(ほう、オーガントのメイスを受け止めるか。普通の機体なら抑えることはできんはずだがな)」

 

 無人機は吹き飛ばされながらも、瞬時にブースターで姿勢を元に戻し、七瀬のメイスを受け止める。

 全てのISの中でもトップクラスのパワーを持つオーガントと互角のパワーを持つ無人機の腕部はやはり脅威だった。

 

『……!!』

 

 無人機は七瀬のメイスを押さえたままで、バックパックから何かを展開した。

 先ほどまではボックス型に閉じていたバックパックから、機体に着いているものと大差ない大きさと太さを持つ腕が展開されていたのだ。

 

「腕が背中から!?」

 

 無人機の背部に展開されたサブアームは目の前の七瀬に照準を合わせていた。

 そしてその腕からビームマシンガンが放たれる。

 アリーナを崩落させるわけにいかない七瀬はそのマシンガンの雨を機体を張って受け止めるしかなかった。

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

 メイスを受け止められた状態でビームマシンガンを喰らってしまう七瀬。

 だが、それで終わるほど七瀬の技術の集大成は甘くない。

 

「サブアーム…俺が考えていた装備を先に使いやがって…!!」

 

 ビームマシンガンをまともに喰らい、よろける七瀬。

 仕返しとばかりに無人機に向かって持っていたメイスを槍投げのように投擲した。

 七瀬は無人機が投擲されたメイスを腕で防いだ一瞬の間に無人機の懐に移動していた。エクス・トルーパーのスラスターとブースターを搭載している本機だからこそできる芸当である。

 

「『ドリル・ブレイカー』展開」

 

 七瀬は量子変換されていた武器腕『ドリル・ブレイカー』を展開する。

 そのドリルは両方の腕のマニュピレーターを覆い隠すようにして展開されるため、それ以外の動作は制限されてしまうというデメリットがある代わりに、相手のシールドエネルギーを一転集中で大幅に削ることができるという代物であった。

 

「ドリルを使うからには、熱く戦わなければな!!」

 

『……!?』

 

 七瀬は両腕部に展開されたドリルで無人機を貫こうとする。

 無人機はそれを許すまいと七瀬の攻撃を受け止め続ける。

 何度もぶつかり合うオーガントのドリルと無人機のマニュピレーター。だが、そのぶつかり合いにも終止符が打たれる。

 

「あえて言おう!俺のドリルは、夢への障害となるものを貫くドリルだと!!」

 

『……!?』

 

 ぶつかり合いを制したのは七瀬だった。無人機の片腕を貫き、爆散させた。

 

「フハハハ、怖かろう!!」

 

『…!!』

 

 無人機はビームマシンガンを連射して七瀬から距離を取り、バックパックの腕を外し、壊された腕と取り替えることで応急処置を施した。

 

「弾幕薄いぞ!AIの癖に何やってんの!」

 

 無人機が張った弾幕を避けながら、ときに当たりながらも距離を詰めていく七瀬。

 そんな七瀬を見て無人機も距離を取ることを諦めたのか、急旋回してそのマニュピレーターで七瀬を迎え撃つ。

 

「その首いただくぞ!!未知のロボット!!」

 

 七瀬が腕部のドリルを無人機の首元に向ける。

 しかし無人機は七瀬の腕を掴み、ドリルによる攻撃を避ける。

 更に七瀬の腕を掴んだまま、バックパックのサブアームがビームマシンガンを発射する体制に入る。

 

「伊達に足が付いてる訳ではない!!」

 

 七瀬のオーガントの膝部の装甲が展開し、そこからもドリルが現れる。

 七瀬は無人機に捕まれた腕を軸にして膝蹴りを入れる。

 その膝部に展開されたドリルによって無人機の胸部装甲に穴が開いた。

 

『!!』

 

 だが無人機はすぐに体勢を立て直し、七瀬にその巨大な腕のマニュピレーターを振り下ろす。

 更に、殴りつける寸前にマニュピレーターが高速回転、いわゆるスクリューパンチとなってオーガントの装甲を抉った。

 

「スクリューパンチ…そっちもドリルのような武装を使えるのか!ならばそれは勝負を望むと見た!!」

 

 七瀬のドリルと無人機のスクリューパンチがお互いの装甲を削り合いながら壊れていく。

 

「こんなのがIS同士の戦いだっていうの…?」

 

 シールドエネルギーは既に底をつきかけても尚、ただお互いを壊し合う二機。

 それはもはやISの試合ではなく、ただの殺し合いといっても過言ではなかった。

 そしてそんな二機を見ていた鈴音はそう呟いた。

 

『!!』

 

 オーガントとの装甲の削り合いで大破した無人機はその場から立ち退こうとアリーナに向けてサブアームが展開された。

 ビームマシンガンを発射する構えである。

 

「行ったぞ!織斑!!」

 

「分かってる!やるぞ、鈴!」

 

「あぁ、もう!どうなってもしらないわよ!!」

 

 七瀬から受け取ったライフルで無人機を狙撃する一夏と鈴音。

 だが、無人機はそれをお構い無しとでも言わんばかりにアリーナへの攻撃を辞めなかった。無人機もこの場から撤退することに必死なのだろう。

 

 

「鈴!体張るぞ!俺たちの機体を盾にしてアリーナを守る!!」

 

「はぁ!?アンタバカぁ!?

 あたしらのシールドエネルギーだってもう少ないのよ!?」

 

「アイツだって体張って皆を守ってるんだ!

 俺だけ自分の身を守ってるなんて、筋が通らない!」

 

「アイツ本当にそういう理由で戦ってるの!?ねぇ!?」

 

 先ほどまで笑いながら戦っていた七瀬のイメージからは想像もつかない戦う理由を語られ、信じられずにいる鈴音。

 

「逃げたきゃ逃げてもいいぜ?」

 

「(カッチーン)」

 

 一夏のその言葉に過剰に反応する鈴音。

 そしてそんな鈴音の様子を見た一夏は、作戦成功と言わんばかりに口元を吊り上げた。

 

「誰が逃げるですってぇ!?そんな選択肢、最初っからあたしにはないわよ!!」

 

 そう言ってビームマシンガンの雨の中に突っ込んでいく鈴音。

 一夏との戦いで武器が壊された今、体を壁にする他なかった。

 一夏も同じだ。鈴音との戦いで雪片は戦えるだけのエネルギーを無くしてしまったために使えずにいた。

 

「武器なんかなくても…!!」

 

 鈴音は向かってくるビームマシンガンを腕部のマニュピレーターで殴り付ける。

 だが機体のシールドエネルギーが削られていくばかりであるこちらに対し、無人機は半壊しているにも関わらず絶えずビームを撃ち続けていた。

 

「くそっ…やっぱり一発が重い…!!」

 

 ビームマシンガンを喰らい、装甲が破壊される白式。

 だが、それでも一夏は退こうとしなかった。

 

「まだまだぁ!あたしのこの手が真っ赤に燃える!!」

 

 隣で同じく退かない幼馴染みがいるからである。

 だがそれは鈴音も同じであった。

 二人はこんな状況であるというのに意地の張り合いをしていたのである。

 

『!!』

 

 ビームマシンガンを発射し終え、飛び去ろうとする無人機。

 だがそれを許さない者がいた。

 

「逃げ仰せると思うか!!

 行けよ!『ラケーテン・フィンガー』!!」

 

 七瀬はドリルブレイカーを量子化し、通常のマニュピレーターに戻した。

 そしてマニュピレーターを無人機に向ける。

 すると、七瀬のオーガントの腕部のフレームのみが継ぎ目から分離し、有線式のマニュピレーターが無人機に向かって飛んでいく。

 七瀬いわく、『有線式のロケットパンチ』である。

 

「ヒートォォ…エンドォ!!」

 

 七瀬がそう叫ぶとオーガントから分離したマニュピレーターは無人機の足を掴んだ。

 七瀬は有線式で繋がっているマニュピレーターを引き戻し、無人機を地面に叩きつける。

 そして今度は無人機を捕らえたマニピュレーターの方へと機体を引き寄せ、無人機へ接近した。

 

「ようやく捕らえたぞ」

 

 七瀬は地面に叩きつけた無人機に馬乗りの態勢になる。

 そして無人機が動けない状態に持ち込む。

 

『!!』

 

「サブアームはもう見せていただいた!」

 

 無人機の背後で狙いを定めていたサブアームを七瀬はマニュピレーターで潰した。

 

「今度はこちらの番だ」

 

 七瀬がそう言うと、オーガントの鬼面の形をした胸部装甲の口が開く。

 そしてその開いた口から砲台が出現した。

 

「見せてやろう。これがオーガントのフレームに搭載された特殊武装!!」

 

 鬼面の装甲の口から現れた砲台が馬乗りになっている無人機に照準を合わせる。

 七瀬は残っているエネルギーを全てその一撃に込めた。

 

「焼き尽くせ、『インフェルノ・アンガー』!!」

 

『!?』

 

 特殊武装『インフェルノ・アンガー』。

 ISコアの生み出すエネルギーを一点に集中させることで既存の装備よりも高い破壊力を持たせた特殊爆炎砲である。

 超至近距離で放たれた火炎放射。

 それは無人機はおろか、放ったオーガントの装甲までも溶解させ、この戦いに終止符を打った。

 

「…終わったのか?」

 

 一夏がそう呟いた。

 

「馬鹿!なんでそう死亡フラグを立てるのよ!」

 

 一夏の言葉に対し、そう叫ぶ鈴音。

 

「いや、完全に機能は停止したようだ。

 今のでフレームまで溶かしちまったからな。もう動けまい」

 

 二人に七瀬はそう言った。

 

「だが、まだ終わりではないぞ」

 

「「えっ…?」」

 

 二人は揃ってそんな声をあげた。

 

「話が違うじゃない!!倒したんじゃないの!?」

 

「あぁ、倒しはしたさ。だがな──

 

 

 

 まだ鹵獲行動は終わっていない!!」

 

「はぁ!?」

 

 七瀬の言葉に鈴音は訳がわからずにいた。

 

「織斑、こいつの腕を片方斬れ!!

 それが今回の報酬だ!」

 

「えっ…!?いやでも零落白夜はエネルギーがないから…」

 

「知るか!!泣き言なんか聞きたくないな、なんとかしろ!!」

 

「無茶言うなよ!!」

 

「教師共が機体の回収に来る前にこいつのビームマシンガン付きの腕だけでもいただくんだ!布仏に監視カメラを止めさせてはいるがあまり時間がない!急げ!」

 

「あぁ、もう!わかったよ!!」

 

 一夏は白式のマニュピレーターを無人機に突き刺し、腕の部分だけを抉りだした。機械の壊れる音がアリーナに響き渡る。

 

「うわ…なんかグロい……」

 

「ユニコーンガ◯ダムのビスト神拳みたいだな」

 

 それを見ていた鈴音と七瀬はそれぞれ違った反応を見せる。

 そんな中、七瀬のもとに通信が入った。

 

『あずさん!しののんとせっしーも救出終わったって~。私もここから逃げるよ~』

 

「布仏か。こっちも終わったから撤退する。

 あとで合流しよう。今日は労いの意味も込めて祝杯だ!」

 

『おかしはある~?』

 

「勿論。ケーキに紅茶も忘れずに用意しておこう」

 

『すぐにいくよ~!』

 

 本音は上機嫌で通信を切った。

 

「よし、とっととずらかるぞ!先生方から尋問を受けたくなければな!」

 

「ま、待てよ七瀬ー!この気持ち悪い腕どうすれば──」

 

「(本当、アイツの頭の中ってどうなってるのよ)」

 

 普段や戦いのときとは明らかに違う、上機嫌な七瀬を見て鈴音はそう思うのだった。

 こうして一夏の周りに常識人が一名増えたのである。

 

 




次回がフランス転校生ですかね。今回でやっと難所を乗りきりましたよ。
そして本音ちゃんにヤンデレみたいな発言をさせたことを深く反省しております。

ちなみにオーガントはイフリートにグレンラガンとマジンガーの要素を足して改造したプラモがモデルだったりします(笑い)。

今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた熱い感想、高評価、是非是非お待ちしております!!


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戦後処理

今回は七瀬たちは出ません。
大人たちの話です。ロボット愛は爆発しているのでご安心を!
そしてプロローグで登場し、反響の多かったあの人が再び登場します。




新たに高評価をくださった
くとぅるふさん、魔乙さん、ALPHA-117さん、チャン根田さん、テルミンさん、 流離う赫毛の剣士さん、karassさん、マルタスさん、つんさん、ありがとうございます!!


『これより、報告会を始める。

 事件の報告は君からお願いできるかな、織斑千冬君?』

 

「はい」

 

 IS委員会。そこの本部ではIS学園で起こった『無人機襲撃事件』についての追及が行われていた。

 事件の当事者として、学園から召集された千冬は説明を求められ、それに応じる。

 

「クラス代表戦第十三戦目、織斑一夏VS凰鈴音の試合終了直後にアリーナのバリアが破壊、同時にアリーナ内の全システムがハッキングを受けました。

 アリーナのバリアを破壊して侵入してきたIS…我々はこの機体を『ゴーレム』と呼ぶことにしました。

 ゴーレムはアリーナに侵入し、試合後の織斑機、凰機と交戦。最後には沈黙しました。

 そして、これがそのゴーレムです」

 

 千冬は空間投影ディスプレイに、襲撃者『ゴーレム』の画像を表示した。

 すると、話を聞いていた委員会の役員たちがどよめいた。

 

『操縦者がいない…!?』

 

『織斑君、これは一体なんなのかね!?』

 

 大破したゴーレムの画像を見てそんな声を上げる委員会側の人間たち。

 それもその筈である。

 表示されたゴーレムの画像のコックピットの中には熱で溶解しかけていた人型のナニカがいたのだから。

 

「これがこのIS、ゴーレムのコアたる部分です。

 この人型のコアが自分で考え、自分で行動する。無人のIS、それがこのゴーレムです」

 

『人の形をしたISコアだと…?ではコア以外の機体はなんだ?』

 

「機体はもはや器にすぎません。

 例えるとすれば、パイロットとコアの役割を兼ねた人型のコアが命、機体が肉体でしょう」

 

 そう。これが無人機の正体である。

 本来コックピットに乗っているはずのパイロットはおらず、その代わりに『人の形をしたISコア』が乗る。

 ISコアの形自体を変え、パイロットに見立てているのである。

 

『だがISコアの形を変えるなど、そんなことできる筈が…』

 

「現に起こっていることです。

 ですが、それだけの技術を持っている人物でなければ、この機体の異常な性能の説明がつきません」

 

『ビーム兵器か…未だに開発のメドがたたないこれを作れる人間がいるとはな…』

 

 現在、世界ではビームよりも出力の低いレーザー兵器の開発ですら停滞している状態である。

 だというのに、それを作り出し、あまつさえISの腕部に内蔵できるほどに小型化できるなどという技術を持っている企業は世界中のどこを探しても存在しない。

 故に、その場にいた全員が同じ結論にたどり着くのは必然的であった。

 

『篠ノ之博士の差し向けたものなのか…だが何故…』

 

 分からないのは自分の作り出したISをこのようなことに使用した理由だ。

 こんなことをすればISに対する世間からの風当たりが強くなるのは当然。そうまでして自分が心血を注いで作り出したものを悪用する理由があるのだろうか。

 

『ISを悪用したテロは多い。エリア61事件もそのひとつだ。

 我々は天災の逆鱗に触れてしまったのかもしれないな…』

 

 エリア61事件。ISの稼働試験会場から試験用として用意されていた数機のISが強奪された事件である。

 その事件には稼働試験にきていた七瀬も関わっていた。

 中学時代の七瀬は、辛うじて強奪を逃れた『ラファール・リヴァイヴ』を使ってこの勢力と対峙した。

 七瀬がはじめてISを動かせると判ったのもこのときであり、このエリア61事件は世界で大きく知られている。

 

『だが、待ってもらいたい』

 

「?」

 

 委員会の役員たちが嘆く中で、一人だけ力強い声を上げた者がいた。

 その声に他の役員たちも反応する。

 

『今回の問題、本当にこれだけだと思っているのかね?ミス織斑』

 

 そう千冬に問い詰める役員。

 

「いえ。織斑たちの交戦を止めなかったこと、そして何より我々教師が何も尽力できなかったことは自覚しています。委員会からの命であれば懲罰も受ける覚悟でこの場に立っているつもりです」

 

『そうでなければ困るんだよ。

 仮にも君は生徒の命を預かる立場なのだから。

 ・・・それと、こちらに送られてきた情報では訓練機で無人機に挑んだ生徒がいたそうだが…』

 

「はい。東七瀬という生徒です」

 

『布仏本音から手柄を奪って真打の原型を作ったと称する男か。

 また彼は学園を騒がせたようだね』

 

「ですが、今回ばかりは彼らの行動を称賛せざるを得ません。

 何もできずにいた我々の代わりにアリーナに監禁された生徒の解放、無人機の討伐…これらを成したのは全て彼を含む周囲の生徒です」

 

『ふん、どうせまた他者の手柄を横取りしただけだろう。

 確か今回のアリーナ解放の参加者に代表候補生がいたな。その者がいたからこその成功だろう。

 君の弟も彼の周囲の人間だそうだが、同じく手柄の横取りが目的で今回の解放に参加したのではないか?』

 

 男が語っていく言葉を聞き流していく千冬。

 そうでもしなければ怒りの感情を抑えれないと分かっていての行動なのだろう。

 

『自分の弟の成長を確かめたいのは解るが、それで鎮圧が遅れては困るんだよ。

 そもそも、世界最強(ブリュンヒルデ)の君が最初から出ていればいち早く鎮圧できたはずだ』

 

「ですからそれは──」

 

 無人機によってアリーナが閉鎖されたから。そう千冬が答えようとしたときだった。

 部屋のドアが開き、何者かが入室してきた。

 

『誰だ?今は立ち入り禁止にしていたはず──』

 

「いやぁ、ごめんねー。七瀬君(ロボット廚)の作った技術集大成(変態の集大成)を研究してたら時間が掛かってさー。いやぁ、反省反省」

 

 そんな場違いな口調で入室してきた白衣の男。そのポケットには先程研究していたものであろう資料が大量に詰め込まれており、収まりきれないのであろう資料がポケットから落ちていた。

 そして千冬はそんな滅茶苦茶な格好をした男のことを思い出した。

 

「バラム・エレック…総技術長」

 

「おぉ、ブリュンヒルデに名前を覚えてもらえるなんて光栄だねぇ」

 

 バラム・エレック。七瀬に『打鉄・零式』の技術公開交渉を持ちかけたIS委員会の総技術長である。

 機体譲渡の際に千冬と面識を持っており、そのときも今のような服装だったために印象強く残っていたのだ。

 

『おや、総技術長がなんの用ですかな?ここは貴方のような技術屋が踏み入っていい場所ではない。さっさと立ち退いていただきたい。貴方にはこのような場所ではなく薄暗い部屋がお似合いだ』

 

「うん?」

 

『技術屋には技術屋の仕事があるだろう。そっちに戻れと言っている。あとなんで入ってきた』

 

「はぁー、これだからお堅い頭の奴と話すのは嫌なんだよねぇ。議長も僕にこんなこと任せないで欲しいよ全く」

 

 そう言って彼は手に持っていた資料の束を役員たちの机に置いた。

 

「IS委員会議長は今回の件に対し、より厳重な警備と対策が必要と見た。

 より円滑な任務の遂行の為、IS学園の警備と技術開発を目的とした特務隊の編成を要求する。…だってさ。大変だねぇ」

 

 エレックは役員たちに資料を渡し終えた後に千冬にも同じ資料を渡した。

 

「私にも、ですか?」

 

「うん。なんたってこの特務隊の指揮官は君だからね。

 それと、特務隊の選抜の中には君の弟さんも入ってるよ」

 

 千冬は選抜の名簿を見る。そしてその中に一夏の名前があったことを確認した。

 

「ちなみにこの特務隊の役割は今回みたいな襲撃があった場合の学園の護衛とIS学園の技術成果の報告ね」

 

「つまりは本隊が到着するまでの威力偵察という名の犠牲と次々に新たな技術を作り出す問題児たちに首輪を着けておくということですか」

 

 千冬の言葉に役員全員が黙った。

 皮肉混じりに言われたその言葉に、千冬からの殺気を感じたからだ。

 

「うん、そうだよ」

 

 殺気の混じった千冬の言葉にあっさりとそう答えるエレック。

 そしてそんな彼を見て役員たちは腰を抜かしていた。

 エレックが千冬の怒りを買ったと思ったからである。

 

「ま、でも君ならそんな隊にすることもないでしょ。

 だから君を推薦したんだからね。感謝してよ?」

 

「しかし何故ですか?貴方には何の得もないことでしょう?」

 

「流石にこっちだって生徒の血でまみれた技術を世界に公開するのなんてごめんなんだよ。

 生徒がその身を犠牲にして守った技術です、なんて言われて渡されても胸糞悪いからさぁ」

 

 エレックは眼鏡を人差し指でくいっとあげる仕草を見せながらそう語る。

 

「だからさ、綺麗な技術を血で汚さないでねー?

 僕たち技術者の誇りが傷つくからさぁ。

 どうせ渡すならこんくらいピッカピカのやつを渡してほしいなぁ」

 

 そう言ってエレックはポケットから七瀬の『プロト・オーガント』の写真を取り出す。

 

「こいつはいいよ~。作った者が素晴らしい未来を見据えて作っていることが一目で分かる。

 もともと僕たちの作った『真打』をベースに作られてるから新たな技術を使って作られていないんだよねぇ。

 そのせいで『世界に技術を公開する義務』が成立しないんだよねぇ。残念残念」

 

 彼が言っているのはIS学園の特記事項のことだろう。

 『開発された技術を世界に公開する義務』。だがそれは、新しい技術が開発された場合にのみに限る。

 以前の『打鉄・零式』の場合は新型フレームに骨格を支えるためのシリンダー等、七瀬が新たに開発した技術で作られていたために特記事項が成立した。

 だが、今回七瀬が改造した『プロト・オーガント』は『真打』をベースとし、既に開発されている技術を使って改造されているために特記事項が成立しないのである。

 

「僕たち技術屋だって作るものは選びたいのさ。

 ま、どっかのお馬鹿さんたちは薄暗い部屋なんて言ってたけどさ、僕たちにとって技術室は未来を作る場所なんだよ。そんな場所に血で汚れたものを持ってきたくないんだよねぇ」

 

『おい、誰が馬鹿だ』

 

「はい、これで報告会は終了ー。

 ミス織斑、もう帰っていいよー。伝えることは伝えたからねぇ」

 

『何を勝手なことを!!それにこの件は我々役員が──』

 

「あぁ、そうだった。もうひとつ議長から伝えておけって言われてたことがあるんだよぉ」

 

 叫ぶ役員を無視して、彼はまたポケットをまさぐり始めた。そしてしばらく時間が経った後、一枚の紙を出した。

 

「これより、IS学園との一切の事業はこの僕が取り仕切ることになったから。

 というわけでミス織斑、これからもよろしくねぇ」

 

 あっさりとそんなとんでもないことを告げるエレック。

 それを聞いた役員たちはたまらずに立ち上がる。

 

『ふざけるな!技術屋が政治だと!?

 ならば、我々はどうなる!?』

 

「君らは今日から僕の部下だよ。

 交渉が下手くそな君たちに変わって世渡り上手な僕が上司になったからよろしくー」

 

『技術屋ごときが我々に指図だと?いくら議長の決定とはいえ、私は──』

 

「ふーん、上司の僕に向かってそんな態度とるんだ…

 ならもういいや、君クビねー」

 

『なっ…!?』

 

「どうしたの?自分より下の立場のものに権力を振りかざすのは君のやり方じゃないか。わざわざ君のやり方で君を裁いてあげたんだから感謝してよぉ」

 

 呆気に取られている彼を小突くエレック。

 

「他の皆も、それでいいよね?」

 

 その問いに異論を唱える者はいなかった。

 もしこの場で異論を唱えようものなら、それは自分から職を失いに行くようなものだと判断したからだろう。

 

「さ、ミス織斑。君の役目は終わりだよ。ほら、行った行った」

 

 そう言って急がせ千冬を帰すエレック。

 IS学園との関係を取り仕切ることとなった彼には、これからやらねばならないことがあるからだろう。

 

「(以前の無能よりはマシな人間になったか)」

 

 責任者の交代した委員会を背に、千冬はそんなことを思うのだった。

 

************************

 

「随分苦労したようだな。世界最強とまで吟われた君が」

 

 IS委員会の本部から出てきた千冬を見て、そう語る一人の男。

 

「そんな肩書きがあるくらいで人間を辞められるわけではないのさ。

 …もういい、さっさと出発してくれ」

 

「了解」

 

 普段であればもっと反論に時間を費やす彼女だが、今回ばかりはその気にならなかった。

 委員会での報告会が千冬の体力を削っていたからである。

 

「…飲むか?」

 

 自分の車のエンジンを掛けながら、助手席に深く腰かける千冬に缶コーヒーを渡す男。

 それを向けられた千冬は彼のその手慣れた行動に疑問を抱き、質問を投げかけてみた。

 

「お前はこの車内でその気遣いを何人の女に向けて来たんだ?

 なぁ、沖田」

 

「生憎だが仕事の立場上、女を作る予定などない」

 

 淡々と語る男の名は沖田 雄(おきた ゆう)

 IS学園に入学する前の七瀬と一夏のボディーガードを務めた人物でありながら、対暗部用暗部、更識家のエージェントでもある。

 

「…気遣いには感謝するが、今はそんな気分ではない」

 

「そうか」

 

 そう言って沖田は自分の分のコーヒーの缶の封を開け、一口すすった。

 苦味の強いブラックコーヒーは疲労困憊した今の千冬には受け付けられなかったのだろう。

 

「成果を聞いても?」

 

「今は話しかけるな」

 

「なるほど、余程お相手が酷かったと見た」

 

 千冬の態度から察した沖田は車のペダルを踏み込もうとしたが、隣の千冬の行動に気づき、出発するのを辞めた。

 

「シートを倒しすぎだ。

 万が一にでも事故に遭ったらどうする」

 

「なに、そのときはお前をあの世から恨むだけだ」

 

「理不尽だな。…出すぞ」

 

 沖田は千冬に一言掛けてから車を出発させた。

 既に時刻は午後の7時を過ぎており、学園での千冬の勤務時間も終了していた。

 助手席でリクライニングシートを限界まで倒しながら目を閉じている千冬は時間さえも気にしている余裕はないようだが。

 

「君を降ろす場所だが、学園の付近でもいいか?

 君を乗せたことをお嬢に勘づかれれば何を言われるか分からん」

 

 沖田の言うお嬢とは更識楯無のことである。

 彼の家は代々更識家に使えており、今の任務に着く前は彼女の世話係をしていたために面識があった。

 堅物とまで言われる沖田が自分の車に女性を、それも千冬を乗せていたとなれば楯無もこれをからかいのネタに使わずにはいないだろう。

 

 それを未然に防ぐ為に考慮したことだったのだが、千冬がそれを許さなかった。

 沖田は、さっきまで閉じられていた千冬の目が自分に突き刺すような視線を送っていたことに気がつき、諦めてIS学園に進路を向けた。

 

「車の免許は持っていないのか?」

 

「そんなものを取っている時間はなかった」

 

「…すまない。失言だった」

 

 沖田は千冬の言葉の意味に気がつきすぐに謝罪を入れた。

 高校を卒業してからは自分のことの他にも一夏の生活費を稼がなくてはならなかったために、余計なことに金を使っている余裕がなかったのである。

 

「最近知ったことだが、ISの世界大会『モンド・グロッソ』には特別な制度があるそうだな。

 なんでも、優勝者はIS学園の教師の免許を取れるとか」

 

 沖田の言葉で千冬の閉じられていた目が開く。

 

「モンド・グロッソで優勝しようと必死になる者がいるとする。

 つまりそれはIS学園の教師という年収の良い職務に就くためなのだろうか?」

 

「突然何を言い出すかと思えば…他人のことをよくそこまで調べる。

 訴えてもいいんだぞ?」

 

「たまたまモンド・グロッソの特殊制度について調べていただけだ。

 そしてその真偽を身近にいるIS関係者に聞いた、ただそれだけだ。

 君のことを聞いた覚えはないが?」

 

 沖田がそう言うと千冬はチッと舌打ちをした。

 そして、リクライニングシートを倒したままで口を開いた。

 

「私には弟がいる…いや、お前は知っているんだったな」

 

「昔から聞かされてきたからな。

 それに一夏君には学園から派遣されたボディーガードとして一度会っている。無論、同じ男性操縦者の七瀬君とも」

 

 最初はIS学園からの任務で七瀬の護衛に着いた沖田だったが、学園側が一夏の方の護衛を優先したために一夏の護衛に移動した。

 そのため、男性操縦者である二人と面識があるのだ。

 

「親も親戚もいない私達は自分たちで生きていく他なかった。

 一夏には私と違ってやりたいと思ったことをさせてやりたい。

 第一回モンド・グロッソで優勝し、IS学園の教師となって一夏を食わせてやれるようになったところまではよかった。

 …だが、私はその間一夏に家族の暖かさを教えてやれなかった。

 そして極めつけには第二回モンド・グロッソでの誘拐事件。

 そのときになってようやく私は自分の行いの愚かさに気づいた」

 

 沖田は、自分の隣で過去の無念を語る千冬に掛けられる言葉を持っていなかった。

 

「なら、第二回モンド・グロッソに参加した理由は…?」

 

「単なる賞金稼ぎだ。

 少しでもアイツの将来の足しになればと思ってのことだったが…あんな結果を招いただけだ。恨まれても仕方がないことを私はしてしまった」

 

 千冬は一夏が誘拐事件のとき何を思ったか、自分のことをどう思ったのかを知らなかった。

 

 だが、沖田はその答えを持っていた。

 

「…こんなことを言っても君の気持ちは変わらないかもしれないが、一夏君は君が助けに来てくれたことよりも君に会えたことが嬉しかった、とそう言っていた」

 

「何故それをお前が…」

 

 沖田の言葉を聞いた千冬がそんな声をあげた。

 

「ボディーガードとして一夏君の家に行ったとき、君の話をしてくれた。

 …だから私も知っていることを全て話した。学生時代にお互い両親がいないことから始まった悪友関係であり、何かあれば弟弟とずっと話す生徒だったと。

 …そして今のように何かある度に私をタクシーのように扱うとね」

 

「だが、見ず知らずのお前に一夏が家族の話をするとは思えん」

 

「見ず知らずではないようだぞ。

 何処かの誰かが一夏君に学生時代の写真を見せながら話をしたことがあるそうだからな。

 それに一夏君のボディーガードに私を推薦したのは他でもない君だ。一夏君に連絡のひとつくらい入れていたんだろう?ボディーガードに就く者は自分の知り合いだ、と」

 

 千冬は今になって一夏に連絡を入れていたことを後悔した。

 そして額を抑えたまま、千冬は沖田に質問した。

 

「…お前に聞くのもおかしいかもしれないが、一夏は私のことをなんと言っていた?」

 

「言っていたことが多いために纏めるが『優しくて不器用なたった一人の家族』、そう言っていた」

 

「…あいつ、あとで覚えていろ」

 

「いい意味だと思うぞ。

 そうでなければ、自分の命の心配よりも姉に会えたことが嬉しかった、なんて言わないだろう。

 全く、これ以上ないブラコンとシスコンだよ、君たち姉弟は」

 

「皮肉か」

 

「誉め言葉と受け取ってくれて構わない」

 

 千冬にそう語る沖田。

 

「本当は一夏君の気持ちを私が語っていいことではないはずだが、君がそうまであのときのことを引きずっているとは思わなくてな。

 …そうだな、戻ったら家族会議でもしてじっくり話してみることも一つの手だろう」

 

「検討してみるとする。それと…」

 

 千冬は一連の会話で目が覚めてしまったのか、倒していたリクライニングシートを起こした。

 

「私がお前をタクシーのように使うと言ったな。

 あれはどういう意味だ。アイツにおかしな入れ知恵をするな」

 

「おや、本当のことだろう。

 あの誘拐事件のときも突然『すぐにドイツまで行く足を寄越せ』等と抜かすブラコンのせいで私は一度更識家の組織から名前を消されかけているのだからな」

 

「言っておくが私は強制はしていない。タクシーは職務であるためクライアントのためなら何処であろうとたどり着かねばならないが、お前のそれは強制されていないぞ」

 

「電話越しに涙声で頼んでくることを強制と言うんだ」

 

「それはお前の勝手な判断だろう」

 

 勝ち誇った顔でそう言う千冬に舌打ちする沖田。

 

「あとで一夏に言い直しておけ。

 自分はタクシーではなく手足だと」

 

「同じだということに何故気がつかない。

 言い直す意味がないぞ」

 

「そう思うか?」

 

「逆に聞こう。なぜその二つの言葉に違う意味を見いだせる」

 

「…まぁいい」

 

 そう言うと千冬はシートに腰かけたまま再び目を閉じた。

 

「私はもう一眠りさせてもらう。

 学園に到着したら一声掛けてくれ」

 

「結局学園まで入らなければならないのか」

 

 沖田は諦めてカーナビの目的地をIS学園に設定した。

 

「…ん?」

 

 そんな中、千冬が行きの時には持っていなかった紙袋を持っていることに気がついた。

 

「おい、それは何だ」

 

「お前は私を寝かせないつもりか」

 

 話しかけられた千冬は目を閉じたまま答える。

 

「委員会の総技術長のバラム・エレックとやらが東に渡せと言って訊かなくてな。

 確か布教活動とか言っていた」

 

「布教…?」

 

 丁度信号で停められたところで沖田は中身を確認した。

 すると、とんでもないものが入っていたことに気がつく。

 

「これは……!?」

 

「何だ?」

 

 普段見せない沖田の反応に千冬は閉じていた目を開いた。

 

「まさか、こんなものを渡してくるとはな…」

 

「なんなのだそれは?」

 

 千冬が問いかけると沖田は紙袋を片手で開いてみせた。

 

「これは…プラモデル……?」

 

「そう。

 ティターンズ配備機『マラサイ』。

 こんなものを布教しようなど…万死に値する!!」

 

 生粋の連邦派である彼にとって、IS委員会の総技術長バラム・エレックが薦めたこの機体はお気に召さなかったようである。

 

「ルート変更だ。

 君は少しの間車内で待っていてくれ」

 

そう言って沖田はカーナビの目的地を変更し、某家電量販店に向けて車を走らせる。

 

「おい、教師にも門限のようなものはある。

 あまり時間を伸ばされると…」

 

「3分で戻る。

 七瀬君にその機体だけを布教するくらいならば、私も連邦の機体を布教しよう。

 ザクやグフといったジオン軍の機体を好む七瀬君には受け入れがたいかもしれん。だが、連邦の機体のロマンは伊達ではない!」

 

 千冬の声が耳に入っていないのか沖田は一人叫ぶ。

 

「私の目の前で他の軍の機体を布教するとはいい度胸だ総技術長とやら。

 その名、覚えておくとしよう。

 いや、それよりも七瀬君に布教する機体の考慮が先だ。ジムは以前に薦めた。ならばジェスタかジェガンか、それが問題だ」

 

「(持って帰る私の身にもなれ)」

 

 そう思う千冬であったが、彼女は知らない。ロボット好きにとってプラモデルの箱の重みは至福のものであることを。

 

 

 

 

 

 

最後、沖田によって千冬までプラモデルを買わされたことは言うまでもない。




千冬さんと連邦ボディーガードこと沖田さんの話でした。
そして新たな派閥、ティターンズ派登場と。

たまには主人公たちから外れて他キャラクターの話を書くのもいいですね!

年内投稿はこれが最後になります。

今回も、いえ、今年もありがとうございました!
ロボット愛を込めた熱い感想、高評価、是非是非お待ちしております!!


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転校生

地の文が長い方が内容がしっかり伝わりやすいか、セリフが多い方がすらすら読めて見やすいか、悩みどころです。

新たに高評価をくださった信ちゃんさん、モリプーさん、あのりんごさん、乙女座の軌跡さん、紅鬼さん、祈願花さん、如月アミダさん、o-sannさん、ありがとうございます!


「織斑先生、連邦の機体について一言どうぞ」

 

「・・・なんの話だ?」

 

 IS学園の職員室で発せられた七瀬の一言に呆気にとられる千冬。

 

「織斑から先生の部屋に連邦の機体のプラモデルがあったと聞いたものですから」

 

 一夏は千冬の部屋でプラモデルを見つけたとき、七瀬が千冬にプラモデルを勧めたのかと思ったようだ。

 だが千冬の部屋でプラモデルを見つけたことを七瀬に話すと、七瀬は自分が勧めたわけではないと言うのでその出所が気になったようである。

 

「あれは私の知り合いから勧められたものだ。

 肩の力を抜いて何かを創作することも娯楽になる、とな」

 

「自分も中学時代の苦悩の中でプラモデルに助けられた場面は多くあります。

 あれがなければ学校で日々のストレスが爆発していましたよ」

 

 七瀬の場合、プラモデルへの執着が異常である。かつては食費を削ってまで新作に手を出すほどに。

 

「しかし、説明書を読んでもひとつの部位を作るのでさえ時間が掛かってしまった。

 やはり手先が不器用な私には難しい」

 

「先生にもそんな弱点があるんですね」

 

「私とて完璧ではない。人間弱点のひとつやふたつあるさ。

 …だが、何かを作るということの苦難や悦楽を知ることができたことはよい経験になったと思っている」

 

 七瀬にそう語る千冬。

 

「それはそれとして…依頼した届け出は持って来たのだろうな?」

 

「はい。こちらです」

 

 七瀬は千冬に一枚の紙を渡した。

 『改造報告書』と書かれているそれには『プロト・オーガント』の改造に貢献した者の名前が書かれていた。

 そこには勿論、手書きのオーガントの設計図とスペックデータが添えられていた。

 

 

【プロト・オーガント】

 

和名:鬼面

世代:第二世代

形式:???

国家:IS学園訓練機

分類:近距離格闘型

仕様:改良型新型ゼロフレームの採用

装備:

両腕部近接格闘用装備『ドリルブレイカー』

両腕部有線射出攻撃機構『ラケーテン・フィンガー(戦術実証型)』

胸部特殊爆炎砲『インフェルノ・アンガー(戦術実証型)』

近接格闘用メイス『ランチャーメイス』

 

 

「今回の機体は委員会の技術班から返還されたばかりの『打鉄・零式』を使ったそうだな」

 

「はい。しかし、中身を真打に似せたためにあの機体のフレームは零式のものではありません」

 

「どういうことだ?」

 

 七瀬の言っている意味が分からずに聞き返す千冬。

 

「ようするに、返還されてきた零式のフレームを真打のフレームに似せて改造したんです。

 ですが真打のスラスターやブースターはほとんどが委員会の新規設計だったために今の学園の機材では再現できませんでした。そのため、『エクス・トルーパー』で使用したスラスターや高機動ブースターをそのまま流用しています。

 しかし、その恩恵により機動力の向上に成功。そのため、普通の真打のフレームよりも操縦の安定性が落ちた代わりに機動力の向上したフレームとなりました」

 

「結局は元である打鉄・零式の扱い辛さが残ったか。

 エクス・トルーパーから部品を使ったということは、あの機体は『アサルトソルジャー』に戻したのか?」

 

「はい。エクス・トルーパーとアサルトソルジャーの違いはブースターやスラスターを変えただけであって、フレームを弄ったわけではないのですぐに元に戻すことができました。機体のモジュールの初期化もしてあるのでご心配なく。

 ・・・OSや機体で得られたデータは回収させて頂きましたが」

 

 プロトオーガントにはエクス・トルーパー同様に『グストーイ・トゥマン・モスクヴェ』のOSやソフトウェアが使用されている。しかしこれは七瀬がこれらを弄る技術を持ち合わせていないために採用されているに過ぎず、本来のオーガント用のOSやソフトウェアが完成すればオーガントは更なる力を発揮することができる。

 ISのデータというものは操縦者の操縦スタイルに合わせて最適化されていくものだが、それは専用機の場合に限る。そのため、学園の機体を使って実験を行っている七瀬は、戦闘データを得てそれを既存のものと組み合わせるという方法で最適な組み合わせを模索している。

 オーガントはこれだけの力を持っていながらも未だに未完成の機体だというのだから教師も生徒も俄然として注目し始めたのだ。

 

「この特殊装備はなんだ?こんなものは零式にも真打にもなかった筈だが」

 

「新たに取り付けました。

 もともとこれは3年生の先輩が使用している専用機の破損したパーツだそうです。捨てるのも勿体無いと思ったので修復して使わせていただきました」

 

「3年生の専用機持ちで火炎放射機を持つ機体…確か『ダリル・ケイシー』の専用機だったか」

 

「はい。『ケルベロスver2.0』という機体だそうです。

 そのケルベロスの肩部に搭載されている火炎放射機を改造してオーガントの胸部フレームに取り付けています」

 

「フレームだと?あれは後付け装備(イコライザ)ではないのか?」

 

「この装備のパワーの根元はISコアから直接供給されるエネルギーです。そのため血管の役割を果たすエナジーバイパスとの接続数も多いために後付けにして弱点を露出するわけにはいかないんですよ」

 

「つまり、この特殊装備を使う際にそこを狙われれば終わりということか」

 

「はい。ですが威力は知っての通り、あの無人機はおろか自分の装甲まで溶解させるほどです。ISコアからコンデンサを経由せずに直接供給されるエネルギーが生み出す力は伊達ではありません」

 

 オーガントの特殊爆炎砲『インフェルノ・アンガー』の威力の秘密はISコアから直接供給されるエネルギーにある。

 通常、ISコアから供給されるエネルギーはフレームの各部にあるコンデンサに供給され、その蓄えられたエネルギーからエナジーバイパスを通して使用されていくのだが、この装備の場合は先ほど挙げた過程を全て省略し、胸部の砲台にエネルギーを一点集中させることによって恐るべき破壊力を持つ兵装としている。

 だが、火力があまりにも集中しすぎるがために爆炎砲を打ち出す際は防御に使うシールドエネルギーをも使ってしまい無防備な状態になる上に、一発打ち出すだけで砲台の砲身が溶解してしまう始末である。

 

「また整備に問題の掛かる機体を作ってくれたな」

 

「大丈夫です。この装備を使える人間は限られているので」

 

「なんだと?」

 

「この装備、装備名を声量85以上で叫ばなければセーフティが解除されないようになってるんですよ。

 大の大人や高校生が声量85…すなわち子供の全力の叫び声程度の声量で装備名を叫ぶなんてことはやりたがらないでしょうからね」

 

 付け足すと、ISの操縦において武器名を叫ぶというのは量子変換してある装備を呼び出す際にイメージを固めるために使われる初心者用の手法であるため誰もやりたがらないのである。

 

「手の込んだことをしてくれたな。だが、こうでもしてもらわなければ使われる度に整備しなければならなくなるから助かる」

 

「どうせ俺や織斑が使いまくりますけどね」

 

「そのときは謹慎処分か使用を禁止するか選ばせてやろう」

 

 千冬に言われ後退る七瀬。

 千冬は七瀬の持ってきた資料をデスクに置き、七瀬の方を向いた。

 

「あの機体、じきに行われる学年別個人トーナメントに使うつもりか?」

 

「はい!是非とも!!今から楽しみですよ。我々の技術集大成がどこまで通用するのかが!」

 

 目を輝かせながらそう言う七瀬に千冬は衝撃の一言を告げる。

 

「楽しみにしているところに水を差すようで悪いが、お前があの機体を使うことはできないだろう」

 

「・・・それはどういうことですか?」

 

「学園の機体を使う権利は上級生が優先だ。

 アリーナでの戦いを知っている者なら真っ先にあの機体を使用すると言い出すはずだ」

 

「手のひら返しもいいところですね。散々蔑んできた俺の設計した機体を使うなんて」

 

「そんな手を使っても尚、勝とうとする理由があるんだろうな、今回は。

 それに専用機を持たない生徒にとってはこれが最初で最後のチャンスだ。それをみすみす見逃す馬鹿はいないだろう」

 

 生徒たちの七瀬(変態)に持っている悪印象は相変わらずだが、機体を見る目は変わっていた。

 そのこともあって最近では三年生がオーガントを使用し始め、駆け出しと言われる一年生がオーガントを使用することはできなくなっていたのである。

 

「俺たちが作った機体だというのに...」

 

「コアは学園のものだ。故に、使い方を決めるのも学園だ。それは致し方ない」

 

「今週なんて5回も使用許可申請出しているんですが、全部断るってのはどういうつもりなんですかね」

 

「その代わりといってはなんだが、今ならお前がさんざん使いたがっていた『ラファール・リヴァイヴ』の使用許可なら出ると思うぞ」

 

「それは勿論嬉しいです。しかし、学年別個人トーナメントでもリヴァイヴが使えるかどうかは分からないので暫くは自室で大人しくプラモでも作っていることにします」

 

「そうか。なら私の仕事も増えずに済む」

 

 七瀬の一言に安堵する千冬。

 無人機襲撃事件の後始末に負われていたために、これ以上の苦労は負いたくなかったためである。

 

「先生もご苦労なさっているようで」

 

「皮肉か」

 

「まさか」

 

 千冬に睨み付けられ、一瞬心臓を掴まれたかのようなプレッシャーを感じた七瀬はすぐにそう答えた。

 

「お前も私の労を労うくらいなら私の仕事を一つくらい消化して見せろ」

 

「先生の仕事ですか。一体どんな...おっと」

 

 すると、千冬は七瀬に紙の束を投げた。七瀬はそれをキャッチして開いてみる。

 

「新聞ですか。どれ...」

 

 その新聞の大見出し記事として取り上げられていたのは金色の髪を持つ少年であった。

 

「フランスで第三の男性操縦者が見つかった。そいつが明日ここに転入してくる。

 まぁ、ようするに転校生の面倒をみてやれということだ」

 

「こういうのは俺より向いてるやつがいるでしょうに...」

 

「だがこれはお前にとってチャンスだ。あのバカ(一夏)に話していたお前の欠点を克服することの」

 

「...聞いてたんですか」

 

「よもやお前があんなことで悩んでいるとはな」

 

 七瀬の弱点、それは自分から相手に歩み寄れないということだった。

 本音の場合も、一夏の場合も、七瀬の人間関係の始まりはいつも相手から歩み寄ってくれたことからだった。

 七瀬はそれに気づいたときから、いつかは自分からも相手に歩み寄れるようにならなければならない。そう思っていたのだ。

 大層な理由を並べているが、つまりはコミュ障を脱却したいということである。

 

「今回の相手は人間関係がゼロの状態だ。最初のお前と同じで頼れる相手もいないことから不安を感じているはずだ。その苦労を一番よく知っているのはお前だろう?」

 

「しかしそれはただの同情にしかならないのでは?」

 

「人間関係の始まりなど結局はスタート地点にすぎない。

 ましてや学生時代の人間関係などその後の過ごした時間次第でどうとでも挽回できる。

 そして今お前に必要なのはスタート地点に立つことだ」

 

「簡単に仰いますね。結構大事だと思いますよ、第一印象は」

 

「簡単に言っているつもりはない。私も教師として自分の人生経験から選別してアドバイスしているつもりだ。

 それに難しく考えることはない。お前は相手から歩み寄ってもらえた経験がある。なら同じようなことをしてやればいいだろう。

 では、転校生のことは(・・・・・・・)任せたぞ」

 

 そう言ってデスクに置いてあったコーヒーを口に運ぶ千冬。

 一応の用事を済ませた七瀬は千冬に一礼してから職員室を出た。

 

「相手との関係のスタート地点に立つこと、ね…」

 

 七瀬は新聞の一面を飾っている金髪の少年を見ながら千冬に言われたことについて考えるのだった。

 

***************************

 

 

 

「なぁ、知ってるか?今日転校生が来るらしいぜ!」

 

「お前はどこからその情報を手に入れてきたんだ」

 

 一夏の一言にそう言う七瀬。

 転校生のことは七瀬しか知らない筈である。なのになぜ一夏が知っているのか、七瀬には分からなかった。

 

「その言い方だと七瀬も知ってたみたいだな。

 なんで教えてくれなかったんだよ?」

 

「いろいろと理由があってな。

 それでお前はどこからその情報を持ってきた」

 

「応接室!さっき千冬姉と一緒にいるのを見たんだ!」

 

「転校生くらいでよくここまで喜べるな…小学生か」

 

「当たり前だ!なんたって今回の転校生は──」

 

「おい、今ここでそれを言えば大騒ぎになるぞ」

 

「あ、そっか」

 

 口振りからするに一夏も転校生が男子だということを知っているようだ。

 しかし、この場でそれを口にしてしまえばクラス中が湧いてしまうので黙らせる。

 

「はぁ…!やっと俺たちの仲間が増えるぞ、七瀬!」

 

 女子校であるこの学園において数少ない、且つ整った容姿のせいで目立つ一夏にとって同じ境遇の人間が増えることは余程嬉しいことらしい。

 

「皆さん、席についてください。HRを始めますよー」

 

 二人がそんな話をしていると担任の山田先生が教壇に立った。

 

「今日は転校生を紹介します!しかも二人です!」

 

「「……は?」」

 

 転校生が来るのを知っていた二人だったが、その転校生が二人もいるということは知らなかったようである。

 

「(転校生…二人もいるなら普通はクラスを分けるものではないのか?)」

 

 七瀬と全く同じ疑問を持つ生徒たちが異例の同時転入にざわつく。

 

「皆さん、お静かに!確かに今までにないことではあると思いますが、それが原因で転校生を不安にしてはいけませんよ?」

 

 山田先生がそう言うとクラスは静まった。

 クラスを静めた山田先生が教室のドアを開けて転校生に一声掛ける。

 

「失礼します」

 

「・・・」

 

山田先生の後ろを着いてくるようにしてクラスに入ってきた二人の転校生を見て、先程まで静まっていたクラスが再びざわつき始める。

それもその筈、そのうちの一人が男子だったのだから。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 静まっていたクラスをざわつかせた転校生、シャルルははにかみながら一礼した。

 中性的に整った顔立ちに、首の後ろで束ねられた金色の髪。まさに貴公子という言葉が似合う彼にクラスの誰もが視線を釘付けにされる。

 

『男の子…?』

 

 クラスの誰かが確認のためか、そんな声を挙げた。

 それに対してシャルルは頭を上げて返答を返す。

 

「えっ…はい!こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を──」

 

『きゃあああああああ──っ!!』 

 

 シャルルが返答を終える前に歓声が挙がる。

 その気迫に七瀬も一夏も、返答をしていたシャルルでさえも圧倒される。

 

『男子!しかも三人目!』

 

『美形!守ってあげたくなる系の!』

 

『しかも熱血系の織斑君、マッドサイエンティストの東君とは違う王子様タイプ!』

 

 女子たちの歓喜の叫びに圧倒されていた男子三人にツッコむ勇気はなかった。ひとつだけ変な単語があっただろう、と。

 

「皆さんお静かに!まだ自己紹介は終わっていませんよ!」

 

 クラスの反応に呆れている千冬に代わって山田先生が咎めるが、こうなったクラスの女子たちを止めることは誰にもできなかった。

 

「…挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教か──いえ、織斑先生」

 

 先程のことですっかり蚊帳の外だったもう一人の転校生が前に出た。未だに聞いていない者もいたが、もう一人の転校生は無視して自己紹介を進める。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 シャルルとは正反対の色、銀色をした髪に宝石のような赤い瞳。そしてなによりも左目に着けている眼帯が目立つ。

 シャルルの自己紹介の後でなければ彼女ももっと注目を浴びていたことだろう。

 

「・・・」

 

「あの、以上ですか…?」

 

「あぁ。以上だ」

 

 何も言わないラウラに対して山田先生は声を掛けたが、彼女はそれ以上の言葉を持ち合わせてはいなかったようだ。

 

「(何だ?あの転校生から発せられている殺気のようなものは…)」

 

 七瀬は先程から自分を睨み付けるようにして見ている銀髪の転校生の雰囲気に違和感を感じていた。

 

「(どう感じても敵に向ける目だ。…なぜ俺にそれを向けているかは知らんが)」

 

 彼女の気迫に圧されている七瀬。

 そんな七瀬の前に殺気のようなものを放っていた本人である彼女が歩み寄ってきた。

 

「おい」

 

「・・・何だ?」

 

 たったそれだけの会話。それが騒いでいたクラスを黙らせた。

 彼女のドスの効いた声が、クラスメイトたちに今まで感じたことのないプレッシャーを与えたのだ。

 

「貴様が織斑一夏か?」

 

 彼女の口から出たのはそんな言葉だった。

 しかしその言葉を向けられたのが七瀬だったことにクラス中がざわつく。

 

「(俺と織斑を間違えているとは。この殺気は織斑一夏という人物に向けられたものなのか?)」

 

 一瞬の間に七瀬の頭に様々な考えが浮かんだ。

 この殺気の矛先をこのまま自分に向けさせるか否か、沈黙を続けるか。

 七瀬は自分の頬を伝う冷や汗に、目の前の少女の殺気に怯えているということを知らされた。

 

「待て、そいつは──」

 

 明らかに異常だった雰囲気を感じた一夏がラウラに真実を伝えようとした。

 だが、七瀬は飛び火を避けようとしたのかこんなことを言っていた。

 

「そうだ。俺がお前の抱えている殺気の対象だ」

 

「っ!!」

 

 七瀬がそう言った瞬間、乾いた音が教室に響いた。

 七瀬はしばらくして自分がラウラに叩かれたということに気がついた。

 そして席から立ち上がり、ラウラに叫んだ。

 

 

 

 

 

「殴ったね…親父にもぶたれたことないのに!!」

 

『は…?』

 

 場違いすぎる七瀬の言葉にクラスメイトたちが素っ頓狂な声を挙げた。

 

「父親にも殴られずに生きてきた坊やごときがあの人の弟だと…!?」

 

 恨めしそうに七瀬を見るラウラ。先程より殺気も増しており、七瀬は予想外の展開に困っていた。…というよりこうなるのが必然的なのだろう。セシリアのときの場合は別だが。

 

「ふむ…ネタが通じない上に地雷を踏んだようだ。俺が持てるコミュニケーションの限りは尽くしたんだがな」

 

「お前のコミュニケーションはロボットアニメネタだけかよ!!

 …ってそれより、頬大丈夫か!?」

 

 一夏が七瀬にそう叫んだ。

 またしても一人蚊帳の外にされたラウラはそれに対して怒りを露にした。しかし、それ以上は事を起こさせまいとする者がいた。

 

「はぁ…ボーデヴィッヒ、一応言っておくがその変態は織斑ではないぞ」

 

「なっ…!?」

 

「これ以上続けるなら転校早々お前を停学処分にせざるを得ないが…どうする?」

 

「・・・くっ」

 

 千冬の言葉に反論できなくなったラウラは本物の千冬の弟…一夏を見た。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!!」

 

 突然の宣言に驚く一夏とぶたれた頬を擦る七瀬。二人は一人席に向かう彼女の背中を見送っていた。

 

「(ラウラ・ボーデヴィッヒ…織斑一夏の顔を知らないとは。どんな環境で育ったんだ?)」

 

 自分と一夏を間違えるなど普通の環境で育っていればあり得ない。ニュース等で散々男性操縦者について報道されているからだ。

 

「(転校生のことは任せた、ですか。なるほど、織斑先生は性格が悪すぎる)」

 

 七瀬はそのときになって自分が任された相手を知った。シャルル・デュノアだけでなくもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒも千冬が七瀬に任せた対象であるということに。

 

 自分と一夏の二人を見て口元を釣り上げていた千冬に向けて、七瀬はやられたと言わんばかりに両手を挙げるのだった。

 

 

 

 

「(僕はどうしてこんなところに来てしまったんだろう…?)」

 

 自己紹介から始まり、突然こんなことに巻き込まれたシャルルは不安を抱きながら学園生活の一日目を送ることとなった。

 




次はシャルルとラウラですね。この話は少しありきたりな展開になってしまったかと思っていますが大丈夫でしょうか...?
一応今作品のヒロインは決まっています。一夏と変態七瀬のヒロインは誰になるのかお楽しみに!

今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた熱い感想、高評価、お待ちしております!


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友達を作ろう

大変お待たせしました!シャルル君回です。

後書きにアンケートがあるのでご協力くださると嬉しいです!

新たに高評価をくださった
モリプーさん、ロリコンの人さん、1423-aさん、 すず塩さん、JET凌さん、ワタミさん、L&Mさん、GanJinさん、氷咲さん、 闇の皇子さん、ありがとうございます!



───自己紹介。それは人間関係の始まりである。

 

───人間関係における第一印象というのは一度定着してしまうと良くも悪くもそれが変わることはあまりない。

 

 

「(先ほどの銀髪の行動に激昂しなかったのも全てはこの自己紹介という試練をより円滑に進めるため。さて…行くか)」

 

 故に、この男に失敗は許されないのである。

 

「デュノアさん」

 

 七瀬は他のクラスメイトがシャルルに話しかけるよりも先に彼に話しかけた。

 しかし七瀬が先程のラウラの一件の関係者となってしまったことによるものなのか、シャルルは少し不安そうな顔をしていた。

 

「(やはり先程のことで警戒されてしまっているようだな。しかし、ここで引き返すわけにはいかないな)」

 

 七瀬は改めて決意を固め、シャルルの前に立った。

 

「はじめまして、デュノアさん。俺は東七瀬。

 初日から色々あって混乱していると思うが、同じ男子同士、仲良くしたいと思ってる。・・・いいか?」

 

 慣れない自己紹介にはにかみながらも七瀬はシャルルに手を差し出した。

 

「(できることはやった。・・・さぁ、どうだ?)」

 

 シャルルは差し出された手を不思議そうに見ていたが、すぐに顔を上げて七瀬の手を両手で握り返した。

 

「シャルル・デュノアです。

 学校どころか、この国のこともまだ分からない僕だけど…仲良くしてね、東君!」

 

「…!あぁ、よろしく」

 

 一瞬だが反応が遅れた七瀬。

 よもや両手で握手されるとは思わなかったらしく、七瀬は緊張していた。

 

「(フランスでは握手は両手でするものなのか…?)」

 

 困惑していた七瀬。しかし背後から送られていた生暖かい視線に気づき、シャルルと手を離してそちらを振り向いた。

 

「なんだ織斑、その子供の成長を見守る親のような目は」

 

「いやいや、なんでもないよ」

 

 七瀬はクラスを見渡す。するとクラスメイトの数名も一夏と同じような目をしていたことに気がついた。

 

「あずさんが自分から人に接してる~。およよ…」

 

「もう茶化してくれた方がマシだよ」

 

 本音にまでそんな反応をされ傷付く七瀬。

 そんな七瀬を見た一夏は話題を変えることにした。

 

「そんなことよりお二方、一時間目はISの実習だ。

 女子が教室で着替えるから、ささ、俺たちもアリーナの更衣室に移動しようぜ!」

 

「わわっ!?」

 

「お、おい押すな」

 

 クラスに男子が増えたためか、えらく上機嫌な一夏はシャルルと七瀬を背を押しながら教室を出る。

 

「(こいつ、これからこんな調子で大丈夫か…?)」

 普段とは違う浮かれた一夏を見た七瀬はそんなことを思うのだった。

 

**************************

 

 

 

「男子はアリーナの更衣室で着替えるんだ。

 実習の度に移動するようだから早めに行動した方がいいぜ。今日みたいな日は特にな」

 

「今日みたいな日…?今日は何かあるの?」

 

「おい、そろそろ俺の背中を押すのを止めろ。

 自分で歩ける」

 

 シャルルと七瀬の背中を押して急かす一夏。

 なぜ一夏がこんなにも急かすのか分からなかったシャルルだが、すぐにその理由を知ることになる。

 

『いた!こっちよ!』

 

「うわぁっ!?もう見つかったのか!」

 

 HRが終わると同時に各学年のクラスから、転校生であるシャルルの情報を偵察に駆け出した者がいた。

 この集団に捕まれば最後、質問攻めにされるあげく授業に遅刻。野郎三人揃っての千冬の特別補修に送り込まれてしまう。

 

『見て!織斑君が二人の肩に手を乗せてる!』

 

『うーん、けど東君は邪魔かな』

 

『失せろ!貴様にはノーマル(NLカプ)が似合いだ!』

 

「ネタでなければぶっとばしてるところだが…

 イレギュラー(BLカプ)なんざこっちから願い下げだ」

 

 各々が黄色い声やらボロクソを述べていく中、どんな反応をすればいいのか分からずにいたシャルル。

 じりじりとゾンビのようにシャルルに迫る彼女たちの間に入ったのは七瀬だった。

 

「転校生に興味を持つのは分かりますが、織斑先生の授業に遅れるのだけは避けさせていただきたい」

 

 彼女たちにそう言う七瀬。

 しかし…

 

『東君、邪魔』

 

『どいて』

 

「すまない。俺ではどうにもできん」

 

「「意思弱すぎない!?」」

 

 瞬殺だった。彼女たちの目が『邪魔するなら殺す』、とそう言っていた。恐らく七瀬が何を言っても彼女たちには聞こえないのだろう。

 転校してきたばかりのシャルルですら七瀬の立場の弱さに驚いていた。

 

「あぁ、もう…皆!頼む!!

 シャルルはまだ転校してきたばかりなんだ!初日から出席簿をくらうなんて嫌なスタートはさせたくない。

 今回は見逃してくれ!」

 

 役に立たない七瀬に変わって彼女たちに呼び掛ける一夏。

 するとどうだろう。

 

『まぁ織斑先生の授業なら仕方ないか』

 

『あとでちゃんとインタビューの時間作ってねー』

 

 この差である。隣にいたシャルルは七瀬を可哀想な物を見るような目で見ていた。

 

「・・・そんな目で見ないでくれ」

 

 なんとも言えない雰囲気になりながら三人はアリーナへ向かうのだった。

 

 

*************************

 

 

 

「さっきは助かったよ。ありがとう、織斑君」

 

「いいって。俺たち三人、同じ男子同士、これから助けあって行こうぜ!

 知ってると思うけど、俺は織斑一夏だ。一夏って呼んでくれ」

 

「うん。よろしく一夏。

 僕のこともシャルルでいいからね」

 

 持ち前の明るさで自己紹介をする一夏。

 初対面の相手に話しかけるだけで試行錯誤を繰り返す、どこぞのコミュ障とは大違いである。

 

「(コイツのコミュ力はやっぱ化け物だな。

 少し分けてほしいくらいだ)」

 

 当のコミュ障は一夏のコミュニケーション能力の高さを再認識させられた。

 

「東君も。さっきはありがとう」

 

「何もできなかったが…」

 

「ううん。東君が僕を助けようとしてくれたことが嬉しかったんだよ。

 ありがとう」

 

「・・・あぁ」

 

 少しくすぐったそうにしながらそんな返事を返す七瀬。

 

「東君のことも名前で呼んでいいかな?

 僕のこともシャルルって呼んでくれていいから」

 

「それはいいが…俺はデュノアと呼ばせてもらいたい。

 まだ人を名前で呼ぶのに慣れていない」

 

「うん。分かったよ。七瀬君」

 

 名前を呼ばれるのにも慣れていない七瀬はまたもくすぐったそうにしながら実習の準備をした。

 

********************

 

 

 

 実習をするアリーナにて生徒たちは整列していた。そして今日の教え役である山田先生の指示を待つ。

 教員用のラファール・リヴァイヴに乗って指示を出していた山田先生は他の生徒たちが訓練機を運んでくるのを待っていた。授業の用意から片付けまで自分たちでやらせる。それが山田先生の教え方である。

 

「各班用意はできたようですね。では授業を始めさせていただきます」

 

 生徒たちの準備が完了したことを確認した山田先生は授業の開始を宣言した。

 

「今日はISの操作実習について行います。まずは専用機持ちの皆さんに搭乗から戦闘までの流れを実演していただきましょう。

 凰さん、お願いできますか?」

 

「え?まあいいですけど...」

 

 山田先生は鈴音に頼むようにして言った。それに大して曖昧な返事を返す鈴音。

 

「教師にははいと答えろ馬鹿者」

 

「は、はい!」

 

 だが千冬は鈴音の曖昧な返事が気に入らなかったらしく、鈴音に怒鳴り散らした。

 

「山田先生、生徒相手にあまり下に出てはいけませんよ。

 特にコイツのような相手にすぐに噛みつくタイプの生徒はすぐに調子に乗りますからね」

 

「なっ!?」

 

 千冬からの酷い言いわれように鈴は絶句する。

 

「いいわよ、やってやろうじゃない!どんな奴だろうと返り討ちにしてやるわよ!!」

 

「その腰に手を当てて胸を張るのもやめろ。張れる胸もない癖に」

 

「ちょっと!今笑った奴、後で覚えてなさいよ!」

 

 千冬の鈴に対する言葉に思わず吹き出した生徒がいた。

 その者目掛けて鈴は視線を送り、プレッシャーを与える。

 しかし、あろうことかその生徒たちは鈴にその胸を張ることで対抗してみせる。その姿はさながらこう語っているようであった。

『貧乳とは違うのだよ、貧乳とは』

 

「うぅっ……」

 

 その生徒の行動が鈴の心を抉った。

 そして鈴の涙を塞き止めていたダムが決壊する。

 

「うぅっ…い゛ぢがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「うわっ!?おい馬鹿!スーツを濡らすな!」

 

 鈴が一夏に泣きついた。そして鈴の涙が一夏のISスーツを濡らしていく。

 

「おっ◯いが全部じゃない!お◯ぱいが全部じゃないんだからぁぁぁぁ!!」

 

「わ、分かったから離れろ!あ、こら!俺で涙を拭くな!」

 

 鈴を引きはなそうとする一夏。しかし鈴は離れない。

 

「(日本の学生っていつもこんな大胆なことしてるの…!?)」

 

 転校してきたばかりのシャルルは異様な光景を目に焼き付けながら困惑していた。

 

「鈴さん!?あなた、どさくさに紛れて何をなさってますの!?」

 

「私だって一夏の胸で泣いたことはないというのに!」

 

「うるさいうるさい!!巨乳はよるな!!近寄るなぁぁぁ!!」

 

 鈴の暴走を止めようと入ったセシリアと箒だったがすぐに一蹴されてしまう。

 こうなっては止められる人物は一人しかいなかった。

 

「(俺になんとかしろっていうのかよ!?)」

 

「おりむー、そろそろりんりんを止めないと大変なことになるよ〜?」

 

「えっ?」

 

 一夏は、本音が言っている意味がわからなかった。

 しかし、周囲の女子たちがやたら熱い視線を送っていたことに気づいた一夏は本音の言っていたことの意味を理解した。

 

「お、おいバカ!!透ける!透けるから!!」

 

 泣きついていた鈴音の涙が一夏のISスーツを濡らし、透かしてしまっていたのだ。

 勿論、健全な女子たちはそれを止めるなどということはしない。むしろ各々が一夏の身体を永久保存しようと必死になっていた。

 

『保存班!撮影遅いぞ、なにやってんの!!』

 

『殺しはせん…体に聞くこともある』

 

「(こいつらもう駄目だな)」

 

 七瀬は心底そう思った。

 しかしながら健全な年頃であればこれが普通なのかもしれない。

 

「おい鈴!そろそろ離れてくれ!!

 いろいろ不味いって!!」

 

「うるさい!こんなときくらい特権があってもいいでしょ!

 いっつもいっつも胸の大きい娘がアンタの腕を占領してるんだから!」

 

「言い方ァ!言い方なんとかしろ!!

 ま、待て千冬姉!出席簿だけは──」

 

 千冬が一夏を睨み付けていた。不純異性交遊はいくら身内とはいえ許さないようだ。

 

「はぁ…鈴、俺はそんなことで人に優劣をつけたりしないぞ…?」

 

「……ほんと?」

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにした鈴音が一夏を見上げる。

 

「当たり前だろ!そんなことで人の何が分かるっていうんだよ」

 

「うぅ……」

 

「体が変わったって鈴は鈴だろ。

 何も変わらねぇし、今の鈴じゃない鈴なんて考えられねぇよ」

 

「一夏ぁ…ありがと...ありがとね...」

 

「お、おう...」

 

 鈴音が泣き止み、スーツが透けるのを避けられたことに安堵する一夏。

 

「(鈴のこの癖、中学の時からずっと変わらないよな...気にする必要ないのに)」

 

 服を濡らされるのは勘弁だが。そう付け足す一夏。

 一夏の胸から離れた鈴音は再び腰に手を当てて胸を張った。

 

「それで、誰が相手なの?言っておくけど、今のあたしは手加減できないからね!」

 

『(調子のいい奴...)』

 

 その場にいた全員が同じことを思った。

 

「凰さんの相手は…東君にお願いします」

 

「はぁ!?」

 

 山田先生の選択に驚いたのは鈴音だけではない。授業を受けていた生徒たちもざわついた。

 ISを使える女性よりも弱いとされる男を、それも専用機を持っていない七瀬を指名するなど、気が狂っているとしか思えないだろう。

 

「先生、俺は専用機を持っていませんよ」

 

「東君には学園の訓練機を使っていただきます」

 

「生徒の身で失礼しますが、自分を指名していただいた理由を教えていただいても?」

 

 『していただいた』と言う辺り、七瀬はこの役を受ける気があるのだろう。

 しかし、何の理由もなく採用されたのであれば自分でなくともよい筈だ。

 七瀬はその理由が気になって仕方なかった。

 

「専用機と訓練機では搭乗の方法が異なります。

 両方を実演してもらう上で、一番ISに乗っている時間が多い人を選びました。専用機持ちで一番多い時間ISに乗っているのは凰さん、訓練機に一番多い時間乗っているのは東君です。

 ですからお二人を選ばせてもらったんです」

 

『先生、専用機と訓練機の戦いなんてすぐに終わっちゃうと思いますけど…』

 

 生徒の一人がそんな声を挙げた。

 しかしながら、これは当然のことである。

 一国家の技術の粋を結集して作られた専用機と量産を目的として作られた訓練機の勝負など、結果は誰にでも見えていた。

 

「ならば、その短い時間の間に二人の操縦技術を研究しろ。それがお前たちの経験にも繋がる」

 

 千冬の言葉に生徒たちは頷く。

 すぐに終わってしまうとはいえ、専用機持ちの戦いはそうそう見られるものではない。その操縦技術を研究できる機会が手に入るのは操縦者として大きなアドバンテージになるのだ。

 

「では、自分は真打を使わせていただきます。」

 

「・・・いいわ。返り討ちにしてあげる。

 後悔するんじゃないわよ!二人目の人!」

 

「名前くらい覚えてほしいものだな。

 しかし、また真打に乗れるのは好都合だ!」

 

 恋する乙女は盲目である。彼女にとって一夏以外の男性操縦者はおまけ程度にしか思っていないのかもしれない。

 しかし、そんな鈴音の態度を見ていたセシリアと箒は、彼女がこれから迎えるであろう結末を予測していた。

 

「下調べも勝算もなしに勝利宣言とは余程の自信家のようですわね。

 昔の自分を見ているようでなんだか複雑な気分です」

 

「お前にもそんな時代があったな。

 あのときに比べて随分角が取れたな」

 

 セシリアの言葉にそう返す箒。

 昔こそ相手を見下すことのあったセシリアだったが今となってはそんなことはしない。

 

「東!機体の性能が全てではないことを鈴に教えてやれ!」

 

 同じく専用機を持たない箒がそう言う。

 

「勿論だ。量産機だからといって長所がないわけではないことを教えてやる!」

 

 七瀬がそう言って機体に搭乗しようとしたそのときだった。

 

『その通り、機体の性能がISの全てではないのです』

 

「え...?」

 

 突然、箒の言葉を裏付けた者がいた。

 その人物は生徒たちの集団に入ってくる。

 

「きょ、教頭先生...?」

 

『授業中に失礼しますね、山田先生』

 

 教頭は山田先生に一言断りを入れてから生徒たちを見やった。

 そしてシャルルの方へと歩み寄った。

 

『あなたが新しい男性操縦者ですか』

 

「はい。そうですけど...」

 

 教頭はシャルルの前に立つ。

 

『まずは入学おめでとうございます。幸運な男性操縦者さん』

 

「幸運...ですか?」

 

『ええ。あなたは彼らのような不幸者と違って幸運ですよ。

 容姿が女性寄りですからね。どうか彼らに毒されることなく頑張ってください』

 

 シャルルは教頭の言葉を聞いて察した。この教頭は女尊男卑の思想にとらわれてしまっている人間なんだと。

 

「・・・はい」

 

 しかし、それを分かっていながらもシャルルは頷くしかなかった。

 ここに来たばかりで教師の怒りを買おうものなら異端児と判断されてしまい、今後の学園生活に支障を来すからだ。

 

「転校したばかりの転校生をチープな思想で汚して楽しいか三角眼鏡」

 

 一人の言葉で授業の空気が凍りつく。

 言うまでもないが声を挙げたのは七瀬である。

 

『気のせいでしょうか…?今汚らわしい男の声が聴こえた気がしましたが』

 

「アンタも人間なら聞き分けろ」

 

 授業に参加していた生徒たちが青ざめる。

 学園の中でも高い権力を持つ教頭にここまで逆らう人間はいない。

 そんな愚行を働いた七瀬は、青ざめた彼女たちの目にどのように映っているのだろうか。

 

『はぁ…貴方のせいで学園の機体のほとんどが汚されましたよ。それに整備科の方々にまで影響を及ぼして…

 貴方は自分がどれだけ害悪となっているか理解していますか?』

 

「害悪とは失礼な。

 忙しい先輩方の代わりに機体の整備を無償で手伝うボランティア活動をしたまでですよ。…先輩方の整備技術をこの目で盗ませていただきましたがね」

 

 無償ではないだろう、その場にいる全員がそう思った。

 

「と言っても先輩方からも腕を買われている布仏のサポートとして入ったに過ぎない。

 さて教頭先生、そんな俺がどんな影響を及ぼしたと?」

 

 今回七瀬はそこまで目立った改修や補修作業に携わっていない。そんな自分が整備科の精鋭たちにどんな影響を及ぼしたのか分からなかった。

 自覚のない七瀬を見た教頭はため息をつきながら語った。

 

『貴方が真打の設計図に紛れ込ませて整備科に譲渡した拡張案です。

 今整備科の一部生徒がその拡張装備の開発に力を注いでしまっています。そのせいで機体の整備に人員が回らずに訓練機の整備が遅れているんです』

 

 それが今の整備科の抱えている問題であった。

 そしてその整備科の問題は今のIS業界が抱えている問題に似ていた。

 今のIS業界は最新の第三世代の機体の開発に人員を回しすぎて、現存している機体の整備や拡張が疎かになってしまっているのだ。

 

『新しい機体という形ばかりに囚われ、今ある技術を見失ってしまう。

 形にばかりこだわる技術者など学園は求めていません。

 この状況を作り上げたのは貴方です。憎き男性操縦者の東七瀬君?』

 

 教頭の説明を聞いていた一夏は「やってしまった」と言わんばかりに額を手で覆っていた。

 最近の一夏は箒やセシリア、鈴音との訓練を中心に活動していたため、七瀬の行動を知らなかった。

 だが、よもや少し放置していただけでここまで大事を起こしているとは誰も思わないだろう。

 

『この責任を貴方はどう取るつもりですか?』

 

 教頭は七瀬に問い詰める。

 勿論七瀬に責任はある。訓練機の整備が遅れるというのは操縦者が抱える危険性も上がるからだ。

 

「(とはいえ、よくここまで早く嗅ぎ付けたな。

 この教頭、どこまで俺を敵視しているのか)」

 

 七瀬が呆れていると一人の生徒が声を挙げた。

 

「先生、せんせ~い」

 

『・・・なんですか?質問なら後にしなさい』

 

 この場に合わない、どこかのほほんとした声。それが鬼気迫っていた教頭の調子を狂わせた。

 布仏本音である。

 

「今日整備室を見に行ったけどー、整備予定の機体は全部整備が終わってたんですよ~。

 だから~、先輩たちは時間に余裕があったから拡張装備を開発してたんだと思いま~す」

 

『!?』

 

 表情こそ変わらないが、本音の言葉に教頭が驚愕する。

 それもその筈、教頭は本日も整備科の生徒たちが整備予定になっていた機体に人員を回していなかったのを知っているからである。それを知っていて尚、整備科の生徒に注意を促さなかったのはこの一件を七瀬に押し付けるためだったのだろう。

 

『・・・いえ、そんな筈はありません。

 先程整備室を見てきましたがまだ整備の遅れている機体は分解されたまま残っていました』

 

 教頭は本音の言葉がハッタリだと信じた。

 整備科の生徒が人員を回さなかったことも、自分が整備室に赴いてきたことも事実だからだ。

 しかし、その考えも本音によって崩されることとなる。

 

「今ここに整備予定だった機体があるのがなによりの証拠だと思うんですよ~」

 

『なっ!?』

 

 ここまで変化のなかった教頭の表情がようやく崩れた。

 

「(そう。その顔が見たかったのだよ、反面教師君)」

 

 教頭の表情を見た七瀬が笑う。

 まるで全てがうまく行ったと言うかのように。

 

「なんなら整備予定だった機体のコアナンバーと照らし合わせてみたらどうでしょう?

 もし先輩方が整備した機体でなかったら、私の拡張装備が先輩方のお手を煩わせてしまったとして謝罪でもなんでもしましょう」

 

 これが七瀬にとっての勝利宣言だった。

 そう。この一連の事件全ては七瀬が仕組んだことなのである。

 まず七瀬は匿名で整備科に真打の拡張装備の設計図を送りつけた。

 整備科の生徒たちは何も知らないまま、それを学園から送られたものだと思い込み、拡張装備の開発を開始した。学園が既存の訓練機の整備よりも、真打の拡張装備の開発を優先的に進めるように指示を出したと思い込んだのである。

 ここまでは教頭も知っていることだ。

 しかし、彼女はあることを見落としていた。

 

「(何故俺が自分で拡張装備を作ろうとしなかったのか、とは考えられなかったのだろうか)」

 

 そう。ここが落とし穴だった。

 ロボット狂こと七瀬ならば他人に委託などせずに自分で作ろうとする筈なのだ。

 ならば何故自分で作らず、こんなにも回りくどい方法で整備科に作らせたのか。

 それは簡単なことだ。作れなかったのである。

 そもそも拡張装備の基本設計をしたのは真打の開発元であるIS委員会であり、それに七瀬が多少の手を加えたものが今回整備科に渡った設計図である。

 国連の機関であるIS委員会が設計した拡張装備は今の七瀬の技術では作ることができなかった。

 だからこそ七瀬は設計図を整備科に送りつけ、拡張装備を開発させたのである。

 

「(それに、整備室に残されていた整備予定の機体の姿を見て何も不自然に思わなかったのか)」

 

 先程教頭は整備予定の機体が『分解されたまま』残されていたと言った。

 だというのにどうして整備予定だった機体がこの場にあるのか。

 

『ならあの分解されていた機体はなんだったのですか?

 あれも整備予定の機体だった筈です!』

 

「分解されてたのは外装の損傷が激しい機体だね~。

 今整備室にある資材だけじゃ直せない訓練機は資材が届くまで一度各部ごとに分解して使える部品と使えない部品を仕分けるんですよ~」

 

『資材が足りなかった…?

 ならここにある機体はどうやって直されたというんですか?』

 

 数機だけとはいえ資材もなしにどうやって整備修復を行ったのか。整備を行うことが少ない教頭にはそれが分からなかった。

 

「ニコイチではないでしょうか」

 

 教頭の疑問に答えたのは七瀬だった。

 

「プラモ等で使われる製作方法です。

 二つの機体を使って一つの完成品を作る方法です。

 ISといっても壊れる部分や損傷の激しい部分は乗り手によって異なる。一度分解して壊れていない部分を集めて一つの機体として修復したのでは?

 それなら数機しか修復されなかった理由が分かります」

 

『貴方には聞いていません!!』

 

 自分が分からなかったことを目の敵としている七瀬に説明をされた教頭は堪忍袋の尾が切れた。

 

『そもそも、どうして貴方たち一年生がそんなことを知っているのですか!?』

 

「だから、前にも言ったでしょう。

 俺と織斑、そしてこれからはデュノアもですが我々男性生徒は全ての科の授業に参加しなければならないのですよ。

 様々な科の先輩方の背中を見て我々も学習しているんです」

 

 教頭は七瀬が笑っていたのを見逃さなかった。

 そんな自分を嘲笑うかのような七瀬の態度を見て教頭の中で全てが繋がった。

 

『まさか…全て貴方たちがやったというのですか…?』

 

「何のことでしょう?」

 

『っ…!!』

 

 困ったような顔をしてとぼける七瀬。

 教頭の言う通り、ニコイチと呼ばれる方法を使って機体を修復したのは七瀬と本音だ。

 七瀬は敢えて、まだ自分に作れないものを整備科の生徒たちに作らせ、彼らの仕事である修復の作業を自分が行ったのだ。

 言わば『仕事の交換』である。

 

「(先輩方を見て学んだ整備方法を試すこともでき、俺が使いやすい拡張装備の開発まで行えた。

 俺を陥れるためだけに整備科の拡張装備開発を黙認していてくれたコイツには感謝しかないな)」

 

 そう。七瀬は教頭の手段を逆に利用したのである。

 教頭が拡張装備の開発に気付くところから仕事の交換まで全て七瀬の計画通りだったのだ。

 

「(例え整備科の生徒に整備の仕事をしたか確認を取ってもアンタの都合のいいようにはいかない。

 彼女たちは仮にも自分の仕事をサボり、最新技術である拡張装備に興味を引かれてそちらに人員を回したという罪状があるからな。それから逃れるために『私たちは整備を行いました』と言わざるを得ない。

 この嘘には整備科にとっても俺にとっても利点がある。契約のようなものだ。

 ・・・先輩方が拡張装備に興味を引かれるかどうかは賭けだったが)」

 

 先輩たちの整備技術に自分に合った拡張装備。その二つを手に入れた七瀬のみが得をしたこの計画。

 しかし新たな拡張装備を開発した整備科の生徒には学園から称賛が送られる。整備科の生徒にも得はあったのだ。

 得がないのはただ一人、教頭だけだ。

 

「(まぁ、教頭先生の自業自得だな)」

 

 二人の噛み合わない会話を聞いていた一夏は、教頭が七瀬の掌で踊らされていたことに気が付いた。

 ・・・心なしか一夏の表情も笑っていたが。

 

『貴方は私を利用したのですね…!』

 

「だから、先程から何の話をしているんです?

 何故授業中にまで貴方に八つ当たりされなければならないんです?」

 

 七瀬はとぼけ続けるが、何も事情を知らない周囲の生徒たちにはただ教頭が無知なだけで生徒である七瀬に指摘されたように見える。そしてその後の八つ当たりでもしているかのような態度を見て誰が教頭の味方をするだろうか。

 少なくとも七瀬に非があるとは言わないだろう。

 

「それで、結局何の用があって授業に乗り込んで来たんです?

 アンタとの決闘まで時間はまだあった筈ですが」

 

『・・・えぇ。そういえば、貴方の使う機体を聞いていませんでしたね。機体くらい選ばせてあげますよ』

 

 追い詰められている状況だというのに教頭は不気味に笑っていた。作り笑いだということは誰の目にも明らかたったが。

 

「オーガント。俺一人では完成させられなかった、俺の技術集大成第一弾だ」

 

「えへへ~」

 

 毎回のごとく自分を助けてくれている本音や一夏たちを見ながら宣言する七瀬。

 

『オーガント…?あぁ、それって───』

 

 教頭の腕輪のような形をしたものから光が放たれる。

 そしてそれは徐々に形を変えていき、一機のISが形成された。

 教頭の腕輪は待機状態のISだったようだ。

 

「え…?」

 

 展開された教頭の機体を見て声を挙げたのは本音だった。

 

「そんな…どうして待機状態に!?」

 

「どうして貴方が!?だってその機体は───」

 

 セシリアと箒までもが困惑していた。

 その機体は通常のISが持つものではない装備に一際目立つ肩部のスパイクアーマーが装着されていた。

 

「訓練機じゃなかったのかよ…

 けど、どうしてアンタが!!」

 

 一夏が叫ぶ先には、待機状態から完全に展開状態となり胸部装甲の『鬼面』が特徴的な機体が立っていた。

 

「プロト・オーガント……」

 

 七瀬の目の前に現れたのは七瀬たちが作った筈の機体。そして彼らの技術集大成、プロト・オーガントだった。

 

『あぁ、オーガントとはこの機体のことでしたか。

 ですが今はそんな名前ではありません。

 教頭専用機『タイラント』です』

 

「(機体のデータ全てを初期化して訓練機としての機能をアンロックしたということか…

 教頭め、たかが生徒一人を倒すためだけに手の込んだことを…)」

 

 訓練機には操縦者に合わせて機体の性能の最適化を行う『フィッティング』と呼ばれる機能がない。これは誰でも使えるようにするためである。

 千冬は訓練機としての機能をアンロックし、専用機として扱う動作の手間を知っていた。

 機体を専用機として変更した場合、自動的に初期化が行われ、機体の設定を再度いじらなくてはならないためだ。その中にはエネルギーの伝達効率を変える『エナジーバイパス』の設定やソフトウェアも含まれるため、とても長い作業を必要とするのだ。

 

「あずさん…!!」

 

 本音が涙目になりながら七瀬の腕を引っ張っていた。

 当の七瀬は真っ直ぐにオーガントだった機体を見つめていた。

 

「あれはもはやオーガントではない」

 

 本音や一夏が悔しそうな表情になる。

 なぜこんな皮肉なことが起こってしまったのか。そんな気持ちがオーガントの開発に携わった者たちを押し潰していた。

 

 

 

 

ただ一人、七瀬を除いて。

 

 

「いいじゃないか!!」

 

 そう叫んだ七瀬を本音たちは不思議そうに見つめていた。

 七瀬の目は普段の光のない目から一変し、輝いていた。

 

「オーガントで問題視されていた部分を改良したか教頭さんよぉ!!

 弱点が見つからん。一体どんな改造をしたんだ?え?」

 

 変わり果てたオーガントを見上げながらそう語る七瀬。

 

「背部にはいかにも殺人的な加速を生みそうなバカデカいブースターを増設したか!

 教頭さんよぉ。こんな改造するなんて、アンタ変態だよ。そこらの企業よりも突き抜けて変態だよ。

 俺たちが作れなかった物を簡単に作っちまって…!!

 ・・・だが」

 

 七瀬は『タイラント』という名前に変えられた機体、その操縦者を睨み付けながら叫んだ。

 

「勝手に俺たちの機体に手を加えたんだ。

 どんな目に遭っても後悔するなよ?」

 

 本音たちは七瀬が既に歯止めが効かなくなっていることに気が付いた。

 そして彼が生粋の変態(ロボット狂)だということを思い出さされたのだった。

 

「その変態武装、俺がいただく」

 

 七瀬は教頭に改めて宣戦布告を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

「(なんで一日目からこうなっちゃったの…?)」

 

 自分はとんでもない魔境に足を踏み入れてしまった。

 シャルルはそう思うのだった。




次回、教頭との戦い決着!因縁に終止符が打たれます。

祝!REバーニィザク発売決定!
バーニィ!もうMGから改造しなくていいんだー!!(アル風

今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた感想、高評価、お待ちしております!!
いつも皆さんのコメントが励みになります!


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断罪

遅れて申し訳ありませんでした!
教頭との対決回です。
久々ということもあり、今回は酷い文章になってるかもしれません…
それでもいいという方はどうぞ…

今回の話のテーマは一夏と七瀬の相違点でもあります。そこにも注目していただければ嬉しいです。


 『無人機襲撃事件』。

 ゴーレムと呼ばれる無人機がIS学園を襲撃した事件である。

 IS学園にはその事件の爪痕が一際大きく残っている場所があった。

 IS学園第二アリーナ。襲撃してきた無人機によって壊されたそのアリーナは、襲撃時の激しさを物語っていた。

 今やそのアリーナは立ち入り禁止とされ、電気すら通っていない。

 

 そんな場所にひとつ、人影があった。

 

「おう、やっと来なさったか。

 教頭さんよ」

 

『貴方が突然決闘の場所を変更だなどというから出向いて差し上げたというのに、なにを偉そうに…!!』

 

 アリーナの地面に座っていた人影、七瀬に怒鳴りつける教頭。

 決闘の場所を当日に変更された教頭は苛立っていた。

 

「それにしても…一体どういうおつもりですか?

 よもやこのアリーナを決闘の場にしようなどと」

 

 七瀬が新たに決闘の場に指定した場所。それは無人機『ゴーレム』の襲撃によって崩落したアリーナだった。

 試合をするための地には穴が開き、地下の施設が剥き出しになっているアリーナは試合ができるような状態ではなかった。

 そんな場所を指定した七瀬の考えが教頭には理解できなかった。

 

「まだ分かっていないようだな」

 

 その場に座っていた七瀬はようやく立ち上がった。

 

「こっちは端から試合も決闘もするつもりはない」

 

「・・・それは試合を放棄するということでよろしいのですか?」

 

「何を馬鹿な。

 これから頭の悪いアンタに『ISの本当の姿』を見せてやろうと思ってな」

 

 教頭は七瀬に訝しげな視線を送る。

 

「それに言ったはずだ。その機体をいただくと。

 端から目当てはその機体、『タイラント』だけだ。要は機体以外はどうでもいいんだわ」

 

 教頭が待機状態にしていた機体、『タイラント』を指さしてそう語る七瀬。

 教頭が扱うその機体は、七瀬達が作り上げた機体『オーガント』を原型として作り上げられた機体である。

 アポイントを取らずに改造された機体だとしても、『オーガント』を改造して作り上げられたその機体に、原型機の製作者である七瀬が興味を持つことは必然的であった。

 

「オーガントを強化した、そう言うからには余程いいものに仕上げてくれたんだろう?

 だからどうか─────俺たち(製作者)を失望させないでくれよ...?」

 

 教頭にそう言いながら七瀬は隣に鎮座していた機体、『アサルト・ソルジャー』に飛び乗った。

 そして、そのまま崩落したアリーナの地下に飛び降りて行った。

 

「ま...待ちなさい!!量産機などで私と戦うつもりですか!?」

 

 七瀬が飛び降りていったアリーナの大穴に向かってそう叫ぶ教頭。

 しかし教頭の声は、地下の階層まで穴の空いたアリーナにはただこだまするだけだった。

 

「・・・この学生風情がッ!」

 

 教頭の叫び声と共に待機状態になっていたISが光を放つ。

 そして光は教頭を包み込み、IS『タイラント』の姿を構成した。

 タイラント(暴君)の名にふさわしい、普通のISよりも一回り大きい本体に武装。そして胸部装甲に装飾された『鬼面』と各部のスパイクアーマーが見るものを圧倒する威圧感を放っていた。

 

「必ずこの手で二度とISに乗れない身体にしてさしあげます…

 タイラント、行きますよ」

 

 機体に語りかけた教頭は崩落しているアリーナの穴に降りていった。

 それが罠の張り巡らされた死地だともしらずに。

 

*************************

 

 

 

「しかしなぜこんな薄暗い場所を戦いの地に…

 暗闇に隠れないと私とは互角に戦えないと見込んでのことでしょうか?」

 

 崩落したアリーナの地下、その暗闇の中で教頭は敵である七瀬を探す。

 崩れきっているアリーナの瓦礫をタイラントの巨体が踏み潰し、その地響きが暗闇にこだまする。

 

「暗闇に隠れているつもりでしょうけど、ハイパーセンサーからは逃れられませんよ」

 

 教頭はISが提示してくる情報を元に七瀬を探す。

 しばらくしてハイパーセンサーが熱源で感知した敵の居場所を表示する。

 

「そこですか…いきます!」

 

 教頭は量子変換していたランチャーメイスを手に、センサーが捉えたポイントに向かう。

 オーガントから改修された際に増設された背部ブースターの加速で暗闇を疾走していく教頭。

 普通のISでは比べ物にならないほどのGに耐えられるのは、IS学園の教頭としての実力によるものなのか。

 

「機体とは別の熱源反応…?」

 

 教頭の機体、タイラントの熱源センサーが敵機以外の熱源を捉えたことを知らせる。

 しかし、タイラントの殺人的加速力を生むスラスターの制御に気をとられていた教頭は、センサーの反応に気づくのが遅れた。

 

「(おかしい。熱量が低い…まさかこれは──!?)」

 

 教頭がその熱源の正体に気づいたが、そのときにはもう遅かった。

 そして教頭は機体の脚部に何かが引っ掛かったのを感じた。

 

「ワイヤートラップ!?くっ!?」

 

 教頭の脚に掛かったワイヤーが引き金となり、周囲に爆発が起きた。

 

「一体どうやってこの短時間に…

 ・・・いや、この決闘の事前に準備していたということですか」

 

 七瀬の策に填められたことを知った教頭は歯ぎしりする。

 

『楽しんでるか?教頭先生よぉ!!』

 

「この忌々しい声はッ…!」

 

 どこからか七瀬の声が聞こえる。

 教頭は声が聞こえた場所にランチャーメイスを向けた。

 

『この崩落したアリーナは時期に埋め立てられるんだ。

 どれだけ壊しても問題ないらしいから、存分に楽しんでいってくれ』

 

「このッ!!」

 

 教頭は声の聞こえた場所にランチャーメイスに搭載されているグレネードを発射した。

 

「・・・これもダミーですか」

 

 ランチャーメイスのグレネードが爆発した場所、そこにあったのは音声発生機だった。

 

「(破損箇所は…無しですか。流石に頑丈ですね。『本国』が研究に熱中するわけです)」

 

 教頭は爆発によって受けた被害を確認しながら、タイラントの並外れた耐久力に感心する。

 普通のISならば爆発でもスラスターが誘爆する恐れがある。それでありながらも被害がほとんどないのは、原型機であるオーガントの頑丈さがあるからだろう。

 しかし、いくら頑丈でもシールドエネルギーが減ることは変わらない。

 

「(まんまとシールドエネルギーを減らされましたか…しかし、あの男はどこに──)」

 

 ハイパーセンサーの熱源探知で七瀬を辿るがどこにも反応はない。

 教頭は足元を警戒しながら瓦礫の中を進んでいく。

 

「(ハイパーセンサーから逃れる術はない筈…どんな小細工で機体を隠しているのでしょうか…)」

 

 教頭がそんなことを考えていると、立て続けに機体のアラートが鳴った。

 爆発により損害確認をしていた直後のため、教頭は頭がまわらなかった。

 

「(ロックされている!?しかし、奴はどこにも─)」

 

 刹那、背後から銃声が鳴り響いた。

 銃声の発生源であるソレは、教頭に無数の弾丸を撒き散らしながらその存在を主張していった。

 

「自動砲台!?次から次へと!」

 

 教頭はランチャーメイスで自動砲台を叩き潰した。

 地に散らばっていた空薬莢の数から自動砲台がガトリングガンであることを理解する教頭。

 

「(あくまでも私と勝負する気はありませんか…ならば)」

 

 教頭はタイラントに特殊装備発動の指示を送った。

 タイラントの鬼面の形をした胸部装甲の口が解放される。その開いた口からは砲台が現れた。

 

「この一帯を焼き払えばどんな罠だろうと!

 いきなさい!『インフェルノ・アンガー』!!」

 

 オーガントの特殊爆炎砲『インフェルノ・アンガー』。オーガントの強化改修と称されて作られたタイラントにおいてもその装備は健在だった。

 一瞬にして周囲を火の海に変えるその装備。

 

 しかし、その一撃は放たれなかった。

 

【 Error : Lock Trigger 】

 

 タイラントから教頭に伝えられたのはその一文だった。

 インフェルノ・アンガーのセーフティが外れないために発射されないのだ。

 

「どういうことですか!?何故発射されないのです!?」

 

 タイラント最大の武器である『インフェルノ・アンガー』を使えない教頭は苛立ちを募らせる。

 

「・・・『インフェルノ・アンガー』の使用をキャンセル」

 

 教頭は渋々ながらもそう告げた。

 教頭の指示を受けた機体は爆炎砲を再び装甲内に収納した。

 

「(まだ修正が必要なようですね。まだあの忌まわしい男の呪縛に縛られているとは、滑稽な機体です)」

 

 教頭はランチャーメイスを構える。そしてランチャーメイスのグレネードを全弾発射した。

 グレネードの爆発によって周囲に仕掛けられていたものであろう爆弾が誘爆した。

 

「まだ姿を見せないのですか!奴は!」

 

『教頭、このままだと俺の勝ち越しだぞ。

 せいぜい、血眼になって探してくれよ』

 

「(まだダミーが残っていましたか。本物はいつになったら…)」

 

 教頭がそう思った矢先、ようやくハイパーセンサーが熱源を捉えた。

 

「(この熱量、間違いない。IS反応確認、行きます!)」

 

 ランチャーメイスを構え、熱源に向かって突き進む教頭。

 

「(見つけた!!)」

 

 目の前のISに勢いよくメイスを振り下ろす教頭。

 しかし、目の前の機体は教頭の方を振り向かずに、いとも簡単に避けて見せた。

 

「今のを避けますか。その機体、アサルト・ソルジャーに今度はどんな改造をしたのですか?」

 

 めり込んだ地面からメイスを持ち上げながら、教頭は目の前のISに問いかける。

 

「今の俺は技術者ではなく操縦者だ。言葉で語るよりも、機体で語ってやろう。

 ・・・いくぞ!」

 

 七瀬は教頭にそう告げる。

 そして近接装備である刀を展開し、教頭に斬りかかる。

 教頭はそれをメイスで防いだ。

 

「膝部ドリルブレイカー展開!突貫!」

 

 教頭はメイスで刀を防ぎながら、膝部に装備されたドリルで七瀬の機体の装甲を抉る。

 七瀬は危険と悟ったのか、教頭から距離をとった。

 刀を量子変換して収納した七瀬は鎖のような武器を量子展開した。

 

「逃がすとでも!」

 

「さぁ来い!戦い方を教えてやる!」

 

 鎖のようなものでいくつもの爆弾が繋げられているその武器『チェーンマイン』を、距離を取りながら教頭の機体に巻き付けた。

 しかしそんな武器を見たこともない教頭は戸惑っていた。

 

「これは一体──!!」

 

 教頭は振り払おうとするが間に合わず、七瀬がチェーンマインを起爆したのを見ていることしかできなかった。

 教頭を中心に爆発が起きる。

 

「ほとんどのスラスターが大破…!?こんなことが…」

 

 機体のダメージレベルが高いことを知らせるアラートが鳴り響く。

 そして教頭は目の前にいたはずの七瀬がいないことに気がついた。

 

「(あの男はどこへ──)」

 

「これで終わりだ」

 

 教頭が気づいたときには遅かった。

 背後に回っていた七瀬がその刀を自分に振り下ろしていた。

 その一振りが当たると同時に、タイラントは動かなくなった。

 

「馬鹿な!シールドエネルギーはまだ残っていたはず!!

 たったの一太刀でシールドエネルギーが0に!?」

 

 タイラントはシールドエネルギーがなくなり、その場に煙を吹かして倒れこんだ。

 その瞬間、教頭は自らの敗北を実感した。

 

「私が…負けた…?

 IS学園の教頭である私が…?」

 

「よう教頭さんよ、気分はどうだ?」

 

 いつの間にかISから降りていた七瀬は動けなくなった教頭に近づきながらそう告げる。

 

「この卑怯者がッ!!自分で戦うこともせず、それにどうやってハイパーセンサーから逃れていたんですか!」

 

「なぜ敵が戦いの場所を指定してきたか、考えなかったのか?最強の兵器とやらを使ってるわりには、戦いのことは疎いんだな。

 戦いは試合の前から始まっているのだよ。トラップの設置も苦労したんだぞ」

 

 肩を動かして疲れたような素振りを見せながらそう言う七瀬。

 

「それと…どうやってハイパーセンサーにも引っ掛からずにアンタを攻撃したか、だったか?」

 

「一体どんな小細工を…」

 

「なにもしてないさ。俺は今回、一度も機体に乗っていないからな」

 

「馬鹿な!ISを使わずにISに勝つなど、そんなことできる筈がありません!

 それに貴方は私と戦ったでしょう!」

 

 ISの力を誇示してきた己だからこそ教頭はそう言いきれた。

 その力で今まで何人もの男を恐怖させ、そして同性の女性さえも蹴落としてここまで成り上がってきたのだから。

 

「ISを使っていない、というのは語弊があるぞ教頭。

 俺は機体に乗っていないだけであって、ISは使ったさ」

 

「乗っていないのにISを使った…?」

 

 七瀬の言葉に教頭は違和感を覚えた。

 七瀬と戦っていたときの光景がひとつひとつ教頭の頭にフラッシュバックする。

 何も見えない暗闇の戦場、ハイパーセンサーに反応しない敵、幾重にも張り巡らされた罠、いつもとは違い刀を使って戦っていた七瀬。

 そしてエネルギーが減らされていたとはいえ、たった一振りでタイラントを行動不能にした最後の()()()()()()

 

「まさか…私が今まで戦っていたのは…」

 

「あぁ…俺じゃないんだよ」

 

 七瀬がそう告げたと同時に、七瀬の背後から足音が聞こえる。

 足音の大きさからしてISのものだと悟った教頭。

 そして七瀬の横に立つとその着けていたヘルメット型のヘッドセンサーを外した。

 

「お疲れさん、織斑」

 

「・・・これでよかったんだよな、七瀬?」

 

「あぁ。完璧だったぞ。見てみろ、この教頭の情けない面を」

 

「戦ってたときもそうだったけど、ここ真っ暗でよく見えないんだが…」

 

 発声装置を牽引していたヘルメット型のヘッドセンサーを外した一夏はそんなことをぼやいた。

 

「織斑一夏…?貴方が?

 何故…?貴方は私に、女性に逆らえなかった筈!」

 

「アンタに敵対心を持っている男性が俺だけだと思ってたのか?

 それに、いつから織斑がアンタの言うことをホイホイ聞くだけの優等生だと錯覚していた?

 授業中にアンタの理不尽に反抗しなかったのだって、自分の感情的な行動で織斑先生の評判を下げることを避けるためだそうだぞ。全く、泣かせる話だよな」

 

「そ、その話はやめてくれって!!」

 

 自分のシスコンを暴露された一夏は七瀬を咎める。

 

「それと、俺は何もしていなかったわけじゃない。

 俺はアリーナ中に設置しておいたダミー熱源を遠隔操作で起動させてアンタを機関砲や爆発地点まで誘導していた。

 スラスター等の操縦系にある程度ダメージを受けさせてから、白式を待機状態にして待ち伏せさせていた織斑の場所に誘う。待機していた織斑が白式を展開してようやく交代ってわけだ。

 つまりアンタは前半は俺と、後半は織斑と戦ったってわけだ」

 

 教頭はハイパーセンサーの熱源で機体を追っていた。しかしハイパーセンサーといっても大きな熱源体でなければ捉えられない。はじめから機体に乗っていなかった七瀬と一夏を見つけられる筈がなかったのだ。

 

「突然熱源反応が現れたのはそのときに白式を展開したからですか…!!」

 

「おうよ。そのときにはもう頃合いだっただろうしな」

 

「頃合い…?」

 

「あぁ、操縦系を破壊できる頃合いだよ。

 あれだけアンタが加速を重ねればいくら頑丈なスラスターでも壊れやすくなっていただろうからな。

 チェーンマインで破壊しやすくなるときを待ってたのさ」

 

 普通のISよりも巨体なタイラントが移動する際にはスラスターに尋常ではない熱量が発生する。使っているうちにスラスターが熱量に耐えられずに溶解してしまっていたのだ。

 さらにそこに外部からのダメージが重なれば、いくら頑丈でも耐えられない。

 七瀬はそこを狙ったのだ。

 

「説明も済んだことだ。

 さて、そろそろお楽しみの解体ショーと行くか!!」

 

 七瀬はそう言うと動けなくなった教頭の前に出た。

 

「織斑、アレを」

 

「あ、あぁ」

 

 呼ばれた一夏は白式で持ち運んできたソレを地に下ろした。

 そしてソレは教頭が最初に見たものだった。

 

「アサルト・ソルジャー…

 戦いは織斑君に任せて、とどめだけは自分でするつもりですか!」

 

「うん?あぁ、そうか。まだ偽装を着けたままだった」

 

 七瀬はそう言って機体に指示を送った。

 七瀬の指示で機体の装甲が外れる。IS、アサルト・ソルジャーであった筈のその機体の真の姿が露になった。

 

「一体なんなのですか…ソレは・・・!?」

 

 アサルト・ソルジャーに化けていた偽装を外した機体の姿を見た教頭は口を半開きにして目を見開いていた。

 教頭の目の前に現れたソレはISに似た形をしたロボットであった。

 その機体が背中に背負ったコンテナには何が入っているのか、動かなくなったISに乗った教頭には恐怖でしかなかった。

 

「ISの試作機とも言われるモノ、EOS。それを改造して作り上げた整備用マシン『ビルダーズギア』だ。

 ・・・いや、安っぽい名前だな。あとで考え直すとしよう」

 

「ふざけていないで説明しなさい!」

 

「・・・自分の置かれている立場を理解できないほど馬鹿だとは。これ以上俺たちを失望させないでほしいものだ」

 

 七瀬は整備用EOSに乗り込むと機体の背負っているコンテナを降ろした。

 そしてそのコンテナから高周波カッターを取り出した。

 

「何を…」

 

「強化したとはいえ、俺たちの機体を勝手に持ち出したんだ。

 相応の報いを受けてもらう」

 

 七瀬の言葉で高周波カッターのスイッチが入り、カッターの振動する音が響く。

 その甲高い音が教頭を更に震えさせた。

 

「さて、まずはその装甲からいただこうか!!」

 

 高周波カッターがタイラントの腕部装甲から刺し込まれた。

 腕部装甲の、コックピットから一番近い位置に刺し込まれたカッターは歪な形に切り込みを入れていく。

 

「あぁぁぁぁぁ!?」

 

 教頭はコックピット付近に差し込まれたカッターの音に恐怖しながら絶叫する。

 さっきまで爆発音ばかりが響いていた戦場に教頭の声だけがこだまする。

 

「ん…?切れ味が悪いな。どういうことだ?」

 

 いい終えると同時に高周波カッターで腕部装甲を切り終えた。

 

「ほう、こいつは複合装甲か!どうりで切り辛かったわけだ。

 ・・・しかし、これはアンタみたいなやつが使い回せる代物じゃないだろうな。さしずめアンタはどっかの国からの使いってところか?」

 

「それってどういうことだ?」

 

 教頭が叫ぶ姿をただ見ていた一夏は七瀬に問う。

 

「こいつはどっかの国のスパイとしてこの学園に潜入していたんだろうな。

 IS学園の教師っていう仮面を被ってな」

 

「そうか…複合装甲は国家管轄の試験機にしか使われない筈。いくらIS学園の教師とはいえ、持っているのはおかしい。

 説明してもらう必要があるみたいだな教頭先生」

 

 複合装甲。それは開発が進められている第三世代機やその試験機にのみ使われる特殊装甲である。

 複合素材で出来た装甲を幾層にも重ねて作られたソレは、量産機に使われる素材よりも頑丈かつ軽く作られており機体に合った特性を持つ。

 代償として装甲の整備をする際には同じ素材を用いなければならないため、国家から学園に届く予備パーツを用いて丸ごと交換される。その費用も馬鹿にならないために専用機を持つ代表候補生は機体自体にダメージを負わないよう注意がされている。

 

「ハッタリですね。

 例えそれが複合素材として、貴方のような生徒がそれを持っただけで判別できる筈がない。何故なら貴方が自分で言ったとおり、複合素材は国家で管理されているのですから。

 それに、国家の代表でもないは複合素材の実物を見たことすらないはずです」

 

「・・・確かにそうだぜ。何で七瀬はこれが複合素材だって判別できたんだ?」

 

「こいつが見たことも触れたこともない複合素材だったら俺でもわからなかっただろう。

 ・・・だが、俺はこれと全く同じ素材に触れたことがある」

 

「いやいや、触っただけで素材を判別できるってのがまずおかしいだろ…」

 

「そいつはサードグリッド装甲。イギリスで作られ、その試験機に使われている複合素材だ。

 その特徴は異常なまでの軽さと、耐熱性にある」

 

 一夏の持っているタイラントの装甲を指指して言う七瀬。

 そして一夏もようやく核心にたどり着いた。

 

「つまりそれって…」

 

「そう。セシリアの機体『ブルーティアーズ』と同じ素材なんだよ。

 なんならスキャナーを使って確認してもいい」

 

「つまり…教頭先生はイギリスのスパイってことか…?」

 

「複合装甲の技術はISの機体データと同じくらい厳重に管理されている。どこかの国がイギリスに責任を押し付けるために作ったとも思えない。

 つまりまぁ、イギリスが絡んでいるのは確実だろうな」

 

 七瀬は教頭を見下ろしながら言った。

 

「しかし、オーガント系統の機体にこの素材を使うとは愚かにも程がある。

 オーガントは重装備ばかり使うからしっかりと地に足を着けられるように重い素材の装甲を着けているんだ。それなのにこんな軽い素材でオーガントの重心を支えられるはずがないだろう。

 ・・・あぁ、そうか。だからやたらとスラスターや浮遊機能であるPICにエネルギーを割いてたわけか」

 

「へぇ…最新の機体だからって複合素材を使えばいいってわけじゃないんだな」

 

「ドイツの機体なんかはレールガンみたいなデカイ装備を持っていることが多いから、わざと古くて重い装甲を使っている機体だってある。しっかりと地面に足を着けるためにな。

 機体のフレームや戦闘タイプ、使う武器によって、装甲の素材も考えなければ最大限の力を発揮できないのさ」

 

 七瀬はおもむろに刃の欠けた高周波カッターを捨てる。量産機用の高周波カッターでは複合装甲を切れないようだ。

 

「コンテナに入れているものでは複合装甲を剥がせないな。自力でやるしかないようだ」

 

 七瀬はEOSの腕部をタイラントの装甲の切り込みを入れた部分に手を突っ込んだ。

 そして装甲を無理矢理引き剥がそうと力を込める。

 

「EOSごときでISの装甲を壊せるとでも!」

 

「できるさ。EOSは元はISと同じパワードスーツとして開発されていたんだからな。

 搭載されている人工筋肉を駆動させれば──」

 

 刹那、タイラントの複合装甲がフレームを巻き込みながら引き剥がされた。

 金属の曲がるような音と共に教頭は悲鳴を挙げる。

 

「いい音だ…この装甲を無理矢理引き剥がすときの音、そして元は自分で作った機体を壊しているという背徳感!

 あぁ、いい!実にいい!」

 

 そのまま七瀬は狂ったようにタイラントの装甲を引き剥がしていく。その狂喜に満ちた七瀬の顔を見せられている教頭は目に涙を浮かべていた。

 まるで人間ではない何かを目の当たりにしたような、そんな恐怖が教頭を襲う。

 

「EOSに負けるなんて…こんなの、私の知るISじゃない!

 ISは女性だけが使える力、最強の兵器の筈!」

 

「いつまでそのチープな思想に囚われ続ける」

 

 装甲のほとんどを剥がし終えた七瀬がそう告げるが、教頭は顔を青ざめながら首を横に振るばかりだった。

 

「そんな悲劇のヒロインみたいに泣きじゃくられても気分が悪いから、そろそろこの解体ショーもお開きにするか。

 今からフレームをぶったぎる。さっさと機体から降りないと、フレームの中のアンタの腕までミンチになるぞ?」

 

「ま…待って・・・」

 

 不適な笑みを浮かべながらそう言う七瀬。

 教頭の静止も聞かず、タイラントの腕部フレームに手を掛けた。

 

「降りないということは、機体と最期を共にする道を選んだか。

 ・・・その意思だけは嫌いではなかったぞ」

 

 七瀬は機体が背負っていたコンテナから高熱カッターを取り出す。

 

「装甲は耐熱性が高いが、フレームはそうはいかないだろうな。

 アンタの腕ごと焼くことになるがな。

 ・・・勝手に俺たちの機体を劣化させたんだ。楽に逝かせないからな?」

 

 七瀬は高熱カッターを押し当てた。

 七瀬の言ったとおり、装甲とは違い、フレームはいとも簡単に溶断されていく。

 

「嫌…!!嫌嫌嫌!!死にたくない!!死にたくない!!死にたくない!!いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 フレームが溶断されていくのを見つめながら悲鳴を挙げる教頭。

 いや、悲鳴ではなく断末魔ともいえるだろう。

 その光景に一夏は思わず目を背けた。

 

「・・・あ」

 

 教頭は電池が切れた玩具のように声が出なくなり、動かなくなった。

 

「七瀬!!お前まさか本当に…!?」

 

「・・・そんなわけあるか。

 見てみろ、この情けない面」

 

 叫んだ一夏に対して教頭を指差した七瀬。

 そこには白目を剥いて気絶していた教頭の姿があった。

 

「織斑、この馬鹿を機体から下ろすの手伝ってくれ。

 こいつがコックピットフレームにいたら解体できん」

 

「あ、あぁ…」

 

 七瀬が本当に教頭を殺害していなかったことに安堵する一夏。

 しかし、一夏の心にはしこりが残っていた。

 

「・・・なぁ七瀬」

 

「なんだ?」

 

「今回、もし教頭先生が本当に機体から降りなかったら…その…」

 

「殺していたか、か?」

 

 一夏は黙って頷いた。

 七瀬はため息をつきながらそれに答える。

 

「こんなロボット乗りの恥さらしみたいな奴で手を汚そうとは思わん。

 それに今回はコイツに肉体的傷を負わせないって約束でお前に協力してもらったんだ。約束は守るさ」

 

「・・・そうか、ならよかっ──」

 

「だが」

 

 一夏の言葉を遮って言いかける七瀬。

 その口から信じられない言葉が出た。

 

「もし相手の機体が俺の夢の機体を作るのに必要な機体で操縦者がコイツだったなら、計りにかけていたかもしれん。

 ・・・いや、機体を取っていただろうな」

 

「・・・なんでそんな風に割りきれるんだ?」

 

「今のは俺にとっても究極の選択だった。

 だが自分の夢とどうでもいい他人を計りにかけたとき、俺は夢を取りたいと思った。

 俺は必ず夢のロボットを作る。はじめてISを動かしたあの日にそう決めたからな」

 

 七瀬の答えにうつむく一夏。

 一夏には七瀬の考えが理解できないのだろう。

 

「・・・なぁ、一夏。今度は俺が聞きたい」

 

「えっ?あ、あぁ」

 

 はじめて名前を呼ばれたことに困惑する一夏だったが、反応を返した。

 

「もし、お前の周囲の人が二人捕らえられたとする。一人はお前の恋人、そしてもう一人はただのクラスメイトだ。

 一人しか助けられないと分かったそのとき、お前はどちらを助ける?」

 

「っ!!」

 

 その質問は表現は違えど、一夏が先程した質問と同じであった。

 七瀬の場合は他の命を奪って夢を叶えるか、夢を捨てるか。

 一夏の場合は他の命を見捨てて恋人を助けるか、ただの知り合いに等しい人間を助けて恋人を失うか。

 

「俺は……」

 

 命が賭けられた選択をするとき、自分の大切な方を取るのは簡単だ。そのために他をすぐに切り捨てられるか、そう聞かれたとき自分はどう思うのだろうか。

そんな考えが一夏を押し潰していた。

 

「俺は…決められない…

 七瀬みたいに簡単に割りきれねぇよ…!」

 

 一夏はひざまづいてそう答えた。

 しかし、自分の選択ひとつで命が消える。そんなことをすぐに決断してしまう七瀬が異常なだけであって、一夏のような反応が普通なのだ。

 

「・・・織斑」

 

「俺は弱い。本当は分かってるんだ…

 自分の大切なものを取るのなんて簡単で、自分にとって一番幸せなんだって

 けど、それでも俺は…」

 

 震えながら言葉を紡ぐ一夏。

 自分がした質問に自分で答えられない。その不甲斐なさを噛み締めていた。

 

「・・・お前は優しいんだな」

 

 うずくまるようになってしまった一夏の背中を擦る七瀬。

 

「どうか、お前にどちらか一方を取る日がこないことを切に願う」

 

 優しすぎるが故に、守りたいものが増え続けるであろう一夏に七瀬はそう呟くのだった。

 

 

 

*****************

 

「(俺はどうしてあんなことを七瀬に聞いたんだ…?)」

 

 部屋の前のドアで立ち止まりながらそんなことを考える一夏。

 

「(目の前で七瀬が人殺しになってしまうことが怖かったから…?

 ・・・いや、違うな)」

 

 自問自答をするようにしながら部屋のドアに手をかける一夏。

 

「(俺はきっと、アイツみたいな心の強さがほしいんだ。

 何があっても夢を追い続けられる、あんな信念が)」

 

 気恥ずかしさを覚えながらもそんなことを考える一夏。

 気がつけば一夏はドアを開けて部屋に入っていた。

 

「色々と考えすぎたかな…少し頭を冷やすか」

 

 一夏は喝を入れるため、顔を洗おうと洗面所に向かう。

 脱衣所と一体になっている洗面所のドアを開ける一夏。

 そのときだった。自分のドアを開けた音と別の音が重なった。脱衣所の奥にあるシャワールームの扉が開いた音だった。

 

「え…?」

 

 そしてシャワールームから脱衣所に出てきたのは、箒に代わって新たに自分のルームメイトとなったシャルルであった。

 だが何かがおかしい。

 シャルルは男。そのはずなのに男にはない腰のくびれと胸があるのだ。

 一夏も健全な男子である。頭では視線を逸らさなくてはならないと分かっていても、目は釘付けになってしまっていた。

 

「あ……あ……」

 

 目の前のシャルルはというと、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。

 そして状況を理解した二人は…

 

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 二人揃って叫んだのだった。

 後の一夏曰く、そのときの叫びは教頭の断末魔よりも大きかったそうな。

 

 




投稿するまでの間にいろいろありましたね。

ギアスの監督さんが「ロボットアニメはもう必要とされていないようだ」と苦痛の発表をされたり、ISの原作最終巻が発売されなかったり、仕事に殺されかけたり、コミケに行ったり…
あとはデート・ア・ライブにはまったりと。折紙の乗るホワイトリコリスはいいぞ~。ミーティアみたいなクソデカ変態装備最高!ときどき挟んでくるガンダムネタもおもしろいし。ちなみにヒロインは鞠亜と狂三が好き。

それと、これはくだらないことになりますが、オリキャラである七瀬や沖田さんのイメージCVって皆さんの中ではどうなってますかね。七瀬のイメージCVがキャラ像と違うと友人に言われまして(笑い)。
私の中では七瀬が杉田智和さん、沖田が子安さんなんですが…
やはり絵がないとキャラのイメージも伝わりにくいんですね…誰か書いてくれてもいいんですよ…?(|д゚)チラッ

その辺も感想で教えていただけると励みになります!
ロボット愛のこもった感想、評価、是非よろしくお願いいたします!
今回もありがとうございました!


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誓い

もはや何も語るまい…


「それで、どうして男子のふりなんてしてたんだ?」

 

 一夏は淹れた茶を渡しながら、ルームメートのシャルルに問い詰める。

 その際、一夏は湯呑みを渡したシャルルの手が震えていたことに気がついた。

 

「シャルル。俺は別に怒ってるわけではないし、シャルルに男装趣味があっても気にしないぞ?」

 

「ち、違うよ!」

 

「隠さなくたっていいさ。俺の周りにはロボット相手に発情する変態がいるくらいなんだから、そのくらいの性癖持ってる奴がいても気にならないって」

 

「だから違うんだってば!!」

 

 子供を優しく叱る親のように言う一夏に涙目になりながらそう訴えるシャルル。

 そんなシャルルの反応を見た一夏は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。

 

「ごめんごめん。冗談だって」

 

「うぅ…一夏、イジワルだよぉ……」

 

「悪い。・・・けど、少しは落ち着いただろ?

 あんな状態じゃ話せることも話せないだろ?」

 

 そう言って一夏はシャルルの手に自分の両手を重ねた。

 シャルルは戸惑いながらも、優しく暖めるように包まれた自分の手と一夏を交互に見る。

 

「シャルル、ここのところ何か思い詰めたような顔をしていたよな。話し辛い理由があるのはわかってる。

 けど、ルームメートが辛そうにしているのを放っておくほど薄情な奴じゃないぜ、俺は。

 辛いことがあるなら相談してほしいし、何より友達には元気でいてほしいからさ」

 

「・・・じゃあ、僕も感情的になっちゃうけど、最後まで聞いてね」

 

 一夏は頷き、ベッドの隣に椅子を置いた。

 そしてシャルルと向き合う。

 

「僕の実家がフランスのIS企業だってことは前にも話したよね?

 その社長をしている父からの命令で僕は学園にきたんだ。都合よく1組に入ったのも根回しがあったんだと思う」

 

「デュノア社の命令?けどなんのために…」

 

「今のデュノア社は経営危機に陥っているんだ。

 だから何がなんでも第三世代機を開発しなければならない。そのためなら他国の第三世代機のデータを奪ってでも、ってね」

 

「待てよ…じゃあシャルルが俺に関わってきた理由は──」

 

「うん。わざわざ男装までして転入して君と接触したのはそういうこと。

 君のデータとその専用機『白式』のデータを盗んでこいって言われてるんだよ。僕はあの人にね。

 ・・・ううん、こんなの言い訳にしかならないよね。僕は君に嘘をついていた。」

 

 自分の予想と現実が当たってしまったことに哀感する一夏。

 一夏はこれまで、目の前にいるシャルルと友人として向き合ってきた。

 しかしそう思っていたのが自分だけかもしれない、そんな恐怖に駆られていた。

 

「それと、デュノアの家の人からすれば厄介払いでもあるのかな」

 

「厄介払い…?

 なんだよ、それ…なんで家族なのに娘のことを厄介者扱いするんだよ!」

 

 感情的になって立ち上がる一夏。

 シャルルは一瞬、驚いたような表情を見せたがすぐに表情を曇らせて語る。

 

「違うよ、一夏。僕はあの人の本妻の娘じゃないからね。きっと家族だとは思われてないよ」

 

「わかんねぇ…!!シャルルの言ってること全然わからねぇよ!!」

 

「・・・そうだね。きっと理解されないよ。

 でもさ…おかしいのは僕と環境、一体どっちなんだろうね?」

 

 最後に嫌味のように付け加えるシャルル。

 そんな彼女を見た一夏は面食らったような表情になる。

 

「・・・驚かせちゃったかな?

 でもこれが僕の本性だよ、一夏。

 僕だって暗い感情のひとつくらい吐き出すんだよ?人間なんだからさ」

 

「・・・ごめん。」

 

「叔母さん、本妻の人には『泥棒猫の娘』なんて呼ばれてさ。困っちゃうよね。

 望まれて産まれてきたわけじゃない、なんて言われても僕にはどうすることもできないんだから。

 僕は望んでデュノア家に産まれたわけじゃないのに…!」

 

「・・・っ!!」

 

 望まずに、ただ訳もわからずに与えられた状況。一夏はそれをよく知っていた。

 望まずしてISが使えるという理由だけでISの世界にわけもわからずに連れてこられた一夏。望まずにデュノア家に産まれただけでISの世界に連れてこられたシャルル。

 自分がそうであったように理不尽な現実を受けとることしかできない彼女に一夏が親近感を抱いたのは必然的だったのかもしれない。

 

「僕は、居場所がなかった僕を温かく迎えてくれた君を騙してた。

 許されることじゃないって分かってる。それでも一夏と、皆といた時間が楽しかったのは本当なんだ…今まで心からこんなに楽しいと思えた日々は初めてだったよ。

 ・・・けれどそんな日々さえも、あの人の命令があってIS学園に来たから感じられた幸せだって考えると嫌になるんだよ…

 一夏を、皆を騙して自分だけ幸せを感じていることも。

 おかしいよね。やっと感じられた幸せなのに、なんでこんなに悲しいのかな…」

 

 俯いたまま、苦しそうな声で呟くシャルル。

 そしてその苦しみは表情にまで現れていた。

 

「シャルル...お前、泣いてるのか...?」

 

「え..?」

 

 無意識のうちに頬を伝う雫。

 シャルルはそれが自分の涙だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

「あれ…どうしてかな…?

 皆に酷いことをしているのは僕なのに、なんで僕が…

 なんで僕の方が泣いてるの…?」

 

「・・・なぁ、お前はこれからどうするんだ?」

 

「・・・わからない。それは僕じゃなくてあの人が決めることだから。

 本国に連れ戻されて代表候補生を降ろされて…あとはよくて牢屋行きかな」

 

 そう言ってシャルルは微笑んだ。

 その笑みを見て一夏は絶句する。

 

「(なんで…なんでそんな顔するんだよ)」

 

 一夏がシャルルの笑みから読み取った感情は喜びでも絶望でもなかった。

 『無』。そう表すのが一番正しいものだった。

 

「(お前のことなんだぞ…?なんでそんな自分のことじゃない、他人事のように片付けられるんだ?)」

 

 彼女が発した言葉は全て自分に起きることのはずなのに、それを自分のことのように思っていない。他人事のような冷たさがあった。

 突きつけられた役目を背負い、突きつけられた咎を受ける。

 受け身な生き方しか知らなかった彼女はそうすることが当たり前になってしまっているのだろう。

 

「(じゃあなんで体はこんなに怯えてるんだ?どうして口ではこんなに苦しそうに話すんだ?)」

 

 一夏はシャルルが怯えていることも、発せられた苦しみも嘘と片付けることはできなかった。

 ならなぜこんな他人事のように片付けてしまうのか、一夏にはそれがわかっていた。

 

「(決まってる。シャルルは今までも望むことはしていたんだ。突きつけられた状況に抗う力がなくて、それに従い続けて生きてしまった。だからこんな諦めたような目をするようになってしまったんだ。・・・だとしたら──)」

 

 かつて自分もそうであったから。IS学園に、ISの世界に入るしかなかったそのときに。

 だからこそ一夏は彼女のことを自分のことのように考えていた。

 

「───そんなのは…違う!!」

 

「・・・え?」

 

 一夏は立ち上がり、シャルルを見つめた。

 

「シャルル、お前はどうしたいんだ?」

 

「え…?」

 

「俺が聞いてるのはお前の親父の意見なんかじゃない。

 お前がこれからどうしたいかを聞きたいんだ。シャルル」

 

 自分には、一夏には選択肢などなかった。

 IS学園に入らなければ国によって解剖され、死ぬところだったからである。

 突きつけられた状況をただ受け止めることしかできなかったのだ。

 しかし彼女、シャルルは違う。まだ自分の意志で未来を選択し、自分の道を決めることができる。

 そんな彼女を一夏が放っておくことなどできなかった。

 

「ここには俺以外の奴なんていない。

 お前がこれからどうしたいのかお前自身の言葉で聞かせてくれ!

 どんなに我が儘でも、どんなに無理なことでもいい。お前の心の中からの声を聞かせてくれ!」

 

「僕は…僕は──!!」

 

 今まで心の中に押し込めていたものを絞り出すように、彼女は口を開いた。

 

「僕は生きたい!!誰かに押し付けられた役なんか捨てて、自分のために生きたいよ!!」

 

 涙ながらに発せられたシャルルの叫び。それが一夏を決意させた。

 

「それがシャルル・デュノアの…いや、お前の本音なんだな?」

 

 一夏の言葉に頷くシャルル。

 シャルルが顔を上げるとそこには一夏の顔があった。

 

「なら、俺が守ってやる!!」

 

 シャルルは、一夏が『守ってやる』というその言葉を軽視して言ったわけではないということが彼の表情から受けとることができた。

 一夏の目は真剣そのものであった。

 

「IS学園には特記事項があるから、学園にいる間はいくらフランス政府だろうが、お前の父親だろうが干渉できない。

 三年間はお前は自由なんだ。その間にどうしたいか決めるのはお前だ。俺が決めることはできない。

 けどお前の望むものの先に障壁があるってなら、そんなものからは俺が守ってやる!

 お前自身が望むことを叶えられるように…だから──

 

 

 

 

 ──だから、もうそんな悲しい顔するなよ…」

 

 溢れ落ちた涙が地に弾けた。

 しかし、それはシャルルのものではなかった。

 

「どうして一夏が泣いてるのさ…

 ・・・それこそ、一夏にとっては他人事なのに」

 

「え…」

 

 一夏はシャルルがそうだったように、無意識のうちに溢れていた涙に気がついた。

 

「・・・ふふっ…」

 

 シャルルは先程までの自分の動作を写し見ているような気持ちになり、思わず笑みが溢れた。

 

「お人好しなんだから」

 

「そうだな…悪い癖、かもな」

 

 涙を拭い、今度は一夏がシャルルに微笑んだ。

 

 

 

******************

 

「(オーガントの予備機は未だ完成ならず、教頭のおきみやげのタイラントは修復したとて使いものにならないか…

 学年別個人トーナメント参加は訓練機になりそうだな。リヴァイヴ辺りの申請を出しておくか)」

 

 七瀬は学園の廊下にて、タブレット端末を見ながらそんなことを考えていた。

 

「(しかし上層部はなぜ今更オーガントの予備機を完成させろなんて言い出したのか…指示された制作期間もこんな短期間では完成するはずがないだろうに…)」

 

 無人機襲撃事件の際の功績を讃えられたオーガントは学園上層部にも目を配られるようになった。

 枯れた技術で作られた機体でありながらもそのパワーのカタログスペックはアメリカの第三世代IS『ファング・クウェイク』にも劣らない。それでありながら量産態勢に入った『真打』とのパーツ互換性があることでメンテナンス性も高い。そんな機体が今まで放置されていることの方が不思議だったのだ。

 

「制作期間の短さもあるが、なにより制作チームの人数不足もある。どうにかならんものか…」

 

 悩みながら廊下を歩いていた最中、人だかりができていた。

 その人だかりに通行を妨げられた七瀬はそこで立ち止まった。

 

「なんだ?また織斑辺りが騒ぎでも起こしてるのか?」

 

 そう思い、七瀬は騒ぎの中心になっている場所に足を運んだ。

 すると、そこにいたのは七瀬の予想していた人物とは全く別の人物だった。

 

「貴様があの鬼の子(打鉄・零)を作った布仏本音だな?」

 

「う~ん、らうらうの言ってることはちょっと違うかも。

 確かに私は作業を手伝ったけど、作ったのはあずさんだよ~」

 

 転校生ラウラ・ボーデヴィッヒ。そして相対しているのは本音であった。

 

「惚けるな。

 お前が開発の作業の全てを担当していたという情報がある。

 ・・・なに、私は無能な大人たちのように奴に協力したお前を責めているわけではない。私は貴様のその腕を奴以上に活かす用意がある」

 

 そう言ってラウラは一枚の紙を取り出した。

 そしてそれを本音に見せつける。

 

「国家専用機整備士の申請書だ。

 貴様ら整備士はこれが喉から手が出る程欲しいのだろう?」

 

 国家専用機整備士。

 その名の通り、代表候補生の持つ専用機を整備できる資格だ。

 本来、国家の技術の粋を結集して制作されている専用機は国家機密であり、他国の者が機密を整備することは一歩間違えれば情報漏洩に繋がるため禁止されている。

 しかし、IS学園にいる間はあらゆる国家や代表に帰属しないという事項がある。そのため、学園と国家の審査が通ったメカニックであれば専用機の整備が許されるようになるのだ。

 万が一、情報が漏洩した場合は全て学園の責任ということになるため学園と国家もその者の経歴を必死になって探る。その功名なのか現時点ではこの資格制度を悪用した情報漏洩が発生したことはない。

 

「喜べ、お前を今日から私の専属メカニックにしてやろう。

 我がドイツの第三世代機を整備できるのだ。光栄だろう?」

 

「い、いや~。

 私はそういう難しいのは遠慮したいかな~、なんて…」

 

「次のトーナメントまで時間がない。

 さっさとサインをしろ」

 

 本音を壁に追い詰めるラウラ。

 そして本音が逃げられないよう彼女の後ろにある壁に手を叩き付ける。俗に言う『壁ドン』という奴である。

 

「マジで何してんだアイツ…」

 

 遠目から見ていた七瀬はそんなことをぼやいた。

 そして転校早々、異性にはビンタ、そして同性には壁ドンという奇行に走る彼女は生徒たちからあまり良い印象を抱かれていなかった。

 ここに野次馬として集まっている生徒たちからもそうなのだろう。

 

「あんなことして…変な噂立ったりしたら居心地が悪くなるだけだぞ…」

 

 七瀬は面倒事だと思い、その場を引き返そうとした。

 しかし、七瀬の行く道を妨げる者がいた。

 

「お、織斑先生…!?」

 

「どこへ行くつもりだ。

 お前に転校生のことは全て任せた筈だが?」

 

 仁王立ちをして七瀬の行く道を塞ぐ千冬。

 弁慶なんぞより力押しで通ることのできない相手に七瀬は一歩後ずさる。

 

「そうは言いましてもね…生徒間に起きた問題の面倒を見るのは教師の役目であって生徒の仕事じゃないでしょう。

 それにあんなに野次馬がいる中で二人に介入して目立つのは後免です」

 

「あぁ、私に気力が残っていたなら対処はしたさ。

 だが、どこかの馬鹿が次から次へとISの整備計画を持ち込んでくるせいで私はこんな些事を解決する気力すら残っていないんだ。

 なぁ、どう思う?どこかの馬鹿」

 

 千冬は目の下にできた隈を指差しながら七瀬に言った。

 それもその筈である。

 IS学園における整備というのは手順が決まっており、常に学園が統合、管理している。

 そのため、たったひとつ手順を変えようとするだけでも学園の上層部に報告しなければならない。

 更に、今回七瀬が提示した手順変更の申請はかなり大規模なものであるため報告内容も回数も多く、七瀬と学園の上層部の仲介役をする千冬にかかる負担が多くなっていた。

 

「EOSの改造機を利用した整備マシンの開発の申請、それの導入に伴って手順の完全変更…これを報告する私の労を労う気持ちが貴様にはないのか、この鬼畜め」

 

「(それを話題に出されるとマジで何も言い返せないな)」

 

 しかも七瀬の場合、こんな大規模計画が『ちょっと喉乾いたな』程度の感覚でポンポン出てくるのだから千冬にとってはたまったものではない。

 おまけにこの計画は確実な作業効率の向上が見込めている上、整備科の生徒たちからは多くの支持を得られているというのだからタチが悪かった。

 

「もういいだろう、頼むから私を寝かせろ。

 なるべく大事にはするなよ」

 

「先生、しかし──」

 

 七瀬の言葉に耳を傾けることなく、千冬はその場を去っていった。

 ・・・いや、度重なる疲労のせいで本当に聞こえなかったのかもしれない。

 

「どうしろというんだ…この状況を」

 

 ふらふらと去っていく千冬の後ろ姿を見送りながら七瀬はそんなことをぼやいた。

 状況は最悪である。先ほどよりも野次馬の数は増えており、今出ていけば目立つことは免れない。更に言うなら相手が七瀬がいい印象を持たれていないラウラであったため素直に話が通じるとも思えない。今よりも大事になることは明白であった。

 

「(布仏の奴、俺がいることに気づいたのか。助けてと言わんばかりにこっち見てきているな…)」

 

 本音のその行動が更に七瀬を困らせる。

 しかし七瀬は普段から本音に世話になってる手前、流石に無視するというのは良心が痛んだ。

 七瀬は覚悟を決め、野次馬をかき分けて間に入っていった。

 

「そのくらいにしとけ、転校生」

 

 その場にいた野次馬の視線が七瀬に集まるのと同時に、騒動の原因であるラウラが振り向いた。

 

「貴様は…あぁ、織斑一夏のスケープゴートか」

 

「違うな。間違っているぞ転校生。

 あれは俺が勝手にやったことであって織斑に頼まれてやったことではないからな」

 

「黙っていればあんなことにはならずにすんだものを」

 

 あんなこと、とはラウラが七瀬のことを叩いたことであろう。

 しかしそれもラウラの言うとおり、七瀬が自分自身を一夏だと嘘を言わなければ起こらなかったことなのだが。

 

「織斑があんな目にあってれば今度は周りの候補生たちが君と面倒事を起こすからな。

 そうなればクラスメイト同士で争いが起き、クラスの雰囲気も悪くなる。今のクラスはそれなりに居心地がよくてな。徒に壊されては困る。

 自分のためにそれを防いだまでのことだ」

 

「そうなっていれば他の代表候補生も一掃できたものを…余計なことをしてくれたな」

 

 ラウラは七瀬を鼻で笑う。

 七瀬は彼女の言葉から他の候補生のことも目の敵にしているのであろうことを読み取った。

 

「まぁいい。

 今はお前に構っている暇などない。次の戦技大会の類いが行われるまでにメカニックを手にいれなければならないからな」

 

「おっと、うちのメインメカニックを勝手にヘッドハンティングされては困るな。

 学園から指示されている開発もある。いくら君の意志があろうと学園発案の開発の中心を引き抜くのは学園が許さないだろう」

 

「だがそんなことをしてこの者になんの得がある?

 貴様と一緒にいても無能な大人たちから浴びせられる罵声が増えるだけだ。

 しかし私は違う。この者に確かな名誉を送ることができる。国家専用機整備士は整備士希望の者にとってこれ以上ない名誉となるはずだが?」

 

「(さて…織斑先生を労って、ここから一芝居打ってやるか)」

 

 七瀬はそんなことを考えながらラウラに歩み寄った。

 

「そうだよな…

 君の言うとおりだ。ボーデヴィッヒ。

 俺は長らく布仏に手伝ってもらうことを当たり前のように思っていたのかもしれない…」

 

「何?」

 

 突然口調が変わる七瀬。

 その変化にラウラはおろか、本音までもが動揺する。

 

「俺は君に注意されるまでこんな簡単なことにも気づけなかったんだ。なんて馬鹿なんだろうな…」

 

「おい、貴様はさっきからなんの話を───」

 

「確かに俺は君のように布仏に名誉を送ったりすることはできない。

 ならば今日まで布仏が俺を手伝ってくれていたのか何故か?いや、答えは決まっている。学園からの命令があったからだ。

 大人たちから罵声を浴びせられながらも俺を手伝ってくれていた布仏に感謝の気持ちも、言葉も足りなかった。

 ・・・最低だよな」

 

 嘘である。

 七瀬自身は本音にいつも感謝の気持ちは伝えているし、お礼と題して本音の気になっていたスイーツショップに連れて行ったりもしていた。

 無論、七瀬もそんなもので釣り合いが取れると思っているわけではない。

 しかし七瀬が今言ったように本音に全く感謝の気持ちを伝えていないわけではなかった。

 なら何故そんな嘘を言ったのか、それは周囲の野次馬がラウラに悪印象を抱かないようにするためであった。

 

「なぁ、布仏」

 

「ん~?」

 

「こんな言葉しか送れないが…いつもありがとう。

 それと、今まできちんと感謝を伝えられなくてすまなかった」

 

 七瀬が本音にそう告げた途端、周囲がざわついた。

 

『え?つまりボーデヴィッヒさんは布仏さんをいいように使ってた東君を注意してたってこと?』

 

『布仏さんを国家専用機整備士に勧誘してたのも東君から助けるためだったのね…』

 

 周囲の反応を見た七瀬は心の中で不適な笑みを浮かべた。

 

「(よし、これでボーデヴィッヒに向けられていた悪印象は俺に集まった。これであとは俺へのヘイトを払拭するだけだ。まぁ、それも布仏の返答次第なんだがな)」

 

 そんなことを考える七瀬の元に、ラウラの拘束から抜け出した本音が歩み寄った。

 そして言葉を紡ぐ。

 

「違うよ!!あずさんはいつも気持ちを伝えてくれてるよ?」

 

「え…?」

 

「ありがとうって気持ちも、私を心配してくれる気持ちも、いーっぱい、いーっぱい言ってくれてるよ?

 きっと、あずさんはそれでも足りないって思っちゃってたんだよね?

 でも、私にはちゃんと伝わってるんだよ?」

 

「布仏…」

 

「それに、私は学校に命令されてるからあずさんのお手伝いをしてるんじゃないよ。

 あずさんといると新しい発見とか楽しいことがいーっぱいあるからねー。

 私が一緒にいたくてあずさんと一緒にいるんだよー」

 

 七瀬にそう言うと、本音はラウラに向き合った。

 

「だからね、らうらうが心配してくれるのは嬉しいけど、それをもらうことはできないよ。

 私はまだ、あずさんたちとISを弄ったりすることを楽しんでいたいから」

 

「だからお前たちはさっきからなんの話を──っ!?」

 

 ここにきてようやくラウラは七瀬が何をしたかったのか理解した。

 

『これって東君と布仏さんのチジョーのもつれってやつ?

 つまり東君は布仏さんに対して感謝してたってこと?』

 

『ボーデヴィッヒさん、それを勘違いしちゃったのね…

 全く、この二人は人騒がせなんだから…』

 

 この一連の会話でラウラは七瀬に嵌められたのだ。

 それも最初は自分に向いていた悪印象を利用されて。

 

「くっ────」

 

「(布仏のおかげで俺へのヘイトも消えた。これで誰も悪印象を抱かれずにすむ。織斑先生、これでいいんでしょう?)」

 

 七瀬はばつが悪そうに去っていくラウラの後ろ姿を見送りながら、ここにはいない千冬に心で語りかけた。

 

「あずさん、あずさん」

 

 七瀬は自分の制服の裾を引っ張られていたことに気がついた。

 本音だった

 

「なんだ布仏?」

 

「あずさんは私の返事をわかっててあんなことしたんだよね?」

 

「いや、確信はなかった。正直賭けだったな。

 しかし君ならあんな返事をしてくれるんじゃないかと期待してしまっていた」

 

「ふーん。つまりあずさんは、らうらうを助けるために私の純情を利用したんだね~」

 

「聞こえ方は悪いが…まぁ、そうなるな」

 

「・・・ふ~ん。そっかー」

 

「お、おい…布仏…?」

 

 いつもどおりのほほんとした雰囲気で告げる彼女だが、七瀬には普段の彼女と様子が違うことに気がついた。

 

「ところで、あずさん」

 

 そして何を思ったのか突然七瀬の手を握り、周囲に聞こえるような声量でこう告げた。

 

「次のデート、いつにしよっか~?」

 

「は?」

 

 今までにないくらい盛大に周囲がざわついた。

 それはもうラウラが騒ぎの中心になっていたときとは比較にならないくらいに。

 

「それとー、前回と違ってちゃんと休憩できる場所も予約したいよね~」

 

 火に油を注ぐ行為でしかなかった。

 それを聞いた各々が奇怪な行動に走り始める。

 

『私はモブ子Aだ。ロボット狂により学園の風紀が破壊された。緊急事態につき、私が臨時に指揮をとる。

 ロボット狂は布仏本音を(性的に)狙っている。

 姿を表した瞬間を狙って仕留めろ。砲弾から信管を抜け、少女を傷付けるな!』

 

 あるものは携帯で何者かに風紀を乱した七瀬の暗殺を依頼していた。

 

『撃て!撃ち続けろ!銃身が焼け付くまであの変態を撃ち続けるんだ!』

 

『あそこにぃ! あんなもの残しとくワケにはいかないんだよ!なにが「女同士の危険な恋」だ! あそこからでもじれったさを感じる! 奴らのこのとんでもない関係の方がはるかに危険じゃないか! 』

 

『みんなの命、俺に預けてくれ! 宇宙に必要なのは、おまえたちの爛れた関係じゃない! 俺たちのあつい勇気だ!』

 

 どこか共通点のある彼女らは七瀬を己の手で始末せんと奮起していた。

 そんな光景を見た七瀬はやりやがったな、と言わんばかりに本音の方を見た。

 

「あれー?あずさん、男女が二人で出かけるからデートって言っただけなのにみんなに勘違いされちゃってるよー」

 

「嘘つけ絶対わざとだろ。

 あとなんだ休憩できる場所って」

 

「カフェのことだよ~。みんな何を想像したのかな~?」

 

「さっきから何もかも聞こえ方が悪いんだよなぁ」

 

 皮肉の意味を込めて、七瀬はそう呟いたのだった。

 

 言うまでもないが、一連の騒動による悪印象は七瀬にのみ残ることとなってしまった。




 乙女の純情を弄ぶ者は馬に蹴られて(社会的に)死ねばいい。
 これで本音ちゃんを怒らせてはいけないと七瀬君も理解できたでしょう…
 今回は人間関係メインになってしまったので次はロボット成分マシマシでお送りしますよ!

 今回もありがとうございました!
 ロボット愛に溢れた感想、評価お待ちしております!


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授業2:ISのエネルギーについて知ろう

 4月までに間に合いませんでしたね…亀更新で申し訳ありません。

『5月1日より』
 今回登場したエナジーバイパスという単語について言葉選びが不適切でないのかというご指摘をいただきました。
バイパスという単語は血脈に疾患を持っている方々が行う手術の名称であり、ISにおける血管の役割を担わせる部位ならそれを連想させてしまうのではないかということを危惧し、前話から触れていたエナジーバイパスという単語の名称を変更させていただきました。今後はエナジーバイパス→エナジーサーキット(こちらは回路という意味ではありますが)へと変更させていただきます。
 今話の私の言葉選びで不快感を抱いてしまった方々には深くお詫び申し上げます。
 今後は投稿前にもっと慎重に言葉選びをして執筆していきます。
 度重なるようではありますが、今回は誠に申し訳ありませんでした。


「なんなのだ…なんだというのだ奴は!!」

 

 自室のベッドシーツを乱しながら彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは叫びを上げた。

 素行に問題があるとされた彼女は教員たちの計らいによってルームメイトのいない一人部屋である。自分以外誰もいないため迷惑こそかからないが、その孤独さが彼女の叫びをより悲痛に見せていた。

 

「私を手玉に取るだけでは飽きたらず、情けをかけたとでもいうのか!?

 見下したような真似を…」

 

 大衆の前で己を手玉にとって見せた七瀬。そのときの彼が自分を見ていたときの目がラウラの中に強く印象付いた。

 そしてラウラは、そのときの七瀬と似たような視線をよく知っていた。

 

「あれは、あの目は…奴等と同じ目だ」

 

 ギリッ、とラウラは奥歯を軋ませる。

 脳裏に浮かぶのは『出来損ない』としての烙印を押され光を失ったときの自分。そんな自分に部隊員から向けられたのは侮蔑や軽蔑といった負の感情。そういったものを宿した目だった。

 ラウラには先程七瀬から向けられた目がかつての部隊員から向けられたものと重なって見えたのである。

 

「私は何も変わっていないというのか!?

 あのときから何も……」

 

 彼女が踞るようにしていると制服のポケットから何かぎ落ちた。

 それを見たラウラは普段の冷静さを取り戻した。

 自分に渇をいれてくれたソレは、彼女にとっての強さの証明であり、敬愛する織斑千冬から授けられた力そのものであった。

 

「・・・いや違う。今の私には教官から授かった技や言葉がある。

 どんな相手だろうと蹴落とし、己を証明できる強さが今の私にはあるのだ…!!」

 

 シュバルツェ・ハーゼ。そう書かれた部隊章をラウラは拾いあげる。

 そしてそれを握りしめながら決意を固めたように憎き相手の名を叫んだ。 

 

「教官の汚点を排除する前に、まずは目障りな貴様から排除してやるぞ…東七瀬!!」

 

 彼女は、見るものに対して自分を印象付ける眼帯を捨てる。

 そして彼女の深紅の右目とは違う、金色の瞳が露となる。深紅と金色の双眸は色こそ違うが、どちらの瞳にも主であるラウラの憎しみの炎が宿っていた。

 

 

 

──────────

 

「ほらどうした織斑、俺はまだ一撃ももらってないぞ」

 

「そりゃあ…白式はッ…そっちより背負いものが多いから…なッ…!!」

 

 戦闘用のアリーナ。そこで二体のISが武器を構え合っていた。一夏の機体『白式』と、七瀬の借り受けた訓練機『真打』である。

 だが、二体とも普通のISとは挙動がおかしかった。

 普段は宙を舞い大空を翔るような動きをするISが地面に足を着いている。そしてスローモーションのような動きで武器を打ち合っていたのだ。

 

「そっちがこないなら、こっちから行くぞ。

 ここからは補助筋肉をフル稼動させる!」

 

 七瀬がそう叫ぶと先ほどまでゆっくりと動いていた真打が突如身軽になったかのように地面を跳ねる。そして手に持っていたアックスを白式めがけて投擲した。

 

「武器を捨てた!?うわあっ!?」

 

 投げられたアックスを一夏は白式の雪片弍型で防ぐ。それが最低限の動きで攻撃を守る方法だったためだ。

 だが、それこそが七瀬の狙いだったのだ。

 

「連撃、いくぞ!」

 

 七瀬は一夏が攻撃を防いだ一瞬で彼の目の前まで移動していた。そして体制を低くして一夏の白式にマニピュレーターでパンチを繰り出す。その動きはさながらボクシング選手のようであった。

 連続で攻撃を食らった一夏は体制を崩し、後ろ向きに倒れた。

 同時に七瀬の勝利を告げるアリーナのブザーが鳴り響く。先に地面に倒れた方が負け、というルールだったようである。

 

「くっそぉ!やっぱりこのルールで真打を使うのは反則だ、七瀬!」

 

「常に平等な勝負ができると思ってはならないぞ織斑。

 勝負とはお互い常にクソみたいな有利不利がある状況で行われるんだからな」

 

「少なくともこのルールじゃ真打を相手にしたらどんなISもコールドゲームだよ!」

 

 叫ぶ一夏に対してやれやれと困ったような顔をしながら七瀬は手を差し出す。

 お前のせいでこうなってるんだけどな、とそんなことを思いながらも一夏は七瀬の手を借りて立ち上がった。

 同時に白式を待機状態へと変換し、自分の脚で地に降りた。

 

「なんだ、もう辞めるのか?お前が俺のやってるトレーニングを教えてほしいというから付き合ってやってるのに。

 死に物狂いでついてこなければこの先のトレーニングにも耐えられんぞ」

 

「やったんだよ、必死に!その結果がこれなんだよ!」

 

 一夏は七瀬に向かって叫んだ。

 と、そのときだった。

 

「二人とも、やっぱりここにいたんだ。お疲れ様」

 

「おぉ、シャルル!シャルルからも七瀬に言ってやってくれよ!」

 

 アリーナの入り口からシャルルが二人の元へと駆けてきた。

 そして手慣れた動作で二人にスポーツ飲料の入ったボトルとタオルを差し出した。

 

「ん、すまないなデュノア」

 

「ううん。いつもは東君が僕たちにしてくれてることだから。

 ・・・それで、二人はなにをしてたの?ISを起動してるのに苦しそうに見えるけど…」

 

 肩で息をしている二人にシャルルは問いかけた。

 

「そりゃ、こんな滅茶苦茶なトレーニングしてたらこうなるって…」

 

「トレーニング?」

 シャルルが疑問を持ったのは、一夏と七瀬がISを装着しているというのに息を切らしていたことだ。

 今の一夏はシャルルに返答を返すのでさえ精一杯といった様子だった。

 

「ISのPICを切った状態での戦闘だ。

 ・・・要は浮遊機能と生体補助機能をオフにした状態での模擬戦だ」

 

「いや、これは模擬戦なんかじゃない…一方的な蹂躙だ!

 PICを切ったISって、動きが制限されるんだぜ?

 なのに、七瀬の真打は脚部に補助筋肉が標準装備化されてるからPICを切っても平気で動けるんだ!不平等にもほどがあるぞ!」

 

 一夏は七瀬を指差しながら叫ぶ。

 だが対する七瀬はため息をつきながら一夏の肩に手を置いた。

 

「織斑よ、確かにPICを切ったISは重い。・・・だがその重みがまた心地いいのだよ。重力が掛かった機体で地に足を着く感覚…あぁ、俺も早く理想の機体でこれを感じたい!」

 

「じゃあ対等の条件で戦えよ!!

 そんな子供を説得するみたいに言っても納得できねぇ!」

 

 ISにおけるPICというのは飛行や浮遊といった動作の他に、操縦者の脈拍や呼吸といった生態機能を補助する役割がある。そのため、ISを装着している間は肉体的疲労というものが無くなる。

 だが、それをオフにするということは浮遊しないISを着る…鋼の鎧を着て動くようなことなのである。

 シャルルは二人が疲弊していたことに合点がいった。

 だが、すぐに別の疑問が沸いてきた。

 

「PICを切っての模擬戦…?聞いたこともないトレーニング方法だけど、これは何を鍛えるためのトレーニングなの?」

 

 シャルルはこれでも代表候補生である。故に、母国フランスでISに関するトレーニングは基礎から積んできた実績がある。しかしシャルルは七瀬と一夏の行っているこのトレーニング方法を、見たことはおろか聞いたことすらなかったのだ。

 

「そうだな…ISの戦闘の中で精神的疲労に対する忍耐力と集中力をつけるトレーニング…とか?」

 

「なんで疑問形?」

 

 一夏の曖昧な答えに苦笑いするシャルル。だが一夏は考えるような素振りをしながら言葉を続ける。

 

「いや、俺も七瀬にいきなり付き合わされたから、このトレーニングの目的をまだ聞いてなかったんだ。だからあくまで推測でしか語れないんだ」

 

「ほう、ならば聞かせてもうおうじゃないか。お前のたどり着いた答えを」

 

 ボトルに入ったスポーツ飲料を飲みながら、挑戦するようにして意地悪げな笑みを浮かべる七瀬。

 対して一夏はシャルルが持ってきてくれたタオルを受け取り、汗を拭いながら語る。

 

「ISがPICを展開しているときは生態機能補助があるから息切れみたいな肉体的疲労はないだろ?けど、心は違う。窮地に立たされたときや焦ったときはどうしてもメンタルが弱っちまう。

 敢えて自分を疲労状態にした中で戦うことで、目には見えない弱点の心を鍛える。それが目的なんじゃないか?このトレーニングは」

 

「「………」」

 

「どうしたんだよ?二人して黙って」

 

 一夏の説明を聞いた七瀬とシャルルが面喰らったような表情になる。

 

「いや、織斑がそこまで考えてトレーニングしているとは思わなくてな。

 俺がこのトレーニングの目的を教える前に自分で答えを見出だすとは畏れ入った。

 お前もようやくパイロットとしての自覚が目覚めたか。俺は嬉しいぞ」

 

「今まで何の考えもなしにトレーニングしてると思われてたのかよ!?

 これでも勤勉な方なんだぞ俺は!」

 

「学園の特記事項を57個全部覚えてるくらいだもんね、一夏は」

 

「そりゃあ自分の身を守るための事項だからな。

 保険とかの契約だとああいうどうでもよく見える事項ひとつひとつが大切だったりするんだぜ?」

 

「高校生がなぜそんな経験をしてきているんだ…」

 

「・・・あとこれは相手が真打の場合にしか限らないけど、こっちは相手より自由に動けない分、相手の動きを常に予測しながら行動しなきゃいけなくなる。最低限の動きと最適な対処方を考えるトレーニングにはなるかもしれないな」

 

 一夏は七瀬に対して訝しげな視線を送りながら皮肉を溢す。

 一夏の性格上、皮肉を溢すということはよっぽどのことなので七瀬はそれ以上言い返さなかった。一夏も模擬戦でこっぴどくやられたことへの仕返しのつもりなのだろう。

 

「さて、丁度デュノアも来たことだし、今度は技術面の学びといこうか。

 どうしてもデュノアがいなければできないことがあってな」

 

「僕が?」

 

「あぁ…さっき言ってたやつか。確かにアレは俺も七瀬も苦手なんだよな…

 俺からも頼むぜ、シャルル!」

 

 話を進める二人に小首をかしげるシャルル。

 言われるがままに、二人の後に着いていった。

 

────────────

 

 

 シャルルは七瀬と一夏に案内されるがまま、整備室まできていた。

 二人やその周囲にいる面子と過ごすにあたって見慣れてきたこの場所だが、今日の格納庫は普段と雰囲気が違っていた。

 

「なんだか皆忙しそうだね…

 何かあったのかな」

 

「整備科の生徒たちが来月行われる学年別トーナメントに向けて学園中の訓練機を急ピッチで調整をしているんだ。そのせいでピリピリしてるのさ。

 現に俺も機体の調整をするために道具を借りに行ったら門前払いを喰らった。挙げ句の果てには俺たちの作ったビルダーズギアも彼女らに酷使されてしまっているという有り様だ」

 

 七瀬は自虐するように語る。だがそれも無理はない。

 彼が開発したIS整備マシン『ビルダーズギア』。それが整備科の生徒たちに独占されてしまっていたのだ。

 整備性の圧倒的な向上が見込まれたビルダーズギアはすぐさま学園内で量産が決まった。使われなくなったISのプロトタイプであるEOSに偽装を施すのが主な作業であるためさほど時間はかからずに量産が完了したビルダーズギアだったが、完成して早々開発した七瀬本人にそれを使用する権利は与えられなかったのである。

 加えて突如開催が発表された学年別個人トーナメント。機体の整備が必須となるこれの開催によってビルダーズギアはもはや七瀬にとって無縁の存在となってしまったのである。

 

「・・・心中お察しするよ」

 

「いや、こっちこそ愚痴を語ってしまってすまなかった」

 

 事情を知っていたシャルルは七瀬にそんな言葉をかける。

 だがそれがかえって気を遣わせてしまったのか、七瀬は謝罪の言葉を入れた。

 

「それで、僕は何を手伝えばいいのかな?」

 

 話を切り替えるようにシャルルは七瀬に問いかける。

 すると七瀬はすぐさま表情を明るくし、目を輝かせながら目の前の機体を指差した。

 

「なに簡単なこと。君のよく知る機体、リヴァイヴの改造を手伝ってほしい」

 

「か、改造...?このリヴァイヴ、学校の訓練機だよね...?」

 

「ああ。そうだな」

 

「学校の機体って勝手に改造していいものなの...?

 ・・・あれ?このリヴァイヴ、訓練機としての機能をオフにされてるみたいだけど…」

 

「あぁ。これは山田先生の教員専用機だ。

 学年別個人トーナメントに使える機体がなくて悩んでいたところ、親切にも貸してくれたんだ。

 そんな機体だから、今回はむやみに外装を弄るわけにはいかない」

 

「じゃあどこを改造するの?」

 

「ISの血管となる部分、『エナジーサーキット』だ」

 

 七瀬はそう言ってリヴァイヴのインナーフレームを伝うように設置されている導線のようなものを指した。それこそがISにとっての血管、『エナジーサーキット』である。

 

「ときにデュノア、君はエナジーサーキットの役割を知っているか?」

 

「一応理解はしているつもりだけど...ISコアから生成されるエネルギーの伝達だよね?」

 

「ああ。だが、本機関の調整はISで最も困難となる。この機関の調整次第ではエネルギーの伝達率を大幅に向上させることが可能であり、操縦時のラグや出力の割合を最適な状態にすることができる。

 現状俺の周囲でリヴァイヴのエナジーサーキットの最適な調整ができるのは君だけだ。だから君に来てもらったのだが...」

 

「僕もよく分からないままこの整備方法を覚えさせられたからね…力になれるかはわからないけど、僕にできる範囲でなら協力するよ」

 

「覚えさせられた...?やはり代表候補生というのは整備の面でも教育を受けるのか?」

 

「・・・まぁ、そんなところかな」

 

 七瀬の質問に対しシャルルははぐらかすような回答をした。

 そんなシャルルの態度を見た七瀬は詮索することを辞めた。

 

「ではそんな君に伺いたい。ラファールリヴァイヴにとって一番最適なエネルギー伝達割合設定を教えてほしい」

 

「やり方だけなら僕でも教えられるけど、エナジーサーキットのエネルギー伝達割合の調整は量産機だからといってもこれといった正解はないんだよね」

 

「そうなのか?」

 

「結局のところは使い手の戦闘スタイルに合わせて変えなきゃならないから、僕のよく知る調整をしても東君が使いやすくなることはないと思うんだ」

 

 『正解のない設定』とも言われるエナジーサーキットのエネルギー伝達割合設計。

 その由縁は乗り手によって正解が変わることだった。

 今まで七瀬たちが調整してきた機体は全て学園の訓練機だったため、誰が使っても機体の性能が素直に出せるエネルギー配分を模索していた。

 しかし、ただ個人のためにある専用機はその搭乗者によって配分の正解というものが変わるため、自分専用のスタイルにエナジーサーキットを調整するということは七瀬も試したことがなかったのである。

 

「例えば攻撃の回避運動が苦手な人はパワー型の機体に乗っていても機動力にエネルギーを集中させる人だっているし、回避運動が得意な人でもその長所を活かすために機動力にエネルギーを集中させる人だっているんだよ」

 

「エネルギー配分か…

 俺は白式がフォーマットして以降全くいじってないんだけど、そんなに大事なのか?エナジーサーキットの設定って」

 

「・・・お前ちょっと白式のデータ見せてみろ」

 

 七瀬はそう言って白式のデータを一夏に表示させた。

 そしてそのデータを見て絶句する。

 

「・・・織斑、この設定はなんなんだ…」

 

「そんなに酷いのか!?どうしてだよ!」

 

「・・・そうだな、酷いなんてもんじゃない。織斑、白式にしかない特徴を言ってみろ」

 

「白式にしかない、か…それなら単一使用能力である零落白夜による一撃必殺のパワー、だよな」

 

「あぁ、俺もそう思う。

 ・・・ならなぜエナジーの70%をパワーに配分しているんだ!?

 こんなにパワーだけ高めて、お前は何を目指してるんだ?」

 

 七瀬の言葉を聞いたシャルルも同じように渋い表情を

見せた。

 一夏はなんのことかと言わんばかりに首をかしげる。

 

「エネルギーの配分は大きく分けて3つ。火力、機動力、防御力だ。

 白式には零落白夜による一撃必殺の火力がある。なら、常時これだけのエネルギーをパワーに割くのは無駄でしかないぞ。なんなら白式に関しては機動力と防御力だけに振ってもいいくらいじゃないのか?

 零落白夜を発動させるなら機動力を活かして奇襲するのが一番な気がするんだが…」

 

「そうだったのか…でも、白式の零落白夜って発動すると自動的にエネルギーがパワーに全部回されちまうみたいなんだよな。自分のシールドエネルギーさえもだ。

 だからエネルギー配分がパワーが多いのも平常時でも零落白夜に頼らないで済む、それに近い戦い方ができるように白式が調整してくれてるんだと思ってるんだけど…」

 

「専用機は操縦者の成長に合わせて自動的にデータを変えていってくれるからあまりいじる必要はないけど、自分の戦いたいスタイルを機体に覚え込ませておくことが大事なんだ。

 今までがパワーに振り回されてたりしたのなら、試しに機動力にエネルギーを割いてみるのもいいと思うよ?

 零落白夜に頼らずに戦い続けるなら防御力を重視してもいいかもしれないね」

 

 シャルルの話を聞いた七瀬と一夏はなるほど、と呟く。

 

「確かに試したことはなかったからな。

 試しに機動力にエネルギーを多めに割いて、火力を下げてみるか…」

 

 一夏はパネルを操作して白式の設定を変更する。

 それに応じるように、ハンガーデッキに鎮座している白式はスラスターを数回動かして動作確認をしてみせる。

 

「しかし、お前今までよくこんな設定で戦っていたな…

 こんなの、ギプスをつけながら動いてるようなもんだったぞ。相当動きも変わるだろうな」

 

 七瀬は一夏に称賛を送る。

 

「そういえば、さっき防御力にもエナジーを振ることがあるって言ってたよな?

 ISにおける防御力ってシールドエネルギーのことだよな。シールドエネルギーにエナジーを割り振るってのはどういう得があるんだ?」

 

「競技におけるISではシールドエネルギーが0になった時点で負け。それは一夏も知ってるよね?

 防御力にエナジーを振ると通常時よりもシールドエネルギーの量を多くすることができる。つまり長時間の戦闘が可能になるんだ。

 一夏の場合で言うと、零落白夜がなくても火力の高い白式を長時間稼働させられることになるから相手にとっては厄介になるかもね。防御力に割り振るのもひとつの手かもしれないよ?」

 

 一夏はそうなのか、と溢した後、もう一度操作パネルに触れて割り振りを変えようと考える。

 

「・・・なるほどな。確かにこれは正解がわからなくなってきたぜ…

 正解のない設定って言われる理由がわかったよ」

 

「確かに最初はどれに割けばいいのかわからなくなるよね…

 でもね、最初は皆防御力に振ることが多いんだ。

 防御力に割り振られるエナジーは3つの役割の中で一番エネルギーの変換効率がいいんだよ」

 

「えっ?どうしてだ?」

 

「詳しい原因はわからん。

 だが、ISのコアが生み出すエネルギーは推力や動力に変換されるよりもシールドエネルギーに変換される方がエナジーの消費量が少ないんだ。

 確かなのは、防御力と機動力の二つに全く同じ量のエネルギーを割り振っても防御力のほうが大きく向上することが確認されているってことだけだ」

 

 七瀬はそう言いながら設計に使っているノートを開いて見せる。

 そこにはISの解体図が記されていた。七瀬はそのページに書いてあるエナジーサーキットを指差しながら二人に見せる。

 

「恐らく、ISコアの産み出すエネルギーはコアから近い部分に伝達されるほど高濃度のエナジーが貯蔵されるんだ。

 シールドエネルギーを発生させる機関はISコアの内部にある。だから直接送り込まれているに等しい。

 対して機動力とパワーに振られるエネルギーは、コアからエナジーサーキットを通して他の機関に伝達されるまでの間に僅かながらエネルギーが大気に還元されてしまっているんだろう」

 

「ISコアってエネルギーを産み出すためだけのものじゃないのか?」

 

「厳密にはISにおいてブラックボックスになっている部分のことを示すものなんだ。

 見た目として分かりやすく言うならISに搭載されている円球状の塊があるだろ?それがISのコアだ。

 あの中には少なくともエネルギーを産み出す機関、エネルギーを貯蔵する機関、コアが発生させたエネルギーをシールドエネルギーに変換する機関の3つがあることが予想されているんだ」

 

「そんなにたくさん!?あんな小さい球に入りきるのかよ…」

 

「だからこそ現代技術では解明できないブラックボックスなんだ。篠ノ之束はどのようにしてあんな小さな永久機関を作り上げたのか…」

 

 七瀬は一夏の白式の隣に鎮座しているラファール・リヴァイヴを見つめながら呟いた。

 

「話を戻すが、まずは俺の操縦の癖やデータがわからないことには俺にあった調整はできないわけだな。だが真打の使用できる時間は過ぎてしまったからデータがとれるのは早くて明日になるか。

 クソっ。俺にも専用機があればすぐにでもデータがとれるんだがな…

 しかも訓練機にはフォーマットとフィッティングの機能がオミットされているから正確なデータがとれるかもわからんな」

 

「そういえば、東君が訓練機に乗っているときに機体がフォーマットとフィッティングを行っているときがあるけど、あれも東君の改造によるものなの?」

 

「・・・あぁ、あの現象か。あれは俺にもわからないんだ。

 いや、俺のロボットに対する愛情が機体にも伝わっている故のかもしれないな!

 まぁ、どんな機体だろうと俺が乗れるのであればそれはもはや俺の専用機といっても過言ではないが」

 

 ふざけているように告げた七瀬。

 だが何故その現象が起きているのか、七瀬にはおおよその予想ができていた。

 七瀬がISを動かせるようになったのは、ISによる襲撃事件のときに打たれた薬品によるおかげだ。

 だとすればそれが理由としか思えなかった。

 だが、七瀬は二人に知らぬフリをした。自分のその過去を知られたくなかったためだ。

 

「専用機、か…」

 

 七瀬の言葉を聞いた一夏はそんな声を溢した。

 

「なぁ、七瀬ってなんで専用機を貰わないんだ?」

 

「それなら前にクラスの前で公言したはずだが…

 俺が乗る専用機は自分で作った機体にしたいから、と」

 

「いや、専用機が貰えるってことはISコアも手に入るってことだろ?

 だったらそのコアを利用して七瀬の作りたいISを作っていけばいいんじゃないかって思うんだけど…」

 

「なるほどな。

 しかしな、俺にとって専用機を貰うということはメリットがひとつもないんだ」

 

「どうしてだ?」

 

「まず専用機を貰うってことは国家の代表候補生になるってことだ。基本は国家の言われたとおりにデータを採取し、戦闘しなければならない。

 そしてそこに機体を弄れる自由なんてものはないんだ。

 ・・・もっともお前の場合は代表候補生にならずに専用機を貰ってるが、それは白式が企業や国からではなくISの産みの親から贈られたものだからだろう」

 

「七瀬に専用機が作られる場合は違うのか?」

 

「そうだな。仮に篠ノ之束が俺に専用機を用意してたならお前の白式のときのようにすぐにでも届いてただろうしな。

 ・・・自惚れかもしれないが、俺は今まで様々な国と企業から専用機や代表候補生の勧誘を受けてきた。どの国も、男性操縦者である俺に首輪を付けたがってるんだろうな。

 代表候補生として俺を手に入れれば男性操縦者っていう広告塔が手に入るだけでなく、俺を含めたオーガント開発者たちからの技術協力も期待できるとか考えているんだろうな」

 

 七瀬は皮肉をこめてそう吐き捨てた。

 そして一夏とシャルルに背を向けたまま語る。

 

「一夏、シャルル、俺はお前たちほど国に大事にされていないのさ。

 学園からきたボディーガードの沖田さんから聞いた話では俺は元々国に解剖されるか実験体として管理されることを前提で話が進んでたらしいしな。

 むしろ大事にするどころかさっさと死んでもらって解剖させろってのが国の思惑らしい」

 

「なんでそんなこと…俺とお前の何が違うんだよ!?

 同じ男性操縦者だってのに…」

 

「俺はISの開発やらで悪目立ちしすぎているからなぁ。

 今の日本政府…いや、女尊男卑の世界において危険な存在だと思われてるんだろう。

 女尊男卑の世界のきっかけとなっているのはISが女性にしか使えないからだ。

 しかしISを動かせる男が現れてしまった。しかもそいつは己の手でISを作ると言っている、なんてなったから自分たち女性に反旗を翻すのではないかと気が気でないんだろうな。

 だからお偉いさんたちは俺を早急に管理、もしくは排除したくて仕方ないのさ。以前俺を煙たがっていた教頭もその部類だろう」

 

 あまりに重い話に、一夏だけでなくシャルルまでもが沈黙した。

 

「これはあくまで予想だが…専用機を送られなかったってことは俺は篠ノ之束からも異分子扱いを受けている可能性がある。

 国はおろか、IS開発者からも排除の対象にされているとなるとこの業界を生き抜くのは中々に難しいだろうな」

 

「・・・それじゃあ七瀬の願いは最初から叶わないじゃないか…!

 ISコアは篠ノ之束博士にしか───」

 

 『作れない』その言葉を言おうとした一夏はハッとした。

 目の前の男、東七瀬は規格外すぎる男である。

 ないものは己の手で作る。それが彼のやり方であることを今しがた思い出した。

 

「まさか七瀬、お前は…」

 

「そうよ!そのまさかよ!」

 

 七瀬は再びノートを広げてみせる。

 そしてISコアのことについて纏めてあるページを一夏に見せつけた。

 いつもの虚ろな目からは別人のように輝いた目で。

 

「ISコアの役目は大気中にあるエネルギーを吸収し『ISエネルギー』を生成すること…

 俺は今このISエネルギーとやらが何なのか、そして大気中にある何を吸収してISエネルギーが作り出されているのか研究している。

 そしてそれがわかったそのときこそ、俺の夢が叶う!」

 

「俺による、俺のための、俺だけのロボットに他人が作ったISコアなんてモンを使うつもりなど更々ないさ。

 俺による、俺のための、俺だけのISコア…それこそが俺の専用機に搭載するに相応しい!

 俺の作る専用機に他人の作った不純物を乗せるなど言語道断!1から10まで全部作るんだよ!」

 

 両手を大仰に広げ、二人の前で語る七瀬。

 その言葉は端から見れば馬鹿げていると言われるようなものである。だが、彼の手に掲げられているノートの中身が彼の本気さを物語っていた。

 

「(あと少し、あと少しで新たな機体の構想もまとまる…・・・そのときはシャルルの力が必要になる。ラファールのことに詳しい彼の力が)」

 

 七瀬はシャルルの方を向きながらそんなことを思うのだった。

 

**********

 

 

 

「・・・簪」

 

「・・・何、鈴」

 

「IS完成させるんじゃなかったの?

 アンタのISハンガー、一夏たちがいる隣のとこでしょ?ここでアイツらを監視するみたいにしててもしょうがないでしょ」

 

「・・・あんな恐ろしい実験をしている中に飛び込んでいく勇気は私にはない」

 

「はいはい…でもなんならあの二人目に一声かければアンタの専用機の完成も早まるんじゃない?」

 

「・・・駄目。これは私が自分の手で完成させないと」

 

「アンタのその使命感はなんなのよ…

 わかった。アイツらの帰る時間、調べといてあげる。

 ・・・事情を話せば絶対食いつくと思うけどね、アイツら」

 

 

 




 お久しぶりです。RGガオガイガーの予約戦に敗北した男です。
 亀更新な作品であるにも関わらず、休載中続きが気になる等の感想、ロボット愛溢れる高評価をありがとうございました!とても励みになりました!
 今回も読了、ありがとうございました!


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