ダリアの歌わない魔法 (あんぬ)
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プロローグ

「でていってやる、でていってやる、こんなとこ絶対にでていってやるんだから・・・」

 

 ダリアは怒り狂っていた。

 細い足をドスドス鳴らし、肩までの黒髪を振り乱して歩く小さな女の子に、すれ違った城の住民たちはギョッとしたような目を向け、慌てて近くの部屋へ逃げ込んだ。

 彼らは、このイタリアからやってきたかわいらしい女の子が大変な癇癪持ちで、虫の居所が悪いときに周囲に(無意識的に使う魔法で)大変な被害をもたらすことをよく知っていた。

 

 ダリア・モンターナは非常に強い魔力を持った女の子である。

 イタリアの由緒正しい呪文作りの家に生まれ、「ちょっとした個性」があったため将来を期待され、幼い頃このイギリスの立派なお城にやってきた。

 ダリアは実家では誰よりも魔法の才能に優れ、それ故にちやほやされて育った高慢ちきな女の子であったため、お城でもきっと自分が一番に違いないと自信満々だったが、そううまくはいかなかった。

 

 ダリアが今まで使ってきた呪文と、お城で教えられる呪文は何から何まで全く違っていたのだ。

 たちまちダリアは落ちこぼれの女の子になってしまった。

 

 これは、今まで何でもかんでも一番であることを自慢に思っていたダリアにとっては大変ショックな出来事だった。

 この由々しき事態に、生来努力家であったダリアは寝る間も惜しんで奮闘した。

 努力の甲斐あり、「お城流の」魔法の使い方にも慣れてきた頃、またもやダリアの自尊心を粉々に砕く出来事が起こった。

 

 ダリアと同じように将来を期待された、とある姉弟が城へやってきたのだ。

 実のところ、今までにも同じように「将来を期待された」子供たちが何人か居て、同じように城で魔法の勉強をしていたが、誰もダリアを脅かすような存在ではなかった。

 今回の姉弟も、姉の方は中々ダリアに似て強烈な性格で、幾度となく彼女たち二人は小競り合いをしていたが、その子も最終的にやっぱりダリアの敵ではなかった。

 

 ダリアの「一番」を脅かす敵は、ぱっとしない弟の方だったのだ。

 

 突如現れて「一番」の地位をかっさらっていった男の子に、ダリアはそれはもう子犬のようにかみついていった。

 最初は戸惑っていた男の子に次第に面倒くさそうにあしらわれるようになっても、後見人から幾度となくたしなめられても、ダリアは男の子にかみつくのをやめることはなかった。

 

 ――――だってずるい。私はずっと何年も、ずっと頑張ってきてやっと一番だったのに。なんで突然現れたあんたなんかに「一番」を譲らなきゃいけないの!

 

 彼がずっと年上の、真面目な青年だったらダリアも渋々ながら納得したのかもしれない。

 しかし彼はダリアと同じ年で、ダリアより背が低く、そしてなによりあまり真面目とは言えなかった。

 

 魔法の理論の勉強を全くしないくせに、「なんとなく」という感覚でなんでもこなせてしまう(ように見える)男の子に追いつこうと、ダリアは死に物狂いで努力したが、どんなに頑張っても追いつくことはできず、

 

 

 

 やがてダリアは家出を決意したのだった。

 

「着替えも入れた、お金に換えられそうなものも入れた、作っておいた呪文も入れて、あとは――――――トゥリリ!」

 

 中身を拡張したトランクに必要と思われるものを手あたり次第に詰め込み、最後にダリアは飼い猫の名前を呼んだ。

 

「時は来たわ・・・我々はついに例の計画を実行します!」

 

『ほんとにやるの?』

 

 黒いペルシャ猫のトゥリリは、「またか」というようにあきれた顔でダリアの肩に飛び乗った。

 実際、ダリアが家出を宣言したことは今までに何度もあり、そしてそのたびに計画は様々な要因で頓挫している。

 

「今回は本気よ。それにずっと準備してきたんだから。いくらあの人達でも、今回の家出先はそうそう見つけられないわよ。」

 

 家出失敗の一番の原因は、後見人でもあり、この城の主でもある大魔法使いに連れ戻されることだった。

 何しろこの世界で彼の影響力は広大かつ強大だ。どんなに遠くに行っても、すぐに見つかってしまう。

 

 だからダリアは考えたのだ。―――――この世界で逃げることが難しいなら、別の世界に逃げてしまえばいいのだと。

 

『ほんとにうまくいくのかなぁ。』

 

「いくの!ずっと準備してきたんだから――――あんまり意地悪言うと、トゥリリのことも置いていっちゃうんだから!」

 

『もう、心配して言ってるのに聞きやしないんだから。』

 

 トゥリリは諦めたようにため息をついた。

 

 その後、彼女たちは足がつかないよういくつかの中継地点を経て、静かにこの世界から姿を消した。

 



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賢者の石 魔法界に潜伏

「ここが、第12系列の世界B―――」

 

 あまり知られていないことだが、実は世界というものは、数多く存在している。

 

 文化や常識、住民の全く違う世界は大きく分けて12系列存在しており、その一つ一つの系列には、それぞれ決まった数の「歴史の異なる世界」が内包されている。

 

 同系列の世界同士は、ある種パラレルワールドともいうことができる世界であり、歴史の大きな出来事のifを節目に、9つまで増えることがあるらしい。

 

 いくつもの系列の世界を経て、ダリアたちがたどり着いたのは、元の世界からほど近い、同じ系列の世界だった。

 あまり系列が違うと、常識が全く通じず生活できないと思ったからだ。

 まさかあの大魔法使いも、わざわざ世界を超えての家出場所に近い世界を選ぶとは思わないだろう、という打算もあった。

 

 一応城の図書室で、その他の系列の世界について調べた痕跡を残してきてはいるが、ダリアはこの世界についてほんの少しの知識があった。

 城で暮らしていた少女の中に、この世界出身の子がいたのだ。(その子から直接話を聞いたわけではない。ダリアはその子の弟と仲が悪かったので。)

 

 この世界は、魔法が「世迷い事」と信じられている世界だ。――――あくまで一般的には。

 資料によると、ごく少数の魔法使いたちがそれぞれの国で自治体を作りながら、隠れ住んでいるらしい。

 隠れ住んでいるのなら、見つかる可能性も低くなってくるはずだ。

 

『見つからないのはいいけど、どうやって暮らしていくのさ?』

 

「うーん、とりあえず適当な人に暗示をかけて、お家に潜り込もうと考えているの。そのための呪文も用意しているわ。」

 

『うわぁ。』

 

 トゥリリはダリアの強引な計画に少なからず引いたようだったが、もちろんダリアはそんなことに気が付かなかった。

「適当な人」に目星をつけるのに忙しかったからだ。

 

 ダリアはしばらく周辺を歩いて、色々な家を見て回った。

 仮初とはいえ、自分が暮らす家になるのだ。下手なところは選びたくない。

 

 この家は―――――ダメね、小さすぎるわ。自分の部屋がないなんて嫌。

 

 こっちは―――うーん、家は素敵だけど、犬を飼ってるわ。却下。

 ダリアは犬が苦手だった。トゥリリも首をブンブン振っている。

 

 これ―――――ありえない。ボロボロすぎ!庭だって荒れ放題じゃない!こんな動物小屋みたいなところ住めない!それに――――

 ダリアは思った。庭を赤毛の兄弟たちが駆けずり回って遊んでいる。

 何年も見ていない故郷が脳裏にひらめき、慌てて頭を振った。

 ―――――あのペトロッキと同じ赤毛!きっとロクな奴らじゃないわ!

 モンターナの家で嫌というほど刷り込まれた、敵対する家への嫌悪感はなかなか拭い去れるものではない。

 

 実のところダリアの故郷では、ある事件をきっかけに、両家の対立は緩やかなものに変わってきていたのだが、家を離れて久しい彼女がそれを知る由もない。

 

 いくつもの家を自分勝手に評価しながら、ふと目に留まった家があった。

 

 白いレンガの壁で作られた小ぎれいな邸宅と、美しく整えられた庭。

 花壇では季節の花が咲き乱れている。見たところ、それなりに裕福そうな家庭だ。

 当面の生活資金は用意してきたが、余裕があるわけでは無い。潜り込む家庭の経済状況が良いのは嬉しい。

 

「うん、ここにしましょ。なかなかよさそうなお家じゃない。ね、トゥリリ。」

 

『犬が居ないならどこでもいいよぉ。』

 

 トゥリリはこれからダリアに振り回されることになるだろうこの家の住人に同情しながらも、興味なさげにあくびをした。

 

 早速ダリアはトランクの中から作りためておいた呪文の束を取り出した。

 人に記憶を植え付ける呪文は強力なので、城に居る時からじっくりと時間をかけて作っていた。

 ダリアの呪文作りに関する才能は群を抜いているので、ちょっとやそっとでは薄れることはないはずだ。

 

 ダリアは呪文を花束に変え、白いレンガ造りの家のドアを叩いた。

 

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか。今度近くに越してくるものです。ご挨拶に参りました。」

 

 しばらくすると、ドアが内側から開けられ、優しげな夫人が顔を出した。

 夫人はダリアのよそ行きの愛らしい笑顔を見ると、顔を綻ばせた。

 

「初めまして。ダリアといいます。どうぞよろしく。」

 

「あらあら、可愛いらしいお嬢さんだこと!わざわざありがとう。私はサラよ、よろしくね。」

 

 夫人はダリアから花束をにっこり笑って受け取ると、不思議そうにあたりを見渡した。

 おそらく、保護者の姿を探しているのだろう。ダリアはあらかじめ考えておいた言い訳を口にした。

 

「両親は仕事で忙しくて、私だけ先に越してきたんです。」

 

「まぁ――――――」

 

 ダリアが寂しげに言うと、夫人は途端に同情的な表情になった。

 おそらく「こんなに小さくてかわいいのにがんばっている、とっても健気な子なのね。」と思っているに違いない、とダリアは思った。

 

 実際人のいい夫人は近いことを考えていたのだろう。ダリアの肩を抱いてにっこり笑った。

 

「あなたみたいに可愛らしい女の子とご近所さんになれて、とっても嬉しいわ。よかったら、うちでお茶でも飲んでいかない?ちょうどクッキーが焼き上がったところなの。」

 

「クッキー!私、大好きなんです。ご迷惑でなければ、ぜひ!」

 

 そういえば、家の中から甘い香りが漂ってきている。甘いものに目がないダリアは「料理好きな夫人―――大当たりだわ!」と心の中で喝采を上げた。

 無邪気に喜ぶダリアの様子を微笑まし気に見たサラは、ダリアの肩を抱いたまま家の中に招待した。おそらく呪文の効果が出始めているのだろう。

 

 この呪文は人を強制的に操るものではない。「なんとなくダリアに好感を持つ。」「なんとなくダリアに対する警戒心を解く。」など、人の無意識に働き掛けるものだ。―――――この後の強力な暗示をかけるための下準備である。

 

「エイモス!ちょっと来てちょうだい!素敵なお客様がお見えよ。―――――ふふ、さぁ、椅子に座ってちょうだい、まず、この綺麗なお花を花瓶に生けましょうね――――――」

 



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記憶の操作

「いやぁしかし!ダリアが元気になって帰ってくるとは!なんてめでたい日だ!」

 

「そうね、エイモス。ああ、これからはずっと一緒に暮らせるのね、ダリア!」

 

 ダリア・モンターナ。

 すでに亡くなったディゴリー夫人の姉の忘れ形見で、病気の療養のため、幼い頃から外国の病気療養施設に預けられていた。

 この度病が回復したので、唯一の親戚であるディゴリー夫妻の元で暮らすことが出来るようになった10歳の女の子。

 

 ダリアが作り出した設定である。

「外国にいた」という設定で、この世界の常識を知らないことをいくらか誤魔化せるだろうと思いあらかじめ考えておいたのだ。

 

 ダリアはその設定を詰め込んだ呪文を、ディゴリー夫妻がテーブルに着いた途端使用した。

 強力な呪文ではあるが、警戒心を解く弱い呪文を併用したため、二人とも自然に呪文の影響下に置くことが出来た。

 

 この呪文は人の意識を操るものではない。

 そのような呪文は定期的にかけ直さなければならないので、何かの拍子でダリアの接触がなくなれば解けてしまうし、非効率的だ。

 

 だから、一度だけの使用で済むよう、「記憶を植え付ける」形式の呪文を選んだ。

 今彼らの記憶の中には、「病気で外国へ療養しに行ったダリアという娘が親戚にいる」という記憶が無理やり埋め込まれている状態だ。

 おそらく、今はまだ「なぜ私たちは薄情なことに、今まで一度もこの子の見舞いに行かなかったのだろう?」など違和感を持っているはずだが、徐々になじんで過去の一部となるはずだ。

 

 あまりに強力かつ複雑な呪文なので、1回分しか準備することが出来なかったが、まぁ問題ないだろう。この世界に居る間は、おそらくもう必要ないはずだ。

 ダリアは自分の作り出した呪文のあまりの有用さと自分の才能に、にんまりした。

 

「さぁダリア、遠慮せずにもっと食べなさい。」

 

「今まで寂しい思いをさせてごめんなさいね。」

 

「うん、ありがとう。おじさん、おばさん。」

 

 ダリアはラムチョップにフォークを突き立てながら満足げに微笑んだ。

 

 

 呪文は全て正常に働いたようで、ひとまず衣食住については安心してもいいだろう。

 ディゴリー夫人はお菓子だけでなく、料理の腕も抜群だった。

 トゥリリもうまそうに肉の塊にかぶりついている。

 

『あーあ、こんなに善良な人達をだましちゃって、いいのかなぁ~』

 

 大きな肉を平らげ、今度はミルクを舐めながら他人事のようにトゥリリがいうので、ダリアは笑顔のまま無視した。

 この猫はたまに耳に痛いようなことを言うことがあった。

 

 

 

 

 

 次の日からもダリアにはすることがたくさんあった。

 ディゴリー夫妻への暗示は完了したが、この辺りには家も多く、おそらくご近所づきあいも皆無というわけでは無いだろう。

 

 ダリアは散歩と夫妻に告げると、村を散策しながら要所要所に呪文を埋め込んでいった。

 そう強力なものではない。「ダリア・モンターナはディゴリー家の親戚の娘らしい。」という噂を流す程度だ。

 別の家庭の事情なので、「そういえばそんな話も聞いたことがあるなぁ。」程度の認識で問題ないはずだ。

 

「オッタリー・セント・キャッチポール村――――変な名前の村ね。」

 

『そぉ?いかにもってかんじだと思うけどな。』

 

 トゥリリがまた興味なさげに鳴いた。

 村を覆うように呪文を埋め込み、2,3日する頃にはダリアはご近所さんに「これからよろしくね。」と声をかけられるようになっていた。

 

 ディゴリー夫人の作ってくれる食事はおいしい。

 家出から連れ戻される気配は感じない。

 埋め込んだ記憶もいい具合に馴染んできた。

 全て順調にいっている。

 

 ダリアは初めての自由な環境に、大変浮かれていた。

 

「ねえトゥリリ、これからどうしようかしら?」

 

『え、考えてなかったの?こんなに大掛かりなことをしたのに?』

 

「だってもう一秒たりともあのお城に居たくなかったんだもの!大人の勝手な期待も、思い通りじゃなかったからっていう失望も、もううんざり!私は私の好きなように生きることにしたの!―――――まぁ、どう生きるかはおいおい探すつもり。」

 

 今まで大人たちに言われるがまま、閉じた世界で生きてきたダリアは、普通の生き方というものを知らなかった。

 

 さて、これからどうするか、と考え始めた時、ダリアにとっての最初の大事件が起こった。

 

 



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想定外の家族

 ダリアがディゴリー家に潜り込んで5日後、その日は朝から妙に家の中の空気が落ち着かなかった。

 客間だったという部屋をまんまと自分の物にしたダリアは、こっそりと呪文を作りながらも、やはり気になって居間を覗きに行った。

 

 台所では、サラがせっせと料理の支度をしていた。

 ダリアが療養から帰ってきた(潜り込んだ)時と同じくらいの気合いの入りようだ。

 

「おばさん、誰かお客さんが来るの?」

 

「ああ、ダリア!」

 

 ドアから除くダリアに気づいたサラが、嬉し気に顔を上げた。

 

「ダリアには言ってなかったかしら。今日は、セドが帰ってくるのよ。」

 

「ふーん。」

 

 サラに抱きしめられながら、ダリアは気のない返事をした。

 返事をしながらも、どんどん冷や汗が出てきているのを感じていた。

 

「―――――――――セド?帰ってくる??」

 

「もう、忘れちゃったの?でもしょうがないわね、久しぶりに会うんだもの。あなたの従兄の、セドリックがホグワーツから帰ってくるのよ。今日から夏季休暇が始まるもの。」

 

 ダリアはサラに抱きしめられながら、頭を抱えた。

 とんでもない大誤算だ。

 

「ふくろうでセドに知らせる暇もなかったから、あの子もダリアが帰ってきているのを知れば驚くと思うわ。」

 

 それは、そのセドとやらも驚くだろう。

 自分が留守の間に、何故か知らない子供が平然と家の中に上がり込み、いつの間にか家族になっているのだから。

 

 不自然にうつむいて黙り込んだダリアの様子を、サラは「緊張しているのね。」と誤解した。

 実際には自分の窮地を確信して、絶望していたのだが。

 

 ヒントはそこら中に転がっていた。

 スポーツ用品の転がる部屋や、玄関にあるエイモスのものより幾分か大きい靴。

 むしろどうして気付かなかったのかと自分に問いたい。

 

 

 

 

 

『だからダリアは子猫ちゃんなんだ。爪が甘いんだよ。』

 

「もう!うるさいわよ、いいから手伝って!」

 

 会話もそこそこ部屋に駆け込んだダリアは、今まで作っていた呪文を中断し、必要だと思われる呪文を突貫で作り始めた。

 記憶を植え付けるような複雑な呪文作りには時間と材料がとてもかかる。今日中に作ることなんて絶対に不可能だ。

 残された時間で作成可能な、この状況を乗り切る呪文―――――――

 

「もう、あまりやりたくなかったけど、これしかないわ――――」

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツが夏季休暇に入り、オッタリー・セント・キャッチポール村へ帰ってきたセドリックは、迎えに来てくれた父親にどことなく違和感を覚えた。

 

「ああ、イースター休暇ぶりだ、おかえりセド!いやぁ、また立派になったんじゃないか。さすがは私の息子、ますますハンサムに磨きがかかっている!」

 

「父さん、久しぶり。――――なんだか疲れてそうだけど、仕事忙しいの?」

 

「ん?ああ、最近何故か、レッドキャップがマグルの活動圏内で大量発生してしまってな。その対応で毎日遅いんだ。しかし、お前が気にすることでは全くない!今日はお前が帰ってくる日だから、何が何でも定時に帰ると決めていたからな!」

 

 相変わらずの親馬鹿ぶりに苦笑する。

 それにしてもいつにもまして楽し気な様子だ。

 気のせいかもしれないと思ったが、キングスクロス駅から家までの道すがら、やはりおかしいと思い尋ねてみた。

 

「父さん、何かいいことでもあったの?」

 

「ああ、さすがにわかってしまうか。ビックニュースだ!お前も家に帰ったら驚くぞ!」

 

 何かある、という予想は当たっていたものの、エイモスはここで伝える気はないようだ。

 家に帰ると、いったい何があるのだろう。

 一抹の不安を抱えながら、セドリックは父と共に久しぶりの我が家へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 結果的に、セドリックの不安は的中した。

 

「なんと!ダリアだ!覚えているか?サラの姪っこの!病気が治って、我が家で暮らすことになったんだよ!」

 

 慣れ親しんだディゴリー邸の居間では、母がいつもと同じように豪勢な食事を用意していてくれたようだ。

 父も母もにこにこと嬉しそうに笑っている。

 だがセドリックは、両親の間で猫を抱えながら笑っている少女を知らなかった。

 

 ―――――――――――母方の親戚は、誰も居なかったはずだけど。

 

 疑問を抱いて、自分の従妹だという少女を見る。

 背の高いディゴリー家の面々の中でより小さく見える小柄な体、肩までの真っすぐの黒髪、驚くほど整った顔立ちの中、青い目が不思議な色をたたえてセドリックを射抜いた。

 

 しまった、と思った時には、口が勝手に動き出していた。

 

「ああ!久しぶりだね、会えて嬉しいよ、ダリア。」

 

 操られている――――――それだけはわかる。

 自分の体が、まったく自分の思い通りに動かない。混乱しているうちに、両親も少女も自分も再会を喜び合い、食卓に着いていた。

 食事を楽しむことを強制されながらも、セドリックの内心は得体のしれない少女に対する恐怖で満たされていた。

 

「セドリックと久しぶりにお話ししたい!私の部屋でホグワーツのことを教えてくれる?」

 

「ああ、もちろん。」

 

 食事が終わった後、従妹(と名乗る少女)が、甘えるように腕に絡んでくる。

 愛らしい仕草だが、セドリックには彼女が何か不吉な生き物としか思えなかった。

 もちろんセドリックの内心など関係なしに口は優しく返事をし、体が勝手に少女を伴って動き出す。両親は微笑まし気に見ているだけだ。

 まるで、妹が久しぶりに会う兄に甘えているのを見ているかのようだった。

 

 

 

 

 そのままセドリックは前までは客間だった(今では少女の)部屋へ入り、動けなくなった。

 後ろで少女が扉を閉め、何やらぶつぶつと呟く気配がする。何かの呪文をかけているのだろうか。

 つぶやきが終わると、少女はため息をついてセドリックの前を横切り、椅子に深々と腰かけた。

 

「まぁ、座りなさいよ。部屋に人避けと防音の呪文をかけたの。あの人たちに聞こえないようにね。まだ呪文が完全に馴染んでるわけじゃないから、何をきっかけにほどけちゃうか分からないもの。―――――あなたにも、一応の説明はしてあげるわ。」

 

 先ほどまでの無邪気な様子と違い、高飛車に命令する少女に、より一層警戒心が高まった。

 言われるがまま椅子に腰かけると、首から上が自由に動くようになっていることに気が付いた。

 

「―――――――君は、何者だ?」

 

「ダリアよ。ダリア・モンターナ。あなたの従妹のね。」

 

「嘘だ。僕に同年代の親戚は居ないはずだ!」

 

 大きな声で否定した。家中に響くような声だったが、両親が見に来る気配はない。

 先ほどの言葉通り、防音の魔法がかけられているのだろう。

 

「なんで?あなたが知らないだけで居たかもしれないじゃない。ずいぶんと前に亡くなったお姉さんの忘れ形見―――――とか。どうしてそう言い切れるのよ。」

 

「ありえない。確かに母には姉が居たそうだが、もう何十年も前に亡くなっている。その彼女に幼い子供が居たなら、母は絶対に放っておくはずがない。」

 

 セドリックが確信をもって言うと、ダリアと名乗る少女はため息をついて「まぁ、そううまくはいかないかぁ。」とぼやいた。

 

 両親が天涯孤独の少女を放っておくような、そんな薄情な性格でないことは、セドリックが一番よく知っている。

 しかし、その両親は何故か、彼女が親類であると信じ切っているようだった。

 

「――――――両親に、何をした?まさか、服従の呪いをかけて。」

 

 彼女と目があった瞬間、自分の体の支配権を失った経験から、最悪の事態が想定された。

 杖もなしにどう呪文をかけたのかはわからないが、もし杖無しで服従の呪いをかけることが可能なのだとしたら、彼女は相当危険な存在である。

 精一杯の敵意を込めてダリアをにらむが、肝心の少女はあまりこたえた風でもなく首をかしげていた。

 

「その服従の呪いっていうのが何かはよくわかんないけど―――違うよ。あの人たちにかけた呪文は、記憶を植え付ける呪文だけ。別に何も犠牲にしてないし。私って記憶が新しく増えただけだよ。別に悪いことしてないでしょ?」

 

 何でもないように言う少女に、セドリックは絶句した。

 基本的に誠実で人の良い彼にとって、ダリアの割と身勝手な思考回路はそう簡単に理解できるものではない。

 ――――どうやら彼女には、偽の記憶を植え付けて人を騙すことに対する罪悪感は備わっていないようだった。

 実際、ダリアは自分の後見人が、魔法でホイホイ人の認識を書き換えているのをよく見ていたので、これがそれほど悪いことだとは思っていなかった。

 

「まぁ、さっき無理やりあなたを操ってここまで連れてきたのはちょっと悪かったかなと思うけれど。でも息子が居るだなんて知らなかったんだもの。用意してた呪文はもうあの二人に全部使いきってしまってたし。あそこであなたに騒がれないようにするためには仕方がなかったの。」

 

 まるでセドリックが悪いかのようにダリアが言うと、足元の猫があきれるように鳴いた。

 彼女はそちらをひとにらみすると、二の句が継げないセドリックに更に畳みかけた。

 

「悪いついでに、あなたにはもう一つ呪文をかけるわ。私の記憶に関する疑問を、誰にも言えなくする呪文よ。さっきも言ったけど、まだ何がきっかけで呪文が解けるか分かんないから。あなたもさっきみたいにずっと操られるのは嫌でしょう?じゃーかけるわよ。3.2.1.それー」

 

 抵抗できるはずもなく、セドリックはなすがままに呪文を浴びせられてしまった。

 

 

 

 

 

「――――――ねぇ、母さん、ダリアの事だけど―――――――まだこっちに慣れてないだろう?僕がこの辺りを案内してこようと思うんだ。」

 

「それはいい考えね!行くときは言ってちょうだい。外で食べれるようにサンドイッチを作ってあげるから。」

 

「――――――。」

 

 

 

 

 

「父さん!ダリアの――――――――部屋なんだけど、殺風景だから何か家具を増やしてあげようよ。」

 

「さすがセド!そういえばそうだな。女の子の部屋にしては飾り気が足りないと思っていたんだ。近々見繕いに行くか。」

 

「――――――――。」

 

 

 

 

 

「ふふ、セドったら、すっかりお兄ちゃんね。ダリアのことが気になってしょうがないみたい。」

 

「いいことだ!ダリアは病み上がりだし、しっかり面倒を見てあげなさい。」

 

「―――――わかったよ、父さん、母さん。」

 

 

 ダリアに関する疑問を口にしようとするたび、何故か思ってもいないこと(しかもダリアになんとなく都合がよいこと)をつらつらと話し出してしまう。

 ダリアの、恥ずかしそうに笑う振りをしながらも「いい加減諦めたらいいのに。」と物語る目を見て、セドリックはしぶしぶ告発をあきらめざるを得なかった。

 

 

 



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入学許可証

 セドリックを無理やり丸め込み、やっと一息付くことが出来たダリアは、再びいそいそと呪文作りに取り組み始めた。

 

 おそらく衣食住の問題にはこれで今度こそ片が付いたが、いつ後見人に発見されるか分からない。

 認識阻害の呪文は山ほど用意しておかなければ。

 

『まだそれ作ってるの?さすがにもういいと思うんだけどなぁ。』

 

「なに言ってるの。相手はあの大魔法使いなんだから、念入りに対策しといて悪いことないわよ。絶対に連れ戻されたくないもの。」

 

『まぁ、ここまでしちゃって見つかったら、大目玉なんてものじゃすまないもんねぇ。』

 

「―――――。」

 

 トゥリリの言葉に思わず手が止まる。

 かつての大目玉を思い出しかけ、頭をふって追い払った。

 

 あの後見人は、怒らせると本当に怖いのだ。絶対に見つかるわけにはいかない。

 

『いつかは絶対見つかっちゃうと思うけどなぁ。絶対血眼になって探してるよ。』

 

「―――――知らない。案外厄介払いできたってせいせいしてるんじゃない。もう必要ないなら、自由にさせてくれたっていいのに。」

 

『――――――。』

 

 ふてくされたように言うダリアを一瞬見上げ、トゥリリは慰めるように体をこすりつけてきた。

 自信過剰に見えるダリアだが、その実以外に卑屈な部分も多いことをこの猫はよく知っていた。

 

『そこまで薄情じゃないはずだよ、あの人達は。君が意地を張っているだけでね。―――まぁ、言葉足らずなのは否定しないけどさ。きっと探してくれているよ。』

 

「―――だからぁ、私は見つかりたくないんだってば。」

 

 ぶすぶすとダリアが文句を言っていると、居間からエイモスが大きな声でダリアを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

「ああダリア!お前にホグワーツから手紙が届いているぞ!」

 

「て、手紙!?」

 

 ダリアは仰天してエイモスから手紙をひったくるように受け取った。

 確かに、宛名は「オッタリー・セント・キャッチポール村 ディゴリー宅 ダリア・モンターナ様」となっている。

 

「なん、なんで私がここに居るって知ってるの!?この人たち!」

 

「うん?そりゃあ、そういう魔法がかかっているからさ!ホグワーツでは11歳になる魔法使いのもとに、自動でこの入学許可証が送られるようになっているのさ。」

 

 ―――よかった。私の事を調べたわけでは無いらしい。

 

 とりあえず安心したダリアは、興味深く手紙の内容を読み進めた。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可する――――ホグワーツ?」

 

「イギリスで最も有名な魔法学校だ!セドリックも今度ホグワーツの3年生になる。それにしてもよかったよかった、今度ダイアゴン横丁で必要なものを買いに行かねば――――。」

 

 そうだ、確かセドリックはそのホグワーツが夏季休暇に入ったからディゴリー家に帰ってきたのだ。

 魔法魔術学校―――――おそらく、名前の通り魔法の勉強をするための、それも全寮制の学校だろう。

 

 

 うまくいけば、より見つかりにくくすることが出来るかもしれない。

 

 

 

 

「セドリック、ホグワーツってどんなところか教えて!!」

 

「――――――せめて、ノックはしてくれないかい?」

 

 宿題に取り組んでいたらしいセドリックは、迷惑そうに顔を上げた。

 ダリアの告発は諦めざるを得ず、当面の危機はないからと無理やり納得させられたセドリックだが、せめて異物であるダリアとなるべく顔を合わさずにすむよう、宿題を言い訳にここ数日ずっと部屋にこもっていた。

 ディゴリー夫妻は「3年生にもなると宿題も多くなるのか。」とのんびりしていた。あまりの能天気さにダリアでさえ心配になるほどだった。

 

 そんなセドリックのささやかな抵抗などお構いなしに、ダリアはずんずんとセドリックの部屋に押し入ると、遠慮なしにベッドの上を陣取った。

 驚くほどのデリカシーの無さだ。

 セドリックは無視しようと宿題に再度手を付け始めたが、キャンキャン五月蠅く話をせがむダリアに根負けしたのか、大きなため息をついて渋々ダリアに向き合った。

 基本的にセドリックはお人よしだ。

 

「―――――――で、ホグワーツがなんだって?言っておくけど、ホグワーツには許可なしにはどんな魔法使いも入ることが出来ないよ。強力な魔法がかかってるからね。」

 

「やったぁ!!」

 

 予想通りの答えが返ってきてダリアは歓喜の声を上げた。

 ホグワーツの魔法とダリアの認識阻害の呪文を組み合わせることで、より彼女を見つけることは難しくなるだろう。

 

「ふふん―――残念でした!許可ならついさっき貰ったの。ほら見てよ。オッタリー・セント・キャッチポール村 ディゴリー宅 ダリア・モンターナ様 ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可する―――――これがあれば私もホグワーツに行けるんでしょ?」

 

 ダリアがホグワーツからの手紙を顔面に押し付けられたセドリックは、顔を離してまじまじと手紙を見つめた。

 見る限り、2年前セドリックが受け取ったものと同じ本物の手紙だ。

 

「―――――――君、11歳だったの?」

 

「なによ、私が赤ちゃんに見えるわけ?確かに背は低いけれど、これからどんどん伸びるはずなのよ。だってパパもママも背は高かったはずだし―――――――」

 

 キャンキャン吠え続けるダリアを複雑な気持ちで見つめる。

 正直彼女の年齢など考えたこともなかった。セドリックにとってダリアは得体のしれない怪物であって、自分たちと同じように年を取って成長するということを想像することが出来ない生き物だった。

 

 ――――確かにそういわれてみれば、見た目は1年生といってもおかしくない幼い少女だ。

 

 怪物が突然人間に変身したような奇妙な感覚を覚えながら、セドリックはホグワーツについてぽつぽつと語りだした。

 

 

 根掘り葉掘り聞いてくるダリアから解放されたのはそれから3時間後で、疲れ果てたセドリックはそのままベッドへ沈むことになったのだった。

 

 



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ダイアゴン横丁

 後日、エイモスの宣言通り、ダリアとセドリックは新学期の準備のためダイアゴン横丁へ来ていた。

 そこかしこに魔法薬の材料や呪いの道具が売っている露店があり、ダリアは生まれ故郷の呪文市場を思い出していた。

 

 ダリアの故郷、カプローナでは、呪文作り達が作った呪文が、大きな橋の上で露店のように売られていた。

 勿論カプローナ一の呪文作りの名家であるモンターナ家の呪文は一番の人気商品で、幼かったダリアも、母に双子の兄と一緒に連れられて橋を通りかかったとき、売られているそれを誇らしく眺めた記憶がある。

 

 教科書を買った後、どうやら職場の知人に出会ったらしいエイモスは、ダリアをセドリックに任せて別行動をとることを決めた。

 どうやら緊急の仕事があるらしい。ナントカとかいう生物が、また大量発生しているという会話が途切れ途切れ聞こえてきた。

 

 セドリックは何度もダイアゴン横丁に来たことがあるため、店の場所などは知り尽くしてはいたが、あらゆることを「あれはなに?」「これはなに?」と聞いてくるダリアの相手をしなければならないということに気づき一気に憂鬱になった。

 

 

 

 マダム・マルキンの洋装店の前に来ると、セドリックは知り合いの姿を見つけ、思わず声をかけた。

 

「やぁ、ハグリッド。」

 

「ん?おお!ディゴリーでねえか!元気だったか?」

 

 ホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドだ。

 人より何倍も大きな体なので、遠くからでもすぐに気づくことができる。

 見れば、傍に男の子を連れている。おそらくマグル出身者の買い物の付き添いで来ているのだろう。

 男の子は伺うようにこちらを見ていたので、セドリックは安心させるようににっこり笑って手を差し出した。

 

「初めまして、僕はセドリック・ディゴリー。ホグワーツの3年生だよ。よろしく。」

 

「あー、ウン。ぼくはハリー・ポッター。よろしく。」

 

 おずおずと差し出された手を握りながら、セドリックは内心驚いていた。

 ハリー・ポッターといえば、魔法界では知らない者は居ない有名人だ。

 思わず額の傷を探しかけ、慌てて目をそらした。初対面でじろじろ顔を見るのは、失礼だろう。

 

 そんなセドリックとは対照的に、ダリアはハリーの額の傷を無遠慮にじろじろ眺めながら難しい顔をしていたので(ダリアは「この子すごい守りの魔法がかかってるなぁ」と考えていた)、セドリックは慌ててダリアの頭を掴んで下を向かせた。

 

「ん?ディゴリー、そっちのちっこいのは?」

 

「ああ、彼女は―――――――ダリア、僕の親戚なんだ。今年からホグワーツに入学する。」

 

 例によって口からスルスルと言葉が流れ出てくる。

 ダリアは頭を掴まれたことを恨めしそうにしながら、ちらりとハグリッドとハリーを見て、ぶすっと「どうも。」と言い、セドリックの後ろへ隠れた。

 あんまりにも失礼な態度だったので、セドリックは「人見知りなんだ。」とフォローしなければならなくなった。

 だがダリアはハグリッドのように大きな人間を見たことがなかったので、実際に内心少し怯えていた。

 

 ハリーはその様子を見て、「あんまり似てない親戚だな。」と思った。

 そうはいっても、ハリーとダドリーも全然似ていない従兄同士だったので、取り立てて変には思わなかったが。

 

 

 

 

 二人と別れ、洋装店で新しい制服を買った後(セドリックは背が伸びたので、前の制服は丈が合わなくなっていた)、またダリアの質問攻めが始まった。

 

「ねぇ、ハリー・ポッターって誰?有名な人なの?」

 

「君、ハリー・ポッターを知らないのかい?」

 

 セドリックはぎょっとしてダリアを見た。

 彼を知らないことにももちろん驚いたが、ダリアが彼を知らずにあんなにじろじろ見ていたということにも驚いていた。

 だがダリアの傍若無人な態度には(悲しいことに)慣れてしまっていたので、その事には特に触れず、声を潜めて答えた。

 

「例のあの人を倒した、魔法界の英雄だよ。」

 

「例のあの人って誰?」

 

「――――――。」

 

 今度こそセドリックは言葉を失った。

 

 

 

 

 しばらく難しい顔をして黙り込んだセドリックだったが、次の店へ歩き始めると同時に、例のあの人について潜めた声で簡単に説明してくれた。

 セドリックの話を聞きながら、ダリアは「悪の大魔法使いってどこにでもいるのね。」と考えていた。

 例のあの人とやらは先ほどのハリーとかいう男の子に倒されているらしいので、そう恐ろしくはなかった。

 

 

 

 

 たどり着いたのは、オリバンダー杖店という店だった。

 紀元前382年創業という看板をダリアは胡散臭げに眺めた。眉唾物だ。

 店内はひんやりしていて、細かいほこりが差し込む光に反射してキラキラしている。

 二人が入ってきたことに気が付いたのか、奥から老人がぬっと現れた。

 ダリアは一目で、この老人が苦手だと思った。

 どこを見ているのかわからない、キラキラした目。ダリアの後見人の大魔法使いと同じ目だ。

 つまり、かなりの変人に違いない。

 

「いらっしゃい、おや、君は―――――セドリック・ディゴリーさん。お久しぶりじゃな。杖のメンテナンスですかな?」

 

「こんにちは、オリバンダーさん。今日は、この子の―――――従妹の付き添いです。杖は全く問題ありませんよ。」

 

「ふむ。君の杖は確か―――30センチ、トネリコ材、芯はユニコーンの尾、よくしなる。――――大事にしておくれ。さて、新しいお客さんの杖選びじゃな―――――。」

 

 

 ダリアの杖選びは困難を極めた。

 オリバンダーは様々な杖を持たせては取り上げ、それを何度も繰り返した。

 何度か振ってみさせることもあったが、その度に店内の杖の箱が雪崩を起こしたり、ガラスが割れたりした。

 セドリックはトゥリリを抱き上げ、入り口近くに避難していた。

 

 オリバンダーは「こんなに難しいお客さんはめったに居ない!一日に二人も出会えるとは!」と喜んでいた。ダリアは「やっぱりこの人変。」と思った。

 

 あんまりにも疲れるので、ダリアはこっそり呪文を使うことにした。

 あらかじめ作っておいた呪文ではなく、その場で呪文を作るためには、本来ならダリアは歌う必要があるのだが、城での勉強の成果か、口笛だけでもある程度の呪文が使えるようになっていた。

 

 ―――――失せ者探しの呪文でいいかしら。

 

 頭の中で呪文を作り、小さな口笛と共に送り出した。

 呪文が店内を駆け巡り、店の奥から、何か箱のようなものが落ちてくる音がした。

 

「オリバンダーさん、奥から何か音がしましたよ。」

 

「ふむ、確かに杖が落ちる音だった。どれ見てきましょう。」

 

 店の奥に引っ込んだオリバンダーは、古ぼけた箱を持って出てきた。

 何やら驚いた顔をしている。

 

「いやはや、この杖を久しぶりに見ました。何代も前の店主が作った杖で、もちろん今まで誰にも扱うことはできなかった。特殊な芯材を使っていて、誰にも合うと思わなかったので、他の誰もこの杖を試したことが無いのです。ですが、これも何かの縁、ぜひ振ってみてください。」

 

 誰にも合うと思わないものを何故作ったのだろうと思ったが、ダリアの呪文によって選び出された杖である。

 自信を持って振るうと、杖の先から光る羽のようなものが飛び出てきた。

 

『天使の羽だ。』

 

「天使の羽?」

 

 トゥリリの言葉に思わず返すと、オリバンダーは「ブラボー!」と言って近づいてきた。

 

「まさしく。これは芯材に天使の羽を使っているのです。700年ほど前、当時の店主が目撃した天使の、たった一枚落とした羽を使用して作った杖と伝わっています。金色に光り輝く天使と伝えられているが――――まさか私の代でこの杖の持ち主が現れるとは―――」

 

 カプローナの天使だ。とダリアは思った。

 ダリアの生まれた国、カプローナには守りの天使が存在する。

 少し前にも、カプローナの危機を救いに現れたということを、ダリアは数年ぶりに再会した弟伝えに聞いていた。

 ―――――つまり、ダリアはその場に立ち会ったわけでは無いのだが。

 

 暗い気持ちになりかけたダリアは、急いで別の事を考えた。

 ―――――700年に一人の才能ってわけね。うん、すごいじゃない、私。

 ダリアはにっこり笑って顔を上げた。

 

「20センチ、サンザシ材、芯は天使の羽、頑固者――――大事にしておくれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 鍋や望遠鏡など、他に必要なものを購入してエイモスとの待ち合わせ場所に行くと、お祝いにペットを飼うかという話になったが、ダリアは「トゥリリがいるからいい。」と断り、ディゴリー家に帰ることとなった。

 

 

 

 

 その後、新学期が始まるまで、ダリアは教科書を読んだり、セドリックの部屋に押しかけてホグワーツの話を聞きだしたり(セドリックは迷惑そうにしながらも答えてくれた)、呪文を作ったりしながらして過ごした。

 

 



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ホグワーツ特急にて

 9月になり、ディゴリー一家は子供たちを見送りにロンドンのキングスクロス駅に来ていた。

 物珍しそうにあたりをキョロキョロするダリアを注意深く見張りながら、セドリックはカートを引いて両親の後を追った。

 

 ダリアは元の世界のキングスクロス駅を思い返しながら、「こっちの駅の方が近代的ね。」と考えていた。

 魔法が大々的に使われている世界Aは、その分科学技術の発達が遅れているため、こちらより少し時代遅れな感じだったのだ。

 

 9と3/4番線(ダリアは「どうして1/2番線じゃないんだろう。」と思った)に入ると、魔法族らしき大人と子供が大量に居て、別れを惜しんでいるようだった。

 先に行ったエイモスが、大きく手を振って妻と子供たちを呼んでいた。

 

「さぁ、早めにコンパートメントを取らなければ。セド、ダリアの荷物を上げるのを手伝っておやり。」

 

「うん。ほらダリア、貸して。」

 

 意外なことに、セドリックは素直にダリアの荷物を上げるのを手助けした。

 基本的に紳士的な性質な上、ここ数日のダリアの質問攻めが功をなしたのか、警戒心は未だ持っているものの、恐怖心はだいぶ薄れていた。

 ダリアは荷物をセドリックに渡しながら、別れを惜しむ家族たちの様子を盗み見た。

 ニコニコと笑いながらも、寂しさが隠しきれない表情を、ダリアはかつて自分に向けられたことがあったのを思い出した。

 

 ――――――――――――結局、それっきりだったけど。

 

 ダリアは周囲と同じように別れを惜しむセドリックとディゴリー夫妻をつまらなそうに見ていたので、急に伸ばされた腕にびっくりしてそちらへ倒れ込んでしまった。

 

「わぁ!」

 

「ダリア、あなたも元気でね!お手紙を送ってちょうだい、待っているわよ。」

 

「う、うん。」

 

 サラに抱きしめられて額にキスをされ、ダリアはどぎまぎした。

 誰かに抱きしめられるなんて、ここ数年なかったものだから。

 

 サラの次にエイモスに抱きしめられ、ダリアはぎくしゃくして逃げるように特急に飛び乗った。

 その様子を夫妻は面白そうに見ていた。

 

「じゃあセド、ダリアの事を頼んだぞ。」

 

「しっかり面倒見てあげるのよ。」

 

「――――――わかったよ、父さん、母さん。」

 

 その様子を複雑そうに見ていたセドリックも、両親と別れのキスをした後、特急に乗り込んだ。

 

 

 

 

 すぐにホグワーツ特急は出発した。

 セドリックがコンパートメントに入ると、ダリアはぼんやりと車窓を眺めていた。膝の上ではトゥリリが早速昼寝を始めていた。

 セドリックが何か話しかけるか迷っていると、ダリアの方から口を開いた。

 

「別に面倒見なくていいわよ。友達のとこにでも行ってきたら?」

 

 明らかに「どっか行ってよ。」という気持ちが透けて見えたので、セドリックは逆にここに腰を落ち着ける構えを見せた。

 ダリアはうろんげに、横目でそれを見た。

 

「何よ。あなた、友達居ないわけじゃないでしょ。行きなさいよ。」

 

「友達は居るよ。でも学校で会えるし――――それに、君が他の人に怪しげな呪いをかける心配がある。」

 

「かけないもん。」

 

「杖に誓って?」

 

 ダリアは「杖に誓うってどういう意味よ!」と思ったが、天使の羽が使われた杖に嘘の誓いをする気にはなれず、ふてくされた顔で目を逸らした。

 ――――実はちょっとくらいなら呪文を使っていいかなと考えていた。

 セドリックはため息をついた。

 

「―――――――――――――手紙って、ふくろうで送るんでしょ?」

 

 沈黙が続いた後、ダリアがポツリと言った。

 目線は窓の外を怒ったように睨んでいた。学校に梟小屋があることは、ここ数日の質問攻めで知っているはずだ。

 

「そうだけど―――――――――――手紙、送る気かい?」

 

「だって、送らないわけにはいかないじゃない―――――――送ってって言われたもの。」

 

 他人にすぐに呪いをかけようとしたり、当たり前の常識を知らなかったりする彼女は相変わらず得体のしれない存在だったが、

 どこか言い訳するかのように、罰が悪そうにそう言うダリアは、ただの人間の女の子に見えなくもなかった。

 

 

 

 

 以降特に話すこともなかったので、お互い教科書を読んだり猫と遊んだりして過ごしていると、突如ドアが勢いよく開いた。

 

「ネビルのカエルを見なかった?列車の中で居なくなってしまったの。」

 

 ふわふわの茶色い髪の、生意気そうな女の子だった。

 理知的な目をしているが、ちょっと前歯が大きい。

 普段のダリアなら「ノックくらいしたら?」とつっけんどんに言いそうなものだが(そしてセドリックに「君が言うのか。」という目で見られそうなものだが)、あまりに女の子の勢いがよかったので、驚きのあまり首をブンブン振るだけだった。

 

「いいや、見ていないよ。―――――見つからなければ、車掌に聞いてみるといい。特急の先頭に居ると思うから。」

 

「そう、どうもありがとう。さ、行きましょう、ネビル。」

 

 セドリックが代わりに答えると、女の子は来た時と同じようにドアをぴしゃりと締め、おどおどした男の子を伴ってさっそうと歩いて行った。

 ――――――――――――苦手なタイプだ。とダリアは思った。もっとも、得意なタイプがいるわけではないのだが。

 

「新入生かな?同じ寮になるかもしれないよ。」

 

 まっぴらごめんだ。とまた心の中で思った。

 ああいう手合いは城の中にも居た。お姉さんぶってダリアの世話をあれこれ焼きたがるくせに、ダリアの方がその子よりいろんなことが出来ると知ると(そしてダリアの高慢ちきな性格を知ると)、途端に悪態をつきながら離れていってしまうのだ。

 きっと彼女もそうに違いない。

 

 

 しばらくするとダリアは寝入ってしまい(寝ている間、車内販売やセドリックの友人らしき人物が何人か訪ねてきたのを夢うつつに感じたが、ダリアはあえて眠ったままでいた)、起こされた時にはもう日が沈みかける時刻になっていた。

 

 それから制服に着替えたり荷物の整理をしたりしているうちに、ついにホグワーツに到着したのだった。

 

 

 



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得体のしれない少女

 すっかり寝入ってしまった小柄な少女を見て、セドリックはここ最近多くなったため息をついた。

 

 

 

 衝撃的な対面から数か月、セドリックはこの得体のしれない少女にこれでもかというほど振り回される毎日を送っていた。

 

 最初の印象は、驚くほど可愛らしい女の子だった。

 子供らしく柔らかそうな肩までの黒髪に、華奢な体。

 病的なほど白い肌に、小さなサクランボみたいな唇と零れ落ちそうな青い瞳がよく映えていた。

 

 まるで絵画から抜け出してきたような少女にセドリックは一瞬見蕩れたが、次の瞬間その感情は恐怖に変わった。

 目があった瞬間恐ろしい呪文をかけられ体の自由を奪われたのだ、当然である。

 

 どうやら少女はセドリックが帰宅する数日前にディゴリー家に潜り込み、両親に偽の記憶を植え付け、存在しない親戚に成りすましているらしかった。

 ディゴリー家だけでなく村の人たちにも呪文をかけて回っていたらしく、ダリアの存在はいつの間にか周知のものとなっていた。

 

 ただセドリックの存在は予想外だったようで、記憶を植え付ける呪文をかける代わりに、その日のうちに怪しげな呪文で言動を制限された。

 記憶を植え付ける呪文の作成は相当難しいようで、一朝一夕で作ることはできないものらしい。

 

 最初のうちは、両親の記憶を好き勝手に操作された怒りや、自分の言動を操られる恐怖でダリアの事を徹底的に避けていたが(両親は「久しぶりに会って照れてるんだろう。」とニコニコ笑っていた。自分の親ながら、こんな能天気で大丈夫なのだろうかと心配になった)、数日後、ダリアにホグワーツの入学許可証が届いたらそういうわけにもいかなくなった。

 

 

 怒涛の質問攻めが始まったのだ。

 

 

「制服ってどんなの?」

 

「寮って何?」

 

 という質問から、

 

「友達とはどんなこと話すの?」

 

「休みの日って何するの?」

 

 といったプライベートに至るまで、ありとあらゆることを答えが返ってくるまでしつこく聞かれた。

 最初のうちは無視をして呪文で強制的に吐かせられるといったことを繰り返していたが、数回繰り返すうちに諦めて素直に答えるようになった。

 

 答えているうちに、セドリックは「この子はあまり社会の事を知らないんだな。」ということがだんだんわかってきた。

 質問の内容は多岐に渡っていたものの、中には魔法界で生きていたら常識として知っている内容についてのものもあった。

 ますますこの子の正体が分からなくなった。

 

 

 それでも数か月一緒に暮らしているうちにダリアについて分かることは増えていった。

 

 まず、ホグワーツの入学許可証が届いたことから、11歳らしい。

 そのことを知った時には、まず「この生き物は本当に人間だったのか。」という衝撃も味わった。

 

 トゥリリという黒いペルシャ猫を飼っていて、どうやら会話することが出来るらしい。

 ダリアに直接確かめたわけでは無いが、どう考えてもそうとしか思えないような場面が何度もあった。

 トゥリリは見る限りただの黒猫なのだが、こちらも時々普通でないと感じることがある。

 

 父親がイタリア人で、ハーフらしい。

 これも彼女から直接聞いたわけではなく、母のサラから聞いたことだ。イタリアの姓を名乗っているので、おそらくそう記憶を植え付けたのだろう。

 

 杖を使わずに呪文を使うことが出来る。―――――これは本当に恐ろしいことだ、とセドリックは思っている。

 無杖呪文を使える魔法使いは、ほんの一握りの偉大な人物(それが善か悪かは別として)だけであるとされている。

 たった11歳の女の子がホイホイ杖も無しに呪文を行使するのは、異常事態なのだ。

 ダイアゴン横丁で必要品を買うときもわざわざ杖を買うのか疑問だったが、「それとこれとは話が別。」「呪文の種類が違う。」などよく分からないことを言っていた。

 何かたくらみがあるのだろうか。

 

 他にも性格はかなり高飛車で高慢ちきかつ小賢しく自己中心的だとか(両親の前ではかなり猫を被っている)、片付けが下手とか(汚いわけでは無いが、物があちこちに乱雑に置いてある。一度サラに言われて整理整頓を手伝うこともあった)、運動は苦手なようだとか(エイモスに誘われ渋々キャッチボールをしたことがあったが、すぐにへばっていた)、色々なことが分かってきたが、知れば知るほど、ダリアの正体が分からなくなる。

 

 

 絶対に普通の少女であるはずはないのに、人間らしい部分を見ると、揺らいでしまうのだ。

 

 

 今だってそうだ。セドリックの両親に抱きしめられて戸惑ったり、手紙を出すことを気まずそうにしてみたり、涎を垂らすほど眠りこけていたり(膝の上のトゥリリに涎がかかり、猫が迷惑そうに口元を拭っていた。やはりこの猫も普通ではない)。

 

 

 

 彼女は一体、何なのだろう。

 

 

 ぼんやり眺めているうちに、ふとコンパートメントの窓から知っている顔がのぞいているのに気が付いた。

 ダニエル・マクニッシュ、同じハッフルパフ寮の親しい友人で、クディッチでチェイサーをしているチームメイトだ。

 眠っている少女に気付いてか、ドアがそっと開けられた。

 

「よぉ、久しぶりだな、セド。元気だったか?」

 

「久しぶり、ダニー。まぁまぁかな。」

 

 色々あったしね。とは口にしなかった。

 おそらくダリアについての疑問と判断され、別の言葉になっているはずだ。

 当たり障りのない近況報告をして、ダニエルはダリアに目をやった。

 

「んで、こっちのおチビちゃんは知り合いか?見たところ新入生みたいだが。」

 

「ああ、この子は―――僕の従妹だよ。今年からホグワーツなんだ。」

 

「へえ!お前親戚居たんだな!へぇー!」

 

 ダリアが眠っているのをいいことに、ダニエルはしげしげと観察した後、「確かに、顔立ちとか似てる気もするな。特に鼻筋とか。」と勝手に納得した。

 セドリックは曖昧に笑い、ダリアも文句を言うかのように顔をしかめてもぞもぞと動いた。

 似ているはずはないのだが、親戚と聞いてそう錯覚したのだろうか。

 

「おっと起こしちまうかな。それじゃそろそろ退散するぜ、邪魔したな。」

 

「ああいや、こっちこそ悪いな、あんまり話できないで。」

 

「学校着いたら色々聞かせてくれよな。――――――同じ寮になれるといいな!」

 

 ダニエルはダリアを指しながら笑って出ていった。

 

「まぁ、ハッフルパフではないだろうからそれは無理だろうな。」とセドリックは思った。

 彼女の性格的に、スリザリンが一番合っている気がする。他の寮ではダリアのキツイ性格は絶対に浮いてしまうだろう。

 

 

 到着時刻が近づいてきたので、セドリックは色々考えるのをやめて、ダリアを起こしにかかった。

 

 

 



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組分けの儀式

いよいよホグズミード駅に到着した時には、すでにあたりは暗くなっていた。

ここからは上級生と新一年生は別行動らしい。セドリックが「ほかの生徒に呪いをかけないように。」と何度も念を押していたが、もうすでに眠たくなっていたダリアは話半分に聞いていた。

セドリックは最後まで心配そうにしながら、友人らしき男子生徒に連れられて去って行った。

 

ダリアに話しかけるセドリックを遠巻きにしてキャアキャア言っていた一年生の女の子のうち一人が、興奮気味にダリアに話しかけた。

 

「ねぇねぇ、今の素敵な人!あなたのお兄さん?」

「あー、うん、従兄。」

「わぁ、いいなぁ!あんなに素敵な親戚のお兄さんが居て、羨ましい!」

 

そのままダリアは女の子に囲まれ、次々と「寮はどこなの?」「何年生?」「彼女居るの?」とセドリックに関する質問をマシンガンのように投げかけてきたが、おざなりに答えていたダリアがついに歩いたまま船をこぎだしたのを見て、彼女たちは呆れた様子で離れていった。

 

 

 

ふっと意識が浮き上がると、いつの間にかボートに乗っていたようだ。

ハグリッドが立ったまま眠るダリアの首根っこを掴んでボートに放り投げてくれたらしい。

新入生たちが歓声を上げて指さす方を見ると、そこには荘厳な城が見えてきていた。―――ホグワーツ城だ。

 

目を輝かして城を見つめる他の新入生たちを見ていると、何となく元の世界で初めて城を訪れた時の気持ちを思い出して、ダリアは苦い表情になった。

 

 

 

 

城につくと、今度は厳格な表情の魔女が、ハグリッドに代わり一年生たちを誘導した。

明るい城内に先ほどよりは意識を覚醒させたダリアは、セドリックから聞き出したしゃべる絵画や、動く階段を興味深く観察した。

―――――しゃべる絵画は、自分でも作ってみたい。動く階段はなんで存在するのか意味が分からないけど。

 

 

 

城内を進んでいるうちに、いよいよ組み分けの儀式が行われる大広間の前に到着した。

他の一年生は、自分がどの寮になるか口々に話している。

そのうち数人の男の子が寮について口論を始め、厳格な魔女―――マクゴナガル教授というらしい―――に注意されていた。

 

ダリアはそれをぼんやり見ながら、セドリックから寮について聞き出した時のことを思い出していた。

 

それぞれの寮の特徴について聞いたところ、自分に一番合った寮はスリザリンだろうな、と思っていたので(セドリックも「そうに違いない。」という表情をしていた。)、ダリアは組み分けに関してはそんなに興味を持っていなかった。

 

新入生はまだそこかしこでおしゃべりしていたが、マクゴナガル教授が「静粛に。」と言うと水を打ったように静まり返った。大広間の大きな扉がゆっくりと開いた。

 

 

大広間の中は、「大」がつくだけあってとても広かった。

ゆうに300人は座れるであろう長テーブルが4つあり、そこにそれぞれの寮生が座り、一年生に向かって拍手をしている。

 

ふとダリアが視線を感じて顔を向けると、案の定セドリックが不安そうな(もしくは疑わし気な)表情で見つめていた。

あんまりにも気負いすぎだと思ったダリアがピースサインを送ると、セドリックはもっと不安げな顔になったので、ダリアはむっとした。

 

一年生が全員入場すると、教員机の前に、立派な椅子とボロボロの三角帽子が用意された。

あれが組み分け帽子だろう。

縫い目の部分がもぞもぞと動き出し、事前に聞いていた通りに歌いだした。

ダリアはそれを聞きながら「ド下手ね。不合格。」と評価した。

歌を歌って呪文を紡ぐ一族の出身なので、歌唱には厳しいのだ。

 

 

歌が終わると、さっそく組み分けが始まった。

アルファベットが一番早い金髪の女の子がハッフルパフに組み分けされると、次々と一年生の名前が呼ばれ、そしてそれぞれのテーブルに分かれていった。

中にはしばらく時間がかかる生徒もいたが、大抵の場合すぐに決まっていたので、ダリアの順番はすぐにやってきた。

 

「モンターナ・ダリア!!」

 

名前を呼ばれたダリアはすたすたと前に出て、椅子にストンと座った。

教員により帽子をかぶせられると、ダリアの頭のサイズよりだいぶ大きめの帽子は、すっかり視界を覆ってしまった。

 

『フーム、これはこれは!なんと珍しい!君は別の世界から来たお嬢さんだね?』

「知ってるの?」

『知っていたわけではない。今知ったのだ。私は被った者の心を映し出す存在だからね。君が被ったことで生まれた今だけの知性なのだよ。』

「なるほど。そういう魔法なのね、よくできてるわ。」

 

ダリアは感心して言った。

自立思考する生き物を魔法で作るのは簡単だが、脳みその無い道具に思考させ、しかもそれを何万回と繰り返すことを可能とするには、相当複雑な呪文が必要に違いない。

 

「それで、私の寮はどこになるわけ?」

『ふむ、君の寮はここしかないだろう―――――――君によき友との出会いがあることを祈って。』

 

 

 

『スリザリン!!!!』

 

 

 

予想通りの組み分けだったが、最後よく分からないことを言われた気がした。

眠たくてノロノロとスリザリンのテーブルへ向かっていると、次に組み分けされた男子生徒がもう後ろにきていた。

 

「早く座ってくれよ、もう腹がペコペコなんだ。」

「それは失礼。」

 

急かされたダリアはムッとしながらも、手ごろな席に座った。

偶然隣も空いていたので、ダリアを急かした男の子もそのまま隣に座って早速食事に手を付け始めた。

その食べっぷりを見て、そういえば自分も腹が減っていることに気付いたダリアが好物を探していると、近くの上級生(おそらく5年生くらいだろう)がこのあたりの一年生に向けて話しかけてきた。

 

「やぁ、スリザリンへようこそ。これから仲良くしてほしい。まずはお互い自己紹介といこうじゃないか。」

 

組み分けで名前を呼ばれたのに、今更自己紹介が必要なのか、と思ったが、どうやら別の意図があったらしい。

スリザリンの自己紹介は、名前の前に肩書が付くようだ。

ダリアの直前に組み分けされた(しかも帽子を被るか被らないかの時点で組み分けされていた)男の子は、

 

「聖28一族の、ドラコ・マルフォイだ。」

 

と自信たっぷりに自己紹介していた。

スリザリン特有の選民思想を下敷きにした、カースト確認の場であるらしい。

 

本来ならダリアも「カプローナで一番古くから続く呪文作りの名門、モンターナ家のダリア・モンターナよ!」などと宣言したいものだが、カプローナの存在しないこの世界で言ってもしょうがないので、無難に

 

「両親は魔法使い。ダリア・モンターナ。よろしく。」

 

と答えておいた。

 

しかし、話には聞いていたがすごい寮だ。マグル出身と答えようものなら途端にゴミを見るかのような目で見られ、「お前はあっちだ。」と長机の隅っこに追いやられる。

追いやられた一帯に座っている生徒たちは、スリザリンにおける稀有なマグル出身者なのだろう。全員が例外なく沈んだ表情をしている。

 

――――――学校側がどうにかすべきなのではなかろうか。

ちらりと教職員机を見たが、誰も気にしていないようだった。

これがホグワーツの伝統ということなのだろうか。

 

どちらにせよ、ダリアの「両親が魔法使い」という答えはスリザリンでは受け入れられるラインに入っていたらしい。近くの上級生と握手をして、ようやく食事に手を付けることが出来た。

 

途中、「魔法界の英雄」だというハリー・ポッターの組み分けがあり、ハリーが選ばれたグリフィンドールが大歓声を上げ、スリザリンのテーブルが面白くなさそうに文句を言う場面もあったが、ダリアは全く気にせず大好物のラムチョップを頬張っていた。

 

宴が終わると最後に校歌をそれぞれ好きなように歌い(ダリアは「なんて無茶苦茶なの!?」とキレていた。歌には厳しいのだ。スリザリン生の中には歌っていない生徒も多かった)、それぞれの寮へと案内されていった。

セドリックの視線を感じたが、満腹になりとてつもなく眠かったダリアはそれを無視した。

 

 

 

 

スリザリンの寮は、地下牢にあった。

厳かな雰囲気の談話室だが、照明は緑で、あまり目には良さそうではない。

どうして白い明りにしなかったのだろう。

 

『知らないの?緑って目に優しい色なんだよ。』

 

荷物と一緒に寮へ送られていたトゥリリが、知ったかぶって言ったが、あまりそうは思えなかった。

――――――談話室で過ごすことは、これから先あんまりないんじゃないかな。

 

そこから更に新入生は数人ずつのグループに分かれ、それぞれの寝室へと別れていった。

ダリアの部屋は4人部屋だった。

先ほどの血筋申告自己紹介の場で、「聖28一族」と名乗った女子生徒達ばかりのグループだ。というか、「聖28一族」とやら出身女子生徒は、同学年にはこの3人しか居なかったのだけれども。

 

部屋割に作為的なものを感じたが、疲れ切った彼女たちは挨拶もそこそこに、ベッドの中に潜り込んでホグワーツ最初の一日を終えた。

 

 



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授業でのこと

 ダリアが目覚めたのは、同室の女の子達がみんな身支度を終えてしまった後だった。

 朝食が終わる時間までそう猶予は無く、ダリアは半泣きになりながらネグリジェから制服に着替え、髪を整えた。

 

「どうして起こしてくれなかったの!」

 

 中々取れてくれない寝ぐせと格闘しつつ、ダリアは叫んだ。

 

「一言くらい声をかけてくれたっていいのに!ここの人たちって人を思いやる気持ちを持っていないのかしら!」

 

「お言葉ですけどね。」もうすっかり身支度を済ませた女の子(顔がパグ犬に似ている)が、呆れたように言った。「私たち、一言だけじゃなくって、何度も!あなたに声をかけたのよ。そこのところを、誤解しないで欲しいわね。」

 

 確かに、ベッドの外から声をかけられて(それも何度も)その度に「まだ大丈夫よ、放っておいて。」と答えた記憶が朧気ながらある。

 

 ―――――もっとしつこく声をかけてくれたっていいのに!こっちの人たちはどうして「頭から水をかける」とかそういう方法をとってくれないの!

 

 寝汚いダリアは、城ではいつも「頭から水をあびせ」られたり、「ネグリジェに氷の塊を入れ」られたりして、強制的に覚醒させられていた。

 こちらに来てからというもの、ディゴリー家の面々はもちろんのこと、同室の少女達もそんな乱暴な方法は思いつきもしないようで、ダリアはいつも忙しい朝を過ごすハメになっていた。

 

「いいわよ、先に行っておいて!どうにかするわ!」

 

 ダリアがヒステリックに叫ぶと、女の子達は肩をすくめて出ていった。

 同室の女子達―――パンジー、ダフネ、ミリセントとお互いに呼びあっていた――――は元々知り合いだったようだ。

 その3人の中に突如放り込まれたぽっと出のダリアは、割とキツめな性格も相まって、今のところ悪口や嫌みを言われることは無いものの、少し浮いていた。

 

 浮いていることに気付いてはいるものの、性格を直す気もないダリアは、全員が出ていったのを確認して、急いで身支度の呪文を唱えた。

 

 ホグワーツで困ったことと言えば、なによりもまずこの寮生活だった。

 複数人で一つの部屋を使うと聞いていた時から、ある程度「そう自由に魔法は使えないのね。」と覚悟はしていたが、実際に経験してみると、不便極まりない。

 

 ダリアはまず、今までなんでも魔法で行っていた身の周りの事を、手作業で行うことから覚えなければならなかった。―――それでも、こうして一人の時にはこっそり魔法を使っているのだが。

 

 きちんとした身なりになったダリアが慌てて大広間へ行くと、生徒たちはほとんど朝食を終え、授業の準備にいったん寮へ帰っていくところだった。

 ひとまず間に合ったことに安心して、ダリアは適当な席に座り、ようやく朝食にありつくことができたのだった。

 

「なんだ、慌ただしいな。スリザリン生たるもの、もっと落ち着きを持って行動したまえ。」

「余計なお世話よ!!」

 

 同じ一年生のくせに、上級生からもちやほやされている金髪の男子生徒が、去り際に一言残して出ていった。

 頭に来たダリアはそちらをギロリと睨んでヒステリックに叫び、急いでオートミールをかき込んだ。

 

 

 

 朝食を食べ終え、始業ギリギリに教室に滑り込む。

 ほとんど席は埋まっていたので、ダリアは入り口近くに一人で座っていたセオドール・ノットの横の席を素早く確保した。

 ノットは横目でちらりとダリアを見て、揶揄うように口元を歪ませた。

 

「なんだモンターナ、お前また寝坊したのかよ。」

「お言葉ですけどね。」ダリアは今朝パグ顔の女の子に言われた言葉を思い出しながら、隣を睨んだ。「寝すごしてはいないわよ。こうしてちゃんと授業には間に合ってます!」

 

 どんなに高飛車で自分勝手でも、ダリアは基本的に真面目な性格だったので、寝坊はしても何とかして授業に遅れないよう気を付けていた。

 遅刻などもっての外と考えていたし、それにホグワーツの授業は中々興味深かったのだ。

 

 今まで薬草学、呪文学、変身術などの授業が行われていたが、どれもダリアの知っている魔法とは毛色の違うものだった。

 決められた手順に沿って行えば誰でもある程度の効果を発揮することができる、どちらかと言えばダリアの得意な「魔術」に近いのだろう。

 入学前に全ての教科書を読み込み、予習もしっかりしていたダリアは、全ての授業で教授の質問に完璧に答え、呪文も一番に成功させていた。他に成功させていたのは、グリフィンドールの女の子だけらしい。

 

 ほとんどの生徒がつまらないという魔法史も、ダリアにとってはとても興味深い授業だった。何しろ別世界の歴史についての講義なのだ。

 自分の知っている世界の歴史との違いを探すことに夢中になっていた。

 

 結果、入学して一週間もたたない内に、ダリアは、寮の点数をよく稼ぐ優等生として、スリザリン内でそれなりに一目置かれるようになっていた。

 

 先生達に褒められたことなどを手紙に書いてディゴリー家に送ると、夫妻はとても喜んで、ダリアにお菓子の詰め合わせを送ってくれた。(エイモスは「さすがはサラの姪っこだ!セドに似てとても優秀だ!」と大喜びだった。)

 スリザリンに組み分けされて、周りからいじめられていないか不安に思っていたようだ。

 未だに「ダリアが他の人に危害を加えるのではないか」と不安そうにしているセドリックを含め、つくづく人の良い一家だとダリアは思った。

 

 今日の授業は、スリザリンの寮監が教授をしている魔法薬学だ。

 グリフィンドールとの合同授業で、二つの寮はとても仲が悪く、こういう時には授業中でも嫌みが飛び交うことがよくある。

 

 それに―――ダリアはグリフィンドールの眼鏡の生徒にいちゃもんをつけるスネイプ教授を見て思った――――この陰気で粘着質な寮監も、敵対する寮を快く思っていないようだ。

 

 答えられない男子生徒を詰るスネイプをじっと観察していると、顔を上げたスネイプと目が合ったので、ダリアはびっくりした。

 

「ふむ――――――――ではモンターナ。今の問いに答えられるかね?」

 

 グリフィンドールの女の子が高々と手を上げているにも関わらず、教授はダリアを指名した。

 何が何でもグリフィンドールに嫌がらせをしたいらしい。

 その執念に感心しながらも、答えを当然知っていたダリアは何でもないように答えた。

 スネイプはダリアの答えを満足気に聞くと、スリザリンに得点を与えた。

 

 スリザリンの生徒は歓声を上げたが、グリフィンドールの生徒(特にずっと手を上げていた女子生徒)は憎々し気にダリアを睨んでいた。

 基本的に他人の嫉妬の視線が大好きなダリアはとてもいい気分になり、気取った様子で鼻をツンと上に向けた。

 

 

 

 

「―――――それで、あのグリフィンドールの連中の悔し気な表情!トゥリリにも見せてあげたかった!」

『別にいいよぉ。人間の表情の違いなんて、僕にはよく分かんないしぃ。』

 

 全ての授業を終えたダリアは、図書室で今日の復習と宿題、明日の予習に取り組んでいた。常に一番にこだわる性格故か、いかに簡単な内容であったとしても驕って手を抜くことは決して無いのがダリアの美点だった。

 

 鞄の中に隠してトゥリリをこっそり連れ込み、防音の呪文をかけて今日の武勇伝を話して聞かせていると、ダリアたちの居る所へ向かってくる足音がした。

 

 あわててトゥリリを鞄の中に押し込み(『いたい!なにするのさ!』)何食わぬ顔でレポートの続きを書いていると、そこに顔を見せたのはセドリックだった。

 

「あっ――――――――」

 

 どうやらあちらもダリアに気付いたらしい。思わず、といった様子で声をあげ、視線を彷徨わせている。

 

「おーい、セド、よさそうな本あったか?」

「!!―――――いや、こっちにはないみたいだ、向こうを探そう。」

 

 しばらく固まっていたセドリックだったが、友人から声をかけられると、途端に動き出した。友人がダリアの姿に気付く前に、その場を後にした。

 

 

『―――あいつ、学校に居る間は何としてもダリアを避けるつもりだね。自分の友達も明らかに遠ざけてるし。まぁ、気持ちは分からなくもないけど。』

 

 トゥリリが鞄から這い出しながら言った。

 

 トゥリリの言う通り、セドリックはホグワーツで徹底的にダリアを避けていた。

 ダリアがスリザリンに組み分けされてから特に顕著で、家以外では得体のしれないダリアに関わり合いになりたくないという思いが透けて見えるほどだ。

 今のように友人がダリアに近づくことの無いよう、それとなく遠ざけることもある。

 

 ダリアとしては行動を詮索されるよりはマシなので、今のところどうこうする気を無いのだが、ああもあからさまに避けられるのも目障りだ。

 ――――それに、こちらを見るたびに、戸惑ったような複雑そうな顔をされるのも。

 

 ダリアはなんとなくむかむかした気分になって、トゥリリをまた鞄に押し込んだ。

 



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飛行訓練と特別措置

 初めての飛行訓練。

 この日はスリザリンの1年生も朝から浮足立った様子で、自分がどれだけ飛行術が上手いか、実家の箒がどれだけ素晴らしいかなど、口々に話していた。

 

 浮きたつ生徒達とは裏腹に、ダリアは朝から憂鬱な気分だった。いつもならまだベッドの中に居る時間だったが、目が冴えてしまい自然と目覚めてしまったのだ。

 同室の3人は「珍しいこともあるのね。雹でも降るんじゃないの?」「ちょっとやめてよね。せっかくの飛行訓練がなくなっちゃうじゃない!」など好き勝手に言っていた。

 

 いっそ本当に雹でも降らしてやろうかしら、とダリアは思いかけ、思いとどまった。

 今日の天気で雹が降ってしまえば、それは異常事態だ。

 警戒心の高いセドリックは、まずダリアを疑うだろう。

 ――――――ただでさえ、セドリックはダリアが飛行訓練を忌避していることに感づいている節があるのだ。下手なことはできない。

 

 ダリアは運動が苦手だった。それもだいぶ。

 夏休み、エイモスに誘われ、セドリックと3人で渋々キャッチボールをしたことがあった。

 クアッフルとかいう魔法界のスポーツで使うボールを使った、別段難しくもなんともない普通のキャッチボールだが、ダリアは5分でばてた。

 

 子供の頃から暇さえあれば本を読んで勉強する習慣が身についていたダリアは、体力が全く無かったのだ。

 

 一年生の飛行訓練では、箒に乗って浮いたり平行に移動したりする程度らしいが、それでも体を動かすことに違いはない。

 乗ること自体は問題なくできるだろうけれど、そのまま運動することは勘弁願いたいものである。

 

 ダリアは憂鬱な気持ちを隠そうともせず、オートミールをぼんやりとかき混ぜていた。

 

「なんだ、モンターナが朝食に間に合うなんて珍しいな。」

 

「うるさいわね。――――――というか、いつも遅れてないわよ!ほ ん の少し遅めなだけで!」

 

 既に朝食を食べ終え紅茶を飲んでいたノットが、珍しくあたふたとオートミールをかき込んでいないダリアを見て、驚いていた。

 

 セオドール・ノットはいわゆる「聖28一族」のノット家の長男で、スリザリン内でもかなり高いカーストに位置する生徒だ。

 しかし同じようなマルフォイのように徒党を組むのではなく、一人で行動することを好んでいるので、同じように一匹狼のダリアとは、必然的に授業でペアを組むことが多くなる。

 

 そのため二人はそれなりに世間話をする程度の仲にはなっていた。

 

「それで、今日はどうしたんだ。―――まさか、お前も飛行訓練が楽しみで早く目が覚めた、とか言うんじゃないだろうな。」

 

「ふん――――――私が箒に乗るのを楽しむような人間に見えていたなら、あんたの見る目もなかなか馬鹿にできないわね。」

 

 ダリアの嫌みに、ノットは意外なほど屈託のない表情で笑った。妙に機嫌がいい。

「そういえば。」ダリアは思い出した。「あんたも、朝寄って集って箒自慢してた連中の一員だったわね。それこそ珍しく。」

 

「まあな。魔法使いの家に生まれた男で、クディッチが嫌いな奴なんてほとんどいないだろう。ドラコじゃないが、俺だって実家では毎日箒に乗って庭を飛んでた。」

 

「それはそれは。それで?私に披露する武勇伝は何かないわけ?えーと、なんだったかしら、飛行機にぶつかったとか、ロケットを撃ち落としたとか。」

 

 先ほど談話室で聞いたマルフォイの自慢話を口にして、思わず顔をしかめた。明らかに盛っていることが分かる稚拙な作り話だったからだ。

 ノットもそれが分かっているのか、未だに大広間のテーブルで騒いでいる金髪を見やり、苦笑した。

 

「ドラコも家の名を上げようと、あいつなりに必死になってるんだ。あまりうまい方法とは言えないが―――――それで、お前はどうしてそんなに不機嫌なんだよ。まぁ、俺の見る目を信じるなら、あまり運動が得意なようには見受けられないけどな。」

 

「あら、確かな目をお持ちのようで。」

 

 ふてくされたダリアを、ノットはまた楽し気に笑いとばしたのだった。

 

 

 

 我先にと訓練所に向かうスリザリン生の群れに交じり、ダリアもノロノロと移動を開始した。

 スリザリン生たちより少し遅れてグリフィンドール生が訓練所に現れ、ようやく飛行訓練が始まった。

 

「上がれ!」

 

 ダリアが言うと、箒は大人しく手の中に吸い込まれた。隣で訓練を受けていたノットも、難なくこなしていたが、成功した生徒はそう多くはなかったらしい。

 

 何度か繰り返して全員が箒を空中に上げられるようになり、いよいよ飛び上がるという段になって、事件は起こった。

 グリフィンドールの生徒の一人が暴走して空に大きく投げ出されて怪我をして、授業が一時中断されたのだ。

 

 マダム・フーチが手首の骨が折れたらしい生徒を医務室に連れに行くと、ダリアはほっと息をついてまたがっていた箒から降りた。

 あからさまな様子のダリアに気付いてクスクス笑ったノットだったが、ダリアが怒りだす前に、あることに気付いて顔をしかめた。

 

「あいつ、また面倒なことを―――――――」

 

 マダム・フーチの言いつけを無視して、箒にまたがり飛び上がったマルフォイを見て、ノットは嫌な予感がした。

 

 

 

 そこからの展開はあっという間だった。マルフォイの挑発に乗せられて箒で空中へ舞い上がったグリフィンドールの眼鏡の生徒が、彼の落としたものを拾うため、危険を顧みずダイビングキャッチを披露し、その場面を偶然目撃したマクゴナガル教授に連れていかれたのだ。

 

 ドラコ達は憎き相手に一泡吹かせてやったと大満足な様子で、談話室で「ポッターを退学にしてやった!」とくだを巻いていたが、ノットは「そううまくいくだろうか。」と疑わしく思っていた。

 

 ドラコのばらまく高級菓子のおこぼれにあずかろうと珍しく談話室でレポートに取り組んでいたダリアも、バカ騒ぎを呆れたような顔をして見ていた。

 

 

 案の定、有頂天だったスリザリン生たちの気持ちは、急降下することになった。

 退学に追い込んだ(と思い込んでいた)ポッターが、ダンブルドアによる特別措置として、グリフィンドールの最年少シーカーとなったのだ。

 

「ダンブルドアのグリフィンドール贔屓にはもううんざりだよ。僕はもう既に父上にふくろうを出した。学校側に正式な抗議を出してもらうんだ。」

 

 事の発端となったドラコは、今日何回目かになる文句を、取り巻きの生徒たちにぶちまけていた。よっぽど悔しかったのだろう、彼の顔には朝からずっと、ショックと失望が混ざり合ったような奇妙な笑いが張り付いていた。

 

 普段争いごとは首を突っ込まないノットもこの知らせには怒ったようで、その知らせを聞いた瞬間、人には聞かせられないようなスラングを小さく吐き出していた。

 

 

 

「たかが箒の一本、ユニフォームの一枚じゃない―――――馬鹿みたいに騒いじゃって。」

 

 箒にもクディッチにもハリー・ポッターにも興味がないダリアは、ピリピリするスリザリンの寮から逃げ出して、いつもの図書室の一角で自習をしていた。

 

 昔から男の子たちが夢中になるクリケットだとかサッカーだとかには、全くもって面白さを見出せないダリアは、彼らがなぜああも競技に真剣に向き合えるのか理解できなかった。

 するといつものように、鞄の中からトゥリリが顔を出した。

 

『でも、ダンブルドアも下手を打ったんじゃないかなぁ?今回の贔屓はやりすぎだよ。グリフィンドールの連中はいいけど、他の寮からの反感はすごいんじゃない?』

 

 それは――――なんとなくわかるかもしれない。

 トゥリリの言う通りだ。とダリアは思った。スリザリン内からの不満はもちろんのこと、他寮の生徒からも、「特別措置」についての愚痴や文句はわずかながら耳に入ってきていた。

 魔法界でクディッチの人気は、ダリアが思っているよりもずっとあるらしい。

 

 ダンブルドアはどういうつもりでこの「特別措置」を許可したのか。

 ダリアはこの世界における大魔法使い、アルバス・ダンブルドアの考えに思いを馳せるのだった。

 



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ハロウィーンの宴

 呪文がちゃんと働くようにかけることがどんなに難しいことか、モンターナの家に生まれた子供は皆、小さいころからよく知っている。

 出来合いのお守りを使うだけならだれでもできるが、そのお守りの呪文を正しく作るとなると、書くにせよ、唱えるにせよ、歌うにせよ、何もかも間違いなくやらないと、とんでもないことが起きてしまうのだ。

 

 例えばアンジェリカ・ペトロッキという女の子は、呪文を歌うとき音を一つ外してしまったため、父親を全身鮮やかな緑色に染め上げてしまったらしい。

 呪文とは、適切な順序で並べられた、適切な言葉のなのである。

 

 〈呪文作り〉の名家モンターナ家で生まれたダリアももちろん、そのことを良く知っていたので、小さい頃から図書室に籠りきり、モンターナ家に伝わる秘伝の呪文を全て正確に覚えてしまっていた。

 これはもちろんとんでもないことで――――モンターナ家は700年前から存在しているので、秘伝の呪文もそれはもうたくさんある――――モンターナ家の家族たちは、ダリアを神童だと持て囃した。

 それはもう、ダリアが有頂天になって鼻持ちならない女の子になってしまうほどに。

 

 ところがダリアが引き取られていった大魔法使いのお城で使われていた「魔法」は、モンターナの家で一生懸命練習していた魔法とは全く違う性質のものだったのだ。

 

 二つの魔法の違いを音楽で説明するとわかりやすいかもしれない。

 モンターナ家はいわゆる才能ある作曲家の一族で、曲の代わりに呪文作りをしている。その呪文を正しい方法に従って使用すれば、誰でも魔法を使える。

 一方、大魔法使いは決まった楽譜に従わなくても、即興演奏のように魔法を使うことができるのだ。

 

 この違いは、今まで理屈で考えて魔法を使ってきたダリアにとって、中々受け入れることが難しいものだった。

 それでも認めてもらおうと必死でその魔法を練習してきた甲斐あって、それなりには即興の魔法も使えるようになっていたが、やはり苦手分野であることには変わりない。

 

 

 

 その点、ホグワーツで教えられる魔法の理論は、ダリアに相性がぴったり合っていたと言えるだろう。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ。」

 

 ダリアが呪文を唱えると、羽がふわりと宙に舞い上がった。

 挑戦してすぐに成功させられた生徒は他に居なかった。呪文学のフリットウィック先生はふわふわと空中を漂うダリアの羽を見つけ、「すばらしい!スリザリンに十点!」と言ってニッコリした。

 

「相変わらずすごいわね、ダリア。どうやったらそんなに早く呪文を覚えられるの?」

 

 珍しくペアを組んだダフネが、教科書とにらめっこをしながら言った。

 どうやら、呪文の発音とトーンを正確に口に出すことで苦労しているらしい。

 

 こちらの魔法族の子供は、幼年期にはむしろ大魔法使いのように、理屈も何もなく魔法を使うという。

 それ故ホグワーツで教えられる魔術の理論を理解することに苦しむ生徒が少なくない。

 ダリアの苦悩とはあべこべの現象が興味深くもあった。

 

「ただ言葉の羅列として呪文を正確に唱えるのは難しいの。単語の意味を考えて口にすると、ある程度音程が違っても効果は発揮されるみたい。」

「そうなの?でも私、ちゃんと浮き上がれって思いながら唱えてるのに―――――」

 

「呪文の意味じゃなくて、単語の意味よ。この呪文なら、wingは翼っていうのは分かると思うけど、ardiumはラテン語の高い、Leviosaは昇る、という言葉が語源にあるみたい。」

 

「へぇ、そうなのか。初めて知ったよ。」

 

 後ろでドラコとペアを組んでいたノットが興味深げに口を挟んできた。気づくと、周囲で練習していた生徒たちは、耳をそばだててダリア達の会話を聞いていた。

 

 にわかに注目されたダフネは慌てて咳払いをして、ダリアの助言通り、単語一つ一つの意味を考えながら呪文を唱えた。

 

「Wing‐ardium‐Leviosa!」

 

 すると先ほどまでは机の上でピクリともしなかった羽が、軽やかに宙に舞い上がり、歓声が上がった。ダフネは注目される中呪文を成功させることができたので、ほっとしたような表情をした。

 

 

「さっきはありがとう、ダリア。助かったわ。」

 

 その後、ダリアのアドバイスを聞いたスリザリン生が全員呪文を成功させ――――なんとあのクラッブとゴイルまで――――フリットウィック先生から20点もの得点をもらったスリザリン生は、上機嫌で教室を出て、大広間に移動していた。

 

 大広間は沢山のコウモリやカボチャで飾りつけをされている。今日はハロウィーンなのだ。

 

 おなかがペコペコになったダリアが今か今かと料理を待ちわびていると、隣に座っていたダフネが声をかけてきた。

 他人に感謝されたことが少ないダリアはびっくりして、まじまじとダフネを見つめた。

 

「――――――別に、大したこと、してないわ。知ってたことを言っただけだし。」

 

 ごにょごにょとダリアが呟くと、ダフネの隣で自分の皿にパンプキンパイをよそっていたパンジーとミリセントが、会話に加わった。

 

「あんたの言ったことを考えてやったら、私でも成功したんだ。すごいじゃん。呪文の語源なんて考えたこともなかったよ。」

「そうね。フリットウィック先生がおっしゃってたけど、スリザリンの他に最初の授業で全員呪文が成功した寮は無かったそうよ。」

 

 ダリアの助言で呪文を成功させることができたからか、3人とも妙に好意的な態度だ。

 ダリアはますますどぎまぎしてしまい、その様子がいつもの高慢ちきな態度から程遠かったためか、3人はクスクスと笑った。

 

「――――それにしても、よくラテン語なんて知っていたな。」

 

 いつの間にか、ダリアの周りがスリザリンの話題の中心になっていたようだ。授業中、ダリア達の近くで練習していたドラコが、感心したように言う。

 ラテン語は魔法族の間でも一定の教養と格式を表すものであり、魔法界の貴族の間では、ラテン語の習得は一種のステータスにもなる。

 

「確かにな。お前、母語はイタリア語だろ、イタリア系の名前だし。―――その割に英語には不自由してないみたいだし、その上ラテン語だろ。まぁラテン語はイタリア語の古語のようなものらしいが、それでも馬鹿にならない知識量だろ。」

 

 ノットにも手放しに称賛され、ここ数年褒められた記憶の無いダリアは顔が真っ赤になった。自分の才能と努力を疑ったことは無いが、ダリアの前には常に天才が居て、いつもダリアの数歩先を歩んでいた。

 尊大な態度とは裏腹に、ダリアの自己評価は意外と低い。

 

「ラテン語も英語も、呪文によく使われる言葉だから、昔覚えたの。―――――でも私の家族は全員そうだったから、別に特別なことじゃ、」

 

 

 突如、大広間のドアが勢いよく開いた。頭にターバンを巻いた、闇の魔術に対する防衛術のクィレル教授が這う這うの体で駆け込んでくる。

 

 全員が注目する中、クィレルはあえぎながらダンブルドアのもとへたどり着き、どこにそんな力が残っていたのかというほどの大声で言った。

 

「地下室に―――――トロールが!!お知らせしなくてはと思って!!」

 

 そのままクィレルは倒れ、大広間は大混乱になった。ダンブルドアが杖先から爆竹を出して何とか落ち着かせようとしている。

 ダリアは「トロールってどこにでもいるのね。」と思いながらも、クィレルの態度に違和感を持った。

 どうして彼は生徒全員が注目する中で、トロールが現れたことを宣言したのだろうか。この混乱が予想できないわけでは無いだろうに。

 

 

 その後、ダンブルドアによって生徒たちは各寮に返された。生徒たちは困惑しながらも、トロールの出現に不安げな顔をしていた。

 いくら頭が弱いと言っても、トロールは力も強く凶暴な魔法生物だ。一人の時に出くわしたくない存在であることは間違いない。

 

 その後しばらくしてトロール捕獲の報が入り、生徒たちはようやく安心して、談話室に運ばれてきた料理に手を付け始めた。ハロウィンの宴の仕切り直しだ。

 

 その日、ダリアはスリザリンの同級生となんとなく打ち解けることができ、次の日からも以前より気軽に声をかけられることが増えた。

 

 煩わしそうにしながらも、満更でもなさそうにしているダリアを、トゥリリが生暖かい目で見ていた。

 



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初めてのクディッチ観戦

「さぁ起きてダリア!今日はクディッチの試合よ、私たちも応援に行くわよ!」

 

 突然シーツを引っぺがされ、秋の終わりの冷たい空気に晒されたダリアは、目を白黒させて飛び起きた。

 目の前では「してやったり。」という表情のパンジーが、シーツを持ったまま仁王立ちをしている。

 

 ハロウィンの日から少しずつ会話をするようになったパンジー、ダフネ、ミリセントは、このころになるとすっかりダリアに対して遠慮がなくなっていた。

 ダリアの寝汚なさに対しても容赦がなくなり、今日のように無理やり起床を促すことも最近は多い。

 

 朝食に遅れることは少なくなったので迷惑なばかりでもないのだが、今日叩き起こされたことに関しては、ダリアは不満の声を上げた。

 

「やだ、まだ寝てる。―――――行かないって言ったじゃない、クディッチの観戦なんて。」

 

 この3人は、ダリアをクディッチの観戦に連れていくつもりなのだ。

 ダリアの運動嫌いはもはやスリザリン中に知れ渡っており、3人はどうにかダリアのクディッチ嫌いを矯正しようとあの手この手で頑張っていた。

 今日の試合の観戦も、「実際に試合を見てしまえば、ダリアの食わず嫌いも改善されるのではないか。」ということで、事前に計画されていたことだった。

 

 問題は、ダリアに全くクディッチ嫌いを直す気が無いことだった。

 

「だってほぼ全校生徒が観戦しに来るんでしょ?絶対うるさいじゃない。グリフィンドールが相手だから、絶対喧嘩になるだろうし。他の2寮も一位のスリザリンを引きずり落としたいから圧倒的アウェーだろうし。ていうか、見てても全然分かんないから楽しくないもん。」

 

 寮対抗では現在、スリザリンがトップを独走している状態だ。それ故他寮の生徒は全員グリフィンドールが勝って点差が縮まることを望んでいる。

 その上、スリザリンチームの特徴として、どんな手段を使っても相手に勝てさえすればいい―――つまり、卑怯な戦法を使うことも多々あるため、余計に風当たりが強いのだ。

 

 そんな空気の中へわざわざ行く気になれないダリアは、もう一度ベッドの中に潜り込もうとするが、それを許すような3人ではなかった。

 無理やりダリアを寝台から引きずり下ろし、身支度を整えさせ、引きずるように観客席へ連れてくることに成功したのだった。

 

 

 

「横暴だわ―――こんな理不尽許していいのかしら―――大体私はクディッチなんて―――」

 

「まだぶつぶつ言ってるの?ダリア。ここまで来たからには観念して観戦しなさいよ。」

 

 観客席に来て、なおぶつぶつと文句を言っているダリアを、ダフネがあきれたように諭した。

 メガホンとオペラグラスを両手に抱えて、すっかりクディッチ少女になってしまっている。

 

 ダフネ・グリーングラスは金髪に碧の瞳の、いかにもスリザリンの貴族らしい美少女である。

 同じ「聖28一族」であるパンジーやミリセントとは違い、積極的にグリフィンドールの生徒たちに絡みに行くことのない大人しめの令嬢という印象だったが、ことクディッチに関してはそうでもないらしい。

 

 周りを見れば、パンジーやミリセントも応援旗を振ってキャイキャイしているし、ドラコやノット、ザビニといった男子生徒達もクディッチの戦略について興奮したように議論を交わしている。

 

 これは逃げ道はなさそうだぞ、とダリアが観念し始めたころ、競技場に選手たちが入場してきた。

 

 スリザリンの選手は全員、キャプテンのマーカス・フリントを始め体格のいい選手たちばかりが集まっているようだ。(ダリアはクディッチのチームと知らずにこの集団を見かけたら、レスリングクラブの連中と勘違いしてもおかしくないと思った。)

 

 対してグリフィンドールの選手たちはシーカーで小柄なハリー・ポッターはもちろんのこと、女子選手も多数在籍しているようだ。

 スリザリンがパワーを生かした戦法をとるとしたら、グリフィンドールは機動力を生かした作戦を考えているのではないか―――とノットが分析していた。

 

 もちろんそんな作戦はちんぷんかんぷんなダリアは、ドラコ達のクディッチ談義からは早々に離脱し、選手たちの様子を眺めた。

 

 どちらの選手も、相手が親の仇であるかのようにお互い睨みあっている。

 キャプテンのオリバー・ウッドとマーカス・フリントは特にそれが顕著だ。試合開始前の握手など、相手の手を握りつぶそうとしているようにしか見えなかった。

 

 話題の最年少シーカー、ハリー・ポッターの様子はどうかというと、初試合を前にそれなりに緊張した表情を見せているものの、グリフィンドールの観客席(「ポッターを大統領に」という旗は、ダリアにはあまりよさを理解できなかったが、本人はお気に召したらしい)を見て手を振ったりしている。

 

 全員が箒に跨ると、マダム・フーチが試合開始の笛を鋭く吹いた。

 

 

 試合はスリザリン優勢で進んでいった。というのも、マーカス達スリザリンチームは、グリフィンドールが点を入れそうになると、反則すれすれの妨害行為をしてゴールを阻んでいるからで、その度に他寮の応援席からは激しいブーイングが巻き起こった。

 

 このアウェーの空気の中、スタンスを曲げることなく着実に点数を積み重ねるスリザリンチームの鋼の心は称賛に値すると思ったが、それにしても会場の空気がひどい。

 スニッチを取りかけたハリーをすんでのところでフリントが妨害した時は、これまでで最大級のブーイングが起こっていた。

 

 スニッチは再び姿を消し、試合の中心はクアッフルの行方に戻っていった。

 ボールを目で追うことにすっかり疲れていたダリアは、ぼんやりと上空を眺めていたが、ふと目の端で不審な動きをするものに気が付いた。

 

 ハリー・ポッターの動きが、おかしい。

 先ほどまで自由自在に箒を操っていたのに、今は思い通りに動かない箒に手を焼いているようだった。

 

 ぼんやりと上を見つめるダリアを不審に思ったドラコが、箒にしがみ付くハリーにも気づいた。

 

「みろよ!あのザマを!グリフィンドールの英雄サマは箒でお馬さんごっこをするのがお好きらしい!」

 

 スリザリン生は大笑いしたが、事態は笑えるような状況ではなくなってきた。

 ハリーの箒がいよいよ、乗り手を振り落とそうとしているとしか思えない動きを始めたのだ。何者かが魔法をかけている。

 競技場に不安げな空気が広がった。(そんな空気の中でも、スリザリンチームは着々と得点を重ねていた。ぶれない。)

 

 ダリアは箒を辿って、どこから魔法が飛ばされているのか探った。

 ―――――二つの魔法が、箒にはかかっているようだ。二つの魔力を辿っていくと、正体は意外な人物だった。

 

 呪いをかけていたのは、クィレル教授だった。

 クィレルは闇の魔術に対する防衛術の教授で、正直言って授業がつまらないのでダリアはあまり好きではない。

 頭にいつもターバンを巻いていて、その中から漂うニンニク臭がきつく、ダリアはあまり近づかないようにしていた。

 

 そういえば、とダリアは思った。ハロウィンの夜も、彼は不審な動きを見せていた。もしかすると、何か良からぬことでも企んでいるのだろうか。

 

 対して、もう一方の魔力の先―――おそらく、呪いに対抗する魔法をかけていたであろう人物―――は、なんとスネイプ教授だった。

 

 これにはダリアも驚いた。普段ポッターを嫌いに嫌いぬいている教授が、まさか彼を助けるような真似をするだなんて。

 スネイプ教授も教職員なのだから、生徒を守るという使命はあるのかもしれないが、今までの態度からして、ポッターが呪い殺されても見て見ぬふりをするのではないかと思っていた。

 

 意外な一面を知った気がして、ダリアはスネイプをまじまじと見つめた。一心不乱に呪文を唱えつつ、真剣な表情でポッターを見て(睨んで)いる。

 はたから見る分には、まるで彼の方が呪いをかける側に見えかねない表情だった。

 

 不意に、スネイプ教授の真っ黒なローブがパッと燃え上がった。魔法に集中していた教授は気付くのに遅れ、慌てて火を消している。

 思わず身を乗り出して教授の近くを探ると、教職員用の観客席から、グリフィンドールの真紅のローブを身に着けた女子生徒が、こそこそと走り去っていくのが見えた。

 ―――――あの子がやったの?何のために?

 

「どうしたんだモンターナ。突然立ち上がって。」

 

「―――スネイプ先生のローブが燃えてるから、びっくりして。」

 

 ずっとつまらなそうに腰かけていたダリアが急に血相を変えて身を乗り出したのを不審に思い、ノットが声をかけた。

 寮監の異常事態に、スリザリン席にもざわめきが広がったが、教授はすぐに火を消し、むっつりとした表情で座り込んでいた。

 

 

 その後ポッターは何事もなかったかのように箒を操り、「スニッチを飲み込む」という前代未聞の方法で試合を終わらせた。

 

 試合に負けたスリザリン生はその勝ち方にカンカンになっており、ダリアは「これでしばらくはクディッチには誘われないでしょ!」と内心喜んだ。

 



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クリスマス休暇

「ダリア、よかったらなんだけど、クリスマスパーティーに参加しない?」

 

「クリスマスパーティー?」

 

 クリスマス休暇が近づいてきた12月の半ば、ダリアが談話室の暖炉の前を陣取ってレポートを書いていると、ダフネが声をかけてきた。

 パンジーやミリセントも、口々に「いいわね。」「一緒に行きましょうよ。」と誘っている。レポートが煮詰まり、気分転換に楽しい話をしたいらしい。

 

「あのね、クリスマスの日に、ドラコの家で大きなクリスマスパーティーが開かれるの。私たちはいつも両親が招待されてるからついて一緒に行けると思うんだけど、そういえばダリアはパーティーのこと知らないんじゃないのかしらって思い出して。」

 

「あら、思い出してくださって、よかったですわ。」

 

 ダリアは皮肉気にツンと言った。内心誘われて嬉しかったが、それを素直に表に出すような性格でないことはお互い知っていたので、ダフネ達も苦笑しただけだった。

 

「まったくまたそんなこと言って!いいから一緒に行きましょうよ、ドラコの家のパーティーはほんとに素晴らしいんだから!」

 

 パンジーは鼻高々に、マルフォイ家のパーティーの素晴らしさを語り始めた。

 各界の著名人が山ほどやってくるだとか、料理がとてもおいしいだとか、宝石で飾り付けられた巨大なクリスマスツリーがあるだとか、庭には白い孔雀が居るだとか。

 

「孔雀は気になるわ。」ダリアは興味を惹かれて呟いた。

「しかも白いんでしょ。私、見たことない。」

 

「君が気になるのはそこなのか。」

 

 話を聞いていたドラコが呆れたように言った。

 以前は挨拶する程度の関係だったドラコとダリアだが、ハロウィーンの頃からそれなりに話をする間柄になっていた――――ダリアは彼らの学年で一番と言っていいほどの優秀な生徒として一目置かれるようになってきていたし、なりよりハッとするほどの美少女だったからだ。

 ドラコは入学当初から秘かに、ダリア・モンターナの事を「可愛らしい女の子」と憎からず思っていたのだった。少々風変わりな所もあると徐々に気づいてきてはいたのだが。

 

「来るのなら庭を案内してやるよ。父上にも話を通しておくが、どうする?」

 

「そう?うーん、どうしようかしら―――――――」

 

 ダリアは正直な所行きたかった。ディゴリー家には帰らなければならないだろうが(ディゴリー夫妻から「ダリアの顔を見るのが待ち遠しい」という手紙が来ていた)、ずっと家に居てセドリックの安息を妨げるのも気が引ける。というかずっと疑惑のまなざしを受けると思うと今からうんざりする。

 

「おじさんとおばさんに聞いてみる。クリスマスは家に帰ってきなさいって言われてるから。」

 

「そうか、君実家はイタリアなんだっけ。居候生活も気疲れするだろうし、何だったら数日泊まっていくといい。屋敷にはゲストルームもあるし、セオも泊まる予定なんだ。」

 

 ダリアはドラコの善意の申し出に、パンジーをチラリと見た。彼女がドラコを好いているのは誰の目にも明らかだったからだ。

 彼女が機嫌を損ねるようなら、これから先の寮生活が面倒なものになりかねない。

 

 パンジーは案の定、ショックを受けたような顔をしていたが、ダリアを訪ねるという名目でマルフォイ邸を訪ねる作戦に思い至ったらしい。

 いい笑顔で宿泊を勧め始めたので、ダリアはマルフォイ邸への宿泊も含めて、ディゴリー夫妻に手紙を書くことにした。

 

 

 ディゴリー夫妻は当初難色を示していた。マルフォイ家といえば、例のあの人が台頭していた時代、一番の信望者と言われていた家だからだ。

 しかし最終的には、パーティー前後の二日間だけということを条件に、許可を出した。

 闇の帝王が消えて10年余りの年月が経っていたことと、ダリアのスリザリン内での立場のことを考慮した結果らしい。

 どこからか聞きつけたセドリックの必死の説得も功をなしたようだ。やはり、赤の他人であるダリアを家で野放しにする状況は避けたいらしい。

 

 

 ホグワーツの湖がカチコチに凍ったころ、ようやくクリスマス休暇が訪れた。生徒たちは大きな荷物を抱え、我先にとホグワーツ特急へと乗り込んでいく。

 ダリアも大きなトランクとトゥリリを抱えて、ダフネ達と一緒のコンパートメントへ乗り込んだ。

 

 女の子たちは、パーティーに来ていくドレスの事で盛り上がり、ずっとペチャクチャとおしゃべりをしていた。

 おしゃれは大好きなダリアも、この話題にはそれなりに乗り気でいつになく饒舌になり、時間は飛ぶように過ぎていった。

 トゥリリはコンパートメントに入ると同時に、ダリアの膝の上で寝息を立て始めた。

 

「じゃあ私は目の色に合わせて、緑色のドレスにするわ。ジュエリーはどうしようかしら。」

 

「エメラルドとゴールドのブローチとかいいんじゃない?髪には生花を飾ってみるとか。」

 

「素敵!そうだ、ねぇ、みんなでおそろいの髪飾りにしましょうよ。花だったら親に買ってもらわなくても自分たちで揃えられるでしょ?」

 

「いいねぇ。ドレスに合わせやすい花っていったら、なんだろ?無難に薔薇とか?」

 

 4人でカタログを見ながら装飾品の話をしていると、コンパートメントの扉が控えめにノックされた。スリザリン生の誰かかと思えば、なんとセドリックだった。

 久しぶりに顔を見せたセドリックにダリアは驚き、急いでドアを開けた。

 

「どうしたの?珍しいじゃない。」

 

「―――もうすぐキングスクロスに着くからね。ホームで待ち合わせて改札に行こう。父さん達は改札で待ってるらしいから。」

 

 いよいよ帰宅が近づいてきたので、待ち合わせの伝言のためダリアを探していたようだ。

 できるだけ自然に見えるような笑顔を張り付けているが、どことなくぎこちない。

 誠実なセドリックは、取り繕うことがあまり得意ではなかった。

 

 セドリックが去ったあと、突然の来訪者に静まり返っていた車内が途端に色めきだった。

 

「ちょっとダリア!何よ今のは、セドリック・ディゴリーじゃない!」

 

「な、なによ大きい声で。セドリックってそんなに有名なの?」

 

 パンジーのあまりの剣幕に、ダリアはたじたじで逆に質問した。彼女がドラコ以外の男子生徒の事でこう興奮するところは見たことが無かった。

 

 確かにセドリックはハンサムで、どの寮の生徒にも分け隔て無く優しく、紳士的で、その上頭もよく将来主席は彼に違いないと噂されている。その上クディッチでもシーカーを務めていて、いずれはキャプテンも任されるだろうと言われているほどの超人だが。

 

 ――――とここまで考えて、セドリックが十分、彼女たちの驚愕にたる存在だと思い至った。

 

「当たり前でしょ、あのセドリック・ディゴリーよ!ハッフルパフのプリンスの!その彼が待ち合わせって、どういう関係なのよ!?」

 

「あー・・・―――――ほら、私親戚の家に居候してるって言ったでしょ。それ、彼の家なのよ。つまり、いとこ同士(っていう設定)なの。」

 

 ダリアの説明に、パンジーはようやく落ち着いた。(意外と面食いだな、とダリアは思った。)

 パンジーほどでないにしろ驚いていたミリセントは、セドリックを脳内に思い浮かべながら、ダリアをまじまじと見ていた。

 

 外見はまあ、どちらも驚くほど整っているから、似ていなくもないかもしれない。だが性格は――――――ミリセントはダリアがこれまでおこした癇癪の数々を思い出した。

 

「しかしまぁ、あの紳士のディゴリーとダリアだろ?性格は驚くほど似てないね。」

 

「ちょっと、今のが嫌みってことは分かるわよ!悪かったわね性格が悪くて、でも直るなんて期待しないことね―――!」

 

 すぐに怒って吠えだしたダリアをみて、ミリセントは「そういうところがなぁ。」と苦笑した。

 

「それにしても、なんだか彼、よそよそしかったわね。今まであなた達が一緒に居るところなんて見たことないし――――もしかして、仲があまりよくない?」

 

 ダフネの鋭い指摘に、ダリアは思わず浮きかけていた腰を落とした。

 なかなかの洞察力だ。

 

「まぁ、この6月に初めて会ったばかりだもの。なんとなく慣れないのよね、知らない人と過ごすって。距離を測りかねるっていうか。」

 

 ダリアがいけしゃあしゃあと言ってのけた出まかせに、3人はあっさり納得した。

 間もなく特急はキングスクロス駅にたどり着き、ダリアは眠りこけていたトゥリリを叩き起こして、部屋を出た。

 

「じゃあ、またクリスマスパーティーでね。」

 

「いーい?あんたに会うって言ってドラコの家に行くんだから、絶対居なさいよね!」

 

「それじゃ、またドレスの事は手紙で連絡するよ。」

 

 3人がそれぞれの親の元へ向かうと、ダリアもセドリックを探し始めたが、セドリックの方は既にダリアを見つけていたらしい。

 ダリアが友人と別れるのを見計らって、近づいてきた。

 

「―――――行こうか。」

 

「うん。」

 

 なんとなく気まずく、2人とも無言のまま改札へ向かう。

 チラリとセドリックの顔を見上げると、真っすぐ前を見据えて颯爽と歩いている。

 

 先ほど出まかせでした言い訳だが、「距離を測りかねる」というのはある意味真実だ。少なくとも最近のダリアは、セドリックへの距離を測りかねていた。おそらくはセドリックも。

 

 自己中心的なダリアだが、元から人の気持ちを考えない性分だったわけではない。

 元の世界で満たされない生活を送っていたせいで擦れていた性格が、ホグワーツで満たされた生活を送るうち、忘れていた少女らしい思いやりの気持ちを取り戻しつつあった。

 

 それ故、口には決して出さないが、突然家族の中に異物が混ざり込んだ―――しかも家族は記憶を操作されている中で自分一人が正気で居る―――状態で過ごさなければならないセドリックに、少々負い目を感じ始めてきていた。

 

 こちらへ来た当初のダリアなら、セドリックの複雑な心境などお構いなしに、デリカシー無く絡んでいっただろうが、現在は無理やり話しかけることを躊躇してしまうほどだ。

 

 だからと言って時間と労力を考えれば、ディゴリー家から出ていこうという気にはなれないので、できる限りセドリックの気苦労にならないように配慮しよう、と今回のマルフォイ邸への訪問を思いついたのだ。

 

 ダリアはセドリックの横顔を盗み見ながら、小さくため息をつき、改札でこちらへ手を振るディゴリー夫妻へ手を振り返した。

 



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マルフォイ邸へ

 ディゴリー邸に帰ると、ダリアはセドリックに対する気遣いから、ずっと部屋の中で勉強したり、ドレスを作ったりしながらダラダラ過ごした。

 部屋に籠りきりになるダリアを心配してか、サラやエイモスが頻繁にダイアゴン横丁に連れ出してくれたので、クリスマスプレゼントの調達に困ることもなく、すぐにマルフォイ邸へ行く日がやってきた。

 

「ダリア、無いとは思うが、危ないと思ったらすぐに帰ってくるんだぞ。あのマルフォイの屋敷だからな。どんな危険なものがあるかはわからん。むやみにあたりの物を触らん事だ。」

「わかってる。大丈夫よ、たった二日間だけなんだから。心配しないでおじさん。」

 

 休暇中幾度となくされた忠告に、ダリアは苦笑した。

 サラも当初は同じくらい心配していたが、ダリアが何度も泊まりに行くという友人と手紙のやり取りをしているのを見るうちに心配は薄れてきたので、今はダリアと一緒に苦笑している。手紙の返事のことで何回か相談したのがよかったようだ。

 

「大丈夫よ、エイモス。クリスマスには帰ってくるんだから。じゃあダリア、気を付けて行ってらっしゃいね。」

「ああそうなんだが―――――気を付けるんだぞ、ダリア。セド、見送りを頼んだぞ。」

 

 今日、夫妻は生憎用事があったので、セドリックにダリアを待ち合わせ場所まで送るよう頼んでいた。

 子供たちに別れのキスをすると、姿現しで出かけて行った。

 

 

「――――僕たちも行こうか。」

「うん。」

 

 ダリアは着替えやら何やらが入ったカバンとトゥリリを抱え、セドリックと共にダイアゴン横丁へと出発した。

 

 

 待ち合わせ場所は、グリンゴッツ銀行の前の広場だった。

 ダリアはそこで、一緒にマルフォイ邸に泊まる予定のノットと待ち合わせをしていた。そこから煙突飛行でマルフォイ邸に向かう予定だ。

 

「彼じゃないかい?」

「あ、ノット。」

 

 ノットは既に待ち合わせ場所に来ていた。品の良いベストを着ているくせに、行儀悪くローブのポケットに手を突っ込んでぼんやりしている。

 ダリアが声をかけるとこちらへ気付いたが、横に居るセドリックに目を止め、眉を顰めた。

 

「じゃあ、僕はこれで。」

「―――――うん、じゃあね。」

 

 セドリックはノットに目礼すると、振り返ることなく帰って行った。

 ノットは眉を顰めたまま、ダリアに近づいた。

 

「あれ、ハッフルパフのディゴリーだろ。―――何かあったのか、あんな無愛想な性格じゃないと思ってたが。」

「―――――従兄なの。私今、ディゴリー家に住んでるから。まぁ、色々あって。」

「へぇ――――――」

 

 ノットは少し驚いたような顔をした後、「似てないな」というような顔をした。どこが似ていないかはもうわかっていたので、思い切り足を踏んづけて不満を表した。

 

 

 その後、ダリアはノットに連れられ、主流の通りから少し外れた、廃れた通りに来ていた。

 どうやらマルフォイ邸に行くには、決められた暖炉からでないとつながらないらしい。

 

「なんで?それってかなり面倒くさくない?」

「あ?なんでって―――――そりゃあ、むやみやたらと客に来られるわけにはいかないからだろ。今から行く暖炉だって、俺たちが使った後はつながらなくなるはずだ。魔法界の貴族の家はそんなんばっかだぞ。―――――くそ、まだ足がいてえ。どんだけの力で踏みつけたんだよお前。」

「なによ、もう一回踏みつけて、教えて差し上げましょうか。」

「お前さ、本当にそういう所だぞきっと――――――さぁ、この店だ。」

 

 そこは、この廃れた通りの中にあって違和感のない、歴史のありそうな(あるいはとてつもなく古ぼけた)建物だった。人気は無いが、暖炉だけが煌々と燃えている。

 ノットは暖炉の横に置いてあった容器を持ち上げ、ダリアに差し出した。

 

「レディーファーストだ。先に行っていいぞ。――――――煙突飛行の使い方は分かるな?」

「さすがに分かるわよ!もう!」

 

 容器に乱暴に手を入れ、一掴み粉を取る。

 ディゴリー家でも煙突飛行をしたことは何度かある。今日だって煙突飛行でディゴリー家から漏れ鍋まで飛んできていた。

 

「怒るなって。いいか、行先は『マルフォイ邸』だ。飛ばされる可能性もあるから、ペットは鞄に一応入れておけ。」

『げ、やっと図書室での鞄生活から抜け出したのに、また鞄―――』

 

 腕の中でトゥリリが不満げに鳴いたので、ダリアは無言で鞄を開け、トゥリリを押し込んだ。

 フギャーという鳴き声を上げてトゥリリが抗議しているが、無視してダリアは暖炉へフルーパウダーを投げ入れた。

 

「――――――マルフォイ邸!」

 

 

 

 煙突飛行というものがある以上、この世界の魔法族にとって暖炉は玄関に近い役割を果たす場所なのだろう。

 マルフォイ邸に足を踏み入れたダリアは、暖炉のある部屋を見て「お城の正面玄関みたい。」という感想を持った。

 

 大理石でできた床の上に、魔法でできた雪が降り積もっている。すぐそばに巨大なクリスマスツリーが飾られており、これまた魔法で美しく飾り付けられ、キラキラと輝いていた。

 どうやらすっかりクリスマスパーティーのための装飾がされているようだ。

 

「ふう、やっとついたか―――――おい誰か、ドラコを呼んでくれ。」

 

 後から来たノットが、誰にというわけでもなく言った。姿は見えないが、魔力が動いた感じがあったので、おそらく何者かが魔法を使ったのだろう。

 それからすぐに、ドラコが父親らしき人物に連れられてやってきた。ドラコをそのまま成長させたような男性だ。おそらく彼が、エイモスが散々危険だと言い聞かせてきたルシウス・マルフォイだろう。

 

「お久しぶりです、ルシウス様。ドラコも、久しぶりだな。」

「ああ、セオもダリアも、よく来てくれたな。――――父上、彼女がお話していた、ダリアです。」

 

 ドラコの紹介に、ルシウスの目がダリアに向けられた。この目は相手を見定めている目だ。おそらく、マルフォイ邸にふさわしいものかどうかということを。

 それを察したダリアはすぐさま猫を被り、お城仕込みの可憐なカーテシーをした。

 

「始めまして、ミスター・マルフォイ。ダリア・モンターナと申します。この度はお招きいただき、ありがとうございます。」

「―――ああ、ドラコから話は聞いているよ、とても優秀な魔女だとね。ゆっくりしていってくれたまえ。ドラコ、部屋を案内して差し上げなさい。」

 

 ダリアの完璧なお辞儀を見て、ルシウス氏はダリアの事を良家の子女だと完全に信じ込んだようだ(真実ダリアは「良家の子女」なので間違いではない)。

 氏は鷹揚に頷いてダリアを歓迎する言葉を口にした。

 

 ルシウス氏が部屋を出ていくと、ドラコが珍しいものを見たような顔で近づいてきた。

 

「驚いたな、君があんな振る舞いができるとは思ってもみなかったよ。」

「――――――もしかして私、喧嘩売られてるのかしら?買うわよ?」

「ち、ちがう!感心しただけじゃないか―――そういう所だぞ、まったく―――――さあ、部屋はこっちだ、案内するよ。」

 

 見れば見るほど、マルフォイ邸は立派な屋敷だった。

 廊下にかかる燭台一つ一つに古い歴史があり、窓から見える庭は広大で、話に聞いていた通りたくさんの白い孔雀が歩き回っていた。

 ―――――ダリアは後で庭を散策する約束を取り付けた。今回のマルフォイ邸訪問で一番楽しみにしていたのが、白い孔雀を見ることだったからだ。

 

 

 案内された部屋は、日当たりの良さそうな角部屋だった。窓からはマルフォイ邸の庭が見え、孔雀たちが闊歩しているのがよく見える。

 トゥリリがもぞもぞと鞄から這い出て、すぐさまベッドに飛び移って丸くなった。

 

『ああ、やっと出れた。もう体中がバキバキだよぉ。』

 

 そのままベッドを占領してしまった。どうやらひと眠り決め込むらしい。

 

「もうだいぶ遅い時間だからな――――荷物を整理したら、食堂に降りて来てくれ、ディナーにしよう。セオが隣の部屋だから、一緒に来ればいい。」

「わかったわ。」

 

 ひとまずダリアはトランクの中から着替えを取り出し、皺にならないようクローゼットに収納した。

 その中から落ち着いた服を選び、着替えて鏡の前で髪を整えた。

 元の世界で来ていた服はクラシカルな意匠で、古風なマルフォイ邸の雰囲気によく合っていた。

 

 

 

 マルフォイ一家とノットとのディナーは、終始和やかな空気で進んでいった。屋敷しもべ妖精が作ったという食事はとてもおいしく、その上使用されている食器はどれも高級品だ。ダリアはテーブルに用意されたシルバーのナイフとフォークを見て、冷や汗を掻いた。クレストマンシー城も毎日立派なディナーが用意されていたが、使われていたのは全てステンレス製だ。

 

 ノットは幼い頃からマルフォイ邸に出入りしているらしく、夫妻とも親し気に会話している。(普段より随分溌溂とした上品な少年らしく振舞っていた)

 何枚も猫を被ったダリアも勿論完璧なテーブルマナーを披露し、如才なく会話に加わっていた。

 

 マルフォイ夫人はお行儀がよく、華奢で、人形のように可愛らしいダリアがすっかり気に入ってしまったようで、「あとで部屋へいらっしゃい。」との言葉をもらった。

 ダリアに似合うような装飾品を、いくらか見繕ってくれるらしい。

 

 この「見繕い」が思いの外重労働で、ダリアは幾度となくドレスを着替える羽目になり、与えられた部屋に帰るころにはくたくたになってしまっていた。

 

『どうしたの!?なにがあったの!?』

「また明日説明するわ――――――」

 

 吃驚して騒ぐトゥリリの言葉におざなりに答え、ダリアは何とかネグリジェに着替え、シーツの中に潜り込んだ。

 

 マルフォイ邸での最初の夜が更けていった。

 



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クリスマスパーティー

 次の日の朝になった。

 ダリアは楽しみなことがあったので、いつになく早く目覚め、身支度を整えていた。

 今日の午前中は、前から楽しみにしていた白孔雀を見に行く約束をしているのだ。

 

「ねえ、トゥリリ、私、孔雀なんて初めて見るんだけど――――他の動物と同じようにおしゃべりできると思う?」

 

『うーん、どうだろう?できるにはできると思うけど、所詮鳥だからなぁ。あんまり頭はよくないと思うよぉ。』

 

 トゥリリはマルフォイ邸の謎の存在(目に見えない召使らしき存在)に用意してもらったミルクを舐めながら、鳥に対してだいぶ失礼なことを言っていた。

 

 

 

 朝食が終わると、ダリアはドラコとノットを引っ張るようにして庭へ向かった。

 

 マルフォイ邸の庭は、ベルベットのような芝生に石畳の小道、薔薇の花の生垣がある完璧に整えられた庭園だった。おそらく定期的手入れがされているのだろう、荒れたところの全くない様は、見事と言う他なかった。

 

「孔雀たちは――――――こっちだな。」

 

「餌が無くても近づいて来てくれる?」

 

「襲われたくなければ、手ぶらで行くのが賢明な判断だな。まあ、人馴れしているから、逃げはしないと思う。」

 

 3人で石畳の小道をどんどん進んでいくと、少し開けた場所に出た。

 そこではたくさんの孔雀たちが木陰で羽を休めたり、噴水で水を飲んだりしてくつろいでいた。

 何羽かが3人に気付いたらしく、ちらちらとこちらを見ていた。

 

『ドラコとセオだ。何しに来たんだろう?』

 

『また勉強を抜け出してクディッチしに来たんじゃない?』

 

『あの女の子は初めて見る子だ。』

 

「――――ねえ、こっちにきてくれる?お願い、羽を撫でさせてほしいの。」

 

 ダリアは我慢できずに孔雀たちに声をかけた。

 一羽の白い孔雀が、もったいぶったようにこちらへやってきて、ダリアの足元へ蹲った。

 いかにも「接待してます。」という様子だったが、ダリアは大喜びで孔雀の羽に手を伸ばした。

 

 思う存分孔雀のふわふわの羽を堪能し、これでマルフォイ邸に来た目的のほとんどを果たしたダリアは、ホクホクしていた。

 

 

 

 昼頃になると、宣言通りパンジーたちがマルフォイ邸を訪ねてきた。

 

「久しぶりね、ダリア。元気だった?」

 

「久しぶりって、特急で別れてからまだ数日じゃない。まあ、いいけど。」

 

「そんなことよりさ、ドレスの髪飾りどれにするか決めた?」

 

 ダリアがダフネ達と話している間、パンジーは思惑通りドラコに矢継ぎ早に話しかけていた。あまりの勢いにドラコは終始圧倒されていた。

 

 そのまま全員で庭園の東屋で景色を楽しみながら、軽い昼食を取った。

 この後パーティーがあるのだ。あまり食べすぎてしまうと、ドレスを着るとき地獄を見ることになるだろうとの配慮だったが、その量は育ち盛りの子ども達にとって(特に男子二人にとって)は辛いものだった。

 女性陣と違い、コルセットでウエストを締め付ける必要のない二人は、空腹を埋めるために厨房で何かつまめるものを用意してもらいに行ってしまった。

 

 

「ずるくないかあいつら。コルセットしないからって。」

 

「あーあ、ドラコ行っちゃった。」

 

「悲しんでる暇はないわよ、私たちはパーティーの準備をしなくっちゃ。」

 

 名残惜しそうにドラコの去って行った方を見るパンジーに、ダフネがピシャリと言った。

 これから戦場に赴くのかというような気合いの入りようだった。――――事実、彼女たち貴族の令嬢にとってパーティーの準備は戦の前準備のようなものなのだが。

 

 この世界では貴族でも何でもないダリアはのんびり準備をしようと考えていたが、3人に引きずられるようにして準備に巻き込まれてしまった。

 

 館に戻り、ダリアの使っている部屋に集まった4人は、さっそくドレスに着替え始めた。お互いに下着姿になり、コルセットを思い切り締めていく。

 コルセットと言っても中世の拷問のような締め付けをするものではない。

 子供用の軽いもので、華奢な体格のダリアとダフネはそう苦しまずに着ることができたが、しっかりした骨格のパンジーとミリセントは、少々てこずっていた。

 

「苦しい、お昼なんか食べなきゃよかった。」

 

「今更後悔してもどうにもならないじゃん・・・。」

 

「胃の中身を出す魔法かける?吐けば楽になるかもよ。」

 

「くだらないこと言ってないで、次行くわよ!あとダリア、間違ってもここで吐かせるのはやめて頂戴。」

 

 4人の中で一番美意識の高いダフネが、グロッキーになるパンジーとミリセント、怪しげな呪文を唱えようとするダリアを冷たく切り捨てた。

 コルセットを付けた後にも、まだドレスの着付けにメイク、ヘアセットが残っているのだ。時間の余裕は無い。

 

 全ての準備が終わったのは、パーティーの開始直前だった。

 ドタバタとした準備で疲れ切っていた女の子達も、鏡に映った自分たちの姿を見て、途端に元気になった。

 

 パンジーはお気に入りのピンクのフリルをたくさん使った少女趣味のドレスを、ミリセントはすっきりしたシンプルなイエローのドレス、ダフネは瞳の色に合わせて鮮やかなグリーンのドレスを着ている。

 ダリアも瞳の色に合わせて、深い群青のドレスを選んだ。元の世界から持ってきたものを手直ししたドレスだ。

 

 綺麗に飾り立てられた自分を見て、少女たちはいよいよ気分が盛り上がってきた。

 すっかり身支度を済ませて大ホールで待っていたノットも、着飾った4人を見て感心したように目を丸くした。ドラコは主催者側なので、今ごろ両親と挨拶回りをしているのだろう。

 

「へえ、自分たちで準備した割にはなかなかよくできてるんじゃないのか?」

 

「何よ偉そうに。何様目線なわけ?」

 

「―――――しゃべらなけりゃ完璧なのになぁ。髪飾りは4人で揃えたのか?」

 

「そうよ、ミリセントが用意してくれたの。本物の花よ。」

 

 ヒールで足を踏みつけようとしてくるダリアをかわしながら、ノットが彼女たちの髪に飾られた花に気付いた。どの色のドレスにも合わせやすい、白い生花だ。

 それぞれ複雑に編み込まれた髪の中に埋め込まれるように飾られている。

 ノットは自分の横でちょこちょこ動くダリアの頭を見ながら、器用なことだと感心した。

 

 

 パンジーが自慢していた通り、マルフォイ家のパーティーは素晴らしいものだった。

 次々と料理が現れる魔法のテーブルに、触れると温かい魔法の雪、本物のオーケストラによる生演奏など、魔法界一の貴族にふさわしい豪華さだ。

 

 中でも中央に聳え立つクリスマスツリーの素晴らしさといえば、ダリアは元の世界でも見たことが無いほどだった。色とりどりのオーナメントは時間と共に色を変え、サンタクロースの人形が楽しそうに枝から枝へ飛び移っている。頂上の星飾りは、時折星屑を飛び散らせ、あたりをキラキラと輝かせていた。

 

 招かれている客も大物ばかりで、魔法省の高官だという立派な魔法使いが何人も居た。

 大人達はコネ作りに忙しいようだが、子供たちは素晴らしいパーティーに夢中になっていた。

 

 ダリアもこんなに楽しいパーティーは久しぶりだったので、皮肉や嫌みを言うこともなく純粋に楽しんでいた。

 

 むしろはしゃぎすぎたのか、クリスマスソングを歌う聖歌隊に飛び入り参加してしまう場面もあった。これには一緒にパーティーを回っていたダフネ達も顔を青くしたが、ダリアの歌声が予想以上に素晴らしく、大人たちに大好評だったので、結果的にお咎めなしだった。

 

 

「まったく、ひやひやさせやがって。突然聖歌隊の中に突っ込んでいったときはついにおかしくなったと思ったぞ。」

 

「ほんとにね。普段そんなことする性格じゃないでしょ。どうかしちゃったのかと思ったわ。」

 

 大人たちに盛大な拍手をもらい、マルフォイ夫妻からも褒められ、ニコニコしながら帰ってきたダリアは、ノットとダフネから小言を聞きながらも、いつになく上機嫌な様子でジュースを飲んでいた。

 

「でも叱られずに済んでよかったわね。私、ダリアがあんなに歌が上手いなんて知らなかったわ。うっとりするような歌声だったもの。みんな聞きほれてたわ!」

 

「フニャフニャ。」

 

「――――――――さすがにおかしすぎないか?こいつ。」

 

 ダリアの言動に疑問を持ったミリセントが、グラスを奪い取ってにおいをかいだ。(「なにすんのよーかえしてよー!」とダリアはわめいていた)

 

「うわ、これ酒じゃん!誰だよこいつに酒渡したの!!」

 

「しらなーい!でもおいしーい!もっとちょーらーい!」

 

「おい、落ち着けってモンターナ。くそ、こいついつも少しおかしいから全然気付かなかった。こら引っ掻くなってネコかお前は!」

 

「ううううううう~~~」

 

「ど、どうしましょ、どこかで休ませなきゃ。」

 

 ダリアは猫のように抱えられながら、クリスマスパーティーの会場を後にしたのだった。

 

 

 

 ダリアが目を覚ましたのは、すっかり夜になってからだった。

 がんがんする頭に疑問を覚えながら、目をうっすら開くと、明るい金髪の女性が心配そうにダリアをのぞき込んでいるのが見えた。

 

「――――――ママ?」

 

 思わず呟くと、女性は安心したように微笑んで、ダリアの髪を撫でた。

 

「よかった、気付いたのね。ここがどこだか分かるかしら?」

 

「え、あ――――――――ミセス・マルフォイ?あれ?」

 

 女性はマルフォイ夫人だった。ベッドに寝ていたダリアはあわてて起き上がろうとしたが、頭に鋭い痛みが走り、蹲った。いつの間にかドレスからネグリジェに着替えている。

 

「う、ううん、頭が―――何が―――」

 

「ああ、ダリア、無理しないで、かわいそうに―――ごめんなさいね、給仕があなたに間違ってアルコール入りの飲み物を渡してしまったようなの。それであなたは倒れてしまったのだけど――――覚えていない?」

 

 ナルシッサはダリアを優しく寝かせ、事の経緯を説明した。

 説明受けたダリアは、なんとなく楽しい気分になっていたことを思い出した。調子に乗って聖歌隊に乱入した記憶もなんとなくある。

 今更ながらとんでもなく大胆なことをしたと思い、恥ずかしくなってしまった。

 

「ご、ごめんなさい、勝手にあんなことしてしまって。」

 

「あら、いいのよ。とっても素晴らしい歌声だったから、お客様たちもサプライズと思ったみたい。ルシウスも喜んでいたわ、来年はソロで歌ってもらうのはどうだろうか、ですって。」

 

 ナルシッサは楽しそうにコロコロ笑った。ひとまず悪い印象は持っていないようで安心した。久々に肝の冷える体験だった。

 

 ダリアはナルシッサに酔いに効く薬を飲ませてもらい、その日は大人しく眠りについた。

 

 



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聖夜の葛藤

 次の日ダリアは、トゥリリに顔を舐められて目を覚ました。

 

『よかった、もうお酒臭くないみたいだね。』

 

「――――――ほんと?」

 

『うん、昨日はほんとに大変だったんだよぉ。ダリアがノットにネコみたいに抱えられて帰ってきた時なんて、大騒ぎだったんだから。』

 

 そのあたりのことになると、もはや意識は無かったのか、全く思い出せない。

 ―――――迷惑をかけたのは確かなようだから、あとでノットには謝ろうと思った。

 

 今日はディゴリー邸に帰る日だ。ダリアは荷作りをして身支度すると、ノットの部屋のドアをそっとノックした。

 

 ノットは既に身支度を済ませ、優雅にお茶を飲みながら本を読んでいた。

 気まずそうな様子のダリアをみて、おかしそうに笑った。

 

「よう、元気そうだな、酔っ払い。」

 

「―――――昨日、迷惑かけたみたいだから、謝るわ。ごめんなさい。」

 

 渋々だが素直に謝ったダリアに、ノットは虚を突かれた。

 気づかわし気な顔で近づいてくる。

 

「どうしたんだよ、まだ調子が悪いのか?」

 

「―――さっきまで本当に悪いと思ってたんだけど、今はあんたの事ぶん殴りたいと思ってるわよ!!失礼な人ね!!」

 

 やっぱりいつも通りだったダリアの反応に、ノットは安心した。

 

 

 

「二日間お世話になりました。たくさんご迷惑をおかけしてすみません。」

 

「いや、かまわないよ。結果的に嬉しいサプライズになった。――――――君の都合が良ければ、また来年も来てくれたまえ。今度は君のソロステージを用意しようじゃないか。」

 

 いよいよ帰る段になってダリアがもう一度ルシウスに謝ると、ルシウスは上機嫌でまた来年もと誘ってくれた。どうやら本当にダリアの歌を気に入ったようだ。

 

「それじゃあドラコ、また学校でな、メリークリスマス。」

 

「ああ、セオもダリアも、また学校で会おう。メリークリスマス。」

 

「メリークリスマス。」

 

 ダリアとノットは、来た時と同じように煙突飛行を使ってマルフォイ邸を後にした。

 帰りの行先は漏れ鍋だった。どうやら気を付けなければならないのは行きだけらしい。

 ダリアはここで、エイモスに迎えに来てもらうことになっていた。

 

 ダリア達が漏れ鍋に着くと、エイモスはまだ到着していないようだった。ノットもあたりを見回して探したが、見当たらない。

 

「まだディゴリー氏は来ていないみたいだな。俺は今のうちに退散することにするよ、鉢合わせると厄介なことになりそうだ――――――じゃあな、モンターナ。よいクリスマスを。」

 

「うん、またホグワーツで。ノットもよいクリスマスを。」

 

 ノットは軽く手を振ると、マルフォイ邸へ行った時のような廃れた路地に消えていった。おそらくどこかにある暖炉を使って、ノット邸へ帰るのだろう。

 本来ならマルフォイ邸から直接帰ることができるはずだが、ダリアを送るためだけに漏れ鍋に寄っていたらしい。そのことに思い至ったダリアは、なんとなく気恥ずかしくなった。

 

 ノットが帰ってしばらくするとエイモスが迎えに来たので、ダリアもディゴリー邸へ帰って行った。

 

 

 

「ああダリア、お帰りなさい!クリスマスパーティーは楽しかった?」

 

「――――た、ただいま。楽しかったよ。」

 

 ディゴリー邸のドアを開くなり、サラが思い切り抱きしめてきたので、ダリアは息が詰まってしまった。

 口ではダリアがマルフォイのパーティーに行くのを後押ししてくれたサラだったが、やはり心配していたらしい。ダリアの無事を確かめると、ニコニコ笑って頬にキスをした。

 

 ちょうどクリスマスのごちそうを作っている最中だったようで、キッチンではセドリックが一心不乱にジャガイモをつぶし、マッシュポテトを作る手伝いをしていた。

 じっと見つめるダリアに気付いたのか、セドリックが顔を上げた。

 

「ああ――――――おかえり、ダリア。楽しかったかい?」

 

「―――うん、まぁ楽しかったかな。また後で夕食の時にでも話すね。」

 

 うまい具合に卒なく会話しているが、セドリックの表情はまだ硬い。無理して取り繕っているからだろう。

 ダリアはため息をついて、荷物を整理するために自室へ入って行った。

 

 

 荷物を整理したり、料理の手伝いをしたりしているうちに、夕食の時間になった。

 今日はクリスマス・イヴなので、ディゴリー家でも簡単なクリスマスパーティーをするのだ。

 

「マルフォイのパーティーと比べたら、ちょっと見劣りしてしまうかしら?」

 

「何をいう、お前の料理は世界一だ!マルフォイの料理なんかとは比べ物にならんさ!」

 

 その通りだ、とダリアは思った。

 確かにマルフォイ邸の料理は高級な食材を使った豪華な料理だった。おそらく、屋敷しもべ妖精とやらが頑張って作ったのだろう。

 対してサラの料理は、高級な食材こそ使っていないが、一つ一つ手間暇かけて手作りしており、サラの愛情が感じられる。

 

 最後のホームパーティーの記憶など、うんと小さい頃に遡らなければ思い出せないダリアにとって、サラの料理はとても懐かしく感じられるものだった。

 

「―――――うん、とってもおいしい!」

 

 大好物のラムチョップを口にしながら、ダリアはそう思った。

 

 その後ダリアは、マルフォイ邸での思い出―――クリスマスツリーがとても大きかったこと、白い孔雀はフワフワだったこと、間違えてお酒を飲んで酔っ払ってしまったことなど―――を大演説した。

 セドリックもクリスマスの空気に当てられたのか、いつもよりだいぶ柔らかい態度で、時折楽し気な笑い声を上げたりもしていた。

 

 ディゴリー家でのクリスマス・イヴは穏やかに過ぎていった。

 

 

 クリスマスの朝、ダリアが目を覚ますと、足元にクリスマスプレゼントの山が積み重ねられていた。

 

『今日の日付になった途端、ドサドサ出てきたんだよ。危うくつぶされるところだったよ。』

 

 トゥリリが不満げに言うのを聞き流して、ダリアは歓声を上げながらプレゼントの包装に飛びついた。

 

 ディゴリー夫妻からは、おしゃれな外套が送られてきていた。季節によって厚さを調節できる便利なもののようだ。

 おそらく、休暇中部屋に籠って出てこないダリアが、寒がりと勘違いしたのだろう。

 実際には寒がりではないがデザインを気に入ったダリアは、喜んで外套をクローゼットにしまった。ダリアからは夫妻に手作りの写真立てを送った。気に入ってもらえるだろうか。

 

 ダフネからは、髪をとかすとキラキラと輝くようになる魔法の櫛が送られてきた。おしゃれに目がないダフネらしい品だ。

 ダリアも彼女には、選んだ髪型に自動的にセットしてくれる魔法のカタログセットを送った。

 

 パンジーからはスノードームが送られてきていた。中でトゥリリのような黒猫が眠たそうにあくびをしている。ドームをゆすると、文句を言うようにこちらを見上げてニャァニャァ鳴いていた。面白い。

 彼女には、マルフォイ邸を訪ねた時に撮ったドラコの写真を編集し、まとめたアルバムを送った。写りが良いものばかり選んだので、きっと喜んでもらえるはずだ。

 

 ミリセントからは、猫用の寝床だった。以前、トゥリリがベッドを占領していたため、ダリアが寝れずに困っていたことを覚えていたのだろう。

 

「どう?トゥリリ。寝心地良さそうじゃない?」

 

『――――――ベッドの方が広くてすきなんだけどなぁ。』

 

 ――――実際使ってくれるかどうかは、分からないが。

 彼女には、ファンだという「妖女シスターズ」というバンドのミニフィギュアを送った。指定した曲をその場で演奏してくれるらしい。

 

 ノットからのプレゼントは、可愛らしいデザインの置時計だった。ちょうど枕元におけるようなサイズで、ホグワーツにも持っていくことができそうだ。―――というか、それを想定しているのだろうか。

 案の定、一緒に添えられたカードには「これ以上朝食に遅れることが無いように。」との余計なメッセージが書かれていた。

 ダリアは、ノットに送ったおしゃれなカフスを、身に着けたら首を絞める呪いのカフスに変えることが可能かどうか真剣に考えた。

 

 マルフォイ夫妻とドラコからは、連名でサファイアの首飾りが送られてきていた。明らかに値打ちの品である。カードにはクリスマスパーティーのお礼と、今度はぜひこの首飾りをつけて参加してほしいとの旨が書かれていた。

 ――――――ダリアからは高級お菓子の詰め合わせを送ったのだが、つり合いがとれないかもしれない。追加で何か送るべきだろうか。後でサラに相談してみよう。

 

 

 

 一通り包みを開けると、ダリアは最後に残った小さいプレゼントを見据えた。

 小さい包みは、セドリックからの物だった。

 ―――――――セドリックの性格的に、プレゼントが送られてくるだろうことは予想がついていたが、いったいどんなものを選んだのだろうか。

 

『呪いの品ってことはないんじゃない?そんな性格じゃないでしょ』

 

「それはわかってるわよ!そういう心配をしてるんじゃないの。」

 

『んー?じゃあ、どんな心配をしてるのさぁ。』

 

「そりゃあもちろん―――――んー、それは、うーん、なにかしら――――」

 

 トゥリリに聞かれて考えてみたが、理由をはっきりと口に出すことは出来なかった。

 自分でも、何を恐れてこの箱を開けることを躊躇しているのか、よく分からなかったのだ。

 

 ――――分からないことはしょうがない。覚悟を決めて、おそるおそる中身を見て、ダリアは拍子抜けした。

 

『なんだ、ただのリボンじゃん。ほらね、特に危ないものじゃなかったよ。』

 

「うん、――――――そうね。」

 

 中身は、ダリアの瞳の色と同じ、青いリボンでできた髪飾りだった。

 ダリアは髪飾りを見つめながら、トゥリリの言葉を考えた。

 ――――確かに危ないものではなかった。だから、私はこんなに安心してるの?だからこんなに嬉しいの?

 

 浮かんでくる笑みを抑えきれず、ダリアはばふっとベッドに突っ伏してじたばたした。その様子をトゥリリが不審げに見ていたが、ダリアはそんなことは気にならなかった。

 

 居てもたってもいられなくなり、ダリアはネグリジェのまま部屋を飛び出した。

 そのまま居間へ駈け込んで、朝食の準備をしているサラにしがみつく。

 サラはネグリジェのままのダリアに、目を丸くして驚いている。

 

「まぁダリア、こんなに早起きさんだなんて珍しい。一体どうしたの!」

 

「見て!プレゼント!リボン貰ったの!!」

 

 ダリアは手に持ったリボンを自慢げにサラに突き出した。よっぽど嬉しかったのだろう、興奮して白い頬がピンクに染まっている。

 

「ふふ、よかったわね、誰からのプレゼントなの?」

「セドリック!!」

 

 意外な名前に、サラは内心驚いていた。

 

 当人同士の問題なので、口を出さないようにしようと思っていたが、ダリアとセドリックはあまりうまくいって居ないと感づいていたからだ。

 無理もない、親戚とはいえ今まで長い間接することの無かった二人だ。今は気まずくてもいずれ時間が解決してくれるだろうと思っていたが、意外とそれは近い未来なのかもしれない。

 起きだしてきたエイモスにも同じようにリボンを見せるダリアを見て、サラはそう期待した。

 

 

 サラとエイモスに自慢したあとも、ダリアは興奮を抑えきれなかった。

 衝動のまま、久しく訪ねていなかったセドリックの部屋に飛び込む。

 部屋ではプレゼントの仕分けをしていたセドリックが、何事かと腰を上げかけていた。

 ダリアは構わずセドリックの眼前に、手の中の物を突き付けた。

 

「ねえセドリック見てみて!!!」

 

「な、なに?どうかしたのか?」

 

「プレゼント!!セドリックに貰ったの!」

 

 ダリアの手の中の物をまじまじと見つめる。―――セドリックが送った青いリボンの髪飾りだ。

 

「確かに、これは僕が送ったプレゼントだけど――――」

 

「―――――――あ。」

 

 ダリアは我に返った。そうだ。セドリックに報告したって意味がないじゃないの――――。

 

 途端にダリアは恥ずかしくなり、誤魔化すように視線を彷徨わせた。

 ふと、仕分けているプレゼントの山(本当に山のようにプレゼントがあった)から外れたところに、自分が送ったプレゼントが置いてあるのに気が付いた。包装がといてあるので、中身はもう見た後なのだろう。

 

「あ、私のプレゼント――――――」

 

 ダリアの視線に気が付いたのだろう、セドリックは「ああ、うん。」と曖昧な返事をした。やましいところがあるような言い方だった。

 

 セドリックへのプレゼントは、クディッチで使うというグローブを選んでいた。何を送ればいいのか悩んで、ダフネ達にたくさん相談して決めたものである。そう悪いものではないはずだ。

 

「ダフネ達に何がいいか聞いて選んだのよ。いいものらしいから、使ってみてね。」

 

「――――まぁ、そのうちね。」

 

 誤魔化すような返事に、ダリアはむっとした。

 

「なんでそのうちなのよ!すぐ使えばいいじゃない!」

 

「それは、今使ってるのがあるし、予備は他にもあるからさ―――――」

 

「―――――っ」

 

 のらりくらりとかわすセドリックにダリアは「私が送ったプレゼントを使う気が無いんだな」と言うことを察した。

 先ほどまで高揚していた気分がみるみるうちに萎んでいく。

 

 癇癪を起しそうになったが、すんでのところで抑え、できるだけ平静に聞こえるように意識して声を出した。

 

「そう、じゃあ、気が向いたら使ってみてよ―――――言っておくけど、それ、ちゃんとお店で包んでもらって、そのまま送ったんだからね。特に手は加えてないんだからね!」

 

 言い逃げのように吐き捨てると、急いでセドリックの部屋を出た。

 

 ――――――分かってるわよ。得体のしれない人間からの贈り物なんて、怖くて使えないわよね。分かってたもの。

 

 ただこの数日間が楽しすぎて、自分が本来ここにいるはずの無い人間だということを、ダリアはすっかり忘れていたのだ。

 

 ダリアは遣り切れない気持ちのまま、自室へと戻って行った。

 



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罰則と捜索

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに帰ってもなお、ダリアはモヤモヤを抱えたままだった。

 

「―――――どうしたの?何かあったの?ダリア。」

 

「―――――なんでもない。」

 

 久々に会ったダフネ達にも、異変が分かるほどだったらしい。

 ダリアが、グリフィンドール対ハッフルパフのクディッチの試合に行きたくないと言っても、無理に連れ出そうとはしなかった。(スリザリンの試合でないというのもあるかもしれないが。)

 

『まぁ、無理して行かなくてもいいと思うよぉ。ダリアはクディッチそんなに好きじゃないんだからさ。』

 

「うん――――――――」

 

 クディッチがあまり好きじゃないというのも、見に行きたくない理由の一つではある。

 

 ―――――でも、今日の試合には、セドリックが出てるから。

 

 セドリックはきっとダリアのあげたグローブを使わない。そのことがはっきりするのが嫌だった。

 

 結局、グリフィンドールはハッフルパフに快勝したという。ハリー・ポッターが試合開始後すぐにスニッチを取ったらしく、グリフィンドールが負けるところを笑おうと思って観戦していたドラコ達は、むっつりしていた。

 このグリフィンドールの勝利により、今まで首位だったスリザリンはその地位を追われ、一位の座をグリフィンドールに奪われることになった。

 

 

 しかし、スリザリン生達はいつまでも落ち込んでいられなかった。学年末試験の日程が近づいて来ていたからだ。

 スリザリン生は良家の子女が多い。その為、保護者は自分たちの子供に良い成績を望む傾向があり、スリザリン生達はこの時期、レイブンクロー生のように勉強漬けの毎日を送っていた。

 

 ダリアも毎日大量の宿題が出される上、ミリセント達に試験勉強の手伝いを頼まれていたので、セドリックについてくよくよ悩んでいる暇は無くなった。

 

 

 

 復活祭の休みもほとんど勉強でつぶれ、毎日が飛ぶように過ぎていく中、とんでもない事件が起こった。

 

 グリフィンドールの点数が、一夜にして150点も引かれたのだ。

 

「なんでも、あのハリー・ポッターとその仲間が、夜中に出歩いているところを捕まったらしいわよ。」

 

 情報通のパンジーが、目をキラキラさせながら言った。

 ポッターといえば、スリザリンの一年生にとっては最も目障りだった存在だ。その彼が問題行動を起こしたとあれば、喰いつかないわけがない。

 この大量減点により、再びスリザリンが一位に返り咲いたため、談話室の雰囲気は浮足立っていた。

 

「しかし、ポッターも馬鹿なことをしたな。期待が大きかった分、今や学校中から針のむしろだろ。」

 

「――――あれだけ持て囃していたくせに、現金な人たちなのね。」

 

 ダリアはグリフィンドールを始めとした他寮の生徒たちの掌返しに、不快感をあらわにしたした。身勝手が過ぎるのではないだろうか。

 勝手に期待しておいて、その期待を裏切られると今度は粗さがしをし始める人々に、ダリアは辟易としていた。

 

「いい気味じゃん。他人に頼ってスリザリンを引きずり降ろそうって連中なんて、碌なもんじゃないわよ―――――――ちょっとドラコ、いつまで辛気臭い顔してるのさ!いい加減立ち直りなって!」

 

 ミリセントが、ずっと俯いて座っているドラコに喝を飛ばした。

 本来ならポッターを貶める話題に真っ先に食いついてくるはずのドラコだが、今回ばかりはそうはいかなかったようだ。

 

 ポッター達を罠に嵌めるため、ドラコ自身も夜中に寮を抜け出し、20点を減点されていたのだ。

 もっとも、ドラコの行動がグリフィンドールの大量減点を引き起こしたと捉えられ、スリザリン内ではむしろドラコを称賛する声の方が大きかった。

 

 それでも本人は珍しくスネイプ教授に叱られたせいか、ここのところずっと落ち込んでいた。パンジーは気の毒がっているが、いい加減鬱陶しいというのが友人間の共通の見解だった。

 

「たかだか20点引かれたぐらいでめそめそしないでよ。そんなのダリアが2、3回授業で教授にいい顔すれば取り戻せる点数じゃない!」

 

「そうだ、グリフィンドールの150点とはわけが違う。お前は失敗したかもしれないけど、狡猾なスリザリン生として、悪くない選択をしたことは確かだろ。」

 

 勝手に名前を使われたダリアはムッとしたが、さすがに空気を読んで黙っていた。

 ダフネとノットの励ましに、やっと少し笑顔を見せかけたドラコだったが、またすぐに暗い顔になった。

 

「減点の事は、まぁ良くはないが、もう忘れることにするよ。―――ただ、そのことで今夜罰則を受けなければいけないんだ。」

 

「そんな!ひどいわ、ドラコは何にも悪いことしてないのに!!」

 

「いや、悪いことはしてるだろ・・・」

 

 パンジーの悲鳴に、ミリセントは思わずぼやいた。彼女はドラコの事になると、全く冷静でなくなることが度々あった。

 

 ドラコは夜の11時になると、罰則を受けに玄関ホールへ向かった。あのポッター達も、同じ罰則を受けるという。パンジーは心配そうな顔でドラコを見送っていた。

 今夜はドラコが帰ってくるまで、談話室で夜を明かすという。

 

 

 

「―――――それにしても、罰則で玄関ホールに集合って、一体何をするのかしら?」

 

 寝室で鏡台の前に座って金髪を丁寧にすかしながら、ダフネが言った。

 既にベッドに入って眠る体制になっていたダリアとミリセントは、ダフネの言葉に同じ疑問を持った。

 

「確かに、罰則って言ったら、書き取り100回みたいなもんだとばかり思ってたけど。それじゃあどっかの教室に集合ってことになるわよね。」

 

「――――玄関に集合ってことは、そこから外へ出るって可能性もあるわよね。」

 

 ダリアの言葉に、二人は顔をしかめた。

 ホグワーツの敷地内には、禁じられた森が広がっている。そこは人の手が入っていない森で、古の魔法生物が多数生息しているという噂がある。

 

 夜はその魔法生物たちが活発になるため、ホグワーツ城の外への出ることは固く禁じられているはずだ。

 

「まさかとは思うけどな―――――まあ、いくらなんでも生徒にそこまで危ないことはさせないんじゃない?」

 

 ミリセントはそう言って締めくくったが、その「まさか」が杞憂でないことを、この時はまた知らなかった。

 

 

 

 ダリア達がその「まさか」を知ったのは、全員が寝静まった真夜中のことだった。

 ドラコの帰りをずっと談話室で待っていたパンジーだったが、日付が変わっても帰ってくる気配がないことに不安になり、同室の友人たちに泣きついた。

 

「だって、いくら何でも遅すぎるわよ!いくら次の日がお休みだからって、零時を過ぎても拘束される罰だなんて、教育機関としてどうなの!?何かあったとしか思えないわ!」

 

「それを言うなら。」ダリアは大あくびをしながら言った。「集合時間が11時な時点でおかしいでしょ。日付が変わることを見越してたんじゃない?最初から。」

 

「そうよ。それに、天文学の授業じゃ夜中ずっと天体観測することもあったじゃない。教員がついているなら、深夜の罰則があってもおかしくないわよ。」

 

「パンジーはドラコのことになると、すぐ暴走するんだからさぁ。」

 

 ダフネとミリセントも、目をこすりながらパンジーをなだめている。

 しかし3人の説得でも、パンジーの不安は治まらなかった。枕に顔を埋めて、シクシクとこの世の終わりのように泣き続けている。(ほとんど病気だ、とダリアは思った。)

 そこまで心配することでもないと思っていた3人は呆れたように肩をすくめて、再びベッドに潜り込んだ。

 

 

 

「――――――ああもう、うるさい!いい加減泣き止めってば!」

 

 しかしいつまでたっても止まないすすり泣きに、まずミリセントが耐え切れなくなった。

 もちろんダフネとダリアも、このすすり泣きの中安眠することなどできるはずもなく、むっつりして身を起こした。

 このままではいつまでたっても眠れない、と考えたダリアは、ため息をついてベッドの上に座り込んだ。

 

「しかたないわね―――――調べてみてあげる。それで何もなかったら、今度こそ お とな し く 寝てよね。」

 

「し、しらべるって――――ヒック、一体どうやって調べるっていうのよ!?」

 

 ヒステリックにわめくパンジーを無視して、ダリアはベッドの上に呪文を並べ始めた。

 色とりどりの護符が、ダリアの周囲に円を描くように配置されていく。

 

「何をするつもりなの?ダリア。」

 

 異様な行動をとり始めたダリアに、ダフネが不安げな表情をして訪ねた。ミリセントは「おかしくなるのはパンジーだけで充分だ」とでも言いたげな表情をしている。

 

「魔法で意識を外へ飛ばして、ドラコの様子を見てきてあげる。飛ばしてる間は体の方が無防備になるから、今並べてるのはほとんど護りの呪文。―――――すっごく複雑な魔法だから、話しかけたりしないでよ。」

 

 この魔法は城に居る時に教えられた魔法だ。

 あの大魔法使いやその後継者は、いとも簡単に離れた場所に意識を飛ばし、その周辺を探ることができていたが、この魔法は本来かなり複雑な理論に基づいた上級魔法である。

 ダリアは研鑽の末、なんとか使えるようになったが、使用している間は肉体に意識を向ける余裕がないので、それを補うために強力な護りを作る必要があった。

 

 ダリアの肉体は特殊なつくり(・・・)をしているため、悪用されることがないよう、幼い頃から厳しく肉体の保護についての指導をされてきていた。

 

 護符の展開が済んだダリアは、目を閉じてリラックスした姿勢を取ると、意識を体から浮き上がらせた。

 自分を上から見下ろすような仮想の視点ができると、その視点を玄関ホールに飛ばし、あたりを猛スピードで探り始めた。

 

 

 まず周辺の空き教室を探るが、気配は全く無い。―――やはり、最初の予想通り、校舎の外へ出ているのだろうか。

 

 意識を今度は湖の近くへ飛ばす。

 人影を見つけた。森番と、グリフィンドールのポッター達だ。しかし、一緒に罰則を受けていたと思われるドラコの姿は見えない。嫌な予感がする。

 

 ダリアは意識を禁じられた森の中へ飛ばした。入り口近くを飛び回り、いくつかの気になるもの――――ケンタウロスだとか、セストラルだとか、ユニコーンだとか―――を見つけた後、ついに大きな木の根元で蹲るドラコを発見した。

 

 

 ダリアは大きく目を見開いた。珍しく焦ったような様子で立ち上がるダリアに、かたずをのんで見守っていたパンジーが、おそるおそる声をかけた。

 

「ねえ、ダリア、本当に外を見ることができたの?ドラコは居たの?」

 

「それどころじゃないわ。どうにかして誰か先生に知らせなきゃ、大変なことになるかもしれない。――――――信じられないわ。あの人たち、ドラコを禁じられた森に置き忘れて帰ってしまったの!!」

 

 

 それからが大変だった。

 まず半狂乱になったパンジーが、スネイプ教授の研究室にもつれ込むように駆け込んで、ドラコの救出を訴えた。幸い教授は何か調べ物をしていたようで、まだ起きていた。

 

 パンジーの要領を得ない(そしてはっきりした根拠のない)訴えに難色を示し、最初は追い返そうとしたスネイプだったが、あまりに鬼気迫って尋常でない様子のパンジーに、渋々罰則を執り行っていたはずのフィルチに連絡を取り、フィルチがハグリッドに確認を取り、――――そこで初めてドラコが禁じられた森に置き去りにされているということが発覚した。

 

 それから間もなく、スネイプによって救出されたドラコは、いつもの貴公子然とした風貌が見る影もないほどボロボロになってしまっていた。その様子を見たパンジーは余計に泣き喚いた。

 

「あの野蛮で――――学の無い―――――間抜け―――――ウスノロが―――――」

 

 泣きながら怒り狂うという器用なことをしているせいで、所々しか言葉は聞き取れなかったものの、貴族令嬢としてあるまじき言葉の羅列であったことは間違いなかった。

 

 ひとしきりパンジーが泣き喚いた後、女の子4人も、ドラコ本人も、お互いどっと疲れていたので、会話もそこそこに寝室へ這い上がり、すぐに眠ってしまった。

 

 

 



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学期末試験

 次の日、ドラコが談話室で置き去りの詳しい経緯を語ってくれた。

 

「―――――死んだユニコーンを見つける?殺した犯人が近くに居るかもしれないというのに?―――――――ありえない。学校側は何を考えているんだ。」

 

 ドラコの話を聞いたノットが、低い声で吐き捨てた。

 幼馴染の命の危機に、彼なりに思う所があるらしい。ノットがこんなに感情的になるのを見るのは、クディッチの時以来だとダリアは思った。

 

 ノット以外の友人たちも、概ね同じ意見のようだった。今回の事件に対する不満を次々と口にしている。

 特にドラコに気があるパンジーの怒りはすさまじく、朝のうちに実家に事のあらましを説明した手紙を書いて、正式に抗議してもらうと息巻いていた。

 

 ダリアも今回のことは、明らかに学校側の落ち度だと感じていた。

 

 ユニコーンの血には、飲めば呪いと引き換えに、その者の命を永らえさせるという効果があるという。その血を目的に彼らを殺す犯人が、危険でないはずがないというのは、誰にでもわかることだ。

 犯人と遭遇の可能性があるにも関わらず、未熟な一年生たちを危険な犯行現場に駆り出し、あまつさえその場所に忘れて帰るなど、判断ミスどころの話ではない。

 

「今回はダリアが見つけてくれたから無事だったけど、気付かなかったらドラコは朝まであの恐ろしい森で過ごすことになっていたのよ!?あの森番、お気に入りのグリフィンドールの連中だけ連れて帰って、ドラコを忘れて帰るなんてひどすぎるわ!」

 

「――――――私だって、パンジーに言われなければ、調べようともしていなかったわ。今回は結果的に無事だったけど、運が良くなければ今ごろ大惨事になってたと思う。」

 

 しかもその後、学校側からは何のフォローもドラコにないらしい。これにはルシウス氏もカンカンになったようで、パーキンソン家と共にダンブルドアに激しい抗議を送るつもりのようだ。

 

 

 しかし後で、ノットがこっそり教えてくれた。

 

「多分この抗議は、聞き流されると思う。ダンブルドアは昔からグリフィンドール贔屓で、スリザリンとは馬が合わないんだ。おそらく今回のことも、面倒なクレームが来たとしか思われない可能性が高いよ。」

 

「うそ、もしかしたら死んでたかもしれないことなのに?」

 

「――――――昔からそういう寮なんだ、スリザリンっていうのは。他の寮の結束を高めるための体のいい生贄扱いだ。闇の勢力が強かった時代なんて、スリザリンってだけで犯罪者予備軍扱いだったこともあるらしい。そう思っている奴らは今でも少なくない。」

 

「――――――――」

 

 それはひどい差別があったものだ、とダリアは思った。一般的にスリザリンには「純血主義」と呼ばれる差別的な考えを持つ人間が多いとされており、それが忌避される理由となる場合が多い。

 実際にダリアの友人たちにはその考えを持つ者が多いが、その誰もが実際にマグルを積極的に排除しようと考えているわけではない。

 むしろマグルと関わることで、純粋な魔法族が少なくなってしまうことを憂いている者の方が多いのだ。

 ダフネやノットはどちらかというとそちらのタイプであり、マグル生まれどころか、他寮の生徒とすら積極的に関わろうとすることは無い。

 

 純血主義にも様々な人間が居り、更にスリザリン内にはごく少数だがマグル生まれの生徒も在籍している。それらを全て一緒くたにして「スリザリンの連中」とくくられるのは、なんとなく納得がいかない。

 

「だからスリザリン内の結束は他寮よりもずっと固い。何しろ周りは全て敵だからな。寮内で固まるしかないとも言えるが―――まあ、一番気の毒なのはうちのマグル生まれの生徒達だよ。他の寮からは敵視され、寮内でも針のむしろだからな。逃げ場が無い。」

 

「あの人達こそ、学校側でどうにかしてあげなきゃいけない人達よね―――――どうして現状で放置されているのかがやっとわかった。他寮の人間にとっては、例えマグル生まれでも、スリザリンってだけで敵の仲間なのね。」

 

 組み分けの時に感じた疑問に、ようやく答えが見つかった気がした。

 

 その後、宣言通りパーキンソン家とマルフォイ家は学校側に正式に抗議を行ったが、今回は何事もなく当事者が無事であったため、形式的な謝罪文が送られてきたのみだったという。

 

 

 

 6月になり、ついに学年末試験の時期がやってきた。

 スリザリンの談話室では毎日遅くまで明りが消えず、最後の追い込みをしている生徒達で溢れかえっていた。

 クラッブ、ゴイル、パンジーなどがその筆頭である。

 あまり勉強が得意でない2人は、意外と面倒見の良いドラコにつきっきりで勉強を見てもらっていた。ちなみにパンジーはそれに追従しているだけで、勉強が苦手なわけではない。

 

 勿論普段から予習復習を欠かさないダリアは、ダフネ達と軽くノートを確認した後、試験直前でもいつもと同じ時間にベッドに入り、たっぷり睡眠時間を確保するつもりだった。

 

『なーんか、すっかりダリアも学生生活楽しんじゃってるなぁ。もっと寂しい孤独な生活になるんじゃないかって心配してたんだけど。』

 

「余計なお世話よ!」

 

 トゥリリに文句を言いつつも、ダリアは内心同意していた。

 ダリアは自分の性格が万人受けするものでない(むしろ敵を作りやすい方である)と自認していたので、ここまでたくさんの友人ができるとは考えていなかった。

 

 それどころか、誰かを「友人」と自信をもって言うことができるのは、これが初めてかもしれない。

 元の世界では後継者になるための勉強ばかりに明け暮れていたので、同年代の誰かと関わる機会などほとんどなかったからだ。

 

 ――――――キャット達が城へやってきた時、本当は嬉しかった。ロジャーとジュリアは年上だったし、それまであまり会わせてもらえなかったから。でもグウェンドリンはあんな性格だったし、同い年だったキャットは――――――――

 

 そこまで考えて、ダリアは頭を振った。嫌なことまで思い出してしまいそうだった。最近は考える頻度も減ってきていたのに。

 

「もう、トゥリリが変なこと言うから、嫌なことまで思い出しちゃったじゃない!明日から期末試験なのに、眠れなくなったらどうするのよ!」

 

『――――えぇぇ、そんなに変なこと、言ったかなぁ・・・』

 

 理不尽な言いがかりに、トゥリリは納得できない、とでも言いたげに小さく鳴いた。

 

 

 

 試験当日は、うだるような暑さだった。筆記試験が行われた大教室に、全ての寮の一年生150名程度が押し込められ、それがまたじめじめとした蒸し暑さに拍車をかけていた。

 

 ダリアは汗だくになりながらも、危なげなく解答欄を埋めていき、時間内に余裕をもって終わらせることができたため、更に注釈なども付け加えていった。

 スリザリンの先輩に、試験の点数が100点満点以上になることがあると聞いていたからだ。

 授業を聞いていた中で思いついた魔法理論をつらつらと書き連ねていると、あっという間に時間が過ぎていった。理論的なことを考えるのは性に合っている。

 

 続く実技試験も、ダリアは完璧にこなしていった。

 それぞれの試験で出された指示を完璧にクリアした上で、ちょっとしたアレンジを加えて工夫を見せることで、試験官の教授たちは感心したようにニッコリしてくれた。

 

 

 

 最後の魔法史の試験が終わると、普段他寮の生徒たちの前ではクールぶっているスリザリン生達も、思わず歓喜の声を上げた。

 

「ううん、実技試験、少し失敗しちゃったかも―――私のパイナップル、タップダンスじゃなくて、ワルツを踊ってしまったのよ。」

 

「私の嗅ぎたばこ入れ、形は完璧だったんだけど、鼠色のままだったんだよね―――減点されると思う?」

 

 友人たちは試験の結果が心配でしょうがないようで、お互い不安を吐露しあっていた。

 そんな中、正直ダリアは「まぁ学年一位は私に違いないわよね。」と確信していたので、空気を読んで口を挟まなかった。

 

 

 その日の夕食は、どこの寮のテーブルも賑やかなものだった。

 ダリアの座っているスリザリンのテーブルの貴族たちも、試験の終わった解放感からか、テーブルマナーなどそっちのけで談笑しながら食事を楽しんでいた。

 普段は行儀が悪いとすっ飛んでくる監督生達ですら、彼らを咎めることはない。彼らの家からのプレッシャーは相当なものだったのだろう。

 

「ああ、試験が終わってやっと一息つける!もう参考書と一緒にベッドに入る日々が当分来ないと思うと、嬉しくてたまらない!」

 

「普段からきちんと勉強の習慣をつけてれば、そんな不摂生な生活しなくて済むんじゃないのか、パーキンソン。」

 

 大げさに身振りも加えて喜ぶパンジーに、近くに座っていたブレーズ・ザビニが茶々を入れた。

 それを聞きつけたダリアとダフネが、すぐさまザビニの耳を引っ張り、席を立たせて引っ張っていく。

 

「いってぇ!な、なんだよお前らいきなり!」

 

「バカね!パンジーはああやってドラコに慰めてもらおうとアピールしているのよ!余計な口を挟まないで!」

 

「そういうの察せないわけ?ほんと、男の子って幼稚なんだから。いいからあんたは邪魔しないでこっちで食べてなさいよ。」

 

 ホグワーツでもピカ一の美少女二人に挟まれどぎまぎするザビニを、二人は容赦なく離れた席へ追いやっていく。

 

 ダリアも女の子なので、他人の色恋沙汰で大騒ぎするのが大好きだった。ダフネもそれは同じようで、二人で嬉々としてパンジーの応援を楽しんでいた。

 ちなみにミリセントは他3人より達観していたので、生暖かい目で見ていることが多かった。

 

 ダリアとダフネが「静かに怒鳴る」という器用な方法でザビニを責め立てていると、大広間に入ってきたスネイプがこちらへ向かってくるのが見えた。

 この状況を見咎められると、明らかに詰め寄っている自分たちの方の分が悪いと思った女の子二人は、何食わぬ顔でザビニを解放し席に着こうとしたが、スネイプによってそれは阻まれた。

 

「ふむ――――――なにやらザビニと取り込み中だったように見えたが。違ったかね?」

 

「いいえ、スネイプ先生。大したことじゃないんです。ただ、後で今日の試験の答え合わせをしようと約束をしていただけなんです。」

 

 スネイプの問いに、ダフネが「誰かにひどい事をいうなんて、天地がひっくり返ってもできません」とでも言いたげな純真な少女の顔をして答えた。

 横でダリアも、「この先生はどうしてそんなことを聞いてくるのかしら?」というような顔で小首をかしげている。

 

 二人の無言の圧を受けたザビニも、「―――――その通りです、先生。」と重々しく答えざるを得なかった。

 

 その様子に、スネイプはしっかり刻み込まれた眉間の皺を更に深くしてため息をついたが、これ以上追求しても何も出てこないであろうことは分かっていたので、話題を変えた。

 

「まぁいい――――――モンターナ、夕食後、私の研究室に来なさい。大事な話がある。」

 

 予想外だったダリアは、演技でなく目を見開いた。

 スネイプが去って行った後、ダフネが不安げにダリアに声をかけた。

 

「スネイプ先生、一体なんのお話なのかしら――――まさかザビニを脅していた程度のことで呼び出しなんてないと思うし―――――試験のことで何かあったのかしら?あなたって意外と爪が甘いところがあるし・・・」

 

「え、まさかぁ。私、試験なら学年一位の自信しかないわよ……」

 

「――――――お前、そういう所だぞモンターナ。」

 

 近くで聞いていたザビニが、げんなりしたようにぼやいた。

 



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疑われたスリザリン生

「スネイプ先生、失礼します。モンターナです。」

 

「―――――――入りたまえ。」

 

 夕食を食べ終わったダリアは、スリザリン寮の入り口近くのスネイプの研究室を訪ねていた。

 魔法薬学の教室に隣接した研究室は、教授の私室も兼ねているようで、奥には寝室があるらしいという話をスリザリンの先輩から聞いたことがある。

 

 始めて入室したダリアが物珍し気に壁の素材をぼんやり眺めながら歩いていると、スネイプが咎めるように咳ばらいをしたので、慌てて椅子に腰かけた。

 

「―――――もう夜も遅い。ノンカフェインのコーヒーでかまわんかね?」

 

「はぁ。おかまいなく。」

 

 用意された飲み物に口をつける。途端、精神に干渉する何らかの存在を感知したダリアは慌てて気を引き締めた。

 飲み物の中に、自白剤のようなものが入っている。暢気に構えていたが、生徒に薬を盛るとは、何か相当のことをやらかしてしまったようだ。

 

 態度には出さないまま、ダリアは自身に防護魔法を何重にもかけた。これで、魔法薬の効果は出ないはずだ。

 

 ダリアが飲み物を確かに飲んだのを見届けて、スネイプは口を開いた。

 

「――――――用件の前に、まずは礼を言わせてもらおう。先日の、マルフォイの罰則の件についてだ。」

 

「―――――ああ!そのこと!」

 

 試験で忙しくて、割と記憶のかなたへ飛んでしまっていた。

 ―――――そういえば、大きな問題がまだ一つ残っていたのだった。

 

「パーキンソンが言うには、君がドラコの状態を正確に知らせてくれたおかげで、最悪の事態を免れたという。――――実際、彼女からの訴えが無ければ、我々がマルフォイの状況に気が付くこともなく、取り返しのつかないことになっていた可能性がある。スリザリンの寮監として、まずは礼を言わせてほしい。」

 

「あ、はい、どうも―――――」

 

 スネイプがいつもの仏頂面のまま頭を下げる(!)ので、ダリアも思わず頭を下げ返した。スネイプはそのまま頭を上げると、おそらくはこちらが本題だろうことについての話を切り出した。

 

「そのうえで、ぜひとも聞かせてほしいことがある。――――――君はどうやって、寮から一歩も出ることなく、ドラコが禁じられた森に置き去りにされていることに気付いたのかね?」

 

 やっぱりそこか、とダリアは思った。あの時は思わず「魔法」を使ってしまったが、この世界においては存在を周知されていない未知の力だ。

 部屋から一歩も出ることなく、距離の離れた場所の様子を探るなど、通常であれば考え難い事象である。

 

 しかし、後からその事に思い至ったダリアは、もし怪しまれたときどう答えるかを一応考えてはいた。

 

「―――――先生、幽体離脱ってご存知ですか?」

 

 ダリアは慎重に言葉を探して話す振りをしながら、嘘八百を並べ立て始めた。

 

 私、昔から意識が体の外へ出やすい体質なんです。疲れた時とか眠たいとき、ふと気が付くと自分の体を見下ろしていることが時々あって。

 いつから―――――いえ、物心ついたときにはもうその記憶があります。おそらく、幼い頃虚弱体質だった(という設定になっている)私は、肉体と精神の結びつきが、人より弱かったのだと思います。

 数回繰り返すうちに、自分の意志で幽体離脱をすることができるようになっていました。もちろん、毎回必ず成功するわけでは無いのですが。

 とても疲れますし、幽体離脱している間は肉体が無防備になってしまうので、あまりすることは無かったのですが、あの夜は別です。

 同室のパンジーがドラコをかわいそうなほど心配していたので、見かねて――――

 ―――はい、とても危険でした。ですが、やってよかったと思っています。おかげでドラコは軽いけがで済んだので。

 

「その後、ドラコが置き去りにされていると知ったパンジーがこの研究室に駆け込み、先生方の知るところになったのです。」

 

 スネイプはダリアの話を難しい顔で静かに聞いていた。疑わしいところがないか探っていたのだろう。

 しかしダリアが話終わると、少し間を置いた後、短いため息をついた。

 

「―――――ふむ。なるほどな。幽体離脱は既に何例か確認済みの現象だ。自分でコントロールできるという例があってもおかしくは無いのかもしれない。」

 

 どうやらダリアの話に怪しいところはないと判断したようだった。

 ダリアはこの疑り深そうな大人を騙しきった自分の演技力に酔いしれていた。

 開心術までは使わなかったので、おそらく元々「怪しいから一応確認しておこう。」程度の疑惑だったのだろうか、スネイプはすぐに話題を変えてきた。

 

「さて、前置きはここまでにして、本題に入らせていただこう。――――試験についての話だ。」

 

「え―――――ま、まさか、何か重大なミスでもしてしまったんですか、私!?自分では、学年一位は間違いないと思っていたんですけれど。」

 

 本当に先ほどの話が前置きだったとは思っていなかったうえに、予想外の話題を振られたダリアは目に見えて動揺した。

 先ほどダフネに言われた言葉が蘇る。「ダリアは意外と爪が甘いから・・・」

 本当に何かとんでもないミスをしでかしてしまったのだろうか。

 

 ダリアの心配をよそに、スネイプは淡々と言葉を続ける。しかし表情はどことなく嬉しそうにも見えた。

 

「その心配は無用――――――予想通り、君は学年一位の成績だった、モンターナ。全ての教科で、君は100点満点以上の好成績を叩き出した。ホグワーツ始まって以来の秀才だと、教授たちは口々に噂している。」

 

 やりすぎたのかもしれない。とダリアは思った。そこまで点数が伸びるとは想像していなかった。

 自分の寮の生徒から、歴史に残るような秀才が出たとなれば、スネイプの機嫌のよさも頷ける。冷徹なように見えて、彼は露骨なスリザリン贔屓なのだ。

 

「今回呼び出したのは他でもない。君が魔法薬学の筆記試験で付けた注釈についてのことだ。」

 

「注釈って、私が点数稼ぎで付けたしてたメモ書きのことですか?」

 

「左様――――――その注釈のいくつかに、学界ではまだ発見されていない、新しい魔法理論に関するものがあったのだ。そのことについて、論文を書いてみる気はないかね?」

 

 スネイプの話では、ダリアがツラツラ試験の余った時間で書き連ねた注釈のうち、「魔法薬の材料に魔法をかけることで、薬の効果がより強力になったり、薬を作成する時間の短縮ができたりするのではないか」という仮説が、論文として発表できる可能性が高いという。

 

 何やら、魔法薬は繊細なもので、少しでも手を加えると効果が変わってしまうことから、今までは材料に魔法をかけることは避けられていたことらしい。

 それをあえて「魔法をかけて効果を変える」とした点が、評価されているらしい。

 

「説が立証されれば、特許を取得し、収入を得られる可能性もある。前向きに検討してくれたまえ。」

 

「はぁ、考えてみます。」

 

 スネイプの話は正直魅力的だった。家出娘であるダリアにはお金の余裕がそうあるわけでもなく、小遣い稼ぎの手段があるに越したことはない。

 しかし論文を発表するほど有名になってしまえば、何かの拍子に居場所を知られてしまうとも限らない。

 

 ―――――論文や特許が匿名で発行できるかどうか調べてから、考えてみよう。

 ダリアはそう思い、スネイプに退室の挨拶をすると、寮へと帰って行った。

 

 

 

 ダリアが出ていったドアをみつめ、スネイプは再びため息をついた。すぐさま自身の記憶を取り出し、小瓶の中に保存した。

 

 ―――――――これを校長に見せれば、ひとまず彼女への疑いも晴れるだろう。

 

 ダリアは勘違いしていたが、実際彼女への疑いは軽いものではなかった。

 真実薬の生徒への使用は固く禁じられている。その禁を破ってまでスネイプに薬を使用させたのは、ひとえにダンブルドアからの指示によるものだった。

 

 ホグワーツの歴史に名を刻む秀才で、名家出身の貴族たちと懇意な、スリザリン出身の生徒。

 知る人が聞けば、とある人物を思い起こすであろう要素が、偶然にも揃っていた。

 

 ダンブルドアは、そんな要素を持つ彼女が見せた特異性に、「将来彼と同じように悪の心に目覚める可能性」を感じ取ったのだという。

 

「――――――。」

 

 なんとも遣り切れないことだ、とスネイプは思った。例えば彼女がスリザリン以外の寮――――例えばグリフィンドール、またはレイブンクロー、ハッフルパフでもいいかもしれない。――――であったとしたら、このような疑いは持たれることは無かっただろう。

 

 学生時代スリザリン寮出身であったスネイプも、自寮に対するある種の偏見ともいえる風潮は、肌で感じ取っていた。

 その偏見は現在もしぶとく残り続け、しかも偏見を持っている側には自覚すら持たない者が多い。

 

 

 闇の帝王が斃れ、長い年月が経ったにもかかわらず、スリザリンという寮にこびりついているレッテル。

 

 ―――――闇の帝王がまだ存在していると世間に周知されてしまえば、そのレッテルはより強固なものとなってしまうだろう。

 

 スネイプは自身が命をかけてやり遂げなければならない使命を思い出し、「彼」のたくらみを阻止すべく重い腰を上げた。

 

 

 

 ハリー・ポッターとその仲間たちが、ホグワーツに混乱を巻き起こそうとしていたというクィレルを斃し、闇の勢力のたくらみを阻んだという噂が学校中に広まったのは、その次の日のことだった。

 



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寮杯の行方、そして帰省

 試験が終わってからの一週間は、ホグワーツ中がハリー・ポッターの噂で持ち切りだった。

 

 曰く、「例のあの人」のしもべだったクィレルが、「あの人」を復活させようと企んでいただとか。

 曰く、ハリー・ポッターがその友人たちとそれを阻止しただとか。

 

 その他にも、実はクィレルが「例のあの人」本人だったとか、クィレルは「あの人」に歯向かって殺されたとか、真偽のほどが分からない噂がたくさん流れた。

 

 スリザリン寮内でもそれは同じであり、憎きポッターが話題の中心になっていることが気に入らないドラコは、終始不機嫌だった。

 

 クディッチの試合の時にクィレルが見せた不審な動きを、色々なことがあったせいですっかり忘れていたダリアは、その噂を聞いてから「そういえばそんなこともあったな。」と思い出していた。

 

「別にどうだっていいじゃない、ポッターのことなんて。所詮根拠のない噂でしょ?そんなにカリカリしなくってもいいと思うのだけれど。」

 

 ダリアは談話室のソファに腰を下ろしてトゥリリのブラッシングをしながら、イライラが止まらない様子のドラコを眺めてポツリと呟いた。

 スリザリン寮は地下にあるので、この時期になるとひんやりとしてとても過ごしやすい室温になっており、ダリアはよく窓際一番涼し気な場所のソファを陣取ってくつろいでいた。

 隣で同じようにぼんやりとドラコを眺めていたノットも、だるそうに口を開く。

 

「あいつは基本的に目立ちたがり屋だからな――――自分以外の人間が、しかも大嫌いなポッターが学校中の噂になっている状況が嬉しいはずがないさ。」

 

「え、そうだったの!?じゃあ私もそのうちドラコに睨まれちゃうじゃない。ホグワーツ始まって以来の秀才って学校中で噂されちゃうかもしれないし・・・」

 

「お前もたいがい、自意識過剰だよな――――――そういうのは思ってても口に出さない方がいいと思うぞ。」

 

 ダリアの言葉に呆れながらも、割と真摯に忠告してくれるノットに、膝の上のトゥリリが『よくぞ言ってくれた』と言うように小さく鳴いた。

 

「そういや噂ついでに、お前論文の件はどうなったんだ?結局書くことにしたのかよ?」

 

「あー、まだ悩み中なのよね、お金が発生する以上、匿名って難しいらしいし。」

 

 スネイプに論文の執筆を持ちかけられてから、ダリアは親しい友人たちにそのことについて相談(自慢)していた。

 友人たちは純粋に驚き喜んでくれた(トゥリリは『意外とあの人たち、すっごく性格いいよね』と有り難がっていた)が、ダリアの持つ悩みについては未だに疑問を抱えているようだった。

 

「そこがわからないんだよな――――ドラコじゃないけど、お前だって目立つことが嫌いなタイプじゃないと思ってたんだが。」

 

『さすがによく見てる。』とトゥリリが目線を上に上げてノットを見た。

 ノットの指摘は正しく、ダリアは自分が注目されて称賛を受けることが大好きな女の子だった。幼い頃からそうした扱いを受けてきたため、その美味しさが癖になっていた。

 

 それ故ダリアの性格が鼻持ちならないものになってしまったのだが、貴族世界ではこのような見栄っ張りの女の子は珍しくないらしく、そこそこ受け入れられているので幸運だったとトゥリリは考えている。

 

「まぁ、色々あるのよ、私にも。だからしばらくは様子見なの。スネイプ先生にもそう説明したわ。残念がっていらっしゃったけど。」

 

 トゥリリのブラッシングを終え、伸びをしたダリアだったが、突然響いた大きな声に思わず身をすくませた。

 まだ機嫌の悪いドラコが、マグル生まれの生徒に八つ当たりで怒鳴り散らしているらしい。

 

 その様子に二人して思わず眉をしかめたが、ノットはすぐに気を取り直した。

 

「―――――まぁ、今はあんなでもすぐ機嫌も直ると思うぜ。なんて言っても今日は年度末パーティーだからな。7連続目のスリザリンの優勝となれば、ポッターの噂なんかにかまっている余裕は無くなるはずだよ。」

 

 そう言ってノットは笑っていたが、その希望は数時間後、最悪の形で反転することになった。

 

 

 

 

 グリフィンドールの大逆転が決定し、大広間が歓声で埋め尽くされる中、スリザリンのテーブルで笑顔を浮かべているものは誰一人としていなかった。

 

 それもそのはずだ。栄光を手にした瞬間、見計らったかのようなタイミングで、突如それを失ったのだ。誰もが「信じられない。」という表情で、茫然としている。

 

 ―――――――なんなの、これは。

 

 ダリアもその他のスリザリン生と同じように、茫然と広間の狂乱を聞いていた。

 最下位から一転し、寮杯を獲得したグリフィンドールはもちろんのこと、レイブンクローや、入れ替わりで最下位になってしまったハッフルパフでさえ、痛快な逆転劇に拍手喝采し、ショックで真黙しているスリザリンを指さして笑いをこらえきれない、というように顔を歪ませている。

 

 ――――――なによ、それ。私たちは自分の力で寮杯を獲得するはずだったのよ。一人一人が寮杯を取るために努力して、それで積み重ねて手に入れた順当な結果だったのよ。

 

 ――――――それをどうして、実力で勝つことができなかった人たちに笑われなきゃいけないの?どうしてこんな形で努力を踏みにじられなきゃいけないの?

 

 視界の端で、ハリー・ポッターとその友人たちがこちらを見て笑っている。

 日ごろからスリザリンに何かされるのではないかと怯えていたハッフルパフ生が笑っている。

 長年二位に甘んじていたレイブンクローがスリザリンの鼻を明かしてやったと笑っている。

 誰もかれもが、スリザリンの惨めな敗北を見て笑っている。

 

 その様子を、この惨劇を引き起こしたダンブルドアが穏やかな表情で見つめている。

 

 ―――――――こんなの、ぜったいに間違ってる。

 

 ダリアは掌に爪が食い込むほどこぶしを握り締めながら、強くそう思った。

 

 

 

 それからしばらくの間、スリザリンにはお通夜のような空気が蔓延っていたが、更に追い打ちをかけるように、試験の結果が帰ってきた。

 

 予想外の成績に悲鳴を上げる気力さえ無い生徒がほとんどだったが、ダリアの周囲だけは湿った空気を一時忘れ、ちょっとした騒ぎになっていた。

 

「うわ、マジで学年一位じゃん――――つーか何この二位との点差。えぐすぎない?」

 

 ミリセントがダリアの成績表をのぞき込んで、怯えたように言った。

 ダリアは鼻高々で、ソファの上ふんぞり返って座っている。

 

「確かにあんた、自分で学年一位だとしか思えないって言ってたけど――――これだけの点数取ってるなら納得よねぇ。」

 

「ほんとにね。――――というか、どうやったら魔法薬学で100点満点中248点なんて点数が取れるのかしら?やっぱり例の注釈が良かったのかしら?」

 

 パンジーとダフネも、ダリアの常識外れの高得点に、若干引いた様子でぶつぶつ言っていた。

 

 スリザリンの中から、ぶっちぎりの学年首位が出た喜びと、憎きグリフィンドールのある女子生徒に一泡吹かせてやったという満足感からか、それなりに寮杯ショックによってもたらされた重たい空気は改善されつつあった。

 

 

 試験結果が返却されると、すぐに夏休みがやってきた。

 ダリア達も別れを惜しむ暇もなく、必死で旅行鞄に荷物を詰め込み、ホグワーツ城を後にした。

 

 クリスマス休暇と同じように、ダリア達女の子4人はコンパートメントの一つを貸し切って、ペチャクチャとおしゃべりに興じていた。

 

「ああ、やっと忌々しいホグワーツから出ることができたわ!これから数か月間グリフィンドールの連中の得意げな顔を見なくて済むと思うと、せいせいする!」

 

「ちょっとパンジー、声が大きいって――――――でもまぁ、私も概ね同じ意見だよ。どこの寮の連中も、私たちがスリザリンって分かると、すぐにニヤニヤ笑いをしてくるのにはもううんざり。嫌になっちゃう。」

 

 パンジーとミリセントが口々に文句を言っている。よっぽど年末の逆転劇が堪えているらしく、語っても語っても愚痴は尽きないようだった。

 

 一方ダリアとダフネは、全員の予定表を見合わせながら、夏休みの予定について話し合っていた。

 

「8月のこの週は―――――あ、ダメだわ。家族旅行が入ってる。」

 

「じゃあこの週は?―――――今度はパンジーが旅行中じゃない!中々予定が合わないものね。」

 

 夏休みのどこかで、4人でどこかへ遊びに行こう、という話になったのだが、ダリア以外は全員海外旅行行くということで、中々全員が揃う日が無い。

 

 色々と照らし合わせた結果、遠出するのは難しいという結論が出たので、「グリーングラス邸に数日お泊りをする」という妥協案が採用されることになった。

 

「ダフネの家にお泊りってことは、水着も持って行ったほうがいいわよね。」

 

「えっ!プールがあるの?どうしよう、私泳げないんだけど。」

 

「あんた、運動苦手だもんね・・・これを機に練習したらどう?」

 

 ミリセントの提案に、途端にしかめ面になったダリアを見て、3人は笑った。

 

「大丈夫よ。そんな深いプールじゃないし、浮き輪だって用意しておくわ。」

 

「―――――なら、いいわ。」

 

 やがて特急はキングスクロス駅に到着し、4人はしばしの別れを惜しみながら、それぞれの家族の元へ帰って行った。

 

 

 

「ダリア!こっちよ!」

 

 駅のホームでは、ディゴリー夫妻が手を振ってダリアを迎えてくれた。セドリックはもう既に合流していたようだった。

 

 クリスマスの一件以来、どこかセドリックに対してどこか気まずいダリアは、上手いこと目を合わせないようにしながら彼らの近くへ駆け寄った。

 

「おお、ダリアや!今朝がたホグワーツから手紙が届いて、驚いたぞ!学期末試験でぶっちぎりの首位だったそうじゃないか!――――さすがは私たちの姪っ子だ!すばらしい!」

 

「エイモス!」

 

 エイモスはダリアが声をかけるなり喜びの声を上げ、すぐさま頭上に抱き上げて振り回し始めた。

 なすすべなくヘリコプターのように回転するダリアに、サラが悲鳴を上げて夫を静止した。

 

 地上に降りたダリアは、目を回していたが、サラに優しく抱きしめられて、頬を赤く染めた。

 

 ホグワーツでのスリザリンへの風当たりの強さを身をもって実感した今、スリザリン寮へ組み分けされた自分に態度を変えることの無かった夫妻のありがたさが改めて身に染みた。

 

 ひとしきり再会を喜んだ後、一家はホグワーツであった大事件など色々なことを話しながら、ディゴリー家へ戻って行った。

 

 ダリアとセドリックもあたりさわりのないような言葉を交わしはしたものの、視線が合うことは一度もなかった。

 



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秘密の部屋 夏季休暇

秘密の部屋は、ダリアが割と散々な目に合います。


 イギリスのボウブリッジの町の近郊には、世界を股にかける大魔法使い、クレストマンシーの住まう城が存在する。

 

 クレストマンシーとは役職の名前であり、この役職に就いた者は、いくつも存在する平行世界の各々を監視し、魔法に関連した事件を解決するという重大な使命を負わなければならない。

 

 当然、力の強い大魔法使い―――――それもとびきり特殊な「体のつくり」をしている――――でないと、クレストマンシーを襲名することは出来ない。それほどまでに責任のある重要な役職だ。

 

 それ故、今代のクレストマンシーは、自身の後継者となる子供を、長いことずっと探していたらしい。

 

 しかし、彼は探し求めていた「特殊なつくり」をした子供を、長い間見つけることができなかったのだ。

 

 もしかすると、何かとんでもないトラブルに巻き込まれて、既に命運尽き果てこの世に存在しないのかもしれない――――そう考えたクレストマンシーは世界中から才能ある魔法使いの子供を探し出し、とりあえずの後継者候補として、魔法の訓練を施した。

 

 ダリアはその探し出された子供たちの中でも、飛びぬけてつよい力を持った子供だった。

 クレストマンシー城での訓練はとても厳しく、他に集められた子供たちが次々と家に帰されていく中、気付けばダリアが最後の一人になっていた。

 

 つまり、次代のクレストマンシーはほぼ内定していたようなものだった。

 

 

 

 それからダリアは更に厳しい訓練に明け暮れることになった。

 何しろ、元がクレストマンシーたる大魔法使いの器には及ばないのだ。いくら訓練しても、その差は簡単に埋められるものではない。

 

 無責任な「偉い人」たちに、「格不足」と揶揄されようとも、ダリアは一生懸命努力した。

 城の人たちはダリアに優しかったし、家族の期待を裏切るのが怖かったし、なにより、クレストマンシーを尊敬していたので、彼に恥ずかしくない後継者になりたかったからだ。

 

 苦手だった「魔法」も何とかそれなりに使えるようになり、ひとまず「クレストマンシーの後継者」として及第点を貰えるようになった矢先のことだった。

 

 

 クレストマンシーたる条件である、「9つの命」を持った少年が、ようやく見つかったのだ。

 

 

 

 

「―――――私を後継者候補から外すって、今言ったの?」

「そう聞こえなかったかね?」

 

 幾度となく足を踏み入れたクレストマンシーの仕事部屋で、ダリアは茫然と立ち尽くしていた。

 目の前に立っているクレストマンシーは、いつもと変わらない様子で、関連世界全ての新聞を読んでいる。

 おそらく世界情勢のチェックをしているのだろう。何か異変があれば、彼はその世界に飛んで行って、その原因を調査しなければならない。

 

 

 そんなことは分かるのに、彼がたった今告げた言葉は、全く頭に入ってこなかった。

 

「――――分かっていたことだろう?クレストマンシーを継ぐ条件は、「9つの命を持った」大魔法使いであることだ。その条件を満たしたキャットが見つかった以上、君をこのまま後継者候補に縛り付けておく理由は無い。」

「―――――――――っ」

 

 

 クレストマンシーの言う通り、ダリアにも分かっていたことだった。

 あくまでダリアは、正当な後継者が見つからなかった場合の保険だ。条件だって十分に満たしていないし、力だって「本物」には遠く及ばない。

 キャットが現れてしまった以上、わざわざ「格不足」のダリアを後継者に据えておく必要性は全くない。

 

 頭では理解できたが、ダリアの幼い心はそれをすんなり受け入れることなど出来なかった。

 

「で、でも!そんなの急に言われても、どうすればいいのかわかんないよ!今までクレストマンシーになるためにいっぱい訓練してきたし、それでちょっとは魔法も上手になったんだよ?―――――これからもっと勉強頑張るから、だからお願い、クレストマンシー!」

 

「――――ダリア。」

 

 クレストマンシーが静かにダリアの名前を呼んだ。いつの間にか彼は新聞を閉じて、きらきらした黒い瞳でダリアを見つめている。

 必死で言葉を連ねていたダリアは、その目を見た途端体を動かすことが出来なくなってしまった。

 魔法をかけられているわけではない。その目が持つ強い意志に、圧倒されてしまったのだ。

 

 クレストマンシーはゆっくりと立ち上がり、ピクリとも動くことのできないダリアの前までやってくる。

 窓からの逆光で、彼の表情は伺うことは出来ない。背の高さも相まって、ダリアには目の前のクレストマンシーが黒い壁のように感じられた。

 

 

「ダリア――――――クレストマンシーが危険な仕事なのは知っているだろう。」

 

 何年もここで暮らして、彼の仕事ぶりを見てきたのだから、知らないはずがない。

 様々な世界のトラブルを解決するのだ。その分たくさんの恨みを買い、報復を受けることも少なくはない。

 実際ダリアも、一度その報復に巻き込まれ、危険な目にあったことがあった。

 

 ――――だからダリアだって、そんなことは承知の上だった。

 

 危険だと理解した上で、ダリアはクレストマンシーになりたかったのだ。

 

 

 

「危険だから―――――――力の及ばない私には、無理だっていうの?」

「――――――――、―――――――――そうだ。だから君が無理して、わざわざ危険な目に合う必要はもう無いんだ。」

 

 クレストマンシーはいくらか言葉を迷ったようだったが、最終的にダリアの言葉を肯定した。

 その一言が、ダリアの胃の中にズンと深く沈み込んだ。

 

 

 クレストマンシー城での、今までが蘇ってくる。

「魔法」が上手く使えなくて落ち込んだ日、初めて成功して嬉しかったあの日。

 城を訪れた偉い人達の「こんな型落ちでクレストマンシーが務まるのか?」という陰口を聞いて、こっそり泣いた夜。

「偉い人」を見返してやろうと、寝る間も惜しんで訓練にのめり込んだ。

 

 ――――全て、自分の才能を見出してくれたクレストマンシーの期待に、応えたいがためだった。

 

 だがそれらの努力は、全て無駄になってしまった。

 

 ダリアは果てしない絶望を感じていた。怒りとも悲しみともとれるその感情がうねりを上げて行き場を探している。

 

「キャットが、キャットなんかが来なかったらよかったのに―――――」

「ダリア!!」

 

 怒りの矛先がキャットへ向かおうとすると、クレストマンシーはダリアを鋭く叱責した。

 

「言っておくが、キャットに当たったら承知しないぞ。彼は短い間に色々なことがあったせいで、今とても不安定な状態だ。君がショックを受けるのは分かるが――――――」

「うるさいっっ!!!!!!!」

 

 ダリアはクレストマンシーの言葉を遮って、のどが壊れるほどの大きな声で怒鳴った。

 幼い頃から憧れ、尊敬してきた彼に、こんな態度を取るのは初めてだったので、クレストマンシーも目を見開いてダリアを見つめている。

 そんなことも気にならないほど、ダリアは大きなショックを受けていた。

 

「私だって!短い間に色んなことがありすぎて、わけわかんないよ!今までずっと、格不足だって言われ続けて、それでも私にしかできないからって必死で頑張ってきたのに!――――それを今度は、突然なかったことにしろなんて、無理に決まってるじゃない!!」

「ダリア、それは違う。私は君の―――――――待ちなさい!」

「私は絶対、認めないんだから!!!!」

 

 ダリアは激情のまま、クレストマンシーの静止も無視し、書斎をロケットみたいなスピードで飛び出した。

 

 

 ダリアが家出したのは、それからおよそ一年と少し経った初夏のことだった。

 

 

 

 

 ―――――ずいぶんと懐かしい夢を見たなあ。

 

 目を開けたダリアは、そのまましばらくじっと天井を見つめた。

 視界の端で、トゥリリがダリアの頬をペロペロと舐めていた。

 

『あ、起きた。大丈夫?うなされてたよぉ。』

「うん―――――大丈夫。ありがと。」

 

 ダリアはトゥリリを顔の上から下ろし、大きなふかふかのベッドの上に体を起こした。

 ここはグリーングラス邸にある客室の一つである。

 学年末の約束通り、ダリアは友人たちと一緒にダフネの家に泊りがけで遊びに来ていたのだ。

 

 グリーングラス家は聖28一族の一端を担っているが、マルフォイ家ほど熱烈な純血主義を掲げている家ではない。

 ダフネが女の子ということも相まって、ダリアはエイモスから、前回より長い期間のお泊りの許可を出してもらっていた。

 

『どうしたの?何か怖い夢でも見たの?』

「うーん、怖いっていうか。――――――まあ、私にとっては怖い夢なのかも。」

『なにそれぇ。』

 

 トゥリリは不思議そうに首をかしげている。

 ダリアはそんなトゥリリを見て曖昧に笑った。自分でも、まだあの時のことを「怖い」と思っているのかどうか、良く分かっていなかった。

 

 一度目覚めてしまったダリアは眠気が吹き飛んでしまったので、身支度を済ませてしまうことにした。

 今日は4人で、グリーングラス家のプールで水遊びをする予定だった。

 

 

 

 

 

 グリーングラス邸のプールは、庭の一番日当たりのいい場所にあった。

 この日は天気も良く、カラッとした爽快な暑さだったので、女の子達は水着に着替えるとすぐに歓声を上げてプールへ飛び込んだ。

 

 いつもは完璧に整えられた髪型が崩れるのを嫌うダフネも、親しい友人たちだけの空間ではそれも気にならなくなるようだ。

 頭の先まで冷たい水に潜り込んで、びしょぬれになって遊んでいた。

 

 途中、ダフネの妹のアステリアも加わり、ひとしきり泳いだり潜ったりした後は、それぞれ足を水につけたりプールサイドのデッキチェアに寝そべったりして、ゆったりと過ごすことになった。

 

 

 

 しかしダリアは、ゆったりした時間を過ごすことが許されなかった。

 

「ほらダリア、あとちょっとだ、頑張れ!」

「も、もう、ぶ、むり―――――し、しんじゃう!」

「何言ってんの!こんな浅いプールで死ぬわけないじゃんか!」

「ぶくぶく―――――」

 

 泳げないダリアのために、ミリセントがスイミングの教師役を(無理やり)かって出たのだ。

 無理やりプールに引っ張り込まれたダリアは、最初こそ、陸に上がろうともがいて抵抗していたが、大柄で力の強いミリセントからは逃げられないとすぐに観念した。

 今では大人しく(文句はずっとぶちぶち言っているが)、バタ足の練習に取り組んでいた。

 

「元気ねぇ―――――」

「ほんとにね。よくやるわ、ミリセントも。」

 

 一方ダフネとパンジーは、プールサイドで優雅に日光浴をしながら、スイミング教室の見学に興じることを決めたらしい。屋敷しもべ妖精に飲み物まで用意させ、デッキチェアに深く腰掛けてくつろいでいた。

 

 そんな姉とその友人に、アステリアがおずおずと近づいてきた。

 アステリアは、金髪に緑の目の、ダフネによく似た美少女だ。

 ダフネとは2つ年が離れているので、ホグワーツへの入学は来年まで待たなくてはならないが、純血の家同士昔から交流があったので、姉の友人たちとも前から顔見知りだった。

 

 ―――――今プールで溺れかけている一人を除いては。

 

「お姉さま、あの、ダリアさんとは、ホグワーツで仲良くなられたのですよね?」

「ええ。スリザリン寮で一緒の寝室になったの。―――まぁ変な子だけど、悪い人じゃないわよ。」

「わ、悪い人でないのは、さっきお話ししたので、わかりますけど―――」

 

 アステリアは、学校で姉がどの様に過ごしていたのか、興味があったようだ。

 

 いつもダフネがホグワーツに行っている間、この広いグリーングラス邸で一人で遊ぶしかないアステリアは、姉がずっと家にいてくれる夏季休暇の間中、ずっと姉にひっついて行動していた。

 

 今日のプール遊びも、姉がせっかく学校の友人たちと遊んでいるので最初は遠慮していたが、途中で我慢できずに仲間に入れてもらっていた。

 

 パンジーやミリセントなどは以前から顔見知りだったので、快く受け入れてもらえたが、初対面のダリアもそれなりに歓迎してくれたようで、水遊びの時には一緒に遊んでくれた。

 負けず嫌いのダリアは、アステリア相手でも大人げなく全力で水をかけていたので、ミリセントに頭をはたかれていたが。

 

 

 

「――――まあ、あの子もだいぶ変わったわよね。だって最初の頃のダリアって、なんかとっつきにくいっていうか。わざと壁を作ってたっていうか。性格悪かったし。」

 

 バシャバシャと大きい水しぶきを上げる割に全く前に進まないダリアの泳ぎを見ながら、パンジーがしみじみと呟いた。ダフネもその意見には同意できる。

 

 確かに入学したてのダリアには、刺々しい態度を取ることで、わざと周りの人間を遠ざけている節があったからだ。

「私はあなた達と違うのよ」と思うことで、何かから身を守ろうとしているようにも見えた。

 

 ダフネ達としても、そんな女の子にわざわざ自分から関わっていくつもりは無かったし、だからダリアはしばらくの間、スリザリン内でも浮いた存在だった。

 実際とても優秀で、スリザリン寮の得点に大きく貢献していたので、いじめられるまでは至っていなかったが。

 

 だが時間が経つにつれ、ダリアの棘は治まっていき、勉強について質問してもこちらを馬鹿にすることなく答えてくれるようになってきたのだ。

 

 あのハロウィーンの夜、思い切って話しかけてよかったとダフネは思い返す。だってあの時あの子の意外ないじらしさに気が付かなければ、今こうして4人で仲良く遊ぶなんてできなかっただろうから。

 ダフネ達はそれぞれダリアの存在に少なからず救われていた。

 

 ダリアは彼女たちが入学前から仲良し3人組だったと思っているようだが、実際はそんなことは無い。あくまで家同士の付き合いが先にあり、同年代の女子が彼女たちしか居なかったから自然とつるんでいただけだった。

 口にしたことは無いが、見えない壁のようなものは常にあった。

 

 しかしそこにダリアが加わったことで、色々な変化があった。

 貴族として肩肘を張る事に疲れていたダフネは、英国の魔法社交界とは全く関係の無いダリアが居ることで、体面を考えず気を抜くことができた。

 聖28一族にもかかわらず、暮らしぶりは庶民のそれとそう大差ない家に生まれたミリセントは、それ故いつも他の二人から一歩引いた態度を取っていた。そんな彼女も、魔法貴族とは関係ないダリアが居ることで、以前より自分を出しやすくなっていた。

 気の強いパンジーは、大人しめの二人の中で言いたいことが言えず悶々としていたが、今では同じように気の強いダリア相手に元気に言い合いが出来ている。

 

 なので3人は、決して口には出さないが、ダリアに少なからず感謝していた。

 ダリアは全く気付いて居ないだろうけれど。

 

 

 

 ミリセントのスイミング指導を終えたダリアが這う這うの体でプールサイドに上がってきた。

 

「この子ったら、泳ぎ全然ダメだよ。水には浮く癖に、全く前に進めないのよ。」

 

 ミリセントが困惑したように言っている。疲労困憊しているダリアは、何も反論できないようだ。

 勉強に関しては、「苦手なことなんて特にないんじゃないかしら?」と威張っているダリアだったが、運動に関しては本人も不得手であることを自認しているらしい。

 

 陸地の重力に逆らえず地面から立ち上がることのできないダリアを起こしながら、3人とアステリアは思わず笑ってしまった。

 



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ダイアゴン横丁にて

 グリーングラス邸で楽しい四日間を過ごし、ディゴリー家に帰ってきたダリアは、さっさと宿題を済ませると、部屋で呪文を作ったり、トゥリリと遊んだり、サラの料理を手伝ったり、学期末にスネイプ教授に言われた「論文」を意識してちょこっとそれらしきものを書いてみたりしながら引きこもり生活を送っていた。

 

 毎年ディゴリー家では家族旅行に行くことになっているようだが、ここ数年はエイモスの仕事が忙しく、中々休みが取れず旅行は見送りになっていた。

 

「ねえダリア、あなた、外に出なさすぎよ。さすがに体に悪いんじゃないかしら?ますます肌も白くなって、―――――一歩間違えれば病人に見えるほどよ。」

 

 あまりに引きこもるダリアを見かねて、サラが声をかけた。

 息子のセドリックが毎日庭でクィディッチの練習をしたり、友人と海水浴に出かけたりと活動的だった分、ダリアのダラダラが余計心配だったようだ。

 本気で心配そうな顔をしている。

 

 流石にこれを無視して引きこもりを続けるのは難しいと判断したダリアは重い腰を上げ、近所を散歩してくることにした。

 

 

 

「あつい、天気よすぎ、溶けちゃう―――――――」

『しっかりしなよ、まだ家から出て数分しかたってないよぉ。』

 

 家を出たはいいものの、真夏の厳しい日差しに、ダリアは数分で音を上げた。

 体力の無いダリアは、夏が最も苦手な季節だった。

 

 仕方なしにダリアは呪文で日差しと熱を遮りながら歩くことにした。口笛を吹きながら楽しそうに歩いている風に見えなくもないだろう。

 幾分か楽になったので、少し遠くまで散歩を続けていると、思わぬ人物に遭遇した。

 

 道の前方から、赤毛の集団が歩いてきた。近所に住むウィーズリー兄弟だ。

 あちらもダリアに気付いたようで、「嫌な奴に会った」とでも言いたげに顔をしかめている。

 

 ウィーズリー兄弟とは話したことは無いが、グリフィンドールとスリザリンなので、お互いにいい印象は持っていなかった。

 

 

 とは言えここで言い争いをするのも疲れるので、ダリアは無視をすることにした。口笛を吹きながらウィーズリーズの横を素早く通り抜ける。

 向こうも、口笛を止めることなく足早に歩くダリアを不審そうに見てはいたが、特に事を構える気はないようだ。

 

 完全に後ろ姿まで見えなくなったのを確認すると、ダリアはほっと溜息をついた。

 近所を散歩するとなれば、ホグワーツの生徒に出会う可能性があるということをすっかり忘れていた。やっぱり散歩はディゴリー家の周りだけで済ませた方が良かったかもしれない。

 

『あ~、冷や冷やした。何事も無くてよかったよ。』

「うん。今度から気をつけなきゃ。どんな言いがかりつけられるか分かんないもん。――――ところで、さっきウィーズリー達と一緒に居たのって、ハリー・ポッターだったわよね。」

 

 出来るだけそちらを見ないように通り過ぎたダリアだったが、しっかりグリフィンドールの英雄の姿は捉えていた。しかし人間の顔を見分けるのが苦手なトゥリリは首をかしげている。

 

『そうだったの?確かに黒い髪の毛だったけど、良く分かんなかったなぁ。』

「うーん、そう見えたんだけど。もしかしたら、ハリー・ポッターもこの村に住んでたのかもしれないわね。ますます遠出には気を付けなくっちゃ。」

 

 ダリアはハリー・ポッターにそんなに興味が無かったので、彼がマグルの家庭で生活していることも特に知らなかった。

 

 

 特に意味のない勘違いをした後も散歩を続け、それなりに疲れてきたダリアは、家に引き返すことにした。

 まだ散歩に出かけて時間はそう経っていないが、これだけ汗だくになっていれば、サラも「こんなに汗をかくなんて、ダリアはすごい運動したに違いない。」と思ってくれるだろう、と予想した。

 

 もちろんそんなことは無く、サラは「たったこれだけの時間でこんなに汗だくになってしまうなんて、運動不足なんじゃないのかしら。」と余計心配をかけることになった。

 

 

 

 夏休みも終わりに近づくと、ホグワーツから新学期に準備するもののリストが送られてきた。今年はダリアとセドリックの分が同時に送られてきたので、居間で二人同時に手紙を開け、中身を確認した。

 

「――――――――ギルデロイ・ロックハート?誰それ。」

 

 2年生から増える新しい教科は無いので、ダリアはそう買うものは無いだろうと予想していたのだが、闇の魔術に対する防衛術だけは別だった。

 去年まで教授を務めていたクィレルがポッターによって斃され、その席が空いていたからだ。

 

 当然教授によって指定する教科書は違うだろうが―――――ここまで同じ著者の本を何冊も教科書に指定することは中々ないような気がした。

 

「あら、ダリアもギルデロイ・ロックハートの本が教科書なの?新しい先生はロックハートのファンなのかしら。」

 

 サラが困惑したように言う。どうやらセドリックの手紙でも、ロックハートの本が教科書に指定されていたらしい。

 全学年で同じ本を指定するとは、かなりこのシリーズを信頼しているらしい。サラが家に何冊かあるというので、少し見せてもらった。

 

「――――――これって、教科書っていうより、小説じゃないの?」

「そうよね―――――この本で、一体何を教えるつもりなのかしら。」

 

 パラパラと見てみただけだが、本の内容はどれも似たり寄ったりのもので、主人公(ロックハート)が様々な魔法生物を相手に戦ったり交流したりするお話だった。

 小説としては面白そうだが、教科書として使うとなると疑問が残る。フィクションを凡例として授業で使うわけにはいかないだろう。

 

 ダリアはすっかりこの本を、作者を主人公に据えた創作物の類だと捉えていた。

 やっぱり小説としては中々面白そうだったので、夏休みの残りはロックハートの本を読んで過ごすことにした。

 

 

 

 

 やはりロックハートの本は面白かった。教科書としてはどうかと思うが、話の盛り上げ方などが上手く、早く続きが読みたいと思える構成になっている。

 夢中で読み進めているダリアを見て、サラがほほ笑んだ。

 

「ダリアも気に入ったのね。私も、小説として読むなら、ロックハートの本は好きなのよ。」

「うん。この人文才あるのね。面白いわ。」

 

 特にダリアは最新作「雪男とゆっくり1年」の、雪男との別れのシーンが気に入った。心理描写が巧みで、思わず主人公に共感して泣きそうになってしまった。

 

「おや、ダリアはロックハートのファンになったのかい?じゃあ、今週の水曜日に教科書を揃えに行くか。確かその日、ロックハートのサイン会が書店で行われているはずだ。」

 

 エイモスの提案にダリアは少し考え、頷いた。

 別に作者には興味ないが、主人公のモデルと考えれば会ってみたいかもしれない。

 

 セドリックは元々その日に友人とダイアゴン横丁で遊ぶ約束をしていたらしく、ついでに教科書を揃えることにしたようだった。

 

 セドリックは夏休みの間中、部屋に閉じこもって勉強するか、外へ遊びに行くかのどちらかで、ほとんど家には居付かなかった。

 ディゴリー夫妻は「男の子だから遊びたい盛り」とそこまで気にはしていないものの、それでもやはり心配はしているようだ。

 

 これほどあからさまに避けられると、夫妻も原因がダリアとの確執にあると気付いてきたようで、夜中に

「セドは繊細だからな。久しぶりに顔を合わせる年頃の男女が一緒の家に住むのを気にしているのかもしれないな。」

「たった二人のいとこ同士なんだから、お互い慣れてくれればいいのだけど――――時間が解決してくれることを祈りましょう。」

 と深刻そうに話し合っているのをダリアは聞いたことがある。

 

 自分のせいでディゴリー家の面々が深刻な悩みを抱えているので、ダリアはますます頭を抱えてしまった。

 セドリックと話し合おうにも、向こうはダリアを警戒しているのか、さりげなく二人きりになることを避けている節がある。

 

 ――――本当はダリアが出ていくのが一番いいというのは分かっているが、その決断はまだできないでいる。ダリアはディゴリー家での生活を、思いのほか気に入ってしまっていた。

 

 自分勝手なのはもう流石に分かっていたが、何とか色々なことが上手くいく方法が無いものか。

 ダリアの最近の悩みは、いろんな意味でセドリックについてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイン会が行われているフローリシュ・アンド・ブロッツ書店は大混雑していた。サインを貰うまでにどれだけ並べばいいのだろう。かなり時間がかかりそうなことだけは分かったので、ディゴリー家の面々は二手に分かれて行動することにした。

 

 ロックハートの本を読んだことのあるサラとダリアはこのままサイン会場に残り、セドリックとエイモスは新しいクィディッチ用品を買いに行く。

 

 二人と別れてサイン会の列に並んでいると、ダリアは意外な人物を見つけた。

 

「あれ?ミセス・マルフォイ?」

「まぁ、ダリア。あなたもロックハートのサイン会に来ていたのね。」

 

 このような人込みに居ることが全く想像できない、ドラコの母親のナルシッサ・マルフォイだった。

 どうやらロックハートのファンだったようで、たくさんの群衆に押されて疲れたような顔をしているが、手にはしっかり彼の著書を持っていた。

 お互いに思わぬ場所での偶然の再会だったので驚いていたが、ダリアが話していた人物に目を向けたサラが、またも驚くようなことを言った。

 

「あら!あなたナルシッサじゃない。覚えてるかしら?サラ・フォーリーよ。」

「――――――サラ!懐かしいわ、こんなところで出会うなんて!」

 

 どうやら二人は顔見知りのようだった。懐かしそうに学生時代の話をしている。

 ダリアは気になったので、サラの袖をくいくい引っ張った。

 

「おばさん、ミセス・マルフォイのことを知っているの?」

「知っているもなにも、ホグワーツ時代の同級生だったのよ。遠い親戚でもあったから、それなりにお話ししたことがあるの。」

 

 サラが純血一家の一員であるナルシッサと遠い親戚だというのは初めて聞くことだったので、ダリアは内心かなり驚いていた。

 ナルシッサも立て続けの思わぬ再会に驚いていたようだったが、すぐにダリアに穏やかな笑顔を向けてくれた。

 

「ダリアを一目で気に入った理由がわかったわ。――――リジーの娘なのね。」

「ええ。姉の忘れ形見なの。目や鼻のあたりがそっくりでしょう?」

 

 ダリアはドキッとした。リジーというのが、偶然にもダリアの本当の母親の愛称と同じ響きだったからだ。

 一瞬正体がばれてしまったのかとも思ったが、本当にサラの亡き姉はリジーという愛称で呼ばれていたようで、その後も「リジー」についての思い出話が続いていく。

 

「それにしても。」ダリアは前々から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「私と、その、『ママ』って、よく似ているんですか?前にもセドリックと鼻筋が似ているって言われたことがあるんだけど。」

 

 一年前ホグワーツ特急で居眠りをしていた時にも、セドリックの友人に「鼻筋が似ている」と言われたことをダリアは覚えていた。

 

 サラとナルシッサは少し驚いたような顔をした後、くすくすと笑った。

 

「そうね、顔立ち全体は似ていないかもしれないけれど、目と鼻はリジーにそっくりよ。」

「ええ。あの人もあなたみたいな綺麗な青い目をしていたわ。」

 

 似ている人物の娘に成りすましていたとは、ダリアはとても運がよかったらしい。

 顔立ちを見る限り、セドリックは母親似なので、ダリアが『リジー』に似ているのなら、セドリックとダリアが似ていることもありうるのかもしれなかった。

 

 その時、書店の奥の方から大きな歓声が上がった。店の扉から、ブロンドに白い歯の男性がもったいぶって登場している。ついにギルデロイ・ロックハートが出てきたのだろう。

 たちまち書店は黄色い声でいっぱいになった。

 

 意外と列は早く進み(ロックハートのサインのスピードはとても速かった)、ダリアとサラも教科書にサインしてもらうと、すぐに書店の外へ放り出された。

 ナルシッサともはぐれてしまったようだ。

 

 エイモスとセドリックに合流するため、待ち合わせ場所に向かう途中、サラがダリアにこっそり教えてくれた。

 

「私はエイモスと結婚するために家を出たから、彼女が誰と結婚したかまでは知らなかったのだけれど――――マルフォイ家に嫁いでいたのね。ルシウス氏はどうかわからないけれど、彼女は情の深い割にしっかりした女性だから。彼女がいるなら、マルフォイ家も大丈夫かもしれないわ。」

 

 確かに、か弱そうに見えて、意外と気が強そうだということは分かった。

 先ほどのサイン会で、ナルシッサは自分より大きな奥様方をかき分けて、ロックハートのサインを貰おうと頑張っている様子を見ると、そう思えた。

 

 

 

 無事待ち合わせ場所で落ち合うことが出来ると、セドリックはそのまま友人との待ち合わせ場所に、ディゴリー夫妻とダリアはディゴリー家に帰ることになった。

 クィディッチ用品を買いに行った二人はそう疲れていなかったが、人込みに押し合いへし合いされたサラとダリアは、思った以上に疲れていたからだ。

 

 しかし、煙突飛行を使うため漏れ鍋に向かっていると、またもや書店のあたりで騒ぎが起こっているようだった。

 人だかりで良く見えないが、どうやら喧嘩が起こっているらしい。怒声とともに、悲鳴のようなものも聞こえてくる。

 

「まあ嫌だ。こんなところで何かしら――――」

「うーん、ガード魔ンを呼ぶべきか――――ん?あれは――――アーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイじゃないか!」

 

 エイモスが殴り合いをしている人物に気が付き、驚きの声を上げた。まさか職場の知人が騒ぎの中心に居るとは思ってもいなかったらしい。

 確かに人垣の隙間から、背の高い赤毛と金髪の男性がもみ合っているのが見える。確かに一方は、去年のクリスマスで会ったルシウス・マルフォイのように見えた。

 

 エイモスは警備の方に連絡するか迷っていたようだったが、喧嘩はすぐに終わることになった。

 遠くからでも目立つホグワーツの森番が、二人を無理やり引き離したのだ。

 ルシウス氏はウィーズリー氏とハグリッドを睨むと、ドラコを伴って書店から去って行った。

 ナルシッサは居ないが、この騒動を知ったらしこたま怒られるんじゃないかな、とダリアは思った。おそらくダリアの予想は間違っていない。

 

 見物人は明らかにホッとした様子だったが、次の瞬間またぎょっとする羽目になった。

 ハグリッドが大きな声で、マルフォイ家への中傷を大きな声で言いだしたからだ。

 

「―――骨の髄まで腐っとる!家族全員がそうだとみんなが知っとる!マルフォイ家の奴らのいうことなんて、聞く価値がねえことだよ―――――」

 

 マルフォイ家といえば、闇の勢力の一部だったということは暗黙の了解として有名ではあったが、それでもなお魔法界の名家としてその名を知らぬものは居ない貴族だ。

 ハグリッドのように直接非難することを恐れる者も多かった。

 

 そのハグリッドのマルフォイ家への怨嗟を聞いたダリアは、思わず眉をしかめた。

 

「さすがにあれは言い過ぎじゃないのかな?マルフォイ家が闇の勢力だったっていうのは本当かもしれないけど、家族全員腐ってるって―――――ドラコは威張り屋だけど友達思いだし、ミセス・マルフォイだって優しそうな人だったよ。」

 

 ダリアの文句に、エイモスは困った顔をして答えた。

 

「まぁ、ハグリッドの言い方はあまり良いとは言えないかもしれんな。彼はまぁ、学生時代に色々――――本当に色々あったらしく、スリザリンへの敵愾心が特に強いんだ。気のいい奴なんだが、思い込んだら周りが見えなくなるみたいでな。」

 

 エイモスの言う通り、悪い人間でないのは分かるが、あの思い込みの強さと口の軽さは問題だとダリアは思った。

 父親への警戒からか、息子のドラコも同一視して警戒している様子だったからだ。

 

 去年の罰則に関するもやもやを思い出して、ダリアはまた嫌な気分になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ダリアがいつものように目覚ましで無理やり起床させられると(去年のクリスマスでノットが送ってきたもので、起きるまで持ち主にしか聞こえない嫌な音を出す)、とんでもないニュースが待っていた。

 

「『ギルデロイ・ロックハート、ホグワーツ闇の魔術に対する防衛術教授に就任』―――――え、うそ!?教授に??」

 

 日刊預言者新聞の一面いっぱいに、ロックハートの輝かしい笑顔と共にその見出しが躍っている。写真のロックハートは自慢するように何度もこちらへ向けてウインクしてきていた。

 

『嬉しくないの?ファンなんでしょ。』

「私は小説のファンであって、ロックハート自身のファンじゃないの!この人、文才はあるみたいだけど、教師としての資質はどうなのかな?自分の作品、それもフィクションを教科書に指定する時点で、ちょっと怪しいんだけど―――――」

 

 闇の魔術に対する防衛術は、去年もクィレルのつまらない授業だったので、今年こそはという思いがあった。

 しかし、この様子では、理想的な授業は望めない気がする―――――ダリアはそう思い、新学期の前から憂鬱な気分になった。

 



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新学期

 長かった夏休みも終わり、ついにホグワーツへ向かう日がやってきた。

 

 ディゴリー夫妻は寂しがってくれたが、ダリアはセドリックと顔を合わせるたびに息苦しさを感じていたので、内心少しホッとした。

 それはセドリックも同じだったようで、キングズクロス駅に向かう間中、どことなく嬉しそうだった。

 

 

 

「じゃあね、セド、ダリア。元気でね。」

「クリスマス休暇には帰ってくるんだぞ。」

 

 キングズクロス駅に着くと、去年と違って列車の近くではなく、駅のホームでお別れをした。

 セドリックもダリアも、それぞれ自分の友達と一緒のコンパートメントに乗る約束をしていたからだ。

 

 ダリアはサラとエイモスにお別れのキスをすると、手を振りながらトランクを引っ張り、ダフネ達の姿を探し始めた。

 

 

 

 

 

「よう、モンターナ。久しぶりだな。」

「―――ノット!久しぶり。うわ、なんでそんなに日焼けしてるの?」

「地中海に旅行に行ったんだ。毎日海で泳いだらこうなる。」

 

 ダフネ達を捜し歩いていると、ノットに出会った。一年の学期末には真っ白だった肌の色が心なしか濃くなっている。

 それになんだか背も高くなったようだ。前はダリアの目線の位置に肩があったのに、今では胸のあたりまでしか届かない。

 この一年であまり身長の伸びなかったダリアは、内心ムッとした。

 

 ノットと夏休み中の出来事などを話しながらダフネ達を探していると、列車の方から声をかけられた。見ると、窓からパンジーが手を振っていた。

 同じコンパートメントにダフネやミリセント、ドラコ達が居るのも見える。

 

「パンジー!もう列車に乗ってたんだ。」

「ええ。というかもう出発する時刻だもの。乗り遅れるんじゃないかって冷や冷やしたわ。」

「あなた達が一緒にいてくれてよかった。探す手間が省けたわ。もうすぐ出発するみたいだから、早く乗った方がいいわよ。」

 

 確かにいつの間にやらホームに残っている生徒は少なくなっていた。ダリアはノットに手伝ってもらいながら荷物を列車に上げ、友人たちが確保してくれたコンパートメントに向かった。

 

 そこは車両の端の大きめのコンパートメントだったが、さすがに8人も入るとなると少々手狭に感じられた。

 

「―――さすがにこの人数じゃきついわね。」

「―――――私思うんだけど、クラッブとゴイルは一人で二人分くらいの横幅があるじゃない。実質このコンパートメントには10人が乗ってるのと同じことだと思うの。」

「そんな分かりきったこと言ってあげないでよ、ダリア。」

 

 恨めしそうに巨体の二人を見つめるダリアの視線に、グラップとゴイルは居心地悪そうに身じろぎした。自分たちが規格外の大きさだという自覚はあるらしい。

 

 それからすぐに、ホグワーツ特急はキングズクロス駅を出発した。

 久しぶりに会ったスリザリンの友人たちは、夏休み中の思い出などを口々に語りながら、時間をつぶすことにした。

 どうやら夏休みのバカンスは、地中海の辺りが人気だったらしい。

 ダリアの生家はイタリアにあったが、幼い頃カプローナを離れたダリアは、地中海の記憶は薄かった。

 

 

 

 

 

 夏休みの思い出も話尽し、相槌を打つのに疲れてきたダリアがそれに気が付いたのは、ドラコがダイアゴン横丁でポッターとウィーズリーに出くわした話をしている時の事だった。

 

「――――まったく、あいつのでしゃばり癖にはうんざりだよ。書店に行くだけでやれポッター、写真を撮られてそれポッター、ちやほやされてさぞ満足だろうよ――――」

 

 明らかにポッターに嫉妬しているかのような言い方だったが、ドラコの隣に陣取っていたパンジーは、何度も頷きながら同意していた。

 

「ほんと、ドラコの言う通りよ!私が新聞でロックハートの記事を切り抜こうとしたら、どうしてもポッターの切れ端が写り込んでしまうの!ロックハートと一緒に写真を撮るなんて、なんて生意気なのかしら!」

「パンジー、あなたロックハートのファンだったのね・・・」

 

 ドラコとは微妙に怒りのポイントがずれているパンジーに、ダフネが呆れたように言った。

 面食いのパンジーらしく、しっかりロックハートのファンだったようだ。

 

 あまり興味がなかったので、ぼんやり車窓からの風景を眺めていたダリアは、ふと日が陰ったような気がして窓の外に目をやった。

 

 ――――一瞬だが、大きな影が見えた気がする。鳥だろうか?それにしては大きかったような。

 

 やはり気になって外をじっと見つめていると、今度こそ影の正体がはっきりと見えた。

 ダリアは窓にへばりついて叫んだ。

 

「車が飛んでるわ!!!!」

 

 影の正体は、空飛ぶ車だった。あまりに現実的でないので、見間違いかとも思ったが、何度見ても視線の先にあるものはおんぼろのマグル製の車だ。

 

 突然頓珍漢なことを言いだしたダリアに、いぶかし気な顔をしながらも視線を辿った友人たちも、ありえない飛行物体を目にし、驚愕の声を上げた。

 

 空飛ぶ車をよく見ようと、全員が窓際にぎゅうぎゅう集まってきた。(通路近くの窓際に座っていたダリアとノットはぺしゃんこになってしまうのではないかと思った。)

 

「信じられない!あれってマグルの車でしょう?あんなものが飛んでいるのがもしマグルに見つかったら大変なことになるわよ!」

「一体どこの馬鹿がこんな真似をしたんだ!飛ぶならもっと、マグルに見つからないように上を飛べよ!」

「あ、雲の中に消えるわよ!」

 

 しばらく低空飛行を続けた空飛ぶ車だったが、再び上昇すると、雲の中へ入っていき見えなくなってしまった。

 今見たものが信じられない彼らは、全員で顔を見合わせた。集団幻覚でも見たのかとも思ったが、このコンパートメント以外でも目撃されていたようで、車内はにわかに騒がしくなった。

 

「これは大変なことになったわね――――一体何が起こっていたのかしら。」

「日刊預言者新聞がきっと号外を出すわ。それで色々分かればいいんだけど。」

 

 

 

「――――おい、お前らいい加減窓から離れろ!モンターナが一番下でつぶれてるぞ!」

 

 茫然としていた彼らだったが、ノットの言葉に慌てて窓際を離れた。

 

「むぎゅう。」

「きゃあ!ダリア大丈夫!?しっかりして!」

「おい、椅子を空けろ!急いで横にさせるんだ!」

 

 ノットが必死に庇っていたようだが、7人分(実質2倍の二人を考慮すると9人分)の重さの下敷きになったダリアは、すっかり目を回してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアが目を覚ましたのは、ホグワーツの医務室のベッドの上だった。

 空飛ぶ車を見たことは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧だった。とてつもなく重いものに押しつぶされたような気がするのだが、なぜそうなったかまでははっきり覚えていない。

 

 とりあえずお腹がすいたダリアは、何か食べるものを貰おうとベッドから降りようとした。すると、見計らったかのようなタイミングで、マダム・ポンフリーが仕切りから顔をのぞかせた。

 

「ああモンターナ!気が付いたのですね、よかった。何が起こったのか覚えていますか?」

「あー、おはようございます、マダム・ポンフリー。すみません、正直何が何だか良く分かっていません。」

 

 仕方なしにそう答えると、マダム・ポンフリーは鼻息荒く答えた。

 

「ええそうでしょとも!子供とはいえ、7人もの人間の下敷きになったのです。ノットが支えていなければ、内臓が破裂していたっておかしくありませんでした!」

 

 そんなに深刻な状態だったとは思っても居なかったダリアは、少なからずショックを受けた。

 考えてみれは、クラッブとゴイルどちらか一人がのしかかっただけでも、子供一人ぺしゃんこにしそうな重量感がある。

 それにプラスして更に数人にのしかかられたというならば、命の危険があったというのも頷けた。

 後でノットにはめちゃくちゃお礼を言わなければ―――――クリスマスパーティーの夜に引き続き彼に借りが出来てしまったダリアは、そのことで嫌な気はしなかったものの、小さくため息をついた。

 

 ともあれ今は空腹を満たすのが先だ。大広間でのパーティーで食事にありつこうとしたダリアだったが、その前にマダム・ポンフリーが仁王立ちで立ちふさがった。

 

「行かせません。あなたは今日、ここに入院です。」

「―――――――ええっ、どうして!」

 

 ダリアはびっくりして叫んだが、マダム・ポンフリーは意見を覆す気は無いようで、小鼻を膨らませながらもう一度繰り返した。

 

「あなたはここに入院して、一晩様子を見ます!先ほども言いましたが、あなたは内臓破裂の可能性があったのですよ?食事など許すはずもありません!」

「そ、そんなぁ―――――」

 

 マダムの決意は固く、ダリアはその晩、楽しいパーティーとごちそうを思い、空腹に耐えながら夜を明かすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝、退院を許されたダリアは、今までで一番の早さで朝食に向かった。空腹で全く眠れなかったからだ。

 

 久々のホグワーツでの朝食(今日は時間に余裕があるので、オートミールではなくソーセージやらスクランブルエッグやらにした)をむさぼるように食べていると、ソロゾロと他の生徒達も起きだして大広間はたちまち混雑しだした。

 

「ああっ、ダリア!」

 

 鋭い悲鳴のような声で呼ばれたダリアが振り向くと、突然タックルされるような勢いで何者かに抱き着かれた。

 

「よかった、無事退院できたのね!私、ダリアが入院しなきゃいけなくなったって聞いてから心配で心配で――――――本当にごめんなさい!」

「もしゃもしゃ、もしゃ。」

 

 今にも泣き出さん、という風な様相のダフネだった。目の下にうっすらとクマが出来ている。

 本当に心配過ぎてよく眠れなかったようだ。

 ダリアはクロワッサンを口いっぱいに頬張りながら話そうとしたが、誰も理解できなかったようなので、口の中の物をミルクで流し込んでもう一度言った。

 

「ノットのおかげで死なずに済んだって言われた。助かったわ。」

「―――――そりゃどうも。」

 

 早めに借りを返したかったダリアは、開口一番そう言って満足気に息を吐いた。

 後から来たノットは呆れた様子だったが、ダフネは更に顔を歪ませた。

 

「――――死ぬかもしれなかっただなんて!そんなに重傷だったの!?」

「大丈夫だよ。きっと主にクラッブとゴイルのせいだから、ダフネは気にしなくていいと思う。」

 

 偶然この場に居なかった二人に全部責任を放り投げてダフネを適当に慰めると、ダリアは今度はフルーツに手を付け始めた。

 すぐにパンジーやミリセントもやってきて口々に謝られたが、食べるのに夢中だったダリアはフンフンおざなりに返事をするだけであまり真剣に聞いていなかった。(「ちょっと真面目に聞きなさいよ!」とパンジーに怒られた。)

 

「そういえばダリア、昨日の空飛ぶ車の正体が分かったわよ。」

 

 全員で朝食を取っていると、パンジーがふと思い出したように言った。ダリアもそのことには興味があったので、驚いたように彼女の方を見た。

 しかしパンジーは、どこか不満げな表情をしている。

 

「え、そんなに危ないものだったの?あの車。」

「違うわよ。あの車を運転していた奴らが問題なの!あいつらのせいでドラコはふてくされて朝食に出てこないし――――」

 

 パンジーが息巻いていると、唐突に大広間に雷のような怒鳴り声が響き渡った。

 ダリアはびっくりして、一瞬でテーブルの下に逃げ込んだ。普段のトロトロした動きからは考えられないほどのスピードだった。

 ダリアは何故か、大きい音があまり好きではなかった。

 

「びっくりした。どこに消えたのかと思ったわよ。」

「そんなに驚くなよ、ただの吠えメールだ。」

「そうよ、鼓膜が破れる危険性を除けば、見ている分には無害な手紙よ――――――ただ、今回の吠えメールは、私たちにとってとっても面白いものになりそうだけどね。」

 

 ノットとミリセントに机の下から引っ張り出されながら、ダリアはパンジーの口元が意地悪く笑うのに気が付いた。

 

 その理由は、吠えメールが送り先の人物の名前を大声で呼んだので分かった。

 この吠えメールは、ポッターとウィーズリーに当てられたものだったのだ。

 憎い二人が学校中晒し物になったので、パンジー的には大満足ようだった。

 

 一方、手紙の内容で事の経緯を知ったダリアも、少し呆れていた。わざわざ学校に車で飛んでくる意味が分からなかったからだ。

 彼らが駅のホームを通れなくなっていたという事実は生徒達には知らされていなかった。

 

「ドラコがあの人たちの事、目立ちたがり屋って言いたくなる気持ち分かるかも。」

「それ、ドラコには絶対言うなよ。昨日からあいつ、ポッターのファンよりポッターについて詳しく語ってるんだよ。一度話し出すと一時間は止まらないぞ。」

 

 ダリアは「ポッターのファンって何?」と思ったが、その状況に置かれるととっても面倒なことになってしまうと思ったので、ドラコの前ではしばらくポッターの名前を出さないようにしようと決意した。

 



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ジャネット・チャント

 ダリアが新学期前に危惧していた闇の魔術に対する防衛術の授業だが、予想通り――――いや、予想以上にひどいものになった。

 

「ダリア、気持ちは分かるけど、ちょっとは抑えなさいよ。気持ちは分かるけどね。」

 

 むっつりと不機嫌そうな顔でのしのし歩くダリアに、ダフネが力なく声をかけた。ミリセントとパンジーも、明らかに疲れたような顔をしている。

 

 ロックハートの初授業はひどいものだった。

 まず「ロックハートのプロフィールに関する小テスト」が配られた時点で、ダリアは人生で初めてテストの放棄を決意した。

 ダリア以外のスリザリンの生徒達も概ね引いたようで、小テストの解答率は全体的に高くなかった。

 

 それが不満だったロックハートが、これ見よがしにため息をついて「チッチッチッ――――スリザリンの生徒は教科書の予習をしてこなかったのですか?グリフィンドールのミス・グレンジャーを見習うといい。彼女はなんと、このテストで100点を取りました!」と言ったのも、スリザリン生のイライラに油を注ぐ結果となっていた。

 

 ダリアはこの台詞を聞いた時、怒りを覚えるより先に「こんなテストで100点を取れるなんてすごい生徒が居たものだ。」と驚愕し、ミス・グレンジャーの名前をしっかりと脳裏に刻み込んでいた。

 

 

 

 

 その後の授業でも、ロックハートは自分の活躍を称える寸劇を(生徒に敵役を強制しながら)演じるだけで、「防衛術の授業」といえるようなものでは全くなかった。

 

 ドラコを狼男の役に指名した時など、あまりに怖いもの知らずな態度にスリザリン一同逆に感心したほどだった。ある意味公平と言えるかもしれないが、保護者からクレームが来るとは露ほども思っていないらしい。

 

 ロックハート(の顔面)に憧れていたパンジーは、その分ダメージが大きかったようで、ずっと俯き加減で落ち込んでいた。

 

「まあそんなに落ち込むことないじゃん。変なのにハマる前に、相手がヤバいことに気付いたんだからさ。」

「―――――ちがうの。ロックハートがあんなのだなんて考えもせずに、顔だけでファンになってた自分に嫌気がさしたの。過去の自分を殺してやりたいわ―――」

 

 パンジーは珍しく本気で落ち込んでいるようだった。自分の面食いを真剣に反省しているようで、彼女がドラコの事以外でこんなに落ち込んでいるのを見るのは割と珍しい。

 

 

 

 

 

 ダフネ達はパンジーの気分を変えるため、クィディッチの練習を見に行こう、と提案した。

 パンジーが(ロックハート以上に)熱を上げているドラコが、今年からスリザリンのシーカーになっていたからだ。

 

「ダリアも行くのよ。いつまでも不機嫌なままじゃ、こっちの気まで滅入っちゃうでしょ。」

「ええー・・・・」

 

 怪しい雲行きを感じたので徐々に一行から離れようとしていたダリアだったが、ダフネに見つかりしっかりと襟首を掴まれて捕獲されてしまった。

 

「―――だって、この前も練習を見に行ったばかりじゃない。何回見に行ったって、ドラコはまだ下手なままだと思うんだけど。」

「バカ!もっとオブラートに包んで言ってよ!」

「―――――――ドラコはまだ地道に努力を積み重ねてる最中だから、成果が出てから見に行った方がいいと思う。」

 

 ミリセントに怒られたダリアは、言葉を変えてもう一度言った。要するに、こんな頻繁にクィディッチの練習なんか見に行きたくないと言いたいらしい。

 

 スリザリンは新人シーカーの育成のためと言って、ここ何週間かの間で何回も練習を繰り返していた。

 つまり、パンジーがドラコの練習を見学しに行くのに付き合うのも、もう何度目かだった。ダリアは、もういい加減飽きてきていたが、(ダリアから見て)クィディッチ狂の3人はそうではないようで、何回見学しても楽しめるらしい。

 

「ドラコはクィディッチのチームに参加するのは初めてなんだから、まだ他の選手に比べて上手くないのは当然よ!だから私たちが応援して、励ましてあげなくっちゃ!」

 

「やはり私にはドラコしかいない!」と再確認したパンジーが熱く語り、結局4人で競技場へ行くことになってしまった。

 

 ダリアは競技場へ向かう道すがら、ずっと「今回が最後よ――――今度私を誘ってみなさい、あんたたち全員蛙に変えて大好きなクィディッチの競技場に放り込んでやるんだから――――」とぶつぶつ言っていた。

 

 

 

 

 

 

 競技場に出てきたダリアは、スリザリンチームの(ドラコ以外は)屈強な面々が睨みあっている面々を見て、うめき声を上げた。最悪のタイミングだ。

 

 スリザリンチームは手当たり次第に競技場の使用許可をスネイプ教授に出してもらったため、他の寮のチームと練習時間が重なり、こうした小競り合いが起こることがあった。

 

 前回は宿敵グリフィンドールと使用時間が重なり、一触即発の空気になり―――というか喧嘩が発生してしまい、なんだかんだでグリフィンドールチームの応援にかけつけていたウィーズリーがナメクジを吐く羽目になっていた。

 

 正直ダリアはその場面を見た時爆笑してしまっていたのだが(いつもわけもなく喧嘩腰のウィーズリーが間抜けな目にあっていい気味だと思ったし、良く分からないクィディッチを見るよりよっぽど面白かった)、今回ダリアは全く笑えそうになかった。

 

「――――――やだ。私帰る。ハッフルパフチームが居るじゃない。」

 

 鉢合わせてしまっていたのはハッフルパフチームのメンバー達だった。チーム全員がスリザリンと向き合って、戸惑ったような表情をしている。

 ハッフルパフ生は温厚な生徒が多いので、前回のグリフィンドールチームのように喧嘩腰になってはいないが、明らかに納得していないという雰囲気である。

 

 ダリアはその中にセドリックが居るのをしっかり視認した。

 

 ダリアがセドリックに「何か思う所」があることに気付いていたダフネ達は、ちょっとニヤニヤして揉め事の中に近づいていくことをやめた。

 

「そうね、できるだけ嫌な印象与えたくないものね。」

「そういうのじゃないし。」

「何言ってんのよ。顔合わせそうになったらいっつも慌てて私らの陰に隠れるくせしてさ。」

「いやほんとそういうのじゃないから。」

「恥ずかしがらなくっていいわよ。私も色々協力してあげるから!」

「だから違うっていってるのにぃっ!!」

 

 揶揄われたダリアは、最終的にいつもの癇癪を起した。顔を真っ赤にして小さい子供みたいに足をバタバタ踏み鳴らすダリアに、3人は笑い声を上げた。

 自分の子供っぽい様子がこの人たちを面白がらせているということに一応気付いていたダリアは、ムカムカをぐっとこらえてむっつり黙り込んだ。

 

 

 

 

 そんな風に観覧席できゃいきゃい騒いでいたスリザリンの女の子たちを、ひそひそと指さしている集団が居た。ハッフルパフチームの応援をしに来ていたハッフルパフの女子生徒達だ。

 遠くに座っているので何を話しているのか聞こえないが、明らかにこっちを指さして嫌な顔をしている。

 

 その事に目ざとく気付いた気の強いパンジーは、「売られた喧嘩は買う」とばかりに、その集団にズンズン近づいて行った。

 相手は明らかに年上だったが、彼女はそんなことは気にした風もなく、いかにも偉そうにツンと上を向いて冷たい感じで歩いていくので、相手のハッフルパフ生はたちまちたじろいだ様子で身構えた。

 

 大体のハッフルパフ生は、スリザリン生に意地悪をされた経験があるので、緑のネクタイを見るだけで体が拒否反応を示してしまうらしい。

 こういうことをする人がたくさんいるものだから、スリザリンが嫌われるのはある程度しょうがないかもなぁ、とダリアは思う。

 

 

 

 堂々とゆっくり歩いて行ったパンジーが、顎を上に向けたまま威圧的な口調で訪ねた。

 

「あら!私たちに何かお話があるみたいだったから、わざわざ来てみたのだけれど―――――気のせいだったようね。用もないのに人を指さす礼儀知らずの集まりだったみたい。」

「おおー・・・・」

 

 素晴らしく嫌みな言い方だ、とダリアは感心してしまった。薄い笑いを浮かべて嘲るパンジーに、ハッフルパフの女子生徒達はすっかり怯えてしまっている。

 ダリアはパンジーの嫌な表情と一緒に今の台詞を心のメモ帳にしっかり記録した。今度嫌いな奴に出会った時には私も使ってやろうっと――――――。

 

 それでも勇気を振りしぼったハッフルパフ生の一人が、震える声でパンジーに立ち向かった。

 

「れ、礼儀知らずはあんた達のほうじゃない、スリザリン!この時間はもともとハッフルパフチームが予約していたのよ!そ、それを後から割り込んで私たちに出ていけだなんて、ずるいじゃない!」

 

 

 ダリアは「まあそう思うのも仕方ないけど、無視してどっか行けばよかったのに。」と内心秘かに相手に同情した。

 相手に反撃されたパンジーが、更に嬉々として口撃を上乗せしようとしていたからだ。パンジーは相手の生きが良ければ良いほどぶちのめしがいがあると感じる類の性格だった。

 

「おかしなこと言うのね、どの時間にどのチームが競技場を予約しているかなんて、知るわけないじゃない!スリザリンチームはスネイプ先生に『できる限り予約を入れて欲しい』って頼んだだけよ。その結果チームが被ることだって、今までもあったことでしょ。一緒に練習すればいいじゃない!」

 

「他のチームと一緒に練習すると作戦が漏れちゃうから、出来るだけ避けたいと思うのは当たり前よ!特にあなた達はどんな手を使ってくるか分からないし――――。」

 

「あんたたちの作戦がばれるなら、こっちの作戦がばれるのも一緒じゃない。そっちだってスリザリンの作戦を盗めばいいのよ。」

 

「そんなのフェアじゃないわ!」

 

「フェアなんて知らないわよ!スリザリンがどんな手を使っても勝利にこだわるチームだってこと、ご存知なかったかしら?」

 

 一つ言えば十帰ってくるパンジーに、相手はもう既に半泣きになっていた。それでも相手はもう引っ込みがつかないらしく、口論は止まらない。

 

 段々白熱しヒートアップするパンジーと女子生徒の言い争いは選手たちにも届いていたようだ。怪訝そうにこちらを見ている。

 

 あまりそちらに見つかりたくなかったダリアは、言い争いには加わらず遠巻きに騒ぎを見ているダフネやミリセントの近くに行き、上手く隠れようとした。

 

 そのままやり過ごそうとしていたダリアだったが、同じように離れたところからパンジーと言い争っている友人を見守るハッフルパフ生達の中に、信じられない顔を発見してしまった。

 

「うそでしょ!!!???」

「ちょ、ちょっとダリア?どうしたの!」

 

 ダリアはあまりに信じられなかったので、目立たないようにしていたことも忘れ大きな声で叫ぶと、その顔の持ち主を確かめようと弾丸のように駆け出した。

 

 普段積極的に他寮の生徒に絡んでいくことのないダリアの行動に、スリザリン生はもちろん、ハッフルパフ生も驚いている。

 嬉々として相手をいたぶっていたパンジーも、目を丸くしてダリアを見ていた。

 

 

 

 今までにない速さで競技場を駆け抜けたダリアは、その女生徒の目の前に来ると、相手の顔を嘗め回すようにじっくり視線を走らせた。

 金髪の巻き毛に、すらっとした体。

 大きな青い瞳は、理由もなくじろじろねめつけられることに明らかに困惑の表情を浮かべている。

 びっくりするほど綺麗な顔は、やはり見間違いなどではなく、ダリアの知っている少女のものだった。

 

「あんた――――――ジャネット!ジャネット・チャントでしょ!どうしてこんなところにいるのよ!」

 

 ダリアが見つけてしまった相手は、もとの世界で一緒のお城に暮らしていた、ジャネット・チャントという少女と全く同じ顔をしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアに突然名前を呼ばれた少女は、明らかに戸惑っている様子だった。

 

「た――――――確かに、私はジャネット・チャントだけど――――――」

「ほらやっぱり!いいから聞いたことに答えてよ、あんたどうしてこんなところにいるの!」

 

 ダリアは常にない攻撃性を見せてジャネットを怒鳴りつけた。完全に我を失っている様子だ。―――――ダリアは突然の予想だにしなかった邂逅に驚き、ついにあの人が自分の居場所に気付いたのかもしれない、と思い込んで錯乱しかけていた。

 

 明らかに尋常ではない彼女の様子に、不安げな様子でローブの裾を引っ張るダフネやミリセントにも気づかず、ダリアはイライラとしてジャネットを睨みつけた。

 

「ど、どうしてって―――――ハッフルパフチームの応援に来たのよ。それ以外に特に理由は無いわ。」

「そんなこと言ってるんじゃないって分かるでしょ!――――私は!あんたがどうしてホグワーツに居るのかって聞いてんの!だってあんた、魔力全然なかったはずじゃない!」

 

 

 ダリアが吐き捨てた言葉に、ジャネットは顔を凍らせた。明らかに聞かれたくないことを聞かれて焦っている表情だった。

 

「魔力が全然なかったあんたがホグワーツに来れるわけないでしょ!だったらどう考えても、あんたがここに居るのはあの人の差し金―――――――」

「ちょっと、さっきから聞いていれば――――――ジャネットのことで今更とやかく言うのはやめなさいよ、スリザリン!」

 

 ダリアの烈火のごとき怒りにあっけに取られていたハッフルパフ生達だったが、最初に我に返った女生徒が、ダリアを鋭く睨みつけて言った。

 

「ジャネットが突然魔力に目覚めて、一昨年編入してきたのは知ってるでしょ!あの時この子のことをおぞましい言葉でさんざん侮辱しておいて、また今になって蒸し返そうだなんて、絶対に許さないわよ!」

「魔力に目覚めるぅ!?」

 

 基本的に他寮の出来事には全く興味がなかったダリアは、もちろんそんなことは全く知らなかったので、純粋に驚いた。

 ―――――というか、彼女が「魔力に目覚める」なんてあるはずがない。ダリアが見た時のジャネットは全く魔力のカケラも持っておらず、この先目覚めるなんて可能性は全くありそうに無かったからだ。

 

 しかし――――ダリアは再びジャネットを今度は少し冷静になって観察した。確かに、今このジャネットには、魔力が確かに備わっているようだ。

 あのグウェンドリンのように大きな魔力ではないが、誰かに与えられたものではない、自前の魔力と見受けられる。

 

 幾分か落ち着いたダリアは、もう一度ジャネットを見てみた。

 先ほどから「まるでダリアのことなど知らない」といった態度で居るのは、もしかすると演技ではないのかもしれない。

 

「あんた、ほんとにジャネットなの?私の事分からないの?」

「え、えっと、その――――――」

 

 ジャネット(仮)は即答できず、明らかに先ほどより追い詰められた顔をしてしどろもどろになっている。どう答えたものか、本当に分からず困っている様子だった。

 

 

 それにどうやら、本当にダリアの顔に見覚えが無いらしかった。

 このことが分かると、ダリアはやっと完全に冷静になって考えることが出来るようになっってきた。

 

 どうやら彼女は、本当にダリアの知っているジャネットではないらしい。――――――だとすれば、彼女の正体は一つしかなかった。

 

 

「わかったわ。あなた、ジャネットの代わりにこっちに来た人でしょ。確か、名前は、えーと―――――ロー、ロミーリア」

「やめて!!!!!」

 

 突然の大声にダリアはびっくりしてしまい、目をまん丸くして彼女を見つめた。

 今度こそ彼女ははっきりと怯えた顔になっていた。ダリアが口にした言葉を耳にした途端、頭を抱えてしゃがみ込んでしまっている。

 あまりの怯えように、今度はダリアが戸惑うことになってしまった。

 

「な、なによ急に大声出して。名前呼んだだけじゃない――――」

「違うの!私は知らない!そんな人知らないの!私はジャネット・チャントよ!」

 

 ダリアが何か声をかけようとすると、彼女は聞きたくない、とばかりに髪を振り乱して叫ぶ。彼女の友人たちが戸惑った様子で声をかけても、全く耳に入っていない様子だ。

 

 ダリアが「なんだか大変なことになってしまった・・・」と立ちすくんでいると、最悪のタイミングで、最悪の人物が駆けつけてしまった。

 

 

「一体何をしているんだ!!!!」

 

 ダリアは一気に青くなった。反対に、ハッフルパフ生達はホッとした顔で駆けつけてきた人物を見た。

 声の持ち主は、彼にしては珍しく本気で怒っているらしかった。

 

「セドリック!ああ、よかった。ジャネットの様子がおかしくなってしまって。」

「ああ、向こうからも見えたから分かるよ。さあ、ジャネット、大丈夫かい?」

 

 セドリックは泣きじゃくるジャネットの肩を優しくたたくと、ダリアの方を鋭く睨みつけた。

 

 睨みつけられたダリアは、気まずく視線を逸らした。

 流石のダリアも、この状況を見たら誰もが「ダリアがジャネットを泣かせた」と思うだろう、と言うことは理解できた。

 そして理由は分からないが、実際ジャネットはダリアの言葉で「こう」なっているようだということもなんとなく分かった。

 

「―――――――それで、一体何がどうしてこうなったんだい?」

 

 セドリックがダリアを睨んだまま、静かにハッフルパフの生徒に尋ねた。

 いつも穏やかなセドリックが、どうやら本気で怒っているらしいことを察したその生徒が、戸惑いながら答えた。今日は予想外のことが起こりすぎて、全員が嫌と言うほど混乱していた。

 

「良く分からないの。その子がジャネットに名前を訪ねて、ジャネットの様子が段々おかしくなってきて。そしたらいつの間にかジャネットが泣き出してて。」

「―――――知らないわよ。その子が勝手に泣き出したんじゃない。私はその子の名前呼んだだけだもん。」

「――――――ダリア。」

 

 ダリアがふてくされたように口を挟んだのを、セドリックが固い声で遮った。

 にじみ出る怒りを感じ取り、ダリアは口を噤んだ。

 

「―――――――去年、最初に誓っただろう。学校の生徒に怪しげな呪文をかけないって。」

「―――――――――。」

 

 別にかけてないし。とか言い出せる雰囲気では全くなかった。

 

 完全にセドリックは、「ダリアが気に入らない生徒に呪文をかけておかしくさせてしまった」と思い込んでいるようだった。

 状況とセドリックの経験的に、そう考えてしまうのも無理はない、とダリアの冷静な部分は考えている。

 今どんな釈明をしても、セドリックには言い訳としか聞こえないということも分かってしまった。

 

 そっぽを向いて口を噤んだままのダリアをじっと見つめ、セドリックは最後に低い声で吐き捨てた。

 

 

「―――――二度と、僕の友人に近づかないでくれ。」

 

 そのままセドリックはしゃくりあげるジャネットを気遣いながら、校舎へ戻って行ってしまった。

 

 誰もが声を発することのできない中、ダリアはあまりの急展開にどうしてこんなことになってしまったのかをぐるぐる考えていた。

 



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ハロウィンナイト

 当時ダリアが住んでいた城には、時たま優れた才能を持った子供たちが上等な教育を受けるためだったり、はたまた行儀見習いのためだったり、様々な理由で移り住んでくることがあった。

 ダリアが家出する一年ほど前、そんな風にいつもと同じような理由で「チャント姉弟」が引っ越してきたのが、全てのことの始まりだった。

 

 親を水難事故で亡くして身寄りがないという兄弟は、なんとダリアの後見人の遠い親戚でもあったらしい。金髪に青い目の、自信に満ち溢れた表情を常に浮かべている姉のグウェンドリンと、いつも姉の陰に隠れているような内気な弟のエリック(何故かグウェンドリンは弟のことをキャットと呼んでいた)。

 

 この姉のグウェンドリンというのが、後にも先にも類を見ないほどの、とんでもなく強烈な魔女だったのだ。

 

 グウェンドリンは「何かしら才能はあるが曰く付き」のチャント家の人間らしく、当時のダリアが引くほどの自己中心的な考え方の持ち主だった。

 

 彼女は自分の力を人々に見せつけるため、実の弟である少年の魔力をごっそり自分のために利用して、城中にとんでもなく悪趣味な嫌がらせを連日行ったのだ。

 

 ありとあらゆる嫌がらせをしても尚、自分の力が認められないと悟るや否や、今度は弟の「命の一つ」を勝手に消費し、更にとんでもないことをしてのけてしまった。

 

 グウェンドリンは本来命を複数持つ大魔法使いにしかできない「世界の移動」を無理やりやってのけ、自分に都合がいい世界へ逃げ出し、その世界に自分を封印してしまったのだ。――――――残していく弟や、他の世界の「自分」にかける迷惑など全く顧みることもなく。

 

 

 

 一般に、一つの系列世界には少しずつ異なる歴史を持つ関連世界が9つあり、それぞれの関連世界には自分と同じ人間が必ず存在するとされている。

 当然同一人物が同じ世界に存在することはできず、彼女の無理やりの移動により、それぞれの世界で暮らしていた「グウェンドリンの同一人物」がこれまで存在していた世界を押し出され、全く別の世界に入れ替わってしまったのだ。

 

 

 

 ちなみに複数の命を持つ大魔法使いに何故「他の自分を押し出さない世界の移動」が可能なのかと言うと、彼らは他の関連世界に同一人物が存在しないからだ。

 何らかの理由で他の関連世界に生まれることが出来なかった命と魔力が一人の人間に集まったことで、常識はずれの魔力と命を持った大魔法使いが生まれるのだ。

 ダリアも彼らと似たような体の造りをしていたため、他の世界の自分を押し出すことなく世界を移動することが可能だった。

 

 

 

 しかし全ての世界に「自分」が居るグウェンドリンが世界移動をしてしまった結果、同一人物達の入れ替わりが起きてしまったのだ。

 様々な世界で突然の入れ替わりが行われた中、魔法が隠されている「世界B」からダリアの暮らしていた「世界A」に無理やり連れられてきてしまったのが、ジャネット・チャントだった。

 

 

 

 

 

 

「―――――――ダメだわ。どう考えても納得いかない。なんで私がこんなに責められなきゃいけないの?」

 

 クィディッチ競技場での一件の後、ダリアは我に返ったパンジーたちにまで先ほどのやり方がまずかったことを指摘され、すっかりふてくされていた。

 

 彼女たち曰く、あのジャネット・チャントを名乗る少女は編入生という立場だったため、最初はスリザリン生などに「出来損ない」だとかののしられ、激しくいじめられていたという。

 それ故今では庇護しなければならない存在として周知されてしまっているらしく、彼女への暴言暴力は、他より厳しい目で見られるようになってしまったらしい。

 

 聞けば彼女がホグワーツに編入してきたのは、ちょうどダリアが入学してきた年の前年だったという。

 ダリアは全く他寮の人間に興味が無かったので、彼女の噂を知る機会は全く無かった。

 

 しかし、彼女が編入してきた年を考えると、ますます辻褄があってしまう。

 ジャネットがグウェンドリンと入れ替わり――――そしてこの世界Bにロミーリア(仮)が押し込まれた時期は、ダリアが家出する一年前の秋だった。

 新学期開始後に入れ替わったため、次の年の夏季休暇中に魔力を察知したホグワーツから手紙が届いたに違いない。

 

 考えてみればロミーリアに魔力が存在するのは当たり前だ。他の系列を含む全ての世界では魔力が世界中に満ちていることが当たり前で、むしろ魔力が隠されたこの世界Bの方が少数派と言える。

 つまり、魔力がないジャネットの方が異常だっただけで、その他の世界のグウェンドリンの同一人物は元々魔力を持っていた可能性が高い。

 

 やはり「魔力に目覚めた」わけでは無く、「魔力が元々備わっていた人物に入れ替わった」が正解なのだろう。考えれば考えるほど、彼女はロミーリアに違いない。

 

 ダリアにしてみれば、当たり前の事実を指摘しただけなのに、こう責め立てられるのはなんだか納得いかなかった。どれもこれもあの女が突然泣き出したのがいけない。

 確かにちょっとばかりきつい口調で問い詰めたような気がしなくもないけれど。

 

 イライラするダリアに、事の経緯を聞いていたトゥリリが呆れたように言った。

 

『ダリアは馬鹿だなぁ。ちょっとはあの子の立場を思い出してみればいいのに。御大がどうしてジャネット達をもとの世界に戻すのをやめたか、覚えてないの?』

「そりゃあ――――――あ―――――そういえば。」

 

 ダリアはグウェンドリンの事件がすっかり終わった後、後見人がジャネットと真剣そうな顔で話し合っている場面に何度か出くわしたことを思い出した。

 

 後見人が全ての世界のグウェンドリンの同一人物を見てきた結果、ジャネット以外の全員が、入れ変わった後の世界で幸福に暮らしていたらしい。

 彼女たちは皆、元の世界ではそれぞれ不幸な境遇に居たようだった。

 

 確かロミーリアは元の世界では孤児で、ひどく惨めな生活を送っていたという。

 

「逆に、元の世界に戻されやしないか、ヒヤヒヤしてたって言ってたかも。」

『でしょ?やぁっと思い出した。だからダリアに本当の名前をいい当てられて焦ったんだよぉ。だってロミーリアって名前は、この世界じゃ誰も知るはずの無い名前だもん。』

「―――――――ふぅん、なるほどね。」

 

 トゥリリの推察にダリアは感心してため息をついた。この猫は時たま妙に鋭いところがある。流石は第10系列世界の猫の子孫だ。

 

 確かに言われてみれば、トゥリリの考えは正しい様な気がする。

 おそらくダリアが彼女の正体を見破ることが出来たので、彼女に起きた不可思議な現象について知っている人物だと思ったのだろう。元の世界に戻されてしまうと考えたのかもしれなかった。

 

 しかしダリアはロミーリアを元の世界に戻そうだなんてこれっぽちも考えていなかった(というかそんな面倒なことにかかわりたくなかった)し、それに、彼女の境遇にはちょっとした共感を覚えていた。

 

「ちょっとあの子に会ってみようかな。同じく異世界に隠れ住む者同士、誰にもできない相談ができるかもしれないし―――――――私があの子を元の世界に戻すだなんていう誤解を解いて、安心させてあげなきゃね!」

 

 

 

 

 

 

 ダリアはそう思い立って、すぐにロミーリアに接触を図ろうとしたが、そう簡単にはいかなかった。

 

 ダリアの接近を察知すると、彼女の友人たちが揃ってバリケードを作り、近づけようとしないのだ。

 ロミーリアはすぐに怯えたように逃げ出すし、声をかけるきっかけすら掴めない。

 

 しまいには、ダリアがロミーリアに目を付けた事を察知したセドリックが、彼女の周辺で目を光らせるようになってしまったのだ。

 

 ダリアが半径10メートル以内に近づくと、さり気なくロミーリアを伴って遠ざけるセドリックに、ダリアのイライラが急激に募って行く。

 

 それが何度も繰り返され、ついにダリアの癇癪が大爆発を起こした。

 

「気に入らない気に入らない!!なんだって私がこんな目に合わなきゃいけないの!!私はただあの子と話そうとしてるだけなのにっっ!!まるで人食い山姥にでも出くわしたみたいに泣き喚いて、まさかあの人達、私があの子の全身の皮を剥いでバックに加工するとでも思ってるんじゃないの!?」

 

 ダリアはスリザリンの談話室の片隅で泣き喚いた。周囲ではスリザリンの同級生たちが荒れ狂う彼女を遠巻きにしている。

 ふてくされるをやめて元気になったのはいいが、今度は元気になりすぎだ。何か余計なことを言ってこちらに火の粉が飛んできてはたまらない。

 

「いーわよ冷たい人達ね!どーせダリアのいつもの癇癪だとでも思ってるんでしょ!放っておくのが一番いいに決まってるわ!――――そうよその通りよっ!どうせ私はセドリックの言う通り、手当たり次第にムカついた人に呪いを吹っ掛ける危険人物なんだわっ!」

 

「てゆーかセドリックもセドリックよ!私の話をカケラも聞こうとせずにあの女の哀れっぽいかわい子ぶった泣き方にすっかりほだされちゃって!――――――――ていうかどー考えても私の方が可愛くない!?」

 

 ダリアはもうセドリックにムカついているのかロミーリアにムカついているのか自分でもわけが分からなくなっていた。

 自分でも意味不明の暴言を吐くダリアの平坦な胸部を見て、偶然通りかかったザビニが無謀にも声をかけた。

 

「まあ性格は論外として、可愛さならともかく大人っぽさならチャントの圧勝だろうな・・・」

「―――――」

 

 ダリアは無言で杖を取り出した。

 

 

 

 

 

 声を出すこともなく笑い続けるザビニを床に転がし、幾分か落ち着いたダリアは友人たちを見渡した。

 

「―――――ということで、邪魔を入れずにチャントに接触することができる、何かナイスなアイデアは無いかしら。」

 

 相変わらずの傍若無人っぷりに、友人たちは揃って脱力した。

 

 

 

 

 

 

「そもそもどうしてあんな女に構うのよ。」

 

 とはいえ事の経緯に同情していたパンジーがまず声をかけた。

 

「確かにちょっと美人だからって男子生徒にちやほやされて気に入らないけど。絡んで行って旨味のある女じゃないわよ。成績がいいわけでもないし、あんたがこだわる理由が分からないんだけど。」

 

「それは分かってるけど。」ダリアはしかめっ面をした。「もうひっこみがつかないっていうか、ここまで来て引き下がるのは腹が立つというか。――――とにかくもうどうにかしてチャントと話すまで、私の暴走は止まらないの!」

 

「でもどうすんのさ。真正面から行ったら絶対誰かに止められるでしょ?無理やり押し通すのは、これ以上心証を悪くしたくないならやめといた方がいいだろうし。」

 

「でもそれしかないでしょ。私たちで取り巻きを足止めするから、その間にダリアが突っ切るの。」

 

 ミリセントとパンジーがダリアと「ああでもないこうでもない」と話し合っているのを、ダフネがため息をついて遮った。

 

「あなた達、本当に力技しか頭にないのね。どうして誰も、手紙を出すっていう方法を思いつかないのかしら。」

 

「「「――――――ああ!」」」

 

 

 

 

 

 

 ダフネの作戦はシンプルなものだった。

 

 まず適当な差出人の名前で、呼び出しの手紙を書く。

 そして人目につかない場所で話をする。

 

「えっ、それだけなの?なんかもっとこう、緻密な策略とかないの?」

「文句言える立場じゃないでしょ!それにあの包囲網をかいくぐってチャントにメッセージを届けるなんて、こんな方法しかもうないわよ。あなた思っている以上に警戒されてるんだから。」

 

 ダフネの言葉にぐうの音もでなかったので、ダリアは大人しくその作戦に乗ることにした。

 しかしダリアは最初の「手紙を書く」という段階で躓いていた。

 

「『お前の秘密を知っている。ばらされたくなければ、一人で深夜、この場所へ来い。』――――――一応聞いておくけど、穏便に話し合いたいのよね?」

「もちろんよ。でも当たり障りのない文章だったら、来てくれないかもしれないでしょ?だからちょこっと脅してみたの。」

「やりなおし。こんな果たし状みたいなの貰ってノコノコ出てくる人間居るわけないでしょ!」

 

 何故か喧嘩腰になる手紙の文章をダフネに添削してもらいながら書き直し、ようやく合格を貰うことができたダリアは、封筒の端に「ロミーリア・チャント」とだけ記名した。

 これで本人にだけは、誰からの手紙か分かるだろう。きっと人目につかない場所で読もうとするはずだ。

 

 ダリアはダフネ達に礼を言うと、さっそく梟小屋へ行き、手紙を出したのだった。

 

 

 

 

 果たして約束の日、ハロウィンの宴で盛り上がっている大広間を抜け出したダリアは、待ち合わせ場所に指定した使われていない教室で、空腹に耐えながら仁王立ちをして待っていた。

 

 しかし隣でトゥリリが『ぼくだったらちょっと部屋を覗いて、こんな人が居るのに気付いたら、何も言わずに立ち去ると思うなぁ。』とぼやいたので、ダリアは無言で組んでいた腕を解いた。

 ここまで来て逃げられても困る。

 

 やがて約束の時間になり、教室の扉が静かに開き、いかにも緊張した表情のハッフルパフ生―――――ジャネット・チャントを名乗る少女が現れた。

 

 ダリアが口を開く前に、彼女がまず先に口を開いた。

 

「お願い!私を連れ戻さないで!私、この世界で暮らすためだったら何でもするわ。もう二度と元の世界には戻りたくないの!あんな惨めな生活に戻るくらいなら、死んだ方がマシよ!」

 

「じゃあ、やっぱりあんたはロミーリアなのね。」

 

 部屋に防音魔法と施錠魔法をかけながら、ダリアは自分の予想が当たっていたことを喜んだ。一気にまくし立てたジャネット―――否、ロミーリアは、青い顔で小さく頷いた。

 

 今にも「元の世界に戻されてしまうのではないか」と不安げな表情をしているロミーリアに、ダリアは思わず笑いかけた。

 ジャネットもそうだったが、グウェンドリンとは似ても似つかない殊勝な表情をしている。

 同一人物でも住んでいる世界によって、性格が全く変わってくるのは確かなようだ。こっちの方があのグウェンドリンよりは好感が持てる気がした。

 

「そんな心配しなくていいわよ。きっとあなた、すごい思い違いしてるから――――――私はどっちかと言うと、あなたと同じ側なのよ。―――――つまり、元の世界に戻るのを恐れている側ってこと。」

 

 ダリアの言葉に目をぱちくりさせたロミーリアは、半信半疑の表情でダリアを伺っている。

 おそらく、今の言葉が真実なのかと言うことを吟味しているのだろう。

 しばらく考えた後、ロミーリアは恐る恐る口を開いた。

 

「あなた、いったい何者なの?私に何が起こったかを知ってるの?」

 

 

 

 

 

 

 ダリアはその後、ロミーリアの問いに逐一答えてやった。

 

 関連世界のこと、グウェンドリンのこと、彼女の自分勝手な企みの事。

 

 

 実際に世界を移動したロミーリアは、関連世界のことをあっさり受け入れることが出来たようだった。自分の同一人物が起こした騒動を聞いて、信じられないように慄いていた。

 グウェンドリンのことを嫌っていたダリアが、どれだけ彼女があくどいことをしたかというのを、過剰に脚色してロミーリアに伝えたからというのもある。

 

「まさか、そんなことが起きていたなんて。」

 

 ロミーリアは青い顔のまま呟いた。この世界に来てから、自分と同じ存在が複数いることには察しがついていたようだったが、その中の一人がこの現象の原因だったとは考えても居なかったらしい。

 

 ロミーリアの警戒心もだいぶ下がってきたようで、今では大人しくダリアの話に耳を傾けていた。

 ダリアの方も、この世界に来てからトゥリリ以外に初めて自分の秘密を話せたことが嬉しかったせいかもしれない。ロミーリアは意外と聞き上手でもあったので、気分の良くなったダリアは、自分の家出のことについても話してしまった。

 

「私が逃げているのはね、関連世界全てにかかわることができる大魔法使いからなの。あの人は自分が異世界に移動できるだけじゃなくって、他の人を異世界に送ることだってできるのよ。前、ジャネットに元の世界に戻そうかって言っているのを聞いたことがあるもの。」

 

 あの大魔法使いがジャネット達を元の世界に戻す気はもう無いということは伏せたまま、ダリアは後見人のことをロミーリアに伝えた。元の世界に戻される心配がないということが分かると、ロミーリアはダリアに共感をしてくれないと思ったからだ。

 

 思惑通り、ロミーリアは息を飲んで不安そうにダリアの腕を掴んだ。

 

「そんな!本当のジャネットが戻ってきちゃったら、私は元の世界に押し戻されちゃうんでしょ!?絶対に嫌!」

 

「でしょ?私もあの人に見つかりたくないのは一緒よ。本っ当に力の強い大魔法使いだから、名前を呼ぶだけでこっちの居場所に気付いちゃう可能性があるの。だから私用心して、頭の中で考える時だってあの人の名前を呼ばないようにしてるんだから!」

 

 ダリアが身を震わせて大げさに言ったのが面白かったようで、ロミーリアは不安を一瞬忘れて思わず笑った。

 

 やがて笑いが治まったロミーリアがポツリと呟いた。

 

「―――――なんだか話せてすっきりしたわ。今までずっと、私が本物のジャネットじゃないってバレないかヒヤヒヤしながら生活してたの。こんなこと誰にも話せなかった。」

 

 そしてロミーリアは、自分がグウェンドリンと同じくらい性格が悪いかもしれないということをポツポツ語った。

 今まで自分が居たひどい環境に自分以外の誰かが居るというのを知っていながら、この世界に留まりたいと願っていたからだ。

 

 ダリアはそんなことを考える時点で、グウェンドリンの百倍は性格がいいと思った。

 ちなみにロミーリアの後釜に座ったジェニファーはたくましい性格をしており、彼女もまた新しい世界での生活を気に入っているということは伝えなかった。

 

「―――――また、こうして話してもいいかしら。今までひどい態度を取っておいて虫のいい話かもしれないけど、こんなこと話せる人は他に居なくって。」

 

「いいわよ。でも、そのためにはあんたの周りのハッフルパフ生達にうまいこと言ってもらわなきゃ。あの人たち、きっと私があんたの目玉をくり貫いて指輪にするとでも思っているのよ。」

 

 ダリアの文句を聞いてまた笑ったロミーリアを見て、「やっぱりちょっとはいい性格してるんじゃない?」とダリアは思った。

 

 

 

 

 空腹に耐えられなくなってきたダリア達は、大広間に戻ろうと教室を出た。

 パーティーは終わっているかもしれないが、残り物にはありつける可能性がある。

 二人して足早に廊下をかけていくと、ふとダリアは何者かの声を聴いた気がした。

 

「――――?今何か言った?」

「え?私は別に何も言ってないけれど・・・」

 

 ロミーリアは本当に何も聞こえなかったようで、きょとんとしている。

 しかしダリアが耳を澄ませると、確かに何者かの声がどこからか響いてくるのが聞こえる。

 

「うーん、結構大きい音だから、聞こえないはずないんだけど。―――――もしかしたら、何かの動物の声なのかも。」

「動物と話せるの?」

「だいたいの大魔法使いは全ての生き物と意思疎通することが出来るんですって。」

 

 ダリアは気になったので、声のする方へ行ってみようとした。幸いここからだと大広間へ向かう道なりだったので、迷うことなく向かうことができた。

 

「なんて言ってるの?」

 

 ロミーリアが興味を引かれたように聞いたが、ダリアは声が近づくにつれて眉を顰めていった。

 怪しい声が話す内容が、どうやら不穏なものだということが分かってきたからだ。

 念のためダリアは自分とロミーリアに防護魔法をかけた。

 

「やっぱり近づくのはやめた方がいいかもしれない。多分この声、あまり良いものじゃない気がする。」

 

 

 ダリアはそう言って、違う道を探そうとした。声はいよいよ殺気だって辺りを這いまわっていた。

 

 しかし今更道を変えようにも、遅かったとダリアは悟った。

 向かう廊下の先に、異常な光景が広がっているのが見えたからだ。

 

 

 

 

 

 パイプでも破裂したのだろうか。廊下の一部が水浸しになっている。

 その水たまりの中心で、グリフィンドールらしき生徒が3人ほど(後から気づいたが、ハリ・ポッターとその友人たちだった)、何か恐ろしいものを見つけて立ちすくんでいた。

 

「なに、あの壁の文字・・・」

 

 ロミーリアが痛いほどの力でダリアの腕を握り、恐る恐る壁の文字を読み上げた。

 

 

 秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

 突然の声に飛び上がったポッター達の隙間から見えたものは、目を見開いたまま硬直した猫、ミセス・ノリスのなれの果てだった。

 

 



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スリザリンの継承者

 石になったミセス・ノリスを最初に発見したポッター達と次に発見したダリア達は、揃って教員たちに呼び出され、発見した時の状況を詳しく説明させられた。

 

 どうやらポッター達はハロウィンパーティーへは参加せず、「絶命日パーティー」なる催しに参加していたようだ。

 話から推測するに、絶命日パーティーとはゴーストが自らの死んだ日を祝うという、限りなく悪趣味な記念日らしかった。

 ダリアはそんなものに進んで参加しようというポッター達の気が知れなかった。

 

 しかも、パーティーが行われた場所と犯行現場は全く違う場所にあるという。何故かポッターはそのことについて触れられるとしどろもどろになり、スネイプ教授にそこを意地悪くつつかれていた。

 確かに何か隠している様子ではある。

 

 

 一方ダリアとロミーリアも、スリザリンとハッフルパフという珍しい組み合わせ故、あの場に居た事を不審に思われていた。

 なぜパーティーに参加せず、遠く離れた教室に二人で居たのかを説明しようにも、関連世界のことなど説明できるはずもない。

 ダリアがどう釈明したものか悩んでいると、意外にもロミーリアがサッと助け舟を出した。

 

「私たち、実は秘密の友達なんです。周りの友達が誤解していて中々二人で会えないから、こうして誰にも見つからない所でこっそり会うことにしたんです。さっきはお腹が空いてきたから、何か食べるものを探しに大広間に向かっていて。」

「――――その途中で、ポッター達の悲鳴が聞こえたんです。」

 

 ダリアはロミーリアの機転に感心していた。いくら温厚な性格をしていてもグウェンドリンの同一人物なだけあって、そこそこワルだった。

 

 

 

 

 

 

 無事尋問から解放されたダリアは地下まで来るとロミーリアと別れ、それぞれの寮へ帰って行った。

 

 ダリアがスリザリンの談話室へ入ると、寮内は軽いお祭り状態になっていた。

 ミセス・ノリスを石にした現場の壁にあった文章を見て、それぞれがどう解釈したかを言い合っているようだ。

 

 ダリアはそれを聞き流しながら、作戦の結果をダフネ達に報告しようとしたが、彼女たちも談話室のソファの一角で、ドラコやノット達と意見を交換している最中だった。

 

「ダリア!やっと帰ってきたか!待ってたんだぞ、話を聞かせてくれ!」

 

 ダリアが寮に帰ってくるのを待ちわびていたらしいドラコが、目を輝かせて手招きした。

 あの文章を目にしてからどうにも興奮が治まらないようで、発見者の一人であるダリアに話を聞きたくてしょうがなかったらしい。

 

 ダリアは早く作戦の成功を報告したかったが、マグル生まれに強い嫌悪感を持つドラコにロミーリアのことを言えば面倒なことになると思い、仕方なくミセス・ノリスを見つけた時の事を説明した。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あの廊下の近くで何かの鳴き声が聞こえたっていうの?」

 

 ダフネが自分の肩を抱きしめ、身を震わせながら確認した。

 パンジーとミリセントも、同じように不安げな顔でダリアの話を聞いていた。彼女たちはドラコと違い、まっとうに今回の事件に恐怖を覚えているらしい。

 ダリアはドラコが実家から送ってもらったという高級なお菓子をパクパクつまみながら頷いた。結局パーティーの食事にありつくことが出来なかったので、とてもお腹が減っていたのだ。

 

「うん。何の鳴き声かは分からなかったけどね。どこから聞こえるのか探してたら、あんな風になったミセス・ノリスを見つけたの。」

 

 本当は「言葉」が聞こえたのだが、何かの魔法生物だろうと目星をつけたダリアは、「鳴き声が聞こえた(んじゃないかな?)」と適当に予想したことを友人たちに伝えた。

 

 ドラコはその言葉を聞いて、更に元気になったようだった。

 

「やっぱり――――父上が学期前におっしゃっていたのはこのことだったんだ!」

「ドラコ、お前、何か知っているのか?」

 

 意味深なことを言うドラコに、ノットが眉を顰めて訪ねた。

 ルシウス氏が過激な純血主義者で、親マグル派のダンブルドアと折り合いが悪く、いつかどうにかして校長の座から引きずり降ろそうと画策していたことを知っていたからだ。

 

 しかし、ノットの予想とは裏腹に、ドラコは残念そうに頭を振った。

 

「いや、父上は僕に事態を静観しろとおっしゃっただけで、他には何の説明もしてくださらなかった。でも、今回のことではっきりしたよ。今年は継承者の敵――――つまり、穢れた血の連中にとって、嬉しくない年になるだろうってことがね!」

 

 

 

 ドラコはそれ以上もったいぶって何も語ろうとはしなかった。おそらく本当に父親からそれ以上詳しい話を聞いていなかったのだろうとダリアは思う。

 

 スリザリン生達も他の寮生同様、何がミセス・ノリスをあんな風に変えてしまったのか、少なからず不安に思っているようだった。

 

 

 しかし数日後、スリザリンの寮内の雰囲気は幾分か楽天的なものになっていた。

「ホグワーツの歴史」を読み解いた生徒達から、「秘密の部屋」や「継承者」はスリザリンに害を与えるものではないらしいということが説明されたからだ。

 

 この話はすぐにホグワーツ全体に広がり、スリザリン生は襲われるという心配をしなくて良くなった代わりに、学校中からの敵意をまた集めるはめになってしまった。

 

 

 

 

 

 それにより、ダリアはまたも余計な疑いを向けられることになってしまっていた。

 

 ダリアがミセス・ノリスの発見者の一人であったことから、セドリックはこの事件の犯人がダリアでないかと疑い出してしまったのだ。

 一緒に発見したのが、何故か以前トラブルのあったロミーリアで、しかもその彼女がダリアの無実を証明したとあれば、セドリックに同じようなことをした前科のあるダリアがロミーリアを呪文で操り、アリバイの証言をさせたと勘ぐるのも無理のない事だった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、私がセドリックに、ダリアに脅されてたんじゃないかって聞かれて、勢いよく否定したのも逆にまずかったみたいなの――――」

「―――――あんたのせいじゃないわ。大体私の自業自得だから。」

 

 おかげでセドリックのロミーリア見守り(ダリアの監視)は更に厳しくなり、二人は中々会って話す機会を作ることが出来なくなってしまっていた。

 おかげで今のように、ダリアが人避けや防音、目くらましの魔法を駆使して安全な空間を作る必要があった。

 

 ダリアとロミーリアはそこで、誰にも言えない元の世界のことを話したり、勉強を教えあったりしていた。

 ロミーリアは頭自体は悪くないのだが、ずっと貧しい孤児院育ちで、学校にも満足に通えるような経済状況になかったため要領があまり良くなく、主にダリアがロミーリアの勉強を見てやる側に回ることが多かった。

 

「――――――じゃあ、ダリアの世界ではイタリアは統一されずに、小さい国が集まったまま今まで続いているの?」

「うん。私が生まれたカプローナっていう国もその一つで、こっちの世界じゃ存在してないことになってるの。強い魔力に満ちた国だったから、この世界じゃどこかに押し込められてしまったのかもしれないわ。」

「世界が違えば、色々なことが変わってくるのねぇ。」

 

 ロミーリアはダリアの故郷の話を聞くと、混乱したように頭を振った。

 世界が違うと歴史も全く変わってくるので、色々な歴史を知る分、たった今覚えた魔法史の年号もあやふやになっていくような気がした。

 

「ダリアは頭いいのね。いろんな世界のことを知っているのに、魔法史の成績もすごくいいんでしょ?」

「まあ、私はもともと勉強するのが嫌いじゃないし。」

「レイブンクロー生みたいね。」

 

 ロミーリアがクスクス笑いながら言った。

 ダリアは自分でもそう思ったが、組み分け帽子はレイブンクローではなくスリザリンがふさわしいと考えた。

 ダリアには友人が必要だと判断したのだろう。沢山の友人が出来た今、ダリアは帽子の判断に感謝していた。

 確かにスリザリン以外の寮に入ってしまったら、威張り散らしたダリアは今でもずっと浮いたままだったと思うからだ。

 スリザリン生は確かに性格に問題のある生徒が多いが、身内には甘い生徒が多いのも確かだった。

 

 スリザリンといえば、と二人の話題はミセス・ノリスのことに移って行った。

 

「学校中で、怪物を操る犯人はスリザリンの生徒に違いないって噂が流れているけど、ダリアは本当にそうだと思う?」

「うーん、どうだろ。スリザリンって1000年以上前の人なんでしょ?子孫なんて辿ってみれば、それこそどの寮にも居ると思うんだけど。――――まあ、直系に近い子孫って言ったら、スリザリンの貴族たちって可能性が高いのかな?」

 

 そういう意味では、ダリアの友人の一人であるドラコなど格別に怪しいのだが、先日の様子を見るにルシウス氏が裏で糸を引いているのは間違いないが、ドラコ自身は何も知らないと見ていいだろう。

 

「またこれから同じような事件が続くのかしら――――――」

 

 壁に描かれたメッセージを思い出す。あれが始まりの合図なのだとしたら、犯人が見つかっていない以上、これからも同様の事件は繰り返されるだろう、とダリアは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 どことなく学校を覆う重い空気をよそに、ミセス・ノリス以降の被害者は続かなかった。

 今日は学校中が待ちに待ったクィディッチの試合日だ。

 この日のために繰り返し練習してきたドラコの初陣でもあるので、スリザリンの同級生達の興奮度合いはいつもの比では無かった。

 ダリアも今回ばかりは「まぁ応援だけでもしに行こうかな」と思えたので、素直にダフネ達に付いてクィディッチ競技場へ向かった。

 

 

 毎度のことだが、クィディッチの観戦席は宿敵グリフィンドールの応援の色に染まっていた。

 いつもの反スリザリン感情もあるのだろうが、今回ばかりは、スリザリンチームが使用する箒にも原因があった。

 

 ドラコの父親ルシウス氏が、なんとスリザリンチーム全員に最新型の競技用箒を寄付したのだ。いくら何でも親馬鹿すぎると思う。

 そのせいでドラコは、「金でシーカーの座を買った」と陰口を叩かれるまでになっていた。

 ――――実際ドラコのシーカー選出にはそういう意図が少しは存在したとダリアは思っている。

 

 それでもドラコは幼い頃から箒に乗っていただけあって、同学年のスリザリン生の中では一番飛行術が得意だったのも事実だ。

 スリザリンチームとしてもドラコをただの箒の付録にしておく気はさらさらなかったらしく、この数か月ドラコをみっちり鍛え上げてきた。

 抜け目のないマーカス・フリントは、ドラコの「お飾りのシーカー」としての前評判を逆手に取り、敵の油断を誘う作戦を考えていたのだ。

 

 スリザリンの2年生たちはドラコの応援のため、早くに観戦席の良い区画を陣取り、かたずを飲んで試合開始を待っていた。

 

「ドラコは勝てると思う?」

「わからない。ポッターに比べて経験が足りないのは事実だからな。でも、その差を埋めるための練習は十分やってきたはずだ。」

 

 パンジーとノットが不安げにドラコについて話し合っている。ドラコに片思いしているパンジーは勿論、幼馴染であるノットも、ドラコの初試合に緊張している様子だった。

 ダフネとミリセントは応援用のメガホンと最新式のオペラグラスの準備で忙しくしていた。

 

 ダリアも競技場を覗き込み、ニンバス2001を握りしめ、相手を見下しすぎて逆の見上げているドラコを心配そうに見た。―――――調子に乗って油断しさえしなければ、それなりに活躍できるとは思うけど、あの様子じゃあまり期待できないかもしれない。

 

 やがて審判のマダム・フーチの笛の合図で、試合が始まった。

 

 最新式の箒の効果か、スリザリンチームは持ち前のパワーに加えて敏捷性にも磨きがかかったようだった。グリフィンドールチームの選手の猛追を簡単に振り払い、次々とゴールを決めていく。

 

 スリザリンの応援席が歓声で埋まる中、またしてもダリアはポッター――というよりはブラッジャーが不審な動きをしているのに気が付いた。

 全員がゴール近くの攻防に夢中になっている中、ボールの動きが速すぎて目で追えないダリアは大体シーカーが居る上空を見ているので、彼らに何かが起こるとすぐに気づくのだ。

 

「なんかあのブラッジャー変じゃない?」

「あ?――――――ポッターの近くを飛んでるやつか。」

 

 クィディッチに一番詳しそうなノットに聞くと、すぐに異変を察知したらしい。ビーダーが打ち返してもすぐに方向転換してポッターを振り落とそうとする黒い球を見て、眉を顰めた。

 

「確かにあの動きはおかしいな。ブラッジャーの役割は出来るだけたくさんの選手を箒から振り落とすことだ。あんな風に一人の選手を狙うことはあり得ない。」

「誰かが細工をしたのかな?」

 

 異変に気付いたグリフィンドールチームがタイムを要求し、試合は一時中断した。グリフィンドールチームのメンバーが集まって、何やら話し合っている。

 

「―――――いや、無理だろう。クィディッチのボールは教員によって厳格に保管されているはずだ。誰かが細工をする隙なんてないと思う。」

「じゃあ、誰かが今呪いをかけてるってことよね。」

 

 一年前の試合を思い出し、ダリアはブラッジャーを探ったが、どうにも魔力を辿ることが難しい。そもそもブラッジャーが速すぎて目で追うのが難しい。

 魔法がかけられていることは分かるのだが、普段使っている魔法や呪文とは仕組みが違うのか、途中でかき消えてしまうのだ。

 ふとダリアは、この不思議な魔力をマルフォイ邸で感じたことを思い出した。

 

 ―――うーん、ドラコは余裕綽々だから、こんな小細工必要ないって思うだろうし、やるとしたら、ルシウス氏?でもいくら親馬鹿だからって、学校のスポーツ競技にまでこんな小細工かける?

 

 ダリアは考えたが、結論が出る前にグリフィンドールチームは試合の再開を決めたようだ。

 ポッターは骨を砕かれてでも、試合に勝ちに行くつもりらしい。

 そこまで勝負ごとにこだわりを持ったことが無いダリアは、「いや中止すべきでしょ。」と思った。

 

 

 

 

 結局原因も分からないままブラッジャーはポッターを狙い続け、ついに彼の腕の骨を砕いた。

 しかしポッターは折れた腕をぶら下げたまま飛び続け、なんとドラコの真上にあったスニッチを取ってしまったのだ。

 文句のつけようのない完全な勝利に、会場は悲鳴と大歓声に包まれた。

 

「まぁ、今回は経験の差が出たんじゃない?次はこうはいかないはずだって。」

「これで試合の雰囲気にも慣れただろうし、今度はきっと試合に勝てるわよ。」

 

 一方スリザリンの応援席では、泣き出してしまったパンジーを慰めようと、ミリセントとダフネが一生懸命前向きな言葉をパンジーにかけていた。

 ノットは試合に負けたことは悔しかったようだが、半ばこの結果を予想していたらしい。無事にドラコの初試合が終わったことに安心しているようだった。

 

 ダリアはやっぱりブラッジャーの暴走の原因が気になったので、じっと競技場でボールケースに押し込まれてる黒いボールを見ていた。

 

 魔力を探ってみると、今はもう何の干渉も感じられなかった。やはり試合を見ていた何者かが、ボールを操っていたようだ。

 今探っても原因はもう分からないだろう。

 

 

 明らかに狙われていたポッターは、競技場のぬかるみの中に横たわっている。骨が折れて気絶しているらしい。

 教員が救護に向かうのを遠目に見ながら、ダリアは今年の事件も何かしらポッターがらみだということを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合に負けたドラコは、スリザリンチームにこってり絞られてしばらくシュンとしていたが、とあるニュースを聞いて一気に元気になった。

 

「ロックハートがポッターの骨を抜いただと?―――――なんてことだ、僕は今、初めてあいつがホグワーツの教員になってよかったと思ったぞ!」

「そうかな――――間違えて生徒の骨を抜くとか、普通に考えてまずくない?なんで辞めさせないの?」

 

 相手がドラコなら、親から苦情の手紙が山のように届いていただろう。

 ともかくポッターは今日一日医務室で過ごし、骨が生える地獄の苦しみに耐えなければならないという。

 

 機嫌がすっかり良くなったドラコをねぎらいつつ、スリザリン生はそれぞれ自分の寝室へ帰って行った。

 

 

 

 次の日の朝、またしても衝撃的なニュースがホグワーツを駆け巡った。

 

 ミセス・ノリスに引き続き、新たな犠牲者が見つかったのだ。

 

 犠牲者の名はコリン・クリービー。ハリー・ポッターの大ファンで、常にカメラ片手にポッターの周りをウロチョロしていた、マグル生まれの生徒だった。

 



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疑惑の行方

 コリン・クリービーはカメラを構えたままの姿で固まっていたらしい。近くに落ちていた見舞いの品から、こっそり医務室のポッターに会いに行こうとしたところを、「継承者」にやられたという噂がすぐに広まった。

 

 前から広まっていた噂の通り、犠牲者はマグル生まれだったので、ますますスリザリン生達は疑いの目で見られるようになってしまった。

 

 

 

 

「ああもう嫌になっちゃうわ!すれ違う奴らが全員、私たちのネクタイを見た瞬間踵を返して逃げていくのよ!最初は面白かったけど、もう鬱陶しいったら!」

 

 普段畏れられることを楽しんでいる節があるパンジーも、ここまで一辺倒に逃げ去られるのはつまらないらしい。大きくため息をついて談話室のソファに座り込んだ。

 ダフネが憂鬱な表情でそれに同意する。

 

「そうね。ドラコはこの状況を楽しんでいるようだけど、私は正直、あまり面白くないわ――――だって継承者は怪物を使うんでしょう?何かの拍子に私たちが巻き込まれない可能性が無いわけじゃないでしょ?」

「そうだよ。このところ喧嘩を吹っ掛けられる回数も増えてきてるしさ。ここだけの話、いい迷惑だよ。」

「喧嘩を吹っ掛けられるって、どんな状況なのそれ・・・。いくらミリセントが肉体派だからって、魔女なんだからコブシはまずいと思うよ。」

「だって杖抜くより殴る方が速いし。」

 

 ケロっといったミリセントに、ダリアは呆れて彼女の力こぶを見た。体格のいいミリセントは体を鍛えるのが趣味で、見た目以上に力が強いのだ。ダリアはよくズレたことをして軽く――――ミリセント的に軽くはたかれていたので、その威力を身をもって知っていた。

 

 しかしダフネの言う通り、今のところ襲われたのは猫とマグル生まれだけだが、これが狙ってやったことと断言するには、まだ証拠が足りない。彼女の不安ももっともだった。

 

 いよいよ人間に被害が出たとあって、スリザリンの中にも少なからず怯えている生徒は存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒に犠牲者が出た不安の中でも、授業は滞りなく進んでいった。

 

 いつものグリフィンドールとの魔法薬学の合同授業では、相変わらずスネイプがグリフィンドールにネチネチと嫌みを言っていた。通常通りの対応で逆に安心する。

 

 ダリアがノットと組んでふくれ薬を作っていると、ふとノットが思い出したように言った。

 

「そういえばお前、最近よくハッフルパフの女生徒とつるんでるみたいじゃないか。えーと、確か名前は、――――チャントだったか。」

「えっ、見てたわけ!?」

 

 ロミーリア自身の説得の成果か、だいぶ彼女の周辺の警戒も解けてきたので(ただしセドリックの警戒は微塵も解けていない)、ダリア達は以前のように人払いをした教室で密会する必要は無くなっていた。

 

 それでも一応人目は避けて会うようにしていたのだが、どうやらノットは偶然その場面を目撃していたらしい。

 

 ダリアは一瞬焦ったが、そういえばノット自身は純血主義といってもドラコと違って穏健派であるということを思い出し、ひとまず落ち着いた。

 

「うん、最近よく話してるんだ。共通の知り合いがいることが分かってからなんだけどね。」

「へぇ、知り合いねぇ。―――――――――お前の従兄とか?」

 

 ノットは何気なく言ったが、ダリアはその言葉に反応してじろりと視線を鋭くした。最近のダリアにセドリック関連の話題は厳禁なのだ。

 

「違うわよっ!ていうかなんであの子とセドリックにつながりがあること前提なの。ただ寮が同じなだけでしょ!」

「いや、別につながりがあるなんて言ってないだろ。―――――ふうん、なるほどねぇ。」

 

 ダリアの反応を見て、ノットは何か悟ったみたいだったが、ダリアはノットが何に気付いたのかよく分かっていなかった。

 いぶかしがるダリアを曖昧にかわし、ノットは会話を続けた。

 

「だけどお前、ディゴリーと仲悪いだろ。ホグワーツで話してるの見た事無いし。最近はあいつお前の事いい目で見てないし。」

「―――――よく見てるじゃない、あんた暇なわけ?」

 

 ノットの指摘に、ダリアは図星を突かれて悔しそうに答えた。セドリックのことをあまり知らないノットにまで察知されるとは、よっぽどあからさまだったのかもしれない。

 

「まぁ仕方ないかなって思うのよね。私が怪しいことには変わりないし。」

「はぁ?お前が怪しいって、一体どういう理由で――――――――伏せろ!!」

「きゃあ!」

 

 突然ノットに頭を掴まれ、机の下に押し込まれた。途端に大きな爆発が起こり、教室中に作成中のふくれ薬が飛び散る。

 

「なに、なにがおこったの・・・」

「くそ、誰かがゴイルの鍋に何かを投げ込んだんだ――――立てるか?」

 

 ノットに机の上に引っ張り出されながら、恐る恐る教室を見渡す。そこは、体に薬品がかかり一部が膨れ上がった生徒達で溢れる地獄絵図だった。

 スネイプ教授が怒声を上げ、ぺしゃんこ薬を配り終えた後、件の鍋の底から花火の燃えカスを発見した。

 

 一体何の目的で、よりによって魔法薬学の授業でこんなことをしでかしたのか。

 怒りに震えるスネイプ教授を見ながら、ダリアは投げた犯人であろうポッターに目をやった。

 

 

 

 

 

 

 しかしそれから一週間たっても、スネイプはポッターを摘発することは無く、ダリアもそのことを忘れていった。

 

 代わりに、別の話題が主流になっていた。

 

「―――――決闘クラブ?なにそれ。」

 

 ミリセントが興奮気味に告げた言葉に、ダリアは首を傾げた。どうやら掲示板にたった今貼りだされていたらしい。

 どうやら決闘とは、魔法使い同士の作法にのっとった戦いを意味する言葉だという。

 

「それが今夜、大広間で開催されるんだって!――――ねぇ、行きましょうよ!」

 

 ミリセントは目を輝かせて言うが、ダリアはあまり乗り気でなかった。

 ダリアはスポーツ全般が苦手だったからだ。

 

「ミリセントは、こんな可愛い私が獣たちの中に放り込まれて、無事に出てこれるとでも思ってるの?かわいそうだと思わない?」

「――――――いやまあ、すぐにぺちゃんこになりそうだとは思うかな。」

 

 ダリアの貧弱な肩やら首やらを見て、ミリセントはそう思った。ミリセントが軽く捻るだけで握りつぶせそうな細さだった。

 仕方なしにダフネやパンジーを見たが、こちらもあまり乗り気でないらしい。

 ダフネは髪型が崩れるのを嫌い、パンジーも口喧嘩は得意だったが肉体にダメージを与える喧嘩はあまり得意では無かったからだ。

 

 

 ミリセントは誰も決闘に興味を示さないことに衝撃を受けたようだったが、諦めて別の人を誘うことにしたようだ。けがをする危険がある以上、無理強いする気は無かった。

 

「ちぇっ、わかったよ。ドラコに行かないって伝えておく。あーあ、ザビニでも誘うかな―――」

「え、ドラコも行くの?―――やっぱり私も行くわ!」

 

 男であっさり意見を変えたパンジーを、3人は生暖かい目で見た。

 

 

 

 

 

 

 大興奮で大広間へ向かっていったドラコ、ミリセント、パンジーだったが、数時間ほどたって談話室に戻ってきた時には、むっつりと黙り込んでいた。

 見れば全員、どこかしこに青あざを作っている。

 

「何それどうしたの?魔法を使った決闘じゃなかったの?ボクシングでもしてきたわけ?」

 

 ダリアはびっくりして訪ねたが、どうにも反応が薄い。彼らがむっつりしている理由は、他にあるようだ。

 

 ドラコがそのままの表情で寝室に向かった後、パンジーが決闘クラブでの出来事を教えてくれた。

 

 

 決闘クラブはなんと、ロックハートが立ち上げたクラブだったらしい。それを聞いた時点でダリアは行かなかった自分の判断を素晴らしいと思ったが、続く言葉に今度はその判断を後悔した。

 

「ロックハートとスネイプ先生の決闘?―――――――なにそのすっごいの!ずるいわ、私も見たかった!」

 

 ロックハートの授業はもはや何の勉強にもなっておらず、闇の魔術に対する防衛術はただの演劇鑑賞会(しかも演者は素人)になってしまっていた。

 ダリアはサイン会で書いてもらったロックハートの丸いサインを呪文で消し。常にカバーをかけることで、表紙の写真すら見ることが無いように徹底して避けるほどだった。

 

 同じようにロックハートを忌々しく思っているスネイプはさぞかし盛大に奴を吹っ飛ばしてくれたに違いない。その場面を見るためだけでも、今日は決闘クラブに参加するべきだったかもしれない。

 

 ダリアの興奮具合に笑い声を上げたパンジーたちだったが、またすぐに思い悩んだような表情に戻ってしまった。

 

 

 教師同士のデモンストレーションが行われた後、生徒同士で実践があり(青あざはその時できたものらしい)、最後に行われた生徒同士の決闘のデモンストレーションで事件が起こったという。

 

「パーセルマウス?ポッターが?」

 

 ダフネがいぶかし気に聞いた。グリフィンドールのポッターが、スリザリンのシンボルともいえる蛇の言葉を使うことが信じられなかったのだろう。

 

 しかし、実際にポッターはドラコとの決闘で、全生徒の前で蛇語を操り、ハッフルパフ生の一人に蛇をけしかけたという。

 サラザール・スリザリンが使ったことで有名な蛇語をポッターが使ったことで、「ポッター継承者説」がにわかに学校中に広がったのだ。

 

「コリン・クリービーは前からポッターに付きまとって迷惑がられていたでしょう?だから余計信憑性が増しちゃって。」

「だからドラコはあんなに怒ってるんだよ。ポッターなんかが継承者のはずがないってさ。」

 

 蛇どころか動物全般と意思疎通ができるダリアは、驚いたふりをしながらも内心安心していた。

 今までうっかり蛇と話すところを見られなくてよかったかもしれない。

 それにうまい具合にいくと、セドリックの疑いもポッターの方へ向かってくれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そのジャスティンっていう子はもうすっかりポッターのことを継承者だと思ってるんだ。」

「ええ。かわいそうにすっかり怯えてしまって。一人で廊下を歩くこともできないほどなの。」

 

 翌日の朝、空き教室でロミーリアと会っていつものように世間話をしていると、ちょうどポッターに蛇をけしかけられたという生徒の話題になった。

 ポッターがパーセルマウスということを知ってしまって以来、彼が継承者であると思い込んでいるらしい。

 

「蛇と話せるってだけで、ポッターもかわいそうだなぁ。その場面を見てないから何とも言えないけど、蛇語なんだから何言っているか他の人は分からないんでしょ?」

『そうだと思うよ。まぁ、普通の人間は蛇語なんて話せないからなぁ。自分と違うものを異常に攻撃しようとするのは人間の特徴だよ。』

 

 鞄に入れて連れてきたトゥリリが、ダリアの膝の上でブラッシングを受けてあくびをしながら言った。

 その様子を、ロミーリアが興味深そうに見ている。つい先日、神殿の猫を実際に見てみたいと彼女が言うので、実際に連れてきたのだ。

 トゥリリは普段は普通の黒いペルシャ猫だが、攻撃的な時には頭が三つ、足が7本の姿に変身し、鋭くなった爪や牙で相手を引っ掻き回すのだ。ダリアの後見人が第10系列世界から連れ帰った猫の子孫の一匹である。

 だがこうしてみると寝ぼけた家ネコにしか見えないのだから、その実感はわかない。

 

「ダリアは猫語だけじゃなくて、他の言葉もしゃべれるのよね?この前廊下で聞いたのも、何かの言葉だったの?」

「ううん。私がしてるのはただの意思疎通だから、その動物の言葉をしゃべってるわけじゃないよ。にゃーにゃー言ってないでしょ。なんとなく相手の言ってることが分かるだけ。」

 

 ダリアが動物全般と会話ができるのは、自分の意思を魔力で相手に伝え、そして相手の意思を魔力で感じ取ることが出来るからだった。猫語や蛇語を使うことが出来るわけでは無い。

 

 ――――でも確かに、あの時廊下で聞いた声は、今思えば蛇の鳴き声に聞こえなくもなかったかもしれない。それがはっきりしさえすれば、色々と対策はとれるんだけどな。

 

 マグル生まれ(ということにこの世界ではなっている)故に、襲われる可能性が高いロミーリアを見て、ダリアは怪物の正体について考察を深めていった。

 

 

 

 

 

 ロミーリアと別れた後、ダリアはダフネ達と合流して、変身術の授業に向かった。

 城の外は大吹雪が吹くほど荒れた天気で、石造りの城内も凍えるような空気の冷たさだったので、生徒達は誰もがこっそり魔法の懐炉(中で温かい火が燃え続けている容器)を持ち込んで授業を受けていた。

 

 寒さで指がかじかむ中、苦労してマクゴナガル教授の長い板書をノートに書き写していると、突然廊下からピーブスらしき大きな叫び声がした。

 

 眉を顰めたマクゴナガルが叱りつけようと教室を出たが、そのまま何かに気付いたようで、慌てた様子で走り去って行く。

 

「何があったのかしら・・・」

「いつものピーブスのいたずらなんじゃない?」

 

 マクゴナガルが居る前では真剣に物の色を変える呪文の練習をしていたスリザリン生達だったが、教授が帰ってこないとなるとたちまちおしゃべりを再開した。

 しかし厳格なマクゴナガル教授が授業を放り出して駆け出すとは、よほどのことがあったに違いない。ダリアはなんだか嫌な予感がした。

 

 やがてどんどん廊下が騒がしくなっていき、教室で待っていることに耐えられなくなったスリザリン生達も、様子を見に外へ出てみることにした。

 

 廊下の向こうでは人だかりができており、何かを怯えるようにして遠巻きにしている。

 ダリアはその人だかりの隙間に、何か良く分からないものが浮遊しているのに気が付いた。

 

「なに、あれ・・・」

「ねえ!あれ、ゴーストじゃない!?グリフィンドールのほとんど首なしニック!」

「うそ、ゴーストまで狙われるの!?」

 

 パンジーの悲鳴のような声に、スリザリン内でも動揺が広がっていく。無差別どころの話ではない。怪物は相手が生きていようと死んでいようと、どちらでも構わないということが分かってしまった。

 

 今回石化したのは、ほとんど首なしニックだけではなかった。ニックの足元には、カチコチに硬直した生徒が二人、折り重なるように横たわっている。

 ダリアはそのうちの一人を、信じられないような気持ちで見つめた。

 

「ロミーリア・・・!!」

 

 先ほど別れたばかりのロミーリアが、大きな青い瞳を恐怖に歪ませ、その表情のまま凍り付いていた。

 

 

 

 

 

 

 ダリアはロミーリアのことで自分が思っていた以上にショックを受け、そのままの足でふらふらと図書室に向かった。怪物の正体を突き止めようと思っていたのだが、色々調べ物をできる精神状態でもなさそうだった。

 

 ロミーリアはダリアと別れた後、そのままジャスティンに出会ったのだろうか、一人で廊下も歩けないほど怯えているという彼に付き添っていく内に、何者かに襲われた可能性が高い。

 

 ぼんやり考えながら歩いていたダリアは、何者かが足早に近づいてくるのにも気が付かなかった。

 ダリアは突然強い力で腕を掴まれ、近くの教室に引き込まれた。

 

 

 ダリアを引き込んだのは、セドリックだった。

 この世界において今やたった一人の、ダリアが「本来ならここにいるはずでない存在だ」ということを知っている彼が、怒りに燃える灰色の目でダリアを睨んでいる。

 

 これはまずいことになったぞ、と頭の冷静な一部が考えた。しかしなんと弁解しても、セドリックの誤解が解けることは無いだろうこともどこかで分かっていた。

 セドリックにとってダリアは未だ目的のはっきりしない正体不明の異物であり、そんな彼女の近くで起きた事件とあれば、誰が怪しいかは明白だったからだ。

 

「これで3人だ―――――――――もう十分だろう。君が何を企んでいるのかは知らないけど、今すぐホグワーツから出て行ってくれ。」

 

 感情を押し殺したような低い声だった。今回の犠牲者は二人ともハッフルパフの生徒だった。

 恐れていたことが現実に起こってしまい、我慢の限界がきてしまったのだろう。直接容疑者を叩こうと考えたのかもしれない。

 

 ダリアは意味がないと思いつつも、一応何か言い訳をしなければと口を開いた。緊張でのどが張り付いて、上手く息を吸うことが出来ない。

 

「わ―――――私じゃないわ。」

 

「その言葉を信じることが出来ないのは、わかるだろう。ジャネットは今日、君に会いに行くと言って寮を出ていった――――――そしてそのまま石になってしまった!君以外を疑うなって方が無理だろう!」

 

 彼女と別れたのは全く別の場所だとか、そもそも彼女が石になったときダリアは授業を受けていたとか、言いたいことは色々あったが、それを告げてもたいしてセドリックの疑惑は晴れないだろう。ダリアは人の記憶を変えることが出来るのを、彼は知っている。

 

「君が来てから急に、ホグワーツではおかしな事件が起こるようになった!クィレル先生はマグル学の教授だった時とは全く人が変わったようになっていた―――君が現れた年から!今回の事件だって、君がミセス・ノリスを発見したことが発端だったし、君が目を付けたジャネットが襲われた!」

 

「――――結局何が言いたいのよ!去年のことまで私がやったとでもいいたいわけ!」

 

「君が直接手を下したのでなくとも、何か糸を引いていたんじゃないか!?」

 

「思い込み激しすぎるでしょ!どうしてそうなるのよ!私は賢者の石なんか欲しくもなんともないわ!」

 

「――――――――――でも、疑うしかないじゃないか!僕は未だに、君の目的も、正体も、何も知らないんだ!家族の記憶を操った君を疑うなって方がどうかしている!」

 

「―――――っ」

 

 出会った時から1年と半年が過ぎ、ようやく初めてダリアとセドリックは声を荒げた罵りあいをすることになった。

 お互い騙し騙しやってきたが、ついに見て見ぬふりをしていたツケを払う時がきたようだった。

 

「これ以上の犠牲者が出る可能性があるのに、その原因かもしれない君を放置しておくことは僕にはできない――――この襲撃をやめて、今すぐホグワーツを去れ!」

 

 セドリックはひるんだように口を噤んだダリアを憎々し気に睨むと、最後にもう一度叩きつけるように叫び、教室を飛び出していった。

 

 ダリアは扉が乱暴に閉められる音を聞きながら、茫然と立ちすくむしかなかった。

 



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クリスマスの悪夢

一部修正しました。


 あっという間にクリスマス休暇がやってきた。

 同室の友人たちが荷造りをする中、ダリアは今年、ホグワーツでクリスマスを過ごすことに決めていた。

 流石にあんなことがあったにもかかわらず、ディゴリー家にノコノコ帰る気にはなれなかったからだ。

 ディゴリー夫妻にはそれらしい理由を伝え、反対する手紙は見なかったことにした。きっとセドリックが家に帰って宥めてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ダリア、本当に残るの?家に帰りづらいのなら、うちへ来ない?」

 

 ほとんど首なしニックが襲われて以来、怪物は無差別に生徒を襲う可能性があることに気付いたスリザリン生達は、ほとんどが安全な実家に帰省することを選んでいた。

 

 荷造りを終えたダフネ達が心配そうに聞いてきたが、ダリアは力なく首を振った。本当は行きたかったのだが、ダリアは休暇中、ホグワーツでやりたいことがあった。

 ちなみにマルフォイ邸からもクリスマスパーティーの誘いがあったのだが、ドラコが今年はホグワーツに残るらしく、息子が居ないのにパーティーに出席するのもどうかと思ったので今回は断りの手紙を書いた。

 

 ダフネ達は心配そうに何度も振り返りながら、自分たちの家族とクリスマスを過ごすために実家に帰って行った。

 

 

 

 

 随分と寂しくなってしまった寝室に一人座りながら、ダリアはこれからの事を考えた。

 

『それで、いい加減何する気か教えてよぉ。ダフネ達の家に行くこと諦めてまでしたい事って、いったい何なの?』

 

「決まってるでしょ。――――――スリザリンの怪物を、捕まえるのよ!」

 

『―――――――ええ???』

 

 トゥリリは口をぽかんと開けてダリアを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

『む、無茶だよぉ!今回の犠牲者たちの様子、見たでしょ?怪物はきっとすっごく強力な魔法生物だよ!確かにダリアは大魔法使いだけど、おっきな牙でかまれたら死んじゃうし、鋭い爪で引っ掻かれても死んじゃうんだよ!防護魔法はかけれるかもしれないけど、どんくさいダリアに物理的な攻撃はかわせないよぉ!』

 

「うるさいっそんなの分かってるわよ!――――でもこうする以外に思いつかないんだもん!危なくてもやるしかないの!―――――それにあと『7つ』は残ってるから、最悪の事態にはならない、はず!」

 

『そういう問題じゃないって!ああもう、待ってよダリア!』

 

 足元でニャアニャア鳴くトゥリリを無視しながら、談話室を突っ切って寮の外へ向かう。

 がらんとした談話室の中、同じように居残り組のクラッブ、ゴイルと話をしていたドラコが、ダリアに気付いて声をかけた。

 

「ダリア、どこか行くのか?よかったらこっちでチェスをしようよ。こいつら弱すぎて勝負にならないんだ。」

 

「今からちょっとスリザリンの怪物捕まえてこなきゃいけないから忙しいの!悪いんだけどそこの食い意地兄弟で我慢してよね。」

 

「――――――怪物!?」

 

 ドラコの驚愕をよそに、ダリアは図書室へ速足で向かった。

 

 

 

 

 

 

 ダリアはまず、怪物の正体をはっきりさせようと、図書室で太古の生物について書かれている本を借りた。

 とはいえ、ダリアは大体の目星を既につけていた。

 体を石のように変化させる能力を持った生物など、そう多くは居ない。

 

「きっとメデューサか、コカトリスか、バジリスクあたりだと思うのよね。どれもスリザリンらしく蛇が関係した魔法生物だし。」

『へぇ、そりゃあ大したもんだ。どいつもこいつも災厄級に危険な生き物じゃん・・・』

 

 ダリアの暴走を止めることをすっかり諦めてしまったトゥリリが、ふてくされて言った。ダリアはトゥリリの背中を撫でてあやしながら考える。

 

 ―――確かにトゥリリの言う通り、どの生物も大変危険な生物だ。メデューサは人型だけあって知能が高く、バジリスクとコカトリスは視線だけで人を殺すことが出来る。

 

『それで、3つのうちどいつだか分かるの?』

「決め手がないのよねぇ――――メデューサなら人語を話せるはずだから除外していいとして、コカトリスだったら、頭が鳥だから知能もそんな高くないはずだし楽なんだけど――――やっぱりバジリスクなのかなぁ。」

 

 ダリアはため息をついてバジリスクのページを読み上げた。

 

「唯一の天敵は雄鶏の時を作る声――――どう考えてもこいつね。」

 

 今年に入ってハグリッドの小屋の鶏が根こそぎ殺された事件があったのを思い出し、ダリアはため息をついた。

 

 怪物がバジリスクだとわかれば、次は何処に住んでいるかだ。ホグワーツには魔法的に隠された場所がいくつもあるので、隠蔽の痕跡がないかいちいち探していく必要がある。

 蛇の性質的に、おそらく水場の近くだと思うので、そこを重点的に探していこうとダリアは決意した。

 

 

 

 

 

 しかし、この作業が思いの外面倒だった。

 ホグワーツは広大で、水場だけでも山ほど存在したからだ。

 

 ダリアは毎日ホグワーツ中に意識を飛ばしまくってバジリスクの潜みそうな場所を探したが、結局痕跡すら見つけられないまま、ついにクリスマスの朝になってしまった。

 

 

 

 

 

 

『メリークリスマス。ダリア。』

「トゥリリ―――――――メリークリスマス。」

 

 夜遅くまで寮を抜け出して秘密の部屋を探していたダリアは、昼過ぎになってようやく目を覚ました。ベッドの足元には、プレゼントが山積みにしてあった。

 

『今年もプレゼントがいっぱいだよ。あ、セドリックからは無いけどね。』

「あったら逆にびっくりよ――――」

 

 ぶつぶつ言いながらトロトロ身支度を整えたダリアは、まずプレゼントに添えられている手紙から順に開封していった。

 

 どの手紙にもダリアが無事かどうかを心配する内容が書かれている。

 特にディゴリー夫妻からの手紙は、泣き出さんばかりに心配していることが伝わってきて、ダリアは色々迷惑をかけていることを思い申し訳なくなってしまった。

 

 それぞれに返事の手紙を書いてふくろう小屋へもっていっているうちに、いつの間にか日は沈み、クリスマスパーティーが始まる時刻が近づいて来ていた。

 

 

 

 ホグワーツのクリスマスパーティーは、マルフォイ家のものより形式ばっては居なかったが、生徒が少ししか残っていないのがもったいないほど豪華絢爛なものだった。

 

 ダリアはドラコやクラッブ、ゴイルと一緒に大広間に来て、何本も聳え立つクリスマスツリーをぽかんと見上げた。

 

「すっごい!実はドラコの家のツリーより豪華なんじゃない?」

「なんだと!」

 

 憂鬱な気分も忘れて思わず叫ぶと、横で聞いていたドラコと即喧嘩になってしまった。

 大広間の入り口辺りで立ち止まってキャンキャン言い争いをする二人を、珍しくクラッブとゴイルが止めに入った。

 腹が減って仕方がないので、早く席についてごちそうにありつきたかったらしい。

 

 

 クリスマスパーティーは穏やかに過ぎていった。スリザリン生はダリアの他にはドラコ達とあと数人しか残っていなかったが、料理はおいしくダリアの大好物のラムチョップが何皿でも食べれたし、今年は間違えて酒を飲む心配もしなくていいので、お嬢様ぶる必要のなかったダリアは意外とリラックスしてくつろぐことが出来た。

 

 

 

 

 

 満腹になったダリアとドラコは、トゥリリへのお土産を包むと、まだクリスマス・プディングを食べ終わる気のないクラッブとゴイルを置いてスリザリンの談話室に帰ることにした。

 

 帰る途中、ドラコがこっそりダリアに聞いてきた。

 

「そういえば君、前スリザリンの怪物を捕まえに行くとか言ってたけど、あれって一体どうなったんだ?」

「なによ、上手くいってると思う?私がスリザリンの怪物を捕まえてるなら、学校中に自慢して回ってないはずがないと思うんだけど。」

「つまり?」

「――――――――全然手掛かりも見つけられてないわよっ!」

 

 ダリアは談話室に戻ると、ホグワーツの校内に魔法的な空白地帯が存在しないかをチェックするため、プリプリしながら女子寮への階段を駆け上がった。

 

 

 

 

「昨日でようやく、1階の調査が終わったわ。今日からようやく2階――――――この学校、広すぎるんじゃない?絶対クリスマス休暇が終わるまでに見つけらんない!」

『だったら大人しく諦めなよぉ――――わざわざ自分から面倒な思いしてまで危険なことする必要なんてないんだからさ。』

「無理よ!このまま怪物を放っておくと、いずれホグワーツは閉鎖されちゃうに違いないもの。何とかして無力化させなきゃ。―――――じゃないと私、今度こそどこにも行くところが無くなっちゃう。」

 

 ダリアは今日調べる場所に目星をつけて、いったん談話室に駆け降りた。

 目当てはドラコの持っている高級な菓子だった。

 

 

 

 

 

「ドラコ!お菓子ちょうだいよ!」

 

 ドラコは暖炉前の一番温かいソファに座り、クラッブとゴイルと談笑している最中だった。

 どうやら3人は、一つの新聞記事を見てそれについて笑っていたらしい。

 ダリアは机の上に広げてある菓子に遠慮なく手を付けながら(クラッブとゴイルはいつもダリア以上に遠慮しないくせに何故か今日は控えめだった)、ドラコの持っている新聞記事に目を通した。

 

「えーとなになに――――――あ!ポッター達が乗ってきた空飛ぶ車のことじゃない!こんなのよく覚えてたわねぇ。ドラコってばしつこすぎない?」

「もっといい言い方はないのか!例えば、粘り強いとか、そんな感じのいい意味のさ――――はぁ、まあいい。君にそこらへんを期待したところで無駄だろうからな。」

 

 ダリアは無言でドラコの脇腹をつねった。ダリアは手が小さいので、その分痛みは鋭いものとなる。ドラコは体をくの字に折り曲げて痛みをこらえた。

 

 

 そんなドラコをあっけに取られたように見ていたクラッブが、思い出したようにダリアに聞いた。

 

「そ、そういえば、モンターナは何故ホグワーツに残ったんだ?」

 

 この休暇中何度も繰り返し聞かれた質問にダリアは思わず声を荒げた。

 

「あんたねぇ――――何回同じこと言わせれば気が済むのよ!そんなにすぐ忘れちゃうなら、メモでも取ってっていつも言ってるでしょ!」

 

 ダリアの剣幕にクラッブとゴイルは面食らった顔で瞬きした。いつにもまして反応が鈍い気がする。ダリアはため息をついて、ホグワーツに残った経緯を説明することにした。

 

「ホント面倒なんだから―――――――いい?最後の一回よ。この次聞いてももう教えないから。―――――スリザリンの怪物を捕まえるためよ!」

 

「「怪物を捕まえる!?」」

 

 良くもまあこんなに毎回驚くことが出来るものだ。本当に毎回質問したことを忘れているとしか思えない。ドラコが呆れたように言った。

 

「僕も君に何回も繰り返して言ってる言葉があるんだけど覚えてるかな―――――怪物を捕まえるのは危険だからやめようとは思わないのか?」

「思うわけないでしょ。その為にダフネの家に行くのも諦めたんだから。スケートしたかったのに。」

 

 グリーングラス邸は、冬になるとプールを凍らせてスケートリングを作るという。

 クリスマスパーティーはプールのすぐそばの屋外で行い、ごちそうをお腹いっぱい食べた後は、子供たちは思う存分スケートをして遊んだらしい。

 

 ダリアはスケートに未練たらたらだったので、ダフネからの手紙に添えられた写真を思い出して口を尖らせた。すごく楽しそうだった。

 

 しかしドラコは未だ納得しない顔で続けた。

 

「ディゴリーの疑いなんて放っておけばいいじゃないか。どうせいつものスリザリンに対する根拠のない疑惑だろう?」

「あー、何ていうかそうでもないっていうか―――――まぁ、色々あるんだよ私にも。初対面の時色々やらかしちゃったからさぁ。―――――あ!ちょっとゴイル、そのお菓子最後の一個じゃない!頂戴よ!」

 

 ダリアはゴイルがノロノロ掴んだフィナンシェを勢いよくもぎ取り、いそいそと袋を開けた。ゴイルの贅肉になるより、美少女の夜の活力となる方がお菓子にとっても幸せに違いない。

 

 ダリアは満足いくまでお菓子を食べると、さっそく夜の探索に出かけるべく、寝室に駆け上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 ポリジュース薬による変化が予定より早く解けてしまったハリーとロンは、慌ててスリザリンの談話室を飛び出し人目に付かない場所にまで逃げだすことになった。

 

 ようやく一息つける場所にたどり着くとすっかり変化は解け、二人ともダボダボのサイズの靴を引きずる状態になってしまっていた。

 

「しっかしまァ―――――」

 

 ロンが息を整えながら、あえぐように言った。

 

「噂以上のお姫様状態だったよな?あのマルフォイに一切遠慮ナシだぜ?僕はあいつがセドリックの従妹だなんて今でも信じられないよ―――――」

 

 ハリーもロンと同じように息を整えながら、先ほどのスリザリンの談話室の中での出来事を思い返した。

 

 ダリア・モンターナ――――――ハリー達の学年で一番の才女で、艶やかな黒髪に青い瞳の可憐な美少女だ。

 

 ダリア自身はそう他寮の生徒に積極的に絡んでくる方ではないが、よくつるんでいるパンジー・パーキンソンは頻繁にグリフィンドールに嫌がらせをしてくる生徒の一人だし、ダリア自身去年の学期末試験でぶっちぎりの差をつけて首位の座に君臨した実績を持っているので、ハーマイオニーが一方的にライバル視しており、スリザリンの中では目につきやすい生徒ではあった。

 

「そうだね。」ハリーは先ほどダリアにお菓子を強奪された時の事を思い出しながら答えた。

「普段大広間で眠そうにしてるとこしか見たことが無かったから、驚いたよ。」

 

 ハリーは1年生の時、ダイアゴン横丁での買い物の時にセドリックとダリアに出会ったことがあったが、ロンの言う通り、あまり似てない従兄妹同士だと思った記憶がある。

 

 顔よし、成績よし、人柄よしの完璧超人のセドリック・ディコリーはハッフルパフの王子様としてホグワーツでも指折りの有名人だった。

 あの親切なセドリックと比べると、血のつながりを疑いたくなるほどの傍若無人っぷりだったのは同意せざるを得ない。

 

「セドリックに疑われてるって言ってたけど、あのお人よしのセドリックがそうまで思うって、よっぽどだぜ?あいつ、一体何をやらかしたんだろうな?」

 

「それにスリザリンの怪物を捕まえるとも言ってただろ?やっぱりスリザリン生も、継承者の正体について知らないんだよ。」

 

 貴重なポリジュース薬を使ったにもかかわらず、捜査が振り出しに戻ってしまった二人は途方に暮れ、ハーマイオニーが居る2階の女子トイレへとぼとぼ戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 深夜になり、生徒達が寝静まったのを確認したダリアは、ようやく秘密の部屋の調査に乗り出した。

 

 ベッドの上に色とりどりの護符を並べ、置いていく肉体に強力な護りの魔法をかける。

 呪文が正常に働いているのを確認してから、ダリアはトゥリリに声をかけた。

 

「じゃあ、2階の女子トイレを調べてくるから。誰かが訪ねてきたら、起こしてね。」

『はいはい。でも気を付けるんだよ?いくらダリアが大魔法使いでも、まだまだ修行中なんだから。1000年生きてる魔法生物を捕まえるなんて、御大なら本来絶対許さない相手なんだからね?ダリアはうっかりさんだし、どんなところで思わぬミスをするかわかんないし。』

「分かってる、慎重にやるわ。突然目の前にバジリスクが現れない限り大丈夫よ!」

 

 ダリアはこの時盛大にフラグを立てた事に気付いていなかった。

 

 

 

 目を閉じたダリアは、意識を2階の女子トイレに飛ばした。

 視界がはっきりと開けた瞬間、ダリアは目の前に巨大な蛇の黄色い目玉があることに気がづき、あっと思う間もなく、ベッドの上のダリアは石になってしまっていた。

 

『ダ、ダリア!?』

 

 突然目を見開いたかと思えばいつの間にか石化しているダリアに気付き、トゥリリが仰天した声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 次の日、石のように固まったダリアを発見したのは、ダリアと同じようにホグワーツに残留していたスリザリンの上級生だった。

 女子寮の一室の扉の前で、猫があまりにもニャアニャア鳴くものだから、不審に思ってその部屋の扉を開けてみたのだ。

 

「ねえ、この猫はここの飼い猫なの?ずっと鳴いてるんだけど―――――」

 

 部屋の中に入った上級生が見たものは、包装を剥がされないまま放置されたクリスマスプレゼントの山と、山のように積まれた古代生物に関する本、そしてベッドの上で目を見開いたまま硬直するダリアだった。

 

 

 たちまちスリザリンの寮内は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。

 スリザリンの生徒が、しかも寮内で襲われたのだ。

 自分たちだけは安全だという思い込みが崩された彼らは大混乱に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱり言わんこっちゃないでしょ!これどーすんのさ、ダリア』

 

 ―――――――大変なことになってしまった。どうして今年はやることなすことうまくいかないんだろう。

 

 ダリアは運ばれていく自分の体を見つめながら、頭を抱えていた。

 



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禁じられた森

 まさか意識を通してバジリスクの目を見ただけで、肉体が石化してしまうとは、予想外もいいところだ。

 

 調査の最中置いていくことになる体は、いつものように護りの呪文をたっぷりとかけて保護していた。誰かが保護されたダリアの体を利用しようとしたり傷付けようとしたりしても、それこそバジリスクだってかすり傷一つ負わせることは出来ないはずだった。

 

 しかしダリアは、意識の方の保護は全く考慮していなかった。

「意識」と言うものの、要はただ自分の視界をその場に飛ばすだけだ。実態があるわけでもないただの意識を察知できる者など居るはずもないので、保護する必要性も感じていなかったのだ。

 

 今回に限っては、相手が「目があっただけで殺す」というバジリスクなので、直接対峙する際には何らかの対策が必要だということを考えてはいたものの、まさか潜伏場所を調べる段階で鉢合わせしてしまうとは予想もしていなかった。

 

 まさかバジリスク自身も、知らぬ間にスリザリンの生徒を一人石にしていたとは夢にも思うまい。

 どう考えても、ダリアが勝手に自滅しただけだった。

 

 

 

『だからいつも言ってるでしょ、考えが甘いって!結局なんだか変なことになっちゃったし。ダリア、ちゃんと戻れるの?』

 

 ―――わかんないよ!こんな状態になったことないもん。でも体の中にはどうしてか戻れないし、そもそも体は石になっちゃってるし。どうしよう。

 

 バジリスクと視線が(一方的に)合って体が石化し、意識だけの状態で帰るに帰れず途方に暮れていたダリアだったが、体の周りを漂っているところをトゥリリに発見された。

 

 意識だけの状態のダリアはやはり他の誰にも気づかれることが無かったのだが、幸いなことに神殿のネコの血を引くトゥリリにだけはダリアの存在を感じることが出来るらしかった。

 

『それでもほんとにうっすらとしかわかんないよ。ダリアの姿がはっきり分かるわけでもないし、何となく声が聞こえただけだもん。ダリアが自分の体の周りでぐすぐす泣いてなきゃ気付かなかったよ。』

 

 ―――――泣いてないもん・・・。ああ、やっぱり魔法も魔術もなーんにも使えない!のどが無いから呪文も唱えられないし、そもそも考える脳みそが無いんだもの!むしろどうして私は今こんな考えていられるの?

 

『残留思念ってやつじゃないの?よく分かんないけど。・・・ねぇ、どうにかして元に戻れないよね?』

 

 ―――――適当言わないでよ!こーんなに可愛い女の子を悪霊みたいに!あ、でも私、今顔も無いんだった・・・。

 

 トゥリリは時々鋭いことも言うが、とんでもなく適当なことを言う場合もある。今の『残留思念じゃない?』はその中でもとびきり適当なあしらい方だった。

 しかし、脳みそも無いのに思考する存在など、残留思念としか呼びようが無いのもまた事実だった。

 

 それからというものの、どうにかして体の中に戻ろうと試行錯誤するものの、どうにもうまくいかない。

 体の中に戻ってしまえば、石化状態も解除できると思うのだが、今は文字通り手も足も出ない状態のダリアは途方に暮れてしまった。

 

 これは石化が解除するまでは、何もできないかもしれない。

 ダリアはそう思い至り、気が遠くなってしまった。マンドレイクが収穫されるまで、あとどれくらいかかるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに帰ってきた生徒達は、クリスマス休暇中にスリザリンの生徒までが襲われたと聞き、更に動揺した。

 

 知らせを聞いてすぐに駆けつけてくれた同級生たちは、目を見開いた表情のままベッドに横たわったダリア(ダリアは自分のこの表情を見るたび、なんて間抜けな顔なんだろうと恥ずかしく思っていた。もっときりっとした表情で固まりたかった)を見て泣き崩れた。

 

 

 

「そんな――――ダリア!だから危ないって言ったのに!クリスマスには手紙の返事をくれたのよ?その後でこんなことになるなんて!」

 

「見てよこのびっくりしたような顔――――――この子どんくさいから、自分でもこんなことになるなんて思ってもなかったんだわ――――――やっぱり無理やりにでも連れて帰っておけばよかったのよ・・・・。」

 

「ダリアの馬鹿!あんたは自分が思ってる以上に抜けてるのよっていつも言ってたのに!――――――どうしてこんな無茶したのよ!」

 

 

 ダリアの体にすがりついてさめざめと泣く3人に、ダリアは申し訳なく思った。一言二言余計な事を言っている気もするが、自分の間抜けな失敗のせいで本当に悲しんでいるらしい。

 もう少し慎重に行動すればよかったかもしれない。焦るあまり、いつものやり方で大丈夫だろうと高をくくってしまっていた。

 

 

 

 

 

 現場の状況やドラコの証言から、「ダリアはスリザリンの怪物を捜索しようと、『幽体離脱(スネイプにそんな風に説明していた)』をしている最中に襲撃された」という判断が下された。

 

 もちろん「意識だけで学校中を徘徊していた末にバジリスクの視線を浴びてしまい、遠く離れた場所の体が石化してしまった」ということなど分かるはずもなく、ダリアの噂が広まるにつれ、寮の中でも安全ではないということを理解した生徒達は、気の休まる場所が無くなってしまった。

 

 以降、生徒達は教室移動の際だけでなく、寮内ですら固まって行動し、決して一人にならないよう厳命された。

 

『一人だろうと三人だろうと、バジリスクにとっては何も変わらないと思うけどなぁ。ねぇ、ダリア―――――ダリア?』

 

 ――――もういや、恥ずかしくてお外歩けない。怪物を捕まえようとして返り討ちにあったなんて噂がこんなに広がってる!これじゃあ私、ただの思いあがった間抜けじゃない!

 

『思いあがったマヌケはまぁ、間違ってないんじゃないかなぁ。散々注意したのにこれなんだもん――――――おっと、ふふーん!今のダリアがなーんにもできないっていうのは知ってるもんね!じたばたしたって痛くも痒くもないよぉ。』

 

 ―――――戻ったら覚えてなさい!一日3回シャンプーしてすみずみまで洗いつくしてやるんだから!泣いて嫌がってもやめない!

 

 ダリアはミリセントが用意してくれたキャットフードを悠々と食べるトゥリリを見て、忌々しそうに見えない足を踏み鳴らした。ダリアの入院中は、ミリセントが自分の飼い猫と一緒にトゥリリの面倒を見てくれるらしい。

 

 トゥリリは自分の忠告を聞かずに危ない事をしたダリアに、少なからず怒っているようだった。

 ダリアも自分が「思いあがったマヌケ」ということは今回のことではっきり思い知ってしまったが、それでも他人に言われるのは頭にくる。

 他にも自分の悪口を言っている生徒(主にグリフィンドール生だった)を見つけると、ダリアは心のメモ帳に相手の名前をしっかり記録しておいた。ダリアは根に持つタイプだった。

 

 

 

 

 

 しかし、石になって悪かったことばかりではない。というか良かったことでも探さなければやっていられない。

 

 まず、スリザリン生のダリアが襲われたことで、他寮の生徒からの風当たりが幾分か弱まった。

 スリザリン生を見ただけで逃げる生徒や、ミリセントに喧嘩を吹っ掛ける生徒が減ったのだ。―――――ダリアはこうなって初めて、「校舎裏に来いや。」の場面を目撃してしまった。相手は上級生だったにもかかわらず、ミリセントは相手が杖を抜く前にコブシで沈めてしまっていた。コブシってすごい。

 

 

 

 もう一つ、セドリックのダリアへの疑いが解けた(かもしれない)ということだ。

 ダリアはまだ見たことが無いのだが、お見舞いに来てくれるダフネ達曰く、何度かダリアの様子を見に来た(らしい)セドリックを手ひどく追い返したことがあるらしい。

 

『なーにが「見たことが無い」だよ。ほんとかどうか確かめるの怖くて、見ないように逃げただけでしょ。』

 

 ――――――――。

 

 彼女らはダリアが、セドリックに疑われているのを気に病んでいたのを知っていたので、それでダリアがこんな危険な真似をしたと考えているらしかった。

 そしてダリアがこんなことになってしまったのは、セドリックのせいだと恨んでもいた。

 

 確かにセドリックに疑われて焦っていたのは事実なのだが、疑いの理由も知っているダリアからすれば、少々心苦しくはあった。

 同時に少しばかりセドリックの思い込みの激しさに腹が立ってもいたので、「もっとやれ」と思う自分も居たのだが。

 

 

 

 

 

 

 とりあえずダリアは当面の方針として、日中は意識だけでも授業を受け、放課後は禁じられた森に入り、マンドレイクを探すことにした。

 可能性はとてつもなく低いが、野生のマンドレイクが生えているかもしれない。

 

『なにもこんなになってまで授業受けなくてもいいんじゃないの?』

 

 ――――――だって勉強遅れたくないもん。分からないことがあるのイヤだし。

 

 マンドレイクが生えているかもしれない草むらを覗き込みながら、トゥリリと共に禁じられた森を散策していく。

 意識だけのダリアはマンドレイクを見つけても触れることが出来ないので、万が一見つけたら、トゥリリに引っこ抜いてもらう必要があるからだ。

 神殿の猫はもともととんでもなく強い魔力を持っているので、マンドレイクの悲鳴を聞いても影響を受けない。

 

 

『それにしても。』トゥリリが周りをキョロキョロ見渡しながら言った。『禁じられた森って初めて入ったけど、たっくさん魔法生物がいるんだねぇ。こんなに賑やかだなんて思ってなかったよ。』

 

 トゥリリの言う通り、思った以上の種類や数の魔法生物が生息している気配を感じた。

 ここに来るまでの間だけでも、ヒンキーパンクやボウトラックル、レッドキャップなどの魔法生物がうじゃうじゃ居るのを目撃している。

 

 ―――――というか、なんでレッドキャップが禁じられた森に居るの?古戦場とかに住んでるんじゃなかった?

 

『そうなの?よく分かんないけど、ここ古戦場じゃないでしょ。迷い込んだだけじゃあんな増えないと思うし―――――――――ダリア、何か聞こえるよ!』

 

 耳のいいトゥリリが突然立ち止まった。前方を鋭く睨みつけている。これまでにないほどの警戒態勢だ。

 

 ――――――危険な生き物?まさかバジリスク?

 

『分からない。でもすっごくやばい感じがするよ。ダリアも意識だけとはいえ、注意した方がいいかも。』

 

 トゥリリが猫らしく音もなく森の奥へ進んでいく。しばらく歩くと、ダリアの耳にも不可思議な物音が聞こえてきた。

 

 ――――――これ、歌?嘘、こんなところに人が居るの?

 

 聞こえてきたのは、明らかに生物の鳴き声では無く、人の歌声だった。歌詞は聞き取れないが、なんとももの悲しい印象の音色だ。

 

 しかしここは森の入り口から大夫進んだ場所である。生徒はおろか、ハグリッドでさえ足を踏み入れることをためらうようなけもの道を進んだその先だ。

 

 返事をすることもなく歌の聞こえる方角へ進んだトゥリリの毛皮が、一瞬でぶわ、と逆立った。

 同時に木立の隙間から見えたのは、目を覆いたくなるようなおぞましい光景だった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――そんな、ありえない。マンティコアだなんて。

 

 マンティコアとは頭は人間、胴体はライオン、尾はサソリの形をした、ギリシアやインドなどの地域に生息する魔法生物だ。サソリの尾には、刺されると即死してしまうほどの強い毒性があるらしい。

 皮膚は丈夫でほとんどの呪文を通さないといい、バジリスクと同じ危険度に分類されるほどの危険性を持っている。

 

 ―――――――――しかし、本来ならイギリスに生息しているはずの無い生物だった。

 

 

 

 マンティコアは食事の最中だった。

 仔馬だろうか。既に息絶えた哀れな獲物の腹を、人間に似た口元を真っ赤に染めて引き裂いていた。

 

 獲物を咀嚼する口元から、低い歌声が響いている。このおぞましい生き物は、食事の際嘆きの歌を口ずさむという。

 

 ―――――トゥリリ、逃げよう。マンティコアが食事に夢中になってる隙に。

 

 いくらトゥリリが神殿の猫だとは言え、鉢合わせて無傷で済む保証はどこにもない。

 ダリアが帰還を促すが、トゥリリは目を見開いたまま動かない。瞳孔を大きく開き、マンティコアが貪っている仔馬をじっと見つめている。

 

 ―――――トゥリリ!

 

『―――――!!』

 

 ダリアの叫びに、トゥリリはハッとしたように後ずさった。

 しかしその際、わずかながら物音を立ててしまっていた。

 

 マンティコアの目が、ぐるりとこちらを向いた。

 

 

 

 

 次の瞬間、トゥリリとダリアは一目散に来た道を引き返していた。背後では、新たな獲物に気が付いたマンティコアが、人のような顔に笑みらしき表情を浮かべて追ってきている。

 

 ―――――トゥリリの馬鹿!私のこと言えないじゃない、どうしてあそこで音立てちゃうの!

 

『ごめん!でもあいつの食べてるものが気になって――――くそ、速すぎる!このままじゃ森の入り口までに撒けないよぉ!』

 

 それは大変まずい事態だ。マンティコアは人を好んで食べる。そんなものをホグワーツに解き放てば、被害はバジリスクの比ではなくなってしまう。

 危険を承知でもう一度森の奥へ逃げ込もうかと考えていた矢先、突然トゥリリの足元に矢が突き立った。

 

「こっちだ!」

 

 木立の奥から、今度こそ人らしき声がした。トゥリリ達は考える余裕もなく、そちらへ飛び出した。

 

 

 

 

 ―――――――追ってこない?うそ、気付かなかったはずないのに。

 

 マンティコアは獲物が目の前で道を逸れたにもかかわらず、追ってこなかった。

 どころか、急に不自然な方向転換をし、元居た森の奥へ戻っていく。

 トゥリリは地面の辺りをフンフン嗅いでいたが、ハッと魔法の痕跡に気が付いた。

 

『ダリア――――――これ、迷いの魔法だ。来たときは気付かなかったけど、中からは魔法生物が出れないように、外からは人間が入れないような魔法がすごく上手に隠されてる。』

 

「―――――その通りだ、異界の猫よ。彼らは森の奥から決して出ることは出来ない。」

 

『あんたは――――――』

 

 木立の奥から、ふたりを救った声の主がゆっくりと現れた。予想よりもずっと大きな影である。

 それもそのはずだった。声の持ち主は、正確には人間ではなかった。

 

『ケンタウルスだったんだ。――――――助けてくれてありがとう。礼を言っとくよ。』

 

「いや――――礼には及ばぬ。我々は仔馬が傷つくことを望まない。」

 

 弓矢を手にゆっくりと現れたのは、栗毛のケンタウルスだった。静かな目でトゥリリを見つめている。

 ケンタウルスを初めて見たダリアは、思わず感嘆のため息をついた。なんてすばらしい毛並みなんだろう。

 馬には乗れないが馬が好きだったダリアは、うっとりと彼の艶やかな胴体を眺めた。

 どうせあちらからは見えないはずなので、遠慮は一切しなかった。

 

『仔馬っていうか、猫なんだけどな―――――って、そんなのはどうでもいいや。ちょっと聞きたいことがあるんだ。この魔法についてなんだけど。』

 

 トゥリリはケンタウルスに迷いの魔法について尋ねようとしたが、彼は悲し気に首を振ると、くるりとこちらに背を向けた。

 

「すまないが、我々はそれについて語る言葉を持たない。我らの詠みはそれについて何の答えももたらさなかった。―――――もう行かねば。今宵は幼き星が一つ潰えた。」

 

 そのままケンタウルスは振り返ることなく森の奥へ消えていった。

 ダリアは名残惜しそうにその背中を見送っていたが、姿が見えなくなると、彼の言葉を反芻し見えない首を傾げた。ケンタウルスの言葉は詩的すぎて理解に苦しむ。

 

 ――――――つまり、何が言いたかったの?あの人。もしくは馬。

 

『――――言えることは何もないってさ。あと、今から仲間の弔いをするんだと思う。―――――さっきマンティコアが食べていたの、きっとケンタウルスの子供だ。上半身はすっかり食べられてしまっていたけど。』

 

 ―――――――!!

 

 ダリアは先ほどのおぞましい食事の風景を思い出した。確かにあの仔馬は、体の半分をすっかり食べられてしまっていた。そこにケンタウルスの上半身が付いていたのだとしたら。

 

 ダリアは無いはずの胃がむかむかしてきた。

 

『この魔法は外から人間を入れることを拒んで、中から魔法生物を出すのを拒む。つまり、人間以外の魔法生物が入ってしまえば、決して出ることができない造りになってるんだ。きっとあの仔馬は魔法の中に迷い込んで、そのまま――――』

 

 ――――つまり、この結界を張った奴は、あのマンティコアをここで飼ってるってこと?マンティコアが逃げないようにした上に人間に見つからないよう隠して、でもエサは勝手に入ってくるようにして。――――まさか、これもスリザリンの継承者の仕業なの?

 

 ダリアはよく考えてみたが、その可能性を否定することは出来なかった。バジリスクの保険に用意してあるのか、はたまたマンティコアが成長しきったら満を持して解き放つつもりなのか。――――――しかしケンタウルスの思わせぶりな言い方も気になってしまう。

 

 ―――――ああダメ!脳みそが無い状態で考えても何にも思いつかないわ!どっちにしろ一刻も早く元に戻った方がいいってことしかわかんない!今はとにかくマンドレイクを探すのよ!

 

『そうだねぇ。出来るだけ早い方がいいかな。じゃないとマンティコアどうこうの前に、バジリスクがホグワーツを壊滅させちゃうよ。』

 

 

 その後も結界に気を付けながら、マンドレイクを探して回ったふたりだったが、結局季節外れのマンドレイクを見つけることは出来なかった。

 

 

 

 

 意気消沈したダリアは、とぼとぼと自分の体が寝かされている医務室に戻って行った。

 別に自分の体の近くに居る必要は無いのだが、他に行くところも無かったためだ。

 寮の部屋では、ダフネ達が未だに辛気臭そうな顔をしていたので、かなり気まずかった。

 

 しかし医務室も暇なので、ダリアは入院している患者を覗き見したり観察したりしながら過ごしていた。

 石化の患者以外は、大体は怪我や病気で寝込んでいる場合がほとんどなのだが、中には誰も来ないと思ってとんでもないことをしている生徒達も居た。

 トゥリリは医務室に基本入ってこれないので、ダリアは誰にも邪魔されることなくじっくり鑑賞していたが、そういう生徒達はすぐにマダム・ポンフリーにすぐに見つかり、即つまみ出されていた。

 

 

 

 変わり種の入院患者も居た。グリフィンドールのグレンジャーだ。あのロックハートのミニテストで100点をとったという彼女を、ダリアはよく覚えていた。

 

 グレンジャーは何故か顔全体に毛が生え、猫の耳がついて、―――要するに顔が猫になってしまっていたのだが、ダリアはその猫の顔に見覚えがあった。

 

 ――――――ミリセントの猫だわ。ははぁん、ポリジュース薬で失敗したのね。この前ポッターが盗んでたのはその材料だったんだ。

 

 以前のポッターの大それた犯行の理由が分かり、スッキリして自分の体があるベッドに戻ったダリアだったが、ベッドを囲う衝立の前にある人物が立っていることに気が付き、飛び上がるほど動揺した。

 なので慌てて大声で、医務室のすぐ外で寝ているトゥリリに向かって助けを求めることになった。

 

 

 ――――――トゥリリきて!!今すぐきて!!どうしても今来て!!

 

 ――――んえ、ええ、なんでさぁ。こんな夜中に。何があったわけ?

 

 壁越しに、トゥリリの寝ぼけ声が小さく聞こえる。しかしダリアは構うことなく、悲鳴のような声で叫んだ。

 

 

 ――――――セドリックが居る!なんでこんな夜中に居るの!?ああもう、なんでもいいから早く来てよぉ!

 

 ダリアは思わぬ時間の思わぬ来客に、完全に取り乱してしまった。

 

 

 

 



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襲撃の真犯人

 イギリスの魔法界には、マグルにおけるプライマリースクールのような教育機関は存在しない。

 それ故魔法族の子供たちは、ホグワーツ入学までの11年間を、閉じたコミュニティの中で過ごすことになる。

 

 これが魔法界の名家の子息令嬢ともなれば、親同士の付き合いの中で同年代の子供と出会う可能性も増えてくるのだが、一般庶民ともなると交友関係は非常に限られてくる。

 

 まさにセドリックは、そうした魔法族の一般家庭で生まれ育った、ごく普通の少年だった。

 

 セドリックの住むオッタリー・セント・キャッチポール村には、そこに住むマグル達に隠されて、少なくない数の魔法族が暮らしている。

 とはいえ、人口減少に悩むイギリス魔法界において子供を持つ家庭はそう多くは無く、セドリックがホグワーツ入学前に面識を持っていた同年代の子供は、隠れ穴に住む赤毛のウィーズリー兄弟たちだけだった。

 

 しかも何かとやんちゃなウィーズリー兄弟(セドリックと同学年の双子たち)は、当時どちらかというと大人しい子供だったセドリックとはあまり馬が合わず、年の近い親戚も居なかった一人っ子のセドリックは、幼年期を幼い子供特有の「いい子へ向ける悪意」のようなものに晒されることなく、素直な性格をそのままにまっすぐ成長していった。

 

 ホグワーツに入学してたくさんの人間の中に放り込まれてもなお、その性質は変わること無く、セドリック・ディゴリーは、「ひたむきさ」と「誠実さ」を兼ね備えた、まさにハッフルパフの模範生と言える少年だった。

 

 整った顔立ちに柔らかい表情、寮を分け隔てすること無く発揮される優しさと、称賛を受けても決して驕ることの無い誠実なセドリックは、たちまち学校中の人気者となっていた。

 

 時折嫉妬めいた感情を向ける生徒が居ても、どこまでも人の良いセドリックを憎み続けることのできる人間はそうは居ない。

 セドリックはホグワーツにおいても、際立った悪意に触れること無く、平穏な生活を送ってきていた。

 

 

 そんなセドリックが、初めて「際立った悪意」のようなものを向けられた相手が、一年前の夏、突如ディゴリー家に現れたダリア・モンターナという少女だった。

 

 両親の記憶を操作され、更に自分自身も不可思議な魔法によって行動を制限されるという恐ろしい経験は、セドリック自身が思っている以上に彼の精神に衝撃を与えていた。

 そもそも、人に洗脳まがいのことをしておいて悪びれもしないということが、セドリックの真っ当な倫理感からすれば理解の範疇を超えていた。

 

 歯向かうことすらできない脅威と同じ家で過ごすという、頭のおかしくなりそうな夏だったが、家の中ではあくまで無害な少女(ワガママではあったが)としてふるまうダリアに、セドリックは徐々に順応するしかなかった。

 

 

 しかし夏休みが終わりホグワーツへ帰ってきてからは、そういうわけにもいかなかった。

 

 何故か立ち入りを禁じられた廊下。セドリックがホグワーツに入学してから理由も無くこのような規則ができるのは初めてだった。

 

 たったそれだけの事をダリアと結びつけるのは、さすがに飛躍がすぎると思ってはいたものの、人を疑うのは初めてと言ってもいいほど平穏な人生を歩んできたセドリックは、自分の中で疑惑がどんどん暴走していくのを止めることが出来なかった。

 

 ダリアとダイアゴン横丁へ買い出しに行った日に起こったグリンゴッツ強盗未遂事件。

 魔法界の英雄、ハリー・ポッターの入学。

 セドリックが一年生だった時とは人が変わったようなクィレル教授。

 

 考えれば考えるほど、ありとあらゆる事象が怪しく見えてくる。

 セドリックはスリザリンに対する偏見など今まで持っていなかったはずなのだが、ダリアがスリザリンに選ばれると、それもまた疑念を強める一因となってしまい、一人自己嫌悪に陥ることもあった。

 

「死喰い人」だったという噂(というか公然の秘密)のあるマルフォイ家やノット家の子供たちと仲が良かった(クリスマスパーティーに誘われるなどしていた)ことも、疑惑を深めていく原因となっていた。

 

 一年の終わりに、クィレルに取りついた「例のあの人」が、ホグワーツに隠されていた賢者の石を狙っていたという事件の顛末を知った時には、セドリックの頭の中で恐ろしい仮説がすっかり組み上がっていた。

 

 

 ダリアは「例のあの人」の仲間で、賢者の石を手に入れるためにホグワーツにやって来たのではないか。

 そのために彼女はクィレルを操って自分の駒として使い、様々な事件を陰から引き起こしていたのではないか。

 計画が失敗するとあっさり駒を捨て、また闇の帝王の指示を待つため潜伏し続けているのではないか。

 

「例のあの人」をまた脅かす可能性のあるハリー・ポッターを、一番監視しやすいこのホグワーツで。

 

 

 色々と抜けのある仮説ではあったが、否定する材料も無い中々に辻褄の合ったこの考えを、セドリックは捨て去ることが出来なかった。

 

 

 

 

 セドリックが4年生に進級しても、ホグワーツでは去年以上に奇妙な事件が起こり続け、いよいよセドリックの仮説が信憑性を増してきた。

 

 ハッフルパフの女子生徒に、今までにない攻撃的な一面をみせたダリア。

 なぜかその彼女とダリア達が一緒になって発見した、石化したミセス・ノリス。

 そしてミセス・ノリスから始まった恐ろしい連続石化事件。

 

 ホグワーツの生徒達はハリーを疑っていたようだが、むしろセドリックは、ダリアが邪魔なハリーに罪を全て被せようと企んだ結果なのではないかとすら考えていた。

 

 クィディッチ好きだったセドリックは、過去2回のクィディッチの試合中、ハリーに降りかかったアクシデントに気付いていたし、その時の試合に限って運動嫌いのはずのダリアが観戦しに来ており、ずっとぼんやりハリーの居る上空を見つめていたことを知っていたからだ。(実際のところ、ダリアは目まぐるしい試合の展開について行けなかったため、スニッチを上空で探すシーカーをぼんやり見るしかできなかっただけなのだが。)

 

 ハッフルパフに二人の犠牲者―――しかも一人は、ダリアに最近執拗に絡まれていた女子生徒だった―――が出た時、セドリックはついに確信に至った。

 

 これ以上犠牲者を出さないために、何としても彼女の凶行を止めなければならない。

 セドリックはダリアに行動を制限する呪文をかけられて以来、直接歯向かうことを避けていたが、今回ばかりは面と向かって彼女と戦うことを決意した。

 

 

 ダリアと激しい言い争いをしてすぐのクリスマス休暇。

 如何に無神経なダリアといえど、今年はディゴリー家に帰るのは取りやめたらしい。

 

 学校で恐ろしい事件が起きていることを知っていた両親はダリアをしきりに心配していたので、セドリックは両親を安心させるため、何度も「ダリアは大丈夫だ」と慰めるはめになった。

 

 セドリックはダリアの居ないディゴリー家で、久々にくつろぐことのできる休暇を送った。

 

 しかしクリスマス休暇が明けてすぐ、寮監のスプラウト教授から告げられたのは、これまでのセドリックの疑惑を根元からひっくり返すような事だった。

 

 

 

 

 

 

 深夜の医務室。遅くまで患者の様子を見守っていたマダム・ポンフリーもとっくにベッドに入っているであろう時間帯の、突然のセドリックの来訪にダリアはとても焦っていた。

 

 昼間、ダフネ達が彼を手ひどく追い返したらしいということを聞いては居たものの、まさかお手本のような優等生のセドリックが、深夜に寮を抜け出すという手段を取ってここまでくるということは予想もしていなかったのだ。

 もし見回りをしているフィルチなどに見つかってしまえば、去年のポッターやドラコ達のように、大量に寮の得点を減らされてしまうことは間違いないだろう。

 

 今はまだ衝立の前でウロウロしている様子だが、いつカーテンの内側をのぞき込むかは分からない。ダリアは必死でトゥリリを呼び続けた。

 

 ―――――トゥリリ、いいから早く来て!とにかくセドリックをどっかにやってよ!

 

『ええ、やだよぉ。ペットは医務室に入れないもん。マダム・ポンフリーに見つかったらケージに入れられて、すっごく面倒くさいことになっちゃうんだ。』

 

 ―――――薄情者、ケージなんてすぐに抜け出せるくせして!ねえ、お願いだから中に入ってきてよぉ。マダム・ポンフリーだってきっともうぐっすり寝てるわ!

 

 あまりにしつこく食い下がるダリアに、もう眠たかったトゥリリは不機嫌そうにあくびをし、億劫そうに立ち上がった。

 

『仕方ないなぁ――――ていうか、どうしてセドリックが来たらいけないわけ?ダリアの体は外からの害意を防ぐ呪文で守られてるんだから、危なくもなんともないでしょ。何がダメなのさ。』

 

 ―――――えっ。

 

 トゥリリの問いに、ダリアは答えに詰まった。

 

 ―――――いや、それはさぁ。まあ、なんていうか。

 

 妙に歯切れが悪い。ダリアに眼球があれば、視線がせわしなく上空を行き来する様子を見ることが出来たはずだ。

 

 ――――――み、見られたくないから・・・、

 

『え?なんだって?』

 

 ―――――っ、見られたくないからでしょっ!こ、こんな目も半開きで、なんかヘンな顔してて、そこはかとなくマヌケな顔を!フツー見られたいと思う!?この顔ぜんっぜん可愛くないもん!ぜったい見られるのはイヤ!

 

『―――――おやすみぃ。』

 

 ダリアの言葉に素で呆れてしまったトゥリリは、やっぱりもう一度寝ることにした。

 

 本当に寝てしまったトゥリリを、ダリアが「この冷血猫!」だとか「七本足!」だとか思いつく限りの言葉を並べて罵っていると、衝立の前で逡巡していたセドリックが、ようやく心を決めたように衝立のカーテンに手をかけた。

 

 ダリアは悲痛な声を上げ、ベッドの下に潜り込んだ。自分のマヌケな顔を晒すことが恥ずかしくてどうしようもなかったからだ。

 

 ベッドの下で悶々としていたダリアの耳に、セドリックの息を吸い込む音だけが聞こえてきた。

 

「――――――ほんとに、固まってる。」

 

 セドリックは感情の読めない小さい声で、「信じられない」というように呟いた。

 しばらくの間、セドリックはダリアのなれの果ての前で茫然と立ち尽くしていたが、どこからか(おそらくピーブスが立てた)物音が聞こえた瞬間、弾かれたように医務室を飛び出していった。

 

 セドリックが完全に去ったのを確認したダリアは、ベッドの下から静かに浮かび上がってきた。

 感情の読みにくい声だったが、少なくとも何かしらショックを受けているらしいということだけは、ダリアにも理解できた。

 

 結局、セドリックは何をしに来たのだろう。ダリアが本当に石になっているかを、確かめにきたのだろうか。

 でもたったそれだけのために、スリザリンの怪物に襲撃される可能性があるにもかかわらず、わざわざ深夜に一人で行動する危険をおかすのか。

 

 ダリアは自分のいまいち締まらない表情を恨めしく見つめながら、セドリックの行動の真意を測りかねていた。

 

 

 

 

 

 

 ダリアの疑問をよそに、セドリックはこれ以降、時折夜中に医務室を訪れ、何をするでもなく無言でダリアの状態を確認するようになった。

 今のホグワーツで深夜の単独行動はあまりに危険だと思ったダリアは、トゥリリにセドリックの後をつけさせてこっそり護衛することに決めたため、マンドレイク探しや森のマンティコアの調査は思ったように進まなかった。

 

 しかしダリアの警戒とは裏腹に、なぜか数か月物もの間、スリザリンの怪物による犠牲者は出なかった。

 

『継承者も警戒してるんじゃないの?だって襲った覚えの無いスリザリン生が勝手に石になっちゃったんだもん。何かの罠なのかってフツー思うよ。』

 

 ―――――うるさいなぁ。どうせ私は勝手に自滅しただけよ!まぁ、真犯人が焦ってるならいい気味なんだけど。でもこのままじゃ、私が石になってから襲撃が無くなったって、また疑われ始めちゃうかもしれないのよね・・・・。

 

「犯人ではないか」と疑われるだけならまだいいが、「犯人だったが自分のペットに裏切られて石になってしまった」だとか疑われるのは嫌だった。そんな情けない噂が流れるのだけは避けたかった。

 

 真犯人がこのまま雲隠れしてしまうつもりなら、何としてもその前に正体を突き止めなければ、遅かれ早かれそんな噂が流れてしまうだろう。

 

 石化を解除するマンドレイクも徐々に成熟してきている。ダリアは成熟済みのマンドレイクを探し出すことをあきらめ、真犯人を突き止めるのを優先させることにした。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、活動を控えているらしいスリザリンの継承者の調査は、今の状態のダリアにはとてつもなく難しいことだった。

 魔法を一切使えないダリアは魔力の痕跡を辿ることさえできず、結局トゥリリの鼻と目と勘を頼って調べざるを得ない。

 

 ――――――ああもう、前から思ってたけど、どうしてこの学校はこんなに広いわけ!?使ってない教室が山ほどあるじゃない!空間の無駄よ、全部削って半分にすればいいのにっ!

 

『それに、4か月も前の痕跡なんて、もう消えかけてるよぉ。ネコの嗅覚をもってしても難しいっていうか、正直無茶だと思うな・・・』

 

 思うように行かない調査にダリアのイライラはどんどんたまっていき、いつもの癇癪が今にも爆発しかねない状態だった。

 

 トゥリリは『そろそろ何か進展があってほしいなぁ。そしたらガス抜きにもなるのになぁ。』と考えていたが、その機会は意外とすぐやって来た。

 

 再び、スリザリンの怪物の声がホグワーツの城内で聞こえたのだ。

 

 

 

 

 

 その日はグリフィンドール対ハッフルパフの、クィディッチの試合がある日だった。

 やっぱりクィディッチにはあまり興味の無いダリアは、その日も特に観戦する気は全くなく、ホグワーツ城内をウロウロと散策していた。ちなみにハッフルパフ・チームのシーカーであるセドリックは、流石に試合前は深夜の徘徊を取りやめたらしく、ここ数週間姿を見ていなかった。

 

 ――――ここらへんだよね、怪物の声が聞こえてきたところ。

 

『うん、たぶんね。――――ダリア、言っておくけど、あんまり辺りをキョロキョロするもんじゃないよ。またうっかりバジリスクと目が合うかも分からないんだからさ。今度は体が石になるどころじゃすまないかもしんないよ。』

 

 ―――――わかってるわよっ!さすがにもう、あんなポカはしないわ。

 

 ダリアは慌てて、視線を床に落とした。また視線が合うようなことになってしまえば、今度こそ「命」を失うはめになってしまうかもしれない。

 

 怪物はここからだいぶ近い位置に居るようだ。あたりから巨大な蛇が這いずるような音が聞こえている。4か月振りに外へ出るのであろう怪物は完全に殺気だっていて、獲物を探して回っている様子だった。

 

 図書室へ向かう道を進んで行くと、とたん、怪物のいらだったような唸りが響き渡った。

 

『また失敗だ―――――って!誰かが襲われたみたいだ!今度も石化で済んでるみたいだけど――――』

 

 ―――――え、こんな日に城の中に残ってた生徒居たの!?物好きねぇ。

 

 自分の事を棚に上げて、ダリアが素っ頓狂な声を上げた。しかし運がいいのか悪いのか、今回も生徒はバジリスクの目を直接見ることはなく、石化で済んだようだ。

 

 獲物を殺す気満々だったバジリスクはいらだった様子で、パイプの中へ戻って行ったようだった。今度の襲撃は、一応はここで終わりらしい。

 

 ダリアが犠牲者の様子を見るため、廊下の角を曲がろうとすると、向こうからゆっくりと歩いてくる足音が聞こえるのに気が付いた。

 

 ―――――トゥリリ、これ。

 

『うん。目の前に倒れてる人間が居るっていうのに、まるで焦った様子が無い。――――間違いないよ、継承者だ。』

 

 トゥリリは息を殺して物陰に隠れた。いよいよ真犯人との対面だ。

 

 しかし、曲がり角から現れたのは、あまりに予想外の人物だった。

 

 

 

 ダリアと同じくらい小柄な体格に、グリフィンドールのネクタイ。燃えるような赤毛の少女は、あどけない顔立ちに似合わない、大人のような余裕を感じさせる立ち居振る舞いで、誰も居ない廊下を歩いていた。

 

 ダリアは彼女の事を知っていた。

 

 ―――――あれって、ウィーズリー家の一番下じゃないの?前、村を散歩してた時に見かけたことがあるわ。

 

『それにしては様子がおかしいよ。――――バジリスクももう住処に戻ったみたいだし、探ってみる?』

 

 危険性はなさそうだと判断したトゥリリは、わざと物音を立て、赤毛の少女に近づいて行った。

 

「誰だ!?―――――――、なんだ、ただの猫か。まぎらわしい――――」

 

 一瞬警戒の姿勢を見せたものの、少女はトゥリリの正体に気が付くと力を抜き、忌々しそうに舌打ちをした。

 相手が人間でなかったことに安心はしたものの、杖を取り出して人避けの魔法をかけたようだ。やはり、ダリアが見かけたことのある、あのジニー・ウィーズリーとはまるで様子が違う。

 どことなく男性のような口調と仕草で、足元に近づくトゥリリを追い払おうとした。

 

「おい、あっちへ行け!まったくどこの生徒のペットなんだ。放し飼いにするのなら、きちんと管理すべきだろう。これだから猫は嫌なんだ。」

 

 ジニー(仮)は猫を蹴飛ばそうと足を振り回すが、トゥリリはひらひらと足をかわしてしまう。

 とうとう彼女は我慢できなくなったらしく、また杖を取り出した。

 

「ああくそ―――――ディフィンド!」

 

 やはり、一年生が使えるはずもない危険な呪文だった。それも軽々とかわしたトゥリリに、彼女はついに大きく悪態をついた。

 

「思い通りに行かないことばかりだ!せっかくポッターの手元に日記が渡ったと思ったのに、またこのチビのところへ逆戻り。また穢れた血の連中を殺すことが出来なかったし、結局石化したスリザリンの生徒のことも分からずじまいだ!――――その上猫までが僕を苛立たせる!」

 

 ジニーに成りすました何者かが、手当たり次第に猫除けの呪文を放ったので、トゥリリはたまらず退散した。

 

 しかし手に入れた情報は十分だった。

 どうやらジニーの中身の人物は、かなりの自信家のようだ。

 自分の能力を随分高く買っているらしく、「人避けの呪文」を信頼し、聞いても居ないことをぺらぺらと話してくれた。

 

 一目散に相手が見えなくなるところまで駆け抜けると、二人は今得た情報を整理し始めた。

 

 ―――――間違いないね、あの中身が継承者だよ。きっと何らかの方法であの子を操ってるんだと思うわ。

 

『そうだね。問題はどうやって操ってるか、だけど―――――日記がどうのこうの言っていたから、何か日記に仕掛けがあるのかもしれないね。―――――まあ、そんなの今は確かめようがないんだけどさぁ。』

 

 確かに、日記を持ち歩いている生徒は少ないだろう。たいていの場合、寮の自室のカギのかかる引き出しの中に隠している場合が多いのではないだろうか。

 

 どうにかして、彼女の自室を探りたいが、意識だけのダリアが寮の中を探ることは簡単だが、トゥリリがグリフィンドールの寮内に入るのは、少々骨が折れる。

 そもそも合言葉を言うことができないので、タイミングを見計らって生徒の後について入るしかない。

 

 

 どうにかしてグリフィンドールの談話室に侵入することを当面の目標に据えたダリア達だったが、その日の夜、驚くべきニュースがホグワーツを駆け巡った。

 

 森番のルビウス・ハグリッドが、今回のホグワーツ襲撃の犯人としてアズカバンに連行され、ダンブルドアが問題の責任を負うという形で、停職処分を下されたのだ。

 



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事件の結末

 ルビウス・ハグリッドは前回秘密の部屋が開かれた50年前、なんと秘密の部屋を開けて怪物を操った犯人としてアズカバンに送られたという前科があるという。

 

 久しぶりにスリザリンの談話室を訪れたダリアは、その噂を驚愕と共に耳に入れた。

 なんというか、にわかには信じられない事実だ。

 その話を聞いた友人たちも、どこか信じ切れない様子で、戸惑ったように話し合っていた。

 

 特に、ドラコはその噂を全く受け入れることが出来ないようだった。

 ドラコはスリザリンの継承者に尊敬の念のようなものを抱いてさえいた。ポッターが継承者と疑われただけで機嫌を悪くする彼が、いつも馬鹿にしている森番がかつて「継承者」だったという噂など、信じたくもないだろう。

 

「やっぱりあの森番が継承者だったなんて、どうしても納得いかないわ。あの男、根っからのグリフィンドールだし、ダンブルドアのお気に入りよ。何かの間違いじゃないのかしら。」

 

 ダフネが首をかしげて言った。ダリアもその横で、見えない首を全力で縦に振って同意する。

 スリザリンに異様な嫌悪を見せるハグリッドが、「スリザリンの継承者」であるとは、とても思えなかった。

 

 他の友人たちも概ねその意見に賛成のようで、同じように難しい顔で考え込んでいた。

 ドラコを置き去りにした件以来、ハグリッドを蛇蝎のごとく嫌っているパンジーも、憤慨したように続けた。

 

「確かに、あのデカブツは怪物好きの変人よ。―――去年、ドラゴンの卵を孵したって話もあるくらいだしね。でもだからと言って、あのウスノロがスリザリンの怪物を手なずけられるとは、到底思えないわ。」

 

「その通りだ!あのウドの大木が、偉大なるスリザリンの継承者であるはずがない!きっと当時、部屋を開いた真犯人にいいように身代わりにされただけに決まっているさ!――――だから父上は、前回の事件について詳しく話してくださらなかったんだ。あんな馬鹿がスリザリンの秘密の部屋を見つけただなんて、信じる方がどうかしているさ!」

 

 ドラコが頬を怒りで赤く染めながら、まくし立てた。

 奇妙なことに、あの森番を嫌っているスリザリンの生徒達のほとんどが、他のどの寮の生徒達よりもハグリッドの無実を信じているらしかった。

 

 ダリアも勿論、ハグリッドの無実――――というよりは、濡れ衣を着せられた説を信じている一人だった。話を聞いて、ハグリッドの態度に納得もしていた。

 

 エイモスから、「ハグリッドには昔色々なことがあって、スリザリンを嫌っている」と聞いたことがあったが、おそらくこのことだったのだろう。

 スリザリンの継承者の濡れ衣を着せられてアズカバンに入れられた経験があるのならば、スリザリンを異様に恨むあの態度にも説明がつく。

 かといって納得はしないが。

 

 寮生のほとんどが噂を信じていないということを知ったドラコは幾分か機嫌もよくなり、今度はダンブルドア追放の興奮が勝ってきた様子だった。

 

 ドラコは嬉しそうだったが、そちらに関しては、スリザリンの生徒達も内心不安に思っていた。

 スリザリン生でもダリアが襲われている。決して安心できる状況ではない。

 そんな中、世界最高の魔法使いと名高いダンブルドアがホグワーツを去ってしまい、後任の校長も未定なのだ。

 普段ダンブルドアのグリフィンドール贔屓を不満に思っているスリザリン生も、ダンブルドアの実力は確かなものとして認識していた。

 

 ―――――多分スリザリン生は大丈夫だと思うんだけどなぁ。私のは完全に自業自得だし。

 

 以前見た、ジニー・ウィーズリーに取りついた「本物の継承者」の様子から想像するに、スリザリン生を襲うつもりは全くなかったらしい。ダリアの石化をひたすらにいぶかしがっていた。

 

 そんなことを知る由もないスリザリン生達は、自分ももしかしたら襲われるかもしれないという恐怖に、他の寮生達と同様沈み込んでいた。

 

 夏も近づき、日差しもあたたかなものから照り付けるようなものへ変わりつつあった。

 しかし、ホグワーツ城の中は冷え冷えとしていた。

 

 例年ならば湖に足を浸し涼をとる生徒もちらほら出てくるころだが、今年に限ってはそんな命知らずな生徒は一人も居なかった。

 クラブ活動も禁止され、生徒達は寄り集まって、息を潜めるように行動していた。

 

 医務室への面会も遮断になった。

 普段から見舞いに来てくれていた同室の女子3人とドラコ、ノットは勿論のこと、夜中にこっそりと様子を確認しに来ていたセドリックも、当然医務室へ入ることが出来なくなった。

 

 皆がちやほやと優しく話しかけてくれるのを秘かに喜んでいたダリアは、こっそりと落胆していた。

 

 授業内容も試験のための復習になり(「こんな時にも試験をするなんて、どうかしてる!」とミリセントは嘆いていた)、暇になったダリアは、思う存分スリザリンの継承者について調べることが出来た。

 

 そのおかげで、分かったこともあった。秘密の部屋への入り方だ。

 

 ジニー・ウィーズリーにひたすら張り付いていたおかげで、彼女が部屋に入る瞬間に立ち会うことが出来たのだ。

 ダリアが石化した時調べていた場所から、秘密の部屋の位置自体は分かっていたのだが、どうしても中へ入る方法が分からなかったのだ。

 

 しかし、これは分かってもあまり意味の無い事だった。なぜなら、秘密の部屋を開けるためには、蛇語を話さなければならないからだ。

 声帯の無い状態のダリアが蛇語を言うことは出来ないし、猫のトゥリリが蛇語を言うこともできるわけがない。

 

 一方、全く分からないこともあった。禁じられた森の奥深くにある、マンティコアの餌場のことだ。

 あれから何度か様子を見に行ったものの、なんの手掛かりも見つからない。

 分かったのは、森にはマンティコア以外にも、本来なら居るはずの無い魔法生物が大量に生息しているということだけだった。

 

 森を住処としているケンタウルスが必死に駆除しようとしている様子だったが、迷いの魔法はあまりに強力で、如何ともしがたいらしい。

 こんな魔法をかけることができる存在は、大魔法使い級の魔力の持ち主だけのはずだ。

 この世界ではそれこそ、ダンブルドアや、ヴォルデモート、そしてもしくは未だ正体の分からないスリザリンの継承者くらいだろう。

 

 

 やがて、ついにマンドレイクが成熟する時がやって来た。

 学校中が喜びに満たされる中、ダリアは一人落ち込んでいた。

 

『どうしたの?やぁっともとに戻れるんだよ、嬉しくないわけ?』

 

 ―――――だって私、結局何にもできなかったわ!こそこそ調べるだけ調べたくせに、重要なことは何にも分からなかった!こんなんじゃやっぱり、クレストマンシーになるだなんて到底無理な話だったんだわ・・・

 

 珍しくクレストマンシーの名前を口にするほど落ち込んでいる。何の成果も出せなかったことがよっぽど堪えたらしい。

 

『うーん。まぁ、それはそれとして。うっかりやのダリアが死ななかっただけで結果オーライだよ。今年のことで、ちょっとは落ち着いて行動することの大切さが身に染みたんじゃない?成長だよ、成長!』

 

 トゥリリはダリアを慰めながら、『これでダリアの自信過剰もどうにか直ってくれるといいんだけどなぁ』と考えていたが、おそらくそれは無理だろうとも思っていた。

 ダリアの置かれた複雑な環境で形成されたこの性格は、もはや呪いだとも言える。

 

 

 それでもダリアは、最後まで出来ることをしたかった。

 もし今日マンドレイクで蘇生された生徒達の中に、ジニー・ウィーズリーの姿を見た者が居たら、彼女は事件の真犯人として扱われるだろう。そうなれば、結局彼女を操った犯人の正体と、それにつながる日記も闇に葬られてしまう可能性がある。

 そうなる前に、日記を抑えておく必要があった。

 

 トゥリリとダリアは嬉しい知らせにどことなく浮かれているグリフィンドールの後をつけ、一緒にグリフィンドールの談話室に滑り込んだ。

 誰もが事件の終息する予感に浮かれているためか、侵入者に気付くものは居なかった。

 

 グリフィンドールの談話室は、スリザリンのそれと違い、明るく温かそうな雰囲気の場所だった。そもそも地下にあるスリザリンの談話室は光が中々差し込まない。

 トゥリリは女子部屋への入り口を見つけると、こっそりと入り口を抜け、階段を駆け上がった。ネームプレートを確認して、ようやくジニー・ウィーズリーの部屋を見つける。

 

 ダリアが扉を通り抜けて部屋の中を確認すると、幸いなことに誰も居ないようだった。

 

 トゥリリが必死の頑張りでドアノブを捻り、何とか部屋への侵入を果たすと、さっそく日記の捜索が始まった。

 どうやらジニーは、あまり整理整頓が得意な方ではないらしい。もしくは、整理整頓できるような精神状態で無かったかだ。

 ジニーのベッドの周辺はあまり片付いているとはいえなかったので、トゥリリは遠慮なく物を散らかしながら日記を捜索することができた。

 そして日記は、彼女の勉強机の引き出しの一番奥から見つけ出された。

 

『あった!この日記だよ、魔力のニオイがプンプンする!』

 

 ―――――中身は・・・白紙みたいね。どうしよう、トゥリリ、こっそり一枚破れる?丸々一冊持っていくのはちょっと危ないと思うのよね。この日記の中身も、持ち主が変わったことに気付くかもしれないし。

 

『やってみるよ。』

 

 トゥリリは爪を鋭く伸ばすと、ページの一枚をぴっちり切り取った。そのまま魔力で包みこむと小さく丸め、器用にその紙玉をくわえこんだ。

 

 首尾よく目的を遂行することができた二人は日記を元の場所へ戻すと、部屋の持ち主たちに見つかる前に急いでグリフィンドール寮を後にした。

 

 

 

 スリザリン寮の寝室に帰ってくると、トゥリリは口にくわえていた日記をペッとベッドの上に吐き出した。

 しわくちゃになっているが、魔力で包んでいるため、唾液にまみれてはいない。

 

 ――――どう?何か分かる?

 

『うん・・・・すっごく複雑な魔法がかかってるのは分かるよ。とっても強力で、しかもあまりよくない類の魔法。きっと御大なら、間違いなく邪悪な魔法だって言うだろうね。』

 

 トゥリリは慎重に日記の一部だった紙の塊を調べながら、それをそう評した。

 ダリアはじれったくなり、悔しそうに見えない爪を噛んだ。

 

 ―――――ああもう、魔法が使えたら詳しく調べられるのに!結局はマンドレイクで蘇生されるまで何にもできないのね!

 

『そうだねぇ。まぁ、今夜までの辛抱じゃん。それまでゆっくりしてようよ。流石に疲れちゃったもん。』

 

 トゥリリは日記の一部をダリアの机の引き出しの中に隠すと、ベッドの上で丸まった。どうやらひと眠りするらしい。

 

 ダリアもトゥリリが頑張ってドアや引き出しの開閉を繰り返していたのを知っていたので、特に文句は言わなかった。

 いずれにせよ、今日の夜には全てが明るみに出る可能性が高い。ダリアも一連の事件で疲労がたまっている気がしたので、ひと眠りすることにした。

 

 体が石化して意識だけになってからというものの、眠気を感じたことなど一度も無かったにもかかわらず。

 

 

 

 

 

 トゥリリは夕方までたっぷりと眠っていた。

 最近は猫にしては働きすぎと言っても過言ではないくらい、ダリアのために身を粉にして精力的に活動していたので、とても疲れていたからだ。

 今までもトゥリリはダリアに振り回されて色々と面倒な目に合うことがあったが、その事でダリアに文句を言う気になったことは一度も無かった。

 ダリアはトゥリリの親友だからだ。猫にも友情というものは存在する。

 

 トゥリリは第10系列から連れてこられた神殿の猫、スログモーテンの血を引く猫である。

 彼とこちらの世界の普通の猫との間に生まれた仔猫は何匹かいたものの、神殿の猫の特徴を持っていたのは、トゥリリ一匹だけだった。

 人語を理解し、強力な牙と爪を持ち、とてつもない魔力を持つ、異端な猫。

 猫社会でも、異端な者は弾かれる運命にあった。他の兄弟たちより色々なことができたトゥリリは、その分孤独な猫だった。

 

 ある時他の兄弟たちが母親に毛づくろいをしてもらっている中、トゥリリは一人で日向ぼっこをしていた。他の兄弟たちより成長の早かったトゥリリは毛繕いだってもう自分一人でできるようになっていたし、そういうものだと思っていたので、特に寂しくは無かった。

 

 そのトゥリリを突然抱え上げたのが、当時カプローナからやって来たばかりのダリアで、どこか似た者同士だった二人は、それからずっと親友だった。

 

 

 ダリアの家出に関しても、トゥリリは心配していたものの、納得のいくようにすればいいと思っていた。ワガママで自由奔放なようでいて、その実世間知らずでありとあらゆるものに縛り付けられているダリアは、一度外の世界を見た方がいいと思ったからだ。

 

 今回のことだって、ダリアの軽率さに怒ってはいたものの、ダリアが誰かのために行動しようとしたこと自体は、良い傾向だと思っていた。

 石化はしたものの、命を失うことだけは免れた。向こう見ずなところも、直すことが出来るかもしれない。

 

 色々と不安なことはあるが、とりあえずは今夜、ダリアが石化から蘇生してから考えればいい。

 

 

 トゥリリは長い昼寝から目覚めると、あたりを見渡した。

 眠る前までかすかながらでも感じ取れていたはずのダリアの気配が、全く感じられなくなっていた。

 

『――――――――ダリア?』

 

 

 

 

 

 

 その日の夜は、色々なことが起こった。

 

 ついに生徒が一人、スリザリンの怪物により連れ去られてしまったのだ。

 連れ去られたのはジネブラ・ウィーズリー。血を裏切るものと罵られることはあるが、聖28一族にも名を連ねる、由緒正しい純血の生徒だった。

 

 学校側はこのことを重く受け止め、ホグワーツを閉鎖することを決定した。

 生徒達は明朝ホグワーツを発つために、一様に不安げな顔で荷造りをしていた。

 

 

 しかし夜も更けたころ、不安は一転し、ホグワーツは歓喜に包まれた。

 あのハリー・ポッターがジニー・ウィーズリーを無事連れ帰り、スリザリンの怪物を倒したのだ。

 魔法界の英雄が、またもホグワーツを救った。

 

 校長職に返り咲いたダンブルドアは、ハリーと、彼と共にジニーを救ったロンにそれぞれホグワーツ特別功労賞が授与し、更にグリフィンドールに計400点を与えた。

 これにより今年度の寮杯はグリフィンドールに決定したようなものだったが、去年と違い、今年はスリザリンからもそう文句は出ることは無かった。

 事件の収束に喜んでいたのは、スリザリン生も同じだったからだ。ドラコはだいぶ文句を言いたげな表情をしていたようだが。

 

 スネイプ教授の造ったマンドレイクの薬で石化していた生徒達も蘇生され、ホグワーツは夜通しお祝いの宴でにぎわうこととなった。

 

 

 

 

 ただ一人、ダリアだけが、石化の状態から回復することが無かった。

 



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キャット

「ダリアが戻らないって―――――一体どういうことですか!?」

 

 翌朝、いつまでたっても戻ってこないダリアを心配したダフネ達は、寮監のスネイプの元へ朝一番で押しかけ、驚くべき事実を知ってしまった。

 

 他の石化した生徒達が無事マンドレイク薬で回復したにも関わらず、何故かダリアだけが石化の状態から戻らなかったのだ。

 

 ショックで声の出ない自寮の生徒達に、スネイプも眉間にしわを刻んで難しい顔をしている。

 

「モンターナの石化の症状は他の生徒達と変わらない。飲ませた薬も他の生徒達に与えたものと同じ、私が調合した薬だ。にもかかわらず効果が無いとなると、考えられる原因は―――――石化した状況の違いしかあるまい。」

 

 現場の状況から、ダリアは幽体離脱中にバジリスクに襲われ石化したと判断されていた。詳細は不明だが、何かそこに呪いを解くことが出来ない原因があるに違いない。

 

 ショックから顔を覆って泣いていたパンジーは、ふとあることを思い出した。

 

「そ、そういえば、あの子―――――意識を飛ばしている最中は体が無防備になるから、強力な保護の呪文をかけて護ってるって言ってたわ!」

 

 一年前、禁じられた森に置き去りにされたドラコを探し出す際、ダリア自身が言っていたことだ。色とりどりの護符を並べながら、「複雑な呪文だから話しかけるな」と言っていた。

 

 パンジーの言葉を聞いたスネイプが、ますます難しい顔をした。

 

「なるほど、強力な護りの呪文―――――体への干渉を防ぐ類の呪文だったならば、呪いを解くための魔法薬も干渉とみなされ、効果を受け付けないのかもしれん。まずはその護りの呪文を破るところから始めねばならんな。」

 

 

 

 

 早速スネイプは呪文学のフリットウィックにも協力を求め、ダリアにかけられた護りの呪文を解こうと試行錯誤を始めた。

 しかしパンジー・パーキンソンの言う通り、呪文はとんでもなく複雑かつ強力で、二人がかりでもびくともしなかった。

 

「こんな強力な呪文、今まで見たこともありませんよ!」フリットウィックが額の汗を拭いながら、キーキー声で喘いだ。

「グリンゴッツの護りの魔法に匹敵する、いや、それ以上の強度です!エジプトの呪い破りだって、手も足も出ませんよ!」

 

「加減というものを知らんのか・・・。」

 

 スネイプも荒い息を整えながら答えた。優秀な生徒だとは思っていたが、これほどまでに高度な魔法を使いこなすことが出来るとは思ってもなかった。

 そもそも、人間一人を保護するためにかける魔法として考えると、過剰な強度だ。

 

 その後もマクゴナガルやスプラウトなどの協力を得ながら、護りの呪文を解こうとしてはみたものの、結局呪文はびくともしなかった。

 スネイプはあまりの呪文の強力さに半ば呆れながらも、今度は呪い破りの専門家の協力を得るべく、ひとまずはダリアをこの状態で置いておくことを決めた。

 

 

 

 

 

 学校中が浮かれている中、セドリックは久しぶりに医務室を訪ねていた。

 スリザリンの怪物による犠牲者が増える中、夜中の訪問を諦めざるを得なくなって以来の機会だった。

 

 幾度となくこっそりと覗いた衝立を、今度は人目を気にすることなく開く。

 そこでは、以前見た時と寸分変わらぬ様子のダリアが、変わらないまま横たわっていた。

 ダリアが依然として石化したままだということを確認したセドリックは、力なく近くの椅子に腰を下ろした。

 

 ダリアのことは未だに全面的には信用できていない。

 しかし、彼女がこうなってしまった原因は、自分との諍いにあるのだろうということを、セドリックは理解していた。

 

 事件が解決した今になってみると、結局セドリックの疑いは見当違いだったのだ。

 本当に身に覚えがないにも関わらず、疑いを向けられたダリアは、自分に向けられた疑惑を晴らそうと危険な賭けに出たのだろう。

 本来狙われるはずの無いスリザリン生であるダリアが怪物に襲われたのは、継承者の正体を探ろうとしたからに違い無いとセドリックは思っていた。

 

 以前、ダリアの友人であるスリザリンの女子生徒に言われた言葉が蘇ってくる。

 

「見舞いィ!?何を今更!どの面下げて!!――――――この子はねぇ!あんたに疑われて、その疑いを晴らすために真犯人を見つけようとして、こんなになったのよ!あんたに疑われてるからってクリスマス休暇は家にも帰らずこんな恐ろしい、いつ襲われるかもわからない場所で過ごして!それで一人で石になったの!あんたにこの子の気持ちが分かるわけ!?あんたに見舞いに来る資格なんてないわよ!」

 

 もしダリアがこれを聞いていたら、「そこまで怖くは無かったし、結構ホグワーツのクリスマスも楽しかったわよ。」とケロっとしていただろう。

 しかしセドリックの心には、この怒り狂ったパグ犬みたいな顔をした女生徒の言葉が、あれからずっと重くのしかかっていた。

 

 セドリックはダリアの石化の経緯に、とてつもない罪悪感を抱えていた。

 

 しかも彼女は、何故か未だに石化が解ける気配がない。教授たちの話では、明日専門家を招き、もう一度診てもらう予定らしい。

 

 それでももし目覚めなければ、どうなってしまうのだろう。

 セドリックはその時の事を想像して、空恐ろしい気持ちになった。

 

 

 

「―――――あら?セドリック?」

 

 不意に声を掛けられ、セドリックの体が跳ねた。考え込んでいたため、全く気配に気づくことが出来なかった。

 セドリックに背後から声をかけたのは、ハッフルパフの同学年の女生徒の、ジャネット・チャントだった。

 一足先に石化から蘇生した彼女は、ダリアがまだ蘇生していないという噂を聞きつけ、こうして様子を見に来たのだ。

 

「ダリア、まだ蘇生できないのね。一体どうしたのかしら――――」

 

 ジャネットは心底気づかわし気な表情で、ダリアを見ている。表情を注意深く観察しても、呪文によって無理やり従わされている様子は一切ない。

 こちらの疑いも、見当違いだったようだ。セドリックは更に落ち込んだ。

 

「先生たちが言うには、護りの魔法のせいで、魔法薬の効果も受け付けなくなっているらしいんだ。―――――今、呪い破りの専門家を探してる最中らしい。」

 

 セドリックの説明に、ジャネットはきょとんとした。

 

「護りの魔法って―――――――もしかして、ダリアがかけた魔法なの?」

 

「そうらしいよ。強力すぎて、先生方だけでは解除することが出来なかったらしいんだ。」

 

 ダリアの魔法の強力さは身をもって知っていたが、まさかホグワーツの教授たちが束になってもかなわないほどの物だったとは思っても居なかった。

 セドリックはダリアの無茶苦茶さに半ば呆れていたが、ジャネットの顔色がどんどん悪くなっていくのに気が付き、慌てて腰を上げた。

 

「どうしたの?気分が悪いかい?急いでマダム・ポンフリーに。」

 

「―――――無理よ。呪い破りの専門家だって、きっと護りの魔法を解けないわ。だって、ダリアの魔法なのよ!?大魔法使いが本気で作った魔法なんて、普通の魔法使いがどうにか出来るものじゃないわ!」

 

 ジャネットの悲鳴のような言葉に、セドリックは目を丸くさせた。

 どうやらジャネットは、例え呪い破りの専門家が束になったとしてもダリアの魔法を破れるはずがないということを確信している様子だった。

 その様子に迷いは無く、しかも、ダリアの魔法についてかなり詳しく知っていそうな言い方だ。

 

「―――――――ジャネット、君、ダリアが何者なのかを知っているのか?」

 

 セドリックの静かな問いにハッとしたジャネットは、明らかに先ほどとは違う意味で顔色を悪くした。まるで、触れられたくないことに触れられたかのようだった。

 

「えっと、その―――――ホグワーツに編入してくる前、偶然会ったことがあるだけよ。ダリアは覚えてたみたいなんだけど、私は忘れちゃってて――――」

 

「違う。そんなことを聞いているんじゃない!君はさっき、ダリアの魔法は普通の魔法使いには解けないと確信を持って言っていた。そう思う根拠があるはずだ!」

 

「な、何となくそう思っただけよ!ダリアは魔法が上手だなんて、皆知ってることでしょう!」

 

「そんな言い方じゃなかったぞ!」

 

 

 

 

 

 

「何を騒いで居るのですか!ここは医務室ですよ!?喧嘩なら外でやりなさい!」

 

 言い合いがヒートアップしてしまった二人は、思わず大声を出してマダム・ポンフリーにつまみ出されてしまった。

 気まずそうに眼を合わせた二人は、どちらからともなく謝った。

 

「――――ごめんなさい、大きな声出して。」

 

「こちらこそ、ごめん。――――――でも、教えて欲しいのは本当なんだ。君の言う通りなら、ダリアは普通の方法じゃ目覚めないんだろう?―――――ダリアを助けたいんだ。」

 

 ダリアを信用できないが、それでも今回のことは、謝りたい。それはセドリックの心からの気持ちだった。

 

 ジャネットはしばらく、悩んでいたが、やがて思いついたように言った。

 

「―――――トゥリリ、トゥリリなら何か分かるかもしれない!そうよ、ダリアが言ってたわ、トゥリリは特別な猫だって!」

 

「トゥリリって――――――ダリアのペットの?」

 

 セドリックは首をかしげたが、すぐに去年、トゥリリについても不審に思ったことを思い出した。

 もうすっかり慣れてしまっていたが、あの猫は明らかに人の言葉を理解している。普通の猫でないことは確かだった。

 

 トゥリリを探して連れてこよう。

 そう思った二人だったが、そこにはある大きな問題があった。

 

「トゥリリは、きっとスリザリンの談話室の中だよね。―――――僕、今スリザリンの2年生にかなり敵視されてるんだよね。」

 

「私も、マグル生まれだから、全然―――――――」

 

 問題は、スリザリンの寮へ行ったところで、どうトゥリリを連れてくればいいのかということだった。

 ダリアの友人3人は、顔を見るだけでそっぽを向いて去って行くし、他の生徒にしても反応は似たり寄ったりだろう。

 まったく方法は思いつかなかったが、ここで待っていても仕方がない。

 とりあえずセドリックとジャネットは、スリザリン寮の近くへ向かうことにした。

 ハッフルパフ寮とスリザリン寮は同じ地下にあるので、大体の位置は知っていた。

 

 しかしスリザリン寮の前へ行っても、良い方法は思いつかなかった。

 そもそもダリアの友人たちには出会わなかったし、すれ違う他のスリザリン生は、ハッフルパフの生徒の姿を見ると、途端に嫌な顔を向けて足早に通り過ぎていく。

 

 しかし、セドリックは寮へ向かう生徒の中に、見知った顔があることに気が付いた。

 向こうもこちらに気付いたようで、一瞬眉を顰めたが、すぐに何事も無かったかのように表情をなくし、通り過ぎようとした。

 セドリックは慌てて、その生徒の名前を呼んだ。

 

「待ってくれ!ええと―――――ノット。」

 

 一年前のクリスマス休暇の際、マルフォイ邸のパーティーに行く際ダリアを迎えに来た男子生徒だった。ノットはセドリックの声に気付き、胡乱げに顔を向けた。

 

「―――――なにか?」

 

「あー――――――その、僕はセドリック・ディゴリー。ダリアの、従兄だ。よろしく。」

 

「知ってます。その従兄さんが俺に何か用ですか?」

 

 話すのは初めてだったが、向こうはこちらの事を知っていたらしい。あまりこちらにいい感情を持っても居ないのだろう。どことなく口調も冷たい。

 セドリックはやりにくさを感じながらも、ことの経緯を説明した。

 眉を顰めて聞いていたノットだったが、セドリックの説明が終わると、ため息をついた。

 

「ばかばかしい。」ノットは忌々し気に吐き捨てた。

「ただのネコに何が出来るっていうんだ。明日は呪い破りの専門家が来るんだろう。あんたに出来ることは何もないぞ。」

 

「それじゃダメなの!呪い破りがいくら居たって、ダリアの魔法は破れない!」

 

 取りつく島もない様子のノットに、思わずジャネットが声を上げた。

 ノットはそこで初めてジャネットに気付いたようだった。奇妙なものを見る目でジャネットをジロジロ眺めた。

 

「―――――あんた、モンターナとよく一緒にいたチャントか。あんたも、あの猫に何かが出来るっていうのか。」

 

「――――そうよ。ダリアはトゥリリが特別な猫だってよく言ってた。今まで見てて、何も不思議に思ったことは無い?言っておくけど、普通の猫は人間の会話に相槌何て打たないわよ。」

 

 ジャネットが挑むような目で言ったことに、心当たりがあったのだろう。ノットは少し黙った後、無言でスリザリンの談話室へ向かっていった。

 しばらくすると、ノットは両手に黒いペルシャ猫を抱えて戻ってきた。トゥリリだ。

 大人しくされるがままだったが、ジャネットを見た瞬間、驚いたように目を見開く動作をした。妙に人間臭い仕草だ。

 

「言われた通り連れてきたぞ。――――で?こいつをどうするんだ。魔法薬の材料にでもするのか?―――っていてぇ!冗談だっつの!お前ほんとにモンターナと同じことするなぁ。」

 

 ノットの言葉に怒ったトゥリリが、軽く爪を立てたようだ。やはりどう考えても、人間の言葉を理解している。

 その様子を見ながらジャネットが迷いながら言った。

 

「――――とりあえず、ダリアの様子を見せましょ。そうすれば、何か分かるかもしれない。」

 

 

 

 

 

 医務室にトゥリリを入れるのがまた一苦労だった。

 基本的に医務室はペット厳禁である。マダム・ポンフリーの目を盗んで猫を持ち込むのは、並大抵のことでは無かった。

 

 しかしトゥリリは大人しい猫だったのが幸いした。ローブの中に押し込まれても鳴き声一つ立てなかったので(ものすごく不満そうな顔をしたが)、無事ダリアが安置されている病室までたどり着くことができた。

 

 

 トゥリリはダリアの衝立の前まで行くと、ローブから飛び出してベッドの上に降り立った。

 しきりにダリアに向かってにゃあにゃあ鳴き、フンフンと鼻を鳴らしている。

 しばらくすると、呆れたように長い鳴き声を出した。

 

「どう?何かわかりそう?」

 

 ジャネットが心配そうに声をかけるが、トゥリリは困ったようにぐるぐるとダリアの顔の周りを歩き回っている。

 何かに迷っているようだった。

 

 しかししばらくすると、何かを決心したらしい。ダリアの腹の上に座ると、ものすごい声で鳴きだした。

 

『ニヤァァァァァァァオオォォォォォォォォォウ!!!』

 

「ちょっ―――――おい!マダム・ポンフリーに聞こえるだろうが!」

 

 ノットが慌ててトゥリリを止めようとするが、トゥリリはやめる気配が無い。

 しかしノットの心配とは裏腹に、マダム・ポンフリーはやってくる気配がない。本来ならばありえないことだ。彼女は医務室で騒ぐ者を決して許さない。

 

 トゥリリは何度も同じような声音で鳴き続けた。これもなにかの魔法なのだろうか。

 鳴き声を8回ほど繰り返し、トゥリリは最後にひときわ大きな声で鳴いた。

 

『ニヤァァァァァァァオオォォォォォォォォォウ!!!』

 

「わぁっ!!」

 

 パチン!!

 

 指をはじいたような音と共に、誰かの叫び声が上がった。

 ダリアのベッドのすぐ横に、先ほどまでは居なかった人物が忽然と現れていた。

 金髪に青い瞳の、ダリアと同じくらいの年齢の少年だ。

 3人は突然の来訪者に思わず身構えたが、現れた少年も3人の存在に驚いたように目を見開いている。

 その様子をみて、トゥリリ一匹だけが「やり切った」というようにぐったり寝そべっていた。

 

 

「――――な、なんだお前!ホグワーツに姿現しは出来ないはずだ!一体どこから来たんだ!」

 

 膠着状態から復活したノットが、混乱したように叫んだ。

 ホグワーツが英国で一番安全な場所だと言われる所以。その一つが、姿現しを禁じられる魔法がかかっていることだった。

 姿現しだけではない。ホグワーツには、侵入者を防ぐありとあらゆる魔法がかけられている。

 この少年のように、忽然と姿を現すなんてことは、本来ならありえないことなのだ。

 

 ノットの驚きは尤もだったが、その叫びを聞きつけて、マダム・ポンフリーがついに乗り込んできた。

 

「なんですこの騒ぎは!先ほども言いましたが、喧嘩なら外で―――――あら?あなたは―――」

 

 目を吊り上げて入ってきたマダム・ポンフリーが、見知らぬ少年に目を止めて、首をかしげる。少年が慌てたように手を振った。

 

 すると、不思議なことに、マダム・ポンフリーは表情をスッとなくし、くるりと踵を返して部屋を出て行ってしまった。明らかに様子がおかしい。

 

 自分たちの体にも異変が起きていた。全身金縛り呪文を受けた時のように、体が硬直して全く動かないのだ。

 

 少年はマダムが出て行った後のドアに向かって軽く手を振ると、ようやくこちらへ向き直った。3人の様子を見て、困ったような顔で口を開いた。

 

「ごめんなさい、大きな声出して騒ぎになったら困ると思って、思わず石にしちゃったみたい。用事が済んだらすぐ戻すから、ちょっと待っててくれると助かるんだけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリック・チャント―――――通称キャットは「9つの命」を持った大魔法使いである。

 

 もっとも、キャット自身がその事を知ったのはほんの数年前で、それまでキャットは自分の命と有り余る魔力を、気付かないまま姉のグウェンドリンに利用されて生きてきた。

 

 両親を事故で失い、引き取られたこの城でその事実が判明してからは、キャットはこの城の主であるクレストマンシーの後継者として、日々魔法の訓練をしながら生活していた。

 

 今まで全く触れた事の無かった魔法の訓練にてこずりながらも、楽しく暮らしていたキャットだったが、今からおよそ2年前、この城ではある大事件が起こっていた。

 

 なんと、キャットと同じように強い魔力を持つ大魔法使いで、同じようにクレストマンシー城で暮らしていたダリアという女の子が、城から忽然と姿を消してしまったのだ。

 

 

 

 

 ダリア・モンターナはキャットと同い年のとても可愛らしい女の子で、キャットがこの城に来るずっと前からここで魔法の訓練をしていたらしい。

 

 性格は中々強烈で、色々あって嫌われていたキャットは散々面倒な絡まれ方をしたので、正直少し苦手だった。

 しかし彼らの後見人であるクレストマンシーは、幼い頃からつきっきりで魔法を教え込んできたダリアのことが可愛くてしょうがないらしく、本人の前では決して態度に出さないものの、目に入れても痛くないほどに溺愛していた。

 

 そんな後見人がダリアの失踪に平気な顔をしていられるはずも無く、しばらく出ずっぱりでダリアの行方を捜して様々な世界を渡り歩いていたが、最強の大魔法使いである彼の力を以てしても、何故かダリアを見つけることは出来なかった。

 しばらくの間、仕事の合間を縫ってダリアを探し続けたクレストマンシーだったが、後回しにした仕事が滞りすぎて、あえなく捜索は打ち切られることになってしまった。

 

 苦渋の決断だったようだが、ダリアの残りの命を封じ込めた宝箱が手元に残っていたのが、せめてもの良かった点なのかもしれない。

 命の無事を確認する手段を持っていたクレストマンシーは、定期的に宝箱を確認しつつも、ひとまずの捜索の中断を決意することができたのだった。

 

 

 

 

 ダリアが居なくなっても、キャットの勉強が中止になることは無かった。むしろ、将来キャットを補佐する存在になることを期待されていた(らしい)ダリアが消えたことで、より厳しく訓練させられるようになっていた。

 

 キャットは高度な魔法が勘でなんとなくできてしまう癖に、どうしてそうなったのかという理論が全く分からない。

 そのため無意識の内に魔法を使ってしまうことの無いよう、訓練は魔法理論の講義が主な内容だった。キャットは魔法理論があまり得意でなかった。

 ダリアの突然の失踪からおよそ2年が過ぎたこの日、キャットは久々の休日だったので、気を休めるため一人でゆっくりして過ごすことに決めていた。

 

 キャットが何者かに呼ばれていることに気が付いたのは、丁度ゆっくりするのにも飽きてきた頃合いだった。

 

 突如部屋に響き渡る謎の声に身を固くしたキャットだったが、しばらく聞いているうちに、この声に覚えがあることに気付いた。

 

「――――――トゥリリの声、かなぁ。」

 

 あまり確信は無かったが、よくよく聞いてみると、やはりダリアとつるんでいたあの黒猫の声に聞こえる。

 しかし、ダリアの家出についていったトゥリリがキャットを呼ぶなど、普通に考えたらありえない。

 

 ―――――――何か、ダリアによくないことが起きたのかもしれない。

 

 クレストマンシーでなくキャットを呼ぶのは、彼に見つかると連れ戻されてしまうと分かっているからだろう。しかしダリアの性格的に、例え死んでもキャットには助けを求めないはずだ。

 トゥリリの判断でキャットを呼び寄せていると考えると、ダリアは今、トゥリリを止めることが出来ない状況に居るのかもしれない。

 

 あれこれ考えた末、緊急事態かもしれないと判断したキャットは、ほんの少しの逡巡の後、思い切って呼び声に答えてみることにした。

 世界を移動するやり方は知っている。クレストマンシーの手伝いで何度か別の世界へ行ったことがあったからだ。

 

 不在で怪しまれないよう魔法で身代わりを作ったキャットは、トゥリリが居るであろう位置へ見当をつけ、一気に体を飛ばす。

 途中、何故かたくさん張ってあった妨害の魔法をいくつかバリバリと破ったような気もしたが、無事に隣の世界Bに来ることが出来た。

 

 

 そこでキャットが見たものは、満足気な顔をして寝そべっているトゥリリと、何故かベッドの上で固まっているダリアと、こちらを驚いた表情で見つめる3人の子どもだった。

 しかもそのうち一人は、キャットの姉と同じ顔をしていた。

 

 予想外に混沌とした場に、キャットは「これは面倒なことになりそうだぞ。」と瞬時に理解した。

 



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和解と休戦

 見知らぬ少年少女たちに一言謝った後、キャットは急いでベッドに駆け寄った。

 そこにはおよそ2年前に城を飛び出したきり行方が分からなくなっていたダリアが、全身を硬直させて横たわっていた。

 

「ああ、そんな、完全に石になってるじゃないか。一体何があったらこんなことになるの?」

 

『バジリスクだよ。バジリスクの石化の呪いで、こうなっちゃったんだ。』

 

「バジリスク!?」

 

 トゥリリが少し後ろめたそうに言った内容に、キャットはひっくり返りそうになった。

 バジリスクといえば、視線だけで人を殺すという恐ろしい怪物だ。まさかダリアが行方知れずの間にそんな危険な生物と関わっていたとは。

 キャット達の後見人が知れば、有無を言わさずダリアを連れ帰るだろう。彼は昔からダリアに対して過保護が過ぎる傾向にあった。

 

「なんでそんな危ない事をしたんだよ!いくらあの人の目が無いからって、羽目を外しすぎじゃない?死ななかったからよかったものの――――――」

 

『それはダリアに言ってよぉ。こっちがいくら止めても、聞きやしないんだもん。』

 

 確かに、トゥリリに言ってもどうしようもない。キャットは思い直した。

 暴走したダリアの事を止められる人物など、そうは居ない。

 

 キャットはまず、ダリアを蘇生させてから話を聞くことにした。

 しかし護りの呪文をどうにかしようにも、〈呪文作り〉出身のダリアの呪文は複雑かつ強力で、解除にはかなり時間がかかるであろう逸品だった。

 キャットは呪文の結び目に指をかけてほぐしながら、ふと疑問に思った。

 

「どうしてこんなに強力な呪文をかけてたのに、ダリアは石になったの?これだけ強力なら、直接バジリスクの目を見たところで、びくともしないと思うんだけど。」

 

『―――意識を飛ばしてバジリスクを探してたんだ。その先で、バジリスクと目が合ったみたいでさぁ。』

 

「―――――なんていうか、相変わらず詰めが甘いっていうか。あの人が過保護になるのもちょっとは分かるよ。危なっかしすぎて目が離せないもん。」

 

 ダリアの『抜け』は城に居る時からの悪癖で、優秀で完璧主義のわりに、どこか無鉄砲なところがあり、そのせいで危険な目に合うことが少なくなかった。

 むしろ完璧主義な分たちが悪く、今回のように事態が悪化する場合も多く、その度にフォローに走り回っていたクレストマンシーが過保護になるのも、無理のない事なのかもしれない。

 

 しかしこの様子だと、他にも危なっかしい事に手を出している可能性もある。

 キャットは呪文を解きつつ、これまでの経緯をトゥリリから聞き出すことにした。

 

 

 

 

『ダリア、起きて、早く起きてよぉ。』

 

 ダリアはふと気づくと、トゥリリが自分の頬を舐めて起こしにかかろうとしているのを感じた。いつの間に眠ってしまったのだろう。確かにあたりはもうずいぶんと明るいようだ。

 しかし、何故かとてつもなく眠たい。まだゆっくり眠っていたい。

 二度寝を決意したダリアは、シーツを頭の先まで引き上げながら、ムニャムニャと答えた。

 

「うーん、あと30分寝る――――ううん、やっぱ1時間寝る――――」

 

「―――早く起きた方がいいと思うよ。」

 

 聞き覚えのありすぎる声に、ダリアの意識は一気に覚醒した。

 シーツをはねのけて体を起こすと、やはり案の定、二年前までは嫌になるほど顔を突き合わせていた大魔法使いの少年が、パイプ椅子に腰かけて呆れたようにこちらを見ていた。

 

「な、な――――なんでキャットがここに居るのよーーーーー!!ちょっとトゥリリ!どういうこと!?何が起こったの!?なんで突然キャットが居るの!?ていうかどうして私医務室に居るの!?ってセドリック!ロミーリア!ノットまでいる!?なんで!?」

 

『とりあえず落ち着いたら?』

 

 一気に色んなことに気付いたダリアは、混乱の極みだった。

 そもそもダリアの記憶は、ジニー・ウィーズリーがさらわれる前までで途切れていたので、どうして自分の体に戻れているのかすら分かっていなかった。

 

「じゃあ、僕が教えてあげる。ダリア、自分の体に護りの呪文をかけたでしょ?その呪文が強力過ぎて、マンドレイク薬の解毒効果まで弾いちゃってたんだよ。ほんと、抜け目ないくせに肝心なところが抜けてるよね。」

 

「え。」

 

 キャットの説明に、ダリアは思わず固まってしまった。

 マンドレイク薬を飲まされた時にはすっかり意識も消えてしまっていたので、そんな事件があったことも今初めて知った。

 しかし、それが本当なら、恥の上塗りもいいところだ。

 

「それに、そもそも相手がバジリスクだって分かっていながら石化するって、ちょっとうっかりが過ぎない?今回は死ななかったからよかったけどさ、もし死んじゃってたら大目玉どころの話じゃないよ。今度こそ城に監禁されるんじゃないの。」

「う――――うるさいなぁ!自分の事を棚に上げて!私は結局死んでないんだから、いいじゃない!」

 

 全然よくはなかった。

『監禁される』というワードに、ダリアは思わず身震いした。

 数年前、ダリアが一度「死んで」しまった時、後見人がそのような計画を立てていることを察していたからだ。結局妻にたしなめられて断念していたのだが、また同じようなことがあればどうなるか分からない。

 

 お城の人たちのことは嫌いじゃないが(キャットのことは嫌いだが)、これ以上あのお城に縛り付けられるのはもうたくさんだ。

 

 

 

 小さくなってしまったダリアを、キャットは複雑な気持ちで見つめた。

 城に居る時は突っかかられてばかりで鬱陶しかったダリアだが、実のところキャットは彼女の境遇に同情していた。そんなことをダリアに言うとめちゃくちゃに怒り狂うので決して言わないが。

 小さい頃からずっと憧れていた職業を、自分みたいなぽっと出に横取りされるのは、さぞ悔しかっただろう。

 

 キャットはキャットなりに、ダリアが城で置かれていた状況には思う所があった。

「偉い人」たちの嫌な態度についてもだが、肝心のクレストマンシーにしても、ダリアに対しては過保護が過ぎる割に言葉が全く足りていないと感じていたからだ。

 

 キャットは少し悩むと、ダリアに巻き込まれるという決意を固めた。

 

 

 

 

「ダリア、相談なんだけど。よかったら家出に協力させてくれない?」

 

 ダリアはキャットの言葉が認識できず、きょとんとした。

 

「―――聞き間違え?今、家出に協力って聞こえたんだけど。」

 

「聞き間違えじゃあないよ。―――――つまり、ダリアの共犯者になってあげるってこと。―――まず、今回のことはあの人には伝えない。他にも、あの人がこっちの世界に来る用事があるときは、伝えてあげる。呪文で急に呼び出されたりするときは難しいけど、式典に参加する時とかなら前もってわかるでしょ?」

 

「それは――――――そうだけど。でもなんでキャットがそんなことするの?」

 

「――――まぁ、ダリアにはお姉ちゃんが色々迷惑かけたからさ。そのお詫びだよ。」

 

 実際はグウェンドリンがダリアにかけた「迷惑」より、ダリアがキャットにかけた「迷惑」の方が割合的にだいぶ多かったのだが、それには触れなかった。

「ダリアに同情しているから」など正直に伝えると、猛烈に反発するだろうという確信があったからだ。

 

 ダリアはキャットの言葉に眉を顰めて聞いていた。

 しばらく疑り深く魔法でキャットの真意を探っているようだったが、彼の言葉に嘘がなさそうだということが分かった途端、感心したような表情に早変わりした。

 

「キャット、あんたって実はすっごくいい奴だったんじゃないの?今初めてそう思ったんだけど、どうして今まで教えてくれなかったの?」

 

 調子がいいところも、ダリアは相変わらずだったので、キャットは思わず苦笑いした。

 

 

 

 

「そういえば。」ダリアは医務室の隅に目をやった。

「どうしてあんた達何もしゃべらないの?それにさっきからピクリとも動かないじゃない。」

 

 キャットに集中していたのですっかり忘れていたが、この部屋には何故かセドリックとロミーリア、ノットも居たのだった。

 最初はキャットの登場に驚いて声が出せないのかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

 ダリアの疑問に、キャットが「しまった。」という顔をした。

 

「忘れてた。びっくりして騒がれたら困るから、石にしてたんだった。」

 

「なんで忘れてるのそんな大変なこと!」

 

 ダリアは慌ててベッドから駆け下り、3人の状態を確認した。確かに石化している。

 ノットの胸をコンコン叩き、金縛りなどではなく完全に全身が硬直してしまっていることを確認すると、ダリアはキャットを睨みつけた。

 

「ここまですることないでしょ?防音魔法かけるだけでよかったと思うんだけど。」

 

 キャットはバツの悪そうな顔で、魔法を解こうとしていた。

 

「ごめん、とっさのことだったから思わず。あれ?どうやったんだっけ?」

 

「ちゃんと魔法理論を理解せずに魔法を使うからそうなるのよ!だからあんたって嫌な奴!」

 

 そもそもどうして理論も無しにこんな高度な魔法を使えてしまうのかが、ダリアには理解できなかった。ダリアは理論から入る派だったので、直感派のキャットが昔からどうにも気に入らない。

 これだから天才は嫌いだ。

 

 魔法を解こうと四苦八苦しているキャットを放っておき、固まってしまった3人を観察する。全員驚いた表情で固まっている。バジリスクによって石化したと言われてもおかしくないほどだ。

 

 口を半開きにして、ちょっと面白い表情だった(ダリアは少し前まで自分が似たような表情で固まっていたことをすっかり忘れていた)ので、少しいたずら心がわいてきた。

 セドリックの前にやってきて、思いっきりあかんべぇをする。

 この一年、ダリアの自業自得とはいえ、セドリックには散々振り回されたので、これくらいしても罰は当たらないだろう。

 

「あー、ダリア、ちょっといい?」

 

「なによ、今いいところなんだから邪魔しないでよね!私をさんざん引っ掻き回したんだから、これくらいされても文句は言えないはずよ!見てなさい、今ジャネット直伝のとっておきの変顔をしてやるんだから!」

 

「ジャネットには、ダリアに変なことを教えないよう言っておくよ。じゃなくて、非常に言いにくいんだけど―――――――ごめん、彼ら、意識はあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくキャットが3人にかけた魔法を解き終わった時、ダリアは今まで寝ていたベッドに突っ伏して、この世の終わりのごとく泣きじゃくっていた。

 

 色々と聞きたいことがあった3人だったが、動けるようになって最初の行動は、喚いているダリアを慰めることになってしまった。

 

「確かに、僕が今年君を振り回してしまったことは事実だし。」

 セドリックが辛抱強くダリアに語り掛けている。変顔を向けられた彼が謝る必要性は全く無いはずだが、基本的に紳士なセドリックは、泣きじゃくっている女の子を放っておくことが出来ない性分だった。

「君が僕に怒るのもしょうがないってわかってるよ。だから、さっきの変な顔のことも、僕は全然気にしてないんだ。本当だよ。」

 

「変な顔!!」

 ダリアはセドリックの言葉に反応して、またビィビィ泣き出した。

「変な顔って言ったわ!固まってる顔を見られるのだって嫌だったのに!今度は変な顔を見られちゃった!!!」

「へ、変な顔っていうのは言葉の綾で―――――」

 

 何とかしてダリアが泣くのを止めようとしているセドリックを「よくやるよ。」と呆れた目で見て、ノットは自分に良く分からない魔法をかけた金髪の少年の方に向き直った。

 

「それで、結局あんた達は何なんだ?」

 

「えーーーーっと・・・・・」

 

 金髪の少年はどう誤魔化そうか考えているような顔で目を泳がせたが、ノットが「はぐらかしたら承知しないぞ」というような顔で睨むので、仕方がなく肩を落とした。

 

 しかしキャットは中々上手いように、関連世界などの話題に触れることなく、自分とダリアのことについて説明した。

 

 とても力の強い大魔法使いの元で、特別な魔法の訓練をしていたこと。城での生活に耐え切れなくなったダリアが家出をしたこと。

 

 色々と省いた話ではあったが、それなりに長い話になったので、全て話し終わるころには、ダリアはすっかり泣き疲れて眠っていた。

 

 

 

 

「色々と破天荒な奴だとは思ってたが――――まさかの家出娘か。恐れ入ったよ。」

 

「性格悪そうに見えるけど、根はいい子のはずなんだ。嫌わないであげてくれると嬉しいな。」

 

 戸惑うようにダリアを見下ろしているノットにフォローを入れると、キャットはロミーリアの方へ顔を向けた。

 どうにも先ほどから、彼女は出来るだけ目立たないように気配を消す努力をしているようだった。

 

『ロミーリアは、ジャネットとして生きていきたいんだって。バレちゃわないか不安なんだよ。』

 

 別の世界でキャットの姉になるはずだったロミーリアは、顔はジャネットとそっくりだったが、やはり、自信と生命力に満ち溢れたグウェンドリンとは違い、どこか気弱で儚げな雰囲気の少女だった。

 

 彼女が知らないふりをしたいというのなら、キャットはそれを尊重しようと思う。彼女「達」の入れ替わりの原因の半分は、キャットでもあったからだ。

 キャットはロミーリアの目を見て言った。

 

「じゃあ、僕は帰るけど――――何かどうしても困ったことがあったらダリアに言ってよ。たいていのことは何とかできるはずだからさ。」

 

「――――わかったわ。そうする。」

 

 ロミーリアは、自分の弟として生まれてくるはずだったというキャットを、複雑な思いで見つめた。

 ロミーリアは孤児だったので、自分に弟が居たかどうかは分からないが、こうしてみると、確かに顔立ちは自分によく似ていた。

 

 キャットは来た時と同じように、パチンと音を立てて姿を消した。3人には言わなかったが、ここで話した記憶が誰にも漏れないよう、彼らの意識にはしっかりと鍵をかけていた。

 何の痕跡も無いので、3人は夢でも見ていたような心地がしたが、数時間前までと違い、今のダリアはしっかりと息をしていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ俺はこれで。友人たちにモンターナが蘇生したことを伝えなきゃいけないんで。」

 

 まずノットが「用事は済んだ」とばかりに、颯爽と医務室を後にした。セドリック達を振り返りもしない、流石の切り替えの早さだった。

 

 ロミーリアもそれを見て、ダリアの蘇生を誰か教員に知らせなければならないということに思い至ったらしい。

 

「どうしよう、マダム・ポンフリーになんて説明すればいいのかしら。突然大魔法使いが現れてダリアの呪文を解いた、だなんて説明しても信じてもらえるわけないし・・・」

 

「―――――僕が伝えておくよ。ジャネットは先に談話室に戻ってくれ。みんなが君とジャスティンの蘇生祝いをするためにパーティーの準備をしてるはずだからさ。」

 

「そうだったわ!それじゃあ、お願いしてもいいのかしら?」

 

「ああ。僕はちょっと、ダリアと話すことがあるからさ。」

 

 セドリックの言葉にジャネットはちょっと驚いたような顔をしたが、色々と事情を聞いていたのだろう、不安げな顔をしつつも医務室を出て行った。その後をトゥリリも慌てて追いかけていく。どうやら、医務室にはあまり居たくないらしい。

 

 彼女にも色々と聞きたいことはあるが、今はそれより優先すべきことがある。

 

 セドリックはジャネットが去って行ったのを確認すると、ベッドで突っ伏しているダリアに声をかけた。

 

「起きてるんだろう?ダリア。話をしよう。」

 

 有無を言わさぬ口調だった。ダリアが狸寝入りしていることを確信しているらしい。

 誤魔化せそうにないと感じたダリアは、渋々顔を上げた。

 

「―――――なんで寝てないってわかったの?」

 

「―――――君、あの男の子が色々説明し始めた頃ぐらいから、聞き耳立て始めただろう。泣き声が段々小さくなっていったし――――自分で説明するのが面倒だと思ったんじゃないかい?」

 

 図星だった。キャットが色々説明し始めるのを聞いて、このまま面倒な役割は任せてしまえと思って狸寝入りを決め込んだのだ。

 

「―――――そういうのはとてもずるいことだから、やめた方がいいと思う。」

 

「あ、はい。」

 

 セドリックがとても真剣な顔で言うものだから、ダリアも思わず居住まいを正してしまった。

 ベッドの上に身を起こしたダリアにセドリックは真剣な表情のまま頷いた。

 

「そうだね。今からする話は真面目な話だから、きちんと座って話をするのがいいかもしれない。」

 

「うん。」

 

 ダリアもとりあえず神妙な顔をして頷いてはみたが、何の話が始まるのかは、全く分かっていなかった。以前二人で話した(怒鳴りあった)時ほど思いつめた様子ではないが、固い表情なのであまり愉快な話題ではないことが予想できた。

 一体何を言われるのかとビクビクしていたダリアだったが、続くセドリックの言葉に思わずずっこけてしまった。

 

「まず最初に、謝ろうと思う―――――以前、僕が君を犯人だと言ったことだけど。あれは全て、僕の間違いだった。思い込みで君を責め立ててしまって、すまない。」

 

「―――――うっそでしょ。」

 

 自分自身が石化した時には期待していた言葉のはずだが、いざ耳にするとあまりの人の好さに愕然としてしまう。

 しかしどこまでも真面目なセドリックは、ダリアが思わずこぼした否定の言葉にも律儀に反応した。

 

「嘘じゃないよ。―――――もちろん、君が両親の記憶を操作したということは、今でもやっぱり受け入れることはできそうにないし、躊躇無くそんなことが出来てしまう君の考えが僕には良く分からない。それでも、君が石化してしまった原因は、僕が君にひどい濡れ衣を着せて追い詰めてしまったせいだろう。」

 

「まあ、それは、疑われなかったらあんなことしなかったとは思うけど。」

 

 でもその疑いも、もとはと言えばダリアの怪しげな言動が引き起こしたものだ。それで勝手に相手が傷ついたからと言って、それを気に病むのはやはりお人よしが過ぎる気がした。

 ひねくれ者のダリアには遠く理解の及ばない思考回路だった。

 

「あなたは私のこと分からないって言うけど、私だってあなたのこと全然分からないわ――――――結局、何が言いたいわけ?」

 

 初めてセドリックが言葉に詰まった。

 しかし、あらかじめ言うことを決めていたのだろう。迷いなく言葉を発した。

 

 

 

「――――――夏季休暇には、家に帰ってきてくれ。」

 

 ダリアは一瞬、「帰ってこないでくれ」と言われたのかと錯覚した。

 しかし、魔法で繰り返し記憶を再生してみても、セドリックは「家に帰ってきてくれ」と言っている。

 

「なにそれ、わけわかんない。」

 

 今度こそ、ダリアはわけが分からなくなった。

 

「なんでそうなるわけ?―――――自分のせいで私が石になったから、お詫びに家に帰ってきていいよって?私が家出してきたから、帰るとことが無いって分かったから?かわいそうだから家に居ていいよって?そんな、そんなの―――――バッカじゃないの!?」

 

 ダリアは一気に爆発した。プライドの高いダリアは、昔から同情されることが大嫌いだった。

 かつてイタリアからやって来たばかりで「魔法」が上手く扱えなかった時、キャットの登場により後継者の立場を追われた時、今までさんざんそのような同情を向けられたことはあったが、ダリアは憐れまれるくらいなら、馬鹿にされた方がマシだとすら思っていた。

 

 馬鹿にされたなら、まだ見返してやろうと思える。でも可哀そうな子だと思われてしまえば、本当に自分が「可哀そうな子」になってしまう気がした。

 だからもしセドリックが同情心からそう言っているのだとしたら、そんなものは絶対にはねのけてやるつもりだった。

 

 しかしセドリックは、ダリアの剣幕に一歩も怯むことなく続けた。

 

「君に同情したわけじゃない、自分で考えた結果だよ。」

 

「そんなの嘘!私、あんたのお家とは何の関係も無い人間なのよ!帰ってこい、だなんてあんたの立場で言えるわけないじゃない!」

 納得いかずに睨みつけてくるダリアに、セドリックはため息をついた。

 

「僕だって、これが正しい判断だなんて思ってないよ。君の言うように、結局のところ、君は僕の家族とは何の関係も無い赤の他人だ。」

 

「じゃあ、なんで!」

 

「―――――――でも君は、父さんと母さんのことが、好きだろう?」

 

 セドリックは2年前、自分の両親に抱きしめられて真っ赤になったダリアを見て、戸惑ったことを思い出していた。

 

 今までを振り返ってみても、ダリアは両親の前では決して傍若無人な一面を見せたことが無い。休暇中遊びに行った友人の家での思い出を興奮気味に語ったり、クリスマスパーティーではしゃぎまわったりといったあの時の様子が演技だとはどうしても思えなかった。

 

 今年のクリスマス休暇に家に帰らないことを伝えた時も、ダリアが両親に心配をかけさせまいと、たくさん手紙のやり取りをしていたことを知っている。

 

「君は何故か、赤の他人であるはずの父さん達に、心底懐いてるみたいだ。危害を加えそうな様子も無かったし―――――家に居るだけなら、問題ないと思って。」

 

「問題だらけよ!ちょっといい顔見せたくらいで、チョロ過ぎない!?」

 

 自分に都合のいい展開にもかかわらず、ダリアはどうしても素直に喜ぶことが出来なかった。実際、懐いているという理由だけで害意が無いと判断するおめでたさは理解しがたかったし、こんな「いい人」が存在するだなんて信じられなかった。

 

「僕の言葉が信じられないのなら、それでもいいよ。――――――――でも、君が帰ってこなければ、父さんと母さんは心配する。」

 

「――――――。」

 

「君が石になっている間、僕のところにどれだけ手紙が来たか知らないんだろ。あとで見せてあげてもいいけど、毎日毎日君の安否を確かめる手紙を送ってきていたんだ。マンドレイクが収穫されるまで目覚めないのは分かってるはずなのに、まだ目覚めないのか、寂しい思いはしてないだろうかって。」

 

「――――――そんなの、私の事を可愛い姪っ子だと思ってるからで。私が記憶を植え付けなければ、そんなこと。」

 

「そうだ。父さんと母さんは、存在しないはずの姪の事を、夜も十分眠れないほど心配している。これまでのことでも、どうして両親を亡くしたという君をもっと早く迎えに行けなかったのかと悔んでいたのを知っているかい?――――――君は、自分の魔法がもたらした結果の責任を取らなきゃいけない。」

 

 責任。今まで考えたことも無かった言葉だ。

 ダリアは今まで好き勝手に魔法や呪文を使ってきたし、それが許される(勿論あんまりにもひどい事をすればクレストマンシーが飛んできて大目玉をくらった)環境に居た。

 人に魔法をかけることなんて、これまでなんとも思っていなかった。

 

「君が帰ってきたくないというなら、僕は無理強いできない。でも、君は帰ってくるべきだと思う。」

 

 ―――――帰りたくないわけがない。

 

 ダリアは小さい頃に生家を出て、それからずっとクレストマンシー城で暮らしていたので、本当の両親と過ごした記憶は薄らしたものだった。

 ダリアの両親が冷たかったのではなく、大きな目標を持って旅立った娘の邪魔にならないようにという配慮だったのだが、ダリアは親の愛情に飢えていた。

 それ故、ディゴリー家に潜り込んで久々に「家族の愛情」というものに触れたダリアは、疑いを晴らすためにバジリスクを捕まえるという無茶な決心をする程、ディゴリー夫妻に執着していた。

 

 記憶を操作して手に入れた家族に愛情を求めるなんて、あまりに不毛だ。自分でもどうかしていると思う。

 

 それでもダリアは俯いたまま、小さく呟いた。

 

「―――――――――――――私、帰ってもいいの。」

 

「むしろ、君が帰ってこなかったら、僕は今度こそ父さん達を失望させてしまうと思う。」

 

「――――――それじゃあ、帰ってもいいよ。―――ううん、帰りたい。」

 

 

 ダリアがこの世界へやってきておよそ二年。色々と問題を抱えたままだが、少なくともディゴリー家でのいざこざには、とりあえずの決着をつけることができたのだった。

 



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二年目の終わり

 無事蘇生することができたダリアだったが、まずはその報告で困ったことになっていた。

 

 セドリックは宣言通り、ダリアが目覚めた事をマダム・ポンフリーに報告した。

 すると、スネイプたちから「呪い破りが到着するまで安置」という指示を受けていたマダムは、仰天して職員室まで連絡してしまったのだ。

 

 そして今ダリアとセドリックは、校長室にてダンブルドアから尋問を受けていた。

 

 

 

 

「まずはダリア、無事目覚めたようで何よりじゃ。友人たちも喜んでおることじゃろう。」

 

「はぁ。―――――――――あ、ありがとうございます。」

 

 ダンブルドアの言葉に、ダリアは気の無い返事をしたが、隣のセドリックから鋭い視線を受け慌てて頭を下げた。

 

 ダリアは頭を下げたまま、こっそりダンブルドアを盗み見た。彼と直接会話をするのは初めてだ。穏やかな表情で微笑んではいるが、真意の見えない、どこか捉えにくい雰囲気の老人だった。

 

 眼鏡の奥のキラキラした瞳と目が合い、ダリアは居心地が悪くなった。

 オリバンダーの時にも思ったが、やはりこの類の目は苦手だ。まるで後見人に見られているような気になってしまう。

 

「さて、目覚めたばかりの君には悪いのじゃが、いくつか聞かなければならんことがあっての。まずは、君にかけられていた魔法のことじゃが。」

 

「―――――ええと、誰かから聞いてるかもしれませんけど。普通の護りの呪文ですよ。特に説明することは何もないんですけど。」

 

「モンターナ、大人が数人がかりで取り掛かっても解呪できない魔法は、普通とは言えん。校長は、あのような強力な魔法をどこで知ったのかということを聞いているのだ。」

 

 難しい顔で立っていたスネイプ教授が口を挟んだ。どうやらダリアの呪文を解こうと試行錯誤した教員の一人らしい。

 自分が作った呪文がそう簡単に破れるはずはない。ダリアは胸を張って答えた。

 

「別に誰に教えてもらったわけでもないです。私が作った呪文ですから。」

 

「――――君が作ったというのかね?あの、ピラミッドに掛けられていてもおかしくない程強力な呪文を?」

 

「私、そういうの得意なので。」

 

 威張って言うダリアを、スネイプは複雑な表情で見ていた。

 類まれな才能を持ちながらも、どこか子供っぽいこの生徒は、自分がとんでもないことをしでかしている自覚が無いらしい。

 

 呪文の開発自体はそう珍しい事ではない。スネイプ自身、学生時代にいくつか考案した呪文がある。

 しかし、彼女が作ったという呪文は規模が違った。解呪しようとした感触では、どれほど強い魔法をぶつけられてもびくともしない強度を持っていたように感じられた。

 例え死の呪文だったとしても、呪文で護られた者は何の干渉も受けることは無いだろうことが容易に想像できた。

 

 死の呪文に反対呪文は存在しない。それを受けて生きているのはハリー・ポッターただ一人だった。

 ダリアが作ったという呪文の効果が実証されれば、それこそ魔法界を揺るがす一大事になるはずだ。

 

 喜ばしいニュースのはずだが、そうとも言えない事情が存在した。

 

「なるほど、ミス・モンターナは呪文作りに関する素晴らしい才能を持っておるようじゃ。――――――さて、ここからが本題じゃ。その強固な護りの呪文のため、君はマンドレイクの薬の効果を受け付けることが出来ず蘇生できなかったのじゃが、いったいどうやって目覚めることができたのかね?」

 

 ダンブルドアのキラキラした目が、心なしか鋭くなった気がした。

 

「どうって――――――呪文の効果が切れただけですよ。永遠に発動し続けるタイプの呪文じゃなかったので。」

 

 ダリアは前もって考えておいた言い訳を口にした。オリジナルの呪文なので、どんな風に説明しようが、嘘がばれることは無いはずだ。

 しかし、ダンブルドアは納得しなかったらしい。

 

「ふむ―――――ところで、数時間前、ホグワーツに前代未聞の事態が起きたのじゃが、それも君の耳に入れておかねばなるまい。知っての通り、ホグワーツにはいくつもの強力な護りの魔法がかけられておる。侵入者を排除する魔法がほとんどなのじゃが、その魔法が一瞬、根こそぎ破られてしまったのじゃ。」

 

 ダリアとセドリックは絶句した。心当たりがあったからだ。

 

「何か心当たりがあるかね?」

 

 口をぽかんと開けた二人にダンブルドアは問いかけたが、ダリアは慌てて首をブンブン横に振った。そんな疑いまでかけられてしまってはたまらない。

 ダリアは頭の中でキャットをしこたま罵っていた。

 

「今知ったばかりなんです。全然心当たりはありません。ね、セドリック!」

「は、はい。僕たちずっと医務室に居たので・・・」

 

 嘘を言い慣れていないセドリックがぎこちなく否定した。明らかに「心当たりがあります。」というような顔をしていたので、ダリアは思わず魔法で表情を作り変えてしまった。

 途端にセドリックの顔が真剣な表情になったが、ダリアはセドリックがとても怒っている気配を感じた。後で叱られるかもしれない。

 

 叱られるついでに、ダリアはもう少しセドリックを操ってしまった。

 

「すみません、もういいでしょうか。ダリアは目覚めたばかりですし、僕も両親に彼女が蘇生したことをふくろうで伝えなければいけないので・・・」

 

「おお!なんとこんなに時間がたってしまっておったとは―――――――ふたりともご苦労じゃった、行ってよろしい。」

 

 

 

 校長室から飛び出したダリアは、まず人目のないところへ向かっていった。セドリックがひしひしと怒りを募らせていることを感じていたからだ。

 空き教室を見つけると中へ入り、防音と人避けの呪文をかけると、観念してセドリックを操っていた魔法を解いた。

 

「ダリア!!あれほど人に魔法をかけるなって言ったのに!」

 

「はい――――――――」

 

 体が自由になった途端叱り飛ばしてくるセドリックに、ダリアは項垂れた。悪いと思う気持ちはあった。

 

「――――――でも、今回はセドリックもちょっと悪いと思うよ。だって嘘下手すぎなんだもん。あれじゃ疑ってくださいって言ってるようなものだよ。」

 

 あれ以上ぼろを出さないために、校長室を出て行かざるを得なかったのだ。

 セドリックも多少自覚があったのか、一瞬罰が悪そうな顔をしたが、すぐに「言い訳しない!」とまた怒った。

 

「確かに僕は嘘をついたことがあまりないから、下手かもしれないけど。それでもいきなり魔法をかけて操ることは無いだろう!君、人に魔法をかけるのが癖になってないか?」

 

「はい、気を付けます!」

 

 癖どころか、かつては日常茶飯事だったわけだが、それは黙っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が出て行った後の校長室、ダンブルドアとスネイプはお互い難しい顔で話込んでいた。

 

「――――――結局何も語らず、か。セブルスよ、セドリックの方はどうじゃった?」

 

「モンターナは規格外としても、ディゴリーは優秀とはいえ一般の枠を逸脱しない生徒です。私の開心術に対抗する術は持っていないと考えるのが妥当でしょう。」

 

 事実、先ほど秘かに開心術を仕掛けた際、モンターナの頭の中は全く覗くことが出来なかったが、ディゴリーの脳内は覗くことが出来た。

 開心術をかけていることに気付かれないよう大まかな心情しか読むことは出来なかったが、それでも彼が純粋に驚いていることは分かった。どうやらホグワーツの護りの魔法が破られたことは寝耳に水のようだった。

 何らかの関係があることは否定できそうにないが、少なくとも意識的に魔法を破ったというわけではないらしい。

 

「モンターナの蘇生時に居合わせたはずのディゴリーが何も知らないのです。心当たりがありそうな顔はしておりましたが、悪意がある様子ではありませんでしたぞ。」

 

「――――――――。」

 

 スネイプはダンブルドアに進言してみたが、ダンブルドアは考え込むように組んだ両手を見つめている。

 疑いは未だ晴れていないらしい。ダンブルドアは重々しく口を開いた。

 

「セブルス、ハリーから聞いた事を覚えているかね?ヴォルデモートはやはり、スリザリン生を襲うつもりは無かったらしい。トムも戸惑っていたと言っておったな。」

 

「―――そのようですな。」

 

「あのように強力な護りの魔法を使いこなす魔女が、幽体離脱した先でバジリスクの視線を浴びて石化してしまうようなミスを犯すとおもうかね?」

 

「――――何らかの方法で結界を破るという目的のため、わざと石化して注意を逸らしたとでも?」

 

 スネイプは「モンターナならうっかりミスもありえそうだ。」と考えていたので、ダンブルドアの考えに驚かされてしまった。

 

「考えすぎでしょう。あれで居てモンターナは、抜けの多い生徒です。そのような場合もあり得るかと。」

 

 ダンブルドアはまたしばらく考え込んだ末、長く重い息を吐いた。

 ホグワーツに帰ってきて早々、結界が破られたのだ。破損はすぐに自動的に修復されたが、一瞬破られただけでもホグワーツの長い歴史の中で前代未聞の大事件だった。

 城の中に侵入者が居ないことは確認したものの、気をもんでしまうのも無理はない。

 

「疑心暗鬼になっているのは、分かっておるのじゃ。しかしのう、セブルス。あまりにタイミングが悪すぎた。もちろん、別の何者かが偶然ホグワーツに侵入してきた可能性もないではないが――――わしは彼女を見ていると、どうしてもかつてのトムを思い出してしまうのじゃ。」

 

「学生時代のあの人を?そんな馬鹿な―――――」

 

「スリザリンの生徒というだけで疑ってかかっておるというのは百も承知じゃ。しかし、トムも彼女と同じように両親を亡くしており、今までにないほど優秀で、他寮の生徒に友人がいるほど人当たりがよい。―――――似ているとおもわんかね?」

 

「考えすぎだと思いますが・・・」

 

 決して「人当たりが良い」とはいえないダリアを思い浮かべたスネイプは、複雑な表情でダンブルドアに向き合っていた。

 

 

 

 

 

 ひとしきりセドリックに叱られたあと、ようやくスリザリンの寮へ帰ってきたダリアを待っていたのは、またもや説教だった。

 

 ノットから報告が行っていたのだろう。入り口を抜けるとすぐ、ダリアは談話室で待ち構えていたダフネ達に組み付かれた。

 

「ぐふぅ。」

 

「ダリアのバカーーーーーーー!!!ドジ!!マヌケ!!!なんでこんな危ない事をしたの!」

 

「しかも自分の魔法のせいで目覚められないって、馬鹿じゃん!!」

 

「どれだけ私たちが心配したか分かってるの!?」

 

 泣きながら抱きしめてくる3人の下敷きになり、ノックアウトしてしまう寸前、見かねたノットとドラコによってダリアは救出された。

 しかしそのままソファに場所が移されただけで、説教は終わらなかった。

 最初は「心配かけて悪かったな。」と思っていたダリアだったが、あまりにも詰られ続けた結果、説教が終わるころにはすっかりふてくされてしまっていた。

 

 

「ふん、どうせ私はマヌケなお調子者よ。石にされて当然なんだわ。ほっといてよ。」

 

「あんたねぇ―――――ったく、一度石になったくらいじゃ、性格は変わらないのねぇ。」

 

「落ち着いたら部屋に上がってきなさいよね。あんたが石になってた間のノートやレポート、しっかりとってて上げたんだからね。」

 

 ソファにふんぞり返ってぶつぶつ言う相変わらずのダリアに、ミリセント達は少し安心したように呆れて寝室へ戻って行った。

 ドラコも同じように静かに去って行ったので、ダリアは首を傾げた。いつもなら去り際に何かしら嫌みを言いそうなものだが。

 そういえば、今日はずっと口数も少なく、大人しめだった気がする。

 

「ねぇノット、ドラコどうしたの?なんだか、うーん―――――萎んでない?」

 

「萎んでって、お前なぁ。」

 

 ノットは呆れたように言うと、周囲を憚るように辺りを見渡し、身を寄せてきた。

 あまり人には聞かれたくない話のようだ。

 

「実は今回の騒動、マルフォイ氏が裏で糸を引いてたみたいでさ。それがバレて理事を辞めさせられたことがショックだったらしい。――――あと、お前が巻き込まれて石になったことも、あいつなりに気まずいと思ってるんだ。」

 

「え、その話本当だったんだ。ドラコのいつもの知ったかぶりだと思ってたけど。」

 

 そういえば騒動の始め、さも知った風にドラコがスリザリンの継承者について語っていたのを思い出した。

 父親からは詳しい話を聞いてない様子だったので、まさか本当にルシウス氏が騒動の原因だったとは思わなかった。

 

「私のことは別に気にしなくていいんだけど。ドラコが悪いわけじゃないんだし。」

 

「いい薬になるからしばらく放っておいてくれ。――――ところでモンターナ、お前、ディゴリーとは話できたのか?」

 

 ノットが唐突に振ってきた話題に、ダリアはぎょっとした。

 ノットには、ダリアがセドリックの家に人には言えないような手段を使って潜り込んでいることを言ってはいない。

 しかし今回の騒動でダリアが家出娘だということを知り、自分で何か勘付いたのかもしれない。

 

「あんたって時々、自分を切っちゃうくらい頭が切れるわよね。まぁ、私には負けるけど――――セドリックとは話をして、和解したわよ。それがなに?」

 

「―――――ふうん。いや、なんでもないさ。気になっただけだ。」

 

 ノットはすぐに話題を切り替えた。聞いてみただけだったらしい。

 

 

 

 

 

 夏学期の残りの日々は瞬きする間に過ぎて行った。ダリアが石になっていた間のノートを写したり、未開封だったクリスマスプレゼントを開封したりしているうちに、あっという間にホグワーツ特急に乗って学校を去る日がやって来た。

 

「ダリア、準備はできた?もうそろそろ出発するわよ。」

 

「うん。あとちょっとだから先に行っててよ。すぐ行くからさ。」

 

「そう?じゃあ談話室に荷物を下ろしてくるわね。」

 

 ダフネはそう言って、大きなトランクを魔法で浮かせながら階段を降りていった。ダフネはおしゃれにこだわりがあるので、持ってきている私服がとても多い。魔法で拡張してあるとはいえ、トランクの大きさはかなりのものだった。

 

 ダフネが出て行ったのを確認したダリアは自分の机の引き出しを開け、あるものを取り出した。

 

『あ、ジニー・ウィーズリーが持ってた日記のページじゃん。忘れてたよ。』

 

 ダリアの意識が消えたあの日、トゥリリに持ち帰らせた日記の欠片だった。くしゃくしゃに丸められてはいるものの、トゥリリの魔力でしっかりコーティングされ、保存状態は良さそうだった。

 ダリアはトゥリリの魔力の上からしっかり呪文をかけて紙片を封印し、トランクの一番奥に厳重に詰め込んだ。

 この紙切れが見た目通りのただの紙でないことを、ダリアはもう身を持って知っていた。

 

『一体なんなんだろうね、この日記――――の欠片。』

 

「さあね。まぁ、大体の予想はついてるけど―――――帰ってじっくり調べましょ。こいつには聞きたいことがたっくさんあるんだから。」

 

 ダリアはトランクの鍵を閉めると、階段を降りて談話室へ急いだ。

 

 

 

 

 ホグズミードからホグワーツ特急へ乗ると、女の子達は一つのコンパートメントを占領して、夏休みの予定についての話し合いを始めた。

 

「今年こそみんなでどこか旅行に行きたいわよねー。」

 

「そうね、どこがいいかしら。今年はアステリアの入学準備もあって忙しいから、出来るだけ近場がいいんだけど。」

 

「あ、じゃあ海行かない?ギリシア辺りとかさ!」

 

「全然近場じゃないじゃん―――――――それに泳ぐのは絶対イヤ。」

 

 ダリアは去年の夏休みを思い出し、眉を顰めた。泳ぎはもうたくさんだった。

 結局、ダフネの近場でという希望を汲んで、フランスにショッピングへ行こうという話になった。

 近場とはいえ、パリは流行の発信地だ。お気に入りのブランドの話で随分盛り上がった。

 

 ロンドンが近づいてきた時、ダリアはふとディゴリー夫妻から送られてきた手紙の内容を思い出した。

 

「そうだ、私、セドリックと一緒に居なきゃいけないんだった。どこにいるか探しに行かなきゃ。」

 

 蘇生したダリアの元には、ディゴリー夫妻から毎日手紙が届いていた。

 無事を喜ぶ内容ばかりだったが、ダリアがまた危ない事に巻き込まれないか不安でしょうがないらしい。帰りは絶対セドリックから離れるな、と念押しされていた。

 

 しかしダリアがセドリックの名前を出した瞬間、ダフネ達は顔をしかめた。

 彼女たちは、ダリアの石化の原因をセドリックの疑いだと断定してしまっているので、セドリックの好感度はスリザリン女子の一部の間で異様に低くなっているのだ。

 

「なによ、結局仲直りしたの?あんたそれでいいわけ?」

 

「うん、まあとりあえず一応ね。」

 

「ふーん。あんたがいいなら、私らは何もいわないけどさ。」

 

「やっぱりちょっと気に入らないわ。」

 

 不満たらたらの表情に、ダリアは思わず笑ってしまった。女の子に悪く言われるセドリックなんて、そうそう見れるものじゃないと思えば面白かった。

 

 

 

 

 女の子達に一足先に別れの挨拶をすると、ダリアはセドリックの居るコンパートメントを魔法で探し、そこへ向かった。

 軽くノックをしてドアを開けると、そこにはセドリックと、見知らぬ男子生徒が座って談笑しているところだった。

 

「ああダリア、待ってたよ。父さんから話は聞いてるから。」

 

 セドリックが合点がいったように話しかけてきたが、ダリアは知らない男子生徒の方を見たまま、コックリ頷いた。どこかで見たことがある気がするのだが、思い出せない。

 ダリアは男子生徒の方を見つめながら、しっかりセドリックの横にくっついて座った。

 

「誰?」

 

「――――あ、なんだ。警戒してたのか。じっと見つめられたから何かと思ったよ。俺はダニエル・マクニッシュ。セドリックの友人だよ。よろしくな、従妹ちゃん。」

 

 思い出した。去年、夏休み明けの特急でダリアが眠りこけているとき、コンパートメントを尋ねてきた男子生徒だった。

 無事思い出すことができて少しスッキリしたダリアは、小さな声で返事をした。

 

「ダリア・モンターナ。よろしく。」

 

 こちらを伺ったまま小さく頭を下げるダリアに、ダニエルは思わず笑ってしまった。

 セドリックの様子から仲があまりよろしくない従妹だとばかり思っていたのだが、今のダリアの様子を見ると、そうでもないらしい。

 

「なんだよセド、しっかり従妹ちゃんに懐かれてるじゃないか。」

 

「ダニー、色々あったんだよ――――――」

 

 セドリックは横にダリアを引っ付けたまま苦笑した。

 ダリアは人見知りの気があるらしく、初対面の人間相手だと今のようにジロジロと顔を見るくせがあるようだ。

 去年の夏休み、ダリアがハリーやハグリッドの顔を無遠慮に眺めていたことを思い出したセドリックは、失礼な態度だからやめさせなければ、と秘かに決意した。

 

 最初の内は比較的猫を被っていたダリアだったが、すぐにダニエルに慣れて生意気な口を利きだした。

 セドリックは友人が気を悪くしないかヒヤヒヤしていたが、妹が居るダニーは偉そうな態度のダリアに腹を立てることもなく、割と気に入った様子だったので安心した。

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急がキングズクロス駅に到着する頃には、もう辺りは薄暗くなるような時間帯だった。

 

「じゃあな、セド。今度は俺の家で会おうぜ。チビもまたな。」

 

「おじさんおばさんによろしく言っといてくれ。それじゃダニー、楽しい夏休みを。」

 

「チビじゃないもん・・・」

 

 ほとんど眠りかけていたダリアだったが、セドリックに引っ張られ、かろうじて立っていた。

 どうやらセドリックは夏休みの間、ダニーの家へ遊びに行くらしい。軽く打ち合わせをした後、ダニエルは手を振りながら去って行った。

 

 

「さてと、僕らも父さん達を探さなきゃ―――――ダリア、寝ないでトランクをちゃんと持ってくれ。」

 

「うん――――――」

 

 ダリアは閉じそうな瞼を必死でこすりながら、人込みの中でディゴリー夫妻を探した。

 ホームは家族でごった返していたため、人探しは困難を極めたが、ディゴリー家の人々は背が高いため、すぐに見つけることができた。

 

「セド――――――ダリア!!」

 

 まずサラが駆け寄ってきて、ほとんど悲鳴のような声を上げてダリアをぎゅうぎゅう抱きしめた。すぐにエイモスも子供たちに気付き、足早に駆けつけてきた。

 

「よかった、本当に無事でよかった―――!!あなたが石になったと聞いて、本当に毎日生きた心地がしなかったのよ!姉さんに引き続きあなたまでいなくなるなんて、耐えられないわ―――――!!」

「まったくだ!どうしてあんな危険な状況の学校に残ろうと思ったんだ?今度からクリスマス休暇には何があっても家に帰ってくると約束してくれ!」

 

 ダリアはもみくちゃにされながら、セドリックに言われた言葉を思い出していた。

 

 自分の魔法の責任を取る。

 魔法を解く気が無いのなら、せめて彼らが安心できるように気を配ってほしい。

 

 この人たちは、ダリアがかけた魔法によってダリアを親戚だと思い込んで、こんなにダリアの事を心配してくれている。

 いつかこの人たちに掛けた魔法を解く日が来るのだろうか。その時この優しい人たちは、ダリアの事をどう思うのだろう。

 

 ダリアはそう思いながら「心配かけてごめんなさい。」と言い、そしてちょっとだけ泣いた。

 

 色々な問題を抱えつつも、一年ぶりの長い夏季休暇がまた始まった。

 



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アズカバンの囚人 リドルの日記

 ダリアには5人の姉弟姉妹が居た。ローザ、コリンナ、ルチアという姉達と、兄のパオロ、弟のトニーノ、両親を合わせると8人の大家族だった。

 さらにその上、カプローナのカーサ・モンターナにはダリア達以外のモンターナ家の人々も住んでいて、総勢30名以上の親戚たちが暮らす館はいつも賑やかだったということを、ダリアは今でも覚えている。

 

 

 ぼんやりとウィーズリー家の面々の写真を見ていたダリアは、もう何年も会っていない故郷の家族の事を思い出していた。

 写真では、こちらも9人という大家族であるウィーズリー一家が、ピラミッドを背景に満面の笑みを浮かべている。横に付いている記事によると、彼らはガリオンくじグランプリに当選し、一か月のエジプト旅行へ行っているらしい。

 

「いいなぁ、エジプト。私も行きたい・・・」

 

『ダリアは昔行ったことあるでしょ。現地の水が合わなかったって言ってお腹壊して帰って来たけど。』

 

「だからもう一回リベンジしたいんじゃない!」

 

 ダリアは何年か前、後見人の家族と一緒にエジプト旅行へ行ったことがあった。ファラオの寝室や広い運河を見るのを楽しみにしていたのだが、ダリアは初日で食あたりを起こしてしまい、旅行の間中ずっと宿で寝込むはめになってしまったのだ。

 ミリーがつきっきりで看病してくれたので寂しくは無かったが、それでもダリアはずっと楽しみにしていた黄金のスカラベを見ることが出来なかったので、それがとても心残りだった。

 

 トゥリリの指摘のせいで嫌なことを思い出してしまったダリアは、新聞記事をポイっと床に放り投げた。この話はもうおしまいだ。

 

「ふんだ、ウィーズリー達の話なんてどうでもいいのよ。今は他にやることがあるんだからね。そんなことに構ってる暇はないの。」

 

『ダリアが言いだしたんじゃん。―――――まあ、今はこっちに集中した方がいいのは確かだけどねぇ。』

 

 夏季休暇が始まり、無事オッタリー・セント・キャッチポール村のディゴリー家に帰ってくることができたダリアは、自分に与えられた部屋に閉じこもり、怪しげな儀式を行おうと企んでいた。

 

 部屋に防音魔法がかかっていることをしっかり確認したのち、ダリアはベッドの上に、くしゃくしゃに丸まった紙片を取り出す。

 しわを丁寧にのばして広げていくと、それは2年生の終わりにジニー・ウィーズリーの部屋からこっそり持ち出した、怪しい日記の一ページだった。

 

『やあっとこいつの正体を調べることができるねぇ。どう?前はなんとなく見当がついてるって言ってたけど。』

 

「うん、まあね。だってこれ、知ってる魔法に似てるもん。ちょっと違う所はあるみたいだけど―――――きっとこの中に、ジニー・ウィーズリーを操ってたあいつが居ると思う。あの沸点低そうな自信家。」

 

『―――――あのディフィンド乱発してきた奴でしょ?あの日記本体ならともかく、こんな切れ端にも居るのかなぁ。』

 

 トゥリリは『沸点低い自信家ってどっかの誰かみたい』と思いながらも、別の疑問を口にした。紙片の方にも本体に掛けられていた魔法の一部が残っているようだが、あの時の「人格」まで残っているとは思えなかった。

 しかし、ダリアは何故かこの紙切れにも継承者の人格が残っていると確信しているらしい。

 

「居るわよ。だってこいつ、私が意識だけだった時、私の魔力を吸収したのよ!おかげで蘇生するまでの事をなーんにも覚えてないし―――――全部こいつのせいよ!」

 

 去年のクリスマス、ダリアはバジリスクを探す過程で肉体が石化し、意識だけで漂うしかできない無力な存在となり果てたことがあった。

 魔力はほとんどないはずだったが、それでもトゥリリと意思疎通できる程度には残っていた。無防備な意識が持っていたわずかな魔力を、この日記に吸い取られてしまったのだ。

 

「この私の魔力を吸ったんだもの。ちょっとの量だけでも、活動するには十分なはずよ――――えい!」

 

 ダリアは日記を封印していた呪文を解くと、無理やり紙片の「中身」を引きずり出した。

 ダリアの魔力を吸収したことで、かろうじて存在している状態なのだろう。ぐんにゃりとした感触は、以前見たことがある自分の「命」に似ていたが、こちらはそれよりも随分薄く、儚ささえ感じさせられた。

 

「継承者」は、ダリアより幾分か年上の、端正な容姿の男子生徒だった。向こう側が透けて見えるほど薄く消えかけているが、スリザリンカラーのネクタイとマントを身につけている。

 彼は消耗した様子でぐったりしながらも、ダリアを鋭く睨みつけていた。

 

「―――――――――――っ。」

 

「そんなに睨んだって無駄よ。意識だけの私ならともかく、本来の私から勝手に魔力を吸い出すなんてできるわけないんだから。このまま消えたくなかったら、大人しく私の指示に従うことね。」

 

 少年は暫くダリアの魔法の拘束から逃れようと頑張っていたが、完全に自分の行動を制限されていることに気付くと、悔し気に顔を歪めた。

 

「黒猫を連れたスリザリン生――――そうか、お前が例のスリザリン生か。」

 

「あら、知ってるの?―――――って当然か。あなた、ジニー・ウィーズリーに取りついてたんだものね。まあ、知ってるのは名前くらいだろうけど。――――私、あの子とそんなに話したことないし。」

 

『一応同じ村に住んでるのにねぇ。』

 

 

 

 ダリアの言う通り、ジニーからは石化したスリザリン生の名前や見た目の特徴くらいしか情報を仕入れることができていなかった。

 マグル生まれでもないスリザリン生を自分が襲った記憶などないし、襲うつもりも無かった。何者かが自分を捕えるために仕掛けた策略ではないかと疑い、スリザリン生の石化について調べてはいたものの、結局何も分からなかったのだ。

 

 ――――――しかし、ダンブルドアあたりが仕掛けた罠ではなく、女子生徒本人に問題があったとは、こうなるまで夢にも思っていなかった。

 

 リドルは目の前で偉そうに腕組みしてこちらを見下ろす子どもを観察した。

 黒髪に青い目の、可愛らしい顔立ちをした小柄な少女にしか見えないが、見た目通りの子どもではないということを彼は理解せざるを得なかった。

 彼女が言うように、直近で吸い上げた魔力が本当にこの少女の物だとしたら。

 ほんの子どもが持つ魔力としては異常な量だったことは確かだ。

 

「まあそんなことはどうでもいいのよ。それより私、あなたに聞きたいことがあるの。」

 

 少女は可愛らしくにっこりと笑い、リドルに対する尋問を開始した。

 

 

 

 

 

 少年はトム・マールヴォロ・リドルという名の、60年以上前にホグワーツに在籍していたスリザリン生だという。魔法で強制的に吐かせたので、おそらく嘘は言っていないはずだ。

 

「で、この紙――――っていうか、日記かしら。私の見立てでは、あなたの命の一部が封じられてるものだと思うんだけど。合ってる?」

 

「――――――そうだ。ホークラックスという。僕は不死性を獲得するため、魂を引き裂いていくつかの物に封じ込めた。この日記は僕が学生時代作成し、部下に保管させていたものだ。」

 

 

 彼の説明を聞いて、ダリアはこの魔法になんとなく既視感を覚えていたことに合点がいった。

 

 ダリアは生まれつき複数の命を持った大魔法使いである。

 ダリアの後見人やキャット達も含めいくつかの命を持った大魔法使いは、その数ある命を他人に利用されることがないよう、物体に封じ込め保護することが多い。

 例えば金の指輪だったり、はたまたただのブックマッチだったり、封じ込める物は様々だが、そのためには高度な魔法技術と魔力が必要になってくる。

 

 ダリアも今よりずっと幼い頃、とある事件に巻き込まれて命の一つを失ってしまって以来、後見人に残りの命を宝箱の中身に封じ込めてもらい、何重にも保護の魔法をかけて護ってもらっていた。

 日記に掛けられた魔法は、その時のものによく似ていたのだ。

 

 

 しかしリドルの話を聞きながら、ダリアは内心呆れていた。

 見たところ、元々はダンブルドアをも上回る可能性もあるほどの魔力の持ち主だっただろうことが予想できる。

 魔力量自体は引き裂く前と変わっていないだろうが、魂を引き裂くことで人間性の大部分を失っているのがもったいない。

 

 それに、そうまでして命のストックを増やしたところで魔力が増えるわけでもなし、意味がある行為だとはダリアには思えなかった。

 生まれ持った魔力の容量は増やすことは出来ないし、いくつ命があったところで死ぬときは死ぬ。

 そして変形した魂は、死んでしまえば最後、二度と輪廻の輪の中に戻ることはできないはずだ。

 

 この少年の行く末を想像して、ダリアは身震いした。恐ろしい方法を使って生きながらえている代償を、彼はこの先支払うことになるのだろう。

 

「ええっと。その部下が、ドラコのお父さん――――ううん、年代的に考えるとお祖父さんってことかしら。ということはあなた、例のあの人っていう奴なんだ。死んだらしいって聞いてたけど、生きてたのね。」

 

 マルフォイ家について、エイモスが「かつて例のあの人の一番の信望者だった」と語っていたのを思い出し、ダリアはリドルの正体に思い至った。

 ハリー・ポッターによって斃されたとされているが、ホークラックスで命のストックを作っていたのならば、今も生きている可能性が高い。

 結構大変なことを知ってしまった気がする。

 

 それにしても、ルシウス氏は大丈夫なのだろうか。

 今回の騒動で、日記の本体は破壊されてしまったらしい。このことが本人にばれたら、ただでは済まないような気もする。

 

「―――――まあいいか。どっちにしろ肉体が無いなら大したことは出来ないだろうし。それより、他にもあんたには色々聞きたいことがあるの。どんどん答えてもらうわよ。」

 

 無理やり秘密を暴露させられているリドルは、今にも憤死しそうな形相でダリアを睨みつけながらも、つらつらと話す口を止められないでいた。

 

 

 

 

 

 聞きたい事を全て聞き終えたダリアは、紙片に奪われていた魔力を吸い上げ、強制的にリドルを眠らせた。

 いくら無力化したとはいえ、もとは危険な魔法の産物である。

 しっかりと保存の魔法をかけて、手ごろなペンダントの中――――去年のクリスマスにドラコに貰ったなんだか高そうな品―――――にしまい込んだ。

 

 また何かの機会に使うことができるよう、大事に保管しておこう。ダリアは既に、この「記憶」の活用方法を一つ思いついていた。

 

 ペンダントに保護呪文を掛けると、ダリアはベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

「うーん。」

 

『どうしたの?なんだか不満そうだけど。』

 

「不満っていうか。期待外れだったというか、消化不良というか。――――余計に謎が深まったわ。」

 

 ダリアが一番聞きたかった、禁じられた森の迷いの結界とマンティコアについてだが、結果的にリドルは全く関与していなかった。

 学年末にもう一度マンティコアの様子を見に行った時、未だに結界が張られたままだったことから「術者は別に居る」と予想してはいたが、何かしら関与はしていると思っていたので、拍子抜けもいいところだった。

 

「結局あの結界は、誰が何のために作ったのかしら・・・」

 

 マンティコアが解き放たれてしまえば、ホグワーツは大混乱に陥るだろう。早めに対処してしまいたいが、目的も分からない内に犯人を刺激して、事態を悪化させたくはない。

 あれほどの大掛かりな魔法を使える人間は、それこそ大魔法使いと言っていい力量の持ち主だという確信がダリアにはあった。決して油断して対峙していい相手ではない。

 

 あの結界はいつからあるのだろうか。どうやって管理しているのだろうか。ダンブルドアはこのことに気付いているのだろうか。

 

 ダリアの疑問は解決することなく、モヤモヤした気分が晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 8月も中盤に差し掛かり、ダリアとスリザリンの女子3人はホグワーツ特急での約束通り、パリに小旅行に来ていた。

 

「それで、最近ディゴリーはどうなの?」

 

「へ?」

 

 ショッピングを一通り楽しんだ後、おしゃれなカフェ(魔法族専用らしく、夏休みのボーバトン生らしき女子生徒達がたくさん居た)で一息ついていたところ、パンジーが唐突に切り出した。

 

 ジメジメした森のことなど記憶の彼方へうっちゃり、山盛りのマカロンとケーキに夢中になっていたダリアは、目をぱちくりさせた。

 

「どうって――――――別に普通だよ。一応仲直りしたから普通にしゃべるし。―――――あ、そういえばセドリック、監督生になったんだって。クディッチのキャプテンにも。」

 

 フランスに旅立つ直前に来たホグワーツからの手紙が来たが、セドリックの手紙には新学期で必要な学用品のリストの他に、監督生とキャプテンのバッジも同封されていた。

 セドリックは驚いていたようだったが、ダリアは妥当な判断だと学校側の人選に納得していた。

 セドリックはダリアの二つ上の学年で常にトップの成績を誇っていたし、今まで一度も校則違反で注意を受けたことが無いほど品行方正な生徒だった。

 クディッチでも花形のシーカーを務めているらしいので、順当な役職だ。

 

 この知らせを聞いたエイモスの喜びようは凄まじく、ご近所中にこのことを触れ回ろうとしたので、セドリックが必死に止めていた。

 

 胸に二つのバッジを付けたセドリックを思い返してニヤニヤしているダリアに、パンジーが苛立ったように続けた。

 

「ちっがうわよ!そういう事じゃなくて!―――――――何か進展はあったのかって聞いてんの!」

 

「―――――進展!?」

 

 予想外の言葉に、ダリアはびっくりして思わず手に持っていたマカロンを取り落としてしまった。

 

「な―――――何言ってるのよ!べ、べべ別にそういうのじゃないって前から何回も言ってるじゃない私!」

 

「いやそういうのいいから。」

 

 ダリアの動揺をミリセントがバッサリ切り捨てた。ダリアの言い分など端から信用していない、とでも言いたげな表情だった。

 彼女たちはどうやら、ダリアがセドリックに懸想していると思い込んでいるらしい。以前からそんな風に揶揄われることはあっても、こうして直接尋ねられるのは初めてだった。

 

「ほ、ほんとだもん!だ、だいたい何を根拠にそんな突拍子もないことを―――――」

 

「呆れた、ダリア、貴方自分のことになると鈍いのね。」

 

「鈍くない!ほんとにそういうのじゃなくってぇ―――――」

 

 ダフネの言葉に必死に反論するが、あんまり信じている様子はない。

 ダリアは他人の色恋沙汰について騒ぐのは大好きだったが、まさか自分が勘ぐられる側になるとは思っても居なかったので、途端に困り顔になってしまった。

 

「た、確かに去年はセドリックセドリックって言ってたけど。それは従兄だからよく話題に出てただけで!ほんとに深い意味は無いっていうかぁ。」

 

「なぁーに寝ぼけた事言ってんのよッッ!私が聞きたいのはそんな生ぬるい言い訳じゃないの!もっとこう、内から溢れ出るような心の叫びなの!」

 

「ヒェッ――――」

 

 パンジーの剣幕に、ダリアは身をすくめた。明らかに尋常ならざる様子だ。

 

 ダリアは知る由も無かったが、ルシウス氏はホグワーツの理事を退任させられたことを詮索されるのを嫌い、マルフォイ家は今年の夏、全ての社交を断っていた。

 勿論ドラコも人前に姿を見せることは無く、熱烈に彼に片思いしているパンジーは失意のどん底に居た。

 その悲しみを紛らわすために、彼女は今猛烈に他人の恋愛沙汰の話題に飢えていたのだ。

 

 鼻息荒くダリアに詰め寄るパンジーを落ち着かせながら、ここぞとばかりにミリセントとダフネも加勢してくる。

 二人とも、あたふたするダリアが面白くてしょうがないという顔をしていた。

 

「私もパンジーみたいに叫びが聞きたいってわけじゃないけどさぁ。でも、去年のダリアの様子見てたら、従兄だからって理由だけであんなに必死になってたんじゃないと思うわけよ。」

 

「そうねぇ。さっきだって、ディゴリーが監督生になった、キャプテンになったってほんっとうに嬉しそうだったし。あなたの性格からして、他人の成功を羨むことはあっても、純粋に称えるなんてあんまり無いと思うんだけど―――――そのあたりどうなの?」

 

「そ、それは、それはその―――――――そ、そうだ!私が人間的に成長したんじゃないかしら?私も大人になったっていうか。」

 

「自分でそういうこと言うもんじゃないの!そういうのはいいから、とっとと吐きなさいよぉ!」

 

 上手い事言い訳を思いつかず、しどろもどろ要領を得ないまま説明するダリアにしびれを切らすパンジーに、ダリアもたまらず悲鳴を上げた。

 

「――――もう、さっきから何なの!どーしても私がセドリックのこと好きって言わせたいみたいじゃない!あなた達、あんなにセドリックの事気に入らないって言ってたのに!」

 

「それはそれ、これはこれよ!」

 

 去年セドリックがダリアを疑った件を受け、この3人は彼のことをあまり良く思っていなかったはずだ。

 ダリアがセドリックの話題を出すたびに眉を顰めていたのだが、この話題に関しては話が別のようだった。

 

 結局ダリアは友人たちの考えを変えることは出来ず、パリでの小旅行が終わるまで、ネチネチとからかわれ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 アズカバンからシリウス・ブラックが脱獄したというニュースが魔法界に激震を走らせたのは、丁度ダリアが小旅行を終え、オッタリー・セント・キャットポール村に帰ってきてすぐのことだった。

 




今週は私生活か忙しく一話しか書けなかったので、あとがきを書いてみました。
ただの性癖語りなので、読み飛ばしてもらって全然かまいません。

クレストマンシーシリーズをご存知の方が意外と多くて嬉しかったので言ってみるんですが、私はジョーンズ氏の作品に登場する、情緒不安定だったりヒステリックだったりする思春期の女子が大好きです。

クレストマンシーシリーズでは、グウェンドリンとか、キャロル・オニールとか好きです。
見栄っ張りで自尊心の高い面と、裏に隠れている焦りや子どもっぽさの対比がたまりません。性格が悪い女の子が裏に抱えているものを想像するのが、とても好きです。

女の子以外でも、作者であるダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの作品の登場人物は欠点や癖のある描写がてんこ盛りで、妙に人間臭いところがとても魅力的です。
個人的に欠点が無い完璧なキャラクターよりも、そういう抜けているところがあるキャラクターの方が好きです。

そこらへんに関しては、ハリポタ側についてもかなりこじらせているので、4巻沿い辺りまで辿り着けたらまた色々語るかもしれません。

また、クレストマンシーシリーズの作者であるダイアナ・ウィン・ジョーンズさんは、ジブリで映画化された「ハウルの動く城」の原作者でもあります。クレストマンシー以外にも作品をたくさん執筆されているので、ファンタジー好きな方はぜひ色々読んでみてください。

あと全然関係ないんですが、佐竹美保さんが挿絵を担当されている作品にほとんどハズレが無いと思います。


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ダイアゴン横丁での遭遇

 

「ねぇちょっと!起きなさいよ!言いたいことがあるんだけど!」

 

 ダリアは自室に駆け込むなり、机に置いていたペンダントを引っ張って怒鳴りつけた。

 青いサファイアのついたペンダントは、去年のクリスマスにドラコから貰ったもので、中に小物を入れることができるスペースが付いている優れものだ。

 割と高価な贈り物だろうことが想像できたが、ダリアはそのお高いペンダントの中に、くしゃくしゃな紙切れを忍ばせていた。

 去年ジニー・ウィーズリーから手に入れた、魔法の日記の一ページだ。

 

 別の用途のために使おうと大事に保存しておいたのだが、さっそく想定外のことで中の人物を目覚めさせることになってしまった。

 

 無理やり魔力をぶち込んで、強制的にリドルを実体化させると、ベッドの上に半透明のぐんにゃりした青年が転がり落ちてくる。

 突然覚醒させられたせいか、目を白黒させているリドルに、ダリアは飛び掛かった。

 

「やっと起きたわね、スカポンタン!ちょっとそこに座りなさいよ!」

 

「ス、スカポンタンだと!?―――――おい、やめろ!!」

 

 生まれてこの方、周りの人間に畏れられて生きてきたリドルは、そんな幼稚な罵られ方をしたことが無かったため、思わず目を剥いてしまった。

 あまりの暴言に憤然とするリドルの腹の辺りでポンポン飛び跳ねながら、ダリアは喚き散らした。

 

「あんたの!部下の!シリウス・ブラックとかいう奴のせいで!旅行が取りやめになっちゃったんだけど!どうしてくれるのよ!?」

 

「は――――はぁ?」

 

 自分の腹をダリアの足が繰り返しすり抜ける奇妙な感覚に耐えつつも、あまりに脈絡のない訴えに、リドルは今度こそ言葉を失った。

 

 

 

 ディゴリー家では毎年夏季休暇に、家族旅行を計画しているらしい。

「らしい」というのは、ダリアがディゴリー家に来て以来、一度も旅行へ行っていないからだ。

 

 一昨年は突然ダリアがやって来たことで計画が流れ、去年はエイモスの仕事が忙しく予定を作れず、今年こそはとダリアはずっと楽しみにしていた。

 しかし今回、シリウス・ブラックがアズカバンを脱走したというニュースを受け、安全に配慮したエイモスはイタリア旅行の中止を決定してしまったのだ。

 

 そもそもダリアはウィーズリー家のエジプト旅行の記事を見た時から、秘かに彼らが羨ましくてしょうがなかった。ダフネ達と日帰りでパリには行ったものの、それとは別に「ホテルに泊まって家族でゆっくりする旅行」がしたくてたまらなかったのだ。

 だから、エイモスが夏休みの始めに「今年はイタリアにバカンスに行くか!」と言ってくれた時、ダリアは狂喜乱舞し、旅行に行く日を毎日指折り数え、いそいそと鞄に着替えを詰め込んで準備をしていた。

 

 その楽しみをよく知りもしない殺人鬼につぶされたダリアの嘆きようはすさまじかった。

 

 

 ダリアの勢いに圧倒されてされるがままだったリドルだが、訴えの内容を理解するにつれ、徐々に嘲るような顔つきに変わってきた。

 

「何を言い出すかと思えば――――馬鹿馬鹿しい。それが僕に何の関係があるんだ。」

 

「あんたの部下がやらかしたんだから、あんたが責任取るべきでしょ!」

 

「無茶苦茶だ!大体、学生時代の記憶しかもっていない僕が、未来の部下のことなんか知るはずないだろう!」

 

「えっそうなの?」

 

 ダリアは素で驚いてしまった。ポッターとヴォルデモートの顛末についてさも知った気に語っていたので、本体の日記を破壊される前は当然本物のヴォルデモートと記憶を共有しているものとばかり思いこんでいた。

 飛び跳ね続けて息が上がってきたのもあり、ダリアはようやくベッドの上から降りて椅子に腰かけた。ダリアは体力が無かった。

 

「なにそれ、聞いてないわよ――――無駄に体力使っちゃったじゃない!そんなの最初に言ってよね。」

 

「聞く耳も持たずに怒り狂っていたのは誰だ!」

 

「はぁー?私が悪いって言いたいわけ?言っておくけど、あんたが知っていようが知るまいがそこは大した問題じゃないんだから!あんたが居なかったらシリウス・ブラックも凶悪犯にならなかったし、そしたら今ごろ私も楽しく旅行に行けたはずだし――――――」

 

 両者ともプライドが高く、挑発を聞き流せるタイプではなかったため、言い合いは段々ヒートアップしていったが、部屋の扉がノックされたことにより争いは唐突に終わりを告げた。

 

「ダリア、さっきからドンドンうるさいけど、一体何をしてるんだ?開けるぞ!」

 

「ひッ、セドリック!」

 

 騒ぎを聞きつけたセドリックが、様子を見に来たらしい。怒りのあまり防音の呪文を使うことをすっかり忘れていた。

 ダリアは慌ててリドルを消すと、暴れていた痕跡も消そうと急いで立ち上がったが、飛び跳ね続けて疲れていた足がもつれてこけた。やはりダリアは体力が無かった。

 

 部屋の扉を開けて入ってきたセドリックは、乱れたベッドと、息も絶え絶えに床に転がるダリアをみて、何となくの事情を理解したらしい。

 ダリアを床から引っ張り上げて椅子に座らせると、神妙な顔で話し始めた。

 

「―――――ダリアが旅行の中止をとても悲しんでいるのは知ってるよ。でも、父さん達が僕たちの事を思って決めたことは分かるだろう?物にあたっちゃいけないよ。」

 

「――――――――。」

 

 別に旅行が中止になったことに腹を立てて暴れていたわけでは無い。

 シリウス・ブラック、ひいてはリドルに腹をたてて暴れていたのだが、そう言い訳するにもいかず、その上どちらにしても暴れていたという事実は変わりないので、ダリアは仏頂面でセドリックの説教を聞いていた。

 

「だいたい君は、ちょっと子供っぽいところがあると思う。今みたいに物にあたるところもそうだけど、人見知りなところとか、他人の都合はお構いなしなところとか、そのくせ自分の嫌いなことは避けるところとか。―――――前も言ったけど、直した方がいいと思うよ。」

 

「――――――うう。」

 

 ここぞとばかりに次々と欠点を指摘してくるセドリックに、ダリアは呻いた。

 

 最近のダリアの悩みといえば、セドリックが全く遠慮しなくなったことだった。

 前から気になってはいたのだろう。生来責任感が強く面倒見のいいセドリックは、どうにかしてダリアを真人間に戻そうと日々努力していた。

 そのとっかかりとして、なんとかダリアの子どもっぽい性格を矯正しようと、事あるごとにダリアの言動に口出ししてくるようになったのだ。

 

 ダリアはセドリックにあまり強く出ることができなかったので、彼の小言には全面的に従うしかなかった。

 パンジー達はダリアがセドリックに恋をしていると声高に主張しているが、小姑もかくやというこの様子を見れば意見も変わるのではないかとダリアは秘かに考えた。

 

 ダリアは神妙な顔をしてセドリックが説く道徳観(ダリアには小言にしか聞こえなかった)を聞き流していたが、説教が終わり一息ついた後、続いたセドリックの言葉に顔色を変えた。

 

「――――――よし、じゃあ今日も体力づくりのためにジョギングしに行こうか。」

 

「今から!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端はダリアがフランス旅行へ出発する前、セドリックにクィディッチチームのキャプテン決定の知らせが届いた時のことだった。

 狂喜乱舞するエイモスを適当にあしらいながら朝食を進めているうちに、ダリアのクィディッチ嫌いが何かの拍子に明らかになってしまったのだ。

 

「クィディッチが嫌いって――――――冗談だろう!?」

 

 唐突に声を荒げたセドリックに、ダリアはびくついた。

 去年疑われた時以来久しく見ていない剣幕だったので驚いたものの、クィディッチが嫌いだということは事実だったので、セドリックの言葉に果敢に反論した。

 

「だ、だってそうじゃない。あんな堅そうなボールを人間めがけて投げつけるんでしょ?骨折なんてざらにあるらしいし!すっごく危険だと思うし――――」

 

「それは、打ちどころが悪ければ た ま に そういうことはあるけど!だけどそれ以上にクィディッチは素晴らしいスポーツなんだよ!」

 

 ハッフルパフチームのシーカー、そしてキャプテンを務める者として、その誤解を見過ごすわけにはいかないと、セドリックはクィディッチの魅力を熱弁した。

 

 ダリアはセドリックのクィディッチに対する情熱に唖然として、全く口を挟めないでいた。

 まさかこんな身近なところにも、ダフネやノット達のようなクィディッチ狂が潜んでいたとは夢にも思っていなかったからだ。

 ダリアが思っているより、イギリス魔法界におけるクィディッチは、かなりメジャーな存在なのかもしれない。

 

 しばらく「クィディッチの素晴らしいところ」を熱く語っていたセドリックだったが、ダリアにあまり響いていないことに気が付き、いったん口を止めた。

 

「―――――――よし、分かった。ダリア、君がクィディッチの魅力を理解できないのは、君が運動音痴だからだ。」

 

「―――――ええ!?」

 

 突然自分の運動能力を酷評されたダリアは思わず声を荒げた。だがしかし、続いたセドリックの言葉に二の句が継げなくなった。

 

「だから、今日から僕と毎日運動しよう。まずは体力をつけるためにジョギングからかな。―――――クィディッチを語るのは、それからだ。」

 

「―――――――(呆然)」

 

 

 幸運なことに、それからすぐにダフネ達とのフランス旅行へ出発したため、ダリアは本気にせず気楽にショッピングを楽しんでいたのだが、帰ってくるとすぐにジョギング地獄に苦しめられることになってしまった。

 

 セドリックはスポーツに関して、とりわけクィディッチに関しては、自分にも他人にも厳しいストイックさをもっていた。ダリアにとっては鬼教官以外の何者でもなかった。

 

 ジョギング自体はこまめな休憩有り、励ましの言葉有り、セドリックによるクィディッチ解説有り、ジョギングの最後にはセドリックによるクィディッチの実演有りという、セドリックファン垂涎の充実コースだったのだが、筋金入りインドア派のダリアはそんなものを楽しむ余裕など全く無かった。

 

 ダリアは正直目くらましの呪文でも何でもつかってジョギングを回避したかったのだが、騒動を見守っていたディゴリー夫妻が、以前よりも壁を感じさせなくなった二人の様子に安心しきっていたので何もできず、毎日ヘロヘロになる運命を受け入れざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わるころになると、ダリアはだいぶクィディッチについて詳しく、そして幾分か体力がつきモヤシらしくなくなっていた。

 この結果にセドリックは大変満足していたが、ダリアは大変不満だった。

 セドリックのクィディッチ蘊蓄のおかげでルールや歴史に無駄に詳しくなったものの、やっぱりクィディッチに対してそこまで情熱を持つに至ることはなかったし、「こんなにたくましくなっちゃったら、私の儚げな美少女ってイメージが崩れちゃうんじゃない?」と心配してもいた。

 

 そんなわけでダイアゴン横丁に新学期の学用品を買いにやって来た時も、ダリアはムスっと不機嫌な顔で漏れ鍋に現れた。

 

 ディゴリー家が煙突飛行でやって来た漏れ鍋は、何となく去年よりも人が少ない気がした。以前はもっと、子ども同士の客が多かった気がする。

 おそらくシリウス・ブラックの脱獄が原因だろう。店のいたるところに、薄汚れた風貌の男の写真がべたべたと貼られている。

 

 ふてくされたまま手配書を睨みつけるダリアにサラが気付き、優しく声を掛けた。

 

「もうダリアったら、またそんな顔をして!せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 

「だってセドリックが私にひどいことするんだもん・・・・」

 

 頬を挟んで撫でくり回してくるサラに、ダリアはセドリックの横暴を訴えるが、サラ自身「セドリックのおかげでダリアが健康的になった」と嬉しく思っていたので、あまり本気で受け取ってはもらえなかった。

 ちなみにセドリックは、キャプテンになったお祝いとしてエイモスに新しいクィディッチ用品を買ってもらえる手筈になっていたので浮足立っており、全く聞いちゃいなかった。

 

『ひどいっていうか、ダリアが不健康だったのは事実なんだし、セドリックに鍛えてもらってよかったんじゃないの?ほんとに。このままじゃ生活習慣病で死んじゃう将来が見えてたもん。』

 

 ――――――そこまで不摂生な生活してたわけじゃないわよ!

 

 ダリアは声を大にして反論したかったが、人目もあったので頭の中で念じるだけで済ませた。

 

 

 

 

「よーし、子どもたち、早速新学期の買い出しに行くぞ!まずはダリアの教科書からだ。3年生からは選択科目が増えるからな――――先に書店に行って家に送ろう。セドの買い物はその後だ!」

 

 エイモスが張り切って宣言した。ホグワーツでは3年生から選択科目の受講が可能となる。

 通常は5科目の内2,3科目しか履修できないのだが、ダリアは「全部」受講することになっていた。どのような時間割になるのかは分からないが、詳しくは新学期が始まってから話があるらしい。

 

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の前へ近づくにつれ、ダリア達は店の前に何やら見慣れないものがあることに気が付いた。どうやらそれは檻のようだった。

 

『なんでペットショップでもないのに、檻があるのかなぁ。』

 

 トゥリリが首を傾げたが、理由はすぐに分かった。檻の中には、本が入っていたのだ。

 勿論ただの本ではない。「噛みつく本」だった。わけが分からない。

 

 ディゴリー一家は唖然として檻を眺めた。檻の正面にはこの本の名前が書いてある。「怪物的な怪物の本」――――――ダリアとセドリックが新しく買わなければならない、魔法生物飼育学の教科書だ。

 

 檻の中では、何故か牙が生えている本同士が、お互いに齧りあって大立ち回りを演じている。

 一冊の本が別の本にノックアウトされ、凄まじい断末魔を上げてビリビリに破られるのを見たダリアは、慌ててセドリックの陰に隠れた。ダリアは吠える生き物が大の苦手だった。

 

「―――――お客さんたち、新しい教科書ですかね。」

 

 店の奥から、満身創痍の店員がうっそりと現れた。見るからに憔悴しきっている。

 

「あ、ああ。3年生と5年生の教科書が欲しいんだが。」

 

 檻にあっけに取られていたエイモスがなんとか答えると、店員は「2冊も・・・・」と悲壮な声を上げた。

 店員は一度店の奥に引っ込むと、分厚い手袋と杖を装備して、また戻ってきた。

 

「お客さん下がって。こいつら見境がないんで、逃げだしたら大変危険なんです。」

 

「なんだってそんな危険な本を教科書にするんだ!?」

 

「それはこっちが聞きたいことですよ!」

 

 若い店員はほとんど泣きそうになりながらも、怪物本を二冊捕え(捕え!)、スペロテープでぐるぐる巻きに縛り上げた。

 それでも本たちは拘束を破ろうと暴れるので、途中でスペロテープを抜け出してしまう可能性を恐れたダリアは、完全に及び腰になりながらも本をポコンポコンと一発ずつ殴りつけた。これでとりあえずは大人しくなるはずだ。

 セドリックはひきつった顔で礼を言い、教科書を受け取った。流石のセドリックも、この教科書には思う所がありそうだ。

 

 

 

「こんな危険な本を教科書に指定するなんて、何を考えているんだ!?」

 

 その他必要な教科書を用意し、書店を出た途端、エイモスは憤然と抗議を始めた。

 サラも不安気に本が入ったカバンを見つめている。

 しばらく難しい顔で考えこんでいたセドリックがポツリと呟いた。

 

「今までのケトルバーン先生は『幻の動物とその生息地』を指定教科書にしていらっしゃったけど―――――もしかしたら、今年から先生が変わるのかもしれないな。」

 

「もう結構なお歳だものね―――――」

 

「ええっ、そんなぁ!」

 

 スリザリンの先輩から、ケトルバーン教授の授業が面白いと聞いていたダリアは落胆の声を上げた。

 ケトルバーン先生は魔法生物をこよなく愛する年配の教授で、若い頃はかなりやんちゃな授業をして62回も停職処分を受けたことがあるという噂を聞いたこともあるが、長年の経験故教え方が非常に上手く、珍しい魔法生物と触れ合えると評判だったのだ。

 

 がっくりしながらダイアゴン横丁を進むと、いつの間にか次の目的地の高級クディッチ用具店に辿り着いていた。セドリックはここで、新しい防具などの購入と、箒のメンテナンスをする予定だった。

 

 セドリックとエイモスが店の奥へ行ってしまったので、ダリアはサラと店内をブラブラ見て回ることにした。

 高級箒磨きセットや練習用ボールなどが陳列されている店内で、とある一角に人だかりができていた。ダリアは気になったので、人込みの間をすり抜けて最前列に割り込んだ。

 

「―――――なんだ、箒か。」

 

 人込みの中心にあったのは、最新式の箒だった。何やらすごい機能が付いているらしい。

 

 ダリアがクィディッチで一番理解できないのは、この箒に関することだった。

 飛行速度や旋回の精度は、箒の性能によって大きく違ってくるという。だからこそドラコが2年生の時シーカーになれたのだが、箒の性能によってチームの戦力が変わってくるのは、あまりスポーツらしくない気がしていた。

 

 いっそのこと全員同じ箒に乗ればいいのに。とダリアは常々考えていた。箒の銘柄の違いなんてものは良く分からないし、その方が練習や作戦の成果が見えやすいと思うのだけど。

 

 ダリアがそんなことを考えながらぼんやりショーケースを眺めていると、ふと視線を感じた。胡乱気に顔を上げると、黒髪の少年が驚いたような顔でこちらを見ていた。

 

「モンターナ?」

 

「?――――――――あ、ポッターじゃない。」

 

 ダリアは最初相手が誰だか全く分からなかったが、少年の額の傷を見て、それがハリー・ポッターだということを思い出した。しばらく見ていなかったので、顔を忘れかけていた。

 

 そのことを感じたのだろう。ポッターは口元を引き攣らせていたが、ダリアは構わず話しかけた。

 直接話したことはほとんどないが、ドラコやパンジーがいつも絡んでいることで何となく知った人間のような気がしていたので、特に人見知りをすることは無かった。

 

「なんかしばらくあんたの顔見てなかったから忘れちゃってたわ。最近全然会わないけど、引っ越したの?」

 

「?――――――確かに、最近は漏れ鍋に泊まってるけど。なんで?」

 

「え?あんたってオッタリー・セント・キャッチポール村に住んでるんじゃないの?」

 

「なんで?」

 

 ダリアは去年の夏季休暇、散歩中にウィーズリー兄弟と歩いていたポッターと出くわして以来、何となくそう思い込んでいた。

 巷ではハリー・ポッターはマグルの親戚の家で暮らしているというのは有名なことなのだが、ダリアは興味が無かったので全く知らなかった。

 

「だって去年、ウィーズリーと一緒に歩いてたじゃない。」

 

「―――――あー、あれはロンの家に泊まってただけだよ。」

 

「へー。」

 

 ダリアが特に明確な敵意を見せなかったので、ハリーは普通に会話をしていたが、明らかに彼女が興味を持っていないということが分かり、少しイラっとした。

 自分で聞いておいてこの生返事はあんまりなのではないだろうか。

 

 そんなハリーの様子には全く気付かず、ダリアは再びショーケースの中の箒に視線を戻した。ファイアボルトとかいう名前の箒は試作品らしく、値段は書いていないが、きっととても高いのだろう。今自分の手元にある小遣いでは買えそうにない。

 

 ―――――今年のクリスマスプレゼントには無理かな。

 

 旅行だなんだで、元の世界から持ってきた貯金はだいぶ使ってしまった。まだまだ余裕はあるとはいえ、ダリアは早急にお金を手に入れる方法を探していた。

 

「ダリアー、帰るわよー。」

 

「はぁい。」

 

 様々な小遣い稼ぎの手段を考えながら箒を睨みつけていたダリアだったが、サラに声を掛けられて思考を中断した。どうやらセドリック達の買い物が終わったようだ。

 ダリアは来た時と同じように、スルスルと人込みを抜け、サラたちのところへ合流した。

 

 

 

 

 

 あっさりと去って行くダリアを、ハリーは何とも言えない気持ちで見送った。

 直接会話したのは(といっても向こうは認識していないだろうが)クリスマスの夜にスリザリン寮に侵入した時以来だ。相変わらず我が道を行く生き方をしているらしい。

 

 しかしハリーは、ダリア・モンターナに対して少なからず思うところがあった。

 

 2年生の終わり、ハリーは日記に宿った若き日のヴォルデモートと死闘を繰り広げた。

 日記に宿ったヴォルデモートの記憶、リドルとはその時少しだけ言葉を交わしたのだが、彼が気になることを言っていたのだ。

 

 リドルには、スリザリン生を襲った記憶が無いのだという。

 

 ハリー達はダリアが石化した原因を、事件に首を突っ込んだ事だと考えていたが、リドルにとって、彼女の石化は寝耳に水だったらしい。

 自身の犯行をハリーに対して自慢する際、ダリアの事件に関してだけは不満げにぼやいていた。

 

 彼が嘘を言っている可能性もあるが、ヴォルデモートの主義からして、スリザリン生を狙う理由が無いことは確かだ。おそらく、本当に身に覚えが無かったのだろう。

 

 リドルの言っていることが本当だったとしたら、一体なぜ彼女は石化したのだろうか。

 

 もう一つハリーが気になっているのは、ダンブルドアの態度だった。

 ハリーがリドルの言葉を告げた時、ダンブルドアは一瞬動揺した表情を見せたのだ。

 いつも落ち着いた印象の教師が見せた取り乱した様子に、ハリーの方も動揺してしまった。

 

 あのダンブルドアが、ダリアに対して、何かしら疑いを持っているらしい。

 ダンブルドアを信頼するハリーにとってしてみれば、彼女を疑惑の目で見る理由はそれだけで十分だった。

 



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ディメンター

 9月に入り、いよいよディゴリー家を離れホグワーツに向かう時が来た。

 

 開き直ってサラとエイモスに甘えまくって夏休みを過ごしていたダリアは、「行きたくない。」「ずっと家に居る。」などとキングズクロス駅に着くまでぐずぐずと駄々をこねていたが、駅のホームに到着して友人の姿を見つけると、ケロっと意見を変えた。

 エイモスは少しがっかりしていた。

 

「あっ、ダフネだ!――――ちょっと行ってくる!じゃあね、おじさん、おばさん!」

 

「ああ、行っておいで。今年のクリスマスは絶対に帰ってくるんだぞ。」

 

「手紙を出してね。あとそれと、くれぐれも気を付けて。何か困ったことがあったら、すぐにセドリックに言うのよ。―――――セドリック、お願いね。」

 

「わかってるよ、母さん。」

 

 去年のことがあったので、サラは特に不安げにセドリックに頼んだ。

 ダリアはサラの言葉に一応頷いてはいるが、セドリックは最近なんとなくダリアの「性格(ポンコツさ)」を理解してきていたので、いまいち信用できなかった。

 セドリックは、今年はダリアの言動に目を光らせなければ、と秘かに決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダフネー!」

 

「あら、ダリアじゃない!久しぶりねぇ、元気だった?」

 

 ダリアが手を振りながら駆け寄ると、ダフネもこちらに気付いたのか、同じように手を振ってくれた。横にはダフネによく似た、黒いネクタイの新入生の姿もある。

 

「アステリア!そっか、今年入学するのよね。」

 

「はいっ!よろしくお願いします、ダリアさん。」

 

 ダフネの妹のアステリアは、緊張した様子でぺこりと頭を下げた。

 妹が(というか年上ぶるのが)大好きなダリアは、低姿勢なアステリアに気を良くして、「勉強なら私が教えてあげるわ!」と胸を張って宣言した。

 

「なんてったって学年首席!去年ももし試験が実施されてたら、きっと学年首席だったに違いないもの。存分に頼っていいわよ!」

 

「す、すごいですダリアさん!」

 

「付き合うのもそこそこにしておいて、アステリア。あんまりおだてるとすぐ調子に乗るんだからこの子。」

 

 ダフネはダリアの自己アピールをバッサリ切り捨てると、さっさとトランクを持って特急に乗り込んでしまった。アステリアも慌てて後を追う。

 調子に乗って石化してしまって以来、友人たちはダリアの天狗行為にちょっぴり厳しくなってしまっていたのだ。

 ダリアは口をとがらせながらも、アステリアがトランクを特急に積み上げるのを手伝ってやった。

 

 

 

 

 まだ出発には早い時間だったのでコンパートメントは何処も空いており、ダリア達3人は広々とした席を陣取ることができた。

 

「今年は絶対にグラップとゴイルは入れないからね。去年みたいなギュウギュウ詰めでペチャンコになるのはごめんだからね。」

 

「そうねぇ。あの二人、この一年でまた一回り大きくなっていたものね。」

 

 トランクを荷物棚に上げた後、つらつらととりとめのない話をしているうちにミリセントが現れ、続いてパンジーが息を切らせて乗り込んできた。

 

「ハァ――――――結局ドラコを見つけられなかったわ。改札口で張り込んで探してたんだけど。」

 

「付き添い姿現しで来てるんじゃないの?ドラコのお父上はあまり顔を見せたくないだろうし。」

 

 どうやら発車時刻ギリギリまで粘り、ドラコを探していたらしい。

 結局見つからなかったと聞いて、ダリアは秘かに安心した。もしドラコが来るのならば、腰巾着の巨体二人ももれなく付いてくることになってしまうからだ。

 

 パンジーが席に着いたところでホグワーツ特急は発車し、結局女子5人で一つのコンパートメントをゆったりと使うことができそうだった。

 

 

 

 

 ホグワーツまでの長い道のりの途中、ダリア達は今年入学するアステリアのために、学校についての事を色々と教えてやっていた。

 アステリアは実家で既にダフネを質問攻めにしていたが、それでも不安が抑えきれないのか、真剣な表情で聞き入っていた。

 

 アステリアが特に熱心に聞いていたのは、双子のウィーズリーについての話題だった。

 

 フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーはスリザリンの天敵、グリフィンドール寮の5年生で、毎日何かしら大騒動を巻き起こしてフィルチをカンカンにさせている、ホグワーツ屈指の問題児だ。

 

 スリザリン生の多くが彼らの被害にあっており、特に新入生には手ひどい洗礼が浴びせられるのが常なので、十分注意する必要がある。。

 

「とりあえず、グリフィンドールの連中には気を付けるのよ。特に双子のウィーズリーは要注意!あいつらスリザリンと見ると女子相手でもひどいんだから。」

 

「見かけたら何食わぬ顔ですぐに行き先を変えるのよ。出来るだけ関わらないようにするのよ。」

 

 

「ウィーズリーズはスリザリンの談話室を糞爆弾だらけにしたことがあるらしいわよ。」

「被害者の髪の毛をむしり取って、戦利品としてコレクションしてるらしいわよ。」

「目を付けられたスリザリンの先輩がノイローゼになって聖マンゴに入院してるらしいわよ。」

「ウィーズリーズが」「ドテカボチャども」「あの双子の悪魔が」「トウヘンボクめ」「乱暴者」「卑怯者が」「ヘチャムクレ!」

 

 

「ちょっと、あんまり色んな事を言ってアステリアを怖がらせないで頂戴!あとダリアは変な言葉をこの子に教えないで!」

 

 ダリア達がグリフィンドールの要注意人物についてある事ない事を吹き込んでアステリアを震え上がらせていると、ダフネがピシャリと止めさせた。

 ダフネは体の弱いアステリアに過保護な気があったので、愛する妹を過剰に怖がらせる友人に鋭い一瞥を送った。

 

 悪ふざけの自覚があった3人は、クスクス笑って謝った。

 

 

 

 

 話題は双子のウィーズリーから、「怪物的な怪物本」に移った。

 今年のスリザリン生は全員魔法生物飼育学を選択したので、全員があの凶暴な本の恐ろしさを知っていた。

 

「あの本、一体何なわけ?予習しようにも開きようがないんだけど。」

 

「ホグワーツでは、他にもあんな教科書を使うことがあるんですか?」

 

「ないって!先輩たちに聞いた話じゃ、去年までは『幻の生物とその生息地』が教科書だったらしいけど。」

 

「噂じゃ、ケトルバーン先生は退職されて、新しい先生が来たって話だよ。」

 

「――――――こんな教科書を指定するような先生が?やだ、授業が始まる前から憂鬱・・・・。」

 

 噛みつき本への不満をたらたら口にしていると、ふと列車が速度を落とし始めたことに気が付いた。

 キングズクロス駅を出発して長い時間がたったが、それでもまだホグズミードに到着する予定の時刻には早すぎる。

 明らかに異常な事態に、ダリア達は不安げに顔を見合わせた。

 

「どうしたのかしら?ホグズミードはまだ先のはずだけど。」

 

「汽車が故障したとか?」

 

「まさか、ホグワーツ特急に限ってそんなことは・・・・」

 

 そうこうしているうちに、汽車はガクンと完全に止まってしまった。遠くで荷物が落ちるようなドシン、という音が聞こえる。

 ミリセントがドアから頭をつき出して辺りを見渡しているが、首を傾げている。原因は何も分からないらしい。

 

「ダメね、どこも同じ。わけが分からないって感じよ。」

 

「アクシデントでもあったのかしら――――――きゃあ!」

 

 突如何の前触れも無く部屋の明かりが消えた。どのコンパートメントも同様の状況らしく、いたるところから混乱した声が聞こえている。

 ダリアも驚いたが、急いで魔法で視力を強化し、暗闇でも周りが良く見えるようにした。

 

 アステリアはすっかり怯えてしまったようで、ダフネに抱きしめられてブルブル震えながら泣いていた。

 

「―――――ちょっと私、先頭車両まで行って何があったのか聞いてくる!」

 

「ダリア、ダメ!危ないことをしないで!絶対にここに居て!」

 

 パンジーが叫ぶが、ダリアは入り口の前に陣取るミリセントをひょいと避けて、ドアを開けて外へ出ようとした。

 しかし、ダリアがドアを開ける前に扉ががらりと開いた。

 

「今パーキンソンの声がしたけど、ここに居るのか?」

 

「あ、ノット。」

 

「ノット、ダリアを捕まえて!こんなに暗いのに出歩こうとしてるのよ!」

 

 ドアを開けたのは、数か月振りに見るセオドール・ノットだった。パンジーの叫び声を聞きつけ、やって来たらしい。

 ノットは眉を顰めると、目の前にいるダリアを手探りで捕獲し、コンパートメントの中に押し込んだ。

 

「わ!ど、どこ触ってるのよエッチ!」

 

「うるせぇ。こういう時は大人しくその場で待機だろ―――――でもまぁ助かったよ。トイレからの帰りに電気が消えてさ。コンパートメントに戻れなくて困ってたんだ。」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐダリアを無視して腕を引っ掴んだまま、ノットは空いていた席に座った。

 ダリアも仕方なしに偵察を諦め、コンパートメントに留まることを決めた。

 

「別に逃げないわよ!ここに座ってるから、離していいってば!はーなーしーて!―――――きゃあ、何!?」

 

 荷物棚の上から、トゥリリがひらりとダリアの頭の上に降りてきた。突然の出来事にダリアは悲鳴を上げ、その悲鳴に怯えたアステリアが叫び、その騒ぎを聞きつけた他のコンパートメントにも恐慌が広がり、たちまち車内は混乱に陥った。

 

「何?何があったのダリア!?」

 

「わ、私のせいじゃないわよ!トゥリリが突然上から降りてきてびっくりしちゃっただけだもん・・・・」

 

『ダリア、気を付けて。何か危険なものが来るよ。』

 

 トゥリリの言葉に聞き返す間もなく、車両がまたガタリと大きく揺れ、ざわざわと騒がしかった車内が一瞬で張り詰めたような静寂に包まれた。

 何が起こっているのかは誰も分かっていなかったが、不思議なことにその場に居た生徒全員が、何か「よくないもの」がこの車両に乗り込んできたことを察していた。

 

 まだ暑さの残る9月にもかかわらず、体の芯を凍らせるような冷気と共に入り込んできたのは、ボロボロのマントをまとった巨大な影だった。

 友人たちの息を飲む音を聞きながら、ダリアはその陰から目を逸らすことができなかった。

 影の持ち主の空ろな眼窩を目にしたダリアは、トゥリリの焦った声を聴きながらも、遠のいていく意識を引き留めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが自分の名前を必死で叫んでいる声が聞こえる。

 

 痛い、寒い、怖い。

 

 薬莢の焦げ付いたような臭気。薄く膜を張ったようにぼやけた世界。

 

 誰かが自分の名前を必死で叫んでいる声が聞こえる。

 

 こちらを向いているたくさんの黒い穴。雷鳴のような轟音。

 

 胸の中心に空いた穴から漏れていく、体温と血液。

 

 また私は皆の期待を裏切ってしまったのだろうか。

 

 誰かが自分の名前を必死で叫んでいる声が聞こえる。

 

 

 この全身を冷たく撫で下ろす、途方もない喪失感をダリアはよく覚えている。これは幼い頃、ダリアが初めて自分の命を失ったときの記憶だった。

 

 ――――――こんな昔の事、もう何年も思い出してなかったのに、どうして。

 

 ダリアは考えながら、口から血の塊を吐き出した。肺に穴が開いているせいか、上手に息をすることが出来なかった。

 緩慢な死の眠りが、ダリアの意識を暗く染めていく。

 

 ダリアはやっぱり自分の名前を呼んでいる誰かの声を聴きながら、そうして死んだ。

 

 

 

 

 

「ダリア、しっかりしろ!ダリア!!!」

 

「うぅん、うるさいなぁ――――――――あれ?セドリック?」

 

 ダリアがふと目を開けると、そこは先ほどまで居たホグワーツ特急のコンパートメントだった。何故かセドリックが居る。いつの間に来たのだろう。

 

 よく周りを見てみると、状況がおかしい。

 何故か床で寝ていたようだし、いつの間にか列車は動いているし、夏だというのに全身を寒気が覆っている。

 ダリアが目を覚ましたことに気付いた全員が、安心したように息をついた。皆青ざめた顔をしており、アステリアはダフネに縋り付いたまま泣いている。

 

「え、なんで?何があったの?なんでセドリックが居るの?あれ?」

 

「――――お前、ディメンターが入ってきた途端、ぱったり倒れたんだよ。あいつらがどっかに行っても目が覚めなかったから、監督生を呼びに行ったんだ。そしたらディゴリーが来て。」

 

 ノットが蒼白な表情のまま言った。そう言われて初めて、ダリアは自分が気絶していたということに気が付いた。

 セドリックがダリアの上体を起こしながら眉を顰める。全身が細かく震えている。

 ダリアは自分で自覚している以上に体が冷え切っていた。

 氷のように冷たいダリアの手をさすってやりながら、セドリックはポケットからチョコレートを取り出した。

 

「ノットの焦りようが普通じゃなかったから、急いで監督生用のコンパートメントから走ってきたんだ。そうしたら君、床に倒れたままピクリともしてないし。―――――――はい、チョコレートだ。ディメンターにはこれが一番よく効く。」

 

「ダリア、あなた、息をしてなかったのよ! 私、暗くて何も分からなかったから、あなたがディメンターに何かされて死んでしまったのかと思った!」

 

「えっ、私死んでたの!?」

 

 ダリアはパンジーの言葉にびっくりして、チョコレートを口に詰め込まれながら慌てて自分の命の状態を探った。

 ちゃんと7つ残っているようで、安心した。

 

「よかった、私死んでないわ・・・・もぐもぐ。」

 

「いや、今はどっからどう見ても生きてるのは分かるでしょ。」

 

 ミリセントは呆れ気味に言ったが、これはダリアにとっては重要な確認だった。

 複数の命を持つ大魔法使いは、死んでもすぐに(個人で時間差はあるらしいが)次の命に入れ替わる。今生きているからと言って、一度死んでいる可能性を捨てきれないのだ。

 

 幸いなことに、今回はどうやら本当に死んでいなかったらしい。

 チョコレートを食べ全身がみるみる温まってきたダリアは、ようやく立ち上がることが出来た。

 

「よかった。―――――監督生のコンパートメントに先生が乗っているから、一応看てもらいにいこうか。」

 

「うん。――――――ねぇ、トゥリリ知らない?見当たらないんだけど。」

 

「トゥリリなら、ディメンターを追いかけてどこかに行ったわ。―――――私、気が動転していたからかしら。あの子の頭が何個かに増えて、足がたくさんあるように見えたのよね。」

 

 ダリアは先ほどとは違う冷や汗をかいた。どうやらトゥリリがディメンターを追い払ってくれたらしい。その際本性を現した姿を見られてしまったようだった。

 

 

 

 セドリックに連れられて監督生のコンパートメントにやって来たダリアはそこで監督生達に指示を出していた男性教員に簡単な診察を受けた。

 

「―――――うん。体温も低くないし、顔色もそう悪くないね。チョコレートを食べさせたかい?」

 

「はい。僕が行った時には呼吸も浅くて体温も低かったので、丸々一枚食べさせました。」

 

「いい判断だ。―――――心配は無いと思うけど、念のためホグワーツに到着したらマダム・ポンフリーに看てもらうといい。」

 

 始めてみる教員だ。おそらく彼が新しい闇の魔術に対する防衛術の教員なのだろう。

 着ているものは粗末だが、ちゃんとした「教師」らしい知識を備えているようだった。

 去年や一昨年よりはずっと良い授業を期待できるかもしれない。

 

 またもや初対面の相手をジロジロ観察し始めたダリアに、セドリックは慌てて頭を下げさせた。

 

「ありがとうございました、ルーピン先生――――――ほら、ダリアも。」

 

「――――――ありがとうございました。」

 

「はい、お大事にね。」

 

 ルーピンというらしい教授は、「面白いものを見た」というような顔をして、ダリア達に手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

「ダリア、前も言ったかもしれないけど、人の顔をジロジロ見るのは失礼にあたるんだよ。それに相手は先生なんだから。」

 

「だって知らない人だったんだもの。」

 

「知らない人だからこそだよ。初対面で悪い印象を与えたくないだろう?」

 

 ダリアはセドリックのように「すべての人と仲良く」なんて別にしなくてもいいと思っていたので、適当に返事をして反省しているふりをした。

 セドリックもダリアがあまり真面目に聞いていないことが分かったのだろうか。重いため息をつくと、別の話題に切り替えた。

 

「それで、今回は何があったんだい?」

 

「むっ!」

 

 端からダリアを疑ってかかるセドリックの言葉が心外だったので、目を吊り上げて抗議した。

 

「何もしてないもん―――そうやってセドリックは、いっつも私がいけないことしてるみたいに思い込んで!ひどいわ!」

 

「別にダリアがディメンターを引き入れただなんて思っていないさ。ただ、ディメンターに反応してあんなに様子がおかしくなったのは君だけだったから、何があったか気になってるんだ。」

 

 ダリアが無茶をして事件に巻き込まれないように、両親から子守(のようなもの)を頼まれているセドリックは、ダリアが去年のように余計な手出しをして危険な目に合ったのではないかと勘繰っていた。

 確かに敵意のようなものは感じられなかったので、ダリアは少し安心した。

 

 どうしてダリアがディメンターと対面しただけで気絶してしまったのか。ダリアはその経緯を思い出そうとした。

 

「―――――――うーん。なんでなのかしら。あんまり覚えてないわ。」

 

 ダリアは気絶していた間のことを全く覚えていなかった。

 ディメンターは近くに居る人間の最も忌まわしい記憶を呼び起こすという。

 おそらくあまりに恐ろしい記憶を思い出したため気絶してしまったのだろうと思うのだが、肝心の内容が思い出せなかった。

 

 素直に分からないと口にしたダリアだったが、セドリックは疑わしそうに首を傾げた。

 

「あんまり隠し事はしないで欲しいんだけど―――――」

 

「ホントだって!誰かに呼ばれて目が覚めたら、床に寝てたの!」

 

 ダリアは一生懸命主張した。本当に悪いことはしていないのに、疑われるのは癪だった。

 ひとまずセドリックは「まぁ、君怖がりな所もあるし、過剰に反応したのかもね。」と納得してくれたが、ダリア自身はあまり納得できていなかった。

 

 ――――――なんで私、気絶なんかしちゃったんだろう?

 

 確かにダリアは小心者だが、気絶するほどに恐ろしい思いをしたことなど、今まで経験したことも無いはずだ。

 

 トゥリリは何か知らないだろうか。

 なんとなく違和感を持ったダリアは、また後で詳しくディメンターについて調べようと決意した。

 

 

 

 

 

 セドリックに元居たコンパートメントに送ってもらうと、友人たちは見るからにホッとした様子で迎えてくれた。

 

「よかった。もうすっかり顔色もいいみたいね。」

 

「もうすぐホグズミードに到着するわよ。ぼんやりしてないで早く制服に着替えなきゃ!」

 

 ノットもダリアの無事を確認すると、自分のコンパートメントに戻って行った。ドラコ達と同じ部屋に居たようだ。

 そういえばドラコ達もあのディメンターを見たのだろうか。ドラコはダリア以上にびびりなので、もしかしたら同じように気絶しているかもしれない。あとで聞いてみよう。

 

 ダリアがホグワーツの制服に着替え終わった頃、予定時刻を大幅に超えたものの、ホグワーツ特急は無事ホグズミード駅に到着することができたのだった。

 



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逆転時計

 

 汽車からホグズミード駅へ降り立つと、降りしきる氷のような雨で冷えた空気がブワッと全身を包んだ。。

 聞けばディメンターはダリア達の車両だけでなく、ホグワーツ特急を全て見て回ったらしい。生徒達は皆口数も少なく、黙々と隊列をなしてホグワーツ城へ向かった。

 

『ダリア、大丈夫だった?』

 

「あ!トゥリリ、どこ行ってたのよ!探したんだからね!」

 

 帰ってこないトゥリリを探してウロウロしていたダリアは、足元にすり寄ってきた黒猫に気付くとすぐさま抱き上げた。雨に濡れてびしょびしょになってしまっている。

 ローブでゴシゴシ拭いてやると、トゥリリは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 

『ごめんごめん。ディメンターを追い払った後、面白そうなヤツを見つけてさぁ。』

 

「ええ、何よそれ―――――もうちょっと遅れたら、置いて行っちゃうところだったんだから!」

 

 ダリアはプリプリしながら、ダフネ達のところへ急いだ。

 アステリアは既にハグリッドに連れられ、湖の方へ向かったようで、残っていたのはダフネとパンジー、ミリセントだけだった。

 

「ダリア、トゥリリは見つかったの?」

 

「うん。どっかで遊んでたみたいで、びちゃびちゃになってた。」

 

「見つかってよかったじゃない。早く馬車に乗るわよ!馬車こそドラコと一緒に乗るんだから!」

 

「こんなに馬車に入る?ただでさえでかいのが二人いるのにさ。」

 

 ディメンターを追い払う時、神殿の猫の真の姿を見てしまったらしいミリセントが、ダリアの腕の中で丸まっているトゥリリをチラチラ見ながら言った。今はどこからどう見ても普通の猫なので、きっと見間違いだと思っているだろう。

 

 4人が急いでぬかるんだ馬車道へ向かうと、馬車はもう数台しか居なかったが、幸いなことにパンジーの目当てのドラコはまだ乗っていなかった。

 

「よかった!ドラコ、やっと会えたわね!」

 

「ああ、パンジーか。久しぶりだな。」

 

 パンジーが歓声を上げてドラコの腕にまとわりついたが、いまいちドラコの反応が芳しくない。見れば、いつも青白い顔色が更に白くなっており、まるで病人のようだった。

 

「ドラコ、体調悪いの?なんだかすっごく顔色悪いけど。」

 

「ああ、いや。うん。雨が冷たくて体が冷えただけだと思う。君こそ、ディメンターに襲われて体調を崩したって聞いたけど――――――すっかり元気そうだな。」

 

「チョコレート食べたら元気になったわよ。」

 

「ふーん。」

 

 ドラコは何でもない風を装って言ったが、ダリアは彼がこっそりとチョコレートを口にしているところを見てしまった。

 きっとディメンターに会って恐ろしい思いをしたのだろう。闇の魔術に関連深いマルフォイ家で暮らしているのだ。人よりも「恐ろしい記憶」が多くてもおかしくはない。

 

 結局馬車には、8人で乗ることになった。中に拡張魔法が掛けられていたので、見た目よりもだいぶ広々と使うことができたのだ。

 

「二年生以上はこうやってホグワーツに行ってたのね。あの馬?って何なの?」

 

 ダリアは去年汽車の中で気絶して、そのまま医務室送りになってしまっていたので、ホグワーツの馬車に乗るのはこれが初めてだった。

 馬車を引いている、ドラゴンとも天馬とも取れない不思議な生物を、ダリアは知らなかった。

 

「――――あれが見えることは、あまり口外しない方がいいぞ。」

 

「え、なんで?」

 

「あれがセストラルだからだ。死を目の当たりにしたものだけが姿を見ることができる生き物だ――――――聞いたことがないか?」

 

「―――――なるほど。本で読んだ事あるわ。」

 

 元の世界には存在しなかった生物だが、ダリアは何かの本で読んだことがあった。

 著者は伝聞で姿を想像したのだろうか、挿絵に描いてあったセストラルは「コウモリの翼の生えた馬」といった様相で、実物とは似ても似つかなかった。

 

 ダリアは勿論死を目の当たりにしたことがあった。なにしろ自分自身が死んだことがある。

 その当時のことは何故かほとんど覚えていないのだが、セストラルを見ることができる条件を満たしていた。

 

 ノットも誰かの死を見たことがあるのだろうか。

 表情の薄いノットの横顔を盗み見ながらちょっと考えてみたダリアは、ノットの家族についてあまり知らないということに気が付いた。

 ドラコと幼馴染だということはなんとなく聞いてはいるが、それ以外についてノットは家のことをあまり話したがらない。

 ドラコと幼馴染ということは、ノットの家もヴォルデモートの信望者だった可能性が高いが、ノット自身はドラコのように過激な純血主義を持っているわけではない。

 ―――――もしかすると、あまり家族仲は良好と言えないのかもしれない。

 

 ダリアがジロジロと横目で見てくるので、ノットは馬車に乗った間中、ずっとなんとなく居心地が悪かった。

 

 

 

 

 

 ディメンターはホグワーツの門の前にも立っていた。

 ダリアはまた頭の中で、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえ始めたような気がして、急いでチョコレートを口の中に詰め込んだ。

 

 ホグワーツに到着するや否や、ダリアはグリフィンドールの寮監、マクゴナガル教授に呼び止められた。

 

「モンターナ!あなたにお話があります。事務室へおいでなさい!」

 

「はぁ。」

 

 思わず気の抜けた返事をしてしまったが、ダリアはとりあえず荷物を預けると、マクゴナガル教授の元へ向かった。一緒にポッターとグレンジャーも呼ばれたようだが、ますます何の用だか見当がつかない。

 あちらも用件が何か分かっていない様子で、怪訝にこちらを見ていた。

 

 マクゴナガルに連れられて事務室にやって来たダリアは、同じようにディメンターに過敏に反応したというハリー・ポッターと一緒に、校医のマダム・ポンフリーの診察を受けた。

 汽車で出会ったルーピン教授から、事前に連絡が入っていたらしい。ディメンターの雇用に元々反対していたマダム・ポンフリーはプリプリしながら二人の体調を確認した。

 

「それでポッピー、二人にはどのような処置が必要ですか?絶対安静でしょうか?入院が必要でしょうか?」

 

「必要ありません!僕、大丈夫です!」

 

 マクゴナガルの提案を、ポッターは勢いよく立ち上がって拒絶した。先ほどからどうも、自分が繊細でない丈夫な人間だということを繰り返し主張したいらしかった。

 

「まぁ、チョコレートを食べたなら大丈夫でしょう。さて、モンターナの方は――――――――あら、あなたはどこからどう見てもすっかり元気そうですね。逆に血の気が多すぎるほどです。さてはチョコレートを食べすぎたでしょう。食べすぎには気を付けないといけませんよ。」

 

「えっ。」

 

 健康的になってしまった体格を誤魔化すための薄幸の美少女キャンペーン真っ最中だったダリアは、自分がポッターより図太いという事実にちょっぴりショックを受けた。

 

 

 

 

 

 二人とも無事入院する必要は無いと判断され、ポッターとマダム・ポンフリーが事務室から出て行った。部屋の中にはグレンジャーとダリア、マクゴナガル教授だけになる。

 

 きちんとドアが閉まっていることを確認したマクゴナガルは、厳格な声色で話を切り出した。

 

「さて、ここからが本題です。用件は、お二人の今年度の時間割についてです。」

 

 待ち望んでいた話題に、ダリアとグレンジャーの背筋がピンと伸びた。

 

「今年からホグワーツのカリキュラムが変わった影響で選択科目の時間同士が重なってしまい、全ての科目を受けることができなくなったということは、もうご存知ですね?」

 

「はい。2年生の終わりにマクゴナガル先生からお話を伺いました。同時に、成績優秀な生徒には、全ての授業を受けることができる特別措置を考えているということもおっしゃっていました。」

 

 マクゴナガルの確認に、グレンジャーがはきはきと答えた。ダリアも当然覚えていたのでこくこくと頷いた。

 

 グレンジャーの言うように、ホグワーツのカリキュラムは今年から大きく変わる。

 理由の一つは3年次から始まる選択科目の問題だった。

 去年までは全ての科目が重ならないよう、全てばらばらの時間に開講されていたという。しかし全ての科目を受講する生徒は稀で、ほとんどの生徒は2、3科目のみを受講し、残りは空きコマになっていたらしい。

 

 これでは効率が悪すぎるということで、今年度からは空き時間を作らないような時間割を組むことになったのだ。当然、一つの授業を受けると、同じ時間に開講されている他の授業には参加することができなくなる。

 

 話の内容をちゃんと覚えていた二人にマクゴナガルは満足気に目を細めると、机の中から厳重に梱包されたあるものを取り出した。

 

 金の鎖のついたそれは、小さな砂時計のような見た目をしていた。

 

「これは、もしかして、逆転時計ですか?」

 

 グレンジャーが囁くように口にした言葉に、マクゴナガルは頷いた。

 

「大変貴重な、そして大変危険な魔法具です。扱いには非常に繊細な注意が必要なので、成績優秀者にしか貸し出すことができないと判断しました。」

 

「―――――これが逆転時計。」

 

 ダリアは逆転時計を受け取り、恐る恐る細部を観察した。

 時間を操る魔法というものは、未来へ向かう場合を除き、ひどく安定性に欠けることが多い。

 なぜなら時間は不可逆なものだからだ。遠い未来へ時間旅行に出発することができたとしても、帰ってくることができる保証はどこにもない。

 

 しかし、この逆転時計は過去への時間旅行を可能にするものだという。

 魔法省の神秘部が管理しているというこの逆転時計の詳しい製造方法は明らかにされてはいない。ロストテクノロジーが一部使用されており、新しい逆転時計を作成することは不可能だという噂もあるほどだ。

 

「――――過去への時間旅行のリスクは、説明するまでも無いでしょう。かつてミンダブル女史が、500年ほど過去の時代に五日間滞在したことで、どれほどの被害が出たかはご存知でしょう。ミンダブル女史の肉体が5世紀分年を取っただけでなく、結果25人もの人間が『生まれなかったこと』になり、時の法則を著しく乱したことで火曜日が二日間も続いたと言われています。――――神秘部の研究によれば、リスクを冒さずに遡ることが可能な時間は、最長5時間ほどだということです。もちろんあなた達に貸し出す逆転時計は、その程度の時間しか遡ることができないものです。」

 

 いくら成績優秀だとはいえ、所詮13歳の子供に貸し与えるものだ。大事には至らないよう

 配慮されていたらしい。事の重大さに顔を青ざめさせていた二人は、ほっと息をついた。

 クレストマンシー城ですら、時を操る魔法については「最も難解な魔法」として扱われていた。うっかり遠い過去に飛んでしまうことを考えるのはとても恐ろしい。

 

 二人は最後に、マクゴナガル教授からいくつか注意点(過去の自分に会わないこと、逆転時計に強い衝撃を与えないことなど)を受け、ようやく解放された。

 珍しい魔法具を与えられたことで、グレンジャーはうきうきしていたが、ダリアはポケットに爆弾を入れられたかのような気持ちになって、少しだけ落ち着かなかった。

 

 

 

 大広間に戻ると、組み分けは既に終わってしまっていた。

 ダリアはアステリアの組み分けがどうなったのかとても気がかりだったので、慌ててスリザリンのテーブルに駆け寄った。

 アステリアは、ダフネのすぐ横に座っていた。

 

「アステリア!スリザリンになったのね!」

 

「あ、ダリアさん!はい、これからよろしくお願いしますね。」

 

 アステリアは無事スリザリンに組み分けされたことで、安心したようにニコニコ笑っていた。

 ダリアはその近くに取ってもらっていた席にするりと滑り込んだ。

 

「随分と遅かったじゃない。しかもポッターやグレンジャーと一緒だなんて何事だったの?」

 

「マクゴナガルは何の用だったわけ?」

 

「今年度の時間割についてだって。あと、マダム・ポンフリーに体調を看てもらったわ。」

 

 ダリアはあたりを見渡しながら答えた。

 去年は医務室に入院していたので、新学期の宴に参加するのは久しぶりだった。スリザリンには、今年も20人程度の一年生が入ってきたようだ。

 今年は純血の生徒は少なめらしい。テーブルの中央に近い位置に座っている新入生はアステリアの他にはほんの数名で、後はテーブルの端っこで俯いている。

 相変わらずのスリザリン的選民思想に、ダリアは苦笑した。

 

 長旅を終えた生徒達は全員お腹がペコペコだったが、楽しい宴の前には校長の挨拶がある。ダンブルドアが立ち上がったのを見て、生徒達はおしゃべりをやめて教員席の方を見た。

 生徒たちを震え上がらせたディメンターについて、何らかの説明があるに違いない。

 

 予想通り、最初の話題はディメンターについてだった。

 凶悪犯であるシリウス・ブラックの脱獄を受け、魔法省から派遣されてきたらしい。

 

「ってことは、あいつらずっとここに居るってこと?」

 

 パンジーがショックを受けたように呟いたが、ダリアも同じ気持ちだった。

 あんな気持ち悪くて縁起も悪く、子どもの健全な精神の発達に著しく悪影響を与えそうな生物を教育機関に置いておくなんて、普通に考えてありえない。誰も反対しなかったのだろうか。

 

 こればかりはダンブルドアも不服な様子で、ディメンターに関わらないことを生徒達に厳しく言い含めていた。

 

 次の話題は、ホグワーツの新任の教職員の紹介だった。

 

 新任と言っても、若い教師ではない。新しく「闇の魔術に対する防衛術」の教師をすることになったというルーピン教授を見て、ダリアは声を上げた。

 

「あの人、監督生のコンパートメントに居た人だわ!ディメンターに対する指示を出してたの。」

 

「へぇ、あの人が?」

 

 ダリアの言葉に、スリザリン生はルーピンの姿をジロジロと観察した。継ぎはぎだらけのローブを身に纏ったルーピンは、一見頼れる教師には見えなかった。

 

「人は見た目によらないのかしら―――――それにしても、少しは身なりに気を遣うべきだと思うんだけど。」

 

「っていうか見てみなよ。スネイプの顔!ルーピンのこと目だけでノックアウトできそうなくらいじゃない。」

 

「そりゃあ、スネイプ先生は毎年闇の魔術に対する防衛術のポストを狙ってるんだもの。相手が憎くてしょうがないのよ。」

 

「ぜったいあの人、魔法薬学の教授のままでいた方がいいと思うんだけど。どう考えても一番向いてるじゃない・・・・。」

 

 ダリア達は好き勝手ルーピン(とスネイプ)について話していたが、続いての新任教員の紹介を聞いて、ひっくり返りそうになった。

 ケトルバーン教授の退職した穴を埋めるため、森番のルビウス・ハグリッドが魔法生物飼育学の教授に就任したのだ。

 

「あの森番が教師だなんて――――嘘でしょう!?」

 

 パンジーが呆然と口にした言葉に、ダリアは心底同意した。

 ハグリッドと親しいグリフィンドールの生徒達は大きく拍手していたが、実際驚いていたのはダリア達だけではない。

 スリザリンを含めた4寮の生徒全員が、少なからず衝撃を受けているようだった。

 

 ハグリッドが嫌われているというわけでは無い。今年の魔法生物飼育学で指定された教科書の事情に合点がいったためだ。

 ミリセントもこの知らせに、ある意味納得したらしい。

 

「だって考えてもみなよ。あんな教科書選ぶ人間なんて、あいつ以外居ないでしょ?」

 

「ああ、なるほど。」

 

「そんな納得したくなかったわよ!」

 

 確かにあの「怪物的な怪物本」を教科書として指定する人間は、ハグリッドくらいしか思いつかない。

 魔法でむりやり大人しくさせて読んだ教科書の内容は怪物好きのハグリッドらしく、題名の通り「怪物」に偏った内容だった。読み手に危害を加える教科書も相まって、恐ろしい予感しかしない。

 

 ユニコーンやニフラー、ニーズルといった可愛らしい魔法生物と触れ合うことを楽しみにしていたのだが、それはあまり期待できそうにない。

 ダリアは少しがっかりした。

 



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可能性の糸

 選択科目の授業は合同授業の形式で開講されている。

 人気の科目(占い学や魔法生物飼育学など、単位が取りやすいという噂があったもの)は寮ごとに分けられている場合もあるが、選択する生徒の数が少ない古代ルーン文字学やマグル学などは、複数の寮の生徒が同時に授業を受けることになる。

 

 ダリアの新学期一番初めの授業は、変身術だった。

 マクゴナガル教授が教卓の前で、眼鏡のような縞模様をもった虎猫に姿を変えると、スリザリン生達は感嘆の声を上げた。「動物もどき」というとても難しい魔法だという。

 

 いたずらで他人をカエルやロバに変身させることは頻繁にあったものの、自分が変身するのはあまり好きではない。動物に変身してしまうと、思考も動物寄りになってしまうからだ。

 以前猫に変身してトゥリリと散歩に行った際、自制心を忘れてつい明け方まで遊び呆けて帰ってしまい、大人達に大目玉を食らってからは試したことがなかった。

 

「いいわよね、アニメーガス!私もいつか鳥に変身して、空を飛んでみたいわ。」

 

 授業が終わった後、パンジーがうっとりとした顔で窓の外を見上げながら言った。おそらく脳内で、鳥になってドラコの元へ飛んでいくシチュエーションを想像しているのだろう。目元がにやけていた。

 

「あら、でも動物もどきってかなり難しい魔法なのよ?中々難しいんじゃないの?」

 

「そうそう。ドラコに勉強教えてもらってるようじゃ無理無理。」

 

 パンジーが勉強が苦手な振りをしてドラコに教えてもらっていることを知っていたダリアとダフネは、ここぞとばかりに揶揄った。

 

「もう!」パンジーが頬を赤く染めて小突いてくるのをきゃいきゃい避けて遊んでいると、ミリセントが呆れて口を出した。

 

「もう!はこっちの台詞だってば!早く占い学の教室に行かないと遅れるでしょ?」

 

 占い学は北塔の一番てっぺんであるらしい。そのため生徒達は長い螺旋階段をヒィヒィ言いながら登らなければならなかった。

 教室に辿り着くころには、ダリアは息も絶え絶えになっていた。夏休み中セドリックとの特訓をしていなければ、おそらく途中でダウンしてミリセントにおぶってもらうことになっていただろう。

 

 占い学の教室は、ちょっと昔の紅茶専門店といった雰囲気の、およそ教室らしくない雰囲気の内装だった。

 それは教授にも言えることで、「いかにも」な装飾品をこれでもかというほど身に纏ったトレローニー教授は、ホグワーツの教員の中でも異質な様相を呈していた。

 

 小さな教室は、すぐにスリザリン生でいっぱいになってしまった。これほどの占い学人気には、実はとある理由がある。

 

 占い学では、まず紅茶占いの練習が行われた。トレローニー教授が淹れた紅茶を飲み干してペアの相手に渡し、カップの底に残った茶葉の模様を読み取っていく。

 丁度ダリアがダフネのカップの底を見ているとき、椅子の近くにトレローニー教授が現れた。

 

「さあ、あなたはこの模様が何に見えますの?」

 

「はい。これは――――――ナイフでしょうか。ダフネは近いうちにトラブルに巻き込まれるのかもしれません。」

 

「まぁ―――――ふむふむ、なるほどね。」

 

 ダリアは教科書のシンボルについての解説の中から、出来るだけ不吉な結果の物を適当に選び、神妙な顔をして答えた。

 ダリアの答えを聞いた教授は、満足気な顔をして去って行った。その後ろ姿を見て、ダリアは周りの友人たちと意味ありげに目配せをし合った。

 

 占いとは、真に素質のある者以外が行ったところで、何の意味もない行為である。つまり大多数の者にとって、「占い学」の授業は役に立たない科目だ。

 にもかかわらずこうして占い学を選択する生徒が多いのかというと――――――このようにでっちあげがきくからだった。

 

 真の予言者は中々いない。それはつまり、占いの結果の真偽を判断できる人間も中々いないということだ。スリザリン生はその後も、好き勝手にもっともらしく占いの結果(それもトレローニーが喜びそうな悲惨な運命)をでっち上げていった。

 ガリ勉はガリ勉でも、ダリアはスリザリンのガリ勉なので、そういう抜け道は大歓迎なのだ。

 

「とってもお上手でした。スリザリン生は毎年、占い師の素質がありそうな子が多いんですのよ――――――」

 

 授業が終わると、トレローニー教授は満足気にそう告げ、カーテンの奥へ消えていった。

 

 

 

 

 

「ふん、占い師なんて誰がなるのよ。先輩たちの話通り、占い学は楽勝ね。」

 

 教室を出てしばらくすると、パンジーが蔑んだ目をして言った。確かに、あの調子では何の苦労もすることなく好成績を手に入れることができそうだった。

 しかし、ミリセントは本当に参ったという表情をしていた。

 

「でも、あの変な香りに一年間耐えるのはねぇ。あの甘ったるい香り、どうにかならないのかしら?」

 

「きっと真夏はすごい暑さになるわよ。なんであの人、あれだけ厚着をして汗一つかいてないのかしら。」

 

「ほんとにね。あーあ、来年の試験期間が今から憂鬱だわ。」

 

 夏の終わりの今日でさえ、教室の中はむっとした暑さに覆われていた。夏本番にこの部屋で試験を受けることなど、考えたくも無い。

 

 4人はそのまま、昼食を食べに行くことになった。ダリアはその前にトイレに行くと一声かけて、人気のないところへ向かった。

 

「この辺りでいいかしら――――――――さて。」

 

 ダリアは鞄の中から慎重に逆転時計を取り出した。今から、初めてこの逆転時計を使うのだ。

 今から3限が始まる前に戻るには、2時間前に戻れば間に合うはずだ。ダリアは中心の砂時計を、2回ほどくるくると回転させた。

 

 横に揺さぶられるような感覚がしたと思った瞬間、ダリアは床に横になっていた。いつの間に転んでしまったのだろう。

 痛む腕をさすりながら近くの窓際に走りよると、まだ日が昇り切っていない。どうやら無事、2時間前に来ることができたようだ。

 

 ダリアはそこから大急ぎで数占い学の教室へ向かった。

 ようやく教室前に辿り着くと、丁度ドラコやノット達が入ろうとしているところだった。

 荒く息をついているダリアを怪訝そうに見ながらも、ノットが荷物を持ってくれた。

 

「重っ!何が入ってるんだよ、この鞄。」

 

「何って、教科書に決まってるじゃない・・・・お腹減った・・・・。」

 

「腹が減ったって・・・・昼食はまだ先だぞ。」

 

 数占い学の教室は、普通の講義室だった。ダリアは適当な席に座ると、机に突っ伏した。

 昼食を食べてから、いや、せめて軽食を食べてから逆転時計を使うべきだった。お腹がへってしょうがない。

 

 数占い学はレイブンクローとの合同授業だった。レイブンクロー生が大多数を占め、スリザリン生はドラコ(とクラッブとゴイル)やノットを含めれば、ほんの数人しか取っていなかった。

 なんでも、魔法省などの就職に有利なのは、占い学よりも数占い学の方だという。将来親の後を継ぐ可能性のある名家の子息は、こちらを選択しなければならないらしい。

 

「最近じゃ珍しいよな。お前がグリーングラスたちと一緒に居ないの。」

 

「何よ。私が金魚のフンだとでも言いたいわけ?」

 

「いや、別にそんなことは一言も言ってないんだが。」

 

 ようやく落ち着いたダリアはノットに適当に返事をすると、素知らぬ顔で鞄から教科書を取り出して授業の準備を始めた。

 ダリアとグレンジャーの二人はマクゴナガルから、逆転時計の事を他の生徒に言わないよう、厳しく言い聞かされていたからだ。当然、「さっきダフネ達と一緒に占い学も受けてきたから!」などとは言えるはずも無かった。

 

 数占い学は名前の字数や生年月日などを使って運勢を占う学問で、元の世界(やマグルの学問)でいうところの数学のような科目だ。最初はまだ単純な計算を使った占術しか習わないようだが、これから先は魔方陣などより複雑な算術を使わなければならないらしい。

 ダリアは元々理系的な科目は好きだったし、ドラコとノットも苦も無く計算をしているが、クラッブとゴイルはそうではなかった。

 

「だから、公式通りに計算しろと何度も言っているだろう!おいクラッブ、お前の計算式は下一桁じゃなくて上一桁になってるぞ!ゴイル!一桁の計算くらい暗算でできないのか!?」

 

 ドラコが必死になって激を飛ばしているが、クラッブとゴイルは焦った様子も無く、指を一本ずつ折り曲げながらとろとろと計算問題を解いていた。

 

 その様子を見ていたダリアは、ついクラッブとゴイルの行く末を案じてしまった。

 

 一日中何かを食べているので誤解されやすいが、クラッブとゴイルはただの肥満児ではない。肉体派のミリセント曰く、彼らの分厚い皮下脂肪の下には、極東の島国のスモウ・レスラーのように、鋼のような筋肉が潜んでいる。らしい。

 

 ダリアはミリセントが熱く語っていたのを聞いただけだったが、確かにドラコにちょっかいをかけてくる生徒を二人が一瞬で捻り潰している場面を見かけたことがある。その時の動きは今の様子からは想像できない程早かった。

 

 ドラコの腰巾着兼子分の役割を全うすべく、日々鍛えているそうだが、流石に脳みそまで筋肉になりすぎなのではないかと思う。

 ドラコは意外と面倒見が良いので必死になって教えているが、流石にこれが一年間続くとなると、気の毒になってきた。

 

 

 

 

 

 2回目の3,4限を終えたダリアは、這う這うの体で大広間に向かった。

 丁度大広間の前でダフネ達に合流すると、彼女たちはダリアの憔悴具合に目を剥いた。

 

「ちょっとダリア、トイレに行った先で何があったのよ!どうしてそんなに疲れてるの?」

 

「色々あったの。ほんと色々―――――ねぇ、もう食べていいでしょ?私お腹ペコペコなの!」

 

 待ちに待った食事にようやくありつくことができたダリアは、周囲の間で「トイレで長い闘い(意訳)をしてきたせいで疲れてしまった」と勘違いされていることには気づかなかった。

 

 

 この一年、度々同じことが起こるせいか、ダリアはスリザリン女子に度々「もっと野菜を食べなきゃ。」「運動も大事よ。」と気遣われることが多くなる。

 

 

「それにしても、いよいよね。午後の授業は魔法生物飼育学よ。」

 

 肉のスープをすくいながら、パンジーが眉を顰めて切り出した。午後からは、件の森番が教鞭を取るという、魔法生物飼育学の予定だった。

 しかもグリフィンドールと合同授業だ。考えうる限り最悪のシチュエーションだ。

 

「占い学より最悪の授業があるとか、信じられないわ。」

 

「ダリアが紅茶占いで言った『物事が良からぬ結果に終わるでしょう』って、このことなんじゃないの?」

 

「ええ、そんな占いしてないわよ。『トラブルに巻き込まれる』じゃなかった?」

 

「そうだった?あんまり覚えてないわ。」

 

 ダリアの講義に、ミリセントはあっけらかんと答えた。

 しかし、結果的にミリセントの言った「物事が良からぬ結果に終わるでしょう」は現実のものとなってしまうことになる。

 

 

 

 

 

 魔法生物飼育学は、屋外で行われるという。スリザリン生達はそれぞれ紐やベルトでぐるぐる巻きにした噛みつく教科書を手に、ハグリッドの小屋を目指した。

 

 小屋の前では、ハグリッドが待ちきれないという様子で立っていた。横には黒い大きなボアハウンド犬を連れている。ダリアは犬が苦手だったので、そっと距離を取った。

 

「よーし、みんなよくきたな。こっちゃこいや。今日はみんなにいいもんがあるぞ!」

 

 ハグリッドはそのまま、禁じられた森に沿って歩いていく。森にあまりいい思い出が無いドラコが一瞬身震いするのに、ダリアは気が付いた。

 それに加え、ハグリッドの言う「いいもの」が、自分たちにとっての「いいもの」であるかどうかわからない。先ほどから嫌な予感しかしなかった。

 

 

「いいもの」の正体は、すぐに判明した。

 生徒達が禁じられた森の近くの放牧場のようなところへたどり着くと、教科書の正しい開き方がやっとわかり(背表紙を撫でる!)、ハグリッドが森の中からその生き物を数頭引き連れてきたのだ。

 

 その生き物を目にした時、ダリアは呻いた。

 

「ヒッポグリフって――――――嘘でしょう?」

 

 ダリアは馬が好きだった。城に居た時もよく馬小屋に入り浸ってそこの馬たちとおしゃべりをしていたし、以前禁じられた森で見かけたケンタウロスも大好きだ。

 半鳥半馬であるヒッポグリフのことも当然好きだったが、それとこれとは話が別だ。

 

 ヒッポグリフはグリフィンと雌馬の間に生まれたとされる魔法生物で、とても気位が高く凶暴だということで有名だ。あの鋭い嘴と鍵爪で突かれでもしたら、3年生の子どもなんてきっとひとたまりもない。

 そんな上級者向けの生物を3年生の一番初めの授業に扱うなんて、飛ばしすぎだ。

 

 まず一番に、ハリー・ポッターがヒッポグリフと触れ合うことになった。

 誰も自分の目の前で殺傷事件が起こる場面なんて見たくはない。スリザリン生を含め、全員が固唾を飲んでハリーを見つめ、無事お互いにお辞儀が終わると、長いため息をついた。

 ハリーはその後、灰色の毛並みのヒッポグリフに跨り、空へ飛んで行ってしまった。

 

「今から私たちも、あのケダモノに触らなきゃいけないのよね・・・」

 

 ハリーの姿が見えなくなる頃、ダフネが心底嫌そうに言った。あの嘴と鍵爪を見て、すっかり怖気づいてしまったらしい。

 ミリセントとダリアは割と乗り気だったが、パンジーもダフネと同意見の様子で、放牧場の隅にそろそろと移動していった。

 その様子を見て、ミリセントは鼻を鳴らした。

 

「まったく、これだからお嬢様ってやつは――――――あんたはいいの?ダリア。真っ先に逃げそうなもんだと思ってたけど。」

 

「うん。私馬好きだもん。触ってみたいわ。」

 

「へぇ、それは意外ね―――――じゃあ、早速行ってみましょうよ。」

 

 ミリセントとダリアは、フンフン意気込んでヒッポグリフの近くへ向かった。

 

 近くで見ると、なおさら美しい。

 ダリアはパロミノのヒッポグリフとお辞儀を交わすと、前半分の羽から後ろの毛に滑らかに変わっていく部分をそっと撫でた。

 

「わあ、素敵―――――グリフィンとはまた違う手触りなのね。」

 

 ダリアは城に居たクラーチという名のグリフィンを思い出した。

 クラーチはグリフィンの子どもで魔法の才能があり、ダリアやキャットといった城の子どもたちと一緒にソーンダース先生の授業を受けるほど頭が良かった。

 ヒッポグリフはグリフィンと雌馬の間に生まれたとされているため、クラーチと似ている部分もあるが、こちらの方が幾分か馬に近い艶やかな手触りをしている。

 

 ダリアの言葉を聞いて、ヒッポグリフは大きなオレンジの目をパチパチとさせた。

 

『グリフィン、みたこと、ある?』

 

「あるわよ。グリフィンの子どもだけど、一緒のところに住んでたの。」

 

『ふうん。』

 

 ダリアはパロミノのヒッポグリフとこそこそとおしゃべりした。まだ若いメスのヒッポグリフで、名前はフィニアンというらしい。

 ミリセントも無事栗毛のヒッポグリフとお辞儀を交わすことができたようだ。

 嘴を撫でてネズミをあげた二人は、意気揚々とスリザリン生達が固まっている場所へ帰って行った。

 

「お辞儀した後は結構大人しかったよ。梟みたいに額を撫でると喜んでたわ。」

 

「そうそう。それに、毛並みがすごく気持ちよかったわ――――――ドラコ!余計なことしちゃダメだよ!怒らせたらきっとひどい目見るんだからね!」

 

「わ、わかってるさ!」

 

 ポッターが丁度空の旅から帰ってきたのを見計らい、ニヤニヤしながら向かっていくドラコを見つけたダリアは、念を押しておいた。

 ハグリッドの授業を無茶苦茶にしようとするのはどうでもいいが、流石に今回はリスクが高過ぎる。

 まさに余計なことをしようとしていたドラコは、ぎくりと身を竦ませた。

 

 その後、ドラコも無事灰色のヒッポグリフとお辞儀を交わした。

 仏頂面で戻ってパンジーの喝采を浴びていたが、ヒッポグリフの毛並みはそう悪いものではなかったらしく、それなりに満足気な顔つきだった。

 

 結局ダフネやパンジーなど、一部の生徒はヒッポグリフを恐れて近づくことができなかったが、大多数の生徒がお辞儀を交わして触れ合うことを許され、なんとか魔法生物飼育学の授業は終了時刻を迎えることができたのだった。

 

 

 

 

 ハグリッドの教員としての資質はともかく、ヒッポグリフと触れ合えたことには大満足していたダリアは、ホクホク顔で次の授業へ向かうべく、人気のない場所へ向かっていた。

 次、というか魔法生物飼育学と同時に受ける予定の授業は、マグル学だ。

 先ほどと同じように逆転時計を取り出して2回転させると、やはり横に揺さぶられるような感覚に襲われ、気付けばダリアはまた床に放り出されていた。

 

「ぐっ―――――もしかして私、毎回転ばなきゃいけないのかしら。」

 

「――――――――ダリア!?」

 

 ダリアが起き上がろうと床でもたもたしているうちに、人が通りかかってしまった。

 その上偶然にも、通りかかったのはダリアのよく知る人物だった。

 

「げぇっ!セ、セドリック。」

 

「どうしたんだダリア。まさかまた、ディメンターに。」

 

 面倒なヤツに見つかったぞ。とダリアは思った。セドリックは昨日ダリアが特急の中で倒れてからというものの、事あるごとに様子を伺ってきていたのだ。

 床に転がっている場面を見られて、ただで済むはずがない。

 

「こ、校舎の中にディメンターが居るわけないじゃない。ちょっと転んだだけだし。」

 

「―――――つまり、立ち眩みをしたってことかい?」

 

「いやそうじゃなくて。えっとぉ――――――ぎゃん!」

 

 ダリアは言い訳しながら立ち上がろうとしたが、ローブの裾を踏んでまた転げてしまった。

 

 床に顔面を強かに打ち付けて涙目になるダリアを見て、セドリックは「これはただ事ではなさそうだぞ。」と判断したらしい。ダリアをひょいっと小脇に抱えると、医務室へ向かい始めた。

 

「ハッ―――――や、やめてー!!ちがうの、ほんとになんでもないんだってば!医務室はダメ、医務室はダメ!」

 

「何言ってるんだ。昨日あんなことがあったのに・・・念のため看てもらうだけだから暴れないでくれ。」

 

 元気すぎることを指摘された昨日の今日で、なんともないのに医務室の世話になることだけは避けたかった。流石に恥ずかしくてマダム・ポンフリーに合わせる顔が無い。

 

 しかしセドリックは足を止めてくれない。じたばた暴れるダリアを抱え直し、ズンズンと医務室へ向かっていく。

 人通りのある廊下に出ると暴れる方が恥ずかしくなってきたのか、ダリアはようやく抵抗を諦めて足をプラプラさせだした。

 

 どうか知り合いにはこんな死んだフェレットみたいなマヌケな場面を見られませんように、と真剣に祈っていたダリアだったが、無情にも大広間の近くで知った顔に声を掛けられた。

 

「――――――――ダリア?一体どうしたんだ?」

 

「ぐっ・・・・」

 

 丁度大広間で昼食を食べ終えて出てきた、ドラコとクラッブ、ゴイルだった。セドリックの小脇に抱えられたダリアに気付き、怪訝な表情をしている。

 同寮の友人に恥ずかしいところを見られてしまったダリアは、思わず赤面してしまった。

 恥ずかしさのあまり、つい口調が荒くなった。

 

「う、うるさーい!なんだっていいでしょ!?」

 

「お、おい。いきなりどうしたんだ。」

 

「もうっ!いいからさっさと次の授業に行きなさいよッッ!」

 

「な、なんなんだよ!こっちは心配してやってるのに!――――――行くぞ!」

 

 ドラコはプリプリ怒りながら、クラッブとゴイルを連れて去って行った。今から魔法生物飼育学の授業へ向かうのだろう。

 ぐったり脱力しているダリアを、セドリックが厳しめの口調で叱った。

 

「ダリア、友達にあんな風にあたるのはよくないよ。あとでちゃんと謝るんだ。」

 

「もう、わかったわよ、わかりました・・・・・」

 

 結局医務室で看てもらったものの、当然ながら何の異常も見つからず、ダリアは恥かき損で終わってしまった。

 

 

 

 

 

 マグル学はマグル界の事情に疎い魔法族の生徒たちを対象とした授業で、マグルが生み出した独自の文化を知ることができる科目だ。

 しかしマグルの事情に全く詳しくないはずのスリザリンの生徒は一人もこの授業を選択していない。「マグルの知識など知ったところで何の役にも立たない」と決めつけているのだ。

 

 なのでダリアは「あいつ同時に二つの授業に参加してるんじゃないの?」という目を気にすることなく、悠々とバーベッジ教授の講話をノートに書き写すことができた。

 

 初回の今日は、マグルが生み出した便利な電化製品の紹介だった。基本的にホグワーツではマグルの電化製品は正常に作動しないらしいが、この空間だけはその魔法の効果を打ち消されているという。

 

 ダリアが居た世界Aは、この世界Bほど科学力が発展していなかったため、電子レンジや電話などの電化製品はダリアにとっても目新しいものばかりで、正直とても興奮してしまった。

 

 

 

 

 

 マグル学でようやく今日一日の授業を全て終えたダリアは、疲れからフラフラしてスリザリンの談話室へ戻った。一日が30時間に増えるようなものだ。これが一年続くと思えば、気が遠くなる。

 

「ただいまぁ・・・」

 

 スリザリン寮へ入ったダリアだが、何やら寮内の様子がおかしい。生徒達はこそこそと何かを噂しあっている様子だ。ダフネ達に聞こうにも、誰の姿も見つけることが出来なかった。

 

 ダリアが戸惑っていると、一年生同士で話していたアステリアがこちらに気付き、駆け寄ってきた。

 

「ダリアさん!マルフォイ先輩が、魔法生物飼育学の授業で大けがをしたって、本当なんですか!?」

 

「――――――――――――ええ!?」

 

 予想外のアステリアの言葉に、ダリアは目をぱちくりとさせた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとドラコどうしたの!?なにがあったの!?」

 

 アステリアや一年生たちの要領の得ないバラバラな話をつなぎ合わせると、ドラコは魔法生物飼育学の授業中、ヒッポグリフに腕を切り裂かれて大量に出血してしまったらしい。

 しかしそんな事件はダリアの記憶には無い。ダリアの記憶では、ドラコは無事にヒッポグリフとお辞儀を交わし、嘴を撫でてご満悦だったはずだ。

 

 記憶と事実の齟齬に混乱したダリアは、すぐさまドラコが入院しているという医務室へ押しかけた。

 医務室には、談話室に居なかった友人たちが全員集まっていた。ドラコはベッドに横たわったまま蒼白な顔色で腕の包帯を撫で、パンジーはドラコのベッドに突っ伏して泣いており、ダフネとミリセントがパンジーを慰めている。

 

「ダリア、もうお腹の調子はいいの?」

 

「あ、うん。大丈夫・・・・」

 

 今回も逆転時計を使うため「ちょっとトイレ」作戦で抜け出していたダリアは、思いのほか響いた声にビクビクして声を潜めた。マダム・ポンフリーが「またあなたですか。」という顔でダリアを睨んでいた。

 ダリアはコソコソとドラコの近くまで行くと、まじまじとドラコの腕を見つめた。

 確かにこの傷跡からは、ヒッポグリフの魔力が感じられる。相当に深い怪我である。

 魔法生物による怪我は魔法での治療が効きにくく、ある程度まで治したら後は自然治癒に任せる他ない。ドラコの腕も、しばらくは包帯を巻き続けなければならないだろう。

 

「それで、どうしてこんなことになったの?」

 

 ダリアは純粋に事の経緯を聞いたつもりだったのだが、ドラコはそう捕えなかったようだ。いつにもまして青白い顔色だったが、それでもムスッとして答えた。

 

「そうさ。君の忠告を無視して、ヒッポグリフを侮辱した。だからこんな怪我をする羽目になったって言いたいんだろう?セオドールにも散々言われたよ――――――反省はしてるさ!」

 

「おい、大声上げるなよ。傷に触るぞ。―――――とまぁこいつも本当に反省してるんだ。今回はこれ以上責めないでやってくれ。」

 

「え。―――――――う、うん。わかったわ。」

 

 ダリアは事情がまだ何も分かっていなかったが、ノットの言葉にとりあえず頷いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコの話を聞いたダリアは、足取りも重く寝室に戻り、ベッドの上に寝転がって今回の事について考え始めた。

 話をまとめると、授業前ダリアに理不尽な癇癪をおこされ、そのイライラが残っていたためダリアの忠告を素直に聞くことが出来ず、結果ヒッポグリフをひどく侮辱してしまったという経緯らしい。

 

 部屋では、トゥリリがぐったりとした様子でベッドの上に転がっていた。

 

『あ、お帰りダリアぁ。ねえ、なんだか今日、すごく変な気分。バチバチ世界が切り替わるっていうか、無理やり平行世界に切り替わる感覚がずっとするんだよぅ。』

 

「トゥリリ――――――そっか、やっぱりそうなんだ。」

 

 ――――――今回のことは、やはり逆転時計が原因だったのだ。

 

 本来ならば怪我も無く無事に終わるはずだった授業が、このような結果に変化してしまった。しかし、誰もこの変化には気づいていないらしい。

 

 マクゴナガルからは、たった数時間時間を遡るだけなら、未来には何の影響も与えないとは教わっていたが、なんてことはない。いくら短い時間でも、時間遡行の影響は確実に出ていた。

 人間の方がその変化に気付くことが出来ていなかっただけなのだ。

 

 ダリアはこの現象をなんと言うのか、聞いたことがあった。

 

「――――私があの時大広間の前で『可能性の糸』を引っ張って、未来を変えてしまったのね。」

 

 可能性の糸とは、世界情勢などをほんの少し自分に都合の良いものにしたいときに使う、ダリア達の世界に存在した金融魔法の一つだ。

 起こるかもしれないいくつかのできごとを新しいものに変えると、他のすべてのこともほんの少しずつ変わってしまう。普段の生活に馴染みが深い人間ほど、その変化に気付くことは無い。

 

 おそらく、ダリアはこの世界へ来てまだ3年しかたっていなかったので、世界による辻褄合わせの影響を受けにくいのだろう。他の時間旅行者が気付かないような変化が目に付いてしまった。

 

『うげぇ、やっぱり時間操作の魔法なんて、ロクなもんじゃないや。この先ずっとこんな気持ち悪い感じに耐えなきゃいけないんだ・・・』

 

 トゥリリがげんなりしていった。時間移動していない分、「世界の変化」はダリア以上に目に付くのだろう。

 実際、今日は食事中に皿の上でツナだったものがニシンにいつの間にか変わる、といった現象が目の前で起きていた。

 

 

 やはり、逆転時計はとても危険な魔法具だ。どんな些細な変化も、未来に何かしら影響を及ぼしてしまうらしい。

 今回のドラコは怪我だけで済んだが、それでもかなり深い傷を負ってしまった。もし次同じようなことが起こった場合、友人たちの命が無事だという保証はどこにもない。

 

 

 ダリアは次の日から、どんな些細な変化も未来に残さないよう、細心の注意を払って逆転時計を使うようになった。

 



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ボガート

 ドラコの腕の傷は、腱まで達する深い傷だった。マダム・ポンフリーの治療により無事元通りに治りそうだが、それでもしばらくは安静にしていなければならないらしい。

 一日入院して様子を見ることになったと、目を腫らしたパンジーがスリザリンの談話室で涙ながらに語った。

 

「魔法生物の傷は治りが遅いから、しばらく右手は使えないんですって。」

 

「利き手だから、色々と不便でしょうね。荷物なんかはクラッブかゴイルが持つだろうから大丈夫として――――――ルシウス氏には連絡が行ってるの?」

 

「去年のこともあるし、学校から連絡が行っているとは思うんだが――――――俺からも一応、詳しい状況を書いた梟を出してみる。」

 

 消灯時間を過ぎ、医務室を出されたスリザリン生達は、人気のない談話室で声を潜めて話し合っていた。

 今日一日で色々なことがあったが、まだ新学期が始まって一日しか経っていない。夏季休暇の感覚が抜けていないのか、全員顔に疲労が隠せていなかった。

 特に逆転時計を使い合計10時間もの授業を受けたダリアは眠気のあまり、ソファに腰かけたままガクンガクン船を漕いでいた。

 

「ダリア、ここで寝ないでよ。もう少し頑張って―――――それにしても一昨年に引き続いて、ドラコはどうにもあの森番に因縁があるわね。きっとルシウス様はおかんむりよ。」

 

 今にも眠りそうなダリアの鼻をつまみながら、ダフネが気づかわしげに言った。

 ドラコは一昨年、罰則で禁じられた森へ行った際、ハグリッドに忘れられて森の中に置き去りにされてしまったことがある。

 

 その時もルシウス氏は相当なクレームをホグワーツに送っていたようだが、この度はその比ではないだろう。何と言っても今回は実際にドラコが大けがを負っている。

 親馬鹿なルシウス氏としては、何とかしてハグリッドに制裁を加えたいと思うはずだ。

 

 ハグリッドはダンブルドアのお気に入りである。前回は校長にのらりくらりと追及を躱され、責任を問うことはできなかったが、ルシウス氏は息子を傷つけた人物を決して許さない。どんな手を使っても彼を追い詰めるだろう。

 

 全員が深刻な顔で物思いにふける中、ダリアは別の意味で気が重かった。

 今回の事件は、元々の時間軸では起こらなかったはずの出来事だ。ダリアの不用意な行動が原因で歴史が変わったと言ってもいい。

 ダリアはドラコの怪我に、ちょっとした罪悪感を抱いていた。

 

「―――――ドラコの怪我、早く良くなるといいんだけど。」

 

 ダリアの小さな呟きは、静かなスリザリンの談話室に消えるように溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 皆の心配をよそに、ドラコは次の日の魔法薬学の授業中、腕を吊った状態で堂々と現れた。

 

 偉そうにふんぞり返って教室に入ってきたドラコは自分の怪我を大義名分に、ウィーズリーに自分の魔法薬の下準備を強制させて楽しんでいる。

 何ともたくましいことに、こんな状況下でもグリフィンドール生に嫌がらせをする腹積もりのようだった。

 

 ダリアはにやにやと厭らしい笑みを浮かべているドラコに、こっそりと話しかけた。

 

「ねぇ、そんなに動いて、もう大丈夫なの?」

 

「―――なんだ、妙にしおらしいじゃないか。珍しい。」

 

 ドラコが本当に驚いたように眉を上げるので、ダリアはムッとした。

 表情に出ていたのだろう。ドラコが慌てて取り繕った。

 

「ごめん、悪い意味で言ったんじゃないんだ。驚いただけで――――」

 

「フォローになってないんだけど。」

 

「悪かったって。――――――まぁ、それなりに痛いけれど、我慢できない程じゃない。それに、合法的に奴らに嫌がらせができるまたとないチャンスだぞ。僕が見逃すはずないじゃないか。」

 

 ドラコはヒナギクの根を仏頂面で刻んでいるウィーズリーに聞こえないよう、声を潜めて言った。小さな声だが、隠しきれない興奮が滲んでいる。

 

『すごいなぁ、グリフィンドールに嫌がらせすることに命かけてますってカンジ。ここまで一貫してると逆に尊敬しちゃうよねぇ。』

 

 ―――――うーん、自分の健康を後回しにするのって、本末転倒のような気もするけど。

 

 トゥリリが鞄の中で感心したように言ったが、ダリアは手放しで同意はできなかった。

 ダリアが逆転時計を使い始めてから、トゥリリはダリアと一緒に行動するようになっていた。

 逆転時計で実際に時間を遡らずに、ただただ「可能性の糸」が引っ張られた影響を受けるのは、相当な違和感らしい。混乱しないためにも、トゥリリはダリアと一緒に逆転時計で時間旅行をすることに決めていた。

 

 

 

 

 

 その日の昼食時、ホグワーツ中をとんでもない噂が駆け巡っていた。

 

「聞いた?『闇の魔術に対する防衛術』の授業で、とんでもないことが起こったらしいわよ。」

 

 噂好きのパンジーが早速聞きつけてきた。周りを気にしながらも、しかし興奮を抑えきれない様子だ。

 

「闇の魔術って―――――あの萎びたかんじのルーピンでしょう?そんな大それたことができるようなタイプには見えないけれど。」

 

「それが、とんだ爆弾を落としてくれたみたいなのよ!いい?―――――――――。」

 

 みすぼらしくくたびれたルーピンと「とんでもないこと」が結びつかず、半信半疑だったダリア達に、パンジーは更に声を潜めた。

 

「―――――ええ!?スネイプ先生に女装!?なにそれすっごい「ちょ、ちょっとダリア声が大きいわよ!!」」

 

 驚いて思わず大声を上げたダリアの口を、ミリセントが慌てて塞いだ。こっそり教職員席のスネイプを見ると、見るからに「私は不機嫌です。」といった表情でこちらを睨んでいる。

 

 ダリアの叫びを聞いた周りも、次第にざわざわと噂をし始めた。どうやら噂の流布に一役買ってしまったらしい。後で罰則が無ければいいのだが。

 

 しかし、パンジーが聞きつけた噂は、ダリアが驚くのも無理はない内容だった。

 午前中のグリフィンドールが受けた「闇の魔術に対する防衛術」の授業では、ボガートを使った実地訓練が行われたという。そこでロングボトムが対峙したボガートが、ドレスを着たスネイプに変身したともっぱらの噂なのだ。

 

「なにそれやばい。超クールじゃん――――――。」

 

 話を聞いたミリセントが、感動したように言った。

 ミリセントだけではない。話を聞いたスリザリン生全員が感動(もしくは動揺)に打ち震えていた。

 スネイプは誰が見てもスリザリン贔屓の寮監である。しかし、寮監として見れば甘いだけでは決してなかった。

 スリザリンに相応しくない行動をすれば容赦なく罰則を科せられる。スリザリン生にとっても、スネイプは恐るべき存在であったのだ。

 

 そのスネイプを、ここまで笑いのネタにできる人物が存在しうるとは。

 自寮の寮監が嫌いなわけでは無いが、ダリア達は予想すらしていなかった意外性に、妙に興奮していた。

 それに、「ボガートを使う」という授業内容が本当ならば、ホグワーツに入学して以来初めての実践的な闇の魔術に対する防衛術の授業だ。去年のロックハートの授業(演劇)は言わずもがな、一年生の時のクィレルの授業も教科書を読み上げるだけのつまらないものだった。

 スネイプを尊敬しているドラコは、この噂を耳にしてからルーピンに対して敵愾心を持ったようだが、ダリア達は午後にある「闇の魔術に対する防衛術」の授業が俄然楽しみになってしまった。

 

 

 

 昼食を食べてすぐ後、今年初めての「闇の魔術に対する防衛術」の授業では、やはりボガートを退治するという実地訓練が行われた。

 継ぎはぎだらけのローブを着たルーピン教授は、ドラコとその取り巻きを除いたスリザリン生の妙に期待の籠った視線に戸惑った様子だったが、穏やかな語り口で授業を開始した。

 

「この中の何人かは、今日の授業内容を知っているようだね。では先に言っておこう。今日は、ボガートについての勉強をしようと思う。授業用のボガートを確保しているから、ついておいで。」

 

 噂通りの内容に、教室内はにわかに色めきだった。

 ルーピンについて廊下を移動している間中、ドラコがずっとブツブツと文句を言っていたが、そんなことも気にならなかった。初めてのまともそうな「闇の魔術に対する防衛術」の授業に、誰もが期待を高めていた。

 

 やがてルーピンは2階の空き教室の前に辿り着き、生徒達を中へ誘導した。

 

「私が学生だった時代から、何故かホグワーツにはボガートがいたるところに潜んでいてね。何年か前にもボガートが大量発生したと聞いているよ。今回も授業クラス分のボガートを用意することはそう難しくは無かった。―――――このロッカーの中に居るボガートも、そのうちの一つだ。」

 

 ルーピンが古びたロッカーを示した途端、ロッカーが大きな音を立ててガタガタと揺れた。中に入っているというボガートが、人の気配を察知して興奮しているらしい。

 何人かは大きな音に思わず身を竦ませていた。

 

「さて、最初の質問だ。真似妖怪のボガートとは何か、説明できる子は居るかい?」

 

 ダリアは真っ先に手を上げた。昼食時に噂になっていたため、他にも何人か手を上げている生徒は居たが、ルーピンはダリアを指名した。

 

「ボガートは形態模写妖怪です。相手の記憶を読み取って、その人が最も恐れるものに姿を変えることができます。」

 

「――――とても分かりやすい解説をありがとう。スリザリンに5点。」

 

 ルーピンはダリアの答えに満足気に頷くと、更に詳しい注釈を付け加え始めた。

 

 ルーピンのボガートに関する詳しい説明を聞きながら、ダリアは自分が恐れるものが何かということに思いを馳せていた。

 

 ――――――やっぱり、「あの人」なのかしら。それともキャット?

 

 ダリアにとっての人生最悪の記憶と言えば、あの後継者候補から外された日が真っ先に思い浮かぶ。それに加え、現在のダリアが最も恐れていることも、「あの人」に見つかって元の世界に連れ戻されることだった。

 

 ダリアが思考を巡らせていると、鞄の中のトゥリリが不安げに言った。

 

『ダリアはやめといた方がいいんじゃない?きっとあんまりよくないものになっちゃうよ。』

 

 ――――ええ、なんでよ!今せっかく、「あの人」が愉快なことになるような妄想を考えてたのに!

 

『御大にぃ?いや、でもダリアが一番恐れてることって―――――』

 

 トゥリリが何かを言いかけたが、ルーピンの合図によりボガートとの対峙が始まってしまったため、ダリアは意識をそちらに集中させた。

 

 

「ミリセント!」

 

 一番にボガートと対決したのは、ミリセントだった。

 ルーピンに呼ばれ一歩前に出たミリセントの前に、グラマラスな金髪の魔女が現れた。突然の見知らぬ美女の登場に教室がざわめくが、ダリアは彼女が誰なのか知っていた。

 彼女はオリヴィア・オースティン。イギリス魔法界でも名の知れた服飾ブランドのモデルだ。ミリセント曰く「見た目だけで中身がすっからかんのバカ女」らしい。

 先日、ミリセントが追っかけをしている妖女シスターズのギターとの熱愛をすっぱ抜かれた相手だった。

 

 彼女の登場にミリセントは一瞬怯んだが、すぐに目を据わらせると、力いっぱい呪文を唱えた。

 

「リディクラス!!!」

 

「――――――ひぇ。」

 

 ミリセントが呪文を唱えた瞬間、ブロンドの美女が青あざだらけになって横たわっていたため、ダリアは思わず小さく息を呑んだ。ミリセントらしい問題解決方法だが、全く笑えない。周りの生徒も若干引いている。

 

 横で見ていたルーピンは、ミリセントがコブシではなく呪文を使った事を褒めるべきなのか一瞬迷った様子だったが、気を取り直して次の生徒の名前を呼んだ。

 

 次に指名されたザビニからは、それなりにまっとうなやり方で「リディクラス」を唱える流れができた。

 

 ザビニと対峙したボガートは、派手な格好をした女性に変身したが、彼は女性が身に着けている眼鏡を巨大化させてこけさせていた。

 パンジーは大イカの足を結ばせて身動きが取れないようにし、ダフネは苦しそうに咳込むアステリアを箒に跨らせ、ビーターの棍棒をぶん回させた。

 ノットは恐ろしい表情の銀髪の美女に似合わない幼稚なドレスを着せて大笑いし、ドラコは蛇のような顔をした男にピエロメイクを施してひょうきんな踊りを踊らせていた。ダリアは爆笑してしまったのだが、何故か誰も笑っていなかった。

 

 どういうわけかこの蛇男は、他のスリザリン生の「恐ろしいもの」にも高い確率で現れていた。どんなに面白おかしく「リディクラス」しても誰も笑わず、むしろ気まずい空気が漂う。

 

 ―――――実在の人物?それとも有名なコミックか何かの悪役なのだろうか。

 考えているうちに、ついにダリアの番がやって来た。

 

「―――――さあ次だ、ダリア!」

 

 ダリアが意を決して一歩前に踏み出すと、何本もある足全てを縛られて転がっていた巨大な芋虫が、影を渦巻いて姿を変えた。

 

「わぁ――――――――――」

 

 姿を変えたボガートを見て、パンジーがほっと溜息をついた。何故なら、黒く渦巻く陰から現れた人影は、この世の物とは思えないほどハンサムな男性だったからだ。

 

 驚くほどに背が高く、驚くほど髪が黒く、驚くほど美しい目をした大魔法使い―――――――ダリアの後見人だ。

 

 後見人は今まで見たことが無いほど怒った表情をしており、そのままの表情でダリアにゆっくりと手を伸ばしてきた。

 

 猫に変身して朝帰りをした時にくらった大目玉を髣髴とさせる怒りの形相にダリアは一瞬怯んだが、予想していた通りの相手だったため、すぐに気を取り直した。

 

 ――――――偽物だと分かっているなら、怖いはずないじゃない!この際本物には絶対できないようなすごい事をしてやるわ!

 

 彼が流感に罹って寝込んでいた時、渋々着ていたテロテロのパジャマに着替えさせてやろうと考え、ダリアは杖を振り上げた。

 

「リディクラ――――――あれ?」

 

 呪文を唱え終わるか終わらないかのうちに、何故かボガートは姿を変え始めた。

 何か手違いでもあったのだろうか。でも呪文は間違えていないし、杖の振り方も正しいはずだ。

 

 ダリアが戸惑っているうちにボガートはくるくると姿を変えていく。次第に全貌が顕わになっていくにつれ、ダリアは自分の心臓がどくどくと激しく脈打っていることに気付いた。

 

「あ―――――――」

 

 ボガートが姿を変えたものは、ダリアの死体だった。

 今よりずっと幼い頃のダリアが、胸の中心から大量の血を流し、虚ろな目を見開いたまま死んでいる。

 

 生徒たちの悲鳴を聞きながら、ダリアは意識が急速に遠のくのを感じた。

 ダリアは黒く塗りつぶされる意識の中で、やっぱり誰かが必死で自分の名前を呼ぶ声を聴いていた。

 

 

 

 

 

「―――――――――はっっ!」

 

 ダリアは気付くと、見知らぬ部屋のソファに横たわっていた。体に掛けられていたブランケットをどかしながら、あたりをキョロキョロと見渡した。

 

『あ、目が覚めたんだね、ダリア。』

 

「トゥリリ!」

 

 トコトコと歩いてきたトゥリリが、上半身を起こしたダリアの膝の上に勢いよく飛び乗ってきた。見知らぬ場所で知った顔を見つけたダリアは、安心してほっと息をついた。

 

「ねぇ、ここ何処?私、どうしちゃったの?」

 

『ここはルーピン教授の研究室だよ。今はちょっと出てるけどね。――――――ダリア、何があったか覚えてないの?』

 

 トゥリリが探るように見てくる。ダリアは気絶する前のことをよく思い出してみた。

 

「――――――――うーん。ボガートがあの人に変身して、パジャマに変えてやろうとしたことは覚えてるんだけど。どうして気絶しちゃったの?」

 

『―――――――やっぱりかぁ。』

 

 ダリアの返答を聞いて、トゥリリは大きなため息をついた。

 トゥリリは何かに合点がいったようだが、ダリアは何が何だかさっぱり分からない。

 疑問符を浮かべているダリアに、トゥリリが呆れたように言った。

 

『君は自分の記憶を封印してるんだよ。封印したことすら忘れるように厳重にね。―――――――ううん、記憶というよりかは、恐怖を、と言った方が正しいかな?』

 

「―――――――恐怖?」

 

『そう、「死」に対する恐怖ってやつ。―――――どうして今まで気付かなかったんだろう!』

 

 死に対する恐怖。

 そう言われてもなお、ダリアはあまりピンとこなかった。

 確かにダリアは昔、クレストマンシーを狙った事件に巻き込まれて、一度死んだことがある。しかし、その事が気絶するほど恐ろしい記憶だとはどうしても思えなかった。

 

『そんなはずないよ!だってダリア、あの時しばらく部屋に閉じこもって、一歩も外に出れなくなっちゃったんだから。っていうかビビりのダリアが、死ぬことが怖くないはずないじゃん!』

 

「えぇ、そうかなぁ。」

 

 トゥリリの主張を聞いても、やはりダリアは当時の記憶を思い出すことができないでいた。

 でも、そんなに恐ろしい記憶を思い出さなくていいのなら、それはそれでいい気もする。

 あまり深刻そうな様子ではないダリアをみて、トゥリリはイライラと尻尾を床に叩きつけている。

 

『もう!暢気な顔しちゃってさぁ。やぁっとダリアの無鉄砲に納得いったよ!「死の恐怖」が無いから、あんなに危ないことを平気でしちゃうんだ!』

 

「う・・・。」

 

『きっと小さい頃のダリアは、御大の後を継ぐために無理やり死の恐怖を封印したんだと思う。でもこのままにしておくべきじゃない。いつか絶対、無茶なことをしでかして、もっと危険な目にあっちゃうよ。』

 

 トゥリリの言うことも一理ある、とダリアは思った。

 しかし、ダリアには現状の打破に同意することができなかった。

 

「でも私、どうすることもできないわ―――――だって、かけたことすら覚えていない封印の解き方なんて、わかんないもの!」

 

『――――――――またそのパターン!?』

 

 トゥリリは愕然とした。

 ダリアの「完璧主義なわりにどこか抜けており、それ故に事態が悪化する」という性質は、幼い頃からの変わらぬ悪癖だった。

 

 ダリアは暫くトゥリリと封印を解く術を探して四苦八苦したが、どういうことか封印の痕跡すら見つからない。

 幼い頃のダリアは、未来の自分が違和感を持つことが無いよう、徹底的に隠蔽したのだろう。

 状況から考えて封印が施されていることは確かなのだが、どうしても見つけることができなかった。

 

「――――さすがは私。あんなに小さい頃からこんなすごいことができていたのね。」

 

『感心してる場合じゃないでしょ!石化した時といい、結局自分の魔法に一番苦しめられてるじゃんか!どうなってるのさ―――――――――あ、誰かが帰ってきた!』

 

 足音を聞きつけ、トゥリリが慌てて鞄の中に戻って行った。

 しばらくすると、話し声と共に二人分の足音が近づいてきて、部屋の前まで来ると勢いよくドアが開いた。

 

「―――――私の寮の生徒に何かあってみろ。すぐにでも貴様の秘密をばらまくからな。覚悟しておけ。」

 

「―――――わかっているよ。今回は私の配慮不足だった。ダンブルドアにもこのことは報告するつもりだ。」

 

 言い争いをしつつ扉を開けたのは、見るからに機嫌の悪いスネイプと、困ったような顔をしたルーピンだった。

 スネイプは鼻息荒く部屋の中に入ってくると、体を起こしていたダリアに気付き、怒らせていた肩を下ろした。

 

「―――――――起きていたか、モンターナ。」

 

「ああダリア!目が覚めたんだね、調子はどうだい?」

 

 ルーピンが慌てて駆け寄ってきて、ダリアの体調を確認した。どうやらダリアの寮監であるスネイプを呼びに行っていたらしい。

 当然ながら体は健康そのものであるダリアは、健康には異常なしと判断された。ルーピンは安心したように微笑んだ。

 

「よかった、体調は悪くなさそうだ―――――すまなかったね。君もディメンターに遭遇して気絶してしまった一人だというのに、不用意にボガートと対面させてしまった。」

 

「いえ、それは別にいいんですけど。」

 

 ダリアはあっけらかんと答えた。本当にそんなことは特には気にしていなかった。

 それよりも、今は自分にかけられた封印のことが気になってしょうがない。

 

 どこか上の空のダリアを見て、スネイプは額を抑えた。

 

「まったく―――――それではルーピン、我々は失礼させていただこう。モンターナはまだ本調子ではないようだ。」

 

「ああ、わかったよセブルス。――――それじゃあダリア、気を付けて帰ってくれ。」

 

 ルーピンは気づかわし気な表情で、スネイプに腕を引かれてフラフラと歩いていくダリアを見送った。

 

 

 

 

「初授業でボガートを扱うなど悪趣味な―――――これだからグリフィンドールは!大体やつらは―――――」

 

 スネイプはダリアをスリザリン寮へ送って行く間中、ずっとブツブツとルーピンに対する文句を垂れ流していた。「グリフィンドールは」「グリフィンドールめ」など、いつもと同じことを口にしているだけではあるが、明らかに常にない憎しみが感じられる。

 

「―――――聞いているのか、モンターナ!」

 

「はぁ。聞こえています。」

 

 ドラコ(の父上)曰く、スネイプとルーピンはホグワーツ生時代に同級生だったという。スリザリンとグリフィンドールなので、当然仲は良くは無かっただろうことが想像できるが、それだけではないような嫌い方である。

 

 ―――――この人も色々と根が深いというか、生き辛そうな人だなぁ。

 

 時々グリフィンドール憎しのあまり、自分でも感情をコントロールできなくなってしまっている節がある。ダリアはスネイプの愚痴に適当に相槌を打ちながら、普段の様子を思い浮かべた。

 

「―――――――さあ、着いたぞ。今日は夕食を食べるとすぐに寝たまえ。」

 

「はい、ありがとうございます。―――――――あ、そうだ。」

 

 ダリアは寮の入り口でペコリと頭を下げた後、ふと思い出したことがあった。

 

「さっきのボガートで、私以外のスリザリン生に対峙したボガートが、蛇みたいな顔をした男に変身したんです。あれって有名人なんですか?私、ここに入学するまで海外の療養施設に居たので、世間に疎くて。」

 

 ダリアの質問に、スネイプは絶句している様子だった。

 しばらくして、絞り出すように声を出した。

 

「ボガートが、『例のあの人』に変身したというのかね?」

 

「――――ああ!あれが例のあの人なんですか?へぇー、思ったより若いんですね。なんとなくダンブルドアと同じ年くらいのイメージでした。どの本にも肖像画みたいなのは載ってないから知りませんでしたよ。」

 

「――――これだから、ボガートは悪趣味だというのだ――――!!」

 

 ダリアの暢気な発言など気にも留めずに、スネイプは頭を抱えた。

 ボガートはありふれた魔法生物で軽視されがちだが、凄まじい開心術の使い手でもある。「各人の最も恐れているもの」といった限定的なことにしか作用することは無いが、その精度はピカ一である。

 

 スリザリン生は闇の魔術に関連深い家系の子女が多い。親が死喰い人だという生徒も多々いるだろう。実家に「例のあの人」の肖像画などが残っており、あの人の姿を幼い頃から知っているという事例も少なくなかった。

 

 ボガートが「あの人」に変身した生徒は、口では「純血主義」を歌いマグルの排斥を訴えつつも、その実心の底ではかの人の所業を恐れ、忌んでいたのだろう。

 今まで本人が気付かなかった恐怖まで明らかにしてしまうのが、ボガートの悪趣味なところだった。

 

 ――――――もしくはこのボガート騒ぎはもともと、生徒が本当に恐れているものを知ることを目的としたものだったのではないだろうか。

 

「―――――モンターナ、今日見たものは個人のプライバシーに大きく関わる繊細な事情だ。みだりに口外することは避けたまえ。――――さっさと寮に入りなさい。私は校長と話をしてこなければならない。―――――いいな?」

 

「はあい。」

 

 すっかりお腹が減っていたダリアは、寄り道することも無く寮に帰っていった。

 



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ハロウィーン

 一部のスリザリン生にとっては色々と思う所がある授業ではあったが、それでも「闇の魔術に対する防衛術」は、ホグワーツで一番人気の授業になった。

 

(ドラコ以外の)スリザリン生にとってもそれは例外でなく、入学して初めての実践的な授業内容を、毎回心待ちにしていた。

 

「―――――というか、今までがひどすぎたんだ。」

 

 数占いの教室で教授を待つ間、ノットがだるそうに頬杖をつきながらぼやいた。

 

「ロックハートは言わずもがな、その前の年だって教科書を読むだけのクィレルだぞ?去年O.W.L試験だった先輩たちはめちゃくちゃ苦労したって話だ。皆が期待したってしょうがないだろ―――――――いい加減機嫌直せよ、ドラコ。」

 

「―――――――。」

 

 度重なるノットの宥めにも、ドラコの意思は固く、ほだされることはなかった。「気に入らない。」というような顔をして、むっつりと黙り込んでいる。

 

 ボガートのレッスンを受けてから、ドラコはずっとこの調子だ。

 自分のボガートが「例のあの人」に変身したことが受け入れられないドラコは、ルーピンが学校中で人気者になってしまったことがたいそう気に入らないらしい。

 聞く耳を持たない様子に、ノットがついに匙を投げた。

 

「だめだこりゃ。パーキンソンには『お手上げだ』って謝っといてくれ。」

 

「ええー、そんなぁ。ドラコまだ機嫌悪いままなの?」

 

 ダリアはがっかりして言った。

 ここ最近のドラコの不機嫌は凄まじく、ルーピンの姿を見るたびに空気がギスギスしてしまうのだ。

 ダリアのぼやきを聞いて、ドラコがキッと視線を鋭くした。

 

「当たり前だろう!あんな、あの方をあんな風にしてしまうだなんて――――父上に何と言えばいいのか―――――」

 

 頭を抱えるドラコに、ダリアは「別に言わなきゃいいのに。」とボソッと呟いた。

 

「好きにさせてやれよ。こいつ、腕が使えなくてイライラがだいぶたまってるんだ。そこにボガートだろ?どうしようもないよ。」

 

「――――まあ、そうなんだけどさぁ。」

 

 腕のことを引き合いに出されると、ダリアは黙るしかない。不満げな顔をするダリアに、ノットが喉の奥でくつくつと笑った。

 完全に面白がっている様子に、ダリアはノットの脇腹を強く抓ることで抗議をした。

 

「いてっ―――――お前、最近段々力が強くなってるぞ。ディゴリーとの特訓の成果が出てきたんじゃないか?」

 

「知らないわよ・・・・」

 

 ダリアはふてくされたように口を尖らせた。

 

 防衛術の授業で倒れた次の日、ついにセドリックがスリザリンの談話室を訪れた。

 頻繁に医務室の世話になったり、倒れたりする場面を目撃されたせいで、ホグワーツにいる間もダリアの体力増強計画を進めることを決断したのだ。

 ダリアが逃走しないよう、ディゴリー夫妻からの「しっかりセドリックの言うことを聞いて、元気になってね。」との手紙を引っ提げてという用意周到さだった。トゥリリ曰く「ダリアの影響を受けてスリザリン的打算を身に着けつつある」らしい。

 

 というわけでダリアはここ最近、セドリックのクディッチの練習が無い日は、湖の周りをヘロヘロ走るという習慣ができてしまっていた。薄幸の美少女キャンペーンは諦めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 ところで人気を上げていく「闇の魔術に対する防衛術」とは反対に、どんどん人気を落としてしまった科目があった。「魔法生物飼育学」だ。

 

 ヒッポグリフの件でハグリッドはすっかり自信を失ってしまったらしい。授業は毎回、延々とレタス喰い虫に刻んだレタスを与え続けるだけのものになってしまった。

 虫が嫌いなダフネなどは、毎回ザビニに全て役目を押し付けて隅で小さくなって一時間を過ごす羽目になっていた。

 

「―――――っていうか、毎回同じって授業としてどうなの?カリキュラムどうなってるの?もしかして残り一年このまま芋虫に餌を上げ続けるだけなの?」

 

『その可能性は十分あるねぇ。』

 

「――――ありえないでしょ!それなら毎回キメラやシー・サーペントのお世話をした方がマシよ!つまらなすぎるわ―――――」

 

 ―――――どうしてダンブルドアはハグリッドを重用し続けるのかしら!

 

 ダリアは深夜禁じられた森を探索しながら、トゥリリに向かってブツブツと愚痴をこぼしていた。

 最近ハグリッドは酒浸りなので見回りも無く、以前よりも気軽に探索ができるようになっていたのだ。ダリアはベッドにダミーを置くと魔法で姿を透明にして、こっそりと寝室を抜け出していた。

 

「――――よし、ここらへんでいいかしら。」

 

 森の中ほどまで来ると、ダリアは足を止めた。周りに人避けの結界を張ると、ごそごそと胸元に下げていたペンダントを取り出してブンブン上下に振った。

 

「出てきなさい!えーと―――――――――あ、そうそう。トム!」

 

「ぐっ――――――――おい、どうしてそう野蛮な方法で呼び出すんだ!?」

 

「あら、ご機嫌斜め。ごめんね。」

 

 ダリアはケロリと謝った。全く反省はしていない様子だった。

 乱暴な方法で目覚めさせられたリドルはいきり立ったが、あたりが室内ではないことに気が付き、戸惑った表情を浮かべた。

 

「ここは――――――まさか、ホグワーツ?禁じられた森か?」

 

「そうよ。なんだ、あなたも来たことあるんだ。一応は優等生で通ってたって聞いたから、校則違反なんかしたことないと思ってたわ。」

 

「――――僕はスリザリンだぞ。規則の抜け道なんて山ほど知っている。」

 

「まあ、それもそうか。スリザリン生はやや規則を無視する傾向があり、と。」

 

『ダリアもだけどね。』

 

 ダリアは偉そうに腕を組むと、近くの木の太い根に腰を下ろした。

 リドルは相変わらず、最大限の警戒姿勢を見せている。ダリアはその様子を笑って、リドルを魔法で無理やり地面に座らせた。

 

「まあ座りなさいよ。今日はあなたに頼みたいお仕事があって呼び出したのよ。きっとあなたにとっても興味深いお話だと思うわ。」

 

「仕事?―――――――いったい何のことだ?」

 

「あなたには、ちょっとしたお使いを頼みたいと思ってるんだよね。」

 

『――――――――ちょっと世界は超えなきゃいけないけどね。』

 

 

 

 

 ダリアが思いついたリドルの活用方法。それは、世界Aとの伝言役としてリドルを使うことだった。

 2年生の終わり、キャットと接触したダリアは、後見人がこの世界Bを訪れる際に事前に連絡を貰うという約束を取り付けていた。

 

 しかし、これがまた難しいことだった。いくらキャットとダリアの二人が大魔法使いだからといって、半人前が二人揃っただけである。あの最強の大魔法使いの目をかいくぐって連絡を取り合うことは簡単ではない。

 

 そこでダリアが思いついたのが、分霊箱としての機能を失い、魂でも命でもなく「ただの記憶」になってしまったリドルを、伝書鳩のように利用するということだった。

 

 今やリドルは、ダリアの匙加減一つで存続が決まる儚い存在だ。ほんの少し隠蔽の魔法を使えば、ちょっとやそっとじゃ見つからない伝言役になってくれるだろう。

 それに、肉体が無い方が世界間の移動は容易である。

 

 ダリアは一通りの関連世界についての説明をリドルに施した。

 元々かなり頭がいいのだろう。リドルはダリアのする突拍子もない話を、頭を抱えながらもすぐに理解した。

 リドルはこめかみをもみながら、一つ一つ確認していった。

 

「――――平行世界がいくつか存在する、という理論は、どうにか納得しよう。理屈は矛盾していないし、そうでもないとお前が使う魔法体系の存在に説明がつかない。」

 

「そうね。こちらとあちらでは、魔法の位置づけがだいぶ違うから。きっと全然違う発展を辿ってきたはずよ。」

 

「――――だが、魔力の法則などは変わらないはずだ。お前の理論で言うと、人を一人異世界に送るには、それこそ人間一人の命を燃やし尽くすほどの魔力が必要になってくるぞ。そんな魔力をどこから捻出するつもりだ?一人では不可能だろう。」

 

「あ、その辺は大丈夫。元々私、一人でこっちの世界に来れるくらいの魔力は持ってるからあなたを送るくらい簡単にできるし。――――――そもそもあなた『人』じゃないから、この世界から押し出す魔力もずっと少なくて済むはずよ。」

 

「―――――なるほど、理論上は可能なわけか。理解したくないけど、理解したよ。だが、この計画には穴がある。違うかい?」

 

 リドルが挑発的に言う言葉に、ダリアは首を傾げた。心当たりはない。完璧な計画のはずだ。

 

「この計画の穴は―――僕が協力する理由がないということだ。」

 

「――――――はぁー?何よそれ!?」

 

 生存権を全て握られた状態でのこのリドルのふてぶてしさに、ダリアは思わず叫んでしまった。リドルは開き直ったかのように腕を組んで余裕の表情をしている。

 

「だってそうだろう?君の言う理論の通りなら、世界間の移動には繊細な配慮が必要なはずだ。だから君は僕に、世界を移動する方法を教えた。つまり、僕の側からも何かしら働きかけが必要だということだ。――――あえて僕が危険を冒してまで、そんな事をする理由は無い。」

 

「むぅ―――――――――。」

 

 リドルの発言は、ある程度的を射ていた。

 ダリアは「狭間の世界」を経由するルートでリドルを世界Aへ送ろうと考えていたが、狭間の世界は非常に不安定な場所だ。逐一魔法で強制的に操るのではなく、自分の意思で動かなければならない場面も出てくるかもしれない。

 

「それはそうかもしれないけど―――――あなた、自分の立場分かってるの?私がちょっとこの紙切れを破っちゃうだけで、消えちゃうのよ?」

 

「僕は分霊箱としての機能を失った。このまま意味も無く存在し続けるくらいなら消えた方がマシだ。」

 

 リドルはきっぱりと宣言した。プライドが高いリドルからすれば、年下の少女に生殺与奪権を握られたこの状態は耐え難い状況だった。

 ダリアはそれを聞いてしばらく考えていたが、少ししてわざとらしくため息をついた。

 

「うーん、ちょっと見込み違いだったかなぁ。あなたはもっとスリザリンらしいと思ってたけど、そんな思い切った決断をするなんて、随分グリフィンドール気質なところもあるのね。」

 

「なに?」

 

 見え透いた挑発だったが、リドルにとっては聞き逃せない言葉だった。スリザリンの末裔を名乗る彼にとって、今の言葉は琴線に触れるワードだ。

 にわかに気色ばんだリドルに、ダリアはわざとらしい口調のまま続けた。

 

「スリザリンは目的のためなら手段を択ばない―――――確かに、今のあなたは分霊箱としての機能を失った、ただの記憶の名残よ。そのまま消えるのもまぁ一つの選択肢だとは思うけれど。――――――その状態を打破するための手段を探そうとも思わないわけ?」

 

「―――――!!つまり、君は僕を復活させる手段があると、そう言っているのか?」

 

 リドルの表情が一気に変わった。きっと頭の中ではリスクとリターンの計算がせわしなくされているのだろう。

 蛇のように狡猾に生き延びるために。それでこそスリザリンだ。

 ダリアはにやりと笑ってリドルに告げた。

 

「最初に言っておくけれど、あなたをヴォルデモートの分霊箱として復活させることは難しいよ。でも、『あなた』に肉体と魂と命を与えて、一人で生きていけるようにすることは不可能じゃないわ。――――というか現時点で、私はあなたにそれに似たような事をしてあげることができると思う。物に命を与える魔法ってよくやってたし。」

 

「――――――。」

 

「そもそも、分霊箱として復活する方法も、世界Aを探しているうちに見つかる可能性だってあるわ。魔法の体系が全く違うんだから、思いもよらない方法が存在するかもしれないしね。まあ、あなたがあちらとこちらを行き来するのが嫌だっていうのなら、出来っこないんだけど。」

 

「――――――――契約をしよう、ダリア・モンターナ。」

 

 リドルが唐突に、初めてダリアの名前を呼んだ。

 ダリアは相手が自分の差し出した餌に食いついた事を察知し、楽し気に笑った。

 

「何かしら?」

 

「―――――――期間を定めてくれ。終わりのない隷属は気力を削ぎ落とし、仕事の精度を著しく下げる。明確な期限が定められたなら、僕はその間、君の手足となって働こう。」

 

 生き延びるために。

 

「うふふ―――――――いいわよ。じゃあ、そうねぇ。私が卒業するまでの間はどう?それくらいになれば、きっとあの人から身を隠す手段も思いついてると思うし。約束するわ。卒業するまで私のために働いてくれたら、あなたを復活させて、自由にしてあげる。」

 

「それを証明する方法は何かあるかい?」

 

「特にないけど。そこはあなたが頑張って私に媚を売って、復活させてあげたい!って思わせるようにすればいいんじゃないの?」

 

「ふん、上等じゃないか。」

 

『――――――うーん、これって中々よくない組み合わせじゃないかなぁ。』

 

 二人はお互いに笑いあって、危うい契約を成立させた。

 その様子を一匹心配そうに見ていたトゥリリが、不安げにぼやいていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたのダリア。最近なんだか機嫌がいいんじゃないの?」

 

「あ、うん。最近ちょっと体のいいパシリ、ううん、うーんと、使い魔みたいなのを手に入れたの。だからじゃないかしら?」

 

「――――大丈夫なの?それ。」

 

 図書室の一角で、ロミーリアが不安げに囁いた。

 昨年知り合ったロミーリア―――ジャネット・チャントと名乗っている――――とは、現在も交友が続いていた。こうして週に一回程度のペースで、一緒に勉強をしているのだ。

 

 リドルは意外と真っ当に、伝言役としての役割を果たしていた。

 あちらの世界の存在は、リドルにとって相当なカルチャーショックだったらしい。魔法が隠されていない世界を知ったリドルは、あちらの魔法体系を知るのに夢中になっている。

 キャットは最初リドルと対面した時、その来歴を聞いて「本当に大丈夫なの?」と何度も念を押してきたが、最終的には折れてくれた。頻繁に世界を行き来するようになったリドルから、毎回質問攻めをされてまいっているそうだ。魔法理論が苦手なキャットにとっては、人に説明することはいい勉強だと思うのだが。

 

 天文学のレポートを終わらせたロミーリアが、大きく伸びをした。

 

「ああ、やっと終わった!これでようやく、何の気兼ねも無くホグズミードに行くことができるわね。」

 

「あ、そっか。今週末からホグズミードに行けるんだっけ。」

 

 今週末のハロウィーンは、3年生が初めてホグズミード行きを許可される日でもあった。

 ダリアもいつもの女子4人組で、ホグズミードで店を回る計画を立てているところだった。

 

「ロミーリアもハッフルパフの人たちと行くの?どこかおすすめの場所ってある?」

 

「あ、え、うん。そうね。行くわよ。行くけど―――――」

 

 ロミーリアはかすかに言いよどんだ。

 

「―――――友達とじゃないの。私、デートに行くのよ。」

 

「デート!?!?」

 

 ダリアは思わず大声で叫んで勢いよく立ち上がってしまった。マダム・ピンスにじろりと睨まれ、慌てて座ったが、興奮は抑えきれなかった。

 小声のまま身を乗り出し、ロミーリアに詰め寄った。

 

「で、デートに行くって!?ほんとに、すごい、すごいわ!一体誰と――――――ま、まさか、その、クィディッチチームのメンバーだったり、しないわよね?」

 

「えっと―――――そうよ、ダニーとなんだけど。知ってたの?」

 

「あ、なんだそっち(ダニー)か。」

 

 ダリアの食いつきにロミーリアは若干引いていた。

 相手がセドリックの親友、ダニエル・マクニッシュだと知ったダリアは、いきさつについても根掘り葉掘り聞いてきた。

 

「で、どういう経緯でそうなったの?どっちが誘ったの?」

 

「ダニーからだけど・・・・」

 

「きゃーっ!やるぅ!それでそれで?二人はいつから恋人同士なの?」

 

 目をキラキラ輝かせているダリアに、ロミーリアは一瞬怯んだ。言いよどんだ末、ロミーリアは渋々吐いた。

 

「――――実は、もう随分と前に、ダニーに付き合ってくれって告白されてるの。」

 

「えっ、そうなの?―――――ってことは、二人はもう恋人同士ってことなのよね?」

 

「ううん。返事はしてないの。」

 

「?―――??―――――なんで?」

 

 ダリアはわけが分からなくなってしまった。ダリアの恋愛観では、男女の関係はデート→返事→恋人という順序で、順々に発展していくものだった。ダリアが元の世界で愛用していたキャロル・オニールの夢枕でも、全て似たような形式で話が進んでいく。

 そんな幼い恋愛観の持ち主であるダリアにとって、ロミーリアの言うことはあまり理解できないことだった。

 

 ロミーリアはダリアの疑問に、言葉を探しながら答えてくれた。

 

「なんて言えばいいのか―――――――そうね、後ろめたいっていうのかしら。」

 

「後ろめたい?どうして?何も悪い事じゃないでしょ。浮気してるわけじゃないんだから。」

 

「それは、そうなんだけど。――――――私は、本物のジャネットじゃないから。ジャネットが受け取るはずだった幸せを私が受け取っていいのかという思いもあるし、ダニーに嘘をついているっていう負い目もあって。」

 

「負い目――――。」

 

 ダリアは複雑な気持ちで繰り返した。「負い目」は、ダリアもディゴリー家の面々に対して、感じたことがあるものだった。

 ダリアもロミーリアも、この世界には本来存在しない異物だ。無理やり世界にねじ込まれているに過ぎない。ダリアは決してディゴリー家の本当の家族にはなれないし、ロミーリアはダリア以外に本当の名前を呼ばれることは無い。

 

「でもそれって――――――悲しいわ。ダニーはジャネットじゃなくて、ロミーリアの事を好きになったんでしょ?本当の名前を言えないのは確かだけど、だましてるわけじゃないじゃない――――あとついでに、ジャネットは年上の男性が好みだから、もしダニーがジャネットをデートに誘ってたら、確実に振られてたわ。」

 

「ええ。それは分かってるんだけど―――――」

 

 それでもロミーリアは煮え切らない調子だった。自分で自分に納得がいかないらしい。

 結局その場は、デートの結果を報告すると約束をして、解散になった。

 

 手を振って去って行くロミーリアを見送っていると、鞄の中からトゥリリが顔を出した。

 

『さすがハッフルパフ生。誠実だからこその悩みがあるんだね。』

 

「うん。そうね――――――」

 

 ぼんやりとした返事を返しながら、ダリアも自分の「負い目」について少し考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間にハロウィンがやって来た。

 ダリア達4人はスネイプにホグズミード行きの許可証を提出すると、きゃいきゃい騒ぎながらホグズミードへ向かった。

 

 ホグワーツの門を守るディメンターを意識から排除してやり過ごすと、後はもう楽しむだけだ。事前に立てていた計画通り、まずはグラドラグス魔法ファッション店を訪れた。

 

 店では魔法のかけられた服飾品が所狭しと陳列されていた。夏休みには本場のパリでしこたま買い物をしたはずの4人だったが、それとこれとは話が別だ。秋冬もののストールやカーディガンなどをあれやこれやと漁っていた。

 

 大量に服を買い込んだ4人は、拡張呪文を掛けた鞄に戦利品をぎゅうぎゅう詰めこむと、マダム・パディフットのお店で一息ついた。

 店内はカップルのたまり場となっていたが、ピンクのフリルで埋め尽くされた装飾は女生徒からの人気が高い。意外と友人同士で訪れているホグワーツ生も多かった。

 

「いっぱい買ったわね!新しい髪飾り、ドラコ気付いてくれると思う?」

 

「多分ね。あいつそういう所マメだし、すぐ気づきそうよね。」

 

「きっとマルフォイ夫人にきちんと仕込まれてるのよ。」

 

「そういう所はいいところよね。」

 

 ダフネを筆頭に、先ほどの戦利品を広げて確認していると、ダリアは店内にロミーリアとダニーが居るのを見つけた。

 ダニーは店内の雰囲気に落ち着かない様子だが、二人とも楽し気に会話を弾ませている。ダリアは頬をピンクに染めたロミーリアを見て少し安心した。図書室での会話から、楽しめているか不安だったのだが、杞憂だったらしい。

 

 しばらくペチャクチャとおしゃべりしていた4人だったが、ふとした瞬間に、パンジーが「そういえば。」と声を潜めた。

 

「ちょっとダリアに聞きたいことがあるんだけど。―――――――闇の魔術に対する防衛術で、ダリアのボガートが男の人に変身したでしょう?あれはいったい誰なの?」

 

 頬を赤く染めて興奮するパンジーに、3人は脱力した。

 

「ちょっと――――――パンジーったら、気が多すぎない?」

 

「ロックハートに続いて、今度はボガートなの?ドラコはどうしたドラコは。」

 

「ち、違うわよ!本命はドラコ、それは変わってないわ!で、でもとっても素敵な人だったから、せめて名前だけでもと思って――――」

 

 ダフネとミリセントの呆れたような視線に、パンジーは必死で反論している。

 しかし、ダリアは「やっぱりこうなるわよね。」と訳知り顔だった。後見人が驚くほどハンサムで、少女たちが一瞬で心を奪われるというパターンは見慣れた光景だったからだ。

 

「私の後見人よ。名前はクリストファー。ちなみに、既婚者で子供も二人居るから。」

 

「ええっ!そうなの?」

 

「そうなの。」

 

 がっかりした表情のパンジーに、ダリアは神妙に頷いて見せた。しかも子供は二人ともダリアより年上だ。

 

「怒ると死ぬほど怖いのよ。城中の窓ガラスを割る悪戯をした時にくらった拳骨は今でも忘れられないわ―――――」

 

「いや、あんた何してるのよ。そんなの誰でも怒るわよ。」

 

 ミリセントはダリアがかつてしでかしたとんでもないいたずらに、真顔で突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 その後マダム・パディフットの店を出た4人は、ハニーデュークスでお菓子をたっぷり買ったり、三本の箒でバタービールを飲んだりしてホグズミードを味わいつくすと、ホクホク顔でホグワーツに戻ってきた。

 

 ハロウィーンの宴で山ほどかぼちゃパイを食べ、寮に戻って寝室で鞄から買ったものを取り出してクローゼットに収納していると、スリザリン生全員が談話室に集まるよう、魔法で拡大された声で指示が出た。

 

「今の、スネイプ先生の声かしら?」

 

「多分ね。何かあるのかしら。」

 

「ハロウィーンのお菓子をくれるとか。」

 

「ないない。ありえないでしょ。―――――ありえないわよね?」

 

 当然ながら、ありえなかった。

 スネイプは幾分か焦った表情で、スリザリンの監督生に全員を大広間に連れてくるよう指示を出し、慌ただしく談話室を出て行った。

 指示を受けた監督生も、戸惑いながら下級生を引率して大広間へ向かう。

 

「こんな時間からどうしたのかしら。」

 

「パーティーの続きとか―――――?」

 

「だから、ありえないってば!」

 

 戸惑いながら向かった大広間には、4寮の生徒が全員集まっていた。そこで告げられたニュースは、驚くべきものだった。

 

 夏の初めにアズカバンを脱獄した凶悪犯、シリウス・ブラック。その凶悪犯が、ホグワーツの城の中に侵入したというのだ。

 

 ディメンターに守られているから、ホグワーツは安全である。生徒達はずっとそう言われ、恐ろしいディメンターと同じ場所で過ごすことを受け入れてきた。

 しかし、実際シリウス・ブラックは校舎内に侵入してしまった。

 

 

 結局今夜はブラック捜索のため、生徒達は全員大広間で眠ることになった。

 しかし、今日はハロウィーンだ。生徒達が大広間に集まっていることなど、卒業生であるシリウス・ブラックは知り尽くしていたはずだ。にもかかわらず、ブラックはどうしてわざわざグリフィンドールの談話室へ入ろうとしたのか。

 

 生徒達が寝袋に包まれて眠りにつく中、ダリアはブラックの目的について思いを巡らせていた。

 



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森での邂逅

 ブラックが侵入してからしばらくの間、ホグワーツ中がその話題で持ち切りだった。

 スリザリンも例外ではない。

 かの凶悪犯がどうやって、何の目的でホグワーツに侵入したのかを想像し、議論しあっていた。

 ブラックは例のあの人の腹心と言われている。スリザリンにはまさか手を出さないだろうという安心感からか、どこか非日常を楽しむかのような空気が漂っていた。

 

「――――――だからって、あんたは前みたいに犯人を捕まえよう!だとかするんじゃないわよ。」

 

「わかってるわよぉ―――――」

 

 ダリアは何度も繰り返される問答にうんざりしたような声を上げたが、ダフネ達は「ほんとうかしら?」というように、疑惑の目を緩めてくれなかった。

 去年のクリスマス、ダリアは調子に乗ってスリザリンの怪物に石化させられてしまったという前科があるため、こういうことではあまり信用してもらえていないのだ。

 

「お前の場合、ブラックを捕まえたらディメンターが居なくなる!くらいの理由で飛び出していきそうだからなぁ。」

 

「ノ、ノットまでそんなことを―――――なによみんなして、私がエルンペントだとでも思ってるんじゃないでしょうね?私そこまで猪突猛進じゃないわよ!」

 

『どうだかねぇ。結局封印も解けてないし、やっちゃわない保証はどこにもないよ。』

 

 トゥリリにまでダメ押しをされてコテンパンにされたダリアは、ショックのあまり談話室のソファに沈み込んだ。

 

「あんまりだわ。どうしてここまで言われなきゃいけないの。」

 

「前科があるからだろう。それに、ここだけの話――――――」

 

 ドラコが素早く周りを見て、声を潜めた。

 

「本当にここだけの話――――――シリウス・ブラックは、実は死喰い人ではないらしい。」

 

「ええっ!?」

 

「声が大きい!」

 

 ダリアは思わず大声を上げてしまい叱られた。

 しかし彼が死喰い人でないというなら、何故ブラックはアズカバンに投獄されていたというのか。

 ドラコはじっとりとダリアを睨んで、先ほどよりももっと落とした声で話を続けた。

 

「ブラックは例のあの人のスパイで、ダンブルドア軍団に潜り込んでいたとされているが、父上曰く、真相はそうではないらしい。本当のスパイは、ブラックに殺されたペティグリューだという話だ。」

 

「じゃ、じゃあ。ブラックはペティグリューに嵌められて、アズカバンに入れられたってこと?」

 

「そうなるな。―――――――つまり、実際にはグリフィンドールの連中より、僕たちの方が危険なんだ。」

 

「――――――――おっどろきぃ。」

 

 告げられた衝撃の事実に、ダリアは驚きのあまりふてくされていたことを忘れた。親が死喰い人ではない女子3人も目を丸くしていたが、ふとダフネが首を傾げた。

 

「でも、死喰い人でないのなら、ブラックはどうしてグリフィンドール寮へ侵入したのかしら。まさかポッターが目的ではないのでしょう?」

 

「さあな。ブラックが何を考えているかなんて僕にもわからない。―――――とにかくダリア、間違ってもブラックに関わるんじゃないぞ。学生時代から、スリザリンと見れば見境なく襲ってくる男だったらしい。一人で行動することはできるだけ避けるんだ。」

 

「何その典型的なグリフィンドール馬鹿――――――やっぱりアズカバンにぶち込んどいたほうがいいんじゃないの?」

 

 ダリアは若干引きながらも、ドラコの言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「要は見つからないように出歩けってことでしょ?人避けの魔法使えばヨユーヨユー。」

 

『ダリアさぁ・・・・・どうしてそう懲りないの・・・・』

 

「バレなきゃイカサマじゃないのと一緒よ。去年のバジリスクと違って相手は人間なんだから、どうにでもなるでしょ!」

 

『それが調子に乗ってるんだって、どうしてわかんないかなぁ!?』

 

 ブラックの危険性について説明されたものの、相手は所詮人間だ。十分対処できるとふんだダリアは、夜の禁じられた森にくり出していた。

 ここ最近ディメンターが森を巡回していたのだが、一週間たってもブラックを見つけることができなかったため、一度ダンブルドアに退去を命じられたらしい。そのためここへ来るのは久しぶりだった。

 尚もぶちぶちと文句を言うトゥリリに、ダリアは楽観的に声を掛けた。

 

「大丈夫だって!ブラックもまさか、禁じられた森には居ないでしょ。森の奥には結界で人間は入れないし、入り口辺りは森番がいつも巡回してるし。」

 

『最近は酒浸りでサボり気味だけどね。』

 

 ハグリッドは初めての授業で失敗してからずっと、ウォッカ漬けの毎日を送っているらしい。

 

「―――――まぁ、校内に入って来ることができるなら、出て行くこともできるだろうし。今ごろはホグズミードとかに潜伏してるんじゃないの?ディメンターがうじゃうじゃ居るホグワーツにはもう居ないって。」

 

 ダリアはそう言うと、首をコキコキ鳴らして体をほぐすと、ぐるりと猫に姿を変えた。真っ黒な毛並みに青い瞳の、トゥリリにそっくりなペルシャ猫だ。

 変身するのはあまり好きではないが、今日はマンティコアの結界の中を調べようと思っていたため、結界にはじかれないよう動物に姿を変える必要があった。

 

『―――――よし、行きましょ。私が暴走したらちゃんと止めてよ、トゥリリ。』

 

『――――――もぉ。わかったよぅ。ほんとに無茶苦茶するんだから。怒られても知らないよ?』

 

 止めても無駄だということは長い付き合いの中でもうすっかり分かっていた。

 

 暗い森の中を、トゥリリと並んでどんどん奥へ進んで行く。やはりこの姿になると思考も動物寄りになるのか、気になるものを見つけては意識がそちらへ向かってしまい、何度も足止めをする羽目になってしまった。

 

『あっダリア、またぼーっとして!ボウトラックルは食べちゃダメだって言ってるでしょ!』

 

『―――――――ハッ!?あ、危なかったわ。野生の本能に支配されかけてたみたい。――――――ん?』

 

 チョロチョロ動くボウトラックルに気を取られ、飛び掛かりかけていたダリアは、トゥリリの静止に正気を取り戻した。

 頭を振って進行方向へ向き直ると、行き先で何か大きな黒い影が蠢いていることに気が付いた。

 

『トゥリリ、あれ。』

 

『うげぇ―――――――犬だ。』

 

 トゥリリが顔を顰めた。トゥリリは昔、カタヤックの魔犬に全身舐めまわされ丸のみにされかけて以来、大の犬嫌いになってしまっていた。ダリアもその影響を受けて、犬(特によく吠えるやつ)があまり得意ではない。

 生徒の誰かのペットというわけではなさそうだ。あまりにやせ細り、薄汚れている。

 まさか禁じられた森に野良犬が居るとは思っても居なかった。

 

 二匹が遠巻きにしていると、黒い犬はどんどん森の奥へ進んで行く。このままではマンティコアが居る結界の中まで入ってしまうかもしれない。

 犬は苦手だが、みすみすと化物に食い殺されてしまうのをスルーするほど、ダリアは非情になれなかった。

 

『――――ねえちょっと!そこの犬!そっちは危ないよ!』

 

『――――――ああん?』

 

 汚らしい黒い犬は、かなりガラが悪かった。ただでさえ恐ろしい見た目の大型犬に睨みつけられたダリアとトゥリリは、縮み上がって一歩後ろに下がった。

 

『だ、だからぁ!そっちは危ないって言ったの!えーと、危ない生き物がいっぱい居るんだよ!』

 

『――――――チッ。なんだ、ただの猫か。』

 

 犬は舌打ちをすると、そのまま振り返りもせず、のしのしと結界の方へ向かって歩いていく。

 ダリアは犬のその態度に、思わずカチンと来てしまった。急ぎ足で犬の後ろをついていく。

 

『た――――ただの猫って何よ!そっちだってただの犬じゃない!しかもすごくばっちい!』

 

『げ、着いてくるなよ――――――こっちは危ないんだろう?首輪付きペットの腰抜け猫ちゃんは、とっとと散歩を終わらせてベッドで寝てな。』

 

 どことなくイライラとした様子の犬に、強い口調で罵られダリアは愕然とした。

 基本的にダリアは育ちがいい。生家はカプローナでも名のある名家だったし、養子に出された先も立派なお城で、皆お行儀の良いしゃべり方をするのが普通だった。

 こちらに来てからも、ミリセントやノットのようにざっくりした口調で話す人はいるものの、スリザリンは基本全員名家出身なので、ここまで強い口調を耳にすることは少なかった。

 

 それはトゥリリも同じだったため、後ろからコソコソとダリアに近づき、耳打ちした。

 

『ダリア、こいつやばいよ。マフィアってやつだよ、犬マフィア。関わってもいい事無いから、ほうっておこうよぉ。』

 

『――――――頭に来たわ。絶対に連れ戻してやるんだから。』

 

『えっ―――――――ああっ!どうして一直線に犬マフィアの方に行くの!』

 

 ダリアは馬鹿にされればそれだけ、反骨心で燃え上がる質だった。

 ダリアは随分と先へ行ってしまった大型犬の後を追いかけ、追いつくや否や、大きな尻尾にがぶりと噛みついた。

 

『いってぇ!こ、こいつ――――――何しやがる!』

 

『うぎぎぎぎ~~~~~』

 

『いてぇって、引っ張るな!―――――くそ、何だっていうんだ!』

 

『あわわわわ、ダ、ダリアぁ~、落ち着いて!冷静になって!』

 

 熊のような大型犬に、片手で抱えられるほどの大きさしかない仔猫が立ち向かうのは、いささか無謀に思えた。しかし思考が動物寄りになり、頭に血が上って理性が吹き飛んだダリアの頭の中は、どうにかしてこの無礼な黒い犬を連れ戻すことで埋め尽くされていた。

 

『いいから、こっちに、来なさいよぉ!』

 

『だから、離せって!尻尾を引っ張るな!』

 

 キャンキャンギャーギャー騒いで居る2匹は、いつの間にか結界の中に入って、奥へ奥へと進んでいることに気が付かなかった。

 最初に気が付いたのは、ヒヤヒヤしながら2匹を見守っていたトゥリリだった。いつか聞いたことのある小さな嘆きの歌が、かすかに耳に届いた。

 

『―――――!!ダリア、ここ、もうマンティコアの結界の中だ!すぐ近くに居るよ、すぐ逃げて!』

 

『えっ―――――――ああ、うそ、そんな。』

 

『―――――――はぁ!?』

 

 

 トゥリリの忠告は、幾分か遅すぎた。

 騒ぎを聞きつけたのか、茂みをかき分け、口元を血で真っ赤に染め上げたマンティコアが、かすかな笑みを浮かべて3匹をのぞき込んでいた。

 

 

『――――――――走れ!!』

 

 一瞬の膠着状態は、大型犬の鋭い一言で終わりを迎えた。

 3匹が3匹とも、死に物狂いで元来た道を引き返す。前回追われた時よりも奥深くまで来ていないので、逃げ切ることは不可能ではないはずだ。

 

 

 

 結果的に、何度か危ない場面もあったが無事にマンティコアが追ってくることができない結界の外まで逃げ切ることができた。

 実際に逃げていたのは、数十秒にも及ばない短い時間だったのかもしれない。しかしダリアは何時間も走った後のように、激しい動悸を感じていた。

 以前のようにモヤシのままだったなら、途中で失速して捕まっていたかもしれない。セドリックとの体力増強計画がまさに生きた瞬間だった。

 

『ああ、セドリック様様だわ。今度何かお礼しよっと。』

 

『―――おい、今のあれは、一体何だ?禁じられた森にはマンティコアは生息していないはずだろう?それとも、ケトルバーンがまた、授業で使う動物を逃がしたのか?ついにマンティコアを授業で使うほどイカレちまったのか?』

 

 隣で同じように息を切らしている大型犬が、切れ切れにダリアを問い詰めた。

 元々やせ細った体をしており、体力もほとんどなかったはずだろう。にもかかわらず、マンティコア相手によく逃げ切ることができたものだ。

 やけに道を把握している風だったので、ここで長く暮らしていて地の利があるのかもしれない。

 

『ケトルバーン先生は退職して、今はハグリッドが飼育学の先生をしているのよ。いくらあの人が危険な生物好きと言っても、流石にマンティコアを授業で使おうとは思っていないんじゃないかしら。―――――あれは少なくとも去年のクリスマスにはここに居たの。それからずっとトゥリリと一緒に調べてるんだ。おじさん、何か変な物とか人とか見てない?』

 

『おじさん――――――』

 

 犬は、「おじさん」という言葉に衝撃を受けたらしい。ショックを隠し切れない様子で尾を震わせた。

 

『そうか―――――もう、俺はおじさんなんだよな。外ではそれだけの時間が経ってるんだよな。』

 

 犬の年齢など見分けがつかないダリアは、適当に言った言葉が相手を深く傷つけたらしいと知り、動揺した。

 

『えぇっと―――――あの、ごめんね?もしかしてまだまだ若かった?別に老けてるって言いたいわけじゃなくって―――――――。』

 

『いや、長い間ずっと一人で居たから、今の今まで自分の年齢を意識することが無かったんだ。確かに俺はおじさんだよ。』

 

 そう言って犬は、先ほどよりも幾分か落ち着いた口調で静かに話し始めた。

 

『一週間くらい前か。深夜に森の奥に向かう怪しい人影を見かけてな。すぐに後をつけたかったんだが、その時は森の中をディメンターがウロウロしていたもんだから―――――――ようやく奴らが今日引き上げたんで、調べようとしてたんだよ。』

 

『怪しい人影!』

 

 やっと手に入れた情報に、ダリアは歓喜の声を上げた。今まで幾度となく禁じられた森を調査していたが、有力な情報を手にしたのはこれが初めてだった。

 ダリアは興奮して飛び跳ねながら、トゥリリを振り返った。

 

『ね、聞いた?トゥリリ。人影だって!犯人かもしれないよ!―――――ってあれ?』

 

『――――犯人かどうかなんてわかんないよ。だって一週間前っていったら、シリウス・ブラックが侵入した日でしょ?ディメンターから逃げたブラックが森の奥に隠れようとしてただけかもしれないじゃん。』

 

『えぇー。―――――――まぁ、そういう可能性も無くはないのかしら。』

 

 しかしトゥリリはこの情報に懐疑的なようだった。犬が怖いのか、木の陰に隠れながらボソボソと呟いていた。

 確かに、あり得そうな話ではある。禁じられた森は、長年森番を務めるハグリッドでさえ未踏の地が存在するほどの、広大かつ入り組んだ原生林だ。ブラックがホグワーツの中に潜んでいるとしたら、隠れることができる場所は禁じられた森くらいだろう。

 

 納得しかけたダリアだったが、犬は静かに首を振って否定した。

 

『ああ、いや。それはないだろう。確実に別人だと断言できる。』

 

『?―――なんで?だってブラックがホグワーツの中にまだ居るなら、森の中しかないでしょ?』

 

『まぁ、それはその通りなんだが―――――ああもう、まだるっこしいな!』

 

 犬は苛立ったように吠えると、伸びをするように体を伸ばし始めた。

 なんとなく体が一回り大きくなったような気がする、と思った途端、あれよあれよという間に犬はどんどん縦に伸びていく。次の瞬間、犬が居た場所には薄汚れてみすぼらしく目つきの悪い、亡霊のような男が立っていた。

 

『ぎゃー!!おばけ!!!』『わー!!こっち来ないで!!』

 

 ダリアは悲鳴を上げてトゥリリが隠れている木陰まですっ飛んでいった。

 ブルブル震えながらも茂みの隙間から薄目で見ると、その痩せ細った骸骨のような顔はどこかで見た覚えがある気がする。

 

 ―――――すっごく最近見た気がするんだけど。―――――あ!!

 

 ダリアは、ホグズミード村で見た手配書を思い出した。昼間の大通りをたった一つの魔法で吹き飛ばし、13人を一度に殺害した殺人鬼―――――シリウス・ブラック。

 あの黒い大きな犬は、今ホグワーツで最もホットな話題である、アズカバンを脱獄した囚人だったのだ。

 犬の正体が人間であると全く気付かなかったダリアは、ショックを受けた。

 

 

 

 見られることを警戒したのか、一瞬で犬の姿へ戻ったブラックに、ショックから回復したダリアは恐る恐る話しかけた。

 

『お、おじさん、――――シリウス・ブラックだったの?この前、ホグワーツに侵入したっていう?』

 

『そうだ。シリウス・ブラックは俺だ。故に、あの人影が私であるはずがない。――――分かってくれたか?』

 

『それは、そうなるだろうけど。』

 

 ブラックはおそらく、マクゴナガル教授と同じ「動物もどき」だったのだろう。集中して犬をよく見てみると、魔法の痕跡と共にうっすらと男の姿を見ることができる。禁じられた森では珍しい、魔法生物ではない普通の犬という時点で、怪しむべきだった。

 

 しかし相手がブラックと判明したからといって、警戒を解くわけにはいかなかった。

 頭を低くして警戒する姿勢を見せるダリア達に、ブラックは幾分か焦った様に声を掛けた。

 

『待て。俺は殺人鬼ではないということをまず知ってもらいたい。12年前、俺は13人を殺した罪でアズカバンに入れられたが、本当の犯人は――――』

 

『それは知ってる。ピーター・ペティグリューが真犯人なんでしょ?ドラコが言ってたよ。』

 

『―――――何!?』

 

 ブラックは目を剥いて吠えた。

 

『何故知っている!?当時、ピーターが秘密の守人だということを知っていた人間は、俺達以外にはいなかったはずだ!それを何故―――――』

 

『ひ、秘密の守人とかは良く分かんないけど、ドラコはお父さんに聞いたって言ってたわ。本当のスパイはペティグリューだって―――。』

 

 ブラックは歯茎をむき出しにして唸っていたが、そこまで聞くと何かに思い至ったかのように下を向いて吐き捨てた。

 

『父親―――――そうか、死喰い人だった連中は知っていたのか!くそ、胸糞悪い!―――――ということは、君たちはスリザリン生の飼い猫なのか?』

 

『うん。まあ、そんな感じだけど。』

 

 ブラックはダリア達がただの飼い猫だと勘違いしてくれているらしい。お茶を濁したダリアの答えに、ブラックは当てが外れたように後ろ足で頭を掻いた。

 ノミがぴょんと跳ねたため、ダリアは思わずもう30センチほど犬から遠ざかった。

 

『そうか。ならグリフィンドールの寮内に入るのは難しいな。君たちに少し協力してほしいことがあったのだが。』

 

『あ!それ、それよ私が知りたいのは!どうしてグリフィンドールの寮に侵入しようとしたの?本当はスパイじゃないのなら、噂通りポッターが目当てってわけじゃないんでしょう?』

 

 ダリアが警戒していたのは、ブラックの目的だった。

 ホグワーツ生達の一部では、ブラックは闇の帝王を倒したポッターを狙っているという噂がまことしやかに囁かれていた。しかし、ブラックの真実を知っている身としては、その噂が当てにならないことが分かってしまう。

 ブラックがグリフィンドール寮を狙う理由など、本当は全くないはずなのだ。目的の見えない相手ほど恐ろしいものはない。

 

 ダリアの問いに、ブラックは激高した。そして帰ってきた答えは、信じられないものだった。

 

『当たり前だ!俺の目的はハリーを殺すことではない。俺が殺したいのは、ピーター・ペティグリュー、ウィーズリー一家のペットとして10年以上過ごしてきた、あのネズミ野郎だ!』

 

 

 

 

 話は夏休みの始め、ウィーズリー一家がガリオンくじで大賞を引き当て、エジプト旅行へ行ったという新聞記事が発行されたころに遡る。

 ダリアがディゴリー家で羨ましいと思いながら読んでいた記事を、ブラックも偶然、アズカバンの牢獄の中で目にしたらしい。

 その新聞に掲載されていたウィーズリー家の集合写真に、ブラックは仇敵の姿を見つけたのだという。

 

『男の子の肩に乗っている、指の一本かけた禿ネズミ――――――奴は俺から逃げる際、自分で自分の指を一本引きちぎって姿をくらませた。それに、俺は学生時代、あいつが変身したところを何度も見ている。―――――見間違えるはずがない、あれはピーターだ。裏切り者のピーターだ!』

 

 ブラックは吠えるようにペティグリューを罵った。

 ダリアも、ペティグリューがスパイと聞いた時から、死んではいないだろうと思ってはいたのだが、まさかそんな風に生き延びているとは想像もしていなかったため驚いていた。

 10年以上もネズミの状態で過ごすだなんて、ダリアには考えられないことだ。もしかすると自分が人間だったことすら忘れているのではないだろうか。

 

 ダリアは自分がもし猫のまま10年以上過ごすことになったらという事を考えてゾっとしたが、頭をブンブン振ってその恐ろしい想像を振り払うと、ブラックに話しかけた。

 

『――――とにかく、おじさんはあのネズミを捕まえようと思ってグリフィンドールに入ろうとしてたんだね。とりあえずおじさんの目的は分かったけど―――――それならやっぱり、私たちはあんまり力になれないと思うな。グリフィンドール寮には入れないし。』

 

『だろうな。ハァ――――――しばらく、クルックシャンクスに頼るしかなさそうだ。』

 

 以前、リドルの日記を確認する際一度潜り込んだことはあったのだが、そのことはしれっと無視をした。面倒ごとにはあまり巻き込まれたくない。

 ブラックは予想していたのか、がっかりしていたがそう落ち込んでは居なかった。一応、他にも協力者が居るらしい。

 

 ダリアは落ち着かない様子で尻尾を揺らすブラックを見ながら、あることを思いついた。

 

『―――――ねぇおじさん。私からもお願いがあるんだけど、いい?』

 

『ああ?――――そりゃあ内容によるぞ。知っての通り俺はお尋ね者だから、目立ったことは出来ないし。』

 

『ううん、簡単なことだよ。森でまた怪しい人影を見たら、私たちに教えて欲しいんだ。その代わり、時々食べ物持ってきてあげるからさぁ。』

 

 食べ物、という言葉に、ブラックは過敏に反応した。

 

『食べ物とくれば、願ったり叶ったりだ。それくらいならお安い御用だよ。見かけたら教えるだけでいいんだろう?―――――言っておくが深追いはしないぞ?今の俺は杖も何も無い状態だからな。マンティコアなぞ相手にできん。』

 

『うん、それでいいよ。―――――それじゃあ、今度食べ物を持ってくるから、その時何かあったら教えてよ。』

 

『ああ、わかった。―――――なるべく早めに頼むよ。ここじゃ食うものなんて、それこそネズミくらいしかないんだ。』

 

 ダリアはブラックと約束を交わして別れると、トゥリリが隠れている木陰へ弾んだ足取りで歩いて行った。

 苦手な犬の存在を近くに感じながら、しばらく放っておかれたトゥリリは、むくれた顔で睨んできた。

 

『やぁっとおしまい?待ちくたびれたんだけど!』

 

『ごめんってば。』

 

 ダリアは軽く謝ると、トゥリリと連れ立ってホグワーツの城への道を戻り始めた。

 帰る道すがら、トゥリリがダリアに聞いた。

 

『それで、どうしてマンティコアを調べるのを、ブラックに頼んだのさ?』

 

『なんだ、聞いてたんだ。―――――それはまぁ、ブラックは隠れてる間中森に居るだろうし。犯人を目撃する可能性も高いでしょ?』

 

 日中はどうしても、授業があって森の中には入れない。

 逆転時計を使って調べることも不可能ではないが、ダリアは既に一日10時間以上も授業を受けている。これ以上時間を遡るのは、流石に勉強に支障が出る可能性があったため、出来るだけ避けたかった。

 

『―――――それに、やっぱりみんなに心配かけるのは良くないと思ったし。』

 

 ブラックの正体を見破れなかったという事実は、ダリアに去年の失敗を嫌でも思い起こさせた。自分が石になった時の友人達のショックを受けた様子や、ディゴリー夫妻の悲嘆が脳裏に蘇ってくる。

 今更ながら、友人たちの忠告を無視して危険な行動をとるのは、彼らに申し訳ない気がしてきたのだ。

 

 ダリアは今度こそ本当に、暫くの間は危険なことを控えようと決意した。

 



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嵐のクィディッチ

 ホグワーツの生徒達にとっての一大イベントを聞いて、まず挙げられる事といえば、それはクィディッチ杯である。

 スリザリン生達にとってもそれは例外ではない。今年の第一試合は、グリフィンドール対スリザリンだ。いきなりの因縁の対決である。

 

 例年通りならば、今ごろスリザリン寮内はクィディッチムード一色になり、グリフィンドール生に特に理由も無い嫌がらせを仕掛け始める時期なのだが、今年は少し様子が違った。

 

「―――――やはり、ドラコの腕はまだ治らないか。」

 

 スリザリンチームのキャプテンのマーカス・フリントが、ただでさえ厳つい顔を更に顰め、シーカーの腕の状態に言及した。

 今年7年生のフリントは、最後の年に優勝カップを手にして華々しく卒業しようと、去年以上にクィディッチに気合いが入っていた。

 

 対するドラコも神妙な顔で、未だ包帯の取れない自身の腕を撫で、頷いた。

 

「ああ。もうほとんど治っては居るんだが、マダム・ポンフリーからクィディッチの許可はまだ降りていない。少なく見積もっても、あと一週間は安静にしていなければならないとのことだ。」

 

「試合には間に合わない、か。」

 

 ドラコの前のシーカーだったヒッグスは既に卒業しており、更にドラコとシーカーの座を争おうとする生徒も居ないため、現在スリザリンには控えのシーカーが存在しない。

 新たにシーカーを探そうにも、試合までに選手を選抜し、その新人を実践で使えるまでに鍛え上げる時間は既に無い。

 

 一見絶体絶命の状況にも思えたが、フリントはそうは考えていないらしい。彼はドラコの返答を聞き、にやりと厭らしく笑った。スリザリンらしい陰湿な笑顔だ。

 何か策があるらしい。

 

「マダム・ポンフリーのお墨付きか。なら、寮監達への説得の手間も随分省けそうだ。」

 

「何か考えがあるのかい?マーカス。」

 

「まあな。こういうことなんだが、聞いてくれ。――――――――――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、スリザリンの試合、延期になったの?」

 

 夕食を食べ終わり一息ついたダリアは、スリザリンの談話室で天文学の宿題を広げていた。

 友人達と星座図を見比べながら、星の動きについてのレポートをまとめていると、妙に上機嫌なクィディッチチームのメンバーが一斉に寮内へ帰ってきて、予定の変更を告げたのだ。

 

 試合当日の天気が悪いという予報もあり、不穏な空気が漂っていた寮内は、たちまち歓喜の渦に包まれた。

 ドラコの怪我という尤もらしい理由を武器に、各チームのキャプテンと寮監達の合意をもぎ取ったマーカス・フリントに、スリザリン生から惜しみない称賛が送られた。

 

 一応自寮の試合なので観戦に行く予定だったダリアも、当然喜んだ。別に好きでも何でもないスポーツを、わざわざ悪天候の中応援したいと思えるような人間はそうそう居ない。

 

「ああ、よかった!ただでさえドラコは腕を怪我してるんだもの、嵐の中の試合でこれ以上悪化しないかってずっと心配だったの。」

 

 パンジーが胸に手を置いて安堵の息をつく。パンジーはドラコが腕を怪我して以来、彼に献身的に尽くしていた。ドラコがちょっとでもうめき声を上げるとすっ飛んでいき、やれ代わりにノートを取ってあげるだの、それ重い荷物は持ってあげるだの、それはもう屋敷しもべ妖精の如き入れ込みようだった。

 ドラコも分かっていて過剰に弱々しく振舞っている節があり、ダリアは秘かに苦々しく思い始めていた。

 

 それはダフネとミリセントも同じで、パンジーの様子に眉を顰めてはいたが、試合の延期は素直に嬉しいらしい。明らかに胸を撫で下ろしていた。

 

「――――まぁ、この悪天候でプレイしたんじゃ、勝ちは薄いものね。賢明な判断だわ。」

 

「そーね。――――――それで、スリザリンの代わりに嵐の中で試合をすることになった可哀そうなチームはどこなの?」

 

 クィディッチの試合はホグワーツの中でもかなりの一大イベントである。去年バジリスクによる被害の多発により試合がキャンセルされたことはあったが、基本的によっぽどのことが無い限り、試合が中止になることは無い。

 当然単なる悪天候では試合自体の延期はあるはずも無く、スリザリンが試合に出ないとなれば、代わりにグリフィンドールと対戦するチームが居るはずだ。

 

 ミリセントの疑問に、ドラコから詳しい話を聞いてきたノットが答えた。

 

「ああ、なんでもハッフルパフらしい。ついさっき、フリントがディゴリーと話をつけてきたそうだ。」

 

「――――――――――はぁ!?」

 

 ダリアは聞き捨てならない言葉に、裏返った声を出して勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアは事の真相を確かめるべく、次の日早朝に起き出すと素早く身支度を整え、大広間に向かった。休日だったため、スリザリン寮ではまだ誰も起き出していない時間である。物音で隣のベッドで寝ていたダフネが一度目を覚ましたが、夢だと勘違いしたらしく二度寝をしていた。

 

 大広間では、予想通りハッフルパフチームが朝練のため早めの朝食を食べ終え、競技場へ向かおうとしているところだった。ダリアは今まさに大広間を出ようとしているセドリックを見つけると、一直線にすっ飛んで行った。

 

 わき目も振らずに駆けてくるダリアに、セドリックが気付いた。珍しく早起きしているダリアに、意外そうに眼を見開いている。

 

「―――ダリア?こんな朝早くに珍しい。どうしたんだ?」

 

「セドリック!試合順の変更を受け入れたってどういうことなの、説明してよ!」

 

「ああ、そういう―――――――。」

 

 ほとんど怒っているような剣幕でまくし立てるダリアを見て、即座に「これは面倒なことだな。」と判断したセドリックは、他のチームメイトに先に競技場へ向かうよう指示を出した。

 

「ダニー、先に行ってウォームアップの指示を出しておいてくれないか?すぐに行くから。」

 

「おう。―――――じゃあチビ、俺らの分までセドに言いたいこと言ってやってくれよな。」

 

「おいダニー。」

 

 ダニーが去り際に苦笑しながら残した言葉に、セドリックが顔を顰めた。

 他のチームメイトも、苦笑いしながら大広間を出て行く。それほど深刻そうな様子ではないが、ハッフルパフチームのメンバーも、少しばかり今回のことに思う所があるらしい。

 

 ハッフルパフチームのカナリア・イエローのユニフォームが見えなくなると、セドリックはようやくダリアに向き直った。

 

「それで、何の話だっけ?」

 

「さっき言ったじゃない!どうして、試合順の変更を、受け入れたのかって話!どうしてそんなことしたのよ!」

 

 ダリアはほとんど睨みつけるように、随分と上にあるセドリックの顔を見上げた。セドリックは形のいい眉を下げ、戸惑ったような表情をしている。

 

「それは、フリントに頼まれたからだけど。」

 

「頼まれたからって、フツーそのままハイハイ頷く!?どうして突っぱねないのよっ!」

 

「いや、だからそれは――――――ダリア、落ち着いてくれ。どうしてそんなに怒ってるんだ?君、クィディッチにそんなに思い入れは無いはずだろ?」

 

 地団太を踏んで悔しがっていたダリアだったが、セドリックの言葉にふと足を止めた。

 

 ――――――どうして私はこんなに怒っているんだろう?

 

 セドリックの言う通り、ダリアはクィディッチ自体には特別な思い入れというものは一切無い。時々付き合いでスリザリンの試合を観戦するくらいで、試合の勝敗にもそれほどこだわっていなかった。

 しばらく頭を捻って自問自答していたが、明確な答えは出ないまま、なんとか絞り出した言葉は曖昧なものだった。

 

「だって。――――――試合まであと一週間も無いじゃない。それまでにコンディションを整えるって、無茶なことなんでしょ?それに、嵐の中を箒で飛ぶのって、危ない、だろうし―――――。」

 

「――――――なんだ、つまり、心配してくれてたんだね。」

 

 ダリアのしどろもどろとした説明でも、セドリックはなんとか言いたいことを理解してくれたらしい。軽く返された言葉に逆にダリアの方がびっくりしてしまった。

 

「心配って―――――――私が?セドリックを?」

 

「そうじゃないのかい?そんな風に聞こえたけど。―――――別に変なことじゃないだろう?嬉しいよ。」

 

 別に変なことではない。それはその通りだ。ダリアだって他人を心配することはある。パンジーがドラコにいいように扱われるのは心配だし、ドラコの怪我だって心配している。

 セドリックを心配しても全くおかしくないはずだ。

 しかしその事を認めるのは、なんとなくためらわれた。

 

 俯いて沈黙したダリアに、セドリックは視線の高さを合わせるように腰をかがめた。

 

「――――僕が試合順の変更を受け入れた理由も、ドラコが心配だったからなんだよ。スリザリンのシーカーは、まだ腕が完治していないんだろう?」

 

「―――――噂では、もうとっくに治ってるくせに、嫌がらせのためだけに腕を吊ってるっていうことになってるらしいけど。」

 

 主にグリフィンドールを中心に、学校全体に流れている誹謗中傷の類だ。パンジーが噂を聞きつけ、怒り心頭で管を巻いていたため、噂に疎いダリアの耳にも入ってきていた。

 実際、ドラコ自身がそう思われるように振舞っている節があるので、中々否定しにくいところもあるのだが。

 

 当然セドリックの耳にも噂は入ってきているはずだが、セドリックはきっぱりと切り捨てた。

 

「噂は噂だろう。マダム・ポンフリーの目を欺いて怪我の状態を偽るのが難しいという事なんて、誰でも知ってるさ。――――――それと、そう捻くれた言い方をするのはやめるんだ。ドラコは友達なんだろう?彼の怪我の真実が分かっているなら、きちんと噂を否定すべきだよ。」

 

「あ、はい――――――いや、そうじゃなくて!」

 

 セドリックのお叱りにダリアは思わず謝ってしまったが、話題が逸れてしまいそうになったため、我に返って話を元に戻した。

 

「確かに、ドラコの腕が治ってないのは本当だよ。でも、だからって、自分を犠牲にしてまで他人を思いやるのって、おかしいでしょ!」

 

「自分を犠牲になんてしていないよ。僕はただ、同じホグワーツ生として助け合いたいだけなんだ。―――――フリントがドラコの怪我を利用してスリザリンチームを有利にしたのは確かだよ。でも、怪我をしたドラコに無理をさせたくなかったのも本当だと思うんだ。僕はフリントの善意を信じたいと思う。」

 

「フリントの善意って―――――。」

 

 ダリアは耳を疑った。談話室で試合順の変更を自慢げに語っていたフリントが、悪意をもってセドリックの人の良さを利用したことは明らかだったからだ。

 レイブンクローのキャプテン、ロジャー・デイビーズはレイブンクローらしい個人主義者であり、自分たちが不利になるような取引には応じないと考えたのだろう。フリントは最初から、ハッフルパフにしか交渉をしていなかった。

 

 あまりに人の良いセドリックに、ダリアははっきりとした不安を抱いた。昨年度の終わり、ダリアがディゴリー家に居座ることを彼が受け入れた時にも感じた不安だ。

 穏やかな人間関係の中で生きてきたセドリックは、基本的に人の善意を信じすぎている。

 

 彼の誠実さは美点だが、周囲の人間が彼と同じように善人とは限らない。今回のように、その性質を利用される可能性は大いにある。

 そして周囲の人間に裏切られ続けた時、この悪意に触れずに生きてきた少年は、どれほど傷付くのだろうか。

 

 ダリアはあり得るかもしれない未来を想像してしまい、胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッフルパフチームがクィディッチ杯の初戦に出ることが決まり、セドリックは毎日クィディッチの練習に追われるようになってしまったため、ダリアは日々のマラソン地獄から一時的に解放されていた。

 

 宿題や予習を早々に終わらせ、暇を持て余したダリアは、ブラックに食べ物を持っていくという約束をふと思い出した。

 あれから数週間ほど時間が経っている。そろそろ何かめぼしい情報を手に入れているかもしれない。

 

『まぁ、飢え死にしてなきゃいいけどねぇ。』

 

「大丈夫でしょ。ネズミでも何でも食べるらしいし――――――よし、こんなもんかしら。」

 

 ダリアはバスケットの中に、夕食のときにくすねたチキンやらビーフやらの肉類をしこたま詰め込んだ。

 

 前回とは違い、まだ日が昇っている時間帯である。誰かにバスケットを抱えた奇妙な猫2匹を見咎められないよう、ダリアは猫に変身した後、人目を避けながら森の入口へ素早く移動した。

 

 

 森の浅い場所でぐったりと横たわっていた大きな黒い犬は、ダリア達の気配を感じると、鼻をヒクヒクさせて勢いよく立ち上がった。

 

『肉の匂い!―――――――って、お前ら――――本当に食べ物を持ってきてくれたのか?』

 

『約束したでしょ?はい、食べ物だよ。』

 

『おお、チキン!―――――俺はチキンが大好物なんだ!』

 

 ダリアが口に咥えて引きずってきたバスケットを地面に置くと、ブラックは犬の姿のまま鼻先をバスケットの中に突っ込み、チキンを貪り始めた。

 よほど空腹だったのだろう。わき目も振らずにチキンだけに集中して無言で味わっている。

 

 トゥリリは犬の正体が人間だと分かっていてもやはり恐ろしいのか、少し離れた場所で隠れていることにしたらしい。茂みの中から「あのキバが苦手なんだよね・・・」とぼやく声が聞こえていた。

 

 バスケットの中身を食べつくすと、ブラックはようやく満足して頭を上げ、再び地面に寝そべった。久々にしっかりした物を食べたのか、犬の毛並みも先ほどよりも艶やかになった気がする。

 

『ふぅ、食った食った――――――。12年ぶりのまともな食事だったよ。』

 

『まともって―――――アズカバンって、そんなにひどいところなの?固いパンに具の無いスープが出てくるの?』

 

『スープなんか出たことは無いね。一日2回、石みたいに固いパンが出るだけさ。』

 

『うわぁ――――』

 

 ダリアは「何があっても絶対にアズカバンなんかにはいかない。」と決意した。

 ブラックは横たわって久々に物を入れた胃を休めていたが、しばらくすると、申し訳なさそうに切り出した。

 

『あー、それと――――――怪しい人影はここ最近見かけていないぞ。せっかく食べ物を持ってきてもらったのに悪いんだが。』

 

『あれ、そうなの?――――頻繁に様子を見に来てるわけじゃないのね。まぁ別にいいよ、見かけたら教えてねって約束だったわけだし。』

 

『悪いな。』

 

 去年から調べているダリアが一度も怪しい人影を目撃しなかったのだ。ブラックが目撃したのは本当に運が良かったのかもしれない。

 

『そうだ、ホグワーツでは何か変わったことはなかったか?例えばあのクソネズミについて。』

 

『ええ~。だから、グリフィンドールのことなんかわかんないよぉ。他にはそうだなぁ――――ルーピン先生が体調崩したことくらいかなぁ。』

 

 数日ほど前から、闇の魔術に対する防衛術のルーピン教授が、体調不良で休んでいるのだ。元々顔色がいい方ではないが、ここ一週間は突然の病休も納得がいくほどにやつれた様子だった。

 

『――――――ルーピン?リーマス・ルーピンか?そうか、あいつ、ホグワーツに―――――。』

 

 ブラックはルーピンの名を聞いて目を細めた。ブラックは学生時代、ルーピンと友人だったという。

 今では勿論交流などは無いそうだが、懐かしい名前を聞き、過ぎ去りし日々を思い出したらしい。当時の思い出をポツポツと語りだした。

 当然ダリアにとっては知らない人ばかりで全く興味のない内容だったが、ブラックがあまりに懐かし気に語るので、つい最後まで聞いてしまった。

 

 話を聞いているうちに、ダリアはなんとなく、ブラックが年齢に見合わぬ子供っぽい言動を取る理由が分かった気がした。この人の時間は、12年前アズカバンに入れられる前で止まっているのだ。

 以前、ダリアに「おじさん」呼ばわりされてショックを受けたのも、外で12年もの年月が流れていることを意識していなかったからだろう。ある意味望まぬ時間旅行を強いられた人間と言えるかもしれない。

 

 日も沈み、暗くなってくると、ダリアは城に帰るべく空のバスケットを咥えた。

 

『じゃあ、私帰るね。バイバイおじさん。』

 

『ああ、もうそんな時間か。すまないな、誰かと話すのは久しぶりでついしゃべりすぎてしまった。気を付けて帰れよ、荒れそうな天気だ。』

 

 数日前から怪しかった空模様はいよいよ悪くなり、今にも空から大粒の雨が落ちてきそうな気配がした。おそらく、明日のクィディッチの試合は大荒れになるだろう。

 ダリア達が城へ戻るころには、雨粒がポツポツと窓を叩き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ダリア、起きて。今日はクィディッチの試合を観に行くんでしょう?」

 

「――――――うん、起きる・・・・。」

 

 次の日、ダリアはダフネに揺り動かされて目を覚ました。体と頭が重い。

 スリザリンは地下なので外の天気は分からないが、気圧の低さから外は大荒れの天気だろう。

 

 ダリアは痛む頭を押さえながら、トロトロと身支度をした。今日はスリザリンの試合では無いが、セドリックが気になったダリアは珍しく自分から観戦することを決めていた。

 

 オートミールを胃に流し込み、競技場へ向かうため外へ出ると、案の定天気は大荒れだった。

 11月の冷たい雨が、強い風を伴い横殴りに吹き付けている。

 

「なんでこんな天気でクィディッチをするのよ、おかしいでしょ・・・。」

 

「ダリア、何か言った!?いいから観客席まで走るよ―――――!!」

 

 隣のミリセントの声も、吹きすさぶ風の音で聞き取りにくい。傘もほとんど役に立たない中、ダリア達は風で飛ばされそうになりながらもなんとか競技場へたどり着いた。

 競技場へたどり着いたはいいものの、観客席も雨ざらしの状態だ。マントに防水呪文をかけてはいるが、叩きつけるような雨風が服の隙間から入り込み、ほとんど意味を成していなかった。

 

 試合が始まる頃になると、生徒達は全身ビショビショになってしまっていた。

 それでもフィールドへ選手が入場すると、それぞれ競技場に身を乗り出して応援を始める。

 

 ダリアも目を凝らしてセドリックの姿を探す。キャプテン同士が挨拶をする時、片方のカナリア・イエローがセドリックだということはかろうじて分かったが、試合が始まってしまうと、誰がどこに居るのか全く分からなくなってしまった。

 

「あ、あれかしら?―――――違った、あれはチェイサー。あっちが、たぶんビーター―――――ねえ、シーカーは何処!?」

 

 普段から試合の展開について行けていないダリアにとって、この嵐の中で特定の人間を見つけるのは至難の業だった。選手たちにとってもそれは同じようで、どちらのチームのシーカーも中々スニッチを見つけることができないでいた。

 

 試合は当然のように長引いた。あたりはすっかり暗くなり、ますますスニッチを見つけにくくなるのではないかという時になって、グリフィンドールのキャプテン、オリバー・ウッドがタイム・アウトを要求し、束の間の休息が訪れた。

 

 それぞれのチームの選手がスクラムを組んで作戦を練っている間、ダリアはすっかりやる気を失っていた。

 

「もう帰ろうかな。こんな雨だし、何にも見えないし。試合終わらないし。」

 

「もう、ダリアったら!珍しく自分から応援すると思ったらこれなんだから。」

 

「でもまぁ、この天気じゃねぇ。選手もそうだけど、私たちだって何も見えないし。」

 

「しょうがないわねぇ―――――ホラ、これを貸してあげるわ。はい。」

 

 ダフネがバックから、双眼鏡のようなものを取り出した。ダフネが試合中のぞき込んでいるものとよく似ている。

 

「これ、何?」

 

「万眼鏡よ。予備だからこの試合中貸してあげるわ。――――――いい?使い方はこうやって―――――」

 

 しばらくして試合が再開した。ダリアはダフネに聞いた操作方法に従って、万眼鏡を覗いて「自動追尾機能」を選択すると、視界に突然グリフィンドールのキーパーが現れた。

 

「おおっ!」

 

 更にダイヤルを回して選手を切り替えていくと、ようやく目当てのセドリックが視界いっぱいに映し出された。

 まるで至近距離から見ているかのようにはっきりとしている。しかもセドリックが高速で動いても、自動で動きを追ってくれるのだ。

 ダリアは今年一番の感動を味わった。

 

「これすごい!ねぇ、今度のクリスマスこれ欲しい!頂戴!ねぇ!!」

 

「あーはいはい、わかったから今は試合に集中して!」

 

「はーい。――――――あっすごい見た今の!?セドリックがヒュンって!」

 

「わかったから!」

 

 初めて試合の流れを理解できるようになったダリアは、大興奮で万眼鏡に夢中になっていた。

 

 天気はますます荒れ、雨はいつの間にか雷雨に変わっていた。何回目かの稲妻が轟いたあと、セドリックが突然箒の向きを変え、猛スピードで一点を目指して突進し始めた。

 スニッチを見つけたのだ。ダリアは思わず息を呑んだ。

 

 観客もスニッチを見つけたセドリックに気付き、固唾を飲んで試合の行方を見守っている。

 セドリックの様子に気付いたポッターが猛スピードで箒を駆って追いすがるが、距離が空きすぎている。

 

 ――――――大丈夫、追いつけっこない。セドリックの勝ちだわ!

 

 万眼鏡の中でセドリックがスニッチを掴んだ事を確認した瞬間、ダリアは歓声をあげて飛び上がった。

 万眼鏡から顔を離し、競技場全部を目に収めた途端、何故か競技場を黒い影が埋め尽くしているのに気が付いた。

 百人はくだらないだろう。生徒達が生活する範囲内への侵入を厳しく禁じられているはずのディメンター達だ。彼らの姿を認識したダリアは、全身の力が抜けていくのを感じた。

 

 競技場に悲鳴が飛び交っている。教員たちが怒声を上げながら、杖をディメンター達に向けている。

 稲光が辺りを明るく照らし、選手の一人が箒から落ちていくシルエットを見た瞬間、そのままぐるりと視界が暗転し、ダリアはもう何も分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日も同じように冷たい雨が降っていた。

 

『ダリア、ダリア!ああ、何てことだ。どうして君が――――――』

 

『クリストファー、どうにか血を止められない?出血が多すぎるわ、このままじゃ――――。』

 

『さっきからやっているさ!だがどうにもうまく魔力が流れない。奴ら銀の銃弾を使ったな―――――マイケル!マイケルは居ないのか!?』

 

 頭上で大人たちが慌ただしく動いているのを聞きながら、ダリアは虚ろな目で降りしきる雨を見つめていた。

 体の中心からどんどん熱が漏れていくのを感じる。手足の先は既に氷のように冷え切っていた。

 

 肺に空いた穴から溢れた血が喉までせり上がり、反射的に咳込もうとするが、そんな力はもう残っていなかった。

 

 視界の端が徐々に黒く滲んでいく。後見人たちが必死で自分の名前を呼ぶ声を聴きながら、ダリアは死んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ダリアが目を覚ますと、もはやすっかりおなじみになってしまった医務室の天井が視界に入ってきた。あたりはすっかり暗くなっている。

 

 今年に入って何回目だろう、後でマダム・ポンフリーにお小言を頂戴することを考えると、今から気が重い。

 ダリアは自分の胸に手を置いて、穴が開いていないことを確認してから、シーツの中に再び潜り込んだ。

 

「――――――そうだ。私、ああやって死んだんだったわ。」

 

 口にしてみると恐ろしくなった。今回のダリアは、自分がディメンターによって気絶したことと、気絶している間どの様な幻覚を見たのかということをはっきりと覚えていた。

 

 ダリアは幼い頃、後見人を狙う事件に巻き込まれたことがある。

 犯人に人質に取られたダリアは何もできず泣くことしかできなかった。それでも後見人が銃で撃たれそうになった時、無理やり拘束から抜け出して射線上に飛び出し、胸を撃たれたのだ。

 

 あの後が大変だった。すぐに次の命に入れ替わったはいいものの、初めて死の恐怖を味わったダリアはすっかりそれがトラウマになってしまい、部屋から一歩も出ることができなくなってしまったのだ。

 後見人家族や家庭教師、メイド達が声を掛けても、何も返すことができずにただシーツにくるまって震えていたことを覚えている。いや、たった今思い出した。

 

 ――――――これが封印していた、死の恐怖。

 

 恐ろしい喪失感を思い出し、ダリアは身震いをした。ディメンターにより死の瞬間を強制的に思い出すことで、封印が解けてきているのかもしれない。

 

 封印を解くには、ディメンターでもボガードでも使い、死の瞬間を思い出すことが鍵になってくる。そのためには何度もあの喪失感を味わわなければいけない。

 

 ――――――どうしよう、めちゃくちゃ気が進まないわ。

 

 正直自分の中の「死のイメージ」が強烈過ぎて、思い出す度に気絶して医務室に運び込まれる流れが予想できてしまう。ダリアが理想とする薄幸の美少女のイメージにはあっているかもしれないが、そのたびに周りの人達に心配をかけるのは心苦しかった。

 

 ダリアはまず明日友人たちに対面した時、どのような言い訳をすればいいか考えながら、襲ってくる睡魔に逆らえず、再び眠りの世界へ旅立った。

 



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負けず嫌い

「先に言っておくけど、今回のことに関しては、私は全く悪くないからね。」

 

 翌朝マダム・ポンフリーに退院の許可を貰い(案の定入院の頻度の多さにぶちぶち言われた)、スリザリン寮に帰ってきたダリアは、ドアを開けるなり友人たちに向かってそう告げた。

 開口一番にそう告げたダリアに、ダフネ達は大きくため息をついた。

 

「あのねぇ――――――流石にそれくらいは分かってるわよ。ディメンターが入って来ることなんて予想つかないもの。」

 

「本当にそう思ってる?しょっちゅうバタバタ倒れやがってとか思ってない?」

 

「思ってない思ってない。」

 

「ほんとに?いい加減心配するのにも飽きてきてない?」

 

「飽きるようなものじゃないでしょ。」

 

「えぇ~。ほんとにぃ?ちょっと慣れてきた感じはあるでしょ?」

 

「しつこい!!」

 

「そんなに強く言わなくてもいいじゃない。」

 

 ちょっと安心したダリアは、口を尖らせながらソファに座った。

 

「ちょっとした冗談なのに。――――――いたいいたい!!」

 

 無神経なダリアに、割と本気で心配していた3人はイラっとした。背中や肩をバシバシはたかれたダリアは悲鳴を上げた。

 ミリセントは言わずもがな、比較的非力なダフネとパンジーの小突きも、割と力が入っていて痛かった。

 

「まったく、すぐに調子に乗るんだから。」

 

「―――――――でも、ダリアが良く倒れるのは本当よね。最近は特に多い気がするわ。大丈夫なの?何か病気とかじゃ――――。」

 

 ダフネの妹、アステリアは体が弱い。何世代も前に一族に掛けられた血の呪いが、隔世遺伝としてアステリアに現れたらしいのだが、そのためアステリアは幼い頃から頻繁に重い病に苦しめられていた。

 時には生死の境を彷徨ったこともあり、その経験はダフネのトラウマにもなっている。

 

 その時のアステリアの姿と、頻繁に倒れるダリアの姿が重なり、最近のダフネは気が気でなかった。

 グリーングラス家と昔から交流があったパンジーとミリセントは、その事を察していた。

 

「確かに、冗談じゃなく体調には気を付けた方がいいわよ。ただでさえあんた、最近よくトイレに行ってるし。お腹の中を痛めてるんじゃないの?」

 

「私もそう思う。だってダリア、最近は授業が終わるごとにトイレに行ってるじゃない。妙に疲れた顔で帰ってくるし――――――手遅れになる前に、一度検査してもらった方がいいと思うわ。何かあってからじゃ遅いのよ。」

 

 ダリアは思わず口を閉じた。逆転時計を使う際の言い訳が「ちょっとトイレ」だけというのは流石にまずいのではないかと、最近気づいてきたところだったのだ。

 そう思いつつも毎時間言い訳を考えるのも面倒だったダリアは、「トイレ問題」を放置していた。そのツケが回ってきたらしい。

 

 ようやく自分が便秘女子扱いされていること自覚し始めていたダリアはとても焦った。諦めたとはいえ「薄幸の美少女キャンペーン」どころの話ではない。早急にイメージ回復を図る必要があった。

 

「ううん。全然、全く、本当にそういうのじゃないから。元気元気超元気。マダム・ポンフリーお墨付きの健康優良児!なんていうか、体質的なものっていうか――――――ホラ、ポッターも最近バタバタ気絶してるんでしょ?珍しい事でもないんだから心配ないって!」

 

「ポッターを引き合いに出されてもねぇ。」

 

 今年に入ってダリアが医務室に厄介になるときには、何故かポッターも同じように入院していることが多いのだ。今回の入院でも、悲壮な顔をしているポッターがベッドで寝ていた。

 どうやら昨日の試合で箒から落ちたのはポッターらしい。20メートルも落下したポッターは、今週いっぱいは入院する必要がある、とマダム・ポンフリーがフンフン息巻いて言っていた。

 

 ポッターもダリアと同じように、ディメンターと対面した時には必ず医務室の世話になっている。彼の生い立ちを考えると、死に近しい経験をした人間は共通して、ディメンターに対して過剰に反応してしまうのかもしれない。

 

「――――って、そういえば、試合って結局どうなったの?セドリックがスニッチを捕ったから、ハッフルパフの勝ちになったのよね?」

 

 ポッターの入院で、ダリアは一番大事なことを思い出した。ポッターが落ちたタイミングによっては、セドリックのプレーが無効となり、試合がやり直しになっている可能性も無くは無かった。

 

「ああ、結局ダリアは途中で気を失ったから、試合の結果を知らないのよね。安心しなさい、ハッフルパフがちゃんと勝ったから。」

 

「やったー!!!!」

 

 ダリアは飛び上がって喜んだ。クィディッチの試合結果でこれほど気分が高揚するのは始めてだ。ダリアは歓喜の気持ちを抑えきれず、興奮したまま談話室のドアに飛びついた。

 

「ちょっとダリア、どこ行くの!?話は終わってないわよ!」

 

「ごめん、ちょっと大広間行ってくるね!!」

 

「――――――モンターナ!!廊下を走るんじゃない!!!スリザリン5点減点!」

 

 偶然居合わせたスネイプが、ゴムまりの如く飛び出すダリアを目撃して鋭く叱責を浴びせたが、ダリアは全く気付かずにそのまま走り去ってしまった。

 ダリアは一つのことに集中すると、周りが見えなくなってしまうことが多々あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大広間に駆け込んだダリアは、一目散にハッフルパフのテーブルへやって来た。昨日の勝利に、ハッフルパフ生達からどことなく浮足立った雰囲気を感じる。ダリアは長机の合間をかき分け、セドリックの姿を探したが、どうしても見つけることができない。

 

 試合で疲れ果てて、まだ寝ているのだろうか。

 

 ダリアがキョロキョロしていると、明るい金髪の見知ったハッフルパフ生の姿を見つけた。朝食を食べ終え、寮へ帰ろうとしている。

 ダリアは急いで駆け寄ると、その華奢な背中に飛びついた。

 

「ロミーリア!」

 

「きゃあっ!?―――――――だ、ダリア?」

 

 突然背後から飛び掛かられたロミーリアは、目を白黒させて振り返った。ダリアは彼女の腰のあたりにしがみついたまま、美しいブルーの瞳を見上げた。

 

「ねえ、セドリック知らない?まだ起きてないの?」

 

「ああ、セドリックは―――――――」

 

 ロミーリアはセドリックと同じ5年生だ。何か知っているかもしれないと思い聞いてみたのだが、幸いなことに心当たりがあるらしい。

 しかし、ロミーリアは何故か言い淀んだ。不自然に言葉を途切れさせた後、長いまつ毛を伏せて思案している。

 

 しばらくの沈黙の後、ロミーリアは眉を困った様に下げたまま顔を上げた。

 

「そうね――――――ダリアくらい無茶苦茶な子と話した方が、気が晴れるかも。」

 

「??―――――え?何?どうして私悪口言われたの?」

 

「ついてきて、セドリックは今、ハッフルパフ・チームのロッカールームに居るわ。」

 

「????」

 

 ダリアはわけが分からないまま、ロミーリアに手を引かれてクィディッチ競技場の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 クィディッチ選手のロッカールームは、競技場のすぐ近くに設置されている。当然ダリアは初めて訪れる場所だ。

 城にあったクリケット選手の控室のようなものを想像していたため、もっと煩雑に散らかっているものだとばかり思っていたのだが、(少なくともハッフルパフ・チームのロッカールームは)意外と小綺麗に整頓されている様子だった。

 

 そのロッカールームの中央に設置された長椅子の端に、セドリックが俯き加減に腰かけていた。ダリア達が入ってきた物音にも気付かない様子で、明らかに落ち込んでいる。

 

「―――――――え?なんで?」

 

 ダリアは面食らって、ポロっと口にしてしまった。

 グリフィンドールのキャプテンが落ち込むのならまだ理解できるが、勝利したハッフルパフのキャプテンであるセドリックが項垂れている理由が全く分からない。

 

 横に座っていたダニーが入り口近くにこっそり立っていた二人に気付き、片手を上げた。そのままセドリックを刺激しないよう、静かにその場を離れて近づいてくる。

 

「ようチビちゃん、よく来たな。ハッフルパフ・チームのアジトへようこそ。」

 

「もうダニー、ふざけないで。―――――セドリックの様子はどう?」

 

「どうもこうも、相も変わらず沈んだまま。朝一番に寮を抜け出してからずっとこの調子だぜ。―――――まあ確かに、談話室や大広間じゃ落ち着かないとは思うけどな。」

 

 ダニーとロミーリアが抑えた声で話している内容から察するに、セドリックはだいぶ長い間ロッカールームでこうなっていたらしい。不特定多数の人間に話しかけられることなく、一人で静かに過ごしたかったのだろうか。

 しかし、なぜこうなっているのか理由が分からない。

 

「ねぇ、どうしてセドリックはあんなになっちゃったの?試合に勝ったんでしょ?嬉しくないの?」

 

 ダリアの純粋な疑問に、ダニーの目が泳いだ。

 

「あー、まあ、勝ち方の問題っていうかなんというか。――――――最後、ポッターがディメンターのせいで箒から落ちただろ?」

 

「うん。」

 

 スリザリンの談話室でも、そのことが話題になっていた。ドラコ達がさも嬉し気に吹聴し、大盛り上がりを見せていた。ライバルの失敗が嬉しくてしょうがないらしい。

 それがどう関係があるのか。ロミーリアが沈鬱な表情でダニーの言葉に続けた。

 

「それがフェアじゃなかったって、ずっと気にしてるみたいなの。」

 

「フェアじゃないって―――――誰も試合のやり直しを要求しなかったんでしょ?それってつまり、フェアだったってことなんじゃないの?」

 

「いや、セドが試合のやり直しを要求した。」

 

「はぁー?」

 

 ダリアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。ダリアにとってみれば、どんな形であれ勝ちは勝ちである。何が不満でせっかくの勝ちを取り消そうとするのか。

 

「そして、要求は却下されて、ハッフルパフの勝利が決まった。」

 

「いいことじゃない・・・・・何が不満なのよ・・・・・。」

 

 あまりの展開に、ダリアは途方に暮れてしまった。

 ハッフルパフの勝利を祝おうというのが当初の目的だったが、肝心のセドリックがこの調子では果たせそうにもない。

 

「俺もチームの奴らもずっとそう言ってるんだがな―――――あいつ、ああ見えて意外と頑固だし、かなり負けず嫌いなんだよなぁ。」

 

「ええっ――――――そ、そうなの?」

 

 セドリックは基本的に温厚かつ穏やかな性質の少年である。彼が競争心をむき出しにしているところなど、全く想像がつかない。

 

 ダリアの驚いた様子に、ダニーは笑った。

 

「そうか?結構わかりやすいと思うけどなぁ、頑固なところとかは特に。―――――要するにセドリックは、自分の意思を曲げるのが苦手なんだよ。幸いセドリックの持ってる意思が倫理的に正しいからか、今までやり玉にあげられたことはないけどな。」

 

「――――――まあ確かに、めちゃくちゃ思い込み激しいところはあるよね。――――しかも一回思い込んだら、中々曲げなかったし――――――。」

 

「だろ?」

 

 ダニーの話を聞いて、ダリアは去年、ヴォルデモートの配下なのではないかと疑われたことを思い出した。状況だけ見ればダリアを疑うしかなかったとはいえ、あの時もセドリックは自分の倫理観に基づいた意思を決して曲げることが無かった。

 

「そんでもって、頑固だってことはつまり、相手によって自分の意思を曲げたくないっていう負けん気にも通じるわけだ。―――――俺が思うに今回のコレも、フェアな条件下での試合に勝ってこそ、真実に価値ある勝利だ、とでも思ってるからなんじゃないか?」

 

「なる、ほど―――――――。」

 

 ダリアはセドリックの性格について、少しばかり思い違いをしていたということに初めて気が付いた。

 最初、セドリックは「ポッターに悪い」から落ち込んでいるものだとばかり思っていた。

 しかし実際、彼の落胆の中には「相手に自分の実力で勝つことができずに悔しい」と思う気持ちが少なからず含まれていたらしい。

 

 それを念頭に置いて思い返してみれば、セドリックの自分にも他人にも厳しいストイックさは、「できる限りお互いの条件を揃えた上で、実力で相手に勝りたい」という気持ちの表れなのかもしれない。

 

「じゃあ、どうすればいいの。グリフィンドールに申し訳ないって落ち込んでるだけなら、どうとでも言い包められると思うんだけど。自分の気持ちに折り合いがつかないって理由で沈んでるんじゃ、どうしようもないじゃない・・・・・・。」

 

「いや、んなことはないさ。前にもこうなった時があるんだが、その時はダチで集まってバカ騒ぎしてやればいつの間にかもとに戻ってたからな。今回も何か気を紛らわせてやれば――――――――ハッッ!!!」

 

 話している途中で、ダニーは何かとんでもないことに気付いてしまったかのような声を上げた。突然の大声に、ダリアはびびって10センチほど後ずさった。

 

「な―――――なによ!突然大きい声出して、びっくりしちゃったじゃない!」

 

「いやなに、ものすごい名案を思い付いてしまった。まあ聞いてくれよ兄弟。」

 

「は?」

 

 妙に馴れ馴れしいダニーに、ダリアは思わず眉を顰めた。そんなダリアには露ほども気付かず、ダニーはダリアの首根っこを引っ張って部屋の隅へ引きずって行く。

 

「ちょっと何するのよやめてよ。」

 

「まあおちついて聞けって。チビ、ジャネットと仲いいんだよな?」

 

「―――――まあ、それなりにいいと思うけど。」

 

 何故か声を潜めるダニーにつられ、ダリアも自然と蚊の鳴くような声のボリュームになってしまう。

 ダニーはダリアの返答に満足気ににんまりと笑い、横目にロミーリアをちらちら見ながら、とっておきの重大な秘密を打ち明けるように、ダリアの耳元でコソコソと囁いた。

 

「お前、今度ホグズミード行きの許可が出る週末に、ジャネットを誘ってホグズミードに行ってくれないか?」

 

 あまりに脈絡がなかったため、ダリアは目が点になった。

 

「それは、別に、いいんだけど。――――――なんで?」

 

「そして、俺は、セドリックを連れていく。そこでバカ騒ぎをするのだ。」

 

「――――――――。」

 

 ダリアは一瞬で察した。こいつは親友をダシにしてロミーリアをデートに誘い出す気だ。

 ダニーが繰り返しロミーリアにアプローチをかけていることは、ダリアも知っている。ロミーリアが満更でも無さ気な雰囲気を醸し出しているということも。

 

 しかしロミーリアが中々煮え切らないため、ダニーはクリスマスに仕掛けることにしたに違いない。ダリアのじっとりとした目線に気が付き、ダニーは慌てて弁解をした。

 

「いや、別にやましい気持ちが100パーセントなわけじゃない。セドに元気になってほしいのは本当だし、セドにそれなりに近くて、セドにキャーキャー言わない女といえば、親戚のお前くらいだろ?お前とジャネットなら、セドリックと一緒でも楽しく騒げると思ったんだよ。」

 

「――――――それで?」

 

「場が十分に温まり、セドリックも元気になったら、俺とジャネットは離脱して二人きりのクリスマスデートに繰り出すのだ。」

 

「欲望に忠実過ぎると思う。ほとんど下心じゃない―――――残される私たちの気まずさも考えて欲しいんだけど。」

 

 あまりにあっけらかんと企みを吐いたダニーにダリアはすっかり呆れてしまった。話には聞いていたが、予想以上の積極性を見せるダニーに、ダリアは少し引いた。

 

 しかし、ロミーリアが「ジャネット」に負い目を感じて逃げ腰になっているのは確かだ。何かきっかけが無ければ、このままズルズルと曖昧な関係が続いてしまうだろう。

 ロミーリアの決断のために、一役買うのも手かもしれない。

 

「なあ、頼むよ~。きっとセドも、俺に協力するためって理由があれば、ホグズミードに出てきてくれると思うしさ。セドも元気になる。俺とジャネットも幸せになる。いい事尽くしだろ?」

 

「うう―――――――。」

 

 ダニーの必死の説得に、ダリアはついに陥落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は、もう二度と誰にも負けたくない、という幼い決意だった気がする。

 セドリックは自分の負けん気の強さを自覚していた。

 

 その事を自覚したのは、近所に住むウィーズリーの双子と初めて遊んだ時のことだった。

 3人とも幼い頃からクィディッチが大好きで、よく家にあったおもちゃの箒をこっそり持ち出しては、近所の広場でクィディッチの真似事をして遊んでいた。同じ村に住んでいた3人は、ある日偶然にも箒を持ったまま鉢合わせた。

 

 3人は当然の流れとして、クィディッチの試合の真似事を始める。そこでセドリックは双子のコンビネーションになすすべもなく、コテンパンに負かされてしまったのだ。

 

 一人っ子であるセドリックは、それまで勝負事など経験したことが無く、そのため初めての敗北は彼に鮮烈な悔しさを焼き付けた。その経験からか、実はウィーズリーの双子には、今でも苦手意識を持っている。

 

 正々堂々と、あくまでフェアに条件を揃えた上で気持ちよく相手に勝ち、自分の実力を証明したい。

 自分が生徒達がほめそやすような聖人君子ではないということを、セドリック自身が一番よく知っていた。

 

 今回のクィディッチの件を思い出す。

 ドラコの怪我の調子を鑑みてスリザリンと試合順を交代したことは、今でも後悔していない。チームに何人か難色を示したメンバーも居たが、ハッフルパフは基本的にフェアプレーを重んじる寮風なので、最終的には納得してくれた。

 

 準備期間一週間の試合についても、不満はなかった。グリフィンドール側もハッフルパフ相手に作戦を変える必要があったし、ハッフルパフチームは普段から堅実に練習を重ねていたため、試合に向けての調整は無茶なことでは無かった。

 当日の天気は大荒れだったが、条件が悪いのはお互い様だ。実際の所、セドリックはスニッチを手にするまでは本当にゲームを楽しんでいた。

 

 問題はセドリックがスニッチを手にした後だった。極限までスニッチに集中していたセドリックは、小さな金色のボールを手中に収めてから初めて、競技場がディメンターに埋め尽くされていることに気が付いた。

 同じシーカーであるハリーが、ディメンターのせいで箒から落ちたということを知ったセドリックは、当たり前のように試合のやり直しを要求した。

 しかし審判は要望を却下し、セドリックの思いとは裏腹に、ハッフルパフの勝利が確定してしまったのだ。

 

 下馬評を覆した勝利にハッフルパフ全体が沸いていた。寮で持て囃されても、セドリックの鬱屈とした気持ちは晴れることがない。

 セドリックは試合翌日の朝こっそりと寮を抜け出して、一人クィディッチ選手のロッカールームに閉じこもって落ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――リック。おい、セドリック!聞いてんのかよ?」

 

「―――――ダニー?来てたのか―――――。」

 

 肩を揺さぶられ、セドリックはようやくダニーがロッカールームへ来ていたことに気が付いた。完全に自分の世界に閉じこもっていたため、全く気が付いていなかった。

 ダニーはセドリックの聖人君子でない部分を知っている数少ない友人の一人だ。今回もセドリックの様子がおかしい事を察して、様子を見に来てくれたのだろう。

 

「ごめん、わざわざこんなところまで付き合わせて。」

 

「今更だろ、気にすんな。―――――そこで、だ。セド。こういうどうしようも無い時はパーっと遊ぶに限るぜ!例えばホグズミードとか、ホグズミードとか、ホグズミードとかだ!!今度のホグズミードに行ける週末に、遊びに行こうぜ!!」

 

 ダニーはわざとらしく芝居がかった様子でセドリックの肩を叩いた。

 彼がセドリックの気分を盛り上げようとそうしてくれているのは分かったが、生憎だがホグズミードで騒ぐ気分にはまだなれなかった。

 

「ダニー。気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと僕はまだ―――――。」

 

「―――――頼むよセド、ジャネットとのデートのためなんだ、付き合ってくれ!!」

 

 先ほどとは打って変わり、小声で囁くダニーの視線を追って、初めて入り口近くにジャネットと、それから何故かダリアが居ることに気が付いた。ジャネットは心配そうな顔で、ダリアはムッツリと腕を組んで、こちらの様子を伺っている。

 

「デートって――――――なんのことだよ。」

 

「お前を慰めるっていう口実で、お前の従妹ちゃんとジャネットをホグズミードに連れ出すんだよ!そして場が温まってきたら、俺とジャネットはクリスマスのホグズミードに消えるのだ。――――――どうよ、完璧な作戦だろ?」

 

「――――――。」

 

 セドリックはダニーの下心を察した。

 ジャネットの友人の一人として、ダニーを寮監のスプラウト教授に突き出すべきか一瞬迷ったが、セドリックは二人が最近いい雰囲気で、あともう一押しをダニーが欲しがっているということを知っていた。

 ここ最近のダニーの奮闘ぶりを見ていたセドリックには、協力してやりたい気持ちもあった。

 

「―――――それにさ、本当にお前の気分転換にもなるんじゃないかって思ってるんだぜ?話に聞く限り、お前の従妹ちゃんって相当ハチャメチャな奴なんだろ?あれくらい無茶苦茶なのが居た方が、お前の気も紛れるんじゃないか?」

 

「一体どんな話を聞いたんだ?」

 

 可愛らしいとか、成績優秀だとかいうプラスの噂以外にも、「大声で猫と喧嘩して、最終的に負けて泣いていた」とか「本を読みながら壁にぶつかって気絶しているところを見た」とか、本当かどうか分からないキテレツな噂もよく流れるダリアである。

 ダニーがどんな噂を聞いてダリアを「ハチャメチャ」と判断したのか、セドリックは不安になった。間違ってはいないが、どんなとんでもない噂が流れているのか心配になってしまう。

 

 ―――――しかし、気が紛れそうだというのも、あながち間違っていないかもしれない。傍若無人なダリアに振り回された方が、今の鬱屈とした気持ちも晴れるのではないだろうか。

 

 セドリックはダリアの方を見た。

 

「―――――ダリア、ダニーはこう言ってるんだけど、都合はいいのかい?友達とホグズミードに行く予定はないのか?」

 

「別に、この前行ってからは特に約束してないし・・・・。」

 

「―――――じゃあ、4人でホグズミードに行くかい?」

 

「―――――――ン。」

 

 ダリアは腕を胸の辺りで組んだまま、難しい顔でコックリと頷いた。どことなく不本意だという表情だが、ホグズミード行き自体は乗り気のようだ。

 頷いたダリアをみて、ダニーがガッツポーズをした。

 

「よっし、これで決まりだな!じゃあ休暇前にパーっと遊んで嫌なこと忘れてやろうぜ!―――――――まあその前に、レイブンクロー戦があるのを忘れちゃいけないけどな。」

 

 ハッフルパフは11月の末にレイブンクローとの対戦を控えていた。ハッフルパフはレイブンクローとは相性が悪く、元々勝率の低いゲームではある。

 それでも今年、クィディッチのキャプテンがセドリックに変わったことで、いい勝負ができるのではないかと期待されていたのだが、セドリックがこの調子では、難しいかもしれない。

 

 セドリックが更に落ち込まなければいいのだが。そう遠くない試合の雲行きはあまり良くなかった。

 




呪いの子で判明したセドリックの未来の可能性について、賛否両論あると思うんですが、私は結構好きです。
本編では終始圧倒的善玉として描かれていたはずのセドリックが、どういう経緯をたどってあんなことになってしまったのか、詳しく考えると色々と捗ります。




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VSレイブンクロー

「やぁっと帰ってきたわね、ダリア!!さぁ、話を聞かせてもらうわよ!」

 

 スリザリンの談話室では、ダリアがノコノコと帰ってくるのを、パンジーが手ぐすね引いて待ち構えていた。手をわきわきさせて厭らしい笑みを浮かべるパンジーに、ダリアはたじたじになった。

 

「話って―――――な、なによ急に。」

 

「急にじゃないでしょ!あんたが大広間に何をしに行ったかなんてお見通しなんだからね!ディゴリーと一緒に帰ってきたことも割れてるのよ!」

 

「一緒に帰ってきたのは別にセドリックだけじゃなかったんだけど・・・・。」

 

「いいから、こっちで何があったか話しなさい!!」

 

 パンジーの熱量に終始押されながら、ダリアは寝室に引きずって行かれた。

 部屋の中ではミリセントとダフネがこれまた厭らしい笑みを浮かべて待ち構えていた。

 

「――――ちょっと待ってよ、あなた達さっきまで私の体調の心配してくれてなかった?どうしてそんな獲物を狙う獣みたいな目をしてるの?」

 

「確かに私たちがダリアの体調を心配していたのは本当よ。」

 

 ダフネが先ほどの弱弱しい表情とは打って変わった嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「でもそれとこれとは話が別。他人の恋バナを見逃す私たちじゃなくってよ。」

 

「私は面白そうだから便乗しただけだけどね。」

 

 色恋沙汰にそこまで興味がないミリセントまで、ダリアを揶揄い倒す気満々である。ダリアは呻いた。

 スリザリン女子3人の回りくどくてしつこい質問の嵐に晒されたダリアは、抵抗むなしく先ほどあったことを洗いざらい吐かされていた。

 

「そ―――それってデートじゃない!クリスマスデート!!!!」

 

 パンジーが大興奮で「キャーッ!」と叫んでベッドをバシバシ叩くが、ダリアはいまいち納得していなかった。

 

「デートなのはダニー達だけで、残りはオマケだよ。私はバカ騒ぎ要員なんですって。」

 

「何言ってるのよ!クリスマスの週末に男女がホグズミードなんてデートしかありえないわよっ!あんたがどう思っていようとこれはデートなの!ダブルデート!!!」

 

「ひぇ・・・・。落ち着いてよパンジー・・・・。」

 

 狂ったように叫ぶパンジーに、ダリアは圧倒された。前から思っていたが、パンジーのこの恋愛に対する執着心は一体何なのだろうか。ドラコへの尽くしようといい、いっそ病的だ。

 

「しっかし、マクニッシュも中々気の利いたことするわねぇ。流石ハッフルパフの参謀っていうか。」

 

 一方ダリアの話を聞いたミリセントは、ダブルデート(仮)の発案者ダニーに対して、しきりに感心していた。

 

「ダニーの事知ってるの?」

 

「知ってるわよ。だってハッフルパフチームの主力メンバーじゃない。中々抜け目ないチェイサーだって、スリザリンでもマークされてるのよ。」

 

「割と良い家の出身で結構顔もいいから、ハッフルパフではディゴリーに次いで人気なのよ。クィディッチも上手いしね。」

 

「ふーん。」

 

 ダニーに関して「セドリックの友達」程度の認識しかなかったダリアは、彼の意外な知名度に少々驚いていた。ロミーリアは中々の良物件を捕まえたらしい。

 

 デート(仮)の日時を知った3人は、ダリアに「デートを成功へ導く極意」を繰り返し言って聞かせた。3人がデートに行ったことなど一度も無い事を知っていたダリアは、話半分に聞いてミリセントに何度もどつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 月曜になると、体調不良で休んでいたルーピン教授が復帰していた。休養する前よりずっとくたびれた様子で、よほど体調が悪かったと見える。

 

 その日の闇の魔術に対する防衛術の授業は、「おいでおいで妖精」の対処法についてだった。さまざまな呼び名があるが、「鬼火」として世界中で存在が確認されている魔法生物だ。

 

 沼地で「おいでおいで妖精」に旅路で出会ってしまった時にどうすればよいのかをノートにまとめていると、ダリアの鼻先をかすかな甘い香りがかすめた。最近嫌になるほど嗅いだ覚えのある香りだ。どうやらルーピン教授から漂ってきているらしい。

 香水とは違う、どこか薬品めいた香りを嗅いで、ダリアの脳裏にあの冷たい地下教室の光景がひらめいた。

 

 ―――――あ、そうだ。この前の魔法薬学で嫌になるほど刻まされた、モンクスフードの香りだわ。

 

 何故か前回の魔法薬学では、突然教科書の流れから外れ、植物系の魔法薬学の原材料についての授業になったのだ。そこでスネイプは生徒達に、モンクスフードの花と根をより分ける作業を行わせていた。何でも、とある魔法薬の材料として、これから大量に必要になってくるのだという。

 

 ――――――確か、モンクスフードの別名は、トリカブト、アコナイト、ウルフスベイン――――あ。

 

 授業の内容をぼんやりと思い出していると、ダリアはあることに気が付いた。

 

 ―――――この前、ルーピン先生の代わりにスネイプ先生が授業をした時に扱ったのも、教科書の流れを無視した人狼だった。魔法薬学で教えられたのも、何故か時期外れのウルフスベイン。それに、ルーピン先生の体調が悪かった時期は。

 

 ダリアは復習がてら、ウルフスベインを使った魔法薬について調べていた。有名なものは、近年ダモクレスによって開発された、脱狼薬だという。それらが意味することとは。

 

「――――――やり方が汚い。流石スリザリンって感じ。」

 

「ダリア、何か言ったかい?」

 

「なんでもないです、すいません。」

 

 スネイプ教授の思惑に気付いてしまったダリアは、自寮の寮監の陰湿さを改めて認識し、ぶるりと身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、なんだか顔色が悪いけどどうしたんだい?」

 

「いやぁ、自寮の寮監の陰湿さを再認識して。今更ながら、私って結構ナメた態度を取ってたかもって思って―――――――って誰?」

 

 逆転時計を使うべく、人気の無い場所へ向かって廊下を進んでいると、突如何もない空間から声を掛けられた。

 慌てて視線に魔力を通して辺りを見渡すと、ダリアの横にうっすらとした輪郭の何かがふよふよと浮いているのが見えた。今にも消えかねない儚さである。

 ダリアは慌てて自分の魔力を分け与えてやった。

 

「ああよかった。もう少しで消えてしまう所だったよ。」

 

「あのさぁ―――――一応言っておくけど、あなたが勝手に消える分は私、知らないからね。こんなに魔力を消費するまで何してたわけ?えぇっと――――――――、トム。」

 

 声の正体は、かなり久々に姿を見るトム・リドルだった。

 ハロウィーンの頃から世界Aと世界Bを行き来する伝書鳩として使っているのだが、世界Aの魔法体系にすっかり魅了されてしまったらしく、ここ最近はあちらの世界へ入り浸りになってしまっていた。

 

 割と潤沢に与えられた魔力をほとんど使いきってしまうほど精力的に活動していたらしいリドルは、自慢げに胸を逸らせて言った。

 

「イタリアへ行っていた。まあ、こちらのように統一された国では無かったけれど――――――君の生家も見てきたぞ、ダリア・モンターナ。」

 

「―――――なんていうか、それは、とんだ長旅だったわね。」

 

 大量の魔力を使い果たすはずである。記憶という不安定な存在のまま、よくぞそれほどまでの長旅をしたものだ。ダリアは呆れを通り越して感心してしまった。

 

「面白いのは、あちらの世界の魔法使いの定義だ。あの世界は魔法が溢れているにも関わらず、『魔法使い』と呼ばれる人間はそう多くない。君の友人のエリックもそうだが、こちらで言う無言呪文のようなものを使いこなす一握りの人間だけがそう呼ばれている。勿論それ以外にも魔法を使うことができる人間は世間にありふれているよね。君の生家のように『呪文』を作り出す『魔術師』が、訓練や工夫によって実力を高めることができるという点では、こちらの魔法使いという存在に一番近いのかな?まあ、なんにせよ、あちらの世界にはまだまだ僕の知らないことが―――――――」

 

『それ、まだ続きそう?続くようならうるさいから黙らせて欲しいんだけど。』

 

 興奮のあまり口が止まらないリドルに、鞄の中で寝ていたトゥリリが不機嫌そうに起きだしてきた。完全に同じ意見だったダリアは、ちょいと指を横になぞり、リドルの口を閉じさせた。この口撃を頻繁に受けているらしいキャットに同情してしまう。

 

「わかったからとりあえず落ち着こうよ。あの人の動向で何か変わったことはあった?」

 

 リドルはほんの少し不満げな顔をしたが、基本的にダリアには逆らわない契約を結んでいるので、素直に話題を変えた。

 

「特に変わったことは無いよ。第7系列の世界に視察に行っていたらしいけれど、僕やエリックが知る限り、この世界への訪問の予定は無いはずだ。」

 

「そう、よかったぁ。」

 

 ダリアは安心しで胸を撫で下ろした。

 ヴォルデモートが暗躍していた時代がどうだったかは知らないが、彼が死んで(というか肉体を失って)からは、特に目立った「魔法を悪用した事件」も起こっていないため、それほど頻繁にここを訪れる機会は無いらしい。

 

「あの人がこっちに来ないってことが分かったから、あっちに戻っていいわよ。また何かあったら伝えてもらうけれど―――――そうだ。あなたに聞きたいことがあるんだけど。」

 

 ダリアはふと思いついた。

 

「なんだい?君が質問するなんて、珍しいな。」

 

「まあね。―――――あなた、デートってしたことある?」

 

「―――――――はあ?」

 

 リドルは予想外の質問に、ぽかんと間抜けな顔を晒してしまった。あまりに俗な問いが、まさか自分にされるとか思っても居なかったからだ。

 しかし、リドルは一瞬で顔を引き締めた。世界を股に掛けた家出を計画してしまう少女のことだ。一見くだらない質問に見えて、何か深い意味があるのかもしれない。

 

「僕はこの通り容姿端麗だったからね。人並みにはデートの経験もあるよ。」

 

「ふーん。――――――ちなみに、デートってどこに行ったの?」

 

「は?――――――ま、まぁ、三本の箒で食事をしたり、アクセサリーを見繕ったり。相手がいい気分になりそうなことをしてやっていたかな。―――――それで、この質問ってどういう意味があるんだい?」

 

「あ、質問は終わったから、今度こそもう行っていいわよ。」

 

 ダリアはリドルのおでこを指ではじいて、キャットの元へ飛ばした。リドルの恨めし気な声が聞こえた気がしたが、ダリアは「相手がいい気分になりそうなこと」を考えるのに必死で聞こえなかった。

 

「相手がいい気分になりそうなところ――――――やっぱり、クィディッチ用品の店とか?いや、デートじゃないけど。デートじゃないけど、やっぱり準備はしとかないとっていうか。」

 

『誰に向かって言い訳してるのさ・・・・・。』

 

 リドルの考察もむなしく、俗100%の気持ちでの質問だったダリアは、ホグズミードにあるスポーツ用品店を調べるべく、図書館へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッフルパフ対レイブンクローの試合の当日も、相変わらず冷たい雨が降り注ぐ悪天候だった。

 

 スリザリン生は他寮とは全面的に仲が悪いが、基本的にグリフィンドール以外は眼中に無い。そのため前回のグリフィンドール戦のような熱量はさほど感じられない。

 しかしそれでも観戦に行くあたり、魔法界でのクィディッチの人気ぶりが伺える。

 

 またこの試合でハッフルパフが勝つと、グリフィンドール優勝の可能性が消えるため、スリザリン生の内では今回に限って、どちらかというとハッフルパフを応援する風潮が強かった。

 

 ダリアも前回に引き続き、いつになく真剣な面持ちでスリザリンの観戦席へ座っていた。今回は最初から、ダフネに借りた万眼鏡を手に準備万端の状態で試合に臨んでいる。

 

「―――ダリア、大丈夫?顔がいつにもまして白いけど。」

 

「だいじょうぶ。」

 

「本当に?目の下にクマもあるけど・・・・。」

 

「だいじょうぶ。」

 

「――――――――今日の朝ご飯は何を食べたんだったかしら。」

 

「だいじょうぶ。」

 

「だめだこりゃ、聞いちゃいないわよ。」

 

 友人達の声も頭に入ってこない程、ダリアは緊張していた。ついに試合開始のホイッスルが鳴ると、ダリアは急いで万眼鏡をのぞき込んだ。

 

 レイブンクローのクィディッチチームは、スリザリンとは別の意味で厭らしい戦法を得意としていた。

 スリザリンのクィディッチは、ルールを破ってでも勝利をもぎ取る、ギリギリのラフプレーを得意としている。一方レイブンクローはルールの隙間を突くような、相手の精神を揺さぶる緻密な作戦を立てることで有名だ。

 どちらかというとグリフィンドールに近い直情型のハッフルパフチームにとっては、限りなく相性が悪い相手である。

 

「ああ・・・・・。そんなフェイントに乗っちゃダメだって。―――――うう・・・・・。」

 

 試合は常時レイブンクロー優勢で進んで行った。レイブンクローの強気かつ挑発的なプレーに、ハッフルパフチームは案の定翻弄されている。

 万眼鏡のおかげで試合の流れを追うことができるようになったダリアは、終始ハラハラしとおしだった。

 

 次々とレイブンクローがゴールを決める中、ハッフルパフも必死で追いすがっているが、点差は開いていくばかりだ。

 

 

 そして試合開始から一時間ほどが経った頃、セドリックがレイブンクローのビーダーに妨害されている間に、ついにレイブンクローのシーカーがスニッチを捕え、レイブンクローの勝利で試合が終了した。

 スリザリンの観客席から、がっかりとしたため息が漏れた。

 

「あーあ、残念。これは直接、スリザリンがグリフィンドールをぶちのめすしかなさそうね。」

 

「まあ、自分たちの手で引導を渡す方がすっきりするわよ。さ、帰りましょ――――――――ダリア?」

 

 スリザリンの生徒達がダラダラと帰り支度をする中、ダリアは万眼鏡をのぞき込んだまま立ちすくんでいた。

 丸い視界の中で、セドリックが箒から降りたち、ぬかるんだ地面に蹲っている。その様子に、ダリアは唇を噛んだ。

 

 

 

 その時、ダリアは視界の端に、レイブンクローの女子選手が寄り集まっているのが目に入った。

 中心に居るのは確か、たった今スニッチを捕ったばかりのレイブンクローのシーカーだ。友人らしき女子選手に背中を押されながら、じりじりとセドリックに近づいて来ている。

 

 彼女の姿を見た瞬間、ダリアは何故かうなじの辺りがざわつくのを感じた。

 あのまま彼女をセドリックに近づけてはいけない。彼女がセドリックに接触すると、何かきっと「ダリアにとって」よくないことが起きてしまう。

 そう本能が警鐘を鳴らしている。ダリアは静かに腹をくくった。

 

「―――――あの女。」

 

「え?なに?何のこと?」

 

「レイブンクローのシーカー・・・・・・。」

 

「ああ、チョウ・チャンのこと?嫌な女よね。ちょっとかわいいからって調子に乗っちゃって。カマトトぶってるけど、きっと性格悪いはずよ。あの女がどうかしたの?」

 

 パンジーの言葉から分かったことと言えば、ほとんど言いがかりに近い信憑性に欠ける情報のみだったが、彼女が何者かが分かれば十分だ。ダリアは万眼鏡をローブのポケットに押し込むと、感情を抑えた声で告げた。

 

「ちょっと私、競技場の方に行ってくる。―――――――あのさ、どうにかして、チャンを足止めできる?」

 

 パンジーとダフネ、ミリセントは顔を見合わせた。ダリアが自分から、他の寮の生徒に危害を加えるようなことを言うのは初めてだった。

 しかし、ダリアが睨みつけている現場を見て事情を察した3人は、力強く頷いた。

 

「任せなさいよ。伊達に何年もスリザリン生やってるわけじゃないんだから。足がつかないように嫌がらせをするなんて朝飯前よ。」

 

 パンジーが悪い笑みを浮かべてそう言う。流石これまで数々のグリフィンドールいびりをこなしてきた女だ。説得力が半端じゃない。

 

「まあ、ダリアがこんなこと頼むなんて珍しいものね。今回くらいは聞いてあげようかしら。」

 

 ダフネも普段は積極的に他寮生に絡みに行くことは無いが、彼女を大人しい少女だと勘違いしてちょっかいを掛けてきた輩は皆、ダフネの口撃を受けて泣き帰るはめになっている。深窓の令嬢に見えて意外と戦闘力は高い。

 

「ホラ、さっさと行きなって。いくら私達でも、そう長くは足止めできないかもしれないからさ。」

 

 ミリセントはもはや百戦錬磨の戦士の風格をもっていた。その背中だけで足止めどころか相手の生きの根を永久に止めることができそうな雰囲気が漂っている。

 

 ダリアは改めて、心強い友人が居てくれたことに感謝した。胸が温かい気持ちでいっぱいになる。

 やっていることは下種だが、美しい友情がここにあった。

 

「うん。―――――――――ありがとう!」

 

 ダリアは感激のあまりちょっと泣きながら、観客席の階段を駆け下りて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアが競技場へ降りる頃には、チョウはセドリックのすぐそばまで来ていた。ダリアはわけのわからない衝動に急き立てられながら、セドリックに声を掛けようとした。

 

「セドリ―――――――」

 

 

 

 

 その時、レイブンクローの観客席で大爆発が起こった。

 

 競技場のあちらこちらから悲鳴が上がる。けが人は出ていないようだが、派手な噴煙は止まる気配が無い。セドリックに話しかけようとしていたチョウは、慌ててチームメイトと共にレイブンクローの観客席へ駆けていった。

 

 ――――――十中八九パンジー達の妨害工作だが、やりすぎではないだろうか。足がつかないというのは本当なのだろうか。

 

 ダリアは途端に不安になった。先ほどは感動しすぎて考えが回らなかったが、脳筋のミリセントが居る時点で、止めておくべきだったのではないだろうか。

 

 セドリックも目を丸くして爆発騒ぎを見ていたが、冷や汗をダラダラ流しながら立ち尽くすダリアに気が付き、慌てて立ち上がった。

 

「ダリア、どうしてここに――――――いや、とりあえず今はここから離れた方がいいか。逃げるぞ。」

 

「ウン。」

 

 あの爆発がもしかすると自分のせいかもしれないということはとてもじゃないが言うことができなかったため、ダリアはぎくしゃくとセドリックの後をついていった。

 

 

 

 

「―――――一体あの爆発は何だったんだ?この前のディメンターのことと言い、最近のホグワーツはどうなっているんだろう――――――ダリア、何か知っているかい?」

 

「ううん、知らない。――――でもやっぱり、シリウス・ブラックの仕業じゃないのかしら。」

 

「そう、だね―――――まだ学校の敷地内に居るのかな。」

 

「きっとそうよ。そうに違いないわ。」

 

 ダリアは開き直って、全ての責任をブラックに押し付けることにした。これ以上ないほどのスケープゴートだろう。いかにもあの熊犬がやりそうなことではないだろうか。

 

 セドリックも腑に落ちたのか、それ以上蒸し返すことは無かった。そのまま会話が途切れ、ダリアは気まずくなった。

 競技場に行ったは良いものの、何をどうするか、何を話せばいいかなど全く考えていなかったのだ。

 

 続く沈黙に、ダリアの焦燥が募っていく。

 こういう時いつもは気を使って何かしら話してくれるはずのセドリックが、今は無言で黙々と下を向いて歩いていた。明らかに落ち込んでいる。

 

 ダリアは衝動に突き動かされるまま、何か言おうと口を開いた。

 

「その、セドリック、今回は―――――――えっと。」

 

「――――ダリア?」

 

「今回は、そのぉ―――――まことに、遺憾というか。あの。」

 

「―――――。」

 

「よ、要するに、私が言いたいのは。その、元気をですね。」

 

「――――ぐっ・・・・。」

 

 セドリックが不自然に咳込んだ。

 一瞬それが笑いをこらえているように聞こえたので、ダリアは胡乱気にセドリックを見上げたが、彼は唇を引き結んで難しい顔をしていた。どうやらただの咳だったらしい。

 

「だ、大丈夫?雨で冷えて風邪ひいちゃった?」

 

「いや、違う。どうぞ続けて。」

 

「そ、そぉ?じゃあ―――――なんだったかしら。えっと。あー・・・・つ、次があるわよ!次の相手をコテンパンにしてやれば、トントンでしょ!?」

 

「―――――次の相手はスリザリンだけど、いいのかい?」

 

「あっ、そ、そうだった。どうしよう―――――。コテンパンは、勘弁してあげて欲しいっていうか。鼻につく奴だけど、ドラコは割と苦労人っていうか。」

 

「―――――――――ぐっ・・・。」

 

 ついにセドリックは地面に蹲ってしまった。細かく背中が震えている。話しているうちに、敗北のショックに耐え切れなくなってしまったのだろうか。それともやっぱり体調が悪いのだろうか。

 ダリアは仰天してセドリックの背中に飛びついた。

 

「セドリック!?大丈夫――――――――――――ん?―――――あ!?わ、笑ってる!笑ってるでしょう!?」

 

 セドリックは声を押し殺して笑っていた。それもただの笑いではない。大爆笑だった。

 ダリアはショックを受けて、丸まったセドリックの背中をぼかすか殴りつけた。

 

「ひ、ひどい!どうして笑うのよ!私が頑張って慰めようとしてたのに!」

 

「い、いや、だって――――ダリア、君、慰めるの下手すぎ―――――ぐ、ふふっ―――まことに遺憾だなんて、もっと他に言いようがっ――――――はは!」

 

 セドリックはついに、隠すことなく声を上げて笑い出した。ダリアは握りこぶしを振り上げたまま、途方に暮れてしまった。

 もう二言三言どころじゃなくセドリックに言ってやりたかったのだが、その屈託のない笑顔を見ていると怒っている自分が馬鹿らしくなってきて、ダリアはゆっくりと握った手を下ろした。

 

「――――――その、今度のホグズミード。ダニー達がどっか行った後、クィディッチ用品店に行こうよ。いろんな道具が売ってるって、本に書いてあった。」

 

「今使ってるグローブが小さくなってきてたから、丁度いいや。」

 

「―――――それでその後、おじさん達のクリスマスプレゼント、選ぶの手伝って。」

 

「うん。いいよ――――――――ふ、ふふ。」

 

「ちょっとそろそろいい加減にしてよ。」

 

 中々笑いが止まらないセドリックにイラつきながらも、ダリアは何故か満ち足りた気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、スリザリン3人娘によるレイブンクロー観客席爆破の犯行は、本当に足がつかなかった。

 立案パンジー、作戦ダフネ、実行ミリセント。彼女らのえげつない犯行を目の当たりにしたスリザリン生達は、のちに彼女らを「スリザリンの眠れるケルベロス」と呼んだり呼ばなかったりして恐れたという。

 ちなみにダリアは横でキャンキャン吠えている小型の室内犬と呼ばれたり呼ばれなかったりしていたらしい。

 



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ホグズミード

 学期が終わる二週間前になると、ホグワーツは髪の毛まで凍り付くような冷気に包まれた。窓から見える校庭も、うっすらと霜で覆われてすっかり冬の様相を見せている。

 

 城内はどこもかしこもクリスマス・ムードで、いたるところにクリスマスツリーやらヒイラギの葉で作られたリース、触っても溶けることの無い魔法の雪などを見ることができた。

 

 地下にあるスリザリン寮は、一年を通して気温の変化が少ない。そのためこの時期でも比較的快適に過ごすことができたが、それでも寒いものは寒い。ほとんどの寮生は暖炉がある談話室に集まっていた。

 

 ダリア達4人も例にもれず、立派なクリスマスツリーが飾られた談話室で、炎に手をかざしながらぬくぬくと過ごしていた。

 

「もうすぐクリスマス休暇ね。今年は皆家に帰るんでしょう?」

 

 ダフネが主にダリアの方を見ながら確認するように言う。

 去年友人たちの反対を押し切ってホグワーツに残り、その結果石化してしまったダリアは、今年こそは確実にディゴリー家に帰省するよう厳しく監視されていた。

 

「帰るわよ!おじさん達とも絶対に帰るって約束したし、帰ってきてねっていうお手紙も来たし、セドリックにも連れて帰ってこいって言伝があったみたいだし。」

 

「――――――ならいいのだけれど。」

 

 相変わらず疑わし気な視線を向けてくる友人たちに、ダリアは憮然とした。

 

「なんでそんなに疑うのよ!ちょっとひどくない?私が何したっていうの。」

 

「あんたそれマジで言ってる?」

 

「無い胸に手を当てて考えてごらんなさいよ。」

 

 パンジーの心無い言葉にダリアは憤慨した。同じような胸部をしているくせによく言う。

 髪の毛を引っ張りあう大げんかに発展しかけたが、ミリセントの(物理的な)仲裁により、むなしい争いは終わりを告げた。

 

「バカなこと言ってないで、クリスマスの予定について話し合いましょうよ。」

 

「そうそう。それにどっちもそんな変わらないでしょ。」

 

「・・・・・・・。」「・・・・・・・・。」

 

 ダフネとミリセントが、余裕綽々の表情で諫める。

 ダリアとパンジーは忌々し気に二人の豊かな胸部を睨み、憮然とした表情でソファに座り込んだ。この件に関しては自分たちの分が悪いと判断したのだ。

 

 結局クリスマスは一昨年と同じようにマルフォイ邸のクリスマス・パーティーに一緒に参加することになった。マルフォイ邸のパーティーは魔法界の名家が開催するパーティーの中でも一番規模の大きいもので、毎年スリザリン生の多くが出席している。貴族のコネ作りの場としては最適なのだという。

 

 クリスマスの予定が決まり、満足気に欄が埋まったスケジュール帳を眺めていたダリアだったが、パンジーの仕切り直すような咳払いで現実に戻された。

 

「ところでダリア。クリスマス・パーティーよりも前にとっっっても大事なイベントがあるのを忘れてないかしら?」

 

「イベントって。」

 

「デートよデート!!クリスマスデート!!!何をぼんやりしてるのよ、次の週末が決行の日なのよ!?」

 

 これは面倒なことになったぞ。とダリアは思った。完全に肴としてロックオンされている。

 

「そうそう。何週間も先のパーティーの話なんてしてる場合じゃないよ。先にダリアのデートのことよね。」

 

「しっかり準備していかなきゃね。もう着ていく服は決まったの?」

 

「え、別にいつもと同じだけど。」

 

 ダリアの返答を聞いて、3人(主にダフネとパンジー)は一斉に反論した。

 

「何言ってるのよ!デートなのよ、デート!いつもよりちょっとくらいおしゃれしていくべきでしょ!?」

 

「えぇ――――――別に何着てようが、私は常にサイコーにカワイイし――――――ていうかそもそもデートじゃないし。」

 

 自分の容姿(胸部を除く)に絶対の自信を持っていたダリアは、いまいちピンとこない様子で首を竦めた。

 そんなダリアの様子を見て、ダフネが薄ら笑いを浮かべながら「やれやれ」と首を振った。

 

「分かってないわねぇ。男の子って、ギャップに弱いの。いつもよりおしゃれした格好を見て、自分のために努力してくれる健気さにやられるのよ。」

 

「――――――――。」

 

 知ったような口を利くダフネを胡散臭い目つきで見る。

 いつも彼女達が熱心に読んでいる雑誌の先月号に、「クリスマスが勝負!意中のカレを落とす魔女テク10選」なる怪しい恋愛特集記事が組まれていたことを知っているダリアは、全く心を動かされなかった。

 

「いやよ。私わざわざおしゃれなんてしない。気合い入ってるみたいで恥ずかしいもん。」

 

「あのねぇ。どうしてそんなに意地を張るのよ。素直におめかししていけばいいじゃない。」

 

「別に意地なんて張ってないし。そもそもデートじゃないからおめかしする必要なんてないし。」

 

 

 

 

 

 

「――――――――揶揄いすぎたのがいけなかったんじゃないの?」

 

「そうかも。悪い事しちゃったかしら。」

 

「でも、ここまで意地張るなんて思わないじゃない!」

 

 何処までも頑ななダリアを見て、3人は少しだけ揶揄いすぎたことを後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグズミード行きの土曜日の朝、ダリアはいつもより早く目が覚めてしまった。しばらくシーツの中でもぞもぞと寝返りをうったが、どうにも目が冴えてしまい二度寝できそうにない。

 渋々ふかふかの布団から這い出ると、身を切るような寒さに思わず体を震わせた。雪が降っていてもおかしくない寒さである。

 

 ダリアはそっとベッドから降りると、クローゼットの前に立つ。

 寒い時、ダリアは服をベッドの中で温めてから袖を通す習慣があった。別に魔法で温めてもいいのだが、以前温度の調節を間違えてお気に入りの服を燃やしてしまってからはずっとそうしている。しわを伸ばす魔法の方がずっとお手軽だ。

 

「さむ、さむ、さむ―――――――。」

 

『――――うぎゃあ。冷たい!何するのさぁ。』

 

「ごめんって。えっとぉ―――――――――。」

 

 布団の隙間から入った冷気に、トゥリリが悲鳴を上げて奥の方へ潜り込んでいく。謝りながら衣装箱を開け、用意しておいた服を取り出しかけたが、ふとダリアの手が止まった。

 

 ―――――男の子って、ギャップに弱いの。いつもよりおしゃれした格好を見て、自分のために努力してくれる健気さにやられるのよ。

 

「――――――いやまさかそんな、あんな雑誌の記事、私が真に受けるわけないじゃない。まさかまさか――――――」

 

 鼻で笑いつつも、指先がクローゼットの中を彷徨い出す。

 

「そもそも私がギャップを狙う理由もないし。」

 

「――――――ていうか意地とかはってないし。」

 

「―――――――。」

 

「―――――――うーん。クリスマスだから赤の方がいいかしら・・・・。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「―――――――よし。」

 

 大きい独り言を口につつ、結局ダリアはいつもより大人っぽい服を選んで布団の中に放り込んだ。

 

「―――――――気付くのかしら。いや、別にいいんだけど。」

 

 あまりにブツブツ呟くダリアに、途中から目覚めていた隣のダフネは、「結局おめかしするんじゃない・・・・。」と寝たふりをしたまま苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べたダリアは、