陽だまりをくれる人 (粗茶Returnees)
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1章:始動
プロローグ


 5thLIVE day2 RoseliaのEwigkeit 行きましたー。
気持ちの整理がつかないので創作で落ち着こうと思います。つまり見切り発車です


 

 アタシには大切な幼馴染が2人いる。どっちもアタシの家の隣に住んでいて、3人でよく一緒に遊んでたんだ〜。その2人は姉弟だけどちょっと特殊で、アタシもその子と出会ったときは超びっくりしたのを今でも覚えてる。だってそれぐらい強烈だったから。

 彼と出会ったのは小学生の頃で、アタシの家族と幼馴染の湊友希那の家族と一緒にお花見に行ったときだった。

 

〜〜〜〜〜

 

 お父さんたちまーたお酒で盛り上がってるよ〜。普段飲むことがないからってのはわからなくもないけど、なんかなぁ〜。

 いつも通り友希那と遊ぼーっと。

 

「友希那ー、ってあれ?友希那どうしたの?」

 

 横に座ってる友希那を見ると友希那はアタシの方もお父さんたちの方も見てなかった。アタシの反対側にある桜の木をジッと見てた。正確には桜の木の根本辺りかな?

 

「友希那ってばー。あっちに何かあるの?」

「…! ごめんなさいリサ。少しぼうっとしてたわ」

「大丈夫? 熱中症とかなってない?」

「ええ大丈夫よ。それより何か用があって呼んだんじゃないの?」

 

 あーそうだったそうだった。友希那と遊ぼうと思ってたんだった。珍しく友希那が他のことに夢中になってたから忘れちゃってた。

 

「うん。お父さんたちがあんな感じだし2人で遊ぼうと思って」

「そういうことなのね。……たしかにあれは浮かれすぎね」

 

 うんうん、友希那もアタシと同意見みたい。さてと、何して遊ぼうかな〜、せっかくのお花見だしこういう時にしかできないことって何かないかな〜。

 

「リサちょっとお手洗いに行ってくるわね」

「りょ〜かい。その間に何するか考えとくね〜♪」

「……考えてなかったのね」

「あ、あはは〜」

 

 うぅー、友希那ちょっと呆れてたな〜。誘っておきながら考えてないとそうなるか〜。……お花見らしいことってなんだろ?

 あーでもないこーでもないと考えていると友希那が戻ってきた。お土産ありで(・・・・・・)

 

「え、えっと〜。友希那? その背中のは…?」

「戻ってくるときに拾ったのよ」

「……え?」

「だから、拾ったのよ」

 

 いやいやいやいやいや! 子猫みたいなちっちゃい動物とか綺麗な花とかならわかるけど、人間(男の子)拾ってくるって何!? というかこの子のご両親とかは!?

 

「あっちの桜の木の根本で横たわってたのよ。寝てたってわけでもなさそうだったから拾ったわ」

「あ……もしかしてさっき見てた桜の木?」

「ええそうよ。草が風でなびいてたのに一部だけおかしかったから」

「よ、よく見てるね〜…」

 

 そんなとこまで普通見ない気がするんだけどな〜。それよりもお父さんたちからお酒を没収しなきゃ!

 

「むっ。何するんだリサ。お酒を返してくれ」

「リサちゃん? おじさんたちは年に数回のハメを外せる日を満喫しているだけなんだ」

「それはわかってますけど、そんなの言ってられなくなりました!」

「……なにがあった?」

 

 さっきまで酔っ払った感じだったのにすぐに真面目モードにお父さんズがなった。お母さんたちは「お花見は終わりね〜」といって片付けを始める。大人は察するの早いな〜。

 

「……友希那その子は?」

「リサから聞いてないの? 拾ったのよ」

「その説明の仕方変えようよ〜」

「だって事実ですもの」

「そういうことか、よしわかった。病院に連れて行くぞ」

 

 なんでわかるの!? いやそれで合ってるんだけどさ!

 その男の子は湊家が病院に連れて行って、アタシの家は湊家の分の荷物も纏めて帰宅ということになった。

 

 後から聞いた話だと、その子は完全に謎の子だったらしい。戸籍がなくて両親どころか祖父母や従兄弟といった肉親も不明、記憶も失っているらしく名前もわからない。わかるのはその子がアタシや友希那と同い年であろうこと、髪や瞳の色といった外見、そして湊家に引き取られたことだった。

 

 病院にお見舞いに行ったのが意識ある彼とアタシの初対面だった。その時の彼はただただ空っぽって感じだった。特に表情が変わることなく、自分の事もわからないはずなのに動揺せず冷静に受け止めたらしい。それは大人びているというレベルを超えていた。彼は感情もないのだと直感的にそう思った。

 

〜〜〜〜〜

 

「リサ何してんだ? アクセサリーショップ行くんじゃなかったのか?」

「あぁごめんごめん。そういえば懐かしい夢みたなーって思って」

「へー」

 

 相変わらず表情が変わらず、たいして関心もない返事。でも長年の付き合いでわかる、感情は全然動かないけど表情はちょっとだけ柔らかくなった。

 そんな彼、湊雄弥の横にサッと移動して、並んでアクセサリーショップを目指す。その近くには、友希那がよく行くライブハウスがあるから、そこにも寄るつもりなんだ〜。

 

「どんな夢だったか知りたい?」

「別に。興味ない」

「ええー。……まぁそう言うとは思ったけど」

「だったら聞く意味もないだろ」

「あるよ。アタシは雄弥と会話したいんだもん」

 

 仲のいい子にはよく言われる。なんで雄弥の側にいようとするのかを。それは周りの子から嫉妬されているとかじゃない。本当にみんな不思議に思ってるんだ。

 周りへの興味も関心もなく、まるでロボットかのように淡々としてる雄弥と一緒にいようとすることを。けれど、アタシは雄弥を放っておくことができない。同じ過ち(・・・・)をしないためにも。

 

「俺と話しても何も面白いことはないぞ」

「それはアタシが決めるからいーの!」

「物好きだな」

「うん知ってる。雄弥は最近仕事の方どう?」

「特に変化なしだな。仕事はそこそこ貰えてるから生活は困らん」

「……そっか。でも律儀だよね。自分の生活費をおじさんたちに振り込むなんて」

「養ってくれていて、俺は仕事をしている。なら払うべきだろう」

「人によっては耳の痛い話だね〜」

 

 アクセサリーショップに着いたはいいけど、友希那の出番ってそんな遅くなかったような……。先に向こうに行ってからでも間に合うよね? この店そんな早くに閉まるってわけじゃないし。

 

「ごめん、やっぱり先にライブハウスに行こ!」

「わかった」

 

 咄嗟の予定変更でも何も言わない。優しいと思う人もいるかなー、というかみんなそう思うか。けれど本当はそうじゃない、雄弥は本当に気にしてないんだ。気持ちの欠片も揺らぐことがない。

 

「…ねぇ雄弥」

「どうした?」

「雄弥は今幸せ?」

「さぁな。身寄りもなく素性もわからない人間なのに、引き取って養ってくれている家族がいることは、一般的に幸せなんだろうさ。けど、俺にはその気持ちがわからない」

「……そう、なんだ」

「生きている意味も特に持ってないからな」

「…っ」

 

 それがアタシにとって1番辛いことだった。アタシと友希那の2人で支えていこうと昔に約束したのになぁ。

 これは空っぽな彼をほうっておけないアタシと周りの人たちのお話。彼に人生を楽しんでもらうためのお話。

 




更新は遅いですが、地道にやっていきます。よろしくお願いします。


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今井リサ誕生日回︰零話

 
 完結一周年記念兼今井リサ誕生日記念回です。
 本編を読み切ってなくても読める内容です。新規読者さんも気にせずに読んでください。本編のネタバレは一切ございませんので。


 

 夏休み。それは長いお休み。その分宿題も多いんだけど、誘惑の多さと葛藤する日々。早く終わらせたら別なんだけどね。アタシは先に全部終わらせる、とかはできない。遊びたいから。だから、友希那と雄弥と三人で宿題をするようにしてる。終わらせたらすぐに遊べるし、それまでは脱線せずに済むから。友希那と雄弥は真面目だからね。

 そうやって夏休みの宿題をほぼ毎日コツコツ終わらせたおかげで、8月はほとんどが遊ぶだけの日々になる。三人で夏祭りにも行けたし、海に遊びに行くこともできた。お盆は一緒じゃなかったけど、それ以外はほとんど一緒。それは今日も変わらない。 

 

 

「友希那ー、雄弥ー。遊びに行こ!」

 

「リサ、今日も?」

 

「いいじゃん別に! ね、今度はプール行こうよ! 暑いし、プールで遊んでたら涼めて一石二鳥じゃん?」

 

「私は別に……。それより歌を歌っていたいわ」

 

「プールでも歌えるよ?」

 

 

 何言ってるんだ、みたいな冷たい視線を浴びせられる。我ながら横暴な返しだとは思ってるけど、それはそれとしてやっぱりプールには行きたい。まだ行ってないんだし。これが二回目ならカラオケでもいいんだけど。

 アタシと友希那が湊家のリビングで話し合いをしていると、自室から出てきた雄弥が飲み物を飲みにリビングに来た。アタシが声をかけても一言返すだけ。相変わらずだけど、一言でも返ってくるようになったなら一歩前進かな。友希那はまだまだ駄目って思ってるみたいだけど、友希那も話さない人相手ならあんな感じだよね。

 

 

「あ、そうだ! 友希那、雄弥に決めてもらおうよ。アタシたちだけだと話が終わらないし」

 

「……そうね。雄弥、決めてちょうだい」

 

「何をだ」

 

 

 だよね。いきなりそんな振り方されてもって感じだよね。飲み物を飲み終わった雄弥がこっちに来て、アタシが雄弥に説明する。アタシはプールに行きたい、友希那は歌を歌っていたい……カラオケでいいよね。意見が分かれたから、どっちかにしてほしい。

 

 

「それぞれ好きなことしてたらいいだろ」

 

「そうじゃなくて〜。友希那はそれでいいのかもしれないけど、アタシは三人でプールに行きたいの!」

 

 

 アタシの抗議にため息をついた雄弥が、友希那の方をチラッと見る。友希那は黙って雄弥を見るだけで何も言わない。言葉が交わされることなく3秒くらいたったら、雄弥がこくりと小さく頷いた。……なんで今ので話し合いができてるんだろ。友希那だけズルい。

 

 

「今井さん」

 

「なにー?」

 

「プール行くぞ。準備してこい」

 

「え、いいの!?」

 

「行きたいって言ったのは今井さんだろ。早く準備してこないとカラオケ行くから」

 

「それは駄目! 二人も準備しててね! すぐ戻るから! ありがとう!」

 

 

 アタシは走って家に帰った。と言ってもすぐ隣だし、水着も用意してある。もどかしく感じながら靴を脱ぎ、家の階段をドタバタ駆け上がる。勢い良く部屋のドアを開けて、机の上に置いてある鞄を奪い取るように回収する。一応中身を確認して、忘れ物がないかも確かめる。その間足は止まってなくて、お父さんとお母さんに、友希那たちとプールに行ってくることを伝えて家を飛び出した。

 

 

「雄弥〜! 準備できたよ〜!」

 

「早いな。2分しか経ってないぞ」 

 

「そ、そうなの?」

 

「お転婆娘」

 

「うっ」

 

「リビングで涼んで待ってろ。俺と友希那はまだ準備終わってないから」

 

 

 中に通されてソファに座らされる。よく冷えたお茶も出してくれて、その後すぐに雄弥はリビングから出ていった。こういう事も友希那に教わったんだろうなって思いつつ、アタシは乾いた喉をお茶で潤す。予想以上に体は水を欲してたみたいで、ごくごく飲んで一杯目が空になった。おかわりできるようにボトルも置いてくれてるし、それに甘えて二杯目もいただく。

 

 

「早いわねリサ。そんなに楽しみだったの?」

 

「あ、友希那。あははー、まぁね〜。三人で夏休みの思い出作りたいじゃん?」

 

「分からなくはないけども……」

 

 

 コップを用意した友希那が、アタシの隣に座ってお茶を入れる。二人分入れてるし、一つは雄弥の分ってことだろうね。

 アタシは何となく雄弥の部屋がある方向に向いた。友希那の部屋も雄弥の部屋も2階だから、見えることはない。それでも、何となく気になった。

 

 

「呼び方……かしら?」

 

「え、なんで分かるの?」

 

「それくらい分かるわよ。リサって顔に出やすいもの。……分かってないのは雄弥とお父さんくらいかしら」

 

「えぇ……」

 

 

 雄弥はともかくとして、二人のお父さんも気づいてないんだ。恥ずかしいから気づかなくてもいいんだけど、それはそれとして雄弥と同じってどうなんだろ。

 手に持っていたコップをテーブルに置いて、アタシはしばらく迷った。気づかれてるんだし、話すことにそこまで抵抗はない。あるのは恥ずかしさだけ。なんか子供っぽい感じがするから。子供だろって誰からでもツッコまれそうだけど。

 

 

「雄弥があの呼び方になったのってさ、少しずつ一般常識を身につけてからじゃん? アタシも元々は友希那みたいに名前で呼ばれてたし」

 

「そうね。そこは私の教え方に問題があったのだと思うわ。ごめんなさい」

 

「あ、謝らないでよ。アタシがすぐに訂正させたらよかったことなんだし。……ショック……だったのかな。なんていうか……アタシとの距離感は、友希那との距離感より遠いんだって、そう思っちゃったから」

 

 

 嫉妬してる。名前で呼びあえてる友希那に。ほんの小さなことなのに。それなのにアタシは友希那に妬いてる。

 雄弥と出会ってから一年以上経ってる。初めは「リサ」って呼んでくれてたけど、一般常識を覚えていくうちに「今井さん」に変わった。雄弥が名前で呼んでいるのは友希那だけ。それは身内だから。唯一無二の姉だから。アタシは違う。あくまでお隣さんで、友希那の幼馴染。雄弥の中でそう判断されてるんだ。

 

 

「準備できたぞ」

 

 

 ちょっと雰囲気が暗くなってる中、雄弥がドアを開けて呼びかけてくる。アタシはビクッて反応しちゃったけど、友希那はそんなことなくて「お茶を飲んでから出ましょう」って冷静に対応してる。

 

 

「水分補給は大切よ」

 

「わかった」 

 

 

 友希那の指示に従う雄弥は、用意されたコップを手にソファへと腰掛ける。アタシの隣に。変に意識しちゃってるアタシは、何も言葉が出てこなくて、それを誤魔化そうとコップを口に傾けた。中身は空だった。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「リサ、いい加減落ち着いたらどうかしら?」

 

「そ、そうしたいんだけどさ〜」

 

 

 プールがあるレジャー施設に来て、着替えのために雄弥とは別れた。更衣室で水着に着替えたんだけど、アタシは未だに調子が狂ったままだった。ここに来るまでのバスの中でも、雄弥とはチグハグの会話になったし、なんか距離感を測れなくなっちゃった。今はそれに見かねた友希那に咎められてる。

 

 

「はぁ。その調子じゃせっかくのプールを楽しめないわよ?」

 

「うん……」

 

「着替え終わったし、とりあえず外に出ましょう。雄弥が待っているはずだし、あの子を一人で放っておくわけにもいかないから」

 

 

 友希那に手を引かれる。まるでアタシが引率されてるみたいだけど、今は言い訳できないね。

 

 

「……えっと、あそこね」

 

 

 友希那が指差した方に雄弥の姿が見えた。雄弥もアタシ達に気づいてくれて、こっちに歩いてくる。男性用の水着に濡れる前提で作られてるシャツ。ハワイとかで見かけそうな格好だなって感じ。でもそれが様になってて、周りの近い年代の女の子たちからチラチラ見られてる。

 

 

「思ったより早かったな」

 

「どんな想定をしていたのかしらね」 

 

「女性の着替えは長い」

 

「それ、女性の仕度は長い、じゃないかしら?」

 

「……そうか」

 

 

 呆れながら訂正させる友希那に、言われた通りに覚え直す雄弥。姉弟らしいと言えばそうなんだけど、少し姉弟像が違う気もする。いつもならそこにアタシも入っていくのに、なんだか今はそれができない。やりにくいと言うか、壁がある。

 

 

「それにしても雄弥、あなた相変わらずどんな服でも着こなすのね」

 

「そうか? ただ着てるだけだし、着こなしてるのは二人の方だろ」

 

「具体的には?」

 

「様になってる」

 

「他にも言い方あるでしょうに……」

 

 

 ため息をついてるけど、その表情が綻んでるのは横から見て分かる。褒めることとか、感情的なことが壊滅的に苦手な雄弥らしい褒め方。それを理解してるから今のでもその反応になるんだよね。

 友希那もアタシもワンピースタイプの水着を着てる。友希那は黒に近い紺色の水着で、アタシは白色。アタシの方は友希那のとは違ってフリルもついてる。友希那が褒めてもらえたんだし、その流れでアタシも褒めてもらえるかなって期待してみる。と同時に、雄弥だからなーって諦めもある。

 

 

「雄弥、リサの水着姿はどうかしら?」

 

「友希那!?」

 

 

 まさか友希那がそういう振りをするとは思ってなかった。慌てるアタシをよそに、「今井さんの?」って言葉をもらす雄弥は、首を傾げつつアタシを見てくる。ジロジロ見られるのは恥ずかしいんだけど、雄弥はそういうことしなくて、サッと上から下まで見るだけ。

 

 

「今井さんって感じ」

 

「えっと〜……」

 

「言葉が足りてないわよ」

 

「似合ってる」

 

 

 相変わらず一言だけ。それだけなのにアタシはすっごい嬉しくなっちゃった。我ながら単純だと思うけど、雄弥って形だけの褒め言葉の方が多い。でも、今のはそれとは違って雄弥の本心。だから嬉しいの。

 雄弥が嘘をつくことはない。本人曰く必要性がないから、なんだとか。だから、相手を褒めるとか全くないんだけど、デメリットの面を考えた友希那とアタシは、雄弥に褒めることを増やすように言った。ほんの少しでもプラスがあればそれを言えばいいって。その結果が学校生活で好転してるかは微妙だけどね。

 

 

「ここで立ってても仕方ないだろ」

 

「そうね。行きましょうか」

  

 

 更衣室から出る時同様、アタシは手を引かれた。違いは今回が友希那じゃなくて雄弥ってこと。アタシに心中を雄弥に分かってくれって言っても仕方がない。どうしたらいいか分からなくて、頭がグチャグチャになってるままアタシはプールに向かった。

 ここはたぶんそこそこ大きな施設。海の波を再現した場所とか、流れるプールとか、ちびっ子用のプールがある。他には、広いプールとか、ウォータースライダーとか。室内プールもあるんだとか。

 

 

「で、どこに行く?」

 

「リサの希望は?」

 

「へ?」

 

「あなたが来たがっていたんじゃない。希望はどこなの?」

 

 

 友希那の言葉に戸惑う。ぶっちゃけ全然考えてなかった。三人でプールで遊べたらいいな、くらいにしか考えてなかった。どうしようかと目を泳がせるアタシに友希那の冷めた視線が突き刺さる。考えてなかったことを見抜かれたんだ。

 

 

「……まずはここでいいんじゃないか?」

 

 

 この状況を見かねた……ってわけでもない。空気を読まずに意見を出しただけ。そんな雄弥が示したのは、ここから少し歩いた場所にある流れるプール。定番だけど、だからこそ異論も出にくい。友希那も納得してるし、アタシもコクコクと強く頷いた。

 

 

「ところで、あなた達はいつまで手を繋いでいるの?」

 

「え? ……ぁ」

 

「あー、忘れてた」

 

 

 友希那に指摘されて、アタシは雄弥と手を繋いだままってことに気づいた。その事に動揺してると、雄弥の方からパッと手を離される。それに若干の寂しさが湧き上がってくる。それを雄弥が悟ってくれることはなくて、スタスタと先に進んじゃう。アタシは逸れないように追いかけるけど、少しだけ心がその場に残った感じがした。

 三人で軽く体操してからプールに静かに入る。本当は飛び込みたいって衝動に駆られてる。でもそれはルール違反だからやらない。プールでは流れができてるから、アタシたちは他の日と同じようにプカプカ浮かんでるだけでも流されてく。浮き輪で浮んでる人もいれば、流れにあわせて早く移動する人、逆走しようと遊んでる人。いろんな人がいる。

 

 

「あはは! 冷たいね〜!」

 

「ふふっ、そうね」

 

「まぁプールだし」

 

「雄弥は反応薄いな〜。えいっ!」

 

 

 雄弥にプールの水をかける。頭から濡れた雄弥は、ぷるぷるって頭を振ってからアタシに水をかけ返してくる。他の人に迷惑をかけないように、力を抑えてのかけ合い。それを横から見てる友希那にも当然水をかける。

 

 

「きゃっ! ……やったわねリサ!」

 

「わわっ! 二人同時はキツイって〜!」

 

 

 友希那を巻き込んだら、姉弟からの水かけ攻撃に合う。これには対処しきれなくなって水の中に逃げ込む。他の人に注意しながら雄弥の後ろに回り込むと、その間に友希那と雄弥が水をかけ合ってた。

 雄弥越しに友希那と目が合う。アイコンタクトで共同戦線を張ろうって話にした途端、雄弥が友希那に水をかけて、すかさず後ろにいるアタシにも水をかけた。

 

 

「わぷっ……なんでー」

 

「友希那の視線が俺からズレたから。なんかアイコンタクトしてたし」

 

「むぅー、こうなったら友希那と……ってあれ? 友希那は?」

 

「探す。あそこで待ってろ」

 

「うん」

 

 

 雄弥が指差した場所にはベンチがあって、そこには屋根もついてるから日陰になる。たぶん熱中症にならないかな。プールで体が涼んでるし。水分は取らないとだけど、友希那と合流できてからかな。

 アタシと雄弥はプールからあがって、アタシはベンチへ、雄弥は友希那を探しに行った。雄弥のことだからすぐに見つけるんだろうな〜。……なんだかモヤってする。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

「何してんだ」

 

「にゃんちゃんがいたから……」

 

「なるほど」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 プール周辺を早足でぐるりと周り、なんとか友希那を発見することができた。猫に夢中になってる友希那を引き剥がし、プールからあがって今井さんとの合流を目指してる。また友希那がいなくならないようにと手を繋いでる。これでも友希那の方が姉なんだけどな。

 

 

「リサはどこで待っているの?」 

 

「あの辺……ん?」

 

 

 今井さんを待たせている場所は、ここから真っ直ぐ行った場所で間違いない。遠目に今井さんの姿も見える。けど何かおかしなことになってる。熱中症とかじゃなさそう。そういうのじゃなくて、今井さんを囲うように少し年上の男が二人と女が一人。中学生くらいか。

 

 

「遊びの誘い……ではなさそうね」

 

「モメてるからな」

 

「あ……」

 

 

 友希那が声を漏らすのと、俺が駆け出すのは同時だった。距離があるから間に合うわけもない。女が振り上げた手が今井さんの頬を叩いた。音が嫌に響いて聞こえる。叩かれたことが衝撃だったようで、今井さんは少し目を見開いたまま固まる。数秒後にはその瞳が潤い初め、目尻からスッと雫が溢れだす。

 その事に横にいた男二人がさすがに動揺し、今井さんを叩いた女を咎める。しかしどうやら力関係は女が上らしい。一言噛みつかれた瞬間に押し黙っている。

 

 

「なによ泣きだして……。そもそもアンタが……!」

 

「アタシは悪くないもん!」

 

「まだそんなことを!」

 

 

 状況は掴めない。こうなった経緯が見えない。だが、今井さんは自分に非があればそれを認める子だ。友希那もおばちゃんもそう言ってた。つまり、今井さんは悪くない。

 だから俺は、もう一度振り下ろされる女の手を掴んだ。正確には手首を。囲ってるところを割って入り、力づくで止めた。

 

 

「な、なによアンタ!」

 

「ゆう、や……?」 

 

「何があったかは知らないが、一方的に人を傷つけていい理由にはならない」

 

「はぁ? 正義の味方のつもりかしら?」

 

「そんなもんに興味はない。ただ、今井さんを泣かせ続けるなら俺はあなたを許さない」

 

 

 言葉を発していくとだんだん手に力が入っていく。女の表情が痛みに歪み、周りの男がこっちに謝ってくる。正直こいつらはどうでもいい。何もしなかったのだから。それに謝るなら俺じゃなくて今井さんに謝るべきだ。ということも話す気になれない。

 

 

「雄弥。その手を離しなさい」

 

「なんで? この人は今井さんを泣かせた」

 

 

 追いついた友希那に言われても、俺は大人しく従わなかった。釣り合ってないって思ったから。今井さんは叩かれた。泣かされた。それなの女は何も被害を受けていない。それで終わりだなんて都合のいい話があっていいのか。

 

 

「力で解決する気? それだとその人たちと同類になるわよ?」 

 

「……わかった」 

 

 

 友希那に諭されて手を離す。結構力が入っていたようで、女の手首が赤くなっている。骨まではいってないし、しばらくしたら痛みは引くだろ。

 少し気が抜けたところでようやく気づいた。俺の服を掴んでいる手に。その手は俺の後ろにあって、小さく、でもたしかに存在を主張するように服を引いていた。振り返ればそこには当然今井さんがいて、眉が下がってた。その理由はよく分からない。だから、どうしたらいいか分からない。これも友希那にフォローしてもらうしかない。

 三人から謝罪はあったけど、女は相変わらずふてぶてしかった。興味も失せてたからどうとも思わなかったな。今井さんと友希那がどう思ったかは知らんけど。男二人からは事のあらましを聞いた。やっぱりイチャモンだったらしい。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「リサ大丈夫?」

 

「うん、もう大丈夫だよ。ごめんね二人とも」 

 

「リサが謝ることじゃないでしょ」 

 

「でもせっかくのプールなのに……」

 

「今から楽しみ直せばいいのよ。来たばっかりなのだから」

 

 

 涙を拭ったアタシは、友希那の手を取って立ち上がる。雄弥は何も言わないし、その表情からも何も読み取れない。でも、たぶんさっきは怒ってくれてた。それがちょっぴり嬉しくて、アタシはありがとうってお礼を言う。なんでお礼を言われてるのか分かってないっぽいけど、これはアタシの気持ちの問題だからいいや。

 

 

「ね、ウォータースライダー行こうよ!」

 

 

 気持ちを切り替えたアタシは、雄弥と友希那の手を引きながら視線で示す。雄弥はもちろん承諾してくれて、友希那もオッケーを出してくれた。アタシは右手で雄弥の左手を。左手で友希那の右手を握ってる。一歩先を歩くアタシに友希那が合わせて隣に来てくれる。友希那の視線を受けた雄弥も来てくれて、三人で一緒にウォータースライダーの列に並んだ。もちろん人とすれ違う時は一列になって。

 ここのウォータースライダーは二種類あって、年齢で分けられてる。11歳以上なら両方行けて、10歳以下は片方しかいけない。アタシたちは条件を満たしてるから、上のやつに行くことにした。

 

 

「一組四人までなのね」

 

「アタシたちは三人だし、全員で乗れるね!」

 

 

 だいたいの人が四人組だったり、三人組だったりするみたいで、順番は思ってたより早く回ってきた。待機列が進むにつれてどんどん登ってたから分かってたけど、頂点まで来るとすっごい高い。この高さから滑っていくって思うとゾクッてしちゃう。

 

 

「君たちは三人で滑るのかな?」

 

「ぇ、あ、はい」

 

 

 高いな〜って呆然としてたら、スタッフのお姉さんに声をかけられた。アタシがお姉さんと話してる間に丸いゴムボートが用意されて、友希那がそれをマジマジと見てる。雄弥は相変わらず何考えてるか分かんない。アタシとお姉さんの方を向いてるだけ。

 

 

「わりと勢いがつくから、ボートにある取っ手から手を離さないでね。危ないし」

 

「え、危ないんですか?」

 

「さすがに勢いで吹き飛ぶってことは、今までで一度もなかったらしいんだけどね。手が離れちゃった人の経験談だとすっごい怖いらしいよ」 

 

「ひぇっ」

 

「大丈夫。今井さんが手を離しても、その時は俺が今井さんの手を離さないから」 

 

「ふぇっ!? あ、ありがとう……」

 

「あらやだ、お姉さんコーヒーを飲みたい気分だわ」

 

 

 口元を手で覆うお姉さんに促されて、アタシと雄弥はボートに乗った。友希那は先に乗ってて、わりと楽しそうにしてる。黙ってるけど瞳が輝いてる。楽しみにしてるのが丸分かりで、普段とのギャップに可愛いなって思う。

 

 

「それじゃあ行くよ〜。5秒前〜」

 

「雄弥、リサ。手を離しちゃ駄目よ」

 

「分かってる。友希那も離すなよ」

 

「それは当然なのだけど、私が言いたいのはそっち(・・・)よ」 

 

「ん?」

 

 

 友希那に指摘されたのは、アタシと雄弥が繋いでいる手のこと。自分のことなのに、いつの間に繋いだんだろって疑問に思う。その答え合わせをしている暇はなくて、アタシたちが乗ってるゴムボートが滑り始める。一気に加速して、その後はずっとトップスピード。カーブの時だけ遅くなるけど、体感的には全然変わってない。

 

 

「あはははは! これすごいね!」

 

「ええ……! そうね……!」

 

 

 振り払われないようにしっかりとボートに捕まる友希那。必死さが伝わってくるけど、それと同時に楽しんでるのも伝わってくる。チラッと横を見たけど、雄弥はやっぱりよくわかんない。たぶん楽しんでくれてる、はず。繋いでるの手は、アタシだけ力を強めてる。勢いがあるのは楽しいけど、ちょっぴり怖いからね。

 何度もカーブを経て、時にはグルッと一回転して、いっぱい振り回されてるって思ったら終わりがやってくる。ボートに乗ってるアタシたちはそのままプールに投げ出されて、ちょっぴり目が回ったりしてる。

 

 

「今井さん大丈夫?」

 

「う、ん。だいじょうぶー。雄弥は平……き……?」

 

 

 意識をはっきりさせながら声がする方に顔を向ける。そういえばさっきよりも雄弥の声が近かったような、なんてどこか離れた思考になるけど、アタシの目はしっかりと現実を認識する。目の前には雄弥の顔があって、あとほんの数センチで鼻が当たりそう。これ、アタシが押し倒してる構図だよね。

 

 

「俺も問題ない。今井さん軽いし」 

 

「あ、うん。……ありがと……」

 

 

 全然脳が働いてくれない。浮かび上がった言葉がそのまま口から飛び出していく。本当にアタシの口なのかと普段なら疑うんだけど、今はその余裕もない。どうしたらいいか分からなくなって、アタシは金縛りにあったみたいに体をピクリとも動かせない。

 

 

「何してるの? ここから移動しないと次の人が来るわよ?」

 

「それもそうだな」

 

 

 どこか冷たい視線を向けてくる友希那に、雄弥は全く動じずに応対する。動じないというか、気づいてないだけか。言い方も棘があるのに、それすら気づいてないみたい。まるでいつもの友希那だと言わんばかりに自然に話してる。アタシはさらに固まってるっていうのに。

 

 

「今井さん?」

 

 

 いつまで立ってもどかないアタシに、雄弥は声をかけるけど、固まっちゃってるアタシは何も反応できない。雄弥はそれも気にしてないようで、アタシを抱えるように腕を回しながら起き上がる。ゴムボートからも降りたんだけど、相変わらずアタシは抱えられたまま。

 

 

「大胆ね」

 

「何が?」 

 

「……いえ、なんでもないわ」

 

 

 友希那が言わんとしてることはわかる。でも頭が真っ白になってるアタシにはどうしようもない。借りてきた猫みたいに雄弥の腕の中で縮こまるしかない。それもさすがにプールから上がる段階で、離してもらったんだけどね。

 

 

「こんなに人が多いのにお姫様だっこって大胆だね!」

 

「ふぇ!?」

 

 

 誰にも見られてないか周囲を見渡そうとした時、横から女の子にそう言われた。一瞬ビクッてなってからそっちに向くと、同い年くらいの女の子がニコニコしてた。アタシより暗めの茶色の髪で、毛先の方に近づくにつれて少しだけ赤くなってる。

 

 

「あの……今のは……」

 

「いいなぁ。私もお兄ちゃんにしてもらおっかな?」

 

「あなたのお兄さんはあちらの方かしら?」

 

「え? あ、うん。そうだよ〜。お兄ちゃんやっほー!」

 

「やっほー! じゃねぇ!!」

 

 

 足早にこっちに来たお兄さんは、女の子の頬を摘んで軽く横に引っ張った。さっきまでプールにいたのかと思ったけど、お兄さんは水で濡れてるんじゃなくて、汗かいてるんだね。ってことは結構探してたってことじゃ……。

 会話を聞いていてもやっぱりそうみたい。遊んでる最中に女の子がこっちに来たみたいで、お兄さんは焦って大捜索。怒ってるみたいだけど、それ以上に安心してるみたいだし、本当に心配してたみたい。

 

 

「ったく、母さんも心配してるんだから、早く戻るぞ」

 

「はーい。お姫様たちばいばーい!」

 

「う、うん。ばいばい」

 

「……お姫様?」

 

 

 首を傾げつつ、アタシたちに一言謝って、お兄さんは女の子の手を引いて戻っていった。いや、引くというか、あれは掴んでるね。女の子がまた消えないように手首掴んでる。女の子はそれを気にせずに向日葵みたいな笑顔を浮かべてアタシたちに手を振ってる。アタシと友希那はそれに手を振り返した。聞こえてくる会話が、『お姫様だっこをするかしないか』なんだけど、それは聞こえてないことにしよ。

 

 

「あの子、勢いが凄かったね〜」

 

「そうね。リサに似てたわ」

 

「うそ!?」

 

 

 それは違うでしょって抗議しても、友希那ははぐらかすだけ。雄弥に聞いても仕方ないし、アタシはなんだか納得いかなかった。この後もプールで遊んでたら、そんなこと全然気にならなくなったんだけどね。

 プールがある施設から出てるバスに乗って、家に近いバス停で降りた。アタシと友希那は疲れて寝てたんだけど、雄弥が起きててくれたから、バス停に着く少し前に起こしてくれた。こういう時に雄弥の体力にビックリするんだよね〜。

 

 

「雄弥は準備してる?」

 

「部屋にある」

 

「……はぁ。取ってきなさい。ついでに荷物をお願いしていいかしら?」

 

「分かった」

 

「え? え? 何の話?」

 

 

 家の前に着いたら、友希那は残って雄弥だけが家に帰っていった。ついでに友希那の荷物も預かってたけど、友希那は一つだけ手に持ってた。

 

 

「友希那?」

 

「リサの誕生日プレゼントよ」

 

「え!?」

 

「あまり自信はないのだけど、リサに似合ってると思うわ」

 

 

 受け取った小さな袋には、箱が入ってて、それを開けさせてもらう。中に入ってたのがネックレスでアタシは目を見開いて友希那に視線を向けた。

 

 

「私たち来年には中学生でしょ? リサはおしゃれが好きだし、シンプルなものだけど、こういうのをプレゼントしても悪くないんじゃないかと思って」

 

「ありがとう友希那! すっごい嬉しい!」

 

 

 思わず友希那に抱きついちゃったけど、友希那は微笑んで受け止めてくれた。友希那をぎゅーって抱きしめてると、雄弥が家から出てきた。その手には友希那が持ってたのと同じくらいの小さな袋。まさか、と思って友希那を見たら、小さくこくりと頷いた。

 

 

「なにしてんの?」

 

「ハグよ」

 

「なるほど」

 

 

 ……ツッコんだら負けなのかな!?

 何事もないように振る舞う二人に合わせて、アタシは静かに友希那から離れた。そうしたら雄弥が袋をアタシに手渡ししてくれる。

 

 

「はい、今井さん」

 

「ありがとう雄弥。中身見てもいい?」

 

「お好きにどうぞ」

 

「うん」

 

 

 少し洒落た箱に入っていたのは、赤い薔薇のヘアアクセサリーだった。それを見た瞬間アタシと友希那は固まったんだけど、雄弥は何も分からずにこれを買ったんだよね。たぶん。

 

 

「女性には花の贈り物って聞いた」

 

「何かが違うような……。だって、赤い薔薇って」

 

「見た時に今井さんにこれを贈ろうって思った。だから買った」

 

「え……」

 

 

 分かってる。雄弥が言ってる意味合いでは、アタシとか友希那が思ってるような意味合いじゃない。ちょっと大人なやり方ってわけじゃないんだ。雄弥は赤い薔薇の意味を知らずに買った。それだけ。

 

 

 それだけだけど……それを期待したくなるこの心はおかしいのだろうか。これが何か分からないけど、ドクドクと煩く聞こえて、早くなったこの心音はおかしいのだろうか。

 

 

「ねぇ、雄弥。これ……今付けていい?」

 

「? 今井さんのなんだし、付けたらいいんじゃないのか?」

 

「あはは、そうだね」

 

 

 友希那に足を踏まれる雄弥を横目に、アタシはまず友希那からもらったネックレスをつける。お小遣いを一般の人より多めに貰える友希那でも、さすがにこれは高かったはず。申し訳ない……でも、友希那がそれでも買ってくれたんだから、喜ぶべきなんだよね。

 胸元にアクセサリーが見える。友希那が言ったとおり、それはシンプルなデザインで、アクセサリーはリング。その内側にアタシのイニシャルと誕生日が刻まれてる。これを付けただけなのに、一足先に大人になった気分。口元が緩んじゃうや。

 

 

「よかった……。リサに似合っているわね」 

 

「そう? あはは、ありがとう友希那!」

 

「それだけ喜んでもらえたら、私も買ったかいがあったわ」

 

 

 見つめ合って喜び合う。友希那は幼馴染だけど、それでいてアタシの大切な親友。見てて放っとけないとこもあって、アタシがお節介しちゃうんだけど、友希那は受け入れてくれる。こうしてアタシのことを見ててくれる。それにどれだけ心が落ち着かされることか。

 

 

「リサ、次は雄弥のを付けてみて」

 

「うん」

 

 

 声が少し弾んでる友希那に促されて、アタシは雄弥からもらったヘアアクセサリーを付けてみる。左側の側頭部。その少し上。花の髪飾りの定番位置。今は鏡がないから自分では見えない。だから二人に評価してもらわないといけない。友希那はすっごい柔らかく笑ってくれて、本当に似合ってるって言ってくれた。

 雄弥にも何か言ってほしくて、雄弥の方を見るんだけど、相変わらずの無表情で黙ってる。また友希那に足を踏まれて、耳元でゴニョゴニョって小言を言われてる。雄弥らしいけど、こういうのは察してほしいなって思う。

 

 

「可愛いぞ、リサ(・・)

 

「っ!!」

 

「誕生日おめでとう」

 

 

 心臓がドクンと跳ねる。一瞬止まりそうになって、思い出したように動き出した心臓はバックバク。平然としてる雄弥を真っ直ぐ見られなくなって、アタシは横に視線をそらす。ありがとうを言わないといけないのに、言葉を発せられなくて指で毛先をくるくるする。

 

 

「……雄弥。あなたリサの呼び方を戻したのね」

 

「こっちの方がしっくりくるし、さっき母さんに怒られた」

 

「そう。よかったわね、リサ」

 

 

 友希那の言葉にこくりと頷くことしかできない。どうにかなっちゃったアタシの心はおかしくて、でも全然嫌じゃなくてむしろ温かい。

 

 

 

 ──これが恋って分かったのはもう少し先の話

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「今井さん……大丈夫ですか……?」

 

「へっ?」

 

「どこか……ぼーっと、されていたので」

 

「あ、平気平気。ちょっと昔を思い出してただけだから。それより、アタシたちの新しい衣装を考えてくれたんだって?」

 

「はい……。私なりに……なので、今井さんのご意見も……聞きたくて」

 

 

 燐子と二人でカフェに来てて、周りも煩くない。静かってわけじゃないけど、騒いでる人もいないし、気にならないくらい。アタシは意識を目の前のことに戻して、燐子がスケッチブックに書いてくれたアタシたちの衣装を見させてもらう。アタシたちRoseliaのバンド衣装。いつも燐子が考えてくれて、あこも手伝ってる。

 描かれている今回の衣装は、上が白で、下のスカート部分が青を多めに使ってる。いつもメンバー毎に細かく違うんだけど、今回はみんな近いデザイン。フリルがあって可愛らしいんだけど、それでいてカッコよさも兼ね備えてる。ヘアアクセサリーはアタシたちの象徴の薔薇。共通してるのは、白薔薇とRoseliaの由来になった青薔薇。その間にそれぞれのイメージカラーの薔薇。アタシだったら赤だね。

 

 

「意見って言われてもなー。いつも文句なしのデザインだし……今回も言えることがないというか……」

 

「いえ……後押ししてもらえるだけでも……十分ありがたいんです」

 

「あはは、気を使わせちゃったかな? んー、ぁ……」

 

「今井さん?」

 

「ね、燐子。個人的なお願いなんだけど、アタシの赤薔薇のやつをさ──」

 

 

 




 主人公の初恋相手は〇〇〇〇である。

 やり残してることがこれの他にもう一つありますので、それを投稿すれば正真正銘の完結となります。長らくお待ちください。


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1話 

Roseliaの曲が好きだからRoseliaばっかTouchで聞くんですけどそのたびにライブの時を思い出して、そのたびに寂しくなります。ゆりしぃ推しなので。 創作は捗るんですけどね!



 

 ライブハウスに着いたはいいけど、やっぱ人がいっぱいだなぁ。ま、アタシたちみたいに後から来る人のほうが珍しいんだろうけどー。

 

「どこで見る?」

「うーん、前とかは無理そうだし、後ろからでいいかなぁ」

「了解」

 

 後から来てるのに前の方に押し入っていくわけにはいかないしねー。この辺でも十分見えるし。雄弥は周りを見て誰か探してる? ……そんなわけないか、雄弥から他人の話聞いたことないし。

 

「リサあっちに移動するぞ」

「え?ここからでも見えるよ?」

「あっちのほうがよく見える」

「へ〜そうなんだ。よくわかったね?」

「なんとなくな」

 

 なるほど〜、もっと見やすい場所を探してくれてたのか〜。って感心してる場合じゃなかった。付いていかないとはぐれちゃうよ。そう想って慌てて後ろをついていくと、人と人の間をすり抜けていく直前に手を握られる。

 はぐれないように、か。これも特別な意味なんてないってわかってても、女の子としては嬉しいんだよねー。

 

「なんでそんな上手くすり抜けれるかなー」

「人の位置、意識の向いてる方向を把握すれば通りやすい」

「いやいや、そんなのわかんないから」

 

 そんなのできる人他にいるのかな? 少なくとも日本には全然いない気がする。

 

「あ……」

「?」

「…ううん。なぁんでもない!……うわホントにここのほうが見やすい!」

「あまり騒ぐと他のやつも来るぞ」

「そ、そうだね」

 

 はぐれる心配がなくなったから握っていた手を離しされた。恋愛どころか何に対しても無関心な雄弥に、期待するだけ無駄なんだけどさ〜。それでもデートみたいに楽しみたいって思っちゃう。

 

「友希那が出てきたぞ」

「へ? ……あ、ホントだ」

 

 友希那が出てきただけですごい歓声。それだけ友希那は認められてるってことだよね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「いやー、友希那凄かったね! 昔から友希那の歌を聞いてるけど、アタシ興奮しちゃった!」

「みたいだな。……それでこの後友希那には会うのか? それともアクセサリーショップに行くか?」

「うーん、アクセサリーショップかな〜。友希那には明日にでも今日のこと言えるし。……バンドのメンバーを探すみたいだしさ」

「なるほど」

 

 友希那がバンドのメンバーを探しているのは、最近になって始まったことじゃない。父さんの歌を認めさせるためにFWFに出る。そのためにバンドのメンバーを探してる。ただし自分が認めるほどの実力を持ち、真剣に音楽に向き合ってる人物だけを求めてる。

 

「今日出るグループにはいないだろうな」

「……なんでそんなことまでわかるんだか」

「ここはいろんなバンドが来るが、友希那の求めるレベルのやつはほぼいない。ここで見つけようにも限界があるさ」

「なんでそんな詳しいの…?」

「リサと友希那に連れ回されてるからな」

「うぐっ」

 

 別に迷惑に思ってるわけじゃないんだがな。時間を有意義に使うことができているわけだし。

 

「ほらアクセサリーショップ行くんだろ?」

「そうだったそうだった。それじゃあ行こっか♪」

 

 その後はアクセサリーショップで、リサが1番気になった物を今日のお礼としてプレゼントし、家の前で解散となった。お隣だから。

 

〜〜〜〜〜

 

 ー翌日ー

 

「新しいアイドルユニット?」

「おう、なんかうちの事務所でそういう動きになってるらしいぞ」

「へー」

「なんだよ! 興味ないのかよ!」

「ない」

「こ、こいつ……」

「はっはっはっ、雄弥はそういう奴だろ」

 

 職場、というか芸能事務所での合同練習の休憩中にそんな話題を振ってきたのは梶大輝(かじだいき)、宥めているのがリーダーの秋宮疾斗(あきみやはやと)、今ジャン負けで飲み物を買いに行っているのが毛利愁(もうりしゅう)。4人でバンドをやっていて、その女子バージョンが今度できるとのことだ。

 

「疾斗! 君が言ってた飲み物事務所の自販機ないじゃん!」

「だからちょっと遠いとこにあるって言っただろ」

「普通事務所で1番遠い自販機って思うじゃん! なんで駅前まで行かないとないやつ頼むの! 僕の休憩時間なくなるじゃん!」

「そんだけ元気なら休憩いらないだろ」

「雄弥は黙ってて! 休憩なしでも動けるの雄弥と疾斗みたいな人外だけだから!」

「この時間が勿体無いぞ?」

「ぐっ……はぁー、そうだね」

 

 それぞれに頼まれた飲み物を手で渡していってから、愁は椅子に座ってひと息ついた。投げ渡さないんだな、男ならみんな受け取れるだろうに。

 

「それで大輝が言ってた話ってどこまで進んでるんだ?」

「お、疾斗がくいついた」

「そりゃまぁ後輩ができるってことだからな」

「雄弥も疾斗を見習えよ」

「帰っていいか?」

「自由だな!」

「練習がまだ残ってるだろ」

 

 大輝の話が長くなって、時間が無駄になりそうだから、帰ろうと思ったんだがなぁ。愁のやつなんて仮眠取り始めてるし。

 

「話戻すけど、そのグループは5人組で、全員素人を集める気らしい」

「何を考えてるんだか…」

「んで白鷺千聖も話を持ちかけられたとか」

「それは愁から聞いてる」

「なんでだよ!?」

 

 素人集団で作られたアイドル、か。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 練習が終わったからさっさと帰ろうとしてると、廊下に見知ったやつがいる。あのポンコツ気味のピンク頭は……。

 

「何してんだポンコツ」

「わわっ! びっくりさせないでよ〜。それとポンコツじゃないってば! 丸山彩って名前があるんだから」

「興味ないから覚える気にならんな。せめてデビューしろ」

「……うぅ、それを言われると…」

「?」

 

 いつもならもう少し張り合ってくるんだが、今日はなんか大人しい。なにかあったのだろう。諦めたってことじゃないだろうが……。

 

「……ちょっと話聞いてもらっていいかな?」

「え、帰りたいんだけど」

「だからちょっとだってば!」

 

 何を涙目になって訴えてるんだ。これは問答するほうが時間食うな。

 

「──で、要は次のチャンスでダメだったら諦めると」

「うん……。一言に纏められたけど、そうだね……」

「お前が決めたことなんだろ? それなら次に全てをぶつけるしかないだろ」

「そうなんだけど。……こう、もっと励ましてくれてもよくない? 友達なんだし」

「は? 友達?」

「いい加減私も泣くよ!」

 

 泣きたきゃ泣けよ。優しい疾斗か愁が胸ぐらい貸してくれるだろ。

 

「ったく。……諦めきれなきゃうちに来い」

「……へ?」

「無駄に男だけだが、そこにこだわってるわけじゃないしな。メインボーカルも存在しないから空きはある」

「……それは」

「なんなら今からでもこっちに来るか?」

 

 プライドがなければ断らないだろうな。それなりに知られてるバンドになってるから棚ぼたものだ。

 

「ううん。私雄弥君のバンドにはいかない。次のチャンスをぜーーーったい掴みとってみせるんだから!」

「だろうな」

「だろうなって……」

「お前は2年間腐らずにひたむきに努力をしてきた。それは俺たち(・・・)が知ってる」

「!!」

「だから全力でぶつかってこい」

「雄弥君……」

「骨ぐらいは気が向いたら拾ってやる」

「台無しだよ!」

 

 

 

「ってことが今日あったことだが?」

「そう」

 

 事務所から帰った俺は、友希那と一緒に食事を取りながら、今日あったことを話した。別にこういう趣味があるってわけじゃない。聞かれたらそれに答えるし、ほぼ毎日友希那に、その日のことを話すようになったのは、あの件(・・・)があってからだ。

 

「楽しそうね」

「楽しい、のか?」

「聞いている限りそう思えたわよ?」

「なら楽しかったんだろう」

 

 ただ練習して、たまに雑談が広がって、帰る間際に今度は別の奴と会話した。それだけなのだが、それだけのことが楽しいことだったのか……。

 

「友希那の方は?」

「ギター候補が見つかったわ」

「へー、そんなレベルのやつが居たのか」

「ええ。志の高さも申し分ないわ。明日私の歌を聞いてもらってそれで決まりよ」

 

 じゃあギターは確保できたも同然なのか。友希那の歌は俺たち4人の誰よりも上手い。プロレベルだ。

 

「ならあとはリズム隊のドラムとベースか」

「そうね。それとキーボードも欲しいわ」

「あと3人、ね」

 

 ベースは、……リサが踏み切れたらそれで確定なんだが、本人次第だな。ドラムとキーボードは知らね。

 

「リサから聞いたわよ」

「なにを?」

「あの会場で見つけるのには限度があるって。どういうことかしら?」

「それのことか。……よくも悪くもあそこはバンドが集まる。そりゃあある程度の実力がないとオーナーが許可を出さないが、ライブができればそれで満足する奴らが多いのも事実だ。つまり友希那が求めるやつは他のバンドにはいないだろうさ」

「……そうね。彼女との出会いも偶然だったもの」

 

 彼女、ギターの子か。友希那が認めたってことは演奏を聞いたということで、友希那のメンバー候補ということは、その子がいた所はその子の求めるバンドのレベルじゃなかったんだろ。

 

「雄弥の明日の予定は?」

「あーそうだ忘れてた。俺明日からしばらく家帰らないから」

 

 友希那が目を見開いて、椅子から立ち上がるほど動揺した。しばらく家帰らないのは、前にも何度かあったんだが……。

 

「な、なんで? 私また(・・)何かしたのかしら……」

「ごめん、言い方が悪かった。撮影でちょっと北海道行ってくるだけだから」

「そ、そう。それならよかった」

 

 あぁ、そっか。あの事があったから、友希那は結構気にしてるんだった。友希那はクールな感じだけど、実際は超猫好きだし周りに気を遣える優しい性格なんだった。あまり知られてないようだけど。

 

「それリサには言ったのかしら?」

「言ってないな。今思い出したから」

「はぁ。この後すぐにでも言っておきなさい。何も知らされてなかったら、あの子私以上に慌てて泣き始めるわよ」

「そこまでか……。食器洗ったら連絡する」

 

 電話で友希那に言ったときと同じように言ったら、リサが血相を変えて俺の部屋まで駆け込んできた。家のインターホン鳴らなかったんだけど? 友希那が開けてくれてた? さすが姉。

 友希那の言ったとおり泣きそうになってるリサに、仕事だと伝えたら顔を真っ赤にしながら思いっきり怒られた。ついでにデートの約束も取り付けられた。

 

 

 



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2話

 

 北海道で撮影を行うために朝早くの飛行機で向かうらしい。事務所が車を用意してくれてそれで空港まで向かうとのこと。そんな大物になってないはずなのだが高待遇だ。

 

「わざわざ見送りなんてしなくていいだろ。昨日さんざん話したんだから」

「それとこれとは別!見送りって言っても家の前までなんだしいいでしょ?」

「雄弥は何をするかわからないから」

「弟をトラブルメーカーみたいに言うなよ」

 

 俺は言われてないことは基本何もしないぞ。しなさすぎるのが問題みたいだがそれは知らん。

 

「昨日の約束忘れてないよね?」

「毎日連絡することだろ?覚えてるよ」

「ならよろしい!」

「…リサのほうが姉らしいことしてるわね」

「いえ、母親かと」

 

 友希那は変なとこで落ち込むな。友希那がリサみたいにしてきたら風邪かと疑うんだが…。それとスタッフ、それ女子高生相手に言うことじゃないだろ。

 

「絶対連絡忘れないでよ〜」

「わかってるって、遅いと思ったらリサから電話かけてきてもいいぞ」

「な…、そ、それは迷惑かなぁって思ったり」

「ふーん」

 

 リサのことだから電話する時は時間を気にするだろうに。こういう時けっこう遠慮するよな。

 

「そろそろ時間だ。またな」

「うそ、もうそんな時間!?行ってらっしゃい!気をつけてねー!」

「迷惑かけないようにしなさい。それと怪我しないでちょうだい。リサが泣くから」

「泣かないってば!」

「了解。リサは泣かせるとしんどいからな」

「……なっ!」

 

 正直に話しただけなのにリサが顔を赤くして黙り込む。友希那に目で助けを求めるとジト目とともにあとは何とかするという返事が返ってきた。

 俺が何をしたというのだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

「リサもう学校に着くわ。いい加減機嫌を直したらどうかしら?」

「だって雄弥ってばほんとずるいんだもん!それにしんどいって何よしんどいって!アタシの気も知らないでさ〜!」

「雄弥は元からそうだったでしょ」

「そうだけどさ〜」

 

 はぁー、友希那の言うとおりいつまでも引きずってはいられないかー。昔から変わらないってのはそうなんだけど……、あれ?アタシ昔から雄弥に振り回されてる?いやいや2人の時は別に…、3人でいる時はそうなるのか〜。

 

「まさか友希那が伏兵だったとは〜」

「なんの話?」

「ううん、こっちの話。よし、今日も張り切っていこー♪」

「……いったいなんなのかしら」

 

 なんか今日は調子がいい気がするな〜。授業もいつもより集中できてるし。バイトもいつもより上手くできるし。

 

「リサさん今日はなにかいいことあったんですか〜?」

「へ?特にはないけど…、どうしたの急に」

「いや〜、今日のリサさんはいつもよりノリノリな感じだったんで〜」

「ノリノリって…」

 

 うーん、浮かれてたってことなのかなぁ。けど別に浮かれるようなことがあったわけじゃないんだけど。

 

「彼氏さんとなにかありました〜?」

「か、かれし!?あ、アタシ彼氏なんていないよ!?」

「え〜、よく一緒にいる人は彼氏じゃないんですか〜?」

「よく一緒に……、あー雄弥は幼馴染でお隣りさんなんだー。だからよく一緒に歩いてたりしてるってわけ」

「なるほど〜」

 

 ふぅーー。あぁびっくりした〜。まさか雄弥がアタシの彼氏って思われてたなんて…。

 って噂をすれば雄弥からメッセージが来た。

 

『今日の分の仕事は終わった』

 

 ……たしかにちゃんと連絡は来たけど。いやこういうことじゃなくてさ、あーでも今日アタシがバイトあるってのは雄弥も知ってるからこの連絡なのかな?

 そう考えると、ちゃんとアタシのことも考えてくれてるって思えて思わず頬が緩む。隣にこういうときに弄ってくる後輩がいることを忘れて。

 

「リサさーん。何ニヤニヤしてるんですか〜?あの人からの連絡でした〜?」

「も、モカ…。別にニヤついてなんかいないよ、うん。連絡相手は雄弥であってるけど」

「わーいモカちゃん大正解〜。リサさん、すごい乙女な感じしてましたよ〜?エモエモでしたよ〜?」

「だからしてないってば!」

 

 あ~もう!早く退勤時間になってくれないかなー!それか喋る余裕なくなるくらいにお客さん来てくれないかなー!

 

 

 

 

 

「それじゃあリサさんお疲れ様で〜す」

「うん、モカもおつかれ〜」

 

 やっと今日のバイトが終わったよ〜。あの後結局暇だったからモカに弄られまくったし、いつもの何倍も疲れた〜。

 

「仕事終わったって言ってたし、今なら大丈夫、だよね…」

 

 緊張なんてアタシらしくない、いつも通り電話していつも通り今日の出来事を話すだけでいいんだし。

 

『どうした?今日の連絡はしたと思うんだが』

 

 やっぱりそうだったか〜!うん、そうだよね!雄弥は相手の考えが全くわからないしそもそも汲み取ろうともしないから直球で言わないと通じないよね!

 

「あ、あはは〜。うん、たしかに連絡は来たんだけど。そうじゃなくて、こうやって電話しようってことだったんだよね〜」

『それならそうと言ってくれ。それにリサのバイト時間を考えたら電話じゃないほうがいいと判断した』

「うん。あの時間は電話じゃないほうがよかったね」

 

 ほんとずるいな〜、ちゃんと考えてくれてたんだ…。と、いうことは雄弥の頭の中では1日に1回の電話かメッセージで終わりって解釈だったってことだよね。……うん、それはいただけないね☆

 

「ねね、今日の撮影はどんなのだった?北海道だと自然が綺麗だと思うんだけど」

『そうだなー、たいして面白いと思えることはないと思うが──』

 

 雄弥の話を聞きながら家に帰って、ご飯を食べるために一旦通話を切る。ご飯とお風呂が終わったらまた電話して雄弥から聞き出せることをいっぱい聞き出した。

 

『もう話すネタがないんだが』

「あはは〜、いっぱい聞いたからね〜。面白かったよ♪」

『そうか。……』

「…?雄弥?」

『リサ、友希那を外から見守るだけでいいのか?』

「へ?」

 

 珍しく、本当に珍しく雄弥から踏み込んだことを聞かれた。こんなのまだ片手で数えれる回数しかない。けれどこういう時は必ずアタシにとって大切なこと。

 だから、この時の質問も大切なことで、今後のアタシの生活に大きな影響を与えることだった。

 

『友希那がバンドを組んだとき、リサはその中と外どっちにいるんだ?』

 

 

〜〜〜〜〜

 

 昨日雄弥に電話で言われたことが頭から離れない。アタシは友希那を見守るだけでいいのか、それとも……。

 

「……サ、リサ」

「…っとなに?」

「リサあなた大丈夫?」

「うん大丈夫大丈夫。考え事してただけだから〜。それでなんだっけ?」

「はぁ。昨日ギターの子が見つかったのよ」

「え!?そうなの?……そっか見つかったんだ」

 

 嬉しいような、寂しいような。友希那がバンドを組むことを応援してたのはたしかなんだけど、いざそれが実現し始めたら……。

 

「えぇ。彼女、紗夜とならFWFを目指せるわ」

「けどバンドって3人以上なんじゃ」

「そうよ。だから他のメンバーも急いで探さないと」

 

 バンドのメンバー、か。アタシはどうしたらいいんだろ。雄弥、に聞いても返ってくる答えはわかってるし。

 

「友希那さん!」

「お断りよ帰って頂戴」

「わたし友希那さんが歌う曲全部叩けるようになりました!1曲だけでいいので聞いてください!」

「時間を無駄にしたくないの」

「ちょっ、ちょっと待って!話が見えないんだけど!」

 

 友希那の様子からしてあこは何回も友希那に頼み込んでるんだよね?それに叩くってもしかして…。

 

「あこってドラム叩けたの?」

「あ、リサ姉!うん、いっぱい練習してきたんだ!友希那さんがメンバーを探してるって知って、それで!」

 

 曲を全部叩けるようになったってのも本当みたいだね。あこが持ってるスコアがボロボロになってる…。

 

「1曲だけ聞いてあげてもいいんじゃない?」

「リサ?」

「え!?」

「ほら友希那見て。あこが持ってるスコアがボロボロになってる。それだけ一生懸命練習したってことでしょ?それに雄弥だって言ってたじゃん?ライブハウスで演奏してるバンドだけじゃメンバー探しに限度があるって」

「…そうだけど。……はぁ、わかったわ。1曲だけよ。それで納得できなかったら二度と来ないでちょうだい」

「はい!……ありがとうリサ姉ー!!」

 

 よかった〜。あこがここまで本気になるなんてなかったからなんとかしてあげたいって思ったけど、第一関門クリアってやつかな?

 

「友希那アタシもスタジオ行っていい?」

「リサ今日はどうしたの?いつもスタジオには近づかないじゃない」

「たまにはライブハウス以外でも友希那の曲を聞きたいな〜って思ってさ。見学だけだから!」

「…わかったわ」

 

 頼んでみるものだねー。紗夜って子にも合うことができるし、あこがメンバーになる瞬間に立ち会えるかもしれないし。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 う〜ん、スタジオのこの空気懐かしいなぁ。

 

「スタジオに来たのって中ニが最後だったっけ?」

「中一よ。二年生のときは海にばっかり行ってたじゃない」

「そうだっけ〜?」

「え、友希那さん海に行ってたんですか?」

「私は行ってないわ」

 

 あの時も友希那は音楽に熱心だったからね〜。

 

「湊さんこの人たちは?」

「あ~ごめん。アタシは今井リサ、友希那の幼馴染で今日は見学に来たんだ〜」

「宇田川あこです。オーディションを受けに来ました!」

「オーディション?」

「勝手に決めてごめんなさい。リサが……いえ、私が許可を出したの」

「つまり実力があると?」

「少なくともその努力はしているみたいよ。練習時間が減ってしまうけれどいいかしら?」

「湊さんが決めたのなら私はそれでいいです」

 

 友希那と同じ感じだなぁ。音楽だけって感じがする。意識が高いのも友希那が認めたことに納得がいく。雄弥が知ったら喜ぶ……わけないか。ちょっと興味を示すかもってぐらいかな〜。

 

「リサ姉みててね!あこ合格もらってくるから!」

「うん!頑張りなよ〜!」

 

 っといけないいけない。いつの間にかもうあこのオーディションが始まるみたい。アタシもついていかなきゃ。

 

「ベースもいればリズム隊として評価ができるんですけど…」

「今は仕方ないわ」

 

 ベース、か。

 

 『リサはその中と外どっちにいるんだ?』

 

 アタシは……。

 

「ベースならアタシが弾くよ」

「リサ!?」

「ちょっとスタジオの人に借りてくるね」

 

 スタジオの人にお願いするとすぐにベースを用意してくれた。しかもアタシにとって使いやすい大きさのを。

 

「お待たせ〜、借りてきたよ」

「リサ姉ベーシストだったの?」

「昔弾いてた時があったんだ〜」

「湊さん、今井さんの実力は?」

「ブランクはあるけど譜面を見ながらなら申し分ないはずよ。私の身内が技術を叩き込んだから」

「……あれはしんどかったな〜」

「リサ姉目が死んでるよ!?大丈夫!?」

 

 いやホント容赦なかったな〜。アタシが本気で教えてって頼み込んだんだけどさ〜。それでもあれはしんどかった。けどちゃんと休憩時間も確保してくれたから体調崩すことなかったし早いペースで上達できた。

 

「…あの、湊さん今井さんは過去にどんな練習を?」

「紗夜、知らないほうがいいこともあるのよ」

「友希那さんまで!?」

「いったいどんな練習を…。いえそれよりオーディションです!!」

「「はっ!!」」

「戻った!」

 

 あれは忘れたい記憶だけど…いや考えることも止めとこ。

 

 

 オーディションの結果は文句なしの合格。あこは無事に友希那と紗夜に認められた。

 

「リサ姉さっきの演奏凄かったよね!キセキみたいな!」

「そうだね〜!マジックって感じ?」

「そのような言葉は肯定したくありませんが、たしかに素晴らしい演奏でしたね。これであとはベースとキーボードですね」

「え?リサ姉は?」

「いやー、アタシは合わせるためだけに演奏したわけだし」

「けど凄い演奏できたんだよ?メンバーになったらよくない?」

「…それは」

「バンド組もうよ!この4人で!」

「え?」

 

 あこって勢いがすごいな〜。それがプラスになることが多いのは育ちの良さもあるし、周りの理解もあったりするのかな。あこの提案に友希那と紗夜が思案顔になってる。そんな友希那の携帯になにかメッセージが届いたみたいで、それを見た友希那はまっすぐとあたしを見てきた。

 

「友希那?」

「…リサ、バンドに本気で取り組む気はある?」

「……え」

 

 それは思ってもみなかった友希那からの勧誘だった。

 

 

 

 




バンドストーリーをもとにした話ですが、多少変えますし、そのうち完全オリジナルになっていきます。音楽の知識ないですから!


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3話

 

 どうやらリサは友希那のバンドに加入することが決まったらしい。友希那のオーディションを受けた宇田川あこ、という子がドラムでリサは昔やってたベースをまた始めるとか。

 ネイルを一気に剥がすなんてことしなきゃいいが、きっと思いっきってやるのだろう。釘を指しておいてもよかったのだが、『譲れない』とか言って聞かなさそうだしな。

 

 俺の仕事の方はというと順調に進んでいる。予定どおり明日には帰れるだろう。何時になるかは知らんが。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 ー翌日ー

 

 予定よりも撮影が早く終わり、早く帰れることになった。飛行機の予約は普通変えれないのだが、そこは愁の知り合いになんとかしてもらった。なんか影響力が大きい家なんだとか。

 帰れると言ってもそのまま家まで帰るのではなく、一旦事務所に行き、今回の反省会などを済ませてからだ。カメラを1から確認していては時間がかかるため撮影したその日のうちに毎回行っている。つまり今から見るのは今日の撮影でOKが出された分だ。OKが出たとはいえそれ以上がないかと聞かれればそうではないという答えしかでない。限度があるなら人は成長できないからな。

 

 

(やっと終わったか。そうだ、友希那とリサに連絡入れるの忘れてた)

 

 携帯を取りだしてそれぞれにメッセージを送っていると後ろから誰かに飛びつかれた。事務所でそんなことをしてくる人物は1人しかいないため確認せずともわかる。

 

「飛びつくなといつも言ってるだろ、日菜」

「嫌だってあたしもいつも言ってるでしょ?ユウくん」

 

 氷川日菜、知り合ったのは中学の時。お互い相手の気持ちがわからないということで共感しあいそれから偶に連絡を取る程度の付き合いだ。

 

「なんでお前が事務所にいるんだよ」

「オーディションを受けに来たからだよ〜?」

「オーディション?」

「あれ〜知らないの?なんか新しいアイドルを結成するってやつ。るん♪ってきたから受けに来たんだ〜」

 

 あーあれか。そういやそんな話が出てたな。日菜が受けたってことは日菜は合格したんだろ。この子はそういう人種だから。

 

「合格おめでとう」

「あははっ、ありがとう!よくわかったね♪」

「日菜だからな」

「えへへー。それでねそれでね!あたしお姉ちゃんと一緒(ギター担当)になったんだ〜♪もうるるるん♪ってなったよ〜」

「よかったな」

 

 日菜もギターをやるのか。ギター担当になったというよりかはギターのとこに応募して受かったってことか。……あの子が荒れなきゃいいけど。

 にしてもこいついつまで背中に張り付いてる気だ?

 

「そろそろ降りろ」

「ええ、やだやだ!久しぶりに会えたんだしもっと一緒にいようよー!」

「合格したならこれから何度も顔を合わせる機会があるだろ。俺は帰る」

「ちぇー。じゃあ今度どっか一緒に行く約束してくれたらいいよ」

 

 俺の周りの女子はなにかと約束事を増やしていくな。もしかして今の女子校生の間でそんなのが流行ってるのか?

 有名なパンケーキ屋に一緒に行くということで手をうち、日菜から解放されてやっと帰路につくことができるーーはずだったんだが。携帯を見るとそこにはリサからの呼び出しの通知が来ていた。

 

(結局家に帰るのが遅くなるのか…)

 

〜〜〜〜〜

 

 こんばんは、氷川紗夜です。ギターを弾きます。この度湊さんと今井さんと宇田川さんとバンドを組むことになりました。……誰に挨拶をしているのでしょう。

 

「紗夜どうかした?」

「いえ、なんでもありません。…それより宇田川さん、あなたが求めるカッコイイとはなんなのですか?それはただの『憧れ』なんじゃないんですか?」

「……そ、そんなこと」

「では答えてください。あなたが求める『カッコイイがなんなのか』」

「それは……」

「ま、まぁまぁ。あこはこう見えて自分のことをしっかり考えれる子だし、そんなつめないであげてよ」

「うぅ、リサ姉〜」

 

 たしかに中学生相手に強く迫ってしまっていますが、そう甘くしていられません。私たちは『頂点』を目指すバンドとして集まったはずです。

 

「そういう今井さんもこのジャンルの知識はあるんですか?」

「へ?…あ、あたしはまぁ、昔やってたし。…友希那からこのジャンルの話は聞いてるわけだし…」

 

 湊さんの親友なら話を聞くことがあるのでしょう。そこは疑いませんが、知識が足りているというわけでもなさそうですね。不安要素が多い、そう考えていると思いがけない人物の声が。

 

「なんだ?お通夜か?」

「雄弥来たんだ」

「リサが呼んだんだろ」

「あはは〜、まぁそうなんだけどさ。それとお通夜じゃなくて、今の課題の話してたんだ〜」

「課題、ね。……そうか、ギターは紗夜がやるのか」

「…お久しぶりですね雄弥くん」

 

 中学の時、妹の日菜が急に家に連れてきたことで私たちは知り合いました。私が日菜にコンプレックスを抱いていることを知る数少ない人物で、ギターの指導もしてくれた人。

 皆さんは私と彼が知り合いであることに驚いているようですが、私も今井さんが彼と親しいことに驚かされます。

 

「紗夜と雄弥って知り合いだったの!?」

「まぁな」

「教えてくれもよかったのに」

「話す理由がなかったし、聞かれなかったからな」

 

 そうでしょうね。彼は周りへの興味関心がなさすぎますから。言われなければ自分から踏み込むことなど滅多にありません。

 

「…リサ、ネイルをはがしたのか」

「!!…あはは〜、まぁイメチェンってやつ?」

「手が荒れるぞ。せっかく綺麗な指してるんだから大切にしろ」

「…う、うん」

 

 相変わらずさも流れ作業のようにさらりと恥ずかしいことを言いますね。聞いているだけの私でも恥ずかしくなります。…それより彼と知り合いならば彼に習ってしまえばいいのでは?一通りの楽器は弾けると聞いたことがありますし。

 

「雄弥くん、頼みがあります」

「演奏指導か?」

「はい、雄弥くんならできるはずです」

「…時間があるときならな。それにまずはリサとドラムの子を鍛えるのが先だ。全体の実力に差があると破綻するからな」

「もちろんわかっています。…ありがとうございます」

 

 私が彼と話していると湊さんと今井さんが何か言いたそうな目でこちらを見ていました。宇田川さんは未だ混乱中のようですね。

 

「湊さん、今井さんどうかされました?」

「いえ別に」

「いや〜紗夜でも丸くなることがあるんだな〜と思って」

「な…!丸くなんてなってません!というかそれでは普段トゲトゲしいということですか?」

「あぁいやそれは、その〜」

「紗夜はトゲトゲしくなってるぞ?」

 

 顔が赤くなっていることを自覚しながら今井さんを睨むと違う方向から攻撃を受けました。…雄弥くんは日菜と同じで相手の気持ちがわからないんでしたね。

 それよりもそろそろ宇田川さんの意識を戻さなければ、中学生を遅くまで外に居させるわけにもいきませんし。

 

「宇田川さん、宇田川さん!」

「は、はい!なんでしょう紗夜さん!」

「そろそろ解散しますよ。遅くなるわけにはいきませんので」

「あ、わかりました!…はぁー、雄弥さんが目の前にいるという夢を見てましたー」

「……いえそれは現実ですよ」

 

 宇田川さんの視線を誘導させると彼を見たところでまた宇田川さんは硬直してしまった。しかし今度は意識を保てているようですね。

 

「わわわわわ、ほ、本物だぁ」

「…そんな有名じゃないと思うんだが」

「ゆ、有名ですよ!4人バンドで全員が一通りの楽器を演奏できるなんて他にいませんから!」

「逆に言うとそれだけが売りだからな。そのために全員が死にものぐるいで練習したわけだし。メインボーカルがいないしな」

「そ、それでもあこはファンなんです!サインください!」

「いいぞ。なんなら今度他のメンバーからサイン書いてもらっとくがどうする?」

「い、いいんですか!?やったーー!」

 

 宇田川さん浮かれすぎです、とは注意できませんね。彼女の満面の笑顔を見るとそんなことを言うのが野暮だとわかります。それに全員分のサインを貰えるなんてそうそうないことですし。

 

「ファンサービスがいいね〜」

「まさに大盤振る舞いね」

「誰かさんたちにそう教えこまれたからな」

 

 彼の言葉にそっと視線を外す湊さんと今井さん。……あなたたちの入れ知恵なんですね。

 宇田川さんにサインを書いて今日は解散となり、少し遅くなったため宇田川さんを家まで送ることになりました。宇田川さんのマシンガンのような質問に1つ1つ丁寧に雄弥くんが答え、その様子を私と湊さんと今井さんで後ろから見守る。宇田川さんを送ったあとは今度は私が送ってもらうことになってしまいました。

 

「紗夜みたいな可愛い子を遅い時間に一人で帰らせるわけにはいかないだろ」

「か、かわ……!」

 

 彼の言葉に顔を真っ赤にした私は素直にその言葉に甘えることにしました。彼が何か気持ちがあって言ってるわけではないのですが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんです。

 ……彼は湊さんに小言を言われ、今井さんにつねられていましたが。

 




徐々に集まっていくパスパレメンバーとRoseliaメンバー。どっちのほうが先に結成なのか知らないのでだいたい同時期と考えて書いております。
それと主人公のバンドの名前は考えてません。そのうち決めます。


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4話

大学の授業に集中できない→授業でても意味ないな→執筆しよう
というよろしくないローテーションになりつつあります。


「キーボード役が見つからない?」

『そうなんだよね〜。アタシの周りでもやってる人全然いないし、友希那と紗夜が認めるレベルってなるとね〜』

 

 あの二人は妥協を許さないからな。あとは意識が高いってのも条件に入ってるんだろうな。やる気がないやつといてもバンドは伸びないし。

 

「それで俺にどうしろと?言っとくが探す気はないぞ」

『あはは〜、まぁそうだよね。…なんというか近況報告ってやつ?』

「いつも会うだろ」

『そうだけど、それだけじゃ話しきれないじゃん?』

 

 俺は特に話すことないからそんなことない気もするが……、あ~リサは話題が尽きないんだったな。

 

「ともかくキーボード探しはそっちの課題だろ?自分たちで見つけ出せ」

『うっ、…わかりましたー』

 

 まったく、俺は全知全能なんかじゃないんだぞ。毎度助けを求められても限度ってのがある。……電話切らないのか?なんかブツブツ独り言言ってるみたいだが。

 

「リサ、まだ何かあるのか?」

『え?…う、うん!あと一個だけ!』

「なにをそんな慌ててるんだ。時間なら気にしなくていいぞ」

『そうだね…すぅー、はぁー。よし』

 

 ほんとにどうしたんだリサのやつ。そんな重要な話があるのか?

 

『この前雄弥と、その、…デ、デート行くって話したじゃん?』

「ああ、したな。けど今は大変な時期じゃないのか?」

『そうなんだけど、さ。バンドのことが一旦落ち着いたら時間作りやすくなると思うから、その後でデートしたいな〜って』

「それぐらいならいいぞ。というかその話はキーボードを見つけてからでもよかったんじゃないか?」

『頑張る理由ぐらい作ったっていいじゃん!雄弥のバカ!』

 

 そんなんで頑張れるのか、それなら世の中褒美だらけにしたら全員働けるんだろうな。……あー、給料が褒美なのか、それで頑張れるから日本人ってゾンビなのか。

 

「何を怒ってるのかわからないが機嫌を治してくれ。デートのときにリサの行きたいとこ全部行くから」

『それは最初からそうしてもらうつもりだったもーん』

「…行きたがってたカフェで好きなだけ奢ってやるから」

『………アタシを物で釣ろうとしてない?』

「今の間は釣られかけたってことだろ」

『こういうのは鋭いんだから…。はぁ、丸一日予定空けること!それなら許してあげる!』

「なんだそんなのでいいのか」

『そんなのって…』

初めから(・・・・)そのつもりだったからな」

『!!』

「詳細は落ち着いたらでいいだろ?今日はもう寝ろ」

『うん!おやすみ雄弥♪』

「ああ、おやすみリサ」

 

 テンションの上がり下がりが激しいな。男の知り合いで一番激しいのは大輝だが、リサのはそれ以上に理由がわからん。

 

(なんでもいいか。明日は合同練習だったか…、その後にリサたちの指導に行けばいいか)

 

〜〜〜〜〜

 

「愁喉乾いた」

「飲み物がないなら買ってきなよ」

「愁はいつも買いに行ってくれるじゃないか」

「そんなパシリになったおぼえないからね!?」

 

 疾斗のやつ動くのめんどくさがり過ぎだろ。それでよくあのパフォーマンスするよな。アイドルやめて体操選手にでもなればいい。金メダル狙えるだろ。

 

「雄弥からも言ってよ!」

「自分でなんとかしろ」

「見捨てられた!」

 

 騒がしいな、人に振り回される時だけそんなうるささになるからドMなんて言われるんだろ。

 

「…大輝に行かせたらいいだろ」

「俺を売るなよ!?」

「それもそうか、よし、大輝行ってこい」

「なんでだよ!?お前が飲みたがるやつ全部駅の方まで行かないとねぇじゃねぇか!」

「だから行くのがだるいんだよ。行ってきてくれよ」

「俺もだるいわ!ってか事務所来る前に買っとけよ!」

「あーー、なるほど」

 

 普通それがいいんだろうが…、残念なことに疾斗はそれができないって忘れてやがるな。

 

「けど俺バイクで来るから駅の方行かないんだよなぁ」

「…そういやそうだったな」

 

 結局いつも通りジャンケンすることになり、案の定大輝がジャンケンに負けた。『ジャンケンなら愁で確定だろ』なんて自分でフラグを立てるからそうなるんだよ。

 

(待ってる間暇だな。外のソファで寝るか)

 

 練習部屋からすぐ近くにある広間に置いてあるソファは無駄に材質がよく疲れにくい。というか疲れが取れるように思えるほどだ。

 

(次のライブまでまだ時間あるんだがな〜)

「あっ!ユウヤさん!」

 

 日本人離れした声のほうに目を向けるとそこには予想通り知り合いのフィンランド人がいた。正確にはハーフなのだが、留学生としてこっちに来てモデルもしてるのだとか、素直で真面目な子だった気がする。あと変なこだわりがあった気が…。

 

「お久しぶりですね!」

「ソウデスネ」

「…もしかして、覚えてくださってなかったですか?」

 

 むっ、この子さっそく涙目になってる。感受性高すぎないか?…で、えーっと、女の子は泣かせるなって言われるし、…名前を思い出せばいいんだよな。

 

「そんなことないぞ?久しぶりにあったから懐かしいなと思っただけだ」

「……ほんとですか?」

「ああ、俺は嘘つけないってのはイヴも知ってるだろ?」

「ほんとに覚えてくださってたんですね!嬉しいです!ハグしましょう!」

 

 ふぅー、危なかった。ギリギリのところで思い出せた。まぁフィンランド人のハーフなんてイヴ以外知らないし、そのおかげで間違えることもなかった。

 それとハグはやめておきなさい。日本人にはそんな習慣ないんだから。

 

「うぅ〜、ハグできないなんて残念です…」

「少なくとも女子相手になら大丈夫だから気にするな」

「わかりました!これからは同性の方にします!」

「ああそうしろ。それかイヴの恋人とかだな。いればの話だが…」

「こ、恋人」

 

 ……まさかいるのか?誰でもいいけどさ。変なやつじゃなければ。

 

「恋人できてたのか?」

「い、いませんよ!こ、ここ、恋人だなんて!」

 

 否定するわりには顔がものすごく赤いんだが…。ことの真相は、別に知らなくていいか。知ったところでなんだって話だし。

 

「それで、イヴは今日撮影かなんかか?」

「ふぇ〜……、こ、こいびと」

「……おい」

「はい!…あれ?私さっきまで何を?」

「それは置いといて、今日はなんか用があったのか?」

「新しいお仕事がもらえたのでそれの打ち合わせです!それでユウヤさんを見かけたので声をかけました!」

 

 新しいお仕事、ね。時期的に話題のアイドルのやつか?そういや大輝がアイドルバンドとしてどうのこうのって言ってたな。

 とりあえずイヴもそれに加わるってことなのか。…うまくいけばいいが。

 

「ま、新しく仕事増えたんならそれも頑張れ」

「はい!ハヤトさんに追いつけるように頑張ります!」

 

 そういやハヤトに憧れてるとか言ってたな。理由は……忘れた。

イヴを見送っていると大輝が帰ってきたので一緒に部屋に戻り水分舗をしてから練習を再開するのだった。…大輝の休憩?床にへばりついてたからそれで十分だろ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

「悪いちょっと遅れた」

「いえ、こちらも準備を終えたところですので」

「それに雄弥には協力してもらうのだからそこまでとやかく言うつもりはないわ」

「そりゃどうも」

 

 雄弥に演奏を見てもらい、改善点を教えてもらう。それの繰り返し…なんだけど、しばらくはそれがアタシとあこメインになるんだよね。だから雄弥の意識はアタシとあこ、つまりリズム隊の演奏に傾けられるわけで。

 

(雄弥に演奏見てもらうなんて久々すぎて緊張するな〜。呆れられたらどうしよ…)

 

「リサ」

「ふぇ?…なに?」

「固くなりすぎだ。深呼吸して肩の力を抜け。友希那と紗夜に認められてるなら今のリサの実力も問題ないだろ?」

「…すぅ、はぁー。うん、ありがと!」

 

 アタシの技術を疑うことなくストレートに言われたら、アタシも出し切るしかないよね!練習終わりに体力なくなるってことは避けないとだけど…。

 雄弥はアタシと同じようにガチガチになってたあこの横に言ってボソボソってあこにだけ何か伝えてた。その瞬間あこは緊張なんか吹き飛ばしてやる気全開になったんだけど…何を言ったんだろ。

 

 

 

 

「うー、もうクタクタだよ〜」

「久々にやればそうなるだろ」

 

 雄弥の徹底指導のおかげで、だんだんと指摘される部分が無くなっていく…ということはなかった。指摘されたところを直すと次はまた違う部分を言われる。それは練習時間が終わるまで続いた。

 

(これでも多少はやり切る自信あったんだけどな〜)

「リサ」

「…ごめんね雄弥」

「なぜ謝る?」

「アタシの演奏、雄弥が思ってたほどじゃなかったでしょ?」

 

 あこがいたから今日は昔ほど厳しくは言われなかったってのはあるんだけど、それでも雄弥は少しずつ指摘の仕方が変わっていってた。それは間違いなくアタシのレベルが…低かったからだ。それが嫌で、雄弥の顔を見ることができず、アタシは視線をさげる。

 

「バカか?」

「え…」

「リサにブランクがあるのは友希那と同じぐらい知ってる。それを踏まえての今日の練習での指導だ」

「うん。それでも後半は指導のやり方が変わったわけだし…」

「リサのレベルが高かったからな(実力を見誤ってた)からな」

 

 え、アタシのレベルが雄弥の予想を超えてた?そ、そんなはずない。雄弥が相手の実力を見誤るなんてことはないはず!…そうだきっとアタシに気を遣って──

 

「リサ、雄弥は人に気を遣えるような人間じゃないわ」

「そうです。彼は相手のことを考える人じゃありません」

「友希那さんも紗夜さんもそこまで言わなくてもいいんじゃ…」

「「あこ(宇田川さん)は黙って(ください)」」

「ご、ごめんなさい」

 

 あこには後でフォロー入れとかないとな〜。

 

(友希那と紗夜の言うとおりだけど、それでもアタシが雄弥の予想を超えてたなんて信じられないわけで)

 

「信じる信じないはリサの好きにしろ。ただこれだけは覚えといてくれ、リサの実力はリサが思ってるほど低くないってな」

「…雄弥」

「それは私も同意見だわ。リサは自分のことを過小評価しすぎなのよ」

「謙虚さは人の魅力の一つですが、謙虚すぎてはもはや卑屈なだけです。気をつけてください」

「二人とも…」

「あこは難しいことわかんないけど、リサ姉の演奏はチョーカッコイイってのはわかるよ!リサ姉とリズム作る時ノリノリになれるもん!」

「あこ…」

 

(みんなにそこまで褒められるとなんだか恥ずかしいな〜)

 

 けど、アタシも自信持っていいってことだよね!友希那と紗夜のレベルにはまだ追いつけてないけど、二人に並べるようになれるんだ!

 

「みんなありがとう♪」

「どういたしまして、リサ姉!」

「私は、リサにこんなところで止まってほしくなかっただけで、別に…」

「今井さん、浮かれすぎないようにしてくださいね」

「はーーい!」

「話ついたところでお前らキーボードのあては見つかったのか?」

「「「「…あ」」」」

 

 キーボード誰かいないかな、そろそろ見つけないとコンテストに間に合わなくなっちゃうし。どうしよ〜。

 

「助けてりんりーん!」

 

 あこはパニックになってよく話に聞く親友の"りんりん"に電話してるし、その子の知り合いに誰かいないのかな〜。

 

「そういえば、まだ日にちが決まってないがそう遠くない日程でライブするらしい」

「え、そうなの!?ちなみにチケットはくれたりとか…」

「ある程度は融通されるはずだ」

「やった!日にちが決まったらおしえ「ええーーー!?りんりん弾けるのー!?」へ?」

「見つかったみたいだな」

 

 まじかー、あこの親友が弾けちゃうんだ。捜し物って案外予想外なところで見つかるものだよね〜。

 

 

 




☆9評価くださったアイリPさんありがとうございます!

評価貰えるって嬉しいことですね。モチベーション上がります。


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5話

毎日更新を目標にしてますが、バイトに勤しんでいるのでそのうち途切れるかと。弟に借りた金を返さないとなー!


 

 どうやらキーボードはあこの親友りんりんこと白金燐子になったらしい。過去にコンクールでの受賞歴もあるらしく実力は申し分ないとのこと。

 その場に立ち会っていなかったのは単純に仕事があったからだ。思ってたよりも近いうちにライブがあるらしい。ちなみに、その前日に後輩ことPastelPalletsのライブがあるらしい。前から話に上がってたアイドルバンドなんだとか。俺達とは逆パターンのアイドルのガールズバンドらしい。

 そして今日は全員が集まれないから個人練習になってるのだが、愁に呼びだされた。 

 

 

「練習はいいのか?」

 

「新曲も一曲だけだし、既存のやつはちゃんと覚えれてるから問題ないよ」

 

「お前もたいがい人外だよな」

 

「いやいや、君たちほどじゃないよ」

 

 

 謙遜してんなぁ。たしかに身体能力の面じゃ愁は一番劣ってるが、それでも部活やってる男子の平均以上は動ける。それにこいつは頭脳派だ。完全記憶能力とまではいかないらしいが、それに迫る記憶力と思考の柔軟さ、マルチタスクも誰よりもできる。 

 

 

「…で、俺に何させる気だ」

 

「個人練習も君にとっては退屈だと思ってね。僕も頼まれごとがあるから協力してもらおうと思って」

 

「協力、ね」

 

「個人練習よりは退屈しのぎになるはずだよ」 

 

 

 退屈しのぎになること、か。……ここの部屋って使われてなかったんじゃないのか?新しく使う奴が現れたのか…、なるほどな。

 

 

「ね?」

 

「しばくぞ」

 

「ひどいなー。何人かとは面識あるんでしょ?」

 

「あってもなくても関係ない。頼まれたのはお前だ、お前が対応しろ」

 

「そこはそういうと思ってたけど、きっと彼女たちも僕らが来ると全然知らされてないはずだよ」

 

 

(は?何言ってんだこいつ)

 

 

 その答えはすぐにわかった。その部屋にいた五人のうち三人は口をぽかんと開けてるし、一人は状況を把握してないだろうに目を輝かせてる。となると、待ってましたと言わんばかりにしたり顔になってるあいつが呼び出したのか。

 

 

「ど、どうしてAugenblikのお二人がここに!?」

 

「落ち着いて麻弥ちゃん。勝手ながら私がお願いしたの」

 

「千聖さんが、ですか?」

 

「ええ、アイドルバンドとして集められたわりには練習を指導してくださる方が来る頻度が少ないと思って。無理を言ってお願いしたの」

 

「こういうのって勝手にやっても大丈夫なんだっけ…」

 

「大丈夫じゃないだろ」

 

 

 何を勘違いしているんだこのポンコツピンク頭は。おそらくは暇でグダる俺と愁が勝手に指導した、ということにするんだろ。…巻き込まれ損だな。

 

 

「そこは僕らが勝手にやってるってことにするから君たちは問題ないよ」

 

「やっぱりか」

 

「そ、そんなの悪いですよ!私たちも責任を負わなくては」

 

「そうです!責任の押しつけはブシドーに反します!」

 

「まぁそんなことはどうでもいいじゃん!練習見てもらえるなら早く練習しようよ!時間が勿体無いしさ」

 

「ひ、日菜ちゃん。それは失礼だよ」

 

「え?なんで〜?」

 

 

 日菜は通常運転のようだな。大好きな姉がやるギターを自分もやる。そのことに浮かれてるんだろ。

 

 

「話はそこまで、練習を始めるよ!…それでいいんだよね?」

 

「ええ。時間が限られているのは事実だもの」

 

 

 仕切り屋の二人が結託すると空気が締まるものだな。遠慮してた三人も渋々という形で練習を始めるが、いざ始まるとちゃんと集中して意欲的に取り組んでるようだ。 

 

 

(やっぱ俺が来る意味なかっただろ)

 

 

 来たところで結局退屈だなと思っていたが、日菜がいる時点でそれはありえないんだったな。

 

 

「ねぇねぇ、ここのやつ教えてー!なんかビューンってできないんだよね〜」

 

「感覚で弾くからそうなるんだろ…。まぁ日菜に理論言っても無駄か」

 

「そんなのあたし知らなくてもなんとかなる気がするだよね〜。ねね!だから難しいの抜きで教えて〜♪」

 

「俺をここまで振り回すのはお前ぐらいだな」

 

「えへへ、そうなんだ〜。それはるん♪ってくるね!」

 

「なんでだよ」

 

 

 こんなに人を振り回せるのは日菜ぐらいだろ。他にそういう人に出会ってないだけなのかもしれないが、出会いたくはないな。疲れそうだ。

 …やはり日菜は成長が早い。こちらが教えることを次から次へと昇華していく。そりゃあ周りから嫉妬されるわけだ。

 

 

「雄弥くん、ちょっといいかな?」

 

「俺は歌の指導ができるほどうまくないぞポンコツピンク」

 

「だから名前覚えてよ!この前覚えてくれるって言ってたじゃん」

 

「まだデビューしてないから」 

 

「うぐぐ、……まあそこは大人の対応で我慢してあげる」

 

「そうか、大人なら一人でできるな。ガンバレ」

 

「嘘ですごめんなさい。まだ子どもなので指導してください」

 

 

 ころころ表情が変わるやつだな。にしてもボーカルの指導、ね。

 

 

(疾斗に押し付けたいが今あいついないしな)

 

 

「仕方がない、たいした技量もないが、可能な限りは教えてやるよ」

 

「ほんとー!やったーー!!」

 

「…やっぱやめよかな」

 

「えー!」

 

 

 俺が歌う時に気をつけてることなんて、歌詞を間違えない、目線を下げない、パフォーマンスを派手に、ぐらいだしな。

 

 

「歌詞は覚えてるのか?」 

 

「それはもちろん!」

 

「なら振り付けは?」

 

「…そこはまだちょっと」 

 

「歌いながら振り付けもやれ。時間がないんだからな」

 

「う、うん!」

 

「基本的に目線は下げるなよ。下げていいのはそういう振り付けの時だけだ」

 

(…日菜に教えたあとに教えると全員にダメ出ししたくなるのはなんでだろうな。あー、日菜を基準にしちゃうからか)

 

 

 なんて考えながら不器用ながらもひたむきに練習する少女の良かった点悪かった点を見つけていく。ダメ出しだけだとモチベーションが下がるって昔リサに文句言われてからこうするようになった。

 

 

「…ど、どうだったかな」

 

「及第点を言われるのと貶されるのどっちを先にしてほしい?」

 

「それどっちもどっちだよね!?」

 

 

 仕方ないだろ、まだまだ課題が山積みなボーカルなんだから。仕方がない、先に貶してそのあとマシだったやつを言おう。

 

 

 

 

「わたし、なきそうだよ…」

 

「泣きたきゃ泣けばいいさ。ただし、他のやつに迷惑かけないようにな」

 

「鬼!」

 

「なにをそんな文句を言ってるんだ。……一生懸命さが伝わってくる姿勢と笑顔を忘れてなかったことは良かったぞ、彩」

 

「!!」

 

 

 なんで泣き出すんだよ。褒めただけだろう。は?嬉し泣き?なんだそりゃ。そんなに泣いてたら干からびるぞ。

 

 

「ユウヤさん!彩さんを泣かせるとは何事ですか!」

 

「褒めたら泣いた、それだけだ」

 

「あ~、彩ちゃん涙もろいって言ってたっけな〜。本当だったんだ」

 

「…そういうことなら慰めてあげてください」

 

「なにをどうしろと…」

 

「い、イヴちゃんもう大丈夫だから!練習の邪魔になってごめんね」

 

 

 ふむ、泣きなれてるのか案外復帰できるんだな。それはさておき、イヴが絡んできたということは…。

 

 

「彩さんがそう言うのなら…。ではユウヤさん、次は私の指導をお願いします!」

 

(やっぱそうなるよなー。…なんで呼ばれた愁より俺のほうが教える人数多いんだよ)

 

 

〜〜〜〜〜

 

「はははっ!それは災難だったな〜」

 

「疾斗がいれば少なくとも彩とイヴは担当しなくてよかったんだがな」

 

「ま、俺には俺の都合があるからな」

 

「へー。…それよりあいつら無事にデビューできる(成功する)と思うか?」 

 

「ん?珍しいな他のやつの心配するなんて」

 

「心配じゃない。事務所がやらかせば俺たちにも影響がでるからな」

 

「…そっちか」

 

 

 なぜに俺があいつらの心配をせねばならんのだ。初ライブで緊張してミスをするというのなら別に問題ない。誰だってミスはするものだからな。問題は…。

 

 

「結成からライブまでの期間が短すぎるからな〜。練習を見た感じなんとか乗り越えれるかな〜とは思ったが」

 

「つまりはそのレベルだ。まだ早い」

 

「それはスタッフをわかってるはずなんだがな…。嫌な予感がするもんだ」

 

 

 嫌な予感、ね。てことはわりとデッカイことをやらかすことになるんだろうな。…俺達のライブやりにくくなるのかね。

 

 

「めんどくせ」

 

「ははっ、そうならないことを願うしかないな」

 

「応用力はまだないだろうからな」 

 

「そればっかりは場数を踏まないとなぁ」

 

 

 それもそうだな。元からアドリブが強い疾斗がいるからなんとかなったこともしばしばある。つまり、俺たちもまだ経験が浅いってわけだな。

 

 

「アドリブに強そうなのは、日菜ぐらいか」

 

「けど芸能界のこと全く知らないからなぁ」

 

「はぁ、ならあの中で一番経験豊富な女王が対処するだろ」

 

「駄目だったとき用に大輝と愁はなんか考えてるみたいだぞ?」

 

「……勝手にやってろ」

 

「雄弥がそう言うのも想定済みだとか」

 

「あっそ」

 

 

 それならそれでいい。俺はあんま動き回ろうとも思えんからな。

 

 

「そういや勝手に指導してることはどうなった?」

 

「あーそれ?黙らせた(・・・・)

 

「お前社長にでもなったのか」

 

「ははっ!んなわけないだろ!もし社長になったらもっと面白いことを考えるわ!」

 

(どうせ碌でもないことだろ。こいつハメ外すと酷いからな。…っとそういやリサにチケット渡してなかったな。あとで関係者用のやつ貰っとくか)

 

「あ、そういやパスパレのポスターできたらしいぞ。外に貼られるようになるのはもう少し先らしいが」

 

「印刷数が多いからな」

 

(なるほど五人ちゃんと集まってるのか。……担当楽器も持って(・・・・・・・・)、これ見たら紗夜が荒れそうだな)

 




間隔あけるようにしてみました。
☆9評価 ハッピー田中さん 風見なぎとさん ありがとうございます!


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6話

毎日更新の目標は…そうですねー、目指せ2週間ですかね。


 

 今日の練習が終わったあとアタシたちは近くのファミレスに来てて、雄弥の時間もちょうどよかったから雄弥が来るのを五人で待ってた。

 

 

「お、きたきた!おーい!雄弥こっちー!」 

 

「そんな大声出さなくてもわかってる」

 

「あはは〜、ごめんごめん」

 

「すみません雄弥くん。呼び出してしまって」

 

「気にするな。ある程度自由に動けるからな」

 

「はぁ、事務所の方を困らせないでよ」

 

「友希那が心配するほど気ままに動いてはいないぞ」

 

「そう、それならいいのだけれど」

 

 

 放課後に雄弥に会うのも久しぶりな気がするな〜。数日会わなかっただけなんだけど。放課後にファミレスってのが久々だからかな?

 

 

「それでそこの子は?」

 

「あ、そうだった!会うの初めてなんだよね。この子が昨日電話で言ったキーボード担当の白金燐子。超ピアノうまいんだよ〜」

 

「それとあこの大親友なんだ〜!いっつもりんりんには助けてもらってるんだよ!」

 

「助けられるのを自慢気に言ってどうする」

 

「あ、あの……私も…あこちゃんには…助けてもらってるので」

 

「なるほど、いい関係だな。友希那の弟の湊雄弥だ、よろしくな」

 

「白金…燐子です。…こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 うんうん、顔合わせもできたことだし、さっそく注文しようかな〜。みんなは何食べるんだろ。今食べ過ぎたら晩御飯が食べれなくなるし〜。

 

 

「雄弥はいつも通り(・・・・・)?」

 

「ああ、そうしてくれ」 

 

「うわ〜、その『いつもの』っていうのカッコイイです!」

 

「あこ、あなたのイメージとは間違いなく離れてるわよ」

 

「へ?」

 

「…と…言いますと?」

 

「いつもリサが雄弥の食べるメニューを決めるの」 

 

「「……」」

 

 

 「なんだそれ」って感じであこと燐子と紗夜がアタシと雄弥の顔を交互に見る。雄弥は逆に「なんだこいつら?」って感じだけど。

 

 

(うん。まぁ普通そうなるよね。いつも自分で決めないのかってなるよね)

 

「雄弥さんとリサ姉って付き合ってるの?」

 

「ふぇっ!」

 

(ガタガタ)

 

「湊さん……氷川さん…どうかされました?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

「少し驚いただけです」

 

 

 この前バイトの時にモカにも言われたけど、そ、そんなにそういうふうに見えるのかな〜、アタシたちって。

 とりあえず店員さんにみんなの分の注文を言ってからあこに詰め寄る。

 

 

「あ、あこいきなり何言ってるのかなー?」

 

「俺とリサは別に付き合ってないぞ?」

 

(そんなハッキリ否定しなくてもいいじゃん!)

 

「えぇー、だってお互い信頼してるし、リサ姉なんて雄弥さんのこと全部わかってる感じするし、なんというか恋人というより……うーん」

 

「……夫婦?」

 

「そうそれ!」

 

((ブフォ))

 

「友希那さん、紗夜さん大丈夫ですか!?」

 

「え、ええ問題ないわ」

 

「水が気道に入ってしまっただけです」

 

「ふ、ふぅふ……」

 

(あ、あたしと雄弥が、ふ…夫婦!?夫婦ってあの夫婦?同棲してて子どもが居て〜とかのあの!?)

 

「何言ってんだあこ。俺とリサが夫婦になれるわけないだろ」

 

「「「「………」」」」

 

「?みんな黙ってどうした?」

 

「雄弥さん…」

「それは…いくらなんでも」 

「デリカシーが無さすぎます」

「一度生まれ変わってきなさい」

 

「姉だけ辛辣だな」

 

 

 あー、そっか〜。うん、そうだよね〜。うんうん、無関心無感情な雄弥が恋愛なんて理解できないよね〜。乙女心も知らないだろうし、知ろうとするのかも怪しいよね〜。

 

 

「ちなみにさ、雄弥」 

 

「どうしたリ、サ」

 

「ん?なんで言いよどんだのかな?アタシの名前を」

 

「すまん、笑ってるのに笑ってないっていうの初めて見て驚いただけだ」

 

「そっかそっか〜。アタシ笑顔のはずなんだけど笑ってないように見えるんだ〜」 

 

「いや、ほんと、ごめん。それで何か聞くんじゃなかったのか?」

 

「あ~それね。仮の話だけど、アタシと結婚できない理由ってなんなのかな〜と思って」

 

(うわ〜。アタシなんでこんなこと聞いちゃってるんだろ!こんなのアタシが雄弥に気があるとしか捉えられないじゃん!)

 

「だって法律で決まってるのって男は18歳以上だろ?俺はまだ17歳にもなってないぞ」

 

「「「「「………あ~」」」」」 

 

「それに仮に結婚するなら相手と産まれてくるならその子どもも養っていくだけの甲斐性が必要だし、それだけの収入も必要だ。…あとは俺には相手を幸せにすることはできないってのもあるか」

 

「それはどういう…」

 

「んー、その話はまた今度機会があればな。それより食べようぜ、冷めたら美味しくないだろ」 

 

「それもそうね」

 

 雄弥が話を強引に切り上げて友希那がそれに便乗する。友希那は雄弥がそう言う理由を知ってるから雄弥に協力したんだ。そして友希那も食べ始めたから他のメンバーも注文したメニューを食べ始める。そんなガッツリしたのを注文した人はいないんだけどね。

 

 

「そういやドリンクバーって頼んでたよな?」

 

「…あ、完全に忘れてました!」

 

「ならあたしが取ってくるよ。みんな何がいい?」

 

「あこも手伝う!」 

 

「わたしも…」

 

「二人ともありがとう☆」

 

 

 雄弥はアタシと同じのでいっか。友希那はコーヒーに砂糖をいっぱい入れたらよかったし。紗夜のは、あこが聞いてくれてるみたいだね。

 

 

「リサ姉と雄弥さんも幼馴染なんだよね?」

 

「え?うんそうだよ〜。ただ、アタシと友希那が知り合った後に雄弥とはであったんだけどね。たしか小学校五年生の時だったかな〜」

 

「そんなあと…なんですね。……幼い頃…とかには…会ってなかったんですか?」

 

「うん。アタシだけじゃなくて友希那も雄弥と会ったのは小学校五年生の時なんだけどね」

 

「え、なんで?友希那さんと雄弥さんは姉弟なんでしょ?髪の色だってほとんど同じだし」

 

「友希那を基準にしたら雄弥の髪がちょっと暗い感じ、かな」

 

「……なにか…事情が……あるんですね」

 

「ちょっと複雑な事情が、ね。ま〜アタシが勝手に話していいのか分かんないから今は教えられないけど」

 

「気になるけどリサ姉がそう言うなら我慢するね!」

 

「ありがとう〜。飲み物も入れれたことだし戻ろっか♪」

 

「「うん!(はい)」」

 

 

 席に戻ると三人は談笑とかはしてなかった。全員自分から話を振るタイプじゃないもんね。音楽以外は。

 

 

(というかちょっと雰囲気が暗い?なんだろ…大したことじゃなさそうだけど)

 

「悪いなリサ、取ってきてもらって」

 

「いいっていいって!それより雄弥のバンドのライブ決まった?」

 

「…あ、チケットを渡そうと思ってたんだ」 

 

「うそ!?もうあるの!?」

 

「ちょうど五枚貰ってきたからその日空いてたら来てみたら?」

 

「うんもっちろん!友希那も行くよね?」

 

「ええ、学べることがあるもの」

 

「みんなは?」 

 

「あこも行くー!…けど、りんりんは来れる?人多いと思うけど」

 

 

 あ、そっか燐子は人が多い場所だめなんだった。みんなで行きたかったけど、燐子だけ抜きってのもな〜。

 

 

「そのチケットで入る場所は関係者席だから人混みの中ってことはないぞ?」

 

「そう…なんですか?」

 

「ミュージカルの2階席の横のとこみたいな?」

 

「そんな感じ」

 

「それなら…大丈夫、だと思います」

 

「やったー!」

 

「白金さんも来られるのなら私も行きます」

 

「なら全員だね♪」

 

 

 家族以外でこの人数で一緒に雄弥のライブ見に行くなんて初めてだな〜。前までは友希那の家の人とうちの家族で見に行ってたから。

 

 

「あ、日課がまだだったね」

 

「日課?リサ姉なにかやってるの?」

 

「アタシというよりは雄弥の日課なんだけどね」

 

「雄弥くんの、ですか」

 

 あ、紗夜が興味持った。そういえば紗夜って前から雄弥のこと知ってるんだっけ…。アタシらが知らないうちに知り合ったってことは、あの時期(・・・・)なんだろうけど。まぁアタシらの事情を話してないのに聞き出すのは筋が通らないよね。

 

 

「俺が自分から始めたわけじゃないんだがな。単純に今日あったことを友希那かリサに話すってだけのことだ」

 

「雄弥のことを理解しようってのがこの日課の始まりなんだ〜」

 

「成果はそれなりにはってところね」

 

「…私たちが……聞いてもいいんでしょうか」

 

「人に言えない話をするわけじゃないから気にするな。話といっても俺は高校には通ってないから事務所であった話を当たり障りのない範囲でってことになるが」

 

「ええ!芸能界のこと聞けるんですか!?」

 

「宇田川さん騒がないでください!他のお客さんに迷惑です!」

 

「あ、ごめんなさい…」

 

「遅くなっても仕方がない。今日は大したこともなかったから手短に話すぞ」

 

「わかったわ。聞かせて」

 

 

 あはは、あこの気持ちもわかるな〜。アタシも雄弥が芸能界に入ったときはそうやって浮かれたし。それにしても友希那ってアタシほど雄弥と話さないけど雄弥のことちゃんと理解できてるよね。やっぱ"家族"だからかな…。

 雄弥は大したことはなかったって言うけど、いつも話の中に必ず面白いことがある。本人が気づいてないだけで、アタシや友希那はそこに気づいたら必ずそこを指摘する。少しでも雄弥に感情が生まれることを願って。

 

 手短に纏められた話を聞き終わったところで今日は解散となった。前ほど遅くはならなかったから送られなくて大丈夫とあこに念を押され、別れ道までは一緒に帰って途中で別れた。

 雄弥の話しで少し気になることはあった。それは面白いこととは別で、雄弥があえて話そうとしなかった部分だ。いつも内容を選んでいるのだけれどそれでも今日はそこからさらに言葉を選んでた。

 

(いったいなにがあったんだろ…。アタシたちには話してくれないのかな)

 

「…雄弥にアタシたちのバンド名を教えるの忘れてたね」

 

「決まったのか」

 

「ええ。私たちのバンド名は」

 

 

 友希那がちらっとアタシの方を見る。それだけでアタシは何をすればいいのか理解して、一旦思考をやめた。

 

 

「「Roseliaよ(だよ)」」

 

 

 雄弥に隠し事ができた。そのこと自体は感情の芽生えなのだとそう判断して。




☆8評価 torin Silverさん ありがとうございます!
お気に入り件数80件超えました。見た瞬間しばらく固まりましたー、嬉しい限りです。


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7話

(つд⊂)ゴシゴシ( ゚д゚)ポカーン バーが赤色…夢ではない、のか。
それはそうとバンドリRoselia2章始まりましたね。授業すっぽかして一気に全部解放してストーリー見ました。 最高かよ。涙が出たよ。
それと友人ありがとう。「お前の今引けよ」を信じたらリサ姉当たったよ。

今回はデート回です。


 ライブの日程も決まり、チケットもリサたちに渡した。Roseliaも近いうちに一度ライブに参加するらしいが、こっちのライブの方が先なんだとか。

 お互いの予定が決まったところで前々から話していたデートの日程も決まった。というか今日だ。

 

 

「お待たせ〜☆ちょっと準備に時間かかっちゃった♪」

 

「いや集合時間より早く来てるから大丈夫だ。それに俺も来たばっかだからな」

 

「そうなの?それならよかった〜」

 

「というか家が隣なんだから家の前で集合すればよかっただろ」

 

 

 なぜに集合場所をショッピングモールの前に設定したんだ。普通に考えれば家出るタイミングもほぼ同じになるだろうに。

 

 

「…わかってないな〜。せっかくのデートだよ?集合からこういう感じにしたいじゃん!」

 

「そういうものなのか」

 

「そうそう。だからあえてちょっと遅目に家出たわけだし」

 

「そこもわざとだったのか」

 

「そうだよ〜。もしかして逆に迷惑だった?」

 

「そんなことはないが、リサにもしものことがあった時何もできなくなるのは困る」

 

「…!」

 

 

 一緒にいればなんとでもできるのだが、さすがに知らない間にリサが攫われたり変な奴に絡まれたりしても対応が遅れる。なんとかする自信はあるが、最悪の場合手遅れになってしまうしな。

 

 

「アタシのこと…心配してくれたんだ」

 

「まぁな。俺に生きる理由を与えてるのはリサと友希那だ。どっちかが欠けるだけでも俺は生きる理由が無くなる」

 

「そう、だね」

 

「…けど重く考えないでほしい。俺のことを気にかけすぎてリサの人生が狭くなるのを俺は望んでないからな。いい男を見つけたら遠慮なくそいつと結婚すればいいし」

 

「……バカ。そんなの見つかるわけないじゃん

 

 

 むぅ。自分でもわりと無茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、罵倒されるとは。というかリサって俺がこういうこと言うたびにバカって言ってくる気がする。

 

 

「ここで話していても仕方ない。さっそく中に入ろうぜ」

 

「…そうだね」

 

 

 リサのテンションが明らか下がってしまった。なんとか挽回せねばならん…気がする。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 はぁ〜。雄弥とのデートってことで浮かれすぎてるのかなぁ。雄弥の言うこともわからなくはないんだけど。普通に考えたら雄弥の考えの方が正しい。雄弥はアタシのお節介な性格がアタシ自身を生きづらくしてるって思ってるみたいだけど、そんなことはない。アタシは雄弥と友希那の側にいたいからずっと隣にいようとしてるんだ。

 

 

「ほら行くぞ」

 

「うん……っ!」

 

(そういうところがずるいんだってば!)

 

 

 いきなり手を握られたら恥ずかしいってば!周りの人の目もなんか微笑ましく見てる感じになったし…。

 

 

(うわ〜。アタシ絶対今顔赤くなってるよね。こんなの知り合いに見られたら…)

 

 

 焦って周りをキョロキョロ見渡すけどざっと見た感じ知り合いはいなかった。ほっと安心したアタシは雄弥の隣に移動して二人並んで歩く。まだ顔は若干赤い気がするけど、これもそのうち収まる…よね。雄弥は、やっぱなんとも思ってないんだ。ほんとにずるい。

 

 

「ところで今日はどこ行くんだ?」

 

「あ、言ってなかった。今日はアタシの買い物にとことん付き合ってもらいます」

 

「昼食とデザートも奢り、だったな」

 

「覚えてたんだ。それも遠慮しないからね〜☆」

 

「たいして使う予定がない金だ。なんなら今日の分全部出すぞ?」

 

「そ、それは遠慮しとくかな〜。際限無く物欲を満たし始めそうだから…」

 

「そうか」

 

 

 雄弥って仕事の話でもあったことを話すだけだからそれがどれだけ凄いことなのかいまいちピンとこないんだよね〜。だから雄弥が今まででどれだけ稼いでるのかは知らないし、今持ってる仕事の給料も知らない。ちなみに友希那も知らないらしい。

 

 

(知ってるのは本人とマネージャーさんと友希那のお父さんだけ、だったっけ)

 

 

 興味がないわけじゃない。雄弥レベルの芸能人の給料がどれぐらいかは単純に気になる。だけどなんか知っちゃったら駄目な気がする。

 

 

「俺が今どれぐらい金あるか、か?」

 

「えっ!?」

 

「正確には俺も把握してないぞ。毎月ほぼ同じ金額だけしか使わないからどれぐらい貯まってるかは見てない」

 

「いやけど銀行から引き出したら残高とかでるじゃん?」

 

「いつも見てない」

 

 

 たしかに無趣味で興味関心が一切なかったら単純な生活費だけしかお金使わないから見る必要ないんだろうけどさ。それ何かしら事件に巻き込まれてお金取られてても気づかないってことだよね!?これはさすがに注意しなきゃ!

 

 

「もしお金が取られてたりしたらどうする気なの!?」

 

「そしたら警察に頼るしかないな」

 

「いつも見てないなら気づかないでしょ!」

 

「…それもそうか。わかった、これからは確認する」

 

「はぁ。一応今日も確認したほうがいいんじゃない?」

 

「だが今日はリサのための一日だろ」

 

「い、いいから!今すぐ確認してくること!」

 

 

 ほんとなんでそんなセリフをさらっと言えちゃうかなぁ。『リサのための一日』、なんて。……やば、嬉しすぎて顔がニヤけちゃう。

 

 

「……て、あれ?もう確認したの?」

 

「いやまだだ。リサがボウっとしてるようだったから行くなら一緒のほうがいいと思ってな」

 

「そ、そっか。わざわざごめんね」

 

「謝ることじゃない」

 

 

 気遣い、なわけがないから、雄弥がそうする必要があるってぐらいアタシ無防備になってたんだ。…そりゃあ集合のときにああやって言われるわけだ。

 

 

「お金取られてなかった?」

 

「たぶんな。けっこうな額があったし」

 

「そっか。それなら安心安心。それじゃあ仕切り直してデートスタート!」

 

「…なんだどれぐらいかは聞かないのか」

 

「聞いてほしかった?」

 

「リサなら聞くかと思ってただけだ」

 

「ちょっと〜、それってどういう意味?」

 

 

 まるでアタシがお金にがめつい人みたいじゃん。アタシそんな浪費癖もないしケチケチする性格じゃないんだけど。

 

 

「…ま、聞いても仕方がないから聞かないってだけだよ?友希那も知らないみたいだし」

 

「なるほど。…友希那はあまり人のことに踏み込まないからな」

 

 

 そういうところは二人とも似てるよね〜。何にも興味を示さない雄弥と音楽以外興味がないって明言してる友希那。

 

 

(まぁ友希那は大の猫好きなんだけどね。本人は隠したがってるけど)

 

 

 あれ、あそこの店新しい服出たんだ。よーし、まずはあの店に決まり!雄弥には手を引っ張ってアイコンタクトするだけで伝わるからこういう時便利なんだよね〜。具体的にははやる気持ちを抑えれないときとか。

 

 

「リサって昔から洋服好きだよな。というかオシャレが好きなのか」

 

「女の子はたいていそんなものでしょ?」

 

「女の、子?………??」

 

「あー、ごめん。友希那を基準にしないで。あの子はオシャレに無関心すぎだから」

 

「なにげに親友をディスったな」

 

「なんのことかな〜?」

 

 

 あはは…、ディスったって言われるとそうなる、ね。いやでも友希那は本当にオシャレに興味無さすぎ!女の子なんだし友希那は可愛いんだからもっといろんな服着たりアクセサリーつけたりしてオシャレしなきゃ勿体無いよ!

 

 

「雄弥からも……ごめん、やっぱいいや」

 

「…ファッションに興味なくて悪かったな」

 

 

 そうだった。雄弥も基本着れたらそれでいいって人間だった!たしかおじさんのお下がりとか貰ってそれを着まわしてるんだっけ。…アイドルとは思えないなー。まぁでも最近は仕事先で貰ってきたりとかするらしいからマシにはなったのかな。

 

 

(……あれ?雄弥がそういう服着てるの見たことあったっけ?)

 

「雄弥って仕事先で服もらうことあるんだよね…?」

 

「あるぞ。家のタンスに眠ってるけどな」

 

「着ないの?」

 

「オシャレな服だなとは思うが組み合わせがわからん。考える気もないから普段ので十分だろ?」

 

 

 勿体無いよ!!そうやって貰えること自体普通はないはずだし!せっかくなら着ないと!

 

 

「今度アタシが雄弥の服でコーデしてあげるから着てみて。着てもらえてないってしったら渡した人も傷つくかもだし」

 

「そうだな。よろしく頼む」

 

「うん!任せて♪」

 

 

 さてと、次の楽しみもできたところで服を探そうかな〜。あ、これ前から気になってたやつだ。こっちのは新しく出たやつかな?

 

 

「う〜ん可愛い服が多いな〜」

 

「そうなのか」

 

「雄弥にはわからないのか〜。例えばこっちの白いのはちょっとフリフリしてる感じが可愛いし、こっちの薄茶色のは落ち着いた感じがあってそこが可愛い。どう?ちょっとはわかった?」

 

「そこらへんは人の感性しだいじゃないのか?…リサがそういうの好きってのならわかったが」

 

「残念、雄弥にはまだ女の子の感性がわからないんだね〜」

 

「悪かったな」

 

 

 アタシも今日すぐに雄弥がわかるようになるとは思ってないんだけどね。……あ!いいこと思いついちゃった♪

 

 

「ねぇねぇ、雄弥がアタシの服選んでよ」

 

「風邪でもひいてるのか?」

 

「いやいや、元気いっぱいのいつものアタシだよ〜」

 

「ならなんで」

 

「自分で2,3個までは絞るからその後雄弥が決めてくれたらいいの☆」

 

「…それぐらいなら」

 

「やった♪」

 

 

 なんとか誘導できた!最終決定を雄弥にさせれば自然とそれが雄弥の好みってことになるよね!これで雄弥の好みも判明する♪

 

 

(ふんふふんふふ〜ん♪あ、これ超可愛い!値段はどれぐらいかなー……諦めよ)

 

 気に入ったやつってたいてい高いんだよね〜。…仕方ないか、アタシの小遣いで買える服の中から何個か決めてその後雄弥に決めてもらお。

 

 

「よし、だいたい決まったかな〜」

 

「四つ持ってるのを決まったと言っていいのか…」

 

「細かいことはいいの!この中から雄弥が一つ選んでよ?」 

 

「わかった。けど試着はしなくていいのか?着心地とか確かめておいたほうが後悔しないぞ」

 

「あ、それもそうだね。ちょっと待ってて、確かめてくるから」

 

「ああ。俺はここで待っとくから」 

 

「りょーかい!試着し終わったら今度こそ雄弥が確認してよ!」

 

「わかってる」

 

 

 着心地もやっぱ大事だよね〜。デザインがいいけど自分の肌に合わないってこともたしかにあるし。今回は…、あーこれはやめとこっかな〜。一着は断念ってことで残り三着から雄弥に選んでもらおうかな〜。

 

 

「お待たせ〜。一着は肌に合わなかったから残りの三着から選んでちょうだい♪」

 

「……責任重大だな」

 

「いやいやそんな重く考えなくていいから。というかそうやって考えるなら貰い物も使ってあげて」

 

「そうする…。リサのセンスなだけあってどれも似合いそうなのがまた難しいな」

 

「あはは、嬉しいこと言ってくれるね〜」

 

「リサは可愛いからたいていの服は着こなせるだろ」

 

 

 か、かわ……きょ、今日の雄弥はいったいどうしちゃったの!?いつもはこんな褒め言葉次から次へと出てこないのにさ!

 

 

「…よし、これにしよう」

 

「………あ、決めてくれた?」

 

「ああ」

 

 

 雄弥が選んでくれたのは…、これか〜。アタシも個人的にはこれかなーって思ってたんだよね〜。ってことはアタシと雄弥の感性は近いのかな?

 

 

「ふふっ、ありがとう♪…ちなみに理由を聞いてもいいかな」

 

「理由って言われてもな、単純にこれだと思ったからだ。リサはこういうの好きそうだし」

 

「直感なんだ…」

 

 

 しかもアタシの好みも読まれちゃってたのか…。雄弥と接する時間が一番長いから読まれやすくなっちゃったのかな。

 

 

「それじゃあレジに行こっか」

 

「持とうか?」

 

「これぐらい自分で持つよ♪」

 

 

 雄弥が選んでくれた服、か〜。今更ながら恥ずかしく思えてきたけど、それ以上にやっぱり嬉しい。

 

 

(えーっとたしか値段は…)

 

「お客様お金は不要ですよ」

 

「へっ?な、なんでですか?」

 

「そちらの彼氏さんからお先に料金頂いておりますので」

 

「彼氏じゃないです……」

 

「ふふっ、そうなんですか?それとこちらもプレゼントだそうです」

 

「ええ!?」

 

 

 これアタシが諦めた服!?いやそれよりもいつの間に?

 

 

「リサが試着してる間にパパっと済ませといた。その服が一番気に入ってたようだしそれも買っといた。生地も柔らかいから着心地は問題ないはずだし」

 

「さすがにそれは悪いからアタシにもいくらか払わせて」

 

「ダメ。受け取ってくれ」

 

 

 珍しく強引な雄弥に結局アタシが折れてプレゼントさせてもらっちゃった…。本当に今日の雄弥珍しい、けれどなにがあったのかアタシには分からなかった。

 

 

 さっき雄弥に買ってもらった服はどっちもギャルっぽさがない服だった。普段自分で買うときはどうしてもちょっと気が引けちゃうけど、雄弥に選んでもらったってことでそのハードルも簡単に超えられた。

 それで今は混み始める前にちょっと早めのお昼を食べようということになって、なにを食べるか決めるために一通りお店を見て回ってる。

 

 

「悩むな〜。雄弥は食べたいのある?」 

 

「ない」

 

「相手を困らせる返事だね…」

 

「……ならあそこの店にするか?」

 

 

 苦笑してどうしようかな〜って考えてたら雄弥があるお店を指でさした。あのお店は、

 

 

「ハンバーグ?」

 

「Roseliaとファミレス行っても晩飯前だからああいうの食べないし、最近食べてなかったから」

 

「言われてみればアタシもそうかも……。よし!ならそこ行こうか♪」

 

 

 ハンバーグ専門店?あ、でもステーキもあるんだ。ハンバーグとステーキだけなのに色々あるな〜。

 

 

「雄弥はハンバーグでいいんだよね?ステーキは切るのめんどくさいんでしょ?」 

 

「ああ。ハンバーグの方が切りやすいからな。どういうのかは任せる」 

 

「うん。いつも通りだね☆……ならアタシはこれで、雄弥はこっちかな」

 

「ありがとう。んじゃ店員呼ぶぞ」

 

「いいよ〜」

 

 

 店員さんを呼んで決めたメニューを注文する。今回はそこまで長居するわけじゃないからドリンクバーはなし。ジュースは頼んだけどね。

 

 

「このあとはアクセサリーショップか?」

 

「それもいいけど、楽器店も行きたいな〜と思ってるんだよね」

 

「新しい弦でも買うのか?」  

 

「うん。今のやつもまだ使えるけど、せっかく雄弥がいるんだからそこらへんも見てもらおうかなって」

 

「なるほど、可能な限り期待に応えよう」

 

「よろしく☆」

 

 

 まさかデートの内容に楽器店が混ざるなんて前までのアタシじゃ考えられないな〜。けど、友希那を隣で支えるためにもアタシはもっともっと上達しないといけない。Roseliaで一番下手なのはアタシなんだから。

 そう考えてたら頼んでた料理が届いた。アタシがおろしポン酢ハンバーグで雄弥がチーズハンバーグ。アタシたちが同じ系統の料理を頼むのもいつものこと、そしてお互い半分ずつ(・・・・)食べるのもいつものこと。

 

 

「半分に切ったぞ。……リサ?」

 

(いつもならお互いに交換して終わりだけど、今日はせっかくのデートなんだし)

 

「雄弥に食べさせてもらいたい、かな〜」

 

「…それはカフェ行ったときでいいだろ。これはゆっくりしてたら冷める」

 

「ちぇー残念。けど言ったからね!カフェでは食べさせてよ!」

 

「ああ。自分で言ったことは守る」

 

 

 二人でゆっくりしながら食べさせてもらう料理だと、ケーキとかかな?雄弥はどう考えてるんだろ……今は考えてないね。食べるペース早いもん。

 

 

「そんなに美味しいの?」

 

「わりと。リサも食べたらわかる。たぶんリサも気に入る」

 

「お、言ったな〜。……あ、美味しい」

 

「だろ」

 

 

 ふわふわしてるのに食感もしっかりあるし、おろしもマッチしてる。チーズの方は……うん!こっちも美味しい!

 

 

「ごちそうさま〜♪」

 

「少しゆっくりしてから行くか?」

 

「そうしたいけど混んできたし出たほうがいいかな」

 

「なら支払い済ませるか」

 

(えーっと、金額の半分出せばいいから…)

 

「会計はご一緒ですか」

 

「あ、べつ「一緒で」…雄弥」

 

「手早く済ませるだろ」

 

「そうだけど…」

 

 

 そう言って奢るつもりなんだよね。あとからアタシが払おうとしても絶対受け取らないだろうし。それなら今回はアタシが!

 

 

「10000円で」

 

「だからずるいってば!」

 

「何がだよ」

 

「アタシが払えないじゃん!」

 

「リサは払わなくていいぞ?」

 

「服も買ってもらってるのにご飯代まで出されちゃ…」

 

「楽器店いくならそれなりにお金が必要だろ?大事に持っとけ」

 

 

 アタシが黙り込むと店員さんも「えっと10000円でよろしいですか?」って会計を進めた。ごめんなさい店員さん、困らせちゃった。

 会計を済ませた雄弥と一緒にお店を出て次の目的地に移動する。アタシが黙ると会話がなくなるけど、そこまで苦じゃない。雄弥と話すのはもちろん大好きなんだけど、こうやって静かに二人で過ごすのも好き。…なんだけど、この辺りって。

 

 

「こっちってアクセショップの方じゃない?」

 

「リサがよくいくアクセサリーショップの近くに廃れたとこがあってな。そこいく」

 

「廃れたとこ…って、それ大丈夫なの?」

 

「穴場でいいとこだぞ。店長とはデビューの時からの付き合いだし」

 

「ええ!それは聞いてなかったな〜。…言われてみればたしかに楽器のこととかもアタシたち知らなかったけど。それって事務所の人がやってくれたりするんじゃないの?」

 

「事務所はたしかにやってくれる。だが、自分で使うやつは自分で探すさ。それに自分にあった弦とかピックとかがあるからな」

 

「あーそういうことか。そういうのってアタシも探したほうがいいよね」

 

「リサはその必要ない」

 

「…なんで?」

 

 

 本格的にやるならそういうのを探したほうがいいんじゃないの?雄弥はそうしたのに何であたしは駄目なの?

 

 

「今使ってるやつがリサにあってるからな」

 

「そ、そうなの?」

 

「始めた頃に何種類か弦試しただろ」

 

「あ…」

 

 

 そういえば始めた頃はすぐにコロコロと弦を変えてたっけ。てっきりあの頃は使い方が荒いからかと思ってたけど、アタシに合うやつを探してくれてたんだ。

 

 

「おじさんには世話になりっぱなしだな〜」  

 

「…そうだな。店についたぞ」

 

 

 ここが雄弥がお世話になってるお店。…たしかに言っちゃなんだけど活気がない気がする。場所がちょっと入り組んだとこだから、かな。なんかそういうとこってガラ悪い人達が集まりそうだけど。

 

 

「き、緊張してきた…」

 

「なんでだよ。弦買いに来ただけだろ」

 

「そうなんだけど、それなら町中のでもよかったじゃん」

 

「俺もついでに何個か買おうかと思ってな」

 

「廃れたとこで悪かったなお嬢ちゃん」

 

「うわっ!」

 

 

 びっくりしたー!いきなり出てきたしちょっと薄暗いところから出てきたからほんと怖いよ!!

 アタシが咄嗟に雄弥の背中に隠れて怯えてると雄弥が店長さん?の方に顔を向けながらちょっと身体の向きを変えてアタシの肩を抱きしめてくれた。そのことが恥ずかしくて完全に雄弥から離れるタイミングを失っちゃったんだけど、このままでいたいと思う自分もいる。

 

 

「リサを怖がらせるなよ。けっこう怖がりなんだぞ」

 

「…なんだ雄弥彼女つくったのか」

 

「彼女じゃない。幼馴染だ」

 

「ほう、この子が…」

 

「えっと、アタシのこと聞いてるんですか?」

 

 

 雄弥が打ち解けてるしこの人にお世話になったってのも、アタシが思ってる以上に助けられたってことなのかな。それにしても雄弥が自分からアタシや友希那のこと話したの?

 

 

「そいつに会った時に色々と聞き出させてもらった。今も大差ないがあの時は今以上に人間味なくてな」

 

「嵌められたようなもんだ。このおっさん話術が巧みなんだよ」

 

「はっはっは!あのときのお前にはまだ純粋さってのが存在してたってこった!今じゃ通用しねぇさ」

 

「…仲いいんですね」

 

「なんだお嬢ちゃん嫉妬か?おっさんに嫉妬しても仕方ねぇぞ?」

 

「ち、違います!」

 

 

 お店がある場所と雰囲気とはかけ離れたぐらい店長さんは気軽な人だった。雄弥が打ち解けたのも納得できる。

 店長さんがアタシをからかってると雄弥がわかりやすくため息をついて店長さんの意識をそらした。それだけで通じるってのも凄い気がする。アタシもそれぐらい察せる人になれるかな。

 

 

「今日はなにを見に来た?」

 

「ある程度察してるだろ。弦とピック、あとスティックの補充だ。それとリサの弦も買う」

 

「やっぱりか。ちょっと待ってろ」

 

 

 店長さんはそう言い残してお店の奥に入っていった。普通はお店にあるやつをレジに持っていくんだけど…。

 

 

「リサもう大丈夫か?」

 

「え?……!ご、ごめん//」

 

 

 すっかり忘れてたけど、さっきまでずっと雄弥に抱きしめられてるままだったんだ!しかも無意識のうちにアタシからも雄弥に腕をまわしてたなんて……。

 

 

(店長さんにそれを見られてたってことだよね!)

 

「すぐに戻ってくるだろうけどどうする?店の中見てみるか?」

 

「……え、あ、うん。そうしようかな」

 

「たいていのは1階にあるからグルっと見てこいよ。2階にはまた今度一緒に行こう」

 

「うん♪」

 

「ただし地下には行くなよ。降りる階段にも近づかないほうがいい」

 

「なんで?」

 

「別の店だから。それにあそこは強烈だし」

 

「…?よくわかんないけど近づかないようにするね」

 

 

 その地下の階段の位置を教えてもらってそこには近づかないようにしながらお店にある品を見て回る。個人経営のお店なのに品揃えが凄い豊富。定番なのはもちろんなかなか見つけられない種類のも置いてある。その分棚には数がないけど、たぶん倉庫かなんかにストックがあるんだと思う。

 

 

「…どうやって雄弥はここを知ったんだろ」

 

 

 デビューの時から利用してるというこのお店。当時の雄弥はまだ中学生だったのにこんなとこを知ってるなんて、アタシたちが知らない時期に何があったんだろ。紗夜と知り合ったのもその時期みたいだし。

 

 

「リサ。店長が戻ってきたぞ」

 

「あ、うん」

 

「………。このあとはカフェでいいか?」

 

「いいよ〜」

 

 

 雄弥についていって店長さんから弦を受け取る。アタシが使ってるのはどれかなんて言ってないのに使ってるのと同じやつを渡された。店長さんが言うには「指みりゃわかる」とのこと。雄弥の男の人の知り合いって常識はずれしかいないのかな?なんて思ってしまった。

 

「こんな店に女の子が来るなんて珍しいからな、金はいらねーぞ」

 

 店長さんはそう言ってすぐに店の奥に引っ込んでしまった。困ったアタシは雄弥に視線を送ると「諦めろ」って言われた。せめてもの思いでアタシは声を張って店長さんにお礼を言うことにした。

 

 その後行ったカフェでも雄弥には翻弄された。カップル限定メニューという言葉にときめいたアタシの反応を見逃さなかった雄弥がそれを注文したし、店員さんに「素敵な彼女さんですね」なんて言われたら雄弥が営業スマイル(作り笑顔)で「俺には勿体ないほどに」なんて言うし。

 アタシが顔を赤くしてるのに気にせずパフェを"あーん"させてくるのはもはや罰ゲームに思えたよ。そんなアタシたちの様子にどうやら若い女性店長さんはときめちゃったみたい。

 

「宣伝用にお写真撮ってもよろしいですか!」

 

「宣伝用?」

 

「はい!この限定メニューをもっと広めるために実際に食べてるカップルを撮って告知したいんです!」

 

「リサの意見は?」

 

「えぇ!アタシ!?」

 

 

 雄弥はこういうの気にしないから別に写真撮られるぐらい、とか思ってるんだろうな〜。芸能人なのに、アイドルなのに!

 

 

「雄弥はこういうのまずいんじゃ…」

 

「宣伝用なら仕事の一環とも言えるが?」

 

「あーたしかに…」

 

 

 なら問題ないのかな?……いやいやいやいや!何考えてんのアタシ!カップル限定メニューの告知用だよ!?あ、でも仕事の一環ってことなら…けどアタシは芸能人じゃないし…。

 

 

「……写真の側に一言添えてもらえます?」

 

「内容はどうしましょう」

 

「内容は──」

 

 

 

「ありがとうございました〜!これ次回にでもお使いください!」

 

 妙に元気さがました店員さんにそう言って渡されたのはこのお店のサービス券だった。今回みたいにお店に協力したら貰える特別なものなんだって。

 それと撮った写真はデータでアタシと雄弥の携帯に送られた。アタシは家に帰って自分の部屋で写真を確認して一人悶えることになるのだった。

 

 ちなみに撮った写真がお店の告知として使われたら一気に広まり、友達はもちろんRoseliaメンバーにも根掘り葉掘り聞かれることになるとは思ってなかった。

 

 

 

 




年齢=彼女いない歴な人間ですが、意外と捗りました。
そして自分でも予想してませんでしたが、次回に続きます。

☆9評価 俺達総帥さん 凛TKさん、倉崎さん ありがとうございます!
お気に入りが100件突破しました。これからも書いては編集してを繰り返して楽しんでもらえるものにしていこうと思います。


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8話

昨日のゆりしぃが出てたニコ生見ました?仲良く三人でただカラオケをするっていう最高の時間でしたよ。リリイベもファイナルライブも行けないからあれ見れてほんとによかったです。どうにかしてあの映像を保存したいものです。

失礼、今回は日菜ちゃん回です。


 

 俺たちのライブの日が近づいてきた。それはつまりパスパレのデビューライブが近づいていることも意味する。そして今日から色んな場所で一斉にポスターが張り出されるらしい。…ということは紗夜も日菜がギターをやる(もう始めてるけど)ことを知るのだろう。

 今日は打ち合わせぐらいですぐに解散となったのだが、俺は解放されなかった。別に呼び出されたとかじゃない。この前カフェでリサと撮った写真のことは、想定通り仕事ということで片付けることができたからな。

 

 さて、ではなぜ解放されないのかと言うと、

 

 

「ねぇねぇー!今からデート行こうよ〜!リサちーとデートしたってあたし知ってるよ〜」

 

 

 日菜に捕まったからだ。たしかに前に出かけるという流れにはなったが、デートとは言ってなかっただろ。男女で出かけたらデートになるのか?

 

 

「帰りたいんだが」

 

「いいじゃん!リサちーとは一日中だったんでしょ?今からだと半日だけのデートなんだよ?」

 

「関係ないだろ」

 

「ぶーぶー!いこーよー!」

 

「…わかったから離せ」

 

「ほんと!?やったーー!!」

 

「抱きつくな。離れろ」

 

 

 腕にしがみつかれていたから離れろといったのに、OK出した瞬間抱きついてきた。事務所の中だからいいが、これが外でスクープ大好き人間に写真撮られたら大変なことになるんだぞ。(事務所が)

 

 

「で、どっか行きたいとこでもあるのか?」

 

「ううん!何も考えてないよ!」

 

「…よくそれで誘ったな」

 

「元々誘う予定はなかったんだけどね〜。ユウくんがいるの見たらるんっ♪てきたんだ〜」

 

 

 つまり完全に気分で決めたと。…なんでもいいけどよ。あ、晩飯はどうするか聞いとかないとな。家に連絡しないといけないし。

 

 

「晩御飯?一緒に食べようよ〜。リサちーには手厚くしてたんでしょ?」

 

「なんか対抗しようとしてない?」

 

「リサちーの邪魔はしたくないけど、あたしだってユウくんと遊ぶの好きだからさ〜」

 

「リサの邪魔?」

 

「ユウくんにはわからないことだから気にしないでいいよ。厄介事ってわけでもないし」

 

「そうか」

 

 

 棘のある言い方だが、実際に俺がわかることじゃないのだろう。いつもふざけてるような日菜が真面目な顔で言うのだから。

 

 

「今日は晩飯食べたらそれで終了、でいいな?」

 

「ま、仕方ないか〜。帰りが遅いとあたしも怒られちゃうし」

 

「決まりだ。それじゃあ出発するぞ。どこ行くかは歩きながら考えればいいだろ」

 

「時間がもったいないもんね」

 

「……だから離れろ」

 

「じゃあその代わりに手を繋ぐからね〜♪」

 

 

 そう言って俺の手を取った日菜は急かすように引っ張る。走ると危ないから早歩きぐらいのペースでそれに応えるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 デート♪デート♪何すればいいかなんてわかんないけど、デートしてるって思うだけでるるるんっ♪てきちゃうな〜。リサちーにバレたら何か言われそうだけど、ちょっと遊ぶぐらいは許してくれるはず。

 

(こうやって一緒に遊ぶのも2年ぶりぐらいかな?) 

 

 お姉ちゃんがだんだんあたしのことを避けるようにって、中学生のときに出会ったユウくんにいつも相談してたっけ。まー相談って言ってもユウくんは対人関係のことが一番わからないから、あたしがすっきりするまで話を聞いてもらうってだけだったけど。

 …あ!お姉ちゃんのことが嫌いだったとかじゃないからね!ユウくんに話すことであたしの中の不安をちょっと和らげたってことだから!お姉ちゃんのことは嫌いになったことなんてない。昔っから大好きなんだ〜♪

 

 

「あ!ユウくんここ行こうよ!」 

 

「…展望台?ちょっと距離あるんじゃないか?」

 

「だからいいんじゃん!今からならちょうど夕陽が見れるだろうし、戻ってきてご飯食べる、どう?」

 

「珍しくまともな考えだな。そうしようか」

 

「ちょっと引っかかるけど…ま、いいや!早く行こ〜」

 

 

 そこまではバスで行けるみたいだし、バス停もすぐそこにある。あとはバスの時間が気になるぐらいかな。

 ユウくんの腕をグイグイ引っ張ってるけど、ユウくんはなんだかんだであたしに合わせてくれてる。手を繋ぐのをやめて腕を絡ませるけど、ユウくんは何も言ってこない。

 

 

「タイミングがいいな」

 

「え?…ほんとだ。あと2分で来るなんてラッキーだね♪」

 

「ああ」

 

「ユウくん…怒ってる?」

 

「は?なんで?」

 

「だってあたし腕絡ませてるんだよ?手を繋ぐって言ってたのに」

 

「気にするなら最初からやるなよ。……怒るようなことでもないだろ。今日は日菜の好きなようにすればいい」

 

「……うん!」

 

 

 やった!ユウくんにまで避けられるようになったらあたし壊れちゃうかも…、その心配は必要ないみたい!よーし、今日はとことん甘えちゃおーっと。

 

 

「………バスってなんでこんな酔うんだろうな」

 

「あ、そういえばユウくん乗り物苦手だったんだよね。ごめんね」

 

「……空と、海なら大丈夫だ。……陸のはダメ」

 

「陸上を生きる人間なのにね」

 

「………せめて、窓を開けれたら。…このバスは無理なタイプか」

 

 

 目的地までもう少しあるんだけど、ユウくん大丈夫かな…。顔色も悪くなってきちゃってるし、どうしよう、どうしよう。あたしが展望台行きたいなんて言ったから…。

 あたしが俯いてるとあたしの頭にそっと手をのせられて、そのまま優しく引き寄せられた。こてん、とあたしの頭があたったのはしんどそうに窓にもたれてるユウくんの胸だった。ユウくんの方を見ると、あたしの目を見ながら優しく頭を撫でてくれた。

 

 

「自分を責めるな」

 

「で、でもあたしが行きたいって言ったからユウくんがしんどい思いしちゃってるんだよ」

 

「反対しなかった俺に責任があるんだ。日菜は悪くない」

 

「そんなことない。そんなことないよ。悪いのはあたしだよ…」

 

「……それよりさ、いつもみたいに明るい日菜でいてくれよ」

 

「…え?」

 

「そのほうが酔いも気にならなくなるだろ?」

 

「…う、うん!」

 

 

 そこからあたしはいっぱいユウくんと話した。ユウくんの気が紛れるように笑顔で、今までるんっ♪てきたことをいっぱい話した。

 その効果が出たのか、ユウくんの顔色も少しはマシになったんだ〜。それでね、降りる場所に着くまでユウくんがずっとあたしの頭を撫でてくれてたの!そのことにるるるるんっ♪てなっちゃった!

 

 

「着いたな」

 

「着いたね〜。ユウくん具合は?」

 

「日菜のおかげでマシになった」

 

「それならよかった〜。それじゃあ展望台に登ろっか!」

 

「ああ」

 

 

 二人分のチケットを買って(ユウくんが奢ってくれた。リサちーも言ってた、ユウくんは相手にお金を使わせないって)エレベーターで上まで上がっていく。

 時間は想定通り夕方。だから町が綺麗な夕陽で染まっているのを見渡すことができた。

 

 

「綺麗だね〜」

 

「そうだな」

 

「…ユウくんに無理させちゃったけど、来れてよかった」

 

「日菜がそう思えるならこれぐらい付き合うぞ」

 

「あはは、ありがとう。けどそんな頻繁にこういうとこ誘うのはやめとくよ。あたしはユウくんにしんどい思いをしてほしくないから」 

 

「……そうか。…偶には呼ぶんだな」

 

「うん。だってあたし星空見るの好きだからさ。ユウくんと一緒に天体観測してみたいし」 

 

「わかった。その時が来れば予定を空けとく」 

 

「ほんと!?ありがとう!ユウくん大好き!!」

 

「そういうのは惚れた男ができた時に言え」

 

「…はーい」  

 

 

 惚れた男に、か。…あたしがそう思える相手なんてできるのかなー?今はあたしにとってユウくんが一番なわけだし。これが異性としてなのかはあたしにはわからないけどね。

 

 

「帰りのバスの時間見たか?」

 

「……見てなかったね」

 

「なら降りるか。日もだいぶ落ちてきてるわけだし」

 

「そうだね」

 

 

 展望台から降りてバスの時間を見ると今度は10分後だった。さすがに行きも帰りもピッタリ、なんてことにはならなかったよ。

 

 

 

 

 

 

「う〜ん♪ほんとに綺麗だったね〜」

 

「そうだな。それで何か食べたいものあるか?」

 

「なんだろうな〜。とりあえず薄味なのは嫌!」

 

「そういやそうだったな」

 

 

 特に豆腐とかほんとに駄目なんだよね〜。あれって味ないじゃん!豆腐の魅力なんてさっぱりだよ!あたしからしたら皆無だよ!

 

 

「あ!ここにしようよ!」

 

「イタリアンか」

 

「ユウくんもここでいい?」

 

「いいぞ」

 

 

 2年前はユウくんと色んなお店行ったけど、なんだかんだでイタリアンは行ったことなかったと思う。せっかく久しぶりにご飯食べに行くんだもん、行ったことない場所にしたいよね。

 

 

「うわ〜!綺麗なお店だね!」

 

「そりゃあここは高級な店だからな」

 

「え、そうなの?」

 

「わからないで言ってたのか…」

 

「じゃあ、あたしたちだと場違い?」

 

「そうでもないだろ。日菜はデビュー直前のアイドルで、俺は現役の芸能人だからな。それに…」

 

「それに?」

 

 

 あたしたちが入り口で話していると、店員さんが近づいてきた。名札を見るとどうやらオーナーさんみたい。……オーナーって接客する人だっけ?

 

 

「お久しぶりでございます。湊様、今日はお二人様でよろしいでしょうか?」

 

「お久しぶりですオーナー。はい、今日はこの通り二人ですし、プライベートです。この子がここで食べたいと言ったので寄らせてもらいました。席は空いてますか?」

 

「左様でしたか。ありがとうございます。個室が空いておりますのでそちらにご案内させていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

(え、え?え?ユウくんってそんな大物だったの?高級店のオーナーと知り合い?)

 

 

 あたしが固まってると、ユウくんに手を繋がれて先導される。お店の雰囲気にあてられたのか、なぜかあたしは今すごく恥ずかしくって顔を赤くして視線を下げてユウくんについていった。

 案内された部屋のドアを見ると『VIP』の文字が…。あたしの処理能力を超える出来事の連発であたしはフリーズするしかなかった。

 

 

「日菜大丈夫か?調子が悪いなら」

 

「だ、大丈夫。調子が悪いとかじゃないから」

 

「それならいいが」

 

 

 メニュー名だけじゃどんなのか判断できなかったけど、その度にユウくんが説明してくれた。それでるん!ってきたのを注文したんだけど、混乱から抜けれなかったあたしはユウくんに食べさせてもらうことになっちゃった。それでさらに思考が停止したんだけどね。

 

 

 

 

「あの店どうだった?」

 

「美味しかった、かな?正直あんまわからなかったよ」

 

「なんか混乱してたみたいだからな。ま、日菜もまた行くことあるんじゃないか?」

 

「そうなの?」

 

「もしかしたら、な」

 

「へー」

 

 

 すっかり日が沈んだ町の中を二人並んで歩く。ユウくんがあたしを家まで送っていってくれるんだ〜♪るるるんっ♪てきたから今もユウくんの腕に抱きついてる。なぜかいつもより落ち着くというか、居心地がいい感じ…。

 

 

「ほら家に着いたぞ」

 

「…もう着いちゃったか〜」

 

「なにを残念がってるんだよ」

 

「えへへ……」

 

「日菜?」

 

「……えい!」

 

「…っ、!!」 

 

「っん」

 

「…お前、なにして」

 

「あはは!ユウくんでもびっくりすることあるんだね!それじゃあまたね〜、おやすみ!!」

 

(リサちーの邪魔にはなりたくない…んだけどな〜。…たまになら、いいかな)

 

 ユウくんの呆けた顔なんて始めてみた。もしかしたらあたししか見たことないのかも知れない。そう思うとすごく嬉しかった。寝るときにこのことを思い出して、その度になぜか恥ずかしくって落ち着かなかった。…お姉ちゃんに静かにしなさい!って言われちゃった。




え、メインヒロイン?もちろんリサですよ。ただ氷川姉妹も好きなんです。そんなに焦点が当たるかはわかんないですけど。

☆9評価 ゆう@0119さん ありがとうございます!


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9話

大学の講義中、バイト中、睡眠中にイベントのランキングが落ちていきます。歯がゆいです。


 パスパレのポスターが張り出されたからなのか、練習中紗夜の気が立っていたらしい。というか友希那に帰らされたとか。リサと電話した時にそう聞いた。

 

 

(バンドに私情を持ち込むな、ね)

 

 

 当の本人の理由がアレ(・・)な気もするが、まぁ部外者がとやかく言うものでもないか。RoseliaのことはRoseliaのメンバーで越えていけばいい。

 …のだが、なぜかRoseliaが雑誌に写真付きで載せられたことの記念お茶会こと"Roselia雑誌掲載記念お茶会"に呼ばれた。そのまんまだな…。指定された喫茶店に行くと、そこには呼び出し人のリサとRoseliaのメンバーのあこと燐子がいた。友希那と紗夜がいないのは予想通りだ。

 

 

「あ!雄弥さんだ!」

 

「こんにちは…」

 

「なんか会うの久しぶりな気がするな」

 

「最近雄弥忙しいみたいだからね〜。あたしはともかく、実際燐子とあこに会うのは久々なんじゃない?」

 

「…そうだったか」

 

 

 なるほど、それなら久しぶりってことで合ってるのか。それに燐子に会った回数はまだ片手で数えれる程度だな。リサの隣の席に座って店員に紅茶を注文する。デザートはいらない。来る前にAugenblick(アウゲンブリック)での全体練習で食べてきたからな。パンケーキの投げ合いになったが。

 

 

「そういえば、雄弥さんは雑誌見てくれました?」

 

「まだ見てないな」

 

「えー、超超カッコイイのにー」

 

「…統一感は、その…あれですけど」

 

「あはは〜、あたしが浮いてるからね〜。はぁ…」

 

「……あー、ギャルだからか」

 

 

 答えを言い当ててしまったからなのか、気にしていたのか、リサに小突かれながら燐子から雑誌を借りてRoseliaのページを開く。そこには予想通りリサ一人が浮いてる写真があった。リサの方をジッと見ると頬をかきながら苦笑して目をそらされた。

 

 

「……それで…Roseliaの、ライブ衣装を…作ることに…なりました」

 

「りんりんは服作れるんですよー!あこのこの服もりんりんが作ってくれましたし!」

 

「…まじか。レベル高いな」

 

「…そんなことは」

 

「いやいや燐子はもっと自信持っていいって!あたしでも服は作れないし」

 

「そうだな。リサには無理だな」

 

「……なんか棘がある言い方」

 

 

 リサに軽く睨まれるも、事実だしなーと軽く流していると向かいの席に座ってるあこが目を輝かせながらこっちを見ていた。

 

 

「どうかしたか?」

 

「いやー、雄弥さんとリサ姉ってすっごく仲いいんだなーと思って。強めに言われても許してるところとか」

 

「ま、雄弥のことでいちいち気にしてたらね〜。そこは長年の付き合いってやつかな☆」

 

「……今井さんは…雄弥さんのこと…大切に思ってるんですね」

 

「なっ!!」

 

 

 リサのやつ大丈夫か?一瞬で顔を赤くしてるんだが…。

 

〜〜〜〜〜

 

 

 り、燐子って意外と爆弾発言するんだね。そ、そりゃあ大切だよ。けど大切な幼馴染であって、そういうのじゃ…。

 

 

「ほ、ほら雄弥ってほっといたらどうなるかわかったもんじゃないからさ」

 

「我ながら否定できないな。今だと仕事に没頭するだけになるんだろうが……」

 

「ね?だからアタシがついてないとなーって。友希那も友希那でほっとけないから、纏めて見てるって感じ。それだけだからね!」

 

「ふふっ…わかりました」

 

「?」

 

 

 うぅー、燐子のあの感じ、絶対信じてないなー。雄弥なんてなんのことかわかってないみたいだしさ。

 雄弥とは幼馴染だから…、そうそれだけのはず。それ以上は望んじゃいけない(資格がない)んだから。

 アタシが視線を落としてるとすぐに頭に手が置かれる。それはやっぱり雄弥の手で、本人はなんでアタシがこうなってるのかわからないんだろうけど、それでもこうやって優しく頭をなでてくれる。

 

 

(こういうとこだよ…。こういうとこがあるから、アタシは雄弥から離れたくないって思っちゃうんだ)

 

「なにを落ち込んでるかは俺にはわからない。けどリサが自分を殺す必要なんてない」

 

「え?」

 

「リサはいっつも周りを優先する。自分のことは必ず二の次だ。それはリサの性格なんだろうけど、もっと周りを頼っていい。もっと甘えていいんだ。すぐには難しいかもしれない。それなら幼馴染の俺を使えばいい」

 

「雄弥…」

 

 

 ほんと…アタシの気持ちなんて知らないくせにさ。なんで…そうやってアタシが求めるようなことを言ってくるのかな。けど、

 

(…そうだね、たまには雄弥を頼らせてもらおうかな。まずは今ちょっとだけ甘えさせてもらおうかな)

 

 瞳を閉じて雄弥の腕に自分の腕を絡めて、雄弥の肩に頭を乗せるように体ごと雄弥の方に傾ける。

 

 

「……りんりんどうしよう。あこ、今すごくここにいちゃいけない気がしてきたよ」

 

「…そうだね。……私も…場違いな…気がする」

 

 

 ……あ。そうだったー!!あこと燐子が目の前にいるんだった!!ほんとになにしてるんだろアタシー!

 

 

「ご、ごめん2人とも!こ、これは、その」

 

「…いいんですよ…今井さん。……雄弥さんの…言うとおり……こういうときに…気を抜いてください」

 

「あこ、リサ姉のこと好きだから、リサ姉には無理してほしくないし」

 

「だ、だから!」

 

 

 燐子がものすごく慈愛に満ちた表情で言ってくるし、あこの純粋な感性が確実に今のアタシに追い打ちをかけてるよ。ほんとに、恥ずかしい…。

 すぐに雄弥から離れたけど、完全に離れるのが寂しくて手だけは繋げたままにしてる。これならテーブルに隠れてるから2人にはバレないはずだし。

 その後は4人で雑談したり、ライブに向けての話とか、話題が尽きることがなかった。夕方ぐらいまで喫茶店で話しこんじゃって、雄弥の携帯にマネージャーさんから電話がきたことをきっかけに今日はお開きになった。

 

 

「なんの話だったの?」

 

「今度使う機材の確認だった。たいていのことは自分たちで決めれるからな」

 

「え、スタッフさんと話し合って決めるとかじゃなくて?」

 

「ああ。デビューした頃に勝負して勝ったからな。ライブのことはほとんどを自分たちで決めれるようになった」 

 

「…たまに雄弥のことがわからなくなるな〜」

 

「事の発端は俺じゃないからな?リサが知ってる通りの俺だよ」

 

「……だといいなー」

 

 

 雄弥のことでアタシが知らないことはいっぱいある。出会う前のことは雄弥の記憶がないから知らないし、出身も肉親もわからない。雄弥がデビューし始めた頃のこともアタシも友希那も知らないし、聞き出す勇気がない。けど、知りたいとは思う。身勝手なことだけど…。

 

 

 

「それに、俺はリサのことも友希那のこともわかってない。何年も一緒にいるのにさっぱりだ」

 

「それは違うよ。雄弥はアタシたちのことをわかってくれてる」

 

「……お前たちの気持ちもわからないのにか?」

 

「うん。そういうのを汲み取るのが苦手な人だって世の中にはいっぱいいるだろうし、身近な例だと日菜がそうでしょ?」

 

「……そう、だな」

 

 

 これは…半分は納得できるって反応かな?

 

 

「一般論ではそうだとしても、俺には当てはまらない…って考えてる?」

 

「……リサは人の考えがわかるのか?」

 

「あはは、そんなことないってば〜。雄弥と友希那のことはわかりやすいってだけだよ」

 

「そうなのか…、噂をすればってやつだな」

 

「へ?…あ、友希那ー!」

 

 

 家の近くまで行くと、ちょうど友希那も帰りだったみたい。アタシの声に友希那が反応して足を止めてくれる。お茶会のこと言ったら練習しなさいって言われちゃった。もちろんこの後家で自主練するから大丈夫☆

 

 

「そうそう、Roseliaのライブ衣装作ろうって話になったんだけど。いいかな?」

 

「…それくらいなら構わないわ。好きにしなさい」

 

「やった!……友希那なにかあったの?」

 

「っ!………別に、なにもなかったわ」

「そ、そっか。友希那がなにか悩んでるように見えたけど、アタシの思い過ごしだったみたいだね。……あ、あははは〜」

 

「それじゃあ、私家に入るから」

 

「あ、うん。…友希那、一人で抱え込まないで、悩んだらアタシたちだけにでも相談して?」

 

「……ありがとう」

 

 

 友希那はやっぱり何か悩んでる。それが何なのかわからない。無理に聞き出すこともできないし。けど、アタシは友希那を支えたい。友希那のお父さんのことも知ってるから。

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

「…いや、今はいいや」

 

「ええー。気になるじゃん」

 

「…じゃあちょっとだけ。RoseliaのことはRoseliaで解決しろよ」

 

「へ?それは当たり前なんじゃ…」

 

「近いうちにわかるさ」

 

 

 どういうことなんだろ…。たしかに紗夜のことは雄弥に電話で話したけど、あれは紗夜と日菜の問題なわけだし。…そりゃあ練習に影響でてくるならフォローするつもりだけどさ。それと雄弥に甘えてはいいけど、Roseliaで何かあったときは手を貸してくれないってことだよね?

 

 

「……なんだかんだでRoseliaって不器用だよな」

 

「雄弥にだけは言われたくない」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 はぁー、なんで私は迷ってるのかしら。FWFに出ることが私の目標なのに。Roseliaはそのための手段として集めたのに。より確実な手段が提示されたのに、なんで私は…。

 

 

「有力なとこに声でもかけられたのか?」

 

「雄弥!?……なんで勝手に部屋に入ってきてるのよ」

 

「返事がなかったからな」

 

「…そう。……なんでわかったのかしら」

 

「友希那が悩むのって音楽以外にあるのか?…むしろなんでリサがわからないのかが俺にはわからないぐらいだよ」

 

「…心外ね」

 

「え?他にあるのか?」

 

 

 ……悔しいけど咄嗟に出てこないわね。話がそれてきたわね。雄弥はこんな話をしに来たわけじゃないはず。

 

 

「それで雄弥は何を私に言いに来たのかしら?」

 

「リサにはさっき言ったがRoseliaのことで悩んでも俺は手を貸さないってことを言いに来た。よっぽど迷走しない限りは、だけどな」

 

「むしろそれが当然ね。私たちの指導役をしてもらってるけど、あくまであなたはAugenblickのメンバーなのだから」

 

「ああ。……友希那」

 

「………なにかしら」

 

「間違えるなよ」

 

「それは…どういうことかしら」

 

「それは言えん」

 

「…そう」

 

 

 わからない。私自身の悩みも、雄弥が危惧してることも何もわからない。私はいったいどうしたら…。

 

 




基本放置が主人公のやり方です。でも筋は通します。恩があれば返します。
☆9評価 RYUさん ありがとうございます!


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10話

・ライブブーストの回復アイテムも尽き、スターも尽きました。ちくしょー!
・スヌーピーの作者曰く、人は気持ちが落ち込んでる時ほど良い作品を作れるとか。ってことは最近気持ちが上向きな僕はそろそろ限界がくるんですかね。
・投稿時間ってみなさん的に何時がいいですかね?このままでいいですか?


 …何があってこうなったのだろうか。

 現状を確認しよう。俺は今日、事務所にある自分の部屋にいた。練習は個人練習だけだから、学校に通っていない俺は午前中と昼間に練習し、クールダウンを終えてから服を着替えた。それから少しゆっくりしようと思って休憩がてらスケジュールのチェックを始めたんだ。そうしてたらリサが押しかけてきて抱きつかれた。ちなみに泣いている。

 突然のことだ、意味がわからないだろう。俺もわからない。わかるのはなぜか芸能事務所に入り込めてるリサが抱きついて泣いていること。以上だ。

 

(……Roseliaが解散でもしたのか?…いや流石にそこまではいかないか)

 

 心当たりはそれしかない。というかそれ以外のことは知らない。バイトのことはあまり聞かされてないし、部活のことも聞いてないからな。

 

(リサっていろんなことやりすぎじゃないか?いつか倒れてもおかしくない気がしてきた)

 

 

 なんて考えながらとりあえずリサをあやす。こちらもそっと抱きかえし、落ち着かせるためにゆっくりと髪を撫でる。

 

 

「……落ち着けるか?」

 

「…もう、ちょっと」

 

「ゆっくりでいいぞ」

 

「うん…」

 

 

 なるほど、確信した。Roseliaで何かあったんだろう。そしてリサが泣くということは、その中心には友希那が関係している。…と、なると……いや憶測の域は出ないし、リサに聞くしかないな。

 

 

「…ぐすっ。……ありがとう、もう大丈夫…だから」

 

「…そうは見えんが、リサがそう言うなら……リサ?」

 

「雄弥に甘えていいんでしょ?」

 

「……好きにしろ」

 

 

 リサは泣きやんで離れたと思ったら俺の体を背もたれ代わりにした。お互いに背中を合わせるとかじゃなくて、俺の胸にリサの背中が寄りかかってくるほうだ。

 

(まぁ座椅子に座ってるから自然とそうなるか)

 

 俺の部屋にも西洋風のいわゆる普通のイスはある。が、それとは別に部屋の一部は畳があってそこにはちゃぶ台と座椅子がある。もちろん座布団も。何でかというと和風が好きだからだ。

 

 

「…こうやって甘えるの小学生以来だね」

 

「中学入ってからはなかったな。思春期がどうとかで」

 

「雄弥には思春期なんてなかったもんね」

 

「みたいだな」

 

 

 男子たちは急に下ネタに目覚め始めてたな。わけがわからん。女子は女子で、恥じらいを覚えるか……ぶっとんだ思考になるかだな。…女子もわけがわからんな。

 

 

「Roseliaで何があった」

 

「…すぐに本題に入るんだから」

 

「多少は待った」

 

「……そう、だね」

 

「まだ無理そうか?」

 

「…ううん。話せる、かな」

 

 

 そう言いながら両手で俺の両手を引き寄せる。ふむ、まだダメだったみたいだ。…やっぱり俺には人の気持ちがわからないということか。だが、今リサが求めてることはたぶんわかる。

 

 

「雄弥?」

 

「これでいいんだろ?」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 リサの体を包むように腕をまわす。どうやらそれが正解だったらしく、リサは完全に体をこちらに預けてから今日の出来事を話してくれた。

 友希那が業界の人と話していることをあこと燐子が目撃+視聴。Roseliaを仲間として見ていなかったことに紗夜も失望して出ていったこと。友希那の居場所ができたと思ったらバラバラになったことが、それを止められなかったことが悔しいみたいだ。

 

 

(姉は何をしているんだか……俺の姉らしいと言えばらしいけど)

 

「アタシ…どうしたらよかったのかな…。友希那の目標は知ってるし、それを支えたいけど…、Roseliaにそのことを話せなかった」

 

「そこは友希那の責任だろ。……リサはこのままでいいと思ってるか?」

 

「そんなことない!アタシはRoseliaが好きだもん!最近は友希那も昔みたいに歌うときに笑顔が出るようになったし、みんなも演奏するとき笑顔でアタシも楽しいもん」

 

 

 リサは視線を下げてはいるが、それでもはっきりと自分の思いを吐き出した。…ほんと、俺のとこ来なくても解決できただろうに。

 

 

「答え出てるじゃないか」

 

「え?」

 

「Roseliaをこのままで終わらせたくない。それがリサの思いなんだろ?ならあとは行動に移すだけだ。Roseliaのみんなが、なにより友希那が気づいてないことを教えてやれ」

 

「みんなが…気づいてないこと」

 

「さっき自分で言ったことだぞ?」

 

「……あ」

 

 

 やっと気づいたようでリサは表情を明るくしてこっちに視線を送ってくる。その表情からリサの答えと俺が考えた答えが一致しているであろうことを察する。

 

 

「それじゃあ、さっきも言ったがあとは行動するだけだ。不器用なメンバーを再集結させてこい」

 

「あはは、だからそれ雄弥に言われたくないことだと思うよ?……ごめんね、結局頼っちゃって」

 

「リサもまだまだ子供ってことだな」

 

「ふーん…そんなこと言うんだ。ま、いいか。それじゃあ行ってくるね♪」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 どうやら完全復活できたようだな。ウィンクして出ていったし。…具体的にどう動くのかは知らないが、あの様子だと問題ないだろう。その答えは家に帰った時に友希那の様子を見ればわかる。…俺はもう少しここに残る必要がある。やることが増えたからな(・・・・・・・・・・・)

 リサがなぜ難なく芸能事務所に入ってこれたのか。まっすぐ俺の部屋に来れたのか。それは、

 

 

「…隠れてないで部屋に入ってこいよ」

 

「やっぱバレてたか」

 

「疾斗、何考えて動いた」

 

「抽象的だな。…ま、事務所の前で女の子が泣きそうになってたら気にかけるだろ。深入りはしねぇよ」

 

「どうだか…。で、残りの二人は?」

 

「ははっ!さすがだな〜」

 

 

 疾斗が残って他二人がいなくなることはないだろ。特に大輝は。

 

 

「いやー、盗み聞きする気はなかったんだぜ?」

 

「嘘つけ。というかそんなことする暇あったらさっさとパン屋の娘に告白してこい」

 

「うぐっ…それは、まぁ…な」

 

「ヘタレが」

 

「……俺だけ当たり強くね?」

 

「一番興味津々だったのはどうせ大輝だろ」

 

「それも正解だね。僕はまぁ成り行きかな」

 

「愁!それはせこいぞ!」

 

 

 なんか大輝のやつが喚いてやがるが、そんなんどうでもいいんだよ。何かしらの罰ゲームは三人に用意するからな。……ライブでアドリブさせるか。

 別に俺は気にしないが、リサがこのこと知ると怒るだろうからな。罰はこちらで執行しとけばいいだろ。今はRoseliaのことに集中させたいしな。

 

 

「……なんか雄弥の沈黙が怖いんだけど」

 

「しゃーない。大人しく罰を受けるとしようぜ。何させられかわかんねぇけど」

 

「そういう沈黙なのか…」

 

「それについては追々でいいさ。それより他にも用があるんだろ?疾斗がいるわけだし」

 

 

 俺が言えたことではない(らしい)のだが、疾斗は自由奔放な人間だ。我が道を行く、それを体現してるとも言っていい。もちろんそれは本人の信条にもとづいているわけだが。つまり、普段ならリサを案内してそこでいなくなるはず。そうじゃないということは、別件だろう。

 

 

「本題は今週末に迫ったライブのことだ」

 

「ライブ?なにか問題があったっけ?」

 

「またなんか思いついたとかか?」

 

「いや、俺達のじゃない(・・・・・・・)

 

 

 なるほど、パスパレのデビューライブのことか。たいして興味ないからどうライブするのかは知らないが、三人の真剣な顔を見ればある程度のことは察せる。だが、ここは俺も内容を知っておいたほうがいいのだろう。Augenblickとしてなにかするのだろうから。

 

 

「大輝、知ってることを話せ」

 

「逆になんでお前は知らないんだよ……。ったく、デビューライブといや聞こえはいいが、口パク、エア演奏で乗り切らせるらしい」

 

「…練習の意味は?」

 

「元から無かったんだろうね。とりあえず先にファンを集めて後から追いついた実力を見せさせる、そんな考えでもしてたんじゃない?」

 

「なるほど」

 

 

 なるほどなるほど、そういうことか。だから疾斗がキレてるのか(・・・・・・・・・)。バレれば即刻活動停止。最悪の場合芸能界いれなくなるし、デビューでやらかしたとなればマスコミが食いつく。そうなればあの五人はそれを一生引きずってこれから生きていかないといけない。

 

 

(上は失敗するなんて考えてないんだろうが、リスクがあまりにもデカすぎる。事務所にとってはただのヒヨッコ。トカゲの尻尾切りみたいな考え方でもしてるのか)

 

「そんなわけで俺たちはもしもの時フォローすることになる」

 

「とはいえ最終的にはあいつらがその場で乗り越えられるかだ」

 

「わかってる。だから手伝えることは手伝う」

 

「へー」

 

「雄弥は興味ないのか」

 

「後輩だろうが興味ない」

 

「テメェ」

 

「ただし」

 

「あん?」

 

「リーダーがご立腹ならそれに付き合うさ」

 

「素直じゃないね」

 

「ははっ。んじゃま意見が固まったところでやりますか!」

 

 

 疾斗は案外周りのことを大切にする人間だ。『悲しみが待ってる未来ならどんなことをしてでも変えてやる』なんてことを言ってのけたこともあるしな。その手段の一つとしてアイドルはたしかに有効なんだろう。そしてそんなアイドルになる後輩たちを守りたいんだろう。

 

(ほんとうちのリーダーは難儀な性格だな)

 

 まぁただ、それに付き合って退屈したことはないから俺も手伝うんだがな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい雄弥」

 

 リビングに行くとそこでは友希那が待っていた。リサの働きかけがうまいこといったのか、友希那の表情はいいものになっていた。

 

「友希那……」

 

「…あなたに忠告されていたのに私は間違えてしまったみたいだわ」

 

「リサから聞いた。それで何かに気づいた友希那はどうするんだ?」

 

「それも考えてあるわ。明日メンバーを集めるわ」

 

「…ま、考えがあるならそれでいいさ」

 

 

 目に力がこもってる。いい方向に進むだろうし、Roseliaもやっとバンドとして最低限のラインに立てるだろう。

 

 

「……私は馬鹿ね。リサに言われないと何にも気づけないんだもの。雄弥に言われたこともその時にならないとわからなかったわ」

 

「すぐになんとかできるようにはならないだろ。自覚できたなら少しずつでも前に進め。友希那は急ぎ過ぎなんだよ」

 

「けれどこれは私の性分だから…簡単には治せないわ」

 

「だからゆっくり、な。ひとまずはFWFにむけて、それが終わったら一旦自分を見つめ直せばいい」

 

「そうするわ。……ありがとう、それとこんな姉でごめんなさい」

 

「謝るな。俺は友希那にもリサにも返しきれないものを貰ってる。できるだけのことを返すだけだ」

 

「それでも、ありがとう雄弥」

 

「…はぁ、それなら受け取るが、俺よりもリサに感謝しろよ。相当動いたことだろうしな」

 

「わかってるわ。それも明日リサに直接言うつもりよ」

 

 

 随分と素直な反応だな。ま、珍しいものが見れたからそれでいいか。これで俺も自分のことに集中できる。

 




疾斗はこころみたいにみんなの笑顔が大好きな人間です。
☆9評価 Faizさん 優希@頑張らないさん ありがとうございます!
☆4評価 アスパラーメンさん ☆1評価 このよさん ありがとうございます!手厳しい評価でございます。
それと、誤字報告ありがとうございます!こんな小説でも指摘してもらえるなんて、気をつけて書きますがまた間違えてたら指摘してください。


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11話

投稿時間はこのままで行きまする。


 俺たちAugenblickのライブがついに明日にまで迫ってきた。それはつまり今日がPastel Palletsのデビューライブということだ。観客に気づかれることなく、何もトラブルなく終えることができるのか…。

 

(疾斗の予想ではそれは無理なわけで、だからこっちも動いているわけだが)

 

 何もないならそれがいいんだよな〜。彩のやつは口パクでやれと言われたのがショックだったみたいで、昨日話に付き合わされた。

 

ーーーーーーー

 

『私、ずっとアイドルに憧れてたんだ』

 

『知ってる』

 

『だから、2年頑張って…やっとの思いで仕事が貰えたのがすごく嬉しかった』

 

『だろうな』

 

『すごくすごく、嬉しかったから…だから一生懸命練習して、いっぱい練習して、歌えるようになったのに……』

 

『その必要がなかったわけだ』

 

『っ!!もう、わけがわからないよ……なんで、なんでなの!?たしかにギリギリまでできなかったけど、それでもやっと人前に立てるレベルになったのに!Augenblickのみんなもこれなら大丈夫だろうって言ってくれたのに!』

 

『そうだな』

 

 

 とりあえず彩が落ち着くまで話に付き合うしかないか。…てかなんでこういう時って俺の部屋に来るんだろうな。いやまぁ、たしかに人目を気にしなくていいんだけどさ。

 

 

『…彩。泣きたきゃ泣け。吐き出したいことは全部今吐き出せ。そんなのを抱えたままじゃ明日もたないぞ』

 

『……でも』

 

『部屋に押しかけられてる時点で迷惑云々は今さらって話だ。遠慮しなくていい』

 

『う…うぅ……』

 

 

 やれやれ、この時期ってのは女子が泣く時期って決まってるのか?大輝も愁も幼馴染がどうのって言ってたし。…疾斗は面白い子がなんとかしてくれそうとか言ってたが。間違いなく周りをブン回すタイプの人間だな。そういやこういうのも疾斗の方が向いてる気が…。

 

(…こうやって話を聞いても同情することがない俺はやっぱ人じゃないんだろうな)

 

 

 

 

『……ごめんね。もう落ち着いたから』

 

『ならいい。それはそうと、練習したことは無意味じゃない』

 

『うん。まだまだ先があるもんね。その時にいきてくるんだよね』

 

『それもあるが…珍しく半分正解ってとこだな』

 

『珍しくって……。それより半分ってどういうこと?』

 

『それは教えない』

 

『ええー!教えてよ!』

 

『教えたら明日集中しなくなるだろ』

 

『もう集中できないよ!』

 

ーーーーーーー

 

 

 なんてことがあったが、どうせ緊張して忘れるのだろう。もし教えてたらそれ+緊張でライブどころじゃなかっただろうが…。

 ライブは夕方から、それまでパスパレメンバーとAugenblickは待機らしいが、俺はそれを無視してギリギリまで休日を満喫する予定だ。ほんとは一人で過ごすつもりだったのだが…。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「…いや、なんでもない」

 

「……そうですか」

 

 

 今、紗夜と二人でスタジオに来ていた。今日はRoseliaの練習がないらしい。それでも個人練をするあたり紗夜のストイックさが出ているということだろう。リサ?あの子はバイトだよ。友希那は違うとこで練習してるだろ。

 

 

「紗夜って一人でも練習できるんじゃないの?」

 

「一人でもできますが、雄弥くんのアドバイスも欲しいので。全体で練習を見てもらってますが、個人でとなると今井さんと宇田川さんにつきっきりなので」

 

「まぁそうだな。レベルを均一にすることが今の指導の目的だからな」

 

「ええ。私もRoseliaのためにはそれがいいと思ってます。ですが、私自身も上達したいので……迷惑ですか?」

 

 

 紗夜は眉を下げて不安そうにするが、迷惑なわけがない。そもそも俺が迷惑と思う事自体少ないし、紗夜は俺の都合を考慮してから呼んだんだろうしな。

 

 

「迷惑じゃないぞ。暇してたしな」

 

「そうですか。……ですが先程から雄弥さんの携帯に電話が何度もかかっていますよ?」

 

「気にするな」

 

「え」

 

「大した用じゃないからな」

 

「…そうだとしても電話に出たほうがいいのでは?何かあったのかもしれませんし、練習中に電話がくるのもなんですし」 

 

「……たしかにな」 

 

 

 なるほど、無視し続けても駄目なら一回電話に出て黙らせたほうがいいのか。よし、そうしよう。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥くんは電話に出るため一旦部屋から出ました。その間に私はギターを用意してチューニングを始めます。アンプは……どうしましょう、一応用意だけしときましょうか。

 まだ練習中の楽譜を鞄から取り出す。特にうまくいかないところには印がついていて、今日は雄弥くんにそこを中心にアドバイスを貰おうと思っています。そうだというのに先日の日菜との会話が脳裏から離れません。

 

ーーーーーーー

 

『日菜!何を部屋で騒いでるの!』

 

『あ、おねーちゃん。えへへ、ごめんなさーい。実は今日とってもるんっ♪ってくることがあったの!』

 

『るんっ♪って、あなたはまたわけのわからないことを…』

 

『ユウくんのことは覚えてるでしょ?』

 

『…ええ、もちろんよ』

 

『今日デートしてきたんだ〜♪』

 

『………え?で、デートってあなた』

 

『リサちーがユウくんのこと好きってのは知ってるし、奪おうなんて考えてないんだけどね〜。でもユウくんは今まで見てきた男の子で一番るんっ♪ってなるからさ〜』

 

『……そう。……今日はもう寝なさい。それと騒がないこと、いいわね?』

 

『はーい。おやすみおねーちゃん!』

 

ーーーーーーー

 

(雄弥くんとデートだなんて、日菜は何を考えて……。…今、私雄弥くんと二人きり?……いえいえ、何を考えてるの!今日は練習を見てもらうだけ!それ以外には何もありません!)

 

「……落ち着きなさい、落ち着くのよ氷川紗夜」

 

「ほんとな。言葉にして自分に言って聞かせるなんて久々に見たぞ」

 

「っ!!ゆ、雄弥くん!?いつ戻ったの!?」

 

「今戻ってきたばっかだが?それより準備はしたようだし、さっそく始めるか?部屋借りてる時間も決まってることだし」

 

「そ、そうですね…。よろしくお願いします」

 

「……紗夜敬語じゃなくていいぞ。前みたいにさ」

 

「…わかったわ」

 

 

 ふぅー。雄弥くんが詮索しない人で助かったわ。詮索されたら練習に集中できなくなって、せっかく割いてくれた時間が無駄になってしまっただろうし。…それにしても、前みたいに敬語はいらない、か。私が勝手に距離をとってしまっていたようね。

 

 

「この印がついてるとこを重点的にってことでいいのか?」

 

「ええそうよ。どうにもそこの部分はうまくいかなくて…」

 

「…だろうな。ここのやつレベル高いし」

 

「雄弥くんでもそう思うの?」

 

「俺を日菜みたいな天才だと思うなよ。どちらかと言えば紗夜側だぞ。同い年の奴らが学校やら部活やらに費やしてる時間を全て技術向上に費やして今に至ってるからな」

 

 

 知らなかった。努力家だということは今井さんの話から推測がついていたのだけれど。それよりも、学校に行っていなかった(・・・・・・・・・・・)ということが驚きだ。高校に通っていないことは聞いてる。

 芸能界ならそういうのもそこまでは珍しくないのかもしれない。けれど彼が芸能界に入ったのは中学生の時のはず。今の話から考えたら中学生活もまともに送っていなかったということ。

 

 

「……雄弥くんは」

 

「ん?」

 

「…いえ、後にしましょう。今は練習だわ」

 

「なんのことかわからんが…。ま、いいや」

 

 

 練習の後に聞けばいい。彼が話してくれるかはわからないけど、私は知りたい。彼のことを。そして、私一人で聞くわけにはいかない。おそらくあの二人も知らないことがあるはずなのだから。

 

 

 

 

 

「もう時間か」

 

「早いわね」

 

「それだけ集中できてたってことだろ。今日の課題自体は達成できたんだ。このあと使う人もいるだろうし手早く片付けるぞ」

 

「私の都合で付きあわせたのだから片付けも私一人でするわ」

 

「却下だ。俺も手伝う。早く片付ければ多少時間ができるし…なにか聞きたいことでもあるんだろ?」

 

「!!……ほんと、敵わないわね」

 

 

 

 結局雄弥くんにも手伝ってもらって機材を片付けていく。といっても個人練習で使うものは少ないからあっという間に片付けることができた。部屋の鍵を受付の人に返して近くの喫茶店に行って向かい合うように座る。

 

 

「聞きたいことはなんだ?音楽の話じゃなさそうだが」

 

「聞きたいことは雄弥くん。あなたのことよ」

 

「俺のこと?…普段の生活か?」

 

「そうじゃないわ。私が聞きたいのはあなたの過去よ。あなたが芸能界に入った経緯を知りたいの」

 

「……なんでそんなことを聞きたいんだ」

 

「気になることはなくしておきたい性格なのよ。どうやら今井さんや湊さんですら知らないことがあるようだし」

 

 

 嘘はついていない。むしろ彼のことを知りたいのは私の本心。彼の生き方は湊さんや今井さん(特に今井さんかしら?)の影響を受けているのが今までのやり取りでわかる。それなら彼が二人から離れること自体考えられない。だというのに彼女たちが知らない空白の時期がある。それを知りたい。

 

 

「…経緯というか、きっかけは打ち込めることを探したからだ。けど聞きたいのはこういうことじゃないんだろ?」

 

「ええそうよ。といっても今全てを聞こうとは思っていないの。…この話は湊さんも今井さんも交えて聞きたいと思ってるわ」

 

「二人も一緒に…か」

 

「珍しく渋るのね」

 

「渋るというか、聞かれたらそりゃ答えるけどな。問題はその二人の方だが」

 

「…どういうこと」

 

「それを俺が言う資格はない。二人から聞いてくれ。それで二人も話を聞くってなったらその時に教える」

 

「……わかったわ。この話はここまでにしときましょ。時間はまだあるかしら?」

 

「あるぞ」

 

「それなら少し買い物に付き合ってくれないかしら」

 

「いいぞ」

 

 

 よ、よかった…。自分から異性にこうやって誘うのは初めてだったから緊張したけど、なんとかなったわね。…買い物、どこに行こうかしら。もう少し一緒にいたかったから誘ったけど、なにも考えられていないわ。

 

 

(日菜に対抗してとかじゃないのよ。今井さんがいるのだから。…けど、2年ぶりなんだもの、ちょっとくらいは……)

 

 

 結局、服屋さんに行ってウィンドウショッピングということになった。なぜか私より女性物の服に詳しかったけど聞けば今井さんの影響なんだとか。…ここまで影響を与えるなんて、彼女は十分彼の中で大きな存在になっているのね。それを彼が認識できるのかはわからない。けれど彼にもわかる時がくるはず。だって、以前あった時より人らしさがあるんだもの。

 試着なんかもして色々な服を試して、私が一番気に入ったものを彼は見逃さなかった。彼の生活圏内の服屋などはもう顔見知りばかりなのだとか。私が店員さんに話しかけられている間に服を買ってきて渡された時は唖然としてしまった。(目の前で店員さんと握手までしてたのだから)

 

 

「──ああ、すぐそっち行く」

 

「…もう時間なのね。ごめんなさいギリギリまで連れ回してしまって」

 

「気にするな。いい時間を過ごせた。それに紗夜に服を買ってやれたしな」

 

「こ、これは、…………ありがとう

 

「どういたしまして。明日のライブ忘れるなよ」

 

「忘れないわよ」

 

 

 マネージャーさんの車に乗り込んだ彼を私は手を振って見送った。…彼の手配で私まで別の車で家に送られるとは思ってなかったけど。




あれ、おかしいな。ライブが始まらない。
☆10評価 白虎七星士さん
☆9評価 秋月天夜さん えぇぇいままよさん 
☆7評価 ローニエさん  ありがとうございます!


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12話

 とうとうPastel Palletsのライブが始まる。盛大に観客を騙す演出に不満を抱かないメンバーはいない(日菜は微妙なとこだが)。それでも与えられた初めての仕事、指示通りにするしかない。

 

 

「彩がテンパってトチるんだろうなー」

 

「……と、トチらないよ!…たぶん……」

 

「これは重症だな」

 

「ユウくーん!」

 

「…飛びつくなよ」

 

「えへへ〜」

 

 

 この二人は本当に正反対だな。凡人と天才。緊張しやすい人間とそんなものとは縁のない人間。才能も実力も性格も反対な反対な人間が同じバンドにいるなんて探してもなかなか見つからないぞ。…それでも理解しようとする彩は人がいいのだろう。

 

 

「もうすぐ開演時間だろ。喋る内容の確認はしなくていいのか?」

 

「そんなのあたしにはいらないよ〜。一回見たら覚えるもん☆」

 

「そうだったな」

 

 

 お前の発言に隣にいる彩が呆然としてるぞ。これじゃ確実にトチるぞ。俺は気にしないけど。…あー、日菜も気にしないか。

 

 

「そんなことよりもさ!あたしの衣装どう?似合ってる?」

 

 

 そう言って衣装の各所を見せるようにスカート部分をヒラヒラさせたり、その場でゆっくり一回転して見せてくる。そんなことされなくても衣装のことは大輝からアホらしくなるぐらいに語られているから知っている。衣装は5人とも一緒の白ベースでそれぞれのイメージカラーとして細部に違った色がある。彩ならピンクで目の前にいる日菜なら水色といった具合に。

 

 

「ああ、よく似合ってるよ」

 

「そっかそっか♪う〜ん!今日はドカーンっていけそうだよ♪」

 

「ライブを壊すなよ」

 

「そんなことしないもーん」

 

 

 どうなんだか…。日菜に自由にしていいって言ったら収集つけるの大変そうな気がする。もちろん手伝わないけどな。

 

 

「ひ、日菜ちゃん。もう時間だよ」

 

「もう時間か〜。それじゃあ行ってくるね♪」

 

「ほどほどにな」

 

 

 こうやって気楽に始まったデビューライブ。最初のMCで彩がトチるのも予想通り、そこでフォローを入れる白鷺はさすがと言ったところか。そこも込みで観客たちのウケはよかった。掴みも悪くない。

 

 だが、

 

 トラブルってのは起きるものだった。機材のトラブルなのか、ステージの方に問題があったのか、まぁそこは俺にわかるものじゃないからいいや。

 

 

(さてと、社長を引きずり下ろすか(・・・・・・・・・・・)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(な、なんで…、なんで音がなくなったの?)

 

 

 機材のトラブルで音が拡大できなくなった。それならまだなんとかなる。けど私たちはそうじゃない。演奏をしていないから、歌ってないから。だからこの状況は…。

 

 

「おいおいなんかのトラブルかよ」

 

「スタッフなにしてんだよ」

 

「おい、それよりこれ演奏してないんじゃねぇのかよ」

 

「まさか口パク?」

 

「ふざけるなよ!なんのために金払ってると思ってるんだよ!」

 

 

 ど、どうしたら…わからない。私にはどうしたらいいかなんてわからないよ…。

 

 

『みなさま静粛にお願いします』

 

「なにが静粛にだ!」

 

『Augenblickリーダーの疾斗です。みなさま静粛にお願いします』

 

「は…なんでAugenblickが…」

 

 

 私だけじゃない。千聖ちゃんたちもこのアナウンスのことは聞かされていないみたい。みんな何が起きてるかわかってないんだ。その場に固まってると舞台袖から雄弥くんと愁くんがステージに出てくる。

 

 

「ユウくん…」

 

「珍しく困り顔だな。さすがの日菜でも対応できないか」

 

「あたしユウくんが思ってるほど凄くないからね?」

 

「そうなのか?」

 

「雄弥それよりも」

 

「そうだな」

 

 

 雄弥くんと愁くんに呼ばれて私たちは1箇所に集まった。他の人に声が聞こえないようにってことみたい。そこで言われたことには驚かされた。だって、

 

 

「今から実際に演奏したところであまり効果はないんじゃないかしら?」

 

「焼け石に水ってやつだよね」

 

 

 そう、愁くんの口からは演奏しろという言葉が出てきた。千聖ちゃんはこの場は謝罪して中断したほうがいいと思ってるみたいで、日菜ちゃんは演奏する理由がわからないって感じかな?私たちもわかってないんだけどね。

 私たちがこうやって話してる間、疾斗くんがアナウンスでお客さんの怒りを抑えてくれてる。大輝くんはトラブルの原因の対処なんだとか。

 

 

「今は特に効果はないだろう。けど、明日には(・・・・)これが活きてくる」

 

「それってどういう…」

 

「……あなたたち、また勝負を始める気?」

 

「勝負…ですか?」

 

(…あ、聞いたことある。Augenblickの自由性は会社と勝負をしてそれに勝ったからだって)

 

 

 …まさか私たちもそれに巻き込まれるの!?デビュー1日目で会社に喧嘩売るなんてこの先芸能界で生きていけないよ!私は雄弥くんに助けを求めようと雄弥くんを見た。

 

 

「…勝負はしない」

 

「そうなの?」

 

「これは勝負にすらならない。出来レースだ」

 

「ユウくんそれってどういうこと?」

 

「お前たちは実際に演奏できるだけの技術を身につけてる。だからこそ演奏してもらう。そしてその事実を元にこの会社のトップの首を取る」

 

「雄弥言い方が悪いよ。身を引いてもらうだけだよ」

 

「どっちもどっちよ。そんなことをして何になるの?」

 

「疾斗の言葉通りに言うと『若者の夢が奪われることがなくなる』」

 

「!!」

 

 

 それって、こうやって口パクのエア演奏するなんてことが今後一切無くなるってことだよね。しかもそれはこの事務所だけじゃなくて芸能界から無くなるってこと。

 

 

(私みたいに泣く子がいなくなるんだ)

 

「…私は歌いたい。お客さんはきっと許してくれないだろうけど、それでも私は歌いたい。アイドルは自分の夢を達成して、人に夢を与えるものだって思うから。こんなことが無くなるなら私は今歌う!」

 

「彩ちゃん…」

 

「私も彩さんに賛成です!こんなことはやはりブシドーに反します!」

 

「自分も同じです!」

 

「イヴちゃんも…麻耶ちゃんまで」

 

「あはは、やっぱり彩ちゃんは面白いな〜。るんっ、いや、るるるんっ♪てなったよ〜。これは演奏するしかないんじゃない?」

 

「日菜ちゃんまで、……わかったわ。私も演奏するわ」

 

「千聖ちゃん!」

 

「ただし!全力を出しきること!みんなもいいわね?」

 

「「「「はい!(うん!)」」」」

 

「話は纏まったな。事後処理は任せろ。こっちが持ちかけたことだしな」

 

 

 雄弥くんはすぐに戻っていっちゃった。どうやら愁くんと大輝くんが最後まで見届けてくれて、疾斗くんと雄弥くんが後の対処をするみたい。

 

 

「それにしても千聖さん、こういうことって普通ないですよね?」

 

「もちろんよ麻耶ちゃん。愁や大輝くんはうまく折り合いをつけるようにするし、雄弥くんはそもそも仕事内容を気にするような人じゃない。つまり、疾斗くんの考えね」

 

「え!疾斗くんのほうがこういうことしなさそうなのに!?」

 

「彩さん。たしかに疾斗さんは争いごとが嫌いです。ですが、それ以上に嫌っていることがあります。それは人が悲しむことです。『みんな笑顔でいたいだろ?だから俺はそのためならなんだってする』そう言ってましたから」

 

「そ、そうなんだ」

 

「イヴちゃん詳しいね〜」

 

「ほ、本人から聞いたことがあるだけです!」

 

 

 むむっ、なんか乙女な雰囲気が出てきた。話を聞いてみたいけどそれはまた今度だね。トラブルも解決したみたい。愁くんに代わったアナウンスで私たちは演奏を始めた。

 

 

(緊張するけど、大丈夫。だって雄弥くんが『彩なら大丈夫だろ?』って言ってくれたから!)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 社長室…ここに来るのは何回目だっけな。…3回目だな、あんま来ることないから片手で数えられる程度だ。

 

 

「疾斗、そんな顔じゃ話をうまく運べないぞ」

 

「……わりぃ。……ふぅー、よし」

 

「さっきも言ったがお前でなんとかしろよ。俺は別に上が誰だろうがどうでもいいからな」

 

「わかってる。けどもしもの時は頼らせてもらう」

 

「はぁ」

 

 

 正直ここについてきた意味がわからん。俺は誰かと交渉なんて禄にやってきたことがないんだ。必要に迫られたらやるが、自分からやるなんてことは滅多に無い。芸能界入ってからはマネージャーかメンバーがやるしな。

 

 

(……社長はいつの間にこんな禿げたんだろうか。ストレスでも溜まってんのか?)

 

「…今やってるライブ、また貴様らが首を突っ込んだようだな」

 

「えぇまぁ。観客を騙すなんて同じアイドルとして許せませんので」

 

「ふん。…だが話題作りにはもってこいの内容だっただろ?しばらくは仕事が無かろうが1、2年程度で大逆転だ。成功のための失敗、そのための仕様だが……貴様らにはわからんか」

 

「そうですね。理解できません」

 

「青二才が。…どうだ?Augenblickも」

「社長の愚かな思考は理解できませんね」

 

「なんだと!?」

 

「あなたの経営の腕の全盛期の頃はそれで通用したでしょうが、最早時代遅れです。現代ではそんなもの通用しません。時代にあったことをする。あるいは一歩先のことをする。そうでないと通用しない時代になったことすら認識できないのですか?」

 

「聞いていれば好き勝手言いおって!雄弥!こいつを連れ出せ!」

 

「却下」

 

「なっ!」

 

「論破されたなら大人しく身を引け」

 

「き、貴様まで…。誰が拾ってやったと思っている!恩を仇で返す気か!」

 

「恩なら返したろ。会社を大きくすることに手を貸した。十分な見返りになってる。それに、あんたよりも疾斗のほうが退屈しないで済むからな」

 

 

 しかも拾ったってのは今のマネージャーだ。爺さん社長に会ったのなんてAugenblickが結成した時が初めてだった。

 

 

「…どいつもこいつも、貴様らなんぞワシの私腹を肥やすためのコマだ!黙ってワシに従っておればいいのだ!」

 

「汚い大人だな」

 

「ま、自滅したし十分だろ」

 

「…自滅だと?」

 

「録音したに決まってんだろ?夢を追いかけるやつを泣かせるアンタのやり方は見過ごす気になれないからな」

 

「新社長も決まってるしな。従業員の総意で(・・・・・・・)

 

「な、な…」

 

「それではお世話になりました。社長も余生を楽しんでくださいね」

 

「き、さ、ま、らぁぁぁー!覚えておれ!必ず報いを受けさせてやる!」

 

 

 別に逮捕されるわけじゃないし、退職金もやるんだから文句言うなよ。それに信用を失ったやつに協力する輩っているもんなのか?ま、どうでもいいが。

 

 

「にしても高校生が社長の首をすげ替えるって、マスコミが知ったら騒ぐぞ」

 

「そこらへんは穏便に済ますさ。誰も疑問を抱かないやり方て話を進めてるからな」

 

「……買収か、吸収合併か。…知ったことでもないか」

 

「いやいや…はぁ、そういう奴だったな」

 

 

 ついでにこのことは翌朝にはニュースで報じられた。内容はたしかどこぞの巨大企業が事務所を傘下にしたとかそんな感じで。俺はニュース見るどころじゃなかった。友希那とリサに問い詰められてたから。…父さん、母さん、微笑ましそうに見るより2人を止めるのに手を貸してくれよ。

 

 

 

 




シリアス(?)は少なめにしたいとこですけど…勢いで書いてるので。
2章に入って少ししたらまたイチャついてもらう予定です。
☆9評価 無限に続く剣の丘さん 断空我さん 純宮さん 師匠@EDF隊員さん ありがとうございます!


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13話

Roselia実況面白かったな〜
ライブ映像見てエモい気分になれたからまたある程度安定したものが書けるかと。(ある程度ストックあるので、数話先ので調子戻るかなってとこです)



 今日は雄弥たちAugenblickのライブの日。朝からニュースで流れてた雄弥の事務所のことを問い詰めたけど、心配いらないって言われた。たしかにニュースを見るかぎり、前社長が退職したことで会社は活性化するだろうなんて報じられてる。…前までどんなんだったんだろ。

 雄弥は会場のチェックとか直前の打ち合わせのためにもう出発してる。アタシたちRoseliaは午前中だけ練習して一旦解散。その後また集合してから出発する予定なんだ〜。

 

 

「久々に雄弥のライブ見にいけるなんて楽しみだね!友希那」 

 

「リサ気持ちはわかるけどこれから練習するのよ。集中できないなら…」

 

「ごめんごめん。練習始まったらちゃんと集中するからさ♪」

 

「はぁ、だといいのだけど」

 

「そんなこと言うけど友希那も実は楽しみだったりするんでしょ?」

 

「…否定はしないわ。あの子のライブはまだ片手で数えられるぐらいにしか行ってないのだから」

 

「……そうだね」

 

 

 雄弥がデビューしてから何度かはライブを見に行った。それは友希那に今の目標ができるまでの短い期間だけ。アタシは時間を作って見に行くことはできたけど、友希那がいないんじゃその気にはなれなかった。それに、あの頃は合わせる顔がなかった。

 

 

「湊さん、今井さんおはようございます」

 

「おはよう紗夜」

 

「おはよー。さすが紗夜!来るのが早いね〜」

 

「そういうお二人も時間に余裕を持って来ていますね」

 

「いやー、なんか落ち着かなくてさ〜」

 

「…今井さん、練習には集中してくださいよ」

 

「あはは、紗夜にも言われちゃったな〜。友希那にも言ったけど大丈夫!練習が始まったら集中するから」

 

 

 アタシってそんな信用ないかな〜。いや、今落ち着きがないのは自覚あるんだけど…、2人に言われるってことは相当ソワソワしてるってことか〜。

 

 

「うわっ、友希那さんたち早いですね!」

 

「…みなさん……おはようございます」

 

「あこ、燐子おはよー。2人も早めに来てるね?」

 

「うん!今日は雄弥さんのライブがあるって思ったら落ち着かなくって!」

 

「…それで、あこちゃんと…いつもより…早めに来たんです」

 

「その気持ちわかるな〜。アタシも落ち着かなくってさ〜。けど練習は練習で集中しないと2人に怒られるよー?」

 

「だいじょーぶ!今日はドラム叩きたい気持ちが強いんだ〜」

 

「あこちゃん…今日の練習で……できなかったことを…ライブで分析するって…張り切ってるんです」

 

「あこそんなこと考えてたんだ!あこは偉いな〜」

 

「えへへ、でしょ!あこは超カッコイイ自分を見つけたいんだー。紗夜さんからの宿題だし!」

 

 

 宿題?……あ~、前に言われたことあこなりに気にしてたんだ。あこはほんと偉いなー。雄弥に直接教わってるのにライブでも楽しむだけじゃなくて勉強する気だなんて。アタシも見習わなくちゃ!

 

 

「3人とも時間よ。準備はできてるかしら?」

 

「バッチリだよ☆」

 

「あこも準備できてます!」

 

「わたしも…」

 

「そう。今日は時間が短い分内容の詰まった練習にするわよ」

 

 

 友希那、いつもより気合入ってるな〜。…今日のライブは楽しみなだけじゃないんだ。友希那なりに覚悟をして聞きに行くんだね。…あの日から見に行かなくなったライブだしね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「うわ〜、会場大きいな〜」

 

「さすがは人気バンドですね」

 

「アイドルでもありますしね」

 

「……人が…いっぱい」

 

「りんりん大丈夫!?」

 

「……」

 

 

 客席は人混みの中じゃないのを雄弥が用意してくれてるらしいけど、会場の入り口の人の多さは考えてなかったな〜。関係者用の入り口から入れなくはないんだろうけど、それはそれで目立つし…。

 

 

「……」

 

「ゆーきな。どうしたの?」

 

「リサ…。……知らない間に雄弥がここまで大きくなっていたと思うと」

 

「うん。アタシも想像以上だよ」

 

「……それよりこれからどうしますか?既に開場はされているようですがあの人の多さです。少し待っても中に人が多くいるのは変わらないですし」

 

「そうなんだよね〜」

 

 

 紗夜が気を利かせて話題を変えてくれた。過去を思い出すとどうしても暗くなりがちだから正直助かった。

 それはそうと、ほんとこれからどうしよっか。燐子にあの人の多さは酷だろうし、やっぱ目立つの覚悟で関係者用から入る?

 

 

「お前ら中に入らないのか?」

 

「へ?」

 

「ああ!ゆう「…あこちゃん騒いじゃだめ」」

 

 

 燐子ナイス!あこの大きな声で雄弥のこと言ったら今頃とんでもないことになってたからね〜。

 

 

「なぜ雄弥がここにいるのかしら?」

 

「そうそう、メンバーで最終チェックするとか言ってなかった?」

 

「そんなのすぐに終わった。今はそれぞれのやり方でモチベーション整えてんだよ」

 

「雄弥くんのやり方は散策か何かなの?」

 

「やり方の一つとしては、な。いつもは部屋で寝てるが、今日は客を招待してたし、一応様子見も兼ねて出てきた」

 

「そう。でもちょうどよかったわ。実は──」

 

「……そういうことか。それなら付いてこい。裏口から入れてやる」

 

「裏口からって」

 

「そっちのほうが席にも近いからな。理に適ってる」

 

 

 あ、中に入ったあとのことも考えてくれてるんだ。それにしても、今更だけど他のお客さんから離れてた関係者席ってそんなのあったっけ?

 

 

(これ、関係者席というか…)

 

「もはやVIPね」

 

「す、すごい。すごいよりんりん!」

 

「…そ、…そうだね」

 

「わざわざここまでしてもらわなくても…」

 

「そこはうちのリーダーの配慮だ。こういう席の中でも一番ステージ見やすいとこにしてくれたようだしな」

 

「…今度お礼に伺わなくては」

 

「しなくていいぞ?『感謝してほしくてしたわけじゃない』って言われるのがオチだ。一応俺からは伝えとくけどな」

 

 

 へー、リーダーのこともわかってるなんてなんだかんだでバンドに馴染めてるんだね。周りに興味を示さない雄弥が…、案外ウマが合う人なのかな。

 

 

「あなたたちはライブのテーマを決めてるのよね?今回のテーマは何にしたのかしら?」

 

「それあこも気になります!」

 

「たしか、"とことん楽しむこと"だったな。演奏をふざける訳じゃないが、ここに来た全員が楽しめるライブにする。そんなんだった気がする」

 

「そう」

 

「ま、期待は裏切らないさ。セットリストも難しめなのが多いしな」

 

「それは期待できますね」

 

「雄弥」

 

「うん?」

 

「えっと……頑張ってね」

 

「ああ」

 

 

 ステージを目にしてから雄弥が段々と仕事モードになっていったのがわかった。いつも感じることがない雰囲気。表情とかは何も変わらないけど、意識が変わっていくのは感じ取れた。だから咄嗟に声をかけようとして、普段殿違いに戸惑って全然言葉が出てこなかった。

 

 

「リサもよく見といてくれ」

 

「!……もっちろん!」

 

 

 だから、こうやって雄弥から言われただけでもアタシは凄く嬉しかった。鼓動がうるさく聞こえるぐらいアタシは雄弥の一言に揺さぶられたんだ。雄弥はそろそろ戻らないといけないらしく、すぐに席から離れた。…ライブ衣装に着替える時間とかいるしね。

 

 

「…リサ姉と雄弥さんってなんで付き合わないの?」

 

「あこ!?」

 

「私、リサなら雄弥を任せられると思ってるわ」

 

「友希那まで何言ってんの!?」

 

 

 うぅ、なんか久しぶりにこのことで弄られてる気がする……。あこは純粋にそう思ってるんだろうけど、友希那は絶対に違うよね!口元ニヤけてるの隠せてないからね! 

 結局この状態に見かねた紗夜と燐子が仲裁してくれるまでこの話題が続いた…。

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あ!雄弥さんが出てきた!」

 

「ギターを持ってますね。ということは最初は雄弥くんが歌うのでしょうか」

 

「たぶんそうかな〜。基本的にギターの人が歌うってスタンスらしいから」

 

「…他の方も……出てきましたね」

 

「リーダーの秋宮がベースなのね。スティックを持ってる梶がドラムかしら?」

 

「どういうローテでやるんだろうね〜。そこも見どこかな?」

 

 

 

 

「うわ、お客さん元気だな。どこからそんな元気出るんだか」

 

「いやライブでそのテンション貫くの雄弥ぐらいだからな!?」

 

「最初から最後まで同じレベルのパフォーマンスを」

 

「プロ意識か?それなら最後まで盛り上がって全力尽くしやがれ!」

 

「大輝みたいな暑苦しいのはごめんだわ」

 

「この……リーダーも言ってやってくれよ」

 

 

 

 あれ?メンバーが3人しかいないのにMC始まってない?4人目の毛利愁くんがいないけど、これも何かの演出ってことなのかな。

 

 

人それぞれだろ」(謎の高音)

 

『『ぶふーっ!!』』

 

「はっはっはっはっは!あー腹いてー!!やっぱそれおもしれーなー!」

 

「…疾斗の声おかしくないか?それヘリウムガス?誰かのイタズラか?」

 

メンバーの誰かだよ」(ヘリウム声)

 

「そんなやつがいるのか…。……あー、そこで笑い死にしそうな大輝が犯人か。分かりやすいな〜、犯人ならもっとうまく隠せよな」

 

「完全に濡れ衣だな!」

 

「じゃあまだ来てない愁が犯人なのか」

 

「愁のやつ遅いな」

 

「あいつのライブ衣装は今回凝ってたからな〜。着るのに手間取ってるんだろ」

 

それは問題しかないだろ」(ヘリウム声)

 

「ちょっ、疾斗、その声で喋らないでくれ。笑い堪えるのキツイ」

 

 

 …カオスってこういうことを言うんだね。もう漫才見せられてる気分だよ。面白いんだけどさ。あこなんて笑いが止まらなくて苦しそうにしてるし、紗夜と友希那も笑いを堪えるのに必死になってる。燐子はあこの心配してる分まだ耐えてるかな。

 

 

「お、やっと愁が来たみたいだぞ。ったく、何手間どってんだよ」

 

「ごめん、慣れてなくてさ」

 

「「「……誰だお前」」」

 

「酷いよ!誰が着させたと思ってるの!僕も好きでこの衣装来てるんじゃないからね!」

 

 

 アレも込みでのネタなんだろうけど、ほんとに何してんの?反応を見るかぎり、たぶんだけど雄弥の仕業だよね。4人目のメンバー、毛利愁くんがドレス(・・・)で出てきたんだけど。女装させてるんだ……なんであんな似合ってるんだろ、ウイッグもつけてるしアイプチもしてるよねあれ。化粧もか。

 あこが「もう限界!」って言って床に転がり始めた。完全にツボにハマったのかな〜。燐子に任せよ。アタシも自分で手一杯だし。

 

 

「さてと、罰ゲーム込みのライブを始めますか」

 

「え!?僕この衣装のまま始めるの!?」

 

「キーボードだから大丈夫だろ。時間も押してるんだから」

 

俺のこの声は?」(ヘリウム声)

 

「そのうち治るだろ」

 

「お前ら災難だな」

 

「大輝には体をはってもらう」

 

「え?」

 

「さて場も温まったところで始めるぞ!盛り上がっていくならやっぱこの曲だろ!"Leidenschaft"」

 

 

 強引に雄弥が押切って始まったAugenblickのライブは、さっきまでの雰囲気とは打って変わって見る者・聞く者を引き込む力強いものだった。

 雄弥はギターボーカルを難無くとやり遂げ、他のメンバーもなにかしらのパフォーマンスを挟みながら演奏する。…ベース弾きながらバク宙って人間技じゃないよ。

 3曲連続した演奏(曲が終わるごとに梶くん周りに仕掛けがあって後ろとか横に飛ばされてた)を終え、リーダーの秋宮くんの声が元に戻ったところで毛利くんの女装も終了した。…もう少しあのままでいてくれたら化粧の勉強になったんだけど。

 その後はAugenblick恒例の楽器交換。ローテーションが組まれてて、今回は雄弥→梶くん→毛利くん→秋宮くんだった。やっぱりあたしにとって雄弥のベースが1番参考になった。アタシにベースを教えるためにギターの練習と並行してベースも練習してくれてたから、なんだよね。

 

 

「……パンチが強すぎるライブだったけど、私たちが超えるべき課題が明確になったわね」

 

「そうですね。あそこまでのパフォーマンスは私たちに不要ですが、メンバー同士の掛け合いは必要ですね」

 

「アタシと紗夜は竿隊として合わせれるとこあるだろうし、リズム隊としてドラムのあことも合わせれるかな〜。それができるようになったら友希那や燐子とも!なんてね♪」

 

「リサ姉それすっごくいいよ!Roseliaがもっともっとカッコよくなれる気がする!ね、りんりん!……りんりん?どうしたの?」

 

「……まだ、…誰も帰ってないね(・・・・・・・・)

 

「言われてみればそうね」

 

 

 その場に残ってライブの余韻に浸る人もいるけど、全員が残るなんてことはありえない。それはつまり、ライブがまだ終わってないってこと。…アタシはこの日初めて雄弥関連で人に激しく嫉妬することになったんだ。

 

 

「察しがよすぎるぜお前ら!最高かよ!…お望み通りアンコールだー!」

 

 

 そう言ってステージの床から4人が飛び出してきた。お客さんはすごい盛り上がってる。けど、今回はいつもと違う。全員が楽器に集中してる(誰もセンターにいない)

 

 

「そして初解禁情報だ!今まで空白だった俺たちのボーカルを紹介するぜ!」

 

「初めましてみなさーん!今日からAugenblickのメインボーカルをさせてもらうことになりました。藤森結花(ふじもりゆか)です。よろしくお願いします♪」

 

 

 今まで空白だったメインボーカル。それが決まったのはいい。けれどその人は女の子だった。男だけってことに拘りがあるわけじゃないって雄弥は前に言ってた。だからこうやって女の子が入る可能性ももちろんあったんだ。

 

 だけど、

 

 アタシは、アタシよりも近い位置(雄弥と同じバンド)に女の子がいることに嫉妬した。アタシが知らない所に、届かない所に雄弥が行ってしまいそうな気がして、胸が締め付けられた。そして、なによりもあのボーカルの子が既に雄弥との距離を縮めてることにアタシの心は限界まで追い詰められたのだった。

 




なんてこったオリキャラ増えた。あーそれとこれで1章終わりです。
お気に入り登録数が250件突破しました!こんなに登録して貰えるとは…。
☆9評価 セツナの旅さん イカさん ありがとうございます!


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2章:変化
1話


2章スタートです!
しばらく、リサのキャラというか精神?が揺らぎますが、ご了承ください。それもこれも主人公がわる……書いてるの僕でしたね。ごめんなさい!


「リサまた遅れたわよ」

 

「ご、ごめん」

 

「今井さん…今日は…調子悪そうですね」

 

「リサ、集中できないなら悪いけど「大丈夫!…次できなかったから今日は帰るから。…もう一回お願い」……そう」

 

 

 今日はどうしたのかしら…、朝から静かだったけどもしかして昨日の雄弥のライブが関係してるのかしら。…実力差は元から理解しているはず、となると別の要因になるわね。

 

 

「みなさん、もう一度やる前に少し休憩しましょう」

 

「紗夜?」

 

「湊さん、今日はまだ休憩を取っていません。白金さんも宇田川さんもミスが目立ち始めていましたし、休憩は必要でしょう」

 

「…わかったわ」

 

「はぁ〜疲れたー。紗夜さんありがとうございます」

 

「お礼を言われるようなことではありません。練習をより効果的なものにするために必要だと判断したからです」

 

「…ごめん、ちょっと外のカフェ行ってくるね」

 

「あ、リサ姉。あこもついて行っていい?」

 

「もちろん。行こ?」

 

「うん!りんりんも行こ!」

 

「…うん」

 

 

 リサが引きずるようなこと、昨日あったかしら?最後までリサはライブを楽しんでいたはず。………最後?

 

 

「湊さん」

 

「…何かしら?」

 

「私たちも外に行きましょう」

 

「え?」

 

「今井さんの今の状態を放っておくと今後に影響が出そうなので」

 

「そうね…」

 

 

 最後には新たなメンバーが紹介されてた。藤森結花、あの子がメンバーに加わったことと何か関係があるのかしら?……親友のことなのに私は何もわからないなんて。

 

〜〜〜〜〜

 

 

 あ~あ、今日のアタシダメダメだな〜。原因はわかってる。アタシの思い込みが激しいってことなんだけど、それでも不安なものは不安なんだ。

 カフェの椅子に座って買ってきた飲み物をじっと眺めてるとあこが気まずそうにしてる。そりゃそうか、いつもの盛り上げ役がこの調子だもんね。

 

 

「今井さん……昨日のライブで…何を思ったんですか?」

 

「!!…大したことじゃないよ」

 

「いいえ、あなたにとっては大きなことのはずです」

 

「…紗夜、友希那も」

 

「お二人も来るなんて珍しいですね」

 

「リサの話を聞くためよ。…リサには助けられっぱなしだったから少しは力になりたいの」

 

「…友希那」

 

 

 あはは、なにそれ…あの友希那が?……ほんと、姉弟揃ってずるいんだから。涙出そうだよ…。

 

 

「…Augenblickのメインボーカル、藤森結花さんのことが引っかかってるんですね?」

 

「……うん。そうなんだ。アタシの勝手な思い込みというか、向こうからしたらはた迷惑なことなんだけどね」

 

「リサはまだそれを発していない。迷惑はかかっていないわ」

 

「うん…。……アタシね、ライブ見に行って最初は凄いなって思ってたんだ。友希那も言ってたけど、アタシたちが知らない間にAugenblickが、雄弥が大きく成長してた。それがすっごく嬉しかった。雄弥にも新しい居場所ができたんだって、みんなに認められる人になったんだって」

 

「今じゃ雄弥さんたちっていろんな番組出てるもんね!」

 

 昔はそうじゃなかったから、無表情で無感情で無関心な雄弥はだんだん周りから離れることになった。何かの病気とかならそれなりの付き合いは保てたんだろうけど、記憶喪失だとそこまではいかない。"新しい思い出を作ろう"って周りは考える。けれど雄弥本人がその気じゃないと誰も相手しなくなる。それが悔しくて、嫌だったからアタシは雄弥の側に居続けた。

 

 

「…だけど、アタシの勝手な思いなんだけど……雄弥がいなくなっちゃいそうで、アタシの知らない世界に進んでいって、アタシが届かない場所に行っちゃいそうで…。側にいられなくなりそうなのが凄く怖いんだ…」

 

「そう…だったんですね」

 

「うーん、ボーカルの人と結構仲良さそうだったもんね…」

 

「……彼が今井さんから離れるのは想像できませんが」

 

「……そんなのわからないよ。…だって、昨日の雄弥凄く楽しそうだったから。あそこは雄弥のもう一つの居場所になってる。……もうアタシがいなくても雄弥は…」

 

「リサ。それだけ不安なら雄弥を奪いなさい」

 

「ゆ、友希那さん?」

 

 

 う、奪うって…、雄弥とお付き合いしろってことだよね?た、たしかにそれなら雄弥と一緒にいられるけど…。

 

 

「…無理だよ。アタシにはその資格がないもん」

 

「何を言ってるの?」

 

「アタシは……アタシ、は……。………昔雄弥を否定したんだよ(・・・・・・・・・・・)!?そんなアタシに雄弥と付き合う資格なんてないよ!!…今以上の関係なんて、望めないよ」

 

「……リサ姉が?」

 

「…その話、詳しく聞く必要がありそうですね」

 

「…みんなスタジオに戻るわよ」

 

「え?」

 

「…友希那さん!」

 

「燐子慌てないで。…機材を片付けて次の予約の人に私たちの時間を譲りましょう」

 

「…あ」

 

「リサ、今日のうちにあなたが抱えてること全て話してもらうわよ。…あの日のことはリサだけの責任じゃないわ。そもそも私がきっかけなんだから」

 

「…友希那」

 

 

 …まさかRoseliaの練習を無くしてまで話を聞いてくれるなんて。あは、は、本当に大切な友だちができたな〜。……あれ?…嬉しいのに、涙が止まらないや…。

 

 

「今井さん大丈夫ですか?」

 

「……うん、うん。…大丈夫だから」

 

「リサ姉、あこがついてるよ!」

 

「うぅ、ありがとう〜」

 

 

 結局アタシのベースの片づけもあこたちにやってもらっちゃった。…アタシみんなに頼り過ぎだよね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 いつも行くファミレスで、それぞれがいつも通りのメニューを注文した。そのうち"いつもの"とかでオーダー通せるかな?

 話を始める前に紗夜から聞かれたのは、ライブの後に雄弥と会ったかどうかだった。昨日は会ってない。その勇気が出てこなかったし、メンバーでの打ち上げに連行されたって言ってたから。

 

 

「電話はされたのですか?たしか1日1回はすると言ってましたけど」

 

「うん。電話はしたよ?…したんだけど……」

 

「長く続かなかったのですか?」

 

「ううん。……電話のときに藤森さんがいた」

 

「…は?」

 

「だ、か、ら!電話してたら藤森さんもその場にいたの!雄弥から電話かけてきたんだよ!?なのに藤森さんと一緒にいたの!どう思う!?」

 

「それは…」

 

「最低ね。あの男とは帰ったら話をしなきゃいけないわね」

 

「…でも…雄弥さんが…藤森さんと…一緒にいたのも……理由があったんじゃ」

 

「りんりんはどんな理由だと思う?」

 

「……家に送っていってた…とか」

 

 

 燐子の推測は合ってる。その時に聞いたもん。アタシはそれよりもなんでそのタイミングで電話してきたのか、に不満があるの。

 

 

「そこは雄弥だから仕方ないわね。昨日帰ってくるのが遅かったから。それでそのタイミングで電話したのでしょうね」

 

「さすが友希那さん」

 

「……そっか〜。けど、2人で出かける話(デートの話)もしてたみたいなんだよね〜」

 

「「「「………」」」」

 

「みんなで出かけるとかなら分かるよ?けど、会って間もない人とそんな話になる?」

 

「そ、そうですね…」

 

「雄弥くんは断ることが滅多にないので、相手がそういうタイプなのでしょう」

 

「リサ姉みたいな?」

 

「んー?あこ何か言った?」

 

「いっ、言ってないよ!……ごめんなさいー!」

 

 

 アタシと藤森さんが同タイプ?そんなわけないよね?

 

 

「はぁ、リサ。そろそろ本題に入りましょ」

 

「…あ、うん」

 

「…今井さんが……雄弥さんを…否定された話……ですよね」

 

「……うん。けど、その話をするとなると…」

 

「もちろん私も話すわよ。片方の話だけじゃわからないことがあるでしょうから」

 

「わかった」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 雄弥が芸能界に入ったのは中学に入ってすぐだった。自分は湊家に拾われた人間だからってある程度の生活費を自分で稼ぐことと、自分を理解する方法の一つとして。そんな理由だったと思う。

 芸能界にはあっさり入れてた。その時から今のマネージャーさんが雄弥のサポートをしてくれてたみたい。

 

 

「ゆーうや♪芸能界ってどうなの?やっぱり大変?」

 

「驚かそうとしてくるなよリサ。……知らないことばかりだからな、与えられた仕事に全力でやるってぐらいだ。大変かもわからん」

 

「へ〜、雄弥でもそうなんだ」

 

「俺は天才なんかじゃないって言ってるだろ?」

 

「あはは、そうだったね♪」

 

 

 雄弥が新しいことを始めた。アタシはそれが自分のことみたいに嬉しかった。だってそれまでの雄弥はアタシか友希那が言わないと何もしなかったから。必要最低限のことだけをする。本当にロボットみたいな。

 …けど、雄弥にも優しさがあるってアタシと友希那は知ってたからずっと側で支えていられた。助けようと思えたし、アタシたちが困った時には助けてくれた。だからすぐに信頼関係が強くなった。

 

 

「今日は学校来れるの?」

 

「仕事がないからな。それに学校に通うのを極力優先させるのが方針らしい」

 

「へ〜。いい会社だね♪」

 

「…どうだろうな。本性がどうかはわからん」

 

「もう、すぐそんなこと言うんだから」  

 

「2人ともお待たせ。学校に行くわよ」

 

「おはよー友希那!」

 

「猫の映像見るから…」   

 

「い、いいじゃない別に!」

 

 

 あはは、友希那は相変わらず猫が好きだな〜。雄弥はそうでもないからこうやって先に家から出てアタシと友希那が出るのを待ってくれる。友希那と一緒に出てきてもいいんだけど、アタシが退屈しないようにしてくれてるんだって。

 

 

「それじゃあ行こっか!」

 

 

 この時はまだ友希那のお父さんの音楽活動も順調な時だった。全てが変わったのはこの1年後。中学2年生になってからだった。

 




2章スタート記念(?)&ちょっと余裕ある、ということで本日2個目の投稿です。1日に2個投稿自体はそこまで期待しないでください。そんな頻繁にできませんので。
☆9評価 枳殻稲荷さん ありがとうございます!


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2話

パンドラハーツという大好きな漫画があってですね、以下の考え方がセリフとしてあげられてるんですよ。
「同じ答えにいき着くことがわかっていても"なぜ?"というフィルターを通すことが大事だと私は思うわ」byレイシー
「既に存在しちまってるものに"なぜ?"と問いかけても時間の無駄だろ。どうせ頭を使うなら"それでどうする?"の方がよっぽど有益だ」byレヴィ
この作品の主人公の思考はは2つ目の考え方に少しよせてます。



「ちょっと待ってリサ」

 

「え、どうしたの友希那?」

 

「過去を振り返ること自体は否定しないけれど、中学入学から話してたら店が閉まってしまうわ」

 

「……あ、そっか。あはは〜ごめんね?…えっとじゃあ、友希那のお父さんのバンドの解散あたりからかな」

 

「……そうね」

 

 

 えっとー、あの頃はたしかーーー、

 

ーーーーーーー

 

 

 中学2年生になって半年ぐらい雄弥が所属してるバンド、Augenblickも活動が少しずつ拡大し始めた。バンド活動だけじゃなくて、メンバー全員でバラエティ番組に出ることもしばしば。ともかく!雄弥たちは今注目され始めてるってこと!

 

 

「リサはこの頃機嫌がいいわね」

 

「え、そう?いつも通りだと思うけどな〜」

 

「そんなことないわ。誰から見ても最近のリサはずっと機嫌がいいわよ」

 

「そ、そんなに?……うーん、自覚ないんだけどなぁ。気をつけようかな」

 

「どうせ雄弥のことを自分のことのように喜んでるのでしょ?」

 

「あ、あはは〜。そうなんだけどさ」

 

 

 仕方ないじゃん。会った時からずっと見守ってきたんだもん。というか友希那もなんだかんだで喜んでるよね〜。

 

 

「リサは本当に雄弥が好きなのね」

 

「うん!友希那と同じくらいにね!」

 

「…そうじゃないわ」

 

「え?」

 

「雄弥のこと異性として(・・・・・)好きなんでしょ?」

 

「……へ?…誰が?」

 

「リサが」

 

「誰を?」

 

「雄弥を」

 

「なんだって?」

 

「異性として好きなのねって言ったのよ」

 

「……ふぇ!?」

 

 

 う、嘘!?ア、アタシが雄弥を!?…ないない!だって雄弥は全然表情変わらないし、自分から何かすることもないし、相手のことなんて考えないし。けど、カッコイイとこもあって、実は優しさがあって、なんというか天然?っぽい時がたまにあって、アタシや友希那のことを第一に思ってくれてて………。

 

(……あ、そうだったんだ)

 

「やっぱり好きだったのね」

 

「う、うん……」

 

「けどまだ認められないわよ」

 

「えぇ!?そこは応援してくれるんじゃないの!?」

 

「幼馴染のリサのことを応援したい気持ちもあるけど、弟の雄弥のことも大切だわ。リサに嫌がらせをしたいわけじゃないのよ?ただ、雄弥はああいう子だから将来を考えたら、ね」

 

「アタシの女子力をもっと上げるしかないか〜」

 

 

 ま、今よりもっとできることを増やせばいいってことだよね!よーっし!友希那を認めさせるだけの力をつけてやるんだから!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 リサにはあんな理由を言ったけど、実際には少し…少しじゃないわね、とりあえず別の理由もある。…雄弥は弟ではあるけど…私も…その…。

 家に帰ると父さんが先に帰ってきていた。そこまで珍しいことではないけど、今日は私より先に帰ってくる日じゃなかったはずだから驚いてしまった。

 

 

「ただいま」

 

「……友希那か、おかえり」

 

「…?何かあったの?」

 

「……隠せることじゃないか。…友希那、父さんは音楽活動を辞める(・・・・・・・・)ことにした」

 

「……え?」

 

 

 父さんの口から出てきた言葉をすぐに理解することは私にはできなかった。けれど、音楽雑誌とかをどんどん処分していくその姿を見て、それが本当のことなんだとぼんやりと理解していった。

 それから数時間が経ったところで雄弥も帰ってきた。食事は済ませてくると連絡があったから父さんたちも既に食事を済ませてる。私は…食べたかしら?あの後ことをあまり覚えてないわね。

 

(とりあえず雄弥にも父さんのことを話さなくちゃ)

 

 私は失念していた。雄弥はたとえ家族のことであってもそこまでの関心を見せないということを。だから、これは必然の出来事だった。

 

 

「…そうなのか。…それがどうかしたのか?」

 

「どうかしたのかって…あなたね!父さんたちが否定されたのよ!なんとも思わないの!?」

 

「父さんたちとその相手との音楽の認識の違いってことだろ?他人と方向性が違うなんて世の中でよくあることだろ。それに父さんたちは売るための音楽は受け入れられないってことだろうけど、俺たちは売るための音楽をしてるしな」

 

「……あなたは…父さんを家族だと思ってないの!?」

 

「家族でいられるのはありがたいことだ。身寄りのない俺を引き取ってくれてるからな。けど、それとこれとは関係あるのか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 雄弥が真顔でそんなことを言った瞬間、私は私の中で何かが切れる音が聞こえた。そして、感情をコントロールできず、何も考えれないで発言することになった。最低なことを。

 

 

「……もう、いいわ」

 

「友希那?」

 

「…所詮あなたには私たちなんてその程度だったのね。……出ていって

 

「ん?」

 

「出ていって!あなたは家族なんかじゃないわ!もう顔も見たくない!声も聞きたくない!今すぐに家から出ていって!二度と私たちの前に現れないで!!」

 

「…………わかった。必要な荷物を纏めてすぐに出ていく。世話になったな」

 

 

 そう言って雄弥は5分程度で荷物を纏めてすぐに家を出ていった。私は泣き崩れた。

 

(私は…わたしは……)

 

 後悔が絶えなかった。泣いて泣いて泣いて、泣き続けて気づいた時には朝になってた。泣き疲れていつの間にか寝てしまっていたみたいね。それから雄弥と再会するまで数ヶ月を要することになったわ。

 

〜〜〜〜〜

 

 アタシは家に帰ってお母さんから友希那のお父さんのことを聞かされた。すごくショックで、友希那と話をしたかったけど、友希那のほうがショックが大きいだろうから連絡を取ることができなかった。

 ううん、私がただ友希那になんて声をかければいいかわからなかっただけだね。それで、雄弥なら話ができるかなって窓から湊家を見たら荷物を持って家を出る雄弥が見えて、アタシはすぐに追いかけた。

 

「雄弥!そんな荷物持ってどこ行くの!?」

 

「リサか。……どこに行くかはわからない。ただ、湊家には戻れなくなったから出て行く」

 

「な、なに言ってんの?…それっておじさんの仕事のことと関係あるの?お金のこととかなら雄弥が出て行く必要なんて…」

 

「リサ違うんだ。そういうことじゃない」 

 

「じゃあなんで雄弥が出ていく必要があるの!そうだ、しばらく家に来なよ!よくわからないけどアタシん家なら問題ないはずだよね?」

 

「それもだめなんだ」

 

「なんで!?ねぇ何があったの!?」

 

「俺は友希那の視界に入っちゃいけないし、友希那の耳が聞こえる範囲にいてもいけないんだ」

 

「どういうことか説明してよ!」

 

(さっきから意味がわからないよ!なんでなの…友希那と喧嘩したってことなの?)

 

 

 雄弥から話を聞いたアタシは、当然怒った。友希那に怒ったっていうのもあるけど、それ以上に雄弥(・・)に怒ってしまった。雄弥の人間性をわかってるつもりでいたのに。アタシは雄弥の無感情さに怒ったんだ。

 

 

「雄弥は湊家に感謝してないの!?」

 

「感謝はしてる。育ててもらってるからな」

 

「それならなんでそんな…、おじさんの気持ちを考えれないの?」

 

「俺にそんなことがわかるわけがないだろ。一般論も危ういんだぞ?」

 

「これをきっかけに考えたらいいじゃん!理解しようとしたらいいじゃん!なんで最初から諦めてるの!」

 

「…どれだけ考えてもわからないことなんだ。俺が病院で湊家に引き取られるって聞いたとき考えたさ。なんで見ず知らずの人間を引き取ってくれるのか、なんで友希那もリサもこんな俺にずっと話しかけてくるのか。入院してる間は暇だったからずっと考えてた。それでもわからなかったんだ。だから"なぜ"の追及はやめた」

 

「けど…!だけど!それはその時分からなかっただけかもしれないじゃん!今ならわかるかもしれないじゃん……なんでっ…」

 

 

 知らなかった。雄弥が真剣に悩んでいたことなんて。あの頃は知り合ったばっかで雄弥のことを何も分かってなかったから。…けどそんなのは言い訳で…だけど…だけど。

 もう頭の中がグチャグチャになってわけがわからなくなってきた。涙が溢れるけどなんで泣いてるのかわからない。なんで怒ってるのかもわからなくなってきて、なんで喧嘩なんか…雄弥を好きだってわかったのに……なんで。

 そうしてアタシはこの先ずっと後悔する最低なことを言うことになってしまった。それがアタシの罪で、それがずっとアタシを縛ること。

 

 

「家族のことも想えないなんて、そんなの……そんなの"人じゃない"よ!」

 

「やっぱそうなのか。リサ、今まで側にいてくれてありがとう。人じゃない俺がこれ以上2人の側にいても邪魔だからな。もう2人の近くにはいないようにするから」

 

「……あ、…ちょっ、雄弥!」

 

「2人の人生を応援してるから。…さようなら」

 

(待って、待ってよ!違う!こんなこと言いたいんじゃなくて!…こんなのって!)

 

 

 アタシの思いとは裏腹に言葉を発することができなかった。その間にも雄弥は一度も振り返ることなくそのままどこかに立ち去って行ってしまって、追いかけるための足も動かなかった。

 

 

 アタシは…アタシは……。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「…そんなことが……あったんですね」 

 

「雄弥くんが悪いわね」

 

「紗夜さん!?」

 

「だってそうでしょ?そういう人物とはいえ悪いことは悪いのよ」

 

「それは…」

 

「あはは、凄いな〜紗夜は。…あたしはそう考えれなかったよ」

 

 

 悪いものは悪い。理解できないことであっても悪いことを認識させないといけない。紗夜はそう言ってるんだ。アタシは…甘やかしちゃうからな〜。もしかしたら紗夜と一緒の方が雄弥のためになるんじゃ。

 

 

「…今井さん、たしかに私は雄弥くんと一緒にいる時間を居心地よく思っていますが、私には無理ですよ」

 

「!!…紗夜ってエスパー?」 

 

「なにを馬鹿なことを…」

 

「あはは、だよね。それで無理ってどういうこと?」

 

「私にはそこまでの器がありません。私にできることはせいぜい雄弥くんをあなた達とは違う角度で支えるだけです。…悔しいですが彼を中心から支えられるのはあなた達だけです」

 

「あの……氷川さん…それって」

 

「…私も私の妹も彼と出会い、彼に惹かれていきましたから」

 

「ええー!!え…えぇ!?」

 

「あこお店で騒がないで」

 

「あ、ごめんなさい…って友希那さんは驚かないんですか!?」

 

「驚いてるわよ」

 

 

 言葉だけを聞くと驚いてなさそうだけど、友希那も驚いてる。コーヒーを飲もうとしてるけど手が震えてるもん。

 

 

(紗夜だけじゃなくて、日菜もなんだ…)

 

「まぁ、私も私の妹も彼との必要以上の接触を控えるようにしてるのでので、今井さん気にしないでください」

 

「え…なんで…?」

 

「…そこは教えません。…ですが、猶予を与える程度だと思ってください。そう簡単に割り切れるものでもないですから」

 

「まぁそうだよね」

 

「特に妹の方は堪え性がありませんから。この間2年ぶりに2人で遊んだことを大変喜んでいましたし、今では同じ事務所にいるため会う頻度も高いでしょうし。……おそらくすぐに遠慮することをやめるでしょう。私でも自分を抑えるのがいっぱいいっぱいなので」

  

「うぅ…」

 

「と、とりあえず……今は和解できてます…よね?」

 

「そうだよね。2人とも雄弥さんと仲いいもんね」

 

「そう、なんだけどさ。……それでも、ね」

 

「今井さん…」

 

「……リサ、明日はバイト入れてなかったわよね?」

 

「え…うん。だって練習あるでしょ?」 

 

「明日は来なくていいわ」 

 

「へ?」 

 

「雄弥と2人で遊んできなさい」 

 

 

 ゆ、友希那ほんとにどうしちゃったの!?練習を休んでデートしてこいなんて(言ってない)。そ、それより今のアタシが雄弥に会ったら前みたいに接せるかな…。

 

 

「雄弥には私から言っておくから。いいわね?」

 

「……はい」

 

 




ええい!シリアスっぽいのが長い!!
ってことで友希那さんに一肌脱いでもらってデートのセッティングをしてもらいました。
☆7評価 Pad2さん ありがとうございます!


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3話

ふと気づいたんですけど、この作品って作品内の時間経つの遅すぎません?
どういうことかと言うと、Roseliaのバンドストーリーで言えば、1章の最後の方のフェスのコンテストがまだなんですよね。
そのうちさらっとやります、ちょっと触れる程度です。


「ごめん、遅くなった」 

 

「う、ううん。急に時間作ってもらったのはこっちだし…。それにそんなに待ってないから」 

 

「いやそれでも遅れたのは俺の責任だ」 

 

 

 友希那に無理やりデートのセッティングをされたアタシは、学校が終わってすぐに雄弥と待ち合わせをしていた。家に帰る時間も勿体無いって友希那が考えたみたい。

 それにしても雄弥は真面目だなー。こういうとこは紗夜の影響なのかな?…いや普通に考えたら芸能界で生きてきて身についたことかな。

 

 

「今日は練習ないのか?」

 

「あるんだけど…友希那が気分転換してこいって」

 

「そうなのか。この前のライブで何か気に食わないことでもあったか?」

 

「ううん。ライブは面白かったよ?Roseliaのみんなも楽しんでたし、自分たちの課題も見つかったしね」 

 

「それはよかった。……となると、結花のことか」

 

「あ、あはは〜。わかっちゃうんだ…」

 

 

 雄弥は相手の気持ちがわからない。そのくせしてこういうことは敏感に察せるんだよね〜。

 

 

「…びっくりしたよ。まさかメンバーが増えるなんて思ってなかったから」

 

「演出の一つだからな。隠すようにメンバー内で意見が固まってたんだ」

 

「そうなんだ…。まぁ、それもそうか。下手に喋って情報が漏れたら意味ないもんね」

 

「そういうことだ」

 

 

 雄弥の手を握って、雄弥の隣りを歩く。たったそれだけのこと、今までも偶にしてきたことだけど、それでもアタシの心は満たされていく。

 けど、それと同時に心に靄がかかるのもわかる。それはやっぱり藤森さんのことが頭をよぎるから。

 

 

「…リサ?」

 

「……藤森さんはどういう人なの?」

 

「結花?…あいつも努力家だな。元々音楽活動に興味があって芸能界入りはしてたらしい。けど自分の実力に納得がいかないからグループに属さないでいたんだとさ」

 

「へー、芸能界って融通きくんだ」

 

「まぁな。ただ、そういう奴は基本仕事が来なくなる」

 

「あ、なるほど。じょあ藤森さんはなんで?」

 

「俺たちは元々ボーカルを探してたからな。4人でデビューして、4人でローテーション組んでライブを乗りきってきたから4人組って思われてるけど」

 

「じゃあ雄弥たちの基準と藤森さんの基準が一致したからボーカルに?」

 

「そういうこと」

 

 

 なるほどね〜。努力家…か。そこまでやっててバンドに入れるなんてラッキーだよね。雄弥たちの自由性のおかげって感じがする。

 

 

「他に聞きたいことがあるんだろ?…むしろそっちが本題な気がする」

 

「……うん」

 

 

 聞きたいこと…というか、きっと問い詰めるって感じになる気がする。自分を抑えれると思えない。前みたいにもう頭がグチャグチャになってるんだもん。

 

 

(やだ…聞きたいけど、聞きたくない…。嫌われる、こんなめんどくさい女の子なんて思われたくない……)

 

 

 俯いて黙り込んでるとアタシの体が何かに包まれた。いや、何かなんてわからないわけがない。このぬくもりもこの匂いもよく知ってるから。大好きな人のことだから。

 目を開けて目線を上げるとやっぱりそこには雄弥の顔があって、アタシは雄弥の腕の中にすっぽり収まってた。それを認識すると肩の力が抜けていくのがわかった。それと雄弥の手を強く握ってることに今気づいた。

 

 

(手を握るのが強くなったからこうしてくれてるのかな…?)

 

「ゆう、や…」

 

「何で泣きそうになってるのかよくわからんが、リサに聞かれることは全部答える。それで俺がリサから距離を置くなんてことはないから。だからリサのやりたいようにしてくれ」

 

「…ゆうやぁ」

 

「だからなんで泣くんだよ」

 

 

 仕方ないじゃん…。わからないってのは本当なんだろうけど、それは顔を見たらわかるけど、アタシが不安に思ってることを聞かないで答えてくれるんだもん。

 雄弥が片手で頭をゆっくり撫でてくれて、空いてる手で抱きしめてくれる。アタシはこの状態にすごく幸せな気分になる。嬉し涙を流しながら雄弥の胸に顔をうずめる。

 

 

「最近リサはよく泣くな」

 

「半分以上雄弥のせいだよ…」

 

「……そうか。ごめんな」

 

「すぐには許さないからね」

 

「それは…大変なことになった」 

 

「思ってないくせに。…それよりさ、雄弥。藤森さんとデートってほんと?」

 

 

 気持ちが落ち着いてきたところで聞きたかったことの本題に入る。聞く勇気は出たけど体は震えてる。…こわい、紗夜は雄弥がいなくなるなんてことはないって言ってたけど、不安は消えない。

 

 

「デートってわけじゃないだろ。メンバーになったから相手のことを知りたいってことじゃないか?」

 

「それなら2人きりの必要はなくない?みんなと一緒でいいんじゃないの?」

 

「そうなんだけどな、一人一人のことを知るためにはこの方がいいってことになってな」

 

「それは誰が言ったの?」

 

「結花」

 

「…へー」

 

「どうかしたか?」

 

「今さらだけどさ。下の名前で呼ぶなんて、仲がいいんだな〜と思って」

 

「機嫌悪くなってない?」

 

「さぁ?」

 

「……同じバンドのメンバーだし、名前呼びにしようってなったんだよ。他のメンバーは名前呼びで一人だけ名字呼びってのも浮くだろ?」

 

「…そうだね。けど雄弥がそこまで仲良くなる必要あるの?いつもならある程度距離作るじゃん」

 

「バンドメンバーは……仲間だろ?仲間と距離作ってどうするんだよ」

 

 

 それもそうだよね。ちょっと考えればわかることなのに、普段のアタシなら気付けることだろうけど、今はわからなかった。本当に嫌な女の子だな、アタシって。雄弥が知らない女の子と馴染むのが嫌だなんて。

 

 

「リサ調子悪いのか?もしそうならすぐに帰って休んだほうが」

 

「それはダメ!」 

 

「ダメって…」

 

「……あ、…調子悪いのはそうかもしれないけどさ。……もう帰るなんて嫌」

 

「家族と喧嘩…なわけないか」

 

「うん」

 

「…わかった。リサが満足するまで一緒にいるよ」

 

「ほんと?嘘じゃないよね?アタシさっきから変なことばっか言ってるんだよ?自分で言うのもなんだけど、情緒不安定だよ?」

 

「当然だ。俺が嘘つかないのは知ってるだろ?」

 

「うん♪」

 

 

 やった!雄弥が一緒にいてくれる。それがすごく嬉しくってアタシはもう一度、今度は思いっきり雄弥に抱きついた。それこそ日菜と同じぐらいの勢いで。

 

 

「ママー、あのおねぇちゃんたちなんでずっとくっついてるの〜?」

 

「こら!そっとしてあげなさい。あの子達は今甘酸っぱい青春を送ってるんだから」

 

「ぎゅーってするのがせーしゅんなの?」

 

「ん〜、あなたにはまだ難しいわね。あの子達ぐらいになったらきっと分かるわ。…あ~懐かしい、私にもあんな時があったわね〜」

 

 

(………、すっごい恥ずかしぃーー!!!そうだったここ外なんだった!普通に公園でなにしてんのアタシたち!!)

 

「リサ顔真っ赤だけど本当に大丈夫か?耳まで赤いけど熱じゃないのか?」

 

「しょ、しょんなわけない!」

 

「呂律もまわってないぞ」

 

「……うぅ。だ、大丈夫ったら大丈夫!」

 

 

「あら、あのお兄ちゃんやり手ね」

 

「ママー、あのおにいちゃんはすごいひとなの?」

 

「そうねー…、ああいう子の相手は苦労するわよ〜」

 

「すごいひとだから?」

 

「そういうこと」

 

「あのおねぇちゃんはだいじょーぶなの〜?」

 

「あの子はきっと一途な子なのよ。だからこの先も大変だとは思うけど、彼女なら超えられるわ」

 

 

(なんでずっと冷静にこっちのこと分析してんの!しかも地味に的確だし!)

 

「…雄弥、行こ」

 

「ほんとに大丈夫か?……ダメだと判断したらすぐに帰らせるからな」

 

「うん。ありがと」

 

(とりあえずすぐにここから出よ。恥ずかしすぎるから!)

 

 

「あー!あのおねぇちゃんたちおててつないでる!ラブラブなんだね!」

 

「初々しいわ〜!」

 

 

(なんでわざわざ声大っきくして言うのよ!わざと!?…ほんとに恥ずかしい)

 

 

 すぐに手を離そうとしたけど雄弥が手を話してくれなかった。顔が真っ赤になってるアタシが心配だからだって。…優しさが追い打ちをかけてるよぉ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 放課後デートだと時間が限られてるから遠出はできない。だから大抵はよく行く所に誘うらしいんだけど、アタシと雄弥は幼馴染でよく一緒に行動してるからこそ、こういう時にどこに行こうか迷っちゃうんだよね〜。

 

 

「リサ、どこ行くか決めれてないのか?」

 

「う、うん。ごめんね、呼んだのこっちなのに」

 

「謝らなくていい。ほとんど友希那が決めたんだろ?」

 

「本当にお見通し、だね」

 

「今回のは分かりやすい。リサならいつも自分から呼ぶだろ?」

 

「それもそうだね。…推理にすらならないね」

 

「だろ?…それで行くとこに迷ってるなら俺が知ってる店でいいか?」

 

「え…うん、もちろん♪雄弥のオススメのとこに案内してよ☆」

 

「一気にテンション上がったな」

 

 

 だって雄弥が自分から提案するなんて珍しいんだもん♪どこに行くんだろ。前の楽器店みたいに知る人ぞ知るって雰囲気のお店なのかな。

 

 

「晩飯は家で食べるだろ?だから軽いので済む喫茶店行くぞ」

 

「おぉー、喫茶店か〜。さすが芸能人だね♪」

 

「芸能人は関係……あるのか?」

 

「迷うんだ…」

 

「芸能人になってから知った店だから関係あるのか迷ってるんだよ」

 

「あ~なるほど」

 

 

 たしかに、雄弥は学校に通ってないから知ることなかったのかもしれないね。学校に通わないのも…アタシたちのせい、なのかな。

 雄弥が高校をどう思ってるのか、そこも確かめなきゃ。目を逸らしてきたことに向き合わなくちゃ。

 

 

「…雄弥はさ、高校通いたいって思わなかった?」

 

「高校か…。どうだろうな、今の生活に不満はないしな。…そう考えると通いたいとはならないな」

 

「そっか…」

 

「…この生活も俺が選んだことだ。リサが責任を感じることなんてないぞ」

 

「……うん」

 

 

 アタシが暗く思うことは察せるんだね。……少なくともそっちのことは直感でわかるようになってきたってことかな?

 そうだと嬉しいな。雄弥も少しずつ変わってきてるってことだから。…ただ察せても理由はさっぱりなんだろうけどね。日菜がそうってことは似た感じの雄弥もそうなんだろうね。

 

 

「着いたぞ」

 

「お〜。雰囲気あるね〜、木組みの喫茶店なんだ」

 

「喫茶店って落ち着ける場所の方がいいだろ?ここは店の中でそういう空気が漂ってるのか、騒ぐやつがいなくてな。たまにここで打ち合わせもする」

 

「仕事の話もここでするんだ…。あたし中に入ったら浮いちゃわない?」

 

「見た目は浮くかもな」

 

「……」

 

「けどすぐに溶け込める。わりと見た目のパンチが強いやついるからな」

 

「例えば?」

 

「店員」

 

「……」

 

(なんで店員さんが見た目派手なの!?)

 

 

 そう言えば雄弥の行きつけの場所ってけっこう特徴的な人多いよね。そういうの無自覚に好きだったりするのかな…。たしかに個性的な人って面白いけどさ。

 お店に入ると本当に落ち着いた雰囲気のところで、これはもう勝手に黙っちゃうなーって思った。けど雄弥の話通り個性的な人たちが多かった。

 

 ・モヒカン集団(暴走族じゃないらしいし、不良でもないとか。しかも雄弥のこと慕ってるとかわけわからない)

 ・ひたすら筋トレをしてる人(ホームレスらしい、けどボディビル大会で優勝したり入賞したりしてるとか、…そのお金はどうしてるんだろ)

 ・頭にフクロウを乗せてる人(勝手に乗られたらしい、その後もずっといるんだとか。お風呂入るときと寝るときは離れてくれるらしい)

 

 この人たちはここでバイトしてるんだとか。働いてる人が見当たらないのはおかしい気がするけど、暇な時は好きにしてていいらしい。それはそれで売上とかお店としてとかは大丈夫なの?って思った。

 

 

「な?落ち着く店だろ?」

 

「雰囲気はね?店員さんたちが強烈過ぎて逆に落ち着かないよ」

 

「注文が届いたあとはあいつらも好き勝手やってるからな。全員完全にプライベート状態になるんだよ」

 

「それお店としてどうなの…」

 

「店長の方針だからいいだろ。かたっ苦しいのが嫌なんだとさ。あと世間からのはみ出し者を放っておけないんだとか」

 

「いい人なんだね。…似た性格の人雄弥のバンドにいなかった?」

 

「ここの店長は疾斗の爺さんなんだよ」

 

 

 注文が届いた後は雄弥の言うとおり本当にプライベートが確保された。極力お客さんに絡まないって…もうツッコミしなくていいや。

 雄弥と頼んだパフェの食べさせ合いをしたり、ライブのことを話したり、またデートする約束をしたり。アタシの心は今度こそ満たされていった。今度は靄なんてなかった。

 だから今日はこれで終わり

 

 

 

 

 

 

 なんてことにはできなかった。

 

 

「ねぇ雄弥。お願いがあるんだ〜」

 

 

 アタシはアタシの我儘を押し通すことにした。もっと一緒にいたい。

 

 

「今日は家に泊まりに来て」




ガルパ内のイベントは可能な限り盛り込んでいきたいなーって思ってます。時間の進みが遅いのでいつになるかはわからないですけど。
☆9評価 アクアランスさん libra0629さん ありがとうございます!


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4話

遠藤ゆりかさんラストライブ日ですね。とうとうこの日が来てしまい、寂しいですが応援しましょう。バイトがあるし、お金ないから見にいけないですけどね。…あー辛い、けど、お疲れ様です。



「泊まり?」

 

「うん」

 

「俺はいいけど、いきなりって両親に迷惑じゃないか?」

 

「…聞いてみる」

 

 

 やっぱり最初から考えてたってわけじゃないのか。リサは母親に電話をかけた、と思ったらすぐに電話が終わった。早いな。しかもあの笑顔を見たらどう言われたのかもわかる。

 

 

「OKだって!」

 

「だろうな。着替えとかはないし、一旦家に帰ってからそっち行けばいいか」

 

「その必要はないんじゃない?」

 

「は?」

 

「雄弥の服とか何着か家にあるって母さんが言ってたよ」

 

「……わけがわからん」

 

「…あはは〜、アタシも知った時は頭抱えたよ〜」

 

 

 考えても仕方ないか、あるものはあるんだ。明日はリサの家から出勤すればいいわけだな。

 

 

「んじゃ店出るか」

 

「そうだね」

 

「あ!雄弥さんお帰りですか?店長ー!雄弥さんが帰りますよー!」

 

「………雄弥?」

 

「…あいつら馬鹿だからレジ打てないんだよ」

 

「えぇー…」

 

 

 モヒカンたちと筋トレ男がレジ打てないのは、100歩譲っていいとして、フクロウのおっさんはたしかレジ打てるんだがな。レジのドロアーが開く勢いにフクロウがびっくりして爪が食い込むから嫌なんだとさ。

 店の奥からアロハシャツにグラサンという場違いな格好で爺さんが出てきた。この人が疾斗の爺さんでここの店長。元大富豪で、自分で稼いだ金は遺産として家族に遺さないって決めてるんだとか。だから赤字になるのを理解しておきながらこの喫茶店を作って、はぐれ者を雇って給料を与えてるらしい。

 

 

「……もうしばらくツッコミしたくない」

 

「リサのキャパを超えたか」

 

「はっはっは!なんだ坊主、えらい別嬪さんを捕まえてるじゃねぇか!」

 

「べ、べっぴん…」

 

「幼馴染だ。それとこいつはウブだからあんたのノリにはついていけねぇぞ」

 

「むむっ!それは悪かったなお嬢ちゃん。…いやな、お前たちのことは孫のように思ってるからな〜。4人のうちの誰かがさっさと結婚でもしてひ孫の顔を見せてくれねぇかと思ってよ」

 

 

 誰が孫だ。どう思うかはそりゃあそっちの勝手だが、あいつらと兄弟ってのは遠慮する。

 

 

「軽くセクハラまがいなことを言ってるぞ。…あんたの孫に期待しとけよ。あいつは答えだすのを避け続けてるだけなんだから」

 

「…あいつの信条がそのまま本人を束縛してるからな〜。遅かれ早かれ答えは出さないといけないんだがな。でないと結局全員を泣かせることになるからな」

 

「だろうな。ま、それは本人に言ってやれ。爺さんっ子なわけだし」

 

「本人を前にすると儂も甘やかしちまうからなー!」

 

「…会計してくれね?」

 

「おぉ忘れとったわ。んじゃ雄弥の分だけを請求しようかの」

 

「ええ!それは悪いですよ!アタシも払います」

 

「受け取らんぞ〜」

 

「こういう爺さんだ。というか死ぬまでに稼いだ金を使い切るのを目標にしてるんだぞ?店としての体裁を保つために一応会計はするけど、どれだけ客が来ても赤字だからな」

 

「……」

 

 

 ま、反応に困るのが当たり前だわな。ついでにこの喫茶店は3階建てで、1階と2階が喫茶店、3階が爺さんの生活空間だ。地下もあって行き場のない奴らが泊まれるようになってる。しかもエレベーターが用意されてる。

 これだけで十分お金を使っているのだが、まだまだ有り余ってるのだとか。だから時給も高く設定してるらしい。学生からしたら神バイトと言うやつだ。ただ個性的な奴らを受け入れられるかが課題だがな。

 

 

「他の連中にもまた来いって言っといてくれ」

 

「わかった」

 

「えと、ごちそうさまでした。すっっごく美味しかったです!」

 

「嬉しいね〜。お嬢ちゃんもまた来てくれや。すぐには慣れないだろうから雄弥と一緒にな」

 

「はい!」

 

 

 会計を済ませて店を出る。そのときに毎回恒例のモヒカンたちの敬礼での送り出しがあり、リサの思考が停止したからリサを抱えて店を出ることになった。

 …後日聞いた話だとリサの親衛隊になるとか言ってたらしい。あいつらは女子への免疫ないからな〜。パスパレのメンバーが来たら親衛隊はどうなるんだろうな。解散かな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ……今日はいろんなことあったな〜。さっきの喫茶店のせいで他のことが違う日の出来事みたいに思えてくるけど、全部今日の出来事なんだよね。

 あの人(モヒカンさん)たちも別に悪い人たちじゃなかった。接客が終わったらみんなで集まってたけど、タバコ吸うわけでもないし、賭け事もしてなかった。

 ちょっと話を聞いてみたらみんなと一緒のとこに就職したいらしい。学校の勉強は全然できないから体を使う仕事、目指してるのは大工さんだって言ってた。就職するときに有利になるように資格の勉強と専門用語、使う道具とかの勉強を助け合ってやってるんだって。アタシ感動しちゃったよ〜。

 

 

(ほんとに、今日は印象深い1日だったな〜。雄弥にグチャグチャになったアタシの気持ちをぶつけて、いろんな人に出会って、こうやって雄弥に抱えられてる。…………ん?抱えられてる(お姫様抱っこ)?)

 

「〜〜っ!雄弥おろして!」

 

「お、やっと復活したか。…暴れるな、落ちるぞ」

 

「わ、わかったから!大人しくするから早くおろして!」

 

 

 雄弥に優しくそっとおろしてもらって、自分の足でしっかりと立つ。誰かに見られてないか気になって慌てて周りを見渡すけど、特に人は見当たらなかった。アタシはそれに安心してほっと胸を撫で下ろすと、ある意味1番知られたくなかった人物に声をかけられた。

 

 

「リサさん奇遇ですね〜」

 

「も、モカ!?」

 

 

 み、見られてた!?…いやいや、モカがニヤついてないってことは見られてないはず。ここはアタシが墓穴を掘らなければやり過ごせる!

 

「その方がリサさんとよく一緒にいるっていう人ですか〜?」

 

「う、うん。アタシの幼馴染で友希那の弟」

 

「どうも、湊雄弥です。君はリサの後輩か?」

 

「そうで〜す。リサさんと同じ学校に通ってて、同じとこでバイトしてる青葉モカちゃんで〜す。どうぞよろしく〜」

 

「よろしく青葉」

 

「モカでいいですよ〜。名字呼びはあまり慣れてないので〜」

 

「そうなのか。なら、よろしくなモカ。俺も雄弥でいいぞ。名字だと友希那とかぶってややこしいからな」

 

「りょうかいで〜す。よろしくお願いしま〜す。雄弥さん」

 

 

 い、意外と気が合ってる?お互いマイペースなはずだけど、うまいこと波長が合うってことかな。

 

 

「それでモカは何してるの?1人ってことはバンド練習じゃないよね?」

 

「はい〜。今日は気が赴くままに歩いてました〜」

 

「そ、そうなんだ」

 

「おかげで収穫もありましたよ〜」

 

「収穫?なにかあったの?」

 

「それはもう特大のものが〜」

 

 

 と、特大の収穫?ま、まさか見られてたの!?…そ、そんなことは、ないよね?

 

 

「リサさんのお姫様抱っこですよ〜」

 

「〜〜っ!!」

 

 

 見られてたーー!!なんでよりによってモカに見られるの!?いや他の人でもダメだけど!

 

 

「な、な、なんのことかな〜」

 

「リサさん動揺を隠せてないですよ〜?しかも顔が真っ赤ですよ〜」

 

「うぅ〜……」

 

(……リサさんを弄ってたら思ってた以上に乙女な反応してる。弄ってるこっちも恥ずかしくなりそう〜)

 

「モカぁー、このことは誰にも言わないでほしいんだけど…」

 

「…そ、それはどうしましょう〜」

 

「……おねがい」

 

(リサさんってこんな可愛い人だったっけ?…こ、ここで簡単に承諾したらモカちゃんのキャラが崩れる気がする)

 

「もかぁ〜」

 

「……仕方ないな〜。リサさんにそんな顔で頼まれたらさすがのモカちゃんも自重しますよ〜」

 

「ありがとう!!」

 

(いつもお姉さんキャラのリサさんがもーのすっごく子供っぽい〜。……こういう一面もあるってのを知れただけ良しとしますか〜。それに、バイトで二人だけのときの話のネタにはできるし〜)

 

 

 よ、よかった〜。なんとかモカの口止めに成功したよ〜。口止めしてなかったら、モカが言いふらすってことはなくても周りの子を利用してくるからな〜。

 

 

「雄弥さんはあたしに気づいてそうだったんですけどね〜」

 

「へ?」

 

「あたしがリサさんたちを見かけたときにチラッとこっち見てましたし〜」

 

「そういや見たな」

 

 

 つまり?雄弥はモカのことを把握しときながらそのままあたしを抱えて歩いていたと…。ふーん、そうなんだ〜。

 

 

「……リサ?」

 

「も、モカちゃんはすぐに帰らないといけないので〜、……お邪魔しました〜!」

 

「モカは明日学校でね!!」

 

「えーー!」

 

「雄弥は今からちょーっと話しようか」

 

 

 家まではもう少しあるし、丁度いいかな〜。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 久々に、本当に久々に雄弥に思いっきり説教した。効果があるかはわからないけれど、少なくともああやって抱えたまんま外を歩かないことは約束させれた。…あれ自体は嬉しかったけど、場所がダメだよね。

 

 

「二人ともおかえりー!お父さんも帰ってきてるし、ご飯にする?それとも二人で先にお風呂行く?」

 

「母さんその選択肢おかしいよね!?」

 

「そう?ご飯食べるのかなんて普通でしょ?」

 

「そっちじゃないよ!後の方!」

 

「後の方?…お母さんなんて言ったか忘れちゃったわ〜。リサ教えてくれない?」

 

「わざとでしょ!」

 

「そんなことないわよ〜。で、さっきお母さんはなんて言ったのかしら〜」

 

「……い、言えるわけ無いじゃん!」

 

 

 なんで母さんはこうやって弄ってくるかなー!…そりゃあ雄弥が家に来るのは久々だけどさ。前も言ってたけど、母さんたちにとっても雄弥は自分たちの子って感じなんだよね。

 

 

「あなたーー!リサが男を家に連れてきたわよー!」

 

「母さんその言い方わざとだよね!」

 

「なんだと!?どこの馬の骨だ!この俺の目が黒いうちはリサを……なんだ雄弥くんか。雄弥くん娘のことをよろしく頼む」

 

「言ってることが180度変わってますよ」

 

「それで式はいつ上げるんだ?」

 

「な、何いってんの父さん!」

 

「そうよ、何言ってるのよあなた。二人はまだお付き合いしてないのよ?結婚はまだ先でしょ。雄弥くんは18歳にもなってないし」

 

「それもそうだな。付き合う時期も大切だな」

 

「そうよ、あの時間は結婚とは一味違う幸せな時なんだから」

 

「懐かしいな……。二人は付き合ってるんだったか?」

 

「父さん!!」

 

「いえ、お付き合いはしてませんよ。俺なんかにリサは勿体無いですから」

 

 

 ……また雄弥はそんなこと言って。アタシはそういうふうに言われるの好きじゃない。一般的には謙遜してる人って感じで印象いいんだろうけど、付き合いが長いアタシたちにはそれが本心なんだってわかる。本当に雄弥は自分のことを卑下にしてる。

 

 

「…そうか。雄弥くん君は自分をそう評価するんだろうけど、少なくとも俺と妻はそう思っていないよ。君になら本当にリサを任せられると思っている」

 

「……ありがとうございます」

 

「さっ!それじゃあご飯にしましょうか!実はさっき丁度できたところだからできたてなのよ〜」

 

 

 …帰ってくる時間を予想してたんだろうな〜。ほんとにこういう所は敵わないな。

 

 

 

(なんでお赤飯炊いてるの!!)

 

 

~~~~~

 

 

「……どうしよう」

 

「俺は床でいいぞ」

 

「それはダメ。ちゃんと体が休まらないでしょ」

 

「そうは言ってもな。同じベッドは嫌だろ(・・・・・・・・・)?」

 

 

 何を困ってるかと言うと、雄弥の寝る場所なんだよね。夕飯を4人でワイワイしながら食べて、順番にお風呂入ったあとに問題が起きてさー。

 

 

ーーーーー

 

「母さん、うちに布団って余ってなかったっけ?」

 

「え?…あ~ごめんごめん、クリーニングに出しててまだ取りに行ってないのよ(本当は湊さんのとこに置いてあるけど)」

 

「ええ!?それじゃあ雄弥はどこで寝てもらうつもりだったの?アタシは布団があると思ったから呼んだのにー」

 

「俺はリビングのソファでいいぞ」

 

「「それはダメ」」

 

「雄弥くん。勝手知ったる相手とはいえ君は客人だ。そんなとこで寝かせるわけにはいかない」

 

「ですが、他に寝るとこがないのでは?」

 

 

 どうしよー、完全にあてが外れちゃったよ〜。空いてる部屋がないのもそうだけど、そもそも布団がないことには…。

 

 

「あ!解決策思いついちゃったわ♪」

 

「おぉ!早速思いついたのかー、さすが母さんだな!」

 

「……ものすごく嫌な予感するんだけど」

 

「なーに言ってるのよ。リサにとっても嬉しいことよ?」

 

「その顔は絶対に違うよね…」

 

「それで、解決策とは?」

 

「雄弥くんがリサと同じベッドで寝たらいいのよ。元々寝る部屋自体はそうしてもらうつもりだったしね☆」

 

「だとさ」

 

「な、なっ!…そんなの寝れるわけないじゃん!……恥ずかしいもん

 

 

 母さんは本当に何考えてんの!?年頃の男女二人を同じベッドで寝させるって…、しかも自分の娘にそうさせようとするって。

 

 

「えー、寝れるでしょ?リサのベッド少し大きめだから二人入れるはずよ?」

 

「そういうことじゃないの!!」

 

「じゃあ、どういうことなのかしら〜。言葉にしてくれないと最近の若い子の気持ちわからないわ〜」

 

「うぅ」

 

「…あ、もしかしてそっち(・・・)?安心して、リサの部屋はベースの音を抑えるために防音になってるから。あたしたちも空気ぐらい読むわよ」

 

「な…!この変態!もう知らない!!」

 

「母さん、それはいくらなんでもなー」

 

「あの、そっちってどっちですか?」

 

「ほら、雄弥くんは純粋なんだから。変なことを吹き込むわけにはいかないんだぞ」

 

「そうだったわね。…けど最低限の知識はいるわよね〜。学校で習う前に芸能界に入っていったのだし」

 

「母さん雄弥に余計なこと言わないで!ほら雄弥も行くよ!」

 

「話しについて行けんが…まぁいいか」

 

「けどリサ本番(・・)のためには教えておかないと」

 

「本番?ライブのことですか?」

 

「雄弥は黙ってて!母さんもそういうことは友希那の家に任せればいいことでしょ!」

 

 

 母さんの言葉に反応する雄弥を引っ張っていって自分の部屋に入る。雄弥を部屋に招くのは久々とはいえ、前回の時と大きく変わった箇所とかはない。大体の物の配置は一緒。

 幼馴染とはいえ、アタシだって年頃の女の子なわけで、異性をしかも好きな人を自分の部屋に招くのは緊張する。なんでかわからないけど、今になって心臓の鼓動が早くなる。

 

 

「家に来るのもそうだけど、リサの部屋に来るのも懐かしいな。前に来たのっていつだっけ?」

 

「あたしも覚えてないかな〜。けど、あの日よりは前なのは確かかな」

 

「少なくとも3年ぶりか。…所々変わってるのも当然か」

 

「わかるんだ」

 

「なんとなくな」

 

 

ーーーーー

 

 

 とりあえずアタシがベッドに座って、雄弥にはアタシの椅子に座ってもらってる。まだ寝る時間ってわけでもないしね。

 

 

「そういえば次のライブの日程って決まってるの?」

 

「いや決まってないな。…しばらくはライブしないだろうな」

 

「なんで?」

 

「パスパレが活動自粛中だからな。俺たちにも責任があるのも確かだ。裏でコソコソしてたわけだし」

 

「あー。あれのことか〜。それなら納得」

 

 

 雄弥はパスパレのことそんなに気にかけてないだろうから、他のメンバーがライブしないって決めて雄弥もそれに従ってるのかな。まぁ音楽関連の番組以外にも出てるし、しばらくはそっちばっかりになるのかな。

 

 

「Roseliaはどうなんだ?FWFのコンテストが近づいてるんだろ?」

 

「それに向けて練習中ってとこだね。雄弥たちのライブを見れたおかげでみんな気合十分って感じ。……少なくともアタシ以外は」

 

「そういや友希那に言われて今日は練習休んでるんだったな。……まだ早い時間だが今日はもう寝るか」

 

「え…」

 

「一昨日のライブの日からまともに気が休んでないんだろ?なら今日は早く寝たほうがいい」

 

「そ、そうかもしれないけど…雄弥の寝る場所の問題は解決してないよ?」

 

 

 アタシがそう言うと雄弥がきょとんとしてる。何を言ってるんだ?って感じ、…ということは──

 

 

「だから俺は床で「ダメって言ってるでしょ」……じゃあ今日はねな「それは論外」…どうしろと?」

 

 

 母さんの思惑通りになるのは癪だけど、そんなこと気にして雄弥に影響が出るほうがいや。だから、これはアタシが勇気を持てばいいんだ。

 

 

「……ふ、二人でベッドで寝よ

 

「リサはそれでいいのか?」

 

「う、うん……」

 

「……わかった」

 

 

 やっぱり緊張してるのはアタシだけ、雄弥は顔色一つ変えなかった。アタシが壁側に寝て雄弥が横に入ってくる。アタシが落ちることがないようにっていう配慮らしい。

 恥ずかしくて心臓がバクバクする。アタシは壁側を向いて寝転ぶことでなんとか気を紛らわせていた。けど、同時にまた不安が出てきた。

 

 

(雄弥は全然緊張してない。…アタシはやっぱり"幼馴染"って範囲からはどうやっても抜け出せないのかな)

 

 

 それはつまりずっと雄弥に異性として、一人の女性として見られないということなんじゃ……。

 

 

「……ぐすっ」

 

「…リサ?泣いてるのか?」

 

「ないてない」

 

「涙声なんだけど」

 

「ないてない!」

 

 

 雄弥を避けるように強めに言って体を丸める。自分で自分を抱きしめるように。…そうしてるのに、布団もちゃんとあるのにアタシは寒かった。心が冷えきってるんだ。

 

 そうしてると昼間と同じぬくもりがアタシを包んでくれた。アタシが間違えることなんてない。雄弥の温もりだ。

 

 

「……ばか」

 

「なんのことかわからんが、ごめん」

 

「……雄弥にとってアタシは"ただの"幼馴染なんだよね」

 

「…どういう質問だ?」

 

「こうやって一緒に寝ても、密着しても雄弥は緊張しないんでしょ!」

 

「どうなんだろうな」

 

「とぼけないで!」

 

 

 アタシは不安を、不満を、胸に渦巻く気持ちをぶつけるように思いっきり雄弥の胸を叩いた。さすがの雄弥も呻いたけどアタシは何度も叩いた。悲しくて涙が止まらなくて少しずつ力が抜けていく。もう叩く力が入らなくなって雄弥の腕の中でうずくまる。

 

 

「雄弥がいてくれるのも、…アタシが幼馴染だからなんだよね。…そうじゃなかったら、側にいてくれないんだよね」

 

「かもな」

 

「…っ!!」

 

「けどな、俺たちはもう出会ったんだ。出会って今がある。そのことは変えようがない事実だし。俺は出会えてよかったと思ってる。…リサは違うのか?」

 

「違わない…違わない!…けど、だけど、そのせいでアタシは…」

 

 

 苦しい思いをしてる、なんてことをアタシは言えなかった。それは言っちゃいけない気がして、雄弥を傷つけるんじゃないかと思って。

 

 

「…アタシ、むちゃくちゃだよね。…雄弥にはもっといろんな人にあってもらって、幸せになってほしいのに。……雄弥の横に、雄弥のバンドに知らない女の子がいるのが嫌だなんて。………ほんとうに…嫌な女だよね」

 

「そんなわけ無いだろ。リサのその思いは俺にはわからないけどさ、それでもそれは真っ当な気持ちなんだと思う。だから自分を責めないでくれ」

 

「でも…アタシ、たぶん嫉妬深いよ?独占欲も強いと思う」

 

「それを否定してどうなる?それも含めてリサだろ?自分を抑えなくていいから。前にも言ったろ?甘えてくれって」

 

「…そう、だったね」

 

(そうだ、雄弥はこういう人なんだ。アタシは思いを偽らないでいいんだよね)

 

 

 雄弥の胸に耳を押し当てる。雄弥の心臓の音を雄弥のぬくもりを感じる。………あれ?

 

 

「雄弥…緊張してる?」

 

「そうなのか?」

 

「だって心臓の音、おっきく聞こえるよ?」

 

「じゃあこの状況に緊張してるってことか」

 

「そっか…ゆうやも…そうなんだ♪」 

 

「…機嫌よくなったな」

 

「まぁね☆おやすみ!」

 

「おやすみ」

 

 

 な〜んだ、雄弥も緊張するんだ。よかった、これってつまりアタシを女の子として意識してくれてるってことだよね!これがスタートラインかはわからないけど、アタシの気持ちは固まってるわけだし、もっと雄弥がアタシを意識するようにアプローチすればいいんだよね♪

 

〜翌朝〜

 

「あらリサご機嫌ね。昨日の夜いいことでもあったのかしら?」

 

「あはは、ちょっとね」

 

「あらあら、結局お楽しみだったのね〜」

 

「そっちじゃないから!」

 

「雄弥くん、リサの抱き心地はどうだったかしら?」

 

「だ、だき!?…か、かぁさん、ちがうってばぁ」

 

「?…柔らかかったですよ」

 

「雄弥黙ってて!!」

 

「…抱き合って寝ただろうに」

 

「母さんが聞いてるのは違うやつなの!」

 

「違うやつって何のことかしら〜。あたしは雄弥くんの言う意味で聞いたのよ?朝早起きして二人の様子見たもの。ほら証拠写真」

 

「なんで写真とって……」

 

「それで?リサは何と勘違いしたのかしら〜」

 

「〜〜っ!知らない!!」

 

 

 朝から母さんにイジられるなんて、思ってなかった。次があったら今度は部屋の鍵閉めよ。←それはそれでイジられるとは気づいていないのである。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「うーん…」

 

「日菜ちゃん?どうかしたの?」

 

「彩ちゃんならわかるかな〜」

 

「え?なんのこと?」

 

「実はね──」

 

 

 日菜ちゃんの話を聞くと、雄弥くんたちのライブがあったのは日曜日、月曜日に学校で会ったリサちゃんはなんか調子悪そうだった。話しかけても上の空って感じだった。それは昨日もそうだったんだけど、今日会ったら調子が戻ってた。むしろよりるるるんっ♪てなってたとのこと。…最後のるるるんっ♪はわからないけど、話からして前より生き生きしてたってことかな。

 

 

「彩ちゃんはどう思うー?」

 

「さすがにあたしもちょっと…」

 

「はぁー、やっぱ彩ちゃんは無理か〜」

 

「ひどいよ!!……あ、もしかして恋、とか?」

 

「鯉?リサちーの家に池はないはずだよ?」

 

「そっちじゃなくて!…その、好きな人が…できたとか?」

 

「なるほどねー。……好きな人、か。よし!ちょっとユウくんのとこに行ってくるねー!!」

 

「えぇ!!だめだよ日菜ちゃん!」

 

 

 私の制止を聞かずに日菜ちゃんは飛び出して行っちゃった。日菜ちゃん事務所内走っちゃだめだよ!というか足速すぎるよ!

 

 

「…どうしよぉ」

 

「彩さん、日菜さんを連れ戻してきてください」

 

「相手にご迷惑をかけてしまうと思います」

 

「だ、だよね。ちょっと行ってくるね!」

 

「彩さんファイトです!」

 

 

 イヴちゃん、日菜ちゃんを連れ戻しに行くだけなんだからファイトは大げさ……でもないか。頑張れ私!

 

 




今イベントの☆3の綿菓子食べてる紗夜が可愛いですね。なぜガチャなんだ!
お気に入り登録数が300件突破しました。もう、なにも言葉が出ないです。


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5話

今回はちょっと短いです。(普段に比べたら)


「ユウくーーーん!!」

 

「だから飛びついてくるなって言ってるだろ。……そのうちドア壊れそうだな」

 

「ええー、飛びつかないとあたしじゃなくなーい?それとドアは大丈夫でしょ。ユウくんのマネージャーさんに言って補強してもらってるし」

 

「日菜らしさなんてわからん。あと人のマネージャーをこき使うなよ」

 

「ぶーぶー」

 

 

 ま、今日も飛びつけたし良しとしますか!ユウくんには用があって来たわけだし、さっそく本題に入ろうっと。

 

 

「ユウくん、昨日リサちーと何かあった?リサちー今日すっごいご機嫌だったんだけど」

 

「昨日?…別に特別なことはなかったぞ?」

 

「ん〜、じゃあリサちーとデートしたの?昨日までのリサちーはぼうっとしてたのに今日学校で会ったらるるるんっ♪てなってたし。リサちーがそうなるってことはユウくんが拘ってるんでしょ?」

 

 

 あたしがこうやってユウくんに踏み入った内容をグイグイ聞くことは珍しいから、ユウくんも真剣に昨日のこと思い出してくれてる。

 

 

「たしかにリサとは昨日デートしたな。…けど特別なことは本当に何もしてないぞ?普段とちょっと違うことだとリサの家に泊まった(・・・・・・・・・)ぐらいだな」

 

 

 リサちーの家に?「えぇーー!?」……あれ?

 

 

「彩ちゃんどうしたの?」

 

「…俺はこの部屋を溜まり場にした覚えはないんだがな」

 

「ど、どうしたのって日菜ちゃんを連れ戻しに来たんだけど…。そ、それより雄弥くんリサちゃんのお家に泊まったの!?」

 

「まぁな。けどこれってそんな驚くことか?」

 

「驚くよ!雄弥くんもアイドルなんだよ!アイドルって普通恋愛禁止なんだよ!?」

 

「そういうもんなのか。けど俺は別に恋愛してないから、やっぱ驚くことじゃないだろ」

 

「そうは言ってももし週刊誌の人ととかに目撃されてたら大騒ぎだよ!?」

 

「それぐらい揉み消す」

 

「か、カッコイイ…」

 

 

 彩ちゃんがあたしの代わりにユウくんから話を引き出すのかと思ったら違う方向に話が進んじゃってる。しかも彩ちゃんはフリーズしちゃってるし。

 やっぱり自分で聞き出すしかないか〜。あたしを連れ戻しに来たって言ってた彩ちゃんがこうなってる間にでもね!

 

 

「ユウくんはなんでリサちーの家にお泊りしたの?今まであんましてないんでしょ?」

 

「あまりと言っても中学1年ぐらいまでは泊まりに行くことがあったぞ?…昨日泊まったのはリサに頼まれたから」

 

「ふーん……そっかそっか。うん、なんとなくわかったからもう聞くのはいいや」

 

 

 リサちーの中でなにか踏ん切りがついたからなのか、それとも誘ってから踏ん切りがついたのか、そこはどっちでもいいけど、とりあえずリサちーの調子は戻った。むしろ前よりるんるんっ♪て感じだからこれからのリサちーはユウくんに積極的になるのかな。

 

 

(お姉ちゃんには釘をさされてるし、リサちーの邪魔はしたくなかったけど、その時(二人がくっつく時)が来るまではあたしも楽しみたいしね♪)

 

「パスパレって活動自粛中とはいえ練習はしてるんだろ?戻らなくていいのか?」

 

「はっ…!そうだった!日菜ちゃん戻るよ!」

 

「えー、あたしもう出来るから練習いらないんだけど。彩ちゃんだけ戻ったら?」

 

「ぐさっ、…日菜ちゃんたまに容赦ないよね」

 

「なんのこと?」

 

「日菜も彩と戻れ。他のメンバーとの動きの確認はこういう時しかできないだろ」

 

「そ、そうだよ日菜ちゃん。まだまだやることはあるんだよ」

 

 

 動きの確認か〜。それは一人じゃできないし、メンバーがいる時にやったほうがいいってのは分かるけど。

 

 

「千聖ちゃんが来てないから意味なくない?」

 

「そ、それは…」

 

「一人来てないのか?」

 

「そうなんだよね〜。まぁ千聖ちゃんはあたしたちの中で1番忙しいから仕方ないんだけどね」

 

「なるほど。…ま、一人いなくてもある程度は練習できるだろ。俺はこれから別件があるから」

 

「はぁ、それじゃあ仕方ないか〜」

 

 

 ユウくんがそう言うならあたしも戻らないとね。動きの確認って言っても彩ちゃんたちがまだ演奏の方練習中だからな〜。…ユウくんたちの動画でも見とこっと。

 それにしても別件ってなんだろ?はっきり言わないってことは新しい仕事とかかな?…それとも。

 

 

「はぁ〜、これはあたしもウカウカしてられないな〜」

 

「日菜ちゃん何の話?」

 

「ううん、こっちの話。…けど、そうだなー…それなら!」

 

「日菜ちゃんなんでそっちに戻るの!?」

 

「ユウくんとデートする約束取り付けてくるー!」

 

「で、デート!?だからそういうのは駄目なんだってばぁ〜!」

 

 

 すぐに引き返したからユウくんはまだ部屋にいた。荷物を纏めてるところを見ると、そういうこと(・・・・・・)で合ってたみたいだね。

 

 

「日菜?」

 

「ユウくんは今から誰かと会うんだよね」

 

「まぁな」

 

「じゃあやっぱり今日は無理か〜」

 

「俺に予定がなくても日菜は練習があるだろ」

 

「あはは、まぁね〜。それでさユウくん。次のオフはいつ?その時あたしと遊ぼうよ」

 

「いいぞ。時間作れそうなのは……この日か」

 

 

 ユウくんの手帳を覗き込んでユウくんの指定した日を確認する。この日は…、あたしも予定入ってないしバッチリだね♪

 

 

「楽しみにしとくね♪」

 

「ひ〜な〜ちゃ〜ん?」

 

「彩ちゃん彩ちゃん、彩ちゃんは相手怖がらせるの向いてないよ。今のはむしろギャグ?」

 

「うぅー、雄弥くーん!」

 

「はぁ、向いてないことするからだろ。日菜の用も済んだことだし今度こそ連れていけよ」

 

「…ごめんなさい」

 

「……彩、めげるなよ。パスパレが堂々と活動再開できるようにこっちも動くから」

 

「…ありがとう。けど、自分たちでもできる限りのことはしたいから」

 

「はっ、言うようになったな」

 

「うん!みんながいるから!」 

 

「そういえば彩ちゃんはユウくんのこと好きなの?」

 

「ひ、日菜ちゃん!?…や、ちが……、雄弥くん、あのね!」

 

「彩…日菜に遊ばれてるだけだから。落ち着け」

 

「ふぇ?……日菜ちゃん!!」

 

「あはは!やっぱり彩ちゃんおもしろーい!男の子の免疫なさすぎだよー!」

 

「し、仕方ないじゃん!女子校にいるんだもん!」

 

〜〜〜〜〜

 

 

「雄弥ってお優しいよね〜」

 

「…盗み聞きか、そういうのって趣味悪いって言われないか?結花」

 

「気づいてたくせに…」

 

「そっちの用事は済んだのか?」

 

「バッチリ!」

 

 

 たしか、インタビューかなんかだったな。この前のライブの後にもメンバー全員でインタビューは受けたが、新メンバーの結花とリーダーの疾斗だけ追加の分があったらしい。というか疾斗に丸投げした。

 

 

「立ち話もなんだし、行こっか☆」

 

「テンション高いな」

 

「人と仲良くなれるのって楽しいことじゃん?」

 

「知らん」

 

「あははっ、みんなが言ってた通りの人なんだね〜」

 

 

 あいつら人のことなんて言ったのだろうか。大して興味もないから内容を聞くなんてことはしないんだけどな。

 やって来たのは結花が前々から行きたかったらしいカフェ。メンバーと出かけるという結花の企画では、俺が最後らしい。それでも行きたいカフェがあるって…、女子ってわからないものだな。

 

 

「ここのティーセットが美味しいらしいんだよね〜」

 

「あっそ。ならそれでいいや」

 

「てきとうすぎない?もうちょっとメニュー見て悩んだりしないの?」

 

「そう言う結花も頼むもの決まってるんだろ?悩む必要性がない」

 

「ちぇー、せっかくのデート(・・・)なのにさ〜」

 

「デート、ね」

 

 

 男女が二人で遊んだらデートって呼ぶのかもしれないけど、これからする話からしてそういうのとは違う気がするんだよな。

 

 

「週末の仕事の打ち合わせも兼ねてるんだろ?」

 

「そうだけどさ。…少しぐらい楽しんでもよくない?みんなとはワイワイしてたんだよ?」

 

「あいつらはあいつら、俺は俺だ。同じことをする意味がわからん」

 

「えぇー。ま、私が脱線させるけどね☆」

 

「…好きにしろ」

 

「そうします!」

 

 

 この後は全く予定がないってわけでもないんだよなぁ。今日は家族全員で晩飯を食べるって話だったし。…いつもは全員が揃うことないからな〜、俺とか友希那が時間バラバラだから。

 

 

「わぁ〜美味しそう!!」

 

「そうだな」

 

「もっと楽しんでよね〜」

 

「それなりに楽しんでるからいいだろ」

 

「…まぁ及第点かな」

 

「なんの評価だよ…」

 

 

 二人ともティーセットを頼んだとはいえ、何種類かの中から選べるから注文した物が違う。俺はストレートティーとチーズケーキ、結花はミルクティーとモンブランだ。

 談笑、というか結花の話にしばらく付き合いながらゆっくりとケーキを食べていき、二人とも食べ終わって一息ついたところで週末の話を始める。

 

 

「それにしても週末の仕事ってなんか意外だな〜」

 

「…審査員(・・・)だからな。トップバンドってわけでもないんだがな」

 

「雄弥ってホントに自分たちの評価知らないんだね…。凄い注目を浴びてるんだよ?」

 

「興味ない」

 

「えー」

 

「それで、そもそも結花はこの話を受けるのか?俺たちは行っても行かなくてもいいらしいぞ」

 

「雄弥は受ける気ないの?」

 

「どっちでもいい。この話を持ち込んできたマネージャーの目的は結花だしな。俺はオマケみたいなもんだろ」

 

「それは言い過ぎなんじゃ…。……でも、そっかぁ、私に色んなバンド見させるのが目的なのか〜」

 

「だから結花が決めろ」

 

 

 ……本当に俺をオマケとしてついていかせるってわけじゃないんだろうけどな。あのマネージャーのことだ、俺を放り込もうとする理由があるはず。ただし、それはAugenblickではなく、俺個人が関係してること。

 

 

(わざわざ選択肢を与えてるってことはそこまで重要じゃないんだろうが、結花も呼んでるってことは、行ったほうがいいんじゃね?ってことか)

 

「…よしこの仕事受けよう!」

 

「了解。マネージャーに伝えとく」

 

「自分たちの腕に自身がある人たちばっか集まるやつだもんね!見に行って損することはないでしょ!」

 

「そうだな」

 

「あ〜ワクワクしてきたなぁ。FWF(・・・)の審査員か〜」

 

「…観察するのはいいが、仕事はしろよ」

 

「任せてよ☆」

 

 

 …きっとボーカルしか見ないんだろうな、こいつ。はぁ、フォローするのも仕事のうちなのか。

 この後も結花の行きたいところについていき、帰る時間になるまで振り回されることになった。

 

 




☆9評価 kyorochanさん ワッタンさん 
☆8評価 ユーアグさん ありがとうございます!


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6話

機種変する→Roseliaのスマホケースにつける→スマホの方がデカイ→orz(使うけどね)
今週はドタバタするのでストックが尽きるかもです。足掻いてみますけど、単位の方が大事なので。


「おっはよーー!」

 

「…なぜリサが俺の部屋に来てる」

 

「いやー、昔みたいに雄弥を起こしてみたいなーって思ってさ。…必要なかったみたいだけど」

 

「自分で起きれるからな。しかもリサが起こしに来て実際に俺が起こされたことないだろ」

 

「昔から起きれてたもんね〜。意地になって友希那の部屋に泊まって、夜明けに起こしたこともあったっけ」

 

「あったな。そのためだけに徹夜して、起こしたと同時に限界がきてリサは俺のベッドで寝てたんだけどな」

 

「よ、よく覚えてるね〜」

 

 

 あんな時間に起こされて、しかも起こした張本人が寝始めるなんてインパクト強すぎだろ。それはさすがに記憶に残る。

 リサは俺が腰掛けてるベッドに並ぶように座って体重をこちらに傾けてくる。この前の泊まりの日からリサは距離を前以上に詰めるようになった。とはいっても外に出ると「恥ずかしい」と言って前と同じ距離感を保つのだが。

 

 

「それで、今日は練習あるんじゃないのか?明日が本番なんだろ?」

 

「うん。それで時間があったらでいいんだけど、練習見に来てもらえないかなー、なんて」

 

 

 遠慮した言い方だが、見上げてるその目を見るとだいぶ期待していることがわかる。なにか別の理由もありそうだが…。

 

 

「…時間を作れるかはわからんぞ。今日は先約がいるからな」

 

「先約?……それって藤森さん?」

 

「いや、それはこの前行ってきた」

 

「…へぇー」

 

「…ごめん、半分は打ち合わせだったんだよ」

 

「…いいよ。必要なこと、だもんね。それで今日は誰……あ、わかったからやっぱいいや」

 

「わかるのか」

 

「消去法でね」

 

 

 たしかに俺は遊びに行く相手、となると限られてるから消去法で断定できるだろうな。さてさて、今日はどうなることやら。

 

 

「それにしても、日菜か〜。…それって芸能界としては大丈夫なの?二人ともアイドルなわけだけど」

 

「彩にも似たようなこと言われたな。パパラッチがいようと気にしないし、それに既に俺としてのキャラ(・・・)が確立してるからな。それを知ってる奴は振り回されないだろ」

 

「そうかもしれないけどさ。それで被害が少ないのは雄弥だけであって、デビューしたての日菜はそうはいかないでしょ」

 

「…それもそうだな。仮にそうなっても揉み消すけどな」

 

 

 彩にも言ったことだが、うちのマネージャーのスペックの高さは尋常じゃない。ま、そうでなくてはAugenblickのメンバーを集めることも纏めることもできないわけだが。

 それにマネージャーだけじゃない、情報関係は愁が人外レベルで力を発揮する。

 

 

「…雄弥たちっていっそのことバンドじゃなくて警察官にでもなったらいいんじゃない?」

 

「無理だな。そんなことしたら上とのドンパチが始まるぞ。疾斗が止まらないだろうからな」

 

「なるほど〜」

 

「リサ、雄弥を呼んできてって言ったのになんで雄弥にくっついているのかしら?」

 

「ゆ、友希那!?こ、これはその、ね?」

 

 

 友希那の登場に驚いたリサは飛び上がるようにベッドから立って友希那に言い訳を始めた。友希那の冷めた視線を受けてか、リサは言葉をうまく纏められないでいる。友希那は半分呆れて、半分楽しんでるんだろう。

 

 

(なるほど、リサが家に入れたのは友希那が開けたからか)

 

「それで、呼んできてってことは用があるのか?」

 

「朝ご飯まだ食べてないでしょ?リサも来たから母さんが張り切っちゃって遅くなったのよ」

 

「そういうことか。んじゃリビングに行くか」

 

「ええ。それと雄弥、今日は無理に時間作らなくていいわ。練習見に来なくていいから」

 

「え……」

 

 

 友希那の言葉にリサが反応し、寂しそうにしているが、友希那はあえてリサの方を見ないようにしていた。俺はそんなリサを気にかけながら友希那に真意を聞いた。

 

 

「…無理にあなた達のデートをセッティングした私が言えた義理ではないのだけれど、あなた予定を詰め込みすぎなのよ。今日だって仕事があるのにわざわざ氷川さんのために時間を作ったのでしょ?」

 

「それはそうだが、今日は昼から予定が空いてたから問題ないだろ?」

 

「大ありよ。それじゃあ聞かせてもらうけど。雄弥、あなたが1日オフだった日(・・・・・・・・)はいつが最後かしら?」

 

「……半年前か?」

 

「え?」

 

「そうね。それぐらい前だったわ。リサと1日遊んだ日も無理に仕事を前倒しさせてもらって時間作ったらしいじゃない」

 

「…よくそこまで知ってるな。話した覚えはないんだが」

 

「マネージャーさんから聞いたわ。それにほぼ毎日雄弥を見てきたのよ?疲労具合は察しがつくわ」

 

 

 敵わないなー、そこまで見破られるとは思ってなかった。…やっぱり友希那は優しい人間だ。音楽以外興味ないと言いながら実は周りのことを気にかけてる。

 

 

「そんなことしてたの?…アタシが雄弥を誘ったから」

 

「リサ頼むから自分のせいだと思わないでくれ。俺の判断でそうしたんだ。リサに一切非はない」

 

「けど…」

 

「リサ、雄弥と遊ぶことは私だって止めないわ。むしろ雄弥を連れ回してくれてることに感謝してるの。私が勝手なのは承知してるけど、雄弥を誘うことはやめないで」

 

「友希那……わかった。けど、雄弥が無理しないようには気をつけるから」

 

「ええ、それでいいわ」

 

「…俺のことなのに俺の意思消えてね?」

 

「「雄弥はいいの(よ)」」

 

(なんでだよ)

 

 

 朝食を食べて二人に見送られながら家を出て事務所に向かう。今日は日菜と遊ぶために朝から仕事を詰め込んであり、大スターみたく分刻みのスケジュールとかしている。…こんなことを続ける大スターたちは本当に化物だな。俺には無理だ。さすがに遠慮したい。

 

 

(リサはああ言ってたけど、俺のスケジュールまで把握し始めたら今度はリサが大変だな。…言ってもやめるか怪しいけどなんとかするしかないか)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 る〜んる〜ん♪

 今日はユウくんとお出かけ〜♪いつもならテキトウに服とか選ぶけど、今日は違うんだ〜。昨日の夜からどういう服にするか悩んでた。季節に合わせて、ユウくんが褒めてくれそうなのをーって悩み続けて決めた。

 

 

「あ、お姉ちゃんおはよー!」

 

「…おはよう日菜。今日は一段と機嫌いいわね……あら?化粧もしたの?いつもはしたがらないのに」 

 

「お姉ちゃんいつもあたしのこと見てくれてるんだー♪」

 

「な、ちがっ……。それより!なんで今日は化粧してるのかしら?」

 

「ふふん。今日はねぇ〜、ユウくんと遊ぶんだ〜♪」

 

「雄弥くんと?…彼はあなたが思っている以上に仕事が多いのよ?今日だって無理して時間作ってくれたってことなんじゃ…」

 

「えー、そんなこと………あ」

 

「やっぱり。雄弥くんが1日オフだった日、いつが最後か知ってるの?湊さんから聞いた話じゃ半年前なのよ?」

 

「そ、そんなはずないよ!だってユウくん、1日仕事ない日がたまにあって、そういう時に予定合わせてくれたりするんだよ!?」

 

「それは仕事を前倒ししてるだけなのよ。…もうこれは言っても遅いわね。決まったことをキャンセルする方が無礼だもの」

 

「う、うん」

 

「それと日菜。今井さんが…」

 

「それはわかってるよ」

 

 

 リサちーがユウくんのこと好きってのはわかってる。あそこまでリサちーの心が動かされてるんだから、リサちーはきっとユウくんが側にいないと幸せになれない。それは嫌ってほどわかってる。

 

 

「それはわかってるけどさ。けどお姉ちゃん、お姉ちゃんはそれでいいの(諦められるの)?」

 

「それは……」

 

「リサちーにはユウくんが必要なのはあたしでもわかってる。だけど、あたしだってユウくんのことが好き。一度はお姉ちゃんと話し合って諦めようってなったけど、やっぱり諦められないんだよ。リサちーに勝てないのはわかってる。ユウくんの中でもリサちーと友希那ちゃんが占める割合が大きいのもわかってる。それでもあたしはユウくんを欲しちゃう。この気持ちをあたしは偽りたくない。その時が来るまではあたしは止まらない」

 

「……日菜、あなたそこまで彼のことを。…はぁ、やっぱりあなたは止まらないのね」

 

「お姉ちゃん?」

 

「今井さんが調子悪かったのは同じクラスである日菜も知ってたわよね?」

 

「うん」

 

「その時にRoseliaのメンバーで今井さんが抱えてたことを聞いたのよ。詳細は教えないけど、その時に今井さんに猶予を与えると言ったわ」

 

「猶予?」

 

「ええ、あそこまで不安定になっていた今井さんをさらに揺さぶるようなことがあってはならないと思ったの。だからしばらくは待つことにしたのよ。…私だって簡単には割り切れないわ」

 

「お姉ちゃん。……そっか、リサちーはあたしが思ってた以上に危なかったのか〜。……遊ぶ約束はしちゃってるから今日は遊ぶけど、抑え気味でいくね」

 

「あなたにそれができるとは思えないけど、お願いね。ただ、お互いに区切りがついた時からは」

 

「全力出していいんだよね?しょーがない!今はお姉ちゃんの言うとおりにするね」

 

 

 お姉ちゃんたちの区切りってのはたぶんコンテストのことだと思う。お姉ちゃんは律儀だからあたしたちの区切り、パスパレの活動再開ライブまでは待ってくれるはず。

 ま、あたしもお姉ちゃんも、リサちーがゴールするまでの間に心の整理を済ませるのが目的なんだけどね。しっかりと諦めがつくように、悔いが残らないようにするためにユウくんにアプローチをかける。

 

 

(ひょっとしたら、ひょっとすることがあるかもしれないけどね♪…さすがにそれは甘い考え、かな)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 悩みに悩み抜いて決めたあたし渾身の服装でユウくんが集合場所に到着するのを待つ。ユウくんは仕事があるから時間ギリギリになる。それがわかってるからあたしも集合場所の5分前にゆっくり来た。

 

 

(待ってる間もデートっぽい雰囲気になるから好きなんだけどなぁ。ユウくんが気にしちゃうしな〜)

 

 

 それにユウくんが気にすることは、あたしが変な人たちに絡まれないかっていうことだし、ユウくんの優しさの表れだからこれぐらいはあたしも譲歩できる。

 

 

(好きな人に心配されるのってすごく嬉しいことだもんね♪)

 

 

 ユウくんが来るのはもうすぐのはず、どっちから来るのかな〜。あ、でも事務所の方角からしたらあっちかな?…お、やっぱりユウくんが来た!

 

 

「ごめん日菜。来るのギリギリになった」

 

「気にしてないよ。…ユウくん時間作るのに無理してない?」

 

「…誰から聞いた?」

 

「お姉ちゃん。お姉ちゃんは友希那ちゃんから聞いたって」

 

「そうか。…これぐらい気にするな。それより今から遊ぶんだろ?時間は大事に使わないとな」

 

「…うん」

 

 

 そうだ、今からユウくんとデートするんだから、それでユウくんにいっぱい楽しんでもらえばいいんだよね!あたしはユウくんの腕に抱きついた。

 

 

(これぐらいはやっても大丈夫だよね?)

 

 

 一応お姉ちゃんの言いつけは気してるんだよ?

 

「ねねユウくん!今日のあたしどう?」

 

「今日の日菜?……」

 

 

 んー、やっぱ遠回しな言い方だと伝わらないのかな?できればあたしが何を聞きたいのかはユウくんに察してほしいところなんだけどなぁ…。

 

 

「普段あまり着なさそうな服だけど日菜によく似合ってると思う。化粧もしてて、いつもとは違う日菜って感じだけど可愛いんじゃないか?」

 

「……そっか。…えへへ」

 

 

 デートらしく気の利いたことなんて言えないユウくんだけど、それでもユウくんなりに考えてくれた褒め言葉が純粋に嬉しい。

 あたしはさらにギュってユウくんの腕に抱きつく力を込めた。ユウくんはチラッとあたしの方を見たけど気にしてないのかすぐに前を向いた。

 

 

(むぅ、ユウくんを意識させるのって難しいなぁ。まぁ、あたし自身この状態で緊張するわけでもないからユウくんが反応するわけないか)

 

 

 ま、今はやり過ぎちゃだめだし、あたしたちのライブまでのガマンガマン。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今日は集合時間じたいお昼過ぎで、お互いお昼を済ませてから集まったから食べに行くってのはない。だから今日はショッピングモール!なんかるんっ♪てくるもの求めて。

 

 

「雑貨店?…にしては変なのが多いな」

 

「ここならなんかるんっ♪てくるやつがありそうじゃない?」

 

「いやそんなの言われてもわかんないから」

 

「ユウくんならあたしが言いたいこと、なんとなくはわかるでしょ?」

 

「本当になんとなくだけどな。違うときもあるし」

 

「それで十分だよ!」

 

 

 昔からわかってくれる人なんていなかった。両親は愚か、双子のお姉ちゃんですらわかろうとしてくれても、わかってくれなかった。けれどユウくんはわかってくれた。それがどれだけ嬉しかったことか。

 ユウくんは昔から、本当に昔から(小学生の頃から)あたしのことをわかってくれてた。出会ったのは偶然で、あの日しか会わなかったけど大切な思い出。お姉ちゃんも知らない。ユウくんですら覚えてないけど、あたしだけが覚えてる大切な思い出。

 

 

「…今日はやけに機嫌よくないか?」

 

「そうなのかな?お姉ちゃんにも言われたよ〜」

 

「紗夜にも言われたならそうなんだろ」

 

「けど仕方ないじゃん!ユウくんと一緒にいるのがたのしいんだも〜ん♪」

 

「そうか」

 

 

 ユウくんも楽しんでくれているのか、それはあたしには判断出来ないから不安なとこだけど、とりあえず誘ったあたしが楽しんでないとユウくんも楽しくないよね?…ユウくんは優しいからなぁ、無理に付き合わせちゃっても、ね。

 あたしがお店にあるやつを手に取りながらちょっと不安になってると、あたしの頭にポンって手を置かれた。

 

 

「ユウくん?」

 

「日菜は日菜のやりたいようにすればいいって言ったことあるだろ?それは今日も一緒だし、これからも変わらないことだから」

 

「……ユウくん」

 

(これがリサちーがよくズルいって言ってることか〜。…たしかにズルいね、こんなこと言われたら甘えちゃうよ。…まだダメなのに)

 

「日菜?」

 

「今日もとことんユウくんを連れ回すからねー。そんなこと言ったんだから覚悟してよ?」

 

「ほどほどにな」

 

 

 完全に気づかれるわけにはいかない。あたしが抑えてることを少しは察したみたいだけど、それを完全に気づかれたらあたしはあたしを抑えられなくなるから。それだけはダメ。お姉ちゃんとの約束なんだから。

 ここは本当に色んな雑貨がある。どんな時に使うものなのかわからないようなやつがそれなりにあって、見つけるたびにユウくんと使い道を考えたりした。

 

 

「うーん」

 

「色々と置いてあるけど、日菜が欲しがりそうなやつはないな」

 

「ざーんねん。せっかく来てみたのにな〜」

 

「そういう時もあるだろ。それにここは置いてあるやつが特殊すぎる」

 

「だからこそあるかなーって思ったんだけどな〜」

 

「違う店で探すか?」

 

「…雑貨はもういいかなー。ここに無いってわかったら冷めちゃった」

 

「ならどこ行く?」

 

 

 どこに行こうかな〜。喫茶店とこはこの時間混んでて席が空いてなさそうだし…、あ。

 

 

「うん?……服か?」

 

「うん。…ユウくんってリサちーとよく来るんでしょ?たしかお姉ちゃんとも来たことあるんだっけ?」

 

「…まぁな。それも聞いたのか」

 

「聞いたというより聞き出した、のほうが合ってるかな。それよりもさ、あたしもユウくんに服を選んでほしいな〜」

 

 

 あたしだけ仲間はずれなのは嫌だしね。……友希那ちゃんはユウくんと服買いに来たことあるのかな。お姉ちゃんと同じであまり来なさそうな気がする。あ、でもそれなら買いに行くときにユウくんと来るのかな?あまり悩んで買うのが想像できないけど。

 

 

「友希那ちゃんって服買いに来る時どんな感じ?」

 

「いきなりどうした」

 

「リサちーとお姉ちゃんは想像つくんだけど、友希那ちゃんは買ってるときの様子が想像できないんだよね〜。あんまし喋ったことないしね」

 

「そうなのか。……どうって言われてもな、元から買う服の系統を決めといて、それがあったら買う。なかったから後日改めて行くか、近くの違う店に行くかだな」

 

「あー、そんな感じなんだ。それってユウくんも一緒に行くの?」

 

「まぁな。荷物持ちと気分転換を兼ねてな」

 

「それってデートって言えるのかなー?」

 

「なんでデートに結びつけようとするんだよ。ただの姉弟での買い物だろ。だいたいそんなもんだよ」

 

 

 姉弟での買い物ならたしかにそれ以外は何もないんだろうけどさ〜。普通は姉弟でも一緒に服買いに行かないんじゃないのかな?男の子が思春期……ユウくんが思春期とかないから気にせず買いに行けるのか。

 とりあえずそこは置いといて、友希那ちゃんがただの買い物として呼んでるのかはわかんないよね〜。

 

 

「ユウくん知ってる?」

 

「なにを?」

 

「麻耶ちゃんが言うにはね、男女二人で出かけるってなかなかないんだって。夫婦・カップル・それか付き合いたい相手が二人で出かけるらしいんだよね〜。身内はノーカンね」

 

「夫婦は?」

 

「血のつながりがないでしょ」

 

「そういうことか。……それで結局日菜は何が言いたいんだ?」

 

「だから、色んな女の子と二人きりで遊んでるユウくんってすごくラッキーなんだよって話」

 

「友希那とリサは幼馴染、結花は同じバンドのメンバー、そう考えたら紗夜と日菜の二人ってことになるんだが?」

 

「…贅沢な考えだよそれ」

 

「贅沢なのか」

 

 

 わりと今踏み込んだこと言ったんだけど、ユウくんにはやっぱり伝わらないよね。まぁ、伝えたいと思って言ったことじゃないし、伝えたかったのはその先の未来なんだけど、それも伝えれないよね。

 

 

「……?これって俺がすごい女たらしみたいなこと言われてないか?」

 

「そうとも言えるね。実際にユウくんって女たらしだよね?」

 

「失礼なやつだな。俺がいつそんなことをした。そもそも俺には誰一人彼女はできないし、そんな資格もない」

 

「はぁ。…気を取り直して!あたしの服選んでよね♪」

 

「よくそんなコロコロ変えれるな」

 

「ついてこられるってわかってるからね♪信頼だよ信頼!」

 

「…素直にありがたく思っとくよ」

 

 

 …ユウくんって前に比べたらちょっとだけ"自分"が出るようになったよね。中学の時のユウくんを知らないとわからない変化だけど、あたしにわかるってことはお姉ちゃんと友希那ちゃんも気づくこと。リサちーは…不安定になってたみたいだから気づいてるのかはわからないね。

 

 

「…こういうのなら日菜に合いそうだな」

 

「どれ〜?わぁ〜いいねいいね!さっっすがユウくん!すっごいるんっ♪て来たー!あたしこれにするね!!」

 

「決めるの早くね?他に見なくていいのか?」

 

「いいの!これ以上にるんっ♪てくるのない気がするし!」

 

「まぁ日菜がそれでいいなら。一応試着してこいよ、サイズってメーカーによって若干違うんだろ?」

 

「そうする!感想聞かせてほしいからユウくんもついてきて!」

 

 

 ユウくんが選んでくれた服の違うサイズも持ってユウくんを引っ張って試着室に行く。週末だからそれなりに人がいたけど運良く試着室の一つが空いてた。

 

 

「それじゃあちょっと待っててねー。…覗かないでね?」

 

「覗くわけがないだろ。変態と同列に扱われるのは心外だ」

 

「あはは、そうだよね〜。パパっと着替えるね」

 

「急がなくていいからな」

 

 

 ユウくんをあまり待たせたくないって気持ちは確かにあるんだけど、それ以上に早くこの服を着たあたしを見てもらいたいって気持ちがつよいんだよね〜。

 

 

「……ほんとに覗かないの?」

 

 

 カーテンをちょこっとだけ開けてユウくんに聞くと、ユウくんは呆れ顔でため息までついた。

 

 

「日菜は覗いてほしいのか?痴女なのか?」

 

「そんなわけないじゃん!さすがに失礼しちゃうよ!」

 

「なら服着ろよ。着替えてる途中でカーテンを開けるな」

 

「へ?………ぁ」

 

 

 ユウくんに言われて今気づいた!あたし着替えてる途中だったんだ!あたしの中じゃまだ服脱いでなかったのに!

 これじゃあユウくんに呆れられて当たり前だよね…。けど、ユウくんだけになら。

 

 

(はっ!いけないいけない。うっかり自分の世界に入るところだった)

 

 

 ユウくんが選んでくれたのは空色の服で、あまり装飾がないやつ。あたし好みのシンプルさと動きやすさがある。試着室にある鏡を見て自分で見てみるとるんっ♪てきただけあってあたし的にお気に入りに入る服だ。

 

 

「じゃじゃーん。どう?どう?自分でも結構この服あってると思うんだけど!」

 

「ああ。良く似合ってて可愛いよ」

 

「……そっかそっか」

 

「サイズはどうだ?」

 

「あ、……うん、ユウくんが選んでくれたこれでバッチリだよ!」

 

「そうか。それはよかった。ならもう一個のは片付けに行くか」

 

「お客様、それはこちらで預かります」

 

「そうですか?すみません、お願いします」

 

 

 ユウくんが店員さんとやり取りしてる間にあたしは今日来てきた服に着替え直す。今回は着替えてる途中で外見たりしてないからね?

 

 

「ユウくんこれ買ってくるねー」

 

「それなら一緒に行くから」

 

「あ、お客様少々よろしいでしょうか?」

 

「なんでしょう?」

 

 

 店員さんの話を聞くと、お店のPRのためにあたしとユウくんにモデルになってもらって何着分かの写真を取りたいらしい。もちろんその分この服はサービスで、今後もある程度のサービスをしてくれるとか。

 

 

「あたしは別にいいけどユウくんは?」

 

「日菜ももちろんのことながらダメだろ。店員さん実は俺たちーー、」

 

「……え、…えぇ!?に、似てるなーとは思いましたが…」

 

「あまり騒がないでください。騒動になると面倒なので」

 

「す、すみません。…ではこの話は」

 

「いえ、その話自体は受けさせてもらいます。ただ、日菜は後日ということでいいですか?色々と事情があるので」

 

「それはもちろん!受けていただけるなら待ちますとも!」

 

「えぇーユウくんだけー?」

 

「自分たちのグループの現状を見直せ」

 

 

 あたしたち?パスパレは活動自粛中だけど、この話は別にバンド関係ないし、個人だからよくない?

 

 

「やっぱ問題ない気がする」

 

「あるだろ。……その服とあと何着かはプレゼントするからそれで我慢してくれ」

 

「はぁ、わかりました〜。それとプレゼントはこれだけで十分だから」

 

「わかった」

 

「すみません。では彼女さんは後日改めて、ということでお願いします」

 

「彼女?誰が?」

 

「へ?あなたが彼女さんじゃないんですか?」

 

「ほんとに!?ほんとにそう見える!?」

 

「は、はい」

 

「そっかぁ〜♪」

 

 

 周りからはあたしたちのことカップルに見えるんだ〜。実際には付き合ってるわけじゃないんだけど、そう間違えられるのも嬉しいな〜♪

 あたしが喜んでる間に店員さんはユウくんに促されて何着かの服とカメラを取りに行ってた。

 

 

「日菜いきなりくっつくな」

 

「いいじゃん。あたしたちカップルに見えるらしいしさ」

 

「付き合ってるわけじゃないだろ…」

 

 

 ぶーぶー、ちょっとぐらい合わせてくれてもいいのにさ〜。…あ、でも抑えないといけないんだった。お姉ちゃんにはどうせ抑えれなくなるって言われたけど、あたしだってこれぐらいできるって示さないとね!

 

 

「お待たせしました。こちらの物でお願いします」

 

「わかりました。日菜悪いけどちょっと待ってくれるか?」

 

「いいよー!あたしもユウくんが色んな服着るのみたいしね♪」

 

「…あまり期待するなよ」

 

 

 そう言いながら用意された服に着替えたユウくんが出てきて、色んな角度から写真を撮られる。あたしは普段見ないユウくんの姿に心を奪われていた。

 仕事モードのユウくんを見るのは何気に今日が初めて。ライブの時は真剣さの中にまだ遊びの部分が残ってたけど、今回は違う。完全に気持ちを切り替えてる。

 

 

(ユウくんはやっぱり世界一だよ。ユウくん以外の人なんてあたしには考えれない)

 

 

 店員さんもあたしのことを気遣ってくれてるのか、できるだけ早いペースで写真を撮っていって、次々とユウくんに着替えてもらってた。あたしはそれを見ていくことで、あたしの中の気持ちがドンドン強くなるのを自覚することになった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「今日のユウくんカッコよかったな〜」

 

「悪いな、せっかくの時間を奪って」

 

「いいってば!あたしは見たことなかったユウくんを見れて楽しかったもん♪」

 

「それならいいんだが…」

 

 

 あたしはユウくんに家まで送ってもらってる。いつも通る帰り道だけど、ユウくんといるだけで特別な感じがする。

 

 

「ユウくんあのね?」

 

「ん?」

 

「パスパレのライブが終わったら、もっともっとユウくんを誘うからね」

 

「…それは別にいいが、俺にも予定はあるんだからな?」

 

「わかってるよ。…けど、今年あたしが天体観測行く時は絶対についてきてね?…お願いだからこれだけは

 

「心配するな、必ず一緒に行くから。前遊んだ時も天体観測に誘われたしな」

 

「ありがと!!」

 

 

 さらっと言ったことだったのに覚えててくれたんだ。あたしはユウくんに思いっきり抱きついて、離れようとしないあたしに呆れたユウくんに抱きかかえられて家まで連れて行かれることになった。

 その場所から家まではそんなに離れてなかったから、近所の人に目撃されることなく着いたんだけど、家の前でお姉ちゃんに鉢合わせた時はすっごく恥ずかしかった。

 お姉ちゃんも顔を真っ赤にしてたけど、あたしとユウくんは二人まとめて説教された。…その後あたしはお姉ちゃんに説教の続きを受けたけど。

 

 




個人の仕事を前倒ししてるだけです。番組とかはそりゃあ時間ずらすの無理ですからね。
それと氷川姉妹は主人公絡んだらそれなりに会話しますけど、音楽のこととなると原作通りです。


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7話

今の調子だとストック尽きるのが週末なので、毎日更新自体はなんとか保てそうです。
レポートやらテスト勉強やらやってる時に、創作意欲が異常なぐらい湧くので気持ちが落ち着くまで執筆してるというのもあるんですけどね。
単位なんてギリギリでも取れればいいのだー!GPAなんて知らない!春に卒業できないの確定してるから!


 今日は友希那たちRoseliaも参加するFWFのコンテスト日だ。そして、俺と結花が審査員としてこの会場に入る日でもある。

 

 

「あーあー、もっと近くで見たかったな〜」

 

「仕方ないだろ。本来俺たちみたいなやつはこっち側に立たないんだから。トップクラスのレジェンド扱いされてる奴らならまだしも」

 

「そうなんだけどさ〜。さすがにここ(・・)はなくない?」

 

「…かもな」

 

 

 結花がぼやくのも仕方ないことなのだろう。俺たちだけ2階席のVIPルームにいるのだから。周りに人がいないのは気が休まるかもしれないが、ライブの審査はどれだけ客を引き寄せれてるかも見るはずだ。つまり、ここにいたら俺たちで審査できるのは単純な演奏技術だけだ。

 

 

(ちょっと無理言って入れてもらったらしいし、こんなもんか。モニターがあるから見えないことはないしな)

 

「…腹いせにそこの冷蔵庫の中身からにしようかな」

 

「請求されるからな」

 

「えー」

 

「それと入ってるのってほとんど酒だろ」

 

「ちょっとぐらいは飲んでみたくならない?」

 

「ならん」

 

「おもしろくないなー」

 

 

 結花は俺にいったい何を期待してるんだ。ノリでそういうのをやりたければ他のメンバーとやってくれ。

 

 

「今日エントリーしてるバンドの資料でも見とけ」

 

「真面目だな〜。私は家で目を通してきたから見ないよ!」

 

「なんで威張ってんだよ…。結花の目線で期待できるやつはあったのか?」

 

「それなりにね〜。これにエントリーしてる時点である程度の実力があるわけだし、退屈せずにすむかな」

 

「それはよかったな」

 

「他人事みたいに言うね。実際他人事だけど…、雄弥はどうなの?気になるバンドあった?」

 

「別に。期待してみたら他のバンドと評価の基準が変わるだろ」

 

「ほんと真面目〜。仕事人ってやつだね☆」

 

「マネージャーもそのつもりで結花の付き添いに俺を送ったんだろ。結花は見て学べばいい。けど仕事はしないといけないからそれは俺が代わりにやる」

 

「そうする〜。私はボーカルに集中してていいんだよね?」

 

「そうだな。…ボーカルの評価ぐらいはしてもらうがな」

 

「りょーかい☆」

 

 

 さてと、Roseliaはどこまでの実力を身につけたのか。たまにRoseliaの練習に行くことはあるが、その時は全体の演奏を見てないし教えてもいない。それはRoseliaの5人で作っていくものだ。Augenblickの俺がそこまで口を出したらそれはRoseliaの演奏じゃなくなるからな。

 

 

「そういえば雄弥の幼馴染がいるバンドも出るんだよね?」

 

「誰から聞いた?」

 

「大輝」

 

(今度また罰ゲームでも考えとくか)

 

「なんで教えてくれなかったのー?」

 

「教えたらそれ以外のバンドに集中しなくなるだろ」

 

「うっ……そ、そんなことないよ〜」

 

「目が泳ぎまくってるぞ」

 

(はぁ、一応ボーカルにも目を向けとくか。……あえて(・・・)この場所なのか?ならマネージャーが俺にやらせようとしてることは)

 

「…あれ?雄弥どっか行くの?」

 

「ちょっとな」

 

「?」

 

(それはそれとして、ちょっと寄ってくか)

 

〜〜〜〜〜

 

 

「うぅー、緊張してきた〜」

 

「人が……あんなに……」

 

「あこ、燐子落ち着きなさい。今までの練習の成果を発揮するだけよ」

 

「練習は裏切りません。私達の実力は十分通用するはずです」

 

「は…はい」

 

 

 友希那と紗夜はああ言ってるけど、二人とも全く緊張してないってわけじゃないみたい。緊張はしてるけど、あとは実力を出し切るだけって自身を振るい立たせてるんだ。

 

 

「リサ姉は大丈夫なの?」

 

「え?アタシ?…だ、大丈夫大丈夫〜」

 

「…今井さんも……緊張されるんですね」

 

「燐子はアタシを何だと思ってるの?」

 

「す…すみません」

 

「けど意外だな〜。ダンスの時は緊張してなかったから、あこリサ姉は緊張しないのかと思ってた」

 

「今回はさすがに…ね」

 

「リサ電話したいならしてきなさい」

 

「へ?」

 

「今井さん先程からスマートフォンを握りっぱなしですよ」

 

 

 あ、ほんとだ。自分でも気づかなかったな〜。…何かあったら雄弥に電話するか直接会う。それが今まで当たり前で、アタシはそれにずっと甘えてた。今も、というか今のほうが雄弥への依存心が高くなってるけど、アタシも成長しないといけない。

 

 

「…電話は、…大丈夫。しなくても自分でなんとかできるから」

 

(嘘、本当は電話したい。雄弥の声を聞きたい。だけど…)

 

「誰かに電話するのか?」

 

「あ…」

 

「えぇ!?なんで!?」

 

「…なぜここにいるのかしら?雄弥(・・)

 

 

 楽屋の入り口には今まさにアタシの心が葛藤していた原因の雄弥が立ってた。何か紙袋持ってるし差し入れとか?いやそもそも何で雄弥がここに!?

 

 

「仕事関係でちょっとな。これはついでの差し入れ、みんなで分けて食べろ」

 

「わーいマカロンだー!りんりんも一緒に食べよ!」

 

「あこちゃん…それは…ライブの後にしよっか」

 

「あっ!お楽しみは取っておくってやつだね!わかったー!」

 

「宇田川さん浮かれないでください」

 

「紗夜さんは食べないんですか?」

 

「……私も後でいただきます。せっかく雄弥くんが持ってきてくれたのですから」

 

「それでリサは誰かに電話するんじゃなかったのか?」

 

「あはは〜、それはもういいの」

 

 

 雄弥がキョトンってなって友希那にアイコンタクトを送るけど、友希那に軽くあしらわれてる。…たまにこういう可愛い一面があるのも雄弥の魅力かな〜。

 

 

「本番前で緊張してるかと思ったけど、案外リラックスできてるのな」

 

「それは雄弥のおかげよ。…いえ、差し入れのおかげかしら?」

 

「差し入れだけで緊張解けるなら今度からはスタッフに頼んどく」

 

「…ごめんなさい、雄弥が持ってきて」

 

「友希那さんが…」

 

「翻弄……されてる…」

 

「……あなた達失敗は許さないわよ」

 

「ひーー!」

 

「も、もちろん…です」

 

 

 二人こんなとこ見られたら普段の友希那のイメージから離れすぎてて恥ずかしいよね〜。顔が若干赤くなってるし。

 

 

「リサも大丈夫そうだな」

 

「たった今大丈夫になった、かな?」

 

「疑問系かよ」

 

「あはは、リラックスできたのは本当だけど、やっぱり緊張はしちゃうよ。…Roseliaで1番下手なのはアタシだからね」

 

「Roselia内で言えばな」

 

「…どういうこと?」

 

「Roseliaは全員レベルが高い。友希那の歌唱力は前から言われてるようにプロでも上位に入る。紗夜のギターは正確無比なものであのレベルまで到達できる奴はそうそういない。あこのドラムは走りがちだがあの年であそこまでの演奏ができてるし、まだまだ伸びしろがある。燐子のキーボードは控えめな性格に反して、主張するところは主張されてるし、Roseliaに必要な旋律を奏でてる」

 

「…全員顔が真っ赤になってるよ」

 

「お前らな、自分の技量は正確に把握して、それに奢らなければもっと上にいけるからな。…それでリサ」

 

「う、うん」

 

「リサはブランク気にしてるようだが、リサの技量だって既に上級者レベルだ。Roseliaの演奏を成立させてるのは自分のベースだって思っていいからな」

 

「…え?……そ、そんなことないよ。アタシはまだまだ」

 

「自分はまだ成長中って認識はいいことだがな、リサの場合その思いが強すぎるんだよ。そこまでいくとかえって自分の演奏を魅せれないぞ。…みっちり練習したことはその指が証明してる。あとは出し切るだけだ」

 

「そう、だよね」

 

 

 アタシのことをここまで言ってくれるのは、雄弥がアタシの技量を把握できてるからなんだ。そしてそれは雄弥があたしにベースを教えてくれてるから。

 アタシの手を優しく包み込んでくれる雄弥の手。たったそれだけのことだけど、胸が暖かくなって肩に入ってた力も適度に抜けていく。

 

 

「…ごめん」

 

「リサは自信持っていいんだからな」

 

「ありがと」

 

「俺もRoseliaの演奏見てるから、"この5人"だからできる演奏聞かせてくれよ?」

 

「もちろん、期待しててね!」

 

「あこもババーンってやりますから見ててくださいね!」

 

「わ、私も…頑張ります」

 

 

 雄弥がいてくれる。アタシたちを見てくれる。それがわかるだけで力が溢れてくる。アタシと同じで緊張してたあこも燐子も完全に緊張が解けていい状態になってる。

 

 

「わざわざありがとうございます。…いいんですか?」

 

「紗夜は察しがいいな。…ま、ちょっとした寄り道みたいなもんだよ。公私ぐらい分けれるしな」

 

「そうですか。では、仕事目線の雄弥くんを引き込める演奏にしてみせます」

 

「自分じゃよくわからんが俺は評価厳しいらしいぞ?…紗夜気負いすぎるなよ。一人で抱え込まなくていいからな」

 

「……わかっています。その時は頼りますね」

 

「ああ」

 

 

 ん〜?なんか雄弥と紗夜がいい雰囲気になってるような……。って雄弥それ何してるの!

 

 

「なんで雄弥は紗夜の顔に手を添えてるのかな〜?」

 

「い、今井さん!…こ、これは、その」

 

「頭だと衣装のセットが崩れるだろ。頬なら大丈夫」

 

「ふ〜ん?」

 

 

 アタシには手を握ってくれるだけだったのに紗夜にはそんなことするだ?

 この後、友希那の仲裁が入るまでアタシは雄弥と紗夜に詰め寄った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「遅かったね」

 

「なんか拘束された」

 

「なにそれ?」

 

「俺にもよくわからん」

 

 

 友希那の仲裁のおかげであの状態から脱した俺は、結花がいる部屋に戻った。結構ギリギリに戻ることになったが、まだ一つ目のバンドが演奏する前だ。

 

 

「このバンドも期待できるんだよね〜」

 

「楽しむだけで終わるなよ」

 

「わかってるよ☆」

 

 

 順番に演奏を聞いていき、用意された項目に従って評価する。演奏が終わって次のバンドが演奏始めるまでに総評を自分なりに纏める。もちろんボーカルの評価は結花にやってもらう。

 そうやって評価していき、(Roseliaの時は結花が「このバンドが幼馴染いるやつだよね!?」と騒いだが)特に問題なく全てのバンドの演奏を聞いた。この後は他の審査員と合流して話し合いとなる。

 

 

「いやー、いいバンドばっかりだったね〜」

 

「まぁな」

 

「これならRoseliaも上位に入るね。ただ、トップではないね」

 

「そりゃそうだ」

 

「ありゃ?雄弥もなかなか厳しいね」

 

「評価に私情を挟むわけないだろ」

 

「…裁判官にでもなれば?」

 

「向いてるかもな」

 

 

 裁判官か、芸能活動を終了したあとの選択肢の一つとしてはアリだな。

 審査の仕方はそれぞれの評価でトップ3だったバンドをあげていき、それにあげられたバンドの中から3つのバンドを話し合って選ぶというものだった。話し合いなら…、

 

 

「すみません、少しいいですか?」

 

 

 この発言を聞いた結花に「雄弥のことがわかりそうだったのに、またわからなくなった」と言われるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あこ今日の演奏今までで1番よかった気がする!」

 

「実はアタシもなんだよね〜。持てる力を全部出しきったってやつ?」

 

「そう、ですね……今の私たちだからできる…そんな演奏でした」

 

「私もそう思います。湊さんはどうですか?」

 

「そうね…。演奏技術自体はまだまだ上を目指せるものだった。けれど、今日の演奏はまさしく私たちの全てを出したものだったわ」

 

「友希那さーーん!」

 

「ちょっ、あこ抱きつかないで!」

 

「宇田川さん、今日は見逃してあげます」

 

「紗夜!?」

 

 

 みんないい笑顔だな〜。演奏に集中してたから雄弥を探すことなんてできなかったけど、きっと雄弥も納得してくれる演奏だった。

 アタシもあこたちの和に入って盛り上がったけど、発表の時間が近づくと緊張して段々大人しくなる。

 

 

 今できる最高の演奏をした。それは自身を持って言えること。

 

 

 だけど、

 

 

 現実は優しくはなかった。

 

 

 

「…なんで?あこたちの何がダメだっのかな」

 

「あ、Roseliaのみなさん。皆さんの演奏は本当に素晴らしいものでした。会議の時も文句なしに上位3位以内に入れれるとなったんですよ」

 

「ありがとうございます。それならばなぜ私たちは選ばれなかったのですか?」

 

「実はですね。Roseliaの皆さんが今回1番お若いということもあり、もうしばらく経験を積んでもらい、次のコンテストで1位通過してもらおうという意見が上がったんですよ。…まさか彼がそんな発言をするとは誰も思ってませんでしたね。しかも1位通過を断言するほどRoseliaの皆さんを信頼されてましたし」

 

「そんな人が…」

 

「あのー、できればその人の名前だけでも教えてほしいな〜、なんて…」

 

「……雄弥くんですね」

 

「へ?」

 

「雄弥さん?なんでですか紗夜さん」

 

「彼は今日仕事でここに来たと言っていました。この建物内で今日はコンテスト以外行われていないはず、ならば仕事の内容は審査員です」

 

「たしかに…それなら納得…ですね」

 

「凄いですね。彼に会われたのですか?」

 

「はい。その時に察しました」

 

 

 本番前に来たあの時に紗夜はもうわかってたんだ。それはたぶん友希那もだよね。それでも友希那と紗夜はあれだけの演奏を…。二人はホントにすごいなー、アタシは知ってたらまた緊張しちゃってたんだろうな〜。

 

 

「…雄弥がそう言ったのなら私たちは雄弥の期待に、いえ雄弥の期待以上のバンドになるだけよ」

 

「そうだね。なんたってアタシたちは頂点を目指してるんだもんね♪」

 

「あこ燃えてきましたよー!雄弥さんたちのバンドを超えてやりましょう!」

 

「あら、珍しくいい心がけね宇田川さん。もちろん最初からそのつもりだったけど、あなたもその意識を持ってくれるのは嬉しいわ」

 

「私も……みなさんについていきます」

 

 

 ふふん、見ときなよ雄弥。アタシたちは雄弥を超えるからね!

 




☆9評価 銀狐さんさん (●´ϖ`●)さん Jack@霧雨さん 
☆8評価 極普通の狂人さん ありがとうございます!
たまーに感想を頂くことがあり、評価を貰った時と同じぐらいテンションあがってます。ありがとうございますm(_ _)m


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8話

そういえば友希那回を一度もしていなかった。


 目が覚めたからリビングに行って用意されている朝食を食べる。お父さんもお母さんも既に出かけているから今家にいるのは私一人だけ。学校に行く時に家の戸締まりを確認し忘れないようにしなければ。そう考えていたらまだ家にいた人物に声をかけられた。

 

 

「おはよう友希那」

 

「あらおはよう雄弥。てっきりもう家を出ていると思っていたのだけど」

 

「今日は仕事ないからな。……あると言えばあるのか」

 

「どっちなのよ」

 

 

 久しぶりに朝ゆっくりできるからか、まだねぼけた様子の雄弥を半眼で見ると、なんとか言葉を纏めようと唸り始める。この状態の雄弥を見ることなんて家の中でしかない。しかもリサが泊まりに来たときも見ることはない。

 

 

(家族だけが雄弥の見れる一面なのよね。こういう所は普段との違いが激しくて可愛いのよね)

 

「どうかしたか?」

 

「なんでもないわ。雄弥も朝ごはん食べなさい」

 

「そうする」

 

 

 まだ寝ぼけてるようだから結局雄弥は椅子に座らせて私が雄弥の朝食をテーブルに並べた。こんなことをするのはいつぶりかしら。

 

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。それで、今日の雄弥の予定がどういうことか今いちわからないのだけど」

 

「収録とかはない。新曲作りは俺にはできないし、ライブの予定もないから練習もない」

 

「それなら今日はオフってことにならないの?」

 

「オフだぞ?…ただ、次の仕事の予定の連絡は今日もらうことになってる」

 

「なるほど。そういうことなのね」

仕事に行く予定はないけど、仕事の話はするからさっきの返事になったってことなのね。

 

 

「友希那は今日も練習か?」

 

「今日のバンド練習は休みよ。リサがバイトあるようだし、あこも予定があるようだから」

 

「へー、じゃあ今日は個人練習か」

 

「そのつもりよ。いつもは私の予定を聞かないのに今日はどうしたの?」

 

「特に理由はない。聞かれたし、今日は暇だから聞いてみた」

 

 

 暇…、たしかに連絡を待つ以外やることがないなら暇よね。この前ちゃんと休めって言ったし、ゆっくりして欲しいんだけど…。

 

 

「…なぁ友希那」

 

「…予想はつくけど一応聞くわ。何かしら?」

 

「暇な時って何すればいい?」

 

 

 はぁ。思わずため息をついちゃったけど、やっぱりそうなのね。予想通りとはいえ、何をすればいいかなんて私にもわからない。同年代の男子で流行ってることなんて知らないし、そもそも女子で流行ってることも知らない。

 このまま意識が覚醒してない状態を1日維持してくれたらそれはそれで体を休められるんじゃないかしら?…いや電話がかかってくるならそれは望めないわね。

 

 

(ああ言った張本人の私がっていうのも気が引けるけど、…この状態の雄弥を放置するのも忍びないわね)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 放課後になって私は校門の近くで待ち合わせをしていた。雄弥を呼び出すかは家を出るまで悩んだけど、どう時間を使うか悩んでいた雄弥を見て放課後に呼ぶことに決めた。

 

 

「お待たせ友希那」

 

「大して待ってないわ。集合時間より早く来てくれたもの」

 

「それならよかった。HRの時間がわからないって言ってたからな」

 

「今日はいつもより早く終わったわ。ある意味ベストタイミングね。それはそうと昼間はどう過ごしたの?」

 

「紗夜と燐子が通う学校に行ってた」

 

「…なにしてるのよ」

 

「体験授業」

 

 

 平然と言ってるけど常識外れにも程があるわ。一般常識に関しては私以上に身につけてるはずなのに。…当日にいきなり行ってそんなのさせてもらえるってどういうことよ。それ以上に

 

「あそこも女子校でしょう」

 

「理事長が許可くれたからな。狙ってたわけじゃないんだが、なんかそうなった」

 

「はぁ。それでそのきっかけは?思いつきなんかじゃないでしょ?」

 

「まぁな。散歩してたら迷子になってる子に遭遇して、その子を送り届けた先が学校だった。その後成り行きで授業に混ざることになった」

 

「…なんで自分が通う学校に辿り着かないのよ。…この話は終わりにしましょう。ツッコミは慣れてないのよ」

 

「そうするか。ところで、さっきから周りの人たちの視線が集まってるんだが、なんでだ?」

 

 

 言われて周囲に目を向けると、雄弥の言ったとおり珍しいものを見てるような、中には何故か目を輝かせてる人までいる。…雄弥が芸能人だから目立つのかしら。

 

 

「いやいや、女子校の前で男女二人が待ち合わせしてたら、そりゃあみんなの視線が集まるよ」

 

「リサ」

 

「今日はバイトじゃなかったか?」

 

「先生の手伝いしてたからね。これからすぐにバイトだよ」

 

「それで成績稼ぎか」

 

「違うからね?」

 

 

 リサが加わったことで周りの雰囲気がまた変わった。何やら話し声が……修羅場?どこが?そもそもあの子たちは何を修羅場と言ってるのかしら。

 

 

「リサ。なんでみんなあんなに騒いでるのかしら?」

 

「へ?…あー、アタシも加わったからかな〜」

 

「ますます意味がわからん」

 

「二人はそうだろうね〜。いい?ここは女子校だから男子が来るだけでもまず話題になるの。それと友希那はこの学校で有名だから、それで話が盛り上がってるの」

 

「前半はわかったが後半は意味がわからん」

 

「あはは、だろうね。つまりは二人が付き合ってるんじゃないかってみんな思ったんだよ。そう思ってたところにアタシも来たから、さらに話が盛り上がったってこと」

 

「女子ってわからない生き物だな」

 

 

 なるほど、そういうことだったのね。私たちは姉弟だからその話は的外れなわけだけれど、これ以上ここにいるのもよくなさそうね。

 

 

「雄弥、そろそろ行くわよ。ここに長居する理由もないのだから」

 

「それもそうだな」

 

「それじゃアタシもバイトに行こうかな〜。二人はごゆっくり〜」

 

「…リサ怒ってる?」

 

「そんなわけないじゃん?姉弟(・・)で出かけるだけでしょ?」

 

「なぜに強調した」

 

「……リサ今度雄弥を貸し出すわ」

 

「ナチュラルに俺モノ扱いされてるよな」

 

「ごめん、子供ぽかったね。ありがとう友希那」

 

「いいのよ。無理しない程度にバイト頑張って」

 

「りょーかい!友希那のその言葉だけでアタシ頑張れちゃうよ♪」

 

「頑張りすぎるなって言われたのにな」

 

「余計なこと言わない」

 

 

 リサと別れて学校から離れる。幸い追いかけて来るような生徒もいないからすぐに気楽になれた。思いの外周りに見られていることに緊張していたようで、肩の力が抜けていく。

 

 

「高校の校舎って綺麗なんだな」

 

「え?……たしかにうちの高校もあっちの高校も綺麗な方らしいわ。入学した時にリサがそう言っていたもの」

 

「そうなのか。じゃあ中学校みたいな見た目の高校もあるのか」

 

「そうなんじゃないかしら。少なくとも私立の高校は綺麗な校舎が多いようね。反対に公立だと中学校の規模が大きくなったという認識でも間違いではないわ」

 

「なるほど。…綺麗なところは綺麗に保つしな」

 

「そうね」

 

 

 進学校として知られているような学校は、多少校舎が汚れていようが真剣に進学したい人が集まる。…ここまで雄弥に話さなくてもいいわね。雄弥は高校に通いたいとは思ってないようだし。

 

 

「ところでこれはどこに向かってるんだ?」

 

「……何も考えてなかったわね」

 

「迷子…ってわけでもないな。まだ見知った町並みだし」

 

「ごめんなさい。誘ったのに何も考えてなかったわ」

 

「気にしてない。友希那のことだから休み時間とかは音楽のこと考えてたんだろ?」

 

「……えぇ」

 

 

 まるで私が音楽しかないみたいな言い方ね。それで合っているのだけれど、周りから言われても気にならないのに、雄弥に言われるとちょっと癪だわ。しかも言った本人は何事も無かったかのように空を眺めてるし。…この雰囲気だと今からの予定の案を考えてるわね。

 

 

「もう少しぶらついて気になった店があったらそこに行くか」

 

「えぇ、そうしましょう」

 

「そういえば友希那と二人で出かけるなんて何ヶ月ぶりだろうな」

 

「…私も覚えてないわね。リサと三人で出かけることはあったけど、二人だけとなるとずいぶん前なのね」

 

「みたいだな。……あ」

 

「何かあった、の………にゃんちゃん」

 

「にゃんちゃん?」

 

「……!…そ、そうね猫ね」

 

 

 いくら家族の雄弥とはいえ、普段の私からかけ離れた状態を見られるのは恥ずかしい。…あら?この猫首輪がついてるわね。動く様子もないし、この喫茶店の猫なのかしら?

 

 

「そんなに気になるならこの喫茶店に入るか?」

 

「べ、別に気になってるわけじゃ…」

 

「そう言いながらチラチラ喫茶店見てるだろ。正確にはあの猫なんだろうけど」

 

「うっ、私は別に……にゃんちゃん

 

「…この喫茶店に入るぞ」

 

「え?」

 

「ここのパンケーキが美味しそうだから」

 

「そう。雄弥がそう言うならここに入りましょうか」

 

 

 これは雄弥のため、雄弥がここに入りたいと言ったから入るのよ。………雄弥が察してそう言ってくれたのは間違いないわね。感情を理解してないのにこういうとこは鋭いのよね。

 

 

「……猫だな」

 

「そうね!」

 

「…とりあえず空いてる席に座って注文するぞ」

 

「私はいつものでいいわ」

 

「いや分からないからな」

 

 

 雄弥が何か行った気がするけど私の耳には内容が入ってこなかった。ここはいわゆる猫カフェというところなのかしら、それなりに色んな種類の猫がいるわね。いつものところより猫の数が少ないけどその代わり落ち着いた雰囲気がある。

 

 

(ふふっ、ここの猫たちも人懐っこいわね。このコは大人しいわね、向こうのコはちょっとやんちゃなのかしら)

 

「ここもなかなかいい場所ね…って雄弥何してるの?」

 

「写真撮ってる」

 

「猫の?」

 

「そうだな。猫with友希那だな」

 

「なっ!け、消しなさい!」

 

「店で騒いだら他の人に迷惑だぞ?猫も驚くだろうし」

 

「っ……、その写真をどうする気なの」

 

 

 ここまで低い声が出るのか、と自分でも思うぐらい私は威圧するように雄弥を睨みつて質問した。けれど雄弥はそれを全く意にも介さずにスマホの画面を見せてきた。

 そこにはトークアプリの画面が表示されていて、その相手は私たちがよく知る幼馴染で親友のリサの名前が表示されていて…

 

 

「画像、送ったのね」

 

「見てみたいって送られてきたからな」

 

「……他のRoseliaのメンバーには内緒よ。いいわね?」

 

「りょーかい。リサにも伝えとく」

 

「お願いね」

 

 

 言っておけばリサだって口外することはない。口が軽そうだと思われてるらしいけど、リサはそんな子じゃない。相手が嫌なことは絶対にしないんだから。

 

 

「ここのパンケーキ美味いな」

 

「それはよかったわね」

 

「友希那も食べてみろよ」

 

「…ありがとう。せっかくだしいただくわ。……これはどういうつもりかしら?」

 

 

 雄弥はパンケーキをひとくちサイズに切り、それをフォークでさして私の前にその手を伸ばしてきた。雄弥は私に食べさせようとしてくれてるみたいだけど…。

 

 

「自分で食べれるわよ」

 

「そうか。こうやるのを頼まれたりしてたからつい」

 

 

 …頼まれるって、間違いなくリサと氷川さんよね。紗夜はこういうの頼まないでしょうし、…紗夜とも遊びに行ったのかしら?

 

 

(…今日くらい私も甘えてみようかしら)

 

あーん

 

「友希那?」

 

「…気が変わったわ。食べさせてちょうだい」

 

「わかった」

 

 

 少し、いえだいぶ恥ずかしいけど、周りにはそこまで人がいない。今のうちに食べてしまいましょう。……美味しいわね。

 

 

「どうだ?」

 

「美味しいわ」

 

「だろ?もう少し食べるか?」

 

「…いただくわ」

 

 

 結局雄弥と二人でパンケーキを半分ずつ分けて食べた。当然その間も猫を抱いて撫でていたわよ。食べたあとはゆったりと過ごしたわ。時間が過ぎるのは早いもので気がついたら日が暮れていたわ。

 

 

「猫に夢中だったな」

 

「…そんなことないわよ」

 

「コーヒー冷めるぐらいには夢中だっただろ」

 

「……」

 

 

 否定するのはやっぱり無理ね。雄弥相手に意地になっても仕方ないのだけど。…こうやって出かけるのも久しぶりなんだし、もう少し懐かしさを味わおうかしら。

 

 

「友希那?」

 

「手を握るぐらいいいでしょ?昔はよく手を握ってたのだから」

 

「そうだったな。じゃあ家に帰るまでこうしとくか」

 

「ええ」

 

 

 昔はあまり気にならなかった。だけど今は気恥ずかしさがある。お互い成長したからなのか、私の雄弥への気持ちが変わってきてるのか、コンテストに向けて集中してたからはっきりとは分からない。雄弥のことが好きなのは理解してる。だけどその”好き”は家族として、弟としてのもののはず。

 

 

「友希那今日はありがとう」

 

「突然どうしたの?」

 

「わざわざ練習の時間をなくしてまで俺に付き合ってくれたから。それに友希那に外に出歩くのいいんじゃないかって言われて出かけたら退屈しなくなったし」

 

「それは偶然でしょ。…これぐらいいいのよ。練習は大事だけどたまにはこういうことも、ね」

 

「それでも、ありがとう」

 

「…どういたしまして」

 

 

 握られている手がさらにギュッと握られる。私も力を加えて握り返す。ただそれだけのやり取りだけど、お互いの心が繋がったような感覚になる。

 

 

「友希那は歌うの楽しめてるか?」

 

「…分からないわ。今の環境が良い状態なのはわかるけど、私の目標がアレだから、純粋に音楽を楽しめてるかって言われると…」

 

「……そっか。けど友希那は友希那の道を進めてる。俺よりは断然楽しむ音楽だよ」

 

「雄弥…」

 

 

 雄弥たちはどう足掻いてもアイドルである以上売るための音楽という枠から出られない。私はもう雄弥たちのあり方を非難する気はない。可能な限り楽しむための音楽にしていると知っているから。では私はいったいどうなのかしら。

 果たして純粋に楽しむ音楽になり得るのか。その疑問は私の胸の中に残るのだった。




必然的にリサより近い距離にいる友希那は書くのが難しかったです。家族として見ているけれど、時たま異性として見ることも…。そんな風に書ける文章力、表現力がほしい。
☆9評価 凛華さん ありがとうございます!


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9話

雄弥が昼間にしていたことの話です。


 今日の放課後に友希那と出かけることになったが、それでも友希那が学校に行っている間暇なことに変わりはない。マネージャーから電話が入るのは昼頃の予定だから本当に暇なのだ。疾斗みたいにバイクを持っていれば何処かへフラフラっと行けるのだろうが、バイクが無ければそもそも免許もない。

 

 

(今度バイクの免許でも取りに行くか)

 

 

 ライブ関係では一切役に立たない気がするが、移動で車酔いするより自分でバイクで移動する方が良さそうだ。ヘルメットだから外の空気を吸えるはずだし。

 そんなことを考えながら家で時間潰せることはないか模索していたのだが、結局なにも見つからなかった。友希那は家でゆっくりしてて欲しいと言っていたが、もしそれが無理なら外に出かけるのもいいんじゃないかとも言っていた。

 

 

(家の中にいても仕方ないし、友希那の助言通り外に行ってみるか。もしかしたら何か発見があるかもしれない)

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 戸締まりを確認して家を出発して5分、さっそく退屈しなさそうなものを発見した。いや、人なんだけど。

 

 

「ここ、どこぉ〜」

 

 

 迷子である。その子がどういう子なのかは見たらすぐにわかる。制服を着ているからどこかの生徒なのだろう。朝ということを考えたら学校に行こうとして迷子になったのだろう。珍しい子だ。これは退屈しない。

 

 

「迷子?」

 

「へ?…ま、迷子じゃないです。ちょっと道がわからないだけです」

 

「制服ってことは学校に行くんでしょ?それなのにこんなとこにいるってことは迷子じゃん」

 

「うぅ…、迷子、です」

 

「…なんで泣きかけてるの」

 

 

 涙もろい子なのかな。こういう子のことを小動物系とでも言うのだろうか。ということは気弱な子が小動物系ということか。それはともかく自己紹介しないとな。お互いの名前がわからないと不便だ。

 自己紹介したら意外なことにこの子、松原花音と共通の知り合いがいることが判明した。世の中は狭いものだ。

 

 

「疾斗の幼馴染の子であってる?」

 

「は、はい。疾斗くんとは幼稚園の時からの仲です」

 

「敬語じゃなくていいぞ。同い年なんだし」

 

「はい…じゃなかった。よろしくね雄弥くん」

 

「こっちこそよろしく、疾斗の彼女の花音」

 

「ふぇ〜。か、かか、彼女じゃないよ〜」

 

「……あ、婚約者か」

 

「こ、こんやく……」(ぷしゅー)

 

「…気絶、一歩手前か。危ないとこだった」

 

 

 反応がすごい。こういう子が初というのだろうか。……あー、リサがよく初って言われるのと一緒か。花音と話していたら退屈しない気がするが、花音は絶賛迷子中だ。学校に行かなければいけない。

 

 

「それじゃあ学校に行くか」

 

「ふぇ〜……え、送ってくれるの?場所わかるの?」

 

「調べながら行く。それに、また迷子になるだろ?俺も退屈してたしお互いにメリットがあると思うぞ」

 

「退屈してたって…、雄弥くんは学校行かないの?」

 

「そこは聞いてないのか。俺高校に通ってないから。中卒で就職ってやつだな」

 

「えぇ!?な、なんで?」

 

「ま、色々とな。…元から通うことは考えてなかったってのもあるけど」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

 高校は退屈しないところなのだろうか。人によってそれは変わるらしいから俺にとってはどうなのかがわからない。リサは友達がいっぱいできるから楽しいと笑顔で言っていたが、友希那はそれなりにとしか言わなかったしな。

 とりあえず携帯で花音が通う高校を調べてナビを開始する。位置関係を見たから携帯はあまり見ないんだけどな。ナビは念の為だ。

 

 

「そういえば花音って疾斗とは違う高校に通ってるんだな。あいつ共学のとこだから一緒に通おうと思えば通えたんじゃないか?」

 

「う、うん。そうだったんだけど、周りの人たちが女子校に行けって」

 

「疾斗はなんか言ってた?」

 

「何も言ってくれなかったよ。花音の進路なんだから自分で選べって、ただそれだけ」

 

「なるほどな。それで自分で考えた結果女子校にしたと?」

 

「…うん。親に言われたのもあるんだけど、疾斗くんの迷惑にはなりたくなかったから」

 

「迷惑?」

 

「私、こんなんだから昔っから疾斗くんに助けてもらってばっかりで。疾斗くんは気にするなって言ってくれてたんだけど…時間を奪ってたのも事実だから。女子校なら男の子に絡まれたりしないと思って。…私男の人苦手だし」

 

 

 疾斗は人助けが大好きな人間だから全く気にしてないと思うんだがな。ま、俺がとやかく言うことでもないし、そこまで深く聞きたいわけでもないからこれくらいでいいか。それより…

 

 

「女子校だろうと今日みたいに迷子になってたら男に絡まれるだろ。それと俺も男なんだけど?」

 

「雄弥くんは疾斗くんの友達だから大丈夫だと思って。それに私まだ迷子の時に絡まれたことないし」

 

「疾斗への信頼が厚いな。これから絡まれることもあるかもしれないが…っと、着いたな。案外近かったというか、よく迷子になれたな?」

 

「それは言わないでー」

 

 

 また赤面し始めた。実は赤面症なのだろうか。そんなことより、これ入れるのか?門が閉まってるようにしか見えないぞ。

 

 

「裏口とかから入るのか?」

 

「えっと…たしかここのインターホンで」

 

「おや?遅刻ですか?」

 

「は、はい。ごめんなさいー」

 

「いえいえ、学校に来ているのですから咎めませんよ。男の子を連れてきたのはどうかと思いますが」

 

「連れて来られたのではなく、俺が迷子になってた彼女を連れてきただけですよ」

 

「逆でしたか。それは失礼しました」

 

 

 このお婆さん…、ラフな格好してるけど用務員とかじゃないな。そういうふうにカモフラージュしてるだけで、実際には結構上の人か。

 

 

「気にしてませんので。それより花音は学校入れよ。授業だろ?」

 

「あ、そうだね。ごめんね雄弥くんわざわざ送ってもらって。今度お礼するから」

 

「別にいらないから。仮に貰うとしても花音がまた迷子になるだろうし」

 

「むぅ、そんなことないもん。疾斗くんのお家までは行けるんだよ?」

 

「お隣とか向かいの家とかそういうのはなしな」

 

「………」

 

「おい」

 

「うぅ。迷子にならずにお礼するもん!それぐらいできるもん!」

 

「何で怒ってるんだよ…」

 

 

 絶対に今度お礼するから!と言った花音が校舎に入っていくのを見届ける。この距離でどこかに迷子になるなら見てみたいと思ったが、流石に迷子にならなかったようだ。

 

 

「君はどうするんですか?学校はサボりかな?」

 

「特に予定は無いですね。学校には通ってないので」

 

「おやそうなのかい。…ふむ、それじゃあ今日はこの学校の生徒になってみるかい?」

 

「ここ女子校でしょ。それにそんなこと思いつきでできないでしょ」

 

「そこは私がなんとかしてみせようかね。…どうだい?女子校とはいえ高校なわけだし、新鮮味があって退屈しないんじゃないかい?」

 

「はぁ。あなたの気まぐれにのってあげますよ。校長先生」

 

「おやおや、いい線いってるじゃないか。けど残念だったね。ワタシは校長じゃなくて理事長ですよ」

 

(予想以上の大物と遭遇したもんだな。なるほど理事長か。それなら多少の無茶は押し通せるのか)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「生徒になってみるって言ったって具体的に何をさせる気ですか?」

 

「どこかのクラスに今日だけ混ざってもらうだけですよ。年は17歳でしたね、さっきの子と親しげだったということはあの子がいる学年だね」

 

 

 ということは高校2年生として今日過ごせばいいのか。他に知り合いがいたりするのかな。…それより理事長室のソファってふかふかだな。これは睡眠を誘ってるようにしか思えないな。

 

 

「決まりました。このクラスの生徒として過ごしてください」

 

「悩んでると思ったらあみだくじ作ってたんですね」

 

「ぶっちゃけたらどこでもいいもの」

 

「ぶっちゃけましたね」

 

『理事長失礼します』

 

「どうぞー」

 

 

 ここの理事長ってノリが軽いな。学校のトップは暇ってのは聞いたことあったけど本当のことだったのか。現に目の前の理事長も今の状況を楽しんでるし。

 扉を開けて入ってきたのは眼鏡をかけた先生で、見た感じだと呼ばれた理由がわからないって表情をしてる。

 

 

「私に何かごようでしょう…か…………な、なぜ男子がこの学校に!?」

 

「ふふふっ、いやぁ相変わらず素晴らしいリアクションを取ってくれますね〜」

 

「り、理事長、授業中にこのようなお戯れはやめていただきたいと何度言えば」

 

「暇なのよ!」

 

「知りませんよ!」

 

 

 この人も苦労してるんだろうなぁ。ヒートアップしたら胃薬とか飲みそう。まぁどうでもいいんだがな。

 

 

「この子には今日一日この学校の生徒になってもらいます」

 

「は?」

 

「ですから、この学校を体験してもらうのですよ」

 

「…なぜ男の子に?」

 

「面白そうだからよ。彼も退屈してたようだし丁度いいじゃない」

 

「……」

 

「あら、ツッコミが無くなってしまったわ。仕方ありませんね、湊くんを案内してあげてください。クラスはこのクラスで」

 

「ワカリマシタ」

 

「それじゃあ理事長行ってきますね」

 

「楽しんでちょうだい♪あ、そうそう、言い忘れてたわね。ようこそ花咲川女子学園へ」

  

(願わくば今日の経験が彼の中の小さな変化を良い方向へ導いてほしいわね)

 

 呼び出された先生は魂が抜けかかっているが、きっと防衛本能でも働いたんだろうな。ずっと相手してたら仕事する体力が無くなるのだろう。その原因である理事長はいい笑顔でサムズアップしてたけど。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「……ここがあなたが今日一日過ごすクラスです。問題を起こさないように」

 

「不純異性交友でもきにしてるんですか?そんなことしたら命がないことぐらいわかってますし、家族に迷惑をかけたくもないので何もしませんよ」

 

「失礼。疑ってしまったわ」

 

「気にしてませんので、当然の警戒ですから」

 

「話は理事長がとうしてるようなので、入ったら自己紹介ののちすぐに用意された席に着席してください。授業の最中ですので」

 

「休み時間に加わってもよかったんですけどね」

 

「理事長がそれは面白くないと言うので」

 

「苦労しますね」

 

「……ノーコメントです。それでは中へどうぞ」

 

 

 ノックをして中に入ることを知らせると授業をしている先生から「どうぞ」と言われた。静かにドアを開けて中に入り、しっかりとドアを閉めてから教室をざっと見渡す。突然の男子の登場で全員が固まっているが、先生は俺を黒板の前に招き自己紹介を促す。

 

 

「初めまして。知っている人もいるかもしれませんが、湊雄弥です。理事長の思いつきで今日一日だけここのクラスの生徒になります。よろしくお願いします」

 

 

 当たり障りのない丁寧な挨拶を心がけたが果たして反応はどうだろうか。騒がれても面倒だし、むしろ沈黙でいてくれてもいいのだが。

 

 

「し、質問いいですか?」

 

「…先生」

 

「んー、手短にね」

 

「は、はい。湊くんって、あのAugenblickの湊くんで合ってますか?」

 

「合ってるよ」

 

 

 そういった瞬間クラスで歓声が湧き上がった。別にライブしに来たわけじゃないんだが、何をそこまで盛り上がるのだろうか。あ、でも盛り上がらずに静かにしてる生徒もいる。というかあれは固まってるのか。

 

 

「紗夜、燐子今日はよろしくー。このクラスにいるとは思ってなかったけど」

 

 

 この発言もまずかったのだろうか。紗夜は顔を赤くして反対に燐子は顔を青くしてしまった。少し遅れてクラスで今度はさっきよりも大きな歓声というか悲鳴?が上がった。授業が崩壊した瞬間だった。

 

 

(先生ごめん。授業潰れちゃった)

 




☆10評価 アスティオンさん
☆9評価 クァルタさん 
☆8評価 翡翠(S-R)さん ありがとうございます!


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10話

「湊くんは今日なんでこの学校に来たの!?」

「連絡先交換してもらっていいですか!?」

「噂のあの子は彼女ですか!?」

「結婚してください!!」

「趣味は何!?」

 

 

 矢継ぎ早に質問される。こんな展開たしかリサが持ってる漫画にあったような。それはそれとして君たち、授業中だろ。せめて休み時間に質問してほしい。一気に聞かれても聞き取れないけどな。

 

 

「あなたたち席につきなさい!授業しますよ!それと誰ですか求婚した子は!」

 

「先生!授業の内容よりも湊くんのことを知りたいです!」

「先生は私達に先を越されたくないだけでしょ!諦めてください!」

 

「諦めるのはあなた達でしょ!?」

 

 

 女子校ってこんなノリがいいとこなのか。中学のときに似たノリのやつはいたけど男子がほとんどだった気がするな。

 

 

「湊くんも言ってあげてください!」

 

「え、今日はゲストとして、ここにいるわけなんで、このクラスのことに口出ししませんよ」

 

「じゃあ授業終わり!先生お疲れ様でした!」

 

「終わりませんよ!」

 

「ちょっと待ってみんな落ち着いて!」

 

「なによ、今大事な話をしてるんだから」

 

「それよりも大事なことがあるわ」

 

 

 現状況で授業をするかどうかより大事なことって何なんだろうな。俺にはわからん。というかその子以外誰もわかっていないようだ。

 

 

「氷川さん、白金さん、二人は湊くんと知り合ってたようじゃない?そこを追及しないことには何も始まらないわ!」

 

「いえ授業が始まりますよ!?」

 

「先生は関係ありません!!」

 

「えぇ!?」

 

 

 あ、先生がさすがにショック受けてる。黒板に近い人が先生を慰めてる。シュールな光景だな。

 名前を呼ばれた紗夜と燐子はみんなの視線を浴びてたじろいでる。…燐子はもはや怯えてるな。

 

 

「みんなが好き勝手に質問しても何も聞き出せないわ。ここは順番に行いましょう。机を移動して!」

 

『『了解!』』

 

「あ、湊くんも合わせて動いてね」

 

「わかった」

 

「雄弥くんそこはわからないでください!」

 

「名前呼び!?二人はそんな仲だったの!?」

 

「あ……しまった

 

 

 クラスの人たち目つき変わったな〜。…机移動させたけど何この形、裁判みたいなことになってるんだけど。この形にさせた子(委員長)が裁判長役らしい。弁護人と検察官の席が用意されてるけどぶっちゃけ弁護人いないよな。

 ちなみに傍聴席はない。俺と紗夜と燐子と先生以外弁護人側か検察官側の列にいる。紗夜と燐子が真ん中で、俺は少し離れた所に座らされている。先生は俺の横にいるけどな。

 紗夜と燐子がこっちに視線を送ってくるが、残念俺にはどうしようもない。郷に入っては郷に従えということだ。

 

 

「それでは氷川さん、白金さんの順に質問に答えてもらいます」

 

「…授業に戻りませんか?」

 

「戻りません。あなた方は質問に答えるだけでいいのです」

 

「裁判長!私から質問よろしいでしょうか!」

 

「構いません。この人数ですから一人につき一つの質問だけですよ」

 

「もちろんです。では二人は湊くんといつどこで出会いましたか」

 

「氷川さん」

 

「…仕方ありませんね。私の場合中学2年生のときに妹が突然彼を家に連れてきた時ですね」

 

『『なるほど!』』

 

「…日菜への認識ってこんななのか」

 

「彼女はこの前のデビューで知られましたからね」

 

「では白金さんは?」

 

「わ、私は…バンドの練習の時に…初めて会いました」

 

「私と白金さんが所属しているバンドのボーカルの方が彼の姉なんですよ」

 

「普通だね」

「ギルティポイントは無いね」

 

 

 なんだギルティポイントって、貯まったらどうなるんだ?…知らないほうがよさそうだから聞かないけど。

 この状態は次の授業が始まっても続いた。俺と燐子の接点はあまりないから燐子は早々に開放された。俺の隣(先生の反対側)に座り紗夜に申し訳なさそうな視線を送っていた。まぁ紗夜に質問が集中するからな。

 そうそう1時間目の授業の先生は解放されて代わりにその席に2時間目の先生が座った。わりとこういうノリが好きな人みたいでテンション上がってた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「酷い目にあいました」

 

「お疲れ様」

 

「すみません…氷川さん」

 

「白金さんは気にしないでください。あなたは何も悪くないので。雄弥くんは反省してください。あなたの発言がきっかけなんですから」

 

「そうだな。ごめんな紗夜」

 

 

 お昼休みになって私たちはお弁当を持って屋上に移動していた。今日は風も出ていて日差しも穏やかなので快適です。普段は教室で食べるのですが、…雄弥くんが大変なことになりそうだったので白金さんを連れてすぐに移動しました。

 

 

「…そうやって頭を撫でればいいと思ってませんか?」

 

「悪い。クセになったみたいだ。リサとか日菜とかによくやるせいかな」

 

「…けど氷川さん……嬉しそうですね」

 

「なっ!そ、そんなことありません!白金さんは何を言ってるんですか…」

 

「気持ちよさそうに……してたので。…すごい柔らかい笑顔…してましたよ?」

 

「っ…忘れてください」

 

 

 まさか白金さんにそんなことを言われるとは、宇田川さんとよく一緒にいる影響なのかしら。で、ですがこれは仕方のないこと。私が雄弥くんに頼んだことではありませんし、雄弥くんが上手で気持ちが安らいでしまうからいけないのよ。

 

 

「…っていつまで続ける気ですか!」

 

「紗夜にやめろって言われなかったから」

 

「も、もう十分です」

 

「そうか。それじゃあ……あ、電話出てくる」

 

「はい」

 

 

 私たちとは距離を取って会話が聞こえないようにしてから雄弥くんは電話に出た。仕事関係なのかしら…そう思って気にしていると白金さんに微笑まれてることに気づく。

 

 

「…どうかしましたか?」

 

「いえ…氷川さんは…本当に雄弥さんのことが…好きなんだなと思って」

 

「なぁっ!?し、白金さん!?」

 

「ふふっ、以前…自分でも言ってたじゃないですか」

 

「あ、あれは…その…」

 

「もしかして…私今お邪魔…してますか?」

 

「そ、そんなことありません。むしろ居てもらうほうが助かります」

 

 

 不思議そうにしてる白金さんに私は日菜と約束したことをかいつまんで説明した。二人きりになっても自分を抑える自信はあるのだけれど、今日はどうかわからない。雄弥くんと同じ学校にいるという経験なんて雄弥くんが大学に通わない限りありえないことだから。後にも先にもおそらく今日一日だけの経験で、それを意識すると自分を抑える自信が薄れる。

 

 

「そういうこと…ですか」

 

「ええ。ですから白金さんには一緒にいてほしいのです」

 

「けど…それなら、少しだけ…甘えてみても…いいと思います」

 

「何を…」

 

「妹さんとの…約束のことは…わかりました。……ですが、氷川さんが言ったとおり…この経験は、今日だけです。……勿体無いと思います」

 

「で、ですが…」

 

「学校内ですし…みんなの目があるから…自然と抑えれる…と思います」

 

「そう、なのかしら。…ありがとう白金さん」

 

「いえ…力になれたのなら…よかったです」

 

 

 白金さんの後押しのおかげでちょっと甘えることができそうだ。そう思って雄弥くんがいる方を見ると、今は甘えるより怒らないといけない事案が発生していた。

 

 

「白金さん。彼は一体何をしているのかしら。私の目には誰か女の子を抱きしめてるように見えるのだけど」

 

「…そう、ですね。……あれは…隣のクラスの…丸山さん?」

 

「そう」

 

「ひ、氷川さん?」

 

「少し、ここにいてください」

 

「わ、わかりました」

 

 

 私が決心している間に一体何があったらそんなことになるのでしょうかねぇ?さっきの電話も仕事ではなく丸山さんからということだったのかしら。わざわざそんなとこで見せつけるようにしなくてもいいんじゃないかしら。そもそもあなたには今井さんが!!

 

 

「雄弥くん?何をしているのかしら?」

 

「…紗夜どうした?なんかものすごく怒ってるようだが」

 

「屋上で!私達に!見せつけるように!丸山さんを!誰かさんが抱きしめてるからよ!」

 

「そんな怒鳴るなよ…。学校中に響くんじゃないか?」

 

「それは今はいいのです!それよりも何故丸山さんを抱きしめてるのですか!」

 

「あ、あの紗夜ちゃん。これは私が悪くて、雄弥くんを責めないであげて」

 

「あの…氷川さん。…話を聞くのも…大切だと思います」

 

「…二人がそういうなら一応聞きましょう。すぐにこういうことをする雄弥は後で咎めます」

 

「それはやめないんだ…」

 

 

 丸山さんの話によると、丸山さんは今週末のライブのことを知らなかったとのこと。いえ、正確には日菜だけ何故か知っていたことで、他のメンバーは聞かされていなかった。雄弥くんのさっきの電話はマネージャーさんからの仕事の電話でこのライブの話とは別。メッセージで知らされた丸山さんはその嬉しさを分かち合う相手が欲しかったけど、同じメンバーの白鷺さんは友人と食事するためにクラスにはおらず、若宮さんは学年が違う。そこで雄弥くんが来ていると聞いた丸山さんは連絡を取ってここに来たと。

 

 

(日菜が何故知っていたかは帰ってから聞けばいいとして…)

 

「それで何故あの状況に?」

 

「え、えっと…雄弥くんに話したら雄弥くんもこのこと知ってたみたいで、それでやっと実感が湧いてきて、それで感動しちゃって」

 

「彩が泣き始めたからああなった」

 

「あなたは女性が泣いていたら誰でも抱きしめるのですか?」

 

「そんなわけないだろ。相手ぐらい選ぶ」

 

「では丸山さんに好意があると?」

 

「そうは言ってないだろ。ま、彩が事務所に入ってきた時からの付き合いだからな。多少は気にかけるってだけだ(・・・・・・・・・・)

 

「「「え?」」」

 

「なんかおかしなこと言ったか?」

 

 

 おかしいことは何一つ言っていない。しかしそれは雄弥くんじゃなかったら(・・・・・・・・・・・)の話。何にも興味を抱かないはずの雄弥くんが、丸山さんを気にかけてると言った。おそらくそれはPastel*Palletsのことも、もちろん日菜のこともなのだろうけど。ともかく私たちは雄弥くんのその変化に驚いていた。

 その混乱から最初に抜け出したのは一番付き合いが短い白金さんだった。白金さんは冷静に雄弥くんの変化を検証し始めた。

 

 

「雄弥さんは…丸山さん以外に…Pastel*Pastels以外に……気にかけてる存在は…ありますか?」

 

「ん?……そうだな。…たぶんRoseliaもかな。あんま干渉する気はないけど、成長は気になる…かな」

 

「そう…ですか。…ありがとうございます」

 

「…これって何の質問?」

 

「いえ…ただの、確認です」

 

「確認?」

 

 

 白金さんの意図は見抜けないようですね。なるほど、たったこれだけのやり取りですが、十分に収穫がありましたね。雄弥くんが今どう変わってるのかがわかるのはありがたいです。…今井さんたちにも今度伝えておきましょうか。

 

 

「…なるほど。はぁ、休み時間もそろそろ終わりますし教室へ戻りましょう」

 

「お咎めはなしか」

 

「いえそれは後日ということで」

 

「まじか」

 

「あ、私次の授業が移動教室だから先に戻るね」

 

「ええ。丸山さん、ライブ頑張ってくださいね」

 

「わ、私も…応援…してます」

 

「わぁ〜二人ともありがとう!絶対成功させるね!」

 

「そういうの言わないほうがいいんじゃないか?プレッシャーで、トチるぞ?」

 

「と、トチらないよ!」

 

 

 …なるほど、丸山さんは雄弥くんにとって気軽に話せる相手なのですね。私たちとはまた違った距離感。それがあの二人の仲の良さを成り立たせてるのですね。異性の友達、というものですね。

 

 教室に戻るときは皆さんに気づかれない所まで雄弥くんと手を繋いだ。授業は雄弥くんが座る席が隣ということもあり、心が暖かくなった。クラスの方たちにバレないように注意を払いながら甘えれる時に甘えさせてもらった。今日という日を私はわすれることはないでしょう。

 

 

(日菜には何故ライブのことを知っていたか聞かないといけませんね)

 

 

 それも忘れないようにしようと思いながら、彼を湊さんと今井さんと日菜がいる羽丘女子学園の手前まで手を繋ぎながら送りました。わ、私はこれだけでも恥ずかしいんですよ。




☆10評価 イワサクネサクさん
☆9評価 LyaFさん ありがとうございます!


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11話

 私たちPastel*Palettesのライブが決まった。それはすごく嬉しいことだけど、それと同時にこのライブが今後私たちが活動できるのかがかかるライブだから緊張する。けれど、これは私の夢への大切な一歩なんだ。だから私は自分の手で直接チケットを売りたいと思って行動に移した。

 

 

「Pastel*Palettesです!よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 人が多く行きかう駅前でチケットを売ってるけど、買ってくれる人は全然いない。千聖ちゃんは今ここにはいないけど、他のメンバーは全員ここにいる。みんなが協力してくれてるのに…。

 

 神様は酷いよ。

 

 こんな時に限って雨を降らせるんだもん。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ〜。私たちもライブしようよ〜」

 

「リーダーと参謀に言ってこい。俺に言ったところで何も起きないぞ」

 

「疾斗と愁の同意があればライブできるんだ…。雄弥も手を貸してくれてよくない?」

 

「俺はライブがあろうとなかろうとどっちでもいいんだよ」

 

「これが売れてる者の余裕ってやつか!」

 

「…結花お前暇なだけだろ」

 

「あ、バレた?」

 

 

 Augenblick唯一の女性ということで私にもそれなりに番組の出演オファーが来る。これは一時のことだから、今後もオファーが来るように私なりに必死に出演してるんだよねー。どうなるか分からないけど。

 

 

「ってかなんで俺の部屋に来てるんだよ」 

 

「他のみんないないんだもん。パスパレでも見てみようかと思ったけどそっちもいなかったし」

 

「…パスパレもいないのか。それなら明日のスケジュールでも見とけよ」

 

「それは後でもすぐできるじゃん!雄弥とこうやって話すのは直接会わないとできないでしょ?」

 

「話すこともないだろ。俺は明日の準備があるしな」

 

「え〜あるよー。今は思いつかないけど☆」

 

「よし帰れ」

 

「や、だ!」

 

 

 雄弥が全然冗談を言わないことがわかってきたから、ガチで帰らせたいみたい。けど私はまだ帰りたくないから抵抗するわけで、体を翻して私の背中を押す雄弥の腕にしがみついた。

 

 

「ふっふっふ!これでは帰らせれまい!」

 

「…持ち上げて運んでもいいんだが?」

 

「お姫様抱っこならどんとこいだよ!」

 

「いや肩に担ぐ感じで」

 

「それは嫌!」

 

「なら自分の足で帰れ」

 

「帰っても暇だからやだ!」

 

 

 あ、すっごく面倒くさそうな雰囲気を醸し始めた。雄弥って表情変わらないわりに意外と雰囲気でわかるんだよね。いや、わかりやすくなったのかな。何がきっかけなのかはわからないけど、きっかけらしいきっかけもないのかもしれないけど、雄弥は変わってきてる。

 

 

「…大人しくしとくなら部屋にいていいぞ」

 

「やっさしー☆」

 

「騒いだら外に追い出すからな」

 

「じゃあ大人しくするね。…10分ぐらいは」

 

「限界早いな」

 

「あはは、やっぱり雄弥といる時が一番素を出せるよ」

 

「…他のやつの時は?」

 

「素ではあるけど…なんて言ったらいいのかなぁ。雄弥が一番落ち着く、かな?」

 

「聞くな」

 

「ごめんごめん。……あ!波長が合うってやつだ!」

 

「俺は合ってるとは思わんが」

 

「私は思うの☆」

 

 

 もちろん他のメンバーといる時だって楽しい。大輝はあの勢いのいいツッコミが面白いし、疾斗は一緒にバカやってくれるし、愁といる時は落ち着ける。けど雄弥は私の根本を見てくれる。隠したい私を引っ張りあげて接してくる。みんなは察して、触れないでいてくれるんだけど、雄弥は容赦ない。

 

 

「雄弥って何もないって言われるわりには、優しいし面倒見いいよね」

 

「そうか?そう思ったことなんてないぞ」

 

「それは自覚してないだけだよ。結構踏み込んでくることもあるじゃん?雄弥にそこまで影響を与えた人は誰なんだろうね〜」

 

「…さぁな」

 

(それでも私が話したくないこととかは一切触れないんだもん。ほんと、そこは変わってない(・・・・・・)

 

 

 雄弥は黙々と明日の準備をしてる。私が話しかけたらもちろん会話してくれるけど、話しかけなかったら黙ったまま。そんな雄弥の背中を見ながら今度はなんの話をしようかと考えていたら話題は外からやってきた。

 

 

「……結花そこから移動しといたほうがいいぞ」

 

「へ?なんで?…まぁ雄弥がそう言うなら」

 

「ユウくーん!」

 

「うわっ!?」

 

 

 私がさっきまで座っていたところは、突風(日菜)の通過地点になってた。あのまま座ってたら間違いなく私は被害にあってたね。

 

 

「…事務所内にパスパレはいないってさっき結花から聞いたんだが」

 

「結花ちゃん?…あ、部屋にいたんだ」

 

「今気づいたんだ…。それで日菜はなんで雄弥の部屋に来たの?」

 

「それは結花ちゃんにも言えることじゃない?」

 

「その話は後で部屋の外でやってくれ。それで日菜の用事は?」

 

「そうだった。あのねユウくん!」

 

 

 タオルで日菜の頭や体を拭きながら話を聞くと、どうやら日菜は遊びに来たわけじゃないみたい。千聖以外のパスパレメンバーで駅前に行ってチケットを手売りしてたら雨が降ってきたと。それで事務所に戻ろうとなったけど彩だけが残っているとのこと。

 

 

「あの馬鹿風邪引いたらどうする気だ」

 

「止めに行くの?」

 

「止めには行かないな」

 

「…ふーん」

 

「日菜は戻ってきてるパスパレメンバーと一緒にいろ」

 

「えーユウくんと一緒がいい」

 

「ダダをこねるな」

 

「はぁ、わかった…」

 

「じゃあ私も日菜たちと一緒にいようかな」

 

 

 千聖もそろそろ事務所に戻ってくるはず、パスパレがどう動くのかその瞬間でも見させてもらおうかな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「Pastel*Palettesです。よろしくお願いします」

 

 

 雨なんかに負けたくない。次のライブがどれだけ大切なのかわかってる。短い期間での2回目のライブ。しかも今回は全員演奏できる。Augenblickのみんなが手を貸してくれてることは馬鹿な私でもわかった。

 

 

(ここまでやってもらったのに自分で何もしないなんて絶対に嫌!)

 

 

 そう思って始めたこの手売り、その気持ちはまだ残ってるけど、雨の中ひとりで手売りをして、それでも誰も止まってくれない。だんだん私は心細くなってきて、心が負けそうになってた。

 

 

(やっぱり…。わたしなんかじゃ……。雨と一緒にあたしの夢も消えていくのかな…)

 

 

 気持ちに比例して声も小さくなっていく。涙が溢れそうになってくる。

 

 そんな時だった。

 

 

 ここにいないはずの彼の声がしたのは。

 

 

「なんでそんな泣きそうになってんだよ。自分から始めたことだろうに」

 

「…ゆうや、くん」

 

「はぁ。まずはその泣き顔をどうにかしろ。そんなんじゃ誰もチケット受け取ってくれないぞ」

 

「うん…うん…」

 

「…ひとまずこっち来い」

 

 

 雄弥くんに手を引っ張られて私は一旦駅の屋根の下に来た。雄弥くんに渡されたハンカチで涙を拭く。

 

 

「雄弥くんは…なんでここに?」

 

「彩がバカやってるって聞いてな」

 

「なっ、バカって!」

 

「雨の中でもやるなんてバカだろ。風邪引いてそれをこじらせたらどうする気だ。ライブに影響が出るだろ」

 

「…それは。…でも何もしないなんて私には無理だよ!雄弥くんたちが裏で動いてくれてたことなんて私でもわかるもん!」

 

「彩に気づかれるとは」

 

「それは酷すぎだよ!?」

 

「少しは調子戻ったか?」

 

「へ?……あ」

 

 

 私に元気出させるにしてもこれはやり方雑すぎない?きっとリサちゃんの時とはやり方が全く違うんだろうね!

 

 

「その調子ならまだチケット売れるな?」

 

「え!?止めに来たんじゃないの!?」

 

「そう言ったか?」

 

「だってさっき…」

 

「止めに来たとは一言も言ってないだろ?」

 

 

 …たしかに。『バカやってるって聞いたから』とは言ってたけど、止めに来たとは言ってない。けど勘違いするから、あの言い方は誰でも勘違いするからね。

 

 

「その状態のチケット売っても誰も取りたいと思わねぇだろ。びしょ濡れなんだから」

 

「で、でも私何も持ってないよ」

 

「もう少し待て。届くから」

 

「届くって何が?」

 

 

 私の質問に雄弥くんは答えないである方向を指差した。つられてそっちを見るとそこには先に事務所に戻ったはずの日菜ちゃん、麻耶ちゃん、イヴちゃん。そして仕事から戻ったばかりであろう千聖ちゃんがいた。大輝くんと結花ちゃんまでいて、大輝くんが何か大きな荷物を持ってる。

 

 

「…あれって完全に荷物持ちで呼ばれてるよね」

 

「力仕事をあいつから取ったら何も残らないだろ」

 

「そ、そんなことないんじゃないかな」

 

「じゃあ他に何がある?」

 

「え、えっと……」

 

「ほらな」

 

「いやきっとあるよ!私があまり大輝くんのこと知らないだけだよ!」

 

「どうだろうね〜。私もないと思うな〜」

 

「ひゃっ!ゆ、結花ちゃん驚かさないでよ」

 

「ひゃっ!だって。聞いた雄弥?彩が可愛い悲鳴あげたよ」

 

「結花ちゃん!」

 

 

 私が結花ちゃんに翻弄されてる間に他のみんなも屋根の下まで来て、千聖ちゃんが私に近づいてくる。

 

 

「彩ちゃん。説教は湊くんがやってくれただろうからしないけど、生半可な気持ちじゃチケットは売れないわよ。この雨に負けないように声を出さないと」

 

「千聖ちゃん…うん!」

 

「雨でチケットが濡れないようにコレに入れてきたから思う存分やってこい」

 

「ありがとう大輝くん!これって大輝くんが?」

 

「そんなわけないじゃん。この短時間でやったのは疾斗と愁だよ。大輝はただの荷物運び☆」

 

「役立たずみたいな言い方は結花だけにはされたくねぇな」

 

「コレ用意したのは私だからね?」

 

「は?」

 

「ね?雄弥」

 

「そうだな」

 

 

 大輝くんがフリーズしたけど、雄弥くんが行ってこいってジェスチャーを送ってくる。い、いいのかな?

 

 

「ほら彩ちゃん行くよ!時間は限られてるんだからね!」

 

「ひ、日菜ちゃん引っ張らないでー」

 

「ではワタシたちもいざ出陣!ですね」

 

「戦ではない気が…」

 

「あら、今日の成果がライブに響くなら戦とも言えるわよ?」

 

 

 私一人じゃない。Pastel*Palettesのみんながいてくれる。雄弥くんたちも支えてくれてる。それは事務所の人たちも協力してくれているからできること。

 

 みんながいるから、私は前を向けるんだ。

 

 この後雨で体が冷えた私たちは、事務所内の雄弥くんの部屋から行ける隠し部屋の大浴場に入ることになった。結花ちゃんもせっかくだからって一緒に入った。この大浴場も事務所(前社長)との勝負で勝ち取った報酬の一つらしい。彼らの存在がまた謎に包まれた瞬間だった。

 

 




☆10評価 百式機関短銃さん 
☆8評価 kurisavaさん ありがとうございます!


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12話

「雄弥はたしか今日はパスパレのライブを見届けるんだっけ…。午前中から何をするかはわかんないけど…」

 

「あらリサ最近雄弥くんと一緒にいれなくて不満なのかしら」

 

「か、母さん何言ってるの。そんなわけないじゃん、アタシそんな子供じゃないからね」

 

「そうかしら?雄弥くんのことになるとリサって誰から見てもわかるぐらいに表情が変わるわよ?」

 

「うそ!?」

 

「ほんとほんと」

 

 

 そ、そんなわかりやすいかな…。思い返してみるとあこにも指摘されたことがあったような。いや、あこはあこで周りをよく見る子だからあこを基準にはできないか。…あれ?アタシの周りで気づいてなさそうな子がパッと思いつかない。…まさか本当に。

 

 

「まぁそこは置いとくとして、リサ雄弥くんのところに行ってきたら?まだ家にいるはずでしょうし」

 

「で、でも今日は午前中から予定があるらしいから今から言っても迷惑かけるだけだよ」

 

「何を遠慮してるのよ。ちょっとでもイチャついてきなさい」

 

「イチャつかないから!」

 

「けど会いには行くのは否定しないのね。そんなに会いたいのね」

 

「あ……」

 

 

 そうだった。母さん相手に言葉勝負じゃ勝てないんだった。遠慮なく上げ足をとる人だしね。

 

 

「さぁさぁそうと決まれば今すぐ会ってきなさい。お化粧なし、オシャレなしのすっぴん状態で行ってきなさい!」

 

「それはさすがにちょっと…」

 

「も〜、自信持ちなさいよ。あなたは我が娘ながらすっぴんでも十分可愛いんだから。ね?雄弥くん(・・・・)

 

「なっ!……え?ゆうや?」

 

「そうですね。というかすっぴん状態のリサなんて何度も見てますから、今さら躊躇わなくてもいいと思いますけどね」

 

「ね〜」

 

「え?ちょっ…ええ?」

 

 

 まずなんで雄弥が家に来てるの!?しかもいつ入ってきたの!アタシ全然玄関が開く音聞こえなかったんだけど!

 

 

「ふふっ、サプライズ大成功ね!」

 

「母さんに朝早く起こされたと思ったら、こっちに行けって言われて何がなんだかって感じでしたけどね」

 

「雄弥くんはリサが相手だと隠し事を隠せないからね〜。リサが寝てる間に来てもらってスタンバイしてもらってたのよ」

 

「この後何するのかは聞いてないですけどね」

 

「この後はリサに丸投げよ♪」

 

「…時間が来るまでリサと過ごせばいいんですね?」

 

「そういうこと〜♪」

 

 

 アタシを置いてけぼりにして二人で話が進んでいく。正直まだ頭の整理が追いついてないから話に加われないんだけど…。

 

 

「とりあえず朝ごはんにしましょうか。その間にリサも落ち着くでしょうし、雄弥くんの分もあるから食べてね」

 

「ありがとうございます」

 

「う、うん」

 

「じゃあテーブルに座って待っててちょうだい♪」

 

 

 言われたとおりアタシと雄弥はテーブルに並んで座る。父さんと母さんが横に並んで、その対面にアタシ。雄弥が来たときはアタシの隣に雄弥が座る。それが定番になってる。

 何度も経験してることなのに、まさか今日会えると思ってなかった雄弥に会えたことでアタシの心は落ち着かないでいる。

 

 

「リサ」

 

「ひゃい。にゃ、にゃに?」

 

「…噛みまくってるな、今日調子悪いのか?」

 

「〜っ!だ、大丈夫、どこも悪くないよ」

 

「ならいいけど…。それでリサの今日の予定は?」

 

「へ?」

 

 

 まさか雄弥にアタシの予定を聞かれる日が来るなんて。今まではアタシの方から一方的に予定を教えてただけなのに。…紗夜が言ってた通り、雄弥は少し変わったみたい。

 アタシが何かした覚えはない。雄弥が変わるきっかけを与えた覚えはないのに、だけど雄弥は少し変わった。嬉しいけど寂しい。きっとAugenblick関係で変わったはずだから。

 

 

(アタシじゃない、それがこんなに心を締め付けるなんて…)

 

「友希那から今日はバンド練無いってのは聞いてる。けどリサは色々と掛け持ちしてるからな。予定がどうなのか聞きたかったんだが、聞いちゃまずかったか?」

 

「う、ううんそんなことない!…雄弥に予定聞かれるの初めてだったから驚いてただけ。アタシ今日はテニス部で午後練があるだけだよ。だから夕方からまた予定が空いてる」

 

 

 もしかしたら雄弥からアタシを誘ってどこか連れて行ってくれるのかもしれない。今まではそんなこと一切無かったから、それで考えたら淡い期待ってことになるんだけど。雄弥に初めて予定を聞かれた今日なら、そのもしもがあるかもしれない。

 

 

「夕方からか……今日の仕事が終わったら連絡するから、そのまま予定空けといてくれ」

 

「そ、それってどっかに連れて行ってくれるってこと!?」

 

「そうなるな。…そんな驚くことか?それと椅子から落ちるなよ」

 

 

 雄弥に言われて自分の今の状態を確認すると、まず座ってる位置は椅子の端っこ。両手は雄弥の腕を掴んでいて、目の前には雄弥の顔が…。アタシは雄弥と顔が当たりそうになるぐらい詰め寄っていた。

 

 

「あ……ご、ごめん」

 

「別に何もなかったからいいんだが」

 

「…雄弥って他に誰か誘ったことある?」

 

「ないぞ。リサが初めてだな」

 

「そう、なんだ…」

 

「リサは初々しいわね〜」

 

「み、みてたの?」

 

「バッチリよ!動画も取っておいたから♪」

 

「消して!」

 

「嫌よ!それよりご飯食べましょう。冷めちゃうわ」

 

「うぅ…」

 

「動画ぐらい気にするなよ」

 

「だって…恥ずかしいもん

 

 

 母さんのことだから、絶対後になってから何回も再生するんだよね。父さんが帰ってきた時とか見せそう。それで二人で弄ってくるんだよね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 朝ごはんを食べて、とりあえず母さんに弄られないようにするために雄弥の手を引っ張って部屋に駆け込んだ。突然の雄弥の来訪と母さんの弄りのせいで落ち着けなかったけど、やっとのことで今の状況を整理できた。

 アタシは雄弥と二人横並びでベッドに腰掛けて雄弥に体を預けてる。前のお泊り以降全然会えなかったし、前学校で会った時もあんま話せなかったからこうしていられると心が温まる。

 

 

(今は雄弥と二人きり…。夜も雄弥がどこかに連れて行ってくれるんだよね)

 

「急に機嫌よくなったな」

 

「やっと整理できたからね。雄弥とこうして二人でいるのなんてお泊り以来だしね」

 

「…そこまで日にち空いてない気がするんだが」

 

「アタシはもっと雄弥と一緒にいたかったの!雄弥はそうじゃないかもしれないけどさ…」

 

 

 自分で言って悲しくなってくるね。雄弥は欲がないから、ただ身内がいてくれたらそれで満足するから、アタシみたいにそれ以上を求めない。アタシが求めたら雄弥は応えてくれるけど、それはそれで嬉しいけど、アタシは雄弥の一番になりたい。

 

 

「たしかに俺はリサほどそうは思わないな」

 

「ーっ!……そうだよね」

 

(あはは、…アタシなんでこんな辛いんだろ。わかってたことなのに、雄弥がそういう人だってことは)

 

「けど、俺もリサといられる時間は居心地がいい(・・・・・・・・・・・・・・・・)と思ってる」

 

「え?」

 

「他のやつといる時が落ち着かないとかじゃないんだけどな。リサといるときはまた別な気がする」

 

「そっか」

 

 

 まさか雄弥の口からそんな言葉が出てくるなんて。これはやばい、頬が緩みまくって直らないよ。

 

「リサ?」

 

「えいっ!」

 

「……何がしたいんだよ」

 

「このままでいたい、かな。…うん、今はこのままで」

 

 

 雄弥の中でその気持ちがどの位置づけになるのはわからない。家族である友希那と同じように考えられちゃうのか、それともそことも違うのか。今はその答えは求めない。

 アタシは雄弥を押し倒して仰向けになった雄弥の上に寝転ぶ。雄弥は冷静になってるけど、雄弥の心臓は前の泊まりの時みたいに早くなってる。もちろんアタシなんて心臓バックバクなんだけどね。

 

 

「わかった。時間が来るまでか、リサが満足するまでだぞ」

 

「ありがとう。それとね…」

 

「頭を撫でればいいんだろ?」

 

「…うん」

 

 

 やっぱりこうされるの好きだな〜。雄弥に頭を撫でられて、雄弥の体温を感じて、雄弥の音を聞いて、雄弥に満たされていくこの感じが愛おしい。雄弥のことがどうしょうもないぐらい好き。もう好きも愛してるも超えるぐらいに好きなんだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 どれぐらいの時間そうしてたのかはわからない。ただ、この状態がさっきの二つ以外の条件で終わってしまった。原因は家のインターホンが鳴ったのと同時に雄弥の携帯に電話が来たことだった。

 

 

「電話に出るぞ?」

 

「…うん。どくからちょっと待って」

 

 

 最後に雄弥にギュッと抱きついてからベッドから降りる。雄弥は起き上がりながら携帯の画面を見て不思議そうな顔をした。なんでその相手から電話がかかってきたのかがわからないみたい。

 

 

「…とりあえず出るか」

 

『あ、やっと電話出た。もっと早く取るかと思ったのに』

 

「なんか用か?」

 

『用がなかったら電話しちゃだめなの?』

 

「…暇なだけだろ」

 

『ごめんごめん、それで合ってるけどさ。遊ぼうよ』

 

「今日は仕事あるだろ」

 

『だけど集合時間までまだ時間あるしさー。なんかジッとしてられないから』

 

「それなら疾斗か大輝呼べよ」

 

『二人ともダメだったからさ。雄弥はいけるかと思って』

 

「俺今家にいないからな」

 

うん知ってる。家にあげてもらったよ(・・・・・・ ・・・・・・・・・・)

 

「は?」

 

『ちなみに今井さんの方ね☆』

 

「……」

 

 

 あ、雄弥が面倒くさそうな雰囲気を出し始めた。…なんかこれアタシも巻き込まれそうな気がしてきた。

 

 

「おっじゃましまーす☆」

 

「人の部屋にはノックして入れ」

 

「そうだったそうだった、ごめんね?」

 

「えっと…、たしかボーカルの藤森結花さんだよね」

 

「そうだよー。呼び捨てでいいからね?私もそうさせてもらうし」

 

「わかった。アタシは雄弥の幼馴染の今井リサ、よろしくね結花」

 

「ここはアタシも自己紹介してたほうがいいね。雄弥と同じ(・・・・・)Augenblickのボーカルをしてる藤森結花だよ。よろしくねただの幼馴染の(・・・・・・・)リサ」

 

 

 …やけに一部強調してきたね。これはあれかな?アタシへの当てつけなのかな?アタシじゃ立てない場所に立ってるんだよって言ってきてるのかな?

 

 

「なんでお前らそんな喧嘩腰なんだよ」

 

「おばちゃんは火中の雄弥くんが平然としてることが疑問だわ〜」

 

「どういうことですか?」

 

「母さんなんで家にあげたの!」

 

「雄弥くんと同じバンドの子なんでしょ?断る理由がないじゃない」

 

「…そうだけど」

 

「あとは修羅場を見たかったから!」

 

「それが本音だよね!!」

 

「あはははは!面白いお母さんだね!…大丈夫だよリサ、どれだけ雄弥のことが好きか見たかっただけだから。奪う気はないからね?

 

「へ?……な、なんでそれを///」

 

「分かりやすいもん。ま、応援してるから頑張ってね〜。雄弥は難しいよ

 

「うん、わかってる」

 

「…大丈夫そうだね」

 

 

 てっきり色んな意味で大変な人かと思ったけど、案外いい人だった。やっぱり人って実際に話してみないとわからないよね。

 

 

「さてと、それじゃあ雄弥今からデートしに行こ!」

 

「これから仕事だろ」

 

 

 前言撤回、この人は野放しにしてちゃいけない。さっき本人が言ったことは本当なんだろうけど、アタシの心が大変なことになる。

 

 

「ダメ!雄弥は今日アタシといるんだから!」

 

「だからこれから仕事だって」

 

「アタシも付いてく!」

 

「は?」

 

「結花が変なことしないように見張るためにアタシも付いてく!」

 

「いやリサは今日部活あるだろ」

 

「……休む」

 

「ダメ」

 

「うぅー」

 

 

 食い下がるあたしを見かねたのか、雄弥にアタシだけに聞こえるように耳元でボソボソっと言われた。アタシはその言葉を信じて、部活に行くことに決めるのだった。

 




☆10評価 syugaaaさん
☆9評価 パスタおにいそんさん 友希ストさん 慶和さん Phalaenopsisさん 
☆7評価 猫鮪さん ありがとうございます!


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13話

今回のイベントのリサのイラスト可愛い!最高かよ!ホラー系のネタもたぶん書きます。きっと、おそらく…。
ところで日菜さん、あなたのその左手が掴んでる所おかしくないかなぁ!!


「リサに何言ったの?」

 

「教える必要はないだろ」

 

「えー、気になるじゃん」

 

「教えないからな」

 

 

 聞き出せないかー。リサのあの反応から考えたらある程度の推測はつくんだけどね。ま、そこらへんは突っつきすぎないようにしますか。

 雄弥と一緒にパスパレのライブ会場に向かう。関係者用の入口から中に入ると私達以外のAugenblickのメンバーが揃ってた。みんな来るの早いよね。

 

 

「私たちが最後だとは思わなかったな〜」

 

「集合時間には間に合ってるから気にするな」

 

「朝に弱い愁に負けるのはちょっと…」

 

「結花ってだんだん毒を吐くようになってきてるよね…。それと朝弱いって言っても、集合時間が昼前だから大して困らないんだよ」

 

「…あー、女子は支度に時間かかるって言ってもある程度余裕あれば問題ないのか」

 

「僕は男だからね?」

 

「はいはい雑談はそこまで、今日の予定の説明するぞ」

 

 

 全員が揃ったからか、時間を前倒しにして疾斗が仕事モードに入った。それに合わせて私たちも気持ちを切り替えたんだけど…。

 

 

「雄弥、見るからにやる気なさそうだね」

 

「やる気がないわけじゃない。説明の内容を把握してるから聞く必要が無いだけだ」

 

「なんで知ってるの?」

 

「疾斗が教えたのか?」

 

「いや話してないぞ」

 

「ならなんで?」

 

「…どうせパスパレのリハに付き合って後は見届けるだけだろ?それぐらい予想できる」

 

「ぶっちゃけたらそうだな!」

 

 

 え?それだけ?説明も何もないじゃん!それってある程度自由に時間使っていいってことでしょ。それならこの集合時間の意味は?そう思ったのは私だけじゃなかったみたい。代表するように大輝が疾斗に聞いてる。

 

 

「この時間に集合した意味は?」

 

「久々にみんなで飯食いに行くための口実」

 

「いや最初からそう言えばよかっただろ」

 

「お前らが断るとは思ってないぞ?……この口実は別の奴を諦めさせるためだからな」

 

「……おつかれだな」

 

 

 疾斗がなんか遠い目をし始めた。疾斗も大概人を振り回す側だけど、その疾斗を振り回す人物って…。やめとこ、関わらないほうが身のためな気がしてきた。

 

 

「それで何食べに行くんだよ」

 

「焼肉だな!」

 

「仕事前なのに!?」

 

「疾斗焼肉は夜のほうがいいでしょ」

 

「それもそうか」

 

「あ、俺夜は予定あるから」

 

「はぁ!?」

 

「じゃあやっぱ昼だな」

 

「焼肉は確定なんだね…」

 

 

 雄弥が夜に予定、ね。リサだね。間違いなくリサとデートだろうね。夜は夜で雄弥抜きにしてどこか食べに行こうかな。……あ、面白いこと思いついた。

 

 

「結花、妙なこと企むなよ」

 

「や、やだな〜。私そんなこと企まないよ」

 

「目をそらして言っても説得力ないからな」

 

「まぁ結花は俺たちで見張ることにして、とりあえず早く焼肉行こうぜ!時間が足りなくなるぞ!」

 

「どんだけ食べる気だ…」

 

 

 さすがに満腹になるまでは食べないよね?…疾斗は食べそうだけど、なんなら満腹まで食べて戻ってきた時にはちゃんと動けるようになってそうだけど。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「むむっ!」

 

「日菜ちゃんどうしたの?」

 

「何かを察知されたような反応でしたけど」

 

「麻耶ちゃんいくらなんでも日菜ちゃんはそこまでじゃ…」

 

「ユウくんたちが何やらるんっ♪てくることを今からしに行きそう!」

 

「……千聖さん」

 

「…ごめんなさい麻耶ちゃん。日菜ちゃんは規格外だわ」

 

 

 この時間からってことはどこかお昼でも食べに行くのかな?今日はあたしたちのライブだから、ユウくんたちはただ見守るだけ。前みたいに手助けはしないってことらしいし。…ずるいなー、あたしたちも連れてってくれていいのに。あ、そうだ!

 

 

「イヴちゃん。ちょーっと手を貸してほしいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「ワタシにできることでしたら」

 

「簡単なことだから安心して。彩ちゃんでもできることだから」

 

「私の扱い酷くない!?」

 

「それぐらいでしたらできますね!」

 

「イヴちゃん!悪気がないのはわかるけど傷つくよ!」

 

 

 イヴちゃんと二人ですることは本当に簡単なこと。あたしがユウくんに電話をかけて、イヴちゃんは疾斗くんに電話をかける。ただ単に外食に混ぜてもらうだけ。そのお願いをするってだけ。

 

 

「は、疾斗さん、わわ、ワタシが…ですか」

 

「イヴちゃん慌てすぎー。疾斗くんは優しいからイヴちゃんがお願いしたらOKくれるって」

 

「で、ですが」

 

「ほいほいっと、ほら発信したから後はよろしくね〜」

 

「な…ひ、日菜さん!」

 

『もしもし?イヴどうかしたのか?」

 

「ひゃ!…は、はやとしゃん」

 

『大丈夫か?ちょっと深呼吸しろ。焦らなくていいからゆっくりな』

 

「は、はい」

 

 

 ……ま、なんとかなるかな。なんか彩ちゃんたちがこっち見てるけど気にしない。あたしは今からユウくんに電話しないといけないんだから。…イヴちゃんには後でちゃんと謝るよ。

 

 

「もしもしユウくん?──」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 日菜ちゃんに振り回された私たちは無事?にAugenblickと合流して焼肉を食べに行くことに。ライブ前なのに焼肉ってアイドル以前に仕事をする人間としてどうかと思うんだけど。千聖ちゃんもそこを指摘してたけど、夜だと雄弥くんがいないから昼に決まったとのこと。それと食べたい物を食べて何が悪い!って言い張ってた。ここまで来てやっぱりやめとくって言えないし、覚悟を決めるしかないね。

 

 

(そもそも私たちを誘う予定がなかったから焼肉なんだろうなー)

 

「10人だからテーブル二つで5人ずつかな?」

 

「そうだね。どう分けようか…」

 

「あたしはユウくんと一緒ね!イヴちゃんと疾斗くんもこっちに呼ぶとして、あと一人は適当で!」

 

「それじゃあ彩をあの魔境に放り込むということで」

 

「結花ちゃん!?」

 

「彩さん、お疲れ様です」

 

「彩ちゃんにしかできないことなの」

 

「二人にも見捨てられた!?」

 

「それじゃあ彩ちゃんこっちねー」

 

「わわっ、日菜ちゃん引っ張らないでー」

 

 

 席順は奥に私、真ん中に雄弥くん、通路側に日菜ちゃん、対面に疾斗くんとイヴちゃん。…日菜ちゃんが遠慮なく注文しそうなのが不安だよ。ライブがあるのに。

 

 

「…焼肉の臭いを気にしても仕方ないぞ。店に入ってテーブルに座ってる以上食べようが食べまいが変わらないからな」

 

「そうそう。彩ちゃんも諦めていっぱい食べようよ」

 

「日菜ちゃんはもっと自重したほうがいいと思うんだけど」

 

「注文していいか?」

 

「疾斗が好きなように頼め。お前は自分で処理できる量しか頼まないから注文しすぎることはないしな」

 

「よっしゃ」

 

 

 雄弥くんのゴーサインを貰った疾斗くんは、目を輝かせながら店員さんに次から次へと注文していった。注文の量が多くて店員さんも戸惑ってたけど、そこからさらに日菜ちゃんの注文があって正直可哀想に思えた。

 それからはすごかった。網の上に何もない状態が一瞬も無かった。疾斗くんが焼きながら食べてるけどあれは真似出来ないね。ペースが尋常じゃないもん。火も強火だし。

 雄弥くんのフォローおかげで私も自分のペースで食べれたし、日菜ちゃんも満足したみたい。…イヴちゃんはちょっと無理しちゃってたのかなー、疾斗くんが隣にいて意識してたみたいだね。今は疾斗くん以外はデザート食べて落ち着いてる。

 

 

「疾斗そろそろ時間だぞ」

 

「ここまでか!」

 

「…まだ食べれるのか」

 

「まだまだいけるぞ。…とりあえずテーブルにあるやつ全部詰め込むか」

 

「後から追いついてこいよ」

 

「わかってるって」

 

「え?え?」

 

「疾斗は置いてく。お前らもできるだけ早く戻ったほうがいいだろ。臭いも消しときたいだろうし」

 

「それはそうだけど…」

 

「気にしなくていいぞー。俺なんかよりライブを重視しろ。イヴもいいな?ライブ楽しませてくれよ?」

 

「もちろんです!楽しみにしててください!」

 

 

 戻ってスタッフさんに怒られるかと思ったけど、一切何も言われなかった。むしろ「行けばよかったー!」って人が多かった。この会社ってそういうのが緩いのか、たまたまノリがいい人が多いのかな。

 臭いを消すのに苦労すると思ってたらそれもすぐに終わった。スタッフさんが「焼肉の臭いなんて可愛いものですよ」って言ってた。Augenblickがはっちゃけた時は大変だったって言ってたけど、何したんだろ?

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あ~、もうすぐ本番だよぉ」

 

「彩ちゃん緊張しすぎだってー。ライブなんだから楽しまなきゃ損だよ」

 

「…日菜ちゃんが羨ましいよ」

 

 

 そんな緊張するかなー?練習してきたことをやるだけでしょ?失敗なんてするわけ無いと思うんだけどなー。

 

 

「あ…、彩ちゃんはMCで失敗するか」

 

「きょ、今日は大丈夫だよ…たぶん」

 

「むしろ彩ちゃんが失敗しなかったらあたしたちのMCじゃなくない?」

 

「そんなことないよ!?というかまだ2回目だから!そんな定番作らないから!」

 

「ほんとかなぁ〜?」

 

「うぅー、千聖ちゃーん」

 

「もう日菜ちゃん。彩ちゃんをイジメちゃだめよ…よしよし、安心して彩ちゃん。私たちがフォローするから」

 

「千聖ちゃんも成功するって思ってないんだー!」

 

「いえ、今のはそういうことじゃなくて!」

 

 

 あはは!やっぱり彩ちゃんは面白いや。ううん彩ちゃんだけじゃない。パスパレのみんなは面白い。最初はパスパレに入ってもユウくんと遊べたらいいやって思ってたけど、今はパスパレがあたしの新しい居場所になってる。…失敗なんてしない、この居場所は無くしたくないから。

 

 

「彩ちゃん」

 

「…なに?日菜ちゃん」

 

「涙はまだ早い気がするけど……。ま、それはいいや。ライブ成功させようね♪」

 

「……ぁ、うん!私たちで、みんなでライブを成功させようね!」

 

「日菜さんがそんなこと言うとは…、自分もやる気が出てきたっす!」

 

「ワタシもブシドーに恥じぬライブにします!」

 

「そうね。みんなで成功させましょう。私たちならできるはずだもの」

 

 

 みんなの気持が一つになったこのライブが大成功したのは、当然の結果だよね。大成功して嬉しかったみたいで、彩ちゃんはステージで泣いちゃってたけど、これであたしたちPastel*Palettesはやっとスタートラインに立てた。

 そしてこの日を境に、つまり明日からはもう抑えなくていい、ユウくんに全力で当たっていいようになる。こっちもスタートした日になった。

 

 

(ユウくんは今日予定があるらしいんだよね〜。……まぁ用事っていうのはリサちーなんだろうけど。勝ち目は全く無いけど、諦めてちゃ面白くないし、せめてあたしの妥協点まではユウくんに付き合ってもらわないとね♪)

 




☆10評価 涼邑咲夜さん Syo5638さん ありがとうございます!


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14話

2章ラスト回です。


 部活が終わってから急いで家に帰ってシャワーを浴びた。雄弥の口ぶりからして、雄弥の仕事が終わるほうが遅いのはわかってる。だけどそれとこれとは別、運動系の部活で汗をかくのは当然のこと。だからアタシは汗の臭いを無くすためにシャワーを浴びたんだ。時間は余ってるんだけど雄弥から誘われるのは初めてだから落ち着かないんだよね。

 

 

「ふぅー、これでよしっと」

 

「リサ、シャワー浴び終わったのならちょっとお茶に付き合ってくれない?」

 

「いいよ〜」

 

 

 リビングに行くとテレビを見てた母さんにそう言われて、アタシは母さんと一緒に飲み物とちょっとしたお菓子を用意した。テレビは点きっぱなしになってるけど、もはやBGMって扱いになってる。

 

 

「いや〜長かったわね〜」

 

「へ?なんの話?」

 

「今日は雄弥くんからのお誘いでしょ?しかも初めての」

 

「うん」

 

「ということはついに結ばれるのね!」

 

「えぇ!そ、そういうことで、呼んだんじゃないと思うんだけど」

 

「…違うの?」

 

「だ、だってあの雄弥だよ?」

 

「……それもそうね。変わったのはお母さんも感じ取れたけど、いくらなんでも一瞬でそこまで劇的には変わらないものね」

 

「…うん」

 

 

 自分で否定したけれど、身内に言われるとちょっと心にくるものがある。本当のことを言うと、雄弥に誘われた時に期待しなかったわけじゃない。もしかしたら…なんて可能性を思った。

 雄弥はきっとこれからも少しずつ変わっていくと思う。アタシが雄弥と過ごすことでその力に慣れてるのかわからないけど、雄弥の力になりたい。そう思ってると母さんがわざと音がなるようにコップを置いた。アタシに何か話すことがあるみたい。

 

 

「…リサ一度だけのアドバイスよ。よく聞きなさい」

 

「…わかった」

 

「恋愛で遠慮なんてしちゃだめよ。雄弥くんを思ってる人は他にもいるようだし、リサもその子達の事を知ってるようだけどね。それでも遠慮なんてしちゃだめ。全力でぶつかりなさい。そのほうが返ってお互いのためになるのだから」

 

「お互い、ため」

 

「そう。雄弥くんは絶対に一度くっついた相手を離さない子だから、あなたの人生を掛けた大勝負になるわ。後悔したくないでしょ?」

 

「うん。…ありがとう母さん」

 

「どういたしまして。あ、でも焦っちゃだめよ?雄弥くんが人を意識するようになり始めたらそこからは駆け引きよ。余裕を持たないとできないからね?」

 

「わかった」

 

 

 母さんの言うとおりだよね。雄弥は相手を取っ替え引っ替えするようなちゃらんぽらんな人じゃない。アタシが好きになった雄弥なんだから。…余裕を持って駆け引きする自信はないんだけどね。

 

 

(よし!紗夜も日菜も強敵だし、友希那…はアタシにもよく分からないけど、負けないんだから!)

 

「そうそう、雄弥くんは夏休み辺りからどんどん忙しくなるみたいだから。一応頭に入れといてね?」

 

「え?そうなの!?」

 

「メンバーの子たちが夏休みに入ったらグループ単位で動きやすくなるでしょ?その影響みたいね」

 

「あ…そういうことか」

 

 

 結花が加入したことで、デビュー当初から数年間不在だったボーカルがついに決まった。そのことで話題沸騰中のAugenblickにグループ単位での仕事のオファーが来るのは当然だよね。

 

 

(…そっか、今年の夏はあんまり一緒にいられないんだ。…海もお祭りももしかしたらアタシの誕生日も)

 

「雄弥くんなら何とかして時間を作ってくれるかもしれないけど」

 

「…さすがに雄弥にそこまではお願いできないよ」

 

「そうよね…」

 

 

 夏までの短い期間でこの勝負に決着がつくとは思えない。そうなると夏休みは休戦期間ってことになるのかな。……勝負が終わる時期が予想できないや。

 

 

「わわっ、雄弥から電話だ」

 

「…お母さんさっそく心配になってきたわー」

 

「ちょっと静かにしてて!……もしもし雄弥?」

 

『ああ。リサは今大丈夫か?』

 

「うん。家にいるからね」

 

『そうか。仕事が終わる時間の目処が立ったから時間と場所を伝えようと思ってな』

 

「あ、現地集合なんだ」

 

『できれば迎えに行きたかったんだがな。その分の時間を考えるとちょっとな』

 

「ううん。気にしないでいいよ。あたしなら大丈夫だから」

 

『わかった。それで時間と場所なんだが──』

 

 

 雄弥から言われた場所はそんなに遠くないところだった。一つ隣の駅だし、時間も余裕だから準備できるね。

 

 

「それじゃあ母さんごちそうさま」

 

「お粗末さま。片付けはやっておくからリサは準備してきなさい」

 

「ありがとう♪」

 

 

 なんか普通の高校生じゃ行かなさそうな所に案内される気がするし、服も選び直したほうがいいかな?あとはお化粧とアクセもだよね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 集合時間の10分前についたのに、そこにはもう雄弥が来てた。雄弥は変装とかせずに堂々としてるけど、何故かあまりファンに絡まれない。クラスの子が言うには寡黙な姿が様になりすぎてて、それで話しかけないことがファンの中で暗黙の了解になってるんだとか。

 …ということはガンガン話しかけてるアタシと日菜はファンの子からしたら目の敵にされてるんじゃ、とも思ったんだけど、日菜は同じ芸能人だからセーフで、アタシは雄弥の幼馴染として公言されちゃってるからセーフみたい。あくまで話しかけるのはセーフってことらしいけど。

 

 

「お待たせ雄弥。ごめんね?」

 

「大して待ってないから気にするな。…早速だが移動するぞ。時間も限られてるしな」

 

「う、うん…」

 

 

 せっかくいつもより気合い入れておめかしして来たのに、その反応はないよ。ちょっとぐらいコメントくれたっていいじゃん。アタシはその念を込めるように雄弥の手を握ったけど、雄弥に優しく握り返されるだけで終わってしまった。

 

 

「今日はここで食べるぞ」

 

「…ここってどういう所?」

 

「和食専門店だな。リサが好きそうな料理が多かったはずだ」

 

「わざわざ調べてくれたの?」

 

「調べてはいないな。話を聞いてみたら、リサが好きそうだなと思ったから呼んだだけだ」

 

「そうなんだ。ありがとう♪…でももし聞いた話で友希那が好きそうな所だったらアタシじゃなくて友希那を誘ったのかな?」

 

「…その場合はそうなるな。ただ、元から和食の店の話を聞くつもりだったからな。今日リサを誘うことは決まってた」

 

「そ、そっか……雄弥って変わったよね。今までは今日みたいに誘ってくることなかったじゃん?」

 

 

 嫌な質問をしたのに雄弥の答えはアタシの予想を超えてくるものだった。超えるっていうより違う角度からの回答だね。そんなことを予想してなかったアタシは、あからさまだけど話題を変えることにした。

 

 

「変わったっていう自覚は無いんだがな。ただまぁ、成人になるのが近づいてるからちょっと思うところもあってな」

 

「意識が変わったってことか〜。アタシは応援するよ♪これからも雄弥を支えたいしね」

 

「…ありがとうリサ」

 

「どういたしまして」

 

「ご予約の湊様ですね?」

 

「はい、そうです」

 

「ご案内します」

 

 

 うわぁ〜、内装すっごく綺麗!和風建築の建物ってだいぶ減ったって聞いたことあるけど、この店は昔の建築様式でできてるんだ〜。

 

 

「こちらの席でよろしいですか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「ではこちらがお品書きになっております。ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」

 

「わかりました」

 

「…雄弥って高級店に慣れてるよね」

 

「いろんな店を回った時期もあったからな」

 

「それは知らなかった。そもそも雄弥の芸能界関連は何も知らないけどさ」

 

「詳しくは話してないし、話そうと思ったこともなかったからな」

 

「話してくれたらそこ行きたい、とか言えたのに」

 

「値段が値段だからな。今は余裕があるからこうやって呼べるんだ」

 

「それもそっか」

 

 

 たしかにこういう所は学生じゃ来れないよね。……ん?この流れって前もあったような。

 

 

「もしかして雄弥、今日の支払いも全部自分で済ます気?」

 

「そのつもりだが?」

 

「少しくらい出させてくれるよね?」

 

「そんなわけ無いだろ。ここで使うぐらいならアクセサリーとか服とか楽器関連に使えばいい」

 

「だからさすがにそれは悪いんだって」

 

「これぐらい気にするな。リサには何も返せてないんだから」

 

「……バカ」

 

 

 そんなことない。むしろアタシの方が雄弥からいっぱい貰ってる。アタシの方こそ雄弥に恩を返さなきゃいけないのに。

 

 

「…わかった。けど今度からは少しくらいアタシにも支払わせてね?」

 

「考えとく」

 

「雄弥」

 

「…わかった」

 

「それならよし」

 

 

 それじゃあ何食べるか決めようかな〜。……何これ名前からして高そうなものばっかりなんだけど。値段は、書いてないんだ。そんな店初めて来たよ!これじゃあ安めのやつ頼むっていうアタシの目的が達成できないじゃん!

 

 

「…リサ、もしかして食べたいの無いのか?」

 

「へ?…そんなことないよ。むしろ逆かな〜、どれもアタシの好みっぽいのばっかなんだよね〜」

 

「それならよかった」

 

(値段を気にしてるってのもあるんだけどね)

 

 

 値段のことは一旦忘れるとして、ほんとどれを食べようかな〜。悩むー。…雄弥のもいつも通りアタシが選んでいいのかな?それならアタシが食べてみたい料理を二つ頼めるんだけど。

 そっと視線を雄弥の方に向けると、アタシの視線に気づいた雄弥が見つめ返してくる。恥ずかしくてすぐに視線をそらしちゃったけど、雄弥はそれだけで察してくれた。

 

 

「リサが俺の分も頼んでいいからな」

 

「あ、ありがとう」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 料理はどっちともすっっごく美味しかった!こんなに美味しい日本食を食べたのは今日が初めて。アタシの好きな佃煮も食べれたし大満足だよ♪

 支払いを済ませて駅に戻ってみると、駅前でイルミネーションが行われていた。なんのイベントなのかはさっぱりわからないけど、その光はとっても綺麗でアタシ以外にも思わず足を止めちゃう人がいるぐらいだ。

 

 

「……きれい」

 

「そうだな。まぁでも、リサほどじゃないんだけどな」

 

「…………ふぇ、な、なにゃなな…えぇ!?」

 

「すごい気合い入れてメイクも衣装選びもしてたみたいだが、思わず言葉が出なくてな。タイミングが今になった。ごめん」

 

「い、い、いやいや。き、気にしなくていいから……あ~もう!…ふぅーー、ありがとう雄弥。すっっっごーーく嬉しいよ♪」

 

 

 もう、変わったと思いきやこういうずるい所は一切変わってないんだね。変わっていくところとと変わらずに残るところ、きっと雄弥の根幹はその変わらないところにあるんだろうなー。…こうやって雄弥のことが分かっていける、これもアタシが好きなことの一つ。これからももっともっと雄弥の側で分かっていきたい。

 雄弥の顔をチラっと見てあたしは気づいた。気づいてしまった。雄弥が成人した後にやろうとしてることを。具体的なことまではわからないけど、けどなんとなくわかる。それは誰も望んでいないことで、みんなを悲しませるものだって。

 

 

(そんなの絶対に嫌!)

 

「リサ?」

 

 

 雄弥に抱きついて雄弥の胸に顔をうずめる。駅前ということもあって、通行人もそれなりにいるんだけど、今はそんなこと気にしていられない。雄弥はアタシの背中に腕を回して、アタシの気持ちを落ち着かせようとしてくれてる。

 

 

「…いきなりごめんね?」

 

「正直驚いたけど、これが必要なことならそれに付き合うぞ」

 

「…うん。……雄弥は、成人したらいなくなるの(この街から出ていくの)?」

 

「……さすがにリサにはバレるのか。…まだ確定はしてないけどな」

 

「なんで!?」

 

「もっと世界を知る必要があるからだ。俺は何も知らなさすぎる」

 

「意味がわからないよ!なんで…なんでぇ」

 

「……ごめんリサ」

 

 

 なんで、なんで雄弥は近づけたと思った時に遠くに行こうとするの…。アタシが迷惑なのかな。今まで否定してくれてたのは雄弥の優しさなのかな。本当は…ずっと……。

 

 

(そう考えるとアタシは雄弥にとって邪魔でかないよね)

 

 

 雄弥に抱きついていた力を弱めて雄弥から離れようとした。けど、アタシは雄弥から離れられなかった。雄弥と一緒に居たいという思いを捨てきれないから。

 そして、雄弥が力を強めてアタシを離さなかったから。

 

 

「…ゆうや?」

 

「リサ、お前馬鹿なこと考えるなよ」

 

「……馬鹿なことって?」

 

「リサが迷惑なわけ無いだろ。リサと一緒にいることも俺の生活の一部なんだから」

 

「…本当に信じていいの?」

 

「当たり前だろ。…そろそろ帰るぞ」

 

「…わかった。ちゃんと約束守ってね?」

 

「今日はリサの家に泊まるってやつだろ?守るに決まってんだろ」

 

「それならよし♪」

 

(不安は完全には拭えない。だけど、雄弥は『まだ確定はしてない』って言ってた。それならアタシは雄弥を引き止めれる存在になればいいんだ。もし雄弥が街から出ていったとしても帰ってくる居場所になればいいんだ)

 

 

 雄弥が決めたことは止めたくないけど、アタシの思いだってある。だから、お互いの妥協点を選べるような関係に、今までより上の関係を目指さないとね。みんなに負けるわけにはいかない!…あ、でも出ていくかもってことはみんなにも伝えないとね。

 

 




みんなで笑っていられることが好きなリサが、全力で勝負するように心を決める、ということを書きたかった。最後をうまく締めれない己の未熟さを痛感しました。
3章はガルパのイベントをベースに構成します。ベースって言っても作品内の時間の進み具合の基準程度に考えてください。1、2章よりは話に触れますが。
☆10評価 1NESSさん ありがとうございます!


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3章:思考
1話


3章の初回は友希那回です。
前後編にします。その分今回は短いです。ごめんなさい!
そんでもってスランプ気味です。ここからだというのに!


 紗夜が妹さんと取り決めていた期限がこの間ついに切れたみたい。つまり氷川姉妹が雄弥にアプローチをかけるようになったということ。といってもバンドに影響は一切出ていない。むしろ紗夜のキレはさらに増したと言えるわね。リサも雄弥と食事に行ってから、決意に満ちた表情をするようになった。

 では私はどうなのだろうか。過去では間違いなく雄弥のことが異性として好きだった。親友のリサの気持ちにはすぐに気づいたし、負けたくないと思ってた。だけど、雄弥を否定したあの日から私はその気持ちを閉ざした。閉ざして音楽に集中することでその気持ちを消していった。

 だけど、最近の雄弥の変化を見て、雄弥のことに目を向けるようになってからは分からない。家族として好きな気持ちと異性として好きな気持ちが入り混じっている。リサたちの気持ちを知っているから…中途半端な私はどうすればいいのだろうか。

 

 

「…どうしたら」

 

「悩みごとか?」

 

「っ!雄弥、部屋に入るならノックしてちょうだい」

 

「ノックしたんだがな、友希那の返事が無かったから入ってきた」

 

「…そう。それで何か話があるのかしら?」

 

「まぁな。その前に友希那は何か悩みごとあるのか?」

 

「……いえ、これは自分で解決しないといけないことだから」

 

「そうか。…異性の俺に言いにくいことなら同性の友達に相談してもいいんじゃないか?」

 

「行き詰まったらそうしてみるわ」

 

 

 なんでそんなこと分かるのよ。雄弥は異常なぐらい核心部分を察してくるわよね…。それに助けられることもあるのだけれど、たまに踏み込まれることもある。

 

 

「それで雄弥の話はなんなの?」

 

「ロケがあるから明日からしばらくは家に帰らないってことを言いに来た」

 

「それなら朝でもよかったんじゃ…」

 

「朝早いからな。友希那が寝てる間に家を出ることになるから今日のうちに言った」

 

「そういうことなのね。今回はどこまで行くのかしら?」

 

「今回はたしか山口県だな。萩に行くらしい」

 

 

 山口県の萩市、名前は聞いたことがあるわ。たしかドラマの舞台になったところよね。…結局どのあたりなのかしら。

 

 

「萩は山口の北側だな。町が完全に山と海に囲まれてるところらしい」

 

「そうなのね。この話はリサたちにもした?」

 

「リサにはさっき電話してる時に話した。お土産を頼まれたな。……たち?」

 

「紗夜と妹さんにはしたの?」

 

「妹さん…あー日菜か。日菜には事務所で会ったときに話した。日菜が紗夜に伝えとくって言ってたから、紗夜には直接は言ってないな」

 

「彼女がそう言ったのならちゃんと伝わってるわね。それと、もうすぐ私たちの次のライブがあるわ。ちょうどそのロケとは被ってないはずよ」

 

「じゃあ見に行く。どのぐらい成長したか把握できるからな。ただでさえ最近は練習見に行けてないし」

 

「来るのは仕事に支障が出ない程度でいいのよ」

 

 

 もし頻繁に来られたらみんなが雄弥のことを心配して返って練習にならないでしょうしね。…次のライブ、配分される時間からして出来るのは3曲ね。セットリストを各自で考えてくるように明日の練習で伝えないと。

 

 

「明日早いのならそろそろ寝なさい」

 

「そうする。おやすみ友希那」

 

「ええ、おやすみ」

 

 

 毎日言ってる言葉。毎日聞く言葉。それが心地よく思えるようになったのはいつからだったかしら。それすらも忘れてしまう程私は心を閉してしまっていたのね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 翌日、私が起きた時には雄弥は言っていた通り既に出発していた。たまに雄弥は平日でも遠い場所にまで仕事に行く。雄弥が社会人の枠組みに入っているからなのだろうけれど、時に心配になる。雄弥が人に迷惑をかけることはないと信じているし、何か事件に巻き込まれることもないと思っている。けれど、それでも万が一があるんじゃないかと心配してしまう。

 その不安を私が表に出すことは滅多にない。なぜなら、私以上に顕著にそれを表す親友がいるのだから。自分と同じ感情を自分以上に表す人がいたら逆に冷静になることってあると思うのよ。私はよくあるわ。

 

 

「…リサ、今回は飛行機じゃなくて新幹線らしいから前より事故の危険性はないはずよ」

 

「そうなんだけどさ〜。万が一のことを考えたらやっぱり不安じゃん?」

 

「それでよく昨日はお土産をお願いできたわね……」

 

「あ、あはは〜、あの時は流れでさ…」

 

「はぁ、何にしても雄弥が仕事で遠出することは何度もあったじゃない。海外ならまだしも日本よ?」

 

「けど最近って何かと物騒じゃん?」

 

「それを言ったらスタッフさんたちといる雄弥の方が安全よ。私たちの方が危ないということになるわ」

 

「それもそうだね…」

 

 

 ひとまずは落ち着かせることができたかしら。私はこういう役回りが得意ではないのだけれど、雄弥の姉として振る舞うことである程度はできるようになったのかしら。

 ここからいつも通りのリサの調子に戻せるかしら…。そう思っているとある意味適任とも言える人物がやって来た。

 

 

「なになにー?ユウくんの話ー?」

 

「日菜…。そうだよ〜、雄弥が今回は山口県まで行ってるんだよね〜」

 

「あーロケで行ってるんだよね。何のロケかは教えてくれなかったんだよね〜」

 

「日菜も知ってたんだ…」

 

「うん!事務所で会った時に教えてもらったんだ〜」

 

「…会ったというより会いに行ったの方が正しそうね」

 

「あはは〜バレちゃった?あ、もしかしてユウくんから聞いたの?」

 

「いえ、そこまで聞いてたわけじゃないわ。ただの予想よ」

 

 

 前に「最近俺の部屋が溜まり場みたくなってる」って言ってたことを思い出しただけのこと。来るのは基本的に氷川さんか結花の2人らしいけど。…結花とはこの前知り合ったわ。具体的には雄弥が朝早くからリサの家に行った時ね。

 

 

「んーー」

 

「日菜どうしたの?」

 

「友希那ちゃんってあたしのこと名前で呼んでくれてなかったなーって思って。なんで?お姉ちゃんのことは名前で呼ぶのになんであたしは名字なの?」

 

「あはは、だってさ友希那」

 

「…あなたとはあまり知ってないからよ。普通はそれなりに打ち解けてから名前で呼ぶのだと思うだけど」

 

「そっか〜、けどあたしたちこうやって喋ってるわけだし名前でよくない?あたしは名前で呼んでるんだから」

 

「……わかったわ。日菜、これでいいのでしょ?」

 

「うん!すっっごいるんっ♪てきたー!ありがとう友希那ちゃん!」

 

「これぐらい、礼を言われることじゃ…」

 

「あー友希那照れちゃって〜。可愛いなぁ」

 

「……!」

 

 

 この二人が相手だと調子が狂うわ。私は多くを話すタイプじゃないんだから。まぁけどリサの調子が戻ったのならこれも悪くはないわね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「今日の練習はこれぐらいにしましょう。次のライブで私たちが歌えるのは3曲だけ、あなた達の意見を聞かせてくれないかしら」

 

「アタシたちの曲はペース速いのが多いからな〜。3曲とも突っ走っちゃう?」

 

「それもいいですが、そうなると3曲目がとても重要になりますね。変化を加えるためにあえてペースが違う曲もいいかもしれません」

 

「はいはーい!あこは全部盛り上がるやつがいいです!」

 

「それだと一番宇田川さんがしんどいですよ。体力は大丈夫なんですか?」

 

「い、いっぱい練習して体力つけます!」

 

 

 今の私たちでできる最高のライブにしないといけない。私たちRoseliaは頂点を目指すバンドなのだから。変化を加えるという紗夜の意見も妥当だし、全部盛り上がる曲というリサとあこの意見も妥当な考えね。

 

 

「……あ!あこ新曲やりたいです!」

 

「新曲?」

 

「はい!せっかくのライブだし新曲を3つ目にするのはどうですか?」

 

「新曲を今から作って練習だなんてどれだけ無謀かわかってますか?私たちは中途半端な演奏なんてしないんですよ?」

 

「でも…」

 

「とりあえず…一旦個人で…考えてみませんか?」

 

「そうね。燐子の言うとおり各自セットリストを考えておいて。明日の練習で決めましょう」

 

「りょーかい♪」

 

 

 …新曲、たしかにそれなら3曲目に持ってくることでこの問題も解決できるだけれど、期間が短すぎるのも事実ね。

 私なりにセットリストを考えていたらいつの間にか家についていた。今まで演奏した曲のスコアは、押し入れにある。それらを出そうとすると見慣れないカセットテープがあるのを発見した。

 

 

(このカセットテープに書いてある字は…もしかしてお父さん?)

 

「確認のために聴いてみようかしら」

 

 

 カセットテープを再生すると流れてきたのは、激しいシャウト。胸を熱くさせるような、音楽への純粋な思いが詰まっていることがそこからヒシヒシと伝わってくる。それに…

 

 

(お父さんのこの声…すごく楽しそう)

 

 

 私もこの歌を歌いたい。Roseliaでこの曲を次のライブでやりたい。だけど…、はたして私にこの歌を歌う資格はあるのかしら…。これを歌っている時のお父さんは間違いなく純粋に音楽を楽しんでいる。気持ちよく歌っている。

 そんな曲を私は音楽を楽しむためじゃなくて、頂点へ立つ手段の一つとして歌おうとしている。

 

 

「私に歌う資格なんて…」

 

 

 こういう時にすぐに相談できる雄弥は、今はいない。しばらく帰ってこない。電話をしてもいいのだろうけれど、これは私の問題…なのよね。




☆10評価 Luna_さん 天駆けるほっしーさん ありがとうございます!


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2話

完成された話をベースにすると難しいですね。下手に弄るとすぐに内容がグダってしまう。
それと、前後編にしたら短くなると思いきや後編はそんなことなかったです。


 練習の時にそれぞれ考えてきたセットリストを言い、どうすれば今の私たちにできる最高のライブができるか、意見を出し合う。リーダーの私が率先して行わないといけないのに、昨日聴いたお父さんの曲が頭から離れないせいで発言できずにいた。

 

 

「友希那さんはどう思いますか?」

 

「……」

 

「友希那さん?」

 

「へ?…あ、ごめんなさい」

 

「友希那どうしたの?どこか具合悪かったり?」

 

「いえ大丈夫よ…。……あなた達に聴いて貰いたい曲があるの」

 

「私達に、ですか?」

 

「ええ」

 

 

 昨日聴いたあの曲を練習に持ってきていた私はすぐに再生した。お父さんの曲を…、リサは気づくでしょうけど。

 

 

「…カッッコイイー!!あこ、この曲をライブでやりたいです!」

 

「私も…いいと思います」

 

「リサ姉は?」

 

「アタシは……」

 

「……ごめんなさい、やっぱりこの曲はやめときましょう」

 

「ええ!?」

 

「友希那…」

 

「この曲は私達のレベルには見合ってないわ」

 

「そこはいっぱい一生懸命練習しますから!」

 

「…既存の曲でやりましょう。今日の練習はこれで終わりよ」

 

「ちょっ、友希那」

 

 

 私だってこの曲をやりたい。けれど、私には歌う資格がない。この曲を歌う資格が…。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あこあの曲をライブでやりたいんだけどなぁ。レベルが足りないのはあこもわかってるけど、そこはいっぱい練習するのに…」

 

「…もしかしたら、…友希那さんが言ってたのは…違うことかも」

 

「違うこと?」

 

「うん。…それが何かは分からないけど……今井さんと雄弥さんは知ってるのかも」

 

「リサ姉と雄弥さん…。あ、友希那さんたちだ!あこちょっと行ってくるね!」

 

「へ?あ、あこちゃん!?」

 

 

 りんりんと歩いてたら前に友希那さんとリサ姉がいた。あこはうまく喋ることができないから、だからあこの気持ちをそのまま友希那さんにぶつけなきゃ。

 

 

「…あこ?」

 

「どうしたの?それと燐子大丈夫?」

 

「…はぁはぁ、…はい…大丈夫、です」

 

「あ、ごめんねりんりん…」

 

「ううん。気にしないで」

 

「それで二人はどうしたの?」

 

「えっとね、友希那さんにお願いがあって」

 

「私に?」

 

「あの曲をあこはライブでやりたいです!いっぱい練習しますし、絶対にライブに間に合わせますから!」

 

「私も…やりたいです。…私は友希那さんの歌が好きだから…熱くて扇情的な歌が…だから、私もあの曲をライブでやりたいです」

 

「…ありがとう。けれど、私には…あの曲を歌う資格がないのよ。…帰るわよ」

 

「あ…」

 

 

 歌う資格がないってどういうことなんだろう。リサ姉に聞いたら教えてくれるのかな。雄弥さんは教えてくれそうだけど、連絡先知らないし。

 

 

「リサ姉…」

 

「ごめんね、アタシが勝手に話していいことじゃないから…」

 

「…わかった。…それはそうと雄弥さんは最近忙しいのかな?また練習見てもらいたんだけど」

 

「雄弥?忙しいのはあるんだろうけど…、雄弥の連絡先教えてあげるよ。そうすれば予定合わせやすいだろうしね♪」

 

「え、いいの!?」

 

「もちろん♪」

 

「よかったねあこちゃん」

 

「うん!」

 

「……これでよしっと。まぁ雄弥は今ロケでこっちにいないから、予定合わせれてもライブの後だろうね」

 

「ライブには来てくれるのかな?」

 

「それは間に合うって話だったよ」

 

「やった!成長したとこ見せないとね!」

 

「雄弥さんの…弟子、だもんね」

 

「うん!一番弟子はリサ姉だから二番弟子だけどね」

 

「あはは、アタシが一番弟子か〜。これはアタシも気合い入れないとね。っと、それじゃあ、アタシは友希那追いかけてくるね」

 

「あ…引き止めてしまってすみません」

 

「ごめんねリサ姉」

 

「これぐらいいいって。それじゃあまた明日」

 

「はい」

 

「またねリサ姉」

 

 

 けっこう引き止めちゃったなー。ついついリサ姉に甘えちゃうんだよね。あこももっとしっかりしなきゃ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それで、結局友希那は父さんの曲を歌うのか?」

 

『それはまだわからないよ。アタシとしては歌ってほしいんだけどね』

 

「…歌う資格、か。その資格がないのはむしろ俺だろうな。友希那には父さんの曲を歌う資格がある」

 

『…雄弥』

 

「リサは友希那に何か伝えたんだろ?」

 

『うん。これだけ悩んでるのは音楽に真剣に向き合ってる証拠だって』

 

「そうか。それだけ言えば十分だろ」

 

『そう、なのかな…』

 

「心配性だな」

 

『アタシの性格だから仕方ないことなんですー』

 

 

 …そんな拗ねた態度取らなくていいだろ。友希那も俺も、リサには助けられてばっかりだな。未だ自立できていない、か。

 

 

「雄弥ー、ひまーー」

 

「こっちは電話中だ」

 

『…雄弥、今いるのは宿で自分の部屋って言ってなかった?』

 

「言ったぞ。今も部屋の中で電話してるからな」

 

『なんで結花の声が聞こえてくるのかな?』

 

「それは私が雄弥と同じ部屋で寝るからだよ☆」

 

「…携帯奪うなよ」

 

「これだけ言えたら満足だから返すね」

 

 

 携帯を奪ったと思ったらリサに一言言うだけで満足って、それならわざわざ携帯を奪わなくていいだろ。伝言程度なら俺から言っとくんだがな。

 

 

「勝手なやつだな…、もしもしリサ?」

 

『雄弥ってば女の子と同じ部屋で寝るんだ?』

 

「昨日は違ったんだがな。結花と同じ部屋だった女性スタッフに代わってくれって懇願されたから代わった」

 

『へぇ~、でも別に雄弥が代わる必要はなかったんじゃない?女性スタッフは他にもいるんでしょ?』

 

「みんな断ったらしくてな」

 

『それでもやっぱり雄弥の必要はなくない?』

 

「そこはくじ引きで決まったんだが…。リサ何をそんな怒ってるんだ?」

 

 

 明らかにさっきまでとは声のトーンが変わってる。このパターンは怒り+嫉妬だったような…。

 

 

『雄弥が女の子と同じ部屋で寝るから怒ってるの!!』

 

「……リサとも同じ部屋で寝ただろ」

 

『それとこれとは別!!』

 

 

 この後1時間近くリサに怒られ、最終的に1日デートと泊まりに行くことで落ち着いた。けれど、向こうに戻ったらまた怒るとのこと、今日は時間が遅くなってきたから説教が終わったのだとか。

 電話が終わって携帯を見ると友希那からメッセージが送られてきた。そこにはシンプルに、だが決意がこもった文字があった。

 

 

『お父さんの曲を歌う。ライブを絶対に見に来て』

 

(見に行かないわけがない。見どころが増えたわけだしな)

 

「そのライブって私も行っていいかな?友希那の歌を生で聞いたことないしさ」

 

「なんで覗き込んでんだよ…。ま、来ていいだろ」

 

「じゃあ迎えに来てね〜」

 

「自分でたどり着け」

 

 

 結花の家からそんなに離れてないだろ。道もややこしくないんだしな。

 友希那に見に行くことと、結花も行くことを伝えてから就寝した。ロケはまだまだ続くからな。

 

 

(歌に全て込めるんだろうが、器用というか不器用というか)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 Roseliaのライブ当日、ライブハウスに向かおうと思ったら父さんも見に行くらしく、二人でライブハウスに向かった。父さんが見に行くのは意外だったが、友希那にお願いされたらしい。…自分の歌を娘が歌うとなれば聴きに行きたくもなるか。

 結花とも待ち合わせをしているため、父さんと二人で待つことになった。結花もまさか親がいるとは思っていなかったようで、近づいてきて一旦固まってた。

 

 

「は、はは、初めて!藤森結花といいまひゅ」

 

「噛んでるぞ」

 

「うるさい!」

 

「はぁ、この子がAugenblickのボーカルで、俺たちの大事なメンバーだ」

 

「は、はずかしいからぁ」

 

「はは、雄弥が変わってきたとは聞いたが…実際にこういうとこを見ると感慨深いものだな。初めまして藤森さん、友希那と雄弥の父、湊昴です。雄弥の相手は大変でしょうけど、よろしくお願いします」

 

「は、はい」

 

「…いやいや付き合ってないから。彼女の紹介とかじゃないからな?」

 

「分かってるさ。だが、挨拶は大事だろ?」

 

「勘違いするやつが出そうな挨拶だったけどな。結花もそろそろ落ち着いたらどうだ?」

 

「ぷしゅ〜…」

 

 

 駄目だこいつ聞こえてないな。ってか『ぷしゅ〜…』って言うやついるんだな。…仕方ない、ここにずっといる必要もないし、手を引いて中に入るか。ライブが始まれば結花も何とかなるだろ。

 

 

 ライブが始まり、いくつかのバンドの演奏を聴く。父さんはそれぞれのバンドのその姿勢に目を向けているようだったが、結花は退屈そうにしていた。向上心の塊である結花からしたら目的のRoselia以外は聴く気がないのだろう。…俺?特に何も思わないな。

 

 

「結花、次がRoseliaだぞ」

 

「やっとだね☆」

 

「…復活早いな」

 

「友希那の生歌聴けるの初めてだもん!前々から聞きたかったんだよね〜」

 

「だってよ父さん」

 

「…父親として嬉しい限りだな」

 

 

 Roseliaが出てきたところで他の客たちは一気にテンションを上げた。Roseliaの注目ぶりがよくわかる。その人たちとは反対に俺たちは冷静になった。俺は成長具合を見るためと友希那の覚悟を見極めるため。結花は友希那の技術を見るため。父さんは友希那の音楽への思いを聴くため。

 1曲目と2曲目はRoseliaの既存の曲が行われた。ということは、3曲目が父さんの曲なのだろう。短い期間でストイックな友希那と紗夜が納得できるレベルまで引き上げたはず。

 その推測通り、Roseliaは完成度の高い演奏をした。父さんの曲をカバーしているわけだが、Roseliaの曲として多少アレンジを加えてあるようだ。

 

 

「…少しは前に進めたようだな」

 

「雄弥が仕組んだのか?」

 

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。これを狙ってたわけないだろ。俺たちにはこの歌を演奏する資格が無かったから、あのカセットテープを友希那の部屋の押し入れに入れただけだ」

 

「…あの時か」

 

「そう。父さんに歌ってみるかって言われた時だな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「雄弥はそれを断ったんだ」

 

「楽しむために作られた曲を売るために使うのは筋違いだからな」

 

「そっか〜、あの曲私はけっこう好きだな〜」

 

「ありがとう、藤森さん。もしよかったら違う曲を歌ってみるかい?」

 

「え?いいんですか!?」

 

 

 未だに売るための演奏から抜け出していないんだが、俺たちが演奏していいのか?父さんがこう言うってことは、良いってことなんだろうけどさ。

 

 

「今のAugenblickなら構わないさ。何より歌う藤森さんが音楽を楽しむからね。今度雄弥に曲を伝えておこう」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

「…これから練習しに行くんだろ?先に出といていいぞ」

 

「うん、ありがとう!それじゃあ失礼します!」

 

「…雄弥、お前たちAugenblickは何をしようとしている(・・・・・・・・・・)?いや、そもそも何を目的に集められた(・・・・・・・・・・)?」

 

「バンド活動…って言っても無駄か」

 

「当然だ。無論それもあるのだろうが、裏は別なのだろう?」

 

「…まぁな。といっても興味ないから俺も深くは知らないし、関わっていないが…。父さん、それ以上は踏み込まない方がいい」

 

「…わかった」

 

 

 まさか父さんが探るとはな。ま、忠告はしたからこれ以上は踏み込まないんだろうけど。さてと、Roseliaのとこに行くか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今日のライブは間違いなく最高のライブになった。父さんの曲も私たちの全てを出し切って演奏することができた。私の音楽への思いを込めることができた。そして、雄弥に対する私の答えも…。

 

 

「これは…」

 

「その文字って友希那のお父さんの?」

 

「そうみたいね」

 

『良い演奏だった』

 

「あはは、友希那はお父さん似だったわけだ」

 

「みたいだな」

 

「うわっ!雄弥驚かさないでよ!」

 

「リサのリアクションがオーバーなんだろ」

 

「そうね」

 

「ええーー」

 

 

 普通にノックして入ってきてたじゃない。紗夜がドアを開けていたし。…?父さんがこの書き置きをしに来たのなら何故雄弥は部屋にいなかったのかしら。

 

 

「ここのスタッフと話があってな。父さんがこっちに来る時に別れた」

 

「…あなた心が読めるのかしら」

 

「読めないからな」

 

「雄弥さん!今度あこの練習見てください!」

 

「宇田川さん、雄弥くんは多忙なんですよ!」

 

「でも…」

 

「紗夜、予定を調整すれば見れるから問題ないぞ」

 

「ですが、そうなると雄弥くんが休める日が…」

 

 

 紗夜が懸念するのは当然のことね。これからもっと忙しくなると聞いている以上あまり私たちの勝手に突き合わせるのは気が引けるわ。…練習に来てほしくないわけじゃないのだけれど。

 

 

「休む時にはちゃんと休んでる。1日仕事あってもずっと働いてるってわけじゃないからな。そこまで上に登りつめてないわけだし」

 

「…雄弥くんがそう言うのであれば」

 

「やったー!」

 

「よかったね、あこちゃん」

 

「うん!」

 

 

 あこが雄弥に練習を見てもらう約束を取り受けたところで私たちは控室を出た。長居するわけにはいかないもの。リサの提案でこのあとはファミレスに行くことになった。定番化しつつあるわね。

 いつもはリサと雄弥と3人で並んで歩くのだけれど、今日はリサが紗夜と先頭を歩いてその後ろにあこと燐子。少し離れて私と雄弥が歩く形になった。みんなに気を遣われたみたいね。

 

 

「父さんが言ったとおり、友希那たちの演奏はよかった。あのライブなら一番だな。結花もそう言ってたし」

 

「当然よ。私たちは頂点を目指してるのだから」

 

「…もしかしたら勝負するかもな」

 

「…?AugenblickとRoseliaなら畑違いじゃないかしら?」

 

「そうなんだがな。疾斗と大輝がそういうのを検討してる」

 

「そう。もしそうなっても私たちが勝つわ」

 

「ははっ、強気だな」

 

「当然よ」

 

「…それで答えは出たか?」

 

「っ!」

 

 

 まさか雄弥から踏み込んでくるなんて思ってなかった。雄弥が言っているのは、きっと私の気持ちの答え、そして音楽に対する答えね。

 

 

「どっちも出たわ。私はもう迷わない。Roseliaのみんなと進んでいくわ」

 

「そうか」

 

「それと、もう一つの方も答えは出たわ」

 

「そうか。それならよかった」

 

 

 歌に込めたのだから伝えたも同然なのだけれど、雄弥には伝わらないようね。お父さんは気づいてそうだけど。

 

 

(私には私なりの雄弥の支え方がある)

 




友希那は、本当にどうしようか悩んだんです。悩んで悩んで、抉らせない程度の健全なブラコンに落ち着きました。認めた相手じゃないとうちの弟は任せれない、みたいな。…あれ?これって最強ポジじゃね?他の子からしたらある意味最大の壁じゃね?
あ、それとAugenblickの裏設定にはこの主人公、本当にノータッチです。関わってるのは疾斗と愁とマネージャーです。
☆9評価 森の人さん ありがとうございます!


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3話

最近誤字が増えてるようです。ほんとごめんなさいm(_ _;)m
脱字報告してくれる方、わざわざ申し訳ないです。ありがとうございます!


『それでね!今度こころちゃんと一緒に活動することになったんだ〜♪』

 

「まず俺は日菜が天文部に入ってたことに驚いたんだが…。天体観測が好きってのは知ってたけど」

 

『言ってなかったっけ?まぁそんなことはどうでもよくて。ユウくんも予定空けて来てよ。天体観測一緒にするって約束してくれたでしょ?』

 

「したな。日にちを教えてくれ」

 

『明後日だよ!』

 

「…急だな」

 

『……だめ?』

 

「いやなんとかする。その日の詳細が決まったらまた教えてくれるか?」

 

『もっちろん!ありがとうユウくん!大好き♪』

 

「どういたしまして。それじゃあまたな」 

 

『うん♪』

 

 

 あ、雄弥の電話が終わったみたい。それならアタシ達も練習再開だね。そんなに休憩は取れてないから、後で改めて休憩を取るかな〜。

 

 

「悪い、練習を遮った」

 

「いいっていいって、仕事の電話でしょ?」

 

「いや日菜からだった」

 

「……日菜?」

 

「たしか紗夜さんの妹さんでしたよね?」

 

「そうだな。それより練習するぞ」

 

 

 なんの電話かは、聞かなくてもいいや。日菜が電話してくるってことは、雄弥と出かけるために予定を空けてもらったってことだろうしね。

 今日、アタシとあこは雄弥に練習に付き合ってもらってる。雄弥が言うには燐子と友希那には教えれることがないとか。雄弥はキーボードが一番苦手みたいで、燐子が雄弥よりレベルが高いみたい。友希那も同じ理由。ただ、たまに意見交流はするらしいけどね。紗夜は一人でも練習できるから、って言ってたな〜。…こっそり会ってそうだけど。

 

 

「この前やった”LOUDER”の完成度を上げるってことでよかったよな?」

 

「はい!あの曲はすっっごくカッコイイので、あこ完璧に演奏できるようになりたいんです!」

 

「それぞれの見せ場もあるからやりがいがあるんだよね〜。もちろん他の曲もやりがいあるんだけどさ」

 

「わかった。時間も限られてるから一人ひとり見る時間は少なくなるぞ」

 

「大丈夫です!」

 

「…それならあこを重点的に見てあげて。アタシは家が隣だからちょっとした時間に聞いてもらったりできるしさ」

 

「リサ姉…」

 

「リサがそれでいいならそうする。それじゃあ頭からいくか」

 

 

 雄弥はアタシが言ったとおり、あこを重点的に練習を見た。そのおかげか、あこ自身や一緒に演奏するアタシでも気づきにくいような箇所に気づいてた。より体力を消費しにくいようなアドバイスをしつつ、あこが言うカッコイイ演奏に近づくように考えてた。…だいぶ苦戦してるけどね。

 そうやってたけど、アタシの演奏もちゃんと見ててくれた。小さなミスやアタシのクセまで見抜いてアドバイスしてくれた。ベースとギターが得意な分気づきやすいんだとか。

 

 

「…そろそろ休憩を挟むか」

 

「…あ、結構時間経ってるんだね。休憩して最後にまた見てもらうって感じかな」

 

「そうなるな」

 

「はいはーい!外のカフェに行きたいです」

 

「いいね〜、行こっか♪」

 

「雄弥さんも行きましょうよ!」

 

「ああ」

 

 

 あこは元気だな〜、あそこまで元気でいると見てるこっちまで元気を貰えるよ。あこがはしゃいでアタシ達が後ろを歩くから、スタジオの人に「まるで親子ですね。もちろん二人が夫婦で」なんて言われたけど。…恥ずかしかった。

 

 

「雄弥さんありがとうございます!」

 

「これぐらい気にするな。大した出費でもないからな」

 

「…いつの間に買ってきたの?」

 

「リサが顔を真っ赤にして俯いてる間」

 

「そ、そうなんだ」

 

(アタシ、そんなに俯いてたかな…)

 

 

 丸テーブルに三人で座って、雄弥が買ってきてくれた飲み物とデザートを食べる。…うん、おいしい。

 

 

「そういやあこ、前にAugenblickのサインあげたが、結花のはどうする?」

 

「あ、そっか。結花が入る前にサイン貰ってたから全員分ってわけじゃないのか」

 

「うーん、どうしよう〜。何回もお願いするのは悪い気がするんですよね…」

 

「あ~、ファンの子たちが知ったら炎上しそうだもんね〜」

 

「サインなんていくらでも書くけどな。事務所に手紙が届いたらその人に返事代わりにサイン送るしな」

 

「ええ!?」

 

「疾斗がノリで始めてそれが定着した」

 

 

 それは知らなかったな〜。…いや知られてないのか。たしかHPにもそんなこと書いてないはずだし。SNSにもそんな話題ないから、情報統制できてるってことなのかな。なんでそこまで出来るのかはわからないけど。

 

 

「だからまぁそこまで気にしなくていいぞ。結花なんて『サイン練習したのに書く機会がない!』ってボヤいてたしな」

 

「あ、あはは〜。それなら貰ってもいいんじゃない?」

 

「貰います!」

 

「結花に伝えとく」

 

「やったーー!…ところで雄弥さんから見てリサ姉ってどんな人ですか?」

 

「あ、あこ!?」

 

 

 なんてこと聞くのかなこの子は!そ、そりゃあ、アタシだって雄弥にどういう評価されてるのかは気になるけど…。本人の口から言われるのって、恥ずかしいし怖いじゃん!しかもあこにもそれを聞かれるんでしょ!

 

 

「俺から見たリサ?」

 

「はい!」

 

「い、言わなくていいから!」

 

「リサ姉は聞きたくないの?」

 

「そういう問題じゃなくて」

 

「リサちゃんちょっといい?……お邪魔だったわね」

 

「そ、そんなことないですよまりなさん!全然大丈夫です!」

 

「あ、逃げた」

 

 

 アタシはこの場から離れるために、まりなさんとスタジオの中に入った。…今度の練習の時はあこだけクッキーなしだね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 う〜ん、なんかリサ姉がイキイキするようになったから、てっきり二人は付き合い始めたんだと思ったんだけどな〜。だから雄弥さんにリサ姉のこと聞いたんだけど、リサ姉の反応的にまだ付き合ってないんだね。まぁ紗夜さんと日菜さんもいるしね。…友希那さんはよくわかんないけど。

 

 

「それで俺がリサをどう思ってるか、だったか?」

 

「あ、はい」

 

「どう思っているか、か。難しいな」

 

 

 そっか、雄弥さんはこういう感情的な話が苦手、というかわからないんだっけ。それじゃあ聞くのは間違ってたかな。

 

 

「…悪い、リサが俺にとってどういう存在かが俺にもわからない」

 

「いえ、あこの方こそごめんなさい。難しいですよね」

 

「ただ言えることがあるとすれば、リサにはいなくならないでほしい」

 

「…ぇ、それって」

 

「まぁ、これは友希那にも言えることでもあるんだがな。だからリサだけに思うことって言われたら答えられないな」

 

「…あぁなるほど。…いえ、十分ですよ。ありがとうございます!」

 

 

 十分すぎる収穫だよ!けどリサ姉、これは大変なことだよ。雄弥さんの中でリサ姉は、恋人とか通り越して家族認定だからね。ここから異性として認識させるのってすっごい難しいんじゃ…。

 うーん、この話はりんりんなら話しても大丈夫かな。よし、りんりんにだけは伝えよう。それで絶対に秘密にして隠しとかなきゃ。

 

 

「こんなんでよかったのか…」

 

「はい!あ、話は変わるんですけど、雄弥さんってNFOって知ってますか?あことりんりんが一緒にやってるオンラインゲームなんですけど」

 

「いや知らないな。そもそも俺はゲーム自体したことないからな」

 

「えぇ!?……あ、でも友希那さんもしたことないならそうなるのかな」

 

「そんなとこだな」

 

「今度一緒にやりません?NFOはパソコンがあればできますし、オートセーブなんでけっこう気軽にできますよ」

 

「…時間がある時にな」

 

「ほんとですか!?やる時は教えてくださいね!あことりんりんがサポートしますから。ふっ、これで我が闇の軍勢に新たな……えっとぉー。……戻りましょう」

 

「そうだな。リサの用事が何かわからないがそろそろ終わってるだろうしな」

 

 

 そういえばまりなさん、リサ姉に何の用事があったんだろ。……うーん、わかんないからあとで聞こうっと。

 この後の練習は、今日の総仕上げということでミッチリ指導された。雄弥さんもなかなか時間が取れないから今日のうちに出来る限りのことをしようとしてくれたみたい。…リサ姉の用事は、はぐらかされただけで教えてくれなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それじゃあ、あこお疲れ〜」

 

「リサ姉もお疲れ〜。雄弥さん今日はありがとうございました!」

 

「どういたしまして」

 

「それじゃあ失礼しまーす」

 

 

 きっちり頭を下げてからあこは自分の家へと帰っていった。今日は夕方で解散だから家まで送ってもらわなくていいって、あこに言われたからすぐに別れた。

 

 

「あこって案外礼儀良い子だよね〜」

 

「家庭がしっかりしてるんだろ」

 

「お姉ちゃんの巴もしっかり者だからね。たしか商店街の人たちにも頼られてるらしいし」

 

「それならあこが礼儀良いのも当然だな。そんな姉を慕ってるんだから」

 

「あはは、そうだよね」

 

 

 あこと別れてからアタシは雄弥の横、肩が触れるぐらいの距離を歩いていた。手は、どうしようかな。繋ごうかな。

 

 

「…ねぇ雄弥」

 

「どうした?」

 

「手、繋いでいい?」

 

「いいぞ」

 

「ありがと」

 

 

 そっと雄弥の手を握ると雄弥も優しく、だけどしっかりと手を握り返してくれた。今までは一緒にいられるだけでよかったのに、最近はこうやって雄弥と触れていたいと思うようになった。

 

 

(まりなさんに言われたみたいに、アタシも変わったってことかな。…あこが雄弥にあんなことを聞いたのもそれが関係してるってことかな)

 

「雄弥はまたしばらく忙しいの?」

 

「そうなるな。詳細は聞いてないがまたライブがあるらしいしな」

 

「ライブ!?そこは詳細聞いといてよ。また見に行きたいしさ!」

 

「その日が近づいたらまたチケット融通してもらえるからな。それでいいと思ったんだが…」

 

「いやいや、みんなの予定も空けれるようにしたいしさ。またRoseliaで見に行きたいの!」

 

「なら聞いとく」

 

 

 もう、こういう所は抜けてるんだから。まぁ抜けてるところがあるからこそ雄弥のことを昔から気にかけてたんだけどね。友希那も抜けてるところあるけど。

 

 

 

「よろしくね♪…それにしても、そっかぁ〜。じゃあしばらくは雄弥と遊べないのかな?」

 

「予定を詰め込めば遊べるが?」

 

「それはアタシが気にするからダメ」

 

「ならしばらくは無理かもな。オフの日の予定も埋まってるしな」

 

「……オフの日も?」

 

「ああ」

 

 

 オフの日も予定が埋まってる?……日菜と紗夜かな?友希那もなのかな?あ、結花の可能性もあるか。

 

 

「雄弥のバカ」

 

「なんでだよ」

 

「どうせ女の子と遊ぶんでしょ」

 

「概ねその通りだが、Augenblickのメンバーで出掛けるのもあるからな。強制連行だが」

 

「ふーんだ」

 

「…どうしたらいいんだよ」

 

「自分で考えてくださーい」

 

 

 女心が全くわかってないんだから。…察しがいい時もあるんだけど、こういう時はダメだよね。

 

 

「リサ、家ついたぞ」

 

「へ?……もう着いたんだ」

 

「……帰らないのか?」

 

「明日からしばらく会えないんでしょ?」

 

「会えなくはないだろ。家が隣なんだから」

 

「そういうことじゃなくて!」

 

「それならしばらく雄弥くんに家に泊まり込んでもらいましょ♪」

 

「きゃっ!…か、母さん!?」

 

 

 いつの間にアタシ達の後ろに!?もう、ほんとにビックリさせないでよね。雄弥は全く動じてないけど、心拍数が変わってないもん。……心拍数?

 

 

「あらあら、家の前で男の子に抱き着くなんて…。リサも大胆になったわね〜」

 

「〜〜っ!こ、これは母さんが驚かすからビックリしただけだから!!」

 

「分かってるから落ち着けリサ」

 

「雄弥くんは動じないわね〜。リサがいきなり抱きついたのにそっと肩に手を回すだなんて、私の方がビックリよ。しかも今は頭撫でてるし」

 

「リサを落ち着かせようと思ってやったんですけど…。これって逆効果なんですか?」

 

「それはリサに聞いてちょうだい」

 

「リサ」

 

「うぅー…もう落ち着いたからいいよ。ありがと」

 

「わかった」

 

「あら、私のことは気にせずイチャついていいのよ?」

 

「イチャついてないし、イチャつかないから!」

 

 

 なんで親の前でイチャつかないといけないの!しかもここ外だし!…いやそういう問題じゃなくて!……ところで雄弥は誰と電話してるの?

 

 

『雄弥、しばらくリサの家に泊まっていいわよ。お父さんたちには私から言っておくから』

 

「……姉として、幼馴染としてどうかと思うが」

 

『私は雄弥とリサを信頼して言ってるのよ?過ち(・・)なんて犯さないでしょうね?』

 

「当然だろ」

 

『なら問題ないじゃない』

 

「…はぁ、そうするよ」

 

『ええ。それじゃあ』

 

 

 友希那だね。友希那がOK出したってことは、むしろそうしろってことだよね。しばらく雄弥が家にいるのか〜。嬉しいけどなんか緊張する。……雄弥の部屋ってどうするんだろ。

 

 

「リサと同じ部屋に決まってるじゃない!」

 

「いやおかしいでしょ!というか考えを読まないでよ!」

 

「ささっ、雄弥くんも中に入りましょうか。ご飯すぐに作るから」

 

「わかりました。手伝いますね」

 

 

 雄弥もなんでそんなにスッと受け入れてるの!?

 




☆10評価 KARUKARUさん ありがとうございます!
それとお気に入り件数が400件超えました。
皆さんありがとうございます<(_ _*)>


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4話

週末にバイトを詰め込むから、週末にストックが減っていくという現象が起きています。


 リサの家に居候することになって2日目、今回は空き部屋を掃除して使えるようにし、そこに布団と机を運び入れ、最低限の生活用品を揃えた。リサの両親は『キングサイズのベッドを用意するから』と言ってリサと同じ部屋にさせようとしていたが、リサが怒ってその話は消えていた。俺もそんな出費をしてほしくないから反対した。

 そんなこんなで人様の家に自分の部屋ができた俺は、極力家事を手伝うようにしている。俺が最も手伝えるのは朝食作りだ。必ず家に帰ってくるから朝の家事は確実に手伝えるからな。

 

 

「今日も助かるわ〜」

 

「居候の身ですからこれぐらい手伝いますよ」

 

「ふふっ、早く息子になってほしいわね。まぁそれは今はいいとして、今日の予定は?」

 

「朝から出勤ですね。仕事が終わったらそのまま天体観測しに行くので今日は帰ってこないです」

 

「天体観測かぁ。いいわねー、私も今度行ってくるわ」

 

「…それ今決めましたよね」

 

「もちろん!」

 

 

 この行動力の高さはいったいどこから出てくるのだろうか。おそらく一生の謎だろう。それはそれとして、今日の天体観測はこころという子の別荘に泊まって行うらしい。別荘を持てるほどの財力を持っている一家とはいったい…。

 

 

「さてと、手伝ってもらったら早く終わるものね。雄弥くんリサを起こしてきてちょうだい」

 

「…?リサなら自分で起きれるのでは?」

 

「そうなんだけどね。雄弥くんに起こしてもらうって普段からないことだし、新鮮でいいじゃない?」

 

「そういうものですか…」

 

「そういうものです!ささっ、行ってきてちょうだい!」

 

 

 背中を押されながら台所から追い出された俺は、大人しくリサの部屋に向かった。…起こしに行くならノックをしたところで反応がない気がする。だが、友希那にはノックをして入るように教えこまれているわけで…。

 

 

(…一応ノックをして、反応はないだろうから入ればいいか)

 

 

 そんなわけでノックをして入ったわけだが、リサはもう起きていた。昨日はまだ寝ていた時間だった気がするが、実は起きていて部屋にいただけなのかもしれない。

 まぁそれは今は置いておいた方がいいのだろう。とりあえず現状は間違いなく俺に非がある状態だ。1、返事を待たずに入った…これは寝ていると高を括ったのが間違いだった。2、リサが着替えてる時に入った(・・・・・・・・・・・・・)…これは間が悪かったと言えるのではないだろうか。いや1、で間違えた時点でこれも俺に非がある。そういえば、どうでもいいから細かいことは忘れたが、女性は寝る時にブラをしないそうだ。なんか体に悪いのだとか。今は関係ないか、俺もパニックになってるようだ。

 さて、俺が今すべき行動は…。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 謝ってドアを閉めるしかない。リサの悲鳴が響いたのは言うまでもない。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 昨日朝食に食べた雄弥の料理が美味しかった。アタシはそれを今日も楽しみにしつつ着替えることにした。その最中にドアがノックされた。たまに母さんが気まぐれで部屋に起こしに来ることがあるから、アタシはてっきり母さんかと思った。だから気にせず服を脱いだんだけど…、入ってきたのは母さんじゃなくて雄弥だった。

 アタシは固まった。羞恥心とか消えたんじゃないかってぐらい反応できなくて、パニックになった。それは雄弥も同じみたいで、いつも動じない雄弥が硬直した。けど先に動けるようになったのは雄弥で、一言謝ってドアを閉めた。アタシはそれを見てやっと雄弥に見られたことを認識できて、今さら羞恥心が込み上げて来て家中に響くぐらい悲鳴をあげた。

 

 

(みられたみられたみられたみられたみられたみられた!!ゆ、ゆゆ、ゆうやにみられた!!)

 

 

 自覚できるぐらい顔が真っ赤になって混乱してるアタシは、どうしたらいいのか何もわからずその場に佇んでいた。そんなアタシを助けてくれたのは、電話をかけてきた友希那だった。

 

 

「も、もしもし友希那?」

 

『リサ大丈夫?私の部屋まで悲鳴が聞こえたんだけど』

 

「え!?そんなに!?」

 

『ええ。それで朝からどうしたの?』

 

「実はね──」

 

 

 カーテンを少し開けて友希那の部屋を除くと友希那も同じようにこっちを見てた。アタシはさっきあったことを友希那に包み隠さず全て話した。友希那が親友だから話せるっていうのもあるし、雄弥の姉だからっていうのもある。

 

 

『はぁ…。今度雄弥に説教しておくわ』

 

「う、うん」

 

『でもよかったじゃない。見られたのが雄弥で』

 

「うん……んん?」

 

『あの子なら人の裸見たところで特に何も思わないでしょ。下世話な話なんて一切しないし』

 

「…それもそうだね。……うん」

 

『……リサ。まさか見られたことより、見られて雄弥が無反応なことの方に落ち込んでないかしら。親友が体で弟を誘惑するなんて私嫌よ?』

 

「へ?……いやいやいやいや、そんなわけないじゃん!」

 

『それならいいのだけれど。…そろそろ服ぐらい着たらどうかしら?』

 

「…………あ」

 

『はぁ〜、上の服を脱いだだけとはいえ体が冷えるわよ』

 

 

 アタシさっきからずっとこの状態で電話してたの!?友希那も先に言ってくれたらいいのに!…スピーカーにしたらよかったんだけど、そこまで頭が回らなかった。とりあえずスピーカーにして、服着なきゃ。

 着替えを再開してると友希那から聞き捨てならない言葉が飛んできた。

 

 

『まだ半裸だけだからよかったじゃない』

 

「よくないから!!友希那は見られてないからそんなこと………友希那も見られたことあるの?」

 

『あるわよ。脱衣所で。目が半開きだったから、疲れきってて意識が覚醒してなかったんでしょうね。本人も記憶になかったみたいだし』

 

「…………ごめん」

 

『…この話はやめましょ。お互い傷つくだけだわ』

 

「そうだね」

 

 

 脱衣所でって、それアタシより酷いパターンだよね。…けど雄弥ってそんなことしないようにしてるはずなんだけど。あ〜でも雄弥って意識がハッキリしてない時は、ただの天然になるんだっけ。…考えないようにしなきゃ友希那に悪いね。

 

 

『リサ今日の練習までには切り替えておいて』

 

「それはもちろん…できる、はず」

 

『…雄弥は今日朝から仕事、その後は天体観測に行くらしいから朝別れたら明日まで会わないわよ』

 

「え!?それ初耳なんだけど!」

 

『昨日電話で聞いたわ。リサには今日の朝言うつもりだったんでしょうね』

 

「そ、そうなんだ」

 

『これなら気持ちも切り替えれるでしょ?…そろそろ朝食だから切るわね』

 

「あ、うん。ありがとう友希那」

 

『どういたしまして』

 

 

 朝食……アタシも今から朝ご飯食べなきゃ。雄弥が今日も母さんと作ってくれてるはずだし。……あ、雄弥!

 

 

「ご、ごめん!部屋に来たのって朝ご飯ができたからだよね?」

 

「それもあるが、おばさんに頼まれたからってのもある」

 

「…母さんの差し金か

 

「リサ?」

 

「ううん!なんでもない!リビング行こ!」

 

「…そんな引っ張らなくても行くから。それと、さっきはごめん。着替えてるとは思ってなかった」

 

「う、うん……。あれはお互い忘れよ!というか忘れて!」

 

「善処する」

 

「…まぁいいや。それで朝ご飯は何作ってくれたの?」

 

「なんか今日は朝から豪勢だったぞ?たしか『今日は朝から面白いことになりそうだからその記念』だったか。面白いことってなんのことだろうな?」

 

「さ、さぁ〜。アタシもわからないかな〜」

 

(母さん狙ってたんじゃん!!)

 

 

 リビングに行くと父さんと母さんがそれはもう楽しそうに満面の笑みでいたよ。しばらく口聞かないって言ったら二人とも慌てて謝ってたけど。父さんなんて泣きかけてたし。

 朝ご飯を食べ終わったら雄弥と二人でソファに座りながら、雄弥の出勤時間までテレビを眺めてた。雄弥がサッパリした人のおかげか、お互い気まずくなるなんてことはなかった。…アタシは少し距離開けてたけど。

 

 

「それじゃあ行ってくる。さっき話したとおり今日は帰らないから」

 

「うん。何時ぐらいに帰ってこれるかわかったら連絡してね?」

 

「わかった」

 

「あらあら、新婚さんみたいなやり取りね〜」

 

「か・あ・さ・ん?」

 

「洗濯物干さないといけないんだった」

 

「…まったく」

 

「はは、いつも楽しそうだな」

 

「うん。それは嬉しいんだけど、偶には落ち着いてほしいかな」

 

「そうなのか。…じゃ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい♪」

 

 

 電話で言ったりしたことはあるけど、こうやって家から送り出す時に言うのは新鮮な気持ち。将来は毎日言えるのかな……、なんてね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 仕事をこなして時間を確認する。日菜に言われた時間にはなんとか間に合いそうだ。挨拶を軽く交わしながら帰り支度をして集合場所に向かう。

 予想通り時間には間に合った。そこには既に日菜ともう一人金髪の子がいた。この子が今回別荘を用意してくれた”こころちゃん”なのだろう。

 

 

「あ!ユウくんやっと来たー!」

 

「時間には間に合っただろ。…抱きついてくるのをやめさせるのは諦めたが、今日は力が強くないか?」

 

「待ち遠しかったの!ただでさえユウくんとはそんな遊べてないし!事務所では会うけど最近はすれ違って軽く話して終わりだもん」

 

「そうだったな。…今日は好きにしていいぞ」

 

「もっちろんそのつもりだよ!!」

 

「…で、なんで疾斗もいるんだよ」

 

「……巻き込まれた」

 

「なるほど」

 

 

 いつしか見た遠い目をする疾斗。疾斗をこの状態にさせられる人物がいるということは聞いていたが、この金髪の子がその子ということか。

 

 

「あなたが湊雄弥ね!私は弦巻こころよ!よろしく!!」

 

「ああ、よろしくな弦巻」

 

「こころでいいわ!私も雄弥って呼ぶから!」

 

「わかった」

 

 

 これでもかと言わんばかりに目を輝かせて、周りの人間を不思議と引っ張っていける存在。なるほど、どうりで疾斗を振り回せるわけだ。ただ、こころのこの感じは疾斗にとって嫌なものじゃないはず。むしろ疾斗に近いものだ。ということは遠い目をしてるのは、ただのノリなんだろうな。

 

 

(面白い天体観測になりそうだな)

 

「それじゃあ移動しましょう!車を用意してあるからみんな乗ってちょうだい!」

 

「…疾斗」

 

「言いたいことはわかるが、これが現実だ。こころの家はエゲツないぐらいの金持ちだ。色んなとこに口出しできるぐらいに」

 

「…なるほど」

 

 

 こんな高級車に乗る日が来るとはな。人生わからないものだ。日菜も目を輝かせながら車に飛び乗ってた。…いや飛び乗るなよ、マナーが悪いだろ。

 

 

「ほらほらユウくんもここに座って!」

 

「それじゃあお邪魔します」

 

「…躊躇わないのな」

 

「?高級車とはいえ車は車だろ?」

 

「いやお前さっき…」

 

「それはこころの金持ち具合が予想を超えてたからだが?」

 

「そういうことかよ」

 

「あはは!あたしもユウくんと一緒!車は車だよね〜」

 

「そうよ!遠慮する子もいるけど、私はそれがわからないわ!」

 

 

 一般人は遠慮するものらしい。たしかに豪華なものや輝かしいものは触れずにそっとしておきたいという考えが人にはあるらしいからな。

 

 

「ぎゅ〜♪」

 

「上機嫌だな」

 

「当然だよ〜。ユウくんと一緒なんだもん♪それにこうやって腕に抱きついて頭を肩に乗せるのって普段できないしね!」

 

「あれ面白そうね!疾斗私もやっていいかしら?」

 

「さすがにそれは俺があとで怒られ…」

 

「ぎゅ〜、これいいわね!」

 

「話を聞け!」

 

 

 俺と疾斗は二人が飽きるまでこの状態で居続けるのだった。といっても俺は慣れてるから平然としていたが、疾斗は慣れていないのと相手がご令嬢ということで少し疲れていた。案外こういう時の疾斗は小心者らしい。…もはや二重人格だな。ちなみに、日菜とこころがそれぞれ離れたのは目的地に着いてからだった。




☆8評価 キビンさん ありがとうございます!


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5話

まさか震度5を体験するとは。震源地からは若干離れてるので6弱ではないんですよ。大体40kmぐらい離れてますね。


 今日はユウくんと天体観測!二人きりってわけじゃないけど、こころちゃんといるのも楽しいから問題なし!こころちゃんも疾斗くんで遊んでるし、あたしもユウくんと遊んでてもいいよね?

 

 

「そんなわけでユウくんちょっと散歩行こうよ!こんな山の奥なんて来たことないし、るんっ♪てするやつがきっとあるよ!」

 

「どんなわけだ。……あー、そういうことか。ご飯は食べ終わってるし、まぁいいか」

 

「あははっ!これで伝わるのってユウくんだけだから嬉しいな〜♪もう以心伝心ってやつだね!」

 

「全部は分からないからな」

 

 

 たしかにユウくん相手でも伝わらないことはある。けど、ほとんどのことはユウくんに伝わる。しかもユウくんは優しいからあたしに合わせてくれる。もう遠慮しなくてよくなったからあたしも今まで以上に甘えられる。

 

 

「えい!」

 

「…今日はやけに引っ付いてくるな」

 

「ふふ〜ん♪これからはスキンシップが増えるよ〜♪…ユウくんは嫌?」

 

「別に。迷惑になんて思わないから日菜の好きにしたらいい」

 

「うん!」

 

 

 引っ付きすぎたら歩きにくいから、腕に抱きつくぐらいでいいや。それにしても大自然が広がってるな〜。こういうとこなら星もいっぱい見られるよね!

 

 

「いい天体観測ができそうだな」

 

「…へ?」

 

「こういう所なら街の光も無いから綺麗に星が見られるんじゃなかったか?」

 

「うん、見れるよ!今日は流星群も見れるんだよ!いや〜まさかユウくんがあたしと同じこと考えてたなんて、二人で同じことを同じタイミングで考えるなんて、もうるらるん♪だよ!」

 

「こんな偶然もあるんだな」

 

「えへへ」

 

 

 まさかこんな偶然があるなんて…。面白いし、嬉しいな〜。

 あたしが歩くのをやめるとユウくんがあたしの方に振り返る。そのタイミングを狙ってユウくんの胸に飛び込む。勢いよく飛び込んでもユウくんが衝撃を減らして受け止めてくれる。

 上を見上げるとユウくんがあたしを、あたしだけを見つめてくれる。そうしながらユウくんも腕をあたしの背中にまわして抱きしめてくれる。…変わった証、なんだろうけど、悪い言い方したら女慣れってやつかな?

 

 

「日菜ってだいぶ甘えん坊だな」

 

「えへへ。ほんとに、ほんとーーーに!ユウくんとこうやっていられるのが嬉しいんだもん!夜には天体観測だしね♪」

 

「そんなに喜ばれるとはな…。ま、それなら来た甲斐があるな」

 

「そう思うのはまだ早いよ〜。メインイベントがまだなんだから!」

 

「そうだな」

 

「…ユウくん、あたしも頭撫でてほしいなぁ。どうせリサちーにはよくしてるでしょ?」

 

「案外嫉妬深いんだな」

 

「女の子はみんなそういうものなの!」

 

「そうなのか」

 

 

 むー、絶対分かってないよね。ユウくんだから仕方ないことだけど。まぁでも撫でてくれるから良しとしますか♪…あ〜、もう夜までずっとこうしていたい。ユウくんに触れて、ユウくんに触れられていたい。

 そんな願いは叶わないんだけどね。ユウくんとの天体観測ってだけじゃなくて、こころちゃんとの天体観測でもあるし、人が住める星を探すしね!

 

 

「日菜ー!あっちの方まで行きましょ!」

 

「こころは空気を読めるようになれ」

 

「空気?漢字ぐらい読めるわよ?」

 

「…そうだな。悪い、雄弥、日菜。こころは話聞かなくてな」

 

「気にするな。少なくとも俺は招待されてる身だしな」

 

「……こころちゃんなら仕方ないよ」

 

「いやマジでごめん。雄弥、ずっと日菜といてやってくれ。あと手も繋いどけ」

 

「わかった」

 

「三人とも早く行きましょー!」

 

「今から行く!…って先に行きすぎだバカ!!」

 

 

 さきさき進むこころちゃんを疾斗くんが走って追いかける。…めちゃくちゃ速いね。陸上選手になったら世界選手権でトップ争いできるんじゃない?

 あたしがボーッと眺めてると、あたしの手がユウくんに握られる。いつもあたしからだから、ユウくんから握ってもらえるのは新鮮でるんっ♪てなった。

 

 

「握り直し〜」

 

「それは任せるが」

 

「恋人繋ぎっと!」

 

「…恋人じゃないだろ」

 

「細かいことはいいの!」

 

「…で、結局腕にも抱きついてくると」

 

「えへへ。いいんでしょ?」

 

「まぁな」

 

 

 これだけのことなのにすっごいるんっ♪ってする。最近はパスパレでも、ほとんど彩ちゃんのおかげでるんっ♪てすることが増えたけど、ユウくんの時はやっぱり違う。特別って感じがする。

 

 

「…ところで、こころちゃんたちどこまで行ったんだろうね」

 

「さぁな。疾斗に電話するか」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 疾斗の指示通り進んでいくと、無事に合流することができた。合流したのだが、人数が増えた。この子たちもこころの知り合いらしい。中には日菜の後輩もいるとか。…で、あの猫耳の子はなんでギターを持ってるんだろうな。

 

 

「日菜先輩お久しぶりです」

 

「つぐちゃん久しぶり〜。蘭ちゃんも香澄ちゃんも久しぶり!」

 

「日菜先輩も来てたんですね!…ところでその方は?」

 

「紹介するね!湊雄弥くんで通称ユウくん!友希那ちゃんの弟であたしの彼氏!」

 

「「えぇ!!」」

 

「ひ、日菜さん彼氏いたんですね」

 

「嘘つくな。しかもその通称は日菜しか使ってないだろ」

 

「ええ!!」

 

 

 猫耳の子リアクションが面白いな。他二人も驚いてるけどこの子ほどのリアクションじゃない。

 

 

 

「う、嘘なんですか?」

 

「ああ。付き合ってない」

 

「ぶーぶー、ちょっとぐらい合わせてくれもいいのにさ〜」

 

「俺は嘘をつかないからな」

 

「ま、いいや。それで香澄ちゃんたちは何してるの?」

 

 

 猫耳の子が戸山香澄。こころと同じ高校に通ってて、Poppin'Partyというバンドでギターボーカルしてるらしい。キラキラドキドキを追いかけてるとか、残念ながら理解できなかった。日菜のるんっ♪は分かるんだがな。

 黒髪に赤いメッシュの子が美竹蘭。日菜の後輩で、After growのギターボーカル。強気な性格だが、所謂ツンデレらしい。

 それで最後の茶髪の子が羽沢つぐみ。この子もAfter growに所属しててキーボード担当らしい。純粋で真面目な性格なんだとか。紗夜に良い影響を与えそうだな。

 それでこの三人は、天体観測ツアーに付いてきて香澄に付き合って夜の散歩をしてたんだとか。まぁ宿泊場所が分かってるらなんとかなるか。

 

 

「せっかくだし香澄ちゃんたちもこの山の上にあるこころちゃんの別荘で星をみようよ!」

 

「いいですねー!こころん!私行きたい!」

 

「いいわよ!私もみんなで見たいもの!」

 

「この二人が一緒にいたら誰がセーブするんだ?」

 

「…誰でも無理ですね」

 

「あ、あはは。私も蘭ちゃんと同意見、かな」

 

 

 なるほど放置か。あの二人は例え一人でも行動力が凄まじそうだな。普段から一緒にいる子には、ご愁傷さまと言うしかない。…今日は疾斗がその役なわけだが。

 

 

「あの二人に付いていきつつ程々に干渉する、でいいか」

 

「あたしはユウくんと一緒にいれたらなんでもいいよ!」

 

「…まぁ雄弥さんの案にのります」

 

蘭ちゃん。日菜さんってもしかしなくても…

 

そうだろうね。アタシたちはあの二人が邪魔しないようにするしかないね

 

「蘭ちゃん、つぐちゃんどうかした?」

 

「いえ、時間が来るまで長いねって話してただけです」

 

「あ~たしかに長いね。ま、みんなで遊んでたらあっという間じゃないかな」

 

「やることが無くならなければな」

 

「もうユウくん。それは言っちゃだめだよ!」

 

「…そうだったな。悪い」

 

 

 星が一番見える時間帯は夜、としか思っていない俺には、具体的に何時まで待機する必要があるのかわからない。日菜が言うには今日は流星群が見えるらしく、少なくともその時間までは待機だ。…何時かは知らないが。

 

 こころの別荘まで戻ってソファに座り込む。体がリラックス出来るからか、さっきまでハイテンションだった香澄とこころ、そして規則正しい生活をしてそうなつぐみが眠そうにし始めた。

 

 

「うぅ、眠たくなってきちゃった…」

 

「香澄が天体観測しようって誘ってきたんじゃん」

 

「蘭ちゃん、…私も眠くなってきた」

 

「私も寝ようかしら…」

 

「こら、お前も星を探すって言ってただろ」

 

「仮眠ぐらいならいいんじゃないか?あとで起こすぞ?」

 

「けど雄弥さん、この三人は寝たら起きなさそうですよ」

 

「えぇ……おきないわ。だから目が覚めるような話しして」

 

「無茶苦茶だな」

 

「……あ!それなら私が星の鼓動を聞いた話するね!」

 

「星の鼓動?面白そうだわ!」

 

 

 …話する前にもう目が覚めてるよな。まぁなんでもいいんだけど。日菜は…ちゃんと起きてられそうだな。

 香澄が聞いたという星の鼓動は、今の香澄が求めるキラキラドキドキの原点になってるらしい。抽象的な話かと思いきや、聞いていたら思いの外理解することができた。香澄にとってとても大事な話でもあったが、こちらも聞いていて面白いものだった。その後は疾斗がAugenblickの話をすることで、流星群が見られる時間まで全員が起きている状態を保った。

 

 

「わぁ〜〜すっごい綺麗!ユウくんすっごいよ!」

 

「ああ、見えてる」

 

「そうだ!せっかくならみんなで外で見ましょう!」

 

「こころんナイスアイデア!」

 

 

 急いで外に出る香澄とこころ。その二人を見失わいように追いかける疾斗。その後を蘭とつぐみが追いかけて、最後尾が俺と日菜。…日菜も走っていくかと思ったがそうでもなかった。

 視界いっぱいに広がる星空。町中では決して見られないほどに輝かしく無数の光がある。流星群を見られる時間でもあるため、星が流れるのも見える。

 

 

「外で見るとさらに綺麗だな」

 

「そうだね〜。前に本で読んだことあるけど、星の光って何千年、何万年も前の光が地球に届いてるんだって」

 

「素晴らしい話ね!」

 

「うーーん!私たちも星みたいに輝かなくっちゃ!」

 

「アタシたちの証を残せるように?」

 

「そうだね蘭ちゃん。頑張ろ!」

 

「…つぐみは程々にね」

 

「えぇー」

 

 

 何千何万年も前の光か、この瞬間に今輝いてる星が消滅していたとしても、人類がそれに気づくのは当分先ということか。…いや、そんなことよりも光の速度でもそれだけの年数がかかる距離でも光を届かせられる輝きの強さに驚くべきか。

 

 

「ユウくんちょっと…」

 

「日菜?……わかった」

 

「あれ?日菜先輩と雄弥先輩どこか行くんですか?」

 

「ちょっと散歩にね〜」

 

「じゃあ私も」

 

「香澄!今は二人だけにしてあげて」

 

「そうだよ香澄ちゃん。私たちは私たちで星を見よ」

 

「…二人がそう言うなら」

 

 

 俺は別に何人でもいいんだが、日菜の表情からして二人だけの方がいいんだろうな。蘭とつぐみには後でお礼を言っておくか。

 森の中に入って、少し歩いていった所にまた広らけた場所があった。その真ん中あたりに行ってから日菜の言うとおり仰向けに寝転がって星を眺める。

 

 

「日菜、ありがとう。こんな星空は今まで見たことなかった」

 

「どういたしまして。でも、あたしこそありがとう。また無理して予定空けてくれたんでしょ?」

 

「無理ってほどでもないんだがな」

 

「ううん。あたしも芸能界入ったからよくわかるんだよ。ユウくんがどれだけ忙しくて、どれだけ予定の調整が難しいのかも。だから、ありがとう」

 

「…どういたしまして」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ユウくんに腕枕してもらいながら二人で星空を眺める。こころちゃんと星を探そうって言ってたのに結局探せてないや。こころちゃんと一緒にはいないけど、一応探しとこかな。…もう少し流星群を見てからにしよ。

 どれだけそうしていたのか。数分なのか数十分なのか、時計をつけてないから分からないし、こうする前の時間も見てないからわからない。

 ユウくんに腕枕してもらって、ユウくんの手を握ってるこの幸せな状態を一旦やめてあたしは体を起こす。同じように起きようとしたユウくんを抑えてユウくんの上に跨がる。

 ──そして、ユウくんの唇にあたしの唇を重ねた。目を閉じて、今回は何秒もかけて、あたしの心を満たすまで重ねた。自分の頬が赤くなるのがわかる。あたしだって恥ずかしいことがあるんだから。ゆっくりとユウくんから離れて目を開けると困惑してるユウくんが視界に入った。

 

 

(あぁ、やっぱりか…)

 

「…日菜?」

 

「ユウくん、よく言うけど、あたしはユウくんのことが大好き。ユウくん以外の人なんて考えられない」

 

「日菜何言って…」

 

「あたしはユウくんが好きなの!大好きなの!何回好きって言っても足りないぐらい、何回愛してるって言っても足りないぐらいユウくんが好きなの!…大好きなんだよ…ユウくんじゃないとダメなの。将来ユウくんと一緒に歩んでいたい。ユウくんと結婚したい。……あたしの好きはそういうことなんだよ」

 

 

 ムードもヘッタクレもない。あたしはこの感情が抑えられないから今告白した。ユウくんにあたしの気持ちをぶつけた。今まで我慢してた分ユウくんとこうしていられることが余計に嬉しくって、幸せで気持ちが爆発した。

 

 

「…そういうことだったのか。…それなら」

 

「簡単に付き合うなんて言わないでね」

 

「…日菜?」

 

「今ユウくんは恋愛感情がわからないわけだし、そんな状態で付き合うなんて言われたくない。それに、ユウくんは自覚できてないみたいだけどさ。ユウくんはこの状況でもあたしだけを見てるってわけじゃないよね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「は?…そんなこと」

 

「あるよ!あたしにはわかる。…わかっちゃうんだよ。ユウくんは今でもリサちーのこと見てる。ちゃんとあたしを見て。こういう時はあたしだけを見て!」

 

 

 ユウくんが喋れないようにあたしはもう一度口を重ねた。ユウくんには難しいことだけど、だけど理解させないと。まずは恋ってなんなのかを意識させるとこからだよね。

 

 

「…日菜」

 

「ユウくんには宿題出さないとね。あたしは返事待ってるから。ユウくんは人に恋するってどういうことか、好きになるってどういうことか理解して。それから返事をちょうだい」

 

「俺に…そんなこと…」

 

「できるよ。なんたってあたしが好きになった人なんだもん♪」

 

 

 待ってるから。だから、絶対に答えを見つけてね?ユウくん。

 




日菜には頑張ってもらいました。
 いいかげん主人公は自分を理解しないとな!ヒロインが不憫だわ!…書いてるのは僕でした。


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6話

ストック作るためにこまめに執筆してますが、ふと思いました。第3章はしばらく倦怠期です!そんなんでもお付き合いくださいm(_ _)m
パスパレ2章のイラストが出ましたね。超かわいい!髪につけてるワンポイントの花をみんな自分のイメージカラーのやつではなくメンバーと交換してるのが特に最高。


「…や、…うや!…雄弥!」

 

「…結花?いつの間に入ってきた」

 

「今入ってきたとこ。いつも言われるから今日はちゃんとノックしたよ?それなのに返事がないから入ってきたけど…。…いったいどうしたの?何かあった?」

 

「…別に」

 

「あったんだね。雄弥って嘘つかない分隠し事できないよね〜」

 

 

 それにしても雄弥ほんとにどうしたんだろ…。私が入ってきたことに気づかないことはたまにある。雄弥が何かに集中してる時とかね。けど、何もしてないのに気づかないなんて今回が初めて。

 

 

「結花には関係ないことだ」

 

「そうだけどさ。これから練習なわけだし、気持ち切り替えてくれないと影響出ちゃうじゃん?」

 

「それもそうだな。悪い」

 

「いいよ☆」

 

 

 普段の雄弥なら切り替えができるはず。だけど、今の雄弥がちゃんと切り替えられるかは正直不安。雄弥は何か悩みごとでもあるのかな?……雄弥が悩みごと?うーん、全ッ然分かんないや!

 

 ライブに向けてまた練習の頻度が増え始めた。より完成度を上げるためってのはもちろんのことながら、Augenblickはパフォーマンスも入れるからその練習と新しいパフォーマンスを取り入れられないかの話し合い。…まぁ疾斗はその場の思いつきでやることがあるし、雄弥もそれに合わせるから具体的にはどの範囲を動くか、なんだけどね。

 この手の話し合いに関しては雄弥が発言することなんて滅多に無い。自分が所属してるバンドのことなのに演出についてあまり案を出さない。みんなが話して決まったものをやるって割り切ってる。話し合いが止まったら発言をする程度。

 それとは反対に練習は真面目に取り組む。ストイックに、より精度を上げるために一番集中して練習するのが雄弥だ。そう。それが本来の雄弥(・・・・・)だ。

 

 

「雄弥また間違えてるぞ」

 

「…そうだな。悪い」

 

「雄弥調子悪いの?それならそうと言ってくれたら違うメニューを考えるのに」

 

「いや、調子が悪いわけじゃない」

 

「…雄弥、お前にこんなことを言う日が来るとは思わなかったが、練習には集中してくれ。練習の時間はライブのことだけに意識を向けろ」

 

「わかってる」

 

「わかってないからこうなってるんだろ!」

 

「大輝」

 

 

 今度のライブは私達の可能性を試すライブ。だから今の限界までレベルを上げる必要があるし、そのためには一回一回の練習を無駄にできない。誰よりも熱血的な大輝はそれをとても重視してる。だけど私は大輝を静止した。私から言ったほうがいい気がしたから。

 雄弥に近づいてバシッと勢いよく両手で雄弥の頬を挟む。そうして雄弥の視線が私の視線と重なるようにした。

 

 

「雄弥」

 

「結花痛いんだが」

 

「そんなのは今どうでもいいんだよ。今日雄弥のこと見ててわかった。雄弥でも悩みごとを抱えることがあるんだね」

 

「雄弥が…悩みごと?」

 

「…やっぱり意外なことなんだ。まぁともかく、雄弥が悩むってことはきっとそれは相当なことなんだろうね。人によって悩みごとの重みは変わるわけだけど、雄弥にとってはとても大事なことだよね」 

 

「そう、だな」

 

「うん。その答えを探すのは大事だし、必要なことだけど、それを練習に持ち込んじゃ駄目。仕事にも持ち込んじゃ駄目。プライベートの時間を使って考えて」

 

「…わかった。なんとかする」

 

「よし!今日は練習終わり!明日から頼むよ?」

 

「おい」

 

「だって今から練習再開するムードじゃないじゃん?やるなら自主練でよくない?」

 

「はぁ、そうするか」

 

「疾斗がそう言うなら僕もそうするよ」

 

「そんなわけで、雄弥は帰っていいよ。この後も予定あるんでしょ?ちゃんと切り替えなよ〜」

 

「…ありがとう結花」

 

「今度おすすめのカフェ連れてってね☆」

 

「うちのボーカルは抜かりねぇな…」

 

「あはは、それが結花だからね」

 

 

 むぅ、けっこう良い立ち回りしたはずなのに言われたい放題だね。ま、いっか!雄弥が調子戻らないと私も面白くないからね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今日は久々に雄弥くんに練習を見てもらう日。今井さんのことがあったりライブがあったりして中々時間を作ることができなかったから。…いえ、これは言い訳ね。

 私は雄弥くんとの距離をはっきりと掴めずにいた。私が好きになった雄弥くんと再会したとき、彼と今井さんの距離がとても近いことが嫌というほどわかったから。そしてその関係を崩してはいけないのだと思って自分の気持ちを押し殺していた。

 だけど私の妹は、日菜はそれを許さなかった。自分の気持ちを殺すことを良しとしなかった。私のことなんて放っておけばあの子にとっての障害は、今井さんと湊さんだけになったというに…。

 

 

「悪い紗夜。待たせた」

 

「いえ、私も来たばかりだから気にしないで」

 

 

 私たちはいつも練習に使っているスタジオの前で待ち合わせをした。来たばかりと言ったものの、実は待ちきれずに家を早めに出てしまっていた。それを見抜いたのか彼は本当に申し訳なさそうにしていた。…女の子を待たせてはいけないと教えこまれていたのだっけ。

 

 

「ここにいても仕方ないわ。中に入って練習しましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 ……?普段通りのはずの雄弥くんに何故か違和感を覚えた。見た感じ体調が悪いわけではなさそうだ。芸能界にいる以上体調管理には細心の注意を払っているらしいし、湊さんと今井さんがいるならそのサポートもされているはず。

 そうだというのに、今日の雄弥くんはどこかいつもと違うような感じがする。この違和感はいったい……。

 

 

「さてと、早速練習を始めるか。あこと練習した時には、曲の完成度を高めるために1曲を集中的にやったが、紗夜はどうする?」

 

(あー、そういうことなのね。…いえ確信はまだ得られないわ。早まってはいけない)

 

「紗夜?」

 

(だから確認を取らなくては。雄弥くんに、直接)

 

「雄弥くん、何かあったわね?」

 

「……何かって?」

 

「もっと具体的に言ったほうがいいわね。…天体観測の日に日菜に何を言われたのかしら?」

 

「ーーっ!!?」

 

 

 やっぱり日菜が関係してたのね。そこまでは私でもわかったのだけれど、それ以上のことはわからない。私は部屋の椅子を横に並べて座り、隣に雄弥くんを座らせた。

 

 

「…なんでわかった」

 

「日菜が帰ってきた時、あの子珍しく表情が一瞬曇ってたのよ。雄弥くんと遊んだ後はいつも満面の笑顔で、本当に幸せそうな顔をしてたあの子が。すぐに笑顔になったのだけれどちょっと引っかかってて、それで今日雄弥くんを見て確信したわ」

 

「俺ってそんなわかりやすいか?」

 

「雄弥くんを知らない人からしたら全く分からないでしょうね。けど、仲良くなった人なら、なんとなく気づくわ。といっても、全部が分かるわけでもないのだけれどね」

 

「そうなのか…」

 

「話してくれないかしら。もしかしたら力になれるかもしれないわ」

 

 

 雄弥くんの手にそっと私の手を重ねて、覗き込むように雄弥くんを見上げる。雄弥くんは話すことを躊躇ったけど、話してくれた。内容を掻い摘んで、話されたことを整理すると、日菜に恋愛について理解することを求められたということだ。そうなった経緯までは教えてくれなかったけど、あの子のことだからある程度予想はつく。我が妹ながら大胆なことをする。…いえ、日菜だからこそできたことね。

 

 

「…俺の答えを出さないといけないんだ。日菜が真剣に言ってきたことだから、この答えは必ず見つけてないといけない。…けど分からない。どれだけ考えても分からないんだ」

 

「雄弥くん…。そうね、これはとても大切なことだから日菜の言うとおり、雄弥くんが答えを探し続けるしかないわ」

 

「そうだな…」

 

「それでも私は焦らなくていいと思うわ」

 

「え?」

 

「恋愛というものがどういうことかについて悩む人なんて珍しくもないはず。それに、雄弥くんには雄弥くんのペースがあるのだから、焦らずに自分のペースで答えを探せばいいと思うわ。急いでいては冷静な判断はできないでしょ?それと同じ」

 

「俺のペースか…。……俺って…なんなんだろうな…。思考を放棄して、周りに甘えて、いざ答えを求められたら何もできない…」

 

 

 その先の言葉をくちに出させたらいけない。そんな気がして私は雄弥くんの頭を抱きかかえるように引き寄せた。一瞬体が強張ったけど、優しく髪を撫でていると段々と力が抜けていっているのがわかる。ひとまずは落ち着かせられたみたいね。

 

 

「雄弥くんがどういう存在なのか。私や日菜、今井さんや湊さんだけじゃなくて、白金さんや宇田川さん。AugenblickやPastel*Palettesの人たちにとってどういう存在なのかを、これを機に知ったらいいのよ」

 

「俺なんか…」

 

「それ以上は駄目よ。言っちゃ駄目。雄弥くんが思っている以上に周りの人たちにとって、雄弥くんは大きな存在なのだから。否定しないで」

 

「…そうなのか。ごめん」

 

 

 雄弥くんが隠していたこと、いえ無意識のうちに仕舞い込んでいたものを日菜が強引に引っ張りあげた。その影響で雄弥くんは今まで無視していたものを考えることになった。いずれは必要だったことだけど、私はもちろん日菜も雄弥くんの弱さ(脆さ)をわかってなかった。

 

 

(雄弥くんをここまで追い込む程に、この問いかけは雄弥くんにとって重たいものだったのね)

 

「……胸って柔らかいんだな」

 

「………は?……〜〜〜〜っ!!?」

 

「いたっ」

 

「雄弥くんのバカ!!」

 

 

 顔が真っ赤になった私は雄弥くんを思いっきり突き飛ばした。弱っていた雄弥くんはその勢いそのままに椅子から落ちて床にぶつかっていた。

 

 

「雄弥くんはデリカシーがないです!!」

 

「紗夜が自分から抱き寄せたんだがな」

 

「なっ!それは雄弥くんが見ていられない程に弱っていたから!」

 

「ははっ、そうだな。…ありがとう紗夜。おかげで吹っ切れた」

 

「……雄弥くんのバカ」

 

 

 雄弥くんは笑いながらゆっくりと立ち上がった。…このタイミングでその笑顔はズルいわ。怒るに怒れなくなるじゃない。それにしても、雄弥くんの本当の笑顔なんて今回が初めてね。

 

 

「時間を削っちゃったな。練習始めるぞ」

 

「…そうね。練習しましょうか。けどその前に、今回のご褒美を貰ってもいいかしら?」

 

「ご褒美?練習じゃ駄目か?」

 

「それは元から予定してたことだから駄目よ」

 

「…まぁなんでもいいけど。俺は何をすればいい?」

 

「簡単なことよ。目を瞑ってちょうだい」

 

 

 私のお願いに従って雄弥くんは目を瞑ってくれた。私は褒美(・・)を貰うために雄弥くんに歩み寄る。だけど、いざとなると緊張してしまう。

 

 

「紗夜?」

 

(ここで躊躇っていては駄目ね。私だって…)

 

「んっ」

 

 

 目を瞑っている雄弥くんの頬を挟んで少し下に引っ張り、私は軽く背伸びをして雄弥くんの唇を奪った。私自身驚くような行動ね。ついばむように軽く押し当てただけのキスだったけど、私は頬だけじゃなくて耳まで赤くなった。

 

 

「ん、さよ…」

 

「……あっ、ごめんなさい」

 

(私も酷い女ね。力になれるかも、なんて言っておきながら私も雄弥くんの重りとなるなんて)

 

「いやびっくりしただけ。今日は紗夜もいつもと違うな」

 

「そ、そうかしら……。それより練習しましょ」

 

「そうだな」

 

 

 遅くなってしまったけど練習を開始した。彼は完全に切り替えれたみたいだったけど、私は自分がやったことが頭から離れなくて時々集中が切れてしまった。それでも練習はなんとか実のあるものにはできた。練習の後には彼と食事に行き、帰りは家まで送ってもらった。

 

 

(今日は…いろいろあったわね。雄弥くんと……あ、あんなこと!)

 

 

 家に帰って部屋に戻っても今日のことが頭から離れず、ベッドの上で枕に顔を埋めて足をばたつかせた。それを日菜に見られたときは本当に恥ずかしかったわ。




紗夜は一人アメとムチができると思うのです。…アメばっかな内容でしたけど。
これでひとまず主人公に紗夜と日菜の存在が刻まれましたかね。…この状況どう考えてもただの三股じゃ…なんて奴だ。あと、主人公の設定上ヒロインたちみたくすごい深い所まで気持ちが沈むことはないんです。
本人は水深10mと思っていても傍から見たら2m的な。


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7話

昨日から今更ながらCLANNADを見始めてます。1期の9話(先生の結婚式)まで見ました。なんていいアニメなんだ(´;ω;`)


 

 天体観測に行った日以降、雄弥はどこか本調子じゃなさそうだった。何かに悩んでいるのはわかったけど、聞いても『俺の問題だから』って言って教えてくれなかった。アタシはそう言われたら引き下がっちゃうから、雄弥の力になれなかった。心配するしかできなかった。だけど、今日雄弥が帰ってきたら雄弥は調子が戻ってた。いつもの雄弥になってた。

 

 

(練習の時にAugenblickのメンバーがどうにかしたのか、それとも…)

 

「雄弥…」

 

「リサ?どうかしたのか?……とりあえず中入るか」

 

「うん」

 

 

 雄弥の部屋をノックしたらすぐに雄弥がドアを開けて出てきた。必要最低限の家具だけが置かれた雄弥の部屋だけど、不思議と寂しさを感じない。雄弥と並んでベッドに腰掛ける。ここ最近のアタシなら雄弥の肩にもたれるんだけど、今日はその気分にならなかった。

 

 

「…何も言わないんだね」

 

「どうしたらいいか分からないからな。とりあえず待ってる」

 

「それもそうだね。……雄弥はもう悩み解決した?」

 

「してはいないな。すぐに解決できることじゃないらしいから」

 

「けど、帰ってきたらいつもの雄弥に戻ってた。紗夜のおかげ?」

 

「………」

 

 

 雄弥が答えようとしない。それが答えだということは、雄弥もわかっているはずなのに。隠し事があまりできない性格は、こういう時不便そうだね。そこをつくアタシも大概な性格だけど。

 

 

「そっかぁ〜。…やっぱり雄弥に必要なのはアタシじゃないんだね。…アタシは……雄弥から話を聞き出せなかったし」

 

「そんなことない!…リサだけに向けられるモノが俺には無いが、だがリサが必要ないなんてそんなことは絶対にない。…リサにはずっと助けられてるから」

 

「…ありがとう」

 

 

 それでもアタシは…最終的に雄弥の隣にいるべきなのは、アタシじゃないって思う。雄弥が捨てた考え方をするようになったのは、タイミングからして間違いなく日菜がきっかけ。その影響で雄弥の奥底に眠ってた、アタシも友希那も知らなかった雄弥の弱さを知って支えたのは紗夜。雄弥がこっちの家に居候してなかったら友希那も気づいて話を聞き出せたはず。

 だけど、アタシは何もできない。気づいても話を聞き出せなかった。雄弥の弱さを知れたはずなのに、知らなかった。雄弥の言うようなことを、雄弥を助けるようなことを、アタシはできない。

 

 

「ごめんね、急に部屋に来ちゃって…。明日も早いんだよね?アタシ部屋に戻るね」

 

 

 まくし立てるように話すことで、雄弥に喋る隙を与えないようにする。ベッドから立ち上がって「おやすみ」を言ってそのまま部屋を出ようと考えていたけど、それはできなかった。

 雄弥がアタシの手を掴んだから。

 

 

「雄弥?」

 

「リサ…、全部話すからもう少しだけここにいてくれ。頼む(・・)

 

「……うん。いいよ」

 

 

 雄弥にこんなお願いをされる日が来るなんて思いもしなかった。普段とギャップがあって凄くイイ!!…それはひとまず置いといて。さっきと同じように雄弥の横に座る。

 日菜が引っ張りあげた雄弥の奥底の部分は、今までの雄弥とは正反対なのかもしれない。雄弥は記憶がなくて、出会った時から空っぽだった。そう考えると雄弥の根本をアタシ達は知らないんだ…。

 雄弥は日菜と紗夜に言われたことを教えてくれた。全部話すと言いつつ所々言葉を濁していたのは、きっと日菜と紗夜のためになること。だからアタシもそこはつっこまなかった。

 

 

「なるほどね〜。それで悩んでたんだ。たしかにそれは雄弥の問題、だね」

 

「だよな」

 

「あ~あ。紗夜が全部持っていっちゃったからアタシが雄弥に言えることが残ってないや」

 

「…ごめん。けどリサがいると安心する」

 

「へ〜?アタシは人形か何かかな?」

 

「違う。そう言いたいんじゃなくて…」

 

「あはは!ごめんごめん。冗談だって。…紗夜が言ったことはアタシも同意見かな。ずっと悩んでいるとしんどいから、雄弥のペースでいいと思う。それでもしんどくなったらアタシとか友希那に言って。受け止めてみせるから」

 

「…リサには敵わないな。ありがとう、リサに出会えてよかった」

 

「ちょっ。いきなりそんなこと言わないでよ。恥ずかしくなっちゃうじゃん!…それに、雄弥がどっかに行っちゃいそうで不安になるよ」

 

 

 今度は雄弥の左肩にもたれかかって、アタシが本当に不安になるってことを伝える。ちゃんと伝わったのかは分からないけど、雄弥はアタシの右手を握ってくれた。

 

 

「…俺ってリサを振り回してばっかだったんだな。本当にありがとう、リサ」

 

「ううん。アタシは好きで雄弥の側にいようとしてるんだから気にしないで。あと、そんなに感謝されたら逆に怖いからね?」

 

「そうは言ってもな。俺明日からまた家に帰ってこないから」

 

「……え?」

 

「しばらく泊り込みで仕事」

 

「そんなことしたら体壊すよ!スケジュール詰め込みすぎ!」

 

「体は丈夫だから問題ない」

 

「ある!」

 

 

 自分のことを全く考えない雄弥のスケジュールの立て方は、はっきり言って異常だよ。友希那にも注意されてたことなのに、雄弥は何もわかってない。

 どうやったら雄弥がそのことを理解してくれるかわからない。だからアタシは、不安に思ってるを隠さずに雄弥にぶつけることにした。

 

 

「…もしも、もしも雄弥が倒れるなんてことがあったら……アタシ……。…お願い、だから、もっと自分を大事にして…」

 

「リサ…」

 

 

 アタシの気持ちを言葉にして雄弥にぶつける。いざそれをすると、心が乱れて涙が溢れてくる。雄弥のことが大好きだから、雄弥とずっと一緒に居たいから。雄弥が予定を詰め込まないでいいようにするには、アタシたちがもっと我慢できるようにならないといけない。言ったら雄弥は予定を空けれるように無理するから。…寂しいけど、その分予定を合わせた時に目一杯甘えよう。

 そう考えていると、アタシの体が包まれていることに気づいた。雄弥が抱きしめてくれてる。本当にこの時間は幸せで、心がすごく満たされる。雄弥の存在を感じられる。それだけでアタシは涙が止まるし、それどころか笑顔になれる。

 

 

「ゆうや」

 

「…リサの好きにしたらいい。俺はリサのお願いを聞くの、嫌いじゃないから」

 

「うん」

 

 

 アタシはすぐに嫉妬しちゃうから。雄弥と付き合ってるわけじゃないけど、雄弥が他の女の子と仲良くしてるとムッとなっちゃう。力になれなかったら自分の価値を見失いそうになる。だけど、アタシ一人で雄弥を助けることなんてできない。それも理解してる。だから、こういう時に目一杯甘えよう。いっぱいお願いしよう。

 

 

(友希那が雄弥をこっちに住まわせたのも、アタシのことを分かってたから…なのかな。アタシも、友希那みたいに成長できるかな)

 

 

 周りに目が行き届くようになった親友のことを思いながら、アタシは雄弥の腕を枕にして寝ることにした。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「お〜、雄弥ってばいい感じになったんじゃない?」

 

「結花、主語がないから何言ってるか分かんないぞ」

 

「あはは!こういうのはフィーリングだからいいんだよ☆」

 

「フィーリングね…」

 

「…あ~雄弥には分からないね」

 

「そうだな」

 

「認めた…」

 

 

 分からないものを分かるって言っても仕方ないだろ。ところで何で結花がこの部屋にいるのだろうか。俺は今から打ち合わせをするために、他の芸能事務所(・・・・・・・)に来ているんだが…。

 

 

「結花はここに何しに来てるんだよ」

 

「え?…暇つぶし?」

 

「仕事あるんじゃないのか?」

 

「すみませんねー。そんな雄弥たちみたいに多忙じゃないんですー!」

 

「それでも普通ついてこないだろ」

 

「いいじゃん別に。これからはコンビでいこうよ」

 

「何でコンビで組まないといけないんだよ。やりたきゃ他のやつと組め」

 

「ちぇー。ざーんねん」

 

 

 何を言ったところで帰る気はないのだろう。まぁ打ち合わせと言っても今日は顔合わせ程度だ。結花がいても大して問題にはならないだろう。…たぶん。

 

 

「それで〜?雄弥の次の仕事って何やんの?」

 

「混ざる気だな」

 

「もっちろん!」

 

「結花も仕事持ってるだろ」

 

「あるけどさ〜。雄弥とやる仕事って楽しいじゃん?」

 

「楽しさで言えば疾斗と大輝の方が楽しいんじゃないか?何やってるかは知らないが」

 

「知らないんだ…。ま、確かに楽しいんだけどね?中々時間が合わないんだよね〜」

 

「ならライブに向けて練習でもしとけ」

 

「もちろんするけど、ずっと一人で繰り返しじゃあモチベーションが下がるじゃん」

 

「集中してやれ」

 

「雄弥には言われたくないな〜」

 

 

 たしかにそうだろうな。最近の俺は集中できてなかったからな。結花は自分のことを正しく理解できているんだろう。スタッフから話を聞いた限りじゃあ、一人の時より他にメンバーがいる時の方が良い練習になってるらしい。

 

 

「それで?雄弥はどんな仕事やるの?」

 

「今回は大したことじゃない。一言で言うなら裏方だな」

 

「…それって雄弥がすることじゃなくない?」

 

「なんでもいいだろ。具体的にはサポーターらしいしな」

 

「あぁ、それなら納得。それよりさ、私たちいつまで待てばいいの?時間間違えた?」

 

 

 なんだかんだで、10分以上入り口の近くにあるソファに座ってるから結花が待ちきれないことを顕にし始めた。じっとしていられない性格らしいから仕方ないことなのだろう。

 

 

「早めに来てるんだよ。時間ならまだだぞ」

 

「えぇー。もっとゆっくりしとけば良かったじゃん」

 

「こっちで待っときゃ確実だろ?」

 

「まぁそうだけどさ〜。あー暇だよ〜」

 

「彩みたいにエゴサーチでもしとけ」

 

「私はそこまで気にしないからエゴサーチやんないよ。それぐらいなら歌の研究する」

 

「ならそうしろ」

 

「やだ!研究は一人の時で出来るからやらない!」

 

「…いつも何時に寝てる?」

 

「へ?……や、やだな〜。ちゃんと睡眠取ってるよ?」

 

 

 俺は隠し事ができないとよく言われるが、結花もたいして隠し事ができるわけじゃない。今だって視線をそらしてるしな。…演技の可能性もあるわけだが。

 

 

「で、何時に寝てる?まさか日付変わってから寝てたりはしないよな?」

 

「も、もちろんだよー。あはは…」

 

「美容に良くないんだろ?生活を見直せ」

 

「はい…」

 

「へ〜。噂通り仲がいいんだね?」

 

「来たか」

 

「え?待ち合わせしてたのって…」

 

「見ての通りこの人だが?」

 

 

 結花との会話に割って入ってきたのは、今日の打ち合わせ(顔合わせ)の相手であるアイドルだ。

 

 

「初めまして藤森結花さん。アイドルグループ"Marmalade"のあゆみです。よろしくね?」

 

 

 たしか彩の憧れのアイドル、だったか。彩が憧れると言っていた理由はなんとなくわかる。似たところがあるからなんだろう。そんな人物のサポートをするのが俺の仕事だ。

 

 

「…Augenblickの藤森結花、です。急に来てしまってごめんなさい」

 

「気にしないでいいよ。そんな硬い内容の話じゃないから」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 …結花って目上の人が相手の時って緊張しがちだよな。そんなことを思いながら、移動する二人についていくのだった。



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8話

 あゆみさんと雄弥が知り合いって驚きだな。…いや、まぁ雄弥の人間関係ってよく分からないから、これからは驚くのやめとこ。案内された部屋で雄弥の横に座る。向かい側にいるあゆみさんは、何故かすごいニコニコしてる。

 

 

「ところであゆみさんって雄弥といつ知り合ったんですか?」

 

「うーん、いつだったか雄弥くん覚えてる?」

 

「覚えてない」

 

「えぇ。私は覚えてるのにー」

 

「あはは、雄弥ってこういう奴ですよ」

 

「らしいね。…出会ったのはAugenblickのライブの時かな。メインボーカル無しのバンドなんて他にいないから気になっちゃって」

 

「なるほど〜」

 

「ライブ終わってアポ無しで楽屋に来ようとする人も珍しいけどな」

 

「ええ!?」

 

「…覚えてるんじゃん」

 

「今思い出した」

 

 

 ライブ終わった後にアポ無しで楽屋にって、行動力があるというか、抜けてるというか。彩が憧れるのわかるなぁ。たぶん同種の人間なんだよね。

 

 

「それで雄弥がその時に通りかかったと」

 

「いや、その時に会ったのは疾斗だな。あいつは人の域超えてるから、トラブルとかすぐ気づくんだよ」

 

「あぁ〜。そういやたまにどっか走っていくもんね」

 

「それは大抵花音が迷子になるからだけどな」

 

「ふふっ、疾斗くんも元気そうだね。大輝くんと愁くんも元気?」

 

「そりゃ元気にしてるぞ。頭のネジが飛んでるやつしかいないしな」

 

「いや〜ほんとにみんなおかしいよね☆」

 

「お前もだからな」

 

「え?」

 

 

 私も同類?いやいやいやいや、そんなことないでしょ。私はAugenblick唯一の常識人だと思ってるから。私が心外だって顔をしてると雄弥が呆れたような視線を送ってくる。

 

 

「なに?雄弥」

 

「いや、結花がそう思うならそれでいいんじゃないか?」

 

「引っかかる言い方だね」

 

「さてな」

 

「ふふふっ、本当に仲いいんだね!仲良くなるの大変だったんじゃない?Augenblickって結成してから数年経っててイメージも固定化されてたし、メンバー同士の輪ってあっただろうし」

 

「案外すんなり仲良くなれましたよ。私もあゆみさんが言ったように悩んでたんですけど、みんなすんなり受け入れてくれたので。ファンの人は賛否両論って感じだったんですけど、そこはみんながそれぞれ折り合いをつけてくれるのを待つしかないって雄弥に言われましたし」

 

「へ〜」

 

「なんだよ」

 

「いや〜?雄弥くんは優しいなって思って」

 

「思ったことを言っただけだ」

 

「私は感謝してるよ?雄弥ってばなんだかんだで気にかけてくれるもんね」

 

「やっぱりそうだよね〜。疾斗くんが来てくれたあとに来たのが雄弥くんで、そのまま楽屋に案内してくれたんだよ」

 

 

 雄弥ってあんまり立ち話しないからね。それと話が長くなるかもって思ったんだろうね。そういえば立ちながら長話するのって女の人だけな気がしてきた。

 

 

「雑談はこれくらいでいいだろ。本題に入るが、本当にいいんだな(・・・・・・・・)?」

 

「…うん。みんなで話して決めたことだから」

 

「わかった」

 

「えっと…なんの話ですか?」

 

「結花ちゃんは知らないんだね…。私たちMarmaladeは次のライブで解散することにしたんだ」

 

「……え」

 

(解、散?え?Marmaladeが?)

 

「それで、最高のライブにするために俺たちがバックアップすることになったんだ。まぁ相談役みたいなもので、ほぼ全部Marmaladeで決めてもらうがな」

 

「"自分たちのライブは自分たちで作る"。それがAugenblickのやり方だもんね」

 

「そういうことだ」

 

「…この話って私聞いてよかったんですか?」

 

「言いふらさないだろ?」

 

「当たり前じゃん!」

 

「なら問題ないよ。結花ちゃんだってAugenblickのメンバーなんだし。女の子の意見も聞けるから私としても結花ちゃんには協力してほしいかな」

 

「もちろん協力します!」

 

 

 私はAugenblickに入るために、そしてAugenblickのボーカルとして立ち続けるために色んなボーカルの映像を見てる。取り入れられることを見つけて練習してる。その中にはあゆみさんも入ってる。つまり、あゆみさんは私からしたら先生の一人なんだ。そんなあゆみさんのライブに協力できるなら喜んで協力する。

 

 

「ありがとう!」

 

「それじゃあ予定合わせるか」

 

「そうだね!」

 

「それと、あゆみにちょっと頼みたいことがあるんだが」

 

「え、なになに?私にできることならやるよ?」

 

「簡単なことだ」

 

 

 …まさか雄弥がそんなことを頼むなんて。雄弥はどんどん成長してるんだね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 私の憧れの人、あゆみさんが所属するアイドルグループMarmaladeが次のライブで解散することが発表された。麻耶ちゃんに教えてもらうまで知らなかったけど、自分でその情報ゲットしても落ち込んでたんだろうなぁ。

 

 

「雄弥くん…。……いないや」

 

 

 雄弥くんの部屋に行ってみたけど雄弥くんは部屋にいなかった。それもそうだよね。ここ最近の雄弥の予定はAugenblickで一番詰まってるって話だし。

 

 

「…帰ろ」

 

「なんか用か?」

 

「…あ、雄弥くん。…ちょっとね。けど大したことじゃないし、やっぱいいや」

 

「…中に入れよ。飲み物ぐらい出す」

 

「へ?いやいやいいよ。雄弥くんすごく忙しいって聞いたし、ほんとに大したことじゃないから」

 

「本当にそうなら彩がそんな暗い顔をするわけがないだろ。話を聞くぐらいの時間ならある」

 

 

 め、珍しく雄弥くんがちょっと強引。だけどその強引さがすごく助けになる。私は雄弥くんの部屋に入って、椅子に座らされた。…この椅子も目の前にある丸テーブルも前来たときはなかったと思うんだけど。冷蔵庫から飲み物を取り出した雄弥くんが食器棚からコップを2つ取り出して私の前に座った。

 

 

「…ここに住めるぐらいの環境整ってない?」

 

「泊まり込みができるようにしてるからな。部屋にキッチンはないから食事は食堂を使うか、テキトウに済ますかになるがな」

 

「お風呂も地下にあるもんね」

 

「ああ。だから今みたいにスケジュールが詰まってる時は泊まり込みになる。まぁ実際にやるのは2年ぶりだがな」

 

「そんな時にもやってたんだ…。この椅子とテーブルは新しく買ったの?」

 

「結花と日菜が欲しいってずっと言ってたから買った」

 

「そんなノリで買ったんだ…」

 

 

 これ結構な値段するやつなんじゃないの?なんかパット見た感じはシンプルなんだけど、近くで見るとオシャレな模様とかあるし。こんなのをそんなノリで買えるなんて…。

 

 

「それで、彩は今日どうしたんだ?」

 

「ぁ……。えっと、Marmaladeっていうグループが解散することになったでしょ?」

 

「…らしいな」

 

「私、そのグループのあゆみさんって人にずっと憧れてて…。私の目標だったんだ。…だから、解散するのがショックで、私これからどうしたらいいか分からなくて」

 

「そうか。…彩、俺はこの手の話が得意じゃない。日菜と同じだと思ってくれ」

 

「そうだよね。……ごめん」

 

「そんな俺の意見でもいいなら聞くか?」

 

「…うん」

 

「彩はその人を目標にしてたんだろ?今彩はその人にどれぐらい迫れてる?」

 

「私なんてまだまだ全然だよ」

 

「それなのにアイドルを辞めようとか考えてないよな?彩が目標にする人はどうやってこの業界を駆け抜けた人なんだ?彩はその人に恥じない行動を取れるか?」

 

「…私は……」

 

「今度のラストライブを見に行って自分の気持ちを確かめてこい」

 

 

 私の気持ち…。このぽっかり胸に空いてしまった気持ちを私はどうしたらいいんだろう。これからのことは、雄弥くんが言うようにライブを見に行ったら決めれると思う。私はアイドルを辞めるなんてことはしない。それは絶対。これから私が何を目指すのかを決めるんだ。

 気づいたらいつの間にか雄弥くんは私の隣に立っていて、優しく頭を撫でてくれてた。ゆっくりと、私をあやすように。

 

 

「彩。泣きたい時は泣けばいい。抱え込みすぎるなよ。俺だけじゃない、パスパレのメンバーにだって頼れ。仲間だろ?」

 

「うん…うん!」

 

「今回はここで泣けばいい。今回を機にそろそろ彩はここから飛び立たないとな」

 

「うん」

 

 

 いっぱい泣いた。涙が次々と出てくる。それを抑えることなく、いっぱい流し続けた。

 なんで日菜ちゃんやリサちゃんが好きになったのか今なら分かる。雄弥くんが優しすぎるから。分からないなんていいながら自然に心に寄り添ってくれるから。だからついつい甘えちゃうんだ。それでいて抜けてるとこもあるから一緒にいたくなるんだ。

 

 

(…いっぱい泣いちゃった。…雄弥くんの時間取っちゃった)

 

「え、えっと、雄弥くん時間大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないな。とりあえず結花には連絡してあるからなんとかしてくれてるだろ」

 

「えぇ!?ほ、ほんっっとうにごめん!!」

 

「ま、相手側も話が通じる人だから注意ぐらいで済むだろ」

 

「それで済むのもすごいね!?」

 

「もう大丈夫そうだな。部屋出るぞ」

 

「う、うん」

 

 

 テキパキと荷物を纏めた雄弥くんと一緒に部屋を出る。私は今日はもう帰るんだけど、雄弥くんはまだ仕事が残ってる。二人で駅まで行って、別方面だから改札を入ったところで別れた。駅まで歩いてる時に雄弥くんに電話がきて、雄弥くんはひたすら謝ってた。今度お礼とお詫びをしなくちゃ!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 あゆみさんのライブを見に行って、やっぱりあゆみさんは永遠の憧れなんだって思った。私が目指すアイドル像は、あゆみさんみたいな人なんだ。そう思ってたら麻耶ちゃんから電話がきて、ある場所に呼び出された。

 

 

「ここって…関係者用の入り口だよね」

 

 

 そこから入ると中には私以外のパスパレのみんながいた。なんでみんなここに入れてるの!?

 

 

「あ!彩さんが到着しました!」

 

「いいライブだったよね〜。あたしるんっ♪てなったよ〜」

 

「ふふっ、日菜ちゃんもMarmaladeが好きになったみたいね」

 

「み、みんな何でここに?」

 

「実は彩さんに会ってもらいたい方がいまして。そちらの部屋に来ていただいてます」

 

「へ?ここって楽屋だよね!?」

 

「いいからいいから!早く入っちゃいなよ!」

 

 

 ちょ、日菜ちゃん押さないでよー。ドアを開けて中に入ると、そこには私の憧れの人、Marmaladeのあゆみさんがいた。

 

 

「あ、あゆみさん…?」

 

「ふわふわピンク担当の丸山彩ちゃん、だよね?」

 

「ふぇ?な、なんで私のことを…」

 

「知ってるよ。デビューの時から知ってる。私たちもAugenblickとはちょっと交流があったから結成あたりから話は聞いてたんだ」

 

「ユウくんは言わないだろうから〜、大輝くんあたりかな?」

 

「ふふっ、うん大正解だよ」

 

「実は彩ちゃんを元気づけられないかと思ってスタッフさんにお願いしたのよ」

 

「ワタシたちが頼まなくても会わせてもらえるようになってたみたいですけど」

 

「けど彩ちゃんのためにこうやって動いてくれるなんて、みんないい子たちね」

 

 

 あう。もう何がなんだかわからないよ。と、とりあえず握手させてもらおう。…いいじゃんファンなんだもん!

 

 

「あ、あの、あゆみさんにこれをお願いしたのって」

 

「あ〜、気になる?」

 

「自分たちも気になりますね」

 

「あたしは予想がつくけどね〜」

 

「日菜ちゃんの予想通りの人だと思うよ?」

 

「ということは…」

 

「雄弥くんだよ。ライブの打ち合わせの初日にお願いされたんだよね」

 

「打ち合わせ、ですか?」

 

「うん。今日のライブは今までの私達じゃ考えつかないような演出になってたでしょ?実はAugenblickに協力してもらったんだよね。私達がこういう風にしたいって言ったら、それならこういうやり方があるって具合に次々と言ってくれて、その中から私達が選んでさらに洗練して今日のライブができたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「あゆみさん、本当にほんっとうに!今日のライブは、今までのもですけど、最高のライブでした!」

 

「ありがとう。そう言ってもらえて…本当に嬉しいよ。…ありがとう」

 

 

 この後もあゆみさんが打ち上げに行くギリギリまで話をさせてもらって、最後にはあゆみさん直伝のポーズを教えてもらえたんだ!みんなは微妙な反応してたけど、私はすっごく好き!絶対これから使うんだもん!



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9話

※例の如く本編に一切関係ない前書きです
CLANNAD AfterStoryの12話(主人公の父親が逮捕された回)まで見ました。本当に、なんて心に突き刺さる作品なんだ!(T_T)
最後まで見て「CLANNADは人生」、この言葉を正しく理解する所存です!
(。>﹏<。)



「もしもしリサ?今時間大丈夫か?」

 

『うん大丈夫だよ。今休憩中だから』

 

「そうか。今日ライブのチケット優遇してもらえたぞ」

 

『ほんと!?わざわざごめんね〜。それでチケットは郵送かなんかで受け取ればいいのかな?』

 

「いや直接渡すぞ。今日帰るから」 

 

『へ?……そういうのは前もって行ってよ!』

 

「…そんな怒ることか?」

 

『せめて前日には言ってほしいなー』

 

「そう言われてもな。帰れるってわかったのがさっきだから」

 

『あ…そうなんだ。…ごめん』

 

「気にしてないから。それに今日帰ってもまたライブ直前まで泊まり込みになるしな」

 

『…雄弥ってスケジュール組むの下手なの?』

 

「どうだろうな。仕事を貰えるうちに貰ってたらこうなった」

 

『バカ。……みんなからも言ってあげてよ』

 

 

 リサがスピーカーに変えたのか、音の聞こえ方が変わった。どうやらRoseliaのメンバーも近くにいたようで、すぐに声が聞こえてきた。

 

 

『雄弥さーん、あこライブ楽しみにしてますけど、無理はしないでくださいね!』

 

『疲労は…蓄積していくと……なかなか取れないらしいので…気をつけてくださいね』

 

『雄弥くん、どこまでやると無理をしてると言われるのかを把握してください。ちなみに今のあなたの状態は無理をしていると言えますので』

 

『あなた達雄弥に甘いわね。…雄弥、倒れるのは勿論ダメだけれど、ライブのパフォーマンスに影響を出すのもダメよ。もしそんなことしたら…覚悟しときなさい(・・・・・・・・)

 

「ははっ、…わかった。まぁライブまでの予定は決まってるから、その後のはもう少し減らす」

 

『どれぐらいかは私がチェックするから、その時は家に帰ってきなさい。お母さんがたまには顔を出してほしいと言ってたわ』

 

「そうなのか。ならライブの後にそっちに帰る」

 

『お母さんにも伝えとくわ。リサ、二人で話していいわよ』

 

 

 今度は友希那が操作したのか、リサの戸惑いの声が聞こえると同時にスピーカーが切れた。

 

 

「俺の用事は済んだが、リサの方は何かあるか?」

 

『あはは〜、実はあたしも特にはないかな〜。…けど、雄弥が元気そうで良かった。最近は電話もできなかったから、どうなのか分からなかったわけだし。日菜から聞いたけど他のグループのライブを手伝ったんだって?ホント何でもするよね〜』

 

「あれもリーダーの決定だがな。一番時間を作りやすい俺が打ち合わせとかするようになっただけだ」

 

『結花と一緒に?』

 

「…そうだな」

 

『当たってたんだ…。アタシも鋭くなったな〜』

 

「勘だったのか」

 

『もちろん!…そろそろ休憩も終わりだから切るね?』

 

「ああ」

 

『それじゃあ雄弥が帰ってくるの楽しみにしとくね♪』

 

『…今井さん、雄弥くんが今井さんの家に居候してることについて話があります』

 

『え、紗夜?…な、なんか怖いんだけど〜…ーー(ブツッ)』

 

「……切れた」

 

 

 てっきり居候の件は知られてると思ってたけど、知られてなかったんだな。…まぁ一々言うことでもないか。

 携帯を操作して画面を暗くして、近くに置いてあったペットボトルを後方に全力で投げる。後ろから鈍い音とうめき声が聞こえたということは、うまいこと直撃したのだろう。

 

 

「ぉ、お前、荒れてないか?」

 

「何の話だ?盗み聞きしてニヤニヤしてる奴がいたらとりあえず沈黙させたいだろ?」

 

「やり方が雑すぎるわ!」

 

「なんだ大輝元気じゃないか。やっぱペットボトルは限度があるな。…そんなどうでもいいことより、他のやつは?」

 

「どうでも…まぁいいか。結花は仕事、疾斗はどっか消えて、愁は後から合流だな」

 

「愁が来るぐらいには疾斗も戻ってくるだろ。…それまでは自主練か」

 

「そうだな。まぁ次のライブのメインである結花が今日いないんだけどな」

 

「それ以外の練習はできるだろ」

 

「それもそっか」

 

 

 話しながらチューニングを終わらせるとお互い集中し始める。さっきまでの雰囲気とはかけ離れた状態。ライブ本番さながらの空気を自分たちで作り上げて自主練を始める。

 しばらくしたら疾斗が戻ってきて疾斗もすぐに練習を始めた。愁が到着する前に10分程休憩を取って、4人集まったら音合わせをする。よりライブに近づいた空気になると、疾斗のテンションが上がり始めて勝手にパフォーマンスの練習も始まり、それに俺たちも即興で合わせて練習する。練習は事前にセットしていたアラームが鳴ったところで終了した。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 2週間ぶりぐらいだろうか、なんてことを思いながら今井家の玄関に入る。隣は湊家だから顔を出すぐらいできるのだが、ライブの後と電話で言ったのでやめといた。「ただいま」を言ってから脱いだ靴を揃えていると背中に人がもたれかかって来た。

 

 

「ただいまリサ」

 

「うん…。おかえり、雄弥」

 

「リサ一旦どいてくれないと立てないんだけど」

 

「おんぶしてくれたら立てるんじゃない?」

 

「…家の中でおんぶするのか」

 

「冗談じょーだん。ご飯できてるから食べよ?」

 

 

 俺の背中からリサが離れる。立ち上がってリビングがある方に向くとリサが寄り添ってきて、リサと手を繋ぎながらリビングへと向かう。

 

 

「お腹空いてたから助かる。リサが作ったのか?」

 

「そうだよ。母さんにお願いして今日は作らせてもらったんだ~。ちょっと手伝ってもらったりはしたけど」

 

「そうか。リサの料理って久々だな」

 

「張り切ったから期待していいよ〜?」

 

「リサの料理で期待しなかったことないぞ」

 

「ふぇ」

 

「…あなたたち本当に新婚さんみたいね〜」

 

「あ、ただいま帰りました。しばらく帰れなくてごめんなさい」

 

 

 玄関からリビングが遠い家なんてもはや豪邸なわけで、喋りながら歩いていたらすぐにリビングに着く。つまり、手を繋いでいることも会話の内容も全て筒抜けだ。俺はそのことを気にしないからとりあえず帰ってこなかったことを謝った。

 

 

「いいのよ。お父さんもリサが産まれる前は世界中に出張に行ってて、2ヶ月帰ってこないこととかよくあったもの」

 

「……母さんほんと、ごめんなさい」

 

「それで海外で女を作ってるって知った時なんてねー?」

 

「ゴメンナサイ!!」

 

「雄弥くんはそんなことしちゃ駄目よ〜?女を泣かせて許されるときは感動させたときか、恋愛で相手を振るときぐらいよ」

 

「…恋愛……」

 

「…あら、青春し始めたのかしら。いっぱい悩みなさい。一番駄目なのは、なし崩し的に相手を振ることよ」

 

「はい」

 

「雄弥…」

 

「さて、それじゃあご飯にしましょうか!雄弥くんが帰ってくるって知ってリサが作ってくれたのよ」

 

 

 話を切って食卓を4人で囲む。用意されていた料理は、栄養バランスを考えられたものだが、彩りもあり、この時期の男子が求めるカロリー量も十分に補えるものだった。

 

 

「みたいですね。リサから聞きました」 

 

「あらそうなの?じゃあ『雄弥って何なら一番喜んでくれるかなぁ』って相談してきたのも聞いた?」

 

「ちょっ、母さん!それは言わないでよ……」

 

「それは聞いてませんでしたね。リサ、俺はリサの料理ならどんなんでもいいからな。こんなに考えて用意してくれてありがとう」

 

「あぅ……バカ」

 

「なんでだ…」

 

「ふふっ、微笑ましいわね〜。今度はリサを食べてくれてもいいのよ?」

 

「な…なな…なにいって」

 

「リサは食べれないでしょ」

 

「…おじさんは偶に雄弥くんの天然さが羨ましいよ」

 

「へ?」

 

 

 天然って羨ましがられることじゃない気がするんだが、役立つことがあるのだろうか。リサが作ってくれた料理を美味しく食べながら今井家の会話に混ざるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 母さんってば、なんですぐにアタシが恥ずかしくなるようなことを次々と言うのかな!しかも半分ぐらいは雄弥が理解できないことばっかりで、アタシが勝手に恥ずかしがってて変な感じになるし!

 

 

「はぁ。…けど、雄弥と一緒なのは久しぶりだったし、多めに見てあげたらいいのかな」

 

 

 …いやいや、こんなんだから母さんがやめないんじゃん。それにしても母さんは凄いや。雄弥の反応を見ただけで雄弥の悩みを理解して助言してたんだもん。きっと前から気づいてたんだろうけど、ある程度は自分で何とかさせようとしてたのかな。

 

 

(アタシも母さんみたいな大人になれるかな…)

 

 

 母さんの凄さを理解すればするほど母さんの背中が遠くに感じる。どうやったら追いつけるのかを考えながらアタシは湯船に浸かった。

 

 

 

 

 

 

「で、のぼせたと」

 

「うぅー。ごめんね雄弥。せっかく帰ってきてくれたのに」

 

「気にするな。のぼせようがのぼせまいがリサと一緒にいれることに変わりはないからな」

 

「…雄弥って恥ずかしいことを平然と言うようになったよね」

 

「前から思ったことをそのまま言ってたけどな?」

 

「言葉の内容が変わったの!」

 

「そうか?」

 

 

 無自覚って怖いね。日菜も無自覚な発言が多いけど、同性と異性とじゃ全然違う。しかもそれが意中の人となると何度も何度もドキッとさせられる。そうさせられるのも悪くないかな、なんて思うようになったアタシは雄弥にゾッコンなんだろうね。

 ベッドで横になってるアタシのすぐ横で介抱してくれてる雄弥の姿を眺めて、雄弥を好きになれてよかったと思う。アタシは素敵な人に出会えたんだって心からそう思える。

 

 

「ねぇ雄弥、ぎゅってして」

 

「今のぼせてるだろ。駄目だ」

 

「いいじゃん」

 

「リサが回復したらな」

 

「ぎゅってしてくれたらすぐに治るよ?」

 

「どんな理屈だ…」

 

「じゃあ寝る前!それならいいでしょ?」

 

「まぁその時なら大丈夫か」

 

「絶対だからね!アタシより先に寝ないでよ!」

 

「わかってる」

 

 

 2週間ぶりぐらいに雄弥とこうして会えてることが嬉しくて、ついついわがままを言っちゃう。もっともっと雄弥に甘えたい。雄弥に会うことでアタシの雄弥への気持ちに歯止めが効かなくなってくる。

 

 

(けど、アタシはこうやっていられるし、日菜も事務所で会えてるだろうけど紗夜と友希那は……)

 

 

 こんな同情なんて二人からしたら余計なお世話なんだろうけど、独占できて喜んでいる自分と、引け目を感じる自分がいる。二人も雄弥と会いたいはずなのに、それを言わずにいてくれる。本当に二人はすごいよ。

 

 

「…あ、チケットまだ渡してなかったな。忘れないうちにリサに渡すからちょっと取ってくる」

 

「うん。すぐに戻ってきてね」

 

「すぐそこだから時間かける方が難しいな」

 

「あはは、それもそうだね」

 

 

 雄弥がアタシの部屋から出てすぐに、雄弥の携帯に結花からメッセージが飛んできた。気になって表示されてるのを見ると、そこにはライブが楽しみだという内容と次の衣装がとっても可愛いものだということが書かれていた。

 可愛い衣装ってどんなんだろうなぁって思っていたら今度はその衣装の写真が送られてきた。

 

 アタシは見なければ良かったと後悔した。

 

 

 だって、写真に写ってる衣装は

 

 

 誰がどう見ても、

 

 

 

 

──ウエディングドレス(女性の幸せの象徴)なんだから。

 

 

 

 そしてアタシにとどめ刺すような最後のメッセージが…

 

 

『しっかりリードしてよ新郎さん(・・・・)

 

 

(しん…ろう?…誰が?)

 

 

 そんなのは決まってる。こんな内容を送ってくるってことは新郎は雄弥だ。

 

 けどなんで?結花は狙ってないって言ってたじゃん!ライブでやって既成事実でも作る気なの!?

 

 携帯をそっと元の位置に戻してアタシは呆然とするしかなかった。既読はつけてないから結花も雄弥もアタシが見たってことを知ることはない。部屋に戻ってきた雄弥がまだ寝ないっていうのにアタシを抱きしめてくれた。いつもならそれで幸せに満たされるけど、今日はそうならなかった。

 

 ただ虚しさが広がるだけ。

 

 

 アタシの心には埋めれる気がしない程の大きな穴ができた…。

 

 




ライブ衣装がウエディングドレス!?何を考えているんだ!
真相は次回です。


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10話

自分でもたまに分からなくなるオリキャラの名字。
秋宮疾斗(リーダー)
梶大輝(いじられキャラ)
毛利愁(一応参謀役)

パスパレ2章「もういちどルミナス」昨日やっと全話解放しました。最高だよ!


 

 Augenblickのライブ衣装を見たあの日からアタシの心はどこかに行ってしまった。みんなに心配されないように頑張って作り笑顔を作って学校生活を過ごして、練習にもバイトにも手を抜かなかった。けど、アタシの親友には通じないみたい。

 Augenblickのライブ日、ライブはいつも通り夕方からだからRoseliaの練習も午前中になる。練習が終わったところでアタシは友希那に呼び止められた。

 

 

「リサ、何があったのかいい加減教えてくれないかしら。雄弥と一体何があったの?」

 

「心配してくれてありがとう〜。けど…何もなかったよ」

 

「リサ。私にそんな嘘が通じると本気で思っているのかしら。練習にはしっかり取り組んでくれているし、授業も問題ないようだれど、気を抜いていい時のリサはずっと上の空だったわよ」

 

「そんなことないよ。今日だってクラスの子とも普通に喋ってたでしょ?」

 

「えぇ。リサが作り笑顔で無理に合わせていたわね」

 

「っ!!」

 

(嘘、絶対に嘘。アタシはちゃんと笑えてたはず。誰も気づかないように自然な笑顔だったはず!)

 

「本気で私が気づかないと思ったの?それは心外ね。リサのことは誰よりも見ているつもりよ」

 

 

 友希那…が?いつも興味ない、みたいな態度とってたくせに…。今そんなこと言うなんてズルいよ。ホントに姉弟そろってさ。……こんなの、堪えられないよ。

 アタシは俯いて涙を流した。両手で顔を覆ってはいるけど、こんなことしてもみんなにはバレバレだよね。友希那がそっと正面から優しく包み込んでくれて、みんなもアタシの周りに来てくれた。

 

 

「何があったのか教えて?」

 

「……ほんとにね、雄弥と何かあったわけじゃないの…アタシが勝手に雄弥の携帯見て…それで今日のライブが……」

 

 

 それ以上は言えなかった。秘匿情報であることもそうだけと、それ以上にアタシの心がそれ(現実)を口にすることを拒んだ。言おうとして口を開いても声が出ない。

 

 

「…リサ、無理はしなくていいわ」

 

「ごめん…ごめん」

 

「いいのよ。もっと私たちを頼ってちょうだい。仲間なんだから」

 

「うん…」

 

「……今日のライブの見方が変わりましたね」

 

「そうね。雄弥たちがどんなライブをする気なのか」

 

「見に行って確かめないといけないですね!リサ姉を泣かせるなんて、あこ許せないです!」

 

「けど…否定的な目線で見ても…仕方ありません。…公平な目線を心がけないと」

 

「燐子の言うとおりね。Augenblickは自分たちのやりたいようにするけれど、お客さんのことを大前提に考えているはず。その意図も把握しなくては」

 

「たしか各ライブにはテーマがあるのでしたね」

 

「はい。前回は転生。それで今回が」

 

「…幸福、だったよね。あこちゃん」

 

「うん!」

 

「幸福ね…」

 

 

 幸福、たしかに幸福がテーマならあの衣装なんだろうね。けど、あれはお客さんに向けてのメッセージだけじゃ済まない。それ以上のことが裏にはある気がする。

 

 

「なんにせよ今日のライブを見に行けばわかることです。今回もチケットは融通してもらってますし」

 

「前回同様また周りに人がいないところ…でしたね」

 

「一旦帰りましょう。時間には遅れないで」

 

「もちろんです!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 ふんふふ〜ん♪ライブ、ライブ☆

 ライブ自体は2回目だけど、私が初めからステージに立ってるって意味なら今回が初めてのライブ!しかも今回は私をメインに考えたライブになってるから超楽しみなんだよね〜。

 

 

(私の夢の一つが叶うライブだしね)

 

 

 ライブが楽しみすぎて集合時間の1時間前に来ちゃった。まだ他のメンバーは来てないし、しばらく来ないだろうから私は先に会場に入ることにした。身分証明を見せてスタッフさんに通してもらって、真っ先に向かったのはもちろんステージ!

 Augenblickらしく色んな演出ができるように大量の仕掛けが用意されているけど、それは全て分からないようにうまく隠されてる。ステージの真ん中に立って客席を見る。きっとお客さんで埋まることになる客席。来てくれた人たちと盛り上がってる景色をイメージする。それだけで私は胸が高鳴ってくる。

 

 

「早くライブしたいなー」

 

「ボヤいても時間は変更しないからな」

 

「へ?」

 

 

 独り言のつもりが返事があった。そっちを見るとAugenblickが揃ってた。…みんななんでこんな早く来てるんだろ。馬鹿じゃないかな。

 

 

「結花のことだから集合時間の1時間前には来るだろうって予想したんだよ」

 

「愁の予想通りに結花が来てるとは正直思ってなかったがな」

 

「けど雄弥が僕らで最初に来てたんだよね〜」

 

「お前らが遅れただけだろ」

 

「僕は時間ピッタリだったよ。疾斗は寄り道してきて、大輝はそれに巻き込まれたんだよね」

 

「酷い目にあった…」

 

「人助けはいいことだろう」

 

「そこはな!ただお前の無茶振りが酷すぎんだよ!」

 

「普通だろ」

 

「自分を基準にするな!前から言ってるがお前は人外レベルだからな!?」

 

 

 私のやること読まれてたんだ…。理解されてるって思うべきか、単純だと思われているのか。

 私はステージにあるお立ち台から降りてみんなの方に駆け寄る。これ以上あそこに立ってたらマイク使って歌いそうになるからね。それを言わなくても伝わるようで、私が駆け寄ると自然と楽屋へと向かう。

 

 

「それにしてもライブ衣装がウエディングドレスか…。またぶっとんだライブになるな」

 

「いいじゃん可愛いんだもん。着てみたいって思うのは女の子なら当然のことだよ?」

 

「そりゃそうだろうけどな。…変な噂が立つだろうな」

 

「そんな心配するなよ大輝。俺たち4人は全員同じ衣装を着るんだ。熱愛云々には発展しないし、そういう情報が流れようと信じない奴は信じない」

 

「しかも僕らって色々やり過ぎてるから今回はコレか、ぐらいの反応の方が多いでしょ」

 

「ほんとみんな頭おかしいよね☆」 

 

「結花も今回で仲間入りを果たしたがな」

 

「…え?」

 

 

 環境に染まっていくって話はよく聞くけど、私も抗えないのか〜。まぁコレはこれでいいんだけどね?だってAugenblickに馴染んできた証なんだから。

 

 

「あの衣装の出番はラストだけどね」

 

「結花の持ち歌披露と新曲披露の時だからな」

 

「ミスったらフォローしてね?」

 

「任せろ!大輝が体を張ってフォローするから!」

 

「俺を犠牲にするなよ!」

 

 

 私の持ち歌…つまりは代表曲。Augenblickはそれぞれ1曲ずつ持ち歌がある。担当の歌とは別で、歌詞の方向性とか曲の方向性を自分で決めて、人によっては自分で全部作る。それを今回私も披露する。曲は方向性しかできなかったけど歌詞は自分で作った。もちろん添削されるけど、それでも私が詰め込みたいものは何一つ削られなかった。

 

 

「楽しみだな〜」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ライブは順調に進んだ。練習してきた全てを出し切ってるし、お客さんの盛り上がりも最高になってる。今は最後の演出、私の持ち歌とあの衣装を披露する前のちょっとした休憩。

 お客さんには事前に収録したMVを見てもらってる。内容は練習中にふざけたことを纏めたもので、NG集というタイトルで流してる。笑い声が聞こえるあたり掴みはバッチリだね。

 

 

「おお〜。私がこれを着る日がくるとは…」

 

「結花が頼んだんだろうが」

 

「それでも感慨深いものなんですー!」

 

「そういうものか」

 

「雄弥のタキシード姿って結構様になるね!みんなもいい感じなんでしょ?」

 

「俺が様になってるならそうなんじゃないか?」

 

「いやお前が一番様になってるからな?」

 

 

 雄弥にツッコミをしながら大輝たちもこっちに来た。大輝たちも雄弥同様タキシードだけど、胸に指す造花はそれぞれのイメージカラーになってる。…なるほどー、たしかに雄弥が一番様になってるね。みんなカッコイイけど、順位をつけれるぐらいには差がある。ちなみに一番下は疾斗だね。疾斗は和服のほうが似合うから。

 

 

「結花が一番似合ってるけどな」

 

「どこにでも自信を持って送り出せるな」

 

「疾斗、保護者目線になってるよ」

 

「そろそろ時間だぞ」

 

「…雄弥」

 

「…はぁ、…お手をどうぞ、プリンセス」

 

「…ありがとうございます」

 

「…キザだな」

 

「ああ、キザだ」

 

「よくあんなこと言えるよね〜」

 

 

 なんでこんか恥ずかしいことを言えるの!!というか3人は先に出ないといけないでしょ!早く行きなよ!!

 

 

 

『それでは登場していただきましょう。藤森結花さんどうぞ!』

 

 

 疾斗のフリを受けて私は雄弥に軽く手を引っ張ってもらいながらステージに出る。楽しみだったけど、いざとなると恥ずかしい。雄弥は私をステージの真ん中までリードしてから自分の場所に移動した。

 

 

「「「カワイイ!」」」

 

「「「きれい!!」」」

 

「あ、ありがとうございます。…あはは、こんないっぱいの人に言われると凄く照れちゃうね。…この衣装は私のお願いで作ってもらったんだ〜。…とても大切で、みんなに受け入れてもらえてすっっごく嬉しい!それでは聞いてください。私の持ち歌で"Glühen"」

 

 

 ドイツ語で"輝き"という意味のこの歌は、私がみんなに希望を与えられるような人になりたいという思いと、みんなも輝けるよ!という思いを込めた歌。

 歌い終ると大量の拍手と「よかった」といった言葉がいっぱい聞こえてきた。成功したことを実感し、一度お辞儀をしてからマイクスタンドを移動させる。スタッフさんからインカムを受け取って、マイクを持たなくても歌が届くようにする。

 次が最後の曲で一番の見せ場、大輝がドラムからギターに変更して、ギターを引いてた雄弥が真ん中に歩いてくる。この新曲は一人では歌えない。二人での掛け合いがあって完成する曲。それを今回雄弥にしてもらうんだ。

 

 

「タイトルコールは一緒にね?」

 

「ああ」

 

「「Glück」」

 

 

 二人で歌いながら、二人でダンスをする。それがこの曲のやり方。ライブの最後がバラード風だけど、まぁメインだからいいよね?お客さんにも受けが良かったわけだし。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 なるほど、こういうことだったのね。リサはこの衣装が使われると知ってしまったから…。雄弥は本当にバカね!

 

 

「ちょ、待ってください。友希那さん!」

 

「待たないわ。私は雄弥に話があるから」

 

「あこたちも行きますからー」

 

「早くしなさい。私は今気が立っているの」

 

「宇田川さん、白金さん、はぐれないように付いてきてください」

 

「紗夜さん!…リサ姉行こ」

 

「……うん」

 

 

 …リサが沈んでいることが頭から抜け落ちていたわね。リサのペースで行かなくては、…雄弥たちの楽屋はあそこね。

 どうやって関係者用から入ったかって?身内なんだから通れるわよ。

 ノックせずに楽屋のドアを開けると、雄弥を除いたみんなが驚いた顔をしていた。私は周りには一切目を向けず雄弥に詰め寄って胸ぐらを掴んだ。

 

 

「ゆ、友希那ちゃん!?」

 

「あなた達は黙ってなさい。…雄弥、ライブのことに口出ししたくはないし、正直ライブはとても良いものだったわ。けれど、アレはないでしょう!!」

 

「なんのことだ」

 

「最後の曲よ!」

 

「っ!!」

 

「何が問題なんだ。俺たちが作った曲をなんで友希那に否定されないといけない」

 

「それ自体は否定しないわ。けれど、あなたを想っている人(・・・・・・・・・・)のことを考えなさい!!あんなことをしたら衝撃を受けるどころじゃないのよ!!心にどれだけ深い傷を負うと思ってるの!!」

 

「…俺は…」

 

「…日菜のおかげで考えるようになったと思っていたのに。甘やかすのは私の役割じゃないからハッキリと言うわよ。雄弥、あなた最低よ(・・・)

 

「……外で頭冷やしてくる」

 

「…そうしなさい」

 

 

 雄弥が部屋を出ていくと梶くんが追いかけていって、あこも様子を見てくると飛び出していった。そのあこを燐子が追いかけていったけど。

 静かになった部屋にすすり泣く音が響き始めた。その音源はこのライブでメインを飾った結花だった。毛利くんが寄り添ってあげて、秋宮くんが半歩前に立って私たちと結花の間に立っていた。

 

 

「…ごめん、なさい……わたし、…わたし、リサたちを…傷つけるつもりはなくて」

 

「っ!…ごめんなさい。あなたを責めたわけじゃなくて」

 

「けど、…だけど…私がこれをお願いしたから!……夢、だったから」

 

「…ウエディングドレスを着ることが夢なのはわかります。女の子なら誰だってそうですし、アイドルをしている以上結婚が難しいことも理解しているつもりです」

 

「紗夜…」

 

「ですが、あなたなら結婚できるでしょう?Augenblickは常識に囚われないバンドで、生きづらい環境を次々と打破しているバンドなんでしょう!?それならライブじゃなくても」

 

「無理なの!!…私は…絶対に結婚できないから…」

 

「何を言って!」

 

「紗夜落ち着いて」

 

「…今井さん」

 

 

 辛いはずのリサに静止を呼びかけられたことで紗夜も押し黙った。リサはまだ表情が暗いけど、それでも結花の話を聞こうとしている。それにならって私たちも黙るしかない。

 

 

「リサ……ごめん。ごめん!」

 

「うん。結花の理由を教えて?結婚できないってどういうこと?」

 

「私は…私の体はね、…子供を産めない体なの」

 

「「「……ぇ」」」

 

 

 結花の口から出た言葉は、私たちの思考を止めるには十分過ぎた。結花には結花の理由がある。それを、今回のライブに込められた思いを、私たちは考えれてなかったことを思い知らされる。

 




この回で話を収める予定だったのに!思いの外めちゃくちゃ長くなりそうだから区切ることにしました。
「自分のことを想う人のことを考えろ」は友人に怒鳴られて言われた言葉です。ほんと、いい友人ですよ。涙が出ましたね。


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藤森結花 誕生日回

このキャラの設定上(モデルにした人の関係上)誕生日は今日です。
※これは6月1日に書いて放置したものです。時系列はあまり気にしないでください。m(_ _)m


「次はあれ行きたーい!」

 

「よくそんな次から次へと要望が出てくるな」

 

「驚きを通り越して尊敬するよ」

 

「ええー、みんな欲がなさすぎなんじゃない?」

 

 

 今日6月24日は私、藤森結花の誕生日。今日は私が所属してるバンドAugenblickのメンバー全員で遊んでるんだ☆

 

 

「服屋でのファッションショーに映画鑑賞、休憩がてら食事に行って今度はゲームセンター。…ある意味ハードスケジュールだな」

 

「そうかな〜?でも私がやりたいことはまだまだ残ってるよ?」

 

「一応聞くけど他にやりたいことは?」

 

「えっとね〜、ゲームセンターの後は時間考えたら移動しないとだね。綺麗に夕焼け見えるとこあるらしいからそこに行きたい。今日中は無理だけど、みんなでテーマパークとか行きたいし、旅行とかも行きたいな〜。あとはねー、」

 

「結花そこまでだ」

 

「疾斗のケチ。言うぐらいいいじゃん。ね?雄弥」

 

 

 大輝と愁は疾斗と同じでお腹いっぱいみたいな反応してるから、三人とは違う雄弥に聞いてみる。雄弥は色んな子と予定合わせてるから1番忙しかったりするけど、それでも私の要望を聞いてくれる。

 

 

「予定を合わせれたら行けばいいだろ。それよりゲームセンターにいくぞ。夕焼けを見に行く時間を考えたら早く行かないとろくに遊べないだろ」

 

「それもそうだね。ほらみんなも急いでー」

 

「……結花ってパワフルだよね」

 

「天真爛漫ってやつだな」

 

「バンドやってる奴ってそういうの多いのか?」

 

「は?………かもな」

 

 

 いやいや、聞こえてるからね?まぁ天真爛漫って別に悪口ってわけじゃないからいいんだけどさ。悪口言うようなメンバーでもないけど。

 

 

「今日はやけに楽しんでるな」

 

「まぁね〜。今日は特別な日なわけだし☆」

 

「誕生日だからか?」

 

「…それ()あるかな〜」

 

「他にもあるのか」

 

「それは乙女の秘密だけどね☆」

 

 

 そう秘密。知ってるのはマネージャーさんだけ。みんなのことは大好きで、信頼してるけど、それでもやっぱり言えないかな。もしかしたら勘付いてる人もいるかもだけどね。

 みんなはすっごく優しい。だから人が秘密にしたいことは本当に踏み入ることなく距離を置いてくれる。それはありがたいことだけど、時に寂しさも覚える。…身勝手だけど、もっと接してほしいって時もあるんだよね。

 

 

「それで何からやる?」

 

「へ?……そうだな〜、じゃああれからやろ!」

 

「じゃまずは大輝を犠牲にするか」 

 

「犠牲とか言うなよな!」

 

「それでも最初にやる大輝って律儀だよね」

 

「それを無くしたら大輝には何もないからな」

 

「疾斗もたまに辛辣だよな!」

 

「あはははは!いいから早くやりなよー!」

 

 

 あ~ほんとに面白いな〜。Augenblickに入れてくれたマネージャーさんには感謝だね。

 大輝を生贄にどんな内容なのかを確認してから残りの4人で2人ずつに別れてシューティングゲームをした。先に私と雄弥のチームでやった。雄弥が滅茶苦茶上手くて、何度も雄弥にフォローしてもらった。

 

 

「あ~、ごめんね。ゲームオーバーなっちゃった」

 

「気にするな。俺ももう死ぬ。…ほらな」

 

「結花をフォローしてた分雄弥の体力減ってたからな〜」

 

「…ごめん」

 

「謝るな。ゲームなんだから楽しむことが目的なわけだしな。結花は楽しめたか?」

 

「うん!おかげ様でね♪」

 

「さて、じゃあ次は俺と愁だな」

 

 

 2人は最後のステージまでを見れてたおかげで楽々とラスボスまで辿り着いて、それはもう見事に倒してた。製作者が泣きそうだね。

 その後は5人でカートレースしたり、UFOキャッチャーしたり、リズムゲームしたりしてゲームセンターを出た。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ベストタイミング!さすがは私だね☆」

 

「自分で自分を褒めるやつってろくなのいないよな」

 

「疾斗言われてるぞ」

 

「よし、大輝はそこらへんの柱に括りつけて置いて帰ろう」

 

「いいね。僕も協力するよ」

 

「ブルータスお前もか!」

 

「ブルータスじゃないから、しかも大輝がカエサルとかかけ離れ過ぎだから」

 

「ぐはっ」

 

 

 一連のやり取りに必ずと言っていいぐらいギャグを盛り込むよね〜。アレはアレですごく面白そうだけど、ちょっとノリについていけないかな。…男の子ってすごいなー。

 

 

「夕焼けを見なくていいのか?そのためにここに来たんだろ?」

 

「あ、うん。…みんなのやり取りが面白かったからつい」

 

「俺たち漫才師目指せるんじゃね?」

 

「大輝が毎回体をはった、死にものぐるいの漫才か。斬新だな」 

 

「辛い方向はナシだよ!疾斗もわりと俺にそういうことさせるよな!」

 

「それは失礼だよ大輝。僕も弄りたいと日頃から思ってるのに」  

 

「四面楚歌!?」

 

「ほらね?」

 

「なるほど。…無視しとけばいいんだよ」

 

「雄弥みたいにはできないかな〜」

 

 

 私にとってはこの夕焼けはもちろん大事なんだけど、こうやってこの5人でいるという事実が大事なんだ。一つ一つが大切な思い出になるから。

 夕焼けを見ながらも飽きずに盛り上がり続けるAugenblickのメンバー、私も途中からそのやり取りに巻き込まれて、さっきまでとは違う楽しさを味わえた。

 帰宅時間になって、私は雄弥に家まで送ってもらうことになった。他の三人はそれぞれやることがあるみたい。やっぱりちょっと無理して予定空けてもらってたみたい。

 

 

「あーあ〜、今日ももう終わりか〜」

 

「結花の誕生日、という日ならまた来年もくるだろ」

 

「うん。また来年もみんなで遊んでね?」 

 

「…解散してなかったらな」

 

「っ!?……物騒なこと言わないでよね〜。私が入ってまだ半年すら経ってないのに」

 

「そういやそうだったな。ただ、元々Augenblickはここまで活動を続けるつもりじゃなかったからな。…色々あったのもそうだが、俺たちは予定以上に大きくなりすぎたみたいだ」

 

「へー。また新しいこと知っちゃった☆そんなAugenblickの結成秘話、新メンバーとしては興味深いなぁ」

 

「話すほどのことじゃない。一言で言えばマネージャーがかき集めて作ったバンドだ」

 

「ざっくりしすぎだよ…」

 

 

 雄弥からしたら実際にそう思えるのかもしれない。私たちのマネージャーさんは他に類を見ないぐらい人の秘めた才能を見出すことができる。それに情報収集能力も分析力も高いからあの人に見出された人は将来を約束されたも同然、と言われるぐらいだ。

 そうこうしているうちに私の家に着いた。実は事情があって私は一人暮らしをしている。マンションの一室で、一人暮らしにしては少し大きめの部屋だ。玄関の鍵を開けながら後ろにいる雄弥に別れを告げようとしたら、扉の内側から(・・・・・・)クラッカーが鳴った。

 

 

「うわっ!な、なになに!?」

 

「結花ってそんなに驚くことあるんだな」

 

「わ、私だって驚くことあるよ!」

 

「「「結花ハッピーバースデー!」」」

 

「え、えぇ!!」

 

「サプライズ大成功だね」

 

「その話はあとで、とりあえず中に入れよ。外で騒いでたら近所迷惑だしな」

 

「疾斗、ここ結花の家だからな。…雄弥は固まってる結花連れてこい」

 

「そうだな」

 

(さ、サプライズ?みんなが?私に?)

 

 

 私が固まってる間に、本当に雄弥は私を抱えて家に入った。女の子なら誰でも憧れるお姫様抱っこで。それをメンバーに見られて私は恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

 

「ゆ、雄弥。おろして!」

 

「大丈夫なのか?顔が赤いようだが」 

 

「すぐに治るから大丈夫!」

 

「わかった」

 

「ちぇー、もう少し抱えられてたら動画取れたのにな〜」

 

「疾斗さすがにそれは結花が可哀想だよ。お姫様に怒られるよ?」

 

「…それもそうだな。写真だけで我慢しよ」

 

「写真撮ったの!?」

 

「大輝がな」

 

「だ・い・き?」

 

「ごめんなさい!今消しましたから!」

 

 

 ふぅー、これであの恥ずかしいお姫様だっこは拡散されないね。……あ、口止めしとかないとダメなのか。

 

 

「みんなこのことは」 

 

「それより愁、料理の方はどうなんだ?」

 

「…雄弥」

 

「?どうかしたか?」 

 

「はぁ…、後でいいや」 

 

「あはは…。料理の方は大丈夫、頼んでおいたから出来たて状態だよ」

 

「完璧だな」

 

「え?え?料理?」

 

「結花の誕生日パーティを今からするんだとさ」

 

「大輝がパーティは必要だろって煩くてな」

 

「そういうお前らもノリノリだったろ!」

 

(誕生日、パーティ…。完全に予想してなかったなぁ。…そっか、みんなここまでしてくれるんだ。あたしなんかのために)

 

 

 用意されてた料理は彩りがある料理ばっかりで、どれから食べようか悩んでしまうし、そもそも食べてしまうのが勿体無いと思えるようなものばっかりだ。

 「食べないほうが勿体無い」って雄弥に言われてとりあえず軽めのサラダから食べる。私が食べたのを見てからみんなも思い思いに食事を始めた。

 成長盛りの高校生が5人もいれば用意された料理を全て食べるのにそこまで時間はかからなかった。食事中もみんなで色んな話をして、料理を食べ終わったらデザートとして最後に出されたバースデーケーキを愁が取り出した。…人の家の冷蔵庫勝手に使ってるね。まぁ今回はいいけど。

 

 

「…すごすぎない?」 

 

「なんかシェフが張り切ったらしくてさ」

 

「シェフ?」 

 

「俺の知り合いのおっさんだな」

 

「あ~、雄弥の知り合いならこのクオリティも納得だね」

 

 

 デコレーションケーキってのは聞いたことあるし、SNSで見たこともあるけど、このクオリティはそうそうないよね。私たちが演奏してる時のワンシーンをデコレーションで描くって、ほんと張り切り過ぎでしょ。これを食べるのって凄い勇気いるんだから。

 なんだかんだでケーキもすぐに無くなりました。はい。写真撮影をしたあとに疾斗と雄弥がサクサク切り分けていってすぐに平らげたからね。

 今はベランダで気分転換がてら夜景を見てる雄弥の横に並んでる。雄弥は別にロマンチストじゃないはずだから、日課の電話してそのままただ眺めてるってことかな。

 

 

「いや〜誕生日パーティをしてもらえるなんてね〜」

 

「大輝に感謝しろよ。あそこまで強引になるのって珍しいことだからな」

 

「うん。もちろん感謝してるよ。祝ってくれたみんなにもね☆」

 

「そうか」

 

 

 誕生日だからか、場の雰囲気がそうさせたのか、私は口にする気がなかったことをうっかり口にしてしまった。

 

 

「もしも、さ、もしも私がAugenblickを抜けることになったらどうする?」

 

「唐突だな」

 

「……あ、ご、ごめん!今の忘れて!抜けたりなんかしないからさ!あははっ…」

 

「結花がAugenblickを抜けたらAugenblickは解散だな」

 

「…え?…バンドなんだし、元々4人で活動してたんだから元に戻すなり、またボーカルを探すなりできるんじゃ」

 

「できるけどやらない。Augenblickは今のメンバーで完成されたバンドだ。ボーカルは結花以外ありえない。例え結花以上の実力がある奴でもいらない」

 

「な、なんで…。なんでそんな私を…」

 

「それは結花がAugenblickのボーカルだからだ。…いや、違うな。失いたくない人だからだ」

 

「なっ」

 

「だからもし結花がいなくなることがあればAugenblickは解散する。それは俺だけの考えじゃない。そこで聞いてる(盗み聞きしてる)そいつらも同じはずだ」

 

「え?」

 

 

 後ろを振り返ると窓が少し開いてるのがわかった。みんな今の話を聞いてたみたい。

 

 

「なにしてんの!?」

 

「盗み聞きだ!」

 

「すげーなこいつ、言いきりやがった」

 

「それよりさ。結花、雄弥が言ったとおり僕たちも結花がいなくなるならAugenblickを続ける気はないからね」

 

「仮の話だがな。そもそも俺たちがこんな長く活動する予定もなかったけどな」

 

「その意味でのAugenblick(一瞬)だしな」

 

「ま、そんな話はいいんだよ。…もし結花が抜けないといけなくなっても、その原因排除に全力を注ぐぞ!」

 

「疾斗なら解決しかねんな」

 

「いやいや雄弥も疾斗と同じ扱いだからね?」

 

「う…うぅ…」

 

 

 私は馬鹿だ。みんな私のことを大切な仲間として受け入れてくれてたのに、私はそのことに気づいてなかったなんて。

 

 

「大輝」

 

「俺何もしてないだろ!?」

 

「盗み聞き」

 

「それは2人も同罪だ!」

 

「ちがうの」

 

「結花?」

 

「みんなが…私を仲間って受け入れてくれてたのに……私がまだ信頼できてなかったのが…情けなくて」

 

「…気づけたならこれから変わればいい。俺たちはまだ出会って半年も経ってないんだ。まだまだ活動は続くし、もっと忙しくなる。これからは長いんだからな」

 

「うん…うん…」

 

「今は泣きたいだけ泣け。我慢するのは体に良くないらしいからな」

 

「うん…!」

 

 

 雄弥はほんとうに、なんで……。けど今はそんなのどうでもいい。今は雄弥に受け止めてもらえばいいんだ。あたしは全てをはき出すように雄弥にしがみついて泣きまくった。

 この日を境に私たちは更に結束力が強まった気がする。というか私がみんなとの距離を更に縮められたってとこかな。それもこれもみんなのおかげなんだけどね☆

 私が仮に辞めたら…なんて話をした原因はまだ残ってるし、雄弥たちに言えてないけど、私は自身を持って胸を張ってAugenblick(ここ)に居たいと断言できる。

 

〜〜〜〜〜

 

「あ、雄弥見っけ!……えいっ!」

 

「結花いきなり抱きつくな。日菜みたいになってるぞ」

 

「えへへ、いいの☆」

 

「何がいいんだよ」

 

「教えなーい」

 

(私はAugenblickが大好き。ずっとここにいたい)

 



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11話

1章、2章ともに15話ごとでしたが、別にそこにこだわってませんので、3章は15話以上になります。
あ、「藤森結花 誕生日回」は時系列では3章の中のどこかなので、3章の中に入れます。


「はぁ、はぁはぁ……雄弥」

 

 

 私は全力で走っていた。雄弥に謝らないといけないことが判明したから。雄弥がやったことは決して間違いじゃなかった。私は、雄弥の行動を頭越しに否定してしまった。

 

 

(何が最低よ!最低なのは……私だわ)

 

 

ーーーーーー

 

 

「子どもを産めないって…何言って…」

 

「…見てもらったほうが早いかな」

 

 

 結花は服をたくし上げてスカートを少しずらした。突然のことで秋宮くんと毛利くんは慌てて視線をそらす。

 

 

「ふ、藤森さんいきなり何を!」

 

「ここ、見えるでしょ?」

 

「っ!!」

 

 

 結花が指をさした場所は下腹部で、女性にとって大切な子宮がある場所の少し左。

 

 そこには痛ましい傷の後が残っていた。

──まるでナイフで刺されたような(・・・・・・・・・・・・・・)そんな傷だ。

 

 

「な、なんでそんな傷が…」

 

「…虐待?」

 

「…うん。リサの予想通りだよ。私は両親が愛し合って生まれたわけじゃないから」

 

「まさか…」

 

「私のお母さんは売春婦だった。それである日男との間に子どもができてしまった。それが私なんだ。私は望まれて生まれたわけじゃない。お母さんは日に日にストレスが増していって錯乱するようになった。それもそうだよね。相手の男は知らんぷりを決め込んで一切援助しなかったんだから。それである日私が寝ている時にナイフを突き刺してきた。『あなたをこんな惨めな大人にさせないため』なんて言って子宮を狙って刺したんだって。私の悲鳴を聞いたお隣さんがすぐに駆けつけてくれて私は助かった。お母さんはもちろん逮捕された。……私に残されたのはこの傷とお母さんが抱えていた多額の借金だけ。……こんな……子どもを産めないような人と……結婚してくれる人なんていないからさ。……だからせめてライブで夢を叶えたかった」

 

「そう、だったんだ」

 

 

 そんな事情があっただなんて…。私はなんてことをしてしまったの…。結花が話し終わると今度は秋宮くんが口を開いた。それで私は自分の愚かさに気付かされることになる。

 

 

「雄弥が今回新郎役をやった理由を話させてくれ」

 

「…何かあるんですね?」

 

「ああ。あいつなりに考えて決めたことだからさ。お前たちには聞いていてほしい」

 

「…聞く。だから教えて」

 

「リサ…」

 

「わかった。…日菜に出された課題をあいつが悩んでいたことは知ってるだろう?それで何か掴めることがないか悩んで出した結論が、結花の新郎役をやることだったんだ」

 

「どういうことですか?」

 

「新郎新婦、つまり結婚式と同じ形を取るということは、その時の気持ちを相手を愛することを理解するのに最適だと考えたらしいんだ。『そうすることで少しでも相手を愛することがどういうことか考えられると思うからやらせてくれ』ってそう言ったんだ」

 

「それじゃあ雄弥は…」

 

「お前たちのことを考えての行動だな。…まぁ問題があったのも事実だが」

 

「じゃあアタシは勝手に!」

 

「今井さん!」

 

 

 泣き崩れて倒れそうになったリサを、なんとか紗夜が支えてくれた。私はそのまま紗夜にリサのことを頼んで楽屋を飛び出した。燐子に連絡を取って、雄弥がいる場所に急いで走った。

 

 

(私は…また!)

 

 

ーーーーーー

〜〜〜〜〜

 

 

 俺は間違えてばかりだ。こういう時の行動が裏目に出てしまう。しかもより酷い状態になってしまう。会場から少し離れた場所のベンチに腰掛けて反省していると、大輝が駆けつけてきて、すぐ後ろにあこと燐子も来ていた。

 

 

「俺が言うのもなんだけどよ。雄弥って不器用だよな」

 

「…そうなんだろうな。自分じゃよくわからない」

 

「雄弥さん。ライブの背景を教えてください。雄弥さんはリサ姉たちを傷つけるためにやったわけじゃないですよね!?」

 

「当たり前だろ!なんで好き好んでリサたちを傷つけないといけない…」

 

「では……教えてください。あのライブの…背景を」

 

 

 俺は結花のことは伏せて、自分のことだけを話した。男女の幸せの状態を体験すれば恋愛について少しは分かるんじゃないか、そう思ってやったんだと話した。

 

 

「…ほんと不器用なやつ。せめてリサちゃんたちに軽く話しとけばよかっただろ」

 

「ライブの内容を話すわけにはいかないだろ」

 

「ですが…あの、ライブの演出で…自分なりの答えを出すためのことをする…みたいなことなら…大丈夫だったんじゃ」

 

「「あ…」」

 

「…あこちゃん」

 

 

 …あこもそこまでは考えれなかったか。いやまぁ、あこは別にいいんだ。俺がそれを考えれなかったのが問題なんだから。

 

 

「今からでも話して仲直りしてこいよ。…向こうも落ち着く頃だろ。疾斗がいるわけだし」

 

「…そうだな。行ってくる」

 

「……あ、ちょっと待ってください」

 

「りんりん?」

 

「友希那さんが…こちらに向かってるようなので。…ここで…待っていてください」

 

「姉に先を越されたな?」

 

「まぁ、俺の姉だしな」

 

「はははっ!言うじゃねぇか!ま、俺らは友希那ちゃんが来たら楽屋に戻るわ」

 

「ああ」

 

「それと雄弥さん。楽屋に戻ったらリサ姉と紗夜さんとも話してくださいね」

 

「…私からも…お願いします」

 

「ああ。当然だろ」

 

 

 それから友希那が来るまで俺は、特に誰かと話すことなく夜空を見上げていた。やはり都会の空は駄目だな。あの時みたいな星空を見ることができない。いくつか見える星を眺めながら、なんて謝るかを考える。

 謝らないといけない。俺はやり方を間違えてしまったんだから。楽屋を出る時にチラッとRoseliaのメンバーの顔を見た。友希那は当然怒っていたし、あこと燐子は友希那の行動に驚いていた。

  

 そして紗夜とリサは、表情がとても暗かった。あの顔を見ればいかに俺が間違えたのかが、俺でもわかる。友希那の言うとおり心に傷を負わせてしまったのだろう。

 

 

「あ、友希那さんが来ました」

 

「…雄弥、俺たちは戻るから」

 

「…お先に…失礼します」

 

 

 会場の方へ歩き出す三人とすれ違うように友希那がこちらへと歩いてくる。すれ違いざまに一旦足を止めて言葉をかわし、またすぐに歩き始めた。よく見ると友希那の肩が上下してる。さっきまでは走ってきたということだろう。

 

 

「…雄弥」

 

「友希那…。ごめん、俺がやったことは間違ってた」

 

「違う!謝るのは私の方よ。…秋宮くんから話を聞いたわ。雄弥が真剣に考えて行動したって。…今回のライブのもう一つの意味も結花のためなのよね」

 

「それも聞いたのか…」

 

「結花から直接。…ごめんなさい雄弥。あなたがやったことは間違ってなんかなかったわ。…最低なのは雄弥じゃない。何も聞かずに否定した私よ…」

 

「それは違うぞ友希那。俺がもっと器用に動けてたら良かったんだ。そもそも俺が感情を理解できていないからこうなったんだ」

 

「けどそれは!」

 

「もう仕方がないで済まされないんだ。…その時期はもう過ぎた。そうだろ?」

 

「……そうね。私もそう判断したから甘やかすのはやめると決めたんだもの。…たまには姉らしいこともしたいけど//」

 

「最後なんて?」

 

「独り言よ」

 

 

 少し頬を赤くしているから、自分で言っておきながら恥ずかしいことだったんだろう。何かは全くわからないが。

 友希那と二人並んで楽屋へと向かう。仲のいい姉弟らしく、昔みたいに手を繋ぎながら。リサとも紗夜とも日菜とも結花とも違う。友希那と手を繋ぐと不思議と気持ちが高まる。なんでもできそうな、そんな気持ちが湧いてくる。

 

 

「友希那」

 

「なに?」

 

「ありがとう」

 

「どうしたの?改まって」

 

「別に、言いたかっただけだ」

 

「そう」

 

「俺は不器用みたいなんだ」

 

「知ってるわ。私をなめないでちょうだい」

 

「ははっ、ごめん。…俺はこれからも何度も間違えると思う。だから、その度に叱ってくれ」

 

「…私だって間違えることが多いわ。人を叱れるほどの人間じゃない。…だけど、雄弥がそう言うなら私の基準で何度でも叱るわ。ただし、言っておくけど私は甘やかさないって決めてるから、容赦しないわよ」

 

「ああ。ありがとう」

 

「まずはリサと紗夜と話をしなさい」

 

「そうだな」

 

 

 お互いあまり表情を変えない者同士だが、長年の付き合いだ。声色でなんとなくわかる。きっと友希那には俺のことが筒抜けなんだろう。…俺はそうでもないが。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「リサ姉大丈夫?」

 

「うん…。もう大丈夫。心配してくれてありがと〜あこ。紗夜もありがとう♪」

 

「わ、私は別に」

 

「あはは、照れちゃって」

 

 

 あたしの思い込みで発展してしまったこの騒動は、真相を知ることでひとまず落ち着くことができた。結花のことを知ると、勝手に失望していた自分が腹立たしい。その反対に雄弥の考えを知れて嬉しくなっちゃったりしてるんだけどね。気持ちがごちゃまぜだよ。

 

 

「…リサ、本当にごめんなさい」

 

「い、いいっていいって!…アタシの方こそ、結花の夢を知らなかったからこんなことになっちゃったんだし、ごめんね!」

 

「リサは悪くないって!私が!」

 

「はいはいカットカット!!」

 

「疾斗、区切り方が雑すぎるよ」

 

「愁、いたのか」

 

「ずっといたんですけど!?」

 

「とうとう愁までイジラレ役か。同士だな!」

 

「え?大輝いつの間に帰ってきたの?」

 

「さっき三人で帰ってきてただろ!」

 

 

 あ、あははー。アタシもすっかり二人のこと忘れてたや。愁くんは大人しすぎたし、大輝くんは空気を読みすぎて端っこにいたし。…それにしてもノリが軽いな〜。雄弥が退屈しないって言ってたのがよくわかるよ。

 

 

「うちのメンバー面白いでしょ?シリアスなんて長続きしないんだから」

 

「その点Roseliaはメリハリしっかりしてるかな〜。練習中とそうじゃない時で全然違うんだよ?」

 

「いやいや私たちだって全然違うからね?ライブ見た後だからよくわかるでしょ?」

 

「いやいやあたしたちのほうが」

 

「いやいやいやいや」

 

「…今井さん、藤森さん。何をしているんですか?」

 

 

 紗夜に遮られたところで結花と顔を見合わせて笑う。前にあこが言ってた、アタシと結花が似てるっていうのを今なら理解できる。アタシ達はきっと、めちゃくちゃ仲がいい友達になれる。Roseliaのメンバーと同じくらいに大切な友達に。

 

 

「…二人が…帰ってきました」

 

「っ!?」

 

「よっす!おかえり雄弥」

 

「疾斗、お前ムードメーカーならぬムードブレーカーになってきてないか?」

 

「上手いこと言ったつもりか大輝ー?残念だが面白くないぞ。ってことでテイク2といこうか」

 

「やらねぇよ!!面白くないって言われただけでも傷つくんだからな!」

 

「二人とも静かにして」

 

「「ごめんなさい」」

 

「ったく。Roseliaみんなごめんね、うちのバカたちが空気読まなくて」

 

「だがまだ空気は読まねぇぞ!」

 

「疾斗いい加減にしなよ。いくらシリアスが嫌いだからって」

 

「いや愁。これだけはみんなに言わないといけないんだ」

 

「なに?」

 

 

 アタシ達も聞かないといけないみたいだね。さっきまでの雰囲気とは全然違って真面目な顔をしてるし。

 

 

「楽屋を出る時間を過ぎてる!」

 

『『………』』

 

 

 真面目な顔をして言われたのは、大したことじゃなかった。いや出ないといけない時間を過ぎてるのはまずいんだけどね。でもあんな真剣な雰囲気で言うことじゃなくない?ほら、楽屋の空気も固まっちゃってるし。

 

 

「ならとりあえず移動するか。幸い荷物は纏めてあるしな」

 

「話をするならやっぱファミレスとかか。週末のこの時間からだと焼肉は混んでるしな」

 

「この人数ならどこも同じだろ。……あ」

 

「……爺ちゃんとこ行くか」

 

「だな」

 

「いやいや待てよお前ら!」

 

「なんだよ大輝。急いで出ないといけないんだぞ」

 

「あの空気でよくそんな話進めれたな!」

 

「は?」

 

「……あー、お前らそういう奴だったな。もういいや」

 

 

 諦めたように荷物を梶くんが荷物を担ぐ。そこにさり気なく自分の荷物も押し付けるAugenblickのメンバーたち。結花は荷物が少ないからか自分で持ってるけど。

 

 

「お前ら結花を見習って自分で荷物持てよ!」

 

「え?私は大輝に私の荷物を触られたくないからだけど?」

 

「グハッ!……今までで一番傷ついた」

 

「場所は知ってるだろ?立ち直ったら来いよ」

 

「見捨てるなよ…」

 

「……ガチで落ち込んでるな。しゃーねぇ、荷物持つか」

 

「それが当然でしょう…」

 

「あはは、男の子のノリってアタシ達と全然違うよね〜」

 

 

 なんだかんだで梶くんに肩を貸しながら歩くAugenblickを見て、男の子って分からないものだなぁなんて思った。雄弥のことでもわからないことが多いし、女子校だから接点ないしね!

 

 

 




雄弥がリサ、紗夜と話をするのは次回に持ち越しです。…おかしいなぁー、なんでこんな長くなるんだろ。


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12話

 秋宮くんのお爺さまが経営しているお店に、RoseliaとAugenblickのメンバーでお邪魔させていただくことになりました。ライブ後のドタバタがあったので既に時間は遅くなっており、全員ご家族に連絡して許可を取りここに泊まらせていただくことになりました。…客室があるのは普通の喫茶店ではないですよね?

 

 

「湊さんと雄弥くんは、ライブの後はご家族で食事をすると言っていた気がするのですが、突如中止になってよかったのでしょうか?」

 

「友希那がその予定を明日に変更って事前に言ってたみたいだよ〜。だから紗夜が気にする必要はないよ」

 

「…最近湊さんが末恐ろしく思えるのですが」

 

「あはは、友希那ってば友希那のお父さんの歌を歌ってから吹っ切れたみたいでさ。雄弥のことに関しては感性が超鋭くなってるみたいだよ?たまに監視カメラとか盗聴器でも仕掛けてるんじゃないかってぐらい見抜くこともあるし」

 

「私も同じ姉なんですけどね。…あの子ことはわからいことばかりです」

 

「日菜のことはわかる方が凄いよ。アタシなんてフィーリングで合わせてるだけだし。…けど紗夜なら分かるようになるよ。なんたって日菜のお姉ちゃんなんだし。なによりも!」

 

「なによりも?」

 

「アタシや日菜と同じで雄弥を好きになったんだから。それって感性が似てるってことじゃない?だからきっと大丈夫だって♪」

 

「…そんな理由で」

 

「悪い気はしないでしょ?」

 

 

 ニヤつきながらこちらを見てくる今井さんの視線をかわすように、私は反対側にぷいっと顔をそらしました。…これでは認めたということになるのかしら。

 私と今井さんはこのお店のテラスに出ています。雄弥くんもこちらに来るのですが、先程店長さんに呼ばれていたため今はいません。こちらに私たちだけなのは、三人で話ができるようにと皆さんが気を遣ってくださったのです。

 

 

(あね)さん!お飲み物を持ってきましたよ!」

 

「あ!モヒカンくんありがとう〜。久しぶりだよね?みんな元気にしてる?」

 

「はい!お久しぶりっす!中の様子でこれでもかと伝わるかと思いますが、ご覧の通りみんな元気っすよ!資格の勉強も順調で、実は過去問で全員が合格点を超えるようになったんですよ!」

 

「えぇ!?それほんと!?」

 

「もちろんっす!」

 

「凄いじゃん!これなら全員合格も目指せるね♪」

 

「はい!期待しててほしいっす!」

 

「うん!全員合格できたらここにケーキ持ってきてあげるね?お祝いしよ♪」

 

「ケ、ケケ、ケーキっすか!?も、もしかしてそれって(あね)さんの手作りであらせられますか!?」

 

「あはは動揺しすぎ!も・ち・ろ・ん、アタシの手作りだよ?お菓子作りは自信あるから期待してて♪」

 

「は、はい!」

 

 

 この方、見た目は素行が悪い不良のようですが、それは間違いでしたね。資格の勉強と言っていましたから真面目な方のようですし、みんなと勉強してるということはご友人を大切にされているのですね。人は見かけによらない、を体現されてますね。

 

 

「今井さん。こちらの方は?」

 

「あ、ごめん紗夜。置いてけぼりになってたよね」

 

「いえ、それは構いません。お知り合いのようですから」

 

「あ、姉さん。こちらの美少女はいったいどなたですか!?」

 

「あはは!ほんとに女の子慣れしてないよね〜。この子は氷川紗夜。アタシと同じRoseliaのメンバーでギター担当なんだ〜」

 

「ご紹介にあずかりました、氷川紗夜です。よろしくお願いします」

 

「は、はい!自分、宮瑛太と申します!よ、よよ、よろしくお願いします!」

 

「…何気にアタシ初めて名前知ったんだけど」

 

「そういえば前回のときは名前を言ってませんでしたね。あまりお邪魔をしたくなかったので、最低限の接客だけをしてましたから」

 

「今井さんはここに来たことがあるのですね」

 

「うん。今日で2回目なんだけど、前は雄弥に連れてきてもらったんだ♪」

 

「……そうなんですか。それは良かったですね」

 

「さ、紗夜さん。何かオーラが出てるっす!」

 

 

 オーラなんて出るわけないじゃない。何を言っているのかしら。私はただ嫉妬という感情をわかりやすく表そうとしているだけなのよ。

 

 

「そ、そうだ宮くん。アタシこの機会に他の人たちの名前を知りたいんだけど」

 

「あ、すみません姉さん。名字呼びだとモヒカン全員が反応するっす」

 

「えぇ!?全員同じ名字って兄弟なの!?」

 

「に、賑やかなご家族ですね」

 

 

 店内の方に目を向けると、中では秋宮くんや梶くんと一緒に騒いでる方たちが…。あの人数、10人はいますね。

 

 

「…いえ、血の繋がりはないんすよ。俺たちは全員家族との仲が悪くて自分から家を飛び出したり、勘当されたりした奴の集まりっすから」

 

「…え?」

 

「俺たちは本当に荒れてたんすよ。家にいれなくなったからそのストレスを喧嘩で発散してたんっす。似た境遇の連中とつるむようになって、集団で暴れ回っていたんす。そんなある日、疾斗の兄貴と雄弥の兄貴と出会ったんす」

 

「その時期ってたしかまだ雄弥たちが中学生の時だよね?」

 

「はい。…俺たちもなんでこんな中学生がって思ってたんすけど、二人に負けた時に疾斗の兄貴に言われたんす。『人の役に立つ喜びを教えてやる』って」

 

「中学生が年上に言う言葉じゃないですよね…」

 

「ははっ、俺たちもそう思ったっす。けど喧嘩に負けた以上言うことを聞くしかなくて、それでボランティア活動に連れて行かれたっす。見返りがないことをしてなんになる、なんて思ってたんすけど、活動中や終わった時に人に感謝されて、感動したんす。俺たちでも人の役に立てるって。それで改心したんす」

 

「そうだったんですね」

 

「それでその後はここに案内されたの?」

 

「詳細を省けばそうっすね。帰る家がないと知った疾斗の兄貴にここを教えてもらったっす。事情を聞いた店長が俺達全員と養子縁組を結んでくれて、旧姓である"宮"という名字をくれたんす。それで、その後はここでバイトさせてもらって、店長から常識を叩き込まれたっす。今は『帰れる家がある』その喜びをきっかけに、家を建てる仕事をしようとみんなで話して勉強中っす」

 

「…ぐすっ、…いい話だね」

 

「あ、姉さん。俺らなんかの話で泣かないでくださいっす!これ雄弥の兄貴に見られたら…」

 

「その時は私が話しますのでご安心を」

 

「ですが」

 

「ごめんごめん、…あアタシ最近涙もろくなっちゃってさ」

 

「い、いえ。俺たちみたいなゴロツキのこんな話を聞いてくれたのは、女の子で言えば結花さん以来っす。話せると結構胸がスッキリするんすよ」

 

 

 そういった宮さん…いえ、瑛太さんは本当に爽やかな笑顔をされていました。中々人に話せる内容ではないですから、話せたときは本当にスッキリするのでしょう。…私もその気持ちがわかります。日菜とのことを雄弥くんに話せたときは気持ちが軽くなりましたから。

 

 

「…と、すみません長話をしてしまいました。雄弥の兄貴ももうこっちに来るようですし、ご注文が決まられましたらそのボタンを押してください。店内で聞こえるようになっているのですぐにお伺いします」

 

「うん。ありがとう。接客も様になってるよ♪」

 

「ええ。私もそう思います。ご立派ですよ」

 

「きょ、恐縮です」

 

「なんだ、随分仲良くなったな」

 

「兄貴お疲れ様です」

 

「だから兄貴はやめろって…。まぁいいや。今日はあのバカがいるから遅くまで騒ぐだろうけど、よろしくな」

 

「はい!最後には店員とお客さん関係なくなりますから!」

 

「よくわかってるな」

 

 

 店員さんも混ざるということですね。…なるほど、中の様子を見る限りそうなるのは間違いなさそうですね。秋宮くんは、弦巻さんや戸山さんのように周りを巻き込む力が強いようですから。

 瑛太さんと入れ替わるように来た雄弥くんは、私たちの向かい側の席に着席しました。少し空気が重たい気もしますが、それはムードメーカーである今井さんが黙ってしまっているからなのでしょうか。…原因を彼女だけにしてはいけませんね。私が気落ちしていることも関係しているはずです。

 

 

「二人は注文何にするか決めたのか?」

 

「え…あ、いやまだだよ。さっきまで瑛太くんと話してたから」

 

「名前教えてもらったのか。…じゃああいつらの話も?」

 

「うん。…雄弥が兄貴って呼ばれるようになったのもその時からなんだね。まさか知らない時期に喧嘩してるとは思ってなかったよ…」

 

「既に芸能界入りしてたんですよね?よく喧嘩なんて」

 

「あの時は疾斗と二人で楽器屋に行くつもりだったんだ。路地裏にある隠れた場所の割には品揃えがいい楽器屋に。その途中で疾斗が急に走りだしてな、それを追いかけたらあいつらの溜まり場について、成り行きでそうなった」

 

「あー、やっぱりそういうパターンか。あの頃の雄弥なら普通首を突っ込まないもんね」

 

「ですがそれでも荒事は控えるべきです」

 

「わかってる。注目されるようになってから疾斗も抑えてるからな。人助けはやめないからたまに荒事もあるが」

 

「人助け自体はいい事ですから」

 

「まぁな。…それで、何食べる?」

 

「アタシはこれかな〜。雄弥のはこれでいい?」

 

「いいぞ。ここのメニューは制覇してるからどれでもいい」

 

「制覇したんだ…」

 

「私も決まりました」

 

 

 ボタンを押して瑛太さんに注文を頼むと料理がすぐに届きました。私と今井さんはその早さに驚きましたが、雄弥くんは一人納得したような反応をしてました。

 

 

「…雄弥」

 

「中があの調子だろ?こういう時って全メニューをすぐに作れるようにスタンバイしてるんだよ」

 

「ですがそれでも早すぎます」  

 

「予想してたんだろ。あの爺さん相手を見て、その時の調子も見て何食べるか予想するんだよ。ちなみにそれで外したことはないぞ」 

 

「すご…」

 

「ま、食べるぞ。せっかくすぐに届いたんだ。冷ましたら店長に悪い」

 

「…そうですね」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 料理は大変美味しかったです。口に入れたら旨味が広がったと言えばいいのでしょうか。不思議と手を止めることなく食事をしていました。

 食器を下げていただくと雄弥くんが、テーブルに頭がつくんじゃないかというぐらい頭を下げていました。

 

 

「雄弥!?」

 

「謝らせてほしい。俺は馬鹿だから、自分のことで手一杯になって周りを見れてなかった。それでリサや紗夜を傷つけてしまった。だから、謝らせてくれ」

 

「雄弥…」

 

「雄弥くん。ですがそれは必要なことだったのでしょう?雄弥くんだけじゃない。藤森さんのためにも今回のライブの演出は必要なことだったはずです」

 

「そうだよ!謝らないといけないのはアタシだよ!…そもそもアタシがあの時雄弥の携帯を見なきゃ」

 

「…リサが携帯を見てたことはなんとなくわかってた」

 

「……ぇ」

 

「部屋に戻ったらリサがどこかいつもと違ったからな。寝る前に結花からのメッセージを見てもしかしたらって思ったんだ。…けど俺は馬鹿で不器用だから、ライブの内容を伏せてリサに事情を説明することができなかったんだ。だからリサが謝ることなんて何もない。リサ、紗夜、本当にごめん」

 

「「雄弥(くん)…」」

 

 

 …本当に不器用な人。きっと前までの雄弥くんなら、私たちもライブでショックを受けることもなかったのでしょう。怒りと呆れが半分半分で済んでいたのでしょう。

 けれど雄弥くんは変わり始めた。小さな変化から始まり、意識して変わろうとし始めたのは日菜との天体観測の日から。優しいけど不器用で、それでも真っ直ぐ進もうとする彼は難題に挑んでいる。それを知っていて、彼に恋愛の理解を期待している分余計にショックだったのです。

 だとしても、それでも事情を知れば怒りなんて湧いてこない。嬉しさと呆れでいっぱいですよ。

 

 

「顔を上げてください雄弥くん。私たちは雄弥くんを許していますから」

 

「…なん、で」

 

「だって恋愛を理解するためにやったことでしょ?それなら怒る理由なんてないじゃん。まぁお咎め無しってのはむしが良すぎるけどね」

 

「…今井さん。何を考えてるんですか」

 

 

 私が半眼で今井さんに視線を送ると、今井さんはまるで小悪魔のように軽く舌を出しながら笑う。まぁ彼女なら常識的なことしか言わないだろうと思い、ため息をつきながら話の続きを促しました。

 

 

「紗夜にも良い話なんだけどね?雄弥!アタシ達とデートすること!セッティングも全部雄弥がしてね?それが雄弥への罰ゲーム」

 

「そんなんでいいのか?」

 

「うん♪」

 

「リサと紗夜と三人でか?」

 

「違うよ!それぞれとするの!」

 

「あぁ。わかった」

 

「よろしくお願いしますね?雄弥くん」

 

「やれるだけやってみる」

 

「それじゃあ、アタシ達も中に入って混ざろっか!友希那と燐子が大変そうだし?」

 

 

 そう言って今井さんはすぐに店内へと戻っていった。その瞬間さっきまで以上に盛り上がり始めていましたが、何が原因……。あ~、手作りケーキの件ですね。

 

 

「雄弥くん」

 

 

 私は続いて中に入ろうとする雄弥くんの服を掴みました。こちらに振り返る雄弥くんを見上げると、真っ直ぐと視線が重なり合う。それが恥ずかしくて、だけど愛おしくて、早くなる鼓動を認識しながら背伸びして雄弥くんの唇を奪う。前回とは違って何秒も口を重ねる。息が苦しくなったところで口を離す。

 雄弥くんは肺活量が多いのでしょうか。私ほど息切れしてませんね。何故か悔しいです。

 

 

「紗夜…なにを」

 

日菜と同じことをされたなら(・・・・・・・・・・・・・)雄弥くんでも分かるでしょう?雄弥くん、私はあなたのことが好きです」

 

 

 言った。言えた。言ってしまった。

 

 私の心に沈めていた気持ちを。

 

 日菜に焚き付けられて再び燃え始めたこの気持ちを。

 

 私は雄弥くんに伝えた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「むむっ!なんかピンってきちゃったな〜」

 

「日菜ちゃん何言ってるの?」

 

「彩ちゃんにはわからないことだよ?」

 

「そうだろうけどさ〜」

 

「日菜ちゃん。そろそろポテト食べるのやめたら?日菜ちゃんが食べすぎてお店の方が困ってるわよ?」

 

「そんなん別にいいじゃん。売上に貢献してるわけだしさ」

 

「そ、そうだけど。…あのライブのことで怒ってるの?」

 

「へ?なんで?」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 なんかみんな意外そうな顔をして驚いてるけど、その反応があたしには驚きだよ。

 

 

「日菜さんはあの演出に怒っていたわけじゃないんですか?」

 

「違うよ麻耶ちゃん。だってあのライブって怒る理由(・・・・)|なんて≪・・・≫|ない≪・・≫じゃん」

 

「どういうことですか?」

 

 

 うーん。みんなには分からないか〜。まぁユウくんのことを、あたしだけが分かってるって思うとるんっ♪てするからいいんだけどね。

 あたしはあのライブの真意であろうことを話した。もちろんあたしが話したことが全てじゃないってことぐらいみんなも分かってる。それでもある程度納得がいったからなのか、みんなはそれ以上ライブの話を口にしなかった。

 

 

「それにしても、あたしはどうしよっかな〜」

 

「日菜ちゃん、なんの話?」

 

「あたしの話。…うーん、うん!きーめたっと!!ユウくんとまたデートしよ!」

 

 

 彩ちゃんが「だからアイドルは〜」とか何か言ってるけど、そんなの知ったことじゃないよね。あたしはあたし。ユウくんが大好きなんだから。デートするのもあたしの勝手だよ。あたしの恋を妨害する権利なんて誰も持ってないんだから。例えあっても無視するけどね。

 …あたしの邪魔をできるのはお姉ちゃんとリサちーだけ。それ以外は認めないよ。友希那ちゃんはユウくんと姉弟だから例外だけどね。




まさかここまで話が長くなるとは…。
倦怠期が続いて申し訳ないです。3章も終盤辺りなのでもう少しお付き合いください。またイチャイチャ話が帰ってきますので。
次回はまたガルパのイベントの話ですよ。


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13話

ほんのたまにする不意打ちの一日2本投稿です。
イベント話する前に湊家の母親を登場させますかね。

時系列の整理をしてみます。Augenblickのライブ(ウェディングドレス)→今回の話→結花の誕生日→"Don't leave me リサ" ということでお願いします!




「雄弥、そこに正座しなさい」

 

「…母さん。そこに明らかに意図的に集めたであろう石が集まってるんだけど」

 

「正座しなさい」

 

「友希那」

 

「私にはどうしようもないわ。正座しなさい雄弥」

 

「…リサ」

 

「ごめん、無理」

 

「……仕方ないか」

 

 

 いつまでするのか決めていなかった今井家での居候生活は、今日の朝終了することが決まった。その理由は母さんからの一本の電話だった。みんなで朝食を取り終えた時、見張っているのかと疑うタイミングで電話がかかってきた。

 電話に出ると『今日帰ってきなさい。今井さんには伝えてあるわ』という一言だけで終わった。近くで聞いていたリサと友希那は、母さんがどれだけ怒っているか分かり震え上がっていた。

 それで、家に帰ると玄関の前に母さんが立っていて、今に至る、ということだ。

 

 

「ライブの話聞いたわよ?」

 

「反省はしてる。ただ、あの演出をやめるなんて選択肢はなかった。だからあのライブ自体は後悔してない」

 

「…そう。このバカ!」

 

「…っつ」

 

「お母さん、なにも叩かなくても」

 

「友希那は黙ってなさい。…雄弥、あなた今井さんの家で何を学んだの?女の子を泣かせていい時はどういう時か言われたんじゃなかったの?」

 

「言われた」

 

「だったらしっかりやりなさい。男なら全部一人でやれなんて言わないわ。悩んだら周りに聞きなさいよ」

 

「…ああ」

 

「友希那とリサちゃんも同じよ!」

 

「「え?」」

 

「あなた達、自分では周りを頼れなんて言いながら、いざ自分になったら周りを頼らないでしょ?そんなことして周りがどれだけ辛いと思う?親である私達がどれだけ悩むと思う?その気持ちをあなた達もわかるはずでしょ?」

 

「「ごめんなさい…」」

 

「分かればいいのよ。リサちゃんは後で親御さんと話してね?」

 

「はい」

 

 

 話題が俺からそれたな。これはもう解放されたということだろうか。黙って正座してるが、普通に石が食い込むから痛い。これの何倍もキツくしたやつって、たしか江戸時代の拷問の一つだよな。しかも処刑に使われることもあったやつ。

 よし、そんなのはゴメンだから立つか。足に何か異常を出すわけにもいかないし。

 

 

「雄弥。立っていいって私言ったかしら?」

 

「言ってないな。けど母さん。このままじゃ足に悪影響だ。仕事に支障を出したくない」

 

「いっそそれで活動休止して、その間にひたすら悩んだらいいんじゃないかしら?」

 

「母さんそれは冗談がきついな」

 

「冗談だと思ってるのかしら?」

 

「え"っ」

 

 

 母さんのあの目は本気だな。この人なら本当にやりかねない。特に友希那やリサを泣かせた時とか本当に容赦ない。罰を受けていたら逆に友希那とリサが泣いた時もあったからな。…あの時の母さんの動揺はすごかった。あれ以来基本的に罰はない。あ、虐待レベルとかじゃないぞ?

 

 

「あ、あの雄弥のお母さん!」

 

「…どちらさま?」

 

「結花」

 

「ついてきたのか?」

 

「うん。謝らないといけないと思って。もちろんリサの家にも謝りに行くけど」

 

「だから、そんなことしなくていいって」

 

「私なりのケジメなの!…だからリサ、止めないで」

 

「……」

 

「この子が雄弥たちのバンドのメインボーカルの子ね?あのライブ(・・・・・)の主犯」

 

「母さん!」

 

 

 ゆっくりと結花に歩み寄る母さんを追い越して二人の間に入る。母さんは結花のことを知らないからあのライブの真相も知らない。

 

 

「結花は何も悪くないんだ。全部俺が不甲斐ないから起きたことだ」

 

「何言ってるの雄弥!私が身勝手なことしたから!」

 

「ぷっ、ふふっ、ふふふ」

 

「お母さん…」

 

「なんで笑ってるんだ?」

 

「いえ、雄弥が勘違いするから面白くって。ふふっ、あなた本当に人の感情を読み取れないわね。私は別にこの子を叱ろうだなんて思ってないわよ?」

 

「…は?」

 

「友希那とリサちゃんはわかってたみたいだけど」

 

「わかるわよ。娘なんだから」

 

「息子はわかってなかったわよ?」

 

「…雄弥だもの」

 

 

 …いや、もうまじでわけが分からん。だって、なぁ?あの流れなら結花を怒るとしか思わないだろ?え、違うの?

 

 

「お名前は?」

 

「えっと、藤森結花です」

 

「結花ちゃん……あー、あの人が言ってた子ね。Roseliaのライブで出会ったっていう」 

 

「あ、はい!昴さんとは一度だけお会いしました!」

 

「そう。……うん、いい子ね!とりあえず家に上がりなさい。お昼も食べていきなさい。リサちゃんもよ」

 

「え?」

 

「へ?いやアタシは家に帰りますから」

 

「今日はお昼ご一緒にしましょうって話してたのよ。だからリサちゃんも来なさい」

 

「そういうことなら…。お邪魔します」

 

「私も…いいんですか?」

 

「いいのよ。もっとお話したいもの。ね?」

 

「は、はい」

 

「母さんって強引なとこあるよな。友希那にもそのへん受け継がれてたりするし」

 

「「何か言ったかしら?」」

 

「イエナニモ」

 

「こんな雄弥初めて見た…」

 

「あはは、雄弥ってば昔からお母さんに頭上がらないんだよね〜」

 

 

 母さんには父さんですら頭が上がらないんだ。仕方ないだろ。友希那だってそうだし。…我が家のトップが誰か如実に表してるな。

 

〜〜〜〜〜

 

 

 久々に自分の部屋に戻ったから掃除しようとしたが、その必要がなかった。俺がいない間、誰かが掃除してくれてたのだろう。…まぁ母さんなんだけど。

 結花はリビングで母さんからの質問攻めを受けていて、リサは友希那に捕まって友希那の部屋へ。つまり俺は一人で部屋にいる。自分の部屋なんだから当たり前のことなんだが、ここ最近は自分の部屋に自分一人という状態が中々なかった気がする。なんだか不思議な感覚だ。

 

 

「…前まではこれが普通だったんだけどな」

 

 

 変わったのは今年の春から。RoseliaやPastel*Palettesが結成されたあたりから、俺の部屋に人が来ることが増えた。家の場合はリサで、事務所の部屋の場合、日菜とか結花とか彩とかだな。

 たった2、3か月しか経っていないのに遠い過去のように思える。それだけ過ごした日々が鮮烈だったということなのだろうか。

 

 

「雄弥、入っていい?」

 

「結花?…いいぞ」

 

「お邪魔しまーす。うわー、…何もないね」

 

 

 人の部屋に入ってきて第一声がそれか。俺自身何もない部屋だと認識しているからどうってこともないが、…事務所の部屋に初めて来たときも同じことを言われたな。

 

 

「まぁな。最低限の物しかない。事務所の方でもそうだっただろ?」

 

「そうだっけ?最近は物が増えてるからわかんないや☆」

 

「誰のせいだと思ってる。誰の」

 

「日菜?」

 

「半分はな。もう半分は結花だろ。…ずっと立っててもしかたない。テキトウに座っていいぞ」

 

「椅子は雄弥が座ってるから〜、ベッドにお邪魔しまーす」

 

「…飛び込むなよ」

 

 

 ベッドがきしんだように思うんだが、まぁ壊れてないようだしいいか。なんで結花は寝転び始めてるんだ。この部屋は初めてのはずなんだが、だいぶリラックスしてるな。というか遠慮がない。してほしいわけでもないが。

 

 

「雄弥の匂い〜…そこまでしないや」

 

「最近はこの部屋に全然帰ってきてなかったからな」

 

「事務所に泊まり込んでたのは知ってるけど、それ以外は帰ってきてたんじゃないの?」

 

「リサの家にいた」

 

「ん?」

 

「リサの家に居候させてもらってたんだ。成り行きでな」

 

「どんな成り行き…、なんとなく予想ついたからいいや」

 

 

 予想がつくのか、凄いな。俺の周りの女子って鋭い人間多くないか?もしかして女子はみんな鋭いのか?…それなら女子の友情は怖いって話に納得できるな。

 

 

「ん?どうした結花」

 

「雄弥がなんか勘違いしてそうだな〜と思って」

 

「勘違い?」

 

「ま、そこらへんはリサに教えてもらうといいよ。リサって交友関係が超広そうだから」

 

「結花がなんのことを言っているのか、いまいちわからないんだが」

 

「さっき雄弥が一人で納得したことだよ」

 

「なるほど。……なんで考えてることがわかるんだよ」

 

「最近の雄弥はわかりやすいからね」

 

 

 人の思考ってわかりやすくなるものなのか?もしそうなら、それって退化してるような気がするんだが。まぁなんでもいいや。別段気にする様なことでもない。

 それよりさっきから結花の行動がエスカレートしてる方が問題な気がする。さっきまでは、ベッドに腰掛けて俺の枕を抱いていただけだった。けど今は布団に包まってベッドに寝転び、俺の枕に顔を埋め込んでいる。

 

 

「結花、そこまでやると一種の変態のようだぞ」

 

「えーー。…じゃあ雄弥専門の変態ってことで」

 

「ピンポイントに迷惑な変態だな。とりあえずその状態はやめろ」

 

「それなら雄弥がやめさせてよ」

 

 

 やめさせるってなんだ。どうやればやめるんだよ。わからないし、ひとまず布団を回収してベッドから追い出すか。

 会話するために仰向けになった結花だが、自分で簀巻状態になっているため、布団の両端を背中とベッドで挟んでいる。だからまず結花の状態を起こすところからだ。結花が自分で起き上がる気がないのはわかっている。だから結花を持ち上げやすいように上半身だけ覆いかぶるようにした。

 

 

「きゃーおそわれるー」

 

「棒読みにも程があるだろ。それと俺が結花を襲うってどういうことだ?」

 

まさか通じないとは。気にしないでいいよ、言ってみただけだから」

 

「そうか。起こすぞ」

 

「どうぞ〜」

 

 

 結花に負担がかからないようにするために後頭部と背中に手を回して上体を起こさせる。これで布団を引っぺがすことができる。その後はベッドからどかせばいいのだが…、椅子に座らせるか──

 

 

「雄弥ー。お昼ご飯の用意できたから結花と降りてこいって……なにしてんの?」

 

「雄弥にロマンチックなことをしてもらうとこだよ?」

 

「へー?」

 

 

 リサが冷えきった視線を向けてくる。笑顔ではあるのだが、どう見ても笑ってない。特に目が笑ってない。俺は今までで経験したことがないほど焦っていた。別に何か人に指をさされるようなことはしていないのにだ。

 

 

「り、リサ。ひとまず落ち着こうぜ」

 

「アタシは落ち着いてるよ?むしろ珍しく落ち着いてないのは雄弥じゃない?どうしたの?アタシに見られてまずいことでもしようとしてた?」

 

「してない。これは結花のいつものおふざけであって」

 

「いつも?いつもそんなことしてるの?」

 

「そういう意味じゃない。結花もリサをからかうなよ」

 

「いや〜。思ってた以上のが見れたよ。リサって本当に乙女だよね☆」

 

「……へ?」

 

 

 結花のケロッとした態度の変化に、リサはキョトンとした。そして事情を説明していくと、思い違いをしていたことに気づき、見る見るうちに顔を赤くしてその顔を隠そうと両手で覆ってその場にしゃがみこんだ。

 

 

「リサってば可愛い♪」

 

「やぁー!なにもいわないでー!」

 

 

 呼びに来たリサもリビングに戻ってこない、となったため今度は友希那が呼びに来た。俺と結花は平然としていたためすぐに部屋を出て、顔を赤くしたままのリサを友希那が引っ張ってリビングに向かうのだった。

 

 結花が独り暮らしをしていると知った母さんが、結花を家に居候するように説得したのは別の話。ちなみに、その時に俺の監視役として任命していたのはさすがに心外だった。




☆3評価 ケチャップの伝道師さん ありがとうございます!
やっぱり3章はグダってしまってますよね。ごめんなさい!m(_ _)m


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14話

「ユーウーくーーん!!」

 

「おっと。…せめて後ろから飛びつこうとするのはやめてくれ。日菜に反応できない時もあるだろうから」

 

「えー!ユウくんなら大丈夫だと思うけどな〜。だって今だって反応してくれたし、あたしも飛びつく前にはユウくんの名前を呼んでるわけだし」

 

「俺だって考え事することはある。その時は無理があるぞ」

 

「それもそうだね。…えへへ」

 

 

 こうやってユウくんに飛びつけたのはいつぶりだろう?結構前なのかも知れないし、意外と日数は経ってないのかもしれない。だけど、時間の流れなんて関係ない。あたしの心が久しぶりだと思っているのだから久しぶりなんだ。

 ユウくんの引き締まった体にあたしの体を押し付ける。何回もしてきたことだから、ユウくんはあたしが求めていることを理解して、抱きしめてくれる。あたしの体はユウくんの体にすっぽり収まるから、ユウくんに包まれるような感覚に陥る。それがあたしは大好きだ。好きな人をこれでもかと感じられるってるるるるんっ♪てするよね。

 

 

「今日はどうした?」

 

「ユウくんに甘えたい…。あたし達も仕事が少し増えて、ユウくんはずっと働き詰めだったから、なかなかユウくんと一緒にいれなかった」

 

「そうだな。友希那に怒られて仕事量は減らすことになったから、前よりは時間を合わせれるようになったぞ」

 

「ほんと!?ユウくんともっと一緒にいられる〜♪」

 

 

 まぁユウくんのことだからお姉ちゃんとかリサちーとかとも遊ぶんだろうけど、それでもいいや!ユウくんと一緒にいられることが嬉しいんだから。

 

 

「ねねっ!デートしようよ、デート!お互いの予定が合うときにさ!」

 

「デート好きだな。それで日菜の予定は?」

 

「えっとね〜、ちょっと見てみる」

 

 

 ユウくんに抱きつくのをやめないままスケジュール帳を取り出して確認する。正直予定ぐらいあたしの頭に入ってるけど、こうやってお互いにスケジュール帳を取り出して確認するのってなんだかるんっ♪てするんだ〜。

 

 

「この日なら合わせれるな」

 

「そうだね!あんま遠くない日にちで合わせれてよかった〜」

 

「パスパレはともかく、俺たちはある程度融通がきくからな」

 

「すごいことしてるよね〜。会社のトップと勝負って誰もしなくない?」

 

「まぁな。俺たちは結成当初、長くやるつもりなかったから退屈しのぎにしてたってだけなんだよ。そしたら、なんだかんだで今に至るってわけだ」

 

「なるほどね〜。ユウくん達らしいよね」

 

「結構はしょった説明だったのによく伝わったな」

 

「ふふーん。あたしだからね!」

 

 

 ユウくんがあたしの伝えたいことを把握してくれるように、あたしだってユウくんのことがわかるんだから。ユウくんが説明をはしょる時も、そのはしょり方でわかるんだよ。

 

 

「日菜ちゃーん!……あ、日菜ちゃんこんな所にいたんだ…って何してるの!?」

 

「彩ちゃんだ。やっほー、どうしたの?」

 

「やっほー、じゃなくて、もうすぐ休憩終わるから呼びに来たの。…って、それより!日菜ちゃんここ(廊下)で何してるの!」

 

「彩ちゃんでもこれぐらいは分かるでしょー。ユウくんに抱きついてるんだよ?」

 

「それは分かってるよ!そうじゃなくて、恋愛は」

 

「…あたしの勝手でしょ?彩ちゃんに邪魔できる理由があるの?」

 

「ひっ…。いや、あの…でも事務所的に」

 

「なら話つけてきたらいいんだよね?」

 

 

 あたしが今まで見せたことのない表情で、発してこなかった低く冷たい声で話すと、彩ちゃんは体を震わせて泣きそうになってた。彩ちゃんって面白くて、あたしも彩ちゃんのこと好きなんだけど、それでも踏み入ってほしくないことがある。

 あたしが彩ちゃんに冷たい態度でいると、あたしの頭は軽くチョップされた。犯人はもちろんあたしがひっついてるユウくん。見上げるとユウくんは呆れた顔をしてた。

 

 

「日菜、彩を困らせてやるな。彩は別に嫌がらせがしたいわけじゃないだろ」

 

「…でも、あたしは誰にも邪魔されたくない。お姉ちゃんとリサちーならともかく」

 

「それでも、だ。パスパレは日菜の居場所なんだろ?」

 

「そう、だね。…ごめんね彩ちゃん」

 

「う、ううん。私の方こそ余計なこと言ってごめん」

 

「さてと、それじゃあ日菜行ってこい」

 

「…うん」

 

 

 ユウくんから離れるのが名残惜しくて、最後にもう一度ギュッと抱きついてから離れた。同じ事務所にいるから、お姉ちゃんよりはユウくんに会いやすいんだけどね。

 

 

「あ、そういや」

 

「なにユウくん?」

 

「たしかこの事務所って恋愛にそんなうるさくないらしいぞ。詳しくは大輝に聞いてくれ」

 

「ええ!?私そんなの初めて知ったんだけど!?」

 

「彩ちゃんは恋してないからでしょ」

 

「グサッ。うぅー、そうだけどさ〜。私だって恋したいって思うことあるんだよ?」

 

「ユウくんは渡さないから」

 

「う、うん。もちろんわかってるよ!」

 

「俺は日菜の所有物じゃないんだが…。まぁいいか、早く戻らなくていいのか?」

 

「あ。…急がなきゃ!千聖ちゃんに怒られちゃうよ!」

 

「ユウくんまたね〜」

 

「今日はこの後予定あるから、また明日な」

 

「おっけー♪」

 

 

 彩ちゃんに手を引っ張られるから、あたしも練習場所に走らされることになった。ギリギリで間にあっても何か言われそうだけどなぁ。彩ちゃんはそのことわかってないんだろうね。…まぁその反応で楽しもうっと!

 

 

(それにしても、恋愛にはそんなうるさくない、か。いいこと聞いちゃったな〜。詳しくは大くんに聞けばいいんだよね?)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシは大急ぎで学校の正門に向かって走ってた。今日はRoseliaの練習があるし、メンバー全員でスタジオに向かうことになっていたから。

 

 

「みんな〜。お待たせー」

 

「リサ遅かったわね」

 

「いや〜、途中で先生に捕まっまちゃってさ」

 

「そう。それじゃあスタジオに向かうわよ」

 

「…あ、ごめん。電話にでるね」

 

 

 アタシの携帯がなったから電話に出ると、相手はバイト先の店長だった。店長の話によると、今日モカの代わりにバイトに来てほしいということだった。モカが風邪を引いてしまったらしい。

 

 

(モカからもメッセージでお願いされちゃってるな〜。けど練習もあるし…)

 

「リサはどうしたいの?」

 

「うーん。店長にはお世話になってるし、モカからもお願いされてるからな〜。けど練習があるわけだし」

 

「リサが行きたいなら行けばいいわ。練習には集中してもらいたいもの。だから後日2倍練習して」

 

「友希那ありがとう♪」

 

 

 店長に折り返し電話をして、アタシが代わりにシフト入ることを伝えた。そしたら今度は気になることを言ってた。スケットって誰のことなんだろ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「おはようございまーす!って誰もいないや。…えーっとなになに?」

 

 

 お店の事務所の机に置いてあった書き置きを見ると、店長からのメッセージが書いてあった。店長は緊急会議で来れなくなって、その代わりに面白いスケットを呼んだのだとか。アタシは首を傾げながらとりあえず制服に着替えて、タイムカードを押してレジのとこに行った。

 

 

「おはようございます……ってええ!?」

 

「おはようございます。そんな大声上げてどうかしたのか?」

 

「いやいや、ええ!?なんで!?なんで雄弥(・・)がここで働いてるの!?」

 

 

 そう、レジがあるカウンターには雄弥が立っていた。ちゃんとお店の制服を着て、しかも名札まである。雄弥ってなんでも着こなすよね〜、一緒の服着れてるのってなんだか嬉しいな〜ってそうじゃなくて!

 

 

「頼まれたから働いてる」

 

「いやそうじゃなくて!」

 

「ここの店長とはたまに連絡取るんだよ。麻雀仲間だからな」

 

「…もうなんでもいいや」

 

「いきなりそんな疲れて大丈夫か?」

 

「…誰のせいだと思ってるの」

 

 

 アタシがリアクションで疲れた〜ってすると、雄弥が優しく頭を撫で始めた。アタシがそれを受け入れて目を細めると、今度は髪を手櫛でといでくれた。学校で走って、バイトも急だったから急いできた。だからちょっと髪が乱れてて実はそれが気になっていたりした。

 

 

(雄弥はそこまで見抜いてないんだろうけどね〜。嬉しいからなんでもいいけど)

 

 

 長年アタシがこういうのをお願いしてたから、雄弥は髪を梳かすのが上手だったりする。心地いいし、しかも好きな人にしてもらえている。それはアタシをどんどん甘えるようにさせる一種の誘惑だ。その誘惑に抗えないアタシは、目を閉じて雄弥の胸に両手を添え、頭も預けた。

 

 

(ずっとこうしていられたらいいのに…)

 

「仕事中でしかもレジにいてよくそんなイチャつけるよね〜。結花ちゃんでも驚きだよ。なにそれ。みんなに見せつけるようにしてお客さん入ってこないようにしてるの?」

 

「ひゃあ!ゆ、結花いつの間に入ってきたの!?」

 

「リサが来る前だよ。さっきまで立ち読みしてんだー。いや〜おかげで良いものが見れたよ☆」

 

「うぅー。忘れて

 

「どうしよっかなぁ」

 

「せ、せめて誰にも言わないで!」

 

「もちろんこのお店の人には言わないから、そこは安心して?」

 

 

 よ、よかったぁ。もし店長とか社員さんの耳に入ったら問題だからね。ある意味それ以上に知られたくないのは、今日風邪をひいたモカだけどね。

 

 

「あ。今度リサと二人で遊びに行けるなら黙っててあげる」

 

「へ?そんなことでいいの?」

 

「うん♪リサとは遊んでみたかったんだよね〜。好みとか合いそうだし、きっと楽しめると思うんだ☆」

 

「それじゃあ今度遊ぼっか」

 

「予定はまた後で合わせよ。私は買いたいもの買ったし、これで帰るね〜」

 

「買いたいもの?」

 

 

 アタシはレジ打ってないんだけど、横を見ると会計を済ませて商品を袋に入れてる雄弥の姿があった。いったいいつの間に、しかも結花は話しかけてきた時何も持ってなかったわけで…。

 

 

「あっちのレジに置いてからこっちに来たんだ〜」

 

「…なんでまた」

 

「リサをからかいたかったから!」

 

「結花、商品とお釣りだ」

 

「ありがとう。それじゃあまたね〜」

 

「ああ」

 

 

 笑顔で手を振りながら出ていく結花を、アタシも手を降って見送った。結花がいなくなったから、今度こそお店にはアタシ達しかいない。べ、別にお客さんがいないからどうってわけじゃないんだよ?

 

 

「ふにゃ〜」

 

「緩みまくってるな」

 

「ゆうやがかみをとかしてくれるから〜。じょうずなんだもん」

 

「こうするのも久々な気がしてな。迷惑ならやめる」

 

「ううん。続けて」

 

「わかった」

 

 

 店長とモカにはある意味感謝だね〜。雄弥とこうして二人で働けるなんて夢にも思わなかった。…お客さん来ないから働いてるとは言えない気もするね。それはともかくとして、こうやって雄弥といられるのは嬉しい。

 

 

(……ん?店長いないんだよね?…ってことは)

 

「ああ!!」

 

「いきなりどうした」

 

「店長いないならアタシ達で事務作業しなきゃ!」

 

「事務作業?…あ~、ここに書いてある項目のことか」

 

「そうそうこれ!ってなんでもう終わってるの!?」

 

「店長からやる内容聞いて、暇だったからリサが来る前に終わらせた」

 

 

 …雄弥って実は今まででもコンビニで働いてたことがあるんじゃないの?そう思うぐらいアタシの大切な人はハイスペックだ。

 この後はお客さんがめちゃくちゃ来て、アタシと雄弥はお互いに名前を呼ぶだけで連携を取っていた。そのせいか、次の日には"若夫婦店員"がいるなんて噂が流れていた。…誰のことだろうね〜。

 




連携取って働くと効率いいですよね。前のバイトの時は友達とか先輩とかと「アレ」で通じるぐらいには仲良かったです。懐かしい。


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15話

3章がいつ終わるかの目処がつきました。今月いっぱいで3章が終わって、7月から4章です。


「すごいな。リサがいなかったらRoseliaってこんなことになるのか」

 

「感心してないで雄弥も手伝って!」

 

 

 雄弥がそう思うのも仕方ないけどさ。アタシ自身まさかこんなことになってるとは思ってなかったしね。

 

 

(ほんと、カオスだよね〜)

 

 

ーーーーー

 

 

 バイトは早めに上がることができたんだ。店長が戻ってきたのと、引き継ぎの人が事情を聞いて早めに来てくれたおかげ。アタシと雄弥が一緒にいるのを見た瞬間大声上げながら膝ついて崩れてたけど、どうしたんだろ?

 

 

「リサはこの後スタジオに行くのか?」

 

「そうだよ〜。あっちのことも心配だからね。練習はできないかもだけど…雄弥も来る?」

 

「いいぞ。予定ないしな」

 

「おっけ〜。じゃ先に着替えるからちょっと待ってて」

 

「急がなくていいからな」

 

 

 そう言われてもね〜。Roseliaのみんなが心配だから急いじゃうのは仕方ないと思うんだけど…。今日はめちゃくちゃ忙しかったけど、なんか雄弥がテキパキ動くからアタシが楽できたしね〜。

 バイトの制服を脱いで、学校の制服に着替える。脱いだ服をきれいに畳んで持ってきてた袋にいれて鞄にしまう。鏡でおかしなとこがないか確認してっと。

 

 

「大丈夫そうだね。お待たせ雄弥ー。…なんで着替え終わってるの?」

 

「ここで着替えたからだが?」

 

「なんで?」

 

「その方が時間短縮できるだろ」

 

 

 今この店に女の子はアタシしかいなくて、アタシが更衣室に入ってたから問題ないとか判断したんだろうね。たしかに時間を短縮できるけどさ、アタシの方が先に着替え終わってたらどうする気だったんだろ。

 

 

「スタジオ行くんだろ?」

 

「…あ、うん。…ちょ、荷物ぐらい自分で持つって!」

 

「気にするな。俺は大して荷物ないしな」

 

「そういう問題じゃなくて!」

 

 

 アタシの抗議を聞かずに雄弥は店を出た。こういうとこは頑固になるようになったのも、湊家の教育があったからなのかもしれない。二人のお母さんそういうとこ言いそうだし…。アタシは雄弥の後を急いで追いかけた。買い物の荷物とかを持ってもらうのはまだいいけど、自分の荷物を持たれるのは何だか恥ずかしい。アタシはその気持ちを誤魔化すように、雄弥と店の話をするのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「友希那はギターのシールドに足を引っ掛けてこけてるし、何故かホットミルクこぼれてるし、あこもこけてるし…ほんと何してるんだか」

 

「うわ、ホントだー。…話は後で聞くから片付けるよ!雄弥は」

 

「ほらあここのタオルで拭けよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「…言ってないのによくわかったね」

 

「言われなくてもわかるさ」

 

 

 パニックになってなかったら分かるか〜。あとは床を拭くのと、機材に影響でないようにしないと。その前に…。

 

 

「雄弥。あのタオルあたしすーーっごく見覚えがあるんだけどな〜」

 

「リサのタオルだからな」

 

「勝手になにしてんの?」

 

「悪い。けど貸してただろ?」

 

「まぁね」

 

「床をリサのタオルで拭くわけにはいかないしな」

 

「……もう。…あこ、タオルでとんとんって拭いて、そしたら水洗いしておいで。そうしたら匂いは残らないから。紗夜と燐子は機材を拭いてからケーブルとか纏めて」

 

「「わ、わかりました」」

 

「友希那と雄弥は、って雄弥は?」

 

「さっき出ていったわよ」

 

「へ?」

 

 

 雄弥ならこの状況をほったらかしにして帰るなんてしないだろうけど…。まぁタオルの予備はあるし友希那と二人で床を拭いとこうかな。そう思って鞄からタオルを取り出したのと同時に雄弥が戻ってきた。

 

 

「どこ行ってたの?」

 

「受付に行って雑巾借りてきた。拭くものが必要だろ?」

 

 

 そう言われてアタシは慌てて手に持ってたタオルをカバンの中に仕舞い込んだ。さっき雄弥があたしのタオルじゃ床を拭かないって言ってたのにタオルで拭こうとしてたからだ。

 

 

「ほら友希那雑巾。床拭くの手伝ってくれ」

 

「えぇ。もちろんよ。…ごめんなさい、わざわざこんなことをさせてしまって」

 

「気にするな」

 

(あー、これアタシだけ何もしてないってことになるんじゃあ)

 

 

 やることがないか辺りを見回してると、それに気づいた雄弥にあこの様子を見て来いって言われた。アタシはもう一度鞄からタオルを取り出して部屋を出た。新しいタオルがあったら水気も取りやすいよね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「今井さんと雄弥くんが来てからすぐに片付きましたね」

 

「指示が…的確でした」

 

「ああいう時は冷静になることが最優先だ。じゃないとかえって状況が酷くなる」

 

「なるほど」

 

「リサ姉ありがとー!スカートの汚れキレイに取れたよ〜」

 

「あはは、どういたしまして」

 

 

 機材もちゃんと片付けれてるし、汚れもなし!あこのスカートも綺麗になったからこれで完了かな。

 

 

「あ、そうそう店長からいっぱいお菓子もらったんだ〜。急にバイト入ったお礼ってことで」

 

「リサ姉〜、ずっと待ってたんだよーー!」

 

「わわっ、急にどうしたの?抱きついちゃって」

 

「リサ姉の顔見たら、安心しちゃって」

 

「そんな大げさな」

 

「わ、私も落ち着きます」

 

「燐子まで」

 

 

 もう二人ともどうしちゃったんだろ?友希那と紗夜はいつも通りだよね……あれ?

 

 

「…なんだか熱い視線を感じるんだけど」

 

「気のせいです。それよりアルバイトお疲れ様でした。よかったらこれどうぞ」

 

 

 なんだか紗夜がいつもより優しい気がする。友希那も肩を揉んでくれるし、みんないったいなんなの!?

 

 

「なにか企んでたりするの?」

 

「してないよ!」

 

「じゃあ何なの〜?」

 

「リサ姉ともっと話したいから今からファミレス行く!いいですよね、友希那さん?」

 

「ええ。行きましょう」

 

「友希那が即答でOK出すなんて…色々あったんだね」

 

「単純にムードメーカーの不在で調子狂ったとかだろ?」

 

「あたしそんな大役じゃないと思うんだけどな〜」

 

「リサ姉!雄弥さんと一緒にいたいのは分かるけど早く行こ!」

 

「そ、そんなんじゃないから!」

 

 

 あこは大声でなんてこと言うの!?紗夜の視線が今度は鋭くなったし、周りの人の視線が集まって超恥ずかしいんですけど!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 いつも行くファミレスに雄弥を含む6人で来た。雄弥がいることで席順がいつもとは違う。紗夜が奥に座って、その横に雄弥でその横にあたし。アタシが通路側にいるのはいつもの事で、注文しやすいから。アタシの向かい側に友希那が座って、その横があこで、紗夜の向かい側に燐子。

 

 

「まずは注文しよっか。みんな何にする?アタシはオレンジジュースにするけど」

 

「私はホットコーヒーでいいわ」

 

「私も…今井さんと同じで」

 

「あこはこの超特盛りお得ポテトで。紗夜さんも一緒に食べましょう」

 

「え?何故私が…」

 

「だって一人じゃ食べきれなさそうですし、半分こしましょうよ」

 

「…まぁそういうことなら」

 

内心喜んでるだろ

 

「雄弥くん?何か言いましたか?」

 

「別に。…紗夜足踏んでるぞ」

 

「あらごめんなさい」

 

 

 紗夜はジャンクフードが好きってことを隠したがってるからね〜。雄弥が呟いたのを聞かれたら嫌だよね。…それより足踏むのを口実に、さっきより座る位置を雄弥に近づけてない?距離縮めてるよね。わざとだよね。

 

 

「雄弥は注文どうするの?」

 

 

 アタシは雄弥にメニューを見せるために雄弥との距離を縮める。3人座ってるってのもあるし、荷物もあるから元からスペースはちょっと狭かった。だからこんなことをすると体が触れ合いそうになる。

 

 

「いつも通りリサが選んでくれるやつでいい」

 

「たまには自分で選んでみなよ。ほら軽食ならここに載ってて、デザート楢こっち、飲み物はここに書いてあるから」

 

「今井さん。そんな近くにいては雄弥くんが窮屈では?」

 

「それは紗夜も同じじゃない?」

 

「私は別に…」

 

「はぁ。あなた達、二人とも雄弥から離れなさい」

 

「「…はい」」

 

 

 アタシ達が雄弥を挟んで火花を散らせていると、向かい側に座ってた友希那に注意された。原因である雄弥はそんなことを気にせずメニューを選んでる。…あ、今ページをコロコロ変えてるってことは、やっぱり狭かったんだ。うぅ、反省。

 

 

「紅茶でいいや」

 

「雄弥さん。ホットかアイスかも選ばないと駄目ですよ」

 

「そういやそうだな。ホットにするか」

 

「それでは…店員さんを、呼びますね」

 

「よろしく〜♪」

 

 

 店員さんに注文をしたら、あこから今日あった出来事を教えてもらった。もうみんな面白いことしすぎだよー。

 

 

「あっはっは〜!!アタシもその場に居たかったな〜」

 

「今井さん。笑い事ではありません」

 

「そうだよー。あこたちすっごく大変だったんだから!」

 

「いや〜。みんなアタシがいないとダメダメだね〜」

 

「リサ姉が居てくれないと誰もツッコんでくれないんだよ?…もう今日みたいに急にいなくなったりしないでね。リサ姉がいなくなったら、あこ…」

 

「大丈夫大丈夫。アタシは居なくならないから」

 

 

 もう、可愛い奴め〜。アタシが急にいなくなるなんてそんなことないじゃん。アタシもRoseliaが大好きなんだからさ♪

 

 

「今井さんの存在がどれだけ大きいか、今日でよくわかりました」

 

「紗夜がそこまで言うなんて…」

 

「自分では気づいてないかもしれませんが、今井さんはRoseliaの雰囲気をより良くしています。今後は必ず練習に参加してください」

 

「うん。約束するよ」

 

「私…今井さんがいると、すごく安心するのが…わかりました」

 

「どうして?」

 

「今井さんが…楽しそうに練習してるのを…見るのが好きなんです。…たぶん、みんなも同じです。…だから…今井さんがいないと…変な感じがして」

 

「そっか…」

 

「みんなリサがいないことで、リサのありがたみが分かったのよ。Roseliaにはリサがいてくれないと困るわ」

 

「友希那…」

 

 

 み、みんなにこんなこと言われるなんて…。恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいよ。

 

 

「そんなにアタシのこと思ってくれてるなんて…」

 

「あ、リサ姉泣いてる〜」

 

「だって嬉しいんだもん!バイト中も練習のこと気になってたし。…アタシがいなくてもいつも通り練習できてたらって思うと、寂しくて」

 

「そんなこと思ってたの?」

 

「バイト中は平気そうに見えたんだが」

 

「え?雄弥さんリサ姉のバイト先に行ったんですか?」

 

「一緒に働いてた。あそこの店長とは知り合いでな、頼まれたんだよ」

 

「こっちは大変だったのに。リサはお楽しみだったのね」

 

「え?ちょっ、違うってば!アタシだって雄弥がいるとか知らなかったし」

 

「その話は後でじっくりと聞かせてもらうとして。ともかく、今井さんはもっと自分の影響力を把握してください」

 

「私…今井さんにいてほしいです」

 

「う、うん。…そっかぁー。みんなの話聞いたらすっごくやる気出てきた!次からはちゃんと参加するからねー!!」

 

 

 いい感じに話が落ち着いたところに、ちょうど注文したやつが届いた。ポテトがあこの予想よりも多かったけど、みんなで食べればいいよね♪

 

 

「それで今井さん。雄弥くんと働いていたという話ですが」

 

「な、なんのことかな〜」

 

「今日の出来事だろ」

 

「…雄弥ってたまに伏兵になるよね」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 バイトでの出来事を根掘り葉掘り聞かれた。というか雄弥を口封じしなかったら、雄弥に髪を梳いてもらったりしてたこともバレてた。なんとかそれは隠せたけど。

 今は友希那と雄弥と三人で家の前まで戻ってきて、友希那から話を聞き終わったとこなんだ〜。あの場では言ってくれなかったことを言ってくれた。嬉しくってまた泣いちゃった。

 

 

「それじゃあまた明日。おやすみ、リサ」

 

「おやすみ〜」

 

「…雄弥はリサの話を聞いてあげなさい」

 

「話?」

 

「友希那にはバレバレか〜。…ありがとう」

 

「いいのよ。…それじゃあ」

 

「うん」

 

 

 ドアが閉まるのを見届けてから雄弥に抱きつく。突然のことだったけど、雄弥もそっとアタシの背中に手を回してくれる。…今から聞くことはこうしてないと聞けないから。以前あこが雄弥に聞いたことだけど、今でも怖くて聞けないから。アタシを奮い立たせるために必要なんだ。

 

 

(きっと日菜も紗夜もこんなことしなくても聞けるんだろうけどね。…アタシは弱いからできないや)

 

「リサ?」

 

「雄弥はさ、アタシのことどう思ってくれてるの?」

 

「リサのこと?何回か直接言ったことなかったか?」

 

「けどそれは友希那にも当てはめれることだったよね」

 

「…それでも俺はリサがいない世界を考えれない。そんな世界でも生きている自分を考えれない。まぁ、友希那に怒られながら生きてるかもしれないが」

 

本当に(・・・)?本当に雄弥はそう思ってる?」

 

「リサ?」

 

「日菜も紗夜も結花も友希那もいるんだよ?本当に雄弥はそう思うの?雄弥と一緒にいたい人はいっぱいいるんだよ?」

 

 

 アタシは断言してほしかった。雄弥が、「あたしが必要だ」とそうはっきり言ってほしかった。焦ってるんだ。今日の紗夜を見たら分かった。二人の距離は急激に縮んでいたから。今まで一歩引いてた紗夜がそうしなかった。つまり進展があったということ。考えられるのは、秋宮くんのお爺さんの喫茶店にみんなで行った時。アタシだけ先にテラスから店内に戻って、二人は遅れてきたから。

 

 このままじゃ雄弥がアタシから離れちゃうかもしれない。そんなのは嫌。だけどアタシはこれ以上雄弥との距離を縮める方法がわからない。日菜みたいにグイグイ迫ることができない。紗夜みたいに厳しさと優しさを兼ね備えてるわけじゃない。だから焦りに焦っているんだ。

 

 

 だから断言してほしかったんだ。

 

 

「どうなの?」

 

 

 そうだというのに

 

 

「答えてよ!お願いだから答えて!雄弥!」

 

 

 雄弥はアタシの問いかけに答えられなかった。

 

 




☆10評価 GREEEEEENさん 
☆9評価 リンドさん ありがとうございます!


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16話

今日からのは話を詰め込んじゃってます。文字数が増えてしまいました。今日から月末までのを平均して6000字超えてます。m(_ _)m


(デート♪デート♪ユウくんとデート〜♪)

 

 

 ユウくんならあたしがどんな服を着たら褒めてくれるか、そんなことを前日から考えてた。6月も終わりに近づいてきているけど、衣替えがまだ難しい。だから薄めの上着を羽織ることで対応した。これなら暑さも気にならないし、仮に気温が下がっても大丈夫。

 駅前の広場で待ち合わせをしていて、あたしは早めに家を出てきた。待ちきれないって思いもあるけど、集合場所で相手を待つ、なんだか彼女みたいでるんっ♪てするシチュエーション。

 

 

(ユウくんは集合時間よりは早めに来るから〜、もうすぐかな?)

 

 

 左手につけてる小さめの腕時計で時間を確認して、いつぐらいにユウくんが来るか予想する。ユウくんに想いを伝えてから初めてのデート。いつもと同じでワクワクしてるのと、なんだかドキドキもある。気持ちを紛らわせるためにあたしは、ユウくんの持ち歌を鼻歌で歌ってる。そんなあたしに興味もないチンピラ(ユウくんじゃない人)が近づいてきた。

 

 

「なぁ暇してるなら俺と遊んでいかない?」

 

(ユウくんまだかな〜)

 

「おい無視するなよ」

 

「興味ないから消えて」

 

「そう言わないでさー。パスパレの日菜ちゃんだろ?近くで見るとより可愛いな」

 

「聞こえなかったの?消えてって言ったんだけど。お兄さんって言葉通じないの?」

 

「チッ。ごちゃごちゃ言ってねぇでついてこいよ」

 

「ちょっ、離してよ!」

 

 

 強引にあたしの腕を強く掴んで無理やり連れて行かれそうになる。あたしは頑張って抵抗するけど、男の子とでは力の差がある。そんなあたしの所に待ち人(ユウくん)が来た。

 

 

「日菜。そいつは知り合いか?」

 

「ユウくん!ううん違うよ。勝手に言い寄って来て迷惑してるんだ〜」

 

「そうか」

 

「…なんだお前。この子の何なんだ」

 

「答える必要があるのか?」

 

「それもそうだな。お前が待ち人だっていうならお前をのして日菜ちゃんを連れてくだけだ」

 

「……日菜」

 

 

 面倒くさそうにしてるユウくんがあたしに視線を向けてくる。あたしはそれでユウくんがどう行動すればいいのか聞いてきたのだと分かった。だからあたしは、あたしの思いを伝えることにした。それはユウくんにスイッチを入れる言葉でもある。

 

 

「ユウくん、助けて(・・・)

 

「任せろ」

 

「ハッ!そうやってイキってられるのも今だけだぞ!」

 

「…力量を測れないなら仕掛けてくるなよな」

 

「がっ!……うぅ、て、てめぇ」

 

「じゃあな」

 

 

 本当に一瞬の出来事だった。ユウくんに向かって走っていったチンピラに対して、ユウくんも走って近づいた。一瞬ユウくんの体がブレて見えたんだけど…。

 何があったのかよくわからなかったけど、二人の距離がなくなったと思ったらチンピラが倒れて、ユウくんはそっちに目も向けずにあたしの側に歩いてきた。

 

 

「い、今何したの?」

 

「避けて殴った。それだけだ。それより日菜、掴まれたところ痛くなかったか?」

 

「あ、うん。大丈夫だよ」

 

「そうか。それじゃあ……日菜?」

 

 

 ユウくんのことだからすぐに移動しようとしたんだろうけど、あたしがユウくんにしがみついて動かないからユウくんも動けずにいた。ユウくんに助けてもらって、今になってさっき連れて行かれそうになった恐怖を実感した。あの時はまだ気丈に振る舞えてたけど、たぶんあのままだったらすぐに萎縮することになってたんだろうね。今も体の震えが止まらないや。

 

 

「ユウくん……怖かった」

 

「ああ」

 

「あたし、酷いことされてたかもしれない」

 

「そうだな。でも、もう大丈夫だ」

 

「うん……うん…」

 

「限度はあるが、それでもできる限り守るから。安心してくれ」

 

「…うん!…ありがとう、ユウくん」

 

 

 体が震えてるあたしをユウくんはギュッて抱きしめてくれた。抱きしめながらあたしの頭も優しく撫でてくれて、そのおかげで体の震えもいつの間にかなくなってた。

 気持ちが落ち着いたところで、あたしはようやく今の状況を把握できた。人通りが多い週末の駅前。漫画みたいなナンパからの救出劇。そしてその場でのハグ。

 何が言いたいかと言うと、この状況をいっぱいの赤の他人に見られてるということで。普段気にしないけど、慣れてないことの後だと恥ずかしい!

 

 

「もう落ち着いたよ」

 

「みたいだな。…今度は顔が赤いが大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫!それより早く行こ!」

 

「わかったからそんな引っ張るな」

 

(ユウくんが羞恥心を覚える日って来るのかな?…永遠にこなさそうだね)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「到着ー!」

 

「遊園地か」

 

「着いてから分かるってユウくん鈍感だよね〜」

 

「こっちの方は来たことなかったしな」

 

「そうなんだ。それじゃあ早速中入ろうよ!」

 

「そんな引っ張らなくても遊園地は逃げないぞ」

 

「むぅ〜。子ども扱いしないでよねー」

 

「なら落ち着け」

 

「それじゃあ、あたしじゃないよ」

 

「…そうだな」

 

 

 ユウくんの腕にあたしの腕を絡めつつ、反対の手でも引っ張る。ユウくんからしたら子どもっぽい行為らしい。あたしからしたらカップルっぽいやり取りだと思うんだけどな〜。

 ユウくんを引っ張りながら入り口の方に向かうとユウくんに「チケットは?」って聞かれた。まぁ普通はチケット買うよね。けど今日はすでにチケットを入手してるんだ〜。大くんと話した時にチケットも貰っちゃった。「予定を合わせられる相手がいない」らしい。

 

 

「何から遊ぶ?」

 

「日菜がやりたいやつでいいぞ。何があるかよくわからないしな」 

 

「一応パンフレット持ってるよ?」

 

「…待ち時間の間に目を通しとくから、1個目は日菜が選んでくれ」

 

「わかった!じゃあアレ!」

 

 

 あたしが指差したのは、この遊園地で一番迫力があると言われてるジェットコースター。一番迫力があるって絶対にるんっ♪てすると思うんだ〜。

 待ち時間は1時間ぐらい、大きい遊園地ならそれぐらいなんだっけ。ユウくんはさっき渡したパンフレットをじーっと見てる。ユウくんの目線を辿ってみると…、乗り物系じゃないとこだね。

 

 

(乗り物系苦手なのかな?……ん?…乗り物(・・・)?)

 

「ゆ、ユウくん。まさかこういう乗り物もだめだったりする(酔ったりする)?」

 

「…どうだろうな。まぁジェットコースターなら外の空気吸えるわけだし、大丈夫じゃないか?」

 

「それならいいんだけど…」

 

 

 一通り目を通し終えたのか、ユウくんはパンフレットを畳んで鞄にしまった。まだまだ順番は回ってこないから、あたしはユウくんに最近のパスパレのことを話した。

 

 

「日菜って本当に彩のこと気に入ってるよな」

 

「彩ちゃんがパスパレの中で一番あたしとは違うからね〜。一緒にいて楽しいんだ〜♪」

 

「遠回しに彩のことディスってるよな」

 

「あはは、バレた?けど彩ちゃんって凄いな〜って思うこともあるんだよ?」

 

「へぇ〜」

 

「む〜、信じてないでしょ」

 

「信じてないな」

 

「もう!」

 

 

 彩ちゃんはあの彩ちゃんだからこそパスパレの中心。彩ちゃんがいなかったらあたしはパスパレに残ってなかったかもしれない。それぐらいに彩ちゃんは面白い。面白いし、不思議と人を引っ張る人間。

 

 

「ユウくんだって疾斗くんと仲いいじゃん。それと同じだよ」

 

「疾斗と同じ?……わかるようなわからないような」

 

「彩ちゃんと疾斗くんが同じ人間って話じゃないよ?」

 

「…ああ、なるほど」

 

「もう〜。なんであたしが人を教えてるんだか…。あ、そろそろだね!」

 

「いつの間にか進んでたな」

 

 

 安全バーを自分で締めて、出発前にスタッフの人が最終確認する。しっかり締まってなかったら大惨事だからね。たまにニュースで流れてたりするし。

 

 

「ユウくん」

 

「ん?…あぁいいぞ」

 

「ありがと♪」

 

 

 別にジェットコースターとか怖くない。こういうのはむしろ大好きな部類。だけど、せっかくのデートなんだからユウくんと手を握ったっていいよね。

 

 

「お、進み始めたー!」

 

「…そうだな」

 

「…ユウくん大丈夫?」

 

「…たぶん」

 

(本当に大丈夫かな?)

 

〜〜〜〜〜

 

 

「な?大丈夫だっただろ?」

 

「ユウくんってある意味凄いね。乗り始めで顔が青くなって、一周したときには顔色良くなってる人ってそうそういないよ」

 

「やっぱ密閉されてなかったら大丈夫なんだろ。あとは振動か?」

 

「かもね。遅い方が振動が気持ち悪いもんね」

 

「そうだな。それじゃあ次行くか」

 

「うん!次はユウくんが選んでね?」

 

「ああ。ちゃんとさっき決めといた」

 

 

 この後ユウくんと時間いっぱい遊んだ。あたしが乗り物系を選んで、ユウくんは休憩がてらお化け屋敷とか迷路とかを選んだ。お昼ご飯も一緒に食べて、その時に食べさせ合いっこした。あたし達が堂々とするからか、周りにいたカップルも挑戦してた。

 遊園地でデートと言ったら最後は観覧車だよね?観覧車はゆっくり動くけど、密閉されてるけど、振動がないからユウくんも大丈夫みたい。顔色も悪くなってないし。

 

 

「……ん?どうかしたか?」

 

「ううん。ユウくん観覧車は大丈夫みたいだなって思って」

 

「そうだな。こういうのって実際に試さないとわからないものだな」

 

「そうだね」

 

「日菜は夜景見なくていいのか?こういうの好きだろ?」

 

「うん♪もちろん見るよ〜。……綺麗だね」

 

「ああ。都会は星空を見えなくするけど、こうやって遠くから見ると綺麗なものだな」

 

「ユウくんは星と夜景だとどっちの方が好き?」

 

「星の方が好きだな。日菜が見せてくれたあの空は忘れられない」

 

「っ!!……えへへ、そっかぁ」

 

 

 そっかそっか、ユウくんがそう思ってくれてたなんて嬉しいな〜♪…あの日にあたしが告白したから、だからユウくんはその後調子が悪くなったのに、きっと傷ついたりしたのに、それでもそう思ってくれてたんだ…。

 あたしはユウくんの向かいに座ってたけど、立ち上がってユウくんの目の前に移動する。両手でユウくんの頬を挟んであたしと向き合うように固定してユウくんと視線を合わせる。

 

 

「日菜?」

 

「ユウくんはさ、……恋愛が何かわかった?」

 

「っ!!……なにか掴めそうなところまでは来てると思う。だけどそこからはどうやって進めるかがわからない。疾斗に聞いても『感覚』としか言わなかったし、リサの問いかけには答えられなかった」

 

「そっか…。けど疾斗くんのその答えは間違いじゃないよ。ある意味確信かな。それはさておき、リサちーの問いかけはなんだったの?」

 

 

 ユウくんはリサちーに何を聞かれて答えられなかったのかを教えてくれた。あたしはその話を聞いてユウくんが恋愛を理解する寸前まできてるのがわかった。

 

 

「リサちーのその問いかけには、もうじき答えられるようになるよ」

 

「…どういうことだ?」

 

 

 理解ができないからか、ユウくんの瞳は揺らいでる。ユウくんは今まで周りの人の前に立ってないといけなかったから。友希那ちゃんとリサちーと三人でセッションするためにギターを練習しながらリサちーのためにベースも練習した。芸能界に入ってもファンの期待に答えるために血の滲むような練習をして、それでも周りを助けた。彩ちゃんのこともその時から支えてた。あたしやお姉ちゃんと会った時も、ユウくんは弱ってたけどそれを見せずに、逆にあたし達を気にかけてた。

 

 ユウくんは常に助ける側だった。間違えることもあるけど、頼りにされる存在で、ユウくんもそれに応えてきた。だからこそ自分の中身を分からない。自分を気にかけてこなかった。それがユウくんの弱さ。

 

 ユウくんはいっばい悩んでくれた。このままユウくんに考えさせてる間にもっとアピールしたらユウくんとリサちーの関係に待ったをかけれる。…だけど、それ以上にあたしは、ユウくんのこんな姿をもう見たくない。普段とのギャップがあって、るんっ♪てすることもあった。ユウくんの相談相手になれたのも嬉しかった。だけど、そろそろユウくんに大ヒントをあげないとね。頑張ってくれたお礼をしなきゃ。

 

 

「あのね、ユウくん。恋愛を理解する方法を教えてあげるね」

 

「…自分で答えを出せって言ってなかったか?」

 

「言ったよ。言ったけど、ヒントぐらいはあげようかなって。ユウくんは今一番の壁に当たってるみたいだし?それを突破したらリサちーに返答してあげてね?」

 

「…わかった」

 

「あのね…ユウくん、恋、愛を理解、する…のはね?」

 

 

 あれ?おかしいな…。ユウくんの顔をはっきり見れないや。視界が滲んでる。あはは…なんで、なんでだろう。

 

 

「日菜?辛いなら言わなくていい。俺がもっと悩めばいいことなんだから」

 

「だめ。…だめなんだよ。……これを…言わないと……ユウくんは、理解できないから」

 

「そんなの日菜が決めることじゃないだろ?」

 

「わかるんだもん!…あたしと…ユウくんは、同じ…だから。だからわかるんだよ。…ユウくんはこのままじゃ…理解できない。……理解できるって言ったのは嘘だよ。…ユウくんはわからない」

 

「決めつけるなよ!日菜が泣くぐらいなら俺はずっと悩み続ける。時間がかかるかもしれないけど、日菜たちの進級、いや今年中には必ず答えを出す!だから今泣いて言う必要はないんだ!」

 

「…優しいよね」

 

 

 ユウくんは本当に優しい。この優しさにあたしはずっと甘えていたい。今も甘えておけばリサちーに勝てる可能性が大きくなる。それぐらいはあたしでもわかってる。だけど、それでもあたしはずっと片想いでいるのは嫌だ。身勝手だけど、それでもあたしは今言う。ユウくんに恋愛を理解する方法を教える。それでどうなるかなんてわかりきってることだけど、それでも…。

 

 

「ユウくん…よく聞いてね?」

 

嫌だ(・・)。日菜を苦しませてまで教えてもらいたくない…」

 

「…ユウくん」

 

 

 あ、あはは……。なんなの…、あたし、ユウくんにそう言われるぐらいには…ユウくんの中にいれてるんじゃん。…うん、それがわかったからこそ、あたしはユウくんに教える。ユウくんに幸せになってもらいたいもん。

 

 

「恋愛を理解するにはね?…恋したらいいんだよ」

 

「こい?……むじゅん、してないか?」

 

「してないよ。してるように思えるけどしてない。人は人の気持ちを完全には理解できない。だけど共感することはできるはずだよね?あたしにもいまいち分からないけど、だけどそれは同じ状態になればいいんだよ」

 

「だから恋愛を理解するには恋しろって?」

 

「…うん。ユウくんはね、自覚するだけでそれがわかるんだよ?」

 

「自覚?どういうことだよ」

 

「そこを言ったらもう答えでしょ?それが最後の壁だから。今度こそユウくんの力で突破してね?」

 

「…ああ。約束する」

 

「うん♪」

 

 

 ユウくんと口を重ねる。観覧車はまだ一番上を通り過ぎたあたり。まだ時間はある。だから時間いっぱいユウくんにキスした。あたしの存在をユウくんの中に流し込むように。ユウくんが自覚した時に少しでも引っかかりを覚えてくれたら、なんて願いを流し込むように。…もう一つ約束してもらわないといけない。

 観覧車が残りの4分の1あたりになったところで口を離す。ただずっと口を重ねてただけだけど、それでもあたしは幸せに思える。きっと今のあたしの目はトロンってしてるんだろうね。ユウくん以外何も視界に入らないもん。

 

 

「ユウくん。恋したらあたしの告白に返事してね?これも約束だよ?」

 

「…ああ。必ず、必ず約束は守る」

 

 

 あたしが自覚したのはユウくんが元の居場所(友希那ちゃんの家)に戻ってから。ユウくんがいない生活になってからあたしはユウくんに惚れてたんだって自覚した。

 

 そしてそれは、一目惚れだった。

 

 もしも、もしもあたしがリサちー達より先にユウくんに出会えていたら、今のユウくんとリサちーみたいな関係になれてたかもしれない。そんなもしもの世界を想像するぐらい…あたしがしても…いいよね?

 

 

「日菜?」

 

「ん…ありがとう、ユウくん」

 

 

 本当に優しくて、頼りになって、カッコイイユウくん。あたしが初めてにして唯一異性にるんっ♪てした男の子。

 

 けどね、知ってるかな? 優しさって 時には相手を追い込むんだよ?




☆9評価 ブラックティガさん ありがとうございます!
日菜が献身的すぎて書いてる自分が辛いです。…最近思ったのが、いっそ登場人物はそのままでifストーリーみたいなのを書けるときが来たら書こうかなって。(オリキャラ考えるのをサボりたい)


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17話

「七夕まつり?」

 

『そう、七夕まつり。今度商店街であるらしいんだけど、雄弥来れる?』

 

「…まぁ、なんとかなるかな」

 

『あー、やっぱり仕事あるんだ。…それならやっぱいいや』

 

「いやだから行くって」

 

『また強引に時間作る気でしょ?そういうのは悪いからやめてほしいんだけどな〜』

 

「今回はそうじゃないんだよ。…仕事自体は夕方までだから、一緒に回るにしてもあまり時間作れないだろうなと思ったんだ」

 

『そういうことか〜。…じゃあお願いしていい?友希那も誘うつもりだから、三人で回ろ?』

 

「わかった。当日の仕事が終わったら連絡する」

 

『ありがとう♪それじゃあおやすみ!』

 

「あぁ、おやすみ」

 

 

 電話を切って廊下から部屋に戻る。…俺と友希那は同じ家に住んでいるから俺が誘うのが普通だ。だが、俺は今家にいない。疾斗と俺が出演する番組のロケで長野県に来ているからだ。部屋は疾斗と相部屋で、部屋に戻ると枕が飛んでくる。

 

 

「小学生かお前は」

 

「せっかくの旅館で枕があるんだぞ!枕投げをしないという選択肢がどこにある!」

 

「ハロハピメンバーとやれ。そして花音に怒られろ」

 

「…花音にやっぱ怒られたりするかな?」

 

「最初は笑顔で見守って、みんながエスカレートし始めて疾斗が本気を出したところで怒ると予想した」

 

「うわー、俺も簡単にその状況想像できるわー」

 

「んじゃ寝るぞ。明日早いだろ」

 

「だが断る!」

 

『ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーーイ!!』

 

 

 寝転がった俺に枕を投げようとした疾斗だったが、携帯に着信が来たため投げるのを中断していた。

 

 

(着信音あれなのかよ、しかも電話に出なかったらループだろ?)

 

 

 どこかズレたような感覚を持っている疾斗を眺めていると、携帯を片手に電話に出ようとせずに固まっていた。電話に出ろと促すとこっちに画面を見せてからゆっくりと電話に出た。

 

 

(噂をすればなんとやらってやつか)

 

 

 画面に表示されていたのは、さっきまで話していた花音の名前だった。偶然なのかそれとも疾斗の行動を読んでのことなのか、どちらにせよベストタイミングで電話をかけてきている。…どうやら後者のようだ。疾斗が電話に出てすぐにひたすら謝ってる。

 子どもっぽいところを残している疾斗の、普段とはかけ離れた状態を楽しみつつこの間に寝ることにした。今度花音にお礼のクラゲグッズでもあげるとしよう。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 七夕まつり当日、アタシは友希那と一緒に駅前の喫茶店に来ていた。駅前なら雄弥が帰ってきた時にすぐに合流できるからね。

 だけど、アタシには別の気がかりがある。それは、日菜と紗夜のこと。この問題は当人たちの問題だから、アタシが首を突っ込むわけにはいかないんだけど、お節介なアタシは気にしちゃうんだよ。

 

 

「…リサもう少し落ち着いたらどうなの」

 

「あっはは〜、ごめんごめん。…けど気になっちゃって」

 

「私たちが口を挟むことなんてできないわ。結局二人の問題なんだから」

 

「そうだけどさー。…雄弥ならなんとかできるのかな」

 

「……さぁ。少なくともあの子なら多少口出しはできるでしょうね」

 

「二人とだいぶ仲いいからねー」

 

「リサは嫉妬深いわね」

 

「うっ、自覚してますー」

 

 

 アタシは別に雄弥と付き合ってるわけじゃない。ただ単に雄弥のことを大好きで、雄弥に他の女の子が近づくのが嫌なだけ。…友達とかならいいんだけど、あの二人の場合だと争奪戦の真っ只中だからね。

 気分を紛らわせるためにオレンジジュースを飲みながら最近の日菜とのやり取りや紗夜とのやり取りを思い返す。

 

 

(日菜は紗夜と七夕まつりに行きたがってた。アタシの方から紗夜に七夕まつりのことを話したけど、紗夜からいい返事はもらえなかった。…紗夜は日菜を嫌ってるわけじゃない。ただ距離感を掴めなくなっただけ。まるで2年前の友希那と雄弥みたいに)

 

 

 あの時はできることをしようと思ってたけど、母さんに止められたんだっけ。本人達で解決するのが一番だー、とか言ってた気がする。それがあるから、友希那は少し気にしてても何も言わない。きっと雄弥も口出ししないようにするんだろうね。

 

 

「あーあ、もどかしいな〜」

 

「何が?」

 

「うわぁっ!!結花!?驚かさないでよー!」

 

「あっはっは!ごめんごめん!驚かすつもりはなかったんだよ?リサが集中してたからいつ気づくかなーって遊んでただけ」

 

「驚かす気あったでしょ!」

 

「まぁね〜。友希那が止めなかったからいいかなーって」

 

「友希那?」

 

「問題だったかしら?そんなことより「そんなこと?」…雄弥が来てるから早く出ましょ」

 

「え?雄弥?どこ?」

 

「リサってば乙女モード全開だね☆」

 

 

 結花がなんか言ってる気がするけどひとまず放置。雄弥と七夕まつりに行くなんてなんだかんだで今までなかったから、今日という日をどれだけ楽しみにしていたことか。

 

 

「雄弥ならレジのとこだよ」

 

「…レジ?………あ、伝票!いつの間に」

 

「いつの間にも何も、さっきここまで来て支払いしとくって言ってたじゃない。むしろよく気づかなかったわね」

 

「いや〜、リサといると飽きなくていいよね〜。ねね!リサも芸能界来ない?私とコンビ組もうよ」

 

「何言ってるのかしら?リサはRoseliaの大切なベースよ。引き抜きなんて例え雄弥が相手でも許さないわ」

 

「ちょっ、ちょっと二人とも!お店の中だから!」

 

「結花」

 

「続きは店の外、だよね?」

 

「行くわよ」

 

「うん」

 

「喧嘩は駄目だってばー!」

 

 

 足早に歩く二人を慌てて追いかけてると、二人の肩が震えるのが見えた。それでアタシはやっと気づくことができた。結花の引き抜き話も友希那のあの対応もアタシをからかうためのことだって。

 

 

「からかうのやめてよね」

 

「ごめんごめん。けど、『アタシをめぐって争わないでー』って体験できて良かったでしょ?」

 

「よくない。もう二人とはしばらく口聞かないんだから」

 

「リサ。からかったことは謝るわ。ごめんなさい。だけどRoseliaのベースはリサだけよ。これは本心だから」

 

「……友希那のバカ

 

 

 そんなの言われたら嬉しいに決まってるじゃん。怒るに怒れなくなるじゃん。…ほんと、つくづく姉弟揃ってズルいんだから。

 

 

「…結局結花もついてきたのか」

 

「別にいいでしょ?私も七夕まつり楽しみたいんだから☆」

 

「雄弥代金は…」

 

「待たせたお詫び代わりってとこだ。商店街に行くぞ」

 

「うん!」

 

「…リサって雄弥がいる時といない時であんなに差あったっけ?」

 

「最近は抑えなくなったのよ。私は前から知ってたけど」

 

 

 なんか言われてるけど気にしたら負けな気がする!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 結局七夕まつりをお姉ちゃんと回れなかったな〜。ユウくんはリサちーと友希那ちゃんと回るらしいし、どうしよっかな〜。あ、雨だ。

 

 

(雨宿りできるとこは…。あそこのバーガーショップにしよっと!)

 

「いらっしゃいませー。って、日菜ちゃん?」

 

「あ。彩ちゃんだ。彩ちゃんここでも働いてたの?」

 

「うん、そうだよ。日菜ちゃん今日は一人なの?」

 

「まぁね〜。お姉ちゃんは誘っても断られちゃったし、ユウくんはリサちーと友希那ちゃんと一緒だからね〜」

 

「そうなんだ…。日菜ちゃん濡れてるってことは外雨降ってきたの?」

 

「そうそう。だから雨宿りに来たんだ〜。いいよね?」

 

「もちろん!通り雨だろうし、ゆっくりしていって。注文はどうする?」

 

 

 何も考えてなかったな〜。相手が彩ちゃんだし、ここは困った時に便利なあの聞き方を使おうかな。

 

 

「なにかオススメってある?」

 

「あ、今ならポテトMサイズの料金でLサイズのポテトが食べれるキャンペーンやってるよ!」

 

「るんっ♪てくるキャンペーンだね!ならそれとコーラで」

 

「はーい!花音ちゃんポテトとコーラ入りまーす」

 

「は、はーい!」

 

「花音ちゃんもバイトしてたんだ」 

 

「うん!出来たてのを持っていくから席で待ってて」

 

 

 揚げたてのポテトはるんっ♪てするけど、今日一日はあんまりるんっ♪てしない一日だったなぁ。…帰ろっかな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雨がやんだから外に出てきたけど、あんまり七夕まつりを楽しむ気分にはなれないな〜。…あれ?あそこのやつなんだろ?

 

 

「へぇー、短冊に願い事、か〜」

 

 

 せっかくだしあたしもお願い事書いていこうっと〜。今日はお姉ちゃんと七夕まつり来れなかったし、来年こそは一緒がいいな〜。…ユウくんも一緒だったらどれだけ幸せなんだろう。

 

 

「書けた。あとは笹に結ぶだけ〜っと」

 

「日菜?ここで何してるの?」

 

「あ!お姉ちゃん!あたしは短冊にお願い事書いて今から結ぶとこ。お姉ちゃんは?」

 

「私はお母さんから買い物を頼まれただけよ。七夕まつりとは関係ないわ」

 

「そっか。……あのね、お姉ちゃん、っ!わわっ!」

 

「日菜!?」

 

「あー!あたしの短冊が鳥が取ったー!」

 

「書き直せばいいでしょ!」

 

「ダメだよ!大事なお願い事書いたんだから!待てー!!」

 

「ちょっと、日菜!」

 

 

 絶対にあの短冊は取り返すんだから!あの短冊には大事な、本当に大事なお願い事を書いたんだから。 

 いっばい走った。ひたすら鳥を追いかけて、周りなんて気にせずにひたすら。だけど鳥を見失っちゃった。辿り着いたのは公園。

 

 

「…このあたりに飛んでいった気がするんだけどな〜」

 

「鳥を追いかけるなんて無理があったのよ」

 

「えー!」

 

「まったく…。日菜、あそこに落ちてるの短冊じゃないかしら」

 

「えっ?…あ、ホントだー!あたしの短冊だ!あたしのお願い聞いてくれたのかな〜」

 

「…どうかしらね」

 

「いっぱい走ったから疲れちゃった。休憩しよ?」

 

「そうね。私も久しぶりにあんなに走ったから疲れたわ」

 

「じゃあじゃああのベンチで休憩ね!」

 

 

 ベンチに並んで座りながらぎこちなく会話を始める。…あたしらしくないってみんなは思うのかな。…あたしはお姉ちゃんが大好きだから、お姉ちゃんに嫌われたくないから慎重になるんだよね。

 ここは小さい頃にお姉ちゃんと二人でいっぱい遊んだ場所。思い出の場所なんだ。

 

 

「ユウくんと出会ったのもここなんだよ?」

 

「そうだったの?私初めて聞いたわよ」

 

「あはは。あたしも人に話したのはお姉ちゃんが初めて」

 

「俺がこのベンチに座ってるときに出会ったんだっけな」

 

「きゃっ!ゆ、雄弥くん?」

 

「ユウくんどうしたの?リサちーたちと一緒だったんじゃないの?」

 

「一緒だったんだがな。二人が慌てて走ってるのを見かけて、リサと友希那に追いかけてこいって言われたんだよ。あの二人、特にリサが二人のこと気にしてたみたいでな」

 

「そうなんだ…」

 

「…今井さんには気苦労させてしまってるわね」

 

 

 リサちーって世話焼きというか、お節介な性格というか。無理がたかって倒れることってありそうだよね。…まぁなんだかんだで友希那ちゃんがいるから大丈夫なんだろうけど。

 

 

「日菜休憩は終わりよ」

 

「え、もう?もっといっぱい話そうよ!」

 

「あなたね、短冊を飾るんでしょ?」

 

「あ…、うん!」

 

「短冊追いかけてたのか」

 

「まぁね。鳥に取られたんだよ!」

 

 

 ユウくんにここまで来た経緯を話しながら三人で商店街に戻っていく。短冊以外にもカササギの話をした。織姫と彦星の橋渡し役をするカササギの話を。今日の鳥は、まるであたしとお姉ちゃんを繋いでくれるカササギだね!そう思ったら鳥に感謝だよ♪

 けど、前からずっとその役をやってくれてたのはユウくんで、そう思ったらユウくんもカササギだね♪このカササギの話はこころちゃんから聞いたんだけどね〜。こころちゃんとはあの天体観測以外でも合同で部活してるから、その時に教えてもらった。

 

 

「屋台が出てるな」

 

「夜になったら見慣れた商店街もここまで変わるのね」

 

「ねぇお姉ちゃん!」

 

「…はぁ。ちょっとだけよ。お母さんからには私から連絡しとくわ」

 

「ありがとう!何食べよっかな〜。あ、お姉ちゃんも一緒に食べようよ!」

 

「えっ?私はいいわよ。こういう所の食べ物は…」

 

「たこ焼きがある!たこ焼きなら分けれるよね!」

 

「聞いてないな」

 

「あの子ったら本当に…」

 

「紗夜と一緒に回れて嬉しいんだろ。普段は元気に振る舞ってるが、寂しがる時もあったからな」

 

「…そう」

 

 

 むむっ、あたしがたこ焼き買ってる間にお姉ちゃんとユウくんがいい雰囲気出し始めてる!あたしとは違った雰囲気で、見てすぐにカップルってわかるやつじゃない。お姉ちゃんが落ち着いてるのと、ユウくんが口数少ないのが相まって、まるで『何年も付き合ってるからお互いのことわかってますよ』みたいなベテランカップルみたいなやつ!

 

 

「お待たせー!…お二人さんあたしがいないちょっとした時間で、いい雰囲気だしてない?」

 

「なっ!そ、そんなの出してないでしょ!」

 

「それよりたこ焼き食べるなら少し移動するぞ。ここだと他の人にあたるかもしれない」

 

「あ、うん」

 

「…そうね」

 

 

 移動してたこ焼きを食べ終わったら今度こそ短冊を飾りに行く。あたしはもう書いてあるから後は飾るだけ。

 

 

「お姉ちゃんとユウくんも書いたら?」

 

「私は別にいいわよ」

 

「あたしは飾ってくるねー!」

 

「日菜!…本当に話を聞かないんだから」

 

「ま、書くだけ書いてみてもいいんじゃないか?せっかくなんだし」

 

「雄弥くんまで…願い事なんて

 

「俺はもう書いてあるけどな」

 

「ええ?」

 

「リサたちと回ってる時にな。真っ先にここに来たからその時に書いた」

 

「…なるほど」

 

(そうなると書いてないのは私だけね。…仕方ないわね)

 

 

 あたしが二人の所に戻ったら、二人とも手ぶらの状態だった。ということはもう書いて飾ったのかな?

 

 

「お姉ちゃんたちもう書いたの?」

 

「俺はリサたちといる時に書いてた」

 

「私も書いて飾ってきたわ」

 

「どこに飾ったの?」

 

「日菜が絶対に見つけられないところよ」

 

「ええー。教えてくれてもいいじゃん」

 

「それより日菜はちゃんと飾ってきたのかしら?」

 

「あたし?あたしは飾るのやめた」

 

 

 お姉ちゃんが意外そうな顔してる。まぁあれだけ必死に追いかけた短冊を結局飾らなかったらそうなるよね。…ユウくんはどういうことか、なんとなく気づいてるみたいだけど。

 

 

「あたしのお願いは今日叶ったから」

 

「そうなの?」

 

「うん!『お姉ちゃんと仲良く過ごせますように』ってお願いしたんだ。そしたら鳥のおかげで叶ったから。だからいいの」

 

「…日菜」

 

「紗夜の願い事も叶うといいな」

 

「絶対叶うよ!あたしのお願いだって叶ったんだから!」

 

「…そうだといいわね」

 

(『日菜とまっすぐ話せますように』。この願い事も…いつか、きっと)

 

 

 ちょっと遅くなっちゃったけど、お姉ちゃんがお母さんから頼まれてた買い物を三人ですませて、ユウくんに家まで送ってもらった。お母さんもユウくんと会うのは久しぶりだから、ぜひ食べて行ってって誘ってたけど、先に家族と食べると約束してみたいでそれは叶わなかった。けど、今度家に食べに来てくれる約束をしてくれたから、それでチャラだね。

 今日は本当にいい日だった。お姉ちゃんと一緒に過ごせたし、ユウくんも一緒にいてくれた。今日は忘れられない一日になったよ!

 




せっかくの七夕イベントの話が…。もっと上手く書ければいいんですけど、魅力を減らしてしまいましたね。ご存知でない方はガルパの思い出のストーリーでご覧ください。ほっこりしますよ。


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18話

『紗夜。来週末の予定って空けれるか?』

 

 

 Roseliaの練習が終わり、家で次の日の授業の準備をしていたある日のこと。高校生になってから初めての雄弥くんの電話で聞かれた。それは以前に今井さんが雄弥くんに約束させたデートのお誘いだった。

 しかし、あいにくの事ながら来週末はどちらも予定が入っていた。それでも雄弥くんの忙しさを考えたら来週末にするべきだわ。どうすべきか悩んでいると、お母さんが日曜日の予定はキャンセルしていいと助け舟を出してくれた。

 

 

『日曜日なら俺も一日オフだからちょうどいいな』

 

「ええ。今回は全て雄弥くんが考えてくれるのよね?」

 

『そういう約束だからな』

 

「ふふっ、そうだったわね。…雄弥くん」

 

『どうした?』

 

「楽しみにしてるわ」

 

『期待に答えれるように最善を尽くさせてもらう』

 

「ええ。……もう少し話していいかしら?雄弥くんとこうやって電話するなんてそうそうないから」

 

『いいぞ』 

 

「ありがとう」

 

 

 雄弥くんが側にいるわけじゃない。だけれども雄弥くんとこうやって話していると、雄弥くんを近くに感じる。電話している彼が今どういう状況なのかを想像しながら他愛ない話を広げた。普段そんな話をあまりしない私が、だ。電話は日付が変わる前には終わらせて寝ることになった。…名残り惜しいと思ったのは内緒。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 デート当日、服装をどうするか悩んでいたけれど、私は日菜や今井さんのように可愛らしい服を持っていない。普段通りの服装にして、軽くアクセサリーをつけることで、ちょっとしたオシャレということにした。

 どこかで集合するのかと思っていたけれど、雄弥くんが迎えに来てくれるらしい。聞けば以前日菜がナンパされて少しトラブルになったのだとか。…『ユウくんがシュパパーン!ってやってたんだよ!』はこのことだったのね。

 

 

「時間は…まだあるわね」

 

「こんなにそわそわしてる紗夜を見るのはいつぶりかしらね」

 

「お母さん。私は別にそわそわなんてしてないわ。時間を確認しただけよ」

 

「5分おきにね」

 

「……そうだったかしら」

 

「それだったら時間を早めてもらったら?」

 

「駄目よ。雄弥くんは忙しい人なんだから。時間に余裕をもってもらいたいもの」

 

「なら家の前で待つ?雄弥くんは『家にいろ』とは言ってないのでしょう?」

 

「け、けど。迎えに来てくれることは、家で待つものでしょ」

 

「紗夜がそれでいいなら私ももう何も言わないわ。ただ、飲物は飲み干していってね。まだ一口も飲んでないでしょ」

 

「…あ。も、もちろん飲むわ」

 

 

 お母さんがせっかく入れてくれた飲物をまだ飲んでなかっただなんて…。それぐらいに私は落ち着けていなかったのね。コップを傾けてゆっくりと飲んでいると家のインターホンが鳴った。その瞬間私は一気飲みして玄関のドアを開けた。

 

 

「ゴホッ、ゴホッ…お、おはようございます。雄弥くん」

 

「おはよう、紗夜。むせてるみたいだが、大丈夫か?」

 

「え、ええ。飲物が気管に入ってしまっただけよ」

 

「そうなのか。準備がまだ待つから、慌てなくていいぞ」

 

「いえ準備はできているわ。鞄を取ってくるからちょっとだけ待ってて」

 

「ああ」

 

 

 リビングに戻って用意しておいた鞄を持つ。必要最低限のものだけを入れた鞄だけど、こういう所も大切よね。私が再び玄関に向かうとお母さんもついてきて雄弥くんに挨拶してた。

 

 

「おはよう雄弥くん。今日はわざわざ紗夜を迎えに来てもらってごめんね」

 

「いえ。これぐらい気にしないでください。日菜のこともありましたから」

 

「…そうね。改めてお礼を言わせて。日菜を守ってくれてありがとう」

 

「私からもお礼を。ありがとうございます」

 

「いやいや、当然のことですから」

 

「ふふっ、本当に優しい子ね。紗夜のこともお願いね?」

 

「はい」

 

「それでは行きましょう雄弥くん。お母さん、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「水族館ですか?」

 

「ああ。疾斗に優待券余ったからって渡されてな。有効期限も近づいてたし貰ったものは使わないと悪いからな。…嫌だったか?」

 

「そんなことないですよ。私は雄弥くんと一緒ならどこでも構いません」

 

「それならよかった」

 

(それにしても優待券が余るっていったい何があったのでしょう…。そもそも優待券ってそんなに貰えるものでしたっけ?)

 

 

 そんな私の疑問をよそに、雄弥くんは私の手を引いて受付へと向かう。手を繋いでいるのは、『はぐれたら大変だから』で他意はないわ。本当よ?…手を繋いでいる私たちを見て、受付の人が凄い笑顔だったのが恥ずかしかったわ。

 

 

「すごい…」

 

「入っていきなりが巨大水槽だからな。種類も豊富だし」

 

「水族館なんて小学生以来だったけど、あの頃と今では楽しみ方が変わるわね」

 

「具体的には?」

 

「小学生の頃だと単純に色んな種類の魚を見るだけで楽しかった。今もその楽しみ方をできるけど、それ以上に……好きな人と来れるのが嬉しいわ

 

「………そうか」

 

「ふふっ、雄弥くんもしかして照れてるのかしら?」

 

「紗夜にそう言われると思ってなかったからな。けど紗夜だって顔赤いぞ」

 

「なっ…、き、気のせいよ」

 

 

 雄弥くんに真っ直ぐ言うだけでも恥ずかしいのに、まさか雄弥くんが照れるだなんて思ってなかった。そのせいで余計に恥ずかしいわ。

 お互いに無言で水槽を見ることで誤魔化しあったけど、その代わり繋いでいる手はさっきよりも強く握っていた。私の頬の赤さが引いたからか、それとも雄弥くんが落ち着いたのか、他の水槽も見に行くことを提案されて私も同意した。

 

 

「休日だと人が多いな」

 

「それはそうでしょう。色んな人たちが来ているようだけど、家族連れが多いわね」

 

「…家族か」  

 

「雄弥くん?」 

 

「いや、何でもない。お昼はどうする?混む前に行くか?」

 

「そうしたいところだけど、ここは順路が決まっているようだからやめときましょ」

 

「ならゆっくり見ていくか」

 

「ええ。それと…雄弥くん」

 

「どうした?」

 

「じ、実はお弁当を用意してあるの。だから、その…雄弥くんがよかったらお昼は休憩所でお弁当を食べない?」

 

 

 自分で料理することはあっても、異性にお弁当を作ったのは今回が初めて。料理は自分一人でもできるというのに、お母さんに助言をもらいながらお弁当を作った。だからぜひ食べてほしい。…だけど、私は今井さんほど料理が上手じゃない。

 

 

「わざわざ作ったのか」

 

「…迷惑、だったかしら」

 

「そんなわけないだろ。ありがとう紗夜。お昼は紗夜が作ってくれた弁当にする」

 

「…ぁ。ありがとう」

 

「ははっ、なんで紗夜が礼言うんだよ。礼を言うのは俺の方だろ。…っと紗夜」

 

「へ?きゃっ」

 

 

 いきなり腰に手を回されて強引に体を寄せられる。突然のことで躓きそうになった私は雄弥くんの胸に飛び込むような形になった。

 

 

(か、顔が近い……。ま、前にキスした時は周りに誰もいなかったからよかったけど、今は周りにいっぱい人がいるし…)

 

 

 私一人混乱しながら雄弥くんの顔を見ていると、雄弥くんの視線が私に向いていないことがわかった。視線を追うとそこには強引に人をかき分けて進んでいる男性がいた。

 

 

「…なんなのですかあの人は」

 

「ただの痴漢だ」

 

「へ!?」

 

「真っ直ぐ無理に進んでるように見えて必ず両側に女性がいる。当たった体にして体を触ってるんだろ」

 

「最低ね。……あ、もしかして雄弥くんはそのために私を?」

 

「そういうことだ。この人の多さだとアレを捕まえるのも一苦労だからな」

 

「けど放置するわけには!」

 

「大丈夫。もうすぐ捕まるから(・・・・・・・・・)

 

「何を…」

 

 

 なぜ断言できるのか疑問に思ったのだけど、さっきの男が進んでいった方向で歓声が上がった。その様子からしてさっきの男を捕まえた人が出たということがわかる。

 

 

「さてと、順路に従って進んでもアレがいる場所だが、…まぁ仕方ないか」

 

「水槽は周りにもあるわ。気持ちを切り替えましょう」

 

「…まぁ、そうだな」

 

 

 どこか引っかかるような反応をした雄弥くんだったけど、深くは考えないことにした。正確には考えられなかった。移動しようとした今になって、ずっと雄弥くんとくっついていたことに気づいてそれどころじゃなかったから。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「おっす雄弥!お、紗夜も一緒か」

 

「…やっぱりお前か疾斗」

 

「あ、あの。疾斗くんはこの人が周りの人に迷惑をかけてたから…」

 

「それぐらいわかってる。…気絶させてるのは、大方花音がターゲットになったからか」

 

「へ?」

 

「はっはっは!バラすなよ、恥ずいだろ!」

 

「はやとくん…わたしのために」

 

「秋宮くんと松原さんが見つめ合って動かないのですが…」

 

「二人の世界ってやつだ。気にするな」

 

「雄弥くんがそう言うなら」

 

 

 それにしてもこの人の多さだとこの痴漢を施設の人に引き渡すのも一苦労だな。こっちに向かってるだろうけど、中々近づけないってなってそうだし。

 

 

「そうだ。俺たちこれから休憩所で飯食うんだけど雄弥たちもどうだ?花音が作ってくれた弁当はやらんが」

 

「疾斗くん。それ嫌味に聞こえるよ?それと…は、恥ずかしいから」

 

「俺たちも休憩所で食べるつもりだったからちょうどいいんじゃないか?」

 

「へー、お前らも弁当か。リサがいながらお前も罪なやつだな」

 

「なんの話だ?それより、疾斗には言われたくないな。事務所でよくイヴとイチャついてるくせに」

 

「なっ!おまっ」

 

「疾斗くん?お話を聞かせてほしいな〜」

 

「花音目が笑ってないぞ?お、落ち着けよ、な?」

 

「私は落ち着いてるよ〜?」

 

 

 へ〜、疾斗がいる時って花音はここまで変わるのか。前あった時とは全然違うな。紗夜も驚いてるってことは、学校ではああいう状態の花音を見ることがないってことか。

 

 

「雄弥くん。施設の方が来ましたよ」

 

「みたいだな。…疾斗たちはあの調子だし、軽く説明してお昼にするか」

 

「そうですね」

 

 

 思ってたよりは早く辿り着いた従業員にこの男が痴漢で、あっちで夫婦喧嘩してる若いのが取り抑えたと軽く説明した。その時の状況を見てた周りの人にも発言してもらったからすぐに話は終わった。

 

 

「それで、お礼にこの部屋で弁当を食べていいと。知らない間に何があったんだか」

 

「お前らが夫婦喧嘩してる間にな。お偉いさんと話するときに使われる部屋らしいぞ。食事しながら鑑賞もできる」

 

「い、いいのかな。…私たちみたいな高校生が使っちゃって」

 

("夫婦"に反応しなかったな。…あー天然だからか)

 

「お礼らしいから素直に受け取るしかないだろ」

 

「それより、早く食べようぜ」

 

「食い意地張ってるな。……花音、疾斗が食べる量って尋常じゃない量だが、大丈夫か?」

 

「もちろん!疾斗くんのことは把握してるからね♪」

 

 

 さすが疾斗と一番付き合いが長い幼馴染だな。…リサと友希那がお互いのことを分かり合ってる、みたいなことか。……なるほど、たしかにこれはよくわかってる(・・・・・・・)。大きめの鞄だとは思ってたがまさか重箱が出てくるとは。

 

 

「…松原さんのを見たら私のがちっぽけに思えてきました」

 

「何言ってんだ紗夜。俺はあんな量食べれないからな?紗夜が作ってくれたやつで十分だから、そんな暗い顔するな」

 

「…はい」

 

「……ったく。…美味いな」

 

「本当ですか!?今井さんほどではないと思いますが…」

 

「いや美味しいよ。リサとは違った味付けだし、わりと好きな味付けだ」

 

「よかったです」

 

 

 四人で談笑しながらお昼を食べて、従業員に一言言ってから退出した。特別に元いた場所まで逆走させてもらって、水族館を満喫しなおす。まぁ四人で、なんだけどな。

 

 

「疾斗…」

 

「んん?…ちょっと待てよ」

 

 

 疾斗が花音にアイコンタクトを取って、花音がそれに頷く。これだけで二人の関係の深さが分かるものだが、残念なことに俺にはそれが測れない。花音は紗夜の腕を引っ張って"クラゲコーナー"に走っていった。

 

 

「そういやクラゲ好きだったな」

 

「空気を読んでくれる+クラゲがいるってことで花音は止められなくなるからな」

 

「クラゲだけで誰も止めれないだろ」 

 

「違いない。…花音は本当にいい子だよ」

 

「気弱そうに見えてそうじゃないからな」

 

「本人は自覚してないんだけどな。自分の中に確固たる芯が通ってるってことを」

 

「それで高校を別にしたのか」

 

「ああ。気付いてほしくてな。…まぁ去年まではそれが正解だったのかはわからなかったけど、ハロハピに入ってからの花音を見たらこれで良かったと思うよ」

 

「なるほど」

 

「それで?」

 

 

 空気を緩めるための話は終わった。俺は本題に入らないといけない。だが、俺自身答えを明確にはできていない。ぼんやりと輪郭があるだけ。

 

 

「恋愛って辛いものなんだなって最近思ってきた」

 

「9割方答えにたどり着いてるじゃねぇか。……それでもお前は立派だよ」

 

「どこがだよ。何もできてないんだぞ。ずっと周りに迷惑かけてきた。傷つけた」

 

「それでもだ。恋愛は誰も傷つかずにすむなんてことはない。知らないうちに惚れられて、知らないうちに傷つけることだってある。特に俺たちみたいなアイドルはそれが当たり前だ。知ってるか、知らないか、その違いしかないんだよ」

 

「そういうもの、なのか」

 

「…もう一度言うぞ。それでもお前は立派だ。俺は知ってる奴が傷つくのが嫌だから逃げ続けてる。…だから雄弥の方が人として向き合えてるよ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「松原さんはクラゲが好きなんですか?」

 

「うん!見てると落ち着くんだ〜。特にねこのフォルムがねーー、」

 

(変なスイッチを押してしまったようですね…)

 

 

 松原さんによるクラゲトークが繰り広げられ、なにやら私までクラゲに惹かれそうになったところでなんとか話を止めることができた。あのままだったら洗脳されていたかも…。

 

 

「うぅ〜。ごめんね紗夜ちゃん。私クラゲのこと話し始めると周りが見えなくなっちゃって」

 

「構いません。松原さんの新たな一面が見れてよかったです」

 

「あ、あはは…。ちょっと恥ずかしい、かな。……雄弥くんたちの話が気になる?」

 

「は?…いえ、そういうわけでは……。気になります」

 

「だよね。きっと話の内容は……」

 

分かっています(・・・・・・・)。それでも…私は…」

 

「…ごめんね」

 

「謝られることではないですよ」

 

 

 そうだ。松原さんに謝られるようなことじゃない。雄弥くんとのデートができて良かった。今井さんが取り付けた約束とはいえ、彼に誘われて行った今日のデートは本当に楽しかった。

 

 

「……彼の中で答えがほぼ出たのでしょう」

 

「…うん。私もそう思う」

 

「…わかっていた…ことなんですけどね」

 

「紗夜ちゃん……」

 

 

 松原さんにそっと手を包まれる。彼女らしい慈愛に満ちた手の温もり。それに泣きそうになったのを我慢する。まだ彼の口からは言われていないのだから。

 雄弥くんたちと合流した時にはなんとか元通りになれた。四人でショーを見に行こうという話になり、四人で横並びに座る。私と松原さんが内側で、両サイドに雄弥くんと秋宮くんが座る。

 

 

「イルカショーでしょうか?」

 

「それもあるみたいだけど、ペンギンショーとアシカショーをやった後にイルカみたいだよ」

 

「豪勢だな」

 

「出し尽くしって感じだな」

 

「…っと、悪い、電話だ」

 

「誰から?」

 

「…瑛太?」

 

「は?なんであいつから……雄弥、ここで電話に出ろ。まだショーは始まってないから問題ない」

 

「わかった」

 

 

 瑛太さんから連絡が来ることが珍しいのかしら。それとも瑛太さんから連絡が来るのは、なにか問題が起きたということなのか。それは雄弥くんが電話に出ることでわかること。

 

 

「瑛太どうした?」

 

『あ、兄貴っすか?お、おお、お落ちついてきいてくだせー』

 

「お前が落ち着けよ。じゃないと俺は聞き取れないぞ」

 

『す、すいやせん。……すぅー。はぁー。…兄貴、大変なことになりました』

 

「大変なこと?」

 

『見ちまったんです。遠目だったんすけど、見間違いではないです』

 

「何をだよ。肝心なとこが抜けてるぞ」

 

『結花さんと姉さん(・・・)が誘拐される所を見たんすよ!』

 

「は?誘拐?誰がだって?」

 

 

 ゆう、かい?…瑛太さんと雄弥くんの共通の知り合いは、私が知る限りではRoseliaとAugenblickぐらいで。それで誘拐があって雄弥くんに電話が来たということは…。

 

 

「リサが…誘拐された?」

 

 

 今日のデートが終わった瞬間だった。

 

(けれど、大切なメンバーの身が危険に晒されているのだから、それに比べたら小事ね)

 




ある意味テンプレな誘拐ネタ!
ゲームとかでもこういう章の区切り方ありますよね!(RPGは軌跡シリーズしかやったことない)

脱字報告ありがとうございます!また見落としてしまった…。


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19話

これが3章の本当のラストです。といっても前回の話のリサ視点です。
4章?それは告知通り7月です。



 

 雄弥が朝からどこかへ出かけてる日に、アタシは結花と遊びに行くことになった。結花が今日一日オフらしく、前に遊びに行こうと話していたからそれが今日になった。別にデートに行くわけでもないから、アタシは普段着で行くことにした。

 結花と待ち合わせしてる場所はショッピングモール前の広場。待ち合わせ場所としては定番な所だから、アタシ以外にも待ち合わせ場所にしてる人たちもいる。

 

 

(結花、ちゃんと見つけられるかな?)

 

「…結花って集合時間ちゃんとわかってるのかな〜」

 

「わかってるよ〜ん☆」

 

「ひゃあ!?…ちょっ、結花…やめっ」

 

「へ〜、リサって結構胸おっきいね〜」

 

「…このっ!離しなさい!」

 

「ぎゃっ!…いたーい」

 

 

 後ろにいた結花の頭をつい肘で殴っちゃったけど、ほぼ全部結花が悪い気がする。半眼で後ろを見ると、結花は肘が当たったところを手で抑えてた。

 

 

「…もう、自業自得だよ」

 

「うぅ、傷物にされた〜。お嫁に行けないー」

 

「結花が言うとシャレにならないから!」

 

「あ、そっか。ごめんごめん、リサの初めて取っちゃったね☆」

 

「勘違いされる言い方しないでよ!」

 

「胸の話だよ?」

 

「知ってるよ!」

 

「…初めて?」

 

「うっ……」

 

 

 アタシが押し黙ると、さっきまでからかってた結花まで黙り込んじゃった。気まずい空気が流れるけど、それを壊したのも結花だった。

 

 

「えっと…ほんとに触られたことなかった?雄弥にも?」

 

「あ、当たり前じゃん!」

 

「いや、うん。…ほんと…ごめん」

 

「悲しくなるから謝らないでよ…」

 

「悲しくなるってことは雄弥に触られたいとか?」

 

「そんな願望ないから!」

 

「雄弥ならラッキースケベとかで、もしかしたら〜なんて思ってたんだけど…」

 

「雄弥がそんなことするわけ無いじゃん!見られたぐらいだよ

 

「なんか後半に気になること言ってたみたいだけど…。ま、いいや。いや〜雄弥のこと勘違いしちゃってたみたい。ごめんね新妻さん」

 

「新妻じゃない!…そんなことより、中入ろうよ」

 

「それもそうだね」

 

 

 なんか結花といると、若返った母さんを相手してる感じがする。そんなに似てるわけじゃないけどさ。

 ショッピングモールの中に入ると、冷房が効いてて涼しい。まだ7月の前半だけど気温は日に日に上がっていってて、日陰にいたとはいえ暑かった。

 

 

「生き返る〜」

 

「そんな大げさな…」

 

「リサはいつも肌露出してるから熱がこもらないんだろうけどさ。私の服は普通のだから熱がちょっとこもっちゃったりするんだよね〜」

 

「…なんか棘を感じるんだけど。それに日焼け対策が大変なんだよ?」

 

「ならそういうの着なきゃよくない?リサはギャルっぽいってだけでギャルじゃないじゃん?恋する乙女じゃん?」

 

「これもアタシのアイデンティティなんですー」

 

「じゃあもし雄弥がそういう服装やめてって言ったら、リサはどうする?」

 

「雄弥はそんなの言わないから」 

 

「だから仮の話だってば。言わないだけで思うことあるかもよ?」

 

 

 む、結花の言うことも一理あるね。雄弥が変わってきてることを考えたら、そう遠くないうちにそんなことを思うのかもしれない。…もしそうなったら。

 

 

「…露出少なめのやつにする、かな」

 

「やっぱりね」

 

「でも「少なめにするだけで、完全にやめるわけじゃない。でしょ?」…うん」

 

「そんなとこだろうと思った。遊ぶ場所をショッピングモールにして正解だったね」

 

「…ということは」

 

「リサの服を買うよ☆夏本番で着る服とあとは水着もね。どうせ海に行くでしょ?」

 

「まぁ行けたら行くけどさ…」

 

「雄弥がいないと行かないって?…あ、それとも雄弥に選んでもらいたかった?」

 

 

 なんで結花って、こんなにぽんぼんと人が思ってることを当ててくるんだろ。絶対に雄弥がいないと嫌とか、雄弥に選んでもらわないと嫌とかじゃないけど。どうせなら二人で出かけたときにでもって思わなくもないんだよね〜。

 

 

「結花は服とか水着買わないの?」

 

「私?私ならもう買ってあるから」

 

「早いね」

 

「ついこの間だけどね〜。Augenblickで自分をコーデするって番組の撮影があってさ。その時にそのまま買ったんだよ」

 

「へ〜。…え、水着も?」

 

「撮影は服だけだよ?撮影終わった後にメンバーを全員捕まえて水着選びに行ったんだ〜」

 

「よく捕まえれたね」

 

「苦労したよ〜」

 

 

 結花はその時のことを思い出すように瞼を閉じて何度か頷く。あれだけ個性あるメンバーを全員って凄いよね。特にリーダーを捕まえるのが一番苦労しそう。雄弥はたぶんすぐに承諾しただろうけどさ。

 

 

「まず雄弥を抑えて」

 

「やっぱり?」

 

「うん。その次に疾斗を捕まえてさ〜」

 

「え?最後じゃないの!?」

 

「弱み握ってたからね☆」

 

「うわ〜」

 

 

 賢いというか小賢しいというか、結花らしいと言えばそれまでなんだけどね。それ以外にもAugenblickの話を結花から聞きながらお店に向かった。服を先かと思ってたけど、水着が先みたい。理由は単純に近いかららしい。

 

 

「今年のも可愛いの多いね〜」

 

「リサ去年も買いに来たの?」

 

「去年は買ってないよ。けどどんなのが出てるか気になるじゃん?それで見てたんだ〜」

 

「なるほどね〜。…今更だけどさ」

 

「うん?」

 

「水着買うなら友希那も連れてきたら良かったかな」

 

「あ~。友希那はどうだろ…。たぶん誘っても来なかったと思うよ。あんまり海とかで遊ぼうとしないから」

 

「簡単に想像できるね。じゃあ私たちで友希那のも選ぼっか。それで夏休みは海に強制連行で!」

 

「いいね〜♪」

 

 

 いない人の水着選びにモチベーションを上げたアタシ達は、友希那に似合いそうなをいくつか手にとって、その中から友希那が嫌がらないやつを選ぶことにした。…んだけど、

 

 

「結花、さっきからネタに走ってない?」

 

「友希那なら猫要素がある水着を着てくれる気がする!」

 

「見てみたいけど…見てみたいけど!親友がそんな水着で人目の多い場所にいるのはヤダからね!」

 

「ちぇー。…今度こっそり友希那のタンスに入れとこ」

 

「買うのはやめないんだ…」

 

「もちろん!友希那が家で試着してくれたら写真送るね☆」

 

「ありがとう〜」

 

「さてと、真面目に選ぶならリサが持ってるやつの…コレとか?」

 

「アタシもコレかな〜って思ってたんだよねー。友希那のはこれで決まりっと」

 

「それじゃあ次はリサのだね☆」

 

「うっ、お手柔らかにお願いします」

 

 

 結花は顔をニヤニヤさせながら両手をワキワキと動かしてる。どう見ても選びながら弄る気満々だよ。…服買う時の体力残るかな。

 

 

「まぁ、リサのはどれがいいか予め候補を考えてるんだけどね☆」

 

「へ?」

 

「私の水着買った時にリサたちとも海行きたいな〜って思ってさ。それでリサと私ってスタイル近いじゃん?だからこれとか似合いそうって思いながら自分のを選んだんだよね〜」

 

「そうだったんだ。…なんか恥ずかしいんですけど」

 

「いいじゃんいいじゃん。さっき採寸もしたからサイズも把握できてるよ〜?」

 

「採寸っていつの…ま、に……まさか」

 

「合流した時のアレです!てへっ☆」

 

「もうなんか怒るの疲れてきたよ…」

 

「私の候補から選んでもいいけど、リサが全部決める?」

 

「…一通り見てみるよ」

 

「だよね」

 

 

 結花は2度目のはずなのに、色んな水着にトキメイてた。気持ちはわからなくもない。前見て気になったやつを改めて見たりすることもあるし、見てて飽きないからね。

 アタシも色んな水着に目移りしながら、自分の好みの水着や自分が似合いそうなのを探す。端から端を往復するなんて当たり前だ。

 

 

「コレのうちのどれかかな〜」

 

「試着してみたら?私が考えた候補も入ってるし、実際に着てみてわかることもあるしね。大丈夫男の子はいないから」

 

「…そうしてみる」

 

「あ、私が感想言おっか?」

 

「うん。お願い」

 

「オッケー♪」

 

 

 結花のファッションセンスはレベルが高いから、正直アタシでも勉強になることがある。前に聞いたけど、あのウエディングドレスも次作る衣装も結花が考案したらしい。

 順番に着替えては結花に見てもらって、その中から一着を選ぶことができた。他のやつを元の位置に戻してから友希那のとアタシのを持ってレジで精算して、次は服屋に向かう。

 

 

「結花のおかげでいつもより早く決めれたよ〜。ありがとう♪」

 

「どういたしまして。アタシはリサのセンスの良さに驚きだよ」

 

「そうかな?結花ほどじゃないと思うんだけど」

 

「そんなことないって。お互いちょっと方向性が違うから、参考にすることあるんだよ?」

 

「そう言って貰えると嬉しいよ〜」

 

「しかも選んだやつが雄弥の好みに合ってる(・・・・・・・・・・)のも流石だよね〜」

 

「……………え?」

 

 

 な、なんて?選んだ水着が、ゆ、雄弥の好みに合ってる?いやいやそんな馬鹿なことないでしょ〜。あの雄弥だよ?人のファッションのコメントなんて頼まれなきゃしない雄弥だよ?そんな好みの服とかあるわけないじゃん。

 

 

「私の水着を買った時にね。『コレとかリサに合いそうじゃない?』みたいに聞いていって、一番反応良かったのをメモしといたんだ〜。反応自体は薄いから察知するのしんどかったよ?それでリサが同じの選ぶんだもん。驚いちゃった」

 

「なっ……ぇ、…へ?」

 

「あはは!リサってば顔真っ赤!」

 

「うぅ〜」

 

「この調子で服も雄弥好みのやつになるのかな?」

 

しらない

 

 

 いつもなら可愛い服だなーとか、着てみたいなーとかで選んでいくんだけど、今日はさっきのこともあってそうならなかった。どうしても雄弥のことが頭によぎっちゃった。

 結花の意見も聞きながらとりあえず一着だけ買うことにした。せっかく来たのだから買いたいっていう思いがあったから。だけど一着だけになったのは、落ちついて服を選べなかったから。

 フードコートでお昼を食べた後、カフェに移動してお互いのバンドの話をすることになった。

 

 

「…ところでリサ気づいてる?」

 

「何に?」

 

「途中からリサ、雄弥の話しかしてないよ」

 

「……ソンナコトナイヨ」

 

「いや〜、バンドの話してたのにさり気なく惚気話が始まるとはね〜?そんなに好きなんだね☆」

 

「ゆ、結花が雄弥の話ししたから」

 

「対抗しようって?嫉妬しちゃって可愛いね〜」

 

「…アタシやっぱり嫉妬深いよね。ついこの前雄弥に問い詰めたことがあったんだけど、雄弥は答えてくれなかったし」

 

「雄弥が?何を聞いたの?」

 

 

 アタシはあの日の夜(・・・・・)のことを結花に話した。友希那にも話したけど、友希那は『…雄弥だから』って言ってそれっきり。…何か思案顔にはなってたけど。裏でこっそり雄弥に説教してるかもだけど。

 

 

「雄弥はそうだろうね〜。けど、良かったんじゃない(・・・・・・・・・)?」

 

「なんでそう思うの?」

 

「だって、その時にリサの望み通り言ってもさ、たぶんリサは納得できなかったよ?」

 

「そんな、こと…」

 

「…雄弥が答えを見つけて、その時に言ってもらわないとリサは納得できないと思う。それはたぶん紗夜と日菜も同じ。だから二人は待ってるんだろうしね」

 

「……そっか」

 

 

 結花の言うとおりかもしれない。雄弥は答えを出せてないから、あの時に答えてくれなかったんだと思うと、抱えてたモヤモヤが消えていくのがわかった。

 

 

「ありがとう結花。おかげで胸が軽くなったよ」

 

「どういたしまして。あーそれと、悪い言い方すると雄弥は見境無いからね。リサみたいに独占欲があって嫉妬深い方が丁度いいでしょ」

 

「あははー、ありがと…」

 

「さ、この話は終わり!元のバンドの話に戻ろ?Roseliaの次のライブのこと詳しく聞きたいな〜」

 

「あ、うん」

 

 

 結花の強引さに助けられながら、アタシはRoseliaに話をした。次のライブの日程や場所だけじゃない。それに向けて練習してる今のRoseliaの様子の話もした。結花はRoseliaの練習を見たことがないから、興味津々って感じで聞いてくれた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ショッピングモールからの帰り道を結花と並びながら帰る。結花は友希那のお母さんに言われて今は湊家に居候してるから、帰る方面が一緒なんだ。…最近居候って流行ってるのかな?

 

 

「湊家にいて、どんな感じ?」

 

「質問がアバウトだねー。…楽しいよ、みんな受け入れてくれるから、家族って温かいな〜って思う」

 

「…結花」

 

「けど、やっぱり私のお母さんはあの人だから。…酷い目にあったけど、産まれたのはあの人のおかげだから」

 

「それでいいと思うよ。お母さんはお母さん。それだけで十分だと思う」

 

「あはは〜。ありがとうリサ☆」

 

「どういたしまして♪結花にはいっぱい助けられてるからね♪」

 

「…そんなことないよ

 

「結花?」

 

「ううん。なーんでも!今度友希那の採寸でもしようかな〜って」

 

「…本気で怒られるからやめといたほうがいいよ」

 

「ならやっぱりリサで!」

 

「ダメだからね!」

 

 

 歩いて帰っていると住宅街に入ってくる。もうしばらく進めばアタシ達の家がある。そんな通りに珍しく高級車が止まってた。この辺じゃ全く見ないような黒塗りの高級車。

 アタシはそれを横目に眺めながら通り過ぎようとしたら、突然ドアが空いて中に引きこまれた。声を上げようとしたら布を口に当てられて声が出せない。しかも段々と意識が薄れていく。

 

 

(ゆう…や……たす…け…)

 

 

 最後に見えたのは似たように布を当てられてる結花の姿と、地面に落ちているアタシ達の買い物袋だった。

 

 

 

 

 




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4章:進展
1話


燐子役のあけさんが…9月でバンドリを卒業…?( °д° )
…いえ、本人の健康を考えれば受け入れるしかないのです。
欲を言えばゆっきーを加えた新生Roseliaのライブ(以下略)


「瑛太。車の特徴、誘拐の場所、進んだ方向を言え。それぐらい分かるだろ?」

 

『もちろんっす!…あ、でも(あね)さんたちの荷物が現場にあるんですけど、どうしたらいいっすか?』

 

「お前が回収しろ」

 

『えっ!?そ、そそそんな恐れ多いっすよ!』

 

「中を見なかったらいいだろ。回収して爺さんとこに置いとけ」

 

『…了解っす』

 

「…わかるものなのですね」

 

「私だと焦って覚えれないよー」

 

「まぁこういうトラブルのために叩き込んだからな」

 

「何を教えこんでるんですか…」

 

「役に立ってるだろ?」

 

 

 疾斗の言うとおり役に立っている。普通なら使うことがないことだが、事故の証言の時にも応用できるから身につけておいて損することはない。瑛太から情報を得たあと礼を言って電話を切る。

 

 

「疾斗、力を貸せ」

 

「珍しいな。どうした?」

 

「リサだけなら俺一人で行った。だが、結花も攫われた」

 

「よし、愁と大輝にも連絡するぞ」

 

「任せた」

 

「雄弥くん。警察に連絡したほうがいいのでは?」

 

「警察は動くのが遅い」

 

「それに今回の犯行は白昼堂々と行われたやつだ。おそらく警察に圧力をかけるだけの力がある」

 

「そんな…」

 

「疾斗くん。妙に詳しいね?もしかしてこういうこと(・・・・・・)にも慣れてるの?」

 

 

 あー、花音には隠してたのか。まぁ話せば巻き込まれる可能性もあるから当然のことか。…俺は関わってないのに現にリサと結花が巻き込まれたわけだしな。

 

 

「雄弥くん…」

 

「紗夜は花音と一緒にこの建物の中にいてくれ。必ず助けてくるから」

 

「ですが!」

 

「ここにいてくれ」

 

「……わかりました。…約束してください。今井さんと藤森さんと一緒に戻ってくるって」

 

「ああ。約束する」

 

「雄弥連絡ついたぞ!大輝にはここに来てもらうことになった」

 

「何分で来る?」

 

「5分で来るってよ。近くで遊んでたらしい」

 

 

 これはまたありがたい偶然だな。あいつが5分って言うなら5分なんだろ。これで紗夜たちの心配はいらなくなった。あとは場所と犯人の特定か。

 

 

「愁はバックアップだ。あいつなら全部暴いてくれるだろ」

 

「…恐ろしいやつだな。疾斗はどうする?」

 

「お前を送ってってそのまま手を貸すさ。足ないだろ?」

 

「お前バイクで来てたのかよ」

 

「当然だろ!」

 

 

 グッと親指を立ててキメ顔をする疾斗をスルーしつつ、黒幕に目星を立てる。やることが明確になったタイミングで、俺と疾斗の携帯に電話がかかってきた。疾斗には愁からで、俺にはリサ(・・)からだった。

 

 

「…雄弥」

 

「出るしかないだろ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(うっ……。あれ?アタシ寝ちゃってた?……今日はたしか結花と遊んで、買い物をした帰りに……っ!!)

 

「ここ…どこ…」

 

 

 どこか古い建物の中ってことだけはわかる。地面も壁も天井もコンクリートがむき出しになってる。携帯を取ろうと上体を起こしたところで、アタシは腕が後ろで縛られてることに気づいた。幸いなのかどうか、足は自由だけど。

 

 

「ふん。目覚めたようだな」

 

「……あなたの差し金ですか?」

 

「この状況でも年上に敬語を使うか。なかなか胆力がある娘なのか、相手を怒らせないことを考えての行動なのか」

 

「結花は!結花はどこにいるんですか!!」

 

 

 この部屋にはアタシとこの男しかいない。たしか結花もアタシと同じように誘拐されたはずなのに。

 

 

「あの娘なら別の部屋だ。それよりも余興を楽しもうか?」

 

「余興?…っ!やめて!近づいてこないで!」

 

「ははは!流石に察するか!しかし今どきのギャルは男を知らんのか?それはそれでそそるがなぁ」

 

「ひっ!…やめっ…」

 

 

 足は縛られてないから距離を取ることはできるけど、恐怖で足がすくんで立って逃げることができない。アタシはすぐに壁に追い込まれてしまった。今になってわかった。足を縛ってなかったのは、そういうこと(・・・・・・)をこの男が楽しむためなんだって。

 

 

「やだ!雄弥助けて!…助けてよぉ!」

 

「ははっ!あの男は助けに来たところでここには辿り着かんぞ!…ふん、丁度来たようだな。せっかくならお前も見るといい。そして絶望しろ。お前の想い人が死んでゆく様を見てな!!」

 

「なにを…いって」

 

 

 男が大声を上げながら指をさした方向にはモニターがあった。そのモニターの中には、たぶんだけどこの建物の中のどこかが見れるようになってる。映ってる場所は入り口入ってすぐの所みたいで、何十人もの黒服の人が一人の男の子を半円で囲ってた。

 

 

「とんだマヌケだな。言ったとおりに一人で来おったわ。それで命を落とすとわかっていただろうになぁ」

 

「言ったとおり?」

 

「お前の携帯で電話した。それなら絶対に応答するとわかっていたからな」

 

「そんな…」

 

「ほれよく見ておれ。マヌケが蜂の巣にされるさまを!」

 

「…!雄弥!」

 

 

 まるでこの男の声に呼応するように、囲んでいた人たちは銃を構えて乱射し始めた。

 

 

 雄弥が撃たれた。

 

 

「や…」

 

 雄弥がゆっくり倒れていく。

 

「いや…」

 

 倒れた雄弥の体から赤いのが広がっていく。

 

「いやぁぁ」

 

 あんなの助かりようがない。

 

「ゆうやぁぁ!ああ、ぁぁあ!」

 

「ふはははは!呆気なかったな!実に呆気なかった!この儂を蹴落とすからこんなことになるのだ!」

 

 

 男はひとしきり大笑いしてから、アタシの体をなめ回すように見てきた。アタシの心はグチャグチャになってた。だから…どうにでもなれという思いが出始めていた。けど、あの映像を認められないという思いの方が強い。

 

 

「くくくっ、では戦利品をいただくとしようかのー」

 

「ゆうやぁー。たすけてよー!」

 

「無駄じゃ無駄!あれを見ただろ!あの男は死んだんだ!」

 

「死んでない!雄弥が死ぬわけない!…やだ、来ないで!」

 

「儂があの男を忘れさせてやる」

 

「いやぁ…」

 

「随分な上玉ではないか」

 

 

 足を広げさせられて嫌らしく撫でられる。胸にも手が伸びてくる。アタシはこの後のことが怖くて、いやで、強く目をつむった。だけど溢れてくる涙は止まらない。次々と出てきてアタシの頬をたどって落ちていく。

 

 

ゆうや…たすけて…

 

 

 縋らなずにはいられなかった。

 

 願うしかなかった。

 

 届くはずのない思いを。

 

 

 

 

「なに汚い手でリサを触ってんだクソジジイ」

 

 

「なっ、きさばぁっ!」

 

 

 聞こえないはずの声が聞こえて、さっきまでアタシの足を触っていた手が離れたのがわかった。目を開けたらさっきまでいた男は反対側の壁に頭を打って蹲ってて、代わりにアタシの前には大好きな人が立ってた。

 

 

「…ゆう…や?」

 

「悪いリサ。遅くなった。大丈夫か?」

 

 

 雄弥はアタシの前にしゃがみこんで、アタシの服装を直してから紐を解いてくれた。自由になった手で雄弥の顔や体をペタペタ触りながら夢じゃないか確認する。

 

 

「ほんとに?ほんとに雄弥?」

 

「当たり前だろ。俺の偽物なんていないし、夢なんかじゃなくて現実だ」

 

「ほんとに夢じゃない?」

 

「本当だって。…こうすりゃわかるか?」

 

「へ?……っ!!??」

 

 

 驚きのあまり声を上げようとしたけど、アタシは声を上げれなかった。雄弥の口で塞がれてるからだ(・・・・・・・・・・・・・)。雄弥を感じながら、上手に髪を梳いてくれるその心地よさにアタシは、雄弥が本当に目の前にいるのだと実感した。

 

 

「……ぁ」

 

「立てるか?ほら手」

 

「ありがと。…あ、結花は!?結花もアタシと一緒に攫われて!」

 

「呼んだ?」

 

「結花!…よかったぁ」

 

「リサも無事…とは言えない気もするけど、ひとまずは安心かな?」

 

「雄弥ァ!何故生きている!!」

 

 

 部屋のドアの近くにいる結花の所に歩いていってると、痛みが和らいだのか男が雄弥をすごい形相で睨んでた。アタシは咄嗟に雄弥の後ろに隠れて服をにしがみついてた。

 

 

「…リサは結花の側にいろ」

 

「雄弥…」

 

「大丈夫だから、な?」

 

「…うん」

 

「なぜだ!なぜあれだけ撃たれて生きている!」

 

「相変わらず無能だな、元社長(・・・)

 

 

 あ!なんか見たことあるなって思ってたけど、雄弥たちがいる会社の元社長の人だったんだ。ということは、今回のは雄弥への恨みをはらすための復讐。

 

 

「なんだと?」

 

「まず俺のどこに撃たれた跡がある(・・・・・・・・)

 

「なっ!……だが貴様は確実に撃たれたはずだ!そのモニターで……は?なぜモニターにも貴様が映っている!」

 

「だからあんたは無能なんだよ。それはただのダミー映像だ。ハッキングしたんだよ」

 

「だ、だがヤクザがいたはずだ!」

 

「負けるわけがないだろ。ジジイお前、Augenblickを舐めるなよ?」

 

 

ーーーーー回想ーーーーー

 

 

「所定の場所に一人で来いってよ。あの爺さんは無能だから無視していいだろ」

 

「これで雄弥に復讐できると思ってるんだろ。それより愁」

 

『わかってる。場所がわかってるなら最速で行けるようにナビをするよ。それとダミー映像も準備する。そうすれば疾斗のことは隠せるからね』

 

「さすがだな」

 

「ふぅ、到着!」

 

「大輝も来たな。雄弥」

 

「ああ、さっさと行くぞ。…大輝紗夜を頼む」

 

「おう!花音ちゃんも守るぜ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「雄弥かましてこいよ!」

 

「当然だ」

 

 

 急いで外に出て疾斗のバイクの後ろに乗る。メットには通信機が装備されていて、それで愁と疾斗と通話ができていた。

 

 

「犯人は元社長だろ?」

 

『…うん。ただの復讐みたいだね』

 

「ははっ、復讐ね。それで眠れる獅子を起こしてちゃあ世話ねぇな」

 

「誰のことだ」

 

「『雄弥』」

 

「獅子じゃないだろ」

 

「けどお前あきらかブチギレてるじゃねぇか」

 

「やっていいことと悪いことがある。それを教えこむだけだ」

 

「だからキレてんじゃん」

 

『まぁその話はそこまでにして、二人とも気をつけてね。何やらヤクザを雇ってるみたいだから。銃も所持してるみたいだし』

 

「疾斗、それって問題なのか?」

 

「俺たちには関係ねぇな」

 

『やれやれ、人がせっかく心配してあげてるのに。あーそれと気になることが』

 

「ん?」

 

 

 愁の気になることを頭に入れながらバイクを所定の建物から少し離れた所に止めた。さすがにバイクで突っ込むのは疾斗に拒否された。

 

 

「どう攻め込む?」

 

「愁の情報を使えばさほど困らないことだろ。…正面からだ」

 

「雄弥も男だなー。いいぜ、燃えてきた!」

 

『突入する前に一言言ってね。ダミー映像流すから』

 

「ああ」

 

 

 わりと短絡思考になっていることを自覚しながら入り口を蹴破って中に入る。中にいたヤクザ達が走って俺たちを囲うように半円に立ち塞がる。

 

 

「…銃あるんだっけな」

 

「奪うか?」

 

「いやいらないな。利用はするけどな(・・・・・・・・)

 

「酷いやつだな」

 

「そうでもない」

 

「何をゴチャゴチャ喋ってやがる!テメェらは大人しくここで永眠してたらしくいいんだよ!」

 

「三下だなぁ」

 

「そうだな。…じゃ始めるか」

 

「雄弥はすぐにリサと結花の所に行けばいい。俺は集団相手の方が得意だからな」

 

「なら任せた」

 

「舐めやがって…かかれー!」

 

『『『ウオォォぉーー!』』』

 

「…うるせー奴らだな」

 

 

 周りに指示を出した男に一瞬で近づき、そのまま顔を掴んで後ろの壁に叩きつける。ついでに通る際に左右にいたヤクザたちをなぎ倒しながらだ。

 

 

「がはっ!」

 

「言え。お前たちの雇い主はどこだ」

 

「はっ!誰がそんなことを……が、ぁぁぁー!!」

 

「聞こえなかったか?どこにいるか言え」

 

「……うわ怖えぇ〜」

 

 

 他のヤクザたちが銃を突きつけて俺を撃とうとするが、俺は捕まえてる男を盾代わりにするこでやり過ごした。

 

ーーーーー回想終了ーーーーー

 

 

「…と、まぁこんなとこだ」

 

「おのれ、おのれおのれおのれーー!!貴様だけは絶対に許さんぞ。地獄へ落としてやるわぁ!!」

 

「頑張れ……っと危ないな」

 

「チッ、かすっただけか」

 

「雄弥!」

 

「大丈夫だリサ。かすり傷だから」

 

 

 横から振られた剣をなんとか避けたが、相手の力量が高く完全には避けれなかった。右眉の上辺りがかすり、そこから血が流れていた。

 

 

「ふふっ、ははははは!これで終わりだ雄弥!貴様はここで死ぬのだ!」

 

「せめて片目は潰したかったんだがなぁ」

 

「誰だお前」

 

(こいつが愁が言ってた気になるやつか)

 

「ひっでぇなぁ兄貴(・・)裏の組織(兄貴の古巣)の人間なんだがなぁ」

 

 

 …どうやらトンデモナイ人間をジジイは雇ったようだ。……まぁ俺は何も覚えてないんだけどな。

 

 

 

 




人外集団は頭のネジが飛んでます。
主人公の過去が明らかに(?)…大して掘り下げません。


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2話

先に言っておきます。戦闘描写は苦手です。


「雄弥の…古巣?」

 

「まじで誰だお前」

 

 

 短刀を片手にニヤけながらもこっちを観察してくる乱入者に意識を傾ける。部屋にはさっきまでいなかったことから、割れていた窓から入ってきて気配を消していたのだろう。切りかかって来る時まで気が付かなかった。

 

 

「…どうやらボケってわけじゃなさそうだな。あ~あ、せっかく今度こそ(・・・・)兄貴(ファースト)を超えた証明ができると思ったんだがなぁ〜。ま、生きてるだけでも奇跡みたいなもんだし、記憶が消えてるのはある意味必然か」

 

「俺の過去を知ってるようだな」

 

「ああ、よく知ってるぜ?」

 

「ま、待って!…今度こそってどういうこと!?それに生きてるだけでも奇跡ってそれじゃあまるで…」

 

「まるでじゃねぇぞ?美少女ギャル。俺はコイツを始末しようとしたんだからな」

 

「っ!?」

 

 

 リアクションを取らない俺よりも、人として当然な反応をするリサが面白いのか、危険人物は愉快そうに口を歪ませた。だが、さっきの話で引っかかりがあるのも事実だ。『超えた証明』、『始末しようとした』、まだ超えていないのならなぜ俺は記憶を失ったのか。さして興味はないがな。

 

 

「ところで」

 

「あ?」

 

「お前は俺を知ってるようだが、俺は覚えてない。なんて呼べばいい?危険人物Aか?」

 

「は?…ははっ、はははははっ!この状況でそんなこと言ってくるとか。馬鹿なんじゃねぇの?…今の俺のコードネームはあんたから奪い取った"ファースト"だ。それでいいんじゃねぇの?元ファーストさんよ」

 

「俺の元の名なんてどうでもいいが…。じゃあファースト、帰れ」

 

「こっちも仕事なんでな。それは無理だ」

 

「どうせその無能は出るとこに出されてしょっぴかれるのがオチだぞ?」

 

「ははは!儂がそんなことになるわけがないだろう!後ろ盾があるのじゃぞ?組織の重役の一角の儂が捕まることなぞありえんわ!」

 

 

 やけに機嫌がいいな、腹でも壊したか。それにしても裏にも染まれない中途半端な人間をそんな役職に置くと本当に思ってるのだろうか。変に絡んできた元社長を無視してファーストから目を離さないようにしとかないとな。

 

 

「ま、俺の上司はこの爺さんじゃ無いからな。俺は俺の仕事をするだけだ」

 

「あっそ」

 

「そろそろ始めるか」

 

「…好きにしろ」

 

「そうさせてもらうぜ!…………は?」

 

「……っ!!ぐっ!」

 

 

 お互い様子見のつもりだった。もちろん手を抜くってわけでもないが。ファーストは当然俺が攻撃をいなすと思っていたのだろう。信じられないものを見るように目を少し見開いていた。

 俺も当然攻撃をやり過ごすつもりでいた。しかし、その直前に(・・・・・)攻撃を受けるとは思っていなかった。しかも後ろから(・・・・)だ。体を痺れさせられた俺は短刀で体を大きく斬られた。仰向けに倒れて斬られた箇所から血が流れ続ける。倒れた俺にリサが駆け寄ってきて、ハンカチで傷口を抑えようとするが、傷の範囲は広いからハンカチじゃあ塞ぐことはできない。

 

 

 俺の意識は急速に遠のいていった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 雄弥が斬られた。

 大きく斬られてその傷口から雄弥の血が溢れて出てくる。アタシはこういうの苦手だけど、それよりも雄弥が出血してるの自体初めて見た。だからアタシの頭はパニックになって、塞ぎきれないのに持ってるハンカチで雄弥の傷を塞ごうとしていた。

 

 

「雄弥!しっかりして!……なんで、なんで!?なんでこんなことしたの結花(・・)!!」

 

 

 アタシは敵を見るように強く結花を睨んだ。だけど、当の本人の様子を見ると、わけがわからなくなった。だって結花は体を震わせながら泣きじゃくってたから。

 

 

「…ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。だって…こうしないと…私が」

 

「…なるほど、後ろからコイツにスタンガンを当てて俺の攻撃を避けれないようにしたのか。チッ!余計なことをしてくれたな。……あー、そうか、アンタが爺さんの…なるほどな〜」

 

 

 結花から雄弥に視線を戻したら、雄弥の瞼はほとんど閉じかけていた。アタシは胸を締め付けられた。だって、こんなんの、こんなの!

 

 

「やだ!やだよぉ、雄弥死なないで!アタシを残していかないで!…ゆうやぁ。…ずっと一緒にいてよぉ…」

 

「悪いなギャル。そいつはもう無理だ」

 

「やだ!やだやだやだやだ!そんなのやだ!」

 

 

 だって雄弥ともっと一緒にいたい。まだ海に行ってない。まだ夏祭りに行ってない。花火もまだで、アタシの誕生日だってまだで。友希那と雄弥の誕生日だってまだで、ハロウィンも、クリスマスもお正月だって。来年の春にまた花見に行く約束もしたんだ。雄弥と出会ったあの場所に!……なによりも、

 

 

 

──アタシの気持ちをまだ伝えられていない

 

 

 

 

「今度こそ雄弥は死んだようだな!はははっ!よくやった結花、ファースト!」

 

「チッ。爺さんのためじゃねぇよ。つまらないことしやがって」

 

「……」

 

「…ギャル。なんならアンタもそいつのとこに送ってやるよ」

 

「え…」

 

「貴様!その娘は儂の戦利品だぞ!」

 

「黙ってろ。アンタも送ってやってもいいんだぞ?」

 

「ひっ!!…こ、この儂にたてつきおって、後で覚えておれよ」

 

「そんなもん知ったこっちゃねぇよ。…で、どうする?」

 

 

 雄弥を斬った短刀を手元でクルクル回しながら気楽に聞かれた。この人は、ずっと同じようなことをしてきたから、人を斬ることになんの抵抗もないんだ。

 

 

「もう…雄弥と一緒に……いられないんだよね?」

 

「ああ。そいつは助からないからな」

 

「そっ、か…」

 

 

 雄弥がいない日常。一度それを味わったけど、あの時はただ雄弥が湊家から出ていっただけだった。それでもアタシはずっと寂しかったし、悲しかった。なんど涙を流したことか。

 けれど今回は雄弥が帰ってくることはないんだ。

 

 

「……雄弥がいない世界なんて」

 

 

 雄弥がいない生活。離れているとかじゃなくて、電話しても絶対に雄弥が出てくれない。顔を見ることも、声を聞くこともできない。あの温かさを感じることができない。あの輝いてる姿を見ることができない。そんな世界なんて…そんな世界なんか…。

 

 

「いらない」

 

 

「わかった。楽に死なせてやるよ……っ!テメェ!」  

 

 

 アタシの首にめがけて振るわれた短刀は、アタシに触れることがなかった。短刀を持っていた腕を下から(・・・)伸ばされた足が蹴ったから。

 

 

「…ゲホッ、ゲホッ。…リサ、簡単に命を投げ出すな」

 

「…ゆうや?」

 

「その傷でどうやって生きられるってんだよ!!」

 

「俺は丈夫だから…な。それに案外走馬灯って便利だな。…知らない記憶も見れたおかげである程度思い出せたぞ。セカンド(・・・・)

 

「限度ってもんがあるだろ!…くそっ、あの体勢からで腕へし折るのかよ。…そういや昔も常識外れだったな。異常なまでの頑丈さと回復力、それがファースト(不死身)の強さ」

 

「そこで…ガフッ、ちょっと大人しくしとけ。…リサ」

 

 

 へたりこんでるアタシに視線を合わせる雄弥からアタシは視線をそらした。アタシは雄弥に怒られると思ったし、それに今まで見たことがない目をしてたから怖かった。

 

 

「友希那が俺に言ってただろ?『自分を想ってくれる人のことを考えろ』って。リサも考えないと駄目だろ」

 

「けど、だって……アタシは」

 

「リサ、俺はリサのことがこの世界の誰よりも好きだ」

 

「…ぇ?」

 

「俺にはリサがいてくれないと駄目だ。リサ以外の人じゃ駄目なんだ。リサとこの先を二人で生きていきたい。駄目か?」

 

「駄目…じゃない。アタシも……アタシも雄弥のことが好き!世界で一番好き!雄弥とずっと一緒にいたい!雄弥と幸せになりたい!」

 

「よかった…ゲホッ。……じゃ、もう死ぬなんて言うなよ」

 

「うん!雄弥」

 

「どうした?」

 

「んっ」

 

 

 軽く当てるだけのキスをした。雄弥は驚いてたけど、嬉しそうに笑ってくれた。初めて見た雄弥の優しい笑顔がアタシの心を溶かしていく。冷えていたアタシの心は雄弥の温かさでいっぱいになって、雄弥と両想いだってわかったら目頭が熱くなった。

 今度はさっきまでとは違う、温かい雫がアタシの頬を伝った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ハイハイおめでとさーん。今日一日だけのカップル成立だな。片腕折られたせいで拍手もできねぇよクソやろう」

 

「今度こそ息の根を止めてやれ!結花!お前も手を貸せ!」

 

「…わた、しは」

 

 

 あの爺さんはホントにどうしようもないな。自分では何もしようとしないとは…。それはともかくとして、正直血が流れ過ぎててキツい。今は気力でどうにかしてるってとこだ。…リサの手前見え張ってるってのもある。ぶっちゃけファーストの相手をできる気がしない。だから先にすることは──

 

 

「…結花は元社長のいいなりでいいのか?」

 

「……」

 

「はっ!そいつは儂には逆らえんぞ!」

 

「親だからか?」

 

「「「!!?」」」

 

「なんだ兄貴知ってたのか」

 

「な、なんでそれを…」

 

「愁から聞いた。全部知ってる」

 

 

 ファーストは今は動く気がないようだから、俺は結花の方に向き直った。結花は目を見開いていたが、俺と目が合うと顔を伏せた。結花はあの男に縛られている。だからこの日でそこから抜け出させる。これはAugenblickの意見だ。そして俺もそう思っている。

 

 

「その腹の傷も実際には子宮まで届いてないんだろ?ギリギリ子宮は無事。だけど結花は子どもを産めない」

 

「雄弥それってどういうこと?」

 

「そういう薬物の服用と従属を命じられて、その代わり母親の借金を肩代わりしてもらってる。そうだろ?」

 

「…よく調べたね。そうだよ。だから私は…」

 

「お前は馬鹿か」

 

「いたっ、雄弥?」

 

 

 俯いている結花にチョップをいれると、やっと結花は目を合わせてくれた。なんか元社長が騒いでいるが、相手する気はないから無視。

 

 

「あのな、そんなことぐらい(・・・・・・・・)俺達に言えよ。同じバンドの仲間だろ!」

 

「っ!…けど…こんなの…言えるわけないじゃん!」

 

「迷惑かけあっていいだろ?支え合うのが仲間だろ!?結花はAugenblickのボーカルなんだから。俺達を頼れ」

 

「…ごめん。嬉しいけど…やっぱり無理だよ。だって借金の金額が金額だもん」

 

「それぐらい一気に稼げばいいだろ。愁のやつが夏休みを使って海外ライブすることを企画してる。収入も莫大になるはずだ」

 

「海外、ライブ?」

 

「借金のことは気にするな。全員で手伝ってやる。それともこれからも、アレの下にいるか?…好きな方を選べ。強制はしない」

 

「……ほんとに、わがまま言っていいの?私…みんなのお荷物にしかならないよ?」

 

「わがままを言えばいい。結花一人ぐらい俺達四人でいくらでも背負ってやる」

 

「…私……私みんなと一緒にいたい!もうあんな薬飲みたくない!お願い雄弥、私を助けて!」

 

「任せろ」

 

「ふざけるなぁぁぁーーー!!」

 

 

 さっきまで無視されてたのがイラついてたのか、元社長がさらに大声で怒鳴ってきた。さすがに煩いからそっちに目を向けると、短銃を構えていた。

 

 

「そんな勝手を許すと思っているのか!?父親を捨てるだと?この親不孝者が!!」

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!先に捨てたのはテメェだろうがよ!利用するだけ利用して、結花の幸せを邪魔して、自分が困った時だけ父親ヅラしやがって!テメェなんかが父親を語るな!!」

 

「なんだとぉ!」

 

「まぁまぁ爺さん落ちつけって。アレは俺の獲物だ。爺さんは高みの見物でもしときな」

 

「ふんっ!細切れにしてやれ!」

 

「それは難しい…が、…今のアンタならヤれそうだな」

 

「やってみろ、ファースト」

 

 

 啖呵を切ったのはいいが、さてどうしたものか。傷の具合から考えて超短期決戦にしないといけない。やるならカウンターが最適だが、それは向こうも分かってる。そう簡単には思い通りにならないだろう。

 

 だから、俺から仕掛けるしかない。今出せる全ての力を出しきってどうにかするしかない。一瞬で距離を縮めるがファーストもその速さに対応する。折れている右腕を利用し、そちら側に回り込みながら戦う。だが、ファーストも短刀を逆手に持ち体を回すことで俺に仕掛けてくる。

 攻撃をかわし、仕掛け、足を踏んで逃れられないようにする。こっちは出血で消耗が激しいが、向こうは片腕が使えない。

 

 

(目を見開け。何一つ見逃すな。指先一つまで神経を張り巡らせろ)

 

 

 なかなか有効打が入らないでいると、足を踏まれていたファーストが反対の足で俺を蹴飛ばして距離を開けた。蹴られた衝撃でさらに血が流れ、その場に膝をつく。だがファーストは仕掛けて来なかった。通信が入ったからだ。

 

 

「その出血でなんで動けんだよ……くそ、通信?……どうした?」

 

『ファースト、今すぐそこから撤退しろ。報酬は貰ってるからソレは放っておいていい』

 

「それでいいならそうするが…今、元ファーストが目の前にいるんだ。コイツと決着つけてからでいいよな?」

 

『駄目だ』

 

「は?なんでだよ!?」

 

『"死神"もその建物内にいるぞ』

 

「…まじかよ」

 

『撤退しろ』

 

「…わかった」

 

 

 通信が終わると同時にファーストから戦意が消失するのがわかった。短刀もしまったということは、戦わないのだろう。

 

 

「なんだ帰るのか?俺としてはありがたいが」

 

「ここにいたら命が危ないんでな。ここいらで「ここか」…もう来やがった」

 

「ひっ!き、貴様儂にそんなものを向けるな!」

 

「それは聞けないな。元社長の高尾宏太朗。あ、そうだあんたのあの趣味の悪い黒い車もついでに解体しておいたから。もう乗る機会も無いんだしいいだろ?」

 

「何を勝手なことを!ぐおっ!!」

 

「とりあえず黙っててくれるか?」

 

「なんだ疾斗か」

 

「疾斗?…こいつが秋宮疾斗か!」

 

「知られてるとはな〜。情報通だったりするのか?ファーストさん」

 

「はっ!あんたみたいな特異な奴は有名なんだよ。アイドル業も入れたらトリプルフェイスだしな」

 

「さてなんのことやら」

 

「けっ、…まぁいいや。爺さんは喧嘩売る相手を間違えたな。俺はトンズラさせてもらうぜ」

 

「二度と来るな」

 

「俺ももう来たくねぇよ。死神の相手はごめんだからな」

 

「なぁっ!儂を見捨てる気か!待て、助けていかんか!おい!」

 

 

 疾斗に得物を突きつけられて動けない元社長の懇願は、虚しく響くだけだった。何とも呆気ない幕引きだ。だって、初めから疾斗と来ていたら斬られずにすんでたということだろ?

 

 

「まあアレは追いかけなくていいか。…って雄弥どうした!真っ赤じゃねぇか、イメチェンか?」

 

「よくネタをぶちこめるな。…ファッションに挑戦しただけだ。お前も遅かったじゃねぇか、迷子か?」

 

「ヤクザを拘束するためのロープとかテープとか、そういうの探してたんだよ。警察と救急車は愁が呼んでくれてる。これで終わりだな」

 

「結局呼んだのか。こいつ、上とパイプあるんじゃねぇのかよ」

 

「そ、そうだぞ。儂をこんな目に合わせよって、貴様らを捕まえてやるわ!」

 

「サイテー」

 

 

 床に座り込んでる俺を心配して寄り添ってくれてるリサが、心底嫌った顔で元社長を睨んだ。まぁ当然だな。余裕そうな顔をしてる元社長はすぐに顔色を変えることになるわけだが。

 

 

「あ~そうそう。アンタは牢屋に入るからな?アンタは組織に捨てられたわけだし」

 

「何を世迷い言を。儂を捨てるだと?ありえんわ!」

 

「ならずっと勘違いしてたらいい」

 

「とりあえず煩いから黙れ」

 

「…貴様は必ず地獄へ落としてやるからな!確実に落とすまで何度でも襲撃してくれるわ!」

 

「夢ん中でやってな。…そういやお前リサの体触った上に泣かせてたよな?」

 

「それがどうした!」

 

「お前が先に地獄を見ろ」

 

「…エゲツな」

 

 

 残ってる力を振り絞って一瞬で元社長との距離を縮めて本気で顔面を蹴飛ばす。若干意識が残ってそうだったから今度は全体重を込めて拳を振り下ろした。完全に意識を飛ばしたことを確認してから数歩下がって、また座り込んだ。

 

 

(コイツがリサにやったことに比べたら優しいもんだろ)

 

「…そろそろ限界だな」

 

「とりあえず傷口を覆うから寝転がってろ。応急処置すらできる用意もないが、何もしないよりましだろ」

 

「頼んだ」

 

 

 仰向けに寝転んで疾斗に処置をしてもらう。どこからか取り出した大量のガーゼを傷口に当てられてた。まじでどこにしまってたんだよ。

 頭を持ち上げられたと思ったらリサにそのまま膝枕された。泣きそうな顔をしてるのは、俺のせいか。笑顔にさせるのって難しいな。

 

 

「雄弥…ごめん、私のせいで」

 

「結花か。…死ぬ気はないから別にいい」

 

「そんなの私がよくない!」

 

「…じゃあ次のライブで罰ゲームな。それでチャラだ」

 

「…そんなのでいいの?」

 

「ああ…。…無茶ぶり…してやる」

 

「雄弥!」

 

「リサ…大丈夫死なないから。どうせ病院…運び込まれる…だろうからさ。…リサの料理……食べたい。……病院のご飯って…味がしないから」

 

「うん…作る…絶対に持っていくから」

 

「ありがとう。…疾斗、後で…紗夜に…謝っといてくれ…約束破ってごめんて」

 

「自分で言えよ。寝て休んで、目が覚めたときに謝れ」

 

「はは…そうだな。じゃあ…ちょっと休むわ」

 

「おう。ライブまでには復帰しろよ」

 

「当たり前だ」

 

 

 俺はリサの膝枕という最高に寝心地がいい状態を満喫しながら意識を手放した。

 

 




戦闘描写とか無理だよ!→ほとんど戦闘らしい戦闘しなきゃいいか。ってなりました。
走馬灯で記憶が戻る?僕もそんなことは知りません。勝手に戻るということにしました。(。-∀-)
この作品で裏側の人間が出るのはこの事件が最後です。
☆9評価 愛と勇気だけが友達ださん ありがとうございます!


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3話

テストが4つしかないのに、8月に2つあるという事実に萎えている作者です。
けれどもストックに余裕ができたから、本日2度目の投稿です。


 

 アタシは病院の手術室の手前にある待合場所に座ってる。アタシの他にあの現場にいた秋宮くんと結花も一緒。けど、空気はとても重たいものになってた。いつも盛り上げ役をしてたアタシと結花が喋らないからだ。秋宮くんは電話で誰かと話してるし。

 何人分もの足音が聞こえてきて、そっちを見るとRoselia、Augenblickのメンバーだけじゃなくて、Pastel*Palettesと花音まで来てた。…花音は秋宮くんがいるからかな?

 

 

「リサ!雄弥の容態はどうなってるの?」

 

「ゆきな…」

 

「……秋宮くん」

 

 

 みんなの顔を見るとアタシはやっと安全になったんだって実感できた。そしたら張り詰めてたものが無くなって、また涙が出てきて友希那にしがみついた。友希那はアタシを優しく包み込んでくれて、この中で話せる気力がある秋宮くんに話を促した。

 

 

「死ぬことはないぞ。そこは安心してくれ」

 

「…そう」

 

「ただ、血を流しすぎてる。ここの病院は優秀な人が集まってるから大丈夫だろうが…、あの傷なら普通はしばらく目を覚まさないだろ」

 

「そんな…」

 

「ユウくんが目覚めるまで、どれぐらい時間がかかると思う?」

 

「さぁ、そこまでは。ただまぁ雄弥だからな〜、すぐに目を覚ますんじゃないか?」

 

「あなたは雄弥くんをなんだと思ってるんですか…」

 

「みんな、ごめんなさい!」

 

「へ?ど、どうして結花ちゃんが謝るの?結花ちゃんも被害者なんでしょ?」

 

「…表面上は、だからじゃないの?」

 

「日菜ちゃん!結花ちゃんに失礼だよ!」

 

「こういう時は彩ちゃんが羨ましく思えるよ」

 

「どういうこと?日菜ちゃんは何言ってるの!?」

 

 

 どう考えてもあの時のことを察せるのはAugenblickのメンバーぐらいのはず。むしろ誘拐の件自体さっきまで知らなかった人は、彩みたいな反応するのが当たり前なのに。…日菜は鋭すぎる。

 

 

「いいんだよ彩。…私が悪いんだもん。私のせいで雄弥がこんなことになったんだもん」

 

「説明してください。藤森さん。どうやらあなたには、その義務があるようですから」

 

「もちろんだよ。…この話を聞いて私に失望してくれてもいいよ。私を殴ってくれてもいいし、絶縁してくれていい。友希那も私を追い出していいから。それぐらいのことを私はしたんだから」

 

「馬鹿ね。どうするかは話を聞いてから判断するわよ」

 

 

 結花は全て話した。今回の首謀者との関係も、計画に手を貸したことも、雄弥が負傷する原因を作ったことも話した。…ただ、強制させられていたこと、雄弥が結花を赦したことだけは言わなかった。全ての罪を被る気だからだ。

 話を聞いているうちに、周りが結花を見る目が変わっていくのがわかった。結花もそれが辛いから途中から誰とも目を合わせようとしなかった。話が終わった瞬間結花は、紗夜に服を掴まれて壁に押し当てられた。

 

 

「あなたが!」

 

「紗夜さん落ちついてください!」

 

「そうです!…こんなことしても、雄弥さんは喜びません!」

 

「宇田川さん、白金さん…そんなのは分かっています。…わかっているんです。…ですが…」

 

「お姉ちゃん…」

 

「…ごめん。赦してくれなくていいから」

 

「あなたは…ほんとうに!」

 

「紗夜…結花を離してあげて」

 

「…今井さん?」

 

 

 友希那にもう大丈夫だとアイコンタクトをして、結花と紗夜の間に割って入る。アタシが紗夜の手に触れると、紗夜も結花から手を離してくれた。

 

 

「リサ…私は怒られて当たり前のことをしたんだから」

 

「ううん。結花はまだ話してないことがあるでしょ?」

 

「話してないこと、ですか?」

 

「違う!私が全部悪いんだから!さっき話したのが全部だから!」

 

「嘘でしょ?逆らえないようにさせられてたでしょ?一人で終わらせようとしないで。それは逃げと一緒だよ」

 

「リサ今度こそすべてを話して」

 

「うん。友希那も紗夜も、みんなもそれから判断して」

 

「やめてリサ!お願いだから!」

 

「やめないよ。…だって、友達が勘違いされて一人になるなんて、アタシ耐えられないから」

 

 

 アタシはさっき結花が意図的に話さなかったことを話した。借金の肩代わりをしてもらうために、薬物を服用しながら言いなりになっていたことを。そして、雄弥がそれでも結花を赦したことも。

 

 

「そう。雄弥はそう判断したのね」

 

「うん。アタシも雄弥と同じ気持ち。結花の味方でいるつもりだよ」

 

「ユウくんがそう言ったんならあたしもそれでいいやー。本人が赦してるのに周りが怒ってても仕方ないしね。お姉ちゃんは?」

 

「…そうね。…ごめんなさい藤森さん。あなたのことを責め立ててしまったわ」

 

「なんで紗夜が頭下げるの!頭を上げてよ、悪いのは私なんだよ!?」

 

「結花、もういいだろ?」

 

「疾斗…」

 

「みんな赦してくれたんだから、それでいいじゃねぇか。それでも罪を背負いたいなら、あとは勝手に贖罪するしかないだろ。…もちろんライブでな!」

 

「ライブで…?」

 

「ああ。近いうちにあるライブだけじゃない。海外ライブもやるって雄弥も言ってただろ?」

 

「う、うん」

 

「雄弥は結花のこと全部知ってたのに、雄弥なら避けれたはずの結花のスタンガンを避けなかった。なんでか分かるか?」

 

「そんなの…後ろからだからでしょ」

 

「そんなわけないだろ。雄弥は後ろからボールが飛んできても見ずにオーバヘッドで蹴り返す男だぞ。…あいつはな、避ける気がなかったんだよ」

 

 

ーーーーー

 

 

「それが結花に関わる話の全てか?」

 

『うん。だからもしかしたら結花から攻撃されるかも』

 

そんなのはどうでもいい(・・・・・・・・・・・)

 

「どうでもいいってお前…」

 

「俺たちは結花のことを全て受け入れると決めたはずだ。なら避けるなんてことはない」

 

『ほんと、馬鹿だよ』

 

「ま、それでこそ雄弥だけどな!んじゃあ愁、あとは海外ライブの段取りしといてくれ」

 

『了解』

 

 

ーーーーー

 

 

「避けたら結花を受け入れたことにならない。それがアイツの考えだ」

 

「ゆうや…ほんとに…ばかだよぉ」

 

「ライブをするしかないな!」

 

「…そう、だね。…もう雄弥を裏切れない、もんね」

 

 

 さすがAugenblickを束ねるリーダー。うまい具合に話を持っていくね〜。ライブとなると、ここにいるみんなも食いつくしね!アタシも便乗させてもらおっと!

 

 

「いいね〜。雄弥もライブで罰ゲームさせるって言ってたし?楽しみにさせてもらおっかな〜」

 

「あ~、いっつも大くんがやってるやつか〜。それいい!るんっ♪てしてきた!」

 

「彩ちゃんにも導入してみる?」

 

「本番に強くなるかもしれませんよ?」

 

「千聖ちゃん、麻耶ちゃん、冗談がきついよー」

 

「彩さん!ブシドーを磨けばどんな罰でも耐えられます!」

 

「え?やること確定なの!?」

 

「彩ちゃん。頑張ってね?」

 

「花音ちゃんまで!?」

 

 

 あはは、彩もなんか巻き込まれちゃってるね!さすがにアレは彩たちがやることはないと思うけど、グレードダウン版なら彩たちがやっても盛り上がりそうだね。

 

 

「罰ゲームに興味はないけど、あなた達のライブからはいつも学ばせてもらってるわ。失望させないでよ?」

 

「私も期待していますよ」

 

「あこは罰ゲームも楽しみにしてますよ!りんりんは?」

 

「わたしは…ケガがない程度なら…って、いつもハラハラしてるから。…できれば優し目のやつで」

 

「あはは!燐子、それって罰ゲーム自体は期待してるってことだからね?」

 

「…みんな、優しすぎるよ」

 

「まぁ雄弥に影響受けたりしてるしね〜」

 

「ほんとに、バカ」

 

「結花もそのバカの仲間だからね?」

 

 

 頬を染めながらプイって顔をそらす結花をツンツンつついていると、手術室のドアが開いて、中からお医者さんが出てきた。

 

 

「先生!雄弥は雄弥は大丈夫なんですか!?」

 

「リサ落ちついて」

 

「あ…すみません」

 

「いえ、あの傷を見ていたらそうなるのは仕方ありません。手術は無事に終わりました。ただ…」

 

「ただ?」

 

「何か後遺症などが出るんですか?」

 

「いえ、その心配はありません。…こう言ってはなんですが、彼は本当に人間ですか?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「「「ぷっ、はははは!!!」」」

 

「あの子は本当にもぅ…」

 

「え?え?どうゆうこと?」

 

 

 結花以外のAugenblickメンバーが爆笑し始めて、友希那は呆れたようにため息をついてた。アタシ達はなんで四人がそんな反応するのかわからなかったけど、すぐにその理由を理解することになった。移動式のベッドに寝転がされてる雄弥と目があったから(・・・・・・・)

 

 

「こんなに集まってどうした?」

 

「雄弥…ゆうやぁ!」

 

「ぐっ、リサ今抱きつかれると痛い」

 

「あ、ごめん…。けど、よかった〜」

 

「雄弥くん。約束破りましたね?」

 

「悪い紗夜。今度お詫びするから」

 

「ふふっ、いりませんよ。あなたが生きてくれてるならそれで」

 

「…ほんとごめん」

 

「ユウくん、時間作ってお見舞い来るからね〜」

 

「ああ、ありがとう。……すぐに退院するけどな」

 

 

 え?すぐに退院?あれだけの怪我をして、こんな大規模な手術しておいてすぐに退院?そんなの駄目に決まってるんじゃ…。

 

 

「君は何を言っているんだい?しばらくは入院に決まってるじゃないか。その傷ですぐに退院はありえないよ」

 

「傷の回復早いんで」

 

「駄目だ」

 

「まじか」

 

 

 雄弥が残念そうにしたのを見て、今度はこの場にいる全員が笑った。あんなことがあったけど、みんな笑えてる。いつもの状態に戻れたんだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 病室に運ばれた俺に、みんなが一言ずつ労いの言葉をかけてくれてから帰っていった。時間も遅かったから、色々と話すことがある子も後日ということになった。

 

 

(個室って暇だな。自分一人ってのは普段の生活と変わらないけど、しばらく仕事も無理だからスケジュールの確認とかもないし。体もあんま動かせないし)

 

 

 普通なら麻酔の効果で今もぐっすり寝てるはずらしいのだが、残念というべきか俺は寝れないでいた。病院に運ばれる前と手術の間をぐっすり寝ていたから、生活バランスが乱れてしまったようだ。ずっと目を瞑っていたら寝れるのか?

 そんなことをずっと考えていると、病室のドアがゆっくり開けられた。疾斗のバカが忍び込んだのかと思ったら全然違った。ウェーブがかかった長髪の人物。心当たりなんて一人しかいない。

 

 

「リサ。帰ったんじゃなかったのか?」

 

「…うん。帰ろうと思ったんだけどさ…」

 

「何があった?」

 

「あははー、…ちょっとね」

 

 

 乾いた笑いをするリサは、みんなといた時とは全く違う笑顔だった。無理に作ったような、そんな笑顔だ。リサを手招きしてベッドに腰掛けさせる。

 リサはポツリポツリと話してくれた。疾斗、大輝、愁と家の方向が同じメンバーは送ってもらうことになり、そうではないメンバーはタクシーで帰ることになったらしい。そして、リサも結花と友希那とタクシーで帰ろうとした時にソレ(・・)がわかった。

 

 

「今回の件でトラウマができたか」

 

「…うん。みんなでいた時とかは大丈夫だったんだけど、…たぶん人数が少ない時とか一人の時はダメかな」

 

「そうか。…それでなんとかやり過ごして忍び込んできたと」

 

「う、うん。ごめんね?寝るとこだったよね?」

 

「いや、あまり寝つけなくてな」

 

「そうなんだ…。雄弥、もっと近くに寄っていい?」

 

「いいぞ。リサもベッドに来いよ」

 

「お、お邪魔します。……雄弥といると、安心する」

 

「役立ってるならよかった。リサ、ゆっくり治していこう。俺も支えるから」

 

「ありがとう〜。雄弥…ずっと一緒にいてね?いなくならないでね?」

 

「ああ。絶対に一緒にいる」

 

「よかっ…た」

 

「……寝たのか、早いな。いや、あれだけのことがあれば当然か。…寝てる人が近くにいたら眠くなるって話もあるし、俺もこれで寝れるか?」

 

 

 麻酔の影響で動かすのがしんどい体をなんとか動かして、リサに布団をかけ直す。穏やかな顔で寝れてるリサを見て安心した俺も、目を閉じていたら意外とすぐに意識を手放すことができた。

 

 




普通手術後寝てるだろ!なんで起きてるんだか…。しかも起きてても普通体動かないだろ!
☆9評価 紅蓮羅刹の髑髏さん ありがとうございます!


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4話

 何話ぶりなのか知りませんが、また少しの間イチャつき始めますよ!


 意外と熟睡できて朝を迎えた。麻酔が抜けたようで体を動かしやすく、隣で眠っているリサの髪を優しく撫でながら、入院中何するかを考えていると看護師が入ってきた。

 

 

「湊くん起きてます……か?」

 

「おはようございます看護師さん。えっとお名前は?」

 

「へ?あ、ああ、宮井です。湊くんの担当になりました。よろしくお願いします」

 

「宮井さんですか。これはご丁寧に、だいぶ苦労をかけてしまう気がしますが、よろしくお願いします」

 

「そんな、それが私の仕事ですから。……ってそれより!」

 

「はい?」

 

「なんで女の子がそこで寝てるの!?」

 

 

 ビッと勢いさした指の方向は俺ではなく、少し下にそれて寝ているリサだった。髪を撫でると気持ちよさそうに身をよじるリサに目をやりつつ、なんと説明するかを考え、ある程度伏せながら事情を説明することにした。

 

 

「そ、そういうことだったんですか。それなら食事は二人分ですね」

 

「リサも俺と同じ物を食べるハメに?」

 

「罰ゲームみたいに言わないでください。リサさんには別のを用意します」

 

「俺もそっちでお願いします」

 

「駄目ですよ♪」

 

「残念です。それはそうと、リサの事情についてですが」

 

「口外しませんので安心してください。あ、でも湊くんの担当の先生には、湊くんから説明してくださいね?」

 

「それはもちろん」

 

「それでは朝の検診を始めますね?まずは体温を測ってください。その間にいくつか聞きますので答えてください」

 

「わかりました」

 

「ん、…ゆうや?」

 

 

 リサも起きたようで眠そうに目を擦りながら体を起こした。けっこう寝てたなと思ったが、それだけ心労があったということか。渡された体温計で体温を測りながら、眠そうにしてるリサの髪を撫で続ける。

 

 

「おはようリサ。よく寝れたか?」

 

「うん…ゆうやがいたから。ゆうや〜」

 

「どうした?」

 

「んー」

 

「…なんだ?」

 

「……おはようのちゅーは?」

 

「そんなの初めて聞いたんだが、…わかったから叩くな」

 

 

 寝ぼけてるからなのか、どこか幼児退行したようなリサは舌足らずになりながらせがむように甘え、不満を抱いたら叩いてきた。それでも怪我を気づかって腕を軽く叩くだけだった。リサが叩くのをやめたところで、左手をリサの頬に添えて顔を近づける。瞳閉じて待ってるリサの唇に俺の唇を軽く当てたところで体温計が鳴る。

 

 

「改めておはようリサ」 

 

「おはよう雄弥♪体温計って、熱測ってたの?」

 

「ああ。朝の検診らしい」

 

「へー……ん?検診?」

 

「ほら、リサの後ろに看護師の宮井さんがいるだろ?その人が担当さんらしい」

 

「え"っ…」

 

 

 何かを刻むようにぎこちなく自分の後ろに振り向いたリサに、検診表で目から下を隠していた宮井さんが申し訳なさそうに頭を下げる。後ろからだとよくわからないが、耳が赤くなってるということは、おそらくリサの顔が真っ赤になってるんだろう。

 

 

「ぁ…ぅあ…」

 

「えと、ごめんなさい。…けど大変仲がいいようですし!私は応援…しますよ?」

 

「もうやだぁー!」

 

「人の布団で包まるなよ」

 

「貸して!」

 

「いいぞ」

 

「いいんですね…」

 

「寝るわけでもないですからね。はい体温計。平温でしたよ」

 

「あれほどの怪我の後は熱が上がるはずなんですけど…。まぁいいです。元気なのが一番ですから」

 

「それで後は問診でしたっけ?」

 

「はい。楽な姿勢で答えてくださっていいですよ」

 

「わかりました」

 

 

 問診は一日の間でも定期的にするらしい。患者の異常に逐一気づくためなんだろう。病院の人たちの気苦労は凄まじそうだ。

 朝食をリサと病室で取り、今はリサと雑談しながら時間を潰している。携帯を見たら、友希那からほぼ毎日交代で誰かしら御見舞に来るというメッセージがきていた。昨日はろくに話せなかったからだろう。ちなみに今日は疾斗と結花らしい。

 朝食も宮井さんが持ってきてくれて、リサと宮井さんはその時にすぐに打ち解けていた。お互いにすぐに仲良くなれる性格のようだ。リサは案外看護師がのような仕事が向いているのかもしれない。宮井さんもそう思ったらしく勧誘していた。言い方は軽かったが目は本気だった。

 

 

「アタシって看護師向いてるのかな?」

 

「リサはいつも笑顔だろ?入院してる人って不安になることが多いから、リサみたいな人がいると安心するんだろ」

 

「雄弥は?」

 

「うん?」

 

「雄弥はアタシがいたら安心する?」

 

「当たり前だろ。リサがいてくれる時が絶好調だ」

 

「そっかそっか。えへへ…進路の一つとして考えとこっと♪」

 

「Roseliaで続けていかないのか?」

 

「だから候補の一つだって。ずっとみんなといられるならRoseliaが一番だよ」

 

 

 Roseliaはいつまで続けるのだろうか。少なくとも大学やら何やらに進学した後も続けるんだろうが、その後はわからない。その後も続けようと思ったら音楽で食べていくしかない。その辺は友希那次第か…。

 

 

「おっす雄弥!………お邪魔しましたー」

 

「え、なになに?二人は何してるの?」

 

「いやいや待ってよ!アタシ達が変なことしてたみたいな反応しないでよ!」

 

 

 ベッドで横に並んで座っていたリサは慌ててベッドから降りた。疾斗も結花もノリでやってるんだろうが、知らない人からしたら本当に問題行動してるみたいになるからな?

 

 

「リサ!ついに雄弥くんの子供を!?」

 

「母さん変なことを大きな声で言わないでよ!って母さん!?」

 

「皆さん病院ではお静かに!!」

 

「宮井さんも大変ですね」

 

「湊くんが止めてくれたらいいんです」

 

「病院の人が言う方が効果的でしょ?」

 

「…はぁ。皆さんもう騒がないでくださいね」

 

「わかりました。私が見ておきますね」

 

「お願いします」

 

 

 なるほど、母さんがいるならその辺はしっかりするか……母さんが来たのか。困ったな、反省することしかないぞ。母さん以外にも友希那と父さんもいるし、リサのお父さんもいる。…って湊家と今井家が集合してるのか。

 

 

「雄弥」

 

「ごめんなさい」

 

「まだ何も言ってないでしょ」

 

「父さんたちが言いたいことはわかるか?」

 

「身勝手に事件に首を突っ込んだこと、入院したこと、心配をかけたこと。反省はしてるけど後悔はしてない」

 

「ならいい。思っていた以上に状態も良いようだしな」

 

「あなた」

 

「リサちゃんも結花も雄弥も無事だった。それが分かれば十分だろ?」

 

「…わかったわよ」

 

 

 珍しく父さんが母さんを説得した。いつもなら見守るだけなのに。…なにか裏があるのか勘ぐってしまいそうだ。

 

 

「雄弥くん私たちからもお礼を言わせて。娘を助けてくれてありがとう」

 

「いえ、結局俺はリサを泣かせてばっかですから。…教えてもらったことを守れてないですよ」

 

「ふふっ、今回は特例よ。覚えていてそれに気をつけているならそれでいいわ♪ね?お父さん?」

 

「ああ。退院したら改めてお礼をさせてもらうつもりだ」

 

「…わかりました。ありがとうございます」

 

「さてと、それじゃあ事の顛末を話させてもらおうかな」

 

 

 疾斗がそう切り出すと病室にいる全員が疾斗に目を向ける。この場には関係者しかいないから疾斗も今話しときたいんだろう。…いや、そのために集めたのか。

 

 

「まずあの元社長は逮捕。叩けばいくらでも埃が出てくる男だから罪はだいぶ重たいだろうな。愁のやつも珍しく頭にきてたらしいから張り切って情報収集してたぞ。10年以上は牢屋ってとこらしい。それと結花の問題も片付ける目処がついたぞ」

 

「結花の問題?どういうことだ?」

 

「…結花話してなかったのか」

 

「話出せることじゃないよ…。けど、話さないとね」

 

 

 結花が自分に関わる話を全て話した。話し終えると同時に結花は母さんに抱きしめられる。母さんは情熱的なとこあるからな。

 

 

「ごめんなさい。そんなのを抱えていたことを、私は気づけなかった」

 

「…隠してたんだから…当然だよ」

 

「大人は子供が隠そうとすることを気づかないといけないの!それが家族(・・)のことならなおさらよ!」

 

「か、ぞく…?」

 

「そうよ。あなたはもう湊家の一員なんだから!だから…もうこういうことは隠さないで」

 

「あ、…あはは、家族…だなんて。私…こんなの…知らないよ。こんな…あったかいの…今まで…一度も。…ぅ…あぁぁ、うわぁぁぁ!」

 

 

 家族、ね。本当に母さんは凄いな。結花が作ってた壁を一発で壊すんだから。友希那とリサと目線を合わせては微笑み合う。…俺が笑えてるかは知らないが。

 ひとしきり泣いた結花は、ハンカチで涙を拭きながら照れくさそうに赤くなった目を隠した。

 

 

「ごめん疾斗。もう大丈夫だから」

 

「おう!んで、えっと結花の借金返済作戦の話だったか」

 

「そんな名称はさっきなかったぞ」

 

「いいんだよ。今決めた。で、夏休みにヨーロッパ行くぞ!そっちでライブして収入を返済に充てる。スタッフの給料はちゃんと払うからそこは安心しろ」

 

「…みんなのは?」

 

「全部結花に回す。これは俺たち四人の総意だ」

 

「言ったろ?いくらでも助けるってよ」

 

「ごめん…」

 

「謝るとこか?」

 

「あはは、違うか。…ありがとう」

 

「いいってことよ!ヨーロッパのどこ行くかはこれからだけどな。ライブ場所を抑えないといけないし、観光名所も調べないとなー」

 

「その辺はいつも通り任せた」

 

「半分遊びになってない?」

 

「入院してるやつに仕事を回すわけ無いだろ。雄弥にやる仕事は安静にすることだけだ。それとAugenblickがどっか行ってライブする時はいつもこうだからな!」

 

「…難しい仕事だな」

 

「もうツッコミがめんどくさいや」

 

 

 笑い出す疾斗とリサにつられるように全員が笑い始める。病室に少しの間笑い声が響くのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それじゃあ父さん達は帰るぞ。安静にしておけよ?」

 

「わかってるって」

 

「友希那見張っといてね?」

 

「もちろんよ」

 

「信用ないのな」

 

「リサ、私たちも帰るけどどうする?まだこっちにいる?」

 

「アタシは…どうしようかな」

 

「リサ、あのことも話してた方がいいだろ」

 

「あのこと?」

 

 

 この場で知ってるのは俺とリサと友希那と結花だけ。何も聞かされていないリサの両親と疾斗は首をかしげていた。父さんたちは忙しいようでもう帰ってしまったようだが。

 

 

「リサ話せる?」

 

「…うん。大丈夫だよ。ありがとう友希那」

 

 

 リサが病院に泊まったこと自体は友希那と結花から聞かされていたらしい。だが、リサが一度帰ろうとしていたことは伏せたようだ。そのことも含めてリサは両親に話した。話している間ずっと震えていたリサの手を握ることで励ます。

 

 

「トラウマ?」

 

「…うん」

 

「…雄弥はどう分析した?」

 

「昨日聞いてみた感じだと、"年齢""空間""距離"が要因だと考えてる」

 

「ま、そんなとこだよな…」

 

「リサが…そうか…」

 

「父さん、母さん…ごめん」

 

「謝らなくていいのよ。元々は大丈夫だったんだから、きっと治るわよ」

 

「…うん。雄弥も手伝ってくれるって言ってくれたから」

 

「それなら大丈夫ね」

 

 

 信頼が厚いな。もちろん手伝うし、できる限りの事はするし、リサを一生支えて、守るつもりでいるからいいんだけどさ。普通専門家に話し聞いたりするだろ。

 

 

「それで、車で来てるから帰りはタクシーじゃないけど、結局どうするの?」

 

「えっと…」

 

「一旦帰るといい。別にもう来れないわけじゃないだろ?」

 

「雄弥…うん」

 

「リサ。また来てくれよ?約束があるしな?」

 

「あ…うん!雄弥のご飯アタシが作ってあげないとね♪」

 

「そんな約束してたのね」

 

「友希那のも作ろっか?」

 

「……クッキーがいいわ」

 

「りょーかい!」

 

「それじゃあこの辺で。雄弥くんまたね〜」

 

「はい。わざわざありがとうございました」

 

 

 今井家も帰ったことで残りは友希那と結花と疾斗になった。

 友希那と結花は昼過ぎに帰っていったが、疾斗だけは残った。どうやらこの状況を待っていたようだ。

 

 

「今回の件の話なんだがな」

 

「ちゃんと裁けるのか?」

 

「そこは大丈夫だ。警察の上とも手を切られたようだ。…いや、実際には警察が切らされた(・・・・・)、だけどな」

 

「そうか」

 

「…深くは聞かないんだな」

 

「推測はついてる。ただそっちに関わる気はない。言う事があるとしたら"ヘマしてんじゃねぇよ"ぐらいだな。あと聞くことで言えばアイツの財産を結花に何割か回せないのか?ってとこか」

 

「それを言われると謝るしかないな。本当に迷惑をかけた。財産関係はマネージャーがどうにかするだろ」

 

「ま、リサが無事だったし、結花のこともどうにかなるならいいんだけどな。お前に怒るのは俺じゃないだろ?」

 

「花音には昨日こっぴどく怒られたさ。こっぴどく怒られて、最後には思いっきり泣かれた」

 

「一番キツイのもらったな」

 

「違いない」

 

 

 疾斗が話したいことはおそらく今からの話だろうな。なんせ、俺の話(・・・)が残ってるんだから。

 

 

「まだ話があるだろ?」

 

「雄弥から切り出すとはな…」

 

「病室だといつ第三者に聞かれるかわからないからな。今のうちに話すしかないだろ」

 

「…そうだな。雄弥、お前の古巣だがな…」

 

「あそこは潰れることはないぞ」

 

「は?そんな馬鹿なことが…」

 

「あるんだよ。…どうやら潰したってことを言いたかったんだろうが、あそこは一枚岩じゃない。どこにいるか分からないトップがいて、その配下が数人。そこからまた派生して大量の組織がある。俺の古巣もその中の一つにすぎない」

 

「…やっぱそういう規模なのか。ま、あの時にいたファーストももう来ないって言ってたわけだし、こっちからアプローチはかけない。それでいいんだろ?」

 

「巻き込みたくない奴がいるならなおさら、な」

 

「なるほど。それでお前は?」

 

「戻ることはできないし、そんな気はサラサラない。そしてお前たちのやってることに手を貸す気もない。今まで通りだ」

 

「はははっ!それが一番だな!」

 

ファースト(不死身)はもう消えたってわけだ。俺はもうこいつを監視しなくてよくなったってことか。やれやれ、やっと肩の重荷が一つ無くなったぜ)

 

 

 この後は疾斗と日が暮れるまでダベった。入院のせいで仕事にも影響が出ており、その話やこれからの話など真面目な話も踏まえながら。

 

 

 疾斗が言うには、明日は花音とパスパレメンバーの誰かが来るらしい。伏せ方が悪意だらけだ。

 

 




 序盤は書いてて文字が砂糖になったのかと思いました。
ラストに裏側の話がちょこっと出ましたが、主人公は関わりません。もう巻き込まれることもありません。
☆10評価 伝説のラグネルさん 
☆9評価 峰風さん       ありがとうございます!


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5話

 部屋にあるテレビでニュースを見ていると、一昨日の事件について報道されていた。俺が事件に関わって入院したために出演していた作品、出演予定作品に出られなくなったこと。ライブへの影響の懸念などが報じられていた。さらに元社長が首謀者であり、ヤクザが関わっていたこと、元社長も彼らも纏めて逮捕されたことも報じられていた。

 

 

「おはようございます湊くん。今日も朝の検診ですよ」

 

「おはようございます宮井さん。大変そうですね」

 

「いえ。実は私研修生なので、先輩方に比べたら担当する人が少ないんですよ?5人もいないです」

 

「そうは言っても担当患者のケア以外にもやることあるでしょ?」 

 

「あははー、ご存知でしたか。でも皆さんいい人なので元気が出るんです」

 

「そうですか」

 

 

 体温計で体温を測ってる間に問診に答えていき、それが終わったらまた軽く雑談。昨日一日で定着したやり取りだ。こっちは退屈しのぎのため、向こうはコミュニケーションを取ることで患者の状態を知るため、といった具合にお互いにメリットがあるからだ。

 

 

「宮井さん。食事のことですけど」

 

「我慢してください♪」

 

「ざんねんです」

 

「ですが、昼食か夜食のどちらかならリサちゃんの食事でもいいですよ♪こちらから摂取してもらう栄養を伝えて、それを取れる食事ならOKということになりました。許可もらうの大変でしたよ?」

 

「ありがとうございます。…呼び方変わったんですね」

 

「気が合いますし、打ち解けられましたから!」

 

 

 この人働きすぎとかになりそうだな。それとか、患者と医者の板挟みになりそう。…看護師ってたいていそうなるのか?それはひとまず置いといて。

 

 

「リサはそのこと知ってるんですか?」

 

「はい。昨日先生から許可をもらってすぐに連絡しましたから」

 

「…連絡先交換するの早いですね」

 

「女の子はそういうものです」

 

「そうですか。……今日って平日でしたっけ?」

 

「そうですよ。お友達が来るとしても夕方頃ですね」

 

「暇ですね」

 

「何か本でも持ってきましょうか?」

 

「…お願いします」

 

 

 他の患者のところにも行くらしいので、宮井さんは部屋を出ていった。しばらくテレビを眺めていると朝食が運ばれてきて、味わうもなにもないその食事を済ませる。今はひたすら休むしかないため気分転換に勝手に外に行けないのが面倒だ。…トイレとシャワーだけは勝手に行ってるが。テレビを見るのも飽きて窓の外を眺めていると、ドアがノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

「お邪魔しまーす。雄弥調子どう?」

 

「退屈で大変だったが今絶好調になった。…学校はどうした?リサ」

 

「今日は休んどけって母さんが」

 

「…そうか。それにしても一人で来たのか?大丈夫だったか?」

 

「うん。母さんに病院の前まで送ってもらって、宮井さんに女性ばっかの道を教えてもらって来たから大丈夫だったよ」

 

「仲良くなるの早いな」

 

「ちょっと妬けた?」

 

「俺が嫉妬する人間だとでも?」

 

「あはは、それもそうだね!」

 

 

 ずっと立っているリサに座るように手招きする。椅子に座るかと思いきやリサはベッドに登ってきて横に座った。肩に頭を預けてきたからリサの香りが鼻をくすぐる。

 

 

「…学校には通えそうか?」

 

「ま、女子校だからね〜。全ッ然男の人いないよ。それに友希那がいるし、同じクラスには日菜もいるから大丈夫だと思う。他にも友達いっぱいいるしね♪」

 

「それはよかった」

 

「心配してくれてありがとう〜。…ねぇ、今年は雄弥と夏休み一緒にいれないの?」

 

「海外ライブのことか」

 

「うん。単発じゃなくてツアーなんでしょ?」

 

「そうだな。大規模なツアーになるな」

 

 

 体が触れ合っているから、リサの体の震えがダイレクトに伝わってくる。一緒に過ごせないことの寂しさだけではないんだろう。リサの手助けをすると言いながら夏休みに入ったらこの街どころか、この国からいなくなるんだ。リサが不安になるのも仕方ない。

 

 

「けど、どうだろうな。愁と疾斗が決めるからな。…結花も話に混ざってるんだっけな。少なくとも俺と大輝はそのへん全部関わってないから、具体的にはわからないな」

 

「そうなんだ…。アタシは、雄弥と一緒にいたいんだけどな〜…」

 

「…ごめん」

 

「ううん。結花のためだもんね。夏休みに海外行くならそれ以外の日は他の仕事になっちゃうだろうし……それも仕方ないよね」

 

「リサ…」

 

 

 俺は顔を伏せているリサを強く抱きしめた。リサの体が強張るが、少ししてからリサの腕が背中に回される。

 

 

「ほんと…俺は馬鹿だよな」

 

「アタシは…そんな雄弥が好きなんだよ?寂しくなったりするし、不安になったりすることもあるけど、それでも雄弥の全部が好き。だから…今年は結花のために頑張って」

 

「…本当にリサを好きになれてよかった」

 

「あはは〜、雄弥にそう言われると恥ずかしいや」

 

「だからさ、リサ。…必ずスケジュール空けるから」

 

「へ?」

 

「リサと過ごせる時間をを必ず作る。リサは我慢しなくていい。わがままを言ってくれ。俺はどうしたらいいかわからないことばっかだから、言ってくれないと気づけないことが多いから、我慢しないでくれ」

 

「……ほんとにバカ。そんなこと言われたらアタシ抑えないよ?雄弥にいっぱい甘えて、雄弥にいっぱい無理言って、雄弥をいっぱい困らせるよ?」

 

「ああ。それでいい。それがきっと俺たちの在り方だろうから」

 

「重たい女に捕まったね?」

 

「そんなことない。丁度いいさ」

 

「えへへ、ありがとう♪」

 

 

 どちらからでもない。同じタイミングで顔を近づけていき口を重ねる。あの時とは違ってリサは強く押し当ててくる。まるで自分のものだと示すように。俺もそれに応えて受け止める。背中に回している手をリサの頭に移す。

 

 

「んっ…。ゆうや〜」

 

「どうした?」

 

「なんでもなーい。呼んだだけ♪」

 

「そうか。夏に行きたいとこ考えてたりするのか?」

 

「海と夏祭りと花火かな〜。花火は祭りの日にあるだろうから纏めてできるけど、自分たちでする手持ち花火もしたいな〜」

 

「そうか。なんとか休みを作る」

 

「よろしくね♪」

 

「ああ」

 

 

 あとで疾斗に連絡でも入れておくとしよう。入院してると話し合いに参加もできないからな。疾斗に言って休みを確保する。そのためにも先に花音を味方につけとくか。

 優しい笑顔をしてるリサと笑い合っていると、病室のドアがノックされた。今度は来客ではなく、担当医が様子を見に来たようだ。

 

 

「調子はどうだい?湊くん」

 

「おかげさまで快調ですよ先生。というか何気に来たの今日が初めてですね」

 

「ははは〜、これは手厳しいね」

 

「宮井さんから忙しいと聞いていますし、別に手術後の違和感もないのでどっちでもいいんですけどね」

 

「だと思った。手術後に君のお姉さんから、君の人となりを聞いていたからね」

 

「友希那行動が早いな」

 

「お姉さんには頭が上がらないんじゃないかい?」

 

「最近は特に、ですね」

 

「はははっ!ところで、そちらの女の子は?」

 

「っ!」

 

 

 リサとは初対面である先生が当然のことながらリサのことを聞いてきた。面会に来たことは見れば分かるだろうが、なんせ患者と一緒にベッドにいるんだ。疑問に思うのも仕方がない。

 リサは先生に目を向けられると体を強張らせて腕を握ってきた。どうやらタクシーの時よりはマシのようだが、それでも怖さがあるのだろう。俺はリサに目を合わせて「大丈夫だ」と伝え、落ち着かせるように頭を撫でてから先生に説明した。

 

 

「そうだったのか。失礼したね。知らなかったとはいえ君を怖がらせてしまった。…いや、事件のことを考えればそうなる可能性も考慮しておくべきだった」

 

「あ、いえ。アタシの方こそごめんなさい。失礼なことをしてしまいました」

 

「いや、いいんだ。当然の反応だからね。僕も力を貸そう。この病院は大きいからその手の患者を見ている人もいるし、そっち方面の先生にあたってみるよ」

 

「わざわざすみません。ありがとうございます」

 

「自分の専門ではないとはいえ患者がいるんだ。医者なら見捨てないものだよ。まぁ湊くんという君の騎士がいるなら、余計なお世話かもしれないけどね」

 

「先生ってキザなこと言うんですね。仲良くなれそうで安心しました」

 

「ちょっと棘を感じるんだけど…。おっとそろそろ時間だ。特に問題もなさそうだし、僕はこれで失礼するよ。今井さんもゆっくりしていっていいよ。お弁当も食べさせてあげるといい」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「それでは」

 

 

 手を振りながら出て行く先生を見送り、あの先生が人気がある理由に納得する。相手を不信に思わせない程度の気さくさが患者にとって安心する材料になるんだろう。先生がいなくなったことで握っていた力が弱まったが、それでもまだ腕を握っているリサに目を向ける。

 

 

「あの先生は大丈夫そうか?」

 

「一人だとわからないよ…。雄弥がいてくれないと」

 

「俺はまだ病室から自由に動けないからな。…そろそろお昼にするか」

 

「あ…うん!宮井さんに言われた通りの栄養を摂取できるお弁当考えてきたんだ〜。味付けもバッチリだよ♪」

 

「さすがリサだな。どれも美味しそうだ」

 

「見た目だけじゃないからね〜?」

 

「知ってる」

 

「えへへ。そっか…それじゃあ」

 

「「いただきます」」

 

「湊くん本用意できましたよ〜……お邪魔しましたー」

 

「本はそこに置いといてもらっていいですか?」

 

「ツッコミいれてくださいよ!…それがリサちゃんのお弁当ですか?すごいですね」

 

「一口食べます?」

 

「いいんですか?」

 

「はい!」

 

 

 遠慮気味に小さく一口だけ食べた宮井さんは、飲み込んですぐにリサの手を取って求婚し始めた。求婚ということもあってリサは顔を赤くしたが、それでもバッサリ断っていた。看護師たちもこの時間帯に昼食らしく、宮井さんはもう一口だけ食べて病室から出ていった。

 

 

「あはは、まさか求婚されるなんてね〜」

 

「胃袋を掴んだからだろうな」

 

「雄弥のは?」

 

「とっくに掴まれてるよ」

 

「そっかそっか♪あ、食べさせてあげようか?」

 

「一人で食べれるから」

 

「…だめ?」

 

「……お願いします」

 

「うん♪」

 

 

 食べさせられるのは嫌じゃないが、それでリサの食事が遅れるのは嫌だ。だから俺はリサに食べさせてもらいながら、リサに食べさせることにするのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「そういや今日は花音とパスパレの誰かが来るらしいんだが、リサは誰が来るか知ってるか?」

 

「ううん、知らないよ。まず花音が来ることも知らなかったし」

 

「そうなのか。……何時に来るんだろうな」

 

「もう夕方だもんね〜」

 

 

 きっと迷子なのだろう。疾斗から聞いた話だと、目を離したらその場にはもういないらしい。先に行ったわけでもなく、どこか全く違う場所に行くのだとか。それがわざとじゃないのがまた面倒なところだ。治せないのだから。

 

 

「噂をすればなんとやらだね。来たみたいだよ」

 

「お、お邪魔します」

 

「お邪魔するわね」

 

「よく辿り着いたな。迷子になってると思ったんだが」

 

「な、ならないもん!今日は千聖ちゃんがいてくれたもん!」

 

「あ〜そのためだけに白鷺を連れてきたのか」

 

「へ?」

 

「花音…あなた私のことを…」

 

「ち、違うよ千聖ちゃん!私はそういうつもりで誘ったわけじゃないよ!」

 

「ふふふっ、冗談よ。花音がそんなこと考えないのはわかってるわ」

 

「ふぇ?」

 

「雄弥、花音をイジメないでよ」

 

「定番のやり取りだからつい」

 

「…もう!!」

 

 

 リサが止めに入ったところで、やっとか花音はいじられていたことに気づいたようだ。わかってて協力した白鷺も同罪なのだが、そこは気づいてないのか?それかわかっててスルーしてるのか。

 

 

「まぁでも雄弥くんが元気そうでよかったよ〜。すっごい心配したんだよ?」

 

「疾斗をか?」

 

「雄弥くんを!…私以上に紗夜ちゃんの方がすっごく心配してたけど」

 

「……そうだな。…紗夜には改めて謝らないとな」

 

「うん。ちゃんと向き合って話してあげてね(・・・・・・・・・・・・)?」

 

「ああ。わかってる」

 

 

 まさか花音まで鋭いとは…。これは女子が鋭いというより、恋してる女子が鋭いということか。現に白鷺はそこまで理解できてなさそう…でもなかった。

 

 

「湊くん、今失礼なこと考えてなかったかしら?」

 

「そんなことないぞ。…パスパレの方には影響出てないか?」

 

「仕事のオファーとかで言えば良くも悪くも影響はないわね。…ただ、やっぱり私たちから情報を得ようとする人もいるわね。口を割らないようにしてるけど、日菜ちゃんにはストレスが溜まる一方ね」

 

「…そう、だろうな。悪い、迷惑をかけてるよな」

 

「まったくよ」

 

「ち、千聖ちゃん」

 

 

 紗夜だけじゃない。日菜にも向き合わないといけない。しかも日菜にはあれだけ力になってもらった上に返事をする約束もしてあるんだ。紗夜にも日菜にも中途半端に向き合うことなんてできない。

 

 

「迷惑をかけられているから、早く復帰してちょうだい。彩ちゃんまで元気なくてパスパレが暗くなっちゃってるんだから」

 

「彩もか…。わかった、さっさと退院する」

 

「雄弥?完治してからだからね?」

 

「……ワカッテル」

 

「アタシの目を見て言ってほしいな〜」

 

「ふふっ、聞いてた以上に仲がいいのね」

 

「すごいよね」

 

「花音、あなた疾斗くんといる時あんな感じよ?」

 

「へ?」

 

 

 二人が来た時間も少し遅かったため、すぐに面会時間が終わってしまった。と言っても2時間弱は話し込んだのだが…。帰りはリサのお母さんが二人のことも家まで送ってくれるらしい。

 

 

「帰りは迷子にならずにすむな」

 

「うん!」

 

「花音…」

 

「やっぱり来るときに迷子になってたんじゃねぇか」

 

「あ…」

 




しばらくは順番に病室に誰かしらやってきます。次は誰でしょう?
花音たちとの会話が少なくてごめんなさい!あまり接点無いんです!
☆9評価 穂乃果ちゃん推しさん yukkuriseiさん
☆8評価 秋刀魚太郎さん   ありがとうございます!


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6話

そうでした!言い忘れてましたが、この4章からは"てれ"の描写で使ってた「//」をなしで挑戦してます。
それと、活動報告の方にオリキャラたち(Augenblickメンバー)のちょっとしたプロフィール的なの書きました。本当に今更ですけどね。


「暇だ」

 

  

 昨日は平日にも拘わらずリサが来てくれたため午前中から退屈することはなかった。しかし今日からはリサも学校に復帰するため、暇を持て余すことになったのだ。放課後に弁当を持ってきてくれるらしいが。

 午前中は宮井さんが持ってきてくれた本を読むことで時間を潰せた。昼食後も残りの本を読むことで時間を消費していたが、読むペースは早い方らしいので今は退屈だった。

 

 

「……この病室ってパソコンあったのか」

 

 

 何かないものかと物色していたらノートパソコンが置かれていることに気づいた。今の時代携帯でもパソコンとほぼ同じことができるが、それでもパソコンでしかできないものもある。

 

 例えば、あこが言っていたオンラインゲームとか。

 

 

「いや待てよ、これ勝手にこのパソコンにインストールしていいのか?」

 

「いいですよ。退院する際にインストールしたものを削除していただければ」

 

「宮井さん。ノックはするものなのでは?」

 

「湊くんならしなくてもいいかなって」

 

「しなくていいですけど…。使用時間に制限は?」

 

「一日で三時間だけ。一時間ごとに休憩を挟んでください」

 

「了解です」

 

 

 パソコンを起動させて慣れない手つきで操作する。手探りの状態だが無事にインストールできたようだ。何をするか気になっていたのか宮井さんが画面を覗き込む。

 

 

「えっと、ねおふぁんたじーおんらいん?ゲームなんですか?」

 

「ゲームらしいですよ。リサと友希那経由で知り合った子がやってるんですよ。それで前に誘われたことがあって、ちょうどいいからこれを機にやってみようかと」

 

「へー。…わっ、自分のキャラクター作れるんですね。名前、性別、職業、あ、顔とかも作れるんですね」

 

「こういう細かいのも人気の一つらしいですよ。…それよりここにいて大丈夫なんですか?」

 

「へ?……あー!次行かなきゃ!」

 

 

 宮井さんは慌ただしく病室を出ていった。それでも走ってないのは、焦る気持ちを抑えられているからだろう。焦りを表に出さないのは、病院にいたら大切なんだろうな。

 

 

「名前は……そのまんまでいいか。見た目とかも似た感じでいいとして、あとは職業か。……なんなんだろうなこの職業って」

 

 

 名前から連想できるものもあれば、全くわからないものもある。というか職業が多すぎな気がする。…どの職業がどういう役割か調べてから選ぶか。

 

 

「一つ一つ完全に独立してるのか。どれが良いとういわけでもなく、時と場合で活躍する場が変わるって…よく考えてるな」

 

(まぁでも暇つぶしにってなると自分でダメージ稼げるのがいいのか?)

 

 

 そんな素人丸出しの考えで職業も決めてゲームをスタートする。本格的にやるとなると設定だけでもだいぶ時間使うんだろうな。

 

 

(ところでこれどうやって操作するんだ?チャットってなんなんだ?)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「雄弥さーん!お邪魔しまーす!」

 

「あ、あこちゃん…病院は静かにしなきゃ」

 

「あ、そうだね。…雄弥さん?」

 

「今日はあこと燐子が来たのか。悪いがちょっと待ってくれるか?今忙しい」

 

「あ、お仕事されてたんですか?」

 

「…あこちゃん…もしかしたら…違うかも」

 

「え?」

 

「雄弥がゲームなんて初めて見たよ」

 

「えぇ!!」

 

 

 リサには見抜かれると思っていたが、燐子にも気づかれるとはな。やりこんでる人なら気付けるのかもしれないな。あ、でもあこはわからなかったか。

 

 

「あー!NFOやってるー!」

 

「あこちゃんそれほんと!?」

 

「わっ、燐子の食いつきすごっ!…NFOってたしか、あこたちがやってるやつだよね?」

 

「うん!」

 

「ふぅー、倒せた」

 

「雄弥さん。…その装備で…勝てたんですね」

 

「って初期装備のままじゃないですか!」

 

「装備ってこれだけじゃないのか?」

 

「「……」」

 

「あこ?燐子?」

 

「雄弥さん。今から講義をしますね」

 

「講義?」

 

「とりあえず椅子に座ろっか」

 

 

 椅子は二つしかないからリサはベッドに腰掛け、俺の向かい側に燐子とあこが椅子を移動させて座った。本気で装備は与えられたやつだけだと思っていたんだが、どうやら違うらしい。

 燐子の熱い講義が始まり、あこがちょくちょくサポートする。装備の説明だけで終わらず、そのままスキルの説明まで始まった。終わった時には軽く1時間たっており、さすがのリサも少し疲れていた。

 

 

「以上で基本的な説明を終わりますね」

 

「今ので基本説明だったんだ…」

 

「応用的な話はまだ早いですので」

 

「燐子ってゲームのことになると饒舌になるんだな」

 

「……ふぇ?」

 

「あ、それアタシも思った。いや〜燐子の新しい一面が見れた気がするよ〜」

 

「…は、…恥ずかしいです」

 

「あはは、燐子照れてる〜」

 

「あこはりんりんのそういうとこ好きだよ!」

 

 

 あこ、今それを言ってもおそらくフォローにはならないからな。それにしても新しい一面、か。Augenblickだとあまりプライベートでの関わりはないな。最近は結花の影響で知ることが増えてはいるが、知らないことの方が圧倒的に多い。

 

 

「と、とりあえず…雄弥さんの装備を…新しくしましょう」

 

「カッコイイやつがいいよねー!こう闇の力を感じさせるような…」

 

「性能がよければそれで良くないか?」

 

「「よくないです!」」

 

「えー」

 

「えっと、よくわからないけど、ファッションみたいな感じじゃないかな?雄弥だって動きやすさだけで決めてないでしょ?」

 

「そうでもないぞ」

 

「……そうだったね」

 

 

 リサが残念そうにため息をついて顔を逸らした。おそらくリサの中では、一番わかりやすい例えとして言ってくれたからだろう。あこと燐子からも冷たい視線が送られてくる。

 

 

「まぁでもリサが言いたいことはわかった」

 

「…ほんとに?」

 

「ああ。ライブ衣装がこだわって作られてるのと一緒ってことだろ?」

 

「あこ」

 

「はい。リサ姉の例えも雄弥さんの例えも合ってると思います。わかっていただいたところでさっそく武器屋に行きましょう!」

 

「今作れる武器と……ドロップアイテムで…手に入れた武器を比較して、雄弥さんの…好みのものにしましょう。選んだら…強化も…ついでにしちゃってた方が…楽だと思います」

 

「じゃあ燐子のアドバイス通りで」

 

 

 ノートパソコンは結して大きくはないから、小さい画面に四人で覗き込むことになる。正直やり辛さがあるが、それでもこの状況は初めてで新鮮さがある。しかも案外楽しかったりする。

 

 

「雄弥さんのレベルに見合った武器だとここらへんになるのかな?」

 

「そうだね…。ドロップ武器で言ったら…この2つかな…」

 

「結構見た目違うね」

 

「雄弥さんが選んだウォーリアーは武器の見た目の多さが人気だったりするんだ〜!もちろんダメージ稼ぎの代表格ってのも理由だけどね」

 

「へ〜。雄弥はどれかピンときた?」

 

「…どうだろうな。…防具の方も見てから決めるのもありじゃないか?」

 

「もちろんですよ!防具の方も色んなのがありますけどね」

 

「悩みがいがあるとも言えますし…場合によっては…見た目がアンバランスに…なることも」

 

「なるほど〜」

 

 

 なぜ実際にプレイすることになる俺よりリサの方が夢中になってるんだ?…あ~ファッションと同じ=リサが決めるってなるからか。いつもそうだったな。

 

 

「あ!この防具?ならさっきのお店の武器と合うんじゃない?雄弥の見た目とも合うし!」

 

「俺はそこにはいないんだけどな」

 

「雄弥のキャラクターってこと!…どう?あこ、燐子」

 

「そうですね。…雄弥さんが…今進めてるステージでも…十分通用しますね」

 

「リサ姉のコーディネートだから見た目もバッチリだしね!」

 

「やった!ねね、雄弥の決まったよ?」

 

「そうだな。リサ考えてくれてありがとう」

 

「どういたしまして♪」

 

「それとなリサ」

 

「うん?なぁに?」

 

「顔が近い」

 

「………っ、!!!ご、ごめん!!わぁっ!」

 

 

 どれぐらい近かったかと言うと、リサの吐息が俺に当たるぐらいには近かった。

 勢い良く距離を取ろうとしたリサだったが、リサが今いるのはベッドの上だ。そんなことしたらベッドから落ちそうになるのは当たり前なわけで、

 

 

「…ふぅ、危なかったな」

 

「ぁ、ありがとう

 

(雄弥の顔が近い!体自体もう全然離れてないし、あこと燐子もいるのに!)

 

 

 落ちそうになったリサの後方に右腕を伸ばして支えた。肘より先でリサの体を支えて、手のひらはリサの後頭部に回していた。俺はさっき自分で顔が近いと言っておきながらまた距離を縮めていることになるのだが、これは仕方がない。

 自分が落ちないように支えにしていた左腕に力を込めて俺自身とリサを引き上げる。あこと燐子の様子を見ると、あこはなぜか目を輝かせていて、燐子は少し顔を赤くしていた。

 

 

「よっと。…大丈夫か?」

 

「ふぁい。らいりょうぶ〜」

 

「リサ姉顔どころか耳まで真っ赤だし、舌まわってないよ」

 

「…あこちゃん…それは言っちゃだめだよ」

 

(燐子もそれ言わないでよー!燐子まで顔赤いし、やっぱさっきの見られてたよね!……恥ずかしぃー。ドキドキしたし、胸もキュンってしちゃったけど、見られると恥ずかしいー!)

 

「さてと、とりあえず装備は決まったことだし、今日はNFOもここまでだな」

 

「ええー!このままスキルの設定もしましょうよー!」

 

「パソコンは一日三時間って決められてるんだよ。スキルはまた今度教えてくれ」

 

「あこちゃん…無理言っちゃだめだよ。…雄弥さんは元気だけど…怪我人なんだから」

 

「はぁーい」

 

「そういや俺って怪我人だったな」

 

「雄弥?」

 

「もう動ける気がするんだけどな」

 

「ゆ・う・や?」

 

「…先生が許可くれるまでは入院かー」

 

「まったくもう」

 

 

 おかしいな、だんだんリサに逆らえなくなっていきそうだ。逆らう気はサラサラないが、多少の無茶とかもできなくなりそうだな。せめてライブのパフォーマンスとかは目を瞑ってもらえるようにしなくては…。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それでリサ姉は今日ここに来る前にお弁当取りに家に戻ったんだ」

 

「うん。雄弥が食べたいって言ってくれたからね♪」

 

「よく…病院側が…許してくれましたね」

 

「担当医が軽い人でな。あと看護師の人がだいぶ頑張ってくれたらしい」

 

「あ、宮井さんにクッキー作ってきたんだった。今日会えないかもだから、雄弥から渡しといて」

 

「わかった」

 

「食べちゃだめだよ?」

 

「食べないに決まってるだろ。リサの手作り弁当があるんだから」

 

「…もう!そんなこと言っても明日のお弁当張り切るだけだからね?」

 

「張り切るんですね…」

 

 

 リサらしいラッピングが施されたクッキーをテレビのリモコンの横に起き、リサが作ってきてくれた弁当を開ける。今日もまた食欲をそそられるような作りになっていた。

 

 

「リサ姉のお弁当美味しそー!」

 

「あこちゃん…食べちゃだめだよ?」

 

「わ、わかってるよ。これはリサ姉が雄弥さんのために愛を込めて作ったやつだもんね!」

 

「あ、愛を込めたわけじゃないから!早く退院できたらいいなぁって思って作っただけだから!」

 

「愛だね」

 

「うん。…愛だね」

 

「ちーがーうー!」

 

「リサ。弁当を作ってくれてありがとう」

 

う、うん

 

「今日のも美味しいな。…ちょっと味付け変えたのか?」

 

「っ!!じ、実はそうなんだよね〜。やっぱり食材は似た感じになっちゃうから、味付けを変えて美味しく食べて貰おうかな〜って!気づいてもらえるとは思ってなかったから嬉しいや♪」

 

「リサの料理の変化に気づかないわけないだろ」

 

あ、ありがとう

 

「…りんりん。あこ、今ならブラックコーヒー飲める気がする」

 

「買いに行こっか」

 

 

 二人はブラックコーヒーを求めて病室から出ていった。鞄を置いていってるってことは、後で戻ってくるんだろう。なぜブラックコーヒーを求めだしたのかはよくわからない。

 

 

「雄弥ってさ」

 

「うん?」

 

「けっこう女の子が気づいてほしいことに気づけるよね」

 

「そうか?鈍感って言われたりするぞ?」

 

「それもあるけど、…女の子って意識的に変えたことって気づいてほしいんだよね。今日みたいに料理の味付けとかもそうだし、よくあるのは髪の毛を少し切ったとか」

 

「あ~。言われてみればそうかもな」

 

「たぶん、アタシ以外の子にも気づけちゃったりすよね」

 

「…かもな」

 

「やっぱりか〜。…アタシだけじゃないって寂しい、かな」

 

「全員に気づけるってわけじゃないぞ?それなりにお互いを知ってる子だけだからな」

 

「ふーん」

 

「リサ、俺は浮気とかしないからな?」

 

「口ではなんとでも言えるよね」

 

「そうだな。だからこれから証明する」

 

「信じさせてね?」

 

「ああ」

 

 

 肩に頭を預けてくるリサの腰にそっと腕を回す。俺はこの子を好きになったのだと心に刻み込むために。

 

 

「リサ姉ー、リサ姉パパが迎えに来てくれたから帰ろ〜………って思ったけどその前にあこもう一回コーヒー飲んでくるね。エレベーター前でりんりんとリサ姉パパと待ってるからリサ姉のタイミングで来てね」

 

「あ、あこ!!……また見られた

 

「普通に考えたら当たり前だけどな」

 

「そう思うなら言ってよ!」

 

「別に損するわけでもないだろ」

 

「アタシの心が荒れるよ!」

 

「そしたら俺が治してやるよ」

 

「……もぅ!」

 

 

 こんなやり取りを燐子やリサのお父さんが、あこと同じように呼びに来た時も繰り返した。最終的に宮井さんが出動するはめになっていた。呆れていたけど、リサお手製クッキーを渡したら機嫌を治すどころかハイテンションで許してくれた。




あこと燐子に来てもらいましたー。NFOの職業ってどんなのがあるんだろうと思ってイベントを見返しましたが、前衛は紗夜のタンク以外わかりませんでした!ってことで勝手に作りました。
この主人公、紗夜と日菜が来ないからってイチャつきすぎじゃね?
☆9評価 黒き彗星さん so13011111さん 天草シノさん ありがとうございます!


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7話

 今日は昨日以上に暇になる。それは朝確定した。さすがにRoseliaも元通りに練習を再開しないといけない。つまりリサが放課後も来ない。大輝から今日見舞いに来ると連絡を受けているが、あいつも何かと忙しいやつだ。そこまで時間は取れないはず。

 

 

「NFOも三時間しかできないし、…外に出歩きに行くか」

 

 

 手術後の問題もない上に傷は異常なぐらい早く回復している。それは宮井さんや担当医も知っているわけだし、許可がおりてもいいだろう。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「ダメです」

 

「ですよねー。でも治りましたよ?」

 

「内側の傷のほうが治りにくいんです。見えない以上安静にしてもらわなくてはいけません」

 

「…検査してください」

 

「…信用してくれないのですか?」

 

「それは違います。ただ歩いき回るぐらいなら問題ないと思うんです。退院に関しては何も言わないのでお願いします」

 

「意外とわがままなんですね」

 

「自分でもびっくりですよ」

 

 

 入院自体初めてではない。記憶が飛んで目が覚めたときには入院していた。だがあの頃は何もなかった。やりたいことも夢もなく、人との繋がりもなかった。だから暇だと思うこともなかった。

 今はそうじゃない。仲間も友人も大切な人もできた。夢は相変わらずないし、これといってやりたいこともあるわけじゃないが、それでもコレをやろうと思うものはある。…入院してるからできないんだがな。

 

 

「はぁ…。先生に聞いてみます」

 

「直接先生と話せたらいいんですけどね、忙しいとなかなかこっち来れないですよね」

 

「そうですね。最近は調べないといけないものが山積みだって言ってましたし」

 

「…なるほど」

 

「今日もどなたか来るんですか?」

 

「少なくとも一人は来ますね。連絡があったので。…あとは不明です」

 

「リサちゃんも来れないんですか?」

 

「バンドの練習がありますからね。…あまりこっちに付き合わせても」

 

「バンドですか?」

 

 

 宮井さんが目を丸くしてバンドという単語に食いついた。どうやらリサがバンド活動をしていることは聞いてないらしい。俺はリサたちが所属しているRoseliaについて知っていることを話すことにした。

 

 

「へー、湊くんのお姉さんが作ったんですね。昨日来た二人も同じバンドだなんて」

 

「なかなか面白いメンバーでしょ?レベルもそこらへんのバンドより高いですし、ライブを見に行って退屈するなんてことはないですよ」

 

「一度は見に行ってみたいですね〜。湊くんのお墨付きですし?あの子達がどんな演奏するのか興味も湧いてきました!」

 

「真っ当な評価をしただけですよ。今度Roseliaのメンバーが来たときにその話をすればチケットぐらい貰えると思いますよ」

 

(Roseliaに不安要素がないわけでもないんだが…そのへんは本人たち次第か)

 

「なら今度お願いしてみますね」

 

「はい」

 

「そろそろ次に行きますね。あと追加で本持ってきましたからどうぞ」

 

「何から何まですみません」

 

「いいえ、気にしないでください。それでは失礼します」

 

「はいお疲れ様です」

 

 

 宮井さんが退室するまで見送り、持ってきてくれた本に目を向けると、昨日よりも本の量が増えていた。しかもどれも分厚い本でジャンルも別れていた。

 

 

(自由に歩き回る許可が出たらなんかお礼しよ)

 

 

 病院内のものでお礼できるものに何があるか気にしつつ、持ってきてもらった本に没頭し始めるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「お前が読書って珍しいな」

 

「…ん?大輝来てたのか」

 

「ちょうど今来たところだ。…その本だいぶ分厚いな。俺には無理だ」

 

「俺も暇じゃなかったら読もうと思わない。…まぁこういう本も思いの外面白いぞ。それだけ内容があるってわけだしな」

 

「そう言われてもな〜、漫画ぐらいしか読めねぇよ。絵がないと無理だわ」

 

「さすがだな」

 

「褒めてないだろ」

 

 

 当たり前だろ。こいつみたいな好かれる馬鹿が難しい言い回しをした小説を読んでたらドン引きだ。

 読んでる本のきりがいいところに栞を挟んで本を閉じる。大輝はどうやら学校から直接こっちに来てくれたようで制服のままだ。

 

 

「仕事は?」

 

「今日はないな」

 

「暇人かよ」

 

「ちげーよ!…ったく、他にも来客だぞ」

 

「来客?」

 

「こんにちは!ユウヤさん!」

 

「こんにちはー。体の具合はどうですか?」

 

「イヴと大和か。おつかれさん。体はもう大丈夫だぞ。治った」

 

「嘘つけ」

 

 

 どうやら二人も大輝と同じで制服のまま来ていた。今日初めて知ったが、大和ってリサたちと同じ学校だったんだな。イヴの方はたしか紗夜や彩が通ってる学校のやつか。

 さてと、大輝のやつが信じてないようだし、見せてやるか。

 

 

「きゃぁ!」

 

「ちょっ、雄弥さん!?」

 

「なにおもむろに服脱ぎだしてんだ!」

 

「ほら、傷口がちゃんと塞がってるだろ?」

 

「ほ、ほんとですね」

 

「…傷の治り早すぎじゃね?」

 

「でもたしか体の内側の方が治りが遅いんでしたよね?自分本で読んだことがあります」

 

「ああ。看護師にも同じこと言われた」

 

 

 イヴのやつ顔真っ赤だな。男の半裸なんて夏になったらよく見るだろ。

 全員に傷の具合を見せ終わったから服を着直す。7月に入ってるから病院では冷房が使われ始めていて、服を脱ぎっぱなしでいると体を冷やしてしまう。

 

 

「傷が塞がったらその縫ったやつも取るんだろ?」

 

「たぶんな。それが終わったら一日様子見て退院とかじゃないか?」

 

「それじゃあユウヤさんの復帰も早いですね!アヤさんとヒナさんも喜ぶと思います!」

 

「あの二人って今どんな感じだ?」

 

「日菜さんは仕事には影響出てないですね。元々要領がいい人ですから。…ただ時折元気が無くなりますね」

 

「アヤさんは無理に笑ってる感じがします」

 

「そうか」

 

「えらく反応が薄いな」

 

「なるべく早く復帰する以外にできることがないからな」

 

「まぁそうだけどよ」

 

「そういや白鷺から聞いたんだが、事件について聞かれたりするんだってな。悪いな、イヴと大和にも迷惑をかけてる」

 

 

 俺は二人に深く頭を下げた。二人は驚いて頭を上げるように言っていたが、それでも俺は頭を上げなかった。周りへの影響がどれだけ出ているかを理解し始めているからだ。

 

 

(友希那に言われた『あなたを想う人』が思ってた以上に多いこともそうだし、俺という存在が与える影響も今になって理解できてきた)

 

「…そういや雄弥、お前にファンレターが大量に来てるらしいぞ。とりあえず一部は持ってきたが」

 

「ファンレター?来たなら読ませてもらうが」

 

「んじゃあひとまず俺が預かった分を渡しとくぞ。中には誹謗中傷もあるかもな」

 

「俺がそんなことを気にすると思ってるのか?」

 

「ありえないな。事務所の方にもそう言っとく」

 

「ああ、頼む」

 

「…この量でも一部なんすね」

 

「さすがはユウヤさんですね!」

 

 

 大輝に袋ごと渡された量は、ざっと見て100通強ぐらいか。これぐらいで驚いてるようでは二人もまだまだだな。

 ファンレターに目を通しながら最近のパスパレとしての活動の話を聞いていると、先生と宮井さんが部屋に入ってきた。どうやら宮井さんから話を聞いて直接こっちに来たようだ。

 

 

「君の病室はいつも賑やかだね」

 

「先生がそのタイミングでしか来ないからでしょ。それで許可はくれますか?」

 

「明日君の検査をしてそこで判断するよ。外から見た様子だと問題はなさそうだが、一応ね」

 

「ほぼ許可が降りたも同然ですね」

 

「許可?ユウヤさんは何の許可をもらうのですか?」

 

「こいつのことだから外出の許可じゃねぇの?」

 

「うむ。君の予想通りだよ。どうやら彼は早く復帰したいらしいからね」

 

 

 先生がそんなことを言うと、三人が驚いたようにこっちを見てきた。そんな驚かれるようなことなのか?問題なさそうだから早く体を動かしたいだけだぞ?

 

 

「雄弥、わけがわからないって顔してるけどな。今までのお前なら医者の言うことを大人しく聞いて我儘も言わないんだよ」

 

「そういやそうだったな。だがまぁ、今は状況が状況だからな。ライブも控えてることだし、結花のこともある。なるべく早く復帰できるにこしたことはないだろ」

 

「入院してさらに変わったな」

 

「そうか?」

 

「ワタシもユウヤさんは変わったと思います。こう…よりサムライに近づいたと言いますか…」

 

「雄弥さんは今まで特に言及せずに周りを見ていましたが、今では周りを気にかけてる上に言葉に表してますからね。そこが一番変わったと思います」

 

「さすが大和。わかりやすい説明だ」

 

「恐縮です」

 

 

 それにしても、そこまで変わってるのか?未だに相手のことなんてさっぱり分からないぞ。なんとなくで行動したらそれがうまい具合に噛み合ってるってだけで、その根本を理解してるわけじゃない。

 それはさておき、明日に検査か。……検査(・・)、ね。

 

 

「雄弥?」

 

「大輝、悪いがイヴと大和と宮井と一緒に一旦外に出てくれないか?先生に聞きたいことがある」

 

「聞きたいことならワタシたちがいても大丈夫なのでは?」

 

「…イヴさん、ここは外に出ておきましょう」

 

「マヤさんがそう言うなら…」

 

「悪いな大和」

 

「いえ、…お礼なら代わりに日菜さんのことをお願いしますね」

 

「ははっ、…ああ、わかってる」

 

 

 四人が退室して、先生と二人だけになる。ドアが完全に閉まっているかも目で確認して先生を見た。先生もさすがに理解しているようで、気楽な雰囲気をなくしていた。

 

 

「それで、本題はなにかね?」

 

「ある意味それはこっちのセリフですが、そこはいいです。…俺の体を調べたいんでしょ?」

 

「なにを言うのかと思えば。患者の状態を知るならそれが当然ではないか?」

 

「いえ、あなたが調べたいのは傷の具合ではない。俺の体の仕組みでしょ?あれだけの傷があったのに、手術をしたからと言って回復が早すぎる。そのメカニズムを解析したい。それが分かれば現在入院してる患者にも応用できるかもしれない。そうでしょ?」

 

「…ああそうだ。そこまで分かっているのなら協力してもらえないか?僕は患者のためになることならなんでもしてやりたい。スポーツしてる子達なんて特にそうだ。大会に向けて練習していたのに怪我をして大会を断念する。そんな子達を何人も見てきた。大量の涙を見てきた。だから」

 

「俺を分析すると。…まぁそれ自体は止めませんよ。あなたは別に俺を死なせて分析しようってわけじゃなさそうですからね」

 

「それじゃあ!」

 

「ただ、結論を言わせてもらいます。俺は自分の体のメカニズムを理解してますから断言できます。あなたは絶対に応用しない(研究を放棄する)。患者のことを想う程に」

 

「それは…どういうことだい?」

 

「それは自分で分析して理解してください。オススメはしません。待っているのは決して希望ではないですから」

 

「……それでも僕はやるよ。君が断言するなら希望ではないのだろう。だが、それでもソレに対抗するものが出てくるかもしれない。科学は、医術は常に進歩するものなのだから」

 

「…そうですか。では、その検査も明日ということですね?」

 

「そうさせてもらえるなら」

 

「いいですよ。俺も時間潰せますからね」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「先生となんの話をしていたんですか?」

 

「ちょっと検査の細かい話をな」

 

「それならやっぱり外に出なくてよかったじゃないですか」

 

「イヴには刺激が強い話だったが、聞きたかったか?」

 

「ふぇっ……そ、それって…」

 

「イヴさん。雄弥さんの冗談ですよ」

 

「……え?」

 

「イヴって詐欺に引っかかりそうだよな〜」

 

「そこは疾斗がなんとかするだろ」

 

「それもそうか」

 

 

 大輝と二人で、イヴが犯罪に巻き込まれやすそうだなと話し合っていると、顔を赤くしたイヴに頭をはたかれた。何を想像したのかは知らないが、勘違いしたのはイヴだというのに。

 

 

「ユウヤさんはハレンチです!」

 

「いやいや。何を考えたのかは知らないが、勝手に勘違いしたイヴの方がハレンチじゃないのか?」

 

「そ、そんなことないです!」

 

「じゃあ、なに考えたんだ?」

 

「そ、それは…その……うぅー、マヤさーん!」

 

「ああよしよしイヴさん。大丈夫ですよ。イヴさんはハレンチじゃありませんから。雄弥さんの言い方に問題があっただけですから」

 

「俺のせいか」

 

「雄弥諦めろ。これはもう自分が悪いと受け入れるしかないんだよ」

 

「達観してるな」

 

「最近悟ったんだよ」

 

 

 ああ、あのパン屋の子と何かあったのか。悟り顔してる大輝をなんとなくビンタして遊ぶ。

 明日は検査で一日潰せるだろうし、もしかしたら御見舞に来てもらってもあまり話せないかもしれない。大輝たちにそのことを伝え、AugenblickとPastel*Palettesのメンバーに伝達してもらうのを頼んだ。Roseliaにはリサ経由で伝えてもらうとしよう。…なんとなくだが、紗夜と日菜には自分で連絡しないといけない気がした。

 

 

(あ、これって明日もリサの料理食えないってことだよな)




これでまだ御見舞に来てないメンバーがあの子たちだけに…。


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8話

昨日は大学が休講になったから執筆し放題だー!って思ってたのに、全然捗りませんでした。なんでかなぁって悩んで気づきました。
BGMがなかったからですね!音楽の力は偉大です。集中力が高まります。


 時が少し経って週末。あこと燐子が来たあの日以降リサの手料理を食べれていない。Roseliaの練習が再開した上に俺の検査やらなにやらがあったからだ。正直に言うとリサの手料理が恋しい。しかし今日はそんなこと言ってられない。

 

 なぜなら、紗夜から今日御見舞に来ると連絡があったからだ。

 

 俺は自分の気持ちを自覚した(恋愛を理解できた)。紗夜とはみんなが来た時に会ってはいるが、ろくに話せていない。だから今日は紗夜と正面から向き合って話さないといけないんだ。

 

 

「…あれ?今日は元気ないんですね。何かありました?」

 

「そうですか?自分ではわりといつも通りだと思うんですけど」

 

「うーん。なんと言いますか、雄弥くん少し暗い顔してましたよ」

 

「…変化なんてありました?」

 

「雰囲気です。顔は変わってないんですけど、雰囲気でそんな感じがしました。意外とわかりやすいんですね」

 

「そうですか…。けど大丈夫ですよ。後でいつも通り(・・・・・)の散歩しますし」

 

「それはやめてくださいね。私が怒られるんですから。しかも入院してる他の子達まで影響を受けてますし」

 

「兄ちゃん!兄ちゃん!今日は何時から散歩するの!?僕は何時からでも行けるよ!」

 

「…またですか」

 

 

 本当に入院してるのかというぐらい元気を見せる少年は、小学四年生の子で名前はショウタ。交通事故にあって入院してるのだとか。散歩してる時に部屋で暴れているのを発見してその時に散歩に同行させたら懐かれた。その子以外にも中学生の男の子のケンや低学年の女の子のミカや幼稚園の女の子のアイも一緒に来ていた。

 

 

「君たち、勝手に出てきちゃダメっていつも言われてるでしょ?散歩も散歩で終わらないから禁止されたでしょ」

 

「でも散歩しないと元気でないもん!兄ちゃんはいっつもスッゲーこと教えてくれて楽しいんだよ!」

 

「湊くん?」

 

「俺は別に体に負担がかかるようなことはしてませんよ。教えもしませんしね。ただ単に軽い手品をしたりそこら辺に見えるものについて解説したりするだけですよ」

 

「お兄ちゃんの手品、じょうずなんだよ〜!」

 

「お花のことも、おしえてくれる、よ?」

 

 

 年少組になんで「ダメなの?」と純粋な眼差しで見つめられた宮井さんはちょっとたじろいだ。この子たちが言ってることは、何も問題のないことを教えてもらってるってだけだしな。

 

 

「そこまではいいんですよ。そこまでは。けど野球が始まるのは私おかしいと思うんです。この前なんてカートレースごっこなんてしてましたし」

 

「危険性は排除してやってますから」

 

「湊くんが見てない時に始めたらどうするんですか!」

 

「そこは約束してますから大丈夫ですよ。な?」

 

「はい。約束を破ったら二度と遊んでくれないと言われましたので、みんなで約束を守ろうと話し合ったんです」

 

「僕も兄ちゃんに怒られたくないからね!」

 

「…はぁ。せめていつも散歩の最後にする遊びをやめてください。それなら許可がもらえるはずですから」

 

「だってよ?」

 

「なら我慢する!兄ちゃんと散歩だけでも楽しい!」

 

「僕もそれでいいですよ」

 

「決まり、ですね」

 

「みたいですね。…ちょっと部屋で待っていてください。許可を貰ってきますから」

 

「ありがとうございます。お礼に売店でお菓子とジュース買ってきますね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 宮井さんと入れ替わるように子どもたちが部屋に入ってくる。ショウタとケンは部屋の丸椅子に座って、ミカとアイはベッドによじ登ってくる。四人が初めてこの部屋に来たときに定着したポジションだ。

 

 

「兄ちゃん今日はどこ行く?」

 

「アイお花みたい!」

 

「アイは花が好きだな」

 

「うん!」

 

「僕はどこでも。みんなといるだけで楽しいからね」

 

「ショウタとミカもそれでいいか?」

 

「うん!けど中庭は行ったから別のとこがいい!」

 

「ミカは?」

 

「びょういんの周りをぐるーってしたい」

 

「ならそうしよう。今日も新しいこと見つけないとな」

 

 

 そう。散歩と言ってもただ歩くだけじゃない。今まで見ていた当たり前のものを違う側面で見る。俺自身あまりできないことをみんなとやるんだ。見事に年代がバラけているから、それぞれの視点で見ることができてお互いに新しく発見した気持ちを味わえる。最後にはみんなで誰が一番見つけれたかを話し合って、一番になった子はおやつを多めに食べる。そういうルールだ。

 

 

「アイとミカは一番になったし、今日は男子の誰かが一番かな?」

 

「他人事みたいに言ってるけど、雄弥さんも男子だからね」

 

「年長者はそこらへんを気にしなくなるんだよ」

 

「え!兄ちゃんって実は姉ちゃんだったのか!?」

 

「そういうことじゃないからな」

 

「…へんしんするの?」

 

「しないから」

 

「アイへんしんみたい!」

 

「だからできないからね?」

 

 

 子どもの純粋さはここまで恐ろしいものなのか。一度信じ込んでしまったらそれを払拭するのが難しすぎる。紗夜ならできるのだろうか。

 ……なぜ俺は今リサより先に紗夜が頭に出てきたんだ?紗夜が今日来ると連絡を受けたからか?俺の気持ちは別に揺らいでない。ならなぜ…。

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「……あーごめんごめん」

 

「どこか調子悪いの?」

 

「いや大丈夫だから。ちょっと考え事してただけ。宮井さんはそろそろ戻ってくるかな?」

 

「そうすぐに戻ってこれないんじゃないかな」

 

「ならしりとりでもして待つか」

 

「なら僕から!」

 

「よし、ショウタから時計回りな」

 

 

 宮井さんが来るまでしりとりをして待っていた。時計回りでやるため俺の次はミカになる。極力次の言葉が出やすい言葉で回すというのもなかなか難しいものだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「冒険スタートー!」

 

「散歩な」

 

「お兄ちゃんてふてふがとんでるー」

 

「なんでそんな古い言葉を知ってるんだよ」

 

「おなじへやのおばあちゃんが教えてくれたよ?」

 

「ばあちゃんはいつの時代の人なんだ…。アイ、てふてふってのはちょうちょとも言うんだぞ」

 

「知ってる」

 

「知ってるのかよ!」

 

「おばあちゃんがお兄ちゃんにむずかしいの言ったら、ほめてもらえるって言ってたから…」

 

「…そういうことか。アイは凄いな。お兄ちゃんはアイくらいの時にちょうちょをてふてふっていうのを知らなかったぞ」

 

「アイすごいの?」

 

「凄いぞ。きっとお兄ちゃんより賢くなれる」

 

「やった〜!」

 

 

 …あの頃はまずちょうちょという存在自体知らなかったんだがな。ま、過ぎたことを考えても仕方ないか。

 頭を撫でるとアイは嬉しさを体全体で表すようにはしゃいでいた。アイの頭を撫でていると反対の手が引っ張られた。俺を挟んでアイとは反対側にいるのはミカだ。ミカは前を指差していた。

 

 

「お兄ちゃん、二人が先行ってる」

 

「まぁケンがいたら大丈夫だろ。ショウタも約束は破らないように気をつけるはずだし。ただちょっと歩くペースは上げるか」

 

「うん。…ねぇ、ちょうちょをてふてふっていうのは発見?」

 

「…発見ということにできるかは難しいな。ばあちゃんに教えてもらったって言ってたし」

 

「残念。それより、あの二人が先々行くとみんなで新しいの発見できないよ?」

 

「それもそうだな。呼び戻すか」

 

 

 二人に声をかけると二人はすぐに戻ってきた。先に行っていたのは、ショウタが今日こそは一番を取りたいと張り切っていたからなのだとか。

 

 

「それで何か見つけられたか?」

 

「ぜーんぜん。いっつも兄ちゃんがきっかけ作るから、兄ちゃんがいないと何も見つけれない」

 

「そんなことはないだろ。そこら辺にあるやつでいいんだ。ムキにならずに周りを見てみろ。『そういえばこれって』って思うやつが出てくるはずだ」

 

「そんなもんなの?」

 

「そんなもんなんだ。な、ケン?」

 

「そこで話を振りますか…。まぁ、雄弥さんの言うとおりだと思うよ。ショウタが気になるやつ見つけてごらん?」

 

「気になるやつ…ムキにならずに…」

 

 

 こういうのは悩めば悩むほどなかなか見つけれないものなんだが、そこは黙っておくか。余計にややこしく考えそうだ。

 

 

「…あっ!」

 

「なにか見つけれたか?」

 

「うん!窓!」

 

「窓?また面白いのに興味もったな」

 

「テレビで見た外国の窓と家とか病院とかの窓が違う!」

 

「言われてみればそうだね」

 

「お兄ちゃんそうなの?」

 

「?」

 

 

 どうやらミカとアイは海外の窓がどんなものか知らないようだ。知らなかったらショウタのこの疑問自体に疑問を持つのも仕方がない。せっかくショウタが見つけたんだ、この話を掘り下げるとしよう。

 

 

「日本の窓は横にずらすことで窓を開けるんだ。けど外国の窓はドアみたいに押すことで開けるんだよ。ショウタが不思議に思ってるのは、なんで違うかだな?」

 

「そう!」

 

「へー、違うんだ。なんで?」

 

「それをみんなで考えてみようか」

 

「はい!おして開けたらトリさんがビックリしちゃうから!」

 

「たしかにビックリするだろうな。アイはいつも見方が違うから凄いな」

 

「えっへん!」

 

「はい!押して開けて泥棒を追い返すため!」

 

「リーチ短いな。面白い考えではあるが、それだと日本は泥棒し放題だな」

 

「ええー。…なんか兄ちゃん女子に甘い」

 

「ショウタが面白い発想するからだぞ」

 

「え?もしかして僕褒められてる?」

 

「うん。褒められてるんじゃないかな」

 

「よっしゃ!もっと頑張るぜ!」

 

 

 こんな簡単にモチベーションを上げれるものなんだな。あいにくと俺はそんな時代がなかったからな。こうやって簡単にモチベーションを上げれたら楽なんだろうな。自分を奮い立たせたい時に奮い立たせられる。…そんな時が来たことはないが。

 そんなこんなで窓の議題が終われば散歩再開。え?なんで窓が違うか?それは俺も分からないな。地震がよくあるからか、昔の家の障子がスライド式だからその名残とかそんなんだろ。きっと。

 るっと一周するのが今日のルートであるため、ゴール地点はスタート地点と同じで建物の正面だ。そしてゴール地点についたらみんなで話し合って、誰が一番の発見をしたか決める。まぁ今回は目に見えて誰になるか分かってるんだがな。

 

 

「それじゃあ誰が一番になるかを話し合おうか」

 

「お兄ちゃん、一番はもう決まってるんじゃない?」

 

「え?え?」

 

「ショウタ落ち着いて」

 

「落ち着けないよ!」

 

「それじゃあ一番だが」

 

「兄ちゃん話し合いは!?」

 

「一番はショウタだ」

 

「…え?…えぇ!?」

 

「なんだもっと喜べよ」

 

「え、だって、…ええ!?」

 

 

 まったく、満場一致でショウタに決まったって言うのに、なんでこんな驚いてるんだか。なりたいって言ってた一番だぞ?しかもショウタは自分できっかけ作りをしたし、その後もみんなと違った視点を保ててた。一番になって当然だろう。

 

 

「俺が一番?」

 

「だからそう言ってるだろ」

 

「やったー!!兄ちゃんやったよ!やっと一番なれたー!」

 

「ああ。おめでとう。よく頑張ったな」

 

「へへっ、次も一番狙うから!」

 

「次からはケンが本気出すんじゃないか?まだ一番なってないからな」

 

「そう煽られたら本気出すしかないかな」

 

「げげっ!今までは様子見だったってことか!…よぅし、受けて立つ!」

 

「はいはい。けど今日はこのあとみんなでおやつ買いに行かないとね。勝負はお預け」

 

「そうだな。ミカとアイもちょっと疲れたろ。おやつ買ったら部屋で休むぞ」

 

「うん」

 

「雄弥くん?」

 

 

 みんなで中に戻ろうと歩きだしてすぐに俺は足を止めた。この声を聞き間違えるわけがない。連絡をくれていた紗夜が来たんだ。声がした方に向き直るとやっぱりそこには紗夜がいた。さっきまで練習があったんだろう。青く長い髪が風で乱れるのを軽く手で抑えながら、背中にはギターケースがある。

 

 

「ほえ?お姉ちゃんだれー?」

 

「キレイな人ー。私にもキレイになる方法教えてほしいな」

 

「…紗夜」

 

 

 俺が子供たちと一緒にいるのが意外そうな顔をしていたが、純粋な子どもに褒められたからか、俺がちゃんと反応したからか、紗夜は表情を柔らかくした。

 

 

「元気そうでよかったです」

 

「まぁな。紗夜はいつも通り…ってわけにもいかなかったか」

 

「ふふっ、お見通しなんですね。…えぇ。練習にはなんとか集中できていましたよ。今井さんが頑張っているのですから、私が落ち込んでるわけにはいきませんからね。ですが…」

 

「…ごめんな。とりあえず中に入ろう。話は部屋で」

 

「…はい」

 

 

 俺は気づいておかないといけなかったんだ。俺を好いてくれているリサがあの調子なんだから、あの後ろくに会えていなかった紗夜がどんな状態になっているのかを。そしてそれは日菜も同じなんだ。

 

 

(この姉妹はどっちも隠したがるんだった。俺はほんとに)

 

 

──ダメな男だ

 




思いつきで出した子供たちが話を食べてしまいました。
あ、今回は先に宣言しておきます。夕方に本日2つ目の投稿があります。


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9話

全然お客さんが来ないから赤字になってる24時間営業の店で深夜バイト(副業)してる僕の心境
「客が来ないなら店開ける意味なくね?閉めて電気やらガスやら切ってる方が赤字抑えれるんじゃね?帰って寝たい」



 外で出会った紗夜も一緒に病院の売店に行き、今日のおやつをみんなに買った。宮井さんへのお土産も選び、一番になったショウタには追加で買ってあげたのだが、ショウタは大きめのお菓子を頼んできた。「これならみんなで食べれるよね!」とのこと。優しい子だな。

 

 

「お姉ちゃんのお名前は?……あ、私はミカです」

 

「ミカちゃんですか。礼儀正しい子なのですね。私は氷川紗夜と言います」

 

「えっと、紗夜お姉ちゃん?」

 

「ふふっ、好きに呼んでくれていいですよ」

 

「じゃあ紗夜お姉ちゃん!」

 

「アイも紗夜お姉ちゃんってよぶー!えっと、はじめましてー。アイはアイっていいます!」

 

「はい。よろしくお願いしますねアイちゃん」

 

「うん!」

 

 

 女子同士だと仲良くなるのが早いな。年齢差があるからなのか紗夜もいつもより雰囲気が柔らかい気がするし、二人も懐きやすいのだろう。それに対して男子はというと、

 

 

「「……」」

 

「何固まってんだよ」

 

「雄弥くんこの子たちは?」

 

「自己紹介ぐらい自分でできるだろ?」

 

「は、はい。ケンって言います!よ、よよろしくお願いします氷川さん!」

 

「ぼ僕はショウタっていいましゅ」

 

「ガッチガチだな。売店行ってたときはそうでもなかったくせに」

 

 

 しかもショウタなんてかんでるし。なんでそこまで緊張してるんだ?別に紗夜は芸能人でもなければ有名人ってわけでもないぞ。

 ガッチガチになっている二人に対しても紗夜は、柔らかい雰囲気のまま接した。どうやら年下にはこういう雰囲気になるらしい。…あこに対しては別だが。

 

 

「こちらこそよろしくお願いします。ショウタくん、ケンくん。雄弥くんの相手をしてくださってありがとうございます」

 

「待て紗夜。なんかおかしくないか?」

 

「え?何がですか?おおかた暇だから出歩いて、その時に出会った彼らと一緒に遊ぶようになった。といったところでしょう?」

 

「紗夜、監視カメラでも仕掛けてるのか?」

 

「何を馬鹿なことを…。雄弥くんは予想しやすくなっただけですよ」

 

「それで的中させるのか…」

 

 

 いつもならこれで話は流れるのだが、今日はそうならなかった。子供たちがこのやり取りにツッコんでくるからだ。

 

 

「氷川さんすげー!もしかしてエスパーってやつ?」

 

「何言ってるのショウタ。紗夜お姉ちゃんがエスパーなわけないじゃん」

 

「ミカちゃんの言うとおりですよ。私は「お兄ちゃんの彼女ですよね?」……はい?」

 

「えぇ!?雄弥さん彼女いたんですか?…あ、でも雄弥さんなら彼女いてもおかしくないですね」

 

「お兄ちゃんの彼女さんってことはー、お兄ちゃんと紗夜お姉ちゃんはパパとママになるの?」

 

「なっ……!なりませんよ!そもそも私達は付き合ってません!従って私は雄弥くんの彼女ではありません!」

 

「えぇーー」

 

「アイはお似合いだと思うよー?」

 

「えぇーーではありません。…雄弥くんからも言ってあげてください」

 

「……そう、だな。…俺と紗夜はそういう関係じゃない」

 

「…雄弥くん?」

 

 

 俺と紗夜は決してそういう関係じゃない。リサとの関係ならゆくゆくはそうなっていくんだろう。それだけの覚悟はある。そうだというのに、なぜ俺はこの子たちの言葉を強く否定できないんだ…。この引っかかりはいったい何だっていうんだ。

 その後の追及を俺はのらりくらりとかわして、紗夜はハッキリと否定していた。俺がハッキリ否定しないせいだろうな。ミカとアイはなかなか納得してくれなかった。ケンとショウタは俺が一回違うと言ったら違うのだと納得してくれた。アイが同室のばあちゃんに呼ばれたことでその話は終わり、俺たちもそれぞれの部屋に戻ることになった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「……雄弥くんはなぜハッキリと否定しなかったの?」

 

「…紗夜?」

 

「雄弥くんがハッキリと否定すれば、あの子たちもすぐに納得したはずなのに」

 

「そうだろうな…」

 

 

 自分の病室に戻ると俺はベッドへ、紗夜は椅子に座った。別にベッドじゃなくてよかったんだが、紗夜に強く言われたからおとなしくベッドに座った。

 

 

「今井さんの様子を見れば私でもわかるのよ?」

 

「っ!!それは…」

 

「だからこそさっき雄弥くんが言葉を濁したのが許せないわ」

 

「許せない?」

 

「ええ。私だけじゃない。今井さんに対しても日菜に対してもあなたのさっきの態度は失礼よ」

 

「……そうだな。俺は最低なことをしてるな」

 

「分かっているのなら……ハッキリと否定してちょうだい。…私が諦められるようにしてよ」

 

「紗夜…」

 

 

 ああ、そうか。そういうことなのか(・・・・・・・・・)。なんで引っかかってたのかがやっと分かった。いや、やっと向き合えたと言うべきか。仮にここまで分かっていて『向き合え』と言っていたのなら、花音はとんでもない女の子だな。

 

 

「紗夜はあの頃の生活どうだった?」

 

「あの頃?」

 

「俺が日菜と出会って、そのまましばらく氷川家にいた頃だよ」

 

「…そうね。初めは何を馬鹿なことをって思ったわね。でも雄弥くんが帰る場所がないと言う以上私も受け入れなくてはって思ったわ。けど日菜が楽しそうに雄弥くんと話してるのを見て、私もすぐにそこに混ざりたくなったわね」

 

「そうだったな。日菜とずっと喋ってて、日菜が風呂に行ったときに急に紗夜が話しかけてきたんだったな」

 

「ええ。お父さんやお母さんとも話してなかったからちょうど良いと思ったのよ。それで雄弥くんのことがある程度わかった。その後はちょっと大変だったわね。日菜が雄弥くんと私が二人でいるのを嫌がってたもの」

 

「日菜に腕を掴まれてそのまま部屋に連行されたからな。なんであんな行動したのかは、今でもよくわからないんだけどな」

 

「はぁー。そこは理解してちょうだい。…まぁ今は置いとくとして、結局その日は私と雄弥くんの会話はなくなったわね。次の日になったら解決してたけど、雄弥くんが説得してくれたのかしら?」

 

「説得なんかしてない。なんで会話したらダメなのか聞いたら『嫌なものは嫌なの!』って言われて、その後その話はなくなったからな。日菜が自分で折り合いをつけたんだろ。日菜って紗夜のこと大好きって公言してるわけだしな」

 

「……そうね。あの子は私と同じことをしたがるもの。それで雄弥くんにはいっぱい迷惑をかけたわね。私達の問題なのに」

 

「迷惑でもないさ。あの頃は別に紗夜もまだ日菜から距離を取ってなかったからな。なんども相談を受けたってだけだろ?」

 

「…それでもよ。…私もきっと日菜も助けられたと思ってるわ。雄弥くんがいなかったら私と日菜はもっと関係が酷くなってたわ」

 

「紗夜が思ってるほどは悪くなってない気がするぞ。日菜は紗夜が大好きなわけだし、紗夜も日菜のこと好きだろ?」

 

「なっ!」

 

 

 図星、なんだろうな。ほんのりと赤面して顔をそらしてるけど、否定はしてこないんだし。俺は人のことを言えないと思うが、紗夜も紗夜で不器用だよな。

 

 

「俺はな…。あの生活が楽しかったんだよ。もちろん今の生活だって楽しい。どっちの方が上ってわけでもない。ただ氷川家にいた時も楽しかった。紗夜と日菜がいたから」

 

「…そういうことを言うから私も日菜も諦められないのよ」

 

「でも事実なんだ。二人に出会えてよかったってそう思えるんだよ」

 

「…雄弥くん」

 

「けどこれじゃあ駄目なんだよな?このままじゃあ誰も前に進めないんだよな?」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 できればそこは聞かずにいてほしかったのだれけど、雄弥くんなら仕方ないわね。こういうのが分からない人だもの。

 

 

「そうね。言葉で言ってくれないと駄目ね」

 

「…俺は二人を傷つけてばっかだな。貰うだけもらって何も返せない」

 

「そんなことないわ。日菜のことは日菜に聞いてもらわないと分からないけれど、少なくとも私はたくさん貰ってるわ」

 

「なにか返せたことあったか?なかっただろ」

 

「あったわよ。返してもらっただけじゃない。私だって雄弥くんからたくさん貰ったわ。言葉では表しにくい、雄弥くんが理解しにくい心の面でね」

 

「…そうならたしかに俺は返せたと思えないな」

 

「ふふっ、だから気にやまなくていいの。忘れられないというのなら心の奥にしまいこんで。完璧な人なんていないのよ。誰だって何かしら抱えて生きていくんだから、雄弥くんもそうしたらいいのよ」

 

「抱えて…生きていく、か」

 

 

 そう。抱えて生きていくしかない。教えるように言ってるけど、これは私に言い聞かせてることでもある。…きっとあの頃に仲良くなり過ぎたのね。

 雄弥くんが伏せていた顔を上げた。なにか決意したような表情をしている。私も向き合わなくては、辛そうにしながらも私を真っ直ぐに見てくれているのだから。

 

 

「紗夜」

 

「はい」

 

「俺は本当にあの時の生活が楽しかったし、好きだった。友希那やリサといる時とはまた違う。別の家族の形だった」

 

「ええ。私たちと彼女たちは違うものね」

 

「当然、だよな。前に入院してる時にリサと友希那に出会って、そのまま湊家に引き取られた。友希那とはそれで家族になったし、つきっきりでいてくれたリサも家族みたいな感覚だった」

 

「…彼女の距離の縮め方ならそう思っても仕方ないわね」

 

「だからさ、そういう意味で異性の子(家族じゃない女の子)と仲良くなったのって紗夜と日菜が初めてなんだよ」

 

「……学校の女の子は違ったのですか?」

 

 

 きっとこれは聞かない方がいいことなんだ。

 

 聞いてしまったら…、だけど雄弥くんは止まらない。私も止めることはできない。

 

 

「違った。何がとはうまく言えないが、学校の子たちとはたしかに違ったんだ」

 

「そう、ですか…」

 

「恋ってなんなのか、恋愛がなんなのか理解して、今日紗夜と会ってわかったんだ」

 

 

 

「俺はあの時、紗夜と日菜に惹かれてたんだ。紗夜のことも日菜のことも異性として好きだったんだって、今になってわかった」

 

 

 

 あぁ、私たちが惹かれていったのと同じだったのね。日菜にとっては初めて自分を理解してくれる人。

 

 私としても彼は初めての人だった。ずっと日菜の前にいようと頑張っていたから私は必然と誰よりも厳しく生活していた。誰にも弱音をはかず、誰とも一定の距離をとった。だけど彼の前では違った。出会いが唐突過ぎたから距離を掴んだ時には周りより近い距離だった。家族とも学校の人たちとも違う彼だけとの距離。

 それがとても心地良かった。今までにはなかったその距離での付き合いは、私に安らぎを与えてくれた。

 彼になら気をはらなくてよかった。彼になら何でも打ち明けられた。彼になら頼ることができた。彼になら弱音をはくことができた。彼にならありのままの自分を見せれた。

 

 だから私は彼に惹かれていって、出会って一ヶ月も経たずに恋に落ちた。

 

 

「ズルいわ…。あなたは……ほんとうに…ズルい人よ」

 

「…ごめん」

 

「わたし、だって…あの時から……好きだったのに…。日菜が…無自覚に雄弥くんを好きになっていたから……がまん…して…言わなかったのに」

 

「ごめん」

 

「雄弥くん…。今度こそ……返事して」

 

「……ああ。……わかっ、てる」

 

「…もう、なんで雄弥くんが…泣きそうになってるの」

 

「……うるさい」

 

 

 ほんとうに…不器用な人。誰よりも無関心で、誰よりも周りを見てこなかったくせに。誰よりも優しいんだから。

 

 ここでそんな顔されたら、後悔しちゃうじゃない。あの時に気持ちを伝えていればって思っちゃうじゃない。

 

 

「雄弥くん、あなたのことが好きです」

 

「…あり、がとう。……けど、…ごめん。……さよの…気持ちには……こたえれない。……リサを…うらぎれないから。リサが…大切だから」

 

「ふふっ、今井さんが……羨ましいわね。ありがとう雄弥くん。答えてくれて」

 

「これで、答えなかったら…最低な人間…だからな」

 

「そうね。……雄弥くん、あなたのことが好きでした(・・・)

 

「ああ。…俺も紗夜のことが、好きだった(・・・)

 

(これで、…いいのよ。これで)

 

〜〜〜〜〜

 

 

 私は病室を出て病院の外にあるベンチに座り込んだ。座り込んで顔を手で隠した。涙を堪えていたらそっと私の頭は包まれた。彼が追いかけてきたのなら怒ろうと思って顔を上げたら、そこには湊さんがいた。

 

 

「みなと、さん…?」

 

「紗夜、我慢しなくていいのよ。泣きたい時には泣きなさい。リーダーである私が、同じ姉である私が受け止めてあげるわ」

 

「みなとさん。わたし…わたし…」

 

「ええ。頑張ったわね。あなたはよく頑張ったわ。日菜を慰められるようにするために日菜より先に来たのでしょう?…雄弥の前でも泣かなかったようだし、あなたは本当によく頑張ったわ。だからここで全てはき出しなさい」

 

「ぁ…」

 

 

 彼女の言葉に、彼女の温かさに私の心は限界を迎えた。湊さんに抱きついて気持ちのすべてをさらけ出した。人目も憚らずに、いつもの壁をなくして、涙を流し続けた。その全てを湊さんは優しく受け止めてくれた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「………ふぅー。…くそっ、ほんと恋って辛いな。……そう思いませんか?先生」

 

「…一応断っておくけど、ついさっき来たところだからね?」

 

「知ってますよ。紗夜が出ていってから5分後くらいに来て、俺が落ち着くの待ってたんでしょ?」

 

「そうだね。僕が来た時には君一人だったわけで、なぜか泣いてたからとりあえず待ってました」

 

「それで、来たということは研究が進んだということですよね。…使えないものだったでしょ?」

 

「……そう、だね。論文を出しても否定されるものだったよ」

 

「でしょうね。だって、寿命と引き換えに(・・・・・・・・)傷を塞ぐんですから」

 

「しかも怪我の程度に関係ないときた」

 

 

 そう関係ないんだ。まぁ、削れる寿命の数は変わるんだが、常人でも二日で治るようなものにも作用して、寿命を削るんだ。こんなものを医術には応用できない。入院するほどの怪我だけ作用する、なんてことができないんだ。研究を続けたらできるかもしれないが、可能性は限りなく低いし、周りから白い目で見られるだろう。

 

 

「…君のお姉さんが来ていたよ。どうやら彼女は気づいていたんだね」

 

「家族ですからね。膝を擦りむいても次の日には治っているのを見ていたら疑うでしょ」

 

「このことを今井さんは?」

 

「リサは知りませんよ。リサにだけは怪我をしてもそれ自体隠してましたから。知ってるのは結花を除いた湊家とAugenblickのメンバーですね。まぁ代償が寿命ってのは知らないでしょうけどね。……まさか友希那はそれを聞きに来たんですか?」

 

「そうだね。聞かれたよ。僕自身これが判明した時にはご家族に話すべきか悩んでいたから、話してしまったよ」

 

「……そうですか。もう誰にも言わないでくださいね。特にリサには」

 

「君がそう言うのならそうしよう。ご家族は知るわけだしね」

 

(まぁ疾斗とマネージャーあたりは知ってるんだろうな。わざわざ俺を監視してたわけだし)

 

 友希那に知られたのは別にいい。友希那なら言いふらすこともないし、言う相手も父さんと母さんだけだろう。これ以上は知られることはない。

 

 

「君は今回の怪我でも異常な程の回復力をみせた。もしかして速さを変えられるのかい?」

 

「先生は着眼点が良いですね。変えられますよ。といっても速くできるだけで、常人の速度に落とすことはできません」

 

「そうなのか…。そしてそれはさらに寿命を削ることでできる。そうだね?」

 

「当たりです」

 

「そうか…君は今まででどれだけの寿命を削ったんだい?」

 

「そうですね…まあだいたいですけど──」

 

 

 困ったな。どう考えてもリサを残して先に逝くことになる。最後の最後に泣かせるのは、………嫌なんだけどな。

 

 

 

 




中学生時代の話は…うーん、書くときがくるのかな?こない気がする。


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10話

 紗夜をふったあの日、実は先生と入れ替わるようにリサが来ていた。わざわざ面会時間ギリギリに弁当を持ってきてくれたようだ。話を聞かれたかとギョッとしたが、息を切らしていたことから聞かれてはいないのだろう。先生と真剣な顔をしていたのを見て、キョトンとしていたのがその証拠だ。リサはこういう時素直になるからわかりやすい。

 

 ただ俺が泣いていたことは見破られた。目が赤いから簡単にわかったらしい。そりゃあわかるか。話すことを渋ったらなんで泣いていたのかを言い当てられた。俺はもうリサに隠し事ができる気がしない。

 

 

「リサのことが好きなのに、他の子をふるときに泣いたのはきっと駄目なんだろうな。紗夜にも言われたし」

 

「一般論で言ったらそうなんだろうね。けど、雄弥がそういうの気にする必要ないと思うよ。アタシはそれだけ雄弥が優しい心を持ってる証拠だと思うし、むしろそういう雄弥だからこそ好きなわけだしね」

 

「…リサって俺の人間性を全肯定するよな」

 

「あはは、まぁね〜♪…雄弥と一緒だよ。雄弥がアタシの全部を受け入れてくれるから、アタシがマイナスに思ってることも好きだって言ってくれるから、だからアタシも雄弥のことを全部受け入れられるんだよ♪」

 

「ありがとう」 

 

「どういたしまして〜♪」

 

 

 こんな感じでリサに慰められたわけだ。

 なんとか気持ちを前に向けようと思っていたんだがな。この週末は俺の気持ちが動転しまくることが確定した。

 

 

 今日は日菜が来るらしい。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 昨日お姉ちゃんが帰って来た時、ちょっと目が赤かった。けど、どこかスッキリしたしたような、何かを超えられたような顔をしてた。お姉ちゃんのそういう顔って見ててるんっ♪てする。…いつもなら。

 だけど昨日はるんっ♪てならなかった。お姉ちゃんを見て全部わかったから。ユウくんとリサちーの関係が確かなものになったっんだってわかった。…こういう形で知りたくはなかった。だけど仕方ないよね。あたしが順番最後になっちゃったんだから。

 

 

「…わかってたことだし、そうなるようにアタシも動いたわけだけど。…やっぱり辛いな〜」

 

「?日菜ちゃん?」

 

「あれ?彩ちゃんどうしたの?花音ちゃんみたいに迷子?」

 

「迷子じゃないよ!…私は雄弥くんのお見舞いに行くんだけど、日菜ちゃんも?」

 

「そうだよ〜!それにしても彩ちゃんってまだ行ってなかったんだ。てっきりすぐに行ってるかと思ったよ〜。彩ちゃん暇そうだし」

 

「日菜ちゃん酷いよ!…たしかにみんなみたいにお仕事あるわけじゃないけどさ、その分レッスン頑張ってたの!」

 

「けどあんま集中できてないって言われてたような…」

 

「うぐっ。…雄弥くんのことが気になって。手術は成功したし、本人も元気そうにしてたけどやっぱり心配だし」

 

「ふ〜ん」

 

 

 そういえば彩ちゃんってアタシとお姉ちゃんよりもユウくんと付き合いが長いんだっけ。ユウくんの方が先にAugenblickのメンバーとして集められてて、その後に彩ちゃんが研究生として入った、とかだった気がする。…聞いてみよ。

 

 

「それで合ってるよ。雄弥くんたちがデビューライブに向けて猛練習してる頃に入ったんだー。あの頃のAugenblickって凄い必死だったんだよ?今じゃあ想像できないぐらいに」

 

「たしかに想像できないな〜。ユウくんが必至になってるとこってアタシも見たことないや」

 

「雄弥くんは焦りとかは見てても無さそうだったんだけどね。けど、集中力がすっごくてね、見てるだけでこっちもやる気になるんだよ!」

 

「へ〜、あたしも見てみたいな〜。ってか彩ちゃんやっぱりユウくんのこと好きなんじゃないの?」

 

「ええっ!?それは違うってば!…なんていうのかな〜。雄弥くんのことは好きだけど、憧れに近いんだよ」

 

「彩ちゃんの憧れはあゆみさんでしょ?」

 

「あゆみさんも憧れなんだけど、雄弥くんも憧れだよ。頼りがいがある人って格好いいでしょ?」

 

「それはわかるけどさ〜。彩ちゃんが頼りがいある人になる、っていうのは想像できないや」

 

「えー!」

 

 

 だって彩ちゃんだよ?ユウくんは何でもできる、みたいなイメージがあるけど、彩ちゃんのイメージは正反対だし。

 そういえばあたしってユウくんのことってあんま知ってないんだね。ユウくんと思考が近いから知ってる気でいたけど、知らないことのほうが多いや。彩ちゃんから聞くのも限界があるし、……リサちーたちに聞けばいいのかな。ユウくんってあんま自分のこと話してくれないから。

 

 

「彩ちゃんって入りたての頃にユウくんと仲良くなったの?その時のユウくんってたぶん話しかけづらい雰囲気だよね?」

 

「う、うん。…あの時はたしかに話しかけづらかったよ。だから最初はあたしから話しかけたわけじゃないんだ」

 

「え、ユウくんから話しかけたの?」

 

「そうだよ。あたしもビックリしちゃった。…なかなか上手くできなくて泣いてた時に声をかけてくれたんだ〜」

 

「あ〜、彩ちゃんってすぐ泣くもんね」

 

「それは言わないでよ!…とにかく、その時に話を聞いてくれて、練習を見てくれたりもしたんだ。それで雄弥くんの印象が変わったよ」

 

「なるほどね〜。ユウくんの気持ちもわかるな〜」

 

「なんで?」

 

「ほら、ユウくんってなんでもできるって分類の人じゃん?友希那ちゃんも歌がうまくて、リサちーだって練習したら着実に成長する。けど、彩ちゃんは練習しても同じミスを何回もする。だから興味持ったんだよ」

 

「きょ、興味だなんて…。そんな…」

 

「あ、そっち(・・・)じゃないからね?」

 

「だ、だよね!うん、もちろんわかってたよ?」

 

「ほんとかな〜?」

 

「ホントだよ!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 彩ちゃんと一緒にユウくんの病室に向かう。ちゃんとユウくんの名前が書かれてることを確認して、あたしはいつも通り突入した。

 

 

「ユウくんやっほー!あたしだよ〜!」

 

「日菜ちゃん!病院は静かにしないと!」

 

「そんな入り方してきたこと今までなかっただろ」

 

「お姉ちゃんたちだぁれ?」

 

「あー!昨日の紗夜お姉ちゃんに似てるー!」

 

「へ?」

 

「ユウくん、この子たちは?」

 

 

 部屋に入ったら子どもたちに囲まれてるユウくんがいた。見たら簡単にわかるぐらいにユウくんはこの子たちに懐かれてた。

 女の子二人が言うにはどうやらお姉ちゃんもこの子たちに会ったらしい。…それにしてもお姉ちゃんに似てる、か〜。嬉しいこと言ってくれるね〜♪

 

 

「あたしは紗夜お姉ちゃんの妹の氷川日菜だよ♪よろしくね、ギュイーン!」

 

「あ、日菜ちゃんのそれ久々に聞いた。…えっと、私は日菜ちゃんと雄弥くんのお友達の丸山彩だよ。よろしくね?」

 

「紗夜お姉ちゃんはお友達じゃないの?」

 

「もちろん紗夜ちゃんともお友達だよ。クラスも一緒なんだよ!」

 

「いいなー。お姉ちゃんたちも可愛い!」

 

「あはは。ありがとう!君たちも負けてないよ〜」

 

「ほんとー?」

 

「ほんとほんと!」

 

 

 この子たちってみんな素直だね〜。なんかこっちまで明るくなってきた!

 この子たちにも自己紹介してもらって、何をしてたのか教えてもらった。最近はユウくんと一緒に散歩してたらしいんだけど、今日ユウくんは病室にいないといけないらしい。なんか先生に話があるって言われたんだって。だけど先生も忙しいからいつ時間作れるか分からないらしくて、ユウくんが待機することになったんだとか。

 

 

「それで今トランプしてるんだ?」

 

「そういうこと。二人も混ざるか?」

 

「やるやるー!彩ちゃんもやろうよ!」

 

「うん。いいよ!」

 

「となると、7人か。二組ぐらいペアを作るか」

 

「じゃあ、あたしはユウくんと組む!」

 

「いやいや日菜ちゃん、その組み方はおかしいからね!?」

 

「ええー」

 

「私は日菜お姉ちゃんと一緒にしてみたい。…駄目?」

 

「そうなの?それならあたしとミカちゃんがペアね!」

 

 

 う〜ん♪こんなちっちゃい子に一緒が良いって言われるとるんっ!てしてキューーンってなるね!この子のためにも本気出しちゃおっかな〜。

 一番年下のアイちゃんがユウくんとペアを組んで、彩ちゃん、ケンくん、ショウタくんが一人でやることになった。

 

 

「彩ちゃんが一番弱そうだよね〜」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「え、彩ちゃん本気でやるの?」

 

「そこは様子見てやるよぉ」

 

「彩はそんな器用じゃないだろ。本気でやれ」

 

「雄弥くん!?」

 

「お兄ちゃん、彩ちゃんって下手っぴさんなの?」

 

「やってみたらすぐにわかるぞ」

 

「ぐさっ、…うぅ、やる前から散々な言われようだよ。こうなったら私の凄いとこ見せるんだから!」

 

 

 なーんてこと言って、彩ちゃんはメラメラとやる気を出した。年下相手だっていうのに真剣な顔するんだもん。あたしでも大人気ないって思ったよ。最初はね。

 

 

「うぅー。かてない…」

 

「彩ちゃんってやっぱり彩ちゃんだよね!それでこそだよ!」

 

 

 簡単なババ抜きとか7並べとかでも最下位って彩ちゃんは凄いね。大富豪でも絶対に大貧民なるし。これって彩ちゃんの才能かな?

 

 

「彩さん。元気出してください」

 

「その優しさがトドメだよ…」

 

「兄ちゃん。僕年上の人にかわいそうって思ったの初めてだよ」

 

「アイも」

 

「この子たちの純粋な言葉が辛い!」

 

「…はぁ。悪かったな、彩」

 

「へ?なんで謝るの?」

 

「…やっぱりユウくんがコントロールしてたんだ」

 

「コントロール?どうゆうこと?」

 

「流れからして彩ちゃんを最下位にしたら盛り上がるって思ったんでしょ?」

 

「日菜には筒抜けか。7並べとか大富豪の時は彩の妨害してただけだ」

 

「酷いよ雄弥くん!」

 

「ババ抜きは彩の実力だぞ?」

 

「……ぐすん

 

「あーあ、ユウくんが彩ちゃん泣かせたー。これはリサちーに報告かな?」

 

「勘弁してくれ。ごめんな彩。彩はメンタル強いから大丈夫だと思ったんだ」

 

「…退院したら一日付き合って」

 

「わかった」

 

 

 これって伝え方次第じゃユウくんがこっぴどくリサちーに説教されそうだよね。友希那ちゃんとか結花ちゃんに同じ言い方してもなんか見破られそうだけど。

 

 

「失礼するよ……改めて来たほうがいいかな?」

 

「今でいいですよ先生。それで、俺の退院(・・・・)はいつになりますか?」

 

「え?退院?兄ちゃんもう退院すんの!?」

 

「アイもっとお兄ちゃんといたい!」

 

「こらこら二人とも、退院するのはいい事なんだから。雄弥さんを困らせちゃだめだよ」

 

「でも…」

 

「ははっ、湊くんは随分と懐かれているね。…ありがとう、君のおかげで他の患者さん達も元気になった人が多いよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 ユウくんのおかげで?…うーん、ユウくんが直接動くことって滅多にない気がするんだけどなー。しかも先生の言い方からしてその患者さんの数は多そうだし、なおさらよくわからないや。

 

 

「俺は何もしてませんよ?」

 

「そうでもないさ。まず、ここにいる子達と同じ病室の人達が元気を貰えてるって言っているんだよ。しかもその人達と仲がいい患者さん達も同様にね。それだけじゃない、君たちが楽しそうに散歩しているのを見た人達も同じように外に出るようになったんだ。今まで塞ぎ込んでた人も影響された。ここまで活気づくとは思ってなかったけど、実際にそうなった。ありがとう」

 

「…それでも俺は何もしてませんよ。全部その人達自身がやったことです。礼を言われるようなことじゃないです」

 

「ユウくんらしいね。それでそれで!ユウくんはいつ退院できるのー?」

 

「早くて3日後、遅くても4日後には退院だね。その後の経過観測は必要だから、何度かは病院に来てもらうけど」

 

「はやっ!」

 

「よし、ライブには間に合うな」

 

「ライブ?お兄ちゃんライブするの?」

 

「するぞ。みんなにもチケットあげるから家族と一緒に見に来たらいい」

 

「ほんと!?やったー!」

 

 

 さっきから思ってたけどユウくんって年下の子たちの面倒見がいいよね。これがユウくんの素なのかな?

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 先生との話が終わったら子どもたちも部屋に戻っていった。みんなライブを楽しみにしてるって、笑顔で言ってた。ああいう笑顔って元気もらえるよね。あー、だから他の患者さんも元気になるんだね。

 

 

「…彩ちゃん、ちょっと外に出といてもらっていい?」

 

「日菜ちゃん?……、ついでに飲み物買ってくるね」

 

「ありがとう…」

 

 

 さすがの彩ちゃんにも気づかれるか〜。けど、気づかれた方がよかったのかもしれない。聞かれたくないからね。

 

 

「ユウくんはさ。答えが出たんだよね?」

 

「……ああ。おかげさまでな」

 

「そっか。…じゃあ聞かせてもらわないとね?」

 

「そういう約束…だったもんな」

 

「…あはは、…お姉ちゃんにも言われてると思うけど。…ユウくん、そんな顔しないでよ」

 

「…ごめん。…ふぅー。……日菜」

 

「うん」

 

「俺はリサのことが好きだ。リサしか愛せない。…だから、…日菜の気持ちには答えれない」

 

「うん。知ってたよ…。……しってた、ユウくんと再会して…リサちーと…一緒にいるとこ見て、二人の様子でわかった。…ユウくんもリサちーも…お互いに相手のことが好きなんだって」

 

「……日菜」

 

「けどあたしは諦められなかった。…あたしがユウくんのこと好きってわかったのが…ユウくんがいなくなってからだったから。…だから答えがわかってても…ユウくんを…」

 

「……」

 

「今も諦めてないけどね!」

 

「…は?」

 

「あたしをなめないでほしいな〜。あたしは今まで欲しいがままにしてきた日菜ちゃんだよ?…ユウくんのことだって好きでい続ける。この気持ちはどうしても無くならないから。だから、ユウくんは気をつけないといけないよ?リサちーとの間に隙間ができたらあたしが割って入るからね?」

 

「そんなことにはならない。絶対にな」

 

「ふふーん。そこは二人次第だね。…それじゃああたしは彩ちゃん回収して帰るね〜。ライブ、楽しみにしてるよ?」

 

「ああ。最高のライブを見せてやるよ」

 

(…俺の…ばかやろう。…結局最後まで日菜に甘えてんじゃねぇか)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「彩ちゃん見ーっけ!」

 

「おかえり日菜ちゃん。…もう我慢しなくていいよ?」

 

「っ!?…なんのことかな〜?」

 

「いつもは分からないけど、今日はわかる。日菜ちゃん泣くの我慢してる」

 

「そんなこと……ないよ」

 

「日菜ちゃん」

 

「……ぁ」

 

 

 彩ちゃんはぎゅってあたしを包んでくれた。いつもは頼りないのに、いつもトチってるくせに。なんでこんなに彩ちゃんが大きく見えるんだろ。彩ちゃんのばか。彩ちゃんの……ばか。…彩ちゃんにこんなことされたら…。

 

 

「うっ、うぅー」

 

「よしよし。今日ぐらいは私を頼って?」

 

「あやちゃん、あやちゃん!あたし…あたしは!」

 

「うん。全部言っちゃって?」

 

 

 いっつも頼りないはずのあたし達のリーダーが、この時はとっても頼りがいがある感じがした。疾斗くんや友希那ちゃんみたいな引っ張っていくタイプの頼りがいじゃなくて、リサちーやそれこそユウくんみたいな…寄り添うタイプの頼りがい。好きな人と同じタイプの彩ちゃんに、あたしの我慢は限界を迎えて泣いて泣いて全部さらけ出した。

 

 家に帰ってからお姉ちゃんから話を聞き出した。そしてユウくんの初恋があたし達だったってことを知った。

 

 ほんとにユウくんのバカ。

 

 

 




紗夜の後に日菜ってことは決めてたんです。ただ…紗夜の話に気合い入れてたら日菜のことを書く時に大変困りました。その末生み出された話がこれです。
もっと想像力を働かせられたらー!(`;ω;´)


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11話

 

「退院おめでとう雄弥」

 

「ありがとう結花」

 

「ところでさ」

 

「うん?」

 

「退院してすぐに事務所来るのはどうかと思うよ?リサに会ってきなよ」

 

 

 退院当日に事務所に行って、自分の部屋を掃除していたら結花が部屋に入ってきた。結花の言い分もわからなくはないが、平日だからリサは学校だ。花咲川なら入れるかもしれないが、羽丘の方は教師陣との繋がりがないから入れない。

 

 

「リサには夜にでも会うつもりだ。ライブまであまり日もないし、遅れを取り戻す必要がある」

 

「それで戻ってきてまずは部屋の掃除か。…一応私が掃除してたんだけど、できてなかった?」

 

「いやできてるよ。おかげでやることはほとんど無い。今やってるのも荷物の整理ぐらいだ」

 

「そっか。それならよかった」

 

「結花も練習か?」

 

「うん。午前中は仕事だったけど、午後からは仕事入ってないし、練習するつもりだよ☆」

 

 

 復帰早々に音合わせができるのか。今回は新曲がないらしいから既存の曲の練習だけでいい。だから音合わせできるのは正直助かる。

 

 

「雄弥って曲作らないよね。作れないわけじゃないのにさ」

 

「まぁな。俺よりも上手いやつがいるんだから、俺がやる必要はないだろ?」

 

「分からなくはないけど、雄弥の曲って人気高いじゃん?曲作りしてもいいと思うんだけどな〜」

 

「あれは自分でもできすぎたと思ってる。もうあれレベルのは作れないぞ」

 

「そうかな〜?…あ!じゃあさ合作しようよ!」

 

「合作?」

 

「うん!私と雄弥の二人で歌詞と曲両方やるの!どう?」

 

「…考えとく」

 

「うん!」

 

 

 結花のやつあんな喜んでるってことは、絶対に受け取り方が違うだろ。作るかどうかを考えとくって意味で言ったのに、曲を考えとくって意味で受け取られた。…考えないといけないのか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ふっふーん☆こういう風に受け取っちゃえば雄弥も考えてくれるはず。友希那から雄弥のこと教えてもらっといてよかった〜。

 さてさて、どういう曲にしようっかな〜。せっかく雄弥と二人で作るわけだし、二人だから作れる曲にしたいよね!私たちだからこそ作れる、私たちだけの曲。考えるだけでもワクワクしてきた!

 

 

「結花練習しに行くぞ」

 

「あ、うん!」

 

(とりあえず新曲は次のライブではできないし、ひとまずは頭の片隅においとこっと)

 

「セットリストって聞いてるか?」

 

「まだだよ。半分くらいは決まってるけど、調整が難しいってさ〜。雄弥が退院してることも伏せとくらしいから、そこも演出として最大限利用できるライブにしたいんだって」

 

「また凝ったこと考えるんだな…。そうなると…」

 

「お?珍しく雄弥から提案?」

 

「…全員が集まった時に言う」

 

「ええー!気になる気になる!おーしーえーてーよー!今日は全員揃うわけじゃないじゃん!」

 

「いいだろ別に」

 

「気になるからだめ!教えて!」

 

 

 私が小学生みたいなダダをこねると、雄弥が面倒くさそうにし始めた。雄弥って最近ほんとわかりやすくなった気がする。慣れてきたのもあるけど、それだけじゃないはず。雄弥自身に感情が芽生えてるんだ。

 

 

「練習するぞ」

 

「えぇ!?結局教えてくれなの!?」

 

「だから全員揃ったときだって。明日には揃うはずだろ」

 

「我慢しないといけないの?」

 

「これくらいは我慢しろ」

 

「…はぁ。わかったよ。雄弥の頑固」

 

「はいはい」

 

 

 これじゃあ本当に私が子供みたいじゃん。自分でも思ってたけど。ま、いっか。明日になったらわかることなんだし、練習に集中しようっと。次のライブは大切なライブ。私がやっと本当の意味でAugenblickになれるライブで、みんなに感謝を込めるライブ。

 

 

「……そういえばさ、罰ゲームあるんだよね?」

 

「当たり前だろ。そう言ったからな」

 

「何やらされるかって…」

 

「教えないに決まってるだろ」

 

「だよね〜…あはははは、はぁ」

 

「別に他の奴らがやってる時ほどのハードルじゃないからそこは安心しろ。ある意味結花にしかできないようなやつを考えてる」

 

「それはそれで安心できないんだけど!?」

 

 

 なにその私しかできないやつって!それって結局ハードル高いやつだよね!?雄弥って絶対にできないようなやつはやらせないけど、結構キツイの考えてくるからな〜。私の初ライブの時のなんて優しいレベルだったし。

 どんな罰ゲームになるのか気になる思いを吹き飛ばすように練習に打ち込んだ。久々に聞く雄弥のベースの音は安心感を覚える。他のメンバーのベースとは違う、雄弥だけが出せる音。本当に遅れがあるのかってぐらい雄弥の演奏は精度が高かった。

 

 

「ふぅ、ちょっと休憩しよ?」

 

「……そうだな」

 

「そういやさ、雄弥とリサってあの時にお互いの気持ち伝えたわけじゃん?」

 

「いきなりだな…。まぁそうだがそれがどうした?」

 

「彼氏彼女になったわけだよね?」

 

「………そうだな?」

 

「うん?……もしかして雄弥リサを彼女って思ってない?」

 

「それはない。リサは彼女だ…」

 

「ダメだね〜。そんなんじゃダメダメだよ。リサに彼女になってくれって言ってないの?」

 

「言ってない」

 

「やっぱりね。雄弥ってこういうのちゃんと言葉にしないとはっきり認識できないでしょ?今はなぁなぁになってるだけ。私はそれよくないと思うね」

 

「そうなのか?リサと離れる気はサラサラないぞ?」

 

「でも認識薄いじゃん?リサを彼女だって断言できなかったし」

 

「むっ…そうだな」

 

「まったくもう。そんなわけで、雄弥は今すぐに羽丘に行ってくること。行ってきてリサと放課後デートすること!その時にちゃんとリサに彼女になってくださいって言うこと!いいね?」

 

「リサはRoseliaの練習が「私から友希那に言っとくから!」…だが「いいから行きなさい!じゃないとリサが泣くことになるよ!」わかったすぐに行く」

 

(なんでそんなベッタリなのに彼女って言い切れないのよ)

 

 

 まったく、なんて世話の焼ける子なんだか…。あれ?私って雄弥の妹ってことになるのかな?それともお姉ちゃん?…うーん、友希那に決めてもーらおっと☆

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 HRが終わって正門に行くと人だかりができてた。アタシ達Roseliaはいっつも練習の時は集合していくから、正直この人だかりには困った。すごい盛り上がってるから誰か有名人でも学校の前通って生徒に囲まれたのかなって思って覗いてみたらズッコケた。

 だってそこにいたのは、有名人と言えば有名人なんだけど、アタシの想い人で入院してるはずの雄弥がいたんだから。

 

 

「ちょっ、なんで雄弥がここにいるの!?」

 

「おっリサ、来たか。リサに用があったから来たんだが、大変なことになった」

 

「ツッコミどころが多すぎるんだけど…」

 

「リサってば湊くんと仲いいんだねー。もしかしてリサたち付き合ってるの?」

 

「へっ?それは…そのぉ」

 

「いや別に」

 

「「えっ?」」

 

 

 え?どうゆうこと?今までアタシが思い違いしてたってこと?雄弥はずっと言ってくれてたじゃん。あれはなんだったの?遊びだったっていうの?全部演技で本当は紗夜か日菜と…。

 アタシの頭でグルグル思考がおかしくなっていく。周りの声が聞こえなくなって、アタシの視界も暗くなりそうになったところで、アタシの手が引っ張られてることに気づいた。いつの間にかあの人だかりから出てて、正門からもどんどん離れていってる。

 

 

「雄弥?」

 

「今からデートするぞ。約束してただろ?俺が全部考えてデートするって」

 

「……いい」

 

「リサ?」

 

「そんなのいい!どうせアタシで遊ぶだけでしょ!?」

 

「何言って」

 

「だってそうでしょ!?さっきアタシとの関係否定してたじゃん!なんなの!?入院してる時はアタシのこと気遣ってずっと合わせてくれてただけなの!?」

 

「違う」

 

「嘘つかないでよ!もうアタシの心を弄ばないで!」

 

「リサ!」

 

「っ!!」

 

 

 バンド練に行こうと思って雄弥の手を振りほどこうとしたら逆に強く抱きしめられた。逃れようとしても力で抑えられて、叩こうと思ったけど腕ごと包まれてるから叩けない。いっそ大声を出そうかと思ったけどそれより先に雄弥が口を開いた。

 

 

「言い方が悪かった。ごめん。リサとの関係を遊びだなんて思ってない。本気だ」

 

「嘘だよ。だってさっき」

 

「嘘じゃない。結花に言われて気づいたんだ。俺はリサに気持ちを伝えただけだって」

 

「……どうゆうこと?アタシはそれだけでも十分伝わってたつもりだったんだよ?」

 

「リサはそうなんだろうけどな。…俺って馬鹿だからちゃんと言葉にしないと駄目だろ?」

 

「雄弥?何が言いたいの?」

 

「リサ、俺の彼女になってくれ」

 

(……そういうことか〜。あーなるほどね…。雄弥はたしかにしっかり言葉で言わないとわからない人だもんね!)

 

「…リサ?」

 

 

 アタシが俯いて表情を見せてなくて、無言でいるから雄弥が不安そうに名前を呼んだ。アタシは自分が早とちりしてたことと、雄弥が可愛らしいギャップを見せてきてることで口元が緩くなってた。きっと今すっごいニヤけてるんだろうね。こんなの見せられないや。だから──

 

 

「えいっ!」

 

「っ!?」

 

 

 ニヤケ顔を隠すために雄弥の唇を奪った。雄弥がびっくりしてたけど、それでもアタシのことを離さなかった。本当にもう、びっくりするようになったくせに冷静さは残すんだから。本当にあわてふためくとこ見てみたいよ。

 

 

「…ぷはっ。雄弥、アタシは喜んで雄弥の彼女になるよ♪アタシのこといっぱい幸せにしてね?」

 

「リサ…ありがとう。約束だ。絶対にリサのことを幸せにする」

 

「うん♪それで?今日はどこに連れてってくれるの?…って言いたいとこだけど、今日は練習があるんだよね〜」

 

「知ってる」

 

「だよね。アタシが教えたんだし、退院のことは聞いてなかったけど?」

 

 

 アタシがジト目でそのことを責めたら、雄弥は「言ってないからな」ってあっけからんと返してきた。教えてくれたっていいじゃん!教えてくれたら昨日のうちに食材を買って目一杯ご馳走を作ってあげたのに。

 

 

「あれ?友希那からだ」

 

「友希那からはなんて?」

 

「『雄弥とのデート楽しんできなさい。今日の分は後日二倍の練習で補うこと』だってさ。友希那には退院のこと言ってたの?」

 

「言ってないぞ。退院のこと知ってるのは、その時に来てた彩と日菜と両親だけだ。結花には事務所で会ったから、結花から友希那に連絡が言ったんだろ」

 

「ふーん?なんで伏せてたの?」

 

「ライブの演出のため。あんま情報が出回らないようにしてるんだよ」

 

「なるほどね〜、ってさっき思いっきり囲まれてたじゃん!」

 

「内緒にしてくれって言ったらみんな内緒にしてくれるって言ってたぞ?」

 

「…ちゃんと内緒にできるのかなー」

 

「そこは信じるしかないな」

 

 

 軽いなー。大事なライブの演出の効果が左右されるようなことなのに、すっごく軽い。ライブか〜、またチケット貰えたらいいけど…。

 

 

「チケットならまたあげるからな」

 

「心読んだの?」

 

「読んでない。…あーそうだ。病院で知り合った子供たちとその家族も呼ぶから大所帯になる。そうなると前までみたいに特別席用意できないから、その辺のことは燐子に言っといてくれ。なるべく配慮してもらうつもりではいるがな」

 

「うん、わかった。大所帯っていっても子供たちがいるなら燐子もそんなに困らないはずだから、安心して♪」

 

「そうであることを願う。今日の練習分は俺も付き合うぞ」

 

「え?いいよいいよ。雄弥はライブがあるわけだし、そっちの練習で忙しいでしょ?ただでさえ退院明けで遅れを取り戻さないといけないのに」

 

「それぐらいどうとでもできる。…俺がリサとベースを弾きたいんだ。駄目か?」

 

 

 ほんっとうに雄弥ってズルいよね。アタシがそうやって聞かれたら断るわけないじゃん!ただでさえこれから雄弥といられる時間が減っていくっていうのに、雄弥からの誘いをアタシが断るわけないよ。…さっきのデート断ろうとしたのはノーカンだからね!

 

 

「しょうがないな〜。雄弥がそう言うならアタシの練習に付き合ってもらおっかな。もちろん二人っきりでね♪」

 

「しょうがないって言いながら、だいぶ顔ニヤけてるぞ」

 

「えっ、いやいやそんなことないよ」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある」

 

「ない!」

 

「はぁ、わかった。それで今度俺がRoseliaの練習に顔を出せば「二人っきりでね♪」……わかった」

 

「よし!それじゃあ今からはデート楽しまないとね♪」

 

「上機嫌だな」

 

「もっちろん!正式にカップルになったんだから!」

 

「そうだな」

 

「エスコートよろしくね♪」

 

 

 アタシの腕を雄弥の腕に絡ませながら手は恋人繋ぎにする。自然と雄弥との距離が縮むことになる。アタシは今間違いなく幸せな女の子だ。

 

 




二人フッておきながら彼女の認識が薄いだねんてなんて野郎だ!
リサとの関係の変化を僕の言い方で表しますと、
"無自覚夫婦"→"自覚してベッタリなカップル"です。


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12話

7月25日FNSうたの夏まつりにRoseliaが出演決定だそうですね。
ヤッタ━━━( p゚∀゚)q━━━━!!



 アタシは今、片手で数えられるぐらいしかやったことがない放課後デートをしている。知り合いに見られたら恥ずかしいぐらいに雄弥にベッタリ甘えていて、すれ違うおばあさんに「あらまぁ、若いっていいわねぇ」なんて言われたりもした。

 

 

「そういえば雄弥ってアイドルなわけじゃん?」

 

「一応な」

 

「一応じゃないでしょ。…アタシ達今日から付き合うわけだけど、これってけっこうまずくない?」

 

「気にしなくていい。俺とリサがよく一緒にいることなんて知られてるし、うちの事務所はその辺だいぶ緩いからな」

 

「けどさ〜、…ほら熱狂的なファンからしたら受け入れられないじゃん?あたしだって雄弥が浮気したら許せないわけだし」

 

「浮気なんてしないからな。…ま、そこは受け入れてもらうしかないだろ。それに今は公言してるわけじゃないから。もし何かあったらすぐに言ってくれ、なんとかする」

 

「うわ〜、頼りになるね〜♪…ほんとに浮気はしないでね?芸能界って可愛い人とか美人な人が多いし、スキャンダルなんてわりと当たり前みたいな頻度でニュースになるしさ」

 

「だからしないって。俺がリサより好きになる人なんていない。リサしか目に入らないから」

 

「ふーん?紗夜と日菜は?」

 

「っ…。……今は違う」

 

「…ごめん、意地悪だったね」

 

「いや、俺がはっきりしてなかったのが悪いんだ。リサが謝る必要はない」

 

「でも…わわっ!」

 

 

 アタシが食い下がろうとしたら雄弥に頭を乱暴に撫でられた。乱暴に撫でられるのは初めてだからびっくりしちゃうよ。なんかこれはこれで嬉しいような……髪が乱れちゃうからやっぱダメだね。

 

 

「そういや、退院する時に宮井さんが『リサちゃんのクッキーをまた食べたい』って言ってたぞ」

 

「そうなの?今度お礼に持っていこっかな」

 

「お礼?」

 

「雄弥を視てくれてたお礼」

 

「リサはいつ俺の保護者になったんだよ…」

 

「保護者じゃなくて彼女!…です

 

「…恥ずかしがるのかよ」

 

「彼女になれたのは嬉しいんだけどさ。…なんというか、自分で言うのは恥ずかしい…かな」

 

 

 ほんのりと頬が上気してるんだろうな〜。なんか顔が熱いもん。雄弥がどこに連れてってくれるのか、それを気にしてたことも今は頭から抜け落ちてる。

 

 

「そうなのか?よくわからないが…。とりあえず宮井さんもライブに誘ったから、その時にクッキーを渡せばいい」

 

「そうなんだ!じゃあ宮井さんの分と、雄弥たちも分…というかせっかく作るんだから子供達の分も作るね♪」

 

「だいぶ作ることになるが、手伝おうか?」

 

「だーめ!差し入れなんだから雄弥が作ってちゃ意味ないでしょ」

 

「ならまた今度一緒に作るか」

 

「うん♪」

 

 

 雄弥と一緒にクッキー作りか〜。小学生の時以来だよね。あの時の雄弥って自分から何かすることなんて一切なかった。アタシとか友希那とかに言われてから行動してた。学校もそうだし、お風呂もにも言わないと行かなかった。食事も遊びも言わないと行わなかった。…きっとそういう風に教育されてたんだろうね。記憶がなくても体が覚えてたんだ。

 だからアタシと友希那はずっと一緒にいた。放っておいたらいなくなってしまう雄弥を失いたくなかったから。クッキー作りもその一環。

 そんな雄弥が自分から誘うようになったのは、やっぱ今年の春からだよね。Augenblickに入ってからは、消えていなくなりそうな印象は無くなった。アタシ達Roseliaが結成して、雄弥たちの後輩にあたるパスパレができて、結花が加入した。雄弥と繫がりがあった人達が雄弥の近くにいられるようになって、それから雄弥が変わった。

 

 

(アタシ一人じゃ雄弥はここまで変わらなかったよね。…たぶん一番雄弥を動かしたのは日菜だ。強引な日菜と、厳しさと優しさを兼ね備えてる紗夜が雄弥の意識を変えさせた。……むしろアタシは、何もできてない)

 

「リサ、ありがとう」

 

「へ?いきなりどうしたの?」

 

「言っときたい気分だったんだよ。実際リサには一番助けられてる。リサがいてくれたから今の俺があるんだ」

 

「…そんなことないよ。アタシがいなくたって、紗夜と日菜の二人だけでも雄弥は変われたはずだよ」

 

「たしかに変われたかもな。だがそれで今の俺と全く同じにはならないだろ」

 

「なんでそんなこと言い切れるの?実際に雄弥が変わったのって日菜がきっかけを作って、紗夜が雄弥を支えたからじゃないの?アタシができたことなんてなかったじゃん!」

 

「馬鹿だな」

 

「あたっ。…雄弥?」

 

 

 アタシの頭を小突いた雄弥は、呆れたようなけれどどこか寂しげな顔をしてた。雄弥がこんな感情を顕にしたことなんてあったっけ?少なくともアタシは知らない。

 

「紗夜と日菜に会ったのは、俺が湊家に引き取られて、アノことがあったからだ。その時の俺はリサと友希那の二人が全てだった。わかるか?二人の存在が俺を形作ってたんだ。湊家に戻ってからもリサはずっと側にいてくれて、友希那は距離を置いたけどそれでも支えてくれた。そのことがあるから今に繋がってるんだよ」

 

「アタシと、友希那が…?」

 

「そうだ。俺の根底なるものを作ってくれたのがリサと友希那なんだ。だからもしリサがいなかったら、例え湊家に引き取られて同じことがあって、それで同じように日菜に会って紗夜に会っても、今の俺にはならない」

 

「そう…なのかな。……アタシはそんな大した人間じゃないよ」

 

「俺にとってはリサはそれだけ大きい存在なんだ。暖かい優しさで時に包んでくれて、時に背中を押してくれてる。…それに言ったろ?リサのことが世界で一番好きだって。今じゃリサがいないと俺は生きていけないぞ」

 

「…よくそんな恥ずかしいことを臆面無く言えるよね。言われたアタシの方が恥ずかしいよ。…けど、雄弥の力になれてるならよかった」

 

「そんなリサへのお礼を今から買うぞ」

 

「へ?い、いいよお礼なんて!」

 

「もう店に着いた。諦めろ」

 

 

 雄弥の言うとおりいつの間にかお店についてた。外から見てもわかる。アタシが好きなアクセサリーショップだ。だけどアタシがいつも行くところとは違うお店で、中を見ても男子もそこそこいる。

 

 

「雄弥、なんでここ?」

 

「リサとペアルックの買うからだ。ここはそういうのが多いんだよ」

 

「へ?」

 

 

 ペアルック?今ペアルックって言った?ペアルックってあのペアルックだよね?雄弥が…アタシと?急にそんなこと言っちゃってほんとどうしちゃったの?こういう身につける系を嫌ってたくせに。

 

 

「付き合ったらこういうのって買うもんじゃないのか?」

 

「それはー、まぁ、うん。買う人たちもいるだろうけど。それは人それぞれだよ?結花に買ってこいって言われた?」

 

「失礼だな。結花からはデートしてこいって言われただけだぞ。まぁ誰からも影響受けてないってわけじゃないけどな」

 

「誰の影響?」

 

「羽丘行く途中にすれ違った見知らぬ男女」

 

「赤の他人じゃん!」

 

「そうだな。ま、でも一緒のってなんか良くないか?」

 

「…まぁ、アタシもお揃いは嬉しいし、買おっか!」

 

 

 一旦別れて、お互いに気に入ったやつがあればそれを相手に伝える。そういうふうに決めて、アタシはお店を右回りで、雄弥は左回りで見ることになった。

 イヤリング…はなんか違うな〜雄弥がつけてるとこなんて想像できないし。ネックレスとかだとペアのはそれなりにあるけど、雄弥が嫌がるだろうし…。うーん、指輪とか?……ゆびわ?…カップル……ゆびわ…………結婚?

 

 

(なしなしなしなし!何考えてんのアタシ!?さすがに結婚は気が早すぎるよ!付き合って初日に結婚指輪!?そりゃあ雄弥と結婚したいし、というかもう離れたくないから絶対に結婚してやるんだけど!けど、まだ早いよ!)

 

「お客様どうかされましたか?」

 

「ふぇ!?あぁいや大丈夫……で…す。男の…人…

 

「あの、お客様?」

 

「…ぁ、や……こないで……やめて…

 

「大丈夫ですか!?お客様!?」

 

 

 アタシが一人暴走してたからこの人も心配してくれただけ、頭ではそう分かってる。分かってるのに!

 アタシの心がこの人を拒む。目を強く瞑って、耳を塞いでしゃがみこむアタシに店員さんが近づいてきた。優しい人なら誰だって心配してそうする。だけどアタシにはそれが逆効果で…。

 

 

「おきゃくさ「リサに何してる」ま?」

 

「もう一度だけ聞く。リサに何してる」

 

「……ぁ、ゆう、や。……っ!雄弥だめ!その人は何も悪くないから!」

 

 

 雄弥がアタシと店員さんの間に割って入ったことで、アタシも落ち着くことができてすぐに雄弥を止めた。雄弥はあの事件の時と同じ怖い目をしてたけど、アタシの言葉を聞いたら店員さんを強く握っていた手を離してくれた。

 

 

「…そうなのか?……あー、そういうことか。店員さんごめんなさい。勘違いしていました」

 

「い、いえ。さっきの状況を見たら仕方ありませんよ。…どうやら彼女さんも落ち着いておられるようですし」

 

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまいました」

 

 

 落ち着いたといっても、まだ若干体が震えてる。アタシは軽く雄弥の後ろに隠れるような状態で軽く雄弥の服に掴まりながらだけど、店員さんに謝った。だってアタシが原因なんだから。

 

 

「いえいえ、お客様の具合が悪かったのかと思いましたが、もう大丈夫そうですし私も安心しました」

 

「お詫びと言ってはなんですが、これから買うものを倍で買いますので」

 

「そんなのは結構ですよ。今度のライブで宣伝でもしてください。Augenblickの湊さん」 

 

「…ご存知でしたか」

 

「はい。娘がファンですから。入院されていると聞いていたのですが、退院されたのですね」

 

「これは隠さないといけないことなんですけどね。娘さんにも内緒でお願いします」

 

「はははっ、そうでしたか。では彼女さんのことも黙ってないといけませんね」

 

「お願いします。…娘さんはチケット当たりましたか?」

 

「……それが残念なことに外れてしまいまして、娘も落ち込んでいました。湊さんが入院されたと知った時には嘆いていました」

 

「そうですか。ならチケットを用意しておきますので、チケットと宣伝をお詫びということで」

 

 

 雄弥ってこういう時絶対頑固になって一歩も譲ろうとしないよね。最初からこれを落とし所にしようとしてたんだろうし。仮に当選してたら席を前の方にさせたんだろうな〜。

 

 

「は?そのようなことは…」

 

「チケットに当選しても振り込まない人もいますから、そこを抑えて娘さんに回しますので。これをお詫びということにしてください」

 

「そんな勿体無い。ありがとうございます」

 

「いえいえ。それではまた会計の時にでも」

 

「ええ。失礼します」

 

 

 なんかキレイに丸く収まったんだけど…。アタシがそのことに驚いてると雄弥がアタシの顔を覗き込んできた。

 

 

「リサ?」

 

「え?…わぁっ!もう驚かさないでよ!」

 

「いや驚かしてないだろ。それでもう大丈夫か?」

 

「ぁ…うん。ごめんね雄弥迷惑かけちゃった」

 

「謝らなくていい。俺のほうがリサには迷惑かけてきたからな。これからは少しずつ返してくつもりだ」

 

「そんなのいいのに…」

 

「俺もリサの謝罪は受け取りたくないな」

 

「もう…。それでなにか良さげなのあった?」

 

 

 雄弥はこういうの決める時ってわりとパパっと決めちゃうから、もう目星つけたのかと思ったんだけど…違うみたいだね。だってアタシから目をそらすんだもん。

 

 

「なかったんだ」

 

「リサと一緒のを選ぶってなると難しくてな。今までだとリサが候補を絞ってくれて、それから俺の意見出してたわけだし」

 

「あ~、言われてみればそうだね。ぷっ、あはははは!」

 

「いきなりどうした」

 

「ふふっ、ううん♪…結局アタシ達ってこういうやり方になるんだなぁって思って」

 

「今までやってこなかった事をいきなりやれってのも無理な話だよな」

 

「雄弥ならやってのけることの方が多いじゃん?」

 

「こういうのは全くできないんだよ。リサも知ってるだろ?」

 

「うん。よーく知ってるよ♪」

 

 

 本当によく知ってる。自慢じゃないけど、雄弥自身のファッション感覚が良いのは、アタシが雄弥を連れ回したからだと思ってる。だから雄弥は全然女心がわからないくせに、相手の女の子が喜ぶ服やアクセサリーを選べるんだ。

 そんな雄弥とアタシがお互いに「これだ!」って思えるものだと、…ジャンルは絞り込めるね。そうと決まれば移動しよーっと。

 

 

「この中から選ぶのもありかな〜?」

 

「この辺はブレスレットか?…なんかブレスレット感ないようなのもあるな」

 

「それは輪っかを二重とか三重にすることで手首とか足にもつけれるやつだよ。一番長い状態ならネックレスになるね」

 

「なるほど。便利だな」

 

「便利って言うのかな…。ま、いいや。それでこっちのは「これにしよう」はやっ!」

 

 

 まだ全然見てないじゃん!一個目で決めるっていくらなんでも早すぎでしょ!他にも色々と見ようよ!

 

 

「他にも気にいるのあるかもよ?」

 

「リサが気にいるのがあったらそれも買う。けどこれは買う」

 

「…なんで?」

 

「ネックレスにもブレスレットにもできるんだろ?それに軽そうだから身につけてライブしても気にならないだろうしな」

 

「ライブでもこれを身につける気?大丈夫?もしちぎったら怒るよ?」

 

「大丈夫。これに負荷がかからないように動くから」

 

「そんな無茶苦茶なこと…はぁ、今更か」

 

「今更だ。…これってイニシャルもつけれるみたいだし、誕生日石も小さくだがつけれるようだから悪くないと思うんだが…、どうだ?」

 

「…そこまで考えてたなんて意外だな〜」

 

「失礼な奴だな」

 

 

 ありゃ?もしかして雄弥が機嫌損ねてる?雄弥の色んな面が見えやすくなってきてるよね。「お互いの名前のイニシャルのを選ぶって、結構良いと思ったんだがなぁ」……んん!?今なんて言った!?

 

 

「ゆ、雄弥!今なんて言ったの!?」

 

「ん?リサのイニシャルのを俺がつけて、俺のイニシャルのをリサがつけるってのもアリかなと思ったんだがな。リサが別のがいいって言うなら別のにでいい」

 

「いやこれにしよ!アタシもこれにしたい!」

 

「ほんとか?もっと他の見たいって思ったるだろ?」

 

「…み、見たいけどさ!雄弥がそこまで考えてこれを選んでくれたならこれがいい。誕生日石嵌めるジュエリーはどれにするかも考えたの?」

 

「ジュエリー?」

 

「誕生日石嵌める台座って言ったらいいのかな…ほらこのハートとか星とか色々あるでしょ?これは選んでるの?」

 

「それはまだだな。リサはどれがいい?」

 

 

 どれにしようかな〜。ハートはさすがにスキャンダルものになるからダメだし、というか恥ずかしい。リボンもまずいよね。そうなると…、これかな?

 

 

「決まったか?」

 

「うん。クローバーにする。可愛いし、男の雄弥がつけても似合うと思うんだよね」

 

「ならクローバーにするか」

 

「うん!それで誕生日石はどうする?イニシャルみたいにお互いの月にする?」

 

「いや、同じ月にしようと思ってる」

 

「同じ月?アタシ達で共通する月なんて………4月?」

 

 

 雄弥は答えてくれなかったけど、無言で頷いてくれたってことは正解だよね!そっか、4月か〜。アタシ達が会った月が4月だもんね。石とジュエリーはお揃いでイニシャルは相手のやつだなんて、雄弥もシャレた提案ができるようになったんだ!

 さっきの店員さんを呼んで、雄弥と決めたことを伝えて作ってもらうことになった。作るって言っても石をジュエリーに嵌めて、イニシャルをつけるってことなんだけど、こういうのは時間がかかるからね〜。

 その時間を使って雄弥と一緒に他のアクセサリーを見て回ることにした。これいいなって思うのが色々あって、この店もアタシのお気に入りリストに入れたよ♪

 

 

 

雄弥とのペアルックを無事に買って、大切に梱包してもらったのをアタシが持つ。雄弥に持とうかって聞かれたけど、これはアタシが持つことにした。なんたって初めて雄弥とのペアルックだもん♪

 

 

「そんな喜んでくれるとはな」

 

「そりゃあ嬉しいもん♪雄弥とお揃いなんだよ?しかも雄弥がアクセサリー買うのってこれが初めてだし、それがペアルックだなんて喜ばないわけないよ!」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもの!雄弥だって嬉しかったりするんじゃないの?」

 

「かもな。……あー、これも嬉しいに入るってことか」

 

「ふふっ、これからもっともっとその気持ちを…うぅん、それ以上の気持ち抱かせてあげるね♪雄弥に与えられるだけじゃない。アタシからも雄弥に幸せをプレゼントするから♪」

 

 

 アタシがはにかんでみせると、雄弥はアタシから視線をそらした。…これって、あの雄弥がてれたってことかな?なんだろうこの気持ち。雄弥がそんな反応するとなんかすっごくムズムズする!

 

 

「ねぇ雄弥、もしかして照れ「爺さんの喫茶店行くぞ」え、ちょっ、歩くの早いよ!」

 

「リサが歩くの遅くなったんじゃないか?」

 

「そんなことないから!雄弥の照れ顔見させてくれたっていいじゃん。アタシなんていっぱい見られてるんだしさー!」

 

「照れてない」

 

「なら目を合わせてほしいな〜」

 

「合わせない」

 

「やっぱり照れてんじゃん」

 

「照れてない…リサ危ないぞ」

 

「へ?わわっ!」

 

 

 雄弥の前に回り込んで、後ろ向きに歩きながら雄弥と目を合わせようとしてたアタシは雄弥に抱き寄せられた。そのすぐ後に猛スピードで自転車が通り過ぎた。坂道ということもあって車並みのスピードで。あのままだったらアタシ轢かれてた…。

 

 

「あ、あぶなー。ありがとう雄弥…雄弥?」

 

「…アイツひったくり犯か」

 

「え?そうなの?」

 

「手に鞄持ってた。普通なら鞄は籠に入れるか、肩にかけるかだし、持ち方がおかしかった。それと、あっちにひったくられたであろう人がいるしな」

 

 

 雄弥が指をさした方を見ると、たしかに顔を青ざめてる女の人がいた。あの人がひったくられたってことだね。

 

 

「さっきのひったくり犯追いかけないの?」

 

「追いつけるだろうが、リサを一人にする気はない」

 

「アタシは大丈夫だから。あの人のためにも追いかけてきてよ」

 

「…俺が行く必要がないだろ?」

 

「雄弥!」

 

「疾斗が今頃捕まえてる」

 

「……え?」

 

「おっ、雄弥とリサじゃねぇか!退院したって本当なんだな〜。なんだ二人はデートか?」

 

「わぁっ!?」

 

 

 どっから出てきたの!?さっきまで見る影もなかったのに!アタシを驚かせたからか、イタズラが成功した子供みたいな笑顔してるけど、反対に雄弥は平然としてた。

 

 

「その鞄はあっちの人のやつだからな」

 

「サンキュー。俺はこれ渡したら帰るわ」

 

「忙しいやつだな」

 

「いやいや、道端でそんなベッタリしてるカップルと一緒にいたくないだけだぞ。デートの邪魔をする気もないしな。んじゃなー」

 

(ベッタリしてるカップル?)

 

 

 雄弥と顔を見合わせてみて気づいた。距離が異様に近い(・・・・・・・・)。見上げていた視線を正面に戻してみる。うん、視界が雄弥の体で埋まるね。ということは、自転車を避けたあの時からずっとこのままだったの!?

 

 

「さてと、爺さんとこ行くか」

 

うん……」

 

 

 急に恥ずかしくなったアタシは、しばらくの間雄弥に手を引っ張ってもらうことになった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「いらっしゃいませ!……兄貴と姉さんじゃないですか!おいみんな!兄貴と姉さんが来たぞ!」

 

「本当か!」

「お二人が店に!?」

「俺が先だ!」

 

「あ、あはは〜。いつ来ても元気だね」

 

「見舞いに来ないぐらいにはな」

 

「そ、それは兄貴が来るなって言ったからじゃないっすか!!」

 

「雄弥?」

 

「こいつらも試験があったからな。見舞いに来る暇があれば勉強しろって意味だったんだよ」

 

 

 ふーん?みんなのこと思ってそんなこと言ったんだ。雄弥らしいけど、たぶんニュアンス的には「試験終わったら来てもいい」ってことだったんだろうけど。……試験か。

 

 

「試験の結果ってもうでたの?」

 

「出ましたよ。そう!聞いてくださいよ!無事に全員合格したっす!」

『『イェーイ!!』』

「これで姉さんの手作りケーキをいただける!」

「そのために生きてきたと言っても過言ではない!」

「姉さんのためならなんだってできるぜ!」

「国だってひっくり返してやる!」

 

「みんな捕まるようなことしたらダメだからね?この中の一人でも警察のお世話になったらアタシ泣くよ?」

 

『『誓って姉さんを泣かせるようなことは一切致しません!!』』

 

「よろしい!今度の日曜日にはケーキ作れると思うから、楽しみにしててね?」

 

『『はい!』』

 

「手懐けてるな」

 

「そんなことないよ。みんないい人だもん」

 

 

 団結力もすごいし、この人たちならきっと立派な大工さんになれる。何があってもみんなで支えあって乗り越えていくんだろうね。アタシ達もそうなりたいな。

 

 

「雄弥退院したのか」

 

「爺さん久しぶりだな。若返ったか?」

 

「わかるか?」

 

「これツッコミ入れないといけないの?」

 

「ドンとこいじゃよリサちゃん!」

 

「…やめときます」

 

「がはっ!なん……じゃと…」

 

「喋り方から判断すると老けたな」

 

「ぐはっ!」

 

 

 膝ついてた店長さんに雄弥がトドメをさしちゃった。ノリがすごい軽いから全然高齢者って言えない気がするんだけどなぁー。

 

 

「満足したか?」

 

「…まぁ遊びはこれくらいにしとくか。頼まれていた物は揃えてある。店にある物も好きに使うといい」

 

「ありがと、さっそく使わせてもらう。…リサはテーブルで待っててくれ」

 

「えっと〜、どうゆうこと?」

 

「説明してなかったのか?」

 

「忘れてたな…。今日はリサに料理を振る舞うから食べてくれ」

 

「雄弥の料理が食べれるのは嬉しいから全然いいけど、一緒に食べないの?」

 

「リサが食べてる間にデザートを作る」

 

「……アタシは雄弥と一緒に食べたい。一人は嫌だよ」

 

「…雄弥、デザートの仕込みだけやれ。その後は作っておいてやる。デザートの味はお前が作ろうとしてたものに限りなく近くなるはずだ。なにより、こんな可愛い子を悲しませるな」

 

「……わかった。リサちょっと待っててくれ、料理作ってくるから」

 

「うん。楽しみにしてるね♪」

 

 

 雄弥が店長さんと一緒にお店の厨房に入っていった。アタシは待ってる間に友達から来てた連絡を見たり返信したりしてたんだけど、瑛太くんが何やら袋を持ってきた。…この袋って、もしかして!

 

 

「姉さん。これ姉さんが買われてたやつですよね?実は自分、あの日現場を見てて兄貴に連絡したら、荷物は店で預かっといてくれって言われてたんす。今日姉さんが来たのでお返しします!」

 

「ありがとう〜!…よかった、無くなってなかったんだ。……中見た?」

 

「少しも見てないっすよ!他の奴も見てないっす!そんな恐れ多いこと自分たちはしないっす!」

 

「あはは、ならよかった。預かっててくれてありがとう♪」

 

「そ、そんなお礼だなんて…自分は兄貴に言われたからそうしただけっすよ」

 

「ううん。それでもだよ」

 

「きょ、恐縮っす。……あ、あの、姉さん」

 

「うん?」

 

「じ、実は自分、その……おわっ!!」

 

「えっ!?なになに!?」

 

 

 瑛太くんが何か言おうとしてたら、アタシと瑛太くんの間を何かがすごい勢いで通り過ぎた。壁に突き刺さった物の正体はナイフで……ナイフ!?

 

 

「悪い、手が滑った」

 

「手が滑ってこんなことにならないでしょ!それとナイフ投げたら危ないでしょ!」

 

「そう言われてもな〜。何か喋ってたのか?」

 

「雄弥白々しいよ?」

 

俺の女に手を出そうとしたのか?

 

い、いえ、そんなことは決して。自分は姉さんに何かお礼できればと思ってただけっす

 

そうなのか?それなら許す

 

「雄弥?」

 

「……ごめん」

 

「アタシにだけ謝るの?」

 

「…そうだな。すまなかった瑛太。デザートやるよ」

 

「あざす!」

 

「…はぁ、二人がそれでいいなら、もうアタシは口を挟まないよ」

 

リサが他の男に言い寄られるのが嫌だったんだ。ごめんな

 

…う、うん

 

 

 アタシの耳元でボソッと言った雄弥はそのまま厨房に戻っていった。バカ…そんなふうに言われたら許しちゃうじゃん…。けどナイフは危ないからね?

 

 

(それにしても、そっかぁ〜そんなに大切に思ってくれてるんだ♪)

 

 

 結局アタシは雄弥が料理を持ってきてくれるまで、顔がニヤけちゃったままだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥が作ってくれた料理は、アタシが好きな和食で大好きな筑前煮も用意してくれた。雄弥っていつ料理の練習してるんだろ?たいてい作ってもらう側だよね?しかもそれが美味しいとなると、女の子としては焦りもあるわけで…。

 

 

「雄弥って実はアタシより料理できたりしちゃう?」

 

「何言ってんだよ。リサに勝てるわけ無いだろ」

 

「でも自分で作った時より美味しい気がする」

 

「俺もリサの料理は自分で作ったやつより美味しいって思ってるぞ」

 

「そうなの?」

 

「当たり前だろ。……作ってもらった料理の方が美味しく感じるんじゃないか?人間の心理的に」

 

「あ〜、それはありそうだね」

 

 

 そういうことなら、まぁ大丈夫…かな?ご飯を食べ終わったらレストランみたいに料理を片付けられて、今度はデザートが出された。デザートは前みたいにお互いに食べさせ合いをして美味しくいただきました♪……うそです、恥ずかしさがで味がよくわからなかったです、はい。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 お店を出たアタシ達は、手を繋ぎながら帰り道を歩いてる。繋いでる手には、今日買ったアクセサリーをブレスレットとしてさっそくつけてある。荷物が増えたから、学校の鞄を雄弥に持ってもらって買い物袋はアタシが持ってる。

 

 

「みんな合格しててよかった〜」

 

「リサって結構アイツ等のこと気にかけてるよな」

 

「まぁね〜。なんか放っておけないじゃん?」

 

「アイツ等は自分の力で前に進めるぞ。…俺より強い人間だからな」

 

「…雄弥も強い人だよ?」

 

「そうでもない。俺は弱い人間だ」

 

「『正しく認識できてたらそこから前に進むことができる』でしょ?だからそんなに自分を卑下にしないでよ」

 

「ははっ、…そうだな」

 

 

 雄弥といると一日だけのはずが、何日分も楽しんでるような気分になる。正確に言うと今日は半日も一緒にいなかったけど、サプライズ退院から始まって、雄弥の彼女になれて、ペアルックのアクセサリーを買えて、瑛太くん達の合格話を聞いて、雄弥の手料理を食べれた。

 

 

「…もう家に着いちゃったね」

 

「俺は退院できてるわけだし、明日の朝も会えるぞ?」

 

「そうだけどさ…わっ」

 

「明日の朝会おう。夜にも会おう」

 

「うん♪」

 

 

 雄弥に抱きしめられたけど、アタシも雄弥の背中に手を回す。やっぱりこうしていられるのが幸せに思える。元気になった雄弥と一緒にいられることが、雄弥のこの暖かさを感じて、心臓のリズムを聞いて、そして雄弥と唇を重ねられる。雄弥の何もかもが愛おしい。

 

 

「…ゆうや」

 

「リサ」

 

 

 一度離れてお互いに名前を呼び合う。ただそれだけでも胸がいっぱいになって、もう一度唇を重ねる。

 

(ほんとうに、本当に幸せ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのー、家の前でイチャつかないでくれない?」

 

「んんっ!?ゆ、結花!?」

 

「まさか家の前でディープなキスを見せつけられるとはね〜。ね、友希那?」

 

「友希那も!?」

 

「……結花家に入るわよ」

 

「友希那無視される方が辛いから!」

 

「…場所を考えなさい。あなた達の関係にあまり口出しする気ないけど、これはさすがにどうかと思うわよ」

 

「…はい」

 

「それと雄弥」

 

「どうした?」

 

「…相変わらず平然としてるわね。はぁ、まあそれはいいわ。…あとで話があるわ。私の部屋に来なさい」

 

「わかった」

 

「それじゃあ私と友希那は先に家に入ってるから〜。お二人さん、続き(・・)はさすがに外じゃダメだと思うから、リサの部屋でしなよ☆」

 

「なぁっ!?し、しないから!」

 

「??」

 

「雄弥は相変わらずだね〜。リサまた明日〜」

 

 

 結花にとんでもないことを言われたけど、雄弥がそのへんわからない人でよかった。そういう(・・・・)流れにはならないからね。

 

 

「あ、忘れるとこだった」

 

「うん?なに?」

 

「リサへのプレゼント」

 

「へ?…いや、え?…ありがと…開けてみていい?」

 

「ああ」

 

 

 雄弥に渡されたプレゼントを開けると、そこには今日行ったアクセショップで気に入っていたネックレスが入ってた。

 

 

「な、なんで…」

 

「リサそれ気に入ってたんだろ?だから買った。元々ペアルックとは別でリサに買うつもりだったからな」

 

「そんなのいいのに…。これめちゃめちゃ高かったでしょ?」

 

「そうなのか?基準がわからないし、買える値段だったから買ったんだが」

 

「そのあたりも覚えないとね…。でも…ありがとう!すーーっごく嬉しい!これ大切にするね♪」

 

「ああ。俺もそうしてもらえるとありがたい」

 

「うん♪雄弥がつけてくれる?」

 

「いいぞ」

 

 

 大切に手に乗せてたネックレスを雄弥に渡して、アタシは髪軽く纏めて少し上げる。雄弥ってわりと器用だから、こういうのもつけたことないくせにスッとつけてくれる。

 

 

「どう?」

 

「大したことは言えないが、似合ってる。綺麗だ」

 

「えへへ、そっかそっか♪買ってくれた雄弥にアタシからもお礼!」

 

 

 両手を雄弥の頭の後ろに手を回して引き寄せる。軽く背伸びをしてまた雄弥の唇と重ね合う。

 

 アタシの大切な人。

 

 誰よりも大好きで、愛おしい人。

 

 雄弥が絶対に他の人に目移りしないように、アタシのことを雄弥に刻むように息が切れても何度も何度もキスを繰り返した。友希那に「場所を考えろ」って言われたばっかなのに、そのことは完全に頭から抜け落ちてた。

 アタシが雄弥から手を離しても雄弥にはギュッとされたまんまだった。アタシも雄弥の体に頭を預けて、そのまま夏休みの予定を話し合った。別れる時に振りあったお互いの手には、ブレスレットが綺麗に輝いて、アタシの胸元では太陽と月が表裏一体になってるネックレスが夕陽色の優しい光を発していた。




チケットの融通きかせすぎじゃね?


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13話

 日菜をふったあの日から、日菜が事務所にある俺の部屋に遊びに来ることがなくなった。

 

 

「ユウくんやっほ〜!」

 

 

 なんてことには一切ならなかった。…その方がこちらも気持ちが楽だからありがたいんだけどな。

 

 

「来ることは拒まないが、前より頻度が増えてないか?」

 

「ええー、気のせいじゃない?たぶん結花ちゃんが来ることが減ったからそう思うんだよ」

 

「そんなもんか?…いや結花はたいして来る頻度変わってないからやっぱ増えてるだろ」

 

「あはは〜、バレたか〜。ユウくんが一人で寂しがってないかな〜と思って来てるんだよ?」

 

「寂しくなんて思わないから。日菜が来たいだけだろ」

 

「うん!」

 

 

 笑顔で断言しやがった。いやまぁ、さっきも思ったことだが、別に日菜が来ることは拒まない。頻度が増えたのもまだいい。ライブ前ということもあって、たいてい入れ違いになるからな。問題は日菜との身体接触が増えたことだ(・・・・・・・・・・・)

 今までも抱きつかれることはあったが、それもすぐに離れていたし、抱きついてる間はおとなしかった。だが今はどうだ。一度ひっついたらなかなか離れようとしない。しかも触れ合う範囲が増えた。

 

 

「日菜離れてくれ。作業し辛い」

 

「ええー!いーじゃんもう少しだけ!」

 

「日菜の少しは少しじゃないだろ…」

 

「そんなことないって〜。じゃあ5分だけ!あと5分だけギューってさせて!」

 

「地味に長いような」

 

「ダメ?」

 

「…わかった。きっちり5分だぞ」

 

「やった♪」

 

 

 手を止めて後ろにいる日菜に向き直って、日菜のしたいようにさせる。どうやら俺はあーやって頼まれたら断れないらしい。最近になって気づいた。…しかしこの状況はどうなのだろうか。公表してないとはいえ、俺にはリサという唯一無二の彼女がいるというのに、現状況は別の女の子とハグしあっている。

 もしこれがリサに知られたら怒られる気がする。…いや確実に怒られる。しかも機嫌を治してもらうのにすごく手間取るやつだ。なんせリサが最も警戒している職場での出来事なんだから。

 

 

(せめてリサの耳に入らないようにしないといけない。問題はどうやって日菜が他言しないようにさせるかだが……ん?これ浮気してる奴らと同じ思考じゃないか?)

 

「雄弥くん。日菜ちゃんここに来て…る?………えっと…」

 

「なになに?なんか面白いものでも見れた?……おやおやー?雄弥さんそれは浮気ですか?浮気ですね!リサに報告しないとなー☆」

 

「待て。彩も結花も早まるな。携帯を操作するな。これは別にそういうことじゃないぞ。日菜も離れろ」

 

「やだ!まだ5分経ってないもん!」

 

「雄弥さん随分とお熱いですな〜」

 

「結花お前分かってて言ってるだろ」

 

「なんのことかな?」

 

「えっと、とりあえず話を聞けばいいのかな?」

 

「そうしてくれ」

 

「彩は雄弥に甘いね。そんなんじゃ本当に雄弥が浮気しちゃうよ☆」

 

「しないからな」

 

 

 まったく、心外にも程があるぞ。俺にはリサだけだ。…まぁこの状況でそんなこと言っても信憑性がないんだがな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ユウくんが彩ちゃんと結花ちゃんに事情説明している間に約束の5分がたったから、あたしは宣言通りユウくんから離れた。今はユウくんの部屋にある丸テーブルを四人で囲ってる。

 

 

「日菜、離れるって言ってなかったか?」

 

「え?だから離れてるじゃん。今は手繋いでるだけでしょ?」

 

「…そうだな」

 

「雄弥って仲良くなった子にはとことん甘いよね〜。リサの性格からしたら気が気じゃないと思うよ?」

 

「そう言われた。芸能界にいるから心配だって」

 

「へぇ…。リサってば雄弥には全部話せるんだね」

 

「どういうことだ?」

 

「リサちーってユウくんと一緒じゃない時って他人優先だからね。それがリサちーの性格で魅力でもあるんだけど、自分のことは全部後回しにしちゃうんだよね〜。しかも気持ちも隠しちゃうし」

 

「…そうなのか」

 

「ま、雄弥がリサのためてる物を全部引き出せてるみたいだから安心した、ってことだよ」

 

「友希那ちゃんもリサちーの話聞き出せるみたいだし、ユウくんも心配しなくて大丈夫じゃない?」

 

「なんたって私達のお姉ちゃんだからね☆私も弟の彼女のことはもちろん気にかけるからね!」

 

「え?結花ちゃんって雄弥くんのお姉ちゃんだったの?」

 

「そんなわけあるか。…順番で言えば結花が妹だろ」

 

「友希那がそう言ったんだからいいじゃーん。それとも雄弥ってこういうの気にするタイプ?」

 

「気にしないな」

 

「ならいいでしょ☆」

 

「…はぁ。好きにしろ」

 

 

 あれ?友希那ちゃんの名前が出てからユウくんの表情が少し曇ったような…。なんでだろ、ユウくんと友希那ちゃんって仲いいはずなのに。

 

 

「ユウくん?ねぇユウくんってば!」

 

「ん?どうした日菜」

 

「どうしたじゃないよ。ユウくんがなんか暗い感じになってたから。…友希那ちゃんと何かあった?」

 

「いや、特には何もなかったぞ」

 

 

 本当かなー?ユウくんの顔を見た感じ、別に友希那ちゃんと喧嘩したってわけじゃないみたいだけど…。でも、確実に友希那ちゃんと何かあったね。それか何か言われたのか。…こっちは考えにくいかな。ほんと、何があったんだろ。リサちーは知ってるのかな?

 

 

ーーーーー

 

 友希那に後で部屋に来いと言われた日、家族全員が風呂を済ませてから友希那の部屋に向かった。なぜ全員が風呂を済ませるのを待っていたかというと、ただ単に今日風呂場を掃除する担当が俺だったからだ。

 

 

「友希那、入るぞ」

 

「ええ」

 

 

 友希那の部屋は俺程ではないが最低限のものしか置いてない。それでも所々女の子らしい物がおいてあったり、作詞・作曲に集中できるような環境ができていたりする。

 友希那はさっきまで作詞をしていたのか、机の上に紙と筆記用具が置いてあり、部屋には新曲であろうものがBGMとして流れていた。

 

 

「話ってなんだ?」

 

「それはあなたならわかっているでしょ。…とりあえず適当に座りなさい」

 

「わかった」

 

 

 友希那の椅子を拝借してベッドに腰掛けている友希那に向き合うように座る。友希那は部屋にいる時はわりとリラックスした表情でいるのだが、それでも今回は外にいる時のように引き締めていた。

 

 

「単刀直入に聞くわ。あなたは何歳まで生きられるの?」

 

「…このことを父さんたちには?」

 

「もちろん伝えるわ。…けれど結花には黙っておくつもりよ。あの子は思い詰めて自分を責めてしまうから」

 

「そうだろうと思った。…聞き出し役は友希那なんだな」

 

「ええ。父さん達は雄弥が自分から話してくれたらって思ってるみたいだけど、雄弥は聞かれないと自分のことを話さないでしょ?聞かれてもはぐらかす時もあるけど」

 

「今回はさすがに答えないといけないか…」

 

「当然よ。大切な弟のことなんだから」

 

「……わかった」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥はあまり話したくないみたいだけど、こっちは聞かなければならない。聞いて雄弥への接し方が変わればリサも気づいてしまう。リサにはいずれ雄弥本人から伝えるべきだから、気づかれないようにしないといけない。

 

 

「まず、友希那はどこまで知ってる?」

 

「先生が知る限りのことは聞いたわよ。雄弥の傷の治りの速さのメカニズムも聞いてるわ」

 

「そうか。なら現段階で何歳まで生きられるかを答えればいいのか」

 

「ええ。お願い」

 

「…まぁ具体的にはわからないが、ザックリ言うと──より早い」

 

「本当にザックリしてるわね…。……でも…そうなのね」

 

「ああ。…これってやっぱ短いか?」

 

「そう言えるでしょうね。…リサはその後の──年を一人で生きていくことになるのよ?」

 

 

 そんなのあの子はきっと耐えられないでしょうね。雄弥と初めて会話した小学生の頃からずっと雄弥のことを好きだったんだから。やっと雄弥と一緒になれたのに雄弥に先立たれることが決まってるだなんて…。世界はなんて残酷なのかしら。

 …雄弥もそのことは気にかけてるみたいね。リサをおいて先に逝ってしまう未来を。あの事件の時にリサと生きていくと決めているのに、それを自分が破ることが確定している。

 

 

「…友希那、だいぶ先のことなんだが」

 

「わかってるわよ。リサは私の親友よ?」

 

「ありがとう…。それとごめんな、こんな弟で」

 

「謝らないでほしいわね。私は雄弥が弟であることを誇りに思っているわ。…これからを駆け抜けていきなさい。あなたの存在がより多くの人の心に残るように」

 

「ああ」

 

 

 …悔しいわね。雄弥の体のことを知っているのに、それの解決策を見つけられないだなんて。現代の最先端医学からしても雄弥の体は異常な仕組みになっているらしい。どうやって今の状態になっているのかが一切不明だなんて。

 

 

「友希那、俺は別に悔やんでないぞ。…先のことを考えたら悔しいが、それでも俺はみんなと過ごせてる時間が楽しいと思えてる。なによりもリサと付き合えるようになったのもある意味この体のおかげだ。そうじゃなかったら俺はあの事件で命を落としてたからな」

 

「……あなたはそれでいいのかもしれない。だけど雄弥。私はやっぱりもっとあなたの人生を見守りたいのよ」

 

「大人になってもか?」

 

「当然よ。大人になったところで雄弥は私の家族で弟よ。この事実はもう変わることなんてないわ」

 

「……そうだな」

 

「前にも言ったでしょ?あなたを想う人のことを考えなさいって」

 

「ああ」

 

 

 私は椅子に座ってる雄弥の頭を抱きかかえた。大切な家族。たった一人の弟。一度拒絶してしまったけれど、それでもまた元に戻れた。いえ、前よりも姉弟らしくなれた。だというのに、なぜこの子が……。

 

 

「…友希那?大丈夫か?」

 

「馬鹿ね。大丈夫じゃないわよ。…今日はここで寝なさい」

 

「……わかった」

 

 

 せめて、この子とリサのこの先に最大の幸福が待っていてほしいものね。

 

 

ーーーーー

 

 

(友希那に言われて友希那の部屋で寝たが、あれはセーフなのか?……やばい、やっぱり浮気してる男と同じ思考になってる)

 

 

 むー、絶対友希那ちゃんとなんかあったよね。そこまではわかるんだけど、実際に何があったのかがわからない。喧嘩じゃないのにユウくんの表情が暗くなった。…あーもうなんでー?

 

 

「そろそろ俺は作業に戻りたいんだが」

 

「あ、そうだよね。ごめんね邪魔しちゃって」

 

「彩は何もしてないだろ。…そもそも彩はなんで日菜を探してたんだ?」

 

「練習するからだけどから……あー!日菜ちゃん練習行くよ!ほら早く立って!」

 

「えー。もうちょっとここにいたーい」

 

「早く行け。それで結花は?」

 

「私?暇だからだけど?」

 

「帰れ」

 

「うそうそ。愁が海外ライブの予定(仮)をたてたから雄弥を呼んできてってさ。疾斗と大輝も連絡したからもうそろそろ来るんじゃないかな?」

 

「わかった。片付けてから行く」

 

 

 あちゃー。ユウくんも部屋から出るのか〜。これじゃあ粘ってここに残る理由がないね。仕方ないからあたしも練習に行こーっと。

 

 

「そういや彩。週末は予定空いてるか?」

 

「へ?午後からなら空いてるけどどうして?」

 

「一日彩に付き合うって話になっただろ。彩が別にいいって言うなら違う予定いれるが」

 

「ううん!行こ!リサちゃんも誘って行こ!」

 

「あれ?リサも誘うんだ。私は流れからして二人で行くのかと思ったけど」

 

「リサちゃんと遊ぶのってあんまりないから、せっかくだし一緒がいいな〜って思って」

 

「へ〜。けど雄弥、週末私達のライブだけど?」

 

「それあたしも思った。なんで週末なの?」

 

「週末のライブが終わったらみんなはすぐに期末テストで、それが終わったら夏休みだろ?そこらへんの予定はほとんど埋まってるんだよ。だからライブの前日に出かけることにした」

 

 

 絶対にリサちーとのデートで埋まってるよね。そりゃあ仕事もあるんだろうけど、無い日はほぼ全部リサちーとの予定だよね。…いいなー、あたしもちょっとぐらいユウくんと遊びたいよ。

 

 

「なるほどね〜。じゃあ日菜も一緒に行ったら?」

 

「へ?なんで?」

 

「日菜も雄弥と出かけたいんでしょ?顔にそう書いてあるよ」

 

「えー。あたし彩ちゃんみたいにそんな分かりやすくないはずなんだけどな〜」

 

「日菜ちゃん!私だってそんなことないよ!」

 

「いや彩はわかりやすいでしょ」

 

「そ、そんな〜」

 

「彩のことはともかくとして、日菜も来たいなら来たらいいんじゃないか?」

 

「日菜ちゃんも一緒に行こ!」

 

「うん!」

 

 

 えへへ♪この4人で遊びに行くなんてなかったから楽しみだな〜。リサちーのヤキモチとかいっぱい見れるかな〜?



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14話

 

 雄弥が入院してる間からアタシ達Roseliaの練習は再開した。家族である友希那が練習に打ち込む姿を見て、アタシ達もそれに続いた。意識が戻ってなかったら練習に集中できてなかったと思う。けど手術が終わってすぐに雄弥が起きてたことと、入院中も元気そうな姿を見れたおかげでそうはならなかった。

 雄弥が退院してからはさらに練習の質が上がった。手を抜いてたわけじゃないけど、やっぱりどこか引っかかってたんだろうね。今日も練習があって、濃い内容になってる。

 

 

「そろそろ休憩にしない?」

 

「そうね。結構時間が経ってるようだし、休憩にしましょうか」

 

「うあー。疲れた〜」

 

「あこちゃん…今日はいつもより…集中できてたもんね」

 

「宇田川さん。今のところ良い演奏になっていますが、ペース配分には気をつけてください」

 

「は、はい!」

 

 

 お、紗夜があこのこと気にかけてる。あこの演奏が良かったのはアタシ達も分かってたし、休憩の時に褒めてあげようと思ってたのに紗夜に先を取られちゃったね。それにしても、あの紗夜がね〜。

 

 

「…なんですか今井さん」

 

「ううん。なんでもないよ〜♪」

 

「そうは思えないのですが…」

 

「気にしない気にしない!それより今日もクッキー持ってきたからみんなで食べよ♪」

 

「やったー!リサ姉のクッキーだー!」

 

「いつもありがとう…ございます」

 

「いいのいいの。みんなが喜んでくれるから作り甲斐があるんだ〜。ほら友希那も食べよ」

 

「ええ。いただくわ」

 

 

 アタシが焼いてきたクッキーをみんなで食べる。明日は雄弥のライブだからその分のクッキーも昨日のうちに焼いてある。雄弥が仲良くなったっていう子供たちの分と差し入れの分。せっかくいっぱい作るから色んな味に挑戦してみたけど、喜んでくれたらいいな〜。

 

 

「リサ姉のクッキーって美味しいよね。あこお店のやつに負けてないと思うな〜」

 

「あはは、ありがとうあこ」

 

「今井さんはいつ頃から料理をするようになったのですか?」

 

「う〜ん。友希那いつからだっけ?」

 

「私が知るわけないでしょ。…ただ、物心ついた頃から手伝いはしてたんじゃないかしら。お菓子類を本格的に作り始めたのは、雄弥と出会う前だったわね」

 

「あー、そういえばそうだったね。アタシもあの頃は全然だったっけな」

 

「そうなの!?リサ姉は器用だから最初からできてたのかと思ってた」

 

「あはは、そんなことないよ。…お菓子を本格的に作るようになってすぐに雄弥と出会って、それからは必死だったな〜」

 

「必死…ですか?」

 

「うん」

 

 

 入院してる雄弥がお菓子とかを食べる許可をもらって、その時にクッキーを持っていった。その時は、友希那とか父さんと母さんとかに食べてもらうことがほとんどで、少しずつ上手くなればいいと思ってた。

 

 

「前に入院してる時に、雄弥にクッキーをあげたんだ〜。そしたらね、雄弥なんて言ったと思う?」

 

「……彼のことですから本心で話したのでしょうね」

 

「うん。雄弥ってば『売ってるやつの方が美味い』って言ったんだよ?アタシ超ショックでさ〜」

 

「うわ」

 

「…それは…ないですね」

 

「けどね、その後すぐに『売ってるやつより温かさがあるから、こっちの方が食べたいと思える』なんて言ったんだよ」

 

「私も覚えてるわ。ひっぱたくつもりだったのに、それを聞いてひっぱたくのをやめたもの」

 

「なんというか…」

 

「雄弥くんらしいですね」

 

「それから一生懸命クッキー作りを研究して、他にも色々と作るようになったんだ〜」

 

 

 ある意味雄弥のおかげなのかな?料理は好きだから、仮に雄弥に出会うことがなくてもお菓子とかも作ってた。けど、きっと今のクオリティではないんだろうね。

 そういえば今日も雄弥といられるんだよね。明日ライブなのに大丈夫なのかな?練習終わったら連絡してって言われてるけど。

 

 

「…リサ、練習はまだあるのよ。気が早いわ」

 

「へ?」

 

「雄弥に連絡しようとしてたでしょ?」

 

「し、してないよ!練習終わったら連絡してって言われてたなーって思っただけだから!」

 

「…どうかしら」

 

「信じてよ〜」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 練習が終わって連絡したらスタジオで待っててくれって言われた。雄弥と合流するまでは、みんなも一緒に待っててくれるみたい。

 

 

「どれぐらいで来るか言ってたの?」

 

「すぐに来るって〜」

 

「どこか近くで用事があったのでしょうか?」

 

「さぁ〜、アタシもそこまでは知らないや」

 

「あ」

 

「え、もう来たの?」

 

 

 いくらなんでも早すぎない!?もう待ち伏せしてたレベルだよね!ストーカーとかなら絶対に嫌だけど、雄弥ならなんか嬉しいような…。

 

 

「いえ…あれは」

 

「リーサーちー!ドーーン!!」

 

「わわっ!日菜!?」

 

「あはは!リサちーナイスキャッチー♪」

 

「いきなり飛び込んで来ないでよ…」

 

「日菜!なぜあなたがここに来てるの!」

 

「ぁ、お姉ちゃん…あ、あのね…その…」

 

「ハァハァ紗夜ちゃん。…日菜ちゃんを怒らないであげて」

 

「丸山さん?なぜ丸山さんもここに?」

 

「ハァ、ちょっと待ってね。…日菜ちゃんが全力疾走したから…息が」

 

 

 まぁ日菜を追いかけたらそうなるよね〜。どれだけの距離を走ってきたのかわからないけど、肩も上下してるってことは相当しんどかったんだろうね。

 

 

「ふぅー。ごめんね、もう大丈夫だよ」

 

「いえ。それでなぜ二人はここへ?」

 

「えっとね、まずリサちゃんは雄弥くんから何も聞いてない?」

 

「雄弥から?練習終わったら連絡してくれって言われてただけだよ?」

 

「雄弥くん…やっぱりそうなんだね」

 

「どういうことですか?」

 

「どうやらあの子の連絡不足のようね。今日は丸山さん、日菜、リサ、雄弥の4人で出かけるといったところかしら」

 

「そうだよ〜。最初はユウくんと彩ちゃんの2人の予定で、彩ちゃんがリサちーも誘おうって言って、そこにアタシも混ざったんだ〜。それでさっきまでは3人で遊んでたんだ〜」

 

「そうだったのね。それで肝心の雄弥くんは?」

 

「呼んだか?」

 

「わぁっ!?雄弥いつからいたの!?」

 

 

 アタシ達がびっくりして後ろを振り向いたら、あこと燐子に並んで雄弥が立ってた。いたならいたで会話に混ざってよ!

 

 

「彩が来た時にはいたぞ。な?」

 

「はい!あことりんりんと3人で、いつ気づかれるかな〜って話し合ってました!」

 

「最後まで…気づかれなかった…ですね」

 

「いたならすぐに会話に混ざりなさいよ」

 

「なんか入りにくかった」

 

「まったく…」

 

 

 雄弥がちゃんと日菜も彩も来るって連絡してくれたら、アタシもそれをみんなに伝えれてたのにな〜。…というか、てっきりアタシは2人だけだと思ってたのにな〜。雄弥ってばそのへんの配慮が足りないよね。

 

 

「ともかく雄弥も来たことだし、私達はこれで解散するわね」

 

「うん。みんな一緒に待っててくれてありがとう〜♪」

 

「リサ姉またね〜」

 

「お疲れ様…です」

 

「日菜、晩御飯がいるかどうかちゃんと連絡するのよ」

 

「はーい!…あ、お姉ちゃんも一緒にどう?」

 

「私?…やめとくわ。学校の課題がいくつか残っているもの」

 

「ざーんねん。お姉ちゃんとも一緒が良かったけど、それなら仕方ないね。彩ちゃんは学校の課題終わってるの?」

 

「……期日には間に合わせるもん」

 

「白鷺に助けてもらうなよ」

 

「うっ。…雄弥くんが手伝ってくれたりは…「しない」…頑張ります」

 

「あはは〜、アタシ達も行きますか。どこ行くかは知らないけど」

 

「リサちーの行きたいところでいいんだよ?」

 

「そうなの?」

 

 

 それじゃあどこにしようかな〜。このメンバーで楽しめるところってなると…、このメンバーで遊ぶのって初めてだからどこでもいっか♪

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 練習の後だから甘いもの食べたいなって思って、最初は喫茶店に来ることにした。今回はつぐみの家が経営してるとこ。…なんだけど

 

 

「ユウくんユウくん!あたしと一緒にこれ食べよ!」

 

「よくカップル限定って書かれたやつを勧めてこれるな…」

 

「えー、別にいいじゃん。頼むだけなんだしさ〜」

 

「アタシと雄弥が頼んで、それを日菜にあげよっか?」

 

「頼むだけならそうする必要なくない?」

 

「うっ、そうだけど…」

 

「ちょっ、日菜ちゃん」

 

「あたしおかしいこと言った?」

 

「おかしくはないけど…」

 

嫌だもん

 

「へ?リサちーなんて?」

 

「嫌なの!雄弥はアタシの彼氏なんだから!形だけでもそうされるのは嫌なの!」

 

 

 我慢…できなかったや。雄弥は日菜のことが好きだったし、日菜はきっと今でも雄弥のことを好きでい続けてる。嫉妬深くて重たい女って思われるかもしれないけど、それでもいい。雄弥を取られるぐらいならアタシは重たい女でいい。

 

 

「そっかぁ。あはは、リサちーのガードは思ってた以上に硬いな〜」

 

「もう。日菜ちゃんあたしにもメニュー見せて」

 

「うん。いいよー、あたしはもう決めたから」

 

「…日菜は何にしたの?」

 

さっきのやつ(カップル限定のやつ)

 

「……え?」

 

「だってリサちーが代わりに頼んでくれるんでしょ?リサちーはユウくんの彼女だもんね〜。大声で言うぐらいだしさ♪」

 

「なっ…ぁ……あれは、その」

 

「日菜のはそれでいいんだな?あとはリサと彩だな」

 

「雄弥!?」

 

「?頼むだけだろ?」

 

「そうだけど…」

 

 

 なんでそんな平然としてられるの!というかこれ絶対日菜にハメられたやつだよね!…やっぱり!日菜がすっごいイイ笑顔してるもん!

 

 

「私はこのケーキセットにしようっと。リサちゃんは決めれた?」

 

「へ?えっと…どうしよ」

 

「リサちゃんゆっくりでいいからね」

 

「なんならリサのも日菜と同じのにするか?」

 

「そんな浮気みたいなことになるのはダメ!」

 

「…ならケーキセットでいいんじゃないか?リサが食べたいのを二つ選べばいい。いつもみたいにな」

 

「うん。そうする♪」

 

「決まりだね!おーいつぐちゃーん!」

 

「はーい!今行きます!」

 

 

 つぐみお店手伝ってるんだ…。まぁけどつぐみの性格なら手伝うか〜。すっごい良い子だもんね。頑張りすぎて体壊さなきゃいいけど…。

 

 

「ご注文をお伺いしますね」

 

「リサちーよろしく!」

 

「へ?」

 

「だってアレ(・・)はリサちー達しか頼めないじゃん?」

 

「…そ、そうだけど」

 

「??あ、写真を指差してもらうだけでもいいですよ?」

 

「そ、それじゃあ「ダメダメ!ほらリサちーちゃんと注文して!」…うぅー、日菜の意地悪」

 

「えと、じゃあ私が先に言うね。ケーキセット三つで、一つはイチゴのをお願いします。残りの二つは?」

 

「あ、それはモンブランとレアチーズケーキで」

 

「かしこまりました」

 

「ほらリサちー、もう逃げられないよ〜」

 

 

 うぅー…、日菜にこんな遊ばれる日が来るなんて。雄弥が助けてくれたらいいのに、ずっと黙ってるってことはアタシが練習してた間に言いくるめられたってことだよね…。

 

 

か…カップル…限定の…パフェ

 

「はい!こちらのか「リサちー声が小さいよ〜?」へ?いや日菜先輩。私は聞こえたので「やり直し!」あ、あの」

 

「カップル限定パフェ一つ!日菜もこれで満足でしょ!」

 

「うん!」

 

「そ、それでは少々お待ちください」

 

「ゆうやぁ〜」

 

「よく頑張ったなリサ」

 

「日菜ちゃん。後で説教するからね」

 

「え?なんで?」

 

「なんでも!」

 

 

 恥ずかしかった〜。つぐみが顔赤くしたから余計にこっちも恥ずかしかったしさ。もう顔が熱いよ…。あ、でもこうやって雄弥の胸に飛び込めてるのは良いかな〜…いややっぱり恥ずかしいからダメ。

 

 

「お待たせしました。こちらケーキセット三つになります」

 

「ありがとうつぐみちゃん!」

 

「いえ、それとこちらが限定パフェです」

 

「おー!ユウくん!写真よりも凄いよ!」

 

「そうだな」

 

「あのリサさん」

 

「ん?なに?」

 

「私はお似合いだと思いますよ!」

 

「ふぇ!?…いや、…ぇ?」

 

「それでですね!実はこの商品を今度の商店街の記事に載せたいらしくて、お写真を取りたいんですけど、いいですか?」

 

「しゃ、写真!?」

 

 

 記事に載せるってことは色んな人に知られるってことだよね!?そんなの恥ずかしすぎるし、まず雄弥はアイドルなんだからそんなのダメだよ!雄弥もそれはわかって……ないね。この顔はそこらへん考えてないね。

 

 

「つ、つぐみちゃん。雄弥くんはアイドルなわけだし、写真を撮っても記事にはできないと思うな」

 

「あ!そ、そうですよね。すみません、早まってしまって。あはは…」

 

(彩ナイス!って言いたいけど。…つぐみそんな落ち込まないでよ!すっごい申し訳なくなるじゃん!)

 

「別にやっちゃえばいいんじゃない?うちの事務所はルーズだし、いっそ知られた方がリサちー達も過ごしやすくなるんじゃない?」

 

「そうだな。いっそ写真を載せてもらうか」

 

「雄弥!?」

 

「記事になるまでには時間がかかるだろうし、明日のライブで言えば問題ないだろ」

 

「いやいやいやいや、正気!?」

 

「えと、雄弥さんが良いと言うなら。撮らせてもらいますね。一枚だけでいいので、せっかく隣に座っておられますし、距離を縮めてください」

 

「距離を?…これでいいか?」

 

「ふぁ…」

 

「バッチリです!リサさん!カメラに視線をください!」

 

「こ、こう?」

 

「はい!」

 

 

 雄弥の左腕がアタシの左肩に回されて軽く引き寄せられる。そのせいでアタシ達は必然的に顔の距離も近くなるわけで、アタシも左手を雄弥の胸に当てるように添えた。つぐみ言われて視線をあげたけど、恥ずかしいからちょっと上目遣いになった。…これが載せられるのってホントに恥ずかしい!

 

 

「ひ、日菜先輩…。すっごい写真が撮れちゃいました」

 

「見せて〜。…おー、これは…破壊力あるね〜。もうズガガガーンって感じ!」

 

「日菜ちゃん私にも見せて……すごいね、これ」

 

「つぐちゃんありがと〜。後でこの写真送ってね〜」

 

「はい!」

 

「日菜?」

 

「え?だって最初から(・・・・)そのつもりだったしさ。なんとかして自然な流れでここに来るのが難所だったけど、リサちーから言ってくれて助かったよ

♪」

 

「…つまり、この写真を撮るのが目的だったってことかな?みんなグルなわけかな?」

 

「ユウくんと彩ちゃんは違うけどね〜。リサちーにバレるだろうからユウくんには何も伝えてなかったんだ〜。彩ちゃんも演技下手だしね」

 

「うぅー、その通りだけど…」

 

 

 たしかに雄弥がこれを狙ってたらアタシが勘付いてたかもしれない。最近は特に気づけるようになってきてるし。彩も隠し事向いてないもんね〜。…あれ?それじゃあアタシが注文する時に、雄弥が助け船を出してくれなかったのはなんで?

 

 

「雄弥、注文する時に黙ってたのって」  

 

「あ、そこだけはあたしがお願いしたんだ〜。可愛いリサちー見れるよって言ったら協力してくれたよ」

 

「雄弥?」

 

「可愛いかったぞ」

 

「…ばか」

 

「リサさん騙すようなことしてしまってごめんなさい!」

 

「あ、ううん。つぐみは別に謝らなくていいよ。日菜に言いくるめられたんでしょ?」

 

「ぶー。リサちーはあたしをなんだと思ってるの?」

 

 

 そう言われてもね〜?だって今日は日菜に振り回されてばっかな気がするし。つぐみはこういうのを考えたりしないだろうしさ。

 

 

「えっと、わりとノリノリでやらせてもらいました」

 

「え!?」

 

「あ、でも記事にするとかは嘘ですよ!さすがにそれは私も駄目だと思ってたので」

 

「そ、そうなんだ。…それじゃあ雄弥も明日のライブで言う必要はないね」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 え、なんで何言ってるんだ?みたいな顔してるの!?わざわざライブで言う必要ないじゃん!

 

 

「言ったほうが楽じゃないか?」

 

「ダメなものはダメ!」

 

「リサがそういうならやめとくか」

 

「そうして」

 

「さてと、それじゃあそろそろ食べるか。せっかくだしつぐみも混ざれよ」

 

「いいんですか?」

 

「いいよー!つぐちゃんも混ざろ!」

 

 

 つぐみが厨房の方に目を向けるとつぐみのお父さんらしき人がサムズアップして飲み物とデザートを用意してた。初めから混ざらせる気だったんだ…。ん?ということはパフェのくだりも事前に知ってたってこと!?

 つぐみも混ぜて5人で会話に花を咲かせた。結局今日はここで夜までいたけど、楽しかったからいいよね。雄弥との食べさせ合いは今回はなし…にはならなかった。雄弥に食べさせられたから、流れでアタシも返さないといけなくなった。なんで雄弥はみんな見てるのにやるかな!

 最後には5人での写真を撮って、それを携帯に送ってもらった。その時にこっそり雄弥との写真も送ってもらっちゃった♪



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15話

 ライブ当日。俺の出演は伏せられているから来る客の大半が4人でのライブだと思っている。知っているのはチケットを融通した人たちのみ。

 先生は流石に来れないみたいだが、宮井さんは来てくれてるらしい。子供たちはあの空気についていけるかが問題だったが、そこは愁の機転で関係者席と一般席を少し離すことで解決した。

 そうは言っても一番前のど真ん中じゃ反発の声が上がるだろうから少し横にずらしてある。ま、一般客と少し離れてるならリサの心配もしなくて良さそうで安心だ。

 

 

「調子は大丈夫そうだな」

 

「疾斗か。…まぁな」

 

「登場でしくじるなよ?」

 

「誰に言ってやがる。お前こそMCでネタバレするなよ」

 

「あー、そこは気をつけないとな」

 

「おい」

 

「ははっ、まぁそこは愁あたりがフォロー入れてくれるだろ」

 

「他人任せだな」

 

 

 こんなことを言ってはいるものの、こいつが失敗するとは思えないな。こいつは失敗すら利用するから、最終的には成功っていうオチに持っていける人間だしな。

 

 

「信頼されてるって思えば悪い気はしないけど、無茶ぶりはやめてほしいな」

 

「お前ならできる範囲だから大丈夫だろ」

 

「確信犯だよね!?」

 

「ハッハッハ!諦めろ愁いつものことだろ!」

 

「大輝は今回罰ゲームないからって調子に乗りすぎるなよ」

 

「おう!大船に乗ったつもりでいてくれ!」

 

「…考えとくか」

 

「やめてください!お願いします!」

 

 

 わりと大輝への罰ゲームって人気あったりするんだよな。罰ゲームを課される大輝のリアクションがいいから。一時期はドM説が流れたりしたっけな。

 

 

「ゆ、雄弥。私これで歌うの?」

 

「簡単な罰ゲームだろ?」

 

「そ、そうだけどさ」

 

「衣装は結花が考えたからそこらへんは弄れないしな」

 

「安心しろ結花!可愛いぞ!」

 

「…沙綾に口説かれたって言っとくね」

 

「それは勘弁してくれ!!まじで何されるかわからないから!」

 

 

 今回のライブ衣装はもうすぐ始まる夏休みを意識してか、和服を元にした衣装だ。和に真剣に向き合ってる人からしたら反感を覚えるかもしれないが、そこらへんは目を瞑ってもらうしかない。

 俺たち男性陣は甚平をベースにしたもので、上から羽織を着てる。対象的に結花は浴衣をベースにある程度の動きやすさを考慮したもので、(何がとは言わないが)下から見えないようにも考慮されてある。

 

 

「浴衣が似合ってるのは事実だろ」

 

「そこは素直に受け取るけどさ、コレ(・・)はどうなの!?」

 

「…?ただの猫耳ならぬ犬耳だろ?」

 

「なんでコレなのよ…」

 

「戌年だから。衣装は変えれない、結花に無茶ぶりはできない。となるとそれしかないだろ。それとも他の奴らみたいな罰ゲームやるか?」

 

「…これで我慢する」

 

「最初のMC終わったら外していいからな」

 

「やった!」

 

「…結花に甘いよな」

 

「……やらせすぎると、あとで友希那とリサに説教くらうことになるんだよ」

 

「…なるほど」

 

 

 説教が始まるとだんだん精神ダメージがでかいものをやられるからな。それは何としても避けたい。特にリサ関係で何か制限をかけられるのはごめんだ。

 

 

「そろそろ時間だな」

 

「んじゃ一足先に行ってくるぜ」

 

「場を温めておくからね」

 

「カッコイイの期待してるね☆」

 

「ああ。任せろ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今回の登場の仕方は、それぞれのBGMとイメージ映像を使ってそれに合わせて一人ずつ登場するもの。本当は疾斗→雄弥→大輝→愁→私の順番なんだけど、今日は雄弥の曲が流れない。それで落胆しちゃうお客さんもいるけど、まだ気が早いからね?

 

 

「どうも、Augenblickです」

 

「疾斗が静かなMCをするだと!?」

 

「大輝しばくぞテメェ!」

 

「沸点低いなぁおい!?」

 

「2人とも冗談はそれぐらいにしなよ。お客さん何人かひいてるからね?」

 

「あ、これも演出だからね?」

 

「結花それネタバレだから!ネタバレは重罪だぞ!」

 

 

 アドリブ入れてもノリがいいから何とかなるってのがこのバンドだよね〜。登場シーンでお客さんの盛り上げをだいぶ上手くできたし、この会話でもいい感じに場が温まってきたね!…うん、私のこの犬耳もツッコまれてるね。気にしない!気にしないんだから!

 

 

「結花のこの犬耳似合ってるだろ?これ提案したやつはもちろんいつも罰ゲームを考えるやつだぜ?」

 

「コレは話掘り下げなくていいの!」

 

「ええ?可愛いって言ってくれてる人多いのに?」

 

「うっ、ありがとう!けど恥ずかしいんだからね!…ごほん、みんなも知ってると思うけど、雄弥がちょっとね…」

 

「うわー、無理矢理話進めやがった。…しゃあねぇか。…俺たちは止まる気はないからな。あいつがいなくても最高のライブにしてみせるぜ!」

 

「それじゃあさっそく一曲目に入るね」

 

 

 みんな演奏の体勢に入る。それに合わせて証明も一旦暗くなる。暗くなったまま私以外のメンバーが演奏を始める。それに合わせて映像も流れ出す。

 もちろん、雄弥の登場用のやつ(一曲目のやつじゃない)

 

 

「勝手に俺抜きでライブしようとしてんじゃねぇよ」

 

 

 そう言って駆けて出てきのはベースとマイクスタンドを携えた雄弥だ。雄弥が定位置にマイクスタンドを置いて準備してる間もお客さんの歓声が止まらない。やっぱり私たちは5人じゃないとね☆

 

 

「さてと、準備もできたところで……演奏うるせー!」

 

「「ええ!?」」

 

「お前のためだぞ!」

 

「準備できたからもう演奏いらねーんだよ。声が届かないだろ」

 

「はぁ、じゃあ演奏止めるね」

 

「みんなにはサプライズになったか?俺がそんなヤワだと思うなよ!」

 

「頑丈さで言えばダントツで大輝だが、回復力で言えば雄弥だもんな」

 

「それはどうでもいいんだよ」

 

「ええ…」

 

 

 あはは!無茶苦茶だけど、ここは台本なくて雄弥に全部任せてるから仕方ないね。雄弥ってそんないっぱい語る人じゃないし、そろそろ気持ちを切り替える準備しとこうかな。

 

 

「今回のライブのテーマも知ってるだろうが、"全力"だ。口にするのは簡単だが、最後まで続けるのは難しい言葉の一つだ。なんせ明確なゴールが無ければいつまで続けるのかがわからないからな。だから、そういう時は自分で決めればいい。大きく捉えたらずっとに思えることも、細かく分ければいつまで全力でいたらいいかがはっきりと分かる。例えば、今回で言えば俺たちはこのライブの間ずっと全力でみんなを盛り上げる!とかな」

 

「わぉ、言うね〜。もちろんそのつもりだったけどね!」

 

「当たり前だな。俺も最後まで全力でやり通してみせる。だからみんな、特に学生!ライブ行ったから欠点取ったとか言うなよ!なぁ大輝?」

 

「そこで俺にふるなよ!いや欠点なんて取らないけどな!」

 

「うちの馬鹿もこう言ってんだ。お前らも取るなよ!それじゃあ始める、前にあと一つだけ!」

 

「え?まだあるの?」

 

「愁!お前は後で罰ゲームあるから覚悟しとけよ!」

 

「うそ!?今回は結花だけって言ってたじゃん!」

 

「罪状はあとで教えてやる。それじゃあ今度こそ始めるぞ」

 

 

 愁が何か言おうとしたけど、前奏で一番最初に演奏する大輝が演奏を始めたから結局何も言えてなかった。変な始まり方になったけど、いざ演奏が始まったらみんな瞬時に集中し始める。

 大輝のドラムに合わせて雄弥のベースが弾かれる。リズム隊の上に乗っかるようにギターが鳴り響いて、それを調和するようにキーボードが包み込む。そこに私の歌が響き始める。みんなのレベルが高いから、私の歌がこの演奏を壊すんじゃないかって不安になることもあるけど、みんなが私を引っ張ってくれる。

 

 

(私はまだ友希那みたいにみんなを引っ張っていく歌ができないけど、私には私の歌がある。雄弥が言ったみたいに全力でそれをやる!)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「いや〜最っ高に盛り上がってるねー!」

 

「このまま最後まで駆け抜けたい気分だよ」

 

「何言ってんだ愁。お前には罰ゲームがあるだろ」

 

「その話を振られる前に次の曲行きたかったのに!」

 

「見えすいた誘導だったな。大輝連行しろ」

 

「了解!」

 

「え、ちょ、本気?考え直そうよ。大輝力強すぎ!あーー」

 

 

 うわー、同年代の男の子担ぎ上げていったよ。ホントに力強いんだね。そういや私も愁への罰ゲームは聞いてなかったんだけどな〜。あ、犬耳外しとこ。…「あぁー」じゃないよお客さん!

 

 

「それで愁はなんで罰ゲーム?」

 

「それは映像で見てもらおうか」

 

「映像まで用意してたんだ…」

 

「入院中に病室でな!」

 

「撮影は病院の許可を貰って、看護師に協力してもらった」

 

「ノリがいいね〜」

 

 

ーーー映像ーーー

 

 

「なんだ疾斗と大輝か」

 

「相変わらず元気そうだな」

 

「いいことだけどな。さてと、暇つぶしに付き合ってやりますか」

 

「今日は三麻でもするか」

 

「病室で麻雀する高校生ってどうなんだろうな…」

 

「気にするな。それでルールは?」

 

「最初の持点よりマイナスの人がプラスの人に何か奢るとかでいいだろ」

 

「シンプルだな。それでいくか」

 

 

 

 結果…

 

 

 

 大輝が惨敗…というかトンだ。

 

 

 

 

「ここまで振り込むのか」

 

「これは才能だな」

 

「ディスってるよな!?」

 

「ここまで酷いとなると別のやつ用意しないとな」

 

「はぁ!?」

 

「順当に考えてライブでの罰ゲームか」

 

「そうするか」

 

「いやいや待てよ!それは俺より適任のがいるだろ!」

 

「適任?…雄弥誰か分かるか?俺は罰ゲーム=大輝だと思ってたんだが」

 

「……愁だな」

 

「愁?今日来てないからか?…あ、でもそれなら結花もか」

 

「いや、愁が罰ゲームだ。結花はもう罰ゲーム決まってるしな」

 

「その心は?」

 

「あいつだけ見舞いに来てない」

 

「「確定だな!!」」

 

 

ーーー映像終わりーーー

 

 

 

「こんなとこだな」

 

「え!?愁って見舞いに行ってなかったの!?」

 

「忙しかったんだろうけどな。それでもちょっと顔出すぐらいはな?」

 

「本当は行ったらしいんだが、その日は雄弥が一日中検査してたから会えなかったんだとさ」

 

「俺は会ってないからやっぱ来てないのと同義だろ」

 

 

 ちょっと理不尽な気もするけど、これって初めから考えてたことだろうね。ハメる気満々だったんだろうね〜。まぁでも愁への罰ゲームってだいたい決まってるんだよね〜。

 

 

「さて、そろそろ出てきてもらおうか!」

 

「ほら愁行くぞ!」

 

「…誰だ?」

 

「こんなのメンバーにいたっけな?」

 

「私もわかんないや」

 

「酷いよ!愁だよ!」

 

「この昭和の幽霊みたいな白いやつが?」

 

「考えたの雄弥でしょ!?」

 

 

 うーん、完全にお化け屋敷のお化けだね。白い着物を着て、頭にもあの三角形のやつ巻いてるし。なんでカツラ(・・・)かぶってるかは知らないけど。

 

 

「じゃ、次のMCまでそれな」 

 

「ええ!?」

 

 

 楽器担当が交代して幽霊になった愁がドラムをすることに。シュールだよね〜。雄弥がキーボードで疾斗がベース。大輝がギターを弾く。それじゃあ次も張り切ってやりますか!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 最後の曲も終わって(愁は元の衣装に戻ってる)アンコールが鳴り響くけど、アンコール曲もやっちゃったしな〜。残念だけど、もう終わりなんだよね。

 そう思って雄弥に視線を送ると、雄弥は頷いてマイクに手を伸ばした。私は雄弥に後を任せてマイクから手を離そうとしたけど、離せなかった。

 雄弥の爆弾発言があったから。

 

 

「結花、罰ゲーム第二弾がまだだぞ」

 

「……え?うそ、え?」

 

「と言っても今回は、何もしないのが(・・・・・・・)罰ゲームだ」

 

「ど、どういうこと?」

 

「結花には僕らが今からする演奏を、ステージの真ん中で聞いてもらうんだよ」

 

「混ざりたくても混ざれないのが罰ゲームの内容だ」

 

「えー!それは流石に酷すぎるよ!」

 

「よく聞け結花。これは結花にはまだ教えてない曲だ。だから結花は混ざれないんだよ」

 

「……そんなのあったんだね」

 

 

 まだ教えてくれてなかった曲があっただなんて。…けどおかしいな。Augenblickが出した曲は入る前から全部把握してたはずなんだけどな。

 

 

「なんて言ったって雄弥が作った新曲だからな!」

 

「疾斗、それは話さなくていいんだよ」

 

「雄弥が?」

 

「…まぁな。俺達5人で歌う曲がまだないだろ?それを入院中に作った。今日俺達4人で歌って、演奏して、次からは結花と5人で演る曲だ。そこで聞いてろ」

 

「……わかった」

 

「途中コールもあるから全員準備しとけよ!」

 

 

 雄弥の呼びかけにお客さんも盛り上がる。初披露の新曲で、今後は5人で歌ってお客さんも混ざれる曲。いったいどんな曲なんだろうね。

 

 

「これが今日最後の曲だ。"Verbindung"」

 

 

 …やっぱり雄弥は凄いよ。曲を作れないなんて言ってたくせに、こんな温かい曲を作れるなんて。歌詞の意味がとても深いのに、リズムがいいからお客さんも一緒に盛り上がれる。最高の曲だよ。

 これを次から私も歌うんだよね。心に刻みつけたよ。この曲を、この光景を。

 

(にしてもこの歌詞…よく聞いたらアレだよね。…雄弥らしいけどさ)

 

〜〜〜〜〜

 

 

 高まる気持ちをなんとか抑えながらみんなで雄弥たちがいる楽屋に向かう。ノックをして許可をもらってからドアを開けた。

 着替え終わってる5人は、アタシが差し入れであげたクッキーを食べながらライブのことを話し合ってた。雄弥は入り口に近い椅子に座ってて、あたしは雄弥と目があった瞬間走り出してた。

 

 

「雄弥!」

 

「おっと。リサ、どうだった?」

 

「さいっこーーのライブだったたよ!」

 

「そっか。それなら良かった」

 

「リサも見せつけるね〜。入ってくるなり雄弥に抱きつくだなんて」

 

「あ…いや…これは、その、ね?」

 

「えー?なになに?」

 

「結花、リサで遊ぶのはやめなさい」

 

「はーい」

 

 

 アタシが結花に弄られると、すぐに友希那が助けてくれた。結花は友希那のことを慕ってるから、基本的に友希那に言われたことに従うようになってた。

 アタシが雄弥から離れたらすぐに子供たちが飛びついていった。雄弥って本当に慕われてるね〜。子供たちと親御さんと話したら今度は宮井さんと話して、それが終わったらこの前のアクセショップのとこの親子と話してた。雄弥のファンらしくて、雄弥と会ったら泣いて抱きついてた。…こ、これくらいは嫉妬しないからね!

 それも終わったらRoseliaメンバーとパスパレメンバーと話しながら外に出てそのまま打ち上げ。打ち上げが終わったらその場で解散した。友希那と結花が気を遣ってくれて、アタシは雄弥と二人で手を繋ぎながら歩いてた。

 

 

「リサ。夏の海外ライブの出発の日が決まった」

 

「っ!…そうなんだ。どれぐらいかかるの?」

 

「2週間程度で済むようにはする予定だが、その都度調整する。…向こうのスタジオと連絡は取ってるが、実力を見せないことにはな」

 

「それでもやるんだね」

 

「ああ。最初は愁のツテでドイツだ。そこで成功させて次はマネージャーのツテを使ってフランス。その後はイギリス、スペイン、最後にイタリアだな」

 

「…大変だね」

 

「この範囲を2週間だからな。弾丸ツアーってやつだな。…悪いな。それでも夏休みはできるだけリサと予定を合わせるから」

 

「うん…ありがとう。…それで出発はいつ?」

 

「8月8日。7日の夏祭りの次の日の早朝だな」

 

「そっか。じゃあテストが終わったらいっぱい誘うからね♪」

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

「うん!」

 

 

 さっきよりも更に雄弥との距離を縮めながら家に向かって歩いていった。もちろん繋げてる手には、アタシ達のお揃いのブレスレットが輝いてた。

 

 



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5章:交際
1話


 週明けから授業内テスト、レポート提出のラッシュが始まり、それが終わったらテスト期間。前の時とは違い今回は大幅に単位にかかわるので、更新が途切れるかもです。ストックは尽きそう。
 


 期末テストが終わって(俺と結花には関係ない)、知り合いに欠点を取った人はいなかった。あこと彩が問題児だったが、あこには結花がノリノリで教えていた。勉強は得意らしい。彩には俺が教えた。学校に通ってないのに教えれるのは、一学年上の疾斗から教えてもらっていたからだ。疾斗も人に教えることをテスト勉強の代わりにできる、とかで分かりやすく教えてくれる。

 そんなこんなで夏休みに入って数日、すでに海外ライブに向けての練習が始まっていた。今日も全員集まって練習しているのだが…、

 

 

「合宿に行きたい!!」

 

「いきなりどうした?」

 

「だってRoseliaは合宿行くんでしょ?私たちも行こうよ!」

 

「Roseliaが行くからって俺達がそれを真似する必要ないだろ」

 

「合宿の方が練習に集中できると思うんだけど…。どう?」

 

「…疾斗の意見は?」

 

 

 それぞれが自由にしているとはいえ、それでもリーダーは疾斗だ。だから最終的に疾斗が決めることが多い。たまに多数決をしたりくじで決めることもあるが。

 それで疾斗に意見を求めたが、求める必要もなかったな。この男がそんなイベントをやらないわけがない。

 

 

「合宿に行くぞ!」

 

「さすが疾斗!分かってる〜」

 

「それで日程はどうするんだい?」

 

「都合がいい日しかないだろ。近日中のどっかで」

 

「そうなると……あー、明後日からだな」

 

「一泊二日だな。宿は見つけれるのか?演奏もできるところなんて限られてる上に今からじゃ無理があるだろ」

 

「えー、そんなこと言わずに雄弥なんとかしてよ〜」

 

 

 そう言われてもな。実際問題今から探して見つけられるとは到底思えない。それに、言い出しっぺが探さないのもどうなんだ?…まぁ最終的に愁あたりが見つけてきそうだが。

 

 

「あ」

 

「どうした大輝。沙綾に怒られることでも思い出したか?」

 

「んなわけないだろ!何もしてねぇよ!…そうじゃなくて、宿なら親父に言えばなんとかできると思う」

 

「怒鳴り込んで住民を無理矢理追い出す気か?それは許容できないぞ」

 

「疾斗はうちをなんだと思ってやがる!」

 

「まぁまぁ、とりあえず大輝に任せようよ。念の為僕の方でも場所は探しておくし」

 

「頼んだ。それじゃあこの話は一旦終わり!練習を再開するぞー」

 

「はーい!」

 

 

 結花のやつ、合宿が決まって上機嫌になったな。明後日からか…たしかRoseliaもそうだったような。……初めからわかっててこの話出したのか。

 練習が終わって解散する前に水着持参とか言ってたけど、遊ぶ気満々じゃねぇか。練習のための合宿だっていうのにな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あはは!それで雄弥たちも合宿が決まったんだね」

 

「まぁな。大輝の方で宿も用意できたらしいしな」

 

「二日前で抑えれるの凄いね」

 

「別荘らしい」

 

「へ?」

 

「大輝のお父さんが持ってる別荘を使わせてもらうんだとさ」

 

「Augenblickって一般人いないんだね」

 

 

 リサも失礼なことを言うな。俺と結花は一般人の部類だろ。他の3人が金持ちなだけだ。こころを基準にしたら、超えてるのが愁の家で、同列が大輝の家、下回るのが疾斗の家だったか。…疾斗のとこは資産総額で言えば並ぶんだっけな。考えるのはやめよう、何かがおかしくなりそうだ。

 

 

「それでさ」

 

「うん?」

 

「なんで同じ電車(・・・・)なの?」

 

「宿泊場所が近いんだから仕方ないだろ」

 

「え!?そうなの!?」

 

「言わなかったか?」

 

「聞いてないよ!」

 

 

 そうだったか?最近はわりとリサに話すようになったと思ってたんだが…、思い返してみたらたしかに話してないな。あ、でも友希那は知ってたはずだ。結花が話してたからな。

 今乗ってる電車は椅子を動かして4人で向かい合えるようにできるやつだ。俺の隣にリサが座っていて、俺たちは2人席にしてる。俺たちの前が4人向かい合う形になっていて、友希那と結花と紗夜と疾斗が座っている。通路挟んで反対側があこと燐子と大輝と愁だ。

 

 

「まぁ宿泊場所が近くてもそれぞれ合宿なわけだからな。会うこともないんじゃないか?」

 

「……そうだね」

 

「何言ってんの雄弥。遊びに行くに決まってんじゃん」

 

「お前が何言ってんだ。練習するための合宿だろ」

 

「馬鹿野郎雄弥!遊ばなくてどうする!」

 

「おいリーダーそれでいいのかよ」

 

「秋宮くん車内では静かにしてください」

 

「ごめんなさい。けど俺たちは遊ぶぞ」

 

「私たちをそこに巻き込むのだけはやめてちょうだい。私たちは練習のために行くのだから」

 

 

 やっぱり友希那の考えはそうだろうな。頂点を取る。それが目標なわけだしな。…だが残念かな。友希那のその言葉に驚いてるのが俺の横と斜め前にいるぞ。リサとあこだが。

 

 

「友希那さん、練習だけなんですか?」

 

「当然よ」

 

「雄弥さん達は遊ぶのに?」

 

「あこ。よそはよそ、うちはうちよ。わかった?」

 

「あこちゃん…練習…がんばろ?」

 

「…はい」

 

「友希那ママ爆誕」

 

「は?」

 

「ごめんなさいごめんなさい!」

 

 

 大輝のやつも相変わらず馬鹿な発言するよな。思ったことをそのまま口にしただけだろうけど。…わからなくもないけどな。さっきのをまさかバンドのことで言うなんて思ってなかった。

 それはともかく、さっきから隣のリサが思案顔になってるんだが。…あ、何か思いついたみたいだな。しかもこっちまで巻き込まれるやつだ。リサは楽しそうな顔をしながら立ち上がって友希那の真上に顔を出して話しかける。

 

 

「ゆーきな!」

 

「きゃっ!…リサ驚かさないでちょうだい」

 

「あはは、ごめんごめん!ちょっと良いこと思いついてさ♪」

 

「…いいこと?」

 

「リサ姉何思いついたの?」

 

「嫌な予感がするのですが…」  

 

「紗夜ってば酷いな〜。そんな悪いことじゃないよ。どちらかと言えば間違いなくアタシ達にとってプラスになることだよ!」

 

 

 あ、もうリサが考えてることがわかった。別にそれをこっちが拒む理由も特にないな。俺たちはとりあえず新曲の精度を上げるのが当面の目標だから、それができればいいわけで。合宿に来たのも結花と疾斗のモチベーションが上がるからだ。

 どうやら結花もリサが言いたいことがわかったようだな。ニヤついているし、それで疾斗もわかったようだ。…これは確定の流れだな。

 

 

「それでリサの考えはなんなの?」

 

「Augenblickと合同練習するの!宿泊場所も近いらしいし、いつもと違う環境になるのもありでしょ?この合宿だってそれが理由なわけだし。しかも直接学べるんだよ?ね、良いことづくしでしょ?」

 

「…そうだけど」

 

「そんなことを突然お願いするわけには」

 

「こっちは全然OKだぞ!面白そうだ!」

 

「特に断る理由もないしね」

 

「練習場所はこっちの宿泊場所の方になるな。結構広いらしいし」

 

「私としても友希那と練習できるのはありがたいかな〜」

 

「だってさ友希那。どうする?」

 

 

 この流れで断ることはできず、友希那は「仕方ないわね」と呆れながら許可を出した。紗夜も友希那の意見に従うから、これで合同練習が確定した。…個別で友希那と紗夜の練習に付き合うか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 われながらナイスアイデアだよね〜。練習の質が上がるのはもちろんだけど、Augenblickのノリの良さなら息抜きに海で遊ぶのも合意してくれるはず。これであこも楽しめるかな。 

 

(本当はただ雄弥と一緒にいられる時間を増やしたかっただけなんだけどね)

 

 隣で窓の外を眺めてる雄弥は、どう思ってるのかな…。さっきの結花とのやり取りを聞いた限りだと、雄弥も練習重視だったみたいだけど、…邪魔しちゃったのかな。

 

 

「…雄弥ごめんね」

 

「なんでリサが謝るんだ?」

 

「だって、雄弥はこの合宿でがっつり練習するつもりだったんでしょ?…邪魔しちゃったよね」

 

「別にそういうわけでもないぞ」

 

「え?けどさっき結花にそんな感じのこと言ってたじゃん」

 

「あれはただ単に結花が遊び倒すつもりだったからだ。Roseliaとの合同練習となれば練習と遊びを半々にはできるからな。…友希那と紗夜がいるならもう少し練習できそうか。ともかく、リサには感謝しかない。ありがとう」

 

「そういうことだったんだ…。よかった♪」

 

 

 雄弥の邪魔になってなかったんだ。よかった〜。練習の時も雄弥に教えてもらえるし、遊ぶ時も雄弥と一緒にいれるよね。今から楽しみだよ♪

 

 

「えへへ♪」

 

「上機嫌だな」

 

「楽しみだからね〜。雄弥と一緒にいられるし、雄弥はそんなことなかったりするの?」

 

「…いや。俺もリサと一緒にいられるのは嬉しいよ」

 

「よかった〜」

 

「……お二人さん。電車の中でキスとかしないでね」

 

「し、しないよ!するわけないじゃん!」

 

「今すっごいしそうな流れだったじゃん」

 

「そんなことない!」

 

「ベッタリ引っ付いてるのに〜?」

 

「こ、これは…その…」

 

 

 肩が触れ合うほどに距離を縮めてるのを指摘されても、気づいたらそうなってるんだから仕方ないじゃん!わざとじゃないもん。自然とそうなるだけだもん。

 

 

「結花。それぐらいにしときなさい」

 

「えー。けど友希那、見張ってないとこの二人すぐにイチャイチャするよ?場所なんて気にしないよ?」

 

「……紗夜」

 

「今井さん。私が監視する必要がありますか?」

 

「ないです。ちゃんと周りを気にします」

 

「きちんと節度を守ってくださいね」

 

「はい…」

 

 

 紗夜も雄弥の事が好き(だった?)なのに、ある程度は見逃そうとしてくれてるんだよね。前に友希那に言われたわけだし、場所を考えないとね。紗夜の基準からしたら最近のアタシの状態はグレーゾーンかもしれない。それでも言わないでいてくれてるんだけど、それに甘えてちゃ駄目だよね。アタシも自分で抑えれるようにならなくちゃ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それじゃあ荷物を置いたらそちらに行くわね」

 

「おう!こっちはすぐに練習できるように準備して待っとくぜ!」

 

「そんな、それは悪いですから自分でやります」

 

「紗夜気にしなくていい。時間を効率的に使ってるだけだ。あとこいつらがじっと待つなんてできないから、やることがある方がいいんだよ」

 

「雄弥は俺達を小学生とでも思ってるのか!?」

 

「いや5歳児」

 

「入学前!?」

 

「はいはい黙ってようね〜。紗夜本当に気にしなくていいから、お礼ならお昼ご飯をRoseliaで作ってよ。食材はあるらしいしさ」

 

「そういうことなら…。わかりました」

 

 

 お昼ご飯か〜。これはアタシの腕の見せ所だよね!Roseliaで料理なんて楽しみだな〜。…友希那にはさせられないけどね。大変なことになるから。

 一旦Augenblickと別れて私たちの宿泊場所に移動する。5人泊まれて練習もできるとあって、建物も大きいなぁー。しかも木造建築で涼しいや。

 

 

「部屋割りもできたし、荷物の整理もできた!それじゃあ雄弥たちの所に行こっか!」

 

「リサ姉も早く会いたいもんね〜」

 

「あこちゃん…それは言っちゃ…だめだよ?」

 

「燐子のも聞こえてるよ〜?」

 

「あなた達遊びに行くんじゃないのよ?」

 

「そうです。これから練習しに行くのですから、気を緩めないでください」

 

「分かってるって♪…戸締まりもOKっと」

 

「鍵はそのままリサが持っていてちょうだい」

 

「りょーかい!」

 

 

 結花から送られてきたAugenblickの宿泊場所は、本当にそんな離れてなかった。歩いて5分かかるかどうかの所、なんだけど…。

 

 

「……なにこれ?」

 

「別荘…らしいですね」

 

「門がでっかい…」

 

 

 一軒家なら門があったりする家も多いし、アタシの家も友希那の家も門があるけど、ここのはデカすぎるよね。門のせいで建物見えないし。とりあえず門の横にあるインターホンを押すと結花がでてくれて門を開けてくれた。…自動で開くんだね。

 

 

「…あれが別荘?」

 

「あこの家よりでかいや」

 

「梶さんの…お家は…どういうお仕事…なんでしょうね」

 

「さぁ〜」

 

「たしかにこれなら合同練習できますね」

 

「さすがね」

 

「いや二人ともなんで通常運転なの!?これ、豪邸だよ!?」

 

「見れば分かります」

 

「庭広いですよ!?」

 

「土地が余ってたから買ったのでしょうね」

 

「プールも…ありますね」

 

「この大きさの別荘ならおかしくはありませんね」

 

「あそこにあるのってクルーザーだよ?」

 

「「練習するわよ(しましょう)」」

 

「「「あ、はい」」」

 

 

 二人は別に驚いてなかったわけじゃないんだね。練習するっていうことを意識して平静を保ってたんだね。アタシ達のド肝を抜くAugenblickの凄さ(おかしさ)をアタシ達はこれから知ることになる。

 




アニメのOVAをベースにして考えた合宿編ですが、9割オリジナルです!(アニメはポピパの話らしいですからね)…アニメ見てないんです。OVAだけは見ました。
感想を貰える→テンションが上がる→モチベが急上昇→書く時間がない=orz


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2話

金曜日までは毎日更新できます。週末からはどうなるかわからないです。


 

 インターホンを押すと雄弥がドアを開けてくれた。中は外の派手さと違って落ち着いた雰囲気になってて、玄関の先には短い廊下があって、ドアが三つある。左は雄弥たちも入っちゃいけない所らしくて、右は地下の練習場所に行くための階段があるらしい。それで真ん中は生活空間が広がってるらしい。

 アタシ達はとりあえず練習場所に向かうために雄弥の後に続いて地下に降りていった。外での衝撃が強かったせいか、地下って言われて驚いてもわりとすぐに受け入れることができた。

 

 

「機材の準備はできてるからあとは自分たちで微調整してくれ」

 

「ええ。ありがとう」

 

「練習はどういう風にするの?」

 

「そうね…。お互いに演奏を聞いて意見を交わし合う。そんなところでいいかしら?」

 

「ま、妥当だな」

 

「あこ、何もアドバイスできることないと思うんですけど」

 

「思ったことをそのまま言ってやればいい。大輝もカッコよさを求めてるからあこの目標と近いはずだしな」

 

「あこと近い目標ですか?」

 

「ああ。だからこうしたらカッコよくなりそう、ぐらいでいいんだよ。それならできるだろ?」 

 

「はい!」

 

 

 アタシも雄弥に意見言える気がしないんだけどな〜。お互いのボーカルとキーボードは大丈夫だろうけど、一番の問題はギターだよね。それを伝えようと思って、アタシが雄弥の袖を軽く引っ張ると雄弥が優しく頭を撫でてくれた。どうやら心配しなくていいみたい。

 

 

「連れてきたぞ」

 

「お、来たか!じゃあまずは俺達の演奏聞きながらチューニングとかやっといてくれ」

 

「さっそくですか」

 

「準備してたらやる気出てきたからな!」

 

 

 お互いが向かい合うように機材が準備されていて、雄弥も自分のベースを構えた。演奏を見たいからアタシ達は急いで準備した。

 最初からは見れなかったけど、2番の途中からは見ることができた。演奏を見ていて驚いたのは、パフォーマンスが一切無かったこと。パフォーマンスの練習もすると思ってたけど、どうやらしないみたい。

 演奏したのは、この前のライブで披露した新曲。前は結花が歌ってなかったけど、あれは結花が知らなかったから。この状態がこの歌の完成形。…いや、お客さんも巻き込む曲だから今も完成形じゃないか。

 

 

「どうだった?」

 

「どうせならそれぞれの担当同士で意見交わすか」

 

「そうね」

 

 

 アタシが雄弥の所に行くと、雄弥はどこか恥ずかしそうに視線をそらした。それがなんでか分からないから、アタシは雄弥の顔を挟んで視線を合わせることにした。

 

 

「どうしたの?」

 

「…別に」

 

「別に、じゃないでしょ?すっごい良い演奏だったよ?この曲は雄弥が作ったやつだよね。アタシこの曲好きだよ♪」

 

「そうか」

 

「うん!曲調もいいし、ハモリも聞いてて気持ちいいし、途中でのコールもあるし。けどアタシが一番好きなのはやっぱり歌詞かな〜」

 

「…歌詞?」

 

「そうだよ。演奏の仕様で隠れ気味だけど、歌詞がすっごい暖かいよね。まるでラブソングみた…ぃ?……ラブソング?…え、うそ…え?」

 

「…やっぱ気づかれるよな」

 

 

 え、ちょちょっ、待って待って待って!整理させて!え?この曲を作ったのは雄弥だよね。そう言ってたし、間違いないよね。で、ラブソング?雄弥が?しかも作ったのが入院中?…これって…、

 

 

「…リサのおかげで作れた曲だ」

 

「ぇ…」

 

「リサが好きだって自覚して、曲を作りたいと思った。俺達の演奏に合うようにしてるけど、リサのために作った曲だ」

 

「…うそ……ほんとに?」

 

「俺が嘘をつくわけないだろ。…ライブで使ってるけど、それでもこれはリサの曲なんだよ」

 

「…ばか。…作ってくれてありがとう。大好きだよ

 

「ああ。俺もだ」

 

 

 

 

「だからすぐにイチャつかないでってば!」

 

「っ!!ご、ごめん!」

 

 

 あ、あぶな〜。今結花が止めてくれなかったら絶対このままキスしてた。そんなことしたら友希那と紗夜になんて言われるか…あ、もう紗夜がすっごい睨んでる。友希那はまだ呆れてるってレベルだけど、結花が止めなかったらそのレベル超えてたよね。

 

 

「今井さん、雄弥くんと意見を交わしましたか?」

 

「…あ、ごめん。なに言おうと思ってたかすっかり忘れちゃった。…あ、あはは〜」

 

「まったく…」

 

「紗夜の方はどうだった?パフォーマンスしない時の疾斗は、だいぶ紗夜に近い演奏の仕方だろ?」

 

「…えぇ。正直驚きました。考えてみれば当然のことでしたが、あれだけのパフォーマンスをしても演奏が成功するのは、それだけの技量を身につけてるからだったんですね」

 

「お褒めの言葉いただきましたー!」

 

「これは見習いたくありませんね」

 

「ガーーン!」

 

「紗夜。疾斗が鬱陶しくなったら花音に電話したらいいぞ」

 

「わかりました」

 

「真面目にやります!」

 

 

 へー、花音に弱いんだ〜。一応覚えとこうっと。…花音が怒ってるのって全然想像できないけどな〜。なんかちっちゃい子に叱るぐらいのイメージしかできない。「メッ!」とか言ってそう。

 

 

「花音って怒らせたら怖いんだぞ」

 

「え、そうなの!?」

 

「疾斗が怒られた時のを見て、怒らせないようにしようって思ったからな」

 

「ゆ、雄弥でもそう思ったんだ…」

 

「はいはい。今度は交代して僕らがRoseliaの演奏を聞かせてもらおっか」

 

「よ…よろしく…お願いします」

 

「友希那の技術、盗ませてもらうからね」

 

「あら、そう簡単に盗めないわよ」

 

「今度はあこのババーンってしたカッコイイ演奏を見てください!」

 

「おう!楽しみにしてるぜ!」

 

「アドバイスは真面目にしてくださいね」

 

「大丈夫。花音に怒られるのが怖いから練習中は真面目にやる」

 

 

 なんだかんだでみんないい感じに打ち解けられてるよね。燐子もある程度の信頼関係は築けてるみたいだし。

 みんなの気合十分!これはアタシも負けてられないね!

 

 

「それじゃあ雄弥。アタシを見ててよね!」

 

「ああ。リサだけを見とく」

 

「そ、そういうことじゃなくて……けど、それはそれで嬉しいかな♪」

 

 

 よーし!張り切っちゃうんだからね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

『雄弥〜。ご飯できたからみんな連れて来てー』

 

「わかった。すぐに行く」

 

「お、昼飯か!」

 

「上がってこいってよ」

 

「いやー楽しみだね〜」

 

【愁が他の女の手料理に鼻の下伸ばしてるよ☆】

 

【帰ってきたらみんなで罰を与えるから覚えといてって伝えて】

 

【了解☆】

 

「結花誰と連絡取ってんだ?」

 

「蘭だよ?」

 

「え、なんで蘭と連絡取ってるの?」

 

「愁をイジメたかったからだよ。帰ってきたら覚えとけってさ☆」

 

「なんて送ったの!?」

 

 

 急いで電話して必死に弁明を始める愁を見て楽しみながら機材の整理を始める。雄弥たちと一緒に愁をその場に残してリビングに行くと、良い匂いが漂ってた。さすがリサだね♪

 

 

「お、きたきた!分量どうしたらいいか分からないから各自で入れてくれる?」

 

「お、カレーか!合宿と言えば定番だよな!」

 

「どっちかっていうと夜に食べるのが定番な気がするけどな」

 

「まぁね〜。けど夜はBBQするって聞いたからさ。味は2種類あるから好きな方選んでね」

 

 

 わざわざ2種類作ったんだ…。別に1種類でもいいと思うんだけど……って!色がおかしいでしょ!何これ!?カレーって言っていいやつなの!?

 

 

「それはあこ発案の味付けだよ♪もう一個は私と紗夜と友希那で作ったやつだね」

 

「りんりんに手伝ってもらいながら頑張りました!食べてみてください!」

 

「味見は…してあるので…大丈夫です」

 

「俺はリサと紗夜の料理がいい」

 

 

 あ、雄弥が逃げた。せこいよね〜。リサと付き合ってるからそっち選ばないわけにはいかないし、雄弥がリサの料理好きだから当然なんだけどさ。…けどその言い方だと友希那に噛みつかれるよ。

 

 

「雄弥、まるで私が作ってないみたいな言い方しないでもらえるかしら?」

 

「友希那は料理できないだろ」

 

「私だって手伝ったわよ」

 

「何をやった?」

 

「野菜のアクを取ったし、ルーを溶かして味付けしたわ」

 

それでよく胸を張れるな。…友希那にもできたんだな。見くびってた」

 

「…初めに何か言ってた気がするけど、まぁいいわ。雄弥は私の認識を改めるべきね」

 

「そうだな。今度弁当作ってくれよ」

 

「いいわよ。私の腕を見せてあげるわ」

 

 

 いや無理でしょ!友希那にいきなりそんなことできるわけないじゃん!できて日の丸弁当とかじゃないの!?

 リサにアイコンタクトを送って意思疎通を図る。どうやらリサもわかってくれたみたいで、頷いてくれた。私たちで友希那の料理を見とかないとね!

 

 

「それで…こっちのは誰が食べる?私は姉の料理を食べるから」

 

「せこっ!…食べないって選択肢は

 

それはないだろ。見ろよ、あのあこちゃんの期待の目。あれを裏切れるのか?

 

「……。俺はあこと燐子の方食べるかー」

 

「本当ですか!?」

 

「あこちゃん…よかったね」

 

「うん!」

 

「流石大輝。男前だな「あこ!疾斗も食べるってよ!」…は?」

 

「疾斗さんありがとうございます!」

 

「……はっはっはっ。実はこれみたいに、誰も思いつかないようなやつは好きなんだよなー。このカレーもなんか闇っぽくてカッコイイしな!」

 

「わかります!?そうなんですよ!りんりんにアドバイスもらいながら作ったんですよ!あこ達だけのカレーを!」

 

「…愁のもこれでいいよな

 

そうするか

 

 

 愁の分も先に用意してテーブルに用意しとく。長方形の長テーブル(貴族ですか?)に座って話に花を咲かせる。まぁ、Augenblickのことを聞かれる方が多いし、疾斗と大輝のプライベートが結構聞かれてたね。…雄弥と私のことは知られてるし。

 

 

「ふぅー、なんとか誤解をとけたよ」

 

「あ、とけちゃったんだ」

 

「何期待してたのかな!?」

 

「さっさと席につけ。疾斗が空腹で人間やめかけてるぞ」

 

「オレ、クウ。…マダ?ナゼ?」

 

「…やばいね。僕のも入れてくれてありがとう…ってこれ何?」

 

「酷いですよ!あことりんりんが頑張って作ったのに!」

 

「…傷つき…ました」

 

「ごめん!そういう意味じゃなくて!このカッコイイ料理は何味なのかな〜ってことだったんだよ!びっくりしちゃって言葉が足りなくなっちゃってた。あは、あははは…」

 

「そうだったんですね!」

 

それでこれ大丈夫?」

 

「それじゃあみんな手を合わせてー」

 

「…ぇー」

 

『『いただきます』』

 

「クラウ!」

 

 

 愁がなんか言ってるけど、こんな失礼な男は無視だよ無視。ほんと、うちのメンバーは女心をわかってないのしかいないんだから…。それと疾斗、ご飯食べてるんだからそろそろ人に戻ってきてほしいな。Roseliaメンバーがひいてるからね。

 

 

「メシ…マダ…」

 

「リサ、おかわりってできるのか?」

 

「え?あ、うん。ご飯は多めに炊いてあるし、ルーがまだ余ってると思うよ」

 

「だってよ疾斗。好きなだけ食べろ」

 

「ヒャッホーー!」

 

「お、戻ったな」

 

「あれは戻ったと言えるのですか…?」

 

「まぁな。…紗夜、このカレー美味しいぞ。ありがとう」

 

「と、当然です。私たちが作ったのですから…」

 

 

 話の流れから紗夜だけに言ったんだろうけどさ、リサにも言ってあげなよね。リサがすっごい拗ねてるよ?友希那が宥めてるから抑えれてるけど。

 

 

「ところでお二人さん。そのブラックカレーのお味は?」

 

「上手いぞ。見た目が禍々しいけど、味付けがしっかりされてる」

 

「やったー!りんりん、美味しいって言ってもらえたよ!」

 

「そうだね。…頑張ったかいが…あったね」

 

「新鮮な味だね」

 

「何杯でも食えるぞ!」

 

「「それは疾斗だけ」」

 

「疾斗は胃袋が無制限だからね〜」

 

 

 お昼を食べ終わったら今度は私たちが片付けをして、Roseliaは先に練習場所に行った。午後からの練習は、午前とは違って個人での練習になった。まぁ意見交換はするし、竿隊とかリズム隊で練習したり、組み合わせをコロコロ変えながらの練習になったんだけどけね。最終的にはやっぱりバンド単位で曲を通して練習した。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「バーベキューー!!フォーーー!!」

 

「…雄弥、あれ大丈夫なの?」

 

「通常運転だ」

 

「……ならいっか」

 

「だがまぁ放っておいても面倒だな。疾斗、準備手伝わなかったら肉食わせないぞ」

 

「全て俺に任せろ!」

 

「これでよし」

 

「えぇー…」

 

 

 疾斗は本当に全部一人でセッティングしちゃった。手際が良すぎるから逆に手伝えないんだよね〜。…あ、アタシ達はお互い名前で呼ぶくらいに仲が良くなったよ。紗夜が名字呼びなのはいつものことだから、紗夜だけは名字呼び。仲良くなったのは一緒だけどね。

 

 

「肉、米、野菜!準備完了!さぁ焼くぞ!」

 

「野菜もちゃんと食べるんだね」

 

「案外そのへんはしっかりしてるんだよね〜」

 

「本当に意外ね」

 

「知れば知るほど分からなくなりますね…」

 

「気にせずに半分は流しとけ。それが一番接しやすい」

 

「分かりました」

 

「おーい君たち?聞こえてるからね?」

 

「そうだ疾斗。食材が足りなくなったら買ってこいよ。そんだけ食べるのはお前ぐらいなわけだしな」

 

「おうよ!」

 

「…パシリだよね」

 

「あのテンションの疾斗はパシリって思ってないんだよね〜」

 

(ほんと、わけわからないや)

 

 

 みんなでワイワイ盛り上がりながらバーベキューを楽しんだ。海の近くでバーベキューっていうのも夏っぽいよね♪

 意外だったのが、あこと愁だね。愁はAfter glowと仲がいいらしいんだけど、そこのドラムがあこのお姉ちゃんの巴。あこと巴は仲いいんだけど、愁のことは聞いてなかったみたい。ほんとにびっくりしちゃった。

 大輝はあこと燐子がやってるゲームをやってるらしくて、その話で盛り上がってた。たしか雄弥も始めたんだっけな。最近はやってるのかわからないけど。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「わざわざ送ってもらわなくてもいいわよ?」

 

「結花が送ってこないと別荘に入れないって言うんだよ」

 

「…あの子ったらもう」

 

「あはは、友希那も大変だね!」

 

「ええ。どっちも世話の焼ける子だわ」

 

「なんでだよ」

 

 

 なんでも何も、雄弥も雄弥だもんね〜。最近アタシが雄弥に甘えてばっかだから、その分友希那にツケが回ってるんだろうね。…アタシには何も言ってこないけど。

 

 

「結花さんって凄い楽しそうにしてますよね」

 

「結花は前から楽しんでるぞ?」

 

「いえ、そうじゃなくて。あこ、見てて思ったんですけど、今と前とでは笑顔が違うなって思って」

 

「…たぶん。…気負うことが…なくなったからだと…思います。雄弥さんたちの…おかげですね」

 

「そうですね。日菜も今の藤森さんの方がるんっ♪てすると言ってましたし」

 

「…そうなのか」

 

「雄弥もそこを気づけるようにならないとね〜」

 

 

 アタシが肘で小突くと、お返しに頭を雑に撫でられた。雑って言っても髪が乱れる程度で、痛まないように力加減は優しくしてくれてるんだけどね。

 

 

「わ〜♪」

 

「リサ姉も大概だよね」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「だって、ねー?りんりんもそう思うよね?」

 

「…うん。…今井さん…雄弥さんといる時…雰囲気変わるもんね」

 

「今井さん?」

 

「…はい」

 

 

 いつもなら雄弥と手を繋いだりするんだけど、今も我慢してる。距離が近いってだけ…なんだけど、心の中ではすっごい葛藤してる。どこかのタイミングで手を繋ぐくらいできないかなって思ってたけど、の思いとは裏腹にもう宿泊場所に着いた。

 

 

(雄弥も…もう戻っちゃうよね)

 

「雄弥送ってくれてありがとう」

 

「どういたしまして。明日の10時くらいにこっちに来るから、またな」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「雄弥さんまた明日ー!」

 

「お疲れ…さまです」

 

 

 …もう別れるムードになってる。…アタシはもっと居たいのに。だけど、それは我慢しないといけない。…せめて、せめて明日は!

 

 

 

 

 

「雄弥ー!近くに温泉あるらしいから行こうぜー!!Roseliaも一緒にどうだ?」

 

「…お前車の免許もあんのかよ」

 

 

 どうやらまだ雄弥と一緒に入れるみたい。アタシの願いはすぐに叶っちゃった。

 




テキトウに思いついたブラックカレー、まさかコラボカフェのメニューに入っていたとは…。
☆10評価 祀綺さん ありがとうございます!


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3話

「10人乗れる車って疾斗が持ってる免許でも運転できるんだな」

 

「準中だからギリギリだけどな!この大きさのは初めてだから気をつけねーとな〜」

 

「おい」

 

「安全運転は心がけるって!愁が助手席で見てくれてるしな」

 

「それでも死角はあるからね。みんなも危なそうだったら言ってね」

 

 

 運転席と助手席に疾斗と愁が座り、中列と後列に4人ずつ別れた。俺は後列の右端で左にリサ、友希那、紗夜が座っている。中列には俺の前に結花でその左に燐子、あこ、大輝が座っている。

 近くに温泉があるとはいえ、歩くには少し距離があるらしくこうして車で向かっている。俺の着替えは愁が持ってきてくれているらしい。

 

 

「温泉なんていつぶりだろうね〜」

 

「さぁな。俺は仕事関係で温泉に入ることもあるから久しぶりってわけでもないがな」

 

「いーなー。まぁでもこうして一緒に行くのは久しぶりだよね♪」

 

「中学生の時以来ね」

 

「…そんなに前なのか」

 

「リサ〜。雄弥と一緒に居たいからって混浴とか行かないでよ?」

 

「まずないでしょ!」

 

「今井さん。あったら行くのですか?」

 

「行きません!」

 

 

 この合宿でけっこうリサってイジられてるよな。そんなにイジられるようなことしてない気がするんだが、リアクションがいいからか?

 

 

「雄弥が誘ったら入る?」

 

「なっ!?……ゆ、…雄弥はそんなこと言わないもん!……言わないよね?」

 

「ああ。リサの体を他の男に見られるわけにはいかないからな」

 

「…雄弥。それだと個室風呂ならリサを誘うと言ってるようなものよ」

 

「……個室の混浴って存在するのか?」

 

「え、うそ…あったら…え?…けど、雄弥なら

 

「…雄弥くん?」

 

「いや誘わないからな?大輝みたいな変態と一緒にするな」

 

「とんだトバッチリだな!変なレッテル貼らないでくれよ!」

 

 

 …大輝ならあるかもしれないだろ。どうせ修学旅行とかで女子風呂とか覗いたりしてたんだろ。

 ところでさっきからリサが顔を真っ赤にしてフリーズしてるんだが、大丈夫なのか?こんなんで温泉入ったらのぼせて倒れたりする可能性があるぞ。

 

 

「今井さん。今井さん!」

 

「は、はい!どうしたの?もう着いたの?」

 

「もうすぐだよリサ姉。ところで結局リサ姉は雄弥さんと一緒にお風呂入るの?」

 

「あこちゃん…そこは…触れない方が…」

 

「入らないから!燐子も変に気を遣わないで!」

 

「疾斗、次の交差点を左折したらすぐだよ」

 

「OK!」

 

 

 もう着くらしいな。メンバーにまで言われて軽く拗ねているリサと手を重ねる。どうやら、いつもみたいに頭を撫でていると結花が絡んでリサが疲れるみたいだから、今回は手を重ねるだけにした。リサと目が合うとリサは嬉しそうに笑みを浮かべて指を絡ませてきた。…そういえば今日手を繋ぐのってこれが最初かもしれない。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(やった!雄弥とやっと手を繋げた!)

 

 

 今回は雄弥から先に手を重ねてきたから、アタシがやったわけじゃないからね!結花に何も言われても大丈夫だね!

 車を降りて温泉施設で受付を済ませたら、すぐに脱衣所に向かうことになった。脱衣所が近づいたら雄弥とも手を離さないといけない。…やっと手を繋げたのに、短いよ。

 

 

「…疾斗車の鍵を貸してくれ。忘れ物してきた」

 

「んん?いいぞ。鍵は雄弥が保管しといてくれ」

 

「悪いな」

 

「先に入ってるぞ〜」

 

「ああ。…リサもついてきてくれるか?」

 

「へ?…ぁ、うん!」

 

「リサ、私達も先に入ってるわね。なるべく早く来なさいよ」

 

「ありがとう友希那♪」

 

 

 気を遣わせちゃったな〜。…それにしてもまさか雄弥がこんなことしてくれるなんてね。それとも雄弥が気付けるぐらい分かりやすかったのかな?

 雄弥の腕に抱きついて頭を肩に預けながら歩く。今日一日分を発散しようと思って抱きつく強さはいつもより強いけど、雄弥は何も言わずに受け入れてくれてる。

 

 

「忘れ物ってほんとにしてるの?」

 

「ああ」

 

「そ、そうなんだ…。何忘れたの?」

 

「財布」

 

「あぶな!…珍しいね、雄弥が貴重品を忘れるって」

 

「そうだな。…あった、よしじゃあ戻るか」

 

「え、もう!?」

 

「遅くなったら他のやつに悪いだろ」

 

「そうだけど…」

 

 

 そうだけどさ…、もう少しぐらい二人で一緒にいてもいいじゃん。こんなに相手を求めてるアタシがおかしいの?重たいってのは自覚してるけどさ、だけどさ…、もっと一緒にいさせてよ。

 

 

 アタシのこの願いは届かなかった。いつもより歩くペースが遅いぐらいで、まっすぐ戻った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 三人で寝転ぶようにジェットバスを満喫していると、体を洗い終わった雄弥も入ってきた。ジェットバスはいいぞ。血流が素晴らしいことになる。まだ高校生だがすでにその良さを知っているのだ!

 

 

「なんだ、もう戻ってきたのか。もう少し二人でゆっくりしてもよかったんだぞ?」

 

「僕もてっきりそのために車まで戻ったのかと思ったんだけど」

 

「普通に財布を取りに行っただけだぞ?」

 

「なんでそんなの忘れてんだよ!?」

 

 

 んー?雄弥が財布を車に忘れる?ありえないだろ(・・・・・・・)。これはけっこうヤバイ問題だな。これからに(海外ライブに)支障をきたす可能性が出てきたな。

 

 

「雄弥」

 

「なんだ?」

 

「お前リサへの依存度高くないか?」

 

「かもな」

 

「そこは別に何も言う気はないんだがな。仕事に影響を出すなよ?」

 

「わかってる」

 

「…たぶんだけどさ」

 

 

 体を起こした愁が雄弥と視線を合わせた。どうやら愁なりの分析をしたらしい。それはいいのだが、ちゃんとジェットバスを満喫しろ!これは時間がきたら止まるやつなんだからな!

 

 

「リサと一緒なのに何もしないから(・・・・・・・・・・・・)調子悪いんじゃない?」

 

「どういうことだ?」

 

「俺もわからん。説明プリーズ」

 

「雄弥はともかく大輝はわかろうよ…」

 

「つまり、リサが我慢してるから雄弥の調子が狂うんだろ。側にいない時はいつも通りだったのに、ずっとリサといて調子が狂ったってことはそういうことって愁は考えたんだろうな。…雄弥からリサになんかすることって滅多にないだろ?」

 

「…そうだな。たまにしかないな」

 

 

 やっぱりな。雄弥からリサへ、が少ないのはおそらくリサの方から雄弥にアプローチをかけまくるからだ。そして雄弥も無自覚だろうが、それを待っているんだろう。だがこの合宿では一緒にいるのにリサからのアプローチが殆ど無い。

 結花が邪魔してるってわけでもない。やり過ぎになりそうな時に止めに入ってるだけだからな。…リサ自身が抑えてるのか。

 

 

「もう少し雄弥からもアプローチをかけてやれ。リサのことを想うなら尚更な」

 

「わかった」

 

「おし!それじゃあ露天風呂行くぞー!」

 

 

 こういうシリアス的なのは好きじゃねぇんだよ!関わる事多いけどな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 リサがすっごく機嫌悪い。機嫌が悪い上にすっごい拗ねてる。また雄弥がなんかやらかしたのかな…。リサと二人で車のとこに行ったときは、よくやった!って思ったんだけどな〜。

 

 

「リサ。今度はどうしたのよ」

 

「……雄弥が…全然あたしと違った」

 

「えっと〜、つまり?」

 

「今井さんと雄弥くんでお互いを想う気持ちに差があった。ということでしょうか」

 

「……うん」

 

 

 そんなわけないと思うんだけどな〜。雄弥ってリサにゾッコンだよ?リサがいなかったら1ヶ月程度で廃人確定だよ?なんか実際には大したことじゃないようなすれ違いやってそうだな〜。

 

 

「うーん、あこは雄弥さんがリサ姉のことすっごい大好きだと思うよ?それこそリサ姉が雄弥さんを好きなのと同じぐらい」

 

「…けど…」

 

「…今井さん…今井さんの気持ちを…抑えないでください」

 

「燐子…?」

 

「たぶん…雄弥さんも…思っていると…思います。……今井さんに…我慢してほしく…ないと」

 

「……ぁ」 

 

(入院してる時にも言われてたことなのに…アタシってば…)

 

 

 だよねー。雄弥ってば自分からは全然動かないもんね。動かないというのか、動けないというのか。…いや、分からないんだろうね。なんせ愛情どころか感情も最近まで全く理解できてなかった人なんだから。今も怪しいとこあるけど。

 

 

「リサ。私達は別にあなたに我慢しろなんて言ってないのよ?」

 

「友希那?」

 

「紗夜だって節度を守るようにしか言わなかったでしょ?やり過ぎになりそうな時だけ結花が止めてたはずよ。…からかうのは別として」

 

「我慢…しなくていいの?」

 

「そうね。場合によっては止めるけど、止められるまで甘えたらいいのよ。私達はリサに笑っていてほしいのだから」

 

「ありがとう!」

 

「…もう。カップル揃って仕方ないんだから」

 

 

 やっぱり友希那は雄弥のお姉ちゃんだよね〜。身長も体格も違うくせに、抱きついてくる人の受け止め方とか頭の撫で方が一緒なんだから。

 …友希那もきっと苦労したんだろうね。あんな大物を弟に持っておきながら、そんな弟を導ける姉になってるんだから。

 

 

「リサ姉の元気も戻りましたし、露天風呂行きましょう!露天風呂!」

 

「いいねーあこ!私も露天風呂行きたかったんだ〜。ほらみんなも行こ!」

 

「二人とも!騒いではいけません!」

 

「…急いだら…危ないよ」

 

「ほらリサ。私達も行くわよ」

 

「うん!」

 

 

 露天風呂から見える夜空はすっごい綺麗だった。都会じゃないってこともあって夜の光はほとんど自然の明かりだけだからかな。私達が露天風呂に出た時には、壁を挟んで向こう側で先に雄弥たちも露天風呂に来てたみたい。

 

 

『修学旅行で覗きぐらいするだろ!中学の時にやってもうやりたくねーって思ったけどよ!』

 

『刺されろ』

 

『辛辣だな!?』

 

『僕はそんなことやらないね』

 

『いつでも蘭の裸を覗けるもんな』

 

『そんなわけないでしょ!?疾斗!出鱈目を言って僕を貶めようとしないでくれるかな!』

 

『じゃないと面白くないだろ』

 

『僕は面白くないよ!』

 

 

 …話してる会話は最低だけどね。向こうは四人だけなのかもしれないけど、こっちは他にも一般の人いるんだからね!聞こえてないとか思ってるかもしれないけど、がっつり聞こえてるからね!こっちは全員表情無くなってるよ。ホラーだよ。

 

 

『そういう疾斗はどうなの?』

 

『覗きか?』

 

『うん』

 

『去年の修学旅行でやったな〜』

 

『…まじか』

 

『露天風呂がほぼ全方向が竹で覆われててな。何があるか気になって一方向ずつ見ていったんだよ。一つは川に蛍がいて綺麗だなーってなった。もう一つは山で緑がおおかった、というか暗かった。で、その次に見たのが女子風呂だったってわけだ』

 

『花音に言うか』

 

『あ、もう知られてるぞ』

 

『よく生きてるな』

 

『その時花音以外にも人がいてな。……修羅場だった』

 

 

 いつ知られたのかによってその時にいたメンバーがわからないね。最近知られたなら、ハロハピだったりイヴだったりだろうけど…うーんわかんないや。

 

 

『さてと、んじゃ覗きのコツでも教えますか。ここみたいなところだとまずだな』

 

「雄弥〜。疾斗を放置したらリサの裸を見られちゃうよ〜」

 

『聞こえてたのかよ!?壁うっすいなーおい!』

 

「声がデカすぎるんだよ!」

 

『まじかー…ん?雄弥?まてまて落ち着け!覗いてないだろ!まて…ギャアーーー!!』

 

「あはは!リサってやっぱり愛されてるね〜」

 

「これはこれで恥ずかしいから!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 来るときと同じ位置で座る、ことにはならなかった。疾斗は運転しないといけないからそのままで、覗きをしたことがある大輝を助手席に座らせた。あ、愁と大輝の位置が変わっただけか。

 …アタシは雄弥と隣だったんだけど、なぜか気まずくて何も話せなかった。せっかく甘えていいって言われたのに、何もせずに戻ってきちゃった。

 

 

「それじゃあまた明日な〜」

 

「ええ。明日もお願いね」

 

「運転お疲れ様です」

 

「…お気をつけて」

 

「おやすみなさい!」

 

「おやすみー☆」

 

「あーそうそう、雄弥はそっちでよろしくー」

 

「は?」

 

 

 雄弥とアタシ達が理解できないでいるうちに雄弥は大輝と疾斗に追い出されて、荷物も渡された。着替えとかが入ってるのかな。…ってことは温泉に行く前からこうする気だったんだ。

 

 

「それじゃあ雄弥また明日〜」

 

「おい……ったく」

 

「はぁ、仕方ないわね。部屋はまだあったはずだからそこで寝てちょうだい」

 

「…わかった」

 

「あとは寝るだけですしね」

 

「あこもうねむいー」

 

「部屋まで…がんばろっか」

 

 

 アタシが鍵を開けてみんなそれぞれの部屋に入っていった。アタシも自分の部屋に入って荷物の整理をしたけど、気持ちが落ち着かなくて気づいたら別の部屋に来ていた。…そう、雄弥の部屋に。

 

 

「雄弥…」

 

「寝れないのか?」

 

「雄弥!」

 

「おっと…リサ?」

 

「このまま」

 

「わかった」

 

 

 もう寝るところだったのか、ベッドの前で立っていた雄弥の胸に飛び込んだ。突然こんなことをしても、雄弥はいつも受け止めてくれる。雄弥の背中に腕を回して強く抱きしめる。雄弥もアタシを優しく抱きしめてくれる。

 気持ちが少し落ち着いたら視線を上げて雄弥と目を合わせる。それだけでわかってくれて、そっと唇を重ねた。背中に回していた手を雄弥の首に回して、もっと強く唇を押し当てる。角度を変えたりしながら深く深く、ただひたすらに雄弥を求める。

 

 

「…ゆうや」

 

 

 愛おしい名前。

 

 愛おしい響き。

 

 目の前にいるその存在を呼ぶだけでも胸が暖かくなる。

 

 

「ゆうや、アタシ…がまんしてた」

 

「…そうだな」

 

「もっと…ゆうやといたい」

 

「…ごめんな。俺の方からも動かないといけないよな」

 

「アタシが!…アタシが雄弥にいっぱい甘えるって言ったから。雄弥はそれで待ってたんだよね?」

 

「そうなるかな。…けど、やっぱり俺も動くべきだったんだ」

 

「…寂しかった」

 

「うん」

 

「もっと雄弥に甘えたかった…」

 

「うん」

 

「今からでも甘えていい?」

 

「もちろん」

 

「ありがとう♪」

 

 

 雄弥をベッドに押し倒して、雄弥の上に寝そべりながらまた唇を重ねる。息が苦しくなったって気にしない。こんなの心の苦しさに比べたら軽いものだから。息が切れて一旦離しても、呼吸が整うのを待たずに唇を重ねる。

 どれだけそれを繰り返したのかなんて覚えてない。案外少ないのかもしれないけど、それすら記憶に残ってない。

 

 

「ん、ぷはぁー、はぁはぁ…ゆうや…ゆうやぁ」

 

 

 呼吸がかつてないぐらいに乱れていて、肩も大きく上下してる。目の焦点はどこかあってないような気がして、雄弥の顔もぼんやりとした見えない。だからアタシはこれが夢じゃないと思いたくて、雄弥が反応してくれるように甘い声を出した。

 そうしたら雄弥は、アタシの肩に当ててた手を腰に回して引き寄せてきた。アタシは頭を上げるのをやめて、雄弥のすぐ横に頭をおいた。距離がすごい近いからお互いの頬が触れ合う。

 

 

「…リサ、お願いしてもいいか?」

 

「アタシも、ゆうやにお願いしたいことあるよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。けど、ゆうやから言ってほしいかな」

 

「わかった。リサ、今日は一緒に寝てくれるか?」

 

「えへへ♪アタシも同じことお願いしようって思ってた♪」

 

「なら」

 

「うん!一緒に寝よ♪」

 

 

 雄弥と並んで布団をかぶる。向かい合って、雄弥に抱きしめられながら髪を撫でてもらった。それで一気に眠気がきたけど、寝ちゃう前にアタシも雄弥にお返しをすることにした。

 

 

「ゆうや」

 

「どうした?」

 

「んっ。おやすみ♪」

 

「ああ。おやすみ」

 

 

 眠気を抑えて、さっきとは違う。当てるだけのキスをして寝ることにした。アタシの意識が完全に落ちるまで、雄弥はずっと髪を撫でてくれていた。

 



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4話

この忙しい時期にコンパを実行するうちのゼミは、頭がどこかおかしいのでは…。往復の2時間半返せ!レポート一つできるわ!楽しかったけどな!

結花のビジュアルについての質問がきたので書きます(きてから考えた)。一応活動報告にも昨日の夜に載せました。
顔や髪のイメージは、遠藤ゆりかさんですね。髪の長さはアルバムのジャケ絵ぐらいです。(髪色は濃いめの茶色で瞳の色は琥珀、友希那と同じです)スタイルは前にちょこっと書いたとおり、リサとほぼ同じと考えてます。
この設定の細かい理由も活動報告にて。


 いつもと環境が違うと寝付けないとか、あまり眠れないとか、俺はそういったことが一切無い。だからいつもとほぼ同じ睡眠ができて、起きる時間も変わらなかった。

 

 

(違いがあるとすれば、いつもより寝れた(・・・・・・・・)ことか)

 

 

 まだ隣で眠っているリサを見ながらそんなことを考える。眠りながらも服を掴んで離さないリサの髪を手で軽く梳く。心地よさそうにするリサに頬を緩ませながら、そっとリサの手を離して体を起こす。

 

 

「…朝飯でも作るか」

 

 

 リサ以外に料理ができるRoseliaメンバーと言えば、紗夜か燐子ぐらいだろう。ただ、燐子にはあこのことを頼みたい。そうなると紗夜だけだな。おそらく起きているだろうし、二人で作るか。そう決めながら着替えを済ませて、部屋を出ようとしたところでリサに声をかけられた。

 

 

「ゆうや?……どこいくの?」

 

 

 まだ寝ぼけているのか、目が半開きになっているリサは不安そうに声をかけてきた。部屋を出るのを一旦やめてリサの側まで行き、安心させるように頭を撫でる。

 

 

「おはようリサ。朝ご飯作りに行くだけだから」

 

「いなくならない?」

 

「ああ」

 

「…ん、よかった」

 

「作ったら呼びに来るからリサはゆっくりしててくれ」

 

「アタシも作る」

 

「まだ寝ぼけてるだろ?今日はゆっくりしてくれていいぞ」

 

「ちゅーしよ」

 

 

 …寝ぼけてるときのリサは、普段言葉にするのを躊躇うことを遠慮なく言ってくるな。言葉にしてくれた方が伝わるからいいんだけどな。

 ベッドに座ってるリサはすでに目を閉じて待っていた。俺はこの前結花に教わった"あごくい"というものを実践することにした。軽くリサの顎を上げてその柔らかな唇と重ねた。

 本当にキスをしたら目が覚めるらしい。口を離したらリサの頬は赤くなって、リサの目もさっきまでとは違いぱっちりと開かれていた。

 

 

「おはようリサ」

 

「おはよう雄弥♪」

 

「俺は先に下に行っとくから、リサは着替えたら降りてこい」

 

「うん!」

 

 

 台所に行くと、やはり紗夜は起きていたようで朝飯を作る準備をしていた。俺は紗夜に声をかけてからすぐに手伝いを始めた。

 

 

「雄弥くん、ゆっくりしてくれてていいのよ?一応雄弥くんはお客さんの立場なんだから」

 

「いや、手伝わせてくれ。リサも後から来るしな」

 

「…そう。なら野菜を切るのを手伝ってくれないかしら?」

 

「人参だけ紗夜の手にあるのはなんでだ?」

 

「……なんでもいいでしょ」

 

「人参も野菜だろ?」

 

「…意地悪。私が人参を嫌っているのは知ってるでしょ?」

 

 

 まだ人参が嫌いだったのか。出会った時から人参嫌いだったが、日菜が言うには昔は人参が嫌いというわけじゃなったらしい。ということは、人参を食べれるようになる可能性はありそうなんだけどな。

 

 

「…はぁ。なら人参を使わないサラダを作る。それでいいだろ?」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「そのうち克服しろよ」

 

「なら雄弥くんが克服させてくれるかしら?」

 

「…考えとく」

 

「楽しみにしてるわ。雄弥くんの手料理」

 

「目的が変わってるぞ」

 

「気のせいよ」

 

 

 軽口を叩きながら野菜を洗い、どういうサラダにするか考える。友希那は苦いのが苦手だし、あこも苦手な野菜がありそうだ。……サラダというチョイスはRoselia相手だと難しいな。

 

 

「そういや紗夜のエプロン姿なんて久々だな」

 

「それはそうよ。だって一緒に料理をしたのは、雄弥くんが家にいた時だけだもの」

 

「そう言われたらそうだな」

 

「いきなりどうしたのよ」

 

「いやな、エプロン付けてる紗夜も可愛いなって」

 

「なっ!!……か、彼女がいるのに…そういうことを言うのね」

 

「思ったことを言っただけだが、駄目なのか?」

 

「ええ。…誰彼構わずにそんなこと言ったら浮気に繋がるわよ」

 

「そうなのか。ならやめるようにしないとな。…けど誰にだって言うわけじゃないんだぞ?」

 

「でしょうね。でも…最後の一言もだめよ。雄弥くんがその人に気があるのだと勘違いさせることになるわ」

 

「難しいな」

 

 

 女心ってほんとに難しい。…あれ?これを紗夜に言って、紗夜からこういう事を教わるって最低な事じゃないか?フった相手に女心を教わるって…。

 この時になって俺は発言に気をつけようと決めた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 着替え終わったアタシは、雄弥と朝ご飯を作ろうと思ってすぐに1階に降りたけど、中に入れずにいた。

 

 だって雄弥と紗夜が楽しそうに二人で話してたから。その姿を見てアタシは胸に何かが刺さるような感覚を覚えた。

 

 雄弥はアタシの彼氏なのに…なんでそんな楽しそうに紗夜と一緒にいるの?

 

 なんでアタシといる時と同じぐらい楽しそうなの?

 

 その光景を見るのを耐えられなくて、俯いたままそっとドアを閉めようとしたけど、ドアが閉まらなかった。雄弥がドアを掴んでたから。

 

 

「こんな所でじっとしてどうした?」

 

「…そのまま二人で朝ご飯作ればいいよ。アタシは邪魔になるでしょ?」

 

「馬鹿か」

 

「え?」

 

「今下準備したところで止まってるんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…なんで?」

 

「リサと三人で作るからだ。リサも来るって分かってるんだから先にやってもな」

 

「そういうことです。今井さんも早く入ってきてください。今から作り始めないと宇田川さんがお腹をすかせてしまいます」

 

「ちょっ、紗夜引っ張らないで」

 

「こうしないと今井さんは入ってきてくれませんから」

 

 

 なんかいつもと立場が逆になってる気がする。あたしが紗夜を意識しちゃうのは、きっと紗夜にとって迷惑なんだろうな。

 用意されてたエプロンを付けて、手を洗ってっと。よし、準備完了だね!

 

 

「三人ならすぐに作れるな」

 

「そうですね」

 

「…ところでサラダに人参は入れないの?」

 

「……」

 

「あー。…まぁ、な」

 

「紗夜?好き嫌いは駄目だよ」

 

「…雄弥くんが今回は許してくれると言ってました」

 

「雄弥?」

 

「ま、ゆっくり克服していけばいいだろ」

 

「まったくもう…」

 

 

 今回だけだからね?昨日のカレーもこっそり雄弥が紗夜の人参を食べてたの知ってるんだから。…それに、あたしも色々と見逃してもらってるんだからこれぐらいはね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それで、俺達が来るまでの間に新曲を考え始めた友希那が不調になったと」

 

「フレーズが思いつかないんだとさ」

 

「…あなた達目の前でそんな話しないでくれるかしら」

 

 

 雄弥と疾斗は友希那の目の前のソファでくつろぎながらそんな会話をしてた。私は友希那の横に座って、どんな曲を作ろうとしてるのか見てるんだけど…。全然思いつかないみたいだね。

 

 

「そう言われてもな〜」

 

「気分転換するしかないんじゃないか?」

 

「気分転換?」

 

「友希那〜、気分転換って言ったら海しかないでしょ。海」

 

「よしみんな!海行くぞ!」

 

「やったー!」

 

 

 絶対疾斗は私がこう言うの待ってたよね。あこもすぐに反応してるし…、まぁ私も海行きたかっただけなんだけどね〜。友希那はいいきっかけをくれたよ☆

 

 

「…あなた達だけで行きなさい。私は曲を考えないといけないわ」

 

「けど友希那、フレーズが思いつかないんでしょ?」

 

「リサの言うとおりだよ。海行ってみたらいいフレーズが思いつくかもよ?」

 

「……わかったわよ」

 

「そんなわけで紗夜と燐子も行くよね〜?」

 

「…海は…ちょっと…」

 

「男子がビーチパラソルとかセットしてくれるはずだから、せめてそこにはいようよ!せっかくみんなで来たんだしさ!」

 

「りんりんも行こうよ!」

 

「…うん…それぐらいなら」

 

 

 はいまず燐子を確保ー。後は紗夜だけだね。うちの男子たち?もう全員用意持って出ていってるよ。雄弥も荷物扱いされて担がれてたけど。

 

 

「紗夜も行くでしょ?」

 

「…私はギターの練習します」

 

「だってさ雄弥」

 

『え?紗夜来ないのか?』

 

「雄弥くんの聞き間違いですよ。私も行きます」

 

 

 はい紗夜も確保っと。紗夜も雄弥のこと好きだからね〜。リサの反応は、…ありゃ意外と普通だね。昨日の夜か今日の朝のうちにリサの中で整理がついたのかな。うんうん、いいことだ!

 着替えを済ませてー、雄弥たちはどこだろ?…あーいたいた。…なんであそこにいるのが雄弥と愁だけなのかな?バカ二人はどこ行ったのかな?

 

 

「お待たせ〜、バカ二人は?」

 

「あそこででっかい水しぶきが上がってるだろ?」

 

「…うん」

 

「あそこだ」

 

「……他人のふりしよっと。それよりさ、どうどう?」

 

「なにが?」

 

「水着の感想でしょ。そこは分かってあげなよ」

 

「そうなのか。じゃ、愁任せた」

 

「えぇ!?」

 

「なんで姉の水着の感想を言わないといけないんだよ。しかも買いに行く時に結花が試着したから一度見てるし」

 

 

 こういう時に姉って言ってくるのはズルいよね!できれば私は二人の感想聞きたいのにさ!それと試着の時はノーカンでしょ!…こうやって水着着て海に来るなんて初めてなのにな〜。ビキニ初挑戦なのにな〜。

 

 

「僕は似合ってると思うよ。結花らしい水着だよね」

 

「なんかやらしい」

 

「なんで!?」

 

「それで雄弥は?」

 

「…いいんじゃないか?」

 

「そっか、それならまぁいいや」

 

「…なんか納得いかない」

 

 

 あははー!男はそんなウジウジしてもみっともないだけだよー。お、あこと友希那と紗夜だ。リサと燐子はまだみたいだね。

 

 

「お待たせしましたー!ふっふっふー、どうです?あこの魅力を最大限にいかせるカッコイイ水着でしょ!」

 

「そうだねー。どちからと言えば可愛いけどね」

 

「え?」

 

「あこらしい水着だよな。あこのセンスの良さが発揮されてる最強にカッコイイ水着だ」

 

「ですよね!」

 

「愁はわかってないね〜」

 

「なんかショックだよ」

 

「友希那は」

 

「感想なんて求めてないわよ」

 

「友希那のイメージに合ってるぞ」

 

「…いらないっていったじゃない。…ありがとう

 

 

 あれー?私の時より雄弥の褒め言葉が出てるような…。実は私のやつ合ってないとか?でもこの蒼色のやつって雄弥に決めてもらったやつなんだよね。…んん?

 

 

「ところで紗夜はなんでTシャツ?」

 

「泳ぐつもりではないので」

 

「水着の上からシャツ着てるとなんかエロいよね。男でも釣る気なの?」

 

「なぁっ!!そ、そんなの釣りません!変なこと言わないでください!」

 

「けどな〜。雄弥はどう思う?」

 

「そんなことありませんよね!?」

 

「結花がからかってるだけだから気にするな。反応する男がいるかもしれないが、少なくとも俺は気にしない」

 

「そ、そうですか…」

 

「脱げばいいのに、せっかくスタイルいいんだからさ。しかも水着も可愛いやつっぽいじゃん」

 

「脱ぎません」

 

 

 雄弥に言わせたらシャツ脱ぐかな?…あ、友希那がこっち見てる。これ以上は駄目ってことかー、残念。あとはリサと燐子だけだね。ある意味本命ってやつ?

 

 

「あ!リサ姉だ!」

 

「やっと来たか〜。…よかった、買いに行った水着も無事に戻ってたんだ」

 

「まぁね〜。なんか瑛太くんたちが店で預かってくれてたみたい」

 

「そうなんだ。いやー、試着の時も思ったけどやっぱり似合ってるよね〜。髪もオシャレにしてるしさ」

 

「あはは!ありがとう〜。久々だから手間取っちゃった」

 

「なるほどね〜。さてさて、雄弥感想は?」

 

「えぇ!?い、いいよそんなの!恥ずかしいから!」

 

「今のとこ上からシャツ着てる紗夜意外は感想言われてるから。リサも言ってもらわないとね〜。それとも?彼氏が自分以外の女の子だけを褒めるってのに、自分は何も言われなくていいのかな〜?」

 

「……ゆ、雄弥。…その…どう、かな?」

 

 

 …なんてしおらしいの!!何このリサ!めちゃめちゃ可愛いんだけど!どうしたの!?いつもの調子はどこ行ったの!?

 白のビキニタイプの水着で、可愛らしいフリルもちょっとあるし、髪を纏めてるゴムには花の装飾がある。リサらしい女子力が発揮されたこの姿に、さぁ雄弥の反応は!?

 

 

「……」

 

「……ゆ、雄弥?…なんか言ってよ」

 

「……」

 

「…えと、…もしかして…似合ってない、とか?」

 

 

 いやいや似合ってないとかはありえないから!だってある意味雄弥が選んだも同然の水着なんだよ!?リサ大丈夫だから!そんな泣きそうにならないで!雄弥も黙ってないでなんか言ってあげなよ!……あれ?もしかして…。

 

 

「雄弥?おーい……駄目だこりゃ」

 

「え?…雄弥はどうしちゃったの?」

 

「はぁ、頭がパンクしたようね」

 

「へ?」

 

「リサを見て固まってるってことは、リサの可愛さが雄弥の処理能力を超えたってことだね」

 

「つまり、リサはその水着姿で雄弥を悩殺したということよ。…この子のこんな所初めて見たわね」

 

「言葉を失う衝撃すら超えたんだね。とりあえず雄弥は日陰に寝かせとこうか」

 

「そうですね」

 

 

 そこで意識を戻させるっていう意見は出てこないんだね。優しさなのかどうか判断がつけ辛いや。ところで、雄弥を悩殺したリサも友希那の言葉のせいで悩殺されかけてるんだけど。

 ギリギリの状態だからかな?なんか雰囲気がいつもと逆で幼児みたいなことになってるんだけど。今なんて雄弥の側に座って顔をペチペチ叩いてるし。

 

 

「ゆうや、ゆうやおきてよ」

 

「リサ姉が壊れた」

 

「…湊さん」

 

「…まさかこうなるとは思ってなかったのよ」

 

「んっ…リサ?」

 

「あ!おきた!」

 

 

 リサの笑顔が無邪気すぎなんだけど!?あこの無邪気さと同等かそれ以上の無邪気さを発揮するあの状態ってなんなの!?

 あたし達がそっちに気を取られてる間に燐子もひょっこり合流してた。くのいちですか?

 

 

「わぁぁ!りんりんのも超々カッコイイ!」

 

「そ、そうかな。…ありがとう…あこちゃん。…あこちゃんも…カッコイイよ」

 

「ありがとう!」

 

「…ねぇ紗夜、友希那」

 

「…どうかしましたか藤森さん」

 

「燐子って…脱ぐと凄いね」

 

「それは昨日の温泉でわかってたじゃない」

 

「…水着だとまた違う破壊力だよね」

 

「……結花、あなた時々思考が男になるわね」

 

 

 失敬な!私はピチピチの女子高生だよ!あ、私は高校に通ってなかったや。リサだけ反応しなかったからどうしたんだろうって思って振り返ったけど、雄弥の顔を手で抑え込んでた。

 

 

「……リサ、何してんの?」

 

「雄弥が燐子を見ないようにしてる」

 

「俺は燐子がそんな目のやり場に困るような水着を着てないって思うんだが…」

 

「雄弥それで合ってるよ」

 

「だよな」

 

「けど駄目。雄弥も男の子だから」

 

「わけがわからん。それなら愁はどうなんだ?」

 

 

 わけがわからないのはこっちだよ。なんでリサに顔を抑えられてる状態のまま平然と会話してるの?雄弥ってほんとはMなの?…リサならいいとか言いそうだね。

 で、リサが言ってるのは私がさっきから言ってる燐子の(武器)のことだよね。まぁリサみたいに彼女の立場なら警戒するのも当然だよね〜。燐子のあれは、ね?

 

 

「愁ならさっき気絶させといた」

 

「あいつは馬鹿か」

 

「愁もその状態の雄弥には言われたくないと思うけどな〜。リサもそろそろ離してあげたら?」

 

「ダメ!」

 

「燐子はここで本読むらしいから、むしろここにいる方が駄目なんじゃない?」

 

「……でも」

 

「私は友希那と紗夜と一緒にいるつもりだし、あことリサと雄弥の三人で遊べばいいんじゃない?」

 

「……そうする」

 

 

 雄弥が絡むとリサの精神年齢が下がるよねー。可愛らしいからいいし、いざという時は雄弥が動けるだろうけど、それでも不安になることもあるんだよね〜。とりあえず夏休みの間は言わないであげよっかな。

 

 

「結花も大変ね」

 

「友希那が言ってくれたらいいのに」

 

「ふふっ、リサと話す時のあなたが楽しそうなんだもの。たいていのことを任せたくなるのよ」

 

「……それはズルいよ」

 

 

 燐子一人がパラソルの下にいるみたいなことになってるけど、愁が近くに埋まってるから心配いらないよね。私は友希那と紗夜とのお姉ちゃん組で楽しもうっと!

 …ところで、雄弥にとって口数が減るほうが褒めてるってことになると……私のときも…ま、まさかね!あは、あははは!……うぅ、雄弥のばか。

 

 




友希那と紗夜の水着はOVAのやつで、リサとあこと燐子のはゲームのイベントのやつ、という設定です。
☆9評価 せいしゃなさん ありがとうございます!


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5話

執筆したい!FGOやりたい!明日にはガルパでペルソナコラボ!?グァーー!!
レポートを来週に持ち込まないようにすれば執筆できるようになるのでは…。よし!予定を組み替えて、ストックが尽きるまでにやってみせます!!


 リサとあこと三人で海で遊び、遅めの昼ご飯を食べようと話になって燐子と愁に声をかけて海の家に行った。タイミングが少しズレたようだが、結花と友希那と紗夜の三人はすでに海の家に来ていた。

 

 

「みんな遅いよ〜」

 

「すみません。先にいただいてます」

 

「あはは、ごめんごめん。とりあえずアタシと雄弥で注文しとくから、あこ達は座っといて」

 

「ありがとうリサ姉!」

 

「いいのいいの!」

 

 

 たこ焼きやら焼きそばやら関西人が好きそうなメニューを持って席に戻った。ついでにフライドポテトも買っておいて、紗夜たちが座っているテーブルに置いておいた。きっと紗夜が食べきるだろう。

 

 

「バカ二人は?」

 

「さぁ見てないよ。どこで何をやっているのやら…」

 

「ま、帰るまでに合流できりゃあそれでいいか」

 

「騒がしいところにいるから見つけるのも簡単なんだけどね」

 

「…酷い言い様だね」

 

「気にするな」

 

 

 扱いはこんなもんでいいんだよ。特にハメを外してるときなんてな。ところでこのそば飯ってなんだ?もはや何でもありなんだな。

 

 

「あこー、二人と遊んでどうだった?」

 

「楽しかったですよ!…海水はコーヒーの代わりにならなかったですけどね」

 

「…ごめんね。私もそっちに行っとけばよかったかな」

 

「あ、あははー。ちょっとハメをはずしちゃったかな〜」

 

「え、リサ姉ちょっとなの?」

 

「え?ちょっとだよ?」

 

「……ソウナンダー」

 

「お!いたいた!バレーしようぜ!」

 

 

 うるさいのが来たなと思って振り返ったら、やはり疾斗がいた。ビーチバレーがしたいんだろうな。どこから持ってきたのかボールも携えてやがる。

 

 

「…飯食い終わったらな」

 

「よっしゃ!」

 

「大輝はどうした?」

 

「…旅立った」

 

「あっそ」

 

 

 このテンションに合わせんの面倒くさいな。もうテキトウに流せばいいか。大輝もどうせそのへんにいるんだろうし、…リサとの食事を邪魔されるのもな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 疾斗がなんで私達にバレーの話を振ってきたのかはすぐにわかった。目の前で広がってる光景が物語ってる。

 

 

「なんでポピパ(・・・)がここにいるの?」

 

「遊びに来たんだとよ。大輝が捕まってな。ビーチバレーするって話だったからどうせなら全員がいいかなって思ったわけだ」

 

「なるほどね〜。それで大輝はなんで頬が赤くなってるの?」

 

「沙綾に叩かれた」

 

「こいつがノリでナンパしてるところを見られたんだよ」

 

「アッハッハ!ほんと大輝ってバカだよねー!そのくせに今も燐子の胸ばっか見てるもんね〜」

 

「は!?見てねぇだはっ!」

 

 

 あ、大輝の顔にボールが直撃した。見たら沙綾がすっごい笑顔(目が笑ってない)でこっち見てた。命中力高いなー。

 今Roselia対ポピパで試合してるんだけど、いやぁ紗夜も友希那も可愛らしいポンコツぶりを発揮してたね〜。雄弥の「やっぱポンコツ発揮してるな」の一言で二人の動きが豹変したけどね。別人じゃないかってぐらい動いてるよ。

 

 

「ところで疾斗」

 

「どうしたー?」

 

「だらけすぎでしょ…。じゃなくて、なんかチャラいのがこっち来てるよ」

 

「んー?ナンパだろうな〜。めんどくせぇ」

 

「これは止めに行かないんだねー。だらけすぎてて頼りがいが消し飛んでるよ」

 

「雄弥は成り行き見るだけだしね」

 

 

 ボールがそのチャラい人達の方に行っちゃって、取りに行った沙綾が予想通りナンパされちゃってる。大輝の出番かな……って早い、もう行ってた。

 

 

「こいつがお前らとは遊ばないって言ってるだろ。とっとと消えな」

 

「ハハッ!イキってるな〜。女の前だからか?」

 

「ハッ!言葉を発するごとにお前の品位の低さが出てるぞ」

 

「まぁまぁそんなヒートアップするなよー!」

 

「疾斗頼むから話をややこしくしないでよ」

 

「そんなことするわけないだろー」

 

 

 絶対変な方向に話を持っていくでしょ!さっきまですっごいだらけてたくせに、大輝が相手し始めた瞬間変に笑顔になってたし。

 

 

「俺達もちょうど暇してたんだよね〜。女子相手に本気でバレーできないしさ。相手になってくれよ。こっちはさっきまで審判役してたのが5人でそっちも5人いる。ちょうどいいだろ?」

 

やっぱり

 

「なんで俺達がンナことしないといけねぇんだよ」

 

「落ち着けって。俺はやってもいいぜ?ただし、俺達が勝てばそこにいる子達全員と遊ばせてもらうけどな」

 

「は?そんなアホな条件「ノッた!」おい疾斗!」

 

「勝ちゃいいんだよ。それとも何か?沙綾の目の前で無様に負ける気か?」

 

「…チッ。わーったよ」

 

「言っとくがこっちはバレーで全国取ったメンバーだぜ?」

 

「関係ないって!本気できてくれよ?じゃないと燃えないからな!」

 

「言ったな?あとで言い訳すんなよ」

 

「疾斗はまためんどくせぇことしてくれるな」

 

「大輝…」

 

「心配すんな。俺達は負けねぇからよ」

 

 

 

 

 大輝はやる気十分。私も流石にカチンときてるから全力でやるし、疾斗はそれなりにはやる気を出してくれるはず。愁は運動は並ぐらいだから、問題は雄弥がどこまでやる気を出してくれるかだよね。

 みんなのとこに戻って話をすると、やっぱり反発の声しか上がらなかった。そりゃそうだよね。相手は全国一の集団で、こっちが負けたらみんな嫌な思いしないといけないんだから。

 けど決まっちゃったからね。なんとしても勝たないと!それで肝心の雄弥はというと…、リサと二人の世界作ってた。安定だね〜。

 

 

「お楽しみのとこ悪いけど、雄弥はコートに入ろっか。試合始まるよ」

 

「わかった」

 

「ゆうや…」

 

「安心しろリサ。なんとかなる」

 

 

 うーん、イマイチ雄弥のモチベーションが上がってないな〜。これじゃあ大輝と衝突しちゃって負けそうな気が…。

 

 

「ぜってぇー勝つぞ」

 

「おうよ!」

 

「足を引っ張らないようにするよ」

 

「私も限界があるからね。できる限りのことをするよ」

 

「結花はしゃーないわな。雄弥頼むぞ」

 

「…バレーのルールってなんだ?」

 

「「「「は!?」」」」

 

 

 嘘!?雄弥ってバレーのルール知らないの!?これはやばいね…、せめて最低限のルールを教えないと、細かいのはその都度覚えてもらうしかないや。

 

 

「おいまだかよ!」

 

「ちょっと待って。一人バレーを知らないのがいるから最低限のことを教える」

 

「……それはしゃーないな。待ってやるよ。2分ありゃ十分だろ?」

 

「ありがと♪優しいね」

 

「ふん。これぐらいは当然だろ」

 

 

 あーもう!なんで私があんな人達にこんなことしないといけないんだろ。これは雄弥にしっかり動いてもらわないとね。

 今回は普通のバレーのルールをそのまま流用。時間短縮のために25点の1セットマッチで行う。審判はおたえがすることに。向こうの人は最初反発したけど、おたえの「なんで贔屓する必要があるの?審判は公平にするものでしょ?」っていう言葉に押し黙ってた。天然は強いね!

 

 

 試合は仕方ないとはいえ8-15で相手にリードされてる。雄弥がバレーの動きを理解するために最初の3ポイント分観察に費やしてたってのもあるけど、単純に相手が上手い。全国一は伊達じゃないね。

 

 

「…クソッ」

 

「あれあれー?最初の威勢はどこ行ったのかなー?」

 

「うっせぇ!」

 

 

 大輝も完全に頭に血が上っちゃってるな〜。コート内も見守ってる人たちもムードが良くない。疾斗も流石に本気を出し始めてるけど、私と愁のフォローを一人ではできない。雄弥が全力になってくれないと。

 そう思ってると相手の一人が雄弥に喋りかけ始めた。そしてそれが雄弥の引き金を引くことになる。

 

 

「君とあそこにいる白のビキニの子。お揃いのブレスレットしてるけど付き合ってんのかな?」

 

「…そんなとこだ」

 

「へぇ〜。いいね〜。よし!このままこっちが勝ったら俺はあの子とヤらせてもらおっかなー!」

 

「はははっ!趣味悪いなお前!」

 

「うっせ!お前らもどうせその気だったんだろ?」

 

「まぁな。てか当然だろ」

 

「……結花、こいつらは何言ってんだ?」

 

 

 えー、わかってないだろうな〜とは思ったけど、それを女子の私に聞く?流石に私でもそれは言えないかな。だからここは疾斗に任せよっと。確実に雄弥を本気にさせてくれるしね。疾斗にアイコンタクトを送ると疾斗が頷いてくれた。

 

 

「雄弥、あいつは試合に勝ったらリサと一晩中セ○○スしてリサを自分好みの女に調教したいんだとよ」

 

「…ほう?」

 

(そこまでの意味は込められてないからね!?)

 

 

 リサに目を向けると、案の定リサの顔は青ざめていて呼吸が荒くなってた。…やばいね、トラウマが…けど試合中だからリサのところには行けない。友希那たちに任せるしかない。リサの瞳からは涙が流れて、当然それを雄弥も見ているわけで…、

 

 

「ブッ殺す」

 

疾斗やり過ぎだよ!」

 

やる気出すとは思ったけどそっちが出てくるとはなー

 

「「ま、いっか!」」

 

 

 雄弥があの事件(・・・・)の時と同じ目になってるけど、雰囲気はあの時すら超えてる。まぁ引き金を引いたのは相手なわけだし?自業自得だよね〜。

 

 

「彼女の涙でパワーアップってか?ははは!漫画の見すぎだろ!」

 

「…疾斗、俺にボールを回せ」

 

「まかせろ!最高のトスを上げてやるよ!」

 

「はいはい、そんなの無理だ…ぞっと!」

 

「任せて!」

 

 

 相手のサーブを愁がレシーブして疾斗が雄弥のスパイク位置にドンピシャのトスを上げた。けど雄弥が公言してるから相手もそれに合わせてブロックしようとしてる。

 

──ドォォン!

 

「がっ、いってぇぇー!!」

 

(…ボールってあんな音するっけ?)

 

 

 雄弥の本気のスパイクは相手のブロックを無視して相手のコートに勢い良く決まった。つまり、ブロックは吹き飛ばされてる。

 

 

「全国のブロックはその程度か?なら大したことないな」

 

「て、テメェ。こんなスパイク打つやつがいるかってんだよ!腕へし折る気か!」

 

「スポーツだろ?怪我ぐらい覚悟しとけ。それと、俺の女を泣かせて無事で済むと思うなよ」

 

 

 ほぼ全員が止まるぐらいの衝撃的な事が起きてるのに、気にせずポイントを言うおたえって大物だよね。

 次は雄弥のサーブで、ここからは雄弥の無双状態が始まった。「細かいルールは抜き」っていう疾斗の提案を飲んだのが相手の間違いだよね。さっきのスパイクより強いサーブ(オーバーヘッドキックでサーブ)する雄弥を誰が止めれるんだろ。

 なんとかレシーブで上げても勢いを殺しきれずにこっちのコートに戻ってきて、それを容赦なく一発で雄弥がスパイク打ち込むんだよ?虐めだね。途中からは疾斗と大輝ともスパイク打つしさ。

 

 

「次決めりゃあ俺達の勝ちだな。最初の威勢はどうした?お前らの点数動いてないぞ?」

 

「舐めやがってぇ!」

 

 

 雄弥のサーブを相手がレシーブして、そのままトスからのスパイクが打たれた。ボールを私がなんとか上げると近くにいた愁がそのままトスを上げる。そのトスのタイミングに合わせて、雄弥と疾斗と大輝の三人が動いたから相手もブロックする相手を絞れずにいた。大輝がスパイクを打ったけど、これも拾われて相手のカウンターが始まる。

 

 

「しっかり決めろ」

 

「お前らみたいな人外と一緒にすんな!」

 

「ふんっ…まじめにバレーなんてする気ないし、仕留めるか」

 

 

 雄弥のやったことは言葉にすれば単純なことだ。相手のスパイクにカウンターを入れる。それだけ、だけどそれは簡単にできることじゃない。しかも相手も的を絞らせないように同時攻撃を仕掛けてきたんだから。

 だけど雄弥はそれを見破ってカウンターを叩き込んだ。相手のスパイクをスパイクで返した。しかもそのボールは雄弥を怒らせた人の顔に直撃して、そのボールがこっちのコートへ、

 

 

「お前こそちゃんと決めやがれ!」

 

 

 飛んできたのを大輝が叩き落としてゲームセット。雄弥が本気を出してからは圧勝だった。完全に流れが変わって疾斗も大輝も動きやすそうにしてたからね。

 

 

「そういやお前らが負けた時のことを決めてなかったよな」

 

「……あ?手を引くってことだけだろ?」

 

「誰がそんなことを要求した?してないだろ」

 

「…雄弥?」

 

「お前らは勝ったら好き放題なんてことを要求しといて、負けたら手を引くだけ?釣り合わないよなぁ!」

 

「雄弥だめ!」

 

「…リサ離せ」

 

「いいから!勝ってくれて、相手が手を引くってだけでいいから!」

 

「何一つよくないな。リサを泣かせたことを俺は許す気がない」

 

「お願いだから!人をやめないで(・・・・・・・)!」

 

 

 リサのその一言が決め手になって、雄弥は元の状態に戻った。…あのままだったら相当ヤバイことになってたね。Augenblick解散になる程度じゃ収まらなかったかもしれない。

 相手の人は疾斗が出した提案を受けて入れて、どこかへと消えていった。あの状態の雄弥を見た後なら、疾斗が出す提案なんて可愛いもんだと思えるからね。

 

 

(…それにしても、人をやめないで、か。記憶が戻った今の雄弥はその一線を越えれちゃうんだね。記憶が戻ってなかった時は、リサと友希那に言われた事を絶対に守ってたのに)

 

 

 最後の一騒動があったから何とも言えない空気になったけど、香澄とおたえと疾斗のおかげでまた明るい空気に戻ることができた。それにしても、おたえってやっぱり大物だよね。あの試合を見た後に「バレーしよう」って言うんだから。

 結局3チームの実力を平均になるように編成して試合した。ひとまず雄弥には足を使わないってルールが作られた。試合が始まったらみんな大盛り上がりだったな〜。

 審判役を放ったらかして二人の世界を作る雄弥とリサには呆れたし、(しかも雄弥にわざとボールを飛ばしても見向きもせずに返される)それに触発されたのか沙綾が積極的になって大輝がテンパったりしてた(コート内でイチャつかないでほしい)。

 

 合宿は私の狙い通り楽しいものになった。帰ってから友希那に作曲に付き合わされたけどね!




昨日の弟との会話
僕「あれ?この部屋の時計いつ変わったん?」
弟「はー?……1ヶ月ぐらい前やったかな。俺がセットしたし」
僕「……まじで?」
弟「まじで。よく1ヶ月間気づかんかったな」
僕「それを言うでない!!」

 まじで気づいてなかったんです。


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6話

昨日の3限目の授業が無くなったおかげでレポートが予定より早く片付いています!!驚いたことに毎日執筆してたからか、レポートだろうと関係なく文章をさくさく書けたことですね。継続は力なり(*`•_•*)
そしてレポートが全て終われば後はテストのみ!つまり執筆再開!…テスト勉強?出題形式聞いてピンポイントに覚えればなんとかなりますよ〜。うちの学部は甘いので。


「今日も暑いですね〜」

 

「夏だからな」

 

「家からここに来るだけでも嫌になっちゃいますよ〜」

 

「日が傾き始める時間に来てるからましだろ」

 

「いや〜、それでも熱気があるじゃないですか〜。アスファルトが熱を持つとかなんとか」

 

「なるほどな。それでバイト(・・・)をだらけるのはどうかと思うぞ」

 

「いつも通りですよ〜」

 

「なら大丈夫だな」

 

「何一つよくないからね。二人ともしゃきっとしてよ」

 

 

 それぞれ用意したダンボールの上に座ってモカと話しているとリサに注意された。どういうことかと言うと、前にも一度あったが、リサのバイト先であるコンビニで俺も今働いているのだ。

 店長が休みたいと言って、麻雀したら俺が負けた。だから俺が代わりに出てきて、リサとモカと三人で働いている。といっても俺の仕事は事務作業ばかりで、それも昼間に終わっているから今は暇な状態だ。普通はそれで退勤なのだが、「今井さんがあがるまで居ていいよ。その分も給料出してあげる」と言われたから残っている。ぶっちゃけ給料はなくてもいい。リサといられるのだから。

 

 

「雄弥さんが勝ったら何を要求したんですか〜?」

 

「リサの出勤を一つ有給休暇に変えてもらうのを要求するつもりだった。もちろん有給の回数は減らさせないが。それでデートしようと考えてた」

 

「アツアツですね〜。リサさんの幸せもの〜」

 

「だからモカは仕事しようか。雄弥もモカに合わせないで」

 

「あれ〜?リサさん今の聞いてなんとも思わなかったんですか〜?」

 

「聞いてたよ。素直に嬉しかったけど、今は仕事中でしょ」

 

「真面目ですね〜」

 

 

 …仕方ない。ダンボールも片付けるか。店長には今日の業務内容を報告したし、本格的に暇になったな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 仕事だからって言い聞かせてるけど、それはそうしないと自分を抑えられないから。もしモカがいなかったら、店を放ったらかしにして、雄弥を連れて事務室に引っ込んで甘えてた。

 今までは、雄弥がアタシを求めてくれてるのを聞くなんてことはなかった。だからすごく胸が締め付けられるような嬉しさがあって、雄弥の胸に飛び込みたかった。けど、それを今しちゃいけない。

 

 

(仕事中ってのもあるけど、雄弥が海外に行ってるときにアタシが自分をコントロールできるようにならなきゃね。みんなに迷惑かけられないし)

 

 

 出発はまだ少し先だけど、それでもその日はどんどん近づいてる。結花が言うには、雄弥はアタシといる時にアタシが甘えないと調子が狂うらしい。反対にアタシといない時は、大して影響が出ないんだとか。嬉しさと不満と安心、それらがアタシの中で渦巻いてる。

 雄弥が求めてくれる嬉しさ、一緒じゃなかったらいつも通りでいられるということへの不満、そして海外ライブへの影響が無いであろうという安心。

 

 

(アタシってめんどくさい女だよねー)

 

「…リサさんってホントに乙女ですよね〜」

 

「へ?急にどうしたの?」

 

「今のリサさんは青春漫画の乙女そのものだな〜って。モカちゃんは見ててそう思うのです」

 

「青春漫画の乙女て…、どのへんが?」

 

「おー?聞きたいですか〜?」

 

「参考程度にはね」

 

「では教えて差し上げましょ〜」

 

 

 モカは両手を大きく広げながら得意げな顔になった。気持ちのコントロールに意識を向けてたせいでモカの意図を見抜けなかったな〜。モカ相手にこの手の話を軽い気持ちで振っちゃいけないっていうのに…。

 

 

「まずリサさんは、雄弥さんと話してる時の表情がすご〜く柔らかいです。もう話してるだけで幸せ〜って雰囲気が出てます。それで〜、今は自分のためなのか雄弥さんのためなのか。それは知りませんけど〜、雄弥さんとの接触を抑えてるでしょ〜?心の中で葛藤してるな〜ってわかりますよ〜。健気なとこも乙女で〜「も、モカ…もう十分わかったから」…え〜、これからバイト中のリサさんの様子を横から見てどうだ〜とか、学校で見かけた時は〜とか話そうと思ったのに〜」

 

「そんなのいいから…。アタシってそんなに分かりやすい?」

 

「むしろ気づかない人はいないってぐらいですね〜。うちの蘭ですら分かってますよ〜?」

 

「…そうなんだ。学校とかでも分かっちゃうんだね」

 

「ふとした時に携帯を見てそわそわしたり、雄弥さんがいるであろう方向に目を向けてぼーっとしてますからね〜」

 

 

 言われてみればたしかにそうだね。雄弥は手が空いてる時にすぐに返事を送ってくれるから、結構そわそわしちゃう。友達と話す時の方が圧倒的に多いけど、それでも外を見ることが増えた。モカの言う通りなんだけど、

 

 

「なんでそんなに知ってるのかな?」

 

「最近のリサさんは見てて飽きないからですよ〜。クラスの子もリサさんを観察してますしね〜。写真とかは流石に駄目なので見るだけですけど、帰りのHRの項目に"今日の今井リサ先輩"ってできたんですよ〜。今は夏休みですからクラスの連絡網でやってま〜す。その時にクラスのみんなで共有するのです〜」

 

「なんでそんなのできるかな…、先生も止めてないってことでしょ?」

 

「女子校ですからね〜。恋話とかが好きなんですよ〜。しかもリサさんは頼りになる優しい先輩ってイメージだから、そういう時のギャップが激しくって、みんなときめくんですよ〜」

 

「恥ずかしいからもうやらないで。クラスの人にもそう伝えて、いいね?」

 

「え〜。今日は私が情報発信しないといけないのに〜」

 

「モ・カ」

 

「…はーい。今日を最後にしま〜す」

 

「よろしい」

 

 

 まったくもう…。女子はコイバナが好きってのは分かるし、アタシもそういう話は好きなんだけど、ちょーっといき過ぎてるよね〜。…これで綺麗さっぱり無くなるとも思えないけど、マシにはなるよね。

 

 

「お客さんもいないですし、雄弥さんに雄弥さんが知らないリサさんを教えたいんですよね〜」

 

「やめい」

 

「え〜」

 

「え〜じゃないよ」

 

「雄弥さんも知りたいですよね?」

 

「さっきまでの会話なら聞こえてたから別にいい」

 

「……え、聞こえてたの?」

 

「まぁな。可愛らしくていいんじゃないか?」

 

「……雄弥なんて知らない!」

 

「「え」」

 

  

 知られて恥ずかしいことなんて、知られたくないに決まってるじゃん!たとえそれが雄弥であっても。ちょうどお客さんも来たし、しばらくは二人のこと無視しとこっと。

 

 

「雄弥さーん、リサさんが拗ちゃいましたよ〜?」

 

「俺は思ったことを言っただけなんだがな…」

 

「雄弥さんはブレないですよね〜」

 

「まぁな。俺がリサのことを好きだってことは不変だからな」

 

「カッコイイですね〜。モカちゃんにもそういう相手が欲しいです〜。…雄弥さん、モカちゃんを貰ってくれますか〜?」

 

「諦めろ。リサ以外ありえない」

 

「ざ〜んねん。私がリサさんに勝る魅力があれば〜」

 

「そこは何とも言えないな。俺にとってリサが一番の女性だから。誰がどう言おうと俺の評価はリサが常にトップだ」

 

 

 …なんでずっと横でそんな会話ができるのかな?お客さんが来てるっていうのに。雄弥は素だろうけど、モカはアタシで遊ぼうとしてるよね。そもそも!彼氏の惚気を隣で聞いてるアタシの立場も考えてよね!すっごい恥ずかしくてムズムズするんだから!

 

 

「恋は盲目ってやつですね〜」

 

「そうなんだろうな」

 

「蘭もリサさんを見習って素直になればいいのに〜」

 

「アタシが何だって?」

 

「あ〜蘭だ〜。どうしたの〜?私が恋しくて会いに来たの〜?」

 

「そんなわけないでしょ。飲み物とアイス買いに来ただけ」

 

「え〜。ゆっくりしていこうよ〜」

 

「ゆっくりはするよ。今からリサさんが休憩なんでしょ?話しよってさっき誘われた」

 

「リサはいつの間に誘ってたんだ」

 

「二人が会話してる間にですよ。…モカとばっか話してるからリサさんが拗ねてるんじゃないですか?」

 

「…女心はわからん」

 

「でしょうね」  

 

 

 会計を済ませた蘭をすぐに呼んで事務室の中に入った。モカと雄弥の相手をさせてたら、またアタシが恥ずかしくなるような話になりそうだったし。

 本当はこういうの駄目なんだけど、店長は緩いから許してくれる。まず従業員じゃない雄弥が働いてる時点で今更だよね。

 

 

「…モカと雄弥さんってだいぶ仲いいんですね」

 

「なんか波長が合うんじゃない?前にその話したら『モカに気を遣う必要がないから気楽でいられる』って言ってたし」

 

「たしかにモカには遠慮しなくていいですからね」

 

「モカも遠慮せずに話すタイプだしね。…一線は守るけど」

 

「そうですね」

 

 

 モカの良いところ、なのかな。相手をからかったりするけど、それでも相手が不快に思うようなことはしない。だからなのか、マイペースだけどムードを作れたりする。

 

 

「……あの二人ちゃんと仕事してるかな」

 

「お客さんが来たら働くんじゃないですか?雄弥さんもモカもいざという時は切り替えれるじゃないですか」

 

「だといいけど…」

 

「それでリサさんがアタシを呼んだ理由ってなんですか?」

 

「…相談、かな」

 

「相談ですか?リサさんがアタシに?」

 

「うん」

 

 

 あはは、蘭が驚いてる。まぁそれもそうだよね〜。みんなから相談を受けるようなアタシから相談されるなんて、予想できるわけないよね。けどまぁ、蘭がよかったんだよね〜。

 

 

「何か答えれるかわからないですけど、リサさんの頼みなら」

 

「あはは、そんな身構えなくていいよ。そんな難しい話でもないしね」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。蘭以外にも何人かに聞いてみるつもりだし、蘭は蘭の考えを言ってほしい」

 

「…わかりました。それで、アタシに聞きたい内容は?」

 

「気持ちのコントロールの仕方だね」

 

「えっと…、つまり?」

 

「恋心との向き合い方を教えて?」

 

「こっ!?いや、あの、え!?」

 

 

 蘭ってば顔を真っ赤にして慌てちゃってる。…雄弥と付き合い始める前のアタシもこんな感じだったのかな。落ち着くまで待ってあげたいけど、休憩中に話を終わらせたいから話を進めないとね。

 

 

「蘭ってアタシと雄弥の関係はどのへんまで知ってる?」

 

「どのへんて……両想いなんだろうな、ぐらいですよ」

 

「そっか。…うん、それはそれでいいや。ちゃんと隠せてるってことだし」

 

「えっと、じゃあもうお二人は」

 

「付き合ってるよ」

 

「おめでとうございます」

 

「ありがと♪」

 

 

 そういえばこうやってお祝いされるのって、あんま無かったな〜。隠すことに協力してもらうからってのもあるけど、それ以上に「やっとか」みたいな反応だったし。

 

 

「それで蘭に聞きたいのは、この気持ちをどうコントロールするかってことなんだ〜。アタシ雄弥への依存度が高すぎてさ、もう少ししたら雄弥が海外ライブに行っちゃうんだけど、その時に自分を抑えれるか不安で…」

 

「…なるほど」

 

「蘭って愁のこと好きじゃん?」

 

「なっ!?べ、別にアタシは愁のことなんて…」

 

「じゃあ嫌いなの?」

 

「…リサさん…ズルいですよ」

 

「あはは!ごめんごめん。けど、明確にしときたくてさ。これから蘭の意見を聞くわけだし?」

 

「…はぁ、わかりました。…アタシはリサさんの言う通り愁のことが好きです」

 

 

 さっきまで顔を赤くしてたのに、こうやって真っ直ぐに言い切れるなんて蘭は凄いね。アタシには無理だよ。

 

 

「それで、さ。蘭はその気持ちを抑えても、いつも通りでいられるじゃん?どうやったらそうできるの?」

 

「……周りからしたらそう見えてるだけですよ」

 

「へ?」

 

「アタシは元々自分の気持ちを素直に出せない性格ですから。…だから抑えれてるように見えるんだと思います。…愁とは家が近くでもなかなか時間が合わないんで、その分溜まってる気持ちを音楽で発散させてるだけです」

 

「…なるほどね〜。蘭の性格も関係してたのか〜」

 

「あまり参考にならないですよね」

 

「ううん。そんなことないよ!アタシと蘭で共通してる事と言えばバンドをやってることだし、アタシももっと打ち込めばいいってことだよね!」

 

「…Roseliaは元々そういうところでしょ?リサさんが今でも一生懸命に音楽に打ち込んでるのはその指を見たら分かります。むしろ今以上にしたら…」

 

「心配してくれてありがと〜。その時はRoseliaのみんなが止めてくれるから、やれるとこまでやってみることにするよ」

 

 

 こう言ってもまだ心配してくれる優しい後輩の頭を撫でる。蘭の表情が和らいだってことは、うまくできてるってことだよね。

 …アタシに何かがあったらきっと雄弥はライブを成功できなくなっちゃう。それだけはしちゃいけない。だから自己管理をしっかりしないとね。

 

 休憩の残り時間は蘭とお互いに想ってる相手のことを話し合った。こういうのって、なんか女子会みたいで楽しいね〜。アタシの休憩が終わったら次はモカの休憩で、蘭はそのままモカと話してた。

 アタシは雄弥と二人になって、結局自分を抑えれなかった。お客さんが来たからすぐに甘えるのも終わったけど、その数分の出来事をモカに動画で取られた。それでモカと追いかけっこが始まったのは別の話。

 




蘭との会話が短いのは、蘭ってそんなに多くを語らないようなっていう僕の中でのイメージがあるからです。
モカと雄弥の仲の良さは、親友ならぬ心友って感じです。疾斗たちとの関係が友人兼仲間であるのに対して、モカとの関係は純粋に友人のみ、みたいな。


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7話

 アタシは待ち合わせ場所である羽沢珈琲店に入って、入り口から見えやすい位置に座った。アタシの方が先に着いたようだし、こうしといたらすぐに見つけてもらえるよね。…迷子になってたらいつ来るか分からないけど。

 

 

(一応連絡取ってみた方がいいかな?)

 

「あ、リサちゃん」

 

「ん?よかったー。花音が迷子になってたらどうしようかと思ってたんだ〜」

 

「……それは大丈夫だったよ」

 

「今の間なに?」

 

「気にしないで」

 

「そう言われてもな〜。だって疾斗(・・)が一緒にいるとね〜」

 

「リサの想像通りってことだ」

 

 

 やっぱりか〜。最初からなのか花音が迷子になってからなのかは分からないけど、花音が無事にここに着くように案内してくれたんだね。それはありがたいんだけど、今日は練習があるんじゃなかったっけ?雄弥からはそう聞いてたんだけど。

 

 

「それじゃあ花音、俺は行くから」

 

「うん、わざわざごめんね」

 

「気にするな。俺が練習に遅れるのはよくあることだ」

 

「…それはそれでどうかと思うんだけど。疾斗くん、行ってらっしゃい♪」

 

「おう!」

 

 

 笑顔を交わし合う二人は、それはもう横から見てて分かるぐらい幸福感を漂わせてた。アタシもこうやって送り出せたりできてたけど、付き合ってからはもっと一緒に居たいっていう思いの方が強くなってる。花音みたいに送り出せるようになれるかな…。

 注文していた飲み物で喉を潤わせると、花音にさっそく本題を聞かれた。花音って切り込むときは直球だよね。

 

 

「好きの気持ちの抑え方?」

 

「うん。アタシって全然抑えれないし、雄弥はそれでいいって言ってくれてるんだけど、海外ライブしに行くでしょ?…その時にしっかりいつも通りの自分でいられるようにしないとって思って」

 

「そうなんだね。…他に誰か相談してみた?」

 

「蘭に相談したよ〜。蘭は音楽に打ち込むようにしてるって言ってた」

 

「バンドやってたらそうなるよね」

 

「それじゃあ花音も?」

 

「ハロハピに入ってからはね」

 

 

 苦笑しながらそう言った花音はまた一口飲み物を飲んだ。その落ち着きはアタシより年上なんじゃないかってぐらい大人びてた。花音は一旦目を伏せてからアタシに真っ直ぐ目を合わせた。その目は蘭と同じだ。自分なりの方法を持っていて、ブレないものがある人の目だ。

 

 

「私はハロハピに入る前からドラムはやってたんだ。中学の時もそれで気を紛らわせようとしてたし。…それで全部うまくいったわけじゃないけど」

 

「花音…」

 

「中学生の時は、疾斗くんと一緒にいたくても全然一緒にいれなかったんだ。ほら疾斗くんってムードメーカーでしょ?…すごい人気者で、誰にでも優しいからモテてね。そんな疾斗くんと私みたいなビクビク生きてるような人が一緒なんて無理だって…そう思ってた」

 

「疾斗は何か言わなかったの?あの性格なら花音のことすっごい気にかけると思うんだけど」

 

「もちろん気にかけてくれたよ。…けど、他の女の子からしたら面白くないよね。疾斗くんは周りに声をかける側の人だけど、人気者になるとそれも逆転しちゃう。だから女の子たちは自分から疾斗くんに声をかけるのが当たり前だった。それなのに私は疾斗くんに声をかけられるんだもん。私は何もしてないのに。しかも学年も違うのに」

 

「うん……んん!?」

 

「え?リサちゃんどうかしたの?」

 

「ちょっと待って。…疾斗って学年違うの?」

 

「知らなかったの?疾斗くんは一つ上だよ?」

 

 

 うそ!?ずっと同い年だと思ってた!…いや、ほら、だって周りのみんなもタメ口で喋ってるし。

 アタシが信じられないって感じで固まってると、花音はおかしそうに口元を手で隠しながら笑ってた。こういうとこもなぜか年上感出てるんだけど。

 

 

「疾斗くんは分け隔てなく接するし、上下関係を気にしないし、子供っぽいところがあるし、自分からトラブルに首を突っ込んじゃうし、私がどれだけ心配してもやめてくれないし、というか聞いてよリサちゃん!この前も疾斗くんってばね、女の子をお姫様抱っこしてたんだよ!どう思う!?」

 

「え…、えっとー。それって何かのイベントとかじゃなくて?」

 

「ううん。旅行で来た人を案内してたらしいんだけどね。それで疾斗くんの性格がアレだからすぐに仲良くなるでしょ?それで案内が終わって、その後を一緒に回れないからってお姫様抱っこしてあげたんだって。普通そんなことしないよね!」

 

「そ、そうだね。…うん、それは疾斗が悪いね」

 

「だよね。それで私が怒ったらなんて言ったと思う?『なら花音にもする』だよ!?そういうことじゃないのに!」

 

「それは…天然なのかわざとなのか分かりにくいね」

 

「あれは天然な方かな。わざとやる時はいたずら顔になるけど、あの時はなってなかったから」

 

 

 花音って疾斗のこと詳しく把握してるよね。それと疾斗が絡んだらいつもの雰囲気とは全然違う。次から次へとズバズバ喋るようになってる。これなら雄弥が怒らせたくないって言ってたのも納得だね。きっと本人を前にしたらもっとヒートアップするはずだし。

 

 

「…あ、ごめんね!話が脱線しちゃったよね」

 

「あはは、全然いいよ〜。花音の知らない一面が見れたわけだし」

 

「ふぇぇ、…今のは忘れほしい、かな」

 

「忘れません」

 

「うぅー。……えっと、話を戻さないとだよね」

 

「そうしてくれたらアタシとしては嬉しいね」

 

 

 無理に花音の話を聞き出すわけにもいかないから、花音が話せる範囲を聞く。アタシからは掘り下げないようにしないと。誰だって話したくないこともあるし、アタシだってそういうのはされたくないから。

 

 

「とりあえず、虐めとかはなかったよ。疾斗くんが生徒会長になって虐め撲滅を掲げてたからかな」

 

「生徒会長なんて意外すぎるんだけど…」

 

「ふふっ、私もびっくりしちゃったよ。教えてもらってなかったから、入学式で初めて知ったんだ〜」

 

「良くも悪くもいろんな伝説残してそうだね」

 

「残してるよ。そのせいで後任の人が大変そうにしてるって話聞いたことあるし」

 

「そうだろうね〜」

 

 

 あんな生きる伝説みたいな人間の後任なんて、なかなか務まる人いないよね。アタシの周りでもいなさそうだし。

 

 

「それでね、虐めとかはなかったけど、…私自身から距離を取るようになっちゃって。疾斗くんの邪魔はしたくないし、私なんかって思いもあったからかな。…それでもやっぱり疾斗くんに声をかけてもらうことを期待してる私もいて、だんだんドラムにも集中できなくなっちゃったんだ」

 

「…それで、花音はどう乗り越えたの?」

 

乗り越えれなかったよ(・・・・・・・・・・)

 

「ぇ」

 

「正確には私一人ではってことなんだけどね」

 

「ということは、疾斗が?」

 

「うん。結局私から避けてた疾斗くんに助けてもらっちゃった。『花音と一緒にいられる時間が減ってるけど、それでも俺は花音がいる所に必ず戻る』ってそう言われたの。それで私は疾斗くんを信じて待つようになったんだ。だから疾斗くんと一緒にいられる時に、満足するまで甘えるようにしてるよ」

 

「そうだったんだ…」

 

 

 花音は強いよね。間違いなくアタシ以上に不安になることが多いはずなのに、それでも今みたいに笑って疾斗のことを待っていられるんだから。

 

 

「参考になったかな?」

 

「もちろん!話してくれてありがとう♪」

 

「それならよかった〜。…あ、そうだ」

 

「なに?まだ何か話してくれるの?」

 

「えっとー、私の考え方なんだけどね?」

 

「うん」

 

「自分が一番愛されてるって思うようにしてるんだ。…疾斗くんって相手を拒めない時があるんだけど、特にあの二人とか。それでも私が一番って思えば許せるかなって」

 

「あはは、花音は器が大きいよね〜。…アタシはそれ無理かな〜。アタシだけを見てほしいっていっつも思ってるもん」

 

「あはは。でも、それがいいと思うよ。リサちゃんはリサちゃんのやり方があるよ。気持ちのコントロールも慌てるほうが上手くできないから、雄弥くんを信じてあげて」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 アタシのやり方…、やり過ぎたらただの束縛になりそうだけど、そうならないよね。この前のバイトの時に雄弥がああ言ってくれてたし。

 …信じて待つ、か。雄弥のことを信じてないなんてことはない。だけど、それでも不安は拭えなかったりする。日本でも日菜相手に油断できないのに、海外なんてもうアタシの手の届きようがない。雄弥は自覚してないだろうけど、雄弥も雄弥でモテるんだから!

 

 

「沙綾ちゃんにも聞くの?」

 

「たぶん…聞かないかな。大輝が一度もブレずに、ずっと沙綾一筋っぽいからね」

 

「ふふっ、大輝くんがそういうの一番しっかりしてるもんね」

 

「だよね〜。…さてと、これからどうする?」

 

「せっかくだしもっとお話したいかな」

 

「おっけ〜♪」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「おーい花音。お待たせ」

 

「あ、疾斗くん。お疲れ様。それと来てくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「花音の迎えも来たことだし、会計済ませよっか」

 

「リサの迎えも来てるぞ」

 

「へ?」

 

「ほらあそこ」

 

 

 疾斗が指をさした方向には雄弥がいて、雄弥はつぐみと何やら話してた。レジの前(・・・・)で何話してんだろうね。手には財布があるけど、まさか…!

 

 

「雄弥、支払いはいいから!」

 

「一歩遅かったな。もう払った」

 

「ふふっ、払われちゃいました」

 

「つぐみもなんで会計しちゃうかなー」

 

「すみません。雄弥さんが支払うと言われたので」

 

「つぐみを責めるなよ。この子は自分の仕事をしただけだぞ」

 

「わかってるよ…もう、雄弥のバカ」

 

「なんでだ」

 

 

 雄弥を軽く小突くとお返しとばかりに優しくデコピンされる。そんなやり取りを見ていたつぐみが楽しそうに笑っているのを見て、アタシはすぐに動きを止めた。

 

 

「ふふっ、お二人はホントに仲がいいですよね♪」

 

「そ、そうかな?」

 

「はい!それに、リサさんはやっぱり雄弥さんといる時が一番楽しそうです!」

 

「嬉しいことだが、それはそれで花音に失礼だな」

 

「リサちゃん…」

 

「いやいや花音と遊べてすっごい楽しかったからね!?」

 

「ふふっ、わかってるよ」

 

「…花音にからかわれた」

 

 

 花音って本当に強かだよね。普段との差が激しいというか、疾斗と一緒にいるからなのかな?…というか、花音も疾斗が来てから表情の明るさが違うんだけど。

 

 

「花音って疾斗といる時が一番幸せそうだよな」

 

「ふぇ?」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。一人の時とか小動物みたいにビクビクしてるし、基本涙目だな」

 

「そ、そこまでじゃないもん。涙目なんてならないよ」

 

「そうか?初めて会った時とか涙目だっただろ」

 

「あ、あれは迷子になって心細かったからで」

 

「いつも迷子になるから、やっぱりいつも涙目だな」 

 

「うぅー、いじわる」

 

「はははっ、雄弥も言うようになったな〜」

 

 

 花音のことをイジられてるのに疾斗ってば楽しんでるよね…。まーた花音に何か言われるんじゃないの?……二人って付き合ってるってことでいいんだよね?

 

 

「とりあえず店出るか。ずっといても迷惑だしな」

 

「そうだね。それじゃあつぐみ、ごちそうさま!また来るね!」

 

「はい!ぜひまた来てください!」

 

「…素直でいい子だよな〜。超純粋な笑顔だし」

 

「疾斗くん?」

 

「ただの感想です」

 

 

 疾斗のストレートな評価につぐみは顔を赤くしてるけどね。わかるよ、こういうのって言われると嬉しいけど恥ずかしいよね。

 店を出て歩きながらさっき気になったことを二人に聞くことにした。…そう付き合ってるのかどうかを。

 

 

「疾斗と花音ってさ、その…付き合ってるの?」

 

「まぁ、一応?」

 

「…なにそれ」

 

「疾斗くん浮気するから。けど付き合ってるよ」

 

「…悪かったな。これでも結構断ってるんだぞ?」

 

「それでも浮気はダメだけどね?…私は受け入れてるけど、やっぱり寂しい時もあるから」

 

「……ほんとゴメンな」

 

「えっと、つまり」

 

「こいつは彼女公認で他にも関係持ってんだよ」

 

「…え…」

 

 

 花音のことを大切にしてるのに?他の子とも付き合ってるの?…そんなの…でもアタシがとやかく言っても仕方ない、のかな。

 

 

「疾斗くんって優柔不断なんだよ?相手を泣かせないようにって悩むから。今はマシになってるけど、それでもなかなか断れない人なの。…それで結局今は3股だね」

 

「え"…か、花音はよく受け入れられたね」

 

「そういうとこも含めて好きになったから。…それで全く寂しい思いをしないってわけじゃないけど、それでも自分で選んだ人だしね」

 

「…お前は花音に助けられてるな」

 

「まぁな。…本当に勿体無いぐらいだ。だからこそ小さい時から花音のことを大切に想ってる」

 

「わ、私も疾斗くんのこと大切に想ってる、よ」

 

「…花音」

 

 

 うわ、すんごい速さで二人だけの世界作っちゃったよ。…あー、アタシ達も周りからしたらこんな感じなのかな。何回も言われてきたけど、こうやって見ることでやっと分かったよ。

 

 

「んじゃ二人は置いて帰るぞ」

 

「へ?あのままでいいの?」

 

「言っても止まらないからな。疾斗がいるんだから、花音の心配もいらないしな」

 

「そ、そうなんだ」

 

「リサ」

 

「なに?」

 

「手繋ぐか」

 

「!!…うん♪」

 

 

 雄弥から言ってくれるなんてね〜。恋人繋ぎをしながら雄弥に密着して歩く。日が暮れ始めてるから暑さもマシになってて、そのおかげでこうやって雄弥と歩くことができる。アタシ達のこの状態は家に帰るまでずっと続いた。




☆9評価 煉崎さん 零やKさん ありがとうございます!


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8話

( ´∀`)フハハハハ さらばだレポートたちよ!お前たちは教授たちの元に旅立つがいい!!
ってなわけで、レポートを片付けることができました!木曜日の授業が消えたのが勝因ですね!
これからテスト期間に突入ですが、テストの日程自体はとびとびなのでなんとか更新は続けられそうです!(*^^)v
今日は1日中バイトなので執筆できませんけどね!(毎週のこと)


「今週末の予定?」

 

『うん。ひまりに誘われて海に行くことになったんだけど、どうかな?』

 

「また海に行くのか…」

 

『あはは、何回行っても楽しめると思うんだけどな〜。あこと燐子も来るんだけど』

 

「悪い。今週末は予定空けれないんだ」

 

 

 週末には仕事が入っていて、どうしても空けることができない。どちらかと言うと、今まで遊べてたほうが奇跡みたいなものだ。

 予定を合わせられないことを伝えると、電話越しでもリサが落胆したことがわかった。今のとこ祭りの日は空けれているから、そこはなんとか死守するとしよう。

 

 

『そうなんだ…。アタシこそ急でごめんね』

 

「気にするな。…それよりも心配だな」

 

『何が?』

 

「リサに男が近づいた時にどうしようもない」

 

『それは…大丈夫だと思う。雄弥たちと合同合宿した時も全然そういう視線感じなかったし』

 

「だといいが…」

 

(それは単純に男共がリサをそういう目で見ようものなら、その度に殺気飛ばしてたからな)

 

『たしかひまりは愁も誘うって言ってたんだけど、雄弥は愁の予定わかる?』

 

 

 愁の予定?…週末の仕事はAugenblickであるってわけじゃないが、それぐらいしか分からないな。海に遊びに行く日だけ予定が空いてるのかもしれないが、憶測でしかないな。

 

 

「少なくとも全体では何もない。…個人での仕事はどうか知らないな」

 

『なるほどね〜。うーん、誰か男の子いてくれたら安心なんだけど』

 

「……瑛太たちを派遣するか」

 

『へ?』

 

「あいつらならリサも面識あるし、腕っ節もある。ボディガードを引き受けてくれるだろ」

 

『そうだろうけど、駄目でしょ。今就活に勤しんでるんでしょ?邪魔できないよ』

 

「…ならやっぱ俺が『それも駄目』なんでだ」

 

『アタシの都合で雄弥の仕事を無くすなんて、アタシが自分を許せなくなるから。…今ひまりから連絡きて、愁も来れるって分かったしね』

 

「…そうか」

 

 

 不本意だが、あいつにリサのことを頼むしかないな。あいつなら穏便に事を済ませられるだろうし、なんだかんだで護身術を身につけてる。そこらへんのチンピラに負けることはない。

 

 

「何かあればすぐに言ってくれ。駆けつけるから」

 

『うん。事後報告にするね』

 

「…なんでだよ」

 

『だから仕事を投げ出してこないでって言ってるでしょ。心配してくれるのは嬉しいけど、信じてほしいな〜』

 

「……わかった」

 

『よろしい!それじゃあもう遅いし寝よっか』

 

「ああ。おやすみリサ」

 

『おやすみ〜』

 

 

 通話を終えて俺も寝ようと思ったんだが、その前に一つやらなければならないことがある。それは結花(侵入者)を部屋から出すことだ。

 

 

「寝るから部屋に戻れ」

 

「え〜。せっかく私がいい話持ってきたのに〜?」

 

「いい話?」

 

「そ!週末の仕事を私が変わってあげよっか?って話。それならリサと一緒に海に行けるでしょ?」

 

「却下だ。そんなことしたら結花のスケジュールが詰まりすぎるだろ」

 

「弟のためならお姉ちゃんは頑張れちゃうよ?」

 

 

 ちゃかすように言っているが、結花の雰囲気からして本当に変わってもいいと思っているのだろう。どの仕事にも全力を注げると考えているようだが、それでも俺の考えは変わらない。

 

 

「結花に押し付ける気はない。結花に無理なんてしてほしくないしな」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど…リサと遊ばなくていいの?」

 

「もう断ったしな。それに、直接頼まれて決まった仕事だ」

 

「雄弥がそう言うなら私もこれ以上は言わないよ。じゃあ寝よっか!」

 

 

 そう言った結花は、はしゃぎながらベッドに潜り込んだ。俺のベッドなんだがな。結花はベッドに寝転がりながら手招きしてくる。…いや一緒に寝ないぞ。

 

 

「雄弥寝ないの?」

 

「結花とは一緒に寝ないな」

 

「リサはいいのに?」

 

「リサは彼女だから」

 

「友希那とも寝たことあるらしいじゃん?」

 

「どれだけ前の話してる」

 

「紗夜と日菜とも寝たことあるんでしょ?」

 

「居候した時にな」

 

「じゃあ私と寝てもよくない?」

 

「よくない」

 

 

 もう俺はリサと付き合ってるんだ。身内とはいえ他の女の子と寝るわけがないだろ。付き合う前ならよかったのかと聞かれたら、たぶんなんだかんだで許可してたんだろうが。

 

 

「えー!私だって雄弥と一緒のベッドで寝てみたい!」

 

「わけがわからないこと言うな」

 

「私だけ仲間はずれなのはヤダー!」

 

「小学生か。それと、俺と寝てないのがおかしいみたいに言うな。…そこで寝たいならそこで寝ろ。俺はリビングで寝る」

 

「…どうしても駄目?」

 

「駄目だな」

 

「絶対?」

 

「…………はぁ、せめて同じ部屋で別の布団とかならいいぞ」

 

「やった!」

 

 

 結花は大喜びしながら部屋から出ていった。布団でも取りに行ったのだろう。…ああいうところを見ると妹に見えてくるんだが、本人が姉と言うのだから姉なんだろうな。

 待つこと数分結花が勢いよくドアを開けながら戻ってきた。…近いうちに壊されないだろうか。

 

 

「雄弥準備できたから来てー」

 

「結花の部屋で寝るんだな。てっきり布団持ってくるのかと思ったんだが」

 

「客間から私の部屋に布団運ぶ方が楽だしね」

 

「それもそうだな」

 

 

 携帯は…なくてもいい気がするが、一応持っていっとくか。

 結花の部屋に行くと、本人が言っていたように布団が人数分用意されていた。その数は3枚(・・)

 

 

「結花、まさか」

 

「友希那も一緒だよ☆」

 

「よく友希那が了承したな…」

 

「友希那は優しいよ?」

 

 

 友希那が優しいのは知ってる。なんだかんだで人のわがままを許してくれるからな。だが、結花に対しては一番甘い気がする。

 

 

「そんなことないわよ」

 

「さらっと人の考えを読むな。…実際に結花には甘いだろ。友希那が結花の頼みを断ったところを見たことがないぞ」

 

 

 いつの間にか結花の部屋に来ていた友希那が、心外だとばかりに呆れた顔をしていた。友希那は俺の横を通り過ぎて、結花の頭を撫でてから俺の方に向き直った。結花は友希那に撫でられて嬉しそうにしているが…、やっぱり姉というより妹のほうが合ってるよな。

 

 

「結花が自分でできる限りのことをしてから頼みごとをしてくるからよ」

 

「今回のはそれに当てはまらないだろ」

 

「普段から頑張ってる妹の頼みよ?断る理由があるかしら?」

 

「やっぱ甘いだけだろ。あことかリサの頼みは断るほうが多いわけだし」

 

「音楽に支障をきたさなければ断らないわ。…最近は」

 

 

 最近は、ね。結花が家に来てからそうなったんだろうな。結花の明るさや人懐っこさも相手に鬱陶しがられない程度だ。そのへんをわきまえている上に、本人は周りが認める程の努力家でもある。友希那が嫌う要素がないな。

 

 

「ねぇねぇ!せっかく三人で寝るんだし、もう少しお喋りしようよ!」

 

「明日寝坊するなよ」

 

「しないってば!」

 

「ふふっ、それなら少しぐらいはいいんじゃないかしら」

 

「やったー!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(雄弥の言う通り、私は結花に甘いのかもしれないわね)

 

 

 元々一人っ子だった私に突然雄弥という弟ができた。(倒れてる雄弥を私が発見したのだけれど)弟なんてできると思ってなかったし、それ以上にあの時はそんなこと気にしてる余裕がなかった。

 雄弥には自分というものが一切無かった。空っぽな雄弥を弟として受け入れたけど、私にはどうすればいいか分からなくて、リサにずっと助けてもらってた。雄弥が少しずつ最低限の人らしさを身につけて芸能界に入ったら、完全に私にできることがなくなった。

 努力を惜しまない雄弥は、空いてる時間を全てスキルアップに使った。…いえ、それ以外に何をしたらいいかわからなかったかもしれないわね。とりあえず、私には雄弥に教えれるものがなくなった。人との付き合い方はリサの担当で、私は常識を教えてそれで終わってしまった。

 だというのに、雄弥は私を姉として慕っていた。すぐに私を追い越して、私より大きな存在になったというのに、それでも自立できていなかったから。だから私は雄弥が困った時に応えれるように、音楽以外にも目を向けた。そうすることで姉らしさを保てると思って。

 

 雄弥は私を姉として慕ってくれているけど、私が雄弥の弱音を聞くことなんてない。もしかしたら、未だにリサも雄弥の弱音を聞いていないのかもしれない。雄弥が弱音を吐ける相手は、……今も紗夜と日菜だけなのかしらね。雄弥から弱音を引き出せるようになることが私の課題かしらね。

 

 

「それでね〜!今日の練習でも大輝がね!」

 

「そんな急がなくても最後までちゃんと聞くわよ」

 

「その話は俺知ってるから寝ていいか?」

 

「駄目よ。雄弥の視点での話も聞くわ」

 

「まじか」

 

 

 そんな雄弥と結花はもちろん違う。私は心から楽しそうに今日の出来事を話してくれる結花に耳を傾けていた。雄弥に習慣づけさせている"その日にあった話"を結花も真似している。…結花には今までこうやって話せる相手も弱音を吐ける相手もいなかったから。

 そんな結花に同情しないと言えば嘘になる。けれど、それは結花に対して失礼だと私は思っている。望んでそんなことになったわけじゃないのだから。だからこそ私は結花に妹として接して、できる限りの温もりを注ごうと決意した。

 雄弥相手にできなかったことを結花にしてあげたい。かつてリサが雄弥にしていたようなことを。それが甘やかしているということなら、そうなのでしょうね。

 

 

「友希那聞いてるー?」

 

「もちろん聞いているわ。大輝に激辛お菓子を食べさせた話でしょ?よくそんなの売ってたわね」

 

「愁の家で作ってくれたらしいんだ〜。あの家ってご飯担当のシェフたちとお菓子類担当のパティシエたちと別れてるらしいから」

 

「…ほんと、凄いわね」

 

「あいつの家系からしたら、それぐらいは当然だな。…むしろ規模は小さめらしいぞ」

 

「どういう家系なのよ…」

 

「それは言えないな。本人が公にならないように隠してるわけだし」

 

「そう。それなら無理には聞かないわ」

 

 

 気にならないわけではないけど、そこまでして聞きたいかと言われれば別にそういうわけでもない。結花が話してた内容から逸れてしまったわね。練習の時の話に戻しましょう。

 

 

「それで、大輝のことだから良いリアクションを取ったのかしら?」

 

「それはもう面白いリアクション取ってくれたよ!けっこう大輝のこと弄ってるのに全然飽きないんだ〜。ムードメーカーだよ☆」

 

「ムードメーカーで言えば疾斗も結花もそうなんだがな」

 

「疾斗は分かるけど私も?」

 

「ああ。結花が入る前と後でだいぶ違うぞ。盛り上がり方が増えたというか、明るさが増したというか、とりあえずそんなとこだ」

 

「へ〜。私にはよくわかんないや」

 

 

 それは本人には分からないでしょうね。けど、結花の存在が大きいことは私も分かるわ。結花の存在が家にも良い影響を与えているのだから。

 

 

「結花の存在は結花が思っている以上に大きいわよ」

 

「友希那まで…、なんかそんなに言われるとこそばゆいんだけど」

 

「結花が家に来てから、この家も会話が増えたのよ。この家で話を提供するのはお母さんぐらいだったから。お父さんも私も雄弥もそんなに会話を続けないでしょ?」

 

「用件だけ言って終わりって感じだもんね」

 

「ええ。だからお母さんも結花が来て大喜びよ。会話を弾ませれるし、結花からも話を提供するから感謝してるのよ。もちろん私も」

 

「友希那…。…そ、そんなストレートに言われたらテレちゃうよ」

 

「ふふっ、本人は言わないでしょうけど、雄弥も結花に感謝してるのよ?」

 

「へ?」

 

 

 結花が目を丸くして雄弥の方に視線を向けるけど、雄弥は結花からも私からも視線を逸らしている。…ほんと雄弥も変わったわね。前までは平然としていたのに、今では自分の心に秘めてるものを暴かれたらこうやって恥ずかしがるんだから。

 

 

「雄弥が…私に?なんで?私雄弥にもみんなにも迷惑かけてばっかなのに。……胸の傷だって」

 

「そんなのを帳消しどころかむしろ覆すぐらいに、この子は結花に感謝してるのよ」

 

「…友希那、俺のことをそんなズバズバ言うな」

 

「ならあなたが言ってあげなさい。結花は引きずるタイプなんだから」

 

 

 雄弥は嘘をつくことがないし、自分の考えをストレートに言うけど、それでもわりと隠したがるわね。特にこの手の話となると。…思春期かしら?

 髪を掻きながら渋る雄弥に、私のジト目と結花の純粋な目が向けられる。居心地悪そうにした雄弥は「…わかったよ」と観念して結花に視線を合わせた。

 

 

「結花がバンドに加入して、この家にも来て、俺も結花の存在が大きいなって思ってる。家とかバンドでの変化はさっき話したとおりだが、個人的にも感謝してるんだ」

 

「個人的にも?本当に心当たりないんだけど…」

 

「事務所の部屋に結花が遊びに来るようになっただろ?」

 

「けど雄弥は仕事の邪魔するなって言うじゃん」

 

「まぁな。だが、本気でそう言って追い出したことないだろ?やったとしても時間制限を設けるぐらいだ」

 

「……たしかに」

 

「今まではわりと暇してたんだよ。俺は学校に行ってないから楽器の様子見て、メンテしたりしても時間が余ることが多かった。だが、結花が部屋に来るようになってからは暇になることなんて殆ど無い」

 

「私は暇したくないから雄弥のとこに行ってただけなんだけど、本当に邪魔になってなかったの?」

 

「そう言ってるだろ。結花が来てくれると楽しいからな。これからもよろしく」

 

「そっかぁ……。うん!任せて!」

 

 

 …この子無自覚に相手を落とそうとしたりしてないかしら?結花が雄弥をそういう目で見てないからいいけど、人によっては違う受け取り方するわよ。

 結花でも頬を赤くしちゃってるもの。…純粋な嬉しさと恥ずかしさがあるのでしょうけどね。

 

 

「そろそろ寝るわよ」

 

「はーい!」

 

「…やっとか」

 

「やっぱし三人で固まって寝よ!」

 

「暑いから却下。夏だぞ?」

 

「じゃあ冬ならいいんだね!友希那は一緒に寝てくれる?」

 

「仕方ないわね」

 

「やった!」

 

「……冬ならいいとかそういうことじゃないんだが」

 

「諦めなさい。あなたのミスよ」

 

「はぁ」

 

 

 ふふっ、結花に一本取られたわね。それにしてもやっぱり結花とリサは似てるわね。リサの方がしっかりしているけれど、人との距離の詰め方や接し方がどこか似てるわ。

 結花の左隣に私がいて、反対側の少し距離を開けたところに雄弥がいる。一応結花を二人で挟む形にはなってる。布団に入って、すぐに寝息をたて始めた結花の無垢な寝顔を携帯で撮ってリサに送ってから私も寝ることにした。手を掴んで離さない結花を優しく包みながら。

 

 

 




久々に友希那視点でも書くか〜っと思ってやってみたら…、慈愛に満ちた友希那姉さんが誕生しました。
結花は友希那姉さん相手には完全に妹キャラと化すのです。


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9話

「はぁはぁ…ご、ごめん雄弥くん。…待たせちゃったよね」

 

「気にするな。5分しか待ってない」

 

「…そこは『今来たとこだ』とかじゃないの?」

 

「そんな嘘ついても仕方ないだろ。それに集合時間には間に合ってるんだ。彩が謝る必要がないだろ。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着け」

 

「あ、ありがとう。……んっ、んっ、ふぅー。買っててくれたの?」

 

「いや俺のやつだが?蓋開いてたし、少し量が減ってただろ?」

 

「ふぇ!?」

 

 

 え、ええ!?こ、ここ、これって間接キスなんじゃ…。ゆ、雄弥くんのことだからそんなの気にしてないってことなんだろうけど、雄弥くんにはリサちゃんっていう彼女がいるわけだし…。こ、こういうのは控えさせないとね。びしっと教えてあげなきゃ!

 

 

「彩?顔が赤くなってるけど熱中症か?」

 

「ち、違うよ!こ、これは走ってきたから体が熱くなってるだけ!」

 

「そうなのか。熱中症じゃないならよかった。もし調子悪くなったらすぐに言えよ。今年も夏の暑さが異常だからな」

 

「う、うん。雄弥くん、飲み物ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「それでね」

 

「うん?」

 

「彼女がいるのにこういうのはどうかと思うんだ」

 

「こういうの?」

 

 

 キョトンってしてるけど…本気で分かってなかったんだね。雄弥くんらしいと言えばそうなんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよね。

 

 

「だから、雄弥くんは私にくれた飲み物を先に飲んでたんだよね?」

 

「喉が渇いてたからな」

 

「それでその飲み物を私が飲んだら、か、間接キスになっちゃうじゃん。それはリサちゃんが怒ると思うんだ」

 

「…………このことはリサに黙っててくれ。頼む」

 

「う、うん」

 

 

 なんか思ってた反応と違うけど、まぁでもこれでもう雄弥くんは、無自覚に間接キスする(させる)ことがなくなるはずだからいいよね。

 

 時間通りにスタッフさんが来て、私と雄弥くんはスタッフさんの車に乗り込んだ。今日のお仕事はここから少し離れてるし、電車でもよかったけど車の方がいいらしいから車になった。…電車だと雄弥くんが酔うってのもあるんだけどね。車でも危ないけど。

 

 

「ってあれ?前に合宿行ったときは電車じゃなかったっけ?」

 

「…まぁな

 

「酔わなかったの?」

 

酔ってはいた。けどリサがいたからいつもよりマシだった

 

「そうなんだ〜」

 

(リサちゃんの影響力ってどうなってるの?)

 

 

 今なんて車の窓を開けさせてもらってるのに、雄弥くんの顔色はよくない。電車は走ってる間絶対に密閉されるのに、それでも雄弥くんが大丈夫でいられるって…リサちゃん恐るべし。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「とうちゃーく!」

 

「なんでそんな楽しそうなんだよ」

 

「だって海だよ!?海!!」

 

「そうだな。けど仕事で来てるんだからな」

 

「わかってるよー」

 

「湊さん、丸山さん、移動しますよ」

 

「あ、はい!」

 

(……リサにここの海で遊んでもらうように言っとけば、心配することもなかったな。…いまさらだが)

 

 

 私と雄弥くんが今日するお仕事は、海の家での一日店長!正確には私が一日店長をやって、雄弥くんがサポートしてくれることになってる。

 店長さんに挨拶をして一日店長の名札を貰ったら海の家っぽく水着に着替える。どうせならみんなと海に遊びに来て水着を着たかったけど、なかなか予定が合わないし、せっかくお仕事を貰えてるんだから文句なんて言えないよね。

 

 

「雄弥くん早いね。もう着替えてたんだ」

 

「男の着替えなんてそんなもんだ。女子みたいにオシャレしないからな」

 

「そうなんだね。…うーん、けど雄弥くんオシャレしたらもっとカッコよくなると思うよ?」

 

「そうか?」

 

「うん!せっかくだし私がやってあげよっか?」

 

「やめとく」

 

「なんで!?」

 

「だって彩だしな」

 

「どういうこと!?」

 

「ははは!仲良いなー!」

 

「それなりの付き合いですので」

 

 

 私と雄弥くんのやり取りを見ていた店長さんが、豪快に笑いながら雄弥くんの背中をバシバシ叩いてる。パーカー着てるからマシだろうけど、あれ素肌にやられたら背中赤くなるよね。

 

 

「んー?なんだぁ?二人はアイドルなのに付き合ってるのか?」

 

「ふぇぇ!?にゃ、わにゃ…しょんにゃ」

 

「彩慌てすぎだろ…。付き合ってませんよ。中学からの付き合いってだけですし、俺は彼女いますから」

 

「「え!?」」

 

「お!そうなのか!そりゃあ悪かったな!」

 

 

 雄弥くんと店長さんはなぜか握手してるけど、今の発言大丈夫なの!?私は知ってるからともかく、スタッフさんがすっごくビックリしてるよ!?

 

 

「み、湊さん。い、今の話本当ですか?」

 

「今の?…あー、彼女の件ですか?」

 

「そうです!」

 

「本当ですよ。ただまだ公表しませんけどね。…タイミングは一応考えてますんで」

 

「……そうですか。一応事務所の方に伝達していいですか?」

 

「情報がもれないのであれば」

 

「細心の注意を払います」

 

 

 ま、丸く収まっちゃった。今のやり取りだけでも雄弥くんたちが、どれだけ大きい存在なのかわかる。…どれだけ頑張ったらそこに辿り着けるんだろう。私たちパスパレの先輩アイドルたちの背中は、とてつもなく遠いよ。

 

 

「それじゃあ今からメニュー覚えてもらうからなー!ゲームとのコラボメニューもあるし、忙しくなるぞ!」

 

「ゲームとのコラボメニュー?」

 

「おう!NFOとのコラボだ!そのメニューの一覧がこっちな。それでこっちが普通のメニューだ!」

 

「お、多いですね…」

 

「彩は覚えれ……ないな」

 

「そうだけどはっきり言わないでよ!」

 

「とりあえず普通のメニューは覚えれるだろ?」

 

「うん!」

 

「そっちを完璧に覚えて、コラボメニューは少しずつ覚えろ。俺はキッチンの方にいるから、困った時に呼べ」

 

「え、もう覚えたの?」

 

「とりあえずメニューはな。今から手順確認してくる」

 

 

 覚えるの早すぎ!!…そういえば日菜ちゃんと同種の人だったね。すっかり忘れてたよ。それにしても、初めて雄弥くんと一緒のお仕事できるのに、別々なんだね…。仕方ないことだけど。

 

 

「何しょぼくれてんだよ」

 

「ふぇ?ひゃなひてー」

 

「適材適所でやるってだけだろ。それに彩が笑顔で仕事してくれないとこっちも調子狂うんだから、いつもの笑顔でいてくれよ?そういうアイドルを目標にしてるんだろ?」

 

「っ!!うん!!」

 

 

 そうだったね。どんな時でも笑顔!それがあゆみさんから学んだことで、私が心掛けてること。雄弥くんとのお仕事ってことで浮かれちゃってた。切り替えないと!

 

 

「よーし!私、頑張るからね!」

 

「ああ。頑張り過ぎて空回りするなよ」

 

「一言余計だよ!」

 

「あ、それと」

 

「…むぅ、なに?」

 

「水着似合ってる。可愛いぞ」

 

「ふぇぇ!?」

 

「じゃ、キッチン行ってくる」

 

 

 わ、私、今可愛いって言われたの!?うぅ、雄弥くんのバカ。また顔が赤くなっちゃったじゃん。リサちゃんが『雄弥はズルい』ってよく言うのがわかったよ。……けど、嬉しいな♪

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 開店ギリギリまでメニューを覚えて、開店したらいざ接客開始!なんだけど、まだお昼前だからそこまでお客さんが来てないんだよね〜。注文を取ってオーダーを通して、キッチンから渡される料理をお客さんの所に持っていく。接客の経験はあるし、大丈夫そうかな。

 キッチンでは一気に作れる料理を一気に大量に作るみたいで、雄弥くんが豪快に作ってた。料理はあんまりしない、なんて言っておきながらああやって作ってる所を見ると、もう悔しさを超えて尊敬するしかないかな。

 

 

(…やっぱり雄弥くんってカッコイイよね)

 

「…彩どうかしたか?」

 

「へ?」

 

「ぼーっとしてるみたいだが、疲れたなら今のうちに休憩してこい。これから忙しくなるぞ」

 

「だ、大丈夫大丈夫!疲れてるわけじゃないから」

 

「ならいいが、無理するなよ?倒れたら元も子もないからな」

 

「うん!」

 

 

 こうやって会話してるけど、雄弥くんは一度もこっちを見てないんだよね〜。なんでわかったんだろ?

 私のそんな疑問をよそにメニューが出されたから私もそれを運ぶ。帰るお客さんがいたら挨拶してテーブルを綺麗にする。やることは難しくないし、頑張れば忙しくてもなんとかなるよね!

 

 

──パシャ

 

「ふぇ?」

 

「あ、すみませーん。店員さんが可愛かったのでつい」

 

「正面からもいいですか?」

 

「へ?いや、あのそういうのは…」

 

「1枚だけでいいので!」

 

「け、けど……」

 

「お客さん。ここはそういう店ではないので、やめてもらっていいですか?」

 

 

 私が困ってたら料理を作ってるはずの雄弥くんが来てくれた。しかも私をお客さんから見えないようにするために、私の目の前に立ってくれてる。

 

 

「いいだろ〜写真ぐらい」

 

「そういう店じゃないって聞こえませんでしたか?さっき撮った写真も消せ」

 

(ゆ、雄弥くん!口調が荒くなってるよ!?)

 

「なんだその接客は!こっちは客だぞ!」

 

「だからどうした。肖像権って知ってるか?警察に突き出されたくなかったらさっきの写真を消してとっとと出ていけ。飯も食べ終わってるようだしな」

 

「お前じゃ話にならねぇ!店長呼べ店長!」

 

「呼んだか?クソガキ共」

 

 

 店長さーん!?え、そんなんでいいの!?あ、店長だからか…って、店長でもどうかってレベルな気がするんですけど!?

 

 

「お前らがやってたことは見てた。営業妨害もいいところだなぁおい!」

 

「ひぃっ!」

 

「しかもうちの可愛い店長代理を隠し撮りたぁいい度胸してるじゃねぇか!!」

 

「「ご、ごめんなさーい!!」」

 

「二度と来るなクソガキ!!」

 

 

 店長さんの威圧が凄いんだけど…。豪快な人だとは思ってたけど、やっぱり怒らせたらめちゃくちゃ怖いね。私が怒られてるわけじゃないのに萎縮しちゃったもん。

 

 

「ったく。気持ちは分からなくもないが、それでもやって良いことと悪いことの分別ぐらいできねぇとなー」

 

「最近の人は軽い気持ちでしか考えませんからね。その行動が及ぼすものまで配慮が及ばないんですよ」

 

「…お前さんとあまり年も変わらないだろ」

 

「あれと一緒にされるのは心外ですね」

 

「くくっ、はっはっは!やっぱおもしれー奴だな!どうだ?今日だけと言わずもっとここで働かねぇか?」

 

「……考えておきます。やっても来年からでしょうね」

 

「…ま、忙しいらしいからな〜。だが、来年は期待させてもらうぜ?」

 

「期待しすぎないでくださいね」

 

 

 …勝手に来年のお仕事のこと話してる雄弥くんもだけど、トップアイドルをスカウトする店長さんも大概だよね。もし…もしだけど、来年雄弥くんがここで働くなら、私も今日みたいに一日店長ってことで来れたりしないかな。

 

 

「彩、おい彩」

 

「えっと、どうかしたの?」

 

「それはこっちのセリフだ。気分が悪いなら「それは大丈夫!」……なら手を離してくれ。キッチンに戻れない」

 

「へ?」

 

「おーおー。お熱いこった。彼女持ちの男相手に積極的だなぁ」

 

 

 雄弥くんと店長さんに言われて、自分の手が今どうなってるのか確認する。私は両手とも雄弥くんの服を掴んでて、しかも雄弥くんとの距離がほぼゼロ。つまり周りからしたら一見抱きついてるようになってて……。

 私は顔どころか全身が真っ赤になった。この状況に対してもそうだし、何より今いる場所(・・・・・)はさっきと変わってなくて、周囲にはお客さんも…。

 

 

「ご、ごごご、ごみぇんなひゃい!」

 

「いやそんな気にしなくていいから落ち着け」

 

「落ち着いてりゃれないよー!」

 

「…はぁ。落ち着けるまで彩は休憩してこい」

 

「それは「行ってこい」…はい」

 

 

 …雄弥くんに迷惑かけちゃってるよね。助けてもらったのに、リサちゃんがいる雄弥くんにあんなことしちゃって、勝手に一人でテンパっちゃって。…私、今日何もできてないよね。

 

 

「ほら飲み物」

 

「え?」

 

「この暑さだ、水分取らないと倒れるだろ。…入れやすなったからスポドリにしたが、いいよな?」

 

「う、うん大丈夫。ありがとう。…あれ?そっちのは?」

 

「これは俺の分だ。俺も休憩取ってこいって言われてな」

 

「そうなんだ。……ごめんね、迷惑かけて」

 

「迷惑?」

 

「さっき絡まれたのもそうだし、…その…雄弥くんと距離が近くなっちゃったのも」

 

 

 雄弥くんから受け取ったグラスを両手で挟んで、そこに視線を落としてると私の頭にポンって手を置かれた。視線を上げると雄弥くんが優しげな表情……じゃなくて呆れたような顔してた。……私が期待しちゃう反応はリサちゃんにしか見せないのかな。

 

 

「俺が言うのもなんだが、彩は本当に馬鹿だな」

 

「むぅー、私は本気でそう思ってるのに!」

 

「誰一人迷惑かけずに生きていけるとでも思ってるのか?」

 

「…それは…無理だけど」

 

「だろ?彩は気にしすぎなんだ。他の人に迷惑かけたくないって思うのは当たり前だろうから、彩は俺に迷惑をかけたらいい」

 

「……え?」

 

「彩が抱えてくる問題なんていくらでも手を貸してやる。彩にはどうしょうもないものなら俺が解決してやる。だからその分、他の人に迷惑かけないようにしろ」

 

「……雄弥くんって女たらし?」

 

「なんでだよ…。こっちは真面目な話してるってのに」

 

「ふふっ、ごめんね。けど、ありがとう♪雄弥くんが言ったんだし、雄弥くんにこれからもいっぱい迷惑かけるね!」

 

「ああ。今更だがな」

 

「一言余計だよ!」

 

「…やっぱり彩は笑顔じゃないとな」

 

「これからは大丈夫だよ!」

 

「期待してる」

 

 

 っ!!雄弥くんに期待してるなんて言われたこと初めてだよ…。私が笑顔でいること。それは私にとっては簡単なことだけど、それでも期待してるって言われるとねー。

 思ったよりもがお客さんの入りが凄いことになったらしくて、私と雄弥くんは休憩を切り上げて戻った。

 今からなら大丈夫!私はすっごく調子がよくなったし、何よりも雄弥くんがいてくれるから。そのことが私の大きな支えになって、私は弾けるような笑顔でお仕事ができた。

 雄弥くんとお仕事をできてる。雄弥くんと私の二人で。こういうのは今日のお仕事だけなのかもしれない。だから今日という時間制限があって、まるでシンデレラみたい。

 

 

 だけど…

 

 

「あれ?彩先輩?」

 

「あ、ひまりちゃん!?」

 

「お、ホントだ〜。彩じゃん!」

 

「リサちゃんたちも…」

 

 

 ひまりちゃん、愁くん、あこちゃん、燐子ちゃん、そしてリサちゃん。…雄弥くんの大切な人。

 

 

 私のシンデレラタイムは、空がまだまだ明るいうちに終わってしまった。



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10話

 

 あたしは今日お仕事ないから家でのんびりしてる。暑いからとりあえずアイス食べてるけど、夏はやっぱりアイスだよね♪

 

 

「日菜、それ今日何本目のアイスなのよ」

 

「あ、お姉ちゃん。だって夏ってアイス食べたくなるじゃん?」

 

「気持ちはわからなくもないけど…」

 

「それにこのアイス美味しくってるんっ♪てするんだよね〜」

 

「…そう」

 

「むむっ!!」

 

「今度は何?」

 

 

 あたしがスプーンを咥えながらソファから急に立ち上がったから、お姉ちゃんが怪訝そうにしてる。けど、お姉ちゃん。これはそんな悠長にすることじゃないんだよ!

 

 

「今ユウくんのとこがグチャグチャしてそう!!」

 

「は?何を意味のわからないことを…」

 

「なんでわかんないかなー!こう、えっとぉー、あたしも上手く言えないけど、とりあえず凄い感じ!」

 

 

 あたしが考えをまとめれないからか、お姉ちゃんも整理したいのか、ため息をつきながら話を振ってくれた。

 

 

「まず雄弥くんは今日お仕事のはずよね?」

 

「うん!彩ちゃんとね!」

 

「…丸山さんと?」

 

「そうだよー。お姉ちゃんは聞いてなかったの?」

 

「お仕事があるとしか」

 

「まぁユウくんならそうだよね。あたしも彩ちゃんから聞いただけだし」

 

「そうなのね。なら今日のお仕事の内容も聞いてるのかしら?」

 

「もっちろん!海の家だよ!」

 

 

 あたしが自信満々に言うと、お姉ちゃんは何か呟きながら一人で考え込み始めちゃった。…むー、お姉ちゃんだけで考え込まないでほしいなー。

 

 

「…今井さんも海に遊びに行っているはず。ということは…ちょっとした修羅場…にもならないわね

 

「お姉ちゃん何かわかったの!?」

 

「…推測というだけよ。それに私が考えた通りなら何も慌てる必要なんてないわ」

 

「そうなの?それでそれで!お姉ちゃんの考えだとどうなの!?」

 

「教えないわよ」

 

「ええ!!なーんーでー!おーしーえーてーよー!」

 

「だってあなた、これを言ったらまた変なことしようとするもの」

 

「しないもん!だから教えて!」

 

「だめよ。夜になったら教えてあげるわ」

 

「ええー!きーにーなーるー!」

 

 

 あたしがダダをこねてもお姉ちゃんは教えてくれなかった。「部屋に戻って練習するわ」って言ってリビングから出て行っちゃった。…うぅー、結花ちゃんなら教えてくれるかな?

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ひまりに誘われて海に遊びに来てたあたしたちは、少し遅めのお昼ご飯を食べようと海の家に行った。海水浴シーズンで人が多いけど、そこにゲームとのコラボということもあって、海の家は大忙し。そんな海の家では彩が仕事で一日店長をしていて、そんな彩と知り合いであるあたし達も本物の店長さんの頼みでお店を手伝うことになった。

 キッチンを担当することになったあたしは、海の家のキッチンに行ったんだけど、そこには今日遊べないと言っていた彼氏の姿が…。

 

 

「……ぇ、雄弥?」

 

「リサ?ここの海に来てたのか」

 

「う、うん。雄弥はなんで?」

 

「なんでも何も仕事だよ。彩と同じでここで働いてる。それでリサはどうした?燐子もこっちまで来て…」

 

「……仕事って彩と二人で海だったんだね」

 

「リサ?」

 

「あたしじゃなくて…」

 

「い、今井さん…今はお店を…手伝わくては」

 

「…そうだね」

 

「……ごめんなリサ。仕事の内容を言っとくべきだった」

 

「ううん。…いいよ」

 

 

 もっと話したいことはあるけど、今はそれどころじゃないね。あたしは手短に事のあらましを話した。話を聞いた雄弥は恨めしそうに店長さんの方に視線を送ったけど、帰ってきたのは店長さんの笑顔とサムズアップだった。

 

 

「…燐子はドリンクを頼む。NFOのコラボメニューばっか入ってるから燐子が適任だ。リサは料理作るの手伝ってくれ」

 

「まっかせてー!」

 

「は、はい」

 

「店長!キッチンは俺が仕切るからそっち頼みますよ!」

 

「ガッテンだ!俺の接客スピードについてこいよ!」

 

「そっちこそ運ぶの手間取らないでくださいよ!」

 

 

 …なんでこんな息ぴったりなの?雄弥ってああいう熱血系の人と距離を取るタイプじゃなかったっけ?

 あたしが驚いてその場に立っていると雄弥に手を引かれた。声をかけずにこうするってことは、どうやら思ってた以上に大変な状況みたい。

 

 

「火を扱う仕事は俺がやるから、リサはサポート頼む」

 

「う、うん。……あれ?このパーカーは?」

 

 

 いつの間にかあたしの肩にはパーカーがかけられてた。あたしはパーカーを手にとってマジマジと見て気づいた。…これ、さっきまで雄弥が着てたやつだ。

 

 

「水着のままキッチンに立たせられるわけないだろ。ちゃんと袖に手を通して前も閉めとけよ。綺麗な肌してるんだから、しっかり守らないとな」

 

「なっ!?き、きれい!?」

 

「実際そうだろ。リサの肌は誰よりも綺麗だ。…もっと褒めたいがその時間がないな」

 

「あ、ご、ごめん!すぐに手伝うね!」

 

「慌てなくていいからな」

 

 

 目の前で雄弥が忙しそうにしてるのに、あたしってば何してるんだか…。雄弥に言われた通りちゃんと袖に通して前も閉める。……うぅ、雄弥の匂い。雄弥に包まれてるみたいで……はっ!いけないいけない!手伝わなきゃ!

 

 

「雄弥準備できたよ!」

 

「ならこの焼きそばを盛り付けてくれ。量はだいたいこれぐらいで」

 

「わかった!」

 

「数は皿を用意してる分だけでいい。盛り付けれたらカウンターに出してくれ。接客側の人間が取ってくれる」

 

「うん!」

 

 

 雄弥からバトンタッチしてあたしは焼きそばをお皿に盛り付けていく。サンプル代わりに1人前だけ盛り付けてくれてるからわかりやすいね♪

 雄弥は今度は何してるかというと、タコ焼きを作りながら、焼いてる間に食材を次から次へと切ってた。…うん、だからいつ料理を練習してるのかな?

 

 

「雄弥、盛り付けれたから燐子のフォロー行ってくるね」

 

「ああ。…コラボメニューは燐子に任せて、リサは普通のやつをやったほうがいいかもな」

 

「へ?なんで?」

 

「燐子の再現度が高そうだから」

 

「…あ〜、うん。そうだね」

 

 

 チラって燐子が作ったドリンク見たけど、あれはあたしには再現できないな〜。何あのクオリティ、芸術かなにか?あれを無理に真似しようとしてもお客さんが不満になっちゃうね。

 

 

「りーんこ♪コラボドリンクは任せていいかな?普通のはあたしがやるからさ」

 

「あ、はい…助かります。…これ…けっこう…手間取っちゃうので」

 

「あはは!だよね〜。それじゃあドンドン作っちゃおっか!」

 

「はい!」

 

 

 燐子がどれだけこのゲームに打ち込んでるのかよくわかるな〜。ピアノ弾くときと同じぐらい真剣になってるし。

 燐子のフォローと雄弥のフォロー、それがあたしの仕事かな?接客の方は店長さんが見てくれてるから心配しなくていいしね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「みんなお疲れさん!悪いなー急に手伝ってもらっちゃってよ!金はいらねーから好きなもんじゃんじゃん注文してくれ!それをお礼ってことでいいか?」

 

「いいんですか?それなら遠慮なく頼ませてもらいますね」

 

「あこもうクタクタだよ〜」

 

「あこちゃん頑張ってたもんね!あこちゃんが頑張ってるの見てたら自然と私も頑張ろってなったな〜」

 

「それすっごくわかる!私も先輩として負けてられないなってなったもん!」

 

「彩さんも凄かったですよ!私達のフォローまでしてもらいましたし」

 

「えへへ、そうかな?この中だと私が1番経験あるし、店長代理でもあるからできる限りのことしようって思ったんだ〜」

 

「丸山ちゃんよく動けてたぜ?途中から丸投げできるぐらいにな!それと二人もテキパキ動いてくれてたおかげで、あの忙しさでも滞りなく乗り切れた。ホントにありがとよ!…毛利の小僧はもっとパワーが欲しかったな!」

 

「接客にパワーってなんですか…」

 

 

 へ〜。接客側ってそんな感じだったんだ。こっちは燐子がドリンク作りのコツを掴んで、雄弥も「慣れてきた」なんて言って作るペース上がるし、ついていくのしんどかったよ〜。…まぁでもこれだけ頑張ったんだし、雄弥も褒めてくれるかな。…な、なんてね?

 

 

「りんりんの作ったドリンク凄かったよね!あこそれ見るたびに頑張ろーってなったもん!」

 

「そ、そうかな…。せっかく…知ってるゲームだし…やれるだけのこと…しようって思って」

 

「ホントに凄かったよ!ね、ひーちゃん?」

 

「そうですよ!燐子先輩のドリンク見てお客さんも感動してましたよ!」

 

「俺も軽く見たが、本当に凄かったぞ。さすがだな」

 

「あ、…ありがとう…ございます」

 

「おら!まずはこれから食いな!違うメニューも順番に出すが、合わせるのは面倒だ!取皿に好きなだけ取って大皿のは、次のを出すまでに空にしてくれ!」

 

「ほんと無茶苦茶言いますよね…」

 

「男ならがっつけってんだ!」

 

「えぇ」

 

 

 料理が運ばれてきたから、みんなで「いただきます」をして食べ始める。それで一旦話を区切られたからか、雄弥はあたしに何も言ってくれてない。…もういいもん!

 

 

「リサどうかしたか?」

 

「べっつにー」

 

「いや、なんか機嫌悪そうなんだが…」

 

「雄弥なんて知らない!」

 

「え…」

 

 

 勝手に期待して勝手に機嫌を悪くしてるあたしがいけないんだけど、それでもあたしは雄弥に褒めてほしかった。なんでそれを雄弥はわかってくれないんだろ…。

 

 

「…今井さんも…凄かったですよね。…私と…雄弥さんの…フォローしてくれましたし」

 

「あーそれ私も思いました!リサ先輩って色んなところ見て動いてましたし、私達にもどの料理がどこのテーブルか言ってくれましたもんね!」

 

「…あたしはフォローしかしてないから。それで余裕があっただけだよ」

 

「そんなことないよ!リサ姉が凄い頑張ってたのあこも見たもん!」

 

「僕も同意見だよ。…雄弥からはどうだった?」

 

 

 燐子が気を回してくれて、それをみんなが受け継いでくれた。そして愁が雄弥に聞いてくれたんだけど、雄弥はグラスに入ってる飲み物を眺めてた。…あたし、何かしちゃってたのかな。

 

 

「……リサにはだいぶ助けられた」

 

「へ?」

 

「リサが全体を見てくれてるおかげで、俺は料理に集中することができたからな」

 

「いやあたしは雄弥がテキパキ動くから他にできることないかなって思っただけで」

 

「つまりそういうことじゃないかな?」

 

「彩?どういうこと?」

 

「雄弥くんはリサちゃんを信頼してたから料理に集中することができて、逆にリサちゃんは雄弥くんが料理を一人でこなしてたから雄弥くんを信じて他に目を向けれた。お互いに信頼してるからできたことなんだと私は思うよ」

 

「そうですね。…私も…横から見てて…そう思いました。…二人が…お互いを信じきってるって…それが伝わってきました」

 

「…そうなのかな」

 

 

 あたしがまだ納得できてないと、あたしの頭を隣に座ってる雄弥が撫で始めた。あたしが雄弥に視線を向けると、そのまま引き寄せられてそっと抱き締められる。

 

 

「リサには何度も助けられてるし、今回も助けられた。リサがいるから大丈夫だって安心できた」

 

「私にできたことなんて、みんなに比べたら…」

 

「そうでもないだろ。リサは視野が広いし器用だ。他の人が見落とすようなことをリサは見落とさない。そのおかげで俺たちはミスが無かったんだしな」

 

「けど、だからそれは」

 

(あたしって、なんてめんどくさいんだろう。…望んでたことを言ってもらえてるのに、望んでたタイミングじゃないからって素直に受け取れないなんて)

 

「適材適所ってやつだ。しかも、リサがやったことはリサにしかできなかったことなんだよ。だから自分で評価を下げるな」

 

「……うん」

 

 

 さらに抱きしめられる力が強くなって、「もう素直に受け取れ」って言われてるような気がした。だからあたしもこれ以上は言わなかった。

 雄弥にこうやって抱きしめられるのって何回もあるんだけど、今日はいつもと違う。いつも以上に雄弥の温かさを感じることができる。だって、雄弥の肌に直接触れてるから。

 

 

「お二人さーん。そろそろ元に戻ってくれないかな?」

 

「「……」」

 

「おーい!」

 

「っ!!…ご、ごめん!!」

 

「え、時間差?」

 

「ハッハッハ!若い奴は見せつけてくれるじゃねぇか!」

 

「あぅ…こ、これは……ぅぅ」

 

「なるほどな〜。この子が雄弥の彼女なのか。良い子捕まえてんじゃねぇか!」

 

「ええ、自慢の彼女です。それと良い子ではないです。世界一の女の子です」

 

「ぁ……ばか

 

「くくっ、言うねー!ま、それでこそ男だ!そんなカップルにはこの特製デザートをくれてやる!…あ、みんなの分は他のデザートな」

 

 

 …海の家でパフェ?ここってそんなの作れるようなとこじゃなかったはずなんだけど。みんなは夏らしくかき氷もらってる。あたし達にはパフェの中にアイスがあるみたい。容器もキンキンに冷やされてるから、急いで食べなくてもよさそうだね。

 

 

「……スプーンが一つしかないね」

 

「気にすることか?」

 

「え?」

 

「ほら口開けろ」

 

「ふぇぇ!?いや…あの、みんな見てるから!」

 

「周りなんて見なくていい。今は俺だけ見とけ」

 

「ふぁっ!?……うん

 

 

 なんでそんな言葉を臆面もなく言えるかな…。けど、たしかに周りを気にし過ぎても仕方ないよね。店長さん絶対にスプーン持ってきてくれないし、取らせてくれないだろうから。

 雄弥にだけ意識を向ける。最初は恥ずかしかったけど、雄弥に食べさせてもらって、今度はあたしが食べさせてあげたら気にならなくなった。だってあたしは雄弥が大好きだから。

 二人でパフェを食べ終わっても、あたしと雄弥はお互いに目を見つめ合ってた。雄弥の目にはあたししか映ってないように、あたしの目も雄弥しか映ってない。そして何も言わなくても、同時に顔の距離を近づけていって、口を重ね……そうになったところであたしの携帯に電話がかかってきた。

 

 

「っ!へ?へ?えっと、携帯どこだっけ?」

 

「ほら」

 

「あ、ありがとう。……日菜?」

 

『やっほーリサちー!』

 

「わわっ!そんな大声出さなくても聞こえてるよ。どうしたの?」

 

『うーん、特にこれといった用事があるってわけじゃないんだけどね〜』

 

「ないの?」

 

『なんかリサちーが周りを無視して、ユウくんとイチャイチャしてそうだから電話した』

 

「…なっ!?…そ、そうだけどさ…なんでわかったの?」

 

(いつの間にかあたしと雄弥以外のみんなにコーヒーが用意されてるし)

 

『なんとなくだよ!…お姉ちゃんも分かってたみたいなんだけど、あたしに教えてくれなくてさ〜。だから結花ちゃんに教えてもらって、さっきビビッてなったから電話したんだ〜』

 

「…みんなにバレバレなんだ」

 

 

 感が鋭い日菜がなんとなくで察知して、情報を手に入れた紗夜が把握したってことだよね。紗夜はあたしと同じで雄弥の仕事内容を知らなかったはずだし…。それで、把握したけど紗夜は日菜に教えなくて、日菜は結花と連絡取ったってことかな。…日菜の感性ってさらに凄いことになったね。

 

 

『あ、そうだ!リサちーに用事あるんだった!』

 

「結局あるの!?」

 

『あはは!ごめんごめん!結花ちゃんに誘われてね、お姉ちゃんも来るし、あたしも行くし、彩ちゃんも呼ぶつもりだから、リサちーも来てほしいんだ〜♪』

 

「来てほしいって、遊びに行くの?」

 

『ちょっと違うよ〜。遊びって言ったら遊びだけど、あたし達らしい遊びかな?』

 

「あたし達らしい?…勿体ぶらないでよ」

 

『女子らしいことだからリサちーならわかると思ったんだけどな〜』

 

「わからなくてごめんねー」

 

『女子会だよ!女子会!』

 

 

 その後も少し話し込んで日菜との電話が終わった。もう日も暮れ始めてるから、あたしの電話が終わったら記念撮影して帰ることになった。雄弥と彩は仕事として来てるから、あたし達とは一緒に帰れなかった。…雄弥は「仕事だからな」って言ってたけど、あたしは雄弥と一緒がよかったの!

 まぁでも、「リサの水着姿はすごく魅力的で見惚れてた。仕事に集中するのに時間がかかった」って言ってくれたから、良しとしますか♪

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 海水浴場のシャワーで身体を洗ったとはいえ、家でもしっかりと身体を洗った。特に髪のケアは念入りに。…雄弥が覚えてるかは知らないけど、昔に『リサの髪はお気に入り』なんて言ってくれたし。そこで"好き"って言わなかったのは、好きという言葉を理解してなかったからなんだけど、そんなの"好き"って言われたも同然だよね!

 ベッドに寝転がりながら、ひまりやあこたちと今日取った写真を共有した。もちろんアタシと雄弥の二人で撮ったやつはあげないけど。

 海の家での手伝いは驚いたけど、今日一日楽しかったな〜。………なっ!アタシと雄弥がパフェ食べてる時の写真まで!?うぅ、気づかなかった〜。保存するけど。

 

 ……ん?………あ!アタシ雄弥のパーカー持って帰って来ちゃってたんだ!えと、さっきハンガーに掛けてたから…これだね。……きょ、今日はもう遅いし、返すのは今日じゃなくていいよね。……雄弥の匂いがする。大好きな匂い。

 

 アタシはパーカーを抱きしめたまま寝落ちしちゃった。朝起きた時に一人で恥ずかしくなったり、母さんにパーカーを抱きしめて寝てるアタシの写真を取られたりした。

 

 

「リサも可愛いわね〜♪友希那ちゃんと結花ちゃんに送っといたわよ♪」

 

「ええ!?」

 

「うそうそ。じょーだんよ。さすがにこれは見せれないもの」

 

「よ、よかった〜」

 

「送った相手は雄弥くんよ!」

 

「1番ダメじゃん!」



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11話

「お姉ちゃんはーやーくー!」

 

「そんな急かさないで。時間にはまだまだ余裕があるでしょ」

 

「けど早く行きたいじゃん!楽しみじゃん!」

 

「早く行ってもみんなが揃わないと意味ないでしょ」

 

「そうだけどそうじゃないの!」

 

 

 今日は結花ちゃんが企画した女子会の日。あたしとお姉ちゃんはもちろん一緒に家を出るんだけど、お姉ちゃんはまだ早いからってソファに座ってる。

 隠そうとしてるけど、お姉ちゃんもそわそわしてるの分かるんだよね〜。もう一押ししたらお姉ちゃんを押し切れるかな?

 

 

「お姉ちゃんお願ーい」

 

「なんでよ…」

 

「どうしてもダメー?」

 

「……わかったからそんな目で見ないでちょうだい。日菜は支度できてるのよね?」 

 

「うん!バッチリだよ!」

 

「そう。少し待っててちょうだい。用意してくるわ」

 

「やったー!お姉ちゃん大好き!」

 

「きゃっ!?…もう、いきなり抱きつかないでちょうだい」

 

「えへへ〜♪」

 

(狙い通り!)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「リサちーと結花ちゃんおそーい!」

 

「…10分前に来てるのになんであたし達が最後なの?」

 

「みんな楽しみにしすぎじゃない?紗夜も10分前とかだと思ってたんだけどな〜」

 

「……日菜が急かすのよ」

 

「20分は待ったね!」

 

「はや!…彩は?」

 

「私はさっき来たばっかだよ。リサちゃんたちの5分前ぐらいかな」

 

 

 リサちー達の5分前、つまり彩ちゃんが来たのは集合時間の15分前。実はこれ、仕事の時より早かったりする。…彩ちゃんも楽しみにしてたってことだよね。

 

 

「そんことより早く中に入ろーよー!暑い!」

 

「あはは、たしかに立ち話はキツイね」

 

「それじゃあ入ろっか」

 

 

 今日は疾斗くんのお爺さんのところでも、つぐみちゃんのところでもない。結花ちゃんが気に入ってるまた別の喫茶店に来てた。…ここもユウくんに教えてもらったらしいけど。ユウくん色んなお店知りすぎじゃない?

 

 

「うわ〜、良いところだね!」

 

「お、彩でもわかる?」

 

「ちょっ、結花ちゃんどういうこと!?」

 

「まぁでも彩ちゃんだし?」

 

「ねー」

 

「うぅー」

 

「二人とも、丸山さんをからかうのはそこまでよ。それより注文するものは決めたの?」

 

 

 さすがに見かねたのかお姉ちゃんが止めに入った。お姉ちゃんに言われたらあたしも結花ちゃんも一旦止まるからね。お姉ちゃんはもう注文を決めてあるのかな。あたし達が見やすいようにメニューを見せてくれた。

 席はお姉ちゃんの隣に彩ちゃん。反対側にあたしと結花ちゃんとリサちーがいる。あたしがテーブルの奥で結花ちゃんが通路側。つまりリサちーを二人で挟んでる。もちろん今日のターゲットが彩ちゃんじゃなくてリサちーだから。

 

 

「あたしはね〜……コーヒーでいいや。リサちーの惚気聞くことになりそうだし」

 

「話さないから」

 

「私もコーヒーでいいかな〜。リサの惚気聞かされそうだから」

 

「だから話さないからね!?」

 

「私もコーヒーにしようっと」

 

「彩?」

 

「ひゃっ!いや、あの、二人とは違う理由だよ?普通に飲みたかっただけだから…」

 

「…そうなんだ。疑ってごめんね」

 

「う、ううん」

 

「今井さんはどうするの?」

 

 

 普段ならこういうのってリサちーの役目なんだろうけど、あたしと結花ちゃんがいるからそれができない。代わりにお姉ちゃんがまとめ役になってる。リサちーはメニューを軽く眺めてから店員さんを呼んで、みんなのをまとめて言ってくれた。

 

 

「紅茶なんてオシャレだね〜」

 

「そう?普通でしょ。紗夜だってミルクティーだし」

 

「紗夜もコーヒーにしたらよかったのにー」

 

「私を巻き込まないでほしいわね」

 

「ユウくんも紅茶よく頼むよね」

 

「たしかに。喫茶店に行ったら紅茶頼むこと多いよね」

 

「丸山さんも雄弥くんと喫茶店に行ったことあるの?」

 

「うん!今年に入ってからというか、パスパレに入ってからはないけどね。それまでは私が落ち込んでる度に連れて行ってくれたよ」

 

「彩ちゃんズルい!」

 

「えぇ!?」

 

 

 だってあたしは全然連れて行ってもらったことないもん!リサちーも回数が増えたのは今年からだろうし、結花ちゃんだって付き合いの長さからしたら回数が少ないはず。あたしとお姉ちゃんも回数が少ないから、やっぱり彩ちゃんはズルい!

 

 

「彩は何回連れて行ってもらったの?…アタシを差し置いて」

 

「怖い!リサちゃんなんか怖いよ!?」

 

「いいから。10回は?」

 

「い、行きました」

 

「じゃあ20回は?」

 

「そ、そこまでは覚えてません。10回超えてからは数えてません、はい…」

 

「そっかぁ〜。覚えてないか〜」

 

「うぅー、リサちゃん?」

 

 

 リサちーの目が全然笑ってないね。彩ちゃんは蛇に睨まれたカエルみたいになってて、涙目で隣に座ってるお姉ちゃんにしがみついてる。まぁでも結局ユウくんが原因だからな〜。リサちーもそこは分かってるみたいだし。

 

 

「まぁまぁ落ちつきなってリサ。リサと雄弥は付き合ってるんだし、別れるなんてこともありえないんだから、これから彩なんて比にならないぐらいデート重ねたらいいんだって」

 

「……わかってるよ」

 

「そういえば今日は友希那ちゃんいないの?」

 

「友希那も家で誘ったんだけどね〜。今日は雄弥が通院の日だからそっちの付き添い」

 

「付き添いですか?雄弥くんは一人では病院に行けないような人ではないでしょ?」

 

「まぁね。だから言い方を変えたら見張り(・・・)だね」

 

「見張り?雄弥くんの何を見張るの?」

 

「…行動でしょ。雄弥が無意識で女の子を口説かないようにっていう。友希那から『雄弥のことは私に任せて、リサは楽しんできなさい』って連絡あったもん」

 

「…なるほど」

 

 

 うーん?ユウくんはたしかに女の子を落としちゃうことあるけど、実際にはそこまでなんだよね。だって、今でもユウくんは他人なんて興味ないから(・・・・・・・・・・・)

 変わったのは"自分との関わりがある人物"という輪が"自分の知人と関わりがある人物"にまで広がったこと。つまり、全く知らない第三者には今でも微塵も興味を示さない。

 だからユウくんを見張るというのは、リサちーと結花ちゃんをそう思わせるためのもの。きっと他に理由があるはず。あたし達にも教えれない、ユウくんに関わる何かが。そしてそれは病院の先生も知ってること。

 

 

「日菜?」

 

「……お姉ちゃんは知ってた(・・・・・・・・・・)?」 

 

「っ!……いいえ(・・・)

 

「ま、友希那って全然人に言わないからね〜。雄弥と一緒で」

 

「どっちが似たんだか。…あー、友希那は昔からそうだったから雄弥が似たのかな」

 

「あ!小学校の時の雄弥くんの話聞きたい!」

 

「お、彩もそう思った?実は私も聞きたいって思ったんだよね〜。リサ教えてよ☆」

 

「いいよ♪」

 

 

 あたしとお姉ちゃんの会話の意図をリサちー達は見抜けなかったみたいだね。まぁ別にいいんだけどね。ユウくん達が隠したがってることなわけだし、特にリサちーには知られたくないことなんだろうし。

 

 

日菜、どうする気?

 

わかんない

 

「…そう」

 

「?…二人ともどうしたの?」

 

「なんでもなーい。やっぱりリサちーの惚気話になるんだなって思っただけ」

 

「な!?惚気話にならないから!」

 

「どうだろうね〜。どう受け取るかはあたし達次第だし?」

 

「そうだけど…。さ、紗夜はそう思わないよね!?」

 

「今井さんが話す内容次第かしらね」

 

「うっ、敵だらけ…」

 

 

 なんとか誤魔化すのを成功できたかな。……ユウくんから聞き出すのは無理だし、友希那ちゃんもガード硬いのかな。けど病院の先生からは無理だよね。たぶん守秘義務とかあるだろうし。…やっぱり友希那ちゃんからになるのかな。

 リサちーが話すユウくんの小学校時代の話は、惚気話とまではいかなかった。その時のユウくんが一番大変な時だったからかな。完全に無なユウくんをリサちーと友希那ちゃんが連れ回したって話がほとんどだった。けど、やっぱり好きな人の話はそれでも聞いてて楽しい♪

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシが小学校時代の話をした後は、普段の学校での出来事とかバイトとかそういったことをそれぞれ話した。てっきり今日一日イジられるかと身構えてたけど、そうでもなかったから安心した。

 

 

「学校ってやっぱ楽しそうだね〜」

 

「…結花」

 

「結花ちゃんもこれから通ったらいいんだよ!うんそうしよう!その方がるんっ♪てするもん!」

 

「編入試験があるからそれに合格したら高校通えるよ!」

 

「通うならどちらの高校に通うのかしら?」

 

「アタシは一緒の高校がいいな〜。友希那も日菜も麻耶もいるし、Afterglow全員いるしね♪」

 

「それを言ったら私達の方だって、千聖ちゃんとイヴちゃんがいるし、ポピパちゃん全員いるよ!」

 

「白金さんや弦巻さんたちもいますね」

 

「うわ迷う〜」

 

 

 あはは!どっちにもいっぱい友達がいると悩むよね〜。結花が来たらクラスはどこになるんだろ。アタシや日菜と同じか、友希那と同じか。どっちにしても一人にはならないね。…結花ならすぐに友達作れるだろうし。

 

 

「雄弥と同じ方にしよっかな☆」

 

「いやどっちも女子校だから」

 

「それにユウくんって学校通いたいって思ってないじゃん」

 

「花女には来たけどね」

 

「え!?」

 

「来てたわね。一緒に授業受けたわ。……まともな授業にはならなかったけど」

 

「次来てくれるなら今度は私達のクラスがいいな〜。理事長と仲良くなってたから、たぶん雄弥くんがまた花女に来るのも可能だろうし」

 

「じゃあ花女にしよっかな〜」

 

「決め方おかしくない!?」

 

「え?だってそれで雄弥が花女に来てくれたら一緒に授業受けれるんでしょ?」

 

 

 そうだけど!アタシは雄弥が花女に月に1回も行かないと思うんだけどな!それに、結花が羽丘に来てくれたら友希那が喜ぶ気もするし。

 

 

「あたしは結花ちゃんに羽丘に来てほしいな〜」

 

「アタシも。羽丘ならずっと友希那と一緒だよ?」

 

「リサって私をシスコンだと思ってる?」

 

「え?違うの?」

 

「違うよ!」

 

「けど家ですっごい甘えてるんでしょ?たまに友希那が写真くれるよ?この前も一緒に寝たって聞いたし」

 

「なにそれ!すっごいるんっ♪てきた!詳しく教えて!」

 

「教えないから!リサも余計なこと言わないでよ!」

 

「あはは、ごめんごめん。けど、たまには反撃しないとね〜」

 

「あーもう恥ずかしい」

 

 

 普段とのギャップがある時の自分を暴露されたから、赤くなった顔を俯きながら両手で隠した。結花のこういうとこって全然見れないんだよね〜。友希那とアタシと三人の時も見せてくれないし。

 

 

「ユウくんに教えてもらおっと♪」

 

「…ほんと日菜って容赦ないね」

 

「あ、ごめんね。私も聞きたい」

 

「丸山さん」

 

「あはは、話聞いたら紗夜ちゃんにも言うね?」

 

「ならば構わないわ」

 

「構うよ!紗夜までそっち側なの!?」

 

「大変興味深いので」

 

「うぅ、リサのせいだよ」

 

「ごめんごめん。ほらこっちおいで」

 

「……ばか

 

 

 いじけちゃった結花をハグして、いつも雄弥がやってくれるみたいに頭を撫でる。友希那が結花を大切にするのがよくわかるな〜。結花のこういう可愛いとこ知ってると構いたくなるもん。

 

 

「そういえばリサちー」

 

「なに日菜?」

 

「ユウくんとどこまで進んだの(・・・・・・・・)?」

 

「……へ?」

 

「ちょっ!日菜ちゃん!?」

 

「日菜、そういうのは聞くものじゃないわ。今井さんに謝りなさい」

 

「なんで?あたしは気になったから聞いてるだけだよ?」

 

「聞いて良いことと悪いことがあるのよ!」

 

「日菜ちゃん。私もそれはダメだと思うよ」

 

「けど二人は興味ないの?」

 

「ないわよ」

 

 

 アタシが固まってる間も紗夜と彩が日菜を止めてくれてた。けど、アタシの動きが止まったら結花も普段の調子に回復して、日菜側についちゃった。

 

 

「私は雄弥とリサがどこまで進んでるのか気になるな〜」

 

「結花ちゃん!」

 

「だってこんなにベッタリなカップルだよ?」

 

「だよねだよね!」

 

「あなた達は…!」

 

「まぁけどリサ達のことだからキス止まりでしょ」

 

「っ!!」

 

「図星だね」

 

 

 別におかしなことじゃない。アタシも雄弥もそれ以上のことを求めないだけ。そんなカップルだっていっぱいいるはず。だから何もおかしくはない。

 

 

「リサは雄弥に抱かれたいって思わないの?」

 

「なっ…、あ、アタシは、別に」

 

「まぁリサも奥手だもんね〜。どうせ雄弥は『自立してないから』って理由だろうね」

 

「藤森さんそれではまるで雄弥くんが『自立したらそれ(・・)を求める』と言ってるように聞こえますよ」

 

「お姉ちゃん。あたしはユウくんがそう思っててもおかしくないと思うよ」

 

「…何を根拠にそんなこと」

 

「だってユウくんも男の子じゃん」

 

「雄弥は他の人と違うから!一緒にしないで!」

 

 

 そうだよ。雄弥がそんなこと…そんなわけないもん。だって、雄弥はもう自立してるんだから(・・・・・・・・・・・)

 結花は知らないだろうけど、結花が加入したあと、一度だけ雄弥は家を出ようとしてた。もう大丈夫だからって。それを湊家全員に反発されたから今も家にいる。少なくともあたし達が高校を卒業するまでは雄弥はあの家にいる。

 

 

「リサはそう言うけどさ。友希那がこの前言ってたよ」

 

「……なんて?」

 

「雄弥にも思春期が来たのかしらって」

 

「それでも雄弥くんがどう思ってるかはわからないじゃん」

 

「彩の言う通りなんだけどね。…けど、それなら雄弥がリサの水着姿見て固まる?」

 

「け、けど。それとこれとは繋がらないじゃん」

 

「かもね〜。まぁユウくんとリサちーがそれでいいなら別にいいんだけどね。むしろ狙い目かな?」

 

「へ?」

 

あたしが初めてを狙えるんだし(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「日菜!!」

 

 

 な、何言ってるの?なんで?だって…雄弥はアタシの彼氏で…日菜がそこで割り込んでくるなんておかしいじゃん。で、でも…か、仮にアタシが知らない所で日菜が迫っても、雄弥は断ってくれるはず。…うん。大丈夫、大丈夫…。

 

 

「ユウくんって押し切れる気がするんだ〜(・・・・・・・・・・・・)

 

「……は?」

 

「だって、ユウくんは絶対に跳ね除けたりしないもん」

 

「そんなわけ…」

 

「リサちーはユウくんとキスする時に拒まれたことある?あたしは無いよ」

 

「日菜ちゃんそれは二人が付き合う前の話じゃ…」

 

「それって関係ある?」

 

「雄弥くんの性格なら…」

 

 

 アタシは頭を強く殴られたような衝撃を受けた。日菜が雄弥とキスしたことあるっていうのもそうだけど、それ以上に雄弥が絶対に拒まない人間だということが事実だからだ。

 彩の言う通り付き合う前だからキスしたんだろうし、そこはアタシも何も言えない。今はもう違うと思いたいけど…。

 

 

「あたしは今でもユウくんのことが大好きだから。ユウくんに抱かれたら幸せだろうなぁって思ってる」

 

「…日菜ってほんと凄いよね」

 

「そう?あたしは本心を言ってるだけだよ?…リサちーにその気がないなら別にいいよね?ユウくんの本心も見えてくるかもしれないし」

 

「そんなの駄目!雄弥はアタシの彼氏なんだもん!絶対にそんなの認めないから!」

 

「リサちーがそう言っても最終的に判断するのはユウくんでしょ」

 

「っ!…だけど…ダメ…そんなの、やだよ

 

「日菜、いい加減にしなさい!」

 

「……お姉ちゃん?」

 

「あなたが仮にそんなことしたら、雄弥くんがどれだけ自分を追い込むと思っているの。あの人がどれだけ責任を感じてどれだけ心をすり減らすと思っているの。やっと生まれた雄弥くんの心をあなたは壊したいの?」

 

「…あたしは…別に…」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ど、どうしよー。空気が悪くなっちゃったよ。こ、ここは笑顔担当の私が空気を変えないと。えっと、近々ある行事で何かあったっけ…。あ!

 

 

「そ、そういえばもうすぐお祭りあるよね。みんなはお祭り行くの?あたしは妹と行く予定なんだけど」

 

「…雄弥と行く」

 

「それでその後ゴールインなんだね」

 

「日菜!」

 

「紗夜も落ち着いて。日菜も思考を切り替えて」

 

「…そうね。ごめんなさい」

 

「……」

 

「私は友希那と行く予定だよ」

 

「…湊さんも行くのね」

 

「強引にお願いしちゃった☆」

 

 

 い、意外だなー。友希那ちゃんってそういうの行きたがらないと思うんだけど、結花ちゃんの頼みなら行くんだね。…あ、でもリサちゃん達とも七夕祭り行ったって聞いたし、案外一緒に行ってくれるんだね。

 

 

「紗夜も一緒に行こうよ!」

 

「…いいわよ」

 

「やった☆」

 

「日菜ちゃんは?」

 

「…行かない」

 

「なら日菜ちゃんは私と一緒に行こうね!」

 

「だから行かないって「リーダー命令です♪」…はぁ、こんな時だけそう言うんだから。リーダー命令なら仕方ないか」

 

「ふふっ、妹も喜ぶよ!日菜ちゃんのファンだもん!」

 

「…彩ちゃんみたいな子?」

 

「日菜ちゃんの意図が分からないからノーコメントで」

 

「えぇー」

 

 

 なんとか場の空気も良くなったね!結花ちゃんが協力してくれたおかげ♪お祭りが終わったら雄弥くん達は出発する。リサちゃんにはいっぱい雄弥くんと過ごしてもらわないと!

 




雄弥が何か隠していると気づいた氷川姉妹。
そして軽く暴走する日菜。まぁ一番モヤモヤしちゃってる子ですからね。大目に見てください。


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12話

昨日のRoseliaよかった(*´ω`*)
さて、英気を養ったところで今日からのテスト期間を乗り越えますかね。


「着付けは…こんなもんか」  

 

「少しズレてるわ。直してあげるからジッとして」

 

「ありがとう」

 

「いいのよ。デートでわざわざ普段着ないものを着てるんだもの。しっかり着こなしてもらわないと」    

 

「あはは!雄弥ってば手伝ってもらっちゃってるー」

 

「結花は全部やってもらってただろ」

 

「まぁね☆…なんで知ってるの?覗いた?」

 

「あれだけ大声で友希那に助けを求めてたら聞こえてくる」

 

「…やっぱりか〜」

 

「ほら、これでいいわよ」

 

 

 友希那に和服をピシッと直してもらい、再度お礼を言った。今日は祭りの日であり、海外ライブの出発前日でもある。祭りは夕方から始まるため、それまでをリサと過ごしたかったのだが、前に収録したものをスタッフがなにやらミスしたらしく取り直しとなったのだ。

 

 

「それじゃあ私達は先に出るわね」

 

「紗夜と行くんだったな」

 

「そうそう!迎えに行って、三人で満喫する予定!」

 

「雄弥はちゃんとリサを楽しませなさいよ」

 

「わかってる」

 

「それじゃあね〜」

 

 

 友希那と結花を玄関で見送り、自分の部屋に戻る。元々殺風景な部屋だったのだが、最近は少し生活感が出てる部屋になってきてる(らしい)。…結花が勝手に買ってきて部屋に置いていくからなのだが。

 

 

「…少し早いがリサを迎えに行くか。隣だが」

 

 

 どうやら俺も楽しみにしているようだ。支度ができてしまったから、なかなか落ち着けないでいる。家を出る前に軽く身だしなみを確認し、両親に一言告げてから家を出た。……朝帰りでもいいって何を考えて言ってきたんだろうな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(帯は大丈夫…だよね。襟とか裾もおかしくないよね…。髪もセットしたけど…崩れてないかな)

 

「リサ落ち着きなさいって。さっきからずっとそればかりじゃない」

 

「で、でもどこかおかしかったら嫌じゃん。変に思われたくないし」

 

「ちゃんと整ってるから大丈夫よ。むしろそわそわして崩さないようにしなさい」

 

「…そう、だね」

 

「それに雄弥くんがリサのことを変って思うわけないじゃない」

 

「けど…」

 

「待ちきれないならリサから会いに行ってもいいんじゃないの?」

 

 

 ア、アタシから!?…そりゃあ早く会いたいけど、昼間一緒にいれなかったし、でも雄弥が迎えに来てくれるって言ってたわけだし。

 

 

「あら?…リサの待ち人かしら」

 

「ドア開けてくる!」

 

「慌てちゃだめよ〜」

 

 

 予定より少し早い時間に家のインターホンが鳴って、ドアを開けたらそこには予想通り雄弥がいた。落ち着いたグレーの和服に身を包んで、紺色の羽織を着ていた。まさか雄弥も和服だなんて思ってなくて、アタシはそんな雄弥に見惚れてた。

 

 

「悪い、少し早めに来た」

 

「…ぁ、ううん。全然いいよ!アタシも雄弥に早く会いたかったから」

 

「そうか。それならよかった。もう出るか?」

 

「少しお茶していきなさい。最近雄弥くんと話してなかったから話したいし、リサも部屋に荷物取りに行くでしょ?」

 

「母さん一声かけてよ!びっくりするじゃん!…ちょっと行ってくるね」

 

「ああ」

 

 

 机の上に用意しといた巾着袋を手にとって、中身も確認する。忘れ物がないか確認し終わったらリビングに行く…んだけど、…やっぱり雄弥の和服姿って似合ってるよね。

 

 

「リサそんなところで何を立ち止まってるの。こっちに混ざりなさいよ」

 

「ぁ…うん」

 

「今雄弥くんから聞いたんだけど、海外ライブが順調に行けば最終日の分が日本でもテレビで放送されるらしいのよ。しかも生で!」

 

「え!?そうなの!?」

 

「まぁな。俺も今日知ったことだし、イギリスでの反響がどれぐらいかにかかってる。…あそこがバンドの本場だしな」

 

「そ、そうなんだ」

 

「ほんと凄いわよね〜。結成5年でそこまでできるようになるだなんて」

 

「テレビの方はともかく、今回の海外ライブはツテを頼ってばかりですよ」

 

「それでもよ。ツテを頼れば海外でもライブができるのは、それだけの技術があるということでしょ」

 

「…どうでしょうね。まだ父さんのバンドを超えてないですし」

 

「ふふっ、殊勝ね」

 

 

 …雄弥の目標はお義父さんのバンドを超えることなんだね。あの時は全然意識してなかったように見えてたけど、もしかしたら友希那と同じぐらい思うとこはあったのかな。

 

 

「雄弥の目標はそうだとして、Augenblickの目標ってあるの?私たちRoseliaは頂点に立つことだけど」

 

「毎回ライブごとの目標に向かってやってただけだからな。そういう意味では目標はなかった」

 

「なかったということは、今はあるのね」

 

「もちろん。Roseliaみたいに一つに纏まってるとは言えませんが、…俺たちの目標は結花の目標を叶えることです」

 

「結花ちゃんの?」

 

「ええ。なんせ俺たちは思いつく限りのことはし終えましたから(やりたいことがなくなってますから)。だから結花の目標のために俺たちはバンドをしてます。結花が入院すれば活動を休止して、結花が引退することになったら解散します。それは結花が入った時から四人で話し合っていたことです」

 

「そう。結花ちゃんは本当にいいとこに加入したわね。リサもそう…思わなさそうね」

 

「いやいや思うよ!」

 

「けど羨ましいって思ってたでしょ?」

 

「うっ…、だって…」

 

 

 メンバーで決めたことだろうけど、それでもそこには雄弥の意志もある。つまり、雄弥もそれだけ結花のことを大切に思ってるってことだし、雄弥と違うバンドのアタシには向けられない優しさだから。…嫉妬しちゃっても仕方ないじゃん。

 

 

「結花のことを大切に思ってるのは事実だが、それはバンドとして、家族として思ってることだからな。リサへの気持ちとは違うから嫉妬なんてしなくていい」

 

「……うん」

 

「ふふっ、ここまでハッキリ言ってくれるなんてリサは幸せ者ね♪」

 

「これからもっと幸せにしてみせます」

 

「あら頼もしいわ〜♪これは孫の顔を見れる日も近いのかしら♪」

 

「ま、まご!?」

 

「あなた達の子供は私にとって孫でしょ」

 

「そ、そうだね…」

 

「「??」」

 

 

 この前の女子会で日菜があんなこと言うから変な反応しちゃったよ。……ゆ、雄弥との子供。男の子と女の子両方産まれてほしい、かな。……って何考えてんのアタシ!?

 

 

「リサ顔赤いが大丈夫か?」

 

「ひゃっ!?…ら、らいりょふ」

 

「……リサもしかして雄弥くんとの子供をもう作ったの?」

 

「なっ!?つ、作ってない!」

 

「そうなの?リサの反応がおかしいから勘違いしちゃったわ」

 

「あの、俺を信用してもらっていいですか?」

 

「信用してるわよ?信用してるからこそ、こうやって言えるんじゃない」

 

「…なるほど。頭が下がります」

 

(雄弥、それなんかちょっとおかしいよ)

 

 

 母さんの矛先が雄弥に変わったところで、アタシもなんとかひと息つくことができた。変に考えちゃったことを忘れてっと…。

 

 

「そろそろ出よっか」

 

「もうこんな時間なのね。これ以上は付き合わせれないわ。楽しんでらっしゃい」

 

「うん!行ってきます♪」

 

「お茶ごちそうさまです。行ってきます」

 

「いーえ〜。朝帰りでもいいのよ?」

 

「もうっ!ちゃんと帰ってくるから!」

 

「リサ朝帰りってなんでだ?」

 

「雄弥は分からなくていいの!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 家を出た時から雄弥と腕を組んで歩く。最初はちょっと歩きづらかったこれも、今じゃ全く気にならないぐらい慣れちゃった。お祭りの場所に近づいていくと、親子だったり友達同士だったりと、お祭りに向かう人も増えてきた。

 さすがにちょっと恥ずかしくって腕を組むのをやめようかと思ったけど、雄弥がやめさせてくれなかった。驚いたけど、嬉しかったからもちろん続行♪

 

 

「どう周る?」

 

「うーん。人も多いしね〜。見ながら周って興味出た屋台にその都度行くって感じかな」

 

「了解。リサ手を離すなよ」

 

「もっちろん♪このまま腕も離さないよ♪」

 

「なら安心だな」

 

 

 この人の多さだと、一度離れ離れになったら合流するのも難しいよね。それ以上に今日はもうずっと雄弥の側にいたいんだけどね。

 雄弥が先を進んでくれて、そのすぐ後ろを着いていく。雄弥の背中を見ながら横目に屋台も見る。その中で寄りたいのを見つけたから雄弥の腕を軽く引っ張った。

 

 

「どこに行く?」

 

「金魚すくい」

 

「…金魚飼うのか?」

 

「金魚がとれたら頼んでみるのもありかな〜」

 

「なら俺がとってもリサの家で飼ってもらうか」

 

「屋台の人に返してもいいんだけどね」

 

「どうするかは後で決めるか。…バカが屋台の人困らせてるようだな」

 

「へ?」

 

 

 屋台に近づこうとしても、人だかりができてて中々近づけそうになかった。けど雄弥はこういうのもスッて通れるから、この人だかりの原因に近づくことができた。

 

 

「あ、疾斗。花音とイヴと…えっと」

 

「あ~、そういえば私が直接会うのって初めてでしたね。どうも、ハロハピのミッシェルこと奥沢美咲です」

 

「ご、ごめんね。Roseliaのベース、今井リサだよ。こっちが湊雄弥」

 

「ん?俺は面識あるぞ」

 

「へ?そうなの?いつの間に…」

 

「色々とな…」

 

「疾斗さんとこころが迷惑をかけてすみません」

 

「気にするな。わりと楽しんでる」

 

 

 そういう繋がりね。じゃあ美咲と雄弥は疾斗とこころに振り回される側で、苦労組ってわけだ。花音とイヴとも話をして、この三人が疾斗と付き合ってると判明。……こういうとこでデートする時に全員集めるんだね。その疾斗はというと…、

 

 

「なぁ兄ちゃん。もう勘弁してくれねぇか?」

 

「何言ってんだおっちゃん。まだポイが半分は残ってるだろ」

 

「金魚がもう全然いねぇだろ!!」

 

「ちゃんと全部返すって言ってんじゃん!最後までやらせてくれよ!」

 

「ここまでやられたら兄ちゃんにだけ、イカサマしてるって思われちまうだろ!」

 

「疾斗ほどほどにやめてやれ」

 

「止めるな雄弥!俺は最後までやりたいんだ!」

 

「さっき金魚すくいしようとしてた子供が、人が多くて近づけないから諦めるって言ってたぞ。ちなみに人が多い原因はお前がこれだけ金魚を取るからだが」

 

「疾斗くん?子供に迷惑かけちゃってるみたいだよ?」

 

「それはよくないと思います!武士らしく引きましょう!」

 

「おっちゃん金魚すくいはもうやめる!金魚も返す!」

 

「お、おう」

 

 

 疾斗が大量にとった金魚を次々と屋台の水槽に戻していく。さっきまで数えれるしかいなかった金魚たちが、数えれないぐらいに増えた。

 金魚を戻し終えたらそのまま疾斗たちは屋台から去っていった。たぶん花音に軽く叱られるんだろうね。お祭りだから花音も止めなかったんだろうけど、子供に迷惑かけたら、ね。

 

 

「それで兄ちゃんたちカップルはどうすんだい?」

 

「やるぞ?こういうのは慣れてないからあのバカ程はできないし安心してくれ」

 

「あれは災害だなー」

 

「そう認定していいだろうな」

 

「あ、あはは…」

 

「それじゃあ桶とポイ1個ずつだな。1〜4匹取れたら1匹持って帰ってくれていい。5匹からはどれだけ取っても2匹だけだ。…上限つけねぇとさっきの兄ちゃんみたいなのが来た時に困るからな」

 

「妥当だな。それとアレはそうそういないから」

 

「俺もそう思いたいよ」

 

 

 1匹でも取れたらいいんだよね。アタシと雄弥が1匹ずつ取れたらそれで2匹飼えることになる。よーし、頑張ろっと!

 

 

「…どの子にしようかな〜っと」

 

「リサってこういうの得意なのか?」

 

「全然できないよ!」

 

「できないのかよ…」

 

「けどせっかくだし、金魚を家で飼ってみたいな〜って」

 

「なるほどな」

 

「うん。……よし、この子にしよっと!………あ、…ぐすん

 

 

 全然だめだった。速攻でポイが破けちゃって金魚取れなかった。さっきまで疾斗のを見てたせいで感覚が狂ってたよ。そうだよね、普通はこうなるよね。

 

 

「泣くなよ」

 

「泣いてないもん」

 

「俺がさっきのを取ったらいいんだろ?」

 

「…アタシが取って、雄弥も取ったら2匹になったのに」

 

「2匹飼いたかったのか?」

 

「…うん。アタシの金魚と雄弥の金魚を家で飼いたかった」

 

「そういうことか。ちょっと待ってろ」

 

「え?」

 

 

 雄弥の顔を見たら、雄弥は凄い集中した顔になってた。ポイを水槽に入れたと思ったらすぐに引き上げてる。けど、手に持ってる桶には金魚が3匹(・・)いた。それにアタシと屋台の人が驚いてる間に4匹目も桶に入る。

 

 

「リサが狙ってたのってこの子だよな?」

 

「あ、そう、その子」

 

「よし。…これで5匹だな。おっちゃんもうやめるから2匹もらうぞ」

 

「…兄ちゃんもバケモンだったか〜」

 

「程々にしかしないからな。今回はリサのために張り切っただけだ」

 

「くぅー!カッコイイこと言うねー!おら、持ってけ。嬢ちゃんの言ってた子とその子と見分けがつきやすい子だ。これなら家で飼っててもどっちがどっちか分かるだろ」

 

「やった!おじさんありがとう♪」

 

「おう!最後まで祭りを楽しんでいけよ!」

 

 

 雄弥が取ってくれた金魚たちが入ってる袋を大事に持ちながら別の屋台に向かう。最初に金魚すくいをしたのは失敗だったかもね。まだまだ屋台を見て回るし、人が多いからけっこう気を使う。

 そんなあたしの心境に気づいてくれたのかな。雄弥はあたしを先導しながら少しずつ人が少ない方に向かっていった。

 

 

「これぐらいなら金魚の心配しなくて良さそうだな」

 

「やっぱり気づいてたんだね」

 

「まぁな。リサのことなら、リサのことだけならすぐに気づける」

 

「ありがとう♪」

 

「リサあそこ寄るぞ」

 

「りんご飴か〜。いいね、いこいこ!」

 

 

 りんご飴を一つだけ買って、お互いに半分こする。まぁ、二つに分けれるわけじゃないから、交互に齧ったりするだけなんだけどね。

 

 

「あ、そうだ」

 

「うん?どうしたの?」

 

「いや、言うタイミングを逃したから忘れてたんだがな。…リサ綺麗だよ」

 

「ふぇ!?」

 

「その紅色の和服に身を包んでて、髪を結ってるのが凄い似合ってる。本当に綺麗だ」

 

「あ、ありがとう。ゆ、雄弥も凄い似合ってるよ!本当に…かっこよくて、実は家に来てくれたときに、その…見惚れちゃってた

 

「…そうか」

 

「…うん」

 

 

 思えばお互いに相手のことを褒め合うのってやってなかったね。いつもアタシが言われて、それで頭がいっぱいいっぱいになってたから。雄弥の頬が少し赤くなってるけど、きっとアタシはそれ以上に赤いんだろうね。相手を褒めるのってこんなに恥ずかしいんだ…。

 沈黙しちゃってるけど、この沈黙は全然しんどくない。心臓がバクバク鳴ってるのも苦に思わない。アタシは雄弥の肩に頭を預けて(身長差で言うと、肩に乗せれるわけじゃないけど)、雄弥とゆっくり歩きながら並んでる屋台の間を歩いていった。

 

 

 

「雄弥、焼きそばのソース付いてるよ」

 

「む、どのへんだ?」

 

「取ってあげるから動かないで。……よしっと」

 

「ありがとうリサ」

 

「どういたしまて♪」

 

「お礼にリサのも取ってやるよ」

 

「へ?」

 

「…これでよしっと」

 

「は、はずかしいー」

 

「お互い様だろ」

 

「それもそうだね。あはは」

 

 

 焼きそばにフランクフルト、タコせんべいにわた菓子。花火が始まる前にはかき氷も買うつもり。もちろん飲み物にラムネも買ってあるけど、暑さに気を付けてお茶も買ってある。

 

 

「結花以外のAugenblickメンバーには会ったね〜」

 

「そうだな。愁のやつが射的で屋台の人困らせて、大輝がストラックアウトやってたな」

 

「みんな凄かったよね〜。ブラックリストに載ったりして」

 

「順調に載ってるぞ」

 

「え?順調にってどういうこと?」

 

「あいつらは行った店のブラックリストに毎年載るんだよ。だから年々あいつらが遊べる屋台が減ってる。まぁ屋台の人からしたら災害が来なくなるからありがたいんだろうがな」

 

「けど、それじゃあそのうち全部駄目になるんじゃ」

 

「そうでもない。ノリがいい人だとあいつら専用の遊び方を用意する。まぁ屋台の人からの挑戦状みたいなもんだな。たしか名物になりつつあるらしい」

 

「名物て」

 

「花火の前にステージでイベントがあるだろ?」

 

「…まさか」

 

「挑戦状を叩きつけた人とバカたちの勝負もイベント内容に入ってる」

 

「…はぁ」

 

 

 Augenblickってどこに行っても何かしら変なことやってるよね。冗談のつもりで言ったブラックリスト入りが本当だったとはね〜。それを利用してステージイベントやるここの主催者も大概だけど。

 

 

「……雄弥はそんなの載ってないよね?」

 

「当たり前だろ」

 

「ほっ、よかった〜」

 

「それよりこの後どうする?ステージイベントはもう始まってるが、見に行くか?」

 

「…やめとく。かき氷のとこ並んでその後花火が見えやすいとこに移動してたらちょうどいい時間になりそうだし」

 

「わかった。なら移動するか」

 

「そうだね」

 

 

 雄弥がゴミを一つに纏めてゴミ箱に捨てた後、アタシに手を差し出してくれる。アタシはその手を指を絡めるように繋いで、さらに腕も絡める。移動してる間もかき氷を買うために並んでる間もそれは変わらなかった。周りの人たちもお祭りで浮かれてるから、視線を感じることもなかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あれ?あっちの方が見えるって聞いたんだけど」

 

「たしかに見えるがその分人も多い。人が密集するとなると自然と他の人との距離も近くなる。…知らない男共が集まるのリサは嫌だろ?」

 

「あ…。そうだね」

 

「こっちはまだ誰もネットに載せてないスポットだから人も全然いないし、花火も見やすい」

 

「へー、そんなとこがあるんだ〜」

 

「まぁな」

 

 

 たしかに進めば進むほど人も少なくなっていくし、坂を登ってるから見やすいとこがあるんだろうね。街灯も減ってる気がするんだけど…。

 

 

「ね、ねぇ雄弥」

 

「どうした?」

 

「どんどん暗くなってるんだけど…」

 

「そりゃあ全然人がいないようなとこに行くからな」

 

「…真っ暗?」

 

「大丈夫そこまでじゃないから。今よりは暗くなるぐらいだ」

 

「それ真っ暗なのと変わらないじゃん!あっちで我慢するから戻ろうよー」

 

「そう言われてもな。もうすぐで着くし、今から戻ったらろくに花火見れないだろ」

 

「うぅー…けど、怖いもん」

 

「俺がいるから大丈夫だ。あと、着いたぞ」

 

 

 雄弥に言われて前を見たら、ちょっとした広場みたいなとこに出た。ベンチもあったりするから人の手で切り開かれた場所なんだね。ベンチの位置はちょうど花火が上がる方角が見れるようになってて、そこに雄弥と座った。

 

 

「…たしかに人はいないし、花火もよく見れそうだけど、やっぱり怖いよ」

 

「だよな」

 

「だよなって…雄弥のバカ!分かっててやるなんて酷いよ!」

 

「ごめんな。ジャンケンに負けたんだよ」

 

「へ?」

 

 

 アタシは雄弥の体をポカポカ叩く手を止めた。…ジャンケンってことはまぁAugenblick内でやったんだろうけど、ということは。

 

 

「他にも隠れスポットあるの?」

 

「まぁな。…どこも少し暗い場所にはなるんだが、ここが1番暗いとこだな。けどどこもいい感じで花火が見れる」

 

「そうなんだ…」

 

「まさか負けるとは思ってなかったんだがな。…結花にハメられた」

 

「結花も参加したんだね」

 

「ああ」

 

 

 ジャンケンで相手をハメるってどうやったらできるんだろ?最初に出すやつを知ってたらできるけど、雄弥って毎回バラバラだし…。結花って案外策士なのかな?

 

 

「どうハメられたの?」

 

「わからん」

 

「へ?なんで?」

 

「作戦通りになったって結花は言ってたんだが、どういう作戦なのかは分からなかった」

 

「それって作戦って言ってるだけで実は何もしてないんじゃ…」

 

「いや、それなら俺が大輝と愁にジャンケンで負けるわけがない。全部勝ってたからな」

 

「うーん、わかんないね〜」

 

「だろ?」

 

 

 本当に謎だ。結花はどういう作戦をたてたんだろ。聞いたら教えてくれるかな?……あ、友希那の入れ知恵の可能性もあるね。友希那は雄弥にジャンケン負けないから。そう思ったらそうとしか思えなくなってきた。…でも友希那がなんで雄弥に負けないのかはアタシもわからないし。

 

 

「…リサはさ、子供ほしいか?」

 

「ふぇ!?い、いきなりどうしたの!?ま、まさか今日?いや、でもあたしの心の準備が

 

「いやな、リサの家で孫の話が少し出ただろ?それでリサはどう思ってるかなって」

 

「…あ、ああ。そういうことね」

 

「どういうことだと思った?」

 

「そこは掘り下げなくていいの!」

 

「そうか」

 

「まったくもうー。…子供はほしいって思うよ。ほらアタシって子供好きだし、世話するのも好きだからさ。将来のこと考えたら、子供のことも考えてるよ」

 

 

 考えてる。どんな家に住みたいとか、子供の名前どうしよーとか、どういう子に育ってほしいとか、雄弥が仕事から帰ってきた時は子供と一緒に玄関に迎えに行くのかなーとか、ママ友ができたりするんだよねとか、あげきれないぐらい考えてる。きっと幸せな未来で、暖かい家庭にできる。そう強く思ってる。

 

 

「子供が大きくなって、アタシ達みたいにその子に恋人ができて、そして結婚して子供ができたら、アタシ達の孫なわけだし。どれだけ歳をとっても子供は子供だから気にかけるだろうし、孫は可愛がるんだろうなって思ってる。雄弥と一緒にその子にもいっぱいの愛情を注ぎたいって」

 

「っ!!!……そうだな。俺たちの子供だけじゃなくて、孫も愛してやらないとな」

 

「うん!家族なんだからね!」

 

(ごめんなリサ。きっとその願いを俺は途中で壊させてしまう。中途半端な形でしてか叶えてやれない)

 

「雄弥?どうかした?」

 

「なんでもない」

 

「そう?」

 

「ああ。子供の世話って大変だろうなって思ってただけだ」

 

「きっと大変だよ〜。雄弥も手伝ってね?」

 

「当たり前だろ。リサだけに負担をかけるわけがない」

 

「ありがとう♪」

 

 

 …これって、雄弥と結婚できるってわけだよね。もちろん雄弥と結婚したいって思ってたけど、雄弥もそう思ってくれてたってことだよね!?…うわ、超嬉しいーー!やばいよ、顔がニヤけちゃうよー!

 

 

「リサ」

 

「ふぁい?」

 

「……。そろそろ花火が上がるぞ」

 

「今の間は辛いよ…。1発目からちゃんと見ないとね!」

 

「そうだな」

 

 

 雄弥の体にアタシの体を預ける。雄弥はしっかり受け止めてくれるだけじゃなくて、アタシの肩に手を回して引き寄せてくれた。何回やっても慣れないから心臓がすっごい音を立ててる。…けどこれはこれで慣れなくていいやって思える。雄弥を意識してるって証だから。

 そうして待っていると、5分も経たずに花火が打ち上げられた。1発目って大きいよね〜。花火が始まる合図でもあるからかな?

 

 

「…きれー」

 

「そうだな」

 

「どれぐらい上がるんだっけ?」

 

「8000発だな。都市部の1万発超えに比べたら少なめに思えるが、全国的に見たら大規模な数だ」

 

「そうなんだ。…調べたの?」

 

「いや疾斗が語ってた」

 

「好きそうだもんね〜」

 

 

 この花火も日本の伝統芸。職人技で誕生する一つ一つの花火は簡単にはできない。何年も修行を積んでやっとできるようになることらしいし、そこに色んな形や色も入れるとなると腕の見せ所らしい。

 アタシも雄弥もずっと花火を見てた。アタシは時折、思い出すように、存在を確かめるように雄弥の手を握り直したり、体を少し動かして雄弥の体に当てたりしてた。

 

 

「…終わりかな?」

 

「いや、時間からして一旦止めただけだろう。今の間に水分補給するか」

 

「そうだね!」

 

 

 買っておいたお茶でしっかり水分を取る。脱水症状になって雄弥に迷惑をかけたくないからね。

 

 

「リサなら俺が抱きかかえて帰れるが、俺が倒れたらどうしようもないな」

 

「その時は大輝を呼ぶね♪」

 

「その時は来ないけどな」

 

「あはは。それが1番だよね♪」

 

「再開したな」

 

「ホントだ〜」

 

 

 さっきと同じぐらい大きくて派手な花火が次々と上げられていく。たしか花火って上げ方にも工夫がされてるんだよね。アタシ達の見えないところで一生懸命工夫してくれてる職人さんに感謝しないとね。

 花火が今日1番の派手さでドンドン上げられていく。きっとフィナーレが始まったんだね。形、色、大きさ、上げる高さ、上げる角度、色んな工夫が全部盛り込まれていく花火が、真っ暗な空に輝きを彩りを与えていく。けれど、それももう終わってしまった。

 花火の余韻に浸りながら横にいる雄弥に顔を向ける。何を考えているのかわからないけど、雄弥はまだ夜空を見上げていた。アタシはそんな雄弥に何故か不安感を覚えて横から押し倒した。

 

 

「リサ?」

 

「……」

 

「リサどうした?具合悪いのか?」

 

「ううん」

 

「じゃあどうした?」

 

「雄弥、シよ(・・)?」

 

「…は?」

 

「ゆ、結花から聞いたの。雄弥も、その、思春期に入ったかもって友希那が言ってたって」

 

「それとこれがどう繋がる?」

 

「だって、こうしたら、その…」

 

 

 アタシの頭はすっごいゴチャゴチャになってた。雄弥への謎の不安感を抱いて、どうしたらいいかわからなくて、それでさっき子供の話をしたから。だからこうすればいいと思った。

 アタシ自身こういうのってどうしたらいいのかわからない。けど、今のアタシはきっと普段のアタシが見たら頭を引っぱたくような思考になってる。だからゆっくり雄弥の手を取ってアタシの胸に導く。

 

 

「おいリサ」

 

「こ、こうしたら!雄弥と繋がったら、雄弥がいなくならないでしょ!?」

 

「…どういうことだ?」

 

「だって、雄弥もこういうのその興味あるでしょ?けどアタシがこういうのしたがらないから…」

 

「…馬鹿か」

 

「ゆ、雄弥?」

 

「思春期かどうかは俺も分からないが、仮に思春期だとしてもそれと性欲を一緒くたにするなよ」

 

 

 アタシの手を振りほどいて胸から手をどけた雄弥はそのまま起き上がった。雄弥を押し倒してたアタシも起きることになって、今雄弥と向かい合うように雄弥の上に座ってる。アタシはこんな行動しちゃったから雄弥に嫌われたと思って、静かに涙を流しながら顔を伏せてた。

 いっそ逃げようかと思ったけど、雄弥の腕がアタシの後ろに回されてるし、アタシが跨るように座ってるからそれは無理だった。雄弥は反対の手をアタシの頬に添えて軽く上げた。

 

 

「何泣いてんだよ」

 

「だ、だって、こんなの…おかしくて…アタシ変になったから…雄弥も嫌いになったでしょ?」

 

「なるわけないだろ。理由があるんだろ?落ち着いて1個ずつ話してくれ」

 

「……」

 

「…はぁ、じゃあまずは女子会のことだ」 

 

「…!」

 

「結花から『やり過ぎたかも』って言われてたからな。内容までは聞いてないからよくわからなかったが、関係してるんだろ?」

 

「…それは」

 

「…日菜が何を言った?」

 

「な、なんで!?……あ」

 

「やっぱりか。ならだいたい分かった。安心しろ、俺が日菜を抱くことはないから。あの子に魅力が無いってわけじゃないが、俺はリサ一筋って決めてあるから」

 

ゆうや

 

 

 雄弥の真剣な目を見たら、その言葉を疑う余地が一切ないってことが分かった。だからアタシは、一つ胸の中の不安が消えた。だけど不安が全部無くなったわけじゃない。アタシにもよくわからない不安が広がってる。

 

 

「それで、俺がいなくなるかもって、どういうことだ?たしかに海外ライブには行くが、必ず帰ってくるぞ?」

 

「…アタシにもよくわかんないよ。けど、雄弥がどこかに行っちゃいそうに見えた。アタシにはどうしょうもない、どこか遠くに行っちゃいそうで…」

 

「それで俺を繋ぎ止めようと思って、さっきの発言と行動なのか」

 

「…うん」

 

「安心しろ。絶対に俺はリサの側にいるから。どこかに行っても必ず帰ってくるから」

 

「絶対?」

 

「ああ」

 

 

 これも信じられる。雄弥は絶対にアタシの側にいてくれるんだって、強く思える。…だから、もっと未来のことも約束しなきゃ。雄弥とずっといるためにも。

 

 

「アタシ達が大人になっても、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、どれだけ歳をとっても側にいてくれる?」

 

 

 アタシの心からのお願いを言葉にした。不確かな未来でも、確実に待っている未来を今作るために。

 

 

ああ。当たり前だろ(・・ ・・・・・・)

 

 

 雄弥がはっきりとそう口にして、アタシは嬉しくて自分から雄弥の唇を奪った。合宿の時のようなものじゃないけど、それでも長い時間口を重ねた。そうやって幸せを感じていた。

 

 

 ──けど、さっきのは雄弥が初めてついた嘘だった。絶対に嘘をつかない雄弥が、人生で初めて、そしてきっとこの先もつかないであろうたった一回の優しくて、残酷な嘘をついた。

 

 

「よかった♪約束だよ♪」

 

 

 そしてアタシは──

 

 

──この嘘を見抜くことができなかった。

 

 



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13話

 

 早朝、いつもよりもさらに早い時間に設定した目覚まし時計に起こされた。できるだけ早い時間の飛行機に乗るためだ。荷物は既に纏めてあるため、着替えて軽く飲食を済ませたら出発するだけになる。

 だが、困ったことに予定がさっそく狂いかけている。リサの力が強い(・・・・・・・)。昨日の祭りの後に一旦家に帰って着替えを済ませた俺は、今井家で一夜を過ごすことになった。リサと話したいことは尽きることがない。俺もリサもずっと話していたいと思っていた。だが眠気に勝てなかったリサが先に寝始めて、俺はリサに布団をかけてあげてから寝た。

 そして起きたらリサに抱きしめられていた。しかもガッチリと、本当に寝てるのか疑わしいぐらいの力で。

 

 

「リサ起きてるのか?」

 

「……」

 

「起きてるな」

 

「……」

 

 

 人は寝てる時と起きてる時で呼吸のリズムが変わるらしい。そしてそれを知ってる俺はリサが狸寝入りしているのがわかった。さすがに飛行機の時間に遅れるのは洒落にならない。

 

 リサの耳元で囁くように

 

 

「リサ、愛してる」

 

 

 本心を伝えた。

 

 少し反応したが、それでもまだ誤魔化そうとするリサに次の手を打った。今までやったことがないし、リサも俺がこんなことするなんて思ってないはずだから狸寝入りもやめてくれるだろう。

 

 俺はリサの柔らかい唇に自分の唇を押し当てた。ここまでは何度もしてきたことだ。だから、軽く舌を入れた(・・・・・・・)

 

 

「〜〜〜っ!!??」

 

「やっと離してくれたか」

 

「な、ななな、なぁっ!?何したの!?」

 

「リサの口に舌を入れた」

 

「なんで!?」

 

「リサが放してくれないと飛行機に遅れるからな」

 

「……そうだよね。ごめん」

 

「まぁ、すぐに出ないといけないわけじゃないんだがな」

 

 

 間違いなく結花はまだ寝てるだろうしな。きっともうじき友希那が結花を起こすのだろう。何時に家を出るかは伝えてあるから、友希那も見送りのために起きるはずだ。

 

 

「着替えて、ご飯食べたらすぐに行っちゃうの?」

 

「集合時間ギリギリに行こうと思えばそれなりに話す時間はあるぞ」

 

「……どうしよ。空港までは行けないんだよね?」

 

「週刊誌の人に知られたら面倒だからな」

 

「だよね。…ギリギリはさすがにダメだから、10分だけゆっくりしていって」

 

「リサがそれでいいなら」

 

「10分でいーーっぱい甘えるからね♪」

 

 

 10分、まぁでも着替えとかを早く済ませたら多少は時間増やせるか。俺は空いてる部屋に移動して着替えを済ませ、リサと二人で朝食を作った。二人で作り、会話をしながら食事を取り、二人で食器を洗う。可能な限りの時短をして、ソファに座った。

 いつもなら横に並んで座るのだが、今日はリサが膝の上に座ってきたので、俺は後ろからリサを抱き締めた。リサの肩越しに顔を出してリサの頬に口づけする。すると今度はリサに同じように頬に口づけされ、微笑み合ってからソファの背もたれに体を預けた。

 

 

「雄弥、何個か約束しよ?」

 

「…浮気はしないぞ?」

 

「もちろんそれは守ってね。絶対に帰ってきてね」

 

「当然帰ってくる」

 

「うん。みんなで楽しんできてね」

 

「あいつらと一緒ならどこでも楽しめるだろうな」

 

「そうだね。最後に、無理しないでね。体を壊さないで」

 

「ああ。気をつける」

 

「約束破らないでね」

 

「必ず守る」

 

「うん♪」

 

 

 腕の中に収まっているリサを抱き締める力を強めると、リサも俺の手に自分の手を添えてくれた。リサの髪に顔をうずめてリサの存在を自分の内側に刻み込んでいく。リサはくすぐったそうにするが、それでも拒まずにいてくれた。

 

 

「…雄弥も甘えん坊だね」

 

「みたいだな。…しばらくリサに会えなくなるのが寂しいよ」

 

「…っ、アタシもだよ。だからさ、帰ってきたらいっぱい遊ぼうね。たくさんたくさん一緒にいようね」

 

「ああ。リサを連れて行ってない俺のお気に入りの場所がまだまだあるからな」

 

「そうみたいだね。彩はいっぱい連れて行ったらしいじゃん?」

 

「…聞いたのか。…中学時代にな。けど、今年見つけた所とかは連れて行ってないから、そこに行こうか」

 

「うん!」

 

 

 ただただリサと一緒に過ごしていた。特に何かしたわけでもないが、時間がすぐに来てしまった。名残惜しいがリサにどいてもらって、荷物を纏めて出た。ちょうど結花も家を出てきていたようで、家の前で合流した。

 

 

「それじゃあ行こっか☆」

 

「そうだな」

 

「気をつけて行きなさい。結花は周りに迷惑をかけちゃだめよ」

 

「わかってるってばー。子供扱いしないでよね〜」

 

「あはは、友希那は結花のことが心配なんだよ」

 

「あ、そういうことね!ありがとう、お姉ちゃん♪」

 

「なっ!…わ、私は別に」

 

「素直じゃないね〜」

 

「私のことはいいのよ。リサは雄弥に言うことないのかしら?」

 

「家でいっぱい話したからね〜。まだまだ話したいけど、ここはコレしかないかな」

 

 

 そう言って近づいてくるリサの意図を汲み取って俺もリサに近づく。リサの腰に手を回して引き寄せ、リサは俺の肩に手を添える。そのままお互いに顔を近づけて口を重ねた。結花が後ろで何か言っているが、俺の耳にもリサの耳にもそれは入ってこなかった。

 どれだけそうしていたのかわからない。だが、離れるタイミングも同じだった。俺と結花はリサの陽だまりのような笑顔と友希那の苦笑に見送られながら集合場所へと向かった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「暇だ!」

 

「飛行機の中はそうなるだろうな」

 

「体を動かしたいなー」

 

「諦めろ疾斗。エコノミー症候群にならないようにたまに立ち歩くしかない」

 

「くそ!俺も大輝と愁みたいにアイマスクを持ってきていれば!」

 

「お前のミスだな。それと騒ぐな」

 

「そうだよ疾斗騒がないでよ。こっちは楽しく外見てるのにさー」

 

 

 結花が窓側で俺が真ん中で疾斗が通路側に座っている。俺たちの前の席に愁と大輝が座っていて、『暇な飛行機を爆睡で乗り切る』とか言って徹夜していたらしく現在爆睡中だ。

 

 

「俺も寝れたらいいんだがなー」

 

「よし眠らせてやるよ」

 

「…優し目でお願いします」

 

「優しくしたらお前の意識を刈り取れないだろ」

 

「疾斗おやすみー」

 

「まじっすか。がっ。………」

 

「よし、一発でいけたな」

 

「はぁ。うまいこといったけど、周りの人ドン引きしてるからね?」

 

「知らん」

 

 

 俺が周りの目を気にするわけがないだろ。さて、暇なのは俺も同じなわけだし、結花と外でも眺めとくか。

 

 

「…雄弥って飛行機乗ったことあるの?」

 

「まぁな。仕事で北海道に行ったときとかな。……あとは昔にな」

 

「…そっか。私は飛行機も初めてだよ」

 

「初めての飛行機の感想は?」

 

「最っ高だよ☆雲の上にいるんだよ?テンション上がるしかないよ!」

 

「純粋だな」

 

「そうかな?雲の上ってのも楽しいし、たまに海が見えたり、島とか陸が見えたりするのも楽しいじゃん?」

 

「…やっぱり結花は純粋だな」

 

「褒め言葉として受け取るね☆」

 

 

 結花は会話してる間も目を輝かせて外を眺めていた。この喜びようを見るだけでも海外ライブを企画してよかったと思える。まぁ、もっと楽しんでもらうがな。

 結花は食事の時以外のほとんどの時間を外を眺めていた。そんな結花に俺も付き合って外を眺め、結花と会話を繰り広げるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ドイツに到着ー!凄いね!ドイツだよドイツ!」

 

「まだ空港の中なのに、よくそんなはしゃげるな」  

 

「えー、テンション上がるでしょ!」

 

「わかったから少し落ち着け」

 

「ははっ!結花のお守りは大変だな雄弥」

 

「大輝、そう思うなら少しは手を貸せ」

 

「周りへの警戒で手一杯だ」

 

「先導は僕がするし、後ろに疾斗がいてくれるからね。雄弥は僕らのお姫様の側にいてね」

 

「警戒しすぎだろ…」

 

 

 日本より治安が悪いとはいえ、それはあくまで比較的に、というだけのことだろ。そりゃあ軽犯罪は多いかもしれないが、ここまで警戒する必要はないはずだ。

 

 

「あれ?あそこの人たちこっちに来るよ?」

 

「んー?誰だろうな。この中に知り合いでもいるのか?」

 

「……僕に用があるみたいだね」

 

「なるほど。そういうことか、ならこっちはアイツラを足として使えばいいのか」

 

「雄弥お前人使い荒すぎだろ。愁以外初対面なんだから大人しく愁に任せるべきじゃないか?」

 

「大輝の言う通りにしてほしい。ややこしくなるとライブどころじゃなくなるからね」

 

 

 …少なくともあの人達はこちらに友好的だな。となると、愁の親が面倒なのか。…ライブに影響が出るなら極力大人しくするしかないか。

 

 

「お待ちしておりましたおぼっちゃま。お車を用意してありますので一度本邸まで」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「旦那様の干渉がございます。一度来ていただければ旦那様も何もしないと仰せです」

 

「はぁ。跡継ぎの話なら僕より適任なのがいるのにね」

 

「ご冗談を」

 

「実際、ジークの方が今の家のやり方に向いてるでしょ」

 

「旦那様は変化をもたらす人材を求めています。それを達成するのは、わずか7歳で本国を飛び出し偽装工作まで行い我々にも所在を隠しきっているあなたしかいません」

 

「え、愁ってそんなことしてたの?」

 

「あはは、まぁね。…家にうんざりしてるからさ」

 

結花、これから俺の側を離れるな

 

「え?…う、うん。雄弥がそう言うなら」

 

 

 愁の家のことなんてどうでもいい。問題はライブを滞りなく行えるかどうかだ。初回からトラブルなんて起きたらこの後の予定が全部狂ってしまう。…そして愁の家は簡単に他を黙らせるぐらいに力がある。一切隙を見せるわけにはいかない。

 

 

「…まぁとりあえず本邸に行こうか。家の話も今回は無しにしてもらわないとね。ライブに影響が出るんだったら本気で家を潰さないといけないし(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「俺は手を貸してやるぞ」

 

「ありがとう疾斗。けどそうならないための話し合いをしてくるよ」

 

「じゃ、待ってる間は俺たち観光してるから」

 

「……え?愁を置いてくの?」

 

「こいつの家に興味ないからな。あとで連絡を取ればいいだろ」

 

「ははっ、うん。それでいいよ」

 

 

 さてと、観光でも始めますか。大輝がどこか行きたい場所があるとか言ってたし、そこから行くとするか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ほ、本当に愁を放ったらかしにしちゃった。雄弥はさっき言ったとおり興味ないんだろうね。疾斗も楽観的なとこあるから雄弥の意見に賛同したし、けどまさか大輝まで賛同するとは思ってなかった。だって大輝ってめちゃくちゃ仲間意識強いもん。

 

 

「これが本場のフランクフルトか!」

 

「こいつ地名叫んでやがるぞ」

 

「言ってやるな。馬鹿なんだよ」

 

「馬鹿はお前らだ!誰が地名叫ぶってんだよ!食いもんの方に決まってんだろ!?俺今手に持ってるだろ!?」

 

「そういやドイツって飲酒の年齢が日本より低いんだっけな」

 

「ドイツってかほとんどの国はそうだぞ」

 

「え、スルーですか!?」

 

「ドイツって私たちの年齢でもビール飲めるんだっけ?」

 

「飲めるけど飲まさねぇからな?」

 

 

 雄弥のケチ。いいじゃん、ドイツだとOKなんだからお酒飲んだって。今日はライブあるわけじゃないし。

 

 

「私ビール飲んでみたい!」

 

「ダメだって言ってるだろ」

 

「けどどうせ雄弥たちは飲む気でしょ?」

 

「水より安いからな」

 

「じゃあいいじゃん!」

 

「結花が酔ったらめんどそうなんだよな」

 

「介抱は雄弥がしろよー。家族なんだし」

 

「俺たちにはちょっと無理だわー」

 

「おい」

 

 

 やったー!3対1ってことであたしもお酒飲めるね!えっと、たしかドイツはビールとワインなら私でも飲めるんだよね。

 

 

「ほらご飯食べに行こ!早く早く!」

 

「ほんと子供だよな」

 

「むぅー、私のほうがお姉ちゃんだよ!」

 

「はいはい。それじゃあ行くか」

 

「うん!それでね雄弥」

 

「…はぁー。俺がビール頼んで、結花がワイン頼めばいい。それでどっちも味見しろ」

 

「さっすが雄弥☆」

 

「ひっつくな」

 

「えへへー♪」

 

 

 大輝が行きたがってたところに行って、私が興味持ったところに次々行ってからご飯を食べた。愁が合流したのはホテルに着いてからだった。どんな話し合いしたのか分からないけど、少しスッキリした顔してた。ライブも無事にできるみたい。よかった〜。

 私は雄弥の予想通り飲み始めたらめんどくさくなるらしい。限度が分からなかった私は、止められても無視して飲み続けて雄弥に背負われながらホテルに入った。雄弥がそのまま私と同じ部屋になって、ずっと介抱してくれてたみたい。

 朝起きて気づいたけど、泊まってた部屋がVIPルームだった。…ここにも愁の家の影響が出てたみたい。




海外編はすぐに終わります。だってヨーロッパなんて行ったことないし!


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14話

 

 雄弥たちが海外に行っても、アタシ達はいつも通りに過ごしていた。いや、そうしないといけないんだ。だって、Roseliaは歩み続けないといけないんだから。

 それに、アタシもそうしていないと寂しさでおかしくなりそうだったから。毎日雄弥と電話してるし、結花から毎日写真が送られてくるけど、やっぱり寂しさが残っちゃう。

 

 けどそれももうすぐなくなる。今日が雄弥たちのライブ最終日、ローマ公演の日で、日本でもそのライブの様子がテレビで見れることが決まってるから。

 

 

「リサ、気持ちは分からなくもないけど今は集中して」

 

「あ、ごめん」

 

「…私だって今日のことは楽しみにしているわ。だからこそ今日の練習は最高のものにするのよ」

 

「友希那…、そうだね!」

 

「あこもババーンって演奏します!」

 

 

 そうだ。アタシだけじゃない。みんなも今日のことは楽しみにしてるんだ。気持ちを切り替えなきゃ!

 

 

「それじゃ、1曲を頭から全部やるわよ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 練習が終わったらよく行くファミレスで反省会をしていた。改善点を話し合いながら、飲み物や軽食を口にする。反省会が一段落ついたらタイミングよくアタシと紗夜の携帯に連絡が来た。

 

 

「あ、結花からだ」

 

「どうやらリハーサルが終わったようですね」

 

「…みたいね。私にも今来たわ」

 

「リサ姉どんなのか見せてー!」

 

「いいよ♪ほら燐子も」

 

「失礼…します」

 

 

 雄弥とは毎日電話しているけど、結花からは毎日メッセージと一緒に写真が送られてくる。今はリハーサルが終わったという連絡と5人で楽屋で撮ったであろう写真が送られてきてた。

 

 

「みんな楽しそうですね!」

 

「うん。…すごい…笑顔だもんね」

 

「実際楽しめてるようよ。結花から電話が来るたびに色んな話を聞いてるもの」

 

「え、友希那、結花と電話してるの?」

 

「意外ですね。湊さんは電話されない方かと思ってました」

 

「私だって電話がきたら出るわよ。自分からは電話しないだけ」

 

「たしかに友希那ってそうだよね〜。ねぇ、結花とどんな話してるの?」

 

「どんなって…」

 

「あこも気になります!」

 

 

 だよね〜、気になるよね〜。結花が友希那と接すると甘えるようになるってのは聞いてるけど、実際にどんな話してるのかは知らないからね〜。アタシも反撃できる材料がほしいし。

 

 

「はぁ…。基本的に訪れた場所の感想を聞いてるだけよ?」

 

「Augenblickなら色々と面白いことするでしょ?」

 

「…そうね」

 

「それを聞きたいです!」

 

「仕方ないわね」

 

 

 友希那って丸くなったよね。頼まれたらほとんど断らないようになった。音楽だけだった友希那が、他にも目を向けてる。中学時代に雄弥が出ていって、戻ってきた時から少し意識が変わっていたのは気づいてたけど、それでも音楽を追求してた。それを変えたのって結花だし、結花のことだから友希那も話してくれるんだよね。

 

 

「ドイツでは愁の家にお世話になったそうよ。たしかメルセデス・ベンツ、だったかしら?首脳級が乗る車に乗ったってはしゃいでたわ」

 

「…どういう家なんですか」

 

「そこは聞いてないからわからないわ。ただ、雄弥が言うには国に口出しするだけの力があるとか」

 

「…想像が…つかないぐらい…大きいですね」

 

「こころの家ぐらいって思っとこ。そうしよ」

 

「そうだね」

 

 

 こころの家もだいぶ発言力があるらしいし、とりあえずそれぐらいって思っとこ。というかそれ以上は燐子が言うように想像できないし。

 

 

「ドイツの次はフランスだったわね。パリでライブをして、たしかバンジージャンプをしたって言ってたわね」

 

「それってみんなやったんですか?」

 

「そう聞いてるわ。結花はさすがに怖かったらしいから、雄弥と一緒にしたようね」

 

「…へー?」

 

「…それぐらい許してあげなさいよ」

 

「別に怒ってないもん…」

 

「たしか川下りもしてましたよね。その時の写真も送られてきたのですが」

 

「ええ。途中までセーヌ川を下っていったらしいわね。みんなでヴァイキングの真似をしたって聞いたわ。よくわからなかったけど」

 

「りんりん、ヴァイキングって何?」

 

「昔の海賊だよ…あこちゃん。北欧の人達が…大船団を率いて…ヨーロッパ中を周ったの。…それがヴァイキングって…呼ばれてて、…一部のヴァイキングが…フランスの…セーヌ川から侵入して…パリを包囲したの」

 

「へー!りんりん詳しいね!」

 

「…ちょっと…興味持った…時が…あったから」

 

 

 燐子ってけっこう博識だよね。アタシなんて、ヴァイキングっていうのがいたとしか知らないもん。

 

 

「フランスの次がイギリスだったよね。…ここで評価されたから今日日本のテレビで放送されるようになったって聞いたよ」

 

「そうね。…さすがにあの子も緊張してたようね。イギリスでの話はほとんどなかったわ。失敗したらどうしようって、そういう相談を受けたわ」

 

「藤森さんもそういう事を言うのですね」

 

「前からたまに雄弥が相談を受けてたらしいけど、家に来てからは私にすぐに言うようになったわね」

 

「…そうですか(これが姉妹の形、なんでしょうね)」

 

「イギリスでも…無事に…ライブが…成功したん…ですよね」

 

「テレビ放送が決まってるもんね!」

 

「ええ。電話越しだったけど、あの子が大喜びしてるのがよく伝わってきたわ。それでいつもの調子に戻ったようで、イギリスのご飯が美味しくないなんて愚痴られたわ」

 

「あ、あははー。日本食に慣れてたらたいていの国のは口に合わないらしいし、仕方ないんだけどね」

 

 

 まぁでも、たしかにイギリスの美味しい料理が何か聞かれてもアタシも答えれないんだけどね。…本当に何が有名なんだろ?雄弥が帰ってきたら聞いてみよっかな。

 

 

「イギリスの次がスペインね。スペインでは夜行列車に乗ってバルセロナまで行ったらしいわ。だからあまりスペインの話は聞いてないわね。…プロのサッカー選手からサインを貰ったのと、サグラダファミリアに行ったっていうのは聞いたわね」

 

「十分な土産話になってるよね」

 

「そうですね。…よく貰えましたよね」

 

「ライブに来てくれた人に頼んだそうですよ。お互いに交換という形で」

 

「あー、なるほど!」

 

「バルセロナの後はローマまで地中海をフェリーで行ったそうよ。『フェリーなんて初めて!』って電話しながら探検して、中に何があるか教えてくれたわ」

 

「どんなフェリーだったんですか?」

 

「…豪華客船ね」

 

「…え?」

 

「だってデパートみたいな施設とか、プールとか、映画館とか入ってるのよ?豪華客船としか言えないわ」

 

「…そうですね」

 

 

 どっからそんなお金……あー、みんな稼ぎ方がおかしいからか。しかも大金持ちの家の子が3人いたらね。

 

 

「ローマでも観光してたらしいわよ。教会がでかかったって言ってたわね。まぁヨーロッパの教会はどれもでかいのだけれど」

 

「そうですね。ドイツにいたのならケルンの大聖堂を見ていてもよかったのでしょうけど」

 

「あーたしかに。あれって超デカイらしいよね〜」

 

「そうなの?りんりん」

 

「うん…。ヨーロッパ最大級って…言われてるよ」

 

「ほぇー」

 

「それでさ、みんなもしよかったら、なんだけど」

 

「どうしたのリサ姉?」

 

「みんな家に来てライブを一緒に見ない?」

 

「いいねー!あこは行くよ!りんりんも行こ?」

 

「うん…いいよ」

 

「友希那と紗夜は?」

 

「…構わないわ」

 

「私も行きます」

 

「やった!じゃお泊りだね♪」

 

(結花が雄弥と同じ部屋で寝たことや眠っている雄弥のベッドに潜り込んで一緒に寝たことは黙ってた方がいいわね)

 

 

 紗夜と友希那がなんか言いたそうにしてるけど、もう遅いよ。あこも燐子も同意してくれてるんだしね♪

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 みんなが家に来てくれて、家がすっごい賑やかになった。元から賑やかな家なんだけど、こうやってお客さんがきたらもっと賑やかになる。

 ご飯を食べてお風呂も済ませてみんなでリビングにいると、雄弥から電話がかかってきた。アタシは驚いて慌てながら席を外して電話に出た。

 

 

「も、もしもし雄弥?どうしたの?」

 

(雄弥から電話かけてくれた!)

 

『最後のライブ前にリサと電話しようと思ってな。今大丈夫か?』

 

「うん大丈夫だよ。今日はRoseliaのみんが家に来てくれて、みんなでライブを見るよ!」

 

『そうなのか。失敗できないな』

 

「あはは、雄弥たちなら大丈夫でしょ」

 

『期待に応えてみる』

 

「うん」

 

 

 ライブ前だっていうのに電話してくれた。そのことが嬉しくて、目を閉じて雄弥の声に集中しながら電話してた。そのまましばらく話をして、ライブが始まる直前になって電話をやめた。

 

 

「雄弥、大好きだよ。頑張ってね♪」

 

『ああ。俺もリサのことが大好きだ。応援しててくれ』

 

「もちろん!」

 

 

 電話を終えてリビングに戻ると、みんなから温かい目で見られた。バレバレだったみたい。アタシは笑ってごまかしながら友希那の隣に座った。

 

 

「リサ姉始まるよ!」

 

「うん」

 

「結花がどれだけ歌えるようになったか楽しみね」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「…緊張…しますね」

 

 

 今回のライブは順番に登場するんじゃなくて、みんな一斉に出てきた。というか、最初シルエットで映ってて、イントロが終わると同時に幕が一気に取り払われた。

 驚いたのは最初の1曲目が"Louder"だったことだね。まぁ結花はお義父さんの歌が好きみたいだし、友希那がカバーしたから歌いたかったんだろうね。友希那も目を大きく開けて驚いてたけど、すぐに柔らかい笑みに変わった。

 

 Augenblickのライブは相変わらず凄いね。お客さんの心をしっかり掴んでライブを盛り上げてる。MCでも雄弥と疾斗と愁がイタリア語で喋ってたし、英語でも喋ってた。日本語の翻訳したり、逆パターンもあったり、そのおかげできっとライブ会場の人もテレビで見てる日本のファンも話の内容がよくわかるね。

 

 そうやってドンドン進んで行ったライブは、いつの間にか最後の1曲になった。雄弥たちは持ってる曲が多いからどの曲になるか予想しづらいけど、今回はわかった。だって、合宿で練習してたあの曲がまだだったから。

 

 

『次で最後の曲になるな』

 

『日本で一度だけ歌って、このツアーでもまだ一度も歌ってない曲だ』

 

『完成版のこの曲を披露することになるのは今回で初めてになるね』

 

『ローマと日本に同時にできるっていいよな!』

 

『そうだな。結花、一緒にタイトルコールするぞ』

 

『うん!雄弥が作った曲だもんね☆』

 

『『"Verbindung-絆-"』』

 

 

 やっぱりね。やっぱりこの曲を歌ってくれるんだね。

 

 この曲の時だけ雄弥のベースの音色が若干変わる。ほとんど変わらないけど、支えるベースという雄弥のやり方に暖かさが追加される。この時の雄弥は、見ていて本当に楽しそうだ。

 

 

 けど、ラスサビに入ってから明らかな異常が発生した。

 

 

 

 

──雄弥のベースの弦が切れた(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「え?」

 

 

 いったい誰の声が漏れたのかわからない。アタシかもしれないし、他の誰かかもしれない。けどそれを確かめられない。その余裕なんてないから。

 

 画面の中でAugenblickはそのまま演奏を続けてた。雄弥もベースの弦が1本切れたけど、残りの弦で演奏してた。その姿に雄弥の信念が表れてた。

 

 

 

 だけど

 

 

 

 そんな雄弥を嘲笑うかのように異常は続いた。

 

 

 

 次々と弦が切れていった。

 

 

 

 アタシには、そうやって弦が切れるときの様子が、まるで雄弥の心が壊れていくように見えた。弦が切れるときの音が、心の悲鳴に聞こえた。

 

 

 演奏が終わった時には弦が一つも無かった。そして、雄弥の目から光が無くなってたし、アタシと色違いの雄弥のベースもいつもより輝きがないように見えた。

 

 みんなは誰かの陰謀だろうと怒ってた。雄弥が楽器の状態を把握してないわけがないからだ。

 

 

 アタシは心がおかしくなるんじゃないかってぐらい締め付けられて、泣きじゃくった。雄弥の側に駆けつけたいのに、側に行きたいのにそれができないから。

 

 

 アタシは、雄弥に何をしてあげられるんだろう……。

 

 




最近ドタバタしてる間にいつの間にか評価してくださった方が増えてました。
どなたか把握できてませんが、ありがとうございます!!


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終章:陽だまりをくれる人
1話


終章突入致します。


 

 雄弥たちが日本に帰って来る日、アタシは友希那の静止を振り切って空港に来ていた。空港には当然大勢のマスコミとファンが来ていて、アタシが雄弥と接触するのが無理そうだった。焦りながらどうしようかと考えていると、結花からメッセージが送られてきて、そこにはある場所(・・・・)に来るように書かれてた。

 アタシはその場所に向かうことにした。急いで向かったら結花を見つけることができて、そのまま急いで車の中に押し込まれた。そして、車の中には雄弥がいて、車はすぐに出発した。

 

 

「雄弥…」

 

「……リサか。…悪いな。あの曲を台無しにした」

 

「雄弥は悪くないよ。だってあれって誰かの陰謀なんでしょ?」

 

「リサの言うとおりだよ雄弥。疾斗と愁もそう言ってたじゃん」

 

「そんなのはわかりきってる。…犯人も捕まったって聞いてるしな」

 

「なら「だがそんなのは関係ないんだ」…なんで?」

 

「俺がそれを見抜けなかった。何年もあのベースを見てきて、毎日見てきたってのに見抜けなかった。そのせいであんなことになったんだ。俺の責任なんだよ!」

 

「…雄弥」

 

 

 雄弥はなんでも自分で背負い込もうとするよね。アタシは雄弥を抱き締めた。弱々しくなってしまった雄弥を一人にしないために。

 

 雄弥は自分を責めてるけど、気丈に振る舞おうとしてるけど、アタシにはわかっちゃう。雄弥はもう限界なんだって(心が壊れてるって)。だけど、なんとか、本当にギリギリ繋ぎ止めれてるものがあるみたい。

 それはきっと心ができてからの人との繋がりなんだよね。その絆のおかげで雄弥はまだなんとか保ててる。初めて会ったときは記憶がなくて空っぽだった。けど今回は心ができてからそのほとんどが壊れてしまった。そんな雄弥をアタシが率先して支えないといけない。もう甘えてばかりはいられない。正念場なんだ。

 

 

「…雄弥、疾斗から連絡が来たよ。しばらくAugenblickは活動を休止するって。時間かけてもいいから必ず戻ってこいってさ」

 

「……そうか」

 

「…雄弥ごめんね。私のためにみんなでやってくれた海外ライブなのに、こんなことになって…」

 

「…謝らなくていい。目的は達成できたんだ。それで十分だろ」

 

「十分じゃないよ!だって…雄弥が……」

 

俺のことなんて気にするな(・・・・・・・・・・・・)

 

「雄弥!それは言っちゃ駄目でしょ!」

 

「…あー、そうだったな」

 

 

 どうしたら…どうしたらいいんだろ。アタシ一人じゃ無理だからみんなに手を貸してもらわないと。雄弥の心を取り戻さないと…。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 あの失敗からどれだけの日が経ったのだろうか。…わからない。ただイタズラに毎日を消費しているだけだから日付の感覚を完全に失ってしまった。

 部屋に置いてあるベースに目を向ける。気のせいだろうか、いつもよりも色合いが落ちているように見える。いや、光沢が無くなったという方が正しいか。全ての弦が無くなったはずの俺のベースだが、今では元に戻っていた。

 

 

誰かがやってくれたのか?

 

「…雄弥が自分で直したんだよ」

 

「…結花?仕事は?」

 

「今日はないよ。昨日の夜にそう言ったでしょ?」

 

「そうだったのか。悪い、聞いてなかった」

 

「……雄弥」

 

「それで、本当に俺が直したのか?その記憶はないぞ?」

 

「直したよ。日本に帰ってきた初日に。リサのことを無視してすぐに直してた」

 

「俺がリサを無視した?」

 

 

 そんな馬鹿な話があるのか…?ありえない、ありえないありえないありえないありえないありえない!俺は何をしてたんだ!

 

 

「雄弥落ち着いて!」

 

 

 結花に拘束されてから気づいた。いつの間にか俺は何度も机に拳を振り下ろしていたようだ。机は少しくぼみ、俺の手からは血が流れていた。客観的に考えて今の俺は不安定なのだろう。…こうやって考えれるのに、残念なことだ。俺は俺を制御できない。

 

 

「結花、俺は本当に、本当にリサを無視したのか?」

 

「……うん。今日はゆっくり休もうってリサに言われてもベースを直してた。その後なんて『しばらく一人にさせてくれ』ってリサを見ないで(・・・・・・・)言ったんだよ?」

 

「…そんなことしてたのか。…リサに謝りに行かないとな」

 

 

 そうだ。謝らないといけない。心配して寄り添ってくれていた彼女を追い返したのだから。こんな最低な話はない。

 だが、俺はちゃんと謝れるのか?あの曲を台無しにしたからリサに会わせる顔がない。今もその想いがあるし、その時はそれが強かったのだろう。

 そして、防衛本能(・・・・)も働いてたのだろう。リサと一緒にいたら自分を責めすぎて命を投げ出しかねないから。だがそれこそリサが望んでいない。だから俺は荒れているのだろうな。感情が精神が心が理性の静止を無視するから。

 

 

「結花、俺はどうすればいい?やらないといけないことはわかってる。リサに謝らないといけない。だが…」

 

「かえってリサを心配にさせそうって?」

 

「…たぶん」

 

「…今の雄弥ならそうだろうね。不安定すぎる。そんなんじゃ何も解決できないね」

 

「……」

 

「けど、ずっと部屋でウジウジしてても仕方ないからお祭りに行こ」

 

「祭り?もう終わっただろ」

 

「それとは別のお祭りだよ」

 

 

 別の祭り?このへんで何個も祭りがあったか?あったとしても俺たちがヨーロッパに行ってる間に終わってるのでは…。

 

 

「羽丘の学園祭だよ!」

 

 

 気を遣っての発言なのか、俺に地雷に突っ込めと言っているのか、…おそらく両方なんだろうな。

 

 

「私たちがゲストとして呼ばれてるからさ。これからその話し合いに行くし、雄弥も行くよ!」

 

「拒否権は?」

 

「ないよ☆」

 

 

 ないのか。…あぁ、そうか。もう夏休みは終わってたのか。…リサの誕生日も祝ってやれなかったのか。本当に俺はクズだな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 学園祭でゲストとして呼ばれるとなるとやはり理事長と話をしないといけない。だから俺と結花は理事長室に向かって歩いている。そこは理解できる。しかし、理解できない点が一つある。なぜ花咲川なのか(・・・・・・・・)

 

 

「羽丘の学園祭だろ?」

 

「そうだよ!」

 

「なんでここに来てるんだよ」

 

「話し合いはここの理事長室でするからだよ☆」

 

「は?」

 

「…雄弥って鈍くなっちゃったね」

 

「ええ。実に残念です」

 

「理事長、サラッと会話に混ざらないでください」

 

「…驚かないのは変わりないのですね」

 

 

 結花がつまらなさそうに頬を膨らませてるってことは、こうやって理事長が後ろから話しかけてくることも二人の作戦なんだろうな。…なるほど、やっとわかった。

 

 

「合同でやるんですね」

 

「ええ!その方が面白そうでしょ?」

 

「…疾斗がいる学校で理事長をしていたら毎日大変なことしてそうですね」

 

「ふふっ、たしかにあの子と一緒だったら楽しかったでしょうね〜。高校は中学よりもできることが多いですから」

 

「え?理事長って疾斗のこと知ってるの?」

 

「もちろんですよ。彼が中学校の生徒会会長をしていた時に校長をしていましたから。それはもう飽きない毎日でしたよ♪」

 

「いいなー。私もそういうのやってみたい!」

 

「ふふっ、なら藤森さんも花咲川の生徒になりませんか?歓迎しますよ」

 

「うーん。羽丘がどんなのか知りたいから、この学園祭で決めるね!」

 

「それが妥当ですね。これは負けられませんね!」

 

 

 この二人なんでこんな仲良くなってるんだ?結花が目上の人にタメ口で話してるとか驚きでしかないんだが…。

 理事長室のソファに座って、二人の談笑に耳を傾けながら学園祭のことを考える。俺たちが呼ばれるというのは、Augenblickが呼ばれるということなんだろう。しかし、疾斗が活動休止を発表したはずだ。それに、

 

 今俺はベースを弾けるのか(・・・・・・・・・)

 まぁ、弾けなかったら他の楽器をすればいいのだが…。

 

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

 

「いえいえ、急な話でしたから、来ていただいてありがとうございます。学院長」

 

「……あなたにその話し方をされると寒気がするのですが、先輩(・・)

 

「あら、じゃあフランクにいくわね。学院長♪」

 

「…二人は学校が同じだったの?」

 

「学校というか、大学が一緒だったのよ。サークルで知り合って、私が一年上の先輩で、彼女が後輩ね」

 

「先輩には大変お世話になりました」

 

「ふふっ、懐かしいけどその話はまた今度にしましょう。今日は合同の学園祭について話さないとね」

 

「そうですね。…それでこの二人が」

 

「ええ。学園祭に来てもらおうと思ってるAugenblickのメンバーよ。あなたも聞いたことぐらいはあるでしょ?」

 

「もちろん。…少し前にもニュースで騒がれてましたからね」

 

「…っ」

 

「…雄弥。大丈夫だから、ね?」

 

「…ああ」

 

 

 やはりニュースになったか。…まぁそれもそうか。海外でのライブの様子を生放送するなんてそうそうないからそれだけでも話題性がある。そこに俺の失態があるんだ。マスコミにとって最高のネタじゃねぇか。

 

 

「……先輩、彼らは今活動休止中だと聞いてます。学園祭に呼んだら問題があるのでは」

 

「もちろんそこも考慮してあるわ。彼らには5人同時の演奏をしてもらわないつもりよ」

 

「「は?」」

 

「分け方はこれから決めていくけど、5人揃っての演奏じゃなかったらAugenblickの演奏じゃない。それなら大丈夫だなって疾斗も納得してくれたよ」

 

「…あいつが好きそうな言い訳だな」

 

「い、いいのですか?ギリギリな言い訳に思えるのですが」

 

「なんでもいいでしょ。今までもギリギリなことをしてますから」

 

「…あなた方がそれでいいのなら構いませんが。…日程はどうされますか?」

 

「二日目の最後のステージでやってもらうつもりよ〜」

 

 

 二日目か。合同だから二日間開催するとかそんなノリなんだろうな。だいぶ大規模にするのだろう。まぁ興味もないが。

 

 

「5個のバンドと私達でできたらいいなーって話を進めてるとこ。ポピパとハロハピは即OKくれたよ。AfterglowもたぶんOKくれるだろうけど、パスパレはどうだろうね。芸能人なわけだし」

 

「…パスパレも参加するだろ。軽く宣伝になるわけだしな」

 

「かな。…Roseliaはわかんない。しばらく時間を頂戴って言われたから」

 

「……そうか」

 

「ひとまず、今回はお願いね?Roseliaさんの返事がもらえたら、今度はそれぞれの代表を集めて内容を詰めていくから」

 

「…わかりました。こっちからは疾斗か愁あたりが来ると思います」

 

「あら、湊くんは来てくれないのね」

 

「俺が意見を出すとでも?」

 

「…そうね。愚問だったわね」

 

「それでは俺はこれで失礼させてもらいます。…結花はどうする?」

 

「私も一緒に帰るよ。雄弥のことほっとけないし」

 

 

 立ち上がって結花に聞いたら結花もすぐに立ち上がった。…別に真っ直ぐ家に帰るだけなんだが、そんな危ないように見えるのか?

 

 

「先輩、私もこれで「あ、まだ話したいことあるから残って」わかりました」

 

「学校の長同士、摩擦は極力無くすように手を打たないとね♪」

 

「摩擦もなにも衝突したこともないんですけどね」

 

 

 さすがにトップ同士の話ともなると他にも色々とあるようだ。関係ないことだから俺は一言挨拶をしてすぐに部屋を出た。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ちょっと雄弥早いよ。待ってよ」

 

「……ここに残る理由もない。生徒に見つかって騒がれるのも面倒だ」

 

「そうだけどさ。…それだけじゃないよね。急いで出ようとしてるのって」

 

「……」

 

「紗夜に会わないようにしてるよね」

 

「…っ、…なんで俺が紗夜を避けないといけない」

 

「そんなの雄弥自身がよくわかってるでしょ?」

 

 

 …そうだな。明確に言葉にできるわけじゃないが、その理由はたしかにわかってる。リサ同様に会わせる顔がないと思ってるんだ。今紗夜に会うのが怖いんだ。どうなるかわからないから。

 俺は歩く速度を変えずに校舎から1秒でも早く出ようとしていた。結花が小走りになっているが、それすら気にかけていない。

 

 

「けど残念だったね雄弥」

 

「何がだ」

 

「…雄弥くん」

 

「っ!………紗夜」

 

 

 紗夜が前方に立ち塞がるように立っていた。そんなことができるということは、結花が紗夜に連絡していたのだろう。…強引なことをするな。

 歩く速度を落としていって紗夜の前で立ち止まった。避けようとしていたのにいざこうやって顔を会わせたら無視できない。

 

 紗夜は色んな思いが交錯しているんだろうな。複雑そうな顔をして、瞳を揺らしている。俺が口を開こうとしたら紗夜に抱きつかれた。

 

 

「…学校だっていうのにそんなことするんだな」

 

「…学校じゃなかったらいいのかしら?」

 

「……さぁな」

 

「…っ。色々と言いたいことが、伝えたいことがあるけれど、まずはこれを言わないといけないわね」

 

「なんだ?」

 

「おかえりなさい」

 

「っ!……あぁ、ただいま」

 

 

 紗夜の目を見ると、真っ直ぐと見つめ返された。その綺麗な瞳に、優しさと厳しさをコントロールできる紗夜に

 

…溺れてしまおうか。

 

 

「雄弥」

 

「…結花?」

 

逃げちゃダメだよ(・・・・・・・・)

 

「……」

 

「雄弥くん。ゆっくり治していきましょう。それと、必ず今井さんに会ってください」

 

「…ああ」

 

「あ、雄弥くん…」

 

「結花ちゃんも、どうしたのかしら?」

 

 

 また人が増えた。騒がれて人が集まる前にさっさと退散したいのだが、彩と白鷺が相手だ。軽く話すぐらいはしないといけないだろう。二人が来たことで紗夜も俺から離れた。

 

 

「二人ともやっほー。私達はここの理事長と今度の学園祭の話をするために来たんだよ☆」

 

「…やっぱりそうなのね。合同ライブも本気なの?」

 

「本気だよ。私達は活動休止してるから、どこかのバンドに混ざるか、3ピースするか…まあそのへんはRoseliaの返事をもらえてからだね。パスパレは参加してくれるでしょ?」

 

「そうね。事務所もその方向で話が進んでるわ」

 

「紗夜ちゃん、Roseliaは…」

 

「…わかりません。ただ、今のままでは人前で演奏できません。そんな状態ではないので」

 

 

 …リサか。だとしたら俺の責任だな。俺が失敗なんかしなかったら、こんな状態になってなければ、リサを拒絶しなければ!

 

 

「雄弥くん!血が出てるよ!」

 

「…あー、そうだな」

 

「……雄弥くん」

 

 

 彩に言われて気づいた。家を出る前にできた傷を反対の手で開いていたようだ。…自傷行為ということになるのか?…それよりも学校を汚してしまったな。

 

 

「…異常ね」

 

「千聖ちゃん!」

 

「異常なのはわかってる。ひとまずはこうやって会話できるようになったんだ。これから治すさ」

 

「いいえ、わかってないわ。今の発言で確信したわ。あなたは異常なのを理解していない」

 

「白鷺さん、それはどういうことですか?」

 

「…ずっと芸能界にいて、色んな役をやらせてもらってるからわかったけど…。湊くんは仮面を被ってるだけよ(何も回復してないわ)

 

「仮面?」

 

「ひどく薄くて不安定な仮面だけどね。だからすぐにそれが剥がれてさっきみたいなことになる。…湊くん、あなたは自分を大切にするということを忘れたの?」

 

「…雄弥」

 

「さぁな」

 

「っ、断言するわよ。今のあなたは空っぽな人形そのものよ」

 

 

 なるほど、的を得ているな。

 

 そうか。俺は自分を守ろうとして、自分を捨てたのか。

 

 人をやめたのか。

 

 

 俺はどれだけリサを裏切っているのだろうな。

 

 



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2話

「…リサちー大丈夫?」

 

「へ?なにが?」

 

「何って、その…うまく言えないけど、今のリサちーしんどそうだよ?」

 

「そうかな?いつも通り元気なんだけどな〜。日菜の気のせいじゃない?」

 

「…そうかな」

 

「そうだよ♪」

 

 

 そう言ってリサちーは無理に(・・・)笑ってる。全然大丈夫じゃない。あたしは人の心のことなんて分からないけど、それでも今のリサちーが危ういっていうのだけは分かる。

 けど、リサちーはそれを人に悟られないように笑顔を取り繕ってる。実際にほとんどの人はリサちーの危うさに気づいてない。リサちーと仲が深い人しか気づけてない。

 だから今日も平然と授業を受けてるし、先生の頼みごとも率先して引き受けてる。あたしはそんなリサちーを見てられないから協力するけど、どうしたらいいのか分からないでいた。

 

 

「日菜、ちょっといいかしら?」

 

「あ、友希那ちゃん」

 

「…少し場所を変えましょうか」

 

「そうだね。カオルくん、リサちーのことお願い」

 

「任せたまえ。私も今の彼女の状態は放っておけないからね」

 

「ありがとう」

 

 

 あたしは友希那ちゃんにクラスでのリサちーの様子を伝えるようにしてる。リサちーのことを一番理解してるのが友希那ちゃんだから。話をする場所はいつもバラバラで今日は教室からは見えにくい木の下で、ベンチに並んで座った。リサちーに気づかれるわけにはいかないから。

 

 

「リサちー、今日もいつも通り(・・・・・)だったよ」

 

「……そう」

 

「…ねぇ、何があったの?ユウくんが帰ってきたときにリサちーはユウくんのとこに行ったんだよね?」

 

「ええ。…でも雄弥が帰ってきた日以降、リサと雄弥は会ってないのよ」

 

「なっ!なんで!?」

 

「雄弥が拒むからよ。…あの子の精神状態が良くないのよ。帰ってきて数日はろくに食事を取らなかったし、寝てる時も魘されてたわ」

 

「…ユウくんのせいじゃないのに」

 

「あの子はそう思えないのよ。毎日ベースの状態を確認していたから…」

 

 

 ユウくんは責任感強いよね。…あの曲だったから余計に自分を追い込んでるのかな。自分で作った曲だったから。

 それでも、ユウくんの荒れ方は酷いよね。リサちーのことが大切だから、失敗するわけにはいかない曲で失敗したから荒れるのは仕方ないと思う。その気持ちはあんまりわからないけど、でもなんとなくはわかる。だけどユウくんがリサちーを想う気持ちが少し違う(・・・・)と思う。

 

 それはきっとユウくんがリサちーに隠してることと繋がるはず。

 

 

「…もう一つ教えてほしいことがあるんだけど」

 

「…なにかしら?」

 

 

 

「──ユウくんはリサちーに何を隠してるの?」

 

 

 

「っ!!…なんのことかしら」

 

「はぐらかさないで」

 

 

 あたしが真剣に友希那ちゃんを見ていると、友希那ちゃんは諦めたようにため息をついた。青空を見上げてポツリポツリと言葉を選ぶように話してくれた。

 

 

「あの子は…長く生きられないのよ」

 

「…………え」

 

「雄弥の異常な傷の治りの速さ。それが原因ね」

 

「…ま、待って。…それ本当?」

 

「そうよ。お医者さんにそう聞いたし、雄弥からも聞き出したわ」

 

「そん、な…」

 

 

 ユウくんが…長く生きられない?

 

 あたしは頭がパニックになった。今の環境もこのことも全部嘘だと、夢だと思いたい。きっと今はまだ夏休みで、あたしは長い長い悪夢を見ているんだって。…だけど、これは現実なんだ。

 

 

「長く生きられないといっても大人になれない、というわけではないわ」

 

「そうなの!?」

 

「ええ。ただ、この先でまた大怪我をしたらまた寿命が縮むわ。そういう体になってるのよ」

 

「どういうこと?」

 

「人の体は細胞分裂の限界数が決まっているというのは知ってるわね?」

 

「うん」

 

「その限界数に迫っていくと人の体は老化を始める。だから高齢者たちは傷の治りが遅い。雄弥はその反対。傷を治すのに必要な細胞分裂の回数と時間があるのに、雄弥の体は時間を縮めるために必要以上に細胞分裂を繰り返すのよ」

 

「…そしてその分老化が早くなるんだね」

 

「そういうことよ。…けれど体は年齢に見合った見た目を保つみたいね。だから雄弥は誰にも限界を気づかれることなく寿命を迎えるわ」

 

 

 …ユウくんの昔のことは前に聞いた。その時はユウくんは怪我なんて考えずに、それこそゾンビみたいに無茶なことしてたって。それで減った分の寿命とこの前のあの大怪我で、いったいどれだけ寿命を削ってるんだろう。

 

 

「人は体に異常なく生きれば140歳近くまで生きられると聞いたことがあるわ」

 

「あー、あたしも聞いたことあるけど、実際に生きた人は今もいないよね。110歳超えたぐらいが限界で」

 

「ええ。だけど、雄弥の寿命の限界も140歳を上限にしていたかもしれない」

 

「だけど、もしもの話は…」

 

「そうね。…けれどおそらくは140歳を上限にしていたのよ。だから雄弥の今の限界も…」

 

「…何歳までなの?今のままなら」

 

「……それでも還暦つまり60歳は迎えられないわ」

 

「…そっか。140歳から60歳って80年も削ってるんだね」

 

「それだけのことをしていたのよ…」

 

 

 友希那ちゃんは悔しそうに唇を噛み締めてた。…ユウくんと友希那ちゃんが出会った時にはユウくんも限界の半分は寿命を削ってただろうに。仕方ないことなのに、それでも友希那ちゃんは自分のことのように悔しそうにしてた。

 

 あたしはショックを受けてるけど、だからこそこれからどうするべきなのかを考えてた。あたしじゃあユウくんを立ち直らせることができない。ユウくんとあたしは同種だけど、いや同種だからこそできないんだ。だからあたしが発破をかけるべき相手はもう一人の方しかいないね。

 

 

「友希那ちゃん。合同ライブにRoseliaも出て」

 

「…今のリサの状態じゃ」

 

「だからこそ出るべきじゃないの?」

 

「美竹さん?」

 

「あー!蘭ちゃん!どうしたの?」

 

「珍しい組み合わせだったので。それより湊さん。あなた達も出るべきですよ。いや、出ないといけない。リサさんのためにも」

 

「…どういうことよ」

 

「音楽をしている人間なんだから、音楽をやらせるしかない。きっとみんなでライブをしたらリサさんも前を向くようになるはず」

 

「そうだよ友希那ちゃん!昨日聞いたでしょ?Augenblickも来るんだよ?ユウくんも来てくれるんだよ?」

 

 

 彩ちゃんとお姉ちゃんから聞いたけど、ユウくんの今の状態は本当に酷いらしい。千聖ちゃんが見抜いたみたいで、今のユウくんは昔みたいに、いや昔以上に空っぽになってる。もうリサちーにしかユウくんを取り戻せない。だから今回の学園祭の合同ライブにリサちーも出てもらわないと。

 

 

「…わかったわ。Roseliaも参加する。リサが何か言いそうだけど、引きずってでもステージに立たせるわ」

 

「よろしくね!」

 

「…リサさん相手にそこまでしなくてもいいんじゃ

 

(これでひとまずあたしにできることは終わったかな。合同ライブの件は結花ちゃんが率先して動いてくれるし。…帰ったらお姉ちゃんにユウくんのこと話さないとね)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 最近のアタシはどうしちゃったんだろ。心ここにあらずって状態になってる。いや、わかってる。雄弥と会えてないからだ。雄弥たちが日本に帰ってきた日に会って、それっきり一度も会ってない。電話も出てくれないし、メッセージを送っても返ってこない。

 『一人にさせてくれ』、雄弥から言われた最後の一言がそれだ。いったいいつまでアタシは我慢しないといけないのか。そして、アタシはなんて無力なんだろうか。ずっと側にいたのに、大好きな彼氏のことなのに何もできないだなんて。

 

 

「リ・サ・ちー!」

 

「わっ!日菜?もー、びっくりするじゃん!」

 

「あはは!びっくりさせようと思ってやったんだもん。当然だよー!」

 

「はぁー」

 

「ため息なんてついてどうしたの?生理?」

 

「違うから。それと女子校だからってそんなの言わないで。オブラートに包もうね」

 

「えっと、じゃあ月のモノが来なくなったの?」

 

「言い方変えたと思ったらその後にトンデモナイこと言ってるね。それも違うから」

 

「あたしはてっきりユウくんとシたのかと」

 

「…日菜、怒るよ?」

 

「ごめんごめん。冗談が酷かったね」

 

 

 てへぺろ、みたいな雰囲気で謝られてもね。…まぁでも日菜だし仕方ないか〜。相手のことなんて考えないんだから。

 

 

「そういえば、さっきまでどこ行ってたの?」

 

「それ聞くなんてリサちーもデリカシーないね〜。あたしのこと言えないよ〜?」

 

「あ、ご、ごめん」

 

「蘭ちゃんと喋ってた!」

 

「デリカシー関係ないじゃん!」

 

「あはは!ちょっとは元気になった?」

 

「へ?」

 

「リサちーが元気ないとあたしも面白くないしさー。まぁでももうすぐ学園祭があるし、るるるんっ♪てするイベントあるらしいから、そこまで気にしてないけどね」

 

「イベント?」

 

 

 そんな話あったっけ?……、あんまり人との会話の内容を覚えてないや。先生が何を言ってたのかも覚えてないし。ノートはちゃんと取れてるけど。

 

 

「どんなことするの?」

 

「花咲川と合同で学園祭だよ♪」

 

「あー、そういえばそんな話だったね。それで何か特別なことがあるってこと?」

 

「まぁね〜」

 

「内容は?」

 

「友希那ちゃんかお姉ちゃんに聞いて!」

 

「日菜が教えてくれてもいいじゃん!」

 

「教えなーい♪」

 

「もう日菜〜」

 

「だけど、リサちーもそのイベントに参加してね。しなかったらあたし、リサちーのこと軽蔑するから」

 

「…へ?」

 

 

 結局日菜は教えてくれなかった。そんな隠すようなことなのかな?よくわからないけど、友希那か紗夜に聞けばいいんだよね?今日の練習で聞こうっと。

 

 

 

「そんなわけで教えてくれない?」

 

「…湊さん」

 

「ええ。私から話すわ」

 

「へ?へ?」

 

「私たち羽丘と紗夜たち花咲川、学園祭の二日目にこの二つの学校に所属する全5バンドで合同ライブをするわ」

 

「ライブ!?」

 

「やったー!りんりんライブだって!」

 

「う、うん…けど…」

 

「ライブなんて…」

 

「リサ。参加することはもう伝えてあるの」

 

「そんなの勝手だよ!」

 

「今井さん…」

 

「リサ姉…」

 

 

 無理だよ…。別にベースを弾けなくなったわけじゃない。ちゃんと練習に取り組めてるもん。…だけど、みんなの前で弾けるようなものじゃない!

 

 

「リサよく聞いて」

 

「…何?」

 

「これを企画したのはAugenblickよ」

 

「…なんで?だって活動休止してるって…」

 

「結花が考えたのよ。5人でやらなければAugenblickの活動にはならないってそんな言い訳をたてて」

 

「…雄弥は来ないってこと?」

 

 

 あのメンバーで参加しない人が出てくるってなると、今の状況からして雄弥しか考えられない。雄弥の状態がどうなのか、アタシにはわからないけど。

 

 

雄弥も来るわ(・・・・・・)

 

「……え?」

 

「全員来るそうよ。ただ5人で演奏しないということね」

 

「…雄弥が、来るの?」

 

「ええ。演奏するらしいわ。それでもリサは、あなただけは立ち止まる気なのかしら?」

 

「……出る……アタシも出るよ。アタシもやれるだけのことするよ!」

 

「やったー!リサ姉ババーンって誰よりもカッコイイのやろうね!」

 

「あこ…そうだね!」

 

「決まりね」

 

 

 アタシ達は学園祭ライブに向けて練習に取り組んだ。ここまで練習に集中できたのがなんだか久しぶりな気がする。いつもみたいにまたファミレスによって練習を振り返って、談笑して、遅くならないうちに解散する。

 あこと燐子と別れて、アタシと友希那と紗夜の三人になったところで、紗夜が重そうに口を開いた。

 

 

「湊さん、今井さん。あなた達に話すことがあります」

 

「アタシ達に?」

 

「…雄弥のことね」

 

「え?」

 

「はい。昨日雄弥くんと藤森さんが花咲川に来ていて、その時に白鷺さんが言っていたのですが」

 

 

 アタシは、紗夜からこのことを聞いて決断した。

 

 

「──今の雄弥くんは、人形そのものだそうです」

 

 

 アタシが雄弥のことを助けてみせるって。



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3話

さてと、テストで散ってきますかね。


 

 学園祭一日目、ライブは二日目だからゆっくりしてようと思っていたら結花が部屋に入ってきた。この前気づいたのだが、俺の部屋の鍵が壊されてた。鍵を閉めて引き篭もっていたらしく、結花が中に入るために壊したようだ。

 

 

「学園祭行くよ!」

 

「行ってらっしゃい」

 

「雄弥も行くの!」

 

「なんでだよ。ライブは明日だろ?」

 

「学園祭だよ?楽しまなきゃ損でしょ!」

 

「俺はそう思わないから」

 

「いいからいーくーのー!」

 

 

 なんでこんな強引なんだよ…。俺じゃなくて友希那と一緒に学園祭を楽しめばいいんじゃないのか?

 

 

「友希那とは二日目に一緒に過ごすって決めてるから今日は雄弥なの!」

 

「人の心を読むな」

 

「お姉ちゃんだからセーフ」

 

「なんだそれ」

 

「いいから!ほら行くよ!」

 

「わかったから引っ張るな」

 

 

 結局結花に押し切られることになった。花咲川と羽丘が同時に学園祭をしているため、どちらも回ることができる。ライブがあるから明日友希那と回るのは羽丘の方らしい。だから今日は花咲川に行くことになった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥を外に連れ出すことに成功した。…まぁ今の雄弥を外に連れ出すのは簡単なんだけどね。多少強引になれば可能になるんだから。元々もすぐに連れ出せたけど。

 

 

「学園祭楽しみだね〜♪」

 

「…そうだな」

 

「もぅー。雄弥ってば全然笑顔になってないよ」

 

「元からだ」

 

「…たしかに」

 

 

 言われてみれば雄弥ってそんな笑顔になることなかったね。リサと付き合ってからもそんなに笑顔になってなかった。代わりに表情が明るくなった。だから雄弥がどう思っているのか、周りの人達も気付けるようになった。

 だけど今は全然だね。友希那が言うには小学校の時みたいになってるらしい。表情が無くなってるのが。…さらに精神状態は今の方が悪いから、誰かしら側にいないといけない。リサは復活傾向にあるんだけどね。

 

 

「ねぇねぇ、学園祭ってどんなの?」

 

「は?」

 

「ほらー、私って今日が初めてだしさ〜」

 

「……そうだったな。友希那からは聞いてないのか?」

 

「一応聞いたよ。けど雄弥の意見も聞きたい。楽しいお祭りだよ?色んな人から話聞きたいじゃん!」

 

「はぁ」

 

 

 そんなあからさまにため息つかなくてもいいじゃん!…こうやって連れ出す方がストレスなのかな?けど友希那からは雄弥を連れ出せって言われてるし。

 

 

「…学園祭はたしかに楽しいと思うぞ」

 

「へ?」

 

「各クラスが自分たちでやる事を決めて、自分たちで看板やら飾りやら用意する。そうやって協力してやるらしいからな。雰囲気が明るいんだよ。だからこっちも楽しめる」

 

「なるほどね〜。雄弥がそう言うならホントに楽しめるんだろうね〜」

 

「さぁな」

 

「そこで落とす!?」

 

 

 雄弥との会話を繋げながら花咲川に入る。正門にも飾り付けがあって、学校全体で盛り上げようっていう意識が伝わってきた。あの理事長が教師陣の中で一番張り切ったんだろうね。予算とか気にしてなさそうな豪華さがチラホラ見えるし。

 

 

「雄弥どこから行く?」

 

「結花の好きにしたらいい。パンフレットも貰ってるんだろ?」

 

「うん。紗夜から受け取ってるよ。…色々あるから迷うね〜」

 

「全部は回れないと思っておいた方がいいぞ。この人の多さだからな」

 

「だよね。…お!これ行こうよ!」

 

「ストラックアウト?」

 

「のサッカー版!」

 

 

 雄弥の腕を引っ張ってグラウンドへと走る。「急がなくてもいいだろ」って言うのにちゃんとペースを合わせて走ってくれた。リサが言ってた通りギリギリの状態だからかな。

 

 

「あー!雄弥と結花じゃない!遊びに来てくれたの?」

 

「やっほーこころ!遊びに来たよ〜。こころのクラスがこれやってるんだね」

 

「そうよ!サッカー部の人が発案したの!」

 

「……美咲」

 

「…こころが『面白そうね!』って言って確定しました」

 

「やっぱりか」

 

「…雄弥さん」

 

「ん?」

 

「…無理はしないでくださいね」

 

「気を遣わせたか。…悪いな今の俺にはそれの基準がわからないんだ」

 

「っ!…そうですか。すみません出過ぎたことを言って」

 

「いや、いい。美咲は優しいんだな」

 

「なっ!…そ、そんなことないですって、普通ですから。…雄弥さんにそんなこと言われたら調子狂うんですけど」

 

「そうか。疾斗じゃないとな」

 

「そういう意味じゃないですから!」

 

 

 あれあれー?私とこころが盛り上がってる間に雄弥と美咲も盛り上がってるね。まぁいい傾向だね。美咲みたいに深く踏み込んでこない子は、今の雄弥にとって心地いいんだろうな〜。こころもすっごく細かく人のこと見てるけど、なんせこの性格だからね。今の雄弥にはキツイだろうね。

 

 

「さぁさぁさっそく始めましょ!女子の結花はここからで、男子の雄弥はそっちの印の所からよ!」

 

「一応景品も用意してますんで」

 

「景品!?ハワイ旅行とか!?」

 

「いや、あの、一応学生なんでそれは勘弁してください」

 

「あはは!冗談だよ☆」

 

「で、ですよね〜。あは、あははは」

 

(目が本気だったんですけど…)

 

「ハワイ旅行!それいいわね!」

 

「いや無理でしょ!何言ってんの!クラスの人たちのお小遣いがなくなるよ!」

 

「それは私が出すからいいのよ!ルールはそうね〜。的は10個あるのだし、10球で全ての的を当てたらということでいいんじゃないかしら!」

 

「わ、こころにしてはまともな提案…」

 

「のった!雄弥も挑戦してよ!」

 

 

 なんか我関せずみたいに美咲とこころと一緒にいるけど、雄弥も楽しまないと意味ないんだからね!

 ちなみに参加賞とかは普通だよね。あの袋に入ってるだろうからお菓子とかかな。

 

 

「結花が失敗したらやる」

 

「それは関係なくやってよ〜」

 

「…わかった」

 

「よし!これでハワイ旅行はゲットだね!」

 

「…ちなみにさ、こころ」

 

「何かしら美咲」

 

「ハワイ旅行って何人までの旅費を出す気なの?」

 

「あら、制限を決める必要があるのかしら?」

 

「ですよね〜」

 

 

 さっすがこころ!太っ腹だね!本人はめちゃくちゃ健康的なスタイルだけど。…というかこころも天才側の人間だよね。こころにこれやらせたら全部当てそうだよね。

 

 

「雄弥ー!ハワイ行こうね〜!」

 

「友希那と行ってこい」

 

「何言ってんの!みんなで行くに決まってるでしょ☆」

 

「あの、始めてもらっていいですか。他のお客さんも来てますんで」

 

「あわわ、ごめん!すぐにやるね〜」

 

 

 狙いを定めて助走をつけてっと!

 

 

 

 

 

「……ぐすん

 

「泣くなよ。あと1個まではできてたじゃねぇか」

 

「うぅ…ハワイ行きたかったもん」

 

「あの、ガチ泣きされるとこっちが悪いみたいになって心苦しいんですけど」

 

「大丈夫結花!まだ雄弥がやってないじゃない!」

 

「ゆうやぁー」

 

「わかった任せろ。コレで涙でも拭いて待ってろ」

 

「うん」

 

 

 よーし、これで雄弥が頑張ってくれるね!え?演技だったかって?………そういうことにしといて。

 

 雄弥は宣言通りに見事にやってくれた。全部のシュートが的のど真ん中に当たってた。私とこころは二人で大はしゃぎして、美咲は「やっぱりな〜」って呆れてた。

 

 

「これでいいんだろ?」

 

「うん!ありがとう雄弥☆」

 

「別に」

 

「照れちゃって〜」

 

「人数と日程が決まったら連絡頂戴!手配してもらうわ!」

 

「了解!」

 

「次行くぞ」

 

「うん!二人ともそれじゃあね〜。明日のライブ頑張ろうね!」

 

「ええ!最高のライブにしましょ!」

 

「この後も楽しんでくださーい」

 

 

 次は香澄達のクラスに遊びに行ったんだけど、一言で言うと凄かった。なんか色々と凄かった。クラスの飾り付けに統一感なかったのに違和感なかったし、チョコだらけだった。意味がわからない?私も今でもわからない。とりあえずりみが張り切ったんだろうねってことはわかった。

 

 

「次はどこに行く?」

 

「次はこれかなー」

 

「喫茶店?」

 

「紗夜たちのクラスがやってるらしいよ」

 

「…紗夜が?」

 

「…なんで紗夜だけに反応したのかは置いといてあげるけど。たしかに紗夜がこういうのって想像できないよね〜」

 

 

 雄弥は喫茶店って文字しか見てなかったみたいだけど…。まぁそれはそれでいっか。面白いのが見れそうだし♪

 紗夜たちのクラスは香澄たちのクラスに比べて落ち着いてた。いや飾り付けはしてあるんだけどね。アレ見た後だと落ち着いた飾り付けとしか思えない。

 

 

(へー、紗夜接客なんだね。てっきり調理かと思ったけど…)

 

「店員さん♪席空いてますか?」

 

「いらっしゃませお客さ……ま?……え?雄弥くん?…え、うそ

 

「おはよう紗夜。席は適当でいいのか?」

 

「……」

 

「紗夜?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 

 うわー、紗夜ってばすっごい顔が真っ赤になってる。さすがの紗夜でも好きだった人にメイド姿(・・・・)見られるのは恥ずかしいんだね。

 

 

「みんな!湊くんが来たわよ!」

「急いでVIP席作らなきゃ!」

「こんなこともあろうかと応接室のテーブルクロスを取ってきておいたわ!」

「ナイスよ!」

「食器は!?」

「抜かりないわ!」

「食材も!?」

「フルコース作れるわよ!」

 

「うわ何これ」

 

「……ごめんなさい。雄弥くんが来るとこうなるのよ」

 

 

 あれだけ顔を真っ赤にして固まってた紗夜も、このクラスの騒ぎようで落ち着けたみたい。雄弥の人気の高さが異常だね。雄弥のファンしかいないの?

 

 

「あら?湊くんの隣に誰かいるわね」

「なに!?」

「ギルティよ!」

 

「えっと、雄弥たちのバンドのボーカルしてる藤森結花です。よろしくお願いします」

 

「あー、はいはい知ってるわよ」

「歌上手いよね〜」

「まさかこうやって会えるとはね〜」

 

「あ、知っててくれてたんだ。よか『女狐め!』…え?」

 

「皆さん!何を言っているんですか!」

 

 

 …まさか直接言われる時が来るとはね〜。デビューしてから半年近く経ってて油断してたや。そうだよね。そう思われるのも仕方ないよね。

 私が俯いてると雄弥に頭を撫でられた。視線は私の方じゃなくて、クラスの人たちに向けられてる。

 

 

「うちの姉を悪く言わないでくれないか?」

 

「…ゆうや」

 

「姉?あねってあの姉?」

 

「そうだ」

 

「お、お姉様!?」

「失礼いたしました!!」

 

「……はぁ、皆さん。ノリですべてを解決できると思ってるんですか?」

 

「いえ、そのようなことは決して!」

「ぶっちゃけ結花ちゃんのこと凄い好きです!」

「ただ言ってみたかっただけなんです!」

「出来心だったんです!」

 

 

 クラスの人たちが土下座して、メイド姿の紗夜が仁王立ちしてる。傍から見たらシュールな光景だよね。…他のお客さんが困ってるんだけどいいのかな?彩が一人で忙しそうに接客して……彩いたの!?

 

 

「えっと、雄弥これは?」

 

「悪気はないんだろうな」

 

「そっか。うん。ならいいや」

 

「…いいの?冗談だとしても傷ついたでしょう?」

 

「ショックだったけど、それでもネットとかで言われたりしてたし。だからいいの」

 

「なんと寛大な処置!」

「私達はなんてことを!」

「お詫びとしては不十分ですが、お代は結構です!」

 

「ほんと!?やったー!雄弥、タダだって!」

 

「結花がいいならそれでいい」

 

 

 話が済んだはずなのにクラスの人たちは低姿勢のまま動かなった。私達もそれが不思議でその場で止まってたんだけど、代表格の子が周りの子を見ながらコソコソ話し始めた。

 

 

「みんな気づいてる?」

「バッチリ」

「この姿勢ならではだね」

「しかもダブルだよ」

 

「…皆さん何をしてるんですか?早く仕事に戻りましょう」

 

「氷川さん達は気づいてないみたいだね〜」

 

「何にですか?」

 

「この低姿勢からだとね。氷川さんと結花ちゃんの下着(・・)が見えるんだよね〜。スカート丈が短めだから」

 

「「〜〜〜〜っ!!?」」

 

 

 私と紗夜は急いでスカートの裾を抑えながら距離を取った。そうしたら土下座してた子たちがニヤニヤしながら立ち上がった。

 

 

「あ、あなた達は…」

 

「見えちゃったもんは仕方ないじゃん?」

 

「そうそう。ちなみに氷川さんはみz「黙りましょうか」…はい」

 

「結花ちゃんはし「潰すよ?」怖いよ!!」

 

「雄弥くんに教えてあげようと思ったのに〜」

 

「「雄弥(くん)?」」

 

 

 私と紗夜が目を鋭く細めて雄弥を睨んだけど、雄弥は動じずにため息をついてた。興味ないってことだろうけど、その反応は失礼だよ!

 

 

「さっきからずっと頑張ってくれてる丸山さんの下着はピンクだよ!!」

 

「ふぇー!?なんで知ってるの!?…あ!!」

 

「…当たっちゃってた」

 

「丸山さん…」

 

「彩…ドンマイ」

 

「ふぇぇん!もうお嫁にいけないー!!」

 

「ちょっ、丸山さん!?」

 

「飛び出しちゃったね」

 

「…はぁ」

 

 

 またため息をついた雄弥も教室から出ようと歩き始めた。彩を探してくるんだろうね。雄弥が行くなら私も行かないとね。

 

 

「み、湊くん食べていかないの?」

 

「彩を連れ戻してきたら食べる」

 

「それまで取っといてほしいな☆」

 

「わかりました。丸山さんをお願いします」

 

「ああ」

 

 

 雄弥は迷う素振りもなく歩き続けて、すぐに彩を見つけ出した。…落ち込んだ彩の行動パターンが分かってるんだね。またリサが嫉妬するよ?

 彩を慰めてクラスに戻したら今度こそ喫茶店を満喫させてもらった。デザートにジュース、サービスで紅茶も貰っちゃった。…あ、料金不要だから全部サービスか。

 教室を出る前にみんなで写真も撮っちゃった♪このクラス面白いね〜。花咲川に通うことになったらこのクラスがいいな〜。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 帰り道に雄弥の手を私が一方的に握りながら帰った。一般の人も入れるし、男の人も入ってこれるからトラブルがあったりするのかとちょっと警戒してたけど、特に何もなかった。羽丘の方は大輝と愁が行ってたらしくて、そっちもトラブルがなかったらしい。よかったよかった。

 

 

「雄弥」

 

「ん?」

 

「もう誘われてると思うけど、明日はリサといてね」

 

「……ああ」

 

「……大丈夫そう?」

 

「…たぶんな。ただ、逃げるわけにはいかない。だろ?」

 

「…うん。だけど」

 

「気にするな。俺の問題なんだからな」

 

「…うん」

 

「学園祭…楽しかったか?」

 

 

 私が暗い雰囲気になっちゃったからかな。雄弥が話題を変えてきた。

 

 

「楽しかったよ!面白い人たちもいたしね☆」

 

「そうだな」

 

「雄弥は?」

 

「…それなりに」

 

「えぇーなにそれー!」

 

 

 二人は今でも両想いなんだから大丈夫だよね。…きっとまた隣合うようになるよね。

 

 そして、リサが雄弥を取り戻してくれるよね。

 




別にポピパのことが嫌いなわけではありません。普通に好きです。ただたんにあのフリーダムな会話とキレッキレな有咲のツッコミを書ける気がしないだけです。


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4話

 

 アタシは教室で友達と話をしながら人を待ってた。それはもちろん雄弥のことで、正門で待ち合わせをしようと思ってたんだけど、雄弥が教室に迎えに来てくれるみたい。

 今日はライブまで雄弥と一緒に過ごすつもりでいる。そのために昨日はずっとクラスの手伝いをしてたんだから。

 

 

「リサそわそわしてるね〜。そんなに待ち遠しい?」

 

「そ、そんなことないから!」

 

「ほんとに〜?」

 

「ほんとほんと」

 

「あ、湊くんだ」

 

「え!どこ!?」

 

「嘘だよ♪」

 

「へ?」

 

「だからー、嘘だってば!可愛い反応ごちそうさま♪」

 

「うぅー」

 

 

 簡単な手でハメられた。…まぁ雄弥が待ち遠しいことは本当だし、開き直ってもいいんだけど、…今の雄弥が不安っていう気持ちもある。帰ってきたあの日でさえギリギリだったのに、さらに心をすり減らしちゃってるから。

 

 

「…湊くんのことホントに好きだよね〜。付き合ってるの?」

 

「ふぇ!?それは……」

 

「リサ?……ごめん、踏み入りすぎちゃったね」

 

「う、ううん。そんなことないよ!ちょっと色々ね」

 

「…そうだよね。あんなことがあったんだもんね」

 

「…うん」

 

「あー!こんな空気やめやめ!せっかくの学園祭なんだから、楽しまなきゃね!私は今からクラスの手伝いしてくるから、リサは湊くんと楽しんできてね♪」

 

「もう、またそんなこと言っても引っかからないからね?」

 

「何に引っかからないんだ」

 

「だからー、ゆう……ん?……雄弥?」

 

 

 振り向いたら雄弥が立ってた。さっきまでアタシと話してた子は、苦笑しながらアタシ達から離れていった。…雄弥、ちょっと痩せたね。見た目はあんま変わらないけど。

 

 

「リサどこに行くかは決めてるのか?」

 

「ううん。雄弥が来てから決めようって思ってたから」

 

「そうか」

 

「うん。……雄弥、ごめんね」

 

「…なんの謝罪だ。リサが謝ることなんてないだろ」

 

「ううん。あるよ」

 

 

 雄弥の手を引いて廊下を歩きながらアタシは懺悔した。雄弥は絶対に「悪くない」って言ってくるけど、アタシがアタシを許せないから。これから真っ直ぐ向き合うためにも必要なことなんだ。

 

 

「雄弥たちが帰ってきた日にアタシ空港に行ったでしょ?」

 

「…そうだな」

 

「雄弥が心配だったって気持ちもあったけど、それ以上にアタシはアタシのことを優先したんだ」

 

「……」

 

「…あーやって雄弥に会わないと、雄弥の側にいないとアタシがおかしくなりそうだったから。雄弥が傷ついてたのに、アタシはアタシの心を守るために雄弥の側にいたの。…ほんとにごめん」

 

「……馬鹿だな」

 

 

 アタシ達の最近の口癖になってる言葉。けっして相手を罵ろうと思って言ってるわけじゃない言葉。その言葉を言われると同時に優しく頭を撫でられた。けれど、その優しさとは裏腹に雄弥の顔は悲痛そうだった。

 

 

「謝らないといけないのは俺の方だってのに。…ごめんなリサ。側にいようとしてくれたのに、側にいたかっただろうに拒絶して」

 

「それは雄弥が「関係ない」…」

 

「そんなの関係ないんだよ。他の誰でもない、一番大切な人であるリサを俺は拒絶したんだ。俺はやっちゃいけないことをしたんだ。だからごめん」

 

「雄弥…」

 

「それで…身勝手なのは分かってるが、これからも側にいてくれるか?」

 

「もちろんだよ。もう雄弥に拒絶されても絶対に離れないんだから♪」

 

「ありがとう」

 

 

 手を握るだけだったのをやめて腕に抱きつく。雄弥の心がこれで治っただなんて思ってない。これはそんな楽観視していいことじゃないから。根気強く支え続けないといけない。みんなに協力してもらいながら。

 …なんせ一人の時の雄弥の行動を聞いてたからね。自分を責め続けて自分を追い込んで自分を傷つけて。まだ一人にしちゃいけないんだ。誰かといたら落ち着くみたいだし。

 

 

「そうだ!蘭のクラスに遊びに行こうよ!」

 

「いいぞ」

 

「やった♪」

 

「おいそんな引っ張らなくてもいいだろ」

 

「ダメダメ!蘭のクラスはタピオカやってるんだけど、すっごい人気なんだから!昨日なんてダントツの売上で一番最初に完売したんだよ!?」

 

「へー…」

 

 

 むっ、これはタピオカをナメてるね。飲んだことぐらいあると思うけど、たぶん雄弥が飲んだタピオカに負けないんじゃないかな?

 ダルそうなムードを醸し出し始めた雄弥を力いっぱい引っ張って、駆け足気味に移動する。蘭のクラスは予想通りでもう列ができてた。

 

 

「飲み物ぐらい自販機で買えばいいだろうに」

 

「タピオカだから飲むの!」

 

「謎のタピオカ理論だな」

 

「タピオカは毎年どこかしらがするからね〜。タピオカやったクラスは絶対に投票で上位に入るし」

 

「いっそタピオカ禁止にしてしまえ。保護者販売でいいだろ」

 

「売上持っていかれるじゃん!」

 

「タピオカに勝てるやつ考えろよ」

 

「例えば?」

 

「スムージーとかラッシーとか」

 

「学生の身分でそんなの用意できないからね!」

 

「…疾斗はやったらしいがな」

 

「…あれは例外でしょ」

 

 

 一番基準にしちゃいけない人だよ。疾斗を基準にしたら世の中の9割はできない側になっちゃうからね。

 他愛もない会話で盛り上がってると順番を待つのも苦じゃないね。アタシ達の順番が回ってきて気づいたけど、受付の係をしてる子のうち一人は蘭だった。

 

 

「…ひとまずは安心しました」

 

「あ、あはは…。蘭にもバレてたんだ。心配してくれてありがとう♪」

 

「なっ、…あたしは、別に…。ただリサさんが心から笑えてないのが嫌なだけで…」

 

「美竹さん、それ自爆してるよ」

 

「あ…」

 

 

 クラスの子に突っ込まれてから気づいたみたいだね。蘭は顔を赤くしてそっぽを向いちゃった。うーん、可愛らしい後輩だね♪

 

 

「今井先輩ご注文のタピオカです♪」

 

「ありがとう♪……なんで容器が1個なのにストローが2本あるのかな?」

 

「え?お二人が付き合ってそうだったからですよ?…あー!安心してください!ちゃんと大きいサイズに入れときました!」

 

「そういうことじゃないよ!」

 

「リサ揉めても仕方ないだろ。後ろの人に迷惑だぞ」

 

「うっ、…そうだね」

 

「…すみませんリサさん」

 

「ううん」

 

 

 蘭は謝ることないよ。雄弥は有名人だし、学園祭なんて多くの人目に触れちゃうだろうけど、仕方ないか。ま、言い訳もできるわけだし、ここは大人しく感謝しとこうかな!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 あー暇だな〜。学園祭でみんな盛り上がってるけど、モカちゃんは受付でじーっとしてるだけだから退屈だよ〜。

 なにか面白いことないかな〜。…あ、さっそくはっけ〜ん!

 

 

「そこの新婚さん。ちょっと寄っていきなよ〜」

 

「新婚じゃない!って、モカじゃん。何してるの?」

 

「見ての通り受付ですよ〜。モカちゃん達のクラスはお化け屋敷やってるんですけどね〜。なんか本格的過ぎたみたいで客足がいまいちなんですよ〜」

 

「よくそこまでできたな」

 

「みんながつぐっちゃって」

 

「なんだそれ」

 

「そのままの意味ですよ〜。…それにしても、ひとまずは落ち着けてるみたいですね」

 

「…まぁな」

 

「リサさんも」

 

「あはは、モカにまで気づかれてたのか〜」

 

「むしろ私が気づかないとでも?」

 

 

 本気でそう思ってるなら心外もいいところだな〜。リサさんとはバイトが一緒だし、仲良くしてもらえてるからわりと気にかけてるんだけどな〜。…まぁそんなこと絶対に言わないけど〜。

 

 

「モカー。そろそろ担当の時間終わりだぞって、リサさんと雄弥さんじゃないですか!お化け屋敷入るんですか?」

 

「いや、モカに声をかけられたから話してただけだ。…それにリサはこういうの駄目だからな」

 

「え?そうなんですか?」

 

「お恥ずかしながら、ね」

 

「いやいや全然恥ずかしがることないですって!うちの蘭だってこういうの駄目なタイプですから!」

 

「本人は認めたがらないですけどね〜。それよりトモちんももう終わり〜?」

 

「ああ!せっかくだし二人で色々周ろうぜ!」

 

「いいよ〜。リサさん達がこの中に入るのを見送ったらね〜」

 

「え"っ?」

 

 

 ふっふっふー。逃しませんよ〜リサさん。受付はお客さんの呼び込みも仕事の一つですからね〜。ちょっとぐらい仕事しないとひーちゃんが後でうるさいし〜。

 

 

「ア、アタシはいいよ〜」

 

「モカ。リサさんはこういうの駄目って聞いたばっかだろ。無理強いは良くないぞ」

 

「けどお客さん来ないと〜、中の子が暇しちゃうでしょ〜?」

 

「まぁ、それもそうだが」

 

「それに本格的って評判になっちゃってるけど〜、高校一年生ができるレベルだから〜、私たちの年代にしたら本格的ってだけだし〜」

 

「言われてみればそうだな。リハーサルした時も高校一年生がするにしては怖いって印象だったな」

 

「でしょ〜?」

 

「だってよリサ」

 

「で、でも」

 

 

 雄弥さんはリサさんに合わせるだけだよね〜。そうとなれば〜、狙い目はやっぱりリサさんだね〜。リサさんは優しすぎるから〜、さっきの『中の子が暇しちゃう』ってとこに引っかかってるんだよね〜。つまりー、もうひと押し〜!

 

 

「リサさ〜ん。これも思い出作りということで〜、ど〜か一つお願いしま〜す」

 

「……モカがそういうなら」

 

「やった〜」

 

「いいのか?」

 

「…優し目にしてもらえたら、たぶん」

 

「リサさん無理しないで下さい。アタシらがお客さんの呼び込みを頑張ればいいだけなんで」

 

「いいよいいよ。……頑張ってみる」

 

「はぁ」

 

 

 言葉では前向きだけど、雄弥さんの腕にこれでもかというぐらい力を入れてしがみついてた。まだ中に入ってすらいないんだけどな〜。

 

 

「行ってらっしゃ〜い」

 

「…みんな手加減してくれたらいいんだけどな」

 

「青信号出したから手加減してくれるでしょ〜」

 

「は!?青!?モカ、青は"本気でやっていい!"って意味だぞ!?」

 

「あれ?そうだっけ〜?」

 

「すぐに赤連発しろ!」

 

「みんなリサさんのこと知ってるから優しくしてくれるでしょ〜」

 

『きゃあああーーーー!!もうやだぁーー!うわぁぁーーん!!』

 

「…モカ」

 

「…あとで謝りま〜す」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ぐすっ、ぐすん」

 

「リサ、もうお化け屋敷は終わったんだ。怖くないぞ?」

 

「や!」

 

「ユウくん、リサちーどうしたの?」

 

「モカたちのクラスのお化け屋敷行ったらこうなった」

 

「あー!あのるるるんっ♪てなるやつに行ったんだ〜。あれ面白いよね!」

 

「面白くない!超怖かったもん!」

 

「え〜?…ま、いいや。それよりユウくん見てみて!この服どう?クラスのみんなで用意したんだけど似合ってる?」

 

 

 あたし達が今いる場所はあたし達の教室。席の隅っこにリサちーとユウくんが座ってて、リサちーはユウくんの胸に顔をうずめて今も泣いてる。そんなにアレって怖かったかな〜?

 あたし達のクラスは喫茶店をやってる。花咲川だったら彩ちゃん達のクラスもやってるみたい。つまりお姉ちゃんと一緒♪ それで、衣装に身を包んだあたしをユウくんに披露してるんだけど、褒めてくれるかなー?

 

 

「よく似合ってるぞ」

 

「やった♪」

 

「…リサつねるな。結構痛い」

 

「アタシも着こなしてたもん…」

 

「リサちーは昨日頑張ってたよね〜。来たお客さんがリサちーにメロメロでさ〜」

 

「ほう?」

 

「みんなあしらったから」

 

「ならいいか」

 

 

 今まで通りのやり取りだね!不自然なぐらいにさ(・・・・・・・・・)

 リサちーはちゃんと気づけてるのかな?ユウくんの言葉が薄っぺらい言葉になってることに。あたしには演じてるようにしか見えないよ。

 

 

「リサちーが着てる時の写真は撮ってあるから後で送っとくね!」

 

「ありがとう」

 

「いつの間に!?」

 

「あはは、リサちーは甘いねー。クラスのみんなで取り合いっこしてたじゃん!」

 

「そ、そうだっけ?」

 

「…まぁリサちーは覚えてなくても仕方ないかー。一番頑張ってたし」

 

「そうなのか。すごいなリサ」

 

「ありがとう♪」

 

 

 リサちー、泣きやんだんならユウくんから離れた方がいいんじゃない?あたし的にはなんでもいいけど、周りの人がチラチラ見てるよ?……離れないね。ならこのままということで。

 

 

「ユウくん!ライブ楽しもうね!」

 

「そうだな。日菜と一緒にやったことなかったもんな」

 

「うん!ズガガガーンって演奏しちゃうから、ユウくんもついてきてね!」

 

「ははっ、むしろ日菜が俺にのまれるなよ」

 

「ユウくんにのまれるなら別にいいんだけどな〜」

 

「駄目」

 

「だよね〜。リサちーのユウくんだもんね〜」

 

 

 ほんと、見せつけてくれちゃって。まぁ前ほどの羨ましさがないんだけどね。少し気になる所があるけど、それはライブで分かるからいいや。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥は日菜たちパスパレに混ざって演奏する。ベースは千聖がいるから雄弥は日菜と一緒にギターを弾く。結花はアタシ達Roseliaに混ざって友希那とツインボーカルして、Augenblickの残りの三人は3ピースでする。

 3ピース、ハロハピ、ポピパ、Afterglow、Roselia、パスパレの順番でライブが進行していく。

 

 

「うひゃー、みんな凄い盛り上がりだね〜」

 

「いい感じに場が温まってるね〜。友希那、私達でもっと盛り上げようね☆」

 

「当然よ。私達Roseliaと結花で盛り上がらないわけがないわ」

 

「だよね♪」

 

「結花ひっつかないで頂戴」

 

「やーだ〜。これでエネルギー補充するの!」

 

「…仕方ないわね」

 

「りんりん…友希那さんが」

 

「うん…丸いね…」

 

「お姉ちゃんあたしもー!」

 

「ちょっと日菜離れなさい!」

 

 

 ほんと結花には甘々なんだから。さてと、時間だし準備しますか。その前に雄弥の様子は、と。……大丈夫…に見えてるだけか。演奏はできるだろうし、今はパスパレのメンバーと一緒だから心配はいらないだろうけど。

 

 

「リサ、行くわよ」

 

「うん!」

 

 

 アタシの演奏でちょっとでも雄弥の力になれたらいいな。

 

 そんな願いを込めながら全力で演奏した。

 

 演奏が終わってステージから離れて雄弥の側に行く。雄弥は「よかった」って一言だけ言ってくれてアタシと手を握ってた。本当はこうしてる時間もなくて、雄弥も自分の楽器の準備に行かないといけないんだけど、麻弥が気を利かせてくれたみたい。

 

 

「雄弥」

 

「…大丈夫だ。演奏できる」

 

「…うん」

 

「まぁ、ベースを弾けるかは分からないがな。…家では弾けた。こういう場ではどうか分からない。今日はギターだし」

 

「そっか。…アタシはいつまでも待ってるからね。雄弥とまた一緒にベース弾けることを」

 

「ああ。そうだな」

 

 

 準備が終わったみたいで、雄弥もステージに上がっていった。…やっぱり違和感があるね。紗夜から聞いたとおり、…人形…か。なんでアタシは雄弥の側から離れちゃってたんだろ。

 

 

「リサ」

 

「友希那?」

 

「悔やんでも仕方ないわ。…私なんて毎日顔を合わせてたのに何もできなかったんだから」

 

「……ごめん」

 

「協力できることは協力するわ。一人で背負い込まないで」

 

「…うん。ありがと」

 

 

 雄弥とパスパレの演奏が始まってて、それを見てて気づいた。みんなで楽しそうに演奏してるけど、雄弥もちゃんと弾けてるけど違う(・・)。前までと違って雄弥に雄弥らしさが出てなかった。それは全バンドメンバーが分かったことだと思う。

 

 どうしたら…。

 

 そう考えてたら、アタシの前に日菜が立ってた。悩んでる間に演奏も終わってたみたい。アタシは日菜に連れられてみんなから離れたところに移動した。

 

 

「日菜?」

 

「リサちーも聞いててわかったでしょ?今のユウくんの演奏」

 

「…もちろん。今までで一番酷かったもん」

 

「わかってるならよかった。それで、どうやってユウくんの演奏を取り戻させるかわかってる?」

 

「…わからないよ。どうすればいいかなんて」

 

「リサちーのバカ!」

 

 

 アタシが弱音を吐いたら日菜に本気で怒鳴られてビンタされた。アタシは叩かれた頬を抑えながら日菜に怒り返そうとしたけど、それができなかった。日菜が泣いてたから。

 

 

「なんで…なんでわからないの!?リサちーにしかできないことなのに!あたし達には絶対にできないことなんだよ!?あたしはユウくんを支えたいのに、取り戻させてあげたいのに絶対できないんだよ!?」

 

「日菜…。なら教えてよ!!アタシは日菜みたいにわからないんだもん!雄弥と同種じゃないから、日菜みたいに直感で理解なんてできないんだよ!?」

 

「わからないわけないよ!リサちーとユウくんで共通してることあるじゃん!二人にしかないことがあるじゃん!」

 

「共通してること?…そんなの…」

 

「ベース」

 

「……ぁ」

 

「ユウくんから教わったんでしょ?ユウくんの演奏をリサちーが一番理解してるはずでしょ!?だったら今度はリサちーの番だよ!ユウくんから学んだ演奏を、ユウくんがやってたことをできるのはリサちーしかいないんだよ!!ユウくんにユウくんの演奏をリサちーが教えなよ!!」

 

「日菜…。ごめん、ごめん!」

 

 

 アタシは日菜に思いっきり抱きついた。日菜に抱きついて思いっきり泣いた。

 

 

「もうー、カップル揃って仕方ないんだから〜。今のユウくんをリサちーから奪い取ってもいいんだけど、そんなのるんっ♪てしないからさ〜。ユウくんを取り戻して。あたしが、お姉ちゃんが、なによりリサちーが好きになったユウくんをさ」

 

「うん。うん!絶対に取り戻すから!」

 

「あたし達も手伝うから」

 

「うん!ありがとう」

 



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5話

「無人島にとうちゃーく!パスパレプライベートビーチみたいでいいよね〜」

 

「スタッフさんに渡されたのは水だけ。あとは自分達で調達しないといけないみたいね」

 

「本格的だよね〜」

 

「あれ?彩さんそわそわして、どうかされました?」

 

「え?ああ、さっき携帯をスタッフさんに渡したでしょ?いつも持ってるものがないと落ち着かなくて」

 

「なるほど〜。それにしてもミッションはどんなのがあるんですかね」

 

「ミッション、真剣白刃取りとかですか?」

 

「え!?い、いくらなんでも危険過ぎない?」

 

 

 あはは!真剣白刃取りがミッションだなんてイヴちゃんらしい考えだよね!そういえば真剣白刃取りってユウくんと疾斗くんはできるって言ってたっけな〜。

 

 

「そうね。Augenblickならともかくとして、私達にはそんな難関なミッションはないでしょうね」

 

「だ、だよね」

 

「Augenblickさんに同行したらできるのですか?」

 

「できなくはないでしょうけど、危ないからやめときなさい」

 

「うぅー、残念です」

 

「あ、あはは、そういえば私物は一つだけ持ち込みOKって話だったけど、千聖ちゃんは何を持ってきたの?」

 

「私はふわふわのブランケットよ。座るときや休憩するときに役立つかと思って」

 

 

 千聖ちゃんらしい考えだよね〜。あたしは活動中のことは全然考えなかったな〜。

 

 

「日菜ちゃんは何を持ってきたの?」

 

「あたし?あたしはお姉ちゃんの写真だよ♪これがあればどこでもスヤスヤ寝れるんだ〜♪」

 

「ふふっ、日菜ちゃんはお姉ちゃんのことが大好きね」

 

「うん!」

 

「あら?ヒナさん、その写真の裏側は別の方ですか?」

 

「そうだよ!こっちはあたしとお姉ちゃんとユウくんの三人が写ってるやつなんだ〜♪」

 

「おおー。そういうのいいですよね!皆さん笑顔で写ってますし」

 

 

 笑顔…笑顔?あたしとお姉ちゃんは笑顔だけど、この時のユウくんのこの笑顔って作り笑顔なんだよね〜。今も似たようなことになっちゃってるけど。

 

 撮影が始まってすぐに麻耶ちゃんの提案で島を一周することになった。サバイバルのためにも大体のことを把握しといた方がいいみたい。島を一周した後に小屋を見つけて、そこを拠点ということにしたんだけど。

 

 

「うーん?」

 

「日菜ちゃんどうかしたの?」

 

「うーん…、誰かがここにいたような気がする」

 

「え?ちょっ、日菜ちゃんそういうのやめてよ〜」

 

「そういうのって?」

 

「だから、おばけ系のことは言わないで!」

 

 

 おばけ?なんで彩ちゃんはおばけなんてこと言ってるんだろ?あたしはそんなこと一言も言ってないのに。

 

 

「彩さん。日菜さんが言ってるのはおばけとかではないと思いますよ」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。自分もちょっと引っかかったんですが、誰かが自分達のようにここを拠点にしてたみたいなんですよ」

 

「…たしかに、埃とかがないわね」

 

「千聖さんも気づかれましたか。…無人島のはずなのに埃がない。どうやらこの島には自分達以外にも誰か来ているようですね」

 

「ワタシ達みたいに、ですか?島流しでしょうか?」

 

「イヴちゃん。それは少し違うからね」

 

 

 誰が来てるんだろ。もう少しヒントが欲しいんだけどな〜。この小屋だけじゃ全然わかんないや。

 

 

「で、でもこれって大丈夫なの?もし危ない人とかだったら…」

 

「丸山さん。それは大丈夫です。実は用意しているミッションの一つがその人物を特定または発見なんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。…まさかこの小屋で他に人物がいると気づかれると思ってなかったので、話してませんでしたが」

 

「…まぁ日菜ちゃんの直感と麻弥ちゃんのサバイバル力が想定外ですしね」

 

「お二人ともスゴいです!」

 

「それではミッションを出させていただきますね。…謎の人物については今は置いといてもらって結構ですので。まずは"自分達で食料を調達する"というのがミッションになります!」

 

 

 後回しか〜。なんかそっちのがるんっ♪てしそうだけど、食料も大事だし仕方ないか。食料を探すついでにヒントを見つけれたらいいかな。

 食料の調達は待機班と捜索班に別れてやることになった。全員で捜索して遭難になったらミッションを達成できなくなるし、生存率とかも考えてのことらしい。本格的だし、説得力あるよね〜。

 

 彩ちゃんが持ってきた図鑑を使って食べれる食料かを確認しながら集めるみたい。彩ちゃんが役立つのを持ってきてたなんて凄いや!

 

 

「むむっ!あっちにるんっ♪てきそうなのがある気がする!」

 

「ヒナさん!あまり遠くに行かれてははぐれてしまいますよ!」

 

「大丈夫大丈夫!麻弥ちゃん、これって食べれる?」

 

「ちょっと待ってくださいね。彩さんの図鑑によると……大丈夫そうですね!」

 

「やった!」

 

「マヤさんは先程からナイフで何をされてるのですか?」

 

「あー、こうやって木に印を入れておけば遭難にならずにすむかと思いまして」

 

「なるほど!さすがマヤさんですね!」

 

 

 麻弥ちゃんって凄いよね〜。印をつけとくなんてあたしは思いつかなかったよ。全部なんとなくで分かりそうだし。

 

 

「麻弥ちゃんってサバイバル経験でもあるの?」

 

「え?いやいやないですよ!ただ初めて行く所とかでは目印なるような建物とかを覚えるので、それを応用しただけですよ」

 

「それでもスゴいですよ!」

 

「うんうん!…あ!あの丸いのるんっ♪てする!」

 

「あれは…果物でしょうか?」

 

「だよねだよね!麻弥ちゃん、あれは食べれるの?」

 

「ちょっと待ってくださいね。…あ!食べれるみたいですよ!しかもすっごく美味しいんだとか!」

 

「いいねー!るんっ♪てするよ!」

 

「たくさん持って帰りましょう!」

 

 

 イヴちゃんと麻耶ちゃんと三人で果物を取ってたんだけど、その時に不思議なのを見つけた。麻弥ちゃんが木に印をつけてたのは知ってるけど、ここにはつけてないはず(・・・・・・・・・・・)

 

 

「麻弥ちゃん…この印は麻弥ちゃんのじゃないよね?」

 

「え、どれですか?」

 

「ほらここ」

 

「…たしかに自分のじゃないですね。スタッフさんが言ってた謎の人物ですかね」

 

「貴重な手がかりになりそうですか?」

 

「これを辿っていけば手がかりがあるかもしれませんが、今はやめときましょう。千聖さんと彩さんが拠点で待ってますから」

 

「それもそうだね〜。気になるけど…」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 小屋に戻ったら彩ちゃんと千聖ちゃんが出迎えてくれた。なんか二人とも疲れてるような感じがするけど、なにやってたんだろ?

 

 

「たくさんの食料を調達することができました」

 

「マヤさんが大活躍だったんですよ!」

 

「すごかったよね〜!」

 

「じ、自分は大したことはしてないですよ」

 

「そんなことないです!マヤさんのおかげで道に迷うこともなかったのですから」

 

「麻弥ちゃんがどんな活躍したのか私聞きたい!」

 

「ええ。私も聞きたいわ。でも三人とも疲れてるでしょうから食べながら話を聞くことにしましょう」

 

 

 千聖ちゃんの提案通りにして、みんなで楽しく喋りながらご飯を食べた。ご飯を食べ終わったらスタッフさんから次のミッションが出された。

 

 

「"幻のお花畑"を探せ、ですか?」

 

「うーん。それだけじゃわかんないからなにかヒントちょーだい!」

 

「そうですね。皆さんがさっきのミッションをクリアしたご褒美として一つだけヒントを出します。ヒントはこの小屋より南にある、です」

 

「南ですか」

 

「まずは確認するところからね」

 

「そうですね。とりあえず外に出ましょうか」

 

 

 みんなで外に出たのはいいけど、どっちが南なんだろうね。あたしってそういうの苦手だからな〜。

 

 

「たしか、太陽は東から昇るんだよね。……東がどっちかわかんないけど」

 

「日が高く上がってますからね〜」

 

「もう木が南ー!とか西ー!とか教えてくれたらいいのに」

 

「たしかにそれは楽だけれど、現実離れしてるわね…麻弥ちゃん?」

 

「あぁすみません千聖さん。少し考えてまして」

 

「いえ、それはいいのよ。何かわかったのかしら?」

 

「はい。たしか木の根本にコケが生えることがあるんですけど、コケは日の当たる所にはないはず。つまりコケがある所は北ということになるんじゃないでしょうか」

 

「な、なるほど」

 

「マヤさんすごいです!サバイバルマスターですね!」

 

「い、いえそんなことないですよ。皆さんコケ探しに協力してください」

 

「うん!もちろんだよ!」

 

「よーし!じゃんじゃんコケを探すぞー!」

 

 

 みんなで手分けして小屋の周りに生えてる木の根本を確認していった。5人いるからそんなに時間はかからなくて、みんなの情報を元に麻弥ちゃんが方角を割り出すことに成功した。

 

 

「こっちが南のはずです。皆さん行きましょう」

 

「今日の麻弥ちゃんはいつもよりるんっ♪てするね!」

 

「凄い頼りになるよね。…あれ?」

 

「彩ちゃんどうかしたの?」

 

「これって日菜ちゃん達がさっき話してた麻弥ちゃんとは違う人が刻んだ印じゃない?」

 

「あ!たしかにそうですね!マヤさんはバツ印ですが、この印は横に一閃だけです!ヒナさんが見つけたものと一致します!」

 

「ということは、その人物もこの方角に進んだということかしら?」

 

「その可能性はありますね。目的地が同じとは限りませんが…」

 

「うーん…、たぶん同じ所じゃない?今もそこにいるわけじゃないだろうけど」

 

「日菜ちゃんなんでそう思うの?」

 

「勘!」

 

 

 あたしがそう言ったらみんな微妙な顔になった。あたしの勘ってそうそう外れることないんだけどなー。ま、外れてくれたほうが面白いんだけどね!

 

 

「たしか日菜ちゃんが見つけた印って他の木にもあったのよね?」

 

「あったよ。だからそれを辿れば手がかりくらいはあるかなって思ってたんだけど…、こっちに来ちゃってるしね〜」

 

「まぁでもこちらにも印があるのだからそこはよしとしましょう」

 

「相当広い範囲で活動してると考えられますね」

 

「誰なのかを特定するか、見つけ出さないといけないんだよね」

 

「特定するのは難しいと思います。根拠を探さないといけないですから。なのでワタシは見つけた方がいいと思います!」

 

「そうですね。自分もそう思います。幸いといいますか、日菜さんの言う通り目的地の方にも印が続いてますからね」

 

 

 話し合いが一段落したところで、幻のお花畑の捜索を再開!しばらく歩いてたら川の音が聞こえてきて、そこに近づいたら吊り橋が見えた。

 

 

「吊り橋?」

 

「そうですね…」

 

「わぁーすごーい!ここ渡っていこうよー!」

 

「え、えぇ!?」

 

「補強はされているようですが、足元に少々不安が…」

 

「けど幻のお花畑はこの先…なのよね」

 

「そうですね。ここを渡るか下に降りて川を渡るかですね」

 

「でも下に降りるってことはまた上がってこないといけないんだよね」

 

「それもしんどいけど…」

 

 

 え?なんか吊り橋を渡らないみたいなムードになってない?こんな面白そうなのってなかなかないのに。

 スタッフさんにこの場で発表されたミッションは"みんなで吊り橋を渡れ"だった。ナイスだよ!これで吊り橋を渡れる!

 

 

「ほら彩ちゃんいこいこー!」

 

「ちょっ、日菜ちゃん腕を引っ張らないでー!」

 

「すっごいよ彩ちゃん!下の川があんなに小さく見える!」

 

「下の川を見るのは…日菜ちゃんだけで楽しんどいて。……ってなに!?」

 

「あはは!ここで跳ねてたらすっごい揺れてるんっ♪てするよ!」

 

「日菜ちゃん揺らさないで!」

 

「えー、だめー?」

 

「後ろにはみんなもいるんだから!」

 

 

 彩ちゃんの言う通り、あたし達と少し離れた所に他の三人がいた。みんな必死にロープを握ってて、千聖ちゃんにも「揺らすのはやめて」って言われちゃった。あたしは最後に少しだけ揺らすことにした。ほら、やめてって言われたらやりたくなるじゃん?それと同じ。

 

 

 でも、それがいけなかった。

 

 

──バキッ

 

 

 

「……え?」

 

「日菜ちゃん!!」

 

 

 あたしの足元にあった木の板が壊れて、

 

 

「ぁ」

 

 

 

 

 あたしの身体は宙に投げ出された。

 

 



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6話

そういえばガルパって時間進むのに学年は変わらないですよね。サザエさん方式ってやつですかね。
ということは、イベントの順番を前後させながら小説に盛り込んじゃってもいいんですかね。(¬_¬)


(う、うーん……あれ?ここは?)

 

 

 目が覚めたらあたしは横になってた。近くにはたき火があって、あたしの身体を温めてくれてた。あたしの下にはシートが敷いてあって、掛け布団代わりに毛布がかけられてた。

 

 

(あたしはたしか吊り橋で跳ねてて…それで…)

 

 

 思い出しただけでもゾッとした。あの高さからあたしは落下したんだ。それと同時に別の寒気(・・・・)もした。

 

 

(〜〜〜っ!!)

 

 

 あたしは服を着てなかった。下着はそのままだったけど。毛布で全身に包むようにして慌てて服を探した。服はたき火を挟んで反対側に吊るされてて、どうやら乾かしてるみたい。

 

 

(いったい誰が…ううん。そんなのは分かってる。ミッションの中で最難関の謎の人物なんだよね)

 

 

 あたしを助けてくれたであろうその人物のことを考えながら服を着ようと立ち上がったところで、茂みから物音が聞こえた。あたしはすぐにしゃがんで身体を見られないように毛布で隠し直した。

 

 

案外こういうのって怖いや。…ユウくん助けて

 

 

 この島にいるはずがない。来れるはずがない精神状態の想い人に助けを求めた。パスパレのみんながあたしを探してくれてるだろうけど、いつ見つけてもらえるのか。…あ、たき火してるのってそれの意味もあるのかな?

 

 

「…ん?起きたのか」

 

「…え」

 

 

 茂みから出てきた人は、あたし達がよく知る人物だった。血が繋がってないはずなのに、友希那ちゃんとよく似た髪の色をした人。

 

 

「今起きたところか…。後ろ向いとくからその間に服を着ろ」

 

 

 気を遣ってくれてるけど、そんなのあたしの頭には入ってこなかった。だって混乱してるんだから。だって、今茂みから出てきたのは、ここにいるはずがない人だから。

 

 

「ユウくん?」

 

「…あー、服取れるか?届かないなら代わりに取るが」

 

「ユウくん!」

 

「っと」

 

 

 あたしはこっちを見ないように視線をそらしてるユウくんに飛びついた。ユウくんは余所見してたのにちゃんと受け止めてくれた。ユウくんの胸に顔を擦り付けてユウくんの匂いをかぐ。

 

 

「…服着ろ」

 

「…もうちょっとだけこうさせて。…怖かったから。あたし死んじゃったって本気で思ってたから」

 

「ならちょっとと言わずに落ち着くまで好きにしろ」

 

「ありがと♪」

 

 

 優しく頭を撫でてくれるユウくんに抱きつくことで、あたしは少しずつ恐怖心が消えていくのがわかった。…ユウくんはずっと視線をそらしてたけど。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それでユウくんがこの島にいるっていう謎の人物ってことでいいのかな?」

 

「まぁな。と言っても俺一人じゃないぞ」

 

「それは分かってるよ。疾斗くんもいるんでしょ?」

 

「…よくわかったな」

 

「消去法で考えたら簡単だよ!逆に疾斗くんが助けてくれてたらもう一人が誰かわからなかったけどね!」

 

 

 まずユウくんの精神状態からして一人で来るなんてことはない。必ず誰かしらがついて来てる。それでサバイバルってなったらまず結花ちゃんが除外される。メンバー間で許可が出てるかも疑わしいし、友希那ちゃんが駄目って言うだろうからね。

 それで大輝くんと愁くんが除外される理由は、まずやりたがらないと思うし、あの二人は今のユウくんを連れ出そうと思わないはずだからね。

 

 

「それで、ユウくんたちはいつから来てるの?」

 

「三日前からだな」

 

「えぇ!?」

 

「本当は昨日来る予定だったんだがな…」

 

 

ーーーー三日前ーーー

 

 

 朝、今井家のソファでリサと並んで座っていた俺に来客が来た。それは無人島に一緒に行くことになった疾斗だった。

 

 

「おっす雄弥!今からサーフィン行こうぜ!」

 

「馬鹿かお前は。学校は?」

 

「創立記念日だ!」

 

「…なるほどな。一人で行ってこい」

 

「いいだろ別にー。どうせ三日後には一緒に無人島行くんだしよ!」

 

「え?無人島?」

 

「…雄弥、リサに言ってなかったのか?」

 

「忘れてたな」

 

 

 完全に忘れていた。俺は初耳だということで驚いているリサに詰め寄られ、壁に追い込まれた。怒り半分心配半分といった複雑そうな顔をしてるリサに見つめられ、思わず視線をそらしてしまった。そのすぐ後にリサに両手で顔を挟まれ、向き合わせられた。

 

 

「雄弥…」

 

「ごめんリサ」

 

「ううん。もう決まったことなんだよね?」

 

「ああ」

 

「そっか。…大丈夫なの?アタシ心配だよ」

 

「そこは俺がしっかり雄弥を見とくから、信用してくれとしか言いようがないな」

 

「…わかった」

 

 

 リサは納得したようで手を離してくれた。その後最低限の荷物を用意して、リサに見送られながら疾斗についていった。

 

 サーフィンまではよかった。サーフィンまでは

 

 疾斗のテンションが上がって水上バイクに乗り始めたのが失敗だった。調子に乗った疾斗が陸から離れすぎたところでエンジントラブル発生。そのまま漂流することになり、不幸中の幸いというべきかパスパレのロケ地となる無人島に辿り着いたのだった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「こんな感じでこの島に来た」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

「俺もそう思う」

 

「リサちーは心配してるんじゃないの?」

 

「連絡は取れたから大丈夫だろ」

 

「連絡取れたんだね」

 

「あの小屋ならな」

 

「なるほどね〜」

 

 

 あたしはユウくんの膝の上にまたがって、向き合うように座ってる。ちゃんと服は着てあるし、ユウくんに身を委ねてる。今は二人っきりだし、別にいいよね?

 

 

「ユウくんとこうしてるのって久々だよね」

 

「そりゃあそうだろ」

 

「拒まないんだ?」

 

「……」

 

「…そっか。…ここで待機してみんなが来てくれるのを待つ。それでいいんだよね?」

 

「さすが日菜だな。その通りだ。そのためのたき火でもあるしな」

 

 

 やっぱりそうなんだね。疾斗くんは彩ちゃん達と合流でもしてるのかな?ユウくんも疾斗くんもたぶんあの吊り橋の近くにいたんだろうしさ。

 

 

「……ん?」

 

「日菜?どうかしたか?」

 

なんであたしは無傷なの(・・・・・・・・・・・)?」

 

「そりゃあ俺が庇ったからな(・・・・・・・・)。落ちていく日菜に追いついて、日菜に衝撃がいかないようにした。それだけだ」

 

「…ぇ」

 

 

 ユウくんが庇ってくれた?今までならそれですっごい嬉しくなるんだけど、今はそんなことにならない。だって、ユウくんも無傷(・・・・・・・)だから。あの高さから落ちて、あたしを庇って無傷なんてありえない。

 

 それはつまり、ユウくんはあたしに怪我を知られないようにまた寿命を削ったということ。

 

 

「なんで…なんで!!」

 

「なんでって、そりゃあ日菜を守るだろ」

 

「違う!そこじゃないよユウくん!なんでまた寿命を削ったの(・・・・・・・)!?」

 

「っ!?…寿命?何を言ってるんだ」

 

「とぼけないで!あたしはもう知ってるから。友希那ちゃんから聞き出したから」

 

「…友希那からか」

 

「リサちーは知らないから、そこは安心して」

 

「そうか…」

 

 

 ユウくんがわかりやすいぐらいに動揺してる。きっと今のユウくん相手に話題にしちゃダメだったことなんだろうね。けど、あたしはそんなの考慮しないから。だって、大好きな人の寿命をあたしが削っちゃったんだもん。

 

 

「あたしも、お姉ちゃんも、友希那ちゃんも…それにリサちーだってユウくんに長生きしてほしいんだよ?」

 

「…それは」

 

「何か方法はないの?元通りにはならないとしても、何年分か取り戻す方法は」

 

「さぁな。少なくとも俺はそれを知らない」

 

「そう…なんだ…。…リサちーにはいつ言うの?」

 

 

 方法については疾斗くんとか愁くん当たってみるしかないね。二人も知らないだろうけど、何か手がかりが掴めるかもしれない。だからその話はやめて、一番の核心を聞かないとね。

 

 

「リサには……」

 

「まさか言わないつもり?」

 

「…」

 

「そんなのリサちーを裏切るも同然だよ?優しさのつもり?違うよね、ユウくんは怖いんだよね。リサちーが傷ついちゃうのが嫌なんだよね。けどそんなのダメだよ!それは逃げてるだけだよ!リサちーはユウくんと向き合うって決めたんだよ!?甘えてばかりなのをやめて、お互いに支え会える、助け合える関係になるって決めたんだよ!?…それなのにユウくんは逃げるの?」

 

「俺は……わるい…時間をくれ」

 

「…うん。別に今日じゃなくていいから。ユウくんの決めたことを聞かせてね?」

 

「わかった」

 

 

 あーあ、あたしって損な役回りだよね〜。けど、まぁいいや!どっちも万全な状態になってもらおう。そしたらまたリサちーをからかいながらユウくんを狙おう。諦めることなんてできないから。諦められないけど、リサちー達が付き合ってる時にユウを狙うあの時間も好き。あたしにもできないことがあって、それに挑み続けるのってるんっ♪てするから!

 

 

「日菜ちゃーーん!」

 

「あー!彩ちゃんの声だ!おーい!こっちこっちー!」

 

「ヒナさんの声です!」

 

「こっちから聞こえましたね!」

 

「行きましょう!」

 

「…日菜、そろそろ膝から降りてくれ」

 

「あ、そうだね」

 

 

 みんなが来るってことはスタッフさんも来るし、カメラも回ってるかもしれない。それで今の状態を映されたらめんどくさいからね。

 ユウくんから離れたらユウくんも立ち上がった。二人で並んでみんなが来てくれるのを待ってると、麻弥ちゃんを先頭にみんなが来てくれた。

 

 

「日菜ちゃーん!!」

 

「わわっ!彩ちゃん?」

 

「よがっだぁー。ほんとに、ほんとに心配したんだよ!?」

 

「…うん。ごめんね。みんなもごめんね、あんなことしちゃって」

 

「全くだわ。…けど、そのことはもういいのよ。日菜ちゃんが無事でいてくれたのだから」

 

「はい!ワタシも千聖さんと同じです!」

 

「日菜さん、ご無事で何よりです。雄弥さん、日菜さんを助けてくれてありがとうございます!」

 

「気にするな。当然のことをしただけだ」

 

「さすがはサムライですね!」

 

「違うからな」

 

 

 無事にみんなと合流してその後は当初の予定通りお花畑を目指した。謎の人物のミッションはノーカンってなって、失敗にも成功にもならないみたい。

 

 

「うわ〜、すっごいキレイ!」

 

「苦労もあったからその分綺麗に見えるのかな?」

 

「それもあるかもしれませんが、これは幻想的ですね」

 

「疲れがなくなるわね」

 

「はい!このための苦労だったと言えますね!」

 

 

 彩ちゃんが新曲発表のことを思い出して、その時に特別ミッションが出された。それは山頂で大声で告知をするというものだった。それはもちろん彩ちゃんがするっていう流れになって(彩ちゃんは驚いてたけど)、彩ちゃんらしい面白い告知をしてくれたよ♪

 あ、そうそう、あたしの捜索は緊急ミッションだったんだって。響きがるんっ♪てするよね!

 

 帰りの飛行機ではユウくんの隣に座って、ユウくんの肩を枕代わりにして寝させてもらった。優しく頭を撫でられたのもあって、すぐに寝ちゃった。

 ユウくんは帰ったら友希那ちゃんと結花ちゃんから説教を受けて、その後にリサちーから説教されて、泣いて抱きつかれたらしいよ。まぁ当然だね。

 

 あたしはお姉ちゃんとオンエアされたのを見てたら吊り橋の件で思いっきり叱られちゃった。あんなに怒るお姉ちゃんを見るのってなかなかないんだよね。

 けど、怒られたことよりもお姉ちゃんの目に涙が溜まってた方があたしには辛かった。この性格は治せないけど、もうちょっと軽率な行動は控えようって思った。



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7話

「出掛けるわよ雄弥」

 

「いきなりどうした」

 

「最近あなたは自分から家を出ることが無いのだもの。こう言わないと外に出ないでしょ」

 

「…まぁそうだが」

 

「だから私と結花と三人で出掛けるわよ」

 

「結花もか。…そういや結花は?」

 

 

 雄弥ったら本当に何も聞いてないのね。昨日の夜から結花があれだけ嬉しそうに話していたというのに。

 今朝荷物が届いて、それは結花宛のものだった。結花はそれを受け取るとすぐに部屋に駆け込んでいって、おそらく今は鏡の前で楽しんでるわね。

 

 

「結花は今お楽しみ中よ。もうすぐ降りてくるでしょうけど」

 

「は?」

 

「友希那ー!雄弥ー!見てみてー!じゃじゃーん☆」

 

 

 元気よくリビングに入ってきた結花は、制服(・・)に身を包んでいた。その制服は私やリサと同じ羽丘のものだ。結花はその場でターンしながら全身を見せてきた。…さすが私の妹、可愛いわね。

 

 

「ふふっ、よく似合ってるわよ」

 

「そうだな」

 

「ほんとほんと!?」

 

「ええ。本当よ」

 

「やった☆」

 

「たしか週明けから通うのよね?」

 

「そうだよ!しかも友希那と同じクラス!一緒に行こうね!」

 

「もちろんいいわよ」

 

「ありがと☆」

 

「…もぅ」

 

 

 思いっきり抱きついてくる妹を受け止めて、髪を手で梳いであげる。結花は嬉しそうに目を細めてじっとしていた。しばらくそうしていると、雄弥に呆れた視線を送られてきたから結花から離れた。…寂しそうにしないでちょうだい。あとでまたしてあげるから。

 

 

「制服を着て楽しんでるところ悪いのだけれど、出掛けるわよ」

 

「あ、今からなんだ。ちょっと待っててね!」

 

「ゆっくりでいいわよ。雄弥は準備すらしてないのだから」

 

「わかった!」

 

「…悪かったな」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それで?新幹線なんて乗ってどこ行くんだよ」

 

「熱海よ」

 

「は?なんで?」

 

「熱海温泉があるからだよ☆」

 

「ならリサと行ってきたらよかっただろ」

 

「今回は姉弟だけで行こうと思ったのよ。こういうのやったことなかったでしょ?」

 

「…まぁな」

 

 

 それに、今はリサの邪魔をするわけにいかない。リサは今雄弥の演奏に追いつくために必死に練習をしているのだから。ただ、練習のし過ぎにならないようにRoseliaメンバーの誰かが一緒だけど。リサのお母さんにも手伝ってもらって家でもリサの練習を見張ってもらってる。

 

 

「熱海♪熱海♪雄弥は熱海行ったことある?」

 

「ないな」

 

「じゃあ今回は全員初めてなんだね!」

 

「そうなるな。…それがどうかしたか?」

 

「なんか面白いじゃん!」

 

「わけわからん」

 

「ええー、友希那は?」

 

「楽しみ、という意味なら同じね」

 

「だよね!」

 

 

 正直に言うと、結花が家に来てくれてよかった。私一人だったらこうやって雄弥を連れ出すなんてことはなかっただろうし、たとえできたとしても会話が長く続くことがないから。けれど、そこに結花という存在がいることで場が明るくなって会話が無くなるなんてことはない。…ほんとリサと同じね。

 

 

「結花」

 

「なにー?」

 

「ありがとう」

 

「えー、なにそれ〜。私は私の役割をこなしてるだけだよ☆」

 

「ふふっ、それで助けられてるのよ。だからありがとう」

 

「…ど…どういたしまして」

 

「なに照れてんだよ…」

 

「だ、だってなんか恥ずかしいじゃん」

 

 

 その気持ち私もわかるわ。人に感謝されるのってどこかむず痒いのよね。…言う方も慣れてないと恥ずかしいのだけど。

 

 

「熱海だー!どこ行く!?」

 

「先に宿にチェックインするわよ。荷物を置いてから散策しましょ」

 

「宿に向かってる途中で行くところを決めるのもアリだしな」

 

「そういうこと」

 

「わかった!宿はどっち?」

 

「こっちよ。先導するからついてきて」

 

 

 先導する私のすぐ横に結花が並んで、雄弥が後ろにいる。これが三人で歩く時の定番の形になるのかしらね。そんなことを考えながら街を見回しつつ宿を目指す。結花は色んな店に興味を持ったようで、この調子だと今日と明日だけじゃ時間がたりなさそうね。

 

 

「ここよ」

 

「おおー!和って感じだね!」

 

「落ち着いたとこだな」

 

「息抜きに来てるのだもの。そういうとこを選ぶわよ。手続きしてくるから二人はそこの椅子で待っててちょうだい」

 

「はーい!」

 

 

 受付の人に予約している者だと伝え手続きに必要な紙を受け取る。必要事項を記入して、親から渡された宿泊代を払い部屋の鍵をもらった。部屋の場所を説明されたところで二人を呼ぼうと思ったのだれけど…。

 

 

「…あなた達何してるの?」

 

「聞いてよ友希那!雄弥ってば自分のことは気にしなくていいからAugenblickの活動を再開しろって言うんだよ!?」

 

「…雄弥?」

 

「俺のせいでAugenblickの活動が止まるのもな…」

 

「バカね。五人揃ってのAugenblickなのでしょ?それがあなた達のあり方なのでしょ?それなら雄弥を抜いた四人で活動するわけがないじゃない。一人で活動していた私をよく思ってなかった雄弥が何を言っているの」

 

「…ぐうの音も出ないな」

 

「疾斗が言ったことだけど、その時には愁も大輝もいたんだよ?総意で決めたことなんだから覆らないの!」

 

「そうだな」

 

 

 ほんと、らしくないわね。今回のこの旅行が私の狙い通りの療養になってくれればいいのだけれど…。難しいわね。リサに任せっきりにしてた代償なのかしらね。

 

 

「部屋に行きましょ」

 

「旅館だから和室かな?」

 

「和室だろうな。畳とか障子とかあるんじゃないか?」

 

「いいねーいいねー!」

 

「どういう間取りかは部屋に入ってからのお楽しみね」

 

 

 部屋の場所も知らないのに私の腕を引っ張る結花を宥めながら、それでも歩くペースを上げて部屋へと向かった。部屋は三人で使うにしては少し大きい所だったけれど、休むには申し分ないわね。

 

 

「海が見えるよ!海!」

 

「そうだな」

 

「いい眺めね」

 

「海に行こうよ。三人で浜辺歩こう」

 

「悪くないわね」

 

「…わかった」

 

 

 三人で浜辺を歩き、石を見つけては水切りをして遊んだ。当然雄弥が投げたら石が何回も海面を跳ねていた。結花は雄弥からコツを聞いて練習し、私はこういうの苦手だから3回跳ねさせるのが限界だった。

 

 眺めのいい喫茶店に行っては結花と食べさせ合いをした。私は恥ずかしかったから一度断ったのだけど、結花が「やっぱダメだよね…」なんて言って悲しそうな顔をしたから思わず「ダメじゃないわ」なんて言ってしまった。雄弥に「チョロいな」って言われたけど、これは直しようがないわ。

 

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「浴衣着て歩いてる人がいっぱいいる」

 

「日帰り温泉もあるらしいからな。宿泊場所の温泉とは別に入ったりするんだろ。あとは単純に浴衣を楽しんでるんだな」

 

「たしか旅館にもあったはずよ」

 

「そうなの!?じゃあ三人で着ようよ!私達も浴衣でこの辺来よう!」

 

「いいわよ」

 

「…旅館での食事を済ませてからがいいんじゃないか?」

 

「あ、そっか」

 

 

 夕食は用意されるのだったわね。ここは雄弥の提案通りにして、夕食を済ませたら街を満喫させてもらいましょうか。夕食は地元の食材をふんだんに使った豪華なものだった。結花が思わず写真を撮ったのも仕方ないわね。

 

 

「浴衣に着替えようっと☆…雄弥は見ないでよ」

 

「見るわけないだろ…」

 

「わかんないじゃん。雄弥ってうっかりするとこあるから」

 

「たしかにあるわね」

 

「そうか?とりあえず外で待っとくから着替え終わったら呼んでくれ」

 

 

 雄弥が外に出たところで私と結花は着替え始めた。…これ効率悪いわね。家族だからって同室になってるけど。

 私はすぐに浴衣を着れたけど、結花はまだ慣れてないようで苦戦していた。手伝おうかと声をかけたけど、「やってみるから見てて」と言われたので私は見守ることにした。

 

 

「えっと、たしかこれをこうして…それで……こうか!」

 

「ふふっ、正解よ。綺麗に着付けができたわね」

 

「やった☆」

 

「それじゃあ荷物を持って雄弥と入れ替わりましょうか」

 

「そうだね。あ、でもその前に」

 

「なにかしら?」

 

「二人で写真撮ろうよ!」

 

「…仕方ないわね。撮り方は任せるわよ」

 

「うん☆」

 

 

 3枚ほど写真を撮って雄弥と入れ替わり、雄弥が着替え終わったら部屋の鍵を閉めて外に出かけた。日は沈んでいるけど街はまだまだ活気づいていた。昼と夜とで印象も変わるわね。

 

 

「〜♪♪〜♪」

 

「結花のやつ上機嫌だな」

 

「いいことじゃない」

 

「そうなんだがな。同年代とは思えんな」

 

「なになにー?私がお姉さんって話ー?」

 

「耳鼻科行ってこい」

 

「ひどっ!!」

 

「嫉妬してるだけよ」

 

「そうなの?…可愛いなーもう」

 

「めんどくせ」

 

 

 これくらいならストレスにはならないようね。よかった…、やっぱりリサといる時間があったおかげで回復の兆しが出てきたのかしらね。今の雄弥は白鷺さんから見たらどう映るのかしら。まだ人形のままなのか、それともその域を出ようとしているところなのかしら。

 

 

「ゆーきーな!」

 

「きゃっ、…なに?」

 

「もう、ボーッとしちゃダメだよ?友希那も楽しまなきゃ三人で来た意味無くなるよ?」

 

「…そうね。ごめんなさい」

 

「いいのいいの!」

 

 

 結花と一緒にスイーツを買ったり、温泉に入りに行ったり、お土産を見て回ったり、好奇心旺盛な結花がいるおかげでなんでも楽しむことができた。雄弥も口には出してないけど、見た限りだと随分リラックスできていたから満喫できていたのでしょうね。

 

 部屋に戻ったら布団が3枚並べて敷かれていた。結花が真ん中に飛び込んで、私が入り口側、雄弥が窓側になった。まだ寝るには早いということで、仲良くなった街中のお店の人からもらった飲み物をコップに入れて飲んだ。それぞれ違う飲み物をもらっていて、私は静岡県産のお茶を飲んでいたのだけど…。

 

 

「結花?」

 

「ゆ〜き〜な☆」

 

「…もぅ、いきなり抱きつかないでちょうだい」

 

「あはは☆ごめんなさーい。でも友希那は受け止めてくれるからさ」

 

「拒んで怪我されたら嫌だもの」

 

「優しいね〜。そんな友希那が大好きだよ♪」

 

「……そう」

 

こいつ、酒飲んだな

 

 

 対面に座ってる雄弥は関わらないようにしたいのか、飲み物を片手に窓の外を眺め始めた。私はそれに少し引っかかったのだけれど、結花の相手でそれどころではなかった。

 

 結花がどんどんエスカレートしたから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「友希那〜。結婚しよ!」

 

「……は?」

 

「結婚だよ結婚!」

 

「なに言ってるの。同じ女性で結婚なんてできないでしょ。そもそも私達は姉妹なのだし、私は…」

 

「ヨーロッパではね、同性結婚を認める国もあるんだよ?そこに行けば結婚できるよ!私達って血の繋がりはないしさ!」

 

「そんなの関係な、きゃっ!」

 

 

 私が結花を宥めようと少し口調を強め始めたら、私は結花に押し倒された。両手を抑え込まれ、起き上がれないようにされた。雄弥に助けを求めようとしたのだけれど、リサから電話がかかってきたようで無視された。

 

 

(なんてタイミングの悪い!)

 

「友希那」

 

「結花、落ち着きなさい」

 

「落ち着いてるよ?私は友希那が好きだから、友希那と結婚できたらいいなーって思ってるよ?」

 

「あなたは今正常に頭が働いてないわ」

 

「そんなことないよ〜。うーん、どうしたらわかるかな〜…あ!キス(・・)したらいいのかな!」

 

「は?」

 

 

 一人で勝手に納得した結花が、トロンとした瞳を真っ直ぐにこちらに向けて徐々に顔を近づけてくる。私は顔を逸らしたのだけど、私の両手を結花が片手で抑えて、空いた手で私の顔の位置を固定した。

 

 

「ゆきな〜♪」

 

「結花…」

 

(雄弥がさっき呟いてたのはなんだったのかしら……。たしか……お酒!?)

 

 

 その答えに至ったところで何かが変わるわけではない。もう私の視界いっぱいに結花の顔が迫っていて、

 

そして

 

 

「ふにゃー」

 

「……へ?」

 

 

 結花は変な言葉を発しながら私に倒れ込んできた。その時に位置が少しズレたようで、私と結花はキスせずにすんだ。

 

 

「…むにゃ」

 

「……寝てる。…はぁー」

 

「結花は酒飲んだら軽く暴走してすぐに寝るからな」

 

「…助けなさいよ」

 

「リサと電話してた」

 

「まったく…」

 

「酔ってる時の結花の発言はたいてい意味をなさないから、結婚の話も結花が本当にそう思ってるってわけじゃないぞ」

 

「それは安心したわ。よかった」

 

「友希那のことが大好きってくだりは本当だろうけどな」

 

「…そう

 

 

 気持ち良さそうに寝ている結花の頭を撫でてから私の上からどかせる。私の手を掴んでいた結花の手はいつの間にか私の浴衣を掴んでいた。だから私は結花をすぐ横に寝かせて一緒の布団で寝ることにした。雄弥に消灯してもらって、雄弥は自分の布団で寝た。

 

 

「本当に甘えん坊なんだから。…でも、私もあなたのことが大好きよ、結花

 

 

 次の日に結花は「途中から記憶がない!」って騒いでいて、雄弥に酒を飲んだからだと注意されていた。私は結花に結婚のくだりを聞いてみたら「なんで結婚の話?」ってキョトンとされた。雄弥が言った通り本心じゃなかったのね。

 

 



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8話

調子が出たり出なかったり…。
家にいるからダメなのか?集中できる環境はいったいどこだ!?
話が短かかったり、纏まりがない時は調子が悪かったんだなと察してください。


「雄弥くん旅行は楽しかった?」

 

「まぁ、それなりに」

 

「ふふっ、素直じゃないのね。そういうとこお姉さんにそっくりよ」

 

「それは紗夜に言われたくないな…」

 

「……なんのことかしら」

 

 

 俺と紗夜は疾斗の爺さんの喫茶店に来ていた。紗夜が今の授業で分からないところがあるらしく、それを俺と解いていた。俺が疾斗から教わっているのはあくまで部分的なものだから、紗夜に説明を補ってもらいつつ一緒に頭を悩ませていた。…今は休憩中だが。

 

 

「そういえば藤森さんは今日から羽丘に通っているのよね?」

 

「ああ。友希那とリサと三人で登校してたぞ」

 

「そう。やっぱり羽丘を選んだのね」

 

「学園祭で友希那と回った時に決めたみたいだな」

 

「…本当に仲が良いのね。……私達とは違って」

 

「…紗夜」

 

「私が一方的に避けてるだけなのだけれどね…。距離が掴めないのよ」

 

 

 紗夜はそう言っているが、紗夜なりに日菜と向き合い始めているのは知ってる。俺のように隠して逃げ続けているのとは違うんだ。…紗夜もまた強い人間なんだろうな。

 

 

「そういえば今日は彼らはいないのね」

 

「ん?…あぁ、みたいだな」

 

「皆さん揃っていないということは、何かあるのかしら?」

 

「なんだったっけな。……あーそうだ。たしか就職先のとこに挨拶に行ってるんだったな。春まで待たずに働き始めれるらしい」

 

「そうなのね。無事に就職できたのね」

 

「狙い通りの全員就職だとよ。ちょうど入れ替わるように退職時期と被ったらしくてな。一気に人手不足になったところに就職したらしい」

 

 

 そこを狙って爺さんは紹介したんだろうな。爺さんの知り合いがそこの社長だからコネを使ったんだろな。人手不足という理由も使えるし、ただまぁ実際に採用するかは社長の考え一つだ。あいつらの姿勢が社長に気に入られたんだろな。

 

 

「お祝いはするのかしら?」

 

「爺さんはその気だろうな。ただ…疾斗はどう考えてんだろうな」

 

「疾斗くんもお祝いしそうだけど?」

 

「それはな。だが、いつやるかは分からない。妥当な考えだと俺達のライブに呼ぶってことになるしな」

 

「雄弥くんたちのライブ?」

 

「今までは進路に集中させるために来ることを許してなかったからな」

 

「それは……。だけど…今のままでは…」

 

 

 紗夜の指摘通りだ。今まで来ることを禁止していた以上、瑛太たちを呼ぶからには完璧なライブにしなければならない。今の俺じゃあ足を引っ張るだけでAugenblickの演奏を壊すことになる。

 

 

「早急に治さないといけないな」

 

「…だから急いで治しても…」

 

「……それもそうか」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 日菜から無人島での出来事はあらかた聞いてある。あの子の話は飛び飛びになるから全容はわからないのだけれど、雄弥くんが日菜を助けたことで寿命をさらに削ったこと。雄弥の体のことを日菜が知っているということ、そして今井さんと向き合うようにさせたことを話したのは聞いた。…一部は推測で補ったのだけど。

 

 

「雄弥くんは将来をどう生きたいですか?」

 

「いきなりどうした……あー、紗夜もか(・・・・)

 

「分かってしまうのね…。ええそうよ。私も雄弥くんの体のことは知っているわ」

 

「また友希那か?」

 

「いいえ、日菜からよ。湊さんは口が重いでしょ」

 

「なるほど。友希那から聞き出した日菜に話を聞いたのか」

 

「そういうことよ」

 

 

 ギターの練習中に入ってこられたから怒鳴ってしまったけど、あの日菜が思い詰めた顔をしていたからすぐに練習を中断して話を聞いた。話を聞いたときは当然ショックだった。大人になれないわけじゃない。けれど怪我する度に確実に寿命が減っていく雄弥くんの体は、この先も寿命が減っていってもおかしくない。

 

 

「…無人島でどれだけの怪我をしたの?」

 

「川に当たるときにはできるだけ衝撃がないようにはした。…が、日菜に一切衝撃がいかないようにしたからその分骨がやられたな。後は岩に打たれたりなんだりでそれなりの出血だったな」

 

「それを日菜が起きるまでに全て治したのでしょう?」

 

「ああ」

 

「…どれだけ減ったの?」

 

「さぁな。さすがにそんな細かいことは分からない」

 

「そう…よね」

 

 

 前に聞いた今の上限を割り出せてるだけでも凄いのよね。通算でだいたいのことを推測できそうだけど、雄弥くんでも分からないというのなら私には無理ね。

 

 

「…雄弥くん。今井さんは今必死にベースを練習してます」

 

「リサはいつも本気だろ?」

 

「それ以上よ。『雄弥のベースに追いつかないといけないから』って、止めにはいるこちらがしんどいわ」

 

「俺のベースに?…リサのベースは俺にも出せない音だろうにな」

 

「…雄弥くんは今ベースをライブで弾けないでしょ?今井さんはそれを取り戻そうとしてるのよ」

 

「俺ですらリサのベースをできないんだぞ?」

 

「雄弥くんにできないことは、今井さんにもできないのかしら?」

 

「なに?」

 

 

 雄弥はどこかでそう思ってるのよね。ずっと前を走り続けて、誰からの期待にも応えてきたから、教える側で自分を超える人がいないから。

 

 

「雄弥くんは傲慢ね。私は今井さんならできると信じているわ」

 

「…重ねてるのか?自分と」

 

「っ!……そうかもしれないわね。日菜と雄弥くん。私と今井さんを重ねてるのかもしれないわね」

 

「それで、リサが俺を超えれたら自分もそうなれるかもってことか?」

 

「そうね。ただ、今井さんは今井さん。私は私、それを理解してないわけじゃないわ」

 

 

 雄弥くんの演奏を一番理解している今井さんと、日菜の演奏を避けている私では同じなわけがないもの。それでも、今井さんの姿は見ていて心配になる反面、力を貰えているのも事実だわ。

 

 

「ところで話は変わるのだけれど、Augenblickのマネージャーさんは普段何をしているのかしら?」

 

「何って?」

 

「いえ、たまに話に出るだけで楽屋にお邪魔した時も会ったことはなかったから」

 

「あのマネージャーが普段何をしているのかは俺も知らないぞ」

 

「え?」

 

「俺たちがやりたいようにやれるっていう環境が整ってからはほとんど会ってないな。疾斗か愁がたまに連絡取るぐらいだ。まず日本にいるのかも分からないな」

 

「それはどうなのかしら…」

 

「俺たちは困ってないから別にいいんじゃねぇか?会社からも特に言われてるわけじゃないしな」

 

 

 それは雄弥くんたちがそうできるようにしたからじゃ…。あ、でも新しくなった時に言われてもおかしくはなかったのよね。それが何も言われてないということは、会社も問題なしと考えたのかしら。

 

 

「あのマネージャーは人材発掘ぐらいしか興味ないらしい」

 

「人材発掘?」

 

「ああ。埋もれた才能を見つけて活躍できる場に招く。そこまでを自分の役割だと考えてるらしい」

 

「それで作られたのがAugenblickなのね」

 

「まぁな。それでマネージャーは日本人じゃないからな。所属も正式に言えば今の事務所じゃない。フランスの会社からこっちに来てただけだ」

 

「…それで今は日本にいるのかわからないということなのね」

 

「そういうことだ」

 

 

 休憩もこれくらいということにして、勉強を再開した。私一人では解けなかった問題も雄弥くんと一緒に考えたら解くことができた。私はその解き方を忘れないようにすかさずメモを取って、それから次の問題へと移っていった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 勉強が終わり、会計を済ませてお店を出た。雄弥くんに家まで送ってもらうことになり、今は二人並んで帰っている。

 

 

「そういや紗夜は進路のこと考えてるのか?」

 

「細かなところはまだね。大学に進学することは決めているけれど、どの大学にするかは決めていないわ」

 

「そうなのか。リサはたしか『Roseliaで一緒だったらいいなー』って言ってたぞ?」

 

「今井さんらしいわね。…それも悪くはないわね。その方が都合を合わせやすいし、練習も取り組みやすいわね」

 

「ははっ、相変わらずだな」

 

「雄弥くんはどうするのかしら?」

 

「ん?」

 

 

 雄弥くんの学力は決して低くない。高校卒業認定の試験を受けて大学受験をすれば、おそらく雄弥くんも大学に通えるはず。学業に従事しながら芸能活動をすることだって可能だ。実際に日菜たちパスパレや雄弥くん以外のAugenblickメンバーはそうしいている。

 

 

「今井さんと同じ大学に通うのもありなんじゃないかしら?」

 

「…それもいいんだろうけどな。別に大学での学びを必要と思ってないからなー。それで高校にも通ってないわけだし」

 

「そう。きっと楽しいとは思うのだけど、私がとやかく言うことではないわね」

 

「大学…か」

 

「どうするかはともかくとして、先のことを考えておくのはいいんじゃないかしら?目標があれば今の活力になるでしょ?」

 

「ま、少しは考えてみるか」

 

 

 雄弥くんの先のことなんてわからない。けどそれは誰でも当然のことだと思う。自分の先のこともわからないのだから。雄弥くんと肩を並べて歩くのを懐かしく思っていると、乱入者が現れた。

 

 

「あー!お姉ちゃんとユウくんじゃん!やっほー!」

 

「日菜も今帰りなの?」

 

「そうだよ〜。ねぇねぇ!あたしも一緒に帰っていい?」

 

「好きにしなさい」

 

「やった!お姉ちゃん大好き♪」

 

「こら日菜!」

 

「えー、腕に抱きつくぐらいいいじゃん。ね?ユウくん」

 

「それは人それぞれだろ」

 

「それもそっか」

 

 

 掴んでいた私の腕を離して私の横に並ぶ。私が雄弥くんと日菜に挟まれている状態だ。歩道を三人で横に並んだら他の人の邪魔になるのだけど、雄弥くんがいち早く気づいて動いてくれるからまだましね。

 

 

「そうだ!ユウくんも今日はうちで食べていきなよ!」

 

「いきなり何言ってるのよ…」

 

「だってお母さんも喜ぶだろうし、その方がるんっ♪てするじゃん!」

 

「当日のこんな時間に言っても用意に困るでしょ」

 

「えー」

 

「悪いな日菜。リサから『今日はアタシがご飯作るから食べに来てね』って今朝言われてるんだよ』

 

「…さすがリサちー、ガードが硬いね」

 

 

 今井さんも今井さんだけれど、日菜も日菜で大概よね。抜け目ないようにしてるというか、なんというか。

 結局雄弥くんを招くことに日菜は失敗していた。どうやら本人もあわよくば程度に思っていたらしく、わりとサッパリしていたわね。雄弥くんに家の前まで送ってもらい、夕食ができるまでギターの練習し、寝る前にも少し練習をした。寝る前の練習はもう少しやりたかったのだけど、日菜に話があると言われて練習を短めにした。

 日菜の話を聞いて改めて思ったわ。日菜はとことん雄弥くんのことが好きなんだなって。



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9話

今日でやっとテスト期間が終わるー!やっと夏休みじゃー!


『湊くんにお願いがあるのだけれど』

 

「他を当たってください」

 

『まだ何も言ってないじゃない』

 

「あなたからの電話の時点である程度察せるんですよ。理事長(・・・)

 

『なら話は早いわね!』

 

「ですから断ってるじゃないですか…」

 

『けどやることないのでしょ?』

 

 

 妙な所をついてくるな。別段そこを指摘されてもなんとも思わないのだが、それをわかっているはずなのに言ってくるということは何かあるのか?

 

 

「…共学化…というわけでもないですよね?生徒数は変動してないはずですし、むしろ人気がある学校のはずです」

 

『そうだよ〜。けどまぁ共学化は全国規模で起きてる波だからね。女子校はそこまで多くないからまだ影響が少ないけど、名門の男子高は次から次へと共学化してる』

 

「それで、いずれは共学化するから今のうちにデータ集めですか?」

 

『そんなとこ。まぁこれから卒業までってわけじゃないよ?それに君の場合人気がありすぎて参考にならないからね!』

 

「ぶっちゃけましたね。つまりは学校に刺激を与えたいだけでしょ」

 

『正解。前は授業崩壊しちゃったみたいだけど、今度はそうしないでね?』

 

「望んでやったわけじゃないんですけどね…」

 

 

 むしろ巻き込まれた側だぞ。前に訪れた時なんて授業らしい授業を受けてない。こんな自由だったか?と頭を捻ったものだし、紗夜が頭を抱えてため息をついてたぐらいだ。

 

 

『そんなわけで、今日は学校(花咲川)に来てねー』

 

「行くなんて一言も…切れた。…はぁ」

 

 

 最近俺の周りの人たち強引すぎないか?気を使わせてるのだろうか…あ、理事長はあれが素だったな。…なんだろうな。また授業崩壊する気がする。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「むむっ!これは!」

「あなたも感じたのね!」

 

「え?みんないきなりどうしたの?」

 

「彩ちゃん、あなたはそれでも乙女なの!?」

 

「え?え?」

 

「この気配を感じられないだなんて…」

「女の勘をもっと鍛えないと」

「乙女を名乗れないよ?」

 

「そ、そんなことないよ!…え?ないよね?…」

 

 

 クラスのみんながため息をつくんだけど、私そんなおかしいのかな?…お仕事頑張り過ぎたらそういうのが遅れるって聞いたことあるし、アイドルだから当然なんだけど…。それでも乙女を捨てた覚えはないんだけどな…。

 

 

「丸山さん気にしないで。周りがおかしいだけよ」

 

「私も…わからないので…同じです」

 

「紗夜ちゃん、燐子ちゃん…よかったー」

 

「本当に三人ともわからないの!?」

「男逃がしちゃうよ!?」

「もっと敏感にもっと鋭くならなきゃ!」

 

「…あなた方の反応から推測することはできますよ?雄弥くんが学校に来てるのでしょう?」

 

「そうなの?」

 

「丸山さん…前の時は…最初…いなかったですから…仕方ないです」

 

 

 前の時……あ、お昼休みに屋上で会った時だね。たしか花音ちゃんを学校まで送ってそのまま雄弥くんも授業に参加したんだよね。

 

 

「今日湊くんが来てる!」

「つまり今日はパラダイスよ!」

「あぁ神様!ありがとうございます!」

 

「…皆さん授業中ですよ?」

 

 

 先生の緩やかなツッコミでクラスは授業に集中し直した。切り替えの速さに驚いたけど、きっと雄弥くんがクラスに来たらさっきのがさらにエスカレートするんだろうなってなんとなく察した。

 

 

『きゃあああーー♡』

 

「え?なに?」

 

「この悲鳴は…なんてことなの!?」

「まさかA組の方に!?」

「ジーザス!」

 

「皆さんこれで今回は授業ができますね」

 

「先生それは甘いかと」

 

「なぜですか?氷川さん」

 

「彼女たちの思考はまともではないので」

 

「今回も…授業が…崩壊します」

 

「何を言って…」

 

 

 先生が呆れていると委員長が立ち上がって先生から教卓を奪いを取った。それにあわせてクラスの子たちはその場に立ち上がって、みんな真剣な顔になった。…なんか嫌な予感がするんだけど。

 

 

「皆のもの!この結果に満足か!?」

 

『『否!』』

 

「湊くんはA組の一員か!?」

 

『『否!』』

 

「彼は我らB組の一員ではないか!?」

 

『『そうだ!』』

 

「いえ、それも違いますからね」

 

「これより我らB組はA組に勝負を仕掛ける!これは断じて傲慢な行いではない!奪還作戦だ!」

 

『『ウォーー!!』』

 

「はぁー」

 

 

 えー、なんか学園祭の時以上に熱くなってないかな?私と先生がポカーンってしてる間に紗夜ちゃんと燐子ちゃん以外のクラスメイトが教室から出ていった。怒号が飛び交ってるように聞こえるんだけど、喧嘩にはならないよね?…ね?

 

 

『授業中に失礼します。理事長でございまーす。…どうやら2年生が騒がしいようなので、緊急企画です!球技大会を行います!』

 

「球技大会?」

 

「また理事長は…」

 

「先生たちも…大変…ですね」

 

『サッカー、ソフトボール、バスケットボール、バレーボール。この4種目から選んでください。クラスで1種目にして優勝を狙うもよし、4種目全てに分散するもよし、そこもクラスの作戦としなさい!優勝数が多いクラスは総合優勝となりますが、一つずつの場合ドッジボールで総合優勝を決めます!その後最優秀選手に選ばれた人は、豪華な商品があるわよ!では、参加するクラスは次の授業でグラウンドに集合すること!』

 

「…また授業崩壊ですね」

 

「理事長が率先してどうするんですか…」

 

「あ、あはは…これ、私達も出ることになるんだよね…」

 

「そう…ですね」

 

 

 うぅー、ただでさえ芸能活動で授業についていけるのがやっとだったり、ついていけなかったりするのに…。また千聖ちゃんに怒られちゃうよぉ。…雄弥くんに責任をもって教えてもらお。うん、そうしよ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「皆のもの!この戦いは負けられないものとなった!A組との勝負だが、優勝した方あるいはより勝ち進んだ方がこの戦いの勝者となる!A組に勝てば我々はまた湊くんと授業を受けられる!」

 

『『ウォーーー!』』

 

「…球技大会が終わってる頃には全部の授業が終わってるんじゃ…」

 

「しっ。丸山さん、それは言わないでおきましょう。さらにややこしくなるわ」

 

「そ、そうだね」

 

「…気づかないん…ですね」

 

「相変わらずだよな」

 

「私はこんなの初めて見るよ…って、え!?ゆモガっ」

 

「静かにしてください丸山さん。暴動になりますよ」

 

「ほがほげっ?(そこまで?)」

 

 

 というか紗夜ちゃん手を離してくれないかな?息苦しくなってきたんだけど!燐子ちゃんが気づいてくれたみたいで、紗夜ちゃんに言ってくれた。私は深呼吸して息を整えた。

 

 

「す、すみません丸山さん」

 

「ううん。いいよ」

 

「それで…なぜ雄弥さんが…ここに?」

 

「様子を見に来ただけだ。俺は適当に見て回るだけになるらしいからな」

 

「そっか。…そうだよね。さすがに雄弥くんは参加できないもんね」

 

「パワーバランスが崩れるものね」

 

「紗夜は俺をなんだと思ってんだ…」

 

「え?…自覚…ないんですか?」

 

「…意外と刺さるな」

 

 

 大人しい燐子ちゃんに言われたからか、思いのほか雄弥くんにダメージが入ってた。私達のクラスの作戦会議が終わる頃には雄弥くんも理事長のとこに避難してた。理事長室は居心地がいいらしいよ。

 

 

「それでは私達のクラスは波状作戦で決定よ!」

「急いでメンバーを決めなきゃ!時間がないよ!」

「けど仲間外れを作っちゃだめよ!クラスなんだから!」

「ひとまずは希望制にしましょ!」

 

「紗夜ちゃんと燐子ちゃんはどうする?」

 

「私はどれでもかまわないのだけど」

 

「私は…運動が…苦手なので…」

 

「うーん…それじゃあサッカーにする?サッカーって11人だからみんな助けてくれるだろうし」

 

「たしかに…それがいいかもしれないわね」

 

「サッカーで…お願い…します」

 

「うん!言ってくるね!」

 

 

 このクラスってこういうの本気になるのに、希望はちゃんと通るからいいよね。私達三人はサッカーにするって言ったら「おっけー」ってすぐに許可くれたもん。希望を通した上で優勝を狙う、か。みんないい人だよ。

 

 参加クラスはまさかの全学年の全クラス。体育の授業がないクラスもあるはずなのに、何故か全員体操服になってる。…なんで?

 理事長の話を聞いたら球技大会が始まるんだけど、うちの理事長ってこういうのザックリするからすぐに始まるはず。みんなもそれがわかってるからウズウズしてるんだけど…、理事長の発言で一気に空気が変わった。

 

 

「皆さん!早くやりたくて仕方ないでしょう。わかります!やる気があるのは素晴らしいことですが、相手に怪我をさせないこと!故意に怪我をさせたと教師陣が判断したらその時点でそのクラスは失格です!注意事項はこんなのでいいとして、豪華な商品というその内容を発表しましょう!それは──

 

 

──湊雄弥くんとの1日デートです!」

 

 

『きゃああーー!♡』

 

「…雄弥くん、大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫じゃないでしょう」

 

「今井さんに…知られたら…」

 

 

 どうやら雄弥くんも聞かされてなかったようで、テントの下で頭を抱えてた。さすがの雄弥くんも本気で焦ってるみたい。あのリサちゃんがそんなの許すわけないもんね。

 

 

「こうなったら事情を知ってる私達の誰かが選べれるようにしなきゃ!」

 

「そうですね。なんとしても阻止しましょう」

 

「他の…バンドの方にも…協力して、もらいましょう」

 

「香澄ちゃん達には私からお願いしに行くね!」

 

「では私と白金さんは、松原さん達にお願いしに行くわ」

 

 

 開会式とも言えない開会式が終わったらすぐに私は香澄ちゃん達のクラスに行った。事情を話したら沙綾ちゃんがすぐに協力を受け入れてくれて、そのまま香澄ちゃん達を説得してくれた。はぐみちゃんがこころちゃんや美咲ちゃんにも話をしてくれて、協力者が増えた。…はぐみちゃんもだけど、こころちゃんって身体能力高いから強力な助っ人だよね。

 

 

「はぁはぁ、みんな協力してくれるって!」

 

「丸山さんお疲れ様です」

 

「松原さんたちも…協力してくれる…みたいです」

 

「よかった〜」

 

「味方が増えたのはいいことだけど、他人任せにはできないわ」

 

「私達も…頑張りましょう」

 

「うん!」

 

 

 私達が出場するサッカーの順番が来た。相手は3年生だけど、3年生は受験で忙しいから体が鈍ってる人が多いはず!

 

 そんな甘い考えをした私は馬鹿だった。試合にはなんとか勝てたけど、凄い苦戦した。元々運動は苦手だけど、パスパレの練習でそれなりに動けるようになってる。だけど、3年生たちの執念的なのが凄かった。恐ろしいぐらいだよ!

 サッカーの試合に優勝したのは私達のクラスで、ソフトボールは香澄ちゃん達のクラス、バレーは千聖ちゃん達のクラスで、バスケットはこころちゃん達のクラスだった。あとはドッジボールで決まるんだけど、最大の難点は最優秀選手にならないといけないこと。

 

 

「彩ちゃん、手を抜くことはできないわ。…この空気だし」

 

「千聖ちゃん…。うん、全力でやろ!そうしないと最優秀選手に選ばれないもんね!」

 

「ふふっ、そうね」

 

「千聖ちゃん、私どう動いてたらいい?」

 

「花音は何も考えなくていいわよ。いつも通りにしてたらいいわ」

 

「…なんか複雑だけど、わかった」

 

「彩ちゃんは頑張りすぎないようにね。空回りするわよ」

 

「うっ、わかってるけど言われるとくるものがあるよ!」

 

 

 千聖ちゃんとのクラスの勝負には勝つことができたけど、千聖ちゃんの予言通り私は空回りした。もうね、周りの温かい視線が逆に辛かったよ。優勝は結局こころちゃんのクラスで、美咲ちゃんのサポートがあったとはいえ全員をなぎ倒したこころちゃんは凄かった。文句なしの最優秀選手だよ。

 あ、でも紗夜ちゃんとの投げ合いは盛り上がったな〜。どっちも外野と連携してたけど、絶対に自分で狙いに行くっていう真っ向勝負。最後のこころちゃんのプレーが人間離れしてたから紗夜ちゃんが負けたけど。

 

 

「最後のあのプレーには驚かされました。よくできましたね」

 

「ふふっ!ありがとう!思いついたからやってみたのだけど、上手くいってよかったわ!」

 

「思いつきでできるのですね…」

 

「ええ!体をひねって避けるなら、いっそそのままボールを取ってグルーって回って投げ返したら面白そう!って思ったのよ!」

 

「…あなたもそちら側なのですね」

 

「そちら側?よくわからないわ!だって同じ人間じゃない!」

 

「っ!…そうですね。ふふっ、弦巻さんは凄いですね」

 

「そんなことないわよ!…それはそうと理事長!私は景品のデート権いらないわ!無効よ!」

 

「えー…まぁ獲得した人がそう言うなら仕方ないですね」

 

 

 よ、よかった〜。これで雄弥くんもリサちゃんに怒られる心配がなくなったね。…すっごいホッとしてる。そんな心配だったんだ。

 

「デート権の代わりに今日はこのまま学校でパーティーよ!うんと笑顔になれるものをやるの!」

 

「のった!」

 

「あ、理事長。俺は帰るから」

 

「え!?」

 

「姉からの連絡でな」

 

「…仕方ないですねー。ま、次回(・・)も頑張ってね〜」

 

「…また妙なことを」

 

 

 結局雄弥くんはそのまま帰って行っちゃった。最後に理事長と何か話してたけど、なんだったんだろ?その疑問は解けないまま、私はこころちゃん主催のパーティーに参加した。



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10話

 

 友希那と結花と三人で食事を取っていると、友希那が気になることを言ってきた。それは紗夜のギターの調子がよくないということだった。結花も驚いていて、食事の手が止まっていた。

 

 

「紗夜でも調子悪いことあるんだね」

 

「そりゃあるだろ。紗夜だって人間だからな」

 

「…あー、そっか」

 

「おい…」

 

「友希那、心当たりは?」

 

「ないわよ。あったら自分達で解決してるわ」

 

「それもそうか」

 

 

 正確さを求めて練習してきた紗夜が調子を狂わしたか。…話を聞いてるだけじゃなんとも言えないな。実際に紗夜の演奏を聞かないと。

 だが、今の俺がRoseliaの練習を見に行っても邪魔になるだろうな。みんなが気を使って、練習に集中できなくなるだろう。

 

 

「心配だね」

 

「…それでも乗り越えるのは紗夜自身の力じゃないと」

 

「そうだな。ま、背中を押してやるぐらいのことはしたらいいんじゃないか?」

 

「ええ、そうね」

 

「私にできることがあったら言ってね!」

 

「ふふっ、その時があればお願いするわね。でも、できるだけ身内でなんとかしてみせるわ」

 

「うん☆」

 

 

 …今回はできることはなさそうだな。友希那も動いたとして助言ぐらいだろうし、なにがあったのかがわからないとな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 日菜と向き合っていこうと思い、少しずつ日菜と過ごす時間を増やしてきた。その一環として今まで聴くことを避けていた日菜の演奏を聴くことにした。日菜たちのライブがテレビで放送されるらしく、それを日菜と一緒に見た。

 

 テレビに映っていた日菜はとても楽しそうに演奏していた。ギターは走り気味だったのに、むしろそれすら自分の音なんだと自信満々に、笑顔で演奏しきっていた。その演奏を見て気づいた。

 

──私の音はつまらない音(ただ正確なだけ)だと

 

 私のギターは…、その程度のものなんだと。それから私は私の演奏に何一つ満足できなくなった。自分の音なのにそれを受け入れられず、調子が悪くなって練習にも影響が出るようになった。

 

 

(湊さんが言ってた私らしさっていったいなんなのかしら…。今日の練習でまた失敗したら…)

 

 

 暗い気持ちになりながらスタジオに向かっていたら巴さんに声をかけられ、スタジオの前にあるカフェで少し話すことになった。

 

 

「宇田川さん…いえ、巴さん。あこさんから私のことを聞いたの?」

 

「なんでわかったんですか?」

 

「巴さんから声をかけられる理由が他に思い当たらないもの。…私の演奏がうまくいってないと聞いたのでしょう?」

 

「あ、あはは…まぁ、そんなとこです。あこのやつ心配してましたよ?私も話を聞いたからいてもたってもいられなくて、つい声を掛けちゃいました」

 

「そう。…あなたにも心配をかけてしまったのね。…そういうところもあこさんの『憧れ』なのかしらね」

 

「え?」

 

「いつも言っているもの。『永遠の憧れ』だって」

 

「あ、あははー、みたいですね」

 

 

 妹からの絶大の信頼と期待を寄せられているというのに、巴さんは嬉しさと恥ずかしさが半々といった具合に笑っていた。私にはできないことだ。だから聞くことにした。それがしんどくないのかを。

 

 

「あなたは…苦痛に感じたことはないの?憧れだと言われ続けて、ずっと追い続けられることが」

 

「あたしは純粋に嬉しいですよ。あこがそう言ってくれることが。まぁ、あこのほうがドラム上手いんじゃないかって思うこともあるんですけど、それでもあこは慕ってくれている。だからあたしはあこの気持ちを大切にしたいですし、それに応えたいと思ってるんです。あこはたった一人の妹ですから」

 

「……!」

 

「すみません。あたしの方が年下なのに偉そうに言っちゃって」

 

「いえ、…巴さんは大人ね。あたしにはそんな風に受け止めることができないわ」

 

「あたしだってプレッシャー感じますよ?あこはあたしのこと全知全能の神!みたいに思ってるみたいですし。…あたしには紗夜さんの抱えてるものがわからないですし、深く立ち入る筋合いもありません。ですがあたしは紗夜さんの調子が戻ることを願ってますよ」

 

「…ありがとうございます」

 

「…余計なお世話かもしれませんが、友希那さんと話をしてみてもいいんじゃないですか?」

 

「湊さんと?」

 

「ほら、友希那さんって雄弥さんと結花さんの姉じゃないですか。あの人にはあの人なりの向き合い方があるんじゃないかと思うんです」

 

 

 …言われてみればそうね。湊さんは血縁関係がないとはいえ雄弥くんと藤森さんの姉だわ。…いえ、あの人たちはそんなの関係ないと言わんばかりの姉弟仲ね。

 

 

「それと、紗夜さんを伝書鳩代わりにするのは申し訳ないんですけど、雄弥さんに『復活を待ってます』って伝えてもらっていいですか?うちのモカってば一番仲がいいのに連絡先知らないみたいなんで」

 

「ええ。必ず伝えるわ」

 

「それじゃあ、練習あるんでお先失礼しますね!」

 

 

 巴さんがスタジオに向かったのを見届けてから私もスタジオ入りをした。練習ボックスで巴さんと話したことを思い返していると湊さんが部屋に入ってきた。

 

 

「紗夜?ずいぶんと早いのね」

 

「ええ。最近のミスを取り戻そうと思っていたので」

 

「そう」

 

「でも…見つからないんです」

 

「紗夜?」

 

「私の道が…私の音が、どうしても見つからないんです…」

 

 

 私は湊さんにすべてを話した。日菜の演奏を聞いたこと。それによって自分の音楽がわからなくなったこと。自分の音がつまらないものでしかないと思ってしまうことを。

 

 

「…それであなたは最近苦しんでいたのね」

 

「私は日菜に負けないように、勝てるものを求めてギターを始めたんです。日菜に負けたくない一心で正確さを求めて…自分を信じるための道具としてギターを弾いていた。…最低ですよね」

 

「…私にはあなたを否定することができないわ。私だって父の音楽を認めさせるためにみんなを巻き込んだのだから。こんな自分に自己嫌悪したこともある。…今だってこんな状態で歌っていいのかと悩むこともあるわ。…でも、こうやって悩むこと自体が真剣に向き合っていることの証だと言ってくれた人がいる。…紗夜あなたの演奏は正確で素晴らしいわ。それは誇っていいはずよ」

 

「でも、…そんなのは…ただ正確なだけで」

 

「そうかしら?雄弥が何故頼まれたときしかあなたにギターを教えないか知ってる?」

 

「…私の音がつまらないからですか?」

 

「違うわよ」

 

 

 湊さんの目が鋭くなった。言外に何もわかっていないと言われているのだと理解した。けど、わからない。何故なの?

 

 

「雄弥は言っていたわ。『紗夜に教えれることがほとんどない』って。それは紗夜自身がストイックに練習して、一つ一つを完璧にこなしていくからよ。雄弥はあなたに教える時に必死に答えを考えて教えていたのよ」

 

「…私が?…そんなはずは…」

 

「信じられないのも無理はないわ。けれどそう言っていたのは事実よ」

 

「…雄弥くん」

 

「紗夜、私はまだ未熟で未だに純粋に音楽を好きだと言うことができないでいる。…結花が歌っている姿を見ると特にそうね」

 

 

 …藤森さん。たしかにあの人は笑顔で歌っている。あれだけの技術を持っていながら常に上を目指し、さらに成長できると信じて練習に取り組み、そしてライブで全てを出し切る。成長途中だと信じつつ、自分を受け入れて、自分の歌を好きでいる彼女は、思えば日菜の演奏の姿と重なるように思える。

 

 

「…藤森さんは、なぜあそこまで楽しめるのですか?」

 

「自分の歌が好きだからよ。歌う曲も、一緒にいるバンドメンバーも、なによりも音楽を好きでいるからなのよ」

 

「そう、ですか。……そうですよね」

 

「あの子が音楽に向き合う姿勢は、私よりもよっぽど歌手として素晴らしいわ。そうだというのに結花は私を慕って、必ず超えるとよく口にしている。…複雑だけど、それでも嬉しさもある。苦しさもある。だけど、これらとは真剣に向き合わないといけないわ。それがとても大切で尊いものなのよ」

 

「真剣に…向き合う…」

 

 

 湊さんに今日の練習は参加しなくていいと言われ、そして戻ってくると信じていると言われた。そのことがどれだけ励みになったのだろうか。まだ解決していないけど、胸にかかっていた靄が少し晴れた気がした。

 

 

「…紗夜、妹に慕われるのも大変よね」

 

「そうですね。…湊さんの場合もう一人いますけどね」

 

「ふふっ、そうね。どちらも私より先にいるはずのに、私のことを慕うのだもの。期待を裏切れないわ」

 

(さすがわ湊さんですね。それで、…私が向き合うべき相手は)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 湊さんに言われた通り今日は練習を休ませてもらい、私は商店街を歩いていた。…あの七夕まつりの時に短冊に書いたことは、私の力で叶えないといけない。日菜と一緒に七夕まつりを楽しんだことを思い返しながら思考する。

 

 

「…雄弥くんも一緒にいたわね。三人で七夕まつりを過ごした。今井さんたちといた雄弥くんが、わざわざ来てくれた」

 

 

 それにしてもあの時、よく今井さんが許してくれたわね。…いえ、周りから見たらそれだけ心配になったのかしらね。日菜が必死に走っていたし、私も日菜を見失わないように追いかけていたから。

 

 

「あら?…雨」

 

 

 急に激しく降り始めた雨を避けるために急いで屋根の下に駆け込んだ。雨宿りしつつ、日菜とどう向き合うかを考え始めた。あの子は何も悪くない。私が一人で勝手にコンプレックスを抱いて、勝手に憎んでしまっているのだから。

 

 私が頭の中を、心の中を整理し始めてどれだけ経ったのかしら。それはわからないし、雨も相変わらず強く降っているのだけど、そんな中こちらに走って近づいて来る人がいた。

 自分の分の傘をさしながら、もう一人分の傘を反対の手で持って。その人物は私と同じ屋根の下にまで来て足を止めた。

 

 

「お姉ちゃん…。よかったー、ここにいたんだ」

 

「日菜…」

 

 

 私が向き合うべき存在が、わざわざこの雨の中私を迎えに来てくれた。…本当に…この子は…。



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11話

 

 突然強い雨が降り始めた。家の傘立てにはお姉ちゃんの傘があって、あたしはお姉ちゃんに傘を渡しに行くために家を出た。今日も練習があるって話だったから急いでスタジオに向かった。

 

 

「お姉ちゃんいるー!?」

 

「わっ!日菜どうしたの!?」

 

「すっごい雨が降ってて、お姉ちゃんに傘持ってきたんだけど…。お姉ちゃんいないの?」

 

「紗夜は今日練習を休んでるわ。…まだそのへんにいるはずだから、日菜が傘を渡してあげて」

 

「うん!わかった!リサちー、友希那ちゃん、ありがとう!」

 

「日菜」

 

「?なに?」

 

「紗夜のこと…頼んだわよ」

 

「…?う、うん。じゃあお姉ちゃん探しに行くね!」

 

 

 スタジオを出てお姉ちゃんを探した。まだ遠くまでは行ってないだろうって友希那ちゃんが言ってたから、きっと近くにいるはず。

 探して探して探して、七夕まつりにお姉ちゃんとユウくんと回った商店街にお姉ちゃんがいた。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「日菜!?」

 

「よかったー、ここにいたんだー!雨がすごいからお姉ちゃんに傘を渡そうと思ってスタジオに行ったんだけど、お姉ちゃんいないって言われてさー。友希那ちゃんにまだその辺にいるはずだって言われて、傘渡しに来たんだー。はい、これ」

 

どうして…どうして…

 

(なんで私が何度突き放して、拒絶してもあなは私の側にいようとするの?…日菜がこんなに側にいようとしてくれているのに、私は…全部、全部日菜のせいにして…)

 

「…う、…うぅ」

 

 

 あたしから視線をそらしてたお姉ちゃんが突然泣き始めちゃった。なんでなのかわからないけど、またあたしが変なことしちゃったのかな…?

 

 

「お、お姉ちゃん!?…大丈夫?…ごめん、…またあたしが、お姉ちゃんのこと…」

 

「…日菜、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 

 なんで?なんでお姉ちゃんが謝るの?いったいどういうこと?…わかんない、わかんないよ。…でも、お姉ちゃんを連れて家に帰らなきゃ。ずっとここにいるわけにもいかないし。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「掃除しにきたはいいけど、外が雨じゃあなんかやる気でないね〜」

 

「ほとんど掃除も終わってるんだけどな」

 

 

 俺と結花は久々に事務所に顔を出し、俺の部屋の掃除をしていた。…あ、結花は仕事してるから久々なのは俺だけか。俺の部屋の掃除も定期的に結花がやってくれていたようで、そんなに時間をかけずに済みそうだ。ふと結花の方を見ると、結花は手を止めてどこか暗そうな顔をしていた。

 

 

「…ねぇ、紗夜大丈夫かな?」

 

「…さぁな。顔を合わせてない俺たちにできることなんて何もないだろ」

 

「そうだけどさ…」

 

「友希那が気にかけてるんだ。話を聞くなり助言するなりしてるだろ」

 

「うん…」

 

 

 友希那は元から優しい人だ。Roseliaができてからその部分が表れるようになってきてる。紗夜のことも友希那が力になるだろう。…それでも解決まではいかないだろうな。きっとこの件の中心に友希那がいるわけじゃないだろうから。

 

 

「…はぁ。そんな調子でいられてもな。結花休憩にするぞ。飲み物は何がいい?」

 

「えっとー、雄弥と同じやつで」

 

「なら紅茶だな」

 

「ほんと好きだよね〜」

 

「気がついたら増えてるからな。どんどん使わないと減らないんだよ」

 

「あー、差し入れで貰っちゃうんだね」

 

「そういうことだ」

 

 

 ハーブティーでいいか。少しは気持ちも安らぐだろうし、今一番多いのハーブティーだし。

 二人分のハーブティーを作り、持ってきていたリサのクッキーも出して結花と休憩する。相変わらずリサが作るクッキーは上手い。気持ちを休ませるにはもってこいだ。リラックス効果でもあるのか?

 

 

「…この部屋、何か足りないと思ったらベースがないね」

 

「今は家に置いてあるからな」

 

「ベースの調子はどう?」

 

「現状維持で手一杯だな。…今までの音を取り戻せるかはわからないが」

 

「そっか…。有名になりすぎるのも考えものだね。ライブで感覚を取り戻すなんてことができないから」

 

「そうだな」

 

 

 ところで今日はこのあとずっと雨が降るのか?友希那のやつ傘持っていってたっけな…。まぁリサが持ってるだろうから二人で一緒に帰ってくるとは思うが、練習時間によっては結花と一緒にスタジオに行くのもありか。

 紅茶のおかわりでも作ろうと席を立ったところで部屋のドアが勢いよく開けられた。そちらを向くと雨でびしょ濡れになった日菜がいて、俺と目が合った途端抱きついてきた。…涙を流しながら。

 

 

「日菜…」

 

「ユウくん…ユウくん!……あたし、あたし…うぅ、おねぇちゃ…」

 

「話はちゃんと聞くから。今は泣きたいだけ泣け」

 

「うぅ、うあああーー」

 

「結花」

 

「うん」

 

 

 結花からタオルを受け取り、日菜を受け止めながら優しく髪を拭くことにした。結花は地下の浴場の湯を沸かしにいき、設定を終えたら戻ってきて日菜の体を拭いていた。

 

 

「…いきなりごめんね。ユウくん」

 

「気にするな。とりあえず風呂に入ってこい。風邪引くぞ」

 

「ありがとう…でも…」

 

「話は聞くから」

 

「あ、じゃあ私が日菜と一緒にお風呂入って、その時に話を聞くよ。さっき『お姉ちゃん』って言ってたから、雄弥は紗夜に会ってあげて」

 

「…日菜はそれでいいか?」

 

「……うん」

 

 

 結花が走って自分の部屋に行き、二人分の着替えを取って戻ってきたら日菜の手を引いて地下へと向かっていった。俺はそれを見送ってから紗夜を探しに行くことにしたのだが…。

 

 

「どこにいるんだろうな…。連絡取れればいいんだが…」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 体を洗ってから結花ちゃんと一緒に湯船に浸かった。結花ちゃんは何も言わずにあたしのすぐ隣にいてくれてる。あたしのタイミングで話させてくれるみたい。

 

 

「…お姉ちゃんとね、喧嘩したの」

 

「え?日菜が!?」

 

「うん。…あたし、知らない間にいっぱいお姉ちゃんを傷つけてきてたみたいなの。あたしがギター始めたのも、お姉ちゃんからしたら苦痛だったみたい…」

 

「それは…」

 

「お姉ちゃんね、この前あたしの演奏を聞いてくれたんだ。あたしがお願いして、一緒にライブ映像見たんだけど、それがダメだったみたい。そのせいでお姉ちゃんね…自分のギターの評価下げちゃったんだ」

 

「…そっか」

 

「お姉ちゃん、前に約束してくれたんだよ?あたし達はお互いがきっかけだから勝手にギターやめたりしないって。…あたし、お姉ちゃんのギターを聞いて、お姉ちゃんの音が好きでギター始めたんだ。今のお姉ちゃんのギターだって、前よりも楽しそうなのに…」

 

 

 あたしは膝を抱えるようにして座りながら結花ちゃんにどんどん話していってる。結花ちゃんもやっぱり"お姉ちゃん"なんだね。不思議と話しやすい。

 

 

「あたしね、お姉ちゃんにギターやめてほしくない。苦しいなら、辛いなら、全部あたしに押し付けてくれていいから、嫌いになられてもいいから、お姉ちゃんにギターを続けてほしい」

 

「本当にそうなったら私は怒るけどね?」

 

「あはは…、結花ちゃんは優しいね。…それでね、あたしはお姉ちゃんに、約束破ってギターをやめようとするお姉ちゃんなんて大ッキライ!って言っちゃって…」

 

「それで飛び出してきたんだね」

 

「…うん」

 

「そっかぁ。…でも、いいんじゃない?」

 

「へ?」

 

 

 予想外のことを言われて顔を上げたら、結花ちゃんは優しく微笑みながらあたしを包んでくれた。ゆっくりと髪を撫でられて、あたしは気持ちが安らぐのがわかった。

 

 

「今回のことで紗夜は抱えてたことを全て日菜に話すことができた。日菜をそれを知って、日菜の想いを全て紗夜に話せた。喧嘩して飛び出してきちゃったけど、それでもいいんだよ。だって、あとは仲直りしたらいいんだから」

 

「仲直り、できるかな?」

 

「できるよ。日菜は紗夜のこと大好きなわけだし。紗夜は日菜のこと避けてるけど、日菜のこと好きだって想いもあるんだから。私と雄弥が間を取り持つからさ。紗夜ともう一回話そ?」

 

「…うん」

 

 

 のぼせる前にお風呂をあがって、結花ちゃんが用意してくれた服を借りた。ユウくんがお姉ちゃんと話してくれてるけど、…お姉ちゃんと仲直りしなきゃ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

(日菜…日菜…どこにいるの?)

 

 

 日菜と家に帰って私は今まで自分の胸に抑え込んでいた思いを全て日菜に告白した。日菜から逃げ続けていたことを、日菜にコンプレックスを抱いて憎んでいたことを、日菜の演奏を聞いて自分の音が嫌いになったことを、全て、全て話した。

 

 

「私が…私のギターが…楽しそうだった?…そんなわけ…」

 

「あるんじゃないか?」

 

「っ!?雄弥くん?…なぜ」

 

「だいぶ探したぞ。連絡がつけばよかったんだがな」

 

「ごめんなさい。思わず家を飛び出したから携帯を持ってなくて」

 

「いやいい。…日菜が来たぞ?日菜が泣いてるとこなんて初めて見たが何があった?」

 

「日菜が?……全て話します」

 

 

 落ち着ける場所に移動して、私は今までの不調も、その原因も、そして日菜と何があったのかも全て話した。どうやら私の不調は湊さんから聞いていたようで、雄弥くんは合点がいったという風に納得していた。

 

 

「それで日菜があれだけ泣いてたのか」

 

「…私は…最低ですね」

 

「そうか?」

 

「っ!だって!あれだけ側にいようとしてくれている妹を拒絶して!傷つけて!泣かせてるのよ!?」

 

「それでも紗夜は最低じゃないだろ。もし紗夜が最低なら今そんな顔(泣きそう)になってないだろ」

 

「……!」

 

「それだけ苦しんでるんだ。それは真剣に向き合ってる証だろ。なら最低なわけないじゃないか」

 

 

 本当に、姉弟…ですね。湊さんと同じこと言ってくるだなんて。私が俯いていると雄弥くんに私の肩に手を回しされて引き寄せられた。私はそのまま甘えることを選んで雄弥くんの肩に頭を置いた。

 

 

「私は…どうしたらいいの?」

 

「紗夜はどうしたらいいと思う?何もわからないわけじゃないだろ?」

 

「わかってしまうのね。……日菜に謝りたい。あの子に謝って、また新たに約束を作るわ」

 

「なら今から会いに行くぞ」

 

「え?」

 

「やることはそれで十分だ。だからあとは日菜に会って話すだけでいい。俺と結花が仲立ちはしてやる」

 

 

 私は雄弥くんに手を引かれるままに歩いた。これから日菜に会うために。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「日菜…」

 

「お姉ちゃん…」

 

「じゃ、あとはお二人でどうぞー。私達邪魔者は退散するから」

 

「…俺の部屋なんだがな」

 

「気にしない気にしない☆」

 

 

 雄弥くんの背中を藤森さんが押しながら部屋から出ていった。今は私と日菜の二人しかいない。…私から話し出さないといけない。

 

 

「日菜、ごめんなさい」

 

「ううん。あたしの方が悪いんだよ!ごめんなさい!」

 

「あなたが謝ることなんて何一つないわ!…私がいけないのよ。あなたはいつも私を追い越して先に行くのに、立ち止まって私を待って、時には傘をさして守ろうとしてくれた。私はそれに甘えていたのね。…でも…あなたとの約束も、短冊に書いた願い事も…どちらも違えてはいけないことだわ」

 

「…!!」

 

「私はあなたが常に先にいることを受け入れられる程できた人間ではないわ。でも…いつか…いつか必ずあなたの隣を一緒に歩いていられるように…『つまらない音』を引き続けようと思うわ。そして、自分の音に誇りを持てるように」

 

「お姉ちゃん!」

 

「…いつも先に行くわよね。でも、必ずあなたの所へ行くから、もう少しだけ待っていて」

 

「うん…うん!約束だよ!」

 

「ええ。約束」

 

 

 私たちは幼い頃にしていたように指切りをした。その後日菜に飛びつかれて、私は日菜をあやすことにした。…それを藤森さんと雄弥くんに見られた時は恥ずかしかったわ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「…そう。結局あなた達の力を借りてしまったわね」

 

「ま、日菜が来たからな」

 

「けど友希那も結構紗夜の背中押してたみたいじゃん?」

 

「そんなことないわ。思ったことをいっただけよ」

 

「どう受け取るかは紗夜次第だ。ちなみに、紗夜から湊さんに感謝していると伝えてほしいと言われたぞ」

 

 

 …本当に大したこともできてないのだけれど。でも、そうね。紗夜がそう言うのなら素直に受け取っておきましょう。…明日の連絡前にも言われそうだけど。

 

 

「…それでさ、友希那」

 

「どうしたの?結花」

 

「私って、友希那の重荷になってない?」

 

「なってるわよ?」

 

「え。えぇ!?なってるの!?」

 

「否定してほしかったの?」

 

「いや、けど…あの…」

 

 

 雄弥が呆れたようにしている横で、結花があたふたしていた。私はそれがおかしくって思わず笑ってしまった。そしたら結花が頬を膨らませて怒ってしまった。

 

 

「もう、友希那!」

 

「ふふっ、ごめんなさい。…重荷といえば重荷なのは事実よ。でも、そんなの気にすることじゃないわ。そうね、言うなればちょうどいい重さかしら」

 

「あはは!なにそれ!…でも、ありがとう☆」

 

「どういたしまして」



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12話

ガルパのイベント内だと夏服の時にやってますが、時期を変更させてもらいます。


「明日校内清掃があるんだよね〜」

 

「校内清掃?…あー、なんか聞いたことあるな」

 

「学校側がランダムで班を決めるんだけどさ。なんと友希那と同じ班になったんだー☆」

 

「…それほんとにランダムか?」

 

「ランダムだよ。他の学年の人もいるし」

 

「へー」

 

 

 まぁ組み合わせなんてどうでもいいがな。そもそも俺には関係ない話なわけだし。そろそろ寝ようかと思って結花を部屋から出そうと思ったら着信があった。こんな時間にかけてくる人物に思い当たる人もいないが、一応電話に出ることにした。

 

 

「もしもし?」

 

『あ、もしもし。湊雄弥くんの携帯でお間違いないでしょうか?』

 

「合ってますよ」

 

(この声……あー、あの人か(・・・・)

 

『夜分遅くに申し訳ありません。実は…、』

 

 

 理事長が言ってた次回(・・)ってこういうことだったのか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 校内清掃かー。1年生の時はなんでやるんだろうって思ってたけど、慣れてきたら特に思うこともないな〜。強いて言うなら知らない人と仲良く慣れたりしたら面白い、とかかな。…今回はメンバー全員知り合いだけど。

 

 

「やっほ〜、麻弥」

 

「こんにちは、リサさん。日菜さんと薫さんも一緒でしたか」

 

「ま、同じクラスだしね〜。そうそう!あたしクジ引きに行きたいんだけど、行ってきてもいい?」

 

「もちろんいいですよ」

 

「止める理由もないしね」

 

「やった!薫くんも行こ!」

 

「ああ、構わないよ」

 

 

 日菜と薫を見送って麻耶と二人で話しながら待っていると、最後の一人である蘭がやってきた。今回は1年生一人だけだね。

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「こっちこそよろしくー☆」

 

「今日は頑張りましょう」

 

「それにしても見事に知り合いだけで固まったよね〜」

 

「学校側が決めているのにすごい偶然ですよね」

 

「むしろ知り合いだらけでよかったというか。…知らない先輩に囲まれるのはちょっと」

 

「あー、それわかるかも。緊張しちゃうよね〜」

 

「でも、今回はクジに行ってる二人も知り合いですしね」

 

「そ、そうですね」

 

 

 ちょうど二人のことが話題に出たところで、クジに行ってた日菜と薫が帰ってきた。午前中はグラウンドの横のスペースで、午後は屋上みたい。

 

 

「瀬田先輩と日菜さんって仲良いんですね…」

 

「うん!あたし薫くんのこと大好きだよ!…あ、一番はユウくんだけど」

 

「そ、そんなに!?」

 

「だって薫くんといると面白いし!」

 

「あー、日菜にとっては薫って興味をひかれまくる存在だもんね」

 

「うん!薫くんっていっつもキラキラしてるし、言ってること変だし、一緒にいてるんっ♪てすることたくさんあるんだ〜」

 

「…悪口?」

 

「いえ、日菜さんなりに褒めてるんだと思いますよ」

 

 

 日菜に慣れてないとそう思っても仕方ないよね〜。アタシも日菜と仲良くなってから日菜の言いたいことがだんだん分かるようになったわけだし。

 

 

「そういえば薫と仲良くなったのって今年からだよね?」

 

「そうだよー。…何で仲良くなったかは覚えてないけど、薫くんは覚えてる?」

 

「私も覚えていないね…。しかし、きっと運命の糸に導かれたのさ」

 

「わぁ!出たでた!薫くんの面白いセリフ!」

 

「…凄い楽しそうですね」

 

「まぁねー。アタシは同じクラスだからこの光景に慣れたけど」

 

「ところで、そろそろ担当場所に行きましょうか。ゲストを待たせるわけにはいきませんので」

 

「そうだね!」

 

 

 ゲスト?アタシそんなの聞いてないんだけど…。どうやら蘭も知らないみたい。でも他の三人はそのことを知ってるみたいで、日菜が凄い笑顔で「るんっ♪てする人だよ!」って言ってきた。…いや、結局誰なの?

 

 

「…どうやらゲストはまだ来ていないようだね」

 

「まぁでも待たせるよりはこちらが待つ方がいいでしょう。先に掃除を始めてもいいかもしれませんね」

 

「あの、ゲストって誰なんですか?それとあの井戸の周りも掃除しないといけないんですか?」

 

「それは教えたら面白くないじゃん!井戸の方も掃除場所だし、やるんじゃないの?」

 

「アタシはそこだけはパスしてもいいと思うんだけどな〜」

 

「怖いからか?」

 

「…そうだよ。怖いのやだもん……あれ?」

 

「おはよう、リサ」

 

「……え?」

 

 

 なんで雄弥がここにいるの?アタシそんなの聞いてないし、友希那と結花からも聞かされてないよ?…もしかして、ゲストって雄弥のこと!?

 

 

「ユウくんおっそーい!罰としてあたしの頭撫でて!」

 

「どんな罰だよ…。まったく…」

 

「えへへ〜」

 

「ちょっ、日菜なにしてんの!離れて!」

 

「えー、いいじゃんこれぐらい。リサちーはもっとイイこと(・・・・)してるでしょ?」

 

「なっ!?し、してないよ!」

 

「え?キスぐらいしてるでしょ?」

 

「……」

 

「顔を真っ赤にしちゃってー。リサちーはやらしいなー。何を想像したの?」

 

「や、やらしくないから!何もしてないもん!」

 

 

 周りに助けを求めようとしたけど、このメンバーってアタシがこういう風に翻弄されるのを見慣れてない人ばっかだ。雄弥に助けを求めて視線を送ったら、雄弥が日菜を軽く叩いて止めてくれた。

 

 

「ちぇー。もう少しリサちーで遊びたかったな〜」

 

「それは迷惑だからやめてね?」

 

「さて!気を取り直して掃除を始めましょうか!…あの、雄弥さん。掃除始めるんで美竹さんと木陰で雑談始めるのやめてもらっていいですか?」

 

「ゆ・う・や?」

 

「掃除ってのは草むしりってことでいいのか?」

 

「ここだとそうなりますね。…あの井戸には近づきたくないですけど」

 

「あー、七不思議の一つだったか…。蘭も怖がりだな」

 

「べ、別に怖いわけじゃ…」

 

「それなら蘭はあそこ掃除な」

 

「うつ……」

 

「雄弥。蘭をイジメないでちょうだい」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「麻弥ちゃーん。こっちの草むしり終わったよー」

 

「お疲れ様です。自分もだいたい終わりましたね。皆さんはどうですか?」

 

「ああ、庭園のような美しい茂みに生まれ変わったよ」

 

「うん。終わった終わった。じゃあ早くむしった草を持っていこう!」

 

「ですね!そうしましょう……!」

 

「そんなに急がなくても…」

 

「二人はホントに怖がりだな〜」

 

「二人はともくかく、どうして薫さんもそちらにいるんですか?」

 

「それはもちろん、怖がる二人の側にいてあげようと思ったからじゃないか」

 

 

 へー、そういう理由だったんだ。まぁ薫ってこういうの結構気を回してくれるタイプだもんね。ありがたいや。…でも、

 

 

「ユウくんユウくん。リサちーが『雄弥が側にいてくれない』って不機嫌になってるよ?」

 

「そういうことじゃないからね?」

 

「そう言われてもな。四人がそっちにいたらバランス悪いしな。…井戸の近くを掃除したがらないし」

 

「別に井戸になにもないよね?」

 

「何もなかったな。この通り俺も生きてるわけだし」

 

「いいから雄弥も早くそこから離れて」

 

「だから何もないって…」

 

「いいから!」

 

「わかった」

 

 

 雄弥がこっちに来たらすぐに雄弥に異常がないか、ペタペタ体を触って確かめた。アタシの手が止まったところで、雄弥に腰に手を回されて引き寄せられた。アタシは雄弥の心音を聞いて安心しながら、久しぶりのこの幸せを噛み締めた。

 

 

「…そういうのは昼休みか今日の掃除が終わってからにしてくれない?」

 

「わわっ!ご、ごめん!」

 

「まぁ、久々に二人がイチャついてるの見れたから大目に見るけどさ〜」

 

「いや、アタシたちは初めてなんですけど…」

 

「ふふっ、とても儚いじゃないか」

 

「い、今のは忘れて!」

 

「それは無理でしょー。ね?」

 

「そうですね」

 

「うぅー」

 

 

 アタシが三人と話してる間に雄弥がまた井戸の方に行ってた。今度は麻弥と一緒に井戸を覗いて何か話し合ってる。

 

 

「ユウくん、麻弥ちゃん。何話してるのー?」

 

「実はこの井戸埋められてるようで、人を引きずり込むのは無理そうなんですよ。それなのになんでこんな噂が出てるのか気になりまして、それを雄弥さんと話してました」

 

「え?…あ、ほんとだー」

 

「…たしかに、浅いですね」

 

「たしか、生徒の安全のために大分昔に埋められたって話だったね。すっかり忘れていたよ」

 

「ちぇー。これならお化けも出てこれないね〜」

 

「で、出てこなくていいから!」

 

「それじゃあ面白くないじゃん。ね?薫くん」

 

「そうだね。出てきたら一緒にワルツを踊れたのにね」

 

 

 だから出てこなくていいんだってば!…もうやめようよ、お化けの話は。そんな話したくないよ。

 アタシが雄弥の服を引っ張ると雄弥が頭を軽く撫でてくれて、その後手を握ってくれた。それで少し落ち着いたところで麻耶が口を開いた。

 

 

「リサさんってこの手の話がとことんダメなんですね」

 

「ま、まぁねー。この井戸だって一人で覗いたら埋められてなくて引きずり込まれるとかだって思っちゃうし」

 

「それならいっそ詳しく調べてみましょう。こういうのは調べたら案外大したことじゃないってのが多いですから」

 

「そ、そうなの?」

 

「それ面白そう!今からお昼休みだし、色んな人に聞いてみようよ!」

 

「え、ほんとに調べるんですか?」

 

「それで怖くなくなったらるんっ♪て感じじゃない?」

 

「いいアイディアだね。稽古でも使うところだから演劇部の子もこれで怖がることはなくなるだろうし」

 

「では手分けして探しましょうか。二手に別れるのがいいですかね」

 

「それなら勝手ながらお願いがあるんだ。湊雄弥くんと同じグループにしてもらっていいかい?…聞きたいこともあるんだ」

 

「いいですよ。では、薫さんと雄弥さんと日菜さん。もう一つは自分と美竹さんとリサさんで」

 

「おっけー!張り切っていっちゃおー!」

 

 

 雄弥とは別か…。まぁ薫の珍しい頼みだし、それぐらいはいっか。…なんの話をするのかわからないけど。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「それで?俺になんの話があるんだ?」

 

「あぁ。その前に場所を移そうか。ここは子猫ちゃんたちが多すぎる」

 

「それなら屋上がいいんじゃない?」

 

「そうだね。着いてきてくれ」

 

 

 役に入ったような言い回しが残っているが、それでも瀬田が真面目な話をしようとしてるのはわかった。雰囲気が変わったからな。日菜もわかってるようで、いつものような明るさを抑えていた。

 

 

「…うん、他の子たちもいないようだね」

 

「安心安心」

 

「で、聞きたいことというよりも、確かめたいんだろ?」

 

「!…そこまでお見通しなのか。すごいね。……実は私と千聖は幼馴染でね。それで君のことを聞いていたんだよ」

 

「あまりそういう話はしなさそうだったが、そうでもないのか?」

 

「いや、君の言う通り千聖はあまりこういった話はしない。君がゲストとして来るとは知っていたからね。それで千聖にどんな人か聞いたんだよ」

 

 

 なるほど、白鷺から話したんじゃなくて、瀬田が白鷺から聞き出したのか。ま、事務所も同じだからそうするのが妥当だな。

 

 

「初めは君の人となりや評価を聞いたのだがね、最後に気になることを言われたんだよ」

 

「"人形"だろ?」

 

「…ああ。あくまで今の君の状態を一言で言うなら、という前提があるのだがね。…実際に会ってみてわかったよ。なぜ千聖が君のことを"人形"というのかを」

 

「…千聖ちゃん、ユウくんのことそんな風に言ってたんだ」

 

「日菜、白鷺に怒るなよ」

 

「……うん」

 

 

 本当にわかってるのか?…なんかきっかけがあれば怒りそうな気がするんだが。

 

 

「千聖は君を"人形"と呼んだが、私はそうは思わない」

 

「は?わりと的を得た表現じゃないか?」

 

「たしかにね。…俳優と役者の違いと思ってくれ。受け取り方が若干変わるのだよ」

 

「なるほど」

 

「役者の私からしたら、君は今役者になりきっているように見えるよ」

 

「…薫くん、それってどういうこと?」

 

「千聖は"人形"と言った。それは空っぽで"自分"というものが消えているからだろう。ただ、役者からしたら"自分"を消すのは当然なんだ。なぜなら役者は自分を出したらいけないからね。その役になりきる。そこに自分の要素を加えてはいけない」

 

「…俳優の役作りは自分というものがあっても役を演じれていればそこまで問題はないからな」

 

「そういうことだ。だから私は君のことを役者だと表現させてもらおう。君は今、周りが望む湊雄弥(本当の君)を演じているのだと」

 

 

 俺が俺を演じている、か。なるほどな。上手いこと表現するな。…どうやら俺が元に戻るにはもう少しかかってしまうようだ。

 

 井戸の謎の話は実に大したこともない話だった。演劇の役作りをして、練習していた薫がお化けだと勘違いされ、そこに日菜が現れて二人一緒に井戸に落ちたのが噂の原因らしい。リサは「人騒がせ」と文句を言っていたが、第三者からしたら勘違いするのも仕方ないだろうな。

 さて、麻弥も言っていたが、七不思議の一つが勘違いなら、本当のもう一つは何なんだろうな。

 



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13話

FGOイベにガルパイベ、忙しいったらありゃしない!しかもゼミ合宿で発表するためのレポートもやらないといけない!何が夏休みだコンチクショー!!


「さっきのドラマ見た?すっごい面白なったよね!」

 

『いや見てない』

 

「なんで!」

 

『俺はあんまドラマ見ないからな』

 

「あー、そだね」

 

『それで?どう面白かったんだ?』

 

 

 雄弥からこうやって聞いてくれるなんて珍しいなー。ま、いっか。

 アタシはドラマの展開がどうだったかを話して、どこが面白いと感じたのかも話した。雄弥はそれに相槌を打ちながら聞いてくれてたんだけど、…なんかあの展開に既視感があるような。

 

 

「あー!Roseliaの練習に急に参加できなくなった時だ!」

 

『…いきなりどうした』

 

「わわっ、ごめん!えっとね、なんかドラマの展開に既視感あるなーって思ったら、急にバイトが入ってRoseliaの練習に行けなかった時と似てるなーって」

 

『そういうことか。…たしかに似てると言えば似てるな』

 

「でしょ?いやー、まさかみんながアタシのことをあそこまで必要としてくれてただなんて、嬉しいな〜。でも…」

 

『でも?』

 

「ムードメーカー以外で何か役に立てないかなって、思ってさ」

 

『ムードメーカーも十分大切な役だぞ?』

 

「そうだけど…」

 

 

 そうなんだけど、Roseliaで一番下手なのはあたしだから、演奏を追いつかせるだけじゃなくて、他にも何かしたい!クッキーはすごい評判が良いけど、それもムードメーカーの枠に収まるし…。

 

 

『…まぁリサが何かやりたいって言うなら止めはしないが、それでも無理はするなよ?リサは周りを優先させすぎて自分のことをおざなりになるからな』

 

「うっ…、気をつけます」

 

『そろそろ切るぞ。リサもちゃんと体を休めろよ?』

 

「うん。わかってる。おやすみ、雄弥』

 

『ああ、おやすみ』

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 次の日はバイトが入ってて、シフトがモカと被ってるからいつも通りモカと雑談しながら仕事してた。今はモカの話を聞いてるとこ。

 

 

「それで〜、結局アクセは買えなかったんですよ〜」

 

「あー、それでリベンジするっていってたんだ?」

 

「はい〜。蘭ってばレコードショップの前を通ったらいっつもそっちに行くんですよ〜。『このバンドの新譜まだ買ってないや』なんて言って」

 

「なるほどね〜」

 

「そのバンドのやつ私も買ったんですけど〜、リサさんも聴きます?前に貸したアルバムのバンドなんですけど…あー、リサさんは雄弥さんの曲だけでいいんでしたっけ?」

 

「げほっ、げほっ!ちょっ、そんなこと言った覚えないんだけど!?あのバンドのやつアタシも好きだよ!?」

 

「そうなんですか〜?けどほら、"Verbindung-絆-"が披露された時なんてリサさん凄いテンション上がってたじゃないですか〜」

 

「あ、あれは特別だから!…もうー、ともかく!アタシもそのバンドの曲好きだから。特に歌詞が好きで、なんというかボーカルに合ってる感じ?」

 

 

 まさかこんなとこでモカに弄られるなんて思ってなかったや。たしかに雄弥か作った曲はすごい好きだけど、いや一番好きだけど…。とりあえず誤魔化すために強引に話を切り替えることにした。

 

 

「仕方ないなー。…ま、私も同意見ですね〜。あれってやっぱりボーカルの人が作詞してるからですかね〜?」

 

「自分の声に合ってる歌詞にしてるってこと?…それはあるかもねー。ボーカルの人が作詞なんて珍しくないし、現にRoseliaだと友希那が作詞してるからね」

 

「Afterglowも蘭が作詞してますね〜」

 

「Augenblickは特殊だとして…、ポピパとハロハピも自分たちでやってるよね」

 

「そうですね〜。でも作詞って大変そうですよね〜。蘭も上手くできないときはムムッてなってて、話しかけても無視されますし〜」

 

「わかるな〜。友希那も夜中になっても部屋の明かりがついてるままだったりするし…。その明かりを見ながらアタシが代わってあげれたらな〜って……ああ!」

 

 

 そうだよ!それだよ!アタシが作詞できるようになれば友希那の負担も減らせるようになるし、Roseliaのためにもなる!

 

 

「わわっ!ちょ、いきなりどうしたんですか?」

 

「作詞だよ!作詞!」

 

「え?」

 

「アタシも作詞できるようになればいいんだよ!昨日の夜から何かできることないかな〜って悩んでたけど、これをやるっきゃないね!」

 

「リサさんは凄いな〜。クッキーも作って歌詞も作って…。あ、それってお菓子作りと歌詞作りを掛けてます?」

 

「掛けてないって!偶然だよ偶然!」

 

「うーん、ま、モカちゃんはそれも良いと思いますよ〜」

 

「モカもそう思う?…よーし!今井リサ、今度はお歌詞作りに挑戦してみまーす!」

 

「…あ、意外と気に入ってたんだ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 バイトを上がったらすぐに家に戻って、お風呂と夕飯を済ませてから机に向き合う。ペンと紙を用意してっと…。…………あれ?

 

 

「歌詞作りってどうやってやるんだろ?…うーん、頭の中にイメージはいっぱいあるし、書きたいこともあるんだけどなー」

 

「そういうときは調べてみるのがいいんじゃない?」

 

「そうだよね。『歌詞』『作り方』っと、おー結構出てきた。…ん?作詞コンテスト?」

 

「それに挑戦してみるのもいいんじゃない?明確な目標がある方が取り組みやすいだろうし」

 

「それもそうだね。ありがとう結花。……結花!?」

 

「反応遅すぎるよ…。てっきりスルーされてるのかと思ってた」

 

 

 いやいや、なんで!?なんで結花がアタシの部屋に入ってきてるの!?今日結花がうちに来るって話あったっけ?

 

 

「リサの両親が今日帰らないらしくてさー。それで私がこっちに来てあげたってわけだよ☆」

 

「そ、そうなんだ。アタシは何も聞かされてなかったんだけど?」

 

「『この方があの子はいい反応するだろうから』って言ってたよ?」

 

「…あー、うん。なるほどね」

 

 

 ひとまず事情を伝えてくれた結花は、話は済んだということなのか人の部屋を物色し始めた。そういえば雄弥も言ってたっけなー。結花はこういうことするって。

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの?特に何もないと思うんだけど…」

 

「それは予想してたんだけど……うーん?」

 

「いったいどうしたの?」

 

「リサ」

 

「はい」

 

「避妊具は?」

 

「はい?」

 

「だって雄弥の部屋にないってことは、リサの部屋にあるってことでしょ?」

 

 

 アタシは目が点になって固まってしまった。まさか結花がそんな話をしてくるなんて思ってなかったから。しかも理屈がおかしい。

 

 

「そんなのあるわけないでしょ。しかも理由がおかしいし」

 

「え、じゃあ雄弥とは本番だけ?」

 

「なにもしてません!何言ってんの本当に!?」

 

「意外だった…。まさかその年で出産覚悟してるなんて…」

 

「だ・か・ら!なにもしてないの!そんな覚悟もしてません!」

 

「ちぇー、面白くないな〜」

 

「それはこっちのセリフだよ…」

 

 

 なんでこんなこと言われなきゃいけないんだろ。しかも彼氏の身内に。おかしくない?それともおかしいと思ってるアタシがおかしいの?

 

 

「ま、ふざけるのはこれぐらいにして、リサ作詞するんだ?」

 

「…挑戦してみようかなって。アタシが作詞できるようになったら友希那の負担も減るし、Roseliaのためになると思って」

 

「友希那はそんなこと気にしてないと思うけど…、よし!私もリサの力になってあげよう!」

 

「ほんと!?ありがとう結花!」

 

「いいのいいの。リサのためだからね!と言っても1から10まで手伝っちゃうとリサの歌詞にはならないからね〜」

 

「うん。とりあえず明日のバイトでモカと話してみるよ」

 

「あー、あの子なら面白いアイディア出しそうだからね」

 

 

 面白いアイディアて、結花も何個か案を考えてくれてそうだけど、言ってくれないんだね。なにか理由があるのかな?

 

 

「うん?私の考えが気になるって顔してるねー」

 

「へ?そ、そんな顔してた?」

 

「してたよー。そりゃあもうバッチリと」

 

「うぅ、ご、ごめん」

 

「別に謝るようなことじょないでしょ。私が言わない理由はね〜、リサに苦悩してもらうためかな」

 

「苦悩するため?」

 

「そう。さっき言ったように全部教えちゃって、リサがそれで書けるようになったらそれはリサのやり方じゃないでしょ?あとは、手助けしてすぐに完成させちゃってもリサの力にならないから」

 

「なるほどね。そう考えてくれてたんだ」

 

「まぁね〜」

 

 

 結花は優しいね。厳しさと優しさがあるのは、友希那と過ごしてるおかげかな?元々の結花の人間性に友希那のような強かさが加わると、ますます結花の魅力が増していくね。

 

 

「さてと、せっかくリサの部屋に来たんだし、何か面白いことしたいな☆」

 

「面白いことって、別に部屋には何もないよ?」

 

「うーん、あ!アルバムとかはないの?」

 

「あー!それならあるよ!ちょっと待ってて、取ってくるから」

 

「はーい」

 

 

 小学校とか、中学校の卒業アルバムなら部屋にあるけど、せっかくだし親が写真を撮って作ったアルバムも用意しようかな。たしかアルバムが置いてあるのはこっちの部屋なんだけど…、あったあった!

 

 

「結花ー。取ってきたよーって…なにしてんの?」

 

「え?何故か雄弥のパーカーがあったから出して見てるんだけど…なんであるの?」

 

「え?…あ、雄弥に返すの忘れてた」

 

「ふーん?」

 

「なにその目?」

 

「本当は返したくないんでしょ?」

 

「なっ!そんなこと思ってないから!」

 

「雄弥のこと考える時はこれ着たり抱きしめたりして、雄弥の匂い嗅いでるでしょ?」

 

「そ、そんなことしてないから!」

 

 

 実際には結花の言った通り、たまにそんなことしてるけど、けどほんとにたまにだし…。それに返さなきゃって思っててあんなことなったからタイミングが無くて…。

 

 

「とりあえず返して」

 

「え?なんで?」

 

「なんでって…」

 

「だって私が家にこれを持って帰ったらそれで解決じゃない?」

 

「…………あ」

 

「…はぁ、そんなにこれが欲しいならリサに渡しとくよ。満足するまで堪能したらいいよ」

 

「あぅ…や、でも…結花が持って…帰って」

 

「……そんなに葛藤するんだ」

 

 

 うぅ、こんなんじゃあもうただの変態みたいじゃん。そんなのやだよ。アタシ雄弥に変な子って思われたくないもん。

 

 

「ま、パーカーは私がこっそり持って帰って、バレないように雄弥のタンスにしまっときましょう」

 

「ありがとう」

 

「あーそうそう。作詞のことは雄弥に相談しないの?」

 

「うん…。今回雄弥と友希那には頼らないでやってみるつもりだよ。それとRoseliaのメンバーにも内緒でやってみる。驚かせてみたいしさ!」

 

「なるほど。それなら私も話さないように気を付けとかなきゃね☆」

 

「ほんと頼むよー」

 

「大丈夫大丈夫。うっかり言いそうになったら、リサを犠牲にして誤魔化すから!」

 

「それはそれで安心できないんだけど!?」

 

 

 ほんとに結花は油断ならないね。なんかとんでもないこと言いそうだし、あーでも友希那なら結花の誤魔化しを見抜きそうだなー。雄弥は気づかないフリをしそうだし。

 

 

「それじゃあお待ちかねのアルバム祭り開催ー!」

 

「別にお待ちかねじゃないんじゃ…。まぁいいけど」

 

 

 その後は眠くなるまで、結花と一緒にアルバムを眺めながら話に花を咲かせた。懐かしい写真を見て当時のことを思い出しながら語り、結花が楽しそうにそれを聞いてくれる。友希那の話の時が食いつきすごかったなー。ほんと、友希那のこと好きだよね。

 

 

「ちょっ、結花変なとこ触らないでよ」

 

「だってリサの体って触り心地いいんだもーん」

 

「は・な・し・な・さい!」

 

「や・だ☆」

 

「きゃっ、ちょっ、やめ…ゆか!」

 

「やっぱリサの胸の方が大きい…。雄弥に揉まれてるわけじゃないのに」

 

「それ迷信でしょ!?雄弥はそんなことしないもん!」

 

「…じゃあ迷信かは家に帰ってから確かめてみる」

 

「雄弥に変なことさせないでよ!」

 

「ううん。友希那にやってもらう」

 

「へ!?」

 

 

 眠くなってすぐに寝れたわけじゃないんだけどね。それと友希那、お疲れ様。アタシには結花を制御できないよ。




この二人を絡ませてる時がめちゃんこ書きやすかったりします。


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14話

 

 バイト中にモカに作詞が進まないことを話したら、「それなら作詞してる人に聞きましょう」って提案されて、さっそく蘭に話を聞けることになった。今日は蘭に聞くけど、後日他のバンドの子にも聞いてみようと思ってる。

 

 

「モカー、わざわざ付き合わせちゃってごめんね?」

 

「いえいえ〜。蘭が緊張すると思うんで〜。それよりなんで結花さんもいるんですか〜?」

 

「帰りが遅くなるとリサが怖がって帰ってこれないからね☆」

 

「帰れます。いつもバイトの後一人で帰ってるし」

 

「えー。去年は今ぐらいの時期から雄弥が迎えに来てたって友希那から聞いたよ?」

 

「そうなんですか〜?なんでそれで付き合ってなかったんでしょうね〜」

 

「うぐっ、言いたい放題言っちゃって…。去年はちょっと物騒な事が起きてたからそれで雄弥に来てもらってたの。モカにはノーコメントで」

 

「え〜」

 

 

 付き合ってなかったのなんて、まずアタシがその一歩を踏み出せずにいたっていうのと、雄弥がそういうの興味なかったからだし。ほんと、今思えば雄弥と付き合えてるなんて奇跡みたいなものだね。

 

 

「むむっ、モカちゃんセンサーが発動しました〜」

 

「蘭がどこにいるかわかるやつ?」

 

「そうです〜。近くに……あ、いた!」

 

「すごいね〜。日菜もこんなセンサーあったし、リサにもある?」

 

「ないから」

 

「蘭お待たせ〜」

 

「蘭久しぶり!元気してた?」

 

「お久しぶりです。まぁ、それなりに……ひゃっ!?」

 

 

 蘭がいつも通りの返しをくれたんだけど、残念なことにこの場には結花もいるんだよね〜。結花がそんな返しに満足するわけないし、それ以上に結花からしたら蘭って絡みやすいんだろうね。

 

 

「ちょっ、やめ…リサさ、助けて」

 

「結花いい加減にしなさい!」

 

「ぐへ、…もう、リサってば力強いよ〜。ただのスキンシップなのに〜」

 

「スキンシップがボディタッチでどうなの?」

 

「え?イヴだってすぐにハグするでしょ?それと同じだよ」

 

「…さすがにそれは同列には扱えないんじゃ」

 

「それで〜うちの蘭の体はどうでした〜?」

 

「ちょっ、モカ!そんなの聞かなくていいから!」

 

「ちゃんとハリもあって健康的だったよ☆」

 

「おぉ〜、さすが蘭」

 

「答えなくていいから!」

 

 

 蘭が顔を真っ赤にしながら結花に怒ってるけど、結花はまったく反省してないだろうね。同性だからまだギリギリセーフだけど、結花が男だったら通報ものだよね。

 場が温まった(?)ところでファミレスに移動した。結花はドリンクバーに目を輝かせてはしゃいでた。オシャレなとことか高級なとこは慣れてるのに、逆に庶民的なとこには慣れてないみたい。使い方を教えたら次から次へとおかわりし始めた。

 

 

「…結花さんの意外な一面ですね」

 

「あはは…、友希那と雄弥から話は聞いてたんだけどね〜。こういうとこ全然来たことないらしくてね」

 

「可愛らしい笑顔でジュースおかわりしてますね〜」

 

「ま、結花はひとまず放置して、実は蘭に相談したいことがあってさ…」

 

「そ、相談ですか?リサさんがあたしに?」

 

「作詞のやり方を教えてほしくてさ〜」

 

「作詞?リサさんが?」

 

 

 あはははー…、まぁ、やっぱりそういう反応だよね。覚悟してたけど、アタシが作詞だもんね〜。

 

 

「リサさんはなんと〜、お菓子と歌詞を作る『おかし職人』の道を歩むことにしたんだって〜」

 

「モカ〜、そんなこと言ってないじゃーん」

 

「おかし職人……ふふっ…」

 

「お、笑った〜」

 

「わ、笑ってない!」

 

「いやいや笑ってたよ〜。ほらいい笑顔」

 

「ちょっ、なんで写真撮ってるんですか!」

 

「そこに可愛い顔があったから!」

 

 

 あんな一瞬で写真撮れるなんて、結花も常人を超え始めたね〜。というかコーヒー入れてきたってことは、ドリンクバーのジュースはもういいんだね…。

 

 

「それで?蘭の作詞ってどんなやり方?」

 

「なんで結花さんが興味津々なんですか…」

 

「真面目な話すると、作詞ってすっごい難しいんだね。なかなか言葉が出てこないっていうか」

 

「そうですね。でも、わかりますよ。その気持ち、あたしも歌詞が出てこない時は何やっても出てこないですから」

 

「蘭でもそうなんだ…。そういう時ってどうしてるの?」

 

「ギター弾くとか?」

 

「なんで当ててくるんですか…。結花さんの言った通りギターを弾きながら滅茶苦茶な歌詞で歌って、その中に『今のいいな』って思うのがあったりするんです」

 

「なるほど〜。なんか魂の叫びって感じでカッコイイね!」

 

「えへへ〜、なんたってAfterglowの歌は蘭の心の叫びですからね〜」

 

「モカ!余計なこと言わなくていいから!」

 

 

 へー、そういう歌詞だったんだ。それで、蘭の歌詞の作り方は、言葉を飾らないでそのままなんだね。言葉を飾ると込めたい気持ちが減っちゃう、かー。そんな感性アタシにはないな〜。でも、そっか、パンケーキを作る時に上の飾りよりもパンケーキ自体を上手く焼くってことだよね。なるほど!

 蘭にお礼を言って、会計はアタシと結花で払った。帰り道で結花と話しながら帰ったけど、蘭のやり方は愁のやり方と同じみたい。Afterglowができる前に愁と蘭が一緒に作ったこともあるみたいだから、それでやり方が同じなのかな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「やっほー香澄。お邪魔するよ〜」

 

「わぁーリサさん!お久しぶりです!あれ?そちらの方は…」

 

「初めまして…だよね?私は「あー!結花さんだ!」あはは、知っててくれたんだ。ありがとう」

 

「あたしすっごい好きなんです!歌ってる時のあのキラキラドキドキがすごくって!」

 

「キラキラドキドキ?」

 

「はい!」

 

「あーもう!それで通じるわけねーだろ!それと話が進まなくなるからそれは用事が済んでからな!」

 

 

 あはは、有咲と香澄って何気にいいコンビだよね。有咲の言葉で香澄も一旦止まって用事の内容を聞いてきた。アタシ達の用事を伝えて、それを始める前に香澄の宿題を手伝うのを先にした。

 

 

「これはこの公式さえ覚えれば簡単だからね」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「勉強になったよー」

 

「いや結花は覚えてるでしょ、じゃないと今の授業ついていけないはずだし」

 

「あはは、まぁノリだよノリ!」

 

「まったく…」

 

 

 香澄が片付けを済ませたところで、さっそくここに来た目的である歌詞作りのやり方を聞くことにした。結花は先に内容を予想しちゃってるのか、すごい楽しそうな顔で香澄が話し出すのを待ってる。

 

 

「私はどれだけキラキラドキドキを感じられるかを1番気にしてます!」

 

「へ?キラキラドキドキ?」

 

「はい!キラキラドキドキです!なんていうか、色んなところにキラキラドキドキってあると思うんです」

 

「それじゃわかんねーだろ!」

 

「あはは!香澄らしいやり方だよね〜。ポピパの曲ってそういうのばっかだし」

 

「なんで結花さんはわかるんですか…」

 

「私もどっちかって言うと感覚派だからね!」

 

「香澄、例えばどういうとこにそのキラキラドキドキがあるの?」

 

 

 結花はもう分かったみたいだけど、アタシにはまだ分からない。だから具体的なことを聞かなきゃ。

 

 

「えっとー、朝起きた時に鳥の声が聞こえたらそれもキラキラドキドキだし、パンの焼けるいい匂いがしたらそれもキラキラドキドキだし…」

 

「だから抽象的すぎるって!」

 

「リサわかった?」

 

「うーん、もう一声欲しい」

 

「えっとー、なんて言ったらいいんだろ?…うーん」

 

「日常にある些細なことも見方を変えれば輝いて見える。みんながそれに気づいてないだけで、それを気づいてほしい!そんなとこかな?」

 

「あ!それです!」

 

 

 なるほど、そういうことだったんだ。シンプルなパウンドケーキでも手作りな方が特別な感じがするってことだよね!最初は結花がついてくる意味が分かんなかったけど、結構助かっちゃってるね。

 

 

「歌詞の作り方ってそういうのもあるんだね〜」

 

「色んなのあって面白いでしょ?」

 

「そうだね。みんなやり方が違うから歌も変わってくる。…アタシのやり方を見つけたらアタシの歌もできるってことだよね」

 

「先は長いけどね〜。勝手に歌うならともかく、友希那に認めさせるとなるとこれ以上はない!ってやつになるからね」

 

「あはは、もちろんわかってるよ。アタシも友希那に半端なのを歌ってほしくないし」

 

「友希那先輩を認めさせるって無茶苦茶ハードル高いですね」

 

「その分やりがいはあるよ♪すぐにはできないだろうけど、必ずアタシの歌詞を歌ってもらうから!」

 

「楽しみにしてますね!それとこれから作るやつも完成したら見せてください!」

 

「もっちろん!」

 

 

 さてと、香澄からも話を聞けたし、あとはこころから話を聞ければいいかな。こころの家って滅茶苦茶大きかったけど、あれっていきなり行っても入れさせてもらえるのかな?事前にアポが必要だったりしないかな?

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「入れたはいいけど…さっきの黒服の人達は?」

 

「私もわかんないです。たぶん知らなくていいことだと思います」

 

「なら深くは聞かないでおこうっと」

 

「こころんのお家って何回来てもびっくりするぐらい大きいよね!」

 

「日本にもこんなのあるんだね〜」

 

「いらっしゃい!よく来てくれたわね!香澄、有咲、リサ、それと結花だったわね?」

 

「うん合ってるよ」

 

「こんなに参加者が増えてくれて嬉しいわ!これは盛り上がること間違いなしね、美咲!」

 

 

 こころに呼ばれた子、祭りのときに見かけた黒髪の子である美咲がこころに続いて部屋に入ってきた。こころとも美咲ともアタシってあんま交流ないなー。

 

 

「あ、奥沢さんもいたんだ?」

 

「どーもー」

 

「さぁ、それじゃあさっそくハロハピ会議を始めるわよ!」

 

「え?ハロハピ…会議?」

 

「いやいや、この人たちみんな別のバンドだから」

 

「あたしはそんなこと気にしないわ!きっとみんなでやった方が楽しいわよ!」

 

「ノッた!私は参加するよ!」

 

 

 うわー、相変わらず結花はノリが凄いね。日菜と一緒にいる時とか収拾がつかなくなるし、たぶんこころと一緒でも似たことになるよね。

 

 

「会議って、なんかやってたとこなの?」

 

「いや、会議ってほどのことでもないですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。なんというか、次の新曲の構想を練ってたってとこですね」

 

「わっ、それならちょうどいいとこに来れたや!そのことでこころに相談があってさ!」

 

「こころに相談…。なんというかチャレンジャーですね」

 

「それ来るときに有咲にも言われたよ」

 

 

 こころに相談するってだけなのに、なんでチャレンジャー扱いされるんだろ?というか結花!こころと一緒に遊んでないで戻ってきてよ!相談できないじゃん!

 

 

「リサ!あたしに相談したいことってなにかしら?なんでも言ってちょうだい!」

 

「ありがとうこころ。アタシが相談したいのは作詞のことなんだけど」

 

「サクシ、リサはサクシをするのね!どんどんしたらいいと思うわ!」

 

「…あの、今井さん。こころのやつ作詞のこと分かってないと思うんであたしが代わりに話しますね」

 

「う、うん。お願い」

 

 

 なるほど、たしかにこれはチャレンジャーって言われても仕方ないね。こころって作詞してたんじゃないの?自分たちで作ってるって聞いたんだけどな。

 

 

「といってもうちの場合特殊なんで参考になるかは微妙ですけどね」

 

「特殊?どんな風に特殊なの?」

 

「あそこに大きい紙があるじゃないですか」

 

「うん。なんか色んなラクガキみたいなのがしてあるやつだよね」

 

「はい。…あれがあたし達の曲作りです」

 

「え、…ごめん、予想以上に意味分かんないんだけど」

 

「あ!今とてもいい感じの曲のイメージが浮かんだわ!ちょっと描いてくるわね!」

 

 

 突然こころがクレヨンを持って大きな紙に色んな絵を描き始めた。アタシにはさっぱり分かんないけど、どうやらあれが曲のイメージらしい。

 

 

「あの絵からこころがイメージしてる曲を想像して形にするってのがハロハピのやり方ですね」

 

「すごい、こころんっぽいやり方だね!」

 

「っつかよくそれで今までやってこれたな!」

 

「あはは、あたしもそう思うんだけど、なんかだんだん分かるようになってきちゃって…」

 

「美咲はこころの理解者だね☆」

 

「ちょっ、そんなんじゃないですから。恥ずかしいんでやめてください」

 

 

 頬を赤くしながらもこころが描いてる絵を見て曲の構想を練る美咲は、結花の言った通りこころの理解者に見えるよ。ライオンとゾウでロックっぽい曲調になって、かき氷を食べてるからそれで『涼しい風』って、いやいや普通の人は分かんないからね。

 

 

「とまぁ、うちはこんなのですね」

 

「な、なるほどね〜。曲作りも奥が深いね〜」

 

「リサ、ここは凄い特殊だからね?」

 

「や、やっぱり?」

 

「すみません、参考にならなかったですよね」

 

「ううん。そんなことないよ。こころがプリンの原液を作って、美咲が型に入れて固めるって感じ?」

 

「なんでプリン?」

 

「つまり、こころが曲のイメージを作って、美咲がそれをみんなに伝わるように翻訳してるってことだよね。リサが言いたいのもそういうことでしょ?」

 

「うん。そうだよ!」

 

「リサさんもリサさんだけど、結花さんも凄いですね…」

 

 

 それにしても…そっかそっか。曲作りは何も一人じゃなくていいんだね。…あ、まぁアタシはもう蘭と香澄とこころに助けてもらってるか。よーし!みんなに聞いたことを参考にして作詞やってみようっと!

 

 

「あ、リサ。まだ作詞しないでね」

 

「え!?なんで!?」

 

「まだ私たち(Augenblick)のやり方言ってないしさ」

 

「あ…、教えてくれるの?」

 

「もっちろん!疾斗と愁を呼び出すから、私とリサとで四人で話そっか☆」

 

「ありがとう!みんなも手伝ってくれてありがとね!作詞できたら見せるから!」

 

「はい!頑張ってください!」



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15話

 

 結花の招集に従って疾斗と愁が来てくれて、アタシ達は今羽沢珈琲店に来てる。お爺さんの所でもよかったんだけど、疾斗が「話が進まなくなるだろうからそれは無しで」って言ってこっちになった。

 

 

「それで、作詞のやり方だっけ?」

 

「うん。色んなバンドの子にやり方を聞いてるんだけど…」

 

「まぁ、やり方は一つじゃないんだけどね」

 

「それは聞いてて思った。だから、アタシはアタシのやり方があるんだろうなって思ってる」

 

「じゃあ後はそれを模索するだけだな」

 

「それじゃあ二人を呼び出した意味ないじゃん!私達のやり方も教えようと思って呼んだのにー!」

 

 

 話すことなくね?みたいな顔してる疾斗と愁に結花が反発した。アタシも結花からAugenblickのやり方を聞くだけでいいんじゃないかな?って思ってたんだけど…。

 

 

「うちのやり方って言ってもなー」

 

「みんなバラバラだからね」

 

「あ、話し合って一つの曲を作るってわけじゃないんだね」

 

「まぁな。作詞は基本的にこの場にいる俺たち三人なんだが、実態は一人で作ってきてそれを残りの二人が見て意見を言うって感じだな」

 

「大輝と雄弥の場合はまた別だけどね」

 

「なるほど」

 

 

 そっか。大輝も雄弥も曲を作ることあるもんね。…うーん、あの二人の場合ってどうなんだろ?

 

 

「ま、二人のやり方は後で言うとして、ひとまずは俺たちがどうしてるかだな」

 

「ははっ、蘭から話を聞いてるなら僕のやり方も大体察してると思うんだけどね」

 

「そういえばやり方がほとんど一緒なんだっけ?」

 

「うん。蘭ほどストレートな歌詞になってるわけじゃないけどね。…あれだけストレートな歌を作れるのはちょっと羨ましいね」

 

「いやいや、愁の歌詞もストレートだからね?言い回しがちょっとシャレてるけど、歌詞の意味考えたら相当恥ずかしいやつだからね?」

 

「え…、結花って僕の歌詞そういう評価してたの?」

 

「うん☆」

 

「…ちょっと凹む」

 

 

 へー、Augenblickの曲の中でもそういう歌詞のやつは愁が作ってたんだ。こういうの知ったら、これは誰が作詞したのか、とか考えれて面白いね。

 

 

「さてさて!次は疾斗のやり方を聞こっか!」

 

「…結花ノリノリだね」

 

「自分たちのこと知ってもらうのってなんか嬉しいじゃん?」

 

「そう?」

 

「あー…言い方変えるね。好きなものを知ってもらうって嬉しいよね?」

 

「なるほど。それはたしかにそうだね」

 

「でしょ?だから今楽しいんだ〜」

 

 

 結花の言ってることわかるな〜。アタシもRoseliaのことを知ってもらうのってすっごい好きだし、嬉しくなるからね。…雄弥のことは、知ってほしいけど誰も寄り付かないでほしいかな。

 

 

「んー?俺のやり方な〜……」

 

「悩むこと?」

 

「一言で済ますと"直感"だな」

 

「直感?どうゆうこと?」

 

「曲を作るときにテーマって決めるだろ?」

 

「うん」

 

「ポピパはたしか『キラキラドキドキ』だし、Afterglowは『蘭の心の声』で、ハロハピは『みんなを笑顔に』だ。愁の場合は蘭に近くて体験した出来事をテーマにして、自分が思ったことや感じたことを歌詞にしてる。…俺の場合テーマは決めてない」

 

「それは決めなくてもできるから?」

 

「いやいや、そんな風に自分を高く評価してないからな?…単純にふと思い浮かぶんだよ。突然『あ、これにしよ』ってな」

 

 

 んん?そんなのあり!?作詞に頭を悩ませてる人全員に対して喧嘩売ってるような発言なんだけど!

 

 

「リサ。有名な人ってよく『歌詞が舞い降りてきた』言うじゃん?疾斗のはそれと同じだよ」

 

「それって所謂天才ってやつじゃ…」

 

「疾斗は規格外だからね〜」

 

「お前ら俺を褒めてくれてるのか貶してるのかどっちだ」

 

「「どっちも」」

 

「…あ、そうですか…」

 

「羨ましいを通り越して妬ましいんだけど?」

 

「リサ風に言うとだな。新作のお菓子を思いついた、みたいなことだ」

 

「あー!なるほどね!」

 

「納得しちゃうんだ…」

 

 

 いやだってねー?そういう風に言われたら、『あ〜あるある!』ってなっちゃうじゃん?実際にそうなって作ってみたりしてるしさ。あ、もちろん雄弥と友希那に食べてもらってるよ?

 

 

「疾斗はこういうやり方だからね〜。ロック調のを作ったと思ったら次はバラードのを作ってきたり、その次はポップだったり。歌詞もそういう意味じゃ統一感はないね」

 

「そんなのうちじゃ疾斗だけなんだけどね」

 

「へ〜。それで結花はどうやってるの?」

 

「私?私はね〜、まず前提として"感謝"があるかな」

 

「感謝?」

 

「うん。…まずはAugenblickに迎え入れてくれたことでしょ。新人なのに同列に扱ってくれて、お客さんも受け入れてくれた。雄弥が私を暗闇から引き出してくれたし、湊家の一員になることができて、家族ができて、友希那っていう最高の姉ができた。私の問題なのにAugenblickのみんなが助けてくれた。色んな世界を見せてくれる。そういったこと全部に感謝してて、その思いから派生したのを歌詞にして作ってるよ」

 

「結花…」

 

「泣ける話だな」

 

「疾斗、現在進行系で涙流れてるよ?」

 

「なぜお前は涙を流さない!」

 

「理不尽!?」

 

 

 あ、あはは…、話の内容からしてしんみりしちゃいそうなのに盛り上がっちゃってるよ。雄弥も結花もいいバンドの一員なんだね。

 

 

「私はそれを直球で言い表せれないから、それなりに言葉を使って隠しちゃうんだけどね」

 

「それでも結花の場合、歌い方に表れてるんだよ」

 

「うん。だからお客さんも気付けるんだろうね」

 

「…え?気づかれてるの?」

 

「自分の評価ちゃんと見ないのか?結構コメントで言われてるぞ。『勇気をもらった』とか『励まされた』とか」

 

「うわ。嬉しいけど恥ずかしい!」

 

 

 結花は赤くなった顔を隠すように両手で覆ってそのまま俯いた。あんまりこういうことにならない分、こうなったら復帰まで時間がかかるらしい。…友希那から聞いた。

 

 

「さてと、んじゃ次は大輝のやり方だな」

 

「ハロハピのやり方を聞いたんだよね?」

 

「うん。……まさか」

 

「半分は合ってる。さすがにこころ程フリーダムじゃないさ。大輝はちゃんとイメージを文章にしてくる」

 

「ただその文章が短いんだよ」

 

「短いってどれぐらい?」

 

「基本的に俺たちは曲を1番、2番、ラスサビの三つにするんだが…」

 

「大輝は1番までしか書けないんだ」

 

「え?」

 

「だからそっから2番とラスサビまで気合で増やす。大輝のイメージを可能な限り理解してそれを歌詞に付け足していく」

 

 

 それはたしかにハロハピのやり方に似てるね。まぁでも断然大輝のやり方の方が周りも助かるんだけどね。こころの場合美咲に丸投げだったし。…信頼してるってことなんだろうけど。

 

 

「最後はお待ちかね。雄弥のやり方だね☆」

 

「お、復活した」

 

「もういいのか?」

 

「話は蒸し返さなくていいから。それで雄弥のやり方なんだけどね?」

 

「うん」

 

「実は…」

 

「実は?」

 

「「「わからない!」」」

 

「……へ?」

 

 

 なんか今アタシ素っ頓狂な声が出た気がするけど、そんなのは今気にしてられない。え?今わかんないって言った?みんなで最終チェックするからそれぞれ理解し合ってたんじゃないの?

 

 

「実は雄弥が作った曲は今でも少ない」

 

「というか2曲しかない」

 

「雄弥の持ち歌と最新のあの曲(・・・)だけだよ」

 

「あー、まぁたしかに雄弥は作詞しないって聞いてたけど…」

 

「しかも雄弥は作詞してきてそれをちゃんと見せてくれるんだが、俺たちが手を加える余地がない」

 

「それって…」

 

「完璧な状態で持ってくるんだよ。だから僕たちも雄弥のやり方が分からないんだ」

 

「こればっかりは本人に聞いて。私も雄弥と合同で作詞するって話をしてたんだけど、まだしてないしね」

 

「そっか…。でも十分話を聞けたよ!ありがとう♪」

 

 

 よーっし!あとはアタシのやり方で作詞するだけだね!テーマはちゃんと決めてあるし、どこまでのができるかは分かんないけど、今のアタシの限界を出し切れる気がする!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 バイトの休憩中に作詞コンテストの結果を見たんだけど、残念なことに落選しちゃってた。すっごくすっごーーーく悔しいけど、全力を出し切れたからその結果に納得はできてる。作詞したやつは最初にRoseliaのみんなに見てもらうことにしてて、それを今日見せたんだけど…。

 

 

「これリサ姉が一人で作ったの!?」

 

「う、うん。どう、かな?」

 

「あたしはこれすっごい好きだよ!リサ姉が作ったってすぐに分かる歌詞だし!ね?りんりん」

 

「そう、だね…。私も…この歌詞…いいと、思います」

 

「ありがとう♪」

 

 

 二人がそう言ってくれるのはなんとなく予想してた。けど、アタシ自身これが好きだけど、これをRoseliaの歌としてみんなで演奏できるとは思ってない。アタシ達の歌には見合わないレベル。

 

 

「リサ。厳しいことを言うかもしれないけど…」

 

「ううん。これは歌えない、だよね?」

 

「……ええ」

 

「…宇田川さんや白金さんが言った通り、いい歌詞だと思います。私も今井さんが書いてくれたこの歌詞は好きです。ですが」

 

「私たちRoseliaにはまだ見合わないわ。…でも、私もこの歌詞はいいと思う。まだまだ荒削りだけど、伸びしろはあるわ。だからリサ、これからも歌詞づくりに挑戦してほしい。そしていつか」

 

「うん。必ずみんなが心から演奏したいって思える歌詞を作ってみせるよ。だからみんな、楽しみに待っててね?」

 

「リサ姉…うん!」

 

「楽しみに…してます。…それに合わせた…衣装も作りたい…ですし」

 

「Roseliaの演奏の幅が広がりそうですね」

 

「ええ。…ところでリサ。もう一つの歌詞は(・・・・・・・・)?」

 

 

 あちゃー、友希那にはやっぱり気づかれてたか〜。友希那の言った通りアタシはもう一つ歌詞を作った。こっちはコンテストにも出してないやつ。

 

 

「なんでわかったの?」

 

「最初に書く歌詞は大切に思っているものである場合がほとんどよ。特にリサのような人だと。リサがRoseliaを大切に思ってくれているのは、歌詞のテーマにしてくれたことと、その内容でよくわかった。けれど、それと同じかそれ以上に好きなのがあるでしょ?」

 

「うわ…、そこまで分析されたあとに見せるのすっごい恥ずかしいんだけど」

 

「これは…」

 

「……わぁ」

 

「…素晴らしい…ですね」

 

「湊さん」

 

「…ええ。リサ、これなら歌えるわ。次のライブまでに曲もつけて完成させて、そして雄弥に披露するわよ。いいわね?」

 

「友希那…うん!」

 

 

 正直、書いててこっちの方が会心の出来!って感じだったんだけど…、まさか一発で認められるなんて…。でも、嬉しい!これはできたら演奏したいって思ってたら。…これなら、きっと。




二つ目の歌詞のは歌いたい、演奏したいと心から思うレベルではなく、あくまで、"Roseliaでやってもいい"レベルのギリギリのものです。


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16話

「リサー。ご飯できたから降りてらっしゃい」

 

「はーい」

 

 

 母さんに呼ばれてリビングに行き、父さんも一緒に三人で朝ご飯を食べる。いつもの風景なんだけど、おかしいな、今日はなんでかアタシがご飯を食べるペースが遅いや。

 

 

「…リサ大丈夫?」

 

「へ?大丈夫だよ大丈夫!ちょっと疲れが残ってるのかな…、あはは」

 

「…そう」

 

「リサ、頑張ることを止めはしないが、頑張りすぎるのもよくないぞ」

 

「うん。わかってる。…ごちそうさま。学校の準備してくるね」

 

「お粗末さま」

 

 

 いつもよりちょっと遅く食べ終えて、その後はいつも通りバンドの練習に行く準備をする。タオルと昨日作ったクッキーも入れてっと。

 

 

「リサ今日のお弁当と水筒よ。タオルも入れてある?」

 

「ありがとう♪うん。タオルもバッチリ入れてるよ。それじゃあ行ってきま……あれ?」

 

「リサ!?」

 

 

 あれ?おかしいな…さっきまで平気だったのに。…玄関の床ってこんなに冷たいんだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「雄弥大変!!」

 

「大変なのはたった今壊された俺の部屋のドアなんだが…」

 

「そんなちっちゃいことはいいの!!」

 

「小さいか?」

 

「リサが倒れたって!」

 

「は!?」

 

「ただの熱らしいんだけど、おばさん達は今日用事があるらしくって…」

 

「わかった」

 

「ちょっ!私も行くから!」

 

 

 最低限の用意だけして部屋を飛び出した俺の後を結花が慌てて追いかけてくる。家は隣だからすぐに着くし、結花もすぐに追いついた。友希那?友希那なら練習に行ったよ。「任せたわよ」とだけ言われた。素っ気ないように思えるかもしれないが、あれは自分を冷静に保つためなんだろうな。

 

 

「雄弥くん。わざわざ来てもらってごめんね?」

 

「いえ。時間ならいくらでもありますから」

 

「…そうね」

 

「それで病院には?」

 

「連れて行こうと思ってるわ。けど私も主人も用事があるから送るだけになるの…」

 

「わかりました。心配しないでください。その後のことは全て請け負いますから」

 

「助かるわ」

 

 

 リサの部屋に行くと、リサはしんどそうな表情で眠っていた。軽くリサの頭を撫でてからリサを抱き上げる。極力リサに負担がかからないように気をつけながら車に乗り込み、俺と結花の間にリサを座らせる。

 

 

「…この子、最近頑張り過ぎてたのね。…私達がちゃんと見ておけば…」

 

「いえ、…リサをここまで頑張らせたそもそもの原因は俺にありますから」

 

「いや、私たちもあのライブを見たが、あれは…」

 

「雄弥もお二人も…この話はやめましょうよ。暗くなるだけですよ?」

 

「結花ちゃん…そうね。こういう時こそ明るくいないといけないわね!」

 

「はい!」

 

「……結花は凄いな

 

「ん?何か言った?」

 

「いや何も」

 

「?そう?」

 

 

 キョトンと首を傾げる結花から視線を外してリサに目を向ける。寒くならないように毛布を掛けてあるし、リサにはパーカーを着させてある。…ところでこのパーカー俺のやつっぽいんだが、…結花のやつ何考えて持ってきたんだか。

 

 

「病院に着いたよ」

 

「診察券出してくるからあなたはここで待ってて。雄弥くん、結花ちゃん。リサをお願いね」

 

「任せてください!」

 

「リサ、持ち上げるぞ」

 

「…うん…」

 

 

 病院に着く前に目が覚めていたリサに一声かけてからリサを抱き上げる。元気がいい時なら「恥ずかしいから下ろして!」って騒ぐだろうに、今はそんな元気もないようで体を俺の方に預けてくる。先に病院に入って診察券も出したリサのお母さんと入れ違うように病院に入る。「診察代は立て替えておいて、夜に請求して」と言われた。別に気にしないのだが…。

 

 

「はぁ…はぁ…ゆうや」

 

「どうした?寒いか?」

 

「…ううん。…手…握ってほし…い」

 

「わかった」

 

「…あった…かいね」

 

「リサが冷たいだけだ。熱あるのにな」

 

「末端は冷えるからねー」

 

「ゆかも…わざ、わざ…ごめん、ね?」

 

「気にしないで。私もリサのこと大切に思ってるから。それと目閉じときなよ。そのほうが楽でしょ?あと座ってるのもキツそうだから寝転んでいいよ。雄弥に膝枕してもらってさ」

 

「うん…」

 

 

 結花は椅子から立ち上がって、空いたスペースにリサの足を置かせた。俺もゆっくりとリサの上体を下げていき、リサを楽な姿勢にさせる。リサは時折咳き込みながらも結花に言われたとおり目を閉じている。

 

 

「わりと早い時間に来れてるからそろそろ呼ばれるかな?」

 

「かもな」

 

『今井さん。今井リサさん。2番の診察室にお入りください』

 

「私の勘も鍛えられたね〜」

 

「恐ろしいやつだな」

 

 

 診察の結果、特に何かの病気というわけではないことがわかった。予想通りと言っていいのか、疲労が蓄積した結果風邪をひいたようだ。薬も貰い、リサを背負って結花と今井家に帰る。結花がリサを着替えさせ、薬を飲ませてからベッドに寝かせた。リサが眠りに着くまで俺と結花はリサの側にいて、手を握っていた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「……ん…」

 

 

 目が覚めてアタシは今の状況を確認する。ここはアタシの部屋で、たしか練習に行こうと思ったら倒れちゃったんだよね。それで…あ、雄弥と結花が付き添ってくれて病院に行ったんだった。

 

 

「これが薬で…飲み物も用意してくれてるんだ。…二人とも帰っちゃったのかな?」

 

 

 部屋を見渡しても二人の姿はどこにもない。ぐっすり眠れたおかげで少し体が楽になったんだけど、まだ熱は残ってるし体もだるい。心細くなったアタシは雄弥に電話して、部屋に来てもらおうと携帯を手に取ったんだけど…。

 

 

「迷惑…だよね。…なにか予定があるのかもしれないし」

 

 

 側にいてほしい。電話して呼び出したい。だけどそれをするのは気が引けちゃう。寂しいけど…、我慢…しなきゃ。

 

 

「がまん…しないと…でも…。……ゆうや、側にいてよ」

 

「お、リサ起きたのか。…どうした?」

 

「ふぇ?…ゆうや?」

 

「ちょっと雄弥そこで止まらないでよ。入れないじゃん」

 

「ん、わるい」

 

「もう…てあれ?なんでリサ泣いてるの?」

 

「へ?…いや、その、これは…あの…なんでだろ…止まらないや…あは、あはは…」

 

「リサ」

 

 

 雄弥が持ってきてくれてるのってたぶんお粥だよね。結花が人数分の食器を持って来てて、あはは…アタシの早とちりか。二人ともちゃんといてくれたんだ。

 お粥をテーブルに置いた雄弥にアタシは抱きしめられた。あやすように優しく髪を撫でられて、アタシはそれで安心して雄弥の背中に手を回した。

 

 

「お二人さーん。ご飯の準備できたからそろそろ離れてくれない?」

 

「お、悪いな結花。準備全部させた」

 

「いいよ。料理はほとんど雄弥だったんだし」

 

「あれ?結花も料理できるよね?」

 

「できるけど雄弥程じゃないよ。ほんと女泣かせなスペックしてるよね」

 

「リサと料理してたからこうなったんだが…」

 

「真の敵は身内だったか…」

 

 

 まだ体がだるいアタシはそれでもベッドを汚したくないから一旦ベッドから出て、ベッドを背もたれ代わりにしてお粥を食べることにした…んだけど。

 

 

「リサ〜、背もたれにするならベッドじゃなくて雄弥にしなきゃ。そのほうがリサも落ち着くでしょ?」

 

「それ食べにくいだろ」

 

「何言ってんの。食べさせるのも雄弥だからね?」

 

「わけがわからないんだが…」

 

「リサもそのほうがいいよね?できるだけ楽しないとさ」

 

 

 普通に考えて結花が言ってることはおかしいってわかるんだろうけど…、頭もボーッとしちゃってるアタシはまともな思考ができなかった。

 

 

「雄弥…お願い」

 

「…わかった」

 

「ありがと♪」

 

「リサ…食べるのもゆっくりでいいからな」

 

「けど、そしたら雄弥のが冷めちゃうよ?」

 

「温めなおしたらいい。リサは病人なんだから、しっかり食べて風邪を直せ」

 

「…うん」

 

 

 雄弥にお粥を食べさせてもらいながら雄弥に甘える。最近甘えれてなかったその欲求も出てきて、アタシは時間が経てば経つほど雄弥にベッタリと甘えちゃってた。食べ終わったら薬を飲んで、雄弥が食器を片付けに行ってる間に結花に手伝ってもらいながら新しい寝間着に着替え直した。

 

 

「はいリサ布団かけるよー」

 

「ありがとう」

 

「うん!ちょっと元気になったリサに質問!」

 

「なに?」

 

「勝負下着はどれ?」

 

「ふぇぇ!?なぁ、にゃにいって…」

 

「あはは!リサ動揺しすぎじゃない?彼氏がいるわけだし、ずっと前から好きだったでしょ?それぐらい持ってたりしてもおかしくないよね?」

 

「お、教えない!おやすみ!」

 

「『教えない』ってことは持ってる(・・・・)ってわけだ?」

 

「〜〜っ!!」

 

「顔真っ赤にしちゃって〜。可愛いな〜もう!」

 

「うぅ〜。寝させてよぉ」

 

「…病人にそう言われたら威力でかいね。それじゃおやすみ。洗濯物片付けてくるから。何かあったら遠慮なく電話してね?」

 

「うん」

 

 

 人をからかってくるのに、なんだかんだでそういうとこ見抜いてくるよね。今回の場合、さっきアタシが遠慮して電話しなかったっていうことに気づいて、今の発言したわけだし。こういうことを雄弥に見せないから姉とは思えないなんて言われるんだよ。

 

 

「あ、雄弥がご飯食べ終わったら部屋にこさせて」

 

「それまでには寝れてないんだね…」

 

「あ、あははー、たぶんね」

 

「ま、いいけどさ。それじゃあ雄弥をこさせたら私はRoseliaの練習見に行くね。みんな心配してるだろうし、電話よりも直接言ったほうが安心してくれるだろうしね」

 

「ごめんね。ありがとう」

 

「いいのいいの!友希那に会いたいしさ☆」

 

「…それが本音だったりしない?」

 

「さぁね〜」

 

 

 今度こそ結花が部屋を出ていって、アタシはまた部屋に一人になった。けどさっきみたいな寂しさはない。だって二人がいるってわかってるから。結花は後でRoseliaの練習を見に行くけど、雄弥は残ってくれるもんね♪

 

 

「リサ、寝れないのか?」

 

「雄弥…。寝れそうで寝れないって感じかな」

 

「なるほどな」

 

 

 雄弥はアタシに一言断ってからアタシの椅子に座ってすぐ横にいてくれる。そのことが嬉しくてアタシはもっと雄弥を求めることにした。

 

 

「雄弥、ベッドに入って?」

 

「一緒に寝ようってか?」

 

「…うん。……ダメ?」

 

「いやいいぞ」

 

「やった♪」

 

 

 ベッドの真ん中に寝てたアタシは奥にズレて雄弥が入れるスペースを作る。そこに雄弥が入ってきて、アタシはすぐに雄弥に抱きついた。雄弥は優しく髪を撫でてくれて、アタシはそれが気持ちよくて目を閉じていたら、いつの間にかそのまま眠りについた。

 

 

 起きたときも雄弥はアタシのすぐ横にいてくれて、携帯を見たらRoseliaメンバーや日菜を始めとした学校の友達からメッセージが送られてた。昼間には気づかなかったな〜。それを一つずつしっかりと返事していって、雄弥と一緒にリビングに行って母さんが用意してくれた晩御飯を食べた。

 今回は母さんたちも用事で家にいなかったと油断してた。バッチリ二人で寝てるとこの写真を撮られてた。それと結花には、お粥を食べさせてもらってる時の写真を撮られてた。アタシは寝る前にそのことを知らされたせいで、恥ずかしさでなかなか寝付けなかった。

 

 

 …ところで、夏の時とは違う雄弥のパーカーが部屋にあったんだけど、なんで?

 



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17話

「ちゃんとご飯食べてね?」

 

「わかってる」

 

「夜ふかししちゃだめだよ?」

 

「いつもしてないだろ?」

 

「そうだった。…それと無茶しちゃだめだよ?」

 

「仕事休んでるから大丈夫だ」

 

「あと、連絡はつくようにしててね?」

 

「ああ」

 

「リサー。それまだ続くのー?」

 

「あ、ごめん!すぐ行くから!」

 

「リサも無理するなよ?周りに気をかけすぎて自分を疎かにしないでくれよ?」

 

「うっ、気をつけます…。それじゃあ行ってきます」

 

「ああ。行ってらっしゃい」

 

 

 リサと口づけを交わし、友希那と結花と三人で出ていくのを見送る。口を離したときに「浮気しないでね」って言われたけど、するわけないじゃないか。

 風邪もしっかり治したリサは無事に修学旅行に参加することができた。3泊4日で京都に行くらしい。しかも今回も合同だ(・・・・・・)。またトップ同士が話して日程も宿泊場所も合わせたらしい。

 

 

「雄弥、母さんたちも出張で海外行くんだけど…」

 

「そういやそんな話してたっけ。…ま、なるようになるだろ」

 

「美竹さんのお家でお世話になってね。話はしてあるから」

 

「…初耳なんだが」

 

「昨日の夜に決まったんだもの。用意ができたら放課後にスタジオに行きなさい。そこで合流してから美竹さんのお家にお邪魔するように」

 

「わかった」

 

 

 放課後にスタジオね。Afterglowの練習を見ろってことなのか。それにしても、別に一人でも生活できるんだがな…。ま、こころのとこに世話になるよりはいいか。逆に窮屈そうだし。それまではどうするか…、爺さんとこにでも行くとするか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 京都まで新幹線で行くんだけど、アタシと友希那と結花と日菜の四人で対面になるように座ってた。日菜は外を眺めてて楽しそうにしてるけど、それ以上に楽しそうにしてるのは結花だった。鼻歌を歌いながら足をリズムに合わせてブラブラさせてた。

 

 

「〜♪〜♫」

 

「機嫌いいね結花」

 

「だって修学旅行だよ?しかも京都!今から楽しみすぎだよ☆」

 

「結花はたしか京都に行ったことあるのよね?」

 

「うん!まぁ仕事で行ったからあんまり観光とかはできなかったんだけどね」

 

「そうなんだ」

 

「それでも雄弥がエスコートしてくれたおかげで楽しめたんだけどね☆」

 

「…へぇ〜?」

 

 

 雄弥が、結花を、エスコート?京都で?ふーん。そっかそっか。そりゃあ随分と楽しめたんだろうね〜。雄弥って色んなとこ行ってるからオススメのとことか見つけてたりするし。

 

 

「もう〜。仕事で行ったんだってば!だから拗ねないでよ」

 

「別に拗ねてないもん」

 

「ほっぺ膨らませて言っても説得力ないよ?ね、友希那」

 

「そうね。顔に羨ましいと書いてあるわよ」

 

「あはは!リサちーってほんとユウくん大好きだね!」

 

「…うぅー」

 

 

 3対1じゃ分が悪すぎるね。しかもメンバーがメンバーだし…。なんで違うクラスの友希那と結花と一緒にいるのかと言うと、今回の修学旅行もまた普通というのを捨ててるから。今いるこの四人と、後で合流する花咲川の生徒とで班を組むことになってる。まぁ向こうのメンバーも知ってる人なんだけどね。

 

 

「あーあ、お姉ちゃんも同じ新幹線ならよかったのに〜」 

 

「仕方ないわよ。さすがに人数が人数なのだから」

 

「向こうと合流するのだって夕食からだしね」

 

「お姉ちゃんだけこっちに来てもらえばよかったかな?」

 

「紗夜は絶対そんなことしないでしょ…」

 

「はぁ、だよね〜。早く会いたいな〜」

 

「日菜も人のこと言えないよね」

 

「うん?あたしはお姉ちゃんのこと大好きだし、ユウくんのことだって負けないぐらい大好きだよ?」

 

「さすが日菜だね〜」

 

「公言できるのね…」

 

 

 …アタシも日菜みたいに堂々とできたら雄弥に迫ろうとする女子もいなくなるのかな。でも、活動休止中とはいえ雄弥もアイドルなわけだし、堂々と公言できないよね。…アタシにその勇気がないのもあるけど。

 

 

「京都楽しみだね!リサちー♪」

 

「そうだね♪」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「で、俺は何しとけばいい?」

 

「ん〜。モカちゃんにも判断つけれないですな〜」

 

「えと、練習をみてもらうってことでいいですか?」

 

「つぐちんは真面目だね〜。雄弥さんが来てくれてるんだし、もうダベってたいいんじゃない?」

 

「練習するから」

 

「蘭とつぐの言うとおりだよモカ!練習見てもらおうよ!」

 

「え〜」

 

 

 モカはなぜか超絶だらけてた。いつも抜けてるような態度のモカだが、それはあくまで表面上のこと。実際にはやる気があるのだ。

 

 

「今日はどうしたんだよモカ。沙綾のとこのパンは食べてたはずだろ?」

 

「もち〜」

 

「モカちゃん。調子が悪いなら休んでていいよ?」

 

「つぐちんの純粋さが痛い…」

 

「え?」

 

「モカ」

 

「…なんていうか〜。ほら私と雄弥さんってマブダチでしょ?」

 

 

 マブダチ…マブダチなのか?いや、まぁモカがそういうならそれでいいんだが。俺もモカのことを友人と思ってるわけだし。

 モカは正直に蘭たちに話した。一言で纏めると恥ずかしいらしい。いつもの自分とは違う自分を見せるのが気が引けるのだとか。

 

 

「モカってそういうの気にするんだ…」

 

「なんか意外だな」

 

「その気持ちはさっぱりわからんが、モカ」

 

「はい〜?」

 

「俺Afterglowのライブ見たことあるから」

 

「……はい?」

 

「モカが演奏してるの見たことあるから、今さら気にしても仕方ないぞ?」

 

「…うわ」

 

「雄弥さんってSなんですね!」

 

「え?」

 

 

 モカは、気にしてることが実はもう知られてたという事実に拗ねていた。そんなモカと俺のやり取りからひまりにSだと言われたのだが…、俺ってSか?ノーマルじゃな「雄弥さんがノーマルとかありえないんで」…。

 

 

「蘭も蘭で酷いよな」

 

「でも雄弥さ〜ん。蘭ってこんなトゲトゲしてますけど〜、実は寂しがり屋なんですよ〜?」

 

「なるほどな」

 

「モカ変なこと言わないでよ!雄弥さんも勝手に納得しないで!」

 

「…巴」

 

「あ、あはは〜、否定はしないですよ?」

 

「Afterglowの結成だって五人が集まれるように!ってつぐが考えたんですよ?蘭だけクラス違うので」

 

「意外と行動力あるんだな」

 

「つぐの発言がきっかけで始めることって多いんですよ」

 

「つぐちんが〜、蘭を思って作ったんですよ〜」

 

「み、みんな、恥ずかしいから…」

 

 

 ほんとに仲がいいんだな。つぐみって凄い謙遜するけど、周りを巻き込む力が強いよな。それでいて本人が真面目で1番頑張るから周りも手を貸したくなる。そういや紗夜もつぐみのこと高く評価してたな。

 …ところで三人の発言のせいで蘭とつぐみが顔を真っ赤にしてるんだが、ほんとに練習するのか?

 

 

「もうこの話は終わり!練習始めるよ!」

 

「そ、そうだよ!雄弥さんに悪いよ!」

 

「あ、逃げた」

 

「逃げたな」

 

「逃げたね」

 

「「逃げてない!」」

 

 

 結局練習するらしい。この五人全員のを見るのか…、頑張りますかね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あたし達の練習どうでした?」

 

 

 練習が終わり、みんなで帰っていたが、それも途中まで。蘭と二人になったところで蘭は真剣な表情で聞いてきた。

 

 

「どうって…練習の時に言っただろ?」

 

「うん聞いた。けどそれは全体の評価と個々人へのアドバイスだけ」

 

「…個人の評価が聞きたいのか」

 

「うん」

 

 

 なぜか蘭は緊張した雰囲気で話しているが、別にAfterglowのレベルは低くない。低い評価なんかになるなんてことはない。

 

 

「巴は十分みんなを引っ張るドラムを叩けてるよ。あこに教えてるから当然だろうが」

 

「それはあたしも思ってます。巴のドラムのおかげで思いっきり歌えますから。…巴もあこの目標であり続けようとしてますしね」

 

「だろうな。見ててそれはわかった。ひまりはまだまだ伸びしろがあるな。今のレベルなら十分ついていっているが、ひまりのベースが上達したらできる曲も増えるだろ」

 

「巴についていけてない?」

 

「そこまでじゃないが、巴のドラムとひまりのベースが調和できてない。ドラムに引っ張られ気味だ。リズム隊はどっちかだけでリズムを取るものでもないだろ?」

 

「まぁ、たしかに…でも」

 

「全体の調和を取るのはキーボードだな。…本人は自覚してるようだし特に言うことはないな」

 

「……」

 

 

 …ちょっとキツかったか?事実を言ったまでなんだが、それに…本人が思ってる程レベルが低いわけじゃないんだがな。

 

 

「…つぐは、1番頑張ってる」

 

「だろうな。あの性格だ」

 

「だから、あまりつぐのことを…」

 

「別に貶す気なんてないぞ?つぐみのレベルだって別に低いわけじゃない。蘭たちや本人が思ってるほどな」

 

「え?」

 

「愁が時間作って練習見てるんだろ?演奏を見てたらわかったが」

 

「……そうなんですか?」

 

「…知らなかったのか。…ならこの話は内緒にしないとな」

 

「そうします。それで、モカとあたしは?」

 

 

 これでつぐみの話は終わりということなんだろうな。…自分と親友のことだからか、蘭の表情はさっきよりも引き締まってた。

 

 

「モカは…そうだな。技術面で言えばまだまだ改善点があるが…、演奏の仕方には特に言うことはないな」

 

「どういうことですか?」

 

「演奏のクセ、とでも言えばいいのかな。うまい人ほど本人にしか出せない音を出すだろ?」

 

「はい」

 

「モカはそれができてる。基本を抑えてるし、自分のことをしっかり理解できてるからだろうな」

 

「…モカらしいや」

 

「全くだ。伊達に自分で天才と言ってるだけはある」

 

「…あたしは?」

 

「それは後で」

 

「なんで!」

 

「家に着いたから」

 

「…ぁ」

 

 

 思ってた以上に真剣に話を聞いてくれてたみたいだな。ほんと、仲間思いというか…友達思いだな。そういうのをもっと知ってもらえば交友の輪も広がるだろうに…、人のことを言えないから何もツッコまないが。

 美竹家に着いて、すぐに夕食ということになった。なんで俺が美竹家にお世話になることになったのかはその時にわかった。どうやらママ友繋がりらしい。娘同士はすぐに火花を散らせ合う仲なのに、母親同士は意気投合するほど仲がいいんだとか。ちなみにリサの母親とも仲がいいんだとか。

 

 

「急にお世話になって申し訳ないです」

 

「気にしないでくれ。君とは一度会ってみたいと思っていたしね」

 

「…俺のこと知ってるんですか?」

 

「ああ。愁くんから聞いているというのもあるが、…ニュースでもね」

 

「なるほど。…お騒がせしてしまいましたからね」

 

「あの件は…触れないほうがよさそうだね」

 

「そうしてもらえるとありがたいですね」

 

「ふふっ、この人あのニュース見て怒ってたのよ?『犯人はなんてことをしでかしているんだ!』って」

 

「おい」

 

「いいじゃない」

 

「…はぁ」

 

 

 意外と熱い人なんだな。愁からは、蘭がバンド活動していることに反対してたって聞いてたんだが、今では応援してるらしいし。ライブにもこっそり行ってるんだっけ?

 

 

「…今日は蘭たちの練習を見てくれたそうじゃないか。…君から見て蘭はどうだった?」

 

「っ!」

 

「あらあら、蘭は恥ずかしいポジションね♪」

 

「母さん楽しまないでよ…」

 

「そうですね。…良い悪いで言えば良かったですよ。ギターボーカルとなると両立させるのに意識が向きがちですが、蘭はそこを難なくこなしてます。ギターを疎かにせず、それでいて気持ちを込めて全力で歌ってます」

 

「なるほど。…それでも『良い悪いで言えば良かった』、か」

 

「それはこれからの成長に期待してる、ということで」

 

「ふっ、うまいこと言うね」

 

 

 言い逃れ、とかのつもりじゃないんだがな。本心からの言葉だが、そう受け取られても仕方ないか。蘭は…沈黙してるな。顔を真っ赤にして誰とも目線を合わせないようにしてる。ほんと素直に受け取れないんだな。

 食事を終えれば後は風呂に入り、寝るまで蘭と話をして、客間に移動して寝させてもらった。リサたちが帰ってくるまでだから、俺も3泊4日というわけだ。この間別にハプニングもなかったぞ?ほんとに…無かった!



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18話

 

 修学旅行の宿泊場所であるホテルの夕食は、ビュッフェ形式だった。この夕食の時から花咲川と予定が一緒になる。あたしは料理とか飲み物よりも優先することにした。

 

 

「お姉ちゃ〜ん♪」

 

「きゃっ!日菜いきなり飛びつかないでちょうだい!今は何も持ってないからよかったものの、お皿を持ってたら落としてたわよ?」

 

「ごめんなさ〜い。でもお姉ちゃんが何も持ってないの見てから飛びついたもん…」

 

「…はぁ。それで、何の用なの?」

 

「お姉ちゃんと一緒に食べたいな〜って思って。席は自由だから混ざっても問題ないでしょ?リサちーたちが席を確保してくれてるし!」

 

 

 あたしがリサちーたちがいる所を指差したら、リサちーもこっちに気づいたみたいで手を振ってくれた。あたしは手を振り返してからお姉ちゃんの様子を見たんだけど、どうやら観念したみたい。やったね!

 

 

「班のみんなで食べようと話をしていたから、声をかけてからそっちに行くわね」

 

「うん!ちなみに班のみんなって?」

 

「丸山さんと白金さんよ」

 

「なら二人も呼んじゃいなよ!絶対そのほうがるんっ♪てするよ!」

 

「だからそのるんっ♪てなんなのよ…。まぁいいわ。呼んでくるから日菜は先に行っといてちょうだい」

 

「うん!」

 

 

 先に飲み物だけ用意してから席に戻った。リサちーたちに誘うことに成功したって報告して、リサちーと結花ちゃんとハイタッチした。友希那ちゃんには「よかったわね」って言ってもらえた。

 

 

「日菜ちゃんやっほー」

 

「皆さん…お疲れ様…です」

 

「彩ちゃん!」

 

「燐子もおつかれー。ほら席取ってるからこっちおいでー」

 

「はい…」

 

 

 あたしの隣に彩ちゃんを座らせて、対面にはお姉ちゃんに座ってもらった。結花ちゃんはもちろんのことながら友希那ちゃんの隣。姉妹って知らない人は、そっち系のカップルとしか思わないよね。

 

 

「お姉ちゃんたちとあたしたちが昼間に回ったとこって一緒?」

 

「そのはずよ。時間がズレているだけのはずだから」

 

「それならよかった♪」

 

「合同なのだから当然でしょう…」

 

「えへへ〜。あ!温泉も一緒に入ろうよ!」

 

「なんでそこまで一緒にしないといけないのよ」

 

「お姉ちゃんと一緒にお風呂なんて何年ぶりだろうな〜♪」

 

「決定したのね…」

 

「あはは、紗夜ちゃんドンマイ」

 

「彩ちゃんも一緒ね!」

 

「…うん」

 

 

 どうせならみんなで一緒がいいな〜。あ、そうなるか。だってリサちーと結花ちゃんもいるんだし。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ〜〜、いいお湯だね〜」

 

「そうね」

 

「もぅ、友希那もリラックスしようよー」

 

「してるわよ」

 

「そう?」

 

「えぇ」

 

「ならいいや」

 

 

 私と友希那は一足先に露天風呂に来てた。他のみんなは中のお風呂に入ってから来るんだって。

 

 

「背中の流しっこなんてやったことなかったな〜」

 

「そうなの?…途中変なのも混ざってたけど」

 

「ただのスキンシップじゃん」

 

「あなたが男だったら通報ものよ」

 

「友希那は私が男だったら仲良くなってくれてないの?」

 

「…それはズルいわよ」

 

「ふふん。なんたって友希那と雄弥の姉弟ですから!」

 

「でも、親しき仲にも礼儀ありよ。そこは知っておきなさい」

 

「は〜い」

 

 

 友希那ならオッケーってことだよね!…ポジティブに捉え過ぎか。ま、いいや。ほんとにダメな時はちゃんと言われるし。私は友希那の腕に抱きつきながら肩に頭を預けた。そうしながら景色を楽しんでたら他のみんなも露天風呂に来た。

 

 

「二人ともお待たせ〜☆」

 

「中のお湯どうだった?」

 

「あっちも結構よかったよ〜。ね?燐子」

 

「は、はい。…温度も…丁度よくて…入りやすかった、です」

 

「いいね〜」

 

「こっちもいい湯加減だね」

 

「おこちゃまの彩でも入れるもんね〜」

 

「お、おこちゃみゃっ!?」

 

 

 おこちゃまって言う言葉に過敏に反応した彩は、お湯の中で足を滑らせてた。お湯に浸かってからでよかったよね。外だったら頭打ったりして危ないもんね。

 

 

「あはは!彩ちゃんなにしてんのー?」

 

「ぷはっ!もう、びっくりした〜」

 

「丸山さん大丈夫ですか?」

 

「う、うん。どこも打ってないよ」

 

「それはよかったです。…日菜何してるの?」

 

「お姉ちゃんにギューッてしてるだけだよ?」

 

「なぜ?」

 

「結花ちゃんが友希那ちゃんにそうしてるの見てるんっ♪てしてたからだよ!」

 

「離れなさい」

 

「やーだー!」

 

「日菜!」

 

「やだやだー!お姉ちゃんとお風呂なんてなかなかないんだもん!」

 

「抱きつくのなんていつでもできるでしょ!」

 

「じゃあ後で抱きつくね!」

 

「あ……」

 

「紗夜ちゃん…」

 

「丸山さん、何も言わないでください」

 

 

 あはは、日菜の機転の速さは凄いよね〜。紗夜も別に今のが失言だったわけじゃないし。…あー、日菜相手には失言とも言えるのか。ま、私には関係ないからいいんだけどね!

 

 

「それにしても、眼福だね〜」

 

「結花。自重しなさい」

 

「ええー」

 

「もう一緒に寝てあげないわよ?」

 

「やだ!抑えます!」

 

「いい子ね」

 

 

 友希那が頭を撫でてくれて、私はそれで目を細める。リサたちは私たちのやり取りに苦笑いしてたけど、雄弥に甘えてる時のリサもこんな感じじゃない?ちなみに私たちのやり取りを見て、日菜も紗夜に頭を撫でてとせがんでいた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシ達はお風呂に入ったあとそのメンバーで一つの部屋に集まってた。というか、アタシ達羽丘組が寝る部屋へ紗夜たち花咲川に来てもらったんだけどね。ちなみに紗夜は日菜に抱きつかれてて、それを甘んじて受けていた。お風呂の時の発言があったからね〜。

 

 

「さて、修学旅行の夜といえばー?はい、燐子」

 

「えっと…バンドの話…ですか?」

 

「違う!はい、友希那」

 

「音楽の話ね」

 

「それ燐子と一緒だよ!」

 

「はいはーい!彩ちゃんがトチった時の話!」

 

「違う!と言いたいけど、何それ面白そー!」

 

「そんな話しなくていいよー!」

 

「えー?盛り上がること間違いなしだよ?」

 

「ダメなものはダメ!」

 

 

 紗夜にも諌められて、日菜は彩のトチリ話を断念した。正直なとこアタシも聞いてみたいと思ったのは内緒。…それにしても結花のテンションが高いね〜。四日間あのテンション保つのかな?だいぶキツイと思うけど、結花ならやりかねないね。

 

 

「では話を戻しまして、修学旅行ですし…京都の歴史や現代の問題についてですかね」

 

「お姉ちゃんそれ堅苦しいよ」

 

「日菜の言うとおり!そんなわけでボツ!」

 

「…そうですか」

 

「えっと、じゃあ…自由行動でどこ行くか話し合うとか?」

 

「それはするね!けど明日は自由行動ないからボツ!」

 

「自信あったんだけどな〜…」

 

「さぁ残りはリサだけだよ!雄弥と連絡取り合ってないで話混ざって!」

 

「やっぱそういう感じなんだ…。それと雄弥と連絡取ってたわけじゃないから。クラスの子だから」

 

「そうなの?まぁいいよそこは」

 

 

 雄弥との連絡はもう済ませてあるからね。アタシだけ一足先にお風呂上がらせてもらったから、部屋でみんなが戻ってくるまで電話してたし。

 それで、結花がやりたい話って、どうせ一つ(・・)だろうね。友希那もわかっててわざと外したんだろうけど…、アタシもわざと外そかな。

 

 

「女子らしい話でしょ?」

 

「そうだよ!」

 

「なら可愛らしいスイーツの作り方だよね!」

 

「違う!わかってて外したでしょ!?」

 

「うん。友希那もそうしてたし」

 

「もうー!こういう時はコイバナでしょ!鉄板ネタでしょ!」

 

「えー、だってそれリサちーの惚気話で終わるじゃん。しかもあたしとお姉ちゃんはダメージ受けるんだけど?」

 

「惚気話なんてしないから」

 

 

 しかも日菜の言うとおりだし、アタシも流石に気が引けるからね。花音と二人ならお互いに惚気話して終わりだろうけど。

 

 

「あ、千聖ちゃんからだ。…日菜ちゃん千聖ちゃんがヘルプって」

 

「なんでー?」

 

「花音ちゃんの惚気話が止まらないからだって」

 

「麻弥ちゃんがいるから任せたらいいんじゃない?わざわざそんな死地に行きたくないよ」

 

「それもそうだね。千聖ちゃんには明日謝っとこ」

 

 

 日菜が行かないのは分かってたけど、彩もあっち行くのをすぐに断るのは意外だね。もっと悩むと思ってたのに…。

 

 

「前座ぐらい用意したかったけど、仕方ないか〜。本題いきますかね!」

 

「本題?」

 

「そうだよ!ね?友希那」

 

「ええ。…関係ない人もいるけど、時間も限られているから修学旅行中も話をしようと思ってたのよ」

 

「関係ない人…あー、あたしと彩ちゃんと結花ちゃんだね?」

 

「えぇ。今から話したいのは、私たちRoseliaの次のライブについてよ」

 

「練習の進み具合の確認ですか?」

 

「そこはあなた達を信頼しているわ。必ず間に合うと。…より細かに言うと、Roseliaのライブの話でもあるけど、リサのことよ」

 

「え?アタシ?」

 

 

 アタシのことが話の中心?アタシがRoseliaの中で1番下手だから…じゃないよね。話したいのは新曲のことと、できるのか(・・・・・)ということだよね。

 

 

「リサが書いたあの歌詞に曲をつけたわ。データはあこにも送ってある。そろそろあこから電話がかかってくるはずよ」

 

「…来ました。…あこちゃんから…です」

 

「出てちょうだい」

 

「はい…。もしもしあこちゃん?…曲…聴いた?…ううん。私達はこれから…。ちょっと待ってね。…スピーカーにするから」

 

『もしもし皆さん?聞こえてますかー?』

 

「ええ。聞こえているわよ」

 

「宇田川さんは新曲を先に聴いたのですよね?どうでした?」

 

『超かっこよかったです!でも歌詞はリサ姉が書いたからなんていうか…エモいです!』

 

「曲と歌詞のミスマッチは無かったということでいいのね?」

 

『はい!あこが聴いた限りでは無かったと思います!でもあの曲って…』

 

「それは今から聞いて話をするわ。スピーカー越しになるけど、あこも聞いてちょうだい」

 

『はい!』

 

 

 友希那が携帯を操作してアタシ達の新曲を流した。アタシが書いた歌詞を友希那が歌い上げてくれている。ドラム、ギター、キーボード、そしてアタシが弾くベースの音も入っているんだけど…、これって。

 

 

「紗夜、燐子」

 

「私もこれでいいと思います。事前に聞いていたのと少し変わっていますが、十分修正が間に合います」

 

「私も…問題ないと…思います。…ただ」

 

「友希那ちゃん。これってリサちーの負担がでかくない?」

 

「私もこんなのできる人そうそういないと思うんだけど。それこそ雄弥くん(・・・・)レベルの人じゃないと」

 

「…なるほどね。友希那の信頼は厚いね。リサ」

 

『リサ姉…』

 

 

 これを…アタシが?アタシも紗夜や燐子と同じで事前にある程度のことは聞いていた。だから修学旅行前にも練習してたんだけど、完成版はここまでレベルが高いなんて。

 

 

「友希那、これは…」

 

「できないなんて言わせないわよ。あなたが書いた歌詞で、あなたの思いを込めやすい曲に仕上げたの。次のライブで雄弥にこれを届けてちょうだい」

 

「…無茶苦茶だよ」

 

「わかっているわ。私もリサへの負担が大きいと思う。けれど、これはリサがやるべきことなのよ。雄弥の演奏を取り戻すために練習してきたなら、雄弥のレベルじゃないとこなせない曲を演奏してみてほしい。私はリサならできると信じているわ」

 

「…わかった。友希那にそこまで信じられてるなら、アタシはそれに応えてみせる。間に合わせてみせるから」

 

「ありがとう。でも、無理はしないでちょうだい」

 

『そうだよリサ姉!この前のもあこすっごい心配したんだから!」

 

「あははー…、うん。自己管理はしっかりするから」

 

 

 次のライブで全てをぶつけてみせる。友希那にここまで準備してもらったんだから、あとはアタシが雄弥にぶつけてみせるだけ。

 

──アタシが雄弥を取り戻してみせるんだ

 

 

「友希那ー」

 

「わかったわよ…」

 

「やった☆」

 

「丸山さん、白金さん、部屋に戻りますよ」

 

「うん」

 

「はい…」

 

「え?お姉ちゃん何言ってるの?」

 

「当然のことを言ってるだけよ。だから日菜も手を離しなさい」

 

「やだ!」

 

「わがままもいい加減に…きゃっ!」

 

「へへーん、お姉ちゃん逃さないからね〜。今日は一緒に寝てもらうから!」

 

「えっと、…紗夜ちゃんまた明日!」

 

「お疲れ様…です」

 

 

 彩と燐子は急いで退散していった。当然紗夜は抗議してたけど、日菜が諦めないから結局紗夜が諦めてた。結花は当然のように友希那と一緒に寝てたよ。



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19話

「ライブ?」

 

「うん。来週の土曜日にアタシ達のライブがあるから、それを見に来てほしい」

 

「もちろん見に行くぞ」

 

「ありがと♪…今度のライブはアタシの全てを込めるから、一瞬も目を離さないでね」

 

「わかった」

 

 

 修学旅行から帰ってきたリサたちは、平日ながらも今日は休みらしい。修学旅行中も電話をしていたから、ある程度のことは聞いている。大体は思っていたとおりだったが、紗夜の日菜への接し方が甘くなったことは驚きだ。紗夜はどちらかというと不器用だから、もっと時間がかかると思っていた。

 そんなことを思っていたらリサに袖を引っ張られ、目を向けると不満そうに頬を膨らませていた。

 

 

「どうした?」

 

「他の女の子のこと考えてたでしょ?」

 

「…そうだな。紗夜が思ってた以上に丸くなったと思ってな」

 

「…まぁそれはアタシも思ったけど、今は二人きりなんだし他の子のことは考えないでよ」

 

「わかった。ごめんな」

 

「ん♪」

 

 

 リサの頭を撫でると、リサは嬉しそうに目を閉じて体を預けてくる。それをしっかりと受け止め、久々に過ごすこのゆったりとした時間を味わうことにした。

 しばらくその時間を満喫していたが、今日は二人で出かけようと話をしていたことを思い出し、リサの肩をポンポンと叩いて合図を送った。

 

 

「そろそろ出るの?」

 

「そうしようと思ってな。今から出て少し早い昼ご飯にしてから買い物でいいだろ?」

 

「うん。それでいいよ」

 

「支度は?」

 

「できてる」

 

「流石だな。それじゃあ出るか」

 

「うん」

 

 

 当然のように、自然とお互いに手を差し出して重ね合う。指を絡めさせたらリサと肩を寄せ合い、ほぼ密着してるような状態で家を出た。

 

 

「それで、どこに行く?」

 

「アクセショップに行きたいかな〜」

 

「ならまずはそこに行くか」

 

「うん!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシがいつも行くアクセショップに着いて、新しく出たやつを見ていく。そういえば衣装は燐子に全部任せてるけど、衣装に使うアクセとかを燐子はどこで買ってるんだろ?

 

 

「アタシが知らないとこもまだまだあるのかな…」

 

「なんの話だ?」

 

「アタシ達の衣装に使ってるアクセのこと。燐子に任せてるんだけど、どこで買ってるんだろうなって思って」

 

「なるほど…。燐子に教えてもらったらいいんじゃないか?」

 

「そうしよっかな。…それなら今度燐子と一緒に買い物に行くよ。いつも全部任せちゃってるし」

 

「ああ。…それにしても衣装も含めて全部自分たちで用意するのってすごいよな」

 

 

 珍しく雄弥が感心したようにそんなことを言ってきた。アタシ達はそれでやってきたから何とも思って無かったけど、雄弥に言われるってことは結構凄いことなのかな?

 

 

「俺達は衣装の考案はしても作るのは委託してるからな」

 

「あ、そっか。…んーでも、周りのバンドの子達も自分たちで衣装作ってるんだよね〜」

 

「…たしかに。衣装作りってそんな簡単じゃない気がするんだがな」

 

「あはは、そこはアタシ達が勝ってるとこかな〜」

 

「ま、今さら自分たちで衣装作ろうとも思わないけどな」

 

「雄弥はそうでも結花とかノリノリで作りそうじゃない?」

 

 

 鼻歌歌いながら衣装作りに励む姿が想像できるよ。それで完成できたらメンバーよりも先に友希那に報告するとこまでがセットね。

 

 

「リサは知らないのか」

 

「何が?」

 

「結花はそこまで裁縫できないぞ」

 

「うそ!?」

 

「本当だ。友希那ほど壊滅的じゃないがな。…ま、練習してたら凝ったやつまで作れるようになるだろうが、現時点じゃ衣装作りは無理だな。マフラーなら作れるらしいが」

 

「一応それって女子力高いんだけどね〜」

 

「衣装を作れる子が周りにいるせいで感覚が狂うな」

 

「あ、あはは…そうだよね」

 

 

 アタシも裁縫はできるけど、たぶん結花と同じぐらいかな。マフラーとか手袋までだね。燐子みたいにあんな凄い衣装作れないよ。…料理なら得意なんだけどね。雄弥も得意だからな〜。

 

 

「リサどうかしたか?」

 

「ううん。なんでも」

 

「…そうでもないだろ?何かあるだろ?」

 

「…見抜かれちゃうか。…アタシって女子力あるのかなーって。燐子みたいに服を作れるわけじゃないし。料理だって雄弥と同じぐらいだし」

 

「馬鹿か」

 

「あたっ。雄弥?」

 

 

 アタシの頭を優しくチョップした雄弥は、心底呆れたような雰囲気を出してた。表情はあんま変わってないんだけどね。

 

 

「裁縫の方はともかくとして、料理はリサの方が上手いだろ」

 

「そうかな?雄弥のほうが上手に作ると思うんだけど…ほら、海の家の時とか」

 

「あれは作りやすい料理だったからだ。俺は作れる料理のレパートリーが少ない。数少ないレパートリーを上手く作れるようになっただけだ。な?断然リサの方が料理できるだろ?」

 

「うーん…そう言われてもな〜」

 

「なら今日は二人でご飯作るか。それで分かるだろ」

 

「変な証明みたいになってるのが気になるけど…、まぁいっか。雄弥とご飯作るの楽しいだろうし!」

 

 

 アタシの手料理を食べてくれることはよくあるし、いっつも美味しいって言ってくれるけど、アタシは満足した出来の方が少なかったりする。半分はアタシの実力不足だと思うし、もう半分は雄弥だから(・・・・・)ってのもあると思う。

 

 雄弥が心から笑ってくれたことがないから。

 

 だからアタシはまだまだだって思う。でも、雄弥と一緒にご飯を作ったらきっといつもより上手に作れる。乙女の勘ってやつかな♪

 

 

「料理の話になっちゃったが、アクセサリーも見るだろ?」

 

「そうだね!雄弥に買ってもらったやつがあるから、買うわけでもないんだけどね〜」

 

「ウィンドウショッピングだな」

 

「うん。けどそれも楽しいじゃん!」

 

「リサが欲しいやつなら買うぞ?」

 

「ううん。いいの。どんなのが出てるか見たかっただけだし」

 

「そうか」

 

 

 アタシ達はアクセショップに置いてあるのをゆっくり見て回った。アタシが気になったのがあるとすぐに雄弥が気づいてくれて、アタシがつけたらどうかを言ってくれた。似合うって言ってくれる時もあれば、それならこっちのほうがってはっきり言ってくれたりした。

 全部褒められるわけじゃないのがいいよね。その分似合うって言われたやつが本当にそう思ってくれてるんだって分かるからね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アクセショップの後は、アタシと雄弥の服を何着か買いに行ってから夕食に使う食材を買いに行った。雄弥ってほんと服に無頓着なんだから!バリバリにオシャレしてほしいってわけじゃないけど、ある程度はしてほしいかな。服を選ぶセンスは良いんだから。

 

 

「夕食は何にするんだ?」

 

「無難に肉じゃがかな〜。作るのは難しくないし」

 

「味の個人差はよく出る料理だけどな」

 

「だからやるってのもあるけどね。雄弥の好みの味つけにしたいしさ」

 

「俺はリサが作る料理ならそれで満足なんだけどな」

 

「アタシは満足じゃないの!」

 

「そっか。…ならリサが満足できる料理にするか」

 

「頑張るけど、雄弥もよろしくね?」

 

「もちろんだ」

 

 

 家に着いたら買った服を片付けて、今から使う食材以外を冷蔵庫に片付ける。買い物に行って食材をある程度余分に買うのは、よくあることだよね。今日は父さんも母さんも帰ってこないから、雄弥と二人っきりでいられる。雄弥に頼んで今日は泊まってもらうことにしたしね。

 

 

「雄弥って肉じゃが作ったことあるの?」

 

「一人で作ったことはないな。何年か前に母さんの手伝いで作ったぐらいだ」

 

「えっ、そうなの?てっきり定番のやつは一通り作れるのかと思ってた」

 

「俺が料理する時は必要に迫られたときだけだからな。だから基本的に手軽に一人分だけ作れる料理しかしたことないな。肉じゃがはあまり一人で食べようと思わないだろ?」

 

「たしかに…。そっか…それで海の家でも焼きそばとかをあれだけ手際よくできたんだね。あれ?でもたこ焼きは?」

 

「それはAugenblickでタコパしたことがあるからだ」

 

「あー、なるほど」

 

 

 たしかに、それなら作れる料理のレパートリーが少ないってのも納得だね。今までは雄弥が作れるやつしか見てこなかったから…。そうなると、今日は雄弥に教えながら作るってことだね!

 

 

「アタシがみっちり教えこんであげるね♪」

 

「お手柔らかに」

 

「はーい♪」

 

 

 食材の切り方の名称は全部知ってるみたいだから教えるのは簡単だった。アタシが雄弥に教えるのって小学校の時以来だと思う。あの時は人付き合いの方法を教えてたけど、今はそれとは全く違う。

 なんか嬉しいな。こうやって雄弥に教えながら同じことをできるのって。

 

 

「それじゃあ食べよっか。味付けは雄弥好みにできたと思うんだけど…」

 

「それは食べてからのお楽しみだな。いただきます」

 

「ど、どうかな?」

 

 

 すっごいドキドキする。今までも雄弥には色々とアタシの料理を食べてもらってきたけど、それはアタシの好みの味付けだった。もちろんそれも緊張するんだけど、今回は雄弥の好みに合わせにいってる。だから余計に緊張しちゃう。

 

 

「うん。バッチリだ。俺が好きな味になってる」

 

「ほんと!?やった♪」

 

「リサも食べろよ?手伝ったとはいえほとんどリサが作ったんだしな」

 

「そんなことないけど…。ま、いいや。いただきます」

 

「リサの舌には合うか?」

 

「…そっか。雄弥はこの味が好きなんだ…。アタシの好みとはちょっと違うね」

 

「ま、一致するとは思ってなかったけどな。次作るときはリサの好みにしてみるか」

 

「へ?いや、いいよいいよ!雄弥の好きな味にしようよ!」

 

それは俺が満足できない(・・・・・・・・・・・)

 

「なっ……、雄弥のバカ。そう言われたら断れないじゃん」

 

「知ってて言った」

 

 

 雄弥も意地悪な言い方するようになったな〜。嬉しいような悲しいような。嬉しさもあるけど、やられたら嫌だね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 食器を洗ってお風呂も済ませてあとは寝るだけ。リサと一緒にリサの部屋に来てるが、どこかリサの様子がおかしい気がする。体調が悪いわけじゃないんだろうが…。

 

 

「……ねぇ雄弥」

 

「ん?どうしたリサ」

 

「アタシに、何を隠してるの(・・・・・・・)?」

 

「っ!?…なんのことだ?」

 

「とぼけないで。…今ならわかるんだ。祭りのあの日、雄弥はアタシに嘘をついたよね。ずっと(・・・)は一緒にいれないんだよね?」

 

「…いや、ずっと一緒にいる。それは絶対だ」

 

「うん。そこはそうだろうね。けど、そうなれない理由があるんだよね?そこを教えてほしい」

 

「……」

 

「教えてよ雄弥。アタシ達が歩み続けるためにも教えてよ!」

 

「…ライブの時まで待ってくれ。ライブの後に必ず言うから。それまで待ってくれ」

 

「…わかった。約束だよ?」

 

「ああ。約束だ」

 

 

 リサに口を重ねられそのまま押し倒される。まさかリサに気づかれるとは思っていなかっただけに動揺が大きく力が入らなかったからだ。リサという愛おしい存在を感じながら、己の弱さを実感する。

 リサはきっと自分が悲しむと分かっていながら聞いてきたんだ。それなのに俺はその話を先延ばしにした。逃げるなと、リサと向き合えと言われていたのに。

 

 俺はこの選択を後悔することになる。先延ばしにしなければと、約束を破らなければと。だが、もう後には戻れない。



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20話

  俺はなんて愚かな人間なんだろうな。

 

 何度も何度も間違える。正解を選ぶ人間だなんて評価されたこともあった気がするが、それは仕事面だけの話だ。

 

 人間関係で言えば間違えてしかいない。

 

 だから俺はとても大切で愛している彼女(かけがえのない存在)を何度も傷つけてしまう。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「Roseliaのライブ見るのっていつぶりだろ?」

 

「FWFの審査の時以来じゃないのか?」

 

「あー、かもね〜」

 

「俺は初めてかもな。疾斗と愁は?」

 

「僕は2ヶ月ぶりかな…。Afterglowのを見に行った時にRoseliaもやってたから」

 

「俺は………、忘れた!」

 

「じゃあ疾斗も初めてってことで!」

 

「いや見たことはあるんだがな?いつ見たかは忘れた」

 

 

 あはは、疾斗らしいね。ハロハピとパスパレのだったら細かくおぼえてるんだろうけど。…それにしても、気のせいかな?雄弥がどこか張り詰めた感じなんだけど。疾斗が何も言わないし、ここは黙ってたらいいのかな。

 

 

「そういえばこうやって全員でライブを見に行くのって初めてじゃない?」

 

「たしかにそうだな。遊びに行くことはあってもライブを見るのは初めてだな」

 

「そうなの?てっきり四人の時とかに行ってたのかと思ってたよ」

 

「いや、あの頃は疾斗が声をかけなかったら遊びに行くなんて事自体なかったぞ。完全に仕事仲間って感じだったな」

 

「へ〜。なんか意外。ライブの時ってすっごい仲良さそうにしてるし」

 

「仲自体は悪くなかったんだよ。ただ遊びに行かなかっただけで」

 

「雄弥がドライだったからな」

 

「悪かったな」

 

 

 絶対大して悪いって思ってないよね。まぁ今でも雄弥から遊びに誘うなんてこと滅多にないんだけどさ。

 

 

「もっとみんなで遊びに行かないとね☆」

 

「それなら結花が企画しろ」

 

「え?私がしちゃっていいの?」

 

「好きにしたらいいだろ」

 

「待て雄弥!結花に全部任せたら俺達がしんどい思いするぞ!」

 

「主に大輝が、だけどね」

 

「大輝ってそういう担当だしな」

 

「お前らも少しは手伝えよな!?」

 

「あはは、大丈夫大丈夫!今考えてるのは旅行ぐらいだから」

 

「旅行なら…まぁ大丈夫、か」

 

 

 ふふん、私を考えなしみたいに言っちゃあ駄目だよ?ちゃんと考えるんだから。九州に行ったことないから九州一周とかでいいかな。

 

 

「あと20分ほどで始まるな」

 

「Roseliaはトリやるんだよね?」

 

「ああ。いつもそうなるらしい」

 

「で、最初がグリグリか」

 

「ところでみんな」

 

「どうした愁?」

 

「雄弥がどこ行ったか知らない?」

 

「……あれ?」

 

 

 さっきまで私の横にいたのにどこ行ったの!?花音みたいなことしないでよ!…あ、でも疾斗のお人好しセンサーが働いてないってことは、迷子とかじゃないんだね。なら後で戻ってくるか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシ達の出番は最後。これはいつものことで、グリグリが最初にやることだって珍しいことじゃない。あの人達はレベルが高いけど演奏がポピパに近いから、お客さんも後に演奏する人もテンションが上がる。みんなをノリノリにさせる。

 

 

「リサ姉大丈夫?」

 

「へ?いきなりどうしたの?」

 

「だってリサ姉が緊張してそうだったから」

 

「そ、そうかな。…うん、正直に言うと緊張してるよ。練習してきたし、あの曲だって弾けるようになったけど、なんとか間に合ったってぐらいだからね」

 

「今井さん…」

 

「リサ。それでも演奏できるわ。私たちがあなたを引っ張ってみせるから、あなたの全てを引き出させてみせるわ」

 

「友希那…」

 

「あこも!いつもよりドドーンってやるから!」

 

「私も…精一杯…やります。だから…大丈夫、です」

 

「私たちならできます。今井さん、私たちだけができる、私たちの音を奏でましょう」

 

「みんな…。ありがとう!ぜーーーったいに成功させようね♪」

 

「当然よ」

 

 

 あはは!Roseliaはやっぱり最高のバンドだよ!

 緊張なんて無くなった。すごい落ち着けてる。大丈夫、これなら雄弥にアタシの、アタシ達の全てを届けられる。雄弥の演奏を、アタシの想いを、全てを込めて演奏できるよ。

 

 

「アタシ、ちょっと外の空気吸ってくるね」

 

「行ってらっしゃーい!」

 

 

 スタジオの外に出て空気を胸いっぱいに吸い込む。今日は天気がいいし、気分も最高にいいから、いつもより空気が美味しく感じる。

 

 

「あれ?雄弥?…っと、誰かと喋ってるね」

 

 

 あたりを見回したら自分の彼氏がいて、声をかけようと思ったけど誰かと話してるみたいだからそれが終わるまで待つことにした。誰と話してるんだろって思ってちょっと覗いてみたら、グリグリのゆりさんだった。…雄弥って結構交友関係広いよね。

 

 

「雄弥くんに会うのっていつぶりだろうね?」

 

「少なくとも今年は会ってないですよ」

 

「だよね〜。お姉さんは会いたかったよ?」

 

「冗談でしょ。あなたがノリで言ってるのは分かりますよ」

 

「あちゃー、分かられちゃったか。…でも、気にかけてたのはホントだよ?それにしても分かるようになったんだね。久々に会ったけど、成長してるようで何よりだよ。…今は空虚なところもあるけど、成長したものは消えてないからね?」

 

「……そうですか」

 

「それじゃ私はそろそろ戻らないといけないから、ライブ見てよ?」

 

「見ますよ」

 

「よろしい!それじゃあね〜♪」

 

 

 ゆりさんは雄弥の頭を乱雑に撫でながらアタシの方を見てウィンクをしてきた。どうやらアタシが隠れてるのは気づかれてたみたい。ゆりさんがいなくなったところでアタシは雄弥の側に行った。

 

 

「雄弥」

 

「ん、リサか。どうした?」

 

「ちょっと外の空気吸いに来たら雄弥がいたから。…ねぇ、ゆりさんとはどんな関係?」

 

「ゆりさんとは別に大した関係でもないぞ。SPACEがあった頃にたまたま知り合って、歌詞の作り方を教えてもらっただけだ。…言うなれば師弟関係ってやつか?」

 

「雄弥ってゆりさんに教えてもらってたの!?」

 

「最初は軽く話すぐらいだった…というか話しかけられてたんだが。あの時は今以上に空だったからな。気にかけてくれてたんだろ。それで作詞しないといけないってなってたから頼った」

 

「そ、そうなんだ…。ゆりさんのこと…好きだったの?」

 

「は?なんで?」

 

「だってその時の雄弥が人に頼るなんて想像つかないんだもん!」

 

「そう言われてもな…。別にリサが思ってるような感情は無かったぞ。作詞だって悩んでるのを見抜かれて、それで話したら教わることになっただけだからな」

 

 

 雄弥の目をジーッと覗き込む。どうやら嘘をついてるわけじゃなさそうだね。雄弥は嘘をつかないけど、夏祭りの時という前列があるからね。優しい嘘をつくかもしれない。

 

 

「リサ。俺はもう二度とリサに嘘をつかないから」

 

「…わかった。……ねぇ雄弥」

 

「好きにしろ」

 

「うん」

 

 

 そっと雄弥に抱きつく。Roseliaのみんなのおかげで緊張なんてない。けど、雄弥にこうやって抱きつくことで不思議と力が貰えてる気がする。出番までずっとこうしていたいけど、雄弥はグリグリの演奏を聞きに行くからそんな長くはできないね。

 

 

「ん」

 

「リサ、気負いすぎるなよ」

 

「うん。ありがとう」

 

「それじゃあ、ライブ楽しみにしてる」

 

「楽しみにしててね!最高のライブをしてみせるから!」

 

「ああ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 リサと別れてライブハウスの中に戻る。何も言わずに外に出たからか、結花に軽く注意された。人と会ってたと言ったら納得してくれたが、それでも少し不満そうにしていた。

 

 

「お、始まるな」

 

「グリグリのライブか。今日来て良かったな」

 

「私に感謝してよ〜?」

 

「ありがとーございますー」

 

「よし、疾斗は帰っていいよ。美咲に迎えに来てもらおうか」

 

「ごめんなさい」

 

「茶番もそこまでだ」

 

 

 挨拶が終わったところで疾斗の茶番も終わらせた。グリグリの演奏はレベルが高い。Roseliaも負けてるわけじゃないが、会場全体を乗せるってことに関してはグリグリのほうが上だろう。

 グリグリの演奏が終わり、他のバンドも順に演奏していく。グリグリが作った空気のおかげか、どうやらいつも以上の力を発揮できているようだった。しかし、その流れも長続きはしない。会場は温まっているが、グリグリが作った波はトリのRoseliaの時にはほとんど残ってない。実力が全て現れる。

 だが、そんなものは元から関係ないだろうな。Roseliaなら自分たちでまた波を作れるから。

 

 

「友希那達が出てきたね!」

 

「さてさて、お手並み拝見といきますかね」

 

「成長具合を見れるってのも感慨深いな」

 

「そうだね」

 

 

 リサと目が合う。リサは微笑みながらウィンクをしてきた。どうやら心配は何一ついらないらしい。

 友希那の簡素なMCが終わってすぐに演奏が始まる。グリグリに引けをとらない演奏が会場をさらに盛り上げる。全員のレベルが高くなっているのはよく分かった。しかし、一番驚かされたのはリサだ。

 

 

「リサの演奏って…」

 

「完全に雄弥の演奏だな」

 

「本当にやってのけたのか」

 

「だから言ったじゃん!リサならできるって!」

 

「リサ…」

 

 

 聴けば聴くほど驚かされる。リサが奏でる音は俺が出していた音と同じだからだ。俺が出せなくなった音をリサは奏でている。Roseliaで一番下手だと、自分のレベルは低いのだと言っていたリサが、俺のレベルに追いついたのだ。

 リサが奏でる音は完全にRoseliaの演奏のリズムを作っていて、今までのRoseliaより断然レベルが高くなっている。おそらく全員が本来以上の力を発揮できているのだろう。だが、それでいて楽しそうに演奏している。きっとこっそり見に来てる日菜も大満足だろう。

 

 

「次で最後の曲になります。次の曲はベースのリサが書いた歌詞を基に作った曲です。私たちの可能性を広げられる。そう思える歌詞を彼女は書いてくれた。聞いてください"アングレカム"」

 

 

 友希那のMCで、恥ずかしそうに頬をかいていたリサだったが、出だしはベースからのようで、友希那に目で訴えられていた。それに頷いたリサは深呼吸してからベースを奏で始めた。

 ベースにギターが追いかけるように演奏を始め、その後にドラムが入り、そして最後にキーボードが入る。四つの音が奏でられ始めたらそこに友希那の歌声が乗せられる。

 

 聴いていればよくわかる。これはリサが俺に送っている歌なのだと。リサの想いが全て込められているのだと。

 サビに入ればリサはベースを巧みに奏でながら、友希那の声に自分の声を重ねて歌う。俺でも難しいと思うフレーズのはずなのに、それをリサは笑顔で弾きながら歌声を響かせていた。

 

 

 ラスサビに入ったところで、リサがミスをした。たった一回のミスで、音楽に精通している人じゃないと気づかないようなミスだ。現に来ている客の9割はミスに気づいていない。

 だが、そのミスに一番動揺するのはやはり演奏者のリサだ。周りの四人は大丈夫だと音で伝えるが、リサの動揺は消えなかった。気持ちが揺らげば演奏に影響が出る。ラスサビだけだったからまだ救いだった。リサの演奏の質が段々下がっていっていたが、観客に気づかれることなく終わった。

 

 

「……」

 

「雄弥…」

 

「リサのとこに行ってこいよ」

 

行ってどうする(・・・・・・・)

 

「お前…本気でそう思ってるのか?」

 

「なんて声かけろってんだよ」

 

「こんの馬鹿野郎が!!」

 

「がっ」

 

「ちょっ大輝!」

 

 

 あの野郎、本気で殴りやがったな。体がふっ飛ばされたぞ。こいつの本気ってパワーだけならAugenblickで一番なんだが。大輝に視線を送ると、本気で怒っている大輝の姿が目に入った。

 

 

「お前はそれでも彼氏か!『なんて声をかければいいかわからない』だぁ?そんなもんどうでもいいだろ(・・・・・・・・・・・・・)!傷ついた奴にはただ側にいてやればいいだろ!お前の時にリサはそうしようとしてただろ!ウダウダ考えずなくていい!側にいて、心を支えてやれよ!!」

 

「大輝の言う通りだぞ雄弥。リサを泣かせたくないなら。傷つけたくないなら側に居てやらないといけない。離れていてどうやって守る気だ?」

 

「今までリサにしてもらったことを今度は雄弥がする。それでいいんじゃないかな?」

 

「……それもそうだな」

 

「あ!ここにいた!」

 

「あこ?」

 

 

 Roseliaの控室に行こうと立ち上がったところで、あこが慌てた様子でこっちに駆けてきた。…嫌な予感しかしない。

 

 

「雄弥さん!リサ姉が、リサ姉が!」

 

「リサがどうした?」

 

「リサ姉がいなくなりました(どこにもいないんです)!」

 

 

 迷う必要なんてない。あこからそう聞いた瞬間に俺はライブハウスから飛び出していた。




アングレカムは花の名前です。花言葉は「祈り」「いつまでもあなたと一緒」です。


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21話

 

 失敗した…失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 

 なんで…、今日は間違いなく最高のコンディションだった。いっぱいいっぱい練習して、雄弥のレベルに追いついて、歌詞だって作った。雄弥に完璧に届けないといけなかったのに!

 

 

 ライブが終わった後、とりあえず私服に着替えたけど、後悔が絶えなかった。友希那と燐子と紗夜はスタジオの人や他のバンドの人と何やら話しているらしくて、その時はあことアタシしか控室にいなかった。後悔が絶えなくて、あこに気を遣わせていることも耐えれなかった。だからアタシは、トイレに行ってくると嘘をついて控室から出て、そのままライブハウスからも逃走した。

 

 

 雄弥に色んなところに連れて行ってもらったから、色んな人と知り合った。それが今じゃ煩わしい。今は誰とも会いたくなかったから。…誰もいないとこ、どこだろ?

 アタシは禄に働いてくれない頭を使うことをやめて、気の赴くままに足を動かすことにした。

 

 どこかわからない所でもいいや。とりあえず、どこかに行きたい。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「クソッ、どこに行ったんだ……」

 

 

 あこに言われてライブハウスを飛び出したが、その後はどうしたらいいかわからなかった。リサが行きそうなところは……。いや、今の状態から考えたらリサが行きそうなとこにはいないはず(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「人と会わないとこか?……変なとこに行かれてたらどうしようもないぞ」

 

 

 こういう時は本能に従うはず。怖がりなリサなら路地裏とかはありえない。なら、リサが行きそうなとこと路地裏を選択肢から排除して…、人がいなさそうなところか。

 

 

「人がいなさそうなとこってどこだよ。……いや待てよ」

 

 

 いくつか候補が頭にあがってきた。どこかなんて考える必要ない。全部回ればどれかにはいるはずだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ここって……あー、友希那が雄弥を拾ったところだ。…たしかあっちの木に雄弥がいたんだよね」

 

 

 小学生の時に今井家と湊家とで花見に来て友希那が雄弥を見つけたんだ。小川が見える所だけど、草が茂ってて人が全然来ないんだよね。だから倒れてる雄弥を見つけたのも他の人じゃなくて友希那だったんだ。あの時友希那は退屈そうにしていたから、こういうとこに来たんだよね。

 

 

「…ここなら一人でいられるよね」

 

 

 友希那が言っていた雄弥が倒れていたポイントに、今はアタシが座ってる。茂みに体が隠されて、誰かに話しかけられることもない。しばらくはここにいることにしようかな。落ち着くまでここにいよ。

 じーっとしてたら、頭に思い浮かぶのはやっぱりライブのこと。失敗してしまって、その後段々と演奏が悪くなってしまった。ライブ自体はまぁ成功なのかな?お客さんは盛り上がったまんまだったから。

 

 

「でも、…そんなんじゃ駄目なんだよ。あんなんじゃ、雄弥には……ぐすっ」

 

 

 涙が溢れ始めてきた。拭っても拭っても涙が止まらない。最高のライブをすると言った。楽しみにしててねって言った。それなのにアタシはあんな醜態を晒してしまった。

 あこがいつもより頼もしくドラムを叩いてくれたのに、紗夜がいつもよりカッコよくギターを弾いてくれたのに、燐子がいつもより優しく包むようにキーボードを奏でてくれたのに、友希那がいつもより激しく、熱く歌って引っ張ってくれたのに!それなのにアタシは!!

 

 

「みんな……ごめんね。……ごめんね」

 

「謝るならちゃんとみんなの前で謝ってやれよ」

 

「え?」

 

 

 声をかけられるのと同時に後ろからギュッと強く、だけど優しく抱きしめられた。アタシはそれを認識したらさらに涙が溢れてきた。

 

 だって、だって、

 

 

──そうやって雄弥が優しくしてくれるから

 

 

「無事に見つけれてよかった。一発で見つけれたし、俺もリサのことを分かるようになってきたってことか?」

 

「…知らない」

 

「ははっ、…お疲れさま」

 

「…っ。…なんで

 

「ん?」

 

「なんでそんなに優しくしてくれるの!?アタシ、失敗したんだよ!?雄弥に最高の演奏するからって、楽しみにしててねって言ってたのに失敗したんだ!?」

 

「それは俺も同じだろ?俺なんて演奏できなくなってライブ終わったんだぞ?」

 

「あれは雄弥のせいじゃないでしょ!ハメられたからじゃん!アタシは自分のミスなんだよ!?」

 

「…それでも俺は最高の演奏だと思ったぞ」

 

「嘘だよ!だって、アタシは失敗して…」

 

「嘘じゃないさ。リサが俺に追いついた。そして俺以上の歌詞を書いた。それを見せつけてくれたんだ。最高じゃないって言ったら何が最高なんだよ」

 

 

 それでもアタシは納得できなかった。泣きじゃくりながら体の向きを変えて雄弥を押し倒して顔をビンタした。何度も何度も叩いた。アタシに怒ることがない雄弥に怒ってほしくて、アタシがライブを壊したのだと言わせるために。

 だけど、それでも雄弥は何も言わなかった。ただただアタシに叩かれるのを受け入れた。アタシはもう叩くのも嫌になって手を止めた。そしたら雄弥がすぐに体を起こしてまた抱きしめてきた。頭に手を置かれて雄弥の胸に押し付けられた。

 

 

「リサ。全部吐き出せ。悲しみも後悔も何もかも全部だ」

 

 

 雄弥にそう言われた瞬間胸が熱くなるのを感じた。そしてそれはアタシの我慢を押し切る原動力になった。全てを吐き出すように大声で泣いて、全てを出すように涙が溢れかえる。雄弥に抱きしめられて、雄弥の存在を感じれば感じるほどそれは続いた。今まで耐えてたことも全て流れるように体から出ていった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 リサの髪を梳くように優しく撫でているとリサの寝息が聞こえてきた。涙を流しきり、疲れきったのだろう。動かす手はそのままに反対の手で携帯を操作して電話をかける。相手はもちろん友希那だ。

 

 

『もしもし雄弥。リサは見つかったかしら?』

 

「ああ。今は疲れて寝てるから、起きたら連れて帰る」

 

『そう。安心したわ』

 

「冷静なんだな」

 

『そう振る舞ってるだけよ。本音を言うと気が気でないもの』

 

「…ごめん」

 

『いいのよ。それで、あなた達は今どこにいるのかしら?』

 

「…三人の想い出の場所かな。俺は記憶にないが」

 

『…なるほど。リサらしいわね。今日はもう二人で好きなように過ごしなさい。リサの中で整理する必要もあるでしょうから、明日の午後にでも会いましょうと伝えといて』

 

「わかった。それと友希那」

 

『…ちょっと待ってちょうだい』

 

 

 俺の声色でわかったのか、友希那はみんなに一言断ってから場所を移動してくれたようだ。やはり俺達の姉には頭が上がらないな。

 

 

『待たせたわね。それでどうしたのかしら?』

 

「リサが起きたらさ、……リサに全て話すよ。俺の体のことも寿命のことも」

 

『っ!……そう。いいのね(・・・・)?』

 

「ああ。紗夜と日菜にも向き合えって言われたし、何よりリサに見抜かれたからな」

 

『リサが?…そうなのね。でも気をつけなさいよ。タイミングを間違えたら取り返しのつかないことになるわ。それはあなたも分かってるわよね?』

 

「ああ。リサが落ち着いてからにする」

 

『それがいいわね。…それじゃあ雄弥、気をつけて帰ってくるのよ。リサも無事に家につれて帰りなさい』

 

「わかってる」

 

 

 友希那との通話を終えて携帯をポケットに仕舞い込む。どのタイミングにするか、どういうふうに話すか。そういったことに頭を悩ませているとリサが目を覚ました。思ってたより起きるのが早いな。

 

 

「ゆうや?」

 

「おはようリサ。少しは落ち着けたか?」

 

「うん。おかげさまで」

 

「それはよかった。どうする?もう少しここにいるか?それとも家に帰るか、どこか寄り道するか…」

 

「雄弥」

 

「うん?」

 

全部話して(・・・・・)

 

「っ!?……今か?どこか移動してとかじゃなくて」

 

「うん、今。今なら周りに誰もいないでしょ?聞かれる心配がないから今の方がよくない?それに…ライブの後って約束してくれたでしょ?」

 

「そう…だな」

 

 

 まさか今話せと言われると思ってなかった。果たして本当に今話して大丈夫なのか?リサは今落ち着いている状態なのか?

 俺よりは強いリサだが、それでも相当応えていたはずだ。そんなすぐに回復できないはずなのに。…どうする。これで断れば約束を反故したことになる。しかし、言えばおそらくリサはまた荒れる。

 

 

「雄弥!」

 

「……わかった」

 

 

 どうすれば正解なんだろうな。隠してきたことのつけということなのか。これが湊雄弥という人間が今までの行いで確定させてしまった道なのだろう。後戻りはできない。ならば、俺は今リサと向き合って全て話すしかないのだ。

 

 

「リサ落ち着いて聞いてほしい。

 

 

──俺は、長生きはできない」

 

 

「…ぇ?」

 

「俺の体は少し特殊でな。怪我の治りが異常なぐらい早い代わりに、寿命を削っていくんだ。たぶん50代後半とかで死ぬ。…だから、もしかしたらリサと一緒に孫を可愛がることができないかもしれない」

 

「…うそ…だよね?…からかってるの?」

 

「悪いなリサ。本当のことなんだ」

 

「嘘だよ…嘘だよ!!だって、…雄弥…ぁあぁぁ」

 

「ごめんな、リサ」

 

「うそ…嘘!ゆうやの…ゆうやのバカ!」

 

「なっ、…リサ!」

 

 

 リサは俺を思いっきり突き飛ばして涙を堪えながら走り出した。突き飛ばされると思ってなかった俺は体勢を崩してしまい、急いで起き上がってリサを追いかけた。

 

 

(やはり、今は話すべきじゃなかったんだ!)

 

 

 リサよりも俺の方が断然足が速い。だからすぐに追いつくことができる。だが、追いつく場所は決して良くなかった。

 

 リサは無心で走っていて、そのまま横断歩道に侵入した。

 

 

 

 信号は

 

 

 

 赤色だった。

 

 

 

 当然スピードを出してる車が迫ってきて、クラクションが鳴らされる。

 

 

 

「あ……」

 

「リサ!!」

 

 

 俺が追いついた場所はちょうどそこだった。

 

 リサと車の間に自分の体を入れて、リサの背中と後頭部に手を回す。車を避ける余裕まではなく、俺はリサに傷ができないように庇うことに専念した。

 

 

「ぐっ……」

 

「ぇ……ゆう、や……?ゆうや!…あ、…あぁぁぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ゆうや……あたしの……あたしのせいで…あぁぁぁ!うわぁぁぁぁ!」

 

(リサに怪我は…よかった、見た感じなさそうだ)

 

 

 俺は薄れていく意識の中でそれだけを認識することができた。




この小説も終盤に入り始めましたね。たぶん、きっと、おそらく。


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22話

次のガルパイベントのイラスト…。浮き輪に乗ってるのって友希那さんですか?…じゃあお隣にいるのは、…リサ姉?(っ'ヮ'c)ファァァーー!



さてさて、トラップ回です。


「……病院か」

 

 

 3度目だな。この病室にいるの。…無意識のうちだったがどうやら傷の修復はフル稼働だったようだ。傷が一切ない。意識を失う前にリサの様子を見てたからだろうな。

 電波時計を見るに事故は昨日のことらしい。今日は日曜日で、もうすぐ夕方になるな。

 

 

「宮井さん、リサはどこにいますか?」

 

「病室に入る前に声をかけないでください。心臓に悪いです」

 

「それはすみません。ですが結構大切なことです。リサはどこですか(どの病室ですか)?」

 

「…病室にいることをなぜ確信してるの?」

 

「自分が体験したことは見ただけでもわかるものでしょう?特にそれが大切な人だったら余計に」

 

「……」

 

「リサは心に傷を負ったはずです。どの病室にいますか?」

 

「…リサちゃんは誰とも会いたくないと言っています。友希那さんでも、ご両親でも会いたくないと言って病室に鍵をかけてます」

 

「鍵は外からでも開けられるはずですよね?リサが拒もうと関係ない。俺はリサを連れ出します。…かつてリサがそうしてくれたように」

 

 

 真っ直ぐと宮井さんに目を向けると、宮井さんは諦めたようにため息をついてから病室を教えてくれた。さすがに鍵を渡すわけにはいかないからと病室の前までは一緒に来てくれるらしい。

 

 

「…そういえば今さらですけど、前は研修でしたよね?期間は終わってるはずなのに何でまだこの病院にいるんですか?」

 

「本当に今さらですね…。答えは簡単ですよ。ここに採用してもらったんです。研修の時に目をつけていただいて、最終日にここで働かないかと言ってもらってそれで就職しました」

 

「やっぱり宮井さんは凄いですね。ご就職おめでとう御座います」

 

「ありがとうございます。…まぁこんなことしてたら大目玉なんですけどね」

 

「そこは俺に押し切られたとでも言ってください。先生に話せば援護してもらえるでしょ」

 

「それはもう手を打ってますよ。先生には話をしてます。先生も『彼ならねー』なんて言ってましたので」

 

「…そうですか」

 

 

 宮井さんが見違えるぐらいに優秀な人になってるのだが…、それと先生、あんたそれ適当過ぎないか?まぁ言い当てられてる俺は何とも言えないが…。

 

 

「リサちゃんはこの病室にいます」

 

「そうですか。…最後にいくつか聞かせてください。リサは友希那たちと言葉を交わしましたか(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「…いいえ(・・・)。一言もリサさんは話しませんでした。友希那さんたちが来てもドアの鍵を開けることはありませんでした。無言を貫いて…」

 

「なるほど。…友希那は鍵を開けるように頼まなかったんですね?」

 

「ええ。『私たちは諦めて帰るけど、雄弥は優しくないわよ』と最後に言ってました」

 

「…行動を読まれてるな」

 

「ふふっ、素敵なお姉さんじゃないですか。信頼の証拠でしょ?」

 

「そうですね」

 

 

 宮井さんから鍵を受け取り、頭の中をリセットしてから鍵を開けた。ごちゃごちゃ考えながらじゃ禄なことにならないとわかったからな。

 

 鍵を開けたらすぐに宮井さんに鍵を返してドアを開けた。突然ドアを開けられたからだろうか、ベッドを軽く起こしてもたれる様に座っていたリサは慌ててシーツで頭まで隠して包まっていた。

 …よかった。部屋が荒れてないということは、リサが錯乱状態にならなかったということだ。心は荒れてるかもしれないが、モノにあたったりはしてないようだ。

 ゆっくりとドアを閉めて、刺激しないように音をたてずにリサに近づく。リサはなんとなくわかったのか、俺が足を止めた時に体をビクッと反応させていた。

 

 

「リサ。話をしよう。まだ全てを話せたわけじゃない」

 

 

 声をかけてもリサの返事はない。宮井さんが言ったとおり会話すらしたくないのだろう。シーツを強く掴んで拒絶の意志を示してくる。

 

 

「…会話もしたくない、か」

 

 

 いつもならリサが復活するまで待つのだが、今回は強攻策を取らせてもらおう。シーツを強引にずらしてリサの顔が現れるようにする。リサが焦ったようにシーツを被り直そうとしたところで両手を掴んでリサを拘束する。

 

 

「なんて顔してんだよ。俺はリサのこと怒ってないんだぞ?」

 

 

 優しく声をかけてもリサを首を左右に振るだけで話そうとしない。俯くリサの顔を覗き込むようにしてもリサは視線をそらすだけだった。片手を放してリサの頬に手を添える。顔を動かせないようにして無理矢理目を合わせる。

 

 

(目が死んでるってわけでもないな。…やっぱり塞ぎ込んでるのか)

 

「事故にあったことに責任を感じてるのか?」

 

 

 リサは目を潤ませながら微かに首を縦に振った。…どうやら意思疎通を図ることを拒んでるわけじゃないようだ。そうなると…なぜ喋らないのか(・・・・・・・・)。…最悪のことを考えないといけないが、それはおそらくないだろう。その場合は宮井さんが教えてくれたはずだ。あの人は優しいから。

 

 

「リサが気にすることじゃない。そもそも俺が悪いんだからな。…話の続きをしようか。俺の体の体質を治せるかどうか」

 

 

 またリサが体を震わせて反応した。それもそうだろうな。治らなければどんどん寿命が削られる体のことなんだから。リサに微かに残ってる目の光がこちらに向けられる。期待したいのだろう。

 

 

「意識が飛んでる間にちょっと不思議な体験をしてな。…治す手段はあるらしい。ただ、それを探さないといけないし、治せても失った寿命のほとんどは取り戻せない」

 

 

 リサはまた視線を下げて首を左右に振った。嫌なのだと、そんなの受け入れたくないのだと言いたいのだろう。逆の立場だったら俺も受け入れられないだろうな。リサに先立たれるのが決まった未来は望みたくないから。

 

 

「どうしても長生きはできないんだ。…赦さなくていいから」

 

 

 そういった瞬間リサに顔をビンタされた。力が入ってなくて全然痛くないのだが、心が痛むビンタだった。リサの悲痛の思いが伝わってくるような、そんなビンタだった。

 …だからこそ決断できた。後ろめたさもあったのだが、宮井さんと先生はそうなると予想してくれているしな。

 俺はリサからシーツを完全に取っぱらい、リサを抱えて病室からの飛び出した。突然のことにリサは抗議するように胸を叩いてくるが、俺はそれを無視して、人の気配を察知しながら人に会わない走り、病院の裏口から外に出た。病室にはリサの荷物らしきものはなかったから、物を取りに戻る必要もない。

 

 

「そんな格好でどこに行く気?」

 

「っ!…結花か。どうしてわかった?」

 

「私たちの姉はお見通しってことだよ。二人の着替えを持ってきたし、疾斗に車を用意してもらってる。とりあえず車に行こ」

 

「疾斗もかんでんのかよ…」

 

「メンバーはそれぐらいだよ?私と友希那と疾斗だけ」

 

「そうか」

 

 

 これで紗夜と日菜まで関わっていたら面倒だと思ったが、少数で済ましてくれたようだ。…疾斗がいるのも車を運転させるためだろうな。

 他の人に見つからないように気をつけながらサッと車に入り込んだ。リサは車の席につくやいなや、すぐに膝を抱えるようにして塞ぎ込んだ。やはり強引だったか。

 

 

「カップル揃って病院を脱走か。少し話をねじ曲げたら愛の逃避行になるんだが…」

 

「ある意味逃避行ではあるがな。…疾斗行ってほしい場所がある」

 

「だろうな。どこでも言え。運転してやる」

 

「場所はそう遠くないところだ」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 いつの間にか車は発進して、いつの間にか車は雄弥の目的地に着いていた。会話のほとんどは聞いてないけど、不思議と雄弥の発言だけは耳に入ってきて頭に残った。雄弥と疾斗が車から降りて離れていく。

 アタシはそれを横目に見ながらも嫌なことを考えていた。…雄弥に愛想をつかされたんじゃないのかと。

 

 

「リサー。いつまでもその服は嫌でしょ?着替えるよ。二人も車から離れてくれたことだし」

 

 

 …どうやらアタシの着替えを見ないように配慮して離れたようだ。アタシは何もやる気が出ないから首を左右に振った。けどアタシの親友はそんなの認めてくれない。

 「そう言うと思った〜。…あ、言ってはないのか」なんてことを言いながら結花は近づいてきて服を脱がしていく。抵抗しても病院の服は着脱が簡単だから特に意味がなかった。アタシは途中から結花の手を止めさせて自分で着替えることにした。

 

 

「ちゃんと靴も用意したから履いてね〜。履き終わったら外に出てきて。雄弥がどこか連れてってくれるみたいだし。……私と疾斗はついていっちゃ駄目なんだろうけどね」

 

 

 どこに連れてかれるんだろ。見た感じ山に来てるみたいだけど、道中は外見てないからどこの山かはわかんないや。…近くのどこかみたいだけど。

 

 

「もしもし雄弥?うん。リサが着替え終わったから戻ってきて」

 

 

 結花が電話をしたらすぐに雄弥と疾斗が戻ってきた。何か話しながら戻ってきてるけど、帰りのこととかかな?

 

 

「リサ、悪いが少し付き合ってもらうぞ」

 

「いっそ本当に逃避行すれば?」

 

「さすがにそれはしないから。二人は暇だろうが、残っててくれ」

 

「はいはい。ま、適当に星でも眺めとくよ」

 

「軽くドライブして戻ってきてもいいがな」

 

「そのへんは気分で決めよ」

 

 

 雄弥に手を引かれてどんどん山の中に入っていく。車でも結構登ってきたのに、まだ登るんだね。靴もスニーカーが用意されてるけど、友希那ってここまでエスパーだったっけ?

 雄弥と一緒にいるけど、会話はまったくない。いつもならいっぱい話すし、無言でも嫌じゃないけど、今はなぜかこの空気が嫌だった。…会話をしたくないのに無言は嫌だなんて、アタシって自分勝手だよね。嫌な女だよ。

 

 

「この辺だな」

 

 

 雄弥が足を止めたからアタシも足を止める。そこからは街が一望できるようになってて、高さもあるから空も視界に入るようになってた。街の光と星空の光、こんな景色もあるんだね。

 

 

「…どうやら気に入ってくれたようだな」

 

 

 特に何か反応を示したわけじゃないと思うんだけど、雄弥には分かられちゃったね。雄弥に肩に手を回されて軽く引っ張られる。アタシは雄弥の体に自分の体を預けることにした。やっぱり拒絶し続けるのは無理だよ。アタシは、そこまで自分を抑えれる人じゃないから。

 

 だから、

 

 雄弥に最初に知ってもらうことにした。

 

 今のアタシを(変わってしまったアタシを)

 

 

「…ねぇ、雄弥」

 

「!!…リサ、声が(・・)

 

「うん。…変わっちゃった(・・・・・・・)

 

 

 これがアタシが喋りたくなかった理由。先生が言うには、強いショックを受けた影響だろうとのこと。そして、もう前の声には戻らないということ。それを聞いてアタシは怖くなった。

 

 違うと言われたらどうしよう。

 

 今井リサじゃないと言われたらどうしよう。

 

 みんなに、なによりも、雄弥に嫌われたらどうしよう。

 

 そんなことが頭の中を駆け回って、そして取った行動が喋らないということだった。雄弥にこうやって告白したのが怖い。雄弥の反応が怖い。だけど、雄弥にしかこんなこと言えない。最初は雄弥じゃないと…。

 

 

「あは…あははは…変、だよね。…こんなの、アタシじゃないよね…」

 

 

 怖さには勝てない。だから先に自分で自分を否定して、雄弥の言葉を聞く前に自分を貶めることにした。この方がきっと楽だから。アタシは顔を俯かせて雄弥の言葉を待つことにした。

 

 雄弥の手がアタシの肩から離れる。

 

 

(あー、…やっぱり…)

 

 

 雄弥の手が離れたと思ったら雄弥に正面から抱きしめられた。アタシは突然のことでビックリして狼狽した。

 

 

「馬鹿だな。…リサがどれだけそれを知られるのを怖がってたのか分からないが、俺がそれでリサを否定するわけないだろ?」

 

「うぅ、…だっ、てぇ、アタシ…」

 

「声だけがその人を表すものなのか?」

 

「ぇ…?」

 

「違うだろ。声が全てじゃないはずだ。あくまでその人の特徴の一つってだけだ。俺はそれが変わったところで否定しないし、みんなも否定しないはずだ。リサの周りの人間はそれで手のひらを返すような人たちなのか?」

 

「ち…がう…きっと…みんな…受け入れてくれる…と、おもう」

 

「そうだな。側にいるから、みんなに言う時も一緒にいるから」

 

「うん…うん」

 

「リサ。俺はリサの声が変わろうとリサのことを愛してる。それに、たとえ喋れなくなろうと、病気になろうと、歩けなくなっても、リサが何もできなくなっても、リサのことを愛し続ける。だから、もう側を離れようとしないでくれ」

 

「ごめん、ごめんね。…アタシも…雄弥と一緒にいる。…雄弥と生きるから。…だから…雄弥も……アタシから、離れないで。…精一杯生きて」

 

「ああ。お互いに約束しよう。二人は絶対にずっと一緒だって」

 

「うん。…約束。ずっと側にいさせて」

 

 

 もう約束で指切りはしない。アタシ達はお互いに距離を縮めて口を重ねた。約束は絶対だし、アタシ達の関係も絶対のものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アタシの心がそうやって救われる。

 

 

 まるで物語のヒロインになったような劇的な──夢の中にアタシはいた。

 

 

 

 

 




さて、どこからがリサの夢でしょう?


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23話

 Roseliaのプールイベント、スバラです!!
ガチャの結果?(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい(悪くなかった)

今回はあの人物が登場です。


「…そろそろ就寝時間になるんですけど」

 

「もうそんな時間ですか」

 

「…てっきり今日連れ出すと思ってましたが、違うんですね」

 

「そのつもりだったんですけどね。思ってた以上にリサの状態がよくなかったので」

 

「リサちゃんとお話できました?」

 

「いえ。ずっと俺が話しかけてるだけでしたよ。…リサは先程寝ましたが」

 

 

 眠っているリサに目を向けながら、宮井さんと話をする。リサの状態は予想以上に悪かった。リサの小さな仕草でリサの意思を汲み取りながら会話をしていたが、それは長く続かなかった。

 突然リサの目の焦点が合わなくなり、ここではないどこかを見ているようだった。きっと昔の俺もこうだったんだろうなと思いながら、それでもリサの側に居続けて声をかけ続けた。リサはそのうちそっと目を閉じて先程眠りについたというわけだ。

 

 

「湊くんはこれからどうする気ですか?」

 

「…リサを取り戻しますよ。心を塞いでしまったのならそれをこじ開けます。話さない理由はわかりませんが、俺はそれを受け入れられる(否定しない)確信もありますしね」

 

「どうやってそうするか考えてるんですか?医学の世界でもこれといった明確な方法はないんですよ?」

 

取り戻せます(・・・・・・)、確実に」

 

「…考えはあるみたいですね。湊くんは明日にでも退院できますけどどうします?」

 

「退院します。わりと忙しいことになるので、早く退院できるなら助かります」

 

「そうですか。…今日はここで寝るんですよね?」

 

「そうですね」

 

「わかりました。ではまた明日。おやすみなさい」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 

 宮井さんが出ていったところでもう一度リサの様子を確認する。魘されてる様子もなく、とても穏やかな表情で眠っている。それに安心した俺はリサの手を握り、椅子に座ってベッドに突っ伏すように眠りについた。体勢は悪いがそんなヤワな体じゃない。一日ぐらい大丈夫だ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「リサちー…なんで」

 

「雄弥くんのことを全て聞いたから、ですよね?湊さん」

 

「そうね。…タイミングからしてその可能性が非常に高いわ」

 

「ユウくんのことを?」

 

「ええ。事故に合う前に雄弥と電話したのだけれど、リサに隠し事をしていることに気づかれたから全てを話す、そう言っていたわ。話すタイミングには気をつけると言っていたのだけど…、リサに迫られて断れない状況になったのでしょうね」

 

「それで全てを知った今井さんは…」

 

「リサの想像を超えてたのでしょうね。…受け入れられなかったのでしょう」

 

 

 あの子は繊細だものね。雄弥と並んで生きていく未来を何よりも楽しみにしてたはず。だから、雄弥が長生きできないと知って、取り乱した。そして雄弥がリサを庇って交通事故にあったことで、自分のせいで雄弥の寿命を縮めた。そのショックで今の状態に…。

 

 

「お姉ちゃん、リサちーはどうやったら治るの?」

 

「…わからないわ。お医者様もはっきりしたことは言えないって仰ってたし」

 

「なんで!」

 

「仕方ないじゃない!精神的なことは個人で変わるのだから!…確実な手段なんてないのよ」

 

「…ユウくんは?ユウくんならリサちーを治せるんじゃないの!?」

 

「かもしれないわね。…おそらくそのために今奔走してるのでしょう。早朝に連絡が来たのだけど、今日退院してるそうよ」

 

「もうですか!?いくら何でもそれは……ぁ」

 

「…また寿命削ったの?」

 

「そう…なんでしょうね。本人の意志…ということになるのかしら、起きたときには治ってたそうよ」

 

「それは…」

 

「リサちーが大切だから、かな」

 

 

 日菜の予想で正解なのでしょうね。リサのことが大切だから。すぐにリサと話せるように、入院も最短で終わるようにしたかったのでしょう。

 意識がなくてもそうなるということは、それだけ雄弥がリサを想っているということ。それ自体は嬉しいことなのだけれど、雄弥の場合は特殊だから複雑ね。

 

 

「友希那ちゃん。あたし達ができることってないの?」

 

「…今は特にないわね。雄弥の代わりにリサの様子を見に行くぐらいかしら」

 

「なにか、何かしようよ!」

 

「日菜」

 

「だってリサちーはあたし達の友達なんだよ!?」

 

「もちろん私も何かしたいわ。でも、雄弥が『信じて待っててくれ』って言ったのよ。だから私は待つわ。雄弥が下準備を終えたら改めて手を貸すことになるのだから」

 

「…そうなの?」

 

「雄弥くん一人で全てをしようというわけじゃないのでしょうね。…だから日菜、今は待ちましょ」

 

「うん…」

 

 

 雄弥が何を考えて、どういうことをしているのかは分からない。だけど、電話で聞こえてきた雄弥の声は、今までで一番頼もしい声だった。決意に満ちて、やることを明確にしていたらしく、言葉の一つ一つに力や想いがこもっていた。

 

 

(雄弥、信じているわよ)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 路地裏にある楽器屋。チンピラやヤンキー達が集まりそうな場所にあるのにそういった輩が一切近づかない場所にその店はある。そんなおかしな店に俺は来ていた。

 

 

「なんだ…こんな所に何のようだ?」

 

「ここに売ってあるやつを買いに来たのと、もう一個用事があるってだけだ」

 

「ほう?……ならまずは会計だな」

 

 

 弦とピックを買い、会計を済ませる。ここの店長はとても面倒くさそうに、愛想悪くしているが、その演技(・・・・)に付き合う気はない。

 

 

「あんたに頼みがあってきた。ゼファー(マネージャー)

 

「…なんだそっちのか」

 

「俺が裏側に首を突っ込むわけ無いだろ。…マネージャーとして力を貸せ」

 

「貸せ…か。大きく出たな」

 

「俺を監視していたこと、元社長を野放しにしていたこと、ファーストの入国をわざと見逃したこと。そのツケを払ってもらうだけだが?」

 

「よく気づいたな?」

 

「疾斗を介して監視していたことは、Augenblickが結成した時から気づいてた。特に害がないから放置してただけだ。あのバカを野放しにしていたのは、お前がだらけたからだろ。そしてファーストの入国は、組織を探るため。違うか?」

 

「正解だ。ポンコツ社長とファーストが接触したときは笑いが止まらなかったけどな。そんなことしたら、探り放題(・・・・)になるからな。私なら接触しないな」

 

「そんな話はどうでもいい。もう一度言うが、力を貸せ」

 

「正解したわけだし、それぐらいはしてやるよ」

 

 

 ゼフレス・オルランド。俺達Augenblickのマネージャーにして、人材発掘の天才。裏側で言えば最大限警戒されている人間であり、誰も手を出さないことが暗黙の了解となっている。年齢不詳で、いつどこで生まれたのかも分かっていない。魔法でも使っているのかと疑うぐらい見た目の変化が激しい。この店にいる時は初老のようになり、マネージャーとして動くときは30代半ばのような見た目になる。疾斗が言うには、10代の見た目に戻ることもあるらしい。一言で片付けると、怪物だ。

 

 

「それで、この私に何を頼みたい?社会での渡り歩き方か?お前の体の治し方か?…それとも、彼女の精神状態の治し方か?…ぐっ」

 

「俺の女にちょっかいかけたら、あんたでも潰すぞ」

 

「ふっふっふっ、お前ぐらいだよ。この私にそうやって脅しをかけてくるのは。…意味がないとわかっているだろうに」

 

「その時は刺し違えてでも消してやるよ」

 

「おー、怖い怖い。…まぁ、お前の頼みはどれでもないのだろ?」

 

「当たり前だ。お前にはマネージャーとして(・・・・・・・・・)力を貸してもらうからな」

 

「なるほど、なるほど。敏腕マネージャーに頼みたいことか。…随分と大掛かりなことをするんだな?」

 

「お前の期待ほどじゃない。ただ単にあまり悠長にしてる時間がないからお前にも働いてもらうだけだ」

 

「くっくっく。…いいじゃないか雄弥。お前、今のほうが断然良い目をしているぞ。やっとスタートラインに立ったようじゃないか。随分と時間をかけたな?」

 

「まぁな。…お人好しのおかげだ。恩は返すものだろ?」

 

「違いない。それじゃ、具体的な話を聞こうか」

 

「ああ」

 

 

 ゼファーに今考えていることを話した。話し終えたらゼファーは腹を抱えて笑いながら「青春じゃねぇか」と、俺の案に乗ってくれた。どうやらゼファーの目からしても特に修正の必要がない案らしい。ゼファーにやっておいてほしいことを伝え、俺は店を出た。店の地下に行けばさらに手を借りれただろうが、あそことは関わりたくないからな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 店を出て路地裏からも出た所で疾斗に待ち伏せされていた。どうやら今の俺の状態は、疾斗のセンサーに引っかかるらしい。…ま、元からAugenblickにも巻き込まれてもらう予定だったし、呼び出す手間が省けてよかった。

 

 

「よう雄弥、これからどうする気だ?」

 

「そのことについてはちゃんと話すさ。Augenblickの残りのメンバーも呼び出してくれ。これからやること、リサを取り戻す方法を考えた。お前らにも手を貸してもらうから、そのことについて話す」

 

「ならばよし!いやー、ここで『一人でやる』なんて言ったらぶん殴ってやろうと思ってたが、その必要がなくてよかったよ」

 

「殴られるのは大輝にやられたあの一回で十分だ」

 

「はは!違いないな!」

 

「…お前たちには俺の身勝手に巻き込まれてもらう」

 

「気にすんじゃねーよ!リサは俺達の友達だし、なにより仲間の頼みだ。手を貸すに決まってんだろ!」

 

「ありがとよ」

 

「いいってことよ!それじゃあ、呼び出す場所は事務所でいいよな?」

 

「ああ。そのほうが都合いい」

 

「にしてもよかったのか?ゼファーなら体の治し方知ってるだろ?」

 

「あいつの情報をすべて鵜呑みにするほど馬鹿じゃないんでな。隙を見せれば厄介事に巻き込まれるだろ?」

 

「…たしかに。安全な厄介事に、だけどな」

 

「関わること自体が御免だ」

 

「それがいい」

 

 

 必ずリサの心を救ってみせる。リサに与えられてきたものを、今度は俺がリサに与えてみせる。

 そして、その後に俺の体を治す手段を探す。なんとしてでも。

 




マネージャーさんはね、多忙すぎるんですよ。だから余り出てこないのです。…と、いうことにしておきましょう。


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24話

バイト先の店が潰れる夢を見たんですよ。その時の僕はめちゃくちゃテンション上がってましたね。…嫌いじゃないんですよ?ただめんどくさいんです。

ツイッターのアカウントを作ってみました。小説情報に載ってます。何かしらは呟くことでしょう。( ˊ࿁ˋ ) ᐝ


 

 疾斗による招集で事務所にある俺の部屋にAugenblickのメンバーが集まっていた。結花は俺の姿を見るやいなや顔をしかめて、見るからに不機嫌になっていた。

 

 

「それで?リサの側を離れてこんなとこで雄弥は何してんの?今のリサの状態知ってるんでしょ?」

 

「知ってる。知ってるからこそ外に出てきた」

 

「…何言ってんの?」

 

「まぁまぁ結花落ち着いて。雄弥がここにいるってことは、リサの側にいるよりも重要なことがあるんじゃないかな」

 

「彼女より大事なことって何?」

 

「リサを治す方法を考えた。みんなには力を貸してほしい」

 

「治す方法って…雄弥お前何言ってんだ。素人が思いつくことで治るようなものじゃないだろ」

 

「いや、俺は先に話を聞いたが、わりといい考えだ。何よりゼファーがそれに乗った」

 

「ゼファーが!?」

 

 

 基本的に自由を与えてくる自分たちのマネージャーだが、考えなしというわけでもない。マネージャーへの信用は低いが信頼は高い。あの男が話に乗ったということは、それだけ可能性が高いものだと意味する。そのため大輝と愁は話を聞く態勢になり、結花もまだ納得できてはなさそうだが耳を傾けてくれている。

 俺はゼファーや疾斗に伝えた俺の考えをみんなに伝えた。話を聞いた三人は、呆れが半分、やる気が半分といった反応だった。

 

 

「ま、たしかに悪くはないな」

 

「ちょっとリスキーな気もするけど、ゼファーが動いてくれてるなら酷いことにはならないね」

 

「俺はもちろん雄弥に手を貸すが、お前たちはどうする?」

 

「はっ!そんなの決まってんだろ!俺もその話乗ってやるぜ!」

 

「僕も賛同するよ。結花はどうするんだい?」

 

「…条件がある。それと、その案を少しイジらせてもらうよ」

 

「条件?」

 

「うん。雄弥が隠してること(・・・・・・・・・)を教えて」

 

「!?」

 

「雄弥が隠してること?…別に隠し事の一つや二つ誰だってあるだろ?」

 

 

 結花が言ってるのは間違いなく俺の体のことなんだろう。友希那たちが言うわけないから、今回の件で気づいたのか。リサに続いて結花にまで気づかれたか。…いや、いっそこの場にいるメンバーには伝えたほうがいいのかもな。

 

 

「大輝、雄弥が隠してるのは可愛らしい秘密とかじゃないよ」

 

「…どういうことだ?」

 

「…結花、話してやるよ」

 

「うん。知ってるのって友希那ぐらいかな?」

 

「後は紗夜と日菜…それと疾斗とゼファーだな」

 

「疾斗も?」

 

「ああ。ゼファーの指示で俺を監視してたわけだしな?」

 

「監視って…なんでそんな」

 

「やっぱ気づかれてたのか…」

 

 

 こうなったらいっそこういった裏事情も洗い流しておくか。…ていっても疾斗が俺を監視してたってことぐらいなわけだが。全部共有しておいた方が、作戦の精度も上がりそうだしな。

 

 

「…俺の昔を知っているからゼファーの指示で監視してたんだろ?どの立場(・・・・)として監視してたのかは知らないが」

 

「そうだな。…あの謎だらけの組織のトップエージェントが何を思って芸能界入りしたのか、それを探るってのが目的だった。完全に記憶が飛んでるようだったが、記憶がなくても暗示を受けていたら組織と連絡を取れる。だからずっと監視してた。絶対に繋がっていないという確信は取れなかったからお前が前に入院したあの事件が起きるまで監視を続けてた」

 

「…お前、仲間を…!」

 

「ははっ、…殴ってくれていいぜ?リーダーなのにメンバーを一番信じてなかったわけだからな」

 

「チッ!」

 

「…雄弥の過去はわかった。それで疾斗は何者なわけだい?君だけはずっと隠してきたけど、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

 

「…そうするか。その方がフェアだしな」

 

 

 疾斗は天井を仰ぐように椅子を傾けて目をつむり、椅子を戻すと同時に目を開けた。どうやらどう話すか決めたようだ。俺達は疾斗に視線を向けて言葉を待つ。…俺はある程度知ってるんだけどな。

 

 

「まず最初に得た立場は警察だった。…親父が警察だったから元々知り合いはいてな。親父が事件で犠牲になって、犯人への復讐を機にそのまま非公式ながら警察に入った」

 

「待て待て!警察ってそんな簡単に入れないだろ!」

 

「…親父がいた場所が特殊でな。公安警察にいてな。俺はそこにゼロって呼ばれる人間の一人として加入したってわけだ」

 

「…どうやって?そんなとこって相当なことしないと入れないでしょ?」

 

「警察よりも、公安よりも早く犯人の場所を割り出して復讐を果たした。ま、つまりは殺人だな。それを終えたところで公安の人が来てな。その人がちょうど知り合いでそのまま加入させてもらった」

 

「…疾斗が…殺人?」

 

「馬鹿な」

 

「ははっ、そう思ってくれるのは嬉しいが…花音がいなかったら俺はとっくに国際指名手配されてるよ。…殺人の才能があるらしくてな、人を斬れば斬るほど命の重みを忘れるし、呼吸と同じだって思うんだよ」

 

「それを花音が繋ぎ止めてるのか」

 

「あいつの笑顔のおかげでな。止まることができるんだよ」

 

「…ゼロでもそんな仕事は滅多にないはずだ。日本は基本的に捕まえることに全力を注ぐからな。別の立場でそうなるんだろ?」

 

 

 俺の指摘を受けて疾斗は乾いた笑顔を浮かべた。どうやら疾斗が話すタイミングを奪ってしまったらしい。…ま、いいだろ。

 

 

「潜入捜査…いわゆるスパイってやつだな。それをするためにヨーロッパのとある組織に入ってる。一応そこは公安と連携を取るが、お互いに腹の探り合いをしてる。だから二重スパイがいるんだが、俺もそれをやってる。それでそっちの仕事の時がたいてい殺人ってわけだ」

 

「やっぱりな。ゼファーと知り合ったのもそっちだろ?」

 

「…まぁな。ゼファーに出会って、ゼファーが作った組織にも入ってる。日本に滞在できる口実としてAugenblickにも入った」

 

「そんな事情があったのか…」

 

「…話してくれてありがとう。…次は雄弥の番だよ?」

 

「そうだな」

 

 

 飲み物を入れ直して一息つくことにした。流石に疾斗の話が大きかったからか、大輝と結花は頭の整理が必要そうだしな。ある程度把握してた俺とそういう話に慣れてる愁は、すぐに受け入れることができた。話を聞いたところで接し方を変えるわけでもないしな。

 

 

「よし、整理できた!」

 

「結花も大丈夫か?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「それじゃ俺が隠してることだな。…まぁ疾斗ほどエゲツない話でもないが、…俺は長生きはできない」

 

「へ?」

 

「は?」

 

「…短命…ってわけでもないよね?」

 

「まぁな。…俺は怪我の治りが異常なぐらいに早い。その代償が寿命ってわけだ」

 

「どれぐらい生きれるか把握してるのか?」

 

「そんな細かく把握できねぇよ。…無人島の件と今回の件で怪我を速攻で治したから、…まぁ50代半ばってとこじゃねぇか?この先も事故に合えばその分寿命も縮むが」

 

「…そっか。それをリサは知ったんだね?それを知って受け入れられなくて…」

 

「…ああ。…俺の責任だ。あの時は話すべきじゃなかった。たとえ約束を破ることになっても」

 

「約束…、なるほどな。約束したから話せって言われたわけか。それで約束を破りたくなかったから話した。その結果が今回の事故か」

 

「……ああ」

 

 

 重たい空気が流れた。仕方ないか。メンバーの一人が早く死ぬとわかったのだから。…そして、そのせいでリサが今の状態になったとわかったのだから。

 

 

「こんな重たい空気はいらないよ!」

 

「…結花?」

 

「疾斗のことも雄弥のこともわかった。これでメンバー間の秘密が無くなったわけじゃん?それで関係が変わるわけでもないし、私達はAugenblickであり続ける。そうでしょ?」

 

「はっはっは!そうだな!結花の言う通りだ!…これでお互いの関係がスッキリしたわけだしな!」

 

「だよね!それじゃあさっき聞いた雄弥の考えだけど、私の答えはこうだよ。内容を少し変えたら力を貸してあげる」

 

「だぁー!なんだよ!今の流れなら参加だろ!?」

 

「大輝は黙ってて」

 

「はい…」

 

「どう変える気だ?」

 

「人数を増やす。みんな(・・・)にも協力してもらう。それができたら私も手伝うよ。だから雄弥は声をかけてきて」

 

「うし!そうとなれば手分けして「雄弥だけでやって」…えー」

 

「そのほうが熱意が伝わるだろうからね」

 

「わかった」

 

 

 結花が言うみんなってのは、言葉通りなんだろうな。全てのバンド(・・・・・・)の人達に声をかけて協力してもらう約束を得てくること。それが結花が出した条件。

 まずは、…場所からしてパスパレに声をかけるか。何人かはいるだろう。

 

 

「それじゃ俺は行くから」

 

「おう!しっかりな!」

 

「雄弥…、私だってリサのことが心配だから。やるからにはこっちの方が確実だと思って言っただけだから」

 

「わかってる。結花が優しいってことは知ってるよ」

 

「…ばか」

 

 

 照れ臭そうにそっぽを向いた結花を三人がイジり始める。妙なことだが、俺はそれを見て力をもらった気がした。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「彩ちゃん集中できてないわよ」

 

「ご、ごめん千聖ちゃん」

 

「…千聖さん。少し休憩にしましょう」

 

「…そうね。その方がよさそうね」

 

「腹が減っては戦はできぬ!ですね!」

 

「イヴさん、それは違いますからね」

 

 

 日菜ちゃんを除いた四人で練習をしてるんだけど、リサちゃんと雄弥くんが事故に合ったと聞いたから私は練習に集中できないでいた。みんなも話を聞いたときは動揺してたんだけど、なんとか切り替えれてるみたい。

 

 

「お二人のことは心配ですよね。…お見舞いに行きますか?」

 

「うーん、なんか雄弥くんは平然としてそうなんだけど…」

 

「前がそうだったものね」

 

「では、リサさんのオミマイに行きませんか?ヒナさんも誘いましょう!」

 

「そうね。湊くんはついでに、ぐらいでいいでしょうね」

 

「ち、千聖ちゃん。いくら何でもそれは…」

 

「そうだぞ。人間性を疑われるぞ?」

 

「ほら雄弥くんもこう言って……へ?」

 

「「「え?」」」

 

「どうした?」

 

「な……え……ゆうやくん?」

 

「他に誰に見える?」

 

 

 小首を傾げて私の目をしっかりと見返してくるのは、間違いなく雄弥くんだ。私は元気そうにしてる雄弥くんを見て目頭が熱くなった。そんな私に雄弥くんは頭をなでてくれた。

 

 

「何泣いてんだよ」

 

「だ、だってぇ…」

 

「ユウヤさん。アヤさんを泣かせるのはヒドイですよ!ブシドー失格です!」

 

「退院しただけなんだがな」

 

「あ、あはは…交通事故に合ってなんですぐに退院できるんですかね?」

 

「丈夫だからな」

 

「限度があるでしょ。……どうやらもう大丈夫なようね?」

 

「白鷺がそう見えるならそうなんじゃないか?」

 

「…もぅ」

 

 

 みんなと話してる雄弥くんを見てたら本当に、体も心も大丈夫になったんだって分かった。千聖ちゃんのお墨付きだしね。…けど、退院したからってここに来る人じゃなかったような?

 

 

「雄弥くんは何か話があって来たの?」

 

「…彩にまで分かられるようになったのか」

 

「どういう意味!?」

 

「話…ですか?」

 

「…頼みたいことがある」

 

「え……えぇ!?」

 

(雄弥くんから頼みごとをされる日がくるなんて…)

 

 

 雄弥くんの手が私の頭から離れて、雄弥くんはみんなの顔を見回せるように1歩さがった。

 

 雄弥くんは話し終わったら深々と頭を下げていた。私達にそんなふうにするなんて思ってなくてとても驚いたけど、もちろん雄弥くんに協力することにした。雄弥くんには助けられてばっかだったから、是非力になりたい。そんな思いが強かったんだ。



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25話

 

 パスパレには協力してもらえることになった。あー、いや、正確には日菜を除いた、だな。日菜にも話をして協力を仰がないとな。

 とりあえず、残りはポピパとAfterglowとハロハピ、そしてRoseliaだな。Afterglowは蘭と連絡を取れば全員を集めてくれるだろうし、Roseliaもきっと同じ様に集まってくれるだろう。ポピパは市ヶ谷の家の蔵でよく集まってるらしいからそこに行けばよさそうなんだが、…問題はハロハピだな。どこにいるか推測できない。

 

 

「こころか美咲か花音でも見つけれたらすぐなんだろうが…」

 

「おや?うちのプリンセスたちをお探しかい?」

 

「…瀬田?あー、そういやハロハピのメンバーだったな」

 

「ふっ、覚えていてくれたのか。儚いね」

 

「真面目な話をしたい。ハロハピメンバー全員を集めてくれないか?」

 

「……ふむ、…いい目をしているね。どうやら役者はやめたようだ。いいだろう、それじゃあ移動しようか」

 

「移動?」

 

「これからこころの家でハロハピ会議があるんだ。全員が集まる。ちょうどいいんじゃないか?」

 

「ありがたいな。すまない、厄介になる」

 

「気にしないでくれたまえ。迷える子羊を助けただけだよ」

 

「…シリアスは2分も保たないんだな」

 

 

 残念な一面だが、そこはどうでもいい。ハロハピメンバーに会えるように計らってくれるんだからな。ハロハピならすぐに了承を貰えそうだが、タカをくくるのはいけないな。この作戦は何一つしくじるわけにはいかないんだ。万全の状態で望まないといけない。

 瀬田に連れられて少し移動したところで立ち止まった。こころの家まではまだまだあるのだが、待ち合わせでもしてるのだろうか。

 

 

「…さすがだね。時間通りだ」

 

「なにが…あー、アレ(・・)か」

 

「そういうことだよ。いつも私達はアレ(・・)でこころの家に行っている」

 

「お待たせ薫!さ、乗ってちょうだい!はぐみと花音も迎えに行くわよ!」

 

「いや待ってないさプリンセスこころ。それと今日は私達に客人だ」

 

「私達にってことはハロハピに?…あら、雄弥じゃない!客人ってあなたのことね!」

 

「まぁな。…乗せてもらっていいか?」

 

「ええ!もちろんよ!」

 

 

 こころが乗ってるこれってリムジンだよな。まぁ驚きはしないが。中に入るとこころと一緒に美咲もいた。最初に美咲を迎えに行ったんだろうな。ほんと仲がいいな。

 

 

「どうも」

 

「学園祭ぶりだな。ハロハピ会議らしいが、その時に少しだけ時間くれないか?」

 

「まぁ、いいんじゃないですか?大事な話みたいですし、こころ次第ですけど」

 

「あら、私が断るわけないじゃない!私達にできることならなんだってするわよ?」

 

「助かる」

 

「ムッシュ、…リサの調子はどうなんだい?」

 

「…良くはないな。あとで話すことにもそのことが絡む」

 

「…そうか」

 

「その話はこころの家でしましょうか」

 

「ああ」

 

 

 北沢と花音を迎えに行くらしいのだが、どうやら二人は一緒にいるらしい。というのも、花音が迷子になるからなのだが…。まぁ、手間が省けていいんじゃないか?

 

 そう思ってた時期も俺にはあったさ。

 

 

「…はぐみ、花音さんは?」

 

「ご、ごめんみーくん。いつの間にかいなくなっちゃった。…ここで待ってただけなんだけどね」

 

「えー…花音さん…」

 

「仕方ない。花音は俺が探してくるから四人は先に行っててくれ」

 

「いや流石にそれは…」

 

「ここは専門家に任せたほうが手っ取り早いだろうね。ムッシュも時間をかけたくはないだろ?」

 

「それはそうだが…専門家ってまさか」

 

「疾斗先輩ならすぐに連れてきてくれるよね!みーくん連絡して!」

 

「はいはい」

 

 

 やっぱりか。まぁたしかにその方が時間も短縮できるか。北沢が車に乗り込んだら車は発信した。美咲も疾斗に連絡したようで、『すぐに連れて行く』との返事を貰えたとか。これで一安心だな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「よっ!花音を連れてきたぜ!」

 

「みんなごめんね…」

 

「…なんでそっちの方が早いんだよ」

 

「そんなん気にするなよ!花音を無事に合流させれたし、俺は用事あるから帰るぞ」

 

「ええ!今度のハロハピ会議にはぜひ参加してほしいわ!」

 

「はぐみもこころんと同じこと思った!」

 

「ははっ、予定が合えばそうさせてもらうよ」

 

「疾斗くん。ありがとう」

 

「おう」

 

 

 疾斗を見送りこころの家の中に入る。この広さの家はそうそうないが、自分のバンドのせいというべきか、大して驚くわけでもなかった。

 部屋に案内され、それぞれ定位置があるのか、全員が迷う素振りなく席についた。美咲が3バカと称する三人が並んで座り、美咲と花音がその対面に座っていた。俺は花音の隣に座ることにした。

 

 

「さてと、ハロハピ会議の前に雄弥さんの話でも聞きますか」

 

「雄弥くんの話?」

 

「あ、そっか。花音さんは聞いてなかったですね」

 

「雄弥はね!私達に頼みたいことがあるそうなの!」

 

「え!?そうなの!?」

 

「…まぁな」

 

 

 花音が目を丸くして驚いてるが、そんなに驚くことか?…まぁ、たしかに頼みごとはしたことなかった気がするが。

 リサの今の状態を話し、俺がどうしたいかを話し、そしてやろうとしていることを話した。俺が考えうる限り最上の手段であり、結花がさらに改良してくれたものだ。

 

 

「いいわよ!」

 

「ハロハピも参加ということで」

 

「ありがとう」

 

「雄弥くん。急ぐのは分かるけど、無理は駄目だよ?」

 

「…あぁ」

 

「雄弥先輩はこの後どうするんですか?」

 

「ポピパとAfterglowに話をしに行こうと思ってる」

 

「かーくんが今日は蔵で集まるって言ってましたよ!はぐみからかーくんに連絡しときますね!」

 

「いいのか?なら頼む」

 

「戸山さんたちに…あーでも市ヶ谷さんと山吹さんもいるから大丈夫かな」

 

「うん。話をするだけだしね」

 

「想いを乗せた言の葉なら通じるだろうね」

 

「瀬田ってシャレた言い方もできたのか。…来てそうそう悪いが、次に行かせてもらう。みんなありがとう。また連絡する」

 

「あ、それなら私の連絡先教えとくね。雄弥くん携帯貸して」

 

 

 花音に携帯を渡し、連絡先を交換してもらう。これで詳細を決めた時にハロハピと連絡を取れるな。俺は黒服の人に連れられて屋敷の外に行き、車に乗せてもらって市ヶ谷の家に送ってもらえた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 お婆さんに話をして蔵の位置を教えてもらったのだが、…盆栽か。渋いな。まぁ趣味は人それぞれだし、手入れも綺麗にしてあるな。それにしても蔵に地下があるって珍しいような…。

 

 

「お邪魔します」

 

「あ!雄弥さん来た!」

 

「お、お久しぶり…です」

 

「はぐみからある程度は聞いてるんですけど…」

 

「私達に頼みたいことってなんですか?うさぎの愛で方ですか?」

 

「それおたえ一人にしか頼めないやつだろ!」

 

「そっか」

 

 

 暴走…してるわけじゃないんだよな。これが通常運転って、体力凄いな。しんどいだろ。

 

 

「あの…お姉ちゃんから聞いたんですけど、雄弥さんとリサ先輩…事故に合われたんじゃ」

 

「え!?」

 

「そうなんですか!?」

 

「なんでそれで…、リサさんは!?」

 

「み、みんな落ち着いて、雄弥さんの話を聞こうよ」

 

「リサに怪我はない。…が、精神的に追い込まれててな。そのことでみんなに頼みたいことがあるんだ」

 

「私達にできることなら」

 

「…おたえが、真面目に…」

 

 

 え、この子そんなに真面目にならないの?…天然なだけで真面目な時は真面目になるだろ。まぁなんでもいいが。

 俺はハロハピに話したのと同じことを話した。ポピパも即答で参加を表明してくれた。これで残りはAfterglowとRoseliaだ。…今から蘭に言ってメンバーを集めてもらうか。だが、さすがに急には集まれないよな。

 どうするか考えてる俺に、沙綾が助け舟を出してくれた。この子も世話焼きな性格だよな。

 

 

「雄弥さん。たしか後はRoseliaとAfterglowですよね?」

 

「そうだな」

 

「実はモカに連絡してメンバーを集めてもらってます。羽沢珈琲店に行ってください」

 

「さっすが沙綾!」

 

「あはは、ありがとう香澄」

 

「ありがとう沙綾。みんなもありがとう、また連絡する」

 

「あ、雄弥先輩。これ」

 

「……?」

 

「『連絡先知ってた方が便利だろうから私の連絡先教えます』ってことですよ」

 

「なんで沙綾は今のがそこまでわかんだよ!」

 

「…助かる。それじゃあまたな」

 

「はい!絶対に成功させましょうね!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 なんだろ、みんなが協力してくれてるからとはいえ、ポンポン上手いこと進み過ぎなような。…まぁ、いいか。上手いこといくときは上手いこといくもんだしな。

 羽沢珈琲店に入ると一般の客もいたが、そんなに多くないな。これなら落ち着いて話ができそうだ。

 

 

「おつかれさまで〜す」

 

「悪いな。急に集まってもらって」

 

「いえ、雄弥さんの頼みと言われたら」

 

「予定とかあったんじゃないか?」

 

「特には…」

 

「蘭とひーちゃんは課題に追われてるだけだよね〜」

 

「モカ!」

 

「…二人とも大丈夫なのか?」

 

「うぅ〜、頑張ります」

 

「あはは、大丈夫だよひまりちゃん。見てあげるから」

 

「つぐー」

 

 

 蘭は自分でなんとかなるぐらいしか残ってないようだが、…ひまりはどれだけ課題を残してるんだか。花音に無理するなと言われてるし、ちょうどここに来たんだ。一息つくことにするか。

 

 

「雄弥さん…その、リサさんは」

 

「ん?…あぁ、あこから聞いたのか」

 

「はい…」

 

「怪我はないんだけどな。…みんなにはそのことで頼みたいことがあって集まってもらったんだ」

 

「私達以外にも〜、色んなバンドに声をかけてるんですよね〜?」

 

「まぁな」

 

 

 沙綾はそこらへんも話したのか。それとも察しのいいモカが聞き出したのか。そこは別にどっちでもいいか。注文したケーキセットを少し味わったところで話を始めることにした。

 

 

「…なるほど〜。それで雄弥さんはみんなにお願いしに回ってるんですね〜?」

 

「そういうことだ。…頼む、手伝ってくれ」

 

「ちょっ、頭下げないでください!あたし達も手伝いますから!ね?蘭」

 

「もちろん。…リサさんにはいっぱいお世話になってるし」

 

「そうだね」

 

「燃えてきたぜ!っと、そうだ。雄弥さん、Roseliaなら今ごろ練習のはずですよ。あこがそう言ってましたから」

 

「そうなのか?ならこれからスタジオに向かうとするか」

 

「Roseliaがある意味一番の難関ですよね〜」

 

「リサさんはRoseliaの大事なメンバーで、精神的支柱だもんね」

 

「納得させてみせるさ。…全てをかける覚悟はできてるからな」

 

 

 何一つ怖気づくことなんてない。躊躇う必要もない。全てを、俺の想いをぶつけるだけだ。




トントン拍子で進みすぎ?いやいや、雄弥とリサの人徳があってこそみんなが、すぐに了承してくれるのですよ。


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26話

人生初のディズニー(ランドとシー両方)に行くという楽しみを奪った台風は早く消滅すればいいのだ!!

時間ができたとポジティブに考えよ…。寝てるだけだけど。


 

 日菜と紗夜と私の三人で集まっていたけれど、練習があるから日菜とは別れた。日菜も練習があったらしいのだけれど、そっちにいかずに私達と話をしていたらしい。紗夜が怒りそうな事だったのだけれど、珍しく紗夜は注意するだけで終わった。…気持ちが分からない訳じゃないものね。

 

 リサを欠いた四人で練習していたのだけれど、やはりリサがいるのといないのとでは練習の精度が全く違う。休憩を挟むタイミングも異なるし、そもそも練習の空気自体違う。やはりリサはRoseliaに必要な存在だわ。リサ以外ありえない。

 

 

「…友希那さん…そろそろ、休憩に…しませんか?」

 

「…そうね。ごめんなさい、ついつい休憩を無視してしまってるわね」

 

「いえ…気持ちは…わかります。…練習に…打ち込んでないと…おちつかないんですよね」

 

「ええ」

 

「やはり今井さんにいてもらわないと…。ですが、今井さんがいなくては練習できないようではいけませんね」

 

「リサ姉の負担が増えますもんね」

 

「そういうことです」

 

「けど休憩は必要です!あこ、外のカフェで飲み物買ってきま……あれ?お姉ちゃんからだ」

 

「巴さんから?」

 

「……あこ、この場で出てちょうだい。スピーカーにはしなくていいから」

 

「へ?あ、はい」

 

 

 姉に懐いてるあこが練習のことを話していないわけがない。そして宇田川さんもそれを知ってて電話をかけるような人でもない。つまり、練習中に電話をかけてくるということは、それだけ大事な用事だということね。

 

 

「そ、そうなんだ。…うん。ありがとうお姉ちゃん」

 

「それで、巴さんは何と?」

 

「えと、雄弥さんがこっちに来るそうです。なんか、全部のバンドに頼みごとをしてるらしくって、Roseliaが最後なんだとか」

 

「頼みごと?雄弥くんがですか?」

 

「はい。お姉ちゃんはそう言ってました。ちなみに、他のバンドは雄弥さんに協力するって言ってるみたいです」

 

「…湊さん」

 

このタイミング…雄弥…頼みごと。予想はついたけど…雄弥の口から聞くしかないわね」

 

「そうですか」

 

「では…改めて…休憩ということで。あこちゃん…カフェ行くんだよね。…私も行くね」

 

「うん!」

 

 

 あこが燐子の手を引くように外に出ていき、私と紗夜だけが部屋に残った。飲み物は持ってきているし、どうやら紗夜がクッキーを焼いてくれてきたようだから、それを二人で食べながら休憩することにした。

 

 

「湊さん。…雄弥くんの頼みごとというのはもしかして」

 

「おそらく紗夜の予想通りよ。…ただ、日菜はまだこのことを聞いてない」

 

「あの子に限って雄弥くんの頼みごとを断ることはないと思うのですが…」

 

「日菜の考えは読めないものね。…雄弥がこうやって回ってるのは結花の指示ね」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。雄弥は人に頼みごとをしないから、最初はAugenblickだけのつもりだったのでしょうね。そこで結花が割って入った。それで他のバンドにも協力を仰いでる。そんなとこでしょ」

 

「…よくそこまでわかりますね」

 

「どっちも分かりやすい性格なのよ。日菜みたいな子の場合考えを読むなんて無理ね。あの子の場合は、同種の人間が感覚で理解する。それだけよ」

 

「そう…ですね」

 

「…雄弥か。あるいは紗夜、あなただけよ」

 

「え?」

 

 

 まさか自分もカウントされると思ってなかったのでしょうね。紗夜は跳ねるように顔を上げて目を丸くしていた。…そんなに驚く…ことだったわね。

 

 

「私には無理ですよ。…一番日菜の側にいる時間が長いのに私には何も分からないんですから」

 

「今は日菜に歩み寄ってるでしょ?それなら分かるようになるわよ。雄弥以上に日菜のことが分かるようになるわ」

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ。私がそうなったのだもの。…雄弥のことが全くわからなかった私が」

 

「湊さん…。そう、ですね。そうなれたらと思います」

 

 

 紗夜は柔らかい笑顔でそう言った。ここでこの表情ができるのだから、紗夜も日菜のことを分かるようになるわね。二人が仲良くしている光景が見れるのもそう遠くないのかもしれないわね。

 

 

「…それにしても宇田川さん達遅いですね。飲み物を買って戻ってくると思ってたのですが」

 

「外で飲んでるのかしら?」

 

「すみませーん!遅くなりましたー!」

 

「いえ、まだ休憩中ですので」

 

「お客さん…来ました」

 

「雄弥ね。入って来なさい」

 

「お邪魔します」

 

「雄弥くん…。怪我の治りが早いですね(・・・・・・・・・・・)

 

「まぁな。じっとしてるわけにもいかないしな」

 

 

 この子は…、それでリサがどうなったか自分が一番痛いほどわかってるでしょうに。…過ぎたことをとやかく言っても仕方ないわね。あこと燐子はそのことを知らないわけだし。

 

 

「雄弥さん。お姉ちゃんが言ってた頼みごとって何ですか?」

 

「巴から聞いたのか?」

 

「さっき電話で少しだけ。内容は聞いてないんですけど」

 

「そうか。それじゃあすぐに話すか。練習もまだあるようだしな」

 

「ええ。そうしてちょうだい」

 

 

 雄弥の口から話されたことは、大方私の予想通りの内容だった。紗夜も同じようで特にリアクションもなかったけど、あこと燐子は驚いていた。それもそうね。現状を考えたらそんなこと普通やらないものね。

 他のバンドにはおそらく一つだけ伏せて話してるのでしょうね。だから全バンドが参加してくれてる。

 

 

「本当に…するんですか?」

 

「ああ。これしかないと思ってる。…今のリサの状態を考えたらあまり悠長にしてられないしな」

 

「…雄弥、あなたは全てを賭ける覚悟はある(・・・・・・・・・・・)?」

 

当然だ(・・・)

 

「……わかったわ。協力しましょう」

 

「湊さん!」

 

「実際にリサに会ってそう判断したのなら、私は雄弥を信じるわ」

 

「……わかりました。湊さんがそう言うのなら」

 

「あこもやります!リサ姉の力になれるのなら!」

 

「あこちゃん…。うん、そうだね!」

 

「ごめんな。Roseliaには一番辛い役目をさせることになる」

 

「…馬鹿ね。リサはRoseliaのメンバーよ?当然のことじゃない」

 

「友希那…」

 

「雄弥くん。日菜とも話をしてきてください」

 

「わかってる。…それじゃ」

 

 

 雄弥は最後に深々と頭を下げてから出ていった。…全く、そこまでリサのことを想って行動できるようになった弟に、力を貸さないわけないじゃないの。

 

 

「さ、練習を再開するわよ!」

 

「はい!リサ姉にカッコイイ!って言われるようになってみせます!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 あーあ、最近るんっ♪てすること減ったなー。なんでだろ?パスパレにいる時は楽しいんだけど、パスパレから離れた途端つまんなくなっちゃう。前まではそんなことなかったのにな〜。

 

 

「あれ?ユウくん?」

 

「日菜……、ここにいたのか」

 

「うん。想い出の公園だからね。ここなら何かるんっ♪てすること思いつくかな〜って思ったんだけど」

 

「思いつかなかったか」

 

「うん」

 

 

 あたしが座ってるベンチにユウくんも座った。…やっぱり、お姉ちゃんといる時かユウくんといる時がいいよね。彩ちゃんといる時も楽しいんだけど、お姉ちゃんとユウくんは格別って感じ。

 

 

「日菜?」

 

「ちょっとだけ」

 

「…わかった」

 

 

 ユウくんとの距離を詰めて、目を閉じてユウくんの肩に頭を預ける。ユウくんにはリサちーがいるし、これも本当は駄目なんだろうね。リサちーの今のことを考えたら最低なことだと思う。でも、あたしの心は今もユウくんを求めてるから。

 

 

「…ねぇ、ユウくん」

 

「どうした?」

 

「ユウくんはリサちーが好きなんだよね?」

 

「ああ」

 

「だよね」

 

「いったいどうしたんだ?」

 

「ううん。ユウくんにまた断られたら諦めれるかなって思っただけ」

 

「…日菜……」

 

 

 駄目だね。全然駄目だ。あたしはやっぱりどうしてもユウくんが好き。お姉ちゃんみたいに割り切れない。

 あたしは今まで何でもすぐにできた。だから何でも手に入れられた。それですぐに飽きて違うものを探してきた。ギターはお姉ちゃんが始めたから、あたしもギターをやりたいって思った。お姉ちゃんみたいにカッコよく弾きたかったから。

 お姉ちゃんと約束した。お互いに勝手にやめたりしないって。そんな約束したことなかったから嬉しくて、パスパレにも残ってるしギターを続けてる。

 

 いつだってお姉ちゃんと同じようにしてきた。お姉ちゃんと同じ人を好きにもなった。けど、これで初めてお姉ちゃんとは違う道を進むことになった。お姉ちゃんは割り切ることができた。あたしは無理だった(・・・・・・・・・)

 ユウくんのことが今でも好き。この気持ちが消えない。こんなの初めてだ。飽きることなく、諦めることもできずに求め続けるなんて。

 

 

「リサちーに怒られちゃうね」

 

「まったくだ」

 

「ユウくんがあたしを拒まないからだよ?」

 

「そんなこと言うか?」

 

「あはは!…でも、ユウくんも拒めるようにならなきゃ。あたしはこの気持ちが消えないから、ユウくんがしっかりしなかったらすぐに浮気になっちゃうよ?」

 

「それだけはない。日菜、俺がなびくなんてことはないぞ」

 

「…うん。わかってるよ。だから、せめて横にいることを許してほしいな。それだけでも…」

 

「…それは……リサに話さないとな」

 

「リサちーを治したらね!」

 

「日菜、分かってたのか?」

 

 

 ユウくんがやろうとしてることの話かな?大体わかってるよ。彩ちゃんから連絡もあったしね。…内容は本人から聞いたほうがいいかも、なんて言ってたけど、そこで伏せられたってあたしには分かるよ。リサちーや友希那ちゃんに負けないぐらいユウくんのこと理解してる自信があるもん。

 

 

「もちろん協力するよ。リサちーに元気になってもらわないと困るし、何よりリサちーは大切な友達だからね!」

 

「…ありがとう日菜」

 

「あ、でも交換条件でいこうよ」

 

「交換条件?まぁ、難しくないことなら」

 

「簡単だよ!」

 

「そうなのか?」

 

「うん!あたしを抱いて!」

 

「……おい」

 

「冗談だよ冗談♪…ハグして」

 

 

 それぐらいならってユウくんはあたしのこと抱きしめてくれた。これだよこれ。これがあたしは好きなんだ〜。ユウくんの温もりに包まれるこの感じが好き。

 ユウくんは……油断してるね。えい!

 

 

「っ!!」

 

「んっ…んん…んちゅ…ぷはっ!」

 

「日菜!」

 

「えへへ!ユウくんが甘いから駄目なんだってば!あたしを見くびらないでほしいな〜」

 

「…教訓になったよ」

 

「この調子でもっと教訓を増やそっか!」

 

「調子に乗るな」

 

「ちぇー。ま、いいや!」

 

 

 えへへ〜、ユウくんとディープなキスしちゃった♪さてさて、対価は貰ったし、あたしもそれに見合っただけのことをユウくんに返さなきゃね!

 

 

「ユウくん!大好き!」

 

「…友達としてなら俺も好きだよ」

 

「あたしはそっちじゃないな〜。…ね、もしもの世界ならさ、あたしとユウくんが付き合ってたこともあるのかな?」

 

「…リサと出会ってなかったらあるかもな」

 

「なるほどね〜」

 

 

 そういうとこだよ、ユウくん。そういうことを言うからあたしはユウくんのことを好きでい続けちゃうんだよ。

 ユウくんは退院してすぐに行動してたみたいで、禄に食事を取ってなかったみたい。気が緩んだユウくんは空腹を自覚して、空腹過ぎて辛そうにしてたからあたしはすぐに近くの飲食店にユウくんを連れ込んだ。デート?いやいや、非常事態だよ。




 「もう一度輝くために」のヒロインがなぜ紗夜日菜になったか、それはこの回を書いたら書きたくなったからです!…水着イベの紗夜さんが美し過ぎなのも関係してます。他のみんなはキャッキャしてる絵なのに、あなたお一人(以下略)

 さてさて!
   次回 最終話になります。
  明日の同じ時間に更新されますよー\\(۶•̀ᴗ•́)۶//


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最終話

今日が最終回になるのは、狙ってました!(何回も諦めかけた)

過去最長かと思います。
8000字超えくらいだったような。


 

 全てのバンドメンバーから参加を表明してもらい、それによって結花も正式に協力してくれることになった。週末に行うべきだったんだろうが、そんなに待つことはできない。月曜日に退院し、祝日だったから全バンドに一日で声をかけることができた。

 そして、木曜日の夕方にそれ(・・)を行うことにし、急ピッチで準備を進めた。…まぁゼファーの手腕のおかげで大した苦労もなく間に合ったのだが。とりあえずドヤ顔がウザかった。

 

 俺は当日である今日、病院に来ていた。もちろんリサを連れ出すためだ。俺が退院した日に先生と宮井さんには話をしていて、リサを退院させることになっている。

 

 

「…あまり褒められた行動ではないよ?」

 

「でしょうね。それに乗った先生も大概ですけど」

 

「耳が痛いなー。…でも、実際問題、今井さんは君と過ごしたあの日が一番眠れてたようだった。病院にいるより、君といたほうが良さそうだ」

 

「…そうですか。もっと顔を見せに来るべきでしたね」

 

「疲労した顔を見せるのかい?逆効果だよ。君は今井さんのために今日という日に向けて準備してきた。だから会えなかった。…それでいいじゃないか」

 

「……はい」

 

「手続きは終えてある。好きなタイミングで連れ出すといい。宮井さんはちょうど今井さんの病室にいるよ。彼女、空いた時間は必ずそこにいてくれてたよ」

 

「宮井さんにも礼を言わないと、ですね」

 

「はははっ!僕も彼女も、君が企画したアレ(・・)に行けるからそれでチャラだよ。…ま、一言ぐらいはあっていいかもね」

 

「先生もありがとうございました」

 

「気にしないでくれたまえ!病院の常連なんていない方がいいんだからね!」

 

「ははっ、たしかに」

 

 

 先生と別れてリサの病室に向かう。宮井さんの他にも顔見知り程度で覚えた看護師もいて、会うたびに軽く話をしていたら時間を食ってしまった。

 ノックをすると宮井さんが返事をしてくれて、それで中に入った。リサの様子は安定してるようで、宮井さんと一緒にこっちに視線を向けていた。「おはよう」と声をかけたら、宮井さんに「もうお昼過ぎてますけどね」とツッコまれた。

 リサの側によると、リサが少し体をこっちに移動させた。俺はリサの頭を胸に抱え込むようにしながら、その状態で宮井さんと話をすることにした。

 

 

「……シュールなんですけど」

 

「気にしないでください。今さらですよ」

 

「それもそうですね。…今から退院ということでいいんですね?」

 

「はい。宮井さん、今までありがとうございました」

 

「いいんですよ。好きでやってることですから。…今後はできればプライベートで会いたいですね」

 

「そうですね…って、リサ痛いから抓らないでくれ!」

 

「あぁリサちゃん違うのよ!?病院で看護師と患者としては、もう会わないようにしたいですねってことだからね!」

 

 

 宮井さんの必死の弁明のおかげで、リサは自分が勘違いしたのだと理解し、抓っていたところを今度は癒やすように優しく撫でてくれた。…今日のリサは調子がいいな。よかった、これなら大丈夫そうだ。

 

 

「それじゃあリサ。退院だから服を着替えてくれ。結花がリサの服用意してくれたから」

 

「湊くんは外に出ましょうねー」

 

「もちろんですよ!?」

 

 

 まさか宮井さんにからかわれる日が来るとはな…。リサが声を出してはいないが笑ってくれていて、それを見て俺も宮井さんも嬉しくなった。俺はリサの着替えを宮井さんに渡して部屋の外で待った。

 

 

(やっぱりリサは笑顔じゃないとな)

 

 

 久しぶりに見たリサの笑顔は、今までの疲労をなくすほど温かかった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥と手を繋ぎ、宮井さんを始めとした看護師さん達や先生達に見送られながら病院を出た。アタシと雄弥は病院の入り口あたりで一度だけ振り返ってお辞儀をした。

 結局雄弥が色んな人達と話し込んじゃったから、時間はもう放課後の時間だね。まっすぐ家に帰るものだと思ってたんだけど、歩く方向が全然違った。アタシが雄弥の手を引くと、アタシの言いたいことが伝わったみたいで、雄弥は頬を緩ませながら優しくこう言ってきた。

 

 

「これからライブだよ」

 

 

 あたしの頭を真っ白にさせるには十分過ぎる言葉だった。

 

 

☆★☆

 

 

 雄弥の言葉通りライブ会場に連れてかれて、関係者用の入り口から中に入った。楽屋の前には必ずどの人、あるいはどのグループ用なのか貼ってあって、どれも知ってるバンドばかりだ。…というか全部集まってた。アタシはもちろんRoseliaの楽屋に連れてかれたんだけど、…合わせる顔なんてないって思ってたから気まずかった。

 

 

「リサ姉……りさねぇ!!」

 

「…っ!」

 

「よかった…リサねぇ…うぅ」

 

「あこちゃん…ずっと…心配してたもんね」

 

「うん…うん!」

 

「今井さん…間に合ってよかったです」

 

「リサ、おかえりなさい」

 

 

 なん、で……なんでこんなに、みんな優しくしてくれるの?アタシ、みんなの前から逃げ出したのに!

 

 アタシの思いを知ってか知らずか、あこに正面から抱きつかれ、残りの三人にも囲うように抱きつかれた。アタシはそれが嬉しくて、だけど罪悪感もあって、声を出さないようにしながら涙を流した。

 みんなアタシが喋れない、いや喋ろうとしない(・・・・・・・)ことを知ってるから、特に何も言ってこなかった。

 

 楽屋にあるテレビをつけたらステージの様子が見えて、香澄たちポピパのメンバーが映ってた。…そういえば、今日ってどういう趣旨のライブなんだろ?

 

 

『みなさんこんにちはー!今日は"Augenblick復活ライブ"にお越しいただいてありがとうございます!私達はオープニングアクトを勤めさせていただくバンドの一つ、Poppin'Partyです!』

 

「!?」

 

「リサ何も聞いてないの?今日は雄弥たちAugenblickのライブなのよ。盛大にやるから他のバンドも巻き込む、だそうよ」

 

 

 …雄弥の企画…じゃないよね?雄弥はそういうことしなさそうだし、結花か疾斗かな?

 

 

「雄弥の演奏に追いついたリサならぶっつけ本番でも大丈夫だろうってことで私達も誘われたの」

 

 

 いやいやいやいや!あれは、みんなの支えがあって、会場の盛り上がりもすごかったからギリギリできたわけで、アタシだけの力じゃ無理だからね!?

 

 

『ううー』

 

『あれ?香澄ちゃん緊張してる?』

 

『キラキラドキドキが止まらない!』

 

『だと思ったよ!それと!キラキラドキドキじゃ会場の人達に伝わんねぇからな!』

 

『ええー!キラキラドキドキはキラキラドキドキだよ?』

 

『今の香澄の気持ちはワクワクだろ!』

 

『そう、それ!』

 

『有咲は本当に香澄のこと好きだよね。以心伝心だよね』

 

『はぁ!?ち、ちげーからな!』

 

『え、有咲ちゃん香澄ちゃんのこと好きじゃないの?』

 

『え?有咲そうなの…?』

 

『なっ!……す、好きだよ

 

『有咲ー、それじゃあ聞こえないよー?』

 

『聞こえてるだろ!?…あーもう!好きだよ!』

 

『私も好きだよ!』

 

『はいはい、私達のトークで時間使うわけにもいかないから、そろそろ始めよっか』

 

『そうだね、さーや!それじゃあ皆さん聞いてください!』

 

 

 あ、あははー、こんな大舞台なのに香澄たちはいつも通りだね。そういえば前に言ってたっけ、『みんなと一緒なら何でもできる気がする!』って。ほんと、前だけを見据えてるよね。…羨ましいや。

 一つのバンドで3曲やらせてもらえるみたい。Augenblickまでだいぶ時間がかかることになるけど、ワンマンライブってわけでもなくなってるし、別にいいのかな?

 

 

(復活ライブなのにワンマンライブじゃないってどうなんだろうね…)

 

『蘭緊張してる〜?』

 

『さ、流石に緊張するでしょ。こんな大舞台なんて思ってなかったし』

 

『だよね!いつもと同じ場所って思ってたから私も緊張するよー』

 

『せめてつぐのとこのケーキがあれば』

 

『…それで緊張が解けるのか?…ここはやっぱりあれしかないか』

 

『ともちん、それやったらお客さん帰っちゃうからね〜?』

 

『うぐっ、じゃあどうすんだよ』

 

『なら掛け声しかないね!今日こそみんなやってよ?』

 

『…やらない』

 

『えぇー!なんでー!?』

 

『あ、そうだ蘭〜』

 

『なにモカ?』

 

『マイクオンになってるから〜、私達の声全部お客さんに届いてるよ〜。幕のおかげで姿だけ隠れてるって感じ〜』

 

『なぁ!?それ早く言ってよ!』

 

『もう遅いよ〜』

 

『時間が来たなー』

 

『あーもう!"いつも通り"やるよ!』

 

 

 うわ、なにこのやり取り、可愛いんだけど…。これの映像記録貰えたりしないかな?

 

 

「そういえば、このライブはたくさんのカメラがあって、色んな角度から撮ってくれてるようですよ。…後にこのライブ映像、オープニングアクトも含めたもので販売するのだとか」

 

「そうなんですか!?お姉ちゃんと買いに行こーっと!」

 

「あこちゃん、…たしか参加したグループには…無料でくれるって…話だったよ…。姉妹関係なく…一人一枚…貰えるって」

 

「やったーー!!」

 

「……え?うちには3枚来るってこと?」

 

「…そうなりますね」

 

「…そう」

 

 

 雄弥と結花と友希那、うん、3枚だね。将来家を出るときのことを考えたら一人一枚貰えるのってありがたいことだよね。手元に今日のがあるんだから。

 

 

『ミッシェルー、美咲は今日来れないのかしら?せっかくの大舞台だから六人でやりたかったのだけど』

 

『…み、美咲ちゃん』

 

『あー、安心してこころ。美咲は裏方の仕事を手伝うって言ってたよ。…だから、このステージにいるのは五人だけど、美咲が裏で支えてくれてるから、実質六人だよ』

 

『そうなのね!よかったわ!』

 

『これで心残りはないね!こころん!』

 

『そうね!』

 

『ふっ、伝説の彼らの大舞台だ。私達はそれに恥じぬものをしようじゃないか』

 

『薫さん、頭打ちました?』

 

『そ、それはいくらなんでも酷いと思うよ。美咲ちゃん』

 

『薫の言う通りだわ!みんなをもっともっと笑顔に!今日を最高の一日にするわよ!せーの!』

 

『『『『『ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーイ!』』』』』

 

 

 大物だ。あのグルーブもはや大物だよ。なにあのステージの用意。オープニングアクトでサーカスでもする気なの!?それを考えるだけでもすごいけど、まさか本当にステージで使うなんて…。この後の人やりにくいだろうなー。

 

 

『ふふっ、随分面白いものを見させてもらえたわね。見ている人も演奏している人も、まさしく全員が笑顔になったわ。さて、私達も負けないわよ!もっともっと盛り上がれるわよね!!』

 

 

 ゆりさんまで出てきてる!?いや、まぁたしかにハロハピの後を務めれるのってグリグリかそれこそ大本命のAugenblickしかいないけどさ…。グリグリの後もプレッシャーが…。たしか後はアタシ達とパスパレだけだよね。

 

 

「あ、言うのを忘れてたけど、私達Roseliaはオープニングアクトに出ないわよ」

 

「!!?」

 

「Augenblickと対バンライブするのよ」

 

「対バンライブと言っても、楽しむのが目的なんだそうですけどね。…元々対バンライブ自体は前々から疾斗さんと大輝くんが考えてたそうで、それをするタイミングを探してたそうです」

 

「それで…復活ライブと一緒に…対バンライブもやろう…ということになったそうです」

 

「あこたちのカッコイイ演奏を見せつけるんだよ!」

 

 

 同じステージで、雄弥と演奏できるの?…でも、今のアタシはお世辞にもベストの状態なんて言えないのに。こんな状態でライブするの自体控えるべきなのに、まさか対バンライブなんて。

 

 

『うぅー、緊張が……』

 

『えー?なんでー?こんなに盛り上がってるんだよ!るんっ♪てするじゃん!絶対楽しいよー!』

 

『日菜ちゃんのそのポジティブさが羨ましいわ』

 

『じ、自分も緊張が…』

 

『さ、サムライならこれくらい…』

 

『もう、みんな固いなー。やれること全部やったんだから、後は出し切るだけじゃん?今さらウダウダしても何もないよ?』

 

『日菜ちゃん。…そうだね!』

 

『まさか日菜ちゃんにそんなこと言われる日が来るなんて』

 

『ふへへ、でも日菜さんらしいですよ』

 

『そうですね!あ!エンジン組みましょう!』

 

『いーねー!るるるんっ!!ってするよ!』

 

「まさか日菜が…」

 

「あの子も成長してるということね。…パスパレは日菜にとって大切な場所なのでしょうね」

 

「そうですね。…でも、その姿を見れてよかったです」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 とうとうアタシ達の順番が来た。衣装は燐子と打ち合わせしてたようで、AugenblickとRoseliaで色違いの衣装になってた。雄弥が退院したのってたしか月曜日だよね?なんで間に合ってるの?

 

 アタシのそんな疑問をよそに、とうとう対バンライブが始まった。曲数自体向こうのほうが多いから選びたい放題、こっちはアタシが声を出せないから選ぶ曲が限られてくる。

 

 なにより、ベースを弾こうにも手が震えてベースが弾けないでいた。

 

 そんなアタシを、後ろから抱きつくように包んでくれた人がいた。それはもちろん雄弥で、雄弥はアタシの両手に重なるように自分の手を置いて、それで演奏を始めた。もちろんそれはやりにくいから、部分部分でしか弾けてなかったけど、アタシにはそれでも十分だった。

 

 

(楽しい、すっごい楽しい!)

 

 

 こうやって雄弥に包まれながらベースを弾くのは、アタシがベースを始めた頃と一緒だ。雄弥がアタシにベースを教えてくれてたけど、どうしても弾けない時もあった。そんな時は決まって雄弥がこうしてくれて、アタシの手を動かして弾き方を教えてくれた。

 段々とアタシが自分で手を動かすようになったら雄弥がアタシから離れて自分の本来の立ち位置に戻っていった。ちょっぴり寂しかったけど、雄弥の笑顔が見れたらそんなのどうでもよくなった。

 調子を取り戻したアタシは、今までで最高の演奏ができた気がした。会場も大盛り上がりしてくれて、雄弥たちに負けないぐらい、アタシ達Roseliaの演奏も受け入れてもらえた。

 

 

「さて、そろそろライブも終盤になってきたな……ええーじゃない!…ここからがこのライブの本番だ(・・・・・・・・・)

 

「次の曲はリベンジだ。"Verbindung-絆-"」

 

「っ!?」

 

(まさか、…大丈夫なの?雄弥)

 

 

 アタシが驚いて横を見ると、結花と雄弥がマイク位置を移動させてた。マイクの位置を移動させたのは、AugenblickとRoseliaのちょうど真ん中だった。それにどういう意味が込められてるのかが分からない。

 雄弥のベースの音から始まって遅れるように他の楽器の音が乗る。そして結花の歌声が乗っていくんだけど、

 

 誰もが驚くことが始まった。

 

 

 結花がサビを歌わない。

 

 

 雄弥が一人で歌ってて、雄弥の隣にいた結花はそこから離れてRoseliaの方に近づいてくる。

 

 いや、正確にはアタシの方に(・・・・・・)

 

 結花はアタシの背中を押すようにして移動させた。戸惑うアタシは助けを求めてRoseliaのみんなに視線を送るんだけど、みんな笑顔で見送ってるだけだった。みんなグルなんだね…。

 雄弥の隣まで移動させられて、アタシが雄弥と並んでマイクの前に立つ。サビ以外は結花が歌う。2番のサビに入ったけど、アタシは声を出せなかった。雄弥はそれでも前だけを見据えてベースを弾きながらサビを歌い上げる。 

 

 次はもうラスサビだ。そこはまた結花がわざと歌わないだろうね。だから雄弥一人になっちゃう。

 

 

(本当にそれでいいの?)

 

──いいも何も、歌えないよ

 

(何で?このライブの意味はわかってるでしょ?)

 

──Augenblickの復活ライブでもあって、アタシのためのライブでもある。だからみんなの選曲は、必ず最後の一曲をメッセージ性が強いものにしてた

 

(雄弥に嫌われると思ってるの?)

 

──きっと嫌われない。雄弥はそんな人じゃないから

 

 

 横をチラッと見たら雄弥は笑顔で、だけど力強く、頼りがいがある表情で一度だけアタシを見て頷いてくれた。

 

 大丈夫だ。…アタシは声を出してもいいんだ。雄弥は受け止めてくれるから。

 

 気づいたら、ラスサビに入ったところでアタシも雄弥と一緒に歌ってた。ベースも一緒に弾いて、声を思いっきり出してた。

 

 

「リサ、綺麗な声だな」

 

「雄弥……ありがとう♪」

 

「リサ姉!」

 

「あこ…、みんなも」

 

 

 演奏が終わったらRoseliaのメンバーにもみくちゃにされた。みんな声が綺麗だ、素敵だって言ってくれて、アタシの悩みは何だったんだろって思うぐらいだった。けど、ライブはまだ終わらなかった。雄弥が舞台袖に行ったと思ったら、何かを手に持って戻ってきた。

 またアタシは結花に引っ張られて真ん中に移動させられる。雄弥と真っ直ぐ目を合わせると、雄弥がいつもより、今まで以上にカッコよく見えた。アタシが入院してる間の数日でどれだけ成長したんだろ。

 

 

「リサ。伝えたいことがある」

 

「えっと…なに?このステージで言っちゃって大丈夫なやつ?」

 

「さぁな」

 

「えぇ!?」

 

「本当は帰国した次の日(リサの誕生日)に言うつもりだったけど、ここで言いたい。リサ…結婚してくれ(幸せになろう)

 

「……ぇ」

 

 

 雄弥がそう言って手に持ってた小箱を開けた。そこには指輪が入ってて、ラピスラズリが嵌められてて、かるくだけどペリドットの装飾もあった。派手すぎず、それでいてオシャレになってた。

 アタシは目を丸くして両手で口を隠した。言葉も出ない。嬉しすぎて、雄弥にそう言ってもらえるなんて…。

 

 

「必ず幸せにするし、ずっと側に居続ける。リサだけを愛して、リサとこの先を生きていきたい。末永くな(体を治してな)。駄目か?」

 

「ううん。…だめ、じゃない。…アタシ…でいいの?」

 

「リサ以外ありえない」

 

「…でも…」

 

(あね)さん!幸せになってください!」

 

「っ!?」

 

 

 驚いて声がする方に目を向けると、観客席の最前列まで移動してきた瑛太くんたちがいた。…ライブ、見にこれたんだ。よく見たら宮井さんも先生も、父さんと母さんも叫んでる。「幸せになれ」って、そう言ってくれてる。

 

 

「姉さんはずっと苦労されてきた!兄貴はもう大丈夫ですから!だから、もう抑えなくていいんです!幸せになっていいんです!」

 

「そうだよリサ姉!自分を隠す必要なんてないよ!」

 

「今井さん。…正直になってください…!」

 

「あなたの幸せを、自分で無くしてはいけません」

 

「リサ。掴み取りなさい。私達はいつだってリサを支えるし、応援するわ」

 

「みんな…」

 

「リサ、どうするの?」

 

「結花…答えは…決まってるよ。……雄弥、アタシなんかでよければ、喜んで」

 

「…よかった」

 

 

 「遅くなりすぎた誕生日プレゼントになっちまったな」なんて言いながら、雄弥の手で、アタシの左手の薬指に指輪を嵌めてもらう。サイズはピッタリで、アタシと雄弥はみんなの前だということを忘れてキスをした。お互いを強く抱きしめて。幸せを噛みしめるように。無くさないように。今まで一番幸せな気持ちで。

 

 

「さてさて、それじゃあ幸せのお二人さん。あと2曲いくぞ!」

 

「…っ!ご、ごめん!って、へ?あと2曲?」

 

「ああ。リサが作った"アングレカム"と、全員でやる(・・・・・)スペシャル曲だ」

 

「あ、あれやるの!?は、恥ずかしいんだけど…!」

 

「俺はあれ好きだけどな」

 

「ふぇ!?」

 

「それでは聞いてください。"アングレカム"」

 

(ちょっ、友希那!?)

 

 

 友希那が強引に始めたけど、なんとか演奏を始めることができた。雄弥が隣で一緒にベースを弾いてくれて、サビになったら、アタシと友希那と雄弥と結花の四人で歌ってた。2番に入ったらAugenblickの演奏も混じりはじめた。

 演奏が終わると同時にステージが拡大、というか元々これでも狭くしてた方だったみたいで、本来の大きさになった。そこから現れるようにポピパ、ハロハピ、グリグリ、Afterglow、パスパレが出てきた。

 

 

「最後の曲は全バンドでやるぞ!"クインティプル☆すまいる"!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「いやーライブ大成功だったね!」

 

「リサも元気になったし、雄弥との結婚も決まったしな!」

 

「あぅ。それ言われるとまだ恥ずかしいよ」

 

「俺はそうでもないけどな」

 

「雄弥はそうだろうね!」

 

 

 ライブが終わったら香澄にマイク越しで大声で祝福された。驚いてたらそれにみんなが乗って次々と祝福されて、アタシは恥ずかしさで茹でダコみたいになった。結局雄弥に抱き上げられてそれでトドメを刺されたんだけど、幸せに満たされたからいいや。

 

 それに、アンコール曲も楽しかった。想定してなかったみたいだけど、結花が「"陽だまりロードナイト"歌いたい!」って言ってアンコール曲はそれになった。

 

 

「お二人さん。これで終わりだと思ってる?」

 

「は?」

 

「え?まだあるの?」

 

「ライブは終わりだけど、やることあるでしょ?ね、こころ」

 

「そうよ!二人のハネムーンがあるでしょ!」

 

「は、ハネムーン!?」

 

「学園祭で雄弥が取ってくれたハワイ旅行のやつ、これをハネムーンで使うよ〜。ちなみにみんなで行くからね!」

 

 

 なにそれ!?雄弥、学園祭でなにしたの!?

 




最終話ですが、エピローグをやらないとは言ってません!(おやつの時間までお待ちください)

いつの間にか高評価くださった皆様ありがとうございました!把握できてなくてごめんなさい!


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エピローグ

最終話に比べたら大変短いです。
半分くらいですかね。まぁ、エピローグですしね!


「海だな」

 

「海だね」

 

「今って秋だよな?」

 

「ハワイだからあんま関係ないんじゃない?たしか、ハワイ州でも冬があるとこはあるみたいだけど、こっちは関係無いみたいだね」

 

「そこはもちろん調べたからね!」

 

「結花…流石だな」

 

「お姉ちゃんに抜かりはないんだよ☆」

 

「結花、日焼け止め塗っときなさい」

 

「あ、忘れてた!友希那が塗ってー!」

 

「はぁ、仕方ないわね」

 

 

 抜かってんじゃねぇか。まぁいいや。学園祭で獲得した人数無制限のハワイ旅行券を行使し、あのライブに参加してくれた全バンドメンバーとその家族、世話になった病院の人たちや疾斗の爺さんやその従業員たちに、リサのバイト先の店長そして、一応マネージャーも連れてきた。

 リサがマネージャーのことを知って「お世話になったんだから呼ばなきゃ!」と言ったから仕方なく呼んだ。…嫌いじゃないがあまり呼ぶ気にもなれなかったんだよなー。

 

 

「みんな思い思いに遊んでるね♪」

 

「まぁハワイって来るやつは結構来るんだろうが、大抵のやつは早々来ないからな」

 

「あはは!たしかにね!」

 

「リサは来れてよかったか?」

 

「何聞いてんの?当たり前じゃん!…雄弥と一緒ならどこでもアタシは嬉しいし、楽しいよ」

 

「よかった」

 

「雄弥は?」

 

「俺もリサと一緒ならどこでも幸せだよ」

 

「うん♪」

 

 

 あのライブで俺がリサにプロポーズをしたことは当然ニュースになった。事務所からは問いただされたが、それは全てマネージャーのゼファーが対応してくれた。もちろん反感の声も上がりはしたが、それを飲み込むほどの祝福の声が上がった。あの時リサの指につけた指輪は今もリサの左手の薬指にある。

 

 二人で浜辺にあるピーチパラソルの下に座り、海で遊んでる様子を眺めている。競泳する人、ビーチバレーする人、砂で造形を始める人、水の掛け合いをする人、サーフィンするバカに水上バイクをするバカ、フライボードにクルーズ船でタイタニックごっこする人、やりたい放題だな。

 

 大輝は沙綾に連行され、愁はAfterglowのメンバーに混ざって遊んでる。疾斗は知らぬ間にどこかに消えたが、花音たちもいないということは一緒にいるんだろう。結花はリサを除いたRoseliaのメンバーに混ざり、パスパレを相手にビーチバレーをしていた。

 紗夜が日菜に対抗心を燃やしていたが、日菜が心から嬉しそうにバレーをしているから、紗夜も楽しみ始めていた。ちなみに、パスパレの方にはイヴの代わりに薫がいる。

 

 

あれ、いいなー

 

「…タイタニックごっこか?」

 

「うん」

 

「あれ沈むのがオチだっただろ?」

 

「それはフェリーで、あれはクルーズ船じゃん。それに、雄弥ならそうならないように守ってくれるよね?」

 

「当然だ。…よし、それじゃあ俺達も海に行くか」

 

「そうだね♪」

 

 

 クルーズ船で遊んでる香澄たちに声をかけて陸に来てもらった。操縦してるのは黒服の人達だと思ってたんだが、疾斗だった。こいつどんだけ免許持ってんだよ。リサとクルーズ船を満喫した後も思い思いに遊んだ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 お昼が近づいたらみんなが海から上がって、シャワーを浴びてなぜか正装し始めた。アタシはRoseliaのみんなと結花に連れられて別のとこに移動させられた。その部屋に入ったらこれからアタシが着替える服が用意されてたんだけど…。

 

 

「えっと………え?」

 

「なーに固まってんの!あれがリサが今から着るやつだよ☆」

 

「6月のAugenblickのライブの後に、ドレスの話をしてたでしょ?あの時のことを思い出して燐子に用意してもらったのよ」

 

「会心の…できです…!」

 

「りんりん凄いよ!リサ姉にピッタリだよ!」

 

「ええ、とても美しいウェディングドレス(・・・・・・・・・)です」

 

「あの…えと、…これ着るの?」

 

「そうよ」

 

「アタシが?」

 

「うん☆」

 

 

 みんなが正装してたのって、なんか高級なレストランに行くからってわけじゃないんだね。まさか…いや目の前にこれがある時点でまさかなわけがない。今からやるのは、間違いなく結婚式(・・・)だ。

 

 

「ふぇぇ…」

 

「ちょ、リサ姉顔真っ赤だけど大丈夫!?」

 

「け、けっこんしき…」

 

「いやいや、雄弥にプロポーズされたわけだし、私もハネムーンだって言ったじゃん」

 

「そうだけどぉ…」

 

「今井さん、覚悟を決めなさい。雄弥くんは着替え終わったそうよ。…あー、あと、早くしないと日菜が雄弥くんの部屋に突入すると言っていたわ」

 

「燐子着替えるの手伝って!」

 

「は、はい!」

 

「…切り替え早いね〜」

 

 

 アタシの雄弥を取られるわけにはいかないもん!

 たしか結婚式って雄弥が先に行ってて、アタシが父さんと後から入っていくって流れだよね?着替え終わるまでは雄弥も部屋で待ってるんだろうけど、日菜が相手だと油断できない。日菜は常識に囚われないから。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 一足先に父さんと母さんにドレス姿を披露したら、二人とも泣きながら祝ってくれた。それが嬉しくてアタシも泣きそうになったけど、涙を堪えて笑顔でいることにした。

 母さんが先に会場に行って、少ししてから父さんと入場する。知り合いの人達が両脇にいて、みんな拍手しながらお祝いの声をかけてくれる。アタシは照れながら手を振り返していたけど、それも途中まで、雄弥の顔がはっきり見える距離まできたらもう雄弥しか目に入らない。

 

 

「リサ、綺麗だ」

 

「えへへ、ありがとう♪雄弥もカッコイイよ♪」

 

「ああ。ありがとう」

 

 

 雄弥にベールを上げてもらって、お互いの顔がはっきり見えたらすぐにそんなやり取りをした。神父さんに呆れられるかと思ったけど、温かい目で見守られてた。

 

 

「…ってあれ?あの喫茶店の腹話術の人?」

 

「あー、そういやリサは知らなかったんだっけ。この人の本職は神父なんだよ。無所属だけど」

 

「そんな政治家みたいなノリできたっけ?」

 

「できないな。ある意味異端だが、この人の場合特例だよ。なんせ聖人(・・)だからな。ある程度無茶を押し通しちゃうんだよ」

 

「…え?」

 

「ほほっ、私の話はそれぐらいでいいだろう。では、式を始めようか」

 

「そうしますか」

 

 

 式は滞りなく進められた。指輪の交換も、アタシの場合はもう一度雄弥に指輪を嵌めてもらうって形になって、アタシは父さん達が用意してくれた指輪を雄弥の指に嵌めた。

 誓いの言葉もお互いに言って、口を重ねた。優しくも熱い、雄弥の覚悟と想いが込められたキスだった。アタシも、同じように想いを伝えられたかな?

 

 その後は想い出話やらアルバムをプロジェクターで披露されたりした。両家の両親からお祝いの言葉を貰ったし、それぞれのバンドからも改めてお祝いしてもらった。

 …アルバムは恥ずかしかったなぁ。だって雄弥の写真は基本アタシか友希那が一緒に写ってるのに、アタシの写真は雄弥と出会う前からのもあったからね。友希那も顔を赤くして伏せてたけど。小さい頃は二人ともこんなんだったよね〜。

 

 

「よう雄弥、めでてーなーコノヤロー」

 

「絡みがうざいぞゼファー。お前仕事投げ出してきてるだろ。代わりも探さずに」

 

「来月分の仕事だからサボっても影響がないんだよ。それで、どうする気だ(・・・・・・)?」

 

「いちいち試すような言い方するなよ。疾斗と愁に言われて真面目にやってくれたんだろ?」

 

「…バレてるのかー。つくづく惜しい人材だ」

 

「だから関わらないって言ってんだろ」

 

「えっと…雄弥、なんの話してんの?」

 

「俺の体の治し方だよ」

 

「え!?」

 

 

 雄弥の体……治るの?え、じゃあ…治ったらもっともっと一緒にいれるようになるってこと?ホントにそんな方法があるの?

 

 

「それをしたら私に貸し一つだな」

 

「抜かせ。貸し借りも無いってとこまでが二人との契約の範囲だろ?」

 

「クソー、そこまで知られてんのか〜。ま、いいか。認めよう、私の負けだ。この件はおって連絡する」

 

「ああ。……ありがとな」

 

「…!?……はははっ、お前に感謝されるとはな。…長生きしてみるもんだな。雄弥…お前にもそうさせてやるよ」

 

「…ふんっ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「おう!リサちゃんもそいつ手放すなよ?フラフラしやがるからな!」

 

「分かってますよ♪」

 

 

 マネージャーさんは背を向けながら手を振って式場からいなくなった。なんだかんだで仕事が多いのかな。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 宿泊するホテルはみんな一緒で、アタシと雄弥は同じ部屋になってた。こころが「ハネムーンなら当然でしょ!」って笑顔で言ってきた時はみんな固まったなー。アタシもRoseliaで泊まると思ってたし。

 

 

「ゆうや」

 

「どうした?」

 

「本当にアタシの今の声好き?」

 

「好きだよ。言ってしまえば声変わりみたいなもんだろ?…それに、声が代わってもリサはリサだ。俺が愛してる人だ。特徴の一つが代わったところで嫌いになるなんてありえない。たとえリサがどうなろうと俺はリサを愛し続けるよ。必ず側にい続ける」

 

「そっか。…アタシも、雄弥の側にい続けるね。雄弥だけを愛して、雄弥と幸せになる」

 

「ああ」

 

「それでさ、雄弥」

 

「うん?」

 

こ、子供…作ろ?

 

「ゲホッゲホ…リサ!?何言ってんだ!?」

 

「だ、だって、ハネムーンだし…こころもそういうことでやってくれたんじゃ」

 

 

 アタシは自分の顔が熱を帯びていくのを自覚しながら雄弥に詰め寄ってた。目がぐるぐるするしけど、た、たぶん大丈夫だよね。授業はちゃんと聞くから知識はあるし…。と、とりあえず服脱がなきゃ。バスローブだから脱ぐのも簡単で…。アタシが片手で雄弥に触れながら反対の手で服をはだけさせ始めたら雄弥に止められた。

 

 

「リサ落ち着けって」

 

「ゆうやは…してくれないの?」

 

「あのな、リサはまだ高校生だぞ?子供はリサが社会に出てからな」

 

「じゃあ再来年だね」

 

「…大学は?」

 

「あ、そっか。えっと、じゃあ予行演習ってことで、避妊対策して…あた!」

 

「だから落ち着けって!俺はリサ以外の女には手を出さないから」

 

「…約束だよ?」

 

「もちろんだ」

 

 

 アタシは夢の時と同じように指切りじゃなくてキスをした。深い、深いキスをして、絶対に破らないように誓いを立てた。

 

 アタシは

 

 アタシたちは

 

 誰がなんと言おうと幸せな夫婦だ。

 

 

「あ、籍入れるのはリサが卒業してからな」

 

「え?」




書き終わりました。やりきりました。
思い返せば5月13日のあのライブを機に書こうと決めて書き始めたこの作品。まさか100話を超えるとは…。50話くらいまで書けたらいいなー、なんて思いで始めてたのに。
毎日更新ができるなんて思ってなかったですし、実際テストが近づいた時はストックが切れて朝急いで執筆してギリギリ…なんてこともありました。(テスト勉強?聞こえないーー!)
でも、それもこれも読んでくださる皆様がいたからできたことです。ありがとうございました!

あ、番外編は不定期でやりますよ。ガルパ内のRoselia2章とか、パスパレ2章とか…あ、でも素晴らしすぎる内容だから手を出すのも気が引けるような。
ま、まぁとりあえず…なんとなく思いついたのを書きますw
リクエストもあれば受け付けます!満足していただけるものになるかは不明ですけど…、頑張ります!

最後に改めて、ありがとうございました!


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番外編:日常
今井リサ 誕生日回


もちろん忘れてませんよ!そして番外編の最初を飾ってもらいますよ!
リサ姉、パッピーバースデイ!あなたに出会えて本当によかった…( > <。)
ありがとうゆりしぃ!!ありがとうゆっきー!!

では、本編(?)どうぞ!


「それじゃあ雄弥、アタシ出かけてくるから。二人のことお願いね?」

 

「ああ。楽しんでこい」

 

「うん!二人もパパの言うこと聞くんだよ?」

 

「「はーい!」」

 

「ママいってらっしゃーい!」

 

「ばいばーい」

 

愛彩(まい)それはちょっと違うからな」

 

「ほぇ?」

 

「あはは、夜には帰ってくるからね♪」

 

 

 笑顔で見送られたリサは、弾けるような笑顔を返して外出していった。結花や日菜たちと出かけるらしい。友希那と紗夜も一緒だったかな?

 

 リサが高校を卒業したら籍を入れ、大学には進学してもらったのだが、リサは今日で24歳にして2児の母である。…あ、ちなみに双子で、両方今年で3歳な。どちらも女の子が産まれました。

 つまり、大学在学中に出産したわけなのだが、それを頑なに拒んでいた俺がなぜ押し切られたかというと、日菜の策略にリサが乗ったから。どんなやつか?それは教えない。けど、もうあの手には引っかからないし、リサも翌日には顔を真っ赤にして布団にくるまってたからやらないと思う。まず、もう子供いるし。

 

 家はどこにでもあるような2階建ての一軒家で、他より少し庭が広いってぐらいだな。周りを気にせず楽器の練習ができるように、地下にも部屋がある。しかもわりと広い。自然の光が家全体に行き届くように工夫されているが、外から家の様子が簡単に見れるようにはなってない。

 この設計にはリサが大絶賛し、建てた人達にお礼として特製ケーキを作っていた。まぁ、この家を建ててくれたのは瑛太たちなんだけどな。設計も自分たちでやったらしい。いっそ会社でも作れば?と思ったが、あいつらの中で経営者の立場を務めれるやつはいなかった。今は爺さんに経営の仕方を学んでるらしいが。

 

 そうそう、子供の名前は汐莉(ゆうり)愛彩(まい)だ。汐莉が姉で愛彩が妹。汐莉はしっかりしてて活発的な子、愛彩は天然な所があるが自由奔放で、興味を持ったことに対しては汐莉より活発的になる。どちらも周りに目が行き届いて優しく接せるようになってくれている。

 紗夜と日菜のミニチュア版?そんなこと言ったらリサに本気で殴られるぞ。(経験済み) 猛反省したとも。涙目で離婚する?って聞かれた時はこっちも泣きながら必死で止めた。もうあんなことしたくないな。

 

 

「パパー、ママはー?」

 

「ん?夜には帰ってくるよ」

 

「んゆ」

 

「はは、愛彩はママが好きだな」

 

「だいすき!!」

 

「よしよし、ママも愛彩のこと大好きだって言ってたぞ」

 

「ほんとー!?」

 

「もちろん」

 

「やったー!!」

 

 

 愛彩を抱き上げて優しく頭を撫でてやると嬉しそうに頭をこすりつけてくる。リサはこういうことしないし、愛彩も基本的に教わった行動を取るから……日菜のやつ何教えこんでんだろな。

 愛彩に構っているとズボンをクイクイっと引っ張られた。もちろんそれは汐莉が引っ張っていて、汐莉はお姉ちゃんだからって自分を抑えようとするが、実は甘えん坊なのだ。そのことはもちろん俺もリサも把握している。

 

 

「汐莉も、ほら」

 

「わっ」

 

「ねぇねー!」

 

「うぅ…」

 

「ははは、恥ずかしがらなくていいのに。…二人ともパパのお手伝いしてくれるか?」

 

「パパの?…する」

 

「まいもするー!」

 

「ありがとう」

 

 

 さてさて、リサの誕生日なんだからちゃんと祝わないとな!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「リーサーち〜!」

 

「わっ、日菜は相変わらずだな〜」

 

「もちろん!あたしだからね!」

 

「わけわからないけど、何でか説得力あるね…」

 

「日菜、そろそろ離れなさい」

 

「はーい」

 

「やっほー、紗夜」

 

「こんにちはリサ(・・)

 

 

 集合場所には紗夜と日菜が先に来てた。紗夜が真面目なのと日菜が楽しみで待ちきれないっていうのが合わさって、いつも一番最初に来てる。

 紗夜がアタシのことを名前で呼び捨てにするようになったのは、高校を卒業してから。アタシが"今井"じゃなくなったから、そのついでに名前呼びを強要したんだ〜。照れながら名前を呼んでくれた時は、なんかこっちも恥ずかしかったっけ。

 ちなみに、その流れで紗夜はRoseliaメンバー全員を名前で呼び捨てにするようになった。というかアタシとあこがそうさせて、それに友希那の援護もあって紗夜は陥落した。

 アタシの名字?もちろん"湊"だよ。雄弥は"今井"でいいって言ってたんだけど、アタシが「もらった名前を捨てる気?」って言ったら諦めてた。…まぁそれを言ったらアタシにも当てはまるんだけど、ほら…雄弥はちょっと特殊だからね。

 

 

「お、やっぱりみんな揃ってる!友希那、私達が最後だよ」

 

「みんな早いわね。まだ集合時間の10分前よ」

 

「アタシはさっきついたとこだけどね〜」

 

「あたしとお姉ちゃんは…いつからだっけ?」

 

「集合時間の30分前ね。…日菜が我慢できないって言うから」

 

「だと思ったわ。早速だけど電車に乗りましょ。あこと燐子が先に行ってるのだし」

 

「そうだね☆」

 

 

 あこと燐子が先に行ってくれてる場所は、天空庭園なんて呼ばれてるオシャレな場所で、そこはビルの最上部にあって眺めを楽しみながらビュッフェ形式でご飯が食べれるようになってる。青空も見えるようになってるけど、紫外線も限りなくカットされていて、庭園だからもちろん緑もある。愁の情報でAugenblickが最初に行って、それから雄弥が教えてくれた。

 

 ちなみにあこと燐子が先に向かってくれてたのは、ゲームのイベント会場が同じビルだから。それと、Augenblickは活動を続けてて、今ではバンド、アイドルどちらをとっても日本一で、海外でも人気が高い。ノリが軽いからオファーが来たらすぐに海外ライブに行ったりしてる。育児を優先してくれてるけどね。

 

 アタシ達Roseliaも活動を続けてて、メジャーデビューもした。ゼファーさんがスポンサーとして支えてくれて、デビューさせてもらった。…今は雄弥たちと同じ事務所にいさせてもらってる。

 

 

「そういえば日菜、パスパレの方でイベントやるんじゃなかった?」

 

「あーあれ?あれは別にいいんだよ。全員じゃなくていいし、…たしか二人いたらいいってなってたから、彩ちゃんと千聖ちゃんが行ってくれてるよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「彩と千聖のコンビってなんか安定してるよね〜」

 

「丸山さんはリーダーだし、白鷺さんはパスパレで一番の経験者だものね」

 

「あたしはもっと彩ちゃんと一緒に色んなの出たいんだけどな〜」

 

「毎回都合が悪いんだっけ?」

 

「そうそう!この前だってユウくんとの出演が決まった後から同じ日に彩ちゃんと出演できるかもって話があがったりさー!なんか陰謀めいてきてるよ!」

 

「…すぐに日菜が飛びつくからじゃないかしら?たしかオファーってその場で返事する必要ないわよね?」

 

「友希那の言うとおりよ日菜。あなた話を聞いたらその場で決定してるでしょ」

 

「うぐっ…。だってユウくんと出れるのって楽しいし、回数も少ないし…」

 

「あ、あははー、まぁ気持ちはわかるけどさ」

 

「リサはいっつも雄弥とイチャイチャできるから分からないでしょ」

 

「…結花?」

 

「ごめんなさい」

 

 

 もう、籍を入れてからは高校の時ほどイチャイチャしてないじゃん。子供ができてからとか特に。

 

 

「まぁでも大学の時もリサちーってユウくんとベッタリしてたよね」

 

「へ!?」

 

「たしかにそうね」

 

「友希那まで!?」

 

「雄弥くんが大学に入学してくれたものね。全部同じ講義を取ってたのは流石にどうかと思ったわ」

 

「しかもランダムで決まる授業でバラバラになったら拗ねてたもんね〜」

 

「……そんなことないもん

 

「いやいや、授業が終わったら走って雄弥のとこに行ってたじゃん」

 

「でも、ほら…雄弥とまた学生生活送れるなんて思ってなかったし

 

「たしかに…私も驚いたわ」

 

「友希那の目を盗んで勉強してたのは凄かったよね〜」

 

「受験会場でも会わなかったものね」

 

「合格発表の日にみんな知ったもんね〜。ユウくんのサプライズって心臓に悪いよ」

 

「…それは日菜に言われたくないことだと思うよ」

 

「え?なんで?」

 

 

 自覚があるわけないよね〜。日菜は相変わらず何も変わってないような。…あーでも変わったとこもあるか。パスパレがあるおかげで日菜が良い方向に変わってるって紗夜も言ってたし、日菜自身成長できてるって言ってたもんね。変わってないのってむしろ…。

 

 

「え、なに?」

 

「ううん。結花は変わらないなーって思っただけ」

 

「むっ、それいい意味で言ってないでしょ」

 

「さぁね〜♪」

 

「友希那さーん!リサ姉も、みんなもこっちこっちー!」

 

「あこちゃん。声抑えて」

 

「それとあこ、リサはもう『リサ姉』じゃないじゃん?」

 

「あ、そうだった。『リサママ』!」

 

「…あ・こ?」

 

「ひぃー、ごめんなさい!」

 

「結花も」

 

「あはは!ごめんごめん!」

 

「まったくもうー」

 

「場所取りしてもらってごめんなさいね」

 

「いいんですよ!イベントも行けましたし、一石二鳥ってやつです!」

 

 

 あこは中二病発言がなくなったけど、まだ若干カッコイイ言い回しをする時がある。元気の良さはそのままだけどね。

 燐子は前よりも自信を持てるようになって、MCでもしっかり喋れるようになった。…何気に燐子の成長が一番大きい気がする。……特にスタイルとか。

 

 

「わかる、わかるよリサ」

 

「何をわかられたのかは聞かないでおくね、結花」

 

「お二人ともどうかしました?」

 

「う、ううん。なんでもないよ…あは、あははー」

 

「燐子のスタイルが羨ましいねって話だよ☆」

 

「結花!?」

 

「ふぇ、……あの、そう言われると…恥ずかしい…です」

 

「全く…あなた達は」

 

「そうよ。せっかくのリサの誕生日なんだからそういう話ではなく」

 

「スタイルの話なら私も混ぜなさい。燐子、秘訣をすべて話しなさい」

 

「その通り。話すべき……え?友希那!?」

 

「え…秘訣なんて、そんな」

 

「あはは!お姉ちゃんの反応おもしろーい!」

 

 

 まさか最大のストッパーである友希那が食いつくとはね〜。…正直な話、友希那もスタイルいいんだけどね。身体が細くてスラッと伸びてて、高校の時に気にしてたお腹周りだって、大学に入ったら解消して逆に魅力の一つになってたし。

 

 

「あこは友希那さんに秘訣を聞きたいです!あこは友希那さんタイプの体な気がします!」

 

「それは言外に私の胸が小さいと言いたいのかしら?」

 

「そんなこと一言も言ってませんよ!?」

 

「友希那の胸ってそんな小さい?…うーん、触ってみた感じでも十分あると思うよ?周りが、というか燐子が大きいだけだよ」

 

「きゃっ…」

 

「ですから、その話はやめてください」

 

「贅沢な話だよね〜。友希那もそう思わない?」

 

「ちょっ、結花…放しなさい!」

 

「こういうとこで堂々とあんなことできるの結花だけだよね〜」

 

「もはや圧巻ね」

 

「あなた達助けなさい!」

 

「仕方ないわn「お姉ちゃん隙ありー!」きゃっ!?日菜!あなたまで何して…ん…」

 

「結花ちゃんがお姉ちゃんである友希那ちゃんとスキンシップしてるから〜。ここはあたしもやろうかな〜って、…むむっ、お姉ちゃんまた大っきくなった?」

 

「しら、ない……んっ…わよ!」

 

 

 …あこたちが取ってくれた席が個室形式でよかったー。こんな状態を他のお客さんに見られてたら店員さんを呼ばれて追い出されてるよ。出禁になっちゃってたよ。

 うーん、結花も日菜も止まらないし、燐子とあこは現実逃避始めてるし、仕方ない。アタシが止めますか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「完成したな!」

 

「な!」

 

「やった」

 

「パパ、まいえらい?」

 

「もちろんだ。よく頑張ってくれたな」

 

「えへへ〜」

 

「…パパ

 

「汐莉もありがとな。上手に飾ってくれた。パパよりうまいぞ」

 

「ほんと?」

 

「ああ。パパは飾り付け下手だからな」

 

「わたし、がんばった?」

 

「がんばったよ。…おいで汐莉」

 

「うん」

 

 

 汐莉を抱っこして頭を撫でてあげる。うちの子供はどっちもこれが一番嬉しいらしい。

 それにしても汐莉は甘えるのが下手だなー。不器用といえば不器用なんだが、誰に似たんだろうな。…紗夜と友希那か。あの二人は汐莉のこと大好きだからな〜。汐莉もあの二人のこと好きだし、…甘えベタのところなんてどうやって受け継いだんだろ。

 ちなみに結花はどっちにもベッタリだが、甘えベタになっちゃった汐莉に甘え方を必死に教えてくれてる。親だけじゃ教えれないこともあるから大助かりだったりする。日菜?…破天荒っぷりを汐莉と愛彩が覚えそうで怖い。二人の活発さは間違いなく日菜の影響だ。自由なとこは愛彩が受け継いじゃったが、まぁ悪いことでもないか。

 俺達が教えてることも、もちろんある。といっても大半がリサなのだが、礼儀や優しさ、道徳を中心に教えてるし、相手や物を大切にすることを教えこんでいる。

 

 

「ママもうすぐ?」

 

「もうすぐだな。クラッカー用意しとこうか。パパがママを迎えに行くから、ママが部屋に来たら発射だぞ?」

 

「わかった」

 

「わかったー!」

 

『ただいまー』

 

「お、帰ってきたな」

 

 

 玄関に迎えに行くと、リサは三つの紙袋を持って帰ってきていた。どうやらみんなからも誕生日プレゼントを貰ってきたようだな。

 

 

「どうだった?」

 

「すっごい楽しかったよ!雄弥が教えてくれたあそこも超よかった!」

 

「それならよかった。荷物持つよ」

 

「ありがと♪二人は?」

 

「リビングで大人しく待ってくれてるよ。ママと一緒に食べるってさ」

 

「ありゃ、それならすぐに行かないとね」

 

 

 リサから荷物を受け取り、リサを先にリビングへと向かわせる。扉を開けた途端クラッカーが鳴らされ、リサは驚き一瞬固まってしまった。

 

 

「………な、なになに!?」

 

「「ママ!おたんじょうび、おめでとー!!」」

 

「へ?あ、汐莉と愛彩がクラッカー鳴らしたの?」

 

「うん。パパがおもしろいからって」

 

「ママびっくりした?まいとねぇねーちゃんとできた?」

 

「超びっくりしたよ〜。それと、二人ともありがとう♪…部屋も飾り付けしてくれたの?」

 

「うん!」

 

「ねぇねーといっしょにやったんだよ!」

 

「上手だね〜。パパより上手」

 

「えへへ〜」

 

「…パパ」

 

「汐莉、そんな可哀想な目で見るな。結構刺さる」

 

 

 ファッションとかならわかるが、自分で1から飾るとなるとどうしても上手くいかないんだ。俺のこの絶望的なセンスが二人に遺伝しなくてよかったよ。

 汐莉と愛彩はリサに抱きつき、しばらく離れようとしない。俺は荷物を置き、リサに二人と席に座るように言って、用意していた料理を運ぶ。汐莉と愛彩はまだ小さいから大して食べれないから、作った料理もそんなに多くない。

 

 

「へぇ〜、雄弥も腕を上げたね〜」

 

「リサのおかげでな」

 

「パパ!ケーキ!」

 

「今から持ってくるよ」

 

「ママ!あのねあのね!ケーキもみんなでつくったんだよ!」

 

「へ?そうなの!?二人ともすごいね〜♪」

 

「えへへ〜」

 

「たのしかったよ」

 

「二人とも料理が上手になるね♪」

 

「ほんと!?」

 

「パパとママみたいになれる?」

 

「もっちろん!ママが教えてあげるからね!」

 

「「わーい!」」

 

 

 なんともまぁ微笑ましい会話なんだろうか。俺の家族の会話なわけだが…。ケーキをテーブルの真ん中に置き、蝋燭を二人に立ててもらう。さすがに火は危ないから俺が点けて、三人でリサにバースデーソングを歌い、写真も撮った。

 

 

「…これ、ほんとに三人で作ったの?」

 

「そうだが?」

 

「…へただった?」

 

「ふぇ…」

 

「あ、ううん!違うよ逆だよ逆!上手すぎてママびっくりしちゃったの」

 

「パティシエになれるな」

 

「ぱてし……んゆ?」

 

「パティシエ、簡単に言ったらケーキを作る人のことだよ」

 

「ほえー」

 

「……」

 

「…汐莉、やりたいことをしたらいい。パパたちは応援するから」

 

「…うん!」

 

「さ、ケーキ食べよっか!」

 

 

 4等分に切り分けて小皿に乗せていく。汐莉と愛彩はケーキだけでお腹いっぱいになるから、他の料理は俺とリサが食べる。というか元からそのつもりで二人分しか作ってない。

 四人で談笑しながら食事を終え、リサに二人をお風呂に入れてもらってる間に洗い物を済ませる。リサが洗い物をしようとしたが、誕生日だからと言って断った。

 

 

「パパ」

 

「ん?汐莉は先に上がったのか」

 

「うん…だっこ

 

「いいよ。おいで」

 

「ん」

 

 

 汐莉を抱っこしてソファに移動する。汐莉を膝の上に乗せたら汐莉はがっしりと抱きついてきた。

 

 

「喧嘩でもしたか?」

 

「ううん」

 

「嫌なことあったのか?」

 

「ううん」

 

「……甘えたかったのか」

 

「…うん

 

「そうだな。…今日はママがいなかったから、愛彩にパパ取られたと思ったのか。大丈夫だぞ汐莉。パパはちゃんと一緒にいるから、愛彩がいても気にしなくていい。お姉ちゃんだからって気にするのは外だけでいいんだ」

 

「??」

 

「ははっ、ちょっと難しかったかな。…汐莉はいつでもパパに甘えていいってことだよ。もちろんママにもな」

 

「うん…ぐすっ…」

 

「よしよし。…それとな、汐莉。さっきも言ったけどやりたいことをしたらいい。パパやママみたいに楽器を弾いてもいいし、ケーキを作ってもいい。どっちかに絞る必要はないぞ」

 

「…?…よくばりさん?」

 

「さぁな〜。けど、ママは楽器を弾くし、美味しいのいっぱい作れるだろ?」

 

「…ぁ…うん!」

 

 

 しっかり者だけど甘えん坊で寂しがり屋、それでいて甘え下手、か。不器用だな〜。まぁでも、俺とリサがしっかり見てあげたらいいんだ。大切な娘なんだから。

 

 

「パパー!あ、ねぇねーもいた!ママ!ねぇねーもいた!」

 

「そうだね。愛彩も抱っこしてあげるからこっちおいで」

 

「はーい!」

 

「汐莉、四人揃ったな」

 

「うん。…いちばんすき」

 

「ああ。パパもだよ」

 

「ん?なんの話?」

 

「四人揃ってる時が一番好きだよなって話だよ」

 

「あ〜。ママも同じだよ♪」

 

「まいも!……ふぁ」

 

「ありゃ、愛彩はもう眠たくなったか」

 

「まだおきゆ…」

 

「まい、ねぇねーとねよ」

 

「う、ん。…パパ、ママ」

 

「なぁに?」

 

「まいね、ほしいの、あゆ」

 

「何がほしい?」

 

「おとうと」

 

「あ、それわたしも」

 

「……ん?」

 

「えっと、…弟?お布団の言い間違いじゃなくて?」

 

「うん…まい…おとうと、ほしい」

 

「…そういや父さんたちも男の孫がどうとか言ってたっけ」

 

「…うちの父さんたちも言ってたな〜。それをこの子達も聞いちゃったのかな?」

 

「わたしもほしい……おとうとって、どうやったらできるの?パパ、わたしもおてつだいできる?」

 

「それを教えるのはまた今度な。それと汐莉、汐莉がお手伝いしたらそれはもう近親相姦になるからな。あと、孫なんてそんなのパパは絶対にまだ許さないからな」

 

「雄弥、ガチになりすぎ…。この子たちは子供がどうやったら生まれるか知らないんだからね」

 

 

 それもそうだった。…あー、いやでもなー、そのうちこの子達も学校で習うわけだし、彼氏とかもできるんだろうな。可愛いし。最近の子はすぐに手を出す輩が増えてるって話だし、…彼氏にふさわしいかはちゃんと検証しないとな。

 

 

「もう遅いから、二人とも寝よっか」

 

「でも…」

 

「愛彩がもう限界だから、ね?汐莉も眠たいでしょ?」

 

「そうでも…ふぁぁ……ないもん」

 

「頑固だなー。誰に似たんだろ」

 

「リサだろ」

 

「…かもね。…汐莉、おねんねしようね〜」

 

「ふにゅ…」

 

「二人を運ぶか」

 

「そうだね」

 

 

 リサと二人で子供たちをベッドに寝かせる。寝返りで落ちたりしないように柵付きのやつにしてある。…子供って電池が切れたようにばったり寝るよな。

 

 

「雄弥もお風呂入ってきたら?」

 

「そうする。リサ、今日もう少しだけ頑張れるか(・・・・・・・・・・・)?」

 

「ふぇぇ!?それって……え?」

 

「この子たちは寝ぼけてるときの記憶も残ってたりするからな」

 

「……いいよ。雄弥、優しくしてね?」

 

「当たり前だろ」

 

 

 誕生日プレゼントが最低なものになった?いやいや、ちゃんと別に用意してあるからな。四人でショッピングモールに行った時にリサが欲しがってたやつを買ってあるからな!

 

 親父(・・)あんたがくれた命(・・・・・・・・)のおかげでリサの願いを叶えれるよ。長く生きさせてもらう。




やはり書いてて楽しい。
特に子供たちがね!!

ゆうや、リサ→ゆうり
残った文字が「や」「さ」→さや?うーん…。
名字が湊になるし、今井から使えないか、いまい→まい
って感じで子供の名前が決まったのです。

今後の番外編は、ゆったりと考えます。「お、久しぶりに更新されてる!」みたいなペースかも…。


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一途な彼からの相談

以前に感想で、リサとAugenblickメンバーとの絡みを見てみたいっていただいたことがあったので、やってみます。
全員を出すっていう内容は思い浮かばなかったので、代表でこの人です。


 

 Roseliaの練習もバイトも部活もないある日のこと。こういう時は、いっつも雄弥と一緒に過ごすか、雄弥やRoseliaメンバーにあげるお菓子を作ってる。だけど、今日はそのどっちでもない。友達と買い物に行くわけでもない。人と会う約束をしている。

 集合場所である駅前で待っていると、今日約束していた人物がこっちに走ってきていた。集合時間に遅れてるわけじゃないんだけど、間に合わないかもと思って走ってきたのかな?

 

 

「ふぅ…、わりぃ!待たせちまった!」

 

「あはは、大丈夫だよ大輝。そんなに待ってないから。まぁ、女の子より後に来るのはどうかと思うけどね〜?アタシがチンピラに絡まれてもいいってことかな?まだ恐怖症が治ったわけでもないんだけど」

 

「ほんと、ゴメンナサイ。そういうつもりじゃなくて、ってかそんなん俺が雄弥にボコられるし…」

 

「ジョーダンだよジョーダン!何か事情があったみたいだしさ。…ま、それは聞かないでおいてあげるよ」

 

「助かる」

 

「それで、今日はどうしたの?相談したいことがあるって話だったけど」

 

「それは店についてからにしようぜ。疾斗から教えてもらった、ゆったりできる喫茶店があるんだ。そこで話すから」

 

「リョーカイ!エスコートよろしくね?」

 

「…からかわないでくれ。雄弥にも沙綾にもしばかれるから」

 

 

 それはそれで面白そうな気が…。アタシが嫉妬するところはいっぱい雄弥に見られてるけど、雄弥が嫉妬するとこなんて見たことないし。…まぁ雄弥が恋愛を理解した時に、アタシ達は付き合い始めたからね〜。今なんて結婚の約束してて、先に式はあげたしね☆

 左手についてる指輪を右手で優しく撫でながら、大輝の後ろをついていく。電車で3駅移動して、そこから歩くこと10分弱。目的の喫茶店についた。疾斗の紹介だけあって、中々オシャレなところだね。

 

 

「疾斗ってこういうとこ見つけるの上手いよね〜。花音がカフェ巡り好きだからかな?」

 

「それもあるだろうが、…あいつも紹介してもらってることが多いぞ」

 

「そうなの?芸能人とかに教えてもらうの?」

 

「まぁそうだな。…あとは、人助けした時にその人から教えてもらったりするんだってよ」

 

「…あぁ、なるほど」

 

 

 適当に席について、店員さんにお冷とメニューを渡してもらう。大輝はブレンドコーヒーを頼んで、アタシはカフェラテにした。

 

 

「そういや、今日のことは雄弥に言ってあるのか?」

 

言ってないよ(内緒にしてる)

 

「え"っ」

 

「雄弥が嫉妬するの見られるかなーって思って」

 

「アータシカニナー」

 

「…なんで片言?」

 

「俺になにか危害が来そうで怖い」

 

「いやいや、それはないでしょ〜。だって雄弥だよ?」

 

「雄弥だから怖いんだよ!何考えてるかわかんないからな!」

 

 

 えー、そうかなー?…まぁ、たしかにアタシも雄弥のことが分かるようになるのに時間かかったからなー。

 注文していたものが届けられて、一口飲んでから改めて今回の本題を聞くことにした。聞いたらすんごい呆れる内容だったけどね。

 

 

「喧嘩したから仲直りの方法を教えてほしい、ねー?」

 

「しょうもない相談って思われるのは仕方ないが、なんか今までとは違うんだよ」

 

「喧嘩自体は初めてじゃないんだね?」

 

「まぁな。あんま喧嘩はしないし、今までもなんとか仲直りできたりしてたんだが…」

 

「今回はいつもみたいに仲直りできないと」

 

「…はい」

 

「いつも同じパターン?」

 

「いや、それはない。それは沙綾に失礼だからな」

 

「うーん、そこは一安心ってとこだけど。これだけじゃ何とも言えないなー」

 

 

 アタシも沙綾とはそこまで接点がないからなー。憶測であれこれ言うわけにもいかないし。原因がわからないといけないんだけど、大輝がそれをわかってないって言うし…。

 

 

「沙綾の誕生日を祝い忘れたとか?」

 

「それはない。沙綾の誕生日は5月だし、ちゃんと祝った」

 

「じゃあ何かの記念日を忘れてたとか?女の子ってこういうのすっごい気にするんだけど」

 

「記念日って言われてもなー。リサ達みたいに結婚をどうのってわけでもないし………ぁ…」

 

「何か心当たりあった?」

 

「付き合って半年経ちます…」

 

「それじゃん!」

 

 

 毎月に記念日がどうのって言う子じゃないだろうけど、流石に半年は記念日として何かしたいって思うよ!しかもこういうのは、男子から言ってほしいもんだしね!

 

 

「まったくもー、完全に大輝がやらかしてんじゃん」

 

「その通りです…」

 

「何かお祝いとお詫びを用意しないとね。沙綾の好きなものは?」

 

「ドラム」

 

「帰るよ?」

 

「ゴメンナサイ!…えっと…たしか、趣味はカラオケとヘアアクセ集めと野球観戦だな」

 

「カラオケは排除するとして、野球観戦はすぐにチケット用意できるわけでもないし…、ヘアアクセは無難だけど買わないとね」

 

「無難なのにか?」

 

「アタシに考えがあるから任せて♪伊達に雄弥にドギマギさせられてないよ!」

 

「誇らしげに言うことなのか…?」

 

 

 そんなツッコミいらないでしょ。それに、プレゼントとかで実際にドギマギさせられた女子からのアドバイスなんて超貴重なんだからね!

 アタシ達は注文したのを飲み干してからすぐに買い物に行くことにした。こういうのは早く解決しないとね!

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 リサにアドバイスを貰い、買い物を済ませる。もちろん自分で選んだ。リサから貰ったアドバイスは、どういう風にしたら女子からしたら効果的か(リサ体験談)というものだ。

 リサに礼を言い、これから沙綾と連絡を取ろうと思ったのだが…、

 

 

「…なんでリサさんと2人でこんなとこにいるのかな?」

 

 

 後ろからかけられたこの声に俺は心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。声が今までで一番冷めていたからだ。ぎこちなく後ろを振り返ると、笑顔の沙綾がそこにはいた。笑顔なのにとても怖い。目が笑ってないってやつだ。

 

 

「さ、沙綾…これには事情があってだな」

 

「事情?私を放ったらかしにして他の女の子、しかも人の女の子と遊んでるのに言い訳するんだ?」

 

「沙綾、アタシの話を聞いてほしいんだけど…」

 

「大丈夫ですよリサさん。こいつに詰め寄られて断れなかったんですよね。安心してください。処分してきますから」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

「あーもう!沙綾!」

 

「ひゃっ!?な、なに!?」

 

 

 ムードもクソもねぇ!俺は暴走してる沙綾を思いっきし抱きしめた。人前でこんなことされるとは誰も思わないよな。だから沙綾もビックリして縮こまった。

 

 

「ごめん。記念日を忘れててごめん」

 

「…ホントだよ。バカ」

 

「どうやったら仲直りできるか、リサに相談してたんだ」

 

「そうなの?…私、勘違いしちゃってたよ」

 

「紛らわしいことしてる俺が悪いんだよ。…沙綾にプレゼント用意したんだ」

 

「プレゼント?」

 

 

 体を離して、さっそくだが袋からさっき買ったものを取り出した。梱包してもらったものをそのまま沙綾に渡す。プレゼントを開けるのも楽しみの一つなんだとか。

 沙綾は目を丸くしながらそれを受け取り、プレゼントと俺の顔を交互に見つめる。俺はアイコンタクトで「開けていい」と伝え、沙綾は丁寧にそれを開けていった。

 

 

「あ、…かわいい」

 

「それ、沙綾が欲しがってたやつだろ?似合うと思って買ってきたんだ」

 

「ふふっ、らしくないことしちゃって」

 

「うっせ」

 

「でも…ありがとう。すっごい嬉しい♪」

 

「お…おう」

 

「…えへへ、…ね?つけてくれる?」

 

「…俺こういうの苦手だぞ?」

 

「今日は我慢してあげる」

 

「我慢するの前提なのか…」

 

 

 沙綾が今つけているのを解いて、たった今プレゼントしたものを不器用ながらにつける。沙綾の髪に優しく気を使いながらなんとか形にはできたか?…うへ、やっぱ俺こういうの向いてないわ。

 

 

「相変わらず大輝ってこういうの苦手だよな」

 

「うおっ!雄弥いつの間に!?」

 

「今来たとこだ。…らしくないことしてんな」

 

「さっき沙綾にも言われたよ」

 

「雄弥はなんでここにいるの?」

 

「ん?さっきまで沙綾と一緒にいたからだぞ?」

 

「「え?」」

 

「ほらよ沙綾。頼まれてたやつだ」

 

「わざわざありがとうございます♪」

 

「気にするな。これぐらいならいくらでもしてやる」

 

「ふふっ、頼りになりますね!」

 

 

 え?ちょ、えぇ?なになに、沙綾と雄弥は何してたの!?…いや、まぁ俺も人のことを言えないんだが、話が見えてこねーぞ!

 

 

「ゆ・う・や?沙綾と何を楽しんできたのかなぁ?」

 

「何をそんな怒ってんだ?」

 

「怒ってません」

 

「そうか?…ま、別に大したことじゃねぇよ。気にするな」

 

「ふーん?アタシに言えないことなんだ?」

 

「…はぁ。沙綾の相談を聞いてただけだ。リサも似たようなもんだろ?

 

あ、そうなの?ならいいや

 

 

 一瞬空気が重くなった気がするんだが、すぐに元に戻ったな。いや、元どころかイチャつき始めたんだが…。てか、リサのやつ雄弥を嫉妬させるとか言ってたのに、さっきリサが嫉妬してなかったか?…ま、いいや。放っておこう。

 

 

「沙綾は雄弥と何してたんだ?」

 

「ちょっと頼みごとしてたんだよ。さ、大輝行こ!」

 

「行くってどこにだよ」

 

「雄弥さんに頼んでたとこだよ♪」

 

(あ、これ相当敷居の高いとこだわ。雄弥がセッティングとかそれしかないだろ)

 

 

 沙綾と手を繋いで歩いていく。俺たちは俺たちなりの幸せがあるから。それを手放さないように、繋ぎ止めるように、優しくも強く手を握った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あの二人どこいったの?」

 

「俺が紹介した店だな。ま、仲良く行けるだろ」

 

「ふーん。沙綾にはなんて相談されたの?」

 

「『大輝に冷たく接し過ぎたんですけど、どうしたらいいですか』って相談された」

 

「…あの二人熱々だねー」

 

「前々からな」

 

「あはは!たしかにね☆」

 

 

 後日、沙綾と大輝がペアルックのネックレスをしてるのを見て、アタシと大輝の作戦が大成功したことがわかった。よかったよかった♪




半分ぐらいから元通りの二人の組み合わせになってしまった…。
難しいですね。このキャラはこのキャラと絡む、みたいな大まかなことは考えてたから、その固定観念に縛られちゃいました。まだまだ未熟です。


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ただお守りを頼まれただけなんだが…

またまたネタを貰って書かせていただきました!

…これでいいですかね?


 

 Augenblickの全体での練習が終わり、それぞれ機材を片付けて解散という流れになった。俺と結花は帰る場所が同じだから、着替えを済ませたらロビーで集合となる。…のだが、

 

 

「雄弥!お前にミッションを与える!」

 

「お前がやれ疾斗。俺は帰る」

 

「それじゃあお疲れ〜。またね疾斗☆」

 

「待てまてまてまて!いや待ってください!」

 

「足にしがみつくな。何歳だよ」

 

「18歳だぞ?知ってるだろ?」

 

「そういう意味じゃねぇよ。さっさと離せ」

 

「頼む!他の2人は予定があるらしくて、もう雄弥にしか頼めねぇんだ!」

 

「…とりあえず話を聞いてやる。内容次第だ」

 

「あざす!」

 

 

 しつこく食い下がる疾斗と問答をしていても仕方がない。時間を余計に使いそうだからとりあえず話を聞くことにした。結花は話に興味がないのか、友希那に電話をかけていた。

 

 

「俺ができればよかったんだが、生憎と仕事があってな…」

 

「前振りはいい」

 

「わかった。…お守りをしてください」

 

「よし、結花帰るぞ」

 

「ちょっ、最後まで聞いてくれよ!」

 

「なんだよお守りって。そんなの花音にやってもらえよ。子供好きそうな雰囲気出てるだろ」

 

「その花音をお守りしてほしいんだよ!」

 

「は?……あー、そういうことか」

 

「わかってくれたか。ちなみに千聖も一緒にいるんだが…」

 

「俺がいる必要ないな。じゃ、またなー」

 

「それが駄目なんだってば!」

 

 

 意味がわからん。花音が極度の方向音痴なのは知ってる。そして白鷺と仲がいいのも知ってる。仲良し二人組みでどことなりとも行けばいいじゃないか。白鷺が花音をお守りすればいいじゃないか。というか、休日をリサと過ごさせろよ。

 

 

「お前知らなかったのか?千聖のやつ、電車の乗り継ぎが壊滅的にできないんだぞ?…本人は苦手としか認めないが」

 

「…都会っ子が何言ってんだよ。それよりも、電車でどこ行くんだよ。乗り継ぎしないようなとこ行けよ」

 

「カフェ巡りなんだとさ。あの二人カフェが好きだからな。それで千聖が新しくカフェを見つけて、そこに行くらしい」

 

「辿り着ける自信があるから行くんだろ?」

 

「…辿り着けると思うか?ちなみにカフェに着けなかった前例はいくらでもあるぞ」

 

「…はぁ。わかったよ。今度の仕事を代われ。それが条件だ」

 

「おう!それぐらいお安い御用だ!ありがとな!」

 

「んじゃ、サバイバル頑張れよ」

 

「…え?」

 

「1週間の無人島生活って内容の番組だ。ほら、何年か前まで年末とかに放送してたような、あんな感じの内容」

 

「まじかー、……ま、面白そうだしやるけどな!」

 

 

 やっぱりな。やると思った。あとでゼファーに連絡して予定をいじってもらうとするか。俺はその1週間を休みとさせてもらおうかな。…どこか旅行でも行ってこようか。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今日は千聖ちゃんと一緒にカフェに行くんだけど、疾斗くんは来れないみたい。その代わりに雄弥くんが来てくれるみたい。

 

 

「えと、わざわざ来てもらってごめんね?」

 

「気にするな。疾斗取引したからいいんだよ」

 

「どんな内容?」

 

「教えない。…そのうちテレビで流れるしな」

 

「撮影を代わってもらったの?自分に来た仕事を他人に渡すだなんて…」

 

「そこまで乗り気じゃなかったからいいんだよ。それに疾斗は喜んで引き受けてくれたぞ?」

 

「そうじゃなくて、先方に失礼ってことよ。せっかくオファーをいただいたのに」

 

「向こうも俺か疾斗のどっちかって指定だったからな。変更しても問題ないだろ」

 

「…まったく」

 

「ま、まぁまぁ千聖ちゃん。二人がそれでいいならいいんじゃない?」

 

 

 Augenblickは自由すぎるし、オファーをくれる人達だってそれをわかっててくれてるだろうから、あとは当人たち次第じゃないかな。…千聖ちゃんの言うとおり失礼だとは思うけど。

 

 

「それで、今日はどこまで行くんだ?二人のナビ代わりに呼ばれたんだが」

 

「…まるで私達だけじゃカフェに行けない前提ね」

 

「実際そうなんだろ?疾斗がそう言ってたぞ?」

 

「今日は大丈夫よ。ちゃんと道を確認してあるから」

 

「そうなのか。じゃ、頑張れ。ついていくから」

 

「ええ。ボディーガードをお願いね」

 

「ところで雄弥くん。今日のことはリサちゃんに言ってあるの?」

 

「ん?もちろん言ってあるぞ」

 

「そうなんだ。それならよかった〜」

 

 

 言ってなかったら大変なことになってたもんね。怒るどころじゃないよね。…想像したくないけど。

 千聖ちゃんについていく形で私と雄弥くんも電車に乗る。どこのカフェに行くかは雄弥くんにも言ってあって、何も言わなかったってことはこの電車であってるんだよね。

 3駅進んだところで、電車の乗り継ぎになるんだけど、いつもこれが課題なんだよね。

 

 

「えと、雄弥くん?」

 

「どうした?」

 

「あの、この手は?」

 

「花音が迷子にならないように握ってるんだが?」

 

「な、ならないよ!」

 

「さっき電車を降りたら反対方向に行こうとしたの誰だっけ?」

 

「う、うぅー」

 

「…あなた達なにしてるのよ。乗り換えよ」

 

 

 私と雄弥くんに呆れた視線を送ってきた千聖ちゃんのとこに行くと、ちょうど電車が来た。私と千聖ちゃんはそれに乗ろうとしたんだけど、雄弥くんに手を引っ張られて二人とも電車に乗れなかった。

 

 

「なにするのよ」

 

「あの電車は違うからな?」

 

「…何言ってるの?このホームで合ってるでしょ?」

 

「ホームはな。だが、あれ乗ったら目的の駅には止まらないからな」

 

「そんな電車があるだなんて…」

 

「…都会っ子だよな?」

 

「電車は苦手なのよ」

 

「なんでそれでカフェに着けると思ってんだよ…。今からは俺が案内するから」

 

「…仕方ないわね。お願いするわ」

 

「ああ」

 

 

 雄弥くんの案内でいつもよりすんなりとカフェに行くことができた。こんなにすんなりいけるのは、疾斗くんが来てくれる時以来だね。

 私たちはこのカフェのオススメを頼むことにして、最近のお仕事のことを聞くことにした。疾斗くんって全然教えてくれなくて、激しい撮影もあるのかな、たまに怪我してるんだよね。

 

 

「私が知る限り疾斗くんは危ない仕事はしてないわよ?たしかにアクション系の撮影で怪我することはあるでしょうけどね」

 

「あいつは身体能力がエゲツないくらい高いからな。特撮とかもオファー貰ってるぞ」

 

「そうなんだ。…よかったぁ。もう(・・)危ないことはしてないんだね」

 

「…もう?もうってどういうこと?花音」

 

「あ…ううん。なんでも……うぅー、話さないとだめ?」

 

「そこまで言われたら気になるじゃない。…無理にとは言わないわ。でも、花音の気苦労を少しでも減らせるなら聞くわよ」

 

「…うん」

 

 

 注文していたものが届いてそれを一口いただく。評判通りの美味しさに思わず笑みが溢れちゃう。思わず話そうとしていたことを忘れちゃいそうだったんだけど、さすがに千聖ちゃんは流してくれない。

 

 

「…あのね。3年ぐらい前なんだけどね。1回だけ見たことあるの」

 

「…なにを?」

 

「疾斗くんの傷の多さを(・・・・・)

 

「傷の多さ?どういうことなの?」

 

「今は全然無いんだけど、…服の下に切り傷とかが多かったの。撮影にしてはおかしいなって思って聞いたんだけど、何も答えてくれなくて。それ以降傷は見たことないし、最近も全然っぽいんだけど、ひょっとしたらまだ何か危ないことしてるのかなって、不安になるんだ…」

 

(あいつ、ちゃっかり気づかれてんじゃねぇか。…今日帰ったら連絡入れとくか。花音に、いやイヴと美咲にも話してやれって)

 

「雄弥くん。疾斗くんはもう大丈夫なんだよね?危ないことなんて何もしてないよね?」

 

(…ゼファーの庇護下にいるから、そういうのは全くと言っていいほどないはず。あとは…あっちぐらいだが、まぁ大丈夫か…)

 

「俺が知る限りはしてないだろうな。…ま、そこは本人から聞くしかないだろ。俺の方からも疾斗には言っといてやる」

 

「…うん。ありがとう」

 

「それにしても、Augenblickはつくづく裏の顔が酷そうね。メンバーの集まり方にも意図がありそうだわ」

 

 

 …たしかに。千聖ちゃんが言うとおりAugenblickは裏がありそう。結花ちゃんの事情もそうだし、雄弥くんのことも多少は聞いてる。疾斗くんも何かありそうだし、こうなってくると他の二人も何かありそう。

 

 

「ま、そこは聞く必要もないだろ。せっかくカフェに来てんだ。こんな話はやめとこうぜ?」

 

「…たしかにそうね。まさかあなたにそんなことを言われるとは思ってなかったわ」

 

「そうかよ」

 

「あ、あはは…。そういえば、ハワイの後は何かリサちゃんとの付き合い方変わった?」

 

「リサと?…いや、これと言って何かが変わったわけじゃないと思うぞ。今以上なんて想像できないしな」

 

「そ、そうだね。前から二人ともラブラブだったもんね」

 

「まぁな」

 

「言い切るのね…」

 

 

 すごいなー。疾斗くんも雄弥くんと同じでハッキリ言ってくれるんだけど、私には無理だなー。頑張ったら言えるかもだけど、言ったら頭がパンクしちゃいそう。

 

 

「気持ちを隠すことはしないから………な……」

 

「えっと、どうしたの?ゆうや…くん」

 

「…あらあら、…これは、ご愁傷さま、ね」

 

 

 窓の外を見て固まった雄弥くんを見て、私もそこを見たんだけど…。そこには黒い笑みで雄弥くんを見てるリサちゃんとその光景を見て楽しんでる結花ちゃんがいた。…結花ちゃんがこの状況を作ってるよね。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 アタシの目の前で、雄弥は正座をして冷や汗を流してた。なんでだろうね〜。冷や汗なんて流さなくていいのに。アタシはチラッと花音と千聖の方に顔を向けると、二人はサッと視線をそらした。…みんな変なの。

 

 

「ど、どうしてリサはここにいるんだ?」

 

「ん?アタシがイチャまずい?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて…。ほら、ここって俺も初めて来たし、リサも知らなさそうだったから」

 

「あー。たしかに知らなかったよ。結花に付いて来ただけだし」

 

 

 そう、アタシは結花に付いて来ただけ。途中からは雄弥たちの尾行みたいなことになったけどね。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 雄弥の休日に合わせてアタシも予定を空けてたんだけど、どうやら雄弥には仕事とは別で予定が入っちゃったらしい。というか疾斗のお願いを聞いたんだとか。それを聞いて少し…ううん、普通に寂しかったけど、雄弥にもそういう付き合いができたのは良い事だと思って、次の練習用のお菓子を作ろうとしてた。そしたら結花から電話がかかってきて、外に連れ出された。

 

 

「アタシお菓子作るつもりだったんだけど」

 

「それは雄弥と過ごせなくなったからでしょ?」

 

「うぐっ、…そうですよーだ」

 

「そんなリサを思って、私は面白いものを見せてあげようと思うんだ☆」

 

「面白いもの?」

 

「うん!リサは雄弥から今日のことをどう聞いてる?」

 

「えと、予定があるとしか聞いてないよ。なんか疾斗からお願いされたみたいじゃん?」

 

「なるほどなるほど。まぁ間違ってはないね」

 

「どうゆうこと?」

 

 

 アタシが聞くと、結花は楽しそうにニヤけた。どうやらすぐに答えは言ってくれないみたい。アタシは結花の遊びに付き合うことにした。

 

 

「どこに行くの?」

 

「さぁね〜。具体的には雄弥が行くとこに行く、だね。場所は私も知らないし」

 

「は?」

 

「だ・か・ら、ストーキングしようよ!こういうのってスリルがあって面白そうだしさ。相手が雄弥となると気づかれないようにするのハードル高いし?」

 

「なんで雄弥のストーキングなんて…」

 

「けど気になるでしょ?リサより疾斗を優先したんだよ?」

 

「…雄弥はどこにいるの?」

 

チョロいなー

 

 

 結花が何か言ってる気がするけど気にしない。アタシは結花に案内させて雄弥の尾行を開始した。相手は花音と千聖。この時点では特に何とも思わなかった。疾斗に頼まれたのも花音が迷子にならないようにかなって。千聖も乗り継ぎが苦手そうだったし。

 

 でも手を繋ぐのはいただけないね。

 

 

「ちょ、リサ落ち着いて」

 

「落ち着いてるよ?ちょーっと雄弥とお話してくるだけだから」

 

「全然落ち着いてるように見えないからね!?ほら、花音がふらふら〜っていなくならないようにするために手を繋いでるだけだよ。他意はないんじゃないかな?」

 

(まだ突撃するには早いよ〜。もうちょっと面白い場面で行ってもらわないと)

 

 

 その後も結花に何度か止められながら後をついていったら、雄弥たちはあるカフェに入っていった。なんかオシャレな雰囲気してるな〜。雄弥たちが窓際の席に座ってくれたおかげで、何をしてるのか見やすいや。

 結花が買ってきたフラペチーノを味わいながら様子を見てたんだけど…。

 

 

「結花には何が見える?」

 

「"あーん"てして楽しんでるようにしか見えないかな〜。あ、口の周りについてるの取ってあげてる。知らない人が見たら勘違いしちゃうねー」

 

「ソウダネ」

 

「…リサ?」

 

「行ってくる」

 

ーーーーーーーー

 

 

 そんな感じで現在に至るんだけど、アタシは別におかしなことしてなくない?…まぁ尾行はおかしいけど、それは結花が言い出したことだし。

 

 

「雄弥、どういうことか説明してくれない?」

 

「…疾斗に頼まれてお守りしてました」

 

「そこは百歩譲ってよしとしましょう。でも、一言あってもよかったと思うんだけど?別に他の女の子と遊ぶなとは言ってないわけじゃん?」

 

「そうだな…。ごめん」

 

「そこは今後変えてくれたらいいかな。…それで、なんで花音に"あーん"なんてしてたのかな?人の彼女相手になにしてたのかな?」

 

「それは…、…はい、ごめんなさい」

 

「なに?アタシのこと飽きたn「それは断じてありえないから」…ほんとに?」 

 

「ああ」

 

 

 雄弥の目を見たらわかる。それが嘘なんかじゃないって。本気でそう思ってくれてるんだって。だけど、これじゃいつも通り許して終わる流れになっちゃう。たまには違う流れにしてもらおうかな。

 

 

「…口だけじゃなんとでも言えるじゃん?」

 

「そうだな。…だから」

 

「だかr…んん!?…な、なな、なん!?」

 

「うわー、カフェの中でお熱いキスする人初めて見た」

 

「リサ。今からデートしよう。それで証明してみせるから」

 

「…ふぁい

 

「そんなわけで、悪いな花音、白鷺」

 

「いいわよ。胸焼けしそうだから早く行ってきなさい。…女の子を泣かせるようなことしちゃ駄目よ」

 

「それは嫌というほど分かってる」

 

「リサちゃんと楽しんできてね?」

 

「ああ。……結花は二人と一緒にいろよ」

 

「分かってるって!このカフェのメニュー美味しそうなのばっかだしね☆」

 

 

 雄弥は結花にお金を渡して、アタシの手を引いてカフェから出た。この後はずっと雄弥にドキドキさせられっぱなしで、アタシがどれだけ雄弥のことが好きなのか、雄弥がどれだけアタシのことを見てくれてるのかがよくわかったよ♪

 

 




もう少し修羅場感出してもよかったか…いや、でも雄弥ならすぐにストレートに言って、それでリサが揺らぐし…こんな感じかな?


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私のヒーローは昔からヒーローです

番外編も番外編
雄弥は出てきません!


 

 私と彼、秋宮疾斗くんは、幼馴染だけど、物心つく前から一緒というわけでもなく、親同士の付き合いがあったわけでもない。たまたま出会って、その後もよく会うようになって、気づいたらずっと一緒にいるようになってた。

 出会ったときのことをよく覚えてる。疾斗くんも覚えてくれていて、私たちの始まりのとても大事な記憶。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ふぇぇー……ママどこー?……うぅ」

 

 

 わたしこと松原花音は、"ほうこうおんち"というものらしいです。一人でおつかいをできたことはないし、気づいたら知らないところによくいます。だから、お外にいくときは、パパかママといっしょにいます。

 今日はママといっしょにお出かけしにきたのに、ママがいなくなっちゃいました。ママがご近所さんとお話してる時にちょうちょを見てたらよくわからないところに来ちゃいました。

 

 

「ままぁー……うっ…うぅ」

 

 

 呼んでもママはいなくて、どうしたらいいか分からないわたしは、とにかく歩くことにしました。そしたらママに会えると思って…。

 歩いていると小さな公園がありました。その公園は、お花がいっぱい咲いてたけど、人がいませんでした。わたしは、その公園でママを待つことにしました。お花もキレイだし。

 

 

「あ、またちょうちょさんだ」

 

 

 さっきとは別のちょうちょがフワフワしてて、わたしはそれをジーッと見てました。ちょうちょが他のお花のとこに行くと、わたしもそっちに動きました。そうしてたら、地面が急に柔らかくなりました。

 

 

「キャウン!?…グルルル、ワンワン!!」

 

「ふぇぇ!?わ、ワンちゃんさん、ごめんなさい!」

 

「グルルル…」

 

「うぅー…」

 

 

 ワンちゃんの尻尾を踏んじゃったみたいです。謝っても許してくれません。…そ、そうだよね。踏まれたらイタイもんね。

 涙目になりながら後ろ向きでそろーりと歩いていたけど、ワンちゃんもジリジリ寄ってきます。わたしは電柱にぶつかっちゃって、ワンちゃんがその瞬間走ってきました。

 

 

「ワンワン!」

 

「ふぇぇー!!」

 

 

 その時でした。

 

 

「女の子をいじめるな!」

 

 

 男の子が駆けつけてくれました。まるでヒーローみたいにわたしの前に現れて、ワンちゃんを叱ってました。ワンちゃんは急に出てきた男の子にビックリして、足を止めてました。男の子はワンちゃんの側にいって、いっぱいナデナデしてあげてました。ワンちゃんはそれで気分が良くなったのか、嬉しそうに鳴き声をあげてました。

 

 

「よしよし、それじゃあ許してあげてくれよ〜。な?」

 

「わん!」

 

「お前優しいなー!よしよし!それじゃあまたな!」

 

「わんわん!」

 

「いいやつだったなー。…っと、大丈夫?」

 

「へ?」

 

「怖がってたみたいだけど、もうあの子は怒ってないみたいだし、許してあげて?」

 

「う、うん。わたしが尻尾ふんじゃったから…」

 

「そうなんだね。ま、機嫌良さそうにしてたし、そこは大丈夫じゃないかな。あ、そうそう、僕の名前は秋宮疾斗!ヒーローやってます!」

 

「ヒーロー?」

 

「うん!ヒーローだよ!」

 

 

 優しそうな笑顔をしてる男の子…はやとくんは、自信満々に「ヒーロー」だと言い切った。なんかわたしのイメージのヒーローとは違う気がするけど、それでもわたしにとっては、たしかにヒーローみたいな人だった。

 

 

「お名前は?」

 

「あ…、松原…花音、です」

 

「かのんちゃんかー。かわいい名前だね!かのんちゃんもかわいいし!」

 

「ふぇぇ!?そ、そんなことないよー」

 

「そんなことあると思うけどな〜。それはそうと、かのんちゃんは何してたの?一人なの?」

 

「…あ、……ぐすっ」

 

「えぇ!?どうしたの!?なんで泣くの!?僕傷つけちゃった?」

 

「ちが…あの、ね。ぐす、…ママと…はぐれちゃって……わたし…」

 

「あちゃー、まいごさんなんだねー。よし!それじゃあ僕が一緒にかのんちゃんのママを探してあげるよ!」

 

「い、いいの?」

 

「いいよ!なんたって僕はヒーローだからね!」

 

 

 そう言って笑顔で差し伸ばしてくれた手を、わたしはすがるように握りました。強く握っちゃってると思うけど、はやとくんは笑顔のままで、少し強く、だけど優しく握り返してくれました。

 

 

「かのんちゃんは、どっちから来たのかわかんないんだよね?」

 

「う、うん」

 

「そうなると…うーん」

 

「ごめんね……えと、はやとくん?」

 

「あっちだね」

 

「へ?」

 

 

 目を閉じてなにかを考えてたはやとくんは、ある方向に指をさしてました。本当にそっちなのかわかんないけど、はやとくんに手を引かれるままわたしはついていくことにしました。

 

 

「なんでわかるの?」

 

「なんとなく!」

 

「…え」

 

「大丈夫だよ!僕こういうので間違えたことないから!かのんちゃんのママのとこまで行けるからね!」

 

「…うん」

 

「あー!信じてないでしょ!」

 

「そ、そんなこと…ないよ?」

 

「やっぱ信じてないじゃん!」

 

 

 怒ってるふりをするだけで、本当は全然怒ってないはやとくんを見てると、なんだか元気がもらえました。はやとくんが元気いっぱいだからなのかな?

 はやとくんと色んなお話をしました。パパのこと、ママのこと、幼稚園のこともいっぱいいっぱい話しました。その時に知ってビックリしたのは、はやとくんが年上の人だったことです。小学校に通ってるみたいなんです。

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

「急にどうしたの?」

 

「はやとくんが年上の人って知らなかったから、その…」

 

「気にしないでいいよ!僕達友だちなんだから!」

 

「ふぇ?おともだち?」

 

「うん!友だち!…嫌だったかな?」

 

「ううん。…うれしいよ、ありがとう!」

 

「よかった〜。かのんちゃん、やっと笑ってくれたね」

 

「え?」

 

「かのんちゃんは笑ってる方がいいよ!すっごいかわいいもん!」

 

「ふぇぇー!?そ、そそ、そんなことないよ〜。わたし、ドジっ子だし、弱虫だし…」

 

「そんなのどうでもいいよ!」

 

「へ…」

 

「弱虫とか、ドジっ子とか、そんなのどうでもいい。かのんちゃんはかわいい!それに、かのんちゃんは誰がどう言おうと弱虫でもドジっ子でもなくて、かのんちゃんなんだし、僕の大切な友だちだから!」

 

「はやとくん…。ありがとう♪」

 

「へへ、どういたしまして!」

 

 

 出会ったばかりの、男の子だけど、はやとくんは本当にヒーローだって思いました。さっきまでの悲しい感じがなくなって、今わたしの心はポカポカでいっぱいだからです!はやとくんと一緒にいたら、頑張れるわたしになれる気がします。もっともっと素敵な人になれるってそう思えました。

 いつもは、緊張して喋れないのに、はやとくんにならいっぱい喋れました。それで、気づいたら見たことある風景に戻ってきていて、ママがいました。ママには泣いて怒られました。わたしもいっぱい泣いて、ママに抱きつきました。

 

 

「花音を助けてくれてありがとう!…えっと」

 

「ママ、はやとくんだよ!わたしのお友達!」

 

「!もうお友達になったのね…。そう、花音に男の子の友だちが…。…本当にありがとうはやとくん。何かお礼をしないとね」

 

「いえいえ、泣いてる女の子を助けるのは、男の子として当たり前ですから!」

 

「…本当にいい子なのね。ますますお礼したくなっちゃったわ。…そうだ!今日マフィンを作るから、一緒に食べましょう?それぐらいならいいでしょ?」

 

「マフィン!やった!はやとくん、ママのマフィンって美味しいよ!」

 

「そうなの?それでは、お世話になります。いただきます」

 

「ふふっ、マフィンができるまで、花音と部屋で遊んでてちょうだい」

 

「はやとくん、いこ!」

 

「うん」

 

 

 ママが呼びに来るまで、わたしははやとくんと絵本を読んだり、お人形さんで遊んだりしてました。いつもすることなのに、はやとくんとすると、いつもよりすっごい楽しかったです。

 ママのマフィンを3人で一緒に食べながら、小学校の話になって、わたしもはやとくんと同じところに行けることが分かりました。小学校が楽しみです。

 

 小学生になったら、はやとくんがいつも迎えに来てくれました。手をつないで、一緒に学校に行くのが楽しみでした。帰りは一緒になれないことのほうが多かったですけど。わたしは、知らない間にはやとくんのことを大好きになっていたけど、きっかけはきっとあの出会いだと思います。

 

 だって、あの時からずっと、疾斗くんは私のヒーローなのだから。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…なんでアタシ、花音の惚気話聞かされてるの?」

 

「えへへ、いつもリサちゃんがすぐに惚気けるから、今日はそのお返しです♪」

 

「惚気てるわけじゃないんだけどなぁ」

 

「自覚ないなら気をつけたほうがいいよ?」

 

「…はい」

 

 

 二人で疾斗くんのお祖父ちゃんの喫茶店に遊びに来てて、頼んだ飲み物とケーキを味わっていた。瑛太くん達が就職したからここも従業員が減っちゃったんだけど、雰囲気は変わらず落着いていた。それに今日は…。

 

 

「ハッハッハ!馬鹿めそんなのが客に出せるものだと思うなー!」

 

「ハッハッハ!新規開拓ぐらい挑戦しようぜ爺ちゃん!」

 

「なにをー!ろくに満足のいく味にできてない者がほざきよって!」

 

「爺ちゃんの好みの味じゃないだけだろが!」

 

「…元気だねー。また言い合ってるよ」

 

「ふふっ、でも二人とも楽しそうだよ?」

 

「たしかにね〜」

 

 

 お祖父ちゃんはやっぱり孫に来てもらえるのが嬉しいみたい。口には出してないけど、疾斗くんもそれがわかってるみたいで、必ず同じノリで返してる。

 

 

「…ひ孫でも見せてあげたいなぁ

 

「え"っ?」

 

「?リサちゃんどうかした?」

 

「う、ううん、なんでもない」

 

(口に出てたって気づいてないんだね。…黙っとこっと)

 

「??変なリサちゃん。リサちゃんだって雄弥くんとの子どもほしいって思ってるじゃん」

 

「ブフッ!ゲホゲホ、花音!?」

 

「ふふふっ、リサちゃんって人から言われるとそういう反応になるよね♪」

 

「…花音だってそうじゃん」

 

「私は最近割り切ってるから」

 

「……」

 

 

 リサちゃんが黙り込んじゃった。私がこう返すって思ってなかったみたいだね。…正直に言うと私だって恥ずかしい。けど、もう我慢はしたくない。私だって疾斗くんにもっと甘えたい。過去の積み重ねなんて無いに等しい。だって、今を生きてるんだから。

 

 

「花音、リサはなんで真赤になって固まってるんだ?」

 

「疾斗くんは知らなくていいことです」

 

「…わかった」

 

「それより疾斗くん」

 

「ん?」

 

「私は疾斗くんとの子どもが欲しいな♪」

 

「大人になったらな」

 

「私はもう大人になったもん」

 

「そう言ってるうちは子供だよ」

 

「なら、子供になりたいなぁ」

 

「…強かになったな」

 

「えへへ」

 

 

 一段落したのかな。疾斗くんは飲み物だけ持って私の横に座った。すぐに戻るわけでもないだろうし、ちょっとお話しようかな☆

 

 

「…花音さん」

 

「どうかしたの?疾斗くん」

 

「なんで腕を拘束してるのですか?わりと痛いんですけど…」

 

「…ねぇ、疾斗くん。正直に答えてね?」

 

「なにを…」

 

「この写真の子は誰なのかな?」

 

「うわー、疾斗それはないよー」

 

「いや、その子はだな…」

 

 

 いつも通りのオチになるのはわかってる。

 

 だって、疾斗くんは私のヒーローだけど、

 

 私だけのヒーローじゃないから(みんなのヒーローなんだから)

 

 けど、それでいい、ううん。それがいいの。そんな疾斗くんにドンドン惹かれたんだから。…これ以上疾斗くんの彼女が増えるのは嫌だけど。



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友希那ってパソコン使えたっけ?

このタイミングの番外編って言ったら、こうするしかないじゃん?



『雄弥ー。ちょーっと手伝ってほしいことができたんだけど』

 

「わかった。どこ行けばいい?」

 

『…まだ内容言ってないんだけど、いいの?』

 

「リサの頼みだろ?俺が断るわけがない」

 

『…ぅ、うん。…ありがと。…えっと、それでね』

 

「雄弥もバカップルだよなー」

 

「大輝も大概だよ?」

 

「そんなことないだろ?」

 

「あ、沙綾からSOS」

 

「場所どこだ!!」

 

「…やっぱり大輝も一緒じゃん」

 

 

 大輝のやつ飛び出して行ったが、あいつどこ行く気だ?今日はポピパメンバーで遊びに行ってるし、たしかこころと美咲とはぐみもいるから何事も起きないだろうに。

 

 

「んじゃ、俺帰るから」

 

「いやいや雄弥、今練習中だからね?」

 

「愁は何言ってんだ?大輝も消えただろ」

 

「呼び戻すよ」

 

「じゃ、4人で頑張れ」

 

「だからさー」

 

「いいんじゃないか?」

 

「疾斗?」

 

「彼女からの頼みなんだ。止める必要はないだろ」

 

「私も止めなくていいと思うな〜」

 

「はぁ。2人とも甘いよ…」

 

「それで〜、雄弥はどこ行くの?」

 

 

 愁も2人に言われたから折れたようだな。ま、全員に止められても無視してリサのとこに行ったがな。それで、結花が疑問をぶつけてきて、疾斗と愁もこっちに視線を向けてきた。練習を抜け出すわけだし、これぐらいは答えとくか。

 

 

「ネカフェ」

 

「はい?」

 

 

 細かいことは聞いてないが、変な場所に呼び出されてるってのは俺も思ってるからな?

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「あ、リサ姉の電話が終わったみたいですよ!」

 

「リサ、雄弥はなんて言ってたの?」

 

「あれ?アタシ雄弥に電話かけるって言ったっけ?」

 

「電話してる時や電話の後の表情で分かります」

 

「うそ!?」

 

「今井さん…すごく…わかりやすいですよ?」

 

「そんなにか〜…」

 

「大丈夫だよリサ姉!あこは分かんなかったから!」

 

「うん。フォローになってないからね?」

 

「それで、結局どうなったのよ」

 

 

 あ、そうだった、そうだった。アタシは友希那たちに雄弥が来てくれることを伝えた。あこは大喜びしたけど、友希那と紗夜と燐子は、なにか引っかかってるようだった。

 

 

「3人ともどうかした?」

 

「いえ、雄弥くんが来てくれる事自体はいいのですが…」

 

「その…今日は…練習が…あったんじゃ…ないですか?」

 

「あ…」

 

「リサ?」

 

「うぅ、で、でも雄弥は大丈夫だって!」

 

「リサの頼みを雄弥が断るわけないじゃない。例えライブ中だろうと駆けつけようとするわよ?」

 

「えっと…雄弥さんには、やっぱり断りますか?」

 

「あこ、雄弥の行動力を甘く見ては駄目よ」

 

「え?」

 

「彼ならおそらくもうスタジオを出てるはずです」

 

 

 紗夜がそう言ったら、すぐにアタシのスマホに雄弥から連絡が来た。そこに書かれてる文面を5人で見えるようにすると…。

 

『スタジオを出た。20分もかからずに着く』

 

 …うん。さすが雄弥だね。行動が早いよ。それはともかくとして、あと20分って…。

 

 

「私達も行くわよ。呼び出しておいて後から着くなんて、非常識にも程があるわ」

 

「そうですね。少し急いだ方がいいかもしれません」

 

「あこちゃん。…荷物は…大丈夫?」

 

「うん!ありがとう、りんりん!」

 

「それじゃあ、行こっか!」

 

 

 アタシ達も少し早めに歩いて、雄弥に来てもらうネカフェに向かった。距離は断然アタシ達の方が短いんだけど、アタシ達が着いて5分後には雄弥が来た。雄弥、もしかして走った?

 

 

「悪い、待たせたか?」

 

「そんなことないわ。私達もつい先程着いたばかりよ」

 

「むしろ私達の方が後になるかと焦りました」

 

「そうなのか?てっきりみんな先に着いてて、それから呼び出されたのかと思ったんだが…」

 

「そうでもなかったのよ」

 

「そうか」

 

「雄弥さん!今日はよろしくお願いします!」

 

「ああ。…なにをするのかは知らないがな」

 

「えぇ!?」

 

「なにも知らずに…来たんですね」

 

「リサの呼び出しだったからな」

 

 

 ちょっ、みんなそんな目で見ないでよ!アタシだって内容を話す前にOK貰えるって思ってなかったんだから!ついつい話すのを忘れちゃっただけで…。

 

 

「と、とにかく!早く中入ろうよ!」

 

「逃げましたね」

 

「そうね」

 

「そこ、何も言わないの!」

 

 

 最初に中に入ったはいいけど、アタシもこういう場所は初めてだから落ち着かないや。それに何をどうしたらいいかわかんないし。

 アタシが周りをキョロキョロ見回してると、雄弥に手を引かれた。それに大人しく付いていくと、受付にたどり着いて、何やら店員さんと話し始めた。

 

 

「それでしたらこちらの部屋はどうでしょう?」

 

「…ちょうどいい部屋ですね。ここにします」

 

「分かりました。お時間はどうされますか?」

 

「…リサ。どれぐらいやるか聞いてるか?」

 

「う、ううん。ちょっと待ってて、あこに聞いてくるから」

 

 

 少し離れたとこで、あこと燐子は友希那と紗夜にここのことをレクチャーしてた。アタシはそこに合流して、あこと燐子にどれぐらいするのか相談した。……心なしか燐子の口調が早くなってたような。

 

 

「雄弥、3時間もあれば十分だって〜。2時間でも大丈夫とは言ってたけど」

 

「そうか。…なら2時間だな。友希那と紗夜は不慣れなとこだとすぐに疲れるし」

 

「…ふーん?2人の心配だけするんだ?」

 

「リサのことは誰よりも分かってるつもりだが?」

 

「……ばか」

 

「………………あのー……2時間ということでよろしいでしょうか?(クソ、リア充め!目の前で見せつけやがって!)」

 

「はい。2時間でお願いします」

 

「かしこまりました。ではこちらの料金になります」

 

「あ、徴収してくるね!」

 

「残念、もう遅い」

 

「今のは遅くなかったよね!?」

 

「カードお預かりしまーす」

 

 

 店員さんもすぐに会計しちゃった!?え!?「一括でよろしいですか?」とか聞かないの!?

 

 

「こちらが鍵になります。どうぞお楽しみください(早く去れ!リア充め!)」

 

「ありがとうございます。リサ、行くぞ」

 

「むーー」

 

「…不貞腐れるなよ。お金が有り余ってるからやったことなんだし」

 

「でも、今回はアタシ達が呼び出したんだよ?それならアタシ達が払うのが筋ってもんじゃない?」

 

「なら、また今度な」

 

「どうせその時もおんなじように誤魔化すんでしょ?」

 

「どうだかな」

 

「…雄弥のばか」

 

 

 雄弥に悪態をつきながらも、雄弥に恋人繋ぎしてもらってることに喜んでる自分もいて、複雑だよ。とりあえず、アタシって単純なんだなーってのは、自分でもよくわかったよ。…あこにまで温かい目で見られると、いつも以上に恥ずかしかった。

 

 

「おおー!ちょうど6人部屋なんですね!雄弥さん、ありがとうございます!」

 

「たまたま空いてたみたいでな。これなら燐子も気兼ねなく使えるだろ?」

 

「あ…はい!……ありがとう…ございます。…その、…気を使って…いただいて」

 

「気にするな。それじゃあさっそくパソコンを立ち上げるか」

 

「ええ。時間を無駄にはしたくないわ」

 

 

 部屋には円テーブルがあって、みんなで話しやすい環境ができてた。部屋の端に置いてあったパソコンをそれぞれ持ってきて、一斉に立ち上げる。あこの指示通りに操作してゲームを起動させる。えっと、たしかキャラクターを作るんだっけ?あれ?アバターだっけ?…ま、そこはいいや。

 

 

「名前は…りんりんどうしよっか?」

 

「今回だけなら…リアルので…いいんじゃないかな」

 

「それもそっか!」

 

「職業もあるんですね…」

 

「色々とありすぎて分からないわ…」

 

「人気が出てさらに増えたからな」

 

「雄弥が始めた時は少なかったの?」

 

「いや、元々このゲームは職業の多さもウリだったみたいでな。それなりに多かったぞ。…ただ、そこからさらに増えたからなぁ〜」

 

「おかげと言いますか…戦略の幅は広がりましたよね」

 

「たしかに!違う人と組むたびに違う戦略になるよね!」

 

「へー。で、結局職業はどうしたらいいの?」

 

 

 あこと燐子の話を聞いとくだけでも面白そうだけど、今はみんなでやるわけだし、早く職業決めないとね。ここで時間かけても仕方ないし。

 

 

「う〜ん…あ!リサ姉はヒーラーっぽいかも!」

 

「ヒーラー?なにそれ?」

 

「仲間の傷を癒やす職業のことです」

 

「そんなのもあるんだ。…そっか〜、アタシはヒーラーっぽいのか〜。よし、それならヒーラーにしようっと!」

 

「雄弥くん。これはどういう職業なんですか?」

 

「ん?…あー、これはタンクって言って、仲間を守る仕事だよ。ちなみに生存力は高い」

 

「ではこれにします」

 

 

 …紗夜に教えるのはいいけど、距離近くない?顔が触れ合いそうになってない?画面を覗き込むようにしなくても雄弥なら見えるでしょ。なんでそういうことするのかな!

 

 

「…雄弥、リサをどうにかしてちょうだい。マウスが壊れるわ

 

「ん?」

 

あなたと紗夜の距離が近すぎるのよ!

 

「あっ、なっ…あの……す、すみません。…もう、大丈夫ですから」

 

「…いや、俺もごめんな」

 

 

 またそうやっていい雰囲気になって!!せっかく雄弥の隣に座ってるのに!全然構ってくれないじゃん!

 

 

「リサはもうキャラメイク終わったか?」

 

「…ふーんだ」

 

「…リサ?」

 

「雄弥なんて知らなーい」

 

「……」

 

 

 アタシが顔をそらして雄弥を視界に入れないようにしてると、すぐ傍に人の気配がした。チラって見ると、雄弥が椅子を動かして、すぐ隣にいてくれてた。この部屋の椅子は、肘置きがあるからいつもみたいに抱きしめてくれない。

 それでも雄弥は、友希那がキャラメイクを終えるまでアタシを後ろから抱きしめてくれた。友希那がキャラメイクを終えたら(職業は吟遊詩人にしてた)、椅子に座ったけど、それでもすぐ横にいてくれた。

 

 

「えっと…それでは、皆さん…ログインしたら、動かないで待っていてください。…わたし達がそこに…合流しますので」

 

「りょーかい☆」

 

 

☆☆☆

 

 

「うわ、凄いね〜。これがNFOか〜」

 

「この場にいたらいいんですよね?」

 

「3人がここに来てくれるって話だからね〜」

 

「あーいたいた!おーい!」

 

「あ!あれがそうじゃない?」

 

「みたいですね」

 

「すぐに合流できたか」

 

「3人共装備がカッコイイねー!」

 

「でしょでしょ!」

 

「わたし達はそれなりにやり込んでますから(`・ω・´)ノゲームを進めるに連れて、装備も強くなりますし、その分見た目のカッコイイものや可愛いものが増えるんです\( *´ω`* )/実はわたしも今のこの装備を気に入ってて、褒めてもらえると嬉しいです( *´꒳`*)੭⁾⁾」

 

「「……」」

 

「あ、あれ?(๑º―º๑)どうかされました?( ˆ꒳ˆ; )」

 

「いえ…その…意外といいますか」

 

「燐子って…ゲームの時、凄いイキイキしてるね」

 

「あー(〃艸〃)やっぱりギャップありますよね!変ですよね!(๑•﹏•)」

 

「そんなことありませんよ」

 

「うんうん!新しい一面って感じで、新鮮だし、こっちも全然いいよ☆」

 

「りんりんはキーボード打つのすっごい速いんだよ!あこもりんりんみたいにタタタターン!って打ちたいけど、なかなか速くならなくて…」

 

「アタシからしたら、あこも速いんだけどね?」

 

「…ところで、友希那は何してるんだ?」

 

「そういえば湊さん、会話に参加してませんね」

 

「nihongogasyaberenai」

 

「やっぱりか!!」

 

(曲作るときにパソコン使ってるくせして、なんでこういうのができないんだ!うちの姉は!)




燐子との絡みってほとんどないから、NFOをやらせるしかないのです。
そして、番外編初の分割話です。次も近いうちに投稿したいと思ってます。目標は今週中。


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ポンコツ具合をどうにかしてほしい

NFOpart2でございます!


「これでちゃんと話せるようになっただろ」

 

「あ、あー、…ほんとね。ありがとう雄弥」

 

「どういたしまして」

 

「よし!それじゃあ早速あこがやりたがってたやつやろっか☆……て、なに?この音楽」

 

「…友希那さん。なんでスキル使ってるんですか?」

 

「知らないわよ。勝手にこうなったわ」

 

「スキルの使い方も言っとくか」

 

 

 友希那だけじゃなくて、リサと紗夜にも使い方を教えておいた。こういうのは纏めて教えてたほうが楽だからな。スキルの使い方を教えたら、今度はアイテムの調合の話になり…。

 

 

「いっぱい作ったから、みんなにもあげるね♪」

 

「ありがとうリサ」

 

「今井さん、ありがとうございます」

 

「こ、こんなに回復薬を:(´◦ω◦`):」

 

「あこ…ここまで回復薬持ったことないや…」

 

 

 まぁ、こんな感じで経験者と初心者で反応が違うんだよな。あこがやりたがってるクエストは、初心者がやるクエストでもある。だから、あこも燐子も俺もここまで回復薬を持っていても持て余すだけになるのだが…。

 

 

「…リサ、俺のアイテム欄が回復薬で埋まったんだが、俺だけ渡される量がおかしくないか?」

 

「だって雄弥ってすぐに無茶しそうじゃん?」

 

「そんなことないぞ?」

 

「ほんとかなー?」

 

「今井さんの判断が正しいかと( ˘ω˘ )」

 

「あこもそう思うよ。雄弥さんって二つ名がある数少ないプレイヤーなんだけど、その名前が"バーサーカー"だもん」

 

「バーサーカー?紗夜はなんのことか分かる?」

 

「いえ、私もそういう用語には疎いので」

 

「説明しますね(`・ω・)ゞバーサーカーとは、日本語で言うところの"狂戦士"です。イメージとしては、ダメージを鑑みずに攻撃一辺倒の人が相応しいですね( ´•௰•`)」

 

「つまり、雄弥は…」

 

「ダメージや残りの体力を見ずに戦う人です(´Д` )」

 

「やっぱりアタシの判断はあってんじゃん!」

 

 

 むぅ、たしかに俺はバーサーカーなんて呼ばれてるらしいが、そこまで狂った戦い方なんてしてないぞ。そうやって冷めた目で見られてもな…。

 

 

「別に俺は一人で好き勝手に戦って、それで死んで迷惑をかけてるってわけじゃないぞ?むしろ、まだ1回も死んだことないしな」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなんだよリサ姉。それも含めて、バーサーカーって呼ばれてるわけだしね」

 

「まだ一緒にプレイしたことがないんですけど、聞いた話によると、雄弥さんは初見の敵が相手でも死ぬことがないんです( ˙ㅿ˙ )体力が尽きるまでに敵の攻撃パターンを分析しきって、その後は全部避けるんです( ✧Д✧)」

 

「…たしかにバーサーカーと呼ばれても仕方ないですね」

 

「まったく、雄弥は…」

 

「……でも、やっぱりアタシは、雄弥に無茶なことしてほしくない」

 

「いや、リサ、これゲームだから」

 

「関係ないの!ゲームでそうするってことは、現実でもそれに似た場面で同じことするってことでしょ!アタシはそんなのヤだ!」

 

「雄弥さん( ._. )੭⁾⁾」

 

「…わかったよ。もう少し大人しく戦う。…それと、それならリサが俺を助けてくれよ」

 

「…え?」

 

「俺は戦闘で前衛になるから、それで後衛のリサたちを守る。リサはヒーラーなわけだし、それで俺を守ってくれ」

 

「ぁ……うん!」

 

 

 さてと、少し時間を取ってしまったな。そろそろクエストを開始することとしよう。そう思った時、俺より先にあこが話して、まだクエストが始まらないこととなった。

 

 

「雄弥さん!それ装備変えてないですよね!」

 

「初期装備からは変わってるぞ?」

 

「そうじゃなくて!入院してた時のやつままですよね!レベルに合ったやつにしてくださいって言ったのに!」

 

「雄弥さん?٩(๑`^´๑)۶」

 

「…だってな、どれがいいのかよく分かんないし」

 

「そこは調べましょうよ!」

 

「とにかく、今日は私達が装備を見繕いますね(#^ω^)」

 

「…わかった。よろしくな」

 

 

 結局最初に装備屋に行って、武器と防具を一新することになった。あこと燐子が話し合って候補をあげていき、それをなぜか俺じゃなくてリサが決めていった。ま、リサのセンスは信じてるからダサい装備にはならないだろ。なっても気にしないが…。

 

 

「……リサ、これを選んだ理由は?」

 

「え?カッコイイじゃん!」

 

「今井さんの好みが色濃く出てますね」

 

「そういえばリサってこういうの好きだったわね。昔もシンデレラに憧れてたわけだし」

 

「そうなんですか!?リサ姉可愛い!!」

 

「今井さんらしいですね(*´ `*)」

 

「ア、アタシの話はいいの!…雄弥はそれ嫌だった?」

 

「別に。これでいいよ。ありがとう、選んでくれて」

 

「う、ううん。なんかこういうのも、服選びと同じ感じがして面白かったし」

 

 

 どんな装備かって?全身白銀の鎧ですけどなにか?…ま、俺の職業はどうしても鎧になるからな。そこは仕方がない。鎧は基本的に機動力が落ちるが、その中でもこれは速く動けるほうだ。その分他のより防御力が下がるが、俺としてはこの方がありがたい。

 パソコンから一旦目を離してリサに顔を向けると、リサもこっちに気づいたようで、ウィンクをしてきた。…どうやら俺が機動力を気にしてるのは見抜かれてたらしい。

 

 予定よりも時間を使ってしまったが、これでやっとクエストを始めれるな。クエストを受注しに行った時に、紗夜が「なぜずっと同じことを喋るのですか?」と聞いたときは深くにも笑った。なんとも紗夜らしいことではあるんだがな。……その時に顔を赤くしながらも睨まれたのは言うまでもない。

 

 

「リンダさんはこの鉱山の中にいるんだよ!」

 

「…懐かしいな」

 

「そうですね(*ᵕᴗᵕ)⁾⁾ここは誰しもが来る場所ですからね( ˘ω˘ )」

 

「…ちょっと薄暗くない?」

 

「鉱山の中だとこんなもんだよ、リサ姉」

 

「…不安なら離れないようにしとけ」

 

「うん…」

 

「きらぽんいるかなー?」

 

「あこ、きらぽんって?」

 

「超レアな敵のことだよ!きらぽんは攻撃してこない代わりに逃げるのが早いの!きらぽんから手に入るアイテムがレアで、欲しいんだけどなかなか遭遇することもなくて」

 

「そういう敵もいるのですね」

 

「ここにはフィールドボスってのもいるけどな」

 

「それは何なの?」

 

「簡単に言ったら超強い敵だ。ここは初心者が来るとこだが、フィールドボスは上級者でも簡単には倒せない程の実力がある」

 

「なぜそのような敵がここに…」

 

「ある意味運営の戦略とも言えますね( •ω•́ )✧『今は敵わないけど、必ず倒してやる!』と思わせてゲームを続けてもらいたいのだと思います(´˘`๑)"」

 

 

 あ、そういう理由だったのか。てっきりただの嫌がらせかと思ってたが、そうじゃないんだな。運営側への理解ができてなかったか…、いや別にどうでもいいんだけどな。……与えるダメージがゼロだったのもそういうことか。

 

 

「でも、フィールドボスがいる場所には行かないので、大丈夫ですよ!」

 

「そうなの?それならそのフィールドボスというのは、気にしなくていいのね」

 

「なら安心だね…きゃあ!」

 

「えい!」

 

「白金さん、今のは?」

 

「弱いモンスターですね。鉱山には突然襲ってくるモンスターもいるので」

 

「そうですか」

 

「あこありがと〜」

 

「どういたしまして!あこにかかれば楽勝だけどね〜」

 

「あの氷川さん?盾を構えてますけど、どうかされました?」

 

「いえ、まだ残っているかもしれませんので」

 

「だ、大丈夫ですよ!」

 

「そうですか。ですが、また襲われる可能性もありますので」

 

「ってあれ?友希那と雄弥は?」

 

「「「え?」」」

 

 

 あこがリサを助けてくれてる間に、一人でどこぞへと歩いていっている友希那の後を追う。もうこの辺から強いモンスターが出現するようになってるしな。

 

 

「困ったわね。みんな勝手にどこに行ったのかしら」

 

「それはこっちのセリフなんだが?」

 

「あら雄弥、あなたは一緒なのね」

 

「友希那が勝手に動くからな。ついてきたんだよ」

 

「私は勝手なことなんてしてないわよ」

 

「……そうだな」

 

 

 ゲームになるとポンコツ具合が如実に表れてくるな。しかもこうやってポンコツを発揮して、そのことを言われたら認めないし。…こういうとこが子供らしいというか、リサの言う「可愛い友希那♪」なんだろうな。

 

 

「とりあえずみんなと合流しましょう。道は…あの人にでも聞いてみましょう」

 

「道なら覚えて……ん?人?待て友希那!それは!」

 

「え?……ガイコツ?」

 

「チッ、やるしかないか!」

 

 

 初心者だから仕方ないが、友希那のやらかし方がすごいな!…ヘルスケルトンソルジャーに声をかけるって、笑いのネタにしかならないが、ここでは笑ってる場合じゃない。あこも燐子もRoselia全員に楽しんでもらいたいと思ってるはずだ。つまり、死者はだしちゃいけない。全員でクエストを達成する必要がある。

 ならば友希那を守らなければならない。だから俺は友希那とヘルスケルトンソルジャーの間に割って入って、振り下ろされる剣を自分の剣で防ぐ。

 

 

「友希那は離れたところで隠れてろ!」

 

「何言ってるのよ!私だけそんなことできるわけないじゃない!」

 

「だったら安全圏でスキルを使え!どのみち友希那の職業はサポート担当なんだからな!」

 

「くっ…わかったわ!」

 

 

 このゲームの良いところは、初期からあるスキルでも使い道がずっとあることだ。特にサポート役になる"ヒーラー"や"吟遊詩人"は、ずっとそのスキルを使っていける。

 吟遊詩人の初期スキルは、単純に攻撃力を上げるだけ。だが、それはスキルのレベルが低くても効果が分かりやすく出る。要は、火力がよく上がるのだ。

 ヘルスケルトンソルジャーが人型のモンスターなだけあって、攻撃がわかりやすい。人型ということは、人の体でできる動きしかしないということだからな。…ま、その分被ダメージがでかいんだろうが、避けれるなら関係ないことだ。

 

 

「こいつ、なかなかしぶといな」

 

「…それ、たぶんそのガイコツも思ってるわよ」

 

「それはないだ…ろっ!」

 

「倒せたの!?」

 

「……みたいだな。…警戒しとくにこしたことはないが、とりあえずみんなと合流するぞ」

 

「わかったわ。早く行きましょ」

 

 

 友希那を先に行かせて、俺がその後ろを歩く。ペースをわざと遅くして、ある程度歩いたら剣を横に振るいながら後ろに振り向く。その剣がざっくりとさっきの敵(・・・・・)を斬りさいた。…やはり、二度倒さないといけない敵のようだな。用心しといて正解だな。

 

 

「…雄弥?どうかしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

「??」

 

 

 今度は友希那の横に並んで歩く。もう警戒の必要はないから、あとは突然飛び出してくるような敵を気にしとけばいい。

 

 

「あ、戻ってきた!」

 

「雄弥!友希那!大丈夫だった?ケガは?」

 

「私は大丈夫よ」

 

「…雄弥さんは体力減ってますね」

 

「何かと戦ったんですね」

 

「まぁな。ヘルスケルトンソルジャーを倒してきた」

 

「ええ!?∑(ºロºlll)」

 

「白金さん?そんなに驚くことなんですか?」

 

「ヘルスケルトンソルジャーというのは、上級者でも強敵と言わしめるモンスターの一種です。どれぐらいかといいますと、後衛である私やあこちゃんでもバッサリやられます:(´◦ω◦`):」

 

「雄弥そんなのと戦ってきたの!?えと、たしかヒールは…えい!えい!」

 

「リサ、そんなにヒールかけなくても大丈夫だから。今の体力でも問題ない」

 

「ダメ!アタシがそんなのヤだから!……もしも、なんて……そんなの怖いよ」

 

「……ごめん」

 

 

 結局、リサの気が落ち着くまで(体力が満タンになっても)ヒールをかけられ続けた。紗夜にも注意され、燐子とあこも便乗して注意してきた。……元はといえば一人で動いてた友希那が原因なんだけどな。

 

 

 




前回のと今回ので終わるかと思いきや、予想外にも次回に続きます。


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NFOは楽しい

NFO part3です!


「…だいぶ進んできたな。リンダのとこまであと少しってとこか」

 

「そうなの?」

 

「はい。リンダさんの場所は私も覚えているので間違いないです( •ω•́ )✧」

 

「そうなのですね。…あら?」

 

「紗夜?どうしたの?」

 

「いえ、あちらから何か大きなものが…」

 

 

 大きなもの?……あの大きさ、あの見た目、間違いないな。

 

 

「あこちゃん…あれって…(((;゚д゚;)))」

 

「フィールドボスだよ!!」

 

「フィールドボス?それは遭遇しないと言ってなかったかしら?」

 

「こいつの行動範囲が変更されたんだろ。…リベンジマッチといくか」

 

「これも倒せるの?ならいいんじゃないかしら?」

 

「「え?」」

 

「ダメです!皆さんがいるんですから、ここは安全にやり過ごしましょう!」

 

「りんりんの言うとおりですよ!雄弥さん!友希那さんもノせられないでください!」

 

「……それもそうだな」

 

 

 1人の時や3人の時ならまだしも、今は初心者のリサたちがいるんだ。フィールドボスに見つかってるわけでもないし、ここは大人しくしとくか。

 

 

「ボスの足元を歩けば見つかりません!」

 

「なるほど、灯台下暗しということですね」

 

「走ってはいけませんからね(`・д・)σ メッ」

 

「…燐子、私に言ってるのかしら?」

 

「やらかすのは友希那だからな」

 

「…雄弥、覚えておきなさい」

 

 

 なんでだよ…。NFOを始めて初っ端からトラブルメーカーなことしてるじゃねぇか。まぁ、こんなの言っても火に油を注ぐようなもんだから黙っとくが…。

 

 

「あこの後ろをついてきてください」

 

「俺は殿をしとくから、みんな先行け」

 

「……」

 

「…あの、…氷川さん…盾は構えなくて大丈夫ですから(-_-;)」

 

「…リサ?」

 

「……雄弥と一緒がいい」

 

「わかった。友希那と3人で行くぞ」

 

「うん」

 

 

 友希那に前を歩かせて、その後ろをリサと一緒に進む。今回はなんともなく終わりそうだと思ったんだが…、

 

 

「友希那さん!?そっちじゃないですよ!?」

 

「勝手に進むのよ…」

 

「オートランを押しちゃったんですか!?」

 

「…やばいな」

 

「やっぱりそうなんだ!雄弥どうにかできないの!?」

 

「俺は職業的に無理だな」

 

「そんな!?」

 

 

 俺の職業は真正面から突っ込んで倒すってやつだからな…。あこの"ネクロマンサー"もこういう時にできることが少ないし…。でも、こういう時に頼りになるのがいる。

 

 

「あこちゃん、雄弥さん!今井さんと氷川さんをお願いします!いざという時はあこちゃんのアンデッドプレイでやり過ごしてください!」

 

「アンデッドプレイ?」

 

「死んだふりをするあこの得意技です!」

 

「死んだふりが得意なんですか…?」

 

「雄弥!友希那が!」

 

「大丈夫だリサ。燐子を信じろ」

 

「ブラインドカーテン!」

 

 

 燐子が絶妙なタイミングで"ブラインドカーテン"を発動してくれたおかげで、友希那もフィールドボスに見つからずにすんだ。やはり燐子は頼りになるな。

 

 

「宇田川さん…今のは?」

 

「ブラインドカーテンって言って、一定時間敵に見つからないようにする技なんですよ!便利なんですけど、時間が短くて使いどころが難しくて…。あこにはあそこまで上手くできません!」

 

「へー、燐子って凄いんだね!」

 

「いえ、そんなことないですよ(*´ω`*)」

 

「止まった…。このボタンはまた押すのかしら?」

 

「押さないでください!」

 

 

 友希那のポンコツさが、かえってゲームを盛り上げてるような…。ま、簡単に終わるよりかはこういうハプニングがある方が面白いか。

 この後も友希那がまた迷子になりかけたり、突然飛び出してきたモンスターの攻撃を防いだ紗夜が、「( ⁼̴̀꒳⁼̴́ )ドヤッ✧」としていたが、それ以外には特に何もなかったな。リンダに手紙を届け、今度はリンダから手紙を渡されてそれをジェイクに渡せば終わりだ。

 

 

「…あら?」

 

「友希那?どうしたのー?」

 

「何か光っていたような」

 

「また薬草とかでしょうか…」

 

「いえ…、薬草とは違うような…」

 

「あーー!!」

 

「あこちゃん!あれって!」

 

「うん!キラぽんだよ!」

 

「キラぽん?それってあこが探してたっていう?」

 

「そう!」

 

「うさぎみたいな見た目なのですね」

 

「かわいいー♪」

 

 

 なかなか遭遇できないキラポンを見つけたのか。友希那ってポンコツなだけじゃないんだな。…いや、友希那の視点が俺たちと違うってことか。

 

 

「それじゃあ捕まえよっか☆」

 

「待ってリサ姉!」

 

「え?」

 

「キラポンは臆病だから、近づいたらすぐ逃げちゃうの!だから、気づかれないようにしないといけないんだよ!」

 

「そ、そうなんだ…」

 

 

 キラポンは見つけるだけでも苦労するのに、見つけてテンション上がってると捕まえれないからな。俺はキラポンに興味がないからサクッと倒して、アイテムを欲してるやつを見つけてはあげてる。……ところであこ?お前何しようとしてるんだ?

 

 

「あこちゃん…そのスキルは(;゚Д゚)」

 

「あー!キラポン逃げたー!」

 

「あれだけ強力なのやろうとしたらそうなるだろ…」

 

「あこ、なんでそんなことしようとしちゃったの〜?」

 

「だってー…、カッコよく倒したかったんだもーん…」

 

「…ちなみにあの長い前口上は必要なのですか?」

 

「いえ、その…スキルを使うのには必要なんですけど、あのスキル自体が今回は必要なかったといいますか。…それよりあこちゃん早く追いかけよう!まだ遠くには行ってないはずだよ!」

 

 

 さてさて、キラポンを追いかけて無事に捕まえれるのだろうか…。急いだらそれはそれで逃げられそうだし、ループになるんじゃ…。

 

 

「ここを通ったのはまちがいないはずですが…」

 

「あちらかしら?」

 

「いえ、そっちは行き止まりのはずです。……|ω・)ジー」

 

「キラぽん出てこーい!!」

 

「そんなんで出てこないだろ…」

 

「……今のは…?」

 

「さっきのフィールドボスみたいな…」

 

「フィールドボスね」

 

「…今回も見つからないようにすれば!」

 

「もう見つかってます!」

 

 

 あの咆哮は間違いなく敵を認識した時のだな。さてさて、見つかってるっていうのなら、やることは1つだな。

 

 

「ちょっ!雄弥何してんの!?」

 

「見つかってるなら倒せばいいだけだ」

 

「雄弥さんダメですよ!先程も言いましたよね!(*`Д´*)」

 

「…たしかに逃げるのが現実的な判断だろうな」

 

「でしたら「でもな」…?」

 

「これはゲームで、目の前には強い敵がいる。倒すのがゲーマーってもんだろ?」

 

「!!」

 

「何言ってんの!無茶なことしないでって言ったじゃん!」

 

「そうですよ雄弥くん!」

 

「…雄弥がやるというのなら、私たちは邪魔にならないように後方にいるべきね」

 

「友希那!?」

 

「湊さんまで…。宇田川さんからも言ってください!」

 

「…すみません紗夜さん。今回はあこも戦うのに賛成です!」

 

「私もです」

 

「お二人とも何を…」

 

「「だってゲーマーですから」」

 

 

 完全に流れはできたな。この流れに逆らうことができず、紗夜とリサもなし崩し的に協力することになった。ただ、紗夜は前衛の職業なのだが、どうしてもレベルがな…。

 ボスの足止めをして全員が距離を取る時間を稼ぐ。時間を稼いだらスタンさせといて、その時間を使って紗夜にプレゼントをあげることにした。

 

 

「紗夜、この装備を使え」

 

「…?これはなんですか?」

 

「…うそ」

 

「……レジェンドウェポン( ゚д゚)」

 

「??」

 

「それはどういうものなのかしら?」

 

「入手が極めて困難な種類の装備のことです…。超高難易度のクエストをクリアしないといけないのですが、まだクリアしてる人が少ないものです。しかもレジェンドウェポンが出る確率が低いんです…」

 

「細かいのは抜きでいいだろ。これを使っときゃステータスを底上げできる。紗夜にも前衛をしてもらうが、無理に攻めなくていい。自分を守ることを最優先にしとけ」

 

「…そんなの意味があるのですか?」

 

「ありますよ。ヘイトって言うんですけど、雄弥さん一人に攻撃が集中しないやうにするんです(`・ω・´)」

 

「頼りにしてるぞ?」

 

「…!…わかりました!」

 

 

 真面目に考えると無謀もいいところなんだが、これはこれでいい気がする。ガラにもなく俺も浮かれてるってことか。ま、一旦思考を切り替えようか。

 ボスが後衛に向かわないように、先陣をきって斬りかかる。ボスの動きは、モンスター全体の中でも平均的だが、体力は多い方だな。さすがに最初のフィールドボスってだけあって、他のフィールドボスよりは弱そうだ。

 

 

「雄弥さん!引いてください!」

 

「わかった!」

 

「あこちゃん合わせて!」

 

「うん!」

 

「デッドリィブラスト!」

「ホーリーレイ!」

 

「うわ、すご!倒せた!?」

 

「いえまだです!」

 

「紗夜構えろ!」

 

「はい!!…くっ」

 

 

 燐子とあこの攻撃は直撃していた。体力も削れてるようだが、まだまだダメージを与え続けないといけない。紗夜が精確に盾で防いだおかげで一瞬ボスの動きが硬直した。その隙を逃さないようにスキルを叩き込み、ヘイトをこちらに向けさせる。いくらレジェンドウェポンを使わせてるとはいえ、いかんせんレベルがな…。だから体力も減ってるのだが、すかさずリサが紗夜にヒールをかける。……ヒーラーとしての目利きがいいよなぁ。

 わりと連携ができていることに関心しつつ、敵の攻撃を回避する。ボスを誘導し、燐子とあこが狙いやすい位置に移動させる。会話してないが、意図をくみ取ってくれた燐子が詠唱しており、そのすぐ後にあこも詠唱をしていた。今度は同時ではないが、それはそれでいい。強力なスキルをくらう度に一瞬動きを止めてくれるからだ。

 

 

「雄弥さん!ι(`・-・´)/」

 

「わかってる!……燐子!」

 

「はい!」

 

 

 どのレベルのスキルになれば動きを止めてくれるのか。それが分かればあとはこっちのもんだな。燐子たちがいる後衛側に紗夜もいさせといて、いざという時には盾で防いでもらうようにしておく。Roseliaと俺の間にボスを配置させ、前後から攻撃し続ける、という構図に持ち込んだら、あとは消化試合だな。

 ボスが動きを止めるギリギリのスキルを俺と燐子が交互に使い、ボスの体力を順調に減らしていく。その間にあこに最強スキルを詠唱してもらっておく。

 

 

「いっくよー!"デッドリィ・スパイラルフレア"」

 

「おぉー!あこカッコイイじゃん!」

 

「えへへー!当然だよ〜♪」

 

「これで倒せたのですか?」

 

「残りの体力とスキルのレベルを考えたらそうだと思いますよ!」

 

「そうですか…。結局なにもできま……!皆さん下がってください!」

 

「「「っ!!」」」

 

「きゃっ!」

 

「紗夜さん!」

 

「"ブラインドカーテン"!」

 

「燐子ナイス!…でもこれってたしか…」

 

「はい、一瞬です。…でも、この時間で(>人<*)」

 

「"セブンスキャリバー"」

 

 

 ボスがみんなを見失った隙をついて、背後から7連撃を叩き込む。このスキルは敵との距離で内容が変化するもので、離れていれば七つの剣が飛翔してささり、近くならこうやって自分の剣で7連撃をいれる技なのだ。そして、こっちの方が威力が出る。MPの消費量とスキル後の硬直時間がネックだが、タイミングさえ間違えなければ大いに使える。

 今度こそボスを倒すことができ、ボスは断末魔をあげながら消滅していった。んで、ドロップアイテムは…、俺にはいらないやつだな。

 

 

「やったー!倒せたー!」

 

「はぁ〜、怖かった〜。みんな順番にヒールかけるから並んで!」

 

「リサ姉、あことりんりんは体力減ってないからね?」

 

「氷川さんから治してあげてください(*´︶`*)」

 

「いえ、私は…」

 

「ダメダメ!アタシらを庇ってくれてできた傷なんだから、しっかり治すよ!」

 

「素直に治してもらっとけよ」

 

「雄弥もね!」

 

「……」

 

「ゆ・う・や?」

 

「わかった。…ところで友希那は?」

 

「へ?友希那ならそこに……あれ?」

 

「まさかボスに…」

 

「いえ、それはないはずです」

 

 

 ボスが友希那に攻撃するなんて瞬間は一切なかった。なんなら後衛組に攻撃しに行ってなかったんだからな。と、いうことは迷子か。…戦闘中に迷子なんて聞いたことないんだけどな。

 

 

「あら?あなた達こんな所にいたのね」

 

「こんな所って…さっきまでボスと戦ってたんじゃん!友希那はどこに行ってたの!心配したよ!?」

 

「そ、それは悪かったわね。私は見ての通り無事よ。それとあこ、これ」

 

「えぇー!!キラぽんの尻尾!?どうやったんですか!?」

 

「近づいて捕まえただけよ」

 

 

 しれっと言ってるが、よくキラぽんを見つけれたな。見失っていたから、あとを追いかけてってわけじゃないはずなんだが…。まぁ、いいか。

 無事に友希那とも合流でき、今度こそ村へと戻りジェイクに手紙を渡した。これでクエストは達成され、あこが欲しがっていたリンダのサイスも手に入った。

 

 

「やったー!みなさんありがとうございます!りんりん!今度また一緒にクエスト行こうね!」

 

「うん。勿論いいよ(๑′ᴗ‵๑)」

 

「みんなお疲れー。いやー、大変だったけど、案外面白いね〜♪アタシは偶にならこれやってもいいかな〜」

 

「ほんと!?やる時絶対誘ってね!」

 

「うん!」

 

「さて、これであこの目的も達成できたのだから、今日はこれで終わるわよ。明日からの練習、全力で取り組むように」

 

「もちろんです!」

 

「今日夜ふかししてはいけませんよ」

 

「う…はい…」

 

「ふふっ、あこちゃん、これからもよろしくねd(*¯︶¯*)」

 

「うん!りんりんもよろしく!」

 

 

 ログアウトの仕方をレクチャーし、順にログアウトしていく。全員がちゃんとログアウトできてるか俺と燐子が確認し、最後に俺たちもログアウトすることになった。

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうかされました?」

 

「燐子にこれやるよ。さっきのドロップアイテム」

 

「え?……こ、これって(๑*ㅁ* )」

 

「燐子の職業で使うやつだろ?俺にはいらないし、使える人が持つべきだと思ってな」

 

「ありがとうございます!大切にします!(*ノ´∀`*)ノ」

 

「そりゃどうも」

 

「…雄弥さん」

 

「ん?」

 

「またやりましょうね。私、今日のボス戦すごく楽しかったです♪」

 

「いいぞ。俺も楽しかったからな。予定が合ったら一緒にやろう」

 

「はい(*^^*)♪」

 

 

 最後に俺たちもログアウトして、それぞれ帰路につく。最終的にはいつも通り、俺とリサと友希那の3人になったのだが、心なしかリサの機嫌が悪い気がする。

 

 

「リサ、機嫌を治しなさいよ」

 

「別に機嫌悪くないもーん」

 

「…はぁ、雄弥」

 

「…俺なんかしたか?」

 

「しーらない」

 

「友希那わかるか?」

 

「大方ゲーム内で雄弥と燐子の連携の良さとか、最後のやり取りとかに嫉妬してるのよ」

 

「そうなのか?」

 

「うっ……そうです

 

「そうか」

 

 

 友希那に見破られたからか、顔を赤くして他所を向いているリサの手を取って引き寄せる。突然のことだから、リサはその力にしたがい、二人の距離が縮まる。肩に手を押し当てて離れようとするが、俺のほうが力が強く、リサは諦めておとなしくなった。

 

 

「なんなの?」

 

「リサ、ゲームなんだから慣れてる人同士で連携が上手くいくのは当たり前だろ」

 

「…でも」

 

「それに、あくまでゲーム内だ(・・・・・・・・・)

 

「ぇ…?」

 

「現実ならリサとが一番何でも上手くいく」

 

「ふぇ!?」

 

「俺にとってリサ以上なんて人はいないんだ。だから、例え機嫌を損ねてもずっと一緒にいてくれ。俺もリサを愛するから」

 

「…うん。アタシも、雄弥をずっとずっと愛してるから。…ごめんね?めんどくさかったよね?」

 

「いや、そんなことない。言ったろ?全部引っ括めてリサが好きだって」

 

「えへへ、ありがと♪」

 

 

 リサとさらに距離を縮めて影を重ねる。ハワイ以来な気がするが、そこはどうでもいいか。改めて自覚した。俺はリサに溺れてるなって。だが、心地良いものだ。

 

 

「そこまでやれとは言ってないのだけど……はぁ、あなた達流石ね」



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自然と「いつも通り」に含まれていた男

未来編+過去編です。
なんのこっちゃ。


汐莉(ゆうり)、準備できたか?」

 

「できたよパパ」

 

「それじゃあママと愛彩(まい)に行ってきます言おうか」

 

「うん。ママ、愛彩、行ってきます」

 

「行ってらっしゃーい!」

 

「気をつけて行ってね。雄弥も、ちゃんと汐莉のこと見ててよ」

 

「分かってるさ。夕方には帰るから」

 

「うん♪」

 

 

 汐莉と手を繋いで、リサと愛彩に「行ってきます」を言って家を出た。今から行くところは別にそう遠いわけじゃない。車で行っても大丈夫なんだが、汐莉の希望もあって歩いていくことになった。普段行く範囲より少し先だから、どこか冒険感覚なのかな。

 

 

「あ、ワンちゃん。…かわいい」

 

「チワワか」

 

「ふふっ、パパとお出かけなのかな?」

 

「はい。湊汐莉って言います」

 

「あら、丁寧ですね。私は宮井奏子(かなこ)って言います。この子はリナちゃんです。ちなみに、パパとママとは知り合いになります」

 

「そうなの?」

 

「まぁな。宮井さんは看護士さんで、パパが何回もお世話になったし、汐莉と愛彩が産まれるときも、宮井さんがママを支えてくれたんだぞ」

 

「ほぇぇー」

 

 

 汐莉はチワワことリナちゃんを撫でながら、目を輝かせて宮井さんを見上げていた。自分が産まれる時に助けてくれた人って、やっぱり憧れるものなのかな。

 

 

「パパとママって助けてもらうことあるんだね」

 

「そっちか」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。…それと、パパもママも今だって色んな人に助けられてるからな」

 

「そうなんだ」

 

「ふふっ、雄弥くんもリサちゃんも、汐莉ちゃんからしたら憧れなんですね。なんでもできるように見えてるのでしょうか」

 

「そうなんでしょうか。まぁでも、たいていの子は親とか年上の兄姉に憧れるらしいですしね」

 

「そうですね」

 

 

 まさか家を出て、しばらくしてすぐに宮井さんに会うとはな。今日は休みだったのか。それはともかくとして、ここで長く話し込むわけにもいかないし、そろそろ行かないとな。

 

 

「汐莉、そろそろ行こうか」

 

「…リナちゃん」

 

「またこの子とも遊んでくれますか?」

 

「はい。もっと遊びたいです」

 

「ふふっ、それなら次はいっぱい遊んであげてくださいね。今日はお出かけされるんでしょ?」

 

「…うん。行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

 

 さすが看護士。いろんな年代の人と接してるから、子供との接し方も見事なものだな。汐莉は恥ずかしがる方が多いんだが、宮井さん相手なら初対面でも話せてたし。

 

 

「パパ?」

 

「汐莉もちゃんと初めての人と話せてたな」

 

「宮井さん、話しやすかった。ママに似てて、なんか温かい人だった」

 

「…そっか」

 

(リサが聞いたらどう反応するんだろうな。宮井さん個人としてはリサも見習ってるとこがあるらしいんだが、母親としては複雑かな?)

 

「リナちゃんもかわいかった」

 

「そうだな。うちにも欲しくなったか?」

 

「お世話…できるかな?」

 

「飼う前提か…。お世話は汐莉と愛彩しだいだな。パパとママは必要な時しか手伝わないぞ?」

 

「がんばってみる」

 

「…まずはママに相談しないとな」

 

 

 愛彩が聞いたら、飛び跳ねながら満面の笑みで買いたいって言ってくるだろうな。俺としても別に断る理由もないし。庭もあるからな。……リサのパターンからして、約束事を何個か決めてからオッケー出しそうだな。…あ、これ飼う流れが確定してるわ。

 そうこうしているうちに、今日の目的地についた。昔ながらの和風の家で、それなりにデカイ。ここに住んでいる人物に今日は時間を作ってもらって会いに来たのだ。

 インターホンを押すと、目的の人物が応対してくれて、少し待っているように言われた。汐莉は緊張しているようで、俺の後ろに隠れるようにして、ズボンを握りしめている。

 

 

「大丈夫だ。優しい人だから」

 

「……うん」

 

(緊張しちゃうのも無理ないか。前に会ったときのことは、たぶん記憶に残ってないだろうし、こういう大きな家に来るのも初めてだしな)

 

 

 大丈夫だと安心させるためにしゃがんで、ゆっくりと頭を撫でてあげる。汐莉は目を瞑ってそれを受け止めつつも、それでも緊張はぬけないようで胸に飛び込んできた。

 そのタイミングで門が開けられたから、俺は汐莉を抱っこして立ち上がり、その人物と向き合った。

 

 

「お久しぶりですね」

 

「そうだな。元気そうにしてるようでよかったよ。蘭」

 

「えと、その子が……汐莉ちゃんですよね」

 

「今の間はなんだ?」

 

「前にあった時から髪が伸びてるので、少し自身がなくて」

 

「会ってなかったらそうなるか。…ほら汐莉、挨拶しないと」

 

「……ぅー」

 

「とりあえず中に入りませんか?」

 

「蘭は甘いな」

 

「少し時間を上げたら汐莉ちゃんも落ち着くと思って」

 

 

 蘭言い分もよくわかることだし、ここは蘭の提案に乗るとしよう。敷地内へと足を踏み入れ、蘭の案内に従って付いていく。俺も片手で数えれるほどしか来たことがないが、相変わらずいい家だな。

 

 

「お茶入れてきますから、ここで待っていてください」

 

「悪いな」

 

「いえ、お客さんをお持て成しするのは当たり前ですから」

 

 

 律儀にも一礼して部屋を出た蘭を見送り、部屋を見渡す。案内された客室は、畳張りの部屋で、真ん中に机と座布団が置かれていた。いかにもな部屋だが、汐莉にとっては新鮮な部屋で、大人しくはしているがテンションが上がっていた。

 汐莉も部屋を見渡し始め、ある物(・・・)に目を止めたと思ったら、それを間近で見始めた。

 

 

「…きれぇー」

 

「気に入った?」

 

「…ふぇっ!…ぁ…ぅ」

 

「この花の名前知ってる?」

 

「ぇ……ううん。知らない」

 

「これはね、ガザニアって名前なんだよ」

 

「ガザニア?」

 

「そう」

 

 

 共通の話題があると打ち解けやすいものだよな。蘭は生花に向き合うようになって、いろんな花を知るようになったし、生花の腕も叔父さんが誇るほどになったらしい。 

 そして汐莉は花が好きだ。花畑に連れて行ったらずっと花を愛でるし、花が枯れてたり、傷んでたりすると、まるで自分のことのように悲しむ。それぐらい花のことが好きだし、心優しい子だ。

 

 

「全部の花に花言葉ってあるんだけど、知ってる?」

 

「ううん。それも初めて」

 

「そっか。花言葉を知ってたら、パパやママにお花をプレゼントする時に役立つよ。ちなみに、このガザニアは、"あなたを誇りに思う""きらびやか""潔白"って意味があるんだ」

 

「なんこも意味あるの?」

 

「うん。たいていの花はなんこか花言葉あるんだ。でも、プレゼントする時は、一つの意味だけ気にしたらいいからね」

 

「うん!…えと、…あの」

 

「どうしたの?」

 

「み、…湊汐莉…です」

 

「ぁ……。美竹蘭です。よろしくね、汐莉ちゃん」

 

「はい!美竹さん!」

 

「蘭でいいよ」

 

「へ?」

 

「父さんも母さんも美竹だからね。だから、蘭でいいよ」

 

 

 蘭にそう言われたものの、本当にいいのだろうかと不安になった汐莉が、俺の方を見てくる。もちろん本人がいいと言っているのだから、ここで駄目という理由がない。

 

 

「汐莉、下の名前で読んでいいぞ。蘭本人がそう言ってんだからな」

 

「うん…。よろしく、お願いします。蘭さん」

 

「うん。よろしく」

 

 

 改めて挨拶をすることができた汐莉を撫でてやり、汐莉も嬉しそうに顔を胸に擦りつけてくる。それを微笑ましく蘭が見守っていて、暖かな空気がこの部屋を満たした。

 席につき、汐莉は俺の膝の上に座った。蘭は向かい側に座り、ようやく今日の本題に入ることができそうだ。といっても、さっきの様子からしてそれもすぐに終わるんだろうけどな。

 

 

「それで、雄弥さんのお願いってなんですか?」

 

「汐莉が花を好きってことは、さっきのでわかったろ?」

 

「はい」

 

「汐莉にな、生花を教えてやってほしいんだ」

 

「え…」

 

「お願いします。ママに綺麗なのプレゼントしたいんです」

 

「…そっか。……わかりました。時間を作って教えていきますね」

 

「悪いな。蘭の都合を優先してくれていいから。無理に時間を作るってことはやめてくれ」

 

「わかってますよ。『いつも通り』を壊したくないですから」

 

「ははっ、…そうか。それならよかった。…そういや愁は?」

 

「仕事で出かけてます。雄弥さんは聞いてなかったんですか?」

 

「うちのメンバー同士でそんな連絡を取り合うとでも?」

 

「そうでした…」

 

 

 メンバーのその日のことなんて誰も把握していない。これは俺たちが結成当初から変わらずに続いていることだ。知っているのは、全体で集まるのがいつかということぐらいで、せいぜいその時に前後の予定を聞くことがあるぐらいだ。

 

 

「パパ、愁さんってピアノの人?」

 

「そうだな。正確にはキーボードだが。それと蘭の大切な人だぞ」

 

「ちょっ!何言って!」

 

「愁さんのこと好き?」

 

「うぇっ!?…いや…それは……その」

 

「パパとママみたいな感じ?」

 

「だから……その…えっと……」

 

「汐莉、それぐらいにしてあげような」

 

「??」

 

「別のことなら答えてくれるんじゃないか?」

 

「別のこと?……あ!愁さんとはいつ出会ったの?」

 

「愁と?……えーっとたしか…」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 たしかアタシが7歳の時だっけ。うちの隣の家が改装工事してたのは知ってたから、家を新しくして隣に誰か来るんだろうなぁって思ってた。

 ある日、工事が終わって表札に前とは違う人の名前が書かれてた。"毛利"それが隣に引っ越してきた人の名前らしい。でも、まだ工事が終わっただけで、住人は来ていない。引越し業者もまだだからこれからなんだろうね。

 Afterglowのメンバー、この時はまだバンドなんて考えてすらいなかったから、仲良しの幼馴染5人って感じ。いつも朝集まって学校に行って、いつも集まって帰ってくる。それがあたし達の当時の『いつも通り』だった。

 

 

「それじゃあ転入生を紹介しますね〜」

 

 

 『いつも通り』のクラスに変化が出たのは、その日のことだった。変化って行っても、小学校のうちはわりと転校していく人や反対に転入してくる人も珍しくなかった。だから、大きく見たらこれも『いつも通り』…かな。

 

 

(もしかして、隣の家の人かな)

 

 

 なんて考えたりもした。引越し業者はまだ来てないし、住人もまだ来てないから、それは違うだろうとも同時に考えてた。

 

 

「毛利愁と言います。よろしくお願いします」

 

 

 でも、転入生はお隣さんだった。日本人の名前なのに金髪で青い目、つまり海外の人の見た目。ハーフってことかなって思ったけど、ハーフじゃないらしい。わけわかんない。

 仲良しグループのモカたちは、あたしの隣に引っ越してくる人の名前が毛利ってことを知ってる。だから、漫画みたいな展開にモカとひまりは楽しそうにしてた。巴はあたしと同じように驚いてて、つぐみは転入生が来たことを喜んでた。

 

 

「それじゃあ毛利くんの席は、1番後ろのところね。あそこだけ机が三つ繋がってるでしょ?あそこに行ってね」

 

「はい」

 

 

 3人席のうちの真ん中。それが用意された席だったみたい。両隣にサポートしてもらえるようにってことかな。そのうちの一人がつぐみだから、先生の人選は的確だろうね。

 

 

「私は羽沢つぐみって言います。よろしくね、毛利くん!」

 

「よろしくお願いします、羽沢さん」

 

 

 ほら、さっそくつぐみが声かけてるもん。ああいうのって助かるよね。しかもつぐみは、狙ってやってるわけじゃなくて、つぐみの人柄がそうさせてるってわけだし。

 休み時間には質問攻めにされたり、男子たちに引っ張られて外に遊びに行ったりしてた。転入生は人気者になるからね。そんなこんなで放課後になって、あたしはいつも通り5人で帰るって思ってた。でも、つぐみの行動力は上を行くね。

 

 

「帰り道同じみたいだし、毛利くんも一緒でいいかな?」

 

 

 先に聞くんじゃなくて、毛利を自分のすぐ後ろにいさせて聞いてきたんだよね。あたし達なら断らないだろうって信頼があってやったことだろうし、でも勝手に決めることなんてつぐみはしないから、一応聞いてきたって感じかな。

 

 

「もっちろんだよ!」

 

「断る理由なんてないしな!」

 

「よろしくね〜。ほら〜、蘭も〜」

 

「わ、わかってるって…。えと、……よろしく」

 

「え〜、それだけ〜?」

 

「も、モカだって似たもんじゃん!」

 

「モカちゃんは〜、気持ちがいーーっぱい詰まってたのです〜」

 

「あ、あはは、ごめんね毛利くん、こんなで」

 

「みんな仲いいんだね」

 

「うん!みんな大切なお友達なんだ!」

 

「つぐー!私もそう思ってるよー!」

 

「わわっ、ひまりちゃん!?」

 

「蘭ー?顔が真っ赤だよ〜?」

 

 

 なんでつぐみってこういうことをあんなにサラッと言えるんだろ。ニヤニヤしながら追求してくるモカを払いながら、歩き始めた。モカがみんなに声かけて、それでみんなもついてくる。

 あたしが愁と話したのは、みんなと別れてからだった。あたしと愁の家が隣同士だから、必然と二人きりになる。そんな時になってやっと言葉を交わした。何を話したかは内緒。……だって…自分の話題性のなさが恥ずかしいし。ちなみに、学校に行ってる間に引越し業者が荷物を運び込んでたらしい。家の人…というか、お手伝いさんが何人かいて、家の前に出迎えてたのには驚いた。

 

 出会いはそんな感じ。同じクラスになったっていうありきたりな出会い。家が隣ってのは、ありきたりでもないのかな。つぐみが声をかけたことで、自然とあたし達の『いつも通り』に混ざったんだよね。

 朝もあたしと愁が一緒じゃなかったら、「今日はお休みなの?」って話になってたし。…いや、なんか恥ずかしくてインターホン押せなかっただけで…。学校の帰りは初日から一緒に帰るようになったけど、行く時が一緒になるようになったのは、3日後くらいからだったかな。モカが「朝、蘭と一緒に来なよ〜」って言ったから。

 

 そうやって自然と『いつも通り』に入った愁と過ごしていって、あたし達が困った時にはすぐに気づいて相談に乗ってくれて、何度も助けてくれた。愁とは中学の時から違う学校になったし、Augenblickに入ったから会う時間も減ったけど、それでも困った時にはすぐに助けてくれた。あたし達との時間を必ず確保してくれたんだ。そうしていくうちに、気づいたら惹かれてた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「へー、そんな感じだったのか」

 

「私にもそんな人できるかなー?」

 

「汐莉にもできるだろ。まだ早いがな」

 

「へ?」

 

「雄弥さん…」

 

「あれ?雄弥たち来てたんだ」

 

「あ、愁。おかえり」

 

「うん。ただいま」

 

「愁さんこんにちは」

 

「こんにちは汐莉ちゃん」

 

「なんでお前自分の家に帰らないんだよ。隣だろ」

 

「いつもはあっちだよ。今日は食事に呼ばれててね」

 

「なるほどな」

 

 

 この二人が交際始めた時の親父さんの反応面白かったんだよなー。話に聞いたぐらいだが、なにやら百面相し始めて葛藤してから了承したらしい。蘭のことを大切にしているけど、愁のことも信頼してる。認めたいけどまだ早いような、って葛藤だったらしい。

 

 

「さてと、そろそろお暇させてもらうかな」

 

「もう少しゆっくりしていってもいいのに」

 

「リサが夕飯作って待ってるからな」

 

「なるほどね」

 

「…そういや蘭は料理できるのか?」

 

「…………まぁ、多少は」

 

「蘭さん、今度私がお礼に教えてあげるね!ママに教えてもらってるから、ご飯作れるんだ〜!」

 

「うぐっ……。ありがとう」




過去話が短かったですかね。
まぁ、この二人にしても、大輝にしてもそこまでのハプニングがあったわけでもないので。


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最初で最後の時間(雄弥誕生日回)

たぶんこれが番外編で唯一のシリアス話になります。


「ったく、なんで今日(誕生日)にライブなんだか…」

 

「なにー雄弥?リサと過ごしたかったって〜?」

 

「ああ」

 

「ストレートだね!私たちとは過ごしたくなかったのかな〜?家族なんだけどな〜」

 

「リサを家に呼べば全員一緒にいれたのにな」

 

「その方法があったか!…ま、スタッフさんたちが準備しちゃったし、疾斗たちもノリノリで協力したみたいだし、なんか新曲まで作ってくれたんでしょ?」

 

「ありがたいっちゃありがたいんだけどな。いつも急なんだよな…」

 

「あはは!たしかにね!」

 

 

 今日、10月27日は湊雄弥()の誕生日だ。友希那の誕生日が昨日で、湊家に引き取られた時に、友希那が俺の誕生日をこの日だと決めたらしい。記憶が飛んでたし、当時はこういうことを何とも思ってなかったら、好きにしてくれって感じだった。リサと付き合ってからだな。誕生日を大切だと思うようになったのは…。

 

 

「それよりさ、もうすぐ(・・・・)だっけ?」

 

「…そうだな。予定日は2週間後だ」

 

「雄弥……大丈夫?」

 

「…あぁ。俺なんかよりリサの方が不安だろうからな」

 

「雄弥も無理しちゃ駄目だよ?リサは雄弥のことをすぐに察するんだから」

 

「わかってる。今日もライブを盛り上がらせて、その話を聞かせるつもりだからな」

 

「うん♪頑張ろっか!」

 

 

 そう、リサは出産を控えてる。俺が日菜の策略に嵌められた結果、俺とリサの間に子どもができたんだ。学生の間に子どもができる、ということはさせたくなかった。嫌でも目立つし、周りからの目も変わってしまう。大学は人が多く集まるから、それだけ視線を浴びることになる。そういうのを気にするリサにそんな負担を背負わせたくなかったんだ。

 だが現実にはできてしまった。なら俺は全力でリサを支えるだけだ。リサの交友関係の広さと本人の人柄のおかげか、リサをサポートしてくれる人が多いのもありがたいことだ。できれば片時も離れたくないのだが、今回みたいにどうしても離れることがある。そんな時に誰かしらリサの側にいてくれるのだ。今回ならRoselia全員がリサと一緒にいる。リサを置いてライブを見に行くなんてことはできないから、だそうだ。

 

 

「そろそろ時間だな。…他の奴らは?」

 

「あっち」

 

「……馬鹿だな」

 

「いつものことでしょ」

 

「馬鹿ってなんだ馬鹿って!こちとら衣装が破けて大変なことになってんだぞ!」

 

「ちょっと大輝静かにしてよ。目立たないように治すの難しいんだからね。時間もないことだし」

 

「またつまらぬ物を斬ってしまった」

 

「どこの五右衛門だテメェ!そもそも疾斗が刀を持ってきてるのがおかしいんだろぉが!!」

 

「なんかそこにあったから持ってきた。暇だったから大輝を斬ってみた。そしたら衣装がやられた」

 

「サイコパスかよ!!」

 

 

 どうせ家を出る前にイヴと日本刀のことを語り合ってたんだろうな。話し込んで時間がギリギリになってここに来たら、うっかり刀も持ってきてたってとこか。やっぱり馬鹿だ。今回は全員同時に登場するってやり方だから、大輝の衣装の応急処置を終わらせないといけない。だから愁が急ピッチで直してるんだが…。

 

 

「いっそ大輝だけ後からでもいい気がしてきた」

 

「疾斗のせいなんだけど!?」

 

「私はそれでもいいよ」

 

「右に同じく」

 

「直すのやめていい?」

 

「誰か止めろよ!」

 

「後はここ直せばいいから。ちょうど目立ちにくいとこだし、それぐらいできるでしょ?」

 

「まじか!チクショー!!」

 

 

 嘆いてるわりに、大輝の裁縫のペース早いんだな。手先を細々と動かすのは苦手、とか言ってたくせに。……いやよく見たら雑だな。

 

 

「よし直った!……あれ?袖口が塞がってる」

 

「苦手どころの話じゃないんだけど!?あーもう!僕も後から出るから3人先に出といて!」

 

「大輝お前…天才かよ」

 

「あはははは!本番前に笑かさないでよ〜!」

 

「ほら行くぞ……ん?」

 

『ライブ、頑張ってね☆』

 

「…まったく、自分も大変だろうに…」

 

『成功させる。帰ったらライブの話するから、楽しみにしといてくれ』

 

「…雄弥もマイペースだよね〜」

 

 

 勝手に携帯を覗きこむなよ。別に見られて困るようなこともないんだが。マナーというものがあるだろう。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「う〜〜ん!今のとこいい感じに盛り上がってるね〜!」

 

「そうだな。…早く衣装着替えてこい」

 

「ぶーぶー。もうちょっと語りたいのにー」

 

「終わってからでいいだろ」

 

「はーい」

 

 

 そそくさと更衣室に入っていく結花を見送り、俺達も衣装を着替えた。あとはアンコールとして2曲だけ。1曲は俺たちが結成した時に作られた歌で、もう一つがマネージャーのゼファーが新しく作った曲だ。まぁ、どっちもゼファーが作った曲ってわけだ。と言っても、ゼファーが作った曲はこの二つしかないんだけどな。むしろ新しく曲を作ってきたことが驚きだ。

 

 

「おっ待たせ〜♪」

 

「お、結花も着替え終わったか」

 

「あと3分くらいしたら、出ないとね」

 

「ちょっとま休憩だな」

 

「3分あったらカップ麺食えるんじゃね?」

 

「それ完成して終わりだから」

 

「2分待って1分で食べる」

 

「大輝ってほんとに馬鹿だよね〜」

 

 

 いつもと同じやり取りだ。ライブがある日もない日も変わらない。ライブ前だろうとライブの途中だろうと同じノリで過ごしてる。今日も同じようになるはずだった。スタッフが慌てて舞台袖に来るまでは──、

 

 

「み、みなさん大変です!」

 

「大変なのは大輝の頭の中だが?」

 

「それブーメラン発言だぞ、疾斗」

 

「ふ、ふざけてる場合ではないですよ!」

 

「ふざけてるつもりもないんだけど…、どうしたんですか?暴動ですか?」

 

「違います。……ゼファーさんが……ゼファーさんが倒れました!」

 

「なっ!?」

「嘘だろ…」

「ゼファーが…」

「ゆ、ゆうや…」

 

 

 基本的に放任主義で、ほぼ顔を合わせなくなったとはいえ、さすがに世話になったゼファーのことだ。みんな動揺してるし、結花もか弱い声で俺の名前を呼んだ。俺は結構ドライな人間だから、ゼファーが倒れたと聞いてもそこまでの動揺はなかった。

 

 

「…救急車は?それとゼファーの様子も」

 

「呼びました。今運ばれてるはずですが……、ゼファーさんは…意識がありません」

 

「そうですか。わかりました。…あなたはゼファーのとこに行っといてください」

 

「俺たちも行かないと「馬鹿か」なんだと!」

 

「ライブ中だぞ。何があろうと最後までやり切る」

 

「めちゃくちゃ世話になった人が意識不明で運ばれてんだぞ!」

 

「あと1分しかないよ!どうするの!?」

 

「俺たちはライブを最後までやる義務がある。それにあのゼファーだぞ?自分の体のことを理解してないはずがない。だから新曲を作ったんだ。最後になるとわかっているから。だったら俺たちはそれを披露するべきだ。それが恩を返すってことだろ?」

 

「……くそ…!」

 

「決まりだな。雄弥の言ったとおりだ。最高に盛り上げて、ゼファーを煽りに行くぞ。あの盛り上がりを見れなくて残念だったなって」

 

「あはは、性格悪い気もするけど、僕も疾斗に賛成かな。あのゼファーが悔しがるとこ見てみたいし」

 

「…うん。…それじゃあ!最後までやりきるよ〜!」

 

 

 1曲はゼファーが最初に作った"Herkunft-起源-"、そしてもう一曲は、ゼファーが最後として手がけた新曲が"Vertex-頂点-"だ。どちらも、掴みどころがないようなゼファーが作ったとは思えない、真っ直ぐな曲だった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 ライブが終わったら、疾斗たちはすぐに病院に向かって行った。俺はリサに帰るのが遅くなると連絡してから、後を追いかけるつもりだった。しかし、そうはならなかった。

 

 

「…家にいてほしかったんだがな」

 

「ゼファーさんにはアタシたちRoseliaもお世話になってるからね」

 

「よく紗夜と友希那が許したな」

 

「私も行く、ということで紗夜を説得したのよ」

 

「友希那…。なるほどな」

 

「タクシーを使ってすぐに行くわよ」

 

「あぁ」

 

 

 俺たちはタクシーを使って、ゼファーが運び込まれた病院に向かった。先に行った疾斗たちとは、入れ替わりということになり、結花には先に帰ってもらうことにした。

 

 

「……お前まで来たか。…おや、友希那ちゃんとリサちゃんまで」

 

「一応な」

 

「どうも、お世話になってます」

 

「さすがに心配でしたからね。アタシたちの活動をサポートしてくれてますし」

 

「ははっ、嬉しいよ。…まさかRoseliaがデビューしてしばらくしたら、リサちゃんが妊娠するとは思ってなかったけどね」

 

「あ、あはは〜。すみません…」

 

「いやいや、いいんだよ。後悔しないであろう道を進めばいいんだ。それこそ仲間と、そして雄弥と一緒にね」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

 

 …なんで急にこんなこと語るようになってんだ?ゼファーはもっと飄々とした人間のはずなんだが、頭でも打ったのか?

 そんな疑問が浮かんだが、正直に言えばなんとなく察していた。だから、前置きが終わったところで、話を切り出すことにした。

 

 

「それで?もう長くないんだろ?」

 

「「え?」」

 

「…さすがだな。よく見通してる。……そうだな。長くない…という言い方も相応しくないな。終わりが(限界が)すぐそこさ」

 

「そんな……」

 

「で、言い残すことはあるのか?」

 

「ちょっと雄弥!」

 

「いいんだよリサちゃん。…話しておかないといけないことは、いくつかある」

 

 

 俺の不謹慎な話し方にさすがのリサも咎めてきた。だが、当の本人であるゼファーが止めたことで、リサも渋々と黙ることとなった。ゼファーは窓の外を眺めて話し始めた。まるで言葉を零すように。

 

 

「残念なことだが…、リサちゃんの出産までは生きられないだろうね。……いや、明日を迎えられるかも怪しいか」

 

「ハッ、()の顔ぐらい拝んでから逝けよな」

 

「雄弥さっきから不謹慎だから!……って、え?」

 

「…孫?どういうこと?」

 

「そうなんだろ?ゼファー。俺とリサの子どもだから、お前にとっては孫なんだろ?」

 

「よく分かったな…」

 

 

 そんなに意外だったのか。ゼファーが目を見開くところなんて初めて見たぞ。リサと友希那なんて固まってるし。

 

 

「…あぁ、そうだ。雄弥、お前の体の半分は、私と同じ血が流れている」

 

「知る気もなかったがな。…なんとなく察した」

 

「だろうな。……"ゼファー"というのは、個人名ではない。代々受け継がれる名前だ」

 

 

☆☆☆

 

 私は機械的に任務をこなす人間だった。何も疑問を抱かず、何も感じずに言われたことをこなすだけ。そんな日々を送っていたんだがな…、レイナに出会ってその生活に変化が生じた。モノクロだった世界に、色が付き始めたんだ。

 彼女はターゲットと仲のいい人物だった。作戦決行の日、彼女はターゲットの部屋に遊びに来ていた。だが、関係のない人間がいたところで、私のやることは変わらない。彼女の目の前で私は任務を遂行した。当然彼女は錯乱したが、私の頬を1発叩いた後に、涙を流しつつこう言ったんだ。

 

 

『可哀想な人』

 

 

 理解ができなかった。目の前で友人を殺されたというのに、犯人に向かってそんな言葉をかけてくるんだからな。…だが、その一言はまるでしこりのように私の中に残り続けた。

 私の中に生まれた小さな変化は、少しずつ大きなものへと変わっていった。そんな中、新たなプロジェクトが生まれた。"最強のゼファーを作る"。そんなプロジェクトだ。家族に捨てられ行き場を失くした子ども、組織の人間の子ども、集められるだけ集め実験を繰り返した。だが、産まれてからでは難しいとわかり、産まれる前に調整すべきだという結論に至った。

 

 組織で方針が決まっていく中、私はレイナと会うことが増えていた。任務以外では外に出なかった私が、な。不思議な女性だった。どこにでもいるような女性のはずが、表の世界しか知らないはずが、その目はすべてを見透かしているような、透き通った瞳だった。あらゆるものに関心を抱き、あらゆるものに価値を見出していた。どこにでもいるようで、他を探しても見つからない、そんなレイナに段々と惹かれていき、私たちは恋に落ちた。

 それが悲劇と変わってしまったがな。…私は歴代で最強のゼファーだった。そんな私の子どもが、組織に利用されないわけがない。レイナの身に宿った新たな命は、レイナから離されて実験台送りに、そのショックでレイナは病にかかり、療養するも命を落とした。私はその後すぐに組織を抜けた。一人では対抗できない程に組織が大きいからだ。対抗できる勢力を作り、表ともパイプを繋ぎ、大切な子どもを取り戻すために。

 

──それがレイナに誓ったことだったから

 

 

☆☆☆

 

 

「その子どもがお前だ。雄弥」

 

「…そうかよ。……で、なんでリサが泣いてんだよ」

 

「だってぇ……こんなの……こんなの…ないよぉ」

 

「ったく。…俺がこうやって生きてんだから、泣くなよ」

 

「うぅ…」

 

 

 泣きじゃくるリサに胸を貸す。リサは俺にしがみついて、あふれる涙を止めることなく泣き続けた。その様子を見た友希那がゼファーとの話をつなぐ。…まぁ本人も気になることがあるんだろう。

 

 

「ゼファーさん。お話から察するに、"ファースト"や"セカンド"といったコードネーム?は、"ゼファー"という座に着く可能性なのかしら?」

 

「そうだね。期待値が大きい順に並べられるんだよ。当代のゼファーが死ぬか、ゼファーを超えることで、その名を引き継ぐというシステムだ。私が名前を変えずに生きてきたのは、組織と対立するという意思表示でもあったんだよ」

 

「…そうですか」

 

 

 外に出てから、リサや友希那に出会ってから学んで、今になってわかる。胸くそ悪い組織にいたんだなって。ま、疾斗が言うには、組織はほぼ壊滅にまで追い込まれたらしいんだけどな。

 リサの頭を撫でて落ち着かせつつ、その瞳から流れる涙を拭く。涙が止まって、リサが少し落ち着いたら軽く口を重ねる。俺は大丈夫だと伝えるために。

 

 

「雄弥…お前の本当の名前、生まれ故郷、そして生まれた日付なんだが」

 

「そんなの知る気はないな」

 

「雄弥?」

 

「ゼファー。あんたの子どもは10歳かそこらで組織を抜けるのに失敗して死んだ。今ここにいるのは、湊家長男でAugenblickのベースを担当して、リサと結婚した湊雄弥だ。他の誰でもない。誕生日?そんなの今日に決まってんだろ」

 

「ちょっと雄弥」

 

「ははっ、…それもそうだな。今さら父親面はできないよな」

 

「ああ。じゃ、もう帰るから」

 

 

 背を向けて病室の扉を開ける。リサと友希那がゼファーに謝っているのを背中越しに聞き、二人がこっちに来るのを待つ。ゼファーがリサのお腹に手を当て、双子が産まれるのを言い当てていた。俺や疾斗同様、生命の息吹に敏感なんだろうな。…俺は二人が来てからもしばらくそのまま立っていた。

 

 

「…雄弥?どうしたの?」

 

「帰るんじゃなかったのかしら?」

 

「帰るさ。だがその前に。……孫の顔を見る前に死ぬんじゃねぇぞ、親父(・・)……それと…産んでくれてありがとう。今度お母さんの墓参り行ってくる」

 

「!!……あぁそうだな。レイナにどんな孫ができたか話してやらないといけないからな。…俺は地獄行きな気もするが」

 

「はっ、信じときゃ報われるのが故郷の宗教だろうがよ」

 

「ははは!なら、今から信者となってみるか」

 

 

 振り返ることなく、顔を見ることなく短い会話をした。少し荒っぽい気もするが、これが俺達の会話としては相応しいのだろう。今までで一番気兼ねなく話すことができたのだから。

 

 リサは予定日より少し早く出産を迎えた。病院は、産まれた子どもをゼファーにもすぐに見せれるように、というリサの考えを尊重して、ゼファーがいる病院だった。無事に産まれた子どもをリサと一緒に迎え、一緒に喜びを分かち合った。頑張ってくれたリサに感謝してもしきれなくて、何度もお礼を言いながらリサを抱きしめた。

 

 結局、ゼファーが孫の汐莉と愛彩を見ることは叶わなかった。その時にはほとんど見えなくなってたからだ。だが、元気な泣き声を聞き、二人の手に触れ、たしかに新たな生命を感じ取ることはできたようだ。…本来は産まれてすぐの子をこうやって連れ出すわけにもいかないんだが、特別に許可をもらえた。情に脆い日本らしいな。

 

 

「もう思い残すことはない」

 

 

 そう言ってゼファーはすぐに息を引き取った。俺は一緒についてきてくれていた看護士に子供を預け、しばらくその部屋に残った。ゼファーの置き手紙があったからだ。

 

 

──これを読んでいる時、私は既に死んでいるだろう。願わくば孫の誕生を待っていたいが、そこはどうなるかわからないな…。さて、長く書くこともないからすぐに本題に入るぞ。手紙と一緒に隠しておいた注射器があるはずだ。それを雄弥が自分の体に打ち込め。お前の体質を治すことができる。…研究には長い時間がかかった。なんせ雄弥は私の要請をことごとく断っていたからな。データが取れなくて時間がかかるのなんの。まぁ完成したからいいんだがな。それは雄弥の体質を戻すと同時に、20年〜30年分の寿命が戻せる。これでリサちゃんと長生きできるだろう。もう無茶なことはするなよ。 ゼファーより

 

追伸 お前の中に私とレイナの子──が生きていると信じている

 

 

 2枚目には、お母さんの墓がどこにあるのかを示されていて、そこに埋めてほしいということと、財産の相続に関する遺書も書かれていた。

 

 

「……っ……馬鹿が。……最後にカッコつけやがって…。……寿命が回復?…わかんないとでも思ってんのかよ。お前の寿命(・・・・・)を渡してきてるって俺が気づかないとでも思ってんのかよ!」

 

 

 葛藤が生まれた。人の人生を奪ってきた俺が、人から人生を貰っていいわけ無いだろって。いっそのこと壊してしまおうかと…。でも、そんなことはできなかった。死人に文句を言っても仕方ないし、何よりも…果たせないと思っていたリサとの約束を果たせることになるのだから。だから、俺はそれを使うことにした。

 

 

「……イッテェな。……おい親父。これ、涙が止まらなくなるぐらいイテェぞ」

 



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側にいて

あぁー、ゆりしぃエモい…。ゆりしぃゆりしぃ…。ああぁぁ…(。>﹏<。)

…失礼しました。鑑賞会したのでまだその余韻が…


「リサ出かけようか」

 

「え?急にどうしたの?」

 

 

 今日はRoseliaの練習がなかった。バイトも入れてないし、部活も休み。だから雄弥と一緒に過ごそうと思ってたんだけど、アタシが雄弥のとこに行く前に雄弥の方が先に来てくれた。夏が終わって秋になって雄弥と婚約した。婚約しても雄弥との接し方が変わったわけでもなかった。アタシからしたら変わったかなって…、そう思ってたけどみんなが言うには何も変わってないって。無自覚じゃなくなったってだけみたい。

 それで、雄弥は普段とは違う格好をしてアタシの部屋に来たんだけど、雄弥の手にはアタシが着させられるであろう服があった。雄弥がそんなことするのって初めてだからビックリだよ。

 

 

「冬になると寒いから出かけにくいだろ。街中とかなら関係ないが」

 

「えと、話が見えないんだけど。とりあえずその手に持ってるのは何?」

 

「ライダースーツ」

 

「…え?」

 

「だからライダースーツだ」

 

「なにそれ」

 

「バイク乗る時に着るやつだな。プロテクター入りで、体を守ってくれる」

 

「…バイクで出掛けるの?」

 

「嫌か?」

 

「ううん。嫌じゃないよ。初めてだからビックリしてるだけ」

 

 

 雄弥から渡されたスーツは女性用のやつで、たしかに肘とか肩とか背中のとこにプロテクターが入ってるけど、見た目的にはオシャレに着こなすこともできるってやつだった。ズボンの方もそんな感じだね。

 軽装の上から着ることができるみたいで、アタシは今着てる服の上からそのスーツを着た。慣れてないから違和感があるけど、そんなに動きにくいってわけでもなかった。

 

 

「あ、泊まりだからな」

 

「それは先に言ってほしかったかな!」

 

 

 週末を利用した1泊2日のツーリング。それが雄弥が持ちかけてきた話だったみたい。アタシは雄弥を部屋から追い出して、着替えとか生活必需品をリュックに次々と入れた。雄弥を追い出したのは、下着とか見られたら恥ずかしいから。リュックに荷物を入れたのは、バイクに荷物入れるとこないって聞いたことあるから。スクーターならシートの下に入れられるんだとか。

 

 

「お待たせ雄弥」

 

「大丈夫。そんな待ってない」

 

「ならよかった。じゃあ行こっか♪」

 

「ああ」

 

 

 母さん達には雄弥が話をしてたみたいで、楽しんできなさいって言われた。耳打ちで「孫ができるの期待してる」って言われたけど、そ、そういうのはしないからね。…子どもは欲しいけど。

 

 

「へ〜、これが雄弥のバイクなんだ〜。カッコイイね☆」

 

「ありがとう。まだ年齢的に大型のは取れなくてな。中型のバイクだ」

 

「中型でも大っきい気がするんだけど…」

 

「大型のを見たらそうでもないって思うぞ。ま、それはいいとして、荷物はそこに入れたらいい」

 

「あ、入れるとこあるんだ」

 

「サイドバッグってやつだな。リサのそのリュックぐらいならなんとか入るだろ」

 

「…おぉー、ピッタリ」

 

 

 サイドバッグ。その名の通りバイクの左右に付けられてるやつで、こうやって荷物をある程度収納できるみたい。大きさはマチマチなんだとか。アタシは右側に入れて、雄弥のは左側に入ってるみたい。他にもシートバッグとかタンクバッグとかあるんだとか。雄弥は使ってないけど。

 

 

「このヘルメット使ってくれ。髪には気をつけてな」

 

「うん。…って、これリボンとか外さないとだよね」

 

「それもそうだな」

 

「……これでよし、…でー、このあご紐のはどうやるの?」

 

「ジッとしてろ」

 

 

 雄弥に言われた通りジッとしてると、雄弥がヘルメットのあご紐を付けてくれた。その時に雄弥が覗き込むようにしてたから顔が近くて、ボーッと見ちゃってた。

 

 

「付けれたぞ。…リサ?」

 

「…ぁ、うん。ありがとう」

 

「…調子悪かったのか?それなら今日のは中止にするが」

 

「ううん。そんなことないよ。雄弥が…その…カッコイイなって

 

「……そうか」

 

「う、うん」

 

 

 なんだか気まずい雰囲気になっちゃった。雄弥のこと好きっていっぱい言ってるけど、カッコイイっていうのはあんまり言ってこなかったからかな。お互いに慣れてなくて、でも少し新鮮な感じがした。

 雄弥もヘルメットを被って、雄弥とアタシのヘルメットに付いてる機械を操作し始めた。何かなって思ってたけど、すぐにそれが何かわかった。通話ができるようになるやつみたい。ちなみに、ヘルメットはお互いにフルフェイスってやつみたい。一番安全なヘルメットみたい。サイズも合わせてくれてる、んだけど…いつ測ったんだろうね。

 

 

「これでよく聞こえるだろ?」

 

「うん。これすごいね!」

 

「疾斗のやつが使っててな。いろいろと教えてもらったんだよ」

 

「なるほどね〜」

 

「それじゃあリサも乗ってくれ。ここのバーに足を乗せるんだ」

 

「ここに足を乗せて…、よっと」

 

「サイドバッグ付けてると後ろの人が乗りにくくなるんだが、そこは勘弁してくれ」

 

「ううん。全然気にならないよ!」

 

 

 アタシは雄弥の肩に手を乗せたんだけど、それじゃあ駄目って言われちゃった。運転しにくいし、後ろの人のことが気になって集中できないんだとか。それじゃあどうしたらいいのかって聞いたら、手をお腹の方に回せって言われた。要は抱きつけってことらしい。密着したら体重がかかるとこがほぼ一箇所になるし、振り落とされる心配もなくなるんだって。…なんだか恥ずかしいよね。アタシの心臓が速くなってるんだけど、これも雄弥に伝わっちゃってるのかな。

 

 

「それじゃあ出発するぞ」

 

「いいよ☆」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 雄弥の運転は滑らかだった。加速も減速も優しくって、バイクのギア(?)を変える時も普通ならガコンってなるらしいんだけど、全然気にならなかった。あ、今変えたんだなって分かるぐらい。…一人で乗る時はここまで丁寧じゃないんだって〜。そんなの聞いたらもちろんお説教タイムになったよ。

 サービスエリアのバイク置き場のとこで正座させて、一人の時でも運転には気をつけてって。雄弥に何かあったらアタシも気が気じゃないからって。いつの間にか他のバイク乗りの人もアタシのお説教でグサってなってたみたい。でも大切な人に何かあってからじゃ何もかも遅いからね。何回でも言わなきゃね。

 

 

「あとどれくらい?」

 

「んー、1時間かからないぐらいだな。疲れたか?」

 

「ううん。大丈夫」

 

「もう少し休憩するか。ここも結構気持ちいいとこだし」

 

「じゃあじゃああっち行こうよ!景色良さそうだしさ!」

 

「いいぞ」

 

 

 遠く離れた所に見える海。今いる場所と海までの間にある街並み。自然も多くて、どこかほっこりする景色が広がってた。アタシはその景色に目が釘付けになりつつ、隣にいる雄弥に寄りかかった。雄弥は何も言わずにアタシの肩に手を回して、引き寄せてくれた。こうやって雄弥と寄り添える。いつものことだけど、それでもいつまでも、こうできることが嬉しかった。色褪せないでアタシの心を満たしてくれる。側にいてくれるだけで。

 

 しばらくの間そうしてて、雄弥と軽く口を重ねたら出発した。雄弥が連れてきてくれたところは、海が近い旅館だった。海が近いけども、旅館のすぐ近くには山があって、その山を少し登って行ったら辺り一面に紅葉が広がってるんだって。雄弥ってどこからこういう情報仕入れてくるんだろ。この辺は田舎みたいだから、他のお客さんも少ないし、この旅館もSNSとかはしてないらしい。一応ネットには載ってるけど、電話でしか予約できないんだとか。

 でも、すごく風情のある旅館だよ。和風の建物で、大浴場もある。家族風呂、なんてのもあるみたいだけどね。中庭があって、そこにも紅葉があった。ご飯は食堂で食べるようになってるみたいで、他のお客さんとも一緒なんだって。アットホームな旅館として経営してるから、なんだとか。部屋に着いたら荷物を置いて、ライダースーツも脱いで軽装になる。肌寒くなってきてるから、カバンから

カーディガンをだして羽織る。

 

 

「部屋もいいね〜♪」

 

「気に入ってくれたようで何よりだ」

 

「よく知ってたね。またAugenblickの誰かから聞いたの?」

 

「いや、今回はゆりさんが教えてくれた」

 

「…へー?ゆりさんが?」

 

「…リサ?」

 

「いつの間に会ったんだろうね〜?それに、雄弥って結構ゆりさんのこと好きだよね〜」

 

「会ったのは偶然だし、ゆりさんは俺の師匠だからな」

 

「ふーん?」

 

 

 雄弥が悪いわけじゃないし、ましてやゆりさんが悪いわけでもない。でも、アタシの知らないところで二人が仲良くしてるのって、すっごいヤだ。自分勝手で、嫉妬深いのなんて前々から自覚してる。でも、嫌なものは嫌。雄弥のことは全部知りたい。

 アタシが拗ねてると、雄弥に唇を奪われた。アタシの体を強く抱きしめてくれて、なんだか一つになった感じがする。アタシも雄弥の首に手を回して雄弥を求めた。アタシだけを見てほしくて、他の人になびく可能性を無くしたくて。

 

 

「ゆうや…」

 

「リサ…たしかに俺はゆりさんのことを慕ってる。でも、俺が好きになるのはリサだけだ。あー、家族愛で言えば友希那と結花も好きだが、異性として好きなのはリサだけなんだよ」

 

「…でも…紗夜と日菜は?」

 

「吹っ切れられるさ。リサがいるんだから」

 

「ほんと?」

 

「あぁ。もう二度と嘘はつかないからな」

 

 

 雄弥の初恋は紗夜と日菜だった。雄弥が恋愛を理解したと同時に分かったことみたいだけど、その時も紗夜と日菜と仲良かった。一緒に遊んだりしてた。だからこそ不安だった。だって、アタシのことを好きって言ってくれた時と紗夜と日菜を好きだったって気づいた時が一緒なんだから。

 でも、何度同じことを聞いても、何度も不安になったことをぶつけても、雄弥はアタシを見てくれる。アタシだけを見てくれて、アタシの心を温めてくれる。都合のいい女って言われるかもしれない。でも、それでもアタシは雄弥のことが好きなんだ。

 

 部屋を出たら少し山を登って、一面を紅く染める紅葉を二人で見た。不思議なところで、ここに人がいることで初めてこの場所が成り立つ。そんな感じがするところだった。日が暮れ始めたら山を降りて、海岸線を腕を組んで歩いた。綺麗な夕焼けで、それが水平線に沈んでいくまで二人で眺めてた。

 夕食をいただいたらお風呂に入るわけなんだけど、ここは日帰り温泉も兼ねてるみたいで、この時間になると地元の人が寄ってくるんだとか。それを待ってたら遅くなっちゃうし、慣れてないバイクでの移動だったから結構疲れが溜まってる。だから、お風呂にはすぐに入りたかった。…つまり、家族風呂を使うことになったんだけど、それを使う時は同部屋の人も一緒じゃないと駄目みたい。そう、雄弥と一緒に入るってこと。

 

 

「へ〜、炭酸泉なのか」

 

「…なんで雄弥は平気なわけ?」

 

「なにが?」

 

「混浴のこと!」

 

「こうしてないと気まずいだろ」

 

「…ぇ」

 

「平静を保とうとしてるだけだ」

 

「そ、そっか…雄弥もなんだ

 

 

 お湯に浸かるときにタオルを使うのはマナー違反だけど、さすがにそんなこと言ってられない。アタシはタオルを体に巻いたまんま、雄弥と背中合わせでお湯に浸かってた。

 

 

「俺が先に上がって、廊下のとこで待っとくから」

 

「え、でもそれは悪いよ」

 

「一緒に上がるのか?」

 

「そ、それは…」

 

「だろ。だからリサが後に上がってくれ。もう少し浸かってたいんだろ?」

 

「…うん。ありがとう雄弥」

 

「どういたしまして」

(タオル巻いてる時からそうだったが、濡れた状態だと余計にリサのスタイルがくっきり出るしな)

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 部屋に戻ったら布団を旅館の人が敷いててくれたみたいで、既に眠たくなってたから、雄弥に髪を乾かしてもらって寝た。お互いに少し近づいて、手を繋いで。

 とても怖くて嫌な夢を見て目が覚めた。雄弥がアタシの前からいなくなる夢。しかも他の人と寄り添うとかじゃない。もう二度と会えなくなる、つまり雄弥が死んじゃう夢。アタシはすぐに隣の布団に目を向けた。雄弥がそこで寝てるはずだから。

 でも雄弥がいなかった(・・・・・・・・)。暗いのが極端に苦手なアタシは、暗いことで心細くなったし、雄弥がいないことも合わさって強い不安にかられた。

 

 

「ゆうやぁ…どこなの…?」

 

 

 荷物はあるんだけど、部屋の中にはいない。そっと部屋のドアを開けて、恐る恐る外を見てみたけど、案の定明かりがなくて雄弥もいなかった。廊下に出て雄弥を探すのは怖いんだけど、ジッと待つこともできない。壁に手を当てて、そっと歩いていくんだけど、体全体が震えちゃってて歩くペースはすごい遅かった。

 

 

ゆうや…」

 

 

 声を出して探そうとしても、怖さには勝てなくて自分でも声が出てるのか分からなくなるぐらい小さな声が出た。そんな声に反応する人なんてもちろん誰もいない。

 明かりのない廊下だったけど、唯一明かりが差し込む所があった。そこは中庭に唯一入れるようになってる場所で、縁側になってるとこだった。目を凝らしてそこを見ると、そこには誰かが一人だけ座ってた。…ううん。誰かじゃない。この距離でも分かる。アタシはさっきまでの歩みとは逆に、走ってその人の所に行って飛びついた。

 

 

「ゆうや、ゆうやぁ!」

 

「リサ?どうした?」

 

「よかった…ゆうや……ゆうや」

 

「…怖い夢でも見たか」

 

「うん…」

 

 

 いきなり飛びついたのに、雄弥はアタシを受け止めてくれた。泣きつくアタシをあやすためにそっと頭を撫でてくれる。アタシは雄弥を強く強く抱きしめた。これが現実だって理解するために、雄弥がちゃんといるって理解するために。

 

 

「ゆうやがね…いなくなっちゃったの……どこにも…」

 

「なるほどな。でも大丈夫だぞリサ。俺はリサの前からいなくならないから。どこかに行っても必ずリサのとこに帰ってくるから」

 

「…でも……こわくて…ゆうやへやにいなくて…あたし……あたし」

 

「それは…うん、ごめん」

 

「おねがい……だから…あたしを…ひとりにしないでぇ……ずっとそばにいて…」

 

 

 アタシが雄弥を抱きしめてた力は、涙があふれることで弱くなっていった。縋りつくように、体を雄弥に傾けた。雄弥は包み込むようにそっと抱きしめてくれた。アタシが落ち着いてくると、雄弥は視線を外に向けた。アタシもそれをつられて外を見たら、雄弥がなんでここに来たのかがわかった。

 

 

「きれい…」

 

「だろ?ちょうど雲もないから月明かりがダイレクトに届いててな」

 

 

 周りに人口の光がないから、自然本来の明かりが届いてきて、中庭を照らしていた。紅葉も昼間に見たときとは違う美しさがあって、アタシの中にあった恐怖心もなくしてくれた。

 

 

「部屋に戻るか?」

 

「ううん。もう少しだけ」

 

「だろうな。リサが満足するまでここにいよう」

 

「ありがと♪」

 

 

 アタシは雄弥に体を預けながらその景色を見てた。何も言葉を交わすことなく、ただただその景色を。

 いつの間にかアタシは寝ちゃってたみたいで、気づいたときには翌朝になってた。寝ぼけてるアタシを雄弥がそっと撫でてくれて、アタシの好きな笑顔を向けてくれた。

 

 

「おはようリサ」

 

「おはよう、雄弥」

 

 

雄弥(愛しの人)の名前を呼ぶ

 

─ただそれだけのことだけど

 

─それは何よりも心地よいこと

 

 

 

 




次回の番外編 

・Roseliaはメンバーでプールに行くことに。友希那からそれを聞いた結花は羨ましがる。そんな時にある情報を入手し、プールに行くために雄弥を連行する。



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プール

この作品内の時系列的には海外ライブ行く前ですね。
細かいことは気にしてはいけません。なんせガルパ自体が時空の歪みの中に存在してるのですから。
それと、やってみて分かりました。この小説の設定上トコナッツパークは難しすぎるww


「雄弥聞いてよ!」

 

「…いきなり部屋に入ってくるなよ」

 

「そんなのはいいの!」

 

「そんなの…ね。で、どうした?」

 

「友希那がプール行くんだって!」

 

「行きたいなら結花も一緒に行ってこいよ」

 

 

 友希那がプールに行くらしいから俺たちも行こう、みたいな展開にしたいんだろうな。だが俺はプールに興味がない。海外ライブ控えてるしな。

 詰め込み過ぎても調子が悪くなる。だから適度に体を休める必要があり、今日もそのために家にいる。暇だからベースを触ってはいるんだがな。軽くベースを引きているところに結花が来たわけだが…、プール行く気満々だな。もう用意してるし。それなら尚更友希那と一緒に家を出ればよかったものを。

 

 

「友希那に断られたの!」

 

「…は?」

 

「今日はRoseliaだけで行くから付いてきちゃ駄目って」

 

「なら諦めろよ」

 

「やだ!」

 

「子供か…」

 

「私ウォータースライダー乗ってみたいもん!行きたい行きたい!」

 

「友希那には駄目って言われたんだろ?」

 

「私が雄弥と行くのは駄目って言われてないからね!お願いー、行きたーいーのー!」

 

 

 結花が駄々をこねる子供のように俺の服を引っ張り始めた。結花の今までの生活を考えたら、ウォータースライダーに乗ったことがないのも事実だろう。授業以外でプールに入ったことすらあるのか疑わしい。

 服を引っ張る結花の手を押さえ込んで放させる。最近分かってきたが、こういう時の結花は年齢が退行するし、感情もさらけ出す。行きたいという願いと断られたらどうしようという不安、瞼を伏せつつもその二つが混ざった目で見てくる。

 

 

「リビングで待ってろ。準備するから」

 

「…!いいの?」

 

「行きたいんだろ?他に予定もないしついて行ってやる」

 

「やった!ありがとう!」

 

 

 飛び跳ねるように勢いよく離れ、スキップしながら部屋を出ていく結花を見送る。今思い出したが、友希那が断ったのって単純にチケットが余ってないからだよな。リサがバイト先の店長から5枚貰って、俺がRoseliaで行ってこいって言ったんだった。人気があるとはいえ当日券もある。それで結花と中に入るとしよう。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 トコナッツパーク。あこやリサは知っている場所のようだけど、残りの私達は来たことがない。燐子はこういう人が多い所を苦手とするし、私や紗夜はこういう所に来る必要性を感じないから。

 

 

「え…水着がいるの?」

 

「プールですよ友希那さん!?」

 

 

 だから私がこうやって水着を持ってこなかったことも仕方がないと言えるわ。トコナッツパークという言葉だけに意識が向けられていて、水着がいるということを忘れていた。…今朝結花と話をしたけども、その時に"プール"という単語も出た気もするけど、私は悪くないわ。

 

 

「園内にも水着を買う所があるようですし、そこで買うとしましょう」

 

「そうだね。せっかくだし友希那に似合うやつを買わなきゃね♪」

 

「普通のでいいわよ…」

 

「合うのが…あるといいですね」

 

「…燐子、言外に私を貶してるのかしら?」

 

「えぇ!?…そ、そんなこと…ないですよ?」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

「友希那さんが…冗談を言った…!」

 

「あこ?シメるわよ?」

 

「ひぃ!!」

 

 

 こうやってメンバーとやり取りすることも大切。もっとメンバーのことを知らないといけないって、最近分かったから。思えば雄弥たちのバンドもそうだった。メンバー間の絆が強くて、お互いを分かっているから、お互いに配慮しながらも本気でぶつかり合って高め合える。

 

 

「友希那って最近過激になった?」

 

「そうかしら?そうだとしたら雄弥の影響ね」

 

「あ〜………ん?アタシの雄弥は過激じゃないからね!!」

 

「今井さん。さらっと惚気けないでください」

 

 

 水着を売っているお店に移動して、みんなに選んでもらった。リサが選んだのは露出が多いようなもので、紗夜は学校の水着と変わらないものを選んできた。…あなたが着てるのはそれより露出多いのだけど。

 最終的に燐子が選んでくれた黒い水着を買うことにした。さすが衣装を普段から考えて作ってくれてる燐子ね。とても素敵なものだわ。

 

 

「ありがとう燐子。これ気に入ったわ」

 

「い、いえ。…気に入ってもらえて…よかったです」

 

「お〜!友希那が可愛いの着てるー!」

 

「え?まさか結k「友希那ー♪」」 

 

「あ、雄弥さんだ。こんにちは!」

 

「久しぶりだな。相変わらず元気そうだ」

 

「あこの取り柄ですから!」

 

 

 あなた達露骨に私から目線外すのやめなさいよ。結花を引き離すのを手伝いなさい。この子の方が力強いから私一人じゃどうにもできないのよ。

 引っ付いて離れようとしない結花を燐子がどかせてくれて、やっとのことで私は解放された。リサたちに視線を向けると、頑として目を合わせようとしない。あの子たちには何かしら仕返しが必要かしら。

 

 

「友希那の水着可愛いね!」

 

「ありがとう。燐子が選んでくれたのよ?」

 

「へ〜、さすが燐子だね!」

 

「ありがとう…ございます」

 

「結花は海に行った時と同じ物なのね」

 

「まぁね〜。こうやってプールに来るって思ってなかったし、何着も買うのもなーって」

 

「…だそうよ?リサ」

 

「うっ、ま、まぁそれは人それぞれじゃん?」

 

 

 そう言ってしまえばそうなのだけど、あなたは服とか買いすぎじゃないかしら。どれも着回してるの知っているし、着る機会が減った服を売っているのも知っているけど。本人がちゃんと整理できてるから何も言わないけれど。

 

 

「ところで結花はなんで来たのかしら?私、今日はRoseliaのみんなと過ごすと言ったはずなのだけど」

 

「うん分かってるよ?だから(・・・)雄弥と来たんじゃん。私はプールに来たかった。友希那とは一緒に遊べない。となれば雄弥に付き合って貰うしかないなって。面白い割引もあったしね♪」

 

「面白い割引?」

 

「うん。カップル割引(・・・・・・)っていうやつ」

 

 

 その言葉が放たれた瞬間、周囲の温度がどことなく下がった気がした。みんなで恐る恐るリサの様子を伺うと、リサは笑顔のまま固まっていた。こういう事に疎い雄弥がリサの側によって気にかけているのだけど、逆効果になるとしか思えないわ。

 

 

「…今の話ほんと?」

 

「ん?カップル割引のやつか?」

 

「そう」

 

「本当だぞ。バレないだろうし、割り引けるならやっちゃおうって結花が言ってな」

 

「ふーん?それを雄弥はOKしちゃったわけか〜」

 

「そうだな」

 

「……ゆうやの

 

「うん?」

 

「雄弥の馬鹿!!」

 

 

 いっそ気持ちいいぐらい大きくて綺麗なビンタの音が響いた。雄弥の頬には紅葉ができて、リサは怒ったままどこかへと歩き始めた。あこと燐子が急いでリサの後を追いかけて、私と紗夜も少し遅れて追いかける。

 

 

「…女心は分からないのね」

 

「友希那、この世全てのことが分かっても女心だけは分からないものらしいぞ」

 

「馬鹿ね。分かる努力をしなさい。行くわよ紗夜」

 

「はい。雄弥くんは反省してくださいね」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「…ごめんね雄弥。失言だったね」

 

「結花は気にしなくていい」

 

「でも…」

 

「俺とリサの問題だ」

 

「……わかった」

 

 

 謝ったけどやっぱり雄弥こういうのを背負わせてくれない。全部自分のせいにする。甘やかされてばっかなのは嫌なのに…。

 そう思って俯いていると私の手が引かれる。それはもちろん目の前にいる雄弥の手で、顔を見ると何とも思ってないような表情をしてる。元から表情の変化が全然ないからよく分かんないけどね。

 

 

「結花が楽しみにしてたトコナッツパークだ。その結花が楽しまないでどうする」

 

「そうだけどさ…」

 

「楽しめないって言うなら今から帰るぞ?」

 

「それは駄目。…ふぅー、うん。楽しもっか」

 

「そうこないとな。リサのことは本当に気にしなくていい。どうするかは考えたから」

 

「早いね!」

 

 

 女心が分からないって言ってるのに、そんな早く決めても大丈夫なのかな。どことなく心配で、でも雄弥とリサなら大丈夫かなって思ったりもする。

 最初に来たのは私が乗りたいって言ってたウォータースライダー。高くなるけど、順番を結構スキップできる優先券も買ってあるからスイスイ進む。上まで上がったら、ちょうどRoseliaが出発するとこだったんだけど…、あれ大丈夫なのかな。

 

 

「ま、吹っ飛ぶことはないだろ」

 

「だといいんだけどね〜。なんか不安だよ。ところでこれって五人でやるやつなのかな?」

 

「…いや、二人用でもいけるみたいだぞ。一人でもいけるみたいだがどうする?」

 

「二人で!ところで雄弥、今日は私を楽しませてくれる?」

 

「いいぞ。忘れられない日にしてやる」

 

「やった♪…でもそういうのは彼女に言いなよね〜」

 

「たまに言ってる」

 

「ならよし!」

 

 

 周りの人が彼女じゃないの!?みたいな反応したけど、こうやって二人でいるのって第三者からしたらカップルに見えるんだね。…それにしても、そっか〜。これがカップルの気分なんだね。リサが普段からああなるのもわかるかも。

 

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

「落ちるなよ」

 

「それなら手握ろうよ」

 

「わかった」

 

 

 ボートにある取ってを掴んで、反対の手を雄弥の手と繋げる。離れないようにしっかり指を絡ませてね。最初は緩やかなんだけど、コースが進むにつれて勢いも出てくるし、大きいカーブもある。

 

 

「ひゃっほー!」

 

「これ凄いな」

 

「ねー!次のカーブもっと凄いらしいよ!」

 

「へ〜?」

 

 

 勢いがまた強くなって、このウォータースライダー最大のカーブ地点に向かっていく。そこに着くまではすぐなんだけど、私はその短い時間の間に移動した。場所はもちろん雄弥の所。繋いでた手を離して、ボートを掴んでいた手も離す。代わりに腕ごと雄弥の首に回した。そのためにはもちろん体を雄弥に重ねるようにする。雄弥は文句を言いたそうな顔をしたけど、すぐにカーブに突入するから、私が振り落とされないように、私と繋いでた手を腰に腕を回してくれた。

 

 

「えへへ〜、カップルみたいだね♪」

 

「…今日くらいは付き合ってやるよ。それと口閉じてろ。舌噛むぞ」

 

 

 冗談のつもりで言ったのに、雄弥は真剣にそう返してきた。予想外の返しだったから急に今の状態が恥ずかしくなった。でももう移動はできない。せめて緩んでしまってる顔を見られないようにしようと雄弥に強く抱きついた。

 ウォータースライダーが下に着くまでずっとその状態で、下のプールに飛び出すのに合わせて雄弥から離れた。

 

 

「これわりと面白いな」

 

「だね〜。他も回りたいけど、これはもう1、2回は乗ってみたいかも」

 

 

 雄弥とそう話しながらプールの縁に歩いて行ってると、先に滑ってたRoseliaのメンバーがいた。大はしゃぎのあこと、ちょっと泣いてるリサと呆れてる友希那。どういう状況なんだろ。紗夜と燐子は平気だったみたいだけど。

 

 

「…予想以上の出来だったからそれを怖く感じてリサが泣いた。あこはこういうの好きだから問題なくて、友希那も案外楽しむタイプだから泣いてるリサに呆れてる。そんなとこか」

 

「こういうのは分かるんだね」

 

「まぁな」

 

「雄弥さん…」

 

「燐子?」

 

「あの…お二人が楽しむのは…口出ししませんし…できることでも…ないんですけど……、さっきみたいに…くっつくのは…流石に駄目だと…思います」

 

 

 さっきのくっついてるやつって、もしかしなくても今やってきたウォータースライダーのことだよね。最後は直線になるからもしかしたらって思ってたけど、まさか燐子に言われるとはね。

 

 

「あははー、だよね〜」

 

「今日は見逃してくれないか?」

 

「「え?」」

 

「今日は結花にここを楽しんでもらう。そのためならなんだってする。だから、リサの方のフォロー頼めるか?」

 

「それは……」

 

「わかりました」

 

「…氷川さん?」

 

「藤森さんがここを楽しみにされていたことは見ればわかったわ。そういうことならあなたは絶対に彼女を楽しませなさい。こっちのことは任せてもらっていいから」

 

「助かる」

 

「でも、最終的には今井さんと話してね?」

 

「わかってる」

 

 

 置いてけぼりになってる私と燐子をよそに、雄弥と紗夜は話をまとめてしまった。私は雄弥にまた手を引かれて移動する。さすがに話についていけてないのに決められるのは嫌だから、雄弥の手を引っ張って立ち止まる。

 

 

「…なんで?」

 

「結花に楽しんでもらいたい。それ以外に理由はない」

 

「それでもしリサと関係が崩れちゃったら…!」

 

「そんなことにはならない」

 

「なんで!?なんでそう言い切れるの!?」

 

「リサを信じてるから」

 

「ぇ…」

 

「リサなら分かってくれるって信じてる。だからこれでいいんだよ」

 

 

 …敵わないな〜。この信頼はどこからくるんだろ。私が知らない二人だけの絆ってやつかな。それをリサに言ってあげたらいいのに。

 この後は雄弥の好意に甘えることにした。激流下りとかウェーブプールとかも楽しかったし、休憩がてら温水プールで駄弁ったりした。晩御飯もレストランで食べて、最後は水上ショーだね。

 

 

「水上ショー楽しみだね♪」

 

「ライブの参考になればいいな」

 

「今日はそういうの抜き!」

 

「わかったから叩くな…」

 

 

 自分で仕事の選択をしてるとはいえ、雄弥って仕事脳だよね。こういう時に仕事のこと考えるってどうなんだろ。今日は私が目一杯楽しませてもらったけど、雄弥は楽しんでくれたのかな。これも仕事って考えてたら…嫌だな。

 

 

「…雄弥」

 

「…リサ?」

 

「ちょっといい?」

 

 

 雄弥が私に視線で聞いてくる。もちろん断ることなんてできないから、頷いて私は二人から離れた。少し離れた所に友希那たちがいて、その様子を見る限り四人ともリサにゴーサイン出したんだね。それなら何の心配もいらないや。

 

 

「大丈夫そう?」

 

「ええ。もう心配いらないわ。結花も一緒に水上ショー見ましょ?」

 

「…!…いいの?だって今日はRoseliaで過ごすって…」

 

「ふふっ、もう大丈夫だからいいのよ。あなたが一緒にいてくれるなら、だけど」

 

「いる!私も友希那と一緒にいたいから!」

 

「…ごめんなさい。突き放すようなことをしてしまって…」

 

「ううん。いいよ。雄弥が付き合ってくれたし、水上ショーを一緒に見れるんだから!」

 

「ありがとう」

 

 

 Roseliaのみんなに暖かく迎えられて、私は雄弥が言ったように忘れられない一日を過ごすことができた。雄弥は薄々気づいてたみたいだけど、こんなに大きいプールは初めてだし、いろんなアトラクションを楽しめた。

 

─それに一日だけのプリンセス気分を味わうこともできたから

 

 

 ちなみに、雄弥とリサはすっかり仲直りしてた。相変わらずのベッタリ具合だったね。あと、リサの我儘に一日付き合うことになったんだって。それっていつものデートと変わらないよね。




次回やったら、この作品の更新止めます。
クリスマス回やお正月もやる予定がありません。
ゆりさん小説を始めとした他の小説に集中させていただきます。


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師走

「ふんふふ〜ん♪」

 

 

 時期はもう12月。1年で最後の月。この月を師走っていうのも、お師匠さんも忙しいからとかそんな理由だった気がする。現代においては12月下旬が超忙しいのなんの。クリスマスがあって、1週間で年末。アタシはこういうイベント事が好きだから、もちろん両方楽しみたい。

 

 

(それに、今年は雄弥と結婚して最初の年だからね)

 

 

 雄弥との結婚式は高校2年生の時。でも入籍したのは高校を卒業してから。日にちは雄弥と出会った時にした。友希那は今でも『雄弥を拾った』なんて言うけど、言い方ってものがあると思うんだよね〜。さすがに今じゃその日のことをアタシ達の結婚記念日って言ってくれるけど。

 雄弥はアタシ達が高校を卒業したら次の日には湊家を出た。もともと家を出るって言ってたから誰も止められなくて、入籍した日にアタシもそこに転がり込んだ。雄弥に反対されたけどいつも通り押し切ったんだよ。父さんも母さんもイケイケって後押ししてくれたし、友希那達もゴーサインを出してくれた。それもあって雄弥も折れたんだよね〜。

 

 

「もうすぐで雄弥帰ってくるかな〜」

 

 

 大学1年生なわけなんだけど、これまた新婚生活1年目でもあるんだよね〜。雄弥との生活は本当に幸せだ。お互いの部屋でお泊りをしたことは何度もあったんだけど、一緒に住むとなるとやっぱり違う。雄弥の仕事に左右されることもあるけど、基本的には一緒に家を出て大学に行って、一緒に授業を受けて一緒に帰る。四六時中雄弥と一緒にいられると言っても過言じゃない。

 最初に雄弥に「おはよう」って言えるのもアタシ。雄弥に直接「おやすみ」って言えるのもアタシ。一緒にご飯を食べることができて、ほぼ毎日一緒に寝ることができる。すぐ側に好きな人が居てくれて、今日だって「おかえり」って言うことができる。当たり前のことなんだけど、その当たり前が幸せなんだ。

 

 

「ただいま」

 

「あっ、帰ってきた。おかえり〜♪ ご飯にする? お風呂にする? それともアタシ?」

 

「出かけようか」

 

「むぅー、アタシって言ってくれな……出かけるの?」

 

「ご飯はまだ作ってないだろ? それなら出かけよう。リサがよければだけど」

 

 

 雄弥の感覚は鋭いから、アタシがまだご飯作ってないのも見抜かれちゃった。何を作ろうか考えてたってのもあるし、雄弥と作りたいなって思いもあったから。まぁこれから出かけるなら、雄弥とご飯作るのはムリなわけだけど。

 アタシの返答を待っている間に雄弥はスーツとネクタイを外した。出かけるならこのまま着替えを続行して、家ならシャツとかを着たままにするんだろうね。どうするのか目で問いかけてくる雄弥に、出かけることを伝えたら着替えを続行した。アタシは慌てて視線をそらして、支度するために部屋に行った。

 

 

「雄弥はなんで遠慮ないかな〜。アタシの方が恥ずかしいよ」

 

 

 鏡を見たら少し顔が赤くなってる自分が写ってる。相変わらずこういう事には慣れなくて、大学の友達がたまーにする彼氏とのエッチな話を聞くと耳まで赤くなる。高校の時は不安や焦りに駆られて、雄弥に子供作ろって迫ったこともあった。今思うとよくそんな行動できてたなってなるし、それだけアタシは余裕なかったんだろうね。それはともかくとして、雄弥の着替えを見るだけで逃げちゃうのに、果たしてその時(・・・)のアタシは大丈夫なのだろうか。

 

 

絶対ムリだよね……

 

 

 感情が芽生えた雄弥だけど、羞恥心は芽生えてくれなかった。だから雄弥はその時(・・・)も平然としてるはず。だけどアタシはムリ。雄弥の裸見るだけでも顔が熱くなるぐらい真っ赤になるだろうし、ましてやアタシも裸になるなんてムリ。雄弥に見られるって思うだけでも、今想像しただけでも恥ずかしくておかしくなりそうだもん。

 

 

『リサ準備できたか?』

 

「あ、うんできたよ〜。今出るね」

 

「……その格好寒くないのか?」

 

「ファッションは我慢ってね☆」

 

「風邪ひかないでくれよ」

 

「大丈夫だって〜。アタシ滅多に風邪ひかないもん」

 

 

 高校の時もたしか風邪引いたのは一回だけだった。小学生の時も中学生の時も全然風邪ひいてなかったかな。アタシって結構丈夫だな〜なんて思いながら雄弥と手を繋いで家を出る。今住んでる家はアパートで、雄弥は元々一人暮らしを予定してたから二人でってなるとちょっと狭いかも。一人だと少し大きい。二人だと物足りない。そんな感じのアパート。

 アタシたちが大学生の間に瑛太くんたちが家を建ててくれるみたいだから、それまではここがアタシと雄弥の家。雄弥がアタシ用に部屋をくれた分、雄弥の部屋が無い。当然反対したけど雄弥が引かなくて結局アタシが折れた。

 

 

「出かけるってどこ行くか決めてるの?」

 

「まぁな。リサと洒落た店でも行こうかと思って」

 

「それもゆりさんに聞いたやつだったりするの?」

 

「今回は違う。大絶賛した店があるってのは聞いたが、そこは秘密にしたいんだとさ。だから自分で見つけたんだが、……なんで毎回ゆりさん疑うんだよ」

 

「雄弥がゆりさんとよく会うからね〜」

 

「主に愚痴を聞いてるだけだが」

 

 

 アタシがそっぽを向くと雄弥が手の繋ぎ方を恋人繋ぎに変えた。こうやって雄弥の方からしてくるのは珍しくて、それだけでも嬉しいんだけど、単純だって思われたくないからニヤけそうになるのを我慢する。

 

 

「リサ前見てみろ」

 

「……前? ……わっ、きれい」

 

「最近忙しくて忘れてるかもしれないが、今日はイヴだぞ」

 

「あっ、そっか。そういえばそうだったね」

 

 

 家のカレンダーにも、クリスマスは目立つように印を付けていたのに、なんか頭から抜け落ちてた。雄弥がこうやって出かけるのを持ちかけてきたのも、雄弥は覚えてたからなんだね。

 恋人繋ぎしてる手はそのままに、体を雄弥に寄せて反対の手も使って腕に抱きつく。見上げれば雄弥と視線が重なって、ちょっぴり恥ずかしいのを誤魔化すようにはにかむ。雄弥に見抜かれてるだろうけど、何も言わずに笑みを返してくれる。二人で雑談しながらイルミネーションで彩られてる町中を歩いていった。

 

 

「ここ?」

 

「そうだな」

 

「よく見つけたね」

 

「散策してる時に見つけた」

 

 

 それで見つけられるものなんだね。これも一種の嗅覚ってやつなのかな、なんて感心しながら雄弥の後ろを付いていく。アタシがどうするか分からなかったから予約はしてないみたいだった。だけど雄弥が名前を言ったらVIP対偶されてて、たまたま近くにいた他のお客さんはもちろん、アタシもビックリして固まっちゃった。雄弥と手を繋いだままだったから、引っ張られて部屋まで行って気づいたら席に座ってた。

 

 

「な、なんでVIP対偶なの?」

 

「俺達Augenblickが資金提供した店の一つだからだろうな。ここに店を構えてるとは知らなかったが」

 

「そんなことまでしてるんだ。……一つ?」

 

「他にもあるからな。途上国に行って援助活動することもあるし」

 

「それはテレビで見たよ。なんで結花とイチャイチャしてたのかは聞いてないけど?」

 

「いやそれは結花が」

 

「拒まない雄弥も雄弥だよね?」

 

「そこはたぶん編集の時にカットされてる」

 

「一部始終撮影したのを疾斗が送ってきたけど?」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 雄弥たちの絆の強さも仲の良さも広く知られてる。メンバー間でそういう関係になることがないってことも。だけど、それでもそこを突いてくる人もいる。嘘だって分かりきってることだけど、それでもいい気にはならないよね。

 結花だって弁えてる。それはアタシや友希那がよく知ってる。だけども結花が愛に飢えてることも同じぐらい分かってる。雄弥は身内にはとことん甘いから、結花の要望を極力聞くようにしてる。アタシも度が過ぎなければそれを認めるようにしてる。それでもやっぱりキスしてるとこを見ると思うことがあるわけで。

 

 

「際限ないことじゃん?」

 

「まぁ沼だな。でも、それでも結花をあそこから連れ出したのは俺だ。選択肢を与えて、あの環境から抜け出せるようにしたのは俺なんだ」

 

「だから結花が取る行動の責任を取るって言いたいんでしょ。……ま、それが雄弥だもんね」

 

「リサを裏切ってるよな」

 

「ううん。そんなことにはならないよ。結花を想って、責任なんて取ろうとしての行動だって分かってるから」

 

「……あの人が帰ってきたら結花も落ち着くはずだ」

 

「そうだね」

 

 

 嫉妬はしちゃう。でも許せないってわけじゃない。今なら花音が言ってたことも分かる。『最後には自分のところに帰ってきてくれる』『自分が一番愛されてる』そう心から信じていられるから、だから許せる範囲が広がった。大学入学したての頃とは正反対だね。あの時は雄弥に近づく女性がみんな敵に見えたから。高校の時から知ってる子はそうじゃないけど。

 一般の大学生じゃそうそう来ないような店に来てるけど、どっちも未成年だからアルコール飲料は飲めない。飲めたらもっと大人な雰囲気を出せただろうけど、それは成人してからのお楽しみだね。いつか子供ができたら、子供を連れて来てもいいかもね。あ、これがセレブの発想ってやつかな。運ばれてきた料理を食べながら、金銭感覚が狂わないようにしなきゃって使命感を覚えた。

 

 

「そうだ! 人生設計しようよ!」

 

「人生設計? ある程度してるだろ」

 

「大まかなことはね〜。でも、子供のことは何も決めてないじゃん?」

 

「そういや考えたことなかったな」

 

 

 コース料理だから、食べ終わったらすぐに片付けられて次の料理が運ばれてくる。さすがにイヴなだけあって忙しいらしく、料理を待つこともあるけど、時間を気にしてるわけじゃないから無問題。雄弥も他のテーブルを優先するように店員さんに言ってる。

 

 

「子供ができたら何させたいーとかさ。雄弥はないの?」

 

「……子供には子供の道を進んでほしいな。多くの道を示して、その中から選んでくれてもいいし、自分で見つけた道を進んでくれてもいい。必要なら手を差し伸べたり、背中を押したりはする。でも、自分で考えて、決めて、行動してほしい。ただでさえ俺たちの子ってだけで周りから見られる目が特殊なんだから」

 

「優しいような厳しいような……。でも、たしかにそうかもね。アタシたちの存在が子供の負担になってほしくないもんね」

 

「ああ。リサは?」

 

「アタシ? アタシは元気でいてくれたらそれだけでいいよ。何があってもサポートしてあげようって決めてるし、変な道に進みそうになったら全力で止める。たとえそれで嫌われてもね」

 

「リサだけにその役目は負わせないぞ?」

 

「あはは、だよね。アタシも雄弥がいてくれないと厳しいや」

 

 

 いつか見られる日が来るだろうアタシたちの子供。どっちに似るのかもわからないし、髪色とかもどうなるのか分からない。性格もそうだし、もしかしたら隔世遺伝なんてするかもしれない。雄弥の産みの親がどんな人か分からないけど、アタシの方は……隔世遺伝してほしくないかも。

 明るい未来の話を愛してる人とするとほんっとに楽しくて、幸せが待ってるって思える。その先に悲しいことが待ってるのが分かってるけど、それでもその時まできっとアタシは、雄弥の隣で笑顔でいられる。

 

 

「さすがに帰りの方が寒いね〜」

 

「だから言っただろ。……ほら入れ」

 

「ありがとう♪ お邪魔しま〜す」

 

 

 雄弥は大きめのコートを着ていて、アタシはそこに入れさせてもらった。コートは当然一人分の大きさだから体が密着するんだけど、その分暖かいからいいかな……なんて。雄弥の左側に入ったんだけど、雄弥は左腕を袖から抜いてて、その分アタシにちょっとしたスペースができてた。アタシは雄弥のコートを掴んで、雄弥はアタシの肩を抱き寄せてくれる。コートの前側を締めれないけど、それでも風が気にならないような暖かさがここにあった。

 

 

「ねぇ雄弥。雄弥はアタシのどういうとこを好きになってくれたの?」

 

「いきなりどうした」

 

「いや〜、聞いたことなかったかなって思って」

 

 

 家に帰ってお風呂も済ませて、布団を並べて敷いたら横で寝てる雄弥に聞いてみた。アタシが聞いたから雄弥も体の向きをこっちに向けてくれて、暗がりの中だけど雄弥の顔がはっきり見える。それはそのぐらい距離が狭いってこと。アタシは今も暗いとこが苦手だから、布団を2枚敷くけどもできるだけ雄弥の方に寄ってる。雄弥もアタシの方に寄ってくれるから、こうやって顔を合わせたら暗くても見える。

 

 

「人形同然だった俺をずっと隣で支えてくれたところ。俺だけじゃなくて周りの人にも目を向けて、気にかけて、力を貸す。そういう隔たりない優しさ。何度も不安にさせて、傷つけて、怒らせて、リサにはずっと酷い目に合わせてしまったのにそれでも離れないで好きでいてくれた愛情の深さ。周りを心配させるぐらい努力を惜しまないところ。これは直してほしいけどな。感性が豊かで涙脆いところも、今みたいに暗がりを怖がるところも好きだし、支えたいって思う。意見の衝突が嫌いでみんなが笑える方法を模索するところも、自分の中で強い芯を持ってるところも、大切なことは決して譲らないところも好きだ」

 

「ぁぅ……」

 

 

 いきなりこんな質問したら雄弥も迷ったりするかなって思ったけど、全然そんなことなかった。矢継ぎ早に雄弥がアタシに思ってくれていることを上げていくから、聞いてるアタシの方がノックアウトされた。

 顔を手で覆って仰向けに変えたけど、覆っていた手をどけさせられた。もちろん目の前には雄弥がいて、アタシの両手はどっちも雄弥の手と重ねられてる。

 

 

「ゆうや……?」

 

「理由はあげていったけど、リサだから(・・・・・)好きなんだよ」

 

「ーッ!……それ反則だよ

 

「リサ。愛してる」

 

「……うん。アタシも愛してるよ、雄弥」

 

 

 そっと唇を重ねる。

 

 何度だって思う。

 

 この人に出会えて、好きになってよかったって。

 

 この人に選ばれてよかったって。

 

 




【おまけ】

「ママー。きれいになったー?」

「うん♪ 愛彩が綺麗にしてくれたからきっとジィジたちも喜んでるよ〜」

「やった〜!」

「パパ。お花の交換できた」

「上手だなー汐莉。すごいぞ」

「えへへ、うん!」


 今日は親父の墓参りに四人で来ている。墓の手入れと報告ぐらいなんだが、そのためにはイギリスに来ないといけない。母さんの墓がこっちにあって、親父のもこっちに作ったからな。


「……お義父さん、お義母さん。三人目の子ができました」

「拝めなくて残念だったな」

「もぅ。そんなこと言わないの!」

「なんか親父相手になるとこうなるんだよ。……母さん、また来るよ。次は五人で」

「あはは、そうだね。五人で来ないとね☆」


 長く語ることはない。語ることだけを語ってここを後にする。俺が汐莉と手を繋ぎ、リサが愛彩と手を繋ぐ。いずれ一人増えてこのパターンも変わるんだろうな。


「ねぇねぇママー。ジィジたちってどんな人だったの?」

「お、愛彩は気になるー? 汐莉は?」

「気になる」

「そっかそっか♪ じゃあパパに教えてもらおっか☆」

「俺かよ」

「そりゃあ雄弥の両親だしね。補足はするからさ」

「はぁ。わかったよ。どっちから話したもんかな──」


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とある冬の日

 この作品の書き方を半分以上忘れているので、毛色が違うかもです。


 

 アタシたちが高校を卒業して、無事に大学進学も決められたら、雄弥は一人暮らしを始めた。お義父さんとお義母さんの反対を押しきって、友希那の反対すら押しきって湊家を出た。自立しないといけないから、自分が本当の意味で自立できるようにならないといけないからって。そんな感じの理由をつけて。

 結花は反対しなかったみたい。というか、賛成も反対もしなかったんだとか。雄弥と同じで引き取られた身だから、口出しできないって思ってたみたい。それに、雄弥が言わなかった別の意図も分かってたみたいだから。

 

 

「雄弥ってさ、頑固なところもあるし、変わったとこもあるみたいだけど、それでも変わってないところもあるんだよね。雄弥が最優先で考えること、それだけは一切ブレないみたい。それが今回の件にも関係してると思うよ」

 

 

 アタシと友希那にそう話した結花は、呆れが半分で憧憬が半分って感じだった。結花は結花で思うとこがあったみたいだしね。で、友希那はそれで納得したんだけど、アタシはそれが何のことかピンと来なかったんだよね。

 

 

「リサは鈍感ね」

 

「リサだしね。周りのことには気づいても自分のことは全然だし」

 

 

 二人に完全に呆れられて同時にため息をつかれる。どうやらアタシが関係してるらしいんだけど、その理由がサッパリ分かんない。苦笑いで誤魔化そうとすると、結花にジト目で見られて気まずくなる。

 

 

「リサがいるからこそ雄弥は今月(3月)に家を出たんだよ?」

 

「えっと〜……」

 

「はぁ。リサ、雄弥は自立を目的に、一人暮らしを始めるって言ったのよ? 雄弥は日菜と同じタイプだから、基本的に何でもできるけれど、経験がものをいうことだって世の中にはあるの。たとえば、精神的な自立であったり、社会で生きていくこと。こういうことは、経験を積まないといけない」

 

「う、うん。それは分かるんだけど、そこにアタシって関係してるの?」

 

「大いに関係してるわよ。リサ、あなたと雄弥の今の(・・)関係は何かしら?」

 

 

 友希那が真面目な表情で聞いてくる。一部分だけやたらと強調して。それはたぶん、そこが答えに直結することだから。結花も友希那の言葉に頷いてるし。

 アタシと雄弥の今の関係……。幼馴染……じゃあないし、恋人……ではあるんだけど、実際付き合ってるわけだし。でも、アタシと雄弥は、その……結婚……したわけで、新婚旅行もしたし、高校を卒業したから正式に入籍届を役所に提出したし。ってことは、アタシと雄弥は晴れて夫婦になれたわけで……ん? 夫婦……?

 

 

「やーっと気づいた? 雄弥は、社会人として、しかもリサの()っていう立場をちゃんとできるようになるために、家を出ていったんだよ。いや〜、相変わらずお熱い関係というか、愛されてるよね〜」

 

「そっか……雄弥は……。えへへ」

 

「うわ、すんごいだらしない笑顔」

 

「蕩ける顔ってこういう事なのね」

 

 

 なんか二人が言ってるけど、アタシの耳には全然入ってこなかった。アタシはそれよりも、雄弥がちゃんと考えて行動してくれてたのが嬉しかった。しかもそれがアタシのためっていうのが、ね。ズルいというか、胸がキュンって締め付けられちゃう。我慢しようにも全然できなくて、顔が勝手にニヤけちゃう。

 

 

「はっ! そうだ! それならアタシも新妻修行しなきゃ!」

 

「普通は花嫁修業だけどね〜」

 

「リサ、あなた何をする気なの?」

 

「ちょっとね〜」

 

 

 そんな話し合いをしてから約一ヶ月間。アタシはお母さんから妻としての心得とか、必要なスキルを聞き出してみっちり教えてもらった。大学生活も始まってしばらくした頃、その特訓を終えたアタシは──雄弥の家に押しかけて同居を始めた。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「リサ。何か考え事か?」

 

「ううん。考え事じゃなくて、春のことを思い出してただけ〜」

 

「春……いきなり押しかけて来たこととか?」

 

「せいかーい。雄弥驚いてたよね!」

 

「そりゃあな」

 

 

 寒さが全ッ然衰えてくれない1月半ば。アタシと雄弥は、二人で買い物に行って今はその帰り。それぞれ買い物袋を一つずつ持ってて、空いてる片手で手を繋ぎ合ってる。手袋してるからアレだけど、それでもアタシより大きい手で包まれてるし、心もポカポカする。

 

 

「リサと同居すると想定してなかったから、一人暮らしの用のアパート借りてるのに。狭いだろ?」

 

「そりゃあまぁ、家と比べたらね? でも、なんだかこれはこれでいいかなって。そういう暮らしから始まるのもさ」

 

「物好きだな」

 

「一番の理由は、雄弥と一緒にいたいからだよ?」

 

「……ありがとう」

 

 

 少しだけ手が握られる強さが増した。雄弥は表情がそんなに変わらないけど、こういうちょっとした行動で示してくれることが増えた。基本的に器用にこなす人なんだけど、感情面は本当に不器用。それが雄弥らしさだし、逐一細かい反応に気づけるのはアタシだけ。友希那も気づくけど、そのタイミングはアタシのほうが早い。

 

 

「なんか機嫌良さそうだな」

 

「そう? んー、そうかもね〜」

 

 

 アタシが一番雄弥を理解できてる。好きな人のことを。大切な人のことを。それがどれだけ嬉しいことか。

 雄弥は、アタシがそれで喜んでいることに気づいてない。だけど、アタシの様子からアタシの感情を読み取ってくれるようになった。高2で一気にその辺りが成長したから。

 

 

「リサ。手を放してくれないと鍵を取り出せない」

 

「へ? あ、ごめん」

 

「別にいいが、どうかしたのか?」

 

「ううん。雄弥って変わったな〜って」

 

 

 ポケットから鍵を取り出して、アパートの一室、アタシたちの家のドアを開ける雄弥。その表情はあまり変化ないけど、若干呆けてる。アタシが言ったことってそんなに意外だったかな?

 

 

「よく言われるが──」

 

 

 ドアを開けてアタシを先に入れてくれる。ささっと入ったアタシに続いて、雄弥も中に入って鍵を閉める。先に靴を脱いだアタシが廊下に足を運んで、クルっと回って雄弥の言葉を待つ。アタシの視線に気づいた雄弥は、靴を脱いだらアタシとの距離を詰めてそっと片手を頬に添えた。未だにこういうのは慣れなくて、ドキッとしちゃう。

 

 

「リサがいてくれたからだぞ。リサがいなかったら俺はこうなれてない」

 

「そ、そうかな?」

 

「断言できる。俺にとってリサ以上に存在が大きい人なんていない。リサが隣に居続けてくれたから、俺は変わられたんだ。ありがとう」

 

「ちょっ、ちょっと待って! そんなに真っ直ぐ言われたら恥ずかしいから!」

 

「本心なだけだぞ?」

 

「〜〜〜っ! もう!」

 

 

 雄弥に背を向けて家の中へと進んでいく。ちょっと大幅に歩いてるけど、アタシ自身はそれに気づけてない。冬の寒さで室内は冷えているはずなのに、なんでかちょっぴり熱い。それは雄弥のせいなんだけど、雄弥の言葉だけじゃない。あの表情がズルいんだ。

 だって……あんなに穏やかな顔なんて、そうそう見せてくれないんだもん。しかも、アタシが背を向けた瞬間に一瞬見えたあの寂しそうな目……。そんなのズルいよ。普段とギャップがあるし、そもそも今までとのギャップもある。翻弄されちゃうよ。

 

 

「買ったやつは俺が仕舞っておくから、リサはこたつで温まっていてくれ」

 

「……へ!? いやいやこれくらいやるって! こういう家事はアタシがやるって言ったじゃん?」

 

「仕事がない日は手伝うとも言ったよな? それに、ほら。リサの手、こんなに冷えてる」

 

 

 手袋を外されて、冷えていたアタシの手が今度は雄弥の手に包まれる。雄弥は寒さに強い方みたいだし、普段から手が温かい方だ。だから冬の冷える日でも、雄弥の手は温かくてほっこりさせられる。アタシは今ほっこりどころじゃないけど。

 だって心が乱されてドキドキしてるのに、雄弥が近いし手を握られてるし。

 

 そんな状態のアタシは雄弥に押し切られて、部屋にあるこたつで先に温まることになった。家を空けてる間は電源切ってるから、こたつが温まるのに少し時間がかかる。暖房はいつの間にか先に雄弥が付けてたけど。

 アタシたちの家は、そんなに広くない。玄関から真っ直ぐに短い廊下があって、廊下の右側にドアが三つ。一つは洗面所で、そこからお風呂に行ける。残りの二つのうち、一つはトイレで、もう一つが部屋。その部屋は雄弥が譲らなくて、アタシの部屋になってる。時々寝る時に雄弥を引き込むけど。廊下を奥まで行けば今いる居間で、台所もこっち。

 

 

「シンプルだから住みやすいんだけどね〜」

 

「引っ越しはまだだからな」

 

「文句を言ってるわけじゃないからね? アタシはここも好きだし。……って、引っ越しの予定立ててたの?」

 

「来年にはな。具体的な時期はまだ不明だが」

 

「? 珍しいね。予定立てる時はいつも細かいことまで決めるのに」

 

「これに関してはいろいろあってな」

 

「ふーん? ……ん?」

 

 

 買った食材を冷蔵庫に入れ終わった雄弥と話してるんだけど……。うん、真横(・・)にいるね。こたつは大きいやつだし、大人二人横に並べるから別に狭くもないけどさ。落ち着かないというか、今のアタシはソワソワしちゃうよ。

 

 

「どうかしたか?」

 

「い、いやー。なんで隣りなのかなーって」

 

「リサの間近にいたいからだが?」

 

「なっ……! だ、だから……そういうのは……」

 

「それに、こっちの方が温かいだろ?」

 

 

 アタシが口をパクパクさせてるのをよそに、腰に手を添えられて少しだけ引っ張られる。言葉とか、表情とか、そんなのは相変わらずいつも通りなのに、行動だけ珍しく甘えてる。完全にペースを乱されたアタシは、顔が赤くなっちゃうんだけど、それを隠すために雄弥を押し倒してその胸に顔を擦り付ける。

 

 

「リサ?」

 

「今は顔見ちゃ駄目!」

 

「なんで」

 

「駄目ったら駄目! 恥ずかしくて見せられないの!」

 

「……わかった」

 

 

 雄弥を静止させて、その間に落ち着こうと深呼吸を繰り返す。雄弥はアタシの背中に手を回してくれて、ギュッて抱きしめてくれる。今までに何十回……ううん、100回以上もしてもらってること。悔しい時も寂しい時も悲しい時も、嬉しい時も幸せな時も、どんな時でもやってくれる行為。いつだってアタシが落ち着けて、気持ちがどんどん上向きになっていく。

 落ち着いてきたら、さっきまで聞こえていなかった音が聞こえてくる。感じられてなかったことが感じられる。それは体を密着させてる雄弥の体温や心臓の音。いつもよりちょっと温かい気がするし、少しだけ心音が早い。

 

 

「雄弥、ドキドキしてる?」

 

「そりゃあ、好きな人とこうしてたらな」

 

「あはは、そっかそっか〜。アタシもなんだよ? ほら」

 

 

 上体を少しだけ起こして、雄弥の手をアタシの胸に当てさせる。恥ずかしさが爆発しそうだけど、それよりも雄弥と同じだよってことを伝えたい。片手は雄弥の胸に添えてるから、雄弥の心音が早くなることが分かる。高2の春じゃ動揺しなかったくせに。

 

 

「リサ。恥ずかしくないのか?」

 

「恥ずかしいよ? 恥ずかし過ぎておかしくなりそう。でも、雄弥がアタシを意識してくれてるのが嬉しいの」

 

「……リサのことなら」

 

「へ?」

 

「付き合う前から意識してた」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 アタシの背に回されてた手が、またアタシの腰に据えられる。動揺させられると同時に強めに引き寄せられて、アタシはまた雄弥に密着する。でも、今度はアタシの目の前に雄弥の顔が。

 

 

「恋愛が何か、なんとなく掴み始められた時からずっとリサを意識してたから。リサは自分で思ってる以上に、魅力がいっぱいなんだからな?」

 

「うぅ〜、またそんな事言ってー! アタシ褒められるの苦手っていうか……、ムズムズしちゃうって知ってるでしょ?」

 

「知ってる。だが事実を口にしてるだけだから」

 

「もう〜! そんな口にはこう!」

 

「っ!?」

 

 

 雄弥にこれ以上褒められるのも癪だから、アタシは雄弥の口を塞いだ。瞳を閉じて、唇を重ねて。雄弥はビクッて反応したけど、すぐに落ち着いた。アタシをグイッて引き寄せて、いつもより熱いキスになる。それが10秒くらいになると、アタシはポンポンって雄弥に合図して放してもらう。

 

 

「ゆうや……愛してるよ」

 

「俺も愛してるよ、リサ」

 

 

 気持ちを伝えあう。自然と頬が緩む。アタシも、雄弥も。

 時が流れるに連れて、一緒に時を刻んでいくに連れて、雄弥は感情が現われやすくなってる。まだ身内にしか分からないようなことなんだけど、たぶんみんなも分かるくらいになっていく。

 

 ──それが寂しいと思うアタシは、酷い女なのかな

 

 

「そんなことない」

 

「……え?」

 

 

 唇が離れた瞬間、雄弥はアタシの頭を撫でながらそんな事を口にした。アタシはなんでそんな事を言われたのか分からなくて、目が丸くなる。

 

 

「リサは酷い人じゃない」

 

「な……んで……」

 

「分かるさ。リサの事なら、誰よりも」

 

「……だ、だってアタシ……! アタシは、雄弥のことをアタシだけが分かればって……。アタシが独占したいって……そう思って……!」

 

それの何がいけないんだ(・・・・・・・・・・・)?」

 

「ぇ……」

 

 

 雄弥はアタシごと上体を起こした。向かい合って座ってる状態で、アタシは雄弥の脚の上に跨ってる。

 

 

「好きな人を独占したい。それは当たり前のことなんじゃないか? 特別な関係ってさ、独占し合える関係だと思うんだよ。相手を受け入れ合って、独占して。誰にも譲らずに好きな人と幸せを共にする。それが恋人の、夫婦の特権だろ」

 

「雄弥……」

 

「だからさ、リサは酷い人じゃないんだよ。他の人より嫉妬しやすいってだけ。それは裏を返せば、それだけ俺を好きでいてくれてる証。……本当に勿体ないくらいに最高の女性だよ。リサ、これからもよろしくな?」

 

「うん……うん!」

 

 

 雄弥の首に腕を回す。今日三度目のキス。それは今日の中で一番幸せで、一番胸が満たされるキスだった。座ってる状態だし、アタシは今こたつから出ちゃってるんだけど、それでも寒くなんてない。だってこんなにも温かくて、優しい幸せを与えられていて、熱い愛情を注いでもらってるんだから。

 

 

「ねぇ、雄弥って嫉妬したりするの?」

 

「するさ。俺だってリサの一番がいいんだから」

 

 

 夜、寝る前にふと確認したら、期待通りどころかそれ以上の答えが返ってきた。今日は雄弥に抱きつきながら寝ることが確定した瞬間だった。



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番外編:未来
友希那誕生日回


わりと難産
というか、友希那さんの誕生日回なのに、出てくるのがラスト。
粗茶は友希那さんを書けない……orz


 今日は、ママの大切なシンユウさんで、パパのお姉ちゃんの湊友希那さんのお誕生日。パパもママも友希那さんのことを大切にしてるのは、見てて私でもわかった。だから、私も愛彩もパパとママのお手伝いをしたいと思った。それで、何ができるかなって考えて、ケーキのお遣いをしようって思った。

 

 

「ママー、愛彩とケーキ買ってくる」

 

「え…えぇ!?二人だけじゃさすがに…。ママは料理の準備があるし…、パパが帰ってきてから三人で行ってもらうのじゃダメかな?」

 

「大丈夫だもん!いけるもん!」

 

「うーん…、でもなぁ……」

 

「愛彩も行くから大丈夫だよママ!おねぇちゃんと二人ならできるよ!」

 

「……うぅ……、どうしても行きたいの?」

 

「「うん!」」

 

「じゃあお願いしようかな〜。……心配だけど。ちょっと待っててね、お財布と地図用意するから」

 

 

 ママが部屋に行っていつも使ってるお財布とちっちゃいお財布を取ってきた。ちっちゃいお財布にはヒモがついてて、首からさげれるんだって。これならお財布がなくならないね。

 お財布を貰って、お店の名前が書いてある手作りの地図も貰った。もしもの時ように、ひよこさんの形をしたブザーも貰った。尻尾についてる青いのを抜けばいいみたい。周りの人が助けてくれるし、パパにも連絡がいくんだって。

 ケーキ屋さんには予約してあるらしくて、名前を言ったらすぐにくれるみたい。その時に私と愛彩のご褒美も買っていいって言ってくれた。

 

 

「ママ!行ってきまーす!」

 

「行ってきます」

 

「うん!行ってらっしゃい!車と不良には気をつけるんだよ〜。あと野良犬にも気をつけてね。あ、カラスにも気をつけてね。それから道がわからなくなったら、近くにいる優しそうな人にお店の場所聞いてね。地図を見せたらわかってくれるはずだから。あと、変な人にはついて行かないこと。お菓子くれるからってついて行っちゃダメだよ?それから「ママ、大丈夫だから」…そう?」

 

「二人でちゃんとお遣いしてくるね」

 

「頑張るからね!」

 

「…うん。ちゃんと帰ってきてね?」

 

「うん。何かあったらこのひよこさんのだよね?」

 

「そう。周りに人がいなくても、パパが絶対に助けてくれるからね」

 

「ひよこさんは愛彩が持ってるよ!」

 

「大事にしてね?」

 

「うん!」

 

(…後で"あの人"に連絡しとこ)

 

 

 心配そうにしてるママに手を振って、愛彩と手を繋いで出発した。右手に地図を持って、左手は愛彩と繋いでる。愛彩は私と繋いでる右手を大人しくさせて、その分何も握ってない左手をブンブン振ってる。

 パパやママのお手伝いはするけど、こうやって私たちだけで何かするのは初めて。だから絶対にぜーったいに成功させたいんだ。

 

 

「あら?たしかあなた達は雄弥とリサの子供ね!」

 

「え?」

 

「んー?あ!こころちゃんだ!」

 

「こら愛彩!こころさん!でしょ?」

 

「呼び方なんて気にしてないわ!好きに呼んでくれていいのよ!それより、二人だけでどこに行くのかしら?」

 

「友希那さんの誕生日ケーキを買いに行くんです」

 

「お遣いなの!」

 

「まぁ!それは立派ね!でも、二人だけで大丈夫かしら?」

 

「大丈夫だよ!ママが地図書いてくれたもん!」

 

「これがその地図です」

 

「さすがはリサね!それと、二人が買ってきたって知ったら友希那も喜んでくれること間違いなしよ!」

 

「ほんと!?」

 

「えぇ!ぜーったいハッピーになって、最高のスマイルをしてくれるわ!」

 

「「やったー♪」」

 

 

 どうやらこころさんも、途中まで方向が一緒みたい。それで途中まではこころさんと三人で、いろんなお話しながら歩いた。たまに黒服の人がチラチラみえたんだけど、あれはいったい何だったんだろう?

 

 

「それじゃあ私はこっちだから!二人とも!お遣い頑張ってね!」

 

「うん!こころちゃんありがとう!」

 

「ありがとうございました。こころさんもお気をつけて」

 

「汐莉はもう少し遠慮なく話してくれていいのだけど…。まぁいいわ!今度はうちに遊びに来てちょうだい!歓迎するわ!」

 

 

 こころさんはすごい人だ。あの人が笑顔じゃない時なんて見たことがないもん。ずっとニコニコしてくれてて、一緒にいるだけで笑顔になる。ママもお日様みたいなポカポカした感じなんだけど、こころさんもお日様みたいな笑顔。でもどこか違う。

 

 

「あ!おねぇちゃん!あれがケーキ屋さん?」

 

「え?……あ、あれだ!」

 

「やったー!おねぇちゃん!早く行こ!」

 

「ま、待って愛彩!ひっぱらないでー!」

 

 

 急に走り出そうとする愛彩をなんとか落ち着かせながら、お店の中に入る。…それでも早歩きになったけど。お店の中はオシャレになってて、いろんなケーキも並んでた。

 

 

「いらっしゃいませ〜。ってあれ?もしかして…汐莉ちゃんと愛彩ちゃん?」

 

「へ?……あ、花音さん?」

 

「ほぇ?…ほんとだ!花音ちゃんだ!」

 

「うん、正解だよ♪今日は二人だけ?パパとママは?」

 

「いないよ!愛彩とおねぇちゃんだけで来たの!お遣いなんだよ!」

 

「え…、あの雄弥くんとリサちゃんが…二人だけに任せたの?」

 

「二人でお願いしたんです。お手伝いしたいって」

 

「あ、そういうことなんだ。それであの人も

 

「花音さん?」

 

「ううん。気にしないで。友希那ちゃんの誕生日ケーキだよね?すぐに持ってくるから、二人でそこの椅子に座っといて。このオレンジジュースはサービスだよ♪」

 

「やったー!ありがとう花音ちゃん!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 二人並んで座って、貰ったオレンジジュースをストローを使って飲む。カジュウ100%っていうやつみたいで、すごいオレンジって感じがした。花音さんは誕生日ケーキを箱に入れて、ロウソクとかも付けて袋に入れてくれた。その後にジュースのおかわりとケーキを一つずつ、またサービスしてもらうことになって、今度は三人でテーブルに座った。

 

 

「美味しい♪」

 

「ほんと?よかった〜♪」

 

「これ、新しいやつですか?」

 

「そうだよ。明後日から販売するやつなんだ〜」

 

「食べちゃっていいんですか?」

 

「うん。試作だからね」

 

「しさく?おねぇちゃん、しさくって何?」

 

「えっと…わかんない」

 

「試作っていうのは、お試しってことだよ。本当にこれでいいかなー、味とかデザインもこれでいいかなーって確かめるの。だから二人が美味しいって言ってくれて、私助かっちゃった」

 

「ほんと!?」

 

「うん。ほんとだよ」

 

「えへへ〜♪」

 

 

 試作……。ママも試作を作ることあるのかな?いっつも「できたよ〜♪」って言って食べさせてくれるから、わかんないや。そう思っていたら、お店の奥から別の人が出てきた。あれ?あの人ってたしか…。

 

 

「花音お客さん来てた?…って、お!汐莉ちゃんと愛彩ちゃんか!二人とも元気にしてたか?」

 

「疾斗くん、声が大きいよ」

 

「わりぃわりぃ。お遣いか?」

 

「うん!友希那さんのケーキ買いに来たの!」

 

「なるほどな〜」

 

「ケーキありがとうございます」

 

「ん?あぁ、試作のやつか。いいっていいって」

 

「疾斗くん、子どもたちは?」

 

「ぐっすり寝てるよ」

 

「子ども?」

 

「あ、二人は知らなかったんだね。実は赤ちゃんが産まれたんだ〜。会ってみる?」

 

「赤ちゃん!会いたい!」

 

「私も…!」

 

 

 その後、二人……正確には四人の赤ちゃんを見て、いっぱいお話をしてお店を出た。(花音さんとの子と、美咲さんとの子と、イヴさんとの子なんだって。普通に駄目なことだよね)お店を出て、後は来た道を通って家に帰るだけだったんだけど、お店を出てすぐに怖い人にぶつかっちゃって、それでケーキが……。

 

 

「あぅ……ケーキが……」

 

「愛彩…」

 

「こらこらお嬢ちゃん達ぃ、ケーキが台無しになって落ち込むんも分かるけど、先に謝るべきちゃうんかい?」

 

「ぁ…、ご、ごめんなさい!妹がぶつかっちゃって!」

 

「ぶつかったことは、まぁ謝ってくれたしいいんだがな。手に持ってたソフトクリームでズボンが汚れた。どうしてくれんのかな?」

 

「ぁぅ…あの、それは

 

「しっかり喋らんかい!」

 

「ひっ!……ひっく……うぅ…」

 

「おねぇちゃ…」

 

「君が汚したのにお姉ちゃんに庇ってもらうて…。恥ずかしくないんかい!」

 

「きゃっ!……うっ…ううぅ、あああぁぁぁぁ!!」

 

 

 愛彩が怖さに耐えれなくて、泣き出したのと同時にひよこさんについてる青いのを引っこ抜いた。そしたら「ピリリリリリ!!」ってデッカイ音が鳴り響いて、疾斗さんが店から駆けつけてくれた。

 

 

「な、なんじゃそのひよこ!?音うるさ過ぎ!」

 

「汐莉ちゃん、愛彩ちゃんどうしたの?」

 

「あああぁぁぁ、ケーキが…!ソフトクリっ…っく、おじちゃ…あぁぁぁ!」

 

「愛彩…お姉ちゃんがいるから泣きやんで、それじゃ疾斗さんも分かんないよ」

 

「あ、わかったから大丈夫」

 

「え!?」

 

「汐莉ちゃんは愛彩ちゃんをよろしくね♪」

 

 

 疾斗さんに頭を撫でられて、愛彩のことを任された。お父さんさんとは違う手…でもどこか安心させられるような手だった。私は愛彩を抱きしめて、泣き止むまでずっと頭を撫でることにした。そうしてたら花音さんも出てきて、私と愛彩を店の中に入れてくれた。

 

 

「兄ちゃんよ。ちびっ子を泣かせたのはさすがにやり過ぎたとは思ってる。だが落とし前はつけてもらわな筋が通らんのだわ」

 

「まぁそうだよな。クリーニングとかでいいんじゃね?」

 

「そういうこっちゃないんだよな。誠意ってもんも見せてもらわないと」

 

「それはあの子たちの父親に言ってくれ。今お前の後ろにいるから」

 

「なに…ぐっ!は、なせ!」

 

「テメェ俺の娘に何した?」

 

「落ち着けー。愛彩ちゃんがぶつかっちゃったらしくてな。ケーキは崩れ、手に持ってたソフトクリームはこの人のズボンを汚して、それで怒鳴られて泣いちゃっただけだから」

 

「なるほど」

 

「ゲホッゴホッ!…そういうことだから、落とし前をだな…」

 

「あったあった。このひよこ便利だよなぁ」

 

「話聞けよ!」

 

「真相は全部これで分かる。目のとこがカメラになっててな、録画されるんだよ」

 

「なっ!?」

 

「で、映像再生さしてみたけど、お前…わざとぶつかるように歩いたよな?」

 

「くっ…。こうなったら実力行使で金を巻き上げたらぁ!オメェら出てこい!」

 

「娘を泣かせたんだ…。血祭りにしてやるよ」

 

「…え?店の前が地獄絵図になんの?まじで?」

 

 

 パパが駆けつけてくれたけど、なんか怖い人がいっぱいゾロゾロ出てきた。あんなに大勢いるんじゃ…。どうしよう…私が愛彩のことちゃんと見てなかったせいでパパが!

 

 

「うーん…。お店がこんなので有名になってほしくないんだけどな〜」

 

「ですよね。ただでさえ叩けば埃しか出てこない家なのに…」

 

「あ、美咲ちゃん帰ってたんだ。おかえり」

 

「ただいま。…あー、疾斗さんも楽しそうな顔しちゃって…」

 

「お、お二人は心配じゃないんですか?あんなにいっぱいいるのに!」

 

「だってあの二人が負けるなんてありえないし」

 

「軍人さんにも負けないもんね〜」

 

「…ぇ」

 

 

 お二人の言った通り、パパと疾斗さんはめちゃくちゃ強かった。1回も殴られてないし、蹴られてもいなかった。どこからかモヒカンさん達も出てきて、パパたちのお手伝いしてた。5分もしないうちに全員倒しちゃって、怖いおじさんたちはパトカーで連れてかれてた。お巡りさんがみんな疾斗さんにケイレイしてたんだけど、なんでだろ?

 

 

「汐莉、愛彩もう大丈夫だから」

 

「パパ…パパーー!」

 

「よしよし、お遣いしようとしてくれてたんだってな。ありがとう」

 

「パパ…ぐすっ…でも…愛彩のせいでケーキが…」

 

「愛彩のせいじゃないさ。それに、あのケーキなら瑛太たちが分けて食べるってさ」

 

「ふぇ?」

 

「兄貴と姉さんのお子様が届けようとしたケーキ!僭越ながら我々で食べますのでご安心を!」

 

「パパ……この人たち、誰?」

 

「グハッ!」

 

「…汐莉、この人たちが家を建ててくれたんだからな?覚えてないのは仕方ないけど」

 

「ふぇ!?ご、ごめんなさい!!」

 

「なっ!謝らないでください!汐莉様が覚えていないのは致し方ないことでありますから!」

 

「さ、様だなんて…。パパー!」

 

「よしよし、汐莉たちにはこのノリは無理だよな」

 

 

 私と愛彩がパパの背中にしがみついたら、瑛太さんが落ち込んでた。…悪い人じゃないんだけど、よく分からないから怖い。パパが「助かった」って言ったら復活して帰っていったけど。

 

 

「さてと、ケーキをどうすっかな…」

 

「…ごめんなさい、パパ」

 

「ごめんなさい…」

 

「うん?…あぁいやいや、そうじゃなくてな。どういうケーキを作ろうかな(・・・・・)って」

 

「…え?ケーキを…」

 

「…作る?」

 

「無くなったなら作ればいい。だろ?疾斗」

 

「おう!材料は好きに使ってくれ!花音と美咲もサポートしてくれるぞ!」

 

「頑張ろうね、汐莉ちゃん愛彩ちゃん!」

 

「危ない作業もないから、好きにできるよ」

 

「愛彩…」

 

「…やる。…やりたい!!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「なんてことがあったわけだ」

 

「そう。それでこのケーキなのね」

 

「…友希那さん……ダメでした?」

 

「うぅ…」

 

「まさか。とても可愛いケーキだわ。こんなの今までで見たことないもの。ありがとう汐莉、愛彩。本当に嬉しいわ」

 

「う、うぅぅー」

 

「ちょっ、ちょっと何で泣くのよ」

 

「ちょっと友希那ー。うちの娘泣かせないでくれるー?」

 

 

 台所からリサが料理を運びながらそう苦言を呈してくる。その後ろからは結花も出てきて苦笑いしてる。これじゃあ私がイジメてるみたいじゃない…。雄弥は二人を慰めててこっちのことは無視してるし。

 

 

「リサ!?わ、私は別に…」

 

「あはは!友希那ってば人泣かせ〜」

 

「結花…からかわないでちょうだい…」

 

「ま、汐莉も愛彩も嬉しくて泣いてるんだろうね」

 

「友希那に嬉しいこと言ってもらって泣くって…、さすがリサの娘だね♪」

 

「ちょっとどういうこと〜?」

 

「「友希那さん」」

 

「な、なぁに?」

 

「「お誕生日、おめでとうございます!」」

 

「…!ありがとう」

 

 

 日中はお父さんとお母さんと結花、そしてお願いして雄弥にも来てもらって5人で過ごした。と言っても、私って音楽以外が全然だから、結花が行きたいところに家族で行くってなった。「友希那の誕生日だから友希那の希望言ってよね〜」なんて苦笑されてしまった。いろいろ考えたけど、結局猫カフェになってしまって恥ずかしかったわ。お父さんとお母さんの慈愛に満ちた目が突き刺さって…。

  夜はこうしてリサや汐莉、愛彩にもお祝いしてもらえた。本当に嬉しいことだわ。Roseliaメンバーや他のバンドの子からもお祝いのメッセージを貰えたし。そうそう、二人がお遣いしてる時は秋宮くんがこっそり見守ってくれてたのだとか。ありがたいことね。今度お礼しに行かないと。…それはともかく。

 

 

「愛彩。たしか他の子は"ちゃん"付けで呼んでるのよね?なんで私だけ"さん"なのかしら?」

 

「ほぇ?友希那さんは友希那さんだもん」

 

「…そう……私だけ…

 

「友希那」

 

「…なに?結花」

 

「ドンマイ☆」

 

「シメるわよ」

 

 

 雄弥から後で聞いたのだけど、白鷺さんと瀬田さんにも愛彩はさん付けなのだとか。私だけじゃないと分かったのは良かったけど、それでも少し複雑だわ…。私、雄弥の姉なのだし、もう少し打ち解けてくれたって…。

 

 

 




明日は雄弥の誕生日回ですよ〜


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ママの大事な後輩

サブタイトルからわかる通りの人物です、


「汐莉ちゃん、愛彩ちゃんやっほ〜」

 

「あー!モカちゃんだ〜!やっほ〜!」

 

「まい!モカさんって言わなきゃダメだよ!」

 

 

 わたしは数ヶ月ぶりにリサさん達の家に来た。二人とも忙しい人っていうのもあるんだけど、わたしもいろいろと忙しくしてるからね〜。それで、インターホンを押したら出てきてくれたのが、お二人の愛娘である汐莉ちゃんと愛彩ちゃんでした〜。この二人もちゃんと元気だし、汐莉ちゃんはしっかりお姉ちゃんしてるみたい。

 

 

「気にしないでいいよ〜。わたしは二人と仲良くできて嬉しいし〜。ところで、パパとママは?」

 

「今お庭にいるよ〜!」

 

「お花のお世話をしてるんです」

 

「なるほどね〜。二人は何してたの〜?」

 

「クッキーできるの待ってるの!」

 

「冷めたらお皿に並べるんです。まだ熱いから、いつ冷めるかなーって愛彩と見てたんです」

 

「そっかそっか〜。いや〜、いいタイミングだね〜。リサさんのクッキーを食べれるなんて〜」

 

「ママだけじゃないよ!パパも一緒だし、愛彩とおねーちゃんも手伝ったんだよ!」

 

「そうなの?凄いね〜」

 

「少しだけ、ですけどね」

 

「それでも十分凄いよ〜。流石だね〜」

 

 

 あの二人に育てられたら、間違いなく家事スキルはレベルが高くなるよね〜。この年齢でもうクッキー作りを手伝えるわけだし。…そういえば料理も手伝えるんだっけ。蘭が軽くダメージ受けたって前に言ってたな〜。汐莉ちゃんは、蘭に生花を教わるようになったんだとか。

 最近聞いたことを思い返しながら、二人の頭を偉い偉いって撫でると、二人とも嬉しそうに目を細めた。……そういえば、髪質は二人ともリサさん寄りなんだっけ。こうやって目を細めて喜んでる時の表情もリサさんによく似てる。雄弥さんにやってもらってる時ってこんな顔だったし。

 

 

「あれ?モカ来てたんだ」

 

「連絡してくれたらよかったんだが…」

 

「あ!パパ!ママ!」

 

「愛彩、クッキーはもうできそうか?」

 

「うん!」

 

「よかった〜。汐莉もありがと♪モカはいいタイミングに来たね〜☆」

 

「モカちゃんの嗅覚は優れてますからね〜」

 

「たまたまだろ」

 

「ぶっちゃけちゃいますとそうなんですけどね〜。休みが取れましたし、蘭から汐莉ちゃんと愛彩ちゃんの話を最近聞いたので、会ってみようかな〜って」

 

「なるほどな」

 

 

 雄弥さんは、汐莉ちゃんと愛彩ちゃんと一緒に仲良くクッキーをお皿に乗せていった。リサさんは5人分の飲み物を用意するために台所に向かっていった。さすがにわたしも手伝おうと思って、リサさんについていくことにした。

 

 

「モカはお客さんなんだから、ゆっくりしててよね〜」

 

「いやいや、連絡もせずに来ちゃったわけですし〜、それにリサさんとこうやって肩を並べて何かをするのも久しぶりですしね〜」

 

「…もぅ。そう言われたら断れないじゃん」

 

「いぇーい。作戦勝ち〜」

 

「調子にのらない。…まぁでも、たしかに懐かしいし嬉しいね。アタシがバイトを高校卒業したら辞めちゃったわけだし、ライブの時ぐらいだもんね」

 

「それも大学の途中からは、全然でしたけどね〜。Roseliaがデビューしちゃいましたし〜」

 

「…そうだったね。でも、付き合いはこうやって続いてる。嬉しいよ」

 

「……リサさんもズルい人ですね。誰かさんの影響ですか?」

 

「そうかもね♪」

 

 

 まぁ、今娘と一緒にリビングで楽しく会話してるあの人の影響なんだろうね〜。影響といえば影響だけど、ある程度の耐性がついた結果が今のリサさんなんだろうな〜。それでも慣れないことだからかな、リサさん自身ちょっと照れくさそうにしてる。

 

 

「Afterglowの調子はどう?」

 

「『いつも通り』ですよ〜」

 

「ならよかった♪」

 

「ところで、リサさんも紅茶派になったんですか?」

 

「まぁね〜。花音とか千聖にいろんなカフェに連れてってもらったし、雄弥も言ったら連れてってくれるしね。なにより、クッキーには紅茶でしょ♪」

 

「それもそうですね〜。紅茶にもこだわりが?」

 

「もっちろん☆クッキーの味にあったやつを作るようにしてるんだ〜♪」

 

「楽しみですわ〜」

 

 

 リサさんのクッキーは、高校の時からすでに美味しかった。「雄弥の胃袋掴むんだー!」って言い出してからは、さらに磨きがかかり始めて、お店に出せちゃうレベルのクッキーが作られるようになった。雄弥さんの胃袋を掴むよりも先に、Roseliaメンバーとか、わたしみたいに仲のいい人たちの胃袋が掴まれたんだけどね〜。

 

 

「ママ、モカちゃん!クッキー食べれるよ!」

 

「うん、ありがと♪紅茶も用意できたし、みんなで食べよっか」

 

「うん!」

 

 

 リサさんと一緒に紅茶を運んで、5人でテーブルを囲んだ。天気がいいからということで、庭で食べることになって、丸テーブルに椅子が5個。…この家に無いものってなんだろう〜?

 席は、雄弥さんの右に汐莉ちゃん、愛彩ちゃん、リサさん、そしてわたし。雄弥さんとリサさんを隣にしようと思ったんだけど、リサさんにここに座らされたんだよね〜。雄弥さんが隣にいると容赦ないツッコミがすぐに来るんだけどな〜。

 

 

「ママ!今日もクッキー美味しい!」

 

「そう?愛彩と汐莉が手伝ってくれたおかげだね!」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとほんと!ね?雄弥」

 

「そうだな。最初の方の作業がわりと大事だけど、それを二人がやってくれたわけだし」

 

「だって!おねーちゃん!」

 

「…うん。…よかった」

 

「おやおや〜?汐莉ちゃん照れちゃってる〜?」

 

「なっ!て、照れてません!」

 

「おぉー、反応がリサさんに似てますな〜」

 

「え?そうなんですか?」

 

「そうなの?ママ」

 

「……ど、どうかな〜。自分じゃ分からないな〜」

 

 

 リサさんも誤魔化しますね〜。ぜーったい自覚があるはずなんですけどね〜。けど、リサさんがそういう判断ならこっちにも考えがありますよ〜。

 

 

「それなら僭越ながら、モカちゃんがお教えしましょ〜」

 

「ちょ、モカ!?変な話にしないでよ!?」

 

「そこは信じてほしいですな〜。大丈夫ですよ。わたしが知ってる話となりますと、バイトの時が大半ですからね〜」

 

「…そういえばそうだな」

 

「わたし達ってリサさん経由が多いですもんね〜」

 

「聞きたい!ばいと?のお話聞かせて!」

 

「えぇ…」

 

「ま、愛彩。ママが困ってるよ」

 

「え、ママ。ダメなの?」

 

「う、うぅーん…」

 

「いいんじゃないか?昔のことを聞かせてやっても」

 

「……あんまり恥ずかしくない話にしてよ」

 

「もちろんですよ〜」

(序盤は、ですけどね〜)

 

 

──────────

 

 

 あれはリサさんとわたしのバイトのシフトが被ってる日のことじゃった。

 

──モカ、なんで昔話風なのかな?

 

 そこは気にすることではないのじゃよ〜。えーっと、そうそう、その日は店長が病気でお休みすることになって〜、代わりに雄弥さんが店にいたのだ〜。社員どころかバイトのメンバーでもない雄弥さんだったけど〜、その辺は毎回誤魔化してやってたんだよね〜。もちろんバレたら店長はクビになるけど〜。最終的に隠し通せてたよね〜。

 とりあえず、雄弥さんがお昼からお店にいて〜、先にリサさんが入店して、わたしがその1時間後に入店だったんだよね〜。それでお店に行ったら〜、ピンク色の空間が広がってたので〜す。

 

 

「やっぱりこうしてるのが好きだな〜」

 

「俺の心音聞くのが?」

 

「うん。雄弥の体温を感じれるし、雄弥がアタシの目の前にいるって実感できる。何よりも、雄弥に異常がないってことがわかって安心できるよ」

 

「リサ…」

 

「助けてくれたことはずっと感謝してる。あの時のが最善の手だってこともわかってる。……でも、雄弥が死んじゃうかもって思いはもうしたくないよ」

 

「大丈夫だ。俺が狙われる理由もないし、リサだってもう狙われることなんてない。もうあんなことは起きないから、ずっとリサの側にいれる」

 

「……うん。…ゆうや」

 

「リサ」

 

「はいカット〜」

 

「!!?」

 

「よ、モカ。おはよう」

 

「おはようございます、雄弥さん。リサさんも」

 

「う、うん。お、おはようモカ」

 

「リサさんはウブウブですな〜。雄弥さんみたいにドンってしたらいいのに〜」

(本当はそんなことされたくないけどね〜。そしたらこの二人がイチャイチャするの止めれなくなっちゃうし〜)

 

「そ、それは無理かな〜」

 

 

 雄弥さんから離れたリサさんは、お菓子コーナーのポップを貼りに行った。顔がちょっと赤くなってたけど、やっぱり恥ずかしいんだね〜。雄弥さんは相変わらず堂々としてる、というか周りに無関心だけど〜。

 

 

「雄弥さんも、人目を気にしてみたらどうですか〜?」

 

「気にする必要がないだろ。普段の生活もライブもどれも同じだ。俺の基準を元に行動する。モカだってライブの時に人目を気にしないだろ?」

 

「それはそうですけど〜。それって同じにするものですか〜?」

 

「するもんなんだよ。細かく分けれるなら話は別だが、人目を気にしながらだと生きにくいだろ?」

 

「なるほど〜。勉強になりました〜」

 

「…嘘つけ」

 

「いやいや、頭の片隅に残しとこうって気持ちにはなりますよ〜。モカちゃんはモカちゃんで、我が道を進むって決めてますけどね〜」

 

「……そうか。何かあったら力になるぞ」

 

「え?」

 

「友達だろ?」

 

 

 きっとこの時のわたしは、ポカーンってしてたんだろうなぁ。だって、雄弥さんにそう言われるって思ってなかったから。なるほど、これがリサさんが言う「ズルい」ってやつなのかな。

 リサさんが戻ってきたら入れ替わるように雄弥さんが休憩に行った。あの人昼間から店にいたのに、今になってやっと休憩なんだとか。リサさんに注意されるのも仕方ないね〜。

 

 

「雄弥と何話してたの?」

 

「なんともない話ですよ〜。あ、でも〜、リサさんが雄弥さんのこと『ズルい』って言うのは、なんとな〜く分かりましたよ」

 

「…ふ〜ん?」

 

「別に取ろうだなんて思ってないので〜、そうやってほっぺ膨らませるのやめてくださいよ〜。そういうのは、雄弥さん相手にしてください」

 

「ゆ、雄弥は関係ないでしょ!」

 

「え〜?だって今のリサさん可愛かったですよ〜?」

 

「か、かわ!?………もぅ、モカ!からかうの禁止!」

 

「は〜い」

 

「リサ、ちょっとコレのことで聞きたいんだが」

 

「え、なになに〜?って雄弥!休憩中なんだから事務作業も禁止!」

 

「いや、座ってできるから「禁止!」…でもやることないし」

 

「はぁ〜、ならお客さん来るまでアタシが話し相手になるから。さ!中に戻って!」

 

「いってらっしゃ〜い」

 

 

 今日は暇な日だから、ホントにゆっくりしてもらって大丈夫なんだよね〜。だから、雄弥さんの休憩が終わるまで、二人の会話を盗み聞きするモカちゃんだったのでした〜。胸焼けするほど甘い会話だったけどね〜。

 

 

───────────

 

 

「こんな感じだったんだよ〜」

 

「パパとママってずっとラブラブなんだね!」

 

「あ、あはは〜」

 

「…パパ、お仕事してる時にそういうのって大丈夫なの?」

 

「今考えると、…よくないな」

 

「ちなみに〜、その時の様子がこの写真だよ〜」

 

「うわ〜、すっごーい!!」

 

「パパとママが…こんな…」

 

「ちょっ!モカ!?なんでそんな写真が!」

 

「隙だらけでしたよ〜?雄弥さんは気にしてないってだけで、気づいてたと思いますけどね〜」

 

「まぁな」

 

「ゆ・う・や?」

 

 

 リサさんを宥めつつ、娘にフォローを入れる雄弥さん。こういうのってリサさんがやること多かったけど〜、今になってはリサさんがずっとフォローする側ってわけでもないみたいだね〜。いや〜、ほんとによかったよ〜。

 家族の仲睦まじいやり取りを見させてもらって、晩御飯までお世話になっちゃった。汐莉ちゃんと愛彩ちゃんと仲良くなれたのは、素直に嬉しいね〜。

 

 

「それじゃあモカ、気をつけてね。雄弥もちゃんとモカを送ってあげてよ?」

 

「ああ」

 

「このままこっそりと二人でデートしますか〜?」

 

「こらこら」

 

「しないぞ。俺にはリサがいるから」

 

「ゆうや…」

 

「あー、はいはい。ごちそうさまでした〜」

 

「また来ますね」

 

「うん!いつでもおいでね〜」

 

「……リサさん」

 

「どうしたの?改まって」

 

「リサさんが先輩でよかったです」

 

「ええ!ちょっ、恥ずかしいってば!どうしたの急にそんなこと…、モカらしくないじゃん」

 

「言いたかった気分なんですよ〜。リサさんの恥ずかしがってる可愛い顔、久しぶりに見れてよかったで〜す」

 

「もう!次はこういうのしないでよね!」

 

「はーい」

 

 

 ゴーイングマイウェイなモカちゃんですから、そこはどうなるか不明ですけどね〜。



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ハロウィン!!

頑張れ娘たち!


「トリックorトリート!!」

 

「ふぇぇ!?」

 

「あ、日菜ちゃんだ!」

 

「汐莉ちゃん、愛彩ちゃん、トリックorトリートだよ!」

 

「え?え?ま、ママー…」

 

「日菜ちゃん、トリックorトリートってなにー?」

 

「今日はハロウィンでしょ?ハロウィンの時はね、これを言って遊ぶんだよ!お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ〜って!」

 

「お、お菓子今ないの…」

 

「食べちゃった!」

 

「へ〜?なら、イタズラだね〜♪」

 

 

 日菜さんが目を細めて楽しそうにニヤニヤしてる。日菜さんのことは、ママも分からないって言ってたから、何か大変なことされそう…。イタズラってどんなのだろ…。お花には何もしてほしくないんだけど……、でも…イタズラだし…。

 

 

「ひっく……うぅ」

 

「おねぇちゃん!?」

 

「え?え!?汐莉ちゃんどうしたの!?どこか痛いの?」

 

「うぅん…。イタズラ…されるって……お花には何もしてほしくないんだけど……でも、イタズラ…だから」

 

「あ~、よしよし。それなら大丈夫だよ〜。イタズラっていうのは、相手が悲しまないようにしないとイタズラじゃないんだよ。だから二人の大切なものには何もしないよ」

 

「うぅ……ほんと…?」

 

「もっちろん!君たちのパパにそう教わったからね!パパの言うことは信じれるでしょ?それに、あたしって君たちのパパに言われたことは守るし」

 

「…うん」

 

「よかったねおねぇちゃん。それで日菜ちゃんのイタズラってどんなの?」

 

「ふっふっふ〜。この紙袋に入ってるのを使ってイタズラするんだ〜♪」

 

 

 日菜さんに連れられて、私たちの部屋に入る。何されるかドキドキして待ってると、日菜さんが袋の中からある物(・・・)を取り出した。アレってもしかして……。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「汐莉〜、愛彩〜。……あれ?さっきまで日菜と何かしてたはずなんだけど…。部屋の方かな?」

 

「ママー!」

 

「わっ、もうどうしたの〜?愛彩……ってその格好」

 

「えへへ!どうどう?愛彩似合ってる?」

 

「うんうん♪チョ〜似合ってるよ〜!」

 

「わ〜い♪ほら、おねぇちゃんもー!」

 

「ありゃ?汐莉は恥ずかしいのかな〜?」

 

「…うん」

 

「そんなとこに隠れてないでこっち来なよ〜」

 

「ヤ!」

 

「ママにも見てもらわないとね!」

 

「え?きゃっ!?」

 

 

 私が壁に隠れてると、後ろにいた日菜さんに抱っこされちゃった。ママに見られるのが恥ずかしくて、ママの方を見ないようにした。ママにほっぺを突かれてもプイってした。それでもママは諦めなくて、今度はほっぺにキスされた。ビックリしてママの方を見たら、ママがイタズラっ子な顔しててやられたってなった。

 

 

「汐莉も可愛いじゃん!」

 

「うっ…でも…恥ずかしいもん」

 

「あはは!テレちゃって〜。愛彩と対になってるんだね〜」

 

「そうだよ!スタッフさんに言ったら二人の分も作ってくれるって言うからさ。せっかくだし対にしちゃって〜って言ったらこうなったんだ〜」

 

「なるほどね〜。天使がモチーフかな?それで翼が一つずつ、か。これはパパにも見てもらわないとね☆」

 

「ぱ、パパはだめ!すっごい恥ずかしい!」

 

「えー?ユウくんなら汐莉ちゃんのこと褒めてくれると思うけどな〜」

 

 

 今度は愛彩を抱っこしてた日菜さんが、キョトンってしながらそんなこと言ってきた。愛彩はパパに見てもらう気満々で、ママもパパは褒めてくれるって言ってきて…。……本当に…パパ褒めてくれるかな?

 

 

「汐莉が嫌なら、愛彩だけでもパパに見てもらおっか♪」

 

「うん!」

 

「だ、だめ!」

 

「え?汐莉は恥ずかしいんでしょ?」

 

「ま、愛彩だけはダメ…。私も……パパに見てもらう…」

 

「そっか。パパは地下にいるから、二人で呼んできてくれる?」

 

 

 地下にいるってことは、パパはベース?の練習をしてるってことで、それもお仕事って言ってた。お仕事の邪魔になるんじゃないかって思ったけど、ママが呼んできてってことは、行ってもいいってことだよね。

 愛彩と一緒に慎重に階段を下りていく。電気はあるんだけど、地下だからかな、いつものよりちょっと暗め。暗いのが嫌いな愛彩の手をギュって握ってあげながらドアを開けると、中からパパの演奏が聞こえてきた。パパやママが使う楽器は、知らない人からしたら何の曲の演奏かわからないような、そんな楽器なんだって。でも、私も愛彩もこの音が好きだった。

 

 

「…こんなとこか」

 

「パパー!すごかったよー!ドドドーンってしてた!」

 

「愛彩?汐莉も…、どうしたんだ?」

 

「ママがパパ呼んできてって」

 

「そっか。少し待っててくれるか?」

 

「うん!」

 

 

 楽器とか、よくわからないやつとかもパパはすぐに片付けた。ややこしそうだったのに、なんですぐにできるんだろ?私がパパをボーって見てたら、愛彩を抱っこしてたパパに私も抱っこされた。

 

 

「え?」

 

「それじゃあ上に行こうか。愛彩そこのボタン押してくれるか?」

 

「これー?」

 

「そうそれ」

 

「うん!…にゃあっ!?」

 

「電気を消したから暗くなるのは当然なんだがな…。愛彩、パパも汐莉もいるから安心しろ」

 

「うぅ…パパぁ〜」

 

 

 パパは両手が塞がってるから、パパに抱きついてる汐莉を私がナデナデしてあげる。そしたらパパにありがとうって言ってもらえて、愛彩にも言ってもらえた。それだけでも嬉しかった。

 

 

「お、来たきた〜」

 

「ユウくんお疲れ〜。それとお邪魔してまーす」

 

「来てたのか」

 

「うん!ハロウィンだからね!」

 

「理由になってないだろ」

 

「えぇー?でも汐莉ちゃんと愛彩ちゃんのその衣装持ってきたのあたしだよ?」

 

「そうだったのか。ありがとう日菜」

 

「どういたしまして〜」

 

 

 私たちは椅子に下ろされて、パパもママの横に座って日菜さんとお話してた。日菜さんはパパと話してるとき、すっごい顔がキラキラしてる。ママの時もそうなんだけど、でもパパの時はちょっと違う気がする。よくわからないけど。

 

 

「二人ともパパに褒めてもらえた〜?」

 

「…あ!まだ!」

 

「ちょっと雄弥?」

 

「褒めるってなに……あぁそういうことか」

 

「ユウくんのそういうとこって相変わらずだね〜。大学入ってから鈍感になった気がするけど」

 

「そう演じてたらそうなったんだよ。それはともかく、汐莉も愛彩もよく似合ってる。可愛いよ」

 

「「ありがとうパパ!❁」」

 

 

 パパに褒めてもらえてすっごく嬉しかった。恥ずかしかったけど、パパが褒めてくれたから、もう恥ずかしくないや。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

『ハロウィンはやっぱりいろんな人のとこ行った方がるんっ♪てするよ!』

 

 

 そう言われた私と愛彩は、二人で手をつないで、反対の手でそれぞれママに渡された籠を持って出かけた。どこに行けばいいか分かんなかったけど、ママとパパが教えてくれたとこに行くことにした。

 

 

「おねぇちゃん!お星さま!」

 

「ほんとだね。……おっきい家」

 

「すみませーん!」

 

「ちょっと愛彩!?」

 

「はーい。ちょっと待ってくださいね〜。…あれ?リサさんとこの…汐莉ちゃんと愛彩ちゃんだっけ?」

 

「はい。有咲さんですか?」

 

「そうですけど…どうしたの?」

 

「トリックorトリート!」

 

「はぁ!?」

 

 

 愛彩が言ったら有咲さんがビックリしてた。もしかしてお菓子がないのかな?そう思ってたら中から別の人が出てきた。…あの髪の毛どうなってるんだろ?

 

 

「有咲〜どうしたの〜?」

 

「今リサさんとこの子が来たんだけどな。トリックorトリートって言われてさ。…ってか香澄!いちいち抱きつくな!」

 

「えー?いいじゃん別にー」

 

「よくねぇ!」

 

「有咲のイジワル。今日はハロウィンだから来たのかな?」

 

「は、はい」

 

「ママが最初にここに行けーって!」

 

「そっかそっか〜。それにしても二人ともそれ可愛いね〜♪」

 

「ありがとうございます」

 

「やった♪」

 

 

 香澄さんとお話してる間に、有咲さんがお菓子を取りに行ってくれてたみたいで、飴玉をもらえた。お礼を言って帰ろうとしたら、不思議なお姉さんことおたえさんに止められて、おたえさんからはうさぎのぬいぐるみをもらえた。

 『ハロウィンでぬいぐるみ渡すって聞いたことねぇ!』

 って有咲さんが言ってたけど、嬉しいからなんでもいいです。皆さん優しくって、次は商店街のパン屋さんに行くことをオススメしてもらった。"やまぶきベーカリー"さんらしい。

 

 

「いらっしゃいませ〜。あれ?可愛らしいお客さんだね〜」

 

「さ、沙綾ちゃんどうしよう〜!この子たちすっごく可愛いよ!」

 

「りみりんは落ち着こうか。雄弥さんとリサさんとこの汐莉ちゃんと愛彩ちゃんだよね?今日はどうしたの?」

 

「えと、おたえさん達にここに行ったらいいって教えてもらって」

 

「トリックorトリート!」

 

「あはは!なるほどね〜。もちろんお菓子あるよ〜」

 

「ハロウィン用の美味しいパンが作られてるんだよ?」

 

「やった〜!」

 

 

 沙綾さんから、顔があるかぼちゃの見た目をしたパンをもらえた。美味しそうで食べたかったけど、今食べたらママのご飯が食べれなくなりそう…。でもいい匂いがしてて…。

 

 

「おねぇちゃん。食べていいかな?」

 

「でも、そしたらママのご飯が…」

 

「あぅ、ママのご飯も食べたい……」

 

「あ、それなら私の方からママに聞いてみるね?」

 

「え」

 

「私も沙綾ちゃんと一緒にお願いしてみるね」

 

 

 沙綾さんが携帯電話でママとお話ししてて、りみりんさんもママにお願いしてくれた。沙綾さんから携帯電話を渡されて、愛彩と一緒にママの話を聞く。夜お腹が空かないようにしてくるならOKって言ってもらえて、遅くならないように気をつけてとも言われた。

 

 

「沙綾さん、りみりんさんありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

「よかったね〜二人とも」

 

「その条件なら、次は羽沢珈琲店かな?」

 

「私もそれがいいと思うよ」

 

 

 羽沢珈琲店はママの後輩さんがいるお店で、同じ商店街の中にあるからすぐ近くだね。コーヒーは苦くて飲めないけど、ジュースもあるおかげで、何回も行ったことがある。たしか店員のお姉さんの名前は羽沢つぐみさん。とーっても優しい人。

 

 

「いらっしゃいませ〜。あ!汐莉ちゃん、愛彩ちゃん。可愛いの着てるね!ハロウィンだから仮装してるのかな?」

 

「はい。日菜さんが貸してくれました」

 

「日菜ちゃんねー、すっごい優しいんだ〜!」

 

「あはは、そうなんだ。あ、そうだ!ハロウィン限定のケーキあるから食べていって。ジュースはいつも通りオレンジでいいかな?」

 

「うん!」

 

「いいんですか?」

 

「いいよいいよ!ハロウィンなんだし、可愛いの見せてもらったもん!あとで一緒に写真撮る?ひまりちゃんと巴ちゃんとモカちゃんもあそこにいるし」

 

「とるー!」

 

 

 つぐみさんに案内してもらったら、蘭さん以外の人たちが揃ってた。蘭さんはお家の用事があるみたい。でもお家に行ってもいいんだって。だから次の場所は蘭さんのお家。

 

 

「二人とも可愛い〜!」

 

「ひぃちゃん落ち着きなよ〜。警察に突き出すのヤダよ〜?」

 

「誘拐しないからね!?というかそんなのリサさんと雄弥さんに怒られるじゃん!」

 

「…怒られる、で済むといいね〜」

 

「あの二人、家族のことになったら手のつけようがないからな」

 

(?パパもママもすーっごい優しくって、たまに怒られることもあるけど、恐くないよ?)

 

 

 巴さんたちが言ってることはよくわかんなかったけど、ケーキとジュースを貰って、一緒に写真撮ったらお店を出た。次に行くのは蘭さんのところ。蘭さんは私の先生で、厳しいけど優しいの!上手くできたら「いい感じだね」って言って頭ナデナデしてくれるもん!

 

 

「蘭さん、お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす!」

 

「おや?可愛いい子たちが来たね。娘に何か用かい?」

 

「あ、大先生」

 

「大先生!」

 

「はははっ、大先生は少しむず痒いな…。それでどうしたんだい?」

 

 

 私は今までのことを話して、蘭さんに会いに来たことを伝えた。おじさんはすぐに蘭さんのとこに案内してくれて、中には着物を着ててキレイな蘭さんがいた。愛彩が蘭さんに飛びついて、私は蘭さん側に近づいた。

 

 

「うわぁ〜!蘭ちゃんキレイ!」

 

「そ、そんなことないでしょ…」

 

「蘭さん、キレイですよ?」

 

「うっ…。ぁ、ありがと…。それで今日はどうしたの?」

 

「あのね!蘭ちゃん!トリックorトリート!」

 

「えぇ!?」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「うーん、汐莉たち大丈夫かな〜」

 

「心配か?」

 

「そりゃあ心配だよ。あの子たちしっかりしてるけど、まだ4歳だよ?」

 

「リサちー心配性だね〜。こころちゃんとこの黒服さんたちが見守ってくれてるんだから大丈夫だよ!」

 

「そうだけどさ〜」

 

 

 雄弥と日菜はどこか楽観的過ぎなんだよね。日菜は言わずもがなってとこだけど、雄弥も楽観視してるのが意外だよ。いや、まぁ何があっても雄弥はすぐに駆けつけるだろうけどさ〜。

 

 

「こころのとこは今日パーティーだったっけ?」

 

「らしいな。ハロハピメンバーとパスパレメンバーもそこに行ってんだったな」

 

「そうそう!あたし以外のパスパレメンバーは行ってるよ〜。だから、汐莉ちゃんと愛彩ちゃんはもうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」

 

「ハロウィン用の菓子もそろそろできるし、丁度いいよな」

 

「無事に帰ってきてくれたらね?」

 

「日菜も雄弥くんも楽観的ね。リサの気持ちもわかってあげなさいよ」

 

「「それは無理かな」」

 

「…あなた達は……」

 

 

 さっきまでお菓子の出来具合を見守ってた紗夜が、日菜と雄弥に苦言を言ってくれる。二人とも、汐莉と愛彩のことを気にかけてないのは分かるんだけどね。紗夜もそれは分かってるみたいだから、あんまり言及しないんだけど。それに、心配しなくていい理由が他にもあるしね。…アタシからしたら、半々だけど。

 

 

「ママただいまー!」

 

「ただいま」

 

「帰ってきたわね」

 

「楽しめたようだな」

 

 

 アタシと日菜が玄関まで迎えに行って、心から笑顔を浮かべる愛娘を抱き上げる。渡した籠にはいろいろとお菓子が入ってる。みんなには後でお礼を言っとかないとね。

 

 

「ママ!あこちゃんとリンちゃんにもそこで会ったんだよ!」

 

「そうなんだ♪二人にも家に入ってもらおっか?」

 

「うん!」

 

「汐莉ちゃん、いろいろ周ってみてどうだった?」

 

「楽しかったです。それと日菜さん、ありがとうございます。コレ、みんな可愛いって言ってくれました」

 

「それは汐莉ちゃんが可愛いからだよ♪」

 

「ふぇ…?」

 

 

 あはは、汐莉ってば顔が真っ赤だね。…うん、アタシの娘だ。こういうストレートな言い方に弱いのはホントにアタシそっくり。それで何度雄弥にドギマギさせられたことか。

 あこの携帯に電話をかけて、家に招待する。まだ近くにいたみたいで、5分もかからずにあこと燐子が家に来てくれた。雄弥と紗夜が増えた人数分の飲み物を新しく用意して、作ったお菓子もテーブルに置いてくれた。

 

 

「あれ?パパ、2個多いよ?」

 

「ん?それでいいんだよ。…そうだ、汐莉もおいで」

 

「うん?」

 

 

 今度は雄弥が玄関に向かって行って、汐莉がその後ろを付いて行く。アタシは紗夜と燐子晩御飯の準備も始めて、日菜とあこが愛彩と遊んでくれてる。しばらくしたら玄関の方から元気な声と落ち着いた声が新たに聞こえてくる。時間通りに来てくれたんだね。

 

 

「やっほーリサ。元気にしてるー?」

 

「もちろん。結花も元気そうだね」

 

「いつでも元気だよ〜♪」

 

「お邪魔するわ」

 

「うん。友希那もいらっしゃい。すぐに用意できるからテーブルで待っててくれる?」

 

「わかったわ」

 

 

 友希那と結花が持ってきてくれたお菓子も、汐莉と愛彩の戦利品の一つとして籠に入れた。二人は晩御飯を全然食べれないだろうけど、今日は仕方ないね。アタシもそんなことあったし、明日からはお菓子をご飯代わりにしない生活に戻ってもらわないと。お菓子が代わりになっていいのは、イベントの時だけだからね。

 

 家族とRoseliaメンバーと結花と日菜。こんなに家に人が来てくれるのも珍しい。アタシもそれに浮かれちゃって料理にミスが出ちゃいそうになった。それを察した雄弥にミスを防いでもらったんだけどね。

 

 

「…あの、料理中にイチャつかないでもらえます?」

 

「戦力外通告…しちゃいますよ?」




次書くのは高校生に戻ります(ハロウィンじゃないです)


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エンディング

 これでやり残しもなくなりました。
 私は満足です。



 

 春に力強く吹く風はまるで数多くの生命を祝っているよう

 

 そんな詩的なことを言ってのけたのは、楽しそうに両手を広げてその場にクルクル回る結花だったよね。温かな風が吹いた時にそんなことを言って、桜の木に蕾ができてるのを発見しては「お花見をしよう」と言い出した。

 もちろん反対意見なんて出なかったけど、雄弥と付き合い始められて最初の春にやろうと決めていたことがあった。だから、結花には悪いんだけど、今回はアタシの我儘に付き合ってもらうことにした。

 

 

『ふふっ、リサらしいわね』

 

 

 友希那に話した時には微笑まれて、なんだかむず痒かった。肝心の雄弥は一番予定を合わせるのが難しいんだけど、結花が協力してくれて予定を空けられることになった。他のメンバーやマネージャーさんにも感謝だよね。

 

 

「目を回すなよ」

 

「だいじょーぶ〜」

 

 

 風に乗り舞い落ちる桜の花びら。まるで結花と一緒に踊っているようで、花見に来たはずなのにその光景に目を奪われる。それは友希那も同じようで、結花が席を立ってから一言も発していない。

 風が止むと花びらも落ちてこなくなって、それを受けて結花もレジャーシートへと戻ってきた。十二分に楽しめたみたいで、その表情はとても晴れやかだった。ステージ上や仕事のときに見せるカッコよさと可愛さを合わせた笑みじゃなくて、友希那や雄弥みたいな身内相手にしか見せないあどけなさの残る笑み。

 

 

「あ〜楽しかった〜」

 

「私も良いものを見させてもらったわ」

 

「それならよかった!」

 

 

 はにかむ結花に友希那はふわっと笑う。結花の取皿とお箸も渡してあげて、みんなで用意したお弁当をつつく。アタシと雄弥、友希那と結花っていう2ペアに別れてお弁当作りをしたんだけど、おかずに偏りが出なかったのは凄いと思う。お弁当を作るってこと以外何も決めてなかったのにね。

 チラっと隣を見たら、静かに食事をしてた雄弥がこっちに気づいて目が合う。どうかしたのかと首を傾げられて、楽しいねって返す。

 

 

「リサがいるからな」

 

「っ、すぐそう言うんだから」

 

「事実、リサがいたらどこでも楽しめる」

 

「もう〜!」

 

 

 真っ直ぐ見据えられながら言われるのは、いつまで経っても慣れそうにない。ほんのりと熱くなる頬を自覚しながら、アタシは雄弥の肩を小突いた。何でか分からないってキョトンとされるけど、分からないままでいいと思う。

 

 

「すーぐイチャつく〜」

 

「い、いちゃついてない!」

 

「でも、今のが嬉しくてそうなってるんでしょ?」

 

「うっ」

 

 

 ニヤニヤしながら揶揄ってくる結花に言葉を返せない。言葉に詰まったアタシは、言葉を返す代わりに結花が取った卵焼きを強奪する。

 

 

「あー! それ友希那が作ったやつなのにー! 私が一番食べたいやつー!」

 

「友希那が作ったの!? 卵焼きを!?」

 

「……失礼ね。私だって練習したのよ」

 

「1週間くらい母さんについてもらってな」

 

「余計なことは言わないでいいのよ……!」

 

 

 気恥ずかしそうにしながら雄弥をキツく睨む友希那。特訓したことは内緒にしたかったみたいだけど、アタシはそういうの気にしない。それよりも、友希那が卵焼きを作ったということに関心が向く。だって、家事全般が壊滅的な友希那が作ったんだから。

 見た目は特に問題なし。焦げてるところがないし、むしろ美味しそう。だし巻きとかじゃなくて、普通の卵焼き。

 

 

「いただきます」

 

「だからそれ私のやつ!!」

 

「俺のやつ分けてやるから落ち着け。これも友希那が作ったやつだし」

 

「むー。じゃあ──」

 

 

 卵焼きを口に運ぶ。噛んだ瞬間に味が口の中に広まる。ちゃんとした卵焼きで、思わず目を見開いちゃった。味が甘めなのも友希那らしい。正面に座る友希那をパッと見たら、アタシの反応にいじけた様子の友希那と目が合う。

 

 

「すーっごく美味しい!」

 

「そ、そう……。口にあって何よりだわ」

 

「今度アタシと二人で料理作ってみない?」

 

「リサと? ふふっ、いいわね。まだまだ教わることが多いけれど」

 

「やった! 次のオフの日にさっそくやろうね!」

 

「えぇ。それよりリサ。あれは放っておいていいの?」

 

「へ?」

 

 

 友希那が軽く指を差した方を見る。アタシの隣なのだけど、そこで広がる光景にアタシは唖然とした。雄弥が箸で持つ卵焼きが口の中に運ばれていくのだけど、それは雄弥の口じゃない。雄弥の正面に座る結花の口へと運ばれていた。

 アタシが何かを言おうとする前に結花は口を閉じ、雄弥の箸もそっと引かれる。徹底的に教えられた雄弥の所作は鮮やかだし、結花の持ち前の顔立ちも相まって、さながら1枚の絵の様にその瞬間が目に焼き付いた。それは結花が卵焼きを飲み込んで、美味しいと声を上げても離れない。目の前で友希那が結花に抱きつかれているのも、どこか遠い景色のように感じる。

 

 

「リサ?」

 

「…………ぇ、ぁ、な、なに?」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫。何でもないから」

 

「リサ」

 

「ぁ……」

 

 

 体ごとアタシの方に向き直った雄弥に、そっと抱き寄せられる。ドクドクと一定のリズムを刻む雄弥の心音が聞こえて、遠のいていた意識も引き戻されてくる。いつもアタシを落ち着かせてくれて、いつもアタシに温かさをくれる雄弥の音。それを聞いていたら肩の力が抜けてきて、アタシは自分からも雄弥に寄り添っていく。もたれ掛かるように、包まれるのを全身で感じて。

 

 

「リサって隠したがるよな」

 

「え?」

 

「何かあっても、何でもないって言って。大丈夫だからって笑顔を作って。心配かけたくないから、とかそんな理由だろうけどさ。そう言って黙られたら、支えたいって思う人は何もできなくなる。……俺はリサの力になれないのかって、そう思うことがある」

 

「っ!! ごめ……あたし……」

 

 

 胸が締め付けられる。動揺してしまって、一瞬視界がぐらついてしまう。周りの音も、雄弥の音も聞こえなくなって、どうにかなってしまいそうだ。

 

 だって

 

 だって今

 

 雄弥が吐露した不安は

 

 

 ──アタシが前まで抱えていた不安なんだから

 

 

 何も言ってくれないし、何でもできちゃう雄弥は困ることなんて滅多にない。だから助けを求めることなんてなくて、何をしたら雄弥の力になれるか分からなくて。だから、アタシにできることは、本当は何もないんじゃないかって、アタシは雄弥の力になれないんじゃないかって思ってた。

 雄弥が変わって、アタシが雄弥の力になれてるって分かった。雄弥本人から必要だと言ってもらえた。それに救われて、アタシはしっかりと地に足をつけて歩むことができるようになった。

 それなのにアタシは、その時に抱えていたことを、今じゃ雄弥に抱えさせてしまっている。アタシの性分が原因となってしまって。

 

 

「アタシ、いつも雄弥に助けてもらってるから……だから、少しでも雄弥に負担をかけないようにしようって、そう思って……」

 

「そっか……。ごめんな、リサ。俺の思い込みだったみたいでさ」

 

「ううん、雄弥に思ってもらえてるの、本当に嬉しいから。それにアタシこそごめんね。ちゃんと言っておけばよかったよね」

 

 

 体を雄弥から離して、至近距離でお互いに微笑を浮かべる。相手を思って行動して、裏目に出て心配かけて。ドタバタした1年が過ぎ去っても、アタシたちはアタシたちでドタバタしちゃうのかな。それがアタシたちらしさっていうのは、なんか反応に困る。だって雄弥とかそんなのイメージないし。

 

 

「このままキスとかしそうじゃない?」

 

「奇遇ね結花。私もそう思ったところだわ」

 

「っ!?」

 

「そんな『いつの間に!』みたいな反応されてもな〜。最初からいたし、勝手にいい雰囲気になったのもそっちだし」

 

「お弁当もまだまだ残っているのだし、先に食べ終えてしまいましょう。その後に二人で好きにしたらいいんじゃないかしら」

 

「〜〜〜っ!! 変なことしないから!」

 

 

 完全に失言だった。変なことって何を想像してるんだか、って結花にニヤけ顔を見せられながらツッコまれて、アタシ一人であたふたしてた。雄弥は相変わらず全く動揺してなくて、「言葉に甘えて二人で散策するのも有りだな」なんて言うくらいだし。

 たしかに、ちょっとだけでも雄弥と二人きりになれたらな〜、なんて思ってたけども。先にそうやって話に出されたら意識しちゃって恥ずかしくなるじゃん。

 

 

「ほら、リサも食べろよ」

 

「そうだ……ね……?」

 

「口開けて」

 

「え、え?」

 

「さっき結花にやってた時に固まってたから。リサもやってほしいのかと」

 

 

 そうじゃない……!! とも言い切れないけど、でもアタシが固まってたのってそういう理由じゃない。

 それはそれとして、雄弥にこうしてもらえるのも嬉しいわけで、アタシは意を決して口を開けた。丁寧に運ばれたおかずが舌に乗ったのを感じて、アタシは口を閉じる。雄弥もお箸を引いて、自分の分のおかずを自分の口に運んでいく。

 あれって間接キスだよね、って思った途端にまたほんのりと頬が熱くなる。付き合ってから半年は経ってるんだけど、こういうのは全く慣れない。たぶんもう半年はかかる。

 

 

「それじゃあ友希那、ちょっと行ってくるね」

 

「ええ。ゆっくりでいいわよ。あそこ(・・・)にも寄るのでしょう?」

 

「……うん。ありがとう友希那」

 

「あそこ? 友希那、あそこってどこ?」

 

「今度改めて結花にも教えるわ」

 

 

 ご飯を食べ終わって小休止したアタシは、雄弥を連れて辺りを散策することにした。と言っても、本当は目的地があるんだけどね。

 友希那は結花と一緒にその場で待っててくれるみたいで、膝の上に頭を乗せて寝転ぶ結花の髪を静かに撫でてた。結花は気持ちよさそうに目を細めてて、猫みたいな感じがしたよね。

 

 

「ここはあまり人が来ないんだな」

 

「桜の本数がそこまで多くないからね〜。隠れ名所って具合で収まるんだよ」

 

「なるほどな。……いいとこだな」

 

「あはは、気に入ってもらえてよかった〜。ここ、アタシたちの始まりの場所なんだよね。二重の意味で(・・・・・・)

 

 

 怪訝そうな顔をする雄弥を見て、アタシは苦笑いを浮かべた。雄弥がピンとこないのも仕方ないこと。アタシと友希那、そしてそれぞれの両親しか分からないんだから。

 雄弥の手を引いて少し歩くペースを上げる。せっかくだし、今すぐにでもその場所に行こう。雄弥は何も言わずについてきてくれるし、人も少ないからスムーズに進める。ある桜の木が見えたら、そのすぐ近くにまで行ってそっと幹に手を触れる。雄弥も隣りに来て、桜の木を見上げる。

 

 

「この木がどうかしたのか?」

 

「うん。この木の陰、ちょうど反対側の草むらに雄弥が倒れてたんだよ。見つけたのはアタシじゃなくて友希那だけどね」

 

「……覚えてないな」

 

「仕方ないよ。雄弥は気を失ってたんだもん」

 

 

 握っている手に力を込める。雄弥も優しく握り返してくれる。勇気を貰って、友希那にも背中を押された。だから、アタシは今まで隠してたことを雄弥に話す。アタシと、友希那と、それぞれの両親しか知らないことを。

 

 

「アタシにはね。弟がいたんだよ」

 

「……初耳だな」

 

「あはは、話してなかったからね。……二つしただから、あこと同い年な子。アタシと正反対というか、とにかく体が弱くてね。アタシは自分にできる限りのことをしてたの。元々世話焼きだった気もするけど、どっちが先かは自分でも分からないかな」

 

 

 世話好きだったからいっぱいいろんな事をしたのか、それとも何かする度に笑ってくれて、それが嬉しかったから世話好きになったのか。鶏が先か卵が先か、みたいな話だね。

 

 

「友希那も面識あったんだよ。友希那の歌が一番好きで、アタシより友希那に懐いてたのは複雑だったかな」

 

「……結花を連想してしまうんだが」 

 

「あー、だいぶ違うような……。結花はオープンに感情を見せるでしょ? あの子はあんまり見せなかった。特に友希那には。言葉にはしないで、黙って友希那の隣にいては嬉しそうにしてた。子供ながらに、恋してたんだろうね」

 

 

 なんだかんだで、友希那もそれを受け入れてた気はする。たぶん友希那のことだから、弟って感覚で接してたんだろうけどね。その辺疎いから。アタシもだけど。

 

 

「雄弥と出会ったのは、小学5年生になる直前。その3ヶ月くらい前に、……あの子は病気でいなくなっちゃった……。アタシにはどうすることもできなくて、日々弱っていくあの子の手を握ってあげることしかできなかった……。アタシが泣きそうになると、あの子も泣きそうになるのに、それでもアタシに『泣かないで』なんて言って……!」

 

 

 病院は嫌いだった。あの子と最後に過ごした場所になったから。自分の無力さを叩きつけられて、医療の限界を知らされた。喋らなくなる恐怖。目を合わせることもできず、語り合うこともできない。一緒に笑うことも、悲しくことも。何一つ分け合うことができなくなる。

 そんな摂理を無慈悲に叩きつけられた。

 

 

「少しでもあの子の体が暖まればって思って、マフラーとかセーターとか。お祖母ちゃんに教えてもらいながら作ったりもした。全然うまくできなかったけど、あの子は笑って、暖かいって言ってくれて……。もう……どっちが年上か分かんないよね」

「リサ……」

 

 

 手を引かれて、雄弥の腕の中に身を投げだした。話すって決めたのに、内容がグチャグチャになってる気がする。自分の頭でも、今何を言ってるのか分かってない。ただ言葉が出てきてるだけで、知らぬ間に涙も溢れてる。

 

 

「暖かくなったら……春になったらお花見に行こうって約束もしたのに……。それは果たせなくて……。アタシ、立ち直るのにいっぱい時間がかかった……。みんなに心配かけて、……本当の意味で立ち直れたのは、雄弥に会ってからなんだよ」

 

「俺に?」

 

「うん。だってほら……あの時の雄弥って、空っぽだったから。何も分かってなくて、友希那だけに任せちゃ駄目だって……。ごめんね……雄弥……たぶんアタシは、心のどこかで雄弥とあの子を重ねてたんだと思う。何かしてあげることで、それでアタシは……アタシの存在意義を作ってた……。あはは、ヒドイ女だよね……人を利用しないと、自分の価値を見い出せなかったんだから」

 

 

 乾いた笑い声だ。自分で言ってて胸が痛い。ズキズキ突き刺さってくる。でも、これはアタシが逃げてたからで、これもアタシ自身なんだ。否定できないアタシの姿。

 

 

「リサはなんで自分を過小評価するかな」

 

「え……」

 

「謙虚と言えば聞こえはいいが、リサのそれは度が過ぎてる。リサは自分で思ってるほど酷い人間じゃないぞ」

 

「なんで……だってアタシは!」

 

「どこに悪い要素があった? 他人がいないと自分の価値がわからないことか? どこも悪くないじゃないか。そもそも他人がいなかったら比較対象がいなくて、自分の良し悪しが見えない。それに、人間誰しもが人を利用して自分の価値を作ってる。医者は患者がいなけりゃ用なしだ。教師も生徒がいて成り立つ。芸能人も、客がいるからその価値が生まれてくる。世の中そういうもんだ」

 

 

 そうかもしれないけど……だけどアタシはそう言われても納得できない。だってアタシは、雄弥を弟に重ねることで自分を奮い立たせたんだから。

 

 

「なによりも、リサ自身が言ってるじゃないか」

 

「なにを……」

 

「俺を弟に重ねることで、自分の存在意義を作ってた(・・・・)って。過去形だ。それってつまり、今はもう割り切れてるんだろ? 負い目を感じる必要なんてない。俺は今井リサという個人を見てて、リサは湊雄弥という個人を見てる。俺たちはお互いを確かに見て交際してる。それだけで十分だよ。怒る理由も存在しない」

 

「雄弥……」

 

 

 なんで雄弥はいつもそう言ってくれるんだろう。なんでアタシが醜いと思う部分を否定してくれるんだろう。

 

 なんで……なんでアタシを……好きになってくれたんだろう。

 

 

「理由なんて後付だ」

 

「え?」

 

「心の底から好きだと思えて、それが今もこれからも続いてく。そう確信したから。リサが隣にいない人生なんて考えられないと、リサに(・・・)思わされた。だから俺は、リサのことを愛してるんだよ」

 

「……ばか」

 

 

 アタシたちは言葉を用いずに心を通わせあった。唇から伝わる愛情が胸を満たしていく。満たされて、熱くなって、溢れ出そうになると雄弥へと注ぎ返す。

 静かに離れて瞼を開く。見えるのは愛おしい想い人だけ。その人の瞳に映るのもアタシだけ。それが狂おしいまでに嬉しくて、好きで、幸福に感じる。

 

 

「改めて誓う。リサと一緒に生きて、隣を歩いて、守り抜くと。同じ時を刻んで、同じ幸福を奏で続けると」

 

「雄弥……。アタシも雄弥を支えるから。合わせてもらうんじゃなくて、アタシたちの歩むペースが同じになるように頑張るから。だから、アタシの側から離れないで」

 

 

 共に誓い合い、もう一度唇を重ね合った。契約書も誓約書もいらない。アタシたちの約束の証は、この心でいいのだから。

 再び吹いた春風は暖かくて、舞い落ち始めた花びらは祝福してくれてるようだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「んっ……んー……夢……」

 

 

 寝ぼけた眼を擦り、少し気怠い体を起こす。

 

 

「アタシ……寝ちゃってたんだ」

 

 

 アタシが今いるのは雄弥の部屋。ちなみに、元々はあの子の部屋だった。あの時のアタシは錯乱気味で、ここを雄弥の部屋にさせた。あの子と重ねちゃってたからね。

 勝手に入ってるけど、怒られることはないから問題はない。掃除もしてるからね。

 特にこれと特筆することのないようなシンプルな部屋。窓に備えられてるカーテンは深い青色で、部屋の壁に付けられてる額縁には、Augenblickが受賞した複数の賞や写真が飾られてる。雄弥らしくないけど、これはアタシが言ったら付けたやつだね。その近くには机があって、扉の横には本棚がある。ベッドの近くにはタンス。床にはカーペットがあって、折りたたみ式の小さなテーブルが額縁の下で壁に立てかけられてる。

 

 

「あ、ごめんね。苦しかったよね」

 

 

 腕の中にあるそれ(・・)に謝るけど、当然返事はない。だってアタシが抱きかかえちゃってたのは、雄弥のベースなのだから。

 部屋に入った時にベッドに腰掛けて、置いてあるベースに軽く触れてた。弾くことはできなくて、ただ撫でてただけ。そうしてる間に眠気に襲われて、昼間なのに寝ちゃってた。その時にあの夢を見てたんだ。優しい記憶を思い出すように。

 

 

「ありがとう。あの頃を思い出させてくれて」

 

 

 手に持っている雄弥のベースに語りかける。お礼を言っても何も反応はない。そんなのは分かってるんだけど、アタシは自然とベースに言葉をかけてた。

 

 

「心配してくれたんだよね。でも、アタシは大丈夫だからさ。一人でも大丈夫……っていうか、一人じゃないからね!」

 

 

 立ち上がってベースを元の位置に戻す。ベースの代わりに、今度は雄弥の机の上に置いてたラッピングされた箱を手に収める。1ヶ月前に雄弥と二人で買ってた友希那の誕生日プレゼント。

 

 

「ちゃんと渡すから」

 

 

 それをしっかりと持って、ベースに見せるように振り返る。当然反応なんて返ってこなくて、それでもアタシは背中を押された気がした。

 

 

「──行ってきます」

 

 

 雄弥が大好きだって言ってくれたとびきりの笑顔でアタシは部屋を出た。

 

 




 
 「チラシの裏」に裏話的なのを投げました。
 https://syosetu.org/novel/203076/

 エピローグがあるのになんでエンディングがあるかって? やりたかったけど本編の都合上できなかった最終回(ボツ案)がこのエンディングだからだよ。


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