Game of Vampire (のみみず)
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Prologue 1話

 

 

忌々しい明かりだ。

 

空に三日月が輝く夜。屋敷のバルコニーに立ち、遥か遠くに見える人間どもの町を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは苛々と背中の翼を揺らしていた。

 

人間どもが闇夜を恐れ、我々が紅く染まる黄昏の空を、黒く沈む夜の森を自由に飛び回っていた時代は確かにあったはずだ。気まぐれに獲物を狩り、ヤツらの抵抗をせせら笑いながら見下ろしていたあの栄光の日々が。……そう、我々吸血鬼の時代は確かにあったのだ。

 

それが今やどうだろうか。嘗て在った名門はその殆どが姿を消し、低俗な半端者たちが我が物顔で『吸血鬼』を名乗っている。数えるほどの本物の吸血鬼たちも、人間どもの光が届かぬ場所でひっそりと身を潜めている始末だ。

 

まあ、無理もないか。誇り高き我がバートリ家ですら、数人の使用人と一匹のしもべ妖精が残るだけなのだから。であれば他の木っ端どもに期待したところで何の意味もあるまい。

 

「ふん。」

 

鼻を鳴らしてバルコニーから屋敷の中に戻り、自室へと向かうために廊下を歩きながら思考を回す。このままではいけない。下等種族どもがうじゃうじゃと、その数を増やし続けるのは最早止めようがないだろう。しかし、我々が歴史の闇に消え去るというのはどうにも我慢ならないのだ。

 

「そういえば……。」

 

コツコツという靴音の合間にふと言葉が漏れ出る。そういえば、あの姉妹はどうしているのだろうか? あの傲慢な姉と狂った妹。紅い館の吸血鬼姉妹。

 

最後に顔を合わせたのは確か……まだ彼女たちの父も、私の父も生きていた頃のはずだ。『狩り』の獲物を取り合って、姉の方と大喧嘩をしたんだったか。お互いの半身をふっ飛ばすほどの喧嘩になった挙句、苦笑するそれぞれの父に引き摺られながら別れたのが最後だったはず。

 

そもそも同格の吸血鬼が群れることなど滅多にない。プライドの高い吸血鬼は各々に広大な縄張りを持ち、基本的に同種に対しては不干渉を貫く。中立の場所で行なう定期的な社交こそあれど、日常的に家同士の付き合いを持つというのは珍しいことなのだ。

 

しかし、父上とスカーレット卿は血を分けた兄弟だった。そも父上はバートリ家への入婿で、スカーレット卿はその兄。そのため何十年かに一度は顔を合わせる程度の付き合いがあったわけだ。

 

だが、バートリ家もスカーレット家もほぼ同時期に起こった当主の死という混乱から、それどころではなくなってしまった。風の便りで姉の方が当主に収まったとは聞いているものの、あれ以来直接の連絡を取り合ったことはなかったはずだ。

 

ちらりと横にある窓に目をやってみれば、セミロングの真っ黒な髪に真っ赤な瞳、おまけに真っ白な肌。窓に映った自分の姿が見えてくる。……ふむ、手紙でも送ってみようか。シルバーブロンドの彼女のことを思い出すのと同時に、窓の中の私がくすりと微笑んだ。

 

よしよし、思い立ったら即実行。到着した自室のドアを開けて、父上から貰った最高級人皮張りの椅子に座りながら置いてあったベルを鳴らしてやれば、パチンという音と共に我が家のしもべ妖精たるロワーが現れた。

 

「御用でしょうか? アンネリーゼお嬢様。」

 

「手紙を書こうかと思ってね。準備を頼むよ。封筒と便箋はとびっきりのを持ってきてくれたまえ。」

 

「すぐにご用意いたします。」

 

言いながらロワーが指を鳴らすと、一瞬のうちに必要な物全てが机の上に用意される。薄緑色の肌に、大きすぎる瞳と長すぎる鷲鼻。最初はその醜い見た目が気に食わなかったが、いざ使ってみると手放したくなくなるほどに優秀ではないか。

 

「大変結構。もう下がっていいよ。」

 

「では、失礼いたします。」

 

こちらが指示した瞬間、ぺこりとお辞儀をしながらロワーが姿を消す。余計なことは言わず、打てば響く。優秀な使用人ってのはこうでなくっちゃな。

 

うんうん頷きながら机に向き直り、さあ書くかと羽ペンを手に取ったはいいが……そういえばまだ何を書くかを決めていなかった。彼女たちの父親が死んでからもう十年は経っているし、さすがにお悔やみの手紙を書くには遅すぎるだろう。当主就任のお祝いとか? うーん、何か違う気がするな。

 

羽ペンをくるくる回しながら考えるが……まあいいさ、書いているうちに何か思い付くだろう。何れにせよ書き出しは決まっているのだ。視界の隅で踊っていた黒髪を耳にかけ、瞳を細めて悪戯な笑みを浮かべながら羽ペンを走らせる。

 

《 親愛なる我が従姉妹 レミリア・スカーレット殿

 

  嘗ての別れからどれほどの歳月が流れたのでしょうか。あの勝負に勝った、輝かしい瞬間を今でも思い出します── 》

 

書き進めるにつれて、どんどん羽ペンの進みが滑らかになっていく。それと同時に、ぼやけていた思い出も鮮明になってきた。

 

同時期に生まれた私たちは、多くのことを競い合ったものだ。身長、腕力、狩りのスピード、翼の美しさ、魅了の強さ、妖力の扱い。多くの勝利と、それと同じくらいの敗北。妹のフランドールが物心付いた後は、外に出られない彼女のために、あの真っ赤な館の地下室で三人一緒によく遊んだっけ。

 

「んふふ。」

 

父親たちの目を盗んでレミリアと一緒に初めての吸血をした時、慣れないストレートの血に酔っ払った結果、飼っていた人間を殺してしまったことを思い出して笑みが零れる。あの時は服を血だらけにした所為でひどく怒られちゃったな。幼い頃の微笑ましい失敗というわけだ。

 

《 ──の返事を心よりお待ちしております。

 

  貴女の従姉妹にして偉大なる夜の支配者 アンネリーゼ・バートリ 》

 

うーむ、『偉大なる夜の支配者』はさすがに傲慢すぎるか? ……まあ、レミリア相手ならこれくらいが丁度良いだろう。書き終わった手紙を封筒に入れた後、封蝋を垂らして我が家の紋章で封を施す。そのまま自分の身体の一部をコウモリに変えて、手紙を持たせて部屋の窓から外に放った。なんだか楽しい気分になってきたぞ。

 

久し振りにあいつと遊ぶのもいいかもしれない。何たってもう二人ともあの頃とは違うのだ。お互い当主になって色々なことを学んだし、力の使い方なんかも上手くなっているだろう。だったらあの頃とは違う、もっと壮大で、もっと派手な遊びが出来るんじゃないか?

 

雲一つない夜空に浮かぶ美しい三日月を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは自分の口元が笑みの形に歪むのを感じるのだった。

 

 

─────

 

 

「あの傲慢コウモリ! 性悪の悪魔! ペタンコ吸血鬼!」

 

深夜の紅魔館中に響き渡るお嬢様の怒鳴り声を聞いて、紅美鈴は思いっきり顔を引きつらせていた。なんてこった、お嬢様がおかしくなっちゃったぞ。よもや自分で自分を罵倒し始めるとは……とうとうストレスでぶっ壊れてしまったらしい。

 

門前から声の出所たる二階のお嬢様の執務室を見上げつつ、仕方なしに館の玄関へと歩を進める。関わりたくないのは山々だが、一応確認しておかねばなるまい。お嬢様の頭がおかしくなったとなれば、この紅魔館で『まとも』なのは自分だけになってしまうのだから。お嬢様と私を除くと、ちょっと気が触れている妹様とお馬鹿な妖精メイドたちしかこの館には居ないのだ。

 

エントランスを抜けて二階への階段を上っている最中にも、お嬢様の罵声は止まることなく聞こえてくる。内容がやけに具体的なのがより一層の狂気を感じさせるな。怖すぎるぞ。

 

「大体、あの時の勝負は私の勝ちだったでしょうが! おまけに昔のことをネチネチと……ああ、イライラするわね!」

 

そのまま二階の廊下を進んでたどり着いたお嬢様の執務室のドアを、嫌々ながらも恐る恐るノックしてみると……先程まで聞こえていた罵声がピタリと止んだ後、数秒の沈黙を挟んでから入室を許可する声が飛んできた。

 

「入りなさい、美鈴。」

 

「……失礼しまーす。」

 

まさか妹様みたいにいきなり襲い掛かってきたりはしないだろうな? 慎重にドアを開けてみれば、恐らく頭を無茶苦茶に掻き回したのだろう、自慢のシルバーブロンドがくしゃくしゃになったお嬢様の姿が執務机の向こう側に見えてきた。そして机の上には高級そうな封筒と、強く握り締めた所為か哀れにも皺だらけになった便箋が載っている。

 

「それで、用件は? また妖精メイドが何かやらかしたの?」

 

機嫌の悪そうな雰囲気を纏ったままで聞いてきたお嬢様に、執務机に歩み寄りながら答えを返す。ふむ? 思ったよりもまともっぽいぞ。どういうことなんだ?

 

「そんなのいつものことじゃないですか。……それより、頭は大丈夫なんですか? お嬢様。」

 

「どういう意味よ!」

 

「いやぁ、その……自分で自分に罵声を浴びせかけていたようだったので、とうとう妹様の狂気にやられちゃったのかなと思いまして。」

 

「違うわよ、失礼ね! こいつに怒ってたの!」

 

『こいつ』? 顔を真っ赤にして怒るお嬢様は、私に向かって皺だらけの便箋を突き出してくる。それを受け取って伸ばしながら流し読んでみると……なるほどな、これはお嬢様が怒るわけだ。

 

そこには『小さなレミリア』だとか、『フランの方が当主に向いている』、『相変わらず上手く血を吸えないのか?』といったお嬢様を小バカにするような言葉が、無駄に上品な表現で延々と書き連ねられていた。

 

文面からして差出人は親しい人物のようだが、お嬢様にそんな相手が居たっけか? 一体どんなヤツがこんな無謀な手紙を出したのかと名前を探してみると──

 

「えーっと、『貴女の従姉妹にして偉大なる夜の支配者 アンネリーゼ・バートリ』って……お嬢様に従姉妹とかいたんですね。知りませんでしたよ。」

 

「なーにが夜の支配者よ、バカバカしい。あいつが支配できる闇なんてクローゼットの中くらいじゃないの! ……リーゼは昔からこうだったわ。いっつもニヤニヤ笑いながら私のことをチビだの威厳がないだのってからかってきて! そっちだって大して変わらない癖に!」

 

コウモリのような翼をバタバタと椅子にぶつけながら怒っているお嬢様の言葉を聞いて、思わず笑みが浮かんでくる。このところ沈みがちだったお嬢様には良い気付け薬になったようだ。口ではとやかく言いつつも、何となく嬉しそうに見えるぞ。

 

「ちょっと嬉しそうですね、お嬢様。」

 

「そんなわけないでしょうが! ええい、意味不明なことを言ってないでレターセットを取って頂戴。あいつに私の怒りを思い知らせてやるわ!」

 

「はいはーい。」

 

いやはや、お嬢様がこんなにも感情を表に出すのはいつ以来だろうか。父親であるスカーレット卿が倒れ、下克上を狙う同族や眷属たちから妹様と館を守り抜き、人間たちから姿を隠すために奔走する日々の中で、お嬢様は否が応でも成長せざるを得なかった。いつからか威厳に満ちた言葉を選ぶようになり、感情を隠すようになったお嬢様が子供のように怒っているのを見ると……うむうむ、なんだか安心するな。

 

一つ頷きながら備え付けの棚からレターセットを出して、それを執務机に置いたところでふとした疑問が頭をよぎる。私が雇われた直後に起こった当主の座を巡る戦い。仲の良い従姉妹が居るんだったら、どうしてあの時助力を請わなかったのだろうか?

 

「そういえば、そんなに親しいんだったらどうしてあの時助けを求めなかったんですか? 従姉妹さんも吸血鬼なんですよね? かなりの戦力になったと思うんですけど。」

 

「助けを求める? 私が? あいつに? 冗談じゃないわ。そんなことをするくらいなら日光浴をしながら炒った豆でも食ったほうがマシよ。それにまあ、何と言うか……向こうも同時期に当主が死んで大変だったらしいからね。別にそれとは関係ないけど。」

 

「妹様といい、従姉妹さんといい、愛情の向け方が歪んでますよねぇ、お嬢様は。」

 

こういうのを不器用って言うんだろうな。しみじみと言ってやると、猛烈な勢いで手紙を書いていたお嬢様がジト目で睨め付けてきた。おっとマズい、からかいすぎたか。

 

「……ご飯抜きにされたいらしいわね。」

 

「あーっと、それはちょっと困りますね。ほらほら、当主としての懐の深さを見せてくださいよ。」

 

「懐の深い悪魔なんているわけないでしょ。アホなことを言ってる暇があるなら、フランにもリーゼから手紙が来たって伝えてきて頂戴。」

 

「りょうかいでーす。」

 

にへらと笑って返事をした後、明確な『ご飯抜き宣言』を食らう前に小走りで部屋を出る。先程上ってきた階段を一気に飛び下りて、地下通路に続く階段がある方へと一階の廊下を歩き始めた。

 

しかし、一階の廊下はやっぱりお掃除が必要だな。二階のお嬢様の生活スペースとエントランス周辺だけはなんとか綺麗に保てているが、このボロボロの廊下もいつかは片付けねばなるまい。……当然、私がやることになるわけだ。妖精メイドたちに期待するほど耄碌しちゃいないさ。

 

でも、面倒くさいなぁ。ため息を吐きながら廊下の突き当たりにある階段を下りて、薄暗い地下通路へと足を踏み入れる。こっちはまあ、許容範囲だ。同じようにボロボロだし、お世辞にも綺麗とは言い難い有様だが、基本的に石造りな所為であんまり気にならない。

 

だからセーフ。これもまた雰囲気作りの一環なのだ。内心で自分に言い訳をしつつ、通路の最奥にあった鋼鉄製のドアをノックしてから名乗りを上げた。

 

「妹様、美鈴でーす。」

 

「……はいっていいよ。」

 

鈴を転がすような綺麗な声と、それに似つかわしくない平坦な話し方。許可に従って重いドアをゆっくりと開けてみれば、人形の……というか、人形だったモノの散らばる床にぺたりと座り込んでいる小さな女の子が見えてくる。

 

うわぁ、ヤバいぞ。いきなり不機嫌モードじゃないか。輝く金髪をサイドに纏め、可愛らしい小さな口元を真一文字に閉じた妹様は、ぺちぺちと地面を叩きながら入ってきた私を睨み付けてきた。

 

これが初めて会った者であれば、キュートな少女が拗ねているとしか思わないのだろうが、残念ながら私はこの少女が凄まじい力を持った吸血鬼であることを知っているのだ。おまけにちょっと気が触れているとなれば、これはもう普通に命の危機なのである。

 

落ち着け、私。こういう時の妹様にはとにかく話しかけるのが肝要だ。少なくとも会話が続いている分には『きゅっからのドッカーン』はない……こともないが、確率的には多少マシになるのだから。

 

「妹様、朗報ですよ! お手紙! お手紙が来たんです!」

 

とりあえず明るい表情で話題を投げかけてみると、予想に反していきなり妹様の放つ威圧感が増してしまった。どうやら虫の居所が悪いらしい。

 

「手紙ぃ? まさかフランにってわけじゃないんでしょ? アイツに手紙が来たからってなんでフランの所にわざわざ知らせに来るの? ……ひょっとして、自慢? 地下室で延々お人形ごっこをしてるフランに自慢しに来たってこと? 頭のおかしいフランと違って、自分にはお友達がいるんだって! 壁に話しかけてるようなフランとは違うんだって! そうやって自慢しに来たんでしょ!」

 

わお、怖い。妹様が長台詞モードになっちゃってる。こうなると一方的にこちらに対して文句を言い募った後に、ドッカーンが来ちゃうのだ。それを防ぐためには話の流れを変える必要があるわけだが……そういえば例の従姉妹さんと妹様は仲が良いのだろうか? もし仲が悪かったとすれば、手紙の送り主を伝えたところで火に油を注ぐだけだぞ。

 

とはいえ、最早どうしようもない。いざとなればお嬢様に全部押し付けて逃げてしまおう。額に冷や汗が滲むのを感じながら、文句の合間に地面をぶん殴っている妹様へと口を開く。

 

「うー、嫌い、嫌い! アイツはいっつもそうなんだ! どうせ上ではフランのことを嗤ってるんだ! どうせ、どうせ──」

 

「あの、アンネリーゼ・バートリさんからのお手紙だったんです!」

 

背水の覚悟で長台詞に割り込んでみると、その瞬間にビックリした顔で妹様が喋るのを止めた……かと思えば、いきなり満面の笑みでこちらに問いかけを送ってきた。どうやら当たりを引いたらしいが、これはこれでちょっと怖いな。

 

「リーゼお姉様からのお手紙? なんて書いてあったの?」

 

「えっとですね……なんか近況報告と、お嬢様を小バカにする内容が半々くらいでしたよ。」

 

「ざまあみろ、いい気味だね。それで? 遊びに来るとは書いてなかったの? フランのことは?」

 

「遊びに来るとは書いてませんでしたけど、妹様のほうが当主に相応しいだとか、可愛いフランに会いたいとかっては書いてましたよ。」

 

矢継ぎ早に飛んできた質問に答えを返してみると、妹様はご機嫌な様子でニコニコ笑い始める。当主云々の辺りは本気で書いていたようには見えなかったが、そんなもん構うまい。私は自分の身の安全が一番大切なのだ。

 

「えへへ、さすがはリーゼお姉様だね。物事を正しくニンシキしてるよ。美鈴もそう思うでしょ?」

 

「そうですねぇ、そう思います。」

 

イエスマンに徹して同意を放つ。長いものにはぐるぐる巻かれるべきなのだ。私の肯定で更に気を良くしたらしい妹様は、地面に仰向けに寝転がりながら従姉妹さんについてを語り出した。

 

「リーゼお姉様かぁ、私も久しぶりに会いたいな。……そうだ! 美鈴、アイツにリーゼお姉様をお招きするように言ってよ。そしたらそしたら、何して遊ぼうかな? 一緒にアイツをぶっ飛ばすのがいいかも! それともきゅうけつ鬼ごっこ? うーん、悩むなぁ。」

 

どうやら妹様の中では、既に従姉妹さんが遊びに来ることは決定済みらしい。……まあ、私もちょっとだけ興味があるな。お嬢様はライバル視しているようだし、妹様はよく懐いているようだ。果たしてどんな吸血鬼なのか。

 

「分かりました。お嬢様に伝えてきますねー。」

 

了承の言葉を返してから妹様の部屋を出て、伝書コウモリの如くお嬢様の執務室へと戻りながら考える。もし従姉妹さんをお招きするとなれば、お嬢様はこの館の惨状を是とすまい。あれだけ対抗心を燃やしていたのだから、見栄を張って完璧な状態を見せたがるはずだ。

 

そうなると私が馬車馬のように働く羽目になるのだが……反面、従姉妹さんを招かなければ妹様の機嫌は地の底だろう。そうなった場合に煽りを食うのも同じく私なのだ。

 

どちらにせよ自分が苦労する未来が見えるのに、紅魔館の門番兼メイド長兼庭師兼復旧担当である紅美鈴は深いため息を漏らすのだった。

 



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2話

 

 

「相変わらず悪趣味な館だな。」

 

彼方に見えてきた月明かりに照らされる建物を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは呆れた声色で呟いていた。あれこそがスカーレット家が誇る本拠、『紅魔館』である。昔は紅くてカッコいいとか言っていた気がするが、その度に父上は複雑な顔をしていたものだ。今ならその気持ちが理解できるぞ。さすがに真っ赤に染めるのはやりすぎだ。

 

「あれ? 門前に誰か居ますね。」

 

「ふむ、門番かな。」

 

連れてきた使用人が言うのに、翼をはためかせながら返答を送る。誰も付けずに訪問するのはプライドが許さなかったので、一応世話役として連れてきたのだ。おっとりとした見た目の、父上の代から我が家に仕えている忠誠心抜群のハーフヴァンパイア。……まあ、ちょっとおっちょこちょいなのが玉に瑕だが。

 

単純な世話役としてはしもべ妖精の方がよっぽど使えるのだが、彼らは残念ながら飛ぶことが出来ない。着陸後にロワーを呼び出すってのは……うん、やっぱりダメだな。供を付けずに飛ぶなんて格好が悪いのだ。

 

しかし、門番だと? そんなものが居るとは生意気じゃないか。うちの屋敷には居ないぞ。レミリアに負けるってのは癪に障るし、こっちでも早急に雇う必要がありそうだ。

 

内心で決意しながら門の前に着陸して、赤い長髪の奇妙な格好をした門番に顔を向けた。人間……ではないな。かといって吸血鬼でもない。大陸の方の妖怪か? 少しだけ警戒する私たちへと、件の門番が歩み寄りつつ声をかけてくる。

 

「どーもどーも、ようこそ紅魔館へ。門番の紅美鈴と申します。」

 

「これはご丁寧にどうも。こちらがバートリ家のアンネリーゼお嬢様です。今日はよろしくお願いしますねー。」

 

なんだその呑気なやり取りは。私の連れてきた使用人と同じく、どうやらこの門番……紅美鈴とやらもちょっと抜けているヤツのようだ。やけにふわふわした使用人同士の会話を尻目に、懐かしき紅魔館へと目をやった。

 

ふむ、記憶よりもやや古ぼけた感じだな。見栄っ張りのレミリアが手入れを怠っているということは、やはりスカーレット家も順風満帆とは言い難いらしい。おまけにここからでもフランの狂気が感じられるぞ。これでは尋常な存在は生きていけないはずだ。

 

「それじゃあ、お嬢様のところにご案内いたします。こちらへどうぞ。」

 

「ああ、頼むよ。」

 

お決まりのやり取りを終えたらしい門番に頷いて、先導するその背に続いて門を抜けてみれば……ほう、やるじゃないか。庭は綺麗に整っているな。ここだけは昔の紅魔館よりも美しいくらいだ。

 

夏の花々が咲き誇る庭を見物しつつ進んで行くと、大きな玄関の前に仁王立ちする小さな少女の姿が目に入ってきた。肩にかかるかかからないか程度のシルバーブロンドに、私と同じ真紅の瞳。薄紅色のドレスを着ながら、顔には懐かしい勝気な笑みを浮かべている。

 

言わずもがな、彼女こそがレミリア・スカーレットだ。私の幼馴染で、スカーレット家の現当主。記憶の中の彼女よりも少しだけ大人びた、幼きデーモンロードがそこに立っていた。

 

薄く微笑みながらの私がレミリアに近付くと、先んじて彼女の方から挨拶を投げかけてくる。うーむ、相も変わらず可愛らしい声だな。その所為で威圧感が半減だぞ。

 

「久し振りね、リーゼ。」

 

「また会えて嬉しいよ、レミィ。相変わらず小さくて可愛らしいね。お人形さんみたいだ。」

 

皮肉げな口調で返してやれば、途端に私とレミリアの間の空気が凍り付く。おお、怒ったか? 私の方が身長が高いのは純然たる事実だぞ。

 

「……あんたと違って私は伸び代を残してるのよ。そっちこそ昔と一切変わってないペタンコ具合ね。一瞬洗濯板の妖怪が訪ねてきたのかと思ったわ。」

 

「どんぐりの背比べという東方の諺を知っているかい? レミィ。私が洗濯板ならキミは壁だね。壁妖怪さ。」

 

「あのね、私は身長に対しての大きさの話をしてるの。私が壁な分には収まりがいいけど、あんたの場合は貧相さが目立ちまくりよ。」

 

突如として始まった罵り合いに、うちの使用人はオロオロしているが……おやまあ、レミリアのとこの門番は笑ってるな。大した度胸じゃないか。悔しいが、使用人のレベルは向こうが上らしい。

 

「ところで、最近の紅魔館では客を外に立たせておくのかい? 随分と失礼な当主じゃないか。スカーレット卿も地獄で嘆いているだろうね。」

 

「うちでは客を選ぶのよ。……まあいいわ、寛大な私に感謝するのね。入りなさい。」

 

「記憶が確かなら、私は招かれたはずなんだがね。」

 

苦笑を浮かべながらレミリアに続いて館に入った瞬間、いきなり身を包む狂気が強くなった。敷居を跨いだ瞬間にこれということは、狂気を封じ込めるために何らかの結界を張っているのだろう。我ら吸血鬼の未来と同じように、フランの病状も悪化の一途を辿っているようだ。

 

「おいおい、フランは大丈夫なんだろうね?」

 

思わずレミリアに問いかけてみると、前を歩いていた彼女はバツが悪そうな表情で振り返ってくる。

 

「大丈夫ではないわね。一刻も早く狂気を改善するための方法を探す必要があるわ。」

 

……強がりもなしか。なかなか切羽詰まっているようだ。想像していた以上に深刻な返答に顔を顰めつつ、再び歩き始めたレミリアへと言葉を放った。

 

「私にとってもフランは妹同然だ。もし助けが必要なのであれば、ここだけは意地を張らないでくれよ?」

 

「そんなこと分かってるわよ。……そもそも、今日はそのことを話したくて呼んだの。」

 

「ふぅん? なるほどね。」

 

やけに素っ気なく言ってきたレミリアに相槌を返して、記憶より小さく感じる階段を上っていく。翼がぷるぷるしているのを見るに、どうやら照れているようだ。分かり易いのも相変わらずか。

 

しかしまあ、随分と飾られている絵が減ったな。私の屋敷と違って、昔の紅魔館には壁という壁に絵画が飾られていたのだが……さすがに絵までは直せなかったらしい。当主交代の際の騒動はそれなりに大きかったわけだ。

 

私が細やかな変化に考えを巡らせている間にも、たどり着いた部屋のドアをレミリアが開いた。二階東側の一室。昔はスカーレット卿の執務室だった部屋だ。二人でこっそり忍び込んだ結果、後で怒られてしまったことを覚えている。

 

記憶を掘り起こしながらドアを抜けてみれば、大きな執務机や応接用の真っ赤なソファ、マホガニーのセンターテーブルなんかが見えてきた。備え付けの棚の一部には本や地球儀などの小物が置かれ、残るスペースは訳の分からん大量のガラクタで埋め尽くされている。スカーレット卿が使っていた頃は本だらけだったはずなんだがな。

 

「座って頂戴。」

 

レミリアがさっさとソファに座りながら言うのに、やれやれと首を振りながら対面のソファへと腰を下ろす。客より先に座っちゃうのはどうかと思うぞ。そのまま脚を組んで話の口火を切ろうとしたところで、ドアの方からカラカラという音が聞こえてきた。

 

チラリとそちらに目をやってみれば……おや、門番? 私たちの後ろを付いて来ているもんだと思っていた門番が、ティーセットの載ったカートを押して部屋に入ってきている。おいおい、いつの間に準備しに行ったんだ? 私が気配を読み違えるとは、つくづく想像を上回るヤツだな。ちょっと欲しくなってきたぞ。

 

「あげないわよ。」

 

ニヤリと笑ったレミリアの言葉に、肩を竦めながら苦笑を返す。残念、先手を取られたか。

 

「んふふ、いつから心を読めるようになったんだい?」

 

「あんたの場合は顔に出やすいのよ。」

 

そうかな? そんなこと初めて言われたぞ。首を傾げる私に対して、レミリアはこれでもかってくらいの得意げな笑みを浮かべている。考えを言い当てられたのと、部下自慢のダブルでご満悦らしい。なんとも憎たらしい表情ではないか。

 

「どうぞ。えーっと……なんとかティーです。つまりはまあ、紅茶です。」

 

なんだそりゃ。私の前にカップを置きながらの門番が謎の説明を口にしたところで、レミリアの笑みが大きく引き攣った。どうやら紅茶の銘柄を忘れてしまったらしい。うーん、有能なんだか抜けてるんだかよく分からんヤツだな。

 

「ああもう! 下がってなさい、美鈴!」

 

「はーい。」

 

「キミも下がってていいよ、エマ。」

 

「はい、それじゃあ失礼しますねー。」

 

レミリアの指示で門番が出て行くのに合わせて、私も連れてきた使用人を下がらせる。二人ともどことなく雰囲気が似ているし、門番に任せておけば問題ないだろう。一つ頷きながら用意された紅茶に口を付けてみれば……むう、美味いじゃないか。銘柄不明なのが残念だな。

 

 

 

「それで、フランのことだけど……。」

 

そしてお互いの近況報告が一段落したところで、レミリアがやおらフランの話題を切り出してきた。いよいよ本題ってわけか。ソファに深く座り直して聞く姿勢になった私を見て、レミリアも少し前屈みになりながら話を続けてくる。

 

「年々強くなるあの子の狂気に対して、現状有効な手立ては一切ないわ。そもそもお父様ですらどうにも出来なかったんだから、いきなり解決策が見つかる訳ないしね。」

 

「まあ、それはそうだろうね。私たちに思い付く程度のことはスカーレット卿がもう試してるはずだ。」

 

納得の頷きを返した私へと、レミリアはテーブルにずいと身を乗り出しながら提案を放ってきた。

 

「だからこそ、思い切って着眼点を変えてみるべきなの。お父様が選ばなかった道こそを辿ってみる必要があるわけよ。……時代は移ろっているわ。嘗ては生まれていなかった者たち、姿を隠していた者たちが力を付けてきている。そういう連中だったら、私たちが知らないような方法を知っているとは思わない?」

 

「まさかとは思うが、人間を頼るつもりじゃないだろうね? あの蛆虫どもがフランの問題を解決できるとは思えないぞ。」

 

矮小で、目障りで、忌々しい存在。数だけがどんどん増える人間のことを考えるとイライラしてくる。組んだ脚を小刻みに揺する私に対して、レミリアは背凭れに身を戻しながら肩を竦めてきた。

 

「そうね、私たちは強い。あんな連中よりも遥かにね。……だけど、この国を見渡してごらんなさいよ。何処も彼処も人間だらけじゃないの。連中は次々と未知を既知に変え、その短い寿命で何かを生み出し続けているわ。貴女だって本当は分かっているんでしょう? リーゼ。私たちは負けたのよ。……負けつつあると言うべきかもね。」

 

諦観か、達観か。悟ったような微笑みでレミリアが言うのに、鼻を鳴らして返答を放る。……ふん、分かっているさ。レミリアの言う通り、我々は強すぎたのだ。その強さ故に進歩を拒んでしまった。私たち吸血鬼が種族的優位にかまけて停滞している間にも、人間たちはその矮小な命の限り闇夜を照らす努力を重ねてきた。その結果がこれなのだろう。

 

「理解はしているさ。だが、それでも認めることは出来ないね。我々は吸血鬼。ヤツらの恐れる夜そのものなんだ。……私たちは畏れなくして生きていけない。巷で吸血鬼と呼ばれているあの半端者ども。あいつらのように人間に擦り寄って生きろとでも? 冗談じゃないね。それを選ぶくらいなら、私はバートリの吸血鬼として誇り高く死ぬことを選ぶよ。」

 

「分かってるわ、貴女はそういう存在だものね。……でも、私はフランの為ならなんだってやってみせる。連中の靴を舐めてあの子が狂気から解放されるなら、迷わず這い蹲って舐めてやるわよ。」

 

レミリアの真っ直ぐな宣言を聞いて、熱くなっていた議論が急速に冷めていくのを感じる。……羨ましいことだな。フランはちゃんと理解しているのだろうか? 自分がこんなにも想われていることを。

 

「……まあ、キミの愛情の深さは理解したよ。大したもんだ。脱帽さ。しかし実際のところ、人間どもが何かの役に立つとは思えないね。狂気に当てられて狂うだけじゃないか?」

 

「そりゃあ、普通の人間には無理でしょうけどね。連中の中でもとびっきりの異端者たち……魔法使いならどうかしら?」

 

「一応聞くが、どっちの魔法使いのことだい?」

 

私の知る限り、魔法使いと呼ばれる生き物は二種類存在するはずだ。棒きれを振り回しながら呪文を唱えている間抜けな連中と、文字通り人間をやめた種族としての魔法使い。私の問いかけに対して、レミリアは間髪を容れずに答えを返してきた。

 

「分かり切ったことを聞かないで頂戴。『本物』の方に決まっているでしょう?」

 

「ま、そりゃそうだ。人間やめてるくらいじゃないと狂気の解決なんか夢のまた夢だろうしね。……とはいえ、そうなると今度は別の問題が出てくるぞ。あのイカれた連中が易々と知識を渡すと思うのかい?」

 

魔法使いってのは等価交換を重んじる存在だ。フランを狂気から救うほどの方法に相応しい対価を用意できるとは思えないし、そも取引に応じるような魔法使いが居るかも微妙なところだろう。ヤツらは他者とは関わらず、山奥に籠って一人で研究しているのが大好きなのだから。わざわざ厄介な問題に首を突っ込んできたりはすまい。

 

私の示した懸念を聞いて、レミリアはピンと人差し指を立てながら自身の策を語り始めた。

 

「だから魔法使いに至る前の人間に話を持ちかけるのよ。至ることが出来そうな、人外になれる素質を持った人間にね。手取り足取り面倒を見てあげた後、然るべきタイミングで負債を徴収するってわけ。……どう? 良い考えでしょ?」

 

「迂遠だね。なんとも迂遠な方法だ。かなりの時間がかかるぞ、それは。」

 

「幸いにも時間だけは有り余ってるわ。私たち吸血鬼は特にね。……それに、運命が見えたの。この方法を選んだ先に、あの子が外で楽しげに遊んでいる姿があるはずよ。」

 

『運命を操る程度の能力』

 

いつからか宿っているレミリアの力。私からすればひどくあやふやな力だが、少なくとも行動方針にするくらいには信用できる。そのことは長年の付き合いで学習済みだ。

 

「ふぅん? ……にしたって、至れる存在とやらをどうやって探すつもりだい? まさかその辺を歩いている人間を教育するつもりじゃないだろうね?」

 

「そんなわけないでしょ。紛い物の中から探すのよ。原石はそこにあるはずだわ。」

 

紛い物? ……ああ、なるほど。棒きれを振り回してる方か。確かにその辺を当てもなく探すよりはマシだろう。それにしたって苦労はするだろうが。

 

「まあ、話は概ね理解できたよ。それで? 私に何か手伝えと言うんだろう?」

 

「『私にとっても妹同然』なんでしょ? 当然働いてもらうわよ。」

 

おっと、言質を取られていたわけか。……いいさ、あの発言は別に冗談で言ったわけじゃない。フランを狂気から解放してやりたいというのは紛れもない本心なのだ。

 

「んふふ、仕方がないから手伝ってあげるよ。具体的には何をすればいいんだい?」

 

「そうこなくっちゃね。用意した資料があるから、先ずはそれに目を通して──」

 

私の質問を受けたレミリアが立ち上がって執務机の方に向かおうとした瞬間、館をビリビリと揺らす振動と共に階下から凄まじい轟音が響いてきた。なんとまあ、起こす癇癪のレベルも昔とは段違いだな。

 

二人揃って地面に視線を送った後、上げた顔を見合わせて苦笑を交わす。

 

「どうやら、詳しい話の前に地下室に行った方がよさそうね。フランに会ってあげて頂戴。」

 

「そうすべきみたいだね。」

 

箱入り娘どのの催促には逆らえんな。くつくつと笑いながらソファを離れて、幼馴染の背に続いて地下室へと歩き出す。レミリアの話はまだ長くかかりそうだし、紅魔館が廃墟になる前に可愛い妹分との再会を果たすことにしよう。

 

 

 

「リーゼお姉様っ!」

 

地下室の扉を抜けた途端に突っ込んできた金色の塊を、年長の意地でなんとか抱き止める。普通の女の子がやる分には可愛らしいかもしれんが、フランがやるとバカにならない衝撃だな。一瞬息が詰まったぞ。

 

「やあ、フラン。久し振りだね。また会えて嬉しいよ。」

 

「うん、フランも会いたかったよ! 今日はね、今日はね、リーゼお姉様が遊びに来るからってずっと起きて待ってたんだ! ねえねえ、何して遊ぶ? 今日は泊まっていくの? 泊まっていくよね? それじゃあずっとフランと──」

 

「フラン、はしたないわよ。少し落ち着きなさい。」

 

私に抱きついたままで捲し立ててくるフランへと、背後に続くレミリアが注意を放つが……うーむ、これは良くないな。狂気の所為なのか、姉妹仲がかなり悪化しているようだ。フランはいきなり冷たい表情に変わって文句を返した。

 

「うっさいなぁ、オマエは呼んでないよ。上で当主ごっこでもしてればいいじゃん。勝手に入ってこないでくれる?」

 

「スカーレットの家人としての礼儀作法は教えたでしょう? いくらリーゼが相手でも、きちんとした淑女としての振る舞いを──」

 

「うるさいってば。誰かさんがこんな場所にユーヘーするもんだから、使う機会がないんだよ。いいから出てって。ジャマだから。」

 

いやはや、レミリアの愛情を知っている身としてはもどかしくなってくるやり取りだな。フランの取り付く島もない返事を受けたレミリアは、ちょっとだけ悲しそうな苦笑で部屋を出て行く。

 

「まあいいわ。私は執務室で書類を片付けてるから、しばらく二人で遊んでおきなさい。」

 

「べーっだ! もう二度と来なくていいからね! ……それで、えーっと、なんだっけ? そう、お人形! 美鈴に大きなお人形を用意させたから、これを二人でバラバラにして遊ぼうよ!」

 

くるりと表情を変えて提案してきたフランへと、部屋の隅に転がっているチェスセットを指差しながら返答を送る。せっかく準備してくれた門番には悪いが、ひたすら人形をバラバラにするくらいならチェスでもやった方が百倍マシなはずだ。

 

「それも魅力的だが、私としてはチェスをやりたいな。フランがどれだけ強くなったのかを見せてくれないかい?」

 

「んぅ、リーゼお姉様はチェスがいいの? んー……分かった! じゃあチェスにしよっか。」

 

自分と同程度の背丈の人形をぞんざいにぶん投げたフランは、私の手を引いて部屋の中央に置かれたベッドの方へと誘導し始めた。ソファもテーブルも無いのか。……というか、フランが壊しちゃったようだ。その残骸らしき木片が壁際に転がっている。

 

 

 

「それでね、美鈴ったらアジアの妖怪だからってみんなから仲間ハズレにされちゃってさ。アイツの側に付くしかなかったんだって。運が悪いよねぇ。」

 

……マズいな、今回は負けそうだぞ。ベッドの上で行われるチェスももう三戦目。疎遠だった時間を埋めるように語り合いながら試合を進めていたのだが、ここにきて初めて劣勢になってしまった。物凄く強くなってるじゃないか、フラン。

 

姉貴分としては負けるわけにはいかないと焦り始めた私を他所に、フランは当主交代の際の騒動についての話を続けてくる。

 

「昼も夜もうるさくって眠れなかったよ。いろんな音がして楽しそうだったのに、フランはここから出られないしさ。気付いたら全部終わっちゃってたの。つまんなーい!」

 

「なるほどね。」

 

かなりの劣勢だったのだろうに、レミリアは地下室に敵を入り込ませなかったらしい。涙ぐましい努力だが、肝心のフランには一切伝わっていないようだ。クィーンを動かしながら報われない姉を思って苦笑する私へと、フランは腕を組んで受け手を考えつつ質問を寄越してきた。

 

「リーゼお姉様の方はどうだったの? 楽しかった?」

 

「いや、私の方は手間も時間もかからなかったよ。残念ながら私自身の力じゃないけどね。父上のお陰さ。」

 

晩年、病によって自分の命が燃え尽きようとしていることを自覚した父上は、遺言を伝えるという名目で当時屋敷にいた実力者たちを自室に集めたのだ。そして、最後の力を振り絞って私以外の全員を皆殺しにしてくれた。後は好きに生きろとの言葉を遺して。

 

だからまあ、家の支配を確立するのは大して苦労せずに済んだ。残った反抗的な木っ端どもを誅殺すればそれで終わりなのだから。うむ、父上には感謝しきれないな。地獄で母上と一緒に優雅に過ごしていてくれれば良いのだが。

 

「チェックだよ、フラン。」

 

バートリ家のお家騒動の時を思い出しながらも、フランの悪手に付け込んでチェックをかける。よしよし、どうにか勝てそうだな。もうフランとチェスはしない方が良さそうだ。次やったら負ける自信があるぞ。

 

「うぅー、ここもダメだし、ここも、ここもダメ。フラン、また負けちゃったみたい。やっぱりリーゼお姉様は強いね。……ねね、もう一回! もう一回やろうよ!」

 

「すまないが、そろそろレミリアの所に戻るよ。お仕事の大事な話があるんだ。」

 

おやおや、くるくると表情が変わるな。途端に不機嫌そうな顔になってしまったフランへと、頭を撫でてやりながら言葉を繋げた。さすがにその反応は予想済みなのだ。

 

「その代わり、また近いうちに遊びに来るよ。次はきちんとお土産も持ってくるから、それで許してくれないかい?」

 

「んぅ……ホントに? ホントにまた来てくれるの?」

 

「ああ、約束だ。バートリの名誉に懸けて誓うよ。」

 

真剣な表情で頷いてやると、フランは抱き付いた私の胸に頭をぐりぐりと擦り付けながら口を開く。

 

「……わかったよ。フランは良い子だから、また来てくれるなら許してあげる。お土産はおもちゃがいいな。二人で遊べるやつ!」

 

「了解したよ。とびっきりのを探しておこう。」

 

名残惜しげなフランのおでこにキスした後、ベッドを下りて鋼鉄製の重苦しい扉へと向かう。いつかこの子が地下室から出れるようになったら、レミリアと三人で自由に夜空を飛び回りたいもんだ。

 

「それじゃあね。また来るよ、フラン。」

 

「うん……絶対、ぜーったいまた来てね! 約束だよ!」

 

扉の先で振り返って挨拶を放つと、ベッドの上のフランは両手で大きく手を振ってきた。……うーむ、後ろ髪引かれるな。今ならフランの魅了にかかってしまうかもしれない。

 

後戻りしたい気分をなんとか振り払いながら薄暗い地下通路を抜けて、一階への階段を上がったところで……何してるんだ? こいつら。熱心に階段の手すりを見つめる奇妙な二人組が目に入ってくる。門番と、我が家の使用人だ。

 

「ほらほら、このクリームを使うと木材がピッカピカになるんです! これでお掃除なんか楽勝ですよ!」

 

「わあ、凄いですねぇ。……でもなんか、色が変わってきてませんか? ひょっとして強すぎるんじゃ?」

 

「あっ、ヤバい。……まあほら、それだけ凄いってことですよ。見方によっては白くて綺麗になったとも捉えられますし。ね?」

 

ニスが剥がれてるようにしか見えんぞ。どうやら門番から掃除用品についてを教えてもらっているようだが……私の屋敷では絶対に使わせないからな、そんなもん。物事には加減というものがあるのだ。

 

呆れた表情で近付く私へと、先んじて気付いた門番が声をかけてきた。優秀なポンコツか。なるほどレミリアが好きそうな人材じゃないか。なにせ当の本人がそうなわけだし。

 

「ありゃ、従姉妹様。妹様とはもういいんですか?」

 

「フランとは充分遊んだが、レミィとの話が残ってるんだ。もうちょっとの間だけうちの使用人をよろしく頼むよ。」

 

「はーい、了解でーす。」

 

『従姉妹様』か。面白い呼び名を考えるもんだな。素直に頷いた門番と慌ててお辞儀してきた使用人の間を抜けて、エントランスの階段を上って二階の執務室に戻ってみると、部屋の主人が執務机で羊皮紙の束に向き合っているのが見えてくる。

 

「あら、ノックもなし? 貴女もフランと一緒にマナーを勉強すべきね。」

 

「我々の間に壁はないのさ。……フランはチェスが強くなってたよ。キミが教えたのかい?」

 

先程居たソファに座り込みながら問いかけてみれば、レミリアは苦い表情で首を横に振ってきた。

 

「多分、一人遊びをしてるうちに強くなったんでしょ。私とはもうチェスなんかやってくれないでしょうしね。……お父様が死んだから、地下室から出してもらえると思ってたらしいの。私が封印を解かないもんだから裏切り者扱いされちゃってるのよ。」

 

「なるほどね、姉妹仲が悪くなってたのはその所為か。」

 

「いずれ分かってくれる日が来るわ。……きっとね。」

 

草臥れた表情で執務机を離れたレミリアは、手に持っていた羊皮紙の束を私の前のテーブルに広げてくる。二十枚ほどのそれには顔写真や肖像画、それに人名と簡単な経歴なんかが載っているようだ。履歴書か何かか?

 

「何だい? これは。」

 

「見所がありそうな魔法使いのリストよ。『魔法省』とかいう政治機関の人間を何人か美鈴に攫わせて、私が魅了をかけて調べさせたの。国外のやつもいるわよ。遠すぎる場所のはさすがに入手できなかったけど、ヨーロッパ圏の有望株は大体揃えたわ。」

 

「ふぅん? 頑張ったじゃないか。」

 

手に取ってよく見てみると、ちらほらと中の人物が動いている顔写真があるぞ。これが魔法か。ちょびっとだけ面白いな。興味深い気分で写真の中の魔法使いを突っつく私に、レミリアが束の中から三枚の羊皮紙を選び取って差し出してきた。

 

「運命を覗いたところ、『本物』に至れそうなのは三人だけだったわ。アルバス・ダンブルドア、ゲラート・グリンデルバルド、そしてパチュリー・ノーレッジ。……この三人よ。」

 

どれも若いな。快活そうな雰囲気の鳶色の髪の少年、怜悧な目付きでこちらを睨むブロンドの少年、俯いて暗い顔をしている紫の髪の少女。つまり、この三人の中の誰かがフランを救う鍵になるわけか。

 

羊皮紙に貼り付けられた三者三様の写真を見て、アンネリーゼ・バートリは薄っすらと笑みを浮かべるのだった。

 



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3話

 

 

「まさかこんな場所があったとはね。普通の人間……『マグル』と呼ぶんだったか? にはバレないのかい?」

 

左右に立ち並ぶ店々と、騒がしく歩き回るローブ姿の魔法使いども。ロンドンのど真ん中とは思えないその光景を前に、アンネリーゼ・バートリは連れてきたロワーへと問いかけていた。

 

「隠蔽魔法によってマグルたちからは隠されているのでございます。」

 

「ふぅん? 紛い物どもも中々やるじゃないか。」

 

我が家のしもべ妖精が返してきた答えに頷いてから、雑踏の中を歩き始める。屋敷しもべ妖精は魔法使いにとってはメジャーな存在のようだし、ロワーはこちらの世界に詳しいということで供にと連れてきたのだが……周りを見渡す限り、引き連れてるヤツは一人も居ないぞ。本当に大丈夫なんだろうな?

 

今日訪れているのは『ダイアゴン横丁』。イギリスにおける魔法使いたちの商店街だ。ロンドンの中心部から程近い場所にあったのも驚きだが、この賑わいっぷりも予想外だな。高が人間が作ったものだと思いつつも、ふつふつと湧き上がってくる好奇心を感じる。

 

久々に紅魔館を訪れたあの日、レミリアから詳細な話を聞いた後、私たちはお互いの役割を決めた。フランが居る紅魔館から動けないレミリアは手紙でのやり取りで魔法使いの政治機関とのパイプ作りを。そして私は直接目標に接触して見極めることになったのだ。

 

まあ、適材適所ってことだな。真昼を生きる人間に接触する分には、私の生まれ持った能力が大いに役立つことだろう。

 

『光を操る程度の能力』

 

吸血鬼に有害な日光を緩和し、夜闇を際立たせる私だけの力。普通の吸血鬼とは違って、私にとって陽の当たる場所を闊歩するのは難しいことではないのだ。……いやまあ、夜行性の身としては無論楽しい気分にはなれないが。

 

ただし、残念ながら私はこの力を十全には使い熟せていない。レミリアしかり、フランしかり、どんなに大仰な能力を持っていても使い熟せなくては肩透かしになるだけだ。能力の細やかな制御が出来ないのは吸血鬼の特性なのかもしれんな。

 

とにかく、三人のうち二人はイギリスにある『ホグワーツ魔法魔術学校』とかいう学校の生徒らしい。もう一人が他国の人間だということもあり、とりあえずはアルバス・ダンブルドアとパチュリー・ノーレッジに接触することが決まったのだ。

 

となれば、先ずは『魔法界』の常識を学び、溶け込む必要があるだろう。人間が吸血鬼に対して友好的なはずもないし、いきなり討伐対象になるのは御免だ。そんなわけで光を操って翼を透明にして、バカバカしいローブを身に纏った姿でこの場所に居るわけだが……成る程どうして面白そうな商店街じゃないか。

 

私の知る魔法使いという存在は自分の知識やら素材やらを軽々しく他人に渡すような連中ではなかったはずだが、学校があることといい、この商店街の様子といい、どうやらこちらの魔法使いどもは随分とオープンにやっているらしい。

 

古来よりの伝統も形無しだな。呆れ半分、感心半分くらいの思いで通りを歩いていると、ふと視界の隅に奇妙な店が映り込む。

 

「……『箒屋』? おいおい、まさかあれに乗って飛ぶんじゃないだろうね?」

 

ショーウィンドウにどうだと言わんばかりに多種多様な箒が置いてある店を見ながら、一歩後ろを付いてくるロワーに聞いてみれば、忠実なしもべ妖精はやたらハキハキとした口調で返答を寄越してきた。

 

「その通りでございます、お嬢様。魔法使いたちは箒に跨って空を飛ぶのです。質の良い箒は、ともすれば家よりも高いのでございます。」

 

なんてアホな連中なんだ。そんなもん座り心地は最悪だろうに。他にもふくろうショップだの、魔法植物専門店だのといった普通の街では絶対に見られない店の間を歩いて行くと、道の先に一際目立つ大きな建物が見えてくる。

 

「おっと、あれが銀行……グリンゴッツだったか。」

 

「はい、小鬼たちが運営している魔法界の銀行でございます。」

 

ロワーと話しながら白一色の建物に入ってみればいるわいるわ、あれが小鬼というわけだ。屋敷しもべ妖精から愛嬌を抜いて、十倍くらい神経質にしたような生き物だな。見るからに意地が悪そうじゃないか。

 

左右の台の上で忙しなく働く小鬼たちを横目に、奥にある受付らしき場所へとひた歩く。何をするにせよ、先ずはこっちの通貨を手に入れなければなるまい。人間……じゃなくて、マグルの通貨は使える場所が限られているらしいのだ。

 

監視するかのようにこちらを見てくる小鬼たちにうんざりしつつ、たどり着いた最奥のカウンターの前に立ってみれば、やたら背の高い椅子に座っている小鬼が声をかけてきた。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「換金を頼みたいんだ。これをこっちの通貨……ガリオンとやらに換えてくれ。」

 

「かしこまりました、少々お待ちください。」

 

持ってきた金塊をいくつか出してやると、小鬼はさして驚くこともなくそれを秤に載せ始めた。小娘が懐から金塊を出すってのはこっちじゃ珍しくもないらしい。ちなみに、金塊は私の自前とレミリアから経費としてぶん取ったものが半分ずつだ。

 

「この量と質ですと、こちらの金額となります。よろしいでしょうか?」

 

小鬼が大量の金貨と、少しの銀貨、銅貨を押し出してくるが……そんなことを言われてもこっちの世界の金相場なんてさっぱりだぞ。というかまあ、そもそも通貨の価値すら知らん。来る前にレミリアに聞いておけばよかったな。

 

とはいえ、バートリ家の淑女が狼狽えてはならないのだ。ちんぷんかんぷんな内心を隠して、自信満々に答えを放つ。損をしたところで大した金額ではないわけだし、ロワーの説明によればそれなりに信用のある銀行なはず。問題ないだろう。多分。

 

「ああ、それで構わないよ。」

 

「貸金庫をお持ちでしたらそこに入金することも出来ます。もしまだ金庫を持っていらっしゃらないのであれば、すぐに開くことも出来ますが……如何いたしましょう?」

 

ふむ、貸金庫か。正直こんな場所よりも自分の屋敷の方がよほど安全だと思うのだが、よく考えたらこの量を持ち歩くのは面倒だ。レミリアが取引に使う可能性もあるし、一応借りておくか。十分の一ほどの金貨だけをこちらに引き寄せて、残った山を指差しながら口を開いた。

 

「それなら頼むよ。こっちは金庫に入れといてくれ。」

 

「かしこまりました。では、こちらにお名前をご記入ください。金庫を確認していかれますか?」

 

「すぐ見れるのかい?」

 

「地下にございますので、トロッコを使って移動することになります。」

 

なんだそりゃ。何が悲しくて鉱山労働者の真似事をしきゃならんのだ。無言で首を横に振ってから、差し出された羊皮紙に署名する。本名で問題あるまい。人外だったらともかくとして、人間どもには名前が広まっていないはずだし。

 

「……確認いたしました。こちらがバートリ様の金庫の鍵となります。紛失しても再発行は出来ませんのでご注意ください。」

 

「はいはい、覚えておくよ。」

 

適当に返事を返した後、小鬼が渡してきた大振りな鍵を受け取ってカウンターを背に歩き出す。そのままグリンゴッツの玄関を抜けながら、ロワーに向かって質問を放った。

 

「金貨一枚で他の通貨何枚になるんだい?」

 

「1ガリオン金貨が17シックル銀貨、1シックル銀貨が29クヌート銅貨となっております、お嬢様。」

 

「……考えたヤツは余程の捻くれ者だったみたいだね。」

 

複雑にも程があるぞ。ショーウィンドウに飾られた商品の値段を見る限り、取引には主に銀貨が使われているようだ。そりゃそうか。銅貨では嵩張るし、金貨では細かいところに手が届かない。当然の結果と言えるだろう。

 

さて、次はどうしようか。魔法界とやらの文化を知るとなれば……うーむ、杖でも買ってみるか? あの棒きれが何かの役に立つとは思えないが、周囲の様子を見るにここでは持っておくのが常識らしい。

 

「ロワー、杖を買うとしたらどこで買えばいい?」

 

「でしたらオリバンダーの杖屋がよろしいかと。あそこは紀元前から続く杖作りの名家でございます。」

 

「ふぅん? なら、その店に案内してくれたまえ。」

 

「かしこまりました。」

 

紀元前とは驚いたな。二千年近く続いてるってのはちょっと凄いぞ。私の祖父が現役だった頃から代々杖を作り続けていたわけか。……ふむ、人間にしてはやるじゃないか。

 

僅かな感心を覚えながらもロワーの案内に従って通りを進み、やがて古ぼけた一軒の建物へとたどり着く。『紀元前382年創業』と確かに書かれている店の入り口を抜けてみれば、見渡す限り杖だらけの店内が見えてきた。

 

壁に掛かる説明文付きの杖や、カウンターに並ぶ杖、そして壁を埋め尽くす棚には長方形の箱がギッシリと詰まっている。もちろんあの中身も杖なのだろう。賭けてもいいぞ。

 

中々にインパクトのある店内の光景を眺めていると、店の奥から出てきた神経質そうな老人が話しかけてきた。あれが店主か。一目で分かる職人の面構えだな。もっと愛想の良い店員を雇えばいいだろうに。

 

「いらっしゃいませ。杖をお探しですかな?」

 

「ここは杖屋なんだろう? 当然、杖を買いに来たんだ。」

 

「尤もですな。では、こちらへどうぞ。……杖腕はどちらでしょうか?」

 

杖腕? ああ、利き腕のことか。どうやら魔法界では杖を持つことが言語にまで影響するほどの常識らしい。内心でちょっとだけ呆れつつも、店主に向かって右腕を突き出す。

 

「右だよ。左も人並みには使えるけどね。」

 

「少々測らせていただきます。」

 

言いながら店主がメジャーを取り出すと、そいつが独りでに私の腕だの身長だのの長さを測り始めた。店主はその数値を真剣な表情で羊皮紙に書き込んでいるが……体型と杖とに何の関係があるんだよ。奇妙な店だな。

 

暫くの間されるがままで退屈していると、大きく頷きながらふむふむ言い出した店主が店の奥の棚からいくつかの箱を選び取る。どうやら謎の計測は終わったらしい。

 

「こちらを握ってみてくれますかな?」

 

持ってきた箱の一つから店主が出した杖を、手を伸ばして握ろうとするが……何なんだよ、一体。指先が触れただけで取り上げられてしまった。

 

「なるほど、なるほど。これは違いますな。となるとこれも、これも違う。……ふむ、こちらはどうでしょう?」

 

「……握ればいいんだね?」

 

「おっと、もう結構。これも違うようです。」

 

「キミね、今のは触れてすらいないぞ。」

 

本当に大丈夫なのか? この店。私が触ってすらいない杖を箱に戻した店主は、再び店の奥の棚に移動して箱を選別し始める。何が行われているのかはさっぱりだが、時間がかかりそうだってのは何となく分かるぞ。

 

そんなやり取りが延々続き、時たま挟んでくる杖の原材料やら、杖作りの薀蓄やらにも飽きてきた頃……やおらオリバンダーが一本の杖を差し出してきた。杖先が鋭く尖った、象牙のように真っ白な杖だ。美しいじゃないか。

 

「まさかとは思いますが……どうぞ、こちらをお試しください。」

 

その真っ白な杖を握った瞬間、身体からするりと妖力が抜けていくのを感じる。同時に杖先から小さな蝙蝠が無数に飛び出してきたのを見て、店主が落ち窪んだ目を見開いた。

 

「おお、なんと。白アカシアにドラゴンの心臓の琴線、25センチ。気まぐれで悪戯好き。六代に渡って買い手が見つからなかったのですが……よもや私の代で見つかるとは。」

 

ふぅん? 店主によればかなりの年代物らしいが、純白の杖は美しい光沢を保ったままだ。うむうむ、気に入ったぞ。さっきまでの棒きれとは違って高貴な感じだし、これならバートリの当主たる私に相応しいだろう。

 

「不思議ですな、実に不思議です。その杖は人間が使うには不向きなはずなのですが。」

 

『人間向き』じゃない? 六代も買い手がいなかったのはその所為か。そもそも何だってそんな物を置いていたのかは甚だ疑問だが、私は人間じゃないので気にしない。手に入れた杖を手の中で転がしつつ、店主に向かって言葉を放った。

 

「何にせよ気に入ったよ、買わせてもらおう。ついでに手入れの道具と……そうだな、ホルダーも貰おうか。」

 

杖掃除セットと、腰に着ける杖用のホルダーも一緒に購入して店を出る。んふふ、子供の頃にオモチャを買った時のような感覚だな。知らず口角が上がっちゃうぞ。

 

 

 

そのまま上機嫌でダイアゴン横丁の店をいくつか回った私は、レミリアとフランへの土産を買った後、最後の目的地である本屋を目指して歩いていた。フランには偶々見つけた人形店に置いてあった随分と出来の良い人形を数体と、こっちの世界のボードゲームを一つ。そしてレミリアには魔法薬の店で見つけたドラゴンの血だ。……帰ったら処女の生き血だとでも言って飲ませてやろう。どんな反応をするのか実に楽しみじゃないか。

 

しかし、あの人形は素晴らしかったな。荷物は買ったそばからロワーに屋敷に運ばせたので手元には無いが、人形に然程興味のない私から見ても見事な出来栄えだった。店の場所も覚えたし、フランが気に入るようならオーダーメイドで作らせてもいいかもしれない。

 

考えながらも角を曲がり、見えてきた本屋へと歩を進める。ホグワーツのこと、魔法界のこと、魔法使いのこと。情報を手に入れるには本が一番だ。レミリアからも頼まれているし、最後に良さげな本を買い漁って帰るとしよう。

 

買うべき本を脳内にリストアップしながら、店先にまで大量の本が積み上げられている書店に入ってみると……驚いたな。大した能力じゃないか、レミリア。ダイアゴン横丁に来る日を指定したのも、本を買うようにと言ってきたのもこういう意味だったのか。店の奥で紫色の髪の少女が佇んでいるのが目に入ってきた。

 

「……ロワー、キミはここで待っていたまえ。ちょっと『お仕事』をしてくるから。」

 

「かしこまりました、お嬢様。いってらっしゃいませ。」

 

さてさて、それじゃあ声をかけてみるとするか。ロワーに指示を出して入り口で待機させつつも、アンネリーゼ・バートリは物憂げな表情を浮かべている紫の少女に歩み寄るのだった。

 

 

─────

 

 

「はぁ……。」

 

どれもこれも読んだことのある本ばかりじゃないか。ホグワーツから届いた指定教科書のリストを眺めながら、パチュリー・ノーレッジは大きなため息を吐いていた。

 

魔法界。この世界にうんざりし始めたのはいつのことだったか。最初は良かった。周りには無数の未知が溢れ、読んだことのない本が数え切れないほどにあったのだから。しかし、来学期からホグワーツの四年生となる今、たった三年間で既に未知は既知へと変わり出している。

 

そもそも、ホグワーツの生活だってもううんざりだ。四つある寮のうち、英知を求めるというレイブンクローに選ばれたものの、本気で『英知』を求めている者など私は見たことがない。私の知る限り、英知とはテストの点数ではなかったはずだぞ。

 

そして、私にコミュニケーション能力が欠如していたことがさらなる悲劇を呼んだ。自寮に友人など居ないし、そうなると当然他の寮にも居ない。元々上手く会話が出来るような人間ではなかったのに、レイブンクローの独立気質がそれに拍車をかけたのである。

 

憂鬱だ。あまりにも憂鬱だ。教科書のリストにある唯一知らない本は、マグル学の教科書である『マグル界におけるコミュニケーションの基礎 ~正しいファッションセンスとマナー~』だけだが……魔法界でだってダメなのに、何が悲しくてマグル界のコミュニケーション技能を磨かなくちゃいけないんだよ。

 

ジメジメした気分で書店の棚を巡るが、この忌々しいタイトルの本は中々見つからない。そして残念ながら、私には向こうで忙しそうにしている店員に質問する勇気などないのだ。もし面倒くさそうな表情でもされてしまったらと思うと、怖くて怖くて──

 

「何を探しているんだい?」

 

「ひゃっ。」

 

びっくりした! いきなり背後から声をかけられた所為で、妙な声が漏れてしまう。恥ずかしさで真っ赤になりながら振り向いてみれば、信じられないほどに可憐な少女が立っているのが見えてきた。

 

美しい黒髪に、ルビーのような真紅の瞳。肌なんて冗談かと思うほどに透き通った白だし、顔のパーツはどんな芸術家でも表現できないような完璧なバランスを保っている。私が口をパクパクさせながらどうしようかと迷っていると、少女が小さな口を開いて話しかけてきた。外見通りの綺麗な声だ。

 

「おっと、すまないね。驚かせちゃったかな? キミが困っているみたいだから、声をかけてみただけなんだよ。」

 

「あっ、いや……ええと、大丈夫。ちょっと本が、見つからなくて。それだけなの。」

 

死にたい。何だこの返答は。こんな可愛い子が心配して声をかけてくれたんだから、もっと気の利いたことは言えないのか、私。頭の回転には自信があるのに、どうして口を通すとこうなっちゃうんだろうか。

 

「おや、だったらキミの探し物を手伝おうじゃないか。どうせ適当に見て回ってたんだ。目的があったほうが楽しそうだしね。」

 

「あっ、ありがと、ぅ。」

 

うーむ、背伸びした喋り方が実に可愛らしいな。こんな子が学校に居れば目立つ筈だし、察するにホグワーツの入学前なのだろう。歌劇のような口調がよく似合っている。そして、対する私はまるで蚊が鳴いているようだ。我ながら情けなくなってくるぞ。

 

自己嫌悪に沈み始めた私へと、少女が首を傾げながら問いかけてきた。

 

「それで、どんな本を探しているんだい?」

 

「えっとね、それは──」

 

いや待て、マズい。ここでタイトルを言ってしまえば、まるで私はコミュニケーション能力だのファッションセンスだのを磨きたいヤツみたいじゃないか。いやまあ、実際のところ磨きたくはあるが……これは学校の指定教科書だから仕方なく買う訳であって、いくら本の虫とはいえ、普段の私はこんな本をわざわざ探してまで買ったりはしないのだ。

 

「あの、これよ。このマグル学の教科書。別に興味はないんだけど、指定教科書だから。つまり、仕方なく買うの。」

 

誤解を与えないために、ホグワーツからの手紙を開いて突き出す。だけど、余計気にしてる感じになっちゃったのは何故だろうか。これは前言撤回すべきかもしれない。どうやら私にはこの本が必要だったようだ。

 

「ふぅん? それじゃあ探してみようか。キミは上段を、私は下段を。それでいいかな?」

 

「え、えぇ。」

 

上下で分けるのか。不思議な分担だと疑問には思うが、もちろん突っ込まないで同意の頷きを送る。そこに突っ込めるほどの会話技術がないし、小さな子供のやることだ。年長としてここは流しておくべきだろう。

 

指示に従って書棚の間を歩き始めると、少女が私の後ろに続きながら質問を寄越してきた。……なるほど、そういうことか。上下の分担なら話しながら探せるわけだ。でも、既に私は一杯一杯だぞ。もう一日分の会話量はとっくに超えてしまっている。

 

「教科書を探してるってことは、キミはホグワーツの学生なのかい?」

 

「そうね。えっと、九月から四年生よ。」

 

「なるほどね。……しかしまあ、ホグワーツでは妙な本が教科書になってるみたいじゃないか。『マグル学』を学んでるってことは、魔法界の生まれなのかい?」

 

「いいえ、マグルの生まれよ。その、両親とも。」

 

魔法族から見たマグルのことを知りたかったし、空き時間があっても談話室で居辛い思いをするだけだからなるべく多くの授業を取ったのだ。脳内で台詞を補完する自分を情けなく思ったところでふと気付く。この子が純血派だったらどうしよう。スリザリンの能無しどもに罵倒されるのにはもう慣れたが、こんな少女に言われたらさすがに堪えるぞ。

 

そんな私の心配を他所に、少女は大して気にした様子もなく会話を続けてきた。

 

「それなのに学年首席ってことは、キミはよほどに優秀な学生らしいね。」

 

「へ? どうして……。」

 

どうして私が首席だってことを知っているのだろうか。もしかして同級生の妹か何かだとか? 兄か姉に言われて、『根暗のノーレッジ』をからかいに来たのかもしれない。顔に疑問の表情を浮かべる私へと、少女は微笑みながら答えを教えてくれた。

 

「んふふ、さっきの羊皮紙の上のほうに書いてあったよ。学年首席のパチュリー・ノーレッジさん。」

 

その言葉を受けて、安心すると共に罪悪感が湧き上がってくるのを感じる。杞憂だったのは良かったが、罪もない少女にあらぬ疑いをかけてしまうとは……そういうところがダメなんだぞ、私。

 

「しかし、ちょっと残念だね。ダイアゴン横丁には初めて来たんだが、この程度の本しか置いてないとは思わなかったよ。」

 

「そ、そうね。ホグワーツの図書館はもうちょっとマシなんだけど、ここはその……あんまり品揃えが良くないのかも。」

 

「きっとパチュリーは沢山読んだんだろうね。でなきゃ首席になんてなれないだろう?」

 

おおう、名前を呼ばれるなんて久々だ。ちょっとドキッとしたのを隠しつつ、少女に向かって首肯を返す。

 

「別に自慢できることじゃないんだけど……えっと、有用そうなのは大体読んだわ。私、読書が好きだから。」

 

そう言ったところで、不意に前に回りこんできた少女が私の瞳を覗き込んでくる。真っ赤な瞳だ。深くて、美しい。他人と目を合わせるのは苦手だったはずなのに、何故かその瞳から目が離せない。まるで意識が吸い込まれるかのような──

 

「キミは知りたくないかい? もっと深い知識を、もっと強い力を。」

 

蕩けるような気持ち良さが全身に広がって、頭の中がぼんやりしてきた。書店の風景が徐々に薄らぎ、少女の真っ赤な瞳だけが視界に残る。……ああ、何て綺麗な瞳なんだろうか。もっと見て欲しい。もっと見ていたい。

 

「……知りたいわ。もっと多くの真理を、もっと熱中できる本を。」

 

「おや、知るだけで充分だと? 使わなくていいのかい? 力があれば、欲しいもの全てが手に入るかもよ?」

 

「私は……知りたいだけ。知って、調べて、集めて、そしてそれを管理したい。永遠にそうしていたい。」

 

少女の声を聞く度にぞくぞくとした歓喜が背筋を走り、徐々に吐息が荒くなってくる。見て欲しい。もっと見て欲しい。もっと私を気持ち良くして欲しい。この瞳の為なら、私は何だって──

 

「ふぅん? その名の通りという訳だ。『ノーレッジ』ね。」

 

 

 

明るい。照り付ける日差しにパチパチと瞬きをしながら、慌てて周囲を見渡す。……あれ? 私は何をしてたんだっけ? ダイアゴン横丁の喧騒を見ながら呆然とする私に、歩み寄ってきた少女が話しかけてきた。そうだ、書店に来学期の教科書を買いに来て、この子に本を探すのを手伝ってもらってたんだっけ。

 

「どうしたんだい? ぼんやりしちゃって。」

 

「いえ、あの……ごめんなさいね。いきなり明るい場所に出てちょっとクラっとしちゃったのかも。」

 

やけにスムーズに出てくる言葉に満足しながら、手の中の本を持ち直す。そうそう、本を見つけて会計を済ませて、もう家に帰るところなんだった。どうしてそんな簡単なことを忘れていたんだろうか?

 

忘れっぽい自分に呆れながらも少女にお礼を言おうとしたところで、目の前に一冊の本が差し出された。……えーっと、どういうことだ?

 

「ほら、これが例の本だよ。読み終わったら感想を聞かせて欲しいな。」

 

「えっと……『例の本』?」

 

「おいおい、本当に大丈夫かい? 私が持ってるって話をしたら、キミがどうしても読みたいって言ったんじゃないか。だから今うちのしもべ妖精に持って来させた。そうだっただろう? ……私の住所はここに書いておいたから、読んだら感想と一緒に送り返してくれたまえよ。」

 

……その通りだ。今日の私はどうかしてるぞ。曖昧だった記憶が明確になるのを感じつつ、少女から本と羊皮紙の切れ端を受け取って口を開く。

 

「そ、そうだったわね。……ありがとう。手伝ってくれた上に、本まで貸してくれるなんて。」

 

「構わないさ。もう読んじゃった本だしね。」

 

なんて良い子なんだろうか。それに、本の貸し借りだなんて初めてだ。密かに憧れていた『友達っぽい』やり取りに笑みを浮かべていると、少女は挨拶を放つと共にしもべ妖精を連れて歩き始めた。

 

「それじゃあね。感想待ってるよ。」

 

「あっ、あの……本当にありがとね。」

 

慌てて背中に声をかけると、少女はくるりと振り返って悪戯げに微笑みながら手を振ってくれる。うう、可愛いな。おずおずとこちらが手を振り返すと、少女は満足そうな様子で今度こそ人混みの中へと消えていった。

 

うん、今日は良い日だったな。買った本をカバンに仕舞った後、少女から借りた本を見つめて一つ頷く。さっそく読んでみて、感想を書くことにしよう。……しかし、何だって今の今まで忘れちゃってたんだろうか? 私はどうしても、どうしてもこの本が読みたかったはずなのに。

 

真っ黒な革表紙の分厚い本。金色の飾り糸で『七曜の秘儀』とだけ書かれている本をカバンに仕舞った後、パチュリー・ノーレッジは幸せな気分で帰途に着くのだった。

 



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4話

 

 

「それで、首尾はどうだったの?」

 

ダイアゴン横丁のショッピングから数日後。再び訪れた紅魔館の執務室で、アンネリーゼ・バートリは部屋の主人に返答を放っていた。もう能力で分かってるくせに。わざわざ聞くなよな。

 

「会えたよ。キミの予想通りにね。」

 

「予想じゃないわよ、そういう運命だったの。」

 

向かいのソファで胡散臭く嘯くレミリアに鼻を鳴らしながら、出会うことが出来た紫の少女に関しての報告を語る。パチュリー・ノーレッジ。人間にしては面白いヤツだったな。目的なく知識を求める女。

 

「魅了をかけて望みを聞いた後、我が家に残ってた魔導書をくれてやったよ。可哀想に、家に帰った後でひどく混乱しただろうね。魅了はその日のうちに解けたはずだから。……ひょっとしたら、まだ混乱してるんじゃないか?」

 

「魔導書? ……あんたね、なに考えてんのよ! フランのための大事な人柱なのに、死んじゃったら元も子もないでしょうが!」

 

「魔導書の一冊や二冊で死ぬような人間だったら、そもそも魔女になんか至れやしないさ。心配するだけ無駄だよ。」

 

とはいえ、渡した魔導書は『それなり』の部類に入る代物のはずだ。前の持ち主は狂った挙句、自分の両腕をボリボリ食って死んだんだったか? いや、もしかしたら脚だったかもしれんな。

 

魔導書の逸話を記憶から掘り起こしている私へと、レミリアは一つため息を吐いた後で質問を飛ばしてきた。

 

「まったく、悪戯も程々にしなさいよね。……それで? 見所はありそうだったの?」

 

「まだちょっと話しただけじゃないか。決め付けるだけの判断材料がないよ。」

 

私がダイアゴン横丁で買った杖を弄りながら答えたのを見て、レミリアは少し呆れたような表情で口を開く。そういえば、杖はどのくらいの頻度で掃除すればいいのだろうか? 杖屋で聞いておけばよかったな。

 

「随分と気に入ってるようじゃないの。棒きれだ何だって罵ってたのは誰だったかしらね。」

 

「その呆れ顔をやめたまえ、レミィ。どんな道具も使う者次第だということさ。……それよりもだ、魔法省だったか? そことのパイプ作りはどうなったんだい?」

 

「何人かに魅了をかけて、何人かを金で転ばせて、ってな具合ね。まあ、それなりの情報を引き出せるようにはなったわ。下準備としては充分でしょ。」

 

「大いに結構。これで一歩前進というわけだ。……次はどうする? ノーレッジの方は向こうからの反応待ちだぞ。」

 

赤髪の門番……美鈴が用意した紅茶を一口飲んでから問いかけてやると、我が幼馴染どのは自分の髪を指に巻き付けながら答えてきた。昔はもっと伸ばしていたんだがな。ふむ、短い方が似合っている気がするぞ。もちろん口には出さんが。

 

「そうね……ダンブルドアは承認欲求の塊みたいなヤツらしいから、折を見て手紙でも送ってみましょうか。そういうタイプは適当に煽ててやれば木にも登るでしょ。もしくはノーレッジ経由で接触してもいいしね。同学年らしいわよ? あいつら。」

 

「ふぅん? グリンデルバルドだけ仲間外れってわけだ。」

 

そっちは『ダームストラング専門学校』とかいう、大陸の辺鄙な場所にある学校で学生をやっているらしい。魔法学校とやらにもいくつか種類があるわけだ。よくマグルから隠しておけるな。

 

「グリンデルバルドの方はこっちの魔法界からだと関係が持ち難いのよ。ダームストラングは生意気にも独立独歩の気質でやってるらしくてね、情報が殆ど入ってこないの。」

 

「何にせよ、しばらくは様子見ってことか。そうと決まればフランの部屋にでも行ってくるよ。ダイアゴン横丁で色々とお土産を買ってきたんだ。」

 

応接用のソファから立ち上がり、フランの部屋へ向かおうと一歩を踏み出すが……その背中にレミリアが待ったをかけてきた。

 

「今日はやめておきなさい。満月よ。」

 

「……そうだったね。残念だが、次の機会にしておこうか。」

 

満月。人外に力を与え、その対価として理性を奪う日。私たちであれば多少そわそわするくらいで済むのだが、常日頃から狂気に囚われているフランがどうなるかなど言わずもがなだ。土産を渡すのは今度にしておいた方がいいだろう。

 

苦笑しながらソファに戻ったところで、懐から小瓶を取り出してテーブルに置く。土産といえば、こっちもあったんだった。ちょうど良いタイミングだし渡しちゃおう。

 

「そうそう、フランへのお土産で思い出したんだが、キミにも買ってきてあるんだよ。ほら、最高級の処女の生き血さ。ダイアゴン横丁の裏通りで偶々見つけてね。さあ、グイっといってくれたまえ。」

 

「血? あそこはそんな物まで売ってるの? ……へぇ、随分と真っ赤な血ね。私に相応しいわ。」

 

うーむ、相変わらず変なところで素直だな。全く警戒せずに小瓶の封を切ったレミリアは、嬉しそうな表情で一気に飲み干す。可愛いヤツめ。

 

果たしてドラゴンの血は……やっぱりマズかったようだ。レミリアは赤い顔で勢いよく咳き込み始めたかと思えば、テーブルをバンバン叩きながら私に文句を繰り出してきた。

 

「んぐっ、ぇほっ、ぐぇぇ……何よこれ! にがい! 騙したわね、リーゼ!」

 

「んふふ、騙される方が悪いのさ。ドラゴンの血だよ。結構な値段だったんだぞ。」

 

「要するにトカゲの血じゃないの! めーりーん! 水! 水持ってきて!」

 

ふむふむ、ドラゴンの血は苦いのか。また一つ勉強になったな。ぺっぺと血を吐き出しながら美鈴を呼ぶレミリアを横目に、アンネリーゼ・バートリはクスクス微笑むのだった。

 

 

─────

 

 

「ああもう……。」

 

ヤバい。何がヤバいって、この本がヤバい。焦るあまりに語彙力を失いながらも、パチュリー・ノーレッジは自慢の頭脳をフル回転させていた。

 

あの日、四年生用の学用品を買いにダイアゴン横丁に行ったあの日。両親と死別して以来一人ぼっちになってしまった我が家に帰ってきた後、いつものように紅茶を淹れて読書の時間に入ろうとしたところでふと気付いてしまったのだ。……自分が得体の知れない本を読もうとしていることに。

 

『七曜の秘儀』

 

何だこの本は? いや、分かってはいる。あの少女から借りた本だ。それは理解できるのだが……私はこんな本を読みたいと思ったことなんて無かったはずだぞ。そもそも存在を知らなかったし、何故借りる流れになったのかが全く思い出せない。

 

唯一思い出せるのはあの真っ赤な瞳。少女の瞳がやたら美しかったという記憶だけだ。……マズいな、良くない魔法をかけられたらしい。こういう時のために必死で閉心術を覚えたというのに、全然役に立ってないじゃないか。

 

いやいや、そうじゃなくて。何より問題なのは目の前にあるこの本だ。受け取ってしまってから数日が経った今、私を取り巻く状況はこれ以上ないってほどに悪化してしまった。

 

どうしても、どうしてもこの本を読みたくなってしまうのだ。

 

『読みたいなぁ』なんていう可愛らしい感情ではない。『読まなければならない』だ。寝ても覚めてもこの本のことが気になっちゃうし、昨晩なんて寝ながら読もうとしていた。片付けるのが面倒で、床に置きっ放しだった別の本に躓いて目が覚めたため事なきを得たが、あの時は背筋が震えたぞ。

 

いやまあ、読んでみたいってのは否定しない。そこに本があれば、読みたくなるのがパチュリー・ノーレッジという魔女なのだから。……問題なのは、この本が『読んだら死んじゃう系』の本である可能性が非常に高いという点である。

 

ホグワーツの図書館の閲覧禁止区画にも腐るほどある類のものだが、この本はそれらとは別格の雰囲気を漂わせているのだ。言語化するのは難しいものの、一度開いてしまえばロクなことにならないのだけはひしひしと伝わってくるぞ。

 

本来ならば魔法省に連絡を入れて、対策チームをダースで回してもらうところだが……心の奥底にある何かがそれを止めてくるのだ。本の力ではなく、私自身の感情が。

 

この停滞した生活を打ち破るきっかけになるのではないか。また新たな未知を探究できるのではないか。そんな思いがどうしても頭から離れてくれない。

 

だが、無策で本を開いてしまえば先にあるのは絶望だけ。そして、最早タイムリミットは目前に迫っている。このまま手をこまねいているだけでは、近いうちにあの本を開いてしまうだろう。そうなれば私に待つのは良くて聖マンゴでの入院生活だ。

 

「うぅ……。」

 

進退窮まった状況に頭を抱えながら、本の横に置いてある羊皮紙へと目をやった。本と一緒に渡された一切れの羊皮紙。そこには例の少女の住所と、そして名前が記されている。

 

『アンネリーゼ・バートリ』

 

全ての元凶たる少女の名前を恨めしい気持ちで見つめながら、焦る内心を抑えて思考を回す。あの少女は一体全体何を思ってこの本を私に渡したのだろうか? 私の命を狙って? それとも誰でも良かったとか?

 

頭の中にぐるぐると考えが巡るが……本当はもう分かっているのだ。魔法省でも、聖マンゴでもない選択肢はあの少女だけ。だったらそれを選ぶ他ないだろう。

 

ノロノロとした動きで文机に向かう。自ら泥沼に入り込むようで気が乗らないが、手紙を送るからには気合いを入れて書かねばなるまい。口頭での会話は厳しくても、文章なら人並み以上にやれるはずだ。

 

しかし、何を書けばいい? 文句を言う? 助けを乞う? ……うーむ、悩んでも正解が見つからないなら、いっそのこと正直な気持ちを伝えてみようか?

 

うん、そうだな。変に考えずに、要点だけを纏めて伝えればいいのだ。私が今一番知りたいことを、簡潔な分かりやすい文章で。……それでダメそうなら魔法省に手紙を書こう。今日は自分をベッドに縛り付けて寝ればいい。

 

 

 

ひどく短い文章を書き終わり、封筒に入れてから飼っているふくろうに持たせて窓から離す。真昼の空を飛んで行くフクロウを見上げながら、さすがに要点を纏めすぎたかとパチュリー・ノーレッジは後悔するのだった。

 

 

─────

 

 

「んふふ、面白いじゃないか。」

 

秋が顔を覗かせ始めた日の夕暮れ、アンネリーゼ・バートリは屋敷の自室で手紙を読みながら微笑んでいた。いいぞ、パチュリー・ノーレッジ。この手紙は私好みだ。

 

茶色のふくろうが運んできた手紙には、宛先と差出人の署名がある他にはたった一文のみが記されている。

 

『この本はどうすれば読めますか?』

 

たったこれだけ。真意を問うこともなく、責めるわけでもなく、ただ本を読む方法を知りたいという。実に面白いじゃないか。ユニークなヤツは好きだぞ。

 

「ロワー、出かけるぞ! 煙突なんちゃらを準備しろ!」

 

座っていた椅子から立ち上がり、ドアを抜けながらロワーを呼ぶ。煙突……煙突飛行だったか? あれは便利だ。レミリアが鼻薬を嗅がせた魔法省の役人に用意させたものだが、今や紅魔館との行き来はその方法で行なっている。

 

屋敷のエントランスの中央にデンと置かれた暖炉に向かうと、既にロワーが緑色の粉の詰まった袋を持ちながら待機していた。

 

「準備は出来ております、お嬢様。」

 

「ああ、キミも来たまえ。」

 

短く指示を出してから、ロワーが粉をひと掴み投げ入れた暖炉に入る。緑色に変わった温かい炎が身体を擽るのを感じつつ、目的地たる場所の名前を口にした。

 

「紅魔館!」

 

言い終わった瞬間、身体がもの凄い勢いで引っ張られる感覚と同時に、視界がぐるぐると回り始める。……一瞬で移動できるのは便利だが、これだけは好きになれんな。もっと穏やかにするのは無理なのか?

 

そのままボスンという音と共に紅魔館のこれまたエントランスに設置されている暖炉に到着すると、箒でチャンバラごっこをしている妖精メイドたちの姿が目に入ってきた。こいつらが働いてるところを見たことが無いんだが、レミリアは何のために雇ってるんだ?

 

「あ、従姉妹様だー。」

 

「ほんとだ。従姉妹様もあそぶー?」

 

「悪いが、今日は仕事で来たんだよ。レミィが何処に居るか分かるかい?」

 

「地下室だよー。」

 

ふむ? 地下室か。……というか、私の呼び方は『従姉妹様』で定着しちゃったみたいだな。間違いなく美鈴の影響だろう。暢気すぎる口調の妖精メイドたちに頷きを返してから、パチリと現れたロワーに対して指示を送った。しもべ妖精に煙突飛行は不要なようだ。

 

「ロワー、この前買ったフランへの土産を渡してくれ。キミは地下室に行けないから……そうだな、妖精メイドの遊び相手をしててくれるかい?」

 

指を鳴らして土産を出現させたロワーに言ってやると、彼は珍しく困ったような雰囲気で曖昧な頷きを返してくる。どうやらこの出来たしもべ妖精にとっても、妖精メイドの遊び相手というのは中々の難題らしい。

 

「……かしこまりました。」

 

「おおー、遊んでくれるの?」

 

「よっしゃあ! 食器フリスビーしよう!」

 

まあ、精々頑張ってくれ。ロワーに纏わり付く妖精メイドたちを尻目に、土産を持って地下室へと歩き出す。……うむ、背後から響く何かが割れる音は聞かなかったことにしておこう。

 

 

 

そしてたどり着いた地下室のドアを開けてみれば、そこには仏頂面で食事をしているレミリアとフランの姿があった。題を付けるなら……そうだな、『冷めた夕食』だろうか? いかん、捻りが無さすぎるぞ。

 

「あっ、リーゼお姉様!」

 

「フラン? 食事中よ。きちんと座りなさい。」

 

部屋に入ってきた私を見た途端に駆け寄って来ようとするフランへと、レミリアが厳しい口調で注意を飛ばすが……おっと、その隙に給仕をしているらしい美鈴が盗み食いをしているぞ。強かなヤツだな。

 

「フランはね、オキャクサマをお迎えしてるの。それが礼儀ってもんでしょ? オマエみたいに無視して食べてるほうがおかしいでしょ?」

 

「ごきげんよう、リーゼ。何か進展があったの?」

 

フランをまるっきり無視してレミリアが聞いてくるのに、肩を竦めながら挨拶を返す。そういうことをするから嫌われるんだろうに。ほら、フランが怒りのあまり地団駄してるじゃないか。

 

「おはようレミリア、おはようフラン。……ノーレッジから手紙が届いたんだよ。一応キミにも見せておこうかと思ってね。」

 

「お手紙? 誰の? リーゼお姉様に? フランも見たい!」

 

話に割り込んだフランが興奮した様子でおねだりしてくるのに、苦笑しながら近寄って手紙をテーブルに載せる。これだけ簡潔な内容なら見せても問題ないだろう。もう食事どころじゃないみたいだし。

 

「見てもつまらないと思うけどね。これだよ。」

 

「んぅ……なぁに? これ。何かの暗号?」

 

可愛らしく首を傾げるフランに続いて、食事を切り上げたレミリアも手紙を覗き込む。

 

「ふーん? なるほどね。廃棄するでもなく、通報するでもなく、貴女にこれを聞いてくるってことは、どうやらノーレッジは正解を引いたようね。……教えてあげてもいいんじゃない? この際三つの方法でやってみましょうよ。ノーレッジには積極的に関わり、ダンブルドアは誘導するに留め、グリンデルバルドは放任。これでどう?」

 

レミリアはそれらしく言っているが、グリンデルバルドに関してはもう面倒くさくなったのだろう。悪い癖だぞ。美鈴が勝手に下げた料理を美味しそうに食べているのを横目にしつつ、面倒くさがりの幼馴染どのへと返答を放った。

 

「まあ、私は別にいいけどね。ノーレッジは人間にしては面白いヤツみたいだし、優しく教えてあげることにするよ。」

 

「愉しむのは結構だけど、壊さないように気を付けなさいね。」

 

と、そこでこちらを見ていたフランが涙目になって文句を言い始める。爆発寸前だな。蚊帳の外なのが気に食わないらしい。

 

「……フラン、つまんない! 二人ばっかり楽しそうにしちゃってさ! フランだって遊びたいのに!」

 

ダンダンと踏みしめる足下の石畳にはヒビが入っているが……うーむ、大したもんだな。すぐさま修復されているのを見るに、スカーレット卿が作った結界は今なお正常に動作しているようだ。

 

その見事さに感心している私を他所に、レミリアがフランに対して言葉をかけた。困ったような苦笑を顔に浮かべながらだ。

 

「フラン、これは貴女がお外に出るためにやってることなのよ? リーゼはそれを手伝ってくれてるの。」

 

そんなレミリアの台詞を疑わしそうに聞いた後、こちらを見てきたフランに首肯してやると……バツが悪くなったのか、金髪の妹分はつま先で丸を描き始める。やれやれ、ちょっと可哀想だし、この辺で慰めるための切り札を使ってみるか。

 

「そうだ、今日はフランにとっておきのお土産を持ってきたんだよ。この前約束したからね。二人で遊べる新しいボードゲームと……それにほら、とびっきりのお人形だ。」

 

「わあぁ……スゴいスゴい! とってもかわいいお人形さん! ありがとう、リーゼお姉様!」

 

私が土産を差し出すと、フランは飛び跳ねながら機嫌を回復させていく。ご機嫌レベルが急上昇だな。気に入ってくれたようでなによりだ。

 

うんうん頷きつつそれを眺めていると……おや、どうした? はしゃいでいたフランがピタリと動きを止めて、人形を抱きしめながら視線をレミリアと私の間で彷徨わせ始めた。

 

「あのね、あのね、フランもリーゼお姉様のお手伝いをするよ。その……オマエのお手伝いも。早くお外に出たいもん。」

 

むう、これは困ったぞ。チラチラとこちらを見ながら言うフランの気持ちを無下にするのは気が引けるが、現状では彼女に手伝いを頼めるような作業がないのだ。レミリアの方を見ると、そちらも参ったと言わんばかりの様子で苦悩している。

 

「それとも、フランじゃ役に立てないかなぁ? フランはちょっとオカシイから……。」

 

マズい、何とかしなければ。レミリアと私が今世紀最大の危機に陥ったところで、意外なところから助けの声が飛んできた。ずっとつまみ食いをしていた美鈴だ。

 

「だったら、妹様はお二人の疲れを癒してあげればいいんですよ。二人とも仕事ばっかりで遊ぶ時間がないなーって愚痴ってましたから。」

 

そんな愚痴を言った覚えはないが、今日のところは許してやろう。やるじゃないか、美鈴。紅魔館の残飯処理係なんて思ってて悪かったな。その言葉を受けて、レミリアも我が意を得たりとばかりに大きく頷く。

 

「そうね、その通りよ! ほら、えーっと……今私たちは三人のそこそこ優秀な魔法使いを育成しようとしてるんだけど、必要なのは一人だけで二人余るから、そいつらを戦わせて三人で遊びましょう! 一緒に遊べば疲れも吹っ飛ぶわ!」

 

おいおい、なんだそりゃ。何やら無茶苦茶なことを言い出したレミリアだったが、フランの瞳が輝くのを見てますます調子に乗っていく。……もう知らないからな、私は。

 

「つまり、代理戦争よ! カッコいいでしょ? フラン、貴女は参謀役ね! フランと私、リーゼと、えー……美鈴! 二チームで代理戦争といきましょう!」

 

「それ、すっごく楽しそう! ……でも、チーム分けは私とリーゼお姉様ね。リーゼお姉様もその方がいいでしょ? 二人で美鈴とアイツをボコボコにしちゃおうよ!」

 

あーあ、フランが乗り気になっちゃってるし、やっぱりやめますとはもう言えないぞ。……まあいい、私にとっても中々に魅力的なゲームだ。人間を駒にした『代理戦争』か。力ある高貴な者のゲームって感じがする。何となくだが。

 

「ああ、そうだね。私もワクワクするよ。……ただまあ、ゲームを始めるためには先ず三人のうちの必要な一人を決めておく必要があるんじゃないか? 人柱役のヤツが死んだら困るだろう? フランだって、お外に出られるチャンスをフイにしたくはないはずだ。」

 

レミリアとフランを交互に見ながら言ってやると、スカーレット姉妹は揃って同意の頷きを返してきた。今のところ私はノーレッジにしか接触できていない。見所はあると思うが、至れるかと聞かれればまだまだ未知数なところがあるのだ。

 

私の示した懸念に対して、レミリアは少し悩んだ後に提案を寄越してくる。

 

「そうね、それなら四年後……いえ、グリンデルバルドだけ年齢が違うから五年後ね。連中が全員学校を卒業した後に判断を下しましょう。大まかな方針はさっき決めた通りよ。ちょっと短いかもしれないけど、人間の寿命なんて高が知れてるんだから、成人すればある程度運命が収束するでしょ。そこを私の能力で読めばいいわ。」

 

五年か、私たちにとっては瞬き程度の僅かな時間だ。フランもそれくらいなら待てるだろう。つまり……そう、準備期間ってところか。紅魔館を動けないレミリアは魔法界への繋がりを深め、自由に動ける私はノーレッジの世話をしながら直接介入できる、と。

 

いやはや、面白くなってきた。そうだ、これこそが私の望みだったはずだ。力ある吸血鬼による壮大なゲーム。生きた駒を使うってのは楽しそうだし、この姉妹と遊べるなら退屈はすまい。

 

真っ白な杖を取り出して、見つめながら思考を回す。……よし、先ずはノーレッジに呪文を習うとするか。対価として魔導書の読み方を教えるなら嫌とは言うまい。私にとっては不要な力でも、連中にとっては大事な武器だ。操る以上、詳しく知っておく必要があるだろう。

 

始まった吸血鬼たちのゲームに想いを馳せながら、アンネリーゼ・バートリは愉快そうに目を細めるのだった。

 



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パチュリー・ノーレッジと賢者の石 トランクの中の小部屋

 

 

「それで、あー……どうなんだい? 君の研究の進捗は。」

 

落葉樹が葉を落とし、微かに冬の匂いがしてきたホグワーツの中庭で、パチュリー・ノーレッジは困った表情を浮かべていた。

 

目の前に立っているのはアルバス・ダンブルドア。ホグワーツきっての秀才で、誰にでも分け隔てなく接する『人気者』。そんなグリフィンドール寮の有名人が、人当たりの良さそうな笑みで急に話しかけてきたのだ。

 

しかし、研究の進捗? 何のことだかさっぱり分からないぞ。一瞬だけ脳裏に黒い革表紙の本のことがよぎるが、まさかそのことではないだろう。あの本のことは誰にも話していないわけだし。……『人間』には、だが。

 

「えっと、何のことかしら?」

 

微妙に目を合わせないようにしながら疑問を言葉に変えると、ダンブルドアはバツが悪そうな顔で説明してくる。

 

「いやまあ、大した意味はないんだけどね。僕が懇意にしている魔法省の友人に論文を送ってみたら、手紙で感想が返ってきたんだ。『ホグワーツの四年生は豊作だな。君といい、パチュリー・ノーレッジといい。』ってなことが書かれた手紙が。だから気になって声をかけてみたんだよ。……君も論文を送ってみたりしてるんだろう?」

 

何だそれは。魔法省に知り合いなど居ないし、当然論文なんて送ったことがない。私はそんなアクティブな人間ではないのだ。

 

「あの、私は論文なんて書いたことも送ったこともないわ。だからその、もしかしたら成績のことなんじゃないかしら? ……ほら、私は学年首席だったし。」

 

自分から口にするのは自慢しているようで嫌だが、事実なのだから仕方がない。それに、本当にそのくらいしか覚えがないのだ。仮にあの本の件であれば『ホグワーツは豊作だ』とは言わないだろう。『アズカバンが豊作だ』とは言うかもしれないが。

 

ダンブルドアを見ながらか細い声で弁明すると、彼は首席云々の辺りで苦々しそうな表情に変わってしまった。ああ、これは自慢と取られたかもしれないな。これだから嫌なんだ。会話ってのは私に向いていないぞ。

 

「そうだね、そうかもしれない。……ただ、手紙の送り主は僕の論文を随分と評価してくれてた人だったんだ。だから並んで書かれてる君のことが気になっただけなんだよ。急にすまなかったね。」

 

「いえ、別に気にしてないから。」

 

ひょっとして、嫉妬? あのダンブルドアが、いつも集団の中心にいるホグワーツの人気者が、『根暗のノーレッジ』に? ……まあ、あり得ないか。バカバカしい考えを振り払いながら、去って行くダンブルドアの背中を眺める。だけど、万が一そうなんだったら面倒くさいことになりそうだな。取り巻き連中に陰で罵られる未来が見えるぞ。

 

 

 

そして午後最後の薬草学の授業も終わり、大広間で手早く夕食を済ませた私は自室へと戻るために歩いていた。通り慣れた西塔への階段を上り、談話などしたこともない談話室の入り口にたどり着く。

 

そのまま鷲の形をしたドアノッカーからの謎かけに答えてドアを抜けてみれば、一瞬だけ視線がこちらに集中した後、すぐさま興味を失って離れていった。……私はこの瞬間が大っ嫌いだ。はいはい、入ってきたのがあなたたちの友人じゃなくてすみませんでしたね。内心で悪態を吐きつつも、なるべく急いで自分の部屋へと向かう。

 

女子寮の廊下を進み、自分の部屋のドアを開けてみると……よかった、ルームメイトはまだ帰っていないようだ。そそくさとベッドの周りを備え付けの青いカーテンで仕切り、中が見えないようにする。これで明日の朝まで私を気にする者は居ない。

 

次にナイトテーブルに立て掛けてあったトランクを持ち上げ、ベッドの上に置いてそっと開いてみれば……トランクの中には下に降りるための梯子と、薄暗い石造りの通路が広がっていた。よしよし、今日はちょっと早めに行けそうだな。

 

中に入って蓋を閉めて、梯子を降り切ってから杖を抜いて明かりを灯す。

 

ルーモス(光よ)。」

 

呪文で生み出した青白い杖明かりを頼りに、静かな通路をひたすら奥へと進んで行くと、もはや見慣れた鉄製のドアが現れる。表面に本を掴む蝙蝠が描かれたそのドアの、正確な場所を正確な順番で叩いてやると……招き入れるかのように独りでにドアが開き、カーペットに暖炉、ソファにティーテーブル、そして隅には様々な小物が置かれた居心地の良さそうな小部屋が見えてきた。

 

「おはよう、パチュリー。」

 

「ひぅっ。」

 

ああもう、またか! 小部屋に入った瞬間、不意に背後から声をかけられた所為で、びっくりして床にへたり込んでしまう。どうしてこの吸血鬼はいつもいつも人を驚かせてくるのだろうか? 今回はわざわざドアの陰になる場所に立って待っていたらしい。

 

「……驚かせないでよ、リーゼ。もう来てたの?」

 

「んふふ、実はさっき起きたところなんだよ。慌てて来ようとしたら、逆に早めになっちゃったのさ。」

 

「でも、もう夜よ?」

 

「キミね、私は吸血鬼なんだぞ? ようやく一日が始まるところじゃないか。」

 

あの日から始まった奇妙な関係。手紙を送ったその日の深夜、いきなり私の家を訪ねてきたリーゼと一つの契約を交わしたのだ。どうしても魔導書が読みたかった私は、この幼い吸血鬼の出した条件に頷いてしまった。

 

結んだ契約の内容は単純明快。私が杖を使った呪文を教える代わりに、リーゼから魔導書の読み方を習うという内容である。九月以降にホグワーツでの生活が始まった後は、この不思議なトランクの中の小部屋で『授業』を行うようになった。二、三日おきという高頻度で行なっている所為で、今や愛称で呼ぶことを許されているほどだ。

 

しかし、このトランクは凄い。使われているのは間違いなく単純な拡大呪文ではないだろう。リーゼが煙突飛行で来れるように『煙突ネットワーク』が繋がっていることといい、呪文で爆発しても即座に修復される壁といい、かなり高度な呪文がいくつも使われているようだ。

 

ただまあ、リーゼが作ったというわけでもないらしい。入り口のドアを作るときも私にやらせていたし、ちょっと前までは単純な浮遊呪文すら使えなかったのだから。

 

とはいえ、目の前の少女を侮るつもりは毛頭ない。強大な吸血鬼であることは身を以て学習済みだ。……理由は思い出したくも無いが。

 

「それじゃあ、早速始めようか。今日こそは『月の章』を突破したいもんだね。」

 

リーゼが笑いながら言ってくるのに、情けない表情で頷きを返す。月の章というのは魔導書を構成する七つの章のうち、一番最初にある章のことだ。つまり、私は未だ一つ目の章すらまともに読めていないのである。

 

言い訳をさせてもらえば、この魔導書はそこらの本と違って簡単に読めるような代物ではない。読み手によって変わる複雑な暗号文で構成されており、おまけに所々に罠が潜んでいる。水中でしか見えない文字や、特殊な蝋燭の火にしか反応しないページ、挙げ句の果てには破かなければいけないページなんてのも存在する始末だ。酷すぎるぞ。

 

しかもそれを間違えるたびに、本から毒のトゲトゲが生えてきたり、聞くと錯乱状態になる金切り声を上げたりするのだ。悔しい事実だが、リーゼが居なければもう五十回は死んでいるだろう。

 

「……今日こそは突破してみせるわ。」

 

覚悟を決めて言い放ってから、椅子に座って魔導書を睨み付ける。……そういえば、前よりもスムーズに喋れている気がするな。リーゼが相手だと特にだ。吸血鬼との秘密のレッスンは、私のコミュニケーション能力をも向上させているらしい。

 

その奇妙な効果に気付いて内心で苦笑しつつ、対面に座ったリーゼへと口を開く。

 

「じゃあ、今日は警戒呪文を教えるわ。簡単な目くらましにもなるし、敵が近付けば術者に警報が聞こえる呪文よ。拠点防衛なんかに使われることが多いわね。」

 

最初に一つ呪文を教える。それが授業を繰り返すうちに出来た約束事だ。杖を取り出してから、標的は……よし、隅っこの木箱でいいか。真っ暗じゃないと読めないページの時に、私が押し込まれたやつ。

 

カーベ・イニミカム(警戒せよ)。」

 

私が呪文を唱えた途端に杖先から飛んだ青い閃光は、木箱に吸い込まれるようにして消えていった。当然ながら何も起こらない。ここには私にとっての『敵』が居ないからだ。……意地悪な吸血鬼は居るが。

 

「杖の振り方はこうやって……こうよ。呪文のアクセントにも注意してね。ちょっと特殊だから。」

 

「『カーベ・イニミカム』だね? よしよし、やってみようじゃないか。」

 

目を細めてこちらの動きを観察していたリーゼが、暖炉に向かって警戒呪文を放とうとするが……残念、失敗だ。杖先からは何も出てこなかった。ただまあ、リーゼは一回あたり一つの呪文を確実にマスターしているし、今日もそのうち成功させるだろう。ホグワーツの他の生徒に比べれば雲泥の差だな。

 

「発音は正しいけど、最初の振り方が少し違うわね。……こうじゃなくて、こうよ。」

 

「なるほど……こうだね? こっちはこっちで練習しておくから、魔導書に殺されそうになったら声をかけてくれたまえ。」

 

そう言ったリーゼは立ち上がって、本格的に呪文の練習をし始めた。……さてと、それなら私も魔導書に向き合わねばなるまい。頰を叩いて気を引き締めてから、テーブルの上の魔導書へと手を伸ばす。とにかく即死だけは避けないとな。そればっかりはいくらリーゼでもどうにも出来ないだろうし。

 

 

 

数時間後。新たなページに突入した途端に魔導書が燃え上がり、私のローブが焦げてボロボロになったところで、休憩がてらふと思い出したことをリーゼに向かって問いかけてみる。

 

「……そういえば、アルバス・ダンブルドアって知ってる? 知らないわよね?」

 

もちろん期待せずに聞いてみたわけだが、受けたリーゼは悪戯げな笑みで頷いてきた。

 

「もちろん知っているとも。ようやく接触があったみたいだね。」

 

「ちょっと待って、どういうこと?」

 

……どうやら何か心当たりがあるらしい。ダンブルドアは魔法省の友人が云々とか言ってたが、もしかしてリーゼが関係しているのだろうか? もはや完璧となった警戒呪文を放ちつつ、リーゼが私の疑問に答えを寄越してくる。

 

「カーベ・イニミカム。……なぁに、ちょっとしたゲームだよ。無視してくれても一向に構わないが、適当に煽ってくれればこっちとしては助かるかな。」

 

「いやいや、冗談じゃないわよ。もしダンブルドアに目の敵にでもされたら、あいつの取り巻き連中が黙ってないわ。今でさえ灰色の学生生活なのに、ドブ色になりかねないでしょうが。」

 

「そこまで人気があるヤツなのかい? ……まあ、私としてはどうでもいいさ。そっちの担当じゃないし、ダンブルドア本人にもあんまり興味がないんだ。キミの好きなように対処してくれたまえ。」

 

『担当』? どうやらこの性悪吸血鬼の他にも、何か悪巧みをしているヤツがいるらしい。というか、その台詞からするとリーゼは私の担当というわけだ。

 

「あのね、ダンブルドアがどうなろうと知ったこっちゃないけど、私には迷惑かけないでよ?」

 

「そこまで心配しなくても大したことにはならないさ。精々嫉妬されるくらいだよ。……今はね。」

 

その嫉妬されるってのが問題なんだろうに。それに、『今は』っていうのはどういう意味なんだ? まさか将来的にはもっと状況が悪化するんじゃ……やめよう。吸血鬼の言葉をまともに受け止めてはならないのだ。そのことはこの数ヶ月で嫌ってほど学んだぞ。

 

うん、先ずは魔導書に集中すべきだな。問題を沢山抱えるのは良くないし、地道に一つずつ片付けていこう。焼け焦げたローブのことも、ダンブルドアのことも見て見ぬ振りをしながら、パチュリー・ノーレッジは焦げ跡一つない魔導書に向き直るのだった。

 

 

─────

 

 

「意味ないなー、これ。」

 

夕暮れ時の紅魔館の雪掻きを切り上げて、紅美鈴はうんざりした気分で呟いていた。こんなもんやるだけ無駄なのだ。この館に歩いてくるヤツなど居ないし、どうせ明日にはまた雪が降る。春になれば勝手に溶けるさ。

 

内心で言い訳をしながら、シャベルをぶん投げて館に戻るために歩き出す。こんなことをしてるくらいなら、妖精メイドたちの教育でもしてた方がまだマシだ。冬の間は趣味の庭いじりも出来ないし、つくづく嫌な季節だな。

 

忌々しい冬に怨嗟の念を送りながら、身体に付いた雪を払って玄関を抜けてみると……エントランスの暖炉に使われた形跡があるのが見えてきた。どうやら従姉妹様が来ているようだ。

 

アンネリーゼ・バートリ。お嬢様と同じくらい傲慢で、同じくらい悪戯好きで、同じくらいぺったんこな吸血鬼。お嬢様は何だかんだで信頼しているようだし、妹様は言うまでもない。かくいう私も結構好きなタイプの人……じゃない、吸血鬼だ。

 

それに、この前なんかはお菓子を分けてくれた。噛むと悲鳴を上げるガムや、口の中で爆発する飴なんかは例外として、他は概ね満足できる味だったのだ。また買ってきてくれないかな。

 

今日もお土産があることを期待しつつ、とりあえず二階への階段を上ってみる。従姉妹様の目的地として有り得そうなのは、二階のお嬢様の執務室と妹様が居る地下室の二つだ。先ずは執務室に向かいがてらその辺の妖精メイドに聞いてみるとしよう。

 

階段を上りきり、二階の廊下を進んでいると……おお、ロワーさんだ。妖精メイドと遊んでいるしもべ妖精の姿が目に入ってきた。『遊んでいる』というよりかは、『遊ばれている』の方が正しいかもしれない。同じような名前なのに、なんとも対照的な存在だな。

 

「やー、どーもどーもロワーさん。ご苦労様です。」

 

「これは美鈴様、お邪魔しております。」

 

きゃーきゃーはしゃぐ妖精メイドたちに纏わり付かれながらも律儀に一礼してくるロワーさんは、ひょっとしたら私を様付けで呼ぶ世界で唯一の存在なんじゃないだろうか? 慣れない所為でムズムズしてくるぞ。

 

「お嬢様たちは執務室ですかね?」

 

「その通りでございます。」

 

「ふむ、了解です。……それじゃ、頑張ってくださいねー。」

 

やっぱり執務室か。別れ際のロワーさんはなんだか助けを求めているようにも見えたが、妖精メイドたちにとってこのしもべ妖精と遊ぶのは今一番熱いブームなのだ。邪魔をするのは悪かろう。

 

そのままたどり着いた執務室のドアをリズミカルにノックしてみれば、お嬢様から入室の許可が飛んでくる。それに従ってドアを開けてみると、応接用のテーブルの上のチェス盤を挟んでお嬢様と従姉妹様が向かい合っている光景が見えてきた。駒が勝手に動いているのを見るに、魔法使い用のチェスで遊んでいるらしい。盤面は……僅かにお嬢様が優勢っぽいな。多分だが。

 

「やあ、美鈴。今日もキミは美しいね。」

 

「どもども、従姉妹様。美の女神みたいな従姉妹様から言われると照れちゃいますねぇ。」

 

いつものように軽口を叩き合ってから、これまたいつものようにお嬢様の後ろへと移動する。紅茶は既に用意されているようだ。ロワーさんがやってくれたのかな?

 

「何しに来たのよ、美鈴。庭の雪掻きはどうなったの?」

 

「いやー、例の計画の進捗が気になったもんですから。……っていうか、雪掻きはもう諦めましょうよ。なんかの刑罰をやってる気分になってくるんです、あれ。ひたすら土を掘って、埋めるみたいな。意味ないですって。」

 

「景観の問題よ。雪が積もっちゃうと紅さが薄れるでしょう? それじゃあ紅魔館じゃなくて白魔館よ。」

 

お嬢様の返答を受けて、思わず呆れた表情が顔に浮かぶ。そんなアホな理由でやらされてたとは思わなかったぞ。労働者の権利を守るため、ストライキも視野に入れる必要があるかもしれない。妖精メイドたちは簡単に味方に出来るだろう。何せ年がら年中ストライキをやっているような連中なのだから。

 

私が『紅魔館労働組合』の成立を目指し始めたところで、文句を喚くポーンを動かした従姉妹様が口を開いた。黒の歩兵どのは犠牲にされるのが気に食わないらしい。

 

「まあ、壁には雪が積もらないからね。最悪でもピンク魔館ってところだよ。」

 

「嫌に決まってるでしょうが、そんなの! ここはスカーレット家の格式高い館なんだから、そんないかがわしい名前なんて以ての外よ!」

 

「可愛らしいと思うけどね、ピンク魔館。桃魔館でもいいんじゃないか? ついでにサキュバスの求人でも出せば完璧さ。」

 

「淫魔なんか雇うわけないでしょうが! フランの教育に悪すぎるわ。もしあの子がそんな風に育っちゃったら……ちょっと待って、目眩がしてきたかも。」

 

うーむ、見事な盤外戦術だ。お嬢様の悪手に付け込んで、従姉妹様のビショップがルークを殴りつけて粉砕する。……しかしまあ、勝手に駒が動いたり、たまに返り討ちにあったりするのはボードゲームとしてどうなんだろうか? 魔法使いは変なものを創り出すもんだな。

 

「ぐぬぬ……それで? ノーレッジの様子はどうなのよ。昨日も会ってきたんでしょう?」

 

盤面が優勢からイーブンに戻ったのを見て、お嬢様が新たな話題を切り出した。ノーレッジの話に気を取らせようという魂胆らしい。あまりに露骨な話題転換だったが、従姉妹様はさして気にした様子もなく答えを返す。

 

「ああ、思った以上に頑張ってるよ。もう三章を突破したところだ。かなりペースが上がってきてるし、今のところ順調だと言えるだろうね。」

 

どうやらノーレッジは頑張っているらしいが……そういえば、その魔導書とやらを読んだら何だというんだろうか? まさか読み終わった瞬間に真なる魔法使いに変身するわけではあるまい。

 

「えーっと、その魔導書を読むとどうなるんでしたっけ? 本物の方の魔法使いにするのが目的なんですよね?」

 

生じた疑問を口に出してみれば、従姉妹様が返答を放つと同時にお嬢様がジト目を寄越してきた。むむ、その目は知ってるぞ。バカを見る目だ。仕方ないじゃないか、私は術師じゃなくて武術家なんだから。

 

「読んで、理解して、実践できれば魔法使いに至れるだろうね。あの本には賢者の石の製造方法も書いてあったはずだし、少なくとも不老を手に入れることは出来るさ。そしたらじっくり人間やめればいいんだよ。」

 

「じゃあじゃあ、ノーレッジの方は順調として、他の……ダンブルブル? とグリンデルバールはどうなんですか?」

 

私の質問に対して、お嬢様がバカにする目線を強めながら訂正してくる。あれ、違ったっけ? もっと短くて覚えやすい名前にすべきだと思うぞ。

 

「ダンブルドアとグリンデルバルドよ。ダンブルドアのほうは人を通してニコラス・フラメルと接触させたわ。今頃熱心に手紙を送りまくってるでしょうね。フラメルは高名な錬金術師だから。それとグリンデルバルドの方は……まあ、元気にやってるでしょ。恐らくだけど。」

 

「キミね、放任主義もいい加減にしておきたまえよ? ……しかし、ニコラス・フラメルか。不完全なものとはいえ、人間のクセに賢者の石を作り上げたヤツだろう?」

 

フラメルとやらに従姉妹様が興味を持ったようだが……賢者の石? さっきも聞いた単語だな。不老になれるんだったか? 私の疑問を汲み取ってくれたのだろう、従姉妹様が詳しく説明をしてくれた。

 

「フラメルの賢者の石にはちょっとした欠陥があるみたいでね。老化を完全に止められるわけじゃないし、一定期間毎に使い続けなきゃいけないらしいんだ。とはいえ、私やレミィよりも歳上だったはずだよ、あの老人は。」

 

「もう殆ど人外じゃないですか。そいつを魔法使いにするんじゃダメなんですか?」

 

「錬金術師ってのは既存のものを組み合わせるだけだからね。魔法使いのようにゼロから創り出す存在じゃあないのさ。」

 

よく分からんが、ダメらしい。まあ、お嬢様が運命を読んで決めたようだし、結局のところあの三人に期待する他ないのだろう。私が曖昧な頷きを返したのを見て、従姉妹様は大きく伸びをしながら話を締めた。

 

「さてさて、パチュリーは既に深淵に片足を突っ込んでいるわけだが、ダンブルドアはここから巻き返せるのかね。楽しみじゃないか。」

 

「ま、精々頑張ってもらわないとね。フランのためだもの。」

 

吸血鬼たちのチェスも、魔法使い育成計画も、白熱の様相を呈してきたようだ。そんな『計画』のことを今夜の食事のメニューと同じくらいには気にしつつ、紅美鈴はお嬢様の茶菓子をこっそり口に放り込むのだった。

 



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北の学校

 

 

「むきゅうぅぅ……。」

 

頭を抱えながら妙な声が漏れてしまうが、そんなことを気にしている余裕などない。五年生へと人生の駒を進め、フクロウ試験を間近に控えたパチュリー・ノーレッジは、利用者が一気に増えたホグワーツの図書館で苦悩していた。

 

当然のことながら、試験について悩んでいるわけではない。フクロウレベルの試験内容などとっくの昔にマスターしている。周囲の閲覧机で必死に試験勉強をしている同級生たちとは違って、私の頭を悩ませているのはあの魔導書のことだ。

 

リーゼとの出会いからもうすぐ二年。トランクの中の授業の所為で睡眠時間が削られるのにも慣れ、私の知っている呪文のストックが切れかかった頃、遂に魔導書を最後まで読むことが叶ったのだ。……しかし、それで万々歳とはいかなかった。

 

つまりはまあ、内容がさっぱり理解できないのである。訳の分からない法則やら、知りもしない素材がポンポン出てくるどころか、時に単純な物理法則まで無視する有様だ。私が今まで必死に学んできた常識は邪魔にしかならず、もはやお手上げ寸前だぞ。

 

だが、私にはどうしてもあの本を理解しなければならない理由が出来てしまった。魔導書を読破した記念すべき日にリーゼが言ったのだ。『その本に書かれている賢者の石を作ることが出来たなら、今度はうちの図書館に入れてあげるよ』と。

 

聞けば、その図書室とやらにはあの魔導書のような本が大量にあるらしい。数え切れないほどの珍しい古書や、異国の呪術書も。おまけに賢者の石があれば不老となり、ひたすら本を読む生活だって夢ではないと言われてしまったのだ。

 

残念ながらそんな魅力的な誘惑に打ち克つ方法を私は知らない。だから目の前に吊るされたニンジンを食べるために、今まさに必死な努力を続けているというわけだ。

 

とはいえ、賢者の石の製作は非常に難しい。たった一つの素材の入手だって困難な上に、材料の材料を作るための調合ですらも月単位で時間がかかるのだ。リーゼが手伝ってくれるから牛歩の速度で進んではいるものの、さすがにうんざりしてきたぞ。

 

先達であるニコラス・フラメルは製法を完全に秘匿しているし、数少ない情報を比較してみた結果、同じ賢者の石でもまったくの別物だということが分かった。本人が知っているかは不明だが、どうやらフラメルの方の石は完全なものではないらしい。

 

偉大な錬金術師を頼れないという苦悩と、フラメルよりも先に進めるという僅かな優越感。その合間で頭を悩ませる私へと、やたらハキハキとした声が飛んでくる。……またこいつか。

 

「おっと、ノーレッジ。君も試験勉強かい?」

 

振り向かずとも分かるぞ、ダンブルドアだ。どうもこいつは本格的に私をライバル視し始めたようで、今年に入ってから随分と突っかかってくるようになってしまった。去年も首席だったからなのか、『友人』たちから私の名前が出るからなのかは知らないが、もう勘弁してくれないだろうか。

 

「……ええ、そんなところよ。」

 

振り向かないままで適当に流す。数え切れないほどに沢山の友人がいて、顔もハンサムでガールフレンドは選り取り見取り、口が上手くて機転も利く。その上学業でもトップじゃないと気が済まないのか、こいつは。なにも性格が悪いわけじゃないが、私とは致命的に相性が悪い存在だな。

 

「やっぱりか。フクロウ試験は将来のための大事な試験なんだし、お互い頑張ろう。今回は僕も負けるつもりはないよ。」

 

「そうね、お互い頑張りましょう。」

 

素っ気なく返事を返してから、机に積まれた本の一つを開いた。話は済んだんだから、もうどっかに行ってくれ。大体、フクロウ試験は自分の学力を確かめるためにあるはずだ。勝負の場じゃないぞ。

 

そんな私の『忙しいですよアピール』も虚しく、ダンブルドアは勝手に向かいの席に座り込みながら話を続けてくる。……うう、面倒くさいな。あからさまに拒絶すると角が立つし、やんわりと受け流すような会話技術は持ち合わせていない。これだから人付き合いってのは苦手なんだ。

 

「あーっと……それで、実は少し相談したい事があってさ。時間ないかな?」

 

「……読みながら聞くわ。」

 

これが妥協点だ。それなら目を合わさずに済むし。私の返答を聞いたダンブルドアは、苦笑して頷きながら小声で相談とやらを切り出してきた。

 

「今僕はとある物について研究してるんだけどね、どうにも上手く進まないんだ。それで、視点を変えるためにも誰かと共同研究ってことにしてみたいんだけど……どうかな? ホグワーツの中だと、このテーマを一緒に研究できるのはノーレッジくらいなんだよ。」

 

「貴方のご友人には著名な研究家たちが山ほどいるんでしょう? こんな無名な小娘じゃなくって、その人たちと共同研究でもなんでもすればいいじゃないの。」

 

何の研究だかは知らないが、今の私は手一杯なのだ。すげなく言ってやると、ダンブルドアは困ったように頰を掻きながら首を横に振ってくる。

 

「いや、論文として発表するつもりはないんだ。だからちょっと気が引けてね。それにさ、些か荒唐無稽とも言える題目なんだよ。君は興味ないかな? その……賢者の石に関する研究なんだけど。」

 

……何だと? 今こいつはなんと言った? このタイミングでその名前が出てくるってのは、何とも作為的なものを感じるぞ。具体的に言えば、黒髪の吸血鬼による作為だ。

 

「賢者の石?」

 

思わず本から顔を上げた私に、ダンブルドアが更に声を潜めて捲し立ててくる。

 

「そう、賢者の石。永遠の命を齎す水を生み、鉄屑を黄金に変える錬金術の秘儀だよ。ニコラス・フラメルと手紙のやり取りをする機会があってね、それで興味が出たんだけど……君なら分かるだろう? ノーレッジ。僕たちのような人間には、人生は短すぎるんだ。」

 

黄金には興味ないが、人生云々って部分には同意できるな。しかし悲しいかな、私はフラメルの賢者の石が不完全である事を知っているのだ。……まあ、目の前で瞳を輝かせるダンブルドアに教えてやるつもりは毛頭ないが。

 

しかし、こいつとの共同研究だったら何かヒントを得られるかもしれない。ダンブルドアと関わるのは億劫だが、その知性と発想力は本物だ。どうせ行き詰まっていたところだし、研究に付き合ってみるのも悪くないだろう。

 

「そうね……いいわよ、手伝いましょう。私も少し興味があるわ。差し当たりどこまで研究が進んでいるのかを教えてくれる?」

 

「そうか、良かった! ええっと、フラメルからの手紙にあった僅かな情報を鑑みるに、賢者の石は属性と反属性の調和が──」

 

悪いが踏み台にさせてもらうぞ、アルバス・ダンブルドア。勿論それなりの情報は対価に渡すから、後で恨まないでくれよ? 等価交換だったら文句はあるまい。これはお互いに利益のある取引のはずだ。……多分。

 

 

 

そして学期末のフクロウ試験も終わり、ようやく訪れた夏休み。居心地の良い我が家に帰ってきた私は、食事の準備をするためにキッチンに立っていた。さて、今日の夕食は何にしようか? 今から買いに行くのは面倒だし、ある物で済ませなければ。

 

ちなみにダンブルドアとの共同研究は今なお続いている。更に言えば、この関係は私にもメリットがあることが明確になった。目指す地点が類似しているのなら、道筋が違っても共通する部分はあるらしい。……話していると妹の愚痴が頻繁に出ることは少々鬱陶しいが。

 

一応ダンブルドアのことをリーゼに話してみたら、ご機嫌な様子で『精々利用してやれ』と言っていた。自分の思考回路があの吸血鬼に似通ってきていることに愕然としたが、研究が進歩を見せたことで私も気分がいいし、今回は目を瞑っておくべきだろう。

 

軌道に乗り始めた研究を思って鼻歌交じりに夕食の準備をしていると、いきなり背後から挨拶が投げかけられる。

 

「おはよう、パチュリー。いい夕暮れだね。」

 

「あら、来てたのね。こんばんは、リーゼ。」

 

不意打ち気味の呼びかけだったが、さすがの私ももう慣れたぞ。一切驚かずに挨拶を返した私を見て、リーゼはちょっと残念そうに苦笑してきた。ざまあみろだ。

 

「いやあ、ちょっと聞きたいことがあってね。お邪魔させてもらったんだ。」

 

「私としては呼び鈴を鳴らして欲しいんだけどね。……まだ作ってる途中よ。出来たら食べさせてあげるから待ってなさい。」

 

「んふふ、それなら大人しく待つとしようか。」

 

勝手に摘み食いをするリーゼに注意をしてやると、彼女はダイニングの方へと引っ込んでいった。相変わらず自由なヤツだな。料理の量を増やすために材料を追加しつつ、欠伸をしている黒髪吸血鬼へと質問を送る。ひょっとして寝起きなんだろうか?

 

「それで、聞きたいことっていうのは?」

 

「『ダームストラング専門学校』についてさ。ちょっと行く必要が出来ちゃってね。ホグワーツとは交流があるんだろう?」

 

椅子に座りながら聞いてきたリーゼに、脳内の知識を引っ張り出して答えを返す。……動く度に揺れる黒髪がさらっさらだな。なんとも羨ましいぞ。私も少しは気を遣うべきなのかもしれない。

 

「正確には交流が『あった』ね。魔法学校同士の対抗試合は大昔に廃止されたし、今じゃ闇の魔術に力を入れた学校ってくらいしか知られていないわよ?」

 

「ふむ、ホグワーツ側の情報もそんなもんなのか。……いやなに、場所がいまいちはっきりしなくてね。大陸の北の方ってのは当然知ってるんだが、入ってくる情報はその程度なんだよ。」

 

そりゃあそうだろう。あの学校が校舎の場所を厳重に隠匿しているのは有名な話だ。後ろ暗いところがあるのかは知らないが、マグルはともかく、魔法使いたちにまで隠す必要はあるんだろうか?

 

「主流の推測はスウェーデンかノルウェーの山奥らしいけど、本当かどうかは判らないわ。ドイツだとか、オーストリアだって噂もあるしね。訪れた魔法使いに忘却術をかけることを同意させてるくらいだし、いくら貴女でも見つけるのは難しいかもよ?」

 

手早く完成させたリーキと鶏肉の炒め物を皿に盛って、スープと一緒にテーブルまで運ぶ。リーゼはダイニングテーブルに置いてあったパンを食べながら待っているようだ。基本的にはお嬢様っぽい立ち振る舞いなのに、変なところで行儀が悪いな。

 

「ふぅん? ……考えるだけで面倒くさいが、出身者を探して聞き出すしかなさそうだね。」

 

どうやって聞き出すのかは知らないが、その出身者とやらは不幸なことだな。少なくとも酒を奢って、なんて生易しい方法でないことは確かだろう。もしかしたら魅了を使うつもりなのかもしれない。

 

「そもそも、ダームストラングなんかに何の用があるのよ? 闇の魔術の研究でも始めるの?」

 

「会わなくちゃいけないヤツが居てね。まあ、どうにかしてみるさ。……それより、冷めないうちに食べちゃおうじゃないか。」

 

「私のセリフよ、それは。」

 

そして始まる吸血鬼との夕食。なんとも不思議な気分だ。昔と同じ家なのに、ただのマグルだった頃の私では想像も付かないような光景じゃないか。……でもまあ、そんなに悪い気はしないな。少しだけ、ほんの少しだけ両親が生きていた頃を思い出すぞ。

 

遠い昔の日々に想いを馳せながら、パチュリー・ノーレッジは不思議な友人との夕食を楽しむのだった。

 

 

─────

 

 

「やれやれ、やっと見つかったね。」

 

同行している美鈴にそう呟きながら、アンネリーゼ・バートリはやれやれと首を振っていた。この忌々しい旅路もようやく一段落付きそうだな。私の生涯の中でも、中々に厄介な『探し物』だったぞ。

 

最初に捕まえたダームストラングの卒業生は学校の場所を忘却しており、次のヤツはまったく関係のない場所にあると思い込んでいて、その次のヤツなんか存在自体を忘れていた始末だ。お陰でノルウェーの森を彷徨い、スウェーデンの山中を飛び回る羽目になってしまった。

 

「いやー、本当に疲れましたね。さっさと終わらせちゃいましょうよ。」

 

うんざりした声で美鈴が言うのに、深々と頷いて同意に代える。護衛兼付き人にとレミリアが付けてくれたはいいが、行く先々で美味しい食べ物を探し出す以外にはまだ役立っていないぞ。……まあ、退屈しないのは助かっているが。

 

二人で薄く積もった雪の上を歩いて行くと、遠くに巨大な建物が見えてきた。これがダームストラング専門学校か。四階建ての長方形の校舎で、のっぺりした飾り気のない外観だ。明かりが全く漏れてないことが不気味さを増しているな。

 

苦労してこんな場所まで来たのは、もちろんグリンデルバルドと接触するためだ。さすがに放っておきすぎたレミリアに、様子を見てきてくれと頼まれてしまったのである。ここまで面倒だと知ってれば引き受けなかったんだけどな。

 

「それじゃ、消えるよ。」

 

「はーい。」

 

能力を使って自身と美鈴の周囲の光を操り、空間に溶け込むようにして姿を消す。最近では主にレミリアやパチュリーを驚かせるために使っている技術だが、残念なことにレミリアには気付かれてしまうし、パチュリーはあんまり驚かなくなってしまった。ちなみにお互いの姿は視認できるようにしてある。

 

さてさて、どうやってグリンデルバルドを見つけ出そうか? 校舎以外の建物はポツポツとしか見当たらないが、ヒントなしで探す分にはこの学校の敷地は広すぎる。……学校自体を探す苦労に比べれば全然マシだけどな。

 

「んー、あっちに大量の気配がありますねぇ。そこから見てみます?」

 

ほう、驚いたな。ここに来て始めて美鈴が役に立っているぞ。私でも認識できないような、遥か遠方の気配を読み取るとは……つくづく忘れた頃に有能さを示してくるヤツじゃないか。

 

「なら、行ってみようか。」

 

薄暗くなってきた空を眺めつつ、陰気な校舎の方へと歩き始めた。頼むからそこに居てくれよ、グリンデルバルド。もう何かを探すのはしばらく御免だ。

 

 

 

そして美鈴の案内に従って校舎の中を進んでいくと……ふむ、どうやらここは食堂のようだ。まるで訓練中の軍隊の如く、学生たちが黙々と食事を取っている。学校なんだよな? ここ。兵舎じゃなくて。

 

「おっ、居ましたよ。生きててよかったですねぇ。」

 

美鈴が小声で言いながら指差したテーブルを見てみれば、そこには写真よりちょっとだけ大人びたゲラート・グリンデルバルドが座っていた。周りと同じように食事を取っているが、他の生徒よりも量が多い気がするな。

 

しばらく観察していると、同じテーブルの生徒たちはグリンデルバルドの様子を窺いながら食べているようだ。どうやら彼はこの小さなコミュニティで上位に君臨しているらしい。食事の量が階級を表すとは、まるで刑務所みたいだな。

 

「これをヤツのポケットに入れてきてくれ。」

 

「了解でーす。」

 

美鈴に指示を出しながら、待ち合わせの場所と短い一文だけを書いた羊皮紙の切れ端を渡す。レミリアが読んだ運命によれば、グリンデルバルドはこの言葉に反応してくれるはずだ。一から十まで読めるならもっと楽なのに、こういう部分的なところしか読めないらしい。楽は出来ないということか。

 

『死の秘宝』

 

そう書いてある羊皮紙を、美鈴がグリンデルバルドのポケットにそっと差し込む。よしよし、あとは書いておいた場所で待つだけだな。指定したのは視線が隠れる校庭の隅っこだ。延々待つには辛い場所だし、早く気付いてくれることを祈っておこう。

 

 

 

そのまま待ち合わせ場所で美鈴と話しながら待っていると、一時間もしないうちにグリンデルバルドが現れた。一人で辺りを窺いながら、杖を構えて慎重な様子で向かってくる。……この際だし、ちょっと驚かせてみるか。

 

足音を忍ばせて美鈴と一緒に背後に立ち、姿を現しながら声をかけた。

 

「ごきげんよう、ゲラート・グリンデルバルド。」

 

対するグリンデルバルドの返答は……ほう、やるじゃないか。凄まじい勢いで振り返ったかと思えば、無言呪文の赤い閃光をこちらに飛ばしてくる。杖魔法の技術は私より上のようだな。ハンデがあるとはいえ、ちょびっとだけ悔しいぞ。

 

私が苦笑している間にも、即座に前に出た美鈴が閃光を握り潰した。一応護衛役という自覚はあったらしい。

 

「んん? なんかピリピリしますね、これ。」

 

なんとまあ、気の抜けた台詞だな。そんな反応に僅かに驚きながらも、グリンデルバルドは二の矢、三の矢を放ってくるが、美鈴はその全てを難なく叩き落としている。

 

「落ち着きたまえよ、グリンデルバルド。私たちは話をしにきたんだ。遥々こんな辺鄙な場所までね。」

 

美鈴に呪文の対処を任せながら話しかけてみると、グリンデルバルドは呪文を放つのを止めるが……ふん、生意気だな。油断なくいつでも杖を振れるように身構えたままだ。どうやらダームストラングはホグワーツよりも『実践的』な教育をしているらしい。

 

「さて、改めてごきげんよう、矮小なニンゲン。偉大なる吸血鬼と話せることを光栄に思いたまえ。」

 

私が背中の翼をパタパタさせたのを見て、グリンデルバルドの眼差しが一層鋭くなる。うーむ、こういう視線も良いな。嘗ての時代を思い出すぞ。

 

「まあまあ、そう緊張しないでくれよ。有能な人間に悪魔が契約を持ちかけるってのは珍しいことじゃないだろう?」

 

大仰に両手を広げながら言ってやれば、グリンデルバルドは一切警戒を解かずに返事を寄越してきた。大魔王ごっこだ。結構楽しいじゃないか。

 

「……何が目的だ? 何処で俺のことを知った?」

 

「んふふ、私は何でも知っているのさ。なんたって悪魔だからね。例えば……そう、死の秘宝のこととかも。」

 

私の言葉を聞いて、グリンデルバルドの表情が僅かに歪む。死の秘宝とやらが何なのかは知らないが、適当にそれっぽく喋ればいいだろう。

 

暫く疑わしそうにこちらを眺めた後、グリンデルバルドは目を細めながら問いかけを放ってきた。

 

「……ニワトコの杖の在り処も知っているのか?」

 

「勿論だとも。ただし、教えて欲しいなら有能さを示してもらおうじゃないか。」

 

杖? 伝説の魔法使いの杖とか、そういうのだろうか? 私は自分の杖があるから要らんが、レミリアが欲しがるかも知れないし、フランにあげるのも良さそうだな。後で調べておくか。

 

考えながらも懐から手のひらサイズの本を取り出して、グリンデルバルドの足元へと放り投げる。

 

「そら、こいつを使い熟してみたまえ。話はそれからだ。」

 

パチュリーに渡した物より数段落ちる魔導書だ。これだったら読んだだけで死ぬということはないだろう。中身は人間と他の生き物をくっつけて、より強力な存在にする方法とか、そんなことがつらつらと書いてあったはず。

 

かくしてグリンデルバルドが足元に落ちた本に視線を走らせた瞬間、すぐさま自分と美鈴の姿を消す。一度やってみたかったんだ。視線を外した瞬間、居なくなってるやつ。美鈴もこちらの意を汲んで、含み笑いをしながら気配を消してくれた。

 

「……レベリオ(現れよ)。」

 

グリンデルバルドはこちらが消えたのに驚いて周囲を見回した後、暴露呪文で慎重に本を調べていたが、結局は手に取って校舎の方へと消えて行く。……まあ、とりあえずはこんなところかな。

 

 

 

「これでようやく帰れるね。」

 

「そうですねぇ。帰ってしばらくゴロゴロしてたいですよ。」

 

透明な状態のままで敷地の外に出てから、姿を現しつつ美鈴と頷き合う。あの本を上手く使えば、人外への一歩目を何とか踏み出せるだろう。これでグリンデルバルドもスタートを切れたわけだ。是非とも他の二人に追いついてほしいもんだな。

 

「それじゃあ掴まってくれ、美鈴。とりあえず姿あらわしで近くの街まで戻ろうじゃないか。」

 

「いいですけど、今回は大丈夫なんですよね? また腕だけどっかに行っちゃうのは嫌ですよ?」

 

「なぁに、今回は上手くいくさ。」

 

失くしちゃったら生やせばいいじゃないか。不安そうな表情で腕を掴んでくる美鈴にウィンクを送った後、アンネリーゼ・バートリはホルダーから抜いた杖を振り上げるのだった。

 



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学ぶ吸血鬼ちゃん

 

 

「一応忠告しておくが、あー……かなり気持ち悪いぞ、それ。」

 

六年生ももう終わりが見えてきた春の日、リーゼが心底嫌そうな表情で声をかけてくるのを、パチュリー・ノーレッジは大人の靴ほどもあるゴキブリをすり潰しながら聞いていた。そんなもん私だって分かってるさ。だけど、必要なことなんだから仕方ないじゃないか。

 

「やってる当人が一番気持ち悪いわよ。でも、魔導書に書かれてる材料はとっくの昔に絶滅済みなの。現存する中ではこの……忌々しい虫をすり潰したものが一番近いってわけ。」

 

すっかり通い慣れたトランクの中の小部屋は、今や多種多様な実験器具で埋め尽くされている。至る所で鍋がユラユラと湯気を昇らせ、厳重に封が施されている素材棚はガタガタ動き、秤は勝手に材料を量り続けているような状態だ。正に『実験室』って感じだな。

 

部屋の変化に鼻を鳴らしながらも、すり潰し終えて液状になったそれを慎重に鍋に投入すると……それまで緑色だった液体が、一瞬にして明るいオレンジに変わった。よしよし、こっちの材料でも何とかなりそうだな。

 

リーゼが何とも言えない表情でこちらを見るが、こんなもんまだまだ序の口だぞ。トロールの脳みそを刻んだときは、さすがの私も吐きそうになったものだ。あれは酷い臭いだった。

 

「まあ、順調そうで何よりだよ。それを材料にして作る石ころには触りたくないけどね。」

 

「吸血鬼が何を言ってるのよ。気持ち悪がってる暇があるんだったら、こっちの月下タンポポを刻むのを手伝って頂戴。」

 

真夜中に禁じられた森まで出張って採集してきたタンポポだ。ダメにされたら今度はリーゼに入手を頼むことにしよう。真っ暗な森の中で泥だらけになるのはもう御免だぞ。

 

つまり、私は遂に賢者の石の製作に入っているのである。魔導書を丹念に読み込んだ結果、既に理論は構築できた。となれば残るは実践だけなのだが……素材を熟成させる期間を加味しても、もしかしたら卒業までに完成させられるかもしれないな。

 

反面、ダンブルドアの研究は行き詰まってしまったらしい。私としてはもはやメリットを感じられない状況になってきたので、去年の冬に『製作は不可能である』ということを小難しく纏めてダンブルドアに提出してある。ダンブルドアは諦め切れないようで何度も説得を仕掛けてきているが、別の研究があると言って適当にあしらっているのが現状だ。

 

「虫けらをすり潰す以外の作業なら大歓迎だよ。茎を2ミリ間隔だね? 任せておきたまえ。」

 

「葉っぱは取り除いてね。不要だから。」

 

「はいはい、了解だ。」

 

石の製作が始まってからというもの、リーゼは思ったよりも真摯に手伝ってくれている。前に疑問に思って聞いてみたのだが、こういう作業をするのは初めてだから楽しいらしい。手先はちょっと不器用なものの、吸血鬼らしく人並み外れた力があるし、助手としては文句なしだ。

 

この前なんかは大掛かりな作業のための人手が足りないということで、しもべ妖精とエマさんという使用人を連れて来てくれた。前からお嬢様だとは思っていたが、しもべ妖精に加えて使用人だなんて……私にとっては物語の中の世界観だな。

 

しかしまあ、公表できないだろうし、するつもりも無いが……これが完成したら物凄い偉業なんじゃないだろうか? そうリーゼに聞いてみたところ、『こっちの世界じゃ大したことないよ』という涙が出そうなほどありがたいお言葉を頂いた。私は単なる人間なんだから、『こっちの世界』とやらの生き物と一緒にしないでくれ。

 

「……ねえ、どうしてここまで良くしてくれるの?」

 

牛食いガエルの体液を鍋に垂らしつつ、目を逸らし続けてきた疑問をポツリと呟く。

 

リーゼは吸血鬼。つまり正真正銘の悪魔だ。最初は呪文と引き換えの契約だったが、それだって対等とは言い難いものだった。それなのに、とうの昔に呪文を教え終わったのにも関わらず、こうして今なお私の研究を手伝ってくれている。賢者の石が目当てなのかとも思ったが、黄金も長寿も彼女は既に手にしているようだし、こんなに手間暇かけてまで欲しがるようなものではないだろう。

 

だとすれば、対価は何だろう? 正直なところ、私はリーゼに深く感謝している。四年生になる前のあの色褪せた日々に比べて、今の生活のなんと充実していることか。賢者の石を作り終わったら、リーゼの図書館で飽きるほど本を読ませてもらう約束だが……まあうん、ある程度満足した後だったら魂を渡したって構わないと思っているくらいだ。

 

そんな私の問いかけに対して、リーゼは遠くを眺めるような表情で答えを寄越してきた。……珍しい表情だな。どことなく切なげな雰囲気を感じる。

 

「実はちょっとした頼みがあってね。私の従姉妹に吸血鬼の姉妹がいて、その妹のほうが少々……何と言えばいいか、『問題』を抱えているんだよ。全部終わったら対価としてその問題の解決に手を貸してもらおうかと思ってたんだ。」

 

「そういう事情ならもちろん協力させてもらうけど、リーゼにどうにも出来ない問題を私が解決できるとは、その……思えないわ。」

 

「なぁに、大丈夫だよ。私たちには時間があるし、キミだってもうすぐ手に入れる予定だろう? だったらいつかは解決できるさ。」

 

そう言われても全然自信は湧いてこないが……うん、それが対価だと言うなら精一杯やるだけだ。何だかんだで色々と世話になってるんだし、受けた恩にはきちんと報いなければ。

 

「それなら……ええ、約束するわ。それが対価だって言うのなら、どれだけ時間がかかっても必ず何とかしてみせる。」

 

私がしっかりと頷くと、リーゼは見たこともないほどに可愛らしい微笑みを返してきた。そういうシュミはないはずなんだが、それでも見惚れちゃうような表情だ。

 

「んふふ、頼りにしてるよ、パチュリー。……それじゃ、未来のためにも先ずは石の製作をどうにかしようじゃないか。茎は刻み終わったよ。次はどうする?」

 

「えーっと、そうね……だったら刻んだ茎を、そこの秤で岩石豆一粒と均等になるように量ってくれる?」

 

リーゼに返答を放ってから、私も気合を入れて鍋をかき回す。うむ、やる気が出てきたぞ。対価をきっちり支払うためにも、リーゼの言う通り先ずはこの研究を終わらせちゃおう。一つ一つ集中して、順番に。それが私のモットーだったはずなのだから。

 

 

 

そしてホグワーツ六年目の生活も終わり、夏休みが中盤に差し掛かったある日の午後、私はロンドン郊外の墓地にある両親の墓に花を供えに来ていた。オレンジのガーベラ。母が好きだった花だ。父にはダイアゴン横丁でファイア・ウィスキーを買ってある。魔法界のお酒なんて当然飲んだことないだろうし、きっと喜んでくれるはず。……ちょっと強すぎるかもしれないが。

 

リーゼと二人で頑張った結果、ホグワーツの卒業ギリギリで賢者の石が完成する目処がついたのだ。卒業式を終えたら石を使い、そのままリーゼの屋敷に移り住むことになっている。今まで住んでいた家は残す予定だし、もう来ないということもないだろうが、暫くは忙しくて戻ってこられないだろう。

 

墓を念入りに掃除した後、祈ろうとしたところでふと動きを止めた。吸血鬼と契約した人間が神に祈っても大丈夫なのか? リーゼにでも聞いておけばよかったな。

 

吸血鬼の友人が出来たと聞いたら、両親はどんな反応を示すのだろうか? 頭の心配をされるか、教会にでも連れて行かれるかもしれない。……益体も無い考えにかぶりを振って、少しだけお祈りをしてから墓を後にする。

 

大丈夫だ。私はもう一人ぼっちで本を読む『根暗のノーレッジ』じゃない。ついぞ人間の友人には恵まれなかったが、油断できない奇妙な吸血鬼と出会えたのだから。

 

夏の高い青空を見上げながら、パチュリー・ノーレッジはゆっくりと一歩を踏み出すのだった。

 

 

─────

 

 

「これはもうノーレッジで決まりかしら? ……まあ、そもそも条件がアンフェアだったしね。宜なるかなって感じよ。」

 

紅魔館の執務室の椅子に深く腰掛けながら、レミリア・スカーレットは部屋の掃除をする美鈴に話しかけていた。リーゼからの報告によれば、ノーレッジは想像以上の速度で偉業を達成しつつあるようだ。我が幼馴染どのも随分と入れ込んでるみたいだし、このまま順当な結果で終わりそうだな。

 

「そうですねぇ。意外性はあんまりなかったですけど、スムーズに進んでるのは良いことなんじゃないですか?」

 

美鈴の返事に頷きながら、他の二人の方に思考を移す。ダンブルドアは史上最年少でウィゼンガモットの青年代表とやらに選ばれて有頂天らしいが、残念ながらそれは我々の興味を引く類の功績ではない。そしてグリンデルバルドに関しては去年の接触以降ノータッチだ。リーゼは二度と行きたくないと言うし、美鈴一人で向かわせるのは……うーむ、不安すぎるな。やめておいた方がいいだろう。

 

何にせよ、二年後に私の能力で運命を読めばどれが当たり札なのかは明らかになる。計画を始めてから三年は瞬く間に過ぎた。となれば残る二年も一瞬だろう。のんびり待てばいいさ。

 

万が一遅れている二人の中から人柱を選んだとしても、至らせるまでに必要な時間は十年そこらで済むはずだ。ダンブルドアやグリンデルバルドも人間の中ではぶっちぎりで優秀な部類なのだから。そこからフランを外に出すための研究を始めたとして……そうだな、全員でやれば百年前後で方が付くだろう。館の中限定で出歩くのであればもっと早まるはずだし、一番深みに嵌っているノーレッジを選んだのであれば更に期間を短縮できる。

 

おまけに残った二人で戦争ごっこをすれば、フランの退屈を紛らわせることまで出来るというわけだ。うむうむ、考えた私は天才なんじゃなかろうか。

 

頗る順調ではないか、私の計画は! カリスマ溢れる自分が怖くなるくらいだ。今はちょっと反抗期なフランも、狂気が治まって外に出られるようになれば私を尊敬しだすに違いない。

 

「……お嬢様、何一人で笑ってるんですか? 怖いんですけど。」

 

「うっさいわね! フランのところに行くわよ!」

 

よし、そうと決まれば地下室に行こう。最近のフランは代理戦争のためだとか言って、外の世界のことを勉強するのに夢中なのだ。いい傾向なのかもしれないな。壁を破壊する頻度が減った気がするし。

 

美鈴と共に執務室を出て階段を下り、地下通路へと向かいながら館の状態をチェックする。廊下、良し。シャンデリア、良し。妖精メイド……は労働者として雇ったわけではなく、ただの賑やかしだ。だから良しとしておこう。

 

徐々に改善されてきた館に満足しながら、たどり着いた地下室の重たい扉を開けると、我が愛すべき妹がベッドで『お夜寝』している姿が見えてきた。美鈴にジェスチャーだけでカメラを持ってこいと伝えた後、音を立てないようにそっと近付く。

 

うーん、可愛い。姉の贔屓目を抜きにしても、もしかしたら世界で一番可愛い存在なのではないだろうか? 外に出すために頑張ってはいるが、もし悪い虫がついちゃったらどうしよう。……いやまあ、その時は相手をぶっ殺せばいいだけか。

 

ニマニマしながらフランの寝顔を観察していると、どこか呆れた表情の美鈴がカメラを持って戻ってきた。もちろん魔法使いどものカメラではなく、普通のやつ。写真の中の人物が動くというのは面白かったが、どんなタイミングで撮っても写真の中のフランは私を睨み付けてきてしまうのだ。壁一面のフランが睨んでくるというのはさすがに勘弁願いたい。それはそれで可愛いけど。

 

「あのー、やめませんか? 盗撮っていうんですよ、それ。」

 

「失礼ね、妹の成長記録を撮ってるだけよ。これは姉の義務なの、権利なの。」

 

慎重にカメラを構えて……ここだ! フラッシュの音でフランが起きてしまうが、写真は手に入った。後はこのカメラを無事に部屋から出すだけだ。すぐさま美鈴にカメラを押し付け、背中を叩いて走らせる。行け、めーりん走るのだ! 私のフラン写真集のために!

 

「ぅう……きゅっ!」

 

焦った表情で扉へと走る美鈴に、寝ぼけ眼のフランが能力を使う。その小さな手のひらを握りしめた瞬間、哀れにもカメラは爆発四散してしまった。おのれ美鈴、何故その身を盾にしなかったんだ。後でお仕置きだからな。

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』

 

物体のもっとも緊張している場所……フランは『目』と呼んでいたか。それを自分の手の中に移動させて、握り潰すことであらゆるものを破壊できるらしい。いやはや、我が妹ながら恐ろしい能力ではないか。強くて可愛いだなんて反則だぞ。

 

とはいえ、フランも私やリーゼと同じように自身に宿る能力を完全には使い熟せていない。そもそも使い熟せているのなら、とっくの昔に地下室を破壊して外に出ているだろう。リーゼも昔嘆いていたが、吸血鬼には能力に対する種族的な制限でもかかっているんだろうか?

 

「おい、なにしてた?」

 

寝起きでいつもより低い声のフランが、これまたいつもより少ない言葉数で聞いてくる。いやぁ、こういうフランも良いな。ギャップが魅力を増してるぞ。

 

「……はい、妹様! 私は止めました! 私は無実です!」

 

粉々になったカメラの破片を投げ捨てながら、青い顔の美鈴がピンと挙手して無実を主張し始めた。一瞬で裏切るとは何事だ、紅魔館の獅子身中の虫め。今日は夜食抜きに決定だからな。

 

「おはよう、フラン。……姉が妹の成長記録を撮って何が悪いのかしら? 貴女は知らないかもしれないけど、お外じゃあこれが常識よ。」

 

伝家の宝刀、『お外の常識』を抜く。どうせフランには確かめる術がないのだ。今まで数多の危機を救ってきた切り札よ、今回も頼んだぞ。

 

「オマエにはもう騙されないよ。この前読んだ本に書いてあったけど、こういうのってギャクタイって言うんだってさ。ジンケンを無視して閉じこめたり、嫌なことを無理矢理するのってハンザイなんだよ。」

 

何てこった、伝家の宝刀はいつの間にかなまくら刀にすり替わっていたらしい。おのれ、余計なことを。一体誰がこんな無駄な知識をフランに……言われるがままに本を買い与えた私のせいじゃないか!

 

「フ、フラン? 騙されちゃダメよ。それは人間の常識であって、吸血鬼とは違うの。」

 

「吸血鬼のジンケンも守られるべきだって予言者新聞に書いてあったもん! オマエみたいなのを、異常なセーハンザイシャって言うんだってさ! このセーハンザイシャ!」

 

マズい、マズいぞこれは。何とかしなければ妹から性犯罪者呼ばわりされることになってしまう。そんなの幾ら何でも耐え切れる自信がない。美鈴は……ダメだな。うんうんそうですね、といった具合に頷いている。裏切り者め、この恨み忘れんからな。

 

「ち、違うわフラン、そんな嘘つき新聞を読んじゃダメよ。えっと、その……そう、リーゼに聞いてみればいいわ! リーゼもそんなの嘘だって言うなら信用できるでしょ?」

 

「リーゼお姉様が? んぅ……そうかもね。でも、オマエは信用できないもん! 出てってよ、セーハンザイシャ!」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってなさい。今リーゼを呼んでくるから。すぐに呼んでくるから!」

 

急いで地下室を出て、全力疾走でエントランスへと向かう。急げ急げ。このままじゃ妹からの性犯罪者呼びが定着しちゃうぞ。そんなもん悪夢だ。早く煙突飛行でリーゼの屋敷に飛んで、引き摺ってでも連れてこなければ。

 

連れてきたリーゼが悪戯な笑みで誤解に拍車をかけることを知る由もなく、レミリア・スカーレットは煙突飛行粉を投げ入れた暖炉へと飛び込むのだった。

 



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賢者の石

 

 

「はい、それまで。羽ペンを置きなさい。」

 

教壇に立っている試験官の言葉を受けて、ようやく終わったのかとパチュリー・ノーレッジはため息を吐いていた。数十分前に解答欄は埋まっていたが、途中退席が禁じられているので退屈していたのだ。どうせなら論述のスペースをもっと設けてくれれば良かったのに。

 

これで最後に残った変身術の筆記が終わり、ようやく卒業間際のイモリ試験も終了となる。フクロウ試験の時よりもだいぶ減った他の受験者たちが感想を言い合うのを他所に、手早く荷物を片付けて教室を後にした。……そういえば、試験結果はちゃんとリーゼの屋敷に届くのだろうか? まあいいか、魔法界で就職しない私にとっては大した意味を持たない代物だし。

 

七年間のホグワーツでの生活も、一週間後の卒業式で遂に幕を下ろすわけだ。充実した学生生活だったとは口が裂けても言えないが、私に新たな世界を示してくれたのは間違いなくこの学校だし、ここを離れるのが寂しくないと言えば嘘になる。……まあうん、私にとっても偉大な母校だったということなのだろう。

 

感傷に浸りながらもたどり着いたレイブンクローの談話室を抜けて、女子寮にある自室のドアを開いた。ルームメイトをちらりと見てから自分のベッドに移動した後、いつものようにカーテン閉めてトランクの中へと入り込む。結局、ルームメイトとまともにお喋りすることはなかったな。業務連絡のような会話が精々だ。

 

こんなヤツとルームメイトだってのはさぞ迷惑だったことだろう。そう考えると申し訳ないことをしちゃったかな。自嘲しながら梯子を降りて通路を進み、見慣れた鉄扉をいつもの手順で開けてみれば……そこにあったのは実験器具の山でも、居心地の良い空間でもなく、小さな台に置かれた手のひらに収まる程度の石ころだけだった。

 

ゆっくりと台に歩み寄って、その不思議な石を眺める。見る角度によって七色にその色を変える美しい石。これこそが私の……『私たち』の研究の成果、賢者の石だ。

 

ニコラス・フラメルが作ったものとは違って、この石は命の水を生み出したりはしない。当然だ、この石はそのまま呑み込むことで不死になれるのだから。

 

ただまあ、その時のことを考えるとちょっと不安になってくるな。喉に詰まったりしないだろうか? ……うーむ、こんなことならもう少し小さく作ればよかった。不老のための石を喉に詰まらせて死ぬなんて恥ずかしすぎるぞ。『元も子もない』の代表例として辞書に載るかもしれない。

 

実際に石を使うのは卒業式の直後にリーゼに見守られながらこの場所で、ということに決まっている。私たちにとって全てが始まった場所といえばあの本屋かもしれないが、幾ら何でも本屋で不老になるための儀式を行う気にはなれない。何より、ここが二人で最も多くの時間を過ごした場所なのだ。だったらここで行うのが一番だろう。

 

四年間の集大成を目の前にして、私の心は不思議なことに平静を保っている。不安もなければワクワクもしない。ただ、いよいよやるのだという気持ちがあるだけだ。

 

一週間後。一週間後に私の新しい人生が始まる。目の前の賢者の石を見つめながら、静かな小部屋の中で立ち尽くすのだった。

 

 

 

「──であるからして、この学校で学んだことは君たちの人生において大きな糧となってくれるだろう。それでは卒業生諸君、ホグワーツ最後の夜を大いに楽しんでくれたまえ! ……卒業おめでとう!」

 

その声が大広間に響き渡るのと同時に、歓声を上げながら卒業生たちが被っていた三角帽子を放り投げる。私も一応投げてみるが……うん、全然飛ばなかった。慣れないことはやるもんじゃないな。ちょっと恥ずかしいぞ。

 

教員席の中央に立つ校長の挨拶も終わり、周りの卒業生たちは豪勢な料理を食べながらそれぞれの友人と話し始めている。別れを惜しんだり、再会の約束を交わしたりしているのだろう。前までなら下らないやり取りだと一蹴していたかもしれないが、リーゼのことを考えると彼らの気持ちも少しだけ分かるようになった。

 

とはいえ、私の友人はここには居ない。それに私にとっての『卒業式』が行なわれるのはこの場所ではないのだ。だから人の居ないうちにと急いで自室に戻ろうとしたところで、意外なことに誰かが声をかけてくる。

 

「卒業おめでとう、ノーレッジ。」

 

振り返ってみれば、鳶色の髪が特徴的な青年の姿が目に入ってきた。言わずもがな、アルバス・ダンブルドアだ。その深いブルーの瞳を細めて、顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。どうやら彼は悔いのない学生生活を送れたらしい。

 

「……あら、ダンブルドア。貴方もおめでとう。こうして話すのは久々ね。」

 

「最近はイモリ試験対策で余裕がなかったからね。だけど、君にも一言挨拶しておきたくてさ。例の共同研究は結局実らなかったけど、いい経験になったよ。……君はやっぱり研究職になるのかい? 神秘部に就職するとか?」

 

「まだ決まってないけど、ある場所で司書になる予定よ。貴方は?」

 

当然、それが吸血鬼の屋敷だとは口に出さない。秘密にしろと言われているわけではないが、堂々と喧伝するようなことでもないだろう。

 

「僕はまだ決めかねていてね。とりあえずエルファイアスと一緒に卒業旅行にでも行こうかと思ってるんだ。世界の魔法界を巡ってみる予定なんだよ。」

 

「それは楽しそうね。じゃあ、えーっと……貴方の未来がより明るくなることを祈っておくわ。」

 

「ありがとう。僕も君の未来が素晴らしいものになることを祈っておくよ。……もしかしたらまた共同研究のお願いをするかもしれない。その時はよろしく頼むよ、ノーレッジ。」

 

「ええ、その機会を楽しみに待っておくわ。それじゃあね、ダンブルドア。」

 

私がぎこちない笑顔で会話を切り上げた瞬間、友人であろう卒業生や在校生たちに囲まれてしまったダンブルドアに背を向けて、大広間の扉に向かって歩き出す。また会うかどうかは望み薄だろうが、何故か今はもうダンブルドアのことを苦手とは思わない。私も成長したってことなんだろうか?

 

考えながらも人気のない城の廊下を進み、鷲のドアノッカーの問題に答えてドアを抜けてみれば、そこには人っ子一人居ない閑散とした談話室の光景が広がっていた。

 

静寂が支配する、空虚な談話室。まるでたった一人でここに戻ってきた自分を表しているみたいじゃないか。ジメジメした考えが頭をよぎったところで、談話室のソファに突如としてリーゼが現れる。わざわざトランクから出てきて私を待っていたようだ。

 

「んふふ、ホグワーツの卒業おめでとう、パチュリー。……さてさて、それじゃあ次は人間からの卒業式といこうじゃないか。準備は出来てるかい?」

 

青いソファに我が物顔で腰を落ち着けながらリーゼが言うのに、思わず顔に苦笑が浮かぶ。いやはや、空虚だったはずの談話室が彼女の存在で一変しちゃったな。

 

「……ありがと、リーゼ。準備は万全よ。行きましょうか。」

 

 

 

そして訪れたトランクの中の小部屋。私の目の前には七色に煌く賢者の石がある。ふと目線を上げてみれば、石が置いてある台の向かいに立っているリーゼが微笑みながら促してきた。

 

「ほら、グイっといっちゃいなよ。焦らさないでくれたまえ。」

 

「わ、分かってるわよ。喉に詰まったら助けてよね。」

 

緊張で鼓動が速くなるのを感じつつ、ゆっくりと手を伸ばして目の前の石を掴む。熱いようで冷たくて、硬いようで柔らかい。何とも不思議な感触だ。ゴクリと喉を鳴らしながら口元へと運び、舌に石が触れたところで動きを止めた。この際原材料については考えないようにしておこう。

 

そのままえづきそうになるのを我慢しながら口に含んで、意を決してそれを……ゴクリと呑み込んだ。呑んじゃった! 遂に呑んじゃったぞ!

 

喉元を異物が通過していくぞわりとした感覚の後、直立不動で変化を待つが……あれ? 何にも感じないな。まさか、失敗? 冗談じゃないぞ。不安になってリーゼに話しかけようとした瞬間──

 

「……っ!」

 

熱い! 胸が灼けるように熱い! 思わず地面に膝を付き、胸の辺りを掻き毟る。胸からお腹に、下腹部に、四肢に。痛いほどの熱さが全身に広がっていく。まるで身体の中で溶岩が暴れ回っているようだ。

 

ぜえぜえと息を漏らしながら、身体中を掻きむしりたい衝動にひたすら耐える。目の前がチカチカと七色に光って、頭の中がクラクラしてきた。最悪の気分だ。もしかしたら失敗して、私はここで死ぬのかもしれない。

 

目尻に涙を滲ませながら、ぼんやりした頭で苦しんでいると……いつの間にか苦痛が綺麗さっぱり消えていることに気付く。知らず瞑っていた目を開けてみれば、視界いっぱいに心配そうな表情のリーゼが映った。どうやら膝枕された状態で覗き込まれているらしい。

 

「……リーゼ?」

 

かすれた声で呼びかけてみると、リーゼの顔が嬉しそうな笑みの形に変わる。彼女に一番よく似合う、もはや見慣れた吸血鬼の笑みだ。

 

「おはよう、パチュリー。そしておめでとう。人間からの卒業式も無事成功だ。」

 

……成功? クスクス微笑むリーゼの言葉を受けて辺りを見回してみると、小部屋の宙空に漂う色取り取りのモヤモヤが目に入ってきた。なんだこれは?

 

「あ、ありがとう、リーゼ。これで成功なの? 何て言うか……いろんな色のモヤモヤしたのが見えるんだけど。」

 

「多分、その辺に浮かんでいる魔力が見えてるんじゃないかな。色は属性を表しているはずだ。君は七つの属性と反属性を備えた石を呑み込んだわけだからね。」

 

「ああ、そうね。そうだったわ。……これが、そうなのね。」

 

まさに見える世界が変わってしまったわけか。リーゼに支えられながら立ち上がってみれば、心なしか身体も軽い気がする。何だかふわふわした気分だ。

 

「先ずはその力を制御するのが課題だね。沢山の絵の具をぶっかけたような世界で生活するのは嫌だろう? それが終わったら、次は魔力を操る練習かな。見えているなら操るのは難しくないはずだ。」

 

やることが盛りだくさんだが、今日はさすがに疲れたな。それを見て取ったのか、リーゼは苦笑しながら肩を竦めてきた。

 

「まあ、今日はゆっくり休んでおきたまえよ。明日は駅まで迎えに行くから。」

 

「……ん、そうさせてもらうわ。」

 

ありがたい。何にせよ成功したんだから、細かいことは後で考えればいいだろう。リーゼに支えられながらヨロヨロと部屋を出て、トランクの出口目指して薄暗い通路を歩き出す。

 

レイブンクロー寮最後の夜はぐっすり眠れることになりそうだなと思いつつも、パチュリー・ノーレッジは『偉業』の達成感に身を委ねるのだった。

 

 

─────

 

 

「はあ? ……グリンデルバルドが退学? なんでよ!」

 

ご立腹の様子で執務机をバンバン叩いているレミリアを、応接用のソファに座るアンネリーゼ・バートリは呆れた表情で眺めていた。どうやらグリンデルバルドが晴れてダームストラングを退学になったらしい。一体何をやらかしたんだ?

 

美鈴に淹れてもらった紅茶を片手に持ちながら、手懐けたイギリス魔法省の職員から届いたとかいうその手紙を覗き込んでみれば……おやまあ、派手にやったみたいじゃないか。

 

どうもグリンデルバルドは魔法生物をバラバラにして人間にくっつけるという、かなり楽しそうな『実験』を繰り返していたようだ。イギリスにはようやく情報が伝わってきたところだが、向こうでは春になる前に退学どころか指名手配までされているらしい。ひょっとしなくても私が渡した魔導書のせいだろうか?

 

「危ない目付きのヤツだったからね。いつかはやると思ってたよ。」

 

「こいつが実行犯なら、あんたは教唆でしょうが。……まあいいわ、もう運命を読んじゃいましょうか。ある意味では卒業でしょ、これも。」

 

それでいいのか、レミリア。……まあ、問題ないか。どうせパチュリーで決まりだ。既に不老を手に入れているわけだし、私が育てたんだから間違いあるまい。

 

「私は別にいいけどね。もう決まってるようなもんだし。」

 

「それじゃあ、早速始めましょう。めーりーん! タロットカード持ってきて! タロット!」

 

「おいおい、前はタロットなんて使ってなかったはずだぞ。とうとう能力が劣化したのかい?」

 

「うっさいわね、雰囲気作りよ。占いのことはよく知らないけど、小道具があったほうがカッコいいでしょ?」

 

正気かこいつは。入室してきた美鈴も心なしかうんざりした表情でタロットカードを片手に近付いてきた。それを受け取ると、レミリアはうんうん唸りながら裏返したカードをぐちゃぐちゃに混ぜ始める。占いには詳しくないが、絶対に使い方を間違えているのだけは分かるぞ。

 

「むー、ダンブルドアは……これよ!」

 

程よく混ざったカードの中から、レミリアが一枚のカードを選び取った。本当に能力を使っているんだろうな? 適当にやってるようにしか見えないぞ。疑わしい表情で表になったカードに目をやってみれば、どうやらロープで逆さまに吊るされた男が描かれているようだ。絵の下の文字は……そのまんまだな。『吊られた男』と書いてある。

 

「いまいちパッとしないわね。……よし、次はグリンデルバルドよ!」

 

レミリアが次に引いたのは、王冠を被った老人が硬そうな玉座に座っているカードだ。下の文字は……ふむ、『皇帝』か。さっきのよりかは迫力があるな。

 

「んー……皇帝、皇帝ねぇ。悪くはないんだけど、何か違う気がするわ。」

 

「あのあの、どんな意味のカードなんですか? お嬢様。」

 

「そんなもん知るわけないでしょ。私くらいになると感覚で理解できるのよ。……最後はノーレッジね。」

 

なんだそりゃ。美鈴の問いに肩を竦めて答えたレミリアは、さっさと三枚目のカードを選び始めた。これが占い師だったら苦情の嵐だろうな。呆れ果てる私を他所に、最後にレミリアが引いたのはローブを着た若者のカードだ。目の前の机には棒、剣、杯、それに金貨が置いてある。絵の下の文字は……『魔術師』か。

 

「あら、魔術師だなんて……これで決まりね。パンパカパーン! 栄えある魔法使いレースの勝者は、パチュリー・ノーレッジに決定!」

 

「キミね、さすがに安直すぎないか? ……まあ、私の一押しに決定なんだったら文句はないよ。これでようやく計画が先に進むね。」

 

「……それでいいんですか? お二人とも。」

 

あまりにも滅茶苦茶な占いだが、こいつが能力を使ったと言うのであれば信用できる……はずだ。多分。何はともあれ、パチュリーに決まったのであればそれでいいさ。

 

「さて、それなら明日の昼にキングズクロス駅まで迎えにいく予定だったわけだが……先にここに連れてこようか? 小さなレミィがおねむで無理そうなら夕方でもいいけどね。」

 

「はあ? 昼更かしくらい余裕なんですけど! 明日の昼に連れて来なさい! 今まで会ってた吸血鬼がいかに小物かを思い知らせてやるわ!」

 

「あのー、ホントにホントに、これで決まりなんですか? ……何だかなぁ。」

 

「しつこいわよ、美鈴! それよりちゃっちゃと掃除しちゃいなさい。来客にナメられないようにね!」

 

腑に落ちない表情の美鈴に指示を出すレミリアを横目に、ソファに戻って考える。残すべき人物が決まった以上、次は本格的にゲームの準備を始めなければなるまい。どっちの駒を選ぶかはフランに決めさせてあげよう。『吊られた男』と『皇帝』。どちらを選んでも楽しくなりそうじゃないか。

 

充実してきた日々のことを思いつつ、アンネリーゼ・バートリはパタパタと背中の翼を動かすのだった。

 



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紅き館と月下の屋敷

 

 

「ごきげんよう、パチュリー・ノーレッジ。私が紅魔館の主にして至高なる紅き支配者、レミリア・スカーレットよ。」

 

吸血鬼の世界には大仰な自己紹介をしなければいけない決まりでもあるのだろうか? 薄い胸を張りながら尊大に振る舞う可愛らしい吸血鬼を前に、パチュリー・ノーレッジは内心ちょっとだけ呆れていた。

 

視界に広がる色取り取りのモヤモヤに対する興味が薄れ、何なら多少鬱陶しいとすら思い始めた頃、キングズクロス駅に迎えに来たリーゼにいきなりこの館へと連れてこられたのだ。会わせたい吸血鬼が居るとか何だとかって。

 

詳しく聞いてみれば、前に言っていた従姉妹のうちの姉に会わせたいとのことだった。そして駅から煙突飛行で直接この巨大な館に連行された私は、人間にしか見えない赤い髪の変な妖怪にリビングまで案内されて、今まさに吸血鬼の自己紹介を受けているという訳だ。我ながら激動の二十分間だったな。

 

「あー、初めまして。もう知ってるみたいだけど、私はパチュリー・ノーレッジ。ええっと……ただの魔女よ。」

 

「ふーん? 賢者の石を呑み込んだ人間が『ただの』魔女ね。随分と謙虚なヤツみたいじゃないの。」

 

そんなことを言われても、まだ全然実感が湧いてこないのだ。物語に出てくる強大な魔女になったという気分ではないし、何か特別な魔法が使えるようになったわけでもない。

 

どう返したらいいのかと困っていると、苦笑しながらのリーゼが助け舟を出してくれた。

 

「もう少し柔らかく接したまえよ、レミィ。大事な協力者なんだから。」

 

「おっと、そうだったわね。……妹の問題を解決するために協力してくれると聞いてるわ。だったら私も敬意を払いましょう。この館を我が家と思って寛いで頂戴。」

 

うーむ、現金なもんだな。途端にスカーレットさんは穏やかな態度で微笑んでくるが……まあ、長いものには巻かれておくべきだろう。私がぺこりとお辞儀をするとスカーレットさんは満足したようで、真っ赤なソファに座るように手で促してきた。

 

「はい、どうぞー。」

 

「あの、ありがとうございます。」

 

私が座った途端に紅茶を用意してくれた赤髪の妖怪……美鈴さんだったかな? にお礼を言ってから、おずおずと一口飲んでみる。美味しいな。どうやら高価な茶葉を使っているようだ。館の規模を見るに、別に意外でもなんでもないが。

 

温かい紅茶で一息ついたところで、この館に入ってからずっと気になっていた疑問をテーブルに放った。

 

「この館の中、何と言えばいいのか……禍々しい? ような雰囲気が凄いのだけど、吸血鬼の館はみんなそうなのかしら?」

 

感覚的なことなので言語化するのは難しいが、この館に入った瞬間から頭をかき回すような空気……というか、気配? に包まれているような感じがするのだ。首を傾げる私に対して、スカーレットさんがよくぞ聞いてくれたとばかりに返答を寄越してくる。

 

「それこそが我が妹、フランドール・スカーレットの抱えている『問題』なのよ。危険だから連れて行くわけにはいかないけど、この館には地下室があってね。あの子は狂気に囚われているために、そこから出られないような状態になっているの。」

 

「正確には『閉じ込めている』だね。あの子を外に出したが最後、たちまち討伐隊が結成されるだろうさ。いくら我々吸血鬼が強大な種族だとしても、目立ちすぎればいつかは敗れる日が来る。だからさっさと狂気から解放してあげて、フランには吸血鬼としての生き方を教える必要があるんだ。」

 

スカーレットさんに続いてリーゼが補足してくるのに、頭の中で噛み砕きながら頷きを返す。……なるほど、これで私のやるべきことが分かったぞ。討伐隊が組まれるほどの吸血鬼を囚えている、この館中に蔓延するほど強い狂気とやらをどうにかすればいいのだ。同じくらい強力な吸血鬼が二人がかりでどうにも出来なかったらしいが、賢者の石を呑み込んだ私にかかればちょちょいのちょいだろう。

 

……そんなわけないだろうが! 出来もしないことを約束してはいけない。また一つ賢くなれたな。学ぶのが少し遅かったようだが。

 

「まあ……うん、約束したからね。前にリーゼに伝えてある通り、私に出来ることなら協力させてもらうわ。」

 

「素晴らしい返答ね。頼りにさせてもらうわ。……それにまあ、何も今すぐどうこうしろとは言わないわよ。先ずはリーゼの屋敷で色々と勉強しておきなさい。詳しい話はそれからにしましょ。」

 

よかった、猶予はあるらしい。吸血鬼の寿命から考えるに、タイムリミットはかなりの長さだろうし、この四年間の進歩を考えれば不可能ではない……はずだ。今はそう信じておこう。

 

ほっと胸を撫で下ろす私へと、テーブルの中央にあったクッキーをいくつか頬張ったリーゼが声をかけてきた。立ち上がって大きく伸びをしながらだ。

 

「さて、それじゃあ行こうか、パチュリー。」

 

「へ? もう帰るの? ゆっくりしていけばいいじゃない。」

 

「いくら賢者の石を呑んだといっても、この狂気の中じゃまだキツいだろうからね。完璧に耐えられるようになってからまた来ればいいさ。大体、今日は顔合わせだけだって話だったろう?」

 

おっと、どうやら私はのんびり紅茶を飲んでる場合じゃないらしい。自覚症状はないが、そう言われるとなんだか怖くなってきたぞ。早くリーゼの屋敷に行ったほうが良さそうだ。

 

「ま、そうね。それならまた今度にしましょうか。……ゲームの話をしたいから、貴女は近いうちにまた来て頂戴、リーゼ。」

 

「はいはい、了解だ。そうさせてもらうよ。」

 

ゲーム? 何か企んでいるようだが、好奇心は魔女をも殺す。関わらないでおくのが正解だろう。今の私は積み重なる問題で手一杯だ。

 

「貴女も準備が整った頃にまた来てね、ノーレッジ。」

 

「ええ、その……またお邪魔させてもらうわ。狂気のことに関しても調べておくから。」

 

スカーレットさんに別れを告げてから、リーゼと共に何故かエントランスに設置されている暖炉へと向かう。見送りに来てくれた美鈴さんに私がさよならを言ったところで、一緒に暖炉に入ったリーゼが行き先を口にした。

 

「ムーンホールド。」

 

 

 

昔からあまり好きではない煙突飛行を終え、煤を払いながら暖炉から出ると……ここがリーゼの屋敷、『ムーンホールド』か。紅魔館と同じくらい豪華な屋敷だが、より重厚な雰囲気が漂っている。向こうの館から遊びをなくして、威厳を増したような造りだ。落ち着いたホグワーツって感じだな。

 

「先ずはキミの部屋に案内しよう。トランクもそこに置いてあるよ。」

 

トランクは駅で屋敷しもべ妖精に渡したのだが、彼が先に送っておいてくれたらしい。今まで住んでいた家の荷物は、ホグワーツの物と纏めてトランクの中の小部屋に入れておいたのだ。賢者の石の製造から引越し作業まで。つくづく便利なトランクである。

 

先導するリーゼに続いて、辺りをキョロキョロと見回しながら廊下を進む。調度品の一つ一つが高価そうだなと思ってしまうのは庶民的すぎる感想なのだろうか? 紅魔館は絵画の類が多かったが、この屋敷ではあまり飾られていないようだ。

 

しかし、紅魔館の時も思ったが……ここまで広いと『家』という感じがしないな。ホグワーツに居る時のような、ある種の公共施設を歩いている感覚になってきちゃうぞ。

 

キョロキョロと視線を彷徨わせながらも二階に上がり、一つの部屋の前にたどり着く。リーゼがドアを開けると……広い。寮の部屋の三倍はありそうだ。あちらが三人で一部屋だったことを考えれば、生活する上で広すぎることは間違いないだろう。

 

「ここを使ってくれ。家具は一通り揃っているが、足りない物があったらロワーに……うちのしもべ妖精に言ってくれればいい。それから──」

 

説明しつつも部屋の奥へと移動したリーゼは、いくつもあるドアの一つをコツンと叩きながら微笑んできた。ちょっと悪戯げな表情だ。

 

「んふふ、このドアを開けてみたまえ。きっと驚くぞ?」

 

これ以上何に驚けというのか。豪華すぎる部屋に戸惑いながらも、部屋の隅にあるリーゼが示したドアを開けてみれば……これはまた、言葉も出ないな。この屋敷の中でも一番素晴らしい光景が広がっていた。

 

「どうだい? ドアを取り付けて、ここと直通にしてみたんだ。その方が便利だと思ってね。」

 

ドアの先に見えてきたのは、白を基調とした美しい図書館だ。どうやら最上階までの吹き抜けになっているようで、一階部分を見下ろせばズラリと多種多様な形の本棚が並んでいる。鎖で本を吊るしている棚や、木箱にしか見えないような入れ物、金庫みたいな鉄製の箱まで置いてあるぞ。

 

「私の父はかなりの読書家でね。まだ本なんて物が貴重だった時代から集めていたから、少々、あー……乱雑になっているんだよ。」

 

「素晴らしいわ、リーゼ。最高の部屋よ。」

 

言いながら今度は上を見上げてみれば、バルコニー状になっている各階の張り出しに本が堆く積まれているのが目に入ってきた。本棚に仕舞われていない、未分類の本も大量にあるわけか。あれを読んで、分類して、整理することを考えると胸が躍る。楽しい日々になりそうだ。

 

一歩外に出れば本の山。そんな夢みたいな新居に感動している私へと、リーゼが頬を掻きながら肩を竦めてきた。

 

「ただまあ、ちょっと整理が追いついていなくてね。ヤバめな魔導書もあるから、ロワーや使用人たちに触らせるわけにもいかないんだよ。もし雑多なのが気に食わないんだったら、私が適当に片付けを──」

 

「私がやるわ。やらせて頂戴。」

 

「それなら……うん、キミに任せるよ。ただし、修行や狂気の対策なんかも忘れないでくれると助かるかな。」

 

やる気が漲っている私に、ちょっと引いた感じでリーゼが頷く。もちろんそっちもきちんと進めるさ。力の制御に、本の整理、それが終われば狂気の対策。この屋敷での日々はえらく充実したものになりそうだ。

 

胸躍る生活のことを考えながら、パチュリー・ノーレッジは満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「いらっしゃい、リーゼお姉様!」

 

紅魔館の地下室の中、隣のレミリアを完全に無視したフランに抱き着かれながら、アンネリーゼ・バートリは持ってきた紙袋をフランに差し出していた。気に入ってくれればいいんだけどな。

 

「やあ、フラン。今日はお土産もあるよ。」

 

「ふわぁ、やったー! スゴいスゴい、美鈴そっくりのお人形さん! お散歩ごっこに使うよ。ありがとう、リーゼお姉様。」

 

「えぇ……妹様にとってはペットみたいな感じなんですか? 私って。」

 

どうやら満足してくれたようだ。フランのはしゃぎっぷりに頷きながら、最後に部屋に入ってきた美鈴が何とも言えない顔をするの横目にしていると、姉バカ吸血鬼が毎度お馴染みの無駄な抵抗をし始める。

 

「ねえ、フラン? 私にはいらっしゃいしてくれないの? 抱き着いてもいいのよ?」

 

「リーゼお姉様、今日は遊びに来てくれたの? そうだなぁ……ナイフで的当てでもしようよ! 美鈴が的ね!」

 

「ちょっ、違いますよね、従姉妹様! 話があって来たんですもんね? ね?」

 

どうも最近のフランは、罵倒するよりも無視したほうがレミリアへのダメージが大きいことに気付いたらしい。情けない表情を浮かべるレミリアを尻目に、苦笑しながら口を開く。この門番が本気で避けようとするのであれば的当ても楽しそうだが、今日はもっと楽しめそうな話があるのだ。

 

「それも面白そうだが、今日は別の用事があるんだよ。……フランは前に話した代理戦争のことを覚えているかい?」

 

「うんっ、もちろんだよ! フラン、そのために色々ベンキョーしてたんだ。なんたってリーゼお姉様のサンボー役だからね。」

 

「おや、それは頼りになりそうだね。……それでだ、ようやく必要な一人の選別が終わったから、フランにゲームで使う駒を選んで欲しいんだよ。」

 

部屋にあるテーブルに着くように促すと、フランは元気いっぱいの様子で椅子に飛び乗った。そんなフランに必死に話しかけているレミリアも座ったのを確認してから、私もゆっくりと席に着く。いつまで姉妹漫才をやってるんだよ。

 

「レミィ、いいから書類を出してくれたまえ。フランも無視はいけないね。ゲームの対戦相手には敬意を払うべきだよ?」

 

「んぅ……わかったよ。ほら、早くショルイを出しな。」

 

「なんか納得いかないわね。……まあいいわ、この二人が今回のキングよ。どっちがいい? フランに先に選ばせてあげる。何故なら私は優しい姉だからね!」

 

レミリアがダンブルドアとグリンデルバルドの履歴書もどきを机に置くと、それを見たフランはうんうん唸りながら比較し始めた。美鈴から紅茶を受け取りつつそれを眺めていると……おっと、どうやら箱入り娘どのは自分の使う駒を決めたようだ。

 

「こっちにする! 名前も、見た目も、こっちの方が強そうだもん!」

 

ふむ、グリンデルバルドか。となれば、先ずは現在の居場所を特定する必要がありそうだ。中々苦労しそうだな。指名手配されてるわけだし、簡単に見つかるような場所には居ないだろう。

 

「ってことは、私と美鈴の駒はダンブルドアね。そうと決まれば……えーっと、どうしようかしら?」

 

「始める前にルールを決めるべきだろうね。例えば、私が直接ダンブルドアを殺しに行けば一瞬でゲームが終わっちゃうだろう? それはさすがに詰まらないよ。」

 

苦笑しながら提案してみれば、スカーレット姉妹は二人揃って悩み出す。顎に手を当ててるところなんかそっくりだぞ。何だかんだいってもやっぱり姉妹だなと感心していると、レミリアがルールの基盤となる条件を提示してきた。

 

「そうね……大前提として、相手のキングに対する直接の妨害は禁止にしましょう。私たちは脚本家であって、演者ではないわ。そこさえ理解しておけば無様な劇にはならないはずよ。」

 

「だったら魅了もキンシね! 全部思い通りなんてつまんないもん!」

 

「つまり、あくまでも駒を誘導するに留めるわけだ。……それにしたって、直接ヒントをくれてやるくらいは許されるだろう? でなきゃ脚本家どころか観客に成り下がっちゃうぞ。」

 

三人で騒がしく話し合いながら、ゲームの詳細を詰めていく。武器や情報の供与は可、ただし強力すぎるものは不可。直接敵勢力を殺害するのは禁止、ただし木っ端だったら何人かオッケー。正直穴だらけのルールなわけだが……まあ、身内で遊ぶだけなら問題あるまい。何か不都合な点が出てきたらその都度調整すればいいだけだ。そんな感じで話を進めていると、やおらフランから根本的な部分に関する疑問が放たれた。

 

「ねーねー、そもそもさ、この二人ってどうやって戦わせるの?」

 

フランの純粋な問いを聞いて、一瞬思考が止まる。思わずレミリアの方を見てみれば、向こうも私を見つめた状態で思考停止しているようだ。うーむ、すっかり忘れていたな。その問題があったか。

 

「あー、そうだな……どうする? レミィ。そこだけ頭を弄ってみようか?」

 

「それは美しくないわ。適当に誘導して接触させたら、いきなり犬猿の仲になったりは……しないわよね、やっぱり。」

 

まあうん、その可能性はかなり低いだろう。……これは悩ましいな。適当に憎しみを植え付けるのだって勿論可能だが、頭がパーになってしまう可能性もあるし、レミリアが言ったように美しくない。どうせ戦わせるならもっとドラマチックな理由を切っ掛けにすべきだ。

 

「むうぅ……オマエはなんか思いつかないの? 美鈴。」

 

「私ですか? そんないきなり言われても……じゃあじゃあ、家族を殺させるってのはどうでしょう? ありきたりですけど、古来からの伝統ですよ?」

 

フランからの無茶振りを受けた美鈴の答えを聞いて、腕を組んで思考を回す。ふむ、『家族を殺させる』か。……仮にやるとすれば、ダンブルドアの家族になるな。グリンデルバルドの方はもう遠い親戚しかいないようだし、顔も知らんような親戚を殺されたところで仇を討とうとするタイプじゃないだろう。対するダンブルドアは母、弟、妹が存命のはずだ。

 

レミリアもそこまで思い至ったようで、一つ頷いてから提案を寄越してくる。

 

「悪くないわね。妹は可哀想だから、グリンデルバルドにダンブルドアの弟か母親を殺させましょう。ヤツが卒業旅行とやらに行ってる間にやればいいわ。」

 

そうなると、ダンブルドアの家がある……ゴドリックの谷だったか? そこまでグリンデルバルドを誘導する必要があるな。

 

「だが、グリンデルバルドはどうやって誘導する? ダームストラングでの態度を見るに、探し当ててゴドリックの谷に行けと言ったところで素直に聞きはしないと思うよ。」

 

「だったらあれはどうですか? 前にほら、グリンデルバルドに会った時になんか……杖? の在り処を知っているのかとか聞かれたじゃないですか。」

 

ああ、ニワトコの杖か。あの後軽く調べたところによれば、死の秘宝とやらの一つで『最強の杖』と呼ばれている代物らしい。魔法界のおとぎ話に登場する杖みたいだが、パチュリーは本物が何処かにあると睨んでいるようだった。グリンデルバルドもそのクチなのだろう。

 

「なるほど、それでいこうか。ゴドリックの谷にニワトコの杖があると言えばいい。パチュリーによればあの谷には色んな逸話が残っているらしいから、説得力は一応あるだろうしね。」

 

「決まりね。それじゃ、ゲームを始める前に二人を因縁付けちゃいましょう。私はダンブルドアの家族のことを探るとして、リーゼと美鈴はグリンデルバルドを探し出して頂戴。フランは……どうやってグリンデルバルドに殺させるかを考えておいてくれる?」

 

「ん、わかった。」

 

レミリアがそれぞれの動きを指示するのに、フランがぶっきらぼうに答える。レミリアの言う通りにするのは癪だが、役割を貰えるのは嬉しいらしい。ちょっと可愛い反応だな。

 

しかし……うーん、今度は人探しか。ダームストラングを探した時ほど面倒なことにならなきゃいいんだが。チラリと美鈴の方を見てみれば、彼女もうんざりした表情を浮かべている。探しに行く道中で美味いものでも奢ってやるとするか。

 

再び始まった面倒な『捜索作業』のことを思って、アンネリーゼ・バートリは疲れたような気分でぬるくなった紅茶に口を付けるのだった。

 



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ゴドリックの谷へ

 

 

「久し振りだね、グリンデルバルド。元気にしてたかい?」

 

デンマークの山奥にある小さな村。ようやく見つけ出したグリンデルバルドの背中に声をかけながら、アンネリーゼ・バートリはうんざりした気分で翼を震わせていた。周囲を見渡せば山、雪、そして申し訳程度の針葉樹。地獄の方が百倍マシみたいな場所じゃないか。探し当てるのには骨が折れたぞ。

 

「っ! ……お前か、吸血鬼。」

 

「如何にも、吸血鬼さ。逃亡生活を楽しんでいるようでなによりだよ、犯罪者さん。」

 

杖を構えながら素早く振り向いてきたグリンデルバルドだったが、どうやら今回は呪文を放つ気はないようだ。無駄な抵抗をしない程度の脳みそはあるらしい。

 

「犯罪者になったのはお前のせいでもあるんだがな。」

 

「おいおい、私は将来有望な青年に『軽い読書』のための本を渡しただけだぞ? 大体、よく言うだろう? 見つかる方が悪いのさ。次からは見つからないようにやりたまえ。……それで、どうだった? あの本は気に入ってくれたかい? ゲラート。」

 

「名前で呼ばないでもらおうか。お前と友人になった覚えはない。……あの本は確かに興味深かった。自分で試す気にはならなかったがな。」

 

うーむ、残念。まだ友人にはなれないらしい。シャイなヤツだな。含み笑いをしながらも、さっさと本題に移るために話を進める。ここは寒すぎて長居したくないのだ。

 

「何はともあれ、キミはあの本を使い熟せたわけだ。だったら対価を渡そうじゃないか。私は約束を守る吸血鬼だからね。」

 

私がそう言うと、グリンデルバルドは構えを解いて興味を露わにしてきた。死の秘宝への関心は未だに薄れていないようだ。

 

「……ニワトコの杖のことか?」

 

「その通りさ。まだそこにあるかは分からないが、少なくともヒントは残っているはずだ。キミもよく知ってる場所にね。……心当たりはあるかい?」

 

適当なことを言いながら焦らしてやると、グリンデルバルドは苛々した様子で先を促してくる。なんか、こいつには出任せばっかり言ってる気がするな。そりゃあ友人になれないわけだ。

 

「勿体ぶらずにさっさと言ったらどうなんだ、吸血鬼。」

 

「んふふ、そう焦らないでくれたまえ。……『ゴドリックの谷』さ。かの透明マントの所有者だったとされる、イグノタス・ぺべレルが眠る地。どうだい? それらしい場所だとは思わないか?」

 

「……そこには前から目星を付けていた。目新しい情報じゃないな。」

 

おっと、既に知ってたか。まあいい、話が早くなるだけだ。それなら場所の説明はしなくて済むな。

 

「だったら、私の助言をいい切っ掛けとして受け取っておきたまえよ。ゴドリックの谷にはキミの大おばが住んでいるんだろう? そこを頼ったらどうだい?」

 

「どうやら、俺のことを随分と調べたようだな。……前にも聞いたが、何が目的なんだ?」

 

「んふふ、残念ながらそれはまだ秘密なんだ。然るべき時が来たら話してあげるから、それまでは我慢しておいてくれたまえ。……キミには期待してるからね? ゲラート・グリンデルバルド。精々私を愉しませてくれ。」

 

カッコよく台詞を決めた後、能力を使って姿を消すが……いや待て、ヤバいぞ。雪に足跡が付くから歩いて離れられないじゃないか。カッコつけて消えたのに、去って行く足跡が残っちゃうのは恥ずかしすぎる。

 

透明な状態でずっと背後に潜んでいた美鈴に目線で指示を送り、彼女が掴まった後で雪が動かないようにそっと飛び上がった。……危ないところだったな。そんな生暖かい目で見るなよ、美鈴。奢ってやらないぞ。

 

そのまま残されたグリンデルバルドを空中から眺めていると、彼は少しの間だけ辺りを警戒していたかと思えば、杖を振って姿くらましで消えていく。

 

「これで素直にゴドリックの谷に向かってくれると助かるんだけどね。……ちょっと怪しすぎたかな?」

 

「んー、そりゃあ怪しいでしょうけど、悪魔なんてそんなもんですよ。大丈夫じゃないですかね。」

 

「まあ、ダメならダメで別の方法を使うさ。……それじゃ、早く帰ろう。暖かい場所に戻ってブラッドワインで一杯やりたいよ。キミもどうだい? 美鈴。」

 

「いいですねぇ、ご馳走になります。こんなに面倒くさかったんだから、ご褒美くらいあって然るべきですよ。」

 

全くだな。ワインはレミリアの秘蔵のものを拝借しよう。あいつも少しは苦労すべきなのだ。後で美鈴から隠し場所を聞こうと決意しつつ、アンネリーゼ・バートリは姿あらわしのために杖を取り出すのだった。

 

 

─────

 

 

「んん? つまり、ダンブルドアは卒業旅行には行ってないの?」

 

エントランスに運び込んだ椅子に腰掛けながら、レミリア・スカーレットは暖炉に浮かぶ顔に向かって話しかけていた。暖炉に首を突っ込んで、煙突飛行で顔だけを『送身』しているらしい。あまりにも度し難い使い方だが、魔法使いどもにとってはこれが電話の代わりになっているようだ。

 

内心で呆れている私の問いかけを受けて、暖炉に浮かんでいる金で雇った魔法省のネズミは額に汗をかきながら口早に説明してくる。

 

「ええ、その……母親が事故で死んだとのことでして。弟のほうがホグワーツに戻ってしまうと、病気の妹の世話をする人間が居なくなってしまうので、ゴドリックの谷にある家に残っているようなのです。妹の病気は精神的なものらしく、母親の死もそれが間接的な原因になっているとか。」

 

ふむ、おかしくなった妹のために家を離れることが出来なくなったというわけだ。どこかで聞いたような話じゃないか。妹想いなのは評価できるが、卒業旅行が取り止めになった以上、計画に多少手を加える必要が出てきてしまったな。

 

「大まかな事情は理解したわ。本人の様子はどうなの?」

 

「はい、母親の件で調査に出ました魔法事故調査部の友人によりますと、随分と気落ちしていたようです。どうも、何と言うか……母親の死がショックなのに加えて、将来を悲観していたようでして。」

 

「なるほどね、ご苦労様。いつも通り報酬はマグルの株券で渡すわ。」

 

「はい、はい! ありがとうございます。では、これで失礼させていただきます。」

 

ペコペコと首だけでお辞儀をしながら消えていくネズミを、アホらしい気分で見送ってから席を立つ。……しかし、ダンブルドアがゴドリックの谷に残ったままってのは厄介だな。

 

病気の妹を殺すのは論外として、これで残る標的は弟のみ。その弟にしたって次の長期休暇まではホグワーツの中だ。まさかホグワーツでグリンデルバルドに殺しをさせるのは不可能だろうし、そうなると休暇で弟が帰ってきている短い期間中にどうにかして殺させる必要がある。難しいぞ、これは。

 

考えながらも一階の廊下を進み、リビングルームのドアを開けてみれば……ソファに座ってワインを飲んでいるリーゼと美鈴の姿が見えてきた。いつの間にやらグリンデルバルド探しの旅から帰って来たらしい。

 

「やあ、レミィ。お邪魔してるよ。」

 

「いらっしゃい、リーゼ。どうやらグリンデルバルドは見つかったようね。こっちにも進展が……ねえ、ちょっと? それってもしかして、私が大事に取っておいたワイン? そうよね? そうじゃないの! どういうことよ!」

 

もう殆ど製造されていないブラッドワインの、しかも当たり年のやつ。ちゃんとリーゼに見つからないように、ワインセラーの隠し棚の中に仕舞っておいたはずなのに。

 

私の怒声に対して、リーゼは余裕綽々の態度で笑っているが……おまえか、美鈴! 門番妖怪は焦った表情を顔に浮かべながら、取り上げられる前にと言わんばかりにゴクゴク一気飲みし始めた。おのれ裏切り者! 一度ならず二度までも!

 

「こら、あんたね……ええい、飲むのをやめなさいよ! 私のワイン! あんたが隠し場所を教えたんでしょ、美鈴!」

 

「んぐっ、毒を食らわば皿までです。どうせ怒られるなら、全部飲んでから怒られます!」

 

なんてヤツなんだ。居直りおったぞ、こいつ! リーゼがグラスに入っていたワインを優雅に飲み干すのを横目に、ようやく美鈴から瓶を取り返すと……もう五分の一ほどしか残っていないじゃないか! ぐぬぬ、盗人どもめ。どうしてくれようか。

 

「まあまあ、そう怒らないでくれよ、レミィ。後で代わりに何か買ってくるから。それより、進展ってのは? ダンブルドアに動きでもあったのかい?」

 

……生半可なものじゃ許すつもりはないからな。そのことを態度で示しながら、さっき得た情報をリーゼに伝えるために口を開く。美鈴には後で禁酒令を出しておこう。酒好きのこいつにとってはさぞ堪えるはずだ。

 

「母親が死んだ所為で卒業旅行が中止になって、妹の世話のために今もゴドリックの谷に残ってるらしいのよ。標的の選択肢が弟だけになっちゃったってわけ。」

 

「ふむ、面倒な事態だね。グリンデルバルドにはゴドリックの谷のことを伝えてあるわけだが……なんか勝手に出会っちゃいそうじゃないか? これ。あの町はそんなに広くないだろう?」

 

「まあ、別にそれでもいいんだけどね。事前に関係を持ったんだったら、それを捻じ曲げちゃえばいいのよ。」

 

「とにかく、弟を殺させるんであればクリスマス休暇か夏休みを待つ必要がありそうだね。……どっちにしろ微々たる時間だよ。その程度ならフランも待てるだろうさ。その間に殺させる方法を考えようじゃないか。」

 

そうする他ないだろうな。ちょびっとだけ待つことにはなったが、大元の計画では来年開始する予定だったわけだし、そんなに大した問題ではないのかもしれない。……フランをあやす必要はありそうだが。

 

「うーん、開始前からこんがらがっちゃったわね。分かってはいたけど、中々計画通りには進んでくれないみたいじゃない。」

 

「んふふ、それが楽しいのさ。駒が生きてるからこそのトラブルだよ。ゲームってのはこうでなくっちゃね。」

 

まあ、その通りだ。思い通りにいかないからこそ、今回のゲームはやり甲斐があるものになるだろう。頭の中で計画を組み直しながら、レミリア・スカーレットは静かに微笑むのだった。

 

 

─────

 

 

「何と言うか……まさに悪魔の計画ね。」

 

ムーンホールドでも徐々に夏の匂いがしてきたある日、パチュリー・ノーレッジは図書館の本を整理しながらリーゼの話に相槌を打っていた。代理戦争か。とんでもないレベルで悪趣味な『ゲーム』じゃないか。

 

「そりゃあ私たちは悪魔だからね。……止めなくていいのかい? グリンデルバルドはともかくとして、ダンブルドアはキミにとっても顔見知りだろう?」

 

新しく設置した閲覧机の上に腰掛けるリーゼに対して、分類作業の手は止めずに答えを返す。この本は……何語だ? これ。見たことない文字だぞ。象形文字ってことが分かるくらいだ。

 

「同情はするし、私が言ってやめるんだったらそうするけどね。言ってもやめないでしょう? 貴女たちは。」

 

「んふふ、もちろんやめないとも。むしろやる気が出てくるね。」

 

「だったら諦めて本の整理に集中するわよ。今の私には貴女たちを説得してるような時間は無いしね。」

 

この屋敷での生活には非常に、非常に満足している。夕方起きて本を読み、夜食を食べた後に本を整理して、朝食を取ったら研究に時間を割き、そして眠くなってきたら寝るわけだ。まさに夢のような生活じゃないか。

 

未分類の本の山と、見たこともない言語の翻訳作業、それに加えて手に入れた力の研究。そんな忙しい日々を送っている私には、ダンブルドアだのグリンデル何某だのに構っている余裕などない。精々ホグワーツ同期の好でダンブルドアの勝利を祈っておくくらいだ。

 

私の素っ気ない返答を受けて、リーゼはカサカサと逃げ出そうとする本を捕まえながら話を続けてきた。あの本は『拘束棚』行きだな。

 

「まあ、そんなわけで二人はゴドリックの谷で出会いを果たしたわけだが……どうもダンブルドアとグリンデルバルドは仲良しこよしになっちゃったみたいでね。やれ魔法界を変えるだの、マグルを支配するだのって二人で意気投合しているわけさ。困ったもんだよ。」

 

「そんなこと言われてもね。……本屋の時みたいに魅了を使えばいいじゃないの。あの時の私だったら、貴女に命じられれば親でも殺すわよ。」

 

「んー、出来ればそれは避けたいんだ。最終手段としては有り得るかもだけどね。そういえば、ダンブルドアの弟はどんなヤツなんだい?」

 

「アバーフォース・ダンブルドアだったかしら? 残念ながら、私はよく知らないわ。三学年も下だし、寮も違ったしね。……ただ、兄弟仲はあまり良くないみたいよ? 大広間ではいつも離れて座ってたから。ダンブルドアと共同研究をしてた時も全然話に出てこなかったの。」

 

兄弟で同じ寮だったのにも関わらず、あの二人をセットで見かけた覚えは殆どない。かといって喧嘩をしている場面も見たことがないのだ。兄弟がいない私にはよく分からない関係性だな。

 

「ふぅん? ……ま、どうにかしてみるさ。ちょっとした計画も進めてるしね。キミの力の制御の方はどうなんだい?」

 

「そっちは順調よ。苦手だった杖なし魔法も簡単に使えるようになったわ。『見えるなら、操れる』。貴女の言った通りだったわね。」

 

ホグワーツでは詳しく習わなかった技術だが、杖なし魔法というのはかなり便利だ。手は塞がらないし、大仰な動作も必要ない。もちろん杖を使った魔法にもそれなりの利点はあるのだが、リーゼが棒きれだのと馬鹿にしていた理由がようやく理解できたぞ。

 

「それと、触媒に使うための賢者の石をいくつか作っているところよ。こっちに関しては……うん、単純に人手不足ね。図書館の本の整理を怠るわけにはいかないし、ロワーさんやエマさんには屋敷の仕事があるわけだから、延々手伝ってもらうわけにもいかないわ。」

 

今は私が呑み込んだ石とは少し違う、それぞれの別の属性を強く持っている賢者の石を作っているのだ。ベースとなる製法が確立しているからまだマシだが、それでも大変な作業であることには変わりない。

 

「人手? ……それなら適当に使い魔でも召喚すればいいじゃないか。木っ端悪魔だったら今のキミでも簡単に支配できると思うよ? やり方が書いてある本はここの図書館に山ほどあるだろう?」

 

「それも考えたんだけどね。『体験談』読む限りでは、悪魔を使役した人間はロクな死に方をしてないらしいじゃないの。さすがの私も地獄で永遠に苦しむようなことになるのは御免よ。」

 

「そりゃあ、並の人間ならそうだろうがね。キミはもう『並』とは言えないだろう? 今度試してみようじゃないか。……なぁに、ヤバそうなヤツが出て来たら私が何とかしてあげるよ。」

 

リーゼが乗り気になっちゃってるし、とうとう私は悪魔召喚にまで手を染めることになりそうだ。これはもう地獄行き決定かもしれない。吸血鬼と契約したあたりで既にアウトだったのかもしれないが。

 

「まあ……そうね、その時はよろしく頼むわ。」

 

「ああ、任せてくれたまえ。……さてと、それじゃあ今日も紅魔館に行ってくるよ。ダンブルドア・グリンデルバルド革命同盟の対処を進めるべきだろうしね。」

 

言うと、リーゼは閲覧机から飛び降りて歩き始めた。うーむ、今や私は『吸血鬼側』の立ち位置に居るわけか。なんとも言えない気分だな。……ただまあ、ゲームの駒になるよりかは幾分マシな状況だろう。ダンブルドアはご苦労なことだ。

 

思考もそこそこに、本の分類作業に戻る。残念ながら、新米魔女たる私の腕は彼らを助けられるほどには長くない。現状ではこの場所で自分の幸せを掴み取るので精一杯だ。ダンブルドアたちには自力で頑張ってもらうとしよう。

 

心の中で鳶色の髪の青年にちょびっとだけエールを送りながら、パチュリー・ノーレッジは次なる本へと手を伸ばすのだった。

 



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三つ巴の決闘

 

 

「さて、ようやくこの日が訪れたわけだけど……まさかもう不測の事態は起こらないでしょうね?」

 

紅魔館のテラスから忌々しい日光に照らされる庭を眺めながら、レミリア・スカーレットは隣に座るリーゼへと問いかけていた。美鈴のヤツ、また無駄なスキルを習得したみたいだな。現在進行形で庭に見事なフラワーアートが出来つつあるぞ。

 

「いやぁ、それはさすがに勘弁してほしいところだね。準備もきちんとしてあるわけだし、大丈夫だと信じようじゃないか。」

 

「そうね。……それにしても、フランも良い方法を考えついたものだわ。」

 

ゴドリックの谷で運命の出会いを果たしたダンブルドアとグリンデルバルドは、どうやらその若き情熱を魔法界の改革に捧げることに決めたらしい。日がな一日『革命』についてを語り合い、今や断金の間柄といったところだが……残念なことに、彼らにとってゴドリックの谷は狭すぎたわけだ。

 

妹を重荷に感じながらも見捨てることの出来ないダンブルドアと、それを歯痒い思いで見ているグリンデルバルド。そんなギリギリのバランスを保っている二人の下に、夏休みに入ったダンブルドアの弟……アバーフォースが帰ってくるのである。そして三人が一堂に会した瞬間、ダンブルドアの家と紅魔館の地下室を『繋げる』というのが今回の計画のあらましだ。

 

もちろん物理的に繋げるわけにはいかないが、フランの狂気を漏れ出させる程度ならどうにかなるだろう。そのための仕掛けは三ヶ月も掛けて慎重に構築したし、綿密なシミュレーションだって何度も行った。

 

ダンブルドアからの手紙である程度の状況を把握しているアバーフォースは、兄を妙な道に誘うグリンデルバルドのことを疎ましく思っているらしい。ダンブルドアとしてはそんな弟の誤解を解きたがっているようだし、グリンデルバルドは親友の『重荷』を邪魔くさく感じているようだ。その辺は私たちが介入したわけではないが、勝手にいい感じに仕上がってくれている。

 

だから後は私の能力で三人が揃う日を調べるだけでよかった。やけに複雑に絡み合っていた所為で読むのは非常に難しかったが、三人が顔を合わせるのは今日この日……つまり、アバーフォースがホグワーツから戻ってくる正にその日であることを特定してある。

 

しかしまあ、自分の狂気を計画に組み込むとは……うむうむ、素晴らしいぞ。フランは可愛い上に賢く育っているらしい。これは姉の教育の賜物に違いないな。

 

トラブルに備えてリーゼがしもべ妖精を連れて現地に向かうことになっているし、狂気の調整のために私と美鈴は地下室に詰めておく予定だ。私が脳内で計画のおさらいをしていると、隣のウッドチェアに座っていたリーゼが立ち上がって話しかけてきた。

 

「さて、そろそろ行こうかな。もうちょっとでレミィが読んだ時刻になるしね。」

 

「タイミングの調整は任せたからね。それじゃ、私も地下室に向かうわ。……美鈴! めーりーん! 行くわよ!」

 

リーゼが杖魔法で姿を消すのを見送ってから、フラワーアートを完成させた美鈴と共に地下室へと移動する。フランも早くゲームを始めたがっているのだ。成功してくれなきゃ困るぞ。

 

計画が無事に進むことを祈りつつ、レミリア・スカーレットは紅魔館の廊下をひた歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「いやはや、相変わらずのど田舎だね。」

 

夏の緑色に染まったゴドリックの谷を見渡しながら、アンネリーゼ・バートリはポツリと呟いていた。隣に立っているロワーの返事は聞かなくても分かるぞ。『そうでございますね、お嬢様』に違いない。

 

「そうでございますね、お嬢様。」

 

そら見たことか。優秀なのは頼もしいが、もう少し遊びがあっても良いんじゃないだろうか。……いやまあ、何も美鈴ほどとは言わないが。

 

いつも通りの反応に苦笑しながらも、姿を消した状態でダンブルドアの家を目指して歩き出す。私がここに居た痕跡を残すわけにはいかないのだ。レミリアが読んだ時間まではあと二十分ほど。のんびり歩いても問題ないだろう。

 

 

 

そしてダンブルドアの家の前に到着すると、早速とばかりに中から言い争う声が聞こえてきた。そっと裏手に回って窓からリビングを覗き込んでみれば……おやまあ、兄弟喧嘩の真っ最中らしい。

 

「何を訳の分からないことを言ってるんだよ、兄さん! アリアナのことはどうするつもりなんだ? 血を分けた妹よりも、その親友とやらの方が大切だって言うのかい?」

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ、アバーフォース。これはアリアナのためでもあるんだよ。……お前はアリアナを一生家の中に閉じ込めておくつもりなのか? アリアナのような魔法使いを救うためにも、僕たちはより大きな善のために──」

 

「またそれか! 『より大きな善のために』。まるで新手の宗教じゃないか! ……僕は兄さんが何を目指そうが構わないさ。兄さんが僕なんかよりも遥かに優秀で、僕やアリアナのことをお荷物にしか思ってないってことは分かってるからね。でも、そのためにアリアナを蔑ろにするのは認められない! 兄さんがアリアナの面倒を見れないって言うなら、僕はもうホグワーツには戻れないよ!」

 

声を荒ぶらせるアバーフォースに対して、ダンブルドアは静かな声で説得を続ける。どうやらグリンデルバルドと計画している『革命』のことを話しているようだ。

 

「違うんだ、アバーフォース。僕はお前たちをお荷物だなんて思ってないし、アリアナを蔑ろにするつもりもない。アリアナの世話はもちろん続けるさ。ただ、ほんの僅かな時間……三日に一度くらい、たった数時間家を空けるようになるかもしれないってだけなんだよ。」

 

「その『たった数時間』が問題なんじゃないか。……兄さんはアリアナが去年の夏にやったことをもう忘れちゃったのかい? 今はアリアナを一人にすべきじゃないんだよ。ご大層な革命とやらをしている間に、アリアナに何かあったらどうするつもりなのさ!」

 

うーむ、二人の議論は平行線を辿っているらしい。病気の妹を優先すべきだと言う家に居ない弟と、実際に世話をしている自由な時間が欲しい兄。部外者の立場からしても難しい話し合いじゃないか。そうこうしているうちに、通りの向こうからグリンデルバルドが歩いて来るのが見えてきた。よしよし、これで役者は揃ったわけだ。

 

グリンデルバルドが玄関に近付くのを確認しながら、隣に立つロワーに確認の目線を送ってみると、我が家の優秀なしもべ妖精は間髪を容れずにそっと頷いてくる。私の指示で彼が開始の合図をレミリアに送る手筈になっているのだ。

 

そんな私たちのやり取りなど当然知る由もなく、グリンデルバルドの何度目かのノックで喧嘩に夢中だった二人が来客に気付く。

 

「お前が思っている以上にこの問題は大きなものなんだ。僕たちはアリアナのような、マグルの無理解に晒された魔法使いたちの未来のために……ああ、ゲラートが来たみたいだ。僕は二人が、あー、友達になれるんじゃないかと思って呼んだんだが……そうだな、今日のところは帰ってもらうよ。もうそんな空気じゃなくなっちゃったしね。」

 

「構わないさ、入ってもらいなよ。僕もその人には聞きたいことがあるんだ。」

 

「それは……分かった、この際誰かに間に入ってもらった方がいいかもな。」

 

個人的には絶対に悪手だと思うが、ダンブルドアは本気でそう思っているようだ。家のドアを開けてグリンデルバルドと小声で話すと、そのままアバーフォースが居るリビングまで案内してきた。

 

そして彼ら全員が部屋に入った瞬間、私の指示を受けたロワーがパチリと指を鳴らす。途端に漏れ出る微かな狂気の気配を感じながらも、気を引き締めてすぐに介入できるように身構えた。今日死んでいいのはアバーフォースただ一人だ。ゲームの駒たる二人を死なせるわけにはいかない。

 

窓の外で緊張する私を他所に、グリンデルバルドとアバーフォースはぎこちない雰囲気で挨拶を交わしていたが……徐々に強くなってきた狂気に当てられたのだろう。次第にやり取りが物騒なものになり始める。いいぞ、その調子だ。

 

「──なのは余計なお世話なんだよ、『より大きな善のために』教の大司教様。僕たち家族のことは放っておいてくれないか? 頼むから兄さんを変な道に引き込まないでくれ。迷惑だ。」

 

「嘆かわしい。お前は何も分かっていないようだな。俺たちが成そうとしていることがどれだけ偉大なことなのかを。……この期に及んで自分が兄の足枷になっていることに気付けないのか? 優秀な兄ではなく、無能な弟が妹の世話をすればそれで解決のはずだ。俺たちにはお前のような凡人に構っている暇は無いんだよ。」

 

「よせ、二人とも。落ち着いてくれ。……頼む、落ち着け!」

 

ダンブルドアが止めようとしているが、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。そして……おっと、グリンデルバルドがとうとう杖に手を伸ばしたぞ。抜きざまの無言呪文を受けて、アバーフォースが吹き飛ばされてしまった。

 

「アバーフォース! やめろ、ゲラート!」

 

堪らず杖を抜いたダンブルドアがグリンデルバルドに赤い閃光を撃ち出すが、グリンデルバルドは素早い杖捌きでそれを防いだ。ダンブルドアが選んだのは武装解除術か? 少なくとも兄の方はまだ僅かな冷静さを残しているらしい。

 

「このっ、ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

だが、すぐさま立ち上がった弟が失神呪文をグリンデルバルドに放ったのを皮切りに、事態はもはや止めようもないほどに悪化していく。アバーフォースに応戦するグリンデルバルドと、二人を止めようとするダンブルドア。三つ巴の決闘の始まりだ。

 

そしてここでいくつか、私にとっても予想外の出来事が起こった。

 

一つ目の予想外は、ダンブルドアとグリンデルバルドの戦闘が想像していたものよりも数段激しいことだ。二人の流れるような杖捌きに従って、呪文の閃光が凄まじい勢いで行き交っている。思い返してみれば、魔法使い同士の本気の闘いを見るのは初めてかもしれない。ここまでのものとは思ってなかったぞ。

 

二つ目は、アバーフォースがなんとかそれに食らいついていることだ。一瞬でやられるかと思ったら、この歳下の弟もダンブルドアに負けず劣らずの才能を持っていたらしい。適当にグリンデルバルドの魔法で失神したところを殺してやれば、ヤツの所為だということになるかと思っていたが……中々どうして耐えるじゃないか。

 

二つの予想外に顔を引きつらせながらも、ダンブルドアとグリンデルバルドに直撃しそうな呪文だけを妖力の結界を使ってひたすら逸らす。二人の実力なら放っておいても問題なさそうではあるが、ここまで閃光の量が多いと正直判断が難しい。疑わしきは逸らせ、だ。

 

しかし……ふむ? ここから観察していると分かるが、どうもダンブルドアがアバーフォースを庇っているみたいだな。庇っている本人からも攻撃されているというのに、なんとも健気なことではないか。

 

そして闘いが白熱してきたところで、三つ目の予想外が起きた。私にとっても、闘いを繰り広げる三人にとっても予想外の出来事が。……ダンブルドア家の末妹、アリアナ・ダンブルドアがリビングに乱入してきたのだ。

 

「やめて!」

 

アリアナが叫びながら魔力を暴走させた瞬間、部屋中の物が吹き飛ぶと同時に飛び回っていた閃光の軌道がズレる。ええい、厄介なことをしてくれるじゃないか。舌打ちをしつつも何とかダンブルドアとグリンデルバルドに当たりそうだった閃光を逸らしてやれば……おいおい、どうなったんだ? 杖を下ろして呆然と立ち尽くす三人と、倒れて動かなくなっているアリアナ・ダンブルドアの姿が目に入ってきた。

 

私が慌ててロワーに狂気を止めさせている間にも、いち早く立ち直ったダンブルドアが杖を放り投げて横たわる妹へと駆け寄っていく。

 

「ア、アリアナ? ……アリアナ!」

 

一拍置いてからアバーフォースも近付いて、必死の表情で治癒呪文を唱え始めるが……ピクリとも動かないぞ。まさか、死んだのか? またしても予想外だな。

 

「俺は……違う。違うんだ、アルバス。俺は、お前の家族を説得しようと思って。それで──」

 

グリンデルバルドが真っ青な顔で何かを呟いているが、二人にその言葉が届いているとは思えない。彼はしばらく立ち尽くした後、何かに気付いたような表情になったかと思えば慌てて家を出て行った。自分が指名手配されていることを思い出したらしい。この後起きる面倒のことを考えれば、自分はここに居るべきではないと考えたようだ。ジェスチャーでロワーに指示を出してその後を追わせておく。

 

そんなグリンデルバルドの動きを無視して、アバーフォースは倒れ伏す妹に必死で呪文を唱えていたが……暫くした後、憔悴しきった様子のダンブルドアにそれを止められた。

 

「もういい、アバーフォース。もう無駄なんだ。アリアナは……アリアナは逝ってしまったんだよ。」

 

「違う、そんなわけない! ……そうだ、早く聖マンゴに連れていかないと。癒者たちなら何とかしてくれるはずだ!」

 

「もう遅いんだ。アリアナは……彼女は、死んでしまったんだよ。」

 

青い瞳から一筋の涙を流しながら、アリアナの目を閉じようとするダンブルドアのことを……アバーフォースが不意に突き飛ばす。どうやら彼の悲しみは怒りに変わったらしい。

 

「ふざけるなよ、アルバス! お前が……お前の所為だ! 何が革命だ! 何がアリアナのような魔法使いを救うだ! どうして、どうしてこんな……もうお前を兄とは思わない。離れてくれ。離れてくれよ! アリアナから離れろ!」

 

「すまない、アバーフォース。本当にすまない。僕はただ、お前に分かってほしかったんだ。僕の夢を理解してほしかったんだよ。それだけだったんだ……。」

 

ああくそ、嫌な形でケリが付いてしまったな。勿論ながら私としては妹が死んだことなどどうでもいい。精々入れ込んでいたレミリアが悲しむくらいだろう。……問題なのは、ダンブルドアには自責の念だけが残り、グリンデルバルドは後ろめたさを抱えてしまったという点だ。

 

まあ、起こってしまったことはどうしようもない。『復讐』という感じではなくなってしまったが、何にせよ因縁付けることは叶ったのだ。今後も仲良しこよしってのはさすがに有り得ないだろう。考えながらも窓から離れて、ロワーの気配を探してみれば……居た。町の外れまで移動しているらしい。

 

姿を消したままで空に浮かび上がり、気配を感じた方向へと移動する。レミリアには悪いが、ゲームはもう始まった。だったら先ずは傷心のグリンデルバルドを焚き付けに行くとしよう。

 

 

 

そのまま町はずれの森に到着すると、倒れた木に座り込んでいるグリンデルバルドの姿が見えてきた。どうやら落ち込んでいるらしい。こいつにもそんな感情があったんだなと感心しつつ、近くに下り立って口を開く。この男にとってもダンブルドアの存在は特別だったわけか。

 

「やあ、ゲラート。随分と落ち込んでるみたいじゃないか。どうしたんだい?」

 

毎度のように背後から声をかけた私に対して、グリンデルバルドはいつもの俊敏さを見せずにノロノロとした動きで振り返ってきた。うーむ、これは重症だな。

 

「……お前か、吸血鬼。悪いが今はお前に構っている気分じゃない。それに、名前で呼ぶな。」

 

「おいおい、まさかお友達の妹を殺したぐらいでご傷心なのか? ダームストラングが誇る悪の魔法使いが? なんとまあ、お笑い種だね。」

 

「お前……お前が何かしたのか?」

 

一転してこちらを睨みつけながら立ち上がったグリンデルバルドに、肩を竦めて話を続ける。元気が出てきたようじゃないか。

 

「おっと、人の所為にするのは良くないぞ、ゲラート。私は見ていただけで何もしてないさ。……んふふ、中々に楽しめたよ。魔法使いの決闘を見るのは初めてだったしね。」

 

「黙れ。黙って、さっさと消えてしまえ。お前に名前を呼ばれる度に虫唾が走る。俺の目の前から消え失せろ、吸血鬼!」

 

「別にそれは構わんがね、本当にそれで良いのかい? このままだとキミが残す悪名は母校で気持ちの悪い実験をやったってのと、病気の少女を殺したことだけになってしまうよ?」

 

ふむ、よく考えたらどっちも私の所為じゃないか。こいつの怒りにも多少の正当性がありそうだな。ゆっくりとグリンデルバルドの周囲を回りながら語る私に、『皇帝』どのは怒り心頭の顔で杖を抜き放った。

 

「黙れと言った! その悪名とやらに忌々しい吸血鬼を殺したことを加えてやってもいいんだぞ!」

 

「んー、出来もしないことは言わない方がいいと思うよ。そもそも吸血鬼を殺すってのは世に誇れる善行なわけだしね。……なあ、ゲラート。正直なところ、キミの目的なんてのはどうでもいいんだ。『より大きな善のために』? 大いに結構。キミは以前私の目的を聞いてきたね? その問いに今答えるとしよう。……私の望みは変革だよ。大いなる変化と、それに付随する血みどろの戦い。キミにはそれを引き起こすための駒になって欲しいのさ。」

 

グリンデルバルドの瞳を覗き込みながら訥々と話す。もちろん魅了は使っていない。ルールで決めたことだし、私としてもその方が面白いからだ。そんな私の言葉を聞いて、グリンデルバルドの瞳からは怒りの色が薄れ、代わりに疑いが顔を覗かせ始めた。

 

「それを信じたとして……駒になる? 冗談じゃない。誰が好き好んで吸血鬼の駒とやらになることを選ぶ?」

 

「いやまあ、この前契約した人間は自分の望みを手に入れて満足してたんだけどね。……よく考えてみなよ、ゲラート。私の望みと、キミの望みは相反していないだろう? キミが魔法界を変え、私はその過程を楽しむ。そのためには力が必要なはずだ。大きな力が。」

 

「信用できると思うのか? 死の秘宝にしたって結局まともに見つからなかったぞ。……それと、何度言ったら分かるんだ? 俺を、名前で、呼ぶな。」

 

怒っているようにも、疑っているように見えるが、吸血鬼としてのカンはもう少しだと囁いている。だったらもっと揺らしてみることにしよう。

 

「だが、この谷に来たのは正解だったろう? ある意味でキミの人生における『秘宝』は見つかったはずだ。まあ、最後はキミ自身の所為で滅茶苦茶になっちゃったけどね。……無駄な探り合いはやめようじゃないか、ゲラート。ゲラート・グリンデルバルド。聡いキミなら分かっているはずだよ。キミに残された選択肢はもう多くはないんだ。さあ、この手を取りたまえ。それとも、『より大きな善のために』自分を犠牲にすることは出来ないのかな?」

 

手を伸ばして五秒、十秒……しかし、グリンデルバルドは手を取らない。差し出された私の手を見つめていたかと思えば、やおらこちらに問いかけを放ってきた。

 

「一つだけ、一つだけ聞かせろ。この手を取れば、俺は魔法界を変えられるのか? マグルどもから身を隠し、惨めに隠れ潜んでいる魔法使いたちを救うことが出来るのか? そのためなら俺はどんなことでもする覚悟がある。たとえそれが……悪魔との契約であってもだ。」

 

「約束しよう、ゲラート。この手を取ればキミの願いは叶うよ。」

 

私が迷わず頷いたのを見て、グリンデルバルド……ゲラートが私の手を握る。もちろん約束してやるよ、ゲラート。吸血鬼が約束を守るかは約束できないけどな。

 

とはいえ、少なくとも力を得ることは出来るはずだ。私に勝利をもたらすためにも、こいつにはもっと強くなってもらわないと困るんだから。それをどんな方向に持っていくかは自分次第だろう。

 

「んふふ、これにて契約は成ったわけだ。……では、早速行動に移ろうじゃないか。マイキュー・グレゴロビッチを知っているかい?」

 

「当然だ。世界で三本の指に入るとまで言われている杖作りだろう?」

 

「その通り。それで、そのグレゴロビッチが最近自分の店を喧伝しているらしくてね。曰く、『自分はニワトコの杖の所有者で、その技術を杖作りに取り入れている』ってな具合に。……馬鹿なヤツだよ。わざわざ自分が所有者だと言い触らすとは。」

 

「……店の評判のための虚言じゃないんだろうな? もう無駄足は御免だぞ。」

 

「その心配はないさ。うちに居候している魔女に確かめてもらったんだ。私が頼りにするほどの魔女だからね。間違いないと思うよ。」

 

パチュリーをあの図書館から連れ出すのには苦労した。おかげで大英図書館からパチュリーが読みたい本を何冊か盗み出す羽目になったくらいだ。だが、その甲斐あって本物のニワトコの杖であることは確認している。

 

「彼女は所有権が云々だから、使う本人に盗み出させたほうが良いと言っていたんだが……意味は分かるかい?」

 

「杖の忠誠を手に入れるためには、使う本人が元の所有者を打ち破る必要がある。『魔女』とやらはそのことを言っているんだろう。」

 

「ふぅん? ま、何でもいいさ。とにかく行ってきたまえよ。場所は私のしもべ妖精に案内させるから。……ロワー、任せたぞ。」

 

「お任せください、お嬢様。」

 

それまでずっと後方で待機していたロワーに指示を出してやると、彼は深々とお辞儀をしながら了承の返事を寄越してきた。ロワーは杖を調べに行った際にも連れて行ったし、道案内は任せられるはずだ。私からすれば地味で古ぼけた杖にしか見えなかったが、ゲラートは随分とご執心らしい。だったら持たせておいた方がいいだろう。

 

「それじゃ、また連絡するよ。詳しい話はその時にしようじゃないか。キミは早く杖を手に入れたいんだろう?」

 

「……まだ完全に信用したわけではないぞ。そのことは覚えておいてもらおうか。」

 

うーん、中々懐いてくれないな。ロワーに続いて姿くらましするゲラートを苦笑しながら見送った後、私も紅魔館に戻るために杖を取り出す。レミリアに結果を説明しに行かないとな。弟じゃなくて妹のほうが死んだと言ったらあの姉バカは怒るだろうか? ……まあ、所詮は人間のことだ。大した問題はあるまい。

 

最後に夏の陽光が照り付けるゴドリックの谷を一瞥した後、アンネリーゼ・バートリは杖を振って姿を消すのだった。

 



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たのしい悪魔召喚

 

 

「あああ、イライラするわね! 何だってあの男は教師生活をエンジョイしてんのよ!」

 

紅魔館の執務室に響き渡るレミリアの怒声を肴に、アンネリーゼ・バートリはゆったりとワインを楽しんでいた。

 

あの三つ巴の決闘からは数年が経過しているが、ダンブルドアは未だに動き出す気配すら見せていないようだ。レミリアが必死にイギリス魔法界に働きかけてダンブルドアを矢面に祭り上げようとしているものの、その動きは悉く失敗しているらしい。

 

対してこちらの陣営は順風満帆といった具合だ。愛しのニワトコの杖を手にしたゲラートは北欧を中心として勢力の地盤を固め、『より大きな善のために』というスローガンを掲げながらそのカリスマで狂信者たちを作り出している。時期が来ればヨーロッパ大陸へと殴り込みをかける予定だとか。

 

レミリアはダンブルドアを煽る傍ら、大陸側の魔法界とのパイプを構築してその動きに対応しようとしているようだが……残念ながらヨーロッパ諸国の魔法コミュニティの繋がりは蜘蛛の糸よりも細いらしい。あまり上手くは進んでいないようだ。

 

「苦労しているみたいじゃないか、レミィ。」

 

「ええ、そうよ! 苦労させられてるわ! 無能な変身術の教師さんと、頭の固い各国魔法省の馬鹿どものお陰でね!」

 

「まあ、私とフランにとっては嬉しい展開だよ。……ワンサイドゲームなのは少々退屈だがね。」

 

「ぐぬぬ、今は精々勝ち誇っていればいいわ。最後に勝つのは私たちよ! そうでしょ? 美鈴!」

 

レミリアに声をかけられた美鈴を見てみると……おお、これは凄いな。立ったまま寝てるのか? かっくりかっくりしながら目を瞑っている。

 

「おいこら、起きなさい! そしてさっさと向こうの陣営の情報を集めてくるのよ!」

 

「んぁ、ぇえ? 何ですか? お嬢様。何か言いました?」

 

「あんたね、寝惚けてる暇があるのかしら? とっととグリンデルバルドが次にふざけたお祭りを起こす場所を探ってこないと、お気に入りの庭を吹っ飛ばすわよ。」

 

「ちょっ、行きます! 行きますから!」

 

相変わらず元気な連中だな。紅魔館主従のコントを眺めつつ、ソファから立ち上がってドアへと向かう。レミリアたちも頑張っているようだし、私もそろそろ働くとするか。

 

「それじゃあ私も失礼しようかな。我が頼もしい参謀どのと作戦会議をしてくるよ。キミも頑張りたまえ、レミィ。」

 

「今に見てなさい! 逆転して吠え面かかせてやるから!」

 

ありきたりな台詞が返ってきたのに苦笑しながら、執務室のドアを抜けて地下通路へと歩き出す。……まあ、レミリアが焦るのも仕方がないだろう。こちらの陣営が着々と力を付けているのに対して、ヨーロッパ魔法界はどうも危機を認識すらしていないようなのだから。

 

この前なんて、ゲラートの危険性を知らせる手紙の返答として聖マンゴの誇大妄想科への受診を勧めてきたくらいだ。いやはや、あの時のレミリアは見ものだったな。思い出すだけで元気が出てくるぞ。

 

そのまま一階の廊下を進んでいると、妖精メイドたちからロワーは来ていないのかと聞かれてしまった。彼は今連絡員としてゲラートに付けているので、しばらくは顔を出さないと伝えてやれば……おやまあ、大人気じゃないか。何事にも拘らない妖精メイドたちにしては珍しくガッカリしているぞ。

 

我が家のしもべ妖精の意外な人気っぷりに驚きながらも、地下通路へと下りて最奥の扉を開くと、地下室の中央に置かれた巨大な机の上に座り込んでいるフランの姿が見えてくる。あの机の上にはヨーロッパを中心とした大きな地図が貼ってあるはずだ。

 

「あ、リーゼお姉様! どうだった? アイツの様子。悔しがってた?」

 

「ああ、随分と焦ってるみたいだったよ。無理もないけどね。」

 

そう伝えてやれば、フランは飛び回りながらきゃーきゃー喜び始めた。レミリアに勝っていることがそこまで嬉しいのか。本人に伝えたら泣くかもしれないな。

 

「えへへ、やったね! 私たちの勝利はもうカクテーだよ! えっとえっと、この辺は全部手に入ったから、次はこの……ポーランド? だね!」

 

「そうだね。……そういえば、ポーランドには『吸血鬼』を名乗ってる半端者たちの村があるらしいよ。ついでに潰しちゃおうか。」

 

ゲラートからの報告によれば、ポーランドには『魔法界における吸血鬼』の村がいくつか点在しているらしい。種族名が吸血鬼ということで、ゲラートは一応こちらに連絡してきたようだが……ふん、あんな連中と私たちを一緒にしないで欲しいぞ。必要なら遠慮せずにぶっ潰せと伝えておいた。

 

「ハンパモノ? 私たちとは違うの?」

 

「全然違うさ。連中は木の杭を心臓に打ち込まれた程度で死ぬみたいだし、銀にも弱いそうだ。おまけに……これが一番間抜けな点だが、ニンニクが苦手らしい。一体全体何だってそんな生態になってるんだろうね。」

 

私の説明を聞いて、フランは目をパチクリさせながら驚いている。うむうむ、気持ちはよく分かるぞ。私だって最初に聞いた時は驚いたもんだ。ジョークにしたって意味不明じゃないか。

 

「ニンニク? ニンニクが苦手だなんて、大変そうだねぇ。んー……だけど、フランもそんなのと一緒にされるのはイヤかなぁ。」

 

「だろう? まったくもっていい迷惑だ。せめて呼び名を変えて欲しいね。紛らわしすぎるよ。」

 

「じゃあさ、じゃあさ、グリンデルバルドが魔法界をシハイしたら変えちゃおうよ! そうだなぁ……ヒル人間! ヒル人間はどう?」

 

うーむ、どうやらフランのネーミングセンスは姉に似てしまったようだ。悲しいような、これはこれで面白いような、何ともいえない微妙な気分になるな。

 

「ま、その辺はフランの好きにしてくれたまえ。頼りにしてるよ、私の可愛い参謀さん。」

 

「うん、任せて! 私がリーゼお姉様を勝利に導くよ!」

 

しかし、実際のところフランは優秀な参謀っぷりを見せている。語彙が少ないために言葉足らずになってしまうが、よくよく聞いてみればかなり堅実な計画を立てることが分かった。レミリアのように無駄な優雅さを重んじることはなく、私のように余計な遊びを入れるわけでもなく、いかにこちらが多数の状況を作るかを重視しているらしい。ゲラートがフランの立てた計画をいくつか戦略に取り入れたくらいだ。

 

そのことを伝えて褒めまくったら、次の日にはとうとう兵站の本を読み始めてしまった。……この子はどこに向かっているのだろうか? ちょっと失敗したかもしれないな。

 

何にせよ、現状は大満足と言っていいだろう。可愛くて頼りになる参謀、優秀な駒、狂信的な兵隊。ゲームのオープニングは頗る順調に進んでいるわけだ。……頼むから巻き返してくれよ? レミリア。このまま終わりってのは盛り上がりに欠けるぞ。

 

順調なのを喜ぶ私と、対戦相手の頑張りを願う私。自分の中に潜む相反する感情を自覚しながら、アンネリーゼ・バートリはポーランドの詳細な地図を机に広げるのだった。

 

 

─────

 

 

「……むう。」

 

ムーンホールドの中庭にも雪が積もり始めた頃、パチュリー・ノーレッジは空き部屋の床に描かれた巨大な魔法陣を前に緊張していた。

 

なんたって、これから悪魔召喚の儀式を行うのだ。これで緊張しないようなヤツはどうかしてるぞ。……いやまあ、隣の楽しそうな吸血鬼は例外だが。

 

「本当の本当に大丈夫なんでしょうね? リーゼみたいなのが出てきたら、陣に閉じ込めておける自信は無いわよ?」

 

「心配しすぎだよ、パチェ。この程度の陣で呼び出せるヤツなんて高が知れてるさ。精々インキュバスでも呼び出しちゃって、キミが真っ赤になるくらいじゃないかな。」

 

「な、ならないわよ。……それじゃ、始めましょうか。」

 

うーむ、愛称で呼ばれるのにはまだ慣れないな。家族以外ではリーゼが初だぞ。ムズムズする気持ちを隠しながら、本を片手に詠唱を開始すると……応じるように床の魔法陣が虹色に輝き始めた。『この程度の陣』とリーゼは言っていたが、今回の魔法陣でも直径が私の身長の二倍はある。おまけに陣の中は複雑な図形や謎の言語でビッシリと埋め尽くされているのだ。

 

正直なところ、私はこの魔法陣に関して半分も理解できていない。殆どリーゼに任せっきりになってしまったのは悔しいが、構成する要素があまりに多すぎるのだ。準備中に難しすぎるとリーゼに愚痴ってみたら、苦笑しながら東方の魔術師には都市一つを魔法陣に見立てたヤツがいると教えてくれた。凄まじいもんだな。魔法使いの頂はまだまだ高いらしい。

 

さて、もうすぐ詠唱が終わるぞ。口では呪文を唱えつつも、手の中の賢者の石を握り締める。いざとなればこいつに貯め込んだ魔力を解放してぶつけてやるつもりだ。リーゼが対処するまでの目潰し程度にはなればいいのだが。

 

考えている間にも詠唱が……終わった! 最後の一節を唱え切った瞬間、灰の混じった黒い煙のようなものが魔法陣から噴き出てきた。徐々に煙が人のカタチを作り出し、その肌が、髪が、翼が形成されていく。

 

「おいおい、これは──」

 

リーゼの思わず漏らしたという感じの呟きを聞いて、内心の緊張がさらに増す。まさか失敗? それとも『ヤバい』のを呼び出しちゃったとか?

 

だけど、もう止められないぞ。私が焦り始めたところで、召喚された悪魔はその姿を形成し終えたらしい。赤いロングの髪に、小さな翼を生やしたワンピース姿の少女。一見する限りは可愛い小悪魔といった具合だが、私は見た目に騙されてはいけないことを隣に立つ吸血鬼で学習済みだ。

 

「こんにちは、召喚者さん。私は魔界より生まれし悪魔の一柱。さあ、契約の内容を……あれぇ? なんか、物凄いのが横に居るように見えるんですけど。もしかして私、エサにされちゃう感じですか?」

 

前半部分をちょっと気取った感じで、後半部分を絶望の表情で言った悪魔の視線を辿ってみれば……心底呆れたという表情のリーゼが見えてきた。どういうことなんだ?

 

「パチェ、送還しちゃおう。こいつはダメだ。小物すぎて使い物にならないと思うよ。」

 

「ちょちょっ、待ってください! 召喚の順番待ちの列に並ぶのはもう嫌です! 私は、えーっと……そう、お料理! お料理が得意ですよ! お裁縫も出来ますし!」

 

なんだそりゃ。一気に緊張感が霧散しちゃったな。どうやらこの悪魔に関しては、見た目通りの存在と思って問題ないようだ。拍子抜けしている私へと、リーゼが肩を竦めながら助言を送ってくる。

 

「間違いなく低級悪魔だね。下の下だよ。さっさと送還作業に入ろうじゃないか。全然役に立たないだろうし、こんなのを使役してたら他の魔女に侮られちゃうぞ。」

 

「わー、待ってください、偉大な悪魔様! 私はお役に立ちますよ? ほら、お掃除とか! あとあと、お洗濯だって!」

 

「えーっと、落ち着いて頂戴。申し訳ないんだけど、ちょっとだけ待っててくれるかしら? こっちに居る吸血鬼と話があるの。」

 

涙目で主張してくる悪魔に一言断ってから、リーゼに小声で話しかけた。奇妙な状況になってきたな。

 

「リーゼ、どういうことなの? 私の認識だと、低級悪魔にしたってもう少し迫力があるもんだと思ってたんだけど……この悪魔がとびっきりの小物だってこと?」

 

「残念ながら、その通りだ。悪魔もピンキリなのさ。多分、生まれて五十年も経ってないような若い悪魔なんじゃないかな。長く生きてる人外特有の雰囲気がないからね。」

 

つまり、悪魔の新入社員というわけだ。チラリと魔法陣の方を見てみれば、件の悪魔は不安そうな表情でこちらを窺っている。契約を取れるかが心配なのだろう。保険会社の外交員みたいだな。

 

「でも、悪くないんじゃないかしら? そりゃあ弱そうには見えるけど、別に誰かと戦わせるわけじゃないもの。むしろ安全そうで良いと思わない?」

 

「いやいや、あんなのでいいのかい? あれだと人間を雇うのと大差ないよ? 下手すると人間の方が役に立つくらいだ。」

 

「それはまあ、ちょっと残念すぎるけど……だったら、とりあえず契約の対価を聞いてみましょうよ。見合わないようだったら送還しちゃえばいいでしょ?」

 

「……まあ、キミの使役する悪魔だからね。パチェがそう言うなら反対はしないよ。」

 

よし、決まりだ。声を潜めた話し合いを切り上げ、再び悪魔へと向き直った。対する悪魔は期待の瞳でこちらを見つめている。何というか……捨てられた子犬みたいだ。

 

「えっと、私が必要としているのは図書館の管理と実験の手伝いよ。それと……そうね、身の回りの世話もお願い出来るのであれば尚良いわ。」

 

「出来ます、任せてください! 魔界では家事手伝いをやってたんです!」

 

悪魔が家事手伝い? 変な世界観だな。契約を取るのに必死なようだし、もしかしたら魔界は就職難なのかもしれない。内心で益体も無いことを考えつつ、今度は対価の話を切り出す。

 

「それで、対価はどうなるのかしら? 契約期間は私が死ぬまででお願いしたいのだけれど。」

 

これは事前にリーゼと決めておいた作戦だ。それなりに強力な悪魔じゃないと、一見しただけでは私が不死であることを見抜けないらしい。だからこう言っておけば少ない対価でかなり長い期間使役できるのだとか。昔からある『裏ワザ』だとリーゼは言っていた。

 

「死ぬまでですか? そうですねぇ、それなら寿命三十年とか? もしくは二十年? ……ああいや、冗談です! 十年! 十年で!」

 

たった十年ぽっち? 私たちが少なすぎて呆気にとられているのを、悪魔の方は不満を感じているのだと受け取ったようだ。三十年でさえ信じられないほど『お得』だというのに、三分の一まで減らしてくる。思わず隣のリーゼを見てみれば……おお、笑ってるな。ここまで来ると呆れよりも面白さが勝ったらしい。

 

何にせよ、私からすれば破格の契約だ。アンフェアすぎる状況にちょっと申し訳なく思いつつも、悪魔に対して承諾の返答を送る。

 

「十年でいいのね? それなら契約したいんだけど……。」

 

「ほ、本当ですか? よかったぁ、これで私も一人前の悪魔になれます!」

 

「あー……うん、良かったわね。それじゃあ、さっさと結んじゃいましょうか。」

 

言って、リーゼが用意してくれた高級そうな羊皮紙に契約の内容を書き込む。それに私の血を一滴だけ垂らした後、嬉しそうにガッツポーズする悪魔に渡してやると……彼女はその内容をじっくりと確認してから、満面の笑みでムシャムシャ食べ始めた。食べるのか。

 

「んっ、んぐっ、ご馳走さまです! これにて契約は成りました。何なりと命じてください!」

 

ニコニコ笑いながら言ってくる悪魔に、リーゼが悪意たっぷりの笑みで話しかける。どうやら種明かしの時間が始まるようだ。

 

「おめでとう、低級悪魔。これでキミは永遠に仕えられるご主人様を得られたわけだ。良かったじゃないか。」

 

「へ? 永遠に? ……まさかっ!」

 

素早い勢いでこちらを見たかと思えば、悪魔は何かを探るように私を凝視するが……結局見ただけでは分からなかったようで、おずおずと私に質問を投げかけてきた。

 

「あのですね、つかぬ事を伺いますが……ご主人様は不死とか、そういうタイプの人間なんですか? 違いますよね? お願いだから違うと言ってください。」

 

「不死ではないけど、不老ではあるわ。……その、ごめんなさいね。」

 

「うぐっ、だっ、騙しましたね! この悪魔!」

 

うーむ、悪魔に悪魔と罵られるとは思わなかったぞ。不老にはなってみるもんだな。貴重な経験が出来たと感心している私を他所に、目尻に涙を浮かべている悪魔へとリーゼがクスクス笑いながら言葉を放つ。この吸血鬼の辞書には容赦という単語が存在していないようだ。

 

「キミも悪魔の端くれだったら生まれた時から知ってるはずだ。騙される方が悪いのさ。諦めたまえ。」

 

「そんなぁ。それならせめて、寿命三百年くらいは貰っておけばよかったです……。」

 

これはまた、見ていて可哀想なほどに落ち込んでるな。リーゼはともかく、私の心には罪悪感という感情ががまだ残っているのだ。

 

「ええっと……それで、名前は何て言うのかしら? まだ聞いてなかったわね。」

 

「パチェ、このレベルの悪魔には名前なんてないよ。もっと上位の悪魔じゃないと、固有の名前なんて持ってないもんさ。」

 

「うう、その通りです。私はまだ名前を持ってないんです。」

 

そうだったのか。しかし、そうなると呼び難いことこの上ないぞ。名前を付けてやろうかと口を開きかけたところで、それを見越したらしいリーゼから注意が飛んできた。

 

「先に言っておくが、名前は付けないように。悪魔って存在は名前を持つとその力を増すんだ。無害なままで使役し続けたいのであれば、適当に……そうだな、『小悪魔』とでも呼んでおきたまえ。弱っちい方が安心なんだろう?」

 

「あのあの、ご主人様! 名前を付けてくれてもいいんですよ? 力を得ても謀反なんか起こしませんから! ……たぶん。」

 

……うん、リーゼの言う通り名前は無しにしたほうが良さそうだな。発言の最後で目を逸らした小悪魔へと、苦笑しながら声をかける。

 

「それじゃあ、小悪魔と呼ばせてもらうわ。これからよろしくね。」

 

「うぅー、今日はきっと厄日です。……分かりました。よろしくお願いしますね、ご主人様。」

 

案外素直に挨拶を返してくれたな。諦めの境地だろうか? とにかく、これで助手が必要な実験も進められそうだ。小悪魔は何だかんだいってよく働きそうだし、安全性抜群なのだから召喚は大成功と言えるだろう。……私にとっては、だが。

 

早速リーゼにからかわれ始めた小悪魔を眺めながら、パチュリー・ノーレッジはうんうん頷くのだった。

 



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白昼夢

 

 

「それじゃあ、二十世紀に乾杯!」

 

私の音頭でグラスを掲げた面々を見ながら、レミリア・スカーレットは手に持ったワインを一気に飲み干していた。記念すべき二千年紀の最初の日、紅魔館で身内だけの小さなパーティーを開いているのだ。

 

「いやー、西暦もあとたった百年で2000年代に突入ですか。早いもんですねぇ。」

 

料理に手を伸ばし始めた美鈴がしみじみと語っているが、実のところ私はこいつの正確な年齢を知らない。雰囲気から察するに私より長く生きていることは間違いないとして、三国時代の話を『体験談』として語っていたことから、最低でも千七百年以上は生きていると睨んでいる。

 

「私にはまだその感覚が分からないのだけれど……。」

 

そんな年齢不詳の大妖怪に対して、新米魔法使いのパチュリーがそう返した。私が名前で呼ぶようになった頃、彼女は紅魔館に漂う狂気への耐性を身に付けたらしい。今では普通にリーゼと一緒に館を訪れている。無論、未だ地下室に入ったことはないが。

 

リーゼによればかなりの勢いで魔女として成長しているようで、最近は修行の合間に狂気への対策にも取り組んでくれているようだ。うむうむ、何とも頼もしいことではないか。

 

「まあ、長く生きてれば嫌でも分かるようになるさ。」

 

笑いながら言うリーゼに自覚があるかは分からないが、彼女は人間に対する態度が柔らかくなってきているように感じる。少なくとも前のように『蛆虫』扱いはしていないだろう。私もそうだが、ゲームで深く関わる間に評価を変えたようだ。

 

特にパチュリー相手だと『過保護』と言えるほどの対応っぷりだ。数年前など、木っ端悪魔を召喚するだけだというのに最高級の契約書を私から買い取っていった。余程に新顔の魔女のことを気に入っているらしい。

 

「くうぅ……美味しいですねぇ。これに比べれば魔界のワインなんか泥水同然ですよ。あんなの汚水です、汚水!」

 

その時契約したとかいう小悪魔が、美味しそうにワインを飲みながら小さな翼を震わせている。最初は何かの冗談かと思ったくらいの低級悪魔だが、話を聞くと中々どうして便利なようだ。悪魔としての強大さと家事スキルは関係ないということか。……そりゃそうだな。

 

他にも各所で妖精メイドたちが慌ただしく給仕をしている……というか、給仕をするフリをしながら遊んでいるみたいだな。まあいいさ。そもそも期待なんかしてなかったし、今日は無礼講といこうじゃないか。

 

ここにフランが居れば完璧なのだが、残念ながら我が愛すべき妹は未だに地下室から出られない。……うん、二十一世紀のお祝いは全員でやれるように頑張ろう。このまま順調に計画が進めば充分可能な願いのはずだ。

 

それに、フランとは後でリーゼと美鈴を連れて四人でお祝いをする予定でいる。今はそれで我慢してもらおう。記念のプレゼントも買ってあるし、きっと満足してくれるはず。

 

フランのことを考えていると、リーゼがこちらに近付いて話しかけてきた。

 

「やあ、レミィ。あまりワインが進んでいないようだね。」

 

「ん、ちょっと考え事をしてたのよ。……しかし、随分と賑やかになったもんね。十年前じゃ考えられない光景だわ。」

 

「んふふ、そうだね。……それにだ、もう少しすればフランも参加できるようになるだろう? そしたらもっと賑やかになるぞ。」

 

どうやらリーゼもフランのことを考えてくれていたらしい。あの日、リーゼを館に招いたのは正解だった。仮に私に何かあったとしても、リーゼがフランの面倒を見てくれるだろう。もちろんそう易々と死ぬ気は無いが、保険があるというのは大事なことだ。

 

「そうね、是が非でもそうなってもらわないとね。……そういえば、フランへのクリスマスプレゼントのお礼を言っておくわ。かなり気に入ってるみたいよ?」

 

「ああ、そうだろう。あれは私から見ても出来の良い代物だったからね。ああいう品を入手できるようになったのも計画のお陰かな。」

 

数日前、リーゼはフランへのクリスマスプレゼントとして人形のセットを渡したようだ。フランは今まで人形を『憂さ晴らし』に使うことが多かったのだが、今回プレゼントされた人形は信じられないほど丁寧に扱っている。余程に気に入ったのだろう。

 

「魔法界で買ったのよね? 確か……『マーガトロイド人形店』だったかしら? 随分前から贔屓にしてるみたいじゃないの。」

 

「初めてダイアゴン横丁に行った時に見つけたんだよ。その頃からフランのお気に入りでね。オーダーメイドも頼めるからよく利用しているんだ。」

 

「ふぅん? 今度私もプレゼントしてみようかしら。」

 

頭の片隅に人形店の名前を書き込んだところで、もう酔っ払っている様子の美鈴が絡んできた。息が酒臭いぞ。

 

「おぜうさまー、飲んでないじゃないですか。ささ、どうぞどうぞ。美鈴めがお注ぎしますよ。」

 

「ちょっ、溢れてる! 溢れてるでしょうが! ああもう、この酔っ払い!」

 

ぺチリと頭を叩くと、酔っ払い妖怪はうへへと笑いながら今度は小悪魔へと絡み始める。長い年月をかけても酒癖は改善できないということか。私も気を付けることにしよう。

 

嫌がる小悪魔を抱き上げている美鈴と、それを見て笑うリーゼ、ちびちびとワインを飲むパチュリー。苦笑しながらそんなパーティーの様子をぼんやり眺めていると、ふと何処かの光景が視界と重なる。畳と、日本酒? それを飲み交わす人間と人外たち。木造の……ダメだ、もう見えなくなってしまった。

 

でも、不思議な光景だったな。私の能力がこれを見せたのだろうか? 遥か昔、まだ人間と妖怪の距離が近かった頃のような……そう、おとぎ話の中みたいな『幻想的』な光景だった。

 

その不思議な幻視に想いを馳せながら、レミリア・スカーレットは手元のワインに口を付けるのだった。

 

 

─────

 

 

「ふぅん? これが『ヌルメンガード』か。中々壮大な要塞じゃないか。」

 

オーストリアの山中に聳え立つ、滑らかな石造りの要塞。ようやく半分ほどが完成しつつあるその要塞を見上げながら、アンネリーゼ・バートリは隣のゲラートに話しかけていた。建設中でも大した迫力だが、ちょっと陰気なのはいただけんな。もっと陽気な建物にすればいいのに。

 

建設者に似たかと嘆く私へと、ゲラートは少し自慢げな表情で説明してくる。いつもは無感動なこの男も、手ずから造り上げた本拠地に対しては愛着を感じているらしい。

 

「魔法使い対策として強固な防衛呪文を重ねがけしてある。そして、マグルどもに対してはこの城壁が機能することだろう。拠点としては上々の出来だと言えるはずだ。」

 

二十世紀も数年が経った頃に建造を始めたこの要塞が形になってきたように、ゲラートもすっかり大人の男性になってしまった。何というか……風格が増した気がする。こういうところに関してだけは人間が羨ましいな。私はあと二、三百年くらいは『少女』のままだし。

 

「まあ、私から見てもいい拠点だと思うよ。……戦況の方はどうなんだい?」

 

「しもべ妖精経由で伝えた通りだ。もはや大陸の三分の一は手にしたも同然だし、残りも時間の問題だろう。マグル界が最近きな臭いらしいが、大した問題にはなるまい。」

 

どうやらゲラート率いる狂信者たちと、ダームストラング仕込みの『軍隊式』な統制は相性が良かったらしい。横の繋がりの薄い各国魔法界を席巻し、もはや大陸では敵なしなのだが……一人だけゲラートが恐れている相手が居るのだ。我らが本拠地、イギリスの魔法学校に。

 

「それじゃあ、イギリスは?」

 

ニヤニヤ笑いながら聞いてやると、途端にゲラートは端正な顔を歪ませて返事を寄越してきた。嫌なことを聞くなと言わんばかりの表情じゃないか。

 

「まだイギリスに攻め入る時期ではない。大陸の支配が終わってからだ。」

 

「ま、いいけどね。いつかは戦う相手だよ。そのことは覚えておきたまえ。」

 

「……分かっている。」

 

精強な軍隊を手にして、ヨーロッパどころか全世界にまで悪名が響き渡っているというのに、ゲラートは未だにダンブルドアを恐れているようだ。過去の後悔がそうさせるのか、それとも単純にその実力を恐れているのか。何れにせよイギリスには手を出そうとしていない。

 

レミリアはそのことを逆手にとって、『英雄』アルバス・ダンブルドアを祭り上げるのに必死だ。……ただまあ、ダンブルドア当人としては迷惑しているみたいだが。ホグワーツから動こうとしないのを見るに、ダンブルドアの方もゲラートと杖を交えるつもりはないらしい。こっちもこっちで妹のことがトラウマにでもなっているのか?

 

ちなみに、そのレミリアも魔法界では知る人ぞ知る存在になってしまった。ゲラート・グリンデルバルドの危険性を早くから警告し、的確にその計画を妨害する。しかし人前に姿を現すことはない謎の存在、レミリア・スカーレットというわけだ。アホみたいな話じゃないか。正体は姉バカ吸血鬼だぞ。

 

着々と支配圏を拡げているゲラート、その対抗軸として影響力を増し続けるレミリア、そんなレミリアの催促を無視し続けるダンブルドア。奇妙な関係になってきた三人のことを考えつつ、ゲラートに向かって口を開いた。

 

「さてさて、要塞の様子も見れたことだし、そろそろ失礼するよ。渡した魔道具は好きに使ってくれたまえ。」

 

「ああ、いつも助かっている。有効に使わせてもらおう。」

 

「おっと、今日はやけに素直じゃないか。雨でも降るのかな?」

 

「黙れ、吸血鬼。さっさと消えろ。」

 

おやおや、相変わらず懐いてくれないな。くつくつと笑いながら杖を取り出して、姿くらましでヌルメンガードを後にする。今回も屋敷に転がっていた魔道具をいくつかゲラートに渡したのだ。私にとってはガラクタ同然の魔道具でも、杖持ちの魔法使いたちにとっては役立つ代物らしい。精々有効に使ってもらおうじゃないか。

 

 

 

そのまま数度の姿あらわしでムーンホールドのエントランスに戻ると、珍しいことにパチュリーが私の帰りを待っていた。彼女が図書館から出てくるとは……いよいよ雨の可能性が増してきたぞ。ひょっとしたら季節外れの雪かもしれない。

 

「待ってたわ、リーゼ。相談したいことがあるの。」

 

うーむ、良くない雰囲気だな。目の下に濃い隈が出来ている上に、やけにテンションが高い。こういう状態のパチュリーには要注意だ。突拍子もないことを言ってくる可能性が高いのだから。

 

「あー……どうしたんだい? パチェ。」

 

「図書館に新しい魔法をかけたいの。とにかく一緒に来て頂戴。」

 

言うや否や、パチュリーは私の手を引いて図書館へと歩き始めた。予想通りに厄介な事態のようだ。パチュリーが『早足』ってのは滅多にないぞ。

 

「おいおい、落ち着いてくれよ。話はちゃんと聞くから。」

 

「落ち着けないわ。魔導書を整理してたら『凄いの』を見つけちゃったのよ。あれに書かれていることを実現したいの。って言うか、すべきなの。しなきゃいけないの。」

 

まさかフランの狂気に当てられちゃったんじゃないだろうな? 鬼気迫る表情だぞ。不安を感じながらも図書館にたどり着くと、必死な表情で何かを準備している小悪魔の姿が見えてくる。被害者は私だけではなかったらしい。

 

「こあ、あの本を持ってきて!」

 

「へ? ……は、はい、パチュリー様!」

 

小悪魔というのはさすがに無個性的すぎるということで、最近は『こあ』と愛称で呼ばれている小悪魔が一冊の本をパチュリーに差し出した。パチュリーはその本を猛烈な勢いで捲っていたかと思えば、一つのページを開いてこちらに突き出してくる。……読んでみろということか。

 

受け取って読み進めてみると……なるほど、パチュリーが顔色を変えるわけだ。そこには世界中で作られた本を自動で複製し、収集するとかいう図書館にかけるために編み出されたらしい魔法が載っていた。

 

「これは……難しいと思うよ。パチェ。私にだって理解しきれないほどの大魔法だ。」

 

「分かってるわ。それでも実現させたいの。」

 

これはまた、一見しただけでも凄まじく複雑な魔法だと分かってしまうな。小悪魔が主人を止めてくれという目線でこちらを見てくるのは、この魔法を構築するに当たっての苦労が予想できてしまうからだろう。

 

「それに、狂気の対策も行き詰まっていたところなの。この魔法が実現すれば、世界のあらゆる知識が集まってくるはずよ。少なくとも新規に作られた本は全て手に入るわけだしね。狂気の研究にも役立つとは思わない?」

 

理論上はそうだろうが、魔導書の類はこの魔法では集まらないはずだ。強力な魔本には大抵の場合複製を防ぐ魔法がかかっているものなのだから。しかし、それを伝えたところで最早パチュリーは止まらないだろう。顔を見れば一目瞭然だぞ。決して諦めないという感情が透けて見えている。

 

「……まあ、分かったよ。協力しようじゃないか。」

 

私の返答を受けて嬉しそうな顔をするパチュリーに、ピンと人差し指を立てて続きを語る。これほどの大魔法を実現させるのであれば、先にやるべきことがあるのだ。

 

「ただし、先に捨虫、捨食の法をマスターしておきたまえ。捨虫の法に関してはキミにはもう不要かもしれないが、本物の魔女として認められるためには覚えておくべきだ。この大魔法を実現させるためには睡眠なんぞに時間を割くのは勿体無いしね。」

 

不老を手にする捨虫の法と、睡眠や食事の必要がなくなる捨食の法。本物の魔法使いたちはこれを修得しているかどうかを一つの判断基準にしているらしい。単純に便利でもあるわけだし、学んでおいて損はないはずだ。

 

「うっ……それもそうね。結果的にはその方が近道でしょうしね。分かったわ、先にそっちを進めてみる。」

 

ちょっとだけ残念そうにしながらも、パチュリーは納得してくれたようだ。彼女の言う通り、急がば回れということだな。

 

パチュリーがまた一歩人外に近付くのを感じつつ、アンネリーゼ・バートリはいつか来る大魔法構築の日を思ってうんざりするのだった。

 



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囚われのお姫様

 

 

「……まったくもう。」

 

どうやらマグル界の乱痴気騒ぎはようやく終息を迎えたようだ。写真がピクリとも動こうとしないマグル界の新聞を読みながら、レミリア・スカーレットは鼻を鳴らしていた。あんな小さな火種がここまで盛大に燃え上がるとは……国際政治ってのは難しいもんだな。

 

数年前に始まったマグルどもの小競り合いは、誰も予見できなかった規模の戦争に発展してしまった。結果としていくつかの国は解体され、国境線も新たに引き直されたらしい。巷で囁かれる『世界大戦』なんて呼び名も大袈裟じゃなさそうだ。

 

そして、このヨーロッパを中心としたマグルの大戦は魔法界の戦争にも大きな影響を及ぼした。各地の魔法省やそれに類する機関が魔法界の存在を秘匿するために慌しく駆け回っていたまさにその時、突如としてグリンデルバルドが大規模な攻勢に出たのだ。終戦を祝うバカどもに、ヨーロッパは悪い魔法使いに支配されかけているぞと教えてやりたい気分だな。

 

かくして大きな勝利を収めたグリンデルバルドは、いよいよヌルメンガードを中心とした支配体制を確立し始めたらしい。対する私は残念ながら後手後手に回っている。おまけにあの忌々しい教師は未だに動く様子を見せない有様だ。

 

うーむ、厳しい状況だな。今やこちらの手札は多くないぞ。必死に抵抗を行なっているヨーロッパ各地のレジスタンス、ようやく現状を認識し始めたイギリス魔法省、アフリカのワガドゥ魔法学校を中心とした独立自治体。有用そうなカードはそれくらいだ。

 

新大陸は対岸の火事だと言わんばかりの態度を崩さず、アジア圏の魔法使いどもも静観を決め込み、ロシアの連中は自国の争いで手一杯。全く以って使えん連中ではないか。……吸血鬼である私が反グリンデルバルドの急先鋒であることは後世喜劇になるかもな。よしよし、その時は愚かな魔法界を皮肉る内容にしてやろう。

 

「めーりーん! 来なさい!」

 

痛む頭を押さえつつ、大声で美鈴を呼び出す。ここで悲観していても仕方がない。先ずは大陸各地のレジスタンスを一箇所に集めることにしよう。一網打尽にされる可能性もあるが、このままでは飛び回るハエのように一匹一匹潰されていくだけだ。

 

「はいはーい。……何ですか、お嬢様?」

 

「この手紙を届けてきて頂戴。」

 

私が差し出した十通ほどの手紙の束を見て、美鈴はうんざりした表情で愚痴を放ってきた。

 

「えぇー、またですか? ふくろうかコウモリに運ばせればいいじゃないですか。めんどくさいですよ。」

 

「大陸ではふくろうなんかもう安全じゃないし、コウモリを使いにしたら吸血鬼だってバレバレでしょうが! いいから行ってきなさい!」

 

「うえぇ……分かりました。行ってきますよ。」

 

私が執務机をバンバン叩きながら言ってやると、美鈴はトボトボと手紙を持って部屋を出て行く。いくらなんでも美鈴から手紙を奪い取るのは不可能だろう。これで確実に届きはするはずだ。後は素直に纏まってくれれば助かるんだけどな。

 

考えつつも立ち上がって、部屋を出て足早に地下室へと向かう。お次は敵情視察といこうじゃないか。敗色濃厚になってきた忌々しいゲームだが、一つだけ嬉しい変化も生まれた。フランがこのところご機嫌なのだ。

 

最近は癇癪を起こさずにいつもニコニコしているし、この前なんて私のことを久々に『お姉様』と呼んでくれたくらいだ。その時の声を再生しながら地下室へと続く階段を下りて、地下通路の奥にある鋼鉄製のドアをノックする。

 

「フラン、私よ。入っていいかしら?」

 

「んー? ちょっと待って。」

 

心なしか応対の声も柔らかい気がするな。何かを片付けているようなガサゴソとした音を聞きながら、ドアの前で三十秒ほど待っていると、ようやくフランから入室の許可が飛んできた。

 

「もう入っていいよ。」

 

「それじゃ、失礼するわね。……ごきげんよう、フラン。いい子にしているかしら?」

 

「ん、イイコにしてるよ。見ればわかるでしょ?」

 

フランは地面に寝転がってお気に入りの人形を抱きしめているが……むう、我が妹ながら反則級に可愛いな。駆け寄って撫でてやりたい気持ちを懸命に堪えつつ、ポーカーフェイスを保ったままで質問を送る。

 

「そう、よかったわ。それで……そっちの陣営は随分と順調のようね? こっちとは大違いみたいじゃないの。」

 

ゲームの話を持ち出してみると、フランは途端に笑みを浮かべて起き出してきた。どっかで見たようなニヤニヤした笑みだが、まさかリーゼの真似だろうか? 教育に悪いじゃないか。今度会ったら注意しておこう。

 

「んん? ふーん? 探りに来たんだ? 負けそうなお姉様は、賢いフランのところに情報が欲しくて来たんでしょ? ……でも残念、情報なんてあげないもんねー! べーっだ!」

 

ふむ、珍しいポーズだな。今のフランは踏ん反り返って喜色満面になっている。目に焼き付けておかなくては。……しかし、これで満足してはいけない。ゲームのために情報を手に入れる必要があるのだ。

 

「そんなことを言わないで頂戴。このままだと私は何も出来ずに負けちゃうわ。……この哀れな姉に情報を恵んでくれない? ちょびっとだけ、特に重要じゃない情報で構わないから。」

 

「んー? どうしよっかなー? フランはこのまま勝っちゃってもいいんだけどなー?」

 

「ねえ、フラン? 何もタダでとは言わないわ。……これでどうかしら?」

 

言いながら近付いて、懐に仕舞っておいた小さな人形を取り出した。噂の人形店に手紙を送ってオーダーメイドで作らせた、フランそっくりの人形だ。ちなみに私そっくりの物は既にプレゼント済みなのだが、今は部屋の片隅で磔にされている。おまけにちょっと焦げているではないか。火焙りごっこにでも使ったらしい。姉は悲しいぞ。

 

「うぅ、フランのお人形? でもでも、リーゼお姉様から教えちゃダメだって言われてるもん。だからダメ……だよ。」

 

おのれリーゼ、余計なことを。とはいえ、悩んではいるらしい。ならばもう一押し。どう考えてもリーゼは情報を漏らしたりなどしないのだから、フランから手に入れるしかないのだ。

 

「それにほら、このままストレート勝ちになっちゃうと面白くないでしょう? フランが強すぎて私たちには勝ち目がないのよ。強者の余裕を見せて頂戴?」

 

「フランたちが強すぎて? ……えへへー、そうだね。フランとリーゼお姉様が強すぎるのかもね。仕方ないなぁ、いいよ。教えてあげる。」

 

よし、かかった。我が妹ながらチョロすぎて心配になるが、今だけはありがたい。人形を手渡してやると、フランは嬉しそうにそれを弄りながら計画の一端を教えてくれた。

 

「えっとねー、近いうちにフランスの……学校? を襲撃するんだってさ。グリンデルバルドも参加するらしいよ。邪魔するヤツらがそこに集まってるから、イチモーダジンにしちゃうんだって。」

 

フランスの学校? ……なるほど、ボーバトンか。確か現在はレジスタンスの拠点として使われていたはずだ。ギリシャやブルガリアの支援団体なんかも合流しているはず。

 

これは思ったよりも大きい情報かもしれないぞ。ノコノコやってきたグリンデルバルドを仕留めるか捕らえるか出来れば、一発逆転も夢ではないのだ。

 

知らず浮かんできた悪どい笑みを妹に隠しつつ、レミリア・スカーレットは魔法界の友人たちに手紙を書くため歩き出すのだった。

 

 

─────

 

 

「……まーた捕まったのかい? 一体何をやっているんだ、ゲラートは。」

 

ムーンホールドの図書館までロワーが持ってきた報告を受けて、アンネリーゼ・バートリは呆れ果てた気分で呟いていた。後方で踏ん反り返っていればいいものを、わざわざ前線に出て行くからそういうことになっちゃうんだぞ。

 

改善の兆しを見せていたスカーレット姉妹の仲をドン底まで叩き落とした、忌まわしき『情報お漏らし事件』からは既に五年以上が経過している。あの時のボーバトン攻防戦で珍しく大敗したゲラートは、一時的にレジスタンス側の魔法使いに捕縛されてしまったのだが、スイスの魔法使いが起こした不手際のお陰で何とか逃げ果せることが出来たのだ。……厳密に言えば、私が魅了をかけて不手際を『起こさせた』わけだが。レミリアだって卑怯な番外戦術を使ってきたわけだし、それに関しては文句を言わせんぞ。

 

とにかく、その際スイス魔法省を痛烈に批判していたのが新大陸を牽引するアメリカ合衆国魔法議会、通称『マクーザ』と呼ばれる政治機関なのだが……今回はそのマクーザとやらが『旅行中』のゲラートを捕らえたようだ。少なくとも紙面上ではそういうことになっている。

 

ところが、ロワーの報告によれば実情はちょっと違ったらしい。詳しく聞いてみると実際にゲラートを捕らえたのはアメリカではなく、我らがイギリスの魔法使いなんだとか。

 

何でもオブスキュリアルなるものに拘って手痛い失敗をした挙句、単なる魔法生物学者に負けて拘束されたそうだ。史上最悪の魔法使いの名が泣いてるぞ、ポンコツ皇帝め。

 

まあ、捕まったこと自体はもはやどうしようもない。問題なのはゲラートが捕まっている場所である。神秘の薄い新大陸は、人外にとってあまり足を踏み入れたいような土地ではないのだ。

 

しかし、ゲラートめ。私の忠告を聞かないからこういうことになるんだぞ。私はきちんと伝えたはずだ。新大陸の魔法界なんてどうでもいいし、ヨーロッパの支配を完全なものにしてからでも遅くはないと。だが、ゲラートは頑なにアメリカ行きを主張した。

 

自ら顔を変えてまで潜入した結果がこれではさすがに笑えんぞ。毎回肝心なところで躓くゲラートを思ってため息を吐く私に、閲覧机で書き物をしているパチュリーがポツリと話しかけてくる。

 

「ご苦労なことね。」

 

「……冷たいじゃないか、パチェ。慰めてはくれないのかい?」

 

「所詮他人事だもの。大体、悪い魔法使いが捕まったのは喜ばしいことでしょ。悲しむことじゃないわ。」

 

素っ気なく言ってくるパチュリーにジト目を送るが、彼女は我関せずと書き物に戻ってしまった。我が家の司書どのは既に捨虫、捨食の法を修得し、最近では件の図書館魔法にかかりっきりだ。極悪人グリンデルバルドの逮捕なんぞに構っている暇はないらしい。……いや、待てよ? パチュリー、パチュリーか。

 

私がジッとパチュリーを見つめていると、彼女はどうやら厄介事の気配に気付いたようだ。羽ペンを横に置いて警戒し始める。

 

「何よ? 言っておくけど、私はこの屋敷を出るつもりはないからね。ほら、研究も途中なんだし。」

 

「なあ、パチェ? 私たちは親友だろう? ちょっとした、ほんの小さな頼みごとがあるんだが……。」

 

「い、嫌だからね! アメリカに行けとか言うつもりなんでしょう! あそこは魔女狩りが流行ってた場所なのよ? 野蛮な土地だわ!」

 

私以外にゲラートを脱獄させることが可能な者で、私が自由に動かせるのはパチュリーだけだ。最近は魔女として力を付けてきているし、今の彼女には新大陸ごときの牢獄など障害にもならないだろう。何より私は新大陸なんぞに行くのは御免蒙る。

 

「なぁに、新大陸の『魔女狩りブーム』はヨーロッパほどじゃなかっただろう? 大丈夫、大丈夫。ちょっと行って、ささっと世紀の大犯罪者を脱獄させてくるだけだよ。」

 

「そんなの嫌に決まってるでしょうが! 絶対行かないからね! ……こあ、ご主人様の危機よ! 早く助けなさい!」

 

「ひゃっ、巻き込まないでくださいよぅ……。」

 

逃げようとする小悪魔を盾にしつつ、断固拒否の姿勢をとるパチュリーだったが……無駄だぞ。私は魔女の働かせ方というものをよく知っているのだから。相応しい『対価』を用意すればいいだけだ。

 

「ふむ、どうしてもダメなのかい? 残念だな。そろそろパチェにあの魔導書を渡そうかと思っていたんだが……。」

 

「魔導書? ……卑怯よ、リーゼ! 貴女まだ魔導書を隠し持ってたの? もうこれで全部だってこの前言ってたじゃない!」

 

「んふふ、悪魔ってのは嘘を吐く生き物なのさ。そうだろう? こあ。」

 

パチュリーにウィンクしてから小悪魔に問いかけてみれば、新米悪魔はふるふると首を横に振ってくる。……まあ、小悪魔だってあと数十年も経てば嘘を吐きまくるようになるさ。それが成長というものだ。

 

「ぐっ……分かったわよ。行くわ。行けばいいんでしょう? だけど、準備はそっちでやってよね! 脱獄幇助なんて当然初めてなんだから。」

 

「何事にも初めてはあるもんさ。」

 

不服を全身で表現しているパチュリーへと、肩を竦めて軽口を叩く。さて、これで『実行犯』は決まったわけだし、後は細かい計画を練るだけだ。紅魔館に行ってフランと話し合うことにしよう。

 

救い出した後に行うゲラートへの説教の内容を考えながら、アンネリーゼ・バートリはエントランスに向かって一歩を踏み出すのだった。

 

 

─────

 

 

「あー……初めまして、ゲラート・グリンデルバルド。」

 

面倒くさい旅路の元凶である魔法使いに話しかけながら、パチュリー・ノーレッジは異国の監獄を見物していた。噂に聞くアズカバンよりは幾分清潔なようだが、あまりにも無個性的だな。見た目だけなら本で読んだマグルの牢獄と大差ない気がする。

 

ただまあ、無個性なのは何もここだけの話ではない。この国に入ってからというもの、一事が万事この調子なのだ。言うなれば……そう、量産品の国って感じ。リーゼが嫌うのもよく分かるぞ。

 

うーむ、不思議だな。私は機能的なものが嫌いじゃなかったはずなのだが、いざ目にしてみると何となく好きになれない。結局私もイギリスっ子だったということか。どうやら私には『ごちゃごちゃ』しているイギリス魔法界がお似合いだったようだ。

 

「誰だ、お前は。」

 

内心の思考に決着を付けた私へと、鎖で雁字搦めにされているグリンデルバルドが傲然と言い放ってきた。その格好でよくもまあ威張れるもんだな。

 

「貴方がよく知る吸血鬼の友人よ。どうして来たのかは……まあ、説明しなくても分かるでしょう?」

 

端的に伝えながら、複雑な呪文が重ねがけされている牢を調べる。中々厳重なようだが、もはや私にとってこんな封印は有って無いようなものだ。杖なし魔法でサクサクっと解呪していると、苦い表情に変わったグリンデルバルドが頷きを返してきた。

 

「そうか。……また世話をかけたようだな。」

 

「まったくね。ヨーロッパに帰ったらリーゼに怒られるといいわ。手ぐすね引いて待ってるみたいよ?」

 

その言葉を聞いてグリンデルバルドの顔が更に嫌そうに歪むが、私としてはいい気味なだけだ。こいつの所為で大事な図書館魔法の研究を中断する羽目になったのだから。解呪が終わった牢のドアを開いて、そのままグリンデルバルドを縛る鎖も外してやれば、彼は立ち上がって身体をほぐし始める。これで私も犯罪者の仲間入りか。初犯にしては大それたことをやっちゃったな。

 

「感謝する、若い魔法使いよ。」

 

「こう見えて同世代なんだけどね。貴方の一個上よ。」

 

肩を竦めて言ってやると、グリンデルバルドは驚いたようにこちらを見つめてきた。こいつはまだ見た目でものを判断しているらしい。未熟者め。……というか、これって言っちゃっても大丈夫なんだろうか?

 

「同世代? それは……つまり、お前もあの吸血鬼と何らかの契約を結んだのか?」

 

「ま、そんなところよ。……それより、さっさとこれを飲んで頂戴。ポリジュース薬よ。さすがにヨーロッパまでひとっ飛びとはいかないから、少し街中を歩くことになるわ。付いて来なさい。」

 

グリンデルバルドにポリジュース薬の入った小瓶を渡してから、持ってきた小さめのスーツケースを床に置いて開く。すると中にはニューヨークの路地裏の風景が広がっていた。外にある別のスーツケースと繋がっているのだ。

 

自作の魔法が正常に動作していることを確認しつつ、ひょいとスーツケースの中へと飛び込む。ぐるりと視界が一回転するような感覚の後、先程見えていた路地裏へと飛び出した。

 

「パ……じゃなくて、魔女様! 成功したんですね!」

 

「ええ、大丈夫みたい。グリンデルバルドもすぐ来ると思うわ。」

 

私が出てきたのを見て、こちら側のスーツケースを見張っていた小悪魔が安心したように近付いてくる。『魔女様』か。一応グリンデルバルドの前では名前で呼ぶなと言っておいたのだが……そのまんますぎるぞ。別にいいけど。

 

「……驚いた。見事なものだな。」

 

ポリジュース薬の効果で無個性な男に顔を変えてスーツケースから出てきたグリンデルバルドは、不思議な魔道具に興味津々のようだ。しかし、残念ながら向こう側のスーツケースは回収できない。だから証拠を残さないためにも破壊するしかないと伝えてやると、グリンデルバルドは勿体無いと言わんばかりの様子で頷いてきた。これを使った悪巧みでも考え付いていたのか? 危ないところだったな。

 

「そっちもあの吸血鬼の協力者か?」

 

「この子は私が契約している悪魔よ。……何? その顔は。」

 

「いや……何でもない。」

 

私が他の悪魔とも契約していると聞いて、グリンデルバルドは異常者を見るような目付きでこちらを見てくる。失礼なヤツだな。お前だって同じようなもんだろうが。

 

「魔女様、グリンデルバルドさん、早く行きましょう。脱獄に気付かれたらさすがに面倒ですよ。」

 

「そうね、さっさと行きましょうか。」

 

小悪魔は私の魔法で翼を隠しているし、グリンデルバルドは顔を変えている。服装はちょっと奇抜かもしれないが、そこまで目立ちはしないだろう。……極悪人に悪魔に魔女か。よく考えたらふざけた集団だな。正義のヒーローが来ないといいのだが。

 

雑多なニューヨークの街中を歩きながら、リーゼに指定された場所へと向かう。実に混沌とした街だ。こんなに沢山の人を見るのは久しぶりかもしれない。歩いてるだけでクラクラしてきちゃうぞ。

 

「それで、どうやってヨーロッパまで戻るんだ? 姿くらましも煙突飛行も無理だろう? 船を使うのか?」

 

「『普通』の魔法使いには無理でしょうね。でも、私を一緒にしないで頂戴。」

 

グリンデルバルドと話している間にも、私たち奇妙な一行はビルの隙間に立つ一軒の店にたどり着く。店頭にはカラカラに乾いたイモリだとか、ヤギか何かの頭蓋骨が吊るされているような……つまりはまあ、ノクターン横丁によくある類の店だ。

 

「お邪魔するわよ。」

 

曇りガラスのドアを開けながらカウンターに居た店主らしき女性に声をかけてみると、彼女は悪戯げな笑みを浮かべて挨拶を返してきた。少し緑がかった髪が特徴的な、不思議な雰囲気を漂わせている若い女性だ。

 

「ああ、いらっしゃい。あのコウモリ娘から話は聞いてるよ。」

 

普通の人間にはそうとは分からないだろうが、今の私はこの店主の危険性が理解できてしまう。リーゼ曰く『イカれた悪霊』であるこの店主は、リーゼのお父様の友人らしい。もうその時点でかなりのヤバさだ。

 

「えっと、ミマさん? で合ってるわよね? リーゼから話を聞いてるならご存知でしょうけど、今日は暖炉を借りに来たの。」

 

リーゼの説明によれば、基本的には気の良い嘘つきだが、決して悪霊と呼んではいけないとのことだった。よく分からない説明だったが、勿論わざわざ呼んでみたりはしない。私には虎の尾を踏む趣味はないのだ。

 

「おう、奥にあるから好きに使ってくれ。暖炉なんか何に使うんだか知らんがね。」

 

「感謝するわ。」

 

店主にお礼を言ってから、店内に山積みにされているガラクタの山を崩さないように慎重に奥へと進む。グリンデルバルドは店に入った時から押し黙ったままだし、小悪魔は店主を見ながらぷるぷる震えている。悪魔から見ると彼女の実力は一目瞭然らしい。

 

壁際に設置されているやや大きめの古ぼけた暖炉にようやくたどり着いて、リーゼから渡された魔道具の操作に四苦八苦していると……背後から話し声が聞こえてきた。

 

「なんだい? 欲しいんだったら遠慮せずに持っていきな。下手に使うと死ぬけどね。」

 

「これは……本物の十二面鏡なのか? てっきりおとぎ話の存在かと思っていたが。」

 

どうやらグリンデルバルドがその辺に置いてあったガラクタに興味を惹かれたようだ。勘弁してくれ。好奇心旺盛なのは結構だが、この店は店主からして危険なのだ。商品に触るのはやめておいた方がいいぞ。

 

「余計なことをしないで頂戴、グリンデルバルド。それに店主さん、貴女もよ。売り物なんでしょう? タダで渡してどうするのよ。」

 

「いやぁ、実は近々遠い場所に引っ越す予定でね。どうせ全部は持っていけないから、あらかた処分する予定だったのさ。」

 

それを聞いて手を伸ばそうとするグリンデルバルドを睨め付けて、有無を言わせずこちらに呼びつける。準備は出来た。ならばとっととおさらばすべきだ。

 

なおも後ろ髪引かれる様子のグリンデルバルドを暖炉に押し込み、小悪魔が飛び込むような勢いでグリンデルバルドの隣に収まったのを確認してから、御暇の挨拶をするため店主に向かって口を開く。

 

「それじゃあ、これで失礼させてもらうわ。ご協力どうもありがとう。」

 

「おいおい、本当に暖炉を使うだけなのかい? ……まあいいさ、あのコウモリ娘によろしく言っといてくれ。」

 

「伝えておくわ。」

 

店主に答えながらも、暖炉に設置した魔道具を起動させる。お腹の真ん中を引っ張られるような一瞬の浮遊感の後、目を開けてみればそこは既にヨーロッパにあるグリンデルバルドの要塞……ヌルメンガードだったか? その一室の中だった。魔道具はきちんと動作してくれたようだ。

 

妙な場所に飛ばされなかったことに安心しながら、暖炉から出て煤を払っていると……部屋の中央に置いてあるソファから声が投げかけられた。リーゼだ。隣にはロワーさんの姿もある。

 

「お疲れ様、私の可愛い魔女さん。こあもご苦労だったね。それに……おや? これはこれは、私の忠告を無視して新大陸旅行に行ったマヌケが見えるぞ。ごきげんよう、ゲラート。監獄に宿泊するだなんて中々センスがあるじゃないか。言い訳を聞かせてもらえるかい?」

 

うーむ、私の試練は終わったようだが、グリンデルバルドにとっては今からが本番らしい。皮肉を浴びせかけられる哀れな極悪人の顔を横目にしつつ、パチュリー・ノーレッジはいい気味だとこっそりほくそ笑むのだった。

 



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アリス・マーガトロイドと秘密の部屋 私の幸せな一日

ここから未改稿となっております。文体は徐々に落ち着いてくると思いますので、ここから先も楽しんでお読みいただければ幸甚です。


 

 

「ふむ、相変わらずいい仕事をするようだね。」

 

アンネリーゼ・バートリはマーガトロイド人形店でフランへのお土産を選んでいた。この店の店主である老人は、何年経っても見た目の変わらない私に余計なことを言うわけでもなく、買い手と売り手の関係に徹してくれている。故に私も一定の節度を持って接しているわけだ。

 

ゲラートの『楽しいニューヨーク旅行』からは十年程が経過している。ヨーロッパに戻り、ロシアの魔法コミュニティをほぼ支配下に収めた彼だったが、結局イギリスに攻め入ることはなかった。

 

ヨーロッパ各地のレジスタンスはレミリアの援助の下で組織的な抵抗力を手に入れ、ゲラートの軍隊に対してゲリラ活動を行なっている。その対処に忙しいことが海峡を渡らない理由らしい。怪しいもんだ。

 

結局現在は遅々とした速度で自身の支配力をヨーロッパに根付かせつつ、秘密警察まがいの弾圧に力を入れている。つまり、戦況は膠着状態に陥ってしまったわけだ。

 

「こちらはどうでしょうか? 私の孫が作った物でして。贔屓目を抜きにしても中々の物でしょう?」

 

考えながら飾られた人形を眺めていると、店主が声をかけてくる。受け取ってみれば……なるほど、いい出来だ。丁寧な作りなのは共通しているが、店主の人形が写実的なのに対して、孫とやらはファンシーな人形を作るらしい。

 

「まだ九歳なのですが、人形には随分と関心があるようでして。息子はこの店を継いでくれませんでしたが、私の技術は孫が次代に継いでくれそうです。」

 

九歳でこれか。ゲームの戦況が凍りついている間にも、人間は着々と成長しているようだ。ゲラートに聞かせてやりたいな。

 

「ふむ、じゃあその人形と……これも貰っていこう。」

 

「はい、いつもありがとうございます。」

 

店主の人形と孫が作ったという人形を一つずつ買う。フランにどっちが好きか聞いてみるとしよう。

 

そんなことを考えながら店主が人形を包むのを待っていると、店の奥から一人の少女がこちらを見ているのに気付く。

 

金髪の肩まである髪に、青い瞳。肌の白さも相まって、まるで等身大の人形のようだ。あれが件の孫だろうか?

 

「……こんにちは。」

 

「こんにちは、お嬢さん。」

 

私が目線を送っていることに気付いたのか、少女はおずおずとこちらに近付きながら話しかけてくる。

 

「あの、わたしの人形を買ってくれるんですか?」

 

「ああ、いい出来だと思ったからね。」

 

やはりこの子が孫だったらしい。人形のような少女が人形を作っているわけか。童話の中の世界観だな。

 

「大事にしてくれますか?」

 

「あー、これは贈り物でね。まあ、贈る相手も人形が好きな子だから心配ないと思うよ。」

 

正直気に入らなければバラバラにされるだろうが、純真そうな少女に伝えるべきではないだろう。賢い私は人間相手にも気を遣うことを学んでいるのだ。

 

「よかった。」

 

安心したように少女が言う。作った人形の心配をするとは、多感な時期ということだろうか。

 

「ああ、申し訳ありません。孫の相手をしてくださったようで。包み終わりましたよ。」

 

店主から包みを受け取り、いくつかの金貨を払って礼を言う。少女に手を振って別れを告げると、遠慮がちに振り返してきた。

 

店のドアを開けて、通りに出たところで紅魔館へと姿あらわしすれば、エントランスは何故か妖精メイドだらけだった。これは……紅魔館中の妖精メイドが集まっているのではないだろうか。

 

「従姉妹様だ!」

 

「従姉妹さまー、遊ぼう?」

 

ワラワラと集まってくる妖精メイドを捌きながら何が起こっているのか見回してみれば、美鈴が必死に妖精メイドに何かを教えているのが見える。

 

「何をしているんだい? 美鈴。妖精メイドに教育しようとしているんじゃないだろうね?」

 

だとすれば、これほど無駄な行為はないだろう。ヒッポグリフに謙虚さを教えるようなものだ。

 

「あ、従姉妹様! 従姉妹様からも言ってやってくださいよ! ほら、埃飛ばしゲームですよー。楽しそうでしょう? ね?」

 

どうやら美鈴は遊びと偽って掃除をさせたいらしい。悪くない着眼点かもしれないが、残念ながら妖精メイドたちはあまり興味を惹かれていないようだ。

 

「えー、つまんないよー。」

 

「めーりんセンスないなー。」

 

「いやいや、じゃあこっちはどうです? じゃーん、モップかけ競争! ほら、競争ですよ?」

 

アホらしい。美鈴の無駄な努力を尻目に地下室へ向かう。なんたって、結果は分かりきっているのだ。妖精メイドはたとえそれが遊びだったとしても、すぐに飽きてどこかへ別の遊びを探しに行ってしまうのだから。

 

地下にある鋼鉄製のドアをノックして声をかける。フランはもう起きているだろうか?

 

「フラン、私だ。入っていいかな?」

 

「リーゼお姉様? いいよー。」

 

どうやら起きていたらしい。ドアを開けると、フランはベッドに寝転がりながら本を読んでいた。最近のフランは読書家だ。お陰でパチュリーはレミリアに姉が活躍するような本を探せとせっつかれている。

 

部屋を見渡せば、以前よりも物が増えていることがよく分かる。人形たちのために美鈴に作らせた小さな家や、山と積まれた世界各地のボードゲーム、水彩画の道具に、あれは……拷問器具に捕らわれたレミリア人形が心なしか悲しそうな瞳でこちらを見ている。なまじリアルに作られている分ちょっと怖い。

 

あの忌まわしき『情報お漏らし事件』以降、レミリアへの当たりが一気にきつくなった。どうもフランは自分がうまく乗せられたことに気付いてしまったらしい。レミリア必死のご機嫌取りも、あの人形を見る限りでは効果を見せていないようだ。

 

「いらっしゃい、リーゼお姉様。あのビビりヤローはまだイギリスに来ようとしないの?」

 

悲しいことに、フランの口はどんどん悪くなっていく。半分は美鈴のせいで、もう半分は予言者新聞のせいなのだろう。まあ、ゲラートがビビり野郎なのには同意するが。

 

「残念ながら小さなゲラートはお強いダンブルドアが怖いらしいね。未だに海峡を渡ろうとはしていないよ。」

 

「ふん、こんなんじゃあ、いつまで経っても決着がつかないよ。もう殆ど勝ってるのに……つまんなーい!」

 

全くだ。このままゲラートかダンブルドアが寿命で死ぬまで決着がつかないなんてことはないだろうな? 幾ら何でもそんな終わり方は興醒めだ。

 

「ま、もう少し待ってみようじゃないか。……それより、今日は新しい人形を買ってきたんだよ。」

 

手に持った包みを開けながらフランに言うと、飛び起きてこちらに近寄ってくる。

 

「わぁ、今度はどんなお人形? お家を美鈴に増築させたから、いっぱいのお人形で遊べるようになったんだよ!」

 

包みから二体の人形を取り出して並べてみると、片方の人形にフランの目が釘付けになる。どうやら勝負の軍配は若き人形師に下ったようだ。

 

「ふわぁぁあ……スゴいよ。この子、この子、すっごくかわいい!」

 

人形を高い高いしながらフランが部屋の中を飛び回る。とんでもない食いつきっぷりだ。

 

「かわいい、かわいい! リーゼお姉様、これまででいっちばん嬉しいよ!」

 

「それは良かった。その人形はいつも行ってる人形店の孫が作った物なんだ。店で会う機会があったけど、まだ小さな女の子だったよ。」

 

「他には? 他にはその子が作ったお人形はなかったの?」

 

どうなのだろうか? 買ってきた物にしたって店主から勧めてきたはずだ。どう見ても出来は問題ないが、子供が作ったということでまだ店頭には置かせてもらえないのかもしれない。

 

「ふむ、今度行った時に聞いてみるよ。何か希望はあるかい? あるなら頼んでみよう。」

 

「この子のお友だちが欲しい! ダメかな? リーゼお姉様。」

 

人形を抱きしめながらフランが聞いてくる。ダメなものか。今度店主に聞いてみるとしよう。

 

しかし、フランがここまで気に入ってくれるとは思わなかった。あの少女が人形作りを続けてくれれば良いのだが……そういえば、名前を聞き損ねたな。

 

紅魔館の地下室で、アンネリーゼ・バートリは人形のような少女のことを思い返すのだった。

 

 

─────

 

 

「あの、それで、ここがフリルになっているんです。この上からレースを羽織らせると……ほら! 模様が浮き出るんです!」

 

お気に入りの人形に服を着せてみながら、アリス・マーガトロイドはたった一人のお得意様に話しかけていた。

 

初めて会ったのは一年ちょっと前だったか。このお得意様の従妹だという人が、私の作る人形を気に入ってくれたらしい。

 

作った人形を誰かに売るのはあまり好きではなかったのだが、こうして人形たちのために洋服やアクセサリーを定期的に買っていってくれるのを見るに、きちんと大事にされているようだ。それなら私としても文句などない。

 

隣のお得意様を見れば、私よりも少しだけ年上に見える横顔の真っ赤な瞳が興味深そうに細まっている。アンネリーゼさんという名前らしい。ううむ……私の平凡な名前がみすぼらしく思えてしまう。

 

とにかく、どうやら興味を持ってくれたようだ。お父さんに怒られてまで夜遅くまで作業した甲斐があった。

 

どう見ても私とあまり変わらない年齢にしか見えないこのお得意様は、お爺ちゃんが言うには『自分の髪がまだ白くなかった頃』からのお得意様らしい。本当なのだろうか?

 

お爺ちゃんは詳しく話を聞くつもりは無いようだ。隣の庭を覗くべきじゃないのさ、なんて言っていた。私はちょっとだけ興味があるのだが、それを聞いて来なくなってしまったらと思うと、怖くてなかなか言葉に出来ないでいる。

 

「ふぅん? 面白いね。きっとあの子も気に入るよ。貰っていこう。」

 

「ありがとうございます!」

 

無事、お眼鏡に適ったようだ。よかった、これでお小遣いが増える。ようやくピカピカ光る魔法の糸が買えそうだ。

 

「そういえば、今年からホグワーツに入学するらしいね。」

 

「はい、そうです。……あっ、でも、人形作りは続けます!」

 

「んふふ、安心したよ。七年間も新しい人形が届かないと聞いたら、あの子の癇癪が爆発しちゃうからね。」

 

「えへへ、光栄です。」

 

実はホグワーツに行くことは、私にとってあまり嬉しいことではない。お父さんやお母さんと離れて暮らすのは嫌だし、友だちが出来るかも心配なのだ。おまけにこの店で人形作りを楽しむことも出来なくなる。向こうに持っていける道具を選び出すのを考えると、今から億劫なのだ。

 

それでもなんとか人形作りは続けるつもりでいる。こうして待ってくれる人もいるわけだし。それこそが職人の誉れだ、とお爺ちゃんなら言うだろう。

 

「しかし、ホグワーツねぇ。……ダンブルドアはいつになったら動くのやら。」

 

アンネリーゼさんがポツリと呟く。ダンブルドア? あの、アルバス・ダンブルドア先生のことだろうか?

 

なんでも、大陸の方ではグリンデルバルドとかいう物凄い悪い魔法使いが暴れ回っているらしい。そいつと戦っているスカーレットという人が、悪い魔法使いを倒せるのはダンブルドア先生だけだと言っているらしいのだ。

 

アンネリーゼさんもそう思っているのだろうか? でも……ダンブルドア先生にはホグワーツを守って欲しい気もする。ううむ、難しい。

 

眉を顰めて考え込んでいると、アンネリーゼさんが微笑みながら声をかけてくる。

 

「おっと、ごめんごめん。キミが気にするようなことじゃないさ。ホグワーツでは色々と楽しんでくるといい。」

 

「はいっ!」

 

アンネリーゼさんのこの優しい微笑みは大好きだ。こういう顔を見ると、やっぱり年上なんだなぁと実感する。

 

しかし、アンネリーゼさんもホグワーツの卒業生だったりするのだろうか? さっきダンブルドア先生のことを呼び捨てにしてたし、もしかして同世代とか? どうしよう、聞いてみようかな? お爺ちゃんの話が本当だとすれば、有り得ない話ではないはずだ。

 

「あの……ダンブルドア先生のことを知っているんですか? ホグワーツで一番の教師だって聞いてるんですけど。」

 

「ん? ああ、私の友人が同学年でね。まあ……魔法使いとしては優秀なんじゃないかな。残念ながら、教師としてのダンブルドアはよく知らないんだ。」

 

「そうだったんですか。」

 

あのダンブルドア先生と同学年だなんて、色々と比べられそうだ。私だったら落ち込んじゃいそう。その友人さんも苦労したのかな?

 

聞いてみると、アンネリーゼさんが笑い出す。目に涙を浮かべて笑いながら、その友人さんのことを教えてくれた。

 

「んふっ、むしろ、落ち込んだのはダンブルドアのほうだったかもね。ホグワーツに行ったらその世代の学年首席を調べてみるといい。私の友人の名前がズラリと並んでいるはずさ。」

 

凄い! ダンブルドア先生よりも優秀な成績だったらしい。それなら落ち込むなんてこととは無縁だったろう。私もそのくらい優秀な成績を取れたらいいなぁ。そしたらお父さんもお母さんも夜更かしに文句を言わなくなりそうだ。

 

「その人ってやっぱりレイブンクローだったんですか? それとも……グリフィンドール?」

 

「その子はレイブンクローだったよ。グリフィンドールにはダンブルドアがいたらしいね。……寮が気になるかい?」

 

「はい……その、ハッフルパフだったらどうしようと思って。お父さんはハッフルパフもいい寮だって言うんですけど、そんなこと言う自分はグリフィンドールだし。」

 

お爺ちゃんと母さんはレイブンクローだったらしい。私だけハッフルパフやスリザリンだったらと思うと不安になる。

 

「まあ、あまり関係ないと思うよ。そうだな……これは内緒の話だよ?」

 

言うと、アンネリーゼさんはこちらに顔を近づけてくる。なんだろう?

 

「今世間を騒がせている、グリンデルバルドってのが居るだろう? 実はあいつは一度捕まっていてね。捕まえたのはハッフルパフ寮の出身者なんだよ。残念ながら、その後アメリカの魔法使いたちが取り逃がしちゃったけどね。」

 

驚いた。とっても凄い魔法使いがハッフルパフには居たらしい。噂の悪い魔法使いを捕まえるだなんて、ダンブルドア先生と同じくらい凄いということだろうか。

 

「とにかく、結局寮なんてのは当てにならないのさ。ハッフルパフにも優秀なヤツは居るし、レイブンクローにもお馬鹿は居る。スリザリンにもマグル好きが……まあ、居るかもしれないだろう?」

 

「えへへ、最後のは想像つかないですね。」

 

二人で笑い合って、ちょっと気分が楽になった。きっと気にしないほうがいいのだ。

 

「アリス、そろそろ出かける準備を……ああ、いらっしゃいませ。どうも作業に集中しすぎていたようでして、お出迎え出来ず申し訳ありません。」

 

「ああいや、キミの孫が代わりに持て成してくれたよ。お陰であの子にお土産もできたしね。……それじゃあ、そろそろ失礼させてもらおうかな、お代はここに置いておくよ。」

 

店の奥から出てきたお爺ちゃんに、アンネリーゼさんが声をかけてから立ち上がる。慌てて私も立ち上がった。お見送りをしなければ。

 

店の外で姿くらましするアンネリーゼさんをお爺ちゃんと見送って、急いでお出かけの準備をする。思ったよりも長いことお喋りをしていたらしい。

 

今日はお父さんとお母さん、それにお爺ちゃんと私、全員揃ってレストランにお出かけする予定なのだ。私の入学祝いということで、とっても高いところを予約してくれたらしい。どんな料理があるのかな? 今から楽しみだ。

 

アンネリーゼさんも来てくれたし、四人で食べる夕食はきっと美味しいはずだ。今日はとってもいい日になる予感がする。

 

急いでお気に入りの服に袖を通しつつ、アリス・マーガトロイドは微笑むのだった。

 



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選択

 

 

「……彼らは我々にとって良き隣人であり、良き友であり、良き同僚でした。彼らのような幸せな家族がいなくなるのは、我々にとって大きな──」

 

雨の降りしきる墓地で、アリス・マーガトロイドは俯いていた。お父さんの同僚が弔辞を読んでくれているが、全然頭に入ってこない。まるで遠い世界の言語のようだ。

 

あの日、レストランでの食事の後、私たちは四人で歩いて帰ることになった。お父さんが酔い覚ましに少し歩こうと言って、大通りから少し外れた道を歩きながらホグワーツのことについてを楽しく話していたのだ。

 

しばらく歩くと、暗がりから二人組の男が飛び出してきた。杖を私に突き付けながら、金を寄越せと脅してきたのだ。見たこともない顔になったお父さんは、彼らに落ち着けと言いながら懐からお金の入った袋を取り出そうとした。それで、それで?

 

思い出せない。思い出そうとすると、頭の中がぐちゃぐちゃになる。赤い閃光と、緑の閃光。お母さんの悲鳴と、初めて聞くお爺ちゃんの怒声。そしてお父さんの……。

 

気が付いたら魔法警察の人が居て、私に大丈夫かと聞いてきた。何のことか全然分からなくて、どうしたの? と聞いてみると、悲しそうな顔で毛布を私にかぶせてきた。

 

よく知らない建物に連れて行かれて、椅子に座ってココアを飲んでいると、お父さんの友人がやってきて私を抱きしめて泣いていた。その後、親戚はいないかと聞かれたり、何があったのかと聞かれたような気がするが……どう答えたのかは覚えていない。

 

気付けばこの場所にいた。葬式? 家族の? 全然現実感がない。誰かが冗談だと言ってくれるのをずっと待っている。そして、そんな私を集まった人たちが悲しそうに見ている。

 

棺が三つ。どうして四つじゃないのだろうか? 私だけ仲間外れになるのは嫌だ。

 

……本当は分かっている。何が起きたのか、どうしてここに居るのか。でも、認めてしまえばもう後戻りが出来なくなるようで怖いのだ。足元に大きな穴が空いているような感覚が続く。頬に何かが伝っている。もしかして、私は泣いているのだろうか?

 

 

 

葬式が終わっても、私は墓の前に佇んでいた。遠くでは魔法省の人が私を待ってくれている。申し訳ないとは思いながらも、ここから離れられる気がしない。

 

ふと近付いてくる足音が聞こえる。振り向かずにそのまま墓を見つめていると、足音の主が話しかけてきた。

 

「辛かろう、アリス。きちんと泣いたかね?」

 

優しい声の主を見上げれば、予言者新聞で見慣れた顔がそこにあった。ダンブルドア先生だ。

 

「分かりません。……多分泣いたと思います。」

 

「そうか。……我慢すべきではないよ? 君には大声で泣く権利があるのだから。我々にそれを抱きとめる義務があるようにね。」

 

「よく分かりません、先生。」

 

ダンブルドア先生は青い瞳に労わるような感情を浮かべながら、私のことを覗き込んでくる。そういえば、私はホグワーツに行けるのだろうか? 変だな、こんな時にこんなことを心配するだなんて。

 

「先生、私は……ホグワーツに行けますか?」

 

「おおアリス、君が心配するようなことは決して起こらないよ。君がそれを望んでくれるのであれば、ホグワーツは君を受け入れるだろう。私が約束するよ。」

 

「そうですか。……私は、行きたいです。お父さんもお母さんも、お爺ちゃんも。それを望んでいましたから。」

 

四人での会話を思い出す。楽しそうに母校の話をしていたあの瞬間を。私はまだホグワーツに入れるらしい。三人は喜んでくれるだろうか?

 

「でも私は……親戚がいません。もう、帰るところがないんです。」

 

「アリスよ、ならばホグワーツが君の家になろう。あの城は少々騒がしいかもしれないが、きっと退屈はしないはずだ。」

 

私の肩に手を置きながら、ダンブルドア先生が優しい声で続ける。

 

「魔法省にはそう話しておこう。君は何も心配する必要はないよ。ただ……きちんと悲しみを受け止めなさい。そして発散するのだ。決してため込んではいけないよ?」

 

ダンブルドア先生の話を聞いていると、もう一つの足音が聞こえてくる。魔法省の人かと思ってそちらを向くと……誰だろう? 紫色の髪をした、綺麗な人だった。隣のダンブルドア先生を見れば、驚いたような顔でその人を見つめている。

 

「ごきげんよう、ダンブルドア。四十年振りくらいかしら? そして……お悔やみ申し上げるわ、アリス・マーガトロイド。」

 

「まさか、ノーレッジ? ……本当に久し振りだね。君は、変わらないな。当時のままだ。」

 

紫色の髪の……ノーレッジさん? が挨拶してくる。私も一応ぺこりと頭を下げておいた。お父さんかお母さんの……いや、四十年振りということは、お爺ちゃんの友人なのかもしれない。

 

「そっちは随分とショボくれたわね、ダンブルドア。ああ、これ。貴女のお得意様から預かってきたわ。」

 

言うとお墓に花を供えてくれる。お得意様……アンネリーゼさんだ! もしかして、この人がレイブンクロー出身の秀才さんなのだろうか。ダンブルドア先生は立ち尽くしながら、未だ呆然とした表情でノーレッジさんを見つめている。

 

「まさか君は、賢者の石を? ……いや、何でもない。忘れてくれ。」

 

「あら、別に教えてあげてもいいのよ? まあ、今の貴方にはあまり興味が無いのでしょうね。昔と違って、力を嫌うようになったらしいじゃない。」

 

一瞬ダンブルドア先生に悲しげな表情がよぎるが、気付けば元の表情に戻っていた。興味深そうにそれを眺めていたノーレッジさんはこちらに向き直り、今度は私に声をかけてくる。

 

「さて、貴女のお得意様からの伝言を伝えるわ。もし貴女が望むのであれば、彼女の屋敷で暮らしても良い、だそうよ。勿論そこからホグワーツに通うことも出来るしね。」

 

アンネリーゼさんの屋敷にですか? と聞こうとすると、ノーレッジさんが人差し指を口元に持っていく。名前を言ってはいけないということか?

 

「えっと、あの方の屋敷に私が住めるんですか? ……その、ご迷惑なんじゃ?」

 

「自分で言うのもなんだけど、私も居候させてもらってるの。結構快適よ? まあ何と言うか、パトロンってやつね。少なくとも彼女は貴女の人形をそのくらい評価しているみたいよ。」

 

パトロンだなんて、昔の貴族みたいだ。アンネリーゼさんはやっぱり凄い家のお嬢様だったらしい。考えていると、話にダンブルドア先生が割り込んでくる。

 

「ノーレッジ、待ってくれないか。『彼女』とやらは信用できる人なんだろうね? 無論、アリス本人が望む場所に行けるのが一番だが。」

 

「もちろん信用できるわ。と言いたいところだけど、こっちを見せたほうが早いわね。……ほら、この人が共同で後見人になってくれるわ。」

 

ノーレッジさんがダンブルドア先生に突き出した羊皮紙を覗き込むと、レミリア・スカーレットという名前が見えた。まさか、あのレミリア・スカーレット? 悪い魔法使いと戦う、大陸の英雄?

 

「これは……なるほど、この方が後見人であればどこからも文句は出ないだろうね。少なくとも魔法省は納得するはずだ。」

 

「貴方はどうなのかしら? アルバス・ダンブルドア。『イギリスの英雄』さん。」

 

「やめてくれ、私には……荷が重いよ。」

 

「いつまでそんなことを言っていられるかしらね。……同期の好で忠告してあげるけど、どうせ貴方は戦うことになるのよ。逃げても無駄なら、きちんと立ち向かいなさい。」

 

何やら大事な話のようだ。しかし、私の中ではぐるぐると考えが回っている。アンネリーゼさんの屋敷に行くかどうか。どうすれば良いだろう? もう私には相談する相手はいないのだ。

 

ふと、お爺ちゃんの言葉を思い出す。『自分の作った物を、望む人がいる。それこそが職人の誉れだ。』……その通りだ。自分の屋敷に住まわせてくれるほどに私の人形を望んでくれているのなら、それに応えたい。私が考えを纏めている間にも、ダンブルドア先生とノーレッジさんの話は続いている。

 

「君は……変わったな。見た目ではなく、心が。昔よりも大きく見えるよ。」

 

「貴方も変わったわ、ダンブルドア。見た目も、心もね。学生の頃は貴方を眩しく思ったものよ。……今はあの頃より霞んで見えるわ。」

 

「今では私が君を眩しく思うよ。……老いたかな?」

 

「気張りなさい、ダンブルドア。後ろばかり見ていては、老いがすぐに追いついてくるわよ。……さて、アリス・マーガトロイド。答えは出たかしら?」

 

どうやら二人の話は一段落したようだ。私はノーレッジさんの目を見ながらはっきりと話し出す。

 

「はい、決まりました。あの方の屋敷にお邪魔させてもらいたいです。」

 

「そう、よかったわ。それじゃあダンブルドア、失礼させてもらうわね。あそこにいる魔法省の役人への説明は任せたわよ。」

 

「人使いが荒いな、そういう所は相変わらずだ。何と言うか……会えて良かったよ、ノーレッジ。またいつか会おう。アリス、君にも会えて良かった。ホグワーツで待っているよ。」

 

前半を苦笑しながら、後半を柔らかい笑みで言ったダンブルドア先生が、魔法省の人の方へと歩いて行く。ぺこりとそちらにお辞儀をしてノーレッジさんへと向き直ると、彼女は杖を持ちながらこちらに手を差し出してきた。

 

「さて、行きましょうか。手を取って頂戴。」

 

一度だけ墓を見つめてから、ノーレッジさんの手を取る。付添い姿くらましで移動する瞬間、なんだか家族の笑顔が見えた気がした。

 

 

─────

 

 

「分かってるよ、パチュリー。」

 

本日何度目かの同じセリフを口に出しながら、アリス・マーガトロイドは9と3/4番線のホームに居た。

 

目の前ではパチュリーがホグワーツでの注意事項を繰り返している。この数ヶ月で分かったことだが、この魔女は意外と世話焼きなのだ。

 

「いい? 特殊な魔法をかけたから心を覗かれることはないけど、閉心術の練習は続けること。それと、授業で分からないことがあったらすぐ手紙を送りなさい。あとは……緊急時の連絡法は覚えているわね? 渡したガラス球を強く握りしめながら──」

 

「心の中でリーゼ様の名前を唱える、でしょ? もう百回は聞いたよ。心配性すぎるよ、パチュリーは。」

 

この数ヶ月は私にとって『激動』と言えるほどに多くの出来事があった。リーゼ様の屋敷に着いたその日に、リーゼ様が吸血鬼であることや、私の人形を気に入ってくれている従妹も吸血鬼であること、噂のスカーレットさんはその姉で、勿論ながら彼女も吸血鬼であること……とにかくイギリスには案外吸血鬼が多いことが分かった。

 

おまけに目の前にいるパチュリーは不老で、えーっと、種族としての魔女らしい。この辺は複雑すぎてあんまり理解出来なかった。とにかく凄い魔女だと思っておくことにしている。

 

驚きと共に始まったムーンホールドの生活だったが、リーゼ様もパチュリーも随分と良くしてくれた。最初はちょっと怖かったが、出てくる食事は美味しいし、勿論血を吸われることもない。一度聞いてみたら、吸って欲しいと言われなきゃ身内からは吸わないよ、と苦笑しながら言われた。なんでも吸血される瞬間は物凄く気持ちいいらしい。ちょっと興味があるが、まだ怖いのでやめておいた。

 

ちなみに屋敷の主人ということで、リーゼ様と呼ぶようにしている。私がこの呼び方をすると、本人はくすぐったそうな笑顔になるのだ。パチュリーのこともパチュリー様と呼んでいたが、そんな畏まった呼び方はこあだけで充分よと言われたので今は普通に呼んでいる。

 

リーゼ様はスカーレットさんと色々なお仕事をしているらしい。そのため秘密が多いということで、閉心術を学んでいるところだ。残念ながら欠片も習得できなかったので、応急処置として今年はパチュリーに魔法をかけてもらった。来年までには頑張ろう。

 

「ああちょっと待って、服が乱れてるわ。……うん、これで良し。」

 

パチュリーが服の乱れを直してくれる。お母さんみたいだ。なんだかくすぐったい。

 

ホームに汽笛の音が響く。どうやら出発の時間が来たようだ。トランクを手に取り、列車のドアへと向かう。

 

「それじゃあ、頑張ってきなさい。色々と学んでくるのよ?」

 

「うん、手紙を書くよ。行ってきます、パチュリー。」

 

「行ってらっしゃい、アリス。」

 

パチュリーにさよならの挨拶をして、列車に乗り込む。隣にコンパートメントの並ぶ通路を歩きながら、空いている場所を探す。……おっと、誰も使っていない席があった。

 

コンパートメントに入り、荷物を上の収納に仕舞って、窓からホームを眺める。パチュリーは……居た。手を振ってくれている。手を振り返すと、汽笛と共に列車が動き出す。パチュリーが見えなくなるまで手を振ってから、窓からそっと顔を離した。

 

「ええと、ここは空いてるかな?」

 

びっくりした。いつの間にか、コンパートメントの入り口に少年が立っている。手を振り終わるのを待っていてくれたようだ。ちょっと恥ずかしい。リーゼ様から教わった、『レディの話し方』を肝に銘じて返事をする。

 

「ええ、私だけだから。もちろん空いているわ。」

 

「よかった。もうあまり空いていそうなコンパートメントがなかったんだ。君も……新入生だよね?」

 

「そうよ。貴方も?」

 

「ああ、僕はリドルだ。……トム・リドル。自分の名前はあまり好きじゃないから、リドルと呼んでくれると嬉しいな。」

 

言いながらこちらに手を差し出してくる。黒髪の、賢そうな整った顔立ちだ。しかし、名前が嫌い? 別に悪くない名前だと思うが。

 

「私はアリスよ。アリス・マーガトロイド。私は……まあ、好きに呼んで頂戴。よろしくね、リドル。」

 

握手を終えると、リドルは荷物を仕舞いながら話しかけてくる。

 

「えーっと、マーガトロイド、君はその……こっちの世界の人なのかい? 僕は魔法使いの血筋なんだけど、ちょっとした手違いでマグルの世界で育ったんだ。」

 

「ええ、そうよ。両親は、まあ、もういないのだけれど。二人とも魔法使いだったわ。」

 

「それはつまり……すまない、妙なことを聞いて。でも、凄い偶然だね。実は僕も両親がいないんだ。」

 

労わるように笑うリドルも、どうやら似たような境遇らしい。マグルの世界云々というのは、その所為なのだろうか?

 

悪いかなと思いつつも慎重に聞こうとすると、コンパートメントのドアがノックされる。ガラス窓の向こうでは、笑顔のよく似合う少女がこちらを見ていた。

 

招き入れると、元気いっぱいの声で捲し立ててくる。

 

「いやー、入れてくれてありがとね! どこも満員でさ、ようやく座れそうなとこを見つけられたよ。」

 

蜂蜜色の髪によく似合う、元気な様子で喋る少女に、胡乱げな目付きで見るリドルの代わりに話しかける。

 

「ええ、その、ここは空いてるわ。」

 

「やー、助かるよ。私はテッサ・ヴェイユ! 今年からホグワーツなんだ。二人は?」

 

「私はアリス・マーガトロイド。貴女と同じ新入生よ。」

 

「リドル。トム・リドルだ。リドルと呼んでくれるとありがたい。それに……僕も新入生だよ。」

 

荷物を片付けると、私の隣にテッサが座る。

 

「二人はやっぱりイギリスの人? 私はフランスに住んでたんだけど、向こうはもう危ないからってホグワーツに入学させられたんだ。」

 

「そうなの? 私はダイアゴン横丁で育ったのよ。今はちょっと離れた所に住んでるんだけれどね。」

 

「へえ、リドルは?」

 

「僕もイギリス育ちだよ。あー、ちょっとした事情で、今は……マグルの孤児院に住んでいる。」

 

「ありゃ……なんか悪いこと聞いちゃったかな? ごめんね。私、頭より先に口が出るってよく言われるんだ。」

 

花が萎れるように元気を無くしながらテッサが言う。それを見たリドルが慌てたように、気にしないでくれと言葉をかけた。

 

「うーん、それならグリンデルバルドのことも知らないんだよね? ちょっと待ってて、この中に……あった!」

 

元気を取り戻したテッサが、自分のトランクを漁って新聞を取り出す。何をするのかと眺めていると、やおらその中の一ページを開いてリドルに突き出す。

 

「ほら、こいつがグリンデルバルド。史上最悪の魔法使いで、こいつのせいで私はフランスにあるボーバトンに通えなくなったんだ。パパの友達もこいつに殺されちゃったんだって。」

 

デカデカと新聞に掲載されている写真の中のグリンデルバルドが、不敵な笑みでこちらを睨みつけている。その背後にはこの男の代名詞にもなった、三角の中に丸と棒が入った紋章が刻まれた壁がある。

 

「こいつが……ええと、どんな悪い事をしたんだい? まあ、見た目からして善人じゃなさそうだけど。」

 

「沢山の魔法使いと、もっと沢山のマグルを殺しまくったんだよ。パパが言うには、恐怖政治で新しい魔法界を作り出そうとしてるんだって。大陸の方じゃあ、抵抗してるのは猫の額ぐらいの地域だけだよ。」

 

「そんなに凄い魔法使いなのか……。イギリスは? ホグワーツは安全なのかな?」

 

二人の会話を聞きながら新聞を読む。そういえばスカーレットさんってどんな人……じゃない、吸血鬼なんだろう? リーゼ様が言うには、自分より小さくて可愛いらしい。そんな方がこの男とやり合っているのは……うーむ、想像が付かない。私がまだ見ぬレミリアさんの姿を想像している間にも、二人の話は進んでいく。

 

「ホグワーツは安全だよ。だからこそ私が放り込まれちゃったわけ。なんたってホグワーツにはダンブルドア先生が居るし、レミリア・スカーレットもイギリスに居るらしいしね。」

 

「ダンブルドア先生……あの人か。えーと、レミリア・スカーレットってのは?」

 

「グリンデルバルドがヤバい奴だってかなり前から言ってた人なんだ。でも、昔の魔法省とか連盟の人たちは全然信じてなかったらしいよ。それでもヤツの計画を暴いて知らせてくれたり、危険な場所に警告を送ってくれたりし続けてるんだって。パパは彼女の言葉に最初から従っておけば、大陸がこんなになることは無かったって言ってた。」

 

そんな人と友人のリーゼ様はやっぱり凄い。言っちゃダメだと言われているが、それが無ければ大声で自慢したいくらいだ。

 

「へぇ……もうちょっと読んでみてもいいかい? その、あんまり見たことがないんだ、こっちの新聞は。」

 

「もちろん! 好きに読んじゃってよ。なんなら、グリンデルバルドの顔に落書きしてもいいよ。」

 

言うテッサに苦笑しながら、リドルが新聞を読み始める。彼女はそれを横目にして、今度はこちらに話しかけてきた。

 

「ねえアリス、アリスはどの寮に入りたいかもう決めてあるの?」

 

「そうね……入りたいのはレイブンクローだけど、特に拘ってはいないわ。」

 

「えー? 私は絶対グリフィンドールがいいなぁ。勇敢な魔法使いはみんなそこ出身だって聞いてるよ。」

 

「まあ、どこであろうと学ぶ内容は変わらないはずよ。そういう意味では、正直どこでもいいんじゃないかしら。」

 

リーゼ様と同じような会話をした日を思い出してしまう。瞑目して、考えを振り払う。今は考えるべき時じゃない、忘れよう。

 

「んー、まあ、そうだけどさぁ……。リドルは? 寮については知ってる?」

 

「ん? ああ、四つの寮に別れているってのは知ってるよ。ただ、詳細はよく知らないな。」

 

「教えてあげるよ! えっとね、まずはグリフィンドール。勇猛果敢で、恐れを知らぬ者が属する寮。次にレイブンクロー。英知を求める、頭のいい魔法使いが多い寮。」

 

指折り数えながら、テッサがリドルに説明していく。

 

「そんでもって、ハッフルパフ。温厚で優しい、協調を重んじる寮。それと最後にスリザリン。機知と狡猾さを纏った、団結主義の寮。この四つだよ!」

 

思ったよりも公平な説明だ。魔法使いの家庭で育つと、大体どこかの寮を悪く言うものだが。他国から来たからなのかもしれない。

 

ちなみにパチュリーの説明ではこうなる。向こう見ずで馬鹿なグリフィンドール、頭でっかちの陰険レイブンクローに、間抜けで事なかれ主義のハッフルパフ、最後に被害妄想で純血狂いのスリザリンだ。テッサの説明と比べると天と地だ。

 

「ふむ……その中だと、そうだな、レイブンクローかスリザリンがいいかな。」

 

「ありゃー、人気ないのかなぁ、グリフィンドールって。」

 

「そんなことないわよ、件のダンブルドア先生もグリフィンドールだしね。」

 

パチュリーが言うには、学生時代のダンブルドア先生は気取り屋で自信過剰だったらしい。まさか嘘を言っているとは思わないが、少々信じ難い話だ。

 

「まっ、今日の夜には決まるわけだしね。心配しても仕方がないか。」

 

「えーっと、もしかしてテストみたいなのが有るのかい?」

 

心配そうに聞くリドルにパチュリーからの情報を伝えてやる。

 

「なんでも、公開精神鑑定みたいなことをするらしいわ。特に準備は必要ないんだって。」

 

「テストじゃないのは良かったが……公開精神鑑定?」

 

「一緒に住んでる卒業生が言うにはね。まあ、ちょっと皮肉屋な魔女だから……そこまで酷いことにはならないはずよ。」

 

残念ながらリドルの不安は払拭されなかったようだ。むしろ、さっきよりもひどくなっている。

 

 

 

教科書の内容について三人で話していると、コンパートメントのドアがノックされて声が聞こえてくる。

 

「車内販売です。よろしければいかがですか?」

 

すぐさまテッサが反応し、ドアを開いて物色を始める。隙間から覗き込んで見るが……お菓子ばっかりだ。

 

「おおー、イギリスのお菓子も美味しそうだねぇ。これと……これも下さい。」

 

買いまくるテッサを横目にリドルを見れば、彼も案外興味がありそうだった。お菓子云々ではなく、魔法界の物が珍しいのかもしれない。

 

テッサが私を見たので、瓶入りの水だけを買う。どう見ても小悪魔さんが用意してくれたお弁当のほうが美味しそうだ。リドルは奇妙な色の飴の詰め合わせを一つだけ買ったらしい。

 

猛然とした勢いでお菓子を食べ始めるテッサを見ながら、お弁当を開く。小悪魔さんは私の大好きなベーコンとトマトのサンドイッチを詰めてくれたようだ。取り出してみれば何かの魔法がかかっているのか、まだ温かくてパリパリだ。サンドイッチを頬張ると……やっぱり美味しい。

 

リドルを見れば、駅の構内で買ったのか、紙袋に包まれてべちゃべちゃになったハムサンドを頬張っている。彼の孤児院は、どうやら弁当を持たせてくれるような場所ではないらしい。

 

少し迷った後、おずおずとランチボックスを彼のほうに差し出す。

 

「お一つどうかしら? 嫌いでなければだけど。量が多くて、食べ切れなさそうなの。」

 

「あ、ああ……ありがたく頂くよ。」

 

リドルは驚きながらも一つ掴み取って口に運ぶ。目を見開いているところを見るに、お口に合ったようだ。

 

「美味しいな。マーガトロイドの……えっと、親戚? 孤児院ではないんだよな? その人は料理が上手いんだろうね、羨ましいよ。」

 

「ええと、メイドみたいなものかしら? とにかく私を引き取ってくれた人は凄いお嬢様で、その家の使用人の一人が作ってくれたの。その人に美味しく食べてもらえたって伝えておくわ。」

 

「何というか……複雑だね。マーガトロイドもそのお嬢様? に仕えてるとか?」

 

「仕えてるという感じではないんだけど……そうね、職人として雇われている感じかしら?」

 

言ってはいけないことが多すぎて、いまいち説明が難しい。さっさと話題を切り上げたほうがいいかもしれない。

 

「職人? なにかを作っているのかい?」

 

「ええ、ちょっと待って……これよ。」

 

トランクから人形を取り出す。最近作った中では一番いい出来だ。従妹さんにあげようかとも思ったが、次の人形の参考にするために取っておいてある。

 

「これは、凄いな。」

 

「うっわ、何それ? すっごい可愛いね。」

 

一心不乱にお菓子を食べていたテッサが、私の取り出した人形に反応してくる。

 

「私の実家は昔から人形を作ってた家系なのよ。そういえば……フランスの血も入ってるらしいわよ。」

 

「うっそ? じゃあ、私とアリスは遠い親戚かもね。まあ、今じゃ血の繋がりがない相手を探す方が難しいだろうけど。」

 

「見事な技術だね。それで、そのお嬢様に雇われてるわけだ。大したもんだよ。」

 

リドルは人形の可愛さではなく、技術的な面で感心してくれているようだ。男の子なんてそんなもんだろう。ともあれ、屋敷の話題からはうまく方向を逸らすことができそうだ。

 

 

 

その後もくるくると話題を変えながら、アリス・マーガトロイドは列車がホグワーツに到着するまで二人と話し続けるのだった。新たな学校生活に想いを馳せながら。

 



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灰かぶりとのクリスマス

 

 

「アリスからの手紙が届いたわよ、リーゼ。」

 

ボソリと目の前の本に呟き、パチュリー・ノーレッジは読書を再開した。声はリーゼの耳元まで飛んでいくだろう。そうなれば、ブーメランのようにリーゼ本人が飛んで来るに違いない。

 

本に目を通しながら机の上のペンを魔法で操り、魔法陣に修正を加える。妹様の……すっかり美鈴の言い方が移ってしまった。妹様のための結界は、ようやく完成に近付いている。

 

問題はこの結界を以ってしても、妹様が紅魔館の中から出ることは叶わないという点だ。先日ついに図書館魔法を完成させ、リーゼからは『動かない大図書館』などと揶揄されるほどに図書館に籠りっぱなしで作業しても、この問題を解決する糸口すら見つからない。

 

まあいい、きっと段階を踏むべきなのだ。少なくともこの結界は今のものより強力だ。内側も、外側も。これさえ完成すれば、不測の事態に備えてスカーレットさんが紅魔館に常駐する必要はなくなる。そうなれば、取り得る選択肢は大幅に増えるはずだ。

 

「パチェ、手紙が届いたんだって?」

 

リーゼが優雅に歩いて来るが、背中の翼がパタパタと動いているのが見える。本人は知らないようだが、これはリーゼが嬉しい時の癖だ。長い付き合いの中で発見した。無論本人には教えてやらない。面白いからだ。

 

「ええ、ほら……これよ。」

 

本に目を向けながら、届いた手紙をリーゼの手元に飛ばす。当然未開封のままにしてある。以前先に読んだら、しばらく拗ねていたのだ。子供か。

 

「ふむ……自寮にも他寮にも友達がいるらしいね、どうだいパチェ? 現時点でキミの学生生活を追い抜いたようだよ?」

 

「……そのようね。まあ、当然でしょう。どこかの吸血鬼さんと違って、あの子は性格が良いもの。」

 

くつくつと笑いながら、リーゼが読み終わった手紙を差し出してくる。目を通すと……まあ、悔しいがリーゼの言う通りだ。私などよりよっぽど学生らしい生活を送っているらしい。

 

「クリスマス休暇には帰ってくるみたいね。」

 

「今年のパーティーはこっちで開ければいいんだがね。紅魔館にはアリスが行けないし、こっちにはレミィが来られない。ままならないもんだ。」

 

「そうでもないかもよ。」

 

言って机の上を指し示せば、リーゼが驚いたように魔法陣を確かめる。

 

「おいおい、もう完成しかけてるじゃないか。やるな、パチェ。さすがは私が育てた魔法使いだ。」

 

「いびった、の間違いね。こあ! 貴女も読みたいでしょう?」

 

リーゼと軽口の応酬をしつつ、遠くで本の整理をしていた小悪魔を呼ぶ。あの子も手紙が気になっているはずだ。アリスにはよく、お姉さんぶって世話を焼いていたのだから。

 

「あっ、リーゼ様、お疲れ様です。」

 

ふよふよとこちらに飛んで来ながらリーゼに挨拶をした後、手紙を受け取る。嬉しそうだ。やはり気になっていたらしい。

 

「これでレミィも自由に動けるようになるわけだ。盛り上がりなく延び延びになっているゲームにも、ようやく方が付くかもしれないね。」

 

「っていうか、まだ続いてたのね。」

 

正直リーゼは飽き飽きしているようだ。もうこっちの勝ちでいいじゃん、という気分らしい。しかし、残念ながらスカーレットさんは未だに敗北を認めないでいる。キングが残っていれば、他に駒が全てなくなっても負けてはいないと主張しているようだ。

 

「かなり譲歩したんだがね、どうしてもダンブルドアと直接闘わせないと気が済まないらしい。まあ、レミィの今までの努力を思えば涙ぐましい要求だよ。」

 

「運命、だったかしら? それを読んでみるのは無理なの? せめて闘いが実現するかどうか分かれば、まだマシなんじゃない?」

 

「嘘か真か、『実現する』とレミィは主張しているがね。時期も、場所も、勝敗も、個人か集団かも不明だよ。フランは時間稼ぎだと言っているし、美鈴もそう思っているらしい。」

 

「あら? 貴女はどうなのかしら? その言い方だと、リーゼはスカーレットさんのことを信じてるみたいね。」

 

聞くと、リーゼは苦笑しながら答えてくれる。

 

「そうあって欲しい、という感じかな。このままズルズルと終わるくらいなら、たとえ負けてもいいから壮大なラストが私の好みなのさ。」

 

壮大なラスト、ね。大軍のぶつかり合いか、もしくは死力を尽くした決闘あたりがリーゼの望みなのだろう。

 

「ま、私には関係ない話ね。とにかく、この魔法陣が完成すれば状況は動くでしょう。ゲームも、妹様もね。」

 

「そうだね。キミだけが頼みの綱だよ、私の魔女さん。」

 

「そのお軽い口もどうにかしてあげましょうか?」

 

気障な台詞をばっさり切り捨てて小悪魔の方を見れば、ニコニコ顔で手紙を読んでいる。

 

「嬉しそうね、こあ。」

 

「はい、パチュリーさま! アリスちゃんが帰ってくれば、また楽しくなりそうですから。」

 

「おや? 普段の我が屋敷は、偉大なる小悪魔殿にとっては退屈な場所なのかな?」

 

「ひゃっ、そんなことありません! 言葉の綾です!」

 

リーゼが標的を変えて小悪魔を苛め始める。どうやら、あの子にはまだリーゼの軽口は荷が重いらしい。助けてやった方がよさそうだ。

 

「私の使い魔をあまり苛めないで頂戴。ほら、こあ、作業に戻りなさい。リーゼと話してると性格の悪さが移っちゃうわよ。」

 

「はいっ! あの、失礼します!」

 

「キミも段々と口が悪くなっているよ? 気付いてないのかい? パチェ。」

 

なんということだ、既に私は感染済みだったらしい。そういえばそんな気がしないでもない。

 

「ま、まあ、別にいいでしょ。私は誰と話すわけでもないんだから。」

 

「ふーん。まあ、アリスに嫌われないように気をつけるんだね。」

 

捨て台詞を残してリーゼが図書館を出て行く。アリス? そうか、あの子がいたか。アリスに邪険にされているところを想像してみる……むう、これは心にくるな。

 

そっと目の前の本を閉じながら、パチュリー・ノーレッジは先達の知識に助けを求めるため、役立ちそうな本を探しに歩き出すのだった。

 

 

─────

 

 

「ただいま、パチュリー。」

 

駅のホームでアリス・マーガトロイドは目の前に立つパチュリーにそう告げた。

 

ホグワーツの生活もそろそろ四ヶ月になりそうな冬の日、クリスマスの休暇をムーンホールドで過ごすためにロンドンに帰ってきたのだ。

 

「ええ、お帰りなさい、アリス。行きましょう、リーゼが待ちくたびれてしまうわ。」

 

言いながら歩き出すパチュリーに続いて、私も駅に設置してある暖炉へと向かう。

 

結局、レイブンクローに組み分けされた私のホグワーツでの暮らしは、中々充実したものになってきたところだ。ルームメイトとも気軽に話せるようになったし、グリフィンドールのテッサやスリザリンのリドルとの交友も続いている。

 

クリスマスプレゼントに何を送ろうかと考えながら、パチュリーの後に続いて暖炉に入った。

 

「ムーンホールド!」

 

煙突飛行ですぐさまムーンホールドに到着する。ホグワーツ特急なんかよりこっちの方が早いのに。まあ、このご時世だ。侵入経路に過敏になるのは当然かもしれない。

 

「アリス、お帰り。」

 

「お帰りなさい、アリスちゃん!」

 

ムーンホールドの暖炉の前ではリーゼ様と小悪魔さんが待っててくれていた。挨拶を返しながら、みんなでリビングへと向かう。

 

「さて……それで、どうだい? ホグワーツでの生活は?」

 

「はい、楽しいです。 お友達も沢山できました!」

 

リビングのソファにゆっくりと座り、お茶の用意を始める小悪魔さんを眺めながら聞いてきたリーゼ様に答える。色々と苦労することもあったが、授業も寮生活も概ね満足している。

 

「そうか、それは良かった。パチェとは雲泥の差のようでなによりだよ。」

 

「しつこいわよ、リーゼ。アリス、授業のほうはどうなの? 何か分からなかったことがあるなら教えるわよ?」

 

「えーっと……実は、魔法薬学が苦手で。あんまり上手く作れないの。パチュリー、教えてくれない?」

 

他の授業では上位の成績を取れているのだが、魔法薬学だけは何故か上手くいかないのだ。大体、教科書に書いてあることが曖昧すぎる。『種を弱めの力でゆっくりと潰す』なんて書かれても、抽象的過ぎてよく分からない。

 

おまけに、スラグホーン先生がそれにも増して抽象的な説明をしてくるのだ。いくら優秀な先生だと分かっていても、あれにはうんざりしてしまう。

 

「魔法薬学ねぇ……ま、いいわ、教えてあげる。いくつか役立ちそうな本もあるしね。」

 

その役立ちそうな本とやらには正確な分量が載っていることを祈りつつ、小悪魔さんの淹れてくれた紅茶に口をつける。ホッとする味だ、やっぱりホグワーツの物よりおいしい。

 

「他の授業はどうなんだい? 杖での魔法なら私が教えてあげられるよ。」

 

「貴女に魔法を教えたのは私だけどね。」

 

リーゼ様に鋭い突っ込みを入れたパチュリーが睨まれているのを見ながら、どうしようかと思考する。杖を使った呪文は今のところ完璧だが……リーゼ様は自分も何か教えたさそうだ。無下にするのも何か悪い気がする。

 

「ええと……それなら、先の呪文を予習しておきたいです。」

 

「ああ、任せておいてくれ。私が完璧にマスターさせてあげよう。」

 

胸を張るリーゼ様の翼がパタパタと動いている。それを見たパチュリーが急に笑いを堪え始めた。どうしたんだろう?

 

「どうした? パチェ。気でも狂ったのかい?」

 

「な、なんでもないわ。それより、クリスマスの予定を教えてあげなさいよ。」

 

「変なヤツだな……まあいい。アリス、クリスマスにはレミィ……レミリア・スカーレットが来る予定なんだ。小さなパーティーをするから、そのつもりでいてくれ。」

 

なんと、有名人がクリスマスパーティーに来るらしい。友人なのは知っていたが……どうしよう、ドレスローブなんて持ってない。

 

「分かりました。あの、でも……私、フォーマルな服は持ってません。」

 

「ん? ああ、いつもの格好で構わないさ。アリスが思っているほど大したヤツじゃないからね。……ただまあ、一着くらい持っておくのは賛成だ。そのうち買いに行くとしよう。」

 

「その時はついでに私の研究材料もよろしくね。」

 

「さすがは『動かない大図書館』だね。太るよ? パチェ。」

 

「お生憎様、もう体型は変わらないわ。永遠にね。」

 

リーゼ様とパチュリーの会話を聞きながら、小悪魔さんと目線を合わせてくすくす笑い合う。家に帰って来たのだという実感が湧いてきた。

 

体がポカポカと温かくなるのを感じながら、アリス・マーガトロイドは笑みを顔に浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「さあ、行くわよ美鈴! はやくはやく!」

 

テンション爆上げのお嬢様の声を聞きながら、紅美鈴は久々に取り出すお嬢様のお出かけセットの準備に手間取っていた。

 

もう夜になるから日傘は抜いて、日焼け止めクリームも要らないし……なんだこれ? 葉巻まである。しかし、このセットを引っ張り出すのは少なくとも半世紀振りのはずだ。葉巻って期限とかあるのだろうか?

 

「めーりーん! まだなのー?」

 

ええい、置いていこう。どうせ従姉妹様のパーティーに出るだけなのだ。幼児退行したかの如くはしゃぐお嬢様の限界は、そろそろリミットを迎えるはずだ。

 

「今行きますよー!」

 

大声でエントランスに向かって叫んでから部屋を出る。パチュリーさんの結界が完成して、一番喜んでるのは間違いなくお嬢様だ。もっとも、結界の強度を確認したら妹様を館の中限定で部屋の外に出せるようになるらしいので、そうなれば妹様が首位を奪うことになるだろう。なんたって四百年くらい地下室生活なのだ。出られるのが館の中だけでも大喜びするはず。

 

エントランスではお嬢様がぴょんぴょん飛び跳ねながら待っていた。これは……本気で幼児退行してるんじゃないか?

 

「おっそいわね! さ、行きましょう。」

 

後ろにはエントランスにわらわらと集まって、ハンカチを振っている妖精メイドたちが見える。悪ノリをさせれば彼女たちに敵う存在はいない。

 

「はいはい。それじゃあ、行きましょうか。……行き先を叫ぶんですからね?」

 

「そのくらい知ってるわよ! とっとと先に行きなさい!」

 

蹴り飛ばされて暖炉の中に入れられた後、煙突飛行粉で炎を緑色に変える。……なんか順番が違う気がするが、まあ構いやしないだろう。

 

「ムーンホールド!」

 

ぐるんぐるんと回りながらムーンホールドの暖炉へ一瞬で移動する。私は実はこの移動法が好きだ。……残念ながら従姉妹様もパチュリーさんも同意してはくれなかったが。

 

ムーンホールドの暖炉に出ると、従姉妹様にパチュリーさん、小悪魔さんに……あれがアリスちゃんか。全員が勢揃いだ。後ろにはエマさんやロワーさんの姿もある。

 

思わず手を振ろうとすると、いきなり頭上からお嬢様が降ってきた。

 

「ぐえっ。」

 

「ふぎゅ!」

 

転んでしまったではないか。頭に激突したお嬢様が変な声を出したのを聞きつつ立ち上がる。身体中灰だらけだ。

 

「うぐぅぅ……おいコラ、美鈴! 痛いじゃないの!」

 

「お嬢様のせいですよ! 普通はもっと時間を置くんです!」

 

私の名誉のためにもお嬢様に反論しておく。続けて煙突飛行をする時は、間を空けるのが魔法界じゃ常識だ。

 

「しっ、知らないわよそんなの! ぇほっ、灰が舞うから、ぇほっ、動かないでよ!」

 

「くふっ、レミィ、私を、ふふっ、笑い殺すつもりかい?」

 

従姉妹様がお腹を抱えて笑っている。当然だ、こんなもん私でも笑うだろう。パチュリーさんは顔を背けているが絶対笑っているだろうし、小悪魔さんとアリスちゃんは必死に俯きながら堪えているのが見える。

 

「失礼いたします。」

 

トコトコとロワーさんが歩いてきて、指をパチンと鳴らすと私とお嬢様の纏っていた灰が消え去る。というか、ロワーさんは無表情だ。あれを見ても表情を変えないとは……使用人の鏡である。

 

「ふふっ、残念だったね、レミィ。灰だらけのままだったら、王子様が迎えにきてくれたかもしれないのにね?」

 

「うっ、うるさいわよ! ……んん、っこほん、ご機嫌よう。お招きにあずかった、レミリア・スカーレットよ。」

 

お嬢様が何事もなかったのように言い始めるが……いやいや、いくらなんでも無理があるだろう。パチュリーさんはとうとう突っ伏して、声を殺して笑っている。

 

「あ、案内はどうしたのかしら? リーゼ、リーゼ? おいコラ! いつまで笑ってんのよ!」

 

「しっ、失礼したね。んふっ、では行こうか。」

 

先導する従姉妹様と一緒にその場の全員が歩き出す。妖精メイドにもこれを練習させるべきだろうか? まあ……無駄か。

 

パーティー会場はこじんまりした部屋だった。身内だけのパーティーだからだろう。いや、それでも充分広いが。

 

「さて、グラスも行き渡ったみたいだし、始めるとしようか。今日は無礼講だ。好きに飲んで食べてくれたまえ。では……乾杯!」

 

従姉妹様はお嬢様と違って、長々とした挨拶はしないらしい。私としてはこっちのほうがいい。呪文みたいな挨拶をされても、お腹は膨れないのだ。

 

それぞれに歓談しているのを眺めながら、とりあえず手当たり次第に食いまくる。『腹が減っては何も出来ぬ』。昔とある大妖怪に聞いた言葉だ。座右の銘にしている。

 

大きなローストチキンにそのまま齧り付いていると、従姉妹様がアリスちゃんを連れてやって来た。

 

「やあ、満足してくれているかい? 美鈴。知っているだろうが、この子がアリスだ。アリス、こっちは紅美鈴。紅魔館の……あー、管理をやっている妖怪だ。」

 

「アリス・マーガトロイドです。よろしくお願いします。」

 

「んぐっ、はいはい、話はよく聞いてますよ。紅美鈴です。よろしくお願いしますね。」

 

肩口までの金髪をさらりと零しながら、アリスちゃんがぺこりとお辞儀してくる。対する私はローストチキンを片手に持っての挨拶だ。食いしん坊キャラとして認識されてしまったかもしれない。

 

「あの、美鈴さんはとっても長生きな妖怪さんなんですよね? やっぱり凄くお強いんですか?」

 

「んー、西暦が始まる前から生きてはいますけどねぇ……上には上がいるもんですよ。妖怪なんかは種族差も大きいですからね。」

 

答えるとアリスちゃんはびっくりしている。まあ、長生きしたからってどうということはないのだ。実際、お嬢様や従姉妹様と本気でやり合ったら負けちゃうかもしれない。

 

「西暦が始まる前、ですか。なんだか、スケールが大きすぎて実感が湧かないですね……。」

 

「おいおい、そこまでとは思わなかったよ。普通に大妖怪じゃないか。」

 

「大陸だと珍しくないんですけどねー。私が生まれた頃から大妖怪って呼ばれてるのもいますし。」

 

「ま、あまり畏まらずに接することだよ、アリス。正直なところ百年くらいを区切りに、そこから先はあんまり年齢を当てにするもんじゃないのさ。」

 

それには私も同意する。長く生きすぎると色々と忘れちゃう上に、あんまり成長しなくなっていくのだ。確かに最初の百年くらいが区切りかもしれない。

 

「そ、そういうものなんですか。」

 

「そうですねー。長生きってのは、実はそんなに自慢にならないんですよ。私を見れば一目瞭然でしょう?」

 

どう反応すればいいのかと困っているアリスちゃんの後ろから、ロワーさんに傅かれてご満悦なお嬢様がやってくる。

 

「あら、リーゼ。可愛い人形師さんに、私のことも紹介してくれないかしら?」

 

「ああ、そうだね。アリス、こっちが我が愛しのコウモリ友達、レミリア・スカーレットだよ。」

 

「あっ、はい。アリス・マーガトロイドです。よろしくお願いします。」

 

「ええ、妹が貴女の人形をとても気に入っているようなの。伝言を頼まれていてね。『いつも可愛いお人形をありがとう』だそうよ。」

 

最近の妹様は常にアリスちゃんが作った人形を連れて歩いている。間違いなく実の姉よりも大切に思っているだろう。本人には言わないが。

 

「それは……とっても嬉しいです。今作っている子が完成したら、すぐに届けますね。」

 

「それはありがたいわ。きっとあの子も喜ぶことでしょう。……それと、今日は貴女にちょっとした頼みがあるのよ。」

 

「はい、何でしょうか?」

 

お嬢様が懐から一枚の手紙を取り出す。胸がないと、ああいう場所に仕舞うのに苦労しなさそうだ。

 

「これをアルバス・ダンブルドアに渡して欲しいの。」

 

「ダンブルドア先生に、ですか? そのくらいなら勿論構いませんけど……。」

 

「普通に送ればいいじゃないか。別に問題ないだろう?」

 

従姉妹様の言う通りだ。普通にふくろうで送りつけてやればいいのに。まさかダンブルドアがふくろう恐怖症ということはあるまい。

 

「貴女が……というか、ホグワーツの生徒が渡すことに意味があるのよ。」

 

「えっと、渡すだけなんですよね?」

 

「ええ、普通に渡せばいいだけよ。」

 

どうもまた何かを企んでいるらしい。ゲームのことだろうか? まあ、あのゲームが終わってくれるなら、私としても喜ばしい限りだ。伝書ふくろうみたいな真似をさせられるのは、もううんざりなのだ。

 

「おいおい、アリスを妙なことに巻き込まないでくれよ?」

 

「心配性なのね、リーゼお母さん?」

 

「やめてくれ、レミィにそんな呼び方をされると鳥肌が立つよ。」

 

お嬢様と従姉妹様のやり取りを眺めつつ、テーブルの上にある食事に向き直る。そうだ、話などしている場合ではない。この量だとどうせ余ってしまうだろう、それなら私が食べたほうがきっと料理たちも幸せなのだ。

 

話を楽しむ面々を尻目に、紅美鈴はひたすら料理を口に運び続けるのだった。

 



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スラグ・クラブ

 

 

「んー……。」

 

ホグワーツの生活も二年生の春に突入し、新たに難易度を上げて襲い来る魔法薬学の宿題と、アリス・マーガトロイドは激戦を繰り広げていた。

 

パチュリーに貰った『より正確な』魔法薬学の参考書を持ってしても、私にはこの学問を克服することはできなかったのである。

 

大体、起こる物事に規則性がなさすぎるのだ。同じ材料が全く違う薬に使われたり、材料の刻み方ひとつで結果が変わるなど、私には到底理解できない。

 

……ダメだ、これ以上一人で悩んでいても解決しそうにない。パチュリー曰く、こういう時は図書館に頼るべきだ。

 

談話室の柔らかなソファに別れを告げて、図書館へと向かって歩き出す。ホグワーツの珍妙な廊下にももう慣れた。いつまでも動く階段に惑わされる私ではない。

 

図書館のドアを開け、空いている席がないかと見回すが、試験を控えた五年生や七年生で埋め尽くされている。閲覧机の間を縫いながら席を探していると……リドルだ。

 

いつもの取り巻きに囲まれつつ、リドルは何かを調べているようだ。魔法薬学の教師であるスラグホーン先生が、優秀な生徒を集めて作った『スラグ・クラブ』とやらに入ったリドルは、いつからか取り巻きを従えるようになった。

 

ちなみに私は誘われていない。魔法薬学の成績を見るに、当然のことだろう。

 

さすがにあの中に入っていく勇気はない。諦めて他を探そうとしたところで、こちらに気付いたリドルが話しかけてきた。

 

「ん? やあ、マーガトロイド。君も何か調べものかい?」

 

「ええ、こんにちは、リドル。えーっと……魔法薬学の宿題に手を焼いててね、本の助けを借りようと思って来たの。」

 

「それなら、僕が手助けできそうだ。こっちに座りなよ、これでも魔法薬学は得意なんだ。」

 

誘われてしまったのだから行くしかあるまい。こちらを見てくる取り巻き連中の間を晒し者の気分で通りながら、リドルの向かいに座る。ちなみに先に座っていた上級生らしき人は、リドルの合図で退かされている。側から見ていれば滑稽で面白いかもしれないが、自分のせいだと気まずいだけだ。

 

「ありがとう、リドル。えっと、ここなんだけど……。」

 

「……ああ、そこは確かに難しいね。ここは、先にスズヨモギの葉っぱを刻んで入れればいいんだよ。」

 

「そうなの? 後から入れろって書いてあるけど。」

 

「スラグホーン先生によれば、教科書のほうが間違ってるらしいんだ。僕も実際やってみたけど、上手くいったよ。」

 

だったら授業でそう言ってくれ。どうやらスラグホーン先生は、自分のクラブだけに秘密の指導をしているらしい。迷惑な話だ。

 

私の呆れ顔を見て取ったのか、リドルが慎重な口調で話しかけてくる。

 

「その、君もスラグ・クラブに入らないかい? 僕の推薦なら問題ないだろうし、君の学力はそれに値するものだ。スリザリン生ばかりと思うかもしれないけど、クラブには他の寮生もたくさんいるよ?」

 

「あー、ありがとう、リドル。でも……やっぱりやめておくわ。他の授業ならともかく、魔法薬学はやっぱり苦手だもの。」

 

スラグ・クラブに入ったとして、上手くいくビジョンは見えてこない。誘いはありがたいが、残念ながら私には向いていないのだ。

 

「そうか……それは残念だよ、本当に。」

 

本当に残念そうな顔をするリドルに、ちょっと罪悪感が湧いてくる。申し訳なさそうな私を見かねたのか、リドルが話題を変えてくれた。

 

「そういえば、ダンブルドア先生が君に興味を持っているように思えてならないんだが……何かあったのかい?」

 

「ああ、去年の冬に手紙を渡して以来、ずっと観察されてるみたいなのよね。まあ、理由は分からなくもないんだけど。」

 

「手紙? 誰かから頼まれたとか?」

 

リドルはどうやら興味を持ったようだ。別にスカーレットさんからだということは口止めされていない。グリンデルバルドの勢力下ならともかく、ホグワーツでなら話しても問題ないはずだ。無論、吸血鬼云々は抜きだが。

 

「スカーレットさんから手紙を渡して欲しいって頼まれたのよ。内容は勿論見てないんだけど、色々と聞かれちゃったわ。」

 

「スカーレット? レミリア・スカーレットかい? それは凄いな、知り合いだったとは思わなかったよ。」

 

「前に話した、私を引き取ってくれた方がお知り合いなの。それでちょっと頼まれちゃったってだけよ。」

 

「直接会ったってことだろう? 羨ましいよ、僕にとって話をしてみたい人の一人なんだ。」

 

リドルはスカーレットさんに憧れているクチなのだろうか? 私には『灰かぶり事件』のイメージが強すぎて……いや、凄い人だというのは分かっているが。

 

とはいえ、スカーレットさんについて根掘り葉掘り聞かれるのはあまり良くないはずだ。どこまでが話していいラインなのか分からない、さっさと話題を閉じよう。

 

「その、スカーレットさんのことはあまりおおっぴらには話せないのよ。ここだけの話にしておいて頂戴。」

 

「ああ、勿論だ。重要な人物のことだしね、約束するよ。しかし……君のお嬢様とやらにも会ってみたいな、きっと凄い人なんだろうね。」

 

「ええ、とっても凄い人よ。それに……とっても優しいし、綺麗だし。」

 

「まったくもって羨ましいよ。僕の住んでいる忌々しい孤児院とは雲泥の差だね。」

 

リドルの孤児院は当初の想像通り、あまりいい場所ではないらしい。去年のクリスマスはもちろん帰らなかったらしいし、夏休みの時もホグワーツに居られないかとディペット校長に必死で交渉していた。

 

自分の境遇と少し重なるからなのか、可哀想に思えてならない。……そうだ、せめて夏休みにちょっとだけでも招けないだろうか? リーゼ様に聞いてみようかな。もし大丈夫そうなら、テッサも招いてみようか。

 

「ねえ、リドル? まだ私の保護者に許可を取ったわけじゃないから、もしもの話なんだけど……よければ夏休みに遊びに来ない? もちろん、テッサも一緒に。」

 

「それは……それは、その、嬉しいよ。いや、そうなったら最高だよ。君のお嬢様が許してくれるのであれば、是非お邪魔させてもらいたいな。」

 

予想以上の喜びっぷりだ。リドルがこれだけ喜んでいるのは初めて見るかもしれない。

 

「それは良かったわ。それじゃあ、テッサにも伝えてこないとね。ああ、その前に屋敷に手紙を送らなきゃ。……もし許可が出なかったらごめんなさいね?」

 

「いや、提案だけでも嬉しかったよ。勿論、許可が出るのが一番だけどね。」

 

笑顔のリドルに別れを告げて、手紙を出すためフクロウ小屋へと向かって歩き出す。

 

そういえば、リドルの取り巻きたちは彼を誘ったりはしないのだろうか? 彼らであれば、夏休みの間ずっと家に置いてくれと言っても承諾しそうなのに。

 

リドルに別れを告げた時の、私を見る無感情な瞳の群れを思い出して、アリス・マーガトロイドはちょっとだけ背筋を震わせるのだった。

 

 

─────

 

 

「ちゃんと消えてるかい?」

 

本日何度目かの問いをパチュリーに投げかけつつも、アンネリーゼ・バートリは自分の背中を気にしていた。

 

「しつこいわね、消えてるわ。見事に背中も胸も真っ平らよ。」

 

一言余計なパチュリーを睨みつけながら、翼はきちんと隠せているらしいことに一安心する。これならアリスの友達とやらが来ても問題なさそうだ。

 

当のアリスはダイアゴン横丁でショッピング中だ。そこで待ち合わせて、少し買い物を楽しんだ後にこの屋敷に来る予定らしい。

 

「それで、そろそろ来るんだろう? えーっと……トム・リドルとテッサ・ヴェイユ、だったか?」

 

「ええ、そうよ。何度も何度も聞かないで頂戴。ボーイフレンドを連れてくるわけでもあるまいし、緊張しすぎよ。」

 

「ボーイフレンドだったら歓迎なんかしないだろうに。変なことを言うなよ、パチェ。現実になったらどうするつもりだ。」

 

「アリスは美人だから、このまま成長すればさぞモテるでしょうね。その時は相手を殺さないように我慢しなさいよ?」

 

アリスが誰かを連れてきて、これが私のボーイフレンドです、と言っている場面を想像する……ダメだ、我慢できそうな気がしない。

 

「それは無理だな。」

 

「貴女ねぇ……頑固な父親じゃあるまいし。アリスは人間なんだから、そういう日もいつかは来るのよ?」

 

「ぐむ……まあ、まだまだ先の話だ。あの子はまだ十三歳だぞ。」

 

「私たちにとっては、瞬く間でしょうに……。」

 

私たち、か。パチュリーもすっかり魔女としての考えに染まってきたようだ。……待てよ? アリスも本物の魔法使いへと誘ったらどうだろうか?

 

「貴女の考えが何となく読めるんだけど、決めるのはあの子よ? 提案はまあ……私もしようかと思ってたけど。」

 

「それは分かっているさ。あの子が人間としての一生を選ぶのであれば、それを尊重するつもりだ。だが……こちら側を選ぶのであれば、キミが導いてやりたまえよ? 『先輩』さん。」

 

「ま、あの子に自分の全てが懸けられるほどの願いがあればいいけどね。目指す場所がはっきりしてないと、魔女になんか至れないわ。」

 

自分を作り変えることをも辞さないほどの、強い願い。パチュリーにとっての『知識』であったそれを、アリスは見つけられるだろうか?

 

思考の海に沈んでいると、使用人の鳴らしたノックの音で浮上する。どうやらお客人御一行が到着したようだ。

 

パチュリーと共に応接室へと歩き出す。出不精なこの魔女がきちんと挨拶に向かおうとしているところを見るに、やっぱりパチュリーもアリスの友達が気になっていたらしい。人のことを言えないじゃないか。

 

応接室のドアは使用人に開けさせる。こういうのは第一印象が大事なのだ。そのことはレミリアが身を以て教えてくれた。

 

「ごきげんよう、アリスの友人たち。私がこの屋敷の主人、アンネリーゼ・バートリだ。」

 

アリスの友人を招くに当たって、最近は外に出られるのが余程嬉しいのか、頻繁に遊びに来るレミリアとも一応話し合ったが、まあ別に本名で挨拶して問題ないだろうという結論に達した。

 

一応向こうのキングであるダンブルドアとはあまり関わらないように気を付けているが、その生徒まで気にしていては何も出来ない。幾ら何でも自分の生徒に片っ端から開心術をかけたりはしないだろう。

 

私の挨拶を受けて、まずは黒髪で整った顔をしている少年が立ち上がって挨拶を返してくる。恐らくこいつがリドルだろう。

 

「こんにちは、バートリさん。トム・リドルと申します、訪問の許可を頂けたこと、本当に嬉しく思っています。」

 

セールスマンみたいなやつだな。まあ、この歳でここまで礼儀正しいのは珍しいかもしれない。リドルの挨拶が終わると、蜂蜜色の癖っ毛を波立たせながら、隣の少女が続いて挨拶をしてくる。こっちがヴェイユか。

 

「えっと、テッサ・ヴェイユです。お邪魔して……させてもらっています!」

 

こっちは敬語に慣れていない様子だ。見た目通りのわんぱく娘なのだろう、アリスの話からもそれは知っている。

 

「まあ、あまり畏まらないでくれ。アリスの友人であれば、私にとっても友人さ。それと、こっちの魔女はパチュリー・ノーレッジ。この屋敷の……あー、司書だ。」

 

「どうも、パチュリー・ノーレッジよ。今日はゆっくりしていって頂戴。」

 

さすがに居候と言うのはやめておいた。感謝しろよ、パチュリー。

 

使用人が淹れた紅茶を飲みながら、ホグワーツの生活について聞く。一応はホストなのだから、きちんと話題を回さねばなるまい。

 

「それで、ホグワーツでの生活はどうなんだい? 二年生も終わったことだし、もう慣れたんだろうが……来年からは教科が増えるらしいじゃないか。」

 

「はい、僕は数占いとルーン文字学を取ろうと思っています。」

 

「私はまだ決めてないなぁ。魔法生物飼育学には興味あるんだけど……他のは小難しそうで。」

 

「私はマグル学とルーン文字学にしました、リーゼ様。」

 

三者三様の答えが返ってくる。リドルは優等生タイプ、ヴェイユは……『典型的グリフィンドール生』のようだ。パチュリーがよく使っている言葉である。

 

「占い学以外から選ぶのは賢明な選択だわ。あの授業は取っても意味ないもの。」

 

「パチェ、何か嫌な思い出でもあるのかい? 本に潰されて死ぬって予言されたとか?」

 

「違うわよ、バカね。ただ……不明確なのよ、あの学問は。」

 

それはさぞお嫌いだったことだろう。不明確、パチュリーが大嫌いな単語だ。

 

「えーっと、ノーレッジさんは上級生……じゃあないですよね? もしかして、ホグワーツの卒業生ですか?」

 

ヴェイユが我慢できないとばかりに聞いてくる。確かにパチュリーは学生にも見える見た目だ。賢者の石を飲んだ頃から変化がないというか、ちょっと若返っている気さえする。

 

「パチュリーはダンブルドア先生と同期だったんだって。レイブンクローじゃ知る人ぞ知る伝説の寮生よ。何たって、ダンブルドア先生ですら首席を奪えなかったんだもの。」

 

アリスの自慢気な解説に二人が驚く。レイブンクローじゃそんなことになってたのか。卒業してからようやく尊敬されるというのも、なかなか可哀想な話だ。

 

「その見た目は……若返り薬ですか?」

 

「あんな不健康な薬より、もうちょっと高尚な物よ。まあ、魔女の秘密ってことにしておいて。」

 

パチュリーの言葉の後も、リドルの興味が薄れる様子はない。おいおい、その歳で不老に興味があるのか? 探究心の豊富なことだ。

 

とはいえ、もう聞ける雰囲気ではなくなった。未だ気になっているリドルを他所に、話題は学生時代のダンブルドアに移る。

 

「それじゃあ、やっぱりその頃から人望があったんだ……。やっぱりダンブルドア先生は違うなぁ。」

 

「いつも人に囲まれてはいたわね。快活な秀才、そんな感じだったわ。」

 

どうやらヴェイユはダンブルドアをよほど尊敬しているようだ。私はゴドリックの谷の事件以来見ていないが、アリスの家族の葬儀で話す機会があったパチュリー曰く、『老いたが、謙虚になった』らしい。

 

「快活な、ですか。今のダンブルドア先生からは想像ができませんね。今の先生は……何というか、落ち着いた雰囲気ですから。」

 

「同い年なのにキミとはえらい違いだね、パチェ。老成して落ち着きを手に入れたダンブルドアと、老いない代わりに皮肉屋になってしまったキミ。面白い比較だと思わないか?」

 

「皮肉屋云々はともかく、精神は見た目に左右されるものなのかもしれないわね。貴女を見ていてもそう思うわ。」

 

リドルの言葉を切っ掛けにパチュリーをからかうと……やはりリドルは不老の話に興味があるようだ。今度は矛先がこちらに向かってくる。

 

「あの、その言葉から察するに、バートリさんも見た目通りの年齢ではないのですか?」

 

「んふふ、まあ、その通りだよ。少なくとも、パチュリーやダンブルドアよりは歳上だね。……不老に興味があるのかい?」

 

「その、あります。人並みには。」

 

「ふぅん? まあ、魔法界じゃあ長生きなのは珍しくもないだろう? それと似たようなものさ。それに、詳しく知るには基礎知識がないとね。まずはホグワーツで勉学に励むといいよ。」

 

驚くべき早さでたどり着いたパチュリーでさえ、成人までかかったのだ。十三歳の少年に理解できるとは思えない。勿論理解できたとしても教えてやるつもりもないが。

 

「はい、分かりました。」

 

 

 

それからはとりとめのない話題を肴に、五人での談笑が続いた。それは夕食を終えて別れの挨拶をするまで続いたが、結局その間中リドルの瞳から不老への興味の色が消えることはなかった。

 



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破れぬ誓い

 

 

「今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ、ゲラート。」

 

リーゼがグリンデルバルドの話を遮りつつ、苛立ったような口調で言うのを、パチュリー・ノーレッジは黙って聞いていた。

 

ヌルメンガードのグリンデルバルドの自室。石造りの薄暗い部屋の中には、私、リーゼ、グリンデルバルド、ロワーさんの四人がいる……じゃなくて、三人と一匹がいる? いや、人間はグリンデルバルドだけだから……やめよう、これ以上は言語学者の仕事だ。

 

私がアホなことを考えている間にも、リーゼのイライラした声は続いている。リーゼのこういう声色は、あまり聞く機会がないから少し興味深い。

 

「やれレジスタンスの拠点がどうのだの、やれインドへの侵攻予定だの、そんな事はどうでもいいんだ。私が何を言いたいか分かるだろう?」

 

「それは……分かっている。しかし──」

 

「時期ではない、か? 聞き飽きたよ、その台詞は。私たちには人間よりも多くの時間がある。だからこそキミの戯言をこれまで聞き続けてきたんだ。だがゲラート、何事にも限度というものがあるんだよ。」

 

リーゼが椅子に座って足を組みながら、コツコツと地面に着いている片足を鳴らす音が部屋に響く。吸血鬼のお説教は怖いらしい。

 

「イギリスの重要性は承知している。だからこそ準備に時間をかけているんだ。」

 

「それで? 後何年かけるつもりだ? このまま行けば、キミが死ぬほうが早いだろうさ。……そんなにダンブルドアが怖いのかい?」

 

「黙れ、吸血鬼。」

 

「黙らないさ。ヨーロッパで暴虐の限りを尽くす史上最悪の魔法使いさんは、どうやら学校の教師が怖いらしいからね。……どうしたんだい? 震えているじゃないか、お強いダンブルドアの事でも考えているのかな?」

 

「黙れと言った!」

 

グリンデルバルドは怒りで震えている。リーゼの煽りのセンスはともかく、彼ももう少しポーカーフェイスを磨くべきだろうに。

 

杖を抜きそうなグリンデルバルドに対して、座ったままのリーゼはなおも言い募る。

 

「ゲラート、有耶無耶にされるのはもう御免だ。キミはダンブルドアに勝てないと本気で思っているのかい? これほどの影響力を手に入れ、優秀な部下たちに囲まれているのにも関わらず、まだなお彼には届かないと?」

 

冷静な声色に戻ったリーゼに覗き込まれたグリンデルバルドの顔が歪む。何かを噛みしめているような顔だ。

 

「ああ……ああ、そうさ! 俺は怖い! 笑わば笑え! だが……だが俺はあの男にだけは、アルバスにだけは勝てる気がしないんだ。理屈じゃない、それでもそう思ってしまうんだ。」

 

絞り出すような声だった。この男のこんな声を誰が想像するだろうか? 少なくとも今だけは、目の前の男がヨーロッパを恐怖で支配するような人間だとは、誰からも思われないはずだ。

 

グリンデルバルドは言い切るとよろよろと椅子に倒れこむ。自嘲しているような、何かを諦めているような表情だ。

 

「……兵隊どもを使おうとは思わないのか? ダンブルドアがいくら強力な魔法使いとはいえ、今のキミなら方法はいくらでもあるはずだ。」

 

リーゼの声に、グリンデルバルドは伏せていた目を上げる。リーゼの目を真っ直ぐに見つめながら、彼はゆっくりと語りだした。

 

「それは出来ない。……出来ないんだ、吸血鬼。たとえ負けると分かっていても、俺とアルバスは直接闘わねばならないんだ。そうでなければ納得できない。お前にも居ないか? 雌雄を決するのであれば、余人を挟むことは出来ないという相手が。俺にとっては……それがアルバスなんだ。」

 

言葉を受け止めたリーゼの目が少しだけ開かれる。何となく分かる、きっと銀髪の吸血鬼のことを考えているのだろう。もしあの吸血鬼と闘うことになったとしたら、リーゼもきっと私の手出しを許すまい。最後は自分たちだけで決着を付けるはずだ。

 

「そうか……そうだね、私にもそういう相手は居る。」

 

言うとリーゼは懐から一通の手紙を取り出して、それをグリンデルバルドの目の前に置く。

 

「これは?」

 

「読んでみたまえ。キミの運命が書かれているから。」

 

訝しみながらもグリンデルバルドが手紙の封を切って、読み始める。一瞬目を通すだけでいいはずだ。何せあの手紙にはたった一文しか記されていないのだから。

 

「1945年の夏? これは一体何のつもりだ、吸血鬼。」

 

「言っただろう、運命だよ。キミと、ダンブルドアとの。」

 

「予言者にでもなったつもりか? まさかこの日に俺たちが闘うとでも?」

 

「残念ながら、予言というほど大仰なものじゃないよ。ただ……この手紙の主は運命を読めないことがあっても、読み違えることはないんだ。」

 

「それで? 俺がそれを信じるとでも思ったのか?」

 

まあ、そりゃそうだ。いきなりそんなことを言われても、はい分かりましたと信じるヤツはいないだろう。

 

「信じないだろうね。だからこそ、今日はこの魔女を連れてきたのさ。」

 

やれやれ、ようやく出番か。久し振りに杖を取り出して、グリンデルバルドとリーゼの間に立つ。

 

「私が結び手をやるわ。」

 

「何を……正気か? 破れぬ誓いを結べと?」

 

私の言葉にグリンデルバルドが目を剥いてこちらを見てくる。提案者に聞けとリーゼの方を目で示すと、問いかける前に説明を始めてくれた。

 

「安心してくれ、別に正確な誓いを結ぼうというわけではないよ。ただ、そうだね……もし機会が来たなら、闘ってくれればいい。私にとってはそれで充分なのさ。何故なら、そうなる運命だからだ。」

 

グリンデルバルドは理解できないという顔をしていたが、やがて諦めたようにため息を吐きながら、自分の手をリーゼの方へと伸ばした。

 

「正直言って欠片も信じてはいないが、それでお前の気が済むなら結ぼうじゃないか。……本当に『機会があれば』でいいんだな?」

 

「文言はキミに任せるよ。何もしなくてもその時はやって来るんだ、この誓いはキミの心の準備のためにするのさ。破れぬ誓いを結んでおけば、幾ら信じていないとしても……少しは準備をしておこうと思うだろう?」

 

からかうように言いながら、リーゼが伸ばされたグリンデルバルドの腕を握る。グリンデルバルドが応えるようにリーゼの腕を握ったのを見て、杖をそっとグリンデルバルドの手の上に乗せた。実はちょっと楽しみなのだ。なんたって、この呪文を使うのは初めてなのだから。

 

二人の腕に光の鎖が絡み合ったのを確認して、グリンデルバルドに誓いの確認をする。

 

「それじゃあ、ゲラート・グリンデルバルド。貴方は来たる1945年の夏に、もしもアルバス・ダンブルドアと闘う機会が来たと貴方自身の心が認めたのならば、ダンブルドアに勝利するために全力で闘うことを誓うかしら?」

 

「誓おう。」

 

グリンデルバルドがそう言った瞬間、絡み合っていた鎖が炎を纏ったように赤く光りながら消えていった。

 

「んふふ、これでキミは誓いを破れば死ぬことになったわけだ。」

 

「破れぬ誓いに反すれば、結んだ二人ともが死ぬはずだ。」

 

「ゲラート、こんなちゃちな契約で私が死ぬと思わないで欲しいな。私の種族名を思い出してみるといいよ。」

 

イタズラが成功したように、楽しそうに声を弾ませながらリーゼが言う。そんな事だろうと思ってた。大体、私でもどうにかなる契約なのだ、こんなもんでリーゼを殺せるわけがない。

 

「ふん、まあいい、何れにせよ破るつもりはない。あと四年半か……心には留めておこう。」

 

「ああ、楽しみにしておくといいよ、ゲラート。この長い……長かった戦いのフィナーレなんだ、楽しまなきゃ損だというものさ。」

 

肩の荷が下りたような表情で二人が話している。リーゼはともかくとして、グリンデルバルドも何だかんだでスッキリしたらしい。吸血鬼のカウンセリングか……まったく、冗談にもならない。

 

何度目かになる下らない思い付きに蓋をしつつも、パチュリー・ノーレッジは早く帰りたいなぁ、と心の中でため息を吐くのだった。

 

 

─────

 

 

「マーガトロイド先輩!」

 

またか、と心の中でため息を吐きつつ、アリス・マーガトロイドはゆっくりと声の主に振り向いた。

 

「こんにちは、ハグリッド。……また宿題で分からないところがあったの?」

 

「はい、マーガトロイド先輩。そのぅ……魔法薬学でさっぱり分からねえとこがありまして。」

 

この見上げるほどの巨大な一年生と初めて会ったのは、三年生が始まってすぐの学校の図書館でのことだった。大きな身体を窮屈そうに閲覧机の椅子に収めながら、困ったようにしている彼に、何となく声をかけてしまったのだ。

 

それ以来、事あるごとに宿題の手伝いを頼まれるようになってしまったというわけだ。どうもこのルビウス・ハグリッドという後輩は、グリフィンドール寮にあまり馴染めていないらしい。本人は原因が自身の生い立ちにあると思っているようだが、私は安全とは言い難い魔法生物をやたらと談話室に持ち込むからだと睨んでいる。

 

「自分ではきちんと調べたんでしょうね? それでも分からなかったのなら、手伝ってあげるわ。」

 

「へぇ、一応調べはしたんですが……どうにもさっぱりで。」

 

「それじゃあ、図書館にでも行きましょう。……まさかまた、二フラーをポケットに入れてないでしょうね?」

 

「今日は入れてねえです、マーガトロイド先輩。あいつはこの前怒られて以来、図書館を怖がるようになっちまって……可哀想に。」

 

私はさっぱり可哀想とは思わないが。何せこの前ハグリッドがポケットに潜ませていた時は、あのカモノハシもどきが図書館にある本の留め金を集めまくったせいで、私まで司書さんに怒られたのだ。パチュリーの図書館だったら間違いなく殺されている。

 

「ねえ、魔法生物とはもう少し距離を置いたほうがいいんじゃないかしら? グリフィンドールの人たちは、貴方の『お友達』が点数を減らすから怒っているんだと思うわよ。」

 

図書館へと歩きながらハグリッドに伝えると、彼が信じられないという瞳でこちらを見てくる。

 

「そんなことはできねぇです、マーガトロイド先輩! あいつらは……あいつらはまだ小せえんだ、放っておいたら死んじまいます。」

 

ハグリッドにとっての『小さな赤ちゃんたち』がやってきた悪事を思い返すに、どう考えても禁じられた森の中で放っておくべきだと思うのだが……まあ、私の寮はレイブンクローだ。そのことにそれほど関心はない。

 

と、前方から関心がありそうな人が歩いて来た。グリフィンドールの数少ない私の友人、テッサ・ヴェイユだ。

 

「アリス、こんにちは! それに……ルビウス、また騒ぎを起こしてないでしょうね?」

 

「起こしてねえです、ヴェイユ先輩! おれは、ただマーガトロイド先輩に宿題を教わろうと思っちょるところです。」

 

「こんにちは、テッサ。ハグリッドは無実よ、少なくとも今日はまだ、ね。」

 

テッサはハグリッドの世話を焼く、数少ないグリフィンドール生の一人だ。残念ながら、その努力は未だ実ってはいないらしいが。

 

「あのねえ、ルビウス。アリスだって暇じゃないんだよ? 三年生は課題が増えて大変なんだし、それでなくてもアリスは他にもやらなきゃいけないことがあるの。ほら、宿題なら私が教えてあげるから。」

 

「それは、申し訳ねえとは思っちょりますけど。でも、ヴェイユ先輩はすぐ怒鳴るんで、その……教わりにくいって言うか、何と言うか。」

 

「ちょっとルビウス! どういう意味よ!」

 

確かにテッサは教師役には向かなそうだ。どうして分かんないのよ! なんて怒鳴ってる姿が目に浮かぶ。

 

だがテッサの言う通り、他にやらなければならないことがあるのも事実だ。実はパチュリーからちょっとした課題を出されているのである。

 

曰く、人生を懸けられるほどの目標を見つけなさい、とのことだ。あまりに抽象的で壮大すぎる宿題だが、このことを話すパチュリーの顔は真剣なものだった。どうも将来の進路という意味ではなく、もっと根源的な望みを見つけろということらしい。

 

真っ先に頭に浮かぶのは人形のことだ。どんなに忙しくても日課の人形作りをサボったことはないし、それを苦に思ったこともない。

 

となると……完璧な人形を作ること? うーむ、そもそも何を以って完璧とするのか、それが決まらなければ考えようがない。

 

いつもそこで躓くのだ。『完璧な人形』とは何だろうか? 私は人形に何を望んでいるのだろうか? 何度も考えた疑問がぐるぐると頭を回る。

 

「……アリス! ちょっと、聞いてるの? アリスったら!」

 

「へ? ああ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたの。」

 

「それならなおのこと図書館に急ごうよ。私もルビウスの宿題を手伝うことになったから、アリスはゆっくり考え事してていいよ!」

 

いつの間にかテッサが一行に加わったようだ。三人で図書館へと歩きながら、ふとテッサとハグリッドに件の疑問を問いかけてみる。他人の意見を聞いてみるのも大事かもしれない。

 

「ねぇ……『完璧な人形』って何だと思う?」

 

「どしたのよ、急に。さっき悩んでたのはそのこと?」

 

「ええ、そうなのよ。何て言うか……ずっと答えが出ないの。」

 

私の問いかけにテッサとハグリッドが考え込む。二人とも、私の趣味が人形作りなのは知っているはずだ。その辺から生まれた疑問だと分かってくれたらしい。

 

「うーん……単純に造形の問題じゃあないんだよね? 何だっけあれ、黄金比? とか、そういうのじゃなくて?」

 

「そうね、それも一つの答えなんでしょうけど、私が知りたいのはもうちょっと……概念的な意味での完璧さかしら。」

 

「概念的ねえ? うーん、難しいなぁ。頭のいいアリスが悩むのも分かるよ。」

 

やっぱりそう簡単に答えは見つからないか、とガックリしていると、悩んでいたハグリッドが徐に口を開いた。

 

「そのぅ……おれには難しいことは分からねえですけど、友達になれるような人形が作れるなら、そりゃあ凄えことだと思います。一緒に遊んだり、勉強したりとか……たまに喧嘩するのも悪くねえ。」

 

それは……それは人形とは言えるのだろうか? そこまでの存在となると、最早それは──

 

「ちょっとルビウス、それじゃあ人間と変わらないじゃないの。アリスが悩んでるのは人形の話なの!」

 

そうだ、それはもう人間と同じだ。感情を持ち、自分で考え、自分で行動する、自律的な……自律的な?

 

それは……それは素晴らしい人形なのではないか? 可能不可能は置いておくとして、そんな人形が目の前にあれば、少なくとも私は狂喜乱舞するだろう。今日あったことを話したり、辛い時には慰めてくれる存在。ポケットの中の小さな友人。

 

足りなかったピースが嵌ったような感覚がする。そわそわと心が浮き立つのを感じながら、こうしちゃいられないと二人に声をかける。

 

「ハグリッド、貴方は天才だわ。ごめんなさい、二人とも。急用ができちゃったの、宿題は二人で片付けて頂戴。」

 

「へ? そりゃあ、ありがとうごぜえます。そんなこと言われたのは初めてです。」

 

「ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよアリス! どこ行くの?」

 

二人の声に背を向けて、フクロウ小屋へと走り出す。先ずはパチュリーとリーゼ様に相談しなければなるまい。

 

ホグワーツの廊下を駆け抜けながら、アリス・マーガトロイドは久方ぶりに自分の心が沸き立つのを感じていた。

 



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マッチポンプ

 

 

「会うのは初めてね。ようやく顔が見れて嬉しいわ、アルバス・ダンブルドア。」

 

ホグワーツの教職員塔にあるダンブルドアの私室の中で、レミリア・スカーレットは優雅に一礼していた。

 

「ええ、その通りですな。そして……先にお詫びを申し上げておきます。長年貴女の期待に応えられず、本当に申し訳なかった。」

 

どうやら詫びる気持ちはあるようだが、結果が伴わなければ意味がないのだ。そのことを態度で示すべく、声色を変えて話し出す。

 

「へぇ……私は手紙が届いていないのかと心配だったのだけれど、どうやらふくろうたちは職務を全うしていたらしいわね。」

 

「無論、貴女の手紙の内容については熟考を重ねました。しかし……私にその役目が相応しいとは思えなかったのです。」

 

「本心で話して欲しいわね、ダンブルドア。今日は詫びを聞きに来たわけではないのよ? ……とりあえず、座っても構わないかしら?」

 

「おお、これはとんだ失礼を……どうぞ、お座りください。」

 

応接用と思われるソファに身体を預けながら、そういえばこの男が私の容姿に驚いていないことを思い出す。まあ、こいつも並みの魔法使いではないのだ、そうそう驚いたりはしないか。

 

ダンブルドアが杖をひと振りすると、目の前にティーカップいっぱいの紅茶が現れる。カップといい、部屋の内装といい、どうやらこの男は独特のセンスを持っているようだ。……悪い意味で。

 

口を付けてみると案外美味しかった紅茶をソーサーに置き、ここに来た用件を話すべく口火を切る。

 

「さて、先ほども言った通り、今日は貴方の本心を聞きに来たの。もう……二、三年前になるのかしら? アリス・マーガトロイドに持たせたあの手紙、その返事を聞きに来たというわけよ。」

 

手紙の話題を出すと、ダンブルドアの顔が戸惑いの感情を表す。しかし、しわくちゃになったもんだ。人間というのはすぐ見た目が変わるので、覚えておくのに苦労する。

 

「あの手紙……俄かには信じられない内容でしたが、何か根拠がお有りなのですかな?」

 

手紙の内容から定型分を抜いて要約すると、貴方が戦わないと生徒やその両親がたくさん死にますよ、という内容だったはずだ。いや、実際の手紙は勿論もっとお堅い表現なわけだが。

 

「1945年の夏、その日に貴方は自分の運命と闘うことになるわ。貴方が信じようと、信じまいとね。」

 

「それは……何というか、予言のようなものですか?」

 

「あんな胡散臭いものと一緒にしないで欲しいのだけれど……まあ、似たようなものだと思ってくれればいいわ。」

 

完全に疑っているダンブルドアに、ゆったりとしたリズムで話を続ける。自分の能力ながら、説明が難しい。

 

「つまり、グリンデルバルドが遠くない未来にイギリスへ攻め込んでくるのは分かっているでしょう? そして、貴方抜きで戦った場合に多くの犠牲者が出てしまうことも。」

 

「それは、そうかも知れませんが……。しかし、私がいたところで事態が大きく変わるとは──」

 

「いいえ、変わるわ。貴方にとってグリンデルバルドが特別なように、グリンデルバルドにとっても貴方だけは特別なのよ。……分かるでしょう? ダンブルドア。」

 

ダンブルドアの年老いた顔が歪む。彼には理解できているはずだ、でなければああいう結果にはならないのだから。

 

「貴方がグリンデルバルドと闘うことを選べば、彼はきっと一対一で勝負を決めると思わない?」

 

「貴女はそう思っていると、そういうわけですかな?」

 

「違うわ、私が知っているのは結果よ。何を思ってそう決めたのか、どうしてそうなったのかは分からない。ただ……貴方と彼がその日に闘うと知っている、それだけよ。」

 

「禅問答のようですな。」

 

今や彼の顔からは疑いの色が薄れ、諦観の色を帯びてきた。しばらく考え込んでいたダンブルドアが、徐に顔を上げる。

 

「話の筋は理解できました。確かに、彼がイギリスに攻め込んでくるのであれば、犠牲を減らすために私は決闘という手段を選ぶかもしれない。しかし……彼はこれまで海峡を渡ろうとは決してしなかった。それなのに、それがなぜ1945年に起こると分かったのですか?」

 

「ここが一番の不思議な部分でね、確かに私がグリンデルバルドに対して、その日に闘いが起きるように小細工をしたのは認めるわ。でも、そもそもそれは運命を知っていたから行ったことなのよ。」

 

そこで一度話を切って、ダンブルドアのブルーの瞳を覗き込みながら続きを話す。

 

「……どう? 不思議でしょう? 闘いが起きると知っていたからそれを起こそうと行動して、その結果闘いが起きるということよ。鶏か卵か……貴方も興味深いと思わない?」

 

「もしも貴女が小細工とやらをしなかったのであれば、闘いは起きないのでは?」

 

「もしも、なんて話はないのよ、ダンブルドア。結果を知っていて、結果そうなる。それだけの話よ。」

 

一度紅茶で喉を湿らせながら一息つく。時計の針は戻らない……こともないが、まあ結果が確定したのは事実だ。

 

「さて、本題に入るとしましょう。闘うからには、勝ってもらわなければ困るのよ。今日私が聞きたいのは、貴方がグリンデルバルドに勝てないと思っているのは本心からのことなのかということよ。」

 

「それは……。」

 

押し黙るダンブルドアに質問を重ねる。リーゼにも話したが、どちらが勝利するかまでは読めなかった。ここまで頑張ってきたのだ、勝利の可能性を少しでも上げるためにも、迷いがあるなら払ってやらねばならない。

 

「それとも、アリアナ・ダンブルドアのことが関係しているのかしら?」

 

「……何故そのことを?」

 

「見くびらないで欲しいわね。これまで誰がグリンデルバルドと戦ってきたと思っているの? 彼のやったことについて詳しいのは当たり前でしょう? 当然、ゴドリックの谷での事件についても知っているわ。」

 

「なるほど、道理ですな。」

 

「話してもらうわよ、ダンブルドア。貴方の代わりに戦い続けた私こそが、この世界で最もその話を聞く権利を持っているのだから。」

 

私がそう言うとダンブルドアは瞑目し、懺悔するかのように話し始めた。

 

「そうですな……その通りだ、貴女にはその権利がある。私は……私は怖いのですよ。グリンデルバルドが怖いのではない、あの日の真実を知るのが怖いのです。」

 

言いながら、ダンブルドアが窓際の机の上へと視線を向ける。視線を辿ってみれば……写真立ての中で、アリアナ・ダンブルドアが悲しげに微笑んでいた。

 

「あの日、私には誰の呪文の所為で妹が死んだのか分からなかった。弟のアバーフォースにも分からなかったと聞いています。だが彼は……ゲラートはもしかして知っているのではないか、そしてそれは私なのではないか、そんな考えが頭から離れてくれないのです。」

 

「つまり、貴方は妹を殺したのが自分かもしれないと思い悩み、それを指摘されるのが怖くて闘いを避けていたと、そういうこと?」

 

「随分と女々しい理由だと思いますかな?」

 

「思うわね。何故なら貴方は、アリアナ・ダンブルドアを殺してはいないのだから。」

 

驚きに目を見開くダンブルドアに、持って来ていた一枚の書類を差し出す。

 

「あの事件の後、貴方たちは魔法事故惨事部の魔法使いに杖を一度預けたでしょう? 彼らは調査のために、直前呪文を使って杖を調べたのよ。その結果がここに書かれているわ。」

 

ダンブルドアは震える手で書類を取り、恐る恐るそれに目を通している。やがて放心したようにその長身を椅子に預けると、たった一言だけを呟いた。

 

「プロテゴ。」

 

「その通り、貴方の杖から最後に発せられた呪文は守りの呪文だったのよ。アバーフォースは癒しの呪文を妹に使いまくっていたし、グリンデルバルドの杖は調べられなかったから、結局犯人が誰かは分からないのだけど……。貴方が呪文を放ったのは、咄嗟に妹に向けたものが最後だったと証言したらしいじゃない。それなら、少なくとも貴方は妹を守ろうとしたということよ。」

 

ダンブルドアの瞳から一滴の涙が流れる。長年の肩の荷が下りたのだろう、しばらくはそれを拭うことも忘れて、ただ虚空を見つめていた。

 

しばらくすると彼はハンカチで涙を拭って、アリアナの写真をチラリと見てからこちらに向き直った。

 

「スカーレット女史、私は貴女に大きな借りができてしまったようですな。この事を伝えてくれたこと、本当に、本当に感謝しております。」

 

「そうね、それならこれまで代わりに戦っていたことも含めて、1945年の夏に返しなさい。私にここまでやらせたのだから、負けることは許さないわよ。」

 

「もはや迷いはありません。その日がきたら、死力を尽くしてゲラートを打ち倒すと約束しましょう。」

 

よし、それでこそここまで来た甲斐があったというものだ。これでようやく、長かったゲームも終わりを迎えられる。

 

「結構、素晴らしいわ! それじゃあ、私は失礼させてもらうわよ。」

 

ソファを飛び降りて、ドアの前で一度だけ振り返った。視界に映るダンブルドアは、部屋に入ってきた時よりも一回り大きく見える。

 

「備えなさい、ダンブルドア。杖を磨き、呪文を鍛えるのよ。貴方の敗北はイギリスの敗北であることを自覚なさい。」

 

「必ず勝ってみせましょう。」

 

短い返事に背を向けて、ホグワーツの廊下を歩き出す。勇者の迷いを払って道を示すだなんて、今日の私はカリスマに溢れているのではないだろうか?

 

 

 

しかしレミリア・スカーレットは知らなかった。この後帰り道が分からなくなり、無礼なポルターガイストにからかわれることを。

 

 

─────

 

 

「だめ、全然分かんないよ。」

 

ムーンホールドの図書館で、アリス・マーガトロイドは机に突っ伏しながら白旗を上げていた。

 

私が去年決めたテーマは、パチュリーをして『めちゃくちゃ難しい』と言わせるほどのものだったらしい。

 

『完全自律人形』

 

ハグリッドの言葉で思い付いた時は、絶対に作ってやると奮い立ったものだ。しかし今となっては、自分がどれだけ無謀なことを考えていたのかがよく理解できてしまう。

 

目の前に堆く積まれた本には、自意識を扱った魔法哲学の本から、動く絵画の作り方まで手広く揃っている。だが、その全てに同じ答えが書かれているのだ。

 

曰く、完全にゼロの状態から自律する意識を作り出すのは不可能である、らしい。

 

一応、似たようなことは出来るようだ。例えば、ある人形を作ったとして、その生い立ちから死ぬまでのある程度詳細な人生をインプットすれば、それに沿った形での受け答えを自動でする人形が出来上がるらしい。

 

しかし、それでは手の込んだ人形劇をやっているのと変わらない。私が作りたいのは、所有者とともに成長できるような人形だ。

 

目の前の本を睨みつけながら思考に耽っていると、小悪魔さんがそっと紅茶を差し出してくれた。

 

「どうぞ、アリスちゃん。あんまり考え込んじゃうと、変な方向に向かって行っちゃうものですよ? 一息ついてください。」

 

「ありがと、小悪魔さん。……そうね、ちょっと休憩しようかな。」

 

気を遣わせてしまったようだ。確かに少しリフレッシュしたほうが良いのかもしれない。一緒に出されたクッキーをかじってみると、糖分が頭に染み渡っていく気がする。

 

「やっぱり魔導書に手を出すべきなのかなぁ。」

 

「んー、危険なのは分かりますけど……そうですね、パチュリーさまもアリスちゃんくらいの頃に読み始めたらしいですし、いけるんじゃないですか?」

 

さすがに私の目標への道筋が、その辺にある本には載っていないというのはもう理解している。そろそろ手を出すべきだとは分かっているのだが……。

 

「リーゼ様が許してくれない以上、どうにもならないよ。」

 

アリスにはまだ早い、と言われてしまってはどうしようもない。ちなみににそれを聞いたパチュリーは、私の時は洗脳してまで読ませようとしたくせに、と憤慨していた。リーゼ様のことは尊敬してるが、それはちょっと擁護できない所業だ。

 

「過保護なのよ、リーゼは。」

 

声に振り向くと、パチュリーがふよふよ浮きながら近づいて来ていた。最近のパチュリーは図書館の中を歩くことすらやめている。いくら不老不変だとしても、さすがに健康に悪いんじゃないだろうか。

 

「まあ、パチュリーさまも似たようなもんですけどね。」

 

「こあ、お仕置きされたいのかしら?」

 

「そんなぁ、言論弾圧反対です! 悪魔の人権を守れ!」

 

「悪魔に人権があるわけがないでしょうに。」

 

二人の漫才じみたやり取りを眺めながら、やっぱり過保護なのかなと考える。うーむ、ちょっとだけ迷惑かもしれないけど、やっぱり嬉しさが勝る。

 

「ま、リーゼの過保護問題に関しては、これで解決できるわ。」

 

いつの間にか漫才を終えたパチュリーが、机の上に分厚い本を置く。普通の本にしか見えないが……。

 

「尋常じゃない数のプロテクトをかけた魔導書よ。そうね……補助輪付き魔導書といったところかしら。これだったら、レタス食い虫の飼育よりも安全なはずよ。」

 

「ほらー、そんなのを作るなんて、やっぱりパチュリーさまもリーゼ様のことをとやかく言えないじゃないですか。」

 

「黙らないと口を縫い合わすわよ、こあ。」

 

二人の声を聞きながら、目の前の本をそっと触ってみる。こんな物を作るだなんて、大変だっただろうに。宙に浮かぶ先輩魔女の顔を見ながら、感謝の気持ちを込めてお礼を言う。

 

「ありがとう、パチュリー。とっても嬉しいわ。」

 

「べ、別に大した手間じゃなかったしね。研究の片手間に作っただけよ。」

 

赤く頬を染めるパチュリーに微笑みながら、早速リーゼ様に見せてこようと立ち上がる。

 

「リーゼ様に見せてくるね!」

 

二人のいる図書館を後にして、胸に魔導書を抱きしめながらリーゼ様の執務室へと走り出す。

 

リーゼ様も、パチュリーも、小悪魔さんも、私のことを心配しながら手を貸してくれている。報いるためにも頑張って自律人形を完成させなければなるまい。

 

決意を新たにしながら、アリス・マーガトロイドはムーンホールドの廊下を走るのだった。

 



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赤ちゃん蜘蛛

 

 

「ハ、ハグリッド? それはさすがに……マズいんじゃないかしら?」

 

ホグワーツの生活も五年目に突入したばかりの秋、試験に向けて心機一転して頑張ろうと張り切っていたアリス・マーガトロイドは、ハグリッドが胸に抱く巨大な蜘蛛を前に、早くも今年の学生生活に障害が現れたことを悟っていた。

 

テッサと一緒に昼食を取ろうと大広間に向かう途中、ハグリッドに声をかけられた時点でちょっと嫌な予感はしていたのだ。

 

森の近くまで連れてこられてみれば、木箱に入った巨大な蜘蛛にこんにちはというわけだ。

 

「こいつは生まれたばっかりの赤ちゃんなんです、マーガトロイド先輩。おれは、その……放っておくことはできねえもんで、それで……。」

 

「それで、学校に連れて来ちゃったってわけ? ルビウス、あんた退学願望でもあるの?」

 

さすがにテッサの言葉に同意せざるを得ない。アクロマンチュラという種類であるこの赤ん坊サイズの蜘蛛は、成長すれば馬車馬ほどのサイズまで大きくなるらしい。おまけにその牙には猛毒があり、パチュリーの薬品棚の分類によれば、『間違いなく死んじゃう毒』の棚にカテゴライズされている。

 

「でも、家に置いてくるわけにもいかなかったんです。おれが居ないとキィキィ寂しそうに泣いちょって、それが可哀想で……。」

 

確かにキィキィ鳴いてはいるが、どう見ても威嚇しているようにしか見えない。なんたって、頬擦りするハグリッドの顔を、腕の先に付いている鋏で挟みつけているのだから。このサイズでも人間の耳くらいならちょん切れそうだ。

 

「ねえ、ハグリッド? 現実的に考えて、それ……その子を寮で飼うのは無理でしょう? 他の寮生のペットを食べちゃうだろうし、下手すれば飼い主も食べられちゃうわ。」

 

「アリスの言う通りだよ、ルビウス。少なくとも私は……そんなのがウロウロしてる談話室で、お喋りを楽しむ気分にはならないかな。」

 

私たちの説得に対して、ハグリッドはギュッとアクロマンチュラを抱きしめながら首を振る。しかし、巨大なハグリッドが巨大な蜘蛛を抱きしめている光景は中々に現実離れしている。夢に出そうだ。

 

「地下牢の空いてる部屋で飼うつもりなんです、それならみんなにも迷惑をかけねえで済む。お二人に頼みてえことは、その部屋にちょこちょこっと呪文をかけて欲しいってことでして。ほら、急に人が入って来たら、アラゴグが驚いちまうでしょう?」

 

「驚くのは人間の方だと思うけどね。」

 

なんでそんなことが分からないんだと言わんばかりのテッサを横目に、それくらいなら構わないかと結論を出す。この蜘蛛を地下牢に閉じ込めておくのは、ホグワーツのためにもなるだろう。幾ら何でもグリフィンドール寮に放り込むよりはマシなはずだ。

 

「まあ、それくらいなら協力させてもらうわ。……ただし、絶対に世話は手伝わないからね。」

 

「そいつはありがてえことです。ほれ、アラゴグ、おまえもありがとうしなさい。」

 

こちらに差し出されたアクロマンチュラは、八本の腕を振り回しつつギューギュー鳴いている。かなり好意的に解釈しても、お前をバラバラにして食ってやる、という感じだ。

 

「まあ、アリスがいいんなら構わないけどさ……。じゃあ、さっさと行こうよ! 今なら昼食時だから生徒も少ないだろうしね。」

 

テッサの言葉を合図に、三人で地下牢に向かって歩きだす。アクロマンチュラはハグリッドがローブの下に隠しているのだが、中から布を引き裂く音が聞こえている。急がないとハグリッドのローブがボロ切れになってしまいそうだ。

 

地下通路にたどり着き、見つからないように慎重に歩いていたのだが……マズい、前からスリザリン生の集団だ。トラブルの臭いを感じつつハグリッドの前に出るが……どうやら大丈夫そうだ。先頭を歩いているのは、見慣れた顔の友人だった。

 

「ごきげんよう、リドル。」

 

「やっほー、リドル。」

 

「やあ、マーガトロイド、ヴェイユ。こんな場所で会うとは奇遇だね。」

 

リドルは今や最優秀の名をほしいままにしている、ホグワーツ期待の秀才だ。取り巻きの数も随分と増えている。

 

「ちょーっとした用事があってね。そっちはこれから昼食?」

 

「ああ、宿題を見せ合っていたら遅くなってしまってね。しかし、用事? こんな場所にかい?」

 

「えーっと、ほら、魔法薬学の……あー、あれだよ!」

 

テッサに嘘を吐く才能は皆無らしい。別にリドルなら知られても問題ないとは思うが、ハグリッドが不安そうな顔で見ている以上、適当に誤魔化す必要がありそうだ。

 

「大したことない用事よ。それより……リドル、貴方ひどい顔色よ? 具合が悪いなら医務室へ行くべきだわ。」

 

話題を変えようと思って咄嗟に出てきた一言だが、リドルの顔色が悪いのは本当だ。よく見れば……化粧で誤魔化している? かなりのクマがあるのだろう、強引にそれを消しているのが分かる。

 

「ああ、少し……寝不足なだけだよ。医務室に行くほどじゃないんだ、心配かけて悪かったね。」

 

自分の顔色を隠すように俯いたリドルは、そのまま大広間へと向かうことにしたようだ。チラリとハグリッドのことを見た後、私とテッサに声をかけてきた。

 

「……それじゃあ、もう行くよ。もしスリザリン生に誰何されたら、僕の名前を出してくれ。それでどうにかなるはずだから。」

 

「そりゃ凄いね。有効に使わせてもらうとするよ。」

 

「またね、リドル。体調に気をつけて頂戴。」

 

手を振りながら遠ざかるリドルと、それに付き従う取り巻きのたちを見送る。顔色が悪かったのが少し心配だが……後にしよう。今は火急の問題があることを思い出して、三人で地下牢の奥へと急ぐ。

 

立ち並ぶ空き部屋の中から、一番目立たない部屋を選ぶ。ホグワーツには使われていない部屋が腐るほどあるのだ。地下牢の奥まった場所には、その類の部屋が大量に隠されている。もしかすると、文字通りの地下牢として使っていたのかもしれない。

 

そんな部屋の一つに、テッサと協力して保護呪文をかけていく。私だって巨大な蜘蛛がホグワーツを徘徊するようにはなって欲しくないのだ。

 

ありったけの保護呪文をかけたら、そこにアクロマンチュラを放り込んでミッション達成だ。これで後輩と大蜘蛛の愛の巣ができあがった。

 

「ま、こんなもんでしょ。」

 

部屋中をガサガサと這い回るアクロマンチュラから、決して目を離さないようにしながらテッサが言う。気持ちは分かる。目を離すと襲いかかってきそうで怖いのだ。

 

「そうね。あとはこの壁を、あの子が破壊できないことを祈るだけよ。」

 

馬車馬ほどの大きさになったアクロマンチュラを想像してみる……儚い望みかもしれない。

 

アクロマンチュラを追いかけ回しながら喜んでいるハグリッドを、テッサと共に引きつった顔で眺めつつ、アリス・マーガトロイドは今後の騒動を思ってうんざりするのだった。

 

 

─────

 

 

「あれは魔王ごっこというか、ただの虐殺ね。」

 

妖精メイドたちを追い立てながら楽しそうにピチュらせていく妹様を眺めつつ、パチュリー・ノーレッジは呆れた声でそう呟いた。

 

遂に部屋の外へと出ることが許された妹様は、ご機嫌な様子で毎日遊び回っているらしい。『妖精メイド狩り』が最近のお気に入りなようだ。

 

レミリアと……結界の改良の後、こう呼ぶのが許されるようになった。彼女は外出できるようになったのがよほど嬉しかったらしい。

 

とにかく、レミリアとリーゼ、そして私と小悪魔による慎重な調査の結果、改良型の紅魔館を覆う結界の機能は、予測通りであることが確認された。……ちなみに美鈴は役に立たなかった。

 

結果として妹様は館の中限定の自由を手に入れたわけだが、それでは問題の根本的な解決に到っていないのだ。

 

それを話し合うためにリーゼに連れられて図書館から引きずり出された私は、紅魔館のリビングで吸血鬼たちと額を突き合わせているというわけである。

 

「まあ、妖精メイドたちも楽しんでいるようだし、いいんじゃないかな。……しかし、あの連中は本当に何を考えて生きているのかね?」

 

「何も考えてないんでしょ。そんなことはどうでもいいのよ、話を戻しましょう。フランの狂気に対しての仮説、だったわね? 聞かせてくれないかしら、パチュリー。」

 

フランの方を微笑みながら見ていたレミリアが、真剣な顔に戻ってこちらに問いかけてくる。

 

「そうね、あくまで仮説であることを念頭において聞いて頂戴ね?」

 

前置きで予防線を張り、頭の中を整理しつつゆっくりと話し始める。

 

「まず、妹様は能力を使用する際に物体の最も緊張している点……つまり、『目』を認識しているらしいじゃない?」

 

「その通りよ。あの子はそれを手に移動させて、握り潰すことであらゆるものを破壊することが出来るわ。」

 

補足してくれたレミリアに頷きを返しつつ、続きを口にする。

 

「その『目』を認識するというのが問題なのではないかと考えているのよ。『目』とやらを視覚化するにあたって、凄まじい量の情報が妹様の頭の中で計算されているのではないかしら。私もちょっと試してみたのだけど、外部の演算装置を大量に使っても、『目』を視覚化するのは不可能だったわ。もしもあの計算が頭の中で行われたとしたら……まあ、良くて廃人でしょうね。」

 

「つまり……能力を発動するための計算のせいで、狂気に囚われるようになったということかい?」

 

質問してきたリーゼ対して、言葉を選びながら慎重に訂正する。言葉で説明するのが非常に難しい。頭の中を見せられたら楽なのに。

 

「計算というか、情報の密度が問題なのよ。あの能力はこの世界を構成する情報の、かなり深い場所にまで介入しているわ。結果として妹様は、密度の高い情報を直接認識してしまっているというわけ。」

 

「ふむ、難しいな。……とびっきり危険な魔導書を開いてしまって、到底理解できない内容を大量に頭に突っ込まれるようなものか?」

 

「近いわね。そう考えるとどうかしら? 頭がおかしくなりそうでしょ?」

 

リーゼとの話し合いの間も黙って考え込んでいたレミリアが、ふと顔を上げてこちらを見てくる。

 

「つまり、能力を使わせなければ狂気から解放されると言うこと?」

 

「残念ながら返答はノーね。妹様は常に『目』を認識しているらしいのよ。である以上、それを移動させて握り潰す行為を禁止したところで、現状と何も変わらないでしょうね。」

 

「結局、『目』を認識することをやめさせなければならないというわけね。だとしても、それは可能なの?」

 

「恐らくだけど……不可能だと思うわ。妹様にとっては、私たちが目でモノを見るくらいの普通の行動なのよ。私たちが目を開きながらモノを見ないことができないように、妹様も『目』を認識することを止められないんじゃないかしら。」

 

私の言葉に、諦観の表情をしたレミリアが脱力してソファへ深く座り込む。リーゼも同じように厳しい顔で黙り込んでいるが……私は魔女だぞ、解決策ぐらい準備している。

 

「ちょっと、話は終わってないわよ。あくまで今の仮説が原因だったらの話だけれど……それなら何とか出来るかもしれないわ。」

 

言い切った瞬間レミリアが飛び起きて、慌てたように私に言葉を投げかける。

 

「ほ、本当? 何とかなるの?」

 

「要するに、情報を処理するための補助装置を持ち歩けばいいのよ。私のときは失敗しちゃったけど、曲がりなりにも処理しきれていた妹様であれば、多少は改善するはずよ。」

 

「素晴らしい、素晴らしいわパチュリー! それで? その補助装置とやらはどれくらいで完成させられるの? 必要な物は? 場所は?」

 

「落ち着きなよ、レミィ。パチェはもやしっ子なんだ、そんなに揺すったら死んでしまうよ。」

 

私の肩を掴んで揺すりながら質問していたレミリアをリーゼが止めてくれる。酷い目に遭った、頭がくらくらする。それと、私はもやしっ子じゃないぞ。繊細な乙女と呼んで欲しい。

 

「ええっと、演算装置にはとりあえず賢者の石を使おうかと思ってるわ。材料もあるし、慣れてるから作成自体も難しくないしね。まあ……ちょっと期間はかかるんだけど。」

 

「素晴らしいわ……貴女は最高の魔女よ、パチュリー! いや……パチェ! 私のことはこれからレミィと呼んで頂戴!」

 

「前から思ってたけど、キミって案外ちょろい女だよね、レミィ。」

 

これはリーゼの言う通りかもしれない。感動のあまりテンションがおかしくなっているらしいレミリアにちょっと引きつつも、実はちょっとした問題が残っていることを二人に伝える。

 

それを聞くと表情を真剣なものに戻した二人に向かって、説明を始める。いや、本当に大したことではないのだが。

 

「何というか、その……賢者の石だと数個じゃ足りないのよね。手のひらサイズのものだと十個か、十五個くらいを常に身に付けなきゃいけなくなるのよ。」

 

言うと二人は妙な表情になった。おそらく首からジャラジャラと石をぶら下げている妹様を想像したのだろう。

 

「ま、まあ……新しい感じのファッションではあるんじゃない?」

 

「……まあ、なんだ、些細な問題さ。」

 

遠くから聞こえる美鈴と妖精メイドたちの叫び声を背に、パチュリー・ノーレッジはこの奇妙な沈黙をどう片付けようかと思い悩むのだった。

 



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毒蛇の王

 

 

「監督生の指示に従い、決して一人では行動しないように! それと、もしも何か異変を感じたなら躊躇わずに教師へ報告しなさい!」

 

ディペット校長の声が大広間に響き渡るのを聞きながら、アリス・マーガトロイドは不安に怯える後輩たちを慰めていた。

 

どうやらハグリッドの大蜘蛛事件は、今年の災厄の始まりに過ぎなかったらしい。春の匂いが消えてきたホグワーツは、代わりに未知の怪物への恐怖に包まれていた。

 

『秘密の部屋が開かれた』

 

一体誰が言い出したのかは分からないが、どうやらそれは真実だったようだ。三月に二人の生徒が石化したことで急速に広まった噂だったが、新たに三人目の犠牲者が出た今となっては、もはやそれをただの噂だと笑うものは居なくなった。

 

今や教師たちもピリピリとした雰囲気を隠すことはなくなり、生徒たちは不安に怯えている。秘密の部屋に隠されていたという、未知の怪物についての話ばかりが聞こえてくるような状態だ。

 

そんな中、スリザリンに多い純血派の連中は声高にマグル生まれがどうたらと叫んでいる。本当にロクなことをしない連中だ。下級生を怖がらせて一体何が楽しいんだ、まったく。

 

家に帰りたいと泣く一年生をどうにか泣き止ませて、寮に戻るためレイブンクローの監督生の背中を追おうとすると、グリフィンドールの集団から抜け出してきたテッサが近付いてきた。

 

「アリス、ちょっと来て。」

 

何故か小声のテッサに引っ張られて大広間から出る。

 

「ちょ、テッサ、どこ行くの?」

 

「いいから、見つからないようにね。」

 

他の生徒や教師に見つからないようにこっそりと空き部屋に入れば、そこには既にハグリッドの姿があった。

 

「さて……アリスも連れてきたわよ、ルビウス。約束通り説明してもらいましょうか?」

 

「ちょっと待ってよ、テッサ。一体何の話なの?」

 

いきなり連れて来られて、訳の分からない私のことも考えて欲しい。テッサとハグリッドを交互に見ながら聞くと、ハグリッドが恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「そのぅ……秘密の部屋の怪物について、ちょっと考えがありまして。それで、二人にも聞いてもらえねえかと思ったってわけです。」

 

「アリスと私にしか話せないらしいのよ。それでアリスをここに連れてきたってわけ。……それじゃ、勿体ぶってないで話してよ、ルビウス。」

 

テッサが促すと、ハグリッドがゆっくりと話し出す。

 

「ええと、その、アラゴグが怖がっとるんです。何かあいつにとって怖いもんが、城をうろついてるっちゅうことらしくて。食事も喉を通らねえほどなんです。」

 

「あー、それは……可哀想ね。何というか、私も心が痛むわ。」

 

礼儀として一応慰めておく。正直あのアクロマンチュラが餓死したところで、私の心には何の感情も浮かばないだろうが。

 

「ちょっとルビウス、まさかそれだけじゃないでしょうね?」

 

「ち、違います、ヴェイユ先輩。続きがあるんです。」

 

焦ったようにテッサに答えたハグリッドが、続きを話し始める。

 

「それで、アラゴグに少しでも美味い食いもんをやろうと思って、鶏小屋に行ったんですが……その、鶏がみんな殺されちまってたんです。それを見て、もしかしたら怪物ってのは……その、バジリスクなんじゃねえかと思ったっちゅうわけです。」

 

「んん? ちょっと待ってよ、鶏が殺されてるのと、怪物の正体がバジリスクってのがどうやったら繋がるのよ。」

 

「バジリスクは、雄鶏の鳴き声を恐れるんらしいです。それに、蜘蛛が逃げ出すのはそいつが来る前触れだそうで。魔法生物の本を読むのは大好きなんで、それに書いてあったのを覚えてたっちゅうわけです。」

 

バジリスク? 確かパチュリーの薬品棚にそんな感じの名前があったはずなのだが……ダメだ、思い出せない。

 

「バジリスク……でっかい蛇だっけか? でもあれって、睨まれると死んじゃうって聞いたことがあるような。」

 

「まだ小せえバジリスクなら、距離さえありゃ石化するに留まるらしいんです。」

 

そうか、思い出した! 『毒蛇の王』だ。確か中世に飼育が禁止されたせいで、牙が入手し難いってパチュリーがボヤいてたんだ。……だからなんだというのだ。我ながら、どうでもいい情報を思い出したものだ。

 

というか、ハグリッドは何故それを私たちに話すのだろうか。教師の誰かに話せば、それで万事解決ではないか。毒蛇の王だかなんだか知らないが、まさかホグワーツの教師総がかりでどうにもならないということはないだろう。

 

「ハグリッド、それならすぐにでも先生方に話すべきよ。」

 

「そいつはおれも考えました、マーガトロイド先輩。でも、バジリスクに気付いた切っ掛けはアラゴグじゃねえですか。その事を話しちまったら、アラゴグはおれから引き離されちまうでしょう?」

 

どうやらハグリッドにとっては、ホグワーツの安全よりもアクロマンチュラのほうが大切らしい。犠牲になった三人には聞かせられない話だ。

 

テッサも同じようなことを思ったらしく、目を吊り上げながらハグリッドに怒鳴りつける。

 

「なにアホなこと言ってんのよ! それならあの蜘蛛のことは適当に誤魔化せばいいでしょ? 雄鶏と石化の話だけでも取り合ってくれるかもしれないじゃない!」

 

「それはその、おれは口が上手くねえですから……だから先に、お二人に相談したってわけです。」

 

こちらを窺いながら、ハグリッドがそう言って話を締める。確かに話の筋は通っているように聞こえる。それに、この状況では少しの情報でも貴重だろう。

 

「そうね……じゃあ、蜘蛛以外のことを先生に伝えましょう。」

 

「そうだね、さっそく校長室に……アリス、校長室ってどこにあるの?」

 

テッサの問いに、その場は沈黙に包まれる。そういえば、校長室なんて見たことがない。ハグリッドのほうを向いてみれば、どうやら彼も知らないらしい。

 

「そういえばディペット校長のことなんて、大広間でしか見たことないわね。」

 

「この城は本当に……もう! 何だって何もかもが複雑なのよ!」

 

テッサの怒りには同意するが、こうしていても始まらない。となれば他の教師に伝えるしかないが……。黙り込む私たちを見ていたハグリッドが、恐る恐る提案してくる。

 

「あのぅ、ダンブルドア先生はどうですか? あの人なら頼りになると思うんですが……。」

 

ダンブルドア先生か。確かに、実力も人柄も申し分ないだろう。テッサも激しく頷いて同意している。

 

「それじゃあ早く行きましょう、二人とも。そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ、ルビウス。私たちがちゃんと話すから。」

 

「お二人にお任せしときます。おれが話しても、ロクなことにならなさそうですし。」

 

「でも、グリフィンドール寮に居るのかしら? それとも、教職員塔の部屋?」

 

走り出しそうなテッサに、慌ててどこへ行くのかを聞いておく。ダンブルドア先生はグリフィンドールの寮監だ。生徒を引率した後に、寮に留まっているかもしれない。

 

「えーっと、とりあえず寮に行ってみようよ。それで居なかったら、教職員塔に行けばいいしね。」

 

テッサの言葉で目的地は決まった。三人で空き部屋を出て人気のない廊下を歩き出す。

 

しばらく歩いていると、テッサがニヤリと笑いながら私とハグリッドに話しかけてきた。

 

「ねね? もしこれで解決したら、私たちヒーローだよ? ルビウスのことをバカにしてたヤツら、どう思うかな。」

 

「私たちって言うか、殆どハグリッドの功績だしね。そうなればグリフィンドールの子たちも、貴方を見直すと思うわ。」

 

「そいつぁ……そうなりゃあ、嬉しいことです。」

 

テッサはもう解決した気になっているようだ。でもまあ、確かにハグリッドにとっては良い切っ掛けになるかもしれない。私もリーゼ様やパチュリーに褒めてもらえるかもと思うと、ちょっと楽しみになってきた。

 

「ねえ、なんか変な音がしてない?」

 

ムーンホールドで二人に褒めてもらう想像をしていると、テッサがいきなり立ち止まってそう尋ねてくる。耳をすますと……確かに、ズルズルという妙な音が聞こえる。

 

「本当ね、何の音かしら?」

 

「何かを引きずってるみたいな……ちょっと、嘘でしょ?」

 

何かを見つけたらしい前を歩くテッサの声に、視線をそちらに向けようとすると、急にテッサが振り返って私とハグリッドの頭を強引に下げてくる。

 

「ふ、二人とも、絶対目線を上げちゃダメ。向こうのトイレのドアのとこに、その、でっかいヘビがいる。」

 

聞いたこともないような緊張した小声で、私たちの頭を押さえながらテッサがそう言う。顔を上げたくなるのを懸命に堪えながら、耳を頼りにテッサが言った方向を探ると……近付いてきてる? 近付いてきてる!

 

慎重に安全圏まで顔を上げれば、泣きそうな顔でこちらを見たまま凍りついているテッサが見えた。隣のハグリッドは荒い息で震えている。

 

落ち着け。パチュリーも言っていたのだ、魔女は常に冷静たれ。ゆっくりと近付いてくるズルズル音を背景に、恐怖で足が砕けそうになるのを耐えながら、小声で二人に作戦を伝える。

 

「あ、合図をしたら、適当にその辺の壁を吹き飛ばして頂戴。そしたら全力で逆方向に逃げるの。」

 

「うん、分かったけど、でも、それで逃げ切れる?」

 

「逃げ切るのよ、絶対に。ハグリッド、貴方も大丈夫?」

 

「わ、わかりました、やってみます。」

 

杖を構えて、震える手で握りしめる。大丈夫、大丈夫、絶対に上手くいく。必死で自分を励ましながら、合図のために口を開く。

 

「今よ! ボンバーダ(粉砕せよ)!」

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

レダクト(粉々)!」

 

どの呪文がどこに当たったかは分からないが、廊下に大きな破砕音が響き渡る。それを聞いた瞬間、脇目も振らず背後へと走り出した。

 

テッサとハグリッドはどうなったかと斜め後ろを慎重に見ると……大丈夫、ちゃんと走っている。足が震えて転びそうになるのを堪えながら必死に走る。今の騒ぎできっと誰かが来てくれるはずだ。

 

希望が湧いてきた瞬間、ハグリッドが前方に吹っ飛ばされていくのが見えてしまった。

 

「やだっ、アリスっ!」

 

後ろからテッサの悲鳴が聞こえる。反射的に振り返ると、巨大な蛇に押さえつけられているテッサが必死にこちらに向かって手を伸ばしていた。

 

「に、逃げて、アリス! 私は大丈夫、大丈夫だから!」

 

蛇はテッサに喰らい付こうとするのに夢中で、こちらを見ていない。どうする? どうすればいい? 見捨てて逃げるなんて、出来るわけがない。

 

咄嗟に頭をよぎる呪文の中から、一つを選択する。魔法に耐性のある生き物なら、単純な呪文のほうが効果があるはずだ。お願いだから効いてくれ!

 

フリペンド・マキシマ(最大の衝撃を)!」

 

テッサにのしかかっていた大蛇が、ほんの僅かだけ押し退けられる。その瞬間、黄色い目が私を……。

 

咄嗟にポケットの中のガラス玉を握りしめて、リーゼ様に心の中で助けを求める。動けたのはそこまでだった。体が凍り付くような感覚と共に、視界が真っ暗になっていく。

 

アリス・マーガトロイドの目に最後に映った光景は、何かを叫びながらこちらに走ってくるテッサと、その背後でこちらを見つめる一対の黄色い瞳だった。

 



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医務室にて

 

 

「ふざけないで頂戴。私は石化の経験を積ませるために、この子をホグワーツに通わせているわけではないのよ。」

 

パチュリー・ノーレッジはホグワーツの医務室で静かに怒っていた。

 

今日の昼間、アリスに持たせた緊急連絡用の魔法具が発動したのを知った私は、すぐさまホグワーツに向かった。当然リーゼも姿を消した状態で付いてきている。

 

そこで目にしたのは、石化して医務室に運ばれたというアリスと、隣で泣き喚くヴェイユの姿だった。ちなみに、この時点でリーゼはホグワーツの教師陣を皆殺しにするところだったのだ。止めた私に感謝してほしい。

 

そこに居たダンブルドアとディペット校長を問い詰めると、何やらホグワーツでは不愉快な事件が起きており、アリスはその犠牲になったということを知らされたのだ。

 

そして現在、ディペット校長を八つ裂きにしようとするリーゼを止めながら、ダンブルドア共々責任を追及しているというわけである。

 

私のイラついた感情をたっぷり籠めた言葉を受け取って、ダンブルドアが目を伏せて話し出す。

 

「すまない、ノーレッジ。全て我々教師の責任だ。」

 

「大体、三人も犠牲者が出ているんだったら一度子供たちを帰すべきだとは思わなかったのかしら? ホグワーツの教師の質は随分と下がっているらしいわね。この分だと来年にでもトロールが赴任するんじゃない?」

 

優先順位を考えるべきだろうに。死体に向けて授業をするつもりなのか、こいつらは。

 

「いや、本当に申し訳ございません。校長として、私も早い判断をすべきだったと反省しております。」

 

ありきたりな言い訳をする校長を冷たい目で睨みつける。まあ、無能どもを責めたところで何にもならない。リーゼも多少は落ち着いてきた様子だし、さっさと治療を始めるとしよう。

 

「もういいわ、アリスは治療して引き取っていくから。……まさか、文句はないでしょうね?」

 

「ノーレッジ、申し訳ないことだが、石化治療薬はここにはないんだ。材料のマンドラゴラはもう少しで育ちきるから、それを待ってもらうことになる。」

 

「ダンブルドア、私を見くびらないで頂戴。ホグワーツとは違って、石化の治療薬くらい常備しているのよ。」

 

私の言葉に驚いた様子のダンブルドアに背を向けて、アリスの寝ているベッドに向かう。しかし、石化で済んで本当に良かった。これでアリスが死んでいたら、私はリーゼを止めはしなかったぞ。

 

「ぐすっ、ノーレッジさん、アリスは治るんですか?」

 

ベッドの横で話を聞いていたらしいヴェイユが、こちらに潤んだ瞳を向けてきた。私の学生時代にはこんな友達はいなかった。羨ましいものだ。

 

「安心しなさい、ヴェイユ。このくらいならすぐに治せるわ。」

 

「アリスは、私を庇って、それで……だからこのままだったらどうしようって、それが怖くて……。」

 

「ほら、涙を拭きなさい。大丈夫、アリスが起きたら礼を言えばいいだけよ。」

 

しかし、何だってバジリスクはヴェイユを見逃したのだろうか? 本人はアリスのお陰だと思っているらしいが、話を聞く限りそうとは思えない。まあ……私の詮索するような問題ではないか。先ずはアリスの治療だ。

 

ヴェイユを落ち着かせながら、胸元の小瓶を取り出す。常に携帯している万能治療薬だ。石化くらいならこれで治せるだろう。

 

小瓶の液体を一滴だけアリスの口元に垂らすと……みるみるうちに硬くなっていた身体がふにゃりと弛緩していく。当然だが、効果があったようだ。透明になっているリーゼも、安心したように吐息を漏らした。

 

柔らかさを徐々に取り戻していくアリスを見たヴェイユが、感極まったように抱きついているのを眺めていると、後ろで見ていたダンブルドアから声がかかる。

 

「ノーレッジ、もし良ければ他の生徒にも分けてやってはくれないだろうか? 彼らも石化したままでは辛かろう。」

 

「そんな義理はないんだけど……まあいいわ、ほら、一度に一滴で充分よ。」

 

構わないだろう、別に貴重な薬ではないのだ。ダンブルドアに小瓶を投げると、彼はそれを器用に受け取って他の犠牲者に与えに行った。

 

「しかし、死者が出ていないのはラッキーだったわね。誰か死んでいたら大問題だったところよ。」

 

慎重に生徒に薬を与えるダンブルドアを横目に、ディペット校長にそう言葉を投げかけると、彼は無言で居心地悪そうにしている。ちょっと待て、まさか……。

 

「ちょっと? 死者は出ていないんでしょう?」

 

「いえ、その、残念なことになってしまいまして。ミス・マーガトロイドたちが運ばれた直後に、その、レイブンクローの生徒が一人……。」

 

どうやら事態は最悪の状況にまで進んでいたらしい。母校から管理不十分で死者が出たわけだ。まったく、卒業生としては情けない限りである。

 

「貴方ねえ……はぁ、もういいわ。さっさと何処へでも行きなさい。やる事は山のようにあるのでしょう?」

 

「はい、この度は本当に申し訳ありませんでした。……では、失礼させていただきます。」

 

ディペット校長が医務室を出て行く。どうやら彼が校長でいられるのも長くはなさそうだ。呆れた気持ちで彼が出て行ったドアを見ていると、背後から声がかかった。

 

「あの人は……根はいい人なんだが、決断力があまりないんだ。」

 

「トップとしては致命的だと思うわね、それは。」

 

全ての犠牲者を治療し終わったのだろう、言いながらダンブルドアが小瓶を返してくる。

 

「本当に助かったよ。ありがとう、ノーレッジ。」

 

「別に構わないわ、アリスのついでよ。」

 

「それでも、だよ。」

 

やっぱりこの男は苦手かもしれない。何というか、真っ直ぐすぎるのだ。リーゼやレミィのような皮肉が効いた言葉のほうが、どうやら私には合っているらしい。

 

ダンブルドアと少し話しながらそんなことを考えていると、慌てた様子のディペット校長が再び入室してくる。忘れ物でもしたのか? そこまでの無能だとは思いたくないが。

 

「ダンブルドア、犯人が分かったぞ! そこに寝ている大柄な男の子だ!」

 

後ろに生徒を……リドルか? リドルを従えた校長が、興奮した口調で捲し立ててくる。

 

「その子がバジリスクを招き入れたんだ! 捕まえて魔法省に──」

 

「違います、校長先生! ルビウスは私たちと一緒に、バジリスクが怪物の正体だって伝えに行こうとしてたんです!」

 

校長の声に対して、アリスの手を握っていたはずのヴェイユが立ち上がって必死にハグリッドとやらを弁護する。しかし、そこにリドルが割り込んできた。おいおい、何だこの状況は。訳が分からない。

 

「ヴェイユ、君は騙されていたんだ。そこの半巨人が危険な魔法生物を好んで飼育しているのは周知の事実だったはずだ。そんな彼が、好奇心からバジリスクの飼育に手を出したとしても……どうだい? おかしくはないだろう?」

 

「違うよ、リドル! ルビウスはそんな人じゃない! 確かに魔法生物絡みのトラブルは多いけど、本当に危険なことはやったりしないよ!」

 

「アクロマンチュラを飼育しているのにかい? あの化け物の飼育は、『本当に危険』な部類に入るはずだよ。」

 

「それは……何で、それを?」

 

アクロマンチュラの飼育? どうやら今のホグワーツにはぶっ飛んだ生徒がいるらしい。確かにあれは安全な生き物とは言えないだろう。

 

「分かっただろう? そこを退くんだ、ヴェイユ。君とマーガトロイドが騙されていたことは分かっている。勿論罪に問われたりはしないはずだ。」

 

犯人であるらしい男の子が寝ているベッドに向かおうとするディペット校長とリドルに……おっと、ヴェイユが杖を抜いて立ちはだかった。

 

驚愕の表情を浮かべたリドルと校長が、口々に彼女を説得し始める。

 

「……正気か? ヴェイユ。自分が何をしているか分かっているのか?」

 

「分かってるよ! でも、でもルビウスが犯人だなんて絶対に間違ってる!」

 

「ミス・ヴェイユ、君は混乱しているのだ。落ち着いて、杖を置きたまえ。」

 

「できません、校長先生。私はルビウスを信じています。それに、こんなこと絶対におかしいです!」

 

一歩も退かないと言わんばかりのヴェイユに対して、しびれを切らしたのかリドルが杖を抜く。あたりに緊張感が漂うが……柔らかい声がそれを霧散させた。

 

「大丈夫だから落ち着きなさい、テッサ。それに……リドル、そしてアーマンド、君たちも落ち着くべきだ。」

 

ゆったりとした歩みで三人の間に割り込んだダンブルドアが、それぞれの目を見ながら話しかける。一瞬で雰囲気が弛緩した。なんとも見事なもんだ。ああいう話術はどこで学べるんだか。

 

空気を落ち着かせたダンブルドアは、リドルと校長の方に向き直ってゆっくりと口を開いた。

 

「アーマンド、リドル、君たちが間違っているとは断言しない。だが、テッサの言葉を蔑ろにすべきではないと感じているのは私だけかな? 心配せずともルビウスは逃げたりしないよ。彼が目覚めてからゆっくりと話を聞いてみてはどうだい?」

 

「お言葉ですが、ダンブルドア先生、バジリスクは今も校内をうろついているのですよ? そこの半巨人を尋問して、ヤツの居場所を聞き出すべきでしょう。」

 

「リドル、その言葉を使うべきではないな。ルビウスの血筋がどうであれ、今はそのことは関係ないはずだ。」

 

「論点を逸らさないでいただきたい。少しでも可能性があるのであれば、それを試してみるべきです。既に死者が出ているんですよ?」

 

驚いた。あのダンブルドアに真っ向から食い下がるとは、リドルも中々やるじゃないか。妙なところに感心していると、またしても別の人間から横槍が入った。

 

「リドル、貴方が頭のいい人なのはよく理解しているけれど、今回ばかりは間違っているわ。」

 

アリスだ。どうやら目が覚めたらしい。私の他には見えていないだろうが、リーゼに支えられながらベッドから身体を起こして話している。

 

「実際、ハグリッドはバジリスクに殺されかけていたのよ。あの場にいた私には、彼が本当に怖がっていたことが理解できるわ。」

 

「アリスの言う通りだよ! あんなに震えてたルビウスが犯人だなんて有り得ない。絶対に別に犯人がいるはずだよ。」

 

ヴェイユがアリスの言葉に勢い込んで同意するが、リドルはどうやら考えを翻すつもりはないらしい。冷静な声で反論してきた。

 

「法整備がなってないのをいいことに、彼がどれだけの危険生物を飼育してきたか知らないからそんなことが言えるんだよ。ホグワーツの安全のためにも、彼を捕らえるべきなんだ。」

 

どうやらアリスは犯人が別にいると確信しているようだ。裁判ごっこも楽しそうだが、そろそろこの言い争いもお開きにすべきだろう。アリスの体調が心配だし、リーゼもアリスの安眠を妨害する連中にイライラしてきている。

 

「あー、ちょっといいかしら?」

 

声を上げると部屋中の視線が私に集中する。まったく、何だって私が調停役をやらなきゃいけないんだ。

 

「このままここで話していても平行線でしょう? 件の……ハグリッド? とやらが起きてから話を再開すべきね。当人なしでは纏まる話も纏まらないわ。」

 

「ですが、バジリスクを野放しにはできません。」

 

「分かってるわ、リドル。それは私が何とかしてあげる。面倒くさいし、やりたいわけじゃないけどね。」

 

「それは……そんなことが可能なのですか?」

 

「少なくとも、これ以上の被害者が出ないことは約束しましょう。」

 

蛇避けの魔法を城中にかけまくって、ついでに雄鶏を大量にばら撒けば、それで充分すぎるはずだ。無論、後片付けのことは考えていない。少しくらい教師たちも苦労すればいいんだ。

 

「それは助かるよ、ノーレッジ。度々すまないね。」

 

「ふん、どうせこうなることを予測してたんでしょ? この狸。」

 

にこやかに言うダンブルドアに、冷たく言い放ってやった。こいつならもっと早く場を収められたはずだ。アリスのために乗ってやったが、次は御免だからな。睨みつけると、トボけた顔で肩をすくめやがった。やっぱりコイツは嫌いだ。

 

しばらく私とダンブルドアとを交互に見ていたリドルだったが、どうやら矛を収めることにしたらしい。彼は身体から力を抜いて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……分かりました。ですが、彼が目を覚ましたら事情を聞かせてもらいます。魔法省には先に連絡しておきましょう。それでいいですよね? ディペット校長。」

 

「ん? ああ、そうだな、君に任せよう。」

 

校長が生徒の傀儡か、世も末だな。……さて、私も約束を守らねばなるまい。アリスのもとへ歩み寄り、頭を撫でながら声をかける。リーゼはここを離れるつもりはないようだし、アリスのことは彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 

「それじゃあ、私は城に呪文をかけに行ってくるわ。アリス、ちゃんと寝ているのよ?」

 

「分かってるよ、パチュリー。」

 

はにかむようなアリスの返事を背に受けて、医務室を出て歩き出す。適当に蛇避けの魔法を城中にかけて回りながら、雄鶏を大量に呼び出しまくる。

 

滅多に使わない種類の魔法を連発しながら、パチュリー・ノーレッジは久々のホグワーツでの散歩を楽しむのだった。

 



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分かたれた道

 

 

「まあ、おれに学生生活ってのは向かんかったっちゅうことです。それに……お二人とダンブルドア先生がおらんかったら、森番としてホグワーツに残ることも出来んかったでしょう。」

 

新たに建てられた禁じられた森の近くにある小屋で、アリス・マーガトロイドは二人の友人とお茶を楽しんでいた。

 

「私は全然納得できないけどね! あのくそったれの冷血野郎とおまぬけ校長閣下め! 絶対に後悔させてやるから。」

 

「落ち着きなさいよ、テッサ。ここで怒ってもどうにもならないでしょう?」

 

五年生のあの事件は、私たちの生活に大きな変化をもたらした。

 

あの医務室での言い争いの後、私たちの必死の抗議も虚しく、ハグリッドには退学に加えて杖を折られるという重い処分が下された。

 

ダンブルドア先生がホグワーツの森番という職を斡旋してくれたからよかったものの、ハグリッドは魔法使いとしての人生を失ったようなものだ。

 

当然テッサはリドルを忌み嫌うようになったし、リドルも私たちと距離を置くようになった。私だって、今はリドルとまともに話す気にはならない。

 

どう考えてもまともな処分ではなかったのだ。直接事件に関わっていない学生の中でも、勘のいい者はハグリッドがスケープゴートにされたことに気付いている。

 

それでも大々的に文句が出ないのは、事件の犯人が必要だったということなのだろう。あの後すぐに襲撃が止んだのが、その論調に拍車をかけたのかもしれない。

 

私たちが黙り込んで考えているのを見て、ハグリッドが元気付けるように話しかけてくる。我ながら情けないことだ、これじゃあ立場が逆ではないか。

 

「おれなんかのために怒ってくれるのは嬉しいですけど、お二人は勉強に集中してくだせえ。去年だってあの騒ぎでフクロウ試験はきちんと受けられなかったって聞いちょります。」

 

「あら? 私のほうは問題ないわよ。」

 

「魔法薬学以外は、でしょ?」

 

テッサの突っ込みで仏頂面になってしまう。むう、悔しいがその通りだ。いいではないか、他は全部優か良だったのだから。

 

「そういうテッサだって、可がいくつかあったんでしょう?」

 

「私は端っからそうなんだからいいのよ。やり直したって同じ結果になるもんね。」

 

「そういう問題じゃないと思うけどね……。」

 

リドルとの距離が離れてしまった代わりに、テッサとの距離は近くなった気がする。それだけが、事件の結果で唯一よかった点かもしれない。

 

「ほれ、お二人とも、もう戻ったほうがいいんじゃねえですか? 午後の授業が始まっちまいます。」

 

ハグリッドの言葉を受けて壁の時計を見ると、思った以上にお喋りを楽しんでいたらしい。あと十数分で授業が始まってしまう時間だった。

 

「へ? ……やっば。行こう、アリス!」

 

「そうね、紅茶美味しかったわ。また来るわね、ハグリッド。」

 

私が立ち上がってハグリッドに別れを告げると、先にドアを開いてこちらを急かしていたテッサも、手を振って彼にさよならをする。

 

「じゃあねー、ルビウス。」

 

「はい、またいつでも来てくだせえ。」

 

ハグリッドの声を背中に受けながら、彼の小屋から出て二人で急いで城へと走る。次の授業であるルーン文字の教室は一階だ、なんとか間に合うだろう。

 

湖の大イカが日向ぼっこしているのを眺めながら、城の大きな玄関へと小走りで駆けていく……ううむ、テッサには余裕があるのだが、私は息切れすること甚だしい。ちょっとは体を鍛えるべきかもしれない。

 

城に入ったところで、何やら人集りがあるのが見えた。何かと思って目を凝らすと、スリザリン生を中心とした集団……『リドル軍団』のようだ。彼の取り巻きは年々増え続け、今や他寮の生徒をも取り込んで、ちょっとした規模の集団になっている。

 

テッサもそれを発見したらしく、案の定嫌そうな顔で口を開く。

 

「ちぇ、嫌なもん見ちゃったよ。」

 

「行きましょう、見つかっても気まずくなるだけよ。」

 

離れた位置を通り過ぎようとするが……ダメだ、見つかった。おまけに無視すればいいものを、人集りの中からリドルが出てきてこちらに向かってくる。どうなるかは分かっているだろうに、何だって近付いてくるんだ。

 

リドルは取り巻きを目線だけで下がらせて、ぎこちない笑顔で話しかけてくる。

 

「やあ……二人とも。その、元気そうで何よりだよ。」

 

「そっちも元気そうね、冷血人間。大好きなホグワーツ特別功労賞のトロフィー磨きはもういいの?」

 

案の定テッサは硬い声でどぎつい皮肉を返す。ほら見ろ、こうなった。私は止めてやらないぞ、リドル。

 

多少怯んだ様子のリドルだったが、苦笑しただけで辛抱強くテッサに話しかけ続ける。

 

「ヴェイユ、君がまだ怒っているのはよく分かったよ。ただ……これだけは覚えておいてくれ、僕は信念に従って行動しただけなんだ。」

 

リドルが何か弁明しているが、テッサの顔を見れば効果がなかったことは一目で分かる。むしろ彼女は怒りを増したようで、冷たい声でリドルに対して怒りをぶつけ始めた。

 

「リドル、私は勿論ルビウスに対する処分の件に関してだって怒ってる。でも、一番気に食わないのは……あんたはルビウスが犯人だとは本気で思ってないってことよ。」

 

テッサの言葉に、リドルが驚いたような表情に変わる。テッサの放った言葉は私にもよく理解できるものだ。

 

リドルが本気でハグリッドを犯人だと思っているならまだよかったのだ。それなら私たちは、友達として頑張って説得していただろう。しかし……彼がそう思っているとは、とてもじゃないが思えない。

 

「ルビウスが無実だって知ってたくせに、あんたは彼を退学に追い込んだのよ。私はそれが気に食わないの。」

 

「そんなことはない、僕は本気で彼が犯人だと思っているよ……今でもね。」

 

悲しそうな顔で言うリドルだったが、それが演技であることが私には理解できた。テッサも同様だろう。何年友達をやってきたと思ってるんだ。

 

「テッサの言う通りだわ、リドル。貴方がそんなつまらない嘘を吐き続ける限り、私たちは貴方と話す気にはなれない。」

 

「マーガトロイド、僕は……。」

 

何かを言いかけたリドルだったが、結局それを言葉にすることはなく、苦笑しながら別の台詞を口にした。

 

「分かった、どうやら声をかけたのは失敗だったらしいね。それじゃあ……失礼させてもらうよ。」

 

取り巻きを引き連れるリドルが離れて行くのを見ながら、テッサに声をかけようと横を向くと、彼女は悲しそうな顔でリドルの背中を見つめていた。

 

彼女はしばらく去っていくリドルを見つめていたが、やがてこちらに向き直ると、悲しそうな表情でポツリと呟いた。

 

「……友達だと思ってたんだ。でも、それは私だけだったのかな? よく分かんなくなっちゃったよ、アリス。」

 

「私も……分からないわ。」

 

テッサの手をギュッと握りしめながら言葉を返す。何を言えばいいか分からなくて、結局答えは出せなかった。

 

弱々しく握り返される手のひらにテッサの温かさを感じながら、アリス・マーガトロイドは授業のことも忘れて、遠ざかって行くリドルの背中をずっと見つめていた。

 

 

─────

 

 

「うぅー……やだ!」

 

本日何度目かの却下を受けているレミリアを眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは己のラフ画に修正を加えていた。

 

本日、二つの吸血鬼の住処に住む人外たちが紅魔館のリビングに勢揃いしているのは、他でもない、あの大問題の解決のためであった。

 

『賢者の石、ダサすぎ問題』である。

 

当初首飾りとして作る予定だったそれは、完成図を見たフランの強硬な反対によって没案となってしまった。まあ、気持ちは分かる。誰だってあれを身に着けて歩き回りたくはないだろう。

 

想像してみて欲しい、十数個の手のひらサイズで色とりどりな石ころを、首からジャラジャラと下げているフランの姿を。

 

フランの言葉を我儘だと断じることが出来なかった我々は、こうして無難なアクセサリーを考案すべく、この紅魔館へと集結したというわけだ。

 

しかし、事態は混迷の様相を呈している。指輪案は首飾りよりも酷いことが小悪魔によって証明されたし、パチュリーの出したベルト案はフランにはゴツすぎた。

 

美鈴の洋服に取り付けるという発想は悪くなかったように思えたが、実際にダミーで試してみると、珍妙な宝石の妖怪みたいな見た目になってしまったのだ。

 

そして今、レミリア渾身のマント案も却下された。確かにあれはダッサいし、何より邪魔だろう。絶対に引っかかって転んでしまう。

 

私も一応バングルのような形のものを書いてはみたのだが……腕を覆う武器のようになってしまった時点で破却した。あれを見せるなんて私のプライドが許さない。

 

「うぅ……フラン、一生こんなのを着けて生活するの?」

 

哀れなフランが首飾りの試作品をつまみながら嘆いている。私なら絶対に嫌だ。

 

「だ、大丈夫よ、フラン! 私がカッコいいのを考えてあげるから!」

 

「あっそ。」

 

フランを励ますレミリアがいつものように無視されているのを尻目に、美鈴がパチュリーに話しかける。

 

「もうこれ、賢者の石やめちゃったほうがいいと思うんですけど……それかもうちょっと小型にするとか。」

 

「あのね、これでもかなり小型に改良してあるのよ? これ以上小さくすれば演算能力が足りなくなっちゃうわ。」

 

「じゃあ……逆にでっかくして一個に纏めるとか?」

 

「そうすると、妹様は大岩みたいなのを背負いながら生活することになるわよ。大体、並列演算のために数を多くしてるって理由もちゃんとあるんだから、この大きさでこの数っていうのは決定事項なの。」

 

「じゃあもう無理じゃないですかぁ……。諦めましょうよ、妹様。」

 

弱気に提案する美鈴を、フランが睨み付ける。絶対に譲る気はないらしい。

 

「ヤダもん! 絶対にイヤ! もしそうなったら、紅魔館の制服を同じのにするからね。」

 

「それは……嫌ですね。」

 

顔を引きつらせる美鈴の後ろで、フランの言葉に真っ青になったレミリアが猛然とペンを走らせ始める。余程に嫌なのだろう、その表情は真剣そのものだ。

 

紅魔館の危機に直面しているレミリアを眺めつつ、私も何か提案しないとなとペンを持ち直していると、視界の隅でうんうん唸っている小悪魔が目に入った。

 

「こあ、何か思い付いたのかい?」

 

「うーん、リーゼ様、これってどうなんでしょう? 魔界じゃ結構流行ってたんですけど……。」

 

小悪魔が差し出してきたラフ画を見ると……フランの翼に、賢者の石が垂れ下がっているような絵が描かれている。片方につき七個ずつ。確かにこれなら必要数に届くだろう。

 

それに……ふむ、悪くないように思える。こうして見ると、普通のアクセサリーだと悪趣味に思えてしまう色とりどりの賢者の石が、むしろ神秘的に見えるほどだ。

 

これはいい案かもしれない。……というかもう決まって欲しい。私の絵心の無さを露呈させたくはないのだ。

 

「いいんじゃないかな、これは。お手柄かもしれないよ、こあ。」

 

「えへへー。妹様も気に入ってくれればいいんですけど。」

 

私が笑顔で肯定してやると、自信がついたらしい小悪魔はフランの是非を問うために、ラフ画を彼女の下へ運んで行った。しかし、魔界じゃこれが流行っているのか。あっちの流行は相変わらずよく分からん。

 

「ぉお……。かわいいかも! これならヘーキだよ!」

 

聞こえてくる声を聞く限り、フランはどうやら気に入ったようだ。これでようやく解決かと思っていると、意外なところから横槍が入ってくる。

 

「ダメ、絶対にダメよ! こんなの……不良のファッションだわ! フランがグレちゃうじゃない!」

 

レミリアだ。おバカな姉的には、あれは不良のファッションらしい。ピアス的な感じなのだろうか? 喚き散らすレミリアを冷たい目で見ながら、フランが氷のような声で言い放つ。

 

「うっさいなぁ、もう決まったの。バカみたいなマントより百倍マシだよ。」

 

「ああっ、フラン、そんなに口が悪くなっちゃって。……ちょっと小悪魔! フランを不良に導くのはやめて頂戴!」

 

「ひゃあぁ、私にそんなつもりはありませんよー!」

 

レミリアが手を上げて威嚇しながら小悪魔を追いかけ回す。フランは小悪魔を応援して、パチュリーは呆れ、美鈴はケラケラ笑っている。

 

慌ただしくなってきたリビングを眺めながら、自分の絵が吊るし上げられる危機を救ってくれた魔界の流行とやらに、アンネリーゼ・バートリは深く感謝するのだった。

 



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得難き友と

 

 

「防衛術の実技でちょっとだけ失敗しちゃったんだ、大丈夫かなぁ?」

 

不安そうに聞いてくるテッサを励ますために、アリス・マーガトロイドはそっと口を開いた。

 

「大丈夫よ。あれはそもそも、いくつか失敗するようになってる試験なんだと思うわ。そうじゃないとあまりに難しすぎるもの。」

 

イモリ試験が終わった後、二人で答え合わせをするためにハグリッドの小屋へと向かう途中で、テッサが不安そうに話しかけてきたのだ。

 

「そうなのかな? ……うん、そうだよね! 守護霊の呪文なんて、大人の魔法使いでもそうそう成功しないもんね。」

 

励ましが功を奏したのか、ホグワーツの廊下を歩くテッサの足音が少しだけ元気になった気がする。私が成功していることは内緒にしておいた方が良さそうだ。

 

長かったホグワーツでの生活もそろそろ終わりを迎えることになる。一年生の時に苦しめられた動く階段を感慨深く眺めながら、気になっていたことをテッサに聞いてみることにした。

 

「そういえば、試験が終わったら進路のことを教えてくれるって言ってたわよね? それで……テッサは何を目指してるの?」

 

「わ、笑わないって約束してくれる?」

 

上目遣いで聞いてくるテッサに、自信を持って言い切る。

 

「笑うわけないでしょう? 私のこと、信じられない?」

 

「もちろん信じてるよ! ただちょっと、私には似合わないかもって思ったから……。」

 

何だろうか? 全く予想がつかない。緊張している様子で躊躇っていたテッサが、意を決したように口を開く。

 

「その、ホグワーツでね、教師になりたいなって思ってるんだ。」

 

それは……なんとも予想外だ。でも、もしそうなったらとっても素晴らしいことだと素直に思える。贔屓目を抜きにしたって、テッサならいい先生になるだろう。

 

不安そうな顔で私の答えを待つテッサに、とびっきりの笑顔で言い放つ。

 

「素晴らしいと思うわ、テッサ。貴女が先生だなんて、教わることのできる生徒たちが羨ましいくらいよ。」

 

「えへへ、褒めすぎだよ、アリス。でも……とっても嬉しいな。」

 

はにかむように笑うテッサが、一歩前に出てこちらを正面から見つめてくる。

 

「あのね……私、ホグワーツに来れてよかったよ。色んなことがあったけど、それでもこの学校に通えて本当によかったと思ってるんだ。」

 

一度そこで言葉を切って、急に私を抱きしめてくる。私の肩口に顔をうずめながら、テッサがゆっくりと続きを口にした。

 

「その中でも一番よかったことは、アリスと出会えたことだよ。ずっと、ずーっと友達だからね? アリス。」

 

少し驚いた後、そっとテッサを抱きしめながら、私も気持ちを込めて返事を返す。

 

「当たり前よ、テッサ。おばあちゃんになっても、一緒に遊ぶんだからね?」

 

しばらくお互いの気持ちを噛み締めてから、そっと離れて笑い合った。どうやら、私は得難い友を得ることができたようだ。

 

「なんか照れちゃうね。本当は卒業式に言うつもりだったんだけど、我慢できなかったんだ。」

 

「やっぱりせっかちね、テッサは。二十年後くらいにこのネタでからかってあげるわ。」

 

「意地悪だなぁ、アリスは。」

 

ちょっと赤い顔を見られたくなくて歩き出す。こういうことを素直に言えるのは、きっとテッサの長所なのだろう。内心の照れを悟られたくなくて、話題を逸らすために前を向いたまま彼女に話しかける。

 

「ほら、きっとハグリッドが待ってるわよ。試験のことが気になって、また手慰みにロックケーキを大量生産されたら堪らないわ。早く行きましょう。」

 

「うへぇ、それは嫌かなあ。ルビウスの作る他のお菓子は美味しいけど、あれだけはちょっと苦手だよ。」

 

きっと以前歯を折ってしまったのを思い出したのだろう、テッサの歩く速度がちょっとだけ速くなる。しかし、どうやったらあんなケーキが出来るのだろうか? 名前通り岩のような硬さなのだ。

 

そのまま玄関を出て、森の方向へと試験のことを話しながら歩いて行くと、湖のほとりにダンブルドア先生が佇んでいるのが見えてきた。

 

テッサもそれを見つけたらしく、不思議そうな表情になりながら小声で話しかけてくる。

 

「あんなとこで何してるんだろ? 考え事かな?」

 

「そう見えるわね。邪魔しないようにしましょう。」

 

声をかけずに通り過ぎようとすると、ゆったりと振り返ったダンブルドア先生がこちらを手招きしてきた。ううむ、音は立てていなかったはずなのだが……さすがはダンブルドア先生だ。

 

近付いて挨拶してみると、ダンブルドア先生は微笑みながら挨拶を返してくれた。

 

「こんにちは、アリス、テッサ。君たちなら心配はないだろうが、試験はどうだったかね?」

 

「えーっと……まあ、手応えはそれなりにありました。」

 

「私も、それなりに上手くできたと思います。」

 

テッサに続いて返事を返すと、ダンブルドア先生は自分のことのように喜んでくれる。

 

「結構、結構。君たちのような優秀な生徒を卒業まで導けたのは、ホグワーツの教師として非常に嬉しいことだよ。」

 

そこで一度言葉を止めて、ハグリッドの小屋がある方向を見ながら続きを話し始める。

 

「願わくばルビウスにもそう言いたかったが……残念なことだ。」

 

「でも、ルビウスは森番になれたことを喜んでましたよ。いつも言ってます、ダンブルドア先生には感謝してもしきれねえ、って。」

 

ハグリッドの声色を真似ておどけるように言ったテッサを見て、ダンブルドア先生の表情から憂いが晴れた。彼は柔らかく目を細めながら、私たちにゆっくりと語りかける。

 

「君たちが友達でいてくれることが、ルビウスにとってどれだけ助けになっていることか。私からも感謝させてもらうよ、本当にありがとう。」

 

「それは……感謝されるようなことじゃありません。私たちだって、ハグリッドにいつも助けられていますから。」

 

また不意打ちだ。慌てたように言う私を優しげな瞳で見ながら、ダンブルドア先生が思い出したようにテッサに向き直る。

 

「そういえば、テッサ。君の進路についてだが……いや、もちろん詳しいことは試験の結果が出た後になるが、どうやら君の望みは現実のことになりそうだよ。」

 

「ほっ、本当ですか? それは……とっても嬉しいです!」

 

顔を輝かせて喜ぶテッサに、私も嬉しくなる。これはお祝いをしないといけないな。いい考えがないか、ハグリッドに相談してみよう。

 

「まあ、そう意外なことではないだろう。君の成績は優秀と言っていいものだし、何より君たちは五年生の時に自らの資質を示したからね。それが報われたというだけのことだよ。」

 

「あのっ、ありがとうございます、ダンブルドア先生!」

 

興奮状態でぴょんぴょん飛び跳ねるテッサを横目に、ダンブルドア先生が今度はこちらに話しかけてきた。

 

「アリス、君も随分と頼もしくなったね。初めて会った時からは想像も付かないよ。」

 

「パチュリーに鍛えられましたから。」

 

「ノーレッジか……なるほど、頼もしくなるわけだ。」

 

苦笑しながら、先生は遠い目で湖を見つめる。学生時代を思い出しているのだろうか? しばらくそうしていたが、やがて瞳に強い光を宿しながら口を開いた。

 

「ああ、そういえば、一つ伝言を頼まれてくれないかね?」

 

「それは、もちろん構いませんけど……ちょっと待ってください、今メモを──」

 

「いや、たった一言でいいんだ。スカーレット女史に、『準備は出来ている』とだけ伝えてくれればいい。」

 

「それだけ、ですか? ええと、分かりました。そのくらいならお安い御用です。」

 

私が引き受けると、ダンブルドア先生は少しだけ校舎の方を見た後、私たちに向き直った。

 

「それでは私は失礼するよ。あまり引き止めるのもルビウスに悪かろう。」

 

「はい、伝言は必ず伝えます。」

 

「そうだった、ハグリッドが待ってるよ! ダンブルドア先生、話せてよかったです。ありがとうございました!」

 

ダンブルドア先生と別れて、元気一杯になったテッサに手を引かれながらハグリッドの小屋へと歩き出す。

 

小屋の近くに着くと、ロックケーキが焼ける匂いが漂ってくる。テッサと顔を見合わせて苦笑しながら、アリス・マーガトロイドはそっと木彫りのドアをノックするのだった。

 

 

─────

 

 

「お帰りなさい、アリス。そして……卒業おめでとう。私も誇らしいわ。」

 

ホグワーツ特急の赤い車体を背景にしながら、七年間ですっかり成長したアリスに声をかけつつ、パチュリー・ノーレッジは人知れず感慨に耽っていた。

 

「ありがとう、パチュリー。それと、ただいま。」

 

あの小さくて頼りなかった姿を昨日のことのように思い出す。長生きすると停滞する、か。今のアリスを見ていると、リーゼの言葉が身を以て実感できる。

 

「さて、行きましょうか。友達とのお別れは済んだ?」

 

「うん、大丈夫だよ。」

 

アリスを伴って歩き出しながら、私の時はリーゼが迎えに来てくれたことを思い出す。そういえばその直後、初めて紅魔館に連れて行かれたんだったか。

 

あれが半世紀近く前の出来事だなんて、とてもじゃないが信じられない。そして現在、今度は私が魔女の卵を迎えに来ているというわけだ。実に感慨深いものがある。

 

暖炉にフルーパウダーを投げ入れて、アリスと一緒に入り込む。

 

「ムーンホールド!」

 

久しぶりの暖炉飛行をうんざりしながら終えて、ムーンホールドの廊下を歩き出す。さて、アリスにも心の準備をさせておいたほうが良いだろう。内心を隠した冷静な声で、隣を歩くアリスに話しかけた。

 

「アリス、これから貴女のことをリーゼの執務室に連れて行くわけだけど、そこでとても大事な質問をされるわ。」

 

「大事な質問?」

 

「まあ、リーゼも同じことを言うだろうけど、私からも伝えておきましょう。いい? アリス、自分の心に正直に答えなさい。どんな答えを出しても、私たちはそれを受け入れるわ。」

 

「ちょっと、パチュリー、なんだか怖いんだけど……どんな質問なの?」

 

「それは直接リーゼから聞くべきね。……ほら、着いたわよ。」

 

執務室のドアをノックして、返事を聞いてから部屋に入る。リーゼは行儀悪く机の上に座りながら、翼をぷるぷると震わせて待っていた。緊張しているな、あれは。

 

リーゼの姿を認めたアリスは、満面の笑みでただいまをする。

 

「リーゼ様、ただいま帰りました。」

 

「お帰り、アリス。そして、卒業おめでとう。今日はお祝いだね。」

 

「ありがとうございます、リーゼ様!」

 

リーゼは手で私たちに座るように示してから、ストンと机を下りて対面の椅子に座る。そのまま目を細めながらアリスのことを眺めていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「さて……お祝いの前に聞いておかなくちゃいけないことがあるんだ。どうせ世話焼きの先輩から聞いているんだろうが、一応言っておくよ。アリス、自分の心の望むままに答えてくれ。」

 

リーゼの言葉に、アリスが緊張しながら頷く。私も少し緊張してきた。久々の感覚だ。リーゼはアリスの瞳を真っ直ぐ見つめながら、ゆっくりとした口調のままで話し出した。

 

「私やパチェが、長い時間の中を生きているのは知っているだろう? キミに聞きたいのはつまり……私たちと同じ時間を生きたいか否かなんだ。」

 

目を見開いたアリスが、少し悩んだ後に答えようと口を開くが、リーゼの言葉がそれを遮る。

 

「慎重に考えるんだ、アリス。もし私たちと共に生きるなら、キミの友人たちとは別の時間を生きることになる。恐らくその死を看取っていくことになるだろうし、今の関係が壊れてしまうかもしれない。」

 

リーゼの言う通りだ。こっちの世界を選べば、根本的な部分で別の考え方をするようになる。私はもしかすると成るべくして魔女になったのかもしれないが、アリスの場合は人間としてでも上手くやっていけるはずだ。

 

リーゼの言葉に、アリスは何かを思い出すように目を瞑る。少しだけそのままでいた後、決意を秘めた表情で口を開いた。

 

「私は、リーゼ様やパチュリーと同じ時間を生きます。」

 

短く言い切ったアリスだったが、どうやら迷いはないようだ。よかった。ホッとして息を零すと、リーゼも同じように安堵しているのが見える。

 

そんな私たちの様子を見たアリスが、柔らかく微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「自律人形を完成させたいですし、リーゼ様たちと一緒に生きていきたいんです。それに……私の一番大切な友達は、そのくらいじゃ離れていきません。それは断言できます。」

 

脳裏に蜂蜜色の髪が浮かぶ。まあ、確かにあの子なら大丈夫だろう。柄にもなく、ほんの少しだけ羨ましくなってしまう。

 

「そうか……よし、お祝いをしようじゃないか。こあがキミの好物をたっぷり作って待っているよ。」

 

「ふふ、とっても楽しみです。」

 

言いながら立ち上がったリーゼに続いて、三人でリビングへと向かう。

 

前を歩く二人を見ながら、脳内でアリスの授業計画を組み立てていく。まずは……捨食の法からやっていくか。時間が増えるに越したことはないはずだ。

 

頭の中で新米魔女の育成方針を決めつつも、パチュリー・ノーレッジは朝よりも自分の足取りが軽くなっているのを自覚するのだった。

 



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ゲラートとアルバス

 

 

「覚悟は決まったようだね。」

 

石造りの壁に寄りかかり、遥か下では黒ずくめの魔法使いたちが慌ただしく準備しているのを見下ろしつつも、アンネリーゼ・バートリは後ろに立つゲラートに声をかけた。

 

ヌルメンガードの上層、自室の椅子で静かに沈黙していたゲラートは、私の声にゆっくりと顔を上げる。

 

「ああ、もう決めた。ならば……あとは実行するまでだ。」

 

ゲラートの手には、幾たびも読み返されたせいで、くしゃくしゃになってしまった手紙がある。

 

一年前にダンブルドアから送られてきたらしい、一通の手紙。私はその内容を知らないが、それを受け取ってからというもの、ゲラートは何度もその内容を読み返していた。

 

そして今日、唐突にイギリスへの侵攻を伝えられたのだ。何を思ってそれを決めたのかは分からないが、その顔には確かに覚悟の表情が浮かんでいる。

 

「奇しくもお前の予言通りの日になりそうだ。気に入らんが……一応感謝しておこう。お陰で準備は出来ている。」

 

「んふふ、随分としおらしい態度だが、まさかもう負けた気でいるんじゃないだろうね? 勝ってもらわなければ困るよ?」

 

「勝つさ。アルバスに打ち勝って、この魔法界を在るべき姿に正す。今まで俺がやってきたことを無駄にしないためにも、負けることは許されないんだ。」

 

ゲラート・グリンデルバルド。大きすぎる理想を持ち、それと現実との乖離が許せなかった男。『より大きな善のために』という言葉は、この男の覚悟であり、そして言い訳でもあるのだろう。

 

許されざる呪文を多用しながらも、彼は本気で魔法使いの未来のために行動しているのだ。この男が自らの利益を度外視していることを、長らく見てきた私はよく知っている。

 

哀れな男だ。理想を求めるあまり、史上最悪の魔法使いとして歴史に名を残すことになる。たとえゲラートの革命が成功したとしても、彼の悪名が雪がれることはないだろう。

 

思考に耽っていると、ゲラートがこちらを見ながら静かな声で言葉を発した。

 

「一度だけ言うぞ、吸血鬼。お前には……感謝している。お前の魔道具や情報が無ければ、ここまで来られなかっただろう。」

 

ゲラートの言葉で思考を打ち切り、彼のほうを見る。この男から真っ直ぐな礼を言われる日が来るとは……何というか、不思議な気分だ。内心の動揺を隠して、戯けるように口を開く。

 

「そういう契約だっただろう? 礼を言われるようなことじゃないさ。」

 

「ふん、一応言っておこうと思っただけだ。大した意味などない。」

 

そっぽを向いた彼に苦笑する。まあ……五十年の付き合いなんだ、こういう日もあるのかもしれない。あの賢しらなガキも、今じゃあ皮肉屋のおっさんか。時の流れってのは早いもんだ。

 

妙な空気になったのを変えるべく、話題を前に進めることにする。

 

「さて……ゲラート、キミが遂に覚悟を決めてくれたのは喜ばしいことだ。ダンブルドアと闘うにあたって、何か必要なものはあるかな?」

 

「特にないな。……強いて言えば、邪魔が入らないようにして欲しいぐらいだ。」

 

「ま、そのくらいならお安い御用さ。端からキミたちの闘いを邪魔させるつもりはないし、邪魔するつもりもないからね。……そういえば、場所は決まっているのかい?」

 

私の問いに、ゲラートは何かを懐かしむような顔をしながら一つの地名を口にする。

 

「ゴドリックの谷だ。あの場所こそが俺たちの戦いに相応しいだろう。」

 

「ああ、なるほどね……。始まりにして、終わりの場所というわけだ。んふふ、運命的じゃないか。なかなか良いチョイスだと思うよ。」

 

「アルバスには手紙を書く。あいつなら……それで来てくれるはずだ。」

 

「ふむ……それなら、手紙は私が届けよう。検閲にあうのは嫌だろう?」

 

私の言葉に、ゲラートが虚をつかれたような顔になった。

 

「それは……お前は、アルバスに会いたくないのかと思っていたんだが。」

 

「共通の知り合いがいるのさ。彼女なら私の情報が漏れることはないし、ダンブルドアにも直接会えるはずだ。」

 

「お前の手は、俺が思っていたよりも随分長いらしいな。全くもって恐ろしいものだ。」

 

今度はゲラートが苦笑しながらも、懐から一通の手紙を取り出した。飾りっ気のない封筒には、ダンブルドアの名前だけが書かれている。

 

「それなら、頼んでおこう。」

 

「ああ、必ず届けよう。」

 

差し出された手紙を懐に仕舞い込む。レミリアに頼めばいいはずだ。彼女もダンブルドアと話したいことがあるはずだし、一石二鳥というものだろう。

 

窓の外に浮かぶ、高くなった夏の雲を見ながらゆっくりと口を開く。

 

「さて、それでは失礼させてもらおうかな。……ゲラート、当日は闘いを観に行かせてもらう。無様な姿は見せないでくれよ?」

 

私がニヤニヤ笑いながら言うと、ゲラートもニヤリと笑いながら傲然と言い放つ。

 

「楽しみにしていろ、吸血鬼。その日、地に横たわるのはアルバスの方になるはずだ。」

 

こちらを見ながら覇気を漲らせるゲラート・グリンデルバルドは、歴史に残る魔法使いに相応しい、堂々たる姿で不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「おお、これはスカーレット女史。お久し振りです。」

 

ホグワーツ城の最も高い塔、その天辺で黄昏ているダンブルドアを驚かそうとしていたレミリア・スカーレットは、自身の悪戯が失敗したことを悟った。

 

いきなり声をかけてやろうと思ったのに。後ろに目でもついているのか、全く驚いた様子もなく振り返ったダンブルドアに苦笑しながらも挨拶を返す。

 

「ええ、お邪魔しているわ。中々いい場所じゃないの、ここは。」

 

隣に並んで下を覗き込んでみると、ホグワーツの周辺が一望できる。しかし、本当に辺鄙な場所にあるらしい。ホグワーツ城を除けば、人工物は駅舎と……遥か彼方のホグズミード村だけだ。

 

「そうでしょう、そうでしょう。私はこの風景が大好きなのですよ。」

 

青い瞳を細めながら言うダンブルドアに、懐から一通の手紙を取り出した。

 

「グリンデルバルドからよ。」

 

差出人に一瞬驚いた様子だったが、すぐに立ち直ったダンブルドアはそれを受け取ると、丁寧な手つきで封を剥がして中身を読み始めた。読み進めるのを見ていると……彼が苦笑しながら口を開く。

 

「ゲラートは変わらず自信家のようですな。決闘を挑まれてしまいました。魔法界を賭けてゴドリックの谷で闘え、だそうです。」

 

「何とも皮肉な場所を選んだものね。それで……受けるのでしょう? アリスからの伝言は聞いているわ。」

 

「さよう、準備は出来ております。これがゲラートとの、最後の闘いになるでしょう。」

 

先程までのやわらかい雰囲気が消え、覚悟を秘めた表情でダンブルドアが言う。やはり心配する必要はなかったようだ。これならそうそう負けたりはしないだろう。

 

「それを聞いて安心したわ。そういえば……グリンデルバルドに手紙を送ったそうじゃない? ヤツはそれを見て闘いを決意したそうよ。挑発でもしたの?」

 

「よくご存知ですな。例の運命といい、貴女は色々なことを知っているようだ。」

 

「あら、レディの秘密は探るべきじゃないのよ? とんでもないしっぺ返しを食らうことになるわ。」

 

「それは恐ろしい話ですな。それで……そうそう、手紙の話でしたな。大したことではありませんよ。ただ、アリアナのことを恨んではいないと知らせただけです。」

 

それは……予想外だ。本心から言っているのだろうか? ダンブルドアの瞳を見つめるが、深いブルーのそれからは負の感情は読み取れない。

 

「本気でそう思っているの? というか、何故グリンデルバルドはその手紙を受け取って闘いを決意したのかしら?」

 

「本気で思っておりますよ。自責の念から解放された後、誰かを恨む感情は残っていませんでした。ゲラートは、彼は……負い目を感じていたのではないでしょうか。それが無くなったからこそ、闘うことが出来るようになったのでは?」

 

あのゲラート・グリンデルバルドが負い目を感じていた? なんともまあ、想像するのが難しい話だ。

 

「大陸じゃ人を殺しまくったのに? それとも、貴方の妹だから特別なのかしら。」

 

「こんなことを言っても誰も信じないでしょうが、ゲラートは本質的には殺人者ではないのだと、私は思っております。望んで行なっているのではなく、必要だから行なっているのでしょう。」

 

「目的じゃなく手段ってこと? 殺された側としてはさぞ迷惑でしょうね。」

 

「無論、弁護しているわけではありません。彼が行ったことは許されるべきではない。……ゲラートは、自らの理想に溺れているのです。自分の罪を自覚するほどに、後戻りが出来なくなっていく。」

 

ダンブルドアの予測通りなら、なんともまあ歪んでいる男らしい。理想のために人を殺して、それを無駄にしたくないからもっと殺す。そんな行いを繰り返した結果が、現在のヨーロッパというわけだ。

 

「雪だるまが転がっていくかのようね。彼の負債はどんどん大きくなっていくだけじゃない。」

 

「さよう。故に止めなければならないのです。ゲラートに引導を渡してやることこそが、私が彼に出来る最後のことなのでしょう。」

 

未だダンブルドアは彼に友情を感じているのかもしれない。そしてそれは、恐らくグリンデルバルドも同様なのだろう。

 

結果として起こるのが一対一の決闘か。なんとも報われない話だ。

 

まあ、何にせよ私に出来るのは見届けることだけだ。景色から目を離し、ダンブルドアに別れを告げる。

 

「ま、精々頑張って頂戴。貴方の勝利を祈っておくわ。」

 

「お任せいただきたい。大陸のためにも、イギリスのためにも、そして……ゲラートのためにも、私は必ず勝利してみせます。」

 

悠然と言い放ったアルバス・ダンブルドアは、柔らかくも強大な、こちらを安心させるような雰囲気を纏っていた。

 



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伝説の決闘

 

 

「さて……いよいよ決着がつくね。」

 

隣に座る美鈴に声をかけつつ、アンネリーゼ・バートリは民家の屋根上から、あの日と同じように緑に染まったゴドリックの谷を見下ろしていた。

 

美鈴の手にはパチュリーが作った魔道具がある。これを通して、紅魔館にいるレミリアやフランもこの風景を見ているはずだ。

 

当然ながら能力で姿を消している。加えて気配もきちんと消しておけば、幾らあの二人でもそうそう気付けないだろう。

 

「どっちが勝ちますかね?」

 

「正直言って、予測がつかないな。それに……多分誰に聞いても同じだと思うよ。今現在、あの二人よりも強力な魔法使いはいないだろうしね。」

 

「パチュリーさんなら余裕で勝てそうですけど。」

 

「それは別枠だよ。パチェも今や立派な人外じゃないか。」

 

美鈴と話しながら待っていると、先ずはダンブルドアが町の中心にある広場に姿あらわししてきた。

 

「おっと、選手入場ですね。」

 

それを見た美鈴がジャーキーを齧りながら声を上げる。……野球観戦じゃないんだぞ、こいつ。足元を見ればファイア・ウィスキーまで用意している。緊張感のないやつだ。

 

ため息を吐きながらもジャーキーを一個ぶん盗る。責めるような視線の美鈴を無視して、それを齧りながら返事を返した。

 

「順当だろうさ。ゲラートは相手を待たせるタイプの人間だしね。」

 

「物凄い無駄情報じゃないですか、それ。」

 

ダンブルドアは辺りを見回した後、広場のベンチにゆっくりと座り込んだ。うーむ、この場面だけだと日向ぼっこしている老人にしか見えないな。

 

「余裕ありますねー。」

 

「ご老体には立ちっぱなしが辛いんだろうさ。……おっと、ゲラートも到着したようだよ。」

 

広場から少し離れた場所にゲラートが現れる。広場にダンブルドアの姿を認めると、一直線に歩き出した。

 

ダンブルドアもどうやらゲラートに気付いたようで、ゆっくりと立ち上がって彼に近付いて行く。会話をするのには少し遠すぎる距離でお互いに立ち止まり、しばらくそのまま見つめ合う。

 

やがて先にダンブルドアが口を開いた。顔には困ったような笑みを浮かべている。

 

「久しぶりだな、ゲラート。随分と……老けたじゃないか。」

 

対するゲラートはニヤリと笑って、応えるように言葉を発する。

 

「それはこっちの台詞だ、アルバス。覚悟は出来ているんだろうな?」

 

「とうに出来ているよ。言葉を交わすつもりは……無いようだね。」

 

ニワトコの杖を抜き放ったゲラートに、ダンブルドアも自身の杖を抜いた。それを片手に持ちながら、二人はゆっくりと近付いて行く。

 

「もはや言葉は不要だろう? あの頃とは違う、本気の決闘だ。勝たせてもらうぞ、アルバス。」

 

「私には話したいことがあったんだが……止むを得まい。残念だが、私も負けるつもりはないんだ。全力でいかせてもらおう、ゲラート。」

 

眼前に杖を立てた後、さっと振り下ろしてからお辞儀をする。そのまま後ろを向いて、ゆっくりとお互いの距離を離すように歩き出した。

 

「へえ、魔法使いの決闘って、こんな感じでやるんですね。」

 

「静かにしておけ。立ち止まったら始まるぞ、美鈴。」

 

ある程度距離が離れたところで、二人が示し合わせたように振り返って杖を構える。それぞれの目が合った瞬間、ゲラートの杖から猛烈な勢いで炎が噴き出した。

 

炎はいくつもの弧を描いてダンブルドアに襲いかかるが、彼が杖を一振りすると大量の水が現れて自身を覆い、炎の鞭からその身を守る。

 

炎と水の激突で生じた激しい水蒸気でダンブルドアが見えなくなるが、構わずゲラートは浮き上がらせた小石を槍に変えて更なる追撃を行った。

 

槍が凄まじい勢いでダンブルドアが居るであろう場所に向かっていくが……突如として吹き荒れた豪風が水蒸気と槍を纏めて吹き飛ばした。豪風の発生地から無傷のダンブルドアが飛び出し、ゲラートに向かって大量の閃光を撃ち出す。

 

それを見ていた美鈴が、ウィスキーが零れているのにも気付かずに半笑いで呟いた。

 

「いやぁ……これは、凄くないですか?」

 

「ああ……これはちょっと、思っていたよりもかなり派手だな。」

 

まさかここまで大規模な闘いになるとは思っていなかった。精々大量の閃光が行き交う程度だと思っていたのだが……。呆然とする私と美鈴が話している間にも、戦況はどんどん変化していく。

 

閃光を捌ききったゲラートが短距離の姿あらわしで距離を取るが、ダンブルドアも合わせるように位置を変えながらゲラートの近くの地面を吹き飛ばす。

 

吹き飛ばされた小石がぶつかるのを無視して、今度はゲラートが攻勢に出た。街灯を折り曲げてダンブルドアの動きを妨害すると、すかさず杖から生み出した鎖でダンブルドアを拘束する。

 

見事に捕らえられたように見えたダンブルドアだったが、杖先を光らせると鎖に縛られている身体は煙になって消え、本人は離れた位置に現れた。

 

煙はそのまま動物に形を変えてゲラートに襲いかかるが、彼がくるりと杖を回したかと思えば一瞬で霧散して消えていく。

 

それを見たダンブルドアが、肩を竦めながらゲラートに声をかけた。

 

「腕を上げたな、ゲラート。」

 

「当然だ。お前こそ……教師なんぞをしているから鈍ってると思ったんだがな、なかなかやるじゃないか。」

 

ぶっきらぼうに言い放ったゲラートに、ダンブルドアが苦笑する。

 

「鍛錬を欠かしたことはないさ。それなら……これはどうかな!」

 

今度はダンブルドアが炎を操る番らしい。彼の振った杖先から、炎で形取られた美しい鳥が飛び出してくる。無数の鳥たちは意志を持っているかのような複雑な軌道を描き、四方からゲラートに襲いかかった。

 

「ナメるなよ!」

 

言い放って白い閃光で鳥たちを迎撃しつつ、ゲラートはダンブルドアに怒声を浴びせかける。

 

「アルバス! お前に俺を止める権利があるのか? 優秀な人間が愚者たちを導く、それこそが正しい在り方だと、お前もそう同意したはずだ!」

 

複雑な杖捌きで炎の鳥を操りながら、手を休めることなくダンブルドアも叫び返す。

 

「思想ではなく、方法の問題だ! 何故こんなやり方を選んでしまったんだ、ゲラート! 我々が望んだのは改革による変化だったはずだ! 力による弾圧ではない!」

 

「ヌルいやり方ではいつまでも変わらんぞ! 魔法使いたちはいつまでドブネズミのように隠れて暮さねばならない? いつまで弱いマグルどもを恐れねばならない? こんな間違いをいつまで放っておくつもりだ! 答えてみろ、アルバス!」

 

言葉と共に特大の白い閃光が鳥たちを吹き飛ばす。まるでゲラートの怒りを込めたようなその一撃は、勢いを失うことなくダンブルドアへと襲いかかった。

 

「ぐぅっ……。」

 

赤い閃光を杖先から放って、襲いかかるそれを抑えつけるダンブルドアだったが……いいぞ、ゲラート。押しているようじゃないか。私と同じように笑みを浮かべたゲラートが、閃光を放出している杖へと更に力を込めながら口を開く。

 

「俺はニワトコの杖を持っているんだ、単純な力比べでは勝てんぞ!」

 

「では……趣向を凝らすとしよう。」

 

汗をその顔に浮かべながらも、ダンブルドアはニヤリと笑って言い放った。彼が杖を持たない手を掬い上げるように動かした瞬間、地面の一部が盛り上がって鬩ぎ合う閃光へと激突する。

 

生じた衝撃に吹き飛ばされた二人だったが、先んじて立ち上がったダンブルドアが杖を振った。途端にゲラートの周囲に水が現れ、今度は彼の方を包み込んでいく。

 

捕らわれた形のゲラートだったが、不敵に笑って杖を一振りすると、水が弾け飛んで拘束が解かれた。

 

「無駄だと言ったはずだ! この程度で俺を捕えられはしないぞ!」

 

「私も言ったはずだよ。趣向を凝らす、と。」

 

応えるように笑いながら、ダンブルドアが杖を振る。すると先程吹き飛ばされた水が氷へと姿を変えて、四方八方からゲラートに襲いかかった。

 

舌打ちをしながらそれを捌くゲラートだったが、ダンブルドアが杖を振る度に数を増すそれに耐えかねたらしく、強引に自分の足元を吹っ飛ばして土煙で姿を隠す。

 

その土煙を払おうとダンブルドアが杖を振り上げた瞬間、彼の隣に建っていた家がメキメキと音を立てて倒れ始めた。

 

倒れこんでくる家を避けたダンブルドアと、土煙の中から飛び出してきたゲラートの目が合う。二人は同時に杖を振り上げるが……その瞬間、ゲラートの振り上げた腕に、僅かに残っていた氷が縄となって巻き付いた。ダンブルドアだけが杖を振り下ろし、赤い閃光が驚愕の表情を浮かべたゲラートを撃ち抜く。

 

吹き飛ばされたゲラートの手を離れた杖が、クルクルと宙を舞ってからダンブルドアの手に収まった。これは……おいおい、負けた? 嘘だろう?

 

あまりにも唐突に訪れた決着に、隣の美鈴も呆然としている。

 

「えーっと……ええ? ひょっとして、ダンブルドアの勝ち、ですか?」

 

「……ああ、そのようだ。そしてレミリアの勝ちでもある。」

 

ゲラートは仰向けに倒れたままだ。……そうか、負けたか。最終回で逆転負けとは、我ながら情けない結末だ。とはいえ、負けは負け。残念だが、受け入れるしかあるまい。

 

激発しそうな内心を、理性の力で抑えつける。昔なら怒り狂って暴れていたかもしれないが、もうガキではないのだ。強く握りしめすぎたせいで血が出てきた拳をゆっくりと開いて、美鈴に悟られないうちに再生を終わらせる。

 

二人の方に視線を向ければ、仰向けに倒れるゲラートへと、杖を下ろしたダンブルドアが歩み寄っていくところだった。その顔には勝者の喜びは無く、静かな瞳でゲラートを見つめている。

 

「俺の負けだ、アルバス。」

 

倒れたまま空を見上げつつ、ゲラートが静かに呟いた。気絶したわけではなかったのか。

 

「ああ、私の勝ちだ、ゲラート。」

 

勝ち誇る様子は一切なく、ダンブルドアの声色はむしろ沈痛さを帯びている。

 

ゲラートは立ち上がる素振りも見せず、仰向けのままでゆっくりと語り出した。

 

「……俺は、今でも自分が間違っているとは思わない。全ては『より大きな善のために』行ったことだ。」

 

「君の理想が間違っていたとは言わない。だが……君は手段を間違えたんだ。革命を起こしたいのであれば、力ではなく言葉を以って行うべきだった。」

 

「ヌルいな、ヌルすぎるぞ、アルバス。……ふん、まあいいさ。俺は負けたんだ、今更ジタバタはしない。しかし、俺の熾した火は消えないぞ。いずれ必ず同じようなことを起こすヤツが出てくる。」

 

「ならば、何度でも私が止めるさ。」

 

二人の話し合いを見ながら、美鈴に目で帰るぞと促す。内容はちょっと気になるが……ダメだ、悔しくてやる気が出ない。

 

「あれ、見なくていいんですか? なんか大事そうな話してますけど。」

 

「なんだか……どっと疲れてしまったよ。それに、フランが癇癪を起こしていないか心配だ。早く行かないと紅魔館が半壊するかもしれないぞ。」

 

「げ、そりゃそうですね。行きましょうか。」

 

それを片付けるのが自分だと気付いたのだろう。一転して焦り出す美鈴に苦笑しながら杖を取り出す。

 

美鈴と一緒に紅魔館へと姿あらわしする直前、二人の姿が最後に目に入る。闘いを終えた二人は旧友とそうするように、ただ穏やかに話し合っていた。

 

 

─────

 

 

「うぅー……でも、でも! フランは勝ってたもん!」

 

腕をぶんぶん振り回しながらそう主張する妹様を見て、パチュリー・ノーレッジは自分と小悪魔を包む障壁の強度を若干上げた。

 

リーゼが戻ってきたお陰でかなり落ち着いてきたが、未だに妹様の怒りは燻っている。油断すべきではないのだ。

 

半壊した紅魔館のリビングには、引きつった笑みで項垂れる美鈴、駄々を捏ねる妹様と、彼女に目線を合わせて諭しているリーゼ、片腕を失いながらそれを見て苦笑しているレミィ、そして私の後ろで遺書を書いている小悪魔が居る。全くもって混沌とした状況だ。

 

ダンブルドアがグリンデルバルドを打ち倒した瞬間、妹様の怒りが爆発したのである。恐らく予期していたのだろう、すぐさまレミィが反応したのだが……どうやら、妹様の怒りはレミィの予測を上回っていたらしい。

 

吸血鬼二人の姉妹喧嘩と言うには少々激しすぎるそれを見て、私は即座に障壁を張ってそこに引き篭もることを決めた。あんなのを止めようとするほど私はバカじゃないのだ。

 

結果としてレミィが二回目に腕を千切られたあたりでリーゼと美鈴が到着し、何とか妹様の怒りを収めつつあるというわけである。

 

「負けは負けだよ、フラン。きちんとそれを受け入れるのが、一人前のレディというものだろう?」

 

「でも、でもっ……リーゼお姉様は悔しくないの?」

 

「もちろん悔しいさ、喚き散らしたいほどにね。だが、そんなことをする私のことをフランは見たいかい?」

 

「それは……ヤダかも。」

 

「だろう? それを堪えて、敗者なりに堂々と振る舞うのさ。」

 

「むぅ……んぅう、分かった。フラン、頑張ってみるよ。」

 

ぺたんと地面に座り込んだ妹様から、先程までの圧力が消えた。やれやれ、とりあえず命の危機は去ったらしい。障壁を消してため息を吐く。

 

「落ち着いたようね、フラン。まあ、何はともあれ、決着がついてよかったわ。勝ち誇るような雰囲気じゃなくなっちゃったけどね。」

 

苦笑するレミィが腕を再生しながら二人に歩み寄る。一番の被害者は彼女だろう。とはいえ、ぐちゅぐちゅと再生しているそれは、正直言ってかなり気持ち悪い。

 

「いやはや、終わってみると呆気ないものだね。……そういえば、後片付けはどうする?」

 

リーゼの言葉を受けたレミィが考え出す。ニュアンスからしてこのリビングの後片付けではなく、グリンデルバルドの残党やら魔法省への対応についてだろう。リビングの担当は向こうで現実逃避をし始めた美鈴のはずだ。

 

「そうねぇ、リーゼに関しての記憶は消しといたほうがいいかしらね? もしくは、口を開けなくするとか。」

 

「ゲラート以外にはあまり知られていないはずだ。連絡は全てロワーを通したしね。ゲラートもペラペラと喋るようなヤツではないから……いや、真実薬があるか。」

 

リーゼの言う真実薬というのは、つまり魔法界の自白剤だ。マグルの物よりも数段強力なそれは、本人の意思に関係なく秘密を暴くことができる劇薬である。まあ、対処法も星の数ほどあるのだが。

 

「さすがに殺すのは気が進まないな。ふむ……パチェ、どうにか出来ないか?」

 

リーゼがこちらに問題をぶん投げてきた。まあ、予測はしていたことだ。頭の中で組み立てていた考えを口に出す。

 

「リーゼのことを伝えられなくすればいいんでしょ? 強めの契約魔法を使えば、そんなに難しいことじゃないわ。物理的に喋れなくしたり、心を閉ざせれば真実薬も意味ないしね。」

 

その話題になるたび心を読めないようにするとか、舌が動かなくなるとか、幾らでも方法はある。どうにでもなるだろう。

 

私がそう言うと、二人は納得して次の話題に移る。今度は魔法省への介入の件を話しているらしい。隣に座る妹様がむくれながらも一応その話を聞いている。あっちは落ち着いたようだし、自分の部下を心配してやるか。

 

「こあ、大丈夫?」

 

「こっ、怖かったです、パチュリーさまぁ。」

 

吸血鬼の悪巧みを適当に聞きながら、緊張から解放されて腰砕けになっている小悪魔の背をさすってやる。何年経ってもこの子が小心なのは変わらない。いやまあ、さっきのは私も怖かったが。

 

「でも、よかったですねぇ、ダンブルドアさんが勝って。パチュリーさまの同級生なんでしょう?」

 

「何度も言ってるけど、私は誰が勝とうがどうでもいいのよ。」

 

「そんなこと言っちゃってー。ダンブルドアさんがピンチの時、手をぎゅって握りしめてましたよ?」

 

「そんなことない……はずよ。」

 

私がダンブルドアの心配をしていた? ううむ、あり得ない。小悪魔の見間違いに決まってる。

 

「素直じゃないですねぇ、パチュリー様は。」

 

「黙らないと、この場所を直す美鈴の手伝いをさせるわよ。人手が増えると聞けばさぞ喜ぶことでしょう。」

 

「それはちょっと……。」

 

美鈴は未だ立ち尽くしたまま、ブツブツと何かを呟いている。哀れな姿だが声をかけるわけにはいかない。同情したが最後、修復を手伝わされるに決まっているのだ。

 

リーゼたちの話し合いが一段落したのを聞きながら、パチュリー・ノーレッジは哀れな門番に憐憫の視線を送るのだった。

 



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ゲームの終わり

 

 

「失望したか? 吸血鬼。」

 

イギリス魔法省内の一室で、手枷と鎖に繋がれたゲラートを見ながら、アンネリーゼ・バートリは薄く微笑んでいた。

 

いきなり現れたわけだが、残念ながら驚いてはくれないらしい。多少気落ちしつつも部屋の隅にあった椅子をゲラートの前に置いて、そこに腰掛けながら口を開く。

 

「自分でも驚いているんだがね、失望はしていないんだ。」

 

これは事実だ。悔しい気持ちはあれど、この男を責める気にはなれない。

 

「意外だな。てっきり、いつものような口煩い説教が飛んでくるのかと思ったが。」

 

「キミが全力で闘ったのが分かっているからかもしれないね。そうでなければ、破れぬ誓いに反したせいで死んでいるはずだ。もしくは……同情? 長い付き合いで情が移ったのかな? 自分でもよく分からないんだ。」

 

私がそう言うと、ゲラートは苦笑した。本当に丸くなったものだ。……お互いに。

 

「俺は負けた。そしてこの上足掻くつもりはない。これまでの負債を回収しに来たのなら、急いだ方がいいぞ。魔法省の連中が俺を骨までしゃぶり尽くす前にな。」

 

「まあ、私もキミの望みを叶えてやれなかったわけだしね。負債を回収するつもりはないさ。ただ……私のことを喋られると困るんだ。」

 

私の言葉を聞いたゲラートは、静かに笑いながら目を瞑る。

 

「ならば殺せ。俺の意思に関係なく、俺の口を開く手段は少なくない。それが一番確実だ。」

 

「早合点しないでくれよ、ゲラート。私を誰だと思ってるんだい? もっと簡単な対処法があるのさ。」

 

懐から一錠の薬を取り出して、ゲラートの口元まで運ぶ。パチュリー謹製の……そうだな、閉心薬とでも呼ぶか。ある特定の事柄について、他人には決して伝えられなくするという代物だ。

 

「私のことについて強く考えながら、この薬を飲み込んでくれ。」

 

「……副作用はないんだろうな?」

 

「残念なことに至極安全な薬だよ。ひと思いに死ねなくって残念だったね。」

 

ニヤニヤ笑いながら口元に押しつけると、嫌そうにしながらもゲラートがそれを飲み込んだ。

 

「俺を唆したのは凶悪な吸血鬼だ。……喋れるようだが?」

 

「その当事者には話せるのさ。しかし、凶悪な吸血鬼ね。……そんな風に思ってたなんて悲しいよ。」

 

「ふん、自覚がないというのは恐ろしいな。」

 

今度は私が苦笑しながら、ゲラートの目を見つめてゆっくりと問う。

 

「それで、本当にいいんだね? キミが一言頼むなら、私はキミを自由にできるんだよ?」

 

「不要だ。無様に落ち延びるつもりはない。全てを決する、あれはそういう決闘だったんだ。」

 

「まあ、その通りかもしれないね。しかし……そうか、それならここでお別れか。結構長い付き合いだった気がするよ。」

 

細めた私の目に、ゲラートが同じような表情をしているのが映る。長い時間を生きる私にとっても、本当に長いゲームだった。

 

「そうだな……お前に初めて会った時はまだ世を知らぬガキだった。今や俺は世紀の大犯罪者だ。」

 

「んふふ、結構楽しかったよ。見ていて危なっかしくもあったけどね。」

 

戯けるように笑いながらそう言うと、ゲラートもほんの少しだけ笑ってくれる。ダンブルドアとの決闘の前では考えられなかったような表情だ。

 

「さて……それじゃあ、お別れだ。長々とした別れなんて、私たちには似合わないだろう?」

 

「ふん、その通りだ。では、次に会う時は地獄かもしれんな。」

 

「残念だが、私はキミよりもっと深い場所に落ちるだろうさ。」

 

言い放ってから部屋のドアに向かってゆっくりと歩き出す。ドアを開けて外に一歩だけ踏み出したところで、背後のゲラートから声をかけられた。

 

「さらばだ、アンネリーゼ・バートリ。」

 

こいつ、私の名前をちゃんと覚えていたのか。顔に苦笑を浮かべながら、ドアが閉まる直前にゲラートへと向き直る。その瞳をみつめて、微笑みながら声を放った。

 

「さようなら、ゲラート・グリンデルバルド。」

 

パタリと閉じたドアを少しだけ見つめた後、ゆっくりと杖を取り出す。自分の心にほんの少しだけの惜別の感情を認めながら、ムーンホールドへと姿あらわしをするのだった。

 

 

 

ムーンホールドのエントランスに到着し、自分の部屋へと歩き出そうとすると、その前に声をかけられてしまう。

 

「アンネリーゼお嬢様、少々お時間をいただけないでしょうか?」

 

「ロワー、どうした?」

 

振り返ると、ゲラートとの連絡役の任を解かれて屋敷に復帰したばかりのロワーだった。いつも以上にパリッとしたような執事服を身に纏い、礼儀正しく一礼してから話し出す。

 

「はい、実はお嬢様にお願いしたいことがございまして。」

 

「お願い? キミがかい? 珍しいこともあるもんだね。言ってみるといい。」

 

お願い、だなんて初めて聞いたかもしれない。驚きながらも続きを促すと、ロワーはゆっくりと丁寧に話し始めた。

 

「お暇を頂きたいのです。私は……もう老いました。大きな仕事も一段落つきましたので、このままお仕えして無様を晒すよりも、優秀なしもべとしてここを去りたいと思っております。」

 

「それは……そうか、残る気はないんだね?」

 

一瞬引き留めようとする考えが頭をよぎるが、しもべ妖精にそれをするのはむしろ酷だろう。これまでの忠勤に報いるためにも、ここは了承すべきだ。

 

「はい、お許しをいただけるのであれば、引き継ぎを終わらせた後に出て行こうと思っております。」

 

「……キミの気持ちは分かったよ。これまでよく働いてくれたんだ、最後くらいは好きにするといい。」

 

「ありがとうございます、アンネリーゼお嬢様。お嬢様にお仕えできて、ロワーめは幸運でございました。」

 

ペコリと一礼するロワーに対して、できる限りの感情を込めて言葉を放つ。

 

「ロワー、キミの仕事で不足を感じたことは一度もない。歴代のバートリ家の使用人の中でも、キミほど優秀なヤツは他にいないだろう。そのことを誇りに思いたまえ。」

 

「身に余る光栄でございます。」

 

床に頭がつくほどのお辞儀をしてから、ロワーが去っていく。どうやら、今日は別れが多い日のようだ。

 

エントランスの窓から夏の夕焼け空を見上げつつ、アンネリーゼ・バートリは静かに瞑目するのだった。

 

 

─────

 

 

「何故ですか! 僕の成績には問題はないはずです!」

 

ホグワーツの廊下を歩くパチュリー・ノーレッジは、自身の目的地であるダンブルドアの私室から響く怒声に眉をしかめていた。

 

今や大人気のダンブルドアに、怒声を浴びせかけるような根性のあるヤツがいるとは思わなかった。ちょっと面白そうだ。そろりとドアに近づいて、耳を澄ませてみる。

 

「リドル、これはディペット校長も同意してくれたことだ。残念ながら君は防衛術の教師にはなれない。」

 

「ヴェイユは教師に採用されたと聞きました。僕の成績は彼女より上のはずです!」

 

「成績の問題ではないのだ。君がイモリ試験で驚くほどの好成績を残したことはよく知っている。しかしこれは……適性の問題なのだよ。」

 

どうやら怒鳴っているのはリドルらしい。道理で聞き覚えのある声だと思った。しかし……教師か。アリスの話を聞く限り、確かに向いてはなさそうだ。

 

「ハグリッドのことですか?」

 

「それもある。しかし、それだけではない。」

 

「他にも理由があるとでも?」

 

一瞬の沈黙の後、ダンブルドアがゆっくりと話し始める。

 

「リドル、ホグワーツの……いや、あらゆる学校で、教師となるのに必要な資質が何か分かるかね?」

 

「教えるのに相応しい知識と、そして生徒が納得するような実績でしょう?」

 

「それは最も大事な資質ではないな。……愛だよ、リドル。生徒を愛する心こそが、教師として欠けてはならないものなんだ。」

 

「……またそれですか、貴方お得意の言葉ですね。魔法使いが持つべきものは愛! 最も強い力は愛! そして教師に必要なのも愛! 聞き飽きましたよ、その言葉は!」

 

リドルの怒りが大爆発しているようだ。だが、ダンブルドアの言葉は真実の側面を突いている。時に愛が凄まじい力を持つことを、私は本を通じて知っているのだ。

 

ダンブルドアはきっと人間を通してそれを知ったのだろう。しかし、リドルはまだ若すぎる。それを理解するのは難しいはずだ。

 

「テッサは自らが他者を愛する力を持っていることを、五年生の時に証明したのだ。君と校長の前に立ち塞がってまで友を守ろうとした。その行いのなんと勇敢なことか。」

 

「そして退学に追い込んだ僕は間違っていたと、そう言いたいわけですか?」

 

「君はあの行いが正しいことだったと、そう本気で信じているのかね?」

 

「信じていますよ、今でもね。……どうやら、話は平行線のようだ。僕は失礼させていただきます。これ以上は無駄な時間になるだけでしょう。」

 

こちらに近づいてくる足音に、ドアから少しだけ離れる。別に聞いていたこと自体を隠す必要はないだろう。なんたってその方が面白そうだ。

 

怒った顔でドアを開いて出てきたリドルが、私を見つけて驚愕の顔に変わる。

 

「っ、これは、ノーレッジさん。お久し振りです。」

 

「ええ、久し振りね、リドル。それと、残念だったわね。」

 

「聞いていたんですか?」

 

リドルはこちらを責めるような顔だが、知ったことではないのだ。外まで聞こえるような大声で話しているのが悪い。四十年前ならともかく、今の私はそんな顔では揺らがないぞ。

 

「まあね。それじゃあ、失礼するわ。ダンブルドアに用があって来たの。」

 

なおも責める顔を崩さないリドルを放って、ダンブルドアの部屋へと入る。部屋の主人はこちらを見ると、疲れたように苦笑した。

 

「今度は君か? ノーレッジ。少し疲れているんだ、手加減してくれよ?」

 

「失礼なヤツね。今日はいい話を持ってきたのよ。」

 

疑わしいと言わんばかりのダンブルドアを無視して、持ってきたカバンから小さな石を取り出す。

 

すると、ダンブルドアの顔が驚きに染まった。当然ながら、ただの石ころだと思って驚いたわけではないだろう。これの貴重さを理解できているのだ。

 

「レミリア・スカーレットから、戦勝祝いの贈り物よ。火消しの石。貴方なら貴重さが理解できるでしょう?」

 

「これは……確かに貴重だ。初めて目にしたよ。」

 

「時に使用者を闇に隠し、時に使用者を導く灯火となる。正直、貴方には似合わないと思うんだけどね。レミィによると必要とする時が来るらしいわよ。」

 

「例の、運命というやつかい? ふむ……それなら、ありがたく貰っておくとしよう。」

 

ダンブルドアはレミィの運命をあまり疑ってはいないようだ。勿論、無条件に信じるわけでもないだろうが。

 

「まあ、私からもお祝いを言っておくわ。決闘の勝利おめでとう。」

 

「ありがとう、ノーレッジ。どうにか生き延びることが出来たよ。」

 

面映げに笑うダンブルドアに、昔の面影が重なる。しわくちゃになったが、その本質は変わっていないらしい。

 

紅茶を出そうとするダンブルドアを止めて、一つだけ質問をする。元々長居するつもりは無かったのだが、彼の顔を見ていたら気になっていたことを思い出したのだ。

 

「ねえ、貴方はレミィのことをどこまで信じているの?」

 

この男はその辺にいる馬鹿な魔法使いたちとは違う。レミィの行動に違和感を感じていてもおかしくはないはずだ。

 

「スカーレット女史が吸血鬼だということかな? それとも、自分でゲラートを倒さなかった理由の方かね?」

 

まあ、そこまでは気付いているわけか。しかし、それなら尚更不可解だ。

 

「他にも違和感はあったはずよ。それなのに、貴方はレミィに一定の信頼を置いている。違うかしら?」

 

グリンデルバルドが捕まった後の対応にしたって、ダンブルドアはレミィと連携を取っていた。ヨーロッパで大きな混乱なく残党の処理が進んでいるのもそのせいだ。

 

私の問いに、ダンブルドアは何かを思い出すようにしながら答えを口にする。

 

「理由は二つある。彼女には大きな借りがあるんだ、それに感謝しているというのが一つ目。そしてもう一つは……。」

 

「もう一つは?」

 

「カン、だよ。魔法使いとしてのカンさ。」

 

呆れた。悪戯が成功したように笑うダンブルドアに、思いっきり鼻を鳴らしてやる。

 

本気にせよ冗談にせよ、もう聞く気が失せてしまったのは確かだ。久々にこの男にやり込められてしまったらしい。

 

「全く、いつまで経ってもガキのままね。……分かったわ、今回は私の負けよ。」

 

「君から一本取れるとは、私もまだまだ捨てたもんじゃないようだね。」

 

苦笑しながらドアへと向かう。用事は済んだのだ、愛する図書館に帰ろう。そう思ってドアを開けたところで、後ろから声がかかった。

 

「またいつでも来てくれ、ノーレッジ。同世代の友人は減っていくばかりなんだ。」

 

「それまでに貴方がおっ死んでなかったらね。」

 

肩越しに言い放ってドアから出る。言ったはいいが、あの男はしばらく死にそうにないな。

 

懐かしいホグワーツの廊下を歩いていると、昔苦しめられた仕掛け扉が目に入る。……どうせなら、この校舎にちょっとした悪戯をしてから帰ろうか? きっとこの城の意味不明な仕掛けは、そうやって増えてきたのだろう。

 

これから行う悪戯の内容を考えながら、パチュリー・ノーレッジは足取り軽く歩き出すのだった。

 



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卒業旅行

 

 

「やっぱり凄いよ! さっすがダンブルドア先生だね!」

 

列車の中でテッサのはしゃいだ声を聞きながら、アリス・マーガトロイドは答え難い話題に苦笑していた。

 

テッサの持っている新聞の一面には、ダンブルドア先生と捕らえられたグリンデルバルドの写真がデカデカと載っている。見出しには『イギリスの英雄、史上最悪の魔法使いを破る』、と大きな文字で書かれていた。

 

別にダンブルドア先生が勝利したことが嬉しくないわけではないのだ。私だってあの先生には恩義を感じているし、グリンデルバルドに勝ったと聞いてホッとしている。

 

私が苦笑しているのは、この闘いがリーゼ様とスカーレットさんの『ゲーム』であることを知っているからだ。

 

ムーンホールドの夕食の席で、その事をさらりと聞かされた時にはとても驚いた。……というか引いた。まさかリーゼ様とグリンデルバルドに繋がりがあるなんて思わなかったし、スカーレットさんだって本気で彼と戦っていると思っていたのだ。

 

おまけにアメリカで脱獄させたのはパチュリーらしいし、この決闘にもリーゼ様たちが大きく関わっているらしい。予想以上の悪行の数々に、さすがの私も顔を引きつらせたくらいだ。

 

反面、私がリーゼ様たちと同じ場所を選んだから聞かせてくれたのだと思うと、ちょっと嬉しい気になったのも事実だ。まあ、少し想像以上の世界だったが。

 

とにかく、この記事の裏側を知っている私にとっては、素直に喜べる記事じゃないというわけである。事実を知っていると、なんだか二人が可哀想に見えてくるのだ。

 

「いやー、パパもホッとしてたよ。各地で反攻作戦が起きてるんだってさ。ようやく避難所から出れるって手紙で喜んでたよ。」

 

もちろんテッサに事実を伝えるわけにはいかない。隠し事は心が痛むが、幾ら何でも事が大きすぎる。ごめんね、テッサ。

 

複雑な内心を隠して、喜んでいるテッサに笑顔で返事をする。

 

「よかったわね。フランスには一旦帰るんでしょう?」

 

「うん。この旅行が終わったら、顔だけ出そうと思ってるんだ。きちんと就職先のことも伝えたいしね。」

 

テッサはホグワーツの教師になれることが正式に決まった。来学期からは見習い教師として、ホグワーツで生活することになるらしい。

 

そのお祝いも兼ねて、二人で卒業旅行にやって来たというわけだ。魔法界と同じようにマグルの世界でも大戦があったらしく、行き先を探すのには苦労したが……苦労の甲斐あってなかなかいい場所を見つけることができた。

 

列車が速度を落とし始めると、イギリスでは考えられないような景色が見えてくる。テッサも窓に張り付きながら、大口を開けて呟いた。

 

「おお……着いたよアリス。すっごいねえ。」

 

「そうね、イギリスとは全然雰囲気が違うみたいね……。」

 

目の前には巨大なビルが立ち並び、隙間を縫うように小さな店が軒を連ねる、なんとも混沌とした風景が広がっていた。この場所こそが、悪名高き香港特別魔法自治区である。

 

かつてイギリス魔法省が自国の植民地に起こしたこの街は、東方、ロシア、インド、南方、果ては新大陸の魔法使いたちをも巻き込む形で、凄まじい勢いで成長していった。

 

結果として今はイギリスから独立し、魔法界では一つの国家に近い影響力を持っている。ありとあらゆる魔法界の文化がちゃんぽんになった、混沌とした不夜の都市。それが香港特別魔法自治区なのだ。

 

列車から降りて駅を離れ、出店の間を縫って歩き出す。呼び込みやら話し声やらで耳に届く音が忙しない。

 

「うわぁ、見てよアリス、空飛ぶ絨毯がたくさん売ってるよ。」

 

「こっちには呪符が売ってるわ。大陸のかしら? それとも日本?」

 

売り物に統一性がなさすぎる。狼やらヤギやらの生首を売っている店の隣に、かわいらしい看板のペットショップがある始末だ。それにあれは……鬼のパンツ? あんなもん誰が買うのやら。

 

しばらく忙しなく視線を動かしながら歩いていると、テッサが空を見上げながらいきなり立ち止まった。

 

「大燕だ! マホウトコロじゃあれに乗って学校に行くんだよ。でっかいねえ。」

 

「本当ね……。こうして見てみると、本当に魔法界というのは地域差があるのが分かるわ。」

 

空を飛ぶ巨大な燕は、背中に人を乗せているようだ。イギリスじゃ想像もできない光景である。人間を一息に呑み込めそうな大きさだ。

 

しばらく大燕を二人で見上げていたが、やがて立ち直ったテッサが首を振りながら話しかけてくる。

 

「あーもう、目移りしちゃって進めないよ。先にホテルに荷物を置きにいかない? 本腰入れないと絶対回りきれないって。」

 

「その方が良さそうね。えーっと……あっちかしら? いや、違うわね。駅がこっちだから……。」

 

ホテルの場所を示した地図を見るが……全然分からない。あまりにも店が多すぎるせいで、遠くまで見渡せないのだ。

 

「ちょっと待ってね、方角だけでも……ポイント・ミー(方角示せ)。よし、こっちが北だから、ホテルはこっち!」

 

テッサが元気よく指し示した方向には店が立ち並んでおり、どう見ても通れそうもなかった。微妙な沈黙が二人を包んだ後、彼女は頭を掻きながら半笑いで口を開く。

 

「迂回しないとダメそうだね。」

 

「じっとしてても始まらないわ。とりあえず向こうに抜けられる道を探しましょう。」

 

どうやらホテルにたどり着くのにも苦労しそうだ。まあ、それも旅の醍醐味なのかもしれない。人混みを掻き分けながら、不思議な品々への誘惑になんとか耐えて、テッサと二人で歩き出した。

 

 

 

「あれぇ……こっちも行き止まりだよ。」

 

「何で道路のど真ん中に壁があるのよ……。」

 

結果として私たちは迷った。いや、別に私やテッサが方向音痴だというわけではないのだ。この街があまりにも不親切なのが悪いのだ。

 

直線の道など全くないし、店々はどうやら道路を侵食してその数を増やしているらしく、道の先が店で塞がれているのはここでは当然の風景らしい。

 

この壁もどうせなにかの店で、逆側に入り口があるのだろう。何にせよ、ここは通れないということで間違いあるまい。

 

「ってことは、さっきの分かれ道に戻らないとダメだね。迷路みたいな街だなぁ……。」

 

「駅で案内人が客引きをしてたのはこういう訳なのね。雇っておけばよかったかしら?」

 

「時既に、ってやつだよ。とにかく戻ろう。」

 

テッサの言葉に従い、二人でトボトボと来た道を戻っていると、ビルの隙間から何やら声が聞こえてきた。

 

「はぁ……何度言ったら分かるのかしら? 知らないのよ、私は。」

 

「嘘をつくんじゃねえ! お前が盗ったんじゃないなら、誰が盗ったって言うんだ!」

 

「貴方のような貧乏臭い人から財布を盗るほど、私は困窮してはいませんの。ほら、分かったらさっさと消えてくれないかしら?」

 

「てめぇ、女だからっていい気になるんじゃねえぞ!」

 

怒鳴る男性と冷たい女性の声だ。どうやらトラブルらしいが、ちょっと物騒だ。脳裏に七年前の光景が蘇る……止めに行こう。今の私はあの時とは違うのだ。

 

隣を見れば、テッサは既に杖を抜いている。二人で頷き合って、声の方向へと駆け出した。

 

「あらまあ、物騒な物を持ってるのね。ちゃんと使えるの? 手が震えてるみたいだけど。」

 

「ふざけやがって! 後悔するなよ!」

 

ビルの隙間の角を曲がり、ようやく声の主たちが目に入るが……男が女性に向かって銃を構えている! 咄嗟に杖を振り上げて、武装解除の呪文を放った。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

隣のテッサは失神呪文を選択したようだ。二つの閃光が男を撃ち抜き、吹っ飛んだ後にピクリとも動かなくなった。男の手から離れた銃がカラカラと地面に転がったところで、女性がゆっくりとこちらに振り向く。

 

「あら、かわいい正義の味方さんたちね。」

 

そう言って優雅な所作でこちらに近付いてくる女性は、何というか……凄い美人だ。穢れを知らぬ少女のようにも見えるし、妖艶な大人の女性にも見える。不思議な感じの人だった。

 

私とテッサの近くまで来ると、その長い金髪をさらりと揺らして、綺麗な所作で一礼してくる。

 

「ありがとう、かわいい魔女さんたち。お陰で助かったわ。」

 

「えっと、どういたしまして。無事なようで何よりです。」

 

見惚れて大口を開けているテッサの代わりに返事をすると、彼女はくすくす笑いながら経緯を説明してくれた。

 

「あの方が財布を失くしてしまったようで、ちょっとした勘違いから絡まれてしまったの。とっても怖かったわ。」

 

言葉とは裏腹に、全然怖くなさそうな様子で彼女が言う。なんかちょっと胡散臭いな。というか……この気配、リーゼ様や、たまに屋敷に遊びに来る美鈴さんに似ているような気がする。

 

物凄く小さな違和感程度だが、吸血鬼の屋敷で暮らしているのは伊達ではないのだ。自分の感覚を信じて、少しだけ警戒心を持って話しかける。

 

「それは災難でしたね。ここはちょっと危ないかもしれないので、表通りまで付き合いますよ。」

 

「ふふ、優しいのね。それじゃあ、お願いしようかしら。」

 

テッサの手を引いて女性と一緒に歩き出す。いつまで放心しているんだ。お尻を抓ってやると、妙な声を上げてこちらを睨んできた。

 

それを適当に流しながら歩いていると、歩きながら女性が声をかけてくる。しかし、歩く動作まで無駄に優雅だ。結構なご令嬢なのかもしれない。

 

「お二人はこっちの人じゃないのよね? 綺麗な発音の英語だし、イギリスの方かしら?」

 

「そうです! 卒業旅行で観光に来たんですけど、ホテルを探して迷っちゃって。」

 

「それも仕方ないかもしれないわね。此処はちょっと……複雑な街だから。」

 

テッサに答える女性の声に、ちょっとどころじゃないと心の中でツッコミを入れる。世界で一番複雑な街と言ってもいいくらいだ。

 

「それなら私が案内しましょうか? 此処にはよく買い物に来るの。これでも結構詳しいのよ?」

 

パチリとウィンクしながら言う女性に、どうやって断ろうかと言葉を探す。人間なのか人外なのかは分からないが、疑わしきは人外だ。少なくともパチュリーはそう言っていた。

 

「それはとっても助かります! お願いできますか?」

 

だが、私が言い淀む間にテッサが了承の返事を返してしまう。残念ながらこれを覆すのは不自然すぎるだろう。厄介なことにならなければいいが。

 

「ええ、任せて頂戴。何てホテルかしら?」

 

テッサがホテルのことを説明している間に、横から女性を観察する。畳まれた日傘に、紫色のワンピース。服装にも違和感はないし、一見すると人間なのだが……やっぱりほんの少しだけ人外の気配を感じる。悪魔か、妖怪か。何にせよ、悪い存在でなければいいのだが。

 

ポケットに手を入れて、パチュリーから持たされた護身用の魔道具があることをそっと確かめる。『物凄いヤツだからなるべく使わないように』と言われている魔道具だが、人外相手ならパチュリーも文句は言うまい。

 

有事にはすぐに使えるように手の袖口に仕込んで、説明が終わったらしいテッサに促されて歩き出す。

 

「いやー、お陰でようやくホテルにたどり着けそうです。ありがとうございます、えーっと……。」

 

「紫よ、八雲紫。八雲が苗字で、紫が名前ね。」

 

「八雲さん、ですね! 私はテッサ・ヴェイユです。それでこっちがアリス・マーガトロイド。」

 

テッサが自己紹介をしてしまう。名前を握られたらヤバいタイプだったらどうしよう。……ええい、なるようになれだ。

 

「アリスです。よろしくお願いしますね、八雲さん。」

 

「よろしくね、二人とも。それで……卒業旅行ってことは、ホグワーツの卒業生なの?」

 

「その通りです。イギリスの学校のことなんて、よくご存知ですね。」

 

「こっちでも最近話題になってるのよ。とっても凄い方が先生をしている学校らしいわね。」

 

ダンブルドア先生のことはこちらでも知られているようだ。まあ、グリンデルバルドのやったことを思えば当然なのかもしれない。

 

テッサはダンブルドア先生のことを知っているのが嬉しいらしく、元気な様子で答えを返す。

 

「ダンブルドア先生のことですか? 私たちもその人に教わったんですよ!」

 

「そう、その人。そんな先生に教われるなんて、素晴らしい学生生活だったのね。」

 

「はい、とーっても充実した学生生活でした! ……八雲さんはもしかして、マホウトコロの卒業生さんなんですか?」

 

「んー、残念ながら違うわ。私は魔法使いじゃないのよ。家族に似たようなのはいるんだけどね。」

 

テッサの質問に、八雲さんは苦笑しながら答える。似たようなの? まさかパチュリーみたいな存在じゃないだろうな?

 

こちらの疑念を他所に、八雲さんは目をキラキラと輝かせつつも、ダンブルドア先生とグリンデルバルドのことについて聞いてきた。

 

「それより、例の戦いについて詳しく聞きたいわ。こっちじゃ断片的な情報しか手に入らないのよ。」

 

「もちろん構いませんよ。そうですね……まずグリンデルバルドという魔法使いがヨーロッパに現れて──」

 

ヨーロッパ魔法界の大戦について思い出しながら言葉を紡ぐ。勿論、リーゼ様たちのことは話さないように気をつけないといけない。

 

その後も八雲さんの質問に私たちが答えるという形での会話は、ホテルに到着するまで続いたのだった。

 

 

─────

 

 

「あー、びっくりした。」

 

思わず口に出してしまいながら、八雲紫は自身の作り出したスキマから我が家の自室へと足を踏み入れた。

 

私は昔から冬の間中を眠って過ごすのだが、その際に夢と現の境界を操って、世界中の様々な場所を覗き見ているのだ。

 

そんな私の最近のお気に入りが、イギリスに住むかわいい吸血鬼たちなのである。ここ数年は、彼女たちの生活を覗き見るのが冬の楽しみとなっている。

 

そして今日、その吸血鬼と一緒に住んでいる人間の女の子と偶然にも出逢ってしまったのだ。いやはや、路地裏で顔を見たときにはびっくりした。

 

「らーん! かわいいゆかりんが帰ってきたわよー!」

 

頼れる式神を呼びつつ居間へと歩き出す。しかし、まさか覗いてるのに気付かれてはいないだろうな? アリスちゃんはなんか警戒してたみたいだし、ちょっと心配だ。

 

「藍? いないのー?」

 

「はいはい、今行きます、紫様。」

 

台所の方から返事が聞こえてきた。夕食の仕込みをしていたらしい。戸棚から煎餅を取り出して、座布団に座りながらそれを頬張る。

 

「御用ですか? ……間食をすると太りますよ。」

 

「いーんですー。今日はいっぱい歩いたんだもん。それより聞いてよ! 今日、リーゼちゃんのとこにいる人間に会ったのよ!」

 

「りーぜちゃん? ああ、紫様が最近覗き行為をしている吸血鬼ですか。」

 

「ちょっと! 人聞きの悪い言い方をしないで頂戴!」

 

私はただ、ちょっとだけ観察しているだけだ。許可を取っていないだけで、何にも悪いことはしていない。

 

興味なさそうな様子の藍だったが、ふと呆れた顔で話しかけてきた。

 

「まさかイギリスまで行ったんですか?」

 

「友達と香港の魔法街に来てたのよ。なんでも、卒業旅行で来たんだって。それで偶然にも暴漢から襲われそうになってる私を見つけて、助けに来てくれたってわけ。」

 

「それはそれは、その子は暴漢とやらの命を救ったようですね。」

 

「ちょっとは主人の心配をしたらどうなの? ゆかりんとっても怖かったのよ?」

 

そう言うと、藍が馬鹿を見る目で見てくる。失敬な。花も恥じらう乙女だぞ、私は。

 

やれやれと首を振っていた藍だったが、台拭きでちゃぶ台を拭きながら口を開く。最近の彼女はこういう所帯じみた動作が随分似合うようになってしまった。昔は結構尖がっていたのだけど……。

 

「まあ、それはともかくとして、すごい偶然ですね。世の中は案外狭いということでしょうか。」

 

「ちょっと興奮しちゃったわ。映画の登場人物に会ったみたいな感覚ね。」

 

人間と積極的に関わろうとするあの吸血鬼たちは見ていて楽しいのだ。『ゲーム』とやらにも随分と楽しませてもらった。今日は当人たちに近い視点から話を聞けたし、大満足である。

 

「まあ、それは何よりですが……頼んでいたお買い物はどうなりましたか?」

 

「あっ……。」

 

忘れてた。そういえば買い物に行ったのだった。最近運動不足だから私が行くわ、と高らかに宣言したのを思い出す。

 

「忘れたんですね? はぁ……まあ、仕方がないでしょう。紫様もいい歳ですからね。」

 

「ちょっ、ボケてないから! まだぴっちぴちの私はボケてないから!」

 

藍が呆れたように肩を竦めながら台所へ戻っていった。どうしよう、夕食からおかずが減ってしまうかもしれない。

 

ちゃぶ台に突っ伏して落ち込みながらも考える。……ふむ、あの吸血鬼たちを何とかしてここに招けないだろうか?

 

人間とあれほど深く関わっているあの子たちならば、この場所の人外たちの考えに変化をもたらしてくれるかもしれない。

 

ゆっくりとスキマを開き、愛しい幻想郷の風景を眺めつつ、八雲紫は薄く微笑む。今日の私は冴えているではないか。その脳内では思いついた素晴らしい考えが、既に計画として完成しつつあった。

 



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ノクターン横丁にて

 

 

「ボージン・アンド・バークス? それはまた、リドルには似合わない場所ね。」

 

卒業から一年半が経過したある冬の日、アリス・マーガトロイドは友人のテッサとお茶を楽しんでいた。

 

ホグワーツがクリスマス休暇だということで、教職員にもちょっとした休暇が訪れたらしい。そこでダイアゴン横丁のカフェで落ち合い、二人で買い物に行くことになったというわけだ。

 

テッサによると、どうやらリドルはノクターン横丁の小さな古物商に就職したらしい。あそこはあまり良い噂を聞かない店なのだが……どうしてそんな店を選んだのだろう? 彼ならもっと良い選択肢が腐るほどあったはずなのに。

 

「魔法省からの誘いは全部断っちゃったんだってさ。何考えてるんだか。」

 

呆れたように言うテッサだが、本当は少し心配しているのだろう。五年生の事件以来疎遠にはなってしまったが、それでも事あるごとにリドルの話題を出すのは、きっと未だ友人だと思っているからなのだ。

 

「あの辺の店は闇の魔術にどっぷりらしいし、大丈夫なのかしら。」

 

「うーん、そうだねぇ。……ねえ、ちょっと行ってみない? 遠目から姿を見るだけなら、リドルにも気付かれないだろうし。」

 

「ノクターン横丁に? まあ、別に構わないけど。」

 

子供の頃はお父さんに、『絶対近寄っちゃいけないよ』とよく言われていたものだ。今となっては当然の忠告だったことがよく分かる。あの場所には闇の魔術に関わる物が多すぎるのだ。

 

「じゃあじゃあ、早速行ってみよう!」

 

いつものように元気いっぱいで立ち上がったテッサに続いて、急いで紅茶を飲み干して席を立つ。そのまま店から出てダイアゴン横丁の大通りを歩きながら、隣を歩くテッサに質問を飛ばした。

 

「でも、見るだけ? 声はかけないの?」

 

「んー……やめとくよ。気まずいことになっちゃうだろうしね。」

 

仲直りはしたいのだが、ハグリッドの件に納得できていない、といったところか。その気持ちはよく分かる。何たって私も同じなのだから。

 

箒屋の店先にクリーンスイープの新型が飾られているのを横目に、ノクターン横丁の入り口へと足を進める。

 

通りに足を踏み入れると、途端に店の雰囲気が変わるのが分かった。怪しげな出店が並び、薄暗い道が続く。

 

「うっわぁ、こんなの絶対違法じゃん。何で魔法省は捕まえないのかな。」

 

「分からないけど、ここは昔からこんな感じよ。そして多分これからもね。」

 

露店で売られている人間の心臓にしか見えないものを指差しながら言ったテッサに、昔を思い出しながら口にする。少なくとも私の物心ついた頃からこうなのだ。魔法省にとっては、この通りの惨状は目に見えないモノらしい。

 

「じめじめしてるなー。生徒は絶対近寄らせないようにしなきゃ。」

 

「下手に注意なんかすると逆効果なんじゃない? 悪戯好きな子が突っ込んで行くだけよ。」

 

「ほんと、難しいよね。なってみて初めて教師の苦労が分かったよ。まあ……まだ見習いなんだけどね。」

 

テッサはまだ授業を任せられてはいないようだ。雑用ばっかりだよ、という愚痴をよく聞く。

 

「テッサならもうすぐ授業を持たせてもらえるわよ。ダンブルドア先生もそう言ってたんでしょ?」

 

「そうだけどさぁ……。そういえば、アリスのほうはどうなの? 研究と人形作り、上手くいってるの?」

 

「かなり順調よ。パチュリーが丁寧に教えてくれるし、人形作りは使用人のエマさんって人が手伝ってくれてるの。」

 

最初に習得するべきとパチュリーに言われた捨食の法は、大凡の概念を理解できている。習得は遠からずできるだろうし、そうなればもっと研究の時間が増えるはずだ。

 

人形作りのほうは、今はむしろ制作よりも改良に時間を割いている。組み込んだ命令を自動で実行できるとこまでは完成したが、その先がちょっと難しそうなのだ。最近はエマさんに人形作りを教えながら、ゆっくりと術式を改善している。

 

「はー、羨ましいなあ、もう! 私も早く……ちょっと、あれってリドルじゃない?」

 

テッサの指差す方向に顔を向けると……確かにリドルだ。雰囲気がちょっと暗くなっている気がするが、学生時代とそこまで変わってはいない。並んで歩くふくよかな高齢の女性に対して、笑みを浮かべながら何かを話しかけている。

 

「こっちに来るわね。」

 

「ちょっ、アリス、隠れよう!」

 

テッサに手を引かれて露店の一つに潜り込む。店主が迷惑そうな顔になるが、テッサがシックル銀貨を弾いて渡すと、途端ににっこり顔で黙認してくれた。現金なもんだな、まったく。

 

「ちょっとテッサ、なんで隠れるのよ。」

 

「だって、反射的に隠れちゃったんだもん。それより静かにしないと。近付いてくるよ。」

 

露店のカウンターの下にある狭いスペースでテッサとくっつきながらも、息を殺して耳を澄ます。

 

「──ということですのよ。それであたくし、褒められてしまいましたの。あなたはどう思うかしら? トム。」

 

「素晴らしいことだと思います、ヘプジバさん。貴女には驚かされてばかりですね。」

 

リドルの平坦な声に、クスクスと甲高い笑い声が続く。板の隙間から覗いて見ると……手を組んでいる? 私が言うことじゃないだろうが、女性の趣味が悪すぎないか?

 

そのまま通過するのかと思ったら、ちょうど私たちが隠れている露店の前で立ち止まった。リドルがやんわりと手を振りほどき、ヘプジバさんとやらに正面から向き直っている。

 

「それよりも、あの話を聞かせていただけませんか? ほら、金庫にかける特殊な魔法の話を。」

 

「あら、そんなつまらない話より、もっと面白い話題がありますわよ?」

 

「実は、私の店では丁度防犯の見直しをしているんです。ヘプジバさんの魔法ならば、とても参考になるのではと思いまして……。」

 

「まあ、お上手ね、トム。そうね……それなら、今から私の家に来ればいいわ。実際に見せた方が分かりやすいでしょう?」

 

それを聞いたリドルの瞳が、一瞬赤く光ったように見えた。気のせいだろうか? 少なくともヘプジバさんは気になってはいないようだ。

 

「それは素晴らしい。是非お邪魔させてください。」

 

「あらあら、そんなに焦らなくてもいいのよ。それじゃあ行きましょう。エスコートしてくださるのでしょう?」

 

「お任せください、ヘプジバさん。」

 

再び腕を組んで歩き出す二人を見送り、露店から這い出してテッサと顔を見合わせる。なんというか、微妙なものを見てしまった気分だ。テッサのほうも何とも言えない顔をしている。

 

苦い顔をしているテッサが、気まずそうに口を開いた。

 

「あー……まあ、元気そうではあったね。」

 

「そ、そうね。リドルはああいう女性が趣味だったのかしら?」

 

「それで学生の頃はガールフレンドとかがいなかったのかもねぇ……。いやぁ、なんというか、長年の謎が解けたよ。」

 

もの凄く微妙な気分を引きずりつつ、ダイアゴン横丁に戻ろうと二人で歩き出す。確かに、整った顔のリドルにガールフレンドが出来ないのは不思議だと思っていた。それにこんな理由があったとは……まあ、他人の趣味にとやかく言うべきではないだろう。

 

テッサも同感のようで、妙な空気を変えるべく、話題をこちらに投げかけてくれる。

 

「とにかく、リドルの様子は見れたことだし、買い物しに行こうよ。まずは……本屋でいいかな? 教科書の予備を買ってこいって言われちゃってるんだ。」

 

「ええ、分かったわ。こんな通り、さっさと出ちゃいましょう。」

 

ダイアゴン横丁に通じるちょっとだけ明るくなってきた道を歩きつつも、アリス・マーガトロイドはかつての友人の趣味の悪さを思い、内心でちょっとだけ苦笑してしまうのだった。

 

 

─────

 

 

「ダメ、全然上手くいかないわ。」

 

アリスの嘆きを耳にしながら、パチュリー・ノーレッジは目の前の人形を観察していた。

 

ムーンホールドにある研究室の机の上に横たわる人形は、ピクリとも動き出す気配を見せない。アリスの試みは悪くはなかったと思うのだが、どうも失敗に終わったようだ。

 

「やっぱり糸が細すぎるのかもしれないわね。流れる情報量に対応しきれていないんじゃないかしら。」

 

「でも、これ以上強度を増すなら透明にするのは無理だよ。魔法使いの人形劇なのに、糸が見えちゃうなんて興醒めじゃない?」

 

「となれば、本数を増やすしかないわ。指一本につき糸五本まで増やしてみましょう。」

 

私の提案にアリスの顔が引きつる。左右で合計五十本の糸を操るのは、彼女にとっても難しいことのようだ。

 

何故こんなことをしているのかと言えば、妹様の翼飾りが完成したお祝いのパーティーにアリスもお呼ばれしたからだ。いつも自分の作った人形で遊んでくれている妹様のために、ちょっとした人形劇を見せたいらしい。

 

当初は普通に魔法で動かすという大したことのない内容だったのだが、魔女二人で改良していくにつれて、思ったより大規模な人形劇になっていった。

 

どんどん複雑になっていく人形の動きに対応するために、彼女たちの可動域を広げたわけだが……残念ながら命令を伝える糸の方が持たなかったというわけだ。

 

「五十本はさすがにキツイかなぁ。そもそも、操るのはこの子だけじゃないんだよ? 五体も動かせば二百五十本……頭がおかしくなりそうだよ。」

 

もっともなアリスの言葉だったが、指の一本一本にまで拘って動かそうとするからだろうに。人形に対してのこの子の情熱は、時折行きすぎることがあるらしい。

 

「はぁ……難しいなぁ。何か他に方法はないかな?」

 

「あるいは、ある程度の部分は自動で動くようにすべきかもね。細かいところまで一々動かそうとするから、操作量が多くなるのよ。」

 

「それはそうなんだけど……やっぱり機械的な動きになっちゃうんだよね。」

 

アリスは人形がぎこちなく動くことをかなり嫌がる。私にはよく分からないが、人形師としては何か許せないものがあるようだ。まあ、私にとっての本への拘りだと思うと、納得できる気がする。

 

「貴女の拘りは分かるけどね、時には妥協も必要よ? 自律人形の研究も進んでいるんだから、昔ほどひどい出来にはならないのでしょう?」

 

アリスの卒業からは既に三年が経とうとしている。既に彼女は捨食の法を見事に習得し、捨虫の法もそろそろ形になってきそうなところだ。私の指導があったとはいえ、素晴らしいスピードで魔女に至りつつある。

 

完全自律人形の方も勿論研究を続けており、副産物として産まれた半自律人形も最近のはかなり滑らかな動きをしていたはずだ。

 

「んー、そうだね。間に合わなかったら元も子もないもんね。」

 

「今回の課題は次の機会に挑戦してみればいいのよ。なにせ、時間はたっぷりとあるんだから。」

 

未練を残している様子のアリスに、慰めるように声をかける。この子もそろそろ不老を手に入れるのだ、もはや時間には困らないだろう。

 

「でも、フランドールさんってどんな方なの? 小悪魔さんは怖い人って言うし、リーゼ様はかわいい、美鈴さんはワガママ、人によって全然違うんだもん。」

 

「そうね、一言で言えば……危険な吸血鬼、かしらね。」

 

私にとっては、以前あったリビング破壊事件のイメージが強い。大人しくしている分には確かにかわいいのだが、怒り出すと手がつけられない。つまり……物凄い力を持った子供なのだ、妹様は。

 

「ワガママで怖くって危険だけど、かわいい吸血鬼? うーん……全然想像できないよ。」

 

「実際に会えば分かるわよ。……さあ、お喋りはもう充分でしょう? 練習再開よ。」

 

アリスを促しつつも、私も魔力の糸を作るために集中する。ちょっとくらい出来の良いやつを作らなきゃ、先輩としての面目が立たないのだ。

 

ムーンホールドの研究室の中で後輩魔女と仲良く作業をしつつ、パチュリー・ノーレッジの夜は更けていくのだった。

 



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それぞれの変化

 

 

「ふらーん! 大丈夫なのよね? それ、大丈夫なのよね? ねっ?」

 

紅魔館のリビングで、紅美鈴はお嬢様の慌てっぷりを眺めていた。いやぁ、確かにあれはびっくりするだろう。

 

アリスちゃんの人形劇までは完璧なパーティーだった。長く生きた私をして見事だと思わせる出来だったし、妹様もちょっと引くレベルで喜んでいたのだ。

 

問題は、いよいよ翼飾りを妹様に取り付けるという段階で発生した。パチュリーさんが魔法を使いながら慎重に取り付けると、妹様の翼がみるみるうちに変化していったのだ。

 

今や骨の間についていた飛膜は無くなり、まるで枯れ木に色とりどりのプリズムがぶら下がっているような見た目になってしまっている。

 

「うっさいなぁ、大丈夫だよ。なんか、ちょっと体が軽くなった気がするけど……。」

 

「本当ね? 本当に大丈夫なのね? ……ちょっとパチェ! どういうことよ!」

 

妹様の返事で安心したのか、心配から怒り顔へと変わったお嬢様がパチュリーさんに食ってかかった。しかしパチュリーさんにも予想外の出来事だったらしく、珍しく慌てたように困惑している。

 

「ええっと、こんな事が起きるだなんて想定してなかったのよ。一応、害があるわけじゃないと思うんだけど……。」

 

「フランのかわいい翼が変になっちゃったじゃないの! ああ、フランが他の吸血鬼にイジめられちゃうわ!」

 

正直言って妹様がイジめられるだなんて想像がつかないが、姉バカなお嬢様にとっては心配なようだ。うーむ、イジめてる場面なら容易く想像できるのだが。

 

「ちょっと落ち着きなよ、レミィ。……それで、フラン? 体調に何か変化はあるかい?」

 

従姉妹様がお嬢様を落ち着かせつつ、妹様の目を覗き込みながら質問した。妹様はちょっと困惑しているようで、ポツリポツリと返事を返している。

 

「んー、なんか、頭がスッキリしてるかも。それに……こう、視界が広がったって言うか、なんかそんな感じがする。」

 

「悪い感覚ではないんだね?」

 

「うん、イイ感じ。リーゼお姉様がはっきり見えるようになったよ!」

 

はっきり見える? 視覚的というよりかは、感覚的なものなのだろうか? なんにせよ、妹様にとっては翼は大した問題ではないらしい。

 

「フラン! 私は? 私もはっきり見える?」

 

「オマエは変わんない。」

 

「なっ、どうしてよ! ちょっとフラン、意地悪しないで頂戴!」

 

姉妹漫才を横目に、パチュリーさんが翼を慎重に調べている。隣ではアリスちゃんが記録を記述しているようだ。

 

「妖力はきちんと伝導しているわね。伝導率は……予想以上だわ。」

 

「えっと、むしろ改善されてるってこと?」

 

「ええ、その通りよ。もしかしたら、賢者の石に適応する形に翼が作り変わったのかしら? なんにせよ、興味深い反応ね。」

 

「だとしたら途轍もない適応速度だよ。吸血鬼特有の反応なのかな?」

 

議論に熱中する魔女二人の会話を聞く限り、なんだか悪いことではなさそうだ。そう思って改めて翼を見ると、まあ……神秘的で綺麗に見えないこともない。

 

姉妹漫才を苦笑しながら見ていた従姉妹様が、パチュリーさんに話しかける。

 

「つまり、成功だと思っていいんだね?」

 

「その通りよ。あとは翼を使っての情報処理を練習すれば、妹様は狂気から解放されるわ。」

 

従姉妹様の質問に、パチュリーさんが胸を張って答えた。いやぁ、終わり良ければ全て良しだ。お嬢様を放って目をパチクリさせている妹様にお祝いを言う。

 

「妹様、おめでとうございます。もうちょっとでお外に遊びに行けますよ?」

 

「お外? そっか、お外に出られるんだ。」

 

窓から見える夜空を見上げながら少しだけ放心していた妹様だったが、やがて実感が追いついてきたのか、満面の笑みで喜び始めた。

 

「やったー! フラン、お外にいけるんだ! リーゼお姉様と飛び回ったり、パチュリーやアリスちゃんと買い物に行ったり、それにそれに、美鈴と雪合戦したり出来るんだ!」

 

ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを爆発させる妹様に、みんなが微笑む。

 

「フ、フラン? 私は? 私としたいことはないの?」

 

間違えた、お嬢様以外が微笑む。慌てて突っ込む彼女を無視して、妹様が腕を振り上げて高らかに宣言した。

 

「よぅし、ジョーホーショリの練習をしないと! フラン、頑張るよ!」

 

「ああ、それが終わったら、みんなで何処かに遊びに行こう。きっと楽しいよ。」

 

「うん! 絶対絶対、そうしようね!」

 

うんうん、なんとも素晴らしい光景ではないか。従姉妹様に飛びついて喜ぶ妹様を見ながら、紅美鈴は安心してパーティーの残り物を食べ始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「アリス……なんか、若返ってない?」

 

懐かしい母校の中庭で、テッサの鋭い質問にアリス・マーガトロイドは苦笑していた。確かに最近ちょっとだけ年齢を巻き戻したのだ。

 

テッサには毎年会っているからそりゃあバレるとは思っていたが、最初にその質問が飛んでくるとは……。

 

「あー、まあ、ちょっとだけね。」

 

「羨ましいなぁ。その見た目だと、学生の時のアリスみたいだね。」

 

そう言うテッサも美しい女性に成長している。快活な性格はそのままだが、年相応の落ち着いた雰囲気も出てきているようだ。

 

さすがに見た目がそのままなのはおかしいだろうということで、数年前にテッサには私の秘密を話している。もちろん掻い摘んでの説明だったが、『アリスはアリス。私の大切な友達のままだよ』と言ってくれたのは嬉しかった。

 

お陰で私は一番の友人を失うことなく、卒業から十年が経過した今でも、こうやって時たま会って二人で楽しむことが出来ているというわけだ。

 

「テッサも充分綺麗じゃない。それに気づくようなカンのいい人はまだ現れないの?」

 

「残念ながら、だね。教員に同世代はいないし、ホグワーツで生活してると出会いがないんだよ。」

 

苦笑しながら答えるテッサは、今や立派な呪文学の教師だ。数々の優秀な教え子を輩出しているのを見るに、彼女が教師になったのは大正解だったらしい。

 

「それで? 今日は用事があって来たんでしょ?」

 

「ええ、ダンブルドア先生……もう校長だったわね。ダンブルドア校長からパチュリーに手紙が来たのよ。曰く、彼女の『悪戯』のせいで校舎に厄介な部屋ができちゃったみたいで、そのお詫びと解決に送り込まれたってわけ。」

 

「厄介な部屋? あー……三階にある試しの部屋か。問題に正解しないと一晩閉じ込められちゃうんだよね、あそこ。」

 

「いくつか作ったって言ってたから、他にもあるんでしょうけどね。」

 

まったく、妙なところで積極性を発揮しないで欲しい。おまけに自分では解決に来ようとはしないのだ。『動かない大図書館』の名は伊達ではないということか。

 

二人でホグワーツの廊下をあれこれ話しながら歩いていると、前から若いキリっとした女性がこちらに向かって駆けて来る。目標はテッサだったらしく、近づくと彼女に話しかけてきた。

 

「ヴェイユ先生、ここにいらっしゃったんですか。校長先生がお呼びでしたよ? 何でも、先生の友人が訪ねて来るとのことで……。」

 

「ああ、ミネルバ。行き違いになっちゃったみたいだね。こっちがその友人の、アリス・マーガトロイドだよ。」

 

ミネルバと呼ばれた女性が、こちらを見て困惑したように首を傾げる。

 

「えっと、同級生の方だと聞いていたんですが……。」

 

そりゃあそうなるだろうな。きっとこれからも度々聞かれる質問なのだろうと内心で苦笑しつつ、説明するために口を開いた。

 

「見た目はこうだけど、一応テッサとは同い年なの。アリス・マーガトロイドよ、よろしくお願いするわ。」

 

「これは……失礼しました。ミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツで変身術の教師になったばかりです。」

 

丁寧にお辞儀するマクゴナガルに、テッサが隣から補足を入れてくる。

 

「すっごい優秀な子なんだよ。学生の頃から頭一つ抜けてたんだ。」

 

「ヴェイユ先生のご指導のお陰です。それに……結局フリットウィックには勝てませんでした。」

 

「決闘では、でしょ? 繊細な呪文じゃミネルバに勝てる人はいなかったんだから、もっと胸を張りなよ。数少ないアニメーガスの一人でしょうが。」

 

それは確かに凄い。テッサの言葉に照れたように笑うマクゴナガルだったが、何かに気がついて慌てたように口を開く。

 

「ああ、マーガトロイドさんだけではないんです。もう一人、リドルさんという方も面談を希望してきたとのことで。会いたいのなら校長室まで来て欲しいとのことです。」

 

意外な名前が飛び出してきた。リドルか……十年近く前にノクターン横丁で見かけたっきりだ。今は何をしているのだろう?

 

横のテッサにとっても唐突な事だったらしく、神妙な表情をしている彼女をマクゴナガルが困ったように見ている。

 

「あの……もし会いたくないのなら、時間を置いてから来て欲しいともおっしゃってましたけど……。」

 

「いや、会うよ。伝えてくれてありがとう、ミネルバ。」

 

「はい。では、その……私はこれで。」

 

私とテッサに一礼した後、心配そうに一度振り返ってからマクゴナガルは歩いて行った。

 

「アリスはどうする?」

 

恐る恐る聞いてくるテッサに、なるべく柔らかい声で返事をする。

 

「私も行くわ。もしリドルに会うのなら、二人できちんと会うべきよ。」

 

「そうだね……。もういい大人なんだから、きちんと会って話そうか。」

 

真剣な顔で一歩を踏み出すテッサに続いて、校長室へと歩き出す。その通りだ、いつまでも引きずっているわけにはいかないだろう。

 

 

 

先程までの楽しい雰囲気はなくなり、緊張した空気を纏いつつも校長室の前まで到着すると、ちょうど入り口を守るガーゴイルが動き出したことろだった。

 

誰が出て来るのかと像の前で待ち構えていると……黒いローブを着た長身の男がゆっくりと螺旋階段を上がってくる。あれは……リドルか?

 

かつてのハンサムな顔は見る影もなく歪み、青白い肌にはヒビ割れのように血管が浮き出ている。黒かった目は血走ったように赤みがかっており、全体として見るとまるで……青白い爬虫類のような雰囲気だ。

 

「リ、リドル?」

 

呆然と彼を見るテッサの声に、リドルが応えるようにゆっくりとこちらを見た。

 

「ヴェイユか? それに……マーガトロイド。これはこれは、久し振りだな。」

 

「リドル、あんた……どうしちゃったの? 何か悪い魔法をかけられたとか? それとも、病気なの?」

 

「ああ、この姿か? 大したことじゃない、ただ……進化したんだよ、俺は。」

 

皮肉るような声色でテッサに答えたリドルは、私の方を見ながら話を続ける。

 

「貴様も同じようなものなんだろう? マーガトロイド。随分と『お変わりない』ようじゃないか。」

 

「生憎だけど、私にはいい教師がいたのよ。貴方にはいなかったようね、リドル。」

 

リドルの纏う雰囲気が人間のものから離れている。どうやら、なんらかの外法に手を出したらしい。

 

「ふん、羨ましいことだな。だが……たどり着いた場所は俺の方が上だぞ? それに比べればこの姿など、些細な問題に過ぎない。」

 

「どうかしらね? 上には上があるものよ。自分が井の中の蛙だって、自覚したほうが身のためじゃない?」

 

「いずれ分かるさ。俺がどんな力を手にしたかがな。」

 

パチュリーにとってのリーゼ様が、私にとってのパチュリーが、リドルにはいなかったのだろう。力に溺れる、そんな表現が頭に浮かんだ。

 

隣に立つテッサが、泣きそうな顔でリドルに話しかける。

 

「リドル、何かあったなら、私が助けになれるよ? 色々あったのは確かだけど、私は──」

 

「貴様が俺を助ける? この俺を? 冗談が上手くなったな、ヴェイユ。それとも……力の差も理解できないのか?」

 

「そんな……何があったの? この十年何をしていたの?」

 

「話す必要はない。貴様には関係のないことだ。」

 

冷たく言い放ったリドルは再び私に向き直って、私の目を覗き込みながら口を開く。この感覚……開心術か? 随分と上手くかけるようだが、あまり舐めないで欲しい。私に心の守りかたを教えたのはパチュリーだぞ。

 

「とはいえ、マーガトロイド。貴様の選んだ『方法』にも興味はある。やはりあの屋敷の住人たちに教わったのか?」

 

「残念ながら乙女の秘密よ。それに、私は貴方の『方法』には興味ないしね。わざわざ劣化版を選ぶ人はいないでしょう?」

 

「言葉を選んだほうがいいぞ、後悔することになる。」

 

「あら、試してみる? 自分がどんなに狭い世界で生きているかを実感することになるわよ?」

 

リドルがこちらから目を離さず、ゆっくりとした動作で杖に手を伸ばす。それを見て、私も服の下にある人形に魔力の糸を繋ぐ。戦闘は得意じゃないが、これでも魔女だ。やるなら負けるつもりはない。テッサへの言動を後悔させてやる。

 

リドルの手が杖に触れて、私が人形を動かそうとした瞬間、テッサの大声で二人の動きが止まった。

 

「やめてよ! 二人とも、落ち着いて!」

 

リドルの動きから目を離さないようにしながらも、ゆっくりと肩の力を抜く。彼も同様に、こちらを見たままでそっと杖から手を離した。

 

「まあ……いいさ。機会はまたあるだろう。」

 

「あら、そうかしら? 私にはそうは思えないけど。」

 

しばらく無言で睨み合っていたが、やがてリドルが興味を無くしたように口を開く。

 

「ふん、それでは失礼する。もはやここには用はない。」

 

「リ、リドル! 待ってよ、話を聞いて!」

 

歩き出すリドルにテッサが慌てて声をかけるが、彼は振り返ることなく歩いて行ってしまった。

 

大きく息を吐いて緊張を解くと、テッサが悲しそうな声でこちらに話しかけてくる。

 

「リドル、どうしちゃったんだろう? どうしてあんな……あんな姿になっちゃったの?」

 

「何か良くない魔法を使ったみたいね。その副作用でしょう。」

 

「どうにか出来ないの? ……そうだ、ノーレッジさんなら!」

 

「本人がそれを望まない限りは無理よ。そして、今のリドルは……。」

 

それを望まないだろう。テッサにもそれが分かったようで、がっくりと項垂れて暗い顔になる。

 

もう見えなくなったリドルの背中を思い返し、アリス・マーガトロイドはもう一度大きなため息を吐くのだった。

 



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新たなる命

 

 

「ここも狭くなってきたわね。」

 

パチュリー・ノーレッジは本から顔を離して、ポツリと呟いた。ムーンホールドの図書館は巨大と言って問題ない大きさなのだが、最近では本棚の占める面積が少々大きくなりすぎている。

 

「今更だよ、パチュリー。」

 

近くの机で羊皮紙とにらめっこしていたアリスが声を返してきた。なんでもヴェイユが結婚したらしく、頼まれた結婚式でのスピーチを考えるのに必死なのだ。

 

数年前にはリドルの『進化』で落ち込んでいたと聞いたのだが、どうやら癒してくれる人を見つけたらしい。結構なことだ。

 

「貴女もいつまで考えてるのよ。参考になりそうな本なんて、腐るほどあるでしょう?」

 

「でも、テッサにとっては一生に一度の大事な式なんだよ? 適当な例文に習うんじゃなくて、ちゃんと心を込めたスピーチにしないと。」

 

「一生に一度ならいいけどね。」

 

「またそういうこと言って。皮肉屋だなぁ、パチュリーは。」

 

アリスに睨まれてしまった。うーむ、この屋敷の主人に毒されてきたか? 朱に交わればなんとやら、だ。

 

ちなみに、アリスの話では苗字はヴェイユのままらしい。あの快活な女性は、フランスではそれなりの名家の生まれだったようだ。婿養子とは……相手は苦労するだろうな。

 

唸りながら羊皮紙にペンを走らせるアリスから目を離し、読書に戻ろうとすると……何かが崩れる音と、小悪魔の悲鳴が図書館に響いた。

 

「あら、また小悪魔が生き埋めになったみたいね。」

 

「なにのんびりと言ってるのよ。助けに行かないと、小悪魔さんがかわいそうだよ。」

 

立ち上がったアリスに続いて悲鳴の聞こえた方向へと向かうが、そう言うアリスだってさほど驚いているようには見えない。当然である、なんたって日常茶飯事なのだから。

 

「助けてくださいー、パチュリーさまぁ。」

 

現場に近づくと、倒れた本棚と本の山が見えてくる。小悪魔は……姿も見えないほどに完璧に埋まっているらしい。

 

アリスと一緒に魔法で本を浮かせてみると、ようやく小悪魔の姿が見えてきた。髪はぐしゃぐしゃで翼が萎れている。哀れな。

 

「うぅー、ひどい目に遭いました。」

 

「大丈夫? 本棚にぶつかったりとかしてない?」

 

「大丈夫ですよ、アリスちゃん。ありがとうございます。」

 

アリスと小悪魔のやり取りを聞きながら、本棚を元の位置に戻し、その中に本を仕舞っていく。最近はこんな事故が多発しているもんだから、もう慣れたものだ。

 

なんとか立ち上がった小悪魔が、私に懇願するように声をかけてきた。これも毎回繰り返されている光景だ。何を言うかが大体分かってしまう。

 

「パチュリーさまぁ、やっぱり本棚に本棚を乗せるのは危ないですよー。」

 

「仕方がないでしょう? 場所が全然足りないのよ。」

 

厳密に言えば、本棚の上に本棚を乗せ、その上に更に本棚を乗せているのだ。図書館魔法で本がどんどん集まってくるせいで、これだけしても仕舞う場所は足りていない。

 

「ねえパチュリー、本を減らすのは……無理よね。」

 

「無理ね。本に関しては増やせど減らさずってのが、私という魔女なのよ。これは死んでも治らないわ。」

 

アリスの提案は尤もだが、こればかりは許容できない。私の存在意義に関わることなのだ。

 

「それじゃあ、リーゼ様に他の場所を使わせてもらうのは? このままだと、小悪魔さんが潰されちゃうのも時間の問題だよ。」

 

「お願いします、パチュリーさま。私はパチュリーさまと違って、本に潰されて死ぬのなんてイヤです!」

 

「あのね、私だって本に潰されて死ぬのは御免よ。しかし……そうね、リーゼに頼んでみようかしら。」

 

失礼なことを言う小悪魔を睨みつけつつも、アリスの提案には頷かざる得ない。図書館から本を離すのは嫌だが、物理的に収まりきらないのなら仕方がないだろう。

 

潤んだ瞳で縋るようにこちらを見つめてくる小悪魔を見て、ため息を吐いて頷いてやる。部下の労働環境を守るのも上司の大事な仕事なのだ。

 

「わかったわよ。リーゼのところに行ってくるわ。」

 

「ありがとうございます、パチュリーさま!」

 

「じゃあ私は……スピーチの原稿に戻るわ。」

 

礼を言う小悪魔と終わらない原稿に戻ったアリスを尻目に、リーゼの執務室へと歩き出す。しかし、リーゼはいつもあの部屋で何かをしているが……何をしているんだろうか? 紅魔館にも執務室があるし、吸血鬼というのは案外デスクワークが多いのかもしれない。

 

益体も無いことを考えながらリーゼの執務室へたどり着く。ドアをノックすると、すぐさま返事が返ってきた。どうやら今日もここに居たらしい、ご苦労なことだ。

 

「失礼するわよ。」

 

部屋に入ると、疲れた顔をしたリーゼが椅子にもたれかかっている。何かあったのか?

 

「ああ、パチェ。トラブルの報告でないことを祈るよ。もう今日は手一杯なんだ。」

 

「何かあったの? 随分と疲れているようだけど……。」

 

「フランがまた、『ちょっとした』トラブルを起こしてね。レミィと一緒に、必死で火消しをしてきたところなんだ。」

 

どうやらまたしても妹様がその猛威を振るったようだ。最近ようやく賢者の石を使っての演算をマスターした妹様は、外に出る度になんらかの問題を起こしている。

 

確かに狂気はほとんど感じられなくなったのだが、妹様の性格はどうやら素であんな感じだったらしい。社会適応への道は長そうだ。

 

「それはまた、ご苦労様ね。安心して頂戴、トラブルってほどじゃないのよ。ただ、本を空き部屋に置かせて欲しいの。」

 

「本を? そりゃあ構わないが……なるほど、またこあが生き埋めになったのかい?」

 

「その通りよ。さすがに無理がありそうだし、図書館からちょっと本を減らそうと思って。」

 

私の頼みに苦笑したリーゼは、疲れたような笑顔を浮かべつつ許可を出してくれた。

 

「空き部屋はいくらでもあるんだ、好きに使ってくれ。」

 

「感謝するわ。……それじゃあ、早速移動させてくるわね。」

 

「ああ。私はしばらく休憩させてもらおう。今回のはさすがに骨が折れたよ。」

 

どうやら、妹様は思った以上の大事件を起こしたらしい。リーゼのここまで疲れた表情は結構貴重なのだ。また橋でもぶっ壊したのだろうか?

 

執務室を出て、図書館へと戻りながら考える。一時的には本が減るだろうが、これも結局根本的な解決にはならない。いずれ解決策を考える必要があるだろう。

 

ムーンホールドの廊下を歩きながら、パチュリー・ノーレッジは己の大事な図書館のことを想い、その思考を速めるのだった。

 

 

─────

 

 

「ち、小さいわね。触っても大丈夫なの?」

 

アリス・マーガトロイドは、目の前の小さな生命を恐る恐る観察していた。なんとも頼りない見た目だ。小さな瞳を見開いて、私のことをじっと見ている。うーむ、全てのパーツが小さい。私の人形みたいだ。

 

「そりゃあ、産まれたばっかだからね。抱っこしてみる?」

 

「ダメよ、怖いわ。それに私……赤ちゃんを抱っこしたことなんてないのよ?」

 

テッサの声に、必死で首を振る。とてもじゃないが自信がない。

 

一昨年ついに結婚したテッサは、めでたく長女を出産したのだ。そしてその赤ちゃんを見せてもらっているわけだが……おお、動いた。テッサの腕の中から、こちらに手を伸ばしている。

 

「ほら、この子もアリスに抱っこして欲しいってよ? 手をこの形にして……そうそう。渡すよ?」

 

「わっ、こうよね? これで大丈夫なのよね?」

 

「うん、首を支える感じで……うまいじゃん、アリス。」

 

腕の中に収まった赤ちゃんを覗き込むと……不思議そうに私を見ている。やはりお母さんとの違いが分かるのだろうか?

 

「こっちをじっと見てるわ。ど、どうすればいの?」

 

私が慌ててテッサに聞くと、彼女は大きな声で笑い出した。目に涙を浮かべながら、お腹を抱えている。

 

「あははっ、アリスのそんな慌てた姿、初めて見たかもしれないよ。大丈夫、初めて会ったから気になってるだけじゃないかな。」

 

「失礼ね。仕方がないでしょう? しかし……本当に小さいわ。」

 

こんな小さな生き物が私たちみたいになるなんて、なんとも信じられない気分だ。万感の思いで覗き込んでいると、突然声を上げてむずがり始めた。

 

「テ、テッサ! 泣いちゃうわ!」

 

「ありゃー、お腹空いちゃったかな?」

 

慎重にテッサの腕の中へと戻して、大きく息を吐く。緊張した。どうやら私にはベビーシッターの才能はないらしい。

 

赤ちゃんが必死な様子で母乳を吸っているのを見物していると、テッサが穏やかに声をかけてくる。

 

「ねぇ、アリス? お願いがあるんだけど……。」

 

「何かしら? この子に関すること?」

 

「うん。あのね、アリスに名付け親になって欲しいんだ。……ダメかな?」

 

名付け親。馴染みのない言葉にちょっとだけ混乱するが、ゆっくりと理解が追いついてくる。つまり……私が名前を付ける? この子の?

 

「それは……光栄だわ。でも、私でいいの?」

 

「当たり前だよ。夫とも相談したんだけど、男の子ならあっちの友人、女の子ならアリスに頼むことになったんだ。いい名前を考えてあげてね?」

 

テッサの言葉に、未だ母乳を飲んでいる赤ちゃんを見る。パチュリーの図書館に人名事典はあるだろうか? 個性的すぎない名前で……いやいや、没個性的すぎるのもいけないか。頭の中でぐるぐると考えが回る。これは中々の難題らしい。

 

「まあその、そんなに悩まなくっても大丈夫だよ? ピンと来た名前を選んでくれれば……。」

 

「いいえ、そんなんじゃダメよ。任せて頂戴、テッサ。必ず相応しい名前を考え出してみせるわ。」

 

「うわぁ……すっごいやる気だね。」

 

ちょっとテッサが引いているが、構うものか。この子の一生を左右する問題なのだ。全力で取り組まねばならない。

 

しばらく母乳を吸う赤ちゃんを微笑んで眺めていたテッサだったが、やがて穏やかな口調で話し始めた。

 

「でも、これで安心できたよ。私に何かあっても、頼りになる名付け親さんがいれば大丈夫だね。」

 

「ちょっと、縁起の悪いことを言わないでよ。」

 

「えへへ、ごめんごめん。……でもやっぱり、親になったからなのかな? もしもの時のことを考えちゃうんだ。この子が一人残されたらって思うと、すごく怖いの。」

 

頭の中に、お父さんとお母さんの顔が浮かぶ。二人もそんなことを考えていたのだろうか?

 

「そんなもしもは起こらないわ、絶対にね。だけど、もし私が約束してテッサが安心してくれるなら……約束しましょう、この子は私が守るわ。そもそも名付け親なんだもの、当然のことでしょう?」

 

私が真剣な顔で約束すると、テッサは安心したように微笑んだ。

 

「よかったぁ。……ほら、この子も笑ってるよ。」

 

「きっとお腹がいっぱいになったからよ。」

 

「えー、違うよ。アリスの言葉が嬉しかったんだよねー?」

 

応えるように腕を振りながらきゃっきゃと笑っている。うーむ、急に可愛さが増した気がする。私も現金なヤツだな。

 

赤ちゃんの笑顔を見ながら、アリス・マーガトロイドは絶対にいい名前を付けなければならないと、内心で固く決意するのだった。

 



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幻想郷

 

 

「それはまた……随分と思い切ったね、レミィ。」

 

アンネリーゼ・バートリは、紅魔館の執務机に座るレミリアの言葉に驚いていた。可能不可能でいえば可能だろうが、問題点が多すぎる気がする。

 

「あの子には常識を学ぶ場所が必要だわ。そして、残念ながら紅魔館はそれに適していないの。」

 

「その通りだが、しかし……ホグワーツが適しているとも思えないぞ。」

 

レミリアはどうやらフランをホグワーツに通わせたいらしい。なんとも突飛なことを考えつくもんだ。

 

そもそもの発端は、外に出られるようになったフランの『奇行』にある。どうやら四百年の地下室生活というのは、私たちが想像していたものよりも問題があったらしい。

 

初めて外に出たその日に、レミリアが目を離した隙にマグルの村を半壊させたのだが、今ならそんなの些細な問題だと言い切れる。

 

みんなでパリ旅行に行った時には『ちょっとした間違い』で列車を脱線させ、最近ではムーンホールドの近くの小山で火遊びをした結果、山からは木がなくなった。

 

レミリアがヨーロッパでの影響力をフルに使ってフランの事件を揉み消さなければ、今頃は暢気に話など出来ていなかっただろう。

 

始末が悪いのは、フランに悪気がないことだ。むしろ良かれと思ってやったことが、結果的に大災害へと姿を変えることが多い気がする。

 

「ダンブルドアには貸しがあるわ。あの子は翼を隠せない。それでも入学できるのはホグワーツだけよ。まさかマグルの学校に行かせるわけにはいかないでしょう?」

 

「そりゃあそうだがね……。あの子が卒業するまでに、ホグワーツが原型を留めていられると思うのかい? それに、日光はどうする? 吸血は?」

 

そう聞くと、レミリアはバツが悪そうになりながら黙り込む。他にも色々と問題はあるが、七年間でホグワーツが瓦礫の山にならないだなんて誰も同意しないだろう。

 

「アリスかパチェが教えるんじゃダメなのかい?」

 

私やレミィはともかくとして、あの二人は元人間だ。それなりに常識的だし、少なくとも現状よりはマシになるはずだ。当然のことながら美鈴は候補には入っていない。

 

「パチェはもう考え方が魔女に染まってるでしょ。アリスは……一見かなり常識的なんだけど、肝心なところでぶっ飛んでるのよね。」

 

レミリアの返事に、今度は私が黙り込む。確かに最近は時たまぶっ飛んだ発言があるのだ。この前など、パチュリーの素材棚にあった妖怪の皮を使って人形を作ろうとしていた。着々と立派な魔女になりつつあるようだ。

 

「もはや私たちは人間に関わらざるを得ないのよ。これからの世界を生きるためにも、彼らの常識を学ぶ必要があるわ。丁度中間に位置している魔法使いの世界は、入門編としては適していると思わない?」

 

「まあ、同意はするがね。しかし、そうなると結局最初に戻るわけだ。ホグワーツに通うあの子を想像してごらんよ、私には大量の生徒たちの死体が見えてくるよ。」

 

レミリアは眉を寄せて難しい顔をした後、こちらに向かってある提案をしてきた。

 

「あの子の力を制御する枷を嵌められないかしら? なにも人間並みにとは言わないわ。この前みたいに、デコピンで相手をふっ飛ばさないくらいには出来るんじゃない?」

 

枷、か。物理的ではなく、魔術的な封印のことだろう。しかし……難しそうだな。フランの身体能力は吸血鬼から見ても別格なのだ。二人の魔女と協力したところで、丁度いいものが出来るとは思えない。

 

「難しいな。」

 

「はぁ、そうよね。分かってはいたんだけどね。」

 

レミリアと二人で項垂れつつも、さすがにホグワーツは諦めたほうがいいと言おうとした瞬間、部屋に女性の声が響き渡った。

 

「私が協力しましょうか?」

 

その刹那、レミリアが声の主に紅い槍を投擲し、私は無数の妖力弾を撃ち込む。

 

「ひゃ、ちょっ、話をしに来ただけよ! 落ち着いて頂戴!」

 

私とレミリアの攻撃が空間の裂け目に飲み込まれたのを見て、警戒の度合いを一段上げる。おいおい、並みの大妖怪レベルの雰囲気じゃないぞ。

 

金髪に紫のワンピース。顔は焦っているような表情だが、とてもじゃないが本心だとは思えない。感じる妖力は父上やスカーレット卿と同レベル……いや、少し上かもしれない。

 

私とレミリアが警戒を緩めずに隙を窺っているのを見て、妖怪が慌てたように言葉を続ける。

 

「いや、本当に話をしに来ただけなのよ! 確かにいきなり入り込んだのは無作法だったけど、これは癖みたいなものなの!」

 

チラリとレミリアに目線を送り、会話は任せて警戒を続ける。ここは紅魔館だ、ならばレミリアが対応すべきだろう。

 

いつの間にか妖怪の後ろで気を纏って警戒している美鈴に合わせて、三人で逃げ場を無くすように妖怪を囲む。……というか、美鈴は本当にいつの間に来たんだ。全然気付かなかった。

 

「それで? どんな理由で私の館に忍び込んだのかしら? 無礼な妖怪さん。返答次第じゃ生きて帰すつもりはないわよ。」

 

冷たい声色に変わったレミリアに対して、妖怪はにへらと笑いながら口を開く。

 

「えーっと、まさかこんな感じになるとは思わなくって……。こほん、いきなり声をかけたのは謝罪するわ。私は八雲紫、日本のかわいい大妖怪よ。」

 

言葉と共にウィンクをしてくる。ふざけた返事だが……八雲紫? 香港でアリスにちょっかいをかけてきたヤツか。となれば、場合によってはここで殺す必要がありそうだ。

 

レミリアは冷たい表情を崩さずに、威圧を増しながらそれに答える。

 

「その大妖怪が何の用? まさかお茶をしに来たってわけじゃないんでしょう?」

 

「正にその通りなのよ。今日はお茶のついでにちょっとした相談をしに来たの。えーっと、座ってもいいかしら?」

 

余裕たっぷりの表情で応接用のソファを指差す。虚仮威しじゃないとすれば、この三人相手でも余裕だというわけだ。

 

「……いいでしょう。美鈴、紅茶を出してあげなさい。」

 

「へ? 本当にお茶するんですか?」

 

「そうよ。いいから持って来なさい。」

 

ソファに座った八雲を横目に、レミリアに視線で問いかける。正気か? どう考えてもこの妖怪は胡散臭い。

 

私の疑問を受け取ったレミリアは、ため息を吐きながら説明してくる。

 

「じっくり見てたら思い出したわ。昔、こいつのいる景色を見たことがあるのよ。貴女、パチェ、小悪魔、美鈴やフラン、それに……その時はまだ会ってなかったアリスも居たわ。この妖怪と一緒に宴会をしてたの。」

 

「運命か?」

 

「多分ね。こいつを信用するわけじゃないけど、少なくとも害する意思がないのは本当なんじゃない? でなきゃ一緒に宴会なんてしないでしょ。」

 

なるほど。一応それらしい根拠はあるわけだ。レミリアに続いてソファに座りつつ、それでも警戒心は解かないでおく。何というか……とにかく胡散臭いのだ、この妖怪は。

 

こちらの話を聞いていたらしい八雲が、興味深そうにレミリアへと話しかけてくる。

 

「へぇ? 『運命を操る程度の能力』ってやつかしら? 未来視のようなことまで出来るなんて、とても便利な能力なのね。」

 

「私のことをよくご存知のようじゃないの。一体どうやって調べたのかしら?」

 

レミリアの詰問に、八雲はこれまた胡散臭い笑みを浮かべながら説明してくる。

 

「私の能力もとっても便利なの。『境界を操る程度の能力』と呼んでいるのだけれど……そうね、例えばさっき攻撃を吸い込んだスキマは空間の境界を操って開けたものよ。」

 

言いながら、自身の隣に小さな裂け目を作った。見れば、裂け目の中には異形の目がギョロギョロと蠢めいている。なんとも趣味の悪いヤツらしい。

 

「それに、貴女たちのことを知っているのは、私が眠っている間に夢と現の境界を操って貴女たちを観察していたからなの。」

 

概念レベルの事象にも干渉できるのか? それはまた……反則じみた力だ。強弁すれば、境界を持っていないものなどこの世に存在しないだろうに。どうやらこいつは、ちょくちょく耳にするような『反則級』の妖怪らしい。余裕があるのも頷ける。

 

「ふん、どこまで本当なんだか。……それで、具体的な用件は何なの? 覗きが趣味の大妖怪さん。」

 

「覗き云々はさて置いて、先程も説明した通り、今日は相談があってお邪魔したのよ。えーっと、どこから説明すればいいかしら……。」

 

八雲がそう言ったところで、美鈴が紅茶をトレイに載せて入室してきた。三人にティーカップを配り終わると、彼女は私とレミリアの後ろに立って微動だにしなくなる。こういう時は頼もしいな。

 

八雲は躊躇わず紅茶に口をつけて、満足そうな表情をしながら語りだした。

 

「先ずは……幻想郷について説明するわ。レミリアちゃんが見たのは、おそらくその場所での景色よ。」

 

レミリアちゃん、の辺りでレミリアが眉を吊り上げるが、八雲は無視して話を続ける。いい度胸してるじゃないか。

 

「簡単に言えば、人外と人間が共存している場所よ。勿論、外界……つまりこの場所からは隔離しているわ。私たちが作り上げた、私たちの理想の場所。」

 

「俄かには信じ難い話ね。人外と人間が共存? あんたの力で抑え付けてるの?」

 

「今は、ね。そして私はそれを変えたいと思っているのよ。私が介入しなくとも、人妖のバランスが取られるようにしたいの。」

 

幻想郷? 聞いたことはないが、八雲の能力が本人が言う通りのものであれば、確かに創り出すのは難しくないだろう。

 

「それで、その為のルール作りへの協力をお願いしたいというわけ。詳しく話すと長くなるから端的に聞くわ。……幻想郷に移り住む気はないかしら?」

 

「……妙な話ね。そんなことをして私たちにメリットがある?」

 

レミリアの質問に対して、八雲は指を一本一本立てながら答えを返す。

 

「第一に、幻想郷ではフランドールちゃんが普通に遊べるような存在が珍しくないわ。第二に、こちらの世界のように人間から隠れる必要がなくなる。第三に、かわいいゆかりんにいつでも会える。どうかしら?」

 

三番目は無視するとして、他は確かに魅力的かもしれない。フランも同格の存在ならば気兼ねなく付き合えるだろうし、大手を振って夜空を飛び回れるのも気分が良さそうだ。

 

反面、アリスは友達と離れるのを嫌がるだろうし、八雲が言うルールとやらも面倒なものになりそうな気がする。そもそも八雲が信用できるかは未知数なのだ。

 

黙考するレミリアと私に、八雲が妥協案を口にする。

 

「まあ、いきなりこんな事を言われても困るでしょう? こちらも準備があるし、何も今すぐどうこうという話じゃないのよ。先ずはフランドールちゃんをこっちの学校に通わせてみて、どうしても適応できなさそうなら考えてみてくれないかしら?」

 

「随分と私たちに都合のいい話ね。」

 

「それだけ期待しているということよ。貴女たちはそれなりの力を持っているけど、同時に人間と深く関わっている。幻想郷にルールを定めるきっかけとしては最適だわ。」

 

「それで、フランの問題はどうやって解決するつもりなの?」

 

レミリアの質問に、八雲は顔の横で指をピンと立てながら戯けた様子で答える。動作の一つ一つが胡散臭いヤツだな。

 

「簡単よ。人間と吸血鬼との境界を弄ればいいの。調節は効くし、部分的に人間に近づけることも可能よ。」

 

「何でもありね。」

 

呆れ果てたようなレミリアの声を聞いた八雲は、紅茶を飲み干してから立ち上がると、空間に例の裂け目を開いてから振り返る。

 

「今日のところはこの辺で失礼しましょう。色々と考えることがあるでしょうし、返事はまたいずれ聞きに来るわ。」

 

「次は玄関から入ってもらうわよ。」

 

「努力はしますわ。」

 

どこからか取り出した扇で口元を隠し、くすくすと笑いながら八雲は裂け目に消えていった。最後の最後までふざけたヤツだ。

 

裂け目が完全に消えてから、レミリアが私と美鈴に向かってポツリと呟いた。

 

「さて、どう思ったかしら?」

 

「とりあえず、一つだけ確かなことがあるよ。」

 

「私もですねぇ。」

 

抽象的なレミリアの質問に、私と美鈴が答える。確実に言えることが一つだけあるのだ。三人で顔を見合わせて、同時に言葉を口にする。

 

「胡散臭いわね。」

 

「胡散臭かったね。」

 

「胡散臭いですね。」

 

揃った答えに苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリは未だ見ぬ幻想郷について考えを巡らせるのだった。

 



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そして運命の世代へ

 

 

「学校? フラン、学校に通えるの?」

 

紅魔館のリビングに響くフランの驚いた声を聞きながら、レミリア・スカーレットは慎重に言葉を選んでいた。

 

「条件があるわ、フラン。それを守れるのであれば、の話よ。」

 

「条件?」

 

見たところフランはこの提案に乗り気らしい。口調にはいつものトゲがなく、興味津々といった様子だ。まあ……無理もない。アリスにホグワーツの話を聞かされた時から、ずっと学校というものに憧れていたのだ。

 

「いくつかあるの。まず一つ目、人間を殺さないこと。」

 

途端にフランの顔が曇る。別に殺したいというわけじゃなく、手加減ができないのだ。数々の失敗を経て、フランは自信を失っているらしい。

 

「これに関してはちょっとした考えがあるわ。問題はそれを心がけることが出来るかどうかよ。どうかしら?」

 

「んぅー……頑張ってみる。」

 

あの後、私たちは八雲紫の提案に乗ることを決めた。もちろん幻想郷とやらに移り住むのは未定だが、試しにフランをホグワーツに通わせてみるのは悪くない考えだろう。もしフランがホグワーツで大量虐殺をやらした時の為の亡命先にしようと思っているのは内緒だ。

 

数度の話し合いを経て、八雲紫の能力には確かに効果があることを確認している。害されないまでも害さない、というレベルに調節することは可能なはずだ。能力がそのまま使えることは不安だが……一応の自衛用として残しておく予定でいる。

 

「二つ目、他人から血を吸わないこと。吸血用のボトルを持たせるから、血はそこから摂取するの。出来る?」

 

「簡単だよ!」

 

これに関しては問題ないだろう。フランは元々吸血衝動が薄いし、そもそも吸血鬼というのはそんなに頻繁に血を吸わない。

 

「三つ目、校舎を壊さないこと。何か大きな事故を起こしたら、その時点で学校とはさよならよ。」

 

「うぅ、わかった。できる……と思う。」

 

ここが一番心配な点となる。自動で修復されるのが当たり前な地下室で育ったフランは、物を壊すことに躊躇がないのだ。願わくばそのことも学んできて欲しい。

 

「最後に、きちんと勉強をすること。学校は遊びに行く場所ではないわ。スカーレット家の家人として、それなりの成績は取ってもらうわよ。」

 

「頑張る!」

 

元気いっぱいに両手を握りしめるフランだが……ああ、心配だ。正直言って成績についてはどうでもいい。みんなと一緒に勉強する、という社会性を身につけて欲しいのだ。

 

「本当に約束できるのね?」

 

「絶対、ぜーったい、約束する! ……フラン、そしたら学校に行けるんだよね?」

 

「はぁ……。不安だけど、そうよ。ホグワーツについての詳しい話はアリスかパチェに聞きなさい。もうちょっと先の話になるけど、今のうちから知っておいたほうが良いでしょう。」

 

「やったー! 学校、学校! 友達ができる!」

 

はしゃぎ回るフランを見ながら、ますます心配になってくる。友達など出来るのだろうか? 狂気の制御にも関わっていたため、結局翼を隠すことは叶わなかったのだ。それでも近付いてくる人間がいればいいが……。

 

「それじゃあ、私は用事があるから行くわね。美鈴とでも遊んでいなさい。」

 

フランには聞こえていないようだが、一応声をかけてから部屋を出る。さて……ダンブルドアを説得しに行かねばなるまい。あの男は種族で差別するような人間ではないはずだ。フランがホグワーツを必要としているなら、説得は難しくないだろう。

 

ダンブルドアへの同情を誘う文言を考えながら、レミリア・スカーレットは紅魔館の廊下を一人歩くのだった。

 

 

─────

 

 

「こんにちは、アリスさん。」

 

ダイアゴン横丁のカフェテラスで、おずおずとした様子で挨拶する少女を眺めるアリス・マーガトロイドは、この子の性格はテッサに似なかったなと内心で独りごちるのだった。

 

「こんにちは、コゼット。元気そうでよかったわ。」

 

コゼット・ヴェイユ。十年前に数日間寝ないで名前を考えた赤ちゃんは、今や立派な少女に育っている。

 

髪色は父親に似た銀髪で、ヘーゼルの瞳はテッサ譲りだ。顔は……大人しいテッサ、といった感じになっている。中々の美人さんになった。

 

「ほら、なんだって恥ずかしがってるのよ。アリスには何度も会ってるでしょ?」

 

「うん、そうだけど、アリスさんは綺麗だから……。」

 

「あら、お母さんはどうなのかしら? 随分と失礼な言い草じゃない?」

 

「そ、そんなつもりじゃないよ!」

 

親子の会話に、知らず微笑みがこぼれる。テッサも立派にお母さんをしているもんだ。そういえば……初めてリーゼ様に会った私は、こんな感じだったかもしれない。年齢もこれくらいだったはずだ。

 

「ところで、やっぱり旦那さんは来れなかったみたいね。」

 

テッサの旦那さんは魔法省に勤めているのだが、最近はどうも忙しいらしい。今日も一緒に買い物をする予定だったのだが、どうやら仕事から抜け出せなかったようだ。

 

私の声に顔を向けたテッサが、呆れたように話し出す。

 

「そうなのよ。例の『なんちゃら卿』がまたなんかしたらしいの。ほんっとにいい迷惑だよ。」

 

近頃世間を賑わせている、ヴォル……ヴォルデモート卿? まあそんな感じの変な名前のヤツが、またしても騒ぎを起こしたらしい。馬鹿みたいな名前だし、馬鹿みたいに騒ぐのは仕方がないかもしれない。

 

「残念だけど、仕方がないわね。まあ、諦めて買い物に専念しましょう。」

 

「そうだね。んじゃあまずは、本屋かな? この子に教科書を買わないといけないんだ。」

 

おっと、忘れる前にフランのことを話しておこう。今日はそれを伝えるつもりだったのだ。

 

仲良くなって名前で呼び合うようになった小さな吸血鬼のことを、テッサとコゼットに説明する。友達になれればいいのだが。

 

「そうそう、私も同じような買い物があるのよ。私の……えーっと、知り合いの子も、今年からホグワーツなの。」

 

「うっそ? ってことは、コゼットと同級生なんだ。よかったね、コゼット。友達が出来るかもよ?」

 

「うん……あの、どんな子ですか? 乱暴な子だったら、ちょっと怖いかもしれないです。」

 

ちょっとだけ期待した瞳で聞いてくるコゼットに、残念な情報を伝える。いずれバレるのだ、ここで伝えておこう。

 

「まあ、優しい子なんだけど……吸血鬼なのよね。」

 

テッサは驚いて目を丸くして、コゼットは……ダメそうだ。ぷるぷる震えている。

 

「吸血鬼って、あの吸血鬼? 血を吸ったり、ニンニクが嫌いな?」

 

「いや、ニンニクは別に嫌いじゃないわ。血は……ちょっとは飲んだりするけど、無理矢理吸ったりはしないのよ?」

 

聞いてきたテッサにではなく、震えっぱなしのコゼットに説明する。なるべくここで良い印象を与えるべきだ。

 

「コゼット? 無理にとは言わないわ。でも、その子は友達が欲しくて学校に通おうとしているの。とってもいい子だから、出来れば怖がらずに友達になってくれないかしら?」

 

震えながら私のことを見つめていたコゼットだったが、やがて決意を感じる表情で答えてくる。

 

「ア、アリスさんがそう言うなら……私、頑張って話しかけてみます。」

 

震えたままだったが、目にはしっかりとした力がある。こういうところはやはりテッサの娘だな。

 

「ま、ダンブルドア校長が許可したんなら問題ないでしょ。ちゃんと気にかけてあげるんだよ? コゼット。」

 

「うん、わかった。」

 

「テッサにもお願いするわ。ダンブルドア先生にも頼んだらしいんだけど、他にも気にかけてくれる教師がいればあの子もやり易いでしょう。」

 

「任せてよ。どんな子だろうと、ホグワーツは受け入れてみせるから。」

 

胸を張って答えるテッサに、ホッと安心の息がこぼれる。信じてはいたが、それでも悪い反応じゃなくてよかった。

 

「それじゃ、早く本屋に行こうよ。その後は魔法薬学の道具と……あとはなんだろ?」

 

「お母さん、杖も買ってくれるんでしょ?」

 

「ああ、そうだった。オリバンダーの杖屋にも行かないとね。」

 

コゼットがメモを取り出してチェックしている。しっかり者に育っているらしい。……反面教師というやつかもしれない。

 

歩き出す親子の後に続いて、私もゆっくりと足を踏み出した。

 

 

 

他の必要な物を買い終わり、ようやくオリバンダーの店にたどり着いた。ドアを開けて三人で店に入ると……先客がいるようだ。入学シーズンだし、仕方がないのかもしれない。

 

「ありゃ、ミネルバ。新入生の案内かな?」

 

「これは、ヴェイユ先生。その通りです。そちらは……ああ、娘さんの杖を買いに来たんですね。」

 

見たような顔だと思ったら、マクゴナガルだった。キリッとした雰囲気はそのままに、随分と貫禄が出てきている。相手も私に気付いたらしく、こちらに向かって挨拶をしてきた。

 

「マーガトロイドさんも、お久しぶりです。何というか……お変わりないようで。」

 

「ええ、久しぶりね、マクゴナガル。噂はテッサから聞いているわ。立派な教師になったって。」

 

「わー、そんなこと言わなくていいから! 私たちは隅っこで待ってるよ。ほら、行こう?」

 

照れたテッサに腕を引かれて、店の隅っこにある椅子に座らされる。私には教え子自慢をしてくるくせに、本人に言うのは照れるらしい。

 

コゼットを見れば、初めて来る杖屋に興味津々のようだ。壁にかかっている曰く付きの杖を、一つ一つ目を丸くしながら確かめている。

 

マクゴナガルが案内しているという一団を見れば……なるほど、マグル生まれの女の子らしい。きちんとスーツを着ている両親を見れば一目瞭然だ。魔法使いなら完璧に着れるわけがない。

 

かつて見たスーツを上下逆に着ていた魔法使いのことを思い出していると、隣に座るテッサがオリバンダーを見ながらポツリと呟いた。

 

「しっかし、オリバンダーも老けたねぇ。時の流れを感じるよ。」

 

「まぁ、そうね。私たちが杖を買った頃は、まだ成人したばかりだったものね。」

 

今代のオリバンダーは杖作りの名人として、かなりの評価を受けている。私の杖も若かりし頃の彼が作ったものだ。テッサもイギリスの学校に通うということで、この店で杖を買ったらしい。

 

「いやになっちゃうよ。自分の歳を自覚させられるみたいでさ。」

 

「私が言うのもなんだけど、テッサはかなり若々しく見えるわよ? 贔屓目抜きで……三十代前半ってとこね。」

 

「それなら嬉しいんだけどね。あんまり年寄りがお母さんだと、コゼットがかわいそうかなーって。」

 

「あのね、さすがに気にしすぎだわ。まだ四十になったばかりでしょうに。」

 

実際のところ、テッサが若々しく見えるのは事実だ。快活な雰囲気がそうさせるのかもしれない。

 

それに……こういうことを言われると胸がチクリと痛む。いつか来る別れが近づいてくる気がして怖いのだ。考えるな、アリス。まだまだ先の話なんだから。

 

「そうかな? それならいいんだけど。……おっ、あの子、杖に出会えたみたいだよ。」

 

テッサの声にマクゴナガルたちのほうを見れば……ちょうど女の子が握っている杖先から、美しい蝶の群れが飛び出したところだった。どうやらいい相棒に出会えたらしい。

 

「おお、お見事ですな。26センチ、柳にユニコーンの毛。振りやすく、呪文術に最適。良い杖に出会えたようで何よりです。」

 

「ありがとうございます。」

 

オリバンダーの説明に、女の子が嬉しそうに応えた。そのままマクゴナガルたちは次の買い物に向かうらしい。ペコリと一礼するマクゴナガルに礼を返して、コゼットを呼んで杖選びを始める。

 

オリバンダーは私を見ると少し驚いたようだったが、すぐさま私の杖を見て顔を緩めた。さすがに高名な杖職人だけある。人間にはさほど興味がないらしい。

 

「おお、お久しぶりです、マーガトロイドさん。ブナノキに不死鳥の羽根、24センチ。繊細だが悪戯好き。大事に使っていただけているようですな。」

 

「ええ、手入れは欠かしていないわ。」

 

これは本当のことだ。杖なしの魔法をよく使うようになった今でも、キチンと手入れはしている。ちなみにパチュリーも同様だ。魔女としての癖のようなものなのかもしれない。

 

「それに……ヴェイユさん。イトスギにユニコーンの毛、29センチ。勇敢で忠実。こちらも見事な状態ですな。」

 

「一応教師だからね。手入れしてなきゃ格好がつかないってわけ。」

 

テッサは答えながらもコゼットをオリバンダーの方へと押し出す。コゼットは緊張しているようだ。

 

「今日はこの子に杖を買いに来たの。とびっきりの出会いをさせてやってね?」

 

「おお、お任せください。必ずや、最高の出会いを見出してみせましょう。」

 

やる気を出したオリバンダーは、メジャーを取り出してコゼットの腕の長さを測り始めた。乗せるのがうまいな、テッサ。

 

測り終えると、早速とばかりに数本の杖をコゼットに試させるオリバンダーを眺めつつも、フランの時はどうしようかと考える。

 

リーゼ様はこの店で普通に杖を買ったらしいが、それは八十年くらい前の話だ。今代のオリバンダーも吸血鬼に杖を売ってくれるだろうか? ……まあ、売ってくれるか。さっきの対応を見る限り、誰に売るかではなくどれを売るかにしか興味はなさそうだ。

 

ぼんやりとフランのことを考えていると、コゼットが一本の杖を握った瞬間、杖先から花びらが出てくるのが目に入ってきた。どうやらきちんと出会えたらしい。

 

「おみごと、おみごと。ナシにユニコーンの毛、27センチ。優しく、安定している。ナシの杖は悪しき魔法使いを決して選びません。お嬢さんはきっと、素晴らしい魔法使いになることでしょう。」

 

「は、はい!」

 

なかなか良い杖のようだ。近寄ってテッサと一緒に頭を撫でてあげながら、お祝いを口にする。

 

「よかったわね、コゼット。おめでとう。」

 

「いやぁ、ナシの杖なんてお母さん鼻が高いよ。やったね、コゼット。」

 

「ありがとう、お母さん、アリスさん。」

 

テッサがオリバンダーさんにお代を払い、三人で礼を言って店を出る。やっぱり誰かが杖と出会う瞬間は感動するものだ。フランの時が楽しみになってきた。

 

三人でダイアゴン横丁を歩きながら、アリス・マーガトロイドは小さな友人の杖との出会いに想いを馳せるのだった。

 



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フランドール・スカーレットと不死鳥の騎士団 その男の名は

誤字報告ありがとうございます。


 

 

「わぁ……かっこいいね!」

 

9と3/4番線のホームで、フランドール・スカーレットは真っ赤なホグワーツ特急に感動していた。

 

かっこいい。フランスで見た列車は変な形だったが、こっちのは中々いい感じだ。大体フランスの列車はすぐ壊れるのがいけない。対してこっちのは頑丈そうだ。

 

周りには人間がウジャウジャといる。昔は『目』の光が強すぎて、『目』の少ないリーゼお姉様や美鈴のような存在しか判別がつかなかったが、パチュリーが翼飾りをつけてくれてからは顔の違いが分かるようになった。

 

おまけにイライラすることも少なくなったのだ。前は時折何もかもをぶっ壊したくなるような衝動があったのだが……今はなくなった。頭の中が実にスッキリしている。

 

辺りを見回していると、見送りに来てくれたアリスが声をかけてきた。

 

「これに乗って行くのよ。荷物は……あるわね。日焼け止めクリームは塗った?」

 

「紅魔館を出るときにアイツに塗りたくられたよ。そのせいで体がベタベタになっちゃった。」

 

アリスの言葉に苦い顔で答える。フランは自分で塗れるって言ったのに。それでも、学校に行くために我慢した。……最後に殴っちゃったけど。

 

「体の調子も大丈夫なのね? 違和感はない?」

 

「ちょっと身体が重いけど……全然ヘーキだよ!」

 

あの紫色の胡散臭いおばさんがかけた術はうまく動作しているらしい。出発前にアイツをぶん殴った時には、全然吹っ飛ばなかったのだ。

 

「ギリギリに着きすぎたかしら? テッサたちが見当たらないわね……。」

 

フランの答えを聞いて安心したらしいアリスは、誰かを探しているようだ。確か……コゼットちゃん! アリスのお友達の子供で、私と友達になってくれそうな女の子。その子を探しているのだろうか?

 

「大丈夫だよ、アリス。フラン、列車の中で探すよ!」

 

まっかせて欲しい。なんたって、フランはもう子供じゃないのだ。女の子一人探し出すくらい簡単だろう。

 

「そ、そう? うーん……そうね、そうするしかないわね。参ったわ。知り合いがいるから引率役に選ばれたのに、失敗しちゃったわね。」

 

苦悩している様子のアリスだったが、ひとつため息を吐くと立ち直って話し出す。

 

「それじゃあ、そろそろ出発だから乗り込んで頂戴。レミリアさんとの約束は覚えてるわね?」

 

「うん。殺さない、壊さない、吸わない!」

 

「それとお勉強も頑張ること。きちんと守るのよ?」

 

「大丈夫だよ。シンパイショーだなぁ、アリスは。」

 

フランが苦笑して言うと、アリスは何故か何かを懐かしんでいるような顔になる。やがてフランのことを眩しそうに眺めると、笑顔で送り出してくれた。

 

「そうね、フランなら大丈夫だわ。行ってらっしゃい、フラン。」

 

「うん! 行ってきます、アリス!」

 

トランクを持って列車の中へと入る。ズラリとコンパートメントが並ぶ通路を歩きつつ、聞いている特徴の女の子を探す。

 

銀髪に、ヘーゼルの瞳の内気そうな女の子。一つ一つのコンパートメントを覗き込みながら通路を歩いていると、すれ違う子たちがフランの翼を見てギョッとする。

 

ううむ、もしかしたら邪魔なのかもしれない。なるべく小さく折り畳んで、邪魔にならないように気をつける。これで大丈夫なはずだ。

 

いくつかのコンパートメントを調べていると、列車の汽笛が鳴ってゆっくりと車体が動き出した。マズいかもしれない。このまま見つからなかったらどうしよう?

 

ちょっとだけ不安になりながら、それを堪えて捜索を続けていると……いた! 銀色の髪をした女の子が、一人で不安そうにコンパートメントの中で座っている。

 

見つけた途端に緊張してきた。こういうのは第一印象が大事なんだって、リーゼお姉様が言っていたのを思い出す。よし、優しい感じの笑顔でいこう!

 

コンパートメントのドアをノックすると……ありゃ、ドアが壊れちゃった。フランがノックした所だけがべコりと凹んでいる。響いた音にコゼットちゃんらしき女の子は飛び上がり、怯えた顔でこちらを見てきた。

 

「ひゃっ、な、なんですか?」

 

「ち、違うの! ノックしようとして、それで……。」

 

やっちゃった。最悪の第一印象かもしれない。女の子はぷるぷる震えていたが、チラリとフランの翼に目を向けると、決死の覚悟を感じる表情でゆっくりと話しかけてきた。

 

「あの、もしかして、アリスさんの知り合いの……フランドールちゃん?」

 

「そうだよ! フランは、フランドール・スカーレット。貴女はコゼットちゃんだよね?」

 

「はい、コゼット・ヴェイユです。あの……ここ、空いてます。一緒に使いませんか?」

 

未だぷるぷるしているコゼットちゃんだったが、フランと一緒にいてくれるようだ。心にじわじわとあったかいものが広がるのを感じながら、なるべく慎重にドアを閉めて席に着く。

 

……座ったはいいが、どうしよう。何を話せばいいのか全然わかんないや。コゼットちゃんを見れば、向こうも困ったような表情で口を開けたり閉じたりしている。

 

ええい、黙っていても仕方がない。アリスによれば共通の話題を出すと話が弾むそうだから……学校のことだ! どの年齢の血が美味いかと聞くよりかは、いくらかマシな話題になるだろう。

 

「あのね、コゼットちゃんはホグワーツのことよく知ってるの? フランは、まだあんまり知らないんだよね。」

 

「う、うん。私のお母さんが先生をやってるから……家で色々話してくれるんです。」

 

「じゃあ、じゃあ、フランに教えてくれない? えーっと……そう、どんな授業があるの?」

 

フランの質問に、コゼットちゃんはぶんぶん頭を振りながら頷いてくれる。大丈夫かな? フランなら気持ち悪くなっちゃいそうだ。

 

「わ、わかりました。えっと、まずは呪文学っていうのがあって……基本的な呪文を学んだりする授業なんですけど、お母さんはずっとこの授業で先生を──」

 

コゼットちゃんの話を聞きながら、この話題は正解だったと内心でガッツポーズする。どうやら話せることはたくさんありそうだ。

 

ホグワーツ特急の走る音を背景にしながら、フランドール・スカーレットは目の前の友人候補とのお喋りを成功させるために、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けるのだった。

 

 

─────

 

 

「フランは大丈夫かしら? どう思う?」

 

紅魔館のリビングに響く数えるのも億劫になるほどに繰り返された質問に、紅美鈴は生返事を返していた。

 

「大丈夫じゃないですかね。」

 

「心配だわ。上級生にいじめられてないかしら?」

 

むしろホグワーツ特急の心配をすべきだと私は思う。あの列車が形を保ったままホグワーツにたどり着けるかは、私が思うに半々くらいの確率だろう。

 

「ちょっと聞いてるの? ねえ、私がいなくて泣いたりしてないかしら?」

 

「妹様なら大丈夫ですよ。」

 

嬉し泣きはしているかもしれない。今朝ぶん殴られたばかりだというのに、よくもまあそんなことが言えたもんだ。

 

いい加減止めてくれないかなと、一緒に妹様を見送った従姉妹様を見ると……こちらを無視して新聞を読んでいる。素晴らしい対応だが、見捨てられた私は堪ったものではない。巻き込んでやる。

 

「従姉妹様からも言ってやってくださいよー。」

 

「んん? ああ……それより、面白いヤツが載ってるぞ。」

 

言うと、従姉妹様は新聞を開いてこちらに見せてきた。話題逸らしだとしてもここは乗るべきだ。多少オーバーな演技で覗き込んでみると……なんだこいつ? トカゲの妖怪か? 掲載されている写真には、爬虫類と人間の合いの子みたいなヤツが笑っているのが見える。

 

「なんですか、こいつ? 妖怪?」

 

「分からんが、どうもイギリスの田舎を騒がせているらしいね。名前は……ヴォルデモート卿? おいおい、レミリアのセンスといい勝負だな。」

 

「うーん、いい勝負ですけど……ギリギリでこの爬虫類マンのほうが勝ってますよ。」

 

私と従姉妹様の会話を聞きつけたのか、窓辺でホグワーツの方向を心配そうに見つめていたお嬢様が怒った顔で近付いてきた。

 

「ちょっと、何の話よ! ……ヴォルデモートぉ? こんな変な名前、私なら絶対に付けないわよ!」

 

ハン、と鼻を鳴らしながら勝ち誇るお嬢様を無視して、従姉妹様にこいつが何をしたのか聞いてみることにする。活字を読むのは嫌いなのだ。彼女の要約のほうが百倍分かりやすいだろう。

 

「それで、何したんですか? こいつ。」

 

「取り巻きを従えて、特に理由もなくマグル生まれの魔法使いを殺しまくったらしいね。純血主義者の親玉ってわけだ。」

 

「へぇ。グリンデルバルドとはまた方向性が違いそうですね。」

 

「おいおい、こんなのとゲラートを一緒にしないでくれよ。彼がやったのは革命、こいつのは虐殺だ。このトカゲ男のほうが、理由も数段劣るしね。」

 

従姉妹様はグリンデルバルドの話になると、彼を擁護するスタンスを取りがちだ。結構気に入っていたのかもしれない。

 

しかし、今回に限ってはそう間違ったことは言ってなさそうだ。グリンデルバルドはあくまでも魔法使いの地位向上のために戦っていたわけだし、必要最低限の殺ししかしていなかった。まあ……必要最低限の数値が大きすぎたわけだが。お陰でヨーロッパの魔法使いは随分減ったのだから。

 

しかし、新聞を読む従姉妹様は実に興味深そうだ。写真で高笑いしている爬虫類マンのことをじっと見つめている。まさか……。

 

「まさか、こいつを使って次のゲームを、とかって言い出しませんよね?」

 

恐る恐る従姉妹様に聞いてみる。どうも吸血鬼はそういうことが好きらしいが、私としては疲れるだけなのだ。あと百年くらいは勘弁して欲しい。

 

多少迷っていた様子の従姉妹様だったが、横から覗き込んでいたお嬢様に新聞を渡すと、肩を竦めて首を振った。

 

「うーん……ちょっと小物すぎるね。イギリスにはダンブルドアが居るし、勝負にならないんじゃないかな。」

 

安心した。確かにダンブルドアの相手にはならなさそうだ。そもそも、この見た目じゃあ駒にしたくはないだろう。ヌルヌルしてそうだし。

 

私が従姉妹様と話していると、新聞を黙って読んでいたお嬢様がポツリと呟く。その顔はちょっとだけ引きつっている。

 

「ねぇ……ひょっとして私、また頼りにされたりしないかしら? 面倒くさいんだけど。」

 

「そりゃあ、連絡はあるだろうさ。キミは『ヨーロッパの英雄』なんだから。」

 

「うわぁ……正直興味ないんだけど。」

 

口ではあんなことを言っているが、頼られればお嬢様はきっと手を貸すのだろう。自分のことが書かれた新聞を切り抜いて保管していることを私は知っているのだ。自らの名声の為なら、お嬢様は努力を惜しまないのである。

 

そして、その時はきっと私が動く羽目になるのだろう。今からイギリス各地の飯どころを調べることを決意しつつ、紅美鈴はちょっとだけ項垂れるのだった。

 



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組み分け帽子

 

 

「おぉ……大っきいねぇ。」

 

目の前に聳え立つ月下のホグワーツ城を見上げながら、フランドール・スカーレットは隣に立つコゼットちゃんに話しかけた。

 

ホグワーツ特急での出会いは成功に終わったはずだ。少なくともコゼットちゃんはフランを見てぷるぷる震えることはなくなったし、到着する頃には敬語も出てこなくなった。

 

それに、駅からここまでの道中では手を繋いで歩くことまで出来たのだ。フランが夜目の利く種族でよかった。

 

そのコゼットちゃんも、目をまんまるにしてホグワーツ城を見上げながら呟く。

 

「うん、大きなお城だね。」

 

「これなら間違えて壊しちゃわないで済みそうだよ。」

 

私の言葉に、コゼットちゃんの顔がちょっと引きつった。むむ、また何か失敗したか? 反省のために聞き出そうとするが、案内してくれた大きなおじさんの声で遮られてしまう。

 

「よぉし、全員揃っちょるな? それじゃ、城ん中に入るぞ。」

 

言うと大きなおじさんは城の玄関ホールに入って行った。集団から離れないように気をつけながらついて行くと……奥の方から優しそうなおばちゃんが現れる。蜂蜜色のふんわりした髪が特徴的だ。

 

「ご苦労さん、ルビウス。今回は溺れた子はいなかった?」

 

「舟を修理したんで大丈夫でした、ヴェイユ先輩。きちんと全員揃っちょります。」

 

「そりゃあ良かった。ミネルバが怒らないで済みそうだね。」

 

苦笑しながら言ったおばちゃんは、私たちの方に向き直ってから大きな声で叫ぶ。

 

「……さて、新入生のみんな! ここからは私が案内するよ! 着いて来て!」

 

どうやら案内人が変わるようだ。でも、ヴェイユ? ってことは、あの人がコゼットちゃんのお母さん? チラリと隣のコゼットちゃんを見ると、私の疑問を察したのか軽く頷いてくれた。

 

そのままコゼットちゃんのお母さんに案内されて進んでいくと、大きな扉の前で整列させられる。壁には騎士の石像がずらりと並び、隙間には絵が敷き詰められて、その上ではユーレイたちがこちらを見ている。なんというか……賑やかな城だ。ムーンホールドを騒がしくした感じ。

 

ざわざわと話をする新入生を纏め終わると、コゼットちゃんのお母さん……ヴェイユ先生は、これから何をするのかを説明してくれる。

 

「うん、こんなもんかな。それじゃあ、今から大広間で組分けの儀式よ。簡単な儀式だから緊張しなくても大丈夫。それじゃあ行くわよ? ついて来て!」

 

大きな扉がゆっくりと開いていくと……すっごい! とっても長いテーブルが四つ並んだ大広間の中では、そこに座っているたくさんの生徒たちがこちらを見ていた。何よりあの天井! 屋根の代わりに満天の星空が輝いている。幻想的で、凄く綺麗だ。

 

「ふわぁ……。」

 

思わず立ち止まって見上げてしまうと、コゼットちゃんが慌てて手を引いてくれる。紅魔館もこうすればいいのに。今度美鈴に頼んでみよう。

 

そのまま前へと進んでいくと、一つだけ横向きになっているテーブルの前にポツンと小さな椅子が置かれているのが見えてきた。よく見えないが、何かが載っているようにも見える。

 

横向きのテーブルには大人の人間が並んで座っていた。あれが先生たちかな? その中にいるながーいヒゲのお爺さんが、フランのことを見て微笑んできた。笑顔で手を振ってみると、一瞬驚いたようにしながらも手を振り返してくれる。なかなかいいヤツみたいだ。

 

と、ヴェイユ先生の声で私たちが歩みを止める。何が起こるのかと辺りを見回していると……いきなり誰かの歌が聞こえてきた。

 

 

さあさあ良く目を開いてごらん?  歌っているのはこの私

 

よれよれ帽子の声だけど  きっと誰もが聴き惚れる

 

あなたの望みを嗅ぎ分けて  私がきちんと振り分けよう

 

勇気と名誉を望むなら  きっとあなたはグリフィンドール  赤く輝くあの寮で  輝くメダルを手に入れる!

 

知識と理性を望むなら  きっとあなたはレイブンクロー  青く静かなあの寮で  深い景色を見るだろう!

 

慈愛と友誼を望むなら  きっとあなたはハッフルパフ  黄色くきらめくあの寮で  真なる友を得るだろう!

 

機知と力を望むなら  きっとあなたはスリザリン  緑に染まるあの寮で  新たな正義を知れるはず!

 

あなたの望みが知りたけりゃ  私をそうっと被ってごらん

 

迷いに迷うその心  私が断じてみせましょう!

 

 

歌が終わると、拍手が大広間を包んだ。大した歌じゃなかったと思うが、フランも一応やっておこう。

 

ペチペチと適当に拍手をしながら、隣に立つコゼットちゃんに話しかける。

 

「変な歌だね。フランのほうが上手いよ。」

 

「そういうことじゃないと思うけど……。」

 

どうやらあの、ポツンと置かれた椅子の上にある帽子が歌っていたらしい。歓迎の歌だろうか? もっと上手い人を雇えばいいのに。

 

「さて、一人ずつ名前を呼ぶから、呼ばれた子はそこの椅子に座って帽子を被るように!」

 

ヴェイユ先生の声で、慌てて椅子に向き直る。あの歌はそういう意味だったのか。……ばっちい帽子を被るなんて、ちょっとヤダな。

 

一人、二人と組み分けされていくが、どうもかかる時間にバラつきがあるらしい。というか、吸血鬼もちゃんと寮に入れるのだろうか? アリスやパチュリーが何も言ってなかったことを思えば……うーむ、大丈夫だとは思うが……。

 

「エバンズ・リリー!」

 

「あっ、あの子……。」

 

ヴェイユ先生の声で前に進み出た女の子に、コゼットちゃんが何かに気付いたような声を出す。

 

「どうしたの?」

 

「あの子、私が杖を買いに行った時に店にいた子なんだ。」

 

「お話しした?」

 

「ううん。見かけただけ。」

 

コゼットちゃんとひそひそ話している間にも、その子はグリフィンドールへと組み分けされていった。歓声とともにグリフィンドールのテーブルへと迎えられている。

 

そこから次々に組み分けされ、寮のテーブルへと向かっていく新入生たちを眺めていると……どうしよう、緊張してきた。

 

オマエは吸血鬼だから出て行け、なんて言われたらどうしよう。……よし、決めた。その時はあの帽子をズタズタに引き裂いてやろう。

 

そんなことを考えていると、遂にフランの名前が呼ばれる。

 

「スカーレット・フランドール!」

 

名前が呼ばれた瞬間に、大広間にざわめきが広がる。そしてフランが椅子へと進み出ると、それは更に大きくなった。

 

なんだろう? 何か間違えたのかとヴェイユ先生の方を見ると、微笑みながら頷いてくれている。大丈夫そうだ。

 

ゆっくりと帽子を手に取り、椅子に座って被ってみると……頭の中で囁くような声が聞こえてきた。

 

『フム、これは珍しい。君は人間ではないね?』

 

ぐぬぬ、やっぱり人間じゃないとダメなのかな? 帽子を引き裂いてぐちゃぐちゃにすれば、有耶無耶になったりしないだろうか?

 

『おっと、それはやめておくれ。大丈夫、人間でなくとも私には関係のないことだよ。私の仕事は正しく組み分けをすることだけなのだから。』

 

心が読めている? なんにせよ、ここで退学にはならなさそうだ。

 

『フム、フム。……難しい、非常に難しいな。心の奥には純粋な残酷さがあるが、同時に人を思いやる心も持っている。』

 

残酷さとは失礼な。フランはとっても優しい子だって、リーゼお姉様もアリスも言ってくれているのに。

 

『ウーム、勇敢さもある、そして時には狡猾で、類稀な頭脳もある。しかし……君が友人を望んでホグワーツに来たのであれば──』

 

「ハッフルパフ!」

 

帽子から響く大声に、大広間は一瞬沈黙に包まれる。しかし、やがてパラパラとした上級生の拍手を皮切りに、ハッフルパフのテーブルから大きな拍手が沸き起こった。

 

慌てて立ち上がってハッフルパフのテーブルへと向かうと……恐る恐るといった様子だが、みんなが歓迎の言葉をかけてくれた!

 

とっても嬉しい気分でテーブルに着くが、まだコゼットちゃんの組み分けが残っている。ヴェイユ先生はグリフィンドールだったらしいし、コゼットちゃんもそうだったらどうしよう。

 

「スネイプ・セブルス!」

 

黒髪の男の子がスリザリンに組み分けされたのには目もくれず、コゼットちゃんと一緒の寮になれますようにと祈っていると……コゼットちゃんの名前が呼ばれた!

 

「ヴェイユ・コゼット!」

 

帽子を被るコゼットちゃんを見ながら、手を組んでひたすら祈る。どうかハッフルパフに選ばれますように。

 

一瞬にも永遠にも感じられた沈黙の後、帽子が口を開いて大きく叫んだ。

 

「ハッフルパフ!」

 

やった、やったぁ! 立ち上がって全力で拍手をすると、コゼットちゃんが小走りでフランの元にやってきた。

 

「コゼットちゃん! やったね、おんなじ寮だよ!」

 

「うん! 改めてよろしくね、フランちゃん!」

 

思わず抱きついて、慎重に力を込めて抱きしめる。お友達と同じ寮になれるなんて、今日のフランは幸運みたいだ。

 

二人で並んでテーブルに着いて、最後の一人がレイブンクローに組み分けされたのを見届ける。するとお髭のお爺ちゃんが立ち上がって、その大きな声を大広間に響かせた。

 

「結構、結構。今年も無事に組み分けが終わってなによりじゃ。それでは、食事の前にちょっとばかりお知らせを聞いてもらおうかのう。」

 

言うと、先生たちが座っているテーブルの中の、ひときわ小さな男の人が立ち上がる。

 

「今年からヴェイユ先生に代わって呪文学を受け持ってもらう、フリットウィック先生じゃ。言わずと知れた決闘チャンピオンであり、その杖捌きは見事の一言に尽きる。」

 

紹介されたフリットウィック先生が、ペコりと一礼して再び席に着く。しかし、そうなるとヴェイユ先生は? 他の生徒たちも心配なようで、大広間に囁き声が広がっていく。

 

「おっと、心配そうな顔は無用じゃ。ヴェイユ先生には闇の魔術に対する防衛術の授業を受け持ってもらうことになった。このところ不安定な授業となっておったが、ヴェイユ先生ならばこの問題を見事に解決してくれることじゃろう。」

 

お爺ちゃん先生の言葉で、不安そうなざわめきも収まった。その様子に大きく頷きながらも、お爺ちゃん先生は再び話を続ける。

 

「他にはいつもの注意事項じゃな。夜には出歩かないこと、みだりに呪文を使わないこと、危険な魔法薬を作らないこと……詳しくは、管理人室の掲示板に張り出されておる。」

 

ううむ、たくさん決まりがあるようだ。それに夜には出歩けないらしい。地下室を出て以来、月光浴は密かな楽しみだったのだが……。

 

隣のコゼットちゃんを見れば、きちんとメモを取っている。真剣にペンを走らせている様子がなんだかかわいい。フランがコゼットちゃんに気を取られている間に細々とした話は終わったようで、お爺ちゃん先生が一際大きな声で言い放つ。

 

「さて、そろそろ我慢も限界を迎える頃じゃろう。難しい話は終わりにして、そーれ、食事じゃ!」

 

その言葉と共に、テーブルの上に無数の料理が現れた。ローストチキンに、スクランブルエッグ、大きなソーセージと、お肉たっぷりのパスタ。他にも色々とあるが……人肉ステーキはなさそうだ。ちょっと残念。

 

「すごいね。……食べようか、フランちゃん。」

 

「うん!」

 

好物はなかったが、友達と一緒ならきっと何でも美味しいだろう。

 

天井の星々に照らされながら、フランドール・スカーレットはホグワーツでの初めての夕食を楽しむのだった。

 



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ハッフルパフの小さな騎士

 

 

「また私の友達をいじめて! ぶっ飛ばすよ、メガネ!」

 

雪が積もってきたホグワーツの中庭で、フランドール・スカーレットはハッフルパフの同級生たちを背に庇いながら、いつもの四人組と対峙していた。

 

メガネ、気取り屋、ヨレヨレ、オドオドのグリフィンドール四人組だ。こいつらは事あるごとに他の寮生に絡んでくる。他の寮ならともかく、ハッフルパフが狙われたなら黙ってられない。

 

飛び出したフランに対して、メガネが怒鳴り声を上げてくる。

 

「またお前か、スカーレット! 今日こそその薄気味悪い羽を毟ってやるぞ!」

 

「酷いことを言わないでよ、ポッター!」

 

後ろに立つコゼットが怒ってくれるが、こいつの言うことなんか気にしない。杖を取り出そうとしたので、その前に脇腹を殴ってやった。

 

「ぐうっ……。」

 

「ジェームズ! こいつ、やったな!」

 

メガネが倒れ込んだのを見て、気取り屋が杖を抜いた。オドオドはオドオドしてるし、ヨレヨレは呆れたように見ているだけだ。

 

タラントアレグラ(踊れ)!」

 

気取り屋が何かの呪文を放ってくるが、そんなもん効くわけがない。無視してこいつの脛を蹴っ飛ばしてやる。

 

「あぐっ……。」

 

脛を押さえて蹲る気取り屋から目を離して、残った二人に向き直った。二人は痛そうに蹲っているが、手加減はもう覚えたのだ。骨すら折れていないだろう。

 

「ふん、そっちの二人はどうするの? やるんならヨーシャしないよ。」

 

「あー……僕はやめておくよ。勝てない勝負はしないんだ。」

 

「ぼ、僕も!」

 

腕を振り上げて威嚇しながら言うと、ヨレヨレは肩を竦めながら、オドオドはオドオドしながら、それぞれ返事を返してくる。この二人は多少賢いようだ。

 

「次にハッフルパフに手を出したら、こんなもんじゃ済まないよ!」

 

四人組に脅しをかけてから振り返ると、コゼットたちが集まって来て心配してくれる。

 

「だ、大丈夫だった? フランに呪文が当たったように見えたけど。」

 

「ヘーキだよ、あんなの。ほら、ピンピンしてるでしょ?」

 

その場で飛び跳ねてみれば、ようやく安心してくれたようだ。庇ったハッフルパフの同級生たちが口々にお礼を言ってくる。

 

「ありがとう、フランドールちゃん。私、怖くて何もできなくって……。」

 

「いつもごめんね、スカーレット。僕は男の子なのに……。」

 

むむぅ、落ち込んでしまっているらしい。ここは元気付けなければなるまい。胸を張ってみんなに言い放つ。

 

「大丈夫だよ、みんな! フランは強いから、ハッフルパフを守ってみせるよ!」

 

私が高らかに宣言すると、みんなは安心してくれたようだ。そのままみんなで寮に戻ろうとすると、向こうからマクゴナガル先生が小走りでやってきた。マズいぞ、ハッピーエンドにはならないかもしれない。

 

「何があったのですか? ポッター、ブラック、それに……スカーレット! また二人をノックアウトしたんですか!」

 

顔を真っ赤にして怒るマクゴナガル先生に、ハッフルパフのみんなが口々に説明してくれる。

 

「違うんです、マクゴナガル先生! フランドールちゃんは私たちを助けるために……。」

 

「そうです! またポッターとブラックが絡んできたんです!」

 

わいのわいのと騒ぐハッフルパフの生徒を、マクゴナガル先生はこめかみを押さえながら落ち着かせていく。

 

「分かりました……分かりました! またいつものような展開があったと言うわけですね。」

 

大きなため息を吐くと、マクゴナガル先生はメガネたちの方へと向き直った。四人組はバツの悪そうな顔をしている。ふん、怒られればいいんだ。

 

「ポッター、ブラック、グリフィンドールからそれぞれ五点減点します。それと……ルーピン、ペティグリュー、貴方たちも見ていないで止めなさい。それぞれ一点減点です。」

 

ざまあみろ! 落ち込む四馬鹿を見て笑っていると、マクゴナガル先生はこちらにも注意を飛ばしてきた。

 

「それと、スカーレット。貴女の行いはいささか暴力的すぎます。残念ですがハッフルパフから三点を引かざるを得ません。」

 

何だって? マズいぞ、これ以上点数を引かれるわけにはいかない。ただでさえ色んなものを壊しちゃっているせいで、そこそこの点数を失っているのだ。

 

「でも、でも、アイツらがフランの友達をいじめてたんだよ! 黙って見てるなんて出来ないよ!」

 

「お友達を救おうとするのは素晴らしいことです。しかし、力ではなく言葉で解決すべきでした。」

 

そんなこと言われたって、アイツらは何度言ってもやめないじゃないか。ぐぬぬ、きっとグリフィンドール出身だから贔屓してるんだ。

 

なおも言い募ろうとするフランを目線で止めて、マクゴナガル先生はその場の全員に言い放った。

 

「ルーピン、ペティグリュー、二人を医務室へ連れて行きなさい。ハッフルパフの生徒たちも寮へ戻ったほうがいいでしょう。外に居ては風邪をひきますよ。」

 

メガネと気取り屋を引きずって、ヨレヨレとオドオドが医務室へと歩いて行く。マクゴナガル先生も何処かへと歩き出すが、フランは未だ茫然と立ち尽くしていた。

 

どうしよう。このまま点を減らし続けていたら、みんなに嫌われてしまうかもしれない。ウンウン唸っていると、コゼットがフランの手を握りながら声をかけてくれる。

 

「フラン、落ち込むことなんてないよ。マクゴナガル先生はきっと、あいつらのしつこさを知らないんだよ。」

 

コゼットの言葉に、みんながそうだそうだと励ましてくれる。嬉しい。ちょっと元気が出てきた。

 

「うぅ……ごめんね? また点数を引かれちゃったよ。」

 

「それなら、私たちが取り返すよ! フランがみんなを助けたんだから、今度は私たちがフランを助ける!」

 

コゼットの言葉を聞いて、その通りだとみんなが同意してくれた。とびっきりの笑顔でありがとうを言う。

 

みんなで寮へと戻りながら、フランドール・スカーレットは自分も授業で点を取ってみせようと、一人決意を固めるのだった。

 

 

─────

 

 

「それで、フランは上手くやっているかしら?」

 

そろそろクリスマスを迎えるホグワーツの校長室で、レミリア・スカーレットは目の前に座るダンブルドアに問いかけていた。

 

今日はダンブルドアの方から面会の依頼があったのだ。十中八九ヴォルデモートの件だろうが、フランのことも気になっていたのですっ飛んで来たというわけである。

 

私の問いかけに、ダンブルドアはクスクス笑いながらフランの学校での様子を語ってくれた。

 

「いやはや、同級生の間では『リーダー』として頼られているようですな。本人も中々面倒見が良いようで、その愛くるしい外見とも合わさって、ハッフルパフでは人気の的ですよ。」

 

「それはまた……予想外ね。」

 

人気の的? フランが? そりゃあフランはかわいいが、吸血鬼であることはもう知れ渡っているはずだ。私の疑問を汲み取ったのか、ダンブルドアが説明してくれる。

 

「吸血鬼だということは、もちろん当初は怖がられていましたが……本人の物怖じしない性格が功を奏したようでして、今ではちょっとしたマスコット扱いになっておりますよ。」

 

恐れられることを是とする吸血鬼がマスコットか。微妙な気分だが、フランが幸せなら文句はない。

 

「何かを壊したりはしなかった?」

 

「多少はありましたが……まあ、彼女に悪気がないことは一目瞭然でしたし、今では随分と手加減が上手くなったようですな。最近ではそういったことも無くなりました。」

 

どうやら紅魔館では百年あっても覚えられなかったことが、ホグワーツでは数ヶ月かからずに習得できたらしい。やはり学校に通わせたことは正解だったようだ。

 

多少悔しくも思いながらも、ソファに深く身体を預けて口を開く。

 

「そう……。安心したわ。でも、苦労をかけたみたいね。もちろん壊した物はこちらに請求して頂戴。」

 

「なぁに、大した被害はありませんよ。それに、そういったことを学ばせるのもホグワーツの仕事なのですから。」

 

ダンブルドアはキラキラした瞳でそう言った。しかし、この男は前にも増して穏やかな雰囲気になったな。もはや貫禄だけでいえば、そこらの上級妖怪よりよっぽどあるくらいだ。

 

「それじゃあ、安心したところで本題に入りましょう。あのトカゲ人間の話なんでしょう?」

 

私の言葉にダンブルドアは虚を突かれたようにポカンとした後、苦笑しながら口を開く。

 

「トカゲ人間、ですか。本人に言ったら激怒するでしょうな。」

 

「見たままを言ってるだけよ。傍迷惑なことをしているわけだし、遠慮する必要はないでしょう?」

 

「まあ、そうかもしれません。しかしながら……そう笑えない事態になっておりまして。彼は巨人や狼人間を味方につけて、その力を増しているのです。」

 

巨人に狼人間ねぇ。純血主義を掲げているくせに、行動に一貫性がないもんだ。

 

「貴方が危惧するほどの問題だと?」

 

「さよう。下手をすれば、ゲラートより危険かもしれません。」

 

グリンデルバルドよりも? 脳内でヨーロッパの戦いを思い出すが……そんなことが有り得るか? 見た目はヤバそうな感じだが、さすがに信じられない言葉だ。

 

「ちょっと、幾ら何でも言い過ぎでしょう? グリンデルバルドを超える敵になるってこと?」

 

私の疑問に、ダンブルドアは慎重に言葉を選びながら自分の考えを語り出す。

 

「私はそう思っております。ゲラートが行ったのは理性ある戦争だったが、彼がやっているのは理性なき虐殺です。魔法省は情報を制限しておりますが、既に多くの人間が殺されています。……魔法使い、マグルに関わらず。」

 

「殺すことそのものが目的だと?」

 

「そういうことではないでしょうが……彼は恐怖によって支配力を強めようとしているのです。故に殺し続けている。ゲラートにとって恐怖は手段でしかなかったが、彼にとってはそれこそが目的なのでしょう。」

 

それはまた、随分な異常者らしい。恐怖そのものが目的か。主義主張も相まって、かなり過激なことを考えているようだ。

 

「まあ、そいつの危険性は理解したわ。それで? 私に何を望むのかしら?」

 

「協力を。私は彼に対抗するための組織を作っております。貴女が協力してくれるのであれば、これほど頼もしいことはないでしょう。」

 

ダンブルドアの言葉に、脳内で思考を巡らせる。フランがこの学校にいることと、協力することで生じる面倒を天秤にかければ……簡単に決まった。フランが優先だ。

 

「いいでしょう。フランのこともあるし、それなりの協力は約束させてもらうわ。」

 

「これは……安心しました。恥ずかしながら、なかなか緊張していたのですよ。」

 

大きく息を吐いているダンブルドアを見る限り、どうやら本当のことらしい。

 

しかし……随分と積極的に動くじゃないか。グリンデルバルドの時とは大違いだ。この様子だと、魔法省よりも先行して動いているんじゃないか?

 

「しかしまあ、熱心に動いているようじゃない? 『イギリスの英雄』としては放ってはおけないってこと?」

 

「いえ……そうですな、話しておきましょう。これは身から出た錆なのですよ。何故なら……彼はホグワーツで私が教えた卒業生なのです。」

 

後悔を滲ませる口調でダンブルドアがそう言った。教師としての責任というわけか。

 

「ふぅん。まさかその頃からこんな馬鹿げた名前だったわけじゃないわよね? 本名は何てヤツなの?」

 

興味本位で投げかけた質問に、ダンブルドアははっきりとした口調で一つの名前を口にする。

 

「トム・リドルです。」

 

ホグワーツの校長室に響いたその名前を、レミリア・スカーレットは確かに耳にするのだった。

 



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望み

 

 

「私、リドルを止めます。」

 

ムーンホールドのリビングに響くアリスの決意を滲ませた声を聞きつつも、アンネリーゼ・バートリはやっぱりこうなったかと内心でため息を吐くのだった。

 

レミリアから『なんちゃら卿』の正体を聞いた時にはもう予感していたのだ。アリスに伝えてみれば、案の定な反応が返ってきたというわけである。

 

「まあ、そう言うとは思っていたよ。」

 

「リーゼ様たちには迷惑をかけません。どうか許可をいただけないでしょうか?」

 

「分かった、私も手伝おう。」

 

「私は……へ? あの、いいんですか?」

 

私が許可しないとでも思っていたらしいアリスは、拍子抜けしたような顔で聞いてきた。

 

「キミはこの屋敷の一員だろうに。そりゃあ手伝うぐらいのことはするさ。」

 

「あの、てっきり反対されるのかと思ってました。」

 

「そもそもレミィはダンブルドアに協力するらしいしね。そっちからも頼まれたし、端から介入する予定だったんだよ。そうだな……まあ、第二のゲームってところかな。今回はレミィとの協力プレイだ。」

 

正直言って最近退屈してたのだ。この分ならすぐに決着がつきそうだが、多少の暇つぶしにはもってこいだろう。

 

私の言葉を受けたアリスは、引きつった笑みで口を開いた。

 

「ゲ、ゲームですか……。まあ、その、ありがとうございます。」

 

「レミィ、私、アリスにパチェ、ついでに美鈴とダンブルドア。幾ら何でも戦力過多だが、まあ構わないだろう。」

 

「ちょっと、私も数に入っているの?」

 

部屋の隅で置物のようになって読書をしていたパチェから突っ込みが入る。素直じゃないヤツめ。そちらを向いて、からかうように声をかけた。

 

「おや? パチェはアリスを手伝ってあげないのかい? 随分と冷たいじゃないか。」

 

「手伝うわよ! 別に手伝わないとは言ってないでしょう?」

 

「だ、そうだよ? よかったね、アリス。」

 

アリスに話を振ってやると、彼女はクスクス笑いながらも嬉しそうにお礼を言う。

 

「ふふ、ありがとうね、パチュリー。」

 

「た、大したことじゃないわ。」

 

赤い顔を本で隠したパチュリーを眺めつつ、レミリアから聞いている計画を二人に伝える。

 

「レミィによれば、ダンブルドアの作っている……あー、騎士団? とかいう組織と協力してことに当たるそうだ。レミィ、アリス、パチェはそっちと接触してもらうことになるかもしれない。」

 

「リーゼと美鈴はどうするのよ。」

 

「美鈴は未定だが、私は表に出るつもりはない。その組織がどこまで信用できるかは分からないんだ。見えない腕が一本くらいは必要だろう?」

 

「お似合いの役で何よりね。」

 

パチュリーの皮肉に肩を竦めて返す。裏切り者が出ないとも限らないのだ。手札を全て見せてやることはないだろう。

 

「えーっと……今からリドルの所へ行って、捕まえるわけにはいきませんか?」

 

アリスからもっともな意見が出てきた。実際問題、この三人なら不可能ではないだろう。というか、私一人でお釣りがくるくらいだ。

 

とはいえ、それをするにはちょっとした問題がある。

 

「リドルの居場所が分からなくてね。とりあえず騎士団から情報を吸い上げながら、適当に下っ端を捕まえて居場所を吐かせる予定なんだ。」

 

「なるほど、分かりました。」

 

真実薬でも飲ませれば簡単に吐くだろうし、魅了を使えばなお容易い。短期決着で終わりそうだ。

 

「ま、すぐに終わるだろうさ。アリスはリドルへの説教の内容を考えておくといい。」

 

「まあ、そうなりそうですね。井の中の蛙だって、ちゃんと忠告してあげたんですけど……。」

 

「アリスの助言を無下にした罰だよ。近いうちに身を以て理解することになるだろうさ。」

 

トカゲになってまで力を求めた結末、吸血鬼の一団から身柄を狙われるわけか。リドルもなかなか救われないヤツだ。

 

椅子に寄りかかって天井を見上げながら、アンネリーゼ・バートリはかつて見た少年の不幸を嘆くのだった。

 

 

─────

 

 

「おぉ?」

 

夜の帳が下りたホグワーツの廊下で、フランドール・スカーレットは昼には見かけなかったはずのそれにゆったりと歩み寄っていった。

 

深夜のお散歩はフランの日課になっている。それほど長く眠る必要もないし、ホグワーツには色々な物があって面白いのだ。鬱陶しいポルターガイストにさえ気をつければ、なかなか楽しめるお散歩コースなのである。

 

近寄ってみると、大きな……鏡? フランの記憶が確かなら、昼間はここには置いてなかったはずだ。

 

そうっと覗き込んで見ると……おお、フランがたくさんのお友達とお外で遊んでいるのが見える。リーゼお姉様とアリスに、パチュリー。コゼットやハッフルパフのみんなもいるし、端っこにはアイツと美鈴が立っているのも見える。

 

楽しそうに遊ぶ鏡の中のフランが羨ましくて、じっと鏡を見つめてしまう。未来の風景を映す鏡なのだろうか? そうなら嬉しいのだが……。

 

「君には何が見えたのかな?」

 

「ひゃっ。」

 

びっくりした。声に振り返ると、お爺ちゃん先生が微笑みながら立っていた。ヤバい、夜に歩き回っているのがバレてしまった。

 

お爺ちゃん先生はあのダンブルドアなんだそうだ。グリンデルバルドと戦っている時とは別人すぎて、一目見ただけでは分からなかったが……確かに見覚えがあるような気がする。

 

「あのね、フランはお散歩してただけで……。やっぱり、減点されちゃう?」

 

「本来ならそうなのじゃが……ふむ、吸血鬼は夜に生きる種族だと聞いておる。多少の散歩は大目に見るべきかもしれんのう。……もちろん、悪さをしてはいけないよ?」

 

「しないよ……じゃなくって、しません!」

 

よかった、減点されずに済みそうだ。ハッフルパフのみんなは、上級生も含めてフランの減点を笑って許してくれるが、これ以上減らされるのはフラン自身が許せない。

 

「この鏡は見た者の望みを映す鏡なのじゃ。もし良ければ、この老人に何が見えたのか教えてはくれんかのう?」

 

「えっとね、フランがみんなとお外で遊んでるとこが見えたんだ。でも、未来を映してるんじゃなかったんだね……。」

 

どうやらフランの望んだ光景を映していただけのようだ。がっくりと項垂れていると、お爺ちゃん先生が優しい笑顔で慰めてくれる。

 

「素晴らしい、なんとも素晴らしい望みじゃ。安心しなさい、フラン。君がそのために努力するならば、きっとその願いは叶うよ。」

 

「そうかな? そうだといいな!」

 

頑張って叶えなければいけない。ホグワーツに来てからはたくさんお友達が出来たのだ。無謀な願いではないと信じたい。

 

お爺ちゃん先生はぎゅっと両手を握って決意するフランのことをニコニコ眺めていたが、やがて何かを思い出したかのように声をかけてきた。

 

「そういえば、お姉さんのことを随分と嫌っているそうじゃのう? しかし、彼女は君のことを心配していたよ?」

 

「アイツは私のことを地下室に閉じ込めてたんだもん! アイツの父親から閉じ込められてた分も合わせれば、450年以上なんだよ?」

 

「それはまた……なんとも、気の遠くなるような話じゃな。」

 

お爺ちゃん先生はドン引きしているらしい。そりゃあそうだ。お外に出られるようになって分かったが、この広い世界でもぶっちぎりでイカれた所業なのだから。

 

しばらく顔を引きつらせていたお爺ちゃん先生だったが、何とか気を取り直したらしく、優しい笑顔に戻って話しかけてくる。

 

「ふむ、まあ……お姉さんの方にも理由があったのではないかな? そうでなければ、君のことをあんなに心配したりはせんよ。」

 

「そりゃあ、フランはちょっとおかしかったかもしれないけど……。」

 

本当はちょっとだけ分かっているのだ。今のフランはともかく、かつてのフランは……まあ、ちょっとヤバい奴だったかもしれない。

 

それでも素直に許す気にはなれないのは、あの生活が本当に辛かったからだ。地下室で450年暮らせば分かるだろう。今でも外に出られない悪夢をよく見るくらいなのだから。

 

お爺ちゃん先生は何かを思い出すようにしながら、その瞳を細めて私に話しかける。

 

「少しでいい、歩み寄ってあげてはくれんかのう? わしにはお姉さんの苦しみが少しだけ分かってしまうんじゃ。」

 

「んぅ……どうして?」

 

「わしにもかつて妹がいたのじゃよ。あの子も……もしかしたらわしのことを窮屈に感じていたかもしれん。それでも、わしはあの子を愛していた。そしてそれは、君のお姉さんもきっと同じはずじゃ。」

 

「んー……むぅ、分かったよ。ちょっとだけ考えてみる。」

 

ちょっとだけだ。クリスマス休暇で戻った時もグチグチうるさかったし、本当の本当にちょっとだけだ。それでもお爺ちゃん先生は柔らかい笑顔を浮かべ、自分のことのように喜んでくれる。

 

「おお、それは嬉しいのう。きっとお姉さんも喜ぶはずじゃよ。」

 

「でも、最近はアイツも忙しいみたいだし、フランに構う暇なんてないかもよ?」

 

クリスマスは毎年開いているパーティーも無かったくらいだ。リーゼお姉様やアリスも忙しそうにしてたし、また何か暇つぶしにやってるのかもしれない。

 

「うーむ、それはわしの所為かもしれんのう。お姉さんにはわしの仕事を手伝ってもらっているんじゃ。」

 

「お仕事って?」

 

「何と言ったらいいか、悪い魔法使いと戦っているんじゃよ。」

 

「フラン、そいつのこと知ってるよ! ヴォル……ヴォルなんとか卿! ハッフルパフのみんなも、悪いヤツだって言ってたんだ。」

 

魔法省に親がいる子たちは、みんな嫌ってるヤツだ。コゼットのお父さんもそいつのせいでクリスマスに一緒にいれなかったらしいし、きっと嫌なヤツに違いない。

 

「うむ、うむ。その『なんとか卿』のことじゃよ。ふむ、彼は……彼なら、この鏡に何を映すかのう? 永遠の命か、はたまた限りない力か。」

 

なんだそりゃ? そんなものより、もっと欲しいものがあるだろうに。

 

「人間はそんなのが望みなの? つまんないなぁ。友達がいたほうがよっぽどいいのに。」

 

私の言葉を聞いたお爺ちゃん先生が、痛快そうに笑い出す。変なことを言っただろうか?

 

「ほっほっほ。その通り、まさにその通りじゃ。君は彼よりもよっぽど賢いようじゃのう。」

 

「えへへ、そうかな?」

 

「さよう。君は最も大事なものがなんなのかに気付いておるのだよ。彼はそのことに気付くことができなんだ。」

 

「最も大事なもの?」

 

「……愛じゃよ、フラン。」

 

愛? よく分からない。私が不思議そうな顔をすると、お爺ちゃん先生は微笑みながらゆっくりと語りかけてきた。

 

「君ならすぐにでも理解できるだろう。君はどうしてグリフィンドールのわんぱく小僧たちに立ち向かう? どうしてハッフルパフのために必死に勉強する? それこそが……それこそが、答えなのじゃ。」

 

「んー? よく分かんないよ。」

 

「今はそれでいいんだよ、フラン。きっといつかわかる日が来る。」

 

お爺ちゃん先生が私の頭を柔らかく撫でてくれる。見た目は全然違うのに、リーゼお姉様やアリスに撫でられた時と同じ感じがする。

 

「さて、わしはそろそろ失礼しよう。君なら鏡に魅入られる心配はないじゃろうが、もうこれを気にしてはいけないよ?」

 

「うん! フラン、自分で叶えるんだもん!」

 

「うむ、うむ。それではおやすみ、フラン。夜の散歩も乙なもんじゃが、ルームメイトを心配させない程度にするんじゃよ?」

 

「はーい。」

 

お爺ちゃん先生が歩いて行くのを見送って、鏡には目もくれずに歩き出す。

 

月明かりに照らされるホグワーツの廊下を歩きながら、フランドール・スカーレットは気分良く鼻歌を奏でるのだった。

 



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不死鳥の騎士団

 

 

「テッサ? その怪我はどうしたの?」

 

ロンドンの一角にある古アパートの一室で、アリス・マーガトロイドは親友の元へと駆け寄っていた。

 

部屋の中には本を読んでいるパチュリーと、帽子のことを熱心に話しているディーダラス・ディグル、それを苦笑いで聞いているフランク・ロングボトムがいる。

 

今日は『不死鳥の騎士団』の第一回目の集会だ。ダンブルドア先生がリドルに対抗するために結成した組織である。メンバーの顔見せも兼ねているこの場にテッサが来ることは知っていたが……右手に包帯を巻いているのなら話は別だ。

 

血相を変えて近づく私に、テッサは苦笑しながら言葉を放つ。

 

「いやぁ、ちょっとした事故でね。まあ、大したことじゃないよ。」

 

「いいから見せてみなさい。」

 

懐からパチュリーに持たされている薬を取り出しつつ、包帯を解いて右手を見ると……酷い。鋭い刃物で切られたような傷だ。未だ治っていないところを見るに、魔法でもどうにもならなかったらしい。

 

凍りつく心を必死に励まして、パチュリーの薬を一滴垂らすと……よかった。みるみるうちに傷が治っていく。

 

「おお、凄いね……。さすがはアリスだよ。ポピーの薬でもダメだったのに。」

 

「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないでしょう? どうしたのよ、どうしてこんな……。」

 

「あー、ちょっと死喰い人どもとやり合ってね。厄介な呪文を喰らっちゃったんだ。」

 

死喰い人。リドルの信奉者で、純血主義を掲げる集団だ。趣味の悪い仮面と黒いローブを身につけた犯罪者ども。つまり、この騎士団が戦うことになる相手である。

 

「もう戦うようなことになってるの? それならどうして私を呼んでくれなかったのよ。」

 

「本当に偶然だったんだよ。偶々マグルを襲っているところに出くわしちゃってさ。夫と二人で追い払ってやったんだけど……油断したかな? 一撃貰っちゃったんだ。」

 

私がその忌々しい連中のことを考えていると、テッサと一緒に入室してきたらしいハグリッドが口を開く。テッサに夢中で気付かなかった。

 

「きっとリドル先輩……ヴォルデモートの呪いのせいです。あいつのせいで、防衛術の教師には不幸が訪れちまう。マーガトロイド先輩からも言ってやってください。ヴェイユ先輩はあの職に就いてちゃならねえんだ。」

 

「あのねぇ、ルビウス。偶然に決まってるでしょう? そんなバカバカしい呪いなんて存在しないのよ。」

 

「でも、でも現に次々に辞めていってるじゃないですか。もしもヴェイユ先輩に何かあったらと思うと……俺は……。」

 

ハグリッドはそのコガネムシのような瞳を潤ませて必死に頼んでいる。しかし……呪い? テッサにアイコンタクトで説明を求めると、彼女は苦笑しながら口を開いた。

 

「ほら、私たちが最後にリドルに会った日があるじゃない? あの時、リドルは防衛術の教師になりたくて来てたんだってさ。それで……まあ、ダンブルドア先生は当然断ったんだけど、それに腹を立てて『職』そのものに呪いをかけたらしいんだよね。」

 

なんだそりゃ。ふざけた話だ。ただの八つ当たりではないか。

 

「ほんっとうにロクなことをしないわね! やっぱりあの時、痛い目に遭わせてやればよかったわ。」

 

私が怒っているのを見て、テッサは苦笑を強めながら話を続ける。

 

「まあ、それで大抵の教師は一年持たないで辞めていくんだけど……さすがにこのままじゃいけないでしょ? 私が前例を作ってやろうと思ってさ。」

 

「でも、大丈夫なの? その怪我だって……。」

 

「なぁに、全然平気だよ。リドルの呪いなんかに私が負けるはずないでしょ? そのことを証明してやるんだ。他の誰でもない、私の役目なんだよ。だからダンブルドア先生にもお願いしたの。」

 

鼻を鳴らしながら言うテッサだが……心配だ。縋るような思いでパチュリーのほうを振り返ると……彼女はため息を吐きながら読んでいた本を閉じて、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 

「はいはい、私がどうにかすればいいんでしょう? まったく、リーゼといい、アリスといい、私のことを便利な女扱いしないで欲しいわね。」

 

何だかんだとボヤきながらも、パチュリーはテッサのことを調べていく。やっぱり頼りになるではないか。身内の頼み事に弱いのだ、パチュリーは。

 

しばらくテッサを観察していたパチュリーだったが、やがて面倒くさそうな顔になると、ぺちんとテッサの背中を叩いて席に戻っていく。えぇ……今ので終わり?

 

「ちょっと、パチュリー? もういいの?」

 

「多分大丈夫でしょ。実際のところ、大した呪いじゃないわよ。強引に私の魔力で上書きしてやっただけ。」

 

「そんな力技でいいの?」

 

「アリス、貴女はそろそろ気付いてもいい頃よ。魔法ってのは案外適当なものなの。……どう? 思い当たる節は腐るほどあるでしょう?」

 

確かにある。ホグワーツで誰もが学ぶ真理の一つだろう。席に着いたパチュリーは、本を開きながらポツリと呟いた。

 

「真面目に考えるとバカを見るわよ。リドルだって大真面目に呪いをかけたわけじゃないでしょう。色々な偶然が重なって、思い込みの力でそれが強くなっていただけよ。」

 

それを聞いていたテッサが、おずおずとパチュリーに話しかけた。

 

「それじゃあ……その、もう防衛術の教師は安全なんですか?」

 

「どうかしらね? 貴女が五体満足で十年も勤めれば噂も立ち消えるでしょうし、その前に何かあればまた復活するかもね。そういう呪いなのよ、これは。」

 

「あー……なるほど?」

 

テッサの気の抜けた返事がよく分かる。理解できるような、よく分からんような、微妙な話だ。そもそもダンブルドア先生がリドルの呪いを放っておくはずがない。パチュリーの言うように、もっとこう……抽象的な呪いなのかもしれない。

 

とにかく、テッサに何かあるだなんて有り得ないのだ。この件はこれで解決だろう。テッサとハグリッドと共にテーブルに着いて、他の面子が到着するまでお喋りを始める。

 

「まあ、とにかく解決よ。……頼むから無茶はやめてよね、テッサ。」

 

「あはは、ごめんごめん。それより、他に誰が来るのかな? ホグワーツからは私とルビウス、ダンブルドア先生だけだよ? ミネルバも参加するんだけど、ホグワーツの守りに残ってるんだ。」

 

「俺は闇祓いのブリックスが参加するって聞いちょります。それにボーンズ家のエドガーも。二人とも頼りになる魔法使いです。」

 

聞いていると、思ったよりも人数は多そうだ。ダンブルドア先生の人脈を思えば当然かもしれない。

 

「私、パチュリー、レミリアさんも参加するわよ。」

 

私がそう言うと、テッサとハグリッドの顔が驚愕に染まった。

 

「うっそ? レミリア・スカーレット? ひゃー、大物が出てきたねぇ。ノーレッジさんも凄いし、百人力だよ。」

 

「そいつは頼もしいこった。それに……聞けばジェイミー・ネルソンも勧誘中だそうで。グリフィンドールの卒業生で、高名な魔法戦士です。」

 

話している間にも、ドアが開いて誰かが入ってきた。鋭い目つきのその男はぐるりと部屋の人間を見回した後、鼻を鳴らしてから部屋の隅に立つ。誰だろう? 見たことのない顔だ。

 

私がその男を観察していると、テッサが呆れたように声を放った。

 

「アラスター、こんにちはくらい言えないの?」

 

「ふん、ここには友人ごっこをしに来たわけじゃないんでな。」

 

「まったく、相変わらずの無愛想っぷりね。」

 

テッサの呆れた声に、ハグリッドも苦笑している。どうやら二人は知っているようだ。

 

「誰なの?」

 

私に短い疑問に、テッサがやれやれと首を振りながら答えてくれた。

 

「アラスター・ムーディ。闇祓いだよ。信じられないくらい優秀な教え子なんだけど……天は二物を与えずってやつだね。愛嬌と礼儀が欠落しちゃってるの。」

 

「信用できるの? まあ、ダンブルドア先生の人選なら間違いないでしょうけど……。」

 

「性格はあんな感じだけど、信用はできると思うよ。少なくとも闇の魔術を毛嫌いしてるしね。何というか……闇祓いになるべくして生まれた、って感じのヤツだもん。」

 

なんとも奇妙な人物像だが、問題はないらしい。その後も話をしている間に、次々と人が入ってくる。

 

ダンブルドア先生の親友であるエルファイアス・ドージさん、プルウェット家のギデオンとフェービアン兄弟、キリッとした格好のエメリーン・バンス。

 

見知った顔には挨拶を放ち、知らない顔とは自己紹介していると、再びドアが開いて……おっと、主役のご登場だ。ダンブルドア先生とレミリアさんが入ってきた。

 

ダンブルドア先生は部屋の面子を見渡すと、にこやかな顔で口を開いた。

 

「うむ、結構。今日集まれる者はこれで全員のはずじゃ。」

 

ゆったりと頷いてそう言うと、皆をテーブルに着くように促してから自分も椅子へと座る。

 

全員が座ったのを確認してから、ダンブルドア先生は来れなかったメンバーのことを説明してくれた。

 

「今日来れなかったのは、そこにいるフランクの妻であるアリス・ロングボトム、そしてジェイソン・ブリックス、二人とも闇祓いじゃな。そして……ミネルバ・マクゴナガル、ドーカス・メドウズ、エドガー・ボーンズも既に騎士団の一員じゃ。」

 

ダンブルドア先生はそこで一度言葉を切って、集まった皆を見渡した。

 

「未だ決して多いとは言えん人数じゃが、なんとも頼もしい仲間たちじゃ。まずは集まってくれたことに感謝をしよう。ありがとう、皆。」

 

全員が口々に返事を返すが、パチュリーは黙って本を読んでいるし、ムーディはムスッっとしているだけだ。どうやらムーディのコミュニケーション能力は、パチュリーのそれと同レベルらしい。

 

ダンブルドア先生は大きく頷いた後に、隣に座っているレミリアさんのことを紹介する。

 

「そして……この方が有名なレミリア・スカーレット女史じゃ。何を成した方かは説明する必要がないじゃろう。」

 

ダンブルドア先生の紹介を受けて、レミリアさんは座ったままで悠然と自己紹介の言葉を放った。

 

「ごきげんよう、みなさん。私がレミリア・スカーレットよ。……ちなみに、この翼は自前なの。なんたって吸血鬼だもの。」

 

ニヤリと笑ってピコピコ翼を動かすレミリアさんに、皆の反応は……まあ、驚いている。無理もないだろう。『ヨーロッパの英雄』が十歳にしか見えない少女で、おまけに吸血鬼なのだ。

 

さほど驚いていないのは私から色々と聞いているテッサと、未だ表情を変えないムーディだけだ。もちろん私とパチュリーは除外してある。

 

驚愕のせいで起こった沈黙を破ったのは、意外にもこれまで黙っていたムーディだった。

 

「ふん、吸血鬼だろうが何だろうが構うまい? こいつはグリンデルバルドに対抗できた女だろうが? ぇえ? だったらヴォルデモートとやらにも一泡吹かせてくれるだろうさ。」

 

つまらなさそうに言い放ったムーディに、全員がおずおずと頷く。実績は充分すぎるほどにあるのだ。ムーディの声に苦笑しながらも、レミリアさんが口を開いた。

 

「まあ、厳密に言えばあなたたちが知っている『吸血鬼』とは別の生き物よ。ちなみにもう少しで五百になるわ。子供扱いしたら後悔することになるわよ。」

 

微笑と共に放たれた冷たい威圧に全員の顔が引きつる。一瞬の圧力だったが、これで間違いなく逆らう者はいなくなっただろう。

 

「アリス、ノーレッジさん、スカーレットさん。どうやら騎士団内では、見た目で判断しないほうが良さそうだね。」

 

テッサが引きつった笑みでまとめると、苦笑しながら頷いたダンブルドア先生が話を続ける。

 

「なかなか愉快な仲間たちになりそうじゃな。……とにかく、騎士団のメンバーは信用できるとわしが断言しよう。お互いの背中を守り合いながら、ヴォルデモートに対抗するのじゃ。」

 

「魔法省とは連携を取るのですか?」

 

フランク・ロングボトムの質問には、隣に座るレミリアさんが答えた。

 

「どうかしらね? グリンデルバルドの時の対応を見るに、頼れる存在ではなさそうよ? ……まあ、私とダンブルドアで働きかけてはみるわ。」

 

レミリアさんの返事に頷いたロングボトムに代わり、今度はディーダラス・ディグルが口を開く。

 

「実際の活動はどんなものになるのですかな?」

 

「恐らくマグルの保護や、死喰い人を捕らえる活動が主になるはずじゃ。無論、安全には最大限の配慮をすることを約束しよう。」

 

今度はダンブルドア先生が答えて、ディグルは納得した様子で頷いた。どうもダンブルドア先生とレミリアさんが中心となりそうだ。

 

その後もいくつかの細かい質問を捌ききった後、ダンブルドア先生がゆっくりと全員を見渡しながら口を開く。

 

「厳しい戦いになるかもしれん。避難することを望むのであれば、わしはそれに応じるつもりじゃ。よいか? 決して無理はしないように。危なくなったら他の団員に助けを求めるのじゃ。全てが終わった後、再び全員で集まって祝うと約束しておくれ。」

 

ダンブルドア先生の言葉に、全員が杖を掲げて諾の声を上げる。怯えている者は一人もいない。……まあ、パチュリーは本を読んだまま片手間に掲げているし、レミリアさんは腕を組んでうんうん頷いているだけだが。

 

その光景を満足そうに眺めたダンブルドア先生は、大きく頷いてから言葉を放った。

 

「うむ、うむ。それではここを仮本部として……不死鳥の騎士団、これにて結成じゃ。」

 

古アパートに響くダンブルドア先生の言葉を聞きながら、アリス・マーガトロイドはこの場の全員が生き残れることをそっと祈るのだった。

 



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深夜の小さな冒険

 

 

「またハズレか。」

 

薄暗い山荘の中で従姉妹様が苛立ったようにそう言うのを、紅美鈴は死体を突っつきながら聞いていた。

 

「ヴォルちゃんはいませんねぇ。」

 

「これで四度目だぞ。今回は魅了まで使ったんだ、情報が間違ってるとは思えない。……妙だな。」

 

その通り。既にこの、あー……死喰い人? とかいう連中への襲撃は四回目だ。そして今回の有様から分かるように、その四回ともが失敗に終わっている。

 

別に襲撃自体が失敗しているわけではない。そこには確かに死喰い人たちが居て、従姉妹様と私で皆殺しにしているわけだが……肝心のヴォルちゃんが見つからないのだ。

 

「情報漏れじゃないんですよね?」

 

「今回は騎士団を経由していない。知っているのはアリス、パチェ、レミィ、そして私たちだけだ。偶然漏れることも、聞き出されることも有り得ないよ。」

 

まあ、それは有り得ないだろう。とすると、またしてもヴォルちゃんは偶然逃げ延びたわけだ。何とも運がいいらしい。

 

「私たちと敵対した不運と、逃げられる幸運。結構バランス取れてますよね。」

 

「アホなこと言っている場合じゃないぞ、美鈴。これはさすがに不自然すぎる。」

 

私としては、このまま殺しまくっていればいつかは終わると思うのだが……まあ、それは確かにめんどくさそうだ。従姉妹様が解決してくれるのを期待しよう。

 

イラつく従姉妹様が死体の腕を踏み潰しているのを見ていると、背後から呻き声が聞こえてきた。生き残ってるヤツがいるとは、幸運なのか不幸なのか。

 

声のした方を見てみれば、棚の陰で倒れていた女がゆっくりとこちらに顔を向けるところだった。お、目が合った。

 

「ッ! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

「おっと。」

 

飛んできた緑の閃光を手のひらで受けると……おお、こりゃ凄い。手首の辺りまでが黒く萎びてしまった。魔法ってのも案外バカにできないもんだ。

 

適当に気を巡らせて再生すると、女は驚愕の表情で呆然としている。びっくりしたのはこっちだよ、まったく。

 

「ば、化け物め。」

 

「まー、化け物ではありますねぇ。」

 

杖を持つ手を握り潰してやると、女はしばらく苦しんでいたが……やがて狂ったように笑い出した。なんだこいつ、壊れたか?

 

「なんだ美鈴、壊しちゃったのか?」

 

「いやぁ、腕を潰しただけなんですけど……。」

 

近付いてきた従姉妹様と二人で見下ろしていると、女はピタリと笑いを止めて、呂律の回らない口調で叫び始める。ホラームービーみたいだ。ちょっと面白い。

 

「おまえ、お前たちは後悔することになる! あのお方の恐ろしさを! あのお方の力を! 我々を殺したことをこっ、後悔するぞ! バケモノどもめ! むざんにっ、無惨に死ぬことになる! あの方がきっと! きっとお前たぢぁ……ぅぎっ……。」

 

話の途中だったみたいだが、従姉妹様は無表情で女の喉を踏み付けると、そこに体重を乗せてニヤニヤ笑い始めた。おお、大魔王ごっこ再びだ。

 

「んふふ、他力本願なのはいけないね。ほら、足掻いてみたまえよ。このままだと喉がミンチになっちゃうぞ?」

 

「がぁ……ぎっ……。」

 

「ほらほら、頼りのトカゲちゃんはまだ来てくれないのかい? ふーむ……そうだ、腕の印で呼んでみたらどうかな? こわぁいバケモノが私を虐めるんだって伝えてみなよ。」

 

ああ、何だっけ? 闇の印とかいうやつか。どうやら死喰い人の連中は、主人のためなら喜んで焼印を受け入れているらしい。家畜扱いなのに不満はないのだろうか?

 

従姉妹様が少しだけ足の力を緩める。おかげで喋れるようになった女は、咳き込みながらも勝ち誇ったように話し出した。

 

「げほっ、ざ、残念だったな! この印はあのお方からの一方通行だ!」

 

嬉しそうに言ってるが……それはどうなんだ? 従姉妹様も同感らしく、ニヤニヤをやめて呆れたような顔になる。

 

「つまり使い捨てにされているわけじゃないか。何を勝ち誇っているんだか。」

 

「違う! 我々はあのお方の手足なのだ! お前たちがいくら手足を捥ごうとも、あのお方にはたどり着けない!」

 

「まあ、確かに逃げ回るのが上手いのは認めるよ。……ふむ、趣向を変えてみようか。」

 

何かを思いついたらしい従姉妹様が、女の顔を覗き込んだ。む、瞳が赤く光っている。魅了をかけるらしい。

 

「私の眼を見ろ。」

 

「何を……はい。」

 

「お前はこれから仲間の元に戻って、隙を見てヴォルデモートを殺すんだ。いいな?」

 

「はい。仲間の元に戻り、隙を見てヴォルデモートを殺します。」

 

「よし、腕は治してやる。エピスキー(癒えよ)。」

 

杖魔法で女の腕を治療する従姉妹様に、気になったことを聞いてみる。

 

「トカゲちゃんは捕らえるんじゃないんですか? アリスちゃんが悲しまないように、そうするって言ったのは従姉妹様じゃないですか。」

 

「こんな小物に殺されたりはしないだろうさ。ちょっと反応を見るだけだよ。もし死んだら……うん、その時はその時だ。」

 

「適当ですねぇ……。」

 

腕が動くようになった女は、従姉妹様に命じられて姿くらましで消えていった。それを見て腕を組んで伸びをした従姉妹様が、疲れたように呟く。

 

「それじゃ、帰ろう。」

 

「はーい。」

 

従姉妹様の肩を掴むと、彼女が杖を振って付添い姿あらわしで紅魔館へと移動する。何にせよ敵の数は減ったのだ。それなりの働きをしたと信じたい。……でなきゃやってられないぞ、まったく。

 

二人が消えた後の薄暗い山荘には、死喰い人たちの死体だけが残っていた。

 

 

─────

 

 

「何してんのさ?」

 

満月に照らされるホグワーツ城を背に、フランドール・スカーレットは一人足りないグリフィンドールのいじめっ子たちを問い詰めていた。

 

二年生も半分が過ぎ、夜の散歩も日常となったある日、校庭をこっそり歩いている人影を見つけたのである。

 

気になって近付いてみると、そこには暴れ柳のほうをこっそりと窺う、メガネ、気取り屋、オドオドの三人が居たというわけだ。

 

私の呼びかけに驚いた様子の三人だったが、真っ先に立ち直ったメガネがフランに話しかけてくる。

 

「ス、スカーレット? お前こそ何をしてるんだ?」

 

「フランは散歩してるだけだもん。それより、ヨレヨレは? オマエらが三人のとこは初めて見たよ。」

 

「お前には関係ないだろう? 夜に出歩くのは校則違反だぞ。」

 

「フランは吸血鬼だからしょうがないって、ちゃんと許可を貰ってるもん! オマエらこそ校則違反だよ。先生を呼んできてやる!」

 

フランが城へと向かおうとすると、気取り屋が慌てたように止めてくる。

 

「待ってくれ! 頼む、スカーレット。見逃してくれないか? これはリーマスのためなんだ。」

 

「んぅ……ヨレヨレの?」

 

「そうだ。あいつは何か問題を抱えているらしくてな。本人は病気の母親がどうだとか言ってるけど、絶対に様子がおかしい。だから……それを確かめようと思って後をつけて来たとこなんだ。頼む、先生には言わないでくれ。」

 

うーむ、こいつらのことは嫌いだが、瞳にはヨレヨレへの気遣いが見える。友達のためにやってることなら……むうう、仕方ない。見逃してやることにしよう。

 

「ん……分かった。友達のためだって言うなら、見逃してやるよ。」

 

フランの言葉に、三人は安心したように息を吐く。ヨレヨレのことはちょっとだけ気になるが、フランの心配するようなことじゃないだろう。城に戻ろうとすると……暴れ柳の方から、微かに獣の声が聞こえてきた。

 

「ん? なんか、唸り声がする。」

 

「な、なんだよ、スカーレット。怖がらせる気か?」

 

「違うよ、本当だもん! 吸血鬼は人間より耳が良いんだよ。暴れ柳の方から聞こえてきたんだもん!」

 

メガネの非難するような声に反論すると、気取り屋が慌てて口を開いた。

 

「暴れ柳の方から? マズいぞ、あそこにはリーマスが入っていった!」

 

「入っていく? どこにさ。」

 

「暴れ柳の根元に扉があるんだよ! クソっ、助けに行くぞ! ジェームズ、ピーター!」

 

暴れ柳に走っていく気取り屋に続いて、メガネとオドオドが走り出すが……うん、ダメそうだ。暴れ柳の振り回す枝に阻まれて、全然近付けないらしい。

 

無視して城に戻ろうとも思ったが……まったく、世話のかかるヤツらだ。友達のためだと言うし、フランはお姉さんだから助けてやるか。

 

暴れ柳に近付いていくとフランにも枝が襲いかかってくるが、こんなもんどうにでもなる。適当に捌いて根元に近づくと、なるほど確かに扉があった。

 

「扉はここだよ。早く来なよ、三馬鹿。」

 

「何でそんなに平然と、くそっ、枝が邪魔で近付けないんだ! その辺に何かないのか? リーマスが通った時は大人しかったんだ!」

 

枝を避けながらメガネが叫んでくるが、そんなこと言われてもフランには分からない。能力でへし折ってやってもいいんだが、それはさすがに怒られそうだ。

 

「そんなこと言われてもわかんないもん! なんかヒントはないの?」

 

「リ、リーマスは、石を根元のどこかに当ててた! その辺に何か仕掛けがあるはずだよ。」

 

遠くからオドオドが教えてくる。というか、アイツだけ枝の範囲外でオドオドしている。実にグリフィンドールっぽくないやつだ。

 

とりあえず根元の辺りをぺちぺち叩きまくってみると……おお? 節の一つを叩いた瞬間、急に暴れ柳が大人しくなった。

 

「止まった、のか?」

 

「フランに感謝しなよ?」

 

「それはリーマスを助けた後だ!」

 

大人しくなった暴れ柳を見上げている気取り屋が感謝する前に、メガネが急いで扉の中へと入っていく。立ち直った気取り屋もそれに続き、オドオドも少し遅れて入っていった。つまり、フランは取り残されてしまった。……ありがとうくらい言えないのか。

 

ため息を一つ吐いて、フランも仕方なく扉の中へと進んでいく。ここまでやったなら最後まで付き合おう。

 

しばらく薄暗い通路を走っていくと、杖明かりと共に前の三人の背中が見えてきた。私に気付いたメガネが、振り返って話しかけてくる。

 

「おい、本当に聞こえたのか? この通路……すっごい長いぞ。」

 

「聞こえたもん!」

 

フランが反論した瞬間、応えるように通路の奥から獣の唸り声が響いてきた。これはさすがにこいつらにも聞こえただろう。杖明かりに照らされる三人の顔が途端に引きつったのが見える。

 

「おいおい、何の声だ? リーマス! いるなら返事してくれ!」

 

「行こう! 一本道なんだから、この先にいるはずだ!」

 

ヨレヨレを呼ぶ気取り屋に、メガネが応じて再び走り出す。フランも残りの二人に続いて走り始めた。

 

時折唸り声が響く通路をしばらく走っていると……ドア? のようなものが見えてくる。明らかに人工物だ。どうやら目的地に到着したらしい。

 

メガネにもそれが見えたらしく、声を潜めながら言葉を放ってきた。

 

「ドア? リーマスはあそこか? よし、杖を構えろ。明かりは……消しておこう。ノックス(消えよ)。」

 

メガネの合図で二人が杖を構える。フランも……いや、素手のほうがマシか。悲しいことだが、フランの呪文学の成績はお世辞にも優秀とは言えないのだ。

 

「開くぞ?」

 

杖を構えたままのメガネが恐る恐るドアを開く。目の前に広がるのは……どうやら、ボロボロの廃屋の一室らしい。広さはあるが、人が住めるとは思えない惨状だ。

 

「暗いな。明かりをつけるか?」

 

「いや、何がいるか分からないんだ。このまま行こう。」

 

メガネと気取り屋が小声で相談して、中へと入っていく。オドオドは情けないことにドアの前で立ち尽くしている。それを無視してフランも中に入った。

 

目を細めながら辺りを見回していたメガネだったが、何かを思いついたかのようにフランに話しかけてくる。

 

「全然見えないぞ。……そうだ、スカーレット、お前は見えるか?」

 

「見えるけど、どの部屋もボロボロなだけだよ。少なくともヨレヨレはここにはいないんじゃない?」

 

「わかった、奥へ進もう。何か見つけたら教えてくれ。」

 

「ん。」

 

メガネに返事を返してゆっくりと三人で歩き出す。そういえば、獣の声がピタリと止んだな。

 

そのことを二人に聞こうとした瞬間、頭上からいきなり影が襲いかかってきた。唸り声を上げながらメガネに襲いかかったそれを、グーパンチで殴りつける。うーん、イイ感じの手ごたえだ。影は犬みたいな悲鳴を上げて、部屋の隅へと吹っ飛んでいった。

 

「なっ、なんだ?」

 

「オマエが襲われそうだったから、フランが助けてやったのさ。ドン臭いなあ、まったく。」

 

びっくりした顔のメガネを放って、影の方へと歩き出す。そいつの姿を見てみると……うーん、犬? というか、犬人間? 奇妙な見た目の生き物だった。

 

杖を構えて警戒しながら、気取り屋がフランに声をかけてくる。

 

「スカーレット、その、そいつはノックアウトされてるのか? 暗くて見えないんだ。」

 

「ノビちゃってるよ。明かりをつければ? もう大丈夫でしょ。」

 

「ああ、分かった。ルーモス(光よ)。」

 

私の声に応じて気取り屋が明かりをつける。ゆっくりとこちらに歩いてくると、犬人間を見て驚いたように口を開いた。

 

「これは……ウェアウルフか?」

 

「うぇあ?」

 

「ウェアウルフ、狼人間だよ。何だってこんな所にいるんだ?」

 

狼だったのか。ううむ、まあ、犬と似たようなもんだろう。フランが考え込んでいると、メガネがおずおずと声をかけてきた。

 

「あー、スカーレット、その……さっきはありがとう。」

 

「別に。大したことじゃないよ。」

 

「いや、お前が……君がいなきゃ大変なことになってたよ。だからその、感謝してる。」

 

「……ん、分かった。」

 

うう、なんだかやり難い気分だ。フランとメガネが微妙な沈黙に包まれているのを、気取り屋の慌てた声が救い出した。

 

「そうだ、リーマスは? こいつに襲われたんじゃなのか?」

 

「そうだ! 探さないと!」

 

騒ぐ気取り屋とメガネを背に、狼人間の口元を確かめてみる。一応爪も確かめるが……大丈夫そうだ、血の匂いがしない。

 

「ん、大丈夫そうだよ。血の匂いがしないもん。」

 

「血の匂い?」

 

「フランは吸血鬼だよ? 血の匂いには敏感なんだ。」

 

「そ、そうなのか。まあ……良かった。リーマスは無事ってことだ。」

 

気取り屋がちょっと引いたように言う後ろから、オドオドがようやく合流する。話を聞いてはいたのか、ゆっくりと狼人間を指差すと自分の考えを話し始めた。

 

「あの、もしかして、こいつがリーマスなんじゃ?」

 

オドオドの言葉に全員の視線が狼人間へと集まる。こいつがヨレヨレ? まさか、本当に?

 

誰一人として言葉を発さない中、フランドール・スカーレットは毛むくじゃらの狼人間を、信じられないような気持ちで見つめていた。

 



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動物もどき

 

 

「ネルソンが死んだ?」

 

ロンドンの一角にある不死鳥の騎士団の仮本部で、アリス・マーガトロイドは団員の訃報を耳にしていた。

 

「そんな、確かなのか?」

 

信じられないというように聞くフランク・ロングボトムに、ディーダラス・ディグルが怒りの表情で詳細を語る。

 

「自宅でズタズタに引き裂かれていたらしい。死喰い人のクソったれどもめ! 彼を拷問して殺したに違いない!」

 

「なんて酷いことを……。」

 

椅子に倒れこむように座ったフランクを見ながら、私もこめかみを押さえつける。ついに騎士団の中から死人が出てしまった。

 

一瞬でケリがつくと思われていたこの戦争は、残念なことに未だ勝負がつかないでいる。

 

それどころか状況は悪くなるばかりだ。日々リドルの手下どもが誰かを殺し、それに対抗するために魔法省はバーテミウス・クラウチの元で強引な捜査を進めている。

 

対して騎士団は後手後手に回らざるを得ない。なんたって人が足りないのだ。

 

あの結成以来、騎士団の団員は遅々とした速度で増えている。若きウィーズリー夫妻、ダンブルドア先生の弟であるアバーフォースさん、マーリン・マッキノンに、キャラドック・ディアボーン。

 

他にも何人か勧誘をしているようだが、現状ではこれで全員だ。未だ騎士団を名乗れるような人数じゃないし、死喰い人や魔法省の無能どもに対しては少なすぎる。

 

「それに……ブリックスとも連絡が取れないんだ。幾ら何でも長すぎる。もしかすると、もう……。」

 

ディーダラスの言葉で思考から覚める。今日はひどい知らせばかりのようだ。

 

更に沈み込んでしまったフランクを元気付けようとした瞬間、室内にけたたましく警報が鳴り響いた。どうやら警戒魔法が発動したらしい。

 

「襲撃だ!」

 

ディーダラスの声が部屋に響く。さすがに場慣れしている三人だけあって、アイコンタクトだけで考えを一致させた。ここは逃げるべきだ。この場所には守るべきものはない。居場所がバレたのであれば、拘る必要はないのだ。

 

「私が止めるわ。先に行きなさい。」

 

「危険です、マーガトロイドさん。」

 

「煙突飛行を追跡されるほうが危険よ。貴方たちが飛んだら、暖炉を壊すわ。大丈夫、私は私で移動手段があるから。」

 

止めるフランクに言い放ちながらも人形を取り出す。姿あらわしを妨害できるのは便利だが、こういう時は恨めしい。

 

「……わかりました。でも、ちゃんと逃げてくださいよ? 貴女に何かあったら、妻にひどく怒られる。」

 

「同じ名前の好かしら? 心配しなくても大丈夫よ、引き際は心得ているわ。」

 

頷いて暖炉に飛び込んだフランクを見ながら、残ったディーダラスに話しかける。

 

「ダンブルドア先生に伝えてね。ここは放棄しないと危険だわ。」

 

「ああ、心得た。気をつけろよ、マーガトロイド。」

 

ディーダラスの返事とともに、階下から騒々しい声が聞こえてくる。どうやら招かれざる客が上がってきたらしい。

 

「行きなさい! 奴らが来たわよ!」

 

「健闘を祈る!」

 

緑の炎と共に消えていったディーダラスを確認して、爆破魔法で暖炉を吹っ飛ばす。これで追跡はされないはずだ。

 

暖炉の破片が床に落ちる間も無く、室内にドタドタと死喰い人たちが入ってきた。おっと、見知った顔もあるようだ。別に嬉しくもなんともないが。

 

ボサボサ髪で黒尽くめの魔女が、不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ている。悪名高き、ベラトリックス・レストレンジだ。既に何度かやり合ったことがある死喰い人の幹部で、あの時のテッサの怪我もこいつのせいらしい。

 

「おぉやぁ? 逃げ遅れたのかい? 人形使い。」

 

「あら、ごきげんよう、レストレンジ。ひょっとして……整形した? 醜い顔が貴女のご主人様そっくりよ?」

 

「強がりはやめな!」

 

言葉と共に放ってきた呪文を、盾を持たせた人形で防ぐ。他の子たちも周囲に浮かせて臨戦態勢を取らせた。

 

未だ完全な自律人形は完成させられていないが、半自律人形の質は上がり続けている。その中でも自信作であるこの七体の人形は、こちらの指示がなくともある程度自動で戦える、私の自慢の子たちなのだ。

 

「すぐに逃げようかとも思ったのだけど……どうしようかしら? 貴女が相手なら逃げる必要もないかもね。」

 

「ほざけ、人形使い! おまえたち、捕らえるんだよ! あの方のご命令だ!」

 

激昂したレストレンジに命じられた死喰い人たちが呪文を放ってくる。えーっと、五人ってとこか、防御に集中すればギリギリなんとかなるだろう。危なくなったらパチュリーの魔道具で逃げればいい。

 

しかし……捕らえろ、ね。リドルは未だ私の『方法』に興味があるのだろうか? まあ、リーゼ様やパチュリーを狙うよりかは賢い選択なのかもしれない。

 

何にせよ、余計なことを考えるのは後だ。無言呪文をイカれ女に撃ち込みつつ、ニヤリと笑って言い放つ。

 

「そう、それなら……ちょっとだけ付き合ってあげるわ!」

 

七体の人形たちに背中を預けながら、アリス・マーガトロイドは杖を振りかぶるのだった。

 

 

─────

 

 

「あにめぇがす?」

 

ホグワーツの空き部屋の一室で、フランドール・スカーレットは後ろにいつもの仲間を引き連れたジェームズにそう聞き返した。

 

去年の狼人間騒動から一年。共通の秘密を持った四人組とは、それまででは考えられないくらいに仲良くなった。

 

イジメてた子たちにはきちんと謝ったみたいだし、ジェームズやシリウスからはそれまでのような傲慢さが消えている気がする。聞いてみると、『大人になったのさ』なんて言ってた。フランにはよく分からん。

 

結局あの後、朝日が昇るまで待っていると、狼人間はリーマスの姿に戻っていった。彼は秘密を知られれば友人を失うと思っていたらしいが、ジェームズもシリウスもそんなことを気にしている様子はなかった。ピーターはまあ……ちょっとビビってたが。

 

むしろ二人は満月の夜に一緒にいるべきであると主張し、数週間の説得の末、リーマスにそのことを了承させたのだ。フランにもちょっと気持ちは分かる。独りぼっちで閉じ込められるのはつらいはずだ。

 

そしてフランが何故こんなに仲良くなっているかというと、リーマスのつけた条件が関係している。曰く、『僕を押さえられるような人と一緒なら』とのことだった。まあ……つまり、フランのことだ。

 

四人から必死に頼まれたフランは、友達のためだということで仕方なく了承し、月に一度は理性を失ったリーマスをノックアウトする生活が始まったというわけである。

 

しかしジェームズはそんなフランを不憫に思ったのか……もしくはノックアウトされるリーマスを不憫に思ったのかもしれないが。とにかく、フラン以外の手段も用意すべきだと、去年の暮れから調べものをしていたのだ。

 

そんなジェームズが遂に見つけ出した方法こそが、『アニメーガス』なのだそうだ。ふむ……なんだそりゃ。

 

フランの疑問に、興奮した様子のジェームズが説明してくる。

 

「アニメーガス、動物もどきだよ! 自分を動物に変える魔法さ!」

 

意味が全くわからない。そんなフランを見て、捲したてるジェームズの隣にいるシリウスが苦笑しながら補足してくれた。

 

「大型の動物に変身できれば、リーマスが変身しても押さえられるだろう? それに、多分人間がいると興奮しちゃうんだよ。フランドールと二人の時は大人しかったじゃないか。」

 

「大人しいって言うか、怖がってる感じだったけど……。」

 

呟いたピーターを睨みつけつつ、なるほどそれなら何とかなりそうだと納得する。でっかいクマとかになれれば、狼人間なんか怖くないだろう。

 

「ふぅん。いいんじゃない? さっさと覚えちゃいなよ。」

 

フランの提案に、四人ともがなんとも言えない顔をした。なんだ? フランは至極真っ当なことを言ったはずだが。

 

顔を見合わせた四人の中から、代表してジェームズが話し出す。

 

「あー、それがね、滅茶苦茶難しいんだよ。大人の魔法使いでも使えるのは数人しかいないくらいなんだ。」

 

「ダメじゃん!」

 

「いや、諦めるのはまだ早い。ホグワーツの図書館にアニメーガスの詳しい本があるらしくて、それを見てからでも遅くはないと思ったんだが……。」

 

「どうせエツランキンシなんでしょ。あそこの本は全部そうだもん。」

 

「その通りだ、フランドール。」

 

ジェームズの横から、完全同意と言わんばかりにシリウスが割り込んだ。

 

あの図書館は利用者に本を読ませる気なんてないのだ。フランが面白そうだと思った本は、軒並みエツランキンシなのだから。人間の皮で出来た本なんてとっても面白そうなのに。

 

「じゃあ、やっぱりダメじゃんか。」

 

フランがつまらなさそうに言うのを聞いたジェームズが、ニヤリと笑って背後に隠していた何かを突き出してきた。

 

「そこで……これさ!」

 

ジェームズが持っているのは……布? サラサラと重さを感じさせない銀色の布だ。まあ、とっても綺麗ではあるけど、この布が何だというんだ。

 

「布なんか何に使うの?」

 

「まあ見てろよ、フランドール。こうして……どうだ、凄いだろう?」

 

フランの疑問を聞いたジェームズが、布を身体に巻き付けると……おおぉ、巻き付けたとこだけ透明になった。リーゼお姉様の能力みたいだ。

 

首だけになったジェームズが、得意げに計画を説明してくる。ううむ、こういう妖怪を図鑑で見たことがある気がする。

 

「透明マントっていうんだ。これを使って閲覧禁止の棚に忍び込むのさ! 口煩い司書だって、さすがに見破れやしないだろう。」

 

その横からシリウス、リーマス、ピーターの順で口々に補足を入れてきた。

 

「俺、ジェームズ、フランドールが透明マントで侵入するのさ。この三人なら余裕でマントに収まるはずだ。」

 

「一応、僕とピーターが外で騒ぎを起こす予定だよ。マントがあれば充分だとは思うが、念には念をって言うだろう?」

 

「その為に悪戯グッズをたくさん用意したんだよ。爆発花火とか、投げると増えるかんしゃく玉とか、そういう気を引けそうなやつ。」

 

輝く笑みを浮かべている四人だったが……むぅ、これは言わないほうがいいだろうか? しかし、無駄な労力をかけるよりはマシだろう。うーん……言おう。意を決してフランの反応を待つ四人に向かって口を開いた。

 

「あのね、すっごい計画だとは思うんだけど……その本、多分私のお友達が持ってるよ。」

 

パチュリーなら絶対に持っているだろう。残念ながら、フランには彼女が持っていない本など想像できない。

 

フランの言葉にあんぐりと口を開ける四人を見ながら、フランドール・スカーレットは顔に覚えたての苦笑を浮かべるのだった。

 



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杖の誓い

 

 

「こんなことは有り得ないだろう? 何かが起こっていることは間違いないんだ。」

 

紅魔館のリビングに響くリーゼの苛立った声を聞きながら、レミリア・スカーレットは静かに瞑目していた。

 

リドルが一向に捕まらないことに辟易していたリーゼだったが、アリスが怪我をしたことで我慢の限界を迎えたらしい。ソファに座るその姿は、私でも滅多に見たことのないレベルで苛立っているのが分かる。

 

しかし、アリスの怪我でこれほどまでに感情を動かすとは……リーゼも随分と変わったもんだ。以前なら人間など家畜以下にしか思ってなかっただろうに、今では同格として認めている節すらある。

 

ちなみに怪我自体は大したことはない。軽く腕の骨を折った程度なのだから、パチュリーの薬があれば一瞬で治るだろう。

 

片目だけを開いて黒髪の従姉妹を見つめていると、彼女はこちらを睨みながら声をかけてきた。

 

「情報が間違っているんじゃないだろうな? レミリア。」

 

おっと、愛称じゃなくてレミリア呼びか。私の想像以上に苛立っていたらしい。普段なら滅多に見れない姿だ。もう少し見ていたい気もするが……まあ、そろそろ限界か。

 

リーゼの瞳を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと口を開く。説明は難しそうだが、長い付き合いのリーゼなら理解できるはずだ。

 

「恐らくだけど、そういう運命なのよ。リドルを打ち倒すのは私たちではないということね。そしてそれはきっと、凄まじく強固な運命なの。……私でも覆せないほどの、ね。」

 

「……今回ばかりは信じられんな。そんなことが有り得ると本気で信じているのか? 私たち吸血鬼が人間一人を殺せないと? 冗談じゃないぞ、レミリア。」

 

「冗談を言っているつもりはないわ。現に貴女と美鈴の襲撃は尽く失敗し、向こうの襲撃はパチェや私がいない場所にばかり訪れる。苦労して見つけ出した敵の拠点には、木っ端死喰い人しかいない始末よ。……どう? 偶然だと思う?」

 

私が冷静な声で語りかけると、リーゼは一度息を吸って、頭を押さえながら大きくため息を吐いた。思う所はあったのだろう。襲撃の回数は既に二桁に突入しているのだ。それなのにリドルはおろか、幹部クラスの死喰い人でさえ仕留められていない。

 

実際のところ異常すぎる。最初はともかくとして、最近では私もリーゼも手加減をしていない。リドルがどんなに優秀だったとしても、逃げ切れるはずなどないのだ。

 

冷静さを取り戻したリーゼが、自分の考えを整理するように私に話しかけてくる。

 

「……私たちが大きく介入出来ないことが、仮に運命で決まっていたとしよう。だとすれば誰ならリドルを殺せるんだ? ダンブルドアか? ヴェイユか? それとも……アリスか?」

 

「それが分からないのよ、リーゼ。この運命はあまりにも……そう、複雑すぎるの。無数の糸が絡み合い、それを解きほぐして一本一本丁寧に確かめていく。今私はそんな作業をしているところよ。」

 

私の能力をして、この運命を操るのは容易ではない。まるでこれは……そう、私たちの物語ではないと言わんばかりの抵抗を見せてくるのだ。

 

「お手上げだと、そう言いたいのか? レミィ。」

 

「いいえ、時間が欲しいのよ。レミリア・スカーレットの名に懸けて、この運命を読み解いてみせるわ。ただ、それにはもう少し時間が必要なの。」

 

リーゼを真っ直ぐに見つめて言い放つ。どんなに強固な運命だったとしても、私に解けないはずはない。私はレミリア・スカーレットだぞ? 意地でも読み解いてみせる。

 

私の言葉にしばらく考えこんでいたリーゼだったが、やがて疲れたように今後の方針を語り出した。

 

「実にクソッたれな話だな……分かった、方向を変えよう。私と美鈴は木っ端を殺しまくって足止めをする。アリスとパチェは騎士団に常駐させよう。少しでも被害を……ああ、ダメか。仮本部は吹っ飛んだんだったな。」

 

「アリスが吹っ飛ばしたんでしょ。あの子も見た目によらず、派手なことするわよねぇ。」

 

「ふん、襲ってきたバカどものせいだろう? 何人か逃げたらしいが、そいつは私が必ず殺す。」

 

「はいはい、お好きなように。しかし……本部については考える必要があるわね。ダンブルドアも悩んでるみたいよ?」

 

忠誠の術だって万能ではないのだ。堅固な場所……ふむ。思い付いた場所をリーゼに言おうとすると、彼女も同時に口を開いた。

 

「ムーンホールドはどうかしら?」

 

「紅魔館はどうだい?」

 

空気が凍る。紅魔館を使わせるなんて絶対嫌だ。館が人間臭くなったらどうするんだ! 絶対に阻止すべく先んじて口を開く。

 

「ここには妖精メイドがいるのよ? 騎士団の本部にあんなおバカどもがいるなんて、格好がつかないじゃないの。」

 

「いい弾除けになるじゃないか。言っておくがムーンホールドを使わせるつもりはないぞ。あそこは誇り高きバートリの本家なんだ。人間を入れるなんて、先祖に申し訳が立たないだろう?」

 

「あのね、そもそもバートリはスカーレットの分家でしょう? 大体、パチェやアリスは入れているじゃないの。」

 

「父上が婿養子だってだけで、歴史自体はバートリのほうが長いだろうに。それに、パチェもアリスも魔女だ。人間じゃない。」

 

睨み合うが、リーゼは一歩も引く気はないようだ。私だってここを使わせる気はない。しかし、始めた以上はゲームに負けるのは御免だ。騎士団はただでさえ人数が少ないのだから、大事な駒は保護する必要がある。

 

ふむ、そうだ。ポーカーフェイスを決めながら、脳内ではじき出した解決策をリーゼに伝えるために口を開く。

 

「そうね、それならジャンケンで決めましょうか。」

 

「ふざけるなよ、レミィ。キミが能力を使ってインチキするのは知ってるんだぞ。」

 

っち。さすがに付き合いが長いだけある。一瞬でバレてしまったようだ。

 

他に方法がないかと考えていると、リーゼが何かを思い付いたらしく、ニヤリと笑って口を開いた。

 

「それなら……ほら、八雲の言っていた決闘方法はどうだい? あの『弾幕ごっこ』とかってやつ。あれで白黒つけようじゃないか。」

 

なるほど、弾幕ごっこか。フランの境界を弄る際に、八雲紫が説明していった決闘方法。まだ未完成らしいが、あれなら対等に闘えるだろう。少なくとも普通に殴り合うよりかは被害が出ないはずだ。

 

「いいでしょう。ルールはきちんと覚えてる? 物理的に避けられない弾幕はなしで、芸術性を持った弾幕にすること。それと……何だったかしら?」

 

「弾幕に名前と意味を持たせて、宣言とともにそれを放つこと、後は……スペルカードとやらは未完成らしいし、私たちでやるなら殺傷能力も気にする必要はないだろう。ってことは……ふむ、結構ルールが曖昧だな。」

 

「まあ、交互に撃ち合って先に当たったほうが負け、ってことでいいんじゃない? お試しでやるなら充分でしょ。」

 

別に八雲紫の正式なルールに従うことはないだろう。そっちは幻想郷とやらに行くことになったら考えればいいのだ。

 

「ま、そうだね。それじゃあ……早速やってみようじゃないか。」

 

不敵な笑みを浮かべたリーゼが、窓から夜空へと飛んでいく。私もそれに続いて夜空へと浮かび上がり、十分に距離を置いてリーゼと正対した。

 

「先攻は?」

 

「キミに譲ってあげよう。最近鈍っているだろう? ありがたく受け取っておくといい。」

 

「後悔するわよ、リーゼ。」

 

余裕たっぷりのリーゼに、こちらも笑みを浮かべて言葉を返す。彼女とこういうことをするのは久々だ。心が沸き立つのを自覚しつつ、実は八雲紫に話を聞いていた時から考えていた弾幕の名を、夜空に向かって高らかに宣言した。

 

「スカーレットマイスタ!」

 

言葉と同時に放った紅色の弾幕をリーゼが避けていくのを見ながら、レミリア・スカーレットは久方ぶりの闘志に身を委ねるのだった。

 

 

─────

 

 

「あのね、ジェームズ。それ、すっごいキモいよ。」

 

三年生の春を迎えたフランドール・スカーレットは、目の前の鹿人間に呆れたように語りかけていた。

 

パチュリーからアニメーガスについての本を送ってもらうまでは順調だった。しかし、現実は本の通りには進まないらしい。それを表すかのように、現在のジェームズの様子は酷い有様になっている。

 

頭部と左手は鹿なのだが、残りの部分は人間のままだ。控えめに言ってもめちゃくちゃキモい。フランの言葉に、鹿の頭部が哀れな鳴き声を上げた。実に悲しそうな鳴き声だ。

 

「ジェームズ、そっちは……ダメそうだな。」

 

言いながら近付いてきたシリウスも酷い有様だ。両腕が犬みたいになってるし、口元が変な形に伸びている。狼人間のほうがまだ愛嬌があるかもしれない。

 

ちなみにピーターは、まだネズミのようなヒゲと尻尾を生やすところまでしかいっていない。大型の動物に適性がなかったらしい彼が、皮肉にも一番まともな見た目をしている。

 

悲しそうな鳴き声を上げるジェームズに、パチュリーが本と一緒に送ってくれた薬を飲ませてやる。すると徐々に人間らしさを取り戻した彼は、困ったように礼を言ってきた。

 

「ああ、ありがとう、フランドール。しかし……この薬があって本当に良かったよ。鹿の化け物としての生涯なんて御免だしね。」

 

「フランドール、俺にも飲ませてくれないか? 我が可愛らしい肉球は、どうも物を掴むには向いていないらしいんだ。」

 

ジェームズに続いて情けなく頼んでくるシリウスにも薬を飲ませてやる。しかし、フランは挑戦しなくて本当によかった。変身術が得意な二人でさえこうなのだ、フランがやったら未知のバケモノになることは間違いないだろう。

 

人としての腕を取り戻したシリウスが、それに頬擦りしながら口を開いた。

 

「ああ、人間の腕ってのはいいもんだな。こうなるとありがたさが分かるよ。」

 

「全くだ。蹄じゃなんにも出来やしない。指ってのがどんなに偉大かが理解できたよ。」

 

アホなことを言っているジェームズとシリウスに、現実を思い出させてやることにする。

 

「もう、バカなこと言ってる場合じゃないでしょ! 全然変身できないじゃん! リーマスもなんとか言ってやりなよ!」

 

「いやぁ、僕は……頑張ってくれるだけでありがたいかな。」

 

「ふん、そんなこと言ってると、次の満月にはヨーシャしないからね。またキャンキャン言わせてやるんだから!」

 

「勘弁してくれよ、フランドール。」

 

冷や汗を流し始めたリーマスを無視して、次は苦笑いで見ていたピーターに向かって言い放つ。

 

「オマエもだよ、ピーター! 次にヒゲと尻尾以外の変化がなけりゃ、そのヒゲ引っこ抜いてやるから!」

 

「や、やめてくれよ、フランドール。あれ、すっごい痛いんだよ。」

 

ぷんすか怒るフランに危機を感じたのか、ピーターがリーマスの陰に隠れる。まったく、全然進歩がないんだから!

 

それを見て苦笑したジェームズが、取り成すように話題を変えてきた。

 

「まあ、この術は本当に難しいんだよ。……それよりさ、昨日いい事を思いついたんだ。僕らの呼び名を決めないか? 仲間内だけで通じる暗号みたいに。どうだ? カッコいいと思わないか?」

 

ジェームズの言葉に四人が考え込む。暗号か。確かにちょっとカッコいいかもしれない。シリウスも同感だったらしく、笑顔で賛成の言葉を口にした。

 

「いいな、それ! そうだな……変身後の姿を捩るのはどうだ?」

 

「まあ、別に構わないけどね。狼人間だってバレないようなのにしないとな。」

 

リーマスは消極的な同意、ピーターは……困ったように頷いている。まあ、ネズミじゃあカッコいい名前にはならなさそうだ。

 

みんなで名前を考えていると、真っ先に思いついたらしいシリウスが口を開く。

 

「俺は『パッドフット』にしよう。我が愛くるしい肉球を表してるのさ。」

 

それを聞いたジェームズが、ニヤリと笑って応える。

 

「いいな。僕はそうだな……『プロングス』だ。鹿といえばやっぱり角だろう?」

 

続いてリーマスも自虐的な表情で話し出す。

 

「僕はそうだな、『ムーニー』にしよう。満月でおかしくなる僕にはピッタリだ。」

 

最後にピーターがオドオド笑いながら口を開いた。

 

「ぼ、僕は『ワームテール』にするよ。ミミズみたいな尻尾だからね。」

 

決め終わった四人がフランの方を見てくるが……フランは変身なんてしないぞ。困った顔で四人を見ると、ジェームズが笑いながら話しかけてくる。

 

「まあ、秘密って感じではなくなるけど……フランドールは元から吸血鬼だろう? その特徴を捩ればいいのさ。」

 

「むぅ……んー、良さそうなのが思いつかないなぁ。それに私、コゼットにもネーミングセンスがないって言われるんだ。みんなで考えてくれない?」

 

彼女の猫に名前を付けようとした時は、ハッフルパフのみんなから猛反対を受けたのだ。実におかしな話である。……毛玉ちゃん。いい名前だと思ったのに。

 

フランの言葉を受けて、四人がウンウン唸りながら考え始めた。しばらく沈黙していたが、やがてリーマスが口を開いた。

 

「そうだな……その翼か、赤い瞳、キバとかを捩るのがいいかもね。」

 

それにピーターが自分の考えを述べる。

 

「瞳は名前と被っちゃうよ。『スカーレット』なんだから。」

 

するとシリウスが選択肢を絞りこんだ。

 

「翼もダメだ。綺麗な翼だが、些か特徴的すぎるだろ? 何て言うか……もっと捻るべきだ。」

 

それを聞いたジェームズが、我妙案を思いついたりと言わんばかりに笑顔で言い放つ。

 

「それなら、『ピックトゥース』はどうだ? コミカルでいいじゃないか。」

 

むう、歯間ブラシみたいな名前だ。しかし……まあ、悪くはない。怖さもあんまりないし、ちょっとかわいいくらいだ。折角考えてくれたんだからそれでいこう。

 

「うん、じゃあ……それにするよ! ありがとね、みんな!」

 

フランが笑顔でそう言うと、みんなも笑顔になってくれた。仲間だけの名前か。なんだか嬉しい気持ちになる。

 

するとジェームズが急に立ち上がって杖を目の高さに掲げた。何をするのかと見ていると、彼は笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「我プロングスは誓う。我ら五人、決してお互いを裏切らない!」

 

おお、杖の誓いだ! 本で読んだことがある。昔の偉い魔法使いたちが友情を確かめるためにやった儀式。フランもちょっと憧れてたやつだ。

 

それを見たシリウスも、ジェームズのやろうとしていることに気付いたのか、ニヤリと笑って彼の杖と自分の杖を合わせた。

 

「我パッドフットも誓う。我ら五人、決して『良い子』にはならぬ!」

 

苦笑しながらリーマスも立ち上がって杖を合わせた。

 

「我ムーニーも誓おう。我ら五人、苦難には全員で立ち向かうと。」

 

ピーターが慌てて杖を取り出して、それを三人と合わせて口を開く。

 

「我ワームテールも誓う。我ら五人、死してもお互いを守り抜く!」

 

フランも頑張って腕を伸ばして杖を合わせる。

 

「我ピックトゥースも誓う。我ら五人……えっと、ずっと友達だよ!」

 

重なり合った五本の杖を見上げながら、フランドール・スカーレットは満面の笑みを浮かべるのだった。

 



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古き友

誤字報告ありがとうございます!


 

「まあ……うん、失敗だわ。」

 

紅魔館の門前に虚しく響く、パチュリーの決まりが悪そうな声を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは傍らのアリスと共に苦笑していた。

 

結局レミリアとの弾幕ごっこに敗れた私は、ムーンホールドを騎士団に貸し出すことを決めた。……言い訳させてもらえば、レミリアの弾幕は目に悪すぎるのだ。赤一色でチカチカする。

 

とはいえ、負けは負けである。諦めて貸与しようとしたとこで、新たな問題が浮上してきた。パチュリーの図書館だ。

 

ダンブルドアら騎士団のメンバーがどれだけ優秀かは知らないが、パチュリーの図書館にある本はそれでも危険すぎる。あの場所に容易く他人を入れるわけにはいかない。

 

もちろん使用人や私は紅魔館へと一時避難するわけだが、さすがに図書館を移動させるのはそう簡単ではなかった。

 

迷惑そうな顔をするパチュリーとの協議の結果、魔法を使って紅魔館のすぐ隣に転移させることが決まり、今日まさに大規模な転移魔術を実行したというわけなのだが……。

 

「わっ、私の……私の紅魔館が! おいこら紫もやし! 紅魔館が半壊してるじゃないの!」

 

「あー、まあ、正確には四半壊ってとこでしょう? うーん……座標が間違ってたのかしらね?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! っていうかこれ、直るの? 直るのよね?」

 

「さぁね。でも、図書館が無事でよかったわ。」

 

「よし上等だ陰湿魔女! 今日こそ性根を叩き直してやるわ!」

 

キャットファイトを始めたレミリアとパチュリーの言い争いからも分かるように、隣に転移させるはずが……なんというか、くっついちゃったのだ。

 

正面から紅魔館を見ると、左にパチュリーの図書館が激突してきたような見た目になっている。まあ、ど真ん中じゃなかったのはせめてもの幸運だろう。今ならなんとか紅魔館がメインと言える見た目だ。

 

隣に立つアリスが、魔女と吸血鬼とは思えない低レベルなキャットファイトと、それを必死になって止めようとしている小悪魔を眺めながら呆れたように口を開いた。

 

「これ、大丈夫なんでしょうか? その……色々と。」

 

「いい気味だよ。ムーンホールドだけが犠牲になるなんて、不公平というものだろう? これで釣り合いが取れたわけだ。」

 

「なんとも嫌なバランスの取り方ですね……。」

 

顔を引きつらせながら言うアリスは、もう怪我をしたことなど微塵も感じさせないほどに回復している。安心した。怪我をしたと聞いてた時には、背筋がゾッとしたもんだ。

 

怪我のことを考えながら見つめている私の視線に、困ったように縮こまったアリスだったが、ふと何かを見つけて呟いた。

 

「あっ、美鈴さん……。」

 

アリスの視線を辿ってみれば……美鈴が呆然と膝をついている。哀れな。片付けをするのが自分だと気付いたのだろう。以前のリビング破壊事件がピークだと思ったが、上には上があるらしい。

 

「目を合わせちゃダメだぞ、アリス。縋り付いて手伝いを頼んでくるに決まってる。」

 

「いやぁ……私は手伝ってもいいんですけど……。」

 

「手伝ったが最後、今度は美鈴がサボり始めるんだ。いい性格してるよ、まったく。」

 

「それはなんとも、美鈴さんらしいです。」

 

アリスの瞳からは同情の色が消えている。それが正しいのだ。美鈴はそういう生き物なのだから。

 

沈んでいく夕日を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは紅魔館に刻まれた新たな歴史を、アホらしい気持ちで眺めるのだった。

 

 

─────

 

 

「キレちゃいそうだよ、フラン。」

 

目の前に積み上がった膨大な量の宿題を見ながら、フランドール・スカーレットは諦め半分に呟いていた。

 

ハッフルパフの談話室で宿題を片付けようと決意したまでは良かったが、いざ目にしてみるとその決意はポッキリと折れそうになってくる。

 

呪文学と天文学は問題ない。フリットウィック先生はいつも丁寧に教えてくれるし、シニストラ先生はフランが間違えても、あらあら仕方がないわねと優しく笑うだけだ。

 

魔法史と魔法生物飼育学もなんとかなる。魔法史は暗記するだけだから楽勝だし、飼育学のケトルバーン先生はフランに甘い。というか……吸血鬼に興味があるらしく、質問に答えてやれば簡単に成績が上がるのだ。

 

マグル学はマグルの新聞に書いてあることを適当に写せばどうにでもなるし、飛行術にはそもそも宿題がない。つまり、問題なのは残りの教科である。

 

防衛術のヴェイユ先生は優しいが、宿題を忘れるととっても怖いのだ。それは変身術のマクゴナガル先生も一緒だし、魔法薬学は単純に訳がわからない。

 

途方に暮れているフランを見兼ねたのか、隣で宿題をやっていたコゼットが話しかけてくる。

 

「フラン、私も手伝うよ。えーっと……先ずは、魔法薬学から片付けちゃおうか。」

 

「うん……。いつもごめんね?」

 

「謝ることなんかないよ! ハッフルパフじゃ、みんなで助け合うのは常識でしょ?」

 

コゼットの言う通りだ。この談話室では、困っていれば必ず誰かが声をかけてくれる。フランはそんなハッフルパフの談話室が大好きだった。

 

ジェームズたちと全ての寮に忍びこんでみたけど、どう考えてもハッフルパフが一番だった。グリフィンドールはゴチャゴチャしすぎだし、スリザリンは椅子が固そう。レイブンクローは……みんなが黙々と書き物をしていて、フランにはちょっと怖かったのだ。パチュリーがいっぱいいるみたいだった。

 

シリウスは『グリフィンドールが一番だったな』なんて言っていたが、絶対ぜーったいハッフルパフのほうがあったかくて、居心地がいいのだ!

 

フランが自慢の談話室のことを考えながら宿題を片付けていると、後ろから三人組の下級生が声をかけてきた。

 

「あの、スカーレット先輩! これ、みんなで作ったんです。よかったら食べてください!」

 

差し出された手の上には、小さな袋に入ったクッキーがある。おお、コウモリの形でとってもかわいい。

 

「うん! ありがとう!」

 

お礼を言ってはむはむ食べていると、下級生たちはきゃーきゃー言いながら喜んでくれた。ううむ、フランの人徳の為せる技だろうか? 自分のカリスマが恐ろしい。

 

「フランの食べる姿はかわいいからねぇ。」

 

隣のコゼットがよく分からないことを言うが、そんな理由ではないはずだ。フランはかわいいのではなくカッコいいのだから。

 

「うむ、んぐ。……とっても美味しかったよ!」

 

食べ終わったフランの言葉に、下級生たちはお礼を言って去っていく。周りの同級生や上級生たちの視線が妙に生暖かいが……まあいい、それより宿題だ。

 

談話室の柔らかなソファに座りながら、フランドール・スカーレットは憎っくき魔法薬学の宿題に挑みかかるのだった。

 

 

─────

 

 

「見事な月時計じゃのう。」

 

月光に照らされたムーンホールドの中庭で、ダンブルドアが興味深そうにそう呟くのを、パチュリー・ノーレッジは静かに聞いていた。

 

中庭の中央に設置されている、月の光を利用する時計。私はこういった物に詳しくはないが、それでも確かに見事な出来栄えだと思える。機能も、装飾も。

 

ゆったりと振り返ったダンブルドアが柔らかく口を開く。しかし、本当に歳をとったな。自分と同い年だと思うと、なんだか悲しくなってくる。

 

「この屋敷の主人にもお礼を言いたかったのじゃが……。」

 

「残念ながら、人前に出るのが嫌いな方なの。貴方が感謝していることは私が伝えておくわ。」

 

現在のムーンホールドは騎士団の拠点として機能し始めている。部屋数も充分にあるし、人里からも遠く、なにより堅牢なのだ。『ホールド』の名前は伊達ではない。

 

ダンブルドアにはリーゼの存在をやんわりとだけ伝えてある。レミィが表に出始めて、私とアリスが騎士団に、そして奥の手として別の吸血鬼が動いている。そんな感じの説明だったが、ダンブルドアも理解してくれたらしい。伏せ札の重要性は理解しているようだ。

 

「まっこと、見事なお屋敷じゃ。この場所を提供してくださった方にも、仲介してくれたスカーレット女史にも、感謝しきれんよ。」

 

「それなら行動で示すべきね。リドルの軍勢は勢いづいているらしいじゃない?」

 

「リドル、か。もはやその名で呼ぶ者は多くはないのう。誰もが今や『ヴォルデモート卿』と呼んでおる。」

 

憂鬱そうに言うダンブルドアに、鼻を鳴らして言い放ってやる。

 

「私はそんなバカみたいな名前を口にするつもりはないわ。アリスも、レミィもね。」

 

「ほっほっほ、豪気なものじゃ。……だが、誰もが君たちのように強くはない。今やヴォルデモートという名前は恐怖の対象になっておる。嘆かわしいことじゃ。」

 

「『名前を呼んではいけないあの人』ってやつ? バカバカしいわね。恐怖から逃れようと、目を逸らしているだけじゃない。」

 

「さよう。しかし、無理もないことなのじゃ、ノーレッジ。それだけのことをトムは仕出かしたのだから……。」

 

ダンブルドアの顔に浮かんでいるのは……後悔か? まったく、いつまで経っても成長しないヤツだ。全てを自分のせいにする悪癖は、この歳でも治ってはいないらしい。

 

「あのねえ、ダンブルドア。リドルがこうなったのは、貴方の責任ではないでしょうに。ウジウジ悩むのはやめなさいよ、みっともないわね。」

 

私の言葉に虚を突かれたような顔をしたダンブルドアだったが、やがて苦笑しながら口を開いた。

 

「君に元気付けられるとは……そんなに酷い顔をしていたかね?」

 

「ひっどい顔だったわ。シャンとしなさいよね、ダンブルドア。私やレミィがついてるんだから。リーダーの貴方がそんなんじゃあ、こっちが困るのよ。」

 

「なんともまあ、その通りじゃな。……どうも、君の前では気が緩んでしまうのかもしれん。」

 

遠い目をしながら、ダンブルドアが続きを口にする。

 

「今では誰もがわしを頼るのじゃ。もうわしは誰のことも頼ることができん。少々歳を取りすぎたのかもしれんのう。」

 

そう語るダンブルドアは、年相応の老人にしか見えない。……もう! なんだか私まで悲しくなってくるじゃないか! 似合わない役だと自覚しながらも、元気付けるために口を開く。

 

「それだけの実績を積み上げてきたんでしょうが。まぁ、その……私は貴方の同級生なんだから、少しは頼ってきなさい。貴方の悩みなんか、私にかかればチョチョイのチョイよ。」

 

私の言葉を受けたダンブルドアは、柔らかく微笑みながらも目に光を取り戻す。世話のかかるヤツめ。

 

「うむ、そうじゃな。昔から君は優秀な魔女じゃった。わしなんぞの悩みなど、どうと言うことはないかもしれんの。」

 

「そうよ。ほら、徘徊老人ごっこは終わりになさい。リドルの計画をぶっ壊すためにも、先ずは会議よ。」

 

「ほっほっほ。どぎつい皮肉も昔のままじゃな。では行こうか、ノーレッジ。」

 

月明かりの庭をダンブルドアと共に歩き出す。むう、顔がちょっと赤くなっている気がする。だから嫌だったんだ。もう二度と慰めたりなんかしないぞ。

 

虫たちの鳴き声を背景にしながらの老人と少女の奇妙な掛け合いは、リビングに到着するまで続くのだった。

 



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狂いだす魔法界

 

 

「こらっ、プロングス! またスネイプをイジメてるのっ!」

 

ホグワーツにある湖のほとりで、フランドール・スカーレットは友人を怒鳴りつけていた。

 

どうやらまたしてもスリザリンの同級生にちょっかいをかけているらしい。隣で呆れた顔をするコゼットを置いて、現場へと全力で走り出す。

 

「こらぁ! ぶっ飛ばすよ、プロングス!」

 

「ピックトゥース? おい、待ってくれ、お前のパンチは痛すぎっ、ぐぅぅ……。」

 

慌ててこちらに向き直ったジェームズの脇腹をぶん殴って、石化呪文をかけられているスネイプを助けるために杖を取り出す。

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)!」

 

フランが解呪してやると、ようやく動けるようになったスネイプがよろりと立ち上がった。そのまま頭を振りながら、フランにお礼を言ってくる。

 

「ありがとう、スカーレット。その、助かったよ。」

 

「別に大したことないじゃないよ。それより……プロングス!」

 

ぷんすか怒るフランを引きつった顔で見たジェームズが、焦った顔で弁解を話し出す。言い訳タイムの始まりだ。

 

「落ち着けよ、ピックトゥース! こいつと僕が犬猿の仲なのは知ってるだろう? それに、今日はきちんと一対一だったぞ!」

 

「『今日は』でしょうが! いつもはパッドフットも一緒でしょ? ヒキョーなやり方はフランが許さないよ!」

 

もう四年生になったというのに、今年に入ってからジェームズたちの『悪癖』が復活したのだ。スネイプ限定だったが、シリウスと二人でイジメているのをよく見るようになった。

 

コゼットにそのことを相談したところ、『悪いことを止めてやるのも友人だ』という助言を貰ったのだ。それでフランは一向に止めようとしないリーマスとピーターに代わって、馬鹿をするジェームズとシリウスを止めているというわけである。

 

フランの怒声を受けて怯んだ様子のジェームズだったが、今日はいつもと違って反論を口にし出した。

 

「それに今日はスニベルスのほうからふっかけてきたんだぞ! こいつ、僕の背中に呪文をぶつけてきやがったんだ!」

 

なんだと? 驚いてスネイプの方を見ると、彼はバツが悪そうな顔に変わる。

 

「僕だってやられっぱなしじゃいられないんだ。ささやかな反撃をする権利くらい、こっちにだってあるはずだろう?」

 

まあ、それはそうかもしれないが……もう! なんだってこの二人はこんなに仲が悪いんだ! イライラと足を踏み鳴らしながら、二人に向かって言い放つ。

 

「もういい加減にしたらどうなの? そもそも何が切っ掛けで、こんなこと始めるようになったのさ。」

 

フランがそう言うと、二人は途端に黙り始めた。まーたこれだ。この話題になると、どちらも絶対に口を開こうとはしないのだ。

 

ため息を吐いて首を振っていると、追いついてきたコゼットが苦笑しながら沈黙を破った。

 

「エバンズが原因でしょ? もうみんな気付いてるよ……まあ、フラン以外は。」

 

「エバンズ?」

 

リリー・エバンズのことか? グリフィンドールの同級生で、フランが図書館で魔法薬学の宿題に悩んでいると、たまに手伝ってくれる優しい子だ。あの子が関係している? どういうことだかさっぱり分からん。

 

訳がわからないフランだったが、ジェームズもスネイプも図星を突かれたような顔をしている。つまり、コゼットの言葉は正解らしい。うーむ、悩んでいても仕方がない。彼女に聞いてみるために口を開く。

 

「ねえコゼット、それってどういうことなの? フラン、全然わかんないよ。」

 

「うーん、フランにはちょっと早いのかもね。なんて言うか……大好きなものは他人に取られたくないんだよ。」

 

んー? ますます分からん。フランなら大好きなものはみんなで分けたいのに。その方が楽しいに決まっているのだ。

 

「二人で半分こすればいいじゃん。」

 

「あはは、それはちょっと……無理かなぁ。」

 

苦笑するコゼットに首を傾げていると、ジェームズが我慢できないとばかりに口を開いた。頬に赤みがさしている。

 

「やめてくれよ、当人がここにいるんだぞ。……分かった、分かったよ! 僕はもう行くから、その話は僕のいないとこでやってくれ!」

 

言い放つと、今や顔を真っ赤にしたジェームズは城へと走っていった。それを見たスネイプも、慌てて立ち上がると口早に言葉を投げかけてくる。

 

「ぼっ、僕もこれで失礼するよ。その……そういうことじゃないから。勘違いしないでくれ、ヴェイユ。」

 

コゼットの返事も聞かず、スネイプも城へと早足で歩いていく。彼の顔も真っ赤だった。どういうことだろう?

 

二人が去って行くのを見ていたコゼットが、頰を掻きながらポツリと呟いた。

 

「あー……ちょっと悪いことしちゃったかな?」

 

「二人とも怒ってたのかな?」

 

「ううん、違うと思う。……そうだなぁ、ちょっとこっちで座って話そうよ、フラン。」

 

コゼットが湖のほとりに座り込むのを見て、フランも隣に座る。しばらく二人でキラキラした水面を眺めていたが、やおら彼女が語り出した。

 

「例えばさ、私にフランより仲のいい友達が出来ちゃって、そっちにばっかり構ってたら……フランはどう思う?」

 

コゼットの言ったことを想像してみる……うーん、それはちょっと、かなり嫌かもしれない。考えただけでちょっと泣きそうになる。

 

「そんなの……ヤダよ。」

 

「えへへ、ありがとう、フラン。もちろん例え話だからね? つまり……ポッターとスネイプはそれが嫌だから仲が悪いんだよ。」

 

「友達を取り合ってるの?」

 

「ううん、友達じゃなくて、ちょっと別のものかな。んー、フランは男の人を好きになったことはない? ……ちなみに、友達としてじゃないよ?」

 

友達としてじゃなく? うーん、どういう意味だろう? 腕を組んでうんうん悩んでいると、コゼットはフランの頭を撫でながら優しく言葉をかけてきた。

 

「フランにはやっぱり早いみたいだね。」

 

「むう、フランはもう大人だよ?」

 

「そうだけど、うーん……きっとフランはまだ出会ってないんだよ。でも、ポッターとスネイプは出会っちゃったんだ。だから二人とも譲れないんじゃないかな。」

 

謎かけみたいだ。ジェームズとスネイプにとってはエバンズが友達と同じくらい大事なもので、それを取り合って喧嘩している?

 

「三人で仲良くするのは無理なの?」

 

「うん。エバンズが選ぶのは一人だけなんだ。それがどっちかは分からないけど、両方ってのは良くないことなの。」

 

「うぅ……難しいねぇ。」

 

「そうだねぇ。」

 

コゼットが優しい笑顔でコクリと頷く。……彼女にもそんな相手がいるのだろうか? よくわからないが、そうだったらちょっと嫌かもしれない。

 

「ねぇ、コゼットにもそんな人がいるの?」

 

フランが聞いてみると、コゼットは顔を真っ赤ににして首を振る。むむ、ジェームズやスネイプと同じ反応だ。怪しい。

 

「いっ、いないよ! 私はそういうのは苦手だからっ!」

 

「んー? なんかおかしいよ? コゼット、慌ててるでしょ!」

 

「違うよ! ただ……その、やっぱりなんでもない!」

 

立ち上がって逃げていくコゼットを、小走りで追いかける。今の彼女はなんだかかわいい。追いかけたくなる雰囲気だ。

 

友人とのささやかな追いかけっこを楽しみつつ、フランドール・スカーレットは後でエバンズにも聞いてみようと決心するのだった。

 

 

─────

 

 

「あの人、トカゲちゃんよりもヤバくないですか?」

 

魔法省の役人たちの死喰い人に対する尋問を隠れて眺めながら、紅美鈴は隣の従姉妹様に囁いた。

 

あのクラウチと呼ばれている男は、どうやらかなりのタカ派らしい。死喰い人の情報を得た従姉妹様に連れられてこの廃屋にたどり着いた時には、既に彼と役人たちがこの場所を制圧していた。

 

出遅れた私たちは、姿を隠してその尋問を眺めているわけだが……確かあれって法律で禁じられている魔法じゃなかったか? バンバン使っているように見えるんだが……。

 

「何故黙っている? 口を開けば楽になれるんだぞ? そぉら、クルーシオ(苦しめ)!」

 

ほら。横の従姉妹様を見てみれば、彼女も呆れたような顔をしている。私の顔に口を近づけて、あのヤバい人のことを説明してくれた。

 

「バーテミウス・クラウチ。魔法法執行部の部長だよ。最近随分と影響力を上げてきているらしい。過激さには過激さを、ってことみたいだね。」

 

「あれって大丈夫なんですか? 使うの禁止されてたんじゃないですっけ。」

 

「法改正をごり押したのさ。『暴力には暴力を』ってのが彼のモットーらしいよ。私は分かりやすくて好きだが、ダンブルドアは眉をひそめているみたいだね。」

 

確かにあのお爺ちゃんはいい顔をしなさそうだ。とはいえ、現実問題としてこういう手段が必要なことは理解できなくもない。魔法省としても苦肉の決断なのだろう。

 

「魔法法執行部ですか……あれ? ムーディもおんなじ部署じゃ?」

 

「犬猿の仲らしいけどね。ムーディをリーダーにした闇祓いの一団と、クラウチを首魁にした役人どもが争っているらしい。部内の小さな闘争ってわけだ。」

 

まあ、捕まえた死喰い人の数ではムーディが圧勝だろう。私から見ても頭がおかしいあの男は、ぶっちぎりのスコアで収監数を稼いでいるのだ。

 

私たちがお喋りに興じている間にも、クラウチらの苛烈な尋問は続く。

 

「いい加減に吐いたらどうだ!『なんちゃら卿』はどこに隠れている? アズカバンが怖くて家から出られないのか? それともお前はそれすら知らない下っ端なのか? ……なんとか言ったらどうだ! クルーシオ! 話せば慈悲をかけてやるぞ?」

 

くるーしおとかいう呪文で息も絶え絶えの死喰い人だったが、いきなり目を見開いてクラウチのことを糾弾し始めた。

 

「法を盾にして我々を残虐に殺しまくっている貴様が慈悲を語るのか? お笑い種だな! イカれた殺人鬼が!」

 

「何を……なんの話だ?」

 

意味が分からないといった様子のクラウチだったが、まあ……うん、多分私と従姉妹様がやってる『お掃除』のことだろう。クラウチのせいになっているのか。

 

従姉妹様と顔を見合わせて、お互いに苦笑する。イカれた殺人鬼ってのはなかなか正鵠を射ているかもしれない。なんたってほぼ皆殺しにしているのだ。殺人鬼というか吸血鬼と妖怪だが。

 

「知らないとは言わせないぞ! いずれ後悔することになる! あの方を前にしてもそんな余裕を保っていられるか、地獄の淵で見ていてやるよ!」

 

狂ったような笑みで言い放った死喰い人は、目を見開いたまま動かなくなった。あちゃー、死んじゃった。毒か何かを仕込んでいたのだろう。ちゃんと確認しないからああいうことになるのだ。どうやら拷問に慣れてはいないらしい。

 

慌てて死喰い人のことを確かめるクラウチたちだったが、どうやら死んでいることに気づいたようだ。舌打ちをして撤収の準備に取り掛かった。

 

それを眺めながら、隣の従姉妹様に話しかける。

 

「あんまり情報得られませんでしたねー。」

 

「まあ、別に期待もしてなかったけどね。しかし……クラウチのせいになってるのは都合が良いかもしれないぞ。次は『魔法省万歳』とでも死体に刻んでみるか?」

 

「従姉妹様って、知り合い以外の人間には残酷ですよねぇ……。」

 

「ふん、下等種族に一々情けをかけてやる必要はないだろう? まあ……多少の例外はあるが。」

 

残念ながら、死喰い人や魔法省は例外とやらには入っていないらしい。アリスちゃんやグリンデルバルドに対する態度の違いを見ていると、実に興味深いものがある。

 

私たちが話している間に、どうやらクラウチたちは準備を終えたようだ。死体を袋に乱暴に詰め込んだ後、行儀よく順番に消えていった。

 

気配は……完全に消えたな。隠れていたせいで固まった筋肉をほぐしながら、従姉妹様に向かって口を開いた。

 

「うーん、あの人たちも派手にやってるみたいですし、死喰い人が劣勢じゃないのっておかしくないですか?」

 

「人狼、巨人、亡者。手駒は腐るほどあるんだろうさ。私たちが殺したヤツを思い返してごらんよ、普通の死喰い人はあんまりいなかっただろう?」

 

思い返してみるが……正直気にしていなかった。どいつもこいつも一瞬で死ぬのだから、私にとっては違いが分からん。

 

「えーっと……ああ、でっかいのがいたような、いなかったような……。」

 

「キミは本当に……まあいい、とにかくこれも『運命』ってやつの補正なのかもね。味方に回すと便利だが、敵に回すと鬱陶しいことこの上ないな、まったく。」

 

イライラと首を振って従姉妹様が言う。私としてはあんまり信じていないのだが、最近の従姉妹様はお嬢様の言葉を信じているらしい。

 

「ゲームは難しい方が云々、じゃないんですか?」

 

「そりゃあ簡単に終わるのもつまらんが、ここまで上手くいかないとイライラが勝るのさ。」

 

「難しいですねぇ。」

 

「まあいい。何処まで逃げられるのか、高みから見物させてもらおうじゃないか。騎士団、魔法省、死喰い人。んふふ、見るべきものはたくさんあるんだ。」

 

従姉妹様の真紅の瞳が弧を描くのを見ながら、紅美鈴は確かにそうだと納得するのだった。楽しもう、それが妖怪というものだ。

 



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良き隣人の死

「元気出して、コゼット。」

 

五年生のクリスマス休暇が間近に迫ったハッフルパフの談話室で、フランドール・スカーレットは必死に友人を慰めていた。

 

クリスマスには帰ってきなさいと言われているが、こんなコゼットを放ってはおけない。後でアイツ……レミリアに手紙を送っておこう。

 

「ぐすっ、お父さんが死んじゃうなんて……そんなの、そんなのおかしいよ。」

 

「コゼット……あのね、フランはここにいるから。大丈夫だから。」

 

涙を流すコゼットを、慎重にぎゅっと抱きしめる。こういう時にどんな言葉をかければいいのかわからない。自分の経験のなさを、これほど恨めしく思ったのは初めてだ。

 

二人でツリーに飾り付けをしていたところ、憔悴しきった様子のヴェイユ先生が悲しい知らせを持ってきたのだ。コゼットのお父さんは悪い魔法使いと戦って、その……死んでしまったらしい。

 

ヴェイユ先生は一頻りコゼットと悲しみを分かち合った後、気丈に振る舞いながら何処かへ向かっていった。そのときフランは頼まれたのだ。コゼットをお願いね、と。

 

でもどうしたらいいか分からない。何とか元気になって欲しいのだが、何と声をかければいい? 不用意なことを言ってしまえばコゼットの悲しみが増すような気がして、結局口からは言葉が出てこないのだ。

 

「クリスマスは一緒にお祝いするって言ったのに! なんで、なんで……。」

 

「コゼット……。」

 

死喰い人とかいう連中のせいに違いない。よく聞こえなかったが、ヴェイユ先生の口からも出ていた単語だし、紅魔館に帰った時にもよく聞く名前だ。みんな詳しいことはフランには教えてくれないが、アリスが怪我をしたのもソイツらのせいだってフランは知ってるぞ。

 

確かヴォルデモートの手下で、たくさんの魔法使いを殺している悪いヤツらだ。予言者新聞にも載ってたし、ハッフルパフでも怖がっている生徒をよく見る。

 

絶対にフランがぶっ殺してやる。コゼットを泣かせるなんて許せない! 決意を固めていると、コゼットが顔を上げて口を開いた。

 

「私、怖いよ。このままお母さんもいなくなっちゃったらどうしよう? 校長先生でも止められないなら、それじゃあ……。」

 

「大丈夫だよ、コゼット! フランが、フランがぶっ飛ばしてやるから!」

 

両手を握って言い放ってやった。元気付けようとしたのだが、コゼットはますます不安な顔になってしまう。うう、失敗しちゃったらしい。

 

「ダメだよ! そんなの危ないよ! お願いだから無茶なことはしないで、フラン。」

 

「でも、フランはとっても強いんだよ? 死喰い人なんかに負けたりしないよ!」

 

「フラン、お願い。そんなことしないって約束して。お願いよ……フランまで死んじゃったら、私……。」

 

マズい。再び泣きそうな顔になってしまった。慌ててコゼットに声をかける。

 

「わっ、泣かないで、コゼット。わかったよ、約束する。約束するから!」

 

リーゼお姉様も吸血鬼は人間なんかに負けたりしないって言ってたし、フランが負けるとは思えないが……今はコゼットが優先だ。

 

言いながら背中をさすってやると、ようやく安心したらしい。フランの服をぎゅっと掴みながら、コゼットが静かに口を開く。

 

「ありがとう、フラン。私、ちょっとベッドで横になるね。……ちょっとだけ一人にさせて。そしたら、また元気になれるから。」

 

「……うん、わかったよ。」

 

ヨロヨロと立ち上がったコゼットが部屋に向かう。ハッフルパフのみんなが心配そうに見つめる中、彼女は部屋に続く階段の奥へと消えていった。

 

それを見送った後で、勢いよく立ち上がって談話室を出る。向かうのはフクロウ小屋だ。フランが直接やれないなら、リーゼお姉様に頼んでみよう。必要なら……レミリアに頭を下げたっていい。手段を選んではいられないのだ。

 

ホグワーツの廊下を荒々しく歩いていると、それを見つけたいつもの四人組が追いかけてきた。

 

「おい、ピックトゥース! そんなに急いでどうしたんだ? ……いや、それよりほら! 例の『地図』の件で話があるんだ。あれを──」

 

「後にして! それどころじゃないの!」

 

興奮したように捲したてるジェームズを遮ると、隣のシリウスが心配そうに声をかけてくる。

 

「おいおい、どうしたんだよピックトゥース。何かあったのか?」

 

「コゼットの……コゼットのお父さんが殺されたの。死喰い人とかいうクソ野郎どもにね!」

 

フランの言葉を聞いて、四人が驚愕の表情を浮かべた。立ち止まってしまった彼らを放って歩いていると、リーマスが慌てて足並みを揃えながら話しかけてきた。

 

「それは……ヴェイユは? 大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫じゃないよ! だからフランは怒ってるの!」

 

「すまない、当然だね。でもピックトゥース、何処へ行こうとしてるんだい? まさか例のあの人をぶん殴りに行こうってんじゃないだろう?」

 

「それが出来ればやってるもん! フクロウ小屋に行くんだよ、手紙を書くんだ。」

 

リーマスと話していると、今度はジェームズが左手に追いついてきた。

 

「手紙? ……スカーレットさんか! そうだよ、あの人ならどうにか出来るんじゃないか? なんたってグリンデルバルドを抑え込んだんだ、例のあの人なんかイチコロだよ!」

 

「そんなのよりもっと頼りになる吸血鬼がいるの。死喰い人とヴォルデモートをぶっ殺してもらうんだもん!」

 

「スカーレットさんより? そりゃあ……凄いな。」

 

驚いて立ち止まってしまったジェームズを放って、猛然と足を進める。リーゼお姉様なら簡単に決まってる。死体はフランが貰って、バラバラに引き裂いてやろう。

 

ホグワーツの廊下を鼻息荒く歩きつつ、フランドール・スカーレットは怒りを燃やすのだった。

 

 

─────

 

 

「バカだよねぇ。マグルを庇って死んじゃったんだってさ。本当にもう……バカだよ。戦いなんてできる人じゃなかったのに。」

 

口調とは裏腹に涙を流すテッサを前に、アリス・マーガトロイドは立ち尽くしていた。

 

騎士団の本部となったムーンホールドは、今は悲しみに包まれている。テッサの夫はマグルを守るために、死喰い人五人に立ち向かったらしい。

 

戦いに向いていない人だというのは私も知っている。細やかな気配りのできる人で、いつも押しの強いテッサに困ったような笑みを浮かべていた。

 

偶然マグルの家族をいたぶっている死喰い人に遭遇して、勇敢にも彼らを守ろうと立ち塞がったのだ。ムーンホールドで知らせを受けたウィーズリー夫妻が急いで現場に到着した時には、もう全てが終わった後だったようだ。……全てが。

 

「すみません、ヴェイユ先生。私たちがもっと早く駆けつけていれば……本当にすみません。」

 

悲痛な表情で言うアーサーの隣では、モリーが顔を覆って泣いている。責任を感じているのだろう。

 

「んーん。アーサーたちのせいじゃないってことは、ちゃんと分かってるよ。」

 

泣き笑いの表情でテッサが言う。……ダメだ、見ていられない。思わず抱きしめて口を開く。

 

「テッサ、いいから。無理に話さなくていいから、泣きなさい。」

 

「変だよね。覚悟はしてたはずなのにね。どうしてだろう……どうして……。」

 

ただ強く抱きしめる。泣くべきなのだ、彼女は。今だけは余計なことを考えさせてはいけない。

 

部屋の中には、しばらくの間テッサとモリーの泣き声だけが虚しく響いていた。

 

 

 

「おお、アリス。テッサの具合はどうかのう?」

 

テッサをベッドに無理やり寝かせた後、ムーンホールドのリビングに向かうと、そこにはダンブルドア先生とマクゴナガルが心配そうな表情で待っていた。

 

「ベッドで休んでいます。……寝れるかどうかは分りませんが。」

 

「そうか……なんとも、なんとも残念なことじゃ。また一人善良な魔法使いが逝ってしまったのう……。」

 

青い瞳に深い悲しみを宿らせて、ダンブルドア先生が俯きながら椅子に座る。マクゴナガルも疲れ果てたように椅子に座り込み、額を押さえながらゆっくりと口を開いた。

 

「マグルの家族は助かったそうです。唯一の良い知らせですね……気休めにもなりませんが。」

 

「そう……それで、下手人は?」

 

「一人はアーサーたちがその場で捕縛しましたが、残りの四人は……魔法省も追いきれなかったようです。」

 

「肝心な時には必ずと言っていいほど役に立たないわね。クラウチは昼寝でもしてたのかしら?」

 

無能の集団め。内部にスパイを抱えるどころか、まともに捜査も出来ないらしい。お得意なのは拷問だけか、まったく。

 

イライラと指で太ももを叩いていると、ダンブルドア先生がこちらを見ながら心配そうに声をかけてきた。

 

「アリスよ、君も少し休んだほうがいい。」

 

「無用です、ダンブルドア先生。私に睡眠は必要ありません。これから下手人を追いかけるつもりです。」

 

逃してなるものか。復讐の無意味さは理解しているつもりだが、私は泣き寝入りをするような女じゃないのだ。そのことを死喰い人の連中に理解させてやる。

 

言葉を受けたダンブルドア先生は、立ち上がって私の肩に手を置いてくる。困ったように笑いながら、やんわりと首を振って口を開く。

 

「アリスよ、肉体の疲労ではない、心の疲労が問題なのじゃ。どうも君の負けん気の強さはノーレッジに似たようだが、今の君は危なっかしくて見ておれん。少し休みなさい。」

 

反論しようと口を開いたところで、リビングに別の声が響き渡った。

 

「そのジジイの言う通りよ、アリス。少し休みなさい。私たちにだって休息が必要なときはあるわ。」

 

パチュリーだ。ふよふよと浮きながら、いつものように本を片手にこちらに近付いてくる。いつも通りな彼女を見ると、なんだか少し心が落ち着いた。

 

「ジジイとは酷いのう。それを言ったら君はババアじゃろうに。」

 

「ぶっ飛ばすわよ、ダンブルドア。レディに年齢の話をしちゃいけないって、その歳になるまで学ばなかったのかしら?」

 

「おお、なんとも不公平なことじゃ。そうは思わんか? ミネルバ。」

 

いきなり話を振られたマクゴナガルが、慌てて二人の顔を見比べた。どうしたらいいか分からないのだろう、その顔には焦りがありありと浮かんでいる。マクゴナガルのあんな顔、ホグワーツの生徒たちは想像もできないだろうな。

 

私が苦笑しているのを見て、パチュリーが滅多に見せない微笑を浮かべた。

 

「ちょっとは元気が出たかしら? それなら、少し休みなさい。大丈夫、下手人とやらはあの二人が追ってるわ。」

 

あの二人、美鈴さんとリーゼ様のことだ。あの二人が追っているのであれば、私なんかよりもずっと頼りになるだろう。安心したら力が抜けてきた。

 

「そっか……分かったよ。少し休むね、パチュリー。」

 

「ええ、安心して休みなさい。」

 

パチュリーに声をかけた後、ダンブルドア先生とマクゴナガルにも挨拶をしてから自室へと歩き出す。

 

明日はモリーと一緒に朝ごはんを作ろう。少しでもテッサを元気付けてあげなければなるまい。……コゼットは大丈夫だろうか? フランが支えになってくれていれば良いのだが。

 

ムーンホールドの廊下を歩きながら、アリス・マーガトロイドは小さくため息を吐くのだった。

 



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レミリア・スカーレットの肖像

 

 

「つまり、何を言いたいのかしら?」

 

ウィゼンガモットの評議員たちを前に、レミリア・スカーレットは傲然と言い放った。

 

人前に出るようになってからしばらくが経ったある日、各国の政治機関と連携を強めようと動いていたところで、イギリス魔法省から呼び出しがかかったのだ。場所は格式高きウィゼンガモットの大法廷。実に大仰なことである。

 

しかし……全くもって話の迂遠な連中だ。呼び出しを受けて来てやったはいいが、これじゃあ話が進みやしない。回りくどい会話を終わらせるべく、法廷の中央に置かれた椅子に座ったまま魔法大臣を睨みつけてやると、何故かその隣に座るクラウチが口火を切った。

 

「つまり我々としては、多少の問題があるのではと危惧しているわけです。その……貴女は吸血鬼なのでしょう?」

 

「あら? かのご高名な魔法法執行部部長さんは、人間至上主義者に鞍替えしたのかしら? それならヴォルデモートの下に行くといいわ。同じような思想なんだし、喜んで受け入れてくれるでしょう。」

 

「そういうつもりで言っているのではありません。しかし、分かるでしょう? 我々が人間である以上、貴女のことを信用できない者が出てくるのもまた事実なのです。」

 

「ご自分がその筆頭、というわけ? 迂遠な話は結構よ。結論を言ったらどうなの?」

 

私の冷たい口調にも一切怯むことなく、クラウチは表情を崩さないままで口を開く。

 

「貴女がホグワーツの校長に情報を提供しているのは知っています。それをこちらにも流して欲しいだけなのです。我々は専門家なのですから、こちらを通したほうが効率的でしょう?」

 

「その『専門家』さんたちはグリンデルバルドに対して何をしたんだったかしら? 私の記憶が確かなら、この建物で右往左往していただけだったと思うのだけど。」

 

他の評議員はバツが悪そうな顔に変わるが、クラウチは未だ顔色を変えない。なかなか面の皮の厚いヤツらしい。

 

「時代は変わっているのです、スカーレット女史。もはや弱かった魔法省はもう無い。貴女は今の魔法省を信じられませんか?」

 

「聞く必要があるかしら? この建物にヴォルデモートのスパイがウロウロしているのは、誰もが知っている事実でしょう? 答えはもちろん信用できない、よ。」

 

「逆にご自分が『なんちゃら卿』の味方ではないと言い切れますかな? 彼の一団には吸血鬼も混じっているそうですが?」

 

「そして人間も混じっているらしいわね。種族単位で疑うのであれば、貴方たちのほうがよっぽど信じられないとは思わない?」

 

厳密には向こうの『吸血鬼』と私たちは全く別の種族なのだが……まあ、それを説明しても無駄だろう。

 

私とクラウチが睨み合っていると、フランスから出向している外交員が口を挟んできた。

 

「クラウチ氏、スカーレット女史への謂れもない非難はやめていただきたい。彼女がヨーロッパにどれほど貢献したか、イギリスはもう忘れてしまったのですかな?」

 

同時にスイスの外交員も、顔を真っ赤にして口を開く。

 

「彼女の種族で差別しようとは情けないとは思わんのかね! イギリスの諸兄はご存知ないのかもしれんが、彼女はヨーロッパの盾としてその身を賭けて戦ったのだぞ!」

 

全然この身を賭けてはいなかったが、擁護してくれているのに文句を挟むつもりなどない。なめるなよ、クラウチ。私はお前がガキの頃からヨーロッパと深い繋がりを保ってるんだ。今のイギリス魔法省はお前の庭かもしれないが、私の庭はヨーロッパ魔法界なんだよ。

 

さすがに他国との関係には配慮しているようで、多少勢いをなくしたクラウチだったが……おっと、まだやる気があるらしい。一瞬瞑目した後、再び舌戦を挑んできた。

 

「これはイギリスの問題なのです。今や我が国は危機に陥っている。グリンデルバルドの時にそうしたように、今度はイギリスに情報を渡してはくれないのですか?」

 

「それを受け取った貴方は何をするのかしらね? 拷問? 吸魂鬼のキス? それとも残虐に殺すのかしら? 私の耳には貴方の悪行が届いてるのよ。そんな貴方をどうして信用できるの?」

 

もちろん残虐に殺しているのはリーゼと美鈴だが、利用できるもんは利用すべきだ。大魔王ごっこを楽しんでいるあの二人に感謝しよう。

 

「……虐殺などしてはおりません。敵の巧妙な情報操作ですよ。」

 

「そうかしらね? 予言者新聞の写真は見てないの? 胸に『魔法省万歳』なんて書かれた死体が、この建物の庭先にぶら下がっていたらしいじゃない。装飾としては些か……悪趣味じゃないかしら?」

 

「その件と魔法省とは無関係だと声明を出したはずです! 余計なことを掘り返さないでいただきたい!」

 

「その『余計なこと』が原因で貴方たちを信じられないと言っているのよ。一度精神鑑定でもしてみたら? 貴方ちょっと……異常よ?」

 

今やクラウチの顔からは余裕が消え、紫色の顔は怒りに染まっている。ふん、ようやく面白くなってきたじゃないか。

 

劣勢に立たされたクラウチはどうやらやり方を変えるようだ。今度はダンブルドアのことを矛先に挙げてきた。

 

「あの老いぼれが率いる自警団のほうが魔法省より信用できると? 学校の校長は犯罪者に対処するような職業ではなかったはずですが?」

 

「その『老いぼれ』が何をしたか覚えていない? グリンデルバルドを打ち倒してイギリスを救ったはずだったのだけど……私の記憶違いだったかしら?」