本が紡ぐ”縁”  (マヨネーズ撲滅委員長)
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~何気ない前触れ~
恥ずかしがり屋な少女が来店しました


他作品が進まないので息抜き作品その2(白目)。前々からバンドリは書いてみたかった。


 学生、いやそれに限らず人間と言う生物は誰もが何かしらの趣味嗜好を持ち合わせている。ある人は部活で仲間と共に汗水を垂らす事を、またある人は自宅でネットゲームに熱中する事を。

 きっと探せば幾らでもあるのだろうが、今回はそこが論点では無いので省かせてもらおう。

 

 では、何故皆はそれぞれの趣味に勤しむのか。

 それを自分は『性に合うから』だろうと考える。趣味が嫌いな類だと本末転倒な事をする輩は普通はいない。……筈だ。

 身体を駆使する事が好きだからこそ運動部へ入り、仮想だとしても銃で敵を撃破する事を望んだからこそゲームの世界に飛び込んだのだろう。

 

 かく言う自分も趣味と呼ぶに値する物を持ち合わせている。それは様々な本を読み漁る事だ。

 幼少期、運動が苦手な上に人見知りだった自分に、本はあらゆる夢を与えてくれた。

 時には勇者が誉れある冒険を繰り広げる英雄譚であったり、探偵が複雑怪奇な謎を紐解いていく推理物語であった。

 

 薄っぺらい紙束の中には広大な地球の大地に引けをとらない程、膨大な世界が展開されているのだ。

 その偉大さにいつしか自分は惹かれ、虜になっていた。それこそバイト先に古本屋を選択するほどには。

 

「ありがとうございました」

 

 僅かにやる気の削げた応対で会計を終えた客を見送る。このご時世、下手したら客から咎められる可能性もあったかもしれないが、案外気にするのは一部だけなものだ。

 建付けの悪く、古びた扉から最後の一人が出て行ったのを確認して、そのままレジの前に備え付けれている椅子に腰掛ける。

 再び静寂を取り戻したのを入念に再確認してから、読みかけの小説に視線を落とす。

 

 扉に嵌め込まれた正方形のガラスから差し込んでくる夕日が、活字しか載らない白紙を情熱的に染め上げる。

 何度も読み返したはずなのに、何処か感傷的に感じてしまうのだから不思議なものだ。

 

 今や高校生になるまで年を重ねた自分だが、それだけ月日が流れ行けば趣味嗜好もよりこだわりが現れる訳で。

 必ず新品の冊子を購入することや、風情のある静かな空間で読むことは最低条件。おまけに和菓子が手元にあると尚良い。

 

 一時、中二病を拗らせた影響かやや恥ずかしい拘りな気がするが、不思議と羞恥心はなかった。至高の作品を最高の環境で見て何が悪いと言う話だ。ようは開き直った上の自己満足に過ぎない。

 第一、その趣味を揶揄う厄介な人物とは友達になどそもそもなっていない。

 

 当然とはなるが、新作ばっかり買っていたら貯金が即尽きるのも自明だ。。

 だから、しょうがなく。本当にやむを得ず、コミュ障が重い腰を上げて働いているのだ。できる事なら自宅に引き篭もって延々と本を読み漁っているだろう。

 

 趣味が趣味なだけに、本屋で働きたい気持ちも当然あった。しかし、大手チェーン店で雇用でもされてしまったら、もれなく接客のストレスで精神的な死を迎えてしまうだろう。

 コミュ障にとって、それだけは避けねばならない事案だった。

 

 故に、この廃れた古本屋に白羽の矢が立ったわけだ。

 商店街からやや外れた所に位置するから大して客足も延びず、滅多に出会えないような本ものんびり閲覧できる。

その上、それなりに給料もよろしく、仕事さえ真面目にこなせばある程度自由に過ごして良いという大盤振る舞いだ。

 店主には若干失礼ではあるが、まさに一石二鳥とはこれを指すのだろう。

 

 基本的に放課後の四時から夕方の九時までの僅かな勤務時間だけだが、意外なことに客が来店しない日は存在しない。

 誰かしらがここを訪れ、琴線に触れる一冊を探し得ていくのだ。他の日は繁盛しているのかは知らないが、これも古本屋の未知な魅力なのかもしれない。

 

「できればこのまま静かであって欲しいんだがな」

 

 店主に聞かれたら軽く叱られそうな台詞を吐いていたが、どうやら神様とやらは自分を扱き使いたいらしい。

 何故なら、入り口の前に人影が差したと思えば、建付けの悪い引き戸がギシギシと音を響かせながら開かれたからだ。

 

 コツコツと此方へと向かう足音が静寂の中で響き、やがて目前でその張本人が姿を晒した。

 背中にギターケースを背負い、赤いメッシュで前髪の一部を染めている少女は何処か呆れた様子だった。

 

「……あんた、また性懲りもなくこんな所で本読んでるんだ」

「こんな店に来る君も、大概だと思うがね?」

「あっそ。……別に、どうでもいいけど」

 

 ぼそっと独り言のように呟いた後、彼女は近くに設置してあった踏み台を此方へと引きずってくる。そして、自分と対面するような位置に設置してそのまま座り込んだ。

 自分もそれに応じるように読書を継続しつつも、彼女に先を促す。

 

「今日も面白い話題を持ってきたのか?」

「昨日あった事なんだけどさ。バンドの練習の時に────」

 

 彼女は学校で褒められたことを親に自慢するかのように、夢中になって友人のことを語りだす。前回は学校の定期テストに関わる話題だったが、どうやら今回はバンドの練習に関することらしい。

 内容が何であれ、自分は聞き手側に徹して彼女の気が済むまで付き合うだけなのだが。

 

 こうして割と親しげに会話を交わしているが、実の所は互いに名前を知らない。自分は君と呼称し、彼女はあんたと大雑把に言う。

 かと言って仲が悪いかと問われればそうでもなく、会えば必ずと言っていい程皮肉を交わし合う奇妙な関係だった。

 彼女がこの店を訪れる度に、顔を合わせればこうして愚痴の聞き手として相槌を打つのだ。

 

 ただ、強いて苦労した点を挙げるならば、彼女もまたコミュ障だったことだろうか。まともに話せるようになるまで相応の時間が費やされたのは、今では良い思い出だ。

 

 正直、店員に尋ねようとしてもコミュ障スキルを如何なく発揮して、一時間も本棚を睨み続けていた彼女よりかは幾分かはマシだと思いたい。

 

 そんな仲なわけだが、彼女について知っている事は意外と多い。決して人脈を使って経歴を漁った訳ではなく、彼女の口から自ずと告げられただけだが。

 

 彼女が幼馴染達とバンドをやっている事や、バンド名は『夕焼け』を意味する英単語だと言う事。他にもクールなように見えて内心寂しがり屋である事など様々だ。

 最後のは本人が聞けば否定するだろうが、親しい者だったらきっと肯定するだろう。彼女が人一倍に別れや変化の類いを嫌悪しているのは、文庫の趣味からも察せれるほどだった。

 

「────で、ひまりが財布を無くしてたって慌てていたら、実は楽器と一緒にケースに入れてたってオチだったんだよね。全く、あれだけ大騒ぎしておいて何やってるんだか……」

「いつも上原さんはうっかりしてるな。その子と一緒にいたら毎日退屈しなさそうだ」

「ただいつも振り回されてると大変でさ……」

 

 呆れた口調で彼女は語っているが、口元は緩んでいてどれだけバンドメンバーに心を許しているかが窺えた。

 どうでも良い相手だったら、きっと無愛想な表情を崩す筈がないだろうから。

 

 それからも話題は転々としつつも、彼女のおしゃべりは途絶えることがなかった。華道の作品について語ったり、前回買った書物の感想を議論し合ったりと、心地良い時間が流れていた。

 運が良かったのか、新たに客が来店することもなく二人だけの空間が出来上がっていた。

 

 可能ならばもう少しこの話題を掘り下げたい所だったが、そろそろ潮時だった。友人の話に夢中の彼女には悪いが、そろそろ現実に帰ってきてもらおう。

 

「楽しそうな所申し訳ないんだが、そろそろ閉店の時間だ」

「……あ、本当だ。もうこんな時間が過ぎてたんだ」

 

 彼女は慌てて時間を確認するが、壁に掛けられた時計の針はきっかり九時を指していた。

 まだまだ語り足りないと不満げな表情だったが、流石に勤務時間外まで働く気は無い。さっさと戸締りをするべく、彼女にご帰宅願うこととした。

 

「また来ればいい。暇な時だったら長話程度、幾らでも付き合うさ」

「……ありがと」

 

 そっぽを向いて、ぼそっと消え入りそうな声で告げられる感謝の言葉。社交辞令ぐらいの感覚だったが、彼女からしたら嬉しかったのかもしれない。

 顔を横に向けられたことで、朱色に染め上げられた耳が丸見えな事に彼女は気がついているだろうか。

 

「……気づいてないんだろうな」

「何の話?」

「いや、別に。それより、いつものやつだ」

 

 つい、口から零れた呟きを誤魔化しつつも、彼女に一冊の小説を手渡す。これもまた昔から続いている習慣で、毎回自分が薦める本を彼女は買っていくのだ。

 この一連のやり取りも信頼を得ているような気がして、気に入っていたりする。

 

 彼女は壊れ物でも触れているかのようにそっと手に取る。彼女もまたこの行為を特別だと認識してくれているのだろうか。

 

「いつもありがと。これ、幾ら?」

「それは自分の家から持ってきた一冊でな。多分もう読まないだろうから、やるよ」

「いやいや。流石にタダで貰うのは気が引けるんだけど」

「別に気にしなくてもいいんだけどな。でもそうだな」

 

 もったいぶるように区切った後、意識して口元に笑みを浮かべる。

 

「次この店来た時に感想聞かせてくれ。この作者マイナーだからネットでもそんな話題に挙がらないんだ。だからそれで相殺ってのは、どうだ?」

「……そういう所、ズルイと思うんだけど」

「ならそれ諦めるか?」

「……これでいい」

 

 今度は真っ赤になった顔を隠す事無く俯いた。それなりに話す仲になっても、約束事といった類はまだまだ照れるらしい。

 まぁ、この照れ顔見たさに狙ってやったわけだが、バレると怖いから黙っておこう。

 恐らく話題で度々出てきている悪戯好きのモカさんなら、きっとこの気持ちを分かってくれるだろう。

 

 フランスパンを齧りながらサムズアップしている姿を、一度も会った事が無い筈なのに何故か容易に想像できた。

 

「じゃ、じゃあ、あたし帰るからっ!」

「ああ。またのご来店をお待ちしております」

 

 彼女は羞恥を誤魔化すように慌てて荷物を纏めて立ち上がった。そんな姿に投げかけるように定型文を告げて、その後ろ姿を見届ける。

 一度も此方を振り返る事無く出て行った所を鑑みるに、どうやら想像以上のダメージを与えていたらしい。相変わらず彼女をからかうと反応が良い。

 

「さて、さっさと戸締りを済ませるか」

 

 次のシフトでは誰が訪れるのだろうか。少し思案してみたが、当然の如くわからなかった。




主人公
→今作の主人公、名前はまだない。コミュ障を自称しているが普通に接客もできるのでそこまで重度ではない……?苦手ではあるが仕事だと割り切れるタイプ。

美竹蘭
→記念すべき第1話の登場キャラ。ツンデレ見たさだけに選ばれた。主人公にはそれなりに心を開いている模様。


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ブシドーな少女が来店しました

一話だけだったのに意外と伸びててびびったのは内緒()


人間は学習する生き物として有名だ。

まぁそんな事言い始めれば、噂をする生き物なんて人間以外誰がいるのかという話にはなるが、そこは重要では無いので今回は置いておこう。

 

学生なんてのがまさに典型的なそれだ。教材を片手に教師の授業を板書しつつ静聴し、知識を養っていく。

序盤は足し引きなんて易しい課題から始まり、高校に至れば関数なんてのを習ったりする。

その他にも社会、理科、英語と数多な分野に手を出していき、幅広い知性が求められる機会がだんだん増えていくのだ。

 

しかしそれも大学に進めば幾つかは不要と切り捨てられ、より専門的に学んでいくことになる。

つまりは、自分の可能性を理解するべく一通りの学問に手を出していくのだろう。

人間面倒くさい事は避けがちであるから、ある意味合理的とも呼べなくは無い。

 

何事にも通ずる真理だが、基盤となる基礎が適切に成り立たなければ、その上に積み重ねていく応用、発展といった技術はスカスカのこけおどしにしか成り下がらない。当然の帰結だ。

 

しかし極稀に基本がままならない、歪な骨子が形成されていくことがある。

それらを天才、馬鹿、非凡、狂人などと人は呼ぶ。

 

得てしてそういった人物は相互理解という言葉から無縁の存在に成り果て、孤立や孤独の二文字を背負わざるを得なくなるわけだ。

本人にその気があるないどちらにしろ、だ。

 

さて、ここまで中二病拗らせたような持論を語ったわけだが、ここから結論として述べたいことが大きく分けて二つほど存在する。

 

一つ目は、後悔。つい昨日終わったばかりの定期テストに対する感情、大半の学生が一度は考えたことがあるであろう『もっと前から勉強しておけば楽だったのに』という無意味なぼやきだ。

序盤から土台を固めておけばこうはならないのだろうが、如何せん数日前から徹夜するタイプの自分には無縁の行為だった。

 

実際に解いた感触からして結果が散々という事は無さそうだが、それでもテストに向けた対策は億劫以外の何物でもなかった。

ただひたすら数式を解き、延々と古典単語や世界史の用語を暗記し、がむしゃらに物理や化学の公式を活用していく。

勉強を面倒だと考える部類である自分には苦行この上なかった。

 

というか何故理系なのに古典とかふざけた単元を学ばなければならないのだろうか。

英語もよく『海外に行くかもしれないから』と全く理由になっていない詭弁で諭されるが、古典なんて存在意義皆無では無いか。

それとも『昔の時代に行くかもしれないから』とでもほざくのだろうか。一回学ぶ意義を考え直した方がいい気がするのは自分だけではない筈だ。

 

話を戻して、二つ目は驚愕。よく子煩悩な母親が語る『この子一体どういう育て方したらこんな風に育つのか』というやつだ。

普通に幼稚園や家庭で幼い頃から躾けられていたら当然のようにできる事なのに把握できていなかったりするのだ、彼らは。

 

実は、今回の本題はここにあったりする。

 

俺は嫌々ながら現実に意識を戻し、カウンター越しに仁王立ちして佇む少女を改めて見やる。

三つ編みにして束ねた銀髪をゆらゆら揺らしながら、此方を不敵な笑みで見つめる姿はとても凛々しく、様になっていたが、生憎見惚れている精神的余裕はなかった。

かれこれ数分間この状態のままだったりするが、流石にこのままでいる訳には行かないので自分から行動を起こすことにした。

 

「……で。自分の聞き間違いの可能性もあるから、もう一度最初から話して欲しいんだが」

「ですので、ドージョーヤブリというやつです。いざ、真剣にショーブしてください!」

「落ち着け。君は絶対、何かを勘違いしている」

「そんなことないです。古来より日本ではこうやって修行の一環として、道場に戦いを挑みに行くと聞きました!」

「いやここ道場じゃない、古本屋だから。……と言うかそれ、いつの時代の話だ、今、平成だぞ」

 

これまで考えていたことは、全てただの現実逃避に過ぎなかったりする。理解することを止めてしまった自分は悪くないと信じたい。

 

無理も無いだろう。普通本屋でバイトしてたら道場破りが来たことなどある筈が無い。

そのような経験がある店員なんて、世界広しと言えど自分ぐらいじゃないだろうか。いたらむしろ対処法を教えて欲しいくらいだ。

 

そんな数奇な経験をコミュ障に課すとか、お天道様の頭には何が詰まっているのだろうか。

一度真剣に話し合う必要がありそうだ。どうやって対談するかは一切知らないが。

 

「え!もしかしてあなたは師範ではないのですか!?」

「生憎、自分は武道の心得はないが?」

 

こんな本片手に店番しながらだらけている師範なんている訳がないと思うが、彼女にとって衝撃的だったようだ。

エメラルドのようにキラキラした瞳を涙に潤ませながら、彼女はがっくり肩を落とした。

 

「うぅ、申し訳ありませんでした。古めかしい木製の看板があったので、てっきりそうだと……」

「まぁ、理解してくれたなら良かった」

 

何とか事情を把握してもらえたようで、思わず安堵の溜息が零れる。

どうやら間違った知識を持っていただけで、意外と話が通じる人だったようだ。

 

確かに一昔の道場と言えばそういったイメージは無くは無いが、でかでかと書店の文字が書いてあるから一般的に間違わないと思うのだが。

やはりそこは彼女と感性が違うのだろう。そう納得するしかない。

 

「まぁ、折角だし座ったらどうだ?」

「はい。失礼いたします……」

 

こちらが促すと彼女は申し訳無さそうに、いそいそと椅子に座り込んだ。

しかしその直後周囲の古本に興味を引かれたのか、ちらちらと周囲を観察し始める。

 

その観返る姿もまた映画のワンシーンを見ているような見応えがあった。

顔型が美形なのも相まって男子特有の充足感があったが、やはり美人は何をしても得なものだ。

 

「それで、お名前は?」

「あ、申し遅れました。私の名前は若宮イヴです!今後ともどうぞよろしくお願いします!」

 

元気一杯な自己紹介に続いて綺麗なお辞儀を見せる彼女。中々どうして一緒にいて退屈しなさそうな性格だ。

 

そこからは先ほどの、一方的に意識していただけとは言え、剣呑だった雰囲気とは打って変わって和気藹々とした時間が流れていった。

 

話を聞く限り、どうやら若宮さんは日本人とフィンランド人のハーフらしく、日本の文化に前々から憧れを抱いていたらしい。

日本文化に魅せられた外人の典型というか、特に武士の生き様に惚れこんでいて、今回みたいに修行の日々を過ごしているとの事。

 

「それで最近修行が行き詰まり気味だから、それを打破しようとしたわけか……」

「はい。私は立派な武士になるために日々トックンに励んでいますが、限界を感じていて……」

「なるほど、事情は大体把握した。ちょっとここで待っていてくれ、直に戻る」

「……?分かりました!」

 

幼稚園児のように無垢な表情の返事に、思わず眼を背けたくなる感情が湧き上がって来た。

純粋すぎて自分が穢れた存在に思えてしまうくらいだ。

彼女の善意を無駄にしないべく、速やかに目的の物を見つけるべく商品棚の方へと足を向けた。

 

武士道の志を追い求めること自体、否定する気はさらさら無い。

今の日本人がいつしか彼方に忘却してしまった教訓を貪欲に学ぶ姿は、きっと何よりも尊いはずだ。外人が学ぶと言う事実に奇妙さを感じずにはいられないが、それでもきっと善い行いなのだろう。

 

だからこそ、その意志を尊重したいと思う事は間違いではないはずだ。

ならば、自分なりに彼女の道程を応援しようではないか。

 

「あった、これだ」

 

捜索する事数分、ようやく目的の品を発見した。

本来なら山ほど本が並んでいる場所から探し当てるのは至難の業であるはずだが、生憎自分は暇があれば片っ端から読み潰しているので大体は位置を把握しているのだ。

客が少なく配置がめったに変化しないのも要因の一つだが、そこは言わぬが花だろう。店長的に。

 

いつまでも待たせるのは申し訳ないので、片手にそれを携えやや早歩きで彼女の元に戻る。

 

「待たせたな。……何をしている?」

「あ、お帰りなさい!これはメイソーです。精神を統一する上でこの上ない方法だとマヤさんから聞きました!」

「そ、そうか。なんか邪魔してすまんな」

 

彼女、意外と逞しいな。自分ならまず初見の店で瞑想はしない。

この度胸こそが彼女の行動力の秘訣なのだろうか。是非このコミュ障に伝授していただきたいものだ。

 

「実は、これを君に渡したくてな」

「これは……随分と古びた一冊ですね?」

「まぁ、そういった本が置いてあるのが古本屋だからな。で、それは江戸時代辺りに活躍したとされる、戦国大名の一生を描いた作品だ」

「なるほど。これを読めばまた一歩ブシドーの道が歩めるかもしれません……」

 

本を手に取り、水を得た魚のように目を輝かせる彼女。

そう、自分が用意したのは歴史小説だ。

自分には本に関わることしか取り柄が無いが、それでもそれが彼女の成長の支えになるならば協力しようと考えたのだ。

過去の心得は、過去の偉人達から学ぶのが最適解だろう。

 

「それで、もしよければだが。また店に来てくれたら、君に合いそうな本を見繕って---」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ふぁい!?」

 

思わず不可思議な声を発してしまったが仕方が無いと思う。

だって、勢い良く立ち上がったと思ったら自分の手をがしっと握りしめてきたのだから。

店員として女性と僅かながら会話することはあれど、こうして握手をするなど幼稚園児以来では無いだろうか。

……自分で言っていて悲しくなってきたのは気のせいだと信じたい。

 

「今後ともよろしくお願いしますね!」

「……ああ、よろしく」

 

彼女の眩しいまでの満面の笑みに答えるべく、出来る限り口元を意識して微笑ませる。

自分が無愛想なのは自覚しているので相手を不快にさせていないか心配だったが、彼女の表情からしてどうやら杞憂だったらしい。

最も、彼女の性格的にそのような些細なこと気にしないかもしれないが。

 

初対面の時にはどうなるかと思っていたが、何とか歓談できる程まで仲を深めることが出来て、内心安堵の息を溢した。

 

コミュ障的に自ら負担を増やした感が否めないが、既に交わした約束だ。

破ってしまったらそれこそ『ブシドー』に反するだろうから、必ず守らなければならない。でなければ彼女に申し訳がつかないから。

 

「ところで、さっきまで持っていた本はどこに?」

「あ!つい興奮して投げ出してしまいました!」

「おい!?」

 

前途多難そうだが、退屈しないことだけは保証されているのは確かみたいだ。

というか彼女と一緒にいると叫んでばかりで酸欠になりそうだが、本当に大丈夫だろうか?




主人公→意外と面倒見がいいタイプ。未だに中二病思考を引きづったりする模様だが、流石に表に出す年頃は脱却したらしい。
名前はまだ無い()

若宮イヴ→話にしやすそうだと思ったら意外と口調が難しかった子。ひらがなとカタカナの調和を取るのが大変だった。
主人公に口説かれて新たな顧客となった。この出会いが彼女のブシドーにどう影響していくのかはまだ誰にもわからない……


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迷子な少女が来店しました

いつから来店したのが古本屋だと錯覚していた?()


人間気まぐれに行動する時もあるものだ。誰しもが経験しているのでは無いだろうか?無性に何かを欲して自宅の扉を跳ね除ける勢いで飛び出す、なんて経験を。

 

それは新鮮味を無意識ながらに求めているからだろうと思っている。

変わり映えの無い、怠惰な日々に飽き飽きしている現状を打破するべく、未知なる出会いを求めて旅立つわけだ。

 

その未知が指すのは出会いであったり、発見だったりと千差万別だが、ある程度それに対する行動の方向性は決まっているものだ。

自然の絶景が見たければ山にでも登るだろうし、スイーツを求めれば都心の有名店を訪ねるのだろう。

 

これらの理論に自分を当てはめるならば、今回の目的地は本屋と言うことになる。

 

「確かここら辺にある筈だが……」

 

店内に設置されているフロアの全体図を上から下へとじっくり一瞥する。

自分がいる現在地と目的地との距離と方角を正確に把握し、そしてすぐに経路を計算する。

特別方向音痴と言うわけではないが、普段訪れない施設な上に休日故に客の数が尋常ではなく、油断すれば直ぐに人波に流されてしまいそうだった。

 

「全く、なんでここしか取り扱っていないのやら」

 

ままならぬ現状に思わず悪態をつくが、その程度で現実は微塵も揺るぎはしなかった。

 

自分は今、自宅周辺の地域で最も栄えているショッピングモールに足を運んでいた。

月末となり古本屋のバイトで給料を得た自分は、大ファンである作家の新作を買うべく本屋へ邁進していたのだ。

 

大抵一月もあれば新規で購入した本は全て読みきってしまう事も相まって、その期待度は限界値を優にぶち破る勢いだった。

労働目的からして、これが現状人生で最も楽しみにしていることと言っても過言ではない。

 

しかし本来ならばこんな突っ立っているだけでSAN値がゴリゴリ削れそうな場所など避けるはずだった。

だが、近所にある書店は全て売り切れ。在庫を確認しても再入荷待ちと、今後いつ入手できるかも確定されていない始末だった。

それを待つ精神力など持ち合わせていなかった結果、渋々在庫も潤沢であろう大手チェーン系の本屋へと行き先を変更したわけだ。

 

そんな説明染みた回想に耽りつつも、何とか最終的な最短ルートを確認し終える。このまま居座るわけにもいかないのでさっさと移動してしまうことにした。

 

思考回路と直結するようにそのまま足を運ぼうとするが、それは叶わなかった。いつのまにか横に佇んでいた人影を認識できていなかったからだ。

慌てて減速するよう心掛けたが結局間に合わず、軽い衝撃とともにぶつかってしまう。

 

「すいません」

「いえ、大丈夫です……」

 

相手側の少女も申し訳無さそうに一礼を返してくる。これがクレーマーみたいにいちゃもんをつけてくる人でなくてよかった。

相手の弱々しさに若干の申し訳なさが尾を引いたが、赤の他人にいつまでも関わるのもおかしいだろう。

 

結局それから行動を起こす事も無く、そのまま流れるように目的地へと向かうことにした。

所詮は一期一会。こんな道端で出会った程度の関係に気を遣うのも甚だ見当違いだろう。そう割り切った。

 

 

……筈だったのだ。

 

 

「ここ、どこ?」

「……ん?」

 

曲がり角を曲がれば、背後でまだ地図を見ていた筈の少女がいたり、

 

「なんだか、さっきより人が増えている気がするよぉ……」

「……あれ」

 

エスカレーターで階層を二つほど昇った先に周囲をぐるぐる見渡す、やけに見覚えのある少女がいたり、

 

「もう、お店に着いている筈なのに、どうして本屋にいるの……。ふぇぇぇ……」

「……」

 

目的地である本屋に到着したと思ったら、何故か見慣れた少女が先に到着していたり。

 

……もうあれか、これがツッコミ待ちという奴か?彼女は方向音痴なのか近道の達人なのか一瞬本気で分からなくなりそうだった。

 

だが如何せん自分は赤の他人な上に、コミュ障だ。

こんな公然の場で、最早初対面か怪しくなりつつあるが、女子に声を掛ける所業など拷問に等しい。

彼女には悪いが大人しく素通りするのが得策だろう。

そう考え、可能な限り真顔になるよう意識して彼女の横を通り過ぎようとする。しかし、それは結局悪策だったようだ。

 

「このままだと、欲しかった限定商品が売り切れちゃう……。どうしよう……」

「……大丈夫か?君、迷子になってないか?」

「ふぇ?」

 

反射的にナンパ師みたいな声かけをしてしまう。気がつけば体が動いていた。

彼女の悲痛な声は聖人でも悪人でもない自分の罪悪感を煽るにはこれ以上ない程の効果だった。

 

というか、よくよく考え直せばこの場で一時の羞恥を晒すか、家に帰って一生後悔で悶えるか。どちらを選ぶかと言われたら、当たり前だが前者に決まっていた。

どの道多少なりともガラスのハートに傷を負うことが確定していたとも言う。

我ながら面倒くさい。

 

「あなたは確か、さっきフロアマップの所でぶつかった人、ですよね?」

「ああ、あの時はすまなかったな。それで、此処に来るまで何度も見かけたものだから、つい声を掛けてしまった」

「そうですか、わざわざありがとうございます」

 

そういってさっきと同様、申し訳なそうに謝罪する彼女。

しかし相違点を挙げるならば、その声色に若干の安堵が入り混じっているところだろうか。

とりあえず道端では人の通行の邪魔になるので脇まで移動した。

そこで運良く配置されていた地図を眺めながら彼女とちょっとした会議を開く。

 

「君が行きたい店は、ここか?」

「あ、はい。そうです」

「……ここってさっきの地図の場所から見て、ここのちょうど真反対だぞ?」

「……私、昔から道順を理解するのが苦手なんです」

「苦労してるんだな……」

「はい……」

 

そこから話は早かった。

これまで自分が辿ってきた道を逸れない様誘導しつつ、残りは事前に把握しておいた目印を当てにして進んでいった。

その迅速さに彼女は感激したように眼を輝かせる。

 

「ふぇぇ。こんなにすいすい行けるなんて、凄いですね」

「これくらい普通だ。むしろ、どうしたら自分より先に本屋に辿り着けるのかが気になるがな」

「あはは。それは気がついたらあそこにいたので、正直どうやったかは……」

「まぁ、わかっていたら苦労しないよな」

 

コミュ障を、今この瞬間だけは忘れるように意識しながら会話に勤しむ。

その甲斐もあってか、彼女とは比較的好意的な関係を築き上げていた。

 

彼女が比較的引っ込み思案な性格だったのも助長して、それなりに会話を弾ませる事が出来ていた。

テンションの落差が激しいと言葉のキャッチボールは成立しにくいと言われているが、まさに的を得ていると思う。

 

彼女---松原花音さんは、どうやら動物関係のグッズを売り出している店舗に用があったらしい。

それで意気揚々と訪れたはいいものの、即迷子の仲間入りを果たしていたらしい。

曰く本日追加の限定商品らしく、どうしても手に入れたい彼女からしたらまさに自分の存在は渡りに船だったようだ。

 

「こ、ここです!間違いないです!」

「意外と近かったな」

 

興奮気味な彼女を尻目に内心疲労からの溜息を溢す。やはり接客と違って女性と触れ合うというのは慣れないものだ。

彼女は慌てて店内へと入り、目的の品物がまだ販売しているかを確認しに行く。

一先ずこれで一段落だろう

 

今回、自分が一番に得たものはあちこち歩き回った事による疲労。これだけならば大損もいい所。

だがしかし。

 

「本当にありがとうございました!ちゃんと購入できました!」

 

彼女はクラゲらしきフォルムをしたぬいぐるみを片手に、直視するには眩しすぎる笑顔を此方へと向ける。

それは思春期の男子にとって、これまでの労力への対価としては十分すぎて。

 

「……あぁ、こちらこそ。ありがとう」

「ふふ、助けてもらったのはこっちの方なのに。何だかおかしいですね」

 

つい、礼を告げてしまうのだった。彼女との出会いが無ければこんな暖かい気持ちを感じることなどできなかったはずだから。それが何よりの対価だった。

勿論、直接理由を伝えるのは恥ずかしすぎるので口を噤んだが。

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

「……で、綺麗に話が終わればよかったんだけどな」

 

そう愚痴を呟きつつ、店頭に配置されている本を整理する。

礼儀のなってない人だと、立ち読みし終わった後乱雑に放置していくのだ。そうやって無駄に店員の仕事を増やすのは止めていただきたい。

 

彼女とちょっとした冒険を終えた翌日、再びバイト活動に精を出していた。

しかし作業している手元は緩やかで、やる気の無さがありありと滲み出ていた。

それも当然。彼女の目的を果たしてその場で別れた後に、とある事実を思い出したのだ。

 

---あれ?新作買ってなくね、と。

 

慌てて本屋まで駆け込んだが、時既に遅し。

同じ結論に至ってここまで辿り着いたであろう読者達が片っ端から買い占めていたのだ。

 

さらに一度目に本屋の前に到着した時にはまだ在庫があったという追い討ちも相まって、己の精神は完全に打ちのめされていた。

その事実こそが労働意欲を削いだ原因だったのだ。

 

「……けど、まぁいいか」

 

昨日眼に焼き付けられたあの笑顔を思い出せば、次の発売日まで何とか頑張れる、気がした。我ながら男と言うのは現金な生き物だ。

 

「ふぇぇ。ここ、どこぉ……」

「……この声は」

 

弱々しく響く声。昨日の回想から抜け出た妄想かと考えたが、どうやらそうでは無さそうだ。

 

聞き覚えのある声がする方角を向けば、そこには道の四方八方をぐるぐる見渡す空の色をした髪の少女の姿があった。

視線を携帯の画面と正面の両方を行き来しつつ、その瞳には若干の涙が溜まっていた。どうやらまた迷子になってしまったらしい。

 

「……全く、放っておけないな」

「あ!よかったぁ、知り合いに会えて。ここが何処かわからなくなっちゃって……」

 

水を得た魚のように表情を明るくさせ、自分の方へと駆け寄る彼女。

一期一会と表現した昨日の自分に、彼女との縁の強さを教えてやりたい気分だった。




主人公→最近作者すらコミュ障か疑っているが、本人はそう疑っていない模様。後日無事に新作は購入できたらしい。名前はまだ無(略)

松原花音→遠出する時に保護者が必要系女子。その後主人公のバイトが終わるまで古本屋で時間を潰して、大通りまで誘導してもらったらしい。


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お姉ちゃんな少女が来店しました

今更気づいたけど、恋愛系と戦闘系の描写苦手だ()

後、独自の展開ですがこの作品では『羽丘女子学園』が共学となり、『羽丘学園』となっています。


自分が学生である以上、日中は勉学に励まなければならないのは当然の事だ。

平日五日間、朝から夕方直前まで学び舎で同級生に囲まれながら学習に励むことになる。

とは言っても所詮はコミュ障。学校に親しい友人などいるはずも無く、休み時間は専ら読書を行う時間と化していた。

 

自分が通っている『羽丘学園』は意外と過ごしやすい環境だ。

数年前まで女子高だったらしいが、今では男女共学へと変じている。その影響かわからないが、やけに校風が自由な気がする。

噂では髪を染めていたりする生徒もいるらしいが、学校は一切咎めていないらしい。それで良いのか教育機関。

 

まぁ、ボッチに対して謎の熱血理論で矯正させようとする先生が現れない時点で十分ありがたかったが。

いや、入学当初辺りは遠まわしにやんわり言われていた気がするが、二年生になった今それも無くなった。

要は諦められたのだろう。勝手に変な希望を持たれても困るだけなので一向に構わないが。

 

「今日は金曜日か。やっとだな……」

 

そう一人、気だるげに呟く。その一方で口元は自分でも自覚できる程にやけていた。

週末が後僅かまで迫って来ている事実に喜ばない生徒などそうはいまい。

現実として自分は内心ガッツポーズを取る勢いだった。纏った休日というのはとても貴重だ、有効活用せねばならない。

 

長ったらしく感じた最後の授業もようやく終わり、帰りの会までの合間に放課後のプランをあれこれ思案する。

今週の土日にはバイトが無いので、金曜日のうちに必要な品物は準備しておかなくてはならない。

大抵そういった休日は家から一歩も出ずに読書に耽っている。いざと言う時にあれがない、では困るのだ。

 

数分もしないうちにそれなりに若い男性が前の扉から入り込んでくる。うちの担任だ。

教卓の前に到達すると、面倒くさいと言わんばかりに頭をがりがりと引っ掻く。

 

「---連絡事項は特にねぇ。日直、号令しろ」

 

担任のホームルームの迅速さはいつ見ても惚れ惚れする程だ。

ただの手抜きとも呼べるが、帰宅を待ち望む者達からしたら歓迎すべき事だった。

 

椅子から立ち上がり、日直の合図に合わせてだらりと頭を下げる。

そして予め準備しておいたバックを抱え、段々と賑やかさを取り戻しつつある教室から辞する。

今週は掃除当番では無いので、態々この場に残る理由も無かったのだ。

 

「おい、ちょっと待ってくれ」

「……何でしょうか?」

 

廊下へと抜け出た瞬間、何者かに呼び止められた。

声色から察ししぶしぶ振り向けば、若干呆れ気味な視線をこちらに向けた担任の姿があった。

 

「そんな嫌々な態度取らなくてもいいじゃねえか。そんなに美人に声掛けられてぇか?」

「少なくとも、無精髭生やした男性に呼び止められて喜ぶ男子は、そういない筈ですよ」

「言うねぇ」

 

からからと愉快そうに笑うが、自分としては会話の進まなさにイラつきと呆れが半々こみ上げてきていた。

この教師、いろいろと雑すぎて会話してると全く話が進まないのだ。

帰りの会では重宝するが、それ以外では邪魔以外の何物でもなかった。何それただの無能じゃねえか。

 

「おいおい、そんな不機嫌そうな顔すんなよ」

「誰の所為ですか、誰の」

「辛辣過ぎるな、おい。本当に先公と生徒の会話か?」

「いや本人が先公って言うな」

 

この人いい年して精神年齢若くないだろうか。

まぁ、親しみやすくて他の男子生徒からはそこそこ人気らしいが、自分からしたらいろいろと理不尽な事を吹っかけてくるから苦手なのだ。

彼から敬語を撤回したのもそれが理由だ。まぁ最低限丁寧な言葉遣いぐらいは使うが。

 

「実はちょっと荷物運びの人手が足りなくてな。手伝え」

「命令形とか職権乱用もいい所だな、おい」

 

前言撤回。こいつを敬う意義など無かった。

ジト目で暴言を吐いた俺を、担任は涼しい顔でまたにやりと笑った。

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

「あいつ、面倒見が良いのかうざいだけなのかはっきりしろよ……」

 

ご褒美と称して担任から頂戴した缶コーヒーを片手に商店街をねり歩く。品種が自分の好みドストライクである事が尚怒りを燻らせる。

言動と行動は兎も角、教師としての観察眼は確かなのだ、彼は。

 

結局大人しく彼の手伝いを一時間ほどさせられた。

それの対価にしては些か安すぎる気がしたが、これ以上追求するのも億劫だったからそれで妥協することにしたのだ。

無駄に時間を費やしてしまったことは痛いが、それを嘆いていても始まらない。

さっさと目的を果たしてしまう事にしよう。

 

そう結論付け、夕方で混み合い始めた商店街へと足を向けた。

ちょっとした労働の後故に精肉店からする揚げ物の匂いが魅惑的だったが、何とかその誘惑を断ち切って目的の店へと到着する。

 

ガラスの扉を押し開けると、芳ばしい小麦の香りが一気に押し寄せる。

おしゃれに装飾された店内には、疎らに間隔が空きつつも綺麗に整列されたパンが並んでいた。

時間帯が閉店間際なこともあってか、人影は全く見当たらなかった。

扉の音で気づいたのか、会計所で作業していた店員がこちらへと目を向ける。

 

「お、いらっしゃい。久しぶりだね~」

「山吹さんか。確かに、最近会ってなかったな」

「そうだよ?全く、全然会えないからちょっと心配してたんだよ?」

「そ、それはすまなかったな……」

 

ぐいぐい押してくる彼女の営業スマイルに若干気圧されつつも、何とか会話を繋げる。悪気は無いのだろうが、友達がいない身からしたら、彼女の笑顔は眩しすぎた。

 

彼女---山吹沙綾は『山吹ベーカリー』を営業している店長の娘だ。

よく親の店の手伝いをしており、客からは専ら評判の看板娘らしい。

 

一応、定期的にこの店は利用しているのだが、如何せん下校してすぐ直行するので彼女と遭遇すること自体難しいのだ。

俺と違って彼女には沢山友達がいるから入れ違うのだ、ちくしょう。

 

「今日は何を買っていく?夕方だから数は少ないけど、まだある程度種類は残ってるよ」

「ふむ。なら、まずはこれと……」

 

備え付けられたトレーとトングを手に持ち、好みに合いそうなパンを次々と乗せていく。

これは土日の朝食として消費される予定だから、それも計算の上で選び取る。

いつのまにか隣に移動してきていた彼女がトレーの現状を見てぎょっとした。

 

「これ全部食べるの!?これもうモカと同じレベルだよ!?」

「いや、流石に一日で食べきるわけじゃないよ。休日は家を出る予定がないからね、まとめ買いしておこうかなって思ったのさ」

 

思い留まらせようと、心配そうな眼で諭してくる彼女に諭すように説明する。

別に纏めて買っておくこと自体珍しくないだろうに。存外彼女には天然な所があるのかもしれない。

何を考えているのかを表情から察したのか、彼女はジト目で睨みつける。

 

「土日の間、ずっとパンだけで済ませようとしてる人に呆れられたくないんだけどなぁ……」

「そこまで言わなくてもいいじゃないか。こんなに客が買ってくれるなんて、パン屋冥利に尽きるだろ?」

「何処かの誰かさんの所為だよ、全く」

 

拗ねて頬を微妙に膨らませながら自分とは逆方向を向く彼女。

美人がやるとこうした仕草一つでも、妙に様になるものだ。思わず感心してしまう。

 

「これで全部かな。それじゃ、会計よろしく」

「はいはい、お預かりしまーす」

 

やや問題のありそうな接客態度だが、何だかんだで彼女はしっかり者でそこら辺の線引きはしっかり出来るはずだから、きっと大丈夫だろう。

 

購入するパンの金額がレジに表示されたのを確認して、財布の中から一万円札を取り出す。あいにく細かいのは持ち合わせていなかった。

 

「はい、これがお釣りと新しいポイントカードね。流石にあれだけ買ったら一枚貯まっちゃうか~」

「お、じゃあ今度来た時に使わせてもらおうか」

「はいはい。今後もどうぞ山吹ベーカリーをご贔屓に」

 

そう茶化しながら、彼女は山盛りのパンで一杯になった袋を手渡してくる。

一気に小麦粉の匂いが周囲に充満したが、やがて直ぐに鼻が慣れた。

 

「あぁ、後これも」

「……?何だ?」

 

ついでのように彼女から差し出されたのは一枚のメモ用紙。そこには何かの文字列が並んでいた。

 

「……これは、メールアドレスか?」

「実は、純と沙南が読む絵本が足りなくなってきちゃってね。確か古本屋でバイトしてたでしょ?それで何かおすすめの本を紹介して欲しくて」

「それでいつ働いているかわからないから、連絡先を交換しておこうって訳か。……了解した」

 

恋愛小説で見るような展開に内心興奮が収まりきらなかった。まるでドラマの撮影現場を覗き込んだような背徳感がそこにはあった。

 

しかしよくよく考えれば、これも兄弟のために止むを得なかったのだろう。

でなければ、こんな根暗と連絡先を交換しようとなんて思いつきもしない筈だ。

 

そう考えた途端、一気に思考が冷静になった。

一人で勝手にはしゃいだ事実に羞恥を覚えたが、相変わらずの鉄面皮は表情を一切映し出さなかった。

 

「流石に絵本は守備範囲外だが、まぁ見繕っておこう」

「ありがとう。取りに行けそうな日が分かったら連絡よろしくね」

「出来るだけ早めにしよう。それでは、長居しても邪魔なだけだろう。さっさと退散するとしよう」

 

店内に設置された時計を見れば、針がとっくに閉店時間を通り過ぎていた。

これから片付けもあるだろうし、自分はいない方がいいだろう。

 

「じゃあ、また今度」

「ふふ。楽しみにしてるね~」

 

彼女の期待に答えられるか不安だったが、まぁ最善を尽くすとしよう。

そんな自分にしてはやや前向きな事を考えながら、扉を開けた。

 

来た時には夕焼けだった空も彼方からやってきた闇に飲み込まれていて、時間の流れをありのままに伝える。

今後は時間を有効に費やすべく、やや早足で商店街を抜け出した。




主人公→基本、表情が真顔。ある程度付き合いが長くなれば、喜怒哀楽の判断できるらしい。
本でよく見る展開に遭遇すると極度の興奮を覚える模様。名前?もういらんだろ()

担任→沙綾と遭遇させるための時間稼ぎ要因として誕生した。今後出現するかは不明。意外とこのキャラ気に入ってる。

山吹沙綾→主人公が店の常連客な事もあり、面識がある。彼にもお姉ちゃん気質な所を遺憾なく発揮している模様。ちなみに作者の推しナンバーワンである。


来店したの沙綾じゃなくて主人公じゃね?→気にするな、タイトル統一したかったんだ()


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ギャルな少女が来店しました

何となく察してた方いるかもしれないですが、次はRoseliaからですぜ


人間、初めて出会った人物は大抵外見で性格を判断する。一部の人はこれを一方的に決め付けているだけだと批判するが、自分はあながち的外れな考えではないと思う。

 

礼儀正しい人ならば身なりに気を遣うだろうし、性格が暴力的ならば乱雑な服の着付け方しかしないだろう。

要は物を活かすも殺すも本人次第なのだから、その人の特色が出て当然なのだ。

 

勿論それが全てと主張する気もないし、何事も例外があってしかるべきだ。

しかし、大体がそれで事足りてしまうのもまた事実。だからこそ人間は見た目で内情を判断するのをやめないのかもしれない。

 

例えば、今自分の前に佇んでいる教師。この学校でも一、二を争う程のご高齢だが、物腰が柔らかく授業も分かりやすいと評判の人物だ。

その噂に違わず、常に柔和に微笑んでいて好感の持てる相手だった。まさに先程の理論の典型と呼べるだろう。

 

「君はこれを。そっちの君には……、こっちのプリントをお願いしようかな」

「わかりました」

「了解でーす」

 

白髪の目立つ教師に促され、数日前に課題として提出していたノートの山を持ち上げる。クラス全員分ともなると重量の負荷がすさまじかったが、何とか堪える。

 

同じく呼ばれていた女子が頼まれたのは授業中に解いた小テストの束だったが、流石に非力な女子に自分の負担を分散させようとは思えなかった。

幸い、バイトで数多の本を運んで鍛えた足腰が役に立ってくれていた。

 

こうして雑用をこなしているが、決して何処ぞの担任に命じられた訳ではない。れっきとした仕事だ。

学生なら一度は経験した事があるであろうクラスの係。毎年各々クラスで割り当てられるわけだが、自分は数学担当と言う訳だ。

 

基本、授業系統の係は先生の補佐を担当していて、中でも数学の教師は雑用で扱き使うことで有名だ。まぁ、ぎっくり腰になられても困るので仕方ないと言えばそこまでだが。

 

故に人気は一番無いわけで。たらい回しされまくった結果、ボッチの自分にお鉢が回ってきた訳だ。

 

「それでは、後はよろしく。次の提出課題は追って連絡するからね」

「了解です。それでは」

「失礼しましたー」

 

バランスを取りながら荷物を抱え、職員室から退出する。ここから教室までやや距離があるが、放課後であることも相まって人影も少なく、衝突の心配はなさそうだった。

 

しかしそれよりも気になるのは彼女だ。自然に背後へと回りながら彼女の後ろ姿をじっくり眺める。

 

やや派手めの茶髪を一束に結えてゆらゆらと揺らし、何かの曲を景気良く口ずさんでいた。

外見を一言で表現すればギャル、と言ったところか。とにかく会話をしづらそうな相手だった。

 

しかし、どうしても自分から言葉を投げかける必要があるのだ。

何故なら彼女もまた数学係、という訳ではないのだから。

 

「ん~?そんなこっちをじっと見て、何かおかしな事でもあった?」

「……あぁ、いや。どうして手伝いを請け負ってくれたのか、と思ってな。別に面識ないよな?」

 

ぼんやりとしている間に振り返っていたらしい。彼女は口元を緩めながらこちらの様子を窺っていた。

そんな態度につい胸中に抱えていた疑問をぶつけてしまう。

 

本来の数学係の片割れは部活がどうのこうのと、言い訳をつけて立ち去ってしまったのだ。

元よりじゃんけんに負けて任命された故か意欲もさほど感じられず、こうした事は日常茶飯事ではあった。

 

是非も無しと一人職員室へ向かおうとした矢先に、一部始終を見かけた彼女が代役を買って出たのだ。

 

「……まぁ、確かにこうしてまともに会話するのは初めてだね。でも今日は放課後特に用事も無かったし、スルーするのも気が引けたしねー」

「今井さん、だったか?正直助かった、ありがとう」

「いいってことよー。それにいろんな人と触れ合う事は嫌いじゃないしね」

 

そう言って愉快そうに彼女は笑う。どうやら、外見からは想像できないほどのお人好しなようだ。

やっぱり見た目だけで判断するのはよくない事だ、などと掌を返したような事を考える。

 

会話の流れを途切れさせないように彼女は続けて自分に問いかけてきた。

 

「そういえばさ。何でアタシの名前知ってたの?さっき面識ないとか言ってたじゃん」

「バンドの噂を聞いたのさ。この学校じゃあちょっとした有名人だからな」

「友希那の事か~。それだけアタシ達も大きくなったってことかな……」

 

感慨深そうに何処か遠い場所を見つめる彼女。これまでの活動に苦難があり、乗り越えてきたからこその反応だろう。

興味はあったが、無暗に詮索するのは無粋だろう。

数秒ほどの回想を終えた彼女は唐突に自分に問うてきた。

 

「そういえば、君ってライブとかには来たことがあるの?」

「いや、ないな。自分は昔から本にしか興味が無くてな。バイトでも古本屋を選んでるくらいだ」

 

肩を竦めながら否定する。全く興味が無いわけではないが、最優先事項が明確化されていて尚且つ単独でそのような場所に行く勇気など持ち合わせていなかった。

 

自分の応答に思う所があったのか、彼女は細い人差し指を口元に添えて何かを思案し始めた。

やがて名案を思いついたと言わんばかりに顔を輝かせた。

 

「じゃあさ!よかったらうちのバンドのライブ見に来ない?」

「……今井さんの所のか?」

「そうそう。今度、人気のバンドが揃って合同ライブを開くから、見応えは十分だと思うよ」

 

自信に溢れた表情で彼女は力説する。その瞳には一片の曇りも無く、自らの技術への自信と共に肩を並べる仲間への信頼が十二分に察せられた。

しかし、それではわからない事が一つあった。

 

「なんで自分を誘うんだ?今井さんぐらいなら、幾らでも呼べそうな友達ぐらいいるだろうに」

「……えっと。何となく、じゃ駄目かな?」

「本当に適当だな、今井さんは……」

 

あまりの曖昧さについ苦笑してしまう。きっと彼女なりにぼっちの自分に対して気を遣ってくれているのだろう。

己のコミュ障の疑い深さを恨むべきか、彼女のフレンドリーさを羨むべきか、非常に判断に困った。

 

どう返事するか悩んでいる内に気がつけば目的地である教室へと到達した。そのまま室内へと入り、教卓の上に運んでいたものをやや雑に置いた。

後は明日にでもなれば適当に見つけた生徒が配布してくれるだろう。流石に個人まで届ける気力は無かった。

 

「それで?結局来てくれるの?」

「む、そうだな……」

 

彼女の提案への返答だが、正直五分五分と言ったところだった。休みは読書に費やしたいという気持ちもあれば、そこまで言うならば一度見に行ってみてはどうかという考えもあった。

そうやってあれこれ思案して、やがてひとつの結論に至った。

 

「なら俺は---」

 

早くも次の土日の予定が決まった瞬間だった。




主人公→自分で書いといてあれだが意外とちょろい()リサと同学年、つまりは高校二年生である。

今井リサ→健気系同級生。やけに主人公をライブに誘っていたがその真意は……?


次回は定期テストの影響で遅れる予定です。一応次の話で序章は終わる予定。
話がやや少なくて申し訳ないですが次話をぎっしり詰める予定。


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読書家な少年が来店しました

リサ回投稿した直後の自分「ふむ、お気に入りは57件で評価は3人か」

リサ回投稿した一週間後の自分「さて、休憩がてらお気に入りを確認す……」

お気に入り157件

自分「……」

評価7人・平均9.29&赤バーに変色

自分「!?」

そしてこの話を投稿する時点では169件。プレッシャーが凄い(笑)
一ヶ月以上時間を置いてすいませんでした。受験生なんで許してください……


初めての何かに怖気づくのは至極真っ当な感情だ。

誰だって無知は怖い。例え先にあるのが光だと知っていても、目前の闇から抜け出す事が出来ない人など大勢いる。知らない事が怖いから、現状と言うぬるま湯に浸かってしまう。

だからこそ、最前線を駆ける人達は一際まばゆく輝くのだろう。

 

そんな人を俺は心から尊敬する。だって、自分には到底真似できない在り方だから。

きっと己では到達できない程の、確固たる信念と経験を持ち合わせているのだろう。

そんな別次元の存在だからこそ、人は羨望の念を抱く。こんな風になれたらと切に願う。

 

けれどこうも思うのだ。日陰こそが己に相応しいのだと。

人間には適正がある。体が貧弱な人間が運動をしようと大した成長が見込めないのと一緒だ。

不向きな事を成し遂げて何の糧となるというのだろうか。至れぬからこそ夢を見るのだと、奥底の闇が囁くのだ。

結局、対極の二つには大きな隔たりが存在するのだ。越える事の叶わない一線が確実に横たわっている。

アスリートの世界が典型的なそれなのではないだろうか。

 

交わる事のない最果てで彼らはどんな景色を識るのだろうか。何を会得するのだろうか。その上で何を為すと言うのだろうか。

わからない。その行動原理の微塵すら理解できない。

それは当然だ。自分がいる世界は影で、彼らの土俵は光なのだから。交錯する日は一生訪れない。

 

けれど、もしも今。届かないと知っていながらも尚、投げかけるとしたら。それは只一つの願望だけだ。

 

「やっぱり、あたしが笑顔にしてあげるわ!」

「君を見てたらるるるんってしてきた!もっとお話しなーい?」

 

お願いします。誰かこの逆境から助けてください。

個性と言う言葉で済ますのが生温い程の尖った包囲網から、何処か遠くへと宛てた心境の吐露を溢した。

 

きっと自分の瞳は現実逃避で霞んで、色彩を失っていたに違いないと確信できるほどの悪夢が、そこにはあった。

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

あの放課後の一幕の後、俺は彼女の提案を承諾した。怠惰な精神よりも彼女への恩義が勝ったのだ。

 

そこから話の移ろいはあっという間で、彼女の連絡先を交換して解散となった。

家に帰宅した頃には既にリサとの個人会話の画面に情報が添付されており、ライブの詳細を知る事となった。

 

できれば直接激励を飛ばしたかったが、相手は交友関係の幅広い彼女だ。

日中いつも友人に囲まれている彼女と会話する機会はボッチの自分に訪れる筈もなく、結局ライブ前日に電子上のやり取りを一つ二つ交わしただけだった。

 

そして来たるべくして到達した、日曜日。休日にしては珍しく規則正しい時間に起床して、目的地であるライブハウスへ向かっていた。

 

その名も『Circle』。ガールズバンドの聖地として名高く、自分にとって未開拓の領域。

そも、活字の世界は音ではなく文字で表現するもの。範囲外なのは当然と言えた。

 

「地図を見る限り、ここか」

 

特に苦戦する事もなく到着し、引き戸を押し込み店内へと足を進める。

店内は和気藹々とした雰囲気が漂っており、活気に満ちていた。ある人は好きなバンドについて語り、またある人は最新の楽器について論じていた。

 

その空気に揉まれながらカウンターの店員の下へと赴き、入場するための手続きを行おうとする。

しかし、ライブが開始する時間まで十分に余裕があったらしく、結局カフェで時間を潰す事にした。

 

「こっちも人の多さに大差がないな」

 

席をようやく確保でき、一息つきながらそう呟く。団体席は大概埋まっているが、ちょこちょこと個人席には隙間が空いていた。そのおかげで大した苦労もなく着席できたのだ。

 

正直、自分は少し期待していた。購入した紙コップのコーラを片手にそう思考に耽る。

音楽に人生を費やす彼女達が観客に何を示すのか、興味があったのだ。

 

本は物理的に消失しない限り何度でも繰り返す。同じ物語を延々と繰り返す。

けれどライブは違う。ただ一度一瞬に過ぎ去り、形在る物は残らない。

 

そんな不可視な存在の何処に意味を見出すのだろうか。

別に否定しているわけでは無い。ただ純粋に、疑問に思ったのだ。

何もないのなら、それまでだ。しかし意義があると断言できるのならば。

 

「是非ともご教授願いたいものだ」

 

皮肉染みた口調で今度は口から言葉に変じさせる。それはきっと自分が理解する事を放棄した真理である筈だから。

口内に残る苦々しさと共に炭酸を喉の奥に流しこむ。しゅわしゅわと弾ける泡が陰険な気持ちを発散してくれた、気がした。

 

「あら?何でそんなつまらなそうな顔をしてるのかしら?」

 

不意に真横から投げかけられた問いに一瞬耳を疑った。恐る恐る右側へと振り向けば、そこには金髪の少女の姿があった。

両手を腰に当てて胸を張る姿は自信に溢れかえっていて、それに比例するように瞳は直視するのが億劫な程眩かった。

 

普通なら唐突に話しかけられた所で大した反応も出来ないのだろうが、何故か彼女の言葉はすんなりと胸中に入りこんできた。

 

「……そんなにつまらなさそうな表情だったか?」

「ええ!ここは楽しむための場所なんだから、笑っていなきゃ損よ?」

「初対面の相手に説教とは。中々凄いな、君」

 

彼女の意見を堂々と押し通す姿に一周回って感心してしまっていた。堂々たる振る舞いが常識と言うものをとことん誤魔化していたのだ。

 

「こころちゃんこんな所で何してるの~?」

「あら、日菜じゃない!ちょっと世界を笑顔にしていたところよ」

 

彼女の豪胆さに釣られている所に彼女の友人らしき女子が接近していた。

水色の絵具を溶かし込んだように色彩豊かな髪色をしており、彼女もまた活気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「笑顔~?もしかして君のこと?」

「らしいね。しかめっ面なのは性分だから勘弁願いたいんだがな」

「あはは。面白いこと言うね、君」

 

肩を竦めながらそう嘯いたのが面白かったのか、覗き込むように顔を急接近させる。

まるで品定めするかのような不躾さに、本能からか身構えてしまう。

 

「……ちょっと近すぎないか?このままじゃキスでもしてしまいそうだが」

「ん~、したいならそれでもいいけど?君はあたしとそーゆーこと、したいの?」

「別に?犯罪に触れてまでしようとは思わないな」

 

誘惑しているような問いに対して迷う事無く即答する。別に誇張でも何でもなかった。

だって、そんな事をしたら読書が碌にできないではないか。

女性に飢えているのなら彼女を作るなり正当な努力をするべきだろう。興味は現時点で微塵もないが。

 

返された反応に虚を衝かれたのか、彼女はきょとんとした後にくしゃりと破顔させた。

 

「あはは、やっぱりおもしろーい!るんって来たよ!」

「でしょう?彼はやっぱり面白い人ね!」

「二人で勝手に話を進められても困るんだが……」

 

名も知らぬ二人組が同調しあう姿を見ても、正直困惑するだけだった。

自分はただ常識に則った返答しかしていないはずだが、彼女達のツボに嵌ったらしい。正直、逃げたい。

 

「あら、何でそんな煙たそうな顔してるのかしら?せっかくあたし達があなたを笑顔にしてあげようとしてるのに」

「いやいや。頼んでないし、そんな事」

「あら、重要な事よ?別に遠慮しなくてもいいじゃない!」

「いや、人の話を聞け。まずは」

 

思わず毒気づいた自分は悪くないと信じたい。自分がどうしてそんな表情をしているのか理解して欲しいものだ。

このまま黙っているのも時間の無駄な気がしたのでそろそろ反論をするべきか。

 

そう考えた矢先、誰かの携帯の音が鳴り響いた。聞き覚えのない音楽である以上、自分の端末ではないはずだ。

事実、ポケットからスマートフォンを取り出したのは金髪の少女の方だった。

通話の相手を確認するや否や、直に意識をそちらへと傾けた。

 

「あら、美咲じゃない。何の用かしら?……時間?ライブの?そういえばそうだったわね!」

「……もしかして君達、ライブの出演者?」

「あれ、知らなかったの?てっきりあたしの事とかは知ってると思ってたんだけどな~」

「知ってるも何も初対面だろ、俺達は?」

 

傲慢な物言いに苦笑する。流石に全ての面々を把握している筈もないだろうに。

しかし自分の返事に納得がいかなかったのか、彼女は整った眉を顰めた。

 

「そーゆー意味じゃないんだけどなぁ。あたし達のバンドもまだまだってことか~」

「自信ありげだな。そんなに人気のバンドなのか?」

 

ひょっとしたら彼女の所属するバンドは有名所なのかもしれない。

その可能性も踏まえて彼女に問いかけるが、返されたのは不敵な笑みのみだった。

 

「凄いかどうかなんて、そんなの見てみればわかるよ!」

「……それもそうだな。うん、間違いない」

 

言い切った彼女の豪胆さに思わず同調する。論より証拠とはよく言ったものだ。

そしてそれは自信から裏づけされた証でもある。想像以上にこのライブは期待できるのかもしれない。

 

電話が終わったのかいつの間にか会話に戻っていた金髪の彼女は、満足げな笑みを浮かべた。

 

「あら、あなた。ちょっとだけどやっと笑ったわね!」

「……まぁ、ライブに興味が出たからな」

「楽しむのはいい事よ。でも、これで終わりじゃないわ。あたし達のバンドがもっと笑顔にしてあげるわ!」

 

自分を指差してそう高らかに宣言する。彼女もまた己の力を信じて疑っていないようだった。やはり自分とは違った部類の人なのだと再実感する。

 

今井さんの誇り、金髪の少女の信念、そして水色髪の少女の自信。それらを軸にして奏でる音楽とは如何なるものか。

時間潰しの筈がいつの間にか注目すべきバンドが増えていた。しかし為す事は変わらない。

 

全てはそこから意義を見出すために、信じれるようになるために自分は此処に来たのだ。

 

「それじゃあ、俺は先にライブ会場に向かうよ。頑張ってくれ」

「ええ!行くわよ、日菜。ファンの皆があたし達を待っているわ!」

「うんっ!ズババーンって行っちゃうよ~!」

 

彼女達と一度の別れを告げ、ライブ会場へと再び向かう。

最初の時よりも賑わいは増しており、これから始まるのだと言う高揚感を感じ取れた。

 

「大胆は勇気を、臆病は恐怖をもたらす、か」

 

とある人物の格言を引用して呟く。中二病も卒業したつもりだったが、案外まだ抜け切っていなかったのかもしれない。

 

それはさておき、今の自分はどちらだろうか。これまでは、きっと後者だったに違いない。

しかしいつまでも恐れていてはきりがない。一歩ぐらい、前に進むとしようか。

 

そう決意して会場へと入場する。既に客でいっぱいになっており、今か今かと皆が待ち侘びている状態だった。

 

……あれ?もしかしなくても、ここコミュ障が生存できる場所じゃなくね?

何か致命的な部分に気づいた気がしたが、時は既に遅かった。




主人公→人生初ライブなのに破天荒コンビに遭遇してしまった模様。僅かながら主人公の『闇』が見えてきて……?

弦巻こころ→主人公を新たなターゲットに定めた。果たして仏頂面の主人公を笑顔に出来るのか……

氷川日菜→主人公に対して「るるるんっ」と感じ取ったらしい。理由は作者にもよくわからん(すっとぼけ)

前回この話で序章が終わると言いましたが、すいません。分割です。
投稿期間開きすぎた上に遅筆なので生存報告も兼ねてこうなりました。
次回はちゃんと合同ライブ回ですぜ。果たして主人公は人混みの中生き残れるのか……!


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読書家の少年が来店しました 続

大学受験も無事終了したので復活です。最終更新が7月22日なので、大体5ヶ月ほど空いてしまいました……

そしてお気に入りが現在494件、評価23人といつの間にか伸びていて驚愕しています。本当にありがとうございます。

そして開幕からあれですが、謝罪を
前回の後書きに書いた通り、今回がライブ回なのは間違いないのですが。

ま  た  分  割  し  ま  す

もう恒例行事みたいになってて申し訳ないです


経験と言う言葉は何処まで突き詰めても曖昧だ。何せ、同じ作業をこなしたとしても本人の感性によって幾らでも塗り換わるのだから。

 

例えば、体育の授業で野球をしたとしよう。

試合をする面々の中には初心者の人もいれば、部活に所属している経験者もいる。

そんなチームで試合を行ったとして、皆が皆同じ経験値を得られるだろうか。

 

答えは否。実力者からしたら不完全燃焼だろうし、素人からすればようやく素振りを覚えたかと言ったぐらいだろう。

同じ行動を取ろうが、結局得たものは千差万別。そんな不安定なものなのだ、体験するという事は。

 

逆説的に、希望的な考察の上で語るのならば。その経験は己以外には得られない、希少な代物と取る事も可能だ。

例え得たものがバットの振り方だけだったとしても、それに付随した感動や疲労は唯一にして無二な筈だ。

 

どれだけそれが歪であろうと。懐いた心象だけは、誰にも否定できない。

つまり、今見届けている一時一瞬は間違いなく己だけのものだ。

 

「―――最後の曲は『Emotional Daybreak』でした。それじゃあ、あたし達の出番はここで終わり!次にバトンタッチしま~す!」

 

また一つ、バンドの演奏が終わりを迎えた。それを惜しむように、観客は遠慮のない拍手を浴びせにかかる。

それを姫の装いに扮したボーカルの女性は、何処までも嬉しそうな笑顔で見渡して手を振って返す。

舞台の端から端まで行き来してはしゃぐその姿は、少年のような純粋さを垣間見させた。

 

「次に演奏するバンドは~?……Roselia!」

 

大仰な身振りで舞台袖の方へと手を向ければ、次へと流れを繋ぐ面々が姿を晒す。

 

銀髪の少女を頭に、黒衣に身を染めた五人の少女達が静々と歩みを進めていた。

その内の一人は、このライブへと自分を引き込んだ張本人である今井さん。

こちらへと視線が向け、こっそりウインクをする彼女は相変わらずサービス精神旺盛だった。

 

一方で、役目は終わったと言わんばかりに、速やかに前のバンドは撤収し始める。

彼女達とすれ違う瞬間、今井さんと姫がハイタッチをしているのが見えたが、親しい関係なのだろうか。

まぁ、観客である自分にとっては些細な事。気にするだけ無駄だろう。

 

それよりも、今は眼前にいる集団に注目すべきか。

 

「こんばんわ。Roseliaです」

 

静寂。それ以外の表現方法を自分は持ち合わせていなかった。

この前にも何組か観覧したが、各々特色と呼ぶべき雰囲気を纏っていた。

序盤から騒がしいバンドもあれば、女子の可愛さを前面に出した姦しい所もあった。

 

だが彼女たち、Roseliaは。素早く楽器の最終確認を済ませて、いつ如何なる瞬間でもライブを開始できるよう手筈を整えている。

この後に待ち構える音楽に全身全霊を注がんと言わんばかりに、瞳を鋭く引き締めて。

 

それはさながら波乱を呼ぶ嵐の前兆。思わず冷や汗をかいてしまいそうな程の威圧を放っていた。

予備動作だけで既にパフォーマンスは始まっているのだ。その演奏に対しての真摯さはプロ意識を感じさせるに十分足り得た。

 

軽くメンバー紹介を終えた後で、ボーカルの少女は淡々と言葉を紡ぎだす。

只の言葉など不要と高らかに告げるように。

 

「早速だけど聴いていただくわ。カバー曲で、『Red fraction』」

 

ギター担当が奏でる音がテンポ良く会場を駆け巡る。ダークな曲調が観客の熱を最大限まで燻らせる。

それに追随するようにキーボード、ドラム、そしてベースが幾何学的な紋様を編み出していく。

場の空気が徐々に変質していく様を肌でありありと感じられた。

 

そして、最後に乗り上げて来たのは圧が強い歌声。

言霊が実在していると錯覚するほどの表現力が、そこにはあった。

 

歌詞はさながら、世紀末を駆け抜ける女性の生き様を体現していた。

世界の残酷さなんか知るか、私には銃がある。ならば、この地獄にも一矢抗えるだろう。

神は死んだ。さぁ、躊躇せず引き金を引け。自由を謳うならば。

 

己が機銃を携えた兵士になってしまったかのような意識の転換だった。

まるで、周囲の観客すらも敵と錯覚してしまいそうな、そんな切迫感を覚える。

荒野の如き廃退さは、一抹の寂しささえ感じさせた。

 

おおよそ高校生の少女には不相応な世界を、彼女は。いや、彼女たちは体現して見せた。

ただの音色で、四種の楽器と声帯だけで構築してみせたのだ。

今井さんが所属しているバンドの技術力を身にしみて理解した瞬間だった。

 

―――なるほど、これがRoseliaか。

 

泡沫の世界が終息する。気がつけば、元のライブ会場へと意識が回帰していた。

いや、最初から自分は一歩も動いていなかった筈だ。だからこの現状に奇妙な点など一つたりとも無い。

 

しかし、その不変の事実にすら懐疑的な思考を抱いてしまう。確かに自分たちは異世界へと迷い込んでいたのだ、と。

現実をも惑わす程の歌力があるバンド、それがRoseliaらしい。

 

「如何だったかしら?」

 

端的に投げかけられた言葉が観客の熱意を否が応でも暴走させる。誰もが胸中の感情を表に叫び続ける。

なるほど、確かに。彼女は歌姫と呼称するに相応しい存在だった。

歌声で全てを掌握して見せるのだ。人心も、世界をも。

 

はち切れんばかりの歓声に対して、彼女は薄い笑みを浮かべるがそれもすぐに消え去る。それすらも流麗さを感じさせ、気品をより高めていた。

彼女にはまだまだ事足りなかったのか、或いは演者としての性分か。さらなる一石を投じる。

 

「けれど、まだ私たちの出番は終わらないわ。次は、そうね。Roseliaのオリジナル曲を聴いていただこうかしら」

 

幻影は再来する。そう確信したファンたちはこぞって狂喜する。

そう思わせるほどの中毒性を、生憎ながら彼女たちは持ち合わせていた。

それは最早麻薬と同義だった。一度脳髄に絡みついたが最後、二度と剥がれ落ちない呪縛。

 

「熱色スターマイン」

 

曲名らしき単語をぽつりと投げかける。当然ながら、自分にとっては初耳だ。

しかし、きっとそれは空恐ろしい程の魔力で満ち溢れているのだろう。全てを惹きつけ、焚きつける。そんな力で。

その程度、周囲を鑑みれば容易に察する事ができた。できてしまった。

 

黒髪の少女がか細い指先で流麗な調べを奏でていく。静かに。ただ静寂の最中、物語は徐々に表舞台へと手向けられる。

壮大な音響を靡かせて、歌い手は一言ずつ歌詞を謳い上げていく。

 

等身大の世界がそこにはあった。これこそがRoseliaらしさだと呼称すべきなのか。

気品を感じさせる黒衣と添えられた一輪の薔薇は、触れるのを躊躇わせる孤高を秘めていて。

それでいて、調和する5人組は何一つ欠けることを良しとしない完成形であった。

 

音楽が彼女たちの特色を最大限まで引き立て、彼女たちが音楽を限界点まで底上げしていく。

迷彩の如く混沌な混じり気から排出される相乗効果は、実に魅惑的な魔性を引き出していた。

 

時には神に対し慈悲を請う修道女のように、或いは何かを嘆く人生の先導者のように。

銀髪を大いに乱しながら、音圧の段階を着実と積み重ねていく。

高校生には身に余る妖艶さに身震いするのを禁じえなかった。表情には出なかったが、両腕には無数の鳥肌ができていた。

 

怒涛の音撃が嘘のように鳴りを潜める。そして、彼女の独白が紡がれる。

それは、さながら花火が咲き誇る瀬戸際に付随する静寂のようで。

 

「頂点へ、狂い咲けっ!」

 

なればこそ、彼女の号令こそが引き金なのだろう。掌などでは優に届かぬ遥か上空、そこで一時のみ顕現する青く気高い薔薇。

 

楽器の音が、客の絶叫が、何もかもが臨界を優に越え、破裂した。多種多様な音が過激に飛び交い、男女双方の客が等しく頬を紅潮させる。

輝かしいステージと暗闇で群がる観客席のコントラストがやけに印象的だった。

 

火花は、やがて儚く枯れ落ちる。そして去り際に切なさと高鳴りを残していくのだ。一瞬の余興ではあったが、間違えなく目撃者の心象に深く刻まれた光景であった。

流石に疲労の色を淡く面に滲ませながらも、彼女は満足げに笑って見せた。その数秒だけは、年相応の少女に見合ったもののように思えた。

 

「ありがとう。次は、Afterglowよ」

 

また舞台は塗り変わっていく。青薔薇の花弁が舞い散る夜空から、郷愁を彷彿とさせる夕暮れへと逆行していく。

 

今度の奏者はやけに見覚えのある少女だった。

 

髪の一房ばかりを紅色に染め上げ、勝気に引き上げられた眦。奇しくも銀髪の歌姫と同じ、確固とした信念を読み取れる視線だった。

間違いない。時折、自分のバイト先を訪れる彼女に相違なかった。

話には聞いていたとは言え、こうして彼女の歌声を聞き届ける場に巡り会えたのも奇縁故か。

 

平常通りの仏頂面で彼女は言葉を連ねていく。それすらも億劫と言わんばかりに。

 

「いつも通りに、あたし達は歌うだけ。『カルマ』」

 

郷愁に似た切なさをキーボードの音色が誘い出す。

健気にキーボードへと視線を送る少女を励ますかのように周囲のメンバーは微笑みと共に見守る。

その仲間意識から起因する温もりはロックとは矛盾している気がしたが、これも彼女達だからこそなのだろう。

 

曲は有名なバンドの楽曲のカバーだったからか、容易く歌詞の意味が浸透してきた。

メロディーは本家より大分アレンジが加えられているが、それもまた味となって個性へと変じていた。

 

歌い上げるのは怠惰な日常に心を腐らせた餓鬼のようで、世の摂理を捉えた気になった青年のようだった。

 

僕らは幾度と出会いを繰り返す。際限なく重ねていけば、いつかは人生に理由ができるかもしれない。

無垢が穢れ、未知が爛れていっても。僕らは出会って一緒になるのだと。

 

他種の楽器による奏でが同時に鳴り止み、また苛烈に弾け出す。幼馴染だからか、阿吽の呼吸となって音楽を作り上げていた。

ドラムは荒々しく滾り、キーボードは純朴に音を主張し、ベースは華やかに魅せて、二対のギターは比翼の如く背を託し合っていた。

 

Roseliaが世界を塗り替えるのなら、Afterglowは人に訴えかけるのだろう。

選び抜かれた歌詞はどこまでも生々しく、さながら彼女の号哭。だからこそ、胸中に響くのだろう。青臭さが抜けない、我が侭染みた台詞が。

 

何処までも彼女らしい、音楽だった。

 

「今度は、オリジナルで。『True color』」

 

余韻に浸る事すらも許さずに、彼女は続けざま次なる楽曲へと手を染める。その瞳が寂寥からか、切なげに揺れていた。

 

割れ物に触れるかの如く丁寧に述べられていく言葉は、彼女たちだけのものだ。

借り物ではなく、等身大の感性と主張が入り混じっている、彼女自身から生まれ落ちた言葉だった。

 

やけに熱が篭もっている様子と彼女自身の性格からして、歌詞に実体験を練りこんだのだろう。

だとしたら、そこに偽装といった不純物は微塵もある筈がなく、不器用ながら赤裸々に紡いでいくだけだった。

 

彼女は人と向き合う事は他の誰よりも怖がる臆病者の癖して、根底にある信念だけは何があっても曲げない頑固者だから。

いざと言う場面で彼女は、何処までも青春とロックに殉じて見せるのだ。

それが自分には遥か遠くに佇む、尊い光のように思えた。触れようと愚鈍な行いを示せば、即座に焼き爛れて墜ちてしまうような―――

 

「これであたし達の曲は終わり。……ありがとう」

 

ふとした拍子に我に返れば、既に彼女のライブは完結していた。

 

紅の少女は満足げに役目を終えた。背後に悔いは一片たりとも置き去っていないと言わんばかりに、軽やかな足取りだった。

他のAfterglowの面々も既に舞台裏へと移動し始めている有様だった。

らしくない感傷に浸っていたからか、その程度の事実にすら気づけていなかった。

 

結局、粋がっていただけで自分もまた青臭い少年に過ぎないということだろうか。

 

終までライブを集中して見届ける事ができなかった事を申し訳なく思うべきか、結局自分がいる事に気づかなかった彼女の鈍感さに呆れるべきか。

まぁ、演者としては緊張もするのだから仕方の無いことだろう。結局、その願望は高望みに過ぎない。

 

ライブとは、刹那を駆け抜けるものだと。少なくとも自分は捉えている。

ならば、次の演奏へと目を向けるべきだろう。だから、自分は迷いを乱雑に投げ捨てる。これは、不要だ。

 

次の来訪者は、アイドルグループだった。少々露出の派手な衣装を身に纏いつつも、それを恥じる事のない堂々とした登場だった。

桃色のツインテールを慌ただしく揺らしながら、ボーカルの少女は健気な笑みを浮かべる。

 

しかもただのコスプレ集団では無いらしく、この組の出番となった途端スタッフらしき人物がカメラを回し始めたのだ。

恐らく、商業的な意図の上で結成されたバンドなのだろう。

別に否定する気は無いが、これまでとは一線を画するのはまず間違いないだろう。

 

「次は私たち、Pastel*Palettesの出番でーす!皆さん、しゅわしゅわする準備は出来ていますかー?」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

自分には意味が解釈しきれない音頭に、観客はこれまでで随一の歓声を返す。

容赦ない声援に思わず耳元を押さえ込むが、彼女は糧になったと言わんばかりにより一層笑みを深めていた。

と言うか、観客の変貌が酷すぎやしないだろうか。一瞬、別会場に迷い込んだかと錯覚するほどだった。

 

「それでは聴いてください。『しゅわりん☆どり~みん』!」

 

タイトルからして現代の俗世にどっぷり浸かったような感じだった。そういった方面の知識が皆無な身からしたら戸惑いしかなかった。

 

題名から感じた直感は的を得ていたようで、女子の若さを全面に押し出したような楽曲だった。

コールアンドレスポンスを多用して観客を積極的に沸かせ、女子特有の可憐さをこれでもかとアピールしていく。

今時の流行に疎い自分でも、これがアイドルかと理解せしめる程のカラフル具合だった。

と言うよりも、観客のガチ具合に軽く引き気味だった。いや、だから変貌しすぎだ。

 

ボーカルの声は穢れを知らない透き通った声色で、不思議と好感の持てるバンドだ。

顔の偏差値の高さは折り紙付きのようで、様々なタイプの美女が集っていた。

その内のギター担当が先程カフェで絡んできた人物である事には若干面食らったが。

なるほど、そういう事情ならあの発言も頷けるというものだ。

 

……ただ、自分を見つけた途端にこちらに堂々とウインクするのは止めて頂きたい。ファンにこれでもかと言うほど睨まれる様になってしまったではないか。

うん、初対面の時から思ってはいたんだ。あの子、やっぱり空気読めないタイプだ。

 

そんなファンからの精神的な集中攻撃を受けているとは、流石に彼女たちは気づいていないだろう。

いや、ベース担当の少女は何か達観した表情でこちらを一瞬見ていたが、恐らく普段からフォローに回る側なのだろう。

……いつもお疲れ様ですと、同じ被害者として心の底からそう思った。

 

「今聴いていただいたのは、Pastel*Palettesで『しゅわりん☆どり~みん』でした。どうでしたか~?」

『サイコーーーー!』

 

曲終わりにもしっかりタイトルを説明する辺り、流石は抜かりない。

そして、大音量の歓声にもいい加減慣れてきた頃合だ。いや、慣れでもしないと鼓膜が破れてしまう。

彼女に釣られて嫉妬も霧散してくれたので、こちらも大助かりだ。

 

「このまま次の曲に行っちゃいたいと思いま~す。カバー曲で、『ドリームパレード』!」

 

軽やかなメロディーがステージ上を彩る。文字通り、パレードで演奏されていそうな華やかさがあった。

オリジナル曲に比べて客への投げかけは減ってしまったものの、女子特有の甘さは健在で、何処までも可愛かった。

 

歌詞は勇気が出ない子の背中を押す応援ソングのようで、元気付けてくれるような音楽だった。夢を見る事を諦めないで、一緒にやればできるよ、と。

ニコニコと心の底から楽しんでいるのが分かる笑顔で、歌い手は桃色の髪をゆらり、ゆらりと揺らす。

 

そして、その微笑みに全力で答えると言わんばかりに全力でペンライトを振る観客。

……いや何処から取り出したの、それ?

 

ともかく、これこそアイドルのあるべき姿だと言い切れる理想形がそこにはあった。

それが大元が商いによるものだとしても、誰かが楽しめるのなら素晴らしいものだと思う。

 

「ありがとうございました~!Pastel*Palettesでした~!」

 

大満足だったのか、ボーカルは観客以上に興奮した様子で拳をきゅっと握る。

そういった仕草を隠せていない所を見るに、彼女もまだまだだという事か。

 

「ふぅ、最後までうまく行った……。これは練習の成果がしっかり出ている証拠かも……!」

「……彩ちゃん?よそ見していると危な―――」

「ひゃっ!?」

 

ベース担当の少女が引き止める隙も無く、身近にいたメンバーですらそうなのだから観客は傍観する他無かった。

 

その事件は起こってしまった。足元への注意が散漫だったのか、それはもう典型の如き華麗な転倒だった。

機材に接続されたコード類を根こそぎ引っ張っていく所は、一周回って笑えてきそうだった。

……いや、少なくとも舞台裏のスタッフにとっては笑えないにも程があるだろうけど。

 

ドラムの子も顔を真っ青に変じさせて、―――怪我人そっちのけで機材の方に駆け寄る。

その労わる姿はは素人目から見ても無駄の無いもので、その方面の知識があるのが窺えた。

その対応が地味に刺さったのか、ボーカル担当の少女が涙目から号泣へとレベルアップしたのはご愛嬌とするべきだろうか。いや、それでいいのか学生さん。

 

だが心優しいメンバーもいたようで、キーボード担当が慌ててボーカルの子を慰めに行ってた。

……あれも知り合いな気がするのは自分の見間違いだろうか。見間違いでは無ければ、某自分のバイト先に道場破りしに来た少女にそっくりだ。

まぁ、そんな奇抜な人物は知る限り若宮さんしかいないが、まさかアイドルだったとは。

 

自分は学校でボッチの筈なのにピンポイントな所で知り合い多すぎじゃないだろうか。

 

「……これは整備するのに少し時間かかりそうですね」

「みたいね。何とか短時間で直せそう?この後も演奏を控えてる方がいるでしょうし……」

「はい。損傷とかは無さそうなので、また一から接続し直せばどうにかなりそうっす」

 

やけに落ち着いたべーシストが懇切丁寧に纏めにかかる。遅れてスタッフらしき人たちが機材の再チェックに加わり始めるが、僅かばかり時間がかかりそうだ。

その中にいた女性スタッフがとてつもなく申し訳無さそうに観客に告げる。

 

「すみませーん。五分ほどでまた再開するのでそれまでお待ちください!」

 

正直、原因は号泣している彼女ただ一人だからとばっちりな印象を否めないが、運営側としては対応せざるを得ない事態なのだろう。

彼女にも悪気が無いのはわかるが、もし自分がやらかしたら羞恥心で引き篭もるまである。

実際、ボーカルの人物はこれでもかというぐらい、顔を真っ青に染め上げて頭を下げ続けていた。

ここまで来ると逆に可哀想になってくる。ファンから励ましの声が上がるほどだった。

 

結局、そのままPastel*Palettesの出番は歯切れの悪い終わり方を迎えた。

この騒動に対して動乱の一つでも起こるかと思ったが、案外動揺は少ないようだ。

何故か、やっぱりとかそういった類の表情をしている者ばかりだった。

 

中でも、『丸山とちった』と未知の言葉を零すのは妙に印象に残ったが、これはどういう意味なのだろうか。

唐突に与えられた猶予の間に、そんな事をずっと考えたが分かる訳も無く。

 

結局、機材の復旧が終わり、そのまま次のバンドへと演奏は移ろいていくのだった。




全世界の丸山ファンの皆さん。分割に『丸山とちった』使ってすみませんでした。これしか手が無かった()

次回で流石にライブ回は終わります。いや、やるやる詐欺じゃないよ?

後、メリクリ!


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読書家の少年が来店しました 続々

えー、あけおめことよろです()

受験終わったのにこの有様で申し訳ないです。約四ヶ月も間が空くとは自分でも思ってなかったです……
想像以上にライブの描写に苦戦していました。複数バンドを出すと表現が難しいと学習しました()

お気に入り572件・評価28人&総合評価4桁越えと色々驚きです。本当にありがとうございます


「さあ、今度はあたし達『ハロー、ハッピーワールド!』の出番ね!」

 

もう何度目かもわからないし数えるのも止めてしまったが、またもや顔見知りが舞台に登場していた。

それはライブ開始前に絡んできた二人組の片割れである金髪の少女。

笑顔をという言葉をやけに意識している、奇抜な存在だ。

 

勿論、誰かを笑顔にしよう志すのは素晴らしいと思うが、彼女のは何処か一線を越えた何かが秘められている気がするのだ。

普通、そんな絵空事なんて遅くても小学生ぐらいで卒業する。後々にそれを思い描いたとしても口にする人はまずいまい。

今までに居ただろうか。私があなたを笑顔にするなどと宣う人間を、親しい仲以外で見た事があっただろうか。

 

けれど、彼女はその行いを成している。己の常識を嘲笑うかのように奇想天外な事を始めようとしている。

その得体の知れなさが、妙に好奇心と猜疑心を煽るのだ。

 

「何が起こってもやる事はいつもと変わらないわ!―――世界を笑顔に!ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ!」

 

独特な感性をしたその掛け声に観客はこれまた満面の笑顔で応じる。それが当然と言わんばかりに。

これまでに曲で感動したり発狂に近い盛り上がりを見せた事はあっても、観客を前座だけで笑わせるなんてなかったというのに。

自分にとっての非常識が次々と現実へと移し出されていた。否が応でも歌い手である彼女を注視させられてしまっていた。

 

「『えがおのオーケストラっ!』」

 

派手な衣装をくるりと翻し、高らかに宣言するその姿は些か眩しすぎた。

開幕の号令を聞き届けたDJが奏で始める。熊としての巨躯を感じさせない機敏さで操作する姿は見ていて―――熊?

 

目元を拭うが視覚で得られる情報に違えは無く、本当にDJは熊だった。

ボーカルに意識を割いていた所為だが、一度でも認識してしまえばその異形は主張の強い存在として忘れられないだろう。

 

「……嘘だろ?」

 

呆然と口から零れ落ちた言葉は華やかに飛び交う演奏の音で掻き消えてしまう。

ドラムが刻む音に揃えて、賑やかに奏でられる歌は底無しに明るかった。

 

想像外にも程がある。着ぐるみがバンドをやるなんて狂気の所業をよく実行に移したものだ。

改めて注意しながら目視しすれば、稼動区域の範囲が狭い着ぐるみでは僅かな動作でも手一杯のようだ。

中に入っている人間の苦労が見るからに伝わってきた。

 

このバンドはゲテモノを入れなければ気が済まないのだろうか。

 

「これでまた沢山笑顔が増えたわね!けれど、まだまだ足りないわっ!」

 

一曲目を演じ終えても、彼女はまだまだ事足りないらしい。

満足げな笑顔を誰よりも浮かべつつ、それでも満ち足りてないと宣う姿は触れ難い存在に思えた。

 

「行くわよ〜?『いーあるふぁんくらぶ』!」

 

銅鑼のような音と共に楽器の音色が一斉に走り出す。

リズミカルに弾かれる音はドラムから響いていて、中華風の音声に程良いアクセントを加えていた。

 

ボーカロイドの部類であるこの楽曲は、とにかくわちゃもちゃしていた。

羅列している言葉は一見意味を汲み取りずらいものばかり。

しかし、不思議と異国的な趣を感じられて面白い一曲に仕上がっていた。

 

時には手拍子でリズミカルに奏で、時には高らかなジャンプで型破りな展開で魅せる。

バンドというよりはマーチと表現すべきな、まさに魅せる音楽だった。

 

「ありがとう~!また一緒に笑顔になりましょう!」

 

そう高らかに宣いながら、彼女は部屋の限りまで届けと言わんばかりに手を振る。

観客もそれに呼応するように笑顔を共に手を振り返す。

 

今回のライブにおいて、後にも先にも興奮と荘厳さではなく笑顔と多彩さで会場を彩ったのはこのバンドだけではないだろうか。

そう思わせる程の強烈な個性が『ハロー、ハッピーワールド!』にはあった。

そんな音楽を目撃した自分はただ感極まるでもなく、満面の笑みを浮かべるでもなく。ただ、呆然と佇むだけだった。

 

そんな間抜けな自分があちら側からは目立ってみえたのだろうか。一瞬の最中、黄金色に眩い瞳と視線が重なった。

口元は三日月の如く緩い曲線を描いていたが、その瞳だけは質が少しばかり異なって見えた。

まるで幾重にも張られた障壁を容易くすり抜けてくる様な。そんな奇怪な感触を覚えた。

高みから見透かされたような落ち着かなさに思わず身震いをする。

 

結局そこから何か行動を起こすでもなくそのまま退場していったのは幸運と捉えるべきなのだろうか。

永遠に思えた瞬きだったが、ただの奇天烈集団では無いことを本能で察した瞬間だった。

 

 

入れ替わりに新たな5人組が姿を現し始める。その中にはいつもお世話になっているパン屋の長女も加算されていた。

彼女に自分が今日ここに訪れている事は伝えていないから、きっと気づく事はないだろう。

普段読書にしか興味を示さない自分が、まさかライブに来るとは思うまい。

 

「こんにちわ~!私たち、『Poppin'Party』です!」

 

底無しに明るい声がそれなりの広さはあるライブ会場全体に響き渡る。

両手を交差するという、勢揃いでポーズを決める姿は女子高生特有の雰囲気があった。

 

そこ等ではお目にかかれない、独特な髪形をした少女がバンドメンバーを次々と紹介していく。

『Roselia』のような荘厳さは持ち合わせず、『Afterglow』みたいに王道らしさも無い。

だからと言って『ハロー、ハッピーワールド!』のような騒がしくもなく、『Pastel*Palettes』のような可憐さも無い。

普通。高校生として等身大と表現すべきバンドだった。

 

「さっそく曲を演奏しちゃいまーす!……『Alchemy』」

 

あれ程ふわふわしていた筈の気配が急速に涼やかになった。

先程目撃していた人物とは別物に錯覚してしまいそうな程の急変だった。

ボーカルの生み出す空気に追随するかの如く、他の面々の眼差しが一新されていく。

 

青い衣装を身に纏うギタリストが開幕を静穏に飾る。妙に郷愁感のあるメロディが感傷を燻り、肺一杯に満ちていく。

 

その歌詞は過去の自分を嘆くようだった。人生は有限であるが故に、後悔と退廃の連続であると。

非常な現実に挫けた過去を哀れみながらも、そこから未だに抜け出せない現在。

そして、未来向かってちょっと気弱な宣言と共に踏み出していくと。いつまでもうじうじしていられないと決意表明するのだ。

不思議と、最後にはギターの音色に新たな感情が含まれたような気がした。そう易々と変化する筈が無いのに。

 

「そのまま次に行っちゃいたいと思います!……オリジナルで、『ティアドロップス』!」

 

観客の熱気を一瞬たりとも醒まさないようにと、彼女たちは流れるように演奏を重ねる。

ギターとベースの主張の激しい音と、ピアノとドラムのリズミカルな音が一気に畳み掛けてくる。

 

一曲目とは打って変わり、疾走感のあるカッコいい曲だった。

観客がリズムに乗りやすいようにキーボード担当が手拍子で場を盛り上げ、ベースがリズムの基盤を着実と固めていく。

ドラムも笑顔で連打の応酬を叩ききり、二人のギターが阿吽の呼吸で曲を繋ぎとめていく。

 

気がつけば、あっという間に曲の終盤まで駆け抜けていた。

あれ程主張していたはずの楽器も一旦鳴りを潜めている。

となれば、必然に中央に注目は集まっていった。そうして、期待が極限まで底上げされたところで。

 

「この手を離さない」

 

MCをしている時の印象が嘘の様な、凛々しい決め台詞と共に右手を突き出す。

再び楽器の音響が高鳴るのと、観客の歓声が沸き上がるのは同時だった。

オールマイティーなパフォーマンスを提供するのがこのバンドの特色らしかった。

 

「これで今日のライブは終わりです!またライブに来てくださいね~!」

 

彼女の元気溌剌な大声がライブ終了を告げる言葉となった。

 

観客は楽しい一時との別れを惜しむが、きっと演者の方もそれは一緒なのだろう。退場する時に皆が皆、同様の表情を浮かべていたからだ。

実際、この『Poppin'Party』の面々も、失敗しなかった安堵がありつつも終幕を嘆いていた。まだまだ続けばいいのにと言わんばかりに。

 

そうして会場は余りある熱気以外は開始前と変わりない状態に戻ってしまった。

人が去り、静けさを取り戻したステージは余計に際立って見えた。

今この瞬間に一つの芸術が終わりを迎えたのだ。

 

 

……いろいろ述べるべきなのだろう。何せ今回は同級生に招かれたのだから、それに報いるような反応を見せなくてはいけないのだろう。

知り合いも沢山参加していた。その誰もが演奏に対して真摯に向き合い、一種の作品として完成させていた。

その努力に敬意を払うのならば、せめて労いの言葉でも投げかけておかなければいけないと理論では納得できる。

 

「まぁ、良いライブでは(・・)あったな」

 

けれど、総体的な感想はそれだけだった。

その一言を誰に伝えるでもなく、どちらかと言えば再確認するように呟いた。

 

感動を共有するのに必死な観客達の間を掻き分け、最後列のそのまた奥へと歩を進める。

扉を開けた時に叩きつけられるひんやりとした風にも、ただただ濃密な闇を晒す夜空にも何か思うこともなく。

 

 

誰よりも早く、自分はライブ会場から姿を消した。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

―――後から思えば、この段階であの時(・・・)から成長していたならば良かったのだ。そうすれば一番乗りで退出するなんて行動を取ることもなかった。

 

 

 

「……あいつは。ふふ、なるほどなるほど~?」

 

「まーた、私が有効に使い潰してあげるよ。私は搾りかすもしっかり使うエコな女子だから、ね~?」

 

 

 

―――そうすれば、再び目を付けられることもなかったのだ。きっと。




次回からようやく次の章です。ライブ描写で時間引っ張りすぎましたね()

あ、多分どうでもいいと思いますが、今日誕生日です(誰得)
だから頑張って投稿を間に合わせたという、どうでもいい事情があったりなかったり……


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