骸骨と山羊と自然科学者 (chemin)
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骸骨と山羊と自然科学者

これは孤独でなくなった骸骨と
悪の道を貫き通した山羊と
マイペースば自然科学者の物語


ピロン

〈〈ヘロヘロさんがログアウトしました〉〉

 

無情にも目の前に突きつけられる通知画面に、脱力感とともに不意に冷たく滾る気持ちが湧いてきた。

 

 

 

現実では財産も親友も持たない自分が、唯一生きる中で楽しみを感じられるとき。

ユグドラシルというゲームとはそんな存在だった。

 

なのに今、かけがえのない仲間たちは誰も目の前の椅子に座っていない。それどころかほとんどのメンバーが引退してしまい、先日の『お誘い』メールの返信すらない。

 

 

 

(どうして...いや、理解はしているんだ。皆それぞれリアルでの生活がある。でも、それでも何年間も一緒に遊んで、笑いあって、たくさんの思い出をつくってきたじゃないか。最後の日くらいまたわいわい騒ぎながら、ユグドラシルは運営がクソだけど最高のゲームだった、そう言い合えると思ってたのに...)

 

 

 

鈴木悟はそうして寂しくサービス終了を迎える

 

 

 

 

 

かと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間を引き留めるためにのばされた手は次第に拳へと変わっていく。しかしそれは振り下ろされることなく、再び鳴った通知音によって固まった。

 

ピロン

〈〈ウルベルト・アレイン・オードルさんがログインしました〉〉

 

 

思いもしなかったその表示に、先ほどとは打って変わって言いようのない高揚感がこみあげる。

 

「いやあ危ない危ない、アップデートにこんな時間がかかるとは」

 

聞き間違えるはずもない。

かつてその強さとロールプレイのかっこよさに憧れ魔法職の仲間として師事したこともある、誰よりも”悪”にこだわったちょっぴり中二な男。その懐かしき声だ。

 

 

「ウルベルトさん!!来てくださったんですね!!」

 

「お、モモンガさん!お久しぶりです!すみません、4年ぶりなもので更新に手間取ってしまいまして...。とゆうより、ギルドのホームまだあったんですね...たっち以外の皆さんとモモンガさんにはホント申し訳ない」

 

「いえいえ、むしろお忙しい中無理させてしまったようですみません!というか...フフフ、全くお変わりないですね」

 

 

ギリギリのタイミングでやって来たことに文句の一つもあっていいものを、申し訳なさそうに謝罪をしたりこちらのユーモアを律義に拾ってくれたりと、相変わらず気配りの塊のようなギルマスにウルベルトはリアルでの顔を苦笑させる。とりあえず、間に合ってよかったが...

 

「そんな、モモンガさんが謝るようなことはないですよ。それにしても他の皆さんはどこにいるんですか?一か所に固まっているかと思ってたんですが」

 

「ええと...」

 

 

当然の疑問に答えられず言い淀む。

まずい。

せっかく特別関わりの深いギルメンが来てくれたのに、他に誰もいないと分かったらまた早めに切り上げられてしまうかもしれない。そうなると最後の瞬間を結局はひとりで迎えなければならなくなる。

 

とりあえず先ほどまでヘロヘロさんがいたことを伝え、すぐに誰かが来るはずだと苦しい言い訳をしようとしたところで再び通知音が鳴り響く。

 

 

ピロン

〈〈ブルー・プラネットさんがログインしました〉〉

 

 

「ふうー。セーフ、かな?」

 

 

急に現れた意外な第三のメンバーに、骸骨魔王と山羊悪魔は揃って声をあげた。

 

 

 

「「ブルー・プラネットさん!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木悟の心は晴れやかだった。

 

二人は強制ログアウトまで付き合うと明言してくれた。今はそれぞれの自作NPCを見に別行動をとっているが、ラスト10分は玉座の間で駄弁ってからロールプレイで〆ようと話し合って決めている。

 

そこで自分も宝物殿に赴き、黒歴史と向き合うことにしたのだ。

 

 

 

 

 

本当はここに来るつもりはなかった。

時間にかこつけて三人でまっすぐ玉座の間に向かおうと考えていた。

 

しかしブルー・プラネットに焦り気味で

「遅れた身でわがまま言って本当に申し訳ないんだけど、第六階層の星空と森林部のデータだけできるだけ記録しておきたいんです。あそこは僕の、このゲームだけでなく人生における理想の一つなんです」

 

と言われ、

 

さらにウルベルトも少し考えてから

「...俺も最後にデミウルゴスや第七階層を見ておきたいですね。」

 

と同調されると、多数決で覆しようがない。

 

 

 

「私は全然かまいませんよ。ではまた後ほど玉座の間に集合ということで」

 

少しでも長く皆と一緒にいたかったが...仕方なく先にひとりで玉座の間に向かおうとすると、

 

 

「それに、なるべくナザリックの多くを思い出しておいた方がユグドラシルⅡが出たときに再現しやすいかと思いまして」

 

...ウルベルトの続く発言に、やはり自らも宝物殿に行かなければならないと決意する。

 

 

最奥へと続く扉の合言葉は、伝言(メッセージ)でウルベルトにきいてみるとしっかり覚えていたためすぐに開けられた。連絡したときなぜか少し慌てていたから、間が悪かったのかもしれない。後で謝ろう。

 

 

そうして進んだ先の待合室のような空間で、ナザリック最強を誇る純銀の聖騎士が見事な剣と盾を携え勇壮な雰囲気を醸して立っていた。

 

 

 

「変身機能・オフ」

 

しかしモモンガがコマンドで指示をだすと、聖騎士はピンクの埴輪顔に前時代的なロングコートの軍服という奇抜な出で立ちへと変貌を遂げる。いや、正確には元の姿に戻っただけであるが。

 

宝物殿には金策のために足繁く訪れていたが、この場所まで来たのは本当に久しぶりだ。このパンドラズ・アクターと名付けたドッペルゲンガーに会うのも二月ぶりだろうか。

 

 

「改めてじっくり見ると、意外と悪くないのかもなぁ。というより、わざわざ外装とか頑張って考えたのに普段は他の人に変身させるのもったいなかった気がする...」

 

設定欄を読みながら、これは他の人達には見せられないなとにわかに羞恥心がこみ上げる。

 

仕方ないじゃないか

誰にともなく小声で弁明する。当時の自分は病にかかっていたのだ。ギルメンの多くも患っていた(というよりウルベルトなどはいまだに患っていそうな)男の子のかかりやすい流行り病に。

 

舞台役者のように全身を大きく使う大仰な仕草に、軍服のモチーフとなった独国のセリフ。それらを書き直そうかとマスター権限を発動させるが、今さら変更するのも無粋かと一文を付け加えるにとどめる。

 

 

 

ことここに至っては、黒歴史に足掻くのはやめて何か言葉をかけてやろう。

 

...よし、決めた。

 

「お前はお前のままでいてくれ、私の宝(パンドラ)よ。かつて神話ではパンドラの箱を開くとこの世の全ての厄災が飛び出し世界を混沌に陥れたという。しかし、最後に箱の中には一つの幸せが残されたとも伝えられている。お前こそは私がつくり私とナザリックと共に在り続けたそのただ一つの幸せなのだ。ギルメン引退という厄災の果てに、今このときお前が二人の友の帰還という果報を招いた。誇りに思うぞ、我が子よ。最後の時まで私の宝(パンドラ)でいてくれ」

 

 

伝承に基づいてはいるがちょっと強引なこじつけだったかなと思いつつ、ユグドラシルⅡで作るNPCの設定に使えそうだと密かに病を再発させながら今度こそ玉座の間へと転移で移動する。

 

 

その姿が消えた位置を卵頭についた洞のような目がいつまでも見つめていた。

 

 

 

 




原作のパンドラズ・アクター初登場時の変身相手とアルベドいる場であのセリフは完全フリですよね?


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骸骨と山羊と自然科学者2

書き溜めなので連続投稿
転移前ラスト~転移まで


 

玉座の間に到着すると、メイドや家令が整列する前で力強く仁王立ちする貴族のような二人が目に入った。

 

 

「すみませんお待たせしてしまって」

 

なんだかんだ自分が最後だったことを少々意外に感じながら、仲間のもとへ歩み寄る。すると二人は互いに頷きあってから真剣な声音で話しかけてきた。

 

「モモンガさん」

 

「は、はい」

 

先ほどまでとは違うその様子に、何かやらかしたかと不安がよぎる。

 

「確認したのは第六階層までだけですが、記憶の限り俺やブループラネットさんが引退したときと一切変わりありませんでした。」

 

「え、ええ。どこにも手を加えていませんよ」

 

何か頼まれごとをしていたのを自分は忘れていただろうか?

そんなことはないはずだが...

 

 

 

ぐるぐると記憶を辿っていると急に二人が頭を下げた。

「「モモンガさん、本当にありがとうございます」」

 

「え?」

 

怒られると思っていたため、突然の感謝の言葉に面食らってしまう。

 

 

「ログイン履歴を見ました。長い間、モモンガさんがお一人でナザリックの維持をしてくれていたんですね。でなければ今頃デミウルゴスと会えないどころかこの大墳墓ごとなくなっていました」

 

「僕も、最初あの星空と森林がまだあることを当然のように思ってました。でもウルベルトさんに言われて気づいたんです。自分は作っただけで、今なおそこにあるのはひとえにモモンガさんのおかげなのだと。環境は維持することこそ難しいと知っていたはずなのに...自然科学者失格ですね」

 

あ、だからさっき慌ててたのか。

 

「いえいえ!そんな、ギルマスとして最低限のことしかしてませんから」

 

 

この期に及んで謙遜するモモンガに、ウルベルトがしびれを切らす。きっと数少ない信頼できる人を長く放っておいた、そんな自分に対しての苛立ちもあるのだろう。

 

 

「そんなことはないですよ。それができる人なんてそうそういません。俺はあのクソみたいなリアルで、ゴミのような社会体制とそれをつくった奴らをずっと憎んできました。だからモモンガさんのように本当の理解力と思いやりをもってる人はそうと分かるんです」

 

 

私も好きでやってましたから...

私にはこれしかできませんでしたから...

 

そんな言葉が喉まで出かかる

 

 

 

「モモンガさん」

 

しかしブルー・プラネットが優しく語りかける。

 

「本当はすごく謝りたいんです。でもウルベルトさんがそうするとモモンガさんに余計気を遣わせてしまうって。だからせめて感謝くらいは受け取ってください」

 

 

目が熱く、頬が冷たく感じる。

きっとリアルの世界では、ヘッドギアなしではいられないくらい酷い顔をしているだろう。

 

誰かに感謝されたくてやってきたわけじゃない。思い出の場所を失いたくなかった。そしていつかまた皆でここで楽しく遊びたかった、それだけだった。

 

 

しかし全てではないが、この時たしかにその努力が報われた気がした。

 

 

「...では、どういたしまして」

 

震える声を必死に抑えながら、なんとか返事をした。

 

 

 

 

 

 

その後玉座付近に控えるNPCで賑わう。

 

「おい真なる無(ギンヌン・ガガブ)もってるぞ」

 

「これ絶対タブラさんですよね...」

 

「しかも設定すごく長いですよ」

 

「うわあ...賢妻設定あるのにビッチは酷い」

 

「よし、ギルマス。いたずらの礼にここ『意外とツンデレである』に変えてやりましょう」

 

「え!?いや、さすがにそれはまずいのでは」

 

「大丈夫ですよ、たしか彼はギャップ萌えでしたから。健全なギャップになったと思えば納得してくれるでしょう」

 

「まあ、それなら......よし、これでOKです」

 

 

 

 

しかし楽しい時間もその終わりを告げようとしていた。

 

23:59:03’

 

「あ、もう残り1分切りましたね」

 

「もうそんな時間ですか...」

 

 

旧交を温め孤独感はかなり薄れてきたとはいえ、やはり寂しさは残る。

 

 

「ごほん。親愛なるギルドマスター殿、改めて我らの拠り所を守ってくれたこと礼を言わせて頂きます。世界征服は叶いませんでしたが、楽しい時間を過ごせました。我らは世界の崩壊に伴い消滅すれど、また次のユグドラシルの世で相まみえましょう」

 

「(おおー、さすがウルベルトさん)僕ももし来世があれば、今度はより美しく失われた自然を復活させましょう」

 

 

次回の約束。

久しくなかった別れ方に、再び気分が高まるのを感じる。

 

「そうですね!たとえこの世界がなくなっても、必ずや我らがナザリックを次の世界で復活させましょう!」

 

「「モモンガさん、素になってます」」

 

 

実現できるだろうか。

いや、きっとしてみせる。

今日の思い出があれば頑張れる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」

 

 

そうして強制ログアウト______

 

 

 

 

____されなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後

<ナザリック地下大墳墓・表層部>

 

各階層に異常がないという報告を受け、モモンガはアルベドとアウラを連れて外部の様子を窺いに出ていた。

 

 

 

___

__

_

 

 

 

 

 

 

現段階での三人の推測は、なんらかの原因でゲームの世界、もっといえば電脳空間内が現実のものとして機能したか、あるいは別のサーバーに拉致され囚われてしまったというものだった。

 

コンソールも出ないし画面表示もおかしい。

電脳法で厳しく規制されているはずの完全な五感の再現や、突然動き出したNPCの表情や複雑な会話の発現など数々の異常事態に当初三人は混乱を極めた。

 

しかしある程度感情が昂ると、急に抑制される感覚がある。この謎の鎮静化に助けられながらどうしようか相談していると、玉座の間に居合わせたNPC達がそろいもそろって悲壮な表情をしていることに気づいた。特にアルベドなどは涙をこぼしながら、何かを耐えるように噛みしめた唇から血がにじんでいた。

 

 

自我が芽生えたのか実は「中」に人が入っているのかよく分からないが、とりあず自分達三人の存在は他のNPCには内密にするよう言ったところ、メイド達はこの世の終わりを目の前にしたかのような絶望的な雰囲気を漂わせた。

 

 

 

残念ながら二人は女性の扱いに不慣れなため、縋るような視線を受け唯一既婚者であるブルー・プラネットがアルベドに向かって口を開く。仕事柄富裕層と話すことも多かった彼は、とりあえず品がある初対面の妙齢な女性相手として接することにした。

 

 

「そんなに悲しそうなお顔をなさらないでください。せっかくお美しいのにもったいないですよ。そしてお辛そうなところ大変申し訳ありませんが、私共も今非常に困っているのでいくつかご質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

なんだか紳士的な警察官のようだと場違いな感想をモモンガが抱いていると、アルベドが悲鳴のような声をあげ慌てて答えた。

 

 

 

「お心遣い頂いた上に身に余るお言葉、誠にありがとうございます!しかし私共は至高の御方々の忠実なるシモベ!そのようなおっしゃり方をなさらず、ただご命令くだされば死すら喜んで従います!」

 

 

 

場が凍った。

実際に凍ったのは三人だけで、他のNPCはアルベドの必死な様相に跪いたまま「全く同感です」みたいな表情をしている。

 

 

いちはやく復活したモモンガは問いかける

「お前たちはナザリック内を自由に移動できるか?」

 

「はい、モモンガ様」

 

よかった、普通の会話もできるんだな。

 

 

「ではアルベドは各階層守護者のもとに赴き異常事態がないか調査したのち直ちに警戒態勢を整えるよう伝えよ。それが終わったら表層部にアルベドとアウラは完全装備で待機。他の者は第九階層の警備にあたれ。そしてこの場へは許可を出すまで入ることを禁じる」

 

「「ご命令承りました」」

 

アルベドとプレアデスを代表したセバスの声がきれいに重なる。

 

 

「それでは御前を失礼いたします」

と、ぞろぞろと優雅な動きで扉の向こうに消えていく影たちを見送ってからやっと一息つく。

 

 

 

「.........モモンガさんナイス」

 

「...次は頼みますよウルベルトさん」

 

そしてブルー・プラネットが重々しく呟く。

 

 

「......アインズ・ウール・ゴウンって、宗教団体でしたっけ?」

 

 

「「違います」」

 

 

ここでもきれいに声が重なった。

 

 

 

 

 

_

__

___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集団飛行(マスフライ)>の魔法で上空を翔けながら、同時にやや疲れたように<集団伝言(マスメッセージ)>で情報を共有する。

 

モモンガはギルマスであり唯一ずっとナザリックに居続けたメンバーなため、自我があると仮定してもNPCの好感度が高く急に攻撃されることはないと判断し一人だけ他の者にも姿を見せることにしていた。

ちなみにウルベルトはかなり前から<完全不可知化(パーフェクトアンノウブル)>で自分とブルー・プラネットの姿を隠しつつモモンガに同行し、直接戦闘スキルの低いブルー・プラネットは周辺にスキル発動のための種を蒔いている。

 

 

 

ちなみにモモンガは他のプレイヤーと友好的に接触しようという目的で、見た目の美しいアルベドと警戒心を緩めるかわいい子供のアウラを選んだつもりだった。しかし完全装備の命を受けたアルベドは、外敵の急襲を想定する主が索敵に優れたアウラと防御に長けた自分にその身を預けてくださったのだとすぐに理解し、アウラにもその旨を伝えていた。

 

 

結果として怪しげな全身鎧の悪魔と大量の屈強な使役獣を従えたダークエルフの少女が意気込んで周囲をピリピリと警戒し、その中心で骸骨が項垂れながらの散策となっている。

 

 

 

 

 

 

 

そんなギルマスを尻目に、地上ではブルー・プラネットが戦慄していた。

 

 

現実的に考えて、ありえない

 

 

 

彼はここが現実を模した電脳空間上のどこかだと予想していた。

電脳法を無視し、革新的な技術を秘密裏に駆使し、貧困層の労働者を用いた大企業の人体実験か狂った金持ちの新たな娯楽なのではあたりをつけていた。

 

 

 

しかし、本当の本当に、ここは現実であるようだ。

 

 

ゲームのシステム上不可欠な行動選択のプロセスがことごとく排除され、アバターに選んだ種族がもつ特有の、本来なら人にはないはずの感覚がある。これらはいくら技術革新が起き脳科学が発達した現代においても、人体にかなりの負荷がかかり必ずストレスを感じるはずだ。なのにそれもない。

 

 

 

なにより、、、、

 

高校地学・生物の教員免許をもち、自然科学者としてフィールドワークや数々の文献を読み漁ってきた自分にはわかる。

 

 

この自然は生きている

 

 

土壌中の微生物やpH値、植生に枝付きや葉の形状葉脈のランダムさ、樹病まである。さらにはおびただしい数と種類の虫や小動物、肉食性の第二次消費者、極めつきはそれらが純然たる食物網を築き上げていることだ。こんな規模でこんな複雑な生態系は、プログラミングで人為的につくれるレベルじゃない。

 

求めていた風景にぞわりと鳥肌がたつ。

同じく自然を愛した今は亡き妻に見せてやりたいと思った。

 

 

 

 

 

 




ナザリックにはツンデレ要素が足りない(確信
食物ピラミッドは再現がわりと簡単だけど、食物網は専門知識無いと本当にムリ
あと電子空間のなんたらは独自解釈です


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勘違いの始まり

NPC随一の知恵者たちによる、ナザリック伝統の「超絶勘違い」が今始まる...


<<デミウルゴス side>>

 

 

赤いスーツを流麗に着こなした悪魔は、底のない悲しみに暮れていた。

 

先ほど伝えられた至高の御方による玉座の間への招集の時間までにはまだ余裕があるが、どうしても確かめなければならないことがあるとアルベドとプレアデス達には早めに来てもらうよう求めていた。そして彼女らの顔を目にした瞬間、これ以上ないくらいの最悪の想像が膨らんでいく。

 

 

そう、至高の御方々の頂点に座しておられるモモンガ様が今このナザリックにおられるのに、彼女らは一様に絶望を色濃くその顔に宿しているのだ。

 

考えられることはただ一つ。

 

 

「率直にお尋ねします。我が主ウルベルト様と第六階層に参られていたブルー・プラネット様、お二方はお隠れになられてしまったのですか?」

 

その問いかけに複数の肩がびくりと反応する。

 

「...申し訳ありませんがお二方につきましては他の者にお話しすることをモモンガ様より禁じられていますので、お答えすることはできません」

 

代表してユリが述べるが、身体の強張り、声の震え、なにより耐えきれずうっすらと目に浮かぶ涙がすべてを物語っていた。

 

「...そうですか」

 

 

 

天を仰いだデミウルゴスは、先刻第七階層に訪れた創造主から放たれた衝撃の内容が頭をよぎった。

 

 

『おお、懐かしいなデミウルゴス。いやーせっかくモモンガさんがギルドを維持して守ってきてくれたのに、もう見れなくなるかと思うと寂しいなあ...。俺にもっと(リアルでの)力があればユグドラシルやナザリックの(サービス終了に伴う)消滅を防げたんだが。俺(のアバター)が消えてもこいつら(の外装データ)だけでも残せねえかな...次(のユグドラシルⅡ)の世界に引っ越すとか...あ、そうだ。ブルー・プラネットさんに連絡しねえと』

 

 

 

 

 

 

そう呟いて去っていった主。

 

一騎当千の猛者ばかり集うこのナザリックにて最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるウルベルト様ですら抗えない世界の崩壊。そして「俺が消えても」とおっしゃられてからしばらくして、本当にその存在を感じられなくなったという事実。

さらに未だこのナザリックは消滅していない。それどころか表層部の偵察の様子をきく限り、今はヘルヘイムと異なる場所に拠点が移動してしまっているようだ。

 

その明晰な頭脳は一つの真理に辿りつく。

 

 

この多種多様な防壁で守られた巨大な地下大墳墓を異界にまるごと転移させるなど、いくら至高のお力をもってしても容易なことではないだろう。そんな神代の魔法をこの短時間で行使できるような存在。それは我が創造主をおいて他におるまい。しかし本来の許容量を超える桁外れな規模と尋常ならざる魔力を消費するため、ウルベルト様自らに加えてブルー・プラネット様までもがその身を犠牲にされたのでは...

 

おそらくモモンガ様だけはナザリックに必要だと判断なさって、残されていかれたのでしょう。

デミウルゴスは己の無力と罪深さを呪った。

 

 

「我々は至高の御方々の慈悲によって永らえているのですね」

ぽつりと溢された呟きに、答えはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<<ウルベルト side>>

 

 

『ではお二方、打ち合わせ通りお願いしますね』

 

<集団伝言>でこちらに念を押してからモモンガさんが玉座へ歩み寄った。こうしてみると装備も相まって完全に魔王だなあの人...

 

 

 

先ほど周辺探索の後でそれぞれの結果を持ち寄ったら、ブルー・プラネットさんが恐ろしく情熱的にここの自然について語りだした。「もう壮齢の木本植物の樹皮におけるヘミセルロースの割合が地球と全然違くて感動だよ!」とか「極相種は気候的に天然もので安定してるけどちょいちょい林冠ギャップがまとまってできてるから中世レベルの木材を使う文明があるとみて間違いないね!」とか、正直ほとんど意味が分からなかったけれど、かいつまんで訊くにとにかくここは限りなく高い確率で現実なんだそうだ。だったら最初からそう言ってくれ、ブルー・プラネットさん...

 

 

それからは、たくさん話し合った。

 

モモンガさんはわざわざ荒んだ生まれ故郷に帰る意思はないこと

ブルー・プラネットさんが実は奥さんを肺がんで亡くしていたこと

自身も奥さんも愛してやまなかった自然がここにあること

俺もあの世界に未練は毛ほどもないこと

ならば三人でこの世界で力を合わせて生きていこうということ

ではまず我が家となったナザリックで皆と顔合わせすること

もはや宗教の教祖扱いなので今後は基本上位者ロールすること

あとNPCの性格は設定通りなので配慮することなど

 

 

 

 

 

結果、差し当たって「まずはNPC達を一堂に会し、挨拶しよう!」ってことになったわけだが。

 

 

とりあえず皆を集めさせようとアルベドを部屋に呼んで指示を出すと

『ついに皆にお話しになられるのですね...。承知いたしました、移動可能な全ての守護者と高位のシモベを大至急招集いたします」

と何か勘違いしたらしく、またまた沈痛な面持ちで足早に去っていった。

 

 

 

 

そして現在。プレアデスがなぜか既に全員すすり泣いている。

どうしたんだお前達...

 

 

 

 

「面を上げよ」

よく通る俺らに向けるのとは違った威厳のある低い声と、突然吹き昇る黒いオーラに少し驚く。

 

『え、なんで絶望のオーラ出してるんですか』

 

『わ、わざとじゃないんです!すごい見た目の異形種が何百とこっちを一斉に見上げてきたので、なんか勝手に...』

 

ああ...うん、まあ気持ちは分かるよモモンガさん。

さてアルベドが恥ずかしいほど素敵な口上を述べ終わったので、いよいいよここから重大発表だ。

 

 

 

「うむ、忙しいなか皆の者よく集まってくれた。礼を言う」

 

すかさず何か言おうとする守護者統括を手で制す。

「しかしこの場で二つほど、急ぎお前達に知らせなければならぬことがある」

 

死角に隠れているため見えないが、その言葉に緊張感が強まったのを感じる。

 

「まず先ほどの調査で判明したことだが、我々はこのナザリック地下大墳墓ごと以前までいたユグドラシルとは異なる世界へと渡ってきてしまったようだ」

 

今度は動揺の気配がする。

 

 

『ウルベルトさん、なんかデミウルゴスが死にそうな顔で”やはりそうでしたか...”とか言ってるんですけど』

 

『おお、さすがデミウルゴス!もう分かってたとは設定通り頭いいんだなあ』

 

『いやいや、モモンガさんは死にそうな顔って言ってますよ...?』

 

 

「よって今より、安全を図るためにこの世界のあらゆる情報の収集、および同じく転移した者がいないかの捜索を最優先事項として行動する。異議のあるものは忌憚なく申せ」

 

かっこよすぎませんかモモンガさん。もう魔王でいいんじゃないですか。

 

 

「我らシモベに異を唱える者などおりません。ご心算のほど、承りました」

 

 

「よし。ではもう一つ。実はこの異変に先立ち二人の我が友がこのナザリックへと帰ってきてくれていたのだ。わがままな私からの切なる願いだ、どうか快く迎えてやってほしい」

 

 

お、ついに出番か。

 

『ではどうぞ』

 

ギルマスに促されずっとかけ続けていた<完全不可知化>を意を決して解除すると、一抹の不安をかかえ袖口から隣のブループラネットさんと共に玉座の少し前まで進んでいく。

 

 

姿を現した瞬間から、至る所で息をのみざわめく音がする。

 

 

「あー...とりあえず皆、ただいま」

上位者ロールの約束だったが、俺らを見た途端なぜか皆がえらく号泣し始めたため当たり障りのないことしか言えなくなる。

 

「えっと...しばらく留守にしてすまなかった。できることなら我々二人もこれから君達と一緒にここで暮らしたいんだけど、いいかな?」

 

 

涙を流してはいるものの、雰囲気としてはどうやら喜んでくれているようだ。

 

ふとアルベドと目が合うと、わたわたと涙をぬぐった。

 

「べ、別にうれしくて泣いてなどおりません!...こほん、失礼いたしました。シモベ一同を代表しお二方のご帰還を心よりお祝い申し上げます」

 

 

言い終わるや否や大地が揺れるほどの歓喜の雄叫びが眼下より放たれた。

 

 

一際デミウルゴスは独りで落として上げた(セルフマッチポンプの)効果で声が大きくなっていたが、誰も誤解なく真実を教えてくれる存在は残念ながらどこにもいなかった。

 

 

『..完全不可知化ずっとしてたから、いなくなったと思われてたパターンですかねこれは』

 

『奇遇ですねブルー・プラネットさん、俺も今全く同じこと思いました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<<アルベド side>>

 

 

(まさか、そのようなことが...)

 

 

至高の御方々が帰還を宣言なさってから自室にお戻りになられたのち、残ったシモベたちはいまだ冷めやらぬ興奮の渦の中にいた。それらが静まるのを見計らい、デミウルゴスが自らの推測を語って聞かせたのである。

 

 

迫る世界の崩壊

 

それを察知し戻られたかの方々

 

命を賭しての転移魔法

 

 

 

アルベドも異変が起きる前後に玉座での最後を匂わせる会話を間近で聞いていたためおよそ同じように考えていたが、ウルベルトの言葉は知らないため驚愕はあった。加えてこの緊急時に高レベルのシモベ達を一か所に集めるという危険を冒すなど、至高の御方に関するとても重要な話であることは明らかだ。聞きたくはないが、御方の訃報を知らせるためだろう...とプレアデス一同と共に覚悟さえしたのに。

 

 

 

そして今初めてそれらを知ったほとんどのシモベ達はその偉大なる御業に感動し、同時に主を犠牲に生きながらえたかもしれない恐怖に怯えた。忠誠心と天井知らずの高評価が独り歩きする中、何も知らないモモンガ達にとってなによりの誤算だったのは宝物殿から連れてきたパンドラズ・アクターの存在であった。

 

 

彼が(知る者はいないが)珍しく端的に自己紹介を終えると、仰々しく自らの造物主が宝物殿にて語りかけてきたことをそのまま伝えてしまったのだ。加えて宝物殿からの移動を可能にするためリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを貸し与えていたことも災いする。

 

 

守護者統括として彼の能力を知るアルベドの俊秀な頭脳はすぐにひらめいた。

 

 

「至高の41人の方々の容姿と八割の能力を行使できるというパンドラズ・アクターは、その頂点におられるモモンガ様が唯一お造りになられた存在。おそらく潜在的に全ての至高の御方々となんらかのつながりをもっているのだわ」

 

 

その言葉にはっと全員が珍妙な卵頭を凝視する。

 

 

「その指輪を授けられたこと、モモンガ様の『わがままな私』というお言葉は、そのつながりを用いてお二方を引き留められたという証左。しかし戻られたのがお二方だけということは、よほどのエネルギーを消費するか世界級クラスのアイテムが必要なのかもしれないわね...」

 

 

ならば己の創造主もあるいは再び...とあらゆるシモベの瞳に希望の光が灯り始めるのを見届け、玉座より数段下のやや高い位置からアルベドは告げる。

 

 

「守護者統括として命じます。これより緊急時におけるパンドラズ・アクターの安全は至高の御方々に準ずるものとし、全てのシモベにおいて最優先事項として徹底させなさい!またウルベルト様とブルー・プラネット様はお力を使い果たされたのかとてもお疲れのご様子でした。つまり今こそ慈悲に縋るだけの役立たずではなく、創造主に恥じない優秀なシモベとしてお役に立つとき!各自与えられた仕事を完璧以上にこなし、新たな世界を至高の御方々に献上するのです!」

 

 

あたりが帰還の儀のときと同等の熱を帯び始め、ここにシモベ達による世界規模でのありがた迷惑が幕を開けた。

 

 

(泣いてるところ見られてしまったかしら...で、でも!ウルベルト様は『世界征服は叶いませんでしたが』と仰ってらしたから、言われずともきちんとお三方の御意思を理解し指示を出した私の評価が上がることは間違いないわ。あとはちょっと恥ずかしいけどそれとなくアピールしていけば、褒めて頂ける上に...もしかしたら!くふー!!」

 

 

「アルベド、ほとんど声に出ていますよ...」

 

「ぐぬぬ、そ、そうはさせないでありんす!!」

 

「ソレハ不敬デハ...」

 

「はあ...」

 

残念ながらツンデレでも淫魔の本能はそのままだった。

 

 

 

 

 

 

             

       

   

 

 

その頃、モモンガの部屋にて

 

「あの、やっぱり宗教団体...」

 

「「違います」」

 

 

 

 

 

 

 




<完全不可知化>は至高の気配を感じなくなるって設定です。
感知に優れたシモベも、存在は認識できてもギルメンかどうかは分からないってかんじで。

林冠ギャップ:木が倒れて光が差し込むところ。ゴブリンあたりが木を伐ったときにできたと仮定してます。村落までの距離とかテキトーでごめんなさい。


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骸骨と山羊と...?

ブルー・プラネットさんとその作成NPC(オリキャラ)についての捏造回です。
Web版ではコキュートスの作成者はブルー・プラネットさんらしいですが、書籍準拠なため本作では武人武御雷さんのままです。今後余裕があればそこらへんの絡みも書きたいですね...

実は設定の箇条書きとかで済まそうと思ったんですが、読んでてつまらなそうなので物語調にしました。原作知識浅いのでどこか矛盾あったらごめんなさい。


<<第六階層・森林部>>

 

 

(やっぱり設定的にも最深部にいるかんじかな...)

 

 

 

移動の融通が利かない自作NPCである森林部の領域守護者に会うため、ブルー・プラネットは密生する大樹の間を慣れた様子で進んでいた。ここらに生えている樹木は、外装データはあまり人気がないため単価が安く、どこぞの巨大図書館の蔵書同様に悪ノリして大量購入をしたものだ。懐かしの記憶が次々と脳裏によみがえるが、森祭司(ドルイド)の職業のおかげか凹凸の激しい森においてもその足運びには一切の淀みがない。

 

 

ちなみにやや後方からは、階層守護者として同行を願い出たアウラが魔獣を引き連れ追従している。

ぶくぶく茶釜さんとはこの階層で作業をするにあたり会話する機会も多かったし、お互いの素材集めに協力したり『闇森妖精(ダークエルフ)には星空と雄大な森!』という共通のコンセプトの下かなり白熱して全体の構想を練ったものだ。よってNPCの中でもこの姉弟には思い入れが強い。

 

 

しかし

「さすが100Lv.で野伏(レンジャー)もってると身のこなしが違うなあ。種族も闇森妖精(ダークエルフ)で森とは相性がいいし、やっぱりこの階層にはフィオーレ姉弟が最もふさわしいね」

とおだてたつもりで話しかけてからは、どこか動きがぎこちなくなってしまった。

 

(植物の引き立て役みたいな扱いに守護者としてのプライドが納得いかないのかな?)

 

 

が、相好を崩し嬉しそうな様子を見るに気分を害してはいないみたいだ。たとえ子供相手だろうと女心は分からないな...と困惑するブルー・プラネットに反して、一方でアウラは喜びのあまり身体に余計な力が入るのを抑えられずにいた。

 

 

 

 

まだモモンガたちに自覚はないが、NPCという存在はギルメンから褒められると危険薬物もかくやといわんばかりの喜悦を見せる。異業種ぞろいであるのに沈静化の兆しもないのは謎であるが、アウラとて『そうあれ』と造られた部分を創造主ととりわけ仲の良い御方から全面的に肯定されれば喜びも一入だった。今頃外壁の隠蔽作業をしているであろう弟にも、あとでお褒めの言葉を頂いたのを自慢してやろうと思うとニヤつきが止まらない。

 

 

 

余談だが、アウラが大きな優越感に浸っていられたのは弟にモモンガから至宝の指輪を下賜されたことを恍惚とした表情で語られるまでである。

 

 

 

 

しばらくすると神木として設置した一際目を引く大樹へと辿りついた。

 

(たしか”集会”はいつもこの辺って設定のはずだけど)

 

「おーいサカキー。いるかー?」

 

 

樹齢が百年を超えると精霊が宿り、千年を超えると神が宿る。この神木はそんな南部の言い伝えを参考に、現存する日本最後の国指定保全林である屋久島特有の杉をイメージしてこの森の心臓として植えたものだ。かの有名な杉は木片を科学的に調査したところ樹齢は四千年だったらしいが、直径から逆算すると七千年だともいわれている。そんな神が宿る木の分身設定となるNPCだから名前はサカキ。我ながら安直なネーミングセンスだがモモンガさんに比べればマシか、と自分を庇っていると、正面の奥からこれもまた巨大な木が二本の足でこちらに歩み寄って来るのが見えた。

 

 

「ここにおりますぞ我が主よ。む...しかしその闇森妖精(ダークエルフ)も一緒とは、集会でもなさるのか」

 

 

重々しくゆったりとしたその足どりと口調、当時脳内で思い描いていた姿そのままで動き出していることに新鮮な感動を得る。慎重で温和な性格だが怒ると地の果てまで復讐しに行く執念深さ、そして長く生きてるからほとんど個人の名前を覚えないって設定もしたかと記憶を手繰る。

 

 

「いや、アウラは散歩に付き合ってもらってるだけなんだ。集会はやらないよ」

 

 

言葉を交わしながらちらりとアウラを見やると、あからさまに不服そうな顔をしている。アウラからすればぶくぶく茶釜から授かったこの名を同じシモベから呼ばれないこともそうだが、なにより至高の御方を前にして歩きながら話しかけるという無礼な振る舞いが許しがたい。『そうあれ』と定められた姿でも、失礼だと思ってしまうのだから仕方のないことだ。

 

 

「サカキ、この子はアウラだ。ちゃんと名前で呼んであげてほしい」

 

 

注意しても軽く頭を揺らす程度なので、説得は早々に諦め改めて相手の全身を観察する。

サカキは植物系の精霊ではドライアードやトレント類の最上位にあたるエントという種族だ。レベルは75だが防御力のわりに攻撃力は非常に低く、一対一の直接戦闘ではプレアデスに負けるだろう。しかし専門は精霊種特有のスキルを用いて底上げされた足止めのトラップや各種状態異常とデバフ攻撃の嵐なので、こういった見通しの悪い場所での集団戦闘ではかなりの曲者である。

 

あの有名な1500人侵攻の際は、サカキ隊の足止め兼デバフをしている間にアウラのバフをかけまくった魔獣やマーレの範囲魔法コンボでそれなりに削ったくらいだ。フレンドリーファイアが有効な今はできない戦略だが、高い防御力にものをいわせ囮にしている隙にサカキごと攻撃をぶち込むのも効果があった。というのも例えば1時間に一回使えるスキル<精霊の根(エレメンタリールート)>は『行動阻害に対する完全耐性を有している相手でも5秒間地上に拘束できる』というものなので、マーレの地属性の魔法を確実に当てるのに相性が抜群だからだ。

 

 

 

 

 

「まあ、とりあえず元気そうでなによりだ。サカキはサイズ的にも速度的にも移動が不自由だから玉座の間でのあいさつに来れなかったし、今日はせっかくだから顔を見ておこうと思ってね」

 

 

「ううむ...この身体は気に入っておるが、〈真祖の大地精霊(トゥルー・ガイア・エレメンタル)〉殿を歩かせたとならば詫びねばなりますまい。主のように人や麒麟になれるのならばよいのだが...」

 

 

 

(うん?)

穏やかな会話の中で、何か聞き逃してはならない発言があった気がする。

 

「えっと、人や麒麟になれるっていうのは...?」

 

「何を仰る。主は地と木と水の精霊を司る神祖でありましょうぞ。生けとし生ける万物のものたちの声をきくため、現身のお姿をおもちのはず」

 

 

真祖の大地精霊(トゥルー・ガイア・エレメンタル)〉とは、ブルー・プラネットの特殊職業である。バフとデバフや防御強化に必要な特殊スキルなどを極めるため、土系・植物系・水系の精霊種族をそれぞれ上位種が取得できるまで15レベルずつ上げていったら選択可能になっていた。強キャラを育てるためには職業レベルを優先させ、種族レベル0も珍しくないという常識をことごとく無視した蛮行ともいえる。しかし結果としてモモンガのようにロマンビルドでありながら、サポート役としては優れた力を発揮する癖のあるプレイヤーに仕上がったのだった。

 

 

 

神が宿っている設定なはずのサカキがこちらに従順なのは、ギルメンということだけでなく精霊種としての格の問題なのかもしれない。ウルベルトいわくガイアとはギリシャ神話では大地の神らしい。

 

(人や麒麟...たしかにユグドラシル時代はフレーバーテキストでそんなこと書いてあったな)

 

 

現在アバターとしての彼の見た目は、端的に表現するならば「人型の霧」だ。

二足歩行で腕もあるし、頭部には口のような部分も見受けられる。きっとゲームの性質上、装備を反映させるには人型が便利なのだろう。外装は課金である程度いじれるとはいえ、はっきりとした人や麒麟になれるのは種族設定にある説明文の中でのみの話なはず。

 

 

 

 

そう、人や麒麟になるなんてあくまでゲーム内での設定なはず。

 

(えっ)

 

しかし自分が麒麟になることを想像した次の瞬間に、いとも簡単にそれは起こった。淡い光に包まれたかと思うと、急に手足の感覚が変わり今はとても頑丈そうな四本の脚で地に立っているのだ。目線は2m半ほどまで高くなり、頭には神聖な角の重みを感じる。

 

 

(おお、本当になれるんだ...!麒麟は東洋では神聖視されることもある生き物だったけど、西洋寄りのユニコーンでなくこっちを採用するとか運営もよくやったもんだよ)

 

 

変化が起きてもあまり驚きがないことに違和感をもちつつ首が回る範囲で興味深く初めての身体を観察していると、アウラが興奮気味で近づいてきた。

 

 

「ブルー・プラネット様すごいです!!こんなに角も毛並みも立派で美しい麒麟のお姿なんて、私初めて見ました!色も金・銀・黒でとてもおきれいですし、なにより大きくてかっこいいです!!」

 

 

...うん、まあこういうレアな動物ともなれば本職である魔獣使いの血が騒ぐのだろう。わあ~、などと年相応に声を出しながら凝視されると、さすがにこちらも恥ずかしい。けれども子供の好奇心は心ゆくまで満たしてやるのが大人の務めだ。

 

 

「じゃあ次は人になってみるか」

 

 

そろそろ満足しただろうと見切りをつけ、先ほどと同じ要領で人になるイメージを固める。またも淡い光に包まれ、今度は長年を共にした馴染み深い感覚が訪れた。

 

 

「ふむ...ふむ...そういえばわしも主の仮のお姿は初めて見ますのう」

 

 

アイテムで鏡を取り出し確認すると、人の姿はどうやら二十歳前後で神秘的かつ中性的な面持ちの青年のようだった。不思議なことに美形と思えば忘れられないほどの美形だが、凡庸と思えば記憶に残らないほど凡庸な顔に見えてしまう。体は銀に近い色白で透きとおった肌に髪の毛と瞳は闇のような黒、さらにわずかながら周囲に金色の光が浮いているのがちらほらと目に入る。人の形でありながら、一目でただの人間ではないと分かる状態だ。ちなみに装備は麒麟の時のみしまわれるようだが、人型の状態では自動的に標準設定したセットが換装されるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り吟味したら知らない自分の発掘はこれくらいで後回しにして、そろそろ今日の本題を片付けようと元の人型の霧状に戻る。

 

 

「なんか脱線してしまってごめんね。さて、実はサカキにお願いがあるんだ」

言いながら数種類の種子を差し出した。

 

 

「ナザリックの現状はきいてるね?今この世界には僕たちには分からないことばかりだ。だからこの森林部では、こちらで採取したあらゆる種類の動植物の育成と分析をしてほしい。各種必ず育成段階に魔法を行使するものとしないものとで分けて経過観察し、細かく報告すること。観察項目はあとでリスト化したものを渡すけど、思いつくことがあればどんどん提案してくれるとうれしい。...ここまでで質問は?」

 

 

いけないいけない、つい自然科学関係の話になると熱が入りすぎてしまう。いっきにまくし立てすぎたかと一呼吸おいて間をとったが、老熟なエントはよく理解できているようだ。

 

「ふむ、数にもよろうがそれにはいささか人手が足らんようじゃのう、主よ。それに森の在り方に関わるならば”集会”を開く必要がある」

 

 

森の意思を決める”集会”はエントの風習だ。

想定していた内容に笑みがこぼれる。

『説明に先回って質問できるのはいい生徒の証拠』

昔やまいこさんと交わした教育談義をふと思い出しながら説明する。

 

 

「うん、それは分かってる。だから動物部門はこのアウラ、植物部門はサカキが担当責任者として互いに協力しながら現場監督をしてもらい、全体の指揮は僕がとる予定でいる。そしてサカキのところは持ち回りで一般メイドが手伝ってくれるし、植物を植える場所は森林外部の闘技場付近に準備しておいた」

 

 

アウラには事前に説明してあるので取り乱すことはない。もうすっかり準備万端で完全にやる気でいることが伝わったのか、大木は口元に生えた苔をまるで髭のようにさすりながら愉快そうに笑いだした。

 

「ふむ、ふむ。では童の相手は任されましたぞ」

 

 

 

思わぬ収穫もあった第六階層訪問は、こうして無事にその目的が達成された。

 

 

 

 

 

 

 




縄文杉はホントに樹齢七千年説があるそうです。すごい

今回の『最後の国指定保全林』とかサカキやブルー・プラネットさんの種族・スキル・ギルメンとの関係等はほぼ捏造です。人化や麒麟化がお気に召さない方は、まあ自分も勝手に頭に浮かんできただけなのでどうしようもない、とだけ...


そろそろブルー・プラネットさん呼びが長くて面倒だし、一人称「僕」の違和感すごいので次回幕間で補完します。


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幕間~麒麟の憂鬱~

前回の後書きで宣言した通りです


絶世の美女とことあるごとに目が合う。

ふと視線を感じてそちらを見ると、熱い眼差しがあるのだ。

それだけで大抵の男は恋に落ちるだろう。

 

 

 

相手が首無し騎士(デュラハン)でなければ...

 

 

 

 

 

___

__

_

 

 

コンコン

 

このナザリックではノックの音だけでその扉の先にいるのが礼儀作法に長けた者だと分かる。扉そのものの材質が良いのだろうか、いつもながら不思議な技術だなと感心しつつ来訪者の名を告げた側仕えの一般メイドに入室の許可を出す。

 

 

その来訪者はノック同様に優雅な足音を響かせ、ブルー・プラネットが大気組成の分析作業をしている机の正面から少し離れた位置で跪いた。一連の動作の中棘つきの無骨なガントレットがメイド服に引っかからないよう器用に立ち回っているが、その一挙手一投足は美しさを欠片も損なっていなかった。

 

 

「ユリ・アルファ、御身の前に」

 

ブルー・プラネットは手を止めて机の前まで進み出た。

 

思えばこうしてしっかり対面するのは転移してから初めてかもしれない。

彼女は細身ではあるが女性らしさにあふれた肢体と、知性を醸し出す眼鏡の奥に慈愛に満ちた瞳をもっている。カルマ値が極悪上等のナザリックにおいて今後その瞳に映る光景は必ずしも手放しで歓迎できるものばかりではないだろう。モモンガやウルベルトと違いカルマ値が中立なブルー・プラネットは、かつての同業者が残していったこのメイドのケアは自分がやるしかないなと決意を新たにした。

 

 

「お疲れユリ、ずいぶんと早かったけど仕事は大丈夫か?」

 

実際つい先刻『手が空いた時に来て』と呼び出してからまだ5分も経っていない。

 

 

「ぼ...私共は至高の御方にお仕えすることこそが存在意義。労いやお気遣いの御言葉など不要にございます」

 

案の定、謙虚や低姿勢の度を越した返答が来る。NPCたちのこの態度には特に元営業マンのモモンガは辟易としていた。

 

(それでも上位者ロールが崩れないんだから、ギルマスには本当に頭が下がる)

もう少し軟化させたいが、しかし意識改革というものは一朝一夕でなし得ることではない。社会人ギルドでもあったアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは日々の仕事の中での経験や、ゲーム内でも異形種狩りに悩まされたこともあり偏見や思い込みなどには根気強い対応が必要だと理解している。

 

「まあそんなこと言わないで気を楽にしてほしいんだけど...」

 

そうしてやや間をおいてから真剣な空気をつくると、雰囲気から何事かを感じ取ったようでユリも再度姿勢を正す。

 

 

「最近ユリからとっても視線を感じるんだけど、どうしたんだろうと思って。ああ、そんな顔しないで。別に不快だとか思ってないし無理に全部話せとも言わないよ。ただ単純に気になるし、ユリが何か嫌なことを我慢してるなら僕もどうにかしてあげたいだけだから。それはモモンガさんやウルベルトさんも同じ気持ちだよ」

 

話している途中ユリが『やってしまった!』みたいな顔になったが、とりあえず言いたいことは先に言わせてもらった。

 

 

そう、転移してからこちら、九階層を歩いていたりプレアデスを集めて指示を出したりするたびにユリからの視線を感じていたのだ。これほどの美人に見つめられるのはまんざらでもないが、憧憬や恋慕といった表情ではなく『話しかけたいが躊躇している』といった様子なので、彼は安い男のよくある勘違いなどはすることもなく上司として問うてみようと考えた。

 

 

 

「...至高の御方のお手を煩わせてしまうなど、メイドとしてあるまじき無礼をお許しください。この頃ブルー・プラネット様を見ておりましたのは、実は...その...ずっとブルー・プラネット様にお伺いしたかったことがございまして...」

 

 

遠慮気味なもののどうやら無事に核心を聞き出すことができそうだと安心し、続きを促す。

 

「いいよ、知ってることなら何でも答えるから。言ってごらん」

 

ユリは一度目を閉じ、意を決して尋ねてきた。

 

 

 

「ブ、ブルー・プラネット様は『ぼくっこ』なのでしょうか!?」

 

 

 

 

_

__

___

 

 

 

 

 

 

円卓の間で三人の定例会という名の休憩をしながら、ブルー・プラネットは二人に先ほどの出来事を語った。

 

「えっ、ユリがそんなこと訊いてきたんですか!?」

 

「ぶふっ...くくく...そんな面白い、いや大変なことがあったのならたしかに我々に報告しないとですね」

 

 

モモンガさんは純粋に驚いているようだが、ウルベルトさんは絶対に楽しんでいるな...

 

「いや笑い事じゃないですよ。アインズ・ウール・ゴウンで一人称が僕だったのはやまいこさんと自分だけでしたし、やまいこさんとぶくぶく茶釜さんが『ぼくっこ最強説』を唱えてたのを覚えていたらしくどうやらずっと気になってたみたいです。そのあと一応ユリに『僕っ娘』の本当の意味を教えてあげたら気の毒なくらい真っ青になって...とりあえず誤解が解けてよかったけど、あんなに疲れる質疑応答は教師時代にもなかったよ...」

 

 

深いため息をつくブルー・プラネットを見て、やっとウルベルトも心労を察したようだ。

 

「でも実際俺やモモンガさんも知らないうちにあらぬ誤解をされてるかもしれないし、他のプレイヤーがうちのNPCと接触したときに間違った情報を渡さないよう注意しないとな」

 

「ウルベルトさんの言う通りですね。じゃあアルベド...は統括が忙しそうだから、デミウルゴスにナザリックの意識や知識調査を頼んだらどうですか?」

 

 

明日は我が身な出来事だといち早く気づいたモモンガの提案に反対意見はなかった。何も知らないうちにナザリックで最もこの三人を誤解している存在に調査を託すことが決定したが、残念ながらそれを指摘してくれるものはどこにもいない。

 

 

ふとモモンガは気になったことがあり質問をぶつけてみた。

 

「でもブルー・プラネットさんって一人称が僕ですよね...こう言ってはなんですが、オフ会で見たときは非常に立派なお身体でしたので『俺』とかの方が似合ってる気もしますが...」

 

 

傍目には全くもってその通りだろう。亡き妻にも外見と喋り方のギャップをよくからかわれたものだ。

「それはよく言われます。でも元来気の小さな性分でして...それに教員時代に子供が怖がらないよう目線を合わせるためにずっと一人称を僕にしてたら、そのまま板についてしまっただけなんですよ」

 

苦笑しながらユリにもした説明を繰り返す。職業柄が普段の会話にも反映されてしまうのが同じ社会人の二人にはよく共感できたようだ。

 

「そうだったんですか。私も営業職でしたから、もう丁寧な話し方が自然体なんですよね...その反動で魔王ロールが好きになったのかもしれません」

 

「俺は機械やプログラミングをしてたから他人との接点が少なかっですね。だからしっかり丁寧な話し方しようとすると悪魔ロールのときみたいになってしまうんですよ」

 

 

それからはお互いのリアルでの生活についてで盛り上がった。暗黙のマナーとしてゲームにリアルは持ち込まないということもあったが、異世界に来てたからこうして友人たちの知らない面を知れたことに三人とも少なからず嬉しさを感じられた。

 

 

「そうそう、さっきの一人称の話にちょっと関係するんですけどね」

 

急に人型の霧が右手らしきものを挙げて発言する。

 

「僕だけ名前呼びづらいでしょうから、短くしませんか?」

 

 

唐突ではあったが、その意見には正直二人とも同感だった。

 

「そうさせてもらえると助かりますね。じゃあなんとお呼びすれば?」

 

「なんでもいいですよ。そちらのお好きなように」

 

呼び名をこちら任せにされたのでしばらく考え込み、おもむろにウルベルトが提案した。

 

 

「...キリンさん?」

 

「ぶはっ!」

 

...彼は骨の身体のどこがむせたのだろうか。それよりも。

 

「ウルベルトさん、たしかに麒麟になってみせましたけど、それはないでしょう」

 

「すみません、あまりにインパクトが強すぎたので。でもモモンガさんとは名前で、僕とは種族的に動物つながりですよ」

 

 

『何でもいい』には信頼に基づく言葉だ。それを分かっててわざとふざけているらしい。

 

先日第六階層から帰ったあと二人にもフレーバーテキストが忠実に再現されていることを報告し、その証拠として麒麟や人に変化してみせたのだ。唖然としている両者だったが、むこうもパッシブスキルやマジックアイテムの検証結果を教えてくれてこちらも驚いた記憶がある。当初はカッコイイと持て囃してくれたが、日常生活は不便なうえ骸骨と山羊と麒麟の組み合わせがシュールすぎるので普段は原形である霧状のままでいた。

 

「あ、沈静化された...」

 

とか呟いてるギルマスはおいといて、仕方なく自分で決めることにする。

 

「シンプルに『ブルー』でいいです。普通におねがいします。」

 

「分かりましたブルーさん」

 

 

こうして夜は更けていく...

 

 

 

 

 

 

「キリン・ブルーなんてどうですか?」

 

「モモンガさん?」

 

 

 




とりあえず序盤はこれにて終了です。
今さらだけどここまで捏造設定多いとオリ主にした方がよかったのかも...
次話は一か月後のナザリックから物語スタートです。
色々といっきに展開します。



...これ需要あんのかな?


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ブループラネットの布石
陽王と陰王1


嘘ついてすみません。書き溜めちゃんと読んだら今回思ったより文字数あったので、大きな展開は次話に持ち越しました。

戦闘シーンやナザリック無双をお待ちの方は次話にご期待ください。


転移から一か月半後......

 

 

 

 

夜も深く森からは梢のざわめきしか聞こえなくなった頃、ナザリック表層部で三つの影が星を見上げながら談笑していた。

 

アンデット・悪魔・精霊と、三者ともに種族特性として睡眠不要なためここしばらくは昼間にお仕事、夜間は共有のための報告会といった日々を送っている。ちなみに報告会が終わればギルメン会議と銘打って必ず三人の時間を設けていた。

 

 

そんな毎日が一週間経った頃

『せっかく星がキレイなんだから夜空を見ながら話しましょうよ』

とロマンチックな口説き文句でブルー・プラネットが提案してきたのだ。リアルの世界では不可能だった贅沢な空の楽しみ方に反対する理由もなく、以後雨天時以外は基本的に星を見上げながらの会合となっている。一応室外ということで感知魔法に対しての攻性防壁と会話漏れを防ぐ静寂(サイレンス)をかけてはいるが、支配者ロールの不要な心休まる時間を失わないよういつもシモベは遠ざけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、でもようやくこの世界のことが大体分かってきましたね」

 

 

「まあウルベルトさんは王国担当でしたから地理的にも近くてわりと早かったですもんね。私も帝国は法整備がしっかりしててトップが分かりやすかったから楽でしたけど...」

 

 

そう言ってちらりとブルー・プラネットの様子を窺う。

 

 

「お二人はいいですよね...僕なんかガチ宗教団体相手で、しかもプレイヤーの匂いがぷんぷんしてる法国ですよ。最初は一番楽だと思ってたのになあ...」

 

 

 

 

 

あれから数々の実験の果てに”この世界がユグドラシルではないどこかの現実である”と最終結論が出てから、ひたすら情報収集に勤しんだ一か月だった。外に出るのは控えてほしいとNPCからの懇願に近い要望もあり、三人はそれぞれ傭兵NPCを十体ほど召喚し、魔法やマジックアイテムで感覚を共有しながら周辺を検めていくという手段をとった。途中からモモンガとウルベルトは<記憶操作>のコツをつかみ、ブルー・プラネットは<精霊召喚>を上手く用いて効率的に進めていったが、中世ヨーロッパに魔法を加えた風のこの世界では個人の知識は非常に狭く情報伝達の仕組みも未発達なため序盤はかなり苦戦したものだ。

 

 

本格的な調査を始めた頃は緊急事態に備え各自の操るシモベを固まって行動させていた三人だったが、すぐに分担作業の道を選ぶことになる。というのも最初に見つけた村で虐殺劇を繰り広げている騎士たちのレベルの低さに肩透かしをくらったり、周辺国家最強と名高い王国戦士長なる者が現れレベルの低さに呆気にとられたり、その戦士長を狙ってきた精鋭を揃えた秘密部隊だという魔法詠唱者集団のレベルの低さに呆れたりしたからだ。

 

 

しかし弱さに反して特殊部隊所属の彼らからは周辺地理について貴重な情報をたくさん頂いた。そこからナザリックから見て東方の鮮血帝が統治する『バハルス帝国』はモモンガが、王政が弱く貴族が腐っている『リ・エスティーゼ王国』はウルベルトが、そして神官長という聖職者たちの会議で国を動かす『スレイン法国』はブルー・プラネットがそれぞれ情報収集を担当し、分担作業によってスムーズに事を運ぶことができた。

 

ちなみにあのニグンだかサングンだかはまだ生かして有効活用させてもらっている。

 

 

 

 

「ま、まあでも戸籍管理は法国が一番しっかりしてましたし、最初はかなり助かりましたよ!」

 

 

一番のハズレくじを引いた友人をモモンガは必死にフォローする。日本でも電子化が進むよりもっと昔は、寺請制度など宗教関係の施設が戸籍管理を行っていたという。法国も熱心に六大神なるものを信仰していたり国策により優秀な戦力を育成したりといった背景から、近隣諸国に比べかなり正確に人口や家系を把握していた。おかげで初期の有益な情報はほとんどブルー・プラネットがもたらしたと言っていい。

 

 

 

ところが途中で商人として潜り込ませていたセバスに対しての高位の監視魔法を感知し、さらに70Lv.の隠密に優れた傭兵NPCが法都の神殿の調査中に二体も消されるといった事態が起きた。この世界で初めて強者の存在を確認したため、現在は慎重を期して停滞気味である。おそらくは漆黒聖典なる部隊の例の”ヤツ”だろうが、他人の記憶を見ただけではレベルまでは分からない。なにより...

 

 

「いやあ調査は今アウラとマーレに作ってもらってる仮拠点が完成すれば、あとはローリスクで再開できるんですけれど...」

 

 

「...やっぱりアルベドとデミウルゴスですか」

 

 

 

 

”異形種の排斥”というスレイン法国の国策が、ナザリックに属するシモベたちの逆鱗に触れたようである。

 

竜王国を担当しているアルベドと聖王国を担当するデミウルゴスは定例報告会でこれをきいた次の会で、[法国総駆除計画]なるものを立案してきた。その二人だけでなく賛同する他のNPCまで宥めるのに一苦労した記憶はまだ新しい。

『下賤な神を崇拝する下等種族が』とか

『万死に値する愚劣な思い上がりには、凄惨で苛烈な罰を』とか、笑顔なのに滲み出る怒気はすさまじいものがあった。

 

ぷにっと萌えのかつての教えを引き合いに

『表立って敵対したり攻撃するのは相手戦力をよく分析してから』と説得すると渋々引き下がったが、デミウルゴスが『では侵攻の際はぜひ我々にお任せください』と時限爆弾を設置していくし始末に負えない。

 

 

「あんなに頭の良い子達を抑えておくなんてムリです。そもそもまずはこの世界のことを調べるってだけのつもりだったのに、なぜかシモベたちは世界征服前提みたいですごくやる気になってるし...ホント助けてください」

 

 

 

 

精神疲労の一端を担う『シモベたちは世界征服前提』というブルー・プラネットの言葉に、なんだか思い当たる節があるウルベルトはかなり焦った。

 

 

 

 

 

 

 

そう、あれもつい最近の出来事だ。自室でアルベドと二人きりになったときのこと。彼女はなぜか部屋付き当番の一般メイドを追い出すように部屋の外に下がらせると、わずかに頬を染めながら急に甘えたような声を出して迫ってきた。

 

 

『あの...ウルベルト様。以前ウルベルト様が仰られていた世界征服というお望みについてでございますが...僭越ながら現在私が、そう !わ た く し が!その崇高なる目的を達成するためシモベ達に指示を出しておりますので、皆きちんと御方の御意思を理解し円滑に行動しております!いずれ必ずやウルベルト様にご満足頂ける成果を御覧に入れて見せます!!』

 

 

急な口調の変化に関する不自然さはまだしも、言い終わるや否やぐいぐい頭を近づけてくるので角がこちらの胸にあたるのではないかと心配になったほどだ。何と答えたものかと迷っていると、デミウルゴスが珍しくノックしてすぐに返事を待つことなく入室してきた。

 

苛立ちが見え隠れしつつも紳士的な態度を崩さぬ自慢の我が子は、断りを入れてからアルベドを連れ出していった。直後に廊下から『もう少しで至高の頭なでなでが...!』『我が主に色目など...!』『恋路の邪魔を...!』『そもそも手柄の独占は...!』など熾烈な応酬があったが、俺は何も知らないし何も聞こえていない。面倒になったので世界征服云々はうやむやにしてしまったことを、ウルベルトは今とても後悔している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...あいつらに意外と壁は薄いんだってことを教えてやらんとな」

 

「「?」」

 

ウルベルトの脈絡のないセリフに二人は首を傾げる。

 

 

 

「あー...なんでもないです。それで、まあ元々俺はユグドラシル時代から狙ってましたからね、世界征服。実際ここはレベルくそ低いからそんなに難しくないですし、ギルメン探すには悪くないと思いますよ。それに法国と評議国以外はもう手は打っちゃってますし」

 

 

とりあえず自分は賛成しておくしか道はない。実際にその誘惑が己の心に妖しく芳しく香ってくるのを自覚している。ならば悩むまでもないだろう。己の欲望に忠実な悪魔となっているウルベルトは、ここに災厄の名にふさわしい覇道を歩む覚悟を決めた。

 

 

「そうですよ。情報も集まってきましたし、いつまでもコソコソ隠れていてはアインズ・ウール・ゴウンの名が泣きますからね。ウルベルトさんのお望み通り、こうなったら世界の一つくらい手に入れてやりましょう」

 

 

加えて願ってやまなかった仲間との再びの冒険に、我らがギルマスはもうノリノリなようだ。ギルメン探しという本懐達成のためのメリットがあり、皆の期待に答えようとする鈴木悟の性質を考えれば彼が反対する理由などないも同然だ。二人目の賛同を得たので、世界征服の是非については多数決というギルドのルールに照らし合わせれば結論は出る。それでもモモンガとウルベルトは残る一名が嫌がるならば無理に実行する気はなかったが、そんな配慮も不要だった。

 

 

「...いえ、まあ、実は僕も賛成なんですけどね」

 

 

渋々ひねり出されたその言葉に、二人はひどく驚いた。そもそもブルー・プラネットはそんなことに興味がないだろうと心のどこかで決めつけていたからだ。

 

 

「なんて言いますか...すみません、正直意外です。ブルーさんも世界征服にご興味があったとは」

 

「興味があるといいますか、いや男のロマンや征服欲みたいなものを感じたわけではなくてですね...僕の目的は支配ではなく、この大自然をどうにかして守ることなんです。」

 

そうなればなんとなく納得ができてきた。

「なるほど。つまり世界征服したら各国に自然保護の法令を設けるわけですね」

やはりそこに繋がっていくのかと、異世界に来ても異形種になってもらしさを失わない仲間がなんだか無性に頼もしく思えてくる。

 

 

「ええもちろんそれもあります。しかしお二人とも、元の世界を思い出してください。自然界の最大の敵は何か。それは自分勝手な人間が使う、よく発展した科学なんです。少なくとも『自然』という言葉の対義語が『人工』と定義されてしまう程度には、人間という生き物は環境を破壊できます。だからあの世界で起きたことをこっちで防ぐために、その危険性を知る者が適切に科学や魔法の進歩を管理しないといけないんです」

 

 

空に輝く星を霧の手でなぞるようにして見上げながら、静かに、そして強く言い切った。先に賛成の立場を表明していたはずの二人にも伊達や酔狂などでは済まない鋼の意志が伝わってきたため、改めて真剣にこの世界と向き合うため気を引き締めた。

 

 

「...そうですね。たしかにこの一か月ずっと『自分たちは普通の一般人だったのに』って言い訳しながら過ごしてきました。初心は大切ですが、巨大な組織と力をもった以上、それに伴う責任と自覚が必要なのかもしれません」

 

 

リアルでは反体制の活動団体に所属し、既得権益の上に胡坐をかく権力者と戦ってきたウルベルトには人一倍思うところがあるのだろう。ゲームの中でしか表現できなかった”悪”の本質を、この現実でまた昇華させていくに違いない。

 

 

 

唯一自身の欲や理想ではなく『皆と一緒にいたいから』という理由で賛成をしているモモンガは、それでも一見して突拍子もないその目標に誰よりも乗り気だった。

 

この二人とならやれる。俺は今一人じゃないんだ。

沈静化されても胸の奥から次々にあふれ出てくるよく分からない高揚感に身を任せ、モモンガは立ち上がって拳をかざし叫んだ。

 

「それでは景気づけにいっときましょうか!我らの手で理想の世界を!」

 

「「理想の世界を!!」」

いいですねえ、と嬉しそうに二人も続けてくれた。

 

 

 

 

気付けばもう空は青白くなり、星の輝きを覆い始めている。

 

「あ、もう朝になってしまったようですから今日はこの辺でお開きにしましょう。僕は今日は予定通り、法国を釣り出すための生餌その1を作りに行ってきます」

 

 

 

そうして骸骨と山羊と自然科学者が親睦を深めた次の日、ブルー・プラネットは二人の階層守護者と合流するため南へと発った。




なんか書いてて不自然だから、会話文は「ブルーさん」「ブルー様」で、地の文は「ブルー・プラネット」にしようかなと思います。というかもっと早く展開させるつもりだったのに...色々と思い浮かんでしまいあれもこれもって駄文が増えるのは困りものです。読みづらい文になってしまいました。

というか
敬意を示しつつツンデレ、って難しすぎません?


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陽王と陰王2

エルフの国のオリキャラ回です。
エルフに関して大森林や湖の名前以外ほぼ捏造なのでご注意を。

諸々のネーミングセンスに関しては...はい。


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スレイン法国の南側に位置するエイヴァーシャー大森林。その広大で深緑豊かな土地の中に、三日月湖と呼ばれる湖が存在する。本来であればそこは青く澄んだ水をたたえており、それを飲みに獣や魔物が訪れる憩いの場だった。

 

 

そこへ北方のトブの大森林から世界を滅ぼす魔樹に住処を追われた闇妖精(ダークエルフ)が辿りつく。彼らは枯れた故郷の地を諦め、新たに国を築き三日月湖をその中心とした。そして力ある四人の存在を旗にまとまり、その内抜きん出た一人の強者が始まりの王となる。新王の即位とその超越的な力の下に、一族はようやく安寧を得ることが叶った。

 

 

 

しかしそんな束の間に訪れた闇妖精(ダークエルフ)の平和な日々も、新王が引き金となった戦争の幕開けとともに終わりを告げる

 

 

 

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現在ここエイヴァーシャー大森林にて、初期の頃よりかなり人口が増えた名もなき闇森妖精(ダークエルフ)の国とスレイン法国とが長きに亘り戦争に明け暮れていた。

 

 

闇森妖精(ダークエルフ)側の首都に近い三日月湖のほとりで矢傷を洗いながら、ドルトは整った色白の顔に暗い影を落としていた。

 

(法国が新しく派遣してきたあの聖典が強すぎる...!陛下に参戦して頂けないのなら、このままでは本当に首都が陥落してしまうぞ!)

 

 

 

既に自国の敗北を色濃く感じているこの男ドルト・ファーヴル・ブンデスは、現在スレイン法国戦において計四師団からなる内の第二師団団長を任されていた。ドルトは一族の中でも特別秀でた才能をもって生まれ、第二位階までの魔術を操るだけでなく一流の小太刀と短曲刀の双剣使いという、指揮官としても一戦士としてもこの戦争では欠かせないほどの信頼を一身に集めていた。そもそもこのエイヴァーシャー大森林内に住む闇妖精(ダークエルフ)は基本的にエスパニ家・ブンデス家・プレミ家・セリエ家の4つの貴族家の内どれかに帰属している。各家系が中心となって師団を編成するので、その師団の団長ともなれば一族だけでなく種族全体の中でもかなりの地位に相当するはずだ。さらには第一勢力のエスパニ家の家長が現在の王なので、第二勢力家の家長となったドルトは実質国王の次に発言力をもつ人物ということになる。

 

 

 

しかしそれも戦争に勝ってこそだ。屍の上の権力者など、何も守れぬ己の無能を晒しているようなもの。

 

(王は我らを滅ぼす破滅の王となられるのか...)

 

本音を言えば士気を上げるためにもそろそろ前線へと加わってほしい。が、貴族の矜持としても師団団長の責務としても、王に泣きつき駆り出てるような真似をするのは恥でしかないのも分かる。我々は亜人や獣ではないのだ。王とは誰より前に出て戦うものだなどと、本能に従うだけの愚かな常識など持ち合わせていない。

 

 

(しかし、あれだけの力をお持ちであるのに...!)

 

だからこそ、と思ってしまう。だからこそ知性ある種族の王が戦うとき、そこに特別な意味を持たせられるのだ。王が力ある御子を求めていらっしゃるのは理解できるが、戦に敗れてしまえば元も子もないはずだ。なのに国を憂うどころか女をどんどん激しい戦場に送り出し、無駄死にさせてしまっている。

 

物思いに耽っていると、伝令が慌てふためいて急を報せに来た。

 

「バイエル副団長より緊急の伝令です!左軍の監視が抜かれ、中央軍が背後をとられかけているとのこと!」

 

「分かった!すぐに野伏の部隊に継続的に奇襲させ、バイエルに中央軍の後方を指揮させろ!私の直轄部隊も奇襲に向かう!総員即刻準備せよ!」

 

 

生きて帰れれば何度目かも分からぬ上申を行おう。尽きぬ不安は頭の隅に置いて、一切の躊躇なく指示をとばす。傷は癒えず身も心も休まらないが、一度戦場に出れば油断の先には死が両手を広げて待っているだけだ。ドルトは疲れきった身体にムチ打って、騎獣の背に飛び乗り再び前線へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇襲はどうやら間に合ったようだ。

そこら中で背を向け散り散りになって逃げていく法国兵を見て、安堵のため息を吐く。

まだ目の前には四人ほど残っているが、この程度造作もない。

 

(やるか)

 

腰を落とし武技<肉体向上><疾風加速>を発動すると、すぐさま相手の懐に飛び込んだ。虚をつかれた敵は互いの距離を測りながら得物を振るうが、短曲刀と小太刀の二刀流で水のように滑らかに動くドルトを捉えられない。

 

「ふっ!」

 

最初の踏み込みで最も近くにいた戦士の鎧の首の隙間から小太刀を突き立て、連携攻撃をしてくる槍使いの迫る穂先をかいくぐり<斬刃>を発動しながら動脈のある腕と脚の付け根に短曲刀を滑らせる。動かなくなった両者を尻目に動きの遅い重戦士にフェイントをかけ、左に避けると後衛で呪文を唱えていた魔法詠唱者(マジックキャスター)に背に隠していた短刀を投擲した。そのまま命中するのを見届けることなく、最後に残った自分の戦闘スタイルとは相性の悪い重戦士を<植物の絡みつき(トワイン・プラント)>で動きを止め、指を切り膝裏を刺し抵抗を封じてから兜をとりとどめをさす。

 

ものの数秒であっさり片付けたドルトの手際に、周りの兵から歓声が沸き起こった。油断なく四人の死を検め、武器を収めると再びため息が出る。

 

 

遮蔽物のない平地であれば、挟み撃ちや別動隊はすぐに察知し対応が可能である。しかし草木生い茂る大森林ではとにかく見通しが悪すぎて早期の発見が非常に困難なのだ。もし斥候や監視の目を盗んで裏をとれれば、そこから攪乱や兵站の妨害活動などでかなり戦況を有利に運ぶことができる。

 

そうしたゲリラ戦が得意とする種族は元々森妖精(エルフ)族の方だったが、法国側が少数精鋭の特殊部隊を投入してからは立場が逆転し始めてしまっている。今ではお互いに奇襲のかけあいと、部隊の目となる斥候の潰しあいが熾烈を極めていた。

 

 

本軍に合流すると参謀本部の天幕へ着くまでの時間すら惜しい。

「バイエル!被害の報告を!」

 

「はっ!こちらは中央軍700と左軍500に加え左軍連隊長マイン討ち死に!裏に抜けた法国軍は800程度で、現在ほぼ壊滅させましたが特殊部隊らしき者たちは取り逃がしたとのこと!」

 

 

即座に後ろから声をあげるこのバイエルは、息もつかせぬ連撃と闇妖精(ダークエルフ)随一のスピードで敵を鮮やかに葬る強力な戦士だ。その俊敏なイメージにそぐわず堅実な状況判断能力と慎重な性格を併せ持っているため、ドルトの最も信頼する副官であった。

 

「ちっ、思ったより被害が大きいな...予備軍から援軍を出すか」

 

「であればシャルがよいかと。彼女は防御に秀でた指揮官ですので、穴埋めに最適です」

 

「よし、ではすぐに伝令を走らせよ」

 

「既に向かわせております」

 

これは通常時であれば上官に無断で軍を動かす重罪だと裁かねばならないが、こういった一刻を争う場ではとてもありがたい。

「...あいかわらず電光石火の働き、見事だ」

 

「恐れ入ります」

お咎めなしでむしろ褒めているというのに、眉一つ動かさず簡素な謝意を述べる部下に苦笑を禁じ得ない。

 

 

 

 

 

続けて右軍の状況を尋ねようとすると、前方から大きな音が聞こえてきた。

 

わずかな時間を空けて何か凶暴な魔獣の咆哮のような雄叫びがあたりに響いたと思ったら、立て続けに地響きや悲鳴、突風が木々を揺らす音なども耳に届く。自身も周囲も事態が呑み込めないでいると、前衛にいるはずの歩哨や長槍隊などが規律や命令をことごとく無視してこちらの脇を抜け奥へと走っていく流れができ始めた。

 

 

「どうした!?何を見たのか説明しろ!」

 

さすがに尋常ではない気配を感じ取り、前方から死に物狂いで逃げてきた兵をつかまえ何が起きたのか問い質す。しかし腕をつかまれた女性兵士はよほど混乱しているのか、言葉がきちんとした文章になっていない。

 

「ド、ドラゴンが!王の子、二人、そ、それにあの化け物たち!死ぬ!あんなの勝てるわけない!」

 

それだけ叫ぶように答えて、腕を振りほどき去っていってしまった。

 

 

 

「...ドラゴンに類似した魔物かもしれん。ともかく何か予想もできない異常事態が起きたようだ。今後の戦況に関わるかもしれない、直接確かめに行くぞ」

 

まったく運が悪い、今日は次から次へと危うい展開ばかりに見舞われる。努めて冷静を装いながら、人波をかきわけ騎獣を流れの逆方向へ進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして法国と向かい合う最前線まで来たとき、ドルトは自分の目を疑った。

 

「なっ!?」

 

百歩、いや千歩譲って巨大な狼や不思議な色の爬虫類はいい。

 

そこにいたのは見るからに強靭そうな筋肉と勇猛な体躯をもち、それを宝石のごときアメジスト色に輝く鱗で覆った、知らぬ者はない伝説に謳われる存在であるはずの本物の(ドラゴン)だ。その寿命は千年をゆうに超えると言われる。瞳には超常の生物のみが許される全てを見下すような傲慢さと知性が宿り、魂の底から本能へ訴えかけてくるほどの威圧感(プレッシャー)に震えが止まらない。

 

それだけならまだ、何か自分などには計り知れない事情で噂に高い評議国の真なる竜(ドラゴン・ロード)が来たのだと己を騙せた。しかしその背には二人の闇妖精(ダークエルフ)の子供と、男性と思しき人間が乗っているではないか。それに竜がまるで飼い主にじゃれつく仔犬のように背の者たちに顔を擦りつけている光景もにわかには信じがたい。

 

 

とびきり性質(たち)の悪い冗談だろう。

そうでなければ高位の幻術だ。

 

 

 

彼らは何者なのか、どこから来たのか、どちらかに肩入れする気なのか。至急問わなければならないことが多すぎる。とりあえずは同族ならば話しかけてもいきなり殺されることはないだろうと、萎える勇気を限界まで振り絞り一歩踏み出した。

その瞬間、それが合図だったかのように急激に周囲の様子が変わっていく。子供の片割れが腰に携えた大きな巻物を開くや否や急激に空の色が茶色く濁っていき、樹海だったはずの四方から植物が消え失せ乾いた岩肌が露わな不毛の地へと変貌を遂げる。

 

 

「総員、防御態勢!」

 

 

戸惑いや不安に押しつぶされそうになるが、培ってきた経験によって反射的に部下に命令を下した。気づけば空中に人間の男と闇森妖精(ダークエルフ)の少女が浮かんでいる。もう一人少年がいたはずだが、魔獣や竜もろともどこにも見当たらない。

 

「派手な登場から5分、探知も接触もなし。山河社稷図使用、アウラより報告で回避者なし。予定通りいきます」

男の方が頭をおさえながらぶつぶつ独り言を呟いている。現状は把握できていないが間違いなくこの男が何かやったのだろう。見渡せばかなり広い範囲で両軍ともにの兵士たちが呆然と立っていた。

 

 

 

「うーん、ちょっと法国の兵士が多いけど、まあいいか。マーレ、頼めるかい?」

 

「は、はい!ブルー・プラネット様!お任せください!」

 

近くにいるドルトにはどうにか二人の声が届くので分かるが、どうやら人間が主であの少女は良くて部下、悪ければ奴隷か服装からして慰みものなのかもしれない。一刻も早く意思疎通を図りたいが、少女の方がどこからか筒状の道具を取り出しこちらに呼び掛けてきたので、少しでも多くの情報を得るためにまずは聞くことに集中する。

 

 

「み、皆さん!ぼ、僕の名前はマーレっていいます!さっきまで一緒にいたのは僕のお姉ちゃんで、アウラって名前です!そしてこちらにいらっしゃるのは、至高の御方のお一人であらせられるブルー・プラネット様です!えっと、あの、光栄にもブルー・プラネット様が今から皆さんに直接お話をしてくださいますので、ちゃんと静かにきいてください!」

筒状の道具はマジックアイテムだったらしく、どこにいても聞きやすい一定の音量で声が流れてきた。

 

 

マーレとアウラとブルー・プラネットか...

先触れに従者を一度挟むあたり貴族か王族かもしれない

あいつは一体何を語るのだろう?

得体の知れない大きな恐怖に包まれながら、ドルトは言葉を待った。




ネイア嬢や禿ジルのポジション作りがなんとも上手くいきません。サブタイと今回の内容読めばオチまで予想できる方も多いでしょうが、お付き合い頂けると幸いです。

書きためあっても平日連チャンは大変ですね。
来週はペース落ちそうな予感。


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陽王と陰王3

色々とご指摘を頂きました。読みづらくてすみません。
文章が長くて回りくどいのはもはや癖です、ご勘弁を。

とか言いつつ今回も五千字近くに...

菊池 徳野様 NKVD様
先日は誤字脱字報告ありがとうございます。

追記
重大なミスがありました。こいつら原作ではダークエルフでなく普通のエルフでした。独自設定ということでご認識ください。

holubo様ご指摘頂き大変ありがとうございます。


<< side ブルー・プラネット >>

 

 

ブルー・プラネットは頭の中で台詞を反芻しながら口を開いた。

 

 

闇妖精(ダークエルフ)と法国の皆さん、初めまして。先ほどこの子に紹介してもらった通り、僕の名前はブルー・プラネットと言います」

 

マジックアイテムは正常に働いているらしく、遠くにいる者もきちんと聞こえているようだ。かなり警戒されてはいるが、こちらの話を聞いてくれているので問題あるまい。

 

 

「今は仮の姿のため僕が人間に見えるでしょうが、真の種族は大地の精霊です。今日ここにやって来たのは、我が子同然であるこのアウラとマーレの願いを叶え、闇妖精(ダークエルフ)の方々を法国の魔の手から救うためです」

 

 

正確に主旨を理解させるため、短く区切り言い聞かせるような口調で優しく語りかける。予想通り『人間ではなく精霊』と『闇妖精(ダークエルフ)の味方』という部分に喰いつき、両軍から小声で話し合う者が出てきた。

 

「従って、法国の皆さんはこの空間から出たらすぐに全兵士をこのエイヴァーシャー大森林より撤退させてください。この戦争に限り僕たちが貴国の兵に直接手を下すことはありませんが、これ以上攻撃を続けるというのなら闇妖精(ダークエルフ)の勢力に支援の魔法を行使させて頂きます」

 

そう言い終わると「こちらの話は終わった」と言わんばかりに待ちの姿勢に入った。小声の内緒話がどよめきへと進化していく。

 

さあ、ここからの相手の選択で、法国の隠れた戦力がどの程度かつかめるはず。86Lv.の竜で<竜の威風(ドラゴン・オーラ)Ⅰ>を見せたのだから、紛れている六色聖典の奴らが勝手に自国の強者と比較し判断してくれるだろう。あとはその聖典の隊員を見つけるため<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>を無詠唱で発動し、能力が高そうでかつ一兵卒とは異なる装備を纏っている法国兵を探していく。そして近場に一番HP量が多く歴戦の猛者を思わせる壮年の男を見つけると、案の定その男が周囲を代表して口を開くところだった。

 

 

「...申し訳ないが、現場の一兵士ではそのようなことは返答できかねる。それにそちらの少女。瞳の色が左右違うということは、かの邪知暴虐な王の子とお見受けする。実は我が法国では、同じようにエルフの王の血を継いだがために苦しめられた者を匿っているのだ。どうだろう。よければその少女はこちらで保護させてもらえないだろうか。あの王がいる限り戦争の勝敗に関係なく闇妖精(ダークエルフ)に未来はない。それにこのような血生臭く危険な戦場など、か弱き少女にはいささか以上に苦痛だろう」

 

 

こちらの思案顔を見ていけると思ったらしい。起死回生とばかりに途中からどんどん饒舌になり、仕舞(しまい)には逆にマーレを引き入れようとしてくる始末。あまり予想していなかったパターンに少しの困惑を覚えるが、それ以上に看過できない言葉の数々に苛立ちが募っていく。この場では指示がなければ言動は控えるようにと事前に言い含めていたから黙っているものの、マーレもハイライトの消えた絶対零度の瞳でその愚かな男を見つめていた。

 

 

「ふう。どうやらこちらの話をきちんと聞いていなかったようですね」

 

マーレを連れ<飛行(フライ)>でその男の目の前に降り立ちながら、なるべく気を静め理性的な会話を心掛ける。

ちなみにマジックアイテムは使用したままであり、パンドラズ・アクターの説明によればブルー・プラネットと対話すると効果範囲内の全員に伝わる仕組みになっているらしい。

 

「まず一つ目、緊急時の現場判断が指揮官と六色聖典に委ねられていることは分かっています。二つ目、彼女らは『我が子同然』と言ったはずです。この子の親はぶくぶく茶釜という僕の大切な友人であって、断じて矮小な王などではありません。そして三つ目、これが一番大切なことなので聞き逃さないように注意してください。国を再建できる新たな王ならここにいますので、戦争が終結すればこの国にはかつてないほど明るく栄光に満ち溢れた未来が待っています」

 

再度丁寧に語りかけるような口調でゆっくり話すが、その裏に抑えられた負の感情と揺るがぬ意志に気づいたのだろう。傍らに控えるマーレのドスの利いたオーラも拍車をかけ、男の顔ははみるみる蒼白になり先ほどまでの計算高そうな表情はもう影すらない。

 

「言葉には魂が宿ります。くれぐれも発言には気を付けてくださいね」

 

耳元で念を押すように囁くと、脅された人質よろしく神妙に頷いてくれた。しばらくそのまま体中の筋肉が硬直したかのように黙り込んでしまったが、やがて思考の整理を終えたようだ。

 

「...なるほど、我が国や聖典について色々とご存知の様子。失言を詫びよう。では確認なのだが、先ほど『自分たちは直接手を下さない』といった内容の発言があったはずだ。それはそちら側に他の仲間がいる場合は、その者や先ほどの魔獣や竜などの生物も全てを含め、我々には一切攻撃行為を行わないという意味で受け取ってよろしいか」

 

(へえ...さすがは六色聖典。腹は立つけど馬鹿ではなさそうだ)

ブルー・プラネットはこの聖典の隊員らしき男の評価を少し上方修正することにした。たしかに己の忠告通り、発言には注意をしなければならない。『僕たち』とは具体的に誰を指すか、『直接』ならば間接的にはあり得るのか、『手を下す』の行為はどう解釈すればよいか。短い間にそれらを吟味し、法国側に有利となるよう一義的な表現で言質をとろうとしてきたのだ。いざとなったら使おうと思っていた屁理屈を先んじて潰されたが、まあその程度なら特に支障はない。

 

「ええ、もちろん。今は確実に話を聞いて頂くため拘束させてもらっていますが、言葉通り『闇妖精(ダークエルフ)に支援魔法をかける』以外のことはしませんので」

 

やたら支援魔法の部分を強調したことで懐疑的な目をされたが、そこには触れずもう一つ質問を重ねてきた。

 

「...仮に戦争は止めずこちらが彼らに攻撃を続けても、貴殿らの報復はないと?」

 

そうは言っていないが、彼の言わんとすることは察したので首肯しておく。むこうも得心がいったと頷いたので、どうやら理想的な展開になりそうだ。会話の間に一か所にまとまり始めた自軍のところへ戻っていき、案の定男は宣言した。

 

 

「この戦争では人類に多くの尊い犠牲が出た!またそもそもの発端はエルフの王が我らの同胞を姦淫したことにあり、非難されるべき側は明らかであろう!故にスレイン法国はその大罪人を誅し、使命のために散っていった犠牲者に勝利で報いねばならない!たとえ精霊が敵となろうとも!」

 

 

わざわざ大声で大義名分をかざしたのは士気向上のためだろう。報復がないとはいえ竜を見せられても戦いを挑むのだから、法国の隠し玉はどうやら相当の手練れとみえる。まあ実際はここで退けば後々第三者の攻撃を容認してしまうようなものなので、仕切り直しなんかせずこの戦争で決めてしまえばいいだけだ。陣形を整える法国軍を背に、今後の流れをほぼ確信しながら闇妖精(ダークエルフ)軍へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<<side ドルト>>

 

 

謎が多すぎる。

 

人間との会話は全て把握しているが、精霊殿はこちらに来てから一言「じゃあ皆さんは普通に戦ってください。ご武運を」とだけ言い残して再び上空に去ってしまわれた。

我々を救いに来てくださったのではないのか?ならなぜ敵を焚きつけるような条件を出し、己は高みの見物をなさるのか。というより”大地の精霊”なんて精霊の種族は聞いたこともない。それにあの少女たち(マーレとやらが『お姉ちゃん』と言っていたのでおそらく姉妹)は王の御子たちではなかったのか。しかし”ぶくぶく茶釜”なる家系も我が国には存在しないはずだ。”新たな王”という不穏な言葉も引っかかる。あとここはどこなのかお願いだから教えてほしい。

 

 

...やはり謎が多すぎる。

 

しかし法国兵は既に戦列が揃い、七千近い数が吶喊の号令を今か今かと待ちわびているのだ。もはやこちらが精霊殿にお伺いを立てる時間は残されていないだろう。

これから種族的には非常に不利な白兵戦を、しかもこちらは怯え切った中央軍三千程度で相手どらなければならない。いくら竜を従えるほどの精霊殿でも四千の差を覆すにはかなり苦労されるはず。万が一勝利を手にすることができたとして、その頃生き残っていられるのは何人いるかと思うと、やはり絶望的な気分になってしまうのは致し方ないではないか。しかしその三千の命を預かる将として、ブンデス家の長として、情けない顔や言葉などおくびにも出さずに高らかに叫んだ。

 

 

「我がドルト・ファーヴル・ブンデスの名の下に、第二師団の皆に告げる!こちらにはあの屈強な竜を従えるほどの精霊殿が加護をくださるそうだ!つまり我らに敗北はない!今は何も考えず、ただ敵を屠ることだけ考えよ!」

 

発破をかけるのももちろんだが、本当に伝えたいことは最後の一言だけである。

他の者も絶えず上空の精霊殿に目を遣っているのが分かるけれども、今は戦いに集中すべきとき。

戦場(いくさば)にて散漫さは必ずや死を招く。

 

ほどなく法国軍が魔法詠唱者(マジックキャスター)を後衛に、壁となる戦士を前衛としたお得意の戦術で四千人ほど前進を開始する。

 

「弓兵!構え!」

 

それに対してこちらは森妖精(エルフ)お得意の弓矢で応戦の準備をした。

法国は魔術が発展しているため弓矢はあまり多用しておらず、練度や飛距離はこちらの方が圧倒的に有利だ。

 

「弓兵!放て!」

 

短弓(ショート・ボウ)が標準装備なため射程・威力共にやや見劣りするが、そこは千に達するほどの数の勢いで補うしかない。

しかしさすがによく訓練されている。前衛の盾と最小限の魔法で思ったよりダメージを与えられなかったようだ。

 

「続けて放て!」

それでも射続ける以外に選択肢はないも同然だ。じわじわと迫る鎧の集団に、精霊殿はいったい何をしているのだと怒りが込みあげてくる。

 

「弓兵!やめ!総員抜刀!」

もはや泥沼の死闘を覚悟した瞬間、辺り一帯が万色に彩られた。

 

 

目で捉えたことだけでは何が起きたか全く分からない。まさか敵の魔法かと身構えたが、手に力を入れたとき何もかもを悟った。

 

これは精霊殿の支援魔法だ。

 

果たしてこれは何位階の魔法なのだろうか。筋力・魔力・感覚...あらゆるものが限界を易々と超えていき、己の磨き上げてきた武技など所詮児戯でしかなかったのだと確信をもっていえるほどの力が際限なく湧き出てくる。さらに驚くべきことに、その光は三千人を余すことなく包み込んでいた。

 

 

「うおおおおお!」

 

誰からともなく雄叫びがあがり、やがてそれは地響きを伴うほどの怒号に変わっていく。そして陣形も戦略も何もなく唯々突っ込んでいくだけの総攻撃が開始されるが、ドルトは暴走を止めるどころか自身も参加するべく駆けた。もはや敗北などは毛ほども感じない。圧倒的な暴力の前に指揮官など必要ないのだ。

 

騎獣に乗るより遥かに早く走り、あっという間に互いの第一陣同士が衝突した。

 

 

 

まず前列で重戦士が構える鉄壁の大盾を、細身のエルフたちが長剣一本で薪のように全身鎧ごと叩き割り、また綿毛のように次々と弾き飛ばした。

 

「なんだこいつら!?まずいぞ!はやく止めろ!」

焦る二列目と三列目の兵は大盾の交代要員か槍衾のための長槍隊だったが、闇妖精(ダークエルフ)を誰一人として討つことなく懐に侵入を許し、取り回しの悪い武器が(あだ)となって為す術もなく切り伏せられてしまう。敵を釘付けにして時間を稼ぐという役割を果たせぬまま、十分もかけずに前衛二千五百で立っている者はいなくなった。

 

 

「どういうことだ!あんな効果の強い支援魔法なんかありえない!」

「いいから急いで魔法を放て!こっちに向かってくるぞ!」

「予備隊!大至急間に入れ!奴らを一人でも減らすんだ!」

圧倒的な蹂躙を目の当たりにして、初めて法国は強化度合の異常さに気がつき対策を講じようとする。

 

が、何もかもが遅すぎた。

かろうじて当てた<火球(ファイア・ボール)>も、いとも容易く弾かれてゆく。

 

開戦の火蓋が切って落とされてから二十分。

両軍の数はほぼ等しくなった。

 

 




あと2~3話で次章に入って、早くウルベルトさんの悪魔ロールやりたいです。
大筋は全部書き溜めてあるのですが、ブルプラさん推しすぎて二人の出番が...

あと、感想書いて頂いた皆様方、本当にありがとうございました。
この手の投稿系初めてなんですが、けっこう励みになりますね、ああゆうの。


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陽王と陰王4

エロフ王(仮)を懲らしめる回です。
なるべく調べながら書いてはいますが、元ネタと違うところあったらすみません。

あと今回は諸事情によりルビ省略させて頂きます。


 << side ドルト >>

 

 

闇妖精は歴史的勝利を収めた。

 

 

あの後法国の残り三千ほどの敵兵を百程度まで減らしたが、マーレ殿の拘束魔法であっさりと全員が止められたのは衝撃的だった。

 

『えいっ』

などと可愛らしい掛け声とは裏腹に、猛り狂う数千の兵を敵味方ともに怪我もなく捕縛するあの技術。仮初の力で万能感に浸っていた己が滑稽に見えてくるほど、やはり彼らはなにもかも次元が違うようだ。

興奮状態にあった精神が静まるのと同時に、空が砕け始めるのをドルトは視界の隅に捉えた。

 

 

 

 

そうして気が付くと自分たちはエイヴァーシャー大森林に戻っており、あのできごとは夢幻だったのかと疑うほどに腕力も感覚も元通りである。しかし刃にこびり付いた血や人の脂の匂いと、腕に残る数百に及ぶ肉を断った感触とが、あれは間違いなく現実であったと主張していた。

 

というか、実は精霊殿が目の前にいらっしゃる。

 

そして周りにいるはずの部下がいない。

あ、お前らなぜ遠巻きに見ている!

おいバイエルなんだその顔は。

やめろ生贄を見る目でこっちを見るんじゃない。

裏切者め、目を背けるな!

私一人で対応できるお方ではないだろうが!

 

 

 

......まあ立場上はどう考えても逃げられまい。

こうなれば腹をくくるしかないだろう。

 

 

「戦場にてご挨拶が遅くなり、失礼いたしました。私は第二師団団長を仰せつかっております、ドルト・ファーヴル・ブンデスと申す者。まずはなにより、マーレ殿共々、大変なご助力を頂いたこと誠に感謝申し上げます。」

 

 

「これはご丁寧にありがとうございます。しかし最初に言った通り、あなた方を助けたのはこの子らの意思です。感謝の言葉はそちらに向けてください」

 

 

失礼のないよう細心の注意を払っていく。挨拶している間何故かマーレ殿がきまり悪そうな表情をされているが、理由を尋ねるのも憚られるので追求せずにおこう。

また、腰を落ち着けて色々と詳しくお話を伺わねばならないため、一度すぐ近くの首都までご同行頂くようお願いした。

 

 

我々の救済を約束してくださった方なのだから断られることはないだろう。

そう思ってはいたが、考える素振りを見せるどころか

「え、面倒なのですぐ王様に会わせてください」

とまで言われてしまい、急いで謁見の取次ぎのため伝令を走らせることとなった。

 

 

ある部分だけは必ず王の耳に入れるよう厳命したが、ドルトの不安はこの後最悪の形で現実のものとなることを、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

ちなみに近くで座して待たされていた法国兵の生き残りは、精霊殿に何ごとか耳打ちされてから急に慌て始め、兵の完全撤退を固く誓って神妙な面持ちで去っていった。

 

 

 

 

___

__

_

 

 

 

 

 

 

英雄の凱旋。

 

 

湖のほとりは今そんな風景だった。

帰ってきた我ら第二師団を待っていたのは、狂喜乱舞する国民たち。

他の戦線に派遣されていたはずの師団も揃っている。

 

そしてその一番前には、マーレ殿の姉君であるアウラ殿が竜と精強な魔獣の軍勢を引き連れ、非常に達成感にあふれた晴れやかな表情で待ち構えていた。

 

 

たしかに思わぬ形だろうと大勝利を果たしたわけだが、釈然としないどころか異様なほどの熱烈な歓迎にどうすればよいか見当もつかない。たしかに長らく滅亡の危機に瀕していたので、絶え間ない戦禍の不安からやっと解放されたとあれば喜びも爆発しようもの。しかし東部に出張っていた第一・第四師団の面々が、皆一様にアウラ殿を憧れと尊敬の目で見つめているのも気になる。

 

とにもかくにも、まず王に謁見せねばなるまい。

 

ブルー・プラネットとマーレを背後にしたドルト一行が団旗を掲げて歩き始めると、民衆が割れ、目を伏せ腰を少し落とすエルフ式の礼をもって彼らを見送った。

 

 

湖から街に入り、馬に乗り換えてから30分。王の住まう非常に高い建物に到着した。

丘陵を背に周囲は大木の壁で守られ、正面には門が立ちはだかっている。ここから先は許しを得た者しか入れないため、本隊からやや遅れ帰還したばかりの第一師団エスパニ家、第四師団セリエ家の代表と合流し、しばしこの場で待たねばならない。さほど時間が経たないうちに守衛が門扉を開くと、首都防衛の任を担っていた第三師団プレミ家当主が中から飛び出て来た。

 

 

「やっと参られたか!さぞお疲れだろうが、伝令が勝報を持ってきてからずっと陛下が待ちわびておいでなのだ。そちらの方々をぜひご自分の目でご覧になりたいとのことで、そのまま陛下がいらっしゃるところまで連れてくるようにとのことらしい」

 

 

この様子ではよほど急かされたとみえる。

王はご自分の強さに絶対の自信をお持ちであるから、素性の知れない者を入れるような危険を顧みないのだろう。家臣としては止めるべきだろうが、どうせ我々弱者の言うことなど聞く耳を持たぬお方。それに救国の英雄でもある恩人に失礼というものだ。

 

「了解した。では一刻も早くお目通りを致しましょう。皆様もそれでよろしいでしょうか?」

 

一応精霊殿らにも確認し了承を得られたので、<清潔>で最低限身を清めてから王の間へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 << side エロフ王 >>

 

 

その王は非常に機嫌が良かった。

 

 

伝令が言うには

 

左右で瞳の色が異なる闇妖精の子供が二人と、人間の姿をした<大地の精霊>だと言う男が戦場に突然現れた。

少年の服装をした方の子供は、絶大な力を誇る竜や多数の強靭な魔獣を操り各地の戦闘を瞬く間に鎮圧した。その際にたくさんの兵を庇い、鼓舞しながら疾風の如く駆けまわったため、多くの者たちが感謝を示し英雄視している。

また少女の服装をした子供と精霊の方は、周囲を亜空間に引き込みその中で第二師団と協力し敵の主戦力を壊滅。こちらは支援魔法と拘束魔法を使用しただけだが、三千の兵で聖典を含む敵七千を一方的に撃破する程に強化された。

なお第二師団団長より、精霊は二人の闇妖精の主であり、不当に貶めたり軽んじたりするような言動は慎むべきだと強く要請があった。

 

 

とのことらしい。

 

 

さすがに竜を従えるのは無理だろうから、伝令を寄越したブンデスの若造は近縁種と間違えたようだな。主とかいう<大地の精霊>とやらもおそらくはったりで、実際はその子供の奴隷に違いない。

 

 

 

 

そもそもこの内容は、常識で考えればありえない。

ありえないが、自らの血を引く子供が力を覚醒させたのなら話は別だ。『左右で瞳の色が異なる』闇妖精など、その何よりの証拠であろう。母親が誰なのかは知らないが、よくも隠してくれていたものだ。

だが成功例がこうして表舞台に出てきたのだから、その成果に免じて秘匿した罪を赦し、むしろ再び王の子を産む名誉に与らせてやろうではないか。そして我が子たちの最強の部隊で世界を征服した暁には、そのまま正妃に迎えてやってもよい。

 

 

 

「ふっ、やはりたくさん孕ませて正解だったな。この調子でいけば世を席捲するのも容易かろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王が下衆で輝かしい未来に思いを馳せていると、やっと件の子らがやって来た。

 

 

いつも通りテラスで寛いでいたところへ、貴族家を代表する四人に続き小柄な闇妖精と長身の人間の男が入ってくる。

 

 

「よく来たな我が子らよ。王を待たせる罪は重いが、私は今機嫌が良いから許してやろう」

 

 

貴族のくせに弱く使えない者たちが口上を述べようとするが、遮って声をかける。普段ならば王たる我に傅く様を眺めるのも悪くないが、今はそんなものに興味はない。どちらにせよその子らが生まれた以上お前らは用済みなのだ。

ブンデス家の者が狼狽えながら何か言いたそうな顔をしているが、気にすることもなかろう。

 

 

玉座から睥睨すると子供らが不穏な気配を漂わせ始めたが、人間が小声でたしなめられやや大人しくなったようだ。

 

「なんだ、ずいぶんと不服そうな表情だな。まあよい、法国を退けた功績に免じて不問にしよう。...む、もしや褒美がなくて拗ねているのか?ははは、強き我の子であれば大概のものは与えてやろう。なにか望むものはあるか?」

 

 

寛大な自分に酔いしれついつい饒舌になっていく。子に抱く情愛などは欠片も感じていないが、今日は力が目覚めためでたい日なのだから大盤振る舞いしてやろう。

それに勲功には報いてやらねばな。

 

悦に浸っていると三人で何かを相談し始め、おもむろに人間が振り返りため息を一つついてからこちらを指さした。

 

 

 

「...貴様なんの真似だ」

 

 

なんとも腹立たしい。こやつは精霊を騙るばかりか、強者であり王でもある私に対して無礼が過ぎるようだ。しかしそれだけには飽き足らず、口を開きさらなる侮辱を重ねてくる。

 

「あなたが座っている席、王の座。それがこの子らに臨むものです」

 

 

...今しがたまで愉快な心持でいられたものを、とんだ馬鹿に水を差されてしまったな。

 

「おい、慈悲をかけてやっているからといって調子にのるなよ。大方貴様は精霊などではなく、そいつらの奴隷なのであろう?分をわきまえるがよい。その子らは王である私の血を引く者たち。王位の簒奪な...ど...」

 

 

それまで小さく震えて立っていた二人の闇妖精の子供が、耐えることをやめたように一歩前に踏み出した。

 

ただ、それだけの動作でしかなかった。

 

ただ、それほどの怒りに染まっていた。

 

 

 

愚か者に理を説こうとしていたのに、息苦しさのあまり尻すぼみに言葉が出なくなる。

 

喉がやけにヒリつき、冷や汗が吹き出た。

 

なぜこの私が恐怖を感じているのだ!?

まだ幼い子供たちが放つこの殺気はなんなんだ...!?

 

何が起きているのか理解できず、頭が真っ白になり、急に手足が強張るのが分かる。

 

身の竦む己を他所に、人間がメッセージで誰かと連絡をとっているらしい。

 

 

「はあ...なんかレベルは60ちょっとあるらしいんですが、スピード重視の紙装甲らしく、スキルで怯ませてすぐ殺せるそうです。というかもうさっきからずっと二人が爆発寸前なので、諸々の聴取は後回しでそちらにお任せしますね。とりあえず受け入れ準備できたら言ってください。...よし、じゃあアウラよろしく。殺しちゃだめだよ」

 

 

子供が纏うには禍々しすぎる雰囲気のせいで、その場の誰も石化したようにピクリともしない。そんな中、合図とともに少年風の闇森妖精が前に進み出てきた。

 

 

「...あんたはこれからナザリックで教育を受けるから、詳しくはちゃんとそこで勉強しときなよ。でもその前に、すごく大事なことを今ここで二つだけ教えてあげる」

 

ただでさえ闇よりなお一層濃い殺気がさらに強まり、それだけで心臓を握りつぶせるほどの質量をもって身を覆う。

 

こ、こんな力があっていいわけがない。

こんなおぞましいもの我の子などではない。

おそらくこの世のものですらない。

 

(これは残忍な神が悪戯で造った化け物だ)

 

死神の足音が忍び寄る中、誰にも知られず王は限りなく正解に近い答えに辿りついていた。

 

 

「一つは至高の御方のお一人でいらっしゃるブルー・プラネット様に、二度と失礼なこと言わないこと」

 

こちらに歩み寄りながら腰にかけた鞭を振るってきた。咄嗟に避けようとするも、見えない何かに腰と足首を掴まれているらしく身動きがとれない。

焦る間もなく、たったの一撃で右脚の膝から先を奪われた。

 

「ぐぅぅうううあああ!!!!」

 

強者ゆえに長く味わうことのなかった苦痛に、情けない悲鳴が勝手に出てくる。

 

 

「もう一つ、アタシとマーレを創造してくださったのはぶくぶく茶釜様っていう強くて素敵な御方なの!次アタシたちを『我が子』なんて呼んだら、切り刻んでフェンたちの餌にするよ」

 

 

なおも収まらぬ怒りの矛は、今度は左腕を標的にした。鞭が巻きつき激しい痺れをもたらすと、根元からまるごと乱暴にもぎ取られる。

 

「か...はっ...!」

 

「あ、クアドラシルありがとう。もう離していいよ」

 

もはや呼吸すらままならぬ。いつの間にか身体を抑える力がなくなっているが、逃げる体力も気力もない。

 

 

「あの、おじさん!」

 

うずくまり傷口をふさごうと試みていると、拙さの残る声が頭上から響く。

 

(そ、そうだ!あのオドオドしていた少女なら、強く脅せばあるいは...!)

 

と一縷の望みをかけて顔を上げたとき、脆弱な王は希望を抱いたことを激しく後悔した。

そこには杖を振りかぶった、瞳に光のない悪魔がいたからだ。

 

 

「その、僕もすっごく怒ってます!たくさん反省してください!」

 

 

魔法を補助するための道具は、使用者によって用途も効果も変わる。いたいけな少女が用いた杖は、ただの殴打で王の右腕を不自然な方向に曲げた。

 

 

 

(私は、どこで間違ったのだ...)

 

 

あまりの出血に痛覚が鈍っていたのは不幸中の幸いといえる。

 

ドルトと目が合ったのを最後に、意識はそこで途絶えた。

 

 

 




色々削ったので、変なところたくさんありそう...

とりあえず今週も頑張って生きましょう。
月曜は本当にしんどいです。


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陽王と陰王5

やっとサブタイ回収。

今回の主題:「だが男だ」



前王の退位。

そして異例ながらお二人の新王の即位。

 

 

法国から来た終戦協定を締結するという返答と共に、衝撃的な報せがエルフの国に広まっていた。

もちろん唐突な話で戸惑う国民も多い。しかしブルー・プラネットが恐れていた新王への混乱や反発は一切なく、むしろ先の大戦の英雄による統治に喜ぶ者が圧倒的に多数であった。

 

エロフの王が遺した唯一の功績は『あまりに国民から嫌われすぎていたため、いなくなっても誰も悲しまない。それどころか王の暴挙のせいで国民のまとまりが強く、滅茶苦茶ナザリックが乗っ取りやすかった』ことだとすらいえる。

 

 

 

竜並みに強い魔獣を百以上も従え、快活で華やかな姉君の陽王アウラ・ベラ・フィオーラ様。

逸脱級の魔法を使いこなし、控えめながらも包容力のある弟君(?)のマーレ・ベロ・フィオーレ様。

 

 

このエイヴァーシャー大森林では、最近この二人の話題でもちきりだ。

ちなみにマーレの服装について揶揄した者は、翌日には必ず神隠しに遭ったかのように忽然と消えていなくなるため、現在は決して触れてはならない暗黙の聖域とされている。

 

 

当然ながら『王の四肢をもいで拉致をした』などと、野蛮で残酷な真実も語られてはいない。

その現場に居合わせていた親衛隊や貴族たちなどは、ドルトを除いてウルベルトに記憶をいじってもらってある。

 

あくまで『王座の簒奪』ではなく『王位の譲渡』であったと認識してもらわねば。

それに自分たちが見てない間にまたギルメンを貶めるような会話があったら、まず間違いなくあの双子を筆頭に発言者をいじめるだろう。もちろんR15的な意味で。

そこで再発防止のためにも、ドルトだけは記憶をそのまま残しておくことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

そして数日経った今日、アウラとマーレは前王の頃より立派に装飾されたテラスから、足元に押し寄せる群衆に向けて言葉をかけている。

総人口の8割以上という驚異の人数が固唾をのんでこちらを見上げているが、アウラに緊張している様子はない。

 

 

「こほん、皆さん今日はよく来てくれました!アタシの名前はアウラです。これから大事なことを話すから、ちゃんと聞いててください!」

 

今回もアイテムのおかげで、豆粒にしか見えない距離にいても元気な声がよく聞こえてくる。

 

(喋り方がいつもと少し違うのは、王の役になりきってるからかな?だとしたらさすが茶釜さんのNPCってところか)

 

ブルー・プラネットはテラスから遠く離れたところで、聴衆に紛れて様子見をしていた。

 

 

「まずこの国は、今後”アインズ・ウール・ゴウン魔導国”の領地となります!」

 

冒頭からいきなりの『知らない他国の領地化』発言に大きなざわめきが生まれる。

すると今度はマーレが一歩前に出てきた。

 

「えっと、”アインズ・ウール・ゴウン魔導国”っていうのは、ブルー・プラネット様を含めた至高の3人の方々が治められている国です。ぼ、僕たちはそこから来たので、もしお姉ちゃんと二人で王様になるなら、こ、この国も魔導国の支配下じゃないとおかしいと思います!」

 

 

こちらは緊張気味なマーレが話し始めると、なぜか周りが急に静かになった。

一部鼻血を出している男性がいるが、見なかったことにしよう。

 

(たしかにマーレは天使のように可愛い。だが男だ。)

 

 

「属国ってことになるんだけど、魔導国は全ての種族に平等だから奴隷になんてしません。むしろ森妖精(エルフ)さんには森林を管理するお仕事をしてくれれば、なんと至高の御方から名誉として貴重なアイテムを頂けるそうです!」

 

 

「そ、それに!僕やお姉ちゃんより強い方がたくさんいらっしゃるので、万が一のときも森の魔物や人間から守ってもらえるから安心じゃないでしょうか...」

 

 

明るいアウラが前向きなメリットを提示し、

弱気なマーレが不安な部分をつっつく。

 

不信で否定的だった雰囲気が、どっちつかずの状態にまでもってこれた。

(うんうん、上手に誘導できてるね。まあこっちはいくつも()()()()があるからいけるはずだけど...)

 

 

煮え切らない様子に焦れたフリをして、アウラが声を張り上げた。

 

「あのさ、属国になったら酷いことされるかもとか疑ってんのなら、もう少しちゃんと考えてよね。そのつもりがあるならこんな回りくどいことせず、最初から戦争ふっかけてるっての。そもそもアタシたちの属国にならずにまた人間が攻めてきたら、自分たちだけで生き残れるの?」

 

(あ、素に戻ってる...)

 

少々粗野にはなったが、その言葉を機に至る所から声が上がった。

 

「私は属国化に賛成です!強くお優しいお二方についていきます!」

 

「俺も賛成です!アインズ・ウール・ゴウン魔導国は素晴らしい国だときいたことがあります!」

 

 

「わたしも!」「自分もだ!」という発言が次々に湧き出る。

そしてマーレの後ろからドルトが歩み出てきた。

 

 

「このドルト・ファーヴル・ブンデス、貴族や軍の代表として、また一人の国を想う民として言わせて頂きたい!」

 

全員の目がマーレの横に動く。

 

「悪しき王からの脱却、法国からの救済...これらの大恩を鑑みれば、属国化はむしろこちらから願い出るべきこと。それをわざわざお二方から申し出て頂いているのに、ご厚意に疑念で返すとは失礼ではないだろうか!アインズ・ウール・ゴウン魔導国の詳細についてならば私が既に聞き及んでいる!私が責任をもって諸君の安全を保障しよう!」

 

 

元より信頼の厚い男からの確信をもった宣言が、揺れ動く民意にとどめをさした。

 

戦場で肩を並べたバイエルたちから賛同の歓声が上がり、やがては万雷の拍手が響き渡る。

 

「あれ、さっき叫んでたのって、最近神隠しに遭って消えてた奴らじゃ...?」

 

誰かの呟きは、鳴りやまぬ手を叩く音に埋もれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 << side スレイン法国 >>

 

 

ここは法都にある神殿の一室。

そこには神官長として国に奉仕する聖職者たちが、一様に渋面をつくって座していた。

 

 

「それで、火滅聖典は手も足も出なかったのだな?」

 

「はい。隊長自らその場に居合わせたらしく、生存者全員の証言とも矛盾はありません」

 

「まあ闇妖精(ダークエルフ)に味方する精霊ならば揺返しとも限らぬか...」

 

「かの森は広く魔物も多い。たしかに強大な力をもつ精霊がいても不思議はないな。それにあの愚か者を誅したという噂もあるのだから、停戦は致し方ないこと」

 

 

質問した神官長の眉間の皺が深くなる。しかしこの話には続きがあった。

 

「とにかく憂慮すべき緊急の案件、勝手ながら私の判断で急ぎ土の巫女姫に第八位階の監視魔法で探らせておりました」

 

「うむ、先の報告が事実ならば由々しき事態。その判断は正しかろう」

 

「その通りじゃな。して、結果はどうであった?」

 

「......」

 

 

珍しく言い淀む男に、他の面々も訝しむ。

 

「どうしたのだ。まさか監視を妨害されたのか?」

 

「ふん、よもや第八位階を防がれることなどあるまい。儀式にでも失敗したか?」

 

各々が推測を口にする中、ようやく真実が告げられた。

 

「...いえ、儀式は成功し、魔法も正常に発動いたしました」

 

「ならばなにを...」

 

「それが罠でした」

 

男は遮って断言した。

 

何を言っているのか分からない。

皆そんな表情をしている。

 

「火滅聖典隊長の言う人間の男を模した精霊を見つけたと思ったら、彼はしっかりとこちらを見てこう告げたそうです。

『虐殺をよしとする大義などない。お前たちは神意を騙り我らを攻撃した。待っていろ、名を変えた我らの友がお前たちを裁きに行く』と」

 

「...ますます意味が分からん。偉大なる六大神の中に精霊はいなかったはず。何故神意に触れる?」

 

「待て、今『裁きに行く』と申したな。つまり敵対するということか?」

 

森に現れた精霊ごときが、何の権利があって神を冒涜するか。部屋の中は敵愾心と異端者への怒りに溢れてゆくが、次の一言で水を打ったように静まり返った。

 

 

 

 

「巫女姫の話では、その隣にスルシャーナ様と思わしき不死者(アンデット)がおられたそうです」

 

 

 




短いって楽ですね。

次章入る前に次は幕間差し込みます。


bomb様 誤字脱字報告ありがとうございます!


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幕間~舞台の裏側で〜

この幕間は下書きが一切なかったので、基本会話文で進みテンポ重視になっております。
決して作者が手を抜いたわけでは...はい。

ちなみに自分はユリ推しです。
ぷれぷれの「違うもん!」のシーンでやられました。
あれは誰でも落ちるでしょう…


_これは転移から二週間ほど経った頃の話_

 

 

 

 << 第九階層のとある部屋 >>

 

 

「それで?最近ユリ姉さまはブルー・プラネット様の私室に夜な夜なお呼ばれされて、ナニをしてらっしゃるのかしらぁ?」

 

「ソ、ソリュシャン!変な言い方しないでちょうだい!ただ話し相手を務めさせて頂いてるだけよ!」

 

「でもぉ、たしかにぃ、毎晩はおかしいわよねぇ?」

 

「ユリ姉正直に吐くっすよ!いっつもお部屋から出たとき顔真っ赤じゃないすか!お話だけじゃなくてあんなことやこんなことまでしてんのは分かってるんすからね!」

 

「ま、真っ赤!?...その、それは、お話ができて嬉しいからよ!」

 

「ユリ姉様、そんなに慌てると逆に怪しいわよ...」

 

「今答えるまで少し間があったわねぇ。図星かしらぁ?」

 

「そ、そんなことないもん!」

 

「皆...少し落ち着く...。まず、ちゃんと話しをきかないと...いけない」

 

「一人冷静かと思えば、シズも結局追求するのね」

 

「うぅ...わ、分かったわ..もう、ちゃんと話すから、そんなに騒がないでちょうだい」

 

「そぉそぉ、大人しく白状しないとぉ」

 

「はあ、まったく容赦のない妹たちね...。それで、ええとどこから話せばいいのかしら。...そうね。実は内緒にしていたのだけれど、つい先日ブルー・プラネット様から”僕っこ仲間”なるものに認めて頂いたのよ」

 

「ん?その『僕っこ仲間』ってゆうのはなんなんすか?」

 

「ブルー・プラネット様が仰るには、”僕っこ”とは本来なら一人称が『僕』である女の子を指すお言葉らしいわ。このお言葉について以前やまいこ様とぶくぶく茶釜様がお話されていらっしゃったのを耳にしたことがあって、ずっと気になっていたのよ」

 

「...それは...とっても貴重な情報」

 

 

「皆もそう思うでしょう?だからついブルー・プラネット様に『僕っこなのでしょうか?』とお伺いしてしまったら、快く真の意味をお教えくださったの。でもその後しばらく何かをお考えになられてから、『やまいこさんたちも可愛ければ性別は関係ないと言っていた。これからは男女関係なく『僕』を用いる者は”僕っこ仲間”と呼ぶことにしよう』とも仰られたのよ。」

 

「おお!なんと慈悲深い...きっと至高の御方々にとっては、私たちに授けてくださる愛の前に男と女の差など些細なものなのね」

 

「本当に、ナーベラルの言う通りねぇ...で、それが夜毎にお部屋に伺うこととどう関係があるのか、ぜひ詳しくじっくり教えてほしいわぁ」

 

 

「それは..その...”僕っこ仲間”の特権として...毎晩ブルー・プラネット様がご休憩されるお時間に....30分ほど話し相手を務めさせて頂くことになったの」

 

「「「「「!!??」」」」」

 

「ユリ姉ずるいっす!!そんな超絶ご褒美を秘密にしてたとか、ひどい裏切りっす!!!」

 

「ごめんなさいユリ姉様、ちょっと闘技場まで付き合ってくれないかしら?」

 

「蟲がぁぁぁぁ暴走しちゃいソウデスゥゥゥゥゥ!!」

 

「あらあらぁ、そうなの~。うふふふふふ」

 

「............」

 

「ち、違うのよ!?妹たちにきかれたら教えてもいいけれどそれ以外は秘密にするようにって。それが至高の御方からのご命令だったのだからしょうがないじゃない!」

 

「ソレナラァァぁぁ、すぐに教えてくれなかったことは許してあげるぅ」

 

「くっ...そ、それで、その”僕っこ仲間”は他にどなたがいらっしゃるの?」

 

「えっと......」

 

「あらぁ?まだいらっしゃらないのかしら?」

 

「..ということは..毎晩......二人きり...?」

 

「「「「!?」」」」

 

「ユリねぇさまぁ、ちょっとぉ黒い棺(ブラック・カプセル)までぇ、一緒に来てほしいですぅ」

 

「エ、エントマ?申し訳ないけれどそれだけはできないわ。そ、それに!エントマだって“虫類の調査”の責任者として、ブルー・プラネット様に毎日直接ご報告してるそうじゃない!」

 

「「「「!?」」」」

 

「くっ」

 

「それは初耳..」

 

「で、でもぉ!それはお仕事のためだから悪くないですわぁ!だったらシズだってぇ、ナザリックのギミック確認のためだって言ってモモンガ様と三日間ずっと一緒だったじゃないぃ!」

 

「「「「!?」」」」

 

「くっ!」

 

「あらあらぁ?シズったら、そんなこと一言も言わなかったわよねえ?」

 

「...そういうソリュシャンだって...ウルベルト様の娘役で、今週から、王国に行くはず」

 

「「「「!?」」」」

 

「くっ!」

 

「なんすか皆して!抜け駆けばっかりじゃないっすか!」

 

「うふふふ。先程ご命令頂いたばかりだし、あとで言おうと思ってたのよ?それにルプー。あなたカルネ村の担当者として、至高の御方が視察にいらしたときは必ず二人きりで村の中を歩いて回るそうじゃない。こっそり一番おいしい思いをしてるのは、一体誰なのかしらねぇ?」

 

「「「「!?」」」」

 

「くっ!」

 

「な、なんでバレてるんすか!?それなら!えっと、ナーちゃんだって!....ナーちゃんだって......あれ?」

 

「「「「....」」」」

 

「くぅっ!!!!」

 

「ルプー、あなた絶対わざとでしょう」

 

「と、とにかくこの話はこれで終わり!皆それぞれの仕事に戻りましょう」

 

「えっとぉ、私はぁ、ブルー・プラネット様の御命令で節足動物の標本づくりしなきゃ〜」

 

「私も...モモンガ様に、博士のコンピュータで、資料整理を命じられてる」

 

「ナーちゃん、元気出すっすよ!とゆうわけで私もウルベルト様の御側仕えでカルネ村の様子見に行ってくるっす!」

 

 

 

 

 

 

 

「...ユリ姉様、私、どうすれば...」

 

「だ、大丈夫よ!何かお仕事がないかどうか、セバス様とアルベド様に一緒にお伺いに行きましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー時はほんの少し遡ってーー

<< その部屋の扉の前 >>

 

 

アルベド(ど、どうしましょう...!?モモンガ様が六姉妹(プレアデス)の部屋の前で固まっておられるわ!)

 

 

 

モモンガ(うわあ、僕っこ仲間って...ブルー・プラネットさんってユリがお気に入りだったんだあ...。ていうかNPCの裏話に詳しいのって、やっぱり色んな人の素材集めやキャラ制作手伝ってたからだよなぁ。きっと皆も恩義みたいなのも感じてるのかもしれない。

それに六姉妹(プレアデス)たちって皆可愛いすぎ真面目すぎで近寄りがたい、って思ってたけど...)

 

 

ギャーギャー

 

 

モモンガ(どうやら普通の女の子っぽい面もあるみたいだ!うん、さすがナザリックのメイドたち。ヘロヘロさんの言う通り、噂好きってのは女の子らしさを引き立てるんだなぁ...)

 

 

「ふっ」

 

 

アルベド(!!!!今『ふっ』って微笑んでいらっしゃったわよね!?どうゆうことなの!?あの中の誰がモモンガ様を笑顔にぃ~!はっ!まさか...最大のライバルは特盛吸血姫(シャルティア)ではなく、多属性キャラ姉妹(プレアデス)だったとでも...!)

 

モモンガ(ナーベに用事があったからついでに寄ったけど...姉妹で楽しそうに喋ってるのを邪魔しちゃ悪いもんな!よし、あとで呼び出すことにしてやっぱりこのまま部屋に帰ろう)

 

アルベド(あっ、モモンガ様が去られてしまう...。こうしてはいられないわ!彼女たちが何を話していたのか突き止めて、至高の御方のお気を引くものを見つけねば..!)

 

 

 

翌日ナザリック地下大墳墓では、異様に張り切るナーベラルと、やたらと『僕』を使う守護者統括や六姉妹(プレアデス)の姿が目撃されたとかされなかったとか____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_それから約二週間後・ブルー・プラネットが大森林に出発した翌日_

 

<< とある丘陵のとある牧場 >>

 

 

?「..ん....うん?...な、ここは..どこだ?はっ、な、なんだお前たち!私をどうするつもりだ!」

 

「おや?ようやくお目覚めのようだね。まあ質問には答えてあげるから、まずは落ち着きたまえ」

 

?「だ、誰だお前は...?ずいぶん変な服を着てい...ぐあ!」

 

「おっと、これはこれは私としたことが。この至高のスーツの素晴らしさが分からない愚かさに、つい反射的に手が出てしまいました。やれやれ、これではシャルティアばかりを直情的だと言ってられませんねぇ」

 

?「う、腕がぁ...最後のうでがぁ...」

 

「しかし()()の脆弱さには驚かされます。やはり芋虫にしては縋る希望がなくなり面白味に欠けますね...よろしい。では一度四肢を修復して差し上げましょう。お前たち、回復魔法をかけなさい」

 

「「ハッ!」」

 

?「ぅぅぅ...う?あれ?か、身体が元に...?」

 

「なるほど、回復魔法は通常通りの効果と...さて、残念ながら今回は時間に限りがありますので、お遊びはこれくらいにしておきましょうか。」

 

?「く..そうか、思い出したぞ...ここはあの子供らが言っていた場所なのか...?」

 

「うむ、その通りですよ。正確には今君がいるのは別の場所だが、明後日にはナザリック地下大墳墓に送ってあげるから安心したまえ」

 

?「私を、どうするつもりだ?」

 

「くっくっく。なに、そんなに警戒することはないよ。ここでは君が大好きなことを、時間いっぱいまでさせてあげるだけなのだからね」

 

?「私の好きなこと..」

 

「そうだとも。君は強い子を残すことを求めていただろう?私も偶然遺伝というものに興味を持っていてね。人間種と亜人種の異種族間交配の実験を計画していたところ、なんと幸運にも至高の御方より君を実験動物(モルモット)としてお借りできることになったのだよ!」

 

?「異種族..交配....だと!?ふざけたことを抜かすな!人間種同士でしか子が成せぬのは世の常であろう!」

 

「それをたしかめるのが実験だろう?幸いにも君は雄なのだから、出産まで長時間拘束する必要もないのだしね。ああ、ちなみにその不敬な態度もしっかり矯正してあげるから、ありがたく思いたまえ」

 

?「何を言って...おい待て。なぜオークと鉄鼠人(アーマット)が入ってくる。...やめろ!もう入れるな!やめてくれ!」

 

「せっかくの出会いなのに一人ずつ紹介する暇がなくて大変申し訳ない。まず彼女ら20人を2回ずつ相手して差し上げあげなさい。薬と魔法を投与するから身体は大丈夫だとは思うが、その後人蜘蛛(スパイダン)猿猴(エンコウ)、トードマンなどが控えているのでなるべく急いでくれたまえよ」

 

?(ふん馬鹿め!こんな気の触れた実験なぞ、協力するわけがないだろうが!)

 

「おおいけません、忘れるところでした!もし明後日までに全部終わらない場合は、ブルー・プラネット様の御用がお済みになればもう十年間お借りできる約束でしたね」

 

?「な..!じゅ、十年だと...?」

 

「やはり急がない方がメリットが多そうだ...。ふむ、お前たち。今回は薬の投与は無しで、回復魔法のみにしましょう」

 

?「ま、待ってくれ!明後日までに終わらせられれば解放してもらえるのか!?」

 

「さあ、どうだろう。それを判断するのは私ではないので、何とも言えないねぇ。それではお楽しみの最中に話しかけるのも野暮というもの。私は退室致しますので、まずは手始めに8時間ほどせいぜい彼女らと楽しく励んでくれたまえ」

 

ガチャ

 

?「待て!待ってくれ!待ってください!!私にはできない!こんな奴らが相手なんて!」

 

バタン

 

 

?「アァーッ!」

 

___

__

_

 

 

 

 

 

_三日後_

 

<< ナザリック地下大墳墓のとある拷問室 >>

 

 

エルフ1「ん、あれ...ここは?とゆーか、え、なんか手に、鎖...??」

 

エルフ2「やあ、お前も気が付いたか」

 

エルフ3「その様子だと、あなたもこの状況に心当たりはないみたいね...まったく、本当にここはどこなのかしら?」

 

エルフ2「さあな、さっぱりだ。俺も目が覚めたらここにいて、何が何やら...」

 

エルフ1「お、おう、暗くてよく見えないんだが、とりあえず俺たちは誰かに拉致されたのか?」

 

エルフ4「おそらくはその通りよ。戦争は終わったけど、法国の奴隷目的という線もあるわ」

 

エルフ3「そうなると、私とあなたは女だから殺されはしないとしても...」

 

エルフ4「なんにせよ結局こうして鎖でつながれてるってことは、真っ当な目的じゃないはずよ。この四人が全員罪人じゃない限りね」

 

エルフ1「俺は何もしてねえぞ!マーレ様の御御足をクンカクンカしたいだけだ!」

 

エルフ2「シッ!静かにしろばか!目が覚めたと知られれば殺されるかもしれないんだぞ!」

 

変態エルフ「す、すまない...」

 

エルフ4「じゃあとりあえず鎖が外せないかどうか、試してみましょう。四人で力を合わせればなんとかなるかもしれないわ」

 

変態エルフ「...なあ...さっきからずっと気になってたんだが...」

 

エルフ2「なんだ?」

 

変態エルフ「四人じゃなくて...五人じゃないか?」

 

 

「「「え?」」」

 

 

変態エルフ「いや、俺生まれながらの異能(タレント)溶け込み(カモフラージュ)の魔法を看破できるんだけど...ここに」

 

ゴロン

 

?「ぅぅぁぁぁ」

 

エルフ3「ひっ!うそでしょ...これ、陛下じゃない!?」

 

変態エルフ「...やっぱりそうだよなあ」

 

エルフ2「ど、どうしてこのような場所に...」

 

 

 

ガチャ

 

「!」バッ

 

「あらん、もう起きたのねん。それならちょうどいいわぁ、早いところ合唱の練習を始めましょうかしらん♪」

 

 

ガバッ

?「うわあああああ!!!!!!!!いやだああああああ!!!!!」

 

 

 

「もう、発声練習はまだよん?でもヤル気があるのはいいことだわん!ご褒美あげたくなっちゃう!」

?「ぅゔるるぉぉぉろろぉ」

 

「あらん?嬉しくて吐いちゃったのねん。あとでお掃除しとくのよん?はい、じゃあまずは昨日の復習ねん。お子様のアウラからいきましょうか?」

?「お子様だなんてとんでもありませんアウラ・ベラ・フィオーラ様はその太陽のごとき輝きをもって我ら闇妖精(ダークエルフ)の歩むべき未来を照らし出してくださるいと尊きお方でありますさらに並み居る魔獣をその偉大なるお力で従えまた優しき瞳で心を通わせる稀代の魔獣使い(ビーストテイマー)の面を併せ持つ陽王なればその掛け声ひとつで神話の世界より死をも恐れぬ百もの魔獣が駆け巡りまた数万の同胞が確かな勝利と愛する祖国の森を胸に武器をとりアウラ様の下へと集うでしょう」

 

 

「まあいいわん、合格にし・て・あ・げ・る。じゃあ次、あなたは?」

?「どうしようもないゴミ屑以下の最低下衆野郎です」

 

 

「はい、最後、マーレちゃんは?」

?「マーレ様の御心は月のように美しく仄かにしかし揺るぎなく我らの在るべき本来の姿を映してくださるいと深きお方でありますそしてその御手から繰り出される神代の魔法の数々は大地を割り山を蓋い雲を割く死の力をお持ちでありながら一方で木を育て土を富ませ川を潤す生のお力も併せ持つ陰王なればその杖の一振りで数百年の歴史を誇る幾つもの国が瞬く間に滅び去りまた数万年の永く色褪せることのない忠誠と繁栄に満ち溢れた国家へとマーレ様を(いざな)うことでしょう」

 

 

「ん~『大地を割り』っとてころが、ブルー・プラネット様に対して不敬だと思わないかしらん?」

?「はっ!!!マーレ様を称える麗句とは言えブルー・プラネット様の御種族を指す言葉が一部分でも入っているのは不敬と存じます!!!!」

 

 

「でもぉブルー・プラネット様は精霊であってぇ、地面みたいに扱うのはよくないと思うのよん」

?「ぇ......ぃ、ぃゃだ」

 

 

「とゆうわけでぇ、今日も居残りねん?」

?「い、いやだぁぁぁぁぁぁl!!!!!!!うわぁあああ!!!!」

 

 

エルフ2「な、なあ...あれ本当に陛下なのか?」

 

エルフ4「ど、どうかしらね」

 

 

「そうそう、あなたたちもいくつか台詞を覚えてもらって、今度たくさんの聴衆の前で披露してもらうわよん。ああ!こんな素晴らしい舞台の聖歌隊をお任せくださるなんて!私はモモンガ様ラブなのに、ブルー・プラネット様ったら罪なお方だわぁん...」

 

 

エルフ一同((((こいつ本気でやばい))))

 

 

 

後日新王の即位式で優秀なサクラが何人か目撃されたとかされなかったとか____

 

 




前回お礼が抜けてました。
忠犬友の会 様 誤字脱字報告ありがとうございました。


ていうか他の方の作品参考にしようと思ってよく見たら、平均文字数一万超えとかちょいちょいあるんですね。
まあまあの量の下書きあっても五千もいけば非常にしんどい自分としましては、熱量すごいなぁと感心しきりです。
読み専に戻りたいです。


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アインズの誤算
魔導王と鮮血帝1


新章突入・サブタイ通りです

先に謝っておきます。
帝国原産禿ジルさんはダシにしてうまみを引き出す以外、特に美味しい料理の仕方が分かりません。
あと今回は突貫工事かつあんまし展開ないです。


新生エルフ王国は程なくして、自らを”かぜっち双王国”と称し、正式な立国と『アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国として諸国との外交に臨む準備がある』という布告を大々的に行った。

 

 

これにより、人間主体の国家は南側に大きな注意を払わねばならなくなる。

 

なぜなら今を時めく双王国は、奴隷として出回ることの多い種族が立ち上げたものなのだ。つまり既に心を折ってあるはずの森妖精(エルフ)が新たな国に希望を抱き、それに触発された多くの奴隷たちが一斉に蜂起などしようものなら、少なくない被害が出るのは確実だろう。

加えて法国に勝利して停戦協定を結ばせたという事実が何よりもまずい。

彼らは人類の守り手であり、知る人ぞ知る人間の中では武力において最強の国家である。そんな人間至上主義を声高に叫ぶ、亜人であれば女子供の虐殺も厭わないような彼らが、真っ先に双王国に対し今後一切の不干渉を明言したのだ。それはつまり、今回の騒動のきっかけになった陽王・陰王の闇妖精(ダークエルフ)が、人類全体を脅かすほどの力を秘めている可能性を示唆している。決して対岸の火事では済まされない事態だと気づく者は、しかし殊の外多くはなかった。

 

 

 

そしてそのことを正しく理解する国は、情報を集めるための労力を惜しまない。

 

もちろん優秀な鮮血帝を皇位に戴くバハルス帝国も、最優先事項として必死に情報をかき集めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<< ナザリック地下大墳墓 円卓の間 >>

 

 

「お帰りなさい!お疲れさまでしたブルーさん!」

 

「いやあ、本当にお疲れさまでした。大変でしたねぇ」

 

 

我が家に戻ってきて早々、ブルー・プラネットは二人から賑やかに迎えられた。

エイヴァーシャー大森林に出張して、しれっとクーデターをしてから一週間半。伝言(メッセージ)で連絡は密にとってはいたが、転移で実際に戻ってくることなどはしなかった。アインズには逆に一度だけこちらに来てもらったことはあったが、ウルベルトとはこうして直に顔を見ながら会話するのはなんだか久しぶりに感じる。

 

 

「どうもですアインズさん、ウルベルトさん」

 

ちなみにモモンガは、ユグドラシルで有名だった名を広めること、ナザリック内にも対外的にもトップを明確にすること、その二点のため名を”アインズ・ウール・ゴウン”に改めていた。

 

副次的に某国への()()にもなっており、シモベから反対意見もなく円満な改名である。

 

 

「ははは、やっぱりまだ慣れませんね、その呼び方」

 

「こっちも呼び慣れませんよ、アインズ様」

 

「ちょ、様づけなんてやめて下さいよウルベルトさん!」

 

 

この他愛もないやり取りが、帰ってきたという実感をもたせてくれる。

そんな中、ウルベルトの不注意でたまった油に火が点けられた。

 

 

「そういえば、むこうの森林ってこっちとなんか違いました?」

 

「あ、それは...」

 

 

アインズが気づくも、既に遅い。

 

 

 

「いやあ、よくぞ訊いてくれました!!!エイヴァーシャーたまりませんでしたよ!!また新種たくさん見つけました!この天体(ほし)が地球のように恒星を中心とした公転軌道上にある直径1万3千kmの惑星でかつ地軸が公転面に対して20度以上傾いていると仮定しても、この緯度の違いであそこまで植生は劇的に変化しないはずなんですけどねぇ!これは地理的要因だけでなく、森妖精などの魔力をもつ生物からの相互作用が間違いなく関係してると思うんですよ!!水平分布のデータはかなり溜まってきたので、できれば次は垂直分布で森林限界を...!!!」

 

 

溢れる思いを喋れる相手がいなかったのだろう。およそ十日ぶりの挨拶もそこそこに、自然科学者は堰を切ったかのように嬉々として語り始めた。

 

 

「..ふう...ウルベルトさん」

 

「...分かってます、すみません。今のはこの話題を振った俺が悪かった......」

 

 

こうなっては止められないということも、二人は重々承知であった。

しかし昔と同じ純粋さで譲れぬ拘りを主張するこの友人の姿が、異形へと変容した両者の心にはときどき、枯れた砂漠をものともせずに強く根付いた大樹のごとく映ることがある。

今は人を殺めることに”抵抗を感じない”自分が恐ろしい。しかし彼を見ていると、そういった歪さと向き合う勇気がもらえる気がしてくるのだ。人だろうが骸骨だろうが山羊だろうが、自分たちは自分たちであると無意識のうちに再確認させてくれる。

そのため言葉とは裏腹に、実はこの姿こそ待ちわびた友人そのものでもあった。

 

 

 

当の本人はといえば、二人が生温い視線を向けてくるのにようやく気づいたようで、高くなっていた声が徐々に低めに戻っていた。

 

 

「あ...すみません。ついいつもの悪い癖で、我を忘れてしまいました。ええと、いくつか計画と違ったところが出来ちゃったんで、修正するのに苦労しましたよ...。そうそう!デミウルゴスには筋書づくりですごく助けられました。僕もお礼は言ったんですけど、ウルベルトさんの方からも褒めといてやってください。きっとすごく喜ぶと思うんで」

 

 

 

 

 

 

「...分かりました、俺も一言添えておきます。それで..デミウルゴスといえば、ブルーさん、実験のためとか言ってあいつに森妖精(エルフ)の王様渡しましたよね?」

 

今度はウルベルトの声が低くなる。

 

 

「え?ああ、はい。ナザリックのリソースを削らずに戦力を増やすため、他種族間で遺伝の実験をしたかったそうなので。なんか王様の方も『強い子供が生まれるには~』みたいなことを言ってたときいて、デミウルゴスにも参考になるかと思い二日間だけ貸しましたね」

 

 

「私もそう聞いてますよ。おかげでずいぶん進展がありそうだって、デミウルゴスも嬉しそうでした」

 

 

裏のないブルー・プラネットとアインズの様子を見て、ウルベルトは察した。

 

(あぁ、実験の協力者だと思ってるのか...実験動物(モルモット)だとは知らなかったのか)

 

 

「いえ、ご存じないのなら一応お教えしておきますと...遺伝というより、繁殖の実験で...その、なんといいますか。うちの子は知識の共有ではなく、実際に色んな亜人とひたすら生殖行為をさせたらしいですよ」

 

 

「「えっ」」

 

瞬間、空気が凍った。

 

「いくら悪魔とはいえ、人がつくったNPCに何させてんのかと思いましたよ...」

 

 

「知らなかったとはいえ、本当にすみませんでした。あぁ..だからあんな従順になってたんですね。てっきりニューロニストのおかげかと...」

 

「いやいやブルーさん。絶対そっちもありますよ」

 

 

元は同じ男。

いくら大事なナニかを失ったとはいえ、さすがに同情や憐れみを禁じ得ない。

 

 

「...ま、まぁ、人間でもケモナー?もいるってペロロンチーノさん言ってましたし」

 

「そ、そうですね。あとは...そう!強姦罪に問われてますから、まあ色魔の天罰ってことで...」

 

((今度からもう少し優しくしてあげるよう言っとこう...))

 

自らを正当化しつつも、こっそり贖罪の気持ちは湧いてくる。

 

 

「え、あの虫ケラはどうでもいいんですよ?ただうちのデミウルゴスにはまずスマートな悪から手をつけてもらいたいので、そこだけ注意しといてくださいね」

 

しかし一人ウルベルトだけはズレていた。

 

 

 

 

漂ういたたまれない雰囲気を一掃するかのように、モモンガは突然明るく切り出した。

 

「そういえば、新しい国名はアウラとマーレが考えたんですよね?」

 

ややわざとらしいが、救いに船とばかり、ブルー・プラネットは便乗する。

 

 

「そうなんですよ!先に言っておいたので考える期間はあったんですが、わりとギリギリに決定しましてね。でも二人とも非常に納得できた名前みたいです」

 

 

「思い返せば、俺もデミウルゴスのときは悩みましたねぇ。『名は体を表す』って諺もあるくらいですから。時間をかけた分愛着もわくし、ギルメンの呼び名が入っていればシモベたちも無碍にはしないだろうし、今回はいい実例になったんじゃないですか?」

 

 

「たしかにそうですね!それにしても国名をきいたときは驚きましたよ。ぶくぶく茶釜さんのあだ名は、ブルーさんが二人に教えてあげたんですか?」

 

 

ぶくぶく茶釜のリアルでの職業である声優。

業界の中で活動するにあたってお気に入りの名義が風海久美、通称”かぜっち”であった。

 

「言い出したのは僕ですけど、アウラもマーレも知ってたみたいですね」

 

 

ユーザーネームと違いあまり印象は強くないが、アインズ・ウール・ゴウンの数少ない女性メンバーからはこのあだ名で呼ばれていた。その会話を第六階層でよく耳にしていた階層守護者の双子は、朧気に”かぜっち”という尊い呼称を脳裏に刻んでいたのである。

 

 

「最初は”ぶくぶく茶釜様王国”にしようとしてたらしいんです。でも、どうしてもナザリックでない場所にその名を使うのが抵抗あるって、すごく悩んでました。(あやか)りたいけど不敬じゃないか...そうゆう二つの気持ちで板挟みになってたので、妥協案として言ってみたら、まぁ気に入ってしまい...」

 

 

「なるほど。なら二人もその名に恥じないよう頑張ってくれるでしょう」

 

「俺は頑張りすぎないかって方が心配だけどなぁ...」

 

 

ウルベルトの言も尤もだ。しかしこの世界を征服すると決意した以上は、やらねばならない。ゲームのように、敵を倒してハイ終了、とはいかないのだから。

そのために征服後の安定した統治と国民感情、それにパワーバランスを踏まえた外交下地を準備する必要もある。

誰もが

『アインズ・ウール・ゴウン万歳!!!』

と叫びたくなるように、毒のごとく甘い絶望に浸けてやらないと。

 

 

 

「そこはホワイト企業目指してこっちが頑張りましょう!というわけで、ブルーさんの布石が生んだ波紋が残っているうちに次のステップに入りましょうか。今度は私の出番なので、元営業職の腕の見せ所ですね」

 

 

「おお、アインズさん上手いこと言いますね。布石の生んだ波紋、ときましたか。案の定帝国は大慌てで双王国の内情を探ろうとしてますから、たしかに今週末あたりが焦れてきてちょうど良さそうですね」

 

 

「頼みますよ、アインズさん。帝国を抱き込めればアゼルリシア山脈を境界線にして右側は攻略済みになりますからね。それに俺も王国の貴族で最高に面白い奴を見つけたので、早く諸国の皆様にお披露目したいですからね」

 

 

楽し気に笑う骸骨魔王につられて、山羊悪魔も愉し気に嗤う。

 

しばしとりとめもなく雑談に興じ、区切りがついた頃アインズはナーベラルとニグンを自室に呼び寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<< アインズ私室 >>

 

 

「ナーベラル・ガンマ御身の前に」

 

「ニグン・グリッド・ルーイン御身の前に」

 

 

相も変わらず呼び出しから到着までにかかる時間が馬鹿みたいに早い。

そしてなぜか執務机の右側に、アルベドが当たり前のような顔をして控えているのも解せない。

 

 

「う、うむ。よく来たな二人とも。今日お前たちを呼んだのは他でもない。実は例の帝国関係の計画をそろそろ始動することにしたのだ」

 

ナーベラル、ニグンの両名には事前に各自の役割を説明し、準備をさせてある。どうやらそれが生殺しのような気分にさせたようで、アインズの始動宣言についにこの時が来たかと武者震いする有様だ。

 

 

「おお!!ついに至高の御方々のお役に立てるときがきたのですね!」

 

「罪深き我ら元陽光聖典の隊員一同、一命を賭して必ずや至高の御方のご満足頂ける結果をお持ち致します!」

 

 

やる気があるのはとても良いことだ。しかし膝をつき頭を下げたまま健気に喋るのはやめてほしい。

油断して忘れていたが、シモベという存在は二度『面を上げよ』と命じるまでは低頭した状態を保とうとする。かつてただの一社会人だったアインズにとっては、強制しているような罪悪感と、単純な面倒さのダブルパンチであった。

 

不意にこの手順を簡略化する手段を閃き、矛盾がないよう考えながら言葉を紡ぐ。

 

 

「面を上げよ」

 

予想通り一度目では上げない。ここからが勝負だ。

 

「お前たちは今後ナザリックの外へ出ることもあれば、外からの訪問者を迎えることもある」

 

二度目がないことに微塵も動揺が表れないが、始めてしまったものは押し通すしかない。

 

 

「その際こうして頭を下げる度、お前たちはどこに潜んでいるか分からぬ敵に隙を晒すことになる」

 

僅かではあるが、ここで初めて肩が震えるのが見えた。今まで微笑を浮かべて見ているだけだったアルベドも、アインズに向き直り口を開こうとする。

しかしそれを手で制し、なおも続けていく。

 

 

「臣下の礼を止めよとは言わぬ。むしろそれほどの忠義を示してくれてとても嬉しく思うが、私は形式だけに固執して真に大切なものを見失うべきではないと考えている」

 

相手の頭に沁みこませるために、一息の間をとる。

 

「礼をすることがお前たちの危険に繋がるならば、それは私の望むところではない。私が望むのはナザリックの皆の安全と幸福だ。それを妨げるものは例えお前たち自身であっても許さない」

 

アルベドは意思を汲み取ってくれたらしく、目を伏せ佇まいを戻した。

 

 

「よって今この時から特別な命令がない限り、玉座の間以外の全ての場所において一度の許可で顔を上げてほしい。これはあくまで私からのお願いであり、命令ではない」

 

そう、命令ではない。

この一言のせいで二人はまだ低頭したままだが、ここが重要だ。

 

 

「私はお前たちの忠義を、形としての礼ではなく心の在り様に求める。お前たちの誇りを、跪くのではなくその足で毅然と立つことで示すように求める。それでも形に拘りたいと言うのであれば止めはしない、二度目を待って伏せているがよい」

 

かなり昔に読んだ小説に出て来る台詞を引用し、どうにかそれっぽいかんじにまとめられた。と思う。

 

今さらだけど、儀礼の通則も知らない無作法者と呆れられたらどうしよう...

言い終えてから不安に苛まれたが、ナーベラルに続きニグンも立ち上がってくれたので、狙い通りにことを運べたようだと安堵する。

 

 

「アインズ様のお望みとあらば如何様にも」

 

「至高の御方の意を汲めず、申し訳ありませんでした」

 

 

(やっと分かってくれたか!よーしこれで手間が一つ減るぞ!そうだ、二人にも話を通しておかないと)

嘘はついてないので、彼女らを騙したことにはならないはず。

 

「それでは守護者統括として、先程のお言葉をシモベたちに通達して参りますがよろしいでしょうか?」

 

アルベドが気を利かせてくれたので、許可を与える。

 

「よかろう、頼んだぞアルベドよ。よし、では改めて、ナーベラル・ガンマよ!」

 

「ハッ!」

 

「これより我がアインズ・ウール・ゴウンの先触れとして使者団を率いてバハルス帝国へと向かい、魔導王が会談を申し込む旨、しかと伝えて来るのだ!」

 

「ご命令、承りました」

 

 

「次に、ニグン・グリッド・ルーイン!」

 

「ハッ!」

 

「お前の名は既に過去のもの。これよりお前は...ニグン、二軍か..戦力的には四軍、いや五軍くらいか...?よし!お前は今後"ゴグン・ファーム"と名乗るがよい。部下たちも全員名を変えて使者団に加わり、ナーベラルと一般メイドの護衛及び各種の雑務や事務的な作業を行うのだ」

 

「この命に代えようとも遂行してみせます!」

 

 

(なんとかなった...よな?)

 

 

こうしてアインズの見せ場が始まる。

 

 

 

ちなみに、後日シモベたちの間で『一礼入魂』という言葉が大流行するのは、また別のお話である。




毎度ミスが多くてすみません。
ペリさん 様
スペッキオ 様
対艦ヘリ骸龍 様
誤字脱字報告ありがとうございました。非常に助かります。

特にスペッキオ 様
小粋な一言もありがとうございました笑 とりあえず始めてしまったものは仕方ないので、ウダウダ言ってないでさっさと書いて完結させます。はい。


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魔導王と鮮血帝2

やっぱり月曜は憂鬱です。

前話でのアインズ様の台詞は元ネタがございます。実はそちらを読んでたら関連書籍でオバロが出てきたので、こうして今に至ります。

安直な俺TUEEE系でない作りこみの深い異世界ものをお求めの方へ、小野不由美さんの著書を個人的にはぜひお勧めしたいですね。




<< バハルス帝国 帝都アーウェンタール >>

 

 

実用と芸術的外観の両方を兼ねた帝城の中でも、ひと際煌びやかな一室にその男はいた。

嫌味にすらならないほど洗練された調度品の数々に囲まれながら、世の女性を魅了する美貌を苦々し気に顰めている。彼こそは鮮血帝と畏れられ、歴代で最も秀でた皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスその人である。彼が皇帝の位に就いてからまだ日は浅い。しかし尋常ならざるスピードで無能な貴族を片っ端から粛清し、国政の抜本的改革を今まさに見事に実現しているところだ。そのために出自に関わらず有能な者は積極的に召し抱えてきた。”鮮血”の二つ名をつけられながらも、彼は血脈に拘らないことで成功を手にしたといえる。

 

 

 

そうして登用した優秀な秘書官の男が、今しがた緊急の最重要案件を持ち込んでいた。

 

「それで、もう帝都まで魔導国の使者とやらが来ているのだな?」

 

 

 

 

皇帝のお気に入りとして主席秘書官の座に就くロウネ・ヴァミリアンは、しかめっ面のジルクニフに臆することなく歯切れよく答えた。

 

「はい。彼らの騎乗する馬足があまりにも速く、伝令の早馬が先んじて伝え損ねたと報告がありました。代表はナーベラル・ガンマと名乗る非常に美しい女性だそうで、例の”森妖精(エルフ)不開箱(あかずの箱)”を持って面会をするよう要求しております」

 

「...アレを知っているということは、本物の使者とみて間違いなさそうだな」

 

 

ただでさえ先の大粛清で内政が慌ただしい中、つい最近国外で一大事件が起きた。闇妖精(ダークエルフ)の新興国である、”かぜっち双王国”が誕生したのである。

法国が併呑すると予想していたバハルス帝国は、当然上を下への大騒ぎであった。法国が停戦協定を結んだということは、言い換えれば『魔導国や双王国がバハルス帝国に侵攻しても法国は手を出せない』とも受け取れるからだ。加えてこちらは森妖精(エルフ)の奴隷制度が存在する。同族解放の大義名分の下、双王国が侵略戦争を仕掛けてこないとも言い切れないだろう。

 

そんな不安の種を取り除くべく、ジルクニフはしきりに双王国へ偵察隊と秘書官を送っていた。しかしバレないよう遠回しに没落貴族を使って派遣した非公式の偵察隊は全て音信不通となり、正規の使者である秘書官だけが無事に戻ってくるばかり。その使者が持ち帰ったのも、森林外縁部で突如現れた陰王直々に渡されたという30cm四方の箱一つだけである。

 

『えっと、魔導国の方から正式な使者を送りますので、そ、その使者の方が来た時に開けてもらってください!』

 

陰王マーレは可愛らしい仕草と声でそう言うと、その箱に何かの書類を入れて魔法を唱えたらしい。中身が危険なものではなさそうだったので、秘書官に同行していた魔法省の者が箱自体にも仕掛けがないことを確認した後、そのまま帝都に持ち帰ってきたのだ。

その箱がまた厄介だった。中身を鑑定しようとしても、無理矢理こじ開けようとしても、開くどころかかすり傷一つつかなかった。最悪帰国途中で魔物に襲われて壊れたことにしようと、物理的にも衝撃を与えたのにだ。ついには帝国が誇る人類最高の魔法詠唱者(マジックキャスター)、逸脱者フールーダ・パラダインが駆り出されたが、それでも蓋は未だ堅く閉ざされたままである。

 

故に”森妖精の不開箱”。

 

 

「そのようです。中身が書類であることも知っており、そこに書かれているのが要件だと言っているとのこと。おそらく本物の魔導国の手の者だと考えてよろしいでしょう」

 

「なるほど...では『双王国と連絡をとろうとしたら、魔導国から使者が来た』という認識でいいんだな?」

 

「私もそう捉えております」

 

 

たしかかぜっち双王国は、『アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国として外交に臨む』と布告していた。

しかしそれは最終的な判断を魔導国に委ねるという意味であって、窓口自体を丸投げするなどとは思ってもみなかったことだ。

 

 

「となると、双王国は完全にアインズ・ウール・ゴウン魔導国とやらに恭順しているようだな。興国と同時に『国交の準備がある』と発表しておきながら、それをまさか全面的に委託するとは...。やはり法国を打ち破るほどの武力を持っているのは、闇妖精(ダークエルフ)の影に隠れた魔導国だったと考えた方が筋が通る」

 

それを陰王自ら渡した箱で、再度明確に示したかったのだろう。

しかもその箱には高度な魔法技術が用いられている。つまりは軍事力の示威というおまけ付きだ。言葉もなく強烈な印象を与える、まさに謀略を巡らせた深淵な一手。迂遠ではあるが確実なやり方に、頭脳戦でも油断ならない強敵であることをジルクニフは即座に悟っていた。

 

 

「戦争を終結に導いた陽王と陰王も、魔導国から来たと大衆の面前で公言しているようです。今回の黒幕であることは間違いないと思われます」

 

「決まりだな。そうと分かれば今回先方から接触があったのはむしろ好都合。王国に先んじて太いパイプを作れれば、我が国に有利な関係に持っていきやすいだろう。新興勢力は上手く誘導できればメリットも大きい」

 

魔導国なんぞ聞いたこともない国名ではあるが、巧みに担ぎ上げて王国とぶつけられれば僥倖だろう。

たとえそれが無理でも、法国と停戦協定を結んでいる状況では彼らとは比較的友好な帝国を攻めることは難しい。

ただ、懸念を挙げるとすれば...

 

 

森妖精(エルフ)の奴隷制度についての説明が肝になりそうじゃな、ジルよ」

今まで瞑目して髭を撫でつけていたフールーダが、この話題で初めて口を挟んだ。といっても思案顔ではなく、愉快気に生徒へと問題を投げかける教師の姿そのものであったが。

 

「もちろん分かってるとも、じい」

分かりやすい幼少期からの師の様子に、自然と笑みがこぼれる。

フールーダが介入したことで、周囲にいた文官たちも積極的に発言を始めた。

 

「しかし停戦からまだ十日足らずしか経過しておりません。こんなに早く他国に干渉する余裕など生まれるでしょうか?」

 

財務を担当する文官の問いに、ジルクニフは即答した。

 

「普通は立続けに戦争を起こすのは避けるのが常識だが、先の法国戦における双王国の主戦力はあくまで闇妖精(ダークエルフ)。宗主国の方は兵も物資もまだ何も消耗していないのだから、大義名分さえあれば侵略戦争もあり得るだろう」

宣戦布告さえチラつかせる自国の皇帝に対し、秘書官ではロウネだけが全く取り乱さない。さも煽るように脅しをかけてみたのに、能面を崩さないこの秘書官はやはり頼もしい。

 

「では陛下は奴隷制度を如何されるおつもりで?」

 

「ふふふ、分かってきいてるんだろう?では逆にお前ならどうする」

相好を崩したジルクニフに、初めてロウネはニヤリと口元を緩めた。

 

「失礼しました。森妖精(エルフ)の奴隷はそもそも法国が捕らえて流通させたもの。帝国としては法改正には柔軟に応じる姿勢を見せるべきかと。むしろ解放や受け渡しまで面倒を見てやれば、双王国に貸しを一つ作ることもできます。きけば今になってエイヴァーシャー大森林に介入したのは、まだ幼い双王らが直々に魔導王らに願い出たことが発端とのこと。子供ながらに同族に対しての思い入れが強いのでしょう。最悪魔導国がムリに戦争を仕掛けてこようとも、奴隷の森妖精(エルフ)も殺されたと伝えれば双王国を離反させて潰し合わせる口実になるかもしれません」

 

「満点だな」

ジルクニフは瞳に残酷さを匂わせながら頷いた。

そうだ。強大な力をもつ者が複数いるのなら、まずは不和を起こさせればいい。

 

「それに外交の窓口を魔導国が軒並み引き受けるのはどうにもキナ臭い。表向きは新王が子供だからで押し通してくると思うが、本音としては彼女らを囲って洗脳しようという魂胆だろう。強いが幼い。これは最高の操り人形だからな」

 

だがそうはいかない。直接コンタクトをとる手段は模索し続けていく必要がある。陽王と隠王は双子らしいから、どちらか一方さえ丸め込めることができれば、なし崩しで両者を帝国側に巻き込めるはずだ。

弱味も強味に変えてこその外交。それを叩きこんでくれた師も、正解を述べた愛弟子に満足そうだ。

 

 

うら若き美女とやらを使者に寄越した魔導国の短絡さを笑い、なんならその美女を籠絡できないかという下心さえ芽生えながら、ジルクニフは謁見の差配を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<< side ゴグン >>

 

「以上がデミウルゴス様のご推察された、皇帝の思惑になります」

ナーベラルを前に臣下の礼とは違う部下としての礼をとりながら、ニグン改めゴグンは説明を終えた。

中盤から重苦しいオーラを放ち始めた彼女を、部下たちも恐怖の眼差しでチラチラと盗み見ている。

 

「汚い虫けら(ガガンボ)ごときが..!私たちの忠誠心を疑うなんて、やはり虫けら(フナムシ)程度の脳みそしかないようね」

 

 

今自分たちがいるのは、帝都最大の通りに面した高級宿屋の一室だ。

魔導国の正使としてナザリックを出てから一週間。ナーベラルの人となりは十分に把握できているため、ゴグンに狼狽の色はない。それにこういったときの対応策も守護者統括殿より授かっている。

 

「愚かな皇帝ごときに、ナーベラル様や皆様の忠義の深さを推し量ることなど到底不可能でございましょう。むしろ無知であることは、ナーベラル様にとっては好都合だとアルベド様も申しておりました」

好都合という単語に反応して、敵意を剥き出しにしていた顔つきがキョトンとしたものに変わった。

 

「アルベド様が?」

 

「はい。そもそもこの世の全てを服従させる目的は、二つあると伺っております。一つは現在ナザリックにおられる慈悲深きお三方がお望みであらせられるため。もう一つはまだお戻りになられていらっしゃらない至高の御方々が、こちらの世界にご降臨なされたときに安全にお迎えするため。それはお間違いないでしょうか?」

 

「ええ、その通りよ。お前も金魚の糞なりによく勉強しているようね」

まあシモベですらない我々の評価はそんなものだろう。しかしゴグンは、ナーベラルがお戻りになられない自身の創造主を思い出し、その麗しき顔に影を落としたのを見逃さなかった。

(さすがはアルベド様...この反応も予言なされた通りだ)

 

「ありがとうございます。そこで、です。例えば至高の御方がお戻りになられた際、ご降臨なさった場所が偶然帝国の領土内であったとしましょう」

ナーベラルにとってはこれ以上ないほど幸せな例え話に、今度は恍惚としながら目で続きを促してくる。

 

「そこで最初に遭遇する帝国民が叫ぶのです。『至高の御方がいらしてくださったぞ!ナーベラル様が仰る通り、なんと素晴らしい御方なのだ!』と。それを聞いた御方はすぐにお気づきになられるでしょう。真の神を知らぬ盲目の民に、(くら)きを(ひら)いた忠実なるシモベは誰か。栄えあるナザリックのご威光を帝国の隅々まで刻み込んだ、誇り高きシモベは誰か!」

そこまで告げるとしばしの静寂が訪れた。

 

その間ナーベラルの頭の中では、弐式遠雷が自身のハイセットポニーテールのつけ根辺りに手を乗せ

『俺たちのために頑張ってくれたんだな。よくやったナーベラル!さすが俺の造ったシモベだ!』

と、あの万物を照らす軽快な声で褒めてくれる至高の光景が流れている。

 

「...今回我々に課せられた任務は戦闘や敵対ではなく、平和的な外交でございます。アインズ様はこの重大なご勅命を授けるシモベの代表に、ナーベラル様をお選びになられました。アルベド様は、その意味をよく考えるようにとも仰せです」

 

ほう、と淑やかに一息。少年すら色を覚えるほどの艶やかさをもって、ナーベラルは現実に舞い戻ってきた。

「...なるほど、アインズ様の崇高なるお考えを勘違いしてしまうところだったわ。アルベド様には本当に感謝しなければならないわね...。さて。つまり相手がどれほど下等な虫けら(ミノムシ)であろうと、殺さずに調教せよということかしら?」

夢見心地でも理性は働いていたらしい。自分なりの解釈をしっかり考えるところまで持ってこれた。

 

「調教..では(いささ)か語弊があるかと存じます。皇帝との会談において、ナーベラル様はあくまでも橋渡し役。皇帝が魔導王たるアインズ様に無礼な振る舞いをせぬよう警告し、下地をつくっておくのが最善と考えます」

 

「無礼のないよう警告...たしかにそれはメイドとしても必要..。お前、ロクグンだったかしら?他の虫けら(ヤブカ)と違って、お前は中々使える拾い物だったようね」

 

「ゴグンですが、見に余るお言葉でございます」

もはや不機嫌さは霧散してしまい、任務に燃え皇帝との会談を心待ちにさえしている様子。

部下も皆針の(むしろ)から解放され、感謝の視線すら送ってくる。

しかしゴグン本人は、これが自分の手柄でないことを重々承知していた。

 

(やはり守護者統括様はその地位に見合うだけの卓越した管理能力をお持ちだ。ナーベラル様の短所を懸念され、的確に意識を誘導していらっしゃる。デミウルゴス様も引き締めに長けておられるが、アルベド様ほど焚きつけるのが巧妙なお方は他にいないと断言できるな。惜しむらくは直接お声かけされるとき、何故か辛辣になってしまわれることだが...噂にきく”つんでれ”とは何であろうか?)

 

明日に控えた皇帝との謁見を前に、ゴグンも己の過去に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<< side アインズ >>

 

 

今回の主役であるアインズは、ナザリックの自室からちゃっかり帝国皇帝の執務室を覗いていた。

(うわあ...デミウルゴスとアルベドの予想がほぼ完璧じゃないか!これもう俺要らないんじゃないか...?)

 

ナザリックでも一、二を争う知能を誇る二人のシナリオは、現実を写し取ったような正確さだ。早くもアインズは胃の辺りに重く鎮座する何かを感じつつあった。

 

そうして悶々とする中、同室で作業していたブルー・プラネットが話しかけてきた。

彼も双王国建国の仕事から一段落して、こういった細かい情報共有のため頻繁にアインズの私室を訪れてくれている。

「そういえばアインズさん」

 

「はい?なんですかブルーさん」

 

「例のニグン...じゃなくてゴグンか。彼らはもう外に出して大丈夫なんですか?元は法国の聖典だったので僕も気にかけてましたが、エイヴァーシャー大森林に行ってる間はそちらに一任してたので、現在のコンディションとか実はよく分かってないんですよ」

 

「ああ!そういえばお話してませんでした!うわあ、勝手に使っちゃってすみません」

 

「いえいえ、扱いに困ってたのでむしろ使ってもらえて有難いです。レベルキャップの実験も行き詰ってましたしね...」

 

 

 

そう、彼らは陽光聖典という名のいわゆる秘密部隊であった。

情報収集期間中、彼らの先遣隊がナザリックに最寄りのカルネ村を襲っているところを見つけ、この世界における戦闘力の水準を調べるため一当たりしてみたのだ。

 

先遣隊と聖典本隊は拍子抜けするほど簡単に拘束できた。戦闘がシモベ越しということもあったので積極的に仕掛けてみたが、おかげでエリート兵士の基準値がせいぜい20Lv.程度であることも確認済みだ。

国家に所属する軍人を拉致するのはまずいが、彼らの知識はぜひとも欲しい。捕らえた者たちの処遇で悩んでいたとき、幸運な出来事が次々に起きた。

 

 

ほぼ入れ違いでカルネ村に駆けつけてきた王国戦士長を名乗る男に、雑魚を3人ほど引き渡すことで国家を敵に回さずに済んだこと。

派遣したシモベたちが忍者のような外見のため、異形種だと誰にもバレなかったこと。

戦士長は義理堅い実直な男で、村を救った代わりにこちらの存在は伏せるようお願いしたら快く承諾してくれたこと。

渡した雑魚はずっと眠らせていた3人なので、本隊を拘束したことは知られてないこと。

残りの隊員は強力な魔獣に食われるのをこの目で見たと、渾身の言い訳を思いついたこと。

それをきいていた村人が『森の賢王だ!』と援護射撃をくれたこと。

 

そうして手に入れた貴重な現地人は、5人ほど脳を壊してしまったり特殊な魔法で死なせてしまったものの、40人近く手元に残せたのだ。

付け足すならば、その戦士長にはウルベルトが影の悪魔(シャドウ・デーモン)を二体尾行させていたので、どうやらその後も色々と面白いことが起きているとのことらしい。

 

 

「レベリングで言えばゴグンだけは唯一42Lv.までいきましたけど、他は30Lv.いけば良い方でしたからね。やっぱりこの世界では経験値を積んでも、レベルの上限が邪魔をするようです。脅威となる存在が育ちにくいのは大きな救いですが...」

 

情報が抜き終われば、他にもたくさんの実験に使い回すのが貧乏性の(さが)である。

 

「でも第五位階まで使えるようになったなら上々だと思いますよ。あ、そういえば人間種って種族レベルがないんですよね?種族変換や職業(クラス)再構成(リビルド)とかってもうやりました?」

 

 

「もちろんやりましたよ。先遣隊の隊長だったべリューズ?とかいう男を一回殺して再構成(リビルド)しようとしたら、蘇生が失敗して灰になっちゃったんですけどね...蘇生はその場で復活することが分かったので、蘇生の杖(ワンド・オブ・リザレクション)をケチって死者の復活(レイズ・デット)使ったんです。5Lv.の罠をすっかり忘れて油断してました」

 

情報収集から実験までの期間は、ニューロニストの部屋が彼らの寝室代わりだった。

いかに過酷な訓練を受けた特殊部隊員とはいえ、耐えられる者などいるはずもない。しかし隊員たちには驚くべきことに(ニューロニストには喜ばしいことに)、最後まで声を上げ続けていられたのがなんとべリュースである。

 

 

「うわ、可哀そう...でもないか。たしかそいつ人殺しのくせに最後まで醜く命乞いしてた奴ですよね?ならまあ元から極刑ものですよ」

 

「そう言って頂けるとありがたいです。いや、それでですね!副隊長のロンデスって男は条件満たしてたんで、まず獣人の種子っていうアイテム使って種族変更したんですよ。そしたらなんと彼、人狼(ワー・ウルフ)になりまして!感動してしばらく召喚したアンデットと戦わせてたら、種族レベルも5まで上がりました。再構成(リビルド)も大成功で、呪い装備でレベリングしたら暗黒騎士(ダーク・ナイト)とまさかのカースド・ナイトを取得したんです!」

 

「えっ!?カースド・ナイトって、シャルティアもとってる職業(クラス)だよね!?60Lv.くらい必要じゃなかったっけあれ」

 

「それが不思議なことに、ロンデスは40Lv.ちょうどでストップしました。つまり、この世界の職業の分岐(クラス・ツリー)はユグドラシルとは似て非なるものなんです!」

 

アインズは何度も沈静化されながらも、こうして語り合える楽しさと謎を解き明かしていくワクワク感を受け、徐々に興奮していく自分を抑えられずにいた。

 

 

「おお~!僕が自然界を分析している間に、アインズさんは真理を探究していたんですね」

 

「真理だなんて!それは大袈裟ですよブルーさん」

 

「いやあ、僕はそう思いますよ?」

 

こうして未知をまた一つ味わったところで、ブルー・プラネットはずっと気になっていたことを尋ねることにした。

 

 

「...それで結局、アインズさんが隠してる皇帝を説得するための切り札って何なんですか?」

 

「ふふふ、やっぱり気になりますか?でもここまで来たんですから、せっかくなんで直前まで秘密にさせてください」

 

「うわ、それはずるいですねー。じゃあヒントだけください!」

 

 

 

「ヒントですか?まあそれならいいですよ。えっと..営業で大切なのは、まずインパクトのある大きなメリットを前面に出してプレゼンすることです」

 

「なるほどなるほど。じゃあプレゼンのタイトルとかってあるんですか?」

 

「もちろんありますよ」

 

「それは教えてもらえたりします?」

 

 

アインズの顔は骸骨だが、ブルー・プラネットはこのとき彼がニヤリと笑うのを確かに幻視した。

 

 

「名付けて...”魔導王杯”です」

 




菊池 徳野 様
スペッキオ 様
毎度誤字脱字報告ありがとうございます!
実は今回チェックしてないので、絶対たくさんあります...
本当にすみません。

アリア様の感想があまりに嬉しかったので、ちょっと力入れます。
チョロイ自覚はあります。
アインズ様ほどではありませんが。


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魔導王と鮮血帝3

ユリさんとブルプラさんが書けなくてつらいです。
これ30話以内に終わるかな..?

ちなみに魔道王杯は、昔やってた某黒い猫のクイズゲームでやってるイベントから閃きました。深い意味や設定なんかないです。マスラヲ期待させてしまった方すみませんでした。


「ま、魔導王杯?」

 

てっきり森妖精(エルフ)の奴隷制度をつついてくると予想していたジルクニフは、眼前に凛として立つ絶世の美女からの先制攻撃をもろにくらった。

ただでさえ謁見の冒頭に繰り出した、幾多の女性を落としてきた会心の皇帝スマイルも効果はなかったというのに。権力をかさに着ない親しみを込めた好青年を完璧に演じたはずが、手応えどころか侮蔑を含んだ嘲笑で返されるなど初めての経験だ。すぐ側で警護にあたる四騎士三人のうち、バジウッドが珍しいものを見る目でナーベラルを見ている。ちなみにフールーダは現在別室待機だが、遠視でこの醜態をしっかりと見ているのだろう。

ジルクニフが容姿に自信を失いかける中、ナーベラルの斜め後ろで膝をついていたゴグンが口を開いた。

 

 

「左様でございます。我がアインズ・ウール・ゴウン魔導王は皇帝陛下との会談をご所望すると共に、両国の友好的な歩み寄りの証として、ぜひバハルス帝国と共同で盛大な催し物をと申しております。なんでも貴国は()()()()()()()最高峰の素晴らしい闘技場をお持ちだとか。私共もせっかく帝都に参りましたので、外観のみではありますが先日拝見させて頂きました。しかしまあ、なんとご立派な建造物でございましょう!そして熱狂する民衆、臨場感溢れる戦い、剣の打ち合う音...アインズ様もこのような祭典を大変好まれておいでの御方。帝国民の皆さまにとっても良き娯楽になりますので、なにとぞ前向きにお考え頂ければと存じます。魔導王杯の詳細につきましては、陰王がお渡しになられた箱に収められた書に記してございます」

 

(アインズ様、だと?ずいぶん親し気だが、もしやこいつは王族か?...にしては腰が低い。この女がお手付きの者で、男はその親族と見るのが妥当か...というか、この女の服はメイド服...だよな?)

 

大振りな仕草で息つく暇もなく言い募ってくる。それにどこかぎこちなく感じるのは、誰かに準備された台詞や指示された動きでもしているからなのだろうか?

いずれにせよ、急にこんな提案をされても頷けるわけがない。服や話題には面食らってしまったが、いつもの冷静さを取り戻してきたジルクニフは手持ちのカードを一枚切ることを決意する。

 

「...そうか、まず会談の申し込みは大歓迎だよ。明日にでも日取りの調整のために配下の者を遣わそう。私も魔導王殿にはぜひお会いしてみたいと思っていたからね。それにしても『アインズ・ウール・ゴウン』という名は寡聞にして聞かぬ名だが、もしや王は()()()()()()()()()()なのだろうか?」

 

その言葉にナーベラルがピクリを眉を吊り上げ、不快感を露わにした。

 

(どうやら図星のようだな)

 

「ああ、御気分を害されたのなら失礼した。しかし領地の場所も誰も知らぬし、魔導王については存在さえ疑問の声が上がっているほど。如何せん謎が多すぎて、わが国としてもどのように接していくべきなのか分からないのだよ。それと魔導王杯に関しては性急に過ぎる故、この場で返答はしかねるな。まずはそちらの言う書を検めねばならないし、なによりあの闘技場は私の一存だけでは...」

 

 

ジルクニフには確信めいたものがある。

これは高官たちとの話し合いでも出た結論だが、まず間違いなく魔導国は()()()()()だ。

根拠はフールーダの古き記憶と、神話のような内容の一枚の記録用紙。かつて圧倒的な力をもって世界を震撼させた”魔神”、その生き残りの拠点が南方にあるということらしい。

幸い破壊を求める魔神は十三英雄の時代に滅ぼされたとされている。つまり今回の双王国の噂をきく限りでも、比較的温和な魔神が何らかの目的で表舞台に帰ってきたのだろう。あの魔神が相手ならさすがの法国も一旦手を引く理由は分かるし、温和であれば言論を交わしあわよくば抱え込むことさえ夢ではないはずだ。なにせこちらには伝説の十三英雄に匹敵する、逸脱者フールーダ・パラダインがいるのだから。

これが帝国上層部の一部の者たちで共有されている、極秘の情報であった。

 

そのため奴隷制度の対応策が空振りになった今、

『そちらの正体のは目星がついている』

という揺さぶりをかけてみることにしたのだ。

 

しかしその目論見も、ナーベラルの強く遮る声の前に儚く散っていった。

 

 

「救いようのない馬鹿ね」

 

「なっ」

「貴様、無礼な!」

 

突然の高圧的な態度に、同席していた執政官や近衛兵たちがにわかに色めく。

 

「黙りなさい」

 

しかし完全武装した大の男たちの敵意をそよ風のように受け流し、むしろ圧し返す勢いで一喝されてしまった。

 

「南方に潜んでいる強者?よく分からないけれど、そんなものと至高の御方々を一緒にしないでくれるかしら。アインズ様は私たちなどには到底理解できないほど先の未来をお読みになり、それを意のままに操ることのできるいと尊きお方。すぐにこの国の虫けら(コメツキムシ)たちにも分からせてあげるわ」

 

ジルクニフはこの怜悧な目つきと口調こそが本来の彼女なのだと、数々の腹芸をこなしてきた辣腕の皇帝として一目で見抜いた。と同時に、狂気すら孕んだ殉教者さながらの言葉も、偽りのない心底からのものだと分かってしまう。

 

「それに大きな勘違いをしているようね。アインズ様は御寛大にも、お前たちごときにお会いになると仰ってるの。ならお前たちは出来うる限り最大のおもてなしをすればいいのよ」

 

一方のゴグンも、やる気がありすぎて喧嘩腰になってきたナーベラルに歯止めをかけようと耳打ちをする。

 

「ナーベラル様、臣下が礼を失せば主の責。我らは平和的外交のため来ておりますので、ここはアインズ様のためにも耐えてください」

 

「..ちっ。仕方ないわね」

 

「...ナーベラル様に代わって先の非礼をお詫び申し上げます。まず会談については承知致しました。また魔導王杯に関しましては、闘技場の使用に関してはオスク様にご確認頂きたく存じます」

 

 

ゴグンが前に出て謝罪したが、帝国側、特に文官たちがナーベラルに対して殺気立ち始めたため、謁見の間は不穏な空気に包まれていった。

 

(オスクだと?...まあいい、今はこの雰囲気をどうにかせねばな。手を出されてはいないが、これはこれで良い批判の()()になった。こうなればもうじいにご登場願おうか)

目線で万が一に備え魔法で遠視していたフールーダを呼び寄せる。場を収めるのに一役買ってもらうフリをして、生まれながらの異能(タレント)を使い彼らを直接見ることで魔力を量ろうとしたのだ。

 

 

「どうした。騒がs...」

 

そうして満を持して現れた三重魔法詠唱者(トライアッド)は、ゴグンたちに目を向けた瞬間に豹変した。

老人とは思えぬ素早さでゴグンに走り寄り、飛び出んばかりに眼を見開き叫んだ。

 

「な、なんと!!そのオーラは..第五位階か!!後ろの者たちも、魔法詠唱者(マジックキャスター)は全員が第四位階以上に到達しておるではないか!素晴らしい...素晴らしいぞ!!その若さでどうやったのだ!師は誰だ!!??」

 

フールーダの様子に毒気を抜かれ困惑していた周囲の人間も、信じられないといった表情を浮かべる。

 

「過分なお言葉です。私などはナーベラル様の足元にも及びません」

第五位階ともなれば天才どころか間違いなく英雄級だ。人類の頂点と言っても過言ではない。

そんな男が、一見非常に美しいだけのメイドらしき美女の方が更に強いと口にした。

 

「む?...しかしそちらのお嬢さんは全くオーラが見えないが」

 

さすがにハッタリか

ジルクニフを含めて誰もがそう思った。

 

「<天候操作(コントロール・ウェザー)>」

 

しかし安堵の気配が漂うその前に、ナーベラルが突然魔法を放ったのだ。

会談を申し出ておいてその使者が皇帝を前に魔法を放つなど、戦争ものの重大な規約違反である。

 

すわ死闘の引き金かと皆が武器を構える中、数人が外に至る扉から秋口にしては早すぎる雪を伴う冷たい風が入ってくるのを感じた。

 

「おい...なんか寒くないか?」

 

誰かが呟く頃には外から人々の喧噪が漏れ聞こえてくるようになる。

魔導国の使者団が誰も戦闘態勢に入らないのを確認してから、フールーダは慌てて外に出て空を見上げた。

 

(これは...この魔法は雲だけでなく、天候そのものを操っている...!!)

 

季節外れの雪と北風という異常気象に、平民も城内の一部警備兵も屋外に出て何ごとかとざわついているようだ。

それらの声を背に、興奮した足取りで再び謁見の間へと戻り、誰にともなく告げた。

 

「...今のはたしかに、第六位階の<天候操作(コントロール・ウェザー)>でした」

 

「そうよ。そしてもちろん、私などアインズ様の足元にも及ばないわ」

 

「そ、それはつまり...!」

 

「申し訳ありません。皇帝陛下を前に魔法を行使した非礼をお詫びするとともに、これ以上お伝えすることもございませんのでこれにて失礼いたします」

 

 

このやり取りを最後に補佐が慌てて礼をし、一団を率いて去っていった。

さすがにもう止めようとする兵も文官もいない。相手は逸脱級の美女を筆頭に、英雄級の補佐と天才級の集団なのだ。

腰が引けたのは帝国四騎士とて例外ではない。使者団の退席を見送った”激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックは、使者団の退席後に項垂れた皇帝に報告しに歩み寄る。

 

「最前列に唯一戦士風の精悍な男がいたのを覚えてらっしゃいますか。身のこなしや一瞬だけ見せた殺気からして、彼はかの王国戦士長と同等かそれ以上の実力と考えられます」

 

信頼する部下の狼狽した声とフールーダの口元に滲む裏切りの兆しが、ジルクニフに今回の敗北を突きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__それから三日後___

 

『バハルス帝国皇帝およびアインズ・ウール・ゴウン魔導国魔導王の共同開催!!その名も魔導王杯!!!』

という売り文句で、現在闘技場の前ではチラシが貼りだされている。

 

 

近頃なにかと話題の魔導国が、ついにその神秘のベールを脱ぐらしい。

 

(まこと)しやかに囁かれる噂も手伝い、帝国民の間ではこの一大イベントに並々ならぬ関心を寄せていた。それこそ誰が優勝するのか早くも賭けを行う者が出てくるほどに。

 

魔導国という馴染みのない国が関わってくるというのに、どうして市井はこれほど歓迎ムードになっているのか。これはアインズ自身にとって嬉しい誤算であったが、闘技場が生活の一部に深く根付いている彼らからすれば『闘技場好きの他国の王が皇帝を誘って面白い祭典をつくってくれた。皇帝が許可したくらいだから相手も悪い国じゃないのだろう』という解釈になっているのだ。観客側だけでなく、興行主にとっても実りの多い提案である。話題性に富み、帝国の大々的なバックアップがあれば集客率も高い。果てはモンスターや商品の武具を、魔導国が提供してくれるときている。武王を擁するオスクを筆頭に、催す側も観る側も一体となって楽しんでいたのだ。

 

 

 

もちろん、楽しくない人間もいる。

 

 

魔導王杯の開催で最も不愉快な気持ちになっている者が、帝城の執務室の中にいた。

 

「くそっ!」

ジルクニフは最近痛み出した胃の上を抑え、深呼吸してから賢君の姿を崩さぬよう気を取り直した。

 

「舐めていた...やはりあいつらは劇物だったようだ。フールーダは既に主席宮廷魔術師の仕事をかなり放棄しており、魔導王に降るのは時間の問題だろうな」

帝国最高の戦力であり人類最強の個であったフールーダ・パラダインの離反は、もはや疑いようがない。皇帝は謁見の日から”じい”と呼ばなくなり、フールーダも”ジル”と呼ばなくなった。今は会談や魔導王杯の準備のために通常の業務から遠ざかってることにしているが、いつも執務室に招集するメンバーには周知のことだ。

 

 

「しかし本当にパラダイン様が我らバハルス帝国を裏切るのでしょうか?百年以上も代々皇帝に仕えて参られたというのに...」

 

「気持ちは分かるが、現実を見るしかなかろう。お前も分かっているはずだ。あの時のフールーダの様子を見れば、国への忠誠と魔導の探求、どちらを選びそうなのか」

 

「...」

 

認めたくないのは理解できる。物心ついたときから政治の世界で生きる術を教わり、誰よりも尊敬していたジルクニフ自身が一番否定したいのだから。

好々爺と孫のような仲の良さを垣間見せていた二人を知るだけに、誰もが二の句を継げずにいた。

 

 

「今は現状を分析し、これからどうするかを考えるべきだな」

 

気を抜けば暗い道へと迷い込んでしまうようだ。

ジルクニフは建設的な時間にするべく、あえて事務的な口調で感情の入る余地をなくす手段に出た。

 

「まず今回の魔導王の本命は、フールーダの獲得だろう。森妖精(エルフ)の箱は軍事力の示唆ではなく、魔法技術に興味を抱かせるための布石とみた。陰王マーレで気を引き、メイドの使者で落とす。双王国離反の可能性を探るこちらの裏をかき、逆にフールーダに絞って先手を打ってきたと考えるが、どうだロウネ」

 

「ハッ!であれば一切森妖精(エルフ)の件に触れなかったことも、双王国建国から間を置かぬ拙速な魔導国の介入も腑に落ちます。しかしそうなれば...()()()()を見ても、相当深くまで調べられていることになるかと」

 

「アレか...魔法省の者はいるか?」

 

「ここにおります」

 

「お前は高弟の片割れだったな。()()()()は何者かに侵入されたり、魔法的な監視を受けたりした痕跡はないんだな?」

 

「はい。あそこはフールーダ様も儀式を用いて防壁を強化なされておりました。しかし、仮により高位の魔法を受けていた場合、気づけなかった可能性はございます」

 

 

第七位階以上の魔法の行使。以前ならあり得るとは思いつつ、そこまで警戒はしていなかった。

しかし今は魔導国という目に見える相手がいる。そしてあのナーベラルとかいう女の言うことが正しければ、魔導王は最低でも第七位階は使えるということ。

 

 

「ならばもう一度出入りした者を中心に、全職員を洗いなおせ。これは最優先事項だ」

 

「承知致しました!」

 

「諸君は引き続き、会談に先んじて行われる魔導王杯の準備にかかってくれ」

 

「「「ハッ!!」」」

 

「バジウッド、ニンブル。分かっていると思うが、レイナースには目をつけろよ」

 

「もちろんです」

 

「...同僚には心苦しいが、パラダイン様の件があっちゃな」

 

「任せたぞ。それと魔導王杯にエントリーするワーカーや冒険者の選定も急いでくれ。個人戦の戦士が残り4人。団体戦の4~6人チームがあと2つ。景品はチラつかせてもいいが、魔導王が準備するものだって触れ込みも忘れるな。来週の頭から開催だから、闇討ちも考慮して予備も選んでおけ」

 

「ハッ、直ちに」

 

「はいはい。しかし人使いが荒いですね。この短期間に個人戦に団体戦の準備、しかも上位者の商品の喧伝なんぞ商人の仕事じゃないですかい」

 

「それは魔導王に言うんだな。全てはこの書状で指定されていることだ。しかし..どうやったのか、オスクにまで根回ししていたらしい。あいつめ、魔導王杯のことを既に知ってて日程まで決めていやがった」

 

 

そう言って机の上に置かれている”森妖精(エルフ)不開箱(あかずの箱)”から取り出した書状に眼を向けた。

 

魔導王杯について実に詳細な提案がかいてあり、それこそ良心的な商人の企画書にも見える。しかしこの催し物も前回と同じように巧妙な目くらましかと疑いたくなる、最後にとってつけたように加えられた一文が問題だ。

 

 

「くそ...魔導王、一体どこまで知ってるんだ...?」

 

 

そこには

『アンデッドの労働力について、ぜひともお話しましょう』

と書かれていた。

 

 




スペッキオ 様
壱 様
誤字脱字報告ありがとうございます!
最近は読み返していると平仮名がゲシュタルト崩壊を起こすので、自己採点甘めになっております。反省します。

次回は御三方揃い踏みで、魔道王杯スタートさせたいです。


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魔導王と鮮血帝4

書き溜め読んだら、魔導王杯の出場者が全く紹介されずにバトル始まってました。

そんで修正して入場シーン書いたらバトル入らなくなるっていう。


「お待たせしましたアインズさん。指定通り森妖精から40Lv.の戦士一人連れてきましたよ。っていうか急遽レベリングして40ぴったりに調整してきたんですけどね」

そう言って前に押し出されたのは、双王国の言わずと知れた大貴族、ドルト・ファーヴル・ブンデスであった。

 

彼がここにいる理由は三日前遡る。ナーベラルがバハルス帝国の皇帝と謁見したのを機に、アインズが二人に魔導王杯のことをネタばらしした時のことだ。大会の説明をきいたウルベルトが悪魔ロールで放った一言が、ドルトに悲劇をもたらすことになる。

 

「ではせっかくなので、俺らも少し遊びましょうよ」

 

せっかく楽しそうなイベントなのだから、ただ観ているだけではつまらないとのことだ。裏側から糸を引きたがるあたり、いかにも彼らしい。

とは言え、さすがに自分たちが参戦するのは趣旨に反するので、どうやって遊び心を盛り込むか決めねばならない。結果として三人が一人ずつこの世界の戦士を代理に立て、その戦士のレベルは40に揃えることになった。アインズたちの代理というポジションに、守護者たちが『自分にその大役を!』と鬼気迫る表情で立候補してきたのは想像に難くないだろう。しかし大切なNPC同士をそんな場で戦わせるわけもなく、魔導王杯の狙いを諭しながらどうにか納得してもらうことに成功した。そうしてアインズは異なる武技を遣う現地の同レベル同士がどんな戦闘をするのか興味があり、ノリノリでロンデスを抜擢。ウルベルトは犯罪者や小悪党の捜索中に見つけた、ブレインという剣士を採用。いわゆる”推しキャラ”を応援しながら楽しみたいブルー・プラネットは、双王国からドルトを召喚した。

 

 

 

アウラとマーレが新国王に即位してからは慣れない事務仕事に忙殺されていたらしいドルトだったが、三日前突如として現れたブルー・プラネットに『武器持ってちょっと身体動かさない?』と誘われたのが運の尽きであった。困惑する彼を連れてカルネ村に転移した後はシャルティアに手伝ってもらいながらひたすらレベリングしまくったのだ。効率的な職業構成を目指して双剣を極めさせていたが、同系統の戦士職ばかり取得してもちゃっかりレベルが40に達したのだからこの世界の基準で考えればかなりの才能を秘めていたのだろう。レベリングが終盤に入る頃には、シャルティアが召喚するモンスターをどこか悟り切った顔で淡々と切り刻んでいた。

あとでステータスを確認したら「パイティアス・エルフ」や「シビリアン・コントローラー」など謎の職業もあり、それらがどういった能力を発揮するのかはまだ分かっていない。とにもかくにもこうしてそれぞれの駒が揃い、魔導王杯が開催される前日に帝国の宿屋で集まることとなったのだ。

 

 

 

「なに、私も先ほど来たばかりだ。それで、約束通り指輪などの装備アイテムは無し、武器と防具は遺産級(レガシー)で統一してきたか?」

 

低い声に一瞬ぎょっとしたが、ギルメン以外が同席しているときは魔王ロールだったのを思い出す。

 

(久しぶりだったから本物の魔王かと思ったよ......ん?いや、偽物...でもないのか?よし!...考えないようにするか)

 

「もちろん。しかし彼は二刀流なので、そちらのロンデスは不利でしょうね。あとで武器が複数あったから負けたなんて言わないでくださいよ?」

 

人間形態をとっているため分かりやすく口角を上げると、アインズも愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。こちらこそ、ロンデスの種族は人狼だ。腕力や敏捷性は高いが文句は無いな?」

 

互いの持ち札で張り合う子供のような気分で楽しむ二人だが、この会話を周りできいているシモベたちにとっては拷問でしかない。彼らは至高の御方の代理として公の場で戦えるだけでなく、勝利を確信したお言葉を頂戴しているのだ。その栄誉に値するのは本来ならばナザリックで生み出された自分たちであるべき。

 

そんな羨望と嫉妬の豪雨がロンデスとドルトに降り注ぐが、ウルベルトの入室によって空気は軽やかさを取り戻した。

 

「おや、私が最後でしたか。これはこれはお待たせしてしまい申し訳ありませんね」

 

「お疲れ様です、ウルベルトさん。僕らもさっき着きましたから大丈夫ですよ」

 

「その通りだ我が友よ。我々はナザリックから直接馬車で来たが、そちらは都合上エ・ランテル経由だったのだろう?ならば謝罪など不要というもの」

 

「私は良き友人を持ちましたねぇ。そう思わないか?デミウルゴス」

 

「ハッ!私が至高の御方を評価することなど不敬にあたります。しかし少なくとも、お二方がウルベルト様の御心をご理解してくださる素晴らしきご友人であることは疑いようのない事実でございましょう」

 

「ふふふ、そうだな。私は親思いの良き子にも恵まれたようだ」

 

「もったいなきお言葉!」

 

 

(...あいかわらず仲良いな、この悪魔親子。そっちの青髪が空気になってるよ)

 

入室早々に展開される仲良しトークに、シモベたちの嫉妬の視線が今度はデミウルゴスへと突き刺さる。しかし先の二人と違い、デミウルゴスにとっては優越感のスパイスになるらしい。仲間思いな彼は決して面に出さないが、アルベドの背中の翼と同じで、銀色に光る長い尻尾が嬉しそうに激しく揺れていた。

 

 

「ふふっ...さて、皆が揃ったのだ。親子の邪魔をするのは本意ではないが、まず段取りの確認といこうではないか」

 

「おっと失礼。本番も明日に迫っていることですし、すべきことに時間を費やしましょうか」

 

「すまないな」

 

 

アインズの言葉をきっかけにデミウルゴスの尾もシモベの目も大人しくなり、臣下の礼をとり始める。

 

「面を上げよ」

 

ウルベルトとブルー・プラネットはこのくだりが二回あると思ったが、驚くべきことに全員が一度で頭を戻した。その代わりとでも言わんばかりに、いつもより濃密な忠誠心を全身から放っている。

 

「...皆私の意を汲んでくれたことを嬉しく思う」

 

((アインズさんどうやったの!?))

 

瞠目する二人をよそに、魔王は重々しく続けた。

 

「明日より魔導王杯が始まる。まずは個人戦で一日、団体戦で一日だ。それぞれ決勝と三位の決定戦だけは最終日に残すため、これからの三日間で全ての勝者が決まる」

 

出場が決まっている三人の肩に力が入る。

 

 

「上位の三名、あるいは三チームには鍛冶長が安価で制作した遺産級の武具を賞品として与えるが、それらは我らからすればガラクタも同然。しかしなぜ武具を配るのか疑問に思う者もいるだろう。それは簡単なこと。ここにいる三者が手にすればこちらに損はなく、もし他の出場者が得ようともその強者を魔法で場所を探知できるようになるからだ。なにより最大のメリットは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の大きな宣伝となることにある」

 

 

正直特に何も考えず

『戦う人向けの試供品みたいなものだから、ケチりすぎたら印象悪いよなぁ』

程度の理由だったが、例の如くデミウルゴスの前ではそれっぽくしなければなるまい。

 

「より多くの帝国民に、そして皇帝に!我らと組めば富や繁栄が待っていることを知らしめるのだ!」

 

「「「ハッ!!!」」」

 

 

威勢のいい返事が寸分の狂いもなく重なる。魔法で防音対策をしていなければ、今頃確実に苦情の嵐なはずだ。

 

 

「そのために魔導王杯は記憶に残るような催し物でなければな。なに、魅力的かつ斬新な演出も考えてある。今はまだ我々の種族は隠しているが、今回の試みが上手くいけば全て解決するだろう。皆はただ楽しんでくれればいい」

 

 

 

(それ失敗フラグじゃないか...?)

アインズの含みのある言い方に、ウルベルトは嫌な予感が胸をよぎる。

 

 

「その後の会談は私とナーベラル、ゴグンに加えて........パンドラズ・アクターとで臨む。用件はアンデットの労働力についてや、魔導国の概要を国際レベルで認知させることだ。今後も長くかかる交渉事なため、成果が出るまでにしばらく時間が必要となる。よってこちらも今は特に急ぎの仕事はないな。確認は以上だ。何か質問のある者はいるか?」

 

(お願いデミウルゴス!手を挙げないで!)

 

鈴木悟としての心の叫びが届いたのか、当のデミウルゴスは

『心得ております』

とでも言いたげに優雅に一礼するだけであった。

 

他にも質問する者はいなかったため、ナーベラルを筆頭に使者団の労いタイムに入る。ゴグンが何故か若干焦り気味だったが、フールーダがこちらの予想以上に喰いついてきた他は特に計画に支障はないらしい。

ナーベラルはクール過ぎて不安だが、なにやら使命感に燃えているようで拳を握りしめていた。

 

(しきりに頭を触ってるけど、髪型でも気になるのかな?)

 

労いタイムも終われば、することもない。

皇帝に断りを入れたものの、快適で高性能な馬車を十全に機能させ、帝国の護衛も無視して関所以外はノンストップでとばしてきたのだ。早く着きすぎて明日までヒマである。

 

 

「ではアインズさん。魔導王杯のオッズ見ながら予想大会やりません?ここにいるシモベたちも参加で。正解した子には、そうですね...シズみたいに特製のシールかなんかあげましょうか」

 

 

戯れで下賜なされた褒美なら頂いても大丈夫だろうと、シモベたちの目が鋭く光る。

ブルー・プラネットの単なる暇つぶしのつもりが、魔導王杯の前哨戦というべき熱き戦いを勃発させる引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_翌日_

<< 闘技場 >>

 

 

『『皆様!!そろそろ喉は温まってきたでしょうか!叫んで食べて、観て賭けて!今日という日をぜひ楽しんでください!しかし一点だけ、魔導王杯初日から掛け金を全て失わないようご注意くださいね』』

 

 

ブルー・プラネットが以前使ったものとは多少異なり、マイクのように振動を増大させるマジックアイテムを使って、司会者らしき男が客を煽っている。笑いをとるのも忘れないあたり、場慣れしたプロなのだろう。

 

司会がルール説明をしていくが、ここはやはり闘技場。死合いを見世物にしているだけあり、敗北の条件に『死亡』があっても、忌避感どころかより一層の盛り上がりすらみせていた。

諸注意や興行主からの挨拶も終わり、会場のボルテージも徐々に高まってゆく。

 

 

 

『『余計な前置きは無粋というもの!!早速戦士のご紹介といきましょう!まずはこの方。言わずと知れた大ベテラン!緑葉(グリーン・ルーフ)”パルパトラ・オグリオン!』』

竜殺しの偉業を成した老年のワーカーが、代名詞となる美しい緑の鎧を纏って登場した。

 

本日の主役たちが現れるとあって、全員の目がフィールドの入り口へと集中する。

 

 

 

『『どんどん参ります!二人目はこの方。魔導国より参戦!背中の大剣の威力やいかに!ロンデス・ディ・クランプ!』』

法国への釣り針として本名で登録したロンデスは、紫の全身鎧に黒い大剣を背負っている。

 

 

『『こちらも魔導国傘下の双王国より遠路はるばるやって来ました!森妖精(エルフ)の国では王に次ぐ力の持ち主、ドルト・ファーヴル・ブンデス!』』

身につけるは森に生きる種族らしい深緑と茶褐色の革鎧に、腰の後ろに据えた純白の小太刀と真紅の短曲刀。なぜ達観したような物悲しさを漂わせているのかは本人にしか分からない。

 

 

『『続いて三人同時です!闘技場お馴染みの大型ルーキー!モブテル・モーク!モブルット・ボルブ!モブン・ウッドワンダー!』』

実直そうな軽戦士を先頭に、軽薄そうな野伏(レンジャー)、いかつい森祭司(ドルイド)が続く。ちなみに彼らは王国のとある冒険者とは何の関係もない、ただのモブトリオである。

 

 

『『今大会の二番人気!もちろん賭けの話です!個人戦での出場となります、“天武”エルヤー・ウズルス!』』

エルヤーは司会の皮肉には気づいていない。顔立ちの良さを台無しにするように、傲慢さを隠そうともしない尊大な態度で一部の黄色い歓声に応えている。

 

 

『『皆さん、彼は本物です!かつてあの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと互角に渡り合った男!ブレイン・アングラウス!』』

エルヤーと同じこの世界では珍しい刀を腰に佩いているが、武器も服も明らかに質が高い。御前試合を知らない者も少なくないが、ガゼフと互角となれば期待は保証されたようなもの。

 

 

『『さらにさらにサプライズ!なんと帝国が誇る四騎士から直々に申し込みがありました!華麗で苛烈な“重爆”レイナース・ロックブルズ!!』』

昨日まではオリハルコン級の冒険者だったはずの枠なのに、まさかの展開に客席も大いに湧いている。苦い顔をしてるのは、残りの四騎士と皇帝のみであった。

 

 

 

『『最後を飾るのは奴しかいない!!今大会のダントツ一番人気!魔導王陛下とオスク氏の希望で参戦が決定しましたが、夢の組み合わせを実現して頂き感謝の念が尽きません!ご紹介しましょう!我らが“武王”!!!』』

今日最大の盛り上がりを受けて、その巨体を太陽の光に晒した。彼は人ではない。人ではないからこそ、反則的なまでに強いのだ。

“武王”の名を冠するトロールは、亜人らしからぬ武者の装いをもってフィールドの中央に立った。

 

 

壮観である。

 

武王の勇姿もさることながら、戦士としての高みを極めた者がこれだけ揃っているのだから。

魔導王杯の結末を様々に思い描きながら、舞台に立つ者たちはしばらくの間高揚感に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『最後に今大会の主催者でもございます、この方々にも盛大な拍手を!!!我らがジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下!!並びにアインズ・ウール・ゴウン魔導国よりお越しくださいました、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下です!!!』』

 

突然の謎深き魔導王の紹介に、場内からは拍手ではなくどよめきが起こる。

闘技場を中央から見下ろすテラス席のような場所から、二つの人影が手を振るのが観衆の目に映った。

 

 

「あの真っ黒なマントを羽織ってる方が噂の魔導王だよな?」

 

「だと思うぜ。やっぱ実在してたんだな」

 

「っていうか、仮面を被ってないかしら?」

 

「王様というより、金持ちで凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだな...」

 

 

漆黒の不審者に多くの帝国民が懐疑的な印象を抱くが、魔導王が彼らの眼前で皇帝に握手を求めたため、どうやら親しみや謙虚さも備えているようだと判断された。

皇帝が握手に応じて和やかな笑みを浮かべると、ようやく大きな拍手が巻き起こる。

 

 

 

『『ありがとうございました!!なお両陛下のご意向により、お言葉を賜りますのは最終日の全試合終了後とさせて頂きます!!』』

 

 

良好な関係をアピールした二人の支配者は、用は済んだとばかりにそそくさと席へ戻っていった。

 

 

『『それでは皆様お待ちかね、いよいよ第一試合へと参りましょう!初戦を飾るのはパルパトラ・オグリオンとロンデス・ディ・クランプの対決です!!他の方々は一旦控え室へとお戻りください』』

 

この言葉を皮切りに、暴力を待つ独特の緊張感が静寂となって人々を襲う。

 

 

乾いた土の上には、二人の男だけが残された。

 




モブトリオに関しては特に意味はないです。
悪気もないです。

スペッキオ 様
対艦ヘリ骸龍 様
S(人格16人) 様
忠犬友の会 様
毎度ながら誤字脱字報告ありがとうございます。
ボキャ貧なくせに間違い多くてマジすんません。


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魔導王と鮮血帝5

書き溜めと違うとこ増えてきたなぁ...




_魔導王杯個人戦・一回戦_

 

 

 

アインズらが見守る前で試合開始の合図となる魔法の爆発音が一回響き、まずパルパトラの方が動いた。

 

独自に編み出したと言われる強力な二連刺突の武技<竜牙突き>を巧みに使い、初手から猛攻を仕掛けてくる。”老公”と呼ばれ齢80にもなるこの槍戦士にとって、長期戦は愚策であると判断したからだ。

<青龍牙突き><白竜牙突き>で計四度放たれた鋭い突きの内、最後の一撃がロンデスの左肩を捉えた。けたたましく硬質な金属音が鳴り響き、ロンデスがダメージを感じさせない軽やかなステップで距離をとる。

 

両者の間が元に戻り、しばらく睨み合ってから兜をしていないロンデスが口を開いた。

 

「なんとするどいつきなのだ。まどうおうよりいただいたこのよろいがなければ、あぶないところであった」

 

 

平坦で抑揚のないくせにやたらと大きな声を出す対戦相手を、パルパトラは胡散臭げに観察している。

 

「...おぬし、わさと避けなかったな?」

 

「...」

 

 

問いかけというよりも確認めいた質問に、答えはない。

主にそれとなく武具の宣伝をするよう命じられたので、彼はただ忠実に守っているだけだ。現にあれだけの突きを受けても平然と立っているため、観客の中には鎧の凄まじさに驚く者も多くいた。

 

返事の代わりにロンデスは無表情のまま、背中の大剣へと手を伸ばす。

鎧が見かけ倒しでないならば、あの見事な大剣も相当な業物に違いない。パルパトラは次の一太刀で勝負が決まることを察し、丹田に気を集中させた。

 

 

「愉快なもんしゃて。こうして新たな強者か現れよるから、戦いは止められん」

 

 

実力の底が見えないのは、おそらくそれだけ差があるからだ。遠い昔に憧れ、そして諦めたはずの”真の英雄”を目の前の男に重ねながら、余力など考えずに武技をいくつも発動した。

 

「はぁ!」

 

全盛期を彷彿とさせる俊敏な動きで、左右にフェイントをかけながら迫っていく。大剣を正眼に構えたロンデスにあと三歩ほどの距離まで詰めたとき、その姿がブレた。凡人には認識できない速度で交差した後、ドラゴンの牙から作ったパルパトラの槍が粉々に砕けていった。

 

 

「...見事でした、ご老人」

 

愛想のない男から初めて人間味のある声で話しかけられ、パルパトラはしばし呆けてから破顔した。

 

「参った!」

 

 

 

降参の意を示すため両手を掲げると、試合終了の合図となる二回の爆発音が響く。客席から惜しみない拍手が退場する両者に送られる中、一人の老人がひっそりと引退を決意していた。

 

 

 

_

__

___

 

 

 

一方、貴賓席では。

 

 

「...若くないとはいえ、あのパルパトラ翁を圧倒するとはすごい剣士だね。それにあまり詳しくないのだが、あの装備もかなり値が張るものなんじゃないのかい?」

 

(な、なんだあの強さは!?初戦で魔導国の戦士がどれほどの実力なのか見極めるつもりが、装備まで出鱈目じゃないか!)

 

 

 

「彼は元々凡庸な戦士だったが、私自ら鍛えたからな。この程度ならば造作もないさ。それにあの装備はたしかに特別だが、我が国ではまだまだ作れるものだぞ?」

 

(この世界では40Lv.って最強クラスだもんなぁ。でも意外と反応薄いし、装備の機能性はあんまり伝わらなかったみたいだ。ならここは質より量でアピールするか!)

 

 

 

「そ、そうなのかい?つまり魔導国は魔法だけでなく、育成や武具の製造に関しても素晴らしい技術をお持ちなんだね」

 

(くそっ、あんな装備を量産できるなどまるで悪夢のようだ...。フールーダを失った今、そんな軍勢に攻められたら勝ち目など皆無だろう。そもそも一国の王が軍事関係の情報をこんな簡単にべらべらと喋るわけがない。それともなにか、この程度ならお前たちに教えても問題ないということか!)

 

 

 

「技術力には自信を持っているとも。今後友好的な関係が築ければ、君たちにはもっと素晴らしいものも準備できるぞジルクニフ殿」

 

(お、喰いついてきたぞ!なんかすごい顔してるけど、誰かの育成に苦労してるんだろうか...?でも一度にたくさんの商品を紹介しすぎると逆に良くないって教わったし、ここは『契約すれば会員特典つきますよ』ってかんじだけ匂わせておこうかな)

 

 

「...ふふっ、なるほど」

(やはり更に厄介な隠し玉を持っていると見た方が良さそうだ。フールーダだけでは飽き足らず、これ以上私から何を奪おうと言うのだ魔導王...!まさか...国そのものか?『素晴らしいもの』とは属国の席です、なんてことはないよな..?)

 

 

「...ふふふ分かってくれて嬉しいよ」

(『なるほど』っていうことは、『仲良くすればメリットありますよ』ってのを察してくれたんだよな...?ならプレゼン第一段階成功だな!)

 

 

 

魔導王と鮮血帝が、しっかりすれ違っていた。

 

 

___

__

_

 

 

 

 

その後の第二試合レイナース対モブルットは、颯爽とルパンダイブしたモブルットが渾身の平手打ちをくらい、とどめに股間を槍の柄頭で潰され再起不能。勝利したレイナースはロンデスとの二回戦が決定した。

 

第三試合ブレイン対モブテルは、開始5秒でブレインが軽く斬撃を飛ばしてモブテルを気絶させ終了。

 

第四試合ドルト対モブンは、こちらも手刀の一撃で10秒もかからずにドルトが勝利した。その結果、ドルトは二回戦でブレインと当たることとなる。

 

 

 

こうして健闘むなしく、モブトリオは散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_魔導王杯個人戦・二回戦_

 

 

試合はいよいよ二回戦へと入っていく。

 

第一試合はロンデス対レイナースで、勝者が特別シードであるエルヤーとの準決勝へと進むことができる。

ちなみにもう一人のシードは武王で、こちらはブレイン対ドルトの勝者と戦う予定となっていた。

 

 

 

初戦と異なり本気のオーラを放って登場した四騎士の紅一点に、ワンサイドゲームばかりで刺激の足りなかった観衆は大いに声援を送った。続いて姿を見せたロンデスに罵声こそ浴びせないものの、どちらがアウェーなのかは歴然としている。

 

 

「あなた魔導国のお方よね?」

 

そんな周囲には目もくれず、レイナースは穂先を下に向け、敵意がないことを表しながら優雅に尋ねた。

 

「...」

 

「そんなに警戒しないでくださるかしら。四騎士なんて大層な肩書をつけられているけれど、今は一人の女としてあなたに訊いておきたいことがあるのよ」

 

「...」

 

「...」

 

 

顔の左半分だけでも十分に妖艶さを醸し出せる自負があったが、ロンデスの目を見る限り効果はなかったらしい。無表情が崩れないことに自尊心を傷つけられつつ、レイナースは単刀直入に切り出した。

 

 

「はぁ...はっきり申し上げますわね。私はとある魔物を殺したとき顔の右半分に呪いを受けました。それをどうにか解呪したいのです」

 

「...呪い、ですか」

 

 

”呪い”と聞くとロンデスも他人事ではない。どこぞの大魔王の好奇心からくる実験のせいで、呪われた装備をずっと身に着けているのだ。また当人たちは知らぬことだが、レイナースとロンデスは同じカースド・ナイトの職業をとっている言わば同業者。ロンデスはなんとなく親近感を抱くと、なぜか急に心臓が強く脈打ったのを不思議に思った。

 

 

「そうです。とても醜いのでご覧に入れることはできませんが、これは何をしても治せないのです。しかし魔導国はその名の通り、帝国などよりずっと魔法に優れた国と聞きます。もし治療法をご存知ならば、どうか私を救って頂けないでしょうか!お礼はいくらでもお支払い致します!」

 

 

興味をもたれたと感じるや否や、その細い希望の光をこじ開けようと懇願する。

しかし非情にも、ここで試合開始の音が鳴った。

 

 

「...魔導王陛下ならば間違いなく完全な解呪が可能でしょう」

 

 

大剣の切っ先を斜め下に向けた脇構えの姿勢をとり、ロンデスははっきりと告げる。

 

「では」

「恩恵に与る価値があるか、ご自身で陛下に示されよ」

 

 

戦闘の意志を見せる彼の言わんとすることを、レイナースは的確に理解した。

つまりこの男に勝たなければならないのだろう。

あの魔導王に気に入られるためには。

 

 

「...分かりました。全力でいかせて頂きます」

 

 

歩兵が扱うような槍を腰だめに構え、間合いを測りながら振り上げを牽制する。命のやりとりが始まれば、余計な考えは頭から自然と抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に動いたのはロンデスだった。

 

いくら6尺ほどの大剣といえども槍のリーチには敵わない。従って、長物と切り結ぶときは懐に潜り込むのは定石だ。

下段から振り上げに見せかけ、突き出された穂先を剣の腹で滑らせて避ける。間髪入れずがら空きの右足を蹴りで払おうとするが、それを読んでいたレイナースは素早く足を引き、同時に左手を押し出し柄で強打を返した。

 

 

柄を右肘で受け間合いの外に弾かれたロンデスは、視線だけを一瞬貴賓席に向ける。本気で戦っていないのは魔導王陛下たちには確実にバレているだろうが、どうにかこの女性の長所を披露させてあげたい。どうしてこのような気持ちになるのか今はまだ考えないようにしているが、彼女に協力してやらねば必ず後悔することだけは断言できるのだ。

 

 

ロンデスが悩んでいる間も、相手はいくつも武技を使い、身軽に跳躍し、持ち手をずらし間合いを錯覚させながら上手く攻めてくる。そのことごとくを成人男性ほどもある大剣で危なげなく捌くが、傍目にはレイナースが圧倒しているように見えるはずだ。

 

 

 

「出し惜しみしない方が賢明ですよ」

 

 

「いやみ!です!か!」

 

 

しかし四騎士最大の破壊力を誇る重爆の連撃もなんのその。かえって涼しそうに挑発ともとれるお節介をされる始末だが、レイナースはこの発言に怒りよりも恐怖を感じていた。

 

それは目の前の敵に打ち勝てない恐怖。

そして解呪の希望の道が遠ざかる恐怖。

 

 

焦りは力みを生じさせ、力みは硬直となる。

ロンデスはそれを見逃さず、決意と共に蹴りを見舞った。

 

 

 

「ぐぅ!」

 

 

血を吐きつつなんとか立ち上がりかけたところで、槍を踏まれ喉に刃が添えられる。

武器(エモノ)を取り返そうともがくが、直後に爆発音が二回響いたためもはや無様な敗北は覆しようがないのだろう。

 

 

「...」

(興行主に無理を通して出場したのに...)

 

失意の沼に溺れかけ視界が暗くなっていく彼女に、頭上から希望の糸をそっと垂らす者がいた。

 

 

「...貴女は強い。この魔導王杯が終わったら、陛下に謁見の許しを請うてみましょう」

 

 

女は顔を上げ、おそるおそるその糸を手繰って沼から這い出る。男は髪が乱れて膿が露わになった女の、汚いはずの顔にこぼれる涙を優しく慰るように拭った。

 




亭々弧月 様
アークメイツ 様
誤字脱字報告ありがとうございまいた。二回読み返しても全く気づいてないところでした。

また別の方に前話の「召喚」は「召還」ではないか?とご指摘を受けましたが、調べてみたら「召喚=呼び寄せる」で「召還=呼び戻す」でしたので、そのままとさせて頂きました。
細かい定義が曖昧なので、勉強になって助かります。


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魔導王と鮮血帝6


今回の地震で被害に遭われた大阪の方にお見舞い申し上げます。



四騎士レイナースの敗北。

しかし受け取る者によってその印象は大きく異なる。

一般市民の目には、善戦の末カウンターによる逆転負けに映った。

ある程度腕の立つ戦士の目には、子供の如くあしらわれたように映った。

 

 

 

そういった認識の差異は、魔導王と鮮血帝の寛ぐ貴賓室でも生まれている。

 

(ちょ、ロンデスなんで相手の顔撫でてんの!?公衆の面前で女性の肌に触れるとか、勝負に関係ないタイミングじゃただのセクハラだよ!)

 

恋沙汰に疎い超越者(オーバーロード)の目には、ハラスメント問題として映っていた。

 

使者団護衛部隊騎士長が帝国四騎士にセクハラしたとなれば、これはもう大問題だ。

国のトップとしての振る舞いを心がけるアインズは、部下が他国の女騎士をたぶらかそうとしてるのではないかと不安になっていた。

 

「...ジルクニフ殿。どうやら私の部下が貴国の騎士に不適切な対応をしているようだ。後でロンデスには厳罰を下すので、レイナース殿には私から直接謝罪をさせてもらえないだろうか」

 

「その必要はないよゴウン殿。むしろ彼女の方があの状態を望んでいるように見えるからね。レイナースも頼れる男性を探していたようだし、そちらさえ良ければ帝国としても二人の仲は応援したいくらいだよ」

 

上司としての責任を果たそうとしたが、相手はなぜか嬉しそうに即答してきた。

 

「そ、そうか?そう言ってくれるとこちらも助かるよ」

 

「なに、お互い部下を重んじる気持ちは同じだろう?気に病むことはないさ」

 

(おお!さすが皇帝。鮮血帝なんて呼ばれてるけど、やっぱり偉い人はどっしり構えて余裕もってるものなんだなぁ。表情も柔らかいし、俺も見習わないと!)

 

 

一方アインズが感心する爽やかな笑顔の裏で、ジルクニフは必死に思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く二試合目のドルトとブレインの戦いは壮絶だった。

開始早々にまずドルトが手数で攻めた。対するブレインは最小限の動きで躱し、居合によるカウンターの一撃必殺を狙う。しかし待ちは下策と、すぐに鯉口を切り刃を交わらせた。

 

その後は剣戟の暴風である。

双剣が紅白の荒波を描けば、刀が黒い一文字で塗り潰す。

ドルトが短曲刀の反りで巧みにいなせば、ブレインは神域で無駄なく急所を狙う。

 

 

レベルが同じである以上、戦闘で拮抗するのは当然のことだ。アインズはそう考えながら観戦していたが、しばらくして毛色が変わったことに気づいた。

ドルトが明らかに攻めあぐねているのだ。レイナースのときのように疲労や動きの鈍さは感じないが、見かけによらず堅実で粘り強いブレインの技巧に、徐々に後退を強いられているように見える。

 

結局30分に及んだこの激闘は、そのままブレインが圧し切る形で決着をみた。

最後は短曲刀を順手から逆手に持ち替える一瞬の隙をつき、八光連斬で弾き飛ばしたのだ。主攻を担う武器を失えば、もとより劣勢のドルトに天秤が傾くことはもうない。

 

 

この時アインズは、森妖精という種族に共通の課題ともいえる、パワー不足で決定打を欠いたことがで鍵だったのではないかと推測していた。実際のところはドルトの職業構成に若干指揮官系統が含まれていたことで、単騎のぶつかり合いでは純粋な剣士であるブレインに軍配が上がっただけなのだが。

 

 

とにかくこうして準決勝の顔ぶれが確定した。

エルヤーとロンデス、武王とブレインである。

シード権を与えられたエルヤーと武王は、次の準決勝がそれぞれにとって魔導王杯での初陣となる。対するロンデスとブレインは、一時間の休憩を挟むとはいえこの日だけで三戦目だ。この大きすぎるハンデは皇帝がフールーダ篭絡の腹いせに仕組んだもので、アインズも『装備を長く宣伝できるじゃないか!』と快諾したために実現した挑戦者泣かせのルールだった。

 

 

 

 

 

_休憩時間中_

 

<< 貴賓室付近の別室 >>

 

 

盗聴を防ぐために鉄板が埋め込まれた小部屋で、緊迫した四人の男が声を潜めて相談をしていた。皇帝とその秘書官に、四騎士が二人である。

 

「時間がないため、主に私の考えを伝えていく。意見や質問は必要最低限にしろ」

 

「分かりました」

 

ジルクニフが無駄を省きたいときの常套句を使うと、すかさず他の三人は頷いた。

 

 

 

「ではまずレイナースだ。会話は聞こえなかったが、あの様子ならおおよその想像はつく。大方の想定通り引き抜かれたようだ」

 

これは事情を知る者全員が薄々感づいていたことで、聞かされる者にも狼狽こそあれど驚愕はない。彼女には呪いを解くという単純明快かつ効果的な誘い文句があるのだ。帝国より少しでも可能性を感じれば、喜んで飛びつくだろう。

 

 

「引き抜きは予期していたが、最後に色目を使ってくれたのは思わぬ置き土産だな。もし男女の仲にでもなれば、四騎士の離反などではなく慶事として処理すればよい。奴も焦っていたようだし、上手くいけば弱みにできるかもしれん」

 

国に背いたとはいえ、元同僚を利用する後ろめたさに二人が眉を顰めた。

 

「それとバジウッド。あのアングラウスという男、本当にガゼフ・ストロノーフに負けてるんだろうな?お前が『武王なら奴に勝てます』と言うから組んだのだぞ?」

 

「俺だって驚いてますよ!ですがいくら昔強かったとはいえ、あんなビックリ剣士になってるとは思わないじゃないですか!」

 

 

ジルクニフが音量を絞ってバジウッドを問い詰めるが、こればかりは彼だけを責めるわけにはいかない。そもそもブレイン・アングラウスという男が魔導国で剣客待遇を受けている事実は、本選進出が決定するまで帝国では誰も知らなかったことだ。判明したのは彼の経歴を耳にしたジルクニフが、懐柔しようと接触を図ったとき。レイナースの動向が不透明な今、四騎士の座さえもほのめかして破格の条件を提示したというのに、遣いの騎士曰く剣客の立場を盾にすげなく断られたらしい。

また、当時王国の御前試合を観戦したとあるワーカーが

『あの時のアングラウスと今のエルヤーなら、今のエルヤーの方が強い』

と断言したことも多分に加味されている。飼い馴らせぬなら後顧の憂いは断つべき。エルヤーと同等程度なら武王に負けはないと楽観視していたが、先ほどのあの戦いの後では勝利を確信することなど不可能だ。

 

 

 

「くそっ、御前試合の後は長らく消息不明だったと聞くが、おそらく奴も相当な修羅場をくぐり抜けてきたようだな。それになんだあの最後の光る斬撃は?奴が『こんなものか』などと抜かしていたが、派手なだけのこけおどしか?」

 

「いやいやいや!冗談きつすぎますよ陛下。ありゃあ見た感じ、七か八の連斬ですね。噂によると王国戦士長の奥義でも六が限界らしいので、『こんなもの』呼ばわりしていい技なんかじゃありませんよ」

 

「...」

 

逃した魚はあまりに大きかったようだ。しかし今は野良から這い上がったかつての剣豪も、僅かに覗く魔導王の力量も後回しだ。

 

 

「まあよい。次にあの武具だ。ニンブル、彼らの武器や防具をどう見る?」

 

「ハッ、強度もさることながら、いずれも魔化が施されていると思われます。実用性に加えて、遠目からでも分かるあの色合いの美しさや光沢。美術品としても最高クラスでしょう。アダマンタイト級の標準をはるかに上回るものだと判断します」

 

白羽の矢が立ったニンブルは即座に見解を述べる。ジルクニフが相手を濁して話すのは高位魔法での盗聴を警戒してのことであり、四騎士ともなれば慣れたもので暗黙の了解としてそれに従う。

 

 

「奴によればあの程度なら量産が可能らしい。鎧の彼の装備一式を百揃えられたとしたら、対抗するためにこちらはどれだけの戦力が必要になる?」

 

「百となりますと...断定は出来ませんが、標準装備の歩兵ならば万単位の犠牲は覚悟しなければならないでしょう」

 

「万か...」

 

「魔術師による高所からの遠距離攻撃は、パラダイン様なしではまず失敗します。そして我が軍の弓や弩程度での殺傷は見込めません。そうなれば白兵戦に持ち込まれることは必至です」

 

「バハルス帝国単体で相手どるのはかなり分が悪いわけだな?」

 

「はい。兵力の全容が掴めていないため、あくまで仮定でございますが」

 

 

外交は無駄な折衝がなければそれに越したことはないが、同時に常に最悪を想定して備える姿勢も忘れてはならないのだ。

 

 

 

「ならバジウッド、彼らの戦士としての技量はどの程度だ?」

 

「王国戦士長並みですね。さすがにどっちが強いかまでは分かりませんが。奴さんあれだけ動いておきながら、本気は出してないし息も乱れてませんでした。ありゃ魔化の底上げがあったとしても、とんでもない化け物です」

 

「もし同じ武装で対峙したらどうなる?」

 

「..それでも一対一ならもって2分てとこでしょう。撤退戦で防御一辺倒ってのが前提ですがね」

 

「ふむ、なるほど。お前たちの意見をまとめると、要はストロノーフに並ぶ化け物が複数いて、それぞれが全身に宝具を纏ってる、ってわけか」

 

 

ジルクニフはしばし天を仰ぎ、三人も俯くしかなかった。

これはもう笑うに笑えない話である。フールーダが後方に控えてなければ、単純に帝国全軍の火力と対応力が半減したと言っても過言ではない。そのフールーダはあろうことか敵方に回ってしまい、しかもその陣営には元より彼以上の魔法詠唱者と王国戦士長以上の戦士が何人もいるそうだ。正面突破は考えるだけ時間の無駄だろう。情報戦にしても、魔法省でのアンデットを使役する実験が漏れているあたり、魔導国の諜報活動能力は法国すら凌ぐものだ。

 

 

痛ましいほどの静寂を破ったのは、この場で唯一の文官であるロウネだった。

 

「やはり此度の催しは、帝国全体に向けた示威行為が目的だったのでしょうか?」

 

「そうだ。そして同時に私への脅迫でもある」

 

「脅迫、でございますか?」

 

 

一拍置いてからゆっくりと斜向かいに立つ秘書官と目を合わせる。脅迫というネガティブな言葉とは裏腹に、その顔にはいつもの不敵な笑みが戻っていた。

 

 

「現在だけでなく未来をよく考えろ。奴が嘘を吐いていなければ、むこうはいくらでも『凡庸な騎士をあそこまで鍛える』ことが出来るのだぞ。待てば待つほど縮めようのない差がさらに大きくなるだけだ。つまり奴は、暗に『魔導国の勝利はこの先も揺るぎないのだから、さっさと服従しろ』と伝えてきたわけさ。友好的な関係なんぞと取り繕っているが、これはとんでもない外交圧力だな」

 

 

たしかに魔導王はロンデスの最初の試合後に『私自ら鍛えた』と発言していた。実際に一国の王が付きっきりで指導することなど、まずあり得ない。となるとそもそも国自体、途轍もなく効果的な訓練マニュアルを有していると考えられる。

 

 

「で、ではどうなさるおつもりで?」

 

王国戦士長ばかりの軍団など身の毛もよだつ地獄絵図だが、下書きを示した当人が悠長なため、危機感が現実味を帯びてこない。

 

 

「力で劣るなら、知恵で崩せばいい。幸いその特殊な訓練を受けた男と、こちらの大事な部下がお近づきになったではないか」

 

「!...そういうことでございましたか。では彼女が自ら動く前に、公式に連絡係の任を与え鎖をかけておきます。また彼についても詳しく調査致します」

 

ここでロウネはようやく理解した。

レイナースを帝国の人間としたままロンデスとくっつける。ここに一筋の光明があったのだ。

 

 

彼は女性に泣きつかれたら引き離せないところを見るに、騎士道精神をもつ実直な剣士タイプなのだろう。そういった正義漢は同情を誘いつつ必至に頼みこめば、大抵のことは断れずに引き受けてしまう。レイナースを伴侶にすると、さらに帝国に義理立てる必要も出てくるわけだ。あとは部下に便宜を図るためなどとあれこれと口実をつけて干渉し、合法的に彼の強さの秘密を探ればいい。それに初対面かつコブつきの女でも大丈夫そうだったのだから、女衒で上手くたらしこめばこっそり子供まで儲けてくれるかもしれない。さぞ優秀な子供が生まれるだろう。

もし見た目に反して狡猾な野心家ならば、自尊心を掻き立て王位簒奪をさせるのも手だ。王冠を戴くのは優秀な魔法詠唱者より短絡的な戦士の方が扱いやすい。また謀反人の糾弾という大義名分があると、後々周辺諸国と連携して叩く理由になる。

 

謎の訓練を導入し味方を強化するもよし。内乱の火種で敵を弱体化させるもよしだ。

その取っ掛かりとして、ロンデスという男を最優先で調査せねば。

 

 

陛下は魔導国の足元を掬い、彼らが育てた強者で彼ら自身を滅ぼそうとしているのだ。

搦手は弱き者の基本戦略。ただ目の前に立ち塞がればいいわけではない。

 

「いつも通り回り道を忘れるな。では外も騒がしくなってきたことだし、ロンデス殿の試合に間に合うよう出るとするか」

 

未だよく分かっていない四騎士の二人には後で説明するとして、そろそろ戻らねば怪しまれる。腰を上げながらさらに付け加えた。

「遠方の幼子たちもまだ利用できないと決まったわけではない。力があっても土地や歴史が曖昧なものなど、土台から崩して終わりだ」

 

幼子とはもちろん陽王と陰王のことだ。

視野狭窄に陥っていたが、他にもつけ入る隙はまだまだある。諦観には早いと活気づき始めたロウネたちを背に、ジルクニフは努めて余裕ぶっていた口元の笑みを消した。

 

 

(もうしばらく士気が保てればいいが)

ニンブルが扉を開け、外に出て貴賓室につながる廊下を重い足取りで進む。

 

(さて、どうやって餌を用意するかが問題だな。レイナースへの興味が異性へのそれでなく、呪いへの好奇心であったならかなりまずい。身近にあのナーベラル・ガンマという使者がいては、そこらの美女なんぞ路傍に咲く凡庸な花程度にしか映らんだろう。それに物でつれるとも思えん。あの男にこちらへつく価値があると植え付けねば、どちらにせよ帝国の将来は暗いぞ...)

 

臣下の手前、弱気な面は心の奥底だけに秘めておくものだ。正体が曖昧な敵は倒し方も曖昧なのだから、とにかく臆病なくらい慎重を期してことを運ばねばなるまい。

 

 

しかしナザリック地下大墳墓に招かれたことのない今のジルクニフたちには誤算があった。

ロンデスはナザリック勢から見ればか弱き雑兵で、あの程度の人間がいくらいようと脅威たり得ないこと。そしてなにより、アインズの悪意なきプレゼンに耐性がないことだった。

 





下書きなしで予定にないことすると時間かかりますね。
それとうちの上司が大阪出身なので、来週は色々忙しくなりそうです。更新また遅くなるかと。すみません。


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魔導王と鮮血帝7

読んでくださっていた方はお久しぶりです。そしてごめんなさい。
いや本当色々あって、気づけば二か月半も経ってますよこれ。

もうアレなんですけど
コメント頂いた方に申し訳が立たないので...できる範囲で頑張ります


帝国の重鎮らが戻ってからすぐの試合は、初手にロンデスが大剣の腹でエルヤーの頭を打って気絶させてしまいあっけなく終了した。

この勝ち方は先の休憩時間で暇を持て余したアインズが、伝言(メッセージ)を通して指示したものであった。武具の宣伝はもう十分にできたことと、レイナースは善戦したがエルヤーは惨敗したという印象を残せば、敗れた四騎士の体裁も保たれるだろうと配慮しての判断である。

 

 

「ふむ。今の結果でそこらのワーカーより四騎士の面々の方が優れた戦士であると証明されたかな?」

 

「...たしかにそうだね。部下へのお気遣い感謝するよゴウン殿」

 

「四騎士を代表して私からもお礼を申し上げます、魔導王陛下」

 

確認するフリをしながらそれとなく恩を着せてみると、ジルクニフもこちらの言わんとしている内容を察してくれたようだ。貴族出身で似たようなやりとりに慣れているニンブルも同じく謝意を口にする。

 

「なに、これで先ほどのレイナース殿への非礼を忘れてくれればありがたいのだが」

 

そう言っておどけるアインズは、二人が忌々しそうに目を逸らしたことに気が付かなかった。

こうして魔導王杯の初日は、一部の人間が疲労を蓄積する形で終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

二日目も、闘技場はかつてない程の盛況ぶりであった。

 

団体戦では初戦でワーカー同士がぶつかり合い、フォーサイトがヘビーマッシャーを下すという一幕も見られた。そのフォーサイトは続く準決勝もケガ人だらけな上メンバーを欠くオリハルコン級冒険者に辛勝し、大番狂わせを起こすことになる。

また別の山では今大会唯一のアダマンタイト級チーム”銀糸鳥”が登場し、普段は見ることのできない英雄たちの闘いは客席を大いに賑わせた。

 

 

しかしこの日も台風の目は魔導国のチームであった。

激闘の末、優勝候補筆頭の銀糸鳥をゴグン率いるチーム”五軍”が準決勝で打ち破ったのだ。メンバーは元陽光聖典の部下ばかりで統制もとれており、全員が魔法詠唱者から構成されていることでも注目を集めていた。加えて試合後にゴグンが相手に放った言葉も話題となった。

 

 

「皆様アダマンタイト級の名に恥じぬ素晴らしい強さでした。我々が勝利を収められたのは、魔導王陛下より厳しい鍛錬と身に余る強力な武具の数々を賜っていたからです。もし互いに同じ装備でもう一度戦えと言われたら、部下の命のためにお断りしなければなりません」

 

まさかの展開にどよめく闘技場に、その紳士然とした声はよく通った。

 

「強さの根源は魔導国か...」

 

妙な輝きを宿したチェインシャツを着る男が、ぼそりと呟いてから立ち上がる。

 

「私はチームのまとめ役を任されておりますフレイヴァルツと申します。ご謙遜なさらずとも、結果が全てです。与えられたものを使いこなすこともまた資質の一つでしょう。私達の完敗です」

 

そう言って握手を交わしたところで、ようやく闘技場の時間は再び動き始めた。

中には大本命の敗退に嘆く賭け狂いがいたり、五軍を『嫌味ったらしい奴』や『道具(アイテム)頼みのイカサマ集団』と罵ったりする者もいる。

しかしほとんどの観客はただ拍手を送り、目の前で生まれた新たな英雄を歓迎していた。

 

 

ちなみにこれもアインズが初日の経験を踏まえ

『勝利した場合アダマンタイト級の顔も立ててやる必要があるから、試合後は彼らに対する敬意を周りに分かりやすく示しておけ』

と前もって注意していたのが発端である。

さすがに無名のチームが冒険者の最高峰に土をつけたとなれば、帝国内で自分達は悪役のポジションにされかねない。そこで鈴木悟だった頃に昔のスポーツ特集でよく見た”リスペクト”の精神を採用したのだ。

この作戦はしばらくしてから、フレイヴァルツ自身が吟遊詩人(バード)としてゴグンを認める歌を作るという思いがけない成果を上げる。

やがて個人戦から積み重ねてきた強さの証明とちょっとした()()()のおかげで、帝都で魔導国の戦士がアダマンタイト級並みの人気を誇るようになるまでさほど時間はかからなかった。

 

 

 

余談だが、この日から帝城では厚めの鉄板と、ポーションや頭髪に効くとされる薬の発注数が増えたという。

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた最終日。

 

午前中の団体戦ではまず三位決定戦を無難に銀糸鳥が制したが、決勝で奇妙な出来事が起きた。開始早々フォーサイトの魔法詠唱者(マジックキャスター)であろう少女が、客席のある箇所を見た途端に嘔吐したのだ。

獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)でなんとか持ち直すも、少女は眼前の敵など目に入っていないかのようにただ一点を見つめている。どうにか補助魔法だけ唱えさせたが、これでは勝負にもならない。

終始ブーイングに晒されながら、残りの三人は精一杯あがいてみせた。

結果は当然、五軍の完勝であった。

 

 

午後に行われた個人戦はそれ以上の盛り上がりを見せた。

 

 

準決勝となる一試合目は、片やかの有名な王国戦士長と互角にやり合った実績を持つブレイン・アングラウス、片や重爆と天賦を破り快進撃を続ける大剣使いのロンデス。

この試合ではとにかく激しい武技の応酬が繰り広げられた。細い刀が一撃の重さを生み出せば、分厚い大剣は取り回しの悪さを補う。見た目に派手さこそないものの、いくつも重ねられた武技が息つく暇もなく乱発されていく。

そんな玄人好みの争闘に決着をもたらしたのはブレインの奥義《秘剣虎落笛》だった。これは本来ならば待ち一辺倒の技だが、レベルの上昇により《縮地》に似た姿勢を崩さない移動手段の上乗せを可能としていたため、《神域》を維持したまま間合いを詰めるという離れ業を成し遂げたのだ。

ロンデスも人間形態のままでは対応しきれず、首筋に刃を寸止めされたところで降参することになった。

 

 

 

それから一刻おいて決勝が行われたが、こちらは手に汗握る接戦とはならなかった。

序盤から武王が王者らしからぬ積極さで攻勢に出ていくと、防戦一方のブレインが抵抗むなしく力尽きた()()()()()()からだ。

しかしいつも通りの公開処刑に近い蹂躙劇とまではいかなかったが、久しぶりに闘技場最強を垣間見た客は皆一様に大興奮であった。

 

一対一で武王に敵う者などいない。

 

さすがの魔導国も基礎能力が違う亜人相手では歯が立たないのだろう。

 

これが人々とジルクニフが出した結論だった。

バジウッドやニンブルでさえ、ブレインの負けっぷりに僅かな違和感を覚えるものの、連戦による疲労だろうと自らを納得させてしまう。それほどまでに武王を名乗るゴ・ギンへの信頼は厚いのだ。

 

 

そういった熱狂の余韻はともかくとして、魔導王杯はこれにて終了となる。

あとはもう表彰を見て両陛下の挨拶を聞いたら各々が帰路へとつくだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時は誰もがそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景品の贈呈が終わり皇帝の挨拶がなされている間、オスクは興行主用の特別席で寛いでいた。

 

「ブレイン、ロンデス、ゴグン。あの三人を見た感想を聞かせてくれ」

 

背もたれに身体を預け、首だけを少し回して尋ねる。

 

「超級にやばい。武王は逃げれば大丈夫だけど、あいつらからは逃げるのも無理。ドルトって森妖精(エルフ)も同じ」

 

背後に控えるラビットマン、通称”首狩り兎”が悩む素振りもなく答えた。

 

「ではあちらは?」

 

「あっちも超級にやばい。見てるだけで鳥肌が止まらない」

 

彼らの視線の先には、貴賓室のテラス部分から挨拶する鮮血帝―――ではなく、その後ろに座るアインズがいた。

 

 

 

そもそも今回秘密裏に魔導国と協力していたのには二つの理由がある。

一つは用意された剣闘士が上物だったこと。最近世間を賑わせている双王国の元師団長に、魔導国の使節団を護衛する騎士達、そして王国では知る者ぞ知る剣豪ブレイン・アングラウス。これだけ国際色豊かで話題性のあるラインナップは滅多に揃えることができない。

 

顔の向きを変え、フィールド上に並ぶ三位以内の入賞者達とその手にあるものを改めて観察する。

彼らが持つ景品、それこそが首を縦に振ったもう一つの要因である。

特に優勝者に与えられる武具と同クラスを入手するのは、この血生臭い稼業で儲けている自身でさえ極めて困難だ。初めて現物を見せられた際、当然コレクター魂をくすぐられ即座に買い取りを申し出たが、売り物ではないとにべもなく断られてしまった。

となるともう魔導王杯を開催し、子飼いの八代目武王ゴ・ギンに実力で勝ちとってもらう他に道はない。

そう、提案を聞いてしまった時点で結論など最初から決められていたのだ。

 

 

 

「なんにせよゴ・ギンが勝ち、見事な剣を獲得してくれたのだから私は満足だが...しかし魔導王陛下はこのような催しを開いて、一体何をしたかったのだろうな」

 

「単にお祭り好きなだけではないのですか?」

 

品の良い老執事が現れ淹れたての紅茶をきれいな所作で手元に置いた。優雅に立ち昇る湯気が鼻に深い香りを運んでくるが、オスクの表情は晴れない。

 

「違うな、むしろ逆だ。あちらの剣闘士は礼節をわきまえている。それに天賦との試合、あれは森妖精(エルフ)を虐げている個人に対する報復というより、ただ圧倒することが目的のようだった。普通はエルヤー・ウズルスが弱いと感じるだろうが、勘の鋭い奴ならレイナース殿への政治的な配慮だと気づくはずだ」

 

「つまり旦那様のお見立てでは、魔導王陛下は真剣勝負よりも外交を優先するお方だと」

 

「うむ。だからこそ、わざわざ他国にまで来て高価な武器をばら撒く理由が分からんのだが...」

 

「銀糸鳥と武王倒して名前を売りたかったとか」

 

「かもしれんな」

 

首狩り兎の意見も一理あるが、銀糸鳥の参加は後から決まったことだ。武王にしても、結局負けてしまっては元も子もない。

 

 

『『では続いてアインズ・ウール・ゴウン魔導国、アインズ・ウール・ゴウン魔導王よりご挨拶を賜ります』』

 

思案に耽りかけた意識が司会のこの一言で現実に引き戻される。

 

「どうせ予定は全て消化されたのだから悩んでいても仕方がない、御本人が最後に何を語るのか聞いてみようじゃないか」

 

主催者の挨拶はプログラムでも全体の締めくくりとして位置付けられており、閉会宣言の役割を持つ。いつもは既に解散状態の客席も、さすがに自国の皇帝と他国の王からのお言葉があるとなっては無礼のないよう静かに座っているしかない。

それに相手は謎多き国の王様だ。どんな人なのか興味もある。

 

 

『『私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王である。と言っても、バハルス帝国の民は私のことを詳しくは知らないだろう』』

 

マジックアイテムを通して流れてきた声は低く威厳のある男性のそれだった。怪しい仮面や漆黒のマントと合わさって、とても口にはできないが魔王のような印象を受ける。

 

『『せっかくこうして諸君と会えたのだ、ぜひ我が国のことを紹介させてほしい』』

 

ついにその神秘のベールを脱ぐとあって、その言葉はさらに耳目を集める。

 

 

そしてアインズが指を鳴らした瞬間、オスクはフィールド上に闇の塊が渦を巻き始めるのを見た。

 

 




誤字報告で「...」を全て「…」に修正する意見を頂きました。
しかし個人的に現状でも見やすいので、適用は見送っています。
同じご指摘が増えたらまた考えますのでご理解のほどよろしくお願いします。


あとは前書きでもご報告したように、できる範囲でやってくつもりです。


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魔導王と鮮血帝8

ジルさん視点です


 

闘技場のような巨大な娯楽施設では、身分や料金によって座る場所は区別される。

金払いが良い貴族や大商人は前列の特等席に、中流以上の商人や一部の冒険者などがその後ろ、そして最後列には一般庶民といった具合だ。それとは別にグレードの異なる貴賓室がいくつか用意されており、そこからは遮るもの無く全体がよく見渡せる仕組みになっている。

 

故に競技場の壁際で隠れるようにこっそりと渦巻く闇は、ジルクニフからもよく見えた。

 

 

 

 

 

『『我々が治める国を理解する上でまず知って欲しいことは、民とその暮らしである』』

 

隣に立つ魔導王が発する支配者の風格たっぷりな声で、眼下に奪われかけていた意識が引き戻される。

何か重大な部分を聞き逃した気もするが、今はそれどころではない。

 

『『しかしながら文化や生活の違いを口だけで説明するのは難しい。そこで百聞は一見に如かずだ、どうせなら我が臣民を紹介しようと思ってな。今から呼び寄せるので(みな)はあの黒き門に注目したまえ』』

 

 

そうして奴はどこかもったいぶった調子でフィールド上のある一点を指さした。その先にあるのはやはりあの闇の塊。

こちらを仰ぎ見ていた数万の瞳も武王の倍近くまで育ったそれを捉えたらしく、静寂が喧噪へと様変わりする。異変を察知したバジウッドもこちらに駆け寄ろうとしてくるが、静かに手で制すると不承不承といった面持ちで足を止めた。

ここ数日だけで散々驚かされてきたのだ、今さら取り乱しても仕方あるまい。

 

(まったく、使者の女といい王といい、魔導国は断りなく魔法をぶっ放すのが礼儀だと勘違いしているんじゃないか?それに毎回やられるがままでは鮮血帝の名が廃る。今後のためにもここは異議を唱えておかねば)

異様な現象を前に平静を保っていられるのは、半分は諦念からであり、もう半分はやられっぱなしのままでは終われない皇帝としての矜持からである。

 

「挨拶の最中にすまない、あの黒き門とはゴウン殿の魔法なのだろう?責める気はないが、王である君が何の前触れもなく異国の地であんなに禍々しい魔法を行使してはあらぬ誤解を招いてしまうのではないか?」

 

あのセリフからして答えなど分かりきっているが、念のためにも本人から確認をとっておく。

奴も詰問されることは予想済みだったのか、拡声器のアイテムを口元から遠ざけマントを華麗に翻しながらこちらに向き直った。

 

「余興のつもりであったがエル=ニクス殿の御忠告ももっともだ、以後心に留めおこう。しかし今回は貴国の者に前もって許可をもらってあるので心配無用。またあれは正確に言うと私ではなく信頼する部下達と協力者による魔法だ。害が無いこともすぐに証明されるはずだから安心して欲しい」

 

許可をもらってあるだと?

魔導国関係の情報はどんな些細なものでも自分まで届ける徹底しているが、そんな報告は受けた覚えはない。目線でロウネに問いかけると、案の定勢いよく首が横に振られた。

 

(となると、オスクが怪しいな...今夜あたり喚問してやろう)

魔導王杯を陰で手引きしたあの男なら、余興にかこつけて隠し事の一つや二つしかねない。

 

 

「そうだったのか、知らずに余計な口を挟んでしまったね。それで、証明されるとはいったいどうやって―――」

 

そうして別角度からさらに問い詰めようとした次の瞬間に、予想外の光景が目に飛び込んできた。

宙に浮く黒い塊から、なんとフールーダ・パラダインその人が出てきたのだ。

 

 

(なっ...くそ、やられた!裏にいたのはオスクではなくフールーダだったか!上手く遠ざけていたつもりだったのに、まさかもう連絡をとり合っていたとは...)

 

まさに青天の霹靂である。

少なくともナーベラルという使者が来てからは両者の接触を最大限避けるよう努力してきたはずだ。

魔導王杯の開催中も、表向きには他国からの工作員への対応で王城に詰めているため、観戦を欠席すると大々的に公表してある。万が一にも筆頭宮廷魔術師が公衆の面前で他国の人間に半狂乱で教えを乞う姿を晒されでもしたら、帝国魔法省の面目は丸潰れだからだ。特に彼の本性を嫌というほど知っているジルクニフにはそれが容易に想像できてしまう。

 

 

 

「これで信じてもらえたかな?」

 

唖然とするこちらを一瞥するし、魔導王は再び場内へと語りかける。

 

 

『『楽しんでもらえたかな?此度は皆を驚かせるためパラダイン翁に短距離転移魔法の協力をお願いしたところ、なんと我が配下の行進を先導するという大役まで進んで申し出てくださったのだ。快く引き受けて頂いた偉大にして親愛なる大魔法詠唱者(マジックキャスター)殿には、この場を借りて感謝を申し上げる』』

 

この演出の効果は抜群だった。

誰も転移魔法の正体を知らないことも手伝い、生まれかけていた混乱の波はすぐに興味と驚嘆の潮騒へと変化する。壁際まで後退しそれぞれ武器を構えていた銀糸鳥やフォーサイトの面々も、緊張を解き静観の姿勢に入った。

これではもう、迂闊な抗議は自らの首を絞めかねない。

なぜならフールーダ・パラダインの名前は良くも悪くもこの地では魔法の代名詞的存在だからだ。しかも人類の到達点として崇められる”英雄”からさらに一線を画す”逸脱者”であり、彼への信頼は神話級の転移魔法すらもただの見世物に成り下げてしまう程に厚い。つまり無害であることの証明はこれ以上なくされてしまっている。

もしここでフールーダの職務を離れた勝手な振舞いを責めたりそれを仕組んだ魔導王を非難したとしても、最高権力と最高戦力の不和を露呈して終わりなだけだ。

 

(まさか最初からそれを狙って...いや、それは考えすぎか?内部分裂の誘発は弱者のとる策だが、あの様子では奴が逸脱者を魅了するほどの力を持っているのは間違いない。強者がなぜわざわざ下手に出るようなまねをした...ダメだ、まだ分からないことが多すぎる。とりあえず情報を集めねば)

 

 

「一本とられたよ、まさか爺が一枚噛んでいたとはね。私も知らない内にどうやって段取りを決めていたのかぜひ教えてもらいたいものだ」

 

「種明かしは後でパラダイン翁にしてもらうといい。それに本番はこれからだよエル=ニクス殿」

 

暗に『裏でコソコソと何をしていた』と尋ねるも、取り付く島もなく突き放されてしまった。裏切り者(フールーダ)を盾にするあたり逃げ方もまた意地が悪い。

 

「...そうだね、まずはゴウン殿の臣民とやらを見させてもらおう」

 

ジルクニフは一旦会話を諦め、情報を求める先をこれから現れる相手に切り替えた。

 

 

 

 

 

フールーダは周囲を見回してからしばし天を仰ぎ小さく震えていたが、一度だけチラリと後ろを振り返るとそのままゆっくり歩き始めた。

やがてそれにつられるかのように、闇の渦が次から次へと人影を吐き出していく。

 

まず執事らしき老年の男性を先頭に、20人のメイドが二列に分かれて出てきた。

機械のごとく一分の狂いもない整った足取りもさることながら、特筆すべきは花も恥じらう程の美貌である。最前列に並ぶ貴族らは一人の例外もなく情欲を掻き立てられ、貴賓室から道具(マジックアイテム)越しに見るジルクニフでさえも思わず喉を鳴らす程だ。

前の四人だけ服の意匠が異なっているのはお手つきの愛妾だからなのか、それとも良家の娘を厚遇しているのだろうか。ふと気づけば、魔導王の後ろに控えていたはずのナーベラル嬢もいつの間にかそこに加わっている。

 

その後に続くのは男女20人ずつの森妖精(エルフ)

またもや全員の容姿が整ってはいるものの、前を行くメイドと比べると数段見劣りしてしまう。それでも生来の気高さを保ったままの彼ら彼女らが醸す神秘的な色香は、耳を切られ、心を折られ、みじめな慰みものにされた帝国の森妖精(エルフ)などには決して望めないものだ。華やかな皮鎧を纏って勇ましく歩く様子も、奴隷扱いされていないことを雄弁に物語っている。

これには多くの帝国民がショックを受けた。いくら法の認めるところであったとしても、やはり倫理的な観点から後ろ暗さを感じる者が少なからずいたからだ。

 

 

しかし本当の衝撃がやってくるのはここからだった。

次に姿を現したのは、目を見張るような美男美女でも煌びやかな騎士でもない。

鱗や毛に覆われ、太く長い尻尾や鋭利な牙と爪をもつ生物。

そう、亜人だったのだ。

その数なんと46体。妙に理性的なゴブリンと戦士然としたリザードマンやトードマン、通常より二回りも大きいナーガに長い尾をもつ四足歩行の屈強そうな魔獣など、種類も個性も豊かである。しかもこれまで闘技場の演目で見慣れてきた凶暴な獣とは違い、前を行く人間種に(なら)って歩調を揃え行儀よく行進までしている。

彼らの身に着ける見事な武器と掲げる魔導国の旗から判断できること。それはつまり、彼らもまた森妖精(エルフ)同様に正規の臣民であるということだ。

 

とはいえこれはジルクニフにも予想できていた。

使者にはきっぱり否定されたが、奴らの正体は南方で生き残った魔神だと想定していたからだ。

もし違っていたとしても、人類至上主義を唱える法国から異種族を守るために敵対するのはアークランド評議国のような亜人国家の可能性が高い。

 

(奴の言う『本番はこれから』とは十中八九こいつらのお披露目を示していたのだろう。だが残念だったな、こちらも読んでいたぞ)

 

久しく忘れていた優越感に上がりかけた口角は、しかし新たに登場した”ソレ”によって凍りつく。

 

”ソレ”―――アンデッドは曲がりくねった金属製の楽器を軽快に響かせ、肉のない脚を一定の間隔で動かしていた。

亜人はまだ意思疎通ができるため冷静でいられたが、どうやら音楽を奏でる骸骨というのは人々の恐怖と困惑をないまぜにしてしまうらしい。独特の曲調を遮るのは悲鳴半分、疑問半分の数万の声だった。

 

 

『『落ち着きたまえ。このアンデッドはパラダイン翁の許可を頂いて召喚した楽団なので武器は所持していない。無用な混乱はかの御仁の名誉を損なうことと同義であると心得よ』』

 

雑然とする中、紹介と言いつつ何の説明もしなかった魔導王がようやく口を開いた。

 

『『あれは召喚されたモンスターであって、カッツェ平野などで自然発生したアンデッドとは根本的に異なるのだ。生者への憎しみとは無縁なある種のアイテムだと思ってくれて構わない。むしろ感情も自我も無いおかげで、自衛のためですら人を攻撃することはない』』

 

奴はまたもフールーダの威光を利用して沈静化を図っており、そして腹立たしいことにその試みは成功だった。

30体のアンデッドが吹いたり弾いたりする音が貴賓室にまで聞こえるようになる。

 

「『アンデッドの労働力』、か...」

 

誰に向けたわけでもない独白は部下の耳にしっかり届いたようで、ロウネが奏者の手元を見ながらハッと息を呑んだ。

 

「へ、陛下。あんなに細かい作業を、同時にあれだけの数にやらせるなど...」

 

不可能だ。そんなことは分かっている。

魔法省の深部で極秘で行っている実験でも、農耕作業が精々なのだ。

なら魔導国は既に複雑な命令をこなせるような特殊技術か召喚方法を発見したのか?

 

(そうでないのなら吟遊詩人(バード)のアンデッドかもしれんな)

 

果たしてそんな陽気な死者など存在するだろうか。いや、いてくれた方がむしろ幾分気が楽になるくらいだ。

隔絶した戦力差に奢らずフールーダを離反させ、さらにアンデッドを使いこなす他種族国家を相手にしているのだから。

 

(もうあそこから竜が出てきても驚かないぞ。)

 

 

ジルクニフは一旦思考するのを諦め、ただあるがままを受け入れることにした。




NO推敲です。
誤字脱字あったらすみません


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魔導王と鮮血帝9

アンデッドの楽団の奏でる音楽は、奏者の見た目に反して不思議な魅力を備えていた。

気分を高揚させる爽快なテンポで打ち鳴らされる打楽器に、音階豊かなハーモニーで華を添える金管楽器。そこに上品な主旋律の弦楽器が合わさって絶妙なバランスを生み出している。

聞き覚えがなくとも十分に楽しめる珍しいメロディに引き込まれ、いまだに猜疑の目を向けていた人々も徐々に平静を取り戻していった。

 

 

しかしジルクニフは違う。

 

たしかに素敵な曲だ。それは認めよう。

だがもしあいつらが吟遊詩人(バード)の能力を持ち、音自体に催眠や魅了の効果を乗せてたら?はたまた実は魔法を得意とするエルダーリッチで武器がなくとも危険な相手だったら?そんなことばかりが頭に浮かんで消えてくれない。

余計な憶測をせずに見たままを受け入れようとしたはずだったが、 染みついた習慣には抗えず、常に最悪の事態を考えてしまう自分がいる。

それも仕方ないことだろう。人は不利な状況である程、やたらと悪い未来ばかりを想像する生き物なのだ。

 

「ふぅ」

 

ジルクニフは小さく息を吐き、頭の中から不確定な情報と根拠のない仮説を追い出した。

自分がいつも通りに腹を探ろうとしても、向こうがいつも通りの相手でないのなら、過去の経験則は偏見や決めつけにつながりかねない。

 

(大丈夫だ。奴自身が安全を保障した以上、アンデッドだろうと亜人だろうと下手に暴れさせるような愚は犯さないはず...ん?)

 

そう自分に言い聞かせていると、場内をぐるっと周回した魔導国御一行が方向を転換し、転移の門を起点としてこの貴賓室の方へ真っすぐ行進し始めるのが見えた。彼らは二列で綺麗な直線を描いており、それぞれを導くのは腰を屈めたフールーダと背筋の伸びた老執事だ。

曲も終わりを迎えたらしく、やがて太鼓の音のみが一定のリズムで響くようになる。

やがて最後尾が直線の端に加わると、合図もなく全体がぴたりと止まった。そのまま列同士の距離を広げるように左右へと分かれ、数人が横並びになっても通れるくらいの幅が生まれると、そこにスケルトンが赤い絨毯を敷いていく。

仕上げに向かい合って旗を斜めに掲げれば、ものの数秒で美女と野獣と死者による花道の出来上がりである。

 

(これはさすがに読み違えようがないな)

 

細かな作法や手順は帝国式と異なるが、公の場での花道はどう解釈しても「特別な者を迎える準備」だ。

普通は貴族や英雄であったり、戦争時であれば功労者であったりする。そしてその先に皇帝として自分が座して待つわけだが、今はそんな常識を当てはめる気など毛頭ない。そもそも人間が出てくることすら期待していないからだ。

 

完成して間もなく太鼓の音が止み、一拍置いて今度は重厚でゆったりとした曲が流れだす。その出だしとほぼ同時に、複数の影が闇を抜けて真紅の道へと足を踏み入れた。

 

 

 

まず先行するのが上位者であろう二人。

顔の半分を仮面で隠した全身黒ずくめの亜人らしき山羊と、身体の周りに金の光が浮いている黒髪の青年。

 

脇を固めるのは六人、いや五人と一体と言うべきか。

純白のドレスに似つかわしくない漆黒の翼と角を生やした美女。

黒と赤のボールガウンを着た背のわりに胸が膨らんだ美少女。

青く硬質な輝きを放つ巨大な蟲のような生物。

兄妹と思わしき幼い闇妖精(ダークエルフ)の二人組。

鋼色の尻尾以外は奇妙な服の人間にしかみえない男。

 

 

悪夢だ。

 

この一言に尽きる。

それほどまでに、彼らは圧倒的なオーラを撒き散らしていた。

 

頬を伝う冷や汗をそっと拭う。

つい先ほどまで亜人やアンデッドに悩んでいた自分が滑稽に感じられる。竜が出てきても驚かないと思っていたが、こうなっては竜が出てこない方が驚きだ。恐怖に駆られ逃げだす者がいなかったのは奇跡と言えよう。

 

 

まずワーカーの少女が盛大に嘔吐した。すぐさま仲間がフォローに動き、神官の男が魔法を唱えてどうにか事なきを得る。

その気持ちは十分に理解できた。精神系の魔法を防ぐアイテムを肌身離さず身に着けている自分でさえ、彼らを見ていると鳥肌がとまらないのだ。つまりは純粋な強者のオーラだけでこれだけの威圧感を受けたということになる。いくら戦いに慣れたワーカーとはいえ、年端もいかぬ少女に耐えられるものではないだろう。

 

 

が、この際それはどうでもいい。

問題はフールーダである。

懸念していたような醜態を晒すどころか、むしろ髭をしごきながら余裕の笑みさえ浮かべているのだ。その姿は身を竦ませ彼らに怯えていた者達にとっては、さぞかし頼もしく映ったに違いない。『さすが逸脱者、あれだけのプレッシャーにも動じていない』と。

しかし表情をよくよく観察してみれば分かる。笑みの裏側にあるものが。

そこにあるのは、驚愕に畏怖。そしてなにより――恍惚。

憶測や可能性としての話ではなく、確信をもって断言できた。

相手の魔力を”視る”ことができる生まれながらの異能(タレント)で、いったい何を目にしたというのか。

答えは聞かずとも分かる。あれは魔道に生涯を捧げた老人の、今まさに本懐を遂げんとする顔だ。深淵を覗くために全てを捨て、国すらも喜んで差し出すであろう、裏切り者の目だ。

 

(じい...私を売ったこと、後悔はしていないのだな...)

 

頭では分かっていた。分かっているつもりだった。彼は人生の師や育ての親である以上に、まず一人の魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだと。

しかしいざ目の前でそれを見せつけられると、納得することはできなかった。きっとまだ心のどこかで、希望の灯がくすぶっていたのだろう。ジルクニフはみぞおち付近に冷たいような熱いような、硬く重い何かが沈んでいくのを静かに受け入れた。

 

 

 

永遠とも思える時間の果てに、彼らが花道を抜け、立ち止まって指に何かを着けると、ようやく水中にいるような息苦しさから解放される。場内に漂う張り詰めた緊張の糸が、ぷつりと切れる寸前であった。どうやら化け物じみた力があっても、御前で威圧感を抑えるくらいの礼儀は持ち合わせているらしい。

まあそれで恐ろしさが軽減されるわけもないのだが。

 

やがて音楽も止み、痛いくらいの沈黙が訪れる。

魔導王が紹介に入るのかと思ったが、意外なことに尻尾のある奇妙な衣装の男が前に進み出て、(うやうや)しく頭を下げてから口を開いた。

 

『『これはこれは、いきなり大勢でおしかけてしまい失礼いたしました。少々皆様を驚かせてしまったようですね』』

アイテムを使わずに喋っているが、その声は距離を無視して滑らかに耳まで届く。分かりやすい煽り文句であるにもかかわらずあまりに物腰柔らかく紳士的な口調なので、ともすれば本心からの謝罪だと勘違いしてしまいそうだ。

 

『『では僭越ながら、ここからはアインズ様に代わりまして、私第七階層守護者デミウルゴスがこの八名の紹介役を務めさせて頂きます』』

 

こちらの混乱をよそに、デミウルゴスと名乗ったこの男はまず同僚であろう後ろ寄り五人の紹介から始めていった。

彼によるとあの美女や巨大青蟲は、つい今しがた歩いてきたときの順に

守護者統括、アルベド

第一・第二・第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン

第五階層守護者、コキュートス

第六階層守護者兼双王、陽王アウラ・ベラ・フィオーラと陰王マーレ・ベロ・フィオーレ

という名前で、”階層守護者”とは公爵貴族に、”守護者統括”は宰相に相当するとのことだ。闇妖精《ダークエルフ》の子供が双王であったのも驚きだが、彼らの身分も中々のインパクトであった。

 

公爵とは王位に次ぐ権力を誇る爵位であり、基本的には王の兄弟や親族などに与えられる。

それほど高貴な立場であるのに、「ゴウン」の姓を冠する者がいないのだ。少なくとも魔導王に羽や尻尾は生えていないし、素肌は確認していないが骨格は昆虫のものでもない。つまり宗家や傍流から派生した王族公爵とは違う、血縁関係なしに能力や実績で召し上げられた臣民公爵と認識すべきだろう。

家名すら持たない女が”統括”の任に就いていることからも、魔導国は階級制度が帝国と根本的に違うことが分かる。

となると、気になるのは公爵位にあたる彼らを率いている、黒ずくめの山羊と光る青年だ。

 

 

 

『『と、まあここまでは前座のようなものですね』』

 

自身も公爵と同等の階層守護者であろうに、男はこともなげにそう言い放った。

しかも、なぜか心底嬉しそうに。

前座扱いされた他の五人も、『当然だ』と言わんばかりの表情でいる。

 

『『ご紹介しましょう。皆様、どうぞ至高の御方々をその目に映せる栄誉に感謝してください』』

 

(ああ、そういうことか)

このとき、ようやくジルクニフは気が付いた。

 

 

『『善と悪を統べる災厄の王、ウルベルト・アレイン・オードル災王陛下』』

名前を呼ばれ、先行していた二人の内、黒ずくめの山羊の方が一歩踏み出す。

 

(そういうことなんだな、じい)

フールーダの熱い視線を向ける相手。

 

 

『『天と地を統べる星の王、ブルー・プラネット星王陛下』』

続いてもう片方の光を纏った青年も前に出る。

 

(良い置き土産をくれたものだ)

この二人こそが、超越した魔力の持ち主ということ。

 

 

『『そして生と死を統べる魔道の王、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を含めた御三方こそが、私どもの絶対にして至高なる支配者なのです』』

 

三人の王が、あらゆる種族を束ねる国。それが魔導国。

歪な構造をした化け物国家が、表舞台に躍り出た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<< side アインズ >>

 

~数日後 ・ ナザリック地下大墳墓の円卓の間にて~

 

 

 

 

 

円卓の間。

ユグドラシル最盛期には喧噪の絶えないギルド憩いの場となり、メンバーが櫛の歯が欠けるように引退していった最後の数年間は、空席ばかりで孤独の象徴だった場所。

現在この部屋にはギルメン三人に加え、第四・第八を除く各階層守護者とプレアデス、そしてパンドラズ・アクターがいた。

先日バハルス帝国皇帝との会談が終わったので、今日はその報告会が開かれているのだ。

 

 

今回帝国と魔導国との間で締結された条約で主だったものは三つ。

 

・魔導国は古来よりアゼルリシア山脈からトブの大森林にかけての土地を固有の領土としており、帝国はその立場を全面的に支持するものである

 

・魔導国と帝国は互いの領地に大使を常駐させる

 

・両国間で正式に貿易を開始するとともに、魔導国からは試験的にアンデッドの労働力を1年間無料で貸し与えする

 

 

これらの成立により、

魔導国は国際的に”国”としての地位を確立し、

近隣に友好国を得て、

人間とそれ以外の種を親和させるための温床を作ったことになるわけだ。

 

 

 

 

 

「ふむ、とりあえず我々の要望がほとんどそのまま通ったようですね」

 

資料を読み終え、ウルベルトがふうっと息を吐いた。

ブルー・プラネットも紙の束を円卓に置いて、背もたれに身体を預ける。

 

「ちょっと威圧しすぎたので警戒されたかなと思ってましたが...そこらへんは大丈夫だったんですか?」

 

「主張した領土は帝国の管理が行き届いてない場所だったので、細かい境界線の取り決めを残してすんなりと合意を得られたぞ。あとは、まあ想定はしていたがアンデッドの労働力はけっこう渋られたな。しかし『フールーダ殿に死霊術を指導し帝国のために尽力して頂く』という条件を出したら、急に話が進んだのだ。まあ彼はこのナザリックにおいてはアルベドのような存在だし、失うのが惜しかったのだろう」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 

アインズの説明でブルー・プラネットは納得したように頷き、アルベドとデミウルゴスは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

実はブルー・プラネットらは当然のことながら、アインズも直接フールーダと会話したことはない。

彼はナーベラルを挟んでしかやり取りをしておらず、『デスナイトを無限に作成し使役できる』という情報を与えると強い興味を示し、こちらに協力的になったという程度の認識である。従ってアインズの中での評価は”魔法への興味が非常に強い老人”であって、まさか心の底から祖国を売ってまでこちらに寝返りはしなかろうと考えていたのだ。

また彼が歴代皇帝の育ての親だとも聞き、多少好き勝手に行動したところで、お咎めを受けたりジルクニフとの仲が険悪になるとも思えなかった。

 

 

 

 

「あ、あの、アインズ様!し、質問してもよろしいでしょうか?」

 

会話が一段落したところで、マーレが両手で杖を抱えもじもじしながら急に声を張り上げた。

 

「もちろんだとも。気になったところを放置しないのは良いことだ」

(きたか...!頼む、どうか答えられる質問であってくれ!)

 

 

名指しで訊かれた以上、二人に援護を頼むのも難しい。

存在しないはずの心臓が大きく跳ねたが、それを表面には出さず先を促す。

 

 

「えっと、その、なんでフールーダっていう人は許してもらえたんでしょう?いくらナザリックで例えるとアルベドさんや僕達くらい偉くても、至高の御方々に隠れて敵と仲良くしたらいけないと思うんですけど...」

 

「ム、タシカニソノトオリダ」

 

「言われてみれば、そうでありんすねぇ...」

 

 

 

(せ、セーフ!これならきちんと教えられる)

アインズはほっと胸をなでおろし、他の守護者達も見渡しながら諭すように答える。

 

 

「マーレの疑問ももっともだ。しかし人間は忠義だけでなく、損得で物事を判断する生き物なのだ。この場合は、優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)の我がままな振る舞いを罰するより、技術をもらってそれを活用する方のメリットが大きいと踏んだのだろう」

 

 

「ナルホド。忠誠心ノ強い我々ニハ理解デキヌ思考デスガ、人間ニトッテハ利益ノ方ガ大切トイウコトデショウカ」

 

「下賤な人間風情では、ちっぽけな欲に目がくらむというわけでありんすねぇ。たしかにナザリックで至高の御方々に仕えている妾達には到底理解できない価値観でありんしょう」

 

「まあ、そういうことだ。マーレも納得できたか?」

 

「は、はい!教えてくださってありがとうございます!僕達には分からない人間のこともちゃんと計算してるなんて、さすがはアインズ様です!」

 

わりと単純なことなので簡潔に説明してやると、コキュートス、シャルティア、マーレはすんなり納得してくれたようだった。

 

 

 

 

しかしアインズの説明会は往々にして、ここからが本番である。

 

 

「ふっふっふっ。君達、アインズ様のお考えが本当にそれだけだと思っているのかい?」

 

「えっ」

 

今回も御多分に漏れず、デミウルゴスが不敵な笑みと共に爆弾のスイッチをオンにした。

 

 

「そうね。ええ、もちろん?アインズ様だけでなく、至高の御方々がなされることは全て策謀に満ちていらっしゃるわけだけど」

 

お約束と言わんばかりに、アルベドもその爆弾に火薬をたっぷり足していく。淡々と喋っているようで、しきりにチラチラとこちらを見てくるのはなぜだろうか。

 

 

『アインズさん、この流れはマズイやつですよ』

 

『え、本当に深い意味あるパターンなんですか?』

 

『いやいや!ないですよ深い意味なんて!』

 

心配したウルベルトとブルー・プラネットが《伝言(メッセージ)》をとばしてきたが、心当たりのないアインズは困惑するばかりだ。

 

 

『これどうしましょう...』

 

『と、とりあえずなんとかごまかしますから、フォローお願いします』

 

『分かりました。俺もできる限りカバーしますので、頑張ってください』

 

二人には急いでそれだけ伝え、咳払いを一つしてからデミウルゴスとアルベドに向き直った。

 

 

「やはりナザリックが誇る智者の二人だ。しっかりと私の策を見抜いていたようだな」

 

「とんでもございません。ウルベルト様の御計画をも見据えた深謀の一手、このデミウルゴス感服するばかりでございます」

 

『えっ?』

 

思わぬ飛び火を受けたウルベルトの声が頭の中に響く。

舐めていた。この爆弾は予想以上に被害の範囲が広そうだ。

 

「そ、そうか。そこまで知られてしまっていては仕方がないな」

 

「アインズ様。各守護者の今後の動きにも関係してくることですので、ここはしっかりご説明なさった方がよろしいかと」

 

 

アルベドがそう進言すると、真意を汲み取れなかったと悔しがる他の守護者の目の色が変わった。その視線はアインズただ一人に向けられているが、今度は名前をあげられたウルベルトにも責任を分散させられるかもしれない。

 

『ウルベルトさ『アインズさん、すみませんが俺は力になれそうにないです』

 

しかしその思惑は無残にも食い気味に打ち消される。

孤立無援だ、と思いきや、救いの手は意外なところから伸ばされた。

 

 

「デミウルゴス、アルベド。すまないが僕はこの件にあまり関わっていないから、恥ずかしながらアインズさんの意図がよく理解できてないんだ。よければよく知らない者にも分かりやすく、君達の考察を教えてもらえないかな?」

 

それは優しげに微笑む、ブルー・プラネットであった。

 

『ブルーさん!ありがとうございます!』

 

『俺からもお礼を言わせてください。助かりました』

 

『いえいえ、ここで無知を晒しても一番傷が浅いのは僕ですからね。これくらいなら失望されることもないでしょうし』

 

 

渡りに船とばかりに、アインズはこの援護射撃に便乗することにした。

 

「だそうだ。ブルーさんだけでなく守護者にも理解できるよう丁寧に!そう、なるべく丁寧に説明するのだぞ!」

 

「はっ!承知いたしました」

 

どうにか説明責任を逃れ、答え合わせをするフリをして耳をそばだてる。

デミウルゴスは守護者に向かって、人差し指を立てながら話し始めた。

 

「いいですか?ナーベラルの報告を聞くに、まずアインズ様はフールーダという人間を完璧に懐柔なされています」

 

(え?そうなの?)

前提から想像と違っている。

 

「しかし大切なのは、あの人間が担う役割です」

 

「それって一番すごい魔法詠唱者(マジックキャスター)ってこと?」

 

「それもありますね、アウラ。しかし今回魔導王杯におけるアインズ様の最後に行われた挨拶で、さらに重要な役割を負うことになったのですよ」

 

 

(つ、ついていけない。最後の挨拶って、あの転移を手伝ってもらったっていう設定で出てきたときだよな?)

平静を装ってはいるものの、アインズの頭の中では守護者同様にハテナマークが乱れ飛ぶ。

デミウルゴスはマーレやシャルティアがまだピンときていないことを見て取ると、一層笑みを深めて続けた。

 

 

「それは”魔導国に対する抑止力”です」

 

「あ、あんなに弱い人が、僕達への抑止力、ですか?」

 

第六位階の魔法が扱えるだけの雑魚風情がなぜ自分達の抑止力なのかと、マーレ以外も首をかしげる。

 

「厳密には、そう思い込ませたのです。なぜなら人間は、そこまで正確に強さを量ることができませんからね。おそらくは我々の威圧を受けてもなお、『魔導国の連中はとんでもなく強い』という程度の認識しか持っていないでしょう。従って、アインズ様があの老人に敬意を払う言動をなされば...」

 

「『魔導国ハフールーダ二一目置イテイル』ト受ケ取ラレルトイウコトカ。シカモ四騎士ヤ冒険者ハ魔導王杯デ敗レテシマッテイルノデ、抑止力ニハナラナイ。武王モ亜人ナノダカラ、完全ニハ信用デキナイダロウ」

 

唸るようなコキュートスの言葉に、首をかしげていた者達がハッとなった。

 

「分かったかしら?つまり皇帝が国内の不安を治めるためには、あの人間の威光に頼るしかないのよ。そう...たとえ魔導国の従順な駒だと分かっていても、ね」

 

 

アルベドのまとめを受けて、円卓の間が感嘆のため息に包まれる。そしてすぐにシモベ達は爛々とした目で、アインズの神算鬼謀をこれでもかというほどに称賛し始めた。

 

(ええ...幹部の引き抜きで印象悪くしないよう気を遣っただけなのに...ていうかフールーダさん、本気で寝返るつもりだったの?ってことは俺、知らないうちに『そっちの弱み握ってるぞ』って脅してたのか...。会談のとき名前を出した途端に話し合いがスムーズになったのって、そういうこと?)

 

混乱しながらもなんとか賛美の嵐を捌いていると、デミウルゴスがさらに付け加えた。

 

「ですのでこれからあの人間には、強者として警戒し敬意を払っているかのように振舞ってください。それがアインズ様の御意思です。よろしいですね?」

 

守護者に混ざりブルー・プラネットも頷く。

 

「ありがとうデミウルゴス。さすが、僕より全然頭良いね」

 

ついでに評価のハードルを下げるためのジャブも打っていた。しかしその一発は、意味ありげな笑みとともにあっさりと躱される。

 

「ふふふ、御冗談を。ブルー・プラネット様も本当はご存知だったのでしょう?それでもシモベのために愚者をも演じてくださるとは...このデミウルゴス、ブルー・プラネット様の御慈悲に感激の念が絶えません」

 

 

(((...やばい)))

 

 

こうして無事(?)会議は終了した。




お待たせした分は文字数でチャラに...(小声)

フールーダさんって、けっこう政治的な利用ができるそうですよね。
そしてこの章もやっと終わりだ...!


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ウルベルトと王国の影
蒼の薔薇と王国


前話から約一か月後


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薄暗い部屋の中。

そこには椅子に囚われた九人の男女と、彼らを冷たい眼で眺める一人の悪魔がいた。

 

 

「結局人間のやることなんてのは、どこの世界でも変わらないんだな...まったく、反吐が出る」

 

悪魔は人の強欲を愉しみつつも、隠しきれない憎しみを込めて呟く。

するとその声から伝わる負の感情に呼応するかのように、床や壁に映る影が不自然に(うごめ)いた。影はユラユラと揺れ動く蝋燭の火に翻弄されながらも、明確な殺意を持って捕虜の方へと伸びていく。

 

 

「おっと、いらんこと思い出しちまった。影の悪魔(シャドウ・デーモン)、今はやめとけ。こいつらにはまだ働いてもらわねばならんし、どうせこの後に盛大な歓迎会が控えてるんだ。腹を空かせた誰かさんの眷属もいることだし、さっさと運んでおいてくれ」

 

しかし軽く諫めれば、それらは殺気を消し淡々と運搬の作業へと移行する。すぐに引き攣った顔の人間が一人、また一人と闇の渦へと運ばれた。

 

「ああ、そこの全身に動物の入れ墨を施した奴だけは例の実験室に連れていけ。なんか特殊な武技でも習得してるかもしれないからな」

 

そして最後の大男だけは別の指示を出し、綺麗に片付いた部屋で独りごちる。思い出すのは調べていくうちに分かった、この国の実態だ。

 

 

「理不尽な既得権益に、搾取されるだけの弱者、か。腐ってんなぁ、ここは」

 

今回捕らえた巨大犯罪組織の長達。私腹を肥やすことしか頭にない貴族。搾取されているのに、立ち上がる覚悟のない弱者。どいつもこいつも、本当に...

 

 

本当に、壊しがいがある。

 

理想の”悪”を瞳の奥に描いて悪魔は笑う。

これは帝国で魔導王杯が行われる少し前の出来事であった。

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麦畑が黄金色(こがねいろ)に染まる頃。リ・エスティーゼ王国の王都では、ある一つのことに関心が寄せられていた。

それは領土をめぐる戦争である。といっても、毎年この時期に行われる帝国との小競り合いのことではない。

今回の相手は突然現れた隣人、アインズ・ウール・ゴウン魔導国だ。

かの国はしばらく前に、アゼルリシア山脈とトブの大森林全体を領土とし建国するという声明を発表した。王国になんの断りもなく『国を作りました』などとのたまう暴挙にはこの際目を瞑るとしても、問題は一方的に告げられた領土の範囲だ。

険しい山岳地であるアゼルリシア山脈の方はまだいい。だがトブの大森林までとなると話は変わってくる。あそこは国王ランポッサⅢ世の直轄領である城塞都市エ・ランテルからほど近く、森林外縁部にはいくつかの開拓村が散在している。村が存在しているということはつまり、王国が実効支配しているということだ。

かの地域では人物や地名で、『アインズ・ウール・ゴウン』なる名はどの史料文献にも記録されてはいなかったので、村人が独立を企んだということもない。となるとこれは、侵略からの防衛、奪還のための戦いとなる。

この主張を軸に、王国貴族はほぼ全員が魔導国に敵対する意思を示した。

 

 

 

 

 

しかし今度の戦争には不安材料も多い。

それは王都のとある酒場の一角に集まった、アダマンタイト級冒険者”蒼の薔薇”の面々にとっても同じだった。

 

 

「魔導国との戦争のために冒険者の徴用だぁ?おいおい、貴族様は本気で言ってるのかよ?」

 

戦いでも話し合いでも先陣を切る全身鎧の大柄な女(?)戦士、ガガーランがあきれたように鼻を鳴らす。リーダーであり希少な復活魔法の使い手、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラからの報告を受けてのことだ。

 

「どうせいつもの馬鹿貴族が喚いてるだけ。冒険者組合が黙ってない」

 

「人や国どうしの争いには干渉しないのが掟。私達が言えた柄じゃないけど」

 

ニンジャと呼ばれる、隠密が得意な特殊な職業(クラス)につく双子のティアとティナもすぐに同意する。

 

「おい、お前ら。盗聴対策に防音の魔法をかけてるとはいえ、もう少し声を落とせ」

 

二人の人目を憚らない発言を、見た目に反しチーム最年長である仮面をつけた魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイが注意するが、あまり効果はなかった。

 

「大丈夫。これはイビルアイの魔法を信頼してる証」

 

「そうそう。それに口元は隠してるから、唇の動きで読まれることもない」

 

この双子は元・凄腕の暗殺者なので、イビルアイとて本心から咎めているわけではない。しかし今日の話題は内容が内容なので、慎重にならざるをえなかった。

 

 

 

冒険者。彼らの仕事は名前のごとく冒険すること、ではない。実質は国家や政治権力から独立した、基本”対モンスター専門の傭兵集団”だ。盗賊からの護衛などは例外だが、そういった依頼を除けば、いかなる国民にも危害を加えてはならない。そのためここリ・エスティーゼ王国だけではなく、バハルス帝国や、亜人国家のアークランド評議国にカルサナス都市国家連合など、かなり広域に根を張っている。

もし掟を破り特定の政府や組織に肩入れした場合、冒険者の資格をはく奪され、ケースによっては組合お抱えの暗殺者が差し向けられたりするのだ。実は蒼の薔薇も裏でラナー王女の依頼を受け、犯罪組織”八本指”の活動に対する妨害工作を手伝っているという背景がある。今日の集まりだって、ラキュースが登城して王女から得た情報を皆で共有するためである。それでも彼女らが王都の冒険者組合から罰を受けないのは、最高ランクであるアダマンタイト級の地位のおかげであった。

だからといって決して表沙汰にしていいことではない。特に本人達の口から洩れたとなれば間抜けもいいところだ。

 

 

「宮廷会議では私達のことは話題に上がらなかったそうだから、まだこちらが黒粉(くろこな)の栽培を邪魔している証拠を掴めていないのだと思うわ。でも八本指と結託している可能性の高い貴族が、不自然なくらい冒険者を徴用すべきだと言い張っていたらしいの」

 

ラキュースが逸れかけた話題を元に戻す。ちなみに黒粉とは近頃王国を中心に流行している麻薬であり、その栽培を行う農村の畑を焼き払うのが最近の主な活動だ。

 

「つまりあれか?商売の邪魔してくるから、(やっこ)さん貴族をけしかけて俺達を無理矢理徴用させちまおうって魂胆かよ。気持ちは分かるが、大掛かりなわりにそいつはちょっと成功の見込みが薄いやり方なんじゃねえか?」

 

「たしかに今までの戦争ならそう。けど今年は...」

 

八本指からの圧力。そう示唆するラキュースに対してガガーランは懐疑的だったが、こと今回ばかりは相手の軍勢に無視できない要素があった。

 

「たぶんティアが想像している通りよ。いつもなら突っぱねるのも簡単だったけれど、これから戦おうとしてるアインズ・ウール・ゴウン魔導国は多種族国家。軍の規模が分からないだけでなく、トブの大森林に棲む亜人に加えてアンデッドまでも従えているそうなの」

 

 

そう。魔導国が建国の表明とともに人々に衝撃を与えたこと。それはあらゆる種族が暮らす、人間国家でも亜人国家でもない、()()()()()であることだった。

 

「...」

 

腕を組み無言を貫くイビルアイをちらりと見やり、ラキュースは続ける。

 

「そこで王国は魔導国を国とは認めず、”モンスターの群れ”とみなすことにしたのよ。だから『モンスターの討伐依頼』という名目にすることで、徴用を成立させられると考えているみたい」

 

「なるほどな。国家間のいざこざに介入しない決まりがあるなら、相手を”国じゃない”ことにしちまえば解決って寸法か。こりゃあ、思ったより話がややこしくなっちまいやがったな」

 

ガガーランは眉をしかめながら背もたれに上半身を預けた。

国対国の構図を、国対モンスターの群れにすり替える。屁理屈に聞こえなくもないが、完全には否定できない口実だ。しかも戦いに負ければ民が文字通り”食い物”にされることもあり得るわけで、むしろ参加したがる冒険者だっているかもしれない。

 

 

「現状はそんなところかしら。それで、私達はこれからどう動くべきなのか、皆の意見を聞かせてほしいわね」

 

ラナーから聞かされた内容の説明が済み、議題は今後の活動方針へと切り替わる。

 

「とりあえず、戦争には行かないに一票」

 

「同意見。でも建前が()るから、戦争の時期に合わせて依頼を見繕ってもらうよう、今から組合と交渉しておくべき」

 

「俺もそう思うぜ。あとは八本指が裏で貴族に圧力かけてんなら、そっちの力も削いでおかねえとな」

 

ティア、ティナ、ガガーランの三人の考えは、概ね合致している。

 

 

「戦争に関わらないことには賛成だ。だが、魔導国については調査しておく必要があるだろうな」

 

しかしイビルアイは根本こそ大差ないが、こちらは魔導国との関与を主張した。

 

 

「...やっぱり、アンデッドを使役してるのが気になる?」

 

「..ああ」

 

仮面の下でイビルアイは紅い瞳をそっと閉じた。

彼女には、メンバーと他に極少数の者しか知らない秘密がある。それは彼女の正体が、”国堕とし”と呼ばれる伝説の吸血鬼であるということだ。妙な縁から蒼の薔薇に加入し行動を共にしているが、人でなくなってからはもうかれこれ二百五十年以上も経つ。

しかし秘密はそれだけではなく、実はメンバーすらも知らない過去があった。

いまだ色褪せぬはるか昔の記憶に刻まれているのは、十三英雄としての壮絶な旅。そして...”ぷれいやー”なる存在との関わり。

 

 

「まあ、あくまで危険性を調べる程度だ。ことを構えるつもりはない。そこはリグリットと相談しながら私がやっておくから、お前達は八本指に集中しろ」

 

「おっ、あの婆さんなら任せても大丈夫そうだな」

 

「そういえばリグリットにはしばらく会ってないわね。連絡とれたらよろしく伝えておいて」

 

「分かってる。暇があったら顔を見せるよう言っておく」

 

頭にこびり付いて剥がれないその可能性を口にはせず、なるべく普段通りを装う。何か隠していることなどバレているだろうに、こういうとき深く追求してこない仲間の気遣いを、イビルアイはありがたく感じた。

 

「ありがとう。じゃあ、他に何かある人は?」

 

 

ラキュースが問いかけるが、誰からもそれ以上の発言はない。各人の考えが出揃ったことを確認し、チームとしての統括に入る。

 

「では皆の意見をまとめると、蒼の薔薇は戦争には不参加で決定ね。というわけで、ティアとティナはなるべく急いで八本指の拠点や取引を洗ってちょうだい。イビルアイはリグリットと魔導国の情報収集。ガガーランと私は待機組だから、最近噂の魔道具店でも見に行ってこようかしら」

 

「了解、鬼リーダー」

 

「さすが、人使いが荒い」

 

「二人ともそれ以上言ったら仕事増やすわよ」

 

やや不満そうな双子のささやかな抵抗は、満面の笑みによってあえなく撃沈する。

 

「逃げるが勝ち」

 

「負けを認めたわけじゃない。これは戦略的撤退」

 

「もう...それじゃ、今日はこれでお開きにしましょうか」

 

ちょうどタイミングよく防音の魔法が切れたのを見計らい、ニンジャは音もなくその場をあとにした。そのうしろ姿を見送りながら、ラキュースはため息をついて残る二人にも解散を宣言する。

 

 

 

 

「なあリーダー。さっき言ってた噂の魔道具店ってのはなんだ?」

 

別行動のため酒場を去っていくイビルアイの背中を見送り、ガガーランが尋ねる。

 

「あら、知らないの?最近エ・ランテルから移転してきたお店で”マルム商会”って名前なんだけど、品質が良いって評判よ」

 

ラキュースによると、その魔道具店はふた月くらい前に王都に進出してきた商会とのことだ。扱っているのは多種多様な魔法武器に、希少なアイテムの数々。特筆すべきは、それらを格安な値段で冒険者に貸し出していることらしい。購入しようとすれば高額すぎて手が出ないものも、短期間だけ貸し出す制度を導入して低コストを実現しているそうだ。

 

その話が本当ならば、たしかに冒険者にとっては非常にありがたい。

しかし売るのではなく()()という行為には、必ずと言っても過言ではない、重大かつ避けようのないリスクが伴う。それは持ち逃げする者が現れる可能性、つまり『貸したものが返ってこない』現象である。商品がなくなったら当然店も立ち行かなくなるわけで、ゆえに大きな後ろ盾がないと何かを貸す商売が長続きしないのは常識でもあった。

 

 

「それがね、返却率が十割なんですって」

 

ガガーランが疑問をそのまま伝えるが、ラキュースの返事は意外なものだった。

 

「十割だぁ?そりゃさすがに嘘くせえな。仮に善人ばかり客として選んでようが、そいつが依頼の最中に死んじまったり、貸りたもんを誰かに奪われたりでもしたら、回収のしようがねえだろうよ」

 

「私もそう思ったわ。でも、実際にできてるからこそ噂になってるの」

 

「へえ...マルム商会か、ちょっと興味がわいてきたぜ」

 

 

品物の管理を徹底している店は、信頼も得やすくなる。新進気鋭の小さな一商会であろうとも、伸びしろがありそうならチェックしておく価値は十分にあるだろう。

どんなアイテムが置いてあるのかを想像しつつ、二人は目的地に向かうために腰を上げた。




(あれ、思ったより文字数が少ない)


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