やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。 (ローファイト)
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【序章】ことの始まり編
①秘密のバイト


………ギャグがしたい病に掛かりまして…………その、やっちゃいました。


俺は2年になり、強制的に奉仕部なる訳がわからない部に入部させられ5ヶ月が経った。

文化祭では盛大にやらかし、今では学校中の嫌われ者である。

 

ぼっちである俺にはたいしたダメージはない。

 

 

ただ昔とは違い、そんな中でも、まだ俺に話しかけてくる奴が居るということだ。

奉仕部部長の雪ノ下雪乃と部員の由比ヶ浜結衣

クラスメイトの戸塚

後、材木座?

 

雪ノ下雪乃2年J組、品行方正にして、文武両道、しかも容姿端麗、長い黒髪の学校一の美少女ときている。まあ、胸のボリュームはかなり足りないが……

彼女も俺同様なぜかボッチ体質だ。俺に何時も毒舌を吐いて来る。

俺が盛大にやらかした後でも、それは変わらない。逆にそれは俺にとって心地よく感じていた事は事実だ。………言っておくが俺はマゾじゃないぞ。

 

由比ヶ浜結衣2年F組、俺と同じクラスだ。見た目ビッチな奴だが優しいやつだ。前は人に流される様なやつだったのだが、この頃はちゃんと物を言うようだ。雪ノ下の影響だろう。胸のボリュームは雪ノ下とは真逆……2人が並ぶと明らかだ。………いや、何時も見ているわけではないぞ。たまに並ぶ姿を見るとついな………それ程違うと言うことだ。

盛大にやらかした俺に、気を使っているようで、何かと接触してくるのだが……距離感が近いのだ。

物理的にも精神的にもな。ボッチ体質の俺には勘違いしてしまうまであるからやめてほしい。

 

戸塚彩加。見た目は美少女で、天使だが、男だ。でも天使だ。

これ以上何も言うことが無いだろう。

 

材木座?知らん。

 

 

 

しかし、そんな連中にも俺は秘密にしてることがある。

 

俺はとある事務所の扉を開ける。

「…こ、こんにちは………」

 

ビュン!

俺の頬に何かが横切る。

壁には何やら、いろんな模様が書かれた札がついた投げナイフが刺さっていた。

 

「…………ふぅ」

俺はそれに動じない。もう慣れてしまったからだ。

 

「なんだ君か、驚かさないでよ。ゾンビかと思っちゃったじゃない」

広々とした事務所の真ん中にある大きな仕事机に、ふんぞり返って座るナイフを投げつけた本人である妙齢の美女が謝るでも無くそんな事を言ってくる。

 

「…………あの……毎回、なんですが…………」

 

「その目が悪いのよ!!ゾンビになった人間はみんなそんな目なんだから!」

 

「あのー、この目は生まれつきなんで………」

 

「まあ、いいわ。二人共まだだから、掃除でもしておいて」

 

「はい………」

俺はこれ以上何も言わずに、その美女に言われるがまま、広々とした事務所の掃除を始める。

 

俺はとある事務所でバイトをしているのだ。

この美女はこの事務所のオーナー。要するに俺の雇い主。

20代前半の長髪美女だが、なにせ横暴なのだ。

わがままが服を着た様な人なのだ。

俺は思う……見た目がいい女はどこか性格がねじ曲がっているのではないかと………

 

俺はこのバイトを始めて、もう1年以上経つが未だに慣れない。

いや、掃除とかはもう慣れた。家でもやってるし………しかし、本業の方がだ…………

ナイフが飛び交うからと言って、ヤクザではない。まあ、あまり変わらんが………

 

俺は事務所の玄関のモップがけをする。

ここは東京の一等地にある古い5階建てのビルで、各フロアーはかなり広い。

このビル全部がこの事務所のオーナーの持ち物だ。

建物は古いが中の設備は最新だ。

4階が事務所。5階がオーナーの居住スペース

屋根裏が従業員用の宿泊部屋

3階は居住スペースと書庫だ。

2階は倉庫と危険物取扱場所。俺はなるべく踏み入れたくない場所だ。

1階は駐車場とここにも倉庫がある。

車はコブラとか複数あるがどれも高級車だ。

因みに美女オーナーは超金持ちだ。ケチくさいけど……

地下があるのだが、俺は踏み入れたことが無い。

 

バイト先であるここに学校から1時間かけて週2~3回通っている。主には金曜日と土曜日だ。泊りがけなんてこともある。

 

しばらく、玄関を掃除していると………

「比企谷くんこんにちは、早いですね。私も手伝います」

 

「いえ、もうここは終わるんで」

 

「ごめんなさい。私はキッチンと書庫の掃除しますね」

優しい笑顔でそう言って、女子校のブレザー姿の彼女は足早にエレベーターに乗る。

 

彼女はここのアルバイトの先輩で、都内の有名女子校に通う俺の1つ上の高校3年生だ。

このバイトで唯一の安らぎの存在。誰にでも優しく、何時も笑顔で、可愛らしい人だ。

俺は最初は彼女をかなり警戒していた。誰にでも優しく、笑顔で、可愛らしい人間なんてこの世に居ない、裏があるに決まっていると思っていたからだ。

しかし、彼女に限ってはこれに当てはまらない。1年以上の付き合いでわかったことだが、彼女は純粋なのだ。彼女は清純なのだ。2回言ってしまったが………もはや、聖母レベルなのだ。

なんでこんな横暴なオーナーの元でこんなヤクザな仕事をしているのかは不明だが、彼女はここで住み込みで働いているのだ。

因みに3階の居住スペースは彼女の部屋だ。

 

 

俺は、玄関の掃除を終え、ポストの中を取り出しに行くと………

土煙を上げながら猛烈なスピードでここに向かって突入するよく知る人物が現れた。

 

「こん………」

俺が挨拶をする間もなく、その若い男は猛烈なスピードで玄関から階段へとかけ登っていく。

 

暫くして、4階の方から怒声が上がる。

 

「あんたか!私のブラジャーをくすねたのは!!お気に入りだったのに!!」

 

「ち、ちがうんや!洗濯物を取り込もうとしたら、目の前にぶら下がってただけなんや!!」

 

「……私とおキヌちゃんの洗濯物は5階で干してあるのに、なぜあんたが洗濯物を取り込める!!」

 

「…………か、堪忍や!!仕方なかったんやーーー!!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

「グボボベ!!」

 

ドゴ!!

バリーーーーン!!

 

ボス!

 

 

若い男が4階の窓を突き破って、玄関前の地面に落ちて、半ばめり込む。

 

「……………何してるんすか」

4階から人が落ちて地面にめり込むなんて、こんな異常事態だが俺は冷静だ。

俺はその若い男に声を掛ける。

 

「よ、よおー、八幡………これも修行の一環だ」

肩が半分地面に埋まり、血まみれの若い男はその状態で俺に挨拶をしてきた。

 

「……何をやらかしたんですか?まあ、聞くまでも無いですが」

 

男は身体を地面から抜き、スクッと立ち上がる。

GパンGジャンにバンダナをした一昔のオタク風の格好の若い男は、服はボロボロだが傷だらけの血まみれだった顔はいつの間にか何もなかったように治っていた。

 

「八幡よ。男には困難でも必ずなさなければならないことがあるのだ」

その男は俺の肩をポンと手を置きキリッとした顔をしてこんな事を言ってくる。

 

「下着ドロをですか?」

 

「あはははっ、いや!目の前にあったから………つい」

頭をかきながら、乾いた笑いをする若い男。

 

「よく、毎度こりませんね。というか、よく通報されませんね」

 

「ふっ、日頃の行いの結果だ」

またしても、キリッと顔をしこんな事を言ってくる。

 

「はぁ、掃除手伝ってくださいね」

俺はうんざりした表情で若い男に言う。

 

「更衣室とシャワー室の掃除は任せろ!!」

 

「更衣室とプライベートルームのシャワー室はダメですよ……ってもう居ない」

 

 

 

「きゃーーーーーーー!!」

 

「アレ?おキヌちゃん!?なんで!?………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!てっきり美神さんだと」

 

「わたしだったらいいんかい!!このすっとこどっこい!!」

 

「か、堪忍やーーーー!!」

バキ、ボコ、ベコ!!

 

 

 

「……………今日も何時も通りか………」

俺は1年と数ヶ月でこの異常な職場でも冷静でいられる忍耐力がついたことは確かだ。

学校で起こることなど些細なことでしか無いのだ。

 

しかし、異常なのは職場環境だけではない。職種も異常なのだ。

 

俺のバイト先、ここは美神令子除霊事務所。

日本屈指の除霊術者……ゴーストスイーパー美神令子の事務所なのだ。

ゴーストスイーパー:この世にならざる者を相手取り、それらを駆逐する職業。

幽霊や妖怪を相手に戦う仕事なのだ。

 

横暴な美女がその美神令子、ありとあらゆる霊障や妖怪をねじ伏せてきた女傑だ。

この事務所の唯一の癒やし、いや聖母のような女性は氷室絹。また彼女もゴーストスイーパーなのだ。ヒーリングや精神コントロールが得意なのだそうだ。やはり能力も癒やしの存在だ。

そして、何時も血まみれでスケベが服を着たようなこの若い男は横島忠夫。俺の2つ上でここの従業員である。

因みに俺のゴーストスイーパーの師匠だ。

……正直、とても妖怪や幽霊相手に戦える様には見えないのだが………

 

 

そう俺は、ゴーストスイパーの見習いとしてここでアルバイトをし、この変態師匠の元で修行をしているのだ。

 

………なぜこうなった?

 



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②出会いはあの時

早速の感想ありがとうございます。
ギャグがやりたかったんやーーー




俺が何でゴーストスイーパー美神令子除霊事務所でアルバイトをし、この変態師匠の弟子になったかと言うと………

 

1年と5ヶ月前の事だ。

 

総武高校入学式の日、俺は新しい門出に期待をふくらませ、入学式の2時間前に家を出たのだ。

 

しかし、自転車で通学路を走っていた俺は、車に轢かれそうな犬を見かけ、助けに入ってしまった。

犬は助かったのだが、俺は車に轢かれ入院生活を余儀なくされる。

後でわかった事だが、助けた犬は由比ヶ浜の愛犬サブレ、俺を轢いた車の後部座席に座っていたのは雪ノ下だった。今となってはどうでも良いことなのだが………

 

そして、俺は入学デビューを見事失敗し、入院生活を送ることになる。

どっちにしても、俺はぼっちにだったろうが………

重要なのはここではない。

 

俺は交通事故の際、しこたま頭を打ったらしく、事故から2日間目が覚めなかったそうだ。

そして、意識を取り戻したんだが………

そこは病院の個室のベッドの上。

ベッドの裾には泣きじゃくる妹の小町。両親はホッとした表情で……俺を見守っていた。

こんなに俺の事を心配してくれる人間がいる。家族とは良いものだ。

 

と……ここまでは良い。

 

しかし、そんな家族3人をよそに、ベットの周りにはなぜか知らない人が沢山いるのだ。

最初は、俺の知らない親戚とか学校関係者とか何かなんだろうと思っていたのだが……

 

面会時間が終わっても……知らない人が個室の筈の俺の病室をうろついているのだ。

よく見ると………なんか、浮いていたり。下半身が無かったり………頭だけだったりと…………

俺は頭を打っておかしくなったのだろうと思い。そのままシーツを頭に被り眠りについたのだが、翌朝になっても、その風景は変わらない。

 

流石にこの状況はおかしいと思い。ぼっちの俺だが勇気をだして、知らない人たちに思い切って話しかけたのだが………返事が普通に返ってきたのだ。

 

ここは病院だ。

いろんな怪我でいろんな状態になっている人がいても、おかしくないだろうと思うことにした。何で俺の個室に居るかは………取り敢えず気にしないことにした。

 

しかし、看護師さんや担当医、見舞いに来る小町や両親には、その人達はまるで見えていないようなのだ。

よく見ると、その人達はドアなど使わずに壁や天井から自由にすり抜けて、この部屋に出入りしてくるのだ。

 

…………これ…………ヤバイんじゃ……………

 

もしかして、霊的なアレ?

 

いやいやいやいや……霊なんていないんだ。そんなの存在はこの世にない。そう死んだら皆等しく土に帰るのだから………

 

俺は自分の精神をだましだまし毎日を過ごしたのだが…………

日に日に、俺の個室に集まってくる人数が増え、床だけでなく天井や壁にも張り付いている状態まで………人口密度……いや、霊密度?………霊なんていないから、その人達密度が最早過密状態になってしまった。

 

そんで、その人達は日に日にエスカレートして、花瓶を割ったり、ベッドをガタガタさせたり、お見舞いの果物を勝手に食べたり…………

 

………ポルターガイスト現象の様な事をやってくる。

 

いや、決してポルターガイストなんかじゃない。その人達がガタガタやっているだけなんだからね。

 

 

エスカレートしていくその人達のせいで、看護師さん達や病院の関係者が気味悪がって、あまり近づかなくなった。

 

あれ?病院でもぼっちってどういう事よ?

 

あの人達もいるからぼっちではないか…………

 

 

 

そんな絶望的な状況で現れたのが、美神さんと絹さんに横島師匠だった。

 

「このゾンビを倒せばいいのね。簡単な仕事ね!」

病室で1人佇む俺の額に、よくわからない札をいきなり貼ってきた。

 

「!?おかしいわねこのゾンビ。札が効かないわよ」

「美神さん……この人どう見ても人間ですが…………」

「おい、あんたらいきなり現れて、何をするんだ………」

「ゾンビが人語を話した!?」

「なんだ、さっきからゾンビゾンビと。俺は人間だ」

「だから、美神さん。この人は人間です」

「この目はどう見てもゾンビの目よ。こんな腐った目をした人間は居ないわ!」

「おい!初対面の人間に腐った目なんて言われたくないぞ」

「美神さん……依頼はこの病院の霊障ポルターガイストの解消ですよ。この人は間違いなく人間です」

「……そう言えばそうね。病院中、雑霊がやたらめったら多いわね………?このゾンビに似た子が霊を呼んでいるようね…………横島くん札の用意って……彼奴何処に行った!!」

「人の話を聞けって」

「看護師のお姉~さ~ん!!僕とお茶しませんか~!!」

「彼奴は~!!」

ドコ、ボス、バコ!!

「あは、あはははっ、ちょっとしたジョークっすよ。本気で怒らなくても」

「真面目に仕事しろ!!」

 

 

「ちょっ……あんたらいったいなんなんだ。漫才師か何かか?」

俺は霊たち……間違った。この人達のお陰で多少のことでは驚かないが、この人達も負けず劣らず常識はずれな人たちだ。

 

「失礼ね。私は美神令子。ゴーストスイーパーよ。この病院に集まっている霊を除霊しにきたのよ」

人の事を散々ゾンビ扱いしたこのスーパーモデル顔負けのプロポーションを持つ美女が偉そうに言ってきた。

ん?美神令子……ゴーストスイーパー?聞いたことがある……たしか……

というかやっぱ、この部屋を占拠するこの人達は幽霊か何かだったのか………半分気がついていたのだが……それを認めると俺の精神が持たなかった。

幽霊が見えるなんて。怖いし……あと怖い。

 

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしまして…………」

巫女服の大人しそうな少女が俺に何度も頭を下げる。この子は常識人ぽいな。

 

「ゴーストスイーパー横島参上って、なんだ男か………けっ!」

さっきまで看護師さんに無謀なナンパを繰り広げてた男だ。

うん、多分こいつは三下だな。きっと荷物持ちか何かだ。きっと

 

「……ゴースト・スイーパー………」

 

「まあ、いいわ。君がどうやらこの雑霊を呼び込んでいるようね」

美神令子と名乗った美人は俺にこんな事を言う。

 

「え?俺が………」

 

「君、この頃なにか変わったこと無い?急に霊が見えるようになったりとか」

………めちゃくちゃ心当たりがあるんですけど、なに……急に霊能力に目覚めたの?

 

「……はい、そのとおりです。……これなんとかなるんですか?」

 

「なんとかなるわよ。それが私達の仕事なのよ!」

 

そう言って、この3人は札やら何やらを取り出し、俺の個室や病院中を駆け巡り、何かを準備し、再び俺の前に来る。

 

美神令子は手に札を持ち、天井に突き出し、何やら呪文らしきものを唱えた後、気合の言葉を紡ぐ。

「この世に残りし霊魂よ。元の場所に帰りなさい!鎮魂!!」

 

すると彼女の持つ札が輝き、病院全体が光りに包まれる。

 

その光が収まると、さっきまで、多量に闊歩していた霊がものの見事居なくなっていたのだ。

 

 

「いっちょ上がりね。ちょろいちょろい」

そう言って美神令子達はこの部屋を出ていこうとする。

 

「あのーー。色々言ってしまってすみません。なんか助かりました。これで俺も元の生活に戻れます」

俺はベッドに座りながらお礼を言う。

 

「え?別に君を助けたわけじゃないし、多分また霊は集まってくるわ」

何言ってるのこいつみたいな顔で美神令子は俺を見据える。

 

「へ?でも霊を除霊してくれたんじゃ」

 

「確かに今この病院に集まってきた霊は除霊したわ……でも、君の霊を集める体質は治してないわ」

 

「ええええ!?」

衝撃の事実だ。どうやら俺は霊を集める体質になってしまっていたようなのだ。

しかも、それが治っていないと………

 

「だって、私が依頼されたのは病院に集まった霊を除霊すること。別に君を治しに来たわけじゃないわ」

た…確かにそうだが………

 

「ど……どうしたら」

 

「………君、お金持ってる?」

 

「へ?」

 

「除霊ってお金がかかるのよ。しかも、君みたいな霊障の体質を治すのは時間がかかるし」

 

「い、幾らするんですか…………」

 

「5000万」

 

「へ?」

 

「まあ、持ってなさそうよね。ご愁傷様~」

そう言って美神令子は病室を去ろうとする。

 

「ちょっと…え?待って……」

 

「美神さん……何とかならないですか?なりたくてそんな体質になったわけじゃないのに、可愛そうです」

巫女の子、ナイス……めちゃいい子だ。

 

「相変わらず守銭奴っすね。たまには人助けぐらいしても、いいんじゃないっすか?」

ありがとう。そこのナンパの人、三下って思ってすまなかった。

 

「私は一文にもならないことはしないって決めてるの!………何よ二人共…その目は………あーーわかったわよ。そのかわり横島くんが面倒見るのよ!霊障体質は時間がかかるんだから!!」

 

 

というわけで……俺は退院後。美神除霊事務所にお世話になることになりました。



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③今日も妖怪退治

感想ありがとうございます。

簡単な設定ですが20☓☓年10月頭現在
美神令子23歳
横島忠夫19歳
氷室絹 17歳高校3年生
比企谷八幡17歳高校2年生

GSは原作終了の2年後ぐらいを設定(この人達は何年もループしてるからよくわかりませんがw)
時間軸は俺ガイルを基準
アルバイトは1年前の4月後半から……約1年5ヶ月間
その他設定はあやふや(ギャグがしたくて勢いで作ったから)


そんなこんなで、俺は美神さん所に厄介になることになったのだ。

しかし、それはなかなかハードな展開だった。

俺の霊障体質の改善にかかる費用は5000万と言っていたが、横島師匠が俺の世話をすることで、1000万に減額になった。………それでも1000万円だぞ。

そんな金は俺はもちろんのこと、比企谷家にあろうはずもない。

そこで、守銭奴美神さんの提案で、俺は美神令子除霊事務所でアルバイトすることになったのだ。

アルバイト料から返済していく事になる。

しかし、ゴーストスイーパー事務所にアルバイトとなると色々と制約があるのだ。

本人の意思だけでなく、未成年である俺は親の許可が要るし、各種役所にも届け出もおこなわないといけないのだ。

もちろん親はその案を喜んで受けた。ただ……小町だけは不満そうだった。

 

因みに俺の今の時給は1800円だ。その内の1000円が返済に消えていく。

結構良い金額と思ってる連中がいたら殴りたい。

ゴーストスイーパーのアルバイトは過酷だ。命が幾つ有っても足りないと思えるほどだ。

幽霊、妖怪、悪霊なんでもござれだ………

この金額はGS登録業者の最低賃金らしい。過去に不当な賃金でGSやGS見習いを雇っていた業者や、正当な報酬を受けずにタダ同然でGS依頼を受けていた業者がいたために、法改定がなされた結果なのだそうだ。

因みに、不当な賃金で雇っていた業者とは……美神さんの事だそうだ。しかも雇われていた人は横島師匠。………時給250円だそうだ。GS云々の前に東京の最低賃金余裕で割っているのだが……まさしく守銭奴。まあ、雇われる方も雇われる方だと思うのだが………どうせろくな理由じゃないことは分かりきっている。

さらに、正当な報酬を受けずにという業者は美神さんの師匠なのだそうだ。俺も数度会ったことがあるが、頭と一緒で幸薄そうな顔をしてたな。

 

俺は霊障体質の改善とアルバイトのために美神令子除霊事務所に通うことになるのだが………

その霊障体質の改善は結構難しいらしい。

一番なのは、自らの霊力をコントロールし抑えることなのだそうだ。

俺は事故により後天的に霊能力が開花し、霊障体質になってしまったようなのだ。

これは、後天的に霊能力が開花した時に霊気・霊力量が多いと、稀になる症状だそうなのだ。

霊力のコントロールがろくすっぽ出来ないのに、多量に霊力を生み出すものだからダダ漏れになり、それに惹かれて、雑霊が集まってくるらしい。最悪悪霊や悪魔を呼び寄せてしまうとのこと……

そうなる前に、美神さん達に出会ったのはラッキーだったとも言える。

 

というわけで俺は、霊障体質を改善すべく霊力コントロールを物にするために横島師匠から教えを受けることになったのだ。

これが、俺と横島師匠が師弟関係となったきっかけだ。

 

俺はこの事務所のアルバイターとなって1年経ったある日、キヌさんに聞いてみた。

よくよく考えるとあの守銭奴の美神さんがあの場でよく俺を受け入れたんものだと……アルバイトの提案等をしてくれ親身に対応してくれたのには、疑問があったのだ。

なぜ?受けいれてくれたのか?…………

簡単な話であった。元々俺を受け入れるつもりだったのだ。……意地っ張りな美神さんはあんな言い方しかできない。それで、わざわざキヌさんと横島師匠がああ言ってなだめ、渋々という形に持っていったのだ。………いわゆる儀式みたいなものだ。

でも、なぜ元々俺をという疑問が残る。

仕事前に美神さんは必ずタロットカードによる占いをする。その予知はほぼ確実。

それで、出た予知は……その日に出会った困ってる人を助け、友好関係を結ばないと将来大きな金を失い破滅することになると出たそうだ。その予知が出た時の美神さんはこの世の終わりの様な顔をしていたんだと…………

美神さんらしいと言えば、美神さんらしい…………

まあ、そのおかげで俺はこうして、今は霊障に悩まされずに生活ができているのだから………ありがたいことだ。

 

それよりも、キヌさんは気になることを言っていた。

あの横島さんが男性の比企谷くんの面倒を見ることに、あまり文句を言わなかったと………

確かにそうだ。

あのスケベが服を着ているような男が何で俺をすんなり弟子にしてくれたんだ?

……いくら考えてもわからん。そのうち聞き出すか。

 

 

俺は出会った頃の事を思い出しながら、二階の廊下掃除を終わらせる。

 

 

 

掃除を終えた俺は美神さんに事務所に呼ばれる。

美神さんは何時もの所長席に座り、その横でキヌさんが紅茶を入れていた。

 

因みに俺が下の名前で女性を呼ぶのは小町以外では、キヌさんが初めてだ。

彼女は俺にキヌ(絹)の名前で呼んでほしいと言っていたのだが、俺は氷室さんで通していたのだ。

気恥ずかしい上に、勘違いしそうになるだろ?

そのうち、「比企谷くんと仲良くしたいのに」と涙目で訴えられ……俺は折れるしか無かった。

………聖母の涙、悪い事をしていないのに、こちらが100パー悪い気がしてくるのだ。

 

床の上で、簀巻きになった横島師匠が涙を滝のように流しながら転がっていた。

 

「シクシクシク、仕方がなかったんやーー」

何時もの事だ。

 

「まだ言うか!!」

美神さんは横島師匠をゲシゲシと踏みつける。

 

 

 

「まあ、いいわ。今日の仕事だけど、こっちの案件は私とおキヌちゃんとで行って来るから、比企谷くんは横島くんとそっちに行ってきて」

一通り制裁を行い気が済んだ美神さんは床に簀巻きで転がる横島師匠をよそに、俺に机越しに話を進める。

 

「ちょ、師匠と二人っきりですか?」

 

「そうよ。横島くんが問題起こさないように見張ってね」

 

「まじですか……」

横島師匠と2人で行くとろくな目に遭わない。

 

「君のバイト代だってバカにならないのよ!厚生労働省かなんだか知らないけど!かってにGS(ゴーストスイーパー)登録業者の最低賃金なんか決めて!!従わないと業務停止とか、ありえないわ!!保険料だってバカにならないってのに!!」

美神さんは徐々にエキサイトする。

 

 

時給1800円でも割に合わないと思うのは俺だけ?……もう1年以上経ったからもうちょっと上げて貰ってもいいんじゃないでしょうか?

 

 

そんなこんなで、俺は簀巻きにされた横島師匠を開放し……除霊の準備をする。

俺は美神さんから転送された依頼書ファイルをタブレット端末で確認。

「プールに居座っている妖怪の退治か…………ランクDまあ、楽な仕事かな?」

 

「プーーーール!?そ、それは何処だ~!!」

 

師匠は先程までぐったりしていたが、急に元気になって、俺からタブレットをふんだくる。

 

「水着の姉ちゃん達が僕を待ってくれてる!?水着見放題のナンパし放題!?なんて素晴らしい依頼なんだ!!」

 

「ちょ、師匠それ…………」

 

「八幡~先に行ってるぞ~」

そう言って横島師匠は脱兎のごとく走り去ってしまった。

 

「………車で行くんじゃなかったのかよ………まあ、あの人、スケベが絡むと車より速く走れるからな…まったく人間かよ……って俺はどうする?………チャリか………まあ、どうせ現場いったらやる気なくなってそのへんで茶でも飲んでんだろ」

きっとやる気無くなってへこたれてる師匠が目に浮かぶ。

今は既に10月だ。屋外プールは既に閉鎖されているしな……水着の女性など居るはずもない。

 

俺は登山用のザックに準備した除霊道具を一杯に詰め、社用車のチャリで現場に急行する。

 

案の定、プールの入口付近でやる気なさそうに座って、缶コーヒーを飲んでる師匠が居た。

 

「八幡!俺をだましたな!?水着のねーちゃんなんて何処にもいないやないか!」

なぜか、涙をちょちょ切らせながら俺に抗議する横島師匠。

 

「普通分かるでしょう………」

俺は呆れた様に言う。

 

「屋内プールかもしれないだろ?」

 

「だとしても、依頼をこなすのは、閉園してからでしょ普通は………」

 

「はぁ~一気にやる気無くなった。そうだ。八幡が退治しちゃえば、俺は見てるし………」

 

「俺1人すか?」

 

「Dランクだろ?今までだって、何体かは退治してるし、1人でも行けるだろ」

 

「まあ、そうですが……」

 

「今回の依頼は1200万だから、400万以上の札を使うなよ。怒られるのは俺なんだからな」

 

「わかってますって………依頼者には既にコンタクト済みで、勝手にプール園内に入ってよしと………ああなんか居んな」

タブレットで再度依頼内容を確認しながら、俺はプール園内の方を目を凝らして見る。

するとぼんやりと負のエネルギーのようなものが、プールの中に沈んでいるのが見える。

師匠によれば俺は目がいいらしい。霊視ゴーグル無しに同じ精度の霊視が可能だとか。

って言っても、全く実感がない。そもそも師匠自身が霊視ゴーグルなんて使ったのを見たことがない。

 

俺はプール敷地フェンスに結界ロープを張り巡らせ、奴さんを逃げられない様にする。

飽く迄も俺は基本に忠実にだ。美神さんや横島師匠ぐらいになるとDランク程度は、そんな物をすっ飛ばして、一撃で倒してしまうからな。

 

よし……この季節にプールの中に入るのは勘弁してほしいから、彼奴をおびき出すか………

 

俺はプールサイドから、札を取り出す。電撃が封印されている30万札だ。

その札に霊気を送って、プールの水面に叩きつける。

「出てこいよ!」

 

プールに電撃が走り放電する。

 

『ぐわーーー、なんだお前は?…………ん?なんだお仲間じゃねえか』

2m程度のメチャクチャブサイクな妖怪が電撃を受けて水中から現れる。

由比ヶ浜だったらこいつ見たらきっと「きっもー」って言うだろな。

というか何?俺が仲間に見えるってどういう事だ?俺もキモいってこと?

 

「誰がお前の仲間だ!」

 

『その目……ゾンビじゃないのか?』

 

「誰がゾンビだ!……覚悟しろ」

なに、俺の目ってそんなにゾンビに似ているの?くそっ、お前だけには言われたくない。このブサイク妖怪!

俺は心の中でブサイク妖怪を罵りながら再度、電撃の30万円札を水面に叩きつける。

 

『ぐわわわわーーー、何するんだよ~、おいらが何したっていうんだ?』

 

「お前がそこにいる時点で不法侵入なんだよ!」

 

『せっかく静かに過ごせると思ったのに!!夏はこの姿を見た女の子に蔑まれるわ、罵られるわ!ブサイクに生まれたくて生まれたんじゃないんだーーー!!』

 

「………なんかいたたまれない気分になるのだが」

 

『くっそーーーーーお前ももっとブサイクにしてやるーーーーーー!!』

ブサイク妖怪はそう言って口から水鉄砲のように、なんか汚い液を吐いてきた。

 

「うわっ!」

俺はそれをかろうじて避けたんだが………その汚い液が触れた床が溶け出す。

 

「げっ」

 

『ふっはっはーーーー恐れ入ったか』

 

「くそ、器物損壊したら、依頼料が減額されて、美神さんに怒られるじゃねーーか!」

俺は右手に意識を集中させ、六角型の霊気の盾を生み出し、ブサイク妖怪に投げつける。

横島師匠から最初に教わった霊術サイキックソーサーだ。霊気量が比較的多い俺にピッタリの技だ。

 

サイキックソーサーは高速回転しながらブサイク妖怪の頭に深く突き刺さる。

『ぐわわわわわーーーーー』

ブサイク妖怪は相当ダメージを食らったようだ。

 

「チャンスか」

俺は100万円の封印札を取り出す。

 

「悪霊吸引!」

札に霊気を送ると、対象にしたブサイク妖怪が札に吸い込まれる。

指を齧り、自分の血を札の術式に付着させ封印を施す。

大分俺もこの仕事、板についてきたな………

 

 

「ふう~、師匠終わりましたが………あれ?」

 

 

さっきまでそこに居た師匠が居ない………俺は近くにあるコンビニに行く。

横島師匠の行動パターンなど丸わかりだ。

 

横島師匠はやはりエロ本コーナーでエロ本を目をギンギンにして無心に読んでいた。

 

俺は、コンビニの外から、エロ本コーナーの前のガラスを叩く。

 

「うげっ……」

 

師匠は慌ててコンビニから出てきて……

「よくやった八幡。流石は俺の弟子だ」

 

「…………あんた。見てなかっただろ」

 

「あははっ、あれ?そんな事無いぞ…見事だった」

うん、これ絶対見てないだろ……目が泳いでるしな…………

 

「はぁ…ちゃんと封印しましたんで………損害箇所は10万程度、使用資材は消耗品入れて170万。合計180万ってとこです」

俺はため息をついた後に。師匠に結果を報告する。

 

「1200万の依頼で180万の経費か……八幡1人でやったことにすれば、これなら、金一封は出そうだな……まあ、借金の返済に消えるんだけどな………今日は速く終わったし、ラーメンでも食って千葉の自宅に帰るか?」

 

「いや、せっかくだし、師匠、訓練付けてください」

 

「え~~、折角の花金なのに~」

 

 

バカでスケベだが横島師匠は優しい……この依頼をオレ一人でやらせたのも、借金返済の足しになるだろうと思ったからだろう。

それに、なんだかんだと、訓練やらを面倒くさそうにするが、ちゃんと付けてくれる。

 

 

「八幡~~、金一封出るし~お姉ちゃんのいる店行かない?」

 

「……………」

優しい…はずだよな…きっと……




八幡の現在の能力
霊気量:多め
霊視:得意
各種霊具の扱い:○
術サイキック・ソーサー
その他不明

因みに横島の今の所
八幡を教えられるぐらいの霊能力の知識(多分美神ゆずり:総合的にレベルアップしていると思われる)
車より走るのが早い。
車の免許を持っている(多分)
スケベ(変わっていない)
バカ(変わっていない)
回復力:化物(ギャグ補正)



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④タロット占いと始まり

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

早速の四話です。

それとタイトルの「やはり俺は〇〇の弟子になるのは間違っていた。」の〇〇の部分はいい案が思いつかずにこんな感じに。

〇〇候補で
変態 横島忠夫 師匠 変態師匠とか考えていたんですが、なんかしっくり来なくて。
なにかいい案があればご協力ください。
最終的に〇〇のまま行っちゃうかもですが……


週明けの学校。

5限のホームルームの時間。

クラスの連中は喜色の声を上げ騒いでいる。

秋の修学旅行の班分けや係決めを行っているのだ。

俺は班など既に決まっている。

そう、班分けを行った後に、人数が足りない班に強制的に入るからだ。

だから、俺は特に何もしなくていい。

 

しかし……

「八幡!僕と一緒の班になろうよ!」

天使、いや、戸塚が俺の席に来て、こんな事を言ってくる。

しかも、首を傾けながらだ!なんて破壊力だ。

 

「あ、ああ」

俺はこう言うしか無かった。仕方ない、戸塚だし。うん。

 

その後結局俺と戸塚は、葉山のイケメングループに吸収され、葉山、戸部、大岡、大和、戸塚、俺という6人の班となった。

まあ、こいつらのことだから、何時もつるんでる女子の三浦達の班と合流するのだろうがな。

因みに、三浦の班は、三浦、海老名、由比ヶ浜、川崎の4人だ。

 

まあ、こいつらのことだから、全校の嫌われ者の俺が班にいたところで、影響はないだろう。

葉山のイケメンパワーと三浦の女番長パワーで俺の悪評程度。余裕で相殺できる。

それに戸部以外、俺の事をとやかく言う奴はいない。というか興味がないだろう…それでなくとも、俺は集団の中でも1人になれる才能があるから特に問題ない。

 

 

 

 

放課後。何時も通り奉仕部にゆったりとした足取りで向かう。

奉仕部とはボランティア部とは異なり、部長の雪ノ下曰く、エサを与えるのではなくエサのとり方を教える部なのだそうだ。

要するに、悩みの解決そのものをするのではなく、自分で解決できるよう手助けを行う部だ。まあ、簡単に言えば悩み相談所みたいなものだ。

部長の雪ノ下雪乃、部員は俺と由比ヶ浜結衣の同学年の3人だけの小さな部だ。

俺は入りたくて入ったわけじゃない。生活指導の平塚先生に今年の4月に強引に入れさせられたのだ。

最初は居心地が悪かったが、今はそうでもない……と思う。

 

 

「こんにちは、比企谷くん」

 

「うっす」

 

雪ノ下雪乃は奉仕部の教室窓際の椅子に座り、何時ものように姿勢正しく猫模様のブックカバーの本を読んでいる。それが何故か様になっているのだ。

 

俺は雪ノ下と真逆の廊下側の椅子に座り、鞄を置く。俺も本を取り出して読む。

俺も本は好きだ。もちろんラノベもな。ただ今日は美神さんに借りたタロット占いの本を読んでいる。

タロット占いは素人がやればただの遊びだが、ちゃんとした術具としてのタロットカードを用いて霊能力者が実施すれば予知になる。

まあ、予知に関する霊的センスがかなり必要なのだが。美神さんが行うとその予知はほぼ100パーセントなのだ。

因みに横島師匠はこのへんはてんでダメらしい。

美神さん曰く、俺自身、自分の霊的センスがどんなものかを把握するためにも、色々な物に手を出してやってみる事が大事なのだそうだ。

 

「やっはろー」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

「うっす」

 

由比ヶ浜結衣がいつもの変な挨拶をしながら、部室に入ってくる。

 

何時もは雪ノ下の直ぐ隣の椅子に座るのだが、何故か俺の方にやってくる。

「ヒッキー、修学旅行楽しみだね。ヒッキーも隼人くんの班だから、一緒に回れるね」

 

「お、おう。そうだな」

由比ヶ浜は俺の事をヒッキーと呼ぶ唯一の奴だ。あだ名のセンスは独自性過ぎてこいつしか使わない。因みに雪ノ下の事はゆきのんと呼んでいる。

男の俺にも距離感がおかしい。今もそうだ。一々ボディタッチをしないと話が出来んのかこいつは、なんかいい匂いするし、勘違いするだろ。

 

「ヒッキー何読んでるの?」

由比ヶ浜は俺の後ろから肩越しに顔をだして、俺の読んでるタロット占いの本を見る。

由比ヶ浜さん……あの、柔らかいものが2つ背中に当たってるんですけど………無心だ。ここは無心だ。というかやめてくれー

 

「あーー、知ってるこれ!占いのトランプだ!」

 

「タロットカードな」

相変わらず頭は残念な子である。

 

「比企谷くんタロット占いに興味でも?何を占うのかしら、将来についてなら貴方の未来は占うまでもなく無職か刑務所行きよ」

雪ノ下は俺に対しては容赦がない。最近わかってきたが、これがこいつのコミュニケーションのとり方らしい。俺じゃなきゃ泣いちゃうぞ。

 

「おい、無職はいいが、刑務所ってのはなんだ?」

 

「……ヒッキー、無職はいいんだ」

 

「まあな、専業主夫と名前を変えればいいだけだからな」

 

「そんな事を恥ずかしげもなく、誇らしげに言えるわね。あなた」

雪ノ下は頭痛がするがごとく額を抑える。

 

「でも、占いって楽しそう!チョット待ってね」

由比ヶ浜はそう言って、パタパタと部室を出て行く。

 

「あなた、本当に本なら何でも読むのね」

雪ノ下は呆れた様な口ぶりで言う。

 

「ああ、これの事か、まあな、その時その時に気になった本を片っ端からな。興味がなくなってから読むのは辛いだろ?」

今回に関しては言い訳だが、何時もはそんな感じで本をチョイスしてる。

 

「確かに、そうかも知れないわね」

雪ノ下は珍しく俺の意見に同意した。

 

 

「ゆきのん!ヒッキー!タロットカード借りてきた!占いやろ!」

由比ヶ浜は楽しそうに部室に戻ってきた。

 

「そうね。依頼も無いことだし、幸薄い比企谷くんの将来を占って上げましょう」

 

「え?マジで」

なに、マジでやるの?二人共結構乗り気だぞ。まあ、遊び程度だからいいか練習にもなるしな。

 

「じゃあ、ヒッキーよろしく!」

 

「俺がやるのかよ……」

まあ、そうなるわな。

俺は由比ヶ浜からタロットカードを受け取る。

?………これ、霊気が宿っているぞ、カード内に術式があるんじゃ……本物じゃないか?

 

「……由比ヶ浜、これ誰に借りてきた?」

 

「平塚先生!宿直室で、これを見て泣いてた!」

……恋愛運を調べてたな、どっかの怪しい露天とかで高額できっと手に入れたんだろう。

しかも、いつも絶望的な結果が出るのだろう。占いに頼る前に、私生活をなんとかしろよ。

雪ノ下もそれを聞いて呆れた様な表情をしていた。

 

「じゃあ、ヒッキーの将来を占ってみよう!」

 

そんじゃ、まあやってみるか…………

 

死神のタロットがでる。

「うわ、なんか不吉そう」

由比ヶ浜が顔を顰める。

めちゃ不吉だ。

 

その後もカードを開く。

「どういう解釈なのかしら?」

雪ノ下もなんだかんだと興味深々だ。

 

 

「正位の死神のタロット…………西に気をつけるべし、近々西遠方に行けば不幸に見舞われる。最悪死」

俺は占い本を読みながら結果を読む。

なにこれ、死ってなんだよ。俺絶対西に行かないぞ。

 

「死…西って、ヒッキー………」

由比ヶ浜が心配そうに俺を見つめる。

 

「西に行かなきゃいいだけだ。まあ、占いなんて当てずっぽだしな」

 

「あなた、まさか知らないの?月末の修学旅行は京都よ。ここから丁度西の方角よ」

 

「はぁ?まじかよ」

 

「呆れた。自分が行く修学旅行先も知らないなんて」

 

「ヒッキーどうしよう?」

 

「まぁ、所詮は占いだ。関係ない」

と、俺は言いつつも、このタロットカード本物なのだ。俺は内心焦る。俺の予知センスが無いことを祈るばかりだ。

 

「そうね」

雪ノ下は平然としていた。

興味はあるが、信じていないのだろう。

 

 

「なんか、嫌だな~、じゃあ、気を取り直してヒッキーの恋愛運!」

 

「まだやるのかよ」

 

「いいじゃん。いいじゃん、次はきっといいこと有るって」

 

そう言って、俺の恋愛運を占う。

 

結果をタロット本を見ながら由比ヶ浜が読み上げる。

「女性に鈍感な貴方は将来、沢山の女性を泣かすでしょう。近々長い黒髪を下ろしている方と急接近するかも…………………」

 

なに!?キヌさんは確かに長い黒髪をストレートで下ろしている!!まじか!!………聖母と急接近!?恐れ多いが………俺にも春が!?……なわけないか、この占いが当たると、西の遠方、修学旅行の京都で死んじゃうかもしれないしな。

 

由比ヶ浜は無言で、雪ノ下を見ていた。

 

「え?」

雪ノ下は顔を赤らめている。

 

ん?なんだ。

 

「しょ、所詮占いよ。当たるわけ無いわ。そもそも比企谷くんが恋愛なんて出来る高尚な生き物ではないわ」

雪ノ下は顔を赤らめ、まくしたてるように言う。

なんで、そこで俺をディスるんだよ。おまえは……

 

 

「ちょっといいかな」

「チースッ!」

そこにイケメン葉山隼人と戸部翔が奉仕部に現れる。

なぜここにって?奴らは依頼に来たのだ。

 

内容は至ってシンプル。

戸部が海老名さんと付き合えるように協力してほしいということだ。

 

俺の意見はNOだ。

雪ノ下もNOだっただが、由比ヶ浜がどうしてもやりたいということで、受けることになった。

 

因みに、その後、戸部の恋愛運をタロットで占ったんだが………

脈なし、諦めたほうがいいと出た。

 

まじ、やめたほうが良いんじゃないか?

 

 

後日になるが、海老名が奉仕部に訪れて、謎の言葉を残して帰っていった。

いったい何だったんだ?

 

 

 

奉仕部で占いを行った二日後、美神さんに呼び出しをくらい。

奉仕部を休み。美神令子除霊事務所に向かった。

平日の急な呼び出しは珍しい。何か人手がいる緊急案件か?

 

 

何故か事務所の応接ソファーに座らされた。

俺の前には美神さん、その横にキヌさん。俺の隣には横島師匠だ。

なにか、何時もと雰囲気が違う。

 

「どうしたんですか?急に呼び出しなんて」

 

「比企谷くん、私達のところに来て、もうそろそろ1年半よね」

 

「はい、お世話になってます。……もしかしてクビ!?借金もまだ返してないですよ!」

俺は焦る。この切り出し方はクビではないかと、いやいやいや、俺は失敗していないはず。

横島師匠の面倒をみているから、貢献してるまである。

 

「落ち着きなさい。そうじゃないわ。君は意外と使える奴だと思っているわ」

 

「はー、じゃあなんでしょうか」

良かった。ここをやめさせられたら、あの高額な借金なんて返せない。

ん?もしかして、今なにげに褒められた?美神さんがこんな事を言うとは、なにこれ、嬉しいぞ。頑張ってやって来たかいがあったということだ。

 

「10月22日のGS資格試験に出なさい!これは業務命令よ。既に登録は済ませ、親御さんの許可は得たわ」

 

「え?」

なにそれ、最早逃げ道が無いんですけど……あの両親どもめ、勝手なことを!なんか小躍りしながら許可出してる姿が容易に想像出来るぞ。

 

「GS試験は二次試験でベスト16に残れば、晴れてGSの資格が手に入るわ。一次試験はペーパーと簡単な能力判定試験。二次試験は受験生同士の試合よ」

 

「ちょ…」

 

「君は横島くんの弟子にってことになってるけど、私の弟子でもあるわ。必ず合格しなさいトップでね!この美神令子の名に泥を塗るようなことだけはゆるさないわ」

 

「比企谷くん。頑張ってくださいね」

 

「八幡なら、大丈夫だろ。あん時の俺よりも出来るしな」

 

「まじですか」

美神さんもキヌさんも横島師匠も俺を励ましてくれた。

いや、なんか認められた気がして嬉しいんですけど、というかなにげに美神さんの脅しが恐ろしいんだが。

 

しかし、俺で大丈夫か?

GS資格は年に2回行われる超難関資格の一つだ。国が実施する国家試験。実際に悪霊や霊や妖怪と戦うのだから、それなりの実力が必要なのだ。しかも、法律も色々ややこしい、ペーパー試験も難しいはずだ。

この試験のための予備校や専門学校が有るぐらいだ。

しかも、専門学科がある高校があったりする。因みにキヌさんは有名女子校の霊能科に通っている。

でも、俺は普通の高校に通い、この事務所しか知らないから、自分の実力がどれほどなのかは、正直わからない。

………横島師匠も普通の高校に通いながら、GS試験に合格したと言っていたな。ペーパー試験を通るぐらいだから、きっと学校の成績も良かったのだろう。そうはとても見えないが。

 

「頑張らせてもらいます」

俺はGS資格試験を受けることになった。因みに修学旅行の三日前だ。

怪我して、修学旅行に行けないと言う落ちはなかろうか?

 

「資格試験の試合は横島くん、最近のはおキヌちゃんが詳しいから、ペーパーはおキヌちゃんから教えてもらいなさい」

美神さんはそう言って、ソファーから立ち上がり、元の社長席に戻っていった。

 

「まあ、いつもどおりの八幡だったら余裕だろう。対人戦闘の訓練ぐらいは付き合うか」

そうなの?……確かに対人戦闘なんて行ったこと無い。横島師匠が訓練で相手してくれるぐらいだ。

 

「比企谷くん、私も1年半前に合格したばかりだし、筆記試験の内容はそれ程変わらないから、一緒に勉強しましょう」

流石聖母キヌさん。もしかして二人っきりで勉強?……やばい、今日の占いを思い出した。『近々長い黒髪を下ろしている方と接近』もしやこれの事か?

 

 

美神さんが所長席から声を大にして、俺に言う。

 

「そうそう、比企谷くん。私の占いで、西遠方に要注意って出ていたわ。死ぬほどきつい目にあいそうだから行かないほうがいいわよ。最悪死んじゃうかもね」

 

 

え?まじで………




今後の予定
GS試験編
京都修学旅行編


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【一章】GS資格試験編
⑤GS一次試験開始


感想ありがとうございます。

俺ガイルの設定や主要人物についての説明を、各話に入れ込み直しました。
小町⇒妹の小町
奉仕部とは………云々の説明やら……
等々


  



俺はGS資格試験のための訓練や勉強のために、暫く金・土・日と美神令子除霊事務所に泊まりこんだ。

 

キヌさんとの試験勉強は、キヌさんの部屋で行うわけではない。もちろん事務所の応接間だ。

……女の子の部屋に入れるなんてこれっぽっちも期待していなかったぞ、ほ、ほんとだぞ。

すみません。ちょっと期待してました。

 

試験勉強は法律や規定、そして、霊障や妖怪の特性などと、暗記物が多い。

キヌさんは教えるのがものすごくうまい。俺も元々暗記物が得意なのもあって、俺は試験合格レベルまでの学力をつけることが出来た。

これもキヌさんのお陰である。

高給取りの仕事に、優しさに、可愛さを兼ね備え、勉強も料理も出来て、何これ、なんなのこの完璧超人?将来は養って欲しい………。

しかし、それは難しいだろう。キヌさん、横島師匠に気があるのがみえみえなんだよな。

あの変態の何処がいいのだか……謎だ。

確かに、たまに優しいし、強いしな……それでもあの性格だぞ。

 

後は横島師匠と実戦方式の訓練を実施。いままで一本も取れないんだけど……余計に心配になってくる。正攻法は無理だから、騙し打ちとか色々試したんだけど、全く通用しない。

 

たまに、美神さんが暇つぶしに、相手してくれるけど、レベルが違うんだけど………

そりゃそうだよな。美神さんは日本でも数人しか居ない最上級Sランクのゴーストスイーパーだもんな。あのオカルトGメンで有名な西条さんでもAランクだし。Aランクだって日本に三十人も居ないんだ。どんだけ強いんだよ。

そう言えば、横島師匠はどうなんだろうか。知らないな。

まあ、実力的にBかAぐらいありそうだが。

 

 

 

 

 

10月22日遂にGS資格試験実施日だ。

この日は平日のため、俺は学校に休みを届け出て来ている。

専門学校やら、霊能科がある学校と違って俺が通う総武高校は普通の進学校だからな。

 

会場は六道女学院の武道場だ。

因みにキヌさんが通っている学校はここだ。

この学校は霊能者の大家、六道家が経営する霊能科がある超エリート学校なのだ。

 

会場には付添として横島師匠がついてきてくれた。

美神さんは特別審査員で、キヌさんは試験会場スタッフのヒーリング係員なので2人は既に会場入りしているのだ。

 

会場では、美神さんとキヌさんとも顔を合わす機会があり。

「比企谷くん、ちゃんと通りなさいよ!」

「がんばって、比企谷くん。きっと大丈夫だから」

2人の励ましの言葉を貰う。

 

 

会場には500名位の受験生が集まっていた。

日本GS協会の会長であり、六道女学院理事長でもある六道女史の挨拶から始まる。

次は世界機構であるICPO超常犯罪科、通称オカルトGメンの役員兼東アジア統合管理官、美神美智恵さんの挨拶だ。因みに美神さんのかーちゃんだ。この業界でかなりの権力を持っているらしく、今のGS関係の法整備に一役かったのはこのかーちゃんだ。普段は仲がいい親子なんだが、GSに関する思想が全くちがうのか、よく言い争ってる。

この試験で美智恵さんの目に止まった受験者はオカルトGメンにスカウトされるらしい。

受験者は自然と力が入る。GS業界ではオカルトGメンは憧れの職業だからだ。

オカルトGメンと言えば、美神令子除霊事務所の俺の同僚にシロとタマモという俺の一つ下ぐらいの年の女の子達が居るのだが、今はオカルトGメンに出向して、長期出張中だ。まあ、彼女達のことは後々にと……

 

そして特別審査委員の紹介から始まる。

美神さんを始め、GS業界有名どころが名が幾つか上がってくる。

その中には美神さんの師匠唐巣神父の名もあった。

有名どころで言うと土御門なんて名もある。陰陽師の大家だ。

日本でもトップクラスのGSが集まっていた。

少なくともBランク以上の現役の上位ゴーストスイーパー達だ。

 

 

一次試験の筆記試験は、会場から出て、六道女学院の校舎で行われる。

お嬢様学校だけあって、校内は清潔そのものだ。なんかいい香りがするし………

 

キヌさんに教えてもらったかいがあって、筆記試験は余裕で合格した。

合格した者はそのまま会場に戻り、能力判定試験を受ける。

ここでの脱落者は80人ほどだ。意外と少ない。

 

次は能力判定試験だ。

 

20人づつ一列に並ばされ、何かの測定器を持たされる。霊気を放出する試験だ。

あの測定器は霊気を測定する霊具だ。

さらに、試験官が霊視ゴーグルで各々を測定。

測定器で内包する霊気を測り、霊視ゴーグルで霊力の放出量を測るのだろう。

一分間という時間があるから、持続時間も測るのだろう。

 

試験官の開始の合図と共に、受験生は霊力を放出していく。

霊力が規定に満たなかったり、途中で霊気が尽きたりした受験生は番号を呼ばれ、次々と脱落する。

 

俺の前の連中の様子見たのだが………

前の班は大した奴はいなかったが、それでも数人残ったぞ。どのぐらいが合格ラインなんだ?

 

 

次は俺の番か。

まあ、霊気コントロールは横島師匠のお陰でかなり物になってるし、元々の霊気量もそこそこあるらしいから大丈夫だろう。

どの程度が合格ラインかわからないから、強めに霊力を放出するか……

 

試験官から開始の合図がかかる。

 

ん?……なんか試験官がざわめいているぞ………周りの奴は何で俺を見るんだ?

なんか、試験官が驚いているな……すごい奴でも居るのか?

 

「し、終了!」

 

俺は番号を呼ばれなかったから、これで合格だな。一応これで一次試験終わりか……

問題は午後からの二次試験だな。

正直これが一番不安だ。結局訓練試合で横島師匠にも美神さんにも一本も取れなかったし……

 

?なんで試験官も受験生も俺を見るんだ?知らず知らずになにかやらかしたか?

俺は妙な視線を感じながらも、1回関係者観戦席に居るはずの横島師匠の元に駆けつけるが…………やっぱいない。

 

しまった!ここは女子校だ!あのドスケベがじっとしているはずがない!!檻の中の羊の群れに猛獣を放り込むのと同じだ!!

しかし、あの美神さんがそれがわかってて、付添とは言え、何の策も無しに横島師匠をここに野放しにするわけがないような……

 

俺は取り敢えず会場の外へ女子学院の敷地にでて横島師匠を探しに行こうとしたのだが……

 

「ぎゃーー!!ぐぼべーーー!!お助けーーー!!ぼほーーー!!」

聞き覚えがある叫び声が聞こえるのだが………

 

叫び声の方向に、見るからに強力な式神達に揉みくちゃにされている横島師匠が居た。

 

「え?あれ、死ぬんじゃない?え?何あの式神一体一体超強力なんだけど?え?なんであんなことに?」

 

よく見ると、その式神達超見覚えがあるんですが………間違いない。六道冥子さんの式神だ。

美神さんの親友で、次期六道家当主六道冥子さん。十二神将という強力な式神を操る式神使いだ。因みにここの理事長の娘さんだ。

 

なるほど、美神さんは横島師匠の監視を六道冥子さんに頼んだのか。

あっ…死んだ……横島師匠は式神達の間でピクリとも動かなくなっていた。

 

しばらくして、美神さんとキヌさん、ボロボロの横島師匠と女学院内の喫茶店で昼食をする。

横島師匠は白目向いて、テーブルに倒れ込んでいる。

何時もなら直ぐ復活するのだが、ボロボロのままだ。流石は六道家の式神だ。師匠をここまで痛めつけるとは………いや、あれで死なない師匠がすごいのかもしれない。

 

「一次試験通過おめでとうございます。比企谷くん」

 

「キヌさんに試験勉強手伝ってもらったお陰です」

 

「比企谷くん、次からが本番よ。でも今回はラッキーかな、大した奴はいないわね。まあ、気をつけた方が良いのは、土御門家のあの子ね。彼女分家の子らしいけど……たしか、土御門陽乃だったかしら」

 

「土御門陽乃?え?彼女って……女性とも戦わないといけないんですか?」

 

「当たり前よ。霊能者に男女は関係ないわ。それでも今は昔にくらべて大分ルールは緩くなったほうよ」

 

なんか何処かで聞いたような名前だが……土御門っていや、陰陽術の大家だよな………彼女って女かよ。!?そう言えば、二次試験の試合は男女関係ないって事は女とも当たるのかよ

 

「八幡!女の子と試合するのか変わってくれ!」

横島師匠は女と聞いてビヨーンと起き上がり、怪我も回復し復活した。

 

「あんたは黙ってなさい!」

美神さんの肘打ちが横島師匠の脳天に炸裂し、そのままノックダウン。

 

「昔はルール無用の全力で試合してたから、この試験で死人なんてことはザラにあったけど、今は致死性の呪いや、即死攻撃は禁止されているわ」

 

「私達の代で規定がかわったんです」

キヌさんが美神さんの説明をフォローする。

 

「なにそれこわ!」

なにその野蛮な設定、何処かの世紀末?つくづくこの時代に生まれてよかった。

 

「ただ、それでも不慮の事故は起こるものよ。十分気を付けなさい。後、相手が女だからって躊躇しない。君は変なところで融通が効かないから。もし女で相手の方が力量が上だったらどうするの?」

美神さんはなんだかんだと言って、俺に的確なアドバイスをくれる。

 

「はぁ、肝に銘じます」

女性に手を上げるのはちょっとな、女性と当たらない事を祈るしかないか。

 

 

午後から二次試験開始だ。

 




というわけで、意味深な名前が出てきました。
次回は二次試験です。


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⑥二次試験開始と再会

感想ありがとうございます。

二次試験ですね。


 

午後からの二次試験が始まる。

ルールは実戦形式で受験生同士の一対一での試合だ。

武道場の特殊な結界の中で行われる。直接の物理攻撃が無効になる結界だ。

霊気が通った霊具や霊力でしか相手にダメージが与えられないのだ。

通常の銃弾やミサイルは効果を表さないらしい。まあ、それでも、過度な火力だと結界は破けるらしい。例えば、対戦車ライフルとか……まあ、そんなもの持ってきた時点で銃刀法違反でしょっ引かれるんだがな。

二次試験合格者は84名4ブロックトーナメント制だ。広々とした武道場の4面を使いA~Dブロックそれぞれで試合が行われる。

最大7試合、シードに選ばれれば6試合勝てば優勝だ。

合格ラインはベスト16まで勝ち上がること。最大4試合。シードに選ばれれば3試合勝てば、晴れてGS資格免許がもらえるのだ。

 

因みに俺はDブロックのシードに選ばれた。なぜシードに選ばれたのかはわからないがラッキーだ。3試合勝てばGS免許取得と面目が立つ。

 

俺はDブロックの試合場に足を運んでいると不意に後ろから声をかけられる。

 

「あれ~、比企谷くんじゃん。やっほー」

 

何処かで聞いた声だが、俺に美神さんや横島師匠の関係者以外GS関係者は知らないはずだ。

ましては同じ受験生などには……

 

そう思いながら振り返ると、そこには純白の式服(陰陽師が着る服)を着た美女が人懐っこい笑顔をこちらに向けていた。

 

「………ゆ…雪ノ下さん?」

何時ものおしゃれな服装とは異なり厳かな雰囲気を醸し出していたため、一瞬誰だかわからなかったが、彼女は雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃の姉だ。理系大学の2年で俺が通う総武高校のOBでもある。そして地元に多大な影響力を持つ雪ノ下建設の社長令嬢だ。なんだかんだと、雪ノ下(雪乃)との絡みで、数度会っていた。

美人で人懐っこく、誰にでも好かれ、文武両道、大凡すべての理想を詰め込んだかのような女性だ。

ただ俺はこの人が苦手だ。この人懐っこい笑顔は裏の顔を隠すための外面の仮面だ。腹の中では何を考えているのかさっぱりわからない。笑顔の奥の目には、人を観察し人の思考を読み。まるで人を飲み込むような仄暗い光が射しているように見える。

俺の霊感もこの人に会う度に危険信号を発していた。

しかしなぜここに………いや、その格好でここに居るということは……まさか……

 

「比企谷くんって霊能者の家系の人だったっけ?あれ?おっかしいな~」

 

「違いますよ。たまたま、縁があってここに居るだけです。雪ノ下さんこそ何でここに?」

……やはりか、俺の家の事は全部調べ済みってことか……まあ、ヤンデレシスコンのこの人の事だ。雪ノ下(雪乃)の関係している人間は全員調べてるだろう。しかし、よく俺のバイト先がバレなかったな………

 

「え?わたし?ひ・み・つ!」

陽乃さんは俺の唇に人差し指を当てる仕草をする。

一々あざといんだよ。

 

『Aグループ二回戦第一試合12番・38番前に』

 

「あっ、私呼ばれちゃった。また後でね~比企谷くん。このことみっちり聞いちゃうんだから」

陽乃さんはウインクしながら、試合場へ掛けていった。

 

『Aグループ二回戦第一試合12番、土御門陰陽道所属、土御門陽乃。対、38番、丸中霊能専門学校所属、山田太郎』

 

会場は土御門の名前が呼ばれざわめく。

 

な!?土御門陽乃だと……どういう事だ。

それだけでも、俺は驚いたのだが試合内容にさらに驚愕だった。

試合開始からたった4秒だ。4秒で試合が終了した。

 

会場は驚きやら感嘆の声が上がる。

 

相手は氷漬けになり、戦闘不能で医療室行きだ。

なんて力だ。しかも容赦がない。

 

しかし、同じグループで無くてよかったな……あれに勝てる気がしない。

美神さんが要注意と言っていただけはある。

 

『Dグループ二回戦第二試合245番・336番前に』

 

336番、俺の番か……今は陽乃さんの事は忘れよう。目の前の試合に集中だ。

 

『Dグループ二回戦第二試合245番金成木GS専門学校所属、酒田金太。対、美神令子除霊事務所所属、比企谷八幡』

 

会場が陽乃さんの時と同様、ざわめきが起こる。

会場のあちこちから、「美神令子の弟子かよ」「あの冴えない奴が美神令子の弟子?」「さっきの霊力試験ですごかった奴か」などと聞こえてきた。

あれ?もしかして俺って注目されてる?そりゃそうだよな。よく考えなくてもそうだ。普段実感わかないが、日本最高峰のGSのあの美神令子の弟子なんだよな。まったくもって実感わかないが。実際は横島師匠の弟子だし……まじ無様な試合でもしたら美神さんにぶっ殺されるかも………なんか緊張してきたぞ。

 

『試合開始!』

 

げっ、考えてる間に始まった。えーっと。ルール的には100万までの札が使えるけど、使ったらバイト代から削られそうだしな。

あんま得意じゃないけど………

 

俺は腰に吊り下げている神通棍を手にとり霊力を注ぎ込み起動させ、一気に相手に迫る。

相手は慌てふためいて、なんか爆破の破魔札を投げようとしていたが遅い。

 

俺は相手の後ろに回り込み、構えたまま、神通棍を相手の首筋に突きつける。

 

「ま、参った」

相手はあっさり降参する。

 

周りで歓声が上がる。

 

なにこの手応えのなさ、この前のブサイクD級妖怪より弱いんだけど。

 

俺は釈然としないまま一礼して、Dブロック試合場を後にする。

 

眼の前には陽乃さんが立っていた。

「やるじゃん比企谷くん。でも、君があの美神令子の弟子ね。どうやってなったの?お姉さんの情報網ではそんな話はなかったのにな~」

 

やっぱり調べてやがったか……、しかし何で俺が美神さんとこでバイトしていたことがバレなかったんだ?

 

「知りませんよ。ところで、雪ノ下さんが土御門ってどういうことですか?」

 

「え?わたし?そうね。隠すようなことじゃないし。雪ノ下は土御門の関東における遠い分家筋なの。稀に私みたいなのが出るのよね。それで、陰陽師を名乗る時は土御門なのよ。この服ダサイから嫌いなんだけど。土御門の伝統だからってね」

そういう事か……遠い分家筋の雪ノ下家自身陰陽術を脈々と継いでるわけではないと言うことか……分家筋で才能のある人間が現れると本家が育てるわけか。

 

「雪ノ下は……」

 

「もちろん。雪乃ちゃんはこの事は知ってるわよ。あの子にとっては嫉妬の対象にしかならないけどね。安心して、雪乃ちゃんは違うわよ。全然才能がないから」

陽乃さんはあっけらかんと言う。

 

「…………」

 

「ところで、どうやってその力を得たの?生まれつき?それに美神令子の弟子にどうやってなったの?お姉さん知りたいな~」

 

「さあ?」

 

「あ~あ、そんな連れないこと言うんだ。いいんだ。雪乃ちゃんに言いつけてやる。比企谷くんのことだから、雪乃ちゃんにこのこと秘密にしてるんでしょ?」

陽乃さんは外面の笑顔でこんな事を言ってくる。

くそ、この人のペースだなこれは……

 

「はぁ、わかりましたよ。偶然後天的に霊能力が発現したんですよ。美神さん所にお世話になったのも偶然が重なった結果です。正確には俺は横島忠夫の弟子ですけど」

 

「ぷっ!横島忠夫?あのセクハラで有名な?確か彼も美神令子の弟子だったわね。力量としてはあまり業界では有名じゃないけど」

笑いながら言われたぞ。やっぱそうなんだ。スケベで有名なんだな横島師匠。弟子として泣けてくる。

しかし、力量で有名じゃないってどういう事だ?横島師匠はかなり強いと思うぞ。

なんだかんだって、オカルトGメンの西条さんや美神美智恵さんからも頼られているようだし。A級ランクの小笠原エミさんだって、仕事手伝わすために、たまに色気使って横島師匠を連れて行くぞ。

 

『Aグループ三回戦第一試合 12番、45番前へ』

 

「ああ、もう呼ばれちゃった。比企谷くん、準決勝か決勝で会いましょうね」

陽乃さんは笑顔で手を振って行ってしまった。

 

『Dグループ三回戦第一試合 336番 442番前に』

 

今は考えても仕方がない。眼の前の試合に集中だ。

 





遂に出ちゃいました。はるのん。
色々と謎が多い横島くんですがそのうちにということで………お待ち下さい。


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⑦二次試験はトントン拍子

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

このシリーズまだ、始まったばかりなのです。
徐々に色々な設定や、キャラを小出しにする予定なので、しばしお待ちを………
特に横島くん関係は………

というわけで、今回はモブ子さんと勝負です。
要するにつなぎ回です……はい……



 

 

俺は二次試験三回戦、四回戦と、あっさり勝利した。

これで晴れてGS資格が得られたのだが……釈然としない。

今までの、試合の相手があまりにも手応えがなさすぎる。

俺はラッキーだったのか?

 

 

『Dグループ決勝、336番、355番前に』

 

俺はそんな疑問を持ちながらDグループ決勝へと駒を進める。

これに勝てばベスト4だ。

 

『Dグループ決勝、336番、美神令子霊能事務所所属、比企谷八幡 対、モッフル霊機㈱所属、安藤安美』

 

とうとう女性と当たってしまったか……怪我させないようにしないとな。降参してもらえるようにするしかないか……

 

「っておい!審判の人!あれなんなんすか!?」

俺は対面に現れた。安藤安美なる女性ではなく………いや、ネズミか犬かわからん2、3頭身の着ぐるみがショットガンを構えながらポムポム歩いてきたのだ!場違いにも程がある!

 

「ん?なんだね君、構えなさい」

 

「ええ?ちょ、あれおかしくないっすか?」

 

「あの着ているもののことかね。霊装だからOKだ」

霊装って……あんなファンシーな霊装なんてあるのかよ!なんか駆動音みたいなのがするし!

 

「いや、なんか機械が動く音がしますよ?ロボットじゃ………それに手に持ってるの思いっきり銃じゃないですか!」

 

「……正式に霊装の許可証があるからOKだ。あの銃は霊符が練り込まれた弾を発射する銃だからあれもOKだ」

なにそれ、許可があれば何でもいいのか?霊符が練り込まれた弾だといっても、銃は銃じゃねーか!

 

「まじ?」

 

 

『試合開始!』

 

ドゴーン!

 

「うお!?………」

俺はそのわけがわからん着ぐるみロボットから発射されたショットガンの弾をかろうじて避けたんだが…………避けた先の床には複数の弾がめり込んでいる。

 

「モノホンの銃じゃねーか?そんなんありかよ!?」

 

「あは!?避けたらダメ。避けたら試験にならないじゃん!」

着ぐるみロボットから可愛らしい女の子のような声がスピーカー越しのように聞こえてくる。

しかも何言ってんだ?頭のネジがふっ飛んでるんじゃないか?

 

「そんなもん避けるわ!」

思わず横島師匠ばりのツッコミを入れながら、次々にショットガンをぶっ放してくるのを尻目に、俺は横島師匠のように思いっきり走って逃げる。

まあ、横島師匠の走り方までは流石に真似できないが……俺は普通に走って逃げる。

 

「すばしっこーい!これならどう!?やっちゃんファイヤーー!!あは!?」

今度は口からなんか出てきたぞ!?

 

おい!火炎放射器じゃねーーか!

 

「し、審判!あれ反則!!」

俺は審判にアピールするが……

 

「あれは火炎石を核に使った霊的構造を伴った兵器だからOK」

何?この審判、この着ぐるみロボットの回し者?なんでそんなことまで知ってるんだよ!?

 

「あちっ!」

俺はそれでも、走って避ける避ける避ける。

 

「あたらなーーい!これならどうだ!!やっちゃんボム(手投弾)!!あは!?」

着ぐるみロボットは手投弾をポイポイ投げてきた。

 

「おい!審判!!明らかに反則だぞ!実弾兵器だ!!」

 

「元が起爆符だからOK」

何だそりゃ?………くそっ、確かに霊気が通ってやがる。

効果は普通の手投弾と同じだけどな!

霊的素材や術式がありゃ、なんでも良いってことか!!

 

俺は手投弾の軌道を読みながら、横島師匠バリに縦横無尽に避けきる。

但し、横島師匠のような奇っ怪な避け方は出来ない……というか、師匠は何であんな訳わからない避け方が成立するんだ?普通に避けた方が効率がいい様に思うのだが……

 

「ムーー、当たらない!もう、怒ったぞ!!やっちゃんマシンガン!!あは!?」

着ぐるみロボットの頭がパカっと開いてマシンガンが飛び出し乱射してくる。

 

「おい審判!流石にあれは銃刀法違反だよな!」

 

「銀の弾とザンスカール製のマシンガンだからOK」

おい!?なにそれ、銀の弾ってだけでOKってどういうこと?何、この取って付けたような説明は!?この審判絶対回し者だ!!

 

これは流石に避けきれず霊力を片手に集中させ、霊気で編み出した六角型の盾、サイキックソーサーを展開し何とか防ぐが………

弾数が多いぞ!流石にきつい!

 

と……思ったら、急に銃声が止んだ。

 

「ん!?どうした」

 

「ムーー!ムーーーー!!」

着ぐるみはマシンガンを発射させてるポーズのまま、固まって、微動だにしない。

何やら着ぐるみの中の人が何やら唸っている。

 

まさか…………いや、間違いない霊気が切れたな。

そりゃそうだよな。いくら兵器だからって、霊的構造物や術式を介しているんだ。そりゃ霊力を食うだろ。しかも、あんだけ無尽蔵に弾やら何やらを使ったら、霊力が持つわけがない。

 

「ふーー、勝負あったんじゃないか?」

俺はゆっくり近づく………

 

「ムーーー………自爆!!」

着ぐるみロボットはその場で自爆しようとする。

 

しかし、試合場の物理攻撃を無効化する結界に阻まれる。どうやら自爆装置は霊気関係無しの通常仕様だったらしい。着ぐるみロボットは爆発せずにパーツがポロポロと落下していき………崩れ落ちる。

 

「………ムーーー。負けっちった」

着ぐるみロボットが崩れ落ち、そこに現れた中の人は負けを認める。

 

『……しょ、勝者。336番』

俺の勝利がコールされるが……

 

………中の女の子は何故か…素っ裸だった。

 

「………なんで、裸なんだよ」

まあ、なんだ。裸だが、なんにも感じない。どう見ても小学生位の子だ。

これで感じてしまうほど、業は深くない。

 

「当然アレが服だからだよ。あは!?……君強いね。今度ウチのラボに来て、実験台にならない?」

 

「いかんし、ならん。……いいから。なんか着ろよ」

これが、大人の美女だったら、横島師匠が乱入してきただろうな………それってもしかしてやばくないか?身内が試合中に乱入なんてことになると、反則負けになるんじゃ………よかった。横島師匠の食指が動かないほどの、小さな女の子で……

 

 

そんなこんなで、俺はDグループで決勝を勝利し。ベスト4入りする事ができた。

因みに、後で知ったのだが………着ぐるみロボットの中の人……あの人、結構有名な霊的兵器開発者らしい。なんでもドクター・カオスに憧れて開発者になったとか……しかもあれで30前なんだそうだ。

 

 

 

30分の休憩を挟んで準決勝だ。

もちろん。雪ノ下陽乃さん、いや、土御門陽乃さんもAグループをぶっちぎりで勝ち抜いている。

まあ、そうだろうな……霊能力者としての力は他の受験生を圧倒している。

というか、最後のアレは別にして、大した受験生は居ないしな。みんなDランク妖怪より弱いし………

 

俺は関係者観覧席の横島師匠の元に戻ろうとするが……案の定、陽乃さんが声を掛けてくる。

「比ー企谷くん。お姉さんと話しでもしましょ。さっきの話のつ・づ・き」

 

「……何もないですよ。さっき話した通りですが」

 

「つまんない。あるでしょ経緯とか、そこを聞かせてよ」

陽乃さんは人懐っこい笑顔を向けながら俺の頬を突っついてくる。

 

「本当にそれだ…………」

俺はさっとその指を避けながらムッとした態度をするのだが……陽乃さんと俺の間に突如として人影が入る。

 

「そこの!!式服が超似合う。超絶美人のお姉さん!!!!僕、横島!!!!あっちの喫茶店でお茶しませんか!!!!」

 

その人影は陽乃さんの両手を握りしめ、スケベそうなニヤケ顔で、とんでもないナンパをしだした。

というか………横島師匠なんだが……うん。やると思った。

 

「え?…えーっと」

この突然のナンパにさすがの陽乃さんも驚きを隠せないでいた。

おお、陽乃さんのこんな姿を見られるとは、流石は横島師匠!

 

「公衆の面前で恥をさらすな!!この変態!!」

 

「グボべ!?」

 

美神さんが絶賛ナンパ中の横島師匠に強烈な肘打ちを食らわせダウンさせる。

横島師匠の暴走を一撃で止めるとは!流石は美神さん!

 

「オホホホホッ、ごめんなさいね。こいつにはよーく言い聞かせるから」

美神さんはわざとらしい愛想笑いをしながら。ぐったりした横島師匠の首根っこを引っぱりながら、この場を立ち去ろうとする。

 

「貴方はあのゴーストスイーパー美神令子さんですね。始めまして私は土御門一門衆、土御門陽乃です」

陽乃さんは気を取り直し、美神さんに自己紹介をする。

 

「オホホホホッ、セクハラじゃないのよ。こいつの挨拶みたいなものだから……」

 

「SランクGSの美神さんにお会いできるなんて光栄です。その若さでSランクGSなんて憧れます」

陽乃さんは、なんか普通に美神さんに話しかけていた。

俺はホッとする。

ここでも面白がって、挑発めいた事を言うかもしれないと内心焦っていたが、どうやらいらぬ心配だったようだ。

性格が魔王な陽乃さん。骨の髄まで魔王を地で行く美神さん。衝突したらシャレにならん。

巻き込まれるのは必須だ。

まあ、何だかんだとあの人は、人を見て、仕掛けてくるからな。

流石にSランクにケンカ売るような真似はしないか……

 

「そう?あなたも頑張りなさい」

美神さんにそう言って横島師匠を引きずりながら、会場の裏側に消えていった。

 

 

「あれが美神令子……噂では相当くせのある性格で傍若無人な人物と聞いていたのだけど……意外と普通ね」

陽乃さんは美神さんが去っていった方を見据えながら、誰となしにこんなことを言う。

…その噂は本当です。今は、美神さんのかーちゃんの美智恵さんがこの会場にいるし、一応外聞は気にしているようなので、抑えているだけです。

 

「でも、横島忠夫って、噂通りのとんでもないセクハラ野郎のようね。比企谷くん、よくあんなのの弟子をしているわね」

 

「い、意外といいところもあるんですよ」

…そう、噂の通りです。でも、結構優しいし所もあるし、面倒見もいいんですよ。ただ、ドスケベで、バカで、変態なだけで…… いい面がすべて隠れるぐらいの、マイナスになってるだけで……

 

「へー。あの比企谷くんが認めてるんだ。……で、横島忠夫はGSの腕はどうなの?」

 

「強いです」

これだけははっきり言える。

横島師匠は強い。俺じゃ全く歯が立たない。

 

「ふーん。ぜんぜんそうは見えないけど……そうだ。これが終わったらお姉さんとデートしようか」

 

「お断りします」

俺は即答する。

デートという甘い言葉をそのまま取ってはいけない。この人の場合必ず裏がある。

今回は差し詰め、デートと言う名の尋問だろう。それ以外にも愉快犯的に何か面倒ごとを持ってきそうだが……

 

「ほんと、そう言うところはぶれないわね。じゃあこうしましょう。この後の試合で私が勝ったらデートね」

 

「雪ノ下さんと俺が当たるとはまだ決まってないでしょう」

まだ、準決勝と決勝がある。組み合わせ発表は試合直前でコールされるため、準決勝で当たらなければ、負けて、当たらない可能性もあるのだ。

 

「あたるわよ。わたしは負けないし、比企谷くん意外と強いし、私以外の受験生に負けるはずないしねーーー、比企谷くん今までの試合、全然本気じゃないし。まだ、何か隠してそうだしね」

だからこの人苦手なんだ。その笑顔の奥に怪しく光る眼で人を見透かしたように観察し、答えを導き出してくる。それが大体あってるから厄介なんだ。

まあ、大体であって、正確ではないが……

 

「はぁ、その賭け、俺には何のメリットも無いんですか」

 

「うーん。私が負けたら。そうね。比企谷くんの言うことをなんでも聞いてあげる」

…なんでも?……いやいやいや、騙されてはいかんのだ。これは明らかに罠だ。

 

「お断り………」

 

「そういうわけだから、比企谷くんまた後でね」

陽乃さんは俺が断りを入れる前に、そう言って俺の肩をポンと叩き、足早に去っていってしまった。

 

「……いつものパターンか。はぁ」

 

 

次は準決勝……GS資格取ったし、陽乃さんと当たらなかったら、わざと負けてやろうか……



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⑧二次試験決勝戦開始

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで、決勝戦です。
もちろん。あの人との戦いです。



俺は関係者観覧席に向かうと、そこには美神さんと巫女服姿のキヌさん、そして、やはりというかボロボロになった横島師匠が倒れてた。

 

「比企谷くん、さすがですね。次の準決勝も頑張ってください」

キヌさんに褒めてもらい、激励してもらった。

ありがとうございます。キヌさん。こうやって声を掛けられるだけで、癒やされる。

キヌさんがいてくれたおかげで俺は、美神令子除霊事務所でやってこれたと言っても過言ではない。

だって、あれだぞ。キヌさん以外、まともな人が1人もいないんだぞ。事務所に来る人もおかしな人ばかりだし。

 

「比企谷くん、やっぱりあの土御門陽乃って子只者じゃないわ。もはや受験生レベルの霊力じゃない。それとどうやら式神を持っているようよ」

美神さんは俺に的確なアドバイスをくれる。

遠目で見ていた試合と先ほどの接触だけで、それだけのことがわかるとは流石だ。

陽乃さんは試合では一度も式神を出していない。いや、どの試合も10秒以内で決着がついていたため、手の内は全くわからない。

俺の霊視で式神の存在は感じていた。

かなり強力な奴だ。

 

「そうですね。強いと思います」

 

「あんたの知り合いみたいだけど、どういう関係?」

 

「部活仲間の姉です。今日はじめて彼女が土御門の関係者だと知りました」

 

「ふーん。まあ、頑張んなさい」

美神さんはそれだけを言って、特別審査員席へと戻っていった。

何がなんでも勝って、絶対優勝しろって言われるかと思ったが、意外と普通の激励だった。

それだけ、陽乃さんの実力を認めてるってことか……俺が思っている以上にやばいのか?

 

「私も行かないと、比企谷くん。無茶だけはダメですよ。せっかくGS資格とれたんですから」

キヌさんもそう言って、この場を離れ会場裏に姿を消す。

 

「はい、怪我しないように頑張ります」

 

2人が去った後、ボロボロだった横島師匠は、ビヨーンと立ち上がり、復活した。

「八幡!あの超絶美人のお姉さんと知り合いか!!うらやましいーー!!式服着てたから目立ってなかったが!!おっぱいは88のDだ!!水着姿を拝みたい!!」

 

……横島師匠、そんな情報要りません。しかも、どうやって測ったんだよ!

 

「まあ、俺の知り合いの姉ですよ。土御門家の霊能者だとは知りませんでしたが……」

陽乃さんは普段は霊気を抑え、隠しているのだろう。前に会った時は違和感はあったが、霊能者だとは判別はつかなかった。

霊力コントロールもかなり出来るということだ。

 

「八幡、いい機会だ。全力でやってみたらいい」

横島師匠は急に真面目な顔になり、俺の肩にポンと手を置いた。

 

「……わかりました」

師匠のこんな顔は年に数度しか拝めない。

ただ、その時の言葉はどれも的確で意味があるものだった。

 

 

 

そして、会場から準決勝開始のコールがかかる。

 

『準決勝第一試合117番、336番前に』

準決勝で陽乃さんには当たらなかった。

まあ、これに勝てば、決勝で陽乃さんと当たるのだが。

 

全力でやってみたらいい………か

 

俺は横島師匠の言葉を思い出しながら、準決勝の舞台に上がる。

 

うーん、結果は圧勝。

というか弱くないか?いいところDランク妖怪と同じくらいだぞ。

 

受験生って、どれもこのレベルなのか?

俺が強いのか?

いやいやいや、普段、俺が強いなんて感じたことがないぞ……?

 

そうか、……そりゃそうだよな。

横島師匠や、Sランクの美神さん、そして、特殊な環境下では凄まじい効力を発揮するキヌさん。それにシロにタマモ。美神令子除霊事務所の面々は最上ランクの仕事までこなせるスーパーエリート事務所だ。

よく事務所に訪れるオカルトGメンの西条さんに美神美智恵さん。小笠原エミさんに六道冥子さん、皆日本屈指のGSだ。

 

そんなものを見慣れてりゃ、そうなるわな。

しかも、そのスーパーエリート事務所で1年半も生きて過ごせたのだから、そりゃ強くなるのも当然か………依頼で何度もこりゃ死ぬなっていう思いをしたしな。

 

俺は自分の両手を見つめながら、いつのまにやら自分の力量がかなり上がっていることを改めて実感した。

 

 

『二次試験決勝、12番、336番前に』

 

遂に決勝戦がコールされる。

決勝は雪ノ下陽乃さん……ただ単に、雪ノ下の姉で苦手な人だって認識だったが、今は霊能者として俺の前に現れた。しかもあの美神さん達が警戒する程の相手として……

 

 

『第〇〇回GS資格試験二次試験決勝、12番土御門陰陽道所属、土御門陽乃。対、美神令子除霊事務所所属、比企谷八幡』

 

陽乃さんは対峙する俺を見て、笑っていた。

いや、何時もの外面の愛想笑いじゃない。何かこう別のものだ。

 

『試合開始!』

 

 

 

陽乃さんはこちらに右手を掲げると、その手の平から突如として、こぶし大の氷の礫が現れ、俺に向かって放たれる。

 

俺はそれを大きく横に飛び避ける。

 

この氷の礫にふれると全身が凍らされる。

今まで、陽乃さんと試合を行った受験生達は、たいがいこの初手で皆やられていた。

 

しかも、陽乃さんは、札や術具を介さずにこの術を展開してくるのだ。

何らかの特殊能力者なのだろう。厄介極まる。

 

そして、俺が避けた先から、次々と放ってくる。

それも俺は着弾予想をし、飛び避ける。

 

今度は、陽乃さんの右手の平から、一気に3つの氷の礫が同時に展開し、飛んでくる。

しかも俺の避けるパターンを解析したかのように、タイミングをずらし飛んでくるのだ。

 

俺は一発目を避け、二発目をサイキック・ソーサーで受け止め。三発目は前に出て避ける。

 

 

陽乃さんは笑っている。

 

右手で氷の礫を展開しつつ、左手に何らかの呪符を手にして、言霊(呪文)を発す。

 

俺は霊視で確認する。あの呪符と言霊は土遁の術だ。

 

俺は回避しながら、呪符が効力を発揮するのと同時に、床を蹴り、大きく斜め後ろに飛んだ。

俺がさっきまでいた場所には、床から突き刺すような尖った大きな石柱が勢いよく現れる。

やはりか………

 

その間も、氷の礫が俺を襲う。

空中では回避は無理だ。俺はサイキック・ソーサーだけでは間に合わず。神通棍を振るい氷の礫を撃ち落とす。

 

氷の礫を何回か受けた神通棍は凍りつき、このままだと折れてしまう。

霊気が通っているはずなのだが、霊気ごと凍らせやがった!

サイキック・ソーサーは霊力を集中させた霊気の集合体なため、凍らされても、都度発動すれば問題なかったが、神通棍はそうはいかない。本体が持たないのだ。

くそっ、神通棍って幾らするんだっけ!?

100万は余裕でするんじゃない?

 

俺は神通棍が折れる前に手放す。

 

俺は身を切る思いで20万の護符を出し、眼前に火遁結界を張り、しのごうとするが、氷の礫を1発受けただけで、火遁結界は消滅する。

 

ああ、俺の20万円が!?

 

 

そこで、一度、土遁の術や氷の礫が収まった。

陽乃さんは構えを解いている。

 

仕切り直しがしたいのだろう。

俺はその意を汲み、開始の元の位置までゆっくりと戻る。

 

会場ではどよめきや驚きの声が上がっていた。

 

 

くそ、わかっていたことだが、今までの受験生とは桁が違う。

しかも、まだ陽乃さんは本気じゃない。

どんだけチートなんだよ。

 

 

「比企谷くん、本当にやるわね。ここまで私の術を避けられたのは、久しぶりよ」

陽乃さんは何時もの外面笑顔ではなく、ギラついた目をした笑みをこぼしていた。

 

「…………このチートが」

 

「私も本気を出してあげる。比企谷くんも奥の手をだしたほうが良いわよ」

陽乃さんがそう言うのと同時に、陽乃さんの影から、2メートル強はある一本角鼻から上を隠すような仮面をかぶった鬼が現れた。

 

会場はまたしてもどよめきが起こる。

 

「鬼神、雪刃丸」

陽乃さんの式神か……なんて威圧感だ。まるで十二神将なみだ。

流石は名門陰陽師土御門家か。

 

「………くそ」

 

横島師匠が、全力を出せといったな………

 

俺は霊気を開放する。

俺の全身から霊気が外に向かって溢れ出る。

 

霊気とは霊力を生み出すための燃料みたいなものだ。

霊気量が多いとそれだけ霊力を振るえる時間や大きな霊力を生み出すことができる。

但し、霊気が多いのと強い霊力を生み出すことは別物だ。

強い霊力を生み出すにはそれ相応の修行とセンスが必要だ。

いくら霊気が多いからと言って、強力な霊力を振るえるわけではないのだ。

 

俺は溢れ出る霊気のせいで、霊を呼び寄せてしまう体質になってしまった。

それを解消するために、横島師匠の元で最初に行ったことは霊力コントロールだ。

それは、俺のあふれる霊気を抑えるために霊気を体内に留める修行だ。

俺には最初、霊力を扱う才能はなかったため、霊気が体内にとどまること無く、ダダ漏れになっていたのだ。

霊力をコントロールできることで、霊気の流れもコントロールできる。さらに、俺の身体の器も大きくなり、霊気も体内に留めることができるようになったのだ。

 

その溢れ出る霊気を今俺は、体内に留めること無く、外に向かって開放したのだ。

 

会場がまたしてもどよめく。

 

「あははははっ、比企谷くんいいわ。やっぱり雪乃ちゃんには勿体無い」

陽乃さんはあのギラついた目で笑っていた。

 

 

差し詰め第2ラウンド開始と言ったところか。



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⑨決勝戦決着

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで決着です。

GS資格試験編はこれで終わりです。


俺は溢れ出す霊気を体外に放出する。

俺の霊気は勢いよく周囲の空間に染み込むように浸透していく。

 

生き物はすべて霊気を保有している。

霊気をなくした生き物は生命力を失い死に至る。

霊能力者はすべてこの霊気を通常の人間の数倍保有している。

霊気は霊力を生み出す燃料のようなものだ。

霊能力者は霊気を霊力という力に変換し、数々の奇跡を生み出す。

 

俺はあの事故で、この霊気を多量に生み出す体質になり、霊気を放出し続けていた。

その結果、エネルギー体である霊気に惹かれ、浮遊霊などが集まってきた。

霊気を貯める器も小さく、霊力をコントロールもできない俺は、霊気を消費すること無く、放出し続けていたのだ。

 

そして、この1年半。横島師匠の元で修行し、霊気を貯める器の拡張と霊力コントロールをある程度ものにした。

 

霊気には一人一人異なる色を持っている。その人だけのものだ。霊気の色によって他者を識別することも可能だ。

また、霊気の色によって、霊能の得意分野の個人差が出ることもある。

 

俺色の霊気……それは、他者とは違う。自分だけの霊気だ。

自分の身体を組織する一部であると行っていいだろう。

 

その霊気を俺はこの結界内の意図的に空間に満たした。

 

俺の霊気は霊視能力と合わさり、目、耳、鼻、触覚の役割をする。

俺の霊気に相手が触れれば、相手の動向も手に取るようにわかる。

俺の霊気が満たされた結界内では全方位の霊視が可能になる。

 

俺の霊気が満たされたこの結界内では俺は3次元的にすべてを把握することができる。

 

いわば、霊視空間把握能力………。

 

これが俺の戦い方………。

 

 

 

そして、再び戦いの火蓋を切った。

 

陽乃さんの式神、雪刃丸の眼前に、先程の倍ほどの大きさの氷の礫が10数個生成され、俺に向かって放たれる。

 

俺の霊視空間把握能力はその氷の礫のすべてが何処を狙い何処に着弾するのか、角度、速度も手に取るように視える。

俺は着弾場所を縫うようにゆっくりとした足取りで確実にすべて回避する。

 

そして、次弾の氷の礫もすべて回避。

 

 

「全て避けられた……さっきとはまるで動きが違う………こちらの動きが読まれてる?」

 

さらに、氷の礫が放たれるが、俺はそれもすべて回避しながら、陽乃さんに迫る。

 

雪刃丸は陽乃さんの前にでて、俺の進攻を止めるがごとく口から猛吹雪を吐く。

俺はそれを大きく回避し、陽乃さんの左側に出て、サイキックソーサーを雪刃丸の頭に向かって投げつける。

 

雪刃丸はサイキックソーサーを左腕でガードする。

俺は更にサイキックソーサーを生成し、更に雪刃丸の頭に投げつけた。

 

これは目くらましだ。雪刃丸がガードすることによって、左から後方は陽乃さんの死角になって俺が見えない。

雪刃丸自身もガードして俺の動きを捉えられないだろう。

俺は更に後方に周り、陽乃さんの後方を取ろうとするが……

 

 

「甘いわ!氷雪陣!」

陽乃さんは印を結び術を発動させる。

陽乃さん半径5メートルに氷の結界陣が床に浮かびあがり、氷の刃が次々と床から飛び出す。

 

俺は既にその術の発動範囲を把握し、大きく後方に飛び退く。

 

俺が大きく後方に飛び退くと同時に雪刃丸が動き出した。

デカい巨体に似合わずかなりのスピードで、飛び退いた俺に追いすがり空中で捉え、殴りつけてきた。

俺はその動きを読んでいたが、空中では避けられない。身体を捻らせながら、サイキックソーサーを最大限に強化してガードする。

 

「ぐっ」

雪刃丸にサイキックソーサーごと俺は殴りつけられ、大きく吹っ飛ぶ。

この式神パワーも桁違いだ。やはり十二神将に匹敵するか………

何とか直接ダメージだけは避けたが、サイキックソーサー越しに衝撃が俺の体に届いた。

くそ、霊能者じゃなきゃ今ので死んでたぞ。

 

霊能者は霊力を体内に巡らせることで、力、防御力、スピード等の基礎身体能力を高めることができる。

一般的に霊力が高ければ高い程、基礎身体能力アップ幅も大きくなるが、得意不得意もある。

これが出来なきゃ、妖怪や悪霊の攻撃に耐えることが出来ず。一撃でお陀仏だ。

横島師匠は多分、防御に関してはめちゃくちゃ得意なはずだ。

じゃないと説明が付かない。前の依頼の時に、東京スカイツリーで美神さんにセクハラして、頂上から地面に落とされても生きてたし………下手すると、大気圏突破できるかもしれない。いや、流石に無理か…………

それはさておき、俺は今も、霊力で基礎身体能力を上げているが、それでも、サイキックソーサー越しにダメージを受けたのだ。

 

くそ、いくら空間を把握し、相手の攻撃情報をすばやく手に入れたところで、俺自身の身体が動きについていけてない……

 

俺は何とか空中で体勢を立て直し地面に降り立つが、既に雪刃丸が迫り俺に重い拳打のラッシュを放ってくる。

これを後方に下がりながら避ける。

 

さらに、陽乃さんから、氷の礫、土遁の術が俺に迫るが、俺は霊視空間把握能力をフルに活用しながらサイキックソーサーとフットワークで避ける。

 

さっきまでと一緒か、防戦一方だ。

お互いの能力をさらけ出したところで、地力は陽乃さんの方が上か………

 

攻撃のチャンスも無い。

 

 

………しかし、勝負はこれからだ。

 

 

俺の防戦一方の状態が、10分も続いた。

 

観客からもヤジが飛ぶ。

攻撃しろとか、守ってばっかりするなとか、横島と一緒で逃げるのだけはうまいなとか………

 

俺の霊視空間把握能力もそろそろ限界が来る。

そりゃそうだ。いくら霊気量が多いからと言って、無限ではない。しかも、この結界内空間をカバーするだけの霊気を放出し続けているからだ。自然に放出する量の10倍は消費している。

 

霊気量を食い過ぎるのがこの能力の最大の欠点だ。放出する濃度とかも調整の余地があるな。

まあ、他にも欠点はあるんだけど………

この能力。まだまだ、改良の余地があるということだ。

 

しかし、これは陽乃さんも同じだ。

陽乃さんだって、あの強力な式神を全開で仕掛けながら、術を行使している。

霊気を多量に消費しているのだ。

 

俺は避けながらも陽乃さんに霊視をし、様子を伺っていたのだ。

澄ました顔をしているが、陽乃さんも相当きついはずだ。

 

陽乃さんも気がついているはずだ。

俺が持久戦を挑んでいる事を………

 

霊気量だけならば俺の方が上だ。

俺は霊視空間把握能力を使い。陽乃さんや雪刃丸の攻撃情報を得て、避けたり逃げたりだけしていたわけではない。陽乃さんの霊気や霊力を測り相手の状況を把握しながら、自身のダメージ・コントロールを行っていた。

俺は、霊能による情報戦を陽乃さんに仕掛けていたのだ。

 

観客は汚いとか、卑怯だとか言うかもしれん。

俺にはそんなことは関係ない。

 

美神さんは俺によく言う。

「セコかろうが何をしようが、最後に勝てばいいのよ。勝てばすべて正義なのよ!!」

横島師匠は敵によく言う。

「うはははははっ!!卑怯で結構、メリケン粉!!命あってのものだねじゃい!!」

うん。俺の師匠共は良いこと言う!

 

 

陽乃さんは焦れて、ついに自らが前に出てきた。陽乃さんの霊気が底を尽き掛けてきたのだ。

まあ、俺も尽きかけてるんだけどな。

 

「比企谷くん。やるわね。持久戦とはまんまと嵌められたわ」

 

「俺にはこれしか無いんで………」

 

「後で、どうやって私の攻撃をこれだけ避けられたのかも教えなさい!」

 

「俺に勝ったら教えて上げますよ」

 

「言うわね。でも、嫌いじゃないわ」

 

陽乃さんは数枚呪符を取り出し言霊を紡ぐ。

雪刃丸の霊圧が上がってくる。

 

全霊気・霊力をつぎ込んだ最大攻撃が来る!?

 

雪刃丸は雄叫びを上げる。

式神の能力が爆発的に上昇する。

これは、雪刃丸の身体強化術式だ!

六道冥子さんの式神暴走に近い!

こんなものをコントロールできるのか?

こんなものの攻撃を食らったらひとたまりもない。

本当に最後の攻撃ということか!

 

術者である陽乃さんを倒せば、雪刃丸も止まる!

俺は雪刃丸の身体強化術式が完全に完成する前に、陽乃さんに突撃をする。

 

しかし、陽乃さんの眼前に迫るも雪刃丸の身体強化術式が完成してしまった。

 

雪刃丸が俺に右拳を振り上げる。

先ほどとはスピードも桁違いだ。

俺の突撃も途中で止めることが出来ないほどスピードがってる!

これは避けられない!

 

 

くそっ!これを出すつもりはなかったが!

 

 

俺は全霊気を霊力に変換し左手に全集中させる。

 

 

そして、雪刃丸が振り上げる右腕に向かって、霊力を収束させ左手を突き上げる。

横島師匠から教わり、1年半掛け、ようやく物に出来た必殺技。霊力の刀。霊波刀が光輝く。

 

俺は霊波刀で雪刃丸の左腕を切り落とす。

 

雪刃丸は止まらない。右足で蹴りを放ってきた。

俺は返す刀で雪刃丸の右足を……………刀の振り下ろした先には………

 

霊波刀は雪刃丸の右足に届く前に消滅。俺はもろに雪刃丸の蹴りを喰らい吹っ飛ぶ。

 

 

「がはっ!」

 

かろうじて右腕で蹴りをガードしたが……強化された雪刃丸の蹴りの威力は凄まじく。

俺は空中に吹き飛ばされ、右腕が粉砕した音を聞き、意識は飛ぶ。

 

 

 

 

「………ひき……ひきがや…………比企谷くん!!」

眼の前には聖母、いや、キヌさんの顔があった。

 

「よかった。意識がようやく戻った」

 

「ここは……痛…」

 

「医務室です。まだ治療が終わってませんから動かないで」

 

どうやら俺は医務室のベッドの上に寝ているらしい。

ということは、負けたってことか……そりゃそうか。

身体の彼方此方が痛い。

右腕が今、温かい何かに包まれている。

キヌさんの治癒術、ヒーリングだ。

 

「無茶しないでくださいって言いました」

キヌさんは涙目で俺に怒ったように言う。

……怒った顔も素敵です。

 

「…すみません」

 

「まあ、死んでないから大丈夫でしょ」

頭上から美神さんの声がする。

 

「…美神さん…負けてしまいました。すみません」

 

「あんた。あれ程言ったのに。自業自得よ。最後の攻撃、あのまま振り下ろしたら陽乃って子に当たるからって躊躇したでしょ」

美神さんは呆れたように言う。

 

「いや、あれが俺の実力です。霊波刀の形状維持も短時間しかまだ出来ませんからね」

 

「師弟そろって、女に甘いんだから。……後で横島くんに車出して家まで送ってもらいなさい。今日はゆっくり休むのよ……まあ、それとGS免許取得、準優勝おめでとうさん」

最後にそう言った美神さんは気恥ずかしそうにしていた。

 

「ありがとうございます………あの、横島師匠は?」

 

「会場でナンパでもしてんじゃない?……でも、一応お礼を言っておくのよ。重症だったあんたを直ぐに駆けつけて、ここに運んだのは横島くんよ」

 

「師匠が?」

 

「それと、あんたしばらく休み。霊気も霊力も使い果たして、しかもボロボロになって、ヒーリング掛けて怪我を治したからって体力と霊気と霊的構造の回復に3日は必要よ」

 

「そうですか………」

 

しばらくキヌさんのヒーリング治療を受け、短時間で怪我を全て治してくれた。

凄まじい能力だ。

俺もキヌさんからヒーリング能力を教わって、ちょっとはできるが、擦り傷とかを治す程度だ。

 

キヌさんはもう一度可愛く俺に怒って、この後も打ち合わせがあるとかで治療室を後にした。

美神さんも打ち合わせがあるらしく、早々と治療室を出ていた。

 

治療室に残った俺は、車で自宅に送ってくれるはずの横島師匠を待つことにしたが、一向に現れない。

 

スマホはロッカーの中に置きっぱなしだな。取り敢えずスマホ取りに行って、横島師匠を呼ぶか………

「あーーめちゃくちゃ身体がダルいな」

俺はフラフラと治療室を出ると、扉の前には陽乃さんが立って居た。

 

「比企谷くん。結構元気そうね」

 

「あーー、おかげさまで」

俺は皮肉を言ったつもりだが、陽乃さんはそれには反応しなかった。

 

「……最後の攻撃、君は……………」

 

「何のことっすかね。俺はまだまだ未熟ものなんで、最後の最後にドジッたってことです」

 

「そう、そういう事にしておくわ。でも勝ちは勝ちなんだから、今度、お姉さんとデートね」

陽乃さんはいつもの調子でそんな事を言ってきた。

 

「げっ、それ、無効になんないっすかね」

 

「ダーメ!」

 

「というか、あんた俺を殺そうとしたでしょ。そんな人とデートなんて出来ないですよ」

 

「試合は本気でしないとね。ほら、男の子が過去のことでグチグチ言わない」

陽乃さんはそう言っていつもの調子で俺の頬を突っついてくる。

 

「はぁ、なんなんだこの人は」

 

「まあ、比企谷くんは頑張ったから、雪乃ちゃんにはGSだってことは言わないであ・げ・る」

 

「……そりゃ…ありがとうございます」

 

「そのかわり、デートよ!」

 

「………………はぁ」

俺は盛大にため息を付くしかなかった。

 

 

 

 

この後、横島師匠と連絡がつき、車で千葉の自宅に送ってもらった。

 

「八幡、最後のは良かった」

横島師匠は運転中、ずっとおちゃらけた話をしていたのだが、俺を自宅の前におろした後、一言こういった。

 

………俺はそれが何よりも嬉しかった。

 

 

 

 




八幡霊能追加分

八幡のオリジナル霊能力
『霊視空間把握能力』
霊気を満たした空間内を三次元感覚で感じることができる能力。
空間内にいる相手のある程度の霊視も可能。
相手がどのようにな攻撃をするかを予め分かる能力ではない。
攻撃が発動と共に把握する能力です。
但し、霊視も行っているため、相手がどの様な攻撃をするかを予測することも可能です。

霊能による情報戦を行うような能力仕様になってます。

欠点は霊気を常に撒き散らさないといけないため、範囲が広ければ広いほど、莫大な霊気を消費する。

練習に付き合ってくれた美神さんに試したが、あっさり弱点を見破られた。
空間に浸透している八幡の霊気を散らされたのだ。
経験値の高いGSには現状効果は薄いよう。

横島に見せたところ、発展する能力だと言われている。
この能力を磨くことを推奨していた。


『霊波刀』
八幡の霊力コントロールの一貫として、この訓練を行っていた。
本来、適正と才能が必要なものだが…………八幡は1年数ヶ月かけて、ようやく物にする。
但し、維持時間はかなり短い。
八幡の霊波刀の特製はまだ判明してません。

『基礎身体強化』
八幡はその中でもスピード系が得意。

『ヒーリング』
擦り傷を治す程度。おキヌちゃん直伝。


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⑩GS資格免許

感想ありがとうとございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで、今回は、京都修学旅行編との繋ぎになります。


 

GS資格試験の翌日。

俺は普通に学校に通学した。

体は滅茶苦茶だるいが、動けないほどじゃない。

霊気霊力を限界ギリギリまで使い、大怪我までした代償だ。

 

放課後は、だるい体を引きずって、いつも通り奉仕部に顔を出す。

 

「うっす」

 

「こんにちは、比企谷くん。あなた何時もに増して目が腐ってるわね」

 

「……だいたいいつもこんなもんだろ」

俺は何時もの雪ノ下の毒舌をさらっと返す。

 

「ヒッキー、教室でも何時もに増してダルそうだったね。風邪でもひいた?」

由比ヶ浜は心配そうな顔をする。

っておい、何時もに増してって、俺はいつもダルそうにしているのか?

……ああ、そういえばだいたい俺はいつもダルそうにしてるな教室で。

 

「いいや、なんか疲労がたまってるだけだ」

 

「あなたが疲れがたまる様な事をするとは思えないのだけど」

 

「ヒッキー、何で昨日学校さぼったし」

 

「いや……あれが、これで……」

事情の知らせていないこいつ等に、GS試験を受けていたとは言えない。ましてや、雪ノ下の姉の陽乃さんと戦って、大怪我させられたとは……

 

「……比企谷くん。あなたアルバイトをしてるらしいわね」

不意に雪ノ下がこんなことを言ってきた。

まさか、陽乃さんがばらした?あの人、言わないって言ってたぞ!

 

「ヒッキーが学校休むなんておかしいから、小町ちゃんに聞いたら、アルバイトしてるって、なんかしまったーーとか言ってたし」

 

……小町ちゃん。GSの事は世間様には内緒だと家族で決めたよね。迂闊すぎませんかね?

犯人は家の身内だったか。まあ、GSのアルバイトとは言ってなさそうなのは幸いか。

 

「働くのが嫌いなあなたが、学校を休んでまで、何のアルバイトかしら」

 

「いや、あれだ。親の仕事の。そのなんだ。代わりに緊急にな」

なんか言い訳をと考えたが、うまい答えがでない。

 

「怪しい。ヒッキーよく金曜日は部活、早く帰るし」

由比ヶ浜はジトッとした目で俺を見る。

 

「金曜日の夕飯は俺の担当だからな。買い物もしないといけないしな」

 

「……そう言えば、そんな事も言っていたわね」

 

「ああ、俺の両親は共働きだからな。家に帰ってくるのも遅いし、夕飯は当番制なんだよ」

 

「うーー、でも昨日なんで休んだし」

由比ヶ浜はまだ疑っている様だ。

なに?俺が学校休んだら由比ヶ浜に何か不都合でもあるの?

学校でも教室でも空気な俺は、居ても居なくても一緒な気がするが……

 

「まあいいわ。それよりも依頼の件どうしましょう」

雪ノ下は俺をジッと見た後、話題を変える。

 

「それそれ!修学旅行で戸部っちの姫菜の告白の手伝い!」

由比ヶ浜の興味もこの依頼の件に移ったようだ。

俺は内心ホッとする。

 

「戸部が告白して、振られる。終わり」

俺は端的に事実を述べる。

修学旅行の班決めを行った日に、葉山と戸部が奉仕部に依頼に来たのだ。

依頼者は戸部だ。依頼内容は修学旅行中に戸部翔が海老名姫菜に告白して付き合えるようにしてほしいという内容だった。

由比ヶ浜の猛烈プッシュでこの依頼を受ける事になったのだが、俺は現実的に不可能だと思っている。

 

「ええ?振られる前提!?」

 

「そうね」

 

「ゆきのんも何気に酷くない?」

 

「それが世間一般的な見方だ。由比ヶ浜。戸部の良いところをいくつか上げてみてくれ」

 

「うー、誰にでも話しかけて、結構面倒見がいいところとか……声が大きいとか」

由比ヶ浜は考えながら答える。

声が大きいとか、良いところか?マイナスだろ。

 

「次は雪ノ下だ」

 

「わたしは彼の事あまり知らないわ」

 

「どういう印象を持ったかだけでいい」

 

「会った印象だけでいいなら……なれなれしくてうっとおしい。何を言っているかわからない。ちゃんと日本語を話してほしいわ。あと、やかましい」

雪ノ下は思い出すしぐさをしながら、ゆっくり答えていく。

 

「……由比ヶ浜、もはや絶望的だ。よってこの依頼は終了だ」

ほらみろ、雪ノ下が正しい。

しかし、さすがは毒舌の女王。面とこれ言われちゃうと泣いちゃうまである。

 

「ゆきのんが厳しすぎるだけだし!」

 

「依頼を受けたのだし……そうならないように、出来るだけサポートしましょ」

雪ノ下は由比ヶ浜をなだめるが如くそう言った。

 

「ゆきのん!……ゆきのんありがとう!!」

由比ヶ浜は雪ノ下に抱き着く勢いで、肩を寄せる。

 

「ゆ、由比ヶ浜さんあまりくっつかないで」

 

「てへへへへ」

 

なんだかんだと、この二人は仲がいい。

まあ、絶望的だが、依頼を受けたことだし、やれることはやるか。

 

 

 

 

 

 

京都の修学旅行の前日

俺は三日ぶりに美神令子除霊事務所に訪れる。

 

「はい、これ」

事務所の所長席に座る美神さんから、免許証の様なものを渡される。

GS資格免許だ。

 

「これで比企谷くんも正式にゴーストスイーパーよ。まあ、一年間は見習い扱いだけどね。見習いとはいえやれることは全く一緒よ。心してかかりなさい」

 

「はい……っ」

おお、GS資格免許を遂にこの手に、これで見習いとはいえ、正式にGSを名乗れる。

ゴースト・スイーパー比企谷八幡参上!!悪事を働く妖怪変化め!覚悟しろ!月に替わってお仕置きよ!!

テンションが上がりすぎて、決めポーズと決め台詞をつい妄想してしまった。

 

「比企谷くん。おめでとうございます」

美神さんの隣でキヌさんがニコニコ笑顔で祝福してくれた。

キヌさんに言われると俄然やる気が出てくる。

 

「ありがとうございます」

 

GS資格免許をまじまじと見つめる。

右上にはでかでか黒字でCと書かれている。

 

「君は、二次試験で準優勝してるから、最初っからCランクよ。ちゃんと仕事して依頼をこなさないと、直ぐにDランクに落ちるわよ」

それを察した美神さんが説明をしてくれる。

 

いきなりCランクかよ。まじか

 

GS資格免許にはランク付がある。

これは結構重要な事なのだ。

ランクはそのGSの実力を示すもので、そのランクにあった依頼しか受けられない。法律でもそう制定されている。

実力不相応の依頼を受ければ、凄惨な結末が待っているからだ。

GSの仕事は常に死と危険の隣りあわせ。

それを回避するためにも、このランク付が制定されたのだ。

それもごく近年にだ。

いままでは、分不相応の依頼を受け、GSの死亡事故というものが結構多かったが、このランク付けシステムが制定されてからは、死亡事故は5分の1以下まで軽減されたのだ。

因みにこのシステムを作ったのは。美神さんのかーちゃん。美智恵さんだ。

あの人どんだけ有能なんだよ。しかもめちゃ強いし。

 

 

S~Fランクまで、ランク分けされる。GS資格試験に合格するとEランクから始まる。

優勝者と準優勝者はその実力を自動的に認められ、それぞれBランクとCランクからのスタートだ。

だからって、油断すると直ぐにランクを落とされる。

ここ2回ほどの優勝者と準優勝者はその半期にはランクを落とされたそうだ。

そのことが原因で、この優勝者と準優勝者のランク特典は廃止の意見も出ている。

 

このランク付け、年2回査定がある。

GS資格免許を取得してるものは、個人または会社から、受けた依頼とその報告書、それ以外に霊や妖怪と接触し対応時の報告書を日本GS協会に提出しなければならない。

日本GS協会は母体である環境省の担当官僚とオカルトGメン日本支部所長、国際オカルトGメンの上層部メンバーが査定し、ランクの上下を決めるらしい。

まあ、オカルトGメンの上層部メンバーとはもろ、美神美智恵さんなんだが……あの人、まじでどんだけこの業界に影響力持ってるんだよ。

 

そんなわけで、このランク付は今や全世界で通用するのだ。

だから、海外から、特殊な依頼を受けることもある。

 

全世界を見ても、Sランク、AランクのGSは希少な存在だ。

在籍人数は日本がトップなのだそうだ。

 

 

美神さんは最上ランクのSランクだから、美神令子除霊事務所はすべての依頼を受けることができる。

 

まあ、Sランクの仕事なんてめったに来ない。俺が美神令子除霊事務所でアルバイトで入ってからは1回だけあったそうだけど、俺は危険だという理由で、その依頼には参加していない。

美神さんがそう言うぐらいなんだから、相当やばい案件だったのだろう。

 

 

「ところで、横島師匠は?どこに?」

 

「ああ、あいつはちょっと別件で出張よ」

 

「そうなんですか」

横島師匠にGS資格免許を見てもらいたかったのだが……

横島師匠がこんな感じで、出張するのは、過去に何回かあった。

いずれも理由は教えて貰えなかった。

横島師匠ではないと、まずい案件でもあるのだろうか?

それともセクハラで訴えられて、それの対応だろうか?

 

「それと、俺は明日から3日間、修学旅行で京都なんです」

 

「そういえば、そんなことを言っていたわね。君、行かない方がいいわよ。ぜったいなんかとんでもない目に合うから」

美神さんは再度俺に忠告する。

 

「行きたくはないんですが、流石に学校の行事なんで理由も無しにさぼる訳には……」

 

「比企谷くん、これお守りです。私の実家のお守りなんです。何も起こらないようにとおまじないしておきました」

うう、なんて優しいんだキヌさん。家の家族や奉仕部の連中にも分けてあげたい。

しかも、このお守り、霊気を感じる。……なんだこれ?初めての雰囲気だな。

きっとキヌさんが何らかの術式のおまじないを込めてくれたに違いない。

俺はキヌさんからお守りを3つ貰った。

 

「GS資格免許を持っていきなさい。神通棍といくつかの札は貸してあげるわ。自分の身は自分で守るのよ。……せいぜい、気をつけなさい」

美神さん。何だかんだと言って心配してくれてるようだ。

まあ、札とかを飽く迄も貸すだけであって、くれるわけではないのは、美神さんらしいが……

 

 

京都でなんか巻き込まれるのは確定なのか?

とんでもない目ってなんだ?

俺の占いだと、最悪死とかでてたが……

 

やっぱ、修学旅行休もうかな……

 

 

 

 

俺は家に帰って自室で、貰ったばかりのGS資格免許を片手に…………

 

「ちょっとイタズラが過ぎたようだな!!この外道妖怪!このゴーストスイーパー八幡様が成敗してくれる!!」

 

俺はそう言って、材木座的な恥ずかしいポージングを取って、1人悦に入っていたのだが……………

 

ガチャリ

 

「………お兄ちゃんどったの?頭でも打った?……病院行く?」

小町にバッチリ見られてました。

 

 

俺はその夜、あまりの恥ずかしさに、1人ベッドの上で悶絶してたのは、仕方がないことだろう。




次は京都修学旅行編です。


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【二章】京都修学旅行編
⑪修学旅行は京都


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

京都修学旅行編開始です。



修学旅行当日

千葉駅から東京駅は在来線で、東京駅からは新幹線で京都まで。

新幹線の座席は同じ班同士で座る。

俺と戸塚は葉山たちのグループの同じ班だ。三浦達のグループと隣合わせになり、彼奴等は3人座席を対面にし座っている。

そんな奴らを余所に俺と戸塚は2人席で大人しく座っていた。

これはラッキーというものではないだろうか、なんか京都に行くと俺に不幸が訪れるとか占いにでていたが、それは間違いだったのではなかろうか?今はその逆だ……いや、まてよ。まだ京都についていない。静岡あたりだ。ということは今は不幸の範疇外……今のうちに幸福を味わえということではないだろうか………

戸塚はいつの間にか寝息をかいていた。

寝顔はとても男に見えん。天使だ。なんで神は戸塚を男に生まれさせたのだろうか?これは俺へのあてつけなのだろうか?いや、戸塚が女だったならば、これだけ親しくなれなかっただろう。

だから、これは神の祝福なのだ。

俺は戸塚の寝顔を見ながらそんな訳がわからない事を考察していたのだが………

 

「ヒッキー!富士山!!富士山が見えるよ!ほら!」

急に戸塚との2人席の通路側に座っている俺に由比ヶ浜がのしかかる勢いで、窓の外を覗き見る。

………ちょ、身体あたってるから、あっちこっちあたってますよ由比ヶ浜さん。なんでそんなに無防備にスキンシップしてくるんだこいつは、勘違いしてしまうからやめてくれ!

 

「……富士山だな」

由比ヶ浜の2つの富士山も俺の肩にあたってるって、挟むのやめて!

 

「ヒッキー、外、外見てよ!何処見てるし!」

一応富士山だが………いかん。自制心だ。自制心を保て………

……横島師匠だったら、こんなときにどうするのだろうか?

きっとこうだろう。

(いかん。顔に出したらいかんのだ。気持ちいい。とてつもなく気持ちいいが今は顔に…………ああっ!!しまったーーー声に出てた!!ガフン!!)

きっとこんな感じだな。

ふぅ、なんか落ち着いた。

 

「由比ヶ浜、重たいぞ。富士山見たかったら席代わってやろうか?」

 

「お…重たくないし!ヒッキーのエッチ!!」

なに言ってんのこいつは、もはや当たり屋の理論だな。

自分からスキンシップしといて、被害者ヅラするとは………

 

「俺はトイレに行ってくるから、そこに座っておけ、この席からだと富士山はしばらく見れるぞ」

 

「うーー、ヒッキーと見たかったのに!」

 

俺はそんな由比ヶ浜を余所に、客車からでてトイレに向かうと、不意にスマホがなる。

新幹線でも繋がるんだな………

?誰だ。知らない電話番号だ。

 

「比企谷ですが………」

取り敢えず出てみる。

 

『やっほー、比企谷くん?わたし』

 

最悪だ………この声は

 

「………なんで、俺の電話番号知ってるんですかね。雪ノ下さん」

 

『ん?妹ちゃんに教えてもらったの』

小町ちゃん?何度も言ってるでしょ。知らない人に電話番号を教えてはいけません。

というか、いつの間に小町と知り合いになってるんだこの人は?

怖いんだけど……

 

「……で、何のようですか?俺は修学旅行中なんですが?」

 

『知ってるよ。雪乃ちゃんのスケジュール表。確認したし』

……なにこのシスコン。もしや、雪ノ下の手帳とかを勝手に見てるんじゃないだろうな?

そんなことがバレたら嫌われるぞ。

 

「……忙しいんで要件を手短に願います」

今直ぐ電話を切りたいが、絶対後で面倒くさいことになるに決まっている。

 

『明日デートしよ!』

 

「………何を言ってるんですか?俺は京都で修学旅行中なんですが?」

 

「知ってるよ。明日自由時間なんでしょ?」

隣車両の自動扉が開くと同時に生の声が響く。

 

「!?」

 

「こういうことだから、大丈夫よね」

眼の前にスマホを耳に、俺に意味ありげな笑顔を向ける陽乃さんがいた。

 

「………さ……最悪だ。なんでここに居るんですか雪ノ下さん」

 

「比企谷くんとデートするためよ」

陽乃さんは当然だと言わんばかりに言う。

 

「………冗談はよしてください」

くそ、相変わらず何考えているのかわからん。

 

「冗談じゃないんだけどな」

 

「で、なんの目的でここに居るんですか?わざわざ俺をからかいにって事では無いでしょうに」

 

「そんな事言う比企谷くんはつまんなーい」

 

「………………」

俺は無言で陽乃さんを見据える。

 

「わかったわよ。土御門本家に戻るところよ。本家は京都嵯峨野だからね」

 

「………わざわざ同じ新幹線に乗ったのは?」

 

「面白そうだから」

 

「………勘弁してください」

はぁ、土御門本家に戻ることはおそらく事実だろう。この時間の新幹線にわざわざ乗ったのは、俺か雪ノ下をからかうためか。マジでタチが悪い。

 

「ボッチだなんだって言ってたあの比企谷くんが実は霊能者ってだけでも驚きなのに、この私を追い詰める程の実力者なんて面白いじゃない。そんな君が学校クラスメイトの前ではどんな顔をしてるのかなって、気にならない方がおかしいじゃない?」

 

「ああっ、ちょ、ここでその話は………」

誰かに聞かれたらどうするんだよ。俺はクラスや部活の連中には秘密にしてるの知ってるだろ?

 

「明日デートしてくれるよね?」

陽乃さんは満面の笑みで言った。

これは明らかに脅しだ。

クラスの連中が居るここで、GSだとバラされたくなくば、明日付き合えということなのだ。

デートというのはオブラートに包んだ言い方だが……実際は俺に対しての尋問だろう。

この人は興味がある人間に対しては執拗にかまってくるのだ。

 

「………短時間だけなら」

くそ、完全にこの人のペースかよ。

尋問にしては手が込んでいる。

最初から俺を何らかの理由で誘い出すつもりで、こんな手を使ってきた可能性が高い。

それが何なのかはまるでわからないが、もっとも効果的に脅しが効く場所とタイミングをはかり、俺が従わざるを得ない状況を作ったのだ。

そのよく回る頭を別の事に使ってくれよ。もっとなんだ、世界平和的なやつに……………

 

「大丈夫、大丈夫。明日の13:00にここに来てね」

陽乃さんは、俺のスマホに住所が書かれたショートメールを送ってくる。

 

「………………」

俺は無言の了承をする。

 

「じゃあね~。雪乃ちゃんによろしく!」

笑顔のまま、元の車両に戻る陽乃さん。

 

………最悪だ。もしかして、占いの、死ぬほど大変な目に遭うって、このことじゃなかろうか?

まだ、京都にも着いてないんだが………先が思いやられる。

 

「ヒッキー……今の人……ゆきのんのお姉さんの陽乃さん?」

由比ヶ浜が陽乃さんと入れ違いで、俺の元に来る。

 

「ああ、なんか京都に用事があるんだと」

 

「ヒッキー、陽乃さんと何話してたの?」

俺は内心ホッとする。さっきの会話を聞かれたわけではないようだ。

 

「いつもの、面白半分のからかいだ」

 

「……ならいいけど」

 

「で、由比ヶ浜もトイレか?」

 

「違うから!ヒッキーが遅いから、もう富士山が見えなくなったし!」

由比ヶ浜はぷりぷりした表情で俺にうったえる。

 

「はぁ、そんなので呼びに来たのかよ」

 

「だって!」

 

「帰りも見れるだろ」

 

「ヒッキー!絶対だからね!」

由比ヶ浜は恨めしそうに俺に言う。

なんなんだ?全く。

 

「はいはい、わーったよ」

 

 

 

 

 

総武高校2年生一行の本日のプランは夕方まで学年全体の団体行動だ。

京都駅に到着し、そこから先ずは在来線で宇治の平等院に見学に行った。

俺は戸塚や葉山、三浦グループと行動を共にしているが……ついボッチの習性で自分一人の世界に入ってしまった。

 

俺は平等院鳳凰堂の佇まいに当時の人間の美意識に感銘を受ける。

 

……何処かで、騒ぎが起きる。痴漢がでたとかなんとか……誰だ。美を楽しんでいる最中にそんな無粋な事を行うやからは!

 

その次に、貸し切りバスで清水の舞台で有名な清水寺へと向かう。

 

清水の舞台から見る京都の景色と町並みに、歴史を感じ、そのロマンに浸る。

 

……何故か、ここでも騒ぎが起こる。のぞきがでたとかなんとか……誰だ。人が当時の過去のありし風景に思いを馳せている最中に、そんな低俗な犯罪を行うものは!

 

その後、智積院、三十三間堂、京都国際博物館、豊国神社へと………

俺はそれらを堪能しながら、戸塚に少々講釈をたれてしまったが、戸塚は笑顔で「八幡は物知りだね」と褒められる。……なんだこれ、俺と戸塚付き合ってるの?いやいや、戸塚は天使だが男だ。

いやいや、いっそ戸塚を女にすれば問題ないはずだ。霊能で男女変換出来ないものだろうか?

 

その間、由比ヶ浜は頑張って、戸部と海老名さんを二人っきりにさせようと四苦八苦するが、全て空回りに終わる。

 

「由比ヶ浜、戸部と海老名さんが気になるのはいいが、お前自身が修学旅行を楽しまないでどうする」

 

「え?ヒッキー?あたしのこと気にかけてくれてるの?」

 

「折角の京都なのにだ。勿体無いだろう」

 

「ヒッキー、……ありがとう」

 

 

そして、京阪三条駅まで貸切バスで向かい。

一時間程の自由時間だ。四条河原町周辺で貸切バスが待っている手はずだ。

そこからホテルに向かい夕食となる。

 

戸塚はテニス部の連中と約束していたらしく、俺は1人、三条寺町にある本能寺へと向かうため、三条大橋を渡るのだが……何故か由比ヶ浜が俺についてくる。

 

「由比ヶ浜、三浦達と一緒でなくていいのか?」

 

「うん。さっきまでずっと一緒だったし、ヒッキーと回って見たいし、さっきヒッキー言ったじゃん。折角の修学旅行だから楽しまないとね」

そう言って由比ヶ浜は屈託のない笑顔を俺に向ける。

なんだ?由比ヶ浜ってこんな感じだったか?いかん。勘違いしてはいかんのだ。由比ヶ浜は誰にでも優しい。俺一人に向けられている笑顔ではないのだ。

 

「……まあ、好きにしろ」

 

「うん、好きにする」

 

 

三条大橋を渡り、三条通り商店街に入ると………

 

「そこの京美人のお姉さ~ん!!ボク、横島!!あっちのおしゃれな喫茶店でお茶でも飲まない!?」

「あ!?そこの着物姿が似合う彼女~!!ボク、横島!!川沿いのそこの喫茶店でボクとデートしない!?」

超聞き覚えがある声が、前方で聞こえるのだが…………

 

「ヒッキー、なんか変な人がいる。ナンパ?なのかな」

由比ヶ浜は俺の袖を引っ張って、恐恐聞いてくる。

うん、変な人だ。超変な人だ。でも………その変な人は俺の師匠であって、俺はその弟子なんだ。

てか、なんで居るんだよ!こんなところに!出張じゃなかったのかよ!横島師匠!!

こ…ここは、他人の振りだ。超他人のふりだ。俺は横島忠夫なんていう変態は知らない。ナンパ成功率0パーセントのゼロの横島なんていう人物は知り合いでも何でも無いのだ。

 

ちなみに俺は横島師匠がナンパを成功させたところを見たことがない。

差し詰め、横島師匠のナンパは針の無い糸で釣りをしているようなものだ。

そんなもの、だれも引っかかるはずもない。

 

「さ、さあな、関わると厄介だ。本能寺はこっちからでも行ける」

俺はそう言い聞かせながら、脇道にそれようとするが………

 

「そこの黒髪ロングの超かわいい女子高生!!ボク、横島!!そこの喫茶店でお茶でもしよう!?」

声をかけたのは黒髪ロングの美少女女子高生ではあるが、氷の女王様だ。

おいーー!!師匠!!誰に声かけてるんだ!!それは駄目だ!!

 

「ヒッキー、あれゆきのんだよ。助けてあげないと」

そう、横島師匠が声をかけたのは、1人で三条商店街を歩く雪ノ下雪乃だ。

って、助けろって言うが、知り合いだとバレてしまう。これ以上無い身内だと!

 

そこに後ろから天の声がかかる。

「どうした比企谷?由比ヶ浜もいっしょか」

 

「先生!ゆきのんが………」

生活指導の平塚静教諭だ。

見た目かっこいい美人だが中身はほぼ親父。熱血アニメ大好きの体育会系で、結婚願望が高すぎて空回りする三十路の残念美人だ。

それならば!

 

「平塚先生……雪ノ下があのナンパ男に付きまとわれてるようなんで、助けに行ってください」

まあ、正直雪ノ下なら、しつこくされても無視して通り過ぎるだろう。横島師匠もあまりしつこくするタイプではない。だから、ほおっておいても、大丈夫なのだが……

 

平塚先生は、その後がない感を醸し出し、結婚願望丸出しで、しかもあの親父のような中身のため、男が寄り付かない。

というか、男が針に美味しい餌を垂らして待っていたとしても、それを針ごと噛み切ってしまうのだ。

 

「なに?うちの生徒がナンパにさらされているだと、うらやま……全くけしからん」

平塚先生は横島師匠にナンパをされる雪ノ下の方につかつかと早足で近づいていく。

 

すると…………

「あっ、そこの大人の雰囲気を醸し出しているハクい美人のお姉さん!!ボク、横島!!そこの喫茶店で大人のお話をしませんか!?」

そう、横島師匠は雪ノ下をナンパ失敗とし、近づいてきた平塚先生にターゲットを移したのだ!

 

「え?わたし?」

平塚先生は急に自分がナンパされたものだから驚いたようだ。

 

「そう!大人の格好いいお姉さん!!」

 

「そ、そんな……こ、困ります」

なんか針のない釣り糸にこの人、引っかかったんですが………

平塚先生、顔を赤くしてもじもじし出したぞ。もしかして、打つ方は慣れているが、打たれ弱いとか…………

 

俺は由比ヶ浜と一緒に雪ノ下の元に駆け寄る。

「ゆきのん」

「おい、行くぞ」

 

「ふたり…なのかしら?」

俺と由比ヶ浜をまじまじと見る雪ノ下

 

「いいから、行くぞ」

俺は横島師匠と平塚先生の2人が会話する姿を尻目に、雪ノ下を促し足早にこの場を去る。

 

…………もし、このナンパがうまく行って、平塚先生と横島師匠がくっついたら、俺は平塚先生をなんて呼べば………師匠の奥さんだから……あねさん?ねえさん?

 

それよりも、なんでここにいるんだ師匠は?

……後で電話してみるか………

 

 

俺たち3人は逃げるようにし本能寺の前まで来る。

 

「ゆきのん…大丈夫だった?」

 

「え?ええ、あの品性のないナンパの事?」

 

「うん」

 

「ナンパなんていつもの事よ。わたし、かわいいから。でも、あんなにひどいナンパは初めてよ。なんなのかしら、知性も品性のかけらもない原始人以下よ、あんなのに引っかかる人なんているのかしら」

なに自分でかわいいとか言ってるんだこいつは……確かに見た目は美人だが自信過剰すぎませんかね。

それと俺がディスられているわけではないがへこんでくる。品性も知性も無い人。それ俺の尊敬する師匠だから………しかも、平塚先生が引っかかりそうになってたぞ。

 

「そ、そだな」

 

「……2人は………私、お邪魔かしら」

雪ノ下は俺と由比ヶ浜を見て、俯き加減でそんな事を言ってくる。

 

「え?全然そんな事無いよゆきのん!今日ちゃんと観光してなかったから、どっか見に行こうとするヒッキーの後についてきただけだから」

 

「ああ、今から本能寺にな……で、雪ノ下は」

 

「そうだったの……私も本能寺よ。班の人たちはお土産を買いに行くらしいから、別行動で………」

雪ノ下はなぜかホッとしたような表情をしていた。

 

「じゃ、いっしょだね。ゆきのん!」

由比ヶ浜はじゃれ付くように雪ノ下の腕をとる。

 

3人で本能寺の観光をすることになった。

中の博物館では三本足の蛙などが展示されている。

雪ノ下は由比ヶ浜に説明しながら展示物を見て回る。俺はその後ろを歩くスタイルだが……2人は楽しそうだ。

 

「ヒッキー、写真!」

 

「おう、カメラ貸してくれ」

 

「ヒッキーも!3人で撮るの!」

 

「俺はいい。誰が撮るんだよ」

 

由比ヶ浜は近くに居たカップルにカメラを渡し撮してもらえるよう頼む。

由比ヶ浜は無理やり俺と雪ノ下の腕をとり、由比ヶ浜が真ん中で本能寺をバックに並んで写真を撮ってもらう。

その後、俺が真ん中、雪ノ下が真ん中の写真も撮ってもらった。

由比ヶ浜は終始笑顔を絶やさない。

雪ノ下は少し困ったような顔をしていた。

 

 

この後、寺町通り歩き、和紙の店や、香や墨の店などを周り、バスまで戻る。

 

 

 

しかし、流石は京都、古くから魑魅魍魎や神や鬼が数多く現れたとされる都。ところどころ霊圧を感じる場所があった。そんな連中が封印などが施されているのだろうか?

 

それにしても、まじ俺の師匠はなんでここにいるんだ?

まあ、美神さんが出張によこしたぐらいだから……仕事なんだろうが………

途中、おちゃらけた事をするが、なんだかんだと師匠は、最後にはきっちり仕事終わらすからな。

 

京都で仕事か……嫌な予感しかしないんだが………

 

 

 

 

 

 

 

 




京都修学旅行編始まりました。



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⑫修学旅行1日目の夜

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
非常に助かります。

というわけで、今回はつなぎのお話です。


宿泊先のホテルでの夕食を終わらせ、班ごとの部屋に戻る。

一風呂浴びたい気分だが大浴場への入浴はクラスごとに決まっている。

一般の客も宿泊しているため、学生で大浴場を占拠しないためだ。

 

入浴時間まで、班の連中はトランプを始める。俺はちょっと出ると言って断った。

今のうち横島師匠がなぜ京都にいるのかを電話で確認するために………

 

『よぉ!八幡』

 

「師匠、夜分にすみません。って、周り騒がしくないっすか?」

 

『うはははははっ、ナンパ中!!』

 

「まったく、美神さんに言いつけますよ………今日、夕方前、三条でナンパした黒髪の格好いい美人はどうしたんですか?」

 

『そ…それをどうして知ってる!』

 

「で、どうしたんですか」

 

『この横島!千載一遇のチャンス。もう二度とこのチャンスは巡って来ないかもしれんと思い、ちょっと地雷女ぽかったが、猛攻勢をかけた!しかし……時間が無いとかですぐに別れたが。電話番号を見事ゲットしたぞ!どうだ八幡!見直したか!』

めちゃ自慢げなんだけど横島師匠……電話番号手に入れたことがよっぽど嬉しかったのか……多分初めてなのではなかろうか?

……それにしても地雷女って。なんとなく意味はわかるな。平塚先生にぴったりなニュアンスだ。

 

「………その地雷女、俺の学校の部活の顧問なんで」

 

『なに!?八幡!どうなんだ!脈ありそうだと思うか!!』

 

「……やめておいたほうが良いですよ。多分ずっと付きまとわれる……ストーカーになるんじゃないっすかね」

 

『うーん………流石にそれは…………やはり地雷女だったか美人なのに』

なんだ。横島師匠が珍しく悩んでいるぞ。っていうか女に躊躇してるぞ。地雷女って……なんか過去に何かあったのか?

 

「そんなことより、なんで京都に居るんすか。しかも平等院で痴漢で、清水寺でのぞきまでして」

 

『ち、ちがうんやーーー!痴漢ものぞきもしてないのに!警備員や、お姉ちゃんにおいかけまわされるわでーーー!!』

やっぱり横島師匠だったか……かまかけて見たが、見事本人だったな。

 

「それはもう良いです。いつもの事だから……で、なんで京都に居るんすか?」

 

『そ………それは、仕事の依頼でそのだな。ちょっとした調査だ』

横島師匠は何か言いづらそうにしている。

 

「本当にそれだけですか?……何か怪しげな事をしてるんじゃないんですか?美神さんに怒られるような」

 

「はははははっ!そんなことは無い!ああっ!!仕事が残ってた!またな八幡!!」

横島師匠はわざとらしくそう言って、電話を切る。

ナンパ中じゃないのかよ……めちゃくちゃ怪しいんだが………

 

 

 

結局、横島師匠が京都に居る理由がわからなかった。

取り敢えず、美神さんにも聞いてみるか……この時間帯だと、仕事中かな?

 

「美神さん。夜分にすみません」

 

『比企谷くんか、今仕事終わったところよ。なに?京都で修学旅行じゃないの?』

 

「そうなんですが、その……昼間に京都三条あたりで横島師匠を見かけまして、横島師匠に電話で理由を聞いたんですが、はぐらかされてしまって」

 

『はぁ?あいつなんで京都に?あいつの出張先は新潟の三条よ』

 

「……まさか、三条違いで」

 

『それはないわ。少なくとも三条以外の新潟の幾つかの土地に調査を行っているはずだから…………嫌な予感がするわね』

 

「何の調査なんですか?」

 

『……君ももうGS免許を取得したれっきとしたプロだわ。いいわ。GS協会通じて依頼を受けた案件……鬼の封印の調査よ』

 

「鬼………ですか」

俺は知っている。鬼とはそんじょそこらの妖怪とは格が違う。下っ端でもBランク以上の強力な妖魔だ。

更に鬼と言っても幾つかある。地獄の番人、神の使いや神そのものになった鬼もいる。鬼と言うだけで邪悪な存在ではない。逆に邪悪な鬼はごく一握りだ。殆どがこの世界の秩序を司る何らかの役目を負っている存在だ。

鬼の封印ということは、現世で暴れた鬼が、封印されたのだろう。

その場合、多くが元神、または神の使いが鬼となり、現世に落ちたパターンだ。

西洋の堕天使や魔族と同じ格なのだ。

 

『あのバカ、報告は密にしろと言ったのに、いいわ。私からもあのバカに連絡をしとくわ。新潟から京都にわざわざ横島くんが向かったということは、その鬼の封印の何かに関わっているからだと思うわ。まあ、すぐどうこうするような事案じゃないけど、君も十分気を付けなさい』

そう言って美神さんは電話を切る。

 

美神さんがこう言うということは、横島師匠は本当に仕事で京都に来ていたんだ。

なんだかんだと、美神さんは横島師匠への信頼は厚い。……まあ、仕事の時だけだが。

ナンパしに来たんじゃなかったんだな……横島師匠。

 

「鬼か……」

俺は鬼を知ってる。但し、それは美神さんや横島師匠の知り合いの神の使いである鬼だ。

かなりの霊圧があったことを覚えている。

今の俺でも下っ端の鬼でも倒せるかどうか……

ましてや、封印されてるレベルの鬼は少なくともAランク、下手をするとSランク以上の可能性もある。

 

横島師匠が鬼の封印の調査のために、新潟からわざわざ京都に……さっき俺に話をはぐらかしたのは、修学旅行中の俺に無用な心配をさせないようにとの配慮だろう。師匠はああいう所は結構不器用なのだ。

 

 

俺はホテルのロビーの土産売り場の前の椅子に座る。この時間帯は周りに誰もいないようだ。

 

京都に鬼……京都には鬼の伝承が多数ある。それも伝説級の鬼となると、もはやSランク以上だ。

そんなものの封印が解かれたらどうなる。

横島師匠でもどうにもならないかもしれん。

SランククラスはAランクGSが数人でやっと倒せるレベルだ。

美神さんや美神さんの母親の美智恵さんクラスでないと、一対一じゃ対抗すら出来ない。

それほど危険な相手だ。

俺なんかがどうにかできるレベルではない。

いや……美神さんはそんなことが起きないとは言っていた。

たぶん。大丈夫だろうが………

そもそも横島師匠を鬼の調査に新潟にやったということは、大きな問題が起きる可能性が少ないため、派遣したのだろう。

しかし、なぜ、その横島師匠が京都に?

 

俺はマッカンに匹敵するほど甘いとされる京都限定の缶コーヒーを飲みながら、思考にふける。

流石は京都、マッカンに匹敵する甘さだ。

 

すると、俺の目の前に雪ノ下が現れる。

一瞬俺を見て、何もなかったように通り過ぎ、土産物コーナーで物色し始める。

 

「……ふう」

俺は雪ノ下の様子を見ていたが……京都限定のパンダのパンさんキーホルダーを顔を若干緩め眺めていた。

 

俺の視線に気がついたのか、緩めた顔を見られたのが恥ずかしかったのかはわからないが、俺の元につかつかと歩き毒舌を吐く。

「あら、比企谷くん。気が付かなかったわ。部屋から追い出されたのかしら?」

 

「ちげーよ」

雪ノ下は今気がついたかのような素振りだ。……さっき俺とモロに目があったよな?なんなの?

 

「そう、……その依頼の方はどうかしら、あなた達に任せっきりになって申し訳ないのだけど」

雪ノ下は俺が座ってるベンチに、人1人分空けて横に座る。

 

「戸部の依頼か……、雪ノ下はクラスが違うから仕方がない。由比ヶ浜が頑張ってたが、空回りしているぞ」

 

「その言い方だとあなたは何もやっていないように聞こえるのだけど」

 

「何もやってないな。そもそも、戸部自身が空回りしている上に、海老名さんは故意に避けているように見える」

 

「堂々とよく言えるわね。………でも、海老名さんが避けてる様に見えるとはどういうことかしら」

雪ノ下は呆れたように言ってきた。

 

「観察だけはしていたからな。あまりにも相手の情報が少ないからまずは情報からと思ってな。由比ヶ浜の話からしても、海老名姫菜は、男を避けてるように聞こえた」

 

「………そう、私にはわからなかったわ」

 

「この依頼は、諦めたほうがいい……相手にその気が最初からない上に、戸部の告白を望んでいない奴が身近に居る」

 

「そこまで……あなたは………」

 

「更に言うと……まあ、由比ヶ浜がやるって言い出したんだが……戸部が告白した場合の、その結果がどうなるかを由比ヶ浜は想像出来ていない」

俺は少し躊躇したが、雪ノ下にこの事を告げた。

依頼を受ける前にだ。その依頼を遂行した場合。どの様な結果が待っているかを由比ヶ浜はまったく考えていない。

俺が予想するに、戸部は振られるだろう。その結果、葉山と三浦のグループに微妙な空気が流れる。最悪海老名姫菜はそのグループから距離を置くだろうと………

 

俺はこの一年半、美神令子除霊事務所で散々その事を学んだ。

除霊の依頼も一緒なのだ。その除霊を行った結果どういう事が起こるのか、最悪二次被害、三次被害へと拡大するかもしれないのだ。そのことも検討しながら、除霊を行っていくのだ。状況によっては調査だけでもかなりの時間を取って行うこともある。

 

「結果の想像……由比ヶ浜さんにその事を指摘してあげなかったのかしら?」

 

「あの時、俺が口を出しても納得いかなかっただろう。雪ノ下もこの依頼に否定的だっただろ?」

 

「私は……そこまでは」

 

 

そんな時、ちょうど目の前にめちゃくちゃ上機嫌な、平塚先生が前を通る。

「おお、比企谷と雪ノ下か!!ちょうどいい、今から京都の有名店のラーメンをこっそり食べに行くところだ。君たちも来たまえ!!」

 

そう言って、平塚先生は俺と雪ノ下を強引に外で待たせているタクシーに載せ、白川通りまで走らせる。

 

「比企谷!!聞け!!私も中々のものだぞ!!ちょっとナンパされてしまってな!!しかも電話番号交換までしてな!!相手は私に夢中なのだ!!さっき電話したら本人にも繋がったしな…………今までは電話番号交換した男の番号はホストクラブや警察や消防署につながったからな!!はははははははっ!!」

 

………横島師匠……やばくないっすか?絶対この人のターゲットになってますよ。付きまとわれて、本当にストーカーしかねない勢いっすよこの残念美人教師。

 

俺と雪ノ下は散々その事を聞かされながら、濃厚スープのラーメンを食べたのだった。

食べ終わった後の雪ノ下の表情は疲れ切っていたことは言うまでもない。

 

 

 




というわけで、次回は2日目、陽乃タイム><


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⑬雪ノ下陽乃はかなりおかしい

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

タイトル名を変更しました。
ご意見を頂きありがとうございました。
GSが一番おおかったのですが、それをカタカナにしてみました。

よろしくお願いします。


修学旅行二日目は、ホテル近隣にある二条城の見学から始まる。

そして、バス移動で伏見稲荷神社だ。

 

ここはかなり場の霊気が濃い。

流石霊験あらたかな場所だ。

 

俺も少し油断すると、場に漂う霊気に酔いそうだ。

 

クラスの後ろの方で歩いていたのだが、海老名姫菜が俺を待ち構えていた。

「ヒキタニ(比企谷)くん、私の依頼聞いてくれる?」

 

「……奉仕部の部長は俺じゃない。あのつららのようにツンツンした部長に言ってくれ」

 

「じゃあ、ヒキタニくんにお願い!」

そう言って、海老名は俺にあれこれ訳がわからない説明をしだす。

男同士仲良くだとか、くんずほずれつやら、美味しいところやら言っていたが、要するに戸部の告白を止めてほしいらしい。

戸部……めちゃバレてるな、あいつが内通者だろうが……

 

「……このままというわけにはいかないだろう。今回はそのいいきっかけだとは思わないのか?」

 

「ヒキタニくんってドライだね。私ね。まだもうちょっとこのままがいいのせめて2年までは」

今の葉山・三浦グループ関係を崩したくないがために、戸部の告白を阻止してくれということだ。

だが、それならば戸部の思いはどうする。それはそれで大切なことではないのか、まあ、他人の俺が言うことではないが。

それにしても、人の名前わざと間違えるの止めてくれませんかね。俺はヒキタニではなくヒキガヤなんだが……それ流行ってるの?

 

「……はぁ、あまり変わらないような気がする……気に留めておく」

 

「うん」

そう言って海老名は走り出して行った。

 

 

「あれ、姫菜とヒッキー何話してたの?」

入れ替わる様に由比ヶ浜がこっちに来た。

 

「ああ、まあ、なんだ。なんかよくわからん相談事だ」

俺は由比ヶ浜に言うべきか迷う。

いや、ここは由比ヶ浜が自分で気がつくべき事だ。

もし、それがきっかけで、あのグループが微妙な空気感が流れたとしてもそれはある意味仕方がなかったことだ。

戸部についた由比ヶ浜は三浦達と仲違いするかもしれん。どうすべきか悩む。

できれば戸部が告白を今回見送ってくれればいいが………

 

「由比ヶ浜、もう一度よく、考えてくれ、戸部の告白についてだ。戸部が海老名さんに告白した場合どうなるかを」

 

「うーん。くっついたら幸せ?」

 

「そうならなかったらどうする」

 

「うーん。うーーーーん?どうなるの?でもそうならないようにするのがあたし達の仕事じゃないの?」

 

「違うだろ、飽くまでもサポートだ」

ダメだな。由比ヶ浜の頭の中はお花畑になっているようだ。

 

「うーん」

 

「じゃあ、海老名さんの立場になって考えてみてくれ」

 

「うーん………わかんないよ。姫菜じゃないし」

 

「そうか……結論は急ぎすぎないほうが良い」

俺が答えを出すのは簡単だ。しかし、それでは由比ヶ浜の今後のためにならん。

横島師匠が俺に修行を付けてくれたように……美神さんが仕事のやり方を教えてくれたように……自分で考えさせて答えを出させなければ、力にならない。

 

「そうだ、ヒッキー午後からの自由時間。ゆきのんと一緒に回ろうよ」

 

「すまんな。俺はちょっと行きたいところがあってな……夕方には嵐山に行く予定だ」

 

「ええええ!あたし達も一緒に行くよ!」

 

「女子禁制の場所のお寺なんだ」

今は、そんな寺なんて無い。これで引っかかってくれよ。

 

「えええ!ヒッキーは意地悪だ!」

流石は由比ヶ浜、見事引っかかった。

 

「かならず、4時位には嵐山に行く。それからでも良いだろ?」

 

「絶対だよヒッキーせっかく奉仕部で楽しもうと思ったのに」

ふう、今から陽乃さんに会いに行くなんて言えない。しかも雪ノ下も一緒だとか、やばすぎるだろ。

しかもGSってバレちゃうしな。

 

 

俺はこの後、JR線で嵯峨嵐山に降りて……陽乃さんが指定した場所に向かうために山手の方に歩き始める。

おい………ほんとこの住所で合ってるんだろな、スマホのナビ様は人気や建物がない方を指してるぞ。

 

暫く歩くと、人気が全くなくなり山門らしきものが現れる。

 

「…………………」

これって、あの~、もしや土御門家本家?めちゃ帰りたくなったんだけど………

大きな木製看板に土御門総本家と書いてあった。

 

山門の左右に関係者らしきそれらしい服装の男性が立っている。

「その目ゾンビ……いや、ちがう…人か……ここは霊験あらたかな場所、一般の方が入っていい場所ではありません。お引取りを」

なんでゾンビに間違うかな、ゾンビってまじ俺と同じ目をしてるのかよ。ゾンビにあったことは無いが一度確認しないとな。

 

「あの……ここに来いって、えーと、雪ノ下…………いえ、土御門陽乃さんに」

 

「ひぃーーー、は、陽乃様に?し、失礼しました!」

なに?陽乃さんの名前出したら怯えてるんだけど……あの人、ここでもいびってるの?

慌てて、山門を通される。

高いな、山一つが敷地じゃないか……俺はしばらく山道を歩き屋敷の門まで出る。

門には式服を着た20代の男が数人並んで、恭しく俺に礼をしてくる。

 

「比企谷くん。やっほー!時間どおりだね」

式服姿の陽乃さんが屋敷の玄関で待っていた。

 

「……ここ、土御門の本家ですよね。俺みたいな他人が入って良いんですか?」

 

「良いの良いの。さあ、入って入って」

なんか、陽乃さん何時もと雰囲気が違うな。外面笑顔も出さないし、リラックスしてるようにも見える。

 

俺は靴を脱ぎ、陽乃さんの後に付いていく、やたら長い廊下を歩き奥の別棟に通された。ここは神社のお社のような作りだ。

 

「師匠!入りますね」

 

「お入りなさい」

中年ぐらいの女性の声がする。

師匠って、陽乃さんの?ということは………

 

陽乃さんがそう言って、一度正座をしてから、襖を開ける。

陽乃さんが座したまま、中に入り、俺を室内に通す。

 

「師匠、連れてきました」

板の間の30畳程の部屋奥には大きな神棚があり、その前に式服姿の女性が座っており、その左右、離れた場所に若い男が1人づつ座っていた。

 

その神棚の前に座っている女性を俺は知っている。

この前のGS資格試験の会場で特別審査委員として座っていた。

この人が西日本唯一のSランクGS。現土御門家当主、土御門風夏(フウカ)だ。超大物じゃねーか!!なんで俺なんかをこの人の前に連れてきたんだ陽乃さんは?

 

「始めまして、私は土御門家当主、土御門風夏。この陽乃の師匠を務めております。この前のGS試験の試合は本当に素晴らしかったですね」

温和そうな女性だ。とても戦う人間には見えない。御年60程だが、そう見えない。40代前半にも見える。

しかし、戦後、没落の一途をたどっていた土御門家を一代で立て直した女傑なのだ。

全盛期は攻の美神美智恵、防の土御門風夏と言われていたほどだ。その結界術は超一流らしい。

 

「美神令子除霊事務所所属、比企谷八幡です。お初にお目にかかります」

 

「あらあら、あの令子ちゃんのところの子にしては、行儀が良いのね」

 

「それで師匠、彼が私のお婿さんよ!」

陽乃さんは俺の横で笑顔を向ける。

 

「……………………おいーーーーーーぃ!!!!!!」

 

「なに?八幡。大声だしちゃって」

 

「聞いてない!!いつ、俺があんたの婿になったーーーーー!!」

 

「あらあら、本人はちがうと言ってるけど陽乃」

 

「あっ、本人に言ってなかったわ。師匠、八幡は将来、必ず私の婿になって、一緒に土御門をもり立てていきます」

 

「あらあら、頼もしいこと」

 

「ちょ!!かってに話を進めないでください!!」

 

「八幡、ってば恥ずかしがって」

何この陽乃さん。おかしくない?もしかしてこれが素の陽乃さん?何はっちゃけてるの?

 

「…………帰らせてもらいます」

このままだとこの人、いやこの人達のペースだ。もしや、これか?死ぬほどひどい目に会うというのは、ある意味いきなり人生の牢獄だぞ。

 

「待ってください。冗談はさておき、GS試験で見かけた時から、比企谷くんとこうして話をしてみたいと思っておりました」

 

「師匠、冗談じゃないですけど」

 

「陽乃、ちゃんと比企谷くんを落としてから言いなさい。落とすなら、最後まで納得行くまでとことん落としなさい」

………なにそれ、めちゃ怖いんですけど。この人も十分怖いんですけど。

 

「分かりましたわ師匠」

この師弟なに?親子より気の置けない関係なの?陽乃さんが無条件で慕っているんだけど…………流石、SランクGS?いや関係ないか………何このアットホーム感は……………

 

「陽乃!将来、土御門をもり立てるとはどういう事だ。分家の分際で」

当主の左に控えていた若い陰陽師が陽乃さんに声を低くしていう。

「あら、数馬兄上。霊能者は実力主義の世界ですよ。私はまだ見習いとはいえBランクGS。立場は同じBランクの兄上と一緒ですよ」

 

「この!!言わせておけば!!」

 

「数馬!お客人の前ですよ。陽乃もやめなさい」

 

「しかし、母上」

 

「母上ではありません。師匠と呼びなさい」

 

………なんだこれ?親子喧嘩?あの数馬とか言う人はこの当主の息子で、好き勝手やってる陽乃さんが気に食わないという構図か?

 

「もういい。こんなどこの馬の骨かゾンビかわからんやつを家に入れる事すら、間違っているのだ!」

数馬はそう言って俺を一瞥してから横の襖から出ていった。

 

「済まなかったな少年。弟が粗相を働いた」

右に控えていた20代後半の男性が俺に謝ってきた。

どうやら、この人も、当主の息子、さっきの数馬の兄らしい。

 

「いえ…………」

 

「ごめんなさいね。比企谷くん」

当主も俺に謝る。

まあ、名門大家だこんなこともあるのだろう。

跡目争いとかに巻き込まれたら一大事だ。

 

「比企谷くんごめんね」

陽乃さんも八幡呼びをやめ、俺に普通に謝ってきた。

 

「まあ、良いですよ。俺に用とはなんですか」

 

「さっきも言ったのだけど、せっかく京都にくるんだったら、ちょっとお話したいなと思ったの」

そう言って当主が手を叩くと、後ろの襖が空き、料理が運ばれてきた。

 

「はぁ」

まあ、ちょうど昼食べてないし……

 

「ちょっとした。おもてなし。昼食まだでしょ?」

………出てきた料理はちょっとしたものじゃない。めちゃ豪華な懐石料理なんですが…………

 

「比企谷くんあーん」

 

「しませんよ。そういうのはいいんで」

 

「比企谷くんつめたーい」

なにこの陽乃さん。なんかちょっとバカっぽい女子高校生みたいになってるんだけど、由比ヶ浜みたいになってるんだけど………これが素の陽乃さんか………これを見たら雪ノ下は卒倒するんじゃないだろうか?でも、こっちの方が自然体でまだいいか………

あの外面仮面は異様だからな………

 

「あらあら、おほほほほっ……」

めちゃアットホームなんだけど。あの数馬とか言う人以外。

 

「令子ちゃんはどう?」

当主は俺に話を振ってきた。

 

「厳しいですけど。俺に良くしてくれますよ」

 

「じゃあ、横島くんは?」

 

「俺の師匠は横島忠夫なんで、ここまで霊能者として育ててくれたのは横島師匠のお陰です」

 

「……あの横島くんがあなたを………………」

この人、横島師匠を知ってる。しかも変態レッテルではない横島師匠を。

 

「俺は1年半前の事故で意識不明になって、霊能が発現して、そして暴走しました。それを助けてくれたのが美神さんであり、横島師匠なんです」

 

「まさか……一年半前って、あの時の………それ家のせいじゃない」

陽乃さんは初めて知ったのだろう。驚き、申し訳無さそうにする。

やっぱり、自然な表情だなここでは………

 

「だから、雪ノ下には言わないでください。それと俺はそのおかげで、横島師匠や美神令子除霊事務所に入れたのだから、感謝してるぐらいですから」

 

「でも、暴走まで行ったってことは一つ間違えば………ごめんなさい比企谷くん」

陽乃さんは俺にまた謝る。

 

「…良き師匠に恵まれましたね。比企谷くん」

 

「はい」

これだけは、はっきり言える。




次は、結衣と雪乃と合流展開。


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⑭俺に任せろ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

そして、俺ガイルの中最も波紋をよぶイベントへと向かう。


俺は土御門本家で、当主土御門風夏、その長男の土御門吉春、そして、土御門姓を名乗る陽乃さんとこのだだっ広い社で、豪華な昼食を頂き、今はティータイムだ。

 

そこで、社が微妙に揺れる。

地震か………いや、これは……場の霊気が漏れている。しかもなんだこの仄暗い霊気は………

 

「あらあら、地震かしらね………その様子じゃ分かっちゃったかしら?」

当主はとぼけたような事を言いながら、俺の様子を見ていた。

 

「そうですね。ただの地震じゃないです。霊気が漏れてますね。何かが地下深くに蠢くような………」

 

「やはり、横島くんの弟子ね。そこまで分かっちゃうのね」

この人、やはり横島師匠の事を知っている。もしかして俺以上に……

 

「土御門は古くから京都の守護を任された陰陽師の家系………京都には幾つもの妖魔が封印されているわ。物によっては一定の期間ごとに再封印が必要なの。それこそ100年単位の周期でね」

 

「そうなんですか」

 

「その内の一つが、今、ちょうどその再封印が必要な時期なの。前々から準備を進めていたの、比企谷くんが心配することは何もないわ。私がまだ元気な内にこの周期が来たことは幸いだったわ」

なるほど、ここは綺羅びやかな都であったと同時に魔都とも呼ばれた場所だ。綺羅びやかな裏にはこの様な事が1000年以上前から日常的に行われてきたのだろう。

その役目を陰陽術と共に脈々と受け継がれてきたのが土御門家か……

 

「私が戻ったのも。そのためなのよ。大規模な再封印が体験できる機会なんて滅多にないしね」

陽乃さんはあっけらかんと言う。

 

……それだけか?いや……考えすぎか……

 

ここは土御門本家。そして目の前に居るのは間違いなくSランクGSの土御門風夏。滅多なことは起きないだろう。

 

「そろそろ、御暇します。修学旅行中なんで………」

意外と時間が過ぎるのが早い、由比ヶ浜と約束した時間が差し迫っていた。

 

「ごめんなさいね。わざわざ来てもらって」

当主は笑顔をずっと絶やさない。このアットホームな雰囲気はこの当主あってこそだ。

 

「いえ、俺も貴重な話を聞けたので、ありがとうございます」

 

「じゃあ、比企谷くん。下の山門まで送ってくね」

俺はこの場を辞し、社を後にし陽乃さんと共に山門を降りていく。

 

「比企谷くん……霊能が急に発現したということは……霊障は…」

 

「大丈夫です。霊気・霊力のコントロールを会得できましたんで」

 

「霊能の家系でもない比企谷くんがそこまでになるなんて、相当努力したのね」

 

「いや、師匠の教えが良かったからですよ」

たしかにそうだ。俺は霊能の発現で霊気が溢れ出す体質となった……しかし俺には霊力コントロールを行う才能とキャパがなかった。だから霊気はそのまま体外へ垂れ流しになる。

それを制御するための霊力コントロールなのだ。

横島師匠は俺に叩き込んでくれた、霊力コントロールのすべを…根気良く、日々繰り返し教えてくれた。

 

「家の師匠もどうやら横島忠夫を買ってたけど、そんなになの?噂では変態だとかセクハラ常習犯だとかしか聞かないけど」

セクハラ常習犯に変態は合ってます。しかしそれ以外が聞こえて来ないとは、不可解だ。霊能力は少なくとも俺や陽乃さんよりも圧倒的に上だ。

 

「まあ、普段はアレですが、俺の目から見ても、かなりの使い手ですよ」

 

「ふーん。………比企谷くん。雪ノ下からは必ずちゃんとした償いはさせるわ」

 

「いえ、別に良いです。入院費や病院の個室とかすべて持って貰ってましたんで、半分俺が車に突っ込んでいった様なもんだし、霊能に目覚めたのは、誰のせいでも無いですよ。たまたま運が悪かった………いや、こうして霊能者になれたのは運が良かったと言ったほうがいいのか」

 

「……そう………でも」

陽乃さんは心苦しそうにする。やはり土御門に居る陽乃さんの表情は自然だ。

これが、素の陽乃さんか………雪ノ下では堅苦しい思いをしていたのだな……

 

山門まで陽乃さんに送ってもらい。別れ際には………

「比企谷くん、今日言ったこと本気なんだから」

 

「何のことですか?」

 

「君を落とすわ、雪乃ちゃんには悪いけどね!」

 

「………ちょ!?」

 

「じゃねー、八幡!」

陽乃さんは山門から、駆け上がって行ってしまった。

 

………まじなのか?……なんで俺?冗談じゃないのか?

悪い気はしないが、なんというか俺は………うーん。

 

俺は土御門家での出来事や、陽乃さんの言葉を思い出しながら歩いて……嵐山の駅まで向かった。

途中由比ヶ浜に連絡して、嵐山の駅近くの喫茶店で待ち合わせの約束したのだが、何時もの元気が無かった。

 

 

 

「あら、あなた何処に行ってたのかしら」

 

「ちょっとな」

 

「女人禁制の寺なんてものは、今はないわよ嘘付谷くん」

雪ノ下は俺を疑うような目つきで見据える。

しまったな。そりゃそうか、雪ノ下にはばれるのは当然か……

 

「どうしても、前々から1人で見ておきたい場所があったんでな、すまなかった」

 

「意外と素直に認めるのね。で、何処に行ってたのかしら?」

 

「それは、秘密だ」

 

「………まあ、今はいいわ。今度じっくり聞いてあげるわ」

聞く気まんまんだな。おい。なんで俺のことなんかそんなに気になるんだよ。

雪ノ下はそう言って、隣にうつむき加減で座る由比ヶ浜に視線を移す。

 

「………ヒッキー、どうしよう」

俯き加減だった由比ヶ浜は俺を涙目で見る。

 

「どうした?由比ヶ浜」

 

「ヒッキーがさっき言った事ね。考えたの。姫菜の気持ちになって考えてみたの。もし私が姫菜だったら、あたしに戸部っちが告白してきたらどうするか……………」

 

「そうか……」

 

「あたしが戸部っちに告白されたら………絶対断る」

なにその絶対って、ちょっと戸部が可愛そうじゃない?そんなに戸部が嫌いか?ちょっとはいいところあるぞ。声が大きいとか。

 

「………」

どうやら、俺の言葉で由比ヶ浜は真剣に考えてくれたようだ。

 

「それで、その戸部っちに、姫菜や優美子が応援してたら、あたし、嫌な気分になる。……好きでもない人に告白されたら……あたし、そんな事考えもしなかった」

 

「そうか……じゃあ、由比ヶ浜はどうする?」

 

「姫菜に謝ってきた……姫菜、やっぱり怒ってた。でも許してくれたの……………、戸部っちにもこれ以上協力出来ないって謝ったの……でも、告白はやめないって……どうしよう」

由比ヶ浜らしい。

由比ヶ浜は自分の間違いに気がついたら、それに素直に認める事ができる。こいつの良いところだ。普通は中々そうは行かない。俺だってそうだ。だが由比ヶ浜はそれができる。素直に認め、間違っていたことを相手に伝え謝る。単純なようだが難しい事だ。俺がこいつに好感が持てる理由だ。

 

由比ヶ浜が間違いに気が付き、反省し、そして……それを正そうとした。

ならば後は………………

 

 

「後は俺にまかせろ」

 

 

 

 

そして、戸部が選んだ告白スポットに3人で向かう。

すでに時間が押し迫っていた。

「あなた、どうするつもり?」

 

「………ここでは言えん。すまんが黙って見ててくれ」

 

「ヒッキー、ごめんね。あたしのせいで」

 

「いや、最初っから分かってて止めなかった俺も悪い」

 

「それを言うなら、依頼を受けてしまった私も同罪ね」

 

 

深い竹林に囲まれた幻想的な小道。そこは夕暮れになり、ライトアップされ、ほんのり光が灯っていた。

戸部にしては、なかなか雰囲気のあるところを選んだな……戸部の本気度が伝わる。

しかし、悪いな戸部。阻止させてもらう。

 

戸部が見えた!

 

俺は由比ヶ浜と雪ノ下にその場で待機するように言い、俺も様子を伺う。

海老名姫菜が戸部を挟み対角線上の向こうからゆっくり歩いて戸部に近づいていく。

 

告白の時は近い。

 

俺は……静かに歩み、戸部と海老名に近づいていく。

 

 

俺の戸部告白阻止プランは5つある。今もどれを選ぶべきか悩んでいる。

 

①戸部が海老名に告白する前に、俺が戸部の前で海老名に告白し振られる。

 察しのいい海老名のことだ。今は誰とも付き合うつもりがないことを戸部の前で俺に言う。

 それで、戸部も引き下がるだろう。

 

②戸部が海老名に告白する前に、後ろから戸部にドロップキックをかます。

 戸部を気絶させ、引っ張って帰る。告白チャンス自体をなくす。

 できれば戸部は修学旅行が終わるまで気絶してもらう。

 まさに、美神令子直伝の方法だ。告白自体を無かったことにするのだ。

 

③戸部が海老名に告白した時点で俺が横から口出しし、うまいこと収める。

 八幡スマイルをだし、平和的解決を試みる。

 まさに、聖母の如く。キヌさんバリに皆を幸せに導く。

 

④戸部が海老名に告白する前に、二人の前で強烈な一発ギャグをかます。

 戸部が告白するのを忘れるぐらいの一発ギャグだ。

 横島忠夫直伝の一発ギャグだ。これに毒気を抜かれた戸部は告白するタイミングを失う。

 海老名は笑いながら俺をネタに盛り上がらせる。

 さすれば、告白などというムードはゼロになり、すべてが無に帰するのだ。

 

⑤そして、俺が美神令子除霊事務所で培ったすべてを投げ売って行う、究極の阻止方法。

 戸部が海老名に告白する前に、俺が戸部に告白する。

 俺が戸部の後ろから抱きついて、戸部に愛の告白を耳元で囁くのだ。

 戸部は海老名に告白することなど、忘れてしまうだろう。

 そして、そんな俺達を見た海老名は鼻血を出してぶっ倒れる。

 もはや、告白どころの騒ぎではない。

 しかしこれにはただならぬリスクが伴う。

 

 戸部が俺の告白を受け入れたときだ。

 ……………今は考えないでおこう。

 

 

 俺は戸部と海老名に静かに近づいていく。

 

 どれだどれが正解だ?

 

 ③と④は現実的に無理だ。

 ③俺にはキヌさんのような聖母的な包容力やあの笑顔を出すことが出来ない。

 八幡スマイルはゾンビスマイルになること間違いなしだ!

 ④俺には横島師匠バリの一発ギャグは出来ない。『のぴょぴょーん』だけで、

 敵を倒すなど、アレで敵の動きを封じることができるのは横島師匠だけだ。

 一発ギャグでの『場の空気クラッシャー』など俺には到底無理だ。

 

 ならば、①か②か⑤だ。

 しかし、①は俺の霊感が止めておいたほうが良いと言っている。

 なぜだかわからないが……ビンビンに俺に語りかけてくる。

 

 

 どうする後は2択だ!

 

 

 もう時間がない、海老名が戸部の前まで来た!

 

 

 どうする。どうする俺!

 

 

 

 そして………その時が来た!

 




美神令子除霊事務所の色に染まった八幡。GS的解決方法でどう乗り切るか……


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⑮道化の弟子は道化

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

こ、こんな感じになりました。
皆さんのご期待に答えられなく、すみません。


 

竹林の小道。程よく薄暗い明かりが、光と影の幻想的な世界を築き上げる。

 

戸部はここを告白場所として選び、相手である海老名を呼び寄せる。

 

海老名姫菜は戸部が待つ小道の中頃にゆっくりとした足取りで到達しようとした。

 

 

 

戸部には悪いがその告白阻止させてもらう!

 

阻止方法の残りの選択肢は2つ。

 

一つは戸部が海老名に告白する前に戸部を後ろからドロップキックをカマシ、気絶させ、そのまま連れ去り、告白自体を無かったことにする。強引な美神令子方式。

 

もう一つは。戸部が海老名に告白する前に、俺が先に戸部に後ろから抱きつき告白する。耳元で愛を囁くのだ。戸部は戸惑い、告白どころではない。腐女子の海老名はその俺達を見て、豪快に鼻血を出して倒れるだろう。もはや告白どころではない状況を作り出す。究極の方式。

 

 

時間がない。どっちだ!

いや、考えるまでもない。後者は却下だ!由比ヶ浜を助けてやりたいが、俺の精神が持たない!

 

ならば、戸部には罪はないが、ハチマンクラッシュ(ドロップキック)で気絶させ、告白を無かったものにさせてもらう。

 

俺は戸部の背中に狙いを定め、足を速め、勢いをつけ飛ぶ!

ハチマ~ン!クラッ…………アレ?

 

 

 

俺が狙いを定めた戸部の前……いや、戸部と海老名の間にどこからか急に人影が紛れ込んだ!

 

 

「眼鏡が似合うお嬢ーーさん!!ボク、横島!!!あそこのベンチでボクと永遠の愛を語り合いましょう!!!!」

 

 

人影が、いきなり現れ海老名の両手を取って、超ニヤケ顔でこのタイミングでこんなアホなナンパをしだしたのだ。

 

なんでやねん!!!!つい師匠の関西弁が…………横島師匠!!!!なにやってるんすか!!!!!

 

「え?なに!?」

「ちょっ!?え!?えええ!?」

海老名と戸部が盛大に驚き戸惑っている。

当たり前だ。この緊張感の中、緊張とは程遠い声で、とんでもない事をしでかした。

まさしく『場の空気クラッシャー』

 

 

そんな事を思っている場合ではなく……やはりというか、やっぱりというか………

 

「あ!」

 

ドゴン!!

 

「グボバ!!」

 

既に地を離れたハチマンクラッシュは戸部ではなく横島師匠の後頭部に炸裂してしまった。

 

横島師匠は盛大に吹っ飛びっ転げ回り、竹林に頭から突っ込む。

 

俺は海老名と戸部の間に割るように華麗に着地する。

 

 

「「「………………」」」

 

長い沈黙がこの場を支配する。

 

竹林の柵に頭を突っ込んだままヒク付いているナンパ男。

いざ、好きな女の子に告白すると緊張しながらも息巻いていた戸部

どう断ろうかと悩みながらも、戸部の告白を受けに来た海老名

そして、ナンパ男を派手に撃沈させ、図らずも戸部と海老名の間に挟まって立ってる俺。

 

なにこれ?なんだこれ?なんなんだこれ?これをどうしろというんだ?

 

「………え、海老名さん。なんか災難だったな。……とんでもないナンパ男に絡まれて、……変態男は俺が撃沈した……………つ…続きをどうぞ」

 

「…………あの人、大丈夫なのかな」

海老名は竹林の柵に頭を突っ込んでヒクついてるナンパ男を指さして、そう言った。

 

「だ、大丈夫じゃないか。きっと」

絶対大丈夫だから。こんなことで死なないし、怪我しても一瞬で治るし……この人。

 

「ヒキタニ(比企谷)くんなにげに酷くない?まあ、俺らは助かったけど」

 

「なにが大丈夫じゃーーーー!!人のナンパの邪魔をした上に!!この仕打ち!!許さーーーーんん!!」

ナンパ男(横島師匠)は竹林の柵から頭を引っこ抜いて、ビヨーンと立ち上がり、涙をちょちょ切らせながら俺に抗議する。

なんだ。横島師匠。俺の事を他人の振りで通した?

………なるほど………そういうことか………流石は俺の師匠!!かっこ良すぎる!!

横島師匠は多分、俺の代わりにこの告白をクラッシュしてくれたのだ。

何処かで俺達の話を盗み聞きしたに違いない!!

 

「いい加減にしないと、警察に通報しますよ」

よし、ここは横島師匠の小芝居に乗るのが吉。

 

 

「ああ!!誰かと思ったらお前か八幡ーーーーーー!!この眼鏡美少女とも知り合いだと!?この裏切り者ーーーーー!!」

 

ええええ!?あれ?俺の代わりに告白クラッシュさせてくれたんじゃないんすか?まさかのマジギレ!?

 

「ヒキタニ(比企谷)くん?……知り合い?」

 

「いいえ、こんな変態知りません。誰かと勘違いしてるんじゃないかな?」

そうだ。ここは徹底的にとぼける。こんなナンパ男は知らんし。こんな空気を読まない師匠なんてものは俺の師匠でも何でも無い。

 

「………裏切り者とかなんとか……ヒキタニくんの……………」

 

「何を言ってるんだ。海老名さんに戸部、ここは京都だぞ。しかもボッチの俺に知り合いなどいようはずがない」

なんとしても誤魔化さないといかん。

 

「許さーーーーーん!!ボッチだなんだ言っておきながら!!何時も何時も美女、美少女を侍らせやがって!!」

 

「いつ誰が、美女と美少女を侍らせた!!この変態!!もっとマシなナンパしろよ!!」

 

「なんだと!!あのDカップのねーちゃんとか!!地雷女の美人女教師とか!!部活の女の子と何時もイチャついてるんだろ!!なにがボッチだ!!」

 

「何言ってんだあんた!どこをどう見たら、イチャついてるように見えるんだ逆だろ!!あんただって!!キヌさんに好意を寄せられてるのに、なんでなんにもしないんだ!!気がついてるんだろ!!このヘタレ!!」

 

「何をーーーー!!」

「何をってなんすか!!」

俺はいつの間にか横島師匠とおでこ同士が当たるぐらい顔を突き合わせていた。

 

 

「…………ヒキタニくん、やっぱり知り合いだね」

「……………ヒキタニくん。無いわーーー。これは無いわーーーー!」

 

し……しまった!!

つい、師匠に乗せられてしまった!!

 

「…………いいえ、赤の他人です」

 

海老名と戸部は俺をジトッとした目で見てくる。

 

「………八幡、わるかった。まさか、痴情のもつれだったとは…、眼鏡美少女を巡って、男の戦いをしていたのだな。……影ながら応援するぞ!さらばだ!うはははははははっ!!」

横島師匠は何を勘違いしたのか、俺とこの二人の会話を聞いてそう判断したらしい。

そして俺の背中を強めに叩いて、高笑いしながら猛スピードでこの場を去って行った。

 

なにこれ?どうするんだこれ?どうするんだよこれ!!

あの人、この場をかき回すだけかき回して、消えやがった!!

 

「えーーっと、そのだな、うーん」

これ言い訳しようがないぞ。どうする?

 

 

「ふう……もういいよ。比企谷くん……ありがとね」

海老名は何時ものヒキタニ呼びをやめ、比企谷と俺を呼ぶ。

 

「おい」

俺は海老名に声を掛ける。

海老名は何かを決心した様な顔だった。

 

そして海老名と戸部の二人は……

「戸部っち……」

 

「海老名さん……その俺」

 

「私ね。知ってたの。戸部っちが私に告白しようとしてたの。私は今は誰とも付き合わない。今の皆との関係がすごく良いの。だから、ごめんね。

それで戸部っちや皆との関係が壊れるのが怖くて、逃げてたの。それで比企谷くんや皆に迷惑かけちゃった」

 

「……そう、なんだ。でも俺は」

 

「今はそれ以上言わないで、……今は友達でいよう」

 

「…………わかった。いつかまた、必ず」

 

「うん。その時は盛大に振って上げる」

 

「ええ?それって振られたのと同じじゃない?」

 

「ちがうよ。皆も心配してるから、戻ろう戸部っち」

 

二人の間の距離は離れながらも、同じ方向を向き、歩いていく。きっと三浦や葉山の元だろう。

なんだかんだと元の鞘に戻ったようだ。

 

結果オーライ…か

 

 

で………残された俺は何?道化もいいところなんだけど。

これどうすんだ?

 

 

 

「……依頼は完遂したようね」

「……ヒッキー、ありがとう」

雪ノ下と由比ヶ浜が取り残された俺のところに歩いてくる。

 

「ああ」

 

しかし……

 

「それで…なんなのかしら、あれは、あの変人はあなたの知り合いのようだけどどういうことかしら?」

「ヒッキー!!美女と美少女とイチャイチャってどういう事!!」

雪ノ下はツンドラのような凍てつく視線で俺を睨んでくる。

由比ヶ浜はプンスカしだした。

 

「……いや、あのだな」

 

「キヌって人は誰かしら?」

「Dカップ美女って誰?」

 

「あの……だな」

横島師匠……これがイチャイチャしてるように見えますか?マジで……

 

というか、あの人何しに来たんだほんとに!!

これか、占いでとんでもない目に遭うってのは!!





俺ガイルイベント完遂。
次は京都GS編


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⑯ゴーストスイーパー比企谷八幡始動

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ついに八幡始動。





 

戸部翔の海老名姫菜への告白を阻止すべく俺は動いたが、横島師匠の介入があり、あの場はカオスと化し、収拾がつかなくなった。

しかし、海老名自身の言葉で戸部の告白は当分延期されることになり、元の鞘に戻った。

これで由比ヶ浜も後にひくこともないだろう。

 

 

しかし……横島師匠は何故か俺に爆弾を投下をし、どっかに行ってしまった。

何しでかしてくれてるんですか横島師匠!!

 

「キヌさんとは誰のことかしら?」

「Dカップ美女って誰!?」

その爆弾は見事命中。俺はなぜか雪ノ下と由比ヶ浜に責められている。

しかも、なぜ責められているのかがわからないが、なんか俺が悪いみたいなことになっている。

 

「いや、それは…」

 

「あの原始人以下のナンパをする男の知り合いの、隠事谷くん……さあ、吐きなさい」

「そうだよ!あの変な人とどういう知り合いなの!なんか仲良さそうだったし!」

なんだこのプレッシャーは、なんなんだ?

 

「お、落ち着け……そろそろ戻らないとな。ホテルの夕食に間に合わないだろ?」

 

「今日の夕食は各自自由よ。ホテルには8時までに戻ればいいわ。まだ時間はあるわ。じっくり聞かせて貰いましょうか?」

「そうだ!ヒッキーさっき、あたしを騙して女人禁制だとか言って、1人でどっか行ってたし!」

なんだかわからんが、ピンチだ!

 

「さ、さすがに、寒くないか?ホテルにもど……」

そう、10月末の京都の夜は流石に羽織るものが居る。こんな何にもないところでは風邪をひいてしまうだろう。……いい訳じゃないぞ。

 

「そうね。そこの甘味処で聞きましょうか?」

「うん。そだね。甘い物食べながらね!」

 

「夕飯はどうするんだよ?」

 

「抜きよ!」

「ヒッキーは水で十分!」

なにこの二人、めちゃ息が合ってるんだけど……しかもなんか怖いし……

 

 

俺は竹林近くの甘味処に連れて行かれ、4人座席の片側に座らされ、対面には凍てつく視線を俺に向ける雪ノ下とプンプンしてる由比ヶ浜が座る。俺の席にはコップ一杯の水。雪ノ下は善哉、由比ヶ浜はパフェ風のあんみつ………そして尋問が始まった。

 

「で……あの変人とはどういう知り合いなのかしら?」

「そうだよ!めちゃ仲よさげだったし!」

 

「あれだ。前に言っただろ。バイトしてると。そこの先輩だ」

うん、嘘は言ってない。

 

「普段からボッチだと自慢げに言ってる割に、随分打ち解けているようね」

「そうだ!そうだ!なんか女の人もいそうだし!」

 

「……し、仕事を直接教えてもらってるんだよ」

これも、嘘は言ってない。

 

「それで、キヌさんとは誰かしら?」

「美女に囲まれてるってどういうこと!?」

なんなんだ?確かに俺のバイト先には美少女や美女は沢山いるが……キヌさん以外は見た目だけだ!中身は世紀末覇者伝説並にひどい連中なんだぞ!脳内はみんなヒャッハーしてる連中なんだ!

 

「キヌさんは、あれだ俺の一つ上のアルバイト先の先輩だ」

八幡、嘘つかない。

 

「随分そのキヌさんと仲が良いようね。あなたが女性を下の名前で呼ぶなんて」

「ヒッキーが女の人を名前で呼ぶの小町ちゃん以外で初めて聞いた!」

ぐっ…それは、仕方がなかったんやーーー!!聖母に泣かれたら誰だってそうなる。

 

「……確かに、仕事先で良くしてもらってる。しかし、勘違いするなよ。キヌさんはあの横島さんを好きなんだ」

 

「……あの変人を?」

「あの変態を?」

そうなんだが、確かに変態なんだが!その変態が俺の尊敬する師匠なんだが!!こいつらが言うと異様に腹が立つ。良いところもあるんだぞ!……たぶん

 

「一応、仕事ではいろいろ助けてもらっている人だ。良いところもあるぞ。見た目だけで判断しないほうがいい」

 

「……あなたが他人を褒めるなんて…少し言い過ぎたわ」

「……ヒッキー、よく知らずにごめん」

あれ?意外と素直にひいてくれたぞ。

 

「まあ、普段があれだからな。見たまんまだとその通りだからな」

 

「で……美人、美女を侍らかせたというのは、どう言うことかしら?」

「そうだ!そうだ!Dカップ美女って誰だし!!」

まだ、続くのかよ!

 

「……お前らの事と、平塚先生。由比ヶ浜が言っているDカップ美女とは、多分雪ノ下姉の事だ」

 

「……そこでなぜ姉さんがでるのかしら?」

雪ノ下は不機嫌そうだ。

 

「たまたまバイト中に雪ノ下姉に会ったんだよ」

 

「ヒッキー、バイト先で私達の事を話してるんだ。しかも美少女だって!」

なんだこいつ、さっきまで怒ってた感じなのに、急にもじもじしだしたぞ。

 

「……まあ、あれだ。部活やってる位は話してるからな」

 

「………あなたが真面目にアルバイトをして、職場の人たちとまともにコミュニケーションを取るなんて……想像しにくいわね」

 

「…まあな」

 

「それで、何のアルバイトかしら?」

「そうだよ!前は親の手伝いだって、はぐらかしたし!」

くっ、流石にゴーストスイーパーやってますとは言えん。

なんとか誤魔化さなければ……

 

「あーあれだ…」

 

その時、この甘味処……いや、地面が揺れた。

 

「地震!?ゆきのん!」

「落ち着いて由比ヶ浜さん。大丈夫よ。そんな大した揺れじゃないわ」

 

!!!???

なんだ………この霊圧は!!

とんでもない霊力が漏れてるのを感じる!!!

土御門本家で感じた仄暗い霊気だ!!

何もしていないのにここまでビンビンに伝わってきやがる!!

 

まさか封印が解けたのか!?

 

俺は霊視を最大限に発揮させ、周囲を警戒する。

 

!!!???

あっ、今度は陽の霊力だ!………この霊気霊力は……土御門当主の風夏さんのだ!!

土御門の再封印術式か?

 

いやちがう、これは風夏さんの霊気だけだ!!

何が起こってる!?

 

しかも、あの仄暗い霊気は収まってない!

拮抗してる!!

 

 

!?……仄暗い霊気が少しずつ漏れ出してる。しかもその霊気がここら一体に瘴気を生み出している!

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、すぐにホテルに戻るぞ!」

俺は席を立って、語気を強め二人に告げる。

 

「どうしたのヒッキー?」

「まだ、話は終わっていないのだけど」

由比ヶ浜は心配そうに、雪ノ下は訝しげに俺を見る。

 

「ああ!後でなんでも話してやる。だからここを急いで出るぞ」

 

「ヒッキー、なんか変だよ」

「急に…説明してもらえないかしら」

 

店の外で悲鳴が聞こえてくる。

くそ、遅かったか!漏れ出た瘴気から物の怪の類がもう湧いて出やがったか!

 

「いいから、行くぞ」

「ちょ、ヒッキー」

「え?…急に」

俺は二人の手を強引に取り、店の外にでる。

 

………くそ、周囲は雑霊だらけだ。

しかも、物の怪がここにも迫って来てやがる。

 

小さな子ども位の背丈の骨と筋ばかりのやせ細った人型の妖怪が何体かがこちらに向かってゆらゆらと歩いてきた。

 

「………ヒッキー……なんか居る」

「……何、何あれは……………」

 

「餓鬼だ……」

 

くそっ!既に人が遠目で襲われてる。

こいつらを置いて助けに行くわけにもいかん。

 

あのお守りがあれば、こいつらに渡して、助けに行けるのだが。

キヌさんに貰った強力なお守りをホテルに置いていったのは間違いだったか……あれだけの強力なお守りだ。陽乃さんに変に勘ぐられないようにと置いてきたのは失敗だった。

 

 

後ろを振り返ると………異変に気がついた甘味処の観光客や従業員が扉から外の様子を見て、悲鳴を上げだした。

 

くそっ、餓鬼自体は大したことはないが、オレ一人ではこれだけの人数を守ってこの場を脱出するのは困難だ!

 

 

そこに式服を着た一団が、餓鬼を倒しながら……こちらに向かってきた。

 

「土御門の者です。この松尾山一帯で大規模な霊災が発生しました。ここは我々がくいとめるので、急いでここを出て下山し、桂川を渡ってください」

土御門の霊能者達だ。流石は名門土御門、対応が早い。

今俺達が居る竹林の小道は松尾山のちょうど中腹から下辺りだ。俺が仄暗い霊気を感じているのはちょうど頂上辺りに位置する。

 

この分だと、なんとかなりそうだな。

 

「行くぞ、由比ヶ浜、雪ノ下」

俺は由比ヶ浜と雪ノ下に声をかけ、急ぐように促す。

 

「うん……ゆきのん?」

雪ノ下は呆然としていた。いや、震えていた。何時も毅然としている姿はそこには無かった。

 

「行くぞ」

俺は雪ノ下の手を少々強引に引っぱり歩きだす。

 

「ゆきのん…大丈夫?」

 

「ごめんなさい。少し驚いただけだから」

少しじゃないぞ。……もしかすると過去に妖怪か霊にでも襲われたのかもしれん。その時の恐怖が今も………だが、しばらく歩いて、ようやく立ち直ったようだ。

 

「少し走るぞ」

他の観光客の大半はすでに小走りで先に進んでいたが、俺達は雪ノ下の状態を見ながら歩いていたため、少々遅れていた。

 

しばらくし、観光客の最後尾が見えてきた。もう少しで開けた場所に出る。

「後少しだな……」

「うん。わたし妖怪初めて見た」

「………ごめんなさい。足でまといになって」

由比ヶ浜も雪ノ下もようやくホッとした表情になる。

 

 

しかし、

 

「ふははははははっ、見つけたぞ!小娘!」

 

その声に俺は振り返る。

 

「ん?忌々しいゾンビ男も一緒か、ちょうどいいお前も一緒に始末してやる」

式服姿のその男は俺にも声をかけてきた。

 

「お前みたいな奴は知らんぞ。他を当たってくれ」

俺はそのまま、雪ノ下と由比ヶ浜に前を見て走れと指示して、そのまま走り出そうとする。

 

「貴様も俺をバカにするのか!よく聞けゾンビ男!俺は土御門次期当主の土御門数馬だ!」

そう言って、数馬は指を鳴らすと、俺たち3人の周りに9体の餓鬼が地面から湧き出す。

完全に囲まれた。

 

「ヒッキーーー!」

「…………」

由比ヶ浜は叫びながら俺の袖を引っ張り、雪ノ下は震えながら無言で俺の手を握りしめる。

 

俺は再び、振り返りその男を見る。

「………知らんな。お前みたいなやつ、似ているやつなら知っているが……俺の知り合いにお前みたいなオデコに短小の角オブジェを付けたやつなんぞ居ないはずだが」

………まずいな。あれは角だな。こいつ半分妖魔化いや鬼化してやがる。ランクAに近い霊力をまとってやがる。半鬼化してパワーアップしたか?…しかし、なぜこいつ(土御門当主の次男)がこんな事に………いや、再封印がうまく行っていないのと関係しているのか………

くそ、こんな時に横島師匠は何処に行った!?

 

「くそ、どいつもこいつも俺をバカにしやがって!……まあいい、そこの分家の小娘。貴様をあの陽乃の前で喰らってやるわ。霊力がなくとも我が一族の血がながれているのだろ?その血で俺の糧になれ!そして、あの陽乃の絶望した顔を俺に見させてくれ!ふはっふはひひひ!!」

こいつの狙いは雪ノ下か………しかし、すでに言っていることが妖怪妖魔と一緒だな。半鬼化した影響か………すでに自分が妖魔なのか人間なのか区別が付いていないようだな。人間としての心は権力への執着心と陽乃さんへの嫉妬心のみか……

 

 

「大丈夫だ。だが二人共少し離してくれないか……そこでじっとしておいてくれ。大丈夫だ」

…潮時だな。

俺は不器用な笑顔を二人に見せる。

そう、俺もゴーストスイーパーの端くれだ。

こいつらは俺が守る。

 

「ヒッキー?」

「……比企谷くん?」

 

 

「ふひひひひひっ、貴様は殺してから陽乃の前にその素首を放り投げてくれる!!」

 

 

「ごちゃごちゃうるさいんだよ。あんた。………あんたは既に外道に落ちたんだよ。……ゴーストスイーパー比企谷八幡。除霊に入る」

 




始動というか、前準備になっちゃいました。
次がちゃんと八幡回です。


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⑰数馬VS八幡

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では前回の予告どおり……


「ひひひひひひっ、貴様を殺してからその素っ首、陽乃の前に晒してやる」

 

潮時だな。

由比ヶ浜、雪ノ下………こいつらは俺が守る。ここでこいつらを守れなくてなんのゴーストスイーパーだ。

 

「ごちゃごちゃとうるさいんだよ。あんた。…………あんたは既に外道に落ちたんだ。…ゴーストスイーパー比企谷八幡。除霊に入る」

 

 

俺はそう静かに口上しながら霊気を開放し、霊力を体内に巡らせ、基礎身体能力を一気に向上させる。

 

まずは眼の前の餓鬼一体のか細い首に回し蹴りを食らわし吹き飛ばす。その反動でもう一体を後ろ蹴りで一発。

身体を回転させながら制服のブレザーに仕込んであった神通棍を取り出し、横から振り上げ霊力を通わせた一撃を横の餓鬼に、さらに由比ヶ浜の前の餓鬼に神通棍の突きの一撃、さらにその横の餓鬼に一撃いれる。神通棍の一撃を喰らった三体は黒い霧となり消滅。

それに驚いた残りの餓鬼4体は一斉に、俺にジャンプして空中から襲いかかってくるが、ブレザーの袖に仕込んであった10万破魔札を3枚取り出し投げつけ、三体の餓鬼の額に直撃。残りの一体は神通棍で突き刺す。

これで、襲いかかって来た餓鬼四体が黒い霧となり消滅。

空いている右手に霊力を注ぎ、六角形の霊気の盾サイキックソーサーを生成し、最初に蹴りで吹き飛ばし倒れている1体に投げつけ、突き刺して消滅。残りの後ろ蹴りで倒れた息も絶え絶えの餓鬼に神通棍でトドメを刺し、消滅させた。

 

餓鬼程度ならば、この数はなんともない。

美神さんには囮役と称して、無数の妖怪が巣食う谷や穴や罠に何度も突き落とされたのだ。

それに比べれば…………俺、よく今まで生きてたな………

 

「…………ヒッキー?」

「………あ、あなた……」

由比ヶ浜と雪ノ下は突然の俺の豹変に驚き、うまく口に出来ないようだ。

仕方がないだろう。いままで黙っていたのだから……これで嫌われるのは仕方がない。

ただ、俺はこいつらを守るだけだ。

 

「俺はゴーストスイーパーだ。………隠してて悪かった。しばらく我慢してくれ」

 

「ヒッキーがごーすとすいーぱー?なの?」

「………そんな、あの……比企谷くんが」

由比ヶ浜は幾分気持ちを持ち直したのか、俺に疑問顔を向けていた。

雪ノ下はまだ、俺の豹変と化物に襲われたショックから立ち直っていないようだ。

 

「ああ、そうだ」

 

 

「ゾンビ男めなかなかやるではないか………ひひひひひひっ!しかし!!餓鬼は何体でも湧くぞ!!ほれ!!」

半鬼化した土御門数馬が指を鳴らすと、俺たちの周囲に餓鬼が20体ほど地面から這い出てくる。

 

そして、俺達に一斉に襲いかかってくる。

「ヒッキー!!」

「!!」

由比ヶ浜は俺の名を叫び、雪ノ下は無言で俺の腕にしがみつく。

 

 

俺は先程の餓鬼への攻撃をしながら、30万円の結界札を3枚周囲5メートルの地面に貼り付けていた。

 

俺たちを中心に青白い光を伴った円錐状の結界が発動する。

美神令子直伝の結界術だ!

餓鬼程度であれば、何体来ようが破られはしない。

 

餓鬼は次々に結界に触れ、逆に吹き飛ばされる。

 

 

「小癪なゾンビ男め!!」

 

「………くされ外道!お前!!陽乃さんに恨みが有るなら陽乃さんを直接狙え!何かお前、おなじB級ランクでも土御門陽乃に勝てる自信がないのか?」

俺はわざと陽乃さんの下の名前を出し数馬を挑発する。

俺だけを狙わせるためと、少々の時間稼ぎだ。

霊気を開放し、空間に放出させ俺の半径10メートル空間内を霊気で満たし霊視空間把握能力を使うための準備をする。

 

「由比ヶ浜、この結界内にいれば餓鬼は襲ってこれない。雪ノ下を見てやってくれ」

由比ヶ浜はこの状況でもなんとか正気でいられているが……雪ノ下は………

 

「……うん…ヒッキー………ゆきのん大丈夫だから」

由比ヶ浜は何時もの元気はないが、大丈夫そうだ。震える雪ノ下の両肩をそっと後ろから抱きしめる。

 

「雪ノ下、大丈夫だ」

俺は、俺の腕を掴む雪ノ下の震えた手をそっと外し、頭をそっと撫でる。昔、妹の小町にやっていたように……

雪ノ下は地面へと腰を落としそうになる。俺の腕を掴むことでかろうじて立っていたようだ。それを今は由比ヶ浜が後ろから支えている。

 

 

俺は自ら張った結界から出て行く。

餓鬼とは比べ物にならない霊力を持つ数馬の攻撃を直接喰らえば、この結界が持つかはわからないからだ。

 

 

「生意気な小僧がーーーー!!!」

 

数馬は激昂しながらその手から火の玉を生成し俺に投げつけてくる。

半鬼化の影響なのか、元々の能力なのかはわからないが………

 

案の定、怒り狂った数馬は俺だけに狙いを定めてくる。

俺はそれを体捌きでゆっくりとした足取りでゆらゆらと避ける。

すでに俺の霊視空間把握能力を発動させている。

数馬の攻撃は手に取るようにわかる。

 

数馬は餓鬼にも俺を襲うように指示をだす。

俺は神通棍を振るい、10万破魔札を使い、餓鬼を相手しながら、数馬の攻撃を避け続ける。

 

霊力を見ればAランク近くまで上がった数馬の方が明らかに上だ。

だが………戦い方が単純過ぎる。

 

これでは同じBランクでも明らかに陽乃さんの方が上だろう。

 

ゴーストスイーパー・霊能者・陰陽師の戦いは虚実が在ってこそ生きてくる。

虚とは相手を偽り、騙すこと……術はそれで何倍もの能力を発揮する。

どんなに霊力が優れていようが、どんなに凄まじい術を持っていようが、それを活用できなければ意味がない。

 

さっきの俺が最初の餓鬼を倒し、同時に結界を張る準備を進めていたことも数馬は見抜けていなかった。

虚実を見抜く力もない。

 

一流のゴーストスイーパーになればなるほど、虚実を使う。

術や仕草、話術色んな要素のどれかに、虚を入れ込む。

大凡だが、一流ゴーストスイーパーと言われる人たちは20パーセント近く虚を入れ込む。

あの真面目一直線の西条さんの戦い方でも、何かしらの虚を入れてくる。

そして、SランクGSの美神さんは虚が40~50パーセントも入れ込んでくる。どんな相手にも油断なく最大限のパフォーマンスを出すために。一見卑怯にも見えるかもしれないが、存在自体がこの世のものでは無いものや、存在自体が規格外の者を相手取っているのだ。

人間の価値観で戦うこと自体、間違っていると俺は思う。

虚実を自由自在に操ることこそ、真の一流のゴーストスイーパーといえるだろう。

 

まあ、横島師匠の場合。90パーセントは虚で(真)実は10パーセントもないんだが…………

あんなとんでもない戦い方ができるのは横島師匠ぐらいだ。

ただ、その(真)実が恐ろしいくらい正確で強力なのだ。

 

だから俺は、いくら霊力が高かろうと虚実を使いこなせないこいつは怖くない。

 

 

「くそっ!なぜ当たらない!なぜだ!!なぜ!!なぜなぜなぜ!!」

数馬の奴、怒りで理性が薄れつつ有るな…………

 

俺は隙をついて、サイキックソーサーを数馬に投げつける。

 

「ひーーーひっひーーーー、ゾンビめ、そんな攻撃当たるはずないだろ…………ぎゃああああ!!」

数馬はサイキックソーサーを右に飛び跳ねて避けるが、急に電撃が走ったように身体がスパークする。

 

数馬が避けた先には、既に先程からの攻防中に破魔札に紛れさせ密かに俺が30万破魔札を五芒星に並べて威力を数十倍に高めた攻撃型の結界陣を張っていたのだ。

術式方陣の細かい調整式を省き、破魔札に予め最低限の術式を書き足し、五芒星に並べることだけで発動させる簡易術式だ。

 

これも美神さんの戦いを見て覚え得た方法だ。

あの人に札を使わせれば多分、右に出るものはいないだろう。何時ものがさつな言動や振る舞いからはとてもそうは見えないが、西洋から東洋、またはシャーマンの術式までありとあらゆる幅広い知識を持ち、そしてそれを自分のものにしている。表には見せないが、影では勉強し、実験訓練し試行錯誤をしているはずだ。

あの人の事を皆は、美智恵さんの血を受け付いだ天才だと言うが、実際のあの人はたゆまない努力を重ねてきたからこそ、あの若さであの地位にいる。

 

 

「あんたは、全くGSに向いてない。だからこんな事になる」

俺は倒れている数馬に近づき、五芒星攻撃型結界陣に封印札を足し、簡易拘束術式を完成させようとする。

 

「お……おのれ……………おれは土御門だぞ」

 

「今は、ただの落ちた外道だ。人間のGSの敵なんだよ」

 

「くそーーーーー!!」

 

「!!」

俺は封印札を足そうと数馬の影を踏んだ瞬間異様な気配に気がつき、飛び退いた。

さっきまでは気配すら無かった!!俺の霊視や、霊視空間把握能力にも引っかからなかった!

 

数馬の影から、影状の黒い手が伸び、数馬の魂を掴んだように見えた。

数馬は泡を吹き激しく痙攣しだす。

 

その影の気配は、地中深くにうごめいていた仄暗い霊気と同じものだ!

 

俺の霊感が最大限の警鐘をならす。

やばい……これは……やばい!




次回に続く……


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⑱茨木童子

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きです。


仰向けになり泡を吹き痙攣する数馬の身体が一気に膨張しだす。

着ていた式服はズタボロになり、露出した肌は青みがかった灰色に、まるで金属のような光沢を纏った色へと変色する。

 

 

俺は距離をとり、その様子を見ながら、由比ヶ浜と雪ノ下の元に駆け寄る。

 

「逃げるぞ!」

やばい、これはかなりやばいぞ!凄まじい霊圧だ。

 

「ヒッキー!?」

「…………」

 

俺は二人の手を強引に取り、駆け出す。

 

 

しかし、駆け出した先に、数馬……いや、数馬だった何かが上から降ってきた。

俺は二人を小脇に抱え、後方に飛び退く。

 

そこには、3メートルはあろうかという青銅色の肌を持つ二本の角を持つ鬼が立っていた。

「ぶはははははっ、この身体は具合がいい!しかし腹が減ったな………眼の前にはいい具合にうまそうな若い女が二匹!女は喰らう!男は殺す!」

 

凄まじい霊圧だ。Aランクどころの騒ぎじゃない。間違いなくSランククラスだ!

 

「くっ、お前は誰だ!!」

 

「ぶははははっ、俺が誰かって?酒呑童子の旦那一の子分!茨木童子様だ!!」

茨木童子だと……まずい、平安時代の本物の鬼だ。

酒呑童子の配下で、当時の武士が大々的な鬼退治を行った際、唯一逃げおおせた鬼だ。

それがなぜここに!?

 

「知ってるぞ!その名……酒呑童子の封印を解きに来たのか!?」

俺は時間稼ぎをするために茨木童子に話しかける。

そして、由比ヶ浜に茨木童子に気付かれないように護符をもたせ、雪ノ下と共にここを離れるように目配せをする。

 

「おお?お前、なんで知ってんだ?」

こいつ……アホだ。あっさり口にしやがった。

特に答えを聞くつもりもなく、時間稼ぎだけの話題だったのだが………

となると、松尾山の今再封印を土御門家が行っている相手とは酒呑童子のものか……

そんな物の封印が解ければ、また、京都は化物共が跳梁跋扈する都にへと変貌するだろう。

 

しかし、こいつは俺では到底倒せない……まるでレベルが違う。

隙をついて、由比ヶ浜と雪ノ下を逃がすのが手一杯か。

 

BランクとAランクの間にはとてつもなく大きな差がある。そしてAランクとSランクもだ。

そもそもAランクからは霊気量や霊力だけでは図らない。

 

Aランクの敵とは下級魔族、もしくはそれに相当する力を有する存在を指す。

AランクGSとは、下級魔族と1人で対峙することができるGSのことだ。

 

AランクGSになるには実績が必要となる。魔族クラスの敵を打ち倒すという。

 

そして、Sランクの敵とは、中級魔族、もしくはそれに相当する力を有する存在を指す。

中級魔族となると、既に天界の神に匹敵する力を有すると言われ。地上にはめったにお目にかかれない存在だ。

SランクGSとは、その中級魔族と1人で対峙することができるGSのことだ。

 

そして、目の前の鬼のそのすさまじい程の霊圧に俺はこうやって対峙するだけで、吹き飛ばされそうだ。正直足も震えている。……今まで感じたこともない程の圧倒的な霊力に霊圧、こいつはSランクだ。

 

 

「ん……しかし、お前人間のくせに、やけに懐かしさを感じると思ったら、その目、泥田坊の目にそっくりだ」

 

「おい、その泥田坊の目について、詳しく聞こうか」

まじか、ゾンビの次は泥田坊かよ。俺の目ってどんだけ妖怪よりなのよ。

 

「お前、泥田坊知らないのか?……泥田坊って言えばな………………」

なんか、こいつ語りだしたぞ。やっぱアホだ。脳みそはちょっと足りてなさそうだな………

だから、数馬の身体が馴染むのか?

今のうちに由比ヶ浜、雪ノ下、できるだけ遠くに逃げてくれよ。

 

しかし、こいつがこの一連の騒動を起こしたのか?……土御門が再封印の隙を付き騙くらかすぐらいのこの騒動を。こいつの裏にも誰か居るんんじゃないか?

 

「うーん。決めたぞ。お前なんか気に入った。俺のアジトで飼ってやる。炊事洗濯をしろ。せいぜい頑張れば、お前も立派な鬼にしてやる」

……何これ?俺、鬼にスカウトされたんだけど。しかも、念願の専業主夫ライフを提供してくれるらしいぞ?しかもお仲間にしてくれるって?

 

「……こ、雇用条件は?」

 

「こ、こよう?……ああ、楽しみも必要だな。そうだな。女を掻っ攫ってきたら、おこぼれを分けてやるぞ。精々楽しませてやるぞ。気にいった女がいれば喰わないでお前にやる」

なに?福利厚生も充実?……………いやいや、そんなゲスい福利厚生なんてエロゲーの中だけだから!!一瞬それ良いなってなんて考えてないぞ!!本当だぞ!!

 

落ち着け………これは甘い罠だ!

先ずは深呼吸だ。すーーー、はーーー、すーーー、はーーー。

落ち着いた。

 

「おい、ゴーストスイーパーは鬼の戯言など耳にしない………っておい聞けよ!」

 

「腹減った。さっきの若い女でも喰うか」

俺の口上を全く耳にしない茨木童子は、鼻をひくつかせ、匂いをかぎながら、大きくジャンプしてこの場から去った。

 

しまった!あいつ、由比ヶ浜と雪ノ下を喰うつもりだ。

 

 

俺は全力で茨木童子が飛び去った方向へ走る。

 

 

見つけた!

 

「うーん。どっちから先に喰おうか、こっちの黒髪はうまそうな血の匂いがするな。こっちの桃色っぽい髪は肉がやわかそうだ」

既に茨木童子は地面にへたり込み怯えている由比ヶ浜と雪ノ下の前に立ち。どっちを先に喰らうか悩んでいた。

二人共恐怖に声も出ない。当たり前だ。あんな霊圧にさらされているんだ。霊能者では無い二人ならなおさらだ。

 

「待ってくれ」

俺は茨木童子に立ちはだかるように、二人の前に入り込む。

 

「なんだお前、後にしろよ。俺は腹が減ってるんだ」

 

「あんたさっき言ったよな。あんたの元に行って奉公すれば、気に入った女を、俺にくれるって」

 

「言ったぞ」

 

「この二人は俺の気に入った女だ。だから俺にくれ。あんたの元で掃除でも洗濯でも何でもやる」

 

「おい、二人ってのはずるいんじゃないか?俺も腹が減ってるし。一人にしろや」

 

「いや、そこを曲げてこの通りだ」

俺は深々とお辞儀する。

今はこの方法しかない。茨木童子とまともにやって勝てるわけがない。チャンスを待て、隙を作れ。それまでは、どんな事をしても足掻いてみせる。

 

「ダメだ。一人だ」

そう言って茨木童子は俺にデコピンを放ってきた。

 

「がっ!!」

俺はそれにかろうじて反応して、両手ブロックをし、サイキックソーサーを展開したが、思いっきり吹き飛ばされ、後方の木に激突する。

霊視空間把握能力がなければあのスピードに反応出来なかった!

しかもたかがデコピンでなんて、威力だ!

なんとか防御が間に合ったが、今ので肋骨にヒビが入った………まともに喰らったら一発で瀕死だ。

 

俺は立ち上がり、フラフラと茨木童子の前に立ちはだかった。

「頼む。この通りだ。こいつらは俺と恋人どうしなんだ!!」

 

「ん?なんだ。おまえ、二人と恋人とか、公家か何かか?どっちにしても駄目だ」

再び、茨木童子は俺にデコピンを放ってくる。

 

俺は防御体勢を取りサイキックソーサーを展開、さっき同様吹き飛ばされたが、来ると分かっていた分、威力を殺すことが出来た。俺は空中で姿勢を立て直し着地する。

 

そして、再び茨木童子の前に立ちはだかる。

「頼む。この通りだ!!この二人だけでいいんだ他はなんにもいらん!!」

 

「うーん…ダメだ。俺は今腹減ってるんだ」

茨木童子は今度も俺をデコピンで退けようとする。

 

もう、そのスピードとモーションは慣れたっての!!

俺は奴のデコピンを避け、顔面にサイキックソーサーを投げつける。それと同時に奴の額目掛けて、ジャンプする。サイキックソーサーは奴のもう片方の腕に阻まれるが、俺は神通棍を奴の額に叩きつける。俺の奇襲攻撃が決まった。

 

「なんだ!逆らうつもりか!せっかく仲間にしてやろうとしたのによ」

神通棍の一撃が奴の額にクリーンヒットしたはずだが、全くダメージがない!

サイキックソーサーも奴の腕にかすり傷一つ付けていない!

なんて強靭な肉体!なんて丈夫な皮膚なんだ!!

 

奴はそのままサイキックソーサーを受けた手で、俺を振り払う。

空中で身体を捻り、なんとかまともにその攻撃を受けずに済んだが、それでも俺は吹き飛び、奴の後方の木に激突。

 

「ぐはっ!!」

全身に痛みが走る………右腕は動かない……完全に折れた………

クソッ!奇襲しても、レベルが違いすぎる。俺の攻撃が全く効かない!!

どうする!!どうする!!

 

まだ、身体は動く!!

 

…………考えろ!考えろ!まだチャンスは有るはずだ!!

 

 

茨木童子は、すでに俺に興味が無いのか、由比ヶ浜と雪ノ下を物色しだした。

「両方共喰っちまうか!!」

 

……恐怖と絶望の色が二人に浮かぶ。

情けない!これが横島師匠だったら、二人にこんな恐ろしい思いをさせずにすんだ。

……だが、あいつらだけは助ける!!

 

俺は完全に気配を絶ち、這って奴の後ろに近づいていく。

 

 

茨木童子の奴は完全に俺に興味が無くなった。俺が反撃に出るとは思ってもいないだろう。

 

茨木童子は由比ヶ浜と雪ノ下に手をのばす。

 

 

外からの攻撃が効かなければ中から攻撃すればいい!!

今だ!!俺は一気迫りに奴の下に潜り込み、ケツに向けて神通棍を刺し上げる!!

 

 

美神令子除霊事務所!直伝奥義!!千年殺し!!!!

 

 

「ぐお!?ぐおおお!?」

茨木童子の動きがピタリと止まる!

 

這入った!!!

 

「霊力全開!!!!!!」

奴のケツの穴に這入り突き刺さった神通棍にありったけの霊力を注ぎ込む!!

 

「はぁああはぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんんんんん!!!!」

悶絶しながら、激しく体中に霊力の放電をさせる!!

 

「まだだまだまだ!!!!」

俺は神通棍をグリグリしながら、霊力を注ぎ込み続ける!!

 

「あっはっははあーーーーーーーんんんんんん!!!!」

茨木童子は絶叫し、煙を上げる。

 

 

そして、煙を上げながら、その巨体がケツを突き上げた状態で前のめりで顔から倒れ地面に沈んだ。

 

 

や…やったか?………この裏技だけは使いたくなかった……見た目も後味も悪いしな……しかし決まったな。

外がダメなら内側から、内側が見つからなければ、こじ開けろ………か………どんな教訓だよ。あの師匠たちは………しかし助かった。

 

 

俺は神通棍を離し、フラフラと由比ヶ浜と雪ノ下ところに歩む。

全身、ボロボロだ。骨は何箇所もイッてるな………右腕の感覚は既にない。

 

「………行く…ぞ」

 

放心状態で地面にしゃがみこんでいる二人に声をかける。

二人の顔は恐怖の涙で濡れていた。

 

………無理もないか……

 

「………すまなかった。もう、大丈夫だ……か」

俺の意識が飛びかける。

 

俺は前のめりでその場に倒れる。

くそっ、身体が言う事きかん。

俺はそこで意識が飛んだ。

 

まだ、終わったわけじゃない。餓鬼やらも居るだろう。もう少しもてよ俺……こいつらを。

 

 

 

「ヒッキーーー!!」

「比企谷くん!!」

 

俺の眼の前には由比ヶ浜と雪ノ下の顔があった。

なんか、泣いてんな………そんな顔すんなよ。

いや………どうなった。意識飛んだのか?

 

おれは無理やり身体を起こす。

「雪ノ下……俺はどれくらい意識飛んだか?」

 

「一分も経ってないわ………」

雪ノ下のしっかりとして受け答えだ。少しは立ち直ったようだな。

 

俺は重たい身体を立ち上がらせる。

「ヒッキー無茶だよ」

「………あなた、身体がボロボロよ。腕も………」

 

「いいや…速くこの場を離れる。まだ………霊災は終わってない」

うまく立ち上がれないが由比ヶ浜が支えてくれた。

 

「い、いくぞ」

雪ノ下も俺の背中を支えてくれる。

 

霊気もほぼ使い切ったか………まあ、あいつを倒せただけでもラッキーか…………!?

 

 

俺は茨木童子が倒れている場所を見たのだが、………奴は立ち上がってきたのだ。

最悪だ!!あれを喰らっても………生きてるのかよ!!なんて生命力だ!!

 

「け、ケツ痛えええ!!痔になったぞ!!泥田坊に似たお前!!!!ぜってええ許さねえ!!」

 

茨木童子はケツを抑えながらゆっくりと俺に近づいてくる。

 

 

…………俺の占いと美神さんの占いが完全に当たっちまったな………こりゃ死んだな…………

 

「逃げろ!!!!全力でだ!!!!」

俺はありったけの力で雪ノ下と由比ヶ浜を押し出し、俺はその場で仁王立ちをし、半分ふさがった目で茨木童子を見据える。

「ヒッキーーー!!」

「比企谷くん!!」

 

 

「逃さねえよ。その前にお前は死んでしまえ!!!」

茨木童子は俺に拳を振るってくる。

 

もはや避ける力も無い…………終わったな………横島師匠何やってるんですか……もう、お別れですよ。

せめて……あの二人だけでも………助けてやってください。

 

 

しかし、茨木童子の拳は俺を粉砕する事無く……地面にゴトリと落ちる。

 

「ぐわあああっ!!」

 

 

 

「お前…俺の弟子に何やってくれてんだ?」

 

 

目の前に、俺がいつも追いかけてたその背中があった。




ついにあの人登場!!
次回はあの人無双?


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⑲ゴーストスイーパー横島忠夫

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ここの横島くんはかんな感じになりましたw



茨木童子は殺意を持って俺に拳を振り上げる。

 

俺は既に霊気を使い果たし、立っているのがやっとだった。

この拳は避けられない。

俺は死を覚悟した。それと同時にせめて由比ヶ浜と雪ノ下は逃げ切れるようにと祈った。

 

 

しかし、茨木童子の拳は俺に届くことは無かった。

その拳は腕ごと地面へと落ちたのだ。

 

 

「ぎゃあああああっ!!」

 

 

 

「おい、俺の弟子に何やってくれてんだ?」

 

 

俺の目の前に、尊敬する師匠の背中があった。

 

 

………横島師匠

 

俺はその背中を見て一瞬ホッとするが………いや、相手はSランクの茨木童子だ。いくらなんでも師匠でも……

 

こ、これは?

立っているだけで横島師匠の凄まじい霊力と霊圧がビンビンに伝わってくる。

なんだこれは………これが本当に横島師匠の霊力か?

横島師匠の必殺の術技、霊波刀ハンズ・オブ・グローリーがその左手に燦々と輝いていた。

茨木童子の腕を切り落としたのは間違いなく横島師匠だ。しかしその動作が全く見えなかった。

俺は今まで感じたことがない霊力と霊圧に圧倒されていた。

 

「八幡遅くなった。よく耐えた……格好良かったぞ。流石は俺の弟子だ」

横島師匠は振り返り、何時ものニカッとした笑顔でそう言ってくれた。

 

「結界!……八幡そこでゆっくり休んでろ。………そこの女の子二人、八幡を見てやってくれ」

横島師匠は右手からビー玉サイズの霊力の集合体の玉ようなものを手の平に生成させ、俺の方に放り投げた。

その霊力の集合体の玉は結界の2文字が浮かび上がり、そして、俺と由比ヶ浜と雪ノ下を覆うように凄まじい霊力を内包した円形の結界が形成される。

 

「おい、そこの鬼!!悪さが過ぎたな!!よりによって俺の弟子を狙うとはな!!ゴーストスイーパー横島忠夫が冥府に送り返してやる!!」

 

 

………なにこれ?横島師匠変なものでも食べた?めちゃ格好いいんだけど!その口上とかなにそれ?あれ?こんな格好良かったっけ?

 

俺はその場にへたり込むように腰が落ちた。

倒れずにかろうじて、座ってられたのは、由比ヶ浜と雪ノ下が支えてくれたからだ。

 

それとこの凄まじい結界を形成したあの珠……横島師匠が以前、話してくれた文珠という術技だ!

始めて見た。いままで文珠を使ったところを見たことがなかった。

それにしても、霊力を一定方向に制御する技だと言っていたが………こういうことか、言霊をこの霊力の集合体である文珠に乗せることで、術式を一切介さずに術をそのまま発動させている。しかも凄まじい霊力を感じる。

実際見てわかったが……聞くのと見るのとでは大違いだ。凄まじい性能だ。

 

 

「がああああ!!俺の!!俺の腕が!!お前ーーーーーー!!」

 

茨木童子は怒り狂い残った腕で横島師匠を殴りつけようとする。俺の時とは違い本気の拳だ!

 

横島師匠は平然とした顔でそれを難なく片手で受け止める。

よく見ると横島師匠の手の平には小さなサイキックソーサーのような盾が形成させていた。

 

…………なんだ。まだ横島師匠の霊力が上がっている!

美神さんや美智恵さんどころの騒ぎじゃない。

 

「この騒ぎを起こしたのは誰だ?お前じゃないのは分かっている」

横島師匠は茨木童子に聞きながら、ハンズ・オブ・グローリーを目にも止まらない速さで、茨木童子の残った腕の肩と両足の付け根に突き刺す。

 

「ぐわあっ!!」

茨木童子はたまらず、もんどり打って倒れる。

 

なんなんだ!圧倒的じゃないか………相手はSランククラスだぞ。それを赤子の手を撚るように………

GSのSランク、人間としても隔絶した存在だ。それでも中級魔族となんとか一人で対峙できるってだけの判定。やりあっても生き残れるぐらいの感じだ。それぐらいの物だ。それぐらい中級魔族以上とは人智を超える力をもっているのだ。……それをこんなあっさりと倒せるなどとはまったく想定していない。……なんだこの圧倒的な力は………

 

 

「もう一度聞く、この一連の騒ぎを計画し、お前をそそのかしたのは誰だ?その依代となった人間に乗り移るように言った奴だ!!」

横島師匠はもんどり打って倒れている茨木童子にハンズ・オブ・グローリーを突きつける。

 

「ぐがあ!くそっ!人間の分際で何だその力は!!」

 

「俺の問に答えろ!!」

横島師匠は霊圧を上げ、茨木童子を脅す。

 

「………し、知らねえ奴だ!なんか変な仮面を付けた頭もすっぽり入る着物を着た奴だ!」

 

「………そうか…………かなり頭が切れるやつが居るようだな。まんまと俺も踊らされ、色んな場所へ行かされた」

 

「言ったぞ!殺さないでくれ!!」

 

 

横島師匠は右手からまた文珠を生成する。

「お前は封印だ」

 

「や、やめぇぇぇ…………」

文珠には封印の2文字が浮き上がり、倒れている茨木童子に掲げると…………茨木童子から黒い霧がその文珠に吸い込まれる。

それと同時に、茨木童子だったものが土御門数馬に戻っていった。

 

なんて能力だ……これが文珠、こんなこともできるのか……

 

 

「………もう、いないか、俺をかなり警戒しているようだな。俺が知っている奴のしわざか?あっさり引き上げたようだ。酒呑童子の再封印も安定してきたな。この分だと土御門だけで大丈夫だろ」

横島師匠はあたりを見渡しながら独りごちる。

 

横島師匠、あなたは一体。

 

 

「ふひひひひひっ!は~ちまん。何だそれ、ボッチとか言ってるくせに、可愛い子二人も侍らかせやがって!」

横島師匠はオレたちの元まで来て、いつもの少し意地悪っぽい笑顔で俺を茶化す。

 

「……勘弁してくださ…い。身体の骨のあちこちが折れてるん…ですから」

何時もの師匠だな………俺は内心ホッとする。

 

「あの!助けてもらってありがとうございます」

「その……ありがとうございます」

由比ヶ浜と雪ノ下は俺を支えながら、師匠に礼を言う。

 

「お礼を言うなら八幡に言ってやってくれ、どうやら命がけで君たちを助けたようだしな」

 

「ヒッキー………ありがとう。嬉しかった」

「比企谷くん……本当にありがとう」

俺は二人に支えられながら素直にお礼を言われる。

なんかくすぐったい感じだ。

 

「……ああ」

 

師匠は俺を背負い。意識のない数馬を小脇に抱える。

雪ノ下と由比ヶ浜を連れ、麓の町並みまで出る。

俺はかろうじて意識を保っているが、もう持ちそうもない。

 

「ええっと、八幡の彼女達さ、八幡がゴーストスイーパーだって、学校で黙っててくれない?それと今からこいつの治療しないといけないから、怪我して陰陽師に運ばれたってことにしてもらっていい?今日見たことも学校や友達には黙っててもらえると助かる」

 

「彼女!?………わかりました。ヒッキー、元気になるんですか?」

「え?その病院にすぐに運ばなくていいんですか?かなり重症ですよ」

 

「大丈夫大丈夫!?これくらいなんともないし。そんじゃ」

師匠はそう言って、大きくジャンプした後、猛スピードでこの場を後にする。

 

「八幡……よく頑張った。もう寝ていい」

その師匠の言葉で俺は師匠の背中で意識が深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

「…………雪ノ下か?」

 

「比企谷くん目が覚めたようね」

 

「………雪ノ下さん?ここは?」

いや顔立ちは似ているが、式服を着た陽乃さんだ。

俺はどうやら布団で寝かされているようだ。

 

「ここは土御門本家よ」

陽乃さんの言葉で俺は周りを窺う。

12畳ほどの和室の真ん中で一人寝かされているようだ。

 

「どのくらい寝てましたか?」

起き上がろうとするが、力が入らない。

ただ痛みはない。右腕の感覚も戻っている。どうやらヒーリングを誰か施してくれたようだ。

 

「丸一日よ。まだ寝てないと。怪我は比企谷くんの師匠が治したみたいだけど、霊気はまだ回復してないし霊的構造のダメージが相当残ったままよ」

丸一日か……修学旅行は終わってもう学校の連中は千葉に帰った頃だな。

 

「師匠は何処です?」

師匠がヒーリングを?確かに自分自身の回復スピードは凄まじい物があるけど、他人に使っているのを見たことがない。

 

「私ん所の師匠と今話してるわ」

 

「そうですか………」

あの時の師匠は……あれは何だったんだろう。

人間の域を超えているような凄まじい霊力に霊圧。……そして文珠

 

「比企谷くん……ありがとうございます」

陽乃さんが改まって正座のままきれいな姿勢で俺に頭を下げた。

 

「どうしたんですか?急にらしくないですよ」

 

「雪乃ちゃん……いえ、妹を命がけで助けてくれて………しかも私のせいで」

 

「あれですよ。俺もゴーストスイーパーの端くれですし、まだ見習い期間だけど」

 

「……雪乃ちゃんから電話かかってきたの、大凡の事は聞いたわ……兄う…数馬の件も……あの茨木童子相手に……雪乃ちゃんを守ってくれて………本当にありがとう」

陽乃さんは涙ぐんでいた。ここ(土御門)では本当に素の陽乃さんなんだな………

 

「いや、助けたのは横島師匠ですよ」

 

「……雪乃ちゃんが言ってたわ。どんなにボロボロになっても、情けない姿を晒しても、一生懸命に命がけで助けてくれたって」

確かに情けなかったな、敵に媚び売ったり、千年殺し決めたり………

 

「俺は………力及びませんでした。雪ノ下と由比ヶ浜を逃がすことすらも出来ませんでした」

 

「それでもよ!……一人だったら逃げられたはず!でも、雪乃ちゃんを見捨てず身を呈して守ってくれた………ありがとう」

 

「………まあ、なんですか。その3人しかいない部活仲間ですし、成り行きです」

 

「……もう、素直に受け取ってよ。比企谷くんらしいといえばらしいわ」

陽乃さんは涙目から、笑顔を見せる。

やっぱり、ここに居る時の陽乃さんの笑顔はいい。

 

「………茨木童子……平安の鬼。一人では手も足も出ませんでした。昔の陰陽師や武士は強かったんですね」

 

「………それを言うなら、あなたの師匠よ。横島忠夫!雪乃ちゃんからの情報だと、一瞬で倒したっていうじゃない!なんなの?あれを倒すには少なくともSランクGSじゃないと……しかも一瞬って…でも、GSリストには乗ってないわ」

 

「…………何だったんですかね。あの時の師匠は」

俺は横島師匠の戦う背中を思いだす。

あの圧倒的な霊力に霊圧を………

俺はあんな師匠の姿を知らない。

でも……やはり………後ろ姿だけは、何時も俺が追っている師匠の背中だった。

 




というわけで、次は横島くんの真実?


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⑳京都での終演

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

いろいろとご意見があろうかと思いますが、徐々に開示していくので、待っててくださいね。皆さんの疑問が多かったものの一部をちょっと繰り上げて今回開示してます。

どうしても八幡目線での話なので、前後出来ないものが多いため、まだここまでなのは心苦しいですが…………、まだ、シロタマも出てないので、許してやってください。




「比企谷くん起きたみたいね。ちょっといいかしら」

襖の外から、土御門家当主、土御門風夏さんから声がかかる。

 

「どうぞ」

 

「入るわね」

風夏さんはそう言って襖を空けこの部屋に入る。

 

「よお、八幡元気か?」

そして、横島師匠が入って来る。

 

「そう見えますか?」

 

「いいな!八幡は!美人なお姉さんに看病されて!!俺も看病されたい!!」

 

「あんたは怪我したって一瞬で治るでしょう………冗談はさておき……師匠、助けて貰ってありがとうございます」

俺は上半身を起こし、師匠にお礼を言う。

 

「こっちこそ、すまん。あれは俺のミスでもあった」

 

 

風夏さんは俺の布団の右側に座り、風夏さんの横に陽乃さんが座り直す。

「比企谷くん。身体は大丈夫?」

 

「大丈夫です。力は入りませんが………」

 

「ちょっと話を聞いてもらっていい?」

風夏さんは俺に優しく聞いてきた。

 

「いいですよ」

俺の返事とともに横島師匠は俺の左側に腰を降ろす。

 

 

「すみませんでした。愚息が大変申し訳無いことを……あなたになんてお詫びすればいいか………」

風夏さんが頭を下げると同時に長男と陽乃さんも頭を下げる。

 

「いいですよ。こうやって無事でしたんで……その数馬さんも……操られていたようですし」

 

「いいえ、そういうわけには行きません。このお詫びはちゃんとした形に、させていただきますので」

 

「はぁ」

 

「八幡、こういう時は素直に受け取っておくべきだぞ」

師匠は俺にニヤケ顔でそう言う。

 

「わかりました。受けさせていただきます」

 

 

「それと、今から話すことは決して口外無用に願います。特に陽乃、妹にもよ」

風夏さんは俺と陽乃さんを見据えて言った。

 

「今回の件の。酒呑童子の再封印を邪魔した奴がいるって話だ」

横島師匠がそう切り出した。

 

「………今回、再封印に向けて、不安要素がありました。酒呑童子の生まれ故郷である越後……新潟ですね。そこで不穏な動きがあると……酒呑童子はあの八岐の大蛇の子供であるという説が有力です。それはすなわち、元神である八岐の大蛇の血を色濃く引いているということです。それだけ強力な鬼なのです。そこで、GS協会を通じ、緊急重要案件として横島くんを指名して新潟に調査に行ってもらいました」

……酒呑童子の生まれについては俺も知っている。有名な話だ。しかしなぜ、横島師匠を指名したのか………あの力を持っていると知っていたからか?

 

横島師匠が語りだす。

「俺は新潟に行って不穏な動きを探っていた。確かに新潟ではあちこちで鬼にまつわる霊障の類が起こっていたが…酒呑童子の封印とは無関係だった。俺はとっととその霊障をおさめ、京都に向かった。酒天童子の首が封印された場所と曰く付きの平等院。そして、胴体の一部が収められたといい伝わっている清水寺。何れも異常がなかった。もちろん松尾山は、土御門家が再封印のための術式を組んでいた事も確認した。確かに酒天童子の霊気が漏れつつあったが、想定範囲内だった。そして、一昨日から酒天童子にゆかりのある場所で次々と霊障が起こっていた。滋賀の伊吹山近隣、それも霊障を抑え、昨日の夕刻前土御門家に戻り報告。ちょうど八幡が出ていった後だ。その後、松尾山周辺を探りを入れていた」

 

なるほど、それで昨日、戸部の海老名さんへの告白タイムにかち合ったのか………

 

横島師匠は話を続ける。

「その後、またしても、酒天童子のゆかりのある奈良の葛城山で大きな霊障が起こったと報告を受け急行した。ちょうど葛城山に到着した辺りで、昨日の酒天童子の封印が解けかけ、霊気が一気に漏れ出す現象が起きた」

 

「私はこの緊急事態に、酒天童子の封印だけは解かないように、強力な結界術式を張り巡らせ、なんとか抑えました。……後でわかったことですが、何者かが、結界陣の祠の一部に細工をしていたようです。………多分数馬が行ったのでしょう。既に何者かに操られていたのかもしれません。そして、比企谷くんがご存知の通り、数馬は茨木童子に操られる始末に……茨木童子は本当は私を狙う予定だったのかもしれません」

風夏さんは悔しそうな顔をしていた。

 

「俺は体よく、京都から遠ざけられたって事だ。……俺を知っている奴の仕業だとしか思えない。その罠に嵌まったんだ。だから……俺は京都に戻るのが遅くなった」

横島師匠は俺に申し訳無さそうな視線を送っていた。

 

「しかし、その何者かには誤算がありました。茨木童子がうまく機能しなかったことです。比企谷くんが身を呈して時間稼ぎをしてくれたと言っていいでしょう。そして、横島くんの帰還スピードです。誰もあの距離を一瞬で戻れるなんて思っていなかったに違いありません。それはこれを計画した何者かもです」

風夏さんは俺と横島師匠に目配せをしながら頭を下げた。

 

この戦いの裏では…………こんな話になっていたのか………いや、何だこれは………横島師匠ありきの話じゃないか………どういう事だ?

 

「………師匠。その横島さん。聞いてもいいですか?」

陽乃さんは風夏さんと横島師匠の顔を交互に見る。

 

「どうぞ」

 

「その妹に聞いたのですが…あの茨木童子を一瞬で倒したって……横島さんが……………」

 

「横島くん……比企谷くんは………」

風夏さんは横島師匠に何かを確認するかのような口ぶりをする。

それに横島師匠は首を振って否定した。

 

「横島くん………いいの?」

 

「ちょうどいい機会です。八幡も命がけで人を守ることができる立派なGSです」

横島師匠は何なのかはわからないが、風夏さんに一任する。

………真面目顔の師匠にそう言われると嬉しいやら、照れくさいやら………一人前のGSに認められた気分だ。

 

 

「陽乃、それと、比企谷くん。今から言うことも他言無用です。世界でも極一部の人間しか伝わっていない情報です。あなた達はその一部に触れたためです」

風夏さんは緊張感のある面持ちで俺たちに再度確認をとる。

 

「はい……」

「わかりました」

 

「横島くんは…………SSSランクGS。ブラックカードの免許をもったGS。世界でたった一人の………唯一魔神に対抗できる人間です」

 

!?ば…………ばかな……………魔神………………だと………………………

俺はあまりの衝撃の言葉に頭が真っ白になる。

陽乃さんも俺と同じようだ。口が空いたまま塞がらないようだ。

 

「大げさっすよ。魔神何かと出くわしたら、逃げるのが精一杯っすよ」

横島師匠は苦笑気味に言う。

 

俺はそんな横島師匠を呆然と見ることしか出来なかった。

 

 

それが事実であれば………横島師匠は上級神に匹敵する力を得ているということだ。

………生身の人間が可能なものなのか?………そもそも……魔神なんていうものが本当に存在するのかも怪しい………

 

この100年、世界で上級魔族の存在も確認されていないはずだ。

なぜそんな事が………

 

 

「あらあら……陽乃も黙っちゃって、いつもの元気はどうしたの?流石にこの話は厳しかったかしら」

 

「………いえ…その」

陽乃さんも俺と同じだ理解をしようとしても、身についた常識がそれについていけないのだ。

 

「まあ、あれだ。ランク付けなんてただの記号だ。それで真の実力が図れるわけじゃないし、指針みたいなもんだ。一応そんな大層なランクがついてるが。一応そういうふうな基準になっているってだけってなもんで、大した意味はない」

横島師匠はあっけらかんと言う。

 

「師匠……意味が無いって………でも、茨木童子を倒した師匠の霊力は明らかに美神さんや美智恵さんよりも上でした。霊圧も半端なかったです」

 

「……八幡の霊視に優れた目には………わかっちゃうか…………」

 

「美神さんは……それを知って師匠をこの件に派遣を………キヌさんは?」

 

「もちろんおキヌちゃんは知ってるよ……シロとタマモもだ」

 

 

「はい、もう堅苦しい話は終わり、横島くんのことは、そういう人だってことだけ頭に入れてくれたらいいから……皆夕飯まだでしょ、準備させるから食べましょ」

風夏さんは手を打って、この話を終わらせる。

 

 

その後の夕飯は何を食べたのかその衝撃の事実で覚えていない。

多分豪華な物がでたんだろうが………

 

 

俺は土御門本家でもう一泊して、明日の朝、横島師匠と共に千葉へ帰ることになった。

 

 

俺は布団の中で、茨木童子と戦った事、今日知った横島師匠の事が頭に離れず、中々寝付けなかった………

 

茨木童子………確かに、Aランクを遥かに越える霊力を持っていた。まず間違いなくSランククラスの霊力だ。

 

それをいとも簡単に倒してしまった横島師匠。

 

そして………世間では秘匿されている世界唯一のSSSランクGS。魔神と対抗できる人間。

 

そもそも魔神が現存するかも怪しい存在だ……なのに存在するSSSランクGS

その意義はなんだ?

 

SランクGSの美神さんや美智恵さん、風夏さん。

 

AランクGSの西条さん、小笠原エミさん、六道冥子さん、唐巣神父。

 

俺らが教本で習ってきたのはSランクGSまでだ。

SランクGS、中級魔族、中級魔族と同等の力を持った存在と対峙できる力をもつGS。

AランクGS、下級魔族、下級魔族と同等の力を持った存在と対峙できる力をもつGS。

 

Bランク以下は除霊実績などで主にランク付けされる。

 

そもそも、AランクGSに上がった人はこのランク付けシステム出来てから居るのか?

 

そして……横島師匠だ。SSSランクってなんだ?その間のSSがあっても良さそうだが………

 

 

ランク付けシステムが出来て2年、

大凡3年前の世界一斉大厄災があり、それに伴い。法令の改正などの大改革の際出来たものだ。

 

この……GSのランク付けに…………違和感を感じる。

GSランク付けにはなにか裏があるのでは………GS協会いやオカルトGメン、上層部はなにか隠していることが?…………いくら考えてもわからん。

 

 

しかし、今日の横島師匠、格好良かったな………師匠があんなに強かったなんてな………まあ、それはそれであの人の弟子でやりがいが有るってもんだ。横島師匠にこのまま鍛えてもらったら、下手すると美神さんより強くなったりして………………ありえないか…………………相手がSランクとはいえ…デコピン一発で命の危機に陥るようじゃな。ちょっとは近づけたかもって思ったのにな。はぁ……横島師匠の背中はめちゃくちゃ遠い。

 

ああ、今日はまじで命の綱渡りだったな……………もう二度とごめんだ………………!?

 

 

ああ!?

 

あああああ!?

 

明後日から、学校じゃねーか!?

 

雪ノ下と由比ヶ浜にGSってバレて!!

 

しかもーーーーーーー!!

 

あんなことや!!………こんなことや!!………そんな恥ずかしいことを口走ってしまってるうううううーーーーー!!!?

 

どんな顔して会えばいいんだ!!おいーーーーーいい!!

 

あれ?あれ?あれ?……これ終わってない?

 

なにこれ!?もしかして西遠方で死ぬほどひどい目に会うってこれのことじゃねーか?

 

ああああ!!恥ずかし!!恥ずかし!!あの時の俺、死んどけよ!!もう、学校行くのいやだ!!!!もう引き籠もるしか無い!!!!ああああああーーーー!!

 

 

 

俺はこの日、あまりにもの羞恥心で眠れなかったのは、仕方ないだろう。

 

 

 

 




横島くんのこの強さの秘密はもちょっと後になります。
シロ、タマモ登場後になります。

その他もいろいろと疑問があるかもしれませんが…………待ってください。

感想ではお答えできる範囲でお答えさせていただきますんで…………
ズバリは厳しいですけどww

次回はちょっとあれです。
学校に行きづらい八幡のお話です。


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㉑久々の学校

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

長くなったので、途中で切っちゃいました。



京都からの帰り。

「横島師匠……俺は今回力不足で有ることを身にしみました。GS資格免許を取ったからといって浮かれていたのかもしれません。茨木童子には全く歯がたちませんでした。師匠がいなければ、俺は死んでいました。そしてあの二人を助けることすら出来ませんでした」

 

「八幡。茨木童子を倒すことが目的だったのか?違うだろ?あの子達を助けることが目的だったのだろ?だったら八幡の勝ちだ。八幡が生き残れた。あの子達は怪我もなく助かった。どんな形だろうが、これはお前が泥をすすりながらも勝ち取った勝利だ」

 

「……師匠………………なんか変なものでも食べましたか?……それとも昨日酒にでも手を出しましたか?」

横島師匠なに?ちょっと涙がでそうなんですが、めっちゃ嬉しいんですけど………やはり横島師匠は格好いい。これがずっと続けば良いんだが…………

 

「おいーーーー!!俺だってたまには良いこと言うぞ!!………あっ、八幡!あそこのお姉さんめっちゃ美人じゃね?バスト84のCだ!!」

……やっぱ続かなかったか…………で、いつも思うんだが、なんで見ただけで胸のサイズがわかるんだよ!人間メジャーかよ!!

 

 

 

 

俺は翌日、午前中一応病院で検査を受け、午後から学校に登校した。

職員室に行き、担任の先生と平塚先生に挨拶をする。

 

なんか、平塚先生涙目だったな……心配かけたみたいだ。

 

 

5時限目から出られるな……ああ、ダルい。霊的構造もまだダメージ残ってるし、霊気もまだ回復していない。本調子には程遠い。

……由比ヶ浜とは顔を合わせづらいな。まあ、なるようにしかならんな。嫌われたら嫌われたで仕方がない。

 

教室に入ったのは良いのだが…

 

「ヒッキーーーー!!」

勢いよく由比ヶ浜に抱きつかれた。

俺はなんとか踏ん張って、倒れるのだけは避ける。

 

「……おい!ちょ、離れろって」

俺は無理やり由比ヶ浜を引っ剥がす。

めちゃ恥ずかしいし、お前はいろいろと危ない感じになるから!八幡の八幡が反応しちゃうから!

 

「ヒッキー!もう大丈夫なの?……」

由比ヶ浜は俺の体のあちこちを触ってくる。

 

「大丈夫だ。この通りだ」

俺は由比ヶ浜にバンザイしてみせる。

 

「本当に?」

何故か涙目の由比ヶ浜。

どうやら、嫌われてはないようだが……なんか心配性のかーちゃんみたいになってるぞ。

 

「ああ、心配かけたな……授業始まるぞ」

 

「よかった……」

 

後で戸塚に聞いたのだが、どうやら俺は、妖怪に襲われて病院に運ばれた事になっていたそうだ。

それも、由比ヶ浜と雪ノ下を庇ってという尾ひれ付きだ。

間違っちゃいないがな。

そのおかげで文化祭後最底辺だった俺の株はちょっと上がったらしい。

クラスの様子や戸塚の話しぶりから、どうやら由比ヶ浜以外のクラスメイトにはGSバレは無い様だ。

 

 

放課後、俺は覚悟を決めて、奉仕部へ向かおうとしたのだが………

何故か由比ヶ浜が俺の横を「えへへへ」と嬉しそうにしながらピッタリとくっついて歩くのだ。

歩きにくいし、なんかいい匂いするし、恥ずかしいんで止めてくれませんかね。

 

「はぁ」

なんなんだこいつは?よくわからん。

まあ、嫌われなかっただけよしとするか……問題は雪ノ下だな。

陽乃さんと電話で随分話してたみたいだからな………こりゃ、毒舌、罵りのオンパレードか、口を利かないパターンか。何れにしろ嫌われただろうな。

 

俺は覚悟を決めて奉仕部の部室扉をガラリと開く。

 

「うっす」

 

「やっはろー、ゆきのん」

 

「比企谷くん!……と由比ヶ浜さん。こんにちは」

俺の顔を見て勢いよく立ち上がるが、また、すぐ席に座り直す。

 

俺はいつもの廊下側の席に座ろうとしたのだが………

 

「んっんー、比企谷くん。ちょっといいかしら」

 

「あ、ああ」

来たな……まあ、しゃあないか。GSのバイトは嘘ついて隠してたしな。

 

「……こっちに来てもらっても良いかしら」

そう言って雪ノ下が何時も座っている窓際の椅子の前に何時もはない椅子が対面に置かれていた。

ここに座れということなのだろう。

俺はそこに座ると、由比ヶ浜が椅子を持ってきて、俺の横にピッタリ椅子をくっつけ座る。

 

「………おい」

俺は自らの椅子を横一個分ずらして座る。

 

しかし、由比ヶ浜は「てへへへ」とニコニコ笑顔を俺に向けて、その一個分を詰めてくる。

 

なんだか、こいつが飼ってる犬のような仕草だ。名前はクッキーだっけ?いやソフレだっけか?

 

「んっんー、由比ヶ浜さん?それでは話しづらいわ」

 

「う~」

由比ヶ浜は渋々といった表情で、椅子を一個分離す。

 

「その……怪我の具合はどうなのかしら?」

 

「ああ、俺の師匠が……治してくれた。一流の霊能者だからな」

 

「そう………ところで比企谷くん…………」

来たな…俺は知っている。下手な言い訳や、遅い釈明は相手を余計に相手を怒らせ、とんでもない目に会う。……横島師匠がそれを証明してくれている。下手な言い訳をする度に、普通の人間だったら死んでしまうような制裁を受けている。………しかも毎度だ。学習能力が全く無いんじゃないかと疑うレベルだ。

 

だから俺はこうする。

「すまん。黙っていて悪かった……」

 

俺は席を立ち、二人に向かって詫びのお辞儀をする。

先手必勝だ。先に謝れば、印象はガラリと変わるはずだ。

 

「え?……」

「ヒッキー?」

 

なんか驚いた表情をしているぞ?俺が詫びを入れるのがそんなに珍しいのか?……まあ、珍しいわな。

 

「俺がGSで、GSでアルバイトをしていたのを黙ってた事だ」

 

「いえ……そうじゃないの」

「ヒッキーがなんで謝るの?」

 

これじゃない?違ったか?

 

「その……せ、先日は助けてくれてありがとう」

「ヒッキー、本当にありがとう!」

雪ノ下は照れくさそうに視線をそらしながら、由比ヶ浜は上目遣いの笑顔で、そう言った。

 

「……助けたのは、俺の師匠。横島忠夫だ。俺は何も出来なかったからな……」

 

「あたし達の事を助けてくれたのはヒッキーだよ!!あたし達のこと一生懸命に!!あんなにボロボロになって!!怪我までして………」

 

「私は恐怖で何も出来なかった。逃げることも出来なかったわ。何度もダメだと思った………それでもあなたは、諦めないで………私達を助けようとしてくれた。だから、ありがとう…よ」

 

「……まあ、弱くてもGSの端くれだからな………」

 

「ヒッキーは弱くないよ!あたし達を助けてくれたもん!」

 

「姉さんが言っていたわ。比企谷くんだけだったら逃げることが出来た状況だったと……それなのに…………わざわざ、私達のところに戻って……」

 

「後味悪いだろ?……知り合いが目の前で殺されるかもしれないのに、その……放っておくのは…さすがにな」

俺は視線をそらしながら、そういう。流石に面と向かってお礼を言われるとは思って無かっただけに、気恥ずかしさが倍増だ。………まあ、悪い気はしないが。

 

「……本当に素直じゃないわ。相変わらず捻くれた思考をしてるのね。あなたらしいと言えばらしいのだけど」

 

「ヒッキーのそういう所は変わらないね。でも、本当に嬉しかった!ヒッキーが何度も何度も庇ってくれて!あんなに必死になって…あんな怖い鬼から!!」

 

「……そういえば捻くれ者の比企谷くん。あなた、あの恐ろしい鬼となにか交渉していたみたいだけどなんなのかしら?」

雪ノ下は何時もの調子に戻りこんな事を言ってきた。

………それはその……あれだ。鬼の配下になったら、女をおすそ分けしてくれると言ってたのだが、……俺は受けてないからな。断じて心は動かされてない!

 

「いや……あれはだな」

 

「ヒッキー、あたし達の事、気に入ってるから鬼にくれって言ってた。それってその………その……えっと……ヒッキーはあたし達の事を……その?」

 

「それはだな。ああ、あれだ時間稼ぎの…なんだ」

 

「そういえば………こんな事も言ってたわね。『この二人は俺の恋人なんだ!』と……これはどういう事かしら?私が何時、あなたの恋人になったのかしら?」

雪ノ下は不敵な笑みで、俺のトラウマになりかけたあの言葉を俺の口調を真似て言ってきた。

や、やめてーー!!それは忘れたいトラウマベスト5に入るから!!

 

「あたし達は、ヒッキーの恋人なんだーーー!そうなんだ!」

由比ヶ浜はなぜか嬉しそうに俺の顔を覗いてくる。

 

「私達を普段からそういう目で見てたということかしら。しかも……二人を同時に恋人などと……あなた、あの鬼が言っていた公家か貴族なの?ハーレム谷くん」

雪ノ下はわざとらしく自分の体を腕で抱いて俺から身を引く仕草をする。

 

「その……すまん。緊急事態でだな。時間稼ぎをするためにだ。だからわ、忘れてくれ」

雪ノ下と由比ヶ浜を助けたいからのブラフだからといって……二人同時に恋人宣言ってどんなゲスなんだよ。あん時の俺は!

 

「忘れないし。………怖かったけど。あの時のヒッキーあたし達を何度も何度も、立ち上がって庇ってくれて嬉しかったの!すごく嬉しかった!だから忘れないし!」

 

「あら?残念ね。時間稼ぎのためだけに、あんな事を言ったのかしら?……ゴーストスイーパーの比企谷くん?」

何時もの雪ノ下なんだが、なんとなく楽しそうだぞ。俺をいじめて楽しいのか?

姉妹そろって、S気質なのか?

 

「言ってろ」

はぁ。恥ずかしいからその話題そのそろそろ止めてくれませんかね。俺もうここで悶絶死しちゃうぞ?

なんだ、由比ヶ浜の奴、席を少しづつ詰めてきたぞ。

 

「そうだ!ヒッキー。ゴーストスイーパーだったんだね。最初の小さな妖怪をあっと言う間に倒しちゃった時は何がなんだかわからなくて、びっくりしたけど。ヒッキーは何時もより格好良かった!あの、ゆきのんのストーカーみたいな奴もなんかバーンってやっつけて!凄かった!!」

 

「姉さんから聞いたのだけど、修学旅行の数日前あなたが学校休んでいたのは。GS免許試験を受けにいっていたためだったのね」

 

「………免許取り立ての見習いだよ!悪かったな!」

 

「そうなんだ!ヒッキーがゴーストスイーパーって凄いね!陽乃さんもゴーストスイーパーなんだよね。ヒッキーは前から知ってたの?」

 

「いいや、知ったのはそのGS免許取った時が始めてだ」

 

「ふーん。でもなんか仲よさげ」

由比ヶ浜は疑う様な目で俺を見る。

 

「そんな理由無いだろ?」

何処をどう見たらそうなるんだ?……いや、なんかそう言えば、俺を婿にするとか言ってたなあの人、あれ冗談だよな。

 

「ヒッキー!それでゴーストスイーパーってどんな事をするの?」

 

「……由比ヶ浜さん。知らないで散々ゴーストスイーパーの比企谷くんを褒めてたのかしら?」

 

「し、知ってるよ!幽霊とか妖怪とか倒すお仕事でしょ!でも、何やってるか見たことないから」

 

「まあ、そうだな。戦って倒す事もあるが、けっこう地味な仕事も多い。幽霊が近づかないように細工したりとか。霊障の原因を探って、解決したりな」

 

「ふーん。ゴーストスイーパーってどうやったらなれるの?あたしでもなれる?」

 

「ゴーストスイーパーは超難関国家試験よ。試験は年2回。年間32名しか取得出来ない免許よ。学力テストだけでなく。実技が必要なの。誰でもなれるようなものではないわ」

雪ノ下、なんかめちゃ詳しいんだけど。まあ、なんだかんだいって、陽乃さんの事が気になって調べたのだろう。

 

「ヒッキー!!めちゃくちゃすごいじゃん!!」

 

「おい、さっき褒めてたのはなんだったんだ?」

さっきのはなんにも知らずになんとなく褒めてくれたようだな。まあ、由比ヶ浜が知ってるわけもないか。

 

「そう、誰にでもなれるものではないわ。特殊な才能が必要なの。血筋や生まれ持った才能が………雪ノ下は陰陽師の大家、土御門家の分家筋……霊能者の家系。大分血は薄まってはいるのだけど、たまに霊能力に優れた人が生まれるわ。……それが姉さん。生まれた時から才能に恵まれて、それでGSに………私には……まったく才能が無かったわ。………」

雪ノ下は最後の方はうつむき加減で話す。

まあ、優れた姉がいると苦労するのだろう。あの人の場合。霊能力うんぬん以前に全てにおいて高スペックだからな……同腹の妹として思うところが有るのだろう。

 

「そ、そうなんだ。ということは、ヒッキーって霊能者の家系なの?そしたら小町ちゃんも?」

 

「いいや。俺の家系は誰一人霊能者はいないはずだぞ。聞いたこともない」

 

「……ということは突然変異かしら?」

突然変異って。もっと言い方ってものがあると思うんですが。雪ノ下さんや。

 

「……そんなようなもんだ。しかも俺の場合、後天的にだがな」

あんま言いたくなかったのだがな……どうやら陽乃さんは俺があの事故で霊能に目覚めたことを雪ノ下に黙ってくれてるみたいだしな。

 

「ヒッキーって天才だったんだ!」

 

「いや、才能は無いから……大分苦労した。俺の様に後天的に霊能に目覚めちゃうと、生まれ持って霊能がある奴と違って、扱うすべがないから暴走しちまう。だから、アルバイトをしながら霊能者のお世話になって、扱うすべを学んでいたということだ」

 

「……………」

雪ノ下は何かを考えているようだ。

バレるなよ。バレると余計な面倒が増える。

 

「でも、ヒッキーいっぱい妖怪たおしてくれたよ?」

 

「師匠の教えが良いからな」

 

「師匠って、あの横島さんっていう人?ナンパばっかりしてた変な人?」

間違っちゃいない。確かに変な人だ。普段からちゃんとしてくれたら良いのだが………

しかし、この前の戦ってる師匠はなんか別人に見えるぐらいの迫力だった。

……なんか、真ん中ぐらいでちょうどいい感じなのはないのか?あの人は………

 

「そうだ。あの人は普段あんなだけど、こと霊能については超一流だ」

 

「なんか。兄弟みたいに仲良さげだった」

 

「ああ、良くしてもらってる」

 

「へ?ヒッキーが他人を褒めた?」

 

「ま、まあな。俺がこうして普通の生活をしているのはあの人のお陰だ」

 

 

「……………比企谷くん………もしかして、あの事故で…………」

しばらく会話に入らず何かを考えている風だった雪ノ下は恐る恐る聞いてきた。

 




次回はバレちゃうのと
ついに、シロタマ登場!


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㉒ようやく登場!

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

京都修学旅行編がここで終わりです。
今までお付き合い頂きありがとうございました。



「………比企谷くん……もしかして……あの事故がきっかけで…」

雪ノ下は恐る恐る俺に聞いてきた。

やはり、バレたか………

まあ、何れは話さないといけないことだしな。

これ以上、嘘に嘘を重ねるわけにも………いい機会だったのかもな。

 

 

「ゆきのん、何のこと?」

 

 

「先に言っておくぞ。雪ノ下や由比ヶ浜が悪いわけじゃないからな………そうだ。あの入学式の事故の後に俺は2日間の昏睡状態で、目が覚めたら霊能力に目覚めてた。浮遊霊が見えていたんだが、最初は何のことかわからず、事故で頭を打って、ただ単に頭がおかしくなったのだと思った。………だがそうじゃなかった。俺から漏れ出す霊気が幽霊を呼び寄せて、怪奇現象のオンパレード。霊能力が暴走し俺自身がいわゆる霊障そのものになっていた。その時に病院の依頼で除霊を行いにきた美神令子除霊事務所の面々に助けてもらって、拾われたってわけだ。あのままだと俺は悪霊や妖怪に喰われるか、取り憑かれるかされてたそうだ」

 

 

「ヒッキー……それって………」

「………そんな状態で」

 

「そんな顔するなよ。事故そのものも別にお前らのせいじゃないだろ。俺の意思で、車道に飛び出し、由比ヶ浜のとこの犬を助けようとして、雪ノ下が乗っていた車に轢かれただけだ。その後、霊能力に目覚めたのは、単なる偶然で、全く関係ない」

 

「でも……」

「…………」

 

「俺はその縁で、美神さんや横島師匠に出会えた。美神令子除霊事務所でアルバイトしながら、霊障の克服のために、霊力コントロールを学んだ。まあ、なんだかんだあって、霊力コントロールもうまく行き、俺自身がGSになれるぐらいの実力がついたってわけだ。今となってはあの事故に感謝してるぐらいだ。美神さんや横島師匠に出会え、GSにまでなれたんだからな。将来を約束されたようなものだ。サラリーマンとかガラじゃない………それと俺のGS能力が少しでも、役に立ったようだしな………」

正直、美神令子除霊事務所のアルバイトはきついが、充実感はある。

もし、何もなく高校の1年半をダラダラ過ごしていたとすると……今の俺は無かった。

 

「ヒッキー………」

「比企谷くん………」

 

「だから、この話はもう無しだ」

 

「でもヒッキー………うんわかった。それでも、ヒッキーにはありがとうだよ」

「比企谷くん……わかったわ。姉さんもこの事を?」

 

「雪ノ下さんは知ってる」

 

「うー、なんか陽乃さんとヒッキーっておそろいみたいでずるい」

「姉さんといつの間にか、そんなに仲良くなったのかしら?」

由比ヶ浜がなんかふくれっ面だし、雪ノ下はなんでそんな冷たい視線で俺を見るんだ?

 

「別に仲良くなんてなってない……その逆だ。GS試験で陽乃さんにボコボコにされたんだぞ」

その後、陽乃さんは婿がどうのこうの言っていたがそれは……きっと冗談だ。

 

「…そ、そうなんだ!」

由比ヶ浜さん。なんでそこで嬉しそうなんですかね。そんなに俺がボコボコなのが嬉しいのかよ。

 

「……姉さんらしいわね。でも、何か引っかかるわ。あの姉さんの言い回し」

雪ノ下は何か思い浮かべているようだ。

 

「ああ、それと、GSの事は学校の連中とかには秘密にしてほしい。学校に通ってる俺は飽く迄も一般の高校生だ。学校にはGSのアルバイトとGS免許のことは申請、許可を得ている。一部の学校の先生は知っているはずだ。多分平塚先生もな……確認とってないが」

平塚先生は学校生活を二の次にしていた俺を、学校につなぎとめるために、……いや、あの人の言い分だと、青春を謳歌させるために、この部に強制的に入れさせたのだろう。

そのおかげで、学校生活も退屈せずに済んではいる。

 

「うん。わかった!あたし達だけの秘密だね!てヘヘへ」

由比ヶ浜はそう言って、また、席を詰めてくる。

 

「そうね。あの時のあなたの話をしても誰も信じられないとは思うけど…………あの時のあなたは………ちょっと……その……かっこ……かったから」

雪ノ下はプイッと視線を外しながら最後はほとんど聞き取れない程の小さな声で何かを言っていた。

 

 

この後、GSについていろいろ聞かれたが……すぐに下校時間になる。

 

俺は途中まで、下校を共にした。

なぜか由比ヶ浜はピタッとくっついてくるが………

 

まあ、こいつらが助かってよかったな……あの時、諦めなくてよかった。

確かに横島師匠の言うとおりだな。由比ヶ浜と雪ノ下がこうやって助かった事自体が俺の勝利か………

 

 

 

ちょうど二人と別れた後、すぐに小町から電話が掛かってきて買い物を言いつかる。

俺はスーパーによって買い物をし、帰宅する。

頼まれた食材を見て………ある予想をしていた。

厚揚げに油揚げ……肉のブロックか……

 

 

俺は家の鍵を開け、玄関を開ける。

「小町帰ったぞ」

 

やはりか………何時もより靴が多い。来客だが………

 

 

「八幡殿!おかえりでござる!」

出迎えの声がかかる。女性の声だが、もちろんこの声は小町じゃない。

時代劇のサムライの様な口調だ。

長い髪をポニーテールで結んでる背が高めの元気いっぱいの少女が、笑顔で顔をだす。

 

「……なんでいるの?」

 

「折角の姉弟子が出迎えたというのに、何でござるかその態度は!そもそも八幡殿は拙者の弟弟子!もっと敬うべきでござるよ!」

年は俺とそれほど変わらない様に見えるこの少女は犬塚シロ。

 

「まあ、すんませんでした姉弟子……というかシロ、オカルトGメンの仕事で沖縄に出張してたんじゃないのか?」

俺はわざとらしくそう言った後。質問をする。

 

「今日帰ってきたんでござるよ!でもって、5日間休みをもらったでござるが、横島先生は何処かに出張だとかで……つまらないし、八幡殿のお家に遊びに来たでござる!」

そう言って、ジーンズのおしりから出ている犬の様なシッポをパタパタを振っていた。

そうこの少女は人間ではない。希少種である人狼族の娘だ。いわば妖怪の一種だが、神の使いであった一族のため、どちらかと言うと人や精霊に近しい存在なのだ。

詳しいことは知らないが、この容姿で、実年齢は小町より低いらしい。

 

「しっぽ……擬態できてないぞ」

 

「良いではござらんか!ここには今八幡殿と小町殿しかいないし!」

面倒だな……こいつの目的は………散歩だ。横島師匠はこいつの散歩に毎度付き合っていたらしいが……俺が弟子になった後、トレーニングの一環だとかで俺はこいつの散歩に毎回つきあわされた。1回の散歩で100km程度毎回走らされるのだ。嫌でも体力がついてくる。

一人で行けばいいのに、誰かと一緒がいいと毎回ダダをこねる。

そのへんが実年齢に即しているようだが………

 

「外では気を付けろよ」

 

 

「お兄ーちゃん。帰ったなら食材速く持ってきて!今小町料理で手が離せないから!」

キッチンの方から、我が妹、小町の声が響く。

 

「わーった」

俺はシロに買い物袋を手渡すと、シロはシッポを振りながらキッチンに持っていってくれた。

 

「ただいま」

靴を脱ぎリビングに入るとやはりもうひとりの少女がソファーに座っていた。

 

「おかえり、八幡……油揚げちゃんと買ってきた?」

この黄金色の髪の少女は俺と同じぐらいの年格好だが美少女というよりは美女と表現したほうがいい。雪ノ下の様にツンとした雰囲気をしているが、何故か妙に色気があるのだ。

 

「ほれ、もう小町に渡ってる」

 

「そう、ならいいのよ」

こいつの名前はタマモ、こう見えても1000年以上生きている別名九尾の狐と呼ばれる大妖怪だ。

霊気の内包量は流石である。

タマモがここにいる理由はシロとほぼ同じだろう。休みの間、俺ん家に泊まる算段だろう。

まあ、親父とかーちゃんは娘が増えたと喜ぶがな………

 

シロとタマモは美神令子除霊事務所の同じ職場仲間だが、彼女らの方が先輩で、シロに限っては横島師匠の一番弟子のため、俺の姉弟子にあたるのだ。

妖怪だが、彼女らは国やGS協会、オカルトGメンに認められた人間の協力者としての立場を得ている。彼女らの後見人は美神さんだがオカルトGメンの観察下でもあるため、オカルトGメンの仕事をよくやらされている。美神さんはなんだかんだと、美智恵さんには頭が上がらない。

まあ、報酬はきっちり貰っているようだが………

 

「タマモちゃんはテーブル片付けて!お兄ちゃんは料理手伝って!シロちゃんは食器出して!」

 

「わかったわ小町」

「はいよ」

「わかったでござる小町殿」

俺と二人は小町に素直に応じる。

何故かこの二人は小町に懐いている。特にタマモは小町を気に入っているようだ。

小町もこの二人には心を許している。

 

しかし、小町は美神さんや横島師匠に対してはどうも心を許していない。

態度を見ればわかる。

もっとも、美神さんや横島師匠は気にしてないが……

 

 

小町お手製の夕食がテーブルに並ぶ。親どもは今日も遅くなるらしい。

社畜はきついな。残業とか………

 

肉野菜炒めに揚げ出し豆腐。わかめの酢の物に味噌汁。

タマモにはそれと別にきつねうどん。

シロには、サイコロステーキを付けている。

二人の大好物だ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

賑やかな夕飯だ。

小町は二人に出張先の沖縄のことをいろいろ聞いていた。

二人はお土産を小町と家の家族に用意してくれていたらしい。

 

 

俺は腹八分目にしておかなければならない。

霊気も霊的構造も回復していないが………食事の後、シロは必ず散歩を強請って来る。

今日は自転車で半分の距離で勘弁してもらいたいところだ。

 

 

小町は二人と会話を楽しみ、笑顔だ。

まあ、小町には今回も修学旅行で怪我して遅れて帰ってきたことで、心配かけてしまってた。今日ばかりは二人が来てくれてありがたく思う。

 

 

 

ん?これってはたから見ると、あれ?美少女3人に囲まれて生活している俺に見える?

 

あらぬ誤解を生みそうだな………学校の連中には見せられない風景だ………特にあの二人には………




というわけで、次章となるわけです。

ちょいと休憩してから、再開します。



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【三章】生徒会候補者編
㉓生徒会立候補者問題


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


再開です。

ガイルイベント、一色いろは登場




 

 

シロとタマモの訪問を受けた翌日。

俺は普通に学校に向かうために家をでる。

「一度、八幡殿の学校に行ってみたいでござる」

などと言って、シロの奴は付いてこようとしたが、丁重にお断りした。

明日、土曜日で休みだから、好きなところに連れてってやると約束して納得させただけの話だが………

因みに俺も霊的構造が回復がまだなため、美神令子除霊事務所のアルバイトは来週末まで休みをもらっている。GS免許試験、京都の茨木童子との戦いで、立て続けに大きなダメージを喰らっているためだ。ゆっくり休養をとることが大事らしい。

美神さんは普段はめちゃくちゃ無茶を言うが、こういう時は無理は言わない。その辺は流石に一流のプロだと言ったところか……はたまた、大事な丁稚(戦力)を使い物にならないようにしないための予防処置なのかもしれないが。

 

 

放課後、部活に顔を出すが、やはり今日も由比ヶ浜の距離感がおかしい。

昨日から、やたらと近いのだ。

……まあ、目の前で俺があんな怪我したからな。優しいあいつの事だ。その辺を心配しているのだろう。

 

 

そこに、この学校の生徒会長城廻めぐり先輩がこの奉仕部に久々の依頼者を連れてきた。

 

「一色いろはです」

その依頼者は一年生の女子、美少女といっていい顔立ちだ。

口調は城廻めぐり先輩のように、ほんわかとした口調だが……たぶんこいつは狙ってわざとその口調にしている。時々俺の方をチラチラ見るところから、多分男受けするためにそんな事をしているのだろう。

因みに由比ヶ浜とは面識があるらしい、現在葉山や戸部が所属してるサッカー部のマネージャーだとか。

 

依頼はこうだ。

一色いろはを次の生徒会長選に当選させないようにしてほしいと………

 

なぜ、そんな事をと思うが、一色いろはは自ら立候補したわけではない。誰かが推薦人を勝手に20人募って、本人の意志とは関係なく一色を生徒会長立候補者として祭り上げたのだ。

 

どうやら、一色の話しぶりから、嫌がらせのようだ。一色は男受けをするが、同性には嫌われるタイプのようだ。そんな一色を苦々しく思っているクラスメイトやら同学年の女子がこんな事をしでかしたそうだ。

 

本人はその意志がないと、そんな物を無効にすればいいようなものだが……。

無碍に断ることが出来ないとのこと。立候補推薦を取り下げると、推薦者からの糾弾や一色にあらぬ悪評が立ちかねないのだそうだ。

それを見込んでのこの立候補者推薦なのだろう。なにそれ?女子の世界って怖くない?

しかし、これを考えたやつはなかなか頭が切れる奴のようだな。こんな事に頭使うんならもっと別な事に使えよな。世界平和的なアレとか……

 

一色は困って、生徒会長の城廻めぐり先輩に相談し、その城廻先輩も一色がダメージをくらわないという条件の解決方法を思いつくことが出来ず、奉仕部に相談に来たのだ。

 

 

そして………

一色のイメージにダメージを受けずに風評被害などを受けない解決方法として考えられるは…強力な立候補者に敗れる事だ。これならば、一年生の一色がダメージを喰らうことはない。

………その前にそんな奇特な立候補者は見つかるのだろうか?

 

俺的にはこんなドロドロした女の世界に関わりたくないんだが………生徒会の依頼となると断りにくい………

奉仕部は渋々といった形でこの依頼を受けることにしたのだ。

 

 

城廻先輩と一色が奉仕部の部室を出た後、雪ノ下はしばらく考え込んでいた。

 

「……私が生徒会長選挙に立候補する。…というのはどうかしら?」

 

「ゆきのんがなんで………」

 

確かに雪ノ下が立候補し、一色と選挙戦をすれば十中八九、雪ノ下が勝つだろう。……しかし。

 

「雪ノ下、生徒会長になりたいのか?」

 

「……私なら、一色さんに勝てるわ」

 

「いや、そこじゃない。雪ノ下が本当に生徒会長になりたいのかだ。……確かに雪ノ下が出れば、一色に勝つだろう。生徒会長もそつなくこなせると思う。しかし、そこに雪ノ下の意思があるのか?」

 

「……その方法が確実よ。…………私にはそれしか、……私にはその手しか考えられなかった」

雪ノ下はうつむき加減で、どこか自分を責めるかのような言い方をする。

 

「その案は却下だ」

俺は雪ノ下にハッキリと言う。

雪ノ下はこの案を提案はしたが、何か引っかかっている。それがなぜだかわかる。

もし、雪ノ下が立候補すれば、当選する。その後は生徒会長として、学校の生徒をまとめていくだろう。しかし……そこには既に奉仕部は存在しない。生徒会長と部活の両立は困難だからだ。

それは雪ノ下自身理解しているからこそのこの物言いなのだろう。

それだけではないようだが……自分を責めている?いや……苛立っているのか?焦っている?

 

「では、あなたは他の案があるというの!?」

雪ノ下は珍しく感情的だ。

 

「………今は、ない。……まだ、ちょっと時間がある。なにか皆で考えれば」

 

「私は考えたわ!考えてこれしかないと!」

 

「雪ノ下……何を焦ってる?」

 

「あ………ごめんなさい。声を荒げて……私にもわからない」

また、雪ノ下は俯いてしまった。

どうしたんだ?今日の雪ノ下は…らしくない。

 

「ゆきのん………」

由比ヶ浜はそんな雪ノ下を心配そうに声をかける。

 

「週明けにもう一度、意見を出し合うか」

 

「うん、ヒッキーあたしも考えてくる」

 

「……わかったわ」

 

 

今日は奉仕部を早めに切り上げる。

皆で、校門まで歩く。

由比ヶ浜は今日は、雪ノ下にピッタリとくっつく。

 

 

しかし………校門から人影が現れる。

 

「八幡殿!!待っていたでござる!!」

いきなり、そいつが飛びついてきた!

俺を押し倒す勢いだ!

 

「ちょ!ま、まて!!」

おいーーーーー!なんでここにいるんだこいつは!!

 

「ヒッキー?……その子だれ?」

何故かふくれっ面の由比ヶ浜。

 

「……誰かしら、その子は……随分親しそうね。スケベ谷くん」

冷たい視線を送り、何時もの様にディスる雪ノ下。………先ほどとは違い何時もの調子が戻ったようだ。これでこそ雪ノ下。

 

「散歩!散歩!散歩!!」

俺の顔を舐める勢いだ!

俺はそれを阻止するために、飛びついてきたシロの肩を掴み押しのける。

 

「なんで、来たんだよ!」

 

「じっと家で留守番するの性に合わないでござる!だから迎えに来たでござるよ!」

おい、タマモがいるだろ……まあ、シロと違ってタマモは結構インドア派だからな。小町の若者向け雑誌やら少女漫画やらを読んでくつろいでいるのだろう。

というか、言い方なんとかしろよ!それはあらぬ誤解を招くだろ!!

 

「家で留守番?迎えに来た?どういうことかしら?まさか!?」

「どういう事!ヒッキー!!」

 

「ちょ!シロ!離れろ……って、なんで、お前ら怒ってるんだよ」

 

「散歩!散歩!!」

 

「これはじっくり、話を聞く必要がありそうね」

「ヒッキー!!」

 

何これ?何だこれ?

俺は何もしてないのになんか修羅場みたいになっているのだがどうなってる?

修羅場とは、複数の女性と付き合って、それがバレて、責められる状況だよな。

俺は女性とも仲良くなった試しもないし、付き合った事もない。なんだこれは?

 

 

 

結局、この後すぐシロと雪ノ下と由比ヶ浜とサイゼに行くことになった。

 





この章は
ガイルイベント生徒会立候補者問題+クリスマスイベント+GS風イベントがMIX

次の章は
GS風イベント冬休み修行編予定




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㉔シロとタマモ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます

続きをどぞ


 

「この子は誰?ヒッキー」

「どういう関係かしら?」

 

サイゼに到着し、席に座った瞬間二人は同時に喋る。

 

「ここに来る途中で言っただろ。バイト先の先輩だって」

 

「そうじゃなくて!」

「それは聞いたわ」

 

「八幡殿、このお二方はなぜ怒ってられるのでござるか?」

シロは俺の隣に座りながら、不思議そうに俺に尋ねる。

 

「よくわからんが、お前が原因だって事だけはわかる」

 

「なるほどでござる!!拙者、犬塚シロでござる!美神令子除霊事務所の仕事仲間で、八幡殿の姉弟子でござる!」

シロは二人の顔をまじまじと見て何か納得したような表情で自己紹介を始める。

 

「ご丁寧に、雪ノ下雪乃です。この男とは部活仲間なことはたしか……姉弟子?」

「由比ヶ浜結衣。ヒッキーのクラスメイトで部活も一緒です」

 

「シロは仕事仲間だ。姉弟子ってのは…お前ら横島さん知ってるだろ?こいつが一番弟子で俺が二番弟子なんだよ。……そういう事だ。納得してくれたか?」

 

「でも、迎えに来たとかなんとか……一緒に散歩とか…………」

由比ヶ浜はまだ納得いかないようだが……ったく、なんなんだ?

 

「俺の家に今、泊まってるんだよ。誤解がないように言っとくが、小町も居るし親も家に居るからな」

 

「それにしても随分親しそうね。あなたが女性を下の名前でしかも呼び捨てにするなんて」

 

「………ああ、こう見えてもシロは小町より年下だ」

 

「へ?……だって、ゆきのんより背高いし、その……モデルさんみたいに細いのに、その胸もあるし、年も同じぐらいなのかなって」

由比ヶ浜は不思議そうにシロをまじまじと見る。

あの、その言い回し地雷踏んでないか?…雪ノ下、自分の胸元見てから何故か俺を睨んでくるんだけど。なぜ俺?

 

「年は下でも拙者は八幡殿の姉弟子でござるよ!もっと敬うべきでござる!」

 

「……ひとりで散歩行けたらな」

 

「一人で行けるでござる!誰かと行ったほうが楽しいからでござるよ!」

 

「じゃあ、明日から一人な」

 

「ぐぬぬぬぬっ、そんな殺生な!八幡殿は酷いでござるよ!」

 

「……な、なんかヒッキーに小町ちゃん以外にもうひとり妹がいるみたいなかんじだね」

「そ、そうね」

由比ヶ浜と雪ノ下はさっきまでの攻撃的な態度から、毒気が抜かれた様な感じに軟化していた。

 

「それにしても八幡殿も隅に置けないでござるよ。ボッチだなんだ言ってたのに、こんな美人の恋人が二人もいるなんて!」

 

「おいぃ!変な誤解するなよ!この二人は俺の部活仲間だと言っただろ!」

 

「そんな~、美人で恋人なんて!」

由比ヶ浜さん?何言っちゃってるんだ?

 

「し、心外だわ。ふたり同時に恋人宣言するような男と……このゲス谷くん」

雪ノ下なにうまいこと言ってるんだ?茨木童子の時の事は忘れろよ!

俺のトラウマ呼び起こさないで!

 

……この後は、なぜか和やかな雰囲気になった。

よくわからんが誤解は解けたようだ。まったくなんだったんだ?

 

 

俺らはドリンクバーだけだったんだが、シロの奴はその間ステーキ2枚平らげやがった。

 

 

しばらくして、和やかな雰囲気のまま、帰宅する事になるのだが、シロの奴がまた余計なことを言う。

 

「八幡殿!明日は何処に連れてってくれるでござるか?拙者はデジャブーランドがいいでござるよ!」

 

「ヒッキー?それってまさか……デート?」

「比企谷くん……あなた、小町さんより年下の子と……ロリ谷くん」

おい!またあらぬ疑いを!ロリ谷くんってなんだよ!今までの中で最悪だからなそれ!

そんな理由無いだろ?さっきまでの話はなんだったんだ?振り出しかよ!

 

 

 

……何故か明日、由比ヶ浜と雪ノ下が付いてくる事になった。

由比ヶ浜は、明日暇だからシロに一緒について行っていいか聞き、あっさりOKをだす。

雪ノ下は、部員から犯罪者を出すわけには行かないという理由で強引について来る気だ。

 

 

 

なんか面倒なことになったんだが。

 

 

翌日、千葉駅集合。

「雪乃さん。結衣さーん。やっはろー!」

「小町ちゃんやっはろー!」

「小町さん、や…おはよう」

 

「結衣殿、雪乃殿はおはようでござる!」

「シロちゃんもやっはろー!」

「シロさん、おはよう」

 

タマモは俺の袖を引っ張り、耳元に手をやり内緒話をする。

「ねー八幡。あの人達、わたし達と一緒でいいの?」

「シロが良いって言ってたし良いんじゃないか?」

「……私達が妖怪だって知らないんでしょ?」

「すまないな。窮屈な思いをさせる。まあ、悪い奴らではないから」

「そう、八幡と小町が良いって言うなら……私は構わないわ」

タマモはちょっと社交性にかけるところがある。小町や俺は気が許せる人間ではあるが、由比ヶ浜と雪ノ下は今日始めて会う人間だ。不安に思っても仕方がないだろう。

 

「ほえー、凄い美人……外人さん?」

「比企谷くん……こちらの方は」

俺の横に居る二人はタマモを見て目を丸くする。

まあな、タマモは美少女だ。雪ノ下も美少女ではあるが、タマモの顔立ちはどちらかと言うとヨーロッパ系の顔をしている。しかも何もしていないのに妙に色気があるのだ。

1年半前はこんなんじゃなかったんだが………

 

「ああ、職場の同僚のタマモだ」

「タマモよ。私のことは気にしないでいいわ」

俺はタマモを二人に紹介するが……タマモも一応自己紹介をするがツンとした雰囲気をだし、とても社交的とは言えない。

 

「あははっ、あたしは由比ヶ浜結衣、結衣って呼んでください」

「雪ノ下雪乃です。突然押しかけるような真似をしてすみません」

 

「別にいいわ」

そう言って、タマモは小町の方へ歩いていく。

 

「……ヒッキー、あたしなんか怒らせるようなことしたかな?」

「いや、あれが通常だ。別に怒ってもいない。タマモは何時もあんな感じなんだ。気を悪くしないでくれ」

由比ヶ浜は苦笑しながら俺に聞いてきたが、タマモはあれが通常だ。あまり他人に興味が無いと言ったほうが良い。

 

「……同僚がもうひとり居ると聞いてはいたけど、彼女は年上よね?ヨーロッパの人かしら?」

雪ノ下の質問は答えづらいな。彼女は数千年以上生きている。正確には紀元前に遡るらしいが……800年程前に封印され、近年に転生し復活した。転生の際、記憶を失い、子供に戻ったらしいのだ。

しかし…過去の記憶は徐々に戻りつつあるらしい。ただその記憶は記録という形らしく、自分が体験したというよりも、第三者目線から見る記録映画を見ている気分だと言っていた。

タマモと一年半前は出会った時にはシロとそう変わらない、ちょっと年下の女の子な感じだったんだが、今は見ためは俺と同世代位なのだが明らかに年上の雰囲気を醸しだしていた。

記憶が戻りつつあるのが影響してるらしい。

 

彼女の本当の姿は大妖怪白面金毛の九尾の妖狐、玉藻前なのだ。

……当時の人間からは妖怪だからと言うだけで封印されたようだが、特に悪さをしたようなことはない。幅広い知識と霊力を持つ大人しい妖怪だ。

その美貌を活かし、時の権力者の伴侶となり、庇護され外敵から身を守っていたに過ぎないからだ。

俺の予想だが……現世で庇護を乞う対象となってる人物は、多分横島師匠だ。

 

俺はそんなタマモが大妖怪玉藻前に戻りつつあることを感じ……敬意を払った接し方の方が良いのではと思い。

半年前、

「すまなかった。タマモさんって呼んだ方がいいよな。実際俺よりも人生経験長いし」

と言ってみたのだが………

「バカ……今まで通りでいいわよ八幡」

と頭を軽く小突かれた。

それが今日まで至っているのだが……果たして現在の彼女は精神年齢はどの様になっているのかはわからない。

タマモが良いと言うならば俺は、このままの関係でいようと思う。

タマモもそれを望んでいるからだ。

 

 

 

「雰囲気はああで、取っつき難いところはあるが、俺らとそう変わらないから、普通に接してやってくれ」

俺は小町と話すタマモに目をやりながら、雪ノ下と由比ヶ浜にそう言った。

 

 

そして、関東でニ番めに規模が大きいテーマパークデジャブーランドに到着した。

もちろん一番は東京ディスティニーランドだ。

このデジャブーランドは埼玉と千葉の県境の山手にある。

 

「八幡殿!八幡殿!!あれに乗りたいでござる!!」

「わかったから、引っ張るな」

「八幡殿!八幡殿!!あれに入りたいでござる!!

「おい、ちょっと休憩させろよ」

デジャブーランドに到着した途端これだ。

俺はシロに振り回される。

シロはずっと子供のようにはしゃぎっぱなしだ。

まあ、実際年齢は子供だけどな………

 

最初は同じ様にはしゃいでいた小町もこのパワーにずっとついていけないようだ。

 

今は、残りの4人で休憩しながら女子トークに花を咲かせている。

こんな中で、コミュ障二人(タマモ・雪ノ下)いるから、由比ヶ浜も大変そうだがなんとかやってるようだ。まあ、小町も居るし大丈夫だろう。

タマモはシロとは違い積極的に人と接しようとはしない。今回のはいい機会になるかもしれないな……

 

しかし、今、雪ノ下と由比ヶ浜にタマモとシロが妖怪だと話したら、二人は受け入れてくれるだろうか?

あの二人はつい最近、妖怪に襲われ、恐ろしい目に遭い死にかけた。

その恐怖は今も脳裏に残っているだろう。

だから俺は、タマモとシロが妖怪であると事前に言わなかった。

妖怪だという事実だけで、タマモとシロを恐怖の目で見、拒絶してしまうかもしれないからだ。

そうでなくとも、一般的な認識では妖怪は悪と見られているのだ。

もうちょっと時間が必要なのかもしれないな。

 

小町は逆に、そんな偏見も持っていなかったため、あっさり受け入れた。

しかも、狐と狼の姿の二人をモフモフだの、癒やされるだの言って、散々抱き倒してたな……

今では、非常に仲がいい。

特にタマモはGSの世界以外の年近い人間との接点は俺の知る限り小町ぐらいだ。

シロは意外と近所に受けがいいし、人懐っこいからな。

 

もしかして、狐と犬じゃなかった、狼の性質なのかもしれないが………

 

 

 

俺は遅い昼食を促す。

「小町、タマモ、シロ、昼飯買ってくるがリクエストは?」

 

「オムライス!お兄ちゃんの愛情がたっぷり入ったやつ!」

「きつねうどんがいいわ」

「ステーキ!!分厚いステーキが良いでござる!!」

 

「まあ、無かったら適当な、その辺で席とってくれ」

 

 

俺は由比ヶ浜と雪ノ下とちょっと離れた屋外フードコートへと昼食を買いに行く。

「ヒッキー、シロちゃんって本当にヒッキーの妹みたいだね」

 

「まあ、そうだな。本人に言うと怒るがな」

まあ、感覚は小学生くらいの小町みたいなもんだ。元気度は400%ぐらいあるが……

 

「タマモさんも、それほど話しにくいことは無かったわ」

 

「まあ、人見知りなだけだ」

雪ノ下さん?それを言う?同じ穴のムジナだぞ。自覚がないのか?

 

「そういえば、さっき聞いたけど!ヒッキーのGSのアルバイト先って女の人ばっかり!!」

「キヌさんって人の事も聞いたわ。とても可愛らしい方のようね。なんでもあなた。キヌさんの言うことは素直に聞くようね」

「そうだし!お嬢様学校の一つ上のお姉さんに、ヒッキーがデレデレだって!!」

雪ノ下は何時もの冷たい視線を俺に向け、由比ヶ浜はぷりぷりしだしたぞ。

 

おい!何その偏った情報?誰が喋った!?しかも誰がデレデレだって!誰が素直に聞くって!………確かに素直には聞いちゃうよな。聖母だし………しかし、デレてないぞ!決してデレてないぞ!そりゃ、話しかけられるだけで嬉しいし……あの笑顔を見るだけで癒やされるが………デレではない!

そう、ある意味信仰に近い!お前らは神様にデレるか?俺は飽く迄も信奉者なのだ。

 

 

「な、何を言っているんだ?そんなわけがあるわけないではないか……」

しどろもどろになるのは許してほしい。

 

 

 

 

!?………霊気?こんなところで?

 

 

 

そして………遠方から悲鳴が上がる。






タマモの設定は改変しております。


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㉕シロとタマモといつものように除霊

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで続き。


『キモイって言うな~、1000年前だったらイケメンだったんだよ~』

『デブで何が悪いだに~、太いのは金持ちの象徴だに~』

『ショボイってなんだ~、見た目で判断するな~、それに別にお前らに迷惑かけてないだろ~』

 

キモ・デブ・ショボそうな妖怪3体が次々とカップルに襲いかかり、ネチネチと説教じみた愚痴を言い、詰め寄っていた。フードコートは阿鼻叫喚と化する。

 

……何これ?めちゃくちゃデジャブーなんだが?

 

そして、カップルの男女に一通り愚痴を終わるとキモイ妖怪とデブ妖怪、ショボイ妖怪は粘液を吐きかける。

 

吐きかけられたカップルはそれぞれ、ブサイクになったり、太ったり、ショボくなったりする。

一種の呪いのようだ。

 

『お前らも我らの気持ちを味わうがいいのだ!』

『そうだに。今度は我が身になって、蔑まれつづければいいだに!』

『我々は報われない男達の嫉妬と絶望の代弁者なのだ!』

 

その様子を見ていた他の客も我先に逃げ出し、収拾が付かない状況になっていた。

コイツラの呪い、地味に嫌な攻撃だ。

男女共に、絶対避けたい事態だろう。お互い意識しあってるカップルにとってこれ程嫌な呪いは無いのではなかろうか?

 

 

……はぁ、何これ、このテーマパーク?確か年に1~2回ぐらいこんな妖怪を生産してないか?

半年前も依頼でこれに近い妖怪を美神さんたちと退治しに来たんだが………前は嫉妬女の妖怪だったような……

 

 

「ヒッキー………」

「比企谷くん………」

由比ヶ浜と雪ノ下は不安そうに俺を見上げていた。

 

「大丈夫だ。彼奴等弱そうだし……俺の後ろで離れないようについて来てくれれば大丈夫だ」

 

俺は二人にそういいつつ、スマホで電話をする。

 

先ずは美神令子除霊事務所に電話をする。

「比企谷です。デジャブー・ランドでDランク妖怪3体が出現し、目の前にいます。客にも被害が出てますが、死亡には至っていません。呪いらしきものを振りまいてます。GS協会に緊急除霊許可願いを出してもらっていいですか?」

 

『比企谷くん、今、許可申請を出しました。今日はシロちゃん、タマモちゃんも一緒なのでしょ?比企谷くんはまだダメージが残ってるから、二人に任せてね。それとシロちゃんとタマモちゃんにも特別除霊許可を比企谷くん監督の元で申請だしておきます………直ぐに返答きました。許可おりましたよ比企谷くん。頑張ってくださいね』

電話をとったキヌさんが応答してくれた。

 

もどかしいかも知れないが、除霊前のこの応対はGSにとって重要なことなのだ。

緊急時の除霊について、いくつかルールがある。

先ずは妖怪や霊障被害が起こっている現場に遭遇した場合。即、報告する義務がある。俺の場合は美神令子除霊事務所に所属しているため、事務所からGS協会に連絡してもらう。誰もいなかったら、直接GS協会に連絡することにはなるのだが………

そして、ここはデジャブーランドの敷地内、国の所有地や自治体が管理する公共施設とちがい、いわば他人の敷地だ。かってに除霊行為は通常出来ない。

緊急時の除霊行為は事前準備が出来ない分、危険が伴う事が多い。器物破損や、それこそこの様な人が多い場所では、人を巻き込んでしまうことが大いにある。巻き込んで怪我や死亡させてしまった場合。いくら妖怪や霊障を抑えたとしても、責任問題等に発展しかねないのだ。

そのための許可申請であり、GS免許を取得した除霊者の保護、そして、もし除霊に失敗した場合の次なる手を打つためでもある。

今回直ぐに許可が降りたのは、俺がGSランクがCで、報告した対象妖怪のランクがDの3体……そして、特別協力者であるシロとタマモが存在することも考慮され、即許可がおりたのだ。

特別協力者…妖怪であるシロ、タマモは通常GS免許者の監督の元でしか除霊許可はおりない。今回の監督者は俺ということになる。

まあ、妖怪や幽霊を相手する性質上、これらのルールをすっ飛ばして除霊が必要な場合がどうしても起こるが、そんときは、そんときだ。それが正当な行為であれば後でいいわけのような、報告書をたんまり書く程度のものだ。

 

 

 

俺は電話の応対をしつつ、コンプレックス妖怪3体を見ながら、由比ヶ浜と雪ノ下を引き連れ、シロとタマモと小町の元へ移動する。

 

小町たちも俺たちに合流するために移動していたため、キヌさんとの電話を切る前に会うことが出来た。

「八幡殿!許可申請は!」

 

「今おりた。二人に任せていいか?」

 

「任せるでござる!」

「いいわ。折角、楽しんでいたのに邪魔してくれたお礼はしないとね」

シロとタマモはそう言い、コンプレックス妖怪共を見据えていた。

 

 

 

「小町、由比ヶ浜、雪ノ下はここで少し待っててくれ……」

 

「うん」

「……」

「お兄ちゃん、シロちゃんとタマモちゃんの足を引っ張らないでね!」

由比ヶ浜と雪ノ下は心配そうに俺を見るが、小町はあっけらかんとこんな事を言ってくる。

 

 

「美神令子除霊事務所所属ゴーストスイーパー、比企谷八幡です。今から除霊行為を行います。落ち着いて直ちにこの場から離れて下さい」

俺はコンプレックス妖怪3体の方へ走りながら、GS免許を掲げ、大声を出す。

この宣言のような行為も重要なことなのだ。こんな状況で落ち着いてられる人などいないし、恐怖で動けなくなる人も多い。体裁上これをやらなければ、いろいろと後で問題になるからだ。

 

その宣言が終わったと同時に、シロとタマモが動き出す。

シロがキモイ妖怪を霊波刀で一閃。

タマモが放つ狐火でデブ妖怪は消し炭に。

 

ショボイ妖怪はそれを見て、女性を人質に取る。

『なんだよ。お前らは!………って、泥田坊の旦那じゃないですか!なんでこんな酷い事をするんですか!』

 

ショボイ妖怪は俺を見て……いや、俺の目を見てそう言ってきたようだ。

 

「………泥田坊って誰だよ。しかも俺はお前みたいな妖怪は知らん!」

 

『ええ?酷いな、もう忘れちゃったんですか?この前、俺の愚痴聞いてくれたじゃないですか?』

 

………泥田坊ってなんなんだよ。妖怪に人望?があるのか?あの茨木童子も一目置いてたようだし……………て、こいつまだ俺を泥田坊と間違ってるのか?似てるのは目だけだよな?姿も似てるのか?

 

そんなやり取りをしている間に、シロが人質を救出し、タマモが狐火でショボイ妖怪を燃やし尽くす。

『え?そんな!泥田坊の旦那!なぜーーーーー…………』

……間違えたまま消滅したんだけど、せめて認識を改めてから逝ってほしかった。

 

 

「なぁ、タマモ……俺って泥田坊って妖怪にそんなに似てるか?」

 

「猫背と、そのやる気が無い目が似てるわ……でも、全身泥が吹き出てるし……それほど似てないわね」

 

「……そ、そうか」

………泥田坊って猫背なのか………やっぱ目も似てるんだ。でも泥が吹き出してるって………あの妖怪なんで間違うんだよ。

 

 

コンクプレックス妖怪3体の呪いで、デブやブサイクやショボくなった人達は、奴らが消滅したことで、呪いが解け元の姿に戻る。

 

 

大きなけが人はいないようだ。

 

 

俺は取り敢えず、小町や由比ヶ浜と雪ノ下が待っているところまで戻る。

「タマモちゃん、シロちゃん!!格好よかったよ!!」

小町は二人を手放しで褒める。

 

「ヒッキー、大丈夫?」

「比企谷くんお疲れ様」

由比ヶ浜と雪ノ下もホッとした表情をしていた。

 

「まあ、相手が弱かったしな。シロとタマモが居るから俺の出番は無しだな」

 

「お兄ちゃんよりも、シロちゃんとタマモちゃんの方が強いしね」

小町は由比ヶ浜と雪ノ下によけいな補足説明をする。

 

「そうなの?ヒッキー」

 

「まあ、そうだな。あの二人の方が上だ。俺は事務所では一番弱いからな」

これは純然たる事実だ。一対一で戦った場合俺はシロに何時も負けてるし、タマモと戦っても多分勝てない。

シロの本気のスピードは凄まじい。霊視空間把握能力で来ることが分かっても対処しきれない。

そして、あの霊波刀だ。物理的なものだけでなく、術式も切れる凄まじい威力のものだ。

タマモは、俺と似たタイプの戦い方をするが、狐火、いわゆる炎を自在に操ることが出来る。

更に、精神感応系の術も凄まじい。幻術や精神攻撃も行ってくる。気がついたら既に勝負が付いていたなんてこともあるだろう。

 

「比企谷くんでも……」

雪ノ下は驚いているような表情をしていた。

 

「八幡殿は最初の頃に比べれば大分強くなっているでござるよ。そこら辺のGSに比べれば強いでござる。拙者もうかうかしてられないでござる」

「八幡はこれから強くなるわ」

 

……なに?嬉しいことを言ってくれる。ステーキと揚げを買って帰るか。

 

 

デジャブーランドの職員やら警備員がようやく駆けつけてきた。

 

「皆は先に帰ってくれ、多分、デジャブーランドは営業休止になるし、俺も現場検証やらが残ってる」

皆にそう伝える。

 

 

「……ヒッキー、あたし待ってるよ」

「………」

二人は俺を不安そうに見る。

 

「時間がかかるかも知れんし、見てても面白いもんじゃないぞ」

 

「雪乃さんに結衣さん、お昼食べてないし、どっかで食べに行きましょうよ!」

そう言って小町が二人を引っ張ってくれる。

 

「え?でも」

由比ヶ浜は俺の方を向き、なにか言いたそうだ。

「……そうね。私達が居たら邪魔になるわ。………そう、これは彼の仕事…だから」

そう言った雪ノ下の表情はくもっていた。

 

「ゆきのん……」

 

「じゃあ、お兄ちゃん。シロちゃん、タマモちゃんまた後でね!」

小町は元気よく手を降って、二人を連れこの場を後にする。

小町助かる。まあ、なんだ。正直あの二人が居るとやりにくいしな。

 

 

案の定、デジャブーランドはこの後営業休止する。

一応呪いにかかった客は、残ってもらっている。

特に影響はなさそうだが……念の為だ。

 

俺はシロとタマモと現場検証を行う。

なぜ、あんな妖怪が一気に3体も現れたのかだ。

 

この後、美神さんとキヌさんも現場に来てくれた。

キヌさんに呪いにかかった客を見て貰う。

 

美神さんはデジャブーランドのお偉いさんと話に………もしかして今回の除霊の金額ふっかけるつもりじゃないだろうか?

一応、緊急時の対応は、GS協会の標準価格に則る感じになるのだが………やりかねない。

 

現場検証は難航した。

手がかりが一切ない。

シロやタマモの嗅覚を以てしても、わからなかった。

いきなりその場に現れたかのような反応だと言う。

 

現場に現れた美神さんにその事を報告すると、

「悪質なイタズラ………いえ、テロね。こんなくだらない事をする理由はわからないけど、シロやタマモが調べて反応が途切れているということは、第三者がこの妖怪を解き放ったということよ。私達(GS)の手口をよく知っている奴の仕業ね。霊気や霊視、匂い等の証拠隠滅が出来るような奴よ。根が深そうだわ………まあ、その分ボッタくれるんだけどね!!定期巡回の契約でも結んでやろうかしら!!」

 

流石は美神さんと思っていたのだが………やっぱり、最後はそっちに走るか……どんだけ金の亡者なんだよこの人………

 

 

 

シロとタマモと家に帰ると、小町がいつもより、豪勢な食事を用意してくれていた。

 

「小町、今日は助かった」

 

「ん?結衣さんと、雪乃さんの事?うーんあの後お兄ちゃんの事いろいろ聞かれた……一度ちゃんと話し合った方がいいんじゃない?」

 

「いや、一応GSの事は話したぞ」

 

「はぁ、わからないかな……そういうんじゃないんだよお兄ちゃん!うーん、どう言ったらいいのかな………ああ、もう!取り敢えず、ちゃんと話す!いい?お兄ちゃん!」

 

「わけがわからん…………まあ、そうだな」

俺は除霊が終わった後、由比ヶ浜と雪ノ下の俺に向ける不安そうな表情を思い出す………

GSなんて半分ヤクザな仕事をやってる奴が、近くにいりゃ、そうなるか……

あの部活、なんだかんだと結構居心地よかったんだが……潮時か………

 

 

 




次回はガイルパートです。


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㉖休みの日に職場なんて行くもんじゃない

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ガイルパートではなく。GSパートになりまりした。



デジャブーランドでシロとタマモとコンプレックス妖怪3体の除霊を行った翌日の日曜日。

午前中に美神令子除霊事務所を訪れた。一応今週末まで休みをもらっているが、昨日のことが気になったからだ。

 

因みに、シロとタマモは小町と千葉のショッピングモールに遊びにでかけた。

シロはあまり乗り気ではなかったが小町が無理やり引っ張っていった。

なんでも、シロをコーデするとかなんとか………

 

 

「君は真面目ね。そんな事のために、休みなのにわざわざここに来たの?」

美神さんは所長席に座りながら、俺に呆れたような表情を向ける。

 

「まあ、気になってたんで、どうやってあの3体の妖怪が現れたのかってずっと考えてたんです。

人が直接、あの妖怪を封印したものをあの場に持ってきて解き放つと、事件直後には、何らかの残滓が残るはず 。シロやタマモの嗅覚をごまかせない。

それを回避する手としては、あの場を巡回するお掃除ロボットにあの妖怪を封印した物を取り付け、時限的に解き放てば、人の手が付いた残滓は残りにくい。時間が経てば経つほど形跡は残らないものですから」

 

「なかなかいいところに目をつけてるわね比企谷くん」

美神美智恵さんが応接セットで紅茶を飲みながら答える。

どうやら、今日はオカルトGメンの方は休みをとって、ここ(娘の職場兼自宅)に遊びに来てるらしい。

3歳になる娘さんのひのめちゃんも連れて来ていて、今はキヌさんが相手をしてる。

美神さんも今日は仕事が無い様で、こんな感じで暇を持て余してるようだ。

まあ、毎日依頼があるわけじゃないしな。

それでも美神令子除霊事務所は、依頼内容は別にしても、週に現場仕事は3~5件位はある。

これは、他の個人事務所に比べかなり多いほうだ。

 

「ただ、それをやられると犯人の特定はほぼ不可能ね。その方法ならば、一般の客になりすまして出来るわけだし、犯人は用意周到に計画してたようね。ただ、あの妖怪の性質からすると、営業妨害にしかならないけど………本当にそれだけが目的かしら?私の霊視や霊感でも見えなかったということは相手もオカルトのプロよ」

美神さんの霊感でも察知できなかったのか……相手も結構やる奴のようだな。

 

「……この頃、こういう突発的なテロ行為のような事件が増えてるわね。もう偶然だけでは説明出来ないレベルになってるの。オカGや警察でも問題視しているわ」

結構なレベルでこんな事件が増えてるようだ。オカルトGメン日本・東アジアのトップである美智恵さんが言うからには確定しているのだろう。

 

「………厄介ですね」

 

「まあ、今回の件は、君のお陰で解決出来たし、そんでもってあのケチ臭いデジャブーの社長から、定期巡回の契約取れたし、こっちとしてはありがたいんだけどね!」

やっぱりそんな交渉してたんだなこの人………金なんて有り余ってるだろうに。

 

「令子。また、あなたはそんな事を………」

 

「いいじゃない。あるところから、貰ったって!うちは民間ですし!」

美神さんは美智恵さんに子どもじみたことを言う。

 

「はぁ………そうだ。比企谷くん。高校卒業したら、オカGに来ない?大学も行きながらでもいいし」

 

「ちょっとママ!人のところの従業員に手を出さないでよ!」

 

「まだ、比企谷くんは正社員じゃないでしょ?だったらいいのではなくて?」

……この人もやっぱ、美神さんの血族だな。親子揃って、子供じみた言い訳だ。

 

「比企谷くんはうちの事務所に借金があるのよ!」

 

「ふーん、その借金がなくなれば、いいって事よね。令子」

美智恵さんは余裕の表情だ。

 

「ぐぬぬっ、私が見つけたのよ!この子は!書類仕事も出来るし!現場もある程度こなせるし!結構優良物件なのよ!」

 

「そうね。真面目だし、報告書もきちんとしてるし、オカG向きね」

 

「ママ!!」

 

褒められて、嬉しいんだけど………俺のことでケンカしないでほしいです。はい。あなた方が本気だしたら洒落にならないです。どうせ巻き添え喰らうのは俺ですし、ここで横島師匠がいれば、確実に横島師匠が巻き添え喰らうのだが………今は居ない。

そういえば、横島師匠は西条さんと海外出張に出かけてる。オカG案件でアメリカのフロリダとか言ってたな。相当やばい案件なんだろうな………

取り敢えず、速く帰ってきて下さい。出来たら俺が職場復帰するまでに……

 

 

「美神さんも、美智恵さんも、比企谷くんが困ってますよ」

キヌさんがこちらに来て助けてくれた。

どうやら、ひのめちゃんを寝かせつけたらしい。

 

「フン」

美神さんは子供ぽく、そっぽを向く。

 

美智恵さんは澄ました顔で紅茶をすすっている。

 

助かった……さすがキヌさん。この二人を抑えられるとは…まさに聖母。

 

 

 

「実は、キヌさんにも相談があってここに来たんですよ」

そう、俺がここにわざわざ来た目的は二つあった。もう一つはキヌさんに相談することだ。

 

「なぁに?私に相談って比企谷くん」

キヌさんは応接椅子に俺に座るように促し、紅茶も入れてくれた。

そして、美智恵さんの隣に座る。

 

「いや、実は学校でこんな事があって」

俺は一昨日奉仕部で受けた一色いろはの生徒会候補問題の依頼について話す。(参照㉓話)

キヌさんは名門女子校に通う3年生だ。一色が受けた女子生徒間のいじめに近い所業への対処の仕方を知っているかも知れないからだ。

 

「うーん。私だったら素直に出来ませんってお断りして、推薦状を取り下げて貰うかな」

 

「問題の一色が体裁が悪いとかなんとかで、それはしたくないと言ってるんで……確かに一色はクラスの女子からは嫌われてるようですから………」

まあ、キヌさんだったらそうするよな。女子だろうが男子だろうが、キヌさんに害する人間なんてこの世に存在しないだろうし。もし、居たら俺が生き地獄を与えてやるがな!

 

「はあ、面倒ね。そんな奴らは片っ端から二度と逆らえないように弱みを握って脅せばいいのよ!そうじゃなきゃ力でねじ伏せて、どっちが上なのかはっきりさせることね」

美神さんがこの話に入ってくる。……あの、何処の世紀末覇者伝説なんすか?それ?まじ怖いこの人!よく俺、今日までこの人の下で働いてこれたわ!

 

「その子、男子受けをするために女子に嫌われるような行動をとっていたのでしょう?ならそれをやめれば解決ではなくて」

美智恵さんも意見を言ってくれる。

そうだよな。まじそれだよな。根本を直さなければ何も解決しないよな。

問題は男にちやほやされる一色に対しての単なる女の嫉妬なんだが………

 

「ママ、それじゃダメよ!そういう輩は、隙を見せるとつけあがるだけよ!ねじ伏せ屈服させないと!もう二度と逆らえないように!!」

美神さんは力強く言う。

確かにそれはあるかも知れない。女子ってホント怖いよな。そう考えると雪ノ下はああツンケンしているが、考え方自体は実にシンプルだ。全然マシな気がしてきたぞ。……どちらかと言うと雪ノ下は、美神さんの考え方に共感しそうだな。

 

「令子、それでは余計な反感を招くだけよ」

 

………なんか、また二人がヒートアップしてきたぞ。これヤバイんじゃないか?

 

「あの……そもそも、解決の仕方は、如何に、一色の風聞や体裁を落とさない様に、生徒会候補から脱落するかなんで…………」

 

「それじゃ、解決したことにならないわ」

「それはだめよ。それでは根本の解決にならないわ」

二人は同時に俺に強く言ってきた。

やはり親子だ。根本的な考え方は一緒のようだ。

 

ん?まてよ……何も生徒会候補から脱落させることだけが解決方法じゃない。ということか?

となると………選択肢は増える。

美神さんと美智恵さんが言うことは二人共いちいちもっともだ。

 

両方の意見を取り入れると………どうなる?

 

 

見えた!

…………しかし、一色をどう説得させるかがキモだな。

いや、もう答えがでている。美神さんと美智恵さんが答えを出してくれてるようなもんだ。

そう言えばあいつ、サッカー部のマネージャーだったな。不特定多数の男にちやほやされたい一色が、なんで特定の部活に所属するんだ?…………もしや……そういうことなのか?

 

俺はあれこれと考えをまとめる。

これならば行ける。一色の自尊心や風評被害を受けることなく解決ができる………よし。

 

俺が考え込んでるうちに、この場は次の話題に、いや、元の話題に戻ってた。

「ところで令子。比企谷くんの事だけど」

 

「何!ダメったら!ダメよ!」

 

「GS免許とったわよね。彼」

 

「それがどうしたのよ!」

 

「給与形態が変わるわね。正式にGSなんだから……もちろん辞令を出してるはずよね令子」

 

「ギクッ……ああ、あれね……11月から辞令出すつもりよ」

……この人、美智恵さんが何も言わなかったら、今のままの給与形態でずっと行こうと思ってたな。

 

「……比企谷くん。こんなブラックな事務所、高校卒業したらやめてうちに来なさい。オカルトGメンは公務員だけど給与体系は標準よりずっと高いし。きっと令子のところよりも高級取りになるわ。週休2日半よ、うちは。ちゃんと代休も有休消化もとれるし、各種福利厚生も充実してるわ。どうかしら?」

美智恵さんは俺に向かって、にこやかに話を振ってきた。というか堂々と引き抜きをかけてきた。

何、この条件、めちゃいいんだけど!しかも安定の国家公務員!!福利厚生も充実!!夢の週休2日半!!有休も消化しても文句言われない職場!!

 

「ど…どうって」

俺に振られても困るんですが…俺はちらっと美神さんの顔色を伺う。

 

「比企谷ーーー!!裏切ったらどうなるかわかってるでしょうね!!」

美神さんが鬼の形相で俺を睨んでくる!

 

「はぃいい!!」

な、なんだこれ!俺はどうすればいいんだ!?完全にとばっちりなんだが!!

 

「美神さん、そんな言い方したら比企谷くん逃げちゃいますよ。美智恵さんも、比企谷くんはまだ高校2年生なんですから」

紅茶を入れ直しに行ってたキヌさんが戻ってきて、二人をなだめてくれる。

まじ、キヌさん聖母。

俺はキヌさんがいなかったら、この職場から逃げ出したに違いない。

師匠に惚れてなければ、俺を婿にしてほしい!

 

キヌさんが二人をなだめている間に俺は、いそいそと事務所を後にする。

これ以上二人の喧嘩に巻き込まれるのはたまったもんじゃない。

 

 

 

 

自宅に帰るとまだ誰も帰ってなかった。

おやじとかーちゃんも今日は会社が休みだ。

俺が朝出かける前はまだ寝てたが、どこか出かけたようだ。

 

 

その間、俺は一色いろはの問題解決プランを練り直す。

これで誰も痛みを伴わずに解決ができる。

 

 

夕方、小町から電話が掛かってきた。

おやじとかーちゃんと合流して、外で夕飯食ってくるそうだ。おやじが奮発して、高級焼き肉店だと……俺には適当に食っておけと……なにこれ?

くそ、おやじめ!シロとタマモにいい顔しようって魂胆だな!息子にもちょっとはその気心をつかえ!

 

 

そんで、みんな焼肉食って帰ってきたのはいいんだが……

 

シロが……スカートはいてた。今風のおしゃれな服装だ。

俺はシロがスカートはいてる姿は見たことがない。いつも動きやすいジーパンかハーフパンツだ。

めちゃ恥ずかしそうにもじもじと……。

小町プロデュースらしい。本人が自慢してた。

女って怖い。服装一つで変わるもんだ。

シロは見た目は俺と同じぐらいだが、俺は普段小学生程度の扱いをしていた……さすがにこれは……なんか、あれだな……背も高いしスレンダーなモデルのスタイルだし………なんていうか

 

いかん!俺はロリコンじゃないはずだ!見とれてたなんてないぞ!

しかし、見た目は女子高校生ぐらいだし!しかも、モデル体型だし……しかし実年齢は小町より下だぞ!!しっかりしろ俺!!

 

……さすがのシロも……今日ばかりは散歩を要求してこなかった。

 




次回こそガイルパートです。


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㉗一色いろはと生徒会長

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ちょっと長くなりましたが、ガイルパートです。


週明けの放課後、俺は部室に向かっていたのだが……

 

「由比ヶ浜、なぜ俺の後ろにピタっとついてくる?」

 

「いいじゃん、別に。……ヒッキーの後姿をちょっと確認しただけ!」

何故か由比ヶ浜が俺の後ろを背後霊のようについてくるのだ。

 

「なんだ?いたずらの張り紙でも俺の背中についてるのか?」

まあ、そんなことされたら速攻で分かるがな……しかも霊視でやった犯人の特定まで出来る。

 

「ううん。いつものヒッキーだなーって」

 

「なんだ、そりゃ?」

 

「なーんでもない!」

そう言って、嬉しそうに俺の前に出て、先に部室の扉を開ける由比ヶ浜。

横に並ばれてくっ付かれるよりはましだが……一体何なんだ。

 

「やっはろー、ゆきのん!」

 

「由比ヶ浜さん、…と比企谷くん。こんにちは」

 

「うっす」

雪ノ下は俺の顔を見ると視線をずらし下に向ける。

……やはりか……京都の件といい、先日のデジャブーランドの件といい。俺みたいな異物がここにいても気持ちいいものではないな。ましては、挫折や嫉妬の対象である姉の陽乃さんと同じGSだ。

この依頼を最後に……俺は出ていった方がいいだろう。

 

俺はいつもの廊下側の椅子に、由比ヶ浜は雪ノ下の隣に席に座る。

 

「ヒッキー、一昨日のデジャブーランド、あの後結構時間かかった?」

由比ヶ浜は鞄を椅子の脇に置きながら俺に声をかける。

それに反応するかのように、雪ノ下の本をめくる手が止まる。

 

「ああ、まあな。先に帰って正解だぞ。結構手間がかかった」

結局、コンプレックス妖怪を使ったテロを行った犯人は特定できなかったしな。

 

「あのね。ヒッキー……あの時のヒッキーね。なんかいつもと違う感じだった」

 

「そうか?」

 

「うん。なんか大人に見えた。でも、今日のヒッキーはいつものヒッキーだった」

由比ヶ浜は照れ笑いのような感じで微笑む。

 

「よくわからんが……誰だってそうだろ?由比ヶ浜だってバイトしてる時はそれなりに身なりを正すだろ、それと一緒だ」

真剣に仕事してる姿は大人に見えるもんだ。

 

「うーん。そうなのかなー、でも優美子とかがバイトしてる時とはなんか違うっていうか……よくわからないや。でも、今日のヒッキー見てなんかホッとした!」

 

「よくわからん奴だな」

そうは言ったが……確かにそういうのはあるかもしれないな。

俺も茨木童子を圧倒的な強さで倒した横島師匠を見て、別人のように感じた。その後、いつもの二カっとした笑顔で冗談を言う師匠にホッとしていた自分がいたのは確かだ。

圧倒的な力を見たってのもあるだろうが、それ以外にも、横島師匠の俺の知らない一面を見て、たぶん驚いたのだろう。

由比ヶ浜もそれを俺に感じたのだろう。

確かに、俺のGSの仕事をしてる姿を見たことがない連中が、普段とのギャップを感じるのは致し方がない事なのだろう。

 

「別に訳わからないことないし!」

なんかプンスカしだす由比ヶ浜。

訳が分からんとは言っていないぞ!わからん奴だと言ったんだ。……同じ意味か。

 

「……先日の一色の生徒会候補者問題の件だが……俺なりに解決方法を考えてきた」

俺は先週末に受けた依頼の件を切り出す。

 

「聞きましょうか」

雪ノ下は挑戦的な態度でそう言って、こちらに振り向くがいつもの余裕が感じられない。

 

 

俺は先日、美神親子の口論のような意見を参考に解決方法を考えたのだ。

二人に俺は結論から語りだす。

 

「一色いろはを生徒会長にする」

 

「あなた、何を言ってるのかしら。一色さんは生徒会長候補から降りたいと言っているのよ」

「ヒッキー、いろはちゃんは、無理やり生徒会候補にさせられたんだよ」

雪ノ下は呆れたように、由比ヶ浜は不安そうに言葉を返す。

 

「そうだ。依頼は、悪意ある推薦で生徒会長候補者となった一色を、プライドや風聞被害を受けない形で生徒会長にならないようにする。だ」

 

「その通りよ。それがなぜ、一色さんが生徒会長をすることが解決になるのかしら」

 

「ここでポイントはなぜ、一色がこんなことに陥ったかということと、何を守りたいかだ」

 

「ヒッキー、どういうこと?さっぱりわからないよ」

 

「一色の話や由比ヶ浜の情報を統合すると、一色は男子受けするために、あの独特の雰囲気づくりをしている。いわば超劣化版雪ノ下姉だ。それが女子からはあからさまに見えるあたりが詰めが甘い」

 

「……確かにそう見えるわね」

最初は俺の話に否定的な態度だった雪ノ下も話に食いついてきた。

 

「男子受けがいいため、表面上ではクラスに溶け込んでいるようだが、裏では相当女子に嫌われているのだろう」

 

「う……そういうのあるかも」

由比ヶ浜は苦笑いをする。そういう経験があるのだろうか?

 

「それでもその態度を改めないあたりは、一色のプライドなのだろう。一色を嫌う勢力……ほぼ女子全員を敵に回してもだ。そこまでの覚悟があるということなのだろう。また、男子受けもよく、表面上はクラスの人気者ということで、女子どもは自分には直接手出しできないだろうとまで、考えているかもしれない。雪ノ下姉劣化版とはいえ、その辺はしたたかのようだ」

 

「……それはあなたの勝手な解釈でなくて?」

 

「そうかもしれん。しかし、今は続きを聞いてくれ」

 

「……いいわ、続きをどうぞ」

 

俺はうなずいて見せ、話を続ける。

 

「反一色勢力は、直接手を下さずに一色を貶める方法を考えた。それが生徒会候補者推薦だ。

この時期になっても一色以外候補者はいない。となるとこのままいけば一色は信任投票で生徒会長になるだろう。一色が生徒会長を辞すれば、それに対し、勝手に推薦した者たちは、推薦したのに辞退した一色を責め、さらに一色のプライドも壊すのだろう。当選したところで、一色は生徒会の重責でクラスにかまっている暇がなくなり、反一色勢力からすれば、いい厄介払いとなる。さらに一色がまともに生徒会など運営できないだろうと、その都度ミスを棚に上げし、一色を責めるだろう」

 

「ヒッキー、さすがにそこまでは……」

 

「……あるわね。陰湿で陰険で人の尊厳を平気で壊すのよそういう輩は……私はことごとく返り討ちにし逆にさらしてあげたわ。清水さんと川口さん。泣いて謝ってたわね」

……雪ノ下……実体験かよ。………やはり集団とは恐ろしい。異物がいれば排除しようとするのが世の常だ。こいつの場合、見た目も美少女で学力もトップ、しかも金持ちときた。排除の対象となったのだろう。

……まあ、俺も学生から見たら十分異物(GS)だからな……

 

「……ゆきのん」

 

「続きいいか、今度は一色以外の候補者を立てるとする。それが雪ノ下だとしよう。

間違いなく雪ノ下が勝つだろう。

敗北した一色は、一般の投票者や男子や一色に悪感情を持っていない生徒は、仕方がない、相手が悪かったと、納得するだろうが……悪感情を持った連中はどうだ。あることないことでっち上げて、結局は一色のプライドやら人気やらを貶めるだろう」

 

「……確かにそうね。でっち上げてあることないことを言いふらすのが得意なのよ。ああいう輩は!」

雪ノ下の怒りボルテージがまた上がる。

こいつもどんだけ敵がいたんだよ。雪ノ下の場合、社交性がないのが問題だと思うが……

 

「一色が守りたい物は、プライドと人気だ。そして、曲がりなりにも、悪感情を持った敵に負けたくないとも思っているから、あんな依頼だったのだろう。

じゃあ、一色を生徒会候補に推薦し、貶めようとした悪感情を持った敵をねじ伏せるにはどうしたらいい」

 

「……比企谷くんが言いたいことはわかったわ。確かにそうね。一色さんが生徒会長になり、立派に生徒会を運営し、生徒や教師の信頼と信用を集めることができれば、一色さんの完全勝利ね。悪感情を持った敵は肩身の狭い思いをし残りの学校生活を送ることになるわ」

 

「そういうことだ」

 

「うーん。要するにどういうこと?」

 

「由比ヶ浜さん……今の説明で分からなかったのかしら?」

 

「由比ヶ浜、要するにだ。一色が生徒会長になって、一色に悪感情を持った連中を権力で黙らせればいいってことだ」

 

「そうなん?」

 

「ああ、一色が生徒会長になり、ちゃんと生徒会を運営できれば、一色は一切に被害を受けずに、さらに仕返しができるってことだ」

 

「比企谷くん。それには大きな問題があるわ」

 

「ああ、一色が生徒会長を引き受けるか、だろ?」

 

「うん。いろはちゃんサッカー部のマネージャーもやってるし、難しいかも」

 

「そこは任せろ、俺が説得する。俺一人で行ったほうがいいだろう。一色は女子に警戒心が高いしな、俺は一色がちやほやされたい男の対象外だろうから、ちょうどいい」

 

「あなたが……でも……そうね。あなたなら」

雪ノ下はそういいながら、うつむき加減になる。

雪ノ下のこうした姿を最近ちょくちょく見る。何か俺に言いたいことがあるのだろうか……やはり、俺は雪ノ下にとって異物なのだろう。まあ、それももうしばらくだ。

 

「ええ!ヒッキーといろはちゃんの二人っきりで!!」

 

「そのほうが、説得しやすい」

 

「でも!!」

 

「まあ、一色のほうが嫌がるかもしれんがそこは我慢してもらうしかない」

 

「……そうじゃなくて……うーー」

由比ヶ浜は頭を抱えだした。

 

「失敗の可能性も十分にある。半分俺の妄想が入ってるからな。その時は、また、他の方法を考えるしかない。取り合えずまかせてみろ」

 

「うーーー、わかった。ヒッキーいろはちゃんに変なことしたらダメだからね」

由比ヶ浜は、そんなことを言ってくる。

 

「するわけないだろ。はぁ」

なんか急にやる気なくなってきたぞ。

 

 

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜を部室に残して、サッカー部にいるだろう一色いろはを訪ねる。

 

サッカー部主将の葉山隼人が声を大にして、練習を仕切っていた。

一色が見当たらないため、葉山に声をかけ一言二言話してると……一色は水汲みから戻ってきた。

 

葉山に断って、一色に話しかける。

 

「生徒会の事なんだが、ちょっといいか、葉山には断っておいた」

 

「先輩!葉山先輩とお友達だったんですか!意外……いえ、その」

 

「ちげーよ。クラスが一緒だっていうだけだ」

 

「そうですよね。びっくりした」

……おい、なんだその反応は…

 

 

グラウンドの端にあるベンチで一色と話す。

ちょうど今日は野球部が休みでここは使用されていない。

 

「なんかいい方法あったんですか?」

一色は劣化版陽乃さんスマイルで俺に聞いてきた。

 

「そんなようなもんだ。一色も大変そうだな。クラスの女子に陰険な仕打ちを受けて、ほぼいじめだな」

 

「そ……わたし、どうしても目立っちゃうんで仕方がないんですよ」

今こいつ、そうなんですよって言おうとしたな。やっぱり劣化版陽乃さんだな。

しかもテヘってとか言うし、いちいちしぐさがあざとい。

 

「一色はなぜサッカー部のマネージャーなんかしてるんだ?」

 

「先輩には関係ないです。はっ!もしかしてどさくさに紛れて私を口説いてます?二人っきりでついてきたからって、勘違いしないでください。運動神経がよくて、さわやかで、頭がいい人が好きなんです。先輩は頭よさげだけど趣味じゃないんでごめんなさい」

 

「………あのな、俺は質問してるだけだ」

告白もしてないのに振られたぞ。こいつの頭の構造はどうなってるんだ。どう見ても告白じゃないよな。俺が言ったの……

 

「そうなんですか?てっきり、マネージャーなんてやめて、俺の女になれって告白すると思ってました」

……こいつどんだけ自意識過剰なんだよ。

 

「……まあ、俺なんか眼中にはないわな。ところで一色、葉山隼人と二人っきりになる方法があるんだが」

 

「え!そんな方法が………な、何のことですか?なんで葉山先輩がそこに出るんですか?意味が分かりません」

 

「……おまえ、擬態できてないぞ………見ればわかる。サッカー部のマネージャーなんて面倒なことをやってるのは葉山が目当てだろ?」

え!そんな方法がって言ってたしな。

 

「……そんなに直ぐにわかっちゃいましたか………なんか、かっこいいなって、付き合えたらいいなって思って、自慢………その優しそうだし」

自慢って言ったっぞこいつ。擬態も中途半端だ。大丈夫か?劣化版陽乃さんといえども100分の1陽乃ぐらいの感じだぞ。

 

「そ…そうか」

 

「で、その方法ってなんですか!葉山先輩ってああ見えてガードが堅いんですよ!他も狙ってる子たくさんいるし!特に三浦先輩が邪魔!!」

めちゃくちゃ食いついてきたんだが……

 

「一色、生徒会長になれ、さすれば自然と葉山と二人きりになる機会が増える」

俺はここでようやく本題に移る。

 

「え?生徒会長?でも、サッカー部のマネージャーやってますし、私の依頼は生徒会長をやらないようにすることですよ?」

 

俺はこの後、一色にサッカー部のマネージャーをやりながら生徒会長をやる一色にどれだけ葉山と二人っきりになるチャンスがあるのかとうとうと語った。

 

「……先輩!天才ですか!そうですよね。マネージャーで二人っきりになれると思ってましたが、ほかのマネージャーも居るし、部員もたくさんいるし無理なんですよね。でもそれなら、間違いなく葉山先輩と二人っきりになれる!………でも、クラスの女の子たちの思い通りになるようで……」

 

「それも生徒会長になれば解決するぞ」

俺は生徒会長になれば、クラスの女子どころか学校中の人間をひれ伏せることができることを美神さんや美智恵さんの言葉を借りて、熱く語った。

 

「………せ、先輩!すごいです!………でも、私そういうの向いてないっていうか」

 

「生徒会長は飽くまでも象徴だ。どっしり構えて、後のことは役員に任せればいい。少々の失敗は一年生である一色だと笑って許してくれる。それよりも一年生で生徒会長というポジションが得られるのはでかい。今まで誰もいなかったハズだ」

 

「……うーん。確かに……メリットの方が圧倒的に高いですね」

どうやら一色もしたたかだ。ちゃんとメリット計算ができるようだ。

 

「そういうことだ」

 

「………わかりました。なんか乗せられた感がありますが、先輩に乗せられちゃいます。その代わり、手伝ってくださいね」

一色は生徒会長になることを同意し、最後にニコっとした笑顔で俺にこんなことを言ってきた。

……まあ、言った手前、ちょっとは手伝わないとな。

 

 

この後、一色の生徒会長への道筋を奉仕部として正式に依頼を受け、生徒会長演説や生徒会としての指針や他の補充メンバー選定などの道筋を策定して行く。

一週間後、一色は正式に生徒会長として信任を得ることになる。

 

 

その間、雪ノ下は俺に毒舌を吐くことはなくなり、その代わりと言っていいのか、俺に対して何やら言いよどむ事が多くなった。

 

 

それも、もうすぐ終わりだ。

一色の生徒会長就任を見届けた後……俺は奉仕部を辞めることを決めていた。

 




**補足**
雪乃は八幡を嫌ってません。
いろんな感情があわさり……自分でもよくわからない感情を八幡に抱いてる状態です。

八幡は、雪乃に嫌われたか、いい感情を持たれてないと勘違いしてます。


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㉘職場復帰は物悲しい

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回もガイルパートですが……少々寂しい気分に


 

週末のこの日の放課後、奉仕部部室では一色を生徒会長に就任させるべく最後の調整を行っていた。

俺は一色と演説内容を詰め、雪ノ下と由比ヶ浜は書類関係の再点検と調整を行っていた。

黙々と仕事をこなす雪ノ下を由比ヶ浜は時折心配そうに見ている。

雪ノ下は俺に毒舌を吐かなくなり、俺に対し何かを言いたそうにしているが口ごもる事が多い。

やはり、様子がおかしい。

原因は、俺だろう。しかしそれももうすぐ終わる。

 

今日が奉仕部での俺の最後の仕事となるだろう。

来週明けには、一色は信任投票で信任を受け生徒会長になる事はほぼ確定だ。

それを見届け、俺は奉仕部に退部届を出すつもりだ。

 

 

「ふぅーー、先輩、こんなもんでどうですか?」

 

「いいんじゃないか?」

 

「あー、やっと終わった。疲れたですー」

 

「まだ、生徒会執行部も立ち上がってないぞ。これからだ」

 

「えーーー」

 

「まあ、執行部メンバーは結構優秀そうな奴がそろっているから、そいつらに頼ればいい」

 

「……先輩に頼っちゃだめですか?」

 

「俺は生徒会執行部でも何でもないぞ。まあ、相談くらいは乗ってやるがな」

 

「ふふっ、やっぱり先輩ですね……先輩は私を生徒会長にした責任を取ってくださいね」

一色は笑顔でこんなことを言ってくる。女の子に責任を取れといわれると何故か恐ろし気な気分になるのは気のせいだろうか?

 

 

「そっちも終わってそうだな」

俺は書類を整えている由比ヶ浜と雪ノ下に声をかける。

 

「うん、終わったよ」

「……そうね」

二人の持ち分も終わっていたようだ。まあ、雪ノ下がいれば余裕だろう。

 

「結衣先輩と雪ノ下先輩、ありがとうございます」

 

「ううん。なんか依頼と違う感じになっちゃったけど」

 

「そうですけど、こっちの方が楽しいかもしれないじゃないですかー」

 

「そ…そう。ならいいのだけど」

 

 

「一色、出来上がった書類を先生に提出してこい」

 

「先輩はついてきてくれないんですか?」

 

「こういうのは一人でやったぞ感を出した方がいいんじゃないか?」

 

「はっ!なるほどです。行ってきますねー」

一色はそう言って、書類を携えて部室を出ていった。

 

「ヒッキー、なんかいろはちゃんもやる気満々だね」

 

「ああ、そうだな。俺らが手伝うのはここまでだ。後の事は一色次第だ」

意外にも一色はこの5日間、たいして文句も言わずに、あれやこれやと作業を進めていた。

しかも、最初に出会った時と比べ生の感情を表にだし、生き生きしているように見える。

 

「……比企谷君…その……ちょっといい……」

雪ノ下が言いよどみながらも、俺に話しかけてきたのだが……

 

バン!

雪ノ下の声を遮るかのように部室の扉が豪快に開く!

 

「比企谷!比企谷八幡は居るか!!」

 

「大声出さなくても、ここにいますよ。平塚先生」

この部活の顧問で、生徒指導担当の三十路残念美人平塚教諭が勢いよく部室に入ってきた。

 

「おお、比企谷!君の職場確認に行くぞ!!」

 

「はぁ?いきなり何を言ってるんですか?」

 

「君のバイト先は特殊でね。学生の場合、年に1回、学校職員による職場確認が義務付けられているのだよ」

 

「いや、それは知ってますが、突然過ぎませんか?前回の一年時は俺のクラスの担任先生でしたが?平塚先生は俺のクラスの担任じゃないですよね」

 

「そんなことはどうでもいい!大事なのは行くことに意義がある!誰が行こうが問題ないのだよ!」

 

「ちょっ、先生。バイト先の所長に確認しないと……」

確かに俺は今日からGSのバイトに復帰するんだが……なぜ急に?俺が京都の修学旅行中にケガしたからか?まあ、由比ヶ浜と雪ノ下をかばってケガしたということになってたしな……

 

「はっはー、すでに先方に確認済みだ。君も今日はバイトに行くのだろう!さあ行くぞ!」

そういって平塚先生は俺の腕を強引に取って引っ張り出す。

「あっ……………」

強引に引っ張られていく俺を見て雪ノ下はやはり何か言いたそうであった。

 

「平塚先生、強引過ぎませんか?……雪ノ下、由比ヶ浜、後のことは頼んだ」

俺はそのまま平塚先生に引っ張られ、部室を出ざるを得なくなった。

 

「ヒッキー!………ゆきのん」

俺が部室を出る際に見た由比ヶ浜の顔が不安そうなにしていたのが印象的だった。

 

 

俺はそのまま平塚先生の高級スポーツカーに乗せられ学校を後にし、東京にある美神令子除霊事務所に向かった。

「で……平塚先生。なんで強引にこんなことをしたんですか?」

 

「さっき説明したとおりだ」

サングラスをしながら運転する平塚先生は当然の如くと言わんばかりだが、なにか焦りのようなものを感じる。

 

「………横島忠夫」

俺はある可能性を想定し、とある人物の名を呟くように声に出す。

 

「はっはっはーーー、何のことかなーーーー!!」

 

「やっぱり………振られたんですか?」

 

「そ、そんなことはないぞ!……ちょっとメールが一週間程返ってこなかっただけだぞ!はっはっはー」

なんて乾いた笑いなんだ。

しかも、サングラスの間に涙がきらりと見えるんですが………

 

というか、あの後、メールのやり取りをしてたのか横島師匠。

まあ、あの超長文とストーカーじみた文面を見れば誰だって、メールを返したくなくなるよな。いくら女好きの横島師匠だって……

 

「俺をダシにして、横島忠夫の様子を見に行こうという魂胆でしたか……それって職権乱用じゃないんですか?」

 

「………比企谷……私には、まだ大丈夫とかもう少し大丈夫とかそんな言葉は無いのだよ」

おいーーー!!怖いよこの人!!本気と書いてマジだ!!完全にターゲットになってるよ横島師匠!

 

「……横島忠夫のどこがいいんですか?先生より10歳は年下ですよ」

 

「失礼な!!9歳だ!!……彼は…こんな私を…私を女扱いしてくれるのだ」

なんか、もじもじしだして、急に女の顔になったぞ!

まあ、うちの師匠は性別が女だったら、妖怪だろうが幽霊だろうが女扱いするけどな。

 

「はぁ、横島師匠は海外出張中ですよ。いまフロリダあたりです。海外だとアプリによってはショートメールは届かないですよ」

 

「そ、そうなのか!!そうだったのかーーーー!!いやーーーーそうかそうか!!焦って損した!!」

普段はいい人なんだけどな。事に異性の問題となると……もう、どうしようもなくダメな人になる。

 

「だから、たぶん行っても、横島師匠は居ませんよ」

 

「まあ、君の職場を見たいというのは嘘ではないからな……先方には伝えた事だし……ところで横島さんを師匠と呼ぶのはどういうわけだ?」

その辺のことは横島師匠は何も話してないようだな。

いや、京都の修学旅行からそれ程時間が経ってないぞ。なのに師匠に対してのこの入れ込みようどうだ。完全にターゲットになってるなうちの師匠。

 

 

「俺のGSの師匠は横島忠夫なんで、俺がこうやってGSやれてるのも師匠のおかげです」

 

「ほう、君が素直にそんなことを言うとは、私の目に狂いはなかったということか!ふははははっ!逃がさん!!」

……横島師匠、この人と早めに縁切った方がいいっすよ。ストーカー予備軍ですよ。しかも地雷女間違いないです。

 

 

「平塚先生……一つ聞いていいですか。奉仕部に俺を強引に入部させたのは俺がGSのバイトをしてることを知った上での事だったんですか?」

 

「……そうだ。君を見ていると……高校生活を軽んじているように見えたんでな……せっかく高校に通っているんだ。なにか高校生らしい事をと思ってな……」

やはりか……予想通りだな。

 

「まあ、そのおかげで、俺は退屈せずに済んでますよ。それは感謝します。ただ……それも潮時です。俺は来週明けに退部します」

 

「なぜだ?君の言い回しだとあの部活は嫌いではないようだが」

 

「俺は学校の…学生の日常生活おいて所詮異物でしかない。高収入が見込める職業とはいえ、GSは所詮、やくざな仕事です。幽霊や妖怪など超常的なものを相手にし、命のリスクも通常の仕事に比べ高い。……そんな普通じゃ理解出来ないような事をやってるのがGSです。そんな人間が近くにいて、平常心でいられるわけがない」

 

「君は……あの二人の事を思って、退部を決断したのだな……しかし、雪ノ下や由比ヶ浜が君にそう言ったのか?それか態度に出ていたとでも?」

 

「由比ヶ浜はよくわかりませんが、……雪ノ下はたぶん俺を怖がっているのだと思います」

 

「ふむ、君は周りはよく見えているが、自分のことに関してはどうも鈍感のようだ。……そう結論を急がなくてもよいのではないか?」

 

「いや、しかし」

 

「一度、由比ヶ浜と雪ノ下とよく話し合ってみたまえ、その上で君がそう判断するのであれば、君の退部を受理しよう。そうでなければ私は受け取らんよ。はっはっはー、こう見えても、あの部の顧問なのでな。私が納得する理由でなければ退部届は却下だ」

……話し合いか…小町にも言われたな…しかし、答えは出てるように思うのだが………

というか、俺この部に入部届出してないし、強制的に勝手に入部したことになってたんだが!それなのに退部には顧問(あんた)の許可がいるとか!労働基準監督署に訴えるぞ!!……まあ、仕事じゃないんだけどな……はぁ………

まあ、最後ぐらいはあいつら(二人)に謝っておくか。

 

そんでもって、美神令子除霊事務所に到着。

「こんにちは、私は氷室絹です。比企谷君の先輩になります。生憎所長の美神は不在でして、私が代役を一任されてます」

そう言ってキヌさんが出迎えてくれた。

……美神さん面倒ごとをキヌさんに押し付けて逃げたな。

どうせ美智恵さんのところにでも行ってるのだろう。

 

「申し訳ない。こちらこそ急な申し出を受けていただいただけでも感謝します」

平塚先生も、無難な返答をするが、キヌさんを上から下へと舐めるように見てから、余裕の笑みを浮かべ大きくうなずいた。

………きっとスタイルで勝ったと思っているのだろう。

総合的には圧倒的に負けてるからなあんた!月とすっぽん。いや、月とミジンコぐらいにな!

しかも、今は普段着を着てわからんが、キヌさんはまだ学生だからな、他校の生徒とは言え、教師が対抗してどうする。

横島師匠を意識してるんだろうが………スタイルということだったら、美神さんにたぶん負けてるぞ、胸は同じぐらいだが、クビレとか……肌とか……後、年とか……

 

「はぁ」

俺は先生の隣で大きなため息をついて呆れるしかなかった。

 

 

「では、書類等は用意してますので確認をお願いします」

 

応接セットのテーブルの上に必要書類が用意されていた。

さすがはキヌさん。美神さんじゃこうスムーズにいかない。

そして、紅茶を入れるキヌさん。

 

「書類上の不備は見当たりませんね」

平塚先生は一通り書類に目を通す。

まあ、そうだろう。一応時給とか時間外手当とかは真っ当に支給されてるからな……

ただ、内容は苛烈極まるが………

そんなものは、ここには記載されていない。

もし、内容がしれたら、一般人だと軽く失神するレベルだ!

 

「当校の比企谷はどうですか?何か問題等はありますか?」

 

「比企谷君は真面目で、いつも一生懸命頑張ってます。常識的ですし問題行動なども一切ないですよ」

キヌさんはそう答えてくれる。

GSは一般の人間にはない力を持っている。人を簡単に殺めることができる力を……そんな人間が学内にいるのだ。こういった活動も必要となる。一般社会の認識も同じものだ。ゴーストスイーパーに所属する人間はこういった精神鑑定書などを半年に1回GS協会に都度提出しなければならない決まりがある。

 

……そういえば、美神さんも横島師匠も精神鑑定一応クリアーしてるんだよな。まあ、あの人達はわかっててあんな態度を取ってるからな……余計に質が悪い気がする。

 

「そうですか。それと比企谷を直接監督してる横島さんという方には一度お会いしておきたいですね。横島さんとはどのような方ですか」

平塚先生はわざと横島師匠とは面識がないような言い方でこんなことをキヌさんに聞く。

 

「え?……横島さんですか。とても優しい人ですよ」

キヌさんは笑顔でそう答える。

 

平塚先生はその笑顔を見て、顔が引きつっていた。

「ほ、ほうー……優しい人ですか……さぞかし、おモテになるのでしょうね」

 

「そうですね。……本人は自覚はないんですけど。横島さんは皆に好かれてますね」

 

「ほ、ほうー……そうですか……ひ、氷室さんも横島さんを?」

さらに顔を引きつらす平塚先生。

 

「いえ……そんな……その……」

キヌさんはもじもじと恥ずかしそうにする。

 

そんなキヌさんを見て、平塚先生は目をクワッと見開き……

「ふふふふっ!そうですか!私は負けませんよ!誰であろうと!!」

どうやら、キヌさんを横島師匠をめぐる敵としてみなしたようだ。

……ピエロだ。この人完全にピエロだ!キヌさんに勝てるわけがない!誰か早めにこの残念美人にとどめを刺してあげて!

俺は息まいている平塚先生を見て、何故か涙がほろりと出てしまった。

 

「あのー、何のことでしょうか?」

 

「ふふふっ、いえ、こちらの事です。それでは私はこの辺で失礼します」

なに余裕かましてるんだこの人。

俺はそんな平塚先生を建物の入口まで見送る。

 

「比企谷……君がバイトに行く時は、私が送って上げよう」

 

「……いえ、いいです」

 

「遠慮はいらないぞ。……将来の弟のようなものだからな!はっはっはー!」

だめだ、涙で目の前が霞む。

痛い痛すぎる。なにこれ……もう、誰にも見向きもされないピエロが……踊り続けている……そんな物悲しい感覚が俺の心を支配した。

 

 

 




平塚先生いい人なのに……


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㉙雪ノ下雪乃という少女

感想ありがとうございます。


俺は職場復帰後のこの土日に、シロとタマモと組み、Dランクの除霊依頼を2件こなす。

霊的構造も完全復活し、体の切れもいいし、調子もいい。

以前よりも、霊気量が増加し、霊力が高まった感じがする。

 

その間、美神さんとキヌさんは大規模な地鎮を兼ね備えた霊障依頼を受け、泊りがけで地方に仕事に出かけていた。

 

GS免許取得とはいえ見習い期間のため、本来見習い期間を終了したGSに付き従わないといけないのだが、CランクGSである俺は、それが免除される。なんだかんだと、美神さんは俺を信頼して仕事を任せてくれる。

すでにGS免許取得前に、単独で妖怪退治や除霊やらされてたからな……違法だけど……

 

 

 

週明けの月曜の全校集会で一色は信任を得て、生徒会長へと就任した。

俺の奉仕部での仕事はこれで完了だ。

放課後、俺はタイミングを遅めにずらし奉仕部に向かう。

退部届を携えて……

「うっす」

 

「比企谷君、こんにちは」

 

「ヒッキー!遅い!……ヒッキー?」

 

 

俺はいつもの廊下側にある自分の席に座らずに、雪ノ下と由比ヶ浜が座っている窓際へ行く。

そして、二人の座る席の前にある長テーブルの対面に椅子を持っていきそこに座る。

 

「ヒッキー……どうしたの?」

由比ヶ浜は不安そうな顔を向ける。

 

「……比企谷君…」

 

 

「二人に話がある」

 

「………」

「ヒッキー……」

雪ノ下は俯き、由比ヶ浜の顔はますます曇る。

 

「いままで、いろいろすまなかった。俺は退部しようと思う」

 

「ヒッキー急になんで!?どうして!?そんなの嫌だよ!!」

由比ヶ浜は席を勢いよく立ち対面の俺に訴えかける。

 

「………由比ヶ浜さん……仕方がないことよ。比企谷くんはGSの仕事があるもの」

雪ノ下は最初は目を大きく見開いていたが、視線をそらし、小さな声で由比ヶ浜にそう言った。

 

「だって、ゆきのん!」

 

「確かに仕事があるが……俺がこの部にいることで迷惑をかける。ゴーストスイーパーは世間では花形の仕事のように囃し立てられる一方、それを快く思っていない人たちもたくさんいる。もし学校中に俺がGSであることを知られれば、何らかの影響を受けるかもしれない……」

俺は言い訳じみたこんなことを言ってしまう。

これは建前でしかない。

 

「ヒッキーがGSだからって、誰にも迷惑かけてないじゃん!!」

 

「それは、学校では知られていないからだ。もし、何らかの状況でバレてみろ俺は慣れているからいいが……お前らまでも」

 

「そんなこと関係ない!!言わせたい人には言わせとけばいいよ!!」

 

「……由比ヶ浜さん」

雪ノ下は声を大にしてそう言う由比ヶ浜を驚いたように見上げていた。

 

俺は意を決して、言わなければならないことを言う。たとえこれで由比ヶ浜に嫌われようとも。

「………由比ヶ浜はわかっていない。いや、今は気が付いてはいないだけだ。いずれ気が付く。……俺の霊能は妖怪を倒すことができる。人間を上回る力を持つ妖怪や幽霊をな……それがどういうことか………俺は人をも簡単に殺める力を持っているということだ」

 

「ヒッキー!!それがここを辞める理由!?ヒッキーがそんなことをするわけないじゃん!!」

由比ヶ浜は怯むどころか、二人と俺を挟んでいた長テーブルを勢いよくずらし、椅子に座っている俺に迫る。

 

「……いや、ふつう怖いだろ?」

俺の方が逆に怯んでしまった。

 

「そんなことであたしがヒッキーを怖がると本気で思ったの?嫌いになると思ったの!?だから辞めようと思ったの!?」

 

「そう、……なるな」

なんだ……由比ヶ浜いつもにもなくすごい剣幕だ。由比ヶ浜が本気で怒ってる?

普段怒らない奴が本気で怒ると怖い……

俺の言動で由比ヶ浜の変なスイッチを入れてしまったようだ。

 

「……ヒッキーあたしの事馬鹿にしすぎだし!京都で命がけであたし達を守ろうとしたヒッキーがそんなことするわけないし!!……ヒッキー…だから辞めるなんて言わないでよ」

由比ヶ浜は怒ったような表情をしながら、涙を見せる。

 

「な、その、すまん」

……由比ヶ浜…おまえ、強いな。

 

 

「ゆきのんもゆきのんだよ!!ヒッキーが辞めるって言って簡単にあきらめるなんて!!」

由比ヶ浜は今度は雪ノ下を責めだした。

 

「………」

雪ノ下は俯いて何も言えない。

 

「おい……それが普通の反応だぞ。由比ヶ浜……お前がそう言ってくれるのはうれしいが」

俺は由比ヶ浜をなだめようとしたのだが……

 

「ヒッキーは黙ってて!」

 

「な!?」

なにこのガハマさん。覚醒した?いや三浦が乗り移った?

 

「……ゆきのん、ずっとヒッキーに何か言いたかったんじゃないの?……このままだと、ヒッキー本当にやめちゃうよ」

由比ヶ浜は雪ノ下の正面に向き直り、視線に合わせるために腰を落とし、諭すように雪ノ下に声をかける。

 

「……私は、わからないの。何をどうしたいのかが……わからないの」

雪ノ下は弱弱しく苦しそうに答える。

 

「でも、ゆきのん。ヒッキーにずっと何か言いたそうだったよ。ちゃんと伝えないとわからないよ」

この時ばかりは由比ヶ浜が妹を諭す姉のように見えた。

 

「…………」

 

「ゆきのんはヒッキーにこの部を辞めてほしいの、ほしくないの?」

 

「その……」

雪ノ下は弱弱しく、それでいて困惑した表情をし、俺に助けをもとめるように視線を送ってきた。

こんな雪ノ下は見たことがない。

 

「ゆきのん。ゆきのんがどう思ってるかだよ。ほかの人は関係ないの。ゆきのん自身がヒッキーの事どう思っているかなんだよ」

……そういえば、この半年間で一番成長したのは由比ヶ浜だよな。4月頃は他人の顔色ばかり見て、ろくすっぽ自分の意見も言えない奴だったのに………夏前ぐらいからずけずけ自分の意見を言うようになったよな。あの三浦に対してもだぞ。勉学には、もっと励んでほしいところだが……

 

「……私は…私も……辞めてほしくない」

 

「うん。そだね」

 

「………」

 

「そういうことだから!!ヒッキー!!辞めるなんて絶対ダメなんだからね!!」

 

「だが…しかし」

 

「ヒッキーが私たちが嫌いで辞めるっていうなら……仕方がないけど」

怒りのガハマさんから急にしおらしくなったぞ。

 

「……そんなことはない。意外と居心地はよかったぞ。依頼は少ないし、のんびり読書ができるしな」

 

「じゃあ、辞めるのなし!でもヒッキー!あたしたちの事が入ってない!読書とのんびりすることだけって」

また、怒りのガハマさんに戻ったぞ。

 

「ああ……保留にする」

完全に勢い負けしたな……

俺は口元が緩んでいた。苦笑いだろうか……

 

「保留って何!」

 

「とりあえず、辞めるのは止めるという意味だ」

 

「そ、それぐらいわかるし!」

うん、たぶんわかってなかったな。

 

 

 

「……比企谷君…あなたに聞いてほしいことと聞きたいことがあるの……由比ヶ浜さんも一緒に」

そんな中、雪ノ下はポツリポツリと話しだした。

 

「ゆきのん……」

由比ヶ浜は元の席に座り直し、優しげな視線で雪ノ下を見つめる。

 

「ああ」

 

「雪ノ下の実家は千葉で手広く建設業を営む会社を経営しているわ。父は県議会議員。家では厳しくしつけられたわ。雪ノ下の人間としてどこに出しても恥ずかしくないようにと……母が提示する課題(レール)を解き続けたわ。

姉は父母に期待された通り優秀な人に、人当たりも良く、誰もが姉を褒めたたえるわ……比較して私は昔から人とどう接していいのかがわからなかった。ただ、幸いにも次女ということで、社交的に表に出ることはほとんどなかったのだけど。それでも私は父母に期待されるように、姉の様にと……姉の道筋を真似してきたの……、でもその姉が2年前高校卒業と共に家を出て、京都を活動拠点にしてからは……私は家でどうふるまっていいのかがわからなくなった……それで父に願い、一人暮らしをさせてもらった。そうすれば私も一人で姉さんのようになんでもできると……

高校に入り一人で生活し、学業成績も維持し、何でもできた気になってた。

でも、何か違ってた。比企谷君あなたを見て……それが私の中で徐々に大きくなって、でも何が違っていたのかがわからない。

比企谷君と出会った当初は、あなたと私は似ていると思ってた。いつも一人なのも、一人で何でもしようとする姿勢も………

でも、違ってた。あなたはどんな依頼も解決していったわ。私が思いもよらない方法で……私とあなたは少しも似てなかった。

そして、あなたの京都での姿。先日のデジャブーランドでのあなたを見て……それが確信にかわった。あなたは、姉さんと同じ背中をしてた。

大人の社会で受け入れられ、認められ、一個人として独立した存在として……

確かにGSだったことは驚いたわ。その経緯も……でも、あなたは自分自身で勝ち取り今に至ってる。

まがい物の私とは似ても似つかない……。

比企谷君……あなたはどうして、そこまで出来たのか……それが聞きたかったの」

 

「ゆきのん……」

 

なんてこった……

俺は内心驚愕に似た何かを感じ、背中に冷たいものが流れる。

 

………俺は間違っていた。いや見誤っていた。

俺は勝手に雪ノ下は強い女の子だと決めつけていた。

学業優秀、文武両道、周囲の言動に惑わされることのない強い精神力を持つ、孤独にも動じない強い心を持った少女だと……

違ってた……彼女の知識や勉学などの優秀さとその美貌にその佇まいに俺はすっかり、決めつけていた。

雪ノ下雪乃には芯が無い。いや無いとは言わないまでも薄い。……その空虚な中身を知識や勉学、所作などの目に見える外骨格で覆っていたのだ。

それは雪ノ下家にとって都合のいい娘なのだろう。もしくはそういう風に育てたのかもしれない。

そんな中、唯一の救いはきっと、陽乃さんだったのだろう。

その陽乃さんが家から出て……雪ノ下は自分が何なのかがわからなくなり、今も彷徨い続けている。雪ノ下家に従い続ける彼女はそれに違和感を感じていた。わからないなりに感じていたからこそ……一人暮らしを選択したのだろう。彼女が取れる唯一の自己防衛本能だったのかもしれない。

雪ノ下と初めて会った際、姿勢正しく本を読む姿を何処か儚く感じた。まさに雪ノ下のありようは今にも崩れそうな儚い幻影のようだ。

俺に対してのあの毒舌は自分の弱さを…中身を見透かされないようにとのものだったのかもしれない……

 

そして……由比ヶ浜も俺は見誤った。

彼女は優しい女の子、ただそれだけだと決めつけていた。

しかし、芯を持っていた。由比ヶ浜は強い。

間違ったことを自ら認め、訂正し、修正していく力があった。

今までの彼女は、周りにあまり恵まれなかったせいで、それが発揮できなかっただけなのかもしれない。

 

 

京都で妖怪に襲われた時の彼女らの反応は、まさしくそれだった。

芯のある由比ヶ浜は直ぐに立ち直り、自らの足で立ち上がった。

外殻しかない雪ノ下は、自らの知識外の事に対応しきれずに、歩みを止めてしまった。

 

 

くそっ、俺も社会に出て、ちょっとは世間を知ったかのように思っていたが、所詮この程度だ。

まだまだということだ。

 

 

俺は雪ノ下にどう答えればいい。

雪ノ下は救いを求め彷徨ってる。

陽乃さんという唯一の心の拠り所を失い。ふらふらと……

下手な事を言うと、その拠り所……いや依存先が俺や由比ヶ浜に変わるだけの話になってしまう。

それでいいのか?いや、良いわけがない。

 

どうすればいい。

わからん!

美智恵さんだったら、何らかの対処方法をもっているだろうが……今の俺ではさすがに人生経験不足もいいところだ。

 

このままだと、雪ノ下はすべてをあきらめ、雪ノ下家の都合のいい人形になってしまう。

とりあえず、こちら側に引き留める必要がある。

 

 

「雪ノ下、お前が俺の何を持って出来ていると言っているのかはわからん……俺は今も間違って悩んでばかりだ。ただ……俺には周りでそれを見てくれる人達が近くにいた。

俺は周りの人に恵まれただけだ。

俺がもし、あの時事故で霊障が発現せず。美神さんや横島師匠に出会わなかったら……今の俺はここにはない。多分、一人でグダグダと腐っていただろう。

一人で解決などしていない。一人の力なんて微々たるものだ。一人で思いつく解決方法なんてものはたかが知れてる」

俺はGSのアルバイトを通じてそれを学んだ。

 

「……あなたでも、間違い……悩むのね」

 

「雪ノ下、わからなければ聞けばいい。助けを求めればいい。陽乃さんがいる。由比ヶ浜がいる。平塚先生だっている。

勘違いばかりして、部活を辞めようとした俺では不満に思うかもしれんが、ちょっとは役に立つかもしれん」

陽乃さんの雪ノ下へのあの態度は自立心を促すものだった。それも妹への愛情表現だった。めちゃくちゃわかりづらいがな……あんなん普通はわからないぞ。そういう意味でも陽乃さんも結構不器用だ。

 

「ヒッキー!……そうだよ。ゆきのん。一緒に考えようよ……ね?」

由比ヶ浜は俺の言葉を聞き、表情がパッと明るくなる。

そして俯いて座ってる雪ノ下を後ろから抱きしめる。

 

雪ノ下は目じりに涙をためていた。

そして、弱弱しく頷き、抱きしめる由比ヶ浜の腕に手を添えていた。

 

雪ノ下の問題は根が深い。

正直、俺たちがなんとかできる範疇を軽く超えてる。

一度陽乃さんに相談した方がよさそうだな……今の俺ではちゃんとした答えを出してあげることすらできん。

 

 

……これでよかったのだろうか?

わからない。正解なんてものはないのかもしれない。

 

 

横島師匠なら……こんな時どうしていたのだろうか?

 

 

……きっと一発ギャグをかまして、雪ノ下を元気づけたのだろうが……

俺にはそれすらできない。

 

……横島師匠……そういえば、年齢で言うと俺よりも2歳とちょっとしか違わない。

しかし、真面目な時の師匠はそれよりもはるかに年上に見える。

あんな仕事だ。多分今迄いろいろあったのだろう………

遠いな……あの人の背中は……

 

 

俺は啜り泣く二人を見て……

今ばかりは、俺がこの部活に居たことは間違いではなかったと思えた。




こんな感じになりました。
アニメ最終回を意識してます。はい。

あの有名なセリフはでませんでしたが
「本物がほしい」というのは八幡ではなく。雪乃のほうでした。
ここの八幡は美神令子除霊事務所でのコミュニティ、特に横島くんとの関係を本物と感じているため……このセリフは出てきません。


生徒会編の前編は終了です。
生徒会編の後編に入ります。

まずは一発GSネタとガイルのミックス。

そして、生徒会主催のクリスマス……は普通じゃないですねきっと。

その間、はるのん再登場予定


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【四章】生徒会クリスマス編
㉚生徒会からの依頼は女難の相?


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

章を分割しました。今回から新しい章となります。 


 

雪ノ下と由比ヶ浜と話し合ったあの日から2週間が経つ。

俺は今日も奉仕部で暇を持て余し本を読んでいる。

俺はとりあえずは退部届を取り下げ保留とした。

 

雪ノ下はあれから、表情が若干だが柔らかくなった気がする。

心の闇をずっと一人で抱え込んでいたのを口に出したことで、少しは気持ちが楽になったのだと思いたい。

 

それと、雪ノ下の方からポツリポツリとだが、俺に話しかけるようになった。

そういえば、今までは雪ノ下から俺に話しかけることは少なかったように思う。

何かトラブルがあった場合や問題があった場合と依頼があった場合など、必要に迫られた時のみだったと……

内容は本人も何を話したらいいのかわからないのか、最初は要領の得ないものであったが……今は日常的なたわいもない話をしてる。

 

雪ノ下の問題は複雑かつ困難だ。雪ノ下の生い立ちや家の問題にかかわるデリケートな部分を多分に含んでいる。一朝一夕で解決できる問題でもない。これからも模索し続けるしかないのだろう。

 

由比ヶ浜といえば、教室でも俺によく話しかけてくるようになり、部室に行く際はピタリと横にくっ付いてくるのだが……うーん。これはこれで困るのだが………こいつ俺の事が好きなのではと勘違いしてしまいそうになるのでやめてほしい……

何の心情の変化なのかわからんが、部室では雪ノ下に勉強を教えてもらうようになった。自分から雪ノ下にお願いしてだ。

まあ、良いことなのだろう。

 

俺のバイト先の美神令子除霊事務所では横島師匠が先週末にフロリダから帰ってきた。

俺への土産は本場洋物のエロ本とエロDVDって……よく税関を通ったな………ありがたく頂戴はしたが……

美神令子除霊事務所は俺がGS免許取得したことで、最大3組で依頼をこなすことができるようになり、今まではあまり受けてこなかった500万前後の小さな仕事も俺用に回してくれるようになった。

大きく変わったのは、雇用形態がバイト扱いから契約社員扱いとなった。どうやら美智恵さんに対しての当てつけらしい。あの人事務所で俺を見かけるたびに、オカGに勧誘するからな……

給料はバイト時代に比べ相当上がった。基本時間給に依頼分の粗利の数パーセントが歩合として入ってくるからだ。このままいけば、もしかすると高校卒業までに借金が返済できるかもしれない。

まあ、辞令を言い渡す美神さんの引きつった顔は何とも言えなかったが……

 

 

 

昨日の夜、俺は久々にタロットカード占いをした。

小町が雑誌でそんな記事を見て、俺はやらされる羽目に。

小町の恋愛運は、今は雌伏の時、気長に待ちましょうと出た。うん上々だ。これは当たってほしい。

そんで俺はというと、女難の相あり、あなたの精神が試される時です。とでた……まあ、前よりましか、女難の相とかしょっちゅうだしな。

そういえば、部室でGS試験前にやった占いは半分あたらなかったな。

西方で死にかけるぐらいつらい目ってのは当たってたが、黒髪ロングの女の子と接近ってのはなかったな。

まあ、俺のタロット占いの才能はそれほど高いわけでもないってことか。

まあ、小町の恋愛運だけは当たってほしいものだ。

 

 

俺は本を読みながらそんな回想をしていると……

 

部室の扉がノックと共に開かれた。

「失礼しまーす。先輩いますか」

 

「あ、いろはちゃん。やっはろー」

「こんにちは、一色さん」

 

「結衣先輩、雪ノ下先輩こんにちはです」

入ってきたのは新生徒会長となった一色いろはだった。

……何か手伝わす気だな…俺を……先週は何故か俺だけ生徒会室のレイアウト変更に駆り出され……生徒会執行部の連中と顔合わせをさせられ、挙句の果てには、過去の書類整理までさせられたのだ。

 

「先輩~。手伝ってくださいよ~。大変なんです~」

 

「一色……俺は生徒会執行部でもましてやお前の雑用係でもないぞ」

 

「えー、先輩は責任取ってくれるって言いました」

 

「限度があるぞ」

 

「ムー」

何かわらしく頬を膨らませてるの?いちいちしぐさが、あざといんだが……

 

 

「まあ、今回は正式に依頼しちゃうんで」

一色はそう言って俺の座る席の前から、雪ノ下と由比ヶ浜の方へ向かった。

 

「一色さん。依頼は何かしら?」

雪ノ下が一色に声をかける。

 

「実はですね……」

一色は依頼内容を語りだす。

生徒会としての対外的な初仕事らしいのだが……

毎年、千葉市のコミュニティセンターでご近所の老人ホームのお年寄りたちを対象にしたクリスマス会を行うのだが……今回は近隣の他校と合同で行うことになったらしい。これは昨年度の案件だったものをそのまま引き継いだものらしい。

一色はスルーする気満々だったのだが、向こうの高校から打診されて、受けざるを得なくなったそうだ。

さらに他の老人ホームもその噂を聞きつけ、ぜひ参加させてくれということで、規模が大分大きくなったそうだ。2校でも持て余す程に……これ以上の老人ホームの参加は困難だとしたのだが………老人ホーム側が余計な気を回し、知り合いの学校にも協力を要請してしまったのだとか……

近隣の他校、海浜総合高校とはすでに2回ほど生徒会同士で打ち合わせをしたのだが……うまくコミュニケーションが取れないとかなんとか……しかも、明日その老人ホームの知り合いの高校の人が来て合同打ち合わせを行うらしいのだ……それに一緒に参加してほしいとのことだった。一色も生徒会執行部もまだ出来て新しい。内部コミュニケーションもまだうまく取れていない頃だ。こんなカオスな状況下では一色が奉仕部に助けを求めても仕方がないだろう。

 

 

一色の生徒会候補者問題、いや、雪ノ下と由比ヶ浜との話し合い以来、初の依頼とあり、由比ヶ浜はやる気満々だ。

その依頼を受けることにし、明日の3校合同打ち合わせに参加する事になった。

まあ、俺らが出たところでどこまで出来るかはわからないが………

 

 

翌日、奉仕部のメンバーは一色と共に、3校合同打ち合わせを行うコミュニティーセンターへと電車で最寄りの駅まで向かう。

すでに、他の生徒会執行部メンバーは現地入りしてるらしい。

まあ、幸いにも、執行部メンバーとは書類整理などを通じて面識があるため、まだやりやすい。

 

「先輩、ちょっと待ってくださいね」

そういうと一色は俺たちを待たせて、コンビニにで飲み物やらお菓子やらを買ってきた。

 

「こういうのは他のメンバーがやるもんじゃないのか?」

俺は自然に一色からそれらの荷物を受け取る。

 

「私が一番年下ですし、気遣いができるアピールもなりますしね」

一色は一色なりに物を考えて行動してるようだ。俺は少し感心する。

 

「ヒッキー……」

「……」

 

何故か由比ヶ浜と雪ノ下は何故か俺が受け取った荷物をじっと見てる。

 

「なんだ?」

 

「何でもないけど……いろはちゃんと仲がいいんだなと思っただけ」

「そうね」

 

「……」

仲がいい?いいように使われてるの間違いじゃないのか?

 

 

すでに会議室では合同打ち合わせは始まっていたが、総武高校と海浜総合高校の2校だけだ。あとの1校は東京から来るのだそうで、1時間ほど遅れるそうだ。

 

俺と雪ノ下、由比ヶ浜はその合同打ち合わせに参加し、じっと会議内容を聞いていた。

こりゃ、一色が手伝ってくれというのもわかる。海浜総合高校の奴らはわけがわからん。意見を一向にまとめようとする気配がない。あれがいい、これもいい、みんなの意見を取り入れようというだけで、何も決まらないのだ。

 

一度、休憩をとることになり、俺たち奉仕部は廊下で話し合う。

「……状況は悪いわね」

「うん、そだね」

雪ノ下は頭痛がするかのような表情を、由比ヶ浜は疲れたような顔をしていた。

 

「一色さんは頑張ってる方だわ」

「ああ、あいつがなんとかまとめようとすると、海浜の連中がもっと良いものがあるとか言って、邪魔をする。あれじゃ何も決められない」

「どうする。ヒッキー?」

「わからん。まずは相手が何を考えてるかも理解ができん。もうちょっと様子見だな」

「あなたでも……わからないのね」

「そりゃそうだ。相手の連中とは今日会ったばかりだ。まずは情報がほしい」

 

 

「比企谷じゃん!久しぶり!超レアキャラじゃん」

俺たちが打ち合わせをしてる最中に不意に俺に声をかけてきた奴がいた。

 

「折本……か。ああ、久しぶりだな」

 

「中学卒業以来?比企谷も参加って! 比企谷が生徒会なんてうけるー 」

彼女は折本かおり、中学校の時のクラスメイトだ。

海浜総合高校の制服だ。さっきの会議で顔を見かけたが……俺の事を覚えてたか。忘れてほしかったのだけど。

 

「いや生徒会の手伝いだ」

 

「ん?比企谷が女子と話してるの初めて見たー!うけるー」

こいつとは会いたくない度ナンバー1だったんだが……

 

雪ノ下が折本睨んでるし。由比ヶ浜も頬を膨らませてるし。

 

「!?そういえば、比企谷、私に告白してなかったっけ!!速攻で断ったけど!!比企谷と付き合うなんて、ありえないし!!」

こいつ余計な事を……

確かに俺は折本に中学2年の時に告白をした。

こいつは誰にでも気軽に声をかける。ボッチだった俺にさえも。

そんなこいつがいいなと思ってしまった。そして告白してしまった。それがもとで俺はクラスのさらし者に……

 

「そんなこともあったな……」

 

 

「カチーン」

由比ヶ浜から声が漏れる。

雪ノ下の視線がさらに冷え凍てつく。

 

なんかまずいな。

 

「そんじゃ、比企谷またねー!」

そういって折本はこの場を去った。

まったく台風のような奴だ。

 

で……

 

「ヒッキー!!あの人だれ!!すごくムカツク!!」

「比企谷君、あんなのが趣味だったのかしら?」

なんか二人とも怒ってらっしゃるんですが……

 

「いろいろとな……昔の事だ」

 

「今も、未練でも?」

なんか、ちょっと前の雪ノ下に戻ったみたいだ。

 

「あるわけないだろ。あの時の俺は俺であっても、今の俺とは別人だ」

 

「なんか嫌な感じ!」

由比ヶ浜は明らかに折本にいい印象を持たなかったようだ。

 

これはもしかして昨日の占いの女難の相ってやつか?

 

 

 

会議室に戻り、元の席に着くと……

なんかバラの花を散りばめたような一団が会議室に入ってくる。

女子だけの6名程の集団は皆、気品にあふれ、キラキラしていた。空気まできらびやかな気がする。

「遅くなりまして申し訳ございません。六道女学院6名参りました。今日は生徒会長が火急の要件で参加できず、私が代行して参加させていただくことになりました六道女学院高等部3年、元生徒会の役員を拝命しておりました氷室絹と申します」

 

海浜総合高校と総武高校の野郎どもは、その佇まいと気品と笑顔に見とれてしまい。ぼーっと見とれる。

 

ああ!?ああああ!?キヌさん!?

 

「あっ、比企谷君!やっぱり比企谷君。高校名を見てもしかしたらと思ったけど。比企谷君がここにいてくれるのは心強いわ」

俺にキヌさんは気が付いたようで、俺の席の前に駆け寄ってくれた。しかも聖母の満面の笑みでだ!

 

「ええ?キヌさんなんで?」

 

「急に今の生徒会長が家の用事でしばらく学校にもこれなくなって、代役を頼まれたの。今の世代の事も今回の事も急で何もわからないうちに受けてしまったのだけど、比企谷君がいっしょで良かった」

笑顔のキヌさんは俺の両手を下から抄うように取り、喜びを表現する。

 

俺は思わず心が和み、顔がほころぶ、ついニヤついてしまった。

 

はっ!?

 

周りの男子共の視線が非常に痛い。ガンガンにこっちを睨んでくるんだが!

何だ?六道女学院の他のメンバーがハンカチを掴みながら、めちゃくちゃ睨んでくるんだけど!

 

はっ!?

 

一色!顔がめちゃ怖い!怖いぞ!擬態が解けてるぞ!

由比ヶ浜さん!?何を怒ってらっしゃるの!?あと、ズボン引っ張るのやめてくれません?

ゆ、雪ノ下さん、なにその絶対零度の視線は!?俺を視線で射殺す気か!?そんで俺の制服の肘の部分を引っ張るのやめてくれませんかね?

 

 

「またあとでね。比企谷君」

そう言って、六道女学院のメンバーの元に戻るキヌさん。

 

……東京の学校って、六道女学院だったのか。一色の奴そういえば、高校名、俺に言ってなかったよな。まあ、聞かない俺も悪いのだけど……しかもキヌさんが代表代行で参加か!これはうれしい偶然?

だが、視線がめちゃくちゃ痛いんですけど、他校からも身内からも……





GS試験前の占いの長い黒髪の女の子は、雪乃です。
まあ、恋愛というよりも、お互いの距離感が縮まった感じですかね。


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㉛やはりキヌさんは素晴らしい

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

色々とご意見ありがとうございます。
アンチ・ヘイトの件ですが、前回の話だけだと、アンチに見えてしまいますね。
こちらの配慮が足りなく申し訳分けございませんでした。
これ以上はネタバレになるため言いにくいのですが……アンチの意図はありません。

ただ、話の内容的に単発話事でアンチになりやすいのは確かなので、アンチ・ヘイトのタグを追加した方がいいのかもしれないと検討しております。

今回は思いっきり、つなぎ回、話は進みません。


六道女学院が到着し、改めて皆の自己紹介を行ってから、会議を再開させたのだが……何故か視線が痛い。

なんでみんな俺に注目してる?俺はまだこの会議が始まってから、自己紹介を軽くしたのみで、特に発言なんてしてないんだが……

特に六道女学院の全員がキヌさんの後輩からはなんか怨念のようなものを感じるぞ。

 

しかも、何故か身内からのプレッシャーも凄いんだが……一色さん?笑顔が怖いぞ、擬態が半分解けてるし……由比ヶ浜さん?なんで頬を膨らませて俺を見てるの?会議の内容を聞けって……雪ノ下の奴はさっきまで凍てつく視線を俺に向けてたが……今は、何故かキヌさんをじっと見てるし……。まあ、わからんでもない。この恐ろしくギスギスした会議場の中で、キヌさんのとこだけ別空間だ。会議場全体が冬のように厳しいが、キヌさんの周りだけ春満開の暖かなオーラが出てる……あの笑顔を見てるだけで心が和むしな………まじ、めちゃ落ち着く。まさに聖母だな。

 

 

さっきまで進まなかった合同演目についての打ち合わせだが……さっきと同じく、海浜総合高校が色々訳が分からん理屈をこねて、なかなか先に進みそうもない。

そんななか、笑顔のキヌさんがナイスな意見をだした。

 

「六道女学院はここまでの距離も遠く、演目を皆さんとご一緒させていただくには、スケジュールや練習時間を考慮するとご迷惑おかけする事は必然です。そこで私たち六道女学院は独自演目を行わせていただきたいと思います。それであればスケジュール、練習とも自校で行えます」

さすがキヌさん!いい意見だ。俺たちの高校もそれに乗っかろう!

 

「3校が折角集まってるのだから、皆で考えたらどうですか?まだ時間はあります」

海浜総合高校生徒会長の玉縄がキヌさんにそう反論する。

貴様!キヌさんに意見するなどもってのほか!!万死に値する!

 

「だめ?…ですか?」

キヌさんは困った顔をする。

おい!キヌさんを困らせるなんてなんて罰当たりなんだ!!信奉者(俺)に磔にされても文句は言われんぞ!

 

「ああ、ちょっといいか。この時点で何をやるかも決まっていない。そして六道女学院はわざわざ東京から来てもらっている。物理的に合同で何かを成す時間がほぼない。後、何回こうやって話し合いができるかもわからない。ならば、独自演目をっていう意見かなり建設的だと思うが、それに考えてみてくれ、俺たちの方が東京に出向いた場合はどうだ?」

俺は今日初めてこの会議で口を挟む。

困ってるキヌさんを見過ごすわけには断じていかんのだ。

 

「それは、…せっかくの…」

玉縄は何かまた反対意見を出そうとした。

キヌさんをそれ以上困らすつもりならば、覚悟はいいようだな!……貴様に罪を言い渡す!美神令子直伝千年殺しの刑だ!

 

「どうか、お願いいたします」

キヌさんは玉縄に向けて聖母の微笑みを浮かべる。

 

「………んん!?……まあ、いいでしょう。その……六道女学院は遠い……仕方がない。これは仕方がないのだ」

……なんだ。玉縄の奴、顔を赤らめて咳払いしたぞ……しどろもどろだな、おい。………どうやらキヌさんの微笑みで落ちたようだ。まあ、あの微笑みで懇願されたら断れるはずもないか。

千年殺しは許してやろう。

 

これを皮切りに、会議は進んでいく。

結局、3校全て独自演目となった。

その代わりとして、キヌさんの提案で、クリスマスソングの合唱は3校合同で行うこととなる。歌うだけならば、各校でパートさえ決めておけば練習できるしな。少ない時間で合わすことができる。

さすがキヌさんだ。

 

その他の事も順調に決まっていく。

 

……結果的にキヌさんの独壇場だったな。

実際、キヌさんが提示した提案はすべて建設的なものばかりだ。

反対意見を言うのも難しいものだった。

しかも、あの微笑みで懇願されるとな………反対意見を持ってても、思わずうんって言っちゃうよな。

 

 

そして、今日の合同会議は滞りなく終わり……

会議室を出たところでキヌさんが俺に声をかけてくれた。

 

「比企谷君、さっきは助けてくれてありがとう」

 

「いえ、当然の事をしたまでですよ」

 

「比企谷君、また事務所でね」

キヌさんは俺の耳元に小声でそう言って笑顔を向け、六女のメンバーの元へ足早にかけて行く。合流したキヌさんは笑顔のまま会場を後にするが……

六女の方々が俺の方を振り返って、めっちゃ睨んでくるんですけど!なぜだ?

 

 

 

 

「……なんで先輩に東京の超お嬢様学校の3年生にお知り合いがいるんですか?あの人とどういう関係ですか?」

キヌさんの後姿を見送った俺に、一色は笑顔で聞いてくるのだが……何その笑顔怖いんですけど。

 

「ああ、キヌさんはバイト先の先輩だ」

 

「バイト先の先輩!?バイトなんかしてたんですか?意外!……で~、先輩が下の名前呼びなんて、ずいぶん仲がよさげなんですけどー?」

 

「まあ、それなりに付き合いも長いからな」

 

「ムー、先輩が誰と知り合いだろうと私には関係ありませんけど!」

なんなんだ?一色のこの態度は?

 

「あの人がキヌさん……ヒッキーの……うー」

なんか由比ヶ浜はぶつぶつと独り言を言ってるし……

 

「……比企谷君、氷室絹さんを今度紹介してくれないかしら?」

雪ノ下は、普段通りの口調だな………あまり、人と接触したがらない雪ノ下がなぜ自分から絹さんを?……

 

「いいが……失礼な言動とかするなよ。お前の一言は免疫がない人にはきついんだよ。自覚してくれ……」

こいつの毒は猛毒だからな……キヌさんを困らせてしまうこと必須だ。

 

「あら、私が毒を吐くのは比企谷君にだけよ」

雪ノ下は心なしか楽し気な口調だ。

まあ、それならいいか……?なんで俺だけなんだよ!

そういえば、雪ノ下はあれから俺に毒を吐いてない。どういう心境の変化なのだろうか?

雪ノ下は毒を吐くことで俺から距離を取り、自分の殻を守っていたが……あの独白でそれをする必要性がなくなったのかもしれない。

 

「ヒッキー!あたしも!あたしも!紹介して!!」

 

「せーんぱい。当然私もですよね?」

 

由比ヶ浜はどうやら俺とキヌさんの関係を誤解してるようだし、ちょうどいい機会だ。キヌさんに誤解を解いてもらうとするか……俺が言っても由比ヶ浜は納得しないだろうしな。

一色は代表同士話し合う機会があるから必要ないだろう?

 

「まあ今度な……」

曖昧に返事をする。

 

面倒な事にならなければいいが……

 

 

 

今日はいろいろとあったな。

一色に生徒会主催の3校合同クリスマス会を手伝ってくれとのことだったのだが……。

最初は困難な気配がしていたが、終わってみれば、意外にも事が順調に進んだ。

その要因は、キヌさんだった。

そう、3校のうちの1校がキヌさんの東京の超お嬢様学校として有名な六道女学院で、その代表代理としてキヌさんが参加したのだ。これはうれしい誤算だ。

そして、そのキヌさんの笑顔と理にかなった提案で、難航しそうだったメインの合同演目の打ち合わせは、ぐずっていた海浜総合高校を説得し、各校がそれぞれ演目を出し合うことに決定される。その代わりと言っていいが、比較的やりやすい合唱を合同演目として追加され、3校が合意し今日の打ち合わせは終了したのだ。

さすがはキヌさんだ。

美神さんや美智恵さん、横島師匠や他のAランクGSたち等、あくの濃い人達を毎度、仲立ちして諫めてきたのだ。これくらいの事はキヌさんにとって日常茶飯事なのだろう。

 

……あれだな。キヌさんと話す俺に対し視線が集中していたな。まあ、それは甘んじて受けよう。今から考えれば当然の事だからだ。俺も知らん男がキヌさんと楽しそうに話してたら、そんな視線をその男に送っていただろう。いや、視線だけで呪い殺すまである。

しかし、男共はわかるが……何故か身内からや、その関係がなさそうな六女の女生徒からは特に怨念のこもった視線を受けたような………。解せない。

 

それとだ。折本かおりとの再会か。

折本は中学の時のクラスメイトだ。容姿も良く。誰にでも気さくに話しかけるクラスの人気者でもあった。

その折本は海浜総合高校の有志によるサポートスタッフらしいのだが……俺の事なんて忘れていたと思っていたが、覚えていて話しかけてきた。

それはいいのだが、再会でいきなり過去(告白)を暴露されることになった……まあ、今更気にしちゃいないが………昔から、誰に対しても明け透けというか、空気を読まないというか……良く言えば表裏がない奴だったのだが……なんか変な方にパワーアップしてなかったか?

雰囲気が少し……??…いや…ちょっとまてよ……いや、考えすぎか……。

次会ったときに確認するか、どうせ海浜総合高校とは何度も打ち合わせするんだ。

 

 

そういえば……。一色の依頼は海浜総合高校とコミュニケーションがうまく取れず、打ち合わせが難航してるから、俺達奉仕部に手伝ってほしいという依頼だったな……それって今日、解消されてないか?……俺たちは何もやってないがな……全部キヌさんが解決しちゃったんだけど……、依頼完了では………まあ、そういうわけにもいかんか、関わってしまったからには最後まで手伝わないとな……うちの高校だけで、演目することになり、明らかに人手が足りなくなったしな……。

決して、制服姿のキヌさんが見たいとか。一緒にイベントをしたいとかないぞ!………自分に言い聞かせるが全く説得力がないな………制服姿のキヌさんの学生らしい姿が、その眩しいです。

 

 

 

コミュニティーセンターから直接帰宅した俺は、今、小町とテレビを見ながら夕食を取っている。

テレビのニュース番組では、切れる学生というテーマで特集を行っていた。

カルシウム不足。ストレス社会。ネット社会によるコミュニケーション障害などなどと………

ちょい昔から言われてきた話題だ。

 

「お兄ちゃんは大丈夫だよね。お兄ちゃんってヘタレのくせにストレス耐性は無限にあるし、コミュ障はこじらしてるけど、今は雪乃さんや結衣さんがいるし。何より、小町の栄養バランスを考えた夕食は愛情たっぷりだよ。小町的にポイント高い!」

 

「……そうだな」

なんだその謎ポイントは……

まあ、学校ごときでストレス溜めるようでは、美神令子除霊事務所では働けない。小町、お兄ちゃんはコミュ障じゃないぞ!……これも、GSのバイトのおかげでだいぶ解消してるしな。コミュ障じゃこの仕事が出来ん。相手は特殊だが、いわば客商売のサービス業のようなものだからな。

 

 

「でもお兄ちゃん。うちの学校でも最近になって、なんか急に暴れ出したり、叫んだりした子が何人も居て、入院したり、学校休んでる子がいるんだ」

さっきとは打って変わって小町は不安そうな顔をする。

ニュースでも千葉市では最近急増してると言ってるな……

 

「小町、気になることや、ストレスを感じたら、お兄ちゃんに相談しなさい。なんでも答えてやるぞ」

 

「え~、お兄ちゃんが?頼りなさそう。逆に小町がお兄ちゃんを癒してあげるよ。ん?これも小町的にポイント高い~」

小町はニカっとした笑顔を向ける。

どんどん小町の謎ポイントが溜まっていくな。溜まったら何と交換してくれるのだろうか?

 

まあ、なんにしろ、この様子だと小町は大丈夫そうだな。




次はひさびさのGS回予定ですw


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㉜巷にうわさの事件を任される。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで、GS回です。


「はちまーん!すぐに出るぞ!」

 

「ちょっ、師匠、美神さんにもまだ挨拶もしてないんですよ」

事務所に来た途端これだ。建物の入り口前で横島師匠に捕まったのだ。

 

「横島ーーーー!!どこに行ったーーーーー!!」

建物の上階から美神さんの怒声が聞こえる。

 

「げっ!」

 

「………師匠何やらかしたんですか?」

 

「そんなのは後、後!に、逃げるぞ!!」

 

「ちょっ、俺を巻き込まないでくださいよ!」

 

「横島ーーーーー!!」

 

 

俺は横島師匠に強引に引っ張られ、車に乗せられ、美神令子除霊事務所を後にする……

バックミラーにはタオルを羽織っただけの美神さんが鬼の形相で神通棍振り回しながら追いかけてきていた。

 

 

「……覗きですか?」

 

「いやーーーーちょっとした出来心で、覗きじゃないぞ。ちょっと脱ぎたてパンティを……」

 

俺は無言でサイドブレーキを思いっきり引っ張る。

 

キキキキキキキッ

車は半回転しながら止まる。

 

「何すんだ八幡!!」

 

「怒られるなら早い方がいいですよ。後になると、とんでもない事になるんで、もしかしたら明日の朝日を拝めないかもしれませんよ」

 

「………た、確かに、あの女容赦しないからな……布切れ一枚で死ぬのもなんだしな」

 

ドゴン!!

 

「誰があの女ですって!!……あんたのその性根は一旦死なないとわからないようね!!」

美神さんがタオルまいただけの半裸で、車のフロントガラスの上に降ってきた。

 

 

「ひえーーーっ!!」

横島師匠がアクセルを慌てて踏もうとした。

 

「車壊れちゃうんで……観念してください」

車の後部座席に積んでいた呪縛ロープで師匠をぐるぐる巻きにする。

 

「裏切者ーーーーーーー!!」

 

「師匠の身を案じてですよ。今やられるのと、帰ってからやられるのとはどのくらい死に近づくんですかね」

 

「よくやった!!比企谷!!」

これで俺の共謀罪の疑いは晴れた。

すんません師匠、俺の雇い主は美神さんなんで、逆らえません。

でも、師匠、今やられた方が絶対ダメージ少ないはずですよ。

 

美神さんは勢いよく運転席の扉を開き、呪縛ロープにまかれた師匠を引きずりだす。

 

「か、堪忍や!!ちょうど掃除で拭くものがあったから拾ったらパンティだっただけなんや!!」

 

「ほーう。遺言はそれだけ?プライベートのシャワールームに入るなと、一体どれだけ言えばわかる……この、変態が!!!!」

 

「ギャーーーース!!」

そして、横島師匠は凄まじい攻撃をその身に受けていく。

 

 

……この人、毎度こんな状態なのに、懲りないな。学習能力ゼロなのでは……いや、これは一種のプレイなのではないのではないか?覗きから、下着泥……そして、この極上の折檻までがワンセットの……きっとそうに違いない……美神さんも横島師匠も結構ノリノリで楽しんでいるのではないだろうか……

 

血みどろのボロ雑巾と化した横島師匠を見て、それはないなと……命がいくつあっても足りない。

 

気が済んだのか、美神さんは横島師匠がポケットに隠し持った自分のパンツを取り出し、事務所に戻っていく。

美神さんはタオル巻いただけの姿なのだが……ぐっと来ない。美人でスタイルがいいのだが……鬼にしか見えん。鬼の腰巻や腹巻を見て興奮する奴はいないだろう。それと一緒の心理だ。

 

「師匠、一応聞いておきますが、生きてますか?」

血まみれになり、地面にはいつくばってる横島師匠に一応聞いてみる。

 

「………まあ……なんとか」

返事は帰ってきた。俺だったら全治1か月以上だろう。

 

「……後でだったら、たぶんこの倍はひどい目にあってますよ。というか、もう下着泥やめてください。どうせ、すぐ取り返されるんですから」

 

「………め、目の前にあったらつい…」

 

「はぁ、あんた、良く警察に捕まらないな。外ではそんなことやらないでしょ?美神さんにだけでしょ?」

プレイじゃないにしろ、一種のスキンシップなのかもしれないな……美神さんとの

……この頃思う。雪ノ下のあの毒舌も不器用なスキンシップの一つなのではないかと……

由比ヶ浜のスキンシップは……無意識な可能性が高いな。女の子なのだから自覚してほしい。

 

「…………」

 

「なにその沈黙?外でもやってるんすか?」

 

「あははははははっ!何を言ってる八幡!!外では紳士的な態度をとってるわ!!」

 

「……あやしい」

俺は思う。誰かこの人を一度警察に突き出してほしいと……ちょっとは反省してほしい。

しかも、もう復活してるし、まあ、ところどころ傷だらけだが……服は元に戻らんよな。

 

 

 

俺は改めて、事務所に行き美神さんに挨拶をする。

今日はバイトに行く日ではなかったが、急な呼び出しで、部活を早退して来てるのだ。

 

「比企谷君、ちょっと待ってなさい。おキヌちゃんも、もう来るから」

 

「ごめんなさい。遅くなっちゃって」

制服姿のキヌさんが慌てて事務所に入ってきた。

 

「いえ」

 

「そろったわね。じゃあ、始めるわね。あなた達二人で協力して事に当たってほしい依頼があるの、単発ものではないわ。時間がかかる仕事よ」

美神さんはそう言って俺とキヌさんの前に依頼内容が示されているタブレットPCを置き、キヌさんが受け取り俺はそれを横目で見る。

 

「ニュースになってるから知ってると思うのだけど、千葉で頻繁に起こってる学生の突然の発狂や暴力行動事件よ。起こした複数の生徒から何らかの術式を受けた形跡があったわ。それは呪いによく似た構造をしていたけど……私もママもこれに該当する術式はしらなかったわ。それとエミ(小笠原エミ。AランクGSの呪いのスペシャリスト)にも聞いたけど、呪いではない可能性が高いと言っていたわ……呪いであればそれを辿れば術者が判明する。エミぐらいになれば、そんなことはたやすくできるのだけどね。それが術者とその術式がつながっていないのよ。まったく、あの呪い屋たまには役に立ちなさいよね!」

なるほど、昨日小町と見たあのニュースの事件はオカルトが関係していたのか……確かに千葉だけ異様に件数が多かったしな。

それにしても、エミさんとは仲が悪そうだが一応GSとしての能力は一目置いてるんだよな。この人。

 

「美神さん。私は呪いに関してはそれほど得意な方では……」

「俺も、あまり呪い関係については知識が乏しいです」

キヌさんも俺も呪いに関しては得意じゃない。

 

「わかってるわ。今回はあなた達がまだ学生であるということが最大の理由よ。オカルトGメンもGS協会もこの件について警察から正式に依頼が来てるの。でも学生のGSなんて今の時代珍しいしね。しかも、CランクGSであることもね。だからあなた達に白羽の矢が立ったの。まあ、どっちからの依頼だし、結構報酬も高いし!!」

やっぱ、そこかよ。

確かに学生のGS免許所持者はかなり少ない。ほんの一握りだ。それこそひと昔はそこそこの人数がいたようだが、法整備が進んだ昨今では、社会人・大学生未満でGS免許を取得し霊能者としての活動を行うには条件が厳しいのだ。

ちなみに、キヌさんもCランクGSだが……経験は圧倒的に彼女の方が上だ。同じCランクなんて思うなどおこがましい。ただ、キヌさんの能力はあまり戦闘に向いていない能力なため、GS免許2次試験ではギリギリの通過だったらしい。それでも、この一年半で実績を認められEランクからCランクまで上がってきたのだ。

 

「美神さん、しかし、それだけじゃ何とも手がかりも無いですよね」

 

「そうね。3ページ目を見なさい」

 

「……霊的構造のほんの一部を書き換え?」

 

「そう、人の霊的構造の上尸(頭から上の部分を司る霊的存在)の部分になんてこともない霊組織を注入しているだけの術式よ。だから、異物が入った上尸が過剰反応をしめし、感情のコントロールを失って暴走するってわけよ。至ってシンプルな術式。呪いとも言えないようなものね」

 

「そこまでわかっていて……」

 

「この術式がいつ誰が、学生達に仕掛けたかがわからないのよ。暴走した子はあまりにもランダムで接点も無いわ。誰かを狙って付与した術式じゃないわね。まるで愉快犯よ」

……俺はその美神さんの言葉を聞いて、思い出した。この前のデジャブーランドでのコンプレックス3妖怪が現れた件だ。あれも結局犯人はわからずじまい。何がしたかったのかもわからない。

それと同じ臭いがする……

 

「美神さん。私たちの役割は学生から噂を聞き、手掛かりを見つけることですね」

キヌさんは美神さんにそう聞いた。

 

「その通りよ。……だから結局千葉在住で、千葉の学生である比企谷君に頼ることになるのだけどね。おキヌちゃんはどっちかというと、比企谷君の相談役。横島の奴は役に立たないわ。あいつが学生時代にまともな生活を送ってきてなかったことは十分知ってるから」

今、ペナルティで一人でこの建物の窓ふきをしているだろう横島師匠は、たぶん美神さんのせいで、普通の学生生活を送れてなかったんだと……それは口が裂けてもこの場では言えなかった。

 

「それでキヌさんと俺ですか、俺の役目はその術式が何時、暴走した生徒につけられたのかというルート探しですね……わかりました。やってみます」

 

「一人前の事を言うようになったじゃない、あんた。頼りにしてるわよ比企谷君」

美神さんに頼りにしてると言われると俄然やる気が出る。

 

「がんばりましょう。比企谷君」

しかもキヌさんと一緒か、やる気はさらにアップする。

キヌさんの笑顔が眩しい。

 

この後、美神さんからいろいろとレクチャーを受ける。

さすが超一流のGS、しかも相当頭が切れる。いろんな角度からの事件の可能性について検証していた。俺は感心するばかりだった。

やはり、俺はまだまだのようだ。

 

それと、事件の捜査の際、オカルトGメンの西条さんに協力を仰いでいいとのこと、場合によってはシロとタマモを連れて行っていいと言ってくれた。普段の仕事は、美神さんと横島師匠、シロ、タマモで回すから、キヌさんと俺はしばらくそれに集中してくれとのことだった。

 

 

キヌさんと打ち合わせをする。

とりあえず、学生が行きそうな場所、犯人と接触する可能性がある場所を上げていく。

警察の資料を見ると、今まで真面目だった人間が急にというパターンもある。

そんな人間でも行きそうな場所だ。

 

キヌさんの六道女学院の話を聞くと……俺の総武高校の学生生活とはかけ離れていた。

まじで、お嬢様学校だ。……ティータイムって何?所作の授業って何?……うーん。

 

しかし、よく考えると俺は高校ではボッチだ。普通の学生とは接点がない。戸塚……雪ノ下、由比ヶ浜………あと材木座?ぐらいだ。

肝心なところで役立たずの俺……まあ、明日あいつらに聞いてみるか……

 

そういえば、小町の学校の生徒もそんなことになってたな。今日帰って小町に詳しく聞く事にした。

 

 




でもって、次はガイル回にGSミックス


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㉝奉仕部への依頼

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

遅くなりました。
今回はあまり、進展しません。次についての布石です。


 

 

最近ニュースで取りざたされていた千葉市近郊で多発する学生の発狂、暴力などの精神暴走事件は、実はオカルト絡みの事件だった。

警察からGS協会、オカルトGメン経由の依頼が美神令子除霊事務所に来たのだ。

中高生の精神的な事件というかなりデリケートな扱いが必要である上に、同じ目線で調査が出来る人材が必要不可欠ということで、現役高校生のしかもGS免許を取得してるというアドバンテージを持つ俺とキヌさんに白羽の矢が立ったのだ。

俺の役割は、学生の精神暴走事件に関する噂や情報を、精査し、精神暴走させる術式を学生に仕掛けた犯人又はその術式が学生にどのようにわたったかというルート解明の手がかりを見つける事だ。犯人を特定し捕まえれば最良だが、そこまでは求められていない。

GSの花形である派手な妖怪退治などもあるが、こういう地味な調査等の仕事をこなしてこそのプロだ。

 

俺は二つ返事でOKしたものの、よくよく考えると、中高生の目線に立ち、この件の噂や情報を集めることになる。当然中高生の間でまことしやかにささやかれてる噂や話題にアンテナを張らないといけない。その際、学生に直接聞き込み等をしないといけない場面も出てくるだろう。しかし、俺は学校内ではボッチだ。普段、クラスメイトに気軽に話す事も無い上に、名前さえロクに覚えていない。はっきり言って学内での俺のコミュニティはほぼ無いと言っても過言ではない。まさしく陸の孤島状態なのだ。

いきなり暗礁に乗り上げた気分だ。……流石に今更断れないだろうな………だって、美神さん、この依頼、結構な金額が入ってくるって喜んでたしな。……ダメでした。なんて言った日には半殺し確定かも………しかも、キヌさんとのコンビで受けた仕事だ!キヌさんに恥をかかすわけにはいかないのだ!猶更そんなことは断じてできん!

 

とりあえず、クラスメイトで唯一の友人と言っていいだろう戸塚に聞いてみたが……戸塚はそういうことには疎いらしく、知らなかったようだ。まあ、戸塚は見た目は天使だが体育会系のノリで部活一筋だしな。

となると、やはりあの二人に頼るしかないか………

 

 

 

放課後の奉仕部部室。

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に精神暴走事件に関係してそうな噂を聞くことにする。

俺の唯一の学内でのコミュニティは奉仕部しかないからな。

「ちょっといいか?」

 

「なにかしら」

「なになに、ヒッキー」

 

「変なことを聞くんだが……学内で生徒が急に叫んだり、暴行をふるったりとかそんな感じの噂とか事件を知らないか?」

 

「昨今ニュース番組等で報道されてる件ね。それがどうかしたのかしら?」

「うーん。……って、ゆきのん。それニュースになるぐらい有名なんだ!」

予想通りの反応だ。雪ノ下は流石に知っているな。由比ヶ浜はあまりニュースとか見てなさそうだ。

だが、重要なのはそこじゃない。

 

「その事だな。学生による精神暴走とか言われてる奴だ。それに関わってそうな噂や話をしらないか?どんなもんでもいいんだが」

 

「なぜ、あなたがそんなことを知りたがるのかしら?」

「……うーん。なんかそんなのを聞いたような……うーん」

 

「まあ、そのなんだ。仕事の方で、ちょっとな」

正直に話すべきか迷うところだな。深くかかわると……今のところ危険の目はないが、結構突っ走って、しまいそうだしな。特に雪ノ下は……

 

「……そういうことなのね。あなたが学生のこんな事件に興味がわくなんておかしいもの……十中八九この事件、オカルト絡みの疑いがあるのね」

察しがいい雪ノ下にはやはり分かってしまうか……

仕方がないが協力を仰ぐか……こいつらにこんなことに関わらせたくはなかったが、今の俺だけでは学生間で飛びかう噂一つ精査することもできん。

これも、まともに学生生活を送るつもりがなかった弊害ってところだろう…皮肉もいいところだ。

但し、線引きはしないといけないがな、危険な領域に踏み入れない程度に協力を頼むか。

 

「そうなの?ヒッキー」

 

「ああ、雪ノ下の言う通りだ。オカルトが関わっている可能性が高い。だが手がかりが少なすぎてそれすらも確定ができない状況だ」

 

「それで、手がかりが欲しくて、私たちにあんな質問をしたのね」

雪ノ下は呆れたような表情をする。

 

「そ、そういうことだな」

 

「もしかして、ヒッキー!私たちを頼りにしてくれてるの!?」

由比ヶ浜は嬉しそうだ。

 

「まあ……そんなようなもんだ」

 

「私たちに?……あなたでも一人で解決できないこともあるのね」

 

「そりゃな、GSと言っても、実力も経験もまだまだだ。俺じゃこなせない仕事は五万とある」

 

「……そう、あなたでも……」

雪ノ下は静かに言うが、少々驚いたような顔をしていた。

 

「ヒッキー、もしかしてこれ、ヒッキーからの依頼なのかな!?」

 

「そう……だな。依頼してもいいか?」

 

「そうね。でも比企谷君、まずは依頼内容を聞いてからよ」

そう言う雪ノ下は悪戯っぽい微笑を浮かべていた。

 

「ゆきのん、いいじゃん。せっかくのヒッキーの依頼なのに」

 

「由比ヶ浜さん、こういう事は形式が大事なの、それとイレギュラーの前例を作るのも良くないものよ」

雪ノ下は由比ヶ浜にそうやって窘める。

まあ、確かにそうだな。形式は大事だ。仕事には順序があるそれを一つ飛ばすだけで、何らかの不具合が起きるものだ。GSのようなイレギュラー性が大きい仕事でも形式はちゃんとある。

 

「……わかった。依頼内容を話した後で決めてもらっていい……」

俺は会議用テーブルを挟んで雪ノ下と由比ヶ浜の前に椅子を持ってきて座る。

 

「では、依頼内容をどうぞ、依頼者の比企谷君」

どことなしに雪ノ下は楽し気なようだ。

 

「先ずは……すまんな。これも形式の一つなんだ。GSが正式に聞き取りや情報提供を受ける場合や、こちらもある程度の情報を提供する必要がある場合。これを提示しないといけないんだ。情報提供者等に対する身分提示と守秘義務が発生する」

俺はそう言いながらポケットから革製のカードケースを出しGS免許を提示する。

GSは正式に聞き取りを行う相手や情報提供者にGS免許を提示する義務がある。まあ警察と同じようなものだ。身分を証明するのと同時に、守秘義務が情報提供者や聞き取り相手に掛かってくる。さらに情報提供者の保護の目的もあるのだ。報告書には必ず、情報提供者や聞き取りを行った相手の氏名等を上げることになる。聞き取り者が身分提示を拒否した場合、性別年恰好のみの報告をする決まりだ。

因みに革製のカードケースは横島師匠が俺がGS免許を取得した時にプレゼントしてくれてたものだ。

 

「ヒッキー!なんかかっこいいね!ドラマの刑事さんみたい!」

由比ヶ浜はGS免許証をまじまじと見ていた。

 

「……CランクGS。……こう見るとかなり実感がわくわ……普段のあなたはとてもそうは見えないもの」

 

「……まあ、ランクはたまたまだ」

 

「CランクGSって何?」

 

「由比ヶ浜さん、GSにはランクがあるのよ。上はSで下はFまであるわ」

 

「ということはヒッキーは真ん中なんだ。あの時のヒッキー結構かっこよくて強かったのに」

 

「そうね。但し、真ん中より上というのが正解よ。GSは実力主義の世界。ランクで一番人数が多いのはDランクのGS、次にEとCよ。日本にSは数人だけ。Aでも30人前後よ。Cランクというのは自分で個人事務所を持つことができるレベルなのよ。Cランクからが本当の実力者ということになるわ」

やっぱり良く調べてるな雪ノ下。陽乃さんの事で相当調べたのだろう。

 

「え!?ヒッキー!やっぱ凄いんだ!!」

なんかこそばゆいんだが……まあ、褒められて悪い気はしない。

 

「ほ、本題はいいか?」

 

「脱線したわね……どうぞ」

 

美神さんからは情報提供者に対してはある程度事情を話していいとは言われている。

まあ、俺の場合、この学校で事情を話せるのはこの二人と担任の先生と平塚先生ぐらいだが……

俺は話せる範囲で、美神さんから頼まれたこの案件の概要を伝えた上で、奉仕部で受けてもらいたい依頼内容を提示した。

事件に関する噂や情報、それ以外に千葉近郊の学生が行きそうなところや、巷で流行してる遊びやグッズやアイテム、グルメなどの情報提供だ。

 

「ヒッキーの依頼、あたしでも出来そう!あたしは全然OKだよ!ゆきのんももちろんOKだよね」

由比ヶ浜は楽し気だ。

 

「由比ヶ浜。わざわざ、情報集めに行かなくていいぞ、知ってる事とか、クラスで噂になってる事を教えてくれたらいい」

変に色々聞き込みに行って、精神暴走した人間に暴力でも振るわれたら本末転倒だからな。

もし、聞き込みが必要な場合は俺が行く事にしよう。

 

「確かに学校で独りボッチの比企谷君では難しい案件ね。いいわ。その依頼を受けましょう」

 

「助かる。……しかし、それはお互い様じゃないのか?」

美人で学業優秀、スポーツもできるとハイスペックな雪ノ下なのだが……間違いなくボッチだ。

まあ、この前の独白で分かったことだが、自ら他人とに巨大な壁を作ってるからな……

雪ノ下には噂とか情報集めとかに期待はしてない。考える方に回ってもらえると助かる。

 

「あら、失礼ね。私は別に人と話せないわけではないわ。一人が好きなだけよ。あなたと一緒にしないでくれるかしら」

そんなことを言いながらも、雪ノ下は楽し気だ。

でもな雪ノ下、それはボッチの奴が言う言い訳のベスト3に入る言葉だぞ。

聞いてるこっちが辛くなる……

 

「ゆきのんとヒッキーにはあたしが居るし!大丈夫!」

なに恥ずかしい事さらっと言っちゃてるんですか由比ヶ浜さん。……まじでこっちが赤面しそうだ。

 

「……まあ、それは置いといてだ。由比ヶ浜、なんか知らないか?」

やはり、コミュ力が非常に高い由比ヶ浜が今回の依頼のカギだ。

 

「うーん。事件かぁ、なんかあったような……今度、優美子とかに聞いてみる。流行ってる事とかは、結構あるよ!」

ここからは由比ヶ浜の独壇場だった。

学生の流行りとか、遊びとか……複雑怪奇だな。

多種多様に富んで、もはや絞り切れるものじゃない。

俺は検証するためにメモをする。雪ノ下も同じくメモを取っていた。由比ヶ浜が語る、流行りの遊びや、流行りのグッズや服や雑誌………

雪ノ下は目に見えて、疲れが見える。体力の無い雪ノ下にはこれはきついものがある。

俺も、由比ヶ浜が楽し気に次々と語る話についていくのがやっとだ。

 

ちょっと休憩を取った方がよさそうだな……

 

しかし……

 

 

奉仕部の部室の扉が勢いよく開け放たれた

「比企谷!比企谷八幡は居るか!」

 

「……先生、ノックをして下さいと」

雪ノ下は部室に無遠慮に入ってくる平塚先生にいつも通りの注意をする。

 

「大声出さなくても、ここにいますよ」

 

「ふはははははっ、今日、君はバイトの日じゃないのかね!さあ行くぞ!」

雪ノ下と俺の声など耳に入っていないのか、平塚先生は勝ち誇ったような笑いをしながら勝手に話を進めていく。

しまったーー!!もうそんな時間か!当初の予定では部活を早めに切り上げて平塚先生が来る前に、仕事先に(美神令子除霊事務所)向かうつもりだったんだが、由比ヶ浜の話で、時間が過ぎているのに気が付かなかった!

そう、平塚先生は俺を仕事先まで送るつもりなのだ。目当ては横島師匠だ。このハイテンション、どうやら、横島師匠がアメリカから帰ってきてるのを知っているようだ。

 

そして、俺は平塚先生に腕をがっちりと絡ませられ、強引に引っ張られていく。

 

「ちょっ!引っ張らないでくださいよ!……由比ヶ浜!続きは次で頼む!」

 

「ヒッキー!」

「……今日はここまでにしましょうか」

由比ヶ浜の心配そうな声と、雪ノ下の呆れたような声が教室から強引に引っ張り出される際に耳に入ってきた。

 

またしても、俺は平塚先生に強引に引っ張られ、車に乗せられ、美神令子除霊事務所に向かうのであった。





次は……GS回確定か?


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㉞仕事先の事務所までドライブで

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はつなぎ回です。



 

 

俺は今、上機嫌な平塚先生のマイカーである高級スポーツカーの助手席に座っている。

奉仕部から、拉致られるがごとく、半ば強制的にこの車に乗せられたのだ。

俺の仕事先である美神令子除霊事務所に送ってくれてるとの事だ。電車で行くよりは楽だし、少し早く着く。

なぜ、先生が俺の仕事先までわざわざ学校から送ってくれるのかって?

それは平塚先生の目的がアメリカから帰ってきた横島師匠に会うためだ。その口実として俺は利用されてるに過ぎない。

直接会いたいと言えばいいのに、この人は………。普段はイケイケのくせに肝心なところでヘタレなようだ。まあ、後がないと思ってるこの人が慎重になるのは仕方がないか………

見た目は美人なのに……性格もそんなに悪くはないし、教師としても俺から見れば、熱心で生徒の事をちゃんと考えてるしな。俺の中でも高評価だ。………いかんせん。男の事になるとこのダメっぷりなのだ。俺の中で残念美人確定だ。

 

助手席に座る俺に上機嫌に世間話を振ってくる平塚先生に相槌を打ちながらどうすべきか考えていた。

多分、事務所にはキヌさんがいるだろう。キヌさんは明らかに横島師匠に好意を寄せてる。しかも、この前の件から、平塚先生は一方的にキヌさんを恋のライバルと認定し、何故か自分の方が勝ってると思っているのだ。……先生…勝ってるところはスタイルぐらいだ。顔は好みによるし、平塚先生のようなシャープな美人が良いという人も言えば、ほんわかな、かわいらしい顔立ちのキヌさんがいいという人もいるだろう。ただ、年齢は10歳差でキヌさんに軍配。性格は完全にキヌさんの方が良いだろう。……それよりも圧倒的な女子力に差がある。というかキヌさんより女子力が高い女性は見たことがない。もはや聖母クラスなのだ。

普通に考えれば平塚先生は勝てる見込みは万に一つもないだろう。

ただ、うちの師匠の横島忠夫はキヌさんの好意に気が付いてるはずなのに、それを気が付いていないふりをしてる。わざとだ。なぜなのかはわからない。

あんな女好きのスケベが服を着て歩いているような男が、自分に明らかに好意を寄せてる女性に手を出さないとは………もしかしたら、年下はダメとか……いや、女子高生にもナンパしてたしな。

まさか、キヌさんとの付き合いが長すぎて恋愛の対象に見えないとか……あり得るな。横島師匠のキヌさんへの対応はどうも、年下の親せきの子や妹みたいな感じで扱ってるからな……それにしたって、キヌさんの好意に何らかのアクションがあってもいいんじゃないか?

キヌさんがかわいそうだ。でも、キヌさんもキヌさんでなぜだか、積極的にアピールしないんだよな。

明らかに横島師匠に惚れてるのに………昔、この二人に俺の知らない何かがあったのだろうか?

 

 

「比企谷、君が奉仕部に残ったということは、雪ノ下と由比ヶ浜と話し合いをしたのだな」

俺がそんなことを考えていたのだが、そんな中、平塚先生は世間話から、この前の俺の奉仕部去就問題についての話題に話を変える。

 

「そうですね。俺の一人よがりだったようです。平塚先生のアドバイスのおかげです」

 

「私は大したことを言っていないよ。そうか………君は凄いな。その年で自分の間違いや勘違いに気が付き、それを認めることができる。やはり、学校の皆より一足先に世間に出ていることが大きいようだな。それとも周りの環境がいいのかな」

そう言う平塚先生は少し微笑んでいるように見える。

周りの環境か……美神令子除霊事務所の環境が世間的には良いとはとても言えないだろう。ただ、俺にとってはいろいろと学べる事が多かった。最初はただ必死だった。そんな俺の事を認めてくれる人がいて、頑張れば頑張る程、俺の糧となる。そんな感じがしたのは確かだ。

 

「先生、一つ聞いていいですか?」

 

「なんだね」

 

「俺を奉仕部に強引に入れたのは、俺に一般的な高校生活を味わわせるため……だけじゃないですよね。……雪ノ下……雪ノ下の事が絡んでいるのじゃないですか?」

 

「……そうだ。雪ノ下は君に何か話したかね」

 

「はい……ちょっと立ち入った話を」

 

「成績優秀、品行方正、教師すら扱いに困るほどだ。……ただ雪ノ下はいつも一人だった。それを見かねて、ついおせっかいをしてしまった。そして気が付いた。雪ノ下自身に心に大きな問題を抱えている事に……。姉の雪ノ下陽乃は私が担任だったためよく知っていた。最初は陽乃と雪ノ下は表面的には対照的という印象を受けたが、実際は違っていたんだ。表面的に見える雪ノ下雪乃は作られたもの……そこには自分が無い様に見えてな……何とかしてあげたかったが、彼女の家庭事情にも関わる問題だ。彼女も特殊な家庭環境であることは分かっていたが、それ以上はな。

そこで目を付けたのは君だよ。君は一見、どこの学校にもいる。学校の環境に適合しない生徒の一人に見える。接すれば、引っ込み思案のひねくれた小生意気な小僧ととらえてもおかしくない。しかし、言葉の端々に確たる自分を強く持ってると感じたよ。よくよく知れべれば、GSという特殊な環境でも、それに適合していた。私もGSについて調べたよ。かなりの精神力が必要な職業らしいな。GS免許取得したところで、実際に第一線で活躍できるのは一握りだ。精神的にかなりきついと……それでも君は曲がりなりにも学校とGSのアルバイトを両立していた。学校をサボるわけでもなく、学業もそこそこ優秀な成績を残してだ」

一種の賭けだったのだが、雪ノ下に君を会わせたらどうなるかとな……どうやら私の目に狂いはなかった。さらに由比ヶ浜もこの頃しっかりしてきてる。これも君のおかげだな」

 

「……俺は何もしてませんよ」

やっぱりそうだったか……この先生は食えないな。雪ノ下の問題に最初っから気が付いていたんだな。それで俺を入れたのか……それがよかったのかは別だと思う。まだ雪ノ下の問題は何も解決していない。俺は雪ノ下にあんなことを言ってしまったため、もう、後には引けないがな……

 

「そうかね」

平塚先生の横顔は楽し気に微笑んでいた。

やはりこの人、なんだかんだと、結構やりてなんだよな……その笑顔や熱意をそのまま男性に伝えれば、結構コロっと行くと思うんだが……俺だって、今の先生をかっこいい女性だと思うしな……年が近かったら惚れてたかもしれん。

 

 

「で……だ。横島さんは私の事を……どう思ってると思う?弟子の君から見てどうだ?……あの氷室さんと比較してどうだ?」

……さっきまでのあれは何だったんだ?急に自信なさそうにソワソワしだしたぞ?

なんかダメな感じがするんだが、なぜ男の事になるとこうも豹変するんだ?マジで。

 

「はぁ、先生。落ち着いてください。………さっきまでの先生はどこに行ったんですか?俺に話をしてる先生は俺が惚れそうなぐらい、かっこよかったのに、男の事になるとどうしてそんなダメな雰囲気になるんですか?」

 

「ほ……惚れそうって!君、なな何を言ってる!仮にも私は教師だぞ!ほ…ほ、惚れるなんて!……い、いかんぞ、私には横島さんが、い、いるんだ!」

平塚先生は顔を真っ赤にして、めちゃくちゃ慌てだした。いや、取り乱してるなこれ……男に耐性が無さすぎるぞ。

 

「仮にですよ。惚れるとは言ってません。それだけ、さっきの平塚先生はかっこいいと言ってるんですよ。さっきの感じで男の人と話したらいいじゃないですか?大概の男はコロっと行くんじゃないですか?」

 

「そ……そうか?……私でも、男性を落とせると……比企谷から見て、私はかっこいい女性に見えるのか?」

 

「まあ、さっきまではね」

 

「そ、そうか」

なに生徒に言われて顔を赤くしてるんですかね。教師としてはいいんだが、ほんと恋愛に関しては全くダメだなこの人。

まあ、俺も真面な恋愛などしたことがないからわからんが……

 

「男の俺が言うんです。自信を持ってください」

はぁ、横島師匠を落とすのは無理だろうが……次、頑張ってください。きっといい人見つかりますよ。

 

「わ、わかった!私の本当の力を見せよう!男など私の抹殺のラストブリットで一撃だ!わーはっはー!」

 

「………」

やっぱめちゃくちゃダメそうだ。抹殺してどうする。

 

 

 

そうこうしてるうちに、美神令子除霊事務所のビルが見えてくる。

 

事務所の敷地から車が出ようとするのが見えた。

あれは横島師匠だな。もう仕事に出るのか、緊急案件でもあったのか?

 

「くーくっくーーー!見つけたぞ!逃がさん!!」

平塚先生はまるで悪役のようなセリフを吐き捨てる。

どうやら対面から、走り過ぎようとする車を運転してるのが横島師匠だと認識したようだ。

 

急ブレーキを思いっきりかけて、甲高いブレーキ音と共に車を強引にUターンさせる平塚先生。

 

「ちょ!先生!俺は降ろしてください!!」

 

「すまなかった比企谷!!」

平塚先生はUターンした後、いったん車を止める。

 

「まあ、頑張ってください」

俺はそう言って慌てて車を降りる。

 

「行ってくるーーーー!!逃がさんぞ!!はーはっはっはーーー!!」

平塚先生は俺を降ろした後、車を急発進させ、横島師匠の車を追いかけ走り去った。

……普段はいい人なのに……残念過ぎる。

 

平塚先生の車が走り去る後ろ姿を見送った。

……スピード違反とかで捕まんなきゃいいんだが。

 

 

 

俺は気を取り直し、事務所に向かうのだが……敷地内の駐車場にどこかで見たような高級車が止まっていた。

来客かな?依頼者だろうな。その依頼内容の確認のために横島師匠は緊急でどこかに調べに行ったのかな?

 

とりあえずエレベータに乗り、事務所に所長の美神さんに挨拶に向かう。

接客中だろうから、顔を出し一言挨拶する程度でいいか。やる仕事も決まってるしな。今日も学生の精神暴走事件について、キヌさんと打ち合わせと検証だ。由比ヶ浜から、この頃の学生の流行りとかの情報もある程度手に入ったしな。……キヌさんと二人か……その響きだけで何故か背徳感がある。心の中でスキップを踏む俺。

 

 

事務所内の霊気を感じる。美神さん以外にキヌさんと、美智恵さんも来てるみたいだな……

来客は二人……この霊気どこかで感じた事が……





次は……再登場のあの人たち


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㉟この人たちのお礼とかお詫びとか何かが間違ってる。

感想ありがとうとございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きですが……



平塚先生に学校から美神令子除霊事務所まで先生のマイカーで送ってもらったのはいいんだが、平塚先生は事務所前で車で出かける横島師匠を見つけ猛スピードで、追いかけて行ってしまった。

まあ、先生の目的は横島師匠だしな。……スピード違反で捕まらなきゃいいが。

 

俺は仕事にかかる前に4Fの事務所に居るだろう美神さんに挨拶に向かうのだが……敷地内にどこかで見たような高級車が止まっていた。どうやら来客のようだ。依頼者なのだろうか?

俺は上に向かうエレベーターに乗りながら、何気なく事務所内の霊気を探る。美神さんにキヌさん、美神さんの母親の美智恵さんも来てるな、なにか込み入った話なのだろうか?

後は、来客は二人か……?……霊能者のようだな、しかし、どこかで感じたことがある霊気だが……

 

俺はエレベーターを降りると、シロとタマモが扉の隙間から事務所の中を覗いていた。

 

「こんなとこで何やってんだ。シロとタマモ」

 

「八幡殿……。骨は拾ってあげるでござる」

「……八幡。小町を悲しませるような事態だけは避けなさいよ」

シロとタマモは俺の声で振り向き、人の顔を見るなり哀れんだ顔をし、不吉な言葉を残しながら自室へ戻っていった。

 

なんなんだ?

まさか、またあの親子、喧嘩してるのか?

美神さんと美智恵さんの喧嘩に巻き込まれるのは勘弁してほしい。

だから、横島師匠は逃げ出して、出て行ったのか?

しかし、来客がいるのに………美神さんに限って、来客が居ようがいまいが関係ないか。

 

はぁ、さっと挨拶して、巻き込まれる前に、すぐに出るか……

俺は事務所の扉前で息を大きく吐いてから、扉をノックして、恐る恐る事務所に入る。

 

「こんにちは」

 

 

美神さんが所長席に座っていたが、明らかに機嫌が悪い。

…返事もない。

 

俺は目線を所長席から反対側の窓際へ移す。

だだっ広い事務所の真ん中より窓際にある応接セットに美智恵さんが座っているのと、観葉植物の影でどういう人物かは見えないが、美智恵さんの対面に客人が座っているシルエットが見える。

キヌさんの姿が見えないが、たぶん奥のキッチンでお茶の用意でもしてるのだろう。

 

「比企谷君ちょうどいいところに来たわね」

美智恵さんが俺を見つけ、手招きをする。

 

俺は美神さんの顔色を伺いつつ、美智恵さんの元へ向かう。

美神さんは俺の視線に気が付いたようだが、フンとばかりに顔を思いっきりそらす。

なんだ?俺なんか失敗したのか?……心当たりがないんだが。どちらにしろ、かなり機嫌が悪いぞ。

 

 

俺は回り込むように、美智恵さんの横まで歩むと……

 

「待ってたよ、比企谷君!」

「久しぶりね比企谷君。といってもまだあの時から一か月位かしら」

美智恵さんの対面で笑顔で手を振る雪ノ下陽乃さんと、西日本唯一のSランクGSで陽乃さんの師匠であり、陰陽師の名門、土御門家現当主の土御門風夏さんも微笑みながら俺に挨拶をしてくれた。

 

「……雪ノ下さんに、土御門さん…………こんにちは、ご無沙汰してます」

どうしてという思いと驚きはあったが挨拶を返す。今は美神令子除霊事務所のお客様なのだから……

何気に、外面仮面無しバージョンの陽乃さんだな。

 

「今は土御門は・る・のよ八幡。さあ、陽乃って呼んで」

なにこのテンション?しかもまた名前呼びかよ。

 

「そういうのはいいんで」

 

「つめたーいぃ。もしかして八幡はツンデレさんかな?」

何言ってんだこの人。こんな陽乃さんの姿を雪ノ下に見せてやりたい。幻滅するぞきっと。自分の尊敬する姉が実はこんな感じだったとか……

 

ところで、なんで西日本重鎮である土御門風夏さんまでここに?

 

 

「比企谷君。とりあえずここに座りなさいな」

美智恵さんは自分の横に座るように俺を促す。

 

「ちっ」

……所長席から、大きな舌打ちが聞こえてくるんだけど………なにこれ?

 

俺は舌打ちをした張本人である美神さんの顔色をもう一度伺うのだが、俺の視線に気が付くと、さっきと一緒でフンと顔を思いっきりそらすんだけど………どうしろというんだ?

 

まあ、怒声が来ないってことは、座っても良いってことだよな。

 

俺は美智恵さんに従いお辞儀をしながら横のソファーに座る。

 

 

「比企谷君にこの前の事で改めてお詫びとお礼をしたくて、あなたを訪ねてここに来たのよ。あの時は本当にありがとうございました」

風夏さんはそう言って、頭を下げる。

 

「前も言ってもらったんで、もういいですよ。それに俺は、自分のためにやったんで、別にお詫びとかお礼とか……」

そういえば、そんなことを言ってたな。

京都の酒吞童子復活未遂事件の時の事だ。

お詫びとは、風夏さんの次男数馬が俺たちを殺そうと狙ってきた件だ。あれは半鬼化の影響と、その後は茨木童子に意識を完全に乗っ取られてたからな……あそこに数馬の意識があったかは疑問だ。

お礼とは、一つは茨木童子を足止めした件だろう。俺は雪ノ下と由比ヶ浜を助けるために彼奴と対峙しただけで、足止めしたなんて意識は全くない。足止めどころか、彼奴から雪ノ下と由比ヶ浜を引き離して、逃げようとしたくらいだ。

後は、雪ノ下を助けた事だろう。これは主に陽乃さんのお礼ということなのだろうが。

 

「……比企谷君、日本人として慎みは大事よ。どこかの誰かにも見習ってほしいくらいよ。でも、あなたはあれだけの事をやったのよ。しかもあの土御門家当主直々にこうして来てるのだから、逆に失礼にあたるわ。素直に受けるべきよ」

美智恵さんはそう言って、美神さんをちらりと見る。……明らかに美神さんへの嫌味だ。まあ、美神さん慎みとか遠慮とか、そういうのに無縁な人だしな。

……あの、ますます美神さんの機嫌が悪くなるからこれ以上はやめていただけませんかね。

 

「いや、前も言いましたが、結局すべて解決したのは横島師匠ですし」

 

「横島君にもお礼をしたわ。だからね。受け取ってほしいのよ」

横島師匠もこういう時は素直に受け取れと言ってたな。そういうものなのか?

 

「おキヌちゃんもそうだけど、令子の元でよくまあ、こうも……反面教師かしら?……それでも、無欲すぎるのはどうかと思うわよ比企谷君………とは言うものの、オカルトGメンとしてはうってつけの人材なのよね」

美智恵さん!もうそれ以上美神さんを挑発するのはやめてくれないっすか!?自分の娘さんが鬼の形相でこっちを睨んでますよ!

 

「比企谷君、雪乃ちゃんを助けたのは間違いなく君よ。何度お礼言ってもたりないぐらい。だからせめて形あるものでけじめをつけさせて」

陽乃さんは真剣な面持ちに戻し俺にそう言った。

 

「……わかりました」

まあ、あまりにも断るのも悪いしな。美神さんはなぜだか機嫌が悪いが、美智恵さんもそう言ってる事だし。あの時に横島師匠の前で受け取ると言っちゃったしな。

 

「よかったわ。比企谷君ってそういうのを嫌がるって聞いてたから……だから美智恵ちゃんに相談したの」

風夏さんはホッとした表情をしていた。

どうやら、俺に随分と気を使ってもらっていたようだ。

こういうのは素直に受け取れと横島師匠が言ってたのは正解だな。

渋ってしまうと逆に迷惑をかけてしまうようだ。

 

それにしても、美智恵さんをちゃん付けとは流石土御門当主ってところか……まあ、美智恵さんは風格はあるがこう見えても40歳そこそこ、風夏さんは確か60歳前後だから、一世代以上違うんだよな。あの美智恵さんから見ても風夏さんは大先輩にあたる。

 

「ちっ!」

あの…なぜまた舌打ちを?何を怒ってるんすか美神さん?訳が分からない。

 

「……令子の事は気にしなくていいわ」

美智恵さんがそう言ってくれるんだけど……気にするなってのは無理なんですが。しかもなんか呪い殺すような勢いでこっちを睨んでますよ。

 

「それでね比企谷君。美智恵ちゃんに相談したら、比企谷君が借金背負ってるって聞いて、しかも、雪ノ下家が関わってる事故がきっかけで霊障を起こして……だから、その借金をと……」

 

「いや、それは流石に受け取れませんよ。結構な額ですよ」

確か、1000万の借金の内、300万ぐらい返してるから、後700万位あるはずだ。

 

「比企谷君には悪いけど、その話は先に進めさせてもらったわ。令子にも先に話し合って解決済みよ。……相当ごねたけどね。あの子……君が背負った借金は大負けに負けて1000万にしたものだから、他人が払うならば元本の5000万だって言い張ってね。……でも、風夏さんがそれを聞いて、小切手5000万をその場で書いて渡したわ。だから、あの子機嫌が悪いのよ。それと君が払った返済額はそのまま君の手元に戻ってくるわ」

なるほど……美神さんが機嫌が悪い理由はわかった。5000万って啖呵きったのに、あっさり支払われ、自分の思い通りにならないからだな。

流石に……5000万って、俺の方がかなり気が引けるんだけど。

 

「さすがに悪いですよ。土御門さん」

 

「いいのよ。比企谷君。これはほんのお詫び」

軽い感じでそんなことを言う風夏さん

 

「どうせあなたの事だから、5000万だろうが1000万だろうが、直接は受け取らなかったでしょう?だから、令子と直接話し合いをさせてもらったの」

た…確かにそれは受け取らなかったな。まじで……やはり、相当金持ちなんだな。土御門家って……。

 

「これで比企谷君は高校卒業後にオカルトGメンへ何の障害もなく入れるわね」

続けて美智恵さんはこんなことを言って満足そうに頷く。……この人策謀家だからな……なるほど漁夫の利を得るために、風夏さんの相談を快く受けて、こんな形にしたんだろう。

 

ものすごい威圧感のある視線を背中に感じるんだが……

あの、美神さんそれ以上睨むと、美人が台無しですよ。

 

「それと、次はお礼ね」

 

「へ?」

 

「さっきのは飽くまでもお詫びよ。お礼もちゃんとしないとね。これもご両親に先にお渡ししたのだけど、土御門が経営してる全国にある老舗旅館の宿泊と旅行の旅をプレゼントさせていただいたわ」

 

「………」

小躍りしながら、プレゼントを受け取る両親が目に浮かぶんだが……

くそ、もらったなら、直ぐに俺に連絡位しろよな。あの両親共め!

 

「それと、比企谷君本人には……」

 

「まだあるんですか!?」

 

「比企谷君には高校卒業後に都内に新築一戸建ての二人の新居と新婚旅行の世界一周旅行」

 

「……………ちょ、ちょっと待った!何かおかしくないっすか?」

誰と誰の新居と新婚旅行なんだよ!!

 

「何もおかしいことはないわよ八幡。私と八幡の新居と、新婚旅行。もちろん結婚式は土御門本家で盛大に行うわ!」

陽乃さんが当然の如くって感じでこんなことを言ってくるんだが!

 

「おいーーー!!そこがおかしいって言ってるんだ!!」

 

「もう、八幡照れちゃって!」

 

「なんで俺が雪ノ下さんと結婚することになってるんだ!」

 

「あらあら、陽乃?まだ、比企谷君に了承を得てないみたいね」

 

「師匠、さすがに無理ですよ。昨日まで京都に居ましたから。でも安心してくださいね。彼が卒業までに後1年と4か月あるので、必ず八幡を落とします。もう、私無しで生きられないぐらいにして」

陽乃さんのその自信はどこから来るんだ?しかも、なんか最後不穏な言葉が入ってたんだが……

 

「………」

 

「比企谷君。安心しなさい。君の新居は東京よ。今後、君と陽乃さんの家は土御門本筋の分家として新たに東京の拠点となるわ。しかも君は、土御門家に婿になりながらも、オカルトGメンで働くことになる。これは風夏さんにも了解を得ている事なのよ。

大丈夫。西条君も西条家の跡取りとしての責務を果たしながら、オカルトGメンとして働いてるから、器用な君なら全然いけるわ。」

美智恵さん……なに言ってるんすか?人の人生を勝手に決めないでください!

土御門本筋分家を新たに立てて、陽乃さんの婿として土御門に入るって、しかも、オカルトGメンに入るところまで決まってるし!

これって、もしかして、土御門家と美智恵さんが結託してるのでは?

 

「ちょ、勝手に決めないでくださいよ!」

 

「そうよ!!ママ!!こいつは、私の事務所で一生働くのよ!!勝手に人ん所の従業員を引き抜かないでよ!!」

 

「………」

あの……美神さん、それもおかしいですよ。「奴隷のように一生コキ使ってやるわ」って言ってる風に聞こえるんですが……

 

「まあまあ、美神さんも美智恵さんも……土御門さんも、比企谷君が困ってるじゃないですか」

キヌさんがキッチンの方から現れて、応接セットのテーブルに紅茶やケーキを出してくれた。

キヌさん!助かります。もう俺じゃあ、この人たちを止めることができません。

 

「比企谷君が土御門の婿になれば、そうなる可能性は高いわ」

キヌさんが入れた紅茶をすすりながら、しれっとそんなことを言う美智恵さん。

 

「ぐぬぬぬぬっ!……!……そう、なら比企谷君はおキヌちゃんと結婚するから!無理ね!」

……何言ってんだこの人は!うれしいけど!めちゃくちゃそうなりたいけど!それは言っちゃダメだろ!美神さんもわかってるはずだ。キヌさんが横島師匠を慕っていることを!

 

「ちょ!美神さん!それは!」

流石の俺もここは反論しないと……

 

「……美神さん?……そういうことは比企谷君が決めることですよ。美智恵さんも、土御門の方々も……」

静かにそう言うキヌさんは笑顔なんだが……なんか怖い。………なんかゴゴゴゴゴって背景に出てるような……

 

「……ご、ごめん」

美神さんが謝った!?しかも結構慌ててるぞ。

 

「そうね。急ぎすぎたみたいね」

美智恵さんも引いた!?

 

流石はキヌさんこの二人を一瞬で引かせた。

ちょっと怖いけど、これはこれで、なんというか……聖母のお怒り、いや神の天罰的な美しさが……俺もなんか叱ってほしい。

 

「ごめんね。比企谷君。勝手に進めちゃって……でも、土御門にあなたが必要なのは本当なの、あなたのような格式や形にこだわらない上に、勇気ある人が……」

この場を風夏さんも引いてくれたようだ。

でもさすがにそれは買いかぶりすぎですよ。

 

「比企谷君。絶対私が落とすんだから」

……本気なのかこの人、まじで俺を落とす気なのか?どうして?……土御門のためか?俺なんて全然大したことないのに……

 

 

キヌさんのおかげでお礼の話は保留となる。

お詫びの借金の肩代わりはかなりありがたい。

お礼の方は……勘弁してほしい。

俺はまだ、横島師匠から学ぶべきことがたくさんある。しかも、ここまで霊能者として育ててくれた恩を返してない。それまではこの事務所を辞めるつもりはない。

 

この後、ちょっとだけ話した後、風夏さんと陽乃さん、そして美智恵さんは帰った。

ふう、一時はどうなるかと思ったが、キヌさんのおかげで助かった。

よく考えれば、SランクGSが3人も集まっていたんだな。そんな人たちがここで暴れたらどうなる?

美神さんVS美智恵さんだったら、いつもの事だし、たいがい美智恵さんの口で収まるんだけどな……

 

 

「塩よ!塩をまきなさい!」

美神さんはそう言いなら、キヌさんから塩を受け取って自ら事務所の窓から外に向かってばら撒く。

 

 

陽乃さん……婿にって本気なのか?

しかし、そこに恋愛感情はあるのだろうか?

俺のGSとしての能力とかが目当てなら即お断りだがな……

 

……しかも、風夏さんだけでなく。美智恵さんまで噛んでるとなると、ちょっとやばいな。

このまま行くと、いつの間にか高校卒業と共に土御門に婿入りなんてこともあるぞ。

 

すでに俺の親は懐柔されてそうだしな。

頼りは、小町だけか……

 

美神さんも完全に否定してくれたが、理由がとんでもない………ブラック企業丸出しなんだが……

これってもしかして、行くも地獄、引くも地獄ってやつじゃないのか?

美神さんと美智恵さんの親子結構似てる。両人とも俺の意思とは関係なく俺の将来の話を進めるんだが……

よくよく考えると俺、詰んだか?

 

キヌさんが居るから、今はなんとかなってるが……あの人たちを抑える事ができるなんて、意外と英傑かもしれない。いや、聖母だな。間違いなく。

 

まあ、いざとなれば、逃げるまでか……三十六計逃げるに如かずって言うしな。

因みに、横島師匠の得意技だ。逃げることに関しては最強だと自負してる。

しかし、俺はあの人たちから逃げ切れるだろうか?

 

 

 

…………そういえば、横島師匠、平塚先生に追い付かれたかな?




土御門子弟の来訪でした。


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㊱学内捜索は進まない。

感想ありがとうございます。
返信が遅れてしまって申し訳ないです。徐々に返答させていただきます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


というわけで、今回はつなぎ回です。
内容はタイトル通り進まないので、飛ばしてもいいレベルの話です。


 

俺は昨日、奉仕部に千葉で起こってる学生の精神暴走事件について、情報提供協力を正式に依頼した。

 

今回のこの精神暴走事件、オカルトが関わっていることが判明し、警視庁やGS協会、オカルトGメンからのこれらの事件の犯人の捜索と真相の調査依頼を正式に美神令子除霊事務所に持ち込まれたのだ。

理由は現役学生のGS資格免許を持っている人間が二人も居るからだ。学生である俺とキヌさんが正式にこの依頼の担当となり、俺は学生から噂や情報を集め、犯人の手がかりや事件の真相を捜索することになった。

しかし、学校ではボッチで空気の俺は学生達とコミュニケーションが円滑に取れるわけもない。

そこで、俺は雪ノ下と由比ヶ浜に事情を説明し、精神暴走事件の噂や情報の提供の二人に依頼したのだ。特に由比ヶ浜の学内におけるコミュニケーション能力に俺は期待していた。

 

昨日は途中で平塚先生の邪魔が入り、最後まで話し合いが出来なかったが、今日は大丈夫だ。

俺は今日、仕事に行く予定がないからだ。

朝、平塚先生を見かけたら、めちゃ機嫌がよかったな。アニソンっぽい鼻歌を歌いながらスキップしてたぞ。もしや横島師匠あの後捕まって、お持ち帰りされたか?後で横島師匠に慰めのメールでも送っておこう。

 

 

放課後の奉仕部部室で昨日の続きを話し合った。

 

「ヒッキー!。いろんな子に聞いてみたの。そしたら何人かそれっぽい人見つけたよ!」

 

「由比ヶ浜、わざわざ聞き回ったのか?積極的じゃなくていいんだぞ。昨日も言ったが、危険な目に遭う可能性も無いわけじゃない。実際に被害を受けてそうな人間を知らせてくれるだけでいいんだ。後は俺がやる」

どうやら、由比ヶ浜はいろんな生徒に聞きまわったらしい。

 

「大丈夫。ヒッキーに言われたから、直接会ったりしてないし、優美子や姫菜は知らなそうだったから、ちょっと知ってそうな子に何人かに聞いただけだから」

 

「ならいいんだが……あと、助かる」

そういうことなら、あまり問題なさそうだ。精神暴走した学生は暴力をふるうケースもあるからな。直接会うのは厳禁だ。

 

「うん」

由比ヶ浜は嬉しそうに頷く。

 

「私もクラスメイトにそれとなしに聞いてみたのだけど、有益な情報は得られなかったわ」

雪ノ下も一応、クラスで聞いてみてくれたようだ。俯き加減で話す雪ノ下は、申し訳なさそうだ。

雪ノ下のクラスは特進クラス。要するにエリートクラスだ。お堅いイメージがあるからなあそこは……

 

「なんだ雪ノ下。クラスで話せる奴がいたのか」

 

「バカにしないで、私はあなたと違って、皆から嫌われてるわけでもないわ。普通に話しかけることぐらいできるわ」

まあ、俺の場合。クラスというよりは同学年、下手すると学校中の嫌われ者だからな。学園祭で盛大にやらかしたあの噂が広まるの早かったしな。

雪ノ下の場合、話しかけづらい雰囲気を常に醸し出してるしな。周りからは話しにくいだけで、嫌われているわけではないか……。しかし、ボッチの雪ノ下の方から噂を聞くためにわざわざクラスメイトに話しかけてくれたということか……

 

「すまん。助かる」

 

「そう」

雪ノ下は静かにうなずく。俺の返事に満足したようだ。

 

 

「由比ヶ浜、あたりを付けた奴ってどんな奴だ?」

 

「うんとね。えーっとC組のかすみの彼氏の高岡くんと、D組のまさこの彼氏の三島先輩、1年の高橋琴音ちゃんの彼氏の2年の飯島くん」

由比ヶ浜はごちゃごちゃとプリクラを貼りまくった手帳を取り出す。

なぜ3人ともリア充?しかも暴走の相手は全部男だし……

 

「……一応聞くが、なぜ精神暴走の可能性があると」

 

「なんか、かすみの彼氏の高岡くんが最近かすみにつらく当たるんだって、付き合う前までそんなことなかったらしいのに」

 

「…………」

なにそれ、その高岡くんってもしかして、付き合う前まではいい顔して、いざ付き合っちゃうと女の子を自分の持ち物って感じで扱っちゃう典型的なDV型のダメな奴なんじゃ?

 

「まさこの彼氏の三島先輩は、この頃引き込もり気味で会ってくれないって」

 

「…………」

それは3年の12月の初旬だ。受験勉強で忙しいだけじゃ?

 

「高橋琴音ちゃんの彼氏の飯島くんは急に前触れもなく、学校休んじゃって、もう10日も学校来てないんだって、その間その飯島君とも連絡が付かないみたいって言ってた」

 

「……やけに具体的なんだが、それって本当に噂程度の話か?」

 

「チッチッチー、ヒッキーくん。わかってないなーー。女子同士の会話では彼氏がいる女子の噂話はみーんな興味深々なんだよ。だからちょっとした事でもすぐに噂になるし、正確な情報を求めるものなんだよ」

由比ヶ浜はわざとらしい誰かの言い回しを真似したような感じで、どや顔で言ってきた。

なんか怖!なにそれ、恋人同士になった連中は、ずっと女子に監視されてるのか?リア充にプライベートはないってことか?……彼女とかいなくてよかった。四六時中女子の目に気をつけないといけないとか、どこの芸能人かよ。……俺の場合彼女が居なくても悪い方向で噂になってる可能性は大きいが。

 

「そういうもの、…なのかしら」

雪ノ下は由比ヶ浜の話に、少し首をかしげながら中途半端な返事をする。

疑問を持っているが、ボッチの雪ノ下にそれを否定する材料もないと言ったところか。

 

由比ヶ浜の話から、最初の二人の話は外れっぽいな。三人目の一年の高橋って子の彼氏の飯島君が怪しいな。急に学校を休むか………詳しく話を聞いてみた方がいいな。

 

「由比ヶ浜、その高橋って子の彼氏の飯島って奴が怪しいな。高橋って子に直接話を聞きに行った方が良さそうだ」

 

「え?……ヒッキーが直接聞きに行くの?」

 

「ああ、そうするつもりだ」

 

「でも、ヒッキー……」

 

「俺は別にコミュニケーションができないわけじゃない。学校でしないだけだ。この仕事は被害者や依頼者とコミュニケーションがうまく取れないと致命的だからな」

そう、ゴーストスイーパーの仕事は除霊相手の情報や現場の状況を正確に知る必要がある。そうでないと致命的なミスや失敗を起こす可能性があるからだ。だから依頼者と現場周辺の聞き込みを正確に行うために、コミュニケーション能力は必須といえるだろう。

まあ、最初は失敗ばっかりだった。美神さんによく怒鳴られた。あの人容赦ないからな。

おかげで俺の中学までの最底辺コミュ能力はこの一年半で一気に向上した。

 

「比企谷君、自分が学内の生徒にどう思われてるか知ってるかしら?急にあなたに話しかけられればあなたの事を良く知らない女子生徒は、まず逃げ出すわね」

雪ノ下は呆れたような表情をしていた。

確かにその可能性は無きにしも非ずだ。俺は文化祭で相模に酷い暴言を吐いたからな。その噂は学校中に確実に広まってる。

あの時のつけがこんなところで返ってくるとはな。

 

「……それは」

 

「だから、ヒッキー、あたしが聞いてきてあげるよ」

「そうね。私も付き合うわ」

 

「いや、さすがにそこまでは……」

 

「別に、彼女の方に事情を聴くだけよ。問題となってる彼と会うわけじゃないから特に危険はないわ」

 

「分かった……頼む」

 

「うん。頼まれた!」

返事をする由比ヶ浜は笑顔だった。

雪ノ下は笑みを浮かべていた。

 

 

早速二人は、高橋って子が所属してる文芸部に話を聞きに行った。

あらかじめ、聞いてほしいことを雪ノ下に伝えたし、大丈夫だろう。

俺も頼んだ手前、何もしないのもあれだ。危険は無いと思うが、念のために遠くから様子を見ることにした。

 

俺は文芸部が使用してる教室前で高橋と話してる由比ヶ浜と雪ノ下を廊下の角から様子を伺う。

普通の奴がこんな尾行をすれば、傍から見れば、二人をストーカーしてる人間にみえるのだろうが、俺の場合は、職業柄尾行は慣れたものだ。廊下の壁と一体化するまである。というのは冗談だが、自然にふるまえば、今の俺は暇を持て余した生徒が廊下で本を読んでるだけにしか見えないはずだ。

 

しかし、

 

遠方から俺が良く見知った顔が早足にこちらに向かっくる。……このタイミングで最悪なんだが。

 

「せーんぱい。こんなところで何やってるんですか?もしかしてストーカーですか?」

生徒会長の一色いろはが俺の目の前にまで来てこんなことを言ってきた。なに俺の完璧な偽装がバレた?

 

「ちげーよ。本を読んでるだけだ」

……よく考えれば文芸部の部室って生徒会室の近くなんだよな。こいつと出くわす確率は最初から高かったわけだ。

 

「えーそうなんですか?実は私の事が心配になって見に来てくれたんじゃないんですか?はっ、もしかして私の事を……いくら私の事が好きだからってストーカー行為をするような犯罪予備軍は願い下げです。ごめんなさい」

何もしてないのに、こいつに何度振られるんだ?俺は

 

「はぁ、だから違うと言ってるだろう」

 

「えー、本当ですか?…ん?」

一色は遠方から聞こえてくる話声に気が付き、俺の肩越しに、角から文芸部の方へのぞき込む。

そして、文芸部の教室前で話している由比ヶ浜と雪ノ下、高橋の姿を見る。

 

「……先輩。なにやってるんですか。本当にストーカーする人だと思ってませんでした」

一色は自分の胸を隠すように腕を抱き、俺を睨みつける。

 

「だから、ちげーって言ってるだろ」

 

「ん?アレって隣のクラスの高橋さん……最近2年の彼氏ができたって、自慢してた子ですよ」

 

「お前、そういう噂はなんでも知ってるな」

 

「そりゃそうですよ。敵……いえ女子の情報は常にアンテナを張ってないと、でも何で高橋さんに結衣先輩と雪ノ下先輩が?」

今、こいつ敵って言ってたぞ。相変わらずこいつは一年の女子に嫌われてるのか?

 

「奉仕部の仕事だ」

まあ、そういえば誤魔化せるだろう。流石に精神暴走事件の事を調べてるとは言えるわけがない。

 

「なるほどですね」

一色は納得したようにうなずく。

なんだ。一色の奴もしかして、精神暴走事件を俺たちが調べてる事を知ってるのか?

 

「なんか知ってるのか」

 

「いえ、たぶん彼女の依頼は、彼氏と連絡をつけたいとかじゃないですかね……だったらその依頼は無駄ですよ。彼氏さんは来週には登校してきますよ。彼氏さんは10日前に学生では行ってはいけない、いかがわしいお店に入った所を補導されて、2週間の停学処分です。携帯電話も取り上げられたはずですよ。登校してきた時が楽しみです。きっと修羅場になりますよ。ざまーみ……高橋さんも可哀そうですね」

いきなり解決したんだが、しかも外れの方向で……精神暴走事件とは関係ないな。それにしても、飯島って奴、彼女が出来たのに、なんでそんな店にいったのだろうか?……もしかして……やめておこう。俺は由比ヶ浜を見て、雪ノ下と高橋って子のある共通する部分を見比べて、男という生き物が如何にバカなのかを改めた考えさせられた。

それと、一色さん?心の声が漏れてますよ。まるで横島師匠みたいに。今ざまーみろって言おうとしただろ?

 

「……一色、貴重な情報、助かった」

一色はどうやら依頼内容を勘違いしてくれたようだ。今回の件は外れだが、一色のおかげで余計な手間もかけずに解決だ

 

「どういたしまして?……それはそうと先輩。明日は三校合同会議ですから、忘れないで出てくださいね」

 

「ああ、雪ノ下と由比ヶ浜にも伝えておく」

 

「……別に先輩だけでももういいんですけど」

一色は小声で何かぶつぶつ言っていた。

 

「なんか言ったか?」

 

「何でもないですーっ」

何故か膨れる一色。

 

 

……明日か、そういえば久々に会った折本の様子がおかしかったな。昔からあっけらかんとした奴だったが、さすがにあれはな。

……やはり、精神暴走か?流石に考えすぎか……いや、念のために明日声をかけてみるか。




次回は合同会議と折本さん再びかな?


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㊲事件への糸口

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きどうぞ。



 

 

放課後、千葉市のコミュニティーセンターの会議室で、クリスマス会三校合同打ち合わせ会議に生徒会のサポートスタッフとして俺たち奉仕部も参加した。

三校合同打ち合わせはこれで2回目だ。

初回打ち合わせで、ほぼクリスマス会の流れが決定していたため、今回は各校の出し物の進捗状況確認や、会場の設営、合同合唱や、プログラム、宣伝など、細部の打ち合わせを行った。

初回の時もそうだが、今回もキヌさんの要所要所の発言が光っていた。

まあ、正直キヌさんの事務能力やコミュニケーション能力は高い。

美神令子除霊事務所の事務方の仕事はほぼキヌさんが行ってると言っても過言ではない。

昔は美神さんがやっていたのだが、不正計上や脱税などをへっちゃらでやっていたそうだ。

何度も、政府やGS協会から是正勧告を受けたり、取り調べを受けていたらしい。

美智恵さんの口添えもあって、今ではキヌさんがしっかりと事務所を内部から守っている。

税務署やGS協会からも受けがよく、キヌさんはかなり信頼されてるようだ。

 

……美神さんも普通にやればできるんだが……腹黒いからな。

 

合同打ち合わせを終え、それぞれのセクションに別れ、クリスマス会の準備に移った。

俺達奉仕部はコミュニティーセンターの飾り付け等を担当。

元々こういう会場にはある程度、飾り付けのための小道具が用意されている。

それを借り受ける手続きと、そして、当日の案内表示や看板の借り受け手続き等なども行う。当日のレイアウト図を作成しなければならないため。案内表示板の寸法や会場の詳細寸法なども確認し、全体の飾り付けレイアウトを作成する。

後は会場にあるもの以外で必要な飾り付けの予算を策定する。

まあ、折り紙や画用紙、模造紙、クレヨンなどの文房具など使い捨てのものがほとんどである。

 

俺たちはレイアウトをイメージするために、廊下をうろついていると、キヌさんに出会った。

 

「比企谷君。順調そうですか?」

 

「そうですね。キヌさんが会議で的確なアドバイスをしてくれたおかげで随分余裕がありますよ」

 

直ぐ近くで、通路や扉の写真を撮ってる由比ヶ浜と雪ノ下にもキヌさんは声をかける。

「こんにちは」

 

由比ヶ浜と雪ノ下は作業を中断し、こちらに歩む。

ちょうどいい機会だし、紹介しておくか、前、雪ノ下にキヌさんを紹介しろと言われていたしな。

 

「改めまして、六道女学院3年生の氷室絹です。よろしくね」

キヌさんは微笑みながら雪ノ下と由比ヶ浜に自己紹介をする。

 

「キヌさん、俺が変わった部活に入ってる事を話したことがあると思いますが、その部活仲間です」

俺はキヌさんに2人を紹介する。

 

「比企谷君、変わった部活とは失礼ね。……確かに否定はできないのだけど。……比企谷君の部活仲間で総武高校奉仕部の部長の2年の雪ノ下雪乃です。よろしくお願いします」

そう言う雪ノ下はキヌさんにきれいなお辞儀をし自己紹介をした。

 

「ヒッキー……えっと、比企谷君と同じクラスで同じ部活の由比ヶ浜結衣です」

由比ヶ浜は緊張したような面持ちで自己紹介をする。

 

「比企谷君、あまり学校の事を話さないし、いつも一人だと言ってたけど、こんな美人の部活仲間がいるなんて、……横島さんが言った通りだわ」

 

「美人だなんて~」

由比ヶ浜は嬉しそうだ。

 

「ちょっと待ってください。キヌさん。横島師匠、なんて言ってたんですか?」

 

「そうですね。『八幡の奴、ボッチだとか言ってるくせに、密室で美少女同級生を二人をいつも侍らせて、しかもいい雰囲気なんだ』って涙流しながら叫んでましたよ」

キヌさんは横島師匠の口真似をするが、あまり似てない。

おいーーー!あの師匠、なに余計なこと言っちゃてんの、侍らせてるって何だ?誰が誰と良い雰囲気なんだ!密室ってなんだよ。確かに奉仕部の部室だと俺たち3人になるが、わざわざそんな言い方することはないだろ!

 

「キヌさん。そんな事実はありません。横島師匠の事は話半分に聞いてください」

 

「でも、比企谷君、あだ名で呼ばれてるんですね」

 

「いや……こいつだけが勝手にそう呼んでるだけで……」

 

「氷室さん、その氷室さんも………」

雪ノ下はキヌさんに何か聞きにくそうに、話しかける。

 

「はい、私もゴーストスイーパーです」

キヌさんは雪ノ下が何を聞きたいかを理解し答える。

 

「そうなんですね。でもとてもそうには……」

「こんなに可愛らしい人なのに、ヒッキーみたいに、妖怪とか幽霊とかと戦えるんですか?」

雪ノ下は言いにくそうにする。確かにキヌさんは見た目華奢で、とてもゴーストスイーパーに見えない。雪ノ下は武闘派の陽乃さんを見てるから余計そう思うのかもしれない。

由比ヶ浜は雪ノ下と同じ思いのようだが、口に出して言ってしまった。

 

「わたし、運動神経も良くないし、トロイからゴーストスイーパーに見えないってよく言われます」

キヌさんは苦笑気味に答える。

 

「由比ヶ浜!キヌさんはな!こう見ても凄腕のゴーストスイーパーなんだぞ!俺も何度、命救われたか!!美神さんの人を人とも思わないシゴキや、扱いで、何度、死にそうな目にあったか!そのたびにキヌさんがヒーリングで助けてくれたんだ!今俺が生きているのはキヌさんが居てくれたからなんだ!」

そう、俺は美神さんに何度ひどい目にあったか、訓練という名の八つ当たり的なシゴキや、経験という名の、囮役で妖怪の巣に何度落とされたか!あの人の神経焼き切れてるとしか思えない!まあ、それ以上にひどい目に遭ってるのは横島師匠だが……キヌさんがそのたびに傷や怪我を治してくれたのだ!

 

「ええー!?ヒッキーいつも死にそうな目に遭ってるの!?どういう事?」

由比ヶ浜はそっちの方が気になったようだ。

そうなんだ。霊や妖怪に殺されかけるわけじゃないんだ。俺の仕事先で事務所の所長に殺されかけるんだ!

 

「そんな大したものじゃないんですよ。戦ったら、比企谷君には全然勝てないと思うし」

キヌさんは確かに通常の戦闘能力は高くはない。しかし、凄まじいまでのヒーリング能力がある。

それとキヌさんには世界に3人しかいないと言われるネクロマンサー能力がある。

精神感応系の霊能が突出してるのだ。

俺は一度見たことがある。無数の霊の集団をキヌさんが一瞬で鎮めたのを……

 

「その、霊とか妖怪とか怖くないんですか?」

雪ノ下はさらにキヌさんに質問をする。

 

「私は……その……、霊も妖怪も人間と一緒で、悪い人もいればいい人もいるから、全部を怖がらなくてもいいの。霊や妖怪は人間と価値観が違うから、人間にとって都合の悪い現象を起こすかもしれないけど、話し合いや、ちゃんとした扱いをしてあげれば、皆いい方達よ」

キヌさんは最初、何かを躊躇するような感じだったが、こういって微笑みながら答える。ただ、何故かその表情に影があるように見えた。

確かにそうだ。由比ヶ浜や雪ノ下には言ってはいないが、タマモもシロも妖怪だ。由比ヶ浜も雪ノ下も既に妖怪であるあの二人ともコミュニケーションを取れている。人間と一緒で悪い奴もいればいい奴もいる。ちゃんと話し合える相手なのだ。横島師匠の友達で、一度顔を合わせた程度だが、オカルトGメンヨーロッパ地中海方面支部のピートさんなんて、バンパイアと人間のハーフだ。この意味は非常に大きいと俺は思う。

そして、表沙汰にはしてないけど横島師匠を頼って来る妖怪もいるようだしな。

 

この後も、雪ノ下はキヌさんに質問をしたそうにしてたが、俺が先にキヌさんに要点だけ話をする。

 

「キヌさん、俺の報告書を読まれてるかもしれませんが、この二人には校内で例の事件の噂などについて協力してもらってるんです」

 

「この2,3日の分は美神さんが処理されてたので……知りませんでした。そうでしたか……じゃあ、比企谷君。この打ち合わせが終わった後、皆さんとどこかで話し合いをしませんか?私も直に雪ノ下さんや由比ヶ浜さんの話が聞きたいし……もちろん雪ノ下さん、由比ヶ浜さんがお時間があればですが」

キヌさんと俺は元々、この後、例の精神暴走事件の打ち合わせをどこかの喫茶店で行う予定だった。キヌさんが折角千葉まできてるためだ。

 

「是非、お願いします」

「あ、あたしも行きます」

雪ノ下と由比ヶ浜は即OKをだす。

キヌさんに言われてしまえば、俺は否定できない。

俺が言えた義理じゃないが、2人にはあまり深くGSに関わってほしくない。わざわざ自分から危険に入り込む必要が無いからだ。一応後で釘を刺しておきたいが……

 

 

キヌさんはまた後でねと言いこの場は別れ、仕事に戻っていった。

 

「ヒッキー、絹さんって本当に良い人だね。あんなに可愛らしいのにGSなんだ」

「見た目じゃ判断できないってことだ。キヌさんはどちらかといえばサポート系の能力に特化してるからな」

「そういう比企谷君も見た目GSに見えないわね」

「悪かったな」

「でも、ヒッキー結構筋肉凄いよ」

「べたべた触らないでくれない?由比ヶ浜」

俺たちもこんな会話をしながら、元の作業に戻っていく。

それにしても由比ヶ浜のスキンシップにも困ったものだ。

俺に耐性がなかったら、勘違いしてしまいそうだ。

 

俺たちの今日やるべき作業もほぼ終え、自販機前でマッ缶を飲み休憩をしていたが、ふと折本の事が気になった。

そういえば、折本の奴、今日見かけないな。休みか?

 

気になるな。例の精神暴走事件の事もある。

もしやということも……一応、海浜の奴に聞いてみるか……

 

 

俺は海浜総合高校の生徒に折本の事をそれとなしに聞いた。

「え?折本さん。なんか3日前から学校休んでるみたい」

 

!……他の生徒にも聞いてみる。

 

「折本かおりね。あいつ、なんかこの頃、人の事をさバカにする言動が目立ってさ、誰かとケンカしたんじゃない?」

 

!!……

 

「……かおりね。最近悩んでいるみたいだった。1週間ぐらい前から口数が減ってそれで……」

 

!!!

 

 

なんだ……これは………、精神暴走事件のあれか……いや、報告書では、精神暴走を起こした生徒は急に暴力をふるったり発狂したりとあったが………しかし、何かが引っかかる。

折本に何かが起こっている?

 

急に………いや、急にではなくても、精神暴走を起こす可能性については、検証していなかった。

ニュースでもネットでも、美神さんからもらった資料にもすべて、『急』にとか『突然』に精神暴走したと書かれていた。

俺はずっと、突発的に精神暴走を起こすものだと思い込んでいた!そうじゃないケースもあるかもしれないことを全く考慮しなかった。

 

 

しかし……いや、念のためだ折本に直接確認した方が良いだろう。

折本が引越しをしてなければ、中学が一緒だったから学区は一緒だ。

俺の家からそう遠くないはずだ。

 

しかし、住所がわからない。

海浜総合の連中に聞いても教えてくれないだろう。

 

「……小町」

そうだ。小町は俺と同じ中学で生徒会に入ってるはずだ。放課後は生徒会の活動をしてるだろう。

 

俺はスマホを取り出して小町に電話する。

「小町!」

 

『なにお兄ちゃん。今小町、生徒会の仕事してるんだけど。あっ、お兄ちゃん豆腐買って帰ってね』

 

「小町、緊急事態だ。3年時俺と同じクラスだった折本かおりの住所を教えてくれ、生徒会であれば、住所知ってるだろ?寄付金の案内とか毎年出してるから名簿があるはずだ」

 

『え?どしたの?その人がどうしたの?』

 

「小町!例の精神暴走だ。教えてくれ」

 

『わかった!調べて、メールで送るね』

 

「助かる」

 

 

そして、1分もかからないうちに小町から折本の住所が記載されたメールが届いた。




皆さんの先読みが早いんで……返答がネタバレになりそうでw
ちょいしばらく返答は控えますね。でも感想下さいw


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㊳精神暴走事件の一端を見る。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きをどうぞ。



 

俺は大きな見落としをしていた。

千葉県で起きてる中高生を中心に起こっている精神暴走事件だが、ニュースやネット、美神さんの報告書にはすべて、急にとか突発的に精神暴走が起きたように書かれていたため、そうじゃないケースやその他のパターンについて全く考慮していなかったのだ。

 

奇しくも先日久々に会った折本の様子が気になって、本人を今日見かけなかったため、海浜総合高校の生徒に様子を聞き、折本の状態が普通でない事が判明し、精神暴走が突発性ではないケースがあるのではないかと気づかせてくれた。

 

今の段階では、折本が精神暴走事件の何らかの影響を受けている確証はないが、可能性はある。

俺は自宅まで折本に会いに行こうと行動を起こす。

 

キヌさんに経緯と状況を説明すると、一緒に来てくれるとの事だ。

雪ノ下と由比ヶ浜にも簡単に状況説明をする。この後の話し合いはキャンセルし、後日にということにした。最初は雪ノ下も由比ヶ浜もついて来ようとしたが断る。デリケートな問題なため、折本に会うのは最少人数の方が良い。それにここからは俺たちGSの領分だ。

それでも、二人はサイゼで待つと言っていたが、どういう流れになるかわからないため、かなり時間がかかるかもしれない。後日必ずキヌさんを交えて話すことを約束し、引き下がってくれた。

 

 

キヌさんがタクシーを呼んでくれて、俺とキヌさんはそのまま折本かおりの家へ向かった。

 

俺の名前を出しても、折本は会ってくれないだろう。まあ、当然と言えば当然だ。

知り合いといっても、中学で同じクラスでしかも、告白されて振った相手だしな。

そこで、キヌさんが表に立ってくれるとの事だ。キヌさんも一度顔を合わせた程度だが、同じ女性だし、キヌさんは誰がどう見ても不審者に見えない。俺が対応して、精神暴走の恐れがある等と説明しても、あやしい不審者に間違われ追い返される自信がある。

 

住宅街の一角にある折本の家に到着し、キヌさんがチャイムを鳴らすと、カメラ付きインターホン越しだが折本の母親と思われる女性が対応してくれた。

キヌさんは六道女学院の名前を出し、GS免許を提示する。

娘さんは何らかの霊障に掛かっている可能性があると……六道女学院の名前は世間一般でもビッグネームだ。霊能科があるお嬢様学校として世間一般に認知されている。

インターホン越しだがキヌさんの誠実で柔和な雰囲気と、六道女学院の制服、そしてGS免許が功を奏したのか、家の中に通される。

 

折本の母親にキヌさんは改めて自己紹介をし、GS免許と六道女学院の生徒手帳を提示する。

俺もGS免許を提示し、総武高校の生徒であることを告げる。俺は普段から生徒手帳は携帯していない。流石は真面目なキヌさん。いつも生徒手帳を内ポケットに携帯してるらしい。

話を聞くと、どうやら折本の母親も娘の様子がおかしい事には、気が付いていたらしく。キヌさんがインターホン越しに霊障かもしれないと告げた際、母親もニュースに流れている事件がもしかしたらと、その可能性について頭によぎっていたらしい。だから、俺たちを家にすんなり上げてくれたようだ。

家に上げたのはいいが、俺とキヌさんと学生だけの二人だったため、訝し気な目で見られていたが、GS免許を提示した際にGS協会のホームページからダウンロードできるアプリを使ってもらい確認してもらった。このアプリ、GS免許をアプリをダウンロードしたスマホのカメラに掲げると本物であるかどうかと本人確認ができる代物だ。その他に協会員であるメンバーの簡単なプロフィールとかも確認できるが、学生であるキヌさんと俺のプロフィールは閲覧できない。一応未成年の個人情報保護という名目らしい。

折本の母親は、俺たちが本物のゴーストスイーパーであることに、さらにCランクであることに驚いていたが、これで、信用してくれたのか……いろいろと折本の現状を話してくれた。

俺はそれを聞いて、これがオカルトによる精神暴走である可能性が非常に高いと判断した。

 

折本はやはり、家でも10日か2週間前から、言動がおかしかったようだ。これぐらいの年頃の女の子が学校や友人関係などで情緒不安定になることはあるだろうと、家族は最初、見守っていたのだそうなのだが、本人がそれに気が付きだし、色々と話し合ったそうだが、ついにはふさぎ込んでしまったらしい。

折本は自分がおかしいと気が付いた時、自分が自分じゃない感じがして怖いと盛んに言っていたそうだ。

俺はそのことを折本の母親に聞いて多少ショックを受ける。俺はもっと簡単に考えていた。

学生がキレたり、暴行する事件は昔からある。俺はそれに毛が生えた程度にしか思っていなかった。

しかし、オカルトにより、霊的構造の一部を損傷させられ精神の一部を歪められた人間は明らかに自分の意思とは関係なく精神をいじられたことになる。影響の大小はあるだろうが、本人にとっては、自分の意志で歯止めが効かない何かの感情と捉えてもおかしくない。あのあっけらかんとして、精神が強そうな折本でも、こんな状況に陥る。

この事件は死人こそ出ていないが、暴走を起こされた人間は、今後の人生に大きな心の傷跡を残すだろう。

犯人がこれを面白がって起こしているのなら……卑劣極まる。俺は怒りをも感じる。

キヌさんも同じ思いなのだろう。あのキヌさんの表情が厳しく硬かった。

 

俺は折本に直接会わせてほしいと願いでる。

母親は本人が了承するかわからないと……

キヌさんが、私であれば霊障を治すことができると説得したのだ。

 

母親は折本の状況を治してくれる先生が来たと告げに2階の折本の部屋に説得をしに行った。

本来なら、俺たちはここで美神さんに事前連絡を入れるのが妥当だが、この件はキヌさんと俺に一任されているため、現時点では報告義務は発生しない。多分キヌさんのこの後の対応は、単に個人的な霊障改善ではなく、一連の霊障調査で派生した霊障調査協力として今回の件を報告に上げるだろう。その結果折本が霊障改善されていようともだ。そうすれば、折本家に金銭的な負担はないはずだ。美神さんが警察からGS協会、オカルトGメンから受け取った依頼料の範囲内となるからだ。

 

そして、折本の部屋をノックするキヌさん。

「入りますね」

 

「……どうぞ」

本来ならキヌさんだけで折本の部屋に入った方が良いのだが、霊視ゴーグルが無い現状では、かなり精度の高い霊視が行える俺が一緒に入った方が早く解決できる。

 

「……なっ!比企谷!!それに六道女学院の!!どういう事!!」

ベッドに腰を掛けていた折本は俺とキヌさん……特に俺を見て、勢いよく立ち上がり、顔を歪ませ、取り乱す。

 

【落ち着いて】

キヌさんは言葉に精神を安定させる言霊を乗せる。

キヌさんの言霊はかなり強力なものだ。精神感応系の霊能に、キヌさんの右に出る人は見たことが無い。

 

「……大丈夫だから、もう安心して。私は六道女学院の霊能科に通ってる霊能者でもあるの」

キヌさんはそう言って折本の肩を優しく抱いて、座らす。

その際もキヌさんは精神を安定させるために霊気霊力を折本に送り続けている。

 

「………比企谷はなんで」

折本は落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……急にすまんな折本。俺も霊能者だ。ちゃんと資格も持ってる」

 

「え?比企谷が霊能者?」

 

「ああ、この前、お前の現状を気づけなくて悪かった」

 

「………」

 

「折本さん。よく聞いて、あなたが今不安に思っている事、自分が自分じゃない感覚は、霊障の一種の可能性が高いの。あなたが悪いわけじゃないわ。今こうやって、私と比企谷君であなたの霊障を調べて治すわ。だから協力してほしいの折本さん。あなたは目を瞑ってベッドに横になっているだけでいいの。痛い事もつらいこともないわ」

おキヌさんは微笑みながらやさしくそう言って寝かせつける。

おキヌさんはこの状態でも言霊を乗せ、さらに霊力を注ぎ込み精神を安定させている。

 

「……うん」

折本は素直にうなずいて、ベッドに横になる。

 

「比企谷君」

 

「はい」

俺は折本を霊視する。ごくわずかな揺らぎも見逃さないように霊的構造を上尸部分だけでなく全身くまなく視る。

 

「キヌさん。やはり資料にあった上尸部分に一部破損が見られます」

 

「比企谷君、正確にお願い」

 

「上尸、中葉下部感情を司る8番目の経穴です」

 

「……わたしも見えたわ。これならすぐ回復できる」

そう言ってキヌさんは霊気を集中的にその部分に注ぎ込む。

 

やはり何度見ても、キヌさんのヒーリングはきれいだ。霊気、霊力が澄み切ってる。

問題部分に絡みつくキヌさんの霊気、それをコントロールする霊力はもはや芸術といっていいだろう。

 

30秒ほどで、キヌさんは霊気・霊力を送るのを終える。

折本の霊的構造体は完璧に修繕されたのが俺の霊視で確認できる。

 

凄まじい能力だ……こんな短時間で霊的構造体をものの見事に修繕できるとは……

 

 

「折本さん、終わりましたよ。もう目を開けていいですよ」

 

「え?もう?」

折本は体を起こし、ベッドの脇に腰を下ろす。

 

「これで折本さんはいつも通りです」

 

「ありがとう……でも。よくわからない」

折本がそう答えるのは仕方がない。

折本の場合、感情のたがが外れるような感じだからな。直ぐには実感できないだろう。

 

「まあ、学校にでも行けば実感できるだろうが……」

 

「……ちょっと怖いな……私、クラスの子にひどい事言っちゃった。……比企谷にも……ごめんね」

俯き加減で力なく笑みを浮かべるが……俺に謝った折本は必死に涙を我慢していた。

 

「いや……」

俺は慰めの言葉が出ない。

見るからに辛そうだ。当然だ。折本が学校で築いた人間関係が壊れたかもしれないのだ。正常な状態では無いにしろ、自分の言動でだ。

今後、学校の生徒達は折本の状況をどれだけ理解できるかはわからない。精神病の一種だと思われるかもしれない。いずれにしろ、理解が薄い生徒達には色眼鏡で見られるだろう。

ただ、この事件が警視庁や政府がメディアを通じて、オカルト関連の事件であることを正式に発表すれば、一般的に認知され、折本の状態を理解してもらえるだろうが……今の所その動きはなさそうだ。

 

「……折本さん。こんなことがあった後で申し訳ないのですが、いくつか聞いていいですか?」

 

「……はい」

 

「折本さんのお母さんに聞いたところ、2週間程前から様子がおかしいとおっしゃってました。その頃、折本さんは何か新しい事や、いつもとは異なる事を行った。又は買い物やどこかに出かけたとかありますか?」

キヌさんも折本が今は答えられる状態では無いとわかってはいるのだが、これも仕事の一環だ。

 

「すみません……急には思い出せません」

 

「ごめんなさい。こんなことを聞いてしまって、何か思い出したら教えていただけませんか?」

 

「はい……」

 

「あと、すまんが俺とキヌさんがGS資格者であるのと霊能者であることは口外しないでほしい。一応今回の件は守秘義務が発生するんだ。親御さんには話してる。連絡先も親御さんに知らせてある。なにか思い出したらいつでも連絡してくれ」

 

「……比企谷……なんか、かっこいいね」

力のない笑顔でそういう。

 

「いや……まあ、しばらく休んでくれ」

「お大事に……」

俺とキヌさんはそう言っていそいそと折本の部屋を出る。

 

「……ありがとね」

背中越しに折本の声が聞こえる。

 

 

これからの方が大変なのかもしれない。

俺たちは折本の精神暴走を止めることができたが、それによって出来た深く傷ついた心を癒すことはできない。

 

 

この後、折本の母親に折本が霊障に掛かっていたことと、治療したことを説明する。

そして、折本の母親に2週間前の折本の言動に違和感を覚えた前後の行動について聞いたが、いつもと変わらないと言っていた。

何か気が付いたことがあれば連絡してほしいと告げる。

キヌさんから、霊障やオカルト関連の被害者が受けることができるGS協会が主催しているカウンセリング制度について説明する。バカ高い除霊料に比べれば世間一般的な常識範囲内の金額で受けることができるのだ。

施設的には、今の所、東京と京都にしかないのだが。

 

折本の母親は帰り際の俺たちに何度も頭を下げる。

 

 

折本の家から俺の家は意外と近かった。徒歩30分。自転車で10分ぐらいの距離だったためこのまま帰る事にする。

キヌさんは一度俺の家に来てもらって、横島師匠に車で迎えに来てもらうことにした。

 

「比企谷君……これ以上被害者が出ないように、頑張って解決しましょうね」

 

「……そうですね。……キヌさん。この事件、表面的には被害者は少ない様に見えますが、潜在的にはかなりの人数が居るんじゃないですかね。その精神暴走に程度の差があるんじゃないでしょうか。それと、もしかすると徐々に悪化するとか……。もう一度洗いなおした方がいいですね。美神さんや横島師匠にも報告して意見を聞かないとだめですね。大々的になれば、俺たちだけでは手が回らない」

 

キヌさんと自宅に帰ると、小町が夕食を用意してくれていた。

3人で夕食を取ることに……

小町はキヌさんにはかなりなついている。

小町がキヌさんに会う機会は少ないが……会うたびに俺は嫌味を言われる。

目が腐った兄じゃなくてキヌさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったと……

俺もキヌさんみたいなお姉ちゃんが欲しい。……他の家族が冷たくても、きっと優しくしてくれる。

 

 

 





キヌさん大活躍回でした。


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㊴事態は大きく。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きです。


先日、折本が精神暴走事件の被害者であることが判明し、キヌさんのヒーリングで傷ついた本人の霊的構造体を回復させることができた。

しかし、折本の心は深く傷ついていた。

急にキレたり、不信行動をとるような大きく精神を暴走させていなかった折本だが、やはり、学校での日常生活で問題が出ていた。彼女は自分の意思では止められない悪感情を言葉にして周囲にまき散らしていたのだ。幸い自らの変調に気が付き、トラブルに発展するほどにはならなかったが、それでも、今まで築いてきた人間関係を壊すには十分なものだ。

 

折本の事で判明したが、このオカルトによる精神暴走、人によって強弱があるようだ。

もしかしたら、ちょっと調子が悪いとか気分が悪い程度の日常生活では全く気が付かない軽微なものもあるかもしれない。

それに、遅行性、徐々に悪化するタイプなどもあるかもしれない。

今、事件や精神暴走に認定されている人間以外にも、潜在的に精神暴走を促すオカルト的な手段で、被った人間はかなりの人数がいるのかもしれない。

 

そう考えると、昨日の由比ヶ浜が教えてくれた3人も精神暴走被害を被っている可能性がある。

もはや、俺とキヌさんだけで如何にかできるレベルの話ではない。

 

この事件の根は深い。確かに死亡事件や殺傷事件などの重大事件に至っていないが、間違いなく精神暴走被害を受けた人間の心に大きな爪痕をしていく。

 

だが、誰が、何の目的で、どうやってこんなことを行ったのかがまるで分らない。

せめて、犯行方法が分かれば予防することができるのだが……

 

 

今日、俺は学校に行かず、俺は今、GS協会本部ビルの会議室に座ってる。

その会議室には、GS協会の会長の六道女史と幹部数人、オカルトGメンの東アジア統括管理官の美神美智恵さんと西条さんに後数名、警視庁から管理職クラスの人が数名、あと文部省の人まで座っていた。

俺は重苦しい雰囲気の中、とんでもない場に、座らされていたのだ。

横には美神さんとキヌさんが居てくれるのはせめての救いだった。

 

昨日の晩。

キヌさんが折本の一件を美神さんに報告した後……美神さんから俺に生の意見を聞かせろと、電話が掛かってきた。

俺の考えをそのまま話すと、美神さんは終始、相づちだけをうち、俺の話を口を挟まずに聞いてくれた。そして、話し終わると、明日早朝に事務所に来なさいと言う。

学校あるんですがと答えると。GS免許者の緊急時の権限を使って学校を休めと……

 

それで俺は、早朝事務所に行くと、オカルトGメンの美智恵さんと西条さんが既にスタンバっていて、俺はキヌさんと共に昨日の事を話す。

 

美智恵さんも西条さんも真剣な面持ちで終始聞いてくれた。

それで、聞き終わった後だ。………今日、この事件についての意見交換会があるからそれに参加してちょうだいと、美智恵さんはニッコリ笑顔でそんなことを言った。

俺はしぶしぶ返答したのだが……

 

まさか、ここまでの重役会議だとは知らなかった。ニッコリ笑顔の美智恵さんを警戒はしていたんだが……あの笑顔が出るといつもとんでもない目に合うからだ。

たかだかオカルトGメンとGS協会との話し合い程度だと思っていたのだが……まさか国のお偉いさんまでいるとは……

 

流石の俺も緊張しっぱなしだ。

俺とキヌさんは昨日の件をそのまま話す。

こんな会議のなか抜けてる事も多々出てくるが、そのたびに美智恵さんがフォローしてくれる。

俺とキヌさんが話し終わったところで、俺とキヌさんと美神さんは会議室から出ることになる。

後は、お偉いさん同士の話し合いらしい。

 

美神さんに俺とキヌさんが何故こんな会議にでる事になったのかを帰りの車の中で聞いた。

「おキヌちゃんと比企谷君の話はね。ママもその線を考慮して、文部省から教職員にアンケートを出させていたのよ。今日は丁度、そのアンケート集計の結果の打ち合わせだったってところよ」

どうやら、美智恵さんも潜在的な精神暴走被害者が多数いる可能性を考えていたようだ。それで文部省を使って千葉県の中高の教職員向けにアンケートを出していたようだ。

やはり、俺たちだけに任せてはいなかったな。オカルトGメンもGS協会もずっとこの件で動いていたってことか……

にしても美智恵さん。文部省を顎で使えるってどうなのよ実際。

 

「はあ、だったら、俺たちが捜査する意味があるんですか?」

 

「生の声が欲しいのよ。だから、期限を設けずに、依頼が来たってところよ。あんた達の声が有れば、現実味が帯びるからよ。丁度ベストタイミングでその生の声が来たもんだから、ママは鼻高々ってとこかしら……これで私もママに恩が売れるわ」

 

「ということは……引き続き、捜査を続けるでいいんですか?」

 

「そうね。でも、比企谷君がGSって知られない方が、何かと動きやすそうだから、君が可能性があると言っていた君の高校の生徒については、横島君が何とかするわ。これでこの3人の中で被害者が居たのなら、君の意見はますます現実味をおびるわね」

由比ヶ浜があたりを付けたカップル彼氏連中の事だ……横島師匠が?……相手が男だからきっとやる気はないんだろうな………横島師匠なら、直接会わずとも遠目で分かっちゃうし、さらっと終わらせそうだな………いや、彼女がいる連中だから、なんか嫉妬が混んだ何かをしてしまうかも……

 

「まだ、犯人の手がかりも、犯人の目的も、どういう手段で霊的構造の損傷をしたのかもまるで分らないしね。このまま続行よ。……君の部活の協力者の子、結構使えそうだし、君からなんかおごって上げなさいよね」

……続行はいいんですが、おごるって、そこは事務所からとか、美神さんとかから、お金でないんですね。飽くまでも俺の懐からか………まあ、懐は潤ってますよ。土御門さんが借金返済してくれて、すでに払ったものが戻ってきたしな。今後の給料は返済に充てなくていいから、そのままが懐に入るしな。まあ、そのまま貯金してるが……

この事は両親には内緒にしてる。これを言ったら、この金で家をリフォームするとか言いかねん。

小町には折本の件で助けてもらったしな、何か買ってやるか……

 

「比企谷君、がんばりましょうね」

キヌさんが俺に微笑み掛けてくれた。

俄然やる気が出るってもんだな。

 

「比企谷君。おキヌちゃんを学校に送って行くけど、君はどうする?まあ、今から電車で千葉にもどっても学校は間に合わないわね」

 

「いえ、そのまま一緒に事務所までお願いします。横島師匠にも、あの例の疑いのある3人について話しておきたいので……」

横島師匠に釘を刺しておかないとな……その件を盾に、高校に普通に来て、女子生徒をナンパしかねないからなあの人。

 

 

 

 

翌日放課後……

 

「昨日はどうしたのかしら、サボり谷君」

 

「そうだよ。あの事があったから心配したんだから、それにメールしたのに返信来ないし」

 

「いや、メールは返したぞ」

一昨日の折本の件が解決した夜に2人から別々にショートメールが届いていた

由比ヶ浜のメールは相変わらず、絵文字やなんやらで分かりにくい。

雪ノ下のメールは手紙の様だ。

 

「『問題無い』って一言だけじゃん!」

 

「そうね。それでは何が問題無いのかわからないわ。自称コミュニケーションの達人が聞いてあきれるわ」

 

「……いや、達人とは言ってないだろ。……普通にコミュニケーションが取れるとは言ったが」

なんかアレだな、この毒舌、ちょっと昔の雪ノ下のような感じだ。由比ヶ浜もなんかぷりぷりしてるし。

 

「まあ、いいわ。それでどうなのかしら?」

「そう、それそれ、折本さんはどうなったの?」

 

「ああ、まあ、結論から言うと折本は被害者だった。キヌさんのヒーリングで霊障は治せた」

 

「……そう」

 

「よかった。でも。何で昨日休んだし」

 

「……折本の件で、事務所に呼ばれてな」

警視庁や文部省云々の話は流石に言えるわけがない。

 

「あなたあの時、なぜ折本さんの精神暴走の可能性に気が付いたのかしら?」

 

「ああ、最初に会ったときに気になっていた。あっけらかんとした奴だったが、あそこまで言うような奴ではなかったからな。その時は違和感程度だったんだが………その時の印象が気になって、合同打ち合わせの時にでも折本に直接聞こうとしたら、あの日、参加してなかっただろ?それとなしに海浜総合高校の連中に話を聞いてみたら、精神暴走の可能性が高い話でな……、それと由比ヶ浜が聞いてきてくれた3人の話があっただろう。あの事もあって、それに気が付かせてくれた」

 

「……あたし、ヒッキーの役に立ったのかな?」

 

「ああ、助かった。由比ヶ浜のおかげだな。あの由比ヶ浜が聞いてきた候補3人も、再度疑いの可能性がでた……但し、俺は校内でGSを名乗らないほうが行動がしやすいとの事で、横島師匠が調べてくれるらしい」

 

「てへへへ、あたしのおかげなんだ」

「………」

そう呟くように言う由比ヶ浜の顔はゆるゆるだ。

対して雪ノ下は、無表情ではあるが、視線を落としていた。

 

「……横島さんが調べるということは、あなたの師匠が学校に来るということかしら?」

「……ヒッキーの師匠さん。いい人なんだけど、あれだよね」

雪ノ下と由比ヶ浜は微妙な顔をする。

2人が言いたいことは重々わかる。あの人が学校に来るということはトラブルでしかない。

ちゃんと先手は打ってある。

 

「いや、自宅に行くんじゃないか。学校に来ないように釘はさしておいた」

 

 

 

「では、あれは何かしら」

……雪ノ下は窓越しに校門入口の方を指す

 

……俺は立ち上がり、窓の外の雪ノ下の指さす方向を見下ろす。

土埃が校舎に向かって伸びているのが見える。嫌な予感しかしない。

 

ドドドドドドドという音が近づいてくる。

 

そして……

ガターーーン!

 

部室の扉が大きな音共に思いっきり開き放たれた。

 

 

「はちまーーーーん!来たぞ!!ここの女子すんごーーーーいレベル高いぞ!!」

超にやけ顔の若い男が大声を上げながら部室に入ってきた。

といか、横島師匠だ……

 

「……なんで来たんすか」

やっぱり……あんな土埃を上げて走る人や……ドドドドという足音を上げる人はこの人しかいない。

 

「何を言ってる。例の奴に決まってるだろ!!」

 

「俺は学校に来るなと言ったじゃないですか!!」

……この人、人の話聞いてなかったのか?

 

「ふふふふふ……八幡甘いな、女の来るなは、逆説的に来てほしいと言ってるのだよ!」

何言ってるんだ。俺は女でもないし、その訳が分からん思考回路はどこから来たんだ。

 

「……俺は女じゃないんですが?で、なんでわざわざ学ラン着てるんすか?」

 

「高校に制服姿だと隠密性が高くなるだろ?まずは森に入るにはまず木にならなくてはならない!これで俺はどこから見ても高校生だ」

 

「……うちの高校はブレザーです。しかもバンダナをしてるあんたは目立つんですが、とっとと帰ってください」

横島師匠の場合、大声で叫ぶし、行動が奇天烈だから、直ぐバレる。

 

「いいじゃん!いいじゃん!横島!高校生に戻って女の子とイチャコラしたい!!」

……この師匠、こういう奴だった。

 

「ダメです。帰れ」

 

「俺もたまには潤いがほしいんだ!!」

横島師匠は俺の腰に縋りつき、涙をちょちょ切らせる。

 

「いいから帰れ」

 

「八幡が冷たい!……八幡の彼女たちにOK貰うからいいし!……雪ノ下ちゃんに由比ヶ浜ちゃん!!久しぶり!!」

横島師匠は涙を止め、バッと立ち上がり、いつものにやけた顔で二人に近づき挨拶をする。

 

「おい!!」

 

「……お久しぶりです」

「……こ、こんにちは」

俺と横島師匠のやり取りに呆気に取られていた二人は、横島師匠の急な挨拶に戸惑いながらもなんとか返事をする。

 

「いいないいな!!八幡は!!こんな可愛い子二人も侍らせて、毎日イチャコラして!!俺にも

潤いを分けてくれ!!」

 

「帰れ!」

俺は語気を強める。

 

「雪ノ下ちゃんと由比ヶ浜ちゃんさ!!少し年上好きの可愛い子紹介して!!それか一緒に今から遊びに行かない?八幡ほっといて!!」

 

「…………」

「………え?ヒッキーどうしよう?」

雪ノ下は呆れた表情をし無言だ。

由比ヶ浜は戸惑っている。

 

……こいつは!!

最終手段に出るしかないか……

 

俺はスマホを取り出し、とある方に電話をする。

「もしもし、比企谷です。今部室に横島師匠がきてるんです」

 

 

「は……八幡、まさか美神さんに電話を!!……しかし、甘いぞ八幡!!今日、美神さんはオーダーメイドのブランドもんのショップに行ってるはずだ!!ここまでは来れないはずだ!!はーはっはーーー!!」

横島師匠は最初は恐れ慄いていたが、気を取り直して高笑いをしていた。

 

俺はそれにニヤリと返しただけだ。

 

 

ズダダダダダ!!と遠くから足音が近づいてくる。

 

 

「あわわわ!?ま、まさか?ここには来れないはず!?」

その足音に慌てふためく横島師匠。

 

「美神さん?甘いですね師匠。平塚先生に電話したんで」

俺は鼻で笑う。

 

「………八幡、帰るな。……雪ノ下ちゃんと由比ヶ浜ちゃんもまた今度ね」

急に大人しくなって、窓から出て行く横島師匠。

やっぱりだな。その反応、先日平塚先生に捕まったんだな。大人の階段を上ったのかは別にして、連れまわされて面倒くさいことになったと見た。

 

 

ガターーーン!

またしても部室の扉が大きな音共に思いっきり開き放たれた。

そのうち壊れるじゃないかこの扉。

 

「比企谷ーーーー!!横島さんが来てるって本当か!!」

平塚先生は喜色溢れる顔で現れる。

 

「はい、たった今窓から出て行きました」

 

「何ーー!?すれ違いだと!?」

 

俺はここで、横島師匠の霊気を探る。

「窓を伝って屋上に上ってますね。屋上の出入り口に行けば会えますよ」

 

「比企谷!ありがとう!!はーーーはっはーーーーー!逃がさん!!」

平塚先生は部室を出て、廊下を猛ダッシュする。

 

俺はやり切った感で平塚先生を見送った。

 

 

「あは、あははは、ヒッキーのお師匠さん。相変わらずだね」

乾いた笑いをする由比ヶ浜。

 

「……比企谷君がどんな状況でも動じない理由が分かった気がするわ」

雪ノ下はうんざりした表情をし呆れていた。

 

「……ま、まあな」

 

 

 

 

 

余談だが……実は横島師匠、学校に来て平塚先生に追いかけまわされながらも、問題の3人の霊視を済ませていた……

 

結果、3人中、2人に、霊的構造の損傷が見られたとの事だ。

 

バカなんだか、凄いんだか……




久々の横島師匠登場でした。


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㊵初めてのキヌさんの部屋

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回、長くなったんですが、2回に分けることができませんでした。
ということで続きをどうぞ。



 

 

週末の土曜日。

 

 

約束通り、雪ノ下と由比ヶ浜とキヌさんとの、精神暴走事件の意見交換の場を設けた。

場所はキヌさんの部屋。……要するに美神令子除霊事務所の3階だ。

 

元々、俺とキヌさんが事務所で精神暴走事件の打ち合わせをする予定の日だった。

キヌさんの提案で、その日に2人とも話しができればということで……

そのことを2人に伝えると雪ノ下と由比ヶ浜は二つ返事で了承してくれた。

 

 

「東京の一等地にこんな土地があるのね。流石。全国長者番付で名が出てくる資産家美神令子の事務所ね」

雪ノ下は事務所を見上げてそんな感想を漏らす。

そんなに金もってるんだ美神さん知らなかった。そういえば、全国に沢山別荘持ってるとか言ってたな。泊りがけの仕事の時、一度別荘の一つにとまったな。かなりゴージャスだったんだが。なんか管理人さんとかいてたし。そんなに金持ってるなら俺の給料をもっと上げてほしい。

まあ雪ノ下も人の事は言えないが、雪ノ下の父ちゃんも資産家だろ、千葉の資産家ランキングで毎年3位以内に名を連ねているのは俺でも知ってる。

 

「ほえー、この建物が全部事務所なんだ。なんかレトロな雰囲気が良い感じだね。ゆきのん」

由比ヶ浜も目を丸くしていた。

 

「入るぞ」

建物の玄関に2人を促す。

 

すると建物から無機質な男の声が響く。

『女性2名を確認、霊的脅威無し。結界内に通過させてよろしいですか?』

 

「そうだ。人工幽霊、俺の知り合いだ。雪ノ下と由比ヶ浜だ」

 

『了解しました。霊気パターンを登録します』

 

「え?ヒッキー誰かいるの」

「………」

由比ヶ浜は急な声の主に驚き、周りを見渡すが誰もいないため、俺に恐々聞いてきた。

雪ノ下は何故か俺の真後ろにピタっと付く。

 

「この建物に憑いてる人工的な幽霊らしいが俺も詳しくは知らない。この建物のセキュリティを管理してる」

正式な名前は渋鯖人工幽霊壱号、俺もこの事務所に来たての時には驚いたものだ。

 

「ゆゆゆ、幽霊?」

「………」

由比ヶ浜は驚き、俺の腕をつかんでくる。

雪ノ下も何故か無言で俺のコートの後ろ裾を掴む。

 

「まあ、気にしないでくれ。超優秀な管理人がいるとでも思ってくれればいい」

 

『初めまして、渋鯖人工幽霊壱号と申します。あなた方を歓迎いたします』

 

「なんか良い人っぽい?驚いてごめんね!し…さば!サバッチ!」

由比ヶ浜……順応力高すぎないか?しかも、もう変なあだ名付けてるし……

 

「……雪ノ下です」

雪ノ下は俺の後ろで恐々自己紹介をしていた。

 

 

 

エレベーターに乗り三階で降りる。

廊下を少し歩くとキヌさんの部屋に到着。

そういえば、キヌさんの部屋の前まで来ることはあるが、中に入るのは初めてだ。

 

「ごめんね。遠いところまで来ていただいて、上がってね」

キヌさんは笑顔で俺たちを迎えてくれた。

 

「こんにちは、今日はお世話になります。大したものでは無いのですが」

そう言って雪ノ下は持参したお土産を渡す。

流石だな。こういうところはキッチリしてる。

 

「わあ、綺麗、お邪魔します」

「お、邪魔します」

由比ヶ浜と俺は雪ノ下に続いてキヌさんの部屋に上がる。

実は俺がこの中で一番緊張してるのかもしれない。あのキヌさんの部屋だぞ!男だったら緊張しない方がおかしい。

 

スリッパを履いてリビングに通される。

中は今風に綺麗に内装されてる。そういえば、俺が事務所に入る頃に改装したって聞いたような。

間取りはどうやら2LDKの様だ。一人で住むにしては広そうだ。家族で住んでも問題なさそうな広さはある。まあ、雪ノ下の部屋よりは狭いが、あそこは一軒家の俺の家よりも広いしな。

 

「そこに座って待ってね」

そう言ってカウンターキッチンに入るキヌさん。

 

俺たちはリビングの真ん中に位置する床直置きのソファーに座った。

「ゆきのん家と同じで物をあまり置いてないし、すっきりして綺麗だね」

「そうね。氷室さんとは共感できそうね」

2人はそんな感想を漏らしていたが、俺は落ち着かない。年頃の女子の部屋に今いるのだ。しかもキヌさんの部屋だ。雪ノ下の家に上がった時も落ち着かなかったが、あの時よりも更に落ち着かない。なんか良い匂いがするし……

 

「ヒッキーは、その……絹さんの部屋によく来るの?」

「いや、初めてだ」

 

「そ、そうなんだ」

なんでそこで嬉しそうなんだ?由比ヶ浜は。

1年半以上事務所に通っているが今回が初めてだ。まあ、キヌさんの部屋に呼ばれる理由がないしな。

 

「美神令子さんも、ここに住まわれているのかしら?」

 

「そうですね。美神さんはここの5階に住んでますよ。ご飯はほとんど美神さんの部屋のキッチンで作って、一緒に食べてますね」

雪ノ下の質問に、ちょうど紅茶セットを持ってきてくれたキヌさんが答える。

 

「へー、仲がよさげ」

 

「そうですね。美神さんには良くしてもらってます。シロちゃんとタマモちゃんもこの事務所に住んでるんですよ」

紅茶のカップを用意して、それぞれに注ぎながら答えるキヌさん

シロとタマモは昔は、俺とか横島師匠が宿泊室として使ってる屋根裏部屋に、一時的に2人同じ部屋に住まわせてもらっていたそうだが、今はキヌさんと同じ3階でそれぞれの部屋で暮らしてる。

二人の部屋には1、2度程行ったことはある。キヌさんの部屋と凡そ同じくらいの広さはあるだろう。ただ、シロもタマモの部屋も和室が主体だったと記憶してる。シロの部屋は女の子の部屋という感じが全くしない。なんて言うか武士?物も殆どないしな。タマモの部屋には本棚を組み立てるのを手伝ってやるために入ったことがあるが、本をかなりかき集めていたな。一部屋が丸々書庫になっていた。うらやましい限りだ。後3階には従業員の居住区以外に事務所の書庫がある。美神さんが集めたオカルト関係の本が山ほどある。美神さんはああ見えて勉強家だ。なんか呪いの本とかもあって金庫に厳重に封印されてるものもあった。

そういえば美神さんのプライベートルームは入ったことはないな。5階丸ごとだから、相当の広さがあるはずだ。たぶんゴージャスなのだろう。

まあ、横島師匠は頻繁に覗きや、下着泥で侵入してるようだが……よく警察に突き出されないな。

そういえば、人工幽霊は横島師匠を止めないのだろうか?

 

「絹さんは、一人暮らしなんですか?」

由比ヶ浜は部屋をキョロキョロと見まわしながらキヌさんに質問をする。

 

「そうですよ。東北の実家に両親とお姉ちゃんが居るんです。美神さんと横島さんと一緒に仕事がしたくて、今はここで一人暮らしですが、美神さんやシロちゃん、タマモちゃんが一緒なので、一人っていう感じは全然しないですね」

キヌさんは学校が夏休みとか春休みとか長期休みの際、キヌさんは実家に帰ってる。その間、美神さんのプライベートルームがかなり汚くなるらしいが………こっちに帰ってきたキヌさんにいつも美神さんは注意されてたな。

 

……そういえば、キヌさんがここの事務所に働くことになった経緯をしらないな。

横島師匠と美神さんの出会いは知ってる。

横島師匠は俺と同じで、最初は霊能者じゃなかったらしい。

美神さんの色香に迷って、強引に師匠の方からアルバイトを買って出たらしい。

それで霊能も何にもない、若さとスケベだけが取り柄の横島師匠は時給250円の荷物持ちしていたと……まあ、この情報は横島師匠本人と師匠の友達のタイガーさんからの情報だ。

ん?そういえば、横島師匠どうやって、霊能を得たんだ?……何か言っていたような。バンダナがどうのこうのとか、試験がどうのこうのとか、姫様がどうのこうのとか……まあ、どうせ、とんでもない理由なんだろうが、そのうち聞いてみるか。

今から思えば、美神さんは俺と同じ後天的に霊能を得た横島師匠に同じ境遇だからと面倒を見させたのかもしれないな。

 

 

「……姉と両親」

雪ノ下はつぶやく。

 

「ゆきのん家といっしょだね」

 

「氷室さんのお姉さんやご両親も……その、霊能力者なのですか?」

雪ノ下は躊躇したような顔をしてから、一呼吸おいてキヌさんに聞く。

 

「そうですね。実家の氷室神社は起源が陰陽師の古い神社なので、代々霊能力者の家系なんです。両親は霊能は霊を感じる程度の微弱なものでが、お姉ちゃんは霊能が高いんです。地元の大学に通いながらイタコ巫女として、神社の巫女をしてます」

 

「そうなんですね」

雪ノ下の表情は少し影を落とす。

まあ、そうだな。

雪ノ下の家系も一応、血は薄まっているとはいえ、土御門が源流の陰陽師の家系だ。家族は両親と姉一人。

一方のキヌさんも同じく陰陽師の家系の神社出身で、両親と姉がいる。家庭構成はそっくりだ。

しかし、キヌさんのお姉さんも霊能が高いらしい。キヌさんは言うまでもない。姉妹揃って霊能力が高いのだ。しかし、雪ノ下の家は、姉の陽乃さんは優秀な霊能力者だが、妹の雪ノ下自身が霊能力者として恵まれなかった。そこに大きな違いがある。

この話を聞いて雪ノ下も思うところがあるのだろう。

霊能の家系ではない、俺や由比ヶ浜にはピンとこないが……ただ、霊能があったとしても、あの土御門の次男、数馬のように劣等感にまみれる結果になったかもしれない……。一概に霊能を得たとしても、霊能力者の家系では色々あるだろう。

 

 

そんな会話をこの後も少々した後、本題に入る。精神暴走事件の件だ。

 

「今、千葉限定で中高生で大々的に流行ってる事や、皆がやってる事を挙げてくれ」

前に雪ノ下と由比ヶ浜に聞いた質問と多少ニュアンスが変わってきている。

潜在的に精神暴走事件の被害者が多いだろうということを見越しての質問だ。

 

女子3人はいろいろとネタを上げるが、ほとんどが由比ヶ浜がしゃべっている。

雪ノ下はあまりこの辺の話は得意じゃないのはわかっていた。

キヌさんは千葉在住ではないため仕方がない。

 

 

千葉限定プリクラや千葉市にある中高生に人気なショップなどが挙がってきてる。

やはり、スマホアプリ系の物も多い。

全国的な有名なコミュニティーサイトやショッピングサイトも、千葉在住限定とか中高生限定キャンペーンとかも結構あるらしい。

項目的には千葉限定で中高生で皆流行ってと、一致することが多いが、ただ、スマホアプリやサイトから、霊的構造を破損させるような話は聞いたことが無い。

 

由比ヶ浜は楽しそうに話してるのに対し、この手の話にあまり発言ができない雪ノ下は、なんだか申し訳なさそうな表情をしていた。

そんな雪ノ下にキヌさんが由比ヶ浜の話を系列別に書き並べてほしいと、ノートとペンを渡す。

雪ノ下の表情は和らぎ、聞き手に徹し、言葉足らずの由比ヶ浜の話に質問や言葉の意味を聞きながら、ノートに項目別に綺麗にまとめだした。

流石はキヌさん。よく見てるな……俺ではこういう対応はできない。

しかも、俺もこの手の話は苦手だから、俺も殆ど発言してないが……

 

休憩を挟みながら、2時間半ぐらい経った頃。

 

美神さんがキヌさんの部屋にやってきた。

どうやら、様子を見に来たらしい。

 

雪ノ下は無難な挨拶をする。

由比ヶ浜は緊張した面持ちで、自己紹介をするが舌を噛んでいた。

美神さんは超有名だしな。

 

美神さんは雪ノ下がまとめたノートを手に取り。

「ふーん。わかりやすく綺麗にまとめてあるわね。なかなかやるじゃないあなた」

雪ノ下は褒められて素直にうれしかったのだろう。それが表情に若干出ていた。

 

美神さんはそう言いつつ。別角度からのアプローチについての話しをし、この輪に入っていく。

 

よく考えると、美人美少女がこの空間に4人……そこに俺一人。いよいよもって俺は落ち着かなくなった。

 

そこに、タマモとシロまで来る始末……

 

まるで女子会……いや、女子会とか行ったことも見たことも無いからわからんが、たぶんこれが女子会なのだろう。

 

もはや俺は空気と化する。

俺の居場所はこの場に完全になくなった。

 

この場に居づらくなり、外の空気を吸ってくると告げ、キヌさんの部屋を出る。

そういえば、屋根裏部屋の宿泊室の冷蔵庫にマッ缶のストックがあったな。ちょっとリラックスと……

 

俺はエレベーターへと向かうと……

 

エレベーターの前に横島師匠が紐でぐるぐる巻きにす巻きにされ、転がってた。

しかも、ところどころ廊下は血で汚れてる。

 

「……何してるんすか?」

そんな横島師匠に俺は冷静に対処する。

 

「ゴモゴモゴ!!ーーーぶはーーー!!あの女!!俺が何をしたって言うんだ!!」

さるぐつわを自ら歯で引きちぎり、す巻き状態のまま叫ぶ横島師匠。

美神さんにやられた事は確定してる。

だいたいなぜこんなことになったかもわかるけどな。

 

「……キヌさんの部屋にちょっかい出しに来たんじゃないですか?それがバレて美神さんにやられたんじゃ?」

 

「ギクッ……な、何を言ってるんだ。は、はーちまん。はっはっはー」

……ギクッとか言ってるし、目は泳いでるし、バレバレなんだが。

 

「美神さんに邪魔しないように言われたんじゃなかったんですか?」

 

「3階の廊下の掃除に来ただけなんやーーー!!」

 

「………掃除道具はどこに?」

 

「ピューピュー」

わざとらしく口笛を吹く横島師匠。

なにそれ、誤魔化しになってないぞ。

 

「八幡!俺は八幡の事を心配してきたのだ。美少女達の色香に迷って、少年誌で言えないような、あんなことやこんなことをしていないかと、師匠として責任もって見に来たのだ」

今度は真剣な顔になり俺にこんなことを言ってくる。

 

「……するわけないでしょ」

 

「あああ!!八幡だけずるいぞ!!密室で美少女とイチャコラするなんて!!横島も混ざりたい!!」

本音が漏れたか……しかし、この師匠。キヌさんには絶対手を出さないくせに、由比ヶ浜と雪ノ下に手を出すつもりなのか?……俺はいつもだったら、くだらない雄たけびをスルーするのだが、キヌさんの顔を見た後だからなのだろうか、ムッとしていた。

 

「……ふう、何がしたいんですか?キヌさんと二人っきりになっても、手を出さないくせに!このヘタレ!」

 

「八幡が言うか!!お前だって!!あの二人に手を出さないじゃないか!!」

 

「はぁ?あの二人は部活仲間であって、そういう関係じゃない。キヌさんはあんたに明らかに好意を持ってるじゃないか!」

 

「ああ!?そのまま、そっくりその言葉を返してやるぞ八幡!!」

 

横島師匠はす巻きの状態で器用に立ち上がり、俺と顔を突き合わせお互い威嚇する。

 

 

「ぐおっ!」

「かぺぺぺ!」

しかし……突如として俺の後頭部に強烈な衝撃が襲い。俺はその場で床に倒れる。

目の前の横島師匠も靴が顔面に突き刺さり、床に倒れた。

 

「あんたらうるさい!!ケンカなら他所でやれ!!」

 

美神さんの怒声が廊下に鳴り響き、バタンと扉が閉まる音がした。

どうやら、美神さんに靴を投げられ、後頭部にクリーンヒットしたようだ。

もちろん、ただの靴じゃない。靴はただの靴だが、美神さんの攻撃的な霊気が通った靴だ。

そんじょ、そこらの悪霊や妖怪ならば一撃で蒸発する威力だ。それを俺たちが死なない絶妙な力加減で放ってくる。そこが美神令子の恐ろしいところだ。従業員は生かさず殺さず……

 

横島師匠は靴が顔面に突き刺さったまま、血がどくどく出てる。

俺は後頭部に靴がヒットして、美神さんの霊気が体に回り、スタン状態に陥っているが、まだ普通の状態だ。……人の顔面に靴が突き刺さるってどういう状況なんだよ。しかもそれで生きてるし……

 

しばらくすると、横島師匠の顔面に突き刺さった靴がスポンと抜け。

「……八幡。おキヌちゃんに手を出したらどうなると思う?」

床に倒れたまま俺に話しかける。

 

「……確実に殺されますね……美神さんに」

俺も倒れたまま答えた。

 

「だろ?」

 

「でも、キヌさんから……」

 

「おキヌちゃんは妹みたいなもんなんだ……」

 

「それが本当の本音っすね」

 

「…………」

 

「キヌさんの方から明確に告白されたわけじゃないんですよね」

 

「……そうだな」

 

「なら、仕方がないっすね」

 

「…………」

横島師匠は苦笑していた。

 

横島師匠とキヌさん。この二人に何があったんだろうか?

キヌさんが横島師匠に告白できない理由が……実はキヌさんも氷室家で親が決めた許嫁がいるとか……。

それとも横島師匠に恋人がすでにいる?……いやそれはないか。

 

 

 

この後、美神さんは俺たちの事をすっかり忘れていたようで、床に転がってる俺たちと顔を合わせた「あんたらそんなところで寝てないで、事務所で食事ができるようにとっとと用意しなさい」なんて言ってきた。

 

事務所の面々と雪ノ下、由比ヶ浜を交えて、4階の事務所で夕食をとることになったようだ。





おキヌちゃんが幽霊だったことを
知らせてません。
八幡を信用していないとかではなくて、
ただ、話すタイミングが無かった。
まあ、あんなちょっと、アレな話ですからね。なかなか話しずらいとは思います。

タイガーの存在確認w


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㊶精神暴走事件は終息へ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく、この章のエンドが見えてきました。



奉仕部の連中と精神暴走事件の件でキヌさんの部屋を訪れてから10日。

 

各テレビ局のニュースで、千葉の中高生で起きていた精神暴走事件がオカルトが関わった事件であることが、警視庁の正式に発表を受け、大々的に流れたのだ。

どこのテレビ局もこのニュースで沸き上がり、こぞって特番まで組まれる有様だ。

 

オカルト事件の報道はなかなか難しい面がある。通常の事件に比べ、目に見えない恐怖や不安を一般市民に与えてしまうからだ。

ここまで大々的にオカルト事件として流れたのは、3年前の世界一斉大規模霊災以来だ。

なのになぜ、警視庁は大々的に発表したかというと、この事件、解決に至ったからだ。

世の中は早期発見に早期解決に警視庁とオカルトGメン、GS協会の功績を讃えていた。

 

原因は……とある大手情報サイトのコミュニティーツールだった。

サイトに用意されてた詳細な千葉のマップに自らが撮った街中風景の面白写真やお店の感想等を掲載していくという企画物だった。このツールが扱えるのが一応18歳以下の学生限定ということもあり、千葉の学生の約半数がダウンロードしたとか……因みに俺はダウンロードというかサイトの存在自体知らなかった。……雪ノ下の反応を見るからに多分知らなかったのだろう。

 

そのツールがどのように人に影響を与えたかというと……

 

マップ上に写真を貼るにはツールを用いる。その写真を貼る場所の枠内の模様と枠は一見どこにでもあるようなデザインだが……巧妙に隠された術式の一部だったのだ。

ただ、この枠と枠内の模様だけでは術式としては不完全なもので発動しない。写真を貼ることで術式が起動する仕組みなのだが……それだけでも不完全な状態となり発動しない。貼られた写真の模様や色が術式の一部となり発動するのだ。

そして、術式が発動した写真を見た人間に影響を及ぼす。

しかし、写真を貼ったからといって必ずしも発動しない。貼った写真が術式起動条件の色や模様に合致しないといけないからだ。逆に言えば、合致して発動する方が稀なのだ。

スマホで撮る写真というのは一定の傾向があるらしく、それを見越した術式を組み込み発動率を高めていたようだが。

 

しかも、写真を貼り、それを掲載してから10分という短時間で術式は消滅するようになっていたいうわけだ。

さらにだ。この掲載された写真を見た人間がすべて、術式の影響を受けるわけではない事もわかっている。人によっては全く影響が無かったりと、影響が弱かったりと、術式自体の強度が低いのだ。

また、スマホの機種によっては術式を阻害していたり、画面のフィルターでも阻害されたりするらしい。

 

そういえば、この術式について、小笠原エミさんが、かなりお冠だったな。

「呪いや術式の発動がランダムとか、オカルトをなめてるわけ。そんなもの術式や呪いじゃない。完全に発動し、術者の意思を反映させてこその術式や呪いなわけ。先人が試行錯誤し完成させた一種のアートなわけよ!!これを作ってばら撒いた奴はそんなこともすっとばしてこんなものを世にだしたのよ!!これはあたし達に挑戦してると一緒なわけよ!!探し出してありとあらゆる呪いをかけてやるわ!!」

わざわざ美神さんに愚痴を言いに来てたしな。

呪いのプロとして許せなかったようだ。

 

完璧じゃない術式。ランダムで発動する術式……効果もあやふやな術式。

確かに、これだけ強度の低い術式は、正直実践では使えないレベルのものだ。

命をやり取りする現場ではとても信用して使えるものではない。

 

それでも……社会混乱を招くというテロ目的であれば、十分使える代物だ。

死者こそ出なかったが、人々の心に十分傷跡は残してくれた。

しかも、そのランダムな性能のせいで術式の正体を突き止めるのが遅くなったと言っても過言ではない。

 

この事件の発端となったサイトは停止し、サービスを行っていた大手情報サイトの会社は捜査の手が入ったが、どうやらサイトのサービス開始後に、外部からハッキングされ改ざんされたことが分かった。

ハッキング自身はオカルトではないため十分なセキュリティ対策を取るようにという注意警告を受けるにとどまった。

 

そして、この事件を起こした、ハッキングしこんな術式を組み込んだ奴は、未だ捕まっていない。

いや、犯人像すらわかっていないのだ。

 

 

 

 

「比企谷君、この事件はこれで解決なのかしら?」

雪ノ下は奉仕部の部室で窓際のいつもの席から俺の方へ聞く。

 

「……いいや、事件自身は終息したが、犯人は捕まってない」

俺は正直に答える。雪ノ下自身もこれでは解決してはいない事がわかってて、そういう風に聞いたのだろう。

 

「じゃあ、ヒッキーも、犯人を探すの」

由比ヶ浜は雪ノ下の隣でスマホを操作しながら俺に聞く。

 

「いや、キヌさんと俺の役目は終わった。後は警察とオカルトGメンの仕事だ」

キヌさんと俺の仕事としては十分な成果だ。

この事件の解決には至ったからな。

 

「ということは、あなたからの奉仕部への依頼は完了したということでいいかしら」

 

「ああ、正直助かった。俺だけではここまで出来なかった」

 

「てへへへへ。そうなんだ。ヒッキーは私たちのおかげで助かったんだ」

「そう」

由比ヶ浜は笑顔で、雪ノ下も口元が微笑んでいるように見えた。

 

 

キヌさんの部屋に行った日、雪ノ下と由比ヶ浜とキヌさんとの話し合いに美神さんが介入し、この事件の解決に至る道筋ができたらしい。

 

 

6日前、学校では精神暴走事件についてのアンケートを全校生徒に向けて行なわれた。

これは千葉県内にある中学高校すべてで行われていた。

チェック方式のアンケートはかなりの項目が記載されている。

内容は大きく分けて3つの大項目に別れている。

一つは体調についてだ。

二つは不安や不満など、精神に関する事だ。

三つ目は学生の行動や趣味、流行り、使用してるアプリについての項目だ。

特に三つ目はキヌさんとの話し合いの際で出てきた由比ヶ浜の意見が多数盛り込まれてる。

 

このアンケート結果を踏まえ、問題の術式が組み込まれていた大手情報サイトの千葉限定のコミュニティーツールに行き当たったそうだ。

 

そして、潜在的被害者も多いことも判明し、GS協会から治療を行うため、GS免許を持った心霊医術やヒーリングに長けた術者のチームを各学校に派遣し、該当者の治療を行っている。

元々心霊医療を行える術者やヒーリングを行える術者は数が少ないため、一日1,2校回るのがやっとだ。来週から地方からも術者も募り、もう1チーム作って2チーム体制になるのだが年末までにすべて終わらせるのは厳しいようだ。

もちろんキヌさんも参加要請があり参加してる。

 

被害者救済処置として、カウンセラーを置くことになったが、カウンセラー、特に霊障関係のカウンセラーは非常に貴重だ。一人で5,6校掛け持ちで行うことになるとの事だ。

しかも、現GS協会会長の六道家当主まで、現場にでる予定なのだ。

相当人手不足なのようだ。

 

この辺の心霊医療や霊障カウンセラーなどは、時代に即して需要が増加し、これから再整備されていくことだろう。

そして……もう一つ、サイバーオカルト対策だ。

今回の件が、情報化社会と言われる現代で、ネットや情報端末を通して大々的に起こった最初のオカルト事件となった。

政府も本格的にサイバーオカルト対策に着手する方針のようだ。

それに伴って、GS協会やオカルトGメンもこの辺の人員を確保することに動きだすだろう。

GSは今迄は妖怪や霊を相手どっていたのだが……今回の事件はオカルトを使った人間が起こした事件だ。過去には呪い屋やオカルトを駆使した殺し屋などの人間は多く存在したらしいが、新たなジャンルの敵として対処しなければならないだろう。

 

そして俺も……美神さんにサイバーオカルト対策の研修に行けと言われる。

美神令子除霊事務所のメンツで俺が一番その方面に詳しいからだという理由なのだが、別に詳しいわけじゃない。一般知識程度だ。キヌさんはその辺苦手そうだし、横島師匠はエロサイト専門だし……美神さんはたぶん独自で勉強するだろうな。

まだ先の話だ。来年、1月中旬に行われるらしい。

なんかアレだな、なんか新たな免許とか資格とかできそうな勢いだ。

 

 

 

そういえば、折本はようやく踏ん切りがついたらしく、今日から学校に行くらしい。

なんか、1日置きぐらいに電話かかってくるんだが……まあ、あんなことがあったしな、一応俺もGSの端くれだし、話し相手としては丁度いいのだろう。……愚痴を聞くか世間話しかしてないがな。

最初の頃を思えば折本も大分元気が出てきたようだ。

今日のニュースで、折本の学校の連中も折本が置かれた状況を理解してくれるだろう。

 

 

しかし……今回の事件を起こした奴はどんな奴なのだろうか?

 

 

 

本を開きながらも考えにふけていると……

奉仕部の部屋にノックの音が響き、雪ノ下が「どうぞ」と答える

 

「失礼しまーす」

亜麻色の髪の女生徒が元気よく入ってくる。

 

「やっはろー、いろはちゃん!」

「こんにちは、一色さん」

 

「結衣先輩、雪ノ下先輩、こんにちはです」

 

一色はそう挨拶を返しながら、俺の前まで来て、泣き真似をしながらこんなことを言ってくる。

「先輩ー、ピンチです。ヤバいです!手伝ってください」

 

「何がだ?クリスマス会の合同イベントは問題ないはずじゃないのか?」

 

「……それが」

一色は言いにくそうする。

 

「一色さん。私達奉仕部で準備することはほとんど終わったはずよ」

 

「そうなんですけどー……その総武高校の出し物の演劇が予算がオーバーしちゃいそうで……」

 

「どんだけだ?」

 

「これだけ」

一色は片手を胸元あたりで開いて見せる。

 

「5万か……生徒会費で賄えるんじゃないか?」

 

「……50万」

 

「はぁ?」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「……一色さん。どうして、演劇でそんなに予算が必要なのかしら?」

雪ノ下は頭痛がするかのように、手を額に当て、一色に呆れたように聞く。

 

「しょぼいのっていやじゃないですか、何より他校に負けたくないじゃないですか!特に六道女学院の鼻もちならな……いえ、お嬢様達になんて特に、セットをレンタルで外部発注しようとしたら……その」

何対抗意識もってるんだ?一色の奴、鼻持ちならないって言おうとしただろう。それがキヌさんをさしているのなら許せんぞ。

 

「……お前……なにそれ、たかが学生の演劇でセットのレンタルって」

 

「セットは演劇部に借りるか、自作にしなさい。それよりも肝心の演劇の方は進んでるのかしら?」

雪ノ下は一色に冷たくそう言い放つ。

 

「えーー、演劇部のって、しょぼいじゃないですか。演劇の方は、そ……それが、その地元の幼稚園や小学生と一緒にってとこまで来てんですが……そのセリフを覚えなくて」

 

「一色、幼稚園児にセリフとか要求するか?」

 

「いろはちゃん。全くできてないってことだよね」

由比ヶ浜は純然たる事実を一色に突き付ける。

 

「あと、2週間もないわよね」

 

「今更路線変更できないですよ。先輩ーー、助けてくださいよーー」

泣き付く一色。

 

「……とりあえず。平塚先生に相談だな」

こういう時に頼りになる平塚先生に相談しに行く。

 

 

 

……平塚先生に相談に行ったら、何故か週末にディスティニーランドに行くことになった。

友人の結婚式の2次会でディスティニーランドの一日フリーチケットが当たったそうだ。しかもペアチケットを3セットも……今年は友人の結婚式に4回行ったそうだ。

 

さらに……横島師匠に12月24日に誘ったら……大事な用事があるからと断られたそうだ。

だから今、平塚先生は絶賛落ち込み中。

 

横島師匠は仕事じゃないですかねと言ったら復活し、他の日を誘ってくると職員室を出て行った。その前にチケットを2セット4枚を俺たちに渡して……エンターテイメントを学んで来いと……いや、そこまで本格的なものはいらないんですけど……それよりも予算をもうちょっと融通してほしいんだが………

しかし、何を思ったのか由比ヶ浜と一色はノリノリだ。

雪ノ下は最初は、この混雑時期のディスティニーランドは行きたくないと拒否していたのだが、由比ヶ浜に説得される。……なんか、由比ヶ浜に甘くないっすかね雪ノ下さん。

 

俺は仕事が有ると雪ノ下と由比ヶ浜に断ったのだが、機嫌がいい美神さんは何故かその日、俺に休みをくれた。しかもその情報はキヌさん経由で、雪ノ下と由比ヶ浜に伝わる始末……

 

……俺のプライベートはどこに?

 

 

 




次はディスティニーランドへ


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㊷知らなかった事にしよう

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

先に謝っておきます。
平塚先生ファンの方すみません。
そういうお話です。


「先輩、雪ノ下先輩と結衣先輩と何かありましたか?この頃の雪ノ下先輩は特になんですが、何か楽しそうなんですよね。生徒会長選の時は全然違う印象なんですよ」

一色の奴が俺が一人でマッ缶を片手にベストプレイスで一息ついていた所にいきなり現れてこんなこと聞いてきた。

一色はなんだかんだと、人の事を良く見てるからな。まあ、自分を可愛く見せるための情報収集のためだが……

 

「……さあな」

 

「先輩は私に隠し事をしてませんか?」

 

「はぁ?あのな。誰だって知られたくない事の一つや二つ持ってるもんだ」

 

「何言ってるんですか。先輩のくせに、私に隠し事ですか?」

一色はふくれっ面でこんなことを聞いてくる。

妙に絡んでくるな今日の一色は……

 

「……ふう、雪ノ下と俺との間には何もない。お前に雪ノ下がそう見えるのなら…雪ノ下が何かを変えようとしてるんじゃないか?」

一色の生徒会長立候補問題の後、雪ノ下は俺と由比ヶ浜の前で独白した。

それは俺にとってかなり衝撃的な内容だった。

それからの雪ノ下は確かにあの張り詰めたような空気感を出すことが少なくなった。周囲への当たりも柔らかな気がする。それと同時に、何かにもがいているようにも見える。それは雪ノ下自身が変わりたいと思っている証拠なのではないかと思う。

俺は雪ノ下に何もしてやれない。いや、できないでいる。どうすればいいのかがわからないからだ。

ただ、俺ができることは、応援することだけだ。邪魔する奴がいれば排除するがな……

 

「ふーん……先輩って周りの人を変えちゃうんですね」

 

「……なにそれ?俺が病原菌か何かって言いたいの?はっ、もしかしてお前、俺の小学校の時のあだ名を知ってるのか!?」

そう、俺は小学校の時、比企谷菌というあだ名をつけられ、比企谷菌がうつるから逃げろとか言われ、いじめられてたのだ。子供って本当に残酷だ。

 

「なんですかそれ。まあいいです。今度のディスティニーランドは期待してますよ」

 

「おい、お前のために行くんだろうが、なぜ上から目線?」

 

「そうでしたっけ?…………私も変わらなくっちゃ」

一色はとぼけた事を言った後、小声で何か言っていた。

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「何でもないです。先輩、ちゃんと来てくださいよ」

 

「……さぼりたい」

 

 

 

 

東京ディスティニーランド、言わずと知れた日本で一番集客力を持つテーマパークだ。

まあ、ここ近年関西にあるUSGに押され気味だが……

 

「ヒッキー!やっはろー!!」

「比企谷君、おはよう」

相変わらずの挨拶をする由比ヶ浜に雪ノ下。

ここは待ち合わせ場所の東京ディスティニーランドの最寄駅前広場だ。

 

「おはようさん」

 

「ヒッキー!遅い、もう皆来てるよ」

 

「いや、まだ5分前だろう?……しかも一色を見かけないが」

 

すると駅前コンビニから一色が現れる……

いや、その後に葉山隼人が……しかも、その隣に三浦優美子、さらに後ろに戸部翔に海老名姫菜。なぜ?

葉山はわかる。何かと理由を付けて一色が呼んだのだろう。

後のメンバーはなんだ?

 

「おい」

俺は由比ヶ浜に視線を移し声をかける。

 

「うーー、しかたなかったの!いろはちゃんだけに味方するわけにいかないの。こっちも板挟みなんだよ」

由比ヶ浜は俺が言わんとしたことを理解したのだろう。両手で耳を抑えて、目をバッテンにして、俺に訴えかける。

 

「……これ、大丈夫か?」

俺は雪ノ下に聞く。

 

「……彼らの事は別に考えましょう。私たちは私たちの仕事をすればいいのだから」

雪ノ下は冷静に答える。

 

「そうするしかないか」

まあ、そうなんだが………ほらみろ、さっそく一色と三浦が葉山を巡って、静かに攻防を繰り広げてるぞ。見てる方が胃が痛い。

由比ヶ浜はまだ、目をバッテンにしたまんまだ。

 

 

葉山や三浦たちとも軽く挨拶をし、入場ゲートに並ぶ。

「まじで人が多いな。……帰りたい」

 

「ヒッキー!まだ入っても居ないのに帰りたいって!」

 

「遺憾ながら、私も比企谷君と同じ意見だわ。なぜわざわざ人が多いこんな日に来ないといけないのからしら」

雪ノ下はすでに疲れたような表情をしていた。

雪ノ下……遺憾ながらってわざわざそこに使う?

 

「ゆきのんも!?いいじゃん、いいじゃん!!みんなで来れたし!!」

由比ヶ浜はそう言って、雪ノ下の手と俺の手を引っ張り入場の列に並ぶ。

 

「おい………ん?」

俺は由比ヶ浜に手を放すように声をかけようとしたのだが………前方に見慣れた人達がこそこそと何やら怪しげな動きをしていた。

 

……黒いサングラスに黒ずくめのスーツを着たその美女は、そんな服装なのに目立っていた。

……その横で、可愛らしい普段着を着た聖母が、申し訳なさそうに黒ずくめスーツの美女について行く。

 

……美神さんとキヌさん……こんなところで何やってるんだ?

美神さんは誰かを追跡してるようだが………仕事の最中だろうか?

よく見ると、さらに遠方にシロとタマモまでいるんだが……シロもなんか楽し気に美神さんと同じような黒ずくめのスーツを着て誰かを追っているようだ。その横のタマモはまるでやる気がないような雰囲気なのはなぜだ?

 

4人がそろうということは、敵は相当大物なのだろうか……となると、引き返した方がいいな。

巻き込まれる可能性もある。

とりあえず、雪ノ下と由比ヶ浜に事情を話し、ここから皆を離した方が良いだろう。

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に声を掛けようとしたのだが………

 

まるでウエディングドレスのような純白のドレスを着た女性が黒髪をたなびかせ、俺たちの目の前を駆け足で通り過ぎていった。

なんだ?これも何かのイベントか?それともコスプレ?

 

「まったぁ?」

純白のドレスを着た女性はかなり前方で並んでる男の前まで行くと甘えた声を出していた。

……なんか聞いたことがある声なんだが。

 

「………なんでせう、そのかつこうは?」

男の方は、言葉がおかしい。というか、ドン引きしていた。

 

「え?これは私の普段着。ちょっと気合い入れすぎちゃったかな?変?」

普段着でそれはないだろう。どこの欧米貴族だ!……気合いというか、明らかにおかしいだろう!!今から結婚式上げる勢いだぞ!!しかも、男の方はめちゃドン引きしてるぞ!!

 

「………」

ほら見ろ男のほうが黙ってしまったじゃないか!

男を捕まえたいのはわかるが、押しすぎだろ!崖から突き落とす勢いだぞ!!

 

「あれ?どーしたのダーリン?黙っちゃって、のど渇いちゃった?直ぐに飲み物買ってくるわ!待っててダーリン!」

そう言って、その男から離れ、純白のドレスの残念臭が漂う女性がこちらに向かって走ってくる。

後姿は美人そうだったが………あれ?どこかで……!!!!!??????

 

俺たちの目の前をその女性は通り過ぎる。

………俺は見てはいけないものを見てしまった。

 

「ひ……ひ、比企谷君……い、今の?」

ああー遅かったか、雪ノ下も見てしまったか。

雪ノ下もあまりの事にいつもの余裕のある表情はどこかに行き、驚愕とも困惑とも言えないような美人にあるまじき表情をしていた。

 

「……ゆ、雪ノ下。俺たちは何も見てないし、何も知らない。そういう事にすべきだ」

 

「……そ、そうね」

雪ノ下はようやく気を取り直したが、そう返事するのが精いっぱいのようだった。

 

「どうしたの?ヒッキー?あれ、ゆきのんも?」

どうやら由比ヶ浜は気づかなかったようだ。

由比ヶ浜、知らない方が幸せということもある。

 

 

そして、純白のドレスを着た痛すぎる三十路の美人教師のお相手の男が何やら雄たけびを上げていた。

 

「ああああ!!このままだとヤバい!!人生が終わってしまう!!やはり地雷女だったか!!いや、しかし美人は美人だ!!スタイルもいい!!もったいないが痛すぎる!!しかし美人教師だぞ!!今後の人生、美人教師とどうにかなるチャンスはあるだろうか!!いや、すでに半ストーカーだぞ!!しかし一夜だけの過ちなら!!いや、既成事実を押し付けられ、なし崩し的に結婚もあり得る!!しかしこの横島!!目の前に美人が居るのに手を出さないとは!!いやしかし!!」

 

「ヒッキー、あそこで騒いでる人、ヒッキーのお師匠さんじゃない?」

 

「……赤の他人だ」

あんな奇声を上げて、大声で下衆な事を言う人間の知り合いは俺には居ないはずだ。

俺の知り合いに横島忠夫なんて言う人物は存在しないはずなんだ!

 

「えーー絶対そうだよ」

由比ヶ浜…その通りなんだが、事実を突きつけないでほしい。

俺だってたまには心の整理をする時間が欲しい……ふぅー深呼吸、落ち着いた。

横島師匠何やってるんすか?平塚先生もなんですか?そのドレス。今から結婚式でもあげるんですか?しかも何その似合わない言葉遣いは?ダーリンっていつの時代の恋人像だよ!!……そういえば、前生徒指導室で古い漫画を見ながら、これで完璧だとかなんか言ってたな!……うる〇やつらとか……タ〇チとか……めぞん〇刻とか……そんなんを参考にした結果がこれか!……そのままやるとは……普通に頭のおかしい人にしか見えない。

なのに何だか、横島師匠が押され気味になってる?……これはこれでうまく行っているのか?

 

はっ!?

俺は膨れ上がる殺気を感じる。

 

殺気の先には……黒ずくめのスーツを着こんだ美神さんが……手に持ってる双眼鏡を素手でバキッとへし折っていた。

隣のキヌさんはオロオロしながらも様子を伺ってる。

ま、まさか、この2人、いや4人は、横島師匠と平塚先生のデートを監視していたのか?

 

美神さんが上機嫌で休日をくれたあの日、すでに横島師匠と平塚先生とのデートを察知していた?いや、確かに電話の美神さんの声は上機嫌に聞こえたのだが……そういえば、なんで上機嫌と思ったんだ。俺に対して丁寧な言葉遣いをしていたからか!あれは何かもっと別の恐ろしい仄暗いものだったのではないか……怒りを抑えるため、いや、隠すためにあんな言葉遣いを……

 

 

なにこれ?もしかしてとんでもない現場に出くわした?

俺は背中に冷たいものを感じていた。




平塚先生は随分GS側の人間に><
元々その才能は十分あったのですが……


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㊸ディスティニーランドでは

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


かなり、あっさりした展開となってます。


なにこれ?

 

横島師匠と平塚先生がディスティニーランドでデート?

平塚先生のあの恰好、純白のドレスって……そのまま結婚式を挙げて、ゴールインしちゃう勢いだぞ!

 

しかも、美神さんとキヌさんにバレてるし!

シロとタマモまで引き連れて、超監視されてますよ!!横島師匠!!

なんか美神さんめちゃ怒ってるし……きっと、適当な言い訳を言って仕事をサボってここに来てるんだろう!!だからあんなに!!……いつもだったらストッパーのキヌさんが止めに入るのに、横島師匠が女性とデートとしてるのを目の当たりにして、動揺してオロオロするばかりだし!シロは何が楽しいのかノリノリだし!!タマモも止めに入ってくれよ!!何?どうでもよさげなそのやる気ない態度は!…せめてシロだけでも止めさせるように言って!!

 

このままだと確実にヤバい!!……

横島師匠の血だけで済めばいいんだが、あの血走った美神さんの目を見て見ろ!もはや周りなんて見えてない!!ああなったら、横島師匠を半殺しにするまで、暴れまくるぞ!!……なまじ横島師匠は逃げるのがうまいから、周りに被害が確実に出る!!下手をすると人死にが!ディスティニーランドが血の海に!!

妖怪や悪霊程度の霊災なんて生易しい物じゃない!!下手をすると魔族並みの厄災を振りまくぞ!!

 

くそ!!平塚先生が戻ってきて、横島師匠に接触したら!!美神令子という核ミサイルに匹敵する超絶危険物が暴発する!!

 

 

どうする八幡!考えるんだ!!

雪ノ下と由比ヶ浜だけだったら何とか逃げおおせることができるが、一色や他の学校の連中までいる!霊能を発揮する事もできん!

 

…………

 

こ、これしかないか。

ば、バレたら俺が美神さんに殺されるな……

 

…………

 

俺は深呼吸一つして、覚悟を決める。

 

俺はスマホを取り出し小声でとある人物に連絡する。

 

「俺です。横島師匠…俺の話を落ち着いて聞いてください。デート……美神さんにバレてます。

直ぐ近くで監視されてます。タマモとシロまで引き連れて……」

 

横島師匠はその電話で、キョロキョロとあたりを見渡す。ようやく殺気立った美神さんの存在に気が付いたようだ。

『どどどどどど、どうしよう!!八幡!!こ、殺される!!死ぬんはいややーーーー!!』

 

「落ち着いてください。美神さんの事だから、ディスティニーランド内には罠がわんさか張ってると思います。……横島師匠のすぐ下にマンホールがあるんでそこから脱出してください」

 

『はちまーーんんん!!心の友よ!!恩に着るぅ!!』

横島師匠は涙をチョチョ切らせながら、そう言って、マンホールを開け急いで離脱。

そう、争いの種がディスティニーランドから居なくなればこの場は解決する。

地下に離脱させれば、美神さんに追い付かれたとしても、横島師匠の血だけで事はすむ。

この世の平和は守られる。

 

美神さんは横島師匠がその場から消えた事を察知……急いで横島師匠が居た場所に走る。

そして、肩をわななかせていた。

 

そして、何故か俺の方を向いて……凄まじい殺気を含んだ視線で睨みつけられた。

ば……ばれた!?

一瞬で血の気が引く。

霊能者の勘か、それとも、野生の勘か!?何れにしろ俺は確実に横島師匠とグル(同罪)とみなされた!

 

 

(後で覚えてなさいよ。ひ・き・が・や!)

美神さんは口パクでそう言って、首を切る仕草をする。

 

そして……マンホールへと飛び降りて行った。

 

 

お、俺も後で死ぬんだな………

 

……俺という犠牲で、ディスティニーランドの客は助かる。雪ノ下も由比ヶ浜も一色も他の連中もな……皆は知らない…歴史の裏にはいつも知られざる英雄が居ることを……

 

 

「どうしたのヒッキー?顔色悪いよ」

「……この人込みでは仕方がないわ」

由比ヶ浜と雪ノ下の気遣いが今は心にしみる。

 

「……いや、大丈夫だ。ちょっと外すな」

俺は気を取り直す。

もう一人に電話をしなくてはならない。

こっちの方もフォローしとかないと後で大変な事に……

俺は列から一時的に離れ電話を掛ける。

 

「もしもし、比企谷です」

 

『おう、比企谷か!今は忙しい後にしてくれ』

応対する平塚先生の声は非常に明るい。

 

「いえ、横島師匠のことなんですが、緊急の仕事が入って、近くで妖怪退治に行かないといけない事になって、俺に先生にそう伝えてくれって」

 

『なにーーーー!!おのれ妖怪め!!私の人生をかけた勝負を邪魔をするとは!!許さん!!私の抹殺のラストブリッドで消滅させてやるーーーー!!』

 

そこで、通話は切れる。

 

ふぅ、これで平和が守られた。

俺は遠い目をし、ため息をつく。

 

「か、帰りたい」

何、この虚無感。

もう、家に帰っていい?

 

俺は由比ヶ浜と雪ノ下の元へ戻る。

「ヒッキー、本当に大丈夫?」

「あなた、目が何時にも増して濁ってるわよ」

 

「ああ、も、問題ない」

ただ、俺はこの後、美神さんから、各種攻撃に晒され半死するだけだ。

処刑台に上がる前の、囚人の気分だ。

この場を収めるには、ああするしかなかったとはいえ、俺も慣れてきたもんだ。

 

 

 

俺はしばらく、動く屍と化し……皆の後ろについて行くのがやっとだったのは、仕方がない事だと思う。

 

 

 

「あなた、本当に調子が悪そうね」

 

「すまん。俺のせいで皆から離れてしまったな」

 

俺が後方でトロトロしていたがために、俺と雪ノ下は皆と大きく離れてしまう。

そのせいでディスティニーランド定番のファンタジー世界をテーマとした乗り物の順番待ちの列に並んでいる途中で、人数制限の加減で、俺と雪ノ下は皆と完全に分断され、40分ぐらいのタイムラグを生むことになったのだ。

 

「別にいいわ。由比ヶ浜さんには合流先を連絡しといたわ」

 

「……クリスマス会の参考の件も任せっきりですまない」

 

「一色さんと由比ヶ浜さんが何とかしてくれるわ、カメラも由比ヶ浜さんが持っているのだし、それにディスティニーランドを参考にというのは、テーマパークの内容の問題ではないと思うの。この雰囲気とここに来ている人たちが何を楽しんでいるのか、何故楽しいのかを平塚先生は私たちに見せたかったのではないかしら?」

 

「たしかにな。その線が濃厚か……」

 

「……他人が何を楽しいと感じてるなんて私にはわからない」

 

「雪ノ下は難しく考えすぎじゃないか?楽しみ方なんてものは人それぞれだ。雪ノ下は年間パスを持ってるぐらいだから、ディスティニーランドの何かを楽しむために来てたのだろう?」

まあ、雪ノ下の場合は十中八九パンダのパンさん目当てだろうが……

 

「私がここで楽しみにしてる事。……そうね。難しく考えすぎてたのかもしれないわ」

 

「因みに俺の場合は楽しんでる小町を見るのが楽しみだ」

楽しみ方なんてものは人それぞれだ。

俺の場合、ディスティニーランド自体に楽しみを求めていない。楽しんでる小町を見るのが楽しみであったりするため、ディスティニーランドに求めることは小町を楽しませることだ。

世の中のリア充のカップル彼氏共もそうだろう。彼女がディスティニーランドで楽しんでもらう事が目的なのだ。その見返りとして、彼氏は彼女との関係を深める機会を得るのだ。

 

「……あなたはブレないわね。シスコン谷君」

雪ノ下は呆れたように言う。

 

 

俺たちの順番が回り、ファンタジー系の乗り物アトラクションの横座り2、3人乗りのカートに2人で乗り込む。

 

「比企谷君……聞いてもいいかしら?」

雪ノ下はチラリとこちらを一瞥してからすぐに前を向く。

 

「突然なんだ?……答えられるものだったらな」

 

「その……卒業後はそのままゴーストスイーパーに?」

雪ノ下は一度口を開くがすぐに閉じ、聞きにくそうにしながら俺にこんなことを聞いてきた。

このタイミングで俺自身の事を聞いてくるとは思いもしなかった。

 

「……まあ、将来ゴーストスイーパーで生計を立てようとは考えてるが……卒業後は大学にとは考えてるな」

 

「……そう、……あなたは強いのね。自分の意思とは関係なしに突然人生を変えられたのに……」

雪ノ下がこう言うのもわかる。

確かに俺は突然霊能が発現し、霊能者への道を余儀なくされた。

しかし、それを不運だとは思わなかった。それはなんだかんだと言って、美神さんや横島師匠、キヌさんや事務所のみんなの存在が大きい。俺をまっとうな霊能者へと導いてくれ、今に至っている。

そして俺は師匠のゴーストスイーパー横島忠夫に憧れる。

確かに、横島師匠は普段、どうしようもないダメ人間だが……

ゴーストスイーパーとしての横島忠夫は俺が心に描いたヒーロー像に非常に近い。

強さは言うまでもないが、人に非常に優しいのだ。なぜそれだけ優しいのかはわからない。

たとえ依頼人に嫌われようが、その人が今後の人生を生きていけるような配慮をさりげなくするのだ。

誰に褒められるわけでも、讃えられるわけでもないのにだ。

そんな横島忠夫の背中を追えるこの世界だから俺はやって行こうと思えるんだ。

 

「たまたま運よくこの道が俺に合ってたということなんだろう」

 

「そう……やはりあなたは……なんでもないわ」

雪ノ下は俯き何かを言い淀むが、首を横に振る。

 

「まあ、高校に入る前は専業主夫を目指してたがな」

 

「その方があなたらしいわね」

雪ノ下は悪戯っぽく微笑む。

 

「俺もそう思う」

 

 

しばらくの沈黙の後、アトラクションが終わりを告げ、カートは出入口に止まる

 

「私も自分の将来を探さないと………手伝ってね比企谷君」

雪ノ下は俺の方を振り向いて、そう言って、俺の返事を待たずに、先にカートを降りる。

 

「……ああ」

俺はカートの降り際に曖昧な返事しか返さすことができなかった。

……雪ノ下家の言いなりな自分から脱却をしようとしてるのだ。

雪ノ下の独白から1か月以上たった今も彼女は悩み続けているのだろう。

雪ノ下の問題は根が深い。

俺に何が出来るのだろうか?

いや、話を聞くことぐらいは出来る。答えを出せなくても、考えることは出来る……

 

 

 

この後、由比ヶ浜と無事合流することができたが、凄まじい人込みで合流できたのはナイトパレードが終わった後だった。

 

ディスティニーランドのファンタジー風な城のバックで花火が打ち上げられる。

「ヒッキー、ゆきのん。また来たいね。今度は3人でゆっくりと」

「まあ、混んでない時期だったらな」

「確かにそうね」

「ヒッキーもゆきのんも雰囲気台無しだ!」

雪ノ下と由比ヶ浜が並び俺はその後ろで花火を見上げる。

 

そういえば一色と葉山が見当たらない。

三浦と海老名、戸部は俺たちの少し離れた斜め前に居るのだが……

 

 

 

前方に見える人影……一色と葉山だな。

一色の奴、うまい事三浦を撒いて、葉山と二人っきりで花火を見れたようだな。

 

ん?

 

なんだ雰囲気が。

まさか!?一色の奴……

 

葉山から逃げるように俯き加減で人混みの間をこちらに向かって走ってきた。

そして、俺たちに気が付かないのか、素通りして……出入口ゲートに……

 

「ヒッキー、今のいろはちゃんじゃ?様子が変だった」

由比ヶ浜も気が付いたようだ。

そして、三浦もそれに気が付いた。

何より戸部がその様子に気が付き、一色を追いかけようと動く。

 

「一色を見てくる……あのバカ」

「ヒッキー!」

「……え?」

俺は2人にそう告げた後、小さく悪態をつきながら一色を追いかける。

一色の奴は葉山に告白したのだろう。

そして振られた。

今の葉山が誰の告白も受けないと知っていただろうに……なぜそんなことを、もっとうまくやれる奴だと思っていたが……

 

 

くそ、人込みでうまく進まない……

出入口付近でようやく人混みがなくなり、ゲートを出て行く一色を捕捉する。

 

 

!?

 

何この殺気!?

 

霊力が増大する!?

 

しかも地下から!?

 

 

不味い!!

俺は地下から急激に増大する霊力を感じ、霊感が危険だと警鐘しまくる。

このままだと一色が危険にさらされる。

 

「一色!!」

俺は霊気を一気に霊力に変換させ、身体能力を高め加速し、一色を後ろから飛びつくように抱き上げその場をジャンプし離脱する。

 

「きゃ!」

 

バズズーーーーーン!!

 

先ほどまで一色が駆けていた辺りのマンホールの蓋が勢いよく空高く吹き飛ぶと同時にマンホールから凄まじい霊圧が吹き荒れる。

 

間一髪だった……凄まじい霊圧だ……だが、妖怪や妖魔の類ではない。

俺の良く知ってる霊気だ。

 

 

続いてマンホールから霊力のエネルギー波と共に真っ黒なゴミくずが飛び出し上空に空高く舞い上がる。

 

 

そして、巨大な霊圧をまき散らす鬼……いや、美神令子が怒りのオーラを纏いマンホールからゆらりと這い上がってきた。

「手こずらせたわね!!横島ーーーーっ!!」

 

俺は全身の汗が噴き出し、その様子を息をするのを忘れ見つめる。

いや、正確に言えば、その霊圧と死の恐怖に体が動かなかったのだ。

 

空高く舞い上がった真っ黒なゴミくずがマンホールの蓋と共に、美神さんの目の前に大きな音をたてて落ちる。

 

美神さんは落下した真っ黒なゴミくず……いや、横島忠夫だった物を片手でつかみ、引きずって、この場を去って行った。

どうやら俺の存在に気が付いていないようだ。

 

「……ふぅ、助かった」

俺は美神さんが去った後を眺め、ほっと息を吐く。

何?今迄ずっと、横島師匠を追いかけまわしてたのか?逃げてる横島師匠も師匠だが、追いかける方の美神さんも美神さんだ。その情熱をもっと別の事に活かしてほしい。

 

 

「あの…先輩?降ろしてもらえませんか……」

一色が俺の胸元当たりで顔を赤らめ見上げていた。

俺はあまりの恐怖に一色を抱きかかえていた事を忘れていた。

 

「わりい」

慌てて一色を下す。

 

「ほんとにもう!セクハラで訴えますよ!どうして私を急に抱き上げたんですか!!」

どうやら、一色はあの状況を見えてなかったようだ。まあ、顔は俺の胸元に向いてたからな……

 

「……なんか、マンホールがガス漏れで爆発したみたいになったからな、とっさに抱きかかえてしまった。すまん」

俺はそこに転がってるマンホールの蓋を指して説明をする。

流石に、美神さんと横島師匠の事は言えない。

 

「た、助けてもらってありがとうございます。……で、なんで先輩が私の近くにいたんですか!はっ!もしや、私の事をずっとつけてたんですか?途中から見かけなくなったと思ったら、私をストーカーですか、いくら私服姿の私が可愛いからって犯罪です。ちょっと腕とか、たくましかったけど。まだ無理です。ごめんなさい」

 

「あのな、何度振られるんだ俺は……お前が急に走り出したから追いかけたんだよ。お前……その葉山に告白してだな、そのなんだ……」

 

「……心配して追いかけてくれたんですか……先輩………私、振られたんだ」

 

「お前、今、告白してもダメなのはわかってただろ?なんでしたんだ」

 

「……ここの雰囲気がいけないんです。その、パレード見て、花火見て盛り上がっちゃったんです」

 

「お前、もっとクレバーな奴だと思ってたんだがな」

 

「先輩が悪いんです!周りのみんなを変えて……それで私も変わらなくっちゃって!!」

 

「はぁ?なんだそりゃ?」

まったく身の覚えがないんだが……周りのみんなを変えるってどういう事?

 

「グスッ………これは布石になるんです。葉山先輩は振った私に罪悪感持つはずです。これで私の事が気になって仕方がなくなるんです。だから……これからなんです。グスッ」

一色は涙をこらえながら俺に訴える。

精いっぱいの強がりなのは分かっている。

しかし、俺はこんな時どうしたらいいのかがわからない。

 

「……そうか」

俺は小町にするように一色の頭を一撫でする。

この後、由比ヶ浜と雪ノ下、心配そうな顔をしていた戸部と三浦と合流する。

それで俺が一色を自宅付近まで送る事になった。

 

まあ、余談だが数日後、俺は美神さんに事務所ビル全部の窓拭きを言いつかった。

勿論、俺が横島師匠を逃がした事のペナルティーだ。

まあ、半殺しにされるよりはましだな。

当日、横島師匠を徹底的に叩きのめすことで溜飲が下がったようだ。

それにしても、美神さんって横島師匠の事になると過激すぎるよな。まあ、どうせ横島師匠が全部悪いんだろうが……しかし、今回の件、横島師匠は何か別の口実や言い訳を言って仕事を休んだのだろうが、たかがデートでそこまで怒るか?いい大人なのに。

 

平塚先生は一晩中、あの純白のドレスで街を駆け回っていたそうだ。

平塚先生自身、巻き込まれないようにとの配慮だったんだが……流石に罪悪感がぬぐえない。

横島師匠には何かのフォローだけはしてほしい。

慰めの言葉でもかけておくか……

 

 

 




クリスマスイベント、ちょっとずつ原作とは違う感じになってます。
次でこの章は終わりです。
長かった……


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㊹クリスマス会当日

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやくこの章が終わります。
今回はかなり長いです。


12月24日クリスマス会当日を迎える。

当日の俺の役割はコミュニティーセンター周辺に立って案内をする要するに案内係だ。

老人ホームの方々は、専用バスで来客。近隣のお年寄りはデイサービスなどを利用して車で来るのがほとんどだ。出演する小学生や園児達の親御さんも結構来るらしいが、殆ど見かけない。車で来てるのだろう。

 

まあ、形だけの役柄だ。

案外、窓際部署とはこういうものなのかもしれない。

 

生徒会長の一色は司会進行役でマイク片手に大活躍中。

表面上はいつも通りだ。葉山への失恋から立ち直ったように見えるが心中どうなのかはわからない。

あの後、ディスティニーランドに行ったことで、何が重要かを再確認し、劇については、小学生や園児らしさに重点に置いた構成に変更し、さらに園児にはセリフなしで、ナレーション形式に、問題のセットは演劇部からの借り物をらしく見せるように光で調整し、低予算且つきらびやかに見せることができた。

 

雪ノ下とキヌさんは大忙しだ。

早朝からクリスマスケーキを参加者人数分を焼いてる。

勿論、雪ノ下とキヌさんだけではないが、料理が出来る二人が中心となって、コミュニティーセンターの料理教室でケーキやらクッキーやらをひたすら焼いていた。

 

由比ヶ浜もそのフォローに回っているが、料理はさせられないため、主に荷物や原料運びなど肉体労働だ。

 

 

開演から1時間が経ち、俺は案内係の役目も終わり、コミュニティーセンターに戻ることにした。

 

「比企谷、寒いし暇だったね」

他校の制服姿の女子生徒が俺の後ろから近づき横に並び歩く。

 

「俺はぼーっとするのが得意だからな、全然OKだ。なんなら最後までやってても良いぐらいだ」

 

「なにそれ、うけるー」

折本かおりもクリスマス会に1週間前に復帰し、当日は別の場所ではあったが俺と同じで案内係だ。

あの精神暴走事件後、学校への復学は順調だったらしい。学校の友人達とも和解し、今ではほとんど今まで通りらしい。

ただ、やはりというか、周りからは腫物扱いを受けることがあるとか……本人は気にしないようにはしてるようだが……

メディアであれだけ大々的に行ったからな、被害者への理解も深まったが、逆にそういう事もあるだろう。

それも、時が経てば薄まるだろう。

 

 

「比企谷、……これクリスマスプレゼント」

折本はショルダーバックからゴソゴソと可愛くラッピングされた包み紙を取り出し、俯き加減で俺の胸元に押し当てる。

 

「ん?俺にか?」

 

「べ、別に深い意味とかないんだから!その……お礼よ。お礼……助けてもらったし、その電話で相談にもずっと乗ってくれたし……本当に、本当にありがとう」

折本は頬をうっすら赤く染め、涙目で俺に礼を言う。

あのつらかった時の事を思い出したのだろう。

折本からは復学後も、ちょくちょく電話で現状報告やたわいもない会話をしたが、まあ、本人がここまで立ち直る事が出来てよかったと思う。

あの事件は、多感な時期の学生の心に大きな爪痕を残した事件だった。

折本はこうして復帰できたが、まだまだ、復学に至っていない学生が多数いるらしい。

あの犯人はまだ見つかっていない。犯人が何をしたかったのかも不明のままだ。

 

「まあ、たまたま俺がGSで居合わせただけだ。そんなに気にすることじゃない」

素直にお礼を言われるとこそばゆい。

俺は折本から視線を外しながらそれを受け取って、照れ隠しでこんなことを言うのが精いっぱいだ。

 

「比企谷って中学の時、そんなにひねくれてたっけ?」

折本は涙をぬぐい笑顔を見せる。

 

「だいたいこんな感じじゃないか?」

 

「今の比企谷、結構かっこいいよ。中学のみんなが知ったら絶対驚くし、今度の中学のクラス会一緒にいかない?」

 

「いかねーよ。あと、俺がGSだって絶対言うなよ」

なに恥ずかしげもなくそんな事言ってくるんだ?こいつは。

 

「えー、まいっか。キャラじゃなさそうだし……比企谷がGSだってのは私と比企谷の秘密だし、言わないって、…その今も仕事が忙しいんでしょ?」

 

「まあ、そこそこな」

 

「そういうわけで、比企谷、これからもよろしくね!」

笑顔の折本は先にコミュニティセンターに駆けて行く。

 

「どういうわけなんだよ」

俺は折本の後姿を見ながら小声で一人ぼやく。

 

 

 

俺もコミュニティセンターに向かって歩むが、緊急連絡が入る。

 

『比企谷君、緊急時案よ!また例の同時多発霊災。今度のは数が多い。東京で7か所、横浜、埼玉にも派生してる。千葉では丁度あなたがいるコミュニティセンターの近く。千葉駅のショッピングモール地下通路よ!周囲のGSも向かってるけど、あなたとおキヌちゃんが一番近いわ。あなた達も行きなさい』

美神さんからだ。

同時多発霊災、先月もあったばっかりだぞ!

よりによってこんな時に……

しかも、クリスマスイブにかよ……街中は人でごった返してるはずだ。早くしないと人的被害が大きくなるな。

 

「わかりました。相手は?」

 

『不明よ。警察が先に駆け付けたらしいけどね……こっちの対処しだいそっちに向かうわ』

 

「了解です」

 

『横島の奴がいない時に………気をつけなさいよ』

 

「はい」

通信を切った。

 

キヌさんが制服にエプロン姿のまま、駆けてきた。

「比企谷君!」

どうやら、俺より先に美神さんから連絡があったようだ。

 

「キヌさん。ここから400mぐらいですね。走った方が早い」

俺はスマホのGPS機能で場所を特定する。

 

「行きましょう」

 

 

ショッピングモール地下入口に到着すると警察がバリケードを張っていた。

俺とキヌさんはGS免許を警察官に見せ、地下へと入る。

 

「ホビットが数体見えますね」

50cm程の小さな人型が地下通路の店舗内を漁っていた。

 

「全部で3体それ以外は居ません」

俺は霊視空間把握能力を発動させ、地下一体の周囲の状況を確認する。

 

「おかしいですね。ホビットが3体だけなんて……発生するときは5体以上は発生するはずなんですが……しかも、こんな子供が喜びそうな物がないところで」

ホビットとは妖怪というよりも、妖精に属している存在だが、遊園地などの遊戯場で発生する。子供の楽し気な霊気に惹かれ発生するともいわれているのだ。キヌさんの言う通り、こんなところで自然発生するものではない。

まあ、ランク的にはDもしくはEランクに属する存在でそれ程脅威にはならない。

 

「……無理やり召喚陣で召喚したんでしょう」

 

「比企谷君ここは私に任せて」

キヌさんはそう言うと、ミサンガのような飾りを手首から外す。

するとそれは、横笛に変化する。

ネクロマンサーの笛だ。

 

キヌさんがネクロマンサーの笛でメロディーを奏でると、暴れてたホビット達は大人しくなり、キヌさんの前に並ぶ。

調伏が完了したようだ。キヌさんはネクロマンサーの笛に霊力を送る事によって霊やアンデッドなどの死者全般を、さらに低位ながら妖怪、妖魔、妖精や精霊まで操る事が出来るのだ。

 

「あなた達は、どこから来たの?」

キヌさんはホビット達に優しく問いかける。

 

ホビット達は一斉にある一点を指さす。

地下通路に半開きの扉があった。

 

ホビット達に札で封印を施してから、俺はその扉を開ける。

さらに地下へと階段があった。扉表には、電気排水設備室と書かれていた。

俺はこの下の設備室に召喚陣が何らかの形で置かれているのだろうと予想する。

発生原因を調査すべく、地下階段へと降りる。

今の所、霊気などは感じられない。

 

その間、キヌさんは美神さんとGS協会に霊災対処終了の連絡をしていた。

 

地下設備室へと降り立った俺の霊感が急に騒ぎ出す。

やばい……なんだこれは?

 

俺は直ぐに引き返す選択をするが……遅かった。

俺の足元から何らかの術式が展開し、設備室の奥側へと術式が連なり光り出した。

設備室の奥の壁は、西洋の召喚魔法陣と思わしきものが柴色に発光し、発動したのだ。

 

罠だ!

俺の一歩が術式を起動させるスイッチになった!

そして、召喚魔法陣が起動する仕組みだ!

 

俺はとっさに札を取り出し結界を張り、霊視空間把握能力を発動させ、さらに霊力による身体能力向上させる。

 

魔法陣から召喚されたのは、全身黒色の体長2メートル位ある犬だ。しかし頭が二つある。

……ガルムだ!

魔獣ガルム、地獄に住むと言われるBランクの地獄の炎を操る魔獣だ!

 

現れた瞬間にガルムは青白い炎を吐く。

結界を張ったおかげで俺への被害はないが、設備室の地下通路のための電源などがショートし焼き切れ、明かりはすべて消える。

上ではモールの地下通路は停電となっているだろう。

 

「比企谷君!!その霊圧は!!」

階段の上の方からキヌさんの声がこだまする。

 

「キヌさん来ないでください!!ガルムです!!ここから出したらどれだけの被害が出るか!!俺が抑えてます!!」

俺は札を取り出しさらに結界を張り、炎を抑える術式を壁や床、天井など至る所に展開させる。

ガルムの炎を抑えるためだ。この狭い空間で地獄の炎を吐かれると、結界もそれほど耐えられるものではない。さらに、結界がなくなった後は俺は一撃でお陀仏だ。

奴の炎を抑えなければならない。

 

「比企谷君!!応援が来るまで何とか頑張ってください!!でも危なくなったら逃げて!!」

 

「はい!!」

 

ガルムは炎が効果が無いことに気が付き、炎を吐くのをやめ、結界をその毒を含む爪で何度も引っ掻く。

結界の耐久力が徐々に落ちて行く。

 

俺は地下通路への出入口となる階段を上る。その際にも札を使い、炎を抑える術式を展開させていく。

階段の中頃当たりで足を止め、踵を返し待ち構える。

 

ガルムがついに結界を破り、こっちに向かってくるのを感じる。

階段に奴の影が映る。

 

俺は右手に霊力を集中させ……

奴が狭い階段に差し掛かったところを見計らい、右手に集中させた霊力を変性させ、……霊波刀を発動させる。

 

ガルムが一気に階段を駆け上り俺に襲い掛かろうとする所を、俺は狙い撃ち、ガルムの首筋に霊波刀を突き刺す。

 

「手応えありだ!!」

 

俺はガルムに突き刺した霊波刀をそのまま切り払う。

ガルムの突進力と相まって、ガルムの首から下を真っ二つに切り裂いた。

 

ガルムは勿論絶命するが、俺はガルムの血を浴び、紫色に染まる。

 

「ふぅ……何とかなった」

ガルム……キヌさんと以前GS試験のペーパーテストの勉強をした時に、出てきた魔獣だ。

地獄の番犬。動きが素早く。地獄の炎を吐くと。その毛皮は防御力がかなり高いとあった。

警戒すべきは炎だ。設備室の狭い空間では、炎を避けることができない。さらに動きも素早いと……ならば、強力な結界を張りつつ、炎を抑え、狭い空間に誘い込み仕留める作戦を思いつき、階段に誘い込んだ。

そして、俺が今持てる技の中で、最大の攻撃力を誇る霊波刀で仕留めたのだ。

 

以前Sランクの茨木童子と対峙した事のある俺は、Bランクの魔獣に対して冷静に対処できた。

ガルムを目の前にしても、あれほどの脅威を感じなかったからだ。

まあ、茨木童子みたいなのに比べれば当然なんだが……

 

じっとしてるわけにもいかない。また召喚魔法陣が発動して、ガルムが出てきても困る。

俺は召喚魔法陣の凍結を試みる。変に魔法陣をいじって解除しようとして、とんでもない事になっても困るしな……そんな技量もない。

残りの札を使い。魔法陣が発動を阻害する結界を張る。発動する前であれば、俺でもこの程度の事は可能なのだ。

 

「比企谷君!!大丈夫ですか!!」

キヌさんの声が上の方から機械室へと響く。

「何とかガルムを倒しました」

俺は設備室から階段へと昇る。

 

キヌさんは通路側の扉を開けライトで階段を照らす。

「きゃー、比企谷君大丈夫なんですか!?」

血まみれの俺を見て驚いたようだ。

 

「ああ、これですか、そこの死骸の血を浴びただけです」

魔獣ガルム程の存在がある魔獣だと、死しても肉体は滅ばず、死骸として残る。

 

「比企谷君はやっぱりすごいですね。一人で魔獣ガルムを倒せるなんて、私が地下に先に入っていたら、どうなっていたか……」

 

「そうですか?一匹だけだったんで、複数いたらヤバかったですね。でも沢山いても美神さんや横島師匠とかなら、瞬殺じゃないですか?」

 

「あの人たちは別ですよ」

 

「……キヌさん。これ罠ですよ。明らかにGSを狙った罠です」

ホビットはGSをおびき寄せる餌。ホビットを倒したGSが周辺調査に入ったさい、より強力な魔獣や妖魔を召喚させる罠を張っていたのだ。

そして、ここではガルムの召喚魔法陣は設備室に入ってくる人間の霊気に反応して、発動する仕組みになっていた。俺が不意に踏み入れた設備室の床には発動するための術式が張り巡らされていたのだ。俺がその術式に足を置いた瞬間、一瞬霊気を吸い取られるような感覚を覚えたため、そう推測した。

 

「………そうですか、とりあえず比企谷君はここでシャワー借りて、着替えないと。その間、現場検証は私の方でやっておきます。応援の他のGSも来ますし」

 

「わかりました」

キヌさんのこの場を任し、俺はこのモールの係の人の案内で従業員用のシャワーを借りる。

幸いにも、この設備室はモールの地下通路だけの電源や排水系のポンプなどを扱っていたとの事で、他の地下売り場や、上階のショッピングモールには影響はなかったようだ。

 

着替えの服や下着はショッピングモールの方が用意してくれたため、ガルムの血で汚れた制服で外をうろつく羽目にならないで済んだ。

 

俺はさっさとシャワーと着替えを終わらせ、現場へと戻る。

すると何人かの応援に来たGSと警察が打ち合わせを行っていた。

俺も現場検証に加わり、やるべきところまでは終わらせる。俺の見立てでは、犯人の手がかりとなるものは一切残っていない。ただ、これだけの知識と仕掛けが出来るやつだ。そこそこ有名な奴だろうとは思う。

細かい検証は警察と後で来るだろうオカルトGメンに引き継ぐとの事だった。オカルトGメンは人材不足だ。この同時多発霊災でてんてこ舞いだろう。この現場に来るのは明日や明後日になるかもしれない。

 

「比企谷君のおかげでここの被害は最少で済みました。でも他の現場では……今も被害が拡大してる場所があって、美神さん達が急行したそうです」

キヌさんの話によると、美神さんとシロ、タマモは速攻で一つの現場を終わらせたのだが、他の現場で応援要請があり、そこに向かったということだ。

美神さんが最初に行った現場でも罠があったそうだが、発動する前に処理したそうだ。

流石美神さんだな……

 

「東京は優秀なGSが多いと言っても、同時に7か所か……しかも、近郊都市も含めると10数か所ですね。俺たちも応援に行かなくても?」

東京にはSランクGSとAランクGSが多く在住してるが、さすがに、同時にこれだけの数を緊急で対処できるものではない。

 

「美神さんは後は大丈夫だと言ってました……私たちが今から向かっても、間に合わないから……」

キヌさんの表情は暗い。

多分、被害が拡大した場所は、人的被害もでたのだろう。

 

「……そうですか。なら、クリスマス会に戻りますか?まだ間に合います」

 

「そうですね。途中で抜けちゃいましたから、あやまっておかないと」

 

「キヌさんが抜けた穴は痛いですからね。キヌさんみたいに料理が出来る生徒が雪ノ下以外にいるとは思えませんしね。俺は元々役目が無かったからいいですが」

 

「それを言わないでください」

キヌさんは困った顔をする。

 

 

俺とキヌさんが戻るとクリスマス会は既にエンディングセレモニーの最中だった。

 

料理教室では、雪ノ下と由比ヶ浜や六道女学院の生徒達が食器や器具の後片付けを行っていた。

 

「ごめんなさい。途中で抜けてしまって」

キヌさんが料理教室の皆に頭を下げると、六道女学院の女子生徒達がキヌさんの周りに集まってくる。

「お姉さまは大変なご用事なのですから仕方がありませんわ」

「お姉さまのご活躍を是非拝見してみたいですわ」

「お姉さまの穴はわたくしが埋めましたの」

「お姉さま、わたくしは頑張って、食器を洗いましたの、褒めてくださいまし」

 

……なに、この百合百合した空間は、しかもなぜ全員キヌさんをお姉さま呼び?

どうやら、ここに来てる六道女学院の生徒はキヌさんがGSだと知ってるようだな。

まあ、六道女学院の霊能科でも有名らしいからな、キヌさん。

 

「比企谷君、氷室さんから緊急事態で抜けないといけない事は聞いていたわ」

「ヒッキー、制服どうしたの?ケガとかしてない?」

雪ノ下と由比ヶ浜はどうやらキヌさんから、GS関連の緊急事態で抜けることを聞いていたようだ。

 

「ああ、途中抜けてすまなかった。まあ、大丈夫だ。制服は汚れたがな」

 

「そう、ならいいのだけど」

「よかったあ」

 

「こっちの方どうだ?」

 

「順調よ。一色さんが上手くやってるわ」

「うん、劇も可愛くてよかったよ!ケーキもクッキーも美味しかったし!はい、ヒッキー、ケーキのあまり」

どうやら、司会の一色はよくやってるらしい。

 

終演のアナウンスが聞こえてくる。

「無事、終わったようだな」

 

 

そうしてクリスマス会は成功の元、イベントは無事終了する。

 

この後の飾り付けの片づけやら、学校から持ち込んだものやらを運ぶ作業で随分時間を食った。

一番多かったのは、一色がコミュニティセンターに持ち込んだ私物か生徒会の備品なのかよくわからないものだ。俺はそれを手伝い。ついでに生徒会室の片づけまでさせられた。

俺が途中でいなくなった事に対してのペナルティ的なあれで半強制的にな。

一色は俺がGSって知らないし、仕方がない事だが。

 

ようやく、一色に解放され部室に戻ると……

雪ノ下と由比ヶ浜が待っていたようだ。

「お疲れ様」

「ヒッキー!お疲れー」

 

「そっちもな、お疲れ」

俺はいつもの席に座ると、雪ノ下はパンダのパンさんがプリントされた湯飲みに紅茶を入れてくれる。今迄は紙コップだったのだが……

 

「……それ、クリスマスプレゼントよ」

「ゆきのんと二人で選んだの」

 

「俺は何も用意してないぞ……」

 

「別に、紙コップ替わりよ」

気恥しそうに言う雪ノ下。

 

「ありがとな。なんか用意するわ」

 

「別にいいよ。ヒッキー、あっ!だったら、3人でクリスマス会やらない?明日ゆきのん予定ある?ゆきのんにケーキ焼いてもらってさ!」

 

「予定はないのだけれども。嫌よ。今日ケーキをどれだけ焼いたと思ってるの?」

 

「えーー、いいじゃん!じゃあ、あたしが作るし」

 

「……え、なにこれ、俺も参加することになってるの?」

 

「ヒッキー、昼間は暇でしょ?夜はお仕事かもしれないけど!」

 

「……休日は普通に昼間も仕事あるんだけど」

 

「由比ヶ浜さん……ケーキは私が焼くからいいわ」

 

「……俺の話聞いてる?」

俺はどうやら強制参加らしい。実際明日の昼間は特に用事がない。夜から事務所に行く予定だ。

 

 

今年はいろいろとあったな。まさか俺が部活に入ってこんなことになるとは、一年前では考えられなかった。

なんだかんだと言って平塚先生には感謝だな。

そして、GSと名乗っても受け入れてくれたこいつらにも心の中で礼を言う。

 

 

 

翌日、ニュースで同時多発霊災の件が報道される。

実際、東京都で起こった同時多発霊災の一つは、人的被害が100人弱出てる。

連日このニュースが流れているが、テロである可能性も指摘されてる。

さらにライトなニュースではクリスマスイブで起きた事を、大きな厄災の前兆ではないかとまことしやかに報道されたりした。

 

実際、政府筋や警察やオカルトGメンやGS協会の間では、テロと断定してる。

首都圏で起こった同時多発霊災は、俺とキヌさんが急行した現場同様、全て罠が仕掛けてあった。

しかも、俺が嵌ったような罠だ。C~Bランクの魔獣や妖魔をご丁寧に用意していたのだ。

同時多発霊災個々はそれほど大きな霊災ではなかった。E~Dランク程度の妖怪などが暴れていた程度だ。その後の罠に強力な魔獣や妖魔が召喚されるようになっていた。

これに何の意味があるのか……ただ俺はGSを狙った罠に見えて仕方がない。

 

オカルトGメンはこの犯人を躍起になって探すことになる。

そのせいで、シロとタマモがまた、オカルトGメン出向扱いに。

それはまた、年明けの話だ。

 

俺はこの冬休みを利用して霊能者としてGSとして大幅にパワーアップを図る。

横島師匠が俺を行きつけの修行場に連れて行って、みっちり修行を付けてくれるというのだ。

なんでも、俺が霊能者として一皮むけたかららしい。

相当厳しい修行場らしいが、どんな修行でも耐える自信はある。

どう考えても、美神さんのシゴキより、恐ろしいものは無いだろうから……




次の章はメインがもろGSです。
……ついにあの方登場します。




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【五章】妙神山修行編
㊺ドラゴンへの道、その1


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

……先に言っておきます。
八幡が八幡が……少し壊れちゃいます。


俺は今、東北山中の険しい山々をひたすら登っていた。

 

前日の夜半、横島師匠に地図を渡され、修行場がある妙神山と呼ばれる山へ行くように言われたのだ。

途中までGPSが使えたのだが、急に霧が立ち込めGPSが使えなくなる。

どうやら、人が無闇に近づかないようにする人払いの結界のようだ。

俺は自分の霊感のみを信じ突き進む。

 

 

前日の12月25日昼間

奉仕部でのプチクリスマス会に強制参加

場所は雪ノ下の家だ。

一応俺はクリスマスプレゼントを用意し二人に渡したのだが……不評だった。

俺が二人にプレゼントしたのはタロットカードだ。もちろんプロ用の本物だ。

女子は占いとか好きだしな。小町も言ってた。

しかも、2人の前でタロット占いを行ったときはかなり興味津々に食いついて来たのに、何が不満なんだ?

 

理由はこうだ。

 

本当に当たる占いは怖いから嫌なんだそうだ。

 

なにそれ?

占いが当たったらお前ら喜ぶだろ?

なんで、高確率で当たるタロットカードはダメなんだ。

霊能者の素質がない雪ノ下と由比ヶ浜がやったところで、普通のタロットカードよりほんの少し確率が上がる程度なんだが……

 

釈然としない。

一応受け取ってはくれたがな。

 

 

12月25日夕方

比企谷家ではクリスマスを祝う。別に比企谷家はキリスト教でも何でもないが、まあ、何となく世間に合わせてだな。そういう事になってる。

 

12月25日夜

美神令子除霊事務所に行く。すでにクリスマス会が行われており。

どんちゃん騒ぎだ。

美神美智恵さんにひのめちゃん。オカGの西条さん。夜半には唐巣神父も登場。その他いろんな人や人じゃない方も現れる始末。

 

 

そういえば、クリスマス会当日の夕方、俺の家に雪ノ下さんが急に来て、デートに行こうと騒ぎだす。………マジで疲れてる俺は、同時多発霊災に関わった経緯を言って断るが、どうも雪ノ下さんもそれに出動していたらしくて、お互い様だと言い出す始末。

次にクリスマスイブは家で過ごすのが比企谷家の習わしだと言ったら……何故か雪ノ下さんもうちの夕飯に混ざる事に、しかもこの人、小町とすでに仲が良いようで、一緒に晩飯まで作る始末。

……やばい、このままだと、強制的に高校卒業と共に土御門家の婿に……

 

 

 

そんな回想をしてる間に、俺は山を随分と上へと登っていた。

少し開けた場所に出ると、大きな木造建築物が見えてくる。

山門をくぐり、建物と大きな門構えが見えてくる。門構えの木看板に妙神山とかかれていた。

ここだな……修行場というのは。

 

さっきから気になってたんだが……遠目で見えてた門構えの左右の門扉、両方ともに大きな鬼の顔が付いてるんだが……しかも結構な霊気を感じるんですけど。しかも質感が生々しい。もしかして、この門生きてる?

 

周りには誰も居なさそうだな……

とりあえず、門扉についてる鬼の顔に聞いてみるか……多分生きてる門だ。

 

俺は門扉についてる大きな鬼の顔に話しかけようと近づく。

 

「「貴様、何者だ!!ここをどこだと……」」

急に左右の門扉についてる鬼の顔の目がぎょろりと俺に向き、一斉に怒鳴ってきた。

やはりな生きた門だったな。だが、俺はこんなことぐらいではもはや驚かない。1年と9か月の間にいろいろな目に合って来たからな。

 

「……左の…もしや」

「……右の…間違いない」

左右の門扉の鬼顔は俺をまじまじと見てから、お互いの目を合わせ何やら小声で確認しあってる。

どうやら、俺がここに来ることが事前に知らされていたようだな……

 

「し……失礼しました。まさかあなた様がこのような所に来て下さるとは」

右の門扉の鬼顔が俺に向かって謝り、丁寧な対応をしてくる。……何かおかしい?

 

「どのような、ご用向きでしょうか、一言主様」

左の門扉の鬼顔は、俺の知らない名前を出す。

……やっぱり思いっきり誰かと勘違いしてるぞ。

 

「あのー、俺、そんな名前じゃないんですが、誰かと間違ってるんじゃないんですか?俺はひきが……」

 

「ご冗談を、まごうことなく、あなた様は、一言主様です。嫌ですな、はっはっはーーー!」

「そうです。その濁った瞳に、どこ見ているのかわからない視線。やる気のなさそうな双眸。八百万いらっしゃる日ノ本の神々の中で、一言主様だけです。間違えるわけがありません。はっはっはーーー!」

 

「………」

思いっきり間違ってるんだよ!!この目か!また目の事か!!何それ!!一言主って神様?神様が目が腐ってるのかよ!?しかも何気に神様を笑いながらディスってないかこの鬼たち!!

 

「しかし、左の……一言主様、ちょっと小さくなられたのではないか?」

「うーむ。この頃、日ノ本も空気が悪くなったと言うしな」

 

「……一言主様じゃないんですが、比企谷八幡って言います。ここに修行に来たんですけど。横島忠夫が先に来てると思うんですが?」

俺はこの鬼共のペースに乗らず、一度深呼吸をしてから、再度名乗る。

もう、このパターンは飽きたんだよ!

霊能者にはゾンビに間違えられ、鬼や妖怪には、泥田坊に間違えられ……今度は一言主って。

 

「横島!?」

「右の!!こやつ、よく見ると人間だぞ!!」

「なにーーーー!!本当だ人間だぞ!!左の!!」

「貴様!!一言主様を騙るとは、不届き千万!!そこに直れ!!」

 

「……あんた達が勝手に間違えたんでしょ?俺は比企谷八幡。ただの人間だ。横島忠夫の弟子で、ここに修行に来たんですよ!」

くそ、この鬼ども、勝手に間違えたくせに、なにそれ……

 

「横島の弟子だと!!……確かに聞いていたが、ここまで一言主様に似てるとは…まあいい。いくら横島の弟子だからとて、ここをただで通すわけにはいかんわ」

「ここを通りたくば、我ら鬼門を倒して見せい!!」

 

「倒せって、壊れちゃいますよ?」

倒せって門に顔が付いてるだけなのに?それ門ごと壊せって意味か?

 

「「生意気な!!壊して見せいと言っているのだ!!」」

鬼共が一斉そう言うと3mはあろうかという灰色の筋骨隆々な頭がない体が門の左右から2体現れた。

多分、これがこの門の鬼達の本体なのだろう。

結構強そうだ。

 

でもな、わざわざ、そんな強そうな肉体と戦うバカは居ない。

目の前の門に封印されているような顔の方を叩いた方がかなり楽だからだ。

 

俺は登山グッズの一つ、お湯を沸かすコンロにも使える多用途ガスバーナーで鬼の顔がある門を焼く。

 

「「あつッ!!こらーーーー!!何をするんだ小僧!!門が燃えたら小竜姫様に怒られるではないか!!」」

 

「え?……壊して良いって言ってなかった?」

 

「ぐぬ!!貴様屁理屈を!?」

「まるであの悪鬼美神令子のようだ!!」

「「とにかく燃やすのは禁止だ!!」」

門の鬼は左右別々に話し出す。そして口裏合わせたように、燃やすのを禁じてきた。

美神さんの事も知ってるようだが、鬼に悪鬼って呼ばれる美神さんって……いったい何をやらかしたんだ。

 

「じゃあ、これで」

俺はガスバーナー放り投げ、神通棍を取り出し、左の門扉の鬼顔の鼻の穴にぶっ刺し、霊力を送り放電させる。

 

「あががががががが!!」

「ひ、左の!!貴様!!何をする!!正々堂々と戦わんか!!」

 

「え?正々堂々戦ってますが?」

俺は左の門扉の鬼顔の鼻にぶっ刺した神通棍を抜く。

 

どうやら門扉の左の鬼顔の体にも俺の霊力が届いたのか、放電しながら巨体が地響きと共に地面に倒れる。

先ずは一体。

 

「ひ、左のーーーーー!!貴様!!我らの体と戦えと言っているのだ!!」

 

「なら、最初からそう言ってください」

なんか、勝手な鬼だな、ルールなんて最初に説明してなかったよな。ただ倒せとしか言ってないぞ。

 

「後悔するがいい!!数千年の時を経て、この妙神山を守護した鬼の力を!!」

右の門扉の鬼の本体の体の霊力が一気に上がる。

………流石は鬼だな。かなりの霊力だ。茨木童子に比べれば、大分落ちるが……

だからといって、真面に正面から戦ったら厳しい相手だ。

 

俺は神通棍を構えながら、霊気を解放し、霊力を高め、身体能力を上げるとともに、霊視空間把握能力を発動させ、攻撃態勢に入る。

 

が………

 

バタン!

 

門構えの、右の門扉が内側から勢いよく開け放たれた。

右の門扉の鬼の顔は、思いっきり柱に打ち付けられ……その痛みで本体の体は地面にのたうち回る。

 

 

しかし……俺はそれどころじゃなかった。

 

 

「あなたが横島さんのお弟子さんですね。ようこそ、妙神山へ」

開け放たれた扉から現れた少女がニコっと可憐な笑顔を俺に向けたのだ。

 

俺はカミナリを全身に受けたような衝撃を受ける。

……めちゃくちゃかわいい子だ!!

なにこれ!!その燃えるような赤い髪に竜の角のようなアクセサリ!大きな瞳に健康そうな笑顔!鈴の音のような可愛らしい声!

そして、凛とした佇まいに、華奢そうな体を包む古風な東洋ファンタジー風の服装!腰には刀ではなく剣を差す!……完璧だ!!

 

確かに、美人美少女は今まで見てきた。美神さんやキヌさん。雪ノ下に雪ノ下さん、由比ヶ浜も美少女といっていいだろう!!しかーーし!!

 

これは他を圧倒する!!

 

なにこれ!!俺が中二病を患っていたあの頃に夢想したファンタジー世界の理想のヒロインそのものじゃねーーーかーーーーー!! (ねーーーかーーーー!!ねーーーかーーーー!!)

 

 

「あの…」

俺はあまりの感動にプルプルと震えていた。

 

 

「どうしましたか?」

 

 

「……ひ、比企谷はちみゃん……比企谷八幡と申します」

やばい……舌がもつれる………はずい

 

 

「はい、存じ上げてます」

笑顔が眩しい!

 

生きててよかった!!

横島師匠に今迄頑張ってついてきてよかった!!

 

俺は今、横島忠夫の弟子であった事を心から感謝したのだった。




小竜姫様登場!!


今の八幡のスペック
CランクGS
実力はBランクの魔獣ガルムを単独で倒せるぐらいのレベルに成長。

戦闘タイプ
美神さんよりのオールラウンダー
呪符や術式を得意としてる。
霊視ゴーグル並みの霊視能力がある。
神通棍

横島譲りの術儀
サイキックソーサー
霊波刀 但し40秒が限界……GS試験前は20秒
体術??

オリジナル術儀
霊視空間把握能力

……タロット占いは美神さん並みに得意なようだ。本人に自覚はない。
(霊感が鋭い)





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㊻ドラゴンへの道、その2

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

タイトル考えなくていいので楽ですw
では続きを……


今、俺の目の前に理想のヒロイン像を体現したような美少女が微笑み掛けてきていた。

「私は小竜姫と申します。この修行場の管理者を賜ってます」

 

「……管理者?」

管理者ということはこの修行場のお偉いさん?

もしくは、修行場の事務方のトップか?

俺とそんなに年が変わらないように見えるが……

 

「そうですよ。もしかして疑ってますか?こう見て私もそこそこ強いんですよ」

 

「いえ、そんなことは……」

 

すると小竜姫と名乗った美少女から、突如、凄まじい量の霊気が勢いよく放たれる。霊気の圧力はまるで迫りくる大津波のような錯覚に陥った。

圧倒的な霊圧に俺は思わず後ずさる。

 

……なんだこれ?……え?……この霊力は……あの時の茨木童子よりも上じゃないか……ど、どういうことだ。

しかし、なんて澄み切った霊気なんだ。……キヌさんのそれにも似てるが何かが違う。なんと表現すればいいのか……神々しいとはこういう事なのかもしれない。

 

俺はさっきまで目の前の美少女に舞い上がっていた気持ちが、一気に覚める。

 

「なっ!?」

 

「少しは驚いてくれましたか?でも、さすがは横島さんのお弟子さんですね。これだけの霊圧を当てても、怯まないなんて、普通の人間だとこの霊圧に当たるだけで、気を失うんですけどね」

小竜姫さんはニコっとした笑顔を見せるが……先ほどのように、舞い上がるどころの騒ぎじゃない。それどころか背中に冷たいものが流れる。

 

「……小竜姫さん、あんたはいったい」

 

「驚いたか小僧!!小竜姫様の剣技は天界でも有数の実力者なのだぞ!」

「小僧無礼であるぞ!口を慎め!小竜姫様は神族の中でも高位に属する竜神族の姫君であられるぞ!」

復活した門扉の鬼たちが口々に偉そうに言ってくる。

 

「え?……天界……神族って、小竜姫さんって神様なんですか?」

確かにあの神々しいまでに澄み切った霊気に、あの霊力に霊圧だ。神様と言われれば納得せざるを得ない。

まじか……俺、本物の神様に会ったのは初めてだ。確かに神の存在は確定したものだとされてるし、事務所の皆は神様にあったことがあるっぽいしな。それに悪魔が居るんだから神様がいてもおかしくない。

その初めて出会った神様がヒロイン属性満載の女神様だとは、なんて幸運なんだ!!

いや、神は皆美男美女なのかもしれないが……それはないか一言主って俺と同じ目をしてるらしいしな……流石に美男ではないのだろう。

 

「私はこの妙神山にて人間と神との懸け橋を行ってる神です。その、私は竜神族といっても末席ですよ」

マジか……竜神ということは!あの角は本物!!しかも竜神の姫様って!!さらに属性付いたじゃねーーーか!!しかもあの霊力!なにこのヒロイン力!!もう振り切れてるんですが!!

俺はまたもや、中二心が蠢きだし、舞い上がって行く。

 

「無礼を働きすみません。小竜姫様」

 

「いいんですよ。そんなに堅苦しくしなくとも」

 

「そういうわけにはいきません」

しかも、優しそうだ!

……まてよ。もしかするとこの小竜姫様が修行を付けてくれるのかもしれないと言う事か?

何それ、この修行場、パラダイスなんですが!

 

いつも事務所で鍛えてくれる人は、美人だけど鬼所長と師匠だけど変態な人だもんな!

 

もしかして、これは今まで頑張ってきた俺へのご褒美なのでは!

 

「横島さんの弟子で美神さんの部下だというのに、随分と礼儀正しい方なんですね比企谷さん」

いや、横島師匠や美神さんみたいに変な人がそうゴロゴロいるもんじゃないですよ。あんなのが量産された日には、世界は滅びますよ。

 

「そうですか?」

あの二人に比べれば、誰でも礼儀正しく見えますよ。小竜姫様。

 

「そうですよ。…とりあえず中に、お入りください」

小竜姫様は笑顔で門内へと案内してくれる。

 

「「小竜姫様!!まだ、我らの試練が!!」」

鬼門達は俺が門内に入ろうとすると、扉を閉め小竜姫様に異を唱える。

 

「よいではありませんか、……それにあのまま続けたとて、結果は変わりませんでしたよ」

 

「「ぐぬ」」

鬼門達はその言葉に意気消沈し、静かに扉を開ける。

 

 

門構えの中の敷地は広く、大きな古びれた温泉旅館のような建物と神社の社のような建物など複数見られる。

 

「あの、小竜姫様。横島師匠が先に来てると思うんですが……」

俺は小竜姫様の後をついて行きながら、話しかける。

 

「はい、いますよ。横島さんは今の時間は……畑仕事をしてますよ」

小竜姫様は少し考える仕草をして答えてくれたのだが……

 

「畑仕事?」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

横島師匠が畑仕事?なんだその似合わない組み合わせは……もしかして、それも修行の一環か?

 

小竜姫様に時代劇でしか見たことがないような、平屋のお屋敷に通され、8畳ほどの和室に案内される。

 

「ちょっとここで待っててくださいね。お茶を入れてきますから」

小さなちゃぶ台の前の座布団を勧められる。

 

……この部屋、めちゃ生活感がある部屋だな。

このお屋敷はあれだな、修行場の母屋だな。ここで俺も寝泊まりするのかな?もしかして、小竜姫様と一つ屋根の下!……まあ、横島師匠は居るし、他の門人もいるだろう……ちょっとまてよ。先ほどから鬼門とかいう門の鬼たち以外を、ここに来るまで見かけなかったぞ………修行場から訓練やトレーニングをしているような音や、霊気も感じないんだが……どういうことだ?

 

それにしても、横島師匠、先に来て畑仕事って何やってるんだ?

ここは修行場じゃないのか?もしくは畑仕事も修行の一環なのか?

はっ!もしや、広大な畑を素手で耕し、足腰をきたえるっていう。あの亀仙流的な修行なのか!?

 

 

「お待たせしました。横島さんもしばらくしたら戻ってきますよ」

小竜姫様は俺の前に湯飲みを置いてくれて、お茶を注いでくれた。

ちゃぶ台が小さいから小竜姫様が近い。……やばい、顔が赤くなってそうだぞ。

 

「あ、ありがとうございます」

……こ、これはヤバいな。間近でみる小竜姫様はヤバい。何がヤバいって?色々とやばい!!

その横顔がかわいいとか肌が綺麗とかも、もちろんだが、一つ一つの仕草が洗礼された動きだ。雪ノ下もそうだったが、小竜姫様はなんというか一振りの刀みたいなイメージだ。そんな美しさがある。腰に差してるのは剣だけど……

 

ん?まてよ、小竜姫様自らお茶を用意されたのか?

あれ、こういうのって、お手伝いさん的な方や、門人がやる事じゃないのか?

仮にも竜神の姫様だぞ。

なんかいろいろとおかしいなこの修行場。

 

「あの、小竜姫様……お尋ねしていいですか?」

俺はちゃぶ台を挟んで前に座りお茶をすする小竜姫様に尋ねる。

 

「どうぞ」

 

「ここの修行場はどういうところなんですか?」

 

「ここ妙神山は天界と下界をつなぐ場所であり、神と人が直に交わる事ができる数少ない場所なのです。修行場の体を成してるのは、人を鍛え導くためという名目があるからです。昔は徳のある高僧や修験者や陰陽師、巫女や神主などが、良く修行に訪れたものですが、最近では極わずかな霊能者のみとなりました。今の現世の人々にとって神の存在が稀薄になりつつあるのでしょう」

小竜姫様の説明では、ここは天界という、多分神様が住んでる場所と俺たちが住んでる場所をつなぐ場所で、そんで修行場なわけだ。

昔は結構修行をする人がいたけど、今はほとんどいないってことか。

 

「……そうなんですか。今は、その横島師匠と俺以外に修行される方はいるのですか?」

 

「いいえ、いません。最近でいうと数年前に霊能者の方々が一時的に修行にこられましたね。美神令子さんと横島さんもその時期に……美神令子さんの母上の美智恵さんが20年位前、その前

に美神親子の師匠の唐巣さんが訪れてます」

美智恵さんも唐巣神父もここで修行して強くなったんだな、まあ、神様から教えて貰うんだから強くなるよな。

それと、今は修行に来てる人間は俺たち以外いないのか、静かなはずだ。

 

「横島師匠はちょくちょく来てるんですか?」

なんか行きつけの修行場とか言ってたしな。

……たぶんというか、絶対小竜姫様目当てだろう。

……俺も行きつけになりたい。

 

「横島さんは……」

小竜姫様が横島師匠の話をし始めるタイミングで当の本人がやってくる。

 

「小竜姫様すみません。対応してもらって……よお八幡、意外と早かったな」

中華風の道着を着てた横島師匠は小竜姫様に軽くお辞儀をしてから、俺に話しかけ、ちゃぶ台の前に座る。

小竜姫様は「いいんですよ」と微笑みながら自然な仕草で横島師匠の前に湯飲みを出し、お茶を入れる。

ん?なんだ……この雰囲気。

 

 

「横島師匠、ここの地図しか渡してくれないから、霧の人払い結界にぶち当たった時は流石に焦りましたよ」

 

「それも修行、修行!鬼門達はあっさり倒したようだな」

 

「……まあ、アレは何の試験なんですか?」

 

「さあな、鬼門達はなんか恒例だからと言ってたが……」

 

「……」

なに、あの鬼達が勝手にやってる事なのか?

 

「小竜姫様、どうですか八幡は?」

横島師匠は俺との会話を一度打ち切り、小竜姫様に話しかける。

 

「そうですね比企谷さんは発する霊気からタイプ的には美神さんに近いです。霊気量も高く、霊力コントロールもなかなかですね。動きはまだ見てませんが、歩く仕草や構えから、しなやかに体を使っているように見えます。体術もそこそこ使えるのでは」

小竜姫様は鬼門との闘い?をどこかから見てたようだな。

俺のそれだけの動きでそこまでわかるのか……

 

「なんだかんだと、一年半以上みっちり鍛えましたから」

 

「これなら、スペシャルコースを受けても大丈夫だと思いますよ」

 

「そうですか。でも、じっくり行きたいと思いますのでやめておきます。確かにスペシャルコースは短時間で、霊能の基礎能力が上がりますが、経験や技術は学べませんから」

後から聞いたのだが、スペシャルコースとは霊能力を一日で一気に成長させるコースで、自らの霊能を具現化させた精神体と魔獣を3本戦わせ、無理やり霊能力のポテンシャルを引き上げる方法らしいんだが、精神体自身がダメージを受けると、本人が死ぬこともあるハイリスク・ハイリターンなコースなのだ。ちなみに美神さんは数年前このコースで一気に霊的ポテンシャルを上げたそうだ。

 

「そうですね。横島さんの言う通りですね」

 

「今回は一週間で出来る所まで仕上げますよ」

 

「老師の手ほどきは?」

 

「今のままでは、まだ早いと思います。この修行次第でとは考えてますが」

 

「その方がいいでしょう」

 

小竜姫様と横島師匠は俺の修行プランについて真面目に話し合ってるのだが……

おかしい……

何がおかしいって?

横島師匠が真面目過ぎるからだ!

小竜姫様ほどの美少女を目の前に何もしないんだぞ!相手が神様だからって躊躇するような人間じゃないはずだぞ!おかしい……

 

確かに俺に修練付けてくれる時も、結構真面目でやってくれるが、こんな可愛い方がいるのに、ちょっかい出さないなんてな!

 

横島師匠がちょっかい出さないのは中学生以下と人妻ぐらいだぞ!あと例外的に妹扱いのキヌさんだ。そういう意味では小町は安全だったのだが……来年から高校生になってしまうのだ。あのドスケベの守備範囲内に入ってしまう……予防対策を打っておかなくては……

 

それはさておき、何かがおかしい。

 

俺が思考してる間も横島師匠と小竜姫様の会話は続く。

 

「師匠はいつお帰りで?」

 

「老師は元旦の翌日には戻ってくると思いますよ」

 

「そうですか」

 

そういえば、横島師匠が師匠は美神さん以外にいるとは聞いてたな……小竜姫様が老師と呼んでる方と同一人物のようだ……ということは神様か……横島師匠がSSSランクの実力を……人の身でありながら、魔神と渡り合える実力を持つまでに至ったのはその師匠に鍛えられたからなのか?……その師匠とは武神とかなのだろうか、毘沙門天とか不動明王とか……

 

「八幡、飯はまだ食ってないか?」

 

「そういえば朝から食べてないですね」

 

「小竜姫様、ちょっと早めですが、夕飯にしてもよろしいですか?」

 

「そうですね。では用意しますね」

小竜姫様はそう言って立ち上がる。

もしや、竜神の姫様、自ら料理をするのか?

 

「俺も手伝います」

横島師匠も立ち上がろうとする。

え、師匠も手伝うって……ここにはお手伝いさんや付き人みたいな方は居ないのか?

 

「横島師匠、竜神の姫様の小竜姫様が料理をするとか、ここって他に誰かいないんですか?」

俺は立ち上がろうとする横島師匠に小声で聞く。

 

だが、俺の質問に答えたのは小竜姫様だった。

「はい、ここに住んでるのは、老師と私と横島さんだけですよ」

 

 

……………

(ここに住んでるのは、老師と私と横島さんだけですよ)

 

え?どういうこと?横島師匠と横島師匠の師匠と小竜姫様のお3方だけしかこの広い修行場にいない?

え?どういうこと?横島師匠と小竜姫様が一つ屋根の下に住んでるって?

え?どういうこと?横島師匠は確かボロアパートに住んでいたはず。

え?どういうこと?横島師匠の小竜姫様に対しての態度がおかしすぎるのは?

え?どういうこと?横島師匠、畑仕事してるとか言ってたよな。ここでまじで生活してるのか?妙にこの母屋生活感にあふれてるし……

 

 

……………

 

俺は思考を巡らせるが、もしやの答えしか出ずに、思考も俺のアイデンティティも崩壊寸前だ!

 

「はあああっ!?」

俺は思わず変な声を上げてしまった。




さて、大いに勘違いしてそうな八幡。
横島君と小竜姫様の関係は?


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㊼ドラゴンへの道、その3

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きですね。
ちょっと壊れ気味の八幡。
どうも横島くんと絡むとこうなっちゃいます。


「……横島師匠、一つ聞いていいですか?」

俺はある一つの仮説を立てた。

横島師匠の様子が明らかにおかしい。小竜姫様に対していつもの横島節が全くと言って出ていない。迷惑行為というか変態行為が出ていないのだ。

それと真逆で、小竜姫様に対する言動や行動が至って紳士的であるといってもいい。おかしい、おかしすぎる。

まあ、美少女と言っても相手は神様だ。流石に失礼な言動や行動をさけているのだろう。

……いや、横島忠夫に限ってそれはあるだろうか?あのスケベがそのまま服を着たような人間だぞ。相手が神だろうが悪魔だろうが、女性であれば手を出すはずだ。それなのにそんな素振りは全くないのだ。

 

まさか……すでに手を出した後、もしかして深い仲に!?だからあんな紳士横島に!?

小竜姫様と横島師匠との会話にしろ、行動にしろ阿吽の呼吸とでもいうのだろうか?自然体でフィットしてると言うか………お互いが分かりあっているというか……

 

 

「なんだ八幡、改まって」

 

「もしかして、もしかしてなんですが、流石の横島忠夫でも、女神さまに手を出さないですよね」

俺はわざとこんな言い方をする。

横島忠夫という人間は相手が女性で美人であれば、妖怪だろうが幽霊だろうが手を出す。もちろん神にも出すだろうと……だが、一応、一応な。万が一間違ってたら流石に悪いしな。

 

「ななななな何を言ってるんだ八幡!」

……なんだ?横島師匠が動揺した?

やはり、手を出したんだな!まあ、わかっちゃいたが、この人ほんとに見境がない!

ということは本当に小竜姫様と横島師匠は深い仲なのか?

手を出して、そのまま小竜姫様を自分のものに………大人の情事に?

女神様といえ、こんな理想の美少女に……あんなことやこんなことを?

くっ!キヌさんだけでなく、小竜姫様にまで!!

俺は徐々に怒りがこみあがってくる。

 

「………修行とか言って、小竜姫様に邪な思いを抱き、ここに通い……そしてついには、純情で何も知らない初心な小竜姫様にその毒牙に!!何も知らない小竜姫様はそのまま横島師匠の言いなりに!!見損ないましたよ横島師匠!!」

 

「何いってんだ!!そんな事があるわけがないだろ!!」

「まあ」

 

「キヌさんというものがありながら!修行先で出来ていたなんて!!しかも相手は世事に疎い竜神のお姫様だ!!いいように言いくるめたんだろ!!」

 

「ちがーーーう!!」

 

「どう見ても仲のいい新婚夫婦だろうが!!」

 

「ちがーーーーう!!」

「まあ、新婚夫婦だなんて!」

横島師匠は慌てて否定するが小竜姫様はまんざらでもない表情を浮かべる。

 

「小竜姫様!!騙されてはいけません。この男は!!小竜姫様に手をだしておきながら!!現世では素晴らしい女性を待たせ、さらに街で節操なくナンパしまくってるんですよ!!」

 

「ちがーーーーう!!最後は違わないけど、ちがーーーーう!!」

「そうなんですか?横島さん?」

 

「なんすか?小竜姫様を正妻に、キヌさんはキープですか!?2号さんですか!?ハーレム王をめざしてるんすか!?」

 

「ちがーーーーう!!八幡落ち着けーーーーー!!」

「私が正妻なんですね」

横島師匠は俺の両肩を掴み、懸命に否定する。

その後ろで嬉しそうにする小竜姫様が見えた。

 

「何が違うんだ!!見損なったぞ!!師匠!!」

俺の肩を掴む横島師匠の腕を振り払い、思いっきり言ってやった。

 

「ちがーーーーう!!小竜姫様は俺の姉弟子なんだ!!だから敬意をもってだな!!」

 

「姉弟子!?そんな言い訳聞きたくない!!」

 

「それは本当ですよ。比企谷さん」

小竜姫様はニコっとした笑顔で俺に言う。

 

「!?……」

 

「横島さんは私の弟弟子です。横島さんは老師の末弟子なんですよ」

 

「……本当ですか?」

 

「はい」

優しく微笑む小竜姫様。

女神様がそう言うならばそうなんだろうが……

 

「だから違うと何度も言ったじゃねーか!」

 

「夫婦じゃないんですね。手をだしてないんですね。だったら……なんで、小竜姫様と一緒に生活してるんですか?」

 

「俺は内弟子なんだ。だから、ここで生活してるんだ!しかも師匠も居るし別に二人だけで暮らしてるわけじゃない。今は居ないがもう一人ちびっ子も居るんだよ」

まあ、確かにそうなんだろうが……ちびっ子って誰だ?

 

「あのアパートは?」

そう、横島師匠が事務所からちょっと離れた場所にあるボロアパートの一室だ。横島師匠はあそこに住んでたはずだ。

 

「あそこと、こことでゲートで直でつながってるんだ!」

 

「……このことは、美神さんとキヌさんは知ってるんですか?」

 

「もちろん知ってる」

 

「……本当に小竜姫様と夫婦でも恋人同士でもないんですね?」

 

「違うって言ってるだろ!なんだ。今日はやけに絡んでくるな」

 

「いや……すみません。あまりにも仲良く見えたんでつい」

……どうやら、俺の勘違いだったようだ。

でも、女神様と言えども、女性にあんな優し気な対応をする横島師匠を見たことがないんですが……確かにキヌさんにも優しいけど、キヌさんはどちらかと言えば妹のような扱いだよな。

 

「そう見えるんですね。私は横島さんと恋人同士でも夫婦でも構いませんよ」

嬉しそうに微笑む小竜姫様。

 

「小竜姫様!冗談でもよしてください。八幡はクソ真面目なんですから!真に受けたらどうするんですか!」

 

「私は全然構いませんよ」

 

「小竜姫様!」

 

「横島さんの意地悪」

小竜姫様は拗ねたように言う。

 

何これ、なんか甘酸っぱい空間が二人を支配してるんだが……

 

「………師匠…本当に違うんですよね」

俺は恐る恐るもう一度訪ねる。

 

「違うって言ってるだろ!」

 

「………」

俺は横島師匠にジトっと疑いの目を向ける。

 

「なんだその目は!まだ疑ってるのか!?」

 

「俺は元々こんな目なんで」

もしかして小竜姫様が横島師匠を好きなんじゃ?

なにこれ、横島師匠ってもしかして、モテるのか?

リアル女神様に現世聖母様から好かれるってどういう事よ!!

超属性持ちのヒロインな小竜姫様と現世の聖母、優しさ100パーセントで出来てるキヌさんにだぞ!!

うらやましすぎるんだが!!

……くそ、嫉妬で人を陥れる事が出来たなら!!

!?まてよ。横島師匠と小竜姫様がここでイチャイチャ暮らしてる事を美神さんもキヌさんも知ってるって言ってたよな。

もしかして、この現状を知ってるからキヌさんは横島師匠に告白できないのでは……

 

 

「はぁ、なんなんだ?八幡!お前も夕飯の支度手伝え!」

俺は横島師匠に言われ、小竜姫様と師匠の後について行く。

 

「………」

古風な台所では、野菜を切る小竜姫様の横に並んで芋の皮を向く横島師匠という風景を見せつけられる。

……なにこれ?仲がいい夫婦や恋人同士にしか見えないんだが!

もしかして、この風景をキヌさんに見せたのでは?

 

うううう、キヌさんが不憫すぎる。

 

 

俺はやきもきしながら、夕飯の支度を手伝い。

食卓につき夕飯を共にするのだが……やっぱりこれ、新婚夫婦にしか見えないんだが!

 

……冷静になれ八幡!きっとこれが天界の女神様。神様なんだ。

誰に対しても優しく接し、夫婦や恋人気分の甘い感じを味わわせてくれる。

だから、横島師匠ともこんな感じになるんだ!

きっとそうに違いない。

 

俺は仲良さげな二人を前にそう思う事にした。

でなければやってられないからだ。

 

夕飯の後、片づけを終わらせた後。

 

もやもやが消えないまま俺は、横島師匠に中華風の道着に着替えさせられ、修行場の建物に連れらていかれる。

道場の中心に近いと思われる場所のとある扉の中に入ると、そこには建物の中ではなく、外にでた。いや、外というよりもこれは異空間だ。周囲180度地平線だけが見える。何もないだだっ広い空間。空一面真っ黒だが、周囲が見えないわけではない。どこからか明かりが照らされているのかはわからないが、視界は良好だ。

自分が踏みしめている地面は硬い土に覆われている。息も普通にできる。

 

「横島師匠……ここは?」

 

「修行場だな。但し、どこかの神さんが作った異空間の修行場だ。道場にも普通に板の間とか畳敷きの修行場もあるが、そこだと思いっきりできないだろ?」

 

「……なるほど」

確かにそうだ。何かを壊す懸念がなくなる。

普通の剣道場とかでは俺たち霊能力者の能力をフルに発揮すると道場そのものを破壊しかねない。GS試験会場のような強力な結界を何重にもかけたような場所でなければ本格的な霊能力者どうしの試合など土台無理な話だ。

 

「八幡、久々に手合わせするか」

横島師匠はそう言って、俺と10mぐらい距離を置く。

 

「よろしくお願いします」

この頃、なんだかんだと言って、横島師匠と手合わせが出来てない。自主訓練は行ってはいるが……

 

「いつでもいいぞ~全力でな!」

 

「………」

言われなくても全力で行きますよ。

今日のもやもやを思いっきりぶつけさせてもらいますよ!

 

俺は霊力による身体能力をアップさせつつ、左手にサイキックソーサー展開し、横島師匠の顔面目掛けて放つ。

それと同時に、横島師匠の右側に大きく回り込みながら、霊視空間把握能力を発動させる。

 

横島師匠は俺のサイキックソーサーを首を横に振るだけで避ける。

 

俺は横島師匠の右側面から突っ込み、飛び蹴りを放つ。

横島師匠が避け、後方に飛んで行ったサイキックソーサーをコントロールし、再び師匠の後頭部に向けさせる。

 

右側面からの飛び蹴りと、サイキックソーサーの後方からの奇襲、同時攻撃だ。

 

横島師匠は僅かに左後方に下がり、俺の飛び蹴りをかわし、頭を低くし、俺が放ったサイキックソーサーを避ける。

それだけだったらいい、横島師匠は俺が放ったサイキックソーサーに避けながら触れ、軌道を変えたのだ。

 

軌道が変わったサイキックソーサーは地面に着地した俺に直撃、辛うじて防御態勢を取ったため、大きなダメージは受けなかったが……

 

「くっ!」

やはり……全然歯が立たない。

 

俺はそのまま横島師匠に接近し体術で突きと蹴りを放つ。

当然の如く横島師匠は悉く避ける。

 

 

「八幡なに怒ってるんだ?今日のお前、荒々しいぞ?」

 

「怒ってませんよ!」

俺は姿勢を落とし下段に蹴りを放つ。

 

「うーん。小竜姫様の事か?」

 

「だから、違うって言ってるでしょ!」

師匠の顔面目掛けて、アッパー気味に掌底を放つ。

 

「小竜姫様は姉弟子でだな。まあ、最初の頃は、いろいろとやらかしたが、もう3年も一緒に住んでるしな、まあ、家族みたいなもんで、姉同然なかんじで、お前が思ってるような関係じゃないぞ」

俺の体術による攻撃を悉く避けていた横島師匠は後方に大きくジャンプし距離を取った。

 

「くっ!だから、違うって……」

俺は横島師匠が3年小竜姫様と過ごしていたという話にもイラっとする。

……いや、俺は確かに小竜姫様と横島師匠を目の前にして、いらいら、もやもやとしていた。

だが……その根本は……違う。

俺は、俺の知らない横島忠夫の顔があったことにもやもやしていたんだ。

横島師匠が茨木童子を圧倒し、SSSGSと知った時はそうは思わなかった。

あの時の驚きは激しかったが、俺の師匠はやはり凄い人なんだと、嬉しさが先行した。

 

しかし、今回は……

 

 

 

この後も、俺の攻撃は横島師匠に届くことはなかった。

最後は横島師匠に後ろから軽く、チョップを食らい。それで、手合わせは終わった。

 

 

寝る前の霊気量アップと霊力変換効率の訓練だと言われ、底なし沼に放り込まれる。

霊力を放出し続けないと、どんどん沈んでいく沼だ。2時間はここに放り込まれたままになる。

もう限界だと思っていた時に横島師匠が沼から放りだしてくれる。

 

体内の霊気はスッカラカンだ。もう、体がピクリとも動かない……

 

横島師匠に無理やり露天風呂に入れられ……その後は、布団に放り込まれた。

 

 

俺は布団の中で……

 

小竜姫様と横島師匠の話や様子にもやもやしていた。

確かに、小竜姫様やキヌさんとの関係で嫉妬心があったのだが……そこじゃあない。

俺の知らない横島忠夫がそこにあったからだ。

 

もやもやの正体は俺はわかっていた。

 

悲しみ、悔しさ、情けなさ……それのどれにも該当しない感情だ。

師匠は未だ俺に重要な事や真実を語ってくれない。

俺はまだ横島師匠に認められていなかったのではないかと………言いようもない感情が今もあふれてる。

 

そう、俺は横島忠夫に認められたいのだ。




しばらく、ドラゴンへの道は続きます。
横島君についての過去(原作終了後?)の情報を少し開示する予定です。



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㊽ドラゴンへの道、その4

ご無沙汰してます。
再開です。ゆっくりとですが……

感想ありがとうございます。
徐々に返信させていただきます。


「八幡起きろー!」

 

「………う、……後5分寝かせてくれ、小町」

 

「何寝ぼけてるんだ!」

 

「ん?……横島師匠?……おお?」

俺の部屋じゃない?……和室に布団?

そうだった。俺は昨日から泊まり込みで修行に来てたんだった。

俺は布団から飛び起きる。

意外にも体がすんなり動いてくれる。

いつもだったら霊気を限界まで使った翌日は、体がだるくて思うように動かないのだが……

俺は軽く腕や首を回してみる。

霊気切れによる体の負荷もかかってないようだ。

何より、たった一晩で霊気がほとんど回復してる。

どうなってんだ?

 

「やっと、起きたか」

 

「お、おはようございます。横島師匠……これは?」

 

「ん?ああ、ここな、天界と近いとあって、場の霊気が濃いから、霊気の回復も早くなる。それと、昨日の夕飯は天界の野菜をふんだんに使った料理だ。体力も霊気の回復も早まる上、怪我の治りも早くなるぞ」

横島師匠は俺の疑問を察して、答えてくれる。

なるほど、流石天界と現世を結ぶ場だ。確かに霊気が濃い。

それと、後で知ったが、ここの畑で取れる野菜は、現世では貴重なポーションや回復薬に使われる現世ではなかなか手に入らない原料だとか、なんかエリクサー級のものもあるらしい。

それらで作ってもらった料理だ。そりゃ回復するよな。

 

 

ここは、神と人とが交差する修行場、妙神山。

東洋ファンタジーヒロイン系美少女女神様にして、竜神の姫様である小竜姫様が管理する修行場。

この修行場で横島師匠の指導の元、俺は霊能者としてレベルアップを図るために、ここで一週間泊りがけでみっちり修行を……。

 

だったんだが……

 

「横島さん。比企谷さん。朝ごはん出来ましたよ」

 

「すみません小竜姫様、飯は俺がつぎますんで」

 

「いえ、横島さんは座っててください。今日のお味噌汁は横島さんが大好きな関西風に味付けしてみました。それと、だし巻き卵焼きですよ」

 

「美味しそうですね」

 

「………」

何?この雰囲気、どう見ても新婚ほやほやの朝食風景なんだが……なんで俺はここにいるんだ?超空気なんだが……

 

「八幡、小竜姫様の卵焼きは美味しいぞ!」

横島師匠、新妻の料理上手自慢に聞こえるんですけど……本当にただの姉弟弟子なのか?

 

「それでは頂きましょうか」

「頂きます」

「………い、頂きます」

 

小さなちゃぶ台を囲んでの朝食なんだが……き、気まずい。いや俺が気まずいだけで、横島師匠は至って普通だし、小竜姫様はニコニコ笑顔のままだし………

 

「横島さん、ごはんのお替りは?」

 

「大丈夫です」

 

「………」

なんか、涙が流れるんですが………

何この仲良し夫婦!横島師匠!!そんなキャラじゃないでしょう!!

何、普通に「大丈夫です」とか言っちゃってるの?

普段のあんたなら、「僕は!僕はもう!!小竜姫様をお替りにーーー!!」って小竜姫様に飛びつく場面でしょう!!そんでボコボコにされるまでがワンセット!!

 

しかも、だし巻き卵焼きめちゃうまいんですけど……なにこのヒロイン力!?

小竜姫様!料理もうまいって!どんだけヒロイン属性を足すんですか!?

 

「………」

まったくなんなんだ。

まじで小竜姫様が横島師匠に惚れてるよなこれ……

なぜだ!?

現代の一般社会での横島師匠の評価はゴキブリ以下の変態男のレッテルを張られてるってのに……

その裏では、こんな完璧無欠ヒロイン系女神小竜姫様と誰もが癒される現世聖母キヌさんに明らかな好意を寄せられるんだ!?

 

た、確かに横島師匠は普段あれだが、かっこいいところあるし、俺も尊敬してるんだが!これはやりすぎじゃないか?俺の中の理想の女性トップの二人ともが、横島師匠に惚れてるなんて……あんまりな現実だ!

いや、それだけ見る目があると言う事か……くっ、理解は出来るが納得がいかない。

 

「………」

しかし……横島師匠はなぜ、ここで生活をしてるのだろうか?修行をするためだけなのか?

小竜姫様に好意を寄せられているのは確かだ。ただ、天界の竜神の姫様がなぜ横島師匠に好意を、横島師匠が実は情に厚く、やさしい人だから?それだけじゃない。きっと過去に何かがあったのでは?その事は美神さんもキヌさんもたぶん、知ってる。でも、あえて口にしない。……知らないのは俺だけか。

昨日の寝る前に味わった、あのもやもやした気持ちがまた、俺の心を蝕んでいく。

 

こうして……朝の時間が過ぎていった。

 

 

 

この後、まさに厳しい修行が始まった。

美神さんのあの理不尽な修行なのか、いじめなのか、よくわからないものではない。

理にかなった効率のいい修行法なのだが……何せ精神的にも肉体的にも厳しい。

その甲斐もあってか、修行中はもやもやした気持ちを忘れさせてくれる。

 

朝は軽く、準備運動を兼ねた武術の型を行う。

前々から気になっていたのだが、横島師匠は武術的な動きをするが美神さんが武術を使うところは見たことがない。そして横島師匠からは本格派の中華系の古武術を教わっている。流派はわからないが……。

今思えば。横島師匠のここの師匠が古武術の使い手なのだろうと。

 

その後は、また修行場の異世界へと繋がる扉へと向かう。

今度入れられた異世界は、光と音が無い世界だ。そこに6時間放り込まれる。

霊視空間把握能力を横島師匠の文珠で封印された状態でだ。

視界と聴覚を奪われる事がどれだけつらい事か思い知る。

目の前が見えない、聞こえない事は恐怖でしかない。

自分の状況すらわからなくなる。自分が立っているのか、座っているのかさえ……

 

霊感や直接的な霊視能力、その他の感覚を研ぎ澄ませるための修行なのだろうが、正直つらい。

発狂しそうになる。

 

俺は一度心を落ち着かせ、集中力を高める。

徐々に俺の感覚が鋭敏になっていくがわかる。

流石に霊視空間把握能力とまでとはいかないが、俺の周囲の状況がある程度、理解出来てくる。

俺は今、土の上に立ち……周りには木らしきものが数本立ってるようだ………

そして、俺は一歩一歩確かめるように前へ足を踏み出し、徐々にだが、この修行にも慣れて来る。

 

次の修行は、重しを足や腕、頭に乗せられ、妙神山の周囲をランニングだ。

天界と現世の間である妙神山の敷地はそれほど広くはないが、俺が走るコースには横島師匠お手製とみられるトラップや障害物が多数点在する。

重しを体の一点ではなく、バラバラに異なる重さの重しを取りつけられてるため、バランスが非常に取りにくい、トラップが来るとわかってても、体勢を崩し避けられない。

しかも、発動し終わったトラップがあった場所には次の周回までに、鬼門達が新たなトラップを設置していくため、そこにはトラップが無いと油断して、引っかかる。多分横島師匠の指示だろう。俺の思考を読んでの再設置が、絶妙な場所過ぎる。

トラップに引っかかって吹っ飛んでる俺を見て、鬼門達は嬉しそうなんだが………くそ、あれか、ここに来た時の仕返しか?

筋力アップと体幹バランスの修行なのだろうが……相当きつい。

あと、トラップを見抜く力も備わりそうだ。

 

夕飯の後は、横島師匠と組み手をやり、昨日と同じ霊気が吸われる底なし沼に落とされ一日の修行は終了だ。

 

 

 

そんなこんなで3日が経過する。

厳しい修行を3日間過ごし、ようやく体も慣れてきて、今日は寝る前にぶっ倒れることは無かった。

俺は今風呂上りに、修行場の裏にある木で出来た手製ぽいベンチに座っていた。

 

「ここも月と星が見えるな……ここって一応地球なのか?それとも天界にも月や星があるということなのだろうか?」

何気なしに空を見上げ、独り言を言う。

 

 

「こんなところで何をしてるんですか?比企谷さん」

 

「あっ……小竜姫様」

 

「お邪魔して良いですか?」

 

「ど、どうぞ」

 

小竜姫様が何時の間にか目の前に現れ、微笑みながら俺の隣に座る。

ち、近い……小竜姫様の方にまともに顔を向けられない。暗がりと言えども、ほんのり月明かりが俺の方を向く小竜姫様の優しそうな表情を照らしてる。

 

「私と少しお話ししませんか?」

 

「は、はい」

 

「比企谷さん。ここに来てからずっと悩んでますね」

 

「……そんなことはありませんよ」

小竜姫様にそう言われ、俺は内心では肯定したが、心を見透かされているようで、つい否定の言葉が出てしまった。

確かに俺は今も悩み、もやもやとしていたのだ。

 

「横島さんの事ですね。……これでも神様なんですよ。だから分かっちゃいます」

そう言って微笑む小竜姫様。

 

「……いや、その、自分でもよくわからないんです」

小竜姫様の優しい笑顔は俺の心を軽くし、素直な言葉を出させてくれる。

 

「横島さんはあなたを認めてますよ」

ズバリと小竜姫様は俺のもやもやの確信を突く。

そう、俺は師匠に認められたい。そして師匠の事を知りたいと思っている。

 

「そうでしょうか、俺は師匠の事を知っていたようで、何も知らなかった」

 

「それは違いますよ。あなたをここへ連れて来たのが何よりの証拠です」

 

「……俺は師匠がここで住み込みで修行していた事すら知らされてなかったんです。それ以外にも、……改めて俺は師匠の事を何も知らないんだと……」

 

「比企谷さん。横島さんは、あなたにここを、今、知ってもらいたかったんです」

 

「たぶん事務所の皆は知っていて、俺だけ……」

俺は自分でそう言いながらも、心は沈んでいく。

 

「人には知られたくない過去の一つや二つあるものです。横島さんだってそうです」

 

「………」

俺はその小竜姫様の言葉を聞きハッとする。

俺はその言葉を、つい先日、俺の口から一色いろはに言ったばかりだ。

自分で言っておきながら、いざ自分がその立場になるとこれか……

確かにそうだ。人には知られたくない過去は必ずある。

だが……俺はそれでもあの人の事をもっと知りたいと思っているのだ。

そうか……これが人との関わりというものか………

 

「ああ見えて、横島さんはいつも悩み苦しんでいるんですよ。それを隠すのが凄くうまいだけなんです」

 

「え?……」

俺は小竜姫様のその言葉に衝撃を受ける。

俺は横島師匠は悩みに縁遠い人だと思っていた。そんなものをギャグとあの性格で吹き飛ばしてきたのだと……悩み苦しむ横島忠夫像は俺には想像できなかったのだ。

しかし、よくよく考えると、横島師匠は俺の二つ年上のだけ……なのに霊能力者としての能力は人界一ときてる。その霊能も後天的に得たものだと言う。何もなかったわけがないじゃないか!

それこそ、かけがえのない努力や、人に言えないような経験や苦労や困難や苦しみを味わってきたと言う事じゃないか。

俺の方が何も見えてなかった。横島忠夫を見てなかったのではないか!

 

俺は振り向き横に座る小竜姫様の顔を見る。

小竜姫様は空を見上げ、その視線は満月の月に……。

 

「横島さんが信用してるあなたならいいでしょう。……横島さんは将来を誓った恋人を亡くしてます」

 

「な……」

横島師匠に恋人が居た?しかも亡くなってって……何があったんだ!

 

「3年前になりますか、丁度比企谷さんと同じくらいの年の横島さんは、今のような神魔に匹敵する力を得てませんでした。しかし霊能者としては、美神さんに引けを取らないレベルのものを持ってました」

小竜姫様は月を見上げながら淡々と語る。

 

「とある大きな戦いで彼は勝利をおさめましたが、その代償として、恋人が命を落とし、二度と帰らぬ人に………詳しくは私からは語れませんが、彼のおかげで、世界は救われたと言っても過言ではありません。……恋人を亡くし、彼が負った心の傷は深い物でした。今も自分を責め続けてます。あの時の選択は本当に合っていたのか、もっと力があれば彼女を救えたのではないかと………」

3年前と言えば、世界同時多発霊災!もしや、その時の事ではないのか?横島師匠は世界同時多発霊災で何かと戦っていた。そして勝利した。霊災を鎮めることはできたが……その代償が、恋人の死………なんてことだ。あの師匠の馬鹿な事ばかり言ってる裏側には……こんなことが……

 

「さらに彼はその戦いで、ある種の呪いを受けたような呪縛にとらわれ、通常では回復不可能な状態に陥りました。しかし、亡くなった恋人が残した言葉が、横島さんの唯一の支えになり、彼はここで修行に励み、人智を超える力を得て、その呪縛を克服したのです。……彼女が残した言葉とは横島さんに生きてほしいという内容のものだったようです」

……さらにそんな事が……横島師匠は俺に修練をつけてくれながらも、自らもここで修行に励んでいたのか……なんて人なんだ!

 

「小竜姫様……横島師匠は」

 

「横島さんは今も彼女の事を思っているでしょう。……とても私が入る間など今はありません」

だからキヌさんは告白ができなかったのか。そして小竜姫様も……俺は何て馬鹿な事を今迄師匠に言って来たんだ。知らなかったとは言え………

 

「小竜姫様は……」

 

「はい、私も彼が好きです。支えになって上げたいと思っております。今はそれだけです」

そう言って俺に笑顔を向ける小竜姫様

 

「そうですか……」

 

「そういえば、先日横島さんが比企谷さんの事を、自分の事のように嬉しそうに褒めてました。『俺の弟子が……八幡が、大切な子達を命がけで守り切ったんです。俺が出来なかったことを、あいつは……』って、あまりにも褒めるものですから、さすがの私もヤキモチを焼いちゃう位でしたよ」

 

「師匠がそんな事を」

あの時の事か、京都の茨木童子の時の……師匠がそんな風に言ってくれてたのか、かなり嬉しいんだが!さっきまでの陰鬱ともやもやしていたことが、一気に晴れたような気分だ。

 

「だから、比企谷さん自信を持って下さい。横島さんは十分あなたを認めてますよ。そのうち横島さんの心の傷が癒えたのなら話してくれます。きっと」

この話、流石に言えなくて当然だ。美神さんもキヌさんも……話せるわけがない。

 

「ありがとうございます。大分すっきりしました。小竜姫様」

俺は椅子から立ち上がり、深く頭を下げ礼を言う。

 

「それと、ここでの話は内緒ですよ。横島さんに知られたら、きっと怒られちゃいますから」

小竜姫様はニコっとした笑顔と同時に人差し指を唇に持ってきて、内緒のポーズをとる。

 

俺は再度、小竜姫様に頭を下げ、この場を後にする。

 

 

体が動かしたくてたまらなくなり、しばらく自主訓練に励んだ。

 

その後、泊ってる部屋に戻ると、横島師匠が寝ずに待っていた。

 

「なんだ八幡……こんな遅くまで、まさか!小竜姫様の湯あみを覗きに!!」

何時もの、悪戯っぽい笑顔でそんな事を言ってくる横島師匠。

 

「違いますよ。ちょっと技の訓練をしてたんです。ようやく、あのとんでもない修行にも慣れてきたんで」

 

「ん?なんだ?なんかいい事でもあったのか?」

横島師匠は俺の顔を見て、そんな事を聞いてきた。

 

「なんでもありませんよ。もう寝ますよ」

そう言って俺は床に就く。

どうやら、俺はニヤケた顔になっていたようだ。




皆さまお分かりですね。
世界同時多発霊災とは、アシュタロスとの戦いの事です。
亡くなった恋人とはもちろんルシオラ

ただ、アシュタロスの戦いは関係者以外の人々の記憶には残っておりません。
それはおいおいと……


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㊾ドラゴンへの道、その5

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きです。


小竜姫様が語ってくれた横島師匠の過去。

内容が内容だけに詳細までは教えてもらえなかったが、それでも今の俺には十分だった。ここに来てからずっともやもやしていたが、心の枷が外れたようなすっきりした気分となる。

横島師匠の過去か……

恋人が居てた事にも驚きだが、その大切な人を3年前の世界同時多発霊災で亡くしていたなどとは、普段の師匠からは想像もつかない。しかもその影響で師匠は、命に係わる霊障か呪縛をうけていたらしい。それを克服するために、ここで修行を……

 

世界同時多発霊災。世間一般では地球の霊的バランスが偶然が重なり、狂いが生じて起こったと言うのが一般的な見解ではあるが、秘密結社による陰謀説や、宇宙人による同時多発テロとか、魔族の侵攻だとか、諸説がある。

小竜姫様の話しぶりから、実際には横島師匠、いや、当時のGSは世界同時多発霊災を起こした『何か』と戦っていたという事だ。

それが何なのかは今の俺には知る由もないが、そのうちにきっと話してくれるだろう。

 

 

修行もついに6日目、残るは後1日を残したところで、修行の総仕上げと言う事で、

午後の修行は、対戦方式らしい。

 

横島師匠には毎日組手をしてもらってるから、小竜姫様が直々にと、期待を膨らましていたのだが、対戦相手は小竜姫様が使役してる魔獣らしい。

 

例によって、修行場の異世界の扉を開くと、そこには大きな石柱が円形に並び囲んでいるだけの、シンプルな対戦場があった。但し、その石柱の外に、人ひとりが乗れるぐらいの石舞台が対面に設置され、何やら術式陣が刻まれていた。

 

「比企谷さん、その石舞台に乗ってください」

 

「対戦場ではなく、ここにですか?」

 

「はい」

 

俺は小竜姫様に促されて、見たことがない術式陣が刻まれた石舞台に乗ると、術式陣が青白く発光し起動する。

 

すると、目の前に巨大な影が表れる。

 

「な…これは?」

俺はその巨大な影を見据えてから、後ろを振り返り、対戦場の外延で控えていた横島師匠と小竜姫様に尋ねる。

 

「シャドウです。あなたの内なる霊気、霊力、霊格、心をその術式で強制的に具現化したものです」

 

「固有の式神みたいなものですか?」

 

「まあ、近いところもあるが、根本は別物だな。もう一人の霊的側面のお前と言ったところか、ニュアンスはGSで言うところのペルソナだな。もっとわかりやすく言えば、漫画のジョジョのスタンドみたいなものだ」

ペルソナか、使い手に会ったことは無いが、式神よりも強力と聞いてる。確か日本には居ないしな。

まあ、俺的にはスタンド使いの方がカッコよくていいけどな。そうかこれで俺も今だけ限定のスタンド使い(仮)か!中二心をくすぐる展開だな!!

 

しかし、俺のスタンド(シャドウ)。人のような形をしてるけど、いまいち形が定まっていないと言うか、真っ黒な霧が人の形をなしてるだけのようなそんな地味な感じの奴だ。そういえばドラクエにこんな敵いたなシャドーだったか、……シャドウがシャドーって、そのまんまだな。しかも全然カッコよくないんだが……

クレ〇ジーダイ〇モンドとか、ス〇ー・プラ〇ナとか、ああいうカッコいいのがよかったんだが!

 

「横島師匠。スタンドじゃない、シャドウってみんなこんな感じなんですか、なんかあまり、パッとしないと言うか、なんていうか、こう……」

 

「いや、美神さんのは、女騎士って感じで、かっこよかったぞ」

……もしや俺だけ?こんな感じなのは。

 

「先ほども申しましたように、シャドウはその人の霊気、霊力、霊格、心を具現化したものです。そのシャドウの姿は、あなたの心やあり様を映したものでしょう」

小竜姫様、それは、俺の心のあり様がこの黒い霧みたいな奴ってことは、地味で暗くて、パッとしなくて、形も不安定なこいつと一緒であふやな奴で、ドラクエのシャドーと一緒でザコキャラってことでしょうか?

なにそれ、一気にテンション下がるんですが……

 

「ち、因みに横島師匠のはどんなでしたか?」

 

「お、俺か?……まっいっか。ほれ」

横島師匠は最初は渋った顔をしてたが、気が抜ける掛け声と共に、シャドウを顕現させた。

流石師匠、術式を介さずにシャドウを出すことが出来るとは……

いやしかし、なんだこりゃ?

 

横島師匠がポワンという音と共に顕現したシャドウは、

80cmくらいの大きさで、二頭身江戸時代の漫談師か道化のような恰好した、いかにも弱そうで役に立ちそうもないシャドウだった。

なにこれ?……横島師匠のだから、とんでもなく強そうなシャドウだと思ったんだが………

 

「だんさん、久しぶりでんがな。ワイの事、もう、忘れてもうたかと!……ん!?こっちのボンは、どなたはん?」

しかし、そのシャドウ、俺のと違って、明確な意思を持ち、しゃべる事が出来るのだ。

なぜかこてこての関西弁をあやつり、いかにも調子の良さそうな奴だ。

 

「はぁ、俺の弟子だ」

呆れ気味に答える師匠。

 

「ぷくくくくっ、だんさんの弟子?その目~、ゾンビの間違いでっしゃろ?まあええか、パッとせえへんけど、挨拶だけはしてやろか」

横島師匠の妙ちくりんなシャドウはそんな事を言いながら、こっちに近づいてくる。

なんで、上から目線なんだこいつ。

 

「儲かりまっか?」

横島師匠のシャドウは、手に持った扇子を自分の頭にポンと当てながら、ニヤケ顔で妙な挨拶をしてくる。

その挨拶は知ってる。近江商人や船場商人の挨拶の仕方だ。知識として知ってるが、普通に挨拶しろよな!

 

「……こんにちは」

 

「けっ、ノリ悪いな。『ぼちぼちでんな』やろそこは!はぁ~これだから東京もんは」

異様にムカつくんだがこいつ。

 

俺のその感情に反応したのか、俺の黒い霧のシャドウが横島師匠のシャドウの頭を鷲掴みにして、

締め付ける。

 

「な、なにするんやーーーー!!」

 

 

横島シャドウが俺のシャドウに頭を絞められて、泣き叫ぶのを余所に、師匠に質問する。

「……横島師匠、これは何の冗談ですか?」

 

「わるかったなーーーー!!これが俺のシャドウなんだよ!!俺ももっと別のがよかったんやーーー、なんで俺だけ大昔のコテコテ漫才師みたいなシャドウなんやーーー!!」

横島師匠も涙をちょちょ切らしながら、頭を左右にブンブン振って、嘆く。

……まあ、わからんでもない。この人、根っからのギャグ体質だしな。いくら強くても、人の根本は変わらないと言う事か。

 

泣き叫ぶ横島シャドウと涙を流し嘆く師匠を余所に小竜姫様に尋ねる。

「シャドウって話すことが出来るんですか?」

 

「ない事も無いのですが……、そのあの様に、本人の意思と無関係に独立して、会話をするシャドウは横島さんのシャドウだけです」

小竜姫様は困ったような表情で答える。

やっぱ特別なのか、というか、あれもギャグ体質がなせるわざなのだろうか?

 

「………小竜姫様、このシャドウを使ってどのような修行をするのですか?」

俺は気を取り直し、肝心な事を小竜姫様に聞いた。

 

「シャドウは比企谷さんの霊的構造がむき出しになったものです。シャドウが強力な相手と戦うことで、比企谷さんの霊的構造を直接鍛えることができるのです」

 

「なるほど、そういう修行なんですね」

俺のむき出しになった霊的構造であるシャドウを鍛えることによって、効率よくパワーアップできると言う事か。

 

「だったのですが、意味がなさそうですね。……比企谷さんは、この6日間でこの修行を行わなくても良いぐらいにパワーアップしてます。あとそのシャドウ、今から戦う者達(魔獣)では手に負えないでしょう」

確かに、俺の霊的ポテンシャルはこの6日で自分で驚くほど伸びたように感じる。

この修行の必要性がなくなったのは、パワーアップしたからという理由じゃなさそうな言い回しだな。

 

「どういうことですか?」

 

「そのエレメント系のシャドウ。直接攻撃がメインの今から戦う子達(魔獣)ではダメージを負わすことができないでしょう。比企谷さんの心の持ちようはなかなか面白いようですね。それと霊的ポテンシャルは美神さんと似てると思っていたのですが。ここでの修行で、大分異なる事がわかりました。それがこのシャドウにも表れてます。それにまだ伸びしろは十分にありますよ。さすが、横島さんが見込んだだけはあると言っていいでしょう」

小竜姫様に褒められて、めちゃ嬉しいぞ。

しかし、俺の心の持ちようが面白いってなんだろうか?

それと、霊的ポテンシャルが美神さんと異なるってのも気になる。

 

「それって……」

 

「とりあえず、石舞台から降りてください」

 

「はい」

俺はシャドウを顕現させる術式が彫り込まれた石舞台から降りると、それに伴い、俺のシャドウもスッと消える。

 

「何してけつかんねん!!」

横島シャドウは俺のシャドウから解放され、俺に文句を言おうと飛んでくるが、小竜姫様に首根っこ捕まえられる。

 

「横島さんシャドウを戻してください」

 

「ううう……なんでや、なんであんなんなんやーーー!」

横島師匠は嘆きながら、シャドウを消す。

いや、横島師匠があれだけ強いんだ。変なシャドウだろうと、とんでもない力を秘めているに違いない。

「因みに、横島師匠、あのシャドウ、何ができるんですか?」

俺は慰める意味も含め、横島師匠に聞く。

 

「ふはははははっ!!八幡ビビるなよ!!派手な応援が出来る!そして、覗きとかお触りだ!!それ以外は全く無い!!ふはははははっ!!」

おいーーー!!何そのシャドウ、全くの役立たずじゃねーか!しかも質が悪い。普段の横島師匠がやってる行動と同じじゃねーーか!!霊気や霊力、霊格と心を具現化したものじゃないのか?心の、しかも邪な部分だけじゃねーか!!霊気とか霊力とか霊格とかどこに行ったんだ!?

涙を洪水のように流しながら高笑いしてるよ、横島師匠。アレに比べれば、きっと俺のシャドウの方がましだな。姿はあんな感じだけど、小竜姫様も褒めてたしな。

横島師匠、よっぽどあの漫才師シャドウが気にくわなかったんだな。

 

ん?……ちょっとまてよ。横島師匠の中に、さっきのシャドウの気配以外に何かあるよな……

 

 

「比企谷さん、対戦場に入ってください。今から召喚する子達(魔獣)と直接戦ってください」

何時までも、涙が止まらない横島師匠を余所に、小竜姫様を俺に対戦場へと促す。

 

「わかりました」

俺は頷き、対戦場へ

 

「この6日間の修行の成果を見せてくださいね。では、召しませ剛練武(ゴーレム)!!」

小竜姫様はニコっとした笑顔でそう言い、背丈は5mはあろうかという一つ目の巨人が現れる。そのからだ鉱石か何かでできてるのだろうか、鈍い光沢を纏っている。

その姿から、防御力が高い魔獣だと想像できる。

 

「では、始め」

 

 

剛練武と呼ばれた魔獣はゆっくりとした動きでこちらに向かって来る。

 

俺は霊力を高め身体能力強化をし、相手の後ろ側に回り込む。

が……かなりのスピードが出て、離れすぎる。

体が以前よりも大分と軽い。

修行の効果か、霊気から練れる霊力の力が以前に比べ、かなり高まっている。身体能力強化もそれに伴いかなりアップしているぞ。

思った以上のスピードに、自分でコントロールがきかない。

 

「くっ」

 

俺は相手の動きが遅いのをいいことに、パワーアップした身体能力強化になれるために、相手間合いの外で動き回る。

 

そろそろいいか。

俺は霊気を放出させ、対戦場に満たす。

横島師匠に修行中封印されていた霊視空間把握能力を発動させ、攻撃準備に入る。

 

これは、……相手の動きが前よりも正確に……

あそこに隙がある。体は防御力が高いが明らかにあの大きな一つ目の防御は薄い。

俺は自然とそんな事が理解できていた。

相手の動きだけでなく、相手の身体能力の把握まで出来るようになったようだ。

 

剛練武は俺の動きに全くついて行けていない。

剛練武の振り向きざまに、俺は奴の顔面に目掛け大きくジャンプし、右手に霊波刀を顕現させ、その大きな一つ目に突き刺す。

剛練武はうめき声と共に、仰向けに地面に倒れた。

 

「………」

俺は自分の体を確かめるように、腕や腰のストレッチをする。

自分で言うのもなんだが、修行の成果は確実に出てる。

しかも、自分でも確実な違いが実感できるぐらいに。

 

「いい仕上がりですね。次行きますよ」

「八幡。そんなもんじゃないだろ?次はすべての感覚をフルに使ってみろ」

小竜姫様は満足そうに頷き、横島師匠はアドバイスをくれる。

 

俺は大きく頷いて見せる。

 

「召しませ、蝸刀羅守(カトラス)」

小竜姫様は次の魔獣を呼び出す。

 

すると、四肢や背中など全身が鎌等の刃物で出来た虫のような型の魔獣が現れた。

見てるだけで、こっちが痛くなってくるようなフォルムだ。

 

「では、初め」

 

でかい図体のわりにはかなりスピードだ。

こっちに一気に迫って、腕の鎌を振り下ろし、さらに次々と全身の鎌を使って薙ぎ払ってくる。

俺は霊視空間把握能力をフルに使って、それらの斬撃をすべて避ける。

やはり、ただ単に相手の動きが見えるだけじゃない。相手の霊的構造が透けて見え、霊気や霊力の動きが見える。それによって相手の霊的に強度が高い部分や弱い部分が見えてくる。

単純な弱点が手に取るようにわかる。

 

こいつ、四肢と体の付け根の関節の可動域が狭いな。ならば。

俺は相手が次々と放ってくる斬撃を読み切り、避けながらも四肢のバランスを徐々に狂わしていくように誘導する。

 

踏ん張る鎌足と攻撃鎌足とのバランスが徐々にくるって行き、蝸刀羅守は遂に無理な体勢で腕を振り上げ斬撃のモーションをとった。

 

ここだ!

俺は蝸刀羅守の踏ん張っている一本の鎌足の足元にサイキックソーサーを数発投げ込む。

完全にバランスを崩し横倒れになるのを、もう一本の鎌足で踏ん張ろうとしたところ、霊波刀で薙ぎ払う。

 

蝸刀羅守は完全にバランスを失い。仰向けにひっくり返る。

四肢の鎌足をバタつかせていたが、起き上がれない。

 

やはりな……

こいつの四肢の付け根の可動域ではこうなるとなかなか起き上がれないだろう。

攻撃力は中々のものだったけど、仰向けになったら戻れないって、生物としてどうなんだこの魔獣。

 

「そこまでです」

小竜姫様は試合終了の合図をする。

 

「ふぅ」

今のはさっきよりも、見えたな。

しかし今の試合の最後の方、相手の動きが若干スローモーションのようにも見えたような。

あれは気のせいか……

とりあえず異界修行場での修練の効果がでたってことだろう。

体が軽い。動きも霊視空間把握能力に十分ついていけてる。

霊視空間把握能力の性能も向上してるな。相手の霊的構造までも見えるような感覚だ。

霊波刀もサイキックソーサーも前よりも威力が上がってるのも感じる。

 

俺は対戦場から外に出ようとすると……

 

「すでにこのレベルですか。あの子達では、比企谷さん相手では物足りない感じですね。彼をもうひと伸びさせるには………比企谷さん。私と対戦しませんか?」

小竜姫様に何やら呟きながら、対戦を申し込まれた。

 

「小竜姫様とですか……流石にレベルが違うと言うか」

始めに小竜姫様の解放した霊圧を浴びたが、明らかにあの茨木童子を上回っていた。

修行の成果がでたとしても、流石にあのレベルでは手も足も出ないだろう。

 

「これも修行の一環だと思ってください。私は手加減しますので、比企谷さんは全力で来てくださいね」

 

俺はこの申し出をうけるかを横島師匠に確認するために、アイコンタクトをとると……

 

「八幡、はじめっから全力でな。手加減とか考えてたら一瞬でやられるぞ」

横島師匠は了承と共に、大雑把なアドバイスをくれる。

 

当然そうなるよな。

 

「小竜姫様、よろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそ」

 

こうして、小竜姫様との対戦が始まるのだった。

 

 




次回でドラゴンへの道は終了します。

今の所は八幡は全体的にパワーアップした感じです。
今の所は……


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㊿ドラゴンへの道、その6

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

それでは続きを



小竜姫様と対峙する俺。

 

異界空間修行場の対戦場で、今から手合わせを行うのだ。

小竜姫様は、見てる分には東洋風ファンタジー系コスプレ美少女なんだが……

 

「では、参りましょうか」

小竜姫様から、凄まじい霊圧が放たれる。

 

「くっ」

流石は女神様ってところか、なんて霊圧だ。しかし、出会った時には一歩も動けそうもないという感じだったが、今は体が動く。

あの厳しい修行のおかげか。

 

俺は霊気を一気に霊力に変換し、身体能力強化を行い、さらに、霊気を体から放出し続け、霊視空間把握能力の準備を進める。

 

小竜姫様が、一気に俺の眼前に迫る。

「速い!」

 

そして、小竜姫様は掌底を俺の胸下辺りに放つ。

俺は両腕で受けつつ、威力を殺すために、上半身を逸らし、掌底の威力を体の外に逃がす。

俺は逸らした上半身の勢いを使い、その場で一回転し、サマーソルト気味に、小竜姫様の右肩口から首にかけて、蹴りを放つ。

小竜姫様は左に避け、難なくかわす。

 

しかし、小竜姫様は左に避けるのと同時に、下段回し蹴りを放ってきた。俺の着地際を狙われたのだ。

俺は体を無理やり傾け、腕から地面に着地し、側転のような受け身で、横に大きく飛びのく。

 

「武術もかなりの出来栄えですね。私の動きをよく見えてます」

 

「………」

全く気を抜けない。今のがギリギリだ。

俺は近距離は危険だと判断し、じりじりと後ろに下がり、間合いをあける。

凡そ、小竜姫様との間合いは15mといったところか。

 

「では、こういうのはどうでしょうか?」

小竜姫様はそう言って、腰の剣を抜き構え、その場で振り下ろす。

 

すると目に見えない霊力の斬撃が俺に向かって放たれた。

霊視空間把握能力が無ければ全く感知できない代物だ。

俺は、それを体捌きで避け切る。

 

そして、その攻撃が次々と角度や速度を変えて飛んでくる。

それらをギリギリ何とか避けきった。

 

「これも避けますか、霊視空間把握能力とはなかなかのものですね」

小竜姫様は感心したように言う。

 

俺はその間も油断なく小竜姫様を見据え、さらに、修行で成長した霊視空間把握能力を使い、小竜姫様の弱点を探ろうとする。

しかし、レベルの違いなのだろうか、小竜姫様の体全身に光を放つように見えるだけで、弱点や霊的構造が把握できない。いや、背中の一点のみに力の源のように強い力を感じる。

 

そこが弱点だろうか……いや、いやな予感しかしない。

 

「でも、これには大きな欠点があります」

小竜姫様はそう言うと、さらに霊圧を上げ、全身から霊気が嵐のように吹き荒れる。

すると、対戦場に満たされていた俺の霊気が吹き飛ばされた。

 

「これで、あなたの霊視空間把握能力は使えませんね。……?なかなか、あなたの周囲3メートルは死守したと言う事ですか」

小竜姫様はそう言って、感心したように頷いていた。

 

そう、この弱点は俺も知ってる。美神さんや横島師匠には何度となく指摘され、手合わせで同じように破られていたからだ。

だから、それを克服した。いや正確にはまだ改良中だ。ようやく実戦で使えるレベルになり、なんとか周囲3メートルは死守できるようになった。

異なる濃度の霊気を薄い膜状にして重ね合わせ、霊気の層を俺の周囲3メートルに作り上げたのだ。

これは最初に消費する霊気は多少大きくなるが、霊気の層のおかげで、霊気の拡散が防ぐことができ、結果的にはこの3メートルの間合いに関してだけは、霊気消費量は抑えることができるようになったのだ。

 

「では、その間合いでどこまで、出来るのか見せてもらいましょう」

小竜姫様は、先ほどの目に見えない斬撃を飛ばしてきた。

 

約15メートル離れた場所からの目に見えない霊力の斬撃は、俺の霊気が満たされていた先ほどまでは小竜姫様が放った瞬間から把握できたが、今は正確に判断するには俺の霊気の層の間合い3メートルのみだ。後は小竜姫様の剣を振り下ろすモーションで飛んでくる斬撃の角度やスピードを予測するしかない。

俺は、集中力を高め、凡その斬撃角度とスピードを予想し避けつつ、3メートルの間合いに入ってきた斬撃の正確な情報を得て、サイキックソーサーを盾に捌いて行く。

 

「勘、ではないですね。これをその状態で避けますか。頭脳もセンスもかなりのものを持ってますね。流石は横島さんの弟子と言ったところでしょうか」

 

「………」

集中だ集中。集中を切らしたらおしまいだ。これが神魔と人間の明確な差なんだ。

これが修練でなく、本当の死闘ならば一つ間違えば死ぬ。

 

「では、ちょっと本気を出してみましょう。覚悟はいいですか?」

 

「………」

俺は頷くこともできず、唾を飲み込む。

分かっていた事だが、先ほどまで小竜姫様は俺に合わせて手加減していたんだ。

本気とは……

 

とりあえず集中、集中だ……

 

 

「がっ!!」

 

俺は一瞬のうちに吹き飛ばされ、対戦場を囲む柱に激突していた。

 

「ぎりぎりで体を捻り、直撃を避けましたか」

 

何が起きた!一瞬小竜姫様が光ったと思ったら、既に俺の霊気の層の間合いの中だった。

反射的にサイキックソーサーを強化し、体を捻るのがやっとだった。

多分、超スピードによる攻撃だろうが、目では全く見えなかった!

 

俺は柱に手をつき、辛うじて、立ち上がる事が出来たが………今のは対処がしようがない。

俺の意識が辛うじて感じる程度の一瞬の出来事だ。考えて対処できる間も無い。

 

 

「それでは、もう一度」

小竜姫様は構える。

 

 

もっと集中、集中だ!来る!!

 

 

え?……

 

 

「!?今のは!」

小竜姫様は驚いたように俺の方に振り向く。

 

俺は地面にしりもちをついていたが、小竜姫様の超スピード攻撃を避けていたのだ。

 

先ほどとは違っていた。

小竜姫様が一瞬光ったのまでは一緒だ。

俺の間合いに入った瞬間、小竜姫様の動きが先ほどと違って、コマ送りのように感じることができたのだ。俺は避けようと意識するが、それでも体はついて行けないと思ったが、何故か避けることができた。

 

そして、俺の目の前には黒い霧のような塊が漂い、一塊の雲となり集合していった。

シャドウだ!

形は異なるし、サイズは随分小さいが、さっき石舞台の召喚陣で顕現させたものと同じだ。

なぜ?石舞台の結界陣の外なのに、なぜ俺のシャドウが顕現されてるんだ?

しかし、今の……たぶんこのシャドウが何かしたんだ。

 

「……ふう、それがあなたの新しい力と言う事ですか。比企谷さん」

小竜姫様は、剣を鞘に納め、俺の方へ歩む。

 

「おお?面白そうな能力だな。それ」

横島師匠も俺の方に歩いてくる。

 

「あの、シャドウが勝手に……。どういう事なんですかね。俺、召喚陣や術式なんて知らないし」

 

「まあ、シャドウは本来、自分の内面を具現化したもんだからな、それを理解すれば、出し入れできる。しかし、どうやらそう言う理由じゃないようだな……八幡、霊視空間把握能力を解除しろ」

 

「あ、はい」

俺は横島師匠に従い、霊視空間把握能力を解除する。

すると、シャドウも消えてしまった。

 

「やはりな……」

「そういう事ですか」

横島師匠と小竜姫様はアイコンタクトを取り頷く。

 

「どういうことですか?」

 

「八幡の霊視空間把握能力は自分の霊気を空間に満たして出来てる。さらに、改良し、相手の霊気や霊圧に屈しないよう霊気の層を作り、その内部は八幡の霊気が満たされているわけだ。いわば霊気の結界のようなものだ。シャドウとは霊気、霊圧、霊格、心が具現化したものだ。お前が作ったこの霊気の結界はいわば、お前の霊気構造の一部と言っていいだろう。

先ほど、シャドウを無理やり、召喚陣で呼び起こした影響だろう。

限定的ではあるが、お前のその霊気の層で作りだした霊視空間把握能力の中で顕現できるようになったようだな」

横島師匠の話から、どうやら、霊視空間把握能力の霊気層3メートル範囲の中限定でシャドウを顕現できるようになったようだ。

 

「え?そんな事が……それもそうなんですが、何故か小竜姫様の動きが少しゆっくりに見えたんです」

シャドウの件もそうだが、小竜姫様の動きが若干遅くなったように見えた。

 

「私はそのシャドウが現れるのを確認し、シャドウごと比企谷さんを薙ぎ払うつもりでした。しかし、シャドウに触れたと同時に、若干の抵抗を感じました」

 

「俺は外から見たので、よくわかりましたが、八幡の影から現れたシャドウが小竜姫様に立ちふさがりました。防御したというよりは、シャドウに触れた小竜姫様のスピードが一瞬緩くなったように見えました」

 

「なるほど、エレメント系のシャドウにそういう特殊能力がある事は聞いたことがあります」

 

「でも師匠、俺はそれでも小竜姫様のスピードを避けれる気がしませんでした」

俺は一瞬コマ送りのように見えた小竜姫様の突進にわずかに体が反応したのみだった。

完全に避け切るタイミングではなかった。

 

「俺の予想では八幡のシャドウが小竜姫様に触れることにより、小竜姫様のスピードを緩める事はできた。しかし、小竜姫様の霊力と突進力に負け、霧散したんだ。その反発力で八幡は吹き飛んで避ける事ができた。偶然避けれたようなもんだ」

 

「そういうことでしたか」

小竜姫様は横島師匠の意見に納得する。

 

「根本の能力はわからないですが、小竜姫様のスピードが落ちたのは事実です」

 

「とりあえずは、検証が必要そうですね」

 

小竜姫様と横島師匠はこのシャドウについて色々と話し合っていたが、実際に俺のシャドウを出して検証してみることにした。

結果わかったことは、やはり霊視空間把握能力の3メートル範囲の霊気の層内でのみ、シャドウを顕現させることができるということ。シャドウ自体は闇属性のエレメントタイプであること。出来ることは触れた相手の相対速度を遅くすること。シャドウ自身防御力が高いわけではないが、この霧状の体のおかげで相手の攻撃が効きにくいようだ。

シャドウが石舞台の召喚陣で顕現させた時に比べ、形とサイズが異なるのは、まだまだ、不完全な状態であるからだそうだ。今はこんな申し訳程度の能力しかないが、俺次第で、成長するとの事だ。

 

それよりも、横島師匠と小竜姫様は俺の霊視空間把握能力の改良版である。霊気の霧散と拡散を防ぐ、3メートル周囲の霊気層を褒めてくれた。

小竜姫様が、この3メートル周囲の霊気層を霊視空間結界と名付けてくれた。

限定的だがシャドウが顕現するのも、この霊視空間結界あってのことだと。

 

この後、しばらくシャドウの検証を1人で行う。

小竜姫様にはシャドウに名前を付けるように言われたな。

そうすることで、より一層シャドウとの結びつきが強くなるとの事だ。

シャドウか、俺も限定的だがスタンド使い、元い、シャドウ使いの仲間入りだ。

何か、かっこいい名前を付けてあげたい。

 

闇のエレメントで黒い霧が集まった雲みたいな形だしな……

 

「我が定めし運命に従い顕現せよ!!ダーク・アンド・ダーククラウド!!」

俺はポーズをとり、空に向かって手を掲げ叫ぶ。

うむ…決まった…な……

 

「八幡夕食だぞと……お前なにやってんの?中二病がまた発病した?」

急に俺の後ろから横島師匠が声がかかる。み、見られた!?

 

「………横島師匠いつからそこに?」

俺は多量の冷や汗を流しながらギギギと首を後ろに回し、横島師匠に尋ねる。

 

「ぷくッ、『我が定めし運命に従い顕現せよ!!ダーク・アンド・ダーククラウド!!』て、ところだな。ぷくッ!」

横島師匠は笑いを堪えながら、俺の物まねをする。

 

「これはその、あのー、そのですね」

全部じゃねーーーか!!全部見られた!!ど、どうする!!

 

「あーーはっははっはーーーー!!八幡、お前時々あるよなそれ!!ぷくくくくくッ!それ雪ノ下ちゃんや由比ヶ浜ちゃんが見たらどう思うよ!!」

 

俺は横島師匠の真正面に立ち、両肩を思いっきり掴み、横島師匠の顔から視線を外しながら、低い声で早口に言う。

「今の忘れてください。……その二人には絶対言わないでください。人生終わってしまうんで」

 

「お、おう」

横島師匠はわかってくれたようだ。

絶対だぞ、絶対だからな。言ったら泣いちゃうからな。

 

 

この後、夕食には小竜姫様お手製のお節料理をふるまってくれた。

折角ふるまってもらったのに、先ほどの事で、何を食べたのかも記憶に残らなかった。

そういえば、今日元日だったな。

 

横島師匠や小竜姫様に褒められたのはうれしいし。

新しい技も認められ、限定的だがシャドウも使えるようになった。

すばらしい日になるはずだったのに。

 

最後、すべてが台無しに。

俺はその日の夜。布団を頭まで被り、恥ずかしさに悶えていた。




八幡の修行の結果

霊気、武術、五感、全体的にパワーアップ。
サイキックソーサーや霊波刀もバージョンアップしてる。

八幡の固有特殊能力パワーアップ

霊視空間把握能力
自分霊気を場に満たすことによって、霊気が満たされた場に入った相手の動きが正確に把握できる。ある程度の霊視も可能。
今回の修行で霊視部分がパワーアップ
相手の霊的構造体を把握できるようになり、単純な相手の弱点を見ることができる。

霊視空間結界(霊視空間把握能力の上位バージョン)
3メートル範囲に霊気層を作り、霊気の拡散の霧散を防ぐ。
霊気量消費を抑える。
副産物として、その範囲内であればシャドウが使える。
シャドウは今の所、相手の動きを遅くできるの力を持つ。
攻撃が効きずらい特性がある。
また、若干だが防御や攻撃も出来る。



八幡の現在の強さは文殊獲得直前の原作横島くん位かな?


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【六章】三学期編
(51)新年早々


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


㊿のあとの51ってないんですね。
だから()になっちゃいました><
ここまで長くなるとは最初は思ってもみなかったので……

いきなり新章ですね。前回で修行編は終わりで、今回から三学期編です。


1月2日の夕方。

俺は1週間ぶりに家に帰った。

妙神山の修行を無事終えた俺は、妙神山から横島師匠のアパート直通の転移ゲートを使い、一瞬で東京に帰ってきたのだ。行きの険しい山登りは何だったんだろうか?

先に、美神さん達に年始の挨拶をと事務所に戻ったのだが、美神さんは留守だった。

人工幽霊によると、美智恵さんに無理やり連れていかれたとか、なんでも美神さんの実家で親子4人水入らずで正月を過ごすらしい。そう言えば美神さん、親父さんと折り合いが悪いと聞いていたが、年の離れた20歳年下の妹のひのめちゃんがいるし、美智恵さんは再婚して、今の親父さんは義理の親父さんなのかもしれないな。

キヌさんは東北の実家に帰省、シロも人狼の村に帰省していた。

 

タマモはやはり俺の実家だった。タマモは親族は居ないといっていた。数千年も生きてる金色白面の九尾の狐っていう伝説級の妖怪だしな。親とか元々いないのかもしれない。しかし、昔の妖怪仲間とかはいないのだろうか?まあ、親父とかあちゃんはタマモが泊りに来て、めちゃ喜んでたらしいがな。

俺が帰ったと同時に、あの親共は旅行に行きやがった。あれだ。土御門さんに貰った土御門家が経営してる温泉旅館のタダ券だ。3泊4日らしい。

小町は受験生なんだぞ。あの親共は!どういう神経してるんだ!

「後は任せた」とか言って、俺に一切の家事を押し付けて出かけやがった。

 

タマモは普段泊りに来る時は、小町の部屋で一緒に寝泊まりすることが多かったのだが、流石に受験の追い込み時期と言う事で、俺の部屋で寝泊まりしていたようだ。

帰ってきた俺が見たものは、乱雑だった部屋はきれいに片づけられ、ベッドの布団やシーツ、窓のカーテンは女の子らしく白のレース調に新調され、僅か一週間で俺の部屋から八幡要素がほぼ消されていた………因みに、すべて親父の仕業らしい。

あのクソ親父、息子を何だと思ってやがる。

……お子様には言えない秘蔵書の存在はバレてないだろうな。親父の奴、そこまでやるなら、気を利かせて、処分なり、天井裏なりに隠しておいてたりしてくれれば助かるのだが。

タマモの様子を見る限り今のところは大丈夫そうだ。

 

俺はタマモが泊ってる間、リビングで寝ることにした。

タマモは「一緒の部屋で寝ればいいじゃない」というが、流石にそうはいかないだろう。

見た目は、俺よりも少し年上の金髪美少女だからな、妙に色気もあるし、一緒の部屋で寝るとか俺の方が精神的に持たない。まあ、シロだったら大丈夫な気がする。

幸いリビングには、こたつもテレビもあるし、携帯ゲーム機とラノベがあれば退屈はしない。

 

食料も今の所、デパートで注文したのであろうお節料理が残ってるし、多量に食料は買い置きしてあったから、夕飯はお節の残りと適当な付け合わせで間に合う。

 

小町にはお土産で小竜姫様からもらったご利益のあるお守りを渡す。

まあ、勉学とかではないとは思うが、交通事故とかからは守ってくれそうな、神聖な霊気を纏ったお守りだ。

 

小竜姫様と言えば、今日の修行7日目の朝食の食卓に、いつの間にか、眼鏡をかけ、みすぼらしい服を着たサルが座ってたんだが……実はそのサルが、横島師匠と小竜姫様の師匠だった。

そして、俺はその名を聞いて大いに驚いた。

斉天大聖と名乗ったのだ。

知ってるか?

斉天大聖だぞ!!

ちゃんと西遊記を読んでる奴ならわかるだろうが、あの孫悟空のことだ。

孫悟空ってサルの描写で描かれてたけど、まんまサルだったんだな。

 

武神斉天大聖老師、孫悟空。武術や数々の仙術を極めた。神界きっての武闘派神様だ。

そりゃ、横島師匠も武神に鍛えて貰ってりゃ、武術も強くなるわけで。

 

握手してもらったし。「修行にまた来い」って言ってくれたしな。

流石の横島師匠も斉天大聖老師には頭が上がらないようで、「修行をサボってないか、わしが直に見てやる」って言われて、ギャグ飛ばして必死に逃げようとしてたしな。横島師匠が逃げるレベルってどんな修行だよ。

まあ、うちの師匠は嫌なことがあれば些細な事でも普通に逃げるか。

 

 

1月3日

早朝から小町とタマモと家をでる。

修行前に、由比ヶ浜とこの日に買い物に行く約束をしていたのだ。

別にデートとかではない。小町もタマモも一緒だしな。

雪ノ下の誕生日プレゼントを買いに行くためにだ。雪ノ下の誕生日は1月3日の今日だ。

はじめは別に一緒に買いに行く必要はないんじゃないかと断ったのだが、「だったら別に一緒に行ってもいいじゃん」と返してきた。由比ヶ浜にしては中々の返しに、思わず納得してしまった。

確かにそうだ。必要性は無いからと言って、一緒に行かない理由にはならないな。まあ、一緒に行く理由にもならないが。

どちらにしろ、この事を小町に知られた時点で、俺の負け決定だった。

俺が一緒に買い物に行かない理由が、小町によってどんどん消されていき、最後には強制的に一緒に行くことになった。

結局、俺は小町と由比ヶ浜と一緒に雪ノ下のプレゼントを買いに行く事になったのだ。

因みにタマモは小町の付き合いということで付いてきてる。

タマモも雪ノ下の事を知らない仲ではないから特に問題ない。

 

今日のスケジュールはこうだ。

午前中に誕生日プレゼントを買い、その足で雪ノ下の家に突撃し、1月3日誕生日の雪ノ下を祝うサプライズプランらしい。

雪ノ下が実家に帰ってたらどうするんだ?

 

千葉駅で由比ヶ浜と合流し、ショッピングモールに向かったのだが、ショッピングモールに入るなり、小町は用事を思い出したとかで、タマモとどこかに行ってしまった。

なんだ?このパターン。前にもあったような。

結局、由比ヶ浜と二人で雪ノ下のプレゼントを買うためにモールの店を回る羽目になる。

 

「ヒッキー、修行どうだった?」

 

「ああ、まあまあだな」

由比ヶ浜と雪ノ下には事前にGSの修行に行くことを伝えていた。

元旦の初詣を一緒に行こうと言う話があったが、俺はこれを理由に断ったからだ。

行先は流石に言えないが、こいつらに話したところで問題ないしな。

 

「うーん。なんかヒッキーたくましくなってるし」

由比ヶ浜は俺の腕を服越しに触って来る。

 

「暑苦しいからやめてほしいんだが」

由比ヶ浜さん。女子に免疫がない男子の体にべたべた触るもんじゃありません。

 

「さっき寒いって言ってたじゃん。別にいいじゃん。減るもんじゃないし」

 

「離してくれませんかね。人の目とか気になるし」

俺がそう言うと、由比ヶ浜は俺の腕を離してくれたのだが……

減るんだよ!主に俺の精神が!

 

「むー、ヒッキーの意地悪」

頬を膨らませる由比ヶ浜。

由比ヶ浜さん?この頃、さらに距離感が近くなってませんか?勘違いするからそういうのはやめてほしい。

 

由比ヶ浜は楽しそうに店を回り、俺はそれに引っ張られるようについて行く。

2時間程経ったところで由比ヶ浜はプレゼントを決めたようだ。

猫の手の形状のミトンだな。

いいチョイスだ。雪ノ下は料理もするし、大の猫好きだ。

俺も、その間にめぼしいものに目をつけ、買っておいた。

因みに俺のは、PC用のブルーライトカット眼鏡だ。

雪ノ下は何だかんだとよくノートパソコンを活用してるからな。

 

プレゼントを買ったときには既に昼時は過ぎていた。

小町にどこかで昼食をしようと連絡したのだが、急な用事で家に帰ったとか……

うちの妹はまじで何しに来たんだ。

付き合わされるタマモには、後で詫びでも言っておこう。

ちょっと高級そうな揚げでも買って帰ってやるか。

 

由比ヶ浜と昼食をとるためにモール内の喫茶店に入ると、意外な組み合わせの人物がテーブル席に座っていた。

 

「ゆきのん!…と隼人君だ!やっはろー!」

「うす」

 

「由比ヶ浜さん!比企谷君も!?」

雪ノ下は何故か驚き、狼狽してるような感じだ。

そんなに驚くことか?

……まあ、由比ヶ浜と俺が一緒に居ることに驚いてるのだろうが。

なんか前に、この逆パターンがあったな。あの時は、俺と雪ノ下が由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに行ったときにだ。偶然由比ヶ浜に遭遇して、こいつ俺達を見て、何故か慌てて逃げてったて事があったな。

 

「結衣とヒキタニくんも、久しぶり」

葉山はいつものイケメンスマイルで挨拶をする。

 

「ゆきのんと隼人君の二人が一緒なの珍しいね」

確かに珍しい組み合わせだが、陽乃さんに、葉山の家と雪ノ下の家は親同士の付き合いがあるとは聞いた事がある。その辺の理由で一緒に居るのだろう。

雪ノ下は葉山を嫌ってる節がある。学校では、わざと葉山を敬遠していたような態度をとってたな。

今もそうなのだろう。4人掛けテーブルなのに、わざわざ対角線上に座ってる。

 

「こ、これは違うの、その」

雪ノ下は珍しく慌てている。

俺を一瞥し何やら言動がしどろもどろに。

 

「ああ、親と共に年始の挨拶回りをしていてね。ほら、家と雪ノ下家はビジネスパートナーだから、それでさ」

葉山が苦笑しながら、簡潔に答える。

 

「へー、そうなんだ。と言う事はどういう事?」

 

「親同士が仕事とプライベートで昔から付き合っていてね。それで家族同士の交流もあるって、雪乃ちゃ……雪ノ下さんとは昔からの知り合いなんだ」

葉山が由比ヶ浜の疑問に答えるが、葉山が雪ノ下の事を下の名前で呼びそうになると、雪ノ下の氷の視線を浴び、苗字で呼びなおす。

 

「それって、幼馴染ってことじゃん。いいな~」

由比ヶ浜は理解が及んだようだ。

 

「わ、私は、別にそんなんじゃないわ。姉さんの代わりでここにいるだけだから」

雪ノ下は俯き加減で、チラチラと俺と由比ヶ浜を見ながら答える。

陽乃さんの代わりか、陽乃さんはもしかすると京都で、土御門家一門として挨拶回りをしているのかもしれないな。

 

俺は、この二人の親はどこに居るのだろうと周りを見回していたのだが、それらしき人物は見当たらない。それを察した葉山はその疑問に答える。

「今は、親達だけで挨拶に行っていてね。それでここで待ってるんだ」

 

「そうか、それは邪魔したな」

なるほどな。それならば二人の両親に出くわしたら気まずそうだな。

 

「じゃ、邪魔じゃないわ。私は丁度、時間を持て余していた所よ」

雪ノ下は語気を強くし、早口で言う。

 

「じゃあ、ゆきのん。隣座って良い?」

由比ヶ浜は雪ノ下の隣、葉山の前に座る。

俺も仕方がなく、葉山の隣、雪ノ下の前に座る。

雪ノ下は何故かホッとしたような表情をする。

 

「結衣とヒキタニ君はどうしてここに二人で?…聞くのも野暮だったかな?」

葉山は笑顔でそう言いながら、雪ノ下に視線を移していた。

葉山、なにか勘違いしてないか?

 

「二人で……」

雪ノ下は小さな声で呟き、俺と由比ヶ浜が持ってる買い物袋に視線を移していた。

 

「ちょっとね。その買い物に付き合ってもらってたの……」

由比ヶ浜は言い難そうにそう言う。

まあ、雪ノ下の誕生日サプライズプレゼントの事は言い難いわな。

ただ、このまま雪ノ下が親と挨拶回りに行くのなら、雪ノ下は実家に帰るだろうから、このプレゼントは今渡した方がいいのでは?

 

「そ、そう」

雪ノ下は俯き、2人の間に何故か微妙な空気感が流れる。

 

「ああ、小町とタマモもいたんだが、先に帰ってしまってな」

ん?なんだ。よくわからんが、誕生日プレゼントの事を隠そうとすると余計に面倒な事になりそうだな。

 

「そうなのね。小町さんとタマモさんも」

雪ノ下はホッとした表情をする。

 

 

「結衣はヒキタニ君と仲いいよね。いっしょにいると楽しそうだし」

何時もの感じでそう言った葉山だが、何か違和感を感じる。

 

「そ、そかな?」

由比ヶ浜は雪ノ下を見ながら遠慮がちな言い方をする。

 

「まあ、そこそこな」

俺は曖昧な表現で答える。

別に嫌ではない。今更だが、こいつらの前ではあんまり遠慮はいらんし、気が置けない感じはする。

今日みたいな人混みとかは超嫌だがな。

 

「え?…ヒッキー?」

「……」

 

「あれだ由比ヶ浜、今渡した方がいいんじゃないか?」

「え?……その、なんだっけ?」

ガハマさん、なんだっけじゃないでしょう?なに呆けてるんだ?雪ノ下の誕生日プレゼントの事だ!

雪ノ下もなんだ?さっきから、ホッとしたり、俯いたりと、浮き沈みが激しいんだが。

 

「そのだな雪ノ下、今日誕生日だろ?そのプレゼントを選んでだな。その後、お前ん家によろうとしたんだが……どうやら家の用事がありそうだしな、おめでとさん」

俺はそう言って、ラッピングしたプレゼントを雪ノ下に渡す。

 

雪ノ下は意外そうな顔をした後に、俯き加減になりプレゼントを受け取る。

「あの、その…ありがとう」

 

「実はそうだったんだ。ゆきのんにサプライズプレゼントしたかったんだけど、ゆきのん、この後も用事ありそうだし……誕生日おめでとう。ゆきのん!」

由比ヶ浜も俺に習い、プレゼントを渡す。

 

「ありがとう。由比ヶ浜さん」

雪ノ下は今度は由比ヶ浜の顔をしっかりと見据え、笑みを溢し礼を言う。

 

「どういたしまして!」

 

 

「本当に仲いいね。比企谷がこんなことをするなんて、ちょっと意外だったな」

葉山は横に座る俺の方を向き、じっと見据え、顔を近づけ俺にだけ聞こえるぐらいの小声でいう。

その葉山の顔には何時ものスマイルはなかった。

そして、俺の苗字を間違わずに……

なんだ?こいつもわざと俺の苗字を間違えて言ってたのか。

海老名もそうだが、わざと間違う遊びでも流行ってるのか?

 

「まあな、俺もそう思う」

俺は軽い感じで返事を返す。

 

 

 

そんな時、俺達の後ろから……

「お待た…あれ?比企谷君にガハマちゃんも?」




遂にこのあの人が、奉仕部3人の前に……後葉山君+で


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(52)新年早々トラブルに巻き込まれる。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

サブタイトルは
修羅場回?いや……ちょっとした手違いです。


「お待た…あれ?比企谷君にガハマちゃんも?」

 

げっ、陽乃さん。今会いたくない人物ぶっちぎりでナンバー1なんだが。

このメンバーにこの人って、嫌な予感しかしない。

オシャレな普段着の陽乃さんに俺は会釈するだけに留める。

 

「ゆきのんのお姉さん、こんにちは」

「こんにちはガハマちゃん、陽乃でいいわ」

 

「陽乃さんの挨拶回りは明日では?」

「姉さん。夜半に実家に戻ると言ってなかったかしら?」

葉山は呆れ半分のような表情で、雪ノ下は冷たい視線を向けていた。

 

「京都の用事が早く終わったから、さっき戻ったの。駅から実家に電話したら、雪乃ちゃんがここだっていうから、近いし来ちゃった」

 

「だったら、私に直接電話をしてくれればいいじゃない」

雪ノ下の口調は厳しい。

 

「雪乃ちゃんを驚かせようと思って、驚いてくれた?」

陽乃さんはウインクしながらわざとらしい笑顔を雪ノ下に向ける。

これは外面仮面の陽乃さんだな。

 

「姉さん!そんな事のためにこんなところに、帰って……」

 

「で、比企谷君とガハマちゃんはどうしてここに居るのかな?もしかして、2人でデート!と言う事は、隼人と雪乃ちゃん、比企谷君とガハマちゃんのカップルでダブルデートか。邪魔しちゃったかな?ごめんね雪乃ちゃん。お姉ちゃんそんな事になってるって知らなかったから」

雪ノ下の話を聞かず、俺と由比ヶ浜に尋ね、さらに葉山と雪ノ下を交互にみてから、陽乃さんはこんなことを言って雪ノ下に手を合わせ謝る。

わざとだな。陽乃さん、雪ノ下の前に置いてる誕生日プレゼントに一瞬視線を合わせたし、すべて察したうえで、雪ノ下にこんなことを言ってる。何がしたいんだかこの人は……まあ、妹を構いたいのはわかるが、逆効果じゃないのか?

それに葉山も気が付いてるな。愛想笑いをしてるが、目は呆れたような感じだ。

 

「姉さん!!」

雪ノ下は立ち上がり、陽乃さんに怒りをあらわにする。

 

「で、デート!?その、ち、違います」

由比ヶ浜は顔を赤らめ、もじもじと否定した。

 

「え?違うの?……てっきりそうだと思っちゃったお姉ちゃん」

この人は、ほんと澄ました顔でよくもしゃあしゃあと………外面じゃなくて、霊能者を名乗って土御門に居る時の顔を出せばまだ、マシじゃないのか?

まあ、あれはあれで、内面をさらけ出しすぎというか欲望に忠実と言うか…姉の威厳とか、大人の美人の余裕とかそんなものぶっとんでるから、ここに居る雪ノ下を含め、卒倒するぐらいびっくりするだろうが……。

いや、それはそれで俺が困る。本心かどうかわからんが、あの件で迫られるのは勘弁してほしい。

 

「陽乃さん、その位にしては?」

葉山は苦笑しながら陽乃さんを窘める。

 

「隼人、その位ってなーに?そうだ。私もお昼、まだだから、ご一緒させてもらうね」

陽乃さんは葉山を顔はにこやかだが一瞬冷めた目で一瞥してから、笑顔を振りまきながら、隣の二人席をくっ付け俺の隣に座る。

 

雪ノ下は憮然と、由比ヶ浜と葉山は苦笑していた。

 

「比企谷君、ほんと久しぶりね。元気だった?」

陽乃さんはお決まりのスマイルでそういいつつ、俺の頬を突っついて、体を寄せてくる。

あの、いろいろ勘弁してください。冗談や悪戯でやってるのだろうが、俺も一応男なんで……

 

雪ノ下は氷柱のような視線を俺に浴びせ、由比ヶ浜は戸惑った表情をする。

雪ノ下?なぜ俺?俺は何もしてないぞ。陽乃さんを如何にかしてくれ、自分の姉だろ?

 

「あの雪ノ下さん?……、そっちに座ればいいのでは?」

 

「比企谷君と話すの久々だしね。お姉さんとお話しするのは嫌なのかな?」

俺に体をよせ上目使いをする陽乃さん。そうしつつも、雪ノ下と由比ヶ浜の顔をチラチラと見ていた。

くそ、俺を使って面白がってるなこれ。

 

「……ちょっとトイレに。葉山。すまんがタラコスパ頼んでおいてくれ」

俺はそう言って強引に席を立ち、店を出て、モールのトイレへと行く。

 

 

(なんなんだ。陽乃さんは、雪ノ下を構いに来たのはわかるが、俺をダシに使うのはやめてほしい。まあここで、土御門や、結婚がどうのこうのと出さないだけましか。千葉に居る限りは外面仮面を通そうとするだろう。今は雪ノ下も葉山も由比ヶ浜も居ることだろうしな。葉山の前でそれを言われると俺がGS関係者だとバレるだろうし。その辺は流石に陽乃さんも考慮してくれるだろう。あの場はのらりくらりと無難な対応をし、さっさと飯食ってお別れした方がいいようだな)

 

 

俺がモールの男子トイレを出ると……

陽乃さんが大通りの柱の前で立って待っていた。

 

「八幡遅ーい。折角会いに来たのに。ガハマちゃんとデートなんて浮気だぞ」

ワザとらしい、ふくれっ面の陽乃さん

 

「……外面仮面はどうしたんですか?雪ノ下さん。それとも土御門さんとお呼びすれば」

俺は皮肉たっぷりに言ってやった。

 

「陽乃よ。は・る・の!」

 

「俺は比企谷でお願いします」

 

「八幡の意地悪ー」

そう言って俺の腕を強引にとり抱き寄せる陽乃さん。

勘弁してください。俺はこう見ても健全な男子高校生なんですよ。

性格はさておき、見た目とスタイルはモデル顔負けなんですから、いろいろと柔らかいものが当たってますよ。その俺もいろいろと緊張したりしちゃうわけで……

 

「あの、勘弁してください。雪ノ下に会いに来たんじゃないんですか?」

 

「雪乃ちゃんに会いに来たってのは嘘。実はさっき妹ちゃんに電話して、八幡がここに居るって教えて貰ったの」

おーーい。小町さん?何やっちゃってくれてるんだ?俺と由比ヶ浜を置いてけぼりにしておいて、なんで、この人をここに呼んじゃうかな?わけがわからん。八幡的に超ポイント低いんですけど。

 

「はぁ、で、俺に何の用事ですか?電話すればいいじゃないですか?」

 

「事前連絡したら、八幡はツンデレさんだから、何だかんだとお姉さんとのデート断るでしょ?だから、現場に乗り込んで、無理やり連れ出すの」

ツンデレ……って誰がデレた!いや、今の状況では顔に出てそうだな…其れよりもなにそれ?どこの工作員よ。それって誘拐って言うんじゃないでしょうか?

 

「今日は、由比ヶ浜と小町ともう一人とで、買い物に来てたんですよ。雪ノ下さんもわかってると思いますが、雪ノ下の誕生日プレゼントを買いにですよ」

 

「やっぱりね。さっき雪乃ちゃん。あのラッピングされた袋と箱、大事そうにしてたものね。それで、比企谷君達は偶然雪乃ちゃんと隼人にここで会ったって感じかな?」

陽乃さんは八幡呼びをやめ、こんなことを言ってきた。

 

「わかってたんなら、なんであんな事を言ったんですか?」

 

「面白そうだったから?」

あっけらかんと言う陽乃さん。

この人はこういう人だった。

 

「はぁ」

俺は盛大にため息を吐く。

 

「比企谷君はあれかな?女たらしなのかな?こんな魅力的なフィアンセがいるのに、雪乃ちゃんとガハマちゃんをデレデレにさせちゃって」

 

「はぁ?誰が誰をデレデレにしたんですか?というか、誰がフィアンセですか?」

 

「……まあ、いいわ。……比企谷君。11月に会ったときと雰囲気が違うわね。……また成長した?」

陽乃さんは真面目な顔になる。

 

「まあ、誰かさんに盛大に負けて、京都でも全然役立たずだったんでね。それなりに修行しましたよ。ちょっとはあの時よりは強くなったつもりですよ」

 

「うーん。私もうかうかしてられないわ。それはそうと、今からお姉さんとデートしましょ八幡」

陽乃さんは真面目な表情から、一気に崩し、また八幡呼びを始める。

 

「なんでそんな話になるんですか?」

 

「だって、もう八幡暇でしょ?ガハマちゃん達と雪乃ちゃんのプレゼントを買い終わったし、しかも、もうプレゼントは雪乃ちゃんに渡したでしょ?だったら、もう後はお姉さんとデートしか残ってないでしょ?」

なぜそうなる?

 

「……この後仕事が」

 

「無いって妹ちゃんが言ってたわよ」

笑顔の陽乃さん。

なにこれ……逃げ道がないんですけど。

 

 

そんな時不意に携帯が鳴る。

左腕は陽乃さんに取られたままだ。ちょっと腕を外してほしいと視線を送ったのだが、返ってきた視線は『嫌よ』という意思がありありと伝わってきた。

俺はため息を吐き、仕方なくその状態で電話を取る。

相手は美神さんだ。緊急要件かな?それなら助かる。デートせずに済むからだ。

 

「明けまして、おめで……」

 

『比企谷君!今、実家!?』

 

「出かけてますが、千葉に居ますよ」

 

『よかった。比企谷君ちょっと個人的に助けてほしい事があるの!そのアンチラとアジラがそっち逃げたのよ、予想進路は東京湾を渡って千葉に!』

 

「ちょ、待ってください。それって六道冥子さんの十二神将じゃ……」

 

『そうなの、冥子と六道おば様が、家の実家に遊びに来て、間違って冥子とおば様が日本酒飲んでぶっ倒れちゃって、式神たちも酔っぱらってコントロールが効かなくなって逃げちゃったの!あんなのが暴れたら、とんでもない事になるわ!!事前に7体は確保したのだけど、後の5体は、今、ママが1体、唐巣先生に頼んでもう1体追ってるわ。私も今インダラを追ってるのよ。早いったらありゃしない。タマモも居るんでしょ?二人で何とかしてーーー!!」

何それ、なんでそんな事になってるの?十二神将が暴れるとか……街が壊滅するんじゃ?

美神さん相当焦ってるな、半分泣きが入ってたよな。冥子さんが関わるといっつもこれだ。

 

「ちょっ……」

 

『頼んだわよ!!』

そう言って美神さんは通話を切る。

さっきまで緊急要件で陽乃さんのデートを断れるとホッとしてたのだが、流石にこれはやばいな。あの十二神将を相手にしないといけないのか……どっちもどっちか。

 

「ふふーーん。お困りのようね。はーちまん」

不敵な笑みを俺の腕をとりながら、湛える陽乃さん。どうやら、電話の内容が聞こえていたようだ。

 

これは除霊とかじゃなくて、多分GS協会に言えない個人的な依頼のハズ。

だってそうだろ。GS協会理事長の娘の式神が暴走して、四方八方に逃げたんだから!

世間に広まったら、間違いなく不祥事として叩かれる。

まあ、六道家からは報酬は出るだろうけど……

被害が出ない内に秘密裏に何とかしろと言う事だろう。きっと。

相手はあの十二神将だぞ!しかも二体。どうやら本能的に十二支の方角に逃げてるようだが……

だから、アンチラとアジラは東京から東、東南方面へ逃げてるのか。

 

「あのー、その手伝っていただけますか、その協会とか関係なしに個人的になんですが」

1人じゃ流石に厳しい。同じ式神使いである陽乃さんが居れば心強いのだが。

 

「どうしようかな~~」

 

「あのー」

 

「せっかく、今日デートしようと思ったのになーー」

陽乃さんはチラッと俺の方を上目使いで見る。

 

「その、きっとその埋め合わせはしますんで」

 

「じゃあ、お姉さんと一泊お泊りデート!」

おいーーー!!それって既成事実を作られるのでは!?俺の貞操の危機なのでは!?

 

「その流石に未成年ですんで」

 

「八幡は真面目さんなんだから、じゃあ、お姉さんと温泉旅行の旅!」

おいーーー!!それっていっしょじゃねーーか!!

 

「さっきと一緒なんですが?…全く無関係ってわけでもないでしょ?千葉にも被害が出るかもしれないし、何とかなりませんか?」

 

「えーーー、それって、GS協会通してないんでしょ?いくら、逃げた式神の回収といえども、一般市民に脅威となる存在なら、事前公表する決まりよね。それを個人的にって?これってGS協会上層部の癒着とかそんなんじゃないかしら?」

まじで、完全に足元を見られてる。俺も完全にとばっちりなんですが!誰だよ!!六道親子に酒飲ましたのは!!多分、家(事務所)の身内の不始末だよな。くそっ!背に腹は代えられないか。

 

「もう、それでいいです」

 

「やたー!」

嬉しそうにする陽乃さん。

いやその、まじで、俺を婿に狙ってる?




修羅場は一応回避できたけど、別の修羅場が><
雪ノ下母は一応次回ちょろっと出ます。



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(53)初めての共同作業

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きの決着です。
いえ、式神のね。
ちょっと長めです。


美神さんから、六道冥子さんの式神、十二神将の内の二体が、千葉方面にコントロール不能で逃げ出したと連絡があった。

美神さんは半泣き状態で、何でもいいから捕まえろと。

かなり無茶振りなんですが、俺は式神についてはGS試験程度の基本知識しかない。

うちの事務所には式神使いはいないし、対式神戦は心得てるが、それは扱うのとは全く別物だ。

捕えろと言われてもな。

一応基本は理解してるのだが、式神を捕えるには、式神を攻撃や術式で弱体化させて、捕え屈服させ拘束するのがセオリー。

ただ、今回の相手はそれだけでも一苦労なのだが、その後の処理もさらに問題だ。相手は特殊能力を持った式神、しかもあの十二神将だ。生半可な霊的拘束でどうにかなるものなのか……やはりちゃんとした封印を行う必要がありそうだ。

しかし、今の俺ではあのレベルの式神の封印は出来ないだろう。

式神に対する知識や経験が不足しすぎてる。

 

幸か不幸か丁度居合わせた土御門家の術式と式神を操る陰陽師の陽乃さんに、致し方なくお願いし協力を取り付けたのだが、見返りは温泉旅行という事になった。

何それ?まあ、超金持ちだからお金とかは要らないのだろうが、俺と温泉旅行に行って楽しいのか?それともマジで俺を婿にしようと?

はぁ、この頃、トラブルが望んでもないのに向こうからやって来る。

しかも、今回はどうやら身内の不始末が原因らしいしな!

 

 

式神は東京から東京湾沿岸を伝って千葉に到着するだろう。

何方にしろ、理性を失った式神は本能の赴くままに、ただ単に美神さんの実家から東や東南に向かってるだけだからな。最終到達点はわからないが、通過する場所はある程度限定されているため予想付きやすい。

 

このまま黙って行くわけにもいかないだろう。陽乃さんも居ることだしな。由比ヶ浜と雪ノ下には、軽く挨拶して、行くか。まだ時間はある。

 

俺は陽乃さんと先ほどの喫茶店に戻ると、着物姿の女性が雪ノ下に話しかけていた。

その女性は、雪ノ下と陽乃さんと顔立ちがそっくりだが、40前後の大人の女性だ。多分雪ノ下達の母親だろう。

 

俺はその女性に軽く会釈してから、由比ヶ浜達に話しかける。

「由比ヶ浜すまん。バイト先の仕事が急に入ってな。先に行くわ。雪ノ下も葉山も悪いがここでな。俺のタラコスパ代分は後日払う」

 

「ヒッキー、気を付けてね」

「比企谷君、その、プレゼントありがとう。また、学校で」

由比ヶ浜と雪ノ下はその話だけで、GS関係のトラブルだろうと察してくれたのだろう。俺を何も言わずに、送り出してくれる。

 

「ヒキタニくん、バイトしてるんだ。それも意外だな」

葉山にはバイトはバレたが、GSとは流石にわからないだろう。

 

「あら陽乃。こんなに早く帰って来るなんて、土御門のご当主様には失礼は無かったのかしら?それと、彼は?雪乃も陽乃も知り合いの様ね」

雪ノ下の母親らしき女性は陽乃さんを見つけると声を掛ける。

 

「母さん。問題ないわ。それと彼は雪乃ちゃんとは同級生の比企谷君。私と比企谷君は……うーん。今は友達かな?それで将来は旦那さんかしら?」

おいーーーー!!何言ってんだこの人!!問題大ありだーーー!!

俺は額に手をやり、やってしまったとばかりに大きくため息を吐く。

 

「えーーーー!!ヒッキー!?」

「ね、ね、姉さん!?」

由比ヶ浜は目を見開いて驚き、雪ノ下はかなり混乱したような顔をしていた。

 

「陽乃、説明してくれるかしら?勝手なことは許されませんよ。雪乃はこうして雪ノ下の跡を、あなたは本家の人間として、土御門と雪ノ下を強固にし、関西にも雪ノ下の基盤をと」

雪ノ下の母親は陽乃さんに説教を始める。

 

「母さん、帰ったら説明するわ。私も用事が出来たから、先に失礼するわ」

陽乃さんは母親の小言を遮るようにそう言って、先に店を出て行った。

 

「陽乃!!」

 

「あの!この人の冗談なんで!真に受けないでください!!俺は用事があるので失礼します」

ここは誤解の無い様に言っておかないと後で大変なことになる。

そう、語気を強め、踵を返して店を出て行った。

 

「まあまあ、陽乃さんのいつもの冗談ですよ。きっと」

葉山がそうフォローするのが後ろから聞こえてくる。ナイスだ葉山。タラコスパの代金は必ず払うし、マッ缶もつけてやろう。

 

 

 

「なんなんですかあれは!!」

俺は早足で陽乃さんに追いつき、噛みつく。

 

「何怒ってるの?八幡」

 

「将来の旦那さんって!なぜこのタイミングで言います!?」

絶対何か企んでるな。母親に対する何かの当てつけだろ!

 

「えーー?だったら正式に家に来て言う?」

 

「そういう問題じゃないでしょ!!俺は将来、陽乃さんと結婚なんて全然決めてませんよ!!」

俺は語気を強くし、はっきりと言う。こうでもしないと、この人はじわじわと周りから俺を攻めてくる。

今回の事もそうだ。ついに、自分の実家にも何らかの工作を企み始めた。

俺をダシに使ってだ。いや、俺との結婚すらも計画の一つなのかもしれない。

 

「えー、いいじゃない。どうせ将来そうなるんだし」

 

「ちゃんと説明してくださいよ。雪ノ下にも親御さんにも、さっきのは冗談だったって!」

 

「冗談じゃないのに」

 

「いいですね!!」

俺は早足でこのモールの外に向かいながら、陽乃さんに強く念押しする。

 

「もう、わかったわよ。でも、温泉旅行の約束は忘れないでよ」

拗ねた表情をする陽乃さん。

この本心さらけ出した陽乃さんは感情を子供のようにコロコロ変えるからトリッキー過ぎて、つかみどころが無さすぎだ!

 

「……それは約束しましたし、わかりました。でもちゃんと式神を捕えてからです」

 

「俄然やる気がでるわね!」

そう言う陽乃さんの目はギラついていた。

ほんと戦い好きだなこの人。

 

 

タクシーを捕まえ乗り込む。

タマモに連絡すると、実は小町とタマモは家に帰っておらず。

雪ノ下のプレゼントを速攻買って、有名店のスイーツ食べ放題を堪能し、プリクラ撮って、タマモが行きたがっていた古本屋に寄ってたのだそうだ。

なぜ、家に帰ったなんて言ったんだ小町の奴。

まあ、そのおかげで合流するのが早くなるのだがな。

 

俺の予想では、式神達は幕張沿岸を通過すると……

アンチラは本来本能的に真東、アジラは東南から東南東に突っ走るはずだ。

アンチラは十二支の卯の式神だ。姿はウサギそのもので、動きがかなり俊敏で速い。耳が鋭い刃物になっており、対象物を切り裂く。

アジラは十二支の辰の式神だ。姿はイグアナかカメレオンのような姿で結構小さい。口から炎を吐き、それに触れると石化するのだ。ただ、動きはそれほど速くない。

何れにしろ、二匹とも空中に長期間飛翔できる式神ではない。

だから東京湾沿岸を多少大回りし進むはずだ。

予想では、アジラはアンチラの背中に乗って移動してる。

美神さんはその二匹は同じ方向に向かったと言ってる事からもそうだろう。

もし、アジラが単独で移動したのなら、下手をすると東京湾を横断するアクアラインを通る可能性がある。

 

 

幕張海浜公園に到着し、タマモとも合流を果たす。

 

「で……八幡、この金髪美女は誰?また浮気かしら?人じゃなさそうだけど」

陽乃さんはジトっとした目で俺と俺の隣に居るタマモを見る。

流石に優秀な霊能者にはわかっちゃうよな。

浮気って、その話は身内の前で勘弁してください。

 

「はぁ、うちの事務所の同僚のタマモです」

俺の胃は持つのだろうか?

 

「タマモさんっていうの。ふーん。ん?美神令子除霊事務所に妖狐が所属してるって聞いてたけど、その霊格……まさか、九尾の妖狐、大妖怪玉藻前!?」

陽乃さんは大いに驚いて、タマモをまじまじと見る。

見る人が見るとわかっちゃうもんだな。仮にも陽乃さんは土御門家門下の霊能者だ。その辺の知識も豊富なのだろう。

 

「そうらしいです。転生体とはつきますが」

 

「……八幡、私と八幡だけで十分じゃない?なんでこの人いるの?」

タマモは陽乃さんを一瞥してから、俺に小声で言う。

 

「聞こえてるわよ。あなたこそ邪魔じゃない?せっかくの八幡との初めての共同作業なのよ!」

それ。言い方がおかしくないですか?

陽乃さんは俺越しにタマモに文句たらしく言う。

九尾の妖狐と知ってもお構いなしだな。度胸がいいと言うかなんて言うか。普通は気後れ位するものだろうに。

 

「いや、俺は式神の封印術式は素人同然だ。あの強力な式神を封印するには、この人の協力が必要なんだ」

俺は陽乃さんの戯言を無視しタマモに説明する。

いちいち反応していたら話が進まんからな。

 

「ほら、私の方が八幡のパートナーにふさわしいんだから!」

陽乃さんはそう言って俺の腕にしがみつく。

何、張り合ってるんですか陽乃さん?何時もの余裕は?外面仮面のあんたはそんなキャラじゃないでしょう?

まあ、素を丸出しの陽乃さんは、感情が赴くままだな。まじで、ちょっとアレだな、中学生レベルな感じがする。

陽乃さんもかなりの美女だけど、タマモは何ていうか、多少ツンツンしてるが気品も色気もある金髪美少女だ。自分に匹敵する存在に、その辺で張り合ってるのだろうか?

 

「精々、私と八幡の邪魔はしないようにお願いするわ」

タマモは相変わらずツンとした態度だ。

 

「ふんだ」

陽乃さんは子供っぽくそっぽを向く。

美女は美女同士仲良くしてほしい。

胃がキリキリしてくるんですが。

 

 

 

俺は霊視能力を最大限に発揮させ、近辺を警戒する。

3キロ先を飛び跳ねるように海岸埠頭をこっちに進む式神を発見する。

予想通り、アンチラ上にアジラが乗っていた。

俺は2匹まとめて居た事にホッとする。

「来たな……」

 

「流石ね八幡。私にはまだ見えないわ」

「当然よ。八幡とあなたを一緒にしないで」

「「フン」」

いちいちいがみ合うのはやめていただけないでしょうか?

い、胃が痛い。

 

「タマモ。式神が範囲内に入ってきたら幻術と幻影で付近の一般人の人払いと俺達を見えないようにしてくれ」

 

「わかったわ」

 

「陽乃さんは式神封印術式の準備をって、あの陽乃さん?そろそろ腕、離してもらえませんか?」

 

「仕方ないわね。ちゃっちゃと終わらせて、温泉旅館の予約をしないとね」

そんな事を言いつつ、やはり土御門の陰陽師。

封印用の札をセカンドバックから2枚取り出し、そこに言霊を乗せ術式を足して行く。

やはり、通常の封印札では対応できないようだ。俺も始めて見る術式だ。

多分、土御門の術式なのだろう。

 

 

「作戦はさっき説明したとおりです。……来ました!」

 

アンチラがかなりのスピードで飛び跳ねるように、この海岸公園に入ってきた。

 

俺はあらかじめ海岸公園に仕掛けていた、数枚の札と砂で描いた簡易拘束術式を起動させる。

 

同時にタマモは手を空に掲げ、幻術を幕張海浜公園一帯広範囲に展開。そして俺達の周囲に幻影を張った。これで目撃者も人的被害も出ないだろう。

流石タマモだこれだけの規模の幻影・幻術をなんなくこなす。

 

俺が起動させた簡易拘束術はアンチラとアジラを空中で捕えるが、直ぐにアンチラの耳のブレードで拘束術式ごと断ち切られる。

それは想定済みだ。

 

俺はその間に、身体基礎能力強化と霊視空間把握能力を発動させ、アンチラのブレードから放たれる風刀をけん制しつつ、アンチラとアジラの核を探る。アンチラとアジラをなるべく海側に足止めと気を引くために、陽乃さんに間合いを取りながら氷結術を断続的に行ってもらい、けん制してもらう。

タマモには、周りに被害が出ないように、アジラが放った石化炎ブレスの対処をしてもらう。

式神たちの攻撃を見過ごすと、公園の並木や林、構造物が、真っ二つになったり、石になったりしてしまい。明日にはニュースになってしまう。それは避けなければならない。秘密裏に処理をしなくてはならないのだ。

普通に相対するよりも、気を使わなければならない。

さらに、倒すよりも、捕まえる方が難易度が数倍に跳ね上がる。

 

「流石は六道家の十二神将ってところね。氷結術があの炎でかき消されるわ」

氷結術を操りながら、俺に声を掛ける陽乃さん。

 

「陽乃さん成功です。アンチラとアジラは俺達の事を敵とみなしました。これでどこかに行くことはないでしょう。核の場所もわかりました」

俺もサイキックソーサーで間合いを取りながらアンチラのブレードから放たれる風刀を捌く。

アンチラのブレードに直接触れるのは自殺行為だが、そこから放たれる風の刃は防ぐことが出来る。

 

「これで、ようやく全力を出せるわね」

そう言って陽乃さんは一本角の鬼、自らの式神である雪刃丸を顕現させる。

 

「全力はやめてください。消滅してしまったら元も子も無いので、十二神将は術者から相当離れてるから、十分に力が発揮出来ず、弱体化してる状態なんですから」

 

「これで、本調子じゃないの?末恐ろしいわね。こんなのが十二体同時に操れるっていうの、六道冥子は。相当な化け物ね」

そう、今の十二神将は本来の力を失いつつある。依り代となってる六道冥子さんと物理的にも霊的にも距離が離れすぎてるからだ。

六道冥子さんが化け物って、……同じ式神使いだからその凄まじい力を肌に感じたんだろう。十二神将を侍らかしてる姿はまさに百鬼夜行だけどな。

本人は、世事に疎い、ぽわぽわ系の超絶お嬢様なんだよな。こんな恐ろし気な式神達を操れるとはとても思えない。

 

「八幡、あの子たち、びっくりしてるだけ。驚いて逃げだしただけみたい」

タマモは炎を操り、アジラの石化炎を相殺しながら俺に言う。

 

「後は任せろ。……陽乃さんは封印術式の準備を」

 

「比企谷君?私の方がよくない?雪刃丸だったら、あの式神の攻撃ごと叩きのめすことが出来るわ」

確かに、陽乃さんの式神雪刃丸一体だけなら、十二神将に引けを取らない。力が十分発揮できないアンチラとアジラを叩きのめすことが出来るだろう。しかし……

 

「流石に叩きのめすのは気が引けますんで、核に直接霊気を送り込んで、活動を鈍らせます。

その間に、封印術式をお願いします」

 

「直接って、弱体化してるとは言え、あのウサギの式神(アンチラ)のブレードの切れ味と間合いは脅威よ。流石に直接切られたら、怪我じゃすまないわ。そんなリスクを負う必要はないわ」

 

「大丈夫です。当たらなければいいんで」

 

「八幡、小町を悲しませるような事だけはしないでね」

タマモはそっけなく言うが、どうやら心配してくれてるらしい。

 

「大丈夫だ。流石に二体同時は厄介だから、離してほしい」

 

「はぁ、比企谷君はとことんお人よしね。これじゃ、先が思いやられるわ。でも嫌いじゃないわ」

 

「わかったわ」

 

 

俺は集中を高め、霊気を放出する。

身体基礎能力を更に高め、霊視空間把握能力の発展形、霊視空間結界を発動する。

 

陽乃さんの氷結術と雪刃丸の連携、さらにタマモの火遁の術で、アジラは、アンチラから離れた。

 

先ずは、アンチラからだ。

俺は地面の上で体勢を低くして威嚇するアンチラの真正面に一気に迫る。

アンチラは両耳のブレードを振り回し、けん制してくるが、既に俺の霊視空間結界の間合いの中、どこから攻撃してくるかは把握済みだ。更に黒い雲、俺のシャドウ、『ダーク・アンド・ダーククラウド』省略、『ダーククラウド』を顕現させ、アンチラの速度を鈍らせる。

俺は若干スピードが落ちたアンチラのブレードを掻い潜り、頭の核に振れ、霊気を送り込む。

弱体化したとしても、アンチラの動きやブレード捌きはかなりのスピードだ。しかし、横島師匠の組手や小竜姫様のあの超スピードに比べれば、どうってことはない。

ダーククラウドを出すまでもなかったかもしれないが、これも慣れておかないとな。

 

そして、俺はそのままジャンプし、空へ逃れたアジラを追う。アジラの石化炎ブレスはタマモの炎によって悉く無効化されていた。俺はアジラの腹の核に振れ、霊気を送り込む。

 

核に霊気を注がれたアンチラとアジラは一時的にフリーズ状態になり、活動を停止する。

 

「陽乃さん、今です!」

 

「え?ええ、わかったわ」

陽乃さんは俺が声を掛けた際、呆けた表情をしていたが、直ぐに態勢を整え、アンチラとアジラに封印札を飛ばす。アンチラとアジラは封印札に振れると同時に、陽乃さんは印を結び。封印札から術を展開させ、アンチラとアジラは札の中へと姿を消していく。

 

俺はその札を回収し、陽乃さんとタマモの元に駆けつけ、礼を言う。

「陽乃さん助かりました。流石は土御門の陰陽師ですね。封印も完璧です。俺ではこうはいかなかった。タマモも助かった」

 

「……比企谷君、前に試合をした時とはまるで動きが別人。スピードが段違いよ。相手の式神の動きが鈍くなったような……あれも何かの術なの?」

俺が思っていた反応とは違い、静かに何故か悔しそうに俺にポツリポツリと聞いてくる。

てっきり、今からデートとか、温泉旅行プランたてに行こうとか言うかと思ったのだが……

 

「言ったでしょ、悔しかったから修行したって、あの術はまだ改良中なんで、企業秘密です」

 

「そう……私も修行しなくっちゃ……こうしては居られないわ。あなたに負けてられない!!いーい!!八幡!!私は強くなって!!また、あなたを追い越すわ!!覚悟しておいて!!今から京都に戻る!!」

陽乃さんは最初は小声だったが、急に俺を戦闘中のようなギラ付いた眼で見据え、大声で一方的に宣言し、踵を返し公園出口の方へ歩み出した。

ええー、何それ、なんかライバル宣言みたいな感じなんですが、あのー、それ以上陽乃さんに強くなってもらっては困るんですが。それと今から京都って、今日帰ってきたばっかりなのでは?しかも明日からこっちで挨拶回りがあるんじゃ。

 

 

「温泉旅行の約束は忘れないでね。はーちまん」

陽乃さんは急に立ち止まり、こちらに振り返って笑顔でそんなこと言って投げキスを送って来る。

その約束は無しにしてほしかった。

 

しばらく、俺は公園を後にする陽乃さんの背中を眺めていた。

きっと陽乃さん、今度会ったときには強くなってるんだろうなーと漠然と思っていた。

 

「八幡。あの人何なの?八幡の何?小町も気に入ってたみたいだけど」

隣でタマモが俺の肩をつつき、いぶかし気に聞いてきた。

 

「なんなんだろ。よくわからんがライバル?なのかな?」

 

「それだけ?」

 

「さあな」

それだけであってほしい。結婚とか旦那さんとかは無しの方向で。

確かに俺の同期で、実力が拮抗していたのは陽乃さんだけだ。

ライバルと言ってもいいのかもしれない。

何だかんだとよく関わるしな。

 

「あああーーー!!あの人、このまま京都に帰るつもりか!!せめて母親と妹に誤解を解いてから帰ってくれよな!!」

俺は思い出した。あの人がここに来る前に悪戯なのかよくわからん爆弾発言をとんでもない場所で残していったのを!!どーするんだよこれ!!




次回は、久々の学校と奉仕部です。

陽乃さんの八幡呼びと比企谷呼びが混ざってるのはわざとです。
真面目な話をしてる時は比企谷呼びになってます。


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(54)噂

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

新学期編。ようやく始業式です。


1月5日

新学期、学校では体育館で恒例の始業式に参加させられ、長ったらしい校長の挨拶が始まる。

必殺、その場でぼーっとするを使い、時間を有意義に費やすとする。

 

一昨日の六道冥子さんの式神逃亡事件は、何とか秘密裏に対処ができた。

どうやら、メディアやなんやらに嗅ぎ付けられることなく、何とかなったようだ。

昨日事務所に呼ばれて、美神さんと美智恵さんに褒められたが、陽乃さんに手伝ってもらったと報告したら、昨年の一件以降、土御門家を毛嫌いしてる美神さんの機嫌が一気に悪くなる。美智恵さんはその横で澄まし顔だ。

だって、仕方がないだろ?最強クラスの式神、十二神将の封印なんて俺に出来るわけがないんだ。

いくら、霊的能力が修行で上がったって、知識や経験とさらに適性がないと出来るわけない。

美神さんや美智恵さん、唐巣神父みたいに経験豊富じゃないんだから、無茶は言わないで欲しい。

まあ、機嫌が悪くなっただけで、怒ったりはしなかったけどな。その辺は重々理解してるのだろう。

 

その後、六道冥子さんと母親の六道会長が、わざわざお礼に来た。

冥子さんに涙ながらいきなり両手を握られ、お礼を言われた時には焦った。

可愛らしい女性に手を握られて緊張してとかじゃないぞ。泣いて式神暴走するんじゃないかと焦ったのだ。手を握られた状態だと逃げることもできない。十二神将揃い踏みで暴走されたら、俺の命なんて、一瞬で吹っ飛んでしまうだろう。

後で美神さんに聞いたのだが、母親の六道会長が居る場では、六道会長が式神をコントロールするから暴走はしないそうだ。

ただ、先日みたいに、2人とも酒飲んでダウンすると、もうダメみたいだな。

一昨日、美神さんの実家に遊びに来た六道親子は、そこに置いてあったお酒を水かジュースかに間違えて飲んでしまったらしいのだ。

しかし、美智恵さんならそんな事になるのがわかってるはずだ。なのに六道親子の前にそんなものを置くかな?まあ、正月だし、美智恵さんも少々酔っていたに違いない。

 

それで六道会長に騒動のお礼にと、小切手で金一封貰ったんだが、その額を見て俺は驚き、目が点になる。桁が一つ多い様に思うんですが。

多分これは口止め料だろう。日本屈指の霊能者の家系、六道家のご令嬢の不始末など、マスコミの恰好の餌食だ。にこやかな六道会長の顔が何故か恐ろし気に見える。……気にしないでおこう。

タマモも金一封貰ってたな。多分全部本に消えるのだろうが。

六道会長にも一応、陽乃さんに手伝ってもらったことを話すと、土御門家にもお礼をしないと、とにこやかに、話していた。

西の陰陽師の大家、土御門家。東の陰陽師の流れを組む式神使いの大家、六道家。

東西の霊能者の大家だけあって、仲が悪いかもしれないなと漠然と思っていたが、そうでもないのかもしれない。

 

昨日の昼はまだ、横島師匠もキヌさんもシロもまだ帰ってきてなかったな。

代わりに俺が、お茶菓子の用意と掃除をさせられたが。

 

 

俺は体育館から教室に戻り授業の準備をする。妙に視線を感じる。

なんだ?

 

そこに天使登場。

「八幡、明けましておめでとう」

 

「お、おう、おめでとさん」

 

「今年もよろしくね」

戸塚の笑顔が眩しいんだが、今年はいい事が起きそうな予感がする。

 

「おう」

 

 

そこに不意に葉山の声が耳に入って来る。

「誰がそんな事を言ったんだ?」

葉山にしては語気が強く、攻撃的な言葉だ。

 

「い、いやー、噂になってるべ。隼人くんが雪ノ下さんとオシャレして年始に一緒に歩いていたって」

戸部はそんな葉山に弁解するように答える。

あれだな、雪ノ下家と葉山家に年始挨拶回りをしてる姿を見られたんだな。二人で喫茶店とかで待機してたしな。

 

「それ、俺も聞いた。隼人君と雪ノ下さんが付き合ってるって、学校中に噂にな、な、大和」

同じ葉山グループの大岡が戸部のフォローをする感じで、大和にも同意を求めていた。

 

「根も葉もない噂だ。俺と雪ノ下さんはそんな関係じゃないし、そんな事を信じるもんじゃない」

葉山は、顔をしかめ強く言う。葉山がこんなに感情を出すのは珍しいな。

雪ノ下に関係してるからか?雪ノ下と葉山の二人は幼馴染らしいが、雪ノ下は葉山に対して一方的に厳しい態度をとっている。過去に二人の間に何かあったのかもしれないな。

 

「そうだよな、噂は噂だよな、な」

大岡は葉山の形相に焦りながらも、そう言うと、つられて大和も頷いていた。

 

「そうだと思ってたんだよな。どうせテキトーな噂だべ。だってさー、ヒキタニ君が超絶金髪美女とデートしてたとか、オシャレ系美人お姉さんとデートしてたとか男連中の間で噂になってるとか、それは流石に無いべ」

戸部がとんでもない事を言い出した。

おいー!!その噂!!詳しく聞こうか!!

なんだそれ!そんなの噂になってるのか!?だから今朝から視線が俺に?

 

「八幡。彼女が出来たの?」

戸塚も戸部の発言が聞こえたのか、俺に首を傾げながら聞いてきた。

何そのしぐさ、かわいい。言ってる場合じゃない。

 

「いや、根も葉も無い噂だ。そんな事を信じるなんて、よっぽど暇なんだな」

俺は葉山の口調を真似をして、言ってみた。

 

「八幡、似てないね」

戸塚は苦笑する。

自分では似てると思ったのだが……

しかし、見られていたのか、確かにタマモとはあの後自宅まで、一緒に帰ったし、モールでは陽乃さんとも行動を共にしてたからな。

 

そういえば、陽乃さん。あの後、将来の旦那さん発言を母親と雪ノ下に冗談だったと弁明してくれたのだろうか?

奉仕部に行くのが怖い。

 

 

放課後、足取りを重くし、奉仕部へと向かう。

 

「うす」

 

「あら、比企谷君。いいえ、お義兄さんとでも呼べばいいのかしら?」

雪ノ下の、のっけからの凍てつく視線攻撃だ。

ほら、全然誤解が解けてない。あの人、絶対ワザと弁明してないな!

 

「だから、あれは雪ノ下さんの冗談だと言っただろ?雪ノ下さんは何か言ってなかったか?」

 

「あの後、姉さんは京都に帰ったままよ。電話しても出ないわ。それにしても随分姉さんと仲がよろしいようで、将来のお義兄さんの女たらし谷くん」

ひと昔の、雪ノ下に戻ったかのような、冷たい視線に毒舌だ。

 

「違うって言ってるだろ。あの人は俺を使って遊んでるだけだ。何時もの奴だ」

 

「母さんの前でも、よく冗談を口にしてたのだけど、重要な件であんな冗談を言う事は無かったわ。母さんもかなり冠で、あなたの事を色々聞かれたわ」

 

「はぁ、何考えてるんだか……」

俺はため息しか出ない。

雪ノ下の母ちゃんってなんか怖そうだったし、直接俺に尋問しに来たりしないよな。

 

「あなたの態度を見てると、どうやら姉さんの冗談だったようね」

どうやら雪ノ下はわかってくれたようだ。

 

「俺は隠し事はするが、嘘はなるべく言わん」

 

「あなたね、それは全く弁明になってないわよ」

雪ノ下は呆れたように言う。

 

 

勢いよく、奉仕部の扉が開く。

「ヒッキー―――!!陽乃さんの旦那さんになるってどういう事!!」

またか。しかし何でお前、そんなに怒ってるんだ?由比ヶ浜。

 

「あれは、雪ノ下さんの冗談だって言っただろ?」

 

「だって!!ゆきのんのお母さんも、めちゃくちゃ怒ってたし!!」

 

「俺にはその気は無い」

 

「ヒッキー、ほんと?」

 

「ああ、本当だ」

 

「うーー、陽乃さんって美人でお金持ちだし、GSでちゃんと仕事してるし、優しそうで、ヒッキーの事を好きそうだし!それに、ヒッキーこの前、昔はヒモになりたかったって言ってたじゃん!」

恨めしそうに俺を見つめる由比ヶ浜。

 

「おい由比ヶ浜、間違えるなよ。ヒモじゃない、専業主夫だ」

ヒモと専業主夫は大違いだ。ヒモはただ単に、奥さんの利益を吸い上げるだけの存在だ。

専業主夫は家庭を守り、家の一切合切を取り仕切る。要するに働く奥さんとはギブ・アンド・テイクな関係なんだ。そこは間違えるなよ。

 

「あなた、そこは否定しないのね」

やはりというか、やっぱり呆れる雪ノ下。

 

「はぁ、俺は雪ノ下さんとは、いわば、商売敵みたいなもんなんだぞ」

 

「うー、わかった。ヒッキーを信じる」

何でそんなにこだわるんだ?俺が陽乃さんともし、いや、万が一、将来を誓い合った許嫁だとして、由比ヶ浜に何の不利益があるんだ?

 

 

「一旦落ち着きましょう」

雪ノ下はそう言って、ティーセットの用意をし、紅茶を俺達に入れてくれる。

その際、由比ヶ浜に誕生日プレゼントで貰った猫のミトンをつけていた。

どうやら、気に入ってるようだ。

 

「それにヒッキー、変な噂になってるよ。ヒッキーが年始に綺麗な女の人とデートしてたって、多分、あの日のタマモちゃんと陽乃さんの事だと思うけど」

紅茶を息を吹きかけ、冷ましながら、由比ヶ浜は顔をしかめていた。

 

「まあ、俺の噂など直ぐに消えるだろ。嫌われ者の俺のそんな噂なんて、面白くもなんともないからな」

俺は紅茶を飲みながら答える。

 

「あとね、その」

由比ヶ浜は何かを言いたげだが、言い難そうにする。

多分あれだ。雪ノ下の噂の事だろう。

 

 

部室に扉にノックする音が響く。

雪ノ下がどうぞと入室を許可すると。

「こんにちはー!あっ、明けましておめでとうございますですね」

間違えちゃったテヘ、みたいな感じで、あざとく可愛らしさをアピールしてくる女子生徒が、と言うか生徒会長の一年の一色だな。

 

「いろはちゃん。やっはろーあけおめー」

「一色さん、明けまして、おめでとうございます」

由比ヶ浜は独特な挨拶を、雪ノ下は丁寧に挨拶を返す。

 

「おめでとさん」

俺も挨拶を返すのだが、一色は俺の方に駆け足で寄って来る。

 

「先輩!金髪美少女ってどういうことですか!!なんかモデルみたいなお姉さんともデートしてたとか!!」

 

「あー、お前もか」

こいつは噂とかに敏感だからな。

 

「まあ、私は、先輩が誰と付き合おうと関係ないですが」

何故かツンツンした感じで言ってくる。

関係ないんだったら別に聞くなよ。

 

「そうか」

俺はそんな一色に適当に相づちを打ち、鞄から本を取り出す。

 

「むーー、何ですかその態度、先輩の癖に生意気です。生徒会としてもこの噂の真偽を確認しないといけないんです」

 

「生徒会にそんな仕事はないぞ一色」

生徒会が一生徒の噂の真偽など、調べる必要性があるわけがない。

 

「いろはちゃん。多分それ、デートとかじゃないよ。ヒッキーのバイト先の人と、たまたま会ったゆきのんのお姉さんの事だから」

由比ヶ浜が苦笑しながらフォローしてくれる。

 

「えーー、そうなんですか?なんで結衣先輩がそんな事を知ってるんですか?」

 

「あたしもその場にいたから、なんであたしだけ噂にならなかったんだろ?」

そりゃそうだろ。俺と由比ヶ浜が付き合ってるなんて誰も思わないはずだ。

俺と由比ヶ浜が同じ部活だと知ってる奴もそこそこ居るだろう。

結構な時間共に活動してるが、そんな風に見られたことも無い。

と言う事は、学校の連中は、人気があって美少女の部類にはいる由比ヶ浜が俺なんかと付き合うはずがないと、理解しているからだ。

それは雪ノ下と俺にも言えることだろう。

 

「まー、そんなことだろうと思ってましたが、ヘタレな先輩が二股なんてありえないですからね」

何、一色、なぜそこで俺をディスるんだ?思ってても口に出して言うなよな。雪ノ下の毒舌がのりうつったのか?

 

一色はその後、雪ノ下の目の前まで来て、会議用テーブルを挟んで椅子に座る。

「雪ノ下先輩、ちょっといいですか?」

 

「何かしら、一色さん」

 

「雪ノ下先輩はー、その……葉山先輩と付き合ってるんですか?」

 

「何を言ってるの一色さん。冗談もほどほどにしなさい」

雪ノ下は絶対零度の視線に一色を見据える。

あの、めちゃ怖いんですが雪ノ下さん。見てるこっちまで寒気がする。

 

「あははははっ、ですよね。でもでも、学校中で噂になってるんですよね。その雪ノ下先輩と葉山先輩が付き合っていて、年始にデートしてたって」

一色は雪ノ下の凍てつく視線に身じろぎしながらも、渇いた笑いで誤魔化しながら、核心に触れる。

 

「誰がそんな根も葉も無いでたらめを流したのかしら、実に不愉快だわ」

雪ノ下は表情までもが凍り付いたかのように硬直し、切って捨てる様に吐く。

相当、腹に据えかねているな雪ノ下は。

一色の奴、何地雷ふんじゃってるんだ?それはタブーだぞ。

 

「で、ですよねー」

一色は雪ノ下の迫力に押され、顔を引きつらせていた。

 

 

 

そこにまたしても、奉仕部の部室に扉をノックする音が響く。

どうぞと間延びした声で、由比ヶ浜が返事をする。雪ノ下が絶賛憤慨中だったので、由比ヶ浜が返事をしてくれたのだろう。流石は空気を読むことに関しては定評がある由比ヶ浜さん。

出来れば、俺に関することにも空気を読んでほしい。

 

「ちょっといい?」

そう言って入ってきたのは意外な人物だった。

しかし、その人物はいつもの迫力がない。何かに怯えてる様にも見えた。




次は久々に奉仕部に依頼です。
勿論依頼者はあの子です。


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(55)三浦優美子の依頼

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

大分開いてしまいましたが、続きをどうぞ。
雪乃とあーしさんのやり取りを入れるべきかをかなり迷いましたが、入れることにしました。



一色のせいで、雪ノ下の不機嫌度が頂点に達しそうな勢いだ。

 

何故かって?

一色は雪ノ下に、葉山と雪ノ下が付き合ってるという噂の是非を聞いたのだ。

一色としては、葉山を狙ってる身として、是が非でも真偽を確かめなければならないだろうが、あの雪ノ下相手にしても、この根性は見上げたものだと、素直に感心してしまった。

まあ、そのせいで「実に不愉快だわ」と雪ノ下は絶賛憤慨中なのだが。

 

そこに奉仕部に新たな来訪者が現れる。

 

「ちょっといい?」

そう言って部室に入ってきたのは、女番長三浦優美子だ。

しかし、いつもの迫力がない。俯き加減のその表情には、何かに怯えているように見えた。

 

 

 

「優美子。どうしたの?」

由比ヶ浜は友人の三浦の様子がおかしい事にも気が付いたのだろう。

心配そうに声をかける。

 

三浦はそんな由比ヶ浜の気遣いを余所に、絶賛憤慨中の雪ノ下をキッと睨みつけ、つかつかと近づいて行く。

 

一色はただでさえ、憤慨中の雪ノ下の視線に晒されてるのに、三浦からの圧力で、その場からコソコソと離れ、俺にだけ聞こえる声で、「うゎぁ、…生徒会の仕事忘れてましたー」とか言って、逃げるように出て行った。

一色としては、雪ノ下から事の真偽が聞けたのだから、ここに居る理由はもう無い。しかも、恋敵だろうと思われる三浦が来たのだから余計だ。

 

三浦はそのまま、座ってる雪ノ下を見下ろす。

「雪ノ下…さんはさ、隼人と付き合ってるって本当?」

 

「何を馬鹿な事を……そんな噂は信じるに値しないわ」

雪ノ下はうんざりしたような表情をした後に、三浦を凍てつく視線で見据える。

 

「馬鹿な事って!!あんた何様なの!!」

三浦は掴みかからんとする勢いで、雪ノ下に迫る。

これはヤバいな……

 

「そんな根も葉もない噂を、何の根拠も無しに信じてる事が馬鹿らしいと言っているのよ」

雪ノ下もさらに視線を鋭くし、静かに立ち上がり、迫る三浦に対峙する。

雪ノ下はただでさえ、一色との問答で怒りに打ち震えてるのに、図らずも三浦の言動はそれに追い打ちを掛けてるといったところだ。

 

「この!!何なのよあんたは!!いつもいつも余裕ぶって!!」

三浦は目の前の会議テーブルを大きな音を立てて叩く。

その三浦の目には涙が溜まっていた。

取っ組み合いのケンカになれば、護身術の心得がある雪ノ下が負けることは無いだろうが、女子のしかも知り合いのそんな姿は見たいとは思うわけがない。

俺は何時でも仲裁できるように立ち上る。

 

「優美子!!」

由比ヶ浜が立ち上がり、三浦を止めに入り、三浦の肩を掴む。

 

「だって………」

三浦は由比ヶ浜に顔を向け、力なく項垂れる。

床には涙がポツリと落ちる。

 

「ね、優美子はここに相談があってきたんでしょ?」

由比ヶ浜は優しい言葉と笑顔を三浦に向ける。

 

「うん」

三浦はそう言って近くに有った椅子に力なく座る。

 

「ゆきのんも落ち着いて」

由比ヶ浜はそう言って、雪ノ下を鎮める。

 

「私は大丈夫」

雪ノ下はそう言って、静かに席に座りなおす。

 

俺の出番は最初っからなかったようだ。

由比ヶ浜はやはり強い。

精神が強い。この修羅場のような状況で冷静に判断し、2人を抑えたのだ。

 

 

 

それからは、雪ノ下と三浦の間に由比ヶ浜が入り話が始まる。

「本当に付き合って無い……のね」

三浦は涙でメイクが剥がれ落ちていた。

 

「そうね」

雪ノ下は澄ました顔で答える。

 

「でも、2人で街で居たって……」

 

「優美子、ゆきのん家と隼人君の家って、同じ会社?なんかそんな感じで、家同士でお付き合いがあって、その時は両親も一緒だよ。私もヒッキーもその時の二人に、偶然会ったから本当だよ」

 

「グスッ、何よそれ、家族同士の付き合いとか、うらやましいんだけど」

 

「私はいい迷惑だわ」

 

「また、あんたは!」

 

「ゆきのん!!優美子も!!」

由比ヶ浜は語気を強め、2人を叱る。

 

「……」

雪ノ下はすまし顔のままだ。

 

「グスッ、付き合って無いのね」

 

「無いわ。そんなに私の言葉が信用ならないのなら、本人に直接聞いたらいいのでは?」

 

「聞けるわけないじゃない!」

 

「もう、ゆきのん!!」

由比ヶ浜の叱咤が飛ぶ。

雪ノ下は相変わらず容赦がない。俺以外の奴にこんな態度を取るとこうなるわな。

 

「聞けるわけないじゃない!……好きだから、嫌われたくないから……」

三浦は涙ながら、苦しみを吐き出すように、声に出し擦れ擦れ絞り出す。

こいつ、本当に葉山が好きなんだな。

しかし、葉山は………

 

「ごめんなさい。少し言いすぎたわ」

そんな三浦の涙ながらの訴えに、さすがの雪ノ下も申し訳なさそうに謝まっていた。

 

「優美子。あたし、ゆきのんといつも一緒にいるけど、ゆきのんと隼人くんが付き合ってるなんて事は無いよ。安心して」

由比ヶ浜は諭すように言う。

 

「……うん」

三浦は子供のように頷く。

どうやら、由比ヶ浜の言葉でなんとか納得してくれたようだ。

 

 

「優美子、たぶんなんだけど、その事だけでここに来たんじゃないよね」

三浦が泣きやみ、落ち着いたところで由比ヶ浜は優しく声を掛ける。

 

「うん……依頼に来たの。その、隼人の進路が知りたいの。進路は自分で決めるものだって言って、いくら聞いても、答えてくれない」

三浦はポツリポツリと依頼内容を語りだす。

今の三浦にはあの何時もの横柄な態度は全くなかった。

 

「そう言えば隼人くんの進路、誰も知らないね」

由比ヶ浜は思い出そうとしているが、思い当たらなかったようだ。

 

進路といえば、3年になれば、文理系と文系に進路が分かれるのだ。

この前、その予備段階として、アンケートが配られていた。

 

「進路を聞いてどうするんだ?」

俺はここで三浦に根本的な質問をする。

 

「隼人と同じ進路に……」

 

「一緒の進路にしたところで、同じクラスになる確率なんて低いものだろう。他のクラスになったとしても葉山とは一緒に居るつもりなのだろ?なら別に気にしなくてもいいんじゃないか?」

総武高校では、雪ノ下が所属してるJ組の特進クラス以外は、普通科が9クラスある。

普通科は3年時になると、文理系と文系へと選択となる。

文理系は国立系大学志望者や理系大学志望者が選択し、文系は文系私立大学志望者が選択するのが一般的だ。

クラス数は志望者の状況により、年度によって異なるらしいが、ここ最近は、文理系が4クラス、文系が5クラスとなってるようだ。

三浦が葉山と同じ志望先を選択した所で、同じクラスになる確率は、5分の1から4分の1だ。

確率的に低い。それならば、一緒のクラスにならない事を前提に考えた方が効率的だ。

そうすれば、気にする必要はない

 

「好きな人と少しでも同じところで一緒に居たいの!誰だってそうじゃない!」

三浦は涙目のままだが、言葉を強くし、俺に訴えかけるように言った。

 

そうか……

確かに俺の発言はうかつだったようだな。

俺もそれには最近、思い当たる節がある。

勿論恋愛とかではない。尊敬する師匠に追い付きたい、知りたい、そして、認められたいと。

恋愛と尊敬の違いはあるが、俺は今のこいつと同じような思いをしていたのは確かだ。

三浦は進路の話も含め葉山との関係性に不安を持っていたのだろう。そこに、雪ノ下と葉山の噂だ。その不安に拍車がかかったのだろう。

妙神山へ行き、小竜姫様に会い。違う側面の横島師匠を見てしまったあの時の俺と似ているか……

 

「しかし、本人が言いたくないのであれば、困難ね」

雪ノ下は落ち着いた口調で話す。どうやら冷静さを取り戻したようだ。

 

「……」

項垂れる三浦。

 

「確かに困難だな。……正直な話、葉山が三浦や由比ヶ浜にも頑なに言わないとなると、誰が聞いたところで同じだろう」

だが、俺はそこで疑問に思う事がある。葉山が進路を言わない理由が何なのかが、全くわからない事だ。

 

「ヒッキー、何とかならないの?」

 

「三浦、葉山が好きなら、一緒に居たいのなら、そう言って直接聞いてみてはどうだ?もはや、どうなるものでもないぞ」

 

「……聞くのが怖い。隼人、あーしの事、迷惑に思ってるかもしれない」

 

「じゃあ、友達として一緒に居たいと言うのはどうだ?」

 

「……戸部がその理由で隼人に聞いてたんだけど、拒否られてた。進路は自分の将来に関わる事だから、自分で決めるべきだって言ってた」

超正論だが、何か引っかかるな。

戸部って同じ部活だろう?あのグループで一番仲がいい奴じゃなかったのか?

葉山だったら、進路で悩む友人に、アドバイスがてらに教えそうなものだが。

もしや、あのグループからの脱却を狙ってるとか?それだと、修学旅行の時の行動と矛盾してる。

 

「じゃあ、せめてサッカー部のマネージャーになれば、クラスは別になったとしても、放課後は一緒に居られるんじゃないか?」

何れにしろ、葉山から進路を聞き出すのは無理だろうと、俺は代替え案を三浦に話をする。

 

「今更だし、その……部活まで、あーしと一緒にとか隼人に迷惑かもしれないし」

なんかモジモジしだしたぞ。乙女あーしさんになってるんだが……

なぜ、そこを遠慮するんだ?

三浦、なぜ葉山の事となると臆病になる?

何時もの勢いはどうした?

その点、一色はあれだな。自分に素直というか、自分のしたい様にしてるな。

 

「わかった。正直失敗の方が確率が高いだろう。それでもいいなら、なんかやってみるが?雪ノ下と由比ヶ浜はどうだ?」

俺は三浦に対し同情に近い感情が確かにあるようだ。

そして、この依頼を受けようと、2人に了承を得ようとした。

 

「ヒッキー?受けてくれるの!?ありがとう!」

「……あなたがいいのなら、私に反対する理由は無いわ」

由比ヶ浜は意外そうな顔をしてから、俺に礼を言う。

雪ノ下は何か言いたげではあったが、そう言うにとどめる。

 

 

「三浦もそれでいいか?」

三浦にも確認を取る。失敗する可能性も高く、変に探りを入れると葉山に依頼者(三浦)がバレる恐れがある。

 

「うん」

頷く、三浦は幾分かホッとしたような表情をしていた。

教室でふんぞり返ってる姿はどこにも無い。

ただ、好きな人の近くに居たいという思う、どこにでもいる女の子に見えた。

 

この後、由比ヶ浜は三浦を家に送るために、先に部室を出る。

 

 

「比企谷君、聞いていいかしら?」

雪ノ下は座ったまま俺の方へ向き直る。

 

「ああ」

 

「なぜ、この依頼を受けようと思ったのかしら」

多分さっき、何か言いたげだったのはこの事か。

 

「ちょっとな。俺も三浦と同じような事で悩んでいたんでな」

 

「まさか姉さんの事ではないわね。……も、もしかしたら、ほ他に、す、好きな人でも、い居るのかしら?」

ん?何慌ててるんだ?なんか口調がおかしいぞ雪ノ下。

 

「いや、恋愛とかじゃない」

 

「そう。……だったら、どういうことかしら」

雪ノ下は何故かホッとした表情をし、落ち着きを取り戻す。

 

「尊敬する人がな……」

 

「それはあの横島さんの事かしら?」

 

「まあ、ぶっちゃけそうだ」

 

「あなた、本当にあの人が好きね。……それで、あなたは解決したの?」

その言い方に語弊があると思うのだが、海老名さんが聞いたら鼻血大噴出ものだぞ。

言っておくがボーイズラブ的な意味じゃないぞ。尊敬に値すると言う意味でだぞ。

誰に弁明してるのかわからんが。

 

「解決か。正直答えは出なかった。1人でドツボに嵌ってるところを助けてもらった。俺一人ではとてもじゃないが、何一つ好転しなかっただろう。心の持ちようを導いてくれた方がいたんでな。気持ちを切り替えることができたと言った方が良いな。俺の中では解決したと同じ価値があった」

俺はあの時、横島師匠の事で独りで思い悩んでいたが、それを察した小竜姫様が俺を導いてくれたのだ。

三浦も立場や条件はかなり異なるが、特定の人物にもっと近づきたい認められたいと言う願望は同じだ。

だから、この依頼を受けようと思った。俺もその苦しみを少しは理解できるからな。

 

「そう、……あなたの周りには……私はあなたがうらやましいわ」

雪ノ下がはっきりと心内を話すのは珍しいな。うらやましいか……

言葉足らずではあったが、何に対してうらやましいと言っていたのかは、俺は理解していた。

 

「そうか?」

 

「そうよ。私にはあの姉さんしかいなかったから」

やはりな。雪ノ下の家庭環境も随分問題が多いようだな。

それにしても、頼れるのが陽乃さんだけか……陽乃さん、妹好きすぎる癖に、愛情表現が不器用だからな。頼っても、難解な表現でしか返せないしなあの人。

まてよ、俺がGSの世界に入ってなかったら、相談できる人間って小町だけだったような。あの両親どもは、基本放任主義だしな。

と言う事は、俺も雪ノ下と同じ状態に?……なわけないか。

今は、頼れる大人や先輩方が俺の周りには沢山いる。その点は恵まれていると俺も思える。

まあ、あの人たちは、それと同じくらいにトラブルも持ってくるがな。

 

「……あれで結構、由比ヶ浜は頼りになる。平塚先生もな。……俺も話くらいは聞ける」

 

「そうね……でも話を聞けるだけなら、ひねくれた事を言わない猫の方がましよ比企谷君」

雪ノ下は悪戯っぽい笑顔でそんな事を言ってきた。

 

「まあな」

 

「それで、三浦さんの事はどうするつもりかしら?」

 

「いや、わからん。葉山に直接聞いても無駄だろうしな」

 

「そうでしょうね」

 

「明日、また3人で打ち合わせだな」

この案件は明日へと繰り越しだ。

 

「そうね。私も何か案を考えて来るわ」

 

 

 

 

 

俺は小町との夕食後、自室で三浦の依頼である葉山の進路先調査について、考えをまとめていた。

 

実はこの案件、GS的解決方法であれば、難なくクリアできる。

①呪いのエキスパート、小笠原エミ式方法。

夜な夜な、呪いで葉山がトラウマになるような幻影を見せ、恐ろし気な脅迫を繰り返し、葉山が自白したくなるほど追い込む。

②理不尽女王、美神令子式方法。

葉山の頭を霊験あらたかなバットで殴り、幽体離脱させ、肉体から切り離し、元に戻りたかったら、吐けと脅す。

③聖母の囁き、氷室絹式方法。

聖母の微笑みと、優しい言霊による説得。誰であろうと話さずにいられないだろう。

④嫉妬で人を呪える変態、横島忠夫式方法

呪いの藁人形と五寸釘を用意し、イケメンへの嫉妬心が呪いを発現させ、藁人形に五寸釘を打ち、葉山本人を呪う。釘を打ち付ける位置は主に股間に集中するだろう。葉山が真実を吐くまで続く。

⑤俺式、解決方法。

葉山の夢枕に立ち、耳元で質問を投げかける。葉山は寝ながらにして答えを話すだろう。

夢は深層意識が支配する世界だ。葉山は嘘はつけない。耳元で術を乗せた言霊を耳にした葉山は、無意識のうちに答えを口にするだろう。まあ、一種の催眠術なのだが、これもオカルト的解決方法の一つだ。

 

 

①と②は似たような事をこのお二方は常套手段とされてるので、確実性は高いのだが頼めるわけがない。

トップクラスのGSの二人が、こんな方法を常套手段としてる時点で、この業界が如何にヤクザな仕事かわかってもらえるだろうか?

というか、へっちゃらでこんな手段をとるこの二人が、マジで怖い。

しかも、葉山に後々多大なトラウマを植え付けかねない。

 

③は本末転倒だ。

葉山はキヌさんの優しい言葉に心を奪われ、信奉者になる可能性が高い。

となると、三浦の淡い思いなど、歯牙にもかけなくなるだろう。

それと個人的に、何だかキヌさんに葉山を会わせたくないから却下だ。

 

④個人的にはこれが一番いいと思う。

葉山には悪いが、横島師匠の呪いの藁人形の実践が見れるいい機会だ。

 

⑤は、学校で昼寝でもしてくれたのなら楽なのだが、葉山が学校で寝てる姿は見たことが無い。俺が就寝中の葉山家に忍び込まないといけないしな。これも現実的ではないな。

 

楽なのは番外で、タマモに頼んだら一番早いんだけどな。

タマモの幻術と催眠術のコンボで、いとも簡単に口を割るだろう。

こんなことで、タマモに頼むのは申し訳ないから、しないけどな。

 

それともう一つ確実なのは、陽乃さんに頼むことだ。

葉山家と雪ノ下家がビジネスパートナーで、葉山と雪ノ下が幼馴染であることはわかっている。多分陽乃さんも幼馴染だろうことは、葉山や陽乃さんの口調でわかる。

となると、陽乃さんに聞けば、おのずと答えが出るだろう。陽乃さんであれば物理的にも精神的にも葉山をコントロールして、聞き出すことが出来るだろうと。

但し、これには人身御供が必要なのだ。俺と言う名の人身御供が……

とんでもない要求をしてくるに決まってる。却下だ却下。

もうこれ以上、あの人に借りなぞ作って見ろ。一生コキ使われるに決まっている。

 

 

奉仕部への依頼だしな。倫理的にも俺の精神的な安寧のためにも、GS的手法は無しだ。

 

 

よくよく考えると俺は葉山隼人と言う人間をまともに考察したことが無かった。

意外と関わる事が多い人物なのだがな。

俺はとりあえず葉山の情報を集めるために、雪ノ下と由比ヶ浜にメールを送信する。

 

 




ギャグ的に、最後の方の部分①~⑤だけが決まってたのですが、それに至る道程が悩みまして、はい。


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(56)葉山隼人とは

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回のお話の解決ですね。
但し、大きな流れから言うと、繋ぎという感じのお話です。
言うならば、つなぎ回。


葉山の3年時の進路先を知りたいという三浦の依頼を受けたのだが、肝心の葉山は親しい友人達にも頑なに教えないときたものだ。

それは何故なのかはわからない。

 

俺は取り合えず、調査、捜査の基本である情報収集を行う。

葉山とはクラスの中で何だかんだと関わる事が多い奴だ。

一般的な見方の葉山像は、文武両道、イケメンで人当たりよく、皆に慕われ、リーダーシップもとれる。みんなの葉山という感じだ。

俺のイメージでは、何かと皆で一緒に楽しもうとか、平等を意識したような言い回しが多いように感じる。争いを好まないと言えば聞こえがいいが、かなり保守的な考え方を持ってる印象だ。

確かに、みんなの葉山という言い回しはしっくりくる。いつの時代でも大衆の大半は安定を望み、保守的なリーダーを求めるものだ。

後は知ってる事といえば、雪ノ下とは幼馴染である事ぐらいか。

まあ、雪ノ下には毛嫌いされてるようだが……

 

そこで、葉山の情報を得るべく、葉山と幼馴染であるはずの雪ノ下と、同じグループの由比ヶ浜にメールで情報提供を申し出た。

偶然にも、葉山に近しい人間が奉仕部の3人のメンバーの内に2人もいる。情報源には困らない。

 

すると、間も置かずに、由比ヶ浜から電話が掛かってきた。

「ヒッキー、優美子の依頼を受けてくれてありがとね」

 

「あのな。俺だけが解決するんじゃないんだ。奉仕部として受けた依頼だぞ」

 

「わかってるよー、それでも、お礼が言いたかったの!」

 

「で、葉山はどんな奴だ?」

 

「うーんとね。誰にでも優しいかな。人気もあるし、サッカー部のキャプテンでカッコいいし、女の子にもモテルしね」

 

「それは俺も知ってる。もっと具体的なものは無いか?」

 

「具体的って何?」

 

「葉山の弱点とか嫌いなものとか、苦手な食べ物とかだ」

 

「……ヒッキー、そんなの聞いて何するつもり?」

由比ヶ浜はいぶかし気な感じに聞き返してくる。

別に葉山をどうこうするわけではないが、相手の弱点を知り、そこを突くのは戦術論としては当然の話だ。決して、人の弱点を知って、ほくそ笑むなんて趣味は無いぞ。

……意外性の有る弱点とかが有ったら面白いなと……イケメンで皆に慕われる葉山の意外な弱点とか、公衆の面前でばらしたらどうなるかとか、そんな事を妄想するだけでも結構楽しい……アレ?

 

「葉山の性格と言うか、そういうものが知りたい。プロファイリングとまでは行かないが、葉山の性格による行動予測が出来るだけの情報がほしくてな」

プロファイリング。犯罪心理学を利用した捜査方法の一つだ。相手のプロフィールを綿密に調べ、それによって起こすだろう行動を予測する手法だ。

GSの世界でもある程度確立しつつある。幽霊の行動については特にだ。

先人のGSや霊能者が残した記録や情報を集約し出来上がったものだ。

現状の幽霊の状況から、例えば、全身があるのか頭だけの幽霊なのか、着てる服の状態。現れた場所とその範囲などから、幽霊がなぜそこに居るのか、どういう経緯で幽霊になったのか、どんな幽霊なのかをある程度把握することができるようになったのだ。

 

基本は心理学や行動学なため、元々は人の行動についての行動学問だ。その人間がどのような行動を起こしやすいのかという性格診断のようなものだ。

今回の件は、葉山がどういう行動を起こす人間なのかという事を把握するために、情報を集めてる。

 

「ぷろふぁいりんぐ?」

 

「そうだ。簡単に言えば、葉山の情報から、葉山がどんな行動をする人間かを把握するための方法だ」

 

「ヒッキーってやっぱり刑事さんみたい。なんかかっこいいね」

由比ヶ浜が刑事みたいだと感じるのは、間違ってはいない。

GSはそう言う側面が多分にある。この世のならざる者が起こした迷惑行為や犯罪行為などを解決する職業だからだ。

特にオカルトGメンはオカルト犯罪の警察版だ。幽霊や妖怪妖魔だけでなく、オカルトを使った犯罪を起こした人間も対象となる。

 

「まあ、しょせん警察の真似事だ。何かあるか?」

 

「うーん」

 

この後も由比ヶ浜から色々と話し合ったが新たな有用な情報は得られなかった。

由比ヶ浜自身、葉山とは友人関係ではあるのだろうが、深く興味があるようには感じられない。

まあ、言うならば、友達(三浦)の友達程度の関係なのかもしれないな。

 

 

由比ヶ浜との電話を終えた後、雪ノ下からメールが届く、添付ファイルを見ろと書かれていた。

 

添付ファイルを開けると……なんだこりゃ?

 

これ?経歴書?履歴書?

そんな感じのものがPDFで送られてきたのだ。

葉山の経歴が丸わかりなのだが。

出身地から、両親の職業経歴も。……小学校のクラスまで書かれてるぞ。

雪ノ下は俺がメールを送ってからの短時間でこれを作ったのだろうか?

相変わらずハイスペックな奴だ。

 

そこで雪ノ下から電話だ。

 

「雪ノ下、これは?」

 

「あなたが知りたがっているだろう情報をまとめてみたわ」

 

「確かに俺が知りたかった情報だ。助かる……しかし、よくこの短時間でこれだけの事を調べることができたな」

確かに俺が知りたかった情報がすべて載っていた。

雪ノ下は俺が知りたがっている情報を正確に把握し、これを作ってくれたのだろうが、これはこれでやり過ぎなのではと思ってしまう程だ。プライバシーなんてあったもんじゃ無い。

 

「あなたも知っての通り、彼の家族と私の両親が公私共に付き合いがあるから、これぐらいの事は直ぐに調べられるわ。それに、私が出来ることはこれくらいだけだから……」

雪ノ下の声色はいつもより、沈んでいるように聞こえ、声も徐々に小さくなる。

 

「いや、十分だ。……ちょっといいか?」

 

「なにかしら?」

 

「葉山は毎年、雪ノ下の両親と付き添って、挨拶回りをしていたのか?」

 

「昨年までは私ではなくて、姉さんだったのだけど、彼は中学生の時から一緒だったようよ」

 

「そうか……挨拶回りは葉山家は父親だけか?」

 

「いいえ、おば様も同席されてる事が多いわ」

という事は、95パーセント以上の確率で奴の進路は決まりだな。

奴が大きな心変わりや、冒険をしなければの話だが、性格上、それも確率が低い。

雪ノ下の情報では、葉山の父親は雪ノ下家のグループ会社の顧問弁護士だ。しかもそこそこ大きな法律事務所を開業してる。

母親は医者で、元は大学病院で働いていたが、今は開業医だ。

葉山に兄弟は居ない。となると……

両親は葉山に父親の後を継がせようとしているという事だ。

父親は、早大のOB。弁護士グループも早大派閥で固められてるだろう。

となると、父親の後を継がなければならない葉山の希望大学は早大となるのは確実だ。

ならば、進路希望はおのずと……

 

 

 

 

 

翌日、俺は教室で葉山の行動を観察する。

休み時間はいつものグループの友人達と談笑する葉山。三浦は少し元気がない様に見える。

由比ヶ浜はそれに気を使ってるようだ。

 

このグループの中心はどう見ても葉山だ。

学校の成績もトップクラス。スポーツ万能で、人当たりも良くリーダーシップもある。絵にかいたような優等性だ。俺も数度話したことがあるが、悪い奴ではない。一般的にはいい奴に分類されるだろう。

まあ、髪を染めてる時点で、模範的な優等生からは外れるがな。

学校では笑顔を絶やさない葉山。

雪ノ下の話を聞いてる限りでは、家でもそうなのだろう。

しかも、父親はやり手の弁護士。母親は医者と超エリート一家だ。

葉山に対し、一人っ子で、しかも、出来た子を持つ親としての期待は半端ないだろう。

将来は自分たちの跡をついで、弁護士か医者か……子供のころからそう言い聞かされてきたのかもしれない。それは相当プレッシャーとして本人に圧し掛かってるはずだ。今、見た感じでは、そんなそぶりは見られない。まあ、四六時中、葉山を見てるわけではないからな。どこかで息抜きはしてるのだろうが。

俺が葉山だったら、即行投げ出す自信がある。いや、一生親に養ってもらうために、媚びへつらうまである。

 

 

 

放課後奉仕部。

早速、葉山の3年時の進路先を知りたいという三浦の依頼について打ち合わせをする。

 

「ヒッキー、ゆきのん、ごめん。なんかいい方法思いつかなかった」

由比ヶ浜はシュンとした感じで、俺達に謝ってきた。

 

「私も申し訳ないのだけど、良い案は浮かばなかったわ。最終手段として、非常に嫌なのだけど、姉さんに聞くという手があるのだけど……」

雪ノ下は悲壮な表情でそう言った。

 

「やめておけ雪ノ下。あの人に頼みごとをして、その見返りに何を要求されるか分かったもんじゃない」

それは俺も思いついたのだが、とてもじゃないがこの依頼で、そんなリスクを負うのは割に合わない。

 

「そうね。それは飽くまでも最終手段よ。……ところで比企谷君。あなたのその口ぶり、姉さんに何か約束でもさせられたのかしら?」

 

「…………」

し、しまった。墓穴を掘った。

……はい、確かにとんでもない約束をさせられました。

……陽乃さんと温泉旅行に行く約束してしまいました。

しかし、よく考えると、温泉旅行に行くとだけ約束しただけで、日帰りなのか、泊りがけなのかもわからない。しかも場所も日程も何もかも決まってない。

いや、温泉旅行をするという約束は、ある意味、空の手形を切ったようなものだ。

すでに陽乃さんのペースなのだ。

どんなプランを持ってくるのか、今から考えるだけでも恐ろしい。

とんでもないプランだったら断固反対したいが……もはやどうなるものでもない。

覚悟を決めるしか……

 

「ヒッキー、なんで黙るし」

俺が温泉旅行の件を思い出し、戦々恐々としていたところ、由比ヶ浜が俺の方にずいっと、顔を寄せ、俺の目を真正面から見てくる。

 

「いや、約束?何の事?」

こ、ここは、何としても誤魔化さないと。

 

「……あなた、目が泳いでるわよ」

雪ノ下がひんやりした視線を送って来る。

 

「ああ!目をそらしたし!怪しい!何を約束したヒッキー!!まさか、前の陽乃さんの旦那さんになる事!?」

由比ヶ浜はプンスカしだした。

 

「いや、あれはあの人の冗談であってな、そのだな……今は、葉山の進路の件だろ?」

俺は慌てて元の話題に強引に戻そうとする。

 

「そうね。いいわ。後でじっくり聞かせてもらいましょうか」

「絶対なんかある!後でちゃんと話すし!」

元の話題に戻りそうなのだが、かわし切れなかったようだ。

後で聞く気満々だ。

この二人に陽乃さんと温泉旅行に行くとか言ったら、何か非常に不味い気がする。

俺の霊感が警鐘を鳴らしていた。背筋に冷たいものが流れるのを感じる。

 

「元の話に戻すが、俺も具体的な案は無い。葉山は親しい友人にすら話していないのに、俺からアプローチをしたところで、話すわけがないだろう」

俺はその二人の言葉をスルーして、話を元に戻した。

 

「ヒッキーでも、ダメなんだ。じゃあ、どうしよう?」

「……難しいわね」

 

「本人から聞くことはできないが、推測することは出来る。かなりの確率でな」

 

「どういう事かしら?」

 

「雪ノ下と由比ヶ浜から昨日、葉山の情報をもらっただろ?そこから葉山の性格や行動パターンをプロファイリングや人間行動学の真似事で導きだした。まあ、俺も結構当たってるんじゃないかと思った」

特に雪ノ下の情報はかなりの情報量と有用性があった。

 

「ヒッキー、昨日も電話で言ってたね。ぷろふぁいりんぐって」

 

「そうだな。その結果、葉山はかなりの確率で文系に行くだろう。いや、葉山には選択肢がこれしか無い」

 

「そうなん?」

由比ヶ浜は疑問顔だ。

 

「まあ、プロファイリングをするまでもなく、葉山の家庭環境や、現在の様子。そして、あの性格をみれば推測できる。葉山は弁護士になり父親の跡を継ぐように言われてるはずだ」

 

「……確かにそう言われてるわね」

 

「そして、葉山もそれに応えようとしている。葉山の父親は早大出身で、法律事務所のグループも早大学閥で形成されてる。となると、葉山自身も父親の法律事務所を受け継ぐにあたって、早大に入る必要性がある。総武高校で早大出身者はほぼ99%文系からだ。となると、葉山が相当ひねくれた人間か、両親の期待を裏切る冒険をするような人間では無ければ、まず文系を選ぶだろう」

 

「そう。……彼にも選択肢はなかったのね」

雪ノ下は自嘲気味に苦笑する。

 

「え?隼人君って将来が決まってるの?」

 

「決まってるんじゃない。親に決められたゴールに向かっているんだ」

将来が何もせずにエスカレーター式に決まってるわけではない。親が決めたゴールを目指し、葉山自身が努力してそこに到達しないといけないのだ。

 

「同じじゃないの?」

 

「全く違う。葉山は親に決められたそのゴールに何としてもたどり着かなければならない。親の期待を裏切らないようにとな。その為に努力し、最善の選択肢を選ぶはずだ。自分が望む望まないなどは最初から、無い」

あの笑顔の裏では葉山は、決められたゴールに進むしかない自分に葛藤してるのだろうか?

 

「…………私もそう」

雪ノ下は視線を床に落とし小声で苦しそうに呟く。

 

「ゆきのん…」

由比ヶ浜は心配そうに雪ノ下に声を掛ける。

雪ノ下も葉山と同じだ。いや、それよりもひどい何かだった。

だが、それに違和感を感じたからこそ、父親に頼み、今一人暮らしをしている。

そして、今は自らの足で変わろうとしてる。

 

 

「まあ、これも結局は、本人に確証を得ない限りは、飽くまでも推論の域を脱しないものだ。だが可能性は非常に高いと思う」

俺は昨晩、雪ノ下の情報や、ネットでも情報収集を行って、何度も検証した。

ほぼ、文系で確定だろう。

ただ、葉山がいつ何時、何かのきっかけで、心変わりをするかもしれない。それは予測不可能な領域だろう。

 

「そうね。比企谷君の意見に同意するわ。彼は決められたレールの上を走る事しかできない。但し、あなたのような、とんでもない毒劇物に触れれば別よ」

至極真面目な顔をしながら、最後には悪戯っぽい笑顔で俺を見やる。

 

「なにそれ?危険人物扱いかよ」

毒劇物とか、もはや人扱いじゃないんだが、触れると人を腐らせる腐界とかそんな扱い?

 

「そうね毒劇物というよりは、ウイルスとか細菌に近いかもしれないわね」

雪ノ下さん?いい笑顔で何をおっしゃってらっしゃるのかな?

バイオなハザードになってるんですが?やっぱこの目か、この目なのか。初対面の霊能者からは悉くゾンビ扱いされるからな。

 

「なに?比企谷菌ってことか?俺のトラウマを掘り起こしてどうする気だ?」

何が言いたいんだ雪ノ下は。ただ俺をディスりたいだけ?

 

「あっ、なんかわかっちゃったかも!」

由比ヶ浜は手の平を口に当てながら、何かに気が付いたような顔をする。

 

「なんなんだ?」

 

「ヒッキーには内緒!」

「そうね。あなたは知らなくていいわ」

由比ヶ浜も雪ノ下も楽し気な笑顔を浮かべていた。

 

「そうかよ」

まじ、なんなんだ?

 

 

 

「でもよかった。これで優美子に報告できるね」

由比ヶ浜はスマホを取り出しながらホッとした表情をする。

 

「これで本当にいいのかしら?確証が得られない答えなんて」

 

「雪ノ下、確証が得られない答えなんてものは結構あるもんだぞ。その後の事は本人次第だ」

GSの仕事では推論だけで進めて行かないといけない事案は多々ある。但し、細心の注意をしながらだがな、一歩間違えると、死に至るケースもある。

美神さんは豊富な知識と経験と、時には第六感を使い慎重に事を進め答えにたどり着く。失敗しても取り返しのつかないような事態を避ける周到さをも持ち合わせている。

あの傍若無人の振る舞いからは想像できないかもしれないが、確かに時には大胆に攻める事もあるが、普段は冷静かつ慎重に事を進めていくのだ。

超一流のGSたるゆえんなのだろう。

 

「そういうものかしら?」

雪ノ下は首を傾げてはいるが、はっきりと否定していないところを見ると、疑問は残っているのだろうが、一応依頼完了という事でいいのだろう。

 

「そんなもんじゃないか?」

 

「じゃあ、優美子に伝えておくね」

由比ヶ浜はスマホを操作しだす。

三浦にこの件をメールで送っているのだろう。

 

 

しかし、葉山は何故、近しい友人連中に進路先を頑なに話さなかったのだろうか?それとも知られたら不味い事でもあるのか?

3年時の進路先はそれ程、重要なものでもないように思うが……俺はその疑問だけが残る。

何かの機会に聞いてみるか。

 

 

 

「それよりも隠しヶ谷くん。姉さんに何を強要されてるのかしら?」

雪ノ下め、思い出したか。

この解決した流れで、さっさと帰る予定だったのだが。

 

「あっ!ヒッキー!それ!陽乃さんの旦那さんになるって!」

由比ヶ浜は何故ぷりぷりしてるんだ?

しかも、その件は、さっき否定したぞ。

 

「言葉の綾というかだな。そんな気がしただけで、さっきの言葉に深い意味は無い」

 

「「………」」

俺は二人からジトっとした疑いの目を向けられる。




八幡のピンチだけが続く。


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(57)温泉旅行は回避したい。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます

前回の続きです。




 

「さあ、吐きなさい。姉さんに何を約束させられたのかを」

「ヒッキー!陽乃さんと仲良さげだし!何の約束したし!」

雪ノ下と由比ヶ浜は俺に迫って来る。

 

なぜか、刑事に尋問される容疑者のようになってるんだが。

俺は何も悪いことはしていない。

ただ、陽乃さんと温泉旅行に行く約定を取り付けられたってことだ。

いや、それが非常に不味いのだ。

もし、陽乃さんが俺を婿にし、関東における土御門家を立ち上げると言う話が本気なのであれば、俺の相手は陽乃さんだけでなく、土御門家がバックにあることになる。

さらに、この件はあの美神美智恵さんが一枚かんでいるのだ。

陽乃さんだけでも厄介なのに、さらに土御門本家と、あの美神さんさえ手玉にとる美智恵さんが敵にまわるとか、絶望的なのだ。

 

そして、陽乃さんは土御門家当主である土御門風夏さんに俺が卒業するまでに俺を落とすと宣言した。

陽乃さんは本気なのかどうなのかが、俺にはいまいちわからない。

確かに陽乃さんは美人でスタイルもいいし、頭も切れる。GSとしての実力も高く、普通に考えればかなりの優良物件なのだが、その性格がちょっとぶっ飛んでるのだ。まあ、美神さんとか小笠原エミさんとか六道冥子さんとかに比べれば大分ましだがな。

俺はGS試験以前の陽乃さんの事を今迄、恋愛や結婚対象として見たことも無い。逆にあの外面仮面に警戒し、マイナスイメージを持っていたまであるのだ。

 

それが何故かこの急展開に……

しかも俺は困惑しっぱなしの中、攻められ続けられているのだ。

陽乃さんは俺のどこが気に入ったのかがさっぱりわからない。

俺は顔もこの腐った目さえ気にならなければ、悪くはない。性格は小町曰く、めんどくさいと、俺も自分でもそう思う。

あれ?俺のいいところってなんだ?冷静に自己分析ができるとか、勉強がそこそこできるとか?いやいや、女性にとってそこは大事なことか?

やはり陽乃さんは俺の霊能力に目を付けたのだろうな……

青臭い事を言うようだが、俺の能力を有用だからという理由だけなら、即お断りだ。

確かに昔は有能な女性と結婚して専業主夫などと、多大な理想を抱いていた事もあったが、それでも好きな人とは恋愛をした上で結婚をしたという思いも漠然とはあった。

 

まあ、今俺が好きな人がいるのかと問われても困るが……

理想としては、やはりキヌさんだな。あの人とだったら恋愛をしてみたい。ただその夢は既に破れたけどな。

今でも女性としては見てる面はある。やはり俺の目から見ても理想な女性像なのだ。だが敬愛や尊敬の念の方が上回っている。

そして、最近では小竜姫様だ。これまた。即、夢を絶たれたがな。

理由はすべて俺の師匠である横島忠夫が原因だ。二人とも横島師匠が好きなのだ。

小竜姫様には面と向かって言われたしな。流石にショックはでかい。

しかし、相手があの横島師匠ならば、諦めが付く。

とは言いつつも、悔しいものは悔しいのだ。

あれだぞ、凡その全世界の男どもの理想がすべて詰まったような女性なのだぞ。

キヌさんは現世に現れた聖母そのものだ。小竜姫様は理想のファンタジーヒロインそのものだ。

………やはり、納得がいかん。

しかもあの師匠に惚れてるなんて!確かに優しかったりするが、普段は変態だぞ!もうどうしようもないぐらいの変態なんだぞ!世間様に後ろ指さされてるんだぞ!

 

今となってはという感じだが、キヌさんも小竜姫様も2人はどちらかというか、テレビで見てるアイドルのような存在だ。

だから、生の恋愛とは違うような気もする。

ただ、目の前に居て、話をし同じ時間を過ごせるから……恋愛対象としての好意と俺が勘違いしているだけなのかもしれない。

 

昔、折本に告白したことがあるが、あれは明らかに違う事だけはわかる。

クラスでも人気のある折本の表面しか見ずに、勝手に自分の中で作り上げた折本像に告白していただけなのだ。振られて当然だ。

 

ごちゃごちゃと語ったが要するにだ。俺は恋愛についてはさっぱりわからないのだ。

何が正しくて、何が間違っているのか。

高校になって、2年経とうとするが、正直、自身の霊障やら、GSの仕事や修行でそれどころじゃなかったというのもあった。だから恋愛については、全く考え無くても良かったのだ。わざとシャットアウトしてきたのかもしれない。

 

そこで、急に湧き出た話がこれだ。

陽乃さんによる一方的な婿になれ宣言だ。

恋愛とか一切合切をすっ飛ばして、最終ゴールからの告白だ。

好きだと面と向かって言われたわけでもなく、いきなり婿になれだぞ。

俺が困惑するのもわかるだろ?

 

陽乃さんは土御門家や自分の地位のために、霊能力者である俺を土御門家の傘下にいれるため、好きでもない俺を婿にしようとしてるのかと。

時代錯誤にもほどがある。戦国時代の発想だぞ。

陽乃さんはそれでいいのだろうか?

いや、間違いなく陽乃さんはモテただろう。もう男との付き合いやら恋愛やらは掃いて捨てるほど、既にやってきたのかもしれない。だからもうその辺には未練が無いと……

 

だからって、恋愛もまともにしたことも無い俺が、そんな打算にまみれた理由で俺と結婚しようとするなどと、そんなものに同意できるわけがない。

何としても回避したいのだ。

 

それで、この温泉旅行だ。

下手をすると、既成事実を作られるかもしれない。

俺も男だ。陽乃さんが本気で色仕掛けを仕掛けてきて、いつまでも耐えられる自信は無い。

恋愛感情とかそういうものをすっ飛ばして、そんな一時の快楽のために身を捧げてしまうかもしれない。そんな自分が自分でなくなるようでそれが怖い。

 

俺に回避できるだろうか?

いや、温泉旅行に行ったとしても、回避し続けるしかないのだが……どこまで耐えられるか。

強硬手段で、土御門の術式などを使われた日には、もはやどうすることもできない。

 

 

致し方が無い。横島師匠にでも相談するか?

いや、横島師匠にこの件を相談するのは気が引ける。ああ見えて昔、結婚前提にした恋人を亡くしたらしいからな。

 

キヌさんは?

ダメだダメだ。キヌさんに恋愛事を相談などと、流石に気恥しいぞ。

 

美神さんは……

や、やめておこう。陽乃さんの身が危ない。土御門の関係者を嫌ってるしな。下手をすると再起不能に……あの人、容赦という単語を美智恵さんのお腹の中に置いてきてしまったようだしな。

 

美智恵さんは、既に土御門側だしな。

西条さんは出張中か。

 

シロは子供だし、タマモは……

 

 

「ヒッキー!ヒッキー!?どうしたの?」

「比企谷くん、比企谷くん!」

気が付くと由比ヶ浜と雪ノ下の2人の顔が間近にあった。

心配顔で俺の顔を覗き込んでいた。

 

「い、いや、なんでもない」

どやら、俺は思考の渦に嵌っていたようだ。

 

「何でも無いってあなた、急に黙り込んで、眼が死んでるわよ?」

「ヒッキー大丈夫?」

 

「………」

 

「姉さんとの約束、それほど大変な事なのね。私から姉さんに言って聞かせるわ」

「ヒッキー、ごめんね。なんかその、大変なんだね」

何故か俺に同情の目を向ける二人。

俺は思考の渦に陥った時に、よっぽどひどい顔をしていたのだろうか?

 

「ち、ちょっとな」

 

「ちょっとどころじゃないわ。あなたの様子」

「ヒッキー……何を約束させられたの?」

心配そうに尋ねてくれる雪ノ下と由比ヶ浜。

 

「………」

どうしたものか、由比ヶ浜と雪ノ下に思い切って相談を……いやしかし。

 

「比企谷君。また独りで抱え込んでるわね。私の身内が仕出かした事ですし、相談に乗るわ」

 

「………」

婿の話とかは余計に混乱するだろう。陽乃さんはどうやら雪ノ下の家にはその件、全く言ってないようだしな。

 

「ヒッキー……」

2人とも心配してくれてるようだ。

思いっ切って相談してみるか……婿の件は何とか誤魔化そう。

 

「……そのあれだ。除霊を手伝ってもらった見返りにな。雪ノ下さんと温泉旅行に行く約定を取り付けられた」

 

「「温泉旅行!?」」

困惑とか混乱とかそんな顔で同時に声を上げ、見事にハモル二人。

 

「そうだ」

 

「本当にお義兄さんと呼んだ方がいいのかしら!この間男谷君!」

何でそんなに怒ってるんだ雪ノ下?しかも間男ってどういうことよそれ?

 

「ヒッキー……本当に陽乃さんと」

何、泣きそうな顔してんだ由比ヶ浜。泣きたいのは俺の方なんだけど。

 

「温泉旅行に行くと何をされるか分かったもんじゃない。何とか回避したい」

 

「ヒッキーは行きたくないの?」

 

「当然だ。だが、約束してしまったため、こちらからは何ともできなくてな。それで悩んでた」

 

「なんでそんなものを受けてしまったのかしら?」

 

「緊急事態だったんだ」

あの時、俺だけで何とかなったら、陽乃さんにあんな約束なんてしない。

くそ、何の因果であのタイミングで暴走した十二神将が千葉に来るんだ?

 

「もしかして、1月3日のあの時の事かしら?」

雪ノ下はどうやら察してくれたようだ。

そう、あの時に十二神将の封印を手伝ってもらった見返りにこんな約束をしてしまったのだ。

 

「ああ」

 

「足元を見られたのね。……温泉旅行。姉さんの事だから、何か企んでるのは確かね」

 

「いつ行くの?」

 

「日程も場所も何も決まってない。雪ノ下さんから連絡が来るはずなんだが……」

 

「姉さん。あの日に京都に帰って以降、連絡がつかないのよ。母さんも土御門本家に連絡したのだけど、修行中だとかで」

 

「………」

あの妹が好きすぎる陽乃さんに雪ノ下でも連絡がつかないのか。

俺はどうしようもない虚無感で肩を落とす。

 

「わかったわ。私も温泉旅行について行ってあげるわ」

「ゆきのん!あたしも行く」

雪ノ下は、考え事をしながらゆっくり頷いた後、こんなことを言ってきた。

それに間髪入れずに由比ヶ浜も同行すると言い出した。

 

「はぁ?いや、しかし、そこまでしてもらうわけには」

 

「勘違いしないでもらえるかしら。部員の生死が関わってるかもしれないのよ。しかも私自身の身内のせいで、当然部長としての責務よ」

何故か顔をほんのり赤らめ、まくし立てるように早口でこんなことを言う雪ノ下。

生死って、まあ殺されないまでも、人生の牢獄にとらわれるかもしれないしな。

 

「そうそう!ヒッキーがその、陽乃さんに誘惑されるかもしれないし!ヒッキーも男の子だから……その、あれで」

勢いよく由比ヶ浜も言葉を口にしたのはいいが、最後は恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ口ごもる。

その可能性は否定できないのが辛い。

しかし、恥かしいならそういう事は言うなよな由比ヶ浜。こっちも恥ずかしくなる。

 

「しかし、日程とか場所も決まってないんだが」

 

「あなたが直ぐに知らせてくればいいのよ。後はなんとかするわ」

「そうそう!絶対ついて行くし!」

そう言う二人が今は心強く見える。

 

「すまん」

この二人が近くに居れば、さすがの陽乃さんも強硬手段をとれないだろう。

俺は礼を言いながら、肩を撫でおろしホッとする。

 

 

 

と……この時は甘っちょろい事を考えていたんだが……やはり、女難の相は続くらしい。

 





ここの八幡。恋愛ごとにはとことん疎い感じです。
高校生活を無慈悲なGS環境で過ごしてきた影響が出てます。

次回はGSベースのコラボな感じです。
多分。


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(58)講習会(前)大人と子供の境目ってなんだ?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回、かなりのボリュームになったので、前後編に分け、一気に投稿します。
話の流れ上、前はかなり短いです。



1月3週の日曜日の朝。

俺は早朝から家を出て、今、東京のとあるビルに向かっている。

元旦を迎え、そして成人式が終わり、年始めの大きなイベントは大方前半で既に終わりを告げた。

成人式とは、大人の仲間入りとなる節目の儀式の一つだ。

世間では、お祭りか何かと勘違いし、暴れまくり迷惑行為を行う若者も見受けられる。

あれはいったい何なのだろうか?大人の仲間入りを果たす場にも関わらず、わざわざ自分が稚拙な存在ですと晒す行為は……全く矛盾である。

 

しかし、20歳となり急に大人というカテゴリーに組み込まれ、何が変わるのだろうか?

酒が飲める?刑罰の違い?選挙権の有無?

大人とは世間に対し責任を持つ人間の事と定義してる文言をしばしば見ることが出来るが、そもそも世間に対する責任とはなんだ?

 

美神令子23歳

横島忠夫19歳

氷室絹18歳

 

美神さん23歳は果たして大人なのだろうか?

いや、確かに体は大人だ。プロポーション抜群だし、美人だし。しかし性格は最悪だ。世間に対し責任?何それ?って感じなのだ。俺の給料とかちょろまかそうとするわ。税金ちょろまかそうとするわ。世間では言えないような事をへっちゃらでするわ。まだ、素人だった俺を妖怪妖魔の巣に落としたり、何も知らない俺を餌にして妖怪をおびき寄せたりと、やりたい放題だ。世間でバレたらどんなことになるのだろうか?

 

横島師匠19歳、この人は来年成人式を迎えるはずだが、無事に大人になれるのだろうか?

この人が大人なイメージが全くわかないのだが。

確かにたまにキリっとした時もあるのだが、普段はとんでもない行動しか起こさないのだ。

ちょっと待てよ。20歳になると下着泥や覗きがギャグでは済まされないという事か?刑法的には立派な犯罪者だ。まあ、19歳でも十分犯罪だが……

流石に師匠が犯罪者とかは勘弁してほしい。あの人に十分言い含めよう。いやキヌさんに手伝ってもらって、説教をしよう。

 

キヌさん18歳、なんかいい。18歳のキヌさんとか……それだけで惚れてしまいそうだ。アレ?

キヌさんは誰もが思う世間で言う立派な大人だ。もはや聖母レベルで真面目で心優しく。ひたむきなのだ。

悪いことなどは絶対できないのだ。

この、最低な二人と最悪な環境で良く自分を見失わないで、ここまでの性格を維持できたものだと素直に感心する。

 

そう、年齢で大人のボーダーラインを引くのは間違っていると俺は思う。

精神鑑定の上、大人か子供かを決めた方がいいのでは、そうなると横島師匠と美神さんは一生子供のままなのかもしれない。

 

まあ、成人式とは、大人とはそう言うものではない。

とりあえず、その年になれば責任を持てよという、一種の枷なのだ。

世の中には何事にも線引きが必要だ。

そこに個人の性格やら私情は一切入らない。そうしないと世の中が回らないからだ。

 

 

そんなこんなと思考しながら、寒空の中、コートを着込んで歩き、とあるビルに到着する。

日本GS協会本部ビル。

 

俺は美神さんから業務命令を受け、ここにサイバーオカルト対策講習を受けに来たのだ。

 

昨年の10月末頃から、千葉で起こった若者の精神暴走事件は、オカルトが絡んだ事件だった。

何者かがネットを使って、精神暴走を起こす術式をばら撒いたのだ。

未だその犯人は捕まっていない。

この事件を重く見た政府は、政府主導でオカルトGメン及びGS協会と共に新たな対策とその資格制度の整備を行う事を決定した。

 

それの先駆けとして、このサイバーオカルト対策講習が開かれたのだ。

これに参加できるのはGS資格者だけではない。警察や自衛隊、各公官庁の人間やネット会社やプログラミング会社などなど。

優秀な霊能者は慢性的な人手不足。霊能者でしかもネットの知識をプログラミングレベルで習得してる人間などほぼ皆無だ。そんな中でも、サイバーオカルトというジャンルを何としても確立したいという政府は、GS資格者とは別にサイバーオカルト対策が講じられる技術者としての人材を確保しようと動いているのだ。

 

今回は午前、午後の部で300人づつが参加する。

大々的に公募していないのにかかわらず、あまりにも応募が多かったため、2次、3次講習も後日開かれるらしい。

それはそうだ。ネットで商売してる企業にとって、これらの法整備に興味を持たないわけがない。

しかも機密保持のため参加者は全て、政府対策委員の書類審査を受けた上での参加なのだ。

まあ、俺の場合はGS協会所属してるし、あの事件にも関わったしな。

キヌさんも参加したかったそうだが、大学受験を控えてる時期でもあり、今回は諦めて、次回に参加するらしい。

 

受講票を持って、GS協会ビル7階の大会議場へ

 

受付で俺の受講番号を見せる。

すると、受付の女性が手元の書類と俺の顔を交互に二度見て、大きく目を見開く。

どうやら、何かに驚いているように見える。

何だ?何か手続きに不備でもあったのか?

「比企谷八幡さんですね」

しかし、女性はすぐに、元のにこやかな表情に戻り、俺に個人を証明するネームプレート2枚と資料やらテキストやらを手渡してくれた。

どうやら、受付の手元資料に経歴書のような物があるみたいだ。

ネームプレートの裏にも書かれているが、俺の参加資格が、GS協会会員だけでなく。美神令子除霊事務所所属CランクGSにオカルトGメン機構役員東アジア方面管理官美神美智恵氏推薦とGS協会六道会長推薦まで書かれてるのだけど……、何そのごつい肩書からの推薦。そりゃ、受付の女の人も俺の顔を二度見するよな。しかもそれが、ボッチ臭を漂わせる高々高校生だったらなおさらだ。

 

俺は会場に入る。席は指定されておらず、自由に空いてる席に座って良いらしい。

会場の席は結構詰まっている。まあ、俺が来たのは講義開始10分前だしな。受け付けは30分前には始まってたし、致し方が無い。

既に、自衛官やら警察官の制服組の人たちが前の方に座って陣取っていた。空いてるのは後ろの方か……

俺は適当に後ろの方に空いてる席に座り、周りの人たちに倣い、受付で貰ったネームプレートを机に立て、鞄を椅子下に置く。

 

俺はサインペンなどの筆記用具を用意してると……

「あら、偶然ね比企谷君」

横から不意に女性に話しかけられる。

その声はよく聞きおぼえがある声だったのだが……




後編は直ぐに投稿します。


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(59)講習会(後)大人は所詮子供の延長線。

(58)話の続きをどうぞ。


 

サイバーオカルト対策講習会に参加するため、日本GS協会本部ビルの7階に会場入りし、席に着いたのだが……俺のよく知る女性がいつもの口調で俺に話しかけてきた。

俺は一瞬だが、なぜここにという疑問がよぎる。

本来ならばこんな場所に居るはずがないからだ。

 

「あら、偶然ね比企谷君」

 

「………なんでいるの?」

俺はその女性、いや少女を見上げ、訝し気に聞き返す。

 

「私がここに居たらいけないのかしら?」

そう言って、私服姿の雪ノ下は当然のように俺の横の席に座る。

まじで、なんでこんなところに雪ノ下がいるんだ?

会場を間違えたとか、こいつは極度の方向音痴だしな。隣のビルと間違えたんじゃないか?

 

「ここは、オカルト関係の講習会だぞ」

 

「知ってるわ。サイバーオカルト対策講習会。今後これが国家資格になるかもしれないのでしょう?新しい国家資格を受けるチャンスは滅多にないわ」

何を言ってるのかしら?と言わんばかりの態度だ。

 

「……おまえ、オカルトに興味あったっけ?」

 

「別にいいじゃない」

 

「別にいいって、…まあ、個人の自由だが。よくこの講習会に入れたな。推薦人や資格が必要だぞ」

まあ、悪いわけじゃないが、よりによってなんでこれなんだよ。

それよりもだ。いくら千葉の議員をしてる雪ノ下のとーちゃんや千葉で手広く仕事をしてる雪ノ下建設といえども流石にここの会場に入る資格を得るのは無理なはずだ。土御門家にお願いして推薦でも貰ったのか?それならば十分可能だ。しかし、土御門家とのパイプ役の肝心の陽乃さんとは音信不通のハズだ。だったらどうやって?

 

「ちゃんと推薦をもらったわ」

雪ノ下は自分のネームプレート手に取って、その裏を俺に見せる。

 

裏に書かれてる推薦枠に、美神令子除霊事務所推薦と書かれていた。

……………

おいーーーー!!俺は何も聞いてないぞ!!

どういうことだ?なぜ美神さんが雪ノ下を推薦したんだ?

そもそも、雪ノ下はどうやって、この講習会を知ったんだ?

 

「……何も聞いてないんですけど、どういうことだ?」

 

「この講習会は偶然知ったのだけど、どうしても参加資格が得られなくて、氷室さんに相談して、『私の枠があるはずだから、美神さんにお願いしてみますね』と、それで用立てて頂いたわ」

身内の仕業か!何それ、雪ノ下の奴、いつの間にキヌさんとそんな仲に?しかも、雪ノ下のキヌさんの声真似が結構似てるのだが。

キヌさんだったら、雪ノ下の相談に乗って、それぐらいの事はしそうだが、美神さんはそうはいかないぞ。でも、キヌさんが美神さんにお願いしたら、聞いちゃうかもしれんな。マジで姉妹みたいな関係だしな。

いやいや、いくらキヌさんの願いだとしても、あの美神さんだぞ、見返り無しに一度会ったぐらいの雪ノ下にこんなことをするはずがない!見返りに何かを要求してるはずだ!

 

「雪ノ下……美神さんに見返りに大金でも払ったのか?」

俺は美神さんが一番要求しそうな事を雪ノ下に聞いた。

 

「いいえ、なにも。あなたが仕事でない日に、氷室さんの自宅に尋ねて、譲ってもらったわ。その時に美神令子さんにも会ったのだけど、何も言ってなかったわ」

おい、なんだそれ、キヌさんの自宅って俺の職場なんだが、なにしれっと俺のテリトリーを土足であらしてるんだ?

まあ、それはいい。あの美神さんが何も要求しないだと……絶対裏がある。無いはずがない!あの強欲女王が何も要求しないなどあり得ない!何か陰謀の臭いがする!

雪ノ下は知らないからな、あの強欲意地っ張り理不尽魔王を!……美神さんを知る者たちだったら、美神令子に借金を作る位なら、闇金やヤクザに借りを作った方がましだと!美神令子に借りを作る位なら、悪魔や鬼に借りを作った方がましだと!

……キヌさんに美神さんが何を企んでいるか、今度会った時に聞いてみるか。

キヌさんもかんでる話だ。雪ノ下が何かに巻き込まれる可能性は少ないだろう。

……そう、思っておくことにする。これ以上考えるだけで胃が痛む。

 

「それなら、知らせてくれてもいいだろ?」

それにしてもだ。雪ノ下とは平日は毎日部活で顔を合わしてるのにだ。何で言わないんだ?

キヌさんもだ。あの生真面目なキヌさんだったら必ず話してくれるはずだ。昨日も事務所で会ってたのに。

 

「因みに、あなたの驚く顔が見たかったから、氷室さんには黙ってもらっていたわ」

雪ノ下はしたり顔でそんな事を言う。

おい、だったらさっきの「あら、偶然ね比企谷君」ってのは、なんだったんだ?

キヌさんもそれで言わなかったのか……後日キヌさんが俺に申し訳なさそうに謝る姿が目に浮かぶ。

 

「はぁー、お前、妖怪とか幽霊とか苦手だろ。なんでわざわざ、そんなものの関係する資格を取ろうとするんだ?」

 

「べ、別にいいじゃない。あなたには関係ないわ」

顔を若干赤らめ、プイっと顔をそらす。

 

「ここまで来て、関係ないは無いだろ?はぁ、一体何なんだ」

 

 

そこで、マイク越しに講習会が始まる事が伝えられた。

くそ、一体何なんだ?なぜ雪ノ下はこんな講習会に出たかったんだ?しかも資格を取る気満々だぞ。

一旦、雪ノ下の事は置こう。ちゃんと聞いて美神さんに報告しないと怒られる。

 

始めに政府関係者と警察や防衛省の高官、GS協会六道会長にICPOオカルトGメン役員の美神美智恵さんの挨拶が続いて行われる。

 

そして、一時限目に美神美智恵さんによる今後のオカルト対策の展望と資格制度についての講義が始まる。

「オカルトも遂にサイバー時代が到来しました。昨年の千葉での学生精神暴走事件は皆さんの記憶にも新しいでしょう。目まぐるしく変わる情報化社会に対応すべく、新たな対策の担い手が必要となります。昨今の頻発するテロや事件に、もはや希少な人材である霊能者だけでは対処しきれません。そこで、ここに日政府と日本オカルトGメン及びGS協会は、新たな資格制度を設けます」

 

美智恵さんの講義を聞きながら、先に配られた冊子を読む。

美智恵さんが話す新たな資格制度が記されていた。

 

新たな資格制度は3つあった。2つは国家資格で1つはオカルトGメンとGS協会認定資格だ。

どれも霊能力の有無を求められない資格だ。

 

①オカルト管理責任者資格一種二種(国家資格)

これはオカルト事件やオカルト事案を対策立案、管理する資格だ。

霊能力を有せず現場に出ないGS版といっていいだろう。

あくまでも、指揮管理する資格なのだ。

特にオカルト事件等に係る事がある自衛官や警察などに求められる技能だ。

今迄は何となく、それらに関わってきた、市や都の職員や警察や自衛官がオカルト事件を担当していたが、正式に国家資格の一つとなり、その資格を有しないと、正式にオカルト事件や事案を担当できなくなるのだ。

多分ここに来てる警察官や自衛官、市や都の職員はこの資格の説明が目当てだろう。

民間では、霊能力がなくとも、一種資格を得られれば、事務所が開くことが出来る。

実際の現場はGSを雇って対処するスタイルだ。

合格ラインは相当高いとの事だ。実際霊能力も無しに、それらの対策を立案しないといけないのだ。知識量はかなりないと困難だろう。

 

②サイバーオカルト対策管理者資格一種二種(国家資格)

これが全く新しいジャンルの資格となる。

オカルトによるサイバーテロ対策の資格だ。

ネットの知識と、オカルトの術式に対する知識が相当必要なのは間違いない。

各企業もネットやホームページにオカルト対策ソフトを組み込む時代が来るのかもしれない。

一種は実際にサイバーテロと対峙でき、さらに対策ソフトを作成できる資格だ。

二種はオカルト対策のネットの管理が出来る資格だ。

 

③オカルト事務管理資格者制度

これは、医療事務などと同じで、オカルトの事務全般、庶務、経理の担い手の資格制度だ。

今は、何処の事務所も結構、霊能者以外の一般の事務職の人を雇っているところがほとんどだ。

キヌさんが来る前は美神さんも以前は雇ってたそうだ。

通常の事務とは異なる仕事が多数ある上に、2年半前の法律大改訂で手続き関係が一気に増えた。

オカルトの資材などは、一般的な知識では取り扱えないような物や、一つ間違えば大惨事になりかねない物ばかりだ。

実際に、毎年何らかの事件や事故が何件もあるらしい。

呪いのアイテムに呪われたり、霊の封印済みの札の処分先を間違って起動させてしまったりとか……

そう言えば、横島師匠って霊能に目覚める前に、呪いの刀に体を乗っ取られたとか、キヌさんが笑い話で話してくれたな。

実際のところ、命に係わる事だからシャレにならないんだが。

まあ、そんな事故などを減らす目的があるのだろう。

 

 

たしか、横島師匠は霊能に目覚める前はただの荷物持ちをしてたって言ってたな。

小笠原エミさんの事務所なんて、幽霊や妖怪からエミさんを守るための肉の壁となる元軍人さんを何人も雇ってるしな。

そういう人たちはどうするのだろうか?

一応見習い扱いかな?今の制度的にはそれでいけるのだろうか?

 

 

オカルト関係の事件などが増える一方なのだが、優秀な霊能者は数が少ない上に、育てるのも一苦労だそうだ。

そこで、霊能者以外から、優秀な人材確保するために、このような資格制度を作ったのだろう。

やはり美智恵さん主導で政府を動かしたんだろうが……

 

因みに俺は既にGS免許資格者だから、①と③はGS免許の中に含まれてるため、新たに資格を取る必要が無い。

②のサイバーオカルト対策は全く新しいジャンルだ。二種ぐらいは取れと美神さんに言われるだろうな。

いや、あの人の性格だ一種を取れと言われるかもしれない。俺はプログラマーじゃないんだけどな。

ソフト構築レベルの知識が必要のようなのだが、流石に無茶だろう。

いや、今から勉強すべきか……

 

俺は隣の雪ノ下の様子をちらりと見る。

真剣な面持ちで美智恵さんの講義を聞き入り、メモを取っていた。

どうやら、本気の様だな。

将来、陽乃さんが新たな関東における土御門家拠点を設置するらしいから、その手伝いでもするつもりなのだろうか?

……言っておくが、俺は陽乃さんの婿にはならないぞ。

そうだ。俺の代わりに誰かを……例えば西条さんとか、イケメンだし、仕事も出来るし。そう言えばあの人も大きな家の当主だったか。無理だな。

ならば、あれだ。タイガーさんなんてどうだろうか?

その他には、唐巣神父とか?独身だが50前だしな、ちょっと無理があるか。

 

 

この後は、GS協会の職員と有名なウイルスソフト会社の開発者の講習を受ける。

 

最後に美智恵さんの挨拶で今回の講習会が終了した。

①オカルト管理責任者資格一種二種(国家資格)と②サイバーオカルト対策管理者資格一種二種(国家資格)は一年半後の施行を目指すとの事。

まだまだ準備段階なのだろう。特に②なんてものは、最初から構築しないといけないしな。

そう思うと意外とスピーディーなのかもしれない。

③オカルト事務管理資格者制度は半年後に第一回認定試験を開催するらしい。

こちらは、既に準備が終了し、8月に第一回試験を実施するらしい。

その前に試験講習会を数度開催するとの事。

元々あったジャンルだし、準備に時間がかからなかったのだろう。

 

 

俺が荷物をまとめてると、雪ノ下の方から声を掛けてきた。

「比企谷君、この後ちょっといいかしら」

 

「別に構わないが、俺も聞きたいことがあるしな」

俺は了承し会場をでる。

雪ノ下は俺の後をついてくる。

 

 

会場を出たところで、またしても声を掛けられた。

「比企谷君ちょっといい?」

 

「美智恵さん。こんにちは」

声を掛けてきたのは講義を終えたばかりのICPOの制服を着た美智恵さんだ。

 

「どう思った。今日の資格制度についてだけど、忌憚のない意見を頂戴」

 

「そうですね。オカルト管理責任者資格はかなり条件が厳しそうですね。試験だけ通っても、実際それがちゃんとできるかが問題じゃないでしょうか?GS資格者はその点、師弟制度や半年に一度の審査があるじゃないですか。それによってクオリティを保ってますがどうでしょうか?」

 

「君の言う通りよ。確かにそれが問題なのよ。元々はオカルト事件などに関係する警察や自衛官や政府関係者のために考案した資格制度なのだけどね。それが正規に運営できるかが問題かしら。やはり半年の一回の審査が必要よね」

美智恵さんはそう言いながら考えにふける。

 

そこでまた、別の女性から声がかかる。

「あら~、比企谷君こんにちは~、この前はありがとね。こんど家に遊びにいらっしゃい。冥子もあの子達も君なら大歓迎よ~~」

年のころは50前後、和服姿の間延びしたおっとりしたしゃべり方で俺を誘うのは、六道家当主にして、現GS協会会長の六道会長だ。

 

「こんにちは。まあ、そのうちキヌさんとでも」

 

「え~~、一人じゃ嫌?」

なんで?俺、そんなに六道会長や冥子さんとは親しい間柄ではなかったような。

 

 

「先生、今私と彼が話をしてるのですが?」

美智恵さんが呆れたように六道会長に言う。

 

「美智恵ちゃん。私も比企谷君とお話ししたいな~」

おっとりした口調で、にこやかな笑顔だが、六道会長の目は怪しく光っているように見えた。

正直なんか怖い。

そう言えば、キヌさんが言ってたな。六道会長はかなりのやり手だと。見た目とは裏腹に、美智恵さんに匹敵するぐらい駆け引きがうまいらしいのだ。

俺はその一端を今見た気がする。

しかも、六道会長はあの美智恵さんのGSの師匠でもあるらしいのだ。

 

やばい、また、何かに巻き込まれるのでは、俺の霊感がそう叫んでいた。

 

「すみません。また今度で、今は連れが居るんで」

そう言って、雪ノ下の方へ振り向く。

雪ノ下は慌てることなく、2人にゆっくりとお辞儀をする。

 

「あら?てっきりおキヌちゃんと一緒に来てると思ったのだけど、あなたは確か……まあいいわ。比企谷君、また話を聞きにいくわ」

美智恵さんはお辞儀をする雪ノ下をじっと見据え、間を置き俺にそう言って小さく手を振る。

何だ、あの間は……何か察したような感じだが。もしや、美神さんが雪ノ下をこの講習会に出席させたことに一枚かんでいる事に気が付いたとか、しかも美神さんが雪ノ下が講習会に出ることによって何かを企んでる事も……ありえる。

俺には美神さんが何を企んでいるかさっぱりわからないが、この人、滅茶苦茶鋭いからな。

 

「あら残~念。またお話しましょうね。比企谷君」

六道会長はにこやかな笑顔だ。

 

俺も美智恵さんと六道会長に頭を下げ、雪ノ下を連れ、その場をそそくさと後にした。

 

俺は雪ノ下を引き連れて急いで、GS協会本部ビルを出る。

ふう~、何あれ、めちゃ怖いんだが。

 

「オカルトGメン役員とGS協会の会長と随分親しげなのね」

GS協会本部ビルを出たところで、雪ノ下が俺に話しかける。

 

「いろいろな」

 

「あなた、学校の外では別人のようね。少々驚いたわ。あんな人達と対等に話が出来るなんて。学校の人たちが今のあなたを見たら、どう思うかしら。学校でいつも気だるそうに机にうつぶせてるあなたと同一人物とは認識できないのではないかしら」

 

「そうか?ただ、相手が相手だけに油断できないからな。自然とそんな態度になるんじゃないか?それに、美神美智恵さんは美神さんのかーちゃんだしな。事務所によく遊びにくるし、俺も見習いの時に何回か仕事に同行したことがある。六道会長とは親しい間柄ではないな。あまり話したことは無い。娘さんの冥子さんは、美神さんの親友らしくて、よく事務所に遊びに来る。俺自身あまり話したことは無いな」

 

「そう、随分信用されてるようね。……比企谷君、あなたは独立した大人なのね」

雪ノ下は手に持っていたショルダーバックを握りしめていた。

その表情は寂し気な印象を受けた。

 

「はぁ?何言ってるんだ。俺はまだお前と一緒で学生だが、老けてるってことか、もしやこの目か?」

 

「違うわ……」

 

「雪ノ下が何を以て俺を大人と言ってるかわからないが、あの人達から見たら俺なんて、豆粒ぐらいの子供だぞ」

そう、あの美神美智恵さんや六道会長から見たら、俺なんか門前の小僧同然だ。

 

「そうなのかしら?」

 

「そんなもんだ。いざ社会に入れば、こんなもんだと思うぞ」

そう、そんなものだ。

最初は俺も美神さんが大人に見えたもんだ。

でも、いざ中に入ると……あの人は圧倒的に子供だった。

 

 

この後、雪ノ下と東京のサイゼで遅い昼食をとる事になった。

雪ノ下が聞きたかった事とは、今日の講義についてだった。

分からなかった事をメモを取っていて、その質問をする。

確かに、講義はある程度知識を持ってる人間向けだからな。専門用語が度々出てきたり、実務的な内容がわからないと理解できない言葉などもある。

後は、どういう知識を得ればいいかなども聞き、メモを取っていた。

 

「雪ノ下、本気で資格を取るつもりか?前にも言ったがGSは普通の仕事に比べ命のリスクが高い。ましては霊能者じゃない雪ノ下じゃ、さらにだ」

俺は雪ノ下の質問攻めが一通り終わった後に、雪ノ下に問う。

これは、大事な話だ。俺のせいで、興味を持ってしまったのであれば、なおさらだ。

 

「資格は取るつもりよ。……その後はわからないわ。でも、前に進むきっかけになると思うの」

前に進む切っ掛けか……雪ノ下はこの資格を取る事を目標にすることで、何かを見つけようとしてるのだろうか?いざとなれば、妹大好きな、姉の陽乃さんが止めてくれるだろう。

 

「そうか、でもよく考えてくれ。陽乃さんの手伝いをしたいという気持ちもわからんでもないが」

 

「……そうじゃないのだけど」

雪ノ下はボソッと何かを言っていたが、俺には聞こえなかった。

 

 

 

 

 




次回は、ギャグ回です!
やりたかったギャグ回!
しかも、俺ガイルのキャラクターの中で、一番GS寄りのキャラが初登場!


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(60)日常系幽霊バトル?(前)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


やりたかったギャグ回。
遂に来た!三学期編を始めるにあたって、この話は最初から決まってました。
しかし何故か長くなって、前後編に?なぜ長くなった?



放課後の奉仕部。

今日もゆったりと時間が流れ出す。

雪ノ下は何時ものように窓際の席で、猫のブックカバーを背にした文庫本を開き、淑女然とした姿勢で読んでいる。

雪ノ下から一人分離れた席で由比ヶ浜は、ノートを開き教科書とにらめっこをしている。

最近の由比ヶ浜はだいたいこんな感じだ。二学期前半までの風景とは随分異なる。

由比ヶ浜が取り組んでいるのは、今日出された宿題と、雪ノ下が選んでくれた参考書だ。新学期に入り、どういう心境の変化なのか由比ヶ浜は真剣に勉強に取り組むようになった。しかし、今までさぼってきた分を取り戻すのに、かなり苦労してるようだ。

分からない事があれば、隣の雪ノ下に聞いていた。まあ、下手な塾に行くよりは、この環境は由比ヶ浜に合っているだろう。

しかし、変わったのは由比ヶ浜だけではない。見た目は変わっては無いが、雪ノ下が今読んでいる本は、単行本サイズのGSに関する参考文献だ。雪ノ下もどういう心境の変化なのかわからないが、先日サイバーオカルト対策講習を受けに来たのだ。

そこで発表された一年半後に施行される国家資格試験を受けるつもりらしい。手始めにそれほど難易度は高く無いと思われる、半年後に実施されるオカルト事務管理資格者認定試験を受けると言ってたな。霊能力がない雪ノ下にとって命の危険が上がる選択だと一応止めたのだが……なんだかんだと言って、雪ノ下は姉の陽乃さんの手助けをしたいのだろう。まあ何にしろ雪ノ下が親の方針とは異なる自分自身で定めた目標を作る事は、雪ノ下にとっていい傾向だろうと思う。

ただ、気になる事と言えば、雪ノ下はどうやらキヌさんと頻繁にコンタクトをとっているらしいという事だ。人見知りでボッチ体質の雪ノ下が自らの意思で、人と接するのはいい事なのだろうが……その相手が、よりによってキヌさんなんだ?まあ、わからんでもないが……キヌさん程、出来た人間はいないだろうしな。完璧主義者の雪ノ下のお眼鏡にかなったのだろう。

 

俺はというと、相変わらず、ラノベを読んでいる。俺だけが変わっていない。

俺にとって、この場所はリラックス空間なのだ。GSという精神的にも肉体的にもきつい仕事をしてるのだ。そんな俺にはやはり癒しは必要なのである。

依頼が無い奉仕部は、誰にも邪魔されずに読書ができる人目を気にすることが無い図書室のようなものなのだ。

本物の図書館や図書室は静かではあるが、何かと人も多いし、雑霊とかも集まりやすい。結構気になる事が多い。それに比べ、ここは雪ノ下と由比ヶ浜だけだ。別に今更何かを気にするような間柄ではないし、あいつらはあいつらで、静かに自分がしたい事をやっていて、俺の読書に干渉してこない。しかも、この頃、温かくてうまい紅茶も自動で出てくるのだ。

本末転倒ではあるが依頼のない奉仕部は俺にとって望ましい姿なのだ。

 

そんな癒しの空間に、招かれざる珍妙な客が現れる。

「たのもー!」

扉の向こうから妙な掛け声が聞こえるが、誰一人それに答える者はいない。

 

「たのもー!」

「たのもー!」

それでも、めげずに掛け声をかけてくる。

 

それでも誰も取り合わない。

 

「ぐぬぬぬぬ。我が来たのだぞ!そんなに我を無視するとは、さてはこの我を恐れての所業か!」

さらに仰々しい物言いが聞こえてくる。

 

「……比企谷君。あなたの案件よ」

雪ノ下はついに我慢しきれずに、俺に声の主の相手をするように言う。

 

「我って誰だよ。そんな奴は俺は知らない。要件が無ければ帰れ」

俺はしぶしぶ、扉の向こうの声の主に応対する。

こいつが関わると面倒な上に、かなりどうでもいい依頼を持ってくるからな。早々に追い返した方が心の安寧を保てる。

 

とうとう、扉の向こうの声の主の男は我慢しきれなったのだろう。返事を待たずして扉をガラリと開け部室に入ってきた。そして屋内なのにベージュ色のロングコートを羽織り、指ぬきグローブを嵌めた手で、わざわざそのコートをバサッとはためかせ、決めポーズをとって暑苦しい笑顔を俺に向けてくるのだ。しかも、四角い眼鏡が何故か、一瞬煌めく。

「けぷこん、けぷこん。笑止千万!八幡よ。我に恐れをなしたか!」

 

うむ。こいつは、通常運転のようだ。よく恥ずかしげもなく、そんなわけが分からん言い回しと恥かしいポーズが取れるな。

同族とは思われたくない人物の一人だ。

 

「材木座なんだ?またあのパクリ小説を持ってきたのか?」

そう、こいつは2年C組材木座義輝。同じ名前である戦国時代の剣豪将軍と呼ばれていた足利義輝をリスペクトし、そのキャラ設定オマージュしているのだ。その時代がかった高圧的な訳が分からん言い回しは、そこから来ているのだ。そしてこいつは中二病だ。重度のな。何らかのアニメの影響なのか、春夏秋冬その暑苦しいコートを羽織り、指ぬきグローブを嵌めている。夏になると本当に暑苦しい。本人も中年太りのような体格もあって、汗ダラダラと掻く癖に、その暑苦しいコートを脱ごうともしないのだ。

こいつは、かなりの頻度で奉仕部に現れ、依頼と称して、自作のラノベを俺達に読ませ、その批評させるのだ。

文脈も何もない意味が分からないラノベを延々と読まされるのに、最近は俺も雪ノ下も疲れてきてるのだ。由比ヶ浜は、最初から読む気が無いから、そうでもないようだが、何かと材木座を無下に扱う。まあ、俺も大概だがな。それでもめげずにラノベを持ってくる根性だけは、感心する。

 

「パ、パクリ!?ふはははははっ、今日はそのような些末な要件で来たのではない!」

こいつ、自分で自作ラノベを些末なものとか言っちゃってるよ。

 

「じゃあなんだ?」

 

「そ、それは……」

ん?なんだ材木座の奴、足がめちゃ震えだしたんだが、なんか顔色が悪いぞ。どんどん青ざめてるし。

 

「どうした?」

 

「我、見ちゃった」

 

「何をだ?」

 

「ゆゆゆゆゆゆ幽霊!!」

しまいには全身をガタガタと震わせ、顔面から汗を垂れ流す材木座。

 

その材木座の発言に、雪ノ下と由比ヶ浜はピクリと反応し、雪ノ下は本のページをめくる手を、由比ヶ浜は解答を書く手を止めてしまった。

 

「材木座、お前。遂に白昼夢を見るようになったか」

 

「はちまーーーーん!!我が我が、霊感強いの知っておろう!今回はモロに見えちゃったんだーーーい」

材木座は涙をちょちょ切らせながら、椅子に座る俺の足に縋りつく。いちいちオーバーな奴だな。

しかも、キャラ設定が崩壊してるぞ。

 

「知らん」

俺はそう言って否定したが、材木座は霊感が普通の人よりもかなり強いのは確かだ。

こいつとの出会いは、それに関するものだった。

1年時に、とある事がきっかけで、俺は材木座と知り合いとなったのだが、それが霊感がらみだった。

他クラスとの合同体育の授業中、俺がちょっと雑霊が多いのが気になり、他の人には何もない空間をジッと見据えていたのを材木座に見られ、霊感の強い材木座もそれに気が付いたらしく、俺を勝手に霊感が強い同族だとみなし、それ以降付きまとわれるようになったのだ。

いや、どっちかというと、雑霊よりも、材木座の方が迷惑なんだが……

雑霊は別に問題起こさないし。

因みに俺は奴にはGSだとは伝えていない。伝えると厄介な事になるに決まってるからだ。

 

「はちえもーーーーん!!我は確かにこの目ではっきりくっきりと見たの!わわ我のクラスに、ししししし白いドレスを着たゆゆゆゆ幽霊を!!」

涙をちょちょ切らせながら必死に訴える材木座。

 

「おまえ、妄想と現実が混同してるんじゃないか?一度病院に行った方がいいぞ」

俺は一応否定はしているが、霊感の強いこいつの事だ、たまたま学校に紛れ込んだ思念が強い浮遊霊か何かが見えたのだろう。

幽霊は生前の思いや思念が強いと、見えやすい。霊感がある人間には特にだ。

思念が強い霊は、何かに固執してる霊であることが多いため、地縛霊などにその傾向が強いのだ。

因みに総武高校には地縛霊は存在しない。地縛霊なんていたら、俺の霊的に良すぎる目に見えないはずがないからだ。

 

「ひどいでおじゃるーー!!」

もはや、元のキャラ設定のかけらも残ってないぞ材木座。

 

そんな材木座と俺のコントを、由比ヶ浜は興味しんしんに聞き耳を立て、雪ノ下は恐々といった感じで手を止め聞いていた。

 

 

そこに、部室の扉をノックする音がする。また来訪者のようだ。

こんな話の後だ、材木座は俺の後ろにとっさに隠れ、雪ノ下はまたしてもビクっとしていた。

 

「どうぞ~」

ノックの主に由比ヶ浜が返事をする。

 

ガラリと扉が開き。

「先輩方、こんにちはです」

 

「いろはちゃん、やっはろー!」

「い、一色さん、こんにちは、何かしら」

由比ヶ浜は何時もの挨拶で、雪ノ下は生徒会長の一色いろはを見てホッとした表情をし、少々不機嫌そうに挨拶を返す。少々驚かされたことに不満だったのだろう。

 

「うす」

俺も会釈程度で返す。

 

「せんぱーーい!ピンチです。助けてください」

そんな次なる来訪者の一色は、俺の方に顔を向け、突然泣きまねをしだし、俺の方へ駆け寄ってくる。

 

「知らん。自分でやれ」

俺は一色を冷たくあしらう。

此奴の事だ、どうせ雑用で俺を使い倒そうという算段に決まっている。

もう、その手にはのらん。

 

「そうだ。我が先だぞ。似非(エセ)めぐりん」

材木座も俺の背後から、顔だけをだして一色に抗議する。

ぷっ、なにそれ材木座。ナイスたとえ!俺は思わず吹き出してしまった。

確かに一色のゆるぽわ系に可愛らしく見せるあざといキャラ作りは、前生徒会長の元祖天然癒しゆるぽわ系の城廻先輩にはかなわない。養殖物は天然ものにはかなわないのだ。

 

「中二先輩は黙っててください」

一色は材木座を睨みつけ、冷たく言い放つ。

材木座は睨まれた蛇のごとく。再び俺の背後に隠れる。

あの、君たち。材木座の扱いが酷くないですかね。そんなに悪い奴じゃないよ。確かにうざいし、暑苦しいし、文章は壊滅的だが。

 

「違うんです先輩~」

一色はあざと可愛く俺に上目遣いをする。

何が違うのかわからないが、多分何時もの雑用の要件とは異なると言いたいのだろう。

 

「はぁ、それで何の用だ?」

 

「実はですね。先週からちょっとした事件が校内で起きてまして、生徒会が調べることになったんです」

 

「それを手伝えと?俺は生徒会でも何でもないぞ。正式な依頼なら、うちの部長に相談しろ」

 

 

「むー、先輩この頃、私に冷たくないですか?わかりました」

そう言って、一色は雪ノ下と由比ヶ浜の前に行き、近くの椅子を引っ張り出し座る。

 

「雪ノ下先輩、さっきの話、生徒会から正式に依頼していいですか?」

 

「内容によるわね。学生の範疇に収まらないような内容であれば、教職員に相談した方がいいわ」

 

「はい、一応教頭先生に相談したんですけど。奉仕部に協力してもらえと言われたんです」

なるほど、一応の手続きをした上で、ここに来たんだな。何だかんだと成長してるな一色の奴。しかし、なぜ教頭がわざわざ奉仕部に頼めといったのだろうか?

 

「それならば、学内で収まる程度の事件なのかしら?」

 

「生徒が怪我したとか、いじめられたとか、何か盗まれたとか、そう言うのじゃないんで」

 

「実質被害が無いのね」

 

「いえ、被害はあるにはあるんですが……」

一色は言いにくいのか、口ごもっていた。

 

「一色さん。内容がわからない依頼はうけられないわ」

 

「はい、そうですね。……先週の初めなんですが、華道部が活けていた生け花の作品の、白い花だけを全部抜かれる事件が起きたんです」

一色は意を決したように内容を話始める。

 

「誰かの悪戯って事かしら?」

「酷いね」

雪ノ下と由比ヶ浜は相づちを打つ。

 

「そうかもしれないです。でも、おかしいんです。華道部の部長さんが帰るときにはちゃんとカギを閉め、担当の先生に返してるんです。翌日に部室に入る前も、ちゃんとカギはしまってて、窓とかもちゃんとしまってたんです」

 

「密室事件って事かしら?」

 

「そうなんです。誰かが入ったような跡も見当たらないんです」

 

「その捜査の手伝いをすればいいのね」

雪ノ下は難事件を解決したいという探偵の気分なのだろうか?何故かやる気満々でそう返答する。

 

「なんかおもしろそー!」

由比ヶ浜も同じようだ。

 

「依頼はOKってことでいいですか?」

 

「ヒッキー、なんか面白そうだしやろうよ」

 

「わーったよ」

まあ、大方誰かの悪戯だろう。たまにはこういうのも良いだろう。二人ともやる気満々だしな。

 

「満場一致ね。いいわ一色さん。その依頼受けるわ」

 

「ありがとうございます。先輩達ならそう言ってくれると思ってました!生徒会の先輩方は気味悪がって、参加してくれなくて」

一色は、ホッとしたような表情をしてから、こんなことを言う。

 

「どういう事かしら、一色さん」

雪ノ下はそんな一色に訝し気に聞く。

 

「この事件には続きがありまして……華道部で抜かれてなくなった白い花の一本が、翌日の朝の1年D組で、花びらを全部抜かれて、床に散らばってたんです」

 

「……犯人はかなり性格がねじ曲がってるようね」

雪ノ下は吐いて捨てるように言う。

 

「その次の日は1年B組、そのまた次の日は3年F組、週明けの昨日は2年C組で、同じような事が起きたんです」

 

「何だか、本当に気味悪いね」

「許せないわね。犯人は面白半分でやってるのでしょうが」

由比ヶ浜は気味悪がり、雪ノ下は犯人に怒りを覚えたようだ。

 

そこで、材木座が急に震えながら声を上げたのだ。

「そそそそそれだーーー!わわわわわ我は見っちゃった……昨日の19時に、白いドレスを着た幽霊が教室で白い花を一心不乱にむしってたーーー幽霊がをををををーーーーーーーぁああああああ!!我、呪われるのか?呪われちゃう?助けてーーーーーはちえもーーーーーん!!」

材木座は発狂し叫び出し、俺に縋りつく。

 

「材木座、落ち着け、それはお前の妄想だ」

 

「……先輩、それが、その中二先輩と同じような事を言ってる人が何人も居るんです。皆白いドレスを着た幽霊が、教室で花を毟ってたと……。19:00は部活の最終下校時刻じゃないですか。部活帰りに教室に忘れ物を取りに行った時とか、問題の教室の前を通って下校しようとしたら見たとか……」

一色はそう言いながら、自分の体を抱くように腕を組み眉をひそめていた。

 

「ヒッキー、それってやっぱり……」

由比ヶ浜は俺の方を振り向き、目配せをしてきた。俺はそれに大きく頷いて見せる。

本当に幽霊の可能性が出てきたな。しかし、何人も見てるという事は、霊感が無くても見れるレベルの幽霊か、そうなるとただの霊じゃないな。かなりの思念を持った存在だ。白い花に対し何らかの怨念をいだいているのか、かなり執着してる。見た人間が呪われたり、襲われてないところから、悪霊にはなっていないが、それも時間の問題だ。もし本当に幽霊の仕業だったのなら悪霊化する前に解決した方がいいな。

まあ、まだ、悪戯という線も全然捨てきれてないがな。

 

 

俺は霊視能力をフルに発揮し、ここから、2年C組を霊視をする。

……霊気の残滓は残っていない。

悪戯の可能性の方が高いか……

いや、地縛霊以外で、この学校の敷地外から何らかの理由でその時間になれば現れる浮遊霊という事も考えられる。

浮遊霊がそんな怨念レベルの思念を持つパターンとして、悪意ある何かに引き寄せられるパターンや、誰かが意図的に浮遊霊を悪霊化させてるパターンが多い。

もし、幽霊だとしても、まだ悪霊化はしてないようだ。

 

「…………」

俺は雪ノ下の方をちらりと見る。雪ノ下は青ざめて沈黙していた。

おい、そんな調子で良く、オカルト系の資格を取ろうとしたな。

 

「先輩、どうしたらいいですかね。教頭先生は、先輩達に頼んでみたらいいって言ってましたけど、本当に幽霊だったら、怖いですし、いくら何でも……すみません。やっぱり、もう一度、教頭先生に話しますね」

一色は申し訳なさそうに、そう言って、俺達に頭を下げて、部室を出ようとする。

一色、意外といい判断するようになったじゃないか。本来ならばそれが正解だ。

それにしてもあのハゲ教頭め、俺がGSと知ってて、俺に押し付けたな。本当にオカルト事件で学校側で対処しようとすると、プロのGSに頼まないといけないだろう。そして金がかなりかかるからな。新年度の予算編成の時期だ。本当に幽霊の仕業なのかよくわからない事で、余計な出費をだし、来季の学校の行事プログラムに影響がでないとも限らないしな。

まあ、内容が内容だけに、誰かの悪戯だろうとは判断したのだろうが、万が一も考えて、俺が居る奉仕部に頼めと言ったんだな。

そう言うところだけは、計算高いなあの教頭は!

そう言えば、こういう面倒な話は平塚先生の担当なはずだが、なぜ直接教頭に一色は相談したんだ?

 

「あれだ。幽霊だと決めつけるのは早いんじゃないか?霊能者じゃないのに、幽霊がそんなにくっきり見えるのもおかしいだろう。多分誰かのいたずらだろう。幽霊に模した。まあ、乗りかかった船だ。俺たちの方で調べておく。ご丁寧に毎日19:00に現れるしな。今日にでも解決できるんじゃないか?」

確かに幽霊の可能性がある。

ハゲ教頭に乗せられるのは癪だが、一色の成長した姿を見るとな。

俺は一色を安心させるためにそう言って、この依頼を俺一人で解決しようと決める。

 

「え?先輩良いんですか?」

 

「まあ、後は俺にまかせろ」

 

「先輩?なにカッコいいこと言ってるんですか?はっ!もしかして、それは私に対して男らしさアピールですか!一瞬カッコいいとか思っちゃいましたけど、よく考えると先輩ですし、まだちょっと、ごめんなさい」

なんで俺は告白も何も言ってないのに、毎回お前に振られるんだ?

 

「はぁ、もうなんでもいい。俺の方で対処しておくから、お前は生徒会の仕事を終わらせて、とっとと帰れ」

 

「そんなわけにはいかないですよ。元々生徒会の仕事ですし、私も一緒に行きます先輩」

おい、なんでそこで真面目になるんだ一色。正直言って邪魔なんだが。

 

「もちろん。私も残るわよ比企谷君。奉仕部の部長として、見過ごすわけには行かないわ」

雪ノ下は恐々としながらも、平静を装っている。雪ノ下はGS関連の資格を取るならば、もうちょっと幽霊とかに慣れた方がいいぞ。

「ヒッキー、私も何か手伝わせて」

由比ヶ浜は珍しく、真剣な顔で俺に言う。なんだか、らしくないな。

俺一人の方が楽でいいのだが、まあ、こいつらの前で霊能を発揮しても問題ないしな。まだ、霊の仕業とは決まっては無いが、仮に霊だった場合は、こいつらを即退避させればいいか。霊だったにしろ、浮遊霊に毛が生えた程度のEランク未満の仕事だ。こいつらに危害は及ばないだろう。

雪ノ下には少しはGSの勉強の足しにもなるだろうしな。

 

「わーーはっはーーー!!幽霊など恐るに足らん!!この剣豪将軍材木座義輝が成敗してくれる!!」

何こいつ、さっきまで震えていたのに、急に元気になりやがって、……いや、足がめちゃ震えてるし、ノリで言っちゃったんだな。

しかし、お前は邪魔だ。とっとと帰れ。

 

 




という事で、何故か奉仕部+一色と材木座で、幽霊の仕業かもしれない事件を解決しに行く事に……
先に言っておきます。ギャグ回です。今の所ギャグは少な目ですが、必ずギャグ回です。
後半へ続く。

材木座義輝……めちゃいいキャラですね。
因みに「けぷこんけぷこん」とか「ゴラムゴラム」とか、あれ咳払いらしいですよ。
中二病が過ぎてしまい。そんな事に。

週末には投稿したいですが……ちょっとスケジュール的に厳しいかもしれません。


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(61)日常系幽霊バトル?(中)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

お待たせしました。
続きです。長くなりすぎて、3部になってしまいました。
後も連続投稿します。



一色が奉仕部に依頼を持ってきた。生徒会としての正式な依頼だ。

その依頼とは、校内で起こってる不可解な事件の解決に協力してほしいと言うものだった。

事件と言っても、人死にや怪我人がなどが出たわけではない。ましてや、警察沙汰にするレベルのものではない。そこで生徒会と奉仕部におはちが回ってきたのだ。

最初は久々にまともな依頼そうだと思っていたのだが、一色の話を詳しく聞くと、かなり気味が悪いものだった。

華道部の生け花の白い花が密室で抜き取られ、抜き取られた花が、翌日から連続で異なる教室に花びらを抜かれて散らばっていたと言うものだ。これだけを聞けば、ただの悪戯だろうと誰もが思うのだが……

最終下校時刻である19:00当たりで、その花を毟って、床にバラまく人物が数人に目撃されているのだ。

白いドレスを着た女性らしいのだ。

学校のそんな時間に、白いドレスを着た女性などはいないはずだ。

まあ、演劇部だったら在りえるが、その線は無いことは一色の事前調査で分かっている。

 

目撃者はそろって、皆、幽霊だと証言している。

まあ、不可思議なものを見ると、人は大概自分が認識してる近いものに表現するものだ。

そんなわけで、それが人であったとしても、幽霊だと認識してしまうのも致し方が無い。

材木座義輝もそんな目撃者の一人なのだ。だが、こいつは妙に霊感が高いからな。その可能性も無きにしも非ずなのだ。

 

確かに犯人が幽霊である可能性がある話だ。

もし、犯人が幽霊であったならば、霊感の強い材木座は別にして、霊気や霊力が発現していない一般人でもその幽霊が視認できるレベルと言う事になる。

一般人でも見えるレベルの幽霊とは、かなりの思念を持った存在だ。

執着や怨念をいだいているのが一般的だ。そんな幽霊は大概、地縛霊である。

但し、この学校には地縛霊は存在しない。霊視に優れた俺の目でそれは確認済みだ。

念のため、遠距離からの霊視で、材木座が昨日、その幽霊らしきものを見た2年C組の教室にはそれらしい残留思念や霊気は全く残っていなかった。

もはや、地縛霊でないのは確実だ。

浮遊霊がそのような行動をとる事もある。何らかの影響で怨霊レベルで思念を持った場合や、大きな思念に引き寄せられる場合、何者かに意図的に悪霊化させる場合などがある。

まだ、目撃者が襲われていない事からも、悪霊の類でもなさそうだ。

 

しかし、今の所、幽霊の可能性は低いと言わざるを得ない。俺は悪戯の可能性の方が高いと思っている。

但し、悪霊化する前の浮遊霊という線もある。あまり一般的ではない特殊な例もあるため、幽霊では無いとは完全に否定は出来ない。

 

何者かによる悪戯にしろ、幽霊の可能性がある限りは、俺は念のためこの依頼を一人で解決しようと決意する。

目撃されたのは、連日どこかの教室で19:00と決まっていたため、今日にでも、一人その時間まで残り、悪戯か幽霊かを見極め、解決するつもりだったのだが、雪ノ下と由比ヶ浜も同行する気満々だった。

まあ、この二人なら、俺がGSだと知ってる上に、幽霊の仕業だとしても今回は危険度は低い内容であるため、特に構わないと思っていたのが、何故か一色と材木座まで、残るといいだしたのだ。

邪魔なんでお引き取り願いたい。

 

 

「材木座、無理して残らなくていいぞ」

 

「はーーっ、はっはーーー、何を言う。この剣豪将軍材木座義輝に恐れるものなど何もない!」

足をガクガクと震わせながら、そんな事を言う材木座。

ノリで残ると言ってしまった手前、引くに引けなくなったようだ。怖いなら無理をするなよな。別にそんな見栄を張るようなものでも無いだろう?

 

「はぁ……一色も別に帰ってもいいんだぞ。後は俺達に任せておけば」

俺はため息を吐き、一色にも帰るように説得する。

 

「先輩、元々生徒会の仕事ですし、生徒会の誰かいないと後で体裁が悪いじゃないですか」

まあ、確かにそうだが、お前がそんな事を今さら気にする玉か?

 

「別に、お前が居たって事にしておけばいいだろ?」

 

「むー、先輩。この頃、私を適当に扱いすぎです」

何故か頬を膨らませ、不満そうに言う一色。

 

「まったくなんなんだ?」

やりにくいんだよ。材木座と一色にはGSってバレたくないからな。もし幽霊だった場合に霊能を発揮させにくくなるだろ?

 

 

 

今はまだ午後4時過ぎだ。19:00まで、後3時間はある。

準備を進めておくか。

 

「一色、生徒会の権限で、部活の最終下校時刻を30分早くできないか?」

 

「うーん。たぶんできると思いますけど、何でですか?」

 

「けん制だ。学校の門が閉まるのは最終下校時刻の30分後だ。面白半分に悪戯してる連中がいたとしても、それまでには帰らないといけないだろう。ならば悪戯するのも30分早くなるか、今日はやめるかもしれない。幽霊だったらそんな事は、おかまい無しだろうしな」

実際のところ、最悪幽霊だった場合の備えだ。

幽霊が出る時刻に校内で生徒にうろつかれると、やりにくいからだ。

 

「わかりました。ちょっと手続きしてきますね」

一色は素直にうなずいて、部室を出て行った。

 

 

「材木座、別に帰ってもいいんだぞ。もし残るんだったら、お前、なんかお祓いとかそう言うアイテム持ってきた方がいいんじゃないか?なんかそういうのあるだろう?」

 

「うむ。確かにそうだ!我としたことが……あれなんかよかろう!」

そう言って、部室を出ていく材木座。

そのまま、帰ってくれないかな。

 

 

「雪ノ下と由比ヶ浜もいいのか?俺一人でもいいんだぞ」

俺は一色と材木座が出て行った後、2人に再度確認をとる。

雪ノ下と由比ヶ浜と打ち合わせをするために、何だかんだと一色と材木座を部室から遠ざけたのだ。

 

「幽霊の可能性があるのでしょう?後学のために同行させてもらうわ」

やっぱりか、これが雪ノ下の本音か。オカルト関連の資格を取るつもりだしな。幽霊だとしても危険度は低い。実地体験としてもいいのかもしれん。

 

「ヒッキー、私も何かしたい。ヒッキーの手伝いをしたいの」

何時になく真剣なまなざしで、俺を見据える由比ヶ浜。

なんだ?やはり、いつもと様子が違う。

 

「わかった。幽霊の可能性は低いと俺は思ってるが、一応な。もし幽霊だったら俺の指示に従ってくれ。それと、一色と材木座をどうするかだな。俺の霊能は見せたくないが、それよりも幽霊が出て騒がれたら厄介だ」

 

「私がなんとかするわ」

 

「どうするんだ?」

 

「騒ぐようであれば締め落とせばいいのよ」

雪ノ下さん?それはちょっと過激では?幽霊より雪ノ下の方が怖いんだけど。

 

「ゆきのん過激過ぎ!いろはちゃんがかわいそうじゃない?中二はいいけど」

由比ヶ浜、材木座はいいんだ。……もうちょっと、労わってあげてもいいんじゃないでしょうか?

 

「ま、まあ、いざとなったら俺の方でなんとかするわ」

雪ノ下の事だ。本当に締め落としかねない。

 

2人には幽霊が出た際の注意事項を軽く説明をする。

一番は騒がない事だな。まあ、今回は俺が居るからいいが、もし一人で出くわして相手が気が付かなかったら、騒がずゆっくり、その場を離れる事が肝心だ。

もし、既に相手の視界に入った状態だったら、逆に思いっきり大声を出した方がいい、相手がビビッて消えてくれればラッキーだし、誰かが助けに来てくれるかもしれない。

 

俺は教室を出て校内を歩き回る。一応、幽霊だった場合に備え、幾つか結界用の札を校内に張り付ける。ちなみにこれは俺の私物だ。こんなことで事務所の物品を使うわけには行かないしな。美神さんからは、一応ある程度の装備を持ち出し許可は貰ってる。緊急事態に備えてだ。神通棍もその一つだ。

俺も一応GS免許を持ったゴーストスイーパーの一人だ。自衛やそれ以外の場合も考慮し、オカルトアイテムを自前で購入してる。最終的には自分の命は自分で守らなくてはならない。後は自宅にも結界用のアイテムを設置してる。

それほど高価なものは購入できないが、それでも最近まとまったお金が懐に入ったおかげなのだ。

まとまった金っていくらだって?

主には年始に六道会長から貰った口止め料だが……千葉郊外だったら普通に一軒家が買える金額だ。

 

部室に戻ると、雪ノ下と由比ヶ浜、一色は紅茶でティータイムを取っていた。

「結衣先輩と雪ノ下先輩は幽霊とか怖くないんですか?」

 

「私は大丈夫!」

「な、何を言っているのかしら?怖いわけがないわ」

由比ヶ浜はああ見えて、度胸があるからな。

雪ノ下は、恐々だな。

誰だって未知の存在や、自分が理解できない物に恐れを抱くのは当然だ。

しかし、オカルト関連の試験受けるんなら嫌でも慣れないとな。

 

「いろはちゃんはどうなの?」

 

「私ですか?うーん。見たことが無いからわからないですね」

 

「一色は意外と度胸があるんだな。可愛らしいアピールはどうした?怖がってる方が男受けするんじゃないか?」

こいつは意外と根性座ってるからな。幽霊見てもビビらなさそうだな。

俺はそう思いつつ、一色に声を掛ける。

 

「はっ!?そ、その実は怖いです~」

一色はワザとらしく、怖いですアピールをする。

 

「……もう手遅れだろ。俺の前でしても仕方ないしな。葉山の前ででもやっておけ」

まあ、葉山には、一色のなんちゃってゆるぽわキャラ作りなんて、とっくにバレているだろうけどな。

 

「むー、やっぱり先輩はこの頃、私を雑に扱いすぎです」

 

頬を膨らます一色を余所にもう一人の所在を聞く。

「で、材木座は?」

 

「さあ、あれから見てないわね」

「そういえば居ない!中二、怖くて逃げたかも!」

雪ノ下はあまり興味なさそうに、由比ヶ浜は既に逃げ出した判定をしていた。

ちょっとは、気にかけてあげてもいいんじゃないか?俺が材木座だったら泣いちゃうまである。

 

「はーーーっはっはーーーー!!幽霊など恐るるに足らん!!この大将軍材木座義輝の前ではな!!」

絶妙なタイミングで奉仕部の部室に騒音を立てながら高笑いと共に入って来る材木座。

 

「……お前、なんだその恰好?」

 

「ふははははっ、我の対幽霊用、霊装ファニファニール形態だ!!」

 

……あまり奴の今の恰好について、説明をしたくは無いが。

何時もの暑苦しいコートの上に、赤の十字架の紋章が掛かれた腕章を両腕に6枚嵌め、首からは、どこから持ってきたかわからんお守りの束と、十字架を下げ。手には剣道の小手。そして右手にどこからか持ってきた聖書。左手には数珠を持っていた。足にはホッケー部のキーパーのガード。腰には鈴とほら貝を吊り下げ、頭には神風と書かれたハチマキに、二本のろうそくを刺す。背中にはデタラメな魔法陣が掛かれたマントを羽織り、襟首には木の枝が突き刺さっていた。

 

まじで、どこからそんなものを持ってきたんだ?

なんか幽霊に効果ありそうなものと思って持ってきたのだろうが、宗教観も何もかもがデタラメだ。

どこからどう見ても不審者だ。

というか、その恰好をみた幽霊が逆に怒って襲ってこないか?

 

雪ノ下は呆れた顔を、由比ヶ浜と一色は露骨に嫌な顔をしていた。

 

 

俺はこの後、材木座を説得して、数々の装備を外すように……というか無理やりひっぺがえす。

その妙ちくりんな恰好は、歩くたびに音を立てるのだ。静かに行動をしないといけないのに、この格好は邪魔だ。いや、材木座自体邪魔だ。

そして、いつもの材木座の恰好に戻す。

聖書と数珠だけは涙ちょちょ切らせながらも絶対手放さないため、好きにさせた。

 

 

 

 

そして、18:50分

俺達は、各教室が一望できる最上階の渡り廊下で、何か異常が無いかを確認する。

まあ、そんな事をしなくても、霊能を発揮すれば、どこに誰が居るかぐらいは把握できるのだが、一応一色と材木座が居る手前な。

 

1月の午後7時前だ。外は月明かりはあるが、真っ暗だ。

相手にこちらを勘づかれないように、俺達もライトなどは点灯していないため、暗闇の中に居る。

20分前まで部活動を行っていた生徒達は既に校舎から出て、グランドや正門あたりにちらりほらりと帰宅をするために歩いているのが遠目に見える。

月光にうっすら照らされる誰も居ない校舎内には、非常口案内の蛍光灯の光と非常灯の淡い赤い光がぽつりぽつりと見え、何故か物悲しいような雰囲気を漂わせている。

昼間見る騒然とした学校の様子とは別に。夜の学校とは意外と不気味な風景だ。

まあ、1階の宿直室にはまだ先生はいるのだが……その先生も、午後8時には校内を点検して帰るらしい。

今の所、変わったことはない。

 

そして、俺は腕時計を確認する。

丁度短針が19:00を指す。

 

俺の霊感が急に騒めく。

一色が何かに気が付いたのか

「あ……あれ……」

一色は驚いた顔をし、かすれ声で、指さす方向は2年F組……俺と由比ヶ浜のクラスだ。

そこに、白いドレスを着た女性の後姿が見えた。しかも何故か俺の机の上に座っていたのだ。

 

「ほ、本当にいた」

「………」

由比ヶ浜も雪ノ下も一色が差し示す先を見て確認したようだ。

由比ヶ浜は声を小さくして俺の耳元でそう囁き、雪ノ下は沈黙したまま、俺の制服の袖を握りしめていた。

一色も固まっていたが、慌てて俺の後ろに隠れる。

 

材木座は……

泡吹いて、倒れ、気絶していた………

 

どんだけ、メンタル弱いんだよお前。

霊感もあるし、そこそこ霊気も霊力あるみたいだし、鍛えれば、GSになれたかもしれないが……

そのメンタルじゃダメだろうと俺はその道を示さなかったのだ。

雪ノ下や由比ヶ浜や一色と俺の批評やダメ出しに耐えられるのにな……

 

しかし、おかしい。

あの白い女性。確かにいきなりあの場に現れて、周囲の霊気濃度も高まってる。きっと、気温もあの教室だけは2~3度下がっているだろう。

間違いなく霊的反応はするが……死者特有の霊圧を感じられない。

 

「……本当に幽霊なのか?」

 

「せせせせせ先輩!どう見ても幽霊じゃないですか!」

そんな俺の言葉に一色は必死に涙目になって俺の襟首を掴み、声のトーンを落とし訴えかける。

 

「ヒッキー……幽霊じゃないの?」

 

「結衣先輩も何言ってるんですか!?ききき急に現れたんですよ!なんか半透明ですし!先輩の目は節穴ですか!!絶対幽霊ですよ!!」

一色は我慢できなくなったのか、いきなり大声で怒鳴り散らす!!

 

「おい、静かに……」

俺は一色に静かにするように言おうとしたのだが……

 

「きゅう~~」

一色は目を回して倒れる。

雪ノ下が一色を後ろから締め上げ、落としたのだ。

 

「……雪ノ下、本当に落とす奴があるか?」

 

「だって、彼女が大声上げるものだから……」

何、顔赤らめてるんですか雪ノ下さん?だって、って…ちょっと可愛らしい言い方だなおい。

多分、恐怖に駆られながらも雪ノ下は、隣で騒ぐ一色を見て、幽霊に勘づかれるのではないかと思い、とっさに締め落としたのだろうが。

 

 

「ヒッキー幽霊じゃないって言ってたけどほんと?いろはちゃんじゃないけど、幽霊っぽいよ」

 

「ああ、なんか妙なんだ。ちょっと見に行ってくる」

俺はそう言って、渡り廊下から出ようとすると、由比ヶ浜と、何故か雪ノ下も制服の裾を掴み、ついてくる。

 

「ここで、待っててくれ、こいつらも倒れたままだしな」

 

「あたしも行くよ。ヒッキー」

「私もよ勿論後学のためよ。置いてけぼりで怖いなんてことは無いわ」

何故か必死な表情で訴えかける由比ヶ浜。

雪ノ下はそうは言っていたが、どうも置いて行かれるのは怖いらしい。

 

「はぁ、じゃあ俺から離れるなよ」

俺はため息を吐きながら二人にそう言う。

 

 

一応倒れてる材木座と一色の周りに簡易結界を張り、由比ヶ浜と雪ノ下にはお守りと結界の札を渡す。念のためだ。

2年F組まで、静かにこっそりと近づき、中の様子を見る。

白いドレスを着た女性は確かに半透明だ。手には情報通り白い花を持っていた。

やはり、場の霊気が濃くなっている。しかし、死者特有の霊圧は感じない。

 

しかし、声までが聞こえてくる。

『来るー、来ない、来るー、来ない、来るー、来ない』

霊体なのは確かだが声まではっきり聞こえるとは。

 

半透明の白いドレスを着た女性は、手に持っている白い花の花びらを、1枚1枚むしり取っていた。

 

この角度からじゃ後姿しか見えないが、手入れされてるだろうロングヘア―の髪を見る限り、美人そうな感じだ。まあ、横島師匠じゃないから、後姿だけで正確に判別できないが……しかし、この後ろ姿、どこかで見たことがあるような。

 

「ヒッキー、なんか誰かに似てない?」

小声の由比ヶ浜も俺と同じ意見の様だ。

 

 

『来るー、来ない、来るー、来ない、来るー、来ない………やっぱり、来ないんだ!!うああああああ!!!!』

 

花を毟り取った手を止め、突然叫び出す半透明の白いドレスの女性。

そして、持っていた花を放り投げ、泣き叫ぶその顔が見える!

 

その顔は俺のよく知る人物そっくりだった。




後半も直ぐに投稿します。


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(62)日常系幽霊バトル?(後)

中編の続きです。


『来るー、来ない、来るー、来ない、来るー、来ない………やっぱり、来ないんだ!!うああああああ!!!!』

 

花を毟り取った手を止め、突然叫び出す半透明の白いドレスの女性。

そして、持っていた花を放り投げ、泣き叫ぶその顔が見える!

 

 

「「「平塚先生!?」」」

俺達3人、同時に声を上げる。

そう、この半透明の白いドレスの女性は平塚先生そっくり、いやそのものだった。

 

「ひ、ヒッキー、先生が幽霊って、先生死んじゃったの?」

 

「いえ、先週からこの事件は起きてるわ。それに平塚先生は今日も、職員室に居たわよ」

 

「……生霊だ。俺も初めて体験するが、たぶん生霊だ」

 

「生霊?」

 

「ああ、生きてる間にも強い思念を持ち、何かに執着を持ったり怨念を持つと、霊魂が肉体から離れ勝手に行動する。要するに幽体離脱の夢遊病みたいなものだ。後悔の念が強い死期が近い人間だとかが、なりやすい現象なのだがな。なぜ平塚先生が?」

 

「生きてるんだ先生」

ホッとした表情をする由比ヶ浜。

 

「まあ、そうなんだが、困ったぞ」

厄介だぞこれは、普通に幽霊を除霊するよりずっと厄介だ。

この生霊を払ったりすると、もちろん霊魂だから、平塚先生も死んでしまう。

このまま、ほったらかしにしても、繰り返しこんなことを起こすと、霊魂と肉体が離れ離れになって、ついには戻れなくなり、死んでしまうのだ。

解決するには生霊となった霊魂を穏便に肉体に戻す必要がある。無理に戻したところで、また同じ事が起きる。

穏便に戻すとは、その強い思念や執着や怨念などを晴らしてあげることだ。

 

「そう、幽霊じゃないのね。比企谷君、それで困ったとはどういうことかしら?」

雪ノ下はホッとした表情をし、俺に質問をする。

 

「平塚先生は生きてるが、このまま放っておくと死んでしまう。しかし、通常の除霊方法は使えない。先生は何かに極度な執着や思念を抱いて生霊となった。それを解消させてあげるしかない」

 

「それ、わかっちゃったかも」

由比ヶ浜は苦笑いしていた。

なぜ、そこで苦笑?

 

そこで、白いドレスの女性改め、平塚先生の生霊は俺達の事に気が付き、こちらを振り向く。

「ひ、比企谷君、見つかったわ」

 

「大丈夫だ。何もしないはずだ。生霊状態の平塚先生は俺達の事を忘れているはずだ。執着した何かとそれに携わる何かだけを記憶してるだけになってるはず。一応だが、雪ノ下と由比ヶ浜は下がってろ」

平塚先生の生霊は俺達に近づいてくる。

 

『ダーリン!!やっと来てくれたのね!!嬉しい!!』

ドレス姿の平塚先生の生霊はそう言って、俺にいきなり抱き着いてきたのだ。

 

おお!?ちょっと、やめてくれませんかね!あの生霊なのに、なぜかボリュームのある2つの柔らかい何かが俺に当たってるんですけど!あれ?なにこれ!?あれ?

 

「ヒッキー!何赤くなってるの!ヒッキーのエッチ!!」

「大きい方がいいのね。破廉恥谷君!!」

何二人とも怒ってるんだよ!

これは、致し方が無い事なんだ。生霊の平塚先生を除霊するわけにもいかないしな!

害はないんだ。今は好きにさせておかないと……生霊でも柔らかいなとか思ってないぞ!!

 

「と、とりあえずだな。平塚先生の本体を見つけないと!近くに居るはずだ。探してくれ!」

俺は平塚先生の柔らかい……ゲフンゲフン、生霊に抱き着かれながら、2人に指示を出す。

 

「平塚先生は今日は宿直のハズよ!スケベ谷君!!」

 

「とりあえず、平塚先生の本体の状態を見てきてくれ!」

 

「う~~、ヒッキーのエッチ!平塚先生の幽霊と2人きりで何をするつもりなの!!」

 

「馬鹿だろ!!何もするわけないだろ!!」

幽霊とどうにかしようと思うなんて、うちの師匠ぐらいだ!!

抱きつかれて気持ちいとかは、俺の本心じゃないんだ!!きっとこれも横島師匠の思念が乗り移って……あれ?もしや

 

 

由比ヶ浜と雪ノ下は何故か怒り顔で宿直室にかけて行く。

 

 

『ダーリン!ダーリン!もう離さない!!』

 

「あのー、俺はそのダーリンさんじゃないんですが?」

強く抱きしめるのをやめてくれませんかね。俺も男なんで……って!!

おいーー、俺はあの師匠と同じなのか同じなのか!!

俺という人間は、生霊にアレしてしまうような人間だったのか!!

やめてくれーーーー!!俺のアイデンティティが崩壊寸前に!!

 

 

そこで由比ヶ浜から連絡が来る。俺はスマホを何とか取り出し耳に当てる。

『ヒッキー!平塚先生、宿直室に居た!』

 

「どんな状況だ!?」

 

『なんか、酒瓶を持って、白目剥いて倒れてる。目の前に、あーーー、この前、没収された恋愛特集の雑誌だ!なんかぐしゃぐしゃに!!』

……相当荒れてたんだな。十代向けの恋愛特集の雑誌の占いかなんか見て、絶望的な結果が出たんだろうたぶん。

 

「他にはないか!?」

 

『ゆきのん、平塚先生何か握りしめてる。これ何んだろう?』

『チーズアンシメサババーガーって書いてるわ。物凄い異様な臭いがするのだけど』

 

「…………とりあえずわかった」

犯人はわかった。あいつだ。あいつが闇市かなんかで平塚先生に売りつけてこんなことに……

それは後だ。とりあえずこの状況を何とかしなければ。

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜が息を切らして、戻ってきた。

 

「由比ヶ浜……平塚先生はやっぱり、恋愛事でこんなことに!?」

俺は平塚先生の生霊に今は前から抱き着かれた状態で、由比ヶ浜に問う。

俺のこんな状態に、雪ノ下は凍り付くような視線で、由比ヶ浜はぷりぷりとしていた。

 

「そうだよ!!ヒッキーの鈍感!!唐変木!!」

なんで、いちいちディスられるんだ俺は!

まあ、そうと決まれば!!

 

「どうする気、年増好谷君」

おい雪ノ下、それは平塚先生に対しては絶対に言うなよ。

 

「元凶に解決してもらう。こうするんだ」

俺はスマホを取り出し、とあるところに電話をする。

 

「もしもし、俺です。今学校なんですが、女子更衣室に幽霊が立てこもって困ってるんです。助けてくれませんか?」

 

『うわーーーはっはーーーー!!でかした八幡!今行く!俺が行くまでじっとしてろよ!!今行くーーー下着姿の女子高生!!しり、ちち、ふとももーーーー!!』

電話の向こうでは、相手の男はとんでもなくテンションの高い声でこんな下品な事を叫んでいた。

 

「ヒッキーは、あんなにならないでね」

「……それには激しく同意するわ」

何故か今迄怒っていた二人は、哀愁の目で俺を見つめていた。

 

 

5分後

 

 

「下着姿のおねーーーちゃん達!!横島が来ましたよーーーー!!………八幡、俺帰るわ。仕事忘れてた」

窓から、飛び入って来る横島師匠は始めこそテンションが滅茶苦茶高かったが、平塚先生の生霊に抱きしめられる俺の姿を見て……一気に青ざめ、帰ろうとする。

 

「逃がさん!」

俺は対師匠用の罠を張っていたのだ。

そして、ターゲットは既に俺の罠の中に、呪縛ロープに足を取られ、対横島専用結界陣が発動する。暴れ出す師匠を俺のダーク・アンド・ダーククラウドで絡めとり大人しくさせた。

 

「平塚先生、これが本物のダーリンさんですよ!」

 

『ダーリンが二人?いや、あの獣のような動きと、顔面にスケベが滲みだしてる顔!!本物のダーリン!!』

 

俺は解放されたのと同時に、素早く結界を解き、横島師匠を平塚先生の生霊に差し出した。

 

「ははははちまーーーん!何をする!!」

平塚先生の生霊に抱き着かれる横島師匠。

 

「さあ、吐け!あんた、平塚先生のデートすっぽかしただろう?約束の時間は19時じゃないか?」

 

「なななぜそれを!!」

 

「あんたがすっぽかしたせいで、平塚先生がこんなことに、責任を取れ!!」

 

「八幡?なんか怒ってないか?」

 

「ああ、俺は危うく、あんたと同じ道に、外道に成り果てそうになったんでな!自分に対しての怒りだ!」

 

「し、仕方なかったんや!!デートの日、何故か美神さんにバレて!す巻きに!!」

 

「言い訳はいい、責任を取れ!生霊となった平塚先生を一晩中慰めてやれ!!」

 

「八幡、いつになく真剣に……冗談だよな!?」

 

「………それでだ。元に戻った後、平塚先生をあと腐れなく振る。いいですね師匠。平塚先生は遊びじゃすまないんです。ちゃんと振るんですよ!」

俺は真剣な顔をし、横島師匠に話す。横島師匠は絶対平塚先生とはゴールしないだろう。このスケベな行動は多分、恋人を無念にも無くしたことの反動なのだろう。しかし、それは平塚先生にはあまりにも酷だ。平塚先生をあと腐れなく振って上げて、新たな恋に生きてほしい。

 

「わかった八幡。……ん、おっぱいが!ああ!やっぱりいいないいな!暖かいな、柔らかいな!!」

 

「…………」

この人本当に生霊でも見境が無い。俺はここまで堕ちてないよな。

 

俺はそんな師匠をほったらかしにし、呆れた顔をした雪ノ下と由比ヶ浜と共にこの場を去る。

倒れてるだろう材木座と一色を介抱した後、2人には、あれは誰かの悪戯だった事を伝える。

その犯人はもう二度とこんなことをしない代わりに、公表しない事を約束させたと嘘をつく。

 

言えないだろ?幽霊の正体が、恋焦がれた、三十路の教師の生霊だったって……

あまりにも平塚先生が不憫だ。

今回の事は俺の身内(横島師匠)と知り合いの不始末らしいからな。

この幽霊騒ぎはこれ以降起きなかった。

 

 

俺は数日後、美神令子除霊事務所とも取引がある。オカルト商品を扱う小売業を営む厄珍堂に行き、主人の厄珍にカマを掛け真相を聞き出す。

この小柄な怪しいおっさんが、平塚先生が握りしめていたチーズアンシメサババーガーをかつて売っていたことを知っていた。

最初は、幽体離脱するぐらいの絶望的な不味さで、そのバーガーを幽体離脱バーガーとして売っていたのだが、人によって効果はランダムな事で、徐々に売れなくなり、在庫ばかりが残ったとか。それで次には、合法ドラッグと同じ扱いで、幽体離脱するぐらい気持ちよくなるバーガーとして、一般消費者向けに販売したのだ。しかし、霊能も何もない一般人が幽体離脱に成功する確率は少なく、平塚先生のように、知らず知らずのうちに生霊化なんていう事故もあり、発売中止に追い込まれていた商品だ。

多量に余った在庫の処分に困り、闇市かなんかに下取りしてもらったのだろう。

そのチーズアンシメサババーガーのキャッチフレーズはこうだ。【恋に破れたあなたも、このバーガー一つで忘れることが出来る魔法のバーガー】

怪しすぎるだろう。

それを偶然手に入れた平塚先生が、横島師匠との恋に敗れたと思い、学校で夜な夜なそのバーガーを……そして、生霊化……

 

まあ、一応注意はしたが、あのおっさんは懲りないだろう。俺も最初の頃、このおっさんにお試し商品だとかで、オカルトアイテムを渡され、ひどい目に遭った口だ。

 

俺はオカルトGメンの西条さんにもその事を報告すると、厄珍堂は3か月の営業停止処分となった。

自業自得だ。

これに懲りて、あくどい商売はやめるこったな。

 

 

 

あれから一週間後、俺は平塚先生に屋上に呼ばれた。

多分、横島師匠にキッパリと振られたのだろう。

俺に声を掛けてきた平塚先生の声は震えていたからな。

 

まあ、殴られる位良いだろう。

泣きたかったら、俺の背中なり、胸ぐらいは貸そう。

 

そう決心して、俺は屋上に上がる。

そして、俯き加減の平塚先生の元に歩み寄る。

 

「比企谷……」

 

「先生」

 

「……どうしよう比企谷?」

 

「どうしましたか平塚先生」

 

「あのな、聞いてくれ比企谷。横島さんに呼ばれて、人気のないビルの屋上に連れてかれたんだ」

平塚先生は顔を赤らめ、もじもじしながら話し出す。

 

「はぁ」

なんか雲行きが怪しいぞ。

 

「それでな、いきなり横島さんに、おしりを触られて、スカートを捲られ、それから胸をもまれたんだ!」

 

「………」

……おいーーーーー!!何やってるんだあの師匠は!!

振るんじゃないのかよ!なぜ痴漢行為を!?

 

「恥かしくて、思わず叫んで逃げてしまったんだが………アレはあの人なりの愛情表現ではないだろうか?」

 

「はぁ?」

何言ってんだこの人も。

 

「行き遅れた私のような女に、あんな野獣のようなスケベな目で見て、触ってきたんだ。私の体に興味深々だと言う事だろ?」

何、恥かしそうに乙女チックにそんな事を言ってるんだ?内容は最低だけどな!

 

「………」

やばい、この人も相当拗らせてるぞ。

 

「比企谷!やってやるぞ!横島さんにどんな性癖があろうと!答えてあげるのが年上としての包容力というものだ!」

おい、生徒になんてことを話すんだこの女教師は。

 

 

 

 

俺はこの後、直ぐに横島師匠に電話をする。

「師匠、平塚先生を振ったんじゃないんですか?」

 

『振ったぞ』

 

「痴漢したの間違いじゃないんですか?」

 

『まあ、そうとも言う。アレをすると100%振られる!!』

 

「………あの、ちゃんと言葉で振って上げて下さい。超勘違いしてますよ平塚先生」

 

『まじで……』

どうやら、横島師匠の100%振られる方法は平塚先生には通じなかった。

っておい、あの人、振られてないところを見たことが無いんだが!

 

 

 




まあ、この落ちがしたくて書いたものでした。

またしても平塚先生ごめんなさい。


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(63)唐巣神父の教会に行く(前)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
非常に助かっております。

またしても、前後編に、何故かこの頃、スパッと一話で話題が終わりません><
という事で、初登場が二人です。


 

2月初旬の土曜日。

美神さんのお使いで、唐巣神父の教会に赴く。

美神さんとキヌさんは依頼で静岡に、美神さんとキヌさんのコンビで地方への出張という事は、そこそこの規模の地鎮を行っているのだろう。

横島師匠はシロとタマモを引き連れて、都内の地下街の除霊だとか。

俺も師匠について行こうとしたのだが、美神さんに俺は唐巣神父の元に行くように言われた。

 

内容は至ってシンプル。

唐巣神父が所蔵してるエクソシスト系の特殊な封印術が書かれた本を借り受ける事。

日本では唐巣神父しか持っていないのだそうだ。

昔、美神さんが唐巣神父の元で修行をしていた頃に、見かけたらしい。

普段なら唐巣神父の様子を見がてら、美神さん本人が行くのだが、電話の際、唐巣神父は何か手伝ってほしいと言われたそうだ。

貴重な封印術の本を借りる手前、手伝わないわけにはいかないようで、そこで、ただ働きが嫌な美神さんの代わりに、俺がよこされたという事だ。たぶんだけどな。

美神さんって、金にならない事は絶対嫌だしな。

しかし、それでも唐巣神父の事は無下にしないし、何だかんだと手伝って上げたりする。一応師匠として尊敬しているのだろう。

 

唐巣神父は何処にでもいそうな、優し気な眼鏡をかけた中年のおっさんだが、その実はこの業界でも、かなり偉い人らしい。

GS協会の重鎮でもあるし、日本におけるエクソシスト系の霊能者の第一人者とも言われてる。

階級こそAランクだが、それ以上の実力者であると巷でささやかれている人だ。

美神さんの師匠であると同時に、あの美智恵さんも一時期師事を仰ぎ、師弟関係だったらしい。

それと、今はヨーロッパで活躍してるオカルトGメンのピートさんの師匠でもある。

 

ただ、GS事務所としての経営は苦手らしく。困っている人は見過ごせない性分もあり、昔はどんな依頼もタダ同然でやってたらしい。

今は、法改正で、それはできなくなったとはいえ、その性分は変わっていないのだろう。

その辺は、いつも美神さんがガミガミと唐巣神父に説教してるようだ。何だかんだと美神さんは面倒見がいいのだ。

 

 

俺は唐巣神父の教会に到着する。

相変わらず質素なたたずまいな教会だが、厳かな感じはする。

ん?いつもは伸びっぱなしの敷地の雑草とかも手入れされてる。

 

「こんにちは、唐巣神父」

俺は教会の扉を開け、挨拶をする。

教会の礼拝堂の中もいつもより、小奇麗な感じだ。

 

教会の執務室から、唐巣神父が出てくる。

「やあ、比企谷君。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

何時もの優しそうな笑顔だ。

こう見えて、若い頃はブイブイ言わせていたゴーストスイーパーだったらしい。

 

「神父、なんかいつもより片付いてるというか、整頓されてるんですが、お嫁さんでも貰いました?」

俺は冗談半分にそんなことを言った。

唐巣神父は50前ではあるが未だ独身である。

神父であるため、その身は神にささげてるからなのかもしれない。

この教会は神父一人で今は切り盛りしてる。シスターとか教会付きの信者さんとかは居ない。

ちょっと前までは弟子のピートさんが色々としていたそうだ。

 

「手厳しいな比企谷君。いや、流石に一人で教会とGSの仕事は厳しいのでね。土日だけアルバイトを雇ったんだ。ちょっとした縁で知り合ったのだけど、若いけどしっかりした子でね。私もいろいろと叱られてばかりだ」

唐巣神父は頭を掻きながら、朗らかに笑う。

なるほど、それで小ぎれいになってるのか。たまにキヌさんが見かねて掃除をしたりしてたぐらいだもんな。

 

「そうですか。あの、早速なんですが、美神さんに言われていた本なんですが……」

 

「それなんだけど、美神くんが探している本を私自身どこにしまったか忘れてしまってね、今、その子に探してもらってるところなんだ。書庫だとは思うのだけどね」

 

「俺も手伝いましょうか?」

 

「すまないね。そうしてくれると助かる。私もこの頃物忘れが多くなってね。手伝ってくれてるその子もこっち関係については素人でね。一応最低限の事は教えてるつもりなんだけど」

唐巣神父は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「わかりました。確か書庫はあの扉の奥でしたね」

 

「ああ。私は仕事の準備をここでしてるから、何かあったら声をかけてくれたまえ、それと美神くんには伝えてあるのだけど、後でちょっと手伝ってほしい事があってね」

唐巣神父は何やら準備を始めながら、そう言った。

 

「聞いてます」

 

「悪いね」

 

美神さんの師匠とは思えないぐらい腰の低い人だ。

俺みたいな若造にも気を使って、丁寧な対応をしてくれる。

美神さんの知り合いの中で一番の常識人であり、表裏の無い人格者でもある。

 

俺は書庫の木製扉を押すと、ギギギと音を立て開く。中は薄暗い畳12畳程の石造りの書庫だ。

木製の書棚の前で人影が俺の方に振り向く。

唐巣神父が言っていた土日だけのアルバイターだろう。

神父の口ぶりからすると、霊能者ではなく、普通の人だろう。

 

「すみません神父。まだ本が見つからなくて……え?比企谷?」

どうやらその人影は俺を神父だと勘違いしたのようだが、振り返り俺の事を見ると、俺の名前を驚いたように口にした。

ポニーテールで結んだ長い後ろ髪を腰まで垂らし、背も高く、手足がすらっと伸びている。

その驚いた顔には見覚えがある。キツメな目元に泣きぼくろ、全体的にシャープな印象な美人顔だ。

 

「……川…川?」

俺もこいつの事を知っている。名前は確か、川なんとかさん?

 

「あん!?川崎沙希よ!あんた、なんで覚えてない?同じクラスでしょ!」

めっちゃ睨まれたのだが……

そうだ。こいつは川崎沙希。小町を狙う下心丸出しのゴミムシ(川崎大志)の姉だ。そして俺のクラスメイトのハズ。

というか、なんでこいつがここに居るんだ?

この川なんとかさん……もとい川崎とは、深夜の違法バイト問題で、関わった事がある。

川崎は、大学と大学に行くための塾に通う資金を貯めるために、高校生では禁止されてる深夜のバイトを毎晩していたんだ。

それをやめさせるのが奉仕部の依頼だった。川崎は兄妹も多く、金銭面で困っていた。だから、金を得るために無茶なバイトをしていたのだ。無料で塾に行ける方法であるスカラシップ制度を紹介して、深夜バイトをやめさせ、依頼を解決したのだが……

神父が言っていたバイトの子とは、よりによってこいつか……どうやら、神父は俺の事を川崎に話してないみたいだが、ヤバいな。いろいろと面倒な事になるから学校の連中にはGSバレは避けたいが、このままだとGSってバレる。なんとか誤魔化さないと。

それと、その整ったシャープな顔立ちで、威嚇するように凄むのは、やめてほしい。まじヤンキーみたいなんでちょっと怖い。

 

「じょ、冗談に決まってるだろ」

まじ、名乗られるまで名前を忘れてた。

横島師匠だったらギャグでお茶を濁すだろうが、俺には無理だから、こんな感じで誤魔化す。

 

「冗談って……で、比企谷。あんたはなんでここに居るの?」

川崎は睨むのをやめたが、訝し気に聞いてくる。

 

「あれだ。そのだな。俺もバイトの使いでここに」

GSバレを避ける方向で。バイトをしてる事はこの際、致し方が無い。

 

「あんたもバイト?……ここに居るって事はGSに関係するバイトだよね。あんた金に困ってなさそうなのになんで?」

いきなり、俺の言い訳の退路を断たれたのだが……

 

「お前こそ、なんでこんな所でバイトしてんだ?スカラシップ制度で塾にも通ってるんだろ?しかも千葉からは近いとは言え、ここはお前の家から電車で一時間ぐらいかかるだろうに」

 

「お前じゃない。川崎沙希って名前がある…っとに。でも、スカラシップの事は正直助かったよ。でも大学に通うお金を親だけに払わすわけには行かないからね。少しでも足しになればと思って、……それにGSのバイトって最低賃金で時給1800円でしょ?土日の日中だけでもかなり稼げるしね。……唐巣神父とはちょっと縁があって、それに神父も優しいし。……それであんたは何で?」

なるほど、確かにこいつの家庭環境では厳しいものがあるしな。GSのバイトの時給は法律で1800円は約束されてる。しかも唐巣神父が川崎に危険な仕事をやらすわけはないしな。川崎自身多少普通の人よりも霊気内包量は多いが、今のままじゃ霊能者になれるレベルじゃない。確実にGS免許試験の霊気霊力測定で落とされる。それで言うならばよっぽど材木座の方が適性があるのだが……それは置いといてだ。多分、掃除とか、事務的な手伝いや教会の手伝いなど、除霊やオカルトに直接かかわらないような仕事をさせてるのだろう。

だが、GSのバイトをするにはかなりの制限があるはずだ。しかも18歳以下の学生身分では申請や手続きも一筋縄では行かない。もしかして教会の手伝いのアルバイト名目で雇ってるのかもしれないな。唐巣神父の事だ。それでも一応、GS基準でアルバイト代を出してる可能性がある。

 

「俺は……後学のため?」

ここに来て、俺がGSバレを阻止するための誤魔化せる選択肢は少ない。雪ノ下の言い回しを貸してもらう事にした。

 

「何?比企谷?GSにでもなるつもり?無理無理。GSってのはね。憧れだけでなれるもんじゃないよ。

豊富な知識に、冷静な判断力。運動神経も良くないといけないし、生まれ持った霊能力が無いと無理だし。何より、人々を救いたいと言う気持ちや、人の役に立ちたいと思う高潔な意思と覚悟が必要なんだよ。そう、唐巣神父みたいにね。あんたに出来る?」

川崎はクスっと笑いながら、こんなことを俺にとうとうと語る。そして唐巣神父の下りは何故か遠い目をしていた。

……川崎、なんか語ってるところすまないが、既に俺はGSなんだ。

確かに、GSになるには豊富な知識と冷静な判断力や体力、霊能力が無いと難しい。

最後の方の件で、人を救いたい気持ちとか、役に立ちたいとか、高潔な意思とか覚悟とか……GSにはまったく必要ないんだ!!

俺の知ってる一流のGSはそんな気持ちなんぞ、ドブに捨ててきてるような人間ばっかりだぞ!!

まったく真逆な人間性をもった一癖も二癖もあるような性格な悪鬼羅刹ばりの人の皮を被った悪魔のような人達だぞ!キヌさんを除いて!!

 

それよりも、なんか川崎の奴、唐巣神父にかなり心酔してないか?

まあ、唐巣神父は出来た人だしな。わからんでもない。

ここに礼拝を受けに来る人達は、神様っていうよりも神父の人柄を慕って来てるらしいしな。

 

「そ、そうかもしれないな」

俺はこれ以上突っ込まれないよう。取り合えず川崎の考えに同意する事にした。

 

「まあ、あんた。学校の成績もそこそこ良いんだし。いい大学行って、いい会社に入って働いた方がいいんじゃない?」

 

「そ、そうだな」

 

「余計なお節介かもしれないけど。来年は受験だし、変な憧れなんかやめて、勉強した方がいいと思うよ」

 

「そ、そうする」

俺は生返事をするしかない。

川崎、もう俺が普通の会社になんて無理だ。どっぷりこのGSの世界に浸かっちゃってるんだ。

大学は行こうと思うが、すでに将来する仕事は決まっているようなものなんだ。

 

「あ、比企谷悪いね。話しこんじゃって。あんた本を取りに来たんだろ?」

 

「そうだな」

 

「それが、見つからなくて。神父はローマ字で書いてあるって言ってたけど」

川崎は、本棚の本を一冊一冊確かめながら、目的の本を探すのを再開する。

 

「俺も手伝おうか?」

美神さんが探してる本は時代背景からローマ字はローマ字だが古代ローマ字のハズだ。発音も読み方も結構異なる。

 

「悪いね比企谷、私もここのバイトをやりだして、まだ1か月しかたってなくてね」

本棚の高い位置に手を伸ばしながら、声だけを俺に向ける。

 

「いや、いい」

俺も、別の場所の本棚を探し出す。

 

「比企谷は、どこの事務所?……あっ、そっかGSって本当は色々と登録が面倒だしね。学校にも報告しないといけないからね。私はGSじゃなくて、ここの教会の手伝い名目でアルバイトさせてもらってるし、比企谷も似たようなもんでしょ?」

やっぱりな。GSでアルバイトをしてる名目だったなら、学校や役所に登録しないといけないし、既にGS免許を持ってる俺の耳にも入ってないとおかしい。

 

「ま、まあ、そんなようなもんだ」

なかなか答えづらい質問が続き、さすがに返事に窮してくる。

それにしても川崎って、こんなにしゃべる奴だったっけ?

学校のクラスでは俺と同じで、いつもボッチなはずだ。

俺とも一応知り合いだが顔を会わしたところで、会釈する程度の仲だ。

名前をなかなか思い出せなかったりするし。

 

意外と学校以外では社交的な奴かもしれない。

忙しい両親の代わりに兄弟の面倒も見てるし、一番下の妹の保育園の送り迎えとかもしてるようだしな。近所付き合いとかちゃんとしてるかもしれん。

 

「クラスの連中が比企谷がバイトしてるなんて知ったら驚くでしょうね。普段のあんたからは想像できないからね。流石にさっき会ったときは驚いたよ。……でさ、あのあんたの妙な部活の、由比ヶ浜と雪ノ下は、バイトの事を知ってるの?」

 

「一応な。言わないと、部活をバイトで休んだ日には、『部活をサボって何をしてるのかしら?』とかなんとか、後で何を言われるか分かったもんじゃない」

俺は雪ノ下の物まねをしながらそう言った。

うん、これは嘘ではないな。

 

「ぷっ、確かにね。あんた達、妙に仲がいいしね」

川崎が噴き出すように笑う。どうやら雪ノ下の物まねが効いたようだ。

こいつ、こういう感じで笑うんだな。

学校で、川崎が笑った顔を見たことが無い。

妹の前ではデレデレだが。

 

「そうか?」

 

「由比ヶ浜も2年の初めの頃に比べたら大分変ったし……私も……」

 

「あった。これだ」

俺や美神さんの目的の本を見つける。やはり古代ローマ字だな。

これじゃ、川崎がいくら探しても見つからないだろう。

 

「さっき私もその本手に取って見たけど……」

 

「古代ローマ字読みだから、スペルが異なる」

 

「あんたよく知ってるね。そんな事」

 

「ま、まあな」

ふう、危ない。ついGSの知識を出してしまった。

 

とりあえずは用はすんだ。

後は唐巣神父の手伝いなのだが……

川崎の前で霊能を発揮するわけにも行かないし、神父に事情を説明して、川崎が居ない平日にでも、日にちをずらしてもらうしかないか。

 

これ以上、川崎と話をすると、どこかでボロが出るかも知れない。

こそっと唐巣神父に事情を話して、とっとと事務所に帰るか。

 

俺は書庫を出ると神父が礼拝堂の祭壇から俺に声を掛ける。

「比企谷君。本はあったかね?」

 

「ありました」

俺は本を掲げ、神父に見せる。

 

川崎もちょうど書庫から出てくる。

 

「あっ、私としたことがしまった。沙希君を少々驚かそうとしたのだけど、もうお互い紹介は終わらせてしまったかい?」

神父は出てきた川崎に自嘲気味に聞く。

 

俺と川崎は顔を見合わせる。

紹介も何も知り合いなんだが……

 

「まだのようだね。沙希君。彼は凄いんだ。この年でゴー……」

神父は俺達の様子を見て、まだ自己紹介をしていないと判断して、こんなことを言いかける。

 

「あああああ!!し、神父--っ!!」

おいーーー!!危ない!!今、ゴーストスイーパーって言おうとした!!バレちゃうからやめて!!

 

「?どうしたんだい比企谷くん、急に大声なんか出して、君らしくない。まるで師匠の横島君みたいだね」

 

「師匠?横島?」

川崎は疑問顔をする。

ちょ、それ以上は!!

 

「ししし、神父、ちょっといいですか!!」

俺は慌てて唐巣神父の元に駆けつける。

やばい、早く説明しないと!!GSバレするっ!!

 




川なんとかさん登場!!
ようやく出せました!

で、後半に続きます。
次は土日更新かな?


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(64)唐巣神父の教会に行く(後)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

唐巣神父編というよりも、サキサキ編ですね。
ちょっと長くなりましたが続きどうぞ。



美神さんのお使いで、唐巣神父の教会に訪れると、そこにはクラスメイトの川崎沙希が唐巣神父の元で土日限定のアルバイトをしていたのだ。

 

俺がGSだと言う事は、学校の連中には黙っておきたい。

勿論、川崎にもだ。

後にでも、神父に俺がGSであることを黙ってもらうようお願いしようとしていた矢先。

 

唐巣神父は書庫から出てきた川崎に俺がGSだと口にしようとしたのだ。

 

「ししし、神父!!ちょっといいですか?」

俺は慌てて、祭壇で何かの作業をしてる神父の下に駆けつける。

 

「何かな、比企谷君。君らしくもない。そんなに慌てなくとも」

神父はいつもの朗らかな笑顔で、落ち着いた口調で俺にそう言った

 

俺は神父の耳元で小声で説明する。

「神父、川崎は学校のクラスメイトなんですよ。だからGSってバレたくないんです」

 

「そうだったのかね。沙希君の通う学校がどうも聞き覚えがあると思っていたら、君と同じ学校だったか、そうかそうか、うんうん。これも神のお導きというものだね」

そう言って頷いてる神父だが、この人、本当にわかってるのか?

しかも、もうちょっと声のボリューム落としてくれませんかね。

神父の声、川崎に聞こえちゃいます!

 

「神父わかってます?俺の通う学校は一般の学校なんです。そんな中、俺がGSだって広まったらどうなりますか?」

俺は懸命に神父の耳元で訴えかける。

 

「いやー、まあ、最近の子は色々とあるみたいだけど、沙希君は大丈夫じゃないかね?」

 

「そういう事を言ってるんじゃないんです!」

ダメだ、わかってない。

俺がGSバレすると学校に居られなくなる可能性がある。

学校ではちゃんと許可を取り、正式な手続きを行っているが、そういう事じゃない。

学生からすると、GS免許を持ち、実際に悪霊や妖怪退治を行ってる人間などは、圧倒的に異物だ。しかもだ。俺みたいな何を考えてるかわからないようなボッチ野郎がだ。

そんな人間は、気味悪がられ、恐れられ、排除される。

俺だけならまだいい、いつも一緒に部活をしてるあいつらにも迷惑が掛かる。

 

そこに川崎が徐々に近づいてくる。

「比企谷。なに神父とコソコソ話してるのさ?私に話せない事でもある?」

 

「いや、男同士の話だからな。ちょっとな」

俺はそんな言い訳をする。

全然言い訳になってないな。横島師匠と同じレベルの言い訳だ!

 

「神父がさっき、師匠だとか、横島だとか、言ってたけど。もしかして、美神令子さんところの横島っていうGSの人の事?一度ここに来て、セクハラまがいな事をしてきたから、蹴り飛ばして踏んづけてやったんだけど。師匠って何?」

圧倒的にピンチだ!しかも、川崎は横島師匠と会ってた!

しかも、川崎に痴漢行為を行おうとしてただと!!何やってんだあの師匠は!?

川崎は制服着てなかったら、20代中盤だって言われてもわからない風体だしな。

いや、関係ないか、あの人、未成年だろうと、手を出すな……

神父はそんなトラブルを知って、横島師匠ではなく、俺を指名したのかもしれない。

なんか泣けてきた。

 

「ははははっ、すまないね比企谷君。彼女なら大丈夫だよ。私も彼女の人となりをよく知ってる。沙希君は信用できる子だ。私が保証する」

 

「し、神父っ」

川崎は唐巣神父の言動で顔を赤く染める。

 

「……そ、そうですか」

……バレるのは時間の問題だったな。

まさか、唐巣神父の下にバイトで学校の奴が居るなんて思いもよらなかった。

 

「それに君に手伝ってもらいたいことは、彼女にもかかわる事なんだよ」

俺に手伝ってほしい事が川崎に関わる事ってどういうことだ?

 

「神父どういうことですか?それに比企谷は」

川崎はいぶかし気に神父に聞く。

 

「沙希君、彼はね。比企谷君はプロのゴーストスイーパーなんだよ」

 

「え?」

川崎は驚いた顔を俺の方にそのまま向ける。

 

「……そういうことだ」

俺は観念して肯定する。

 

「え?それまじなの?」

川崎は神父と俺の顔を交互に見て、信じられないような顔をしていた。

当然の反応だ。驚かない方がおかしい。俺でもそう思う。

 

「そう、彼はそれこそ、一流と言われてるゴーストスイーパーに引けを取らない実力を持ってると私は思ってる。後は経験だけかな」

唐巣神父にそう褒められるのはうれしいが、今はな……

 

「……これだ」

俺はGS免許を川崎に見せる。

 

川崎は驚いた顔のまま、俺の免許を手に取り、まじまじと見ていた。

「……美神令子除霊事務所所属。比企谷八幡。Cランク……」

 

そして、俺の顔をまじまじと見る。

 

「あんたCランクって!凄いじゃない!!なんで隠してたのよ!!」

急に喜色の声を上げ、嬉しそうにする川崎。

え?俺はその姿に、一瞬戸惑う。

俺の予想では、てっきり怖がられたり、するんじゃないかと……

あれだぞ、お前の知らない間に、クラスに幽霊やら妖怪やらを相手にしてるような怪しい奴が、紛れ込んでいたんだぞ。

 

「いや、GSだぞ。その怖くないのか?」

 

「はぁ!?何言ってんのあんた!なんであんたを怖がらなくちゃならないのよ!」

何故か責められる俺。

 

「比企谷君。沙希君の言う通りだ。確かに人は未知なものや、自分と異なるものに恐れを抱く。しかしそれは、お互いを知らないからだ。お互いを知れば未知なものではなくなる。それと人は一人一人異なるものを持っているものだ。それが大小の差はありはするがね」

 

「しかし、神父」

 

「一足飛びで何もかもうまく行くわけが無いんだよ。沙希君のように理解者を一人、また、一人と作って行く。そうすれば終いには皆、知るところになる」

 

「そう、うまく行くものですか?」

 

「その中でも障害は沢山あるだろう。それは致し方が無い事なんだ。でも、忘れてはいけない。妖怪だって人と仲良くできるんだ。君だってそうだろ?」

確かにそうだ。俺は霊能に目覚める前は妖怪や幽霊を恐れていた。でも今では妖怪のシロやタマモとも気軽にうまく関係を作れてる。

 

「横島君を見たまえ!彼はあんなのでも!学生時代は学校でGSだと堂々と名乗っていたんだぞ!!」

神父は声を大にしてこんなことを言った。

しかも、神父にあんなのって言われる横島師匠って……

 

「はぁ、あの人は例外です。あの人と一緒にしないでください」

神父の話、結構感動したんだが、一気にテンションが下がった。

横島師匠の場合、GSどうのこうのと言う前に、あの人自身がおかしいから、あの性格でよく学校ではぶられなかったな。

というか、今とほぼ一緒だったら、少年院行き、まっしぐらだろうに。

しかし、あれだ、あの人はどんなこともでもめげないし、大変な事があろうとギャグで全部ふきとばしてしまうだろうからな。

 

「あれ?ダメだったかね?あははははははっ!」

神父は茶目っ気たっぷりに笑う。どうやら、神父流のギャグのようだ。

 

「神父、いくらなんでも、あの横島とかいう変態と同じにするのは、比企谷も可哀そうですよ」

川崎、フォローしてくれるのはありがたいのだが、その変態は俺の師匠なんだ。

うちの師匠の評価はどこに行っても、低いんだが、特に女性に……

 

「川崎、それ、俺の師匠なんだ。一応な……」

 

「へ?あんなのが!?比企谷の!?」

まあ、そうだろうな。普通は驚くだろうな。

本当はいい人なんだぞ。たぶん。

 

「まあまあ。話をもどすと、沙希君が君を怖がらないのは、君の優しさを知ってるからだよ。根本的には横島君も優しい子だからだよ。君と一緒でね」

 

「………」

ちょっと気恥しいんですけど神父。

この人、滅茶苦茶いい人だ。横島師匠の本質まで見抜いてる。

本当に美神さんや美智恵さんの師匠なのか?なぜこの師匠からあんな弟子が!?

いや、美神さん達が例外か。ピートさんはいい人そうな雰囲気はあったな。

 

「比企谷はなんとなくわかるけど、ただ、捻くれてるだけで、横島…横島さんも?そうなんですか?まあ、神父が言うなら」

川崎も何を、本人の前でそう言うのやめてもらえませんかね。マジ恥かしい。

まあ、横島師匠の事は、納得いっていないようだが、一応そう言う事にしてくれた。

 

「そうは言っても川崎。やはり俺は学校でGSを名乗る事は出来ない。俺はそこまで我慢強くないし、人間が出来てない。すまないが黙ってもらっていいか?」

俺の卒業まで後凡そ一年。神父が言う方法では、まず間に合わないし、俺は別に知ってもらおうとも思わない。出来たら知り合い位にはとは思うが、それも善し悪しだろう。

 

「いいよ。話す相手もいないしね」

川崎は軽い感じで了承してくれた。

そういえば、こいつもボッチだった。

 

「助かる」

 

「でも、比企谷には良いんでしょ?」

 

「そりゃ、そうだが……」

 

「何、由比ヶ浜や雪ノ下もあんたがGSって知ってるの?」

川崎はジトっとした目で俺を見る。

 

「ああ、そうだな。その二人以外では後は学校の先生かな、全員ではないと思うが」

 

「そう、由比ヶ浜と雪ノ下は……知ってたんだ」

川崎は何かを考えるように頷く。

 

「京都の修学旅行の時からだ」

 

「そういえばあんた、京都で大きな霊災に巻き込まれて怪我してたよね。その時?」

 

「そうだな。完全に実力不足だった。俺は横島師匠に助けられて、何とか命拾いした。唐巣神父に褒めてもらっておいてなんだが、俺はそれほど強くない。まだまだヒヨッコもいいところだ」

 

「ふーん。でもCランクなんでしょ、学生で」

 

「まあ、そうだが」

なんか、やりにくいな。

川崎は普段からサバサバしてる奴だが、こうも肯定されるとな。

 

 

「和解はしたようだね。そろそろ私の話を聞いてもらっていいかな?時間もそれほどないのでね」

和やかに神父はそう言った。

 

「すみません。神父の手伝いの件ですね。しかし、川崎が関わってるような事を言ってましたが」

 

「わたし?神父?」

 

「実はだ。沙希君をここでバイトしてもらっていた本当の理由があったんだ。沙希君やご家族に心配かけないように黙っていたのだけどね」

 

神父は真剣な表情で語りだした。

 

「私は8年前、沙希君の川崎一家に憑りついた悪魔の眷属を祓ったのだが、沙希君が礼拝に訪れてきてくれた時に、気が付いたことがあった。川崎一家に憑りついていた悪魔は……一体じゃなかった。双子の悪魔だったことに……。私が当時退治したのは一体だけだ。双子の片割れの悪魔はどうやら、どこかで沙希君を見つけ、狙っているようなのだよ」

川崎と神父の間に、そんな事があったのか。それで神父となじみに。

しかし、双子の悪魔とはまたレアな。

 

「え……わたしに、あの悪魔がまた?今度はわたし個人に?」

何時も気丈にふるまってる川崎だが、この時ばかりは、影を落としていた。

それでも泣きわめかないだけ随分ましだ。

材木座だったら即気絶もんの事実だ。

 

「その悪魔は新月であり、土曜日の2の付く月と日にしか現世に現れることが出来ない。要するに今日だよ」

ちょっとまて、なんだその縛りは、いくらなんでも多すぎだろ。

俺は驚いていた。

縛り、要するに制約の事だが、制約が多いという事は、それだけ強力な悪魔だと言う事だ。

通常、悪魔は現世に出るには何らかの制約を課さなければ、悪魔の世界からこちらに来ることができない。強力な悪魔ほど、その制約が多いのだ。たとえ眷属だとしても、主が大物ならそうなる。

という事は……

 

「神父…何の悪魔の眷属なんですか?その縛り、かなり大物では?」

 

「ああ、私の見立てではベルフェゴールの眷属だろう」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。怠惰と色欲のあの大悪魔ベルフェゴールですか?そんな大物!」

 

「え?比企谷……そんなに凄い奴なの?」

 

「沙希君大丈夫だよ。所詮眷属だよ。まあ強力な悪魔には違いないけど、どうってことない」

しまったな、川崎を不安がらせてどうする。そのへんは流石は神父だ。

でも、何この人サラッと言ってるんだ?あのベルフェゴールだぞ。キリスト教の悪魔、七つの大罪に匹敵する悪魔だぞ!その眷属っていってもな……そうだよな。この人こう見えても美神さんや美智恵さんの師匠だものな。やっぱ、この辺はぶっ飛んでる。

 

「……わかりました。俺は何をすれば?」

俺は諦めて、神父に何をするか聞く。

まあ、こういうのは慣れてる。美神さんや美智恵さんのおかげでね。

 

「流石は美神くんや横島君の弟子だ。話が早い。となると、私の孫かひ孫弟子でもあるんだね。……既に教会には強力な結界を張る準備をしてる。眷属の悪魔はわたしが祓おう。君は沙希君を守って、眷属の悪魔が従えるインプや悪霊を祓ってくれたまえ、そして現れるのは11時11分だ」

 

「もう、20分も無い」

 

「沙希君は礼拝堂の中央の結界内にジッとしてるだけでいい。比企谷君。この教会の結界に阻まれた悪魔を、わざと祭壇に顕現させ、私が退治する。祭壇に顕現する際、一時的に教会の結界を解除しないといけない。その間に教会内にインプや悪霊が一斉に押し寄せるだろう。そこは任せたよ」

美神さんの悪魔祓いは何度も見たことがあるが、唐巣神父のは初めてだ。

要領はいつもと一緒。要するにボスは神父に任せ、雑魚を俺が相手しながら、川崎を守ると言う事だ。

 

神父はまた、祭壇で何らかの術式の準備を進める。どうやら結界陣の様だが、俺の知らない術式だ。

 

俺は自前の神通棍と、神父に借りた霊体ボウガンの手入れをし、呪縛ロープや札を何枚か準備する。

 

「比企谷ごめん。わたしのせいで、巻き込んじゃって」

その横で川崎は硬い表情をし、礼拝堂の椅子に座っていた。

 

「ゴーストスイーパーってのは、人を助けたいって思う気持ちが大事なんだろ?」

俺はちょっとおどけて見せる。

 

「うん。そうだね」

川崎は弱弱しいが笑顔を見せる。

 

「まあ、心配するな。唐巣神父はあのゴーストスイーパー美神令子の師匠だぞ」

 

「そうだね。また唐巣神父には返しきれない恩が出来ちゃったかな。あんたにも」

 

「おい、恩なんていらないぞ。神父もだ。神父はどうやら自分が双子の悪魔だと気が付かなかった事に後悔してるようだ。自分のミスだと思ってるだろう。俺がもし、神父の立場だったら、そう思う」

 

「あんた、こういう時でも捻くれてるんだね」

川崎は苦笑していたが、大分気持ちもほぐれたようだ。

 

 

 

そして、準備を終え11時11分を迎える。

 

教会全体に巨大な何かがぶつかった様な音が異様なうめき声と共に何度も聞こえる。

悪魔が現れたが、教会の結界に阻まれたのだ。

 

「比企谷君。結界を解除し、悪魔を祭壇に顕現させる。準備はいいかい?」

 

「はい」

俺は礼拝堂の中心に描かれた結界陣の中に居る川崎の前で、構え返事をする。

 

神父はエクソシスト特有の印を切り、結界を解除した。

 

すると、あちらこちらから、悪霊やインプ(小悪魔)が現れる。

俺は、霊視空間把握能力と霊視空間結界を発動させ、さらに身体強化を行った。

俺は右手で神通棍を振るいながら、左手で霊体ボウガンを放ち、迫る悪霊やインプを打ち払う。

霊体ボウガンの矢は、連射式だが、矢のストックは少ない。ボウガンの矢が切れると、結界内の川崎に渡し、補充をしてもらう。そうしながら、次々と倒していく。

 

そして、再度教会の結界が活動しだすと、悪霊とインプが現れなくなる。

とりあえず、俺の仕事はここまでだ。

俺は霊体ボウガンを床に置き、神通棍を構えたまま、川崎の前に立つ。

 

祭壇には羊の角を持つ、体のわりに頭が大きい2メートルほどの悪魔が顕現していた。

祭壇には強力な結界が張ってあり、容易には出られないだろう。

 

そして、神父の悪魔祓いが始まる。

悪魔祓いはまずは悪魔との交渉から始まる。交渉と言っても取引をするわけではない。話術を駆使し、相手より精神的に優位に立つように持って行くのだ。それにより悪魔は弱体化し、祓いやすくなる。

逆に失敗すると、悪魔はより強力になり、その場を立ち去ったり、暴れたりする。

 

まあ、美神さんの場合、その交渉は、めちゃ簡略化されてる。なにせ、悪魔の一言の前に、「別にあんたと話す必要はないわ」「話しても無駄でしょ、どうせ私に祓われるんだから」「別にどうでもいいし、あんたになんか興味ないの」ってな具合に女王様気質に悪魔の心を一発でへし折るのだ。

ある時なんて、「キモ、あんた生きてる価値無いわ」……俺はこの時ほどその悪魔に同情したことはない。俺があんなことを言われたら、その場で自殺しちゃうかもしれない。

 

「双子の悪魔よ。なぜこの子を狙う?ここはお前が来ていい場所ではない。魔界に帰りたまえ」

神父は悪魔にまずは言葉を投げかける。

 

『ふん、しれた事よ。我が弟が狙った獲物を我も欲したまで、人の聖職者よ。お前が我が弟を祓ったようだな。臭いで分かるぞ』

悪魔が神父の言葉を穢れた声を出しながら答える。

 

これだ。普通はこんなやり取りをするはずなんだ。悪魔祓いというのは。

美神さんの交渉は女王様とその奴隷みたいな感じなんだよな。

 

 

しかし、不意に悪魔は俺の方を見て言葉を発した。

『ん?……まさか、その目はアアアアア、アザゼル様!?』

 

………どういう事?まさか……

 

「おい、誰がアザゼルだ!?この目か?またしてもこの目なのか?」

俺はついその悪魔に反論してしまった。

 

「比企谷君!悪魔に耳を貸してはいけない!」

神父は慌てて俺を止めようとするが、祭壇の前の悪魔を封じてる結界陣の前からは離れられない。

 

『ぜーーーったい、アザゼル様だ!!人間に擬態してるんでしょ、でもその目は誤魔化せないぞ!!』

悪魔は震えながら俺を指さし叫ぶ。

 

「おい、誰が擬態だ!!俺は人間だ!!」

 

『悪魔はみんなそんなウソをつくんだーーーー!!そんな、ベルゼブブ様が吐く息のような淀み切った目。魔界広しといえどもアザゼル様だけだアアアアア!!こんなとことまで、追ってくるなんて!!もう嫌―――――!!』

悪魔は急に発狂しだしたように取り乱す。

何?俺の目ってベルゼブブが吐く息のように淀み切ってるの?それって凄くないか。多分魔神ベルゼブブが吐く息って、ちょっと吐いただけで、人が何十万人死んじゃうレベルのものだぞ。

それといっしょ?それってヤバくね?

 

「……また目かこの目か!!アザゼルってあれか堕天使のアザゼルか!!」

 

『ひいいいい、こんなところに蝋燭が!?蝋燭攻めはやめてーーー!!ひいいいいっ、ロープまで!?もう、縛るのは、亀甲縛りは勘弁してくださーーーーい!!』

確かに蝋燭があるな、お前の結界を張るために用意した奴。

確かにロープはあるな、悪霊共から川崎を守るための呪縛ロープ。

何?蝋燭攻めって。何?亀甲縛りって。

 

「………」

神父は何故かじっとその悪魔を見てるというか、なんか放心状態みたいなんだが。

 

『アアアア、あなた様が持ってる棒で何を!!もう嫌だ――――それでケツの穴に刺すんでしょ!!もうあんなのは嫌だーーーーーーー!!死んだ方がましだーーーーーーー!!俺はあんたのおもちゃでも情夫でもなーーーーーい!!』

確かに俺は棒を持ってる。神通棍をな。それをケツに……確かに刺したことはあるぞ。鬼だが。

そう言って、双子の片割れの悪魔は発狂しながら徐々に小さくなっていき、遂にはポンという音共に消滅してしまった。

 

……何、アザゼルって、堕天使で大悪魔だよな。あの悪魔アザゼルにその、とんでもないプレイを強要されてたの?という事はなにか?

 

「おいーーーーーー!!俺をそんな、とんでもない変態大悪魔と勘違いして勝手に消滅するなーーーーーー!!戻ってこい!!せめて誤解を解いてから消滅しろーーーーー!!」

俺の叫びはあの悪魔には届かなかった。

 

 

神父はしばらく茫然と悪魔が消滅した結界を眺めていた。

 

川崎は俺の肩に手を置いて、

「比企谷、そういう事もあるさ。……わたしはあんたの目、嫌いじゃないよ」

慰めの言葉を掛けてくれた。ちょっと照れ臭そうに。

 

そう言う問題じゃない。

あの悪魔め!!よりによってそんな大変態悪魔と俺を間違いやがって!!絶対許さん!!

 

神父はようやく事態を飲み込めたようで

「ひ、比企谷君すまなかったね。こんなことに巻き込んでしまって、……その悪魔は消滅した。これで良かったんだ。そう、これで良かった」

いや、飲み込めていなかった。そう無理やり自分自身に納得させているようだ。

 

 

 

こうして、美神さんのお使いと、神父の手伝いは終わった。

 

 

俺は新たな称号を得たようだ。トラウマという名の……

アザゼルめ。会ったら絶対消滅させてやる。

 

 

……大悪魔本体を倒すなんて現実的に無理だけどな。

 

 

 

神父が川崎を雇った理由は、自分が過去に失態したことのけりをつけるためだったのだ。

しかし、川崎はこんなめにあった後でも、このバイトを続けるらしい。

 

この後、変わったことと言えば、今迄俺と川崎は学校では会釈程度の挨拶だったのだが

 

「比企谷、相変わらず眠たそうな目をしてるね」

「別に眠たくないんだが」

 

他愛もない会話を織り込んだ挨拶をするようになっていた。

 




サキサキ編が終了して、第六章はこれで終わりです。

次はいよいよ第七章。
バレンタイン編やら温泉編などの予定です。


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【七章】乙女たちの攻防編
(65)悩める乙女たち


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

アップしようとしてたら寝落ちしてました><

新章です。





奉仕部の部室では、雪ノ下が窓際の席で猫のブックカバーをした本を綺麗な姿勢で読み、その横で、教科書やら参考書と格闘してる由比ヶ浜、そして、廊下側の席で本を読む俺。

この頃のいつもの風景が、今日も時間と共に流れる。

 

しかし、不意に由比ヶ浜が問題を解く手を止め。

こんなことを疑いの目を向けながら聞いてくる。

「ヒッキー、あたし達に隠してる事ない?」

 

「はぁ?別にないが?」

何言ってんだ?身に覚えがないな。特にお前らが関わるような事で、隠し事とかは無いはずだ。

GS関係とか、横島師匠からもらったエッチ本の隠し場所とかは話せないだろ?……も、もしかして、エッチな本の嗜好が巨乳に偏ってる事がバレたとか!?いや、違うんだ。それはな横島師匠の趣味というかなんて言うか、……はい、頂いたのはそっち系ばかりでした。師匠にどっちがいいと聞かれたので、その大きい方が良いですと答えてしまいました。……いや、バレてないはずだ。ちゃんとクローゼットの奥に札を張って封印したはずだ。霊能が無い人間がそれを見ても、その辺に転がってる石ころみたいに、興味が無いものに映るはず。小町にもバレてないはずだ。俺の自作の札は完璧のハズ!?

 

「本当に?」

ジトっとした目で俺を見てくる。

 

「い、いや、何の事だ?」

その目は、バレてる!?由比ヶ浜のが気になるとかそんなんじゃないんだ!

俺も一応健全な、普通の男子高校生なんだ!それぐらいは許してほしい!

 

「あー、怪しい。目をそらしたし!」

 

「いやな、そのお前のスキンシップが悪いというかだな。そのあれだ」

 

「あたしのスキンシップ?何の事?」

 

「違うのか?」

そうか、巨乳本の事じゃないのか、そうだよな。小町にもまだバレてないからな。じゃなんだ?

 

「………何が違うのかしら?スケベ谷君?」

雪ノ下が由比ヶ浜の向こうから、一瞬自分の胸元を見てから、凍てつくような視線で俺を見据えてくる。どうやら、雪ノ下には俺の意図が伝わってしまったようだ。

墓穴を掘ったとはこの事か……

 

「?…そうじゃなくて、サキサキと何かあったのかな~って、なんかこの頃教室で仲良さげだから」

由比ヶ浜には俺の意図は伝わらなかったようだが、サキサキ…川崎の事か、なんだその事か。

 

「ああ、そう言えばそうか」

こいつらには川崎にGSだって知られた事をまだ、言ってなかったな。近いうちに話そうと思っていたのだが。

 

「そうかって!サキサキと何かあったんだ!」

 

「あったと言えばあったな」

 

「比企谷君……そう、やはりそういう趣味があったのね」

雪ノ下は何故か一人で納得して、俺を睨んでくる。

いや、確かに川崎もその、大きいが、いや、そこじゃないだろ?

 

「う~、ヒッキーの女たらし」

 

「なんでそうなる?いや、確かにお前らに言っとかないといけない事だとは思っていたが、ついな」

 

「あなた、川崎さんと…その、お、お付き合いでもしてるのかしら?」

 

「なんでそうなる?」

 

「違うの?」

 

「はぁ、川崎とは別に付き合ってるわけでも、何でもないが、なんでそんなに気になるんだ?」

 

「部長として、しっかりあなたを管理する責務をおってるのよ。当然交友関係を知っておく必要があるわ」

雪ノ下、そんな責務は無いぞ。お前は俺のかーちゃんか!?

 

「ヒッキーの鈍感!唐変木!」

なぜ俺がディスられるわけ、何これ?

 

「あー、あのな。川崎に俺がGSって知られたんだよ。だからだ」

 

「ヒッキー、そんだけ?」

そんだけって、結構重要な事だぞ由比ヶ浜。

 

「ああ、美神さん知ってるだろ?美神さんの師匠の唐巣神父の教会で川崎がバイトしてたんだよ。それで俺の事がバレた。致し方がないだろ?唐巣神父とは結構交流があるから」

 

「ええええ!?サキサキがGSの事務所でバイト!?サキサキって実は霊能者!?」

「GS事務所での高校生のアルバイトは制限や規則、手続きが厳しいはずよ。よく申請が通ったわね」

由比ヶ浜は大きく驚きながら、雪ノ下は何かを考え込みながら俺に同時に話かけてきた。

 

「川崎は霊能者じゃない」

俺は自分の席を立ち、2人が座る場所まで歩む。

少々声のボリュームを落とし話を続ける。

あまり大きな声で言えない内容だからな。

 

「大っぴらには言えないが、川崎は唐巣神父の昔のクライアントらしくてな、その縁でアルバイトをしてる。その扱いはGS事務所の方ではなく、神父が経営してる教会のほうのアルバイトとしてだ。ちゃんとした事務所なんてものは無い。実質教会がGSの事務所と兼ねてるから、両方の内部的な手伝いをしてるようなものだ。まあ、グレーと言えばグレーだがな」

ふう、ちゃんと言っておかないと、あらぬ誤解を招きかねないからな。

 

「そう。そんな方法が……」

雪ノ下はその話を聞いて、何かをまた考えこむ。

 

「へー、普通の人でもGSのバイトって出来るんだ。で、クライアントって何?」

まあ、出来ることはできるが、雪ノ下の言う通り、普通は難しいぞ。

それと由比ヶ浜、あまりわかってないだろ?

 

「クライアントは、依頼者だとか患者とか客とかの意味で使う言葉だ。本人には言うなよ。昔唐巣神父にGSで世話になったと言う事だ」

GSに世話になると言う事は、そういう目に遭ったと言う事だ。川崎はあまり気にしてないようだが、世間の目というものが、少なからずある。

 

「あっ…ごめんヒッキー。そうなんだサキサキ」

由比ヶ浜もようやく理解してくれたようだ。

 

「つい、最近の話だ。まあ、同業者仲間ってことになるわけだ。だから川崎も俺みたいなのにも声をかけてくれるのだろう」

あんな特殊なバイトで同年代の同業者仲間なんてものは殆どいないはずだ。

 

「う~、なんかそれだけじゃない気がする」

 

「なんだ由比ヶ浜?まだ疑ってるのか?それ以上もそれ以下もないぞ」

 

 

 

そんな時、部室に扉のノックする音が響く。

「どうぞ」

 

「先輩方、こんにちはです」

来訪者は一色だった。

 

「やっはろー、いろはちゃん」

「こんにちは、一色さん」

「うす」

 

「なんですかなんですか?3人集まって、内緒話ですか?」

一色は俺達が集まってる姿を見てこんなことを言ってくる。

 

「ちょっとな」

確かに内緒話だ。一色には話すことができない内容だ。

 

「あはははっ、いろはちゃんは今日は何の用事?もしかしてヒッキー?」

由比ヶ浜は笑って誤魔化し、一色に尋ねる。

それと、用事とヒッキーは同列ではないぞ、由比ヶ浜。

 

「まあ、いいです。先輩、ちょっといいですか?」

俺は一色に腕を取られ引っ張られ、何時もの俺の席に連れ戻される。

由比ヶ浜、お前が言ってた事は正しかった。一色にとって用事とヒッキーは同列だった。そんで今回は残念ながらヒッキーだ。

 

「先輩、私に隠し事してませんか?」

一色は俺の真正面から、真剣なまなざしで小声でこんなことを聞いてくる。

 

「…お前もか、それでなんなんだ?」

 

「ム~、先輩の癖に生意気です」

頬を膨らます一色。

 

「なんだ?」

意味が分からん。

 

 

また、部室の扉をノックする音がした。

新たな来訪者だ。

 

「ちょっといい…かな」

三浦優美子だ。前とは違い攻撃的な感じはしない。

 

「優美子!さっきぶり!」

 

「うん」

それよりも、なんかしおらしいぞ。

 

三浦は雪ノ下と由比ヶ浜の前に椅子を持って行き座る。

「この前は、その、ごめん雪ノ下さん。助かった」

三浦は気恥しそうにしながらも、不器用な謝り方だったが、雪ノ下にちゃんと伝えた。

 

「こちらも言いすぎたと思うわ三浦さん」

雪ノ下もそれを素直に受け取る。

 

由比ヶ浜はその光景を嬉しそうに見ていた。

 

 

「その、また相談、乗ってくれる?」

 

「そのための奉仕部よ。どうぞ」

 

和やかな雰囲気で話が始まる。

 

三浦の依頼とは、やはり葉山の事だった。

その話が始まると、一色は俺の後ろに隠れるようにして、三人の話に聞き耳を立てていた。

 

三浦は恥かしそうに何だかんだと言い訳じみた言い方をしていたが、要するに自分の手作りチョコを、バレンタインに葉山に手渡し、食べさせたいらしいのだ。

しかし、肝心の葉山はバレンタインチョコを誰からも受け取らないスタンスをとってるらしい。

昨年もそうだったようだ。葉山ファンは校内だけでとどまらないしな。多量のチョコをもらったところでその処分に困るのだろう。

そこで、三浦からの依頼というのは、手作りチョコの作り方のレクチャーと、葉山にどうやってその手作りチョコを受け取ってもらうかというものだ。

 

チョコの作り方は、雪ノ下が指導すれば出来るだろう。

問題は葉山にどうやって、三浦の手作りチョコを渡し、食べさせるかだ。

葉山はああ見えて、結構頑固者だ。先の進路問題も頑なにしゃべらなかったしな。

 

三浦と由比ヶ浜、雪ノ下は考え込むが答えが出ない。

 

一色も俺の影で難しい顔をして「そうなんだ。葉山先輩は受け取らないんだ。だったら私にもチャンスが」なんてことを小声でブツブツと言っていた。あの、そう言うのは口に出さないでもらえます?それとも俺を物を考えない単なる風よけの壁とかと思ってる?

 

 

そこで、また奉仕部の部室に扉のノックする音が響く。

次なる来訪者は川崎だった。

今日の奉仕部は大盛況だな。

 

「あーその、比企谷も、この部活だったね。ん?先客が結構いるみたいだけど」

川崎は俺を見つけ、話しかけてくる。

 

「ああ、そうだな」

 

「川崎沙希さん。いいわ。丁度煮詰まっていたのだし、先に話を聞きましょうか?」

 

「いいのかい雪ノ下」

川崎は先に依頼に来てる三浦、そして俺の周りでコソコソとしてる一色を見て、そう言った。

 

「うんいいよサキサキ。優美子もいいよね」

 

「あーしは別に……」

 

「どうぞ、川崎さん」

雪ノ下はそう言って三浦の横に椅子を用意する。

三浦は座っていた椅子を、由比ヶ浜の方へずらす。

どうやら、三浦はそのまま同席するようだ。

 

「あの、うちの妹が、バレンタインチョコを作りたがってるんだけど、その、幼稚園児でも簡単に作れるようなものってないかな」

川崎は依頼内容を雪ノ下達に打ち明ける。

確か一番下の妹にケーちゃんっていう幼稚園児がいたな。

 

「サキサキって料理できるじゃん。お弁当も自分で作ってきてるし、なんで?」

「川崎さん。料理は基本は同じよ。レシピさえ有れば、教えることができるのではないかしら?」

由比ヶ浜と雪ノ下は川崎の依頼内容に対し、疑問を質問で返す。

 

「その、私、小さい子供が喜びそうなものって作ったことが無くて」

川崎はいつものツンとした態度はどこに行ったか、自信なさそうに縮こまっていた。

 

「得意料理は何かしら?」

 

「さ、里芋の煮っころがし」

気恥しそうに答える川崎。

 

「「………」」

由比ヶ浜も雪ノ下も微妙な顔をしている。

確かにかなり家庭的な料理が得意なんだな。若い男の胃袋を掴むのはいいが、流石に幼稚園児が喜びそうなものではない。

……それと、一色何メモしてるんだ?また、女子の素行調査か?

 

「ぷくくくくっ、あんたはおばあちゃんか」

三浦は横で笑う。

 

「ああん!?あんたには聞いてないよ!」

川崎はすかさず三浦に凄む。

「あん!?」

三浦もそんな川崎を睨み返していた。

あの、ここは80年代のヤンキーマンガじゃないんで、そういうのやめてくれませんかね。

 

 

しかし、この依頼を一気に解消できる方法があるな。ちょっと面倒な事にはなるが。

 

「ちょっといいか?三浦の依頼と川崎の依頼も、似たようなものだ。同時に解決する方法があるのだが」

俺は悩める女子たち4人に声を掛ける。

 

「ヒキオ、あーしの依頼とこの女の依頼を一緒にするなし!」

ヒキオって誰だよ。三浦もかなり独創的なあだ名をつける奴だな。

 

「ああん!?だったら、あんたの依頼ってなんなのさ!」

三浦がそう言うこと言うから、川崎も。

 

「そ、それは、その……隼人にチョコを作って食べさせたい……」

なんだ?乙女モードに突入?俯き加減で顔を赤らめる三浦。

 

「は!くだらないね!」

「くだらない!?どっちが!?」

ちょ、マジでやめてね。ここはスケバン同志がメンチ切り合いするような場所じゃないんで。

 

「まあまあ、優美子もサキサキも!」

この頃、こういう揉め事の仲裁に定評がある由比ヶ浜が2人の間に入る。

 

「それで比企谷君、その方法とは何かしら?」

雪ノ下は、少々あきれ顔で俺に話を進める様にうながす。

 

「要するにだ。三浦は葉山のためにチョコを作りたい。川崎も妹さんにチョコを作らせて上げたい。これは、あれだ。チョコを作る料理教室みたいなものを開けば、一緒にできるだろ?誰でも参加できるそう言うイベントを作って、葉山を誘って、そこで食べさせれば、別に葉山もそれほど拒否反応をしめさないだろう。まあ、バレンタインチョコを渡すという行為ではないが、食べさせる事は出来る」

 

「先輩!!天才ですか!!それ頂きます。企画運営は生徒会で!ではでは先輩方、お先に失礼しまーす」

一色はその話の最中いちいち頷き、話し終わった途端に立ち上がり、一人で納得して出て行った。

 

「……なんか、いろはちゃんがやる気満々だね」

「はぁ、まあ、確かにこれですべて解消できるわね。一色さんに材料費の事なども話しておかないといけないわね」

由比ヶ浜は苦笑し、雪ノ下も呆れた風な口調ではあるが、一色を手伝うつもりでいるようだ。

 

「え?なに、比企谷の話で決定なの?あの子は何?」

「……隼人もこれで食べてくれればいいけど」

依頼者の二人の反応は、川崎がキョトンとした表情をし、三浦は心配そうに、両者は一色が出て行った扉を見据えていた。

 

 

まあ、一色に任せればいいか、生徒会で企画運営すると言ってるんだ。俺も面倒が無くていい。

手伝い位はするが、結局は料理教室の先生は雪ノ下先生になるだろう。一番大変なのは雪ノ下だろうな。

 

しかし、数日後一色が企画を完成させ持ってきたものは、かなり大掛かりなものになっていた。

また、あの冬のクリスマスイベントと同じように、千葉市のコミュニティーセンターで料理教室の部屋を借り、三校共同開催することを決めてきたのだ。

一般のお客様もOKって、まあ、完全予約制みたいだが人数制限だけはちゃんと掛けてくれよ。

しかも、俺達奉仕部の役割もしっかり組み込まれてる。まじ、ちゃっかりしてるな一色の奴。

 

三校ってことは六道女学院も、という事はキヌさんも参加だよなこれ。キヌさんとイベントができるのは嬉しいが……

一般……一般か……う、うちの師匠が来るとか無いよな。

嫌な予感がするな。キヌさんの事だから、横島師匠を連れてきちゃうかもしれない。

俺はいろんな意味で他人のフリをしないとな。

しかし、横島師匠の暴走する可能性は高いぞ。女子高生が多数参加することはほぼ確定だからな。

俺は他人のフリをしないといけないし、平塚先生をけしかけるか……いや、それはそれで、罪悪感が。

それ以外にあの人の暴走を一発で止められる人となると、対抗策として美神さんに頼むしかない。

美神さん、こんなイベントには参加してくれないか。

 

もしだ。もし美神さんが参加してくれたとして、あの人もあの人で、わけがわからない方向で暴走したら、どうするんだ?

となると、それを止めるには美智恵さんに?

……美智恵さんと美神さんがケンカしだしたらどうなるんだ?

キヌさんが居るから大丈夫……いや、念のために、2人の師匠である唐巣神父を誘うか。

いやいや、唐巣神父は人が好過ぎて、2人に振り回されるタイプだ。

ちょっと待てよ。横島師匠が来るんだったら、シロも付いてくるんじゃないのか?

そうなったら、あれ?シロは誰が面倒を?

小町にお願いするしかない。となるとタマモも来ちゃうんじゃ…。

 

……非常に嫌な予感しかしない。

あの人たちが来てしまうと、このバレンタインイベント自体が崩壊する恐れがある。

 

横島師匠には来ないようにしてもらうのが一番だな。

先にキヌさんにお願いしておくか。

 

 




俺ガイルイベント恒例のバレンタイン編突入。

次は久々の除霊事務所イベント


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(66)聖母の嫉妬

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は繋ぎ回です。



三校同時開催となったバレンタインイベントが明日に控える金曜日の夕方。

美神令子除霊事務所に行き、いつも通り掃除を始める。

 

今回のバレンタインイベントでは事前に俺が出来る役目はほとんどない。

メインはやはり、料理教室ならぬ、チョコ教室の先生役となる雪ノ下とキヌさんの二人が、色々と準備に時間を取っていた。

キヌさんは雪ノ下同様に料理が上手い。なんでもできる。去年俺も手作りのチョコをもらったが、プロ顔負けの出来だった。

しかし、そのキヌさんだが、チョコの作り方は美神さんに教えて貰ったとか言ってたな。

美神さんが料理してる姿なんて見たことは無いが、キヌさん曰く料理が上手いらしい。

普段のあのとんでもない姿からはとても想像はできないが……

そんな事もあり、雪ノ下とキヌさんはチョコのレシピや材料などの検討のために、何度か打ち合わせをしていた。しかも、キヌさんの自宅。要するにこの事務所ビルでだ。

それでだ。夜遅くなると、俺は雪ノ下を自宅マンションまで送る羽目になる。

 

雪ノ下は今日は流石に来ないようだ。

明日のために、しっかり体力を温存しないといけないしな。

全然体力ないからな、雪ノ下は。

 

俺が玄関の掃き掃除をしてると、キヌさんが学校から帰ってきた。

「こんにちは、キヌさん」

「比企谷君。こんにちは、私は着替えてから事務所の掃除をしますね」

 

俺はここでキヌさんに言っておかないといけない事がある。

横島師匠がまだ来ていない今がチャンスだ。

「キヌさん。明日のバレンタインイベントなんですが」

 

「頑張りましょうね。比企谷君」

笑顔のキヌさん。

 

「そうじゃなくて、一般参加で…その横島師匠を連れて……」

そう、横島師匠を明日のバレンタインイベントに参加させないようにお願いするためだ。

あの師匠がくるとイベント自体が台無しになる可能性が十分にある。

 

「横島さんは来ません」

俺が最後まで言葉を出す前にキヌさんは、笑顔でこう言い切った。

 

「え?あの、そうなんですか?」

俺はキヌさんの言葉を最初は疑った。俺はてっきりキヌさんが横島師匠を連れてくるものだと思っていたからだ。

 

「はい、横島さんはこないです」

キヌさんは笑顔のままだが、断固とした言い回しだ。

 

「あの、師匠の事だから、女の子が沢山来るイベントを嗅ぎ付けて、来るんじゃないかと」

どうやら、キヌさんは横島師匠を連れてくる気は最初からなかったようだ。

俺は肩の荷が下りる思いではあったが、あの師匠の事だ。俺やキヌさんが知らせてなくとも、どこからか知って、来てしまうかもしれない。

 

「横島さんは絶対に来られません。いえ、来させません」

キヌさんは何時もの笑顔だが、なんか迫力がある。

 

「……その、どういう事でしょうか?」

 

「横島さんは妙神山で今日から3日間。修行で出てこれないはずです」

 

「え?何があったんですか。何か特別な修行でも?」

そんな事は横島師匠から何も聞いてないぞ。

 

「私が小竜姫様にお願いいたしました。2日前に横島さんにお手紙とお土産を小竜姫様と斉天大聖老師様にと、渡していただきました」

キヌさんは静かに、鞄の中から書簡を取り出し、「返書です」と俺に渡す。

書簡か大分古めかしいな……多分、小竜姫様の手紙だろう。

 

俺は書簡を開く。

 

 

おキヌさんへ。

 

こちらもご無沙汰しておりまして申し訳ありません。

こうして手紙のやり取りを再開することを喜ばしく感じております。

 

横島さんの件、万事了解いたしました。

横島さんを明日から三日間、妙神山から出さないようにいたしましす。

老師も、おキヌさんから頂いた最高級の日本酒に甚く喜んでおられました。

老師も協力してくださいます。横島さんは明日から72時間老師との組手という荒行を行います。

 

さて、その横島さんを狙っているという女性の事ですが、詳しくお話をお伺いしても良いでしょうか?わたくしも、興味が湧いてきました。かなり積極的な方のようで。

では近いうちに。

 

小竜姫

 

 

 

………何これ?

なんか怖い。

 

 

確かに、これじゃ、横島師匠は明日のバレンタインイベントには来れないな。

武神斉天大聖孫悟空と72時間の組手って、うちの師匠死んじゃわないか?これ?

 

 

文章は短かったが、なんていうか、これまずいんじゃないか?

小竜姫様もなんていうか……まずいんじゃないか?

 

 

 

「比企谷君。少しお話を聞いていいですか?平塚先生とは、どのような方なんですか?どうやら比企谷君も大分お世話になっているようですね」

見るとキヌさんは少々眉を潜ませ頬を膨らませていた。

良い、ちょっと怒り顔のキヌさんも可愛いくて素敵です。

じゃなくて、……こ、これはキヌさんが嫉妬!?まさか平塚先生に嫉妬!?

いやいやいやいや、キヌさんが嫉妬する要素は一つもありませんよ。あの三十路女教師には!!

ええええ!?

 

「あのー、キヌさん?」

 

「雪乃さんに聞きました。横島さん。時々、総武高校に来てるそうですね。しかも、デートも……よ、横島さんが誰とお付き合いされようが、私に咎める権利はありませんが、よりによって、弟子の恩師にとは……いささか納得がいきません。比企谷君はどう思いますか?」

いや、これは完全に嫉妬だ。しかも、ちょっと怒ってらっしゃる。

雪ノ下さんや、言っちゃまずい事もあるでしょ?ちょっとまずいんじゃないですかね。俺は師匠の弟子の立場もあるんで、あれやこれやと。

 

「その、キヌさんが思うような相手じゃないですよ?平塚先生は」

その、あの三十路の方が暴走してるだけで、横島師匠はその気は無いはずです。

はずですよね!師匠!?

 

「グスッ、平塚先生は美神さんみたいに美人だし、大人の女性です。それに引き換え……」

あーーーーダメだ。キヌさんの目に涙が!!

おいーーーー誰だ!!キヌさんを泣かす奴は!!い、今は俺か!!俺、死んでしまえ!?

 

「そんな事は決してないです」

 

「グスッ、比企谷君は恩師の平塚先生と師匠である横島さんが……」

絶対無いですよ。キヌさん!!確かに平塚先生は恩師ではありますし、幸せになってほしいとも願ってます。ただ、横島師匠の恋人と伴侶としては………あれ?意外と相性が良さそう?

 

「だだ、大丈夫です。その、俺はキヌさんの味方ですんで……その」

くそーーーーー、あの師匠め!!キヌさんをこんなにも悲しませるなんて許さん!!だから早く振ってしまえと言ったんだ!!いくら師匠と言えども許せる事と許せない事があるんだ!!

次に会ったら、アレだ。美神令子直伝千年殺しの刑だ。

 

「ごめんなさい比企谷君。取り乱してしまって、直ぐ着替えて掃除しますね」

弱弱しい笑顔でそう言って、階段を駆け上るキヌさん。涙を目にためながら……

キヌさんのは取り乱した内に入らないです。

 

決定だ。横島忠夫に千年殺しの刑を……

そして、俺にあの人を呪える力を!

俺に嫉妬で人を呪う力をください!!

 

 

 

 

しかし、キヌさん。

横島師匠はキヌさんの事を大事に思ってますよ。

それは、恋愛ではないですが、妹のように、家族のように。

 

 

 

 

 

横島師匠は今日から3日間は事務所に来れないと言う事だな。

大した仕事は入ってないから大丈夫なようだが……

 

俺は今日、美神さんから一人で仕事に行くようにということで、来たのだが……

 

『バレンタインなんか嫌いじゃーーー!!』

『チョコなんて、チョコなんて、ほろ苦いチョコなんて!!』

『お前ら!!チョコをもらえない男子の事を考えた事はあるのかーーー!!』

 

ここはデジャブーランド、関東で二番目流行ってるテーマパークで、今はバレンタインイベント開催中で、カップル達が沢山訪れている。

 

俺の目の前にいるのは、悪霊だ。しかも合体して顔が3つある悪霊だ。

その悪霊はカップル達を脅したり、手をつないでるのをみると、その手を叩いたり、そして、チョコを渡すカップルを見ると、そのチョコを分捕って食べていた。

バレンタインでチョコをもらえなかった嫉妬した男の幽霊が集まって悪霊化したようなのだ。

なんで、こんな連中ばっかり量産してるんだ?ここは……

 

「おいお前ら、嫉妬も大概にしろ。迷惑なんだよ!」

 

『なんだとぉぉぉ!!モテる奴はみんなそう言うんだ!!ってあれ?』

『あれ?その目はお仲間じゃねーか』

『お前もアレだろ?モテなくて、嫉妬に狂って死にきれなくてゾンビになった口だろ?』

 

「……ゾンビか、原点回帰だな。しかもモテないって……悪かったな確かにモテないが、義理チョコは貰ってるぞ。去年なんて7つだ!しかも一人は聖母様からだ!」

そう、小町からだろ。もちろんキヌさんから、そんでタマモに板チョコに、シロから肉チョコ、何と美神さんからももらったぞ。あと美智恵さんに、美智恵さんが買ってきたものをひのめちゃんからということで。因みに家のかーちゃんは忘れてたらしい。

そう昨年は人生で一番の豊作日だった。

 

『義理か、まあ、いいんじゃね?』

『そう、そうだよな。お前、良い仲間もってるじゃねーか』

『あー、はいはい、よかったな』

おい、お前ら!何その態度!?

 

「そういうお前らは義理チョコ貰ったことあるのか?」

 

『まあな、かーちゃんとねーちゃんにな』

『俺は5つかな』

『……何お前ら、義理チョコ貰ったことあるの?』

 

『何お前、義理も無いのか?』

『流石に親姉妹は!?』

『うるせーーーもらった事ないわーーー!!』

 

なんか雲行きが怪しいんだが、3つの顔のうちの神経質そうな顔だけは義理チョコも貰ってなかったようだ。

 

『……す、すまなかったな』

『ああ、その流石に』

『うわーーー!!そんな目で俺を見るなーーー!!お前らなんて、お前らなんてトリオ解散だーーー!!』

 

そう言って、神経質そうな顔がポンっという音共に体が分かれ、魂の形になる。

そして、残りも、悪霊としての霊力が維持できなくて、魂の形になって分離する。

トリオ解散って、お前らは漫才師か何かなの?

 

悪霊は3体に別れ、ただの悪意が強めの浮遊霊に戻ったのだ。

しかも何か、魂の形になってまで、ケンカしてるし……

 

そのうち、力尽きて、俺の目の前で全員あの世に召されていったのだった。

 

 

何これ?俺、何しにここに来たんだ?

除霊も何もしてないんだが?

これ、協会にどう報告すればいいんだ?

除霊対象が勝手にケンカして、勝手に召されていったんだが。

 

 

バレンタインデーか、なぜ人も幽霊をもこうも狂わせるのだろうか?

恋愛に嫉妬か……今の俺には関係ないか。

 

そういえば今日のキヌさんの嫉妬してる顔は、可愛らしかった。

まあ、嫉妬してる対象が間違ってるんだけどな。

やっぱり、これもバレンタインデーのせいか?

 

 

明日はバレンタインイベントか。

横島師匠が来ないとわかったら、一気に気分が楽になったな。

これで何事も起きないだろう。




次はバレンタインイベント突入です。


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(67)バレンタインイベント(前)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

というわけで、バレンタインイベントです。
前後編になります。



バレンタインイベント開催。

総武高校、海浜総合高校、六道女学院のクリスマスイベントに次ぐ三校合同イベントだ。

といっても、俺がやる事はほとんどない。

企画、運営は一色率いる生徒会が全部サラッとやってしまったようだしな。

クリスマスイベントの成功以来、生徒会の結束は強くなり、求心力も高まって活発化したようだ。

一色は俺にめんどくさいやら、なんやら不満を言ってくるが、本人は本人で結構やる気だ。

それと、今回のこのイベントは料理教室のような物だから、当日俺ができる事といえば、食材や調理資材、調理器具の準備や運搬ぐらいだ。

 

後出来るとしたら、由比ヶ浜が調理器具や食材を手にしないように見ておく事か……。

由比ヶ浜は何の料理をしても同じものが出来る才能を持ってる。そう出来上がる物は全て炭だ。

だから、由比ヶ浜に料理をさせてはいけないのだ。

まあ、それも、今日は雪ノ下が由比ヶ浜にも指導するらしいから、幼稚園、小学生低学年向けコースに交ざらせて。……いや、それでも雪ノ下は苦労しそうだ。

 

イベントは予定時間通り開催される。

続々と参加者が到着し、会場は結構大盛況だ。

コミュニティーセンターの料理教室だけでは間に合わないため、となりの文化教室も借りて2室で行ってる。

それぞれ、キヌさんと雪ノ下が中心に切り盛りしてる状態だ。

雪ノ下は幼稚園や小中学生コースと初心者コースを担当。

キヌさんは中級者や上級者コースを担当してる。

それぞれ、サブに何人か料理できる学生が付いている。

 

奉仕部への依頼者である三浦は初心者コースに、一緒に海老名姫菜も隣にいる。

そして、お目当ての葉山隼人は戸部や大和などと何時もの友人連中と参加していた。

まあ、食べる方がメインだろうがな。

三浦はちょっと気合い入り過ぎ感はあるが、楽し気でもある。

これで葉山も気兼ねなく、三浦の作ったチョコを食べてくれるだろう。

よかったな三浦。

 

もう一人の依頼者の川崎沙希は妹京華、あだ名はケーちゃんを連れ、幼稚園、小学生低学年コースに保護者として参加。

「ハーちゃんだ!ハーちゃんおはよう~」

ケーちゃんは俺を見つけ、俺の腰あたりに飛びつくようにしがみついてきた。

 

「おはよ。ケーちゃん。元気だったか?」

俺はそんなケーちゃんを妹スキルを使い、頭を軽くなでる。

ケーちゃんは気持ちよさそうに目を細める。

 

「うん!ハーちゃんは?」

俺を見上げて元気に返事をし、俺にも聞き返してくれた。

 

「げんきだぞ」

小町にもこんな時代があったな。

俺の後をずっとついてきてたな。俺が見えなくなると泣きべそかいて。今じゃそんな素振りはまったくないけどな。

 

「悪いね比企谷」

川崎が申し訳なさそうに、俺にしがみついてるケーちゃんの頭を撫でていた。

 

「いや、俺は今日は出番なしだ。雪ノ下先生がきっちり教えてくれるだろう」

 

「この子、何故か比企谷に懐いちゃって、今日は世話になるよ」

川崎は困ったような顔をしながらも、優しく微笑んでいる。

学校での川崎とは大違いだな。妹の前ではいつもこんな感じだ。

学校でもそんな笑顔を見せれば、自然と人も集まって来るだろうに。

 

 

それぞれのブースでチョコ作りが始まっていく。

こうなると、完全に俺の出番は無い。

 

俺は、ウロチョロするだけだ。

 

 

俺は早速、キヌさんが担当する中級者、上級者コースの教室を見て回る。

 

一色が上級者コースでチョコを作っていた。

上級者コースはある程度料理や菓子作りが出来る人達のコースだ。

一色、大丈夫か?

 

「一色、お前料理できたのか?」

 

「フフン、女子として当たり前じゃないですか。私こう見えても、お菓子作りは得意中の得意なんですよ」

 

「マジか」

意外だな。いや、そうでもないかもしれない。男子に好かれる要素として、料理が出来るというアドバンテージが絶対的に必要だ。そのために習得したのかもしれない。

 

「先輩、ハイ味見」

一色はそう言って、溶けたチョコをスプーンにすくい、俺の口元にそのスプーンを持ってくる。

 

俺は思わずそれを口にしてしまった。

 

「どうですか先輩?」

上目遣いで聞いてくる一色。

なにこれ、あれ?一色ってあれ?

この感じはなんだ?

 

「う、うまいな」

俺はその言葉を口にするので精いっぱいだ。

 

「そうじゃなくて、苦いのか甘いのか、丁度いいのかってことを聞いてるんですが」

頬を膨らませながら、ちょっと怒り気味で言ってくる一色。

 

「……いや、俺は丁度いいと思うぞ」

 

「甘党の先輩が丁度いいということは、ちょっと甘めかな……葉山先輩はクールにビターな方がいいのかな?それとも」

一色は俺の感想を聞くと、ブツブツと言いながら、考え始める。

……どうやら、本当に味見をさせるだけが目的だったようだ。

葉山に作るチョコの参考にするためのようだ。

ふぅ、焦らせやがって。

 

俺はそんな一色を後目に、この場を去ろうとすると。

「先輩、後でまた、味見お願いしますね」

 

「あー、はいはい」

俺は適当に返事をする。

 

中級者コースでは折本の姿もあった。

今は、キヌさんが一生懸命に教えていた。

一瞬、折本と目が合うと、笑顔で手を振って来た。

俺はそれを頷いて返す。

まあ、元気そうで何よりだ。

一応、二日前に、参加するとわざわざ電話があった。

今年になっても、ちょくちょく電話を掛けてくる。

話す内容は、あいつが一方的に世間話をして、俺が相づちを打ってるだけだがな。

 

 

キヌさんもいつもの笑顔だ。

俺はキヌさんが一生懸命に皆にチョコの作り方を教える姿を見て、どこかホッとする。

昨日のキヌさんを見て、やはり、キヌさんもここでこうやってチョコを作る女子達と同じなんだなと思う。好きな人が自分以外の同性と一緒にいる。それだけで嫉妬をしてしまう。そんなどこにでもいる女の子と一緒なのだと。

 

 

 

俺はこの教室を出て、隣の雪ノ下が担当する初心者や中学生以下を対象としたコースを見回る。

 

初心者コースでは、三浦が出来上がったチョコをその場で葉山に食べさせていた。

葉山も、気兼ねなく、そのチョコを口にする。

その横で、海老名姫菜が作ったチョコを戸部が食べ、大げさに感動してる姿がある。

何だかんだと、うまく行ってそうだな。

 

そんな和やかな雰囲気の初心者コースなのだが、一人だけ別次元で戦ってる人が居た。

 

その人物は黒々としたオーラを纏ったように見え、とてつもない気合いを入れながらチョコを作る。

出来たチョコはイタチョコ……痛チョコ。

そう、三十路の女教師は、まるで魔女が気合いを入れ毒物を作るかのような形相だ。

目を血走らせ、ブツブツと何かを呟きながら、不気味な笑みでチョコを作っていたのだ。

出来上がったでっかいハート型のチョコには、『シズカから愛を込めてとダーリンへ』とホワイトチョコでデカデカと描かれていた。気合いを入れすぎてか、文字は半分溶け、おどろおどろしい感じに。

「で、出来たぞ!!ついに完成だ!!これでダーリンも私の虜に!!はーっはっはーーー!!」

 

平塚先生。それ、とてもチョコを作ってる人の言動じゃないですよ。まるでマッドサイエンティストが脅威のロボを完成させたような言い回しですよ。

 

この三十路女教師の周りには不気味がって誰も近づかない。

その周囲だけがもはや異次元と化していた。

君子危うきに近寄らずだな。

 

これは…ダメすぎだ。

それと残念ですが、横島師匠には明日のバレンタインデー当日にはチョコ渡せないですよ。

横島師匠は今、修行という名の軟禁状態なんで……

 

俺は高笑いをする平塚先生に声を掛けずにその場を去る。

 

 

幼稚園、小学生低学年コースでは、ケーちゃんが顔にチョコを一杯つけて、笑顔でチョコの型取りを行っていた。

「あ~、ハーちゃんだ!ハーちゃんペンギンさんのチョコ食べて!」

ケーちゃんは元気いっぱいの笑顔で、既に焼き上がってるチョコを俺に手渡してくれる。

 

「うまいぞ、ケーちゃん。いいお嫁さんになるぞ」

俺は一口でそのペンギンチョコを口に入れ、ケーちゃんの頭を撫でてやる。

ケーちゃんは『えへへへ』と笑顔で喜んでいるようだ。

 

「お嫁さんって、あんた。まだ京華には早すぎる」

川崎は何故か俺を一睨みしてくる。

 

「川崎、普通に誉め言葉だったのだが、特に意図とかないぞ」

このシスコンは何を考えてるんだ?

 

「そ、そうだよね。あははははっ、いくら何でもね」

誤魔化すように笑う川崎。

 

 

 

「由比ヶ浜さん、何故そこに桃缶を?なにも入れなくていいわ」

隣では雪ノ下の悲鳴に近いそんな声が聞こえてくる。

 

「えーー、桃缶良くない?」

えーー、良くないと思う。

由比ヶ浜、なぜチョコに桃缶?お前の髪の色と合わせるつもりか?チョコに桃入れたら、チョコの色に染まるだけだぞ!

 

「どう伝えればいいのかしら」

雪ノ下は額を指でおさえ、呆れ悩む。由比ヶ浜に教えるのに相当苦労してるようだ。

 

今しばらく、由比ヶ浜のチョコは食べない方がいいな。

 

 

バレンタインイベントは成功だな。

会場は(極一部を除き)楽し気な雰囲気に包まれてる。

誰かを思い、チョコを作る。ただそれだけなのだが、作る方も受け取る方も幸せになるのだろう。

こういうのも、たまには良いかもな。

 

ただし、その裏では、嫉妬に狂った男女や妖怪や悪霊が跋扈してるのは、プロのゴーストスイーパーとしては忘れてはいけない。

誰かの幸せの裏には、必ずそれをよかれと思っていない存在がどこかに居るのだ。

 

 

そろそろか……

 

 

俺はイベント会場を後にし……

コミュニティーセンターを出て、敷地内のちょっとした公園まで、歩む。

真冬とあって、公園には誰も居ない。

いや、念のために俺は人払いの結界を張っていた。ある特定の人物以外を対象に。

 

 

「ぜえぜえ……つ、ついたぞ……女子高生のちち、しり、ふとももーーーー!!甘酸っぱい恋のささやきーーー!!そして、普通のチョコーーーーーーーー!!」

そこには見るからに全身ズタボロななりで、訳が分からんたわごとを叫ぶ青年が、杖を突きながら歩いてくる。

 

「来ると思ってましたよ。横島師匠……随分痛めつけられたようですね」

そう、斉天大聖老師にとんでもない修行をさせられ、妙神山に軟禁されてるはずの横島師匠が現れたのだ。俺はこれを予想していた。この人の並みならぬ煩悩はそれさえも吹き飛ばすと確信していたからだ。

 

「チョコ――――!!ちち、しり、ふとももーーーーー!!」

 

「もう、理性も殆ど残ってないようですね。しかし、ここは行かせませんよ」

俺は札を構え、霊気を解放し、霊視空間把握能力と霊視空間結界、身体能力強化を発動する。

今の師匠は斉天大聖老師にかなり痛めつけられてるはずだ。今の俺でも何とか抑える事は出来るはず!

ここは通しませんよ。横島師匠!!

 

「じょーーーしこうせーーーーー!!」

横島師匠は獣のような体勢で飛び掛かって来る。

何て霊圧だ!こんなにボロボロになりながらもこれかよ!!

 

俺はサイキックソーサーで最大出力防御を取りながら、回避行動に移る。

 

しかし。

「この、すっとこどっこいーー!!」

 

「ギャーーーーース!!」

俺の後ろから、凄まじい霊力を内包した霊気の鞭が伸び、飛び掛かる獣と化した横島師匠の顔面にクリーンヒットする。

 

横島師匠はその攻撃で、地面に落ち痙攣する。しかも霊気がスパークして横島師匠を包み込んでいた。

霊気によるスタンか!?

 

この霊気の鞭を横島師匠に振るった人物が、後ろから俺の横に並び、持っていた神通棍をコートの中にしまう。

「おキヌちゃんも小竜姫もまだまだね。このケダモノがその位で、諦めると思う?」

その人物は俺よりも少し身長が低いぐらいの女性だ。

厚手のコートの上からもわかるスタイル抜群の美女は、半目で倒れてる横島師匠を見据えながら呆れたように言う。

 

「ですね」

 

「あんたは流石にこいつの弟子だけあって、わかってるじゃない」

SランクGS、美神令子。どんな妖怪や悪霊、魔族まで、手玉に取り悉く倒してきた。日本でも最高峰のゴーストスイーパー。

 

「そうですね。でも美神さんはなぜここに?もしかして心配して来てくれたんですか?」

 

「んっんー、たまたまよ。たまたまここを買い物ついでに通りかかっただけよ!」

咳払いをして、こんな言い訳をする美神さん。

千葉まで何の買い物なんだか、言い訳が下手過ぎ。

 

「ぷっ、そういう事にしておきます」

俺は思わず吹き出してしまった。

 

「なによ!なんか文句でもあるわけ!?」

なんだかんだと言って、美神さんはキヌさんの事が心配なのだ。

多分、俺や横島師匠の事も。

 

「いいえ、何も」

俺は思わず笑みがこぼれた。

 

 

 

「バレンタインチョコの何がいいのか?ほんと男って馬鹿よね。日本のバレンタインデーなんてお菓子会社のタダの商売広告じゃない。それを男も女もそれに乗って、好きだ嫌いだって、やってらんないわよ」

美神さんは手慣れた手つきで、気を失った横島師匠をぐるぐる巻きにする。

 

「ほんと、そうですね」

俺はそれを手伝って、木の上に吊るした。

 

「私達的には、バレンタインデーは西洋系の悪魔のほとんどが活動をしない日ってことぐらいね」

美神さんは手袋の上から埃を張い、再び俺と並んで、吊るされた横島師匠を見上げる。

 

「確かに。でも、人は何かの切っ掛けが欲しいんじゃないですか?それが恋愛だろうと、だから皆この日にお祭り騒ぎをするんですよ」

俺もならって、意識の無い横島師匠を見上げる。

 

「あんたって本当に今時の高校生?また爺さんみたいな事を言って」

 

「それはそうですよ。普通の高校生がゴーストスイーパーなんてやらないですよ」

 

「まあ、それもそっか。……折角だしおキヌちゃんの顔でも見に行くか」

美神さんは横島師匠を一瞥してから、コミュニティーセンターに足を向ける。

 

「それ、騒ぎになりません?」

俺もそれについて行く。

美神令子は有名人だからな。騒ぎになる事間違いなしだな。

 

「別にいいじゃない。あんたの事は他人のふりをするし。あんたもあんたで、こましゃくれた事を言ってるけど、バレンタインデーにチョコ貰うんでしょ?」

 

「まあ、義理ですがね」

 

「……あんた、それ、本気で言ってる?」

美神さんは歩む足を止め呆れた顔を俺に向けた。

 

「はぁ、そうですが」

 

「師弟揃ってこいつらは……あんた!鈍感にも程がある!そのうち刺されるわよ!これは忠告よ!」

美神さんは何故か怒ったように俺に言ってくる。

 

「はぁ」

全く身に覚えが無いんだが。

 

 

美神さんは少し怒り気味で、コミュニティーセンターへと、再び歩き始める。

俺はその後を少し離れ歩く。




という事で、次回は後編

久々に美神さん登場ですね。


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(68)バレンタインイベント(後)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ちょっとあいてしまいまして、すみません。
年末で忙しくて……今週もちょっと厳しいかもです。
冬期休暇に入れば……大丈夫だと。



 

妙神山から出られないように、斉天大聖老師からみっちり修行をつけて貰ってるはずの横島師匠は、どうやってかはわからないが、妙神山から抜け出し、バレンタインイベント会場前まで、ボロボロになりながら現れる。

俺は横島師匠の並外れた煩悩とそれにかける情熱が、どんな障害があろうと、ここに現れるだろうと確信に近い何かを感じ、イベント会場突入を阻止するために会場前であらかじめ準備をし、待ち構えていた。

煩悩と極度な疲労で理性が飛んだ師匠と一触即発な状況となるが、そこに偶然を装って居合わせた美神さんにより師匠はあっさり成敗され、木に吊るされる。

 

横島師匠を成敗した美神さんは折角だからと、キヌさんに会うために、コミュニティーセンターへと向かった。

美神さんは有名人だから、きっと会場は大変なことになるだろう事は想像に易い。

俺の事は他人のふりをしてくれるそうだ。俺がGSバレしないようにな。

俺は美神さんとタイミングをずらして会場に向かう。

 

美神さんはキヌさんの方の教室に入り、俺はしばらくして雪ノ下の教室に戻る。

案の定、美神さんが突如として現れたキヌさんの教室は大騒ぎになり、それを聞きつけた雪ノ下の教室の参加者も、キヌさんの教室の方へと美神さんを一目見ようと押し寄せた。

まあ、こうなるわな。美神さんは有名人の上に、下手なモデルさんよりスタイルもいいし美人だからな。

 

こちらの教室では、チョコ作りはほぼ終わったようだ。雪ノ下と由比ヶ浜は片付けを始めていた。

「美神令子さんが来られてるようね」

 

「ああ、キヌさんに会いにな。一応二人とも、面識がない様に振舞ってくれ」

 

「そうね。その方が良いかもしれないわね」

雪ノ下はそれを了承してくれた。雪ノ下は美神さんとの面識は結構ある方だ。

由比ヶ浜は一度会った程度だが、雪ノ下は何かとキヌさんの部屋に来てるため、既に5、6度は会ってるはずだ。

 

「由比ヶ浜、聞いてるか?」

返事のない由比ヶ浜に再度尋ねる。

 

「ヒッキーえい!」

由比ヶ浜は笑顔で、手に持ったチョコを無理やり俺の口に押し込んでくる。

俺は仕方がなく覚悟を決め口に入れた。

 

「ん?……普通にチョコだ。雪ノ下さすがだな」

口にしたそれには、普通に味があったことに驚き、由比ヶ浜でなく、雪ノ下を褒める。

たぶん。由比ヶ浜の作ったものだろうから、炭か、桃風味の得体のしれない味を想像していたのだから、余計だ。

 

「そのチョコ、あたしが作ったのに!」

由比ヶ浜が俺に抗議してくる。

 

「ああ、お前にこのレベルのチョコを作らせた雪ノ下が偉い」

そうだ。炭しか作れないお前に、これを作らせた雪ノ下には流石だとしか言いようがない。

 

「苦労したわ」

雪ノ下は少々疲れた様子で、ホッとした表情をしていた。

 

「ええーー!あたしも褒めてくれてもよくない?」

納得がいかない様子の由比ヶ浜。

 

「あーー、えらいな由比ヶ浜は」

 

「感情がこもってないし!う~」

 

 

 

「先輩、先輩!凄いですよ!有名人ですよ!あのゴーストスイーパー美神令子が来てるんですよ!!」

一色が慌てたようにこの教室に入ってきて、俺にそんな事を言ってくる。

 

「ああ、そうらしいな」

 

「凄い美人ですよ!大人の美人です!!カッコいいし!!オシャレで良い服着てるし!!」

 

「ああ、そうらしいな」

 

「反応薄!?も、もしかして先輩は女の人に興味とか無いんですか?」

 

「そんな事ないぞ」

そう言われてもな、2、3日に1度の頻度で会ってるし。確かに美人だけど、中身は鬼や悪魔と変わらんからな。

 

「それでね。氷室さんのお知り合いみたいなんですよ!!……たしか氷室さんって先輩のバイト先の先輩ですよね?」

 

「あ、ああ、そうだが」

 

「……先輩、やっぱり私に隠し事してませんか?……氷室さんって、六道女学院の霊能科で成績はトップクラスらしいじゃないですか。六道女学院の生徒会の人に聞いたんですが、現役のGSらしいですよ氷室さん。しかも、あの美神令子さんの事務所に所属してるとか……」

 

「そ、そういえば、聞いたことがあるな」

やばい、やばい、やばい、なんだ一色の奴。この頃俺に突っかかってたのはこの事か?

 

「で、先輩は氷室さんとは、どこのバイトの先輩なんですか?」

一色はジトっとした目で俺を見据える。

 

「お、親父の東京の仕事先のな、アレだ」

 

「……先輩、前、幽霊騒ぎありましたよね。私、見ちゃったんです。先輩が幽霊に抱き着かれてる所を……」

あああーーー、こいつ、あの時、起きていやがったのか!!

 

「それはだな。あれだ。悪戯していた生徒が幽霊の恰好をしてたんだ」

 

「なんか……その後、変な人が物凄いスピードで現れて、先輩と言い争ってましたよね」

一色はジト目のままだ。

ああーーあかん!ピンチやーー!ぐっ、つい師匠の口癖が頭の中に!

横島師匠を見られてた!やばいぞ!

 

「一色さん、それは…あの変な男も悪戯のグルだったのよ」

雪ノ下が助け舟を出してくれた。ナイスフォロー。確かに変な男だ。うちの師匠は!

 

「本当ですか?雪ノ下先輩?……結衣先輩も何か知ってるんじゃないですか?」

一色の追及の手は、今度は由比ヶ浜に向かう。や、やばい。

 

「え?あたし?あ、あの変な人からヒッキーがあたし達を守ってくれたの」

ナイス答えだ由比ヶ浜!そう、間違いなくうちの師匠は変な人だ。女と見たら、誰だろうと見境が無い。

 

「へー先輩がねー………せーーんぱい?本当のところはどうなんですか?」

一色は俺の方にクルっと振り返り、あざとい満面の笑顔で俺に聞く。

 

「そんな感じだ」

そう、俺は横島忠夫なんていう人間には会ってないはず。三十路の生霊を抑えるために何かを差し出したのは覚えてるが、それは変な男で変な人だ!いや、いままで人生であの人以上に変な人は見たことが無かったな横島師匠……

 

「そうなんですね。それで、せーーんぱい!氷室さんと、どこで一緒にバイトしてるんですか?」

あざとい笑顔のまま、ずいっと一歩さらに近づいてくる一色。

 

もう、これはダメだな。観念するしかないか。

「一色、絶対誰にも言うなよ。俺はそのだな……その美神さんところで働いてるんだ」

 

「やっぱり……で、先輩はGSのしかもあの美神令子さんの事務所でなんのバイトをしてるんですか?」

 

「それは……」

 

「掃除とか、荷物持ちでしょ?比企谷君」

雪ノ下がまた、ナイスフォローを入れてくれる。

 

「そ、そうだ。要するに雑用係だ。俺が出来る事と言えばそんなことぐらいだしな」

 

「もしかしたらと思ったんですけど。先輩だし、そんな事だと思ってました。でもいいな~、先輩のお父さんの伝手ですか?」

ふー、どうやら俺のGSバレだけは回避できたようだ。これも普段の行いの結果だな。まず学校での俺はどう見てもGSやってるような人間に見えないだろう。

 

「それはそうだが一色。絶対秘密だぞ。そんな所でバイトしてるなんて色んなところにバレたら、やばいからな」

 

「うーん、どうしようかな~…先ー輩!内緒にしてあげますんで、時給もいいんでしょ?今度何かおごってくださいね!」

一色はいい笑顔でこんなことを言ってくる。

こ、こいつは…いい根性してやがる。

GSバレがしなかった代償としては、それぐらい仕方が無いか。

 

「まあ、今度な」

 

「あっ、忘れるところでした。これ先輩の分のチョコ!家に帰ってから食べてくださいね。先輩のは特別激甘です!」

一色はきれいにラッピングした手のひらサイズのピンクの包みを俺に手渡した。

さっきとは違い、あざとさが抜けた自然な笑顔のように見えた。

 

「ああ、サンキュな」

俺は一色にお礼を言うと。

 

「チョコのお礼、期待してますよ」

一色はそう言って、元の教室へ戻っていく。

ふう、一色の奴、鋭いのか鋭くないのか、よくわからなかったな。だが、もう少しでGSバレするところだった。普段の言動にも気をつけないとな。

 

隣では雪ノ下と由比ヶ浜もホッとした表情をしていた。

一時はどうなるかと思ったが、一色からなんとかGSバレは回避できた。

 

 

「比企谷ーー!ちょっと、ちょっと!」

ホッとしたのも束の間、今度は折本がこの教室の出入口から俺を呼んで手招きをしてきた。

 

「はぁ、ちょっと外すな」

雪ノ下と由比ヶ浜にそう言って教室から出ると、折本にそのまま、一階の自販機のある休憩場に連れていかれる。

 

「比企谷、これ…はい」

そう言って折本は少し恥ずかしそうに、可愛らしくピンクでラッピングされた小さな袋を俺に差し出してきた。

多分、中身は今日作ったチョコだろう。

 

「ん、チョコか?俺にもくれるのか?」

 

「うん。あの時からずっとお世話になってるし……比企谷ってさ、何だかんだって優しいじゃん。こんな私の話も聞いてくれるし……だからそういう事」

 

「サンキュウな。まあ、アレだ。俺もGSの端くれだしな。相談くらいは乗る」

俺はお礼を言いつつ、義理チョコを受け取った。

 

「はぁ、比企谷って鈍感でしょ。まあいっか。ちゃんと食べてよね。手作りなんだから、次そんな態度だったら、無理にでも分からせてあげるんだから」

折本は呆れた顔をしてから、一方的にそう言って、先に足早に戻って行った。

なんなんだ?俺は何か不味ったか?そんな態度とは?

怒ってはなかったようだが……

 

俺は釈然としない感じで、元の教室に戻る。

「折本さん。何の用だったのかしら?」

「ゆ、ゆきのんそれ聞いちゃう?」

雪ノ下は戻ってきた俺に、折本の用件について聞いてきたのだが、何故か由比ヶ浜が雪ノ下の言動に焦っていた。

 

「ああ、これを貰った。義理チョコな。この前のお礼だろう」

折本からもらった可愛らしくラッピングされた小袋を見せながら雪ノ下に返事する。

 

「……ヒッキー、それ本気で言ってるの?」

「由比ヶ浜さん。確かに、聞いたのは間違いだったようね。反省するわ。でも、それ以上に目の前の男は鈍感よ」

由比ヶ浜は眉を顰め、雪ノ下は由比ヶ浜に謝りつつ、何故か俺をジトっとした目で見てくる。

 

「何がだ?」

 

「………ヒッキー」

「………これは大変ね」

なんなんだ?いったい。

 

 

 

「ハーちゃん!はい!ペンギンさんとイルカさんとアザラシさんのチョコ、ハーちゃんにあげる!」

ケーちゃんが急に俺の腰あたりに元気よく飛びついてきて、俺に動物を象ったチョコが入った半透明のラッピング袋をくれた。

 

「ありがとな。ケーちゃん」

俺はそんなケーちゃんの頭を撫でる。

 

「比企谷。今日のイベント、助かったよ。京華も喜んでるしさ」

 

「川崎、また、沢山作ったな。チョコクッキーか?」

川崎は沢山のチョコクッキーが入った大きなタッパーを、手提げ袋に入れていた。

 

「明日、神父のところにバイトでしょ。その時、礼拝に来た子供たちに配ろうと思って」

 

「喜ぶんじゃないか」

川崎は見た目に反して、かなり家庭的な感じだ。得意料理も里芋の煮っころがしだしな。

 

「神父って甘いのとか大丈夫かな」

 

「大丈夫じゃないか?何でも食べてた印象があるが」

 

「そう……比企谷、これ、その、この前助けてもらったお礼、まだだったから」

川崎は早口で言いながら、リボンが付いた小さな紙袋を俺に差し出す。

この前か……川崎を狙った双子の悪魔の片割れかの事だが、あれは思い出したくない記憶の一つだ。あの悪魔は、俺の目を見て、変態悪魔と勘違いして、勝手にあの世に逝きやがったのだ。

結果的にはよかったんだが……

 

「ああ、ありがとな」

 

「うん。この子も居るし、先に帰るね。じゃあまた」

川崎とケーちゃんは教室を後にする。

ケーちゃんは俺ともっと遊ぶと駄々をこねていたが、川崎が何とか説得したのだが、帰り際はずっと手を振っていた。

 

 

「………」

「………」

なんでしょうか?お二人とも。

無言の圧力というかなんというか。何なんだ一体?

 

 

 

この後、予定通り14時前にバレンタインイベントは無事に終わった。

横島師匠が現れたが、未然に防ぐことができたのが幸いしたな。

まあ、美神さんが来て、ちょっとした騒ぎにはなったがな、それは別に悪い意味ではない。

ただ、六道女学院の女生徒達は、うっとりした表情で美神さんを囲んで、令子お姉さまとか言って、何故か百合百合した空間になっていたが……。キヌさんの時もそうなんだが、六道女学院の女生徒って……あれか、そう言う女子たちを量産してるのか?

 

 

 

俺達奉仕部と生徒会はイベント会場に持ち出した資材やらを、学校に戻すために、一度学校に戻る。

クリスマスイベントに比べ、コミュニティーセンターで貸し出しや調達できるものが殆どであったため、それほど荷物はない。無いはずなのだが。

 

 

 

明日が2月14日日曜日、バレンタインデー本番だ。

イベントに参加した人たちも、今日作ったチョコを明日に、大切な人や親しい人に渡すのだろう。

総武高校では休み明けの月曜日があれだな。ちょっとした騒ぎになるだろうな。

女子は勇気と恥かしさを胸にチョコを渡す事に思いを寄せる。……男子は希望を持って待つのみ。

まあ、俺には関係は無いがな。

 

 

そんな事を考えながら、学校の正門に到着する。

「先輩、行きますよー」

 

「おい、誰の荷物を持ってると思ってるんだ?」

 

「先輩、か弱い女の子に重たい荷物を持たせるつもりですか?」

 

「そもそもお前のだろ。全部」

俺は今、一色の荷物が入った大きなボストンバックを2個を担ぎ、校舎の玄関に向かう。

一色の奴、毎度の事ならが私物多すぎないか?それよりも、なぜ俺が当然のように一色の私物を運んでいるんだ?

まあ、重さ的には問題ないんだがな、普段の仕事で慣れてるし。一色は俺を召使か何かと勘違いしてないか?

 

雪ノ下と由比ヶ浜は先に奉仕部の部室で待ってるようなことを言ってたな。

とっととこの荷物を生徒会室に放り込んで……

 

 

なんだ?霊気の乱れ?

 

「きゃーーー!!」

一色の悲鳴が1年の下駄箱がある方から聞こえてくる。

 

俺はボストンバックをその場に放りだし、一色の下に駆けつける。

 




次はご想像にお任せします。

この次の次は温泉旅行編に突入!?


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(69)一色いろは事件に巻き込まれる(前)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

長くなってしまいました。
とりあえず(後)もほぼ出来上がってるので、
アップは今日深夜かな、明日になるかな。
一応明日アップの予定。


バレンタインイベントは無事成功に終わり、後片付けを終えた俺達は、学校から持ってきた備品やらを返却しに学校に戻る。

俺が持ってる大きなボストンバック二つの中身はすべて一色の私物だがな。なんで俺が毎度持たされるんだ?

俺は一色と並んで、学校の校門をくぐり、校舎の昇降口にたどり着く。

先発した雪ノ下と由比ヶ浜は奉仕部の部室で待ってると言ってたな。

とっとと一色の私物を生徒会室に放り込むか。

 

 

なんだ?霊気の乱れ?

 

「きゃーーー!!」

一色の悲鳴が1年の下駄箱がある方から聞こえてくる。

 

俺はボストンバックをその場に放りだし、一色の下に駆けつける。

 

「せせせ先輩!……あれ…下駄箱から」

一色は下駄箱から出入口側へと慌てて飛び出し、駆けつけた俺を見て、飛びついて来た。

 

俺は飛びついて来た一色を抱き留める。

動揺してる一色が指さす先を見ると、下駄箱から黒いドロドロとした液体が多量に溢れ出し、その液体がこぼれ、黒い水溜まりのようになっていた。

これだけの量の液体が下駄箱に入っていたとは思えない。

しかも、この液体自身が霊気を帯びてる?しかも悪意を感じる。……何だこれは?

 

「一色、大丈夫か!?」

 

「はい、でも下駄箱を開けたら、箱が入ってて、触ったら……急に箱からあれがいっぱい溢れ出して……」

 

その黒い液体はみるみるうちに一塊となり、そして、人の形を成したのだ。

そして、その人の形を成したそれは、俺達の方へズルズルと歩くと言うよりは、滑るように進みだし、一気に迫ってきた。

 

「せ、先輩ーーー!!」

 

俺は一気に霊気を解放し、身体能力強化と霊視空間把握能力を発現させ、両腕で一色を抱き上げ、昇降口の中から校舎の外へとバックステップで大きく飛びのく。

 

 

その黒い人型はさらに俺達を追いすがって、水玉がはじけるように飛び掛かってきた。

 

俺は一色を両腕で抱えたまま、飛び上がり、昇降口の上、2階部の屋上に着地する。

 

霊視で黒い人型を確認する。

……あれは何らかの呪いのようだ。しかも明確にこちらを狙っている感じだ。

 

黒い人型はこちらに振り返り、俺達が居る昇降口の屋上部に、大きく溜めを作り飛び跳ねてくる。

 

俺は一色を片手で抱え直し、バックステップを踏みながら、空いた手で札を数枚取り出し、黒い人型が着地するだろう場所に投げつける。

 

黒い人型が着地すると同時に、

「我が眼にせし邪気を封印せよ、『結界』!」

俺は投げつけた札から言霊によって簡易結界を発動させる。

 

黒い人型の周囲に投げつけた札から黒い人型を囲むように三角錐状に結界が形成し、完全に閉じ込める。

 

「……せ、先輩?」

一色は不思議そうに俺の顔を見上げるが……

 

「一色、そこに居ろ」

俺はそう言って片手で抱きかかえていた一色を下ろし、結界に封じた黒い人型に近づく。

 

霊視でさらに黒い人型を詳しく探る。

……やはり呪いだな。

チョコに呪術的に呪いを込めた呪詛だ。

最悪だ。明らかに誰かが一色を狙って起こしたものだ。

目的はなんだ。この呪い自身や依り代になったものは強力なものではない。精々一色をチョコまみれにする位が関の山だ。

しかし、下手をすると、チョコに覆われた一色は窒息死するぞ。

しかも悪戯にしては手が込み過ぎてる。

 

俺は、昨年の千葉の学生精神暴走事件後、呪詛について調べ勉強した。もちろん個人での練習は呪詛関連は非常に危険なため、美神さんに指導もしてもらった。

プロでも扱いを間違えれば、自分自身に呪いが返り、自滅することがあるのだ。

 

呪いの先は……

俺は美神さんに教わった通りに、術式を唱え、呪いを霊的にたどる。この呪いの術者を見つけるためだ。

…どういうことだ。呪詛返しの防御術も使ってない。……俺はあまりにもすんなり、辿る事が出来た事に逆に驚いた。プロであれば最低限呪いに対して、何らかの防御策をとるのが普通だ。なのに、全く何もない。まさか、素人の仕業か!?

 

俺は呪いの先を辿るのをやめる。

このまま続けても、呪詛系の初級の域を脱してない俺でもたどれるだろう。

 

俺は嫌な想像をしていた。

この呪いを込めたのは、一色のクラスメイトではないかと……

 

一色は生徒会長選挙に無理やり推薦立候補させられ、嫌がらせを受けるぐらいクラスや一年の女子に嫌われているのは確かだ。その一色は、嫌がらせのはずだった生徒会長選挙に自ら積極的に活動し、一年生にして、生徒会長となったのだ。

そして、それから2か月以上経ってるが、立派に生徒会を運営し、イベントも成功させてる。

あの、あざといキャラ作りはそのままだが、先生や上級生の受けも良い。

この呪いを一色に向けたのは……それを面白く思っていない、一色に嫌がらせをしてきた女子の一人ではないかと……

 

俺はこれ以上、調べる事に躊躇した。

プロ失格と言われるかもしれない。しかし、一色を呪ったのは多分、この学校の……下手をすると一色のクラスメイトだ。俺の心は暗く沈む。

 

しかしこのまま呪いを放っておくと、呪いが返り、このチョコに呪詛を仕込んだ人物も呪われるだろう。

レベルの高い呪詛ではないが、何らかの影響は受けるのは間違いない。

 

俺は呪いの先の探査を再び開始する。

「………」

俺の霊視能力も相まって、相手が誰だかわかってしまう。

予想通りだった。この子は見た顔だ。一色の生徒会推薦候補問題で、推薦状に名前を連ねた一色のクラスメイトだ。これ以上は……

 

「封印」

俺は札に簡易的に呪いを封印するために、封印札に術式を書き足し、結界に囚われてる黒い人型に掲げる。

 

呪いだけが封印札に吸引され、人の大きさ程度に質量があった黒い人型の物体は、手の拳サイズぐらいに小さくなっていき元のチョコに戻り、その場で溶ける。

これで、呪いをかけた本人に返らないだろう。

 

これ以降はオカルトGメンの仕事だ。間違いなく、この呪いを一色に向けた子は事情聴取を受けるだろう。

下手をすると犯罪行為とみなされる。それ以上の事は考えたくない。

なぜ、オカルトに手を出してしまったんだ?冗談では済まないんだ。一色も君も……呪われた方の人生も呪った方の人生も、台無しになるんだぞ。

俺は自然と封印札を強く握っていた。

 

「先輩!」

一色が俺の背中に飛びついてきた。

俺は一色のその行動で我に返る事が出来た。

 

「一色、怪我は無いか?」

俺は振り返りながら一色に聞く。

 

「先輩~、怖かったです~」

ん?なんかわざとらしいんだが……

 

「怪我はなさそうだな」

 

「はい!先輩のおかげで!……すごいです!先輩凄いジャンプ力です!今の何なんですか!!あの化け物をバッって!もしかして先輩ってプロの……!」

なんなんだ?さっきまで襲われてただろ?え?一色は俺の両腕を掴み上目遣いで、目をキラキラさせながら一色は大声ではしゃぎ出したのだ。

俺は慌てて、一色の口をふさぐ。

 

「わかったから、落ち着け一色」

 

「むぐーーー!」

幸い今日は学校が休みだ。特に部活連中も出ていない。奉仕部と生徒会連中だけのハズだが、他の生徒会の連中にでもバレたら厄介だ。

 

「はぁ、とりあえず、ここを降りるぞ」

俺は、腰を下ろし背中を一色に向け、背中に乗るように促す。

 

「え~、さっきみたいにお姫様抱っこがいいです~」

 

「アホか、あれは緊急事態の時だけだ。早くしてくれ」

 

一色は不満たらたらに背中に乗っかり、俺はそのままジャンプして昇降口前に降り、一色を下ろす。

 

「先輩!凄いです!カッコいいです!やっぱり霊能者だったんですね!あのわけわからない化け物を簡単に倒しちゃうなんて!」

 

「はぁ、わかったから、静かにしてくれませんかね?」

 

「む~、いつもの先輩の感じに戻っちゃいました」

 

「あのな。はぁ、だからお前にバレたくなかったんだ」

俺はさっきから、ため息ばっかりついてる。

 

「せーんぱい!さっき雑用係って私に嘘つきましたよね~、先輩!私に今迄ずーっと、隠してましたよね!」

一色は何時ものあざとい笑顔で俺にこんな事言ってきた。

 

「それは本当だ。雑用係もちゃんとやってる」

掃除もやってるし、雑用もたんまりやってるぞ。横島師匠が真面目に仕事してるかの監視とか、美神さんや横島師匠がほったらかしにしてた報告書の代筆とか。

 

「ええ!?でも凄かったですよ先輩!簡単に化け物倒してましたよ!?」

 

「一色。その化け物はお前を襲ったんだぞ。ちょっとは怖かったとか無いのか?」

 

「でも!先輩が助けてくれて、そんなの一瞬で吹っ飛んじゃいましたよ!」

 

「はぁ、まあいいか。一色よく聞いてくれ、明らかにお前を狙ったオカルト犯罪だ。今から俺が言う事をだな……」

俺は真顔で一色に話し始める。

今から重要な話をするからだ。

 

「ここは寒いです~、中に入りましょ、せーんぱい!」

一色は俺の腕を掴み、校舎の中に引っ張る。

 

「おい」

 

「お話はちゃんと聞きますよ~」

 

「だったら、奉仕部の部室でだな」

 

「嫌です!」

そう言って一色に連れられるまま、昇降口直ぐ近くの保健室に入る。

なぜ保健室のカギをお前が持ってるんだ?まじで。

 

「奉仕部って事は、雪ノ下先輩と結衣先輩は先輩が霊能力者だって知ってるってことですよね。私だけ仲間外れなのは納得できません」

一色は保険の先生の椅子に座り、俺がその前の丸椅子に座らされる。

 

「はぁ、なんなんだ?……わかった。とりあえず聞け」

 

「聞いてあげましょう」

なにこれ?なんでお前が医者気どりで、俺がその患者みたいになってるの?

 

「先ずはだな。形式から行くぞ」

俺は制服のブレザーの内ポケットからGS免許を取り出し、一色に見せる。

 

「マジですか!先輩!本当の本当にプロのゴーストスイーパーなんですね!」

一色はまじまじとGS免許をみて、俺の顔をじっと見る。

 

「俺は美神令子除霊事務所所属GSだ。俺がこの免許を見せた時点で守秘義務がお前に発生する。今日見たことは、守秘義務が解除されるまで警察やオカルトGメン以外に話すことができなくなる。それと俺の事はGSだと口外しない事だ。いいな」

 

「はい、先輩!」

何で嬉しそうにしてるんだ?

 

「おい、わかってるのか?」

 

「分かってますよ。先輩の事は誰にも言いません!今日の事はわたしと先輩の二人だけの秘密です~」

 

「はぁ、続けるぞ……多分。オカルトGメンが一色の家に明日辺り事情聴取にくるだろう。俺の方からも報告を上げるから、簡単に済むと思うがな」

 

「え?先輩はこないんですか?」

 

「俺は民間GSだ。これはオカルトが絡んだ刑事事件だ。だからオカルトGメンの管轄なんだよ。個人的に民間に頼むと莫大な金を請求されるぞ」

 

「へ?刑事事件?」

 

「そうだ。明らかにお前を狙った犯罪だ」

 

「……え?え?」

ようやく事の重要性が分かったのか、困惑したような顔をする一色。

 

「オカルトを使ってな。しかし、俺の方で犯人は特定したし、後はオカルトGメンが何とかする」

 

「犯人…って、私、命を狙われたんですか?私、命を狙われるような覚えが……」

一色は急に恐ろしくなったのだろう。体を腕で抱え、震えていた。

 

「いや、犯人は悪戯程度に思っているだろう。実際にそれ程強いものではなかった。しかしな一色。下手をすると死に直結する。それがオカルト犯罪だ」

怖がらせるつもりは無いが、一色にはちゃんと認識してほしいと思ったからだ。

一色の行動が知らず知らずのうちに恨みを買い。こういう事になる可能性があると言う事を。

 

「悪戯……もしかして!?」

一色は気が付いたのだろう。自分に悪意を持ってる人間についてな。

一色を嫌ってる同学年の女子連中だという事を……

 

「それ以上は考えなくていい。ただ、そういう事もあると言う事だけは認識してくれ、一色だけじゃない。誰にも起こりえる事なんだ。俺だってそうだ。知らず知らずに恨みを買う事だってある。しかし、知っていて恨みを買う行動は、なるべく控えた方が良いに越した事は無い」

 

「先輩……」

一色の表情は暗い影を落とす。

 

「こんな事を言った手前、どうだと思うが、そんなに怯えなくてもいい。頼りないが俺もいるしな」

 

「先輩!」

 

「それに、ほぼ解決したと言っていいし、この件でお前が襲われる事は無いだろう」

俺は一色を励ますためにこんな言い方をする。

 

「先輩、なんかカッコいいですね」

 

「はぁ?お前、散々人をダサいとか、かっこ悪いとか言っては、告白もしないのに振っておいて何をいってやがる」

 

「むー、そういう事を言う先輩は嫌いです」

 

「あー、そうかよ。まあ、こんな事があった後だ、家まで送ってやる」

 

「え?その……あの、何カッコいい事言ってるんですか?本当にあの先輩なんですか?いつも気だるげに背中丸めて、年寄り見たいに歩いてる癖に、なんで今になってこんな。もうこれ以上は、ほ、惚れてしまいそうになるので、ご、ごめんなさい」

 

「あのな、なんでそこで振られるんだ俺?まあいいか、生徒会の用事が終わったら奉仕部に来てくれ」

ん?なんかいつもとニュアンスが違うような、まあ、気にするだけ無駄か。とりあえずは家まで送るか、一人になった途端に怖くなると言う事もあるからな。

 

「えー、生徒会室まで来てくれないんですか?」

 

「荷物だけは運んでやる。後は知らん」

俺はそう言って、保健室を出てから下駄箱付近に放り投げていた一色の私物を回収し、生徒会室に一色と一緒に持って行った。

 

 

その後、直ぐに俺は、玄関口に戻り一色の下駄箱を霊視をし確認する。

呪いのチョコが入っていた簡単な術式が掛かれた箱がそのまま残っていた。

証拠品も残ったままか。やはり完全に素人だな。

俺はその場で、オカルトGメンの西条さんに電話をする。

 

内容を聞いた西条さんは、俺の方で現場検証を済ませてほしいと。

この件を大ぴらにしたくないらしい。

もしかしたら、一色以外にこれと同じような事件があったんじゃないのか?

とりあえずは、一色を自宅に送った後に、オカG行って証拠品の提出と報告書を提出するか。

 

この後、美神さんの携帯に電話をし、報告をする。

一応、この事件性のあるオカルト犯罪を未然に防いだ場合は、報奨金という形で、事務所に国から支払われる。ただ、普通に依頼があるよりも金額は随分と安いがな。

美神さんからは、呆れたように、何でもかんでも頭突っ込むんじゃないと叱られる程度で済んだ。

あの声は、本気で怒ってるわけじゃない。そう言わないと気が済まないだけだ。

 

現場検証と行ってもな。

既に済ませたしな。

こういう時に、俺の霊視に優れた目は便利ではある。

 

とりあえず、奉仕部部室に戻るか……

 

 




いろはすにバレてしまいました。


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(70)一色いろは事件に巻き込まれる(後)

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では、昨日の続きです。



現場検証を簡単に終わらせた後。

俺は奉仕部の部室に戻る。

 

「随分遅いお戻りで」

「遅ーい!ヒッキー何してたの!?」

案の定だな。雪ノ下も由比ヶ浜もちょっとご立腹であった。仕方がない。大分時間を食ったからな。先にメールしておけばよかったか。

 

「すまん。ちょっとトラブってな。GS関連のアレだ。あんま大っぴらに言えないが、一色が狙われた」

 

「え?いろはちゃんが?大丈夫だったの?」

「という事は学校でかしら?」

 

「ああ、内容は詳しくは話せないが、大したことはなかったし、解決もした。一色も無事だ。念のために一色をこの後、家にまで送り届けるつもりだ」

 

「よかった。無事なんだ」

「そう言う理由なら仕方が無いわ。でも連絡位できるのではないかしら?」

由比ヶ浜はホッとした表情をし、雪ノ下はそう言いつつも俺に紅茶を入れてくれた。

 

「ああ、それは俺の落ち度だな。悪かった。だが、一色にGSだとバレたのが痛い。あいつはこれにかこつけて、無理難題持ってこないとも限らない」

 

「あはははっ、いろはちゃんだったらあるかも」

「……一色さんにも知られたのね」

 

「はぁ、一応しゃべるなとは釘を刺しておいたが……」

あいつがどれだけ真剣に考えてくれてるかだがな。

 

「そうね。ここに来た時にでも、私からも重々話しておくわ」

 

「お手柔らかにな」

俺が言うよりも、雪ノ下が言った方が説得力がありそうだしな。しかも雪ノ下はGSの事務関連や法律関連の勉強もしてるから、その辺も詳しくなっているだろう。

 

 

「でも今回のイベント、みんな喜んでたね。優美子も隼人くんにチョコ食べて貰って嬉しそうだったし、サキサキもケーちゃんも楽しそうだった!」

 

「そうね。今回のイベントの企画運営はしっかりしたものよ。一色さんはよくやってるわ」

雪ノ下は珍しく一色を褒めていた。

 

「そうだな。一色は、こういうのが得意なのかもしれないな」

 

「あなたに先見の明があったと言う事かしら?」

 

「……偶然だ。まさか生徒会選挙の時は、ここまでちゃんと運営できるものとは思ってもみなかった」

俺は一色がここまでやるとは当時は思いもしなかった。

周りの生真面目な生徒会役員が中心に無難な運営をするものだと。

あいつは積極的にいろんなことに関わり、手を出してる。6、7割は自分の欲求のようだがな。

そう言えば、サッカー部のマネージャーの方はちゃんと顔を出してるのだろうか?

 

「意外な拾い物かもしれないわね。彼女」

 

「そうかもな」

 

 

 

 

「ヒッキー……あ、明日って空いてたりする?」

その余韻に浸ったように沈黙が訪れた後、由比ヶ浜が言い難そうに俺に切り出した。

 

「………」

由比ヶ浜の言動で、何故か雪ノ下が不安そうな顔をし、何か言いたげにしていたのだが、口をつぐむ。

 

「明日か。仕事は夕方からだったんだが、この一色の件を事務所に報告をしないといけないからな。下手をすると、一色を送った後、その足で東京の事務所に行って、そのまま泊りという事もあるかもしれないな」

 

「そ、そなんだ」

 

「まあ、朝には一度家に戻る予定にはしてるが、何かあるのか?」

 

「その、大したことないというか、大したことでもあるというか……」

由比ヶ浜は先ほど同様、言い難そうにしていた。

なんなんだ?その言い回しは、結局は重要っていう事だろ?

 

「まあ、昼にちょっとくらいは時間は作れると思うが」

 

「ほんと!?」

由比ヶ浜の表情は明るくなる。

 

「確証はないが、なるべく空ける」

 

「うん!明日朝に電話するね……ね、ゆきのんも……」

 

「!……私は………その……」

由比ヶ浜に話を振られた雪ノ下はかなり動揺しているように見える。

 

「なんだ?雪ノ下も何かあるのか?」

 

「そうだよ。ヒッキー。ゆきのんも。行こうゆきのん。じゃないと……」

なんだ?よくわからないが……この二人の間の微妙な空気感は?

 

 

その時だ。奉仕部の扉が勢いよく一気に開き放たれた。

「せーーんぱい!さあ帰りましょう!!」

元気いっぱいの一色の声が、部室に響く。

 

「い、いろはちゃん!?」

「い、一色さん。ノックを忘れてるわよ」

 

「ふふふっ、雪ノ下先輩に結衣先輩、隠し事はよくないですよ。同じ仲間じゃないですか」

一色はいつものあざとい笑顔ではなく、不敵な笑みを湛えていた。

 

「一色、お前は奉仕部じゃないだろ?しょっちゅう来てはいるが」

 

「先輩はちょっと黙っててくださいね」

……なにこの一色の笑顔、迫力があるんだが。

 

「私だけ仲間外れはズルいですよ」

一色は由比ヶ浜と雪ノ下の方へ歩を進める。

 

「あははははっ、何の事かな?いろはちゃん」

「一色さん、何を言ってるのかしら?」

由比ヶ浜は誤魔化したように愛想笑いをするが、雪ノ下は冷たい眼差しを一色に向けていた。

 

「一色帰るんじゃないのか?」

 

「そうでした。ではでは、雪ノ下先輩、結衣先輩。お先に失礼しますね。先輩にっ!送って貰えるんでっ!」

一色は何故か語尾を強調し、雪ノ下と由比ヶ浜に手を軽く振りながら、足早に俺の方に向かい、無理やり俺の腕を取り、部室を出ようとする。

 

「すまん。先に上がる」

俺は反対側の手で鞄を持ち、一色に引っ張られ部室の扉へと。

 

「ヒッキー、また明日朝に連絡するね」

「その……お疲れ様」

由比ヶ浜はそう言って手を振っていた。

雪ノ下は、先ほどの不安げな顔に戻っていた。

 

「ああ」

 

 

 

 

学校の駐輪所で自転車のカギを外しながら一色に話しかける。

「一色、なんなんださっきのは?」

一色の奴、明らかに由比ヶ浜と雪ノ下に突っかかってたな。なんなんだ?

 

「だって、私だけ仲間外れみたいじゃないですか!」

 

「はぁ、あいつらには黙って貰ってるんだ。学校にも正式に俺がGSだと申請手続きもしてる。教職員も全部じゃないが俺がGSだと知ってるし、学校側からも俺がGSだと言う事は伏せてくれと言われてるんだ。事務所の方針も協会の上の方の方針も同じだ。俺がGSだとは学校の連中に言えないんだよ。そこはお前も気を付けてくれ」

一色にはよくよく言い聞かせないといけないようだな。

 

「む~、雪ノ下先輩と結衣先輩は何時から、先輩がGSだって知ってたんですか?奉仕部に入った時からですか?」

 

「なんだって、そんな事を気にするんだ?お前の依頼を受けるちょっと前だよ」

 

「……京都の修学旅行で2年生が霊災に遭ったってアレですか?」

 

「そうだ」

 

「他の生徒を庇って怪我した人が居たって聞いてましたけど。もしかして先輩の事ですか?」

 

「ああ、そうだ。俺はGSって言っても、ヒヨッコでまだプロに成りたてなんだ。あいつらを助けるだけで精いっぱいだったんだ。俺自身はそれほど強くないんだよ」

 

「……やっぱり、それで雪ノ下先輩と結衣先輩は……眼は別として、普段もそこそこだけど、インドアな雰囲気とのギャップが……やっぱりズルいです」

 

「はぁ、なにブツブツ言ってるんだ?」

人の話を聞いてるのか?こいつは。

 

「何でもないです!」

なんか急に怒り出したぞ。なんなんだ?

 

「まあ、アレだ。最初に言ったが、誰がお前を狙ったなんて事は考えない方が良いぞ」

聡い一色はわかってるはずだ。クラスの誰かが自分を狙ってあんなことをしたと言う事を。

 

「先輩がきっちり解決してくれたんでしょ?もう、忘れちゃいましたし、そんなのに興味ないです」

忘れたって……妙に度胸あるからなこいつは。

 

「あんま波風立てるなよ」

 

「今は、クラスでは普通にしてますよ。まあ、それが逆に気にくわなかったりするんでしょうけど」

なるほどな、そういうのはあるかもしれないな。どっちに転んでも、一色の存在が気にくわないと言うわけか。まあ、一色の普通が、どの程度普通なのかはわからないがな。

 

「で!先輩って!プロのゴーストスイーパーなんですよね。もう一回免許見せてくださいよ!」

 

「あんま大ぴらにするもんじゃないんだけどな。ほら」

 

「…………先輩って、年収いくらですか?」

 

「はぁ、なんでそんな事を聞くんだ?最近までバイト扱いだったからな。今は契約社員扱いで半分歩合制だ。だから決まった年収なんて無いし、どれだけになる物かはまだわからん」

 

「………この免許の上の方に大きく書かれてるCって何ですか?」

 

「GSのランク付けだ。俺の場合Cランクってことだ。ランクによって単独で出来る仕事が決まって来るんだよ。もういいだろ免許」

俺は歩きながらジッとGS免許を見てる一色から、免許を取り上げる。

 

「あっ!……先輩って、甘党ですよね」

一色は免許を名残惜しそうにしながらも、次の質問をして来る。

なにこれ?どういう質問?

 

「人生世知辛いのに、飲み食いぐらい、甘くても良いだろ?」

 

「なんですかそれ。先輩、そういう面倒くさいところありますよね」

 

「ほっとけ」

 

 

そんな会話をしながら、電車を乗り継ぎ、一色の家の前まで送る。

「先輩、今日は助けてくれてありがとうございます」

 

「まあ、たまたま俺があの場に居たからな」

 

「そうですか?あの場に居なくても助けに来てくれたでしょ?先輩は」

 

「買いかぶり過ぎだ」

 

「先輩、また明後日ですね」

一色はそう言って手を振りながら家の玄関に入っていく。

 

「ふう」

とりあえずは一色はこれで大丈夫だろう。

本人はショックは多少あっただろうが、あいつは肝が据わってるからな。どこ吹く風かといった風だ。

それが逆に危なっかしい感じはするがな。

 

それよりもだ。

問題は、一色にあのチョコの呪いを施した子だ。

どうやって、あの呪いを知って、しかもちゃんと発動させたかだ。

西条さんのあの電話口での言い回しだと、他にも同じことがあったようだ。

 

 

 

俺は取り合えず、事務所にその足で行くと、やはり美神さんが待っていた。

しかも、美智恵さんまで来ていた。

 

応接席にすわり、美神さんと美智恵さんに、今日の一色が受けた呪いについて説明する。

それと同時に、呪いのチョコが入っていた箱と呪いを封じた札をそれぞれ二人に渡した。

 

美智恵さんが箱を手にして、箱の中に描かれていた呪詛の術式を見て頷き、話し始める。

「やはり、同じね。……比企谷君。これと全く同じ呪詛術式がつかわれた事件が全国規模で分かってるだけで7件、この一週間で起こってるわ。幸いにも死亡事故にはつながっていないけど、重傷者はでたわ。呪いの失敗によってね」

 

「あんたが言うように、呪い自体は簡易なものよ。問題は素人がどうやってこの呪詛を知り、発動させたかという事」

美神さんが足を組み直し、うんざりした表情で俺が呪いを封印した封印札を霊視ゴーグルで霊視していた。

 

「出所は既に分かってるわ。某サイトでこの呪詛術式と発動の仕方を克明に、しかも動画まで使って掲載してたのよ。すでにそこは抑えたのだけど、犯人にはまた逃げられたわ。ダミーのアドレスを海外サーバーを数個通してね。オカルト犯罪というよりも、サイバーテロ犯罪に近いわね」

美智恵さんは淡々と経過を説明してくれる。

 

「それって……」

 

「そうよ。あの精神暴走事件のやり口と似てるわね。犯人は一緒の可能性が高いわ!こんな陰険な悪戯を、エミじゃないけど、オカルトをなめてるとしか言いようがないわ!腹立たしい!」

美神さんは話しながらも怒りのボルテージが上がってきていた。

やっぱりそうか、俺も何かが引っかかっていた。美智恵さんの話を聞いて、あの精神暴走事件に似てるという印象を受けた。

あの犯人もまだ、捕まっていない…もしかしたら同一犯という事も考えられる。

 

「サイトは既に停止処分にしたわ。でも、バレンタインに託けてこの呪詛術式を広めていたのは間違いない。という事は、このサイトが停止する前に、閲覧し実行に移そうとした人の中には、すでに呪詛術式を組み込んだチョコレートを作成し終わってる人達が居ると言う事よ。そして、この事件が頻発するのは間違いなく明日のバレンタインデー。

このサイトを閲覧したと思われるPCには注意喚起のためのメッセージやメールを送ったり、有名サイトにこのサイトに見覚えがある方は注意をとは乗せたのだけど……どこまで効果があるのか。サイバーオカルト関連の法整備と資格制度は早急に仕上げないといけないわね」

流石の美智恵さんも頭を悩ませてるようだ。そりゃそうだろうな。こんなことが立て続けに起こっているしな。今の所、死亡事件には至ってないのが幸いか。

 

「あのサイト!何が、彼氏の浮気相手を呪えだの、ライバルを呪って蹴落とせなど、憎いあの子や目障りなあの子をギャフンと言わせよ!!陰険なのよ!!絶対犯人は陰険で陰湿でジメジメしてナメクジみたいな奴よ!!呪いを使った奴も使った奴よ!!男を奪いたければ力づくで行けってのよ!!呪いだの何だのって!!ああーーー!!ムカツク!!」

どうやら、そういうキャッチフレーズをサイトにのせ、あの呪詛術式を広めていたようだ。

美神さんは相当イラついてるな。本来なら自分に関係ない事にはサバサバしてるんだけど。よっぽど犯人のやり口が気に入ら無い様だ。

 

「ふーーん。令子も言うようになったわね。男を奪うねー」

ジトっとした目で美智恵さんが美神さんを見据えていた。

 

「な、何よママ!文句でもあるの!?」

 

「いいえ、私は何も」

美智恵さんはすまし顔でそう答える。

ん?どういう事?

 

「とにかく、ムカツクのよ!!この怒りを発散したい時に横島の奴が居ないし!!あーーームカツク!!」

横島師匠。よかったですね。ここに居なくて、居たら理不尽な理由で美神さんに殴られてましたよ。

ん?そう言えば横島師匠はあの後どうなったんだ?

 

「あの、美神さん。その横島師匠はあの後どうしたんですか?」

コミュニティーセンターの敷地内にある公園の木にぐるぐる巻きで吊るしておいたのだが……すっかり忘れてた。すみません師匠。

 

「ふん。小竜姫が妙神山に連れ帰った様よ。置手紙がしてあったわ。面倒を見るなら逃げないように最後までちゃんと見てほしいものだわ」

なるほど、小竜姫様も横島師匠が逃げ出したことを知って、後を追いかけて来たんだな。

 

「令子、小竜姫様に失礼よ」

 

「ふん」

なんだ。美神さんって小竜姫様の事を毛嫌いしてるのか?あんなに優しい女神様を?まさかな。

 

「比企谷君。そう言う事だから、後はオカルトGメンがこの件を引き継ぐわ。GS協会向けとオカG向けに簡易でいいから報告書2部頼むわね。それとオカG向けには君の主観と意見を添えて頂戴」

美智恵さんは美神さんを一瞥し、ため息を吐いてから、俺に顔を向ける。

 

「そう、あんたはお役御免よ。せいせいするわ!予定通り。明日の夕方の除霊依頼は頼んだわよ。私とおキヌちゃんはちょっと用事で出るから。シロとタマモも連れて行っていいわ」

 

「わかりました」

 

報告書は直ぐ出来るし、明日の夕方の除霊もそれほど難易度が高くはない。しかもシロとタマモが一緒ならば、なおさらだ。

今日は帰れるって事か……

とりあえず、明日の午前から昼は空けられるな。

そう言えば、由比ヶ浜と…それと雪ノ下もか、何の用事なのか聞いてなかったな。




まだ、一連の事件は続いているんですねこれが……

それよりも、俺ガイル、アニメの最終回の時系列に近づいてきてますね。
(但し、ここはGSという劇毒物が融合した世界ですが)


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(71)八幡、困惑する。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きですが……
原作をかなり意識してます。
しかし、結果は!?



バレンタインイベントの翌日。

俺は朝早くから葛西臨海公園に向かう。

千葉からすぐ隣、東京江戸川区の海岸沿いにある臨海公園で、水族園から鳥類園、子供が楽しめる広場、大観覧車、さらにバーベキュー施設まで整っている東京近郊ではメジャーな観光スポットである。

東に橋を渡った先にはディスティニーランドがあり、立地も悪くない。

俺や小町も幼いころは両親にここの水族園やらに連れて行ってもらった事がある。

千葉市民であれば、誰もが一度は訪れるだろう場所だ。

 

なぜ、そんな所に行くかって?

 

由比ヶ浜が俺に重要な要件で時間を作ってほしいような事を言っていたため、俺は昨日の夜の内に、午前から昼過ぎまでは空いてる事を伝えたのだ。

 

そんで、待ち合わせの場所として由比ヶ浜がこの葛西臨海公園を指定した。

俺は職場先の美神令子除霊事務所から近い場所とあって、特に不満はないのだが、なぜここなのかはわからない。今は2月中旬で寒い時期だ。わざわざなんでこんな時期にここなんだ?

話をするぐらいなら、千葉のサイゼ辺りで十分だと思うのだが。

 

由比ヶ浜と話をしていたが、どうやら電話越しには雪ノ下も近くにいるようだった。

由比ヶ浜は雪ノ下の家に泊まっていたのかもしれない。

 

由比ヶ浜だけでなく、雪ノ下もどうやら俺に用事があるようだが……結局、由比ヶ浜に電話で要件を聞いてみても、今日会って話すとの一点張りだ。

よくわからん。

俺に用事があると言った昨日のあの時、由比ヶ浜と雪ノ下の二人の間に流れる微妙な空気は……俺は今まで二人の間で感じたことがなかった雰囲気だ。

 

……いまさらだが、俺に奉仕部やめろとか、そういうのかもしれない。

そりゃ、言い難いわな。

思い当たる節がいくつもある。ゴーストスイーパーだと川崎にもバレ、一色にもバレ。うちの師匠は事あるごとに迷惑をこの二人にもかけてるし、致し方が無いといえばそうかもしれん。

はぁ、なんか気分が重くなってきた。

 

 

 

それはそうと、シロとタマモが昨日から泊りがけで家に遊びに来てた。

小町と一緒にバレンタインチョコレート作ったそうだ。

昨日の夜、家に帰ったら、2人にチョコを貰ったな。まあ、小町の教えもあって、まともなチョコだった。

親父なんて、シロとタマモにチョコ貰ってうれし泣きしながら食ってたぞ。

 

小町は先週に既に高校入学試験は終わってる。後は週明けの発表を待つだけ。

本人は、勉強から解放されたと楽し気には見えるが、内心不安なのだろう、こうしてシロとタマモと何かしてる方が楽なのかもしれない。

 

シロとタマモは今日そのまま俺と一緒に、事務所に戻るつもりだったらしいが、小町に止められていた。

俺は別に構わなかったんだが、俺が小町に由比ヶ浜と雪ノ下に呼ばれて、ちょっと約束があると伝えると、小町が『鈍感、単細胞、KY、八幡』と罵り、俺を早朝から追い出したのだ。

 

そんなもんだから、俺は待ち合わせの約束の時間より、40分前には駅についてしまった。

その辺で適当にマッ缶でも飲んで時間でも潰そうと思っていたのだが……

 

「ヒ、ヒッキー早くない?」

「比企谷君!?」

 

「いや、それを言うなら、お前らこそなんでそんなに早いんだ?約束の時間40分前だぞ?」

既に、由比ヶ浜と雪ノ下が公園入口付近の待ち合わせの場所のベンチに座っていたのだ。

俺がここに現れた事でかなり驚いた顔をしていた。

俺も内心驚いたわ。まさか、俺より先に来てるとは思わなかったからな。

 

「ち、ちょっと下見に……な、何でもない!何でもない!ヒッキーは何で!?」

由比ヶ浜は慌てたように聞いてくる。

下見ってなんだ?なに?俺と話すのに下見が必要なのか?何かのトラップでも仕掛けたとか?

 

「俺か?俺は家を小町に追い出されたんだよ」

 

「そう小町さんが、……私達は別に用事を済ませて来たのだけど、早過ぎたようね。でも、あなたも早く来たのだから丁度いいのではないかしら」

雪ノ下はそう言って微笑んでいた。

 

「そ、そうだよ。丁度良かった。あたし達も早く来てて!」

 

「まあ、そうだな。それで用事ってのは何だ?」

 

「それは後で…ね。ヒッキー、寒いし水族館に入ろ!」

由比ヶ浜も優し気に微笑んだ後、俺の手を引っ張り、公園内の水族園へと向かおうとする。

 

「おい!?」

用事は後にって、なんなんだ?しかも水族館って、どういうことだ?

 

「比企谷君、たまにはこういうのもいいんじゃないかしら?可愛い女の子2人と一緒に水族館なんて、人生で一度きりかもしれないわよ」

雪ノ下は若干悪戯っぽい笑顔で俺にそう言ってから、由比ヶ浜の隣を歩く。

 

「おい、雪ノ下も」

自分で可愛いとか言いますか?雪ノ下さん。まあ、否定できないのはそうなんだが、それにしてもなんだこのシチュエーションは?デートのような……いやいや、女の子二人とデートとかどこのリア充野郎だ?そんなわけないよな。

しかしだ。もしかしたら、他の人から見るとそう見えなくも無いのかもしれん。

なにそれ、ちょっと気恥しいんだが……それにしてもあいつらはどういうつもりなんだ?

そんな事を思いながら、俺は由比ヶ浜に手を引かれ、私服姿の二人の後に続く。

 

 

 

「おお!?深海魚かっこよくないか?」

 

「あなた、嫌そうだったなのに、一番はしゃいでるじゃない?」

 

「なんか、魚っぽくないっていうか。キモいね」

 

「バッカ!おまえら、深海魚だぞ!暗闇の中で生活してるのにだ!この自己主張したフォルムはカッコよすぎるだろ!!しかもだ。このダイオウグソクムシなんて、何年も飯を食わなくても生きていけるんだぞ!じっと暗闇のまどろみの中で何もしないで過ごせるなんぞ!理想すぎだろ!?」

テンション上がるだろ!!深海魚だぞ!!この一見非効率な姿をした連中は実は、深海という暗闇と水圧の中で個々にこの環境と生活環にあった理想な姿を手に入れた。いわば究極の個性だぞ!!はっきり言ってカッコいいぞ!!

 

 

 

 

「ヒッキー、あれ大きな魚にくっ付いてるの、親子みたいで可愛いね」

次のコーナーで由比ヶ浜は俺の袖を引っ張りながら、大きな水槽で雄大に泳ぐサメの腹にくっ付いてる小型の魚を指さしていた。

 

「コバンザメだな。フッ、あれは理想の姿だ。あれは大きな魚がハントして食べこぼした餌をああやってくっ付いて、おこぼれを貰っているのだ。自分で餌をとらずに、ジッとしてるだけで、食料が手に入る。まさに働かずに生活できると言う理想形だ!」

 

「比企谷君。あなた、まだ専業主夫などという、妄想を抱いているのかしら?」

隣の雪ノ下は額を押さえるようにして、呆れながら言う。

 

「まあな」

 

「でも、今のヒッキーとは全然違うね。いつも一生懸命で、みんなを助けてくれるし」

 

「今の俺は俺で有って俺じゃない」

何こっ恥かしい事を言ってるんだ由比ヶ浜は。

 

 

 

 

この後、館内をゆっくり回った後、ふれあいコーナーや外のペンギンコーナー等を見回り、水族園の展示が終わり、水族園を出口から、それとなしに海岸縁まで歩く。

 

「楽しかったね」

「そうね。こういうのも悪くなわね」

由比ヶ浜と雪ノ下は満足げに頷いていた。

 

「まあ、楽しかったが。これも用事の一環なのか?まだ、用事の件は何も聞いてないが?」

まさか、水族園に遊びに来る事が目的なのか?だったらそう言えばいいものを。

 

「そうだよ。3人で一緒に回る事が大事なの」

 

「なんでまたそんなことを?」

 

「これからも3人で一緒に居たいけど、もしかしたらもう3人一緒に居られないかもしれないから」

 

「どういうことだ由比ヶ浜……いや、そうか」

俺は一瞬、由比ヶ浜が何を言っているのかわからなかった。

しかし、よくよく考えるとこれは由比ヶ浜は3年時に引っ越して転校してしまうという事なのだろう。

それならば、その事情を知ってる雪ノ下が、昨日のあの苦しそうな表情は理解できる。

そうなると、3人が2人となった奉仕部は奉仕部でなくなると言う事か……なるほど、喪失感という奴だなこれは……

俺はこの年になって、初めて喪失感というものを味わったような気がする。

今迄、親しい人間を作れなかった俺が、感じようがなかった気持ちだ。

俺の中で、由比ヶ浜は知らず知らずに、心の中で大きな存在となっていたんだな。

 

「何時引っ越しなんだ。手伝いぐらいはするぞ」

俺は、ごそごそと背負ってる小さなバックから何かを取り出そうとしてる由比ヶ浜にそう声を掛ける。

 

「引っ越し?誰が?」

 

「違うのか?」

どうやら俺の勘違いだったようだ。だったら何なんだ?

 

「??」

 

由比ヶ浜は雪ノ下と視線を合わせ、お互い頷いていた。

「ヒッキーこれ!」

 

「ん?」

由比ヶ浜が俺の真正面に来て、ピンクのリボンで封をされた小さなラッピング袋を手渡してきた。

 

「あたしが1人で作ったの。家に帰って何度も何度も、でも、ゆきのんみたいにできなくて……中を開けて」

 

俺は由比ヶ浜に手渡されたラッピング袋を空けると、中にはクッキーが入っていた。

形は不ぞろいだし、ところどころ焦げ目が見えるが、ちゃんとしたクッキーだ。

 

「これが、お前ひとりで?」

炭しか作る事が出来なかった由比ヶ浜が一人でこれをか、相当努力したのだろう。

 

「そう、これがあたしの今の全力の実力なの。でもこれはあたし一人のお礼の気持ちだから……2年前サブレを助けてくれたヒッキーへの。そして私自身のけじめ。これであたしはヒッキーにちゃんとできるの。それでこれは今のあたしのヒッキーへの思い」

そう言って、由比ヶ浜はもう一つのラッピング袋を俺に両手で渡す。

クッキーが入っていたラッピング袋と同じような体裁ではあったが、バレンタインにまつわる絵柄やロゴがあしらった包装だ。

そう言えば今日はバレンタインデーだったな。これはチョコか、これを俺に?

 

「ああ、なんていうか……ありがとな」

俺はそう言うので精いっぱいだ。

仕方ないだろ?今迄こんなことは無かったからな。同級生からもらった事なんて。

昨年は職場でキヌさんに貰った時は手放しに喜んだが……

同級生の良く知る女の子からもらうというのは、義理だとわかっていても、嬉しさ半分で、恥かしいものだな。

 

俺は貰った小箱から目の前の由比ヶ浜に視線を移すと、やさしい笑顔だった。

 

今度は雪ノ下が俺の前まで歩み寄る。由比ヶ浜は雪ノ下に俺の前を譲るように一歩下がった。

雪ノ下は俯き加減になり、青色のリボンで括られた小さな小箱をショルダーバックから取り出し、俺に渡す。

「私も貴方に受け取って欲しい。これを……」

 

「ああ、その雪ノ下もありがとな」

俺はそれを受け取る。

雪ノ下もバレンタインのチョコだ。それにしても様子が……

 

「これは貴方に感謝の気持ちと……それと………私は、貴方に……」

雪ノ下の震えた声で次の言葉をだそうとする。

 

 

 

 

そんな時だ、第三者の声が介入する。

 

「あれー?こんなところで何をやってるのかな?」

 

その人物はオシャレな服装を着こなし、誰が見ても美女だと答えるだろう容姿をしていた。

そして、俺達の前に歩み寄り腰に手を当て、雪ノ下、俺、由比ヶ浜と品定めをするように見据えていた。

「ふーん。そう言う事。私が居ない間にずいぶんとまあ、やってくれるじゃない。まさか、ここまで進展してるなんて思ってもみなかったわ」

 

「姉さん!」

「は、陽乃さん!?」

「………」

こんな時に厄介な人現れる。

京都に居るはずの雪ノ下の姉、陽乃さんだ。

しかも、なんだ、いつもの外面仮面が半分外れかけてるぞ。

 

「まあいいわ。比企谷君。今度の二人っきりの温泉旅行ね。今週末だから」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。こんなところでわざわざ言わなくても、電話で言えばいい話じゃないですか」

 

「あれ、私の勘では雪乃ちゃんとガハマちゃんには温泉旅行の事を知ってると思ったのだけどな~、それとも、雪乃ちゃんとガハマちゃんはそこまで八幡に信用されてないって事かしら?」

 

「姉さん!邪魔しないで、今、私達が彼と話をしてるのよ!」

「そうです。今、ヒッキーと大事な話をしてるんです!」

 

「雪ノ下さん。確かに温泉旅行の約束はしましたけど、その日は無理です。オカルトGメンからの要請で遠方に出張予定です」

 

「それね。多分大丈夫だから。本当はここで言うつもりはなかったのにね。びっくりさせようとサプライズ温泉旅行のつもりだったんだけど、様子を見に来て正解だったわね」

 

「ちょ、どういう……」

オカGの仕事だぞ。しかも美神さんが俺に任せてくれた仕事だ。美神さんは丁度その週末は、GS協会の幹部会議が京都であって、横島師匠も西条さんとオーストラリアに出張だ。能力的にはキヌさんよりも俺が合ってる仕事らしいと言う事でだ。……それがキャンセル……なくなると言う事か?もしかして、陽乃さんがいや、土御門家が既に現場を解決したのか、それとも、俺が現場に行く前に解決に乗り出すからか?それで空いた俺を温泉旅行に連れ出す算段か?

 

「姉さん!比企谷君はまだ未成年よ。温泉旅行なんてどうかしてるわ!」

「そうです。本人が嫌がってるのに無理やりなんて!」

 

「ふーーん。そう言う事言うんだ」

陽乃さんは二人を見据えるが、さっきとは雰囲気が明らかに変わる。

さっきまでは雪ノ下と由比ヶ浜を歯牙にもかけないような感じであったが、今は敵視というかそう言う雰囲気を醸し出していた。

 

雪ノ下と由比ヶ浜も負けじと、陽乃さんに対峙する。

何か不味い雰囲気だな。

 

「ちょ、雪ノ下さん。それと雪ノ下と由比ヶ浜も、落ち着けって」

 

 

「八幡、お姉さん、ちょっと二人と話があるの。きっちり話をつけないとね。週末はよろしくね」

 

「ちょっと待ってください。どういう?」

週末って、俺はオカGの仕事はどうなるんだ?しかもなんか解決してるっぽい言い回しだ。それよりも、二人に話って何を話すんだ?

穏便にしてくれよ。

 

「比企谷君。姉さんと話があるわ。今日は楽しかったわ。それとそのチョコレートはそう言う事よ。また改めて続きを聞いてもらうわ。申し訳ないけどここで失礼するわね」

 

「雪ノ下、ちょ、どういうことだ?」

雪ノ下は陽乃さんとケンカでもするつもりかよ。それとチョコレートがそう言う事ってどういうことだ?続きってなんだ?

 

「ヒッキーごめんね。陽乃さんとちょっと話さないといけない事が出来ちゃった。それとチョコレートはそう言う事だから、また明日ねヒッキー、今日は楽しかった」

争いごとを好まない由比ヶ浜が、しかも陽乃さんに対して突っかかるなんて、どうしたんだ?

 

「由比ヶ浜もか!?」

 

 

陽乃さんは俺に手を振りながら、ここから遠ざかる。

その後ろには雪ノ下と由比ヶ浜が何か思いつめたような顔でついて行く。

 

追いかけなくてもいいのか?なんかヤバそうだぞ。

しかし、三人とも、明らかに俺が居ない方が良いような言い回しだったが。

 

「……なんなんだ?」

俺はポツンと一人この場に置いてけぼりにされ、寒空に風が吹く中、俺はしばらくこの場で茫然と立っていた。




結果は持ち越しなんですが……

陽乃さん。どうやらヒッキー達の様子を見ていたようです。
なんか、良い雰囲気だったから……
そんで、もともとの計画であったサプライズ温泉旅行作戦を断念して現れたようです。
陽乃VS雪乃・結衣が実現に……

滅茶苦茶悩みました。
今迄、すべて八幡視点だったんですが……
別視点を番外って形で居れちゃうかもです。
乙女達視点で……
今も悩んでます。


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(72)八幡、困惑する。②

明けましておめでとうございます。
今年一発目です。

感想ありがとうございます。
誤字脱字ありがとうございます。

それでは……



由比ヶ浜と雪ノ下に呼ばれたのだが、なぜか葛西臨海公園内にある葛西臨海水族園で、要件を知らされないまま2人と、まったりとした時間を過ごした。

昨日のイベント後の部室や電話の様子だと、かなり重要な事のようではあったのだが……

 

水族園から出た後には、俺は二人から感謝の言葉を述べられ、バレンタインチョコを貰った。

義理チョコだろうが、俺は生まれてこのかた学校で女子にバレンタインチョコ貰うなどというリア充丸出しの出来事はなかったため、嬉しさ半分気恥しさが勝ち、返事や表情をどう繕えばいいのか困った。

 

雪ノ下からチョコを貰った後、さらに何かを俺に話そうとした時だ。

京都に居るはずの陽乃さんが訳が分からない事を言いながら、それを遮ったのだ。

 

そして、3人が言い争いになり、3人で話し合いが必要だとかで、どこかに行ってしまった。

俺はここでポツンと置いてけぼりを食らってしまう。

 

言い争いの理由に皆目見当がつかん。

雪ノ下はいつもの事だが、争いごとを好まない由比ヶ浜が、あんなに陽乃さんに突っかかるのは、相当の事なのだろう。

陽乃さんは二人に挑発めいたことを言っていたのは確かだ。

 

それもそうだが、陽乃さんが言っていた今週末に温泉旅行ってのが気になる。

週末は、オカルトGメンからの協力要請で泊りがけで遠方へ行く事になっている。だから断ろうとしたのだ。

陽乃さんは俺がオカGの仕事に行く事自体知っていたような口ぶりで、その上で、温泉旅行の方は大丈夫だと言う。

まるで、なぞかけのようだ。

予想では、オカGが解決するはずの仕事を、事前に陽乃さんなり、土御門家なりが解決してしまう。

直前に仕事のキャンセルという事になれば、さすがに次の仕事という事は無いはずで……俺がフリーとなり、そこを陽乃さんに強引に連れていかれると言う事なのだろう。

だからサプライズだとかなんとか言っていたんだ。

陽乃さんは、俺がキャンセルを食らった直後に現れ、そのまま温泉旅行に連れて行くつもりだったのだろう。

 

しかし、なぜ、そのサプライズを中止しなければならない事態になったんだ?

陽乃さんは雪ノ下と由比ヶ浜を見据えながらそんな事を言っていたが……

まるでわからん。

 

 

そんな事を思い浮かべながら、美神令子除霊事務所に到着する。

すでに、美神さんとキヌさんは出かけていて、事務所には置手紙と共にキヌさんと美神さんからのバレンタインチョコが置いてあった。

今年もありがたく頂きます。キヌさん。

 

そう言えば、美神さんとキヌさんの用事とはなんだろう?仕事だったら、事前に知らせてくれるのだろうが、何かプライベートなのだろうか?

 

シロとタマモはこの後しばらくして、事務所に戻ってきた。

「八幡殿、デートはどうで御座ったか?」

 

「デ、デートじゃねえし」

俺は要件で呼ばれて、水族園に行っただけで、決してデートとかではない……と思う。

いや、これは奉仕部の延長線上だ。奉仕部のメンバー全員での課外活動とかなんかそういう奴だ。

……なるほど、そう考えれば納得だ。

 

「この前の二人と会ってるって小町が言っていたわ。私達にデートの邪魔はしないようにと」

 

「はぁ!?何言ってんのうちの妹は!?」

シロとタマモに何言ちゃってるんだ小町は!?

 

「八幡殿達は、どこに出かけたでござるか?」

 

「す、水族園?」

 

「なんで疑問形なのよ」

「やっぱりデートではござらんか」

シロもタマモもジトっと疑いの目を俺に向けてくる。

 

「バッカ、ちげーよ」

 

「そう?八幡、バレンタインチョコを貰ったんじゃないの?」

 

「貰ったが義理だよ、義理、ほれ」

俺は二人に貰ったラッピングされたチョコの袋を見せる。

 

「クンクン………八幡殿。本気でそう思ってござるか?」

ラッピング袋を間近でシロは臭いを嗅ぐ。

 

「なんだそれ、それ以外何があるんだ?」

 

「だめねこの男。師匠が師匠なら弟子も弟子ね」

「八幡殿、先生より鈍感でござるよ」

 

「何がだよ」

 

「シロ、この男に何を言っても駄目ね」

「八幡殿~、お二人がかわいそうでござる~」

タマモは呆れた目で、シロは哀愁が漂った目で俺を見てくる。

ったくなんなんだ?

客観的に見て、俺がデートとかおかしいだろ?

それに雪ノ下と由比ヶ浜とは部活でいつも一緒に居るんだ。それが外に出かけたぐらいでデートとか、何言ってるんだ?

しかも、あの雪ノ下と由比ヶ浜だぞ。由比ヶ浜はリア充の上級者で人当たりがいいから、結構モテるらしいし。雪ノ下はボッチだが、校内一の美人だぞ。

俺に?ありえないだろ?

 

 

 

 

夕方、俺はシロとタマモを引き連れて、郊外のとあるお菓子メーカーの工場の除霊に向かった。

妖怪が4日ぐらい前から工場の倉庫に居座っているらしい。

 

 

『がはっはーーーーっ、リア充どもめ、こんなチョコ共は俺がこうしてやる~~~』

3メートル位の滅茶苦茶デブのブサイク妖怪がそこら中に積み上げてるチョコレートを片っ端から食べていた。

 

俺達はその倉庫の物陰から妖怪の様子を見る。

「……なにこれ?この頃こういう奴多くないか?」

「八幡、どうするの?」

「依頼主は、この妖怪が全部チョコを食べきってから退治してくれと」

「生チョコがもったいないでござるな」

「いや、これ作り過ぎて廃棄処分する分らしい」

 

そう、これは作り過ぎて廃棄処分するチョコなのだ。

このお菓子メーカー、バレンタインのチョコ需要を見込んで多量に作ったのはいいのだが、今年のブームは生チョコではなくて、高級チョコと後は手作りチョコだったらしいのだ。どこかの雑誌で手作りチョコが簡単に美味しくできる記事を載せてから、そのブームに火が付いたらしい。

それに乗ったライバル会社の、誰でも作れる手作りチョコキットが爆発的に売れたが、ブームを読みきらなかったこのお菓子メーカーは大誤算だったそうな。

そんでこの会社は多量に作り過ぎたチョコを流通させる前に絞って、こうして倉庫に保管し、徐々に廃棄する予定だったらしいのだが……4日前からこのデブ妖怪が現れ、この廃棄処分品を置く倉庫に居座って、チョコを食べ続けているらしいのだ。

どうせ、退治費用が掛かるのなら、そのままにしておいて、廃棄処分代を浮かすために今日までほったらかしにしてたのだそうだ。

この頃は産業廃棄物の規制も厳しくて廃棄処分代も馬鹿にならない、と言ってたな。あの部長。

世の中は世知辛い。

 

この妖怪は廃棄処分品の入った倉庫に入り込んでチョコを食べつくしていただけなのだ。

世の中には一つも影響が出ていない。このお菓子メーカー的には妖怪が工場に居ついて気味悪がっての退治依頼だ。まあ、工場自体は倉庫から離れてるため、稼働してるらしいが、それでも従業員は近くに得体の知れないものがいるのだ。働きにくいだろう。

 

 

『がっはっはっはーーー、チョコなんて俺が食べつくしてやるーー!!これで世のモテ男のリア充どもは、チョコが貰えないだろう!!』

 

……いや、全然リア充どもに影響が全く出てないんだが……お前がやってるのはタダの残飯処理だから……

俺は物陰から妖怪の様子を見て、ほろりと涙を一滴落とす。

 

『なにがバレンタインだ!?人間がそんな事をするから、妖怪の間でもバレンタインチョコが流行るんだ!!イケメン反対!!イケメン妖怪反対!!差別反対!!一反木綿の癖に!!チョコ貰いやがって!!』

目の前の妖怪は叫びながら、涙を滝のように流しながら其処らじゅうのチョコを平らげていた。

どうやら、妖怪の世界でもバレンタインチョコは流行ってるらしい。

まあ、日本だけだろうが。

 

 

そのデブサイク妖怪が大方チョコを食べきった所で、俺は目の前にサッとでる。

 

「ゴーストスイーパーだ。お前は住居不法侵入の上に、一応器物破損を行った。しかし人的被害は出ていない。大人しくすればギリギリ封印処分ですむ。後に解放される事もあるだろう。抵抗するならば退治する。お前には選択の余地がある」

今回は全く人的被害が出ていない。人を襲うそぶりも無い。不法侵入だけなら、危険性の無い妖怪ならば退去勧告で、二度とここに現れないように契約させればいいのだが、廃棄処分品とはいえ、食べてしまったら一応器物損壊だからな。封印処分は免れない。俺の判断で直接退治は可能だが……

 

 

『な!?なんだ貴様ーーー!!……あれ?その目は?泥田坊の旦那じゃないですか!?聞いてくださいよ!人間かぶれの妖怪共がバレンタインチョコなんて流行らすから、ブサイク妖怪たちは肩身が狭いんすよ!!何とかしてください』

 

「………またか」

 

「八幡殿、泥田坊だったでござるか?」

シロが俺に不思議そうな表情を向ける。

 

「なわけないだろ!?」

 

『ど、泥田坊の旦那も、リア充だったのか!?その超メンコイ妖怪を二体も!!その濁った目は俺達と一緒だと思ったのにーーーーー!!悔しいーーーー!!この悔しさをどう表現すればーーーーー!?』

デブサイク妖怪は涙をチョチョ切らせながら喚き叫ぶ。

超メンコイか…シロとタマモの事だろうが、もうメンコイとかいう言葉を使ってる時点でモテ無い要素が満載だろう。

 

「八幡、こいつ退治していい?」

タマモは面倒くさそうに俺に聞く。

 

「なんか……同情するんだが……知性もあるし、人的被害も出ていない。抵抗するそぶりもないしな。しかも、こいつ図体の割に弱っちい。一応封印するか……『封印』」

俺は脱力感満載のまま、封印札を取り出し、言霊を発する。

 

『イケメーーーーン。はーーーーーんたーーーーーい!』

デブサイク妖怪は叫びながら封印札に吸引され収まる。

封印札に処理を施し閉じる。

よ、妖怪の世界も大変なんだな……

あれ?泥田坊って、人望?がありそうだが、目はブサイク側なのか、という事は泥田坊に間違えられる俺の目は妖怪基準でもイケてないって事か……。何それ。

 

 

 

 

俺は一旦事務所に戻り、報告書を書いて、家に帰る。

まだ、美神さんとキヌさんは事務所に戻ってなかった。

 

 

 

自宅に帰ると小町がニヤリとした笑顔で出迎える。

「お兄ちゃんデートはどうだった?」

 

「デートじゃないぞ」

またか。

 

「え~~、でも、チョコ貰ったんでしょ、結衣さんと雪乃さんに!」

 

「義理チョコな」

そう言って小町にラッピングされたチョコを見せる。

 

「……お兄ちゃんそれ本気で言ってるの?」

 

「なにがだ?」

 

「本当にわからないの?」

 

「だから何をだ?」

 

「う……うううう、ごめんねお兄ちゃん!小町が小町がいつもお兄ちゃんにダメだしするから……ウエーーーン」

小町がいきなり泣き出した。なななんで!?どこに小町が泣く要素があった?

 

「ええーーー?どどど、どうした?小町!?」

 

「クスン……だって、お兄ちゃんがお兄ちゃんが」

やはり、俺のせいか?

 

「す、すまん。いや、ごめん。こ、小町ちゃん!?お兄ちゃんなんか不味い事言った?」

 

「グスン、小町のせいだーーーー、お兄ちゃんがこんなに鈍感になったのはーーーーーー!」

 

「ええええ!?鈍感!?いやよく言われるが、それは小町のせいじゃないぞ!?鈍感なのは八幡のデフォルトだきっと!」

 

「クスン。ウッウウウッ。小町が小町がちゃんとお兄ちゃんに言わなかったから……」

 

「え?何を?よくわかんないけど、八幡が悪いきっと!」

 

「ウウウ……ごめんねお兄ちゃん」

 

理由は全くわからなかったが、しばらく小町に泣かれたのだった。




次は、このシリーズ初の八幡視点以外でです。
一応番外という形にとろうかと……
この章の第の通り乙女たちの攻防ですね。


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(73)番外:乙女の心うち雪ノ下雪乃の場合

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回、初の番外しかも、八幡視点ではない。
雪乃視点です。

これに続くのは次に結衣視点となります。




バレンタインイベントが無事終了した後の奉仕部部室。

比企谷君は一色さんを自宅に送り届けるために先に学校を出た……

 

 

「ゆきのん、明日どうしようか?ヒッキー誘っちゃったけど」

 

「え?でも由比ヶ浜さんは比企谷君に……」

 

「うん、あたしはバレンタインチョコレートをヒッキーに渡すの。それで好きですって言うの」

 

「……だったら私は……」

 

「ゆきのんもだよ。ゆきのんもバレンタインチョコレート、ヒッキーのために作ってたんだよね。だからゆきのんも……ヒッキーにチョコレート渡して、ゆきのんの思いをヒッキーに伝えたらいいよ」

 

「それは………」

 

「あたしはヒッキーの事が好き。でもゆきのんの事も大事な友達なの。だから一緒に…ね」

 

「私は………」

 

「ゆきのん、今日ゆきのんちに泊まって良い?作戦考えないと」

 

「………うん」

私はゆっくりと頷いた。

 

私が初めて友人だと言える関係を持った女の子、それが由比ヶ浜結衣さん

彼女は私が持っていない物を多く持っていた。

今日もそう。

本当は怖がりで意気地の無い私の背中をやさしく押してくれた。

いつも笑顔で、優しさを持った女の子。

それだけじゃない。心がとても強い女の子。

 

私は知っていた。彼女が私が好きな男の子と同じ男の子の事がずっと好きだったと言う事を。

だから私は直前で躊躇した。怖かったから。彼女も彼も失いたくないから……

 

でも、彼女はその先を勇気をもって、踏み出そうとした。

私も一緒に……

 

 

私が好きになった男の子、比企谷八幡君。

最初に出会った時は、目が濁っていた事が印象だったけど、そこらにいる男子と同じように思えた。ただ、他の男子とは異なりかなり捻くれてはいたけども。

 

彼は私の注意やきつめの言動にも全く動じない。普通の男子だと二度と私の前に顔を出さないのだけど、彼はそれを楽しむかのように逆に言葉を返してくる。

彼とのやり取りは、私の中でなかなかの楽しみとなっていた。

 

彼は恥かし気もなく公然と独りぼっちを名乗っていた。

そんな彼だが、何でも一人でやり切ろうとする姿勢には共感していた。私もそうだから。

私はそんな彼が、そこらにいる男子とは異なり、興味の対象へとなっていた。

この時はまだ、好意という感情は無かったように思う。

 

文化祭では文化祭の成功と自分を毛嫌いしている女の子を救うために、自ら校内一の嫌われ者となった。誰に褒められるわけでもなく、自分を犠牲にしてまで……

彼に聞いたわ、自分を犠牲にまでして、なぜそこまでやる必要があったのかと。

彼は何時もと変わらず平たんに答えた。これが一番効率が良かったと。

目的を達成するための最短ルートは彼自身が校内一の嫌われ者になること、それを躊躇なく実行する。

流石に呆れはしたが、彼らしいとも思った。

 

その頃、ますます彼は興味の対象となっていた。

 

そして……あの京都の夜での出来事。

最初に数馬という人と餓鬼という妖怪に囲まれた時、私は既に絶望していたわ。

もはや、あらがいようがないと……体は震え、立つこともままならない自分にも絶望したの。

その時、彼は大丈夫だと言って、急変する……いつもの彼とは全く異なる顔つきをし、雰囲気すらも一変した。

これが彼のもう一つの顔、いえ本当の顔だった。ゴーストスイーパー比企谷八幡。

最初は何が起きたのかわからなかった。気が付いたら、彼が周囲の妖怪を次々と消し去って行った。

その後、圧倒的な存在感の鬼が現れた。鬼は私達を食わんと迫ってきた。

それでも彼は、自分より圧倒的な力を持つ鬼相手に、私達を助けるために、満身創痍になりながら何度も何度も立ち上がって……

その時の背中が今でも忘れられない。

 

姉さんに聞いたわ。鬼の名前は茨木童子。平安時代に悪行を働いた本物の鬼。

一流のゴーストスイーパーでも一人では退治することが困難な相手だと……、その状況であれば、比企谷君だけが逃げることができたとも……でも彼は逃げなかった。私達を命がけで守ってくれた。

 

彼に聞いたわ。なぜ私達を助けてくれたかと。彼は気恥しそうに「後味悪いだろ」と。

効率を重視するならば、私達を見捨て逃げるのが正解。でも彼はそうしなかった。私達を見捨てないどころか自らの命を懸けて鬼の手から立ち塞がってくれた。

彼は少なくとも私達の事を彼にとって必要な存在だと思ってくれていると、そう思うと心の中で何かが騒めきだした。

 

私は彼に助けられてから、ゴーストスイーパーの事、霊能者の事について、色々と調べたわ。

彼が霊能に目覚めたのは後天的、私が乗っていた車との事故が原因だった。

後天的に霊能に目覚めた場合、そのまま安定するケースは10%にも満たないと。一番多いのは何らかの霊障が後遺症という形で後の人生に付きまとうケース。社会復帰もままならない事も多いらしいわ。次に多いのは死亡するケース。霊能が暴走し死亡する。又は現実を見ることができず自殺をし死亡する。

彼は、霊能が暴走するパターンだったらしい。でも努力で霊能をコントロールできるようになり、後遺症が残る事が無いと言っていた。それどころか霊能者として開花させ、GS免許を取得するまでになっていた。

本人は決して言わないのだけど、それは並々ならない努力が必要だと、いろいろな資料を見ても理解できる。

 

この頃、私は彼に嫉妬と敗北感に近い感情を抱いていた。

彼は人生に翻弄されながらも、それを乗り越え、自分でその先を切り開いた。

私は親の言いなりになり、人生を決められ、それに抗いたいと思いつつ何もできなかった。

私がやっていた事は駄々をこねた子供のような事だけ……

 

彼はどうして一人で切り開くことができたのか、私はどうして何もできないのか、それが当時の私の感情を支配していた。

 

彼は奉仕部を辞めると言った時、当然だと思った。

彼は奉仕部に居たとしても得るものが無い。私と居たとて無駄に時間を過ごすだけだと……

しかし、由比ヶ浜さんがそれを止め、私を叱る。

そして、彼の真意を聞く。

彼は私たちの為に、奉仕部を辞めるつもりだった。

GSという特殊な立場が、いずれ私達に迷惑がかかると……そう、彼は私達の事を考え行動しようとしてくれた。

それと、彼は奉仕部で時間を過ごすのは居心地が良いとも言ってくれた。

理由は彼なりの捻くれた答えだったのだけど……

 

そして、私の悩みを聞いてくれた。彼は真剣に聞いてくれた。

私がこの時一番聞きたかったことに答えてくれた。

なぜ、一人でそこまで出来たのかという質問に。

彼は自分一人では何もできないと言っていた。

私には彼が正解を選択し続け、何もかも一人で解決してきた様に見えたから……

 

彼は周りの人たちに助けられて、ここまでこれたと……

一人では解決できない事の方が多いと、一人では間違ってばかりだと。

周りの人に恵まれたと言っていた。

 

私には姉さんしか頼れる人が居なかった。

その姉さんも今は……

 

彼は言ってくれた。

私の周りには平塚先生や由比ヶ浜さんが居る事を、そして自分にも頼ってくれと。

 

私はその言葉で救われた。

 

その後は……

いつの間にか彼を何時も目で追うようになっていた。

最初は彼の行動を観察しようと何気なく思っていたのだけど……

 

彼の周りには素敵な女性が居る事もわかった。

彼女の名前は氷室絹さん。名門六道女学院3年生。そして彼女もゴーストスイーパーで彼と同じ事務所所属の先輩だった。

彼は彼女の前だといつもの顔が綻ぶ。今迄に見たことも無い顔で……そう、由比ヶ浜さん調に言うとデレデレとした表情。

そんな彼を見ると何故かイライラとする。

 

氷室絹さんはいつも笑顔で口調も柔らかい。私から見ても清純そうな可愛らしい人。

六道女学院でも学業優秀で、霊能科の科目もトップクラス。交渉力も非常に高い。

さらに料理から家事全般まで何でもこなすことができる。誰が見ても非の打ち所がない人だった。

それに、ゴーストスイーパーだと言う事は、精神も強いと言う事。

 

能力だけを見ると姉さんとも似てなくもないのだけど、全く別のベクトルを持つ人だった。

 

彼を通じて氷室絹さんと懇意になる事が出来た。

そこで、知れば知るほど、彼女はわたしから見ると完璧に見えた。

やさしい笑顔も口調も、取り繕ってるわけではなく、そのままの彼女。姉さんの外面の仮面とは似ても似つかないものだった。

彼が彼女にあのだらしない顔を見せるのは致し方が無いと思うしかない。

しかし、彼はどうやら、彼女には羨望と憧れの念を持っているようなのだけど……その恋愛とは別に感じる。

 

そこで私は気が付いた。

私は比企谷君の事がもしかしたら好きなのかもしれないと……

そう自覚しだした頃に、ディスティニーランドで彼と二人きりになる事が出来た。

その思いはさらに強くなっていく。

私は彼が好きなのだと……

 

クリスマスイベントが終わり冬休みに入る。

私は彼と会えないこの期間に、もう一度自分の気持ちが本物なのかを再確認しようと、この機会に冷静に考えようとする。

考えても気持ちの問題というものはどうにもならない。やはり私は彼を比企谷八幡君が好きだと……

なぜ好きなのか……私を守ってくれたから?彼がゴーストスイーパーだから?

違う……。私は多分、彼がゴーストスイーパーだと知らされなくても好きになっていたと思う。

彼のそのわかりにくい優しさに気が付いてしまったから………

 

しかし、問題はここから……この後をどうすればいいのかが皆目見当がつかなかった。

こればかりは、平塚先生や由比ヶ浜さんに相談できない。もちろん姉さんにも。

由比ヶ浜さんは彼の事が好き。今から考えるとかなり前の段階で彼の事が好きだったと。

その事を考えると、私の心に痛みが走る思いがした。考えることを拒否しそうになる。

それでも前に進まないと。

 

私はどうしたいのか……

彼と一緒に居たい。

 

彼と一緒に居る方法を私は考える。

彼は高校卒業後はゴーストスイーパーをしながら大学に通うと言っていた。

将来はゴーストスイーパーを生業とすると。

 

そう、彼と居たいのならば……

私は彼とは切っても切れないゴーストスイーパーという職業について再度調べる。

そして見つけた。

霊能力者でもない私が、彼と一緒に居られる方法。

サイバーオカルト対策講習会。

この講習会、今後展開されるのGSに関する新たな資格試験制度についての事前説明会でもあった。

しかも、これは霊能者ではない一般人向けの資格制度。

 

私はこれを見つけた時には思わず小さくガッツポーズを取ってしまっていた。

資格制度は3つ。

オカルト管理責任者資格とサイバーオカルト対策管理者資格は国家資格。

オカルト事務管理資格者制度はGS協会認定資格。

国家資格の方は難関となるでしょうが、必ず取得する。

勉学は霊能とは異なり、努力で何とか出来る。

これさえ有れば、彼と一緒に居られる。

私の中で希望がどんどん膨らんでいく。

 

でも、ここで思わぬ壁に遮られる。

このサイバーオカルト対策講習会に参加するには色々と条件があった。

雪ノ下のコネとかではとても入れるものではなかった。

土御門家に居る姉さんに頼むのも手だったのだけど、この事だけは姉さんには絶対頼りたくない。

 

今の私は、頼れる人は姉さんだけじゃない。

彼が示してくれた。彼が私にくれた人との繋がり……

 

私は氷室さんに電話をする。

冬休み中で、氷室さんは実家に帰っていたのだけど、良い返事をいただけた。

氷室さんの講習参加枠を譲っていただけると。氷室さんは丁度大学受験と重なって行けないとの事だった。冬休み明けに参加資格の手続きを行ってくださるとの事。

 

私は今迄、実家と学校の中のごく限られた狭い世界感しか持っていなかった。

そこから、解放されたようなそんな手ごたえを感じていた。

そして、私の世界が広がって行くようにも思えた。

 

 

 

新年明けて、私は雪ノ下の実家の命令で、大人達と地元の有力企業や政治家達との挨拶周りに駆り出される。

姉さんの代わりに……

姉さんは正式に土御門家本家の人間となる事が新年に宣言された。

母さんは手放しで喜んでいた。本家筋のトップである土御門家の本家の人間になる事は数ある分家の切実な願いや希望であり、目標でもあったから。

 

そして、私は正式に雪ノ下家の跡継ぎにさせられた。

今迄は邪険に扱われ、戦略的な結婚をと、私の嫁入り先を探していたものを、手のひらを返したように、将来は婿を取って雪ノ下建設の跡をと……

 

私はもう迷わない。

私はそれに従うフリをする。

 

そして1月3日、あの日も親達と挨拶回りに向かう。

そこには私と同学年の男の子が同席していた。

葉山隼人くん。彼も私と同じく親の跡目を継ぐ事を決められた人。でも彼は私とは違い生まれた時からそのように育てられた人。彼は跡目を継ぐためにこれからも突き進むのでしょう。

私は彼を嫌っている。でも本当は過去の私自身の問題なのに。今もそれを引きずっている。

あの時、近くに居て助けを求めたのが葉山君ではなく、彼だったならきっと助けてくれたのだろうと思わずにはいられない。

 

そんな時、彼が私の目の前に現れる。

私が葉山くんと親達を2人で喫茶店で待っていたタイミングで。そう、私は別の男の子と一緒で……その、彼にそう言う目で見られるのが嫌だった。

でも、その彼は由比ヶ浜さんと一緒に居た。

私は暗い気分になる。もしかすると……二人でデートなのではと。

 

違った。小町さんやタマモさんも一緒だったのと、そして、今日の私の誕生日プレゼントを買いにきていたと……私はその場で、彼と由比ヶ浜さんから誕生日のプレゼントを渡される。

私はこんなに嬉しい誕生日プレゼントは初めてだった。

先ほどの暗い気分は嘘のように霧散していく。

 

しかし、そこに姉さんが現れ、彼にちょっかいをかけ出した。

私はそれを見るのがとても嫌だった。

彼にだけはちょっかい掛けてほしくない。

 

しかも、姉さんはとんでもない事を、母さんの前で言う。

「私と比企谷君の関係は、将来の旦那さんかしら?」

 

何時もの悪戯にしてはこれは……

思わず姉さんに声を荒げてしまった。

これにはさすがに母さんもかなりお冠だった。

彼は慌てて否定していたのだけど……

この後、姉さんとは音信不通となる。京都に戻って修行をするとかなんとかで。

彼と何かあったのではないかと疑ってしまう。

 

 

 

新学期に入って早々にトラブルに巻き込まれる。

私と葉山君が付き合ってるという噂が学校中に立った。

私は彼にそう思われるのがとても辛い。

彼は全く意に返していないためホッとはするが、それはそれで何か釈然としない。

 

新学期でも、相変わらず彼はいつも通りだったため、それはそれでホッとするし、一緒に居られることに喜びも沸き上がる。

 

 

私は新学期早々に放課後、美神令子除霊事務所に向かう。平日の前半は彼は仕事を入れていないので、彼に気づかれる事は無い。

サイバーオカルト対策講習会の受講票を受け取りに行くために。

 

受講票を受けとる際、美神令子さんに話しかけられる。

GS業界きってのやり手、若くして最高峰SランクGS。それがゴーストスイーパー美神令子さん

「雪ノ下雪乃さんだっけ、なんでこんな講習会の受講票が欲しかったの?」

 

「後学のためです」

 

「ふーん。後学の為ね」

美神さんはジトっとした目で私を見てくる。

 

「それ以外に何か?」

私は冷静に答える努力をする。

 

「いーえ、そう言えばこの講習会、比企谷君も出るから、同じ日に」

 

「!?……そうですか」

 

「ふーん。まあ、そう言う事……そう言えばあなたの姉って、土御門陽乃よね」

 

「そうです」

 

「土御門の方が沢山講習会枠持ってるわよ。あっちの方が圧倒的にGS協会員多いしね。なんでわざわざ、ここに、おキヌちゃんに頼んで?」

 

「家庭の事情です」

目の前にするだけで、かなりの迫力が……これが女傑美神令子。

少しでも油断するとボロが出そう。

 

「なるほどね。まあ、いいわ。頑張って行ってきなさい。それとそうとあなた。本気で資格取るつもりがあるなら……ここでアルバイトとして雇ってあげてもいいわよ」

美神さんの目はまるで人を見透かしたような感じ、いえ、まだボロを出してないはず。

 

「!?……今はまだ、考えておきます。もしその時があればよろしくお願いします」

渡りに船だけど、ここで返事はまずいわ。一旦持ち帰ってから。

 

「そう、待ってるわ」

そう言った美神さんの笑顔は凶悪な悪魔か何かに見えた。

氷室さんは隣で苦笑していた。

 

 

サイバーオカルト対策講習会当日。

彼は私が参加することに少々驚いていた。

これは私のちょっとした悪戯、いつも驚かされてばかりいるから、そのお返し。

氷室さんには黙って貰っていた。もちろん美神令子さんにも。

 

その後、比企谷君は資格試験についての、参考になる本などを貸してくれるようになる。

嬉しいのだけど、それはあまり必要はなかった。

 

私は氷室さんとは会うようになっていて、氷室さんは第一志望の大学に合格が決まり、時間が空いたからと、色々と教えていただける。

オカルト関連の事だけでなく、いろいろな事を、学校や雪ノ下の実家では学べない事を。

美神さんともよく会うのだけど、私に良くしてくれる。

でも、美神さんは何か黒黒したとてつもない事を考えていそうな……

 

 

このまま、順調にと思っていたのだけど。

比企谷君の周りがこの頃、騒がしくなる。

川崎さん……多分一色さんも。

彼の事を気が付き、理解しだしている。

 

私は焦りを覚える。

私の恋敵は、友人の由比ヶ浜さんだけだと思っていたから……

彼女だったら……比企谷君は。

 

そんな中、バレンタインイベントそして、バレンタインデーが。

私は決心する。

私の思いを彼に告白しようと……

 

 

いざとなると腰が引ける私。

 

 

そして今、マンションの自室で由比ヶ浜さんと話し合う。

「私も比企谷君が好き」




次は結衣編です。


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(74)番外:乙女の心うち由比ヶ浜結衣の場合

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は番外結衣編です。
めちゃくちゃやりにくい書きにくい。結衣編。
番外の雪乃編、結衣編は飛ばしても、大丈夫な作りになってるはずです。
この2話程、やはり俺がGSの弟子なのは間違っていた。らしくない感じが続いてますが……ご了承ください。

次で戻る事ができるのか!?



あたしはバレンタインイベントの後、ゆきのんちに泊まった。

ゆきのんと話し合いたいから。

もちろんヒッキーのことで。

 

「ゆきのん、もう一度言うね。あたしはヒッキーが好き。明日バレンタインのチョコレートを渡して言うの、ヒッキーに好きだって」

 

「私は……」

 

「あたしは知ってるよ。ゆきのんがヒッキーの事を……」

 

「そこから先は私に言わせて由比ヶ浜さん」

 

「うん」

 

「私も比企谷君が好き」

 

「知ってた」

 

「私も彼に思いを伝えたい」

 

「そだね。選ばれるのはどちらか一人だけ、もしかしたら二人とも選ばれないかもしれない。でもそれはもっと先だと思うな」

 

「そうね。彼、かなり鈍感だもの」

 

「でも、ヒッキーが私たちのどちらかを選んだとしても後悔しないようにしないといけない。だからあたしはゆきのんにもちゃんとヒッキーに思いを伝えてほしいと思ったの。それはヒッキーやゆきのんのためだけでなくて、あたしの為でもあるの」

 

「由比ヶ浜さん……」

 

「ゆきのんは恋のライバルだけど、大事な友達だから」

 

「やはりあなたは強いわ。私はそこまで割り切れない……」

 

「えーー?そうかな?そんな事を言っても、あたしだってヒッキーに振られたら泣いちゃうし、落ち込むし、多分ヒッキーが選んだ人をうらやむと思う。それがゆきのんだったとしても。でもその後は、ゆきのんとだったら友達で居たい」

 

「私も…そうしたい」

 

「ゆきのんはヒッキーのどこが好きになったの?私は優しいところと、一生懸命なところ」

 

「私もそう、彼の優しさ」

 

「そこは同じかー」

 

「当の本人は、私達がこんな思いを抱いている事を知りもしないでしょうけど」

 

「そうだよ!まじヒッキー鈍感すぎ!結構恥ずかしい事もしてるのに!」

 

「あれはわざとだったの?」

 

「ヒッキー見てると、その触りたくなると言うかその触れて居たいというか。サブレ的な感じで、つい無意識に、後で気が付いて顔が真っ赤になるの」

 

「由比ヶ浜さん……」

 

そんな時、ヒッキーが電話を掛けてきてくれた。

明日は午前から昼過ぎまで空けてくれると言って。

あたしは直ぐに返事をして、会う場所をヒッキーに伝える。

告白するならあそこだと前から決めてたから……

ゆきのんも同意するように、私とヒッキーの会話に頷いてくれていた。

 

「ゆきのん。明日は水族園で3人で楽しも、それで最後にチョコレート渡して告白するの。ヒッキーどんな顔するかな」

 

「きっと驚いて、何を言われたのかわからないような困った顔になると思うわ」

 

「やっぱそうだよね」

 

この後、ゆきのんと色々話しあった。

ゆきのんはあたしより、全然ヒッキーとの事を真剣に考えてた。

将来の事までも……

でも、あたしも全然考えていなかったわけじゃない。

ヒッキーと一緒に居られる方法を私なりに考えてたの。

 

 

 

私がヒッキー、比企谷八幡くんを好きになったのは何時だろう。

やっぱり最初からかな。

 

サブレを助けてくれた時からかな。

そのせいで、ヒッキーは大けがをして、大変な目にあったんだけど……

 

私の大事な家族を怪我してまでも助けてくれたのがヒッキーだった。

その頃のあたしは、自分に自信がないというか、人に流されやすい感じで、人に合わせてばっかりだった。

 

だから、ヒッキーに面と向かって何かを言う事も出来なかった。

学校でたまに見かけるヒッキーを目で追いかけるだけ。

ヒッキーってあだ名は、退院したヒッキーを学校でしばらく、お礼を言わなくちゃと、後をつけてた時に心の中で付けてたあだ名。

あの時は結局、声を掛けることができなかった。

自分に自信が無いだけじゃなくて、勇気も意気地もない。会って謝る事も出来ない。

 

何かを変えようとして、髪の色を明るくして見た。

すると友達は沢山出来た。その頃から、友達に誘われるまま、遊びまわるようになって、勉強もしなくなってた。そして、いつしかヒッキーの後を追いかけなくなってた。

 

2年生になって、今までのグループじゃない友達が出来て、その子達と遊ぶようになった。

一人はちょっと怖い感じの三浦優美子と、サバサバした感じの海老名姫菜。

それと、男の子の友達もできた。隼人くんと戸部っちのグループ。

 

そして、ヒッキーと同じクラスになったの。

あたしはまた、ヒッキーを目で追いかけるようになった。

何時も一人でいるヒッキー、思わず手を出して撫でたくなる。

なんか、不貞腐れた犬みたいな目がなんとなく可愛いかんじがする。

 

でも、今のあたしはヒッキーに声をかける資格も何もない。

あたしはそんな事を思い悩み、廊下を一人で歩いていると、生活指導の平塚先生が声を掛けてくれた。

「なんだ由比ヶ浜、珍しく落ち込んでいるようだな。悩み事があるなら、言って見たまえ」

 

「……お礼が言いたいんです。ずっと言えなかったお礼を、どうしたらいいですか?」

 

「ふむ。言葉だけでは中々難しいな。何か心の籠った物も一緒に持って行くのがいいのではないか?相手も喜ぶであろうし、何よりも自分が納得できる。手作りのお菓子とかはいいんじゃないか?」

 

「あたし、料理とかできないというか、なんていうか……」

 

「そういえば、君は家庭科の実習は壊滅的だったな。……うむ。そうだ。あそこに相談するといい」

 

そう言って、平塚先生に紹介されたのが奉仕部という部活だった。

そこにはゆきのん。当時は雪ノ下さんと呼んでた。と、ヒッキーがその部室に居た。

お礼を言いたいそのヒッキーがそこに……ヒッキーと初めてお話しをした。

ヒッキーはあたしの事を知らない。サブレの事が無かったとしても、同じクラスメイトなんだから、名前ぐらい覚えてくれてもいいのに。

 

ゆきのんにあたしの人に流されやすい性格や自信が無いところを思いっきり注意されて、私は思った。嫌われる事なんて気にもしないで、ダメな事はダメだと言えるゆきのんがカッコいいなと。いままでこんなあたしにこんなに注意してくれる子はいなかった。

友達というものはそう言うものじゃないかな……

 

あたしはその後、奉仕部に入る事にした。

ヒッキーもいるし。ゆきのんも……

2人のおかげであたしは、自分に自信が持てるようになった。

言いたいことをちゃんと伝えることもできるようになった。

 

そして、ヒッキーに知られてしまった。あたしがヒッキーが助けた犬の飼い主だと言う事を、本当はあたしから言わないといけなかった事なのに。

でも、ヒッキーは全く気にしていなかった。

というよりも、もしかして、ヒッキーはあたしに対して全く興味が無い?

もしかして、学校にも興味が無いのかも?

 

でも、そんな事は全然なかった。

あたしが失敗したりしても、さりげなくフォローしてくれるし、基本はやっぱり優しい男の子。

誕生日プレゼントも貰った。うれしかった。でもどちらかというとサブレの持ち物だけど……

 

あたしはヒッキーとゆきのんが一緒に買い物をするのを見てしまって、逃げた事もあった。

ヒッキーは実はゆきのんと前々から付き合ってたのかもと思ってしまったから……

 

なんで逃げたのか……そう、あたしはヒッキーが好きだから。

あたしはようやくそこで自分の気持ちがはっきり分かったの。

 

一緒に花火を見に行って、夏休みが過ぎ、あたしはヒッキーがもっと好きになってた。

 

でも、文化祭のあの日、ヒッキーはさがみん(相模)を助けて文化祭を成功させるために、自分を悪者にした。みんなヒッキーを悪者にする。

あたしは辛かった。ヒッキーはそれでも、全然気にしてなさそうだったけど、あたしはヒッキーの悪口を聞くたびに本当の事を言ってやりたかった。

でも、それをすると、ヒッキーがやったことが台無しになってしまう。

私は声を大きくして言いたかった。ヒッキーは本当は優しくて、みんなより心が強い男の子だと。

 

 

修学旅行の京都のあの日の夜。

あたし達は妖怪に囲まれた。でも、あたしはまだ大丈夫だと思った。ヒッキーが全然諦めてなかったから……

そしたらヒッキーがあっという間に怖い妖怪をやっつけたの。

あたしは何がどうなったのかよくわからなかったけど、ヒッキーが真剣な顔になって、何時もよりもかっこよくなって、ヒッキーはゴーストスイーパーだと名乗った。

 

そう、ヒッキーは強かった。こんなに強いのに普段学校ではそんな感じをさせない。

みんな知ったら驚くと思う。

あたしは嬉しかった。本当は本当にすごいヒッキーが。

 

でも、その後、あの恐ろしい鬼が現れて、あたしとゆきのんを食べようと、近づいてきた。

あたしもその恐ろしさに、足がすくみ、全く動けなかった。

ヒッキーはそれでも、私達の前に立ち、自分よりも強い鬼に何度も何度も立ち上がって庇ってくれた。ヒッキーの体はどんどんボロボロになって行く。腕は動かなくなって、血だらけになっても……あたしは鬼の恐怖よりも、ヒッキーがボロボロになって行く姿の方が怖かった。嫌だった。

それでも、あたし達を逃がそうと立ち上がるヒッキー。

 

最後はヒッキーの師匠の横島さんが助けに来てくれたけど……ヒッキーは最後の最後まで私達を逃がすために、鬼に立ち向かってくれた。

ヒッキーはサブレだけでなく、あたしの命の恩人に……ヒッキーが私達を助けてくれたのは嬉しかった。

でも……ヒッキーはこんなにもボロボロになるまで自分を犠牲にする姿は……それは嫌だった。

 

数日後、元気になったヒッキーが学校に来た。

もう、怪我とかは無くなってた。あたしは嬉しさが込み上げる。

でも、あんなに酷い怪我だったのに、2,3日で治しちゃうなんて霊能力者って凄い。

 

その後、何故かヒッキーがあたし達に謝って来た。

あたし達が先にお礼を言いたいのに……

ヒッキーはすべて話してくれた。

あの夜の事、そしてヒッキーの秘密の事。

ヒッキーはプロのゴーストスイーパーだった。

やっぱり、あたしが好きになったヒッキーはすごい人だった。

妖怪や幽霊を退治するお仕事。

しかも、あの超有名人のゴーストスイーパー美神令子さんのところで働いてた。

でも、学校の皆には内緒。

残念。

きっとみんな知れば、ヒッキーの悪口を言う人は居なくなると思うのに。

 

ヒッキーは学校の外ではボッチじゃなくて、ちゃんと人とお付き合いしてた。

ヒッキーのゴーストスイーパーの師匠は横島さん。鬼を倒した時は凄かったけど、物凄い変な人でスケベでエッチな人。ヒッキーにはあんな感じになってほしくないな。

美神令子さんはやっぱり美人でカッコいい大人の女の人。

そして……氷室絹さん。

 

クリスマスイベントの時に会ったけど、ヒッキーは絹さんの前では、デレデレな表情をするの。学校でも見たことが無いぐらいに。

氷室絹さんは六道女学院3年生で、可愛らしい女の人で、とてもヒッキーと同じゴーストスイーパーに見えない。しかも、頭も良いし、料理も出来るし、優しいし。

あたしが勝ってるとこが一つも無い。

ヒッキーのデレデレ顔をみると、つい妬いちゃう。

 

後は、タマモちゃんとシロちゃん。

私達と同じ年位らしいけど、二人とも美人。

タマモちゃんは外人さんで金髪美女。何だか大人の雰囲気。

シロちゃんはスレンダー美人。モデルさんみたいに手足が長くて、元気いっぱいの女の子。

 

ヒッキーは職場にこんなに、美人とか可愛らしい女の人に囲まれてる。

ヒッキーが職場でデレデレしてると思うと、なんかムカムカが込み上げてくる。

 

でも、ヒッキーはシロちゃんとタマモちゃんには、どっちかというと小町ちゃんみたいに妹な感じで接してるから、大丈夫かな。

美神さんは怖い上司だと言ってたから大丈夫。

やっぱり、絹さんが強敵。普通にしたら勝てる気がしない。

でも、ヒッキーは絹さんは横島さんが好きだって言ってたから……多分大丈夫。

横島さん……絹さんは横島さんのどこが好きになったのかな?ヒッキーより強いのはわかるけど。

 

 

それよりも……たぶん。ゆきのんはヒッキーが好き。好きになり始めてる。

あの頃の部室のゆきのんは、いつも本を読みながらチラチラとヒッキーを見てたし。

 

ヒッキーが部活を辞めようとして、ゆきのんが自分の事を話してくれた後ぐらいから、ゆきのんはヒッキーをかなり意識してるみたい。

 

あたしにとって、最大のライバル……

でも、あたしがゆきのんに勝てるところって無い……

ゆきのんは美人だし、頭も良いし。料理とかもできるし。

せめて、ゆきのんに何か一つでも近づかないと……

 

あたしができる事、ゆきのんに一つでも近づいて、さらにヒッキーと一緒に居られる方法。

そこで出した答えが、勉強する事……ゆきのんに美人では勝てないし、何とか出来るかもしれないのは勉強。あたしだって総武高校を受かったぐらいだからそこそこできるはず。でも1年生の時にさぼったのはやっぱりダメだったなー。

ヒッキーは大学に行くって言ってたから、ヒッキーと同じ大学を目指す。

それでヒッキーと同じ大学に行って、また同じ部活をするの。

ゴーストスイーパーは霊能が無いとなれないけど、大学生は頑張ればなれるから。

 

勉強、今からどうやったら……ゆきのんにお願いするしか。

でも恋のライバルだし。うーーー。

でも、こうするしかない。

 

あたしはゆきのんに勉強を教えて貰えるようにお願いした。

すると、ゆきのんは二つ返事で受けてくれた。

あたしには恩があるからと……

恩?あたしはゆきのんに助けてもらってばっかりで、何もしていないのに。

 

あたしは勉強を再開した。

家でも、休日も、友達に誘われない限りは勉強をした。

部活でも、時間がある時、ゆきのんに見てもらった。

1年生の分をまず取り戻さないと。

 

クリスマスイベント中、ヒッキーはGSの仕事の事で私達を頼ってくれた。

物凄く嬉しかった。

ヒッキーに「助かる」とか「ありがとな」と言われるとつい顔がにやけちゃう。

ついでに、小町ちゃんみたいに頭をなでてほしいって思っちゃう。

 

ヒッキーのGSの依頼も無事終了して、クリスマスイベントも成功。

そして、冬休みになった。

ヒッキーにどこか遊びに行こうと誘ったんだけど、冬休み丸々修行の旅に出ると言ってた。

修行の旅って何?

 

年明けのゆきのんの誕生日プレゼントを買いに行く事はしぶしぶだけど約束してくれた。

 

冬休みは家族旅行と優美子達と遊びに出かけた。

それ以外は勉強を……三学期終わりまでには2年生分は完璧にしないと。

ヒッキーは頭いいから、かなりレベルの高い大学に行くはず。それに合わせるには頑張らないと。

 

1月3日はヒッキーとゆきのんの誕生日プレゼントを買いに千葉駅前まで出かけた。

小町ちゃんとタマモちゃんも一緒に居たんだけど、途中で逸れて、ヒッキーと二人っきりで買い物。

楽しい。ヒッキーはぶつぶつ言いながらもちゃんとついてきてくれるし、やっぱりヒッキーと一緒に居るのは楽しい。でもヒッキーはあたしと一緒に買い物して楽しいのか不安だった。

 

お昼ごはんを二人で食べようという事になって、入った喫茶店でゆきのんと隼人君の二人と偶然会った。

ゆきのんはすごく慌ててた。

ゆきのんは隼人君と二人でいると事をヒッキーに見られたくなかったのと、私とヒッキーが二人でいたから……

あたしも同じ経験をしたからわかる。その時のゆきのんはヒッキーの事をなんとも思ってなかったからすぐに誤解は解けたけど……。

 

隼人君がヒッキーとあたしに、ゆきのんの前でこんな事を聞いてきた。

「結衣とヒキタニ君は仲いいよね。一緒に居ると楽しそうだし」

あたしは答えに困った。いつも気遣いができる隼人君がこんな質問をするなんて……

でもヒッキーは「まあ、そこそこな」と平然と答えてくれた。

あたしは嬉しかった。あのヒッキーがそんな事を言ってくれるなんて、あたしと一緒で、楽しんでくれてたなんて、本当にそうなのか思わず聞き返しちゃったし。

その後、ヒッキーは正直にゆきのんの誕生日プレゼントを買いに来た事を伝え、ゆきのんにプレゼントをこの場で渡す。あたしも一緒に。

ゆきのんはすごく喜んでくれた。

 

そこに陽乃さんが現れた。

陽乃さんはいつものようにヒッキーにちょっかいを出す。

いつ見ても、嫌な光景。

 

その陽乃さんがゆきのんと陽乃さんのお母さんがいる前で……ヒッキーの事を将来の旦那さんと言った。

ヒッキーは直ぐに否定したけど……

それって、陽乃さんがヒッキーの事を好きだって事なのかな。

 

 

 

新学期が始まって、優美子の依頼とか、平塚先生の生霊事件とかあったけど、ヒッキーが難なく解決?ちょっと違うかな、生霊事件は横島さんが解決かな?平塚先生も横島さんのどこがいいのかな?ヒッキーは横島さんは普段はあんなだけど、いい人だと言ってたけど。その普段が嫌だな。

 

そんな中、ヒッキーの優しさに気が付き始めてる子が何人か……

サキサキと……あと、いろはちゃんも。クリスマスの時だったけど折本さんも多分。

 

今迄、ライバルはゆきのんだけだったけど、これ以上増えたら困る。

もし、ゆきのんとヒッキーだったらあたしも……でもそれ以外の子は嫌かな。

 

あたしは覚悟を決めて、元々考えていた事を早める事にした。

バレンタインデーにヒッキーに告白するの。

出来れば、ゆきのんと一緒に。

 

 

 

 

 

今、ゆきのんと一緒に布団の中で、ヒッキーとの事を思い浮かべる。

 

「それってゆきのん。ヒッキーと結婚の事まで考えてない?」

 

「え?違うのかしら?お付き合いすると言う事は結婚が前提ではないのかしら」

 

「……ゆきのんはあたしより天然だと思うな~」

 

「由比ヶ浜さんは違うの?」

 

「私はそこまで考えてないよ~。ただ、ずっとヒッキーと一緒に居たいだけ」

 

「それは、同じ意味ではないかしら?」

 

「そうかな?」

 

「………」

 

「ゆきのん、明日の事、ヒッキーに告白する事を考えたら緊張する?」

 

「ええ、でもあなたが一緒だと、少し気が楽になるわ」

 

「あたしも!……ゆきのん!明日晴れたらいいね!」

 

 

 

 

 




遂に次は正面対決か!?


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(75)乙女たちの前哨戦

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

とりあえず、前回二つの甘々展開はおわり、
72話の続きとなりますが、今回は第三者目線での話になりますことをご了承ください。


葛西臨海公園から東京湾に向かってせり出してる人工島の小さな砂浜。

2月中旬の寒空とあって、人は殆ど訪れない。

 

ただ、3人の人影が見受けられる。20前後の美女が年恰好からすると高校生ぐらいの美少女2人と向き合っていた。

 

「……雪乃ちゃん。比企谷君は諦めなさい。ガハマちゃんもね」

雪ノ下陽乃は目の前の少女二人を見据え、淡々と彼女らに言葉を突きつける。

 

「突然現れて何を言い出すかと思えば、いきなりね。姉さん」

雪ノ下雪乃はその言動に怒りをあらわにし、凍てつくような視線を実の姉に向けた。

 

「そうですよ。なんでそんなこと言うんですか!」

由比ヶ浜結衣は、珍しく声を荒げ、陽乃に噛みつかんばかりにと強く言葉を投げつける。

 

「彼は霊能者、しかも私に匹敵する程の霊格を持った本物の霊能者なのよ。霊能者でも何でもない雪乃ちゃんやガハマちゃんが出る幕じゃないの」

陽乃は淡々と、まるで一般人である二人に、霊能者の話に入って来るなと言わんばかりの物言いをする。

 

「それがなんだって言うんですか!?あたしがヒッキーが好きなのと、関係ないじゃないですか!!」

結衣はそれに猛反発する。

 

「ガハマちゃん。霊能者は貴重な存在なのよ。ほぼ血筋で決定するような物なの……彼は霊能の家系ではないのだけど、あのレベルの霊能者となると霊格は多分、子へと引き継がれるわ。この意味は賢い雪乃ちゃんだったら分かるわよね」

 

「……だから、彼を諦めろと、そう言うのね。姉さん!」

雪乃はそれを理解するも納得はせず、声を低くし威嚇するかのように陽乃を睨みつける。

 

「そうよ。しかも男性の高位の霊能力者は数が少ない。霊感や霊気を操る感覚は、本来女性の方が優れてるの。この国のAランク以上のGSの7割以上が女性よ。公表されてるSランクに限って言えばすべて女性だわ。この意味わかるわよね。優れた女性霊能力者に対して、優れた男性霊能力者の人数が圧倒的に少ない。その貴重な男性の高位の霊能力者が比企谷君なのよ」

霊能力は女性に優位性があるのは確かだ。霊的感覚は女性の方が生まれつき優れてると言う論調はGS協会にも正式に認められてるものだ。

陽乃はそんな貴重な存在である八幡のように若くて霊能力に優れた男性を、霊能力の無い雪乃や結衣が一緒になるのは根本的に間違っていると言っているのだ。

優れた霊能力者を受け継ぐためには優れた霊能力者どうしが結ばれるのが当たり前だと言ったのだ。

それは霊能力を代々受け継ぐ家系はそうやって今迄その血筋を維持してきた事は周知の事実だった。

 

「たとえそうだとしても、私は彼が好きで、一緒になりたいと思ってる!これは私と彼が決めることだわ!」

 

「雪乃ちゃん。言うようになったじゃない。いや比企谷君か、あの雪乃ちゃんをここまで落としちゃうなんて、罪な子。でもね雪乃ちゃん。曲がりなりにも陰陽師の分家の人間として、それは許されるものじゃないわ」

 

「それを決めるのは比企谷君よ!」

 

「あたしは霊能者やゴーストスイーパーが好きなんじゃない。ヒッキー自身が好きなの!」

 

「そう、言い方をかえるわ。今、ゴーストスイーパーの人数は圧倒的に少ないのよ。しかもBランク以上なんて極わずか。将来はもっと必要となるわ。ならば、この国の将来のため、優れた霊能力者を次代にと繋いていかないといけない。だとしたら高位の霊能力者どうしが結ばれるべきだと思わない?」

陽乃は飽くまでも冷静に、淡々と話を進めていく。

 

「……それが姉さんだというの!比企谷君と結ばれるのが姉さん自身だと言うの!?」

 

「そうよ。私は彼を、比企谷八幡を正式に婿に迎え入れるつもりよ。土御門陽乃としてね」

 

「な!?やっぱりそうだったのね!!母さんはそれを知ってるの!?」

 

「知らせてないわ。まあ、本家が説得すれば、頷くと思うわ母さんは。母さんの望みは本家の人間と結婚させる事だったのだけど、いくらご当主である師匠の息子だからと、次男の数馬となんてないわ。比企谷君の方がよっぽど優れてるもの」

 

「さっき姉さんが言っていた事とは齟齬があるのではないかしら!?いくら優れていても、比企谷君は後天的な霊能者。その高い霊能力で霊格はある程度子供に引き継がれるかもしれない。それでも、引き継ぐ遺伝的な物に関しては、代々受け継がれてきた土御門家にかなう可能性は低いわ!」

霊能家は代々霊能力者どうしで血筋を残した結果、遺伝的にも霊能力者を擁しやすい。それは陽乃自身が証明している。薄まったはずの分家の血筋として隔世遺伝という形で霊能力を発現したのが陽乃だからだ。

雪乃は八幡や絹から借りた参考文献や教えて貰った事をフルに活用し、反撃の糸口を見つけたのだ。

 

「あら、雪乃ちゃん。ちゃんと勉強してきたのね。それも比企谷君のため?妬けちゃうわね。……雪乃ちゃんが言ってる事は間違いではないわ。でも陰陽師家や霊能家が代々受け継ぐものは霊能の血筋や遺伝だけではないわ。もう一つ重要なものがある。技術継承よ。彼は美神令子と横島忠夫の技術を継承してるわ。霊波刀なんて、一流の霊能者ですら発現すらできないような絶技と呼ばれるようなレアな代物も、それを努力だけで彼は習得した。まだ不完全なようだけどね。それだけを見ても霊的センスを感じるわ。後天的に霊能を得て、高々2年弱で様々な術式を理解し正確に扱え、応用も出来る。師匠がよっぽどよかったのかもしれないけど、それを差し引いても、凄まじい霊的センスだわ。今年の初めに久々に会った彼はさらに進歩していた。彼は私の知らない未知の力も隠してる。まさに霊的センスの塊のようね。土御門本家ご当主も認めるぐらいよ。これはね。雪乃ちゃんやガハマちゃんがどうすることもできないようなレベルの話なの。彼自身は自分の価値に気が付いていないけど。土御門本家は本気よ。土御門本家は私に比企谷君を婿に迎える事を承認しただけでなく、土御門の人間として迎えろと正式に言ってきてるの。私もそうすべきだと思う。私自身、ご当主には申し訳ないけど、数馬兄上よりも、比企谷君の方がよっぽどいいもの」

 

「だからって!」

 

 

「陽乃さんはヒッキーのどこが好きになったんですか?」

結衣は、声のトーンを落として、陽乃に静かに言葉を投げかける。

 

「なーに?ガハマちゃん。話した通りよ。彼と対峙した私は感じたわ。彼の霊気霊力の扱い方、技の多彩さ、反応、すべてが満足がいくものよ」

 

「それって、ヒッキーの霊能力の話だけ。陽乃さんの話にはヒッキー自身の話が全然入ってない」

 

「何を言ってるのかなガハマちゃんは、霊能力も彼の一部よ」

 

「陽乃さんはヒッキーの事を全然分ってない。そんな人にヒッキーは譲れない」

 

「いうわねガハマちゃん。私の何が全然わかってないというの?」

 

「ヒッキーが好きな飲み物を知ってますか?」

 

「それがどうしたというの?」

 

「マッ缶。あの甘い練乳が入ったコーヒー。ヒッキーは甘党で、サイゼに行ってもコーヒーに砂糖をたっぷり入れるの」

 

「だから、それが何か関係があるのかな?ガハマちゃん」

 

「……ヒッキー、悩んでた。陽乃さんに温泉旅行に無理やり連れていかれる事を。何でそこまで悩んでたのかわからなかったけど、ようやくわかった。ヒッキーの事を好きでもない陽乃さんに無理やり結婚させられるかもしれないと思ったから。ヒッキーはそんな陽乃さんと結婚なんてしたくないから!ヒッキーの事を良く知らないのに結婚だなんて言ってる人をどうやって好きになれるの!」

結衣は徐々に声を荒げ、最後には叫ぶように訴えた。

 

「……やっぱり、温泉旅行の事を雪乃ちゃんとガハマちゃんに話してたのね。よっぽど比企谷君に信用されてるのね」

それでも陽乃の顔色はかわらない。

 

「姉さん。当の比企谷君本人が姉さんを望んでいないのよ!」

 

「そうね。それは雪乃ちゃんとガハマちゃんの言うとおりね。確かにまだ、彼の心を掴んでないわ。でも今回の温泉旅行は、比企谷君と親睦を深める事なのよね。2泊3日。その間に落としてみせるわ」

陽乃は結衣と雪乃の訴えを肯定しつつ、話を次に進めていく。

 

「やっぱりそうだったのね。比企谷君の勘が当たったわ。でも残念ね姉さん。姉さんの外面の魅力に引き寄せられるそこらへんの男達と比企谷君を同じにしない事ね。彼は動じないわ」

 

「雪乃ちゃん。私は本気だと言ったの。比企谷君も男の子よ。この先は言わなくてもわかるわよね」

 

「姉さん!まさかその、その、そんな事を!?」

雪乃は姉の言葉を理解し驚愕な表情をしていた。

 

「そうよ。いくら精神力と理性がずば抜けて高いと言っても、比企谷君は所詮男子高校生。既成事実を作ってから、彼の心を私に振り向かせて行けばいいだけよ」

陽乃は女という武器を使って、八幡を誘惑し、既成事実を作ると言っているのだ。

陽乃は顔立ちもスタイルも女優やモデルに負けないぐらいの容姿を持っている美女だ。

いくら八幡とて、そう耐えられるものではない。

 

「そんな事が許されるわけないわ!」

 

「許されるも許されないも、これも比企谷君次第と思わない?まあ、格式高い土御門家や雪ノ下家の人間的にはあまり好まれる方法ではないけど。前後逆になるのだけの話よ」

陽乃はこの時でも、表情は全く崩さない。

 

「姉さん!!」

雪乃の怒りは頂点に達していた。

 

「ヒッキーは、ヒッキーはそんなのに負けない!」

結衣は目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

「ガハマちゃん、そんなのは酷くないかしら?これでも、容姿とスタイルには自信があるのよ。ただ今日は流石の私も、雪乃ちゃんとガハマちゃんが比企谷君にここまで迫っているなんてことは、予想外だったわ。もうちょっと、比企谷君のために徐々にと思っていたのだけど、もう、終わりよ。

今週末で決着をつけるわ。雪乃ちゃん達のおかげでね」

陽乃は1年掛かりで徐々に八幡を落としていくつもりであったが、雪乃と結衣の状況を見て、早急に八幡との事を決着しなくてはいけないと感じたのだ。

図らずも雪乃と結衣の行為は、逆に陽乃を刺激し、本気にさせてしまっていたのだ。

 

「そうは、させないわ!」

 

「雪乃ちゃん。諦めが悪いわね。土御門家がバックにあるのよ。今週末の温泉旅行もね。多分比企谷君は雪乃ちゃんとガハマちゃんに付いてきてもらって、私と八幡の関係を阻止してもらおうと思っていたのだろうけど、まだ甘いわ。残念ながら、それはできないようにしてあるのよ雪乃ちゃん。

誰にも邪魔されないように、色々と細工をさせてもらってるのよ。本来は雪乃ちゃんとガハマちゃんの対策ではないのだけどね。ただの甘い感情の色恋沙汰ではなく、これは既に業界の将来のパワーバランスの話になってるの。雪乃ちゃんとガハマちゃんは最初からお呼びじゃないのよ」

陽乃が言っている事は事実だ。

陽乃の裏にはこの件に関して、土御門家が完全にバックアップしてる。

そして、土御門家だけではない。あの美神美智恵も一枚噛んでいるのだ。

 

「……そこまでして!!」

 

「ヒッキー………嫌だ!」

 

「もう、いいわ。一応伝えたからね。姉からのせめてもの情けでと思ったのにね。でもいいんじゃない?雪乃ちゃん。私と比企谷君が結ばれたら、彼、雪乃ちゃんのお義兄さんになるのよ、家族になれるんだから良いじゃない」

陽乃はもはや、二人と話をする必要はないと判断しつつも、妹の雪乃を挑発するような言葉を発する。

 

「姉さん!!!!」

「ヒッキー……」

 

「じゃあね。雪乃ちゃんとガハマちゃん」

そう言って最後はとびっきりの笑顔でその場で去って行く陽乃。

最後まで終始主導権を握ったまま。圧勝だった。

 

 

結衣は涙をため。その場でジッと陽乃の後姿を睨むように見据えていた。

雪乃は怒りが込み上げたまま、陽乃の後姿を睨みつけていた。

 

 

 

そして、陽乃の後姿は完全に見えなくなる。

「どうしよう。ゆきのん。ヒッキーがヒッキーが……」

結衣は涙目で雪乃の腕を引っ張り、訴えかける。

 

「……由比ヶ浜さん。明日の放課後空けてくれるかしら?」

雪乃は硬い表情のまま、結衣にそう言った。

 

「え?どういうこと……」

 

「私に考えがあるわ……」

 

「うん。ぜーったい空ける。学校休んでもいい!」

 

「大丈夫、放課後で……奉仕部は明日は休みね。今日の続きを比企谷君に言いたかったのだけど。この決着をつけるまでお預けね」

 

「ゆきのん。陽乃さんを止めれる方法があるの?」

 

「あるわ。でも、その方法は今はわからない」

 

「え?どういうこと」

 

「姉さん。私は比企谷君から色々と貰ってるのよ。半年前の私と同じだと思ったら大間違いよ!大けがするのは姉さんよ!!」




やはり、修羅場は陽乃さんの圧勝でしたね。
でも、雪乃ちゃんに反撃の方法があるようです。

言っておきます。ここはガイルの世界でもあるですが……GSが滅茶苦茶混じってます。


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(76)八幡、困惑する。③

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく、らしくなってきますね。
今回はちょっと長いです。


やはり、今日の学校は何時もと雰囲気が違っていた。

全体的には浮足立っているという印象を持つ。

バレンタインデーの翌日、週明けの月曜日。

学生にとって今日がバレンタインデー本番と言う事だ。

 

クラス内でもそうだ。

女子はチョコを渡すタイミングを計り、男子はそれをジッと待つ。独特の緊張感だ。

既に、渡す、渡されるを終わらせた女子男子は騒ぎたてる。

 

まあ、三浦のグループは我関せずと言った感じだな。

三浦も海老名も土曜日のバレンタインイベントで済ませてしまっているからな。

葉山は大変だ。葉山にチョコを持って来る他のクラスや下級生、上級生の女子生徒に受け取らない趣旨を伝え、頭をバッタのように下げていた。

イケメンはイケメンなりの苦労があると言う事だ。

 

そういう俺にも、もはや関係ない。

一つ間違えばリア充共の仲間入りになるところだった。

義理チョコをかなり貰ったからだ。

バレンタインイベントで、折本、一色、ケーちゃん、それと川崎か。

家に帰って、シロ、タマモに、小町とかーちゃん。

翌日に、雪ノ下と由比ヶ浜、そんで、置手紙と一緒に、キヌさんと美神さん。

10個以上あるな。

 

お返しとかどうすればいいんだ?

キヌさんとか美神さん、シロとタマモとかは去年横島師匠とホワイトデーに一緒にお返しをしたからよかったものの。

流石に、学校の連中とかに横島師匠を巻き込むわけには行かないしな。

小町にでも相談してみてもいいが……

小町を昨日泣かせてしまったしな。結局理由がわからなかったが、どうやら俺が鈍感なのが原因らしい事だけはわかった。

鈍感といわれてもな。何に鈍感なのかもわからないし。

これは由比ヶ浜あたりに聞いた方が良いのかもしれないな。あいつ俺の事良く鈍感だって言うしな。

アレ?なんかループしてるような。

 

 

 

放課後、俺は奉仕部の部室へ向かう。

昨日義理チョコを貰った後、雪ノ下は何かを俺に言いたげだった。

今日話してくれるらしいが、あまり思い当たる節が無い。

 

それよりもだ。陽乃さんだ。急に現れて、温泉旅行の日取りが決まったとか。

しかも、雪ノ下と由比ヶ浜はかなり怒ってたような。

あの後、話し合いをするとかで陽乃さんと二人はどこかに行ってしまうし……

今日のクラスでの由比ヶ浜の様子を見るに何事も無かったようだが。一体何があったんだろうか?

 

温泉旅行か、元々予定に入っていたオカルトGメンの仕事は直前でキャンセルになるのだろう。それでタイミング良く陽乃さんが現れて、俺をそのまま温泉旅行に連れて行く。

そんな段取りなんだろう。

 

温泉旅行先で何されるか分かったもんじゃない。

前に話した通り雪ノ下と由比ヶ浜は付いてきてくれるのだろうか?

 

いや、温泉旅行の場所もわからない事には付いてきてもらえないだろう。

せめて、場所だけでも陽乃さんに聞いておかないと。

 

 

そんな事を考えふけながら歩いていると、スマホにメールが届く。

由比ヶ浜だな。

(ヒッキーごめんね。急に用事できたから、今日部活休むね)

 

まあ、由比ヶ浜はこの頃は休まずに部活来ていたが、前は週に1、2度三浦たちと遊びに行くために休んでいたから。今日もその辺の用事だろう。

 

しかし、メールはもう一通届いた。

雪ノ下だ。

(比企谷君。急な用事が出来たので部活を休ませてもらいます。今日の部活の活動は比企谷君にまかせます。部室の鍵の貸出しは平塚先生に手続きをしてください)

 

珍しいな。雪ノ下が部活を休むとは、学校には来てるようだが、昨日、やはり陽乃さんと何かあったのだろうか?

 

俺はそのまま職員室に行き、平塚先生に鍵を借りに行ったのだが、平塚先生は部室までなぜか一緒について来た。しかも言葉を一言も発しないでだ。どうしたんだ?

 

「比企谷……横島さんと3日間音信不通なのだ。何か知ってるか?」

部室に入るなり、平塚先生は暗い表情で、俺に涙目で訴えかけて来た。

なるほど、そう言う事か。

 

「師匠は3日前から修行の旅に出てまして、それで電話にでないんです。よくあるんですよ。修行に集中するためにスマホとかは置いて行くんで」

 

「そ、そうなのか!?なーーんだ心配して損した。そうかそうか、てっきりバレンタインを別の女と過ごしてるんだと思ってた。はーーっはっはーーー!私の勘違いか!」

さっきまで、この世の終わりみたいな顔をしてたのに、いきなり元気マックスかよ。

 

……いえ、勘違いではないですよ平塚先生。別の女性、いや女神様と過ごしてたはずです。妙神山っていう携帯もつながらない場所で。

過ごし方は、平塚先生が心配するような事ではないですが。何せ武神斉天大聖と72時間組手なんで、死の心配をした方がいいですよ。多分生きてますが。

キヌさんと小竜姫様とで、横島師匠をバレンタインイベントに来れないように、他の女の人とバレンタインデーを過ごさないようにと妙神山に閉じ込めたんです。半分は平塚先生対策なんですよ。

 

不味いよな。キヌさんが平塚先生に嫉妬とか……。なぜそんなあり得ないような状況ができたかというと、すべて横島師匠が悪い。あの人が平塚先生をキッパリ振らないからだ。キヌさんや小竜姫様の気持ちに答えてあげてくださいよ師匠。特にキヌさんはもう限界ですよ。あんなにいい人いないですよ。師匠がその気がないなら……俺が……いや、俺が?

俺がキヌさんに告白する→一生友達でいましょうねとキヌさんに言われる→絶望して涙にくれる。

もはや、未来が見えるまである。

 

 

「比企谷、その横島さんだが、いつ帰って来るのかわかるか?」

 

「今日、明日ぐらいじゃないですかね」

 

「そうか!!一度自宅に帰って、冷蔵庫を満たしてる愛の結晶を持って行かねば!!比企谷すまん。私は帰るぞ!!部活が終わったら、鍵は宿直の先生にでも返してくれたまえ!!はーーはっはーーーー!!」

高笑いをしながら、奉仕部の部室を猛スピードで出て行く平塚先生。

愛の結晶って、バレンタインイベントで作ったあのおどろおどろしいチョコでしょ?

はぁ。

俺はため息を吐くことしかできなかった。

 

 

 

俺は部室のいつもの席にポツンと座り、本を開く。

そういえば、部室で俺一人というのは初めてかもしれないな。

一人だと、いつもの部室なのだが広く感じる。

 

 

そんな時だ、ノックの音が部室に響く。

俺一人の時に依頼とか嫌だぞ。

居留守はまずいよな。電気ついてるしな。

 

「どうぞ」

俺は雪ノ下と同じ返事をする。

そう言えば、奉仕部でこうやって依頼者に返事をしたのは初めてかもしれない。

いつも、あいつらがやってくれるからな。

 

「失礼しまーーっすって、アレ?先輩が返事?先輩一人ですか?」

来訪者は一色だった。

まあ、依頼じゃなさそうだが、こいつはこいつで面倒を押し付けてくるからな。

 

「そうだ。今日は二人は休みだ。用事があるらしい」

 

「そう…なんですか。……チャーンス」

一色、小声だが聞こえてるぞ。チャンスって何がだよ。

また、俺に雑用をおしつけるつもりじゃないだろうな。

 

「せーんぱい」

一色はあざとい笑顔で俺の目の前までやって来る。

 

「何の用事だ一色。今日は二人が居ないから部活は休みだ。他の日に来てくれ」

 

「先輩がいるじゃないですか?なんで意地悪言うんです?」

わざとらしく泣きそうなマネをするんだ?あざといんですが。

 

「はぁ、分かった。で、何の用事だ一色」

 

「用事じゃないですよ。先輩とお話ししたくて♡」

あざと可愛い笑顔がより一層あざとい。

 

「ああ、そういうのいいから、で、用事は何だ一色?」

 

「むー、先輩は何で私に冷たいんですか?本当にお話したかっただけなのに~」

また、わざとらしく悲しそうな顔をする一色。マジお前、演劇部でも入れば?

 

「あー、わかった」

 

「やったー!」

一色は俺の正面に椅子を持ってきて、俺と一色の膝がくっ付くぐらいの位置で座る。

 

「おい、近いし、話づらいんだが」

 

「良いじゃないですか、可愛い後輩が上目遣いでお話しようって言ってるんですよ?」

何で上目遣い?しかも微妙に首を傾げるのやめてくれませんか?あざと可愛いにさらに可愛いがプラスされてるんですが?

 

「………」

俺は自らの椅子を引いて一色から少し離れる。

 

「♡」

一色は俺が離れたぶん、間を詰めてくる。

 

俺はさらに椅子を引く、すると、一色も詰めてくる。

それを繰り返していくうちに、教室の後ろに積まれている予備の机に阻まれ、これ以上後ろに行けなくなった。

 

「わかったから、もうちょっとだけ距離を離してもらえませんでしょうかね?」

まるで由比ヶ浜みたいだな、この反応は。

由比ヶ浜の場合無意識だが、こいつの場合意識的にやって来るからな。なに?俺にそんな事をして何の得があるんだ?もしかして、とんでもない仕事を押し付ける前触れではないだろうか?

 

「むー、ちょっとだけですよ」

そう言って元の位置に戻る一色。

なんで俺が悪いみたいになってるの?

 

元の位置にもどったら、一色はほんのちょっとだけ離れてくれた。

「はぁ、なんなんだ一体?」

 

 

「先輩、免許また見せてください」

 

「……ダメだ」

 

「何でですか~?」

 

「平日の学校で出したら、誰が見てるかわからんだろ?」

 

「む~、仕方が無いですね」

そう言って一色はスマホを操作しだす。

 

「せーんぱい。これって先輩の事ですよね。名前とか写真の顔とか伏せてるけど」

そう言って、俺にスマホ画面を突きつけて来た。

……なんか見たことがあるような写真だが。

そこには何かの記事の写真が載っていた。

 

「えっと、10月に行われた今年の2回目のGS免許資格二次試験決勝戦の様子。それと、記事には、今年の優勝者は西の名門土御門家、土御門陽乃さん(20)が優勝。惜しくも準優勝した彼は学生のため所属と名前は伏せさせていただきますが、若干17歳の現役高校生です。GS協会六道会長によると、この二人は今期の受験者の中で、群を抜いて優秀だとの事、優勝した土御門さんと現役高校生の彼との差はほとんどなかったとのコメントを貰っております。今後期待の若手のホープが二人誕生したことになります。だって……これ、先輩の事でしょう?だって、優勝者はBランク、準優勝者はCランクが付与されますって書いてるし、先輩の免許にもCって書いてましたよ?この写真の後姿、背中がピンと立ってますが、どう見ても先輩の後姿ですよ~」

また、首を傾けながら、あざとい笑顔を向ける一色。

 

その記事、確かに霊能関係の業界誌に載ってたけど……嬉しくてその業界誌とってたけども。どこから探してきた?ネットにそんなのまで載ってるのか?

 

「………し、知らないな~」

 

「ふーん、やっぱり先輩なんですね。期待の若手のホープなんですね。しかも群を抜いて優秀って!」

あの~、否定したんですけど。なんで俺の否定した言葉を、肯定だと捉えるんですかね?

だから、嫌だったんだ。こいつに知られるのは!

 

 

「それよりも一色、一昨日の呪いの件で、オカルトGメンが昨日あたりに自宅に事情聴取に来ただろう?」

俺はワザと話題を変える。しかしこれはこれで重要な話だ。

 

「来ましたよ。なんか偉い人が来て、えーっと結構イケメンのおじさんで、西条さんっていう本部長さん、いろいろ聞かれたけど、そんなに時間かからなかったです。先輩の事を聞いたんですけど。西条さんとお知り合いなんですね先輩!オカルトGメンの本部長さんと知り合いって、どんなに有望株なんですか!!」

おい、西条さんをおじさんって、あの人30歳位だぞまだ。……まあ、高校生からしたらおじさんか。

しかも何そのテンション。

 

「はぁ、西条さんに言われただろ、俺の事を口外するなって」

 

「わかってますよ~。せーんぱいっ!」

……本当にわかってるのか心配になるんだが、そのあざとい笑顔が!

 

「先輩~、こんど先輩の事務所に連れて行ってくださいよ~」

 

「嫌だよ。なんでなんだよ?」

 

「職場見学?」

なぜ疑問形?

 

 

 

そこに、奉仕部の扉にノックをする音が響く。

 

一色さんや、あざとい笑顔のまま、舌打ちするのやめてくれませんかね。

 

「どうぞ」

 

「はいるよ。比企谷と……生徒会長?あんたら何やってるのさ。それに由比ヶ浜と雪ノ下は?」

一色は来訪者の川崎を見るやいなや、真正面に座っていた椅子を俺の真横に並ばせ座りなおす。

何の意味があるんだ?しかも近いんですが!やめてもらえないでしょうかね!

 

「由比ヶ浜と雪ノ下は今日は用事で休みだ。こいつは……知らん」

俺は座っている椅子を持って、一色から大きく離れて座りなおす。

 

「あんたら、本当に何やってるの?」

川崎は呆れ半分疑問半分の顔をして俺に聞いてくる。

 

「俺もわからん。……ところで川崎、何かの依頼か?」

 

「先輩ーーーー!私とこの……川崎先輩と態度違いすぎませんか!!」

一色は自らの椅子を持ち上げ、俺の横まで来て座り直そうとする。

 

「離れろって」

 

「いやです~」

 

「あのさ、いちゃついてるところ悪いんだけどさ、私、比企谷と話があるんだよね。ちょっと外してもらっていいかな生徒会長」

川崎は切れ長の目で一色を見据える。一色は一瞬ビクッとする。

うん。川崎は背も高いし、顔も美人だが切れがあるというか……ちょっと目を細めるだけで、威圧感半端ないんだよな。

 

「い、嫌です」

 

「い、いちゃついてるわけじゃないぞ。こいつが勝手に!……まあ、その川崎、こいつが居たらまずい話か?」

男女がいちゃついてるって、リア充かついやらしい響きの言葉なんだが!決して俺は一色といちゃついてるわけじゃないぞ、雪ノ下と由比ヶ浜が居ない事を良いことに、なんかこいつがいつも以上に面白半分にかまってきてるだけだ。

 

「その、ちょっとね。あの件で相談があって」

川崎は話しづらそうにしていた。

多分、バイトの件だろ、大方唐巣神父の事か教会の事だろう。

 

「わかった。一色。そう言うわけだから、お前は生徒会に戻れ、仕事があるだろ?」

俺は立ち上がり一色の肩を後ろから掴み、部室の扉まで押していく。

 

「えーーーー、何でですか?なんで川崎先輩がよくて、私はダメなんですかーーー!先輩!!」

 

「お前は、生徒会をサボりに来ただけだろ、川崎のはある意味依頼者だ」

 

「なんでなんですか~。せんぱーーーい!」

俺は一色を部室の外に放り出してカギを閉める。

 

「いいのかい?比企谷」

 

「まあ、いいんじゃないか?あいつは仮にも生徒会長だ。こんなところでグダグダしてる暇はないはずだ」

一色が扉を叩く音がしていたが、しばらくしたら諦めて生徒会室に戻るだろう。

まあ、なんだかんだとあいつは結構真面目だからな。

 

「そう。それじゃあ」

そう言って川崎は俺に話し始める。

内容はやはり、GSの事だった。唐巣神父の所に来る依頼で、GS協会の最低価格も支払えない人が来るそうだ。それでも唐巣神父は何とかしようとするらしいのだが……それも限界があるらしい。

 

「川崎……神父は30年以上前にGS免許を取った人だ、今の規定も細かいところまで把握していないのかもしれない。そう言う人たちを救済する処置もある。GS協会にまずは相談してもらって、補助金が出る案件なのかを確認してもらった方がいい。一般家庭では所得に合わせて補助金が出る制度もある。但し、唐巣神父のようなA級GSを使うわけにもいかないから、それは了承してもらってくれ。神父の心情的なところもあるだろうが……規定に従ってもらった方が良いと思う。但し、規定外のフォローはいいんじゃないか?あそこは教会だ。教会って何をするところだ?祈りを捧げるところだろ?そう言う方法だったら、たまにはいいんじゃないか?」

唐巣神父は事務関係は苦手みたいだからな、川崎も苦労してるかもしれないな。

しかも、神父は善意で出来たような人だ。頼って来る人を断れないのだろう。

あと、ちょっと美神さんバリだが、裏技を少し川崎に教える。あそこは教会も兼ねてる。祈るだけだったら、宗教の範疇だ。除霊やGSの仕事にはならない。但しだ。神父が《そういう》祈りを捧げたらどうなるだろうか?まあ、そう言う事だ。

 

「比企谷……助かるよ。神父も頼ってくる人たちを無下に断る事ができないからね。それで余計に心労が増えてるような気もしてたんだよ」

 

「GS系の法律体系は、目次を把握するだけでも大分違うからな、それと協会規定で補助金制度の件が第六章辺りの後ろの方に載ってるはずだ。神父の教会にもあるはずだ。協会規定を無くしてたら、協会からタダでもらえるから、郵送手配でもしてもらった方が良い。近くにあると何かと便利だ」

 

「流石はCランクのGS。頼りになるね比企谷は、本当に助かるよ」

 

「まあ、去年免許取ったばっかりで、その辺も勉強してたから、記憶に新しいだけだ。もしだ。そのまましばらくそこでバイトを続けたいのなら、ちゃんとした手続きをした方が良いぞ。ちょっと難しいかもしれないがやってやれない事は無い」

もし川崎が今後もこのバイトを続けたいのなら、今度設置されるGS協会の認定資格制度のオカルト事務管理資格者の資格試験を紹介した方が良いだろう。資格試験に通れば、学校や市などにもGSでのアルバイト許可や登録がしやすいはずだ。まだ正式発表はされてないが、それももう間もなくだろう。

 

「そうだね。考えておくよ。ありがとね。比企谷」

川崎は、微笑みながら奉仕部をあとにする。

 

 

「先輩……なんか楽しそうにお話してましたね」

一色が恨めしそうに川崎が出て行った扉から部室を覗いていた。

 

「お!?一色まだいたのか?」

 

「生徒会室に戻って、今日の分の仕事を終わらせました!」

意外とスペック高いからな一色の奴。それなのになぜ俺に仕事を押し付けようとする?

 

「そ、そうか」

 

「先輩も、もう部活終わりですよね」

 

「そうだな」

俺は時計を見る。結構時間が経ってたな。

 

「先輩、一緒に帰りましょう!」

 

「……お前んち、俺んちと方向が逆なんだが」

 

「途中までですよ!」

 

「俺、自転車通学なんだが」

 

「自転車は駅まで押してくださいね。せーんぱい♡」

何あざとい笑顔で、強制労働みたいなことをさせようとしてるんだこの後輩は。

 

 

 

俺がこんなことをしてる間、まさか、雪ノ下と由比ヶ浜があそこに行っていたなんて、考えもしなかった。

 

 

 

 

 

とある事務所の広々とした一室。

 

「雪乃さんと由比ヶ浜さんだっけ、よく知らせてくれたわ」

所長席に座る美神さんは笑顔だった。

 

「あの……ヒッキーは大丈夫なんですか?」

 

「私の方で何とかするから、但し、あなた達も少々手伝ってね」

美神さんはニコっとした笑顔を2人に向ける。

 

「私達に出来ることがあれば何でもします」

 

「ほんと助かるわ。比企谷君はわたし…この事務所の大事な大事な、で、従業員なのだから」

美神さんは所長席を立ち、ふと窓の外を見る。

使い慣れない表現をつかうものだから、言葉言葉につっかえていた様だ。

 

「ありがとうございます美神さん」

「ありがとうございます」

2人は美神さんに頭を下げる。

 

「いいのよ。おほほほほっ」

美神さんは終始笑顔だったそうな……そう笑顔だった!

2人が事務所の扉に向かう最中、所長席から少し離れ窓際に歩む。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は美神さんの背に再度一礼して扉を閉め事務所を後にし、キヌさんの部屋に向かったそうだ。

雪ノ下は美神令子に温泉旅行の件を相談してしまったのだ。

 

 

残った美神さんは……

事務所の所長席を背に天井を見据え。

堪えていたものを一気に開放する。

 

「おほほほほっ、うははははははっ!遂に来たわね。土御門家、土御門陽乃!!それとママ!!こうなる事はわかっていたわーーー!!雪ノ下雪乃、あの子めっけもんだわ。いい仕事するじゃない。しかも比企谷の奴の事をどうやら好きなようね。くーーっ、笑いが止まらないわね!!」

その笑う姿は悪魔さえも、戦慄を感じるだろう物だった。

 

美神さんは手を大きく広げ拳を作りいきなり叫び出す。

「それにしても土御門陽乃!!あんのーーーーー!!くそアマーーーーー!!私の所有物に手を出してタダで済むと思ってるなんて!!いい度胸ね!!ヒヨッコの分際で!!この美神令子から金の卵を奪おうとは!!腹が煮えくり返るどころか、笑いが止まらないわ!!土御門が何よ!!一度没落した、古い仕来りにしがみついた化石じゃない!!この美神令子にケンカを売ったことを後悔させてやるわーーーー!!」

 

美神さんはそのまま、拳を作りながら窓際まで進む。目は充血し血走っていた。

「ママめーーーー!!いつかの仕返しができるわーーーーー!!一度決着をつけないといけないと思っていたのよ!!なんでもママの言う通りになるとは思わない事ね!!この美神令子、一度手に入れたものは二度と離さないのよーーーー!!」

 

美神さんは所長席に戻りドカッと椅子に腰を下ろす。

「ふっ、雪乃。ほんといいもん手に入れたわ!目を掛けておいて正解だわ!!これで比企谷の奴は一生私の元で馬車馬のように働くのよーーーーーあはははははははははっ!!あははっあはははははっーーーーーーー!!」

しばらく美神さんの笑い声が事務所中に響き渡ったそうな。

先ほどまで晴れていたのに、何故か外では急に暗雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響く。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は知らない。悪魔よりも質の悪い美神令子という神魔さえも認める極悪な存在と契約してしまった事に……




いよいよ温泉旅行編のスタートが……

ちゃんと乙女たち?の攻防も繰り広げられる予定。


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(77)温泉旅行①始まり

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
感想がいつの間にかこんなに、みなさんありがとうございます。
徐々に返信していきます。

遂に始まっちゃった温泉旅行編
まだ、序章です。


雪ノ下と由比ヶ浜は、この一週間奉仕部を休んだ。学校には来ているのだがな。

電話で理由を聞いても答えてくれない。

休み時間に直接聞きに行っても同じだ。雪ノ下は申し訳なさそうに、由比ヶ浜は俺を気遣うように。

ただ二人とも、温泉旅行は何とかするから、心配するなと何度も言っていた。

 

やはり、陽乃さんと何かあったのではないだろうか?

無理に聞くわけにもいかないが。無茶をしてなきゃいいが。

何かあれば、相談してくれとだけは言っておいた。

 

雪ノ下と由比ヶ浜が居ない部室には、何故かずっと一色が入り浸り、俺に距離を詰めてくる。

一色は一色で何を考えてるかさっぱりわからん。

 

そんな中でもうれしい知らせが一つ、小町が総武高校に合格したということだ。来年から俺の後輩ということになる。

雪ノ下と由比ヶ浜にも小町から知らせたのか、メールでお祝いの言葉を送ってきてくれた。

……ちなみに、川崎からもメールが……ゴミムシ(川崎大志)も総武高に受かったらしい。

どうやら横島師匠に強力な呪いの藁人形の作り方を教えてもらわなければならないようだ。

 

 

 

そして、問題の金曜日。

俺は一度事務所に行き、美神さんとキヌさんに見送られ、かねてからオカルトGメンから要請であった調査及び除霊のため、北陸の某所雪深い集落へと向かう。現地近くでオカルトGメンのスタッフと待ち合わせをすることになっていた。

 

この仕事、俺は当日キャンセルになると思っていたが、今の所そんな素振りはない。

温泉旅行は陽乃さんは俺に今日だと言っていたのだ。だからこの仕事が何らかの方法でキャンセルになり、陽乃さんに温泉旅行に連れていかれるものだとばかり思っていたのだ。

 

そして、当の陽乃さんはあの日から連絡が一向につかない。

だから、温泉旅行先の場所や待ち合わせの場所すらわからない。

もしかすると、オカルトGメンの仕事をキャンセルさせる何らかの方法が失敗したのかもしれない。

しかし、あの人に限ってそんな失敗をするだろうか?

 

あとだ。美神さんがわざわざ事務所の外まで出て、仕事に送り出してくれたのも気になる。あの笑顔、……あれは良からぬことを考えてる時の笑顔だ。何を考えてるんだ。この仕事に関係する事か?

一応、仕事に行く前に、雪ノ下と由比ヶ浜にも連絡した。一応繋がったが、どこか外にいるような雰囲気だ。しかも一緒にいる。そして、お決まりの、大丈夫だ任せてとの一点張りだ。

一体何がどうなってる?

 

因みにだが、横島師匠は予定通り、西条さんとオーストラリアに出張中だ。

横島師匠は定期的に海外出張してる。SSSランクの横島師匠がいかないと収まらないと言う事なのだろう。それだけヤバい案件が世界各国にあると言う事だ。

 

 

俺は待ち合わせ場所の無人駅を降り、駅舎の中で待つことにする。待ち合わせの30分前だ。オカGの人は車で来るのだろうか?

ここの駅の周りには何もない。民家すら見当たらない。あるのは自動販売機と、バスの停留場だけ。閑散とした場所だ。

今も雪がちらほらとだが降り続け、連日の積雪でかなり積もってる。近くの道路は一応除雪されているが、その上から雪が積もりだしていた。

しかも、もうそろそろ21:00、この駅周り以外明かりは何もない。真っ暗闇にポツンとこの駅が浮かんでる様に見えるだろう。

ふぅ、ジッとしてると流石に寒いな。

 

俺は依頼内容を確認する。

オカGからの情報だ。ここからしばらく進んだ先の山間の集落で、夜な夜な妖怪が出るとの事、目撃者もいるらしい。ただ今の所人的被害は出ていないか……緊急性は低そうだな。ただ家畜が消える被害が出てる。河童の類かもしれないな。それとも狒々か……

 

すると、大きな4WDの車が駅前に到着する。

多分、待ち合わせのオカGの人だろう。

 

しかし、運転席から出てきたのは。

「ヤッホー!、比企谷君」

防寒具に身を包んだ陽乃さんだった!

 

「……なんでいるんですか?」

 

「ご挨拶ね~。仕事だよ。今からオカGの」

 

「オカGの人はどうしたんですか?」

 

「私がその代理人!だって、オカGの人って毎日忙しいでしょ?だ・か・ら」

やられた!

そうだよな。美智恵さんが噛んでるんだもんな。こんな手段はあの人しかできないしな。くそっ!そこまで想定してなかった!

 

「帰っていいですか?」

 

「ちゃんと受けた依頼でしょ?解決しなきゃ怖い所長さんに怒られるわよ」

笑顔の陽乃さん。

 

「はぁ、この依頼自体は、ブラフじゃなくてちゃんとしたものなんですよね」

 

「当り前じゃない。そうじゃないとオカGからわざわざ民間GSに要請を出さないわよ」

 

「……まあ、そうなんでしょうけど」

依頼自体は正式にオカGから来たものだし、事務所として依頼は受けてしまってるしな。ここで帰ったら、めっちゃ怒られるのは目に見えてる。逃げ道は既にふさがれていたようだ。

もう、先が思いやられるんだが、ため息しか出ない。

 

「さあ、乗った乗った!」

 

俺はしぶしぶ、その4WDに荷物を後ろに乗せ助手席に乗り込む。

 

「ちゃんとした仕事って事は、温泉旅行は良いんですか?」

俺は手袋の外しながら、運転する陽乃さんに聞く。

 

「なーんだ。八幡。お姉さんとの温泉旅行楽しみにしてたの?」

 

「そう言うわけじゃないんですが」

 

「温泉旅行はこ・こ・か・ら!この仕事を速攻で終わらせて、そんで近くに温泉旅館があるからそこで八幡とお泊りするの!」

 

「内容は調査ですよ。ちゃんと現場で待機する必要があると思うんですが、良いんですか?」

 

「原因がわかって、その原因を排除したら終わりでしょ?そしたら調査の必要が無いじゃない」

 

「確かにそうですが……」

なるほど、そう言う事か。

オカGの仕事に託けて、温泉旅行をしてしまおうってことだ。

これならば誰にも邪魔されずに温泉旅行が出来る。

名目上は正式なオカGの仕事だからな。美神さんも文句は言わないだろう。

陽乃さんの余裕の態度はそう言う事だったのか、美智恵さんがバックに居るから出来る事だ。

この人だけでも厄介なのに、後ろには美智恵さんか。…これは流石に厳しいな。

しかし、雪ノ下達は何とかすると言っていたが……流石にこれは無理じゃないか?

 

俺は依頼内容を見ながら、報告書を作成し始めるためにタブレットを取り出す。

オカGの仕事内容はちゃんと事件性のあるものだろう。そんなところで嘘偽りはあの美智恵さんはしないはずだ。

それを利用しただけの話。手続き上も問題ないようにしてるだろう。

 

「比企谷君って、本当に真面目だね……こんな時ぐらいお姉さんに頼ったらいいのに」

俺のそんな姿を運転しながら横目で見て、陽乃さんはため息交じりに話しかける。

 

「依頼は依頼です。困ってる人も居るんです」

 

「そう。あの美神管理官がほしがるわけだ」

 

しばらく沈黙が続き。

「そう言えばさ、雪乃ちゃんどうしてる?」

 

「いえ、特に何も……」

やっぱり、あの後陽乃さんと雪ノ下達と何かあったのだろう。

しばらく会っていないと言えばこの人は何かを察知しそうだ。

 

「ふーん。着いたわ」

陽乃さんはサイドブレーキを引き車を止める。

 

「あの……集落はどこに?」

車を降りたのだが、そこには依頼内容にあった集落は無く。道路から外れた山の中だ。

 

「集落はあそこ」

陽乃さんが指さす方向に、夜と雪の暗闇の中、遠方の山肌にほんのりと明かりが灯っているのが見える。

確かに、三十軒程の集落がありそうだ。

 

「それで、妖怪はこっち」

陽乃さんはLEDランタンを片手に、そう言って山道を歩き出す。

 

「ちょ、それはどういうことですか?もう、先に妖怪の居場所を特定したんですか?」

俺は装備の入ったザックを背負い、陽乃さんについてく。

俺の質問に陽乃さんは「いいからいいから」と言って答えてくれない。

 

山道を登る事、20分程度で小さな山小屋に到着する。

……ここか、確かに霊気を感じる。この中だな。しかし大分弱ってそうなんだが……

 

陽乃さんは何の警戒も無く山小屋の扉をギギギと開く。

 

「待ってください」

 

「いいからいいから」

 

陽乃さんは無警戒に山小屋に入り、手に持ったランタンを山小屋の柱に吊るすと、小さな山小屋全体に光がいきわたる。

 

すると……妖怪らしきものが柱に括りつけられているのが見えてきた。

これはアレだな老成したサルが妖怪に変化した狒々だ。十中八九、家畜を襲ったのもこの狒々だろう。

もう、虫の息だがな。

 

「ハイ八幡、退治しちゃって」

 

「……何の茶番ですか?」

明らかに、この狒々は誰かにやられ、ここの柱に括りつけられている。ご丁寧に動けないように札を何枚も張られていた。これをやった犯人は勿論、目の前で笑顔をこっちに向けてるこの人だろう。

 

「ええ?茶番って失礼ね。私が昨日に見つけて捕まえちゃったの」

 

「だったら、昨日の内に依頼完了でいいじゃないですか」

という事はこの人、予定の何日か前に既に現地入りしてたって事か、すでに調査やらを済ませて、原因のこの狒々を特定し、捕えたと言う事か。

その場で依頼完了させずに、狒々を活かした状態で拘束し、正式な依頼開始日時である今日以降に退治する。事前に退治してしまうと、今日からの依頼が無効になりかねないからな。……それで、依頼開始後直ぐに、原因である捕えていた狒々を退治し、さっさと依頼をすませ、後は温泉旅行にか、かなり用意周到に準備したんだな。

 

「八幡たら、真面目さんなんだから……でも忘れてないよね。温泉旅行の約束」

 

「そ、それはそうですが……」

温泉旅行……なぜ俺なんかと?そこまでして?

 

「だって、こうでもしないと八幡来てくれないじゃない」

 

「……雪ノ下さんが後の処理をしてください。これ以上このままだとこいつも可哀そうです」

 

「ふーん。妖怪がかわいそうね。誰にでも優しいのね」

陽乃さんはそう言って、右手を掲げ、狒々を凍らせた。

札や霊具も使わず、言霊も発せず術式も展開していない。やはりこの氷結術は陽乃さんが生まれ持った特殊霊能力だ。この人はやはり天才型だな。

狒々の霊気は完全に消える。

 

「じゃあ、温泉旅行の開始ね!夕飯は遅くなっちゃうけど、船盛も用意させるわよ!それとも…お姉さんが良い?」

陽乃さんは若干照れたような笑顔で振り返る。

 

「……夕飯でお願いします」

 

その時だ。地響きが響き渡り、山小屋も揺れる。

「え?え?何これ?」

 

俺は咄嗟に霊視能力を最大限にし、山小屋の外を感知する。

雪崩だ!!しかもかなりデカい!!なぜこんなところで雪崩が!?

「まずい!雪崩です。急いで小屋を出ますよ!」

 

「ええ?ほんとに?ヤバ!?」

 

俺と陽乃さんは間一髪、山小屋を出て、霊力で身体強化をし飛び上がり、高い木に飛び移る。

山小屋は雪崩で押し流される。

 

……なんだこれ?こんな樹木が生い茂ってる山で雪崩?しかもこんな大規模の?そんなことはあるのか?

雪崩は激しさを増し、俺と陽乃さんが飛び移った木も押し流す。

 

俺と陽乃さんは押し流される木々を飛び移り、何とか雪崩が終わるまで耐えた。

「雪ノ下さん、大丈夫ですか?」

俺はザックからLEDヘッドライトを取り出し、辺りを照らす。

 

「なんとかね」

雪ノ下さんは帽子に取り付けていたアクセサリのような予備の小型懐中電灯を照らしていた。

 

俺は雪ノ下さんが立ってる倒木に飛び移る。

 

「車、埋もれちゃいましたね」

 

「どうせレンタルだし、保険とか効くんじゃない?」

 

「装備背負っててよかった。雪ノ下さんの装備は?」

 

「車の中ね。最低限しか持ってこなくてよかったわ。後は旅館に置いてきてるのよ」

 

「それにしても大分下の方に流されましたね」

俺はザックからLED懐中電灯を陽乃さんに渡す。

 

「ありがとう。そうね。なんでこんなタイミングで…運がないわ」

陽乃さんは懐中電灯を受け取り周りを見渡す。

流される前の山小屋付近では、民家の集落の明かりが見えていたが、今は見えない。

思ったより下に流されたようだ。

 

「これは、歩いて行くしかないですかね」

 

「大丈夫よ。旅館から迎えの車を寄こすから」

 

俺はスマホを取り出し、現在時刻を確認しようとした。今は22時52分。ん?

「……電波が届いてない?流石に山奥だから…仕方がないか」

 

「ほんとだわ。…最悪」

陽乃さんもスマホの画面を確認してから、大きく肩を落としていた。

 

「自力で戻るしかないですね。旅館まで、さっきの場所から車でどのくらいかかる場所なんですか?」

 

「一時間半位からしら」

 

「旅館まで結構ありますね。集落にでも泊まらせてもらいますか………スマホのGPSは生きてるな。オフライン地図で……やっぱり、雪崩に大分流されましたね。集落と逆方向だ。大分遠回りをしないといけない。……雪ノ下さん泊る予定の旅館の名前を教えて貰えませんか」

 

「……比企谷君、こんな時でも冷静ね」

 

「慣れてますから」

 

「なにそれ。こんな時に冗談はやめてよね」

陽乃さん冗談じゃないんですよ。

こんなもの、最悪でも何でもないです。普通です。いや、楽な方です。

最悪というのは、装備も無しに妖怪が巣くう山に放り込まれたり、悪霊だらけの樹海に放り込まれ2、3日彷徨ったり、断崖絶壁に落とされ丸一日忘れられたり。妖怪が生息する無人島に置いてけぼりにされたり、そういった事を言うんです。

こんなものは全然最悪でも何でもない。

自然災害なんかよりも、うちの所長の方がかなり質が悪いんで。

 

「旅館の名前は…確か北穂根御門旅館だったかしら」

 

「キタホネミカド旅館っと……集落よりもこっちの方が早そうですね。いや、谷を飛び越えれば、車より早いかも……雪ノ下さん、瞬発力とかのスピード系の身体能力強化は得意ですか?」

 

「どちらかといえば苦手ね。筋力強化とか攻撃力強化系は得意だけど」

 

「……らしいといえば、らしいですが。まあ、雪ノ下さんのレベルだと大丈夫か、なんか前に会った時よりも霊力は高まってるみたいだし」

まあ、そうだと思った。パワー全振りって感じだもんな、この人。

 

「もう比企谷君にまかせるわ」

陽乃さんは名前呼び捨てからいつの間にか苗字呼びに戻していた。

 

俺達はそうして、陽乃さんが予約した旅館に向かうことにした。

途中で携帯の電波がつながるかもしれないし。そう思いながら……歩いたのだが、一向に携帯の電波はつながらない。

30分ほど歩き、途中の谷越えの難所に差し掛かる。

俺は陽乃さんにこの谷を飛び越えることを提案する。

 

「ここさえ、飛び越えて林を抜ければ、後は平たんな草原地を抜けるだけです」

 

「比企谷君。この谷、結構な距離があるわね。さすがにこれは厳しいわ」

 

「そうですか。じゃあ、肩を貸してください」

 

「え?」

 

「雪ノ下さんを支えますんで、一緒に飛びますよ」

俺は少し中腰になり、陽乃さんの腕を俺の方に回し支える。

 

「ちょっ!?」

 

「行きますよ」

俺は一気に霊気を開放して、身体能力強化をし、陽乃さんを支えたまま大きくジャンプし谷越えをする。

 

「えええ?」

俺の耳元に陽乃さんの驚く声が聞こえる。

 

谷を越え、着地体勢に入るが……違和感を感じる。

そして着地。

 

「……雪ノ下さん?今、何かおかしくなかったですか?」

 

「え?ええ?何?私何かおかしかった?」

陽乃さんは慌てたように俺から離れ、自分の体をあちこちさわり、確認をする。

 

「そうじゃなくて、場の雰囲気です」

 

「え?私は特に感じないけど」

 

「……」

しばらくすると違和感は消える。

俺はふとスマホのGPSの位置情報を確認すると、GPS通信不可の表示がでていた。

俺は腰にぶら下げてる。方位磁石を確認。方位磁石の針がでたらめの方向に行ったり来たり、完全に狂ってる。

 

そして、先ほどまで、ちらつく程度だった雪は、突然の猛吹雪となった。

「まずいわね。視界がほとんどない。このままだと遭難しかけないわ」

 

なんだ?なにか……こう。

さっきの雪崩といい。なぞの磁気障害と通信障害といい。

さらにこのタイミングで猛吹雪だ。

 

俺は霊視能力を最大限に発揮し、周囲を見渡す。

今の俺は霊視を最大限に発揮すれば、暗闇でも周囲50メートルであれば把握できる。

妙神山での修行の成果だ。

特に何も問題なさそうだ。

周りの林もこの吹雪も本物だ。

 

さっきの違和感はなんだったのか。

俺は幻術か何かか、結界に入ったような違和感を感じたのだ。

 

 

「雪ノ下さん。この吹雪が過ぎ去るまでジッとしましょう。変に動くと本当に遭難しかねません。それに……」

何故か嫌な予感がする。

 

「……こんな場所で?」

 

「ちょっと待ってくださいね。明かりを俺に照らしてください」

俺はそう言って、雪からかまくらを作り出す。慣れたもんだ。こんなシチュエーション前にもあった。

 

ものの10分で立派なかまくらが完成する。

こんなシチュエーションが……前にも?

 

「なるほど。八幡頼りになるわ。さあ、お姉さんと一晩過ごしましょ!」

陽乃さんは完成したかまくらに入ろうとすると……

 

周囲に地響きが鳴り響く。

「また何!?」

 

「雪崩です……さっきより大きいです」

おかしい。いよいよもっておかしい。

こんな事があり得るのか……まるで、俺達を狙ったかのような、自然災害のオンパレード。

 

「もう何なのよーー!!」

陽乃さんは怒声にも似た叫び声を上げ。ジャンプし木に飛び移る

俺も身体能力強化をし、陽乃さんの飛び乗った木の枝の横に飛び移る。

 

本日二度目の雪崩に巻き込まれる。

雪崩はかまくらを飲み込む。

俺達はさっきと同じく、倒れ行く木々を飛び移って、雪崩を回避……

しかし、雪崩は激しさを増し、飛び移る木々ごと、押し流されていった。

 

まるで、誰かに誘導されるがごとく……

 

 

 

 

 




本番は次回からw


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(78)温泉旅行②罠に嵌る

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
徐々に感想代えさせていただきます。少々お待ちを。

というわけで、続きを……



今回のオカルトGメンの仕事で2泊3日の短期出張に向かったのだが、現場に行ってみれば、陽乃さんが俺を笑顔で出迎える。この仕事、俺を温泉旅行へと強制的に誘うための罠だったのだ。

オカルトGメンを巻き込み、こんな大それた罠を陽乃さん一人で出来るわけがない。オカルトGメン管理官の美智恵さんの影が脳裏にちらつく。この人が一枚かんでる事は確かだ。

しかしながら仕事自体は正当なもので、その依頼解決へと向かう。

だが、これも陽乃さんの裏技で即効解決することに、そして、余った時間はそのまま、陽乃さんの思惑通り温泉旅行と早変わり。

 

……と、そうなるはずだった。

なぜか依頼完了直後に突発的な雪崩に遭い。車も埋もれ、現場からも押し流されてしまった。スマホの電波も届かず、陽乃さんが予約してる旅館へ徒歩で向かう事になってしまった。

 

災難は一度ならず二度三度と起こるものとは言うが、その間も、猛吹雪や電波障害、2度目の雪崩と災難が続く。自然災害がこう立て続けに起こる物なのか?

いや、このシチュエーションどうも気になる。

途中、不穏な気配も感じた。

……何かがおかしい。

 

2度目の雪崩を何とかやり過ごしたが……やはり、流される。

吹雪は若干緩やかになる。

 

「もう!踏んだり蹴ったりだわ!なんなのこれは!?」

陽乃さんは癇癪気味に、誰となしに訴える。

 

「……雪ノ下さん。何かおかしくないですか?」

 

「比企谷君、さっきもそんなこと言ってたけど……あれ?明かりじゃない?雪崩に押し流されて意外と良い場所に出たとか、……ほら建物らしきものも見えるわ!」

陽乃さんは明かりの方に指さしながら、駆けだす。

 

「ちょ、待ってください。俺の話を……はぁ、聞いちゃいない」

俺はしぶしぶ、陽乃さんの後について行く。

 

 

 

明かりが灯っていた場所まで着くと、立派な旅館風の建物が建っていた。

「………あやしい」

俺の霊感が何となくそう感じる。

 

そして、そのタイミングと同じくして、また吹雪が激しくなる。

 

「そんなところでボッとしないで早く中に入りましょ比企谷君。今日はここで泊まらせてもらって。朝になったら、予約してた旅館に戻ればいいし」

陽乃さんはそういって、ホッとした表情で正面玄関ののれんをくぐる。

 

俺はその旅館をジッとみる。

霊視で確認しても、幻術の類じゃないな建物は本物だよな。

 

俺は陽乃さんの後に続き建物の中に入る。

 

 

中は温かい、玄関は見るからに格式高そうな感じの作りとなっていた。

 

「ようこそ、極楽館へ」

着物を着た女性が二人、俺達に恭しく頭を下げる。

 

「雪崩と吹雪にあって帰れなくなったのよ。一晩泊めてくれません?あと、カード払いはできるかしら?」

陽乃さんは服に積もった雪を払いながら、頭を下げる二人に聞く。

 

「それは災難でしたね。今日はこのような大荒れの吹雪となり、キャンセルが相次いでおり、お部屋は空いております。このような時間まで、さぞお疲れでしょう。直ぐにお部屋をお二つご用意させていただきます」

二人の内、明らかに豪華な着物を来た若い女性が対応する。

雰囲気的にこの旅館の若女将だろうか。

 

「部屋は一つでいいわ」

 

「はい、かしこまりました。お部屋を二つご用意させていただきます」

若女将は陽乃さんが部屋を一つでいいと言ったのだが、強調するかのように二つ用意すると言ったのだ。

 

「あの、聞いてるのあなた?私は一つと言ったのよ」

 

「二つでお願いします」

俺はその話に割って入る。

 

「えーー?お姉さんと一緒に寝ましょうよ」

 

「勘弁してください。今日は何か疲れました。もう深夜2時です。今日は疲れを取るためにも直ぐに寝ましょう」

 

「何?お姉さんと一緒の部屋を良いことに、疲れる事でもしようとでも想像したの?八幡?」

そう言って、俺の頬をつついてくる陽乃さん。

 

「はぁ、もうそういうのはいいんで」

 

「面白く無ーい!……まあ、確かにね。今日は疲れたわ。明日の事は明日考えましょ」

陽乃さんはワザとらしく頬を膨らませてそう言ってから、疲れた表情に戻し、苦笑しながら俺の意見に同意してくれた。

 

「…では、ご住所とお名前、サインをお願いいたします」

若女将はにっこりした笑顔をし、陽乃さんにサインを求める。

なぜかその笑顔は笑っていない。冷たい刺すような目をしていた。これ、見たことがある笑顔だ。

 

「比企谷君。比企谷君の分も書いておくね」

 

「お、お連れ様ご本人の署名を頂きたく……」

 

「なによそれ、別に良いじゃない。料金払うのは私なんだから」

陽乃さんは若女将に疑惑の眼差しを向ける。

 

「雪ノ下さん、書きますんで……それとちょっとトイレに行きたいんで先に部屋に案内してもらってください」

俺はここで、あることに気が付く。だから、若女将に助け舟を出した。

 

「まあ、いいわ。わかったわ。一度部屋に案内してもらってから、後で明日の件、ちょっと打ち合わせしましょう」

陽乃さんはサインをしながら、俺にそう言った。

 

「わかりました」

 

陽乃さんはサインが終わると、もう一人の仲居さん風の人に案内をされ、廊下の奥へと向かっていた。

 

陽乃さんが見えなくなったところで、俺は若女将に話しかける。

「……雪ノ下。何やってるんだ?」

 

「……やはり、貴方にはわかるのね」

若女将はそう言って、うなじ辺りを触り、顔の皮を剥ぎ取りだす。

正確には皮じゃない。

 

「ああ、俺の目は特別らしいからな……エクトプラズムスーツか」

エクトプラズムスーツ、霊体物質で包んだスーツ。完全に他人の姿になり切る事が出来るオカルトアイテムだ。

 

若女将は頭全部をマスクのように剥ぎとると、全くの別人の年若い美人顔、いや雪ノ下が顔を見せる。

「正解よ。霊樹の皮でコーティングしたエクトプラズムスーツらしいの、全く凄いわね。オカルト科学というのは」

そう言った雪ノ下は若干疲れ顔だった。

エクトプラズムは霊体物質だ。触れるだけで若干霊気を消耗する。

一般人の雪ノ下だと、このスーツで形態模写をするのは10分程度が限度だろう。

 

「……はぁ、確かに霊樹でコーティングした高級品は、霊気が漏れにくいから、雪ノ下さんでも、さすがに気が付かなかっただろうが………」

いくらすると思ってるんだそのスーツ。一着8千万ぐらいするはずだぞ。

霊樹でコーティングすることで、霊気が漏れないように出来てる。高位の霊能者だと流石に漏れてバレるが、一般人だとまずバレない。

俺の場合、霊視ゴーグルと同等かそれ以上の性能があるこの目のおかげで分かったのだが。

 

「あまり驚かないのね」

 

「いや、驚いたは驚いたが……さっきまでの一連の事で、怪しんでいたからな。……全部美神さんの仕業だな」

 

「そうよ。気づかれないようにと配慮する必要があるから、美神さんは離れた場所にいらっしゃるわ。姉さんというよりも、貴方にわからないようにと言う配慮ね」

やはりか、あの後、陽乃さんとやっぱりなんかあったんだな。

なぜ、よりによって美神さんなんかに相談したのか……。まあ、あの人は一応、他人には外ズラは良くしようとするからな。直ぐバレるけど。

 

「はぁ……よりによって美神さんに頼むとはな。先に言っておけばよかった。俺の配慮不足か」

俺は温泉旅行の件は、美神さんや横島師匠に頼るつもりは毛頭なかった。

美神さんに頼むとこんなことになるからだ。……最悪だ。この後の展開が読めて、結末まで見えるまである。

最初の雪崩から、次々の自然災害は、ここに誘導するための罠だ。

さらに、ここにはとんでもない罠を仕掛けてるはずだ。

美神さんに頼むぐらいなら、悪魔に頼んだ方がまだましなぐらいだ!

 

「……私も……そのちょっとここまで大事になるとは思っていなかったわ」

雪ノ下の疲れた顔が更に影を落とす。

多分この一週間部活休んだのは美神さんにノリノリで手伝わされたんだろうな。

 

「……で、あの仲居さんが由比ヶ浜か。それとタマモもいるな。一瞬だが幻術結界っぽい気配を感じた。しかしこの建物は本物だ。もしかして、この事だけのために建物を買い取ったとか……あの人の事だやりかねない」

 

「そうよ。由比ヶ浜さんが先ほどの仲居さん。由比ヶ浜さんのほうがエクトプラズムスーツの持続時間が少しだけ長いようね。タマモさんと後、シロさんもこっちに来てるわ。建物は……その潰れて放置されていた旅館を買い取って、突貫工事で仕上げたらしいの」

 

「……これはやばいな。美神さんがこんな事に大枚はたいて金をかけるとは……雪ノ下、明日一番に由比ヶ浜と逃げた方がいい。後は俺が何とかする」

この前の11月の件が相当、腹に据えかねてるようだ。

美神さんが金を掛けると言う事は、なりふり構わず、陽乃さんにちょっかいを掛けてると言う事だ。

これは陽乃さんだけじゃないな。あの時の事を考えると、美智恵さんに対しても何らかの意図があるはずだ。

 

「え?でも……」

 

「そういえば、キヌさんは?キヌさんが気が付いたなら、こんなことを黙って見てるはずが無い。諫めるはずだ」

 

「おキヌちゃんは、私の代わりに、明日のGS協会の幹部会議に出て貰らうために東京にいるわ」

雪ノ下の代わりに、いつの間にか俺の背後を取った美神さんが答えた。

 

「美神さん!!何を企んでるんですか!?雪ノ下と由比ヶ浜を巻き込んで!!」

 

「あんたは、ちょっと寝てなさい!あんたが居ると色々とやり難いのよ!」

美神さんは俺の振り返り際に、神通棍を振るってくる。

 

俺はそれをサイキックソーサーで受け流しながらすんでのところでかわす。

「ちょ!待った!」

 

「やるようになったわね。でも、あんたもここに入った段階で、私の手の内なのよ!」

美神さんは指を鳴らすと、俺が避けた場所から、術式が発動する。

そう、美神さんが神通棍を振るったのは、俺をこの術式の上に踏み込ますためだった。

 

「しまっ……」

俺はそこで完全に意識を持ってかれた。

雪ノ下が心配そうに俺に声を掛ける声が耳に残る。

 

 

 

くそ、最悪だ。

まだ、陽乃さんとの温泉旅行の方がマシだったかもな。

美神さんが絡むとろくな事にならない。

しかも、雪ノ下と由比ヶ浜も巻き込んでだ。

横島師匠かキヌさんがここに居てくれればいいんだが…其れも望み薄だ。

俺はそこで、完全に意識が消える。

 

 

 

 

 

 

「起床!!」

 

 

俺はそんな声で目が覚める。

すると、俺はコンクリート造り牢屋風の狭い部屋の簡易ベッドで横たわっていた。

 

しかも、ご丁寧に、両手両足に鉄球がはめられている。

唯の鉄球じゃない。霊力を発揮できないように封印を施された鉄球だ。

霊能力犯罪者に使われるもの。

ご丁寧に、両足に括られてる鉄球には40キロ、両手には20キロと書かれていた。

合計120キロ……霊能力を封印された状態では身動きをするのにも一苦労だ。

 

「なに?これは!?どういうこと?霊能者用の封印手錠?」

隣の部屋から、陽乃さんの声が聞こえてくる。陽乃さんもここで目を覚ましたようだ。

やはりか、陽乃さんも眠らされ捕らわれていたようだな。

 

「雪ノ下さん、聞こえますか?」

 

「比企谷君?ここはどこ?これはどういうこと?なにがどうなって?」

 

「俺達は嵌められたようです。……俺も霊能力を封印されてる状態です」

 

「え?なに、罠にはまった?昨日の旅館がそうなの?」

 

「……いえ、多分初めから」

 

 

そこで、スピーカーから声が聞こえてくる。

「訓練生!そこから出なさい!!」

美神さんの声だ。

 

すると、牢屋風の扉がガチャリという音共に開いた。

 

「比企谷君……」

陽乃さんの不安そうな声が隣の部屋から聞こえる。

 

「ここは素直に従いましょう」

俺は鉄球を引きづって、扉の外に出る。

 

 

すると、ちょっと広い部屋に出る。

そこで、陽乃さんと顔を合わせる。

陽乃さんの顔は曇っていた。どうやら不安を隠せないようだ。

陽乃さんは両手と両足にリストウエイトバンドやアンクルウエイトバンドのような封印錠を服の上から取り付けられていた。俺のように鉄球じゃない。霊能力の封印を施すだけのものだ。

他の事務所の霊能者に鉄球なんてした日には、訴えられかねないからな。……俺はいいのかよという疑問はあるが……俺は一応身内だしな。こんなことでは動じない。まだ、両手と両足を縛られていないだけましだ。

陽乃さんは何故かジャージ姿に。寝ている内に雪ノ下か由比ヶ浜に着替えさせられたのだろう。

俺は昨日の服のままだ……流石にジャンバーは脱がされていたが。

 

「比企谷君……これは」

 

「すんません……多分、俺の身内の仕業です」

 

 

すると部屋の壁に掛かってる大型ディスプレイにとある人物が上から目線で、捕えた子羊を見るような目で俺達を見据えているのが映し出された。

「あんた達訓練生は今日と明日、美神令子直々に霊能特別特訓を行う。光栄に思いなさい」

 

「美神令子さん?……どういうことですか?説明してもらえませんか?」

 

「ここでは教官よ!!ここは美神令子除霊事務所の訓練施設、そして訓練生のあんた達が今受けようとしてるのは短期集中コースよ。安心しなさい。この一帯の土地は、GS協会に正式に霊能訓練の許可を取ってるわ。思う存分に訓練に集中できるわよ」

 

「ではなくて!なぜこんなことになってるのか、聞いてるんです!」

珍しく声を荒げる陽乃さん。

 

「あら、あなた。自分でこの霊能特別訓練所に来て、参加しますってサインしたじゃない」

そう言って、美神さんはサインした書類を画面に映し出す。

……あれだ。昨晩に若女将に扮した雪ノ下に書かされたサインだ。あのサインした紙の下にその訓練参加の書類を挟んでおいて、写したんだ。

 

「いつの間に!そんな記憶はないわ!」

 

「おほほほほほっ、よく見なさい。まぎれもなくあなたの字よ。自分でサインをしたのよ。今更無効も何も無いわ。ここにサインしたからには、訓練が終了するまでは、訓練所となってる土地から出られないように結界を張ってあるわ。土御門陽乃さん。あんたは訓練を終了するまで出られないの。おほほほほほっ!」

 

「なぜ、そんなことを!……いつかの仕返しですか?それとも比企谷君を土御門に取り込もうとしたから?」

 

「おほほほほっ、何の事かしら?おほほほほっ、ここでたまたま事務所を挙げて訓練していたのよ。それもGS協会員であれば誰でも自由参加型のね。昨日あんた達がたまたま、その訓練所に現れて、参加しますって、サインしただけの話じゃない。私は別にどっちでもよかったのよ。でもサインしちゃったしね。私が先輩として最後まできっちり面倒見てあげるわ。新人のあなた達をね。おほほほほほっ!」

美神さんはしたり顔で高笑いを上げる。

 

……なにそれ、事務所所属の俺すら知らない事実なんですけど。……間違いなく嘘だな。陽乃さんを狙ったものだ。建前だけでも、そう言う事にしておかないと後でややこしい事になるからな。

しかも、理不尽な屁理屈でこの人にかなう人はほとんどいない。悪魔や妖怪すらも騙しきる人なんですよ。

陽乃さん。こうなってからではあきらめるしかないんです。

あの、美神さんのあの満足そうな顔は何だ。やってやった感満載なんだけど。

俺は、盛大にため息を吐く。

 

「ぐっ、やられたわ。比企谷君はこの事を知ってたの?」

陽乃さんは忌々しそうに、ディスプレイに映る美神さんを睨んでから、俺にそのまま聞いてくる。

 

「……知ってたら俺はこんなところで、一緒にこんな目に合ってませんよ」

知ってたら、キヌさんや横島師匠に美神さんの暴走を止めてもらうようにお願いしてましたよ。

 

「まあ、私も鬼じゃないわ。3つの試練を終わらせたら、直ぐに帰してあげるわ」

……美神さん。鬼に恐れられてる人が何を言ってるんですか?あなたより、鬼の方がよっぽどましなんですが。

 

「雪ノ下さん……なんか、すみませんね。うちの所長が。ああなったら、梃子でも動かないんで、ここは大人しく従った方が良いですよ」

 

「ふん、上等じゃない。どんな訓練か知らないけど、あまり私をなめてもらっては困るわ」

何故か陽乃さんは闘志を燃やしだしていた。

この人も結局、勝負の世界の人なんだよな。

 

 

……普通の訓練じゃないと思いますよ。

はぁ……しかも、思いっきり俺も巻き込まれてるし、もう、どうにでもしてください。

 




遂に罠にはまった。陽乃さん
美神令子の訓練という名の制裁が始まるのであった。

っていう感じ。
しかも八幡まで巻き込まれてるし……
普通の訓練じゃない事は間違いないですよね。


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(79)温泉旅行③訓練序盤

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

調子に乗って連続投稿しちゃいました。
……ごめんなさい。
美神さんのあまりの攻めに、ちょっと壊れかける陽乃さん><
これだけを先に言っておきます。


遭難仕掛けた俺達は、雪崩に流された先に偶然あった旅館に駆け込む。

しかし、その旅館は罠だった。

そこで、雪ノ下と会うが、美神さんが現れ、俺は意識を持って行かれた。

これは美神さんが仕掛けた罠だった。雪崩さえも、そう最初からすべて罠だったのだ。

俺達をこの旅館に誘導するために、そして陽乃さんを陥れるための。

 

そう、雪ノ下達は美神さんに温泉旅行の件を話してしまったのだ。

俺は美神さんだけにはこの件は話したくなかったのだ。

美神さんはどうやら陽乃さんに対して腹に据えかねていた。

しかし、バックには美智恵さんが居るため容易に手出しができない。

そして、この機会を得たのだ。美神さんはきっと、とんでもないことを考えているに違いない。

 

 

目を覚ますと、霊能力を封印され、しかも鉄球を取り付けられていた。

陽乃さんも、鉄球こそなかったが、霊能力の封印を施されていた。

 

美神さん本人がディスプレイ越しに登場し、ここが訓練所だと告げる。

俺達になんだかんだとこじつけ、訓練を無理矢理受けさせられることになった。

なんでも、3つの試練とかいうのを用意してるらしい。

 

 

「看守員の二人!訓練生にアレを渡しなさい!」

美神さんがディスプレイ越しにそう言うと、扉が開き、看守員姿の雪ノ下と由比ヶ浜が現れる。

 

 

「雪乃ちゃん……やってくれたわね。まさか、美神令子をバックに付けていたなんてね。甘く見たわ」

陽乃さんは近づいてきた雪ノ下を一睨みしてそう言った。

 

「姉さん……私は本気よ。比企谷君は渡さないわ」

雪ノ下はそう言って、陽乃さんの首から、何か布製の小袋を吊り下げた。

 

 

「ヒッキー……ごめんね。まさか、ヒッキーもこんな事になるなんて」

由比ヶ浜は謝りつつも、俺の首から陽乃さん同様、何かの布袋を吊り下げる。

何か甘い匂いがするなこの袋。

 

「ああ、由比ヶ浜のせいじゃない。美神さんが全部悪い。もっと早くに気が付けばよかった。そうすれば由比ヶ浜達も巻き込まずに済んだ」

 

「美神さん!せめてヒッキーのこの重り、外してください」

由比ヶ浜は涙目でディスプレイ越しの美神さんに訴えかける。

 

「ふん。ダメよ。そいつは真面目な奴だけど、横島の奴の弟子よ。何をしでかすか分かったもんじゃないわ」

まあ、そうだよな。しかし、美神さんが警戒してくれるのは嬉しくもあるな。

 

「由比ヶ浜、いい、大丈夫だ。そんな顔するな。こんなのは日常茶飯事だ」

 

「うん。ヒッキー頑張って」

そう言って由比ヶ浜は雪ノ下と一緒に部屋から出て行った。

 

 

 

「さあ、訓練生の諸君。第一関門。あんた達の精神を鍛えてあげるわ!この大きな扉から、いくつもの部屋を用意してあるわ。そこを突破しゴールを目指しなさい!!」

美神さんはノリノリでこんな事を宣言した。

 

そして、正面の扉が開かれる。

 

「一人づつよ!まずは土御門陽乃訓練生!行きなさい!」

 

「……ふん。土御門のどんな訓練だって乗り越えて来たのよ。たかが一家しかない霊能家に負けるわけが無いわ」

そう言って、陽乃さんは開かれた扉の向こう側へと足を運ぶ。

 

「………」

しばらくして……

 

 

「キャーーー!!」

 

「ぷははははははっ!これならどう!?」

 

「くっ、何よこんなもの」

 

「……何よ。これは大丈夫みたいね。面白くないわ。次の部屋ね」

 

「いやーーーーー!!これはダメなのよーーーーー!!」

 

「その泣きっ面が見たかったのよ!!私はーーー!!あははははははっ!!」

 

陽乃さんの悲鳴と、ディスプレイからは美神さんの勝ち誇った笑い声が響き渡る。

 

 

この先……何が待っているのだろうか?

陽乃さんが悲鳴を上げるなんて、初めて聞いた気がする。

意外と可愛らしい悲鳴だな。

 

 

一時間から二時間は経っただろうか、陽乃さんの悲鳴と美神さんの高笑いが止まる。

 

 

「比企谷!次はあんたもよ。行きなさい!」

俺は黙って、開いた正面扉を潜る。

すると部屋には、無数のムカデとヤスデが床だけでなく、壁や天井に蠢いていた。

タマモの幻術だなこれは……しかし、本物も結構混ざってる。美神さんらしい手口だ。

 

しかも首に下げられてる甘い匂いがする小袋は虫や獣を引き付ける誘引剤だな。

これで、虫が寄って来るということか。

 

次の部屋はナメクジだらけの部屋。そんでもって、次がハエだらけ。その次はヘビ。

各部屋に15分づつ閉じ込められる仕組みだ。

そして、今俺はヒルとミミズの部屋だ。

 

「チッ、あんたには効果無いみたいね」

部屋に設置されてるディスプレイ越しに美神さんが舌打ちをして来る。

 

「まあ、そうですね。美神さんは何がしたいんですか?」

俺は天井から降って来るヒルを鉄球と手で払いながら美神さんに質問をする。

 

「あんの、くそ生意気な土御門陽乃の恥ずかしい姿を撮って、業界にばら撒いてやるのよ!!笑いものになればいいわ!!さっきの泣きっ面は良かったわよ!!できれば糞尿を漏らしてるシーンがほしかったけどね!!世間に表立って歩けなくしてやるのよ!!しかし次の試練はどうかしら?クーックック――!」

ほんとこの人悪魔だ。

まじもんの悪魔だ。

最低だ。

 

「……はぁ、そんなことをして何の得があるんですか?」

 

「私がスカー――っとするわ。それで二度と私に逆らえないようにするのよ!!」

マジ最悪だ。この人。マジで人か?ド畜生の所業なんだが。この前の大悪魔アザゼル並みに……いや、それ以上に最悪だ。

 

「……相変わらずですね。まあ、足をすくわれないように」

 

「フン、この美神令子があんな小娘に足をすくわれるわけないでしょ?……次の試練はあんたも覚悟した方がいいわよ。ついでにあんたの弱みも握って上げるわ。……次の試練。この私でさえ、二度と行いたくないと思うものよ!ク―――クック!!楽しみで仕方が無いわ!!精々いい悲鳴を上げなさい!!あははははははっ!!」

そこで、各部屋に設置されてるディスプレイがプチンと切れる。

この悪魔め!

小娘って、美神さんと陽乃さんって2歳位しか年違わないじゃないですか。

それに次の試練が気になる。美神さんさえ恐れる試練か……ここは締めてかからないと。

 

この次はカエルだらけの部屋、そんでゴキブリ……

嫌がらせを考えさせたらこの人に右に出る人は居ないな。

それにしても、この試練、霊能力と関係なくないか?

 

 

 

俺は何事もなく。第一の試練の部屋から出て行き、通路を歩き、床に描かれてる矢印にしたがい休憩室と書かれた部屋に到着する。

 

陽乃さんは休憩室の隅で体育座りをして蹲っていた。

「クスン、苦手なのよ。誰だって一つくらい苦手なものがあっても良いじゃない。クスン」

 

「大丈夫ですか?」

 

「八幡!?こ、これくらい。だ、大丈夫よ?」

俺に気が付いたのか、陽乃さんは立ち上がって、目をこすり、強がって見せる。

でも、足は震えたままだ。

何が怖かったのか。

 

 

そこで、給仕姿の雪ノ下と由比ヶ浜が現れる。

「お昼御飯よ」

「ヒッキーって苦手なもの無いんだね。かっこよかったよ」

 

休憩室の大きなテーブルの上に、昼ご飯が並べられる。

「雪乃ちゃん……恨むわよ」

陽乃さんはテーブルに着くと、雪ノ下を上目づかいで睨む。

しかし、さっきまで涙目だった陽乃さんの眼力には力が無い。

 

「姉さんのお昼ご飯はカエルのから揚げよ」

 

「いやーーーー!カエルいやーーーー!!」

陽乃さんは慌てて、テーブルから遠ざかり、壁を背にし震える。

こりゃ、トラウマになったな。

 

「……冗談よ。姉さん。まさか、カエルが苦手だったなんて知らなかったわ」

 

「嫌なのよ!あのヌメヌメして、テカってて、飛び跳ねて、あの鳴き声が!!」

震える陽乃さんは雪ノ下に抗議をするかのように叫ぶ。

 

「比企谷君は大丈夫のようね。苦手なものとか無いのかしら」

雪ノ下は陽乃さんの叫びを無視し、俺に聞いてくる。

 

「……いや、あった。しかしな。俺の上司がアレだろ?克服した」

 

「確かに……」

雪ノ下はしみじみと俺の言葉に同意をする。

 

「……ヒッキー、苦労したんだね」

何故か、由比ヶ浜が俺の頭を撫でる。

あの、やめてもらえませんかね。そう言うの、勘違いするから。

 

「ふ、ふん。美神令子の試練とやらも大したことないわね」

陽乃さんは席に戻って、出された食事を食べ始める。

 

「さっきまで、泣きわめいてた人が良く言うわね」

ため息を吐きながら、その横に座り、手を合わせてから、食事を始める雪ノ下。

 

「泣いてなんていないんだから!今度雪乃ちゃんの部屋に犬を一杯つれてってやるんだから!」

 

「ひ、卑怯よ!姉さん!!」

 

そんなやり取りをしてる雪ノ下と陽乃さんを見て俺は思う。

……霊能力さえなければ、普通の仲がいい姉妹だな。

姉はちょっと強情っぱりで、妹はツンツンしてるが。

 

 

 

そして、4人で昼食をすます。

どうやら、この昼ご飯は雪ノ下が作った物らしい。

多分。美神さんもこの建物のどこかで、シロとタマモと食事をとってる頃だろう。

 

 

 

 

 

昼ご飯を挟み。俺と陽乃さんは雪ノ下と由比ヶ浜の案内で広い和室に通される。

座椅子が二つ用意されていた。

 

そこに俺達は対面に座らせられる。

 

そして、雪ノ下と由比ヶ浜が大きな、ボードゲームを取り出してきて、俺と陽乃さんの間に置く。

見た目は人生ゲームに近いが、かなりアナログチックだ。文字も古い。これはボードゲームというより、双六と呼んだ方が良いだろう。

 

しかもこの双六、精霊石が各所に散りばめられていた。

これ単体でもかなりの霊気を感じる。

 

雪ノ下は陽乃さんの横に座り、陽乃さんにサイコロを二つ渡す。

由比ヶ浜は俺の隣に座り、同じく俺にサイコロを二つ渡してくれた。

 

そして、和室の正面にあるディスプレイが映り、美神さんが第二関門について説明しだす。

「午後からの第二関門ね。心を鍛える訓練よ。この双六をやってもらうわ。これは唯の双六じゃないわ。六道家が400年前の江戸時代に一族が精神を鍛えるためにドクター・カオスに依頼し作らせた一品よ。時価数百億はくだらないものを借りて来たわ。但し……六道家の人たちには精神修行にならなくて、毎年普通に正月に楽しんでるものよ」

その言葉を聞いて、緊張気味だった陽乃さんは心なしかホッとする。

 

しかし、俺は違った印象を持った。六道家の人の精神性を知ってる俺は……

しかも天才錬金術師、ヨーロッパの魔王と呼ばれたドクター・カオスが作った一品だ。今はボケてるらしいが、400年前のドクター・カオスだ。本当に心を鍛えるものなのだろう。

しかも、さっき美神さんが二度とやりたくないと言っていたものだ。やばそうだ。

 

 

「土御門陽乃さん、さっきはいい表情だったわ。今回は楽でしょ?双六でゴールにたどり着けばいいだけよ。では始めなさい」

美神さんは意地悪そうな笑顔で始まりの合図をする。

 

「フン、たかが双六よ」

そう言って、赤と青のサイコロを振る陽乃さん。

 

そして、赤が2、青が4が出た。

双六の駒を2進めて、4の番号が振られたカードを引く。

駒を進めた先には【2年前】と書かれ、陽乃さんが引いた4の番号のカードには【思い出】と書かれていた。

 

すると、双六の中央に取り付けられた精霊石が輝きだし、その上に大きな立体映像が浮かび上がった。

 

そして、何故か双六が陽乃さんの口調で語りだしたのだ。

『2年前の雪乃ちゃんの中学卒業式』

 

そして映像が流れる。

 

『雪乃ちゃん日記。雪乃ちゃんの中学卒業式、私はこそっとその風景を覗き見ていた。私の妹の雪乃ちゃんはちょっとお姉ちゃんにツンデレだけど、可愛い妹』

中学卒業式の様子をストーカーのように覗き見る陽乃さんの映像が映っていた。

 

「姉さんこれは何なのかしら?」

冷たい視線を姉に向ける雪ノ下。

 

「な!?何よこれ!?」

陽乃さんは慌てだすが、座椅子からロープが伸び、陽乃さんを拘束する。

 

映像には一日中雪ノ下にストーカーをする陽乃さんの姿が映し出されていた。

 

「こ、こんなの作り物よ!!」

陽乃さんは座椅子に拘束されながら喚き散らす。

 

 

そこでディスプレイ越しの美神さんが高笑いをする。

「おほほほほほっ、その双六わね。真実を写す双六なのよ。あんた達の恥ずかしい過去をね!土御門陽乃さん?あなた超が付くシスコンだったのね。おほほほほほっ、うわーーーーキモ!」

美神さんはとても嬉しそうだ。

 

陽乃さんの隣で座っていた雪ノ下は陽乃さんから少し離れ身じろぎをする。

 

「あーーー!違うの雪乃ちゃん!これはね。卒業式に不届きにも、雪乃ちゃんに告白しようとするかもしれない男子から陰ながら守っていただけなのよ!」

もはや陽乃さんは涙目だ。陽乃さんはしょっぱなから大ダメージを受ける。

鬼だ。鬼がここに居る。美神令子は間違いなく鬼だ。

 

 

 

次、俺の番なんだけど。

嫌だな。マジで……何の罰ゲームなんだこれ?

 

「ヒッキーの過去の秘密……ヒッキー早くサイコロ振って!」

由比ヶ浜さん?なんでそんなにテンション高いんですかね?

 

俺は恐る恐る青と赤のサイコロを振る。

青は4、赤は6.

4つ駒を進めると【4か月前】と書かれてあり、カードは【見る】と出た。

 

 

そして、双六の精霊石が光り、立体映像を映し出す。

 

今度は俺の語り口調だ。

『4か月前のあの日、俺は見てしまった』

俺は漠然と思い出す。アレの事かとホッとする。

 

映像には……

泥棒のようにほおかむりをする横島師匠が映し出される。

『横島師匠はどうやら、今日も美神さんのシャワーを覗きに行くらしい。俺は一応止めたのだが……多分この後、美神さんにボコボコにされるのは目に見えていた。……しかし、横島師匠はホクホク顔で戻ってきた。美神さんはいなかったらしいが、ブラジャーを数枚ゲットしたらしい。分け前をやると言われたが断った。……美神さんに知らせるべきか迷ったが、これは多分美神さんと横島師匠の同意の上での一種の遊びだろうと思ったので、そのままほっておいた』

 

ディスプレイ越しに怒声が響き渡る。

「比企谷ーーーー!!なぜほっといた!!あ、遊びじゃないわ!!」

 

「え?そういうプレイじゃないんですか?だって、毎度やってるでしょ?」

 

「ちがうわーーーーー!!横島の奴!!帰ったらボコってやるわーーーーー!!」

何故か顔を真っ赤にして怒り出す美神さん。

 

 

「ウフフフフフ、どうやら、美神令子除霊事務所って相当乱れた環境のようですね」

さっきまで涙目だった陽乃さんは余裕の表情をしてこんなことを言っていた。

 

「ぐぬぬぬ、次よ、次!!」

 

 

 

陽乃さんがサイコロを振る。

出たのは【1年半前】【思い出】だった。

 

そして映像は……

雪ノ下の入浴中に脱衣場で雪ノ下の…妹の下着を漁る陽乃さんだった。

 

「比企谷君見ないで!!姉さん!!」

 

「アレ?私こんな事してたっけ?」

しらばくれる陽乃さん

 

「ヒッキー!!見ちゃダメ!!」

そう言って、由比ヶ浜は俺を後ろから手で目隠しをした。

 

『雪乃ちゃんは高校生になって、身長も伸びたけど、胸のボリュームが変わってないわね。ブラジャーのサイズは中学1年生のままと、雪乃ちゃん日記の記録と……身長、体重はいいのだけどね。身長160cm体重は47キロ。バストは……』

そう言って、入浴中の雪ノ下を覗く陽乃さんが映し出される。

 

「ダメ!聞かないで見ないで比企谷君!!」

「ヒッキーダメーー!!」

雪ノ下は涙目で慌てて俺に駆け寄ろうとする。

由比ヶ浜は俺の目と耳をふさぐために真正面から頭を抱きしめるような形になる。

 

『7〇の〇、ウエストは5〇cm ヒップは7〇 スレンダーだけど、ちょっと色気が足りないかしら。』

陽乃さんの声が双六から聞こえるが、由比ヶ浜に半分遮られる。

 

あのーーその由比ヶ浜さん?その柔らかい二つのものが顔に埋もれてるんですが……あの超やわらかいんですが……アレ?これってアレだよな。アレだよな。なにこれ?どういうこと?なにこれあれ?あれ?あれ?

 

「姉さん!!いい加減にして!!」

今度は雪ノ下が涙目で、陽乃さんに怒鳴りつける。

ダメージを受けたのは雪ノ下だった。

 

「だって、その双六が言った事よ。私じゃないしー」

しらを切る陽乃さん。

 

「姉さんの過去でしょ!!」

 

俺はそれどころじゃない。今、ちょっと天国に行きかけてるのだ。

「ゆ……由比ヶ浜さん?ちょ、ちょっともう、はな、離してくれてもいいんじゃ……ないでしょうか?」

 

「あ、ごめん」

由比ヶ浜は慌てて俺を離す。

 

「いや、だ、大丈夫だ」

 

俺と由比ヶ浜はお互い顔を真っ赤にして、顔をそむけた。

 

なにこれ、自分たちだけでなく。他にも飛び火するんだが……

しかし、この双六の恐ろしさをこの後にさらに味わう事になる。

 

 




遂に始まった美神令子のいじめ……じゃなかった訓練。しょうもない方法なのに、本人に確実にダメージが溜まって行く。
次回はどうなる。双六の後半に!!

あ、ついでにゆきのんごめんなさい。


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(80)温泉旅行④恐怖の訓練

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


ここで一つご報告。
このシリーズもいつの間にやら80話。
読んでいただいたみなさんのおかげです。
残りあと3話程度、この章で一旦終了いたします。

では、この訓練の結末をお楽しみください。



 

「やめてくれーーーー!!それは、それだけはーーやめーーうがーーーー!!」

俺はじたばたするが、座椅子が俺をロープで拘束する。

 

「ヒッキー、落ち着いて!」

 

俺がサイコロを振って出たのは。

【半年間】【黒歴史】さらに、コマを進めた先に【もう1回】と出たのだ。

 

そして、映し出されたのは……

『ちょっとイタズラが過ぎたようだな!!この外道妖怪!このゴーストスイーパー八幡様が成敗してくれる!!』

ポージングを取りながら、どや顔をしてる俺が映し出されたのだ。

これは俺が免許を取った時に、部屋で一人で決めポーズをとっていた所を小町に見られたという黒歴史だ。

 

続けてさらに。

『我が定めし運命に従い顕現せよ!!ダーク・アンド・ダーククラウド!!』

俺はポーズをとり、決め顔をしながら空に向かって手を大きく掲げ叫んでいた。

そう、これは限定的にシャドウを発動し、そのシャドウに名前を付けた時のシーンだ。

しかも、これ横島師匠に見られてたし。間違いなくこれも黒歴史だ。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

目の前の3人は何故か黙ったままだ。

 

ディスプレイ越しの美神さんだけは、爆笑して笑い転げまわっていた。

 

「何とか言ってくれ!悪かったな。昔中二病だったんだよ!!その名残だ!!笑いたければ笑え!!」

 

 

「……ヒッキーって普段真面目だから、ちょっと可愛いかも」

由比ヶ浜さんなに言っちゃってるの?中二病が可愛いってどういう事?

 

「そうね。意外でもないわ。あなたのその捻くれた考え方も、そうなのだけど、無きにしも非ずってとこかしら」

雪ノ下、何それ、意味がわからん。慰めてるの?それとも貶してるのか?

 

「八幡っぽいわね。八幡ってさ、意外と正義の味方っぽい言動するじゃない。だから、まあ、そうなんだろうなとは思ってたわ」

なに?陽乃さんには既にバレてた?

 

「あのー、もう。しませんので。俺的に恥ずかしいんでもう、この辺でいいでしょうか?」

いや、逆に納得されるとそれはそれで気恥しいんですが。

 

「プククククッ、は――笑った笑った!!次、次よ!!」

悪魔(美神令子)め、人の黒歴史を思いっきり爆笑しやがって!

 

 

 

陽乃さんがサイコロを振る。

そして出たのは。

【1年前】【大切な物】

 

『辛い修行の日々、私には癒しが必要だった』

映し出されたのは、多分京都の土御門の屋敷だろう。

そして、陽乃さんは自室のベッドに転がる。

 

『雪乃ちゃん今頃どうしてるかな?一人で泣いてないかな』

ベッドの上で三分の1デフォルメ雪乃人形を抱きしめ、その人形に話しかける。陽乃さん。

 

 

「いやーーーーー!私だけの秘密がーーーーー!!」

陽乃さんは発狂したように叫び出す。

どんだけ、妹が好きなんだよこの人。流石の俺でも引く。

小町人形か……いや、流石に……うーん。いいかも?

いや、バレたら嫌われるなこれ。

 

「姉さん………私は姉さんから貞操を守らないといけないのかしら?」

雪ノ下はそう言って身じろぎをし、姉を残念そうな目で見据える。

この事がきっかけで、雪ノ下から尊敬する姉という見方は無くなるのではないだろうか?

 

「違うの!雪乃ちゃん!雪乃ちゃんにこの時は半年も会えなかったから、つい!妹成分が足りなかったの!」

……妹成分かそれは同意できる!小町に半年会えなかったら俺もこうなる自信がある!

 

「くーーーッ!良いわ!土御門陽乃はシスコンのド変態ですって吹聴できるわーーー!!」

美神さんはめちゃくちゃ嬉しそうだ。この悪魔!

 

 

 

くそ、早くこの双六、ゴールしなくては!!ダメージがデカすぎる!!

俺は改めてこの双六の恐ろしさを思い知る。

 

俺の番でサイコロを振る。

【1か月前】【秘密の隠し場所】とでた。

まさか!?やばい!!これはやばい!!

 

「や、やめてくれーーーー!!見ないでくれーーーー!!」

 

3人は興味深々で、映像を見据えていた。

そして、流れ出る映像。

 

『横島師匠に譲って貰ったエロブルーレイをどこに隠すか?小町にバレたらヤバいよな。とりあえず封印するか』

 

やっぱりかーーーーーー!!

 

さらに、3人は映像に集中する。

 

『はぁー、流石に不味いよな。これ、師匠に譲ってもらったものの、流石にこれはな』

そこに映っていたのは師匠から譲ってもらったエロタイトルが白日の下に!

しかも、同級生の知り合いの女の子とその姉にバレるとか、どんなにヘビーなんだよ!!罰ゲームどころか死の宣告だろうこれは!!

 

「ああああーーー!もう、殺せ―――!!」

 

そう、巨乳物がわんさかと……しかも、俺が手に持ってるものは、【同級生の爆乳の子と秘密の出来事】って言うタイトルなのだ。しかもラベルに映ってる女優さんがちょっとピンクっぽく脱色した髪の色で、しかもショートカットなのだ!

 

「ううっ!この巨乳好き谷君!!」

雪ノ下は目に涙を貯めながら俺に怒り出す。

いや、別に巨乳好きってわけじゃないんだぞ。たまたま、横島師匠が選べって持ってきたのがそんなのばっかりで!!

 

「ふーん。巨乳好きなんだ。お姉さんの事をいつもそんな目で見てたのね。もう、八幡たら」

陽乃さんは含みを持たせた微笑みをした後に、俺の事を誘惑するような言い方をする。

確かに陽乃さんはスタイル良いですよ!そんな目で見たことは無いハズ?

 

「あの……その……ヒッキーの、その手に持ってたのって……少し、あたしに似てるね……ヒッキーはそ、そうなの?」

由比ヶ浜は俺の隣で、顔だけでなく全身真っ赤にして、小声でぽしょぽしょと俺にこんな事を聞いてくる。

確かに、由比ヶ浜に似てるなと思ったぞ!顔はそうでもなかったが、全体的な雰囲気が!!でもこれは俺が選んだんじゃないんだ!!全部横島師匠が選んだものなんだ!!確かにお世話になったかもしれんがーーーーー!!俺だって健全な男子高校生なんだ!!許してくれ!!

 

「……もう……勘弁してください。……一応言い訳を言わせてください。全部横島師匠のセレクションです。それを鑑賞したのは事実ですが……はい。もう、これ以上は勘弁してください……」

俺は精神のほとんどを魂ごとごっそり持って行かれたような感覚で、その場で脱力した。

俺は名作あしたのジョーの最後のシーンを思い出した。全てを出し切ったジョーが白くなりリング袖でたたずむシーンだ。

俺もまさしく、体も精神もすべての色が抜け、もぬけのからとなった感覚に陥った。

 

……確かにこの双六、美神さんでさえ二度とやりたくないと言わしめた代物だけある。

これはきつい。今まで、どんな屈辱でも耐えてきたが、これほどきつかったものはあるだろうか?

いや、目の前のこの3人だからそう思うのだろうか?これが唯のクラスメイトだったらどうだろうか?

 

 

「まあ、比企谷君もこのへんは普通の男子って感じで、あんまり面白くないわね」

ディスプレイ越しの美神さんにとっては、あまりいいネタではなかったようだ。

 

 

 

俺はその場で項垂れ、目は腐りきった。

もう、声を発することも起き上がる気力もない。

 

「ヒッキー、別にあたしは嫌じゃないよ」

隣の由比ヶ浜は顔を真っ赤にさせながらも、慰めてくれてるようだ。

なにそれ?このタイミングで優しくされると、間違って惚れてしまいそうになるぞ!

 

 

 

そして、陽乃さんの番だ。

サイコロを振って出たものは。

【1か月前】【大切な物】

 

『修行の日々、つらいけどもあなたの事を思えば、私は耐えられる』

 

またしても、映し出されたのは、京都の土御門の屋敷、そして陽乃さんの自室。

『八幡。あなたとだったら、私はどこまでも強くなれる気がするわ。将来は夫婦ゴーストスイーパーなんちゃって?』

3分の1デフォルメ目腐れ人形…いや八幡人形を抱きしめながら、その人形に語り掛ける陽乃さん。

 

「いやーーーーー!!私だけの、綺麗な思い出なのにーーーー!!」

 

「陽乃さん……なんだかんだ言ってましたけど、本当はヒッキーの事好きですよね。これ」

「八幡人形…ほしい」

 

 

俺は先ほどの件で思考が停止していたため、今のこの状況が全く理解できていなかった。

 

 

「ふーん、面白くもなんともないわね。次よ!」

ディスプレイ越しの美神さんはそう言って俺にサイコロを振る事を促す。

くそっ!人の黒歴史をほじくり返して、楽しむなんて悪趣味も良いところだ!この極悪魔!!

 

 

「ヒッキー大丈夫?あともうちょっとでゴールだから、頑張ろうね」

由比ヶ浜は、項垂れ気力を失った俺に優しく語りかけ、俺の手にサイコロを握らせてくれた。

由比ヶ浜ってこんなに優しかったっけ?あれ、なにこれ、あれ?

 

俺は無言でサイコロを振る。

そして出た目は……

【1年前】【見る】とでた。

1年前か、何かあったか?

 

そして、双六は語りだし、映像を映し出す。

『あの日、俺は見てはいけない物を見てしまった』

 

俺が事務所の3階の書庫を掃除してる風景が映し出される。

『書庫を掃除してると、偶然にも地下へと続く隠し扉を見つけてしまって、……そこで見たものは。金塊だった。それも、物凄い量の……慌てて、書庫に戻ると、誰かが来たので咄嗟に隠れた』

 

『危ない危ない、封印をかけ忘れてたわ。こんなものママや国に見つかったら追徴課税でいくら持って行かれるやら』

 

『俺は冷や汗を一杯かきながらも、息を止め、霊気も出来るだけ抑えることに努力する。そしてその人物は俺に気づくことなく書庫から出て行く。……これは一生黙っておこう。俺がこれを知っていると気づかれたら、俺は消されるかもしれない』

そこで双六からの映像が途切れる。

そうこの事は記憶の奥底に鎮め、思い出すことを拒否し、忘れ去ろうとした記憶だった。

だって、そうだろ?こんなの知ってたら、殺されかねないだろ?誰にって?そりゃ美神さんに決まってるだろ!

 

「「「…………」」」

 

「だ、誰かしらね。こんな金塊を持ってるなんて、かなりのお金持ちよね。う、うらやましいわーー」

ディスプレイ越しの美神さんは額に汗を滲ませ、こんな事を言っていた。

 

「「「…………」」」

皆は沈黙を保ったまま、美神さんをジトっとした目で見つめる。

 

 

そこでディスプレイ越しに美神さん以外の声が聞こえて来た。

「ふー、この子ったら、こんな事だろうと思ったわ」

 

「げっ!ママ!なんでここに?」

 

「幹部会議をほったらかしにしてこんな事を。大体の事情を把握してるわよ。あなたという娘は」

間違いない。この呆れ果てたような声を発してるのは美智恵さんだ。

 

「ごめんね。令子ちゃん。おばさんが話しちゃったの。令子ちゃんに双六貸したことを」

これは六道会長の声だ。

 

「お、おば様まで!?」

 

「陽乃がちゃんと比企谷君にアプローチしないから、こんな事になったのよ」

この声は、土御門当主、土御門風夏さんだ。

 

「美神くん。これは流石に無いんじゃないかね?弟子を大切にしないといけないよ」

そして、唐巣神父。GS協会の重鎮がそろい踏みだ。

 

「先生まで!!」

 

「美神さん。比企谷君をあまり虐めたらだめですよ。本当に事務所辞めちゃいますよ」

この声は聖母、いやキヌさんだ。

 

「おキヌちゃん?……おほほほほほほっ、何の事かしら?私はただ、新人に霊能訓練を行っていただけですのよ」

美神さんは冷や汗を流しながら取り繕う。

 

「……令子。もはや言い逃れはできませんよ。貴方が行って来たことは既に把握してると」

 

「な、何の事かしら?」

 

「こうなる事はわかっていました。だから、令子、貴方の動向はこの一週間把握してたのよ。流石に金塊をまだ隠して持っていたとは思ってなかったのだけど」

 

「ん!?誰だ!?誰か裏切ったのねーーー!!誰だ裏切ったのわーーーーー!!」

美神さんはくわっと目を見開き鬼の形相で喚き散らすのが見える。

 

「……ふう、横島君が、令子が悪だくみをしそうな顔をしてたってね。出張前に見てあげてくださいって」

 

「あんの裏切者ーーーーーー!!」

拳をプルプル震わせる美神さん。

 

「六道先生にも聞いたら、ここで霊能訓練許可申請してるのと、あのとんでもない双六をあなたに貸したって言うし」

 

「金塊はちょっとした手違いで残ってただけよ!!今年の年末調整でちゃんと申告するわよ!!ふん!!それにこれは正式な訓練よ!!ちゃんとGS協会にも許可をとってるんだから、文句あるママ!!」

流石美神さん。言い訳をいわせると天下一品だ。言い逃れができるようにあらかじめ色々と手を打っていたようだ。

 

「文句は無いわ。そうね令子。私とひさびさに一緒に訓練しますか?GS協会員であれば自由参加なのよね。久々に母が見てあげます。ゴキブリの部屋か、双六。どっちがいいかしら令子?それとも両方とも?双六は六道先生も一緒に参加してくださるそうよ」

 

「……ママ。私、用事思い出したわ。それじゃバイバイ!」

美神さんは何かのボタンを押そうとしていた。多分脱出装置か何かだろう。

あの人、こういう事には抜け目ないから。

 

「横島君からね絶対に脱出経路を確保してるからと、注意されてたのよ。それはあらかじめ無効にさせてもらったわ。……令子、このメンツから逃げられると思ってるのかしら?あとそうね。外に冥子さんにも待ってもらってるから」

 

「いい!?横島の奴ーーーっ!!いいいいいやーーーーーーーーーーーーーーー!!」

どうやら、GS協会幹部に囲まれた上に、言い訳のしようがない状況に持って行かれ、美智恵さんに、引っ張られて行かれるのが見えた。

 

 

大魔王令子は幹部(横島師匠)の裏切りに合い、熟練の勇者たち、勇者美智恵、猛獣使い六道親子、賢者土御門風夏、僧侶唐巣神父、聖母キヌさんに滅ぼされるのであった。

 

 

 

その後、どうなったって?

 

俺は精神があの世に逝きかけてたため、キヌさんにマインドアップヒーリングを行ってもらい、立ち直る事が出来た。

 

 

結局この後、陽乃さんが貸し切りにしていた土御門家が経営する旅館に、雪ノ下と由比ヶ浜も一緒に宿泊することに。

GS協会幹部の皆さんやシロとタマモもそこに一緒に宿泊することになった。

美神さんはというと……旅館には夕方ごろ、美智恵さんに白くなって、魂が抜けたような状態で連れられてこられたそうな。

どうやら、ゴキブリ部屋と双六を両方ともやらされたそうだ。

 

 

 

それと……陽乃さんと雪ノ下と由比ヶ浜は、あんなに険悪だったのが、今は何事も無かったように和気あいあいとしていた。

陽乃さんは外面仮面を脱いで、二人と接していた。そりゃそうか、あんなに内心を双六で暴露されればな。隠す必要性なんてないよな。

 

美神さんが起こしたこの騒ぎは、図らずとも3人の仲を取り持つことになった。

雨降って地固まるとはこの事か、美神さんは全く意図してなかった事だが……

たまには美神さんの暴走迷惑行為も、役に立ったと言う事だ。

 

あれ?俺だけ酷い事になってないか?

中二病はバレ、エロブルーレイや嗜好がバレ………

明日から俺は雪ノ下と由比ヶ浜と、どう接すればいいのだか。

……偶然とは言え、金好きの美神さんの隠し金のありかを暴露してしまったし……俺、後で殺されないだろうか?

 

今回も結局は横島師匠に助けられたな。

あの人はどこまで先の事を読めているのだろうか?

普段はあんなとんでもない変態な感じなのに、大事な場面ではしっかりと押さえてくれる。

あの人なりの優しさなんだけどな。

 

しかし、横島師匠は事務所に戻ったら確実に美神さんに半殺しにされるだろうな。

いや、しばらくサンドバッグ確実だろう。

それが分かってても……

 

 

まあ、明日の事は明日考えよう。

今はゆっくり温泉に浸かって、疲れを癒すか。

俺は今、寒空の夜風に当たりながら、露天風呂を堪能していた。





次は温泉旅行2日目の夜と3日目
番外の予定が1話入ってます。
元乙女達の攻防という内容になる予定。


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(81)元乙女達、神父は憂う。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はいつもと雰囲気が異なります。
一旦区切りをつける前に、入れたかった話です。
次につながればと……
(主に私自身が)


温泉旅館の一室では酒席が設けられていた。

 

 

「たまにはいいものですわね。こうやって風情ある温泉旅館にて酒席を設けながら会議というのは」

浴衣姿のオカルトGメン東アジア方面統括管理官美神美智恵は、豪華な食事の前で、ここに集まる皆の顔を見渡す。

 

「そうね~。風夏ちゃんところの旅館が近くで本当に良かったわ。ありがとね」

日本GS協会会長六道も浴衣着姿でおっとりした口調で同意する。

 

「いえいえ、うちの身内の不始末でもありますし、今日は存分に食事とお酒を楽しんでください」

日本GS協会幹部理事、西日本における陰陽師の大家、土御門家当主、土御門風夏は頭をさげつつ、そう言った。

 

「いや~、こんな豪華な席を設けてもらいまして、なんていいますか恐縮です」

同じく日本GS協会幹部理事、さらに日本におけるエクスシスト系霊能者の第一人者、唐巣神父は人の好さそうな笑顔で、そう言いつつ、さっそく日本酒を嗜んでいた。

 

「この度はすみません風夏さん。娘が陽乃さんに飛んだご迷惑をおかけしまして」

美智恵は風夏に頭を下げる。

 

「美智恵ちゃん、それは言いっこなしよ。私の方も、陽乃を意図せずとはいえ嗾けてしまっていたから。お互い様。それよりも、六(りっ)ちゃん(六道会長)と唐巣くんにも迷惑かけちゃって、どうもうちの陽乃は恋愛に不慣れなようで」

風夏は六道と神父に再度頭を下げていた。

 

本来、陽乃が八幡を連れ、二人っきりで泊まるはずだった土御門が経営するこの温泉旅館に、その日、GS協会の重鎮4名による、会議という名の酒席が執り行われたのだ。

 

後、理事クラスの幹部は後二人いるのだが、副理事の一人である美神令子は、訓練と称した悪辣な新人イビリがバレ、ペナルティの一環として、美智恵と六道から双六とゴキブリ部屋での訓練を行わされ、この旅館の一室でダウンし寝込んでいる。

それを六道冥子が看病と称し、付き添っているのだが……それはそれで、美神令子にとっては苦痛である。まあ、キヌが様子を見に来ているため大丈夫であろう。

因みに、キヌは美智恵から令子へのヒーリングを禁じられてる。

 

もう一人は副理事兼監査役は今日は欠席だ。

幹部決定に一任するという委任状が1か月前にすでに提出されていた。

元々、監査役という立場もあり、業界外の人物だ。

ただ、あまり熱心に取り組む姿勢には見えない。いや、この幹部連中と同じ席に立つ事はそれだけで凄まじいプレッシャーであろうことは容易にわかる。なるべく顔を合わせたくないのかもしれない。

 

それ以外に準幹部や幹部候補や次席などもいるが今回は上級幹部だけの会合だ。

 

その間、八幡は温泉に浸かった後、シロに散歩をせがまれ、夜中の雪中を走らされていた。

タマモは、一人、部屋で足湯をしながら本を読みくつろいでいた。

そして陽乃、雪乃、結衣、そこにキヌが混ざり、女子トークに花を咲かせていたことは八幡も知らない事だ。

 

 

 

 

「ところで、渦中の比企谷君ですけど。皆さんはどうお思いですか?私の評価は来期にはBランクに昇格しても問題無いと思います。

彼は後天的な霊能者ですが、かなりの高レベルの霊能者であることは間違いないです。防御寄りの汎用タイプで、どのような条件下でも苦にしないタイプです。今はタイプ的には娘の令子と近い霊的センスを持っています。それに彼はまだ発展途上段階、今後も成長し続けるでしょう。そして、何よりも問題解決能力が高い。頭の回転が速いですね」

美智恵は一旦、箸を置き、八幡について皆に意見を聞く。

GS資格免許者は半年に1回審査があるのだが、この席の話は本審査ではなく、その前段階で、飽くまでも個人的意見として聞いていた。

美智恵自身は八幡にかなりの評価と期待を持っているようだ。

 

「ランクの件は美智恵君に同意するよ。ただ彼は、元々霊的センスが高かったわけじゃない。努力してあのスタイルを身につけたのだと思う。それに横島君だ。彼があれだけの指導力があったとは驚きだよ。彼をあそこまでに育てたのは間違いなく横島君だ。比企谷君は言っていたよ。何もわからない自分に根気よく何度も何度も教えてくれたと」

唐巣神父は美智恵の意見に同意しつつも、霊的センスについては、若干意見が異なった。

そして、それは横島のおかげだと言う。

 

「確かにそうですね。横島君にあれだけの弟子育成能力があったのは驚きです。ただ、彼があまりにも大きくなりすぎて忘れがちですが、横島君も後天的な霊能力者です。それもあって、彼の経験がそのまま指導にも生きたのでしょう」

美智恵の意見は尤もだ。美神令子も同じ経験を持つ横島だからこそ、八幡を任せたのだろう。

 

「美智恵ちゃん~。でも、横島君は間違いなく天才型よ。天才型ってなかなか人に教えるのは苦手なはずじゃな~い?」

六道が言う事もいちいち尤もだ。

横島は天才型だ。それは間違いない。小竜姫から霊的補助を受けたからと言って、初めからあのように霊能力を開花させるのは稀だ。いや、小竜姫は横島の天才型の霊的センスを初めから見極めていたのかもしれない。

八幡は天才型ではない。秀才型、努力型と言った方が良いのか、努力を積み重ねてここまで至っている。訓練を怠らず、どん欲に知識を取り込み。周りの一流のゴーストスイーパー達の行動や術をつぶさに観察し、その技術をどんどん取り入れて行ったのだ。

 

「だから驚いているのですよ。先生。横島君に対しての考え方が変わってきてますわ」

美智恵は始め、令子から横島に弟子を取らすと聞き、さらに八幡の境遇を知り、失敗に終わるのではないかと考えていたのだが、それがいい意味で見事裏切られたのだ。

 

「話を戻しますが、私が比企谷君を評価するのは霊的センスもそうですが、まったく別のところです。彼は真面目で純粋だ。そして心が強い。そこを最大限に評価してます。彼は人を助けたいという気持ちを持った実に好青年ですよ」

唐巣神父は八幡の話題へと戻す。

神父が最も八幡を評価するところは、その心持ちだと言う。

 

「確かに最近のこの業界では珍しい子ね。私が言うのも変なのだけど、家のプライドや自尊心が高い霊能家や陰陽師家には無い、唐巣君が言うように、純粋でとても良い子なのよ」

唐巣神父の意見に、全く同意したのは、八幡の境遇と全く反対に位置する立場であるはずの、土御門風夏だった。

 

「そうなんですよ。あの手の子は業界でも珍しいんです。よく令子のところであんな風に育ったと」

続いて美智恵もその意見に同意する。

 

「みんなズルいわ~。私だけ仲間外れよ~。私も比企谷君とお話したいわ~」

六道は若干頬を膨らませ、おっとりした口調で皆に抗議する。

 

「丁度いいではないですか。先生、明日にでも彼と話して見てはいかがですか?」

 

「そうね~。冥子と一緒にお話してみましょう~」

六道はさらりとこんな事を言う。何か別の意図を感じてしまうのは致し方無い事だろう。

 

 

「申し訳ないが、皆さんに苦言を申し上げてよろしいですか?」

神父は神妙な面持ちで皆に話し出す。

 

「唐巣くんな~に?」

 

「比企谷君はまだ17歳です。今、周りでとやかく言う必要はないんじゃないでしょうか?今回の件もそれが一端となっているのではないですか?」

唐巣神父は、皆で八幡の取り合いをしてる事に苦言を呈したのだ。

 

「神父……霊能者に年は関係ないです。彼は来年には18歳で、後1年ちょっとで高校を卒業します。彼の去就に興味が無いとはとても言い難い状況です」

しかし、美智恵は神父の意見に反論した。

 

「え~、美智恵ちゃん。それって比企谷君を~、令子ちゃんの所を辞めさせて、オカGに入れるって事~?」

 

「本人次第ではありますが、私はそう願ってます。オカルト犯罪は、アシュタロスの人魔大戦直後は神魔上層部の介入もあり、一時的には減少しておりましたが。新たなオカルト関連法整備を行って以降、徐々に増加の一途をたどっており、それに対抗しうる霊能者の数が足りていないのは皆さんご承知の通りです。この業界は霊能力こそ物が言う世界です。でも、人々を守るにはそれだけでは足りない。どうしても彼のような心根を持った霊能者と一般人との絶妙なバランス感覚をもった人材がほしいんです。オカGには彼が必要なんです。これは私の我がままだとわかっております。お判りでしょう?オカGの出動回数や依頼回数が増えていることを……そして、対応しきれない案件があまりにも多すぎる。昨年11月とバレンタインを狙ったネットを使ったオカルト犯罪。あれにも対応していかなければならないのです」

 

「美智恵君。君には苦労を掛けてる。それは私達の怠慢でもある事はわかってる……でも、もうちょっと待ってあげてくれないか?彼はほんの2年前までは普通の学生だったんだ。彼を慕う友人も多い。待ってあげてほしい」

唐巣神父はそれでも食い下がる。

 

「……日本だけではないんです。今も横島君と西条君は厄災級の案件をオーストラリアで解決に乗り出しているはずです。魔神アシュタロスを滅ぼし、人類は生き延びることはできました。そして、私達人類は多大な被害を被りました。その真実を知るのは極わずかな私達のような立場の人間のみです。殆どの人達はそのような真実を知らず、神魔上層部の記憶操作のおかげで、世界同時大厄災として認識しています。……隣人があの大戦で亡くなったと、全人類の約8パーセントが減少したのにも気がつかずに。しかし、人々の記憶から抹消されたとしても、魔神アシュタロスが滅んだ事実は無くなりません。あの魔神は仮にも魔界側からアメリカ大陸全域を統括する立場でしたから……人界だけでなく神魔のバランスが欠いた影響が様々な形で今、世界各地で現れているのです。早急な人材確保は急務なんです」

そう、この世界は3年半前、滅ぶ寸前までいったのだ。魔界の三大魔神の一柱。アシュタロスが人界に攻め入った影響で。

魔神アシュタロスは人界から自分たち以外の神魔は封じ、この世界に攻め込んできた。それが人魔大戦と呼ばれる戦いだった。

そして、人類は何とか勝った。その最高功労者が横島だった。しかしその影響で横島は……

その大戦で人類の約8パーセントが亡くなった。アシュタロスを抑えることができなかった神と悪魔の上層部は責任を感じ、人類になるべく影響が出ない形で収めようとしたのだ。しかし、死者は復活させることはできない。そして取った手段は、亡くなった人間が初めから存在しないように人類の記憶を改ざんしたのだった。一部の当事者である人間を除いて……

しかし、影響は魔神アシュタロスが居なくなったことで、世界がバランスを崩し歪が生じ始めたのだ。

それが人類自身や世界各地で色々な形となり影響で始めていた。

 

「……」

唐巣神父は美智恵が語る思いに、沈黙するしかなかった。

 

「それだけじゃないわ。アシュタロスの人魔大戦以前に既に霊能者の数が激減したのが痛かったわね。昭和初期頃から科学の発達と共に、霊能家、陰陽師の量も質もかなり減ったわ……関西一円だけで言えば、今の霊能者の数は、60年前に比べ半分程度。土御門も霊能者の質を維持するのも一苦労。分家から優秀な霊能者(陽乃)が現れてホッと一息ついたところなのよ」

風夏は人材不足について、土御門家が守護する関西一円を例に出し、その一端を説明した。

 

「そうですね。さらに言うと、日本では明治維新と共に本流以外の陰陽師は皆淘汰され、密教系関連はほぼ日本からいなくなりました。そう考えると、江戸時代に比べれば、現在の霊能者の数は圧倒的に少ない。そして、我々エクソシスト系は教会から異端とされ、破門や国によっては迫害の対象となりました。そう考えると全世界的にも、この100年から200年の間に人口は増えてますが霊能者の数は圧倒的に減少してると言えるでしょう。アシュタロスの大戦が無かろうが、いずれこのような事態になっていたと思います。……いや、今から考えると霊能者の減少も、魔神アシュタロスの計画の一つだったのかもしれませんね」

神父はさらに、風夏の意見を掘り下げる。

霊能者は確かに減少の一途を辿っていた。

その霊能者の減少すらも魔神アシュタロスの計画の一つであったのならば、大いにアシュタロスという存在の影響ということであろう。

 

「でも、それを補うための今度の国家資格なのよね~、美智恵ちゃん」

 

「そうです。このまま行くと、オカGやGS協会だけでは対抗できなくなる。霊能者は急には育てる事は出来ない。かと言って減ってしまったものを今嘆いても仕方がないですからね。一般の方でも出来るところは分業し、そして警察や自衛隊、国とももっと結びつきを強くしないと……せっかく痛い思いをし、あの魔神を倒し、得た今です。なんとしても維持しないと」

美智恵は悲痛な面持ちをしていた。

確かに魔神アシュタロスの人魔大戦の最高功労者は横島だろう、影の最大功労者は間違いなく美智恵だった。アシュタロスの人界への介入をいち早く察知、娘の令子と人類を守るため、半生を掛け。追いかけ、情報を集め、アシュタロスの対抗手段を編み出し、勝利への礎を築き上げてきたのだ。やっとの思いでアシュタロスを退け、手に入れた平和だ。その思いは他の誰よりも強いはずだ。

しかも彼女は世界で唯一の自分の意思で時間跳躍をコントロール可能なタイムトラベラーだった。

危険をも顧みず何度も何度もタイムトラベルを敢行し、娘と人類をアシュタロスの手から守るため、時代を行き来していたのだ。時間跳躍は世界の理を破壊しかねないとし、今は神によって禁止されている。だが、もしかすると、彼女はこの先の未来も知っているのかもしれない。

 

「美智恵ちゃん~そんなに肩を張らないで、もっとリラックスよ。時に人はなるようにしかならないんだから」

「そうね。りっちゃんの言う通りよ。美智恵ちゃん。……この話はやめにしましょう。答えが出ないんですもの。比企谷君の事はなるようになるわ。美智恵ちゃんも自信をもって。ここまで形を作ってくれたのは美智恵ちゃんのおかげよ」

東西の陰陽師の大家の当主がそろって、美智恵に慰めといたわりの言葉をかける。

 

「すみません。少々感情的になり過ぎたようです」

 

「……無理もない」

唐巣神父はその苦労にいたわりの言葉を発する。

 

 

 

「でも、令子ちゃんは~どんな時でも相変わらず令子ちゃんね~なんか安心しちゃうな~」

六道は話題を変えようとするが、結局は身内の話になる。

 

「はぁ、あの娘の事は良いです」

美智恵は頭痛がするかのように頭を押さえる。

 

「美智恵君、美神君もやるときはやる子だよ。まあ、性格は強情だけどね。それにオカGの仕事は積極的に受けてるようじゃないか。君の影ながらの苦労を知っているんだよ。それを表だって言わないだけで、彼女なりの優しさだよ」

唐巣神父はやさしく微笑みながら美智恵に令子の事を褒める。

確かに、令子はオカGの仕事を断る事は無かった。何時もしぶしぶという面持ちだが、結局はすべて引き受けていたのだ。

 

「そうですかね。それなりに報酬は渡してますけどね」

 

「まあ、そこは美神君だから仕方がない。……時に美智恵君。ヨーロッパ地中海支部のピート君はどうかな。彼からは手紙は頻繁に来るのだが、オカGから見た彼は」

神父は話題を変え、自分の弟子であるピートの近状を聞いた。

 

「神父。手紙って、メールで良いじゃないですか?流石にあの世代の一人です。すでに向こうの支部のエース級の活躍をしてますよ。バンパイアハーフという事で疎まれる事もあるそうですが、そんな事にもめげずに」

美智恵は大時代的な交流手段に呆れながら、ピートについて話す。

唐巣神父はスマホをようやく最近手にしたのだ。

川崎沙希の勧めでだ。仕事もスムーズに出来るようにと。

 

「まあ、そうだろう。彼ならばやってくれると思っていたよ」

神父は嬉しそうにしながらも、どこかホッとした表情をする。

 

「関西にもあの世代の子達が居ればよかったけど、こればっかりは仕方ないわね」

風夏はうらやましそうに言う。

そう、ピートや横島たちがGS資格免許を習得した世代は豊作の時代と言われ、優秀なゴーストスイーパーが何人も生まれた年でもあった。しかし、そこには関西出身者は一人もいなかったのだ。

 

「そういえば、雪之丞君は今はどこにいるかわかってるのかい?」

唐巣神父が美智恵にその所在を聞いた伊達雪之丞もその世代の一人だ。

 

「オカGとは2か月前に内モンゴルで彼と接触してるわ。相変わらず修行の旅だとかなんとか言ってるわあの子。まあ、生活に困ったらいつでも言いなさいとは言ってあるから……」

どうやら、雪之丞も美智恵にとって、美神令子並みに問題児とみなしているようだ。

 

「相変わらずの様だね」

神父は苦笑するしかなかった。

 

 

「そういえば~、おキヌちゃんもうちの学校を卒業よ~。でも彼女~。年々神々しくなるというか~」

 

「六道先生。憶測ですが、彼女は300年山神として封じられた人柱だったのです。霊気の質は神のそれに近いですし、その影響じゃないでしょうか?ったく令子のところに置いておくのがもったいない人材ですよ彼女も」

美智恵にとってキヌもまた、欲しい人材であった。世界に3人しかいないネクロマンサーでもあるのだ。しかし、令子がキヌを実の妹のようにかわいがる姿は、とても離す気にはなれなかったのだ。

 

「そうそう、美智恵ちゃん。小竜姫様に会うための紹介状だしてもらってもいいかな。妙神山の修行にいつかは家の長男と陽乃を連れて行きたいのよ。ついには私はその薫陶を得ることはできなかったけど」

土御門風夏は小竜姫とはほぼ面識がなかった。

しかし、その霊能力は小竜姫の修行を得た美智恵に匹敵し、巨大で強力な結界術を生み出すことができる。没落した土御門家を一代で、ここまでにするには相当の努力を積み重ねてきたのだろう事は容易に想像できる。

 

「優秀な霊能者が育つのは大歓迎です。紹介状は私の名前で出しておきます。但し、相手は神です。人の生死については常識が通じません。それだけはお忘れなきよう。まあ、小竜姫様に限ってはかなり理解がある方なので大丈夫だと思います」

 

 

「あ~~、そう言えばドクター・カオスがパリから消えたってニュースあったわよ~」

今度は六道から話題が振られた。

 

「オカG西ヨーロッパ支部でも、その所在を確認してますが、行方知れずです。マリアさんも居ないので、一緒に行動してるハズですから大丈夫だとは思うのですが……何分そのご高齢なので心配ですね……」

ヨーロッパの魔王、天才錬金術師ドクター・カオス。ご高齢と言っても。御年1000年を余裕で越えてるのだ。錬金術で寿命は延びたが……脳まではそうはいかなかったようだ。

 

 

この後、こんな感じで深夜まで世間話が続いたのだった。

 

 

翌日、一行は午前には旅館を出て、それぞれの地元に戻って行った。

雪乃と結衣が陽乃が八幡にちょっかい出さないように、常に両脇を固めていたため、この日は八幡は何事もなく平穏に過ごすことができた。

好意をよせる三人を余所に、八幡は一人、温泉を十分堪能したようだ。

因みに美神令子だけは、旅館に残り……しばらく療養を行うようだ。本人たっての希望らしい。

多分、しばらくは酒浸りの生活で旅館に迷惑をかけるのは間違いないだろう。

 

結局八幡は、彼女らが何で揉めていたのかも知る事も無く。日常に戻って行くのだった。

 

 

 




次が一旦区切りのラスワンです。


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(82)春の足音と乙女達の決意

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


本当はもう一話作っていたのですが……
温泉旅行の3日目のお話と温泉旅行に関する結末とか、……それを思いっきりカット。
その方がすんなりいきそうだったので。

今回のお話で一応の区切りをつけさせていただきます。

今迄お付き合いしていただきまして有難うございました。



温泉旅行から帰ってきてからの奉仕部の雰囲気は、前と変わらずバレンタインイベントの前のままの、いままで通りだった。

 

俺は、あの双六での中二病バレと巨乳嗜好バレの件で、冷たい視線で蔑まされるではないかと思っていたのだが、そんな事さえも何もなかったかのようにいつも通り俺と接してくれる二人。

きっと、あの出来事をなかったことにしてくれてるのだろう。俺は心の中で二人に感謝の言葉を述べた。

 

それとだ。結局、陽乃さんと雪ノ下と由比ヶ浜の間で何があったのかは分からずじまいだ。

温泉旅行の3日目の様子を見るに、和解したようだ。

あの時の陽乃さんは外面仮面を脱ぎ去って、二人に接していた。

その方がよっぽど自然で良いと思う。

それにしても元々一体、何が原因で険悪になったのだろうか?

 

それに、バレンタインデーのあの時、雪ノ下は続きで何を言おうとしたのかも、今も分からない。

雪ノ下は、もう少ししたら伝えるとは言っていたが……

きっと緊急性の無いことなのだろう。

 

バレンタインデーイベント以降変わった事と言えば、一色が奉仕部に現れる頻度が増えた事だ。

3年生の卒業式も控えており、何かと生徒会は忙しいはずだなのだが。まあ、本人は息抜きのつもりなのだろう。

しかし、由比ヶ浜にさらりと追い返される事が多い。

今迄の、由比ヶ浜であれば、苦笑しながらも容認していたのだが。

由比ヶ浜の勉強の方は大分進んでいるようだ。それを邪魔されたくないのかもしれないな。

 

温泉旅行と言えば、やはり横島師匠は出張から帰った後に、美神さんにボコボコにされていた。

今回の件、被害が最小限で済んだのは横島師匠が美神さんの悪だくみに気が付いて、美智恵さんにリークしてくれたおかげだ。俺は、横島師匠にこそっとお礼を言ったら、はにかんだ笑顔で「たいした事はしてない。まあ、大事なくてよかったな」と。

やはり、この人は優しい人だ。

 

あれ以来、陽乃さんは直接俺に絡んでくることが無くなったが、メールがちょくちょく来るようになった。内容は他愛のないことだ。まあ、その他愛の無いこととは、一般でいう他愛のない事ではない。GS的な事だ。修行の事とか、訓練の仕方とか、業界の情勢のこととかだ。

 

3月に入り、正式にオカルト事務管理資格制度が運用される事が発表され、第一回試験は6月に開催される事が告知された。

雪ノ下は勿論、やる気十分だ。どうもキヌさんのところに頻繁に会いに行ってるようだ。

まあ、俺に習うよりも、キヌさんに教えてもらった方が良いだろう。教えるのが上手いのはそうだが、今の美神令子除霊事務所の一切の事務はキヌさんが実質見てるようなものだからな。実際に運用してるキヌさんに習った方が実践的だ。

あともう一人、唐巣神父のところでバイトをしてる川崎がこの事で、ちょくちょく俺に相談しに来るようになった。まあ、迷ってる内はやめておいた方が良いとは思うが……この資格さえ取ってしまえば、正式にGSへのバイトを学校や役所に申請を出しやすい。まあ、その辺のアドバイスや相談だな。後は本人次第だ。

 

 

 

そのまま、時が流れ……3年生は卒業し、3学期の終業式を迎える。

明日から春休み。春休みの前半は妙神山に行く予定にしてる。

俺のダーククラウドと霊視空間結界をパワーアップさせるのが目的だ。

発現したての時に比べれば、ちょっとは発動範囲が広くなり半径5メートルまで拡張できたが、それでもまだ実用性に欠ける。

これが10メートル以上に拡張できれば応用範囲もかなり広がるだろう。

 

終業式の長い校長の話を終え、2年時最後のホームルームはあっさり終え、いつものように奉仕部部室へと向かう。

 

始めはいつも通り、皆各々の席に座り、雪ノ下は本を読み。由比ヶ浜は勉強を、そして俺も本を読んでいた。途中一色の襲来があったが、由比ヶ浜がやんわりと追い返した。

 

そして、2年時最後の部活動が終わりに近づく。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は示し合わせたように立ち上がり、視線を交差させる。

 

「比企谷君。ちょっといいかしら」

 

「ん?なんだ?」

 

「ヒッキー、黒板の前に立って」

 

「なにをするんだ?」

 

「写真を撮りましょ。2年時最後の奉仕部の活動の記念として」

 

「俺は別にいい、お前らだけで撮れば?」

 

「ダーメ!奉仕部の記念なんだよ。ヒッキーが居ないとダメじゃん」

そう言って、由比ヶ浜は強引に俺の腕を取り、黒板の前まで引っ張って行く。

 

由比ヶ浜は黒板にはデカデカと奉仕部20××年とチョークで書き、周りを可愛くデコレーションする。

その前で俺と由比ヶ浜、俺と雪ノ下、雪ノ下と由比ヶ浜と2人づつ、デジカメで写真を撮って行く。

そして、カメラをセルフにし、俺を真ん中に右は雪ノ下、左は由比ヶ浜で並んで写真を撮った。

なんかアレだな。気恥しいな。二人とは何時も同じこの教室の空間に居るのだが、写真を一緒に取るとなると、何故か気恥しい気分になる。

それは多分、息遣いが感じられるほど二人との距離が近いからだろう。

そんな二人を間近に見てしまうと気がついてしまう。普段は意識をしていないが、二人とも美少女だと言う事に……誰が見たとしても……

 

ちゃんと考えてみれば当たり前の話だった。

こんな二人と俺は毎日のように部活を行っていたのだ。

俺も十分リア充の仲間に入る資格があるなと、気付かされる。

こんなことが無ければ俺は気が付くことがなかったのだろう。いや、無意識にそう思わないようにしていたのかもしれない。

 

「ヒッキー、もう一枚3人で写真撮ろう」

 

「もういいだろ?」

 

「一枚も二枚も変わらないでしょ?」

 

「わーったよ」

 

「ヒッキーは今度は椅子に座って」

 

「はいよ」

俺は由比ヶ浜に従って、椅子を持ってきて座る。

その右に雪ノ下、左に由比ヶ浜が並ぶ。

 

由比ヶ浜がデジカメのセルフタイマーを押しに行き戻って来る。

 

 

そして……

 

カメラのシャッタ音が部室に響く。

俺は腐ったとか、濁ったとか言われる、この目が大きく見開かれる。

 

頬の両方に柔らかくも温かい感触と息遣い……そして、何よりもその両方の頬に雪ノ下と由比ヶ浜の思いのような物を感じた。

 

一瞬何が起こったのかわからなかった。

 

それが何なのかを理解し慌てて立ち上がろうとすると、2人はそれを阻むかのように俺の正面に立つ。

 

「お、おい!?」

 

そして……

雪ノ下は、椅子に座ったまま混乱し挙動不審になっているだろう俺の前に立ち、中腰になり俺と顔を合わせる。

真正面に向き合った雪ノ下の目に自然と視線が吸い込まれ、俺は全く動けなくなっていた。

「比企谷君……いえ、比企谷八幡君、私は貴方が好きです」

頬をほんのりと赤く染め、そう口ずさむ口の動きと、その視線から、俺は目が離せなかった。

 

耳には雪ノ下のその言葉は入ってきている。だが、その意味が理解できない。

 

次に由比ヶ浜が雪ノ下と入れ替わり、同じく中腰になり俺に顔を合わせ、俺の目をジッと見つめる。

「ヒッキー、ううん。あたしは比企谷八幡君がずっと好きです!」

照れくさそうにしながらも力強くこう言った。

 

由比ヶ浜の言葉も耳に入った。しかし、その言葉の意味が理解ができない。

 

俺はその言葉の意味を理解しようと全力で思考を回す。そして二人に返した言葉は……

「俺?」

こんな情けない言葉だった。

 

 

「そうよ。私は貴方が好きなの」

 

「あたしはね。ヒッキーが好き」

 

 

「……その、だな」

その言葉をようやく理解し、自分の顔が真っ赤になって行くのを感じる。

 

「何か感想は?比企谷君?」

 

「その、じ、冗談だよな?」

しかしその言葉の意味を理解はしたが、理解をすればするほど、この二人が俺に向かって発した言葉が理解できない。

 

「冗談でこんな事をしないわ。私は本気よ」

 

「そのだ。……いや、俺をか?俺だぞ?俺なんかに……俺のどこが良いんだ?」

……そうだ。俺に対して出していい言葉じゃないはずだ。それはもっと大事な時に取って置くべき言葉だ。

 

「全部よ」

雪ノ下はまだ、俺の目をジッと見つめたままだ。

 

「……ちょっと待て!」

 

「そんな言葉を聞きたいんじゃないわ。嬉しいのか嬉しくないのかよ」

 

「その……嬉しいです。いやでもちょっと待てって!」

 

 

「ヒッキー、あたしには?感想はないの?」

 

「嬉しいくないわけが……その、そのだ……二人共、本当に冗談にしては質が悪いぞ」

 

「だから、さっきから言ってるわ本気よ。貴方は言ってわからないから…その先にキ、キスをしたのよ」

「そうだよ、ヒッキーにあたし達の思いをちゃんと伝えるために」

 

「……いや、何で俺なんだ?もっといい奴いるだろう?おかしいだろ?」

 

「おかしいのは貴方よ。私は貴方以上に素敵な男の子に会ったことが無いわ」

「うん、ヒッキーより優しい男の子に会ったことが無い」

 

「……俺が優しい?どこがだ?」

 

「もう一回キスをしないと分からない見たいね」

「そうだね。ゆきのん」

 

「ちょっと待てって!」

俺は二人に肩を掴まれ、両頬に再び甘い感触、キスを受ける。

 

「これで私たちの本気が分かったかしら?」

「そうだよ。私たちは本気なんだから」

 

「……おお、おい……マジなのか……いや、何時からだ?全くわからなかった」

俺はこんな時でもチープな事を聞いてしまうダメな奴だった。

 

「私は11月頃かしら」

「あたしは6月かな」

 

「……ちょっと待ってくれ、色々と頭が追い付かない」

 

「色々わかる癖に、恋愛は全然ダメなようね比企谷君。その点私達の方が上ね」

何故か勝ち誇ったように、上から目線の雪ノ下。

 

「ヒッキー、結構あたし的にアピールしたのに、全然気が付かないし!鈍感すぎ!」

ちょっとプンプンした感じの由比ヶ浜。

 

「その……いろいろすまなかった」

 

 

「貴方にとっては急なのかもしれないけど、私達にとってはずっと秘めていた思いなの。でも、ようやく言えたわ」

 

「うん。ずーーっと言えなかった事。やっと言えた。ホッとした」

 

「………そのだな」

 

「貴方には答えを直ぐに求めないわ。でも、卒業までにはお願いね」

 

「卒業までって……」

 

「その間、あたし達がヒッキーにアピールしないとは言ってないから、どんどん行くから」

「そうよ。貴方を私に振り向かせて見せるわ」

 

「……ちょ!」

 

「途中まで一緒に帰りましょ、比企谷君。これで貴方も、貴方が嫌いなリア充と言うものになるのよ」

「行こ!ヒッキー!」

 

 

こうして俺は混乱収まらないまま、二人に腕を掴まれ連れられ、奉仕部の部室を後にする。

そして、校門を出てしばらくすると……

 

「ヤッホー!八幡!!どうやら雪乃ちゃんもガハマちゃんも、告白は成功したみたいね」

陽乃さんが目の前に現れた。

 

「じゃあ今度は私ね。八幡」

そう言って、陽乃さんは俺の懐に飛び込み。

唇に柔らかい感触と吐息が触れた。

 

「姉さん!!ルール違反よ!!」

「陽乃さん!!」

 

「だって、恋愛って戦いじゃない?先手必勝よ。ね?八幡?」

 

「……え?ええ?」

 

「姉さん!!」

「ヒッキーの唇!ファーストキスを!!」

雪ノ下と由比ヶ浜は怒りをあらわにしていた。

 

「八幡大好きよ。結婚してね。じゃねーーーー!」

陽乃さんはそう言って投げキスをし、走り去っていた。

まるで嵐のように……

 

茫然と突っ立てるだけの俺に、雪ノ下はハンカチで俺の口を拭う。

由比ヶ浜は陽乃さんがかけて行った方向に向かって涙目で地団駄踏んでいた。

 

 

俺はしばらく意識朦朧と連れられ、駅前で二人と別れる。

「バイバイ、ヒッキー!メールはちゃんと返信してね」

「比企谷君、仕事のスケジュールが決まったら都度教えてくれるかしら」

 

 

俺はどうやって家に帰ったのか全くわからないが、いつの間にか玄関に突っ立っていて、目の前に小町が居た。

 

「お兄ちゃんどったの?ぼーっとして」

 

「小町……好きって何だろな?」

 

「え?お兄ちゃんの口から好きって?どどどど、どうしたの?」

 

「キスされた」

 

「えーーーーーーーーー!!ちょちょちょちょお兄ちゃん!?ほ、本当に!?」

 

「キスされて、告白された」

 

「えーーーーーーーーーー!!せ、赤飯だよ!!おかあさーーーんは居ないか!!小町が小町が赤飯今から炊くから待っててね!!」

 

「ああ」

 

「って、誰から?」

 

「雪ノ下」

 

「えーーーー!!奥手の雪乃さんが!?絶対結衣さんだと思ったのに!!」

 

「由比ヶ浜とそれと雪ノ下さん」

 

「ちょーーーーーーーーーーーーーーー!!お兄ちゃん!!何それ!!夢でも見た!?」

 

「やっぱ、夢か……うーーん」

 

「おとーーーーーさーーーーーん!!お兄ちゃんが超リア充に昇進したんだけど!!ってお父さんは居ないか!!ちょちょちょちょちょどうしよう!!110番!?119番どっち!?」

 

「110番だな」

 

「110番っと…ちがーーう!!どどどどどうしよう。こんな時に小町が冷静にならないと!!」

 

「夢だな…金槌で殴ってくれ」

 

「おおおお、お兄ちゃん落ち着いて、死んじゃうから、そんなことしたら死んじゃうから!!ふーーはーーーふーーーはーーー落ち着いた。……お兄ちゃん。とりあえず靴脱いで家に上がろう。玄関寒いし、ね?」

 

俺はその日どうやって風呂に入ったのか、どうやって着替えたのか、どうやって自分の部屋に入りベッドに寝たのか、まるで記憶になかった。

 

そんな状態で、翌日妙神山へ再び……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩の雪ノ下雪乃は……

「比企谷君の心を捕まえるための計画を立てないと。由比ヶ浜さんと姉さん……この中で多分一番私が不利だと思う。だから」

 

同じく雪ノ下陽乃は……

「八幡人形に今日の八幡キスを返してあげましょうねー!……それでこのまま攻めていくわ!雪乃ちゃんとガハマちゃんと比べ時間的には不利があるわ。あの時の八幡の顔、まんざらでもない見たい。電撃的に誘惑しちゃうんだから」

 

翌日の由比ヶ浜結衣は……

「ヒッキー、あたしの事どう思ってるのかな?好きな気持ちは誰にも負けないけど……陽乃さんには土御門家があって、ゆきのんにはあの怖い美神さんが後ろにいる。……あたしには何もない。どうしよう」

愛犬サブレの散歩をしながらこれからの事を考えていたのだが……そんな時だ。老人が路地で行き倒れてる所に出くわしたのだ。

恰好から見ると、欧米系の白人で身なりはしっかりしている。その服装は、貴族然とした紳士風の洋装だった。

「大丈夫、おじいちゃん。えーっと英語だったらどういうんだっけ?Are you OK?」

 

「マリア~、飯はまだかいのう」

 

「に、日本語だ!おじいちゃん大丈夫?あたしはマリアじゃないよ。結衣って言うの」

 

「マリア~、今何時じゃ?」

 

「今は午後一時だよ」

 

「マリア~、飯はまだかいのう」

 

「だから、おじいちゃん。あたしはマリアじゃなくて由比ヶ浜結衣って名前なの」

 

「マリア~……」

 

「だから、おじいちゃん。あのね。……」

 

 

 

 

 

 

(続く……?)

 

 




ありがとうございました。
というわけでここで一度、終わらせてもらいます。
きりが良いので……

妄想ゲージがチャージできればw



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【七章半】閑話
(83)閑話:妙神山再び


お久しぶりです。
まだ、本格的な再開ではありませんが、2章に入る前のお話という事で……
かなり長くなってますが、2話に分けませんでした。



俺は高校生活最後の春休みを利用し、妙神山へと再び修行に訪れる。

午前中は、横島師匠と一緒に体力づくりと霊力増加の基礎訓練を行う。

 

小休憩を取って、木製のベンチに座ってタオルで汗を拭う俺に、小竜姫様は心配そうに尋ねられた。

「比企谷さん。どうかされましたか?」

 

「いえ、特に問題ありません」

 

「そうですか、何か悩み事でもあるのではないですか?」

小竜姫様はそう言って俺の横に腰掛ける。

 

「そんな事は無いです…」

自分自身も自覚しているが先に否定の言葉が出てしまった。

 

「午前中の基礎訓練を拝見しておりました。一見訓練に打ち込んでいる様にも見えますが、動きも固く、精彩を欠いておりましたし、どこか心あらずのようです」

俺の方に顔を向け、首を傾げなら小竜姫様は今日の俺の訓練の様子をズバリ言い当てる。

流石は小竜姫様。良く見ていらっしゃる。

そう、俺は今心に大きな問題を抱えている。それを忘れるように訓練に打ち込もうとしたのだが、どうもうまく行かない。

 

「……」

 

「横島さんも心配してました。前回もこれに近い様子でしたが、今日のような感じの比企谷さんは初めてだと……」

やはり、横島師匠にもバレてたか……しかし、この問題は横島師匠に相談するのは色んな意味でも憚れる。

しかし、いずれバレる話だ。

 

「すみません小竜姫様……」

 

「きっと師匠の横島さんにも話をしにくい事なんですね。…私ならどうですか?これでも神の一員なのですから、何か解決の糸口になるかもしれませんよ」

小竜姫様は笑顔でそう言ってくれた。

 

「……そのまだ、横島師匠には話さないで頂けると助かります」

俺は意を決して、小竜姫様に相談することにする。

 

「そうですね。ただ、あまりにも重大なお話なら、話さないわけにはいきませんよ?」

 

「……小竜姫様……人の好意をどう受け止めたらいいのか……その、分からないんです」

この問題は俺の中でいくら考えても答えは出ないし、どう考えていいのかもわからない。答えの糸口すら見当たらない。こんな事は今ままでなかった。

小竜姫様なら……答えてくれるかもしれない。

 

「え?……どういう事ですか?」

 

「その、いままで恋愛感情抜きで、お互い干渉をあまりしない関係というか、気の置けない関係というかそう言う関係の学校の女の子が二人と、ライバルだと思っていた年上の女性が居たんですが」

 

「??」

 

「その、昨日なんですが……3人に…急に好きだと言われました。キスまでされて、本気だと……俺はどう答えていいのかも分からず、何も返事ができなかった。学校の女の子二人は何時も一緒に居たはずなのに、俺はその好意にすら気が付かずにいて……そんなダメな奴なんです。そんな俺の事を本気で好きだと………俺は彼女らにどう答えたらいいのか、そのどうしたらいいのか、さっぱり分からなくて……俺は恋愛なんて本気でしたことが無いんです。でも……」

 

「ええ!?す、好き?れ、恋愛!?3人同時に!?ちょちょ、ちょっと待ってください」

小竜姫様は大きく口を開けたまま、驚いた顔をし、慌てていた。

 

「ど……どうしましょう……私もその……恋愛なんて……」

小竜姫様は立ち上がって、俺から足早に少し離れ、後ろ向きに何やら小声でヒソヒソと独り言を言われていた。

 

「小竜姫様?」

 

「やはり、横島さんの弟子という事なのでしょうか?無意識に多数の女性を引き付けるというか……比企谷さんは横島さんとは表面上はかなり違いますし……どう答えれば?しかし、弟弟子の弟子が困ってる現実を見過ごすわけには行きません。横島さんにも話せないようですし、私を頼ってくれています。私が何とかしなくては……」

俺の声は小竜姫様に届いていないようだ。まだ、何か独り言を言っている。

 

「あの、小竜姫様?」

 

「こほん。お待たせしました」

小竜姫様はこちらに向き直り、咳ばらいをしてから、ゆっくりとした足取りで俺の方へ向かって来られた。

 

「その3人の女性はどういう方なのですか?」

小竜姫様は俺の前で立ち止まり、中腰になり質問をされる。

 

「雪ノ下雪乃、同じ部活の部長で同学年です。容姿端麗で文武両道の非の打ちどころがない奴なんですが、ただ、コミュニケーションに難があります。実家と確執があり、自分と実家とのあり様に疑問を持ち、今それに懸命に立ち向かおうとしてる女の子です。由比ヶ浜結衣も同じ部活でクラスも同じ、学校でも人気者で優しい奴です。元々他人に流されやすい奴でしたが、今は確たる自分を持っていて、俺から見ても精神力が強い女の子です。最後の人は俺は完全にマイナスイメージしかもっていなかった人なんですが、土御門陽乃いや雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃の3つ上の姉です。妹同様容姿端麗で頭脳明晰。しかも土御門家の陰陽師でやり手のゴーストスイーパーでもあるんです。何時もは俺の事をいじって楽しんでいたような人なんです」

 

「……比企谷さんはこのお三方の事をどう思ってるのですか?」

 

「いや、それが……その雪ノ下と由比ヶ浜については、近い関係で言うと友人だと勝手に思ってました。しかし雪ノ下からは、俺は嫌われているかもしれないとも思っていました。由比ヶ浜は誰にでも優しいところがあるし、まさかこんな事になるとは思いもしませんでした。それと、雪ノ下の姉の陽乃さんです。俺との接点は少ないハズですが、お互いゴーストスイーパーとしてライバル関係で、口では俺を婿になんて事を言ってましたが、本気じゃないと……さらに俺自身は苦手としていました」

 

「比企谷さんは、同級生のお二人には、恋愛ではないですが、好意的印象をもっていたのですね。年上の女性に対しては、婿にと言われていて、本気じゃないと思っていたのですね。さらに苦手意識まで……師弟揃ってそう言う事ですか……」

 

「あの、小竜姫様?」

 

「いいですか比企谷さん。あなたは自分に対して自信が無さすぎです。あなたはきっと現世では、普通に好意を寄せられる魅力を持ってます。まずは何に対しても真面目で誠実に対応するあなたを誰が嫌いますか?」

 

「あの……俺のこの目、散々な言われ方をしますよ。腐ったとか、濁ったとか、ゾンビとか……」

 

「それは見た目の話です。さらに言いますと、少なくとも真剣な顔になった貴方の目はそのように見えませんよ」

 

「では、どういう?」

 

「彼女らはあなたの内面が好きなのです。彼女らはあなたのどこが好きになったのか言ってませんでしたか?」

 

「……その、同級生の二人には優しさだと……しかし、俺は彼女らに優しい所など見せた事も無いです」

 

「それが、そもそもの問題なのです。あなたの行動はあなたの優しさがそのまま出ているのに、それにあなた本人が全く気が付いていないのです」

 

「はぁ…でも家族からはダメだしを出されるばっかりで」

 

「家族の方はあなたの優しさに甘えているだけです」

 

「……俺に自覚がないと」

 

「そうです。あなたは優しい人です。言葉の端々からもそれを伺う事が出来ますし、何より横島さんがあなたを信頼しております」

 

「………」

 

「まあ、これはいくら他人が言っても理解は中々難しいかもしれません。ただ、同級生の気の置けない関係と思っている彼女らが、あなたの事を優しいと、そう感じているのです。その彼女らの言葉は信用できませんか?」

 

「そう言われると痛いです。しかし、優しさと言われても…俺なんかのどこがいいのか……」

 

「それです。『俺なんか』?その言葉は、あなたの自信の無さの表れです。あまりにもその言葉を発するようでは、全幅の好意を寄せてる彼女らに失礼ですよ」

 

「……その」

 

「これは相当重症ですね」

 

「……すみません」

 

「そうですね。同時に3人というのもかなり、珍しいと思いますし、しかも近しい女性の方々のようですし……うーん。私だけでは……老師様はああ見えて、昔は女性にかなりルーズの方だったらしいですし」

小竜姫様は両手を祈るようなポーズで握りしめながら、考えにふける。

 

「はぁ……」

 

「比企谷さん。あなたの自身に対しての自信の無さはおいおい克服するとして、彼女らに対しては一人一人真剣に考えてあげないといけません。それとも比企谷さんは他に好きな人が居るのですか?」

 

「い、いえ……その、憧れてる人は居るのですが、現実味が無くて……、恋愛と言われると違うような気がします」

そう、俺が憧れる女性とは目の前の小竜姫様とキヌさんの二人なのだ。それは俺だけが秘めた思いで留めたい。

 

「そうですか、ならば考えて上げてください。考えて考えて考え抜いても答えが出ないのであれば、また私に相談してください。一人で考えるよりも気分がずっと楽ですよ」

 

「ありがとうございます。小竜姫様。聞いていただいただけで、随分と楽になりました。俺の自信の無さというのは、ちょっと戸惑ってますが……彼女らに対して、一人づつ考えて行くことはできると思います」

 

「比企谷さん。一つ言っておきます。彼女らが幸せになる方法が一番ではありません」

 

「え?」

 

「もちろん彼女らの事も大事です。しかし一番大事なのはあなた自身が一番幸せになる方法を選択する事です」

 

「……その、それは…」

俺はその言葉に衝撃が走った。

俺は小竜姫様が言われた俺自身が一番幸せになる方法という選択肢をと、言われるまで考えもしていなかったからだ。

 

「彼女らは、あなたが好きなのと同時にあなたにも幸せに成ってほしいと願っているはずです。願わくば二人一緒にと……だから、あなたはその女性となら一緒に幸せに成れるという方を選択しなければなりません」

 

「……難しいですね。中々答えが出そうもないです」

 

「今はまだ、スタート地点に立っただけの話です。あなたの話を聞くに、彼女らはこれからあなたに好きになってもらうように色々とアピールすると宣言してます。ある意味あなたはそれに乗っかり、あなた自身が魅力的だと思うアピールをされた方を選択すればいい話です。彼女らはそこまであなたに道を示し、準備し、あなたに同時に告白をしたのだと思います。あなたが自分に自信が無いのと、あなたが恋愛が不得意だと言う事を加味しての事だったのでしょう」

……そこまで、考えてくれていたのか……俺の性格的な事も考え、卒業までという長いスパンまで用意してくれたということか……。

やはり俺は全然ダメな奴だな。

あいつ等は、こんなにも俺の事を考えてくれていたのに……気づきもしなかった。

 

「小竜姫様、こんな事を聞いて頂き、ご指導まで、本当にありがとうございました。何とか前に進めそうに思えてきました」

 

「それは何よりです」

小竜姫様はホッと息を吐いていた。

 

 

 

俺はこの後、修行に集中することができた。

またもや小竜姫様に救われた。まだ、2度しか会っていないのに、2度も救われた。

やはり天界の本物の女神様だ。

誰にも相談できないような悩みを2度も導いてくれた。

小竜姫様に出会えて本当に良かったと思う。

 

 

 

午後と夜間の修行を終え、温泉に入り疲れを癒す。

「横島師匠……今日の小竜姫様と俺の話を聞いていたでしょう?」

 

「ん?なんだバレてたのか」

 

「小竜姫様が最後に目配せしてくれたんで、多分そういう事なのだろうと」

 

「はーーーーーーーっ!!いいいなーーーーーーー!!美少女同級生にキスされて、二人に同時告白とか!!しかも年上の美女からもキスされて告白とかーーーーーー!!」

 

「……いえ、そうなんですが」

 

「学校では嫌われ者のボッチとかーーっ!仲がいい女の子がいないとか!!さんざん言ってたのにーーーっ!!なんじゃそりゃーーーーーーーー!!」

横島師匠はいきなり飛び掛かってきて、俺は後ろから羽交い絞めにされる。

 

「あの時は!本当にそうだと思っていたんですよ!!」

 

「この超リア充がーーーーーー!!このこのこの!!」

俺は羽交い絞めにされたまま、拳で頭をぐりぐりされる。

 

「痛たたたたっ!!仕方がないじゃないですか!!まさか告白されるとは思っても見なかったんですから!!雪ノ下には嫌われてるんじゃないかと思っていた位で!」

 

「はぁあああああ!?このニブチンがーーーー!!どう見ても、雪ノ下ちゃんは八幡に惚れてただろ!!態度見たら普通わかるぞ!!」

 

「いや、毒舌やら、罵られてるんですよ!?それのどこが?」

 

「かーーーーっ!!アホだろ八幡!?あれは完全に嫉妬だ!!八幡が他の女の子とイチャイチャしてるからだ!!」

 

「はぁ?俺が他の女の子と?まさか由比ヶ浜の事!?」

 

「アホすぎだろ!!確かに由比ヶ浜ちゃんもそうかもだけど、それ以上にお前!!他の女子生徒にも優しいだろ!?超優男風に!!」

 

「誰が超優男ですか!そんな事をした覚えが無い!!」

 

「お前!!ナチュラルに女の子のハートをつかむような言動をしたり行動をしてるんだよ!!」

 

「そ、そんなはずは!?」

 

「くそっ!なんだそりゃ?天然か?このこのこのこのこのこのーーーーー!!」

 

「痛たたたたたっ!じゃーー!!師匠はなんなんっすか!!」

 

「俺!?」

横島師匠は矛先を自分に向けられ、驚いた顔をしながら俺への羽交い絞めを解いた。

俺はそのまま師匠に向き合った。

 

「キヌさんにはベタホレされ!!小竜姫様もですよ!!そんで平塚先生をストーカーにまで仕立て上げて!!」

 

「おおおおキヌちゃんはな、そのなんだ、そのだな……そう、女子高に通ってて、年近い男は俺しかいなかったから勘違いしてるんだ」

 

「……本気でそう思ってます?」

 

「す、すまん。………小竜姫様の好意は恋愛というよりも、身内に向けてるものだ。俺は小竜姫様から見れば、初の弟弟子だからな」

 

「……本気でそう思ってます?」

 

「そうだと思うぞ!これは!!俺だって小竜姫様が好きだぞ。尊敬もしてるし!!」

 

「……平塚先生は?」

 

「どうしよう八幡~~」

急に情けない顔になる横島師匠。

 

「……本当にどうしたらいいんですかね。ちゃんと言葉で振らないとダメすよ」

 

「いや、俺もあの後ちゃんと話したんだ。俺は仕事柄、あなたのような立派に教職をまっとうする方と付き合えないって」

 

「まあ、いいでしょう。師匠にしてはまともだ」

 

「そしたら、なんて言ったとも思う?仕事なんて今すぐやめて、一緒に妖怪を倒すって!!だから俺は慌てて止めるしかなかったんだ!!どうしよう八幡~~」

平塚先生なら言いかねない。あの人まだ28歳だろ?まだもうちょっと大丈夫なのに、あの切羽詰まった感はなんだ?

 

「本当にどうしたらいいんだろうあの人、悪い人じゃないんですよ。美人だし、性格は男っぽいけど、スタイルは良いし真面目だし。でも恋愛が全然ダメなんですよね。………まあ、俺も人の事を全く言えた義理じゃない事が分かりましたが」

 

「………はぁ、なにやってるんだろ俺」

横島師匠は肩を落とす。

 

「平塚先生の事は何か考えましょう?うーん。誰か紹介するとか?」

やっぱ西条さんとか……美神さんの相手をギリギリだが何とかできるんだから、平塚先生も大丈夫だろう。

 

 

「……俺さ……昔、付き合ってた女性が居てさ、それが今でも忘れられないんだ」

横島師匠は温泉の淵に背中を預け、空を見上げながらぽつりぽつりと語りだす。

 

「……それって」

 

「もしかしたら、小竜姫様かおキヌちゃんか美神さんに聞いたかもしれないが、短い間だったけど俺の恋人だった女性がいてさ。でも3年前にさ、とある大きな霊災で俺を庇って……死んじゃって……もしかしたら、俺が選択を誤らなければ、もし俺にあの時もっと力があればってさ……今も考えちゃうんだ」

 

「師匠……」

 

「だから、俺は今、誰とも付き合えない……そりゃおキヌちゃんの気持ちは嬉しい。でも……こればっかりは」

 

「じゃあ、ナンパなんてやめりゃいいのに。そんなんだから平塚先生を捕まえちゃうんですよ」

 

「ナンパは趣味みたいなものなんだけどな。一夜限りだったらよくない?」

 

「全然良くないですよ!!性欲みたすだけだったらプロの夜の店に行けばいいじゃないっすか!!」

 

「…………えーっと」

 

「………既に行ってたんすね。まさか、出張の度に……海外とかでも」

冗談のつもりだったんだが……既に行ってたとは……

 

「海外出張は西条のおっさんが監視してるから無理なんだよ!!バレて美神さんに報告されるしな!!」

行こうとはしたんだな。そんで西条さんにバレて美神さんに告げ口されたと……そういえばなんで、年上の西条さんは呼び捨てでため口なんだろうこの人。まあ、普段から結構いがみ合いはしてるが、なんだかんだと息は合ってるよな。

本当は仲がいいのだろう。

 

「そうですか…そんなに頻繁に行ってるわけじゃないんですね」

 

「舐めるな八幡!ちゃんと行きつけの店をキープしてるわ!」

 

「という事は……夜によくふらりと消えるのは修行ではなく、夜の店に行ってたんすか?」

結構頻繁に行ってるってことか!?何やってるんだか!この人は!

 

「……アレ?ばれた?」

 

「はぁ、キヌさんが可愛そう過ぎる!とにかくナンパ禁止!!夜の店は平塚先生を振るまで自粛!!いいっすね!!しばらくはエロブルーレイで我慢してください!!」

 

「えーーーっ!!そんなーーー!!俺の存在意義がーーー!!」

 

「………あんたの存在意義はエロ方面だけかよ」

 

「はぁ、ほんと俺何やってるんだろ?」

横島師匠はガクッと肩を落としていた。

どうやら、昔の恋人の事を引きずってるのは確か見たいなんだが、やってる事が支離滅裂なんだよな。しかも本人がそれを自覚してるし……。言い換えれば、それだけ亡くなった恋人さんの事が好きで今も忘れられないって事なのだろう。前後不覚になる位に。

普段の師匠からはまったく想像できないが、そういう事なのだろう。

まあ、元々の性格によるところも大きいようだが……

 

「……横島師匠。人を好きになるというのは大変な事なんですね」

 

「そうだな。俺もよくわからない。理屈じゃない気がする。最初はホント何時ものノリで、脈ありな彼女にエッチな事だけが目的な感じで、その接していたというかなんていうか。でも相手が本気で思ってくれてる事が分かって、俺も頑張らないと思ってたら、いつの間にか好きになってた」

 

「らしいと言えば、らしい感じですね」

 

「でも、一つだけ言えることがある。俺は彼女を何が何でも守るべきだったと……何かを犠牲にとかじゃない。やはり守るには俺自身に覚悟と力が必要だと痛感した。手遅れになってから気づいたよ。確かに当時も努力はしたつもりだったけど、後になればなるほど、まだまだ足りなかった、もっとやれたはずだと後悔するんだ。だから、俺は二度と後悔しないようにここで鍛えて貰ってる」

 

「……一つ聞いていいですか。今の横島師匠の強さでも足りないと感じてるんですか?」

 

「足りない………いや、自信が無い。……そうか、そうかもな俺はおキヌちゃんと真正面に向き合うのが怖いんだ。また俺なんかと付き合ってしまったために誰かが傷つ付いてしまうかもしれないじゃないかって。……いや、それは言い訳だな。俺自身がまた大切な者を無くしちゃうんじゃないかって、怖がっているんだ。俺は自分に自信が無いんだと思う。特におキヌちゃんは家族同然だと思ってるし………無くしたくない二度と」

今、横島師匠は本音で話してくれてる。俺に心情を吐露してくれている。

俺はそんな師匠の信頼を心地よく感じている。

それと、横島忠夫という青年の心の奥底はやはり真面目で誠実で純粋だと……それが故に辛い過去の経緯から、極度に憶病になっている……

 

「……そうですか」

 

「だからさ、京都で八幡が二人を必死になって守る姿はさ。俺には眩しかった。俺にできなかったから……それと同時に嬉しかった」

 

「……俺一人では到底無理でした。あの時は俺は力の無さを痛感しました。師匠が助けに来てくれたから……」

あの時、3人無事だったのは、横島師匠が助けに来てくれたから……俺にはこの人が居たからだ。

もしかすると、横島師匠を当時、助けてくれる人は居なかったのか……いや、もしかすると助ける事が出来るとかそう言うレベルの次元ではない何かと戦っていたのかもしれない。今の横島師匠は規格外に強い。はっきり言って人類最強だ。3年前の横島師匠もきっと、今の俺よりもずっと強かったはずだ。なのにそんな事に……

 

「俺はこんなだから、八幡にアドバイスなんてものは出来ないし………小竜姫様が言ってくれたから」

 

「いや、師匠からアドバイス貰おうなんて、サラサラ思ってませんよ」

 

「おいーーーーー!!何じゃそれ!!さっきまでのいい流れは何だったんだ!?」

 

「師匠に恋愛相談なんて、女性関係にルーズで、女癖悪いし、変態で痴漢だし」

 

「いや、否定出来る要素が全く無い。……そこまで言わなくてもいいだろ?一応師匠なんだけど」

 

「じゃあ、キヌさんの事、如何にかしてくださいよ」

 

「う……、じゃあお前はどうなんだよ!!このリア充!!雪ノ下ちゃんや由比ヶ浜ちゃんのラブラブ視線に全く気が付かなかった鈍感野郎な癖に!!」

 

「俺は小竜姫様にアドバイス貰いましたんで、なんとかなるんで」

 

「ぷっ、それで何とかなると思ってるのか八幡!?絶対お前、他にも女の子引っ掛けてるに違いない!!何せ天然リア充モテ野郎だからな!!」

 

「はぁ!?何がリア充だ!!あんたもそうだろ!!キヌさんに小竜姫様って羨ましすぎるんだよ!!」

 

「あーーーっ、言ってやるぞ!!雪ノ下ちゃんに由比ヶ浜ちゃんに!!」

 

「それは言葉の綾で……じゃあ俺は!!平塚先生をたきつけてやる!!」

 

「げっ!ぐぬぬぬぬぬ!!このボッチの仮面を被った超リア充野郎!!勝負だ!!」

 

「受けて立つ!!聖母と女神に好かれてるくせに!!このチキン野郎!!」

 

俺の頭の中でゴングがなり横島師匠に殴りかかる。

横島師匠も同時に腕を振るって来て、お互いの拳が顔面にめり込む。

 

裸で温泉の中で殴り合いが始まり、遂には、術式まで出てしまう始末。

岩石で出来た温泉は徐々に破壊されていく。

 

 

「何やっとるんじゃ!!」

 

突如として俺の頭に衝撃が走る。俺はその痛みに耐えきれずそのまま温泉に沈むが、無理矢理引き上げられた。

どうやら横島師匠も同じようだ。

 

見上げると、山のような巨大な猿……俺達をひょいっと掴み上げ睨んでいた。

「お主ら、元気が有り余っているようじゃな」

 

「いや~~お師匠。お日柄も良く。これはちょっとした弟子との訓練で!あはっあははっ!」

横島師匠は摘み上げられた状態で若干顔を引きつらせて愛想笑いをする。

 

「……いえその」

ええ?横島師匠のお師匠って……もしかしてあの斉天大聖老師の本性?ええ?小柄な老人みたいな感じだったのに……マジ怖いんですけど。霊圧も半端ないんですが………その凄まじい霊気に俺は言葉が出なかった。

 

「ほう、じゃあわしも混ぜてくれんかのう、その訓練とやらに」

 

「いや~、お師匠の立派な毛並みがお湯に濡れちゃうんで、また今度という事で……」

横島師匠はそう言って、逃れようとじたばたするが……

 

「温泉風呂はめちゃくちゃになっておるからな。修練所でも行こうかのう」

斉天大聖老師の目が怪しく赤く光る。

 

「……いやいや、その……すみませんでしたーーーー!!はちまーーーん!お前も謝れーーー!!」

 

「その……すみません」

 

「うむ。横島、風呂は後で直しておけ」

 

「ほっ」

斉天大聖老師のその言葉に横島師匠はホッとした顔をしていた。

が……

 

「しかし、訓練は別じゃーーー!!わしとの組手じゃ!!気を失うまでやるぞい!!」

斉天大聖老師の目は怪しく赤く光ったままだ。何故かそう言った老師は嬉しそうに見えた。

 

「いいいいやーーーーーーーーーっ!!降ろして、お家帰るーーーーーーー!!」

横島師匠は涙をちょちょ切らしながら、じたばたする。

横島師匠が取り乱す程の修行ってどんなのだよ。

もしかしてこれ、俺も受けるのか?……まあ、一度は受けてみたいと思ってたが……

 

 

 

しかし俺の考えは甘かった。

一撃だ。斉天大聖老師の軽くふった如意棒一撃で俺は豪快に吹き飛ぶ。意識は辛うじて保つことができたが立ち上がる事ができなかった。

サイキックソーサーで防御したはずなのに、あの威力。

 

「いいいやーーーーっ、勘弁ーーー!!どしぇーーーーー!!死んじゃう、それ死んじゃうからーーーー!?」

横島師匠はその後、組手というなの拷問劇を行い、一晩中横島師匠の叫び声が響いてた。

……そりゃ、強くもなるよな。あの防御力はこうして出来上がったのか。

 

 

こうして、今回の妙神山での本格的な修行が始まったのだった。




再開はもう少し待っててください。


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第二部【八章】新学期早々に
(84)新学期早々に


感想ありがとうございます。
誤字脱字ありがとうございます。

再開いたします。
ここから2部です。言うならば三年生編の始まりです。
三年生編は俺ガイル原作どおりには全く進まない予定です。(予定のつもりです。今の所は)
ぼちぼち更新していきます。


3月末日の深夜、俺は妙神山の10日程の修行を無事終えて、現世に戻ってきたのだった。

10日間も開けて仕事の方は大丈夫なのかという不安はあったが、キヌさんも同じころ1週間程実家に戻る予定にしていたため、あらかじめこの期間は仕事の量を減らし、美神さんとシロ、タマモでまわせる量でセーブしていたらしい。但し緊急案件があった場合は、式神で妙神山に知らせる様にし、何時でも戻れるようにはしてあったとの事。まあ、横島師匠はその間、ちょくちょく事務所の様子を見に行っていたようだが……

 

妙神山と東京の横島師匠の住んでいるボロアパートの押し入れは次元ゲートでつながっており、普通に行けば東京から半日以上かかる道程を一瞬で戻る事が出来る。

横島師匠が妙神山で斉天大聖老師の内弟子として生活し、美神令子除霊事務所に通うために、このゲートをわざわざ斉天大聖老師が、知り合いの神様にお願いして作ってもらったらしいのだ。

 

俺は今回斉天大聖老師から直接指導を受ける機会があったが、はっきり言ってレベルが違い過ぎて、直接の手合わせなどは、ほとんどできなかった。

手合わせしても、超手加減一撃で吹っ飛ばされて、立ち上がれなくなるからな。

まあ、最後は超手加減の三撃まで耐えれるようになったが………その程度だ。

成長したのかもよくわからない感じだ。

天界きっての武闘派、武神斉天大聖の名は伊達じゃない。正直言って、あの茨木童子が可愛く見えてしまう程だ。そう考えると、あの頃に比べ力を付けたのかもしれない。

 

それよりも、基礎訓練や武術や術儀の手ほどきをしてくださったのはでかい。

俺が今迄横島師匠から教わっていた体術や武術は、斉天大聖老師の教えの物だったのだが、横島師匠の場合は、既にかなり自己流が入っていたため、理論付けや解釈が難解なものや、俺に不向きなものも結構あったからだ。

そして、復習を兼ねた自己訓練中にわからない事があれば、小竜姫様が丁寧に教えてくれる。

 

俺の霊視空間結界のパワーアップもある程度果たすことができたが、問題も残った。

基礎訓練のおかげで、目標の半径10メートルは到達した。

しかし、この霊視空間結界を半径10メートル規模のものを作るための初期霊気消費量はかなり大きくなり、霊気消費効率が悪くなることが判明した。今までのように、霊気の質を変えた膜を重ね合わせて霊気の層を作り上げる方式ではこの辺が限界だった。

 

行き詰っているところを斉天大聖老師と小竜姫様の指導をしてくださったおかげで、霊気結界の構造を変更することで半径10メートル以上伸ばせる可能性が出てきた。まだ俺自身がこの方式を扱い切れないため、今はまだ10mに達しないが、完成すれば霊気消費量は五分の一以下で同等の物が出来る。

斉天大聖老師は術儀に関しても超一流だった。

ありとあらゆる神術や仙術を極めたとも言われているのは伊達じゃない。

 

その他にも俺が使えそうな術儀や術式を色々と教えていただき、実りある10日間だった。

後は教えていただいた物を使えるように日々の訓練と検証が必要ではある。

俺は横島師匠みたいに見様見真似で出来ない。

あの人が天才であることを改めて思い知る。

 

 

 

俺は妙神山から次元ゲートを通り、東京の横島師匠の自宅ボロアパートに戻って、そのまま師匠の車で千葉の自宅まで送って貰った。

2日間休みを貰って、4月3日から仕事初めの予定だ。まあ、8日から学校が始まるから、まともに仕事に行けるのは3日~6日までの4日間程度なのだが。

横島師匠は10日分の仕事の穴を埋めるかのように、4月3日から西条さんとオカルトGメンの仕事で海外出張に行くと聞いてる。横島師匠じゃないと解決できない事件が海外でもあるという事なのだろう。きっと、昨年の京都のような霊災事件が世界でも起きているのだろう。

 

 

家に着いたのは深夜だったため、既に小町や親共は寝ており、俺はそのまま黙って風呂に入ってから寝る。

 

 

 

 

「お兄ーーちゃん!!起きろ!!もう昼前だよ!!」

小町の声が寝ている俺の頭に響く。

 

「うーーん。……今日は休ませてくれ」

 

「結衣さんと雪乃さんから、小町に電話がかかって来たんだよ!!お兄ちゃんスマホは!?」

 

「………寝かせてくれ~」

俺は布団を頭まですっぽり被る。

だって。あれだ。まだ、覚悟が完了してないんだ。

確かに小竜姫様からありがたいお言葉を頂いたんだが……

早い、早すぎる。やっぱ急には無理だ。

どんな風に、由比ヶ浜と雪ノ下と接すればいいんだよ!

布団の中で頭を抱えていた。

 

「こら!!お兄ちゃん!!」

小町にベッドの布団を勢いよく無理矢理剥がされる。

 

「………小町ちゃん寒いんで勘弁してください」

 

「んっ!」

怒りの形相の小町が俺に小町のスマホを渡してくる。

俺は恐る恐る手に取り耳にする。

どうやら、既に誰かと繋がっているらしい。

 

『おはよう比企谷君。帰ってきたら連絡してと言ったわよね。電話も繋がらないのはどういう事なのかしら』

スマホ越しに凛とした中にも少々不満そうな女性の声が聞こえる。雪ノ下だ。

 

「お、おう…すまん。昨日は遅かったし、今起きたばっかりだ。スマホは電源を切ったままだった」

聞きなれた声だが、つい10日前にあんなことがあった後だ。気恥しい事この上ない。

俺の脳裏にあの時の事が自然と思い浮かんでしまう。

 

『そう、ならいいのだけど。……その明日空いてるかしら』

雪ノ下はそう言って、ちょっと上ずった声で聞いてきた。

 

「そのだな。あれだな……」

も、もしかして、リア充的なイベントのお誘いなのか?デー何とかとかいう。これなんて返事すればいいんだよ?

 

小町がスマホを強引に俺から奪い取り、

「雪乃さん。お兄ちゃんは明日空いてるんで、いつでも大丈夫ですよ!」

そう言って、再び俺にスマホを渡す。

 

『そう、その……比企谷君の自宅にお伺いしてもいいかしら?』

雪ノ下の声はやはり、いつもよりも上ずってる感じがする。雪ノ下も緊張してるのかもしれない。

 

「はぁ?……そのなんだ。なんで俺んち?」

 

『そのあの……比企谷君の家の猫……カマクラに会いに……去年会わせてくれると言っていたわ』

 

「そんな事も言ったかもしれないな」

 

怒りを露わにし、スマホをまたもや強引に奪う小町。

「馬鹿なの!!馬鹿なんですかお兄ちゃんは!!そこは『君だったら何時でも歓迎さ!』でしょ!?」

 

いや、そんなセリフ、思いつかないし、そんな事恥かしくて言えないんですが、言ったら悶絶死しちゃうんですが、小町ちゃん。

 

「雪乃さん。うちの馬鹿兄には十分言い聞かせますんで、来てください!……うん。10:00ですね!お待ちしてまーす」

雪ノ下と話をつけ、通話を切る小町。

 

そして……小町は鬼の形相で俺に怒鳴り散らす。

「このヘタレ八幡!!あの奥手の雪乃さんが勇気を振り絞ってお兄ちゃんのことをデートに誘って、しかも迎えに来るとまで言ってるんだよ!!なんでそんな馬鹿な返事しかできないの!?」

 

「今のってそういう事なのか?」

雪ノ下の話方からは、この家にカマクラを見に遊びに来ると言う事だと思ったぞ。

雪ノ下は大の猫好きだからな。

 

「だからダメなんだよ!お兄ちゃんは!!先ずはこの家でお兄ちゃんとお話したいんだよ!雪乃さんは!!カー君(飼い猫のカマクラ)もいるしね!そこから、デートに行くに決まってるでしょ!!馬鹿、ヘタレ、八幡!!」

 

「八幡は悪口じゃないぞ。小町ちゃん」

いや、そこまで読めないだろ普通は。

 

 

「次は結衣さんだよ!!その前に自分のスマホの電源を付ける!!」

 

「………電池が完全に切れてるな。後でかける」

俺は電源が切れたスマホを充電器に差す。

10日間ほったらかしにしてたしな。案の定電池は切れていた。

スマホは電波が届かない妙神山に持って行っても意味が無いのと、それと修行に集中するためにと、自宅に置きっぱなしにしていたのだ。

スマホが手近にあると、ついなんとなく触ってしまうからな。

 

「んっ!」

小町は自分のスマホを操作して、またしても俺に渡す。

 

「……」

 

『やっはろー、小町ちゃん。ヒッキー起きた?』

スマホから聞きなれた陽気な女性の声が響いてくる。由比ヶ浜だ。

 

「よ、よう由比ヶ浜」

 

『え!?ヒッキー?……ヒッキー起きたんだ!でも、もう11時だよ?』

 

「そ、そうか。そんな時間か。すまん。スマホの電源を落としたままだった」

 

『そうなんだ。ヒッキー!修行どうだった?怪我とか無い?』

 

「そ、そうだな……大丈夫だ」

由比ヶ浜はいつもの感じに話しかけてくるが、俺は一杯一杯だ。つい10日前の事を思いだしてしまう。顔が火照る。

 

『あのねヒッキー。ちょっと相談があって、今日会えないかな』

 

「今日か……」

俺は返事に躊躇するが、横でこの話を聞いてる小町がジェスチャーで、即答して行けと命令する。

 

『急には無理だよね。帰って直ぐなのにごめんね』

 

「午後からだったら……相談ってなんだ?」

俺がそう返事をすると、横で小町が呆れ顔で、そんな事を聞くなというジェスチャーを送って来る。

 

『終業式の次の日に、お爺ちゃん拾っちゃって、今、家に居るの。それで……』

 

「おい、ちょっと待て。お爺ちゃん拾ったって、見ず知らずのか?警察に届けをだしたのか?」

爺さん拾ったって、犬や猫じゃないんだぞ?終業式の次の日から今も家に居るって、もう10日だぞ?

 

『うううん。ちょっとボケてて困ってそうだったし。ママも張り切って面倒見てあげてるし』

なにそれ、おおらかすぎるだろ!ガハママ(由比ヶ浜ママ)!?会った事はないが。

 

「大丈夫なのか?ボケた爺さんの保護者の方とか心配してるだろ?警察に早く届けるべきだ」

 

『その保護者っていうか、孫っていうか、今、一緒に住んでて』

 

「ちょっとまて、保護者も一緒にってどういう事だ?お前の親父さんは何て言ってるんだ?」

おいーーー、なんだそりゃ?保護者同伴で他人の家に転がり込んでって、危なくないのか?

 

『うーん。パパは仕事で出張中だし、基本パパはママの言う事なんでも聞くし』

何それ、親父さんはガハママに尻に敷かれてるって事か?もしかしてガハママはめちゃ怖い人とか?

 

「由比ヶ浜、何かされなかったか?」

 

『へ?お爺ちゃんはボケてるし、マリアはすごく良い人だよ』

なんだそりゃ!マリアって誰だよ。とりあえずこの親子は危機意識が全くない。

 

「……わかった。直ぐに行く。お前ん家の正確な住所教えてくれ」

結構やばいんじゃないか?滅茶苦茶トラブルに巻き込まれてるんじゃないか?

 

『え!?ヒッキー!家に来てくれるの!!うん!!メールで送っておくね!!』

何嬉しそうにしてるんだ?お前ん家が危機的状況だって言うのにだ!

 

そこで通話が切れた。

 

「お兄ちゃん!小町は信じていたよ!直ぐに家にって、お兄ちゃんのポイントがうなぎ登りだよ!」

俺の隣で目をウルウルさせる小町。

いや、それどころじゃないだろ?

 

 

 

俺は出かける準備を直ぐに済ませ、チャリで家を出る。

小町は何故か「お兄ちゃんファイトだよ!」と家の外まで送り出してくれた。

 

電車に乗り、由比ヶ浜ん家の最寄の駅まで向かう。

去年の夏休みに、由比ヶ浜を自宅付近まで送った事はあるが、正確な住所は知らない。

スマホを確認すると……新着トップは由比ヶ浜から自宅住所のメールだ。その他ズラっと新着の未読が続いていた。妙神山での修行中の10日間分だ。

 

……平塚先生ばっかりなんだが!何通あるんだよ!連続で100通以上あるんだが!!怖い。まじ怖い!……中身を見るのが憚られる。とんでもない長い文章の羅列が書かれているに決まっている。!内容も見ないでもわかる。きっと横島師匠に連絡が付かない件だろう。……うん。今は見なかった事にしよう。

その中でも、一色や川崎、折本、戸塚からもメールが届いていた。材木座?知らん。

 

不在着信や留守電も同じような感じだ。留守電の容量はすべて平塚先生に持って行かれていた。

うん。すべて消そう。留守電機能は俺のスマホには無かったと言う事に……マジであの人、完全にストーカーだよな。早く振ってください横島師匠!!

 

 

とりあえず、対処のしやすい順にメールを確認だ。

戸塚は、春休みも部活で忙しいらしい。近々他校との練習試合を行うとある。どうやら近状報告の様だ。戸塚の文章も内容も癒される。マジ天使。

そんで、メールを返事が遅くなった事を詫びを入れて返信する。

 

次は折本だな。

ん?なにこれ。

一緒に遊びに行かないかという誘いだ。中学の女友達何人かとらしい。

いや、普通行かないだろ。なにそのリア充的なイベントは?俺は中学の時の友達とかいないし。

メールの返信の遅れを詫びつつ、必殺、仕事を理由に断るを選択。我ながら大人の対応だ。

 

次は川崎。

唐巣神父の教会の事で相談があるから、会えないかとある。

あれだな。何時もの相談事だな。電話でもいいんじゃないか?

まあ、俺もちょっと唐巣神父の書庫で気になる書物があったから、見には行きたい。

春休み中の仕事の空きで、直接唐巣神父の教会に行って話を聞くと言うのはどうだろうか。その場で相談事も解決できる上に、俺も見たい書物を気軽に見せてもらえることができる。一挙両得だな。

こっちも、メールの返信の遅れを詫びつつ、近いうちに唐巣神父の教会に行くようにすると書きこみ、送信する。

 

問題は一色だな。

きっと生徒会の仕事を手伝えとか、そんな感じだろう。

俺はため息を吐きながら、一色のメールを開く。

 

……やっぱりだ。【生徒会室に来てください】と書いてあるが、内容はほぼ強制的だ。休みの日に学校に行くのは勘弁してくれ。しかも、既に期限が切れてる。

次の一通は、なんで電話もメールも返事をしないのかと抗議のメールだ。

その次は、……おい、なんで俺ん家まで来てるんだ?しかも小町と親共と俺の家で昼食まで食べたとある。仕事の長期出張が終わったら連絡くださいと最後にあった。

なにこれ、連絡するのが怖いんだが……ここまでするって事はだ。とんでもない仕事を押し付けようとしているのではなかろうか?

よし、一色も仕事を理由に断る事にしよう。

メールの返信の遅れを詫びつつ、仕事を理由に断るだ。

仕事を理由に断るというこの方法は、かなり有効かつ効果的だ。これならば相手も仕方が無いとあきらめてくれる。

 

ん?一色から速攻で返信が来た。

………なにこれ。

【先輩は、4月1日と2日と7日は仕事休みですよね。だから、絶対来てくださいね♡】

 

おいーー!!誰だ俺の休みの日を一色に教えたのは、小町か小町だな!?

 

【PS~、まさかと思いますが、ボッチを名乗ってる先輩がデートとか無いですよね♡結衣先輩とか雪ノ下先輩とか、陽乃さんとか】

 

!!!!!?

 

おいーーーーーーー!!どういう事だ!?なにこれ……どどどどういう事だ!?終業式のアレを見られていた?い、いや、そんな事は無いハズだ。奉仕部の教室には俺達3人しかいなかったハズだ!

 

電車に揺られながら俺は額に汗がにじみ出ていた。

 

落ち着け……これはきっとあいつのブラフだ。

冷静にかつ慎重にメールを送信だ!

【今日と明日は普通に用事がある。7日だったらいけるかもしれないが確定ではないし、次の日が学校だろ?その時でいいだろ?】

 

スマホのバイブが鳴り直ぐに返信が来る。

【せーーんぱい。仕事って、ほとんど午後からって聞いてますよ。午前中はこれますよね♡それとも私が先輩の家に行きましょうか♡】

 

………【3日の早朝に学校に行かさせていただきますです】

俺は愕然として、送信ボタンを押すしかなかった。

 

 

そして、丁度電車は由比ヶ浜の自宅近くの駅に到着した。

 




次は皆さんお分かりだと思いますが、あのGSキャラが登場!


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(85)由比ヶ浜家の居候

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きで、いよいよ、あの人登場!



俺はスマホのナビマップを見ながら、由比ヶ浜の自宅に向かう。

由比ヶ浜の自宅は公共団地群の四階建てマンション最上階の角部屋だった。

 

ベルを押し、インターフォン越しに名乗ると、ちょっと待ってねという若々しい声の女性が対応してくれた。

パタパタという足音がし、直ぐに玄関扉が開く。

「ヒッキー!来てくれてありがとう!」

 

「ああ……由比ヶ浜ちょっと出てきてもらっていいか」

 

「なになに?」

俺は笑顔の由比ヶ浜を、マンションの屋上へと続く階段の踊り場まで連れだす。

 

「……大丈夫そうだな」

俺は一応、霊視で由比ヶ浜の健康状態や呪いなどで操られていないか調べる。

 

「ヒッキー、心配してくれたんだ!」

 

「そりゃそうだろ、見ず知らずの爺さんとその保護者が、女親子二人の家に転がり込んだんだ。何かあると思うのが当然だ」

 

「大丈夫だよ。お爺ちゃんはちょっとボケてるけど、マリアは良い人だから」

危機意識が薄すぎるぞ由比ヶ浜。世の中は良い人ばかりじゃないんだぞ。

 

「由比ヶ浜……今、お前の家に誰と誰がいる?」

俺は由比ヶ浜にこんな事を聞いた。

その理由はこうだ。

俺は由比ヶ浜の家をインターフォンを鳴らす前に、軽く霊視を行った。

人の気配を由比ヶ浜を含めて3人確認した。そして、1人は衰えは見せているが霊能者並みの霊気を感じる。その時点で何か不味い感じがするが、そこまでは常識の範囲内だ。それ以外に妙な気配が一つ、普通じゃあり得ない反応だ。幽霊でも妖怪でもない。霊気構造体を継ぎはぎしたような存在、…人工幽霊にも近い存在のような反応を示していた。……もしかすると、そのボケた爺さんが霊能力者で、何らかの存在を使役している可能性があるのだ。何かの目的で由比ヶ浜の家に転がり込んだ。いや、身を隠すために転がり込んだ可能性もある。

 

「へ?ママとお爺ちゃんとお爺ちゃんの保護者で孫のマリアだよ」

由比ヶ浜は真顔で質問する俺に、不思議そうに返答をする。

由比ヶ浜と由比ヶ浜の母親(ガハママ)の霊気、気配は感じた。霊能力者並みの気配は……多分。爺さんの方だろ。ならば、由比ヶ浜が言うマリアとはなんだ?

 

「由比ヶ浜。本当に大丈夫なんだな」

 

「うん。ヒッキー心配してくれるのは嬉しいけど。大丈夫だって、私もママも人を見る目だけはあるから!」

そう言うが、人じゃないのが混ざってるぞ。由比ヶ浜。

 

「……そうか、わかった。俺をその爺さんとマリアさんに会わせてくれ」

 

「うん!でも、ヒッキー、マリアに鼻の下伸ばしたらダメだからね!」

由比ヶ浜は、俺にそんな注意をしながら、自宅へと俺を促す。

 

「そんな事するわけがないだろ」

俺はそう言いながらも、上着やベルトに忍ばせてる神通棍と各種札に意識をし、何があっても対応できるような心構えをする。

念のため、由比ヶ浜の背中には黙って護符を張りつけた。

 

まだ、相手が何者なのかもわからない。

ただ、霊能者っぽい反応と、妙な反応があるだけで、実際何も起こっていないため、オカルトGメンやGS協会に伝えるわけにもいかない。

 

俺がその爺さんとマリアとかいう存在を見極め、危ない存在だとわかった時点で、相手に悟られないように由比ヶ浜と由比ヶ浜の母親を逃がし、オカルトGメンやGS協会に通報すればいい。

その場での戦闘は極力抑えたい。最悪のパターンとして戦闘が起こった際の対処の仕方を頭の中でシミュレートする。

 

玄関まで行くと、由比ヶ浜と雰囲気が似た年若い女性が待っていた。

「あらあら、結衣ったら彼と内緒話?……君が噂のヒッキー君ね。結衣のママでーす」

へ?めちゃ若いんだが……姉の間違いじゃ?どう見てもうちの母親と同じ年代には見えない。

それよりも、由比ヶ浜の家族内では俺のあだ名はヒッキーで確定してるのかよ。

そのあだ名、娘さんしか使ってないんで、それが俺のあだ名だと思われると心外なんですが。

 

「こんにちは、由比ヶ浜さんの部活仲間の比企谷八幡です」

俺は面喰いながらも、この若そうな母親(ガハママ)に自己紹介をする。

 

「あらやだ。聞いていたよりもずっと大人っぽいわ」

ガハママは、おっとりした口調でそんな事を言いながら、俺の両手を握って来る。

どうやら由比ヶ浜のあの無意識のスキンシップは母親譲りなようだ。

 

「ママ!恥かしいからそういう事しないでって!」

 

「もう、結衣ったら恥かしがらなくっても良いじゃない。ほの字なんでしょ?」

さらに俺の腕を取るガハママ。その、娘さんのよりも大きくて柔らかい物が腕に挟まるように当たってるんですが……母親とはいえ、お姉さんみたいな見た目なんで、俺も男なのでやめていただけないでしょうか?

 

「ママ!いい加減にして!」

由比ヶ浜は俺の反対の腕を強引に引っ張る。

 

「はいはい、ヒッキー君上がってね」

ガハママは俺の腕をパッと離し、先に玄関に入りスリッパを用意してくれた。

 

「……お邪魔します」

 

「結衣の部屋にお茶菓子を持って行こうと思うのだけど、お邪魔かしら?」

 

「もうママったら!それはいいから!ヒッキーね。お爺ちゃんとマリアに会いたいんだって」

 

「そうなの?じゃあ、リビングにどうぞ。丁度お爺ちゃんとマリアちゃんがお茶してるから」

ガハママはそう言ってリビングへ俺を促す。

 

その先のリビングから、老人の声が聞こえてくる。

「姫~~、菓子はまだかいのう」

 

「はいはい待ってねお爺ちゃん。今持って行くから」

何、ガハママってこの爺さんに姫って呼ばれてるのか?なぜ?

 

「ママさん。マリアが・準備・します」

若い女性の声がする。

しかし、俺の霊視ではその声の主は人間と認識していない。一体どういう事だ?

 

「いいのよ。マリアちゃんも座ってて、今結衣のボーイフレンドが来てね。お爺ちゃんとマリアちゃんにも挨拶がしたいみたいなの」

 

俺は油断なくリビングに入り、ソファーに座る2人を見る。

マリアと呼ばれる女性の姿をした存在がまず目に入る。

その姿を見て俺は驚く。

由比ヶ浜に似ていた。髪の色も由比ヶ浜と同じだ。いや、顔立ちは、どちらかというとガハママに似ている。

ガハママをもう少し若くして、無表情にした感じだ。3人並べば三姉妹といっても違和感が無い。……しかしなんなんだ?霊的構造は明らかに人とは異なる。ドッペルゲンガーか何かか?

敵意や悪意はなさそうだが。

 

その横で、呑気にお茶をすする爺さんを見る。

日本人じゃない。明らかに白人だ。

ん?……この老人どこかで見た事が……

 

俺は取り合えず挨拶することにする。

「こんにちは、初めまして……」

 

すると老人が俺を見るなり、目を見開き、立ちあがり、指さし……

「おお?おうおう、その目はガリレオではないか!ひさしいのう」

 

「……いえ、違うんですが」

またこの目か…今度はどんな勘違いなんだ?ガリレオって、まさか……

 

「何を言っておる。この世で、そんな捻くれた目で世の中を見据え往来するやからはお主しかおらんじゃろガリレオ・ガリレイ」

 

「………いえ、俺はガリレオじゃなくて、比企谷八幡といいます。由比ヶ浜結衣さんの部活仲間です」

おい、ガリレオ・ガリレイって、中世の天文学者のガリレオだよな!俺って、ヨーロッパ人みたいに顔の彫が深くないよな。この目かまたこの目なのか!?今度はガリレオ・ガリレイかよ!!……ちょっと待てよ。ガリレオの肖像画を見たことがあるが俺に全然似てないし、目は腐ってなかったよな。しかもこの爺さん会った事があるような言い方してるがガリレオは400年前の人物だぞ。やっぱりボケてるのか。ここは普通にスルーした方が良いな。

それにしても、この爺さんどこかで見たことがあるんだが。

 

「お爺ちゃん、ガリレオじゃなくて、ヒッキーだよ」

由比ヶ浜は優しく爺さんに訂正するが、…ヒッキー押しするのはやめてもらえないだろうか?

 

そして、明らかに人間の霊気構造が異なるマリアと呼ばれる女性が自己紹介をし、爺さんの代わりに、爺さんの紹介もする。しかし、言い回しが奇妙で単調だ。

「マリア・です。こちらは・ドクター・カオス。ミズ由比ヶ浜・ミス由比ヶ浜に・お世話に・なっています」

 

ん?ドクター・カオス……あのドクター・カオスだと!!それにマリア……マリア!?ま、まさか……いや、ドクター・カオスの顔写真は確かに業界紙や事務所に飾ってある写真で見たことがある。間違いない。

 

「…失礼ですが、ヨーロッパの魔王ドクター・カオス氏と、その相棒のマリアさんですか?」

俺は恐る恐るという感じで聞き直した。

 

「ふはははははっ!ヨーロッパの魔王とな!そうじゃドクター・カオスとはわしのことじゃ!ガリレオなんじゃ、もう耄碌したか?」

急に元気になったぞ?しかしまだガリレオだと思ってるのかよ!ボケてるのはあんただろ!

 

「イエス・ミスタ・比企谷」

 

「え?ヒッキー、知ってる人?」

「ヒッキー君、お爺ちゃんとマリアちゃんって有名人?」

何言っちゃってるんだこの親子は!ドクター・カオスといえばGS業界ならず、一般的にも認知度が高いはずだぞ!何せ1000年以上生きてるんだからな!度々、オカルト番組なんかの話題にもなってるぞ!まあ、その内容は、1000年生きてる説を否定するような感じだ。しかし、ヨーロッパ諸国や各国、国連、さらにGS協会やオカルトGメン機構も1000年存在していたことを確認し認めているからには、真実なのだろう。

まてよ。1000年生きてるカオス氏ならば、ガリレオに会った事があるか……もしかして、実際のガリレオって目が腐ってるのか?あの有名な肖像画は腐れ目を修正したものなのか!?

 

ヨーロッパの魔王ドクター・カオス。

科学や魔法問わず、数々の発明や発見を行って来た天才錬金術師だ。

その錬金術を駆使して、長寿を実現させたと。

今も尚、過去に作成されたドクター・カオス謹製の魔法道具などは高値で取引されてる。

最大の発明は、人工霊魂の生成だった。それが目の前に居るマリアさんだ。

彼女は800年前にドクター・カオスが作成した人工霊魂を搭載したアンドロイドだと言われている。

これで納得がいった。マリアさんの霊的構造が普通ではないのに……、あれが人工霊魂ということか。しかし見た目は人間そのものだ。とても人工物には見えない。多少口調に違和感はあるが……、姿からは人と判別が付かないだろう。

 

ちなみに、ボケてしまっているが、ドクター・カオスはこれでもSランクGSでもある。

 

とりあえず、二人の身元は分かったが、予想外も良いところだ。

そういえば、フランス在住のドクター・カオスが2か月前から行方不明と先月のGS業界紙に掲載されていたぞ。これってGS協会に知らせた方がいいんじゃないか?

しかし、なんでまた、ヨーロッパに居たはずのカオス氏が日本に居るんだ?

美神さんや横島師匠の話じゃ、3年前に日本に1年程住んでいたそうだが……

 

「由比ヶ浜、ドクター・カオス氏は、現代科学の基礎や数々の発明をした世界的に有名な歴史的偉人だ」

俺は由比ヶ浜達に簡単にカオス氏の事を説明する。

 

「ほえー、そうなんだ。お爺ちゃん凄い人だったんだ」

「あらやだ。ママ、お爺ちゃんからサイン貰っちゃおうかしら」

……この似た者親子は、大丈夫か?

 

「それで、マリアさん。カオス氏が日本に来られた目的は何ですか?」

俺はそもそもの疑問をズバリ、マリアさんに尋ねる。

 

「……ミスタ・比企谷。ネット上・検索。データベースに・アクセスしました。日本GS協会所属・CランクGS。昨年度世代・最有望・ゴースト・スイーパー。美神令子・除霊事務所所属。横島さん・の弟子。おキヌちゃん・の後輩。ミス美神・の部下。……今は・黙秘します」

やはりアンドロイド。直接ネットか何かにアクセスして俺の情報を得たと言う事か……しかし、俺がGSで、横島師匠たちの知り合いだと、ドクター・カオス氏の都合が悪いと言う事か?

キヌさんから、カオス氏とマリアさんは友達だと聞いた事があるが……確かに、マリアさんの単調な口調からも、キヌさんと師匠とは、親しげな感じはうける。

 

「え、マリア。ヒッキーって有名人なの?」

「ヒッキー君……ゴースト・スイーパーだったの?」

由比ヶ浜はマリアにそんな事を聞いていたが……

不味い、ガハママに俺がGSだと知られてしまった。娘の近くに危険人物(GS)がウロチョロしてるんだからな。これは……

 

「あらあらやだー。どうしましょう。結衣とヒッキー君の挙式は何時?」

「ママ!何いってるの!」

「まだなの?ママは結衣の年には、もうお腹の中に結衣がいたのよ」

「ママ!」

「それでね。パパが責任とるってママが18歳で出来ちゃった婚したんだから、挙式後直ぐに結衣を産んだのよ」

「ママの事はいいから!」

「その時のパパって大学3年生だったから、お金が無くて苦労したわ。でもヒッキー君はその年で立派なお仕事についてるんだから。結衣は安泰ね」

「もうママ!!いい加減にして!!」

へ?拒絶するどころか、何この会話。何かガハママ惚気だしたぞ。しかも、大学生が4つ下の高校生に手を出したのかよ。17歳で妊娠させるって、どうなのよそのガハマパパは!……という事は今、ガハママは34、5歳ぐらいってことか。それにしても平塚先生よりも若く見えるぞ。気持ちが若いって事か……いやいやいや、そんなことよりもなんだこの話の流れは?……俺が由比ヶ浜と結婚する流れになってるんだが!

ガハママがそういう事を言うから、今の今迄、緊急事態で忘れていたのにだ。10日前の由比ヶ浜の告白とキスを思い出してしまった。

ちょ、勘弁してくれ……急に恥しくなってきた。

 

「あら、ヒッキー君も顔を赤くして、まんざらでもないみたいよ結衣」

「ママのバカ!!」

俺も顔を赤くしているだろうが、それ以上に由比ヶ浜は顔を真っ赤にしてガハママに抗議する。

 

「ママさん・ミスタ・比企谷は・結衣さんの・伴侶と・なるのですか?」

マリアさん!それは勝手にガハママが言ってるだけだから!

 

「もう!マリアも!まだ違うから!」

 

なんだこのアットホームな感じは、まじで傍から見ると、仲がいい三姉妹に見えるんだが。

 

ボケたカオス氏だけはこの会話に入らず、のんびりお茶をすすっていた。

 

 

そして由比ヶ浜とガハママが落ち着いたところで、マリアさんは語りだした。

 

「ママさん・結衣さん・黙っていて・申し訳ございません・ドクター・カオスと・マリアは・ある目的で・日本に来ました・でも・ミス美神や・GS協会に・知られるわけにも・いきませんでした。横島さんを・頼ろうと思って・ましたが・この10日間・発見できず・ママさん・結衣さんに・頼って・しまいました」

マリアさんはお茶をすするカオス氏を余所に、由比ヶ浜親子に深く頭を下げる。

……どういう事だ美神さんとGS協会に知られたくなくて、横島師匠を頼るって……この10日間横島師匠は俺と妙神山に居たんだ。そりゃ探せるわけがない。

 

「マリアちゃん。気にしないで」

「マリア、大丈夫だよ」

ガハママと由比ヶ浜は優しく微笑み返す。

 

「ミスタ比企谷は・結衣さんが・好意をよせて・横島さんが・弟子にした人です。信用して・お話・します。出来ましたら・協力願います」

 

そして、マリアさんが語りだした話は……




スタイル準でいくと
ガハママ>マリア>結衣となってます。
ガハマパパは……アレですね。年下の可愛い女房の言うことなら、何でも聞いちゃうようなお人好しさんですね。きっとそうだと信じたいw



前回の小町ちゃんですが、いろいろとお騒がせな感じですが。
そう、いよいよ小町ちゃんは総武高校に入学するんでw
その時にまたw


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(86)復活のドクター・カオス!

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

はた迷惑な続きですw


由比ヶ浜の家に転がり込んだボケ老人とその保護者とは、あの世界的に有名な錬金術師、ヨーロッパの魔王ドクター・カオス氏とカオス氏が錬成した人工霊魂を搭載した女性型アンドロイド、マリアさんだった。

 

マリアさんがドクター・カオスが日本に来た理由を、由比ヶ浜親子と俺に語りだす。

ドクター・カオスは錬金術で自らの魂に永遠の命を吹き込むことはできたのだが、肉体の老化までを防ぐことが出来なかったそうだ。

そして、脳細胞が限界が近づき、あと50年程度で崩壊し自らをコントロールできないレベルに達する事は早い段階で分かっていたとの事。

それを阻止するために最初は他人の肉体を奪って、それを防ごうと考え実行に移したが、うまく行かなかったそうだ。

しかし、3年前に転機が訪れた。あの大規模霊災のさなか、世界創生に関わるオーパーツを手に入れ、脳細胞と肉体の若返り化をする術式と霊薬を生み出したそうだ。

 

霊薬はその生命が歩んだ過去の時空にアクセスし、その過去の肉体の情報をコピーし、今の肉体の上から上書きするというものだ。

簡単に言えば、過去の肉体を手にすることが出来る薬、若返りの秘薬だ。

世界のどこかにあると言われる復活薬エリクサーと同等、いや、場合によってはそれ以上の価値がある霊薬だ。若返りの霊薬の存在など今迄聞いたことも無い。

その価値は計り知れない。人によっては、全財産を叩いても欲しいと思うだろう。

そんなものを設計し生成してしまうとは、有史以来世界最高の天才錬金術師ドクター・カオスと言ったところだ。

但し、その霊薬は複製も再生成もできないらしいのだ。その生成には二度と手に入らないそのオーパーツが使用されてるからだ。

 

そんなとんでもない貴重な霊薬がもし、世間に知れ渡ったら、どうなるかは想像に易い。

権力者やすべての女性の希望を詰め込んだような夢の霊薬だ。その存在が知られれば、争いは避けられないだろう。下手をするとその若返りの霊薬を巡って世界を巻き込んだ戦争が起きるかも知れない。

何よりも、絶対に美神さんに知られるわけには行かないだろう。強欲の権化の美神さんは他人を突き落としてでも、何が何でも奪い取り、すべて自分の物にする事は容易に想像できてしまう。

マリアさんもその事を知っているから、美神さんには協力を仰がないどころか、秘密にしたかったのだろう。

GS協会に知られても、似たようなものだ。この霊薬のことが何処からか漏れ、簒奪者がそこらかしこから現れるだろう。

 

その若返りの霊薬だが、実は3年間の熟成期間が必要だったらしく、生成した後にカオス氏が住んでいたアパートの床下を10メートル穴を掘って、熟成術式を施した箱と共に埋めておいたらしい。それで丁度10日前に、3年間の熟成期間が終わり、マリアさんが密かに掘り起こして、今はマリアさんが所持してるらしい。

 

近所に若返りの霊薬なるものがほったらかしで埋まってたと美神さんが知ったら、地団駄踏んで悔しがるだろうな。

 

 

霊薬が完成し、持ち出したのなら、直ぐにカオス氏に使用すればいいものだが、そこには問題があった。

その若返りの霊薬を使用し、過去の肉体の情報をコピーし上書きすると言う事は、記憶もすべて上書きしてしまうということなのだそうだ。という事は、そのまま霊薬を使用すると、過去の肉体以降から今迄の記憶がすべて失われると言う事だ。

 

そこで、カオス氏はフランスの拠点で、現在の自らの記憶を、ハードディスク等の現代の記憶媒体にコピーする魔導術式を完成させた。

そのコピーした記憶を、若返りの霊薬で若返ったカオス氏に入れなおす方法を思いついたのだ。

しかしここでも問題があった。カオス氏の1000年分の記憶と知識量をそのままコピーすると、記憶容量として凡そ1エクサバイト、要するに100万テラバイト必要だと試算がでたそうだ。桁違いな容量が必要だと判明したらしい。普通の人間は生涯で1000テラバイトの記憶容量を擁していると俗説があるが、ざっとこれの1000倍だ。これはグーグルが所有するストレージサービス用に保有する記憶媒体と同じ容量だ。マリアさんの話によると、カオス氏は特殊な記憶方法で、脳内で記憶の圧縮を行っているということらしいため、実際カオス氏の脳内では100万テラバイトの記憶が圧縮され4万テラバイト程度の容量で収まっているとの事だ。それでも4万テラバイトの容量を持つことが出来るとは、やはり天才は生まれた時から脳の作りからして違うものだろうか?

 

それはさておき、圧縮した状態の4万テラバイトをハードディスクに落とすことは、困難だが現実に不可能でもない数字ともいえる。4テラバイトのハードディスクが現在の相場は凡そ8000円。そうなると必要ハードディスクは、3.2億円分必要となる……

それ用の場所やサーバーや管理システムも必要だろうし、最低でも10億円近くはかかるだろうが、やってやれない事は無い。

しかし、カオス氏には残念ながらその財源が無かった。

だがカオス氏は世界中に広がるネットワーク環境に目を付けた。

自らの記憶の断片と化し世界中のネットワーク上にこっそりと、潜ませる事にしたのだ。

 

ここまで話を聞いても、とんでもない話だ。

若返りの秘薬を生成し、脳記憶の圧縮に、記憶媒体へのコピー。普通じゃ考えられないような話だが。天才の名をほしいままにしてるドクター・カオスなら話は別だ。過去に失われた魔術や錬金術、霊能、はたまた、神や悪魔の知識を持つと言われてる人物だ。

そんな事もやり遂げてしまうのではないかと思ってしまう。

 

そして実際に既に、圧縮した脳の記憶4万テラバイトの記憶をネットワーク上アップロードし分散させ、世界に飛び交う情報網の中に紛れ込ませたとのこだ。

但し、カオス氏は何かのミスで、最後まで残しておくはずの理性や記憶も、ネットワーク上に流してしまい。こんな感じで前後不覚になる程ボケてしまったそうな。

 

まあ、弘法も筆の誤りというしな。天才といえどもミスはあるものだ。

 

本来は、霊薬を使用する前に、最後まで残しておく理性の部分は一度、マリアさんの中にある霊体記憶媒体に保存するつもりだったらしい。

世界に飛び交うカオス氏の記憶断片をダウンロードするソフトと記憶圧縮展開システムはマリアさんの中に搭載されており、それを融合させながら、全てではなく、必要最低限の記憶をカオス氏の脳内にダウンロードする予定なのだそうだ。

全てダウンロードすると、カオス氏の脳内がパンクする恐れがあるからだ。そりゃそうだ。脳内ギリギリのデータを、既に記憶データの有る脳に上書きするのだ。容量を確実にオーバーしてしまう。

残りの大部分のデータは後で何とかする方法もある程度考えているそうだ。

 

しかし、一連の作業を行うためにはカオス氏が独自に組み上げた霊的術式が必要らしいのだが、本人がボケてしまったため、霊的術式の起動が出来なくなくなってしまったのだとか。その起動にはカオス氏の代わりとなる霊能者が必要となり、それで横島師匠かキヌさんを頼ろうとしたらしい。

 

しかも、超貴重な若返りの霊薬が関わる事だ。信用のおける人しか頼むことはできないだろう。そこで知り合いであり、霊薬にあまり興味がなさそうな人物として、横島師匠とキヌさんを選んだのだろう。

横島師匠は、性欲以外の欲はほとんどないし、キヌさんは聖母だし、この事を頼むのにうってつけだったのだろう。

 

由比ヶ浜とガハママはマリアさんの話がどこまで理解できたか疑問だが、一応ずっと頷いていた。

 

マリアさんの話がひと段落すると由比ヶ浜は俺に聞いてきた。

「ヒッキー、要するにお爺ちゃんのボケを直すって事?」

 

「簡単に噛み砕いたらそういう事だな」

ざっくり過ぎるが、由比ヶ浜も凡その内容は理解していたようだ。

正確には若返らせることにより、ボケも解消されると言う事なのだが、まあ、それでいいだろう。

 

そして俺はマリアさんにその一連の操作を行うための霊的術式の起動を頼まれたのだ。

「ミスタ・比企谷・術式起動を・お願い・できますか?」

 

横島師匠は今、オカルトGメンに行って、打ち合わせしてそうだし……。キヌさんは美神さんと一緒に居るだろうし、内緒ごとなんて出来ない性格だしな。

 

「ヒッキー、あたしからもお願い!お爺ちゃんのボケを直して」

 

「……まあ、ここまで話を聞いてしまったからにはな」

 

 

こうして、ドクター・カオス氏のぶっつけ本番若返り作戦が始まったのだ。

 

カオス氏とマリアさんが寝泊まりしてる部屋に案内され、マリアさんが部屋いっぱいの大きな布を広げると、円状に術式魔法陣が描かれていた。

その中心にボケたカオス氏を座らせる。

 

俺は術式についてマリアさんにレクチャーを受ける。

それは全く見た事も聞いたことも無いような術式だった。

……なるほど、起動術式を展開するとそれが連鎖的に、描かれた術式魔法陣が起動し、連鎖的に他の魔法陣やマリアさん自身に搭載されてる術式が起動し、自動的に一連の作業が完遂する仕組みか、カオス氏自身が被検体だからな。起動後は自らが術式の対象となるため、それらをコントロールすることが出来なくなる。それで、最初の起動術式を展開させ、後はオートマチック化させたのか……、起動術式のコントロールはそれほど難しくない。霊気量を一定に注ぎ込み、念を込めるだけの作業。これならばある程度の霊能者ならば誰でも出来るだろう。

 

マリアさんが陶器の小瓶を取り出し、100ml(ミリリットル)ビーカーに80ml注ぐ。1mlで凡そ10年若返るとのことだ。だから800年若返らせるとの事だ。カオス氏は正確には1056歳だから、250才ごろに戻す予定なのだそうだ。

250才といっても、どの程度なのか検討も付かない。普通人間は80歳位生きられればいい方だからな。

 

カオス氏の頭に、配線がむき出しのヘッドギアみたいなものをかぶせるが、ボケたカオス氏は嫌がって暴れ出す。

……しかし、マリアさんがカオス氏の腹にワンパンチ食らわせ、それ以降ぐったりと……

確かに効率は良いが……そのもっと優しくしてあげても良くないかな?

マリアさんもアンテナが左右に付いたカチューシャを頭に取り付ける。なぜかその姿はしっくりくる。

円状の術式魔法陣の真ん中でヘッドギアをしたカオス氏に膝枕をする。

ビーカーに注いだ若返りの霊薬はマリアさんの手に……

 

 

「ミスタ・比企谷・よろしく・お願いします」

 

「わかりました。行きます」

俺は寝ているカオス氏の右側にある起動術式に手を触れ、霊気を注ぎ込み、【過去のありし姿を顕現させよ】と念を込める。

 

円状の術式が青白く光り輝き、カオス氏とマリアさんを包み込む。

俺はそっと、術式から手を離し、壁際まで離れ立ったまま様子を見る。

 

部屋の角で座って様子を見ていた由比ヶ浜親子は、その幻想的な情景を見て、小さく感嘆の声を上げていた。

 

そして、マリアさん自身も、術式が浮かび上がり、青白く光り輝く。

カオス氏の頭のヘッドギアも起動したのか、LEDランプがあちらこちらで点滅する。

カオス氏は軽く痙攣し、それが収まると、マリアさんは手に持っていた若返りの霊薬をカオス氏の口に注ぐ。

 

術式魔法陣がさらに輝きだす。

目を開けていられないぐらいの光だ。

 

 

5分ぐらい経ち、光が徐々に収まって行く。

 

 

すると、術式魔法陣の真ん中に人が立っていた。

 

「うわっはっはーーーーー!!やっぱりわしは天才だーーーーー!!」

 

年は40前ぐらいだろうか。ハリウッド俳優のようなイケメンが大口を開いて高笑いをしていた。

 

「え?誰?」

由比ヶ浜はポカンと口を開けたまま、その人物に聞く

 

「ん?小娘、わしが誰じゃと?よく聞け!!数多の魔術や科学を極めし、知の探究者にして、天才錬金術師!!ヨーロッパの魔王ドクター・カオスとはわーーしのことじゃーーーー!!うわっはっはーーーーーーー!!……うっ、ゲホゲホホっ」

その自信に満ち溢れた顔で、高らかに宣言し、高笑いをし、……咽る。

どうやら、このシブイイケメンが若返ったドクター・カオスらしい。

 

「協力感謝するぞい!マドマーゼル!」

そう言って、そのイケメンは、唖然と座ってるガハママの手を取って、手の甲にキスをする。

 

「小娘も、よくやった!!」

そう言って、由比ヶ浜の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

そして……俺のほうに振り返り。

「ガリレオ!!我が至高の大実験に付き合えたことに感謝せよ!!はーーっはっはーーー!!」

そう言って俺の肩をバンバンと叩く。

 

「……いや、ガリレオじゃないんですが……」

マジでか、マジで若返ったぞ。結構半信半疑だったんだが……天才錬金術師ドクター・カオスの名は伊達じゃなかった。

そのわりには、俺の事、ガリレオって勘違いしたままなんだが?もしかして、何か失敗したか?

 

「ええええーーー!!おお、お爺ちゃんが若返って、イケメンになった!?何で!?」

由比ヶ浜は大いに驚く。

……え?

さっき、マリアさんの説明を理解していたと思っていたが……ただのボケの解消だと思ってたのかよ?

 

「あらやだ~、超好み~」

……え?

ガハママはうっとりした表情で目がハートになってるんだが。

 

「うーむ。800年前に設定したが、どうやら700年位前、350才位のわしじゃなこれ!まあ、細かいことはどうでもいいか!!若返ったし!!頭もスッキリ晴れ!!力も、気力も、漲って来るわ!!うわっはっはーーーーーーー!!」

……え?

それいいのかよ。結構な誤差だと思うぞ?なんか副作用とかあるんじゃないのか?

 

 

「うわっはっはーー!!そなたらには世話になった!!褒美を取らせるぞ!!言ってみよ!!このカオスが叶えてやる!!」

高笑いをしながら、由比ヶ浜親子にこんな事言う。

 

「ええ?急に言われても!?」

由比ヶ浜は困り顔だ。

 

しかし、ガハママは……

「うーん。ママも若返りたいなーー」

 

「ええーー?ママ??」

 

「だって、結衣の頃には、お腹の中に結衣が居たし、友達と遊んだりできなかったのよね~、パパとは甘い恋はしたけど。ママもお友達と青春してみたいなーって?ダメ?」

ガハママはもじもじしながら、可愛らしくそんな事を言う。

 

「マドマーゼル!よいぞ!!ならばさっそく!!」

 

「ええ?ちょ、ママ!?」

 

若返ったカオス氏はガハママの腕を引っ張り、マリアさんに膝枕をさせ、術式魔法陣を起動させ、若返りの霊薬をほんのちょっぴり飲ませる。

20秒もしない内に……

 

 

「ええええーーーーママぁ!?」

由比ヶ浜の叫び声が部屋中に響き渡る。

 

「どうしたの結衣?」

キョトンとした感じのガハママ。

 

マリアさんはガハママに手鏡を渡す。

「あらやだ~、この姿、結衣を授かる前だわ」

 

……ガハママが20歳位若返ってしまった。という事は由比ヶ浜よりもちょっと年下に。

由比ヶ浜というよりも、マリアさんに似ている!

胸は由比ヶ浜より、ガハママの方がちょっと大きいな……いや、言ってる場合か!?

これどーするんだよ!!ヤバくないか!?

ちょ、実の娘より若いって!?どうすんだよこれ!ガハマパパ帰ってきたら失神ものだぞ!!

いやいやいや、近所付き合いとか!!パート先とか!?どうするんだよ!?

 

「ほほう!!これは!!若かりし頃の姫にそっくりじゃ!!うわっはっはーー!!」

なに、高笑いしてんだこのおっさん!!

 

「ちょちょ、ドクター?これって元に戻るんですよね?」

俺は慌てて、若返ったドクター・カオスに詰め寄る。

 

「ん?なんじゃガリレオ?なに馬鹿なこと言っておる!?」

カオスは俺を呆れた顔で見る。

まだ勘違いしてやがる!もうガリレオの事はこの際どうでもいい!その反応はまさか!?

 

「はーーーっはっはーーー!!そんなものは無ーーーーーい!!」

やっぱりかーーー!どうすんだよこれ!!

 

「結衣!プリクラ撮りに行きましょ!カラオケに!甘いスイーツ!インスタ巡りとか~!」

ガハママ!?何呑気な事をいってるんだ!?順応しすぎじゃないか!?

 

「ちょっと!?ママ!?えーー!?」

由比ヶ浜は混乱しまくってる。

当たり前だ!!自分の母親が、若返って自分と同じ位の年齢になったんだぞ!!

由比ヶ浜の反応が正しい!!

 

 

「がーーはっはっはーーーーー!!」

そんなこんなで、いつまでもカオス氏の高笑いが響き渡っていた。

 

 

 

 

とりあえず、カオス氏とマリアさんは暫く、由比ヶ浜家に世話になるそうだ。

ガハママもそれを歓迎していた。

由比ヶ浜は暫く混乱していたが、さすがは親子、直ぐに順応しだす。

 

若返りの霊薬は後、18ml残っている。計算上とはズレを起こし、実際には1mlで約9歳若返る事が分かった。まあ誤差範囲といえば誤差範囲だが……だから正確にはカオス氏は、720歳若返り、ガハママは18歳若返った事になる。

 

俺は取り合えず家に帰る事にしたが、何かあったら直ぐに連絡するように由比ヶ浜には言い聞かせる。

結局カオス氏は俺をガリレオと勘違いしたままだった……なんでだよ。

 

そして、その残った若返りの霊薬18mlが後で大問題になるのだが今の俺達に知る由もない。

 

 

 

 

由比ヶ浜はカオス氏に何度も何か願い事は無いかと尋ねるが、由比ヶ浜はそれを拒否していた。

しかし……俺が帰った後。

 

 

「結衣さん・ありがとう・ございました」

 

「いいよいいよ。マリア。よかったね。お爺ちゃん若返って」

 

「……マリアは・ドクター・カオスに・作られた・アンドロイド……・ロボットです」

 

「ええ?別にいいんじゃない。マリアはマリアだよ。お爺ちゃんもマリアの事、娘か孫みたいに思ってるし」

 

「ありがとう・結衣さん」

 

「ああ?もう若返っちゃったし、お爺ちゃんって言えないね!」

 

「ドクター・カオスは・結衣さんに・お爺ちゃん・と呼ばれる事を・嬉しく・感じてます。・だから・そのままでいいです」

 

「そうなん?」

 

「はい……ところで・結衣さん・本当に・願い事とか・欲しいものとか・無いのですか?」

 

「うーん。欲しいものあるけど、これは自分で頑張ってやらないと意味が無いんだー」

 

「それは・なんですか?」

 

「今日来たでしょ。ヒッキー。ヒッキーの恋人になりたいんだ。でも、これはあたしの問題だから」

 

 

 

そんな会話をする二人を、扉の隙間から見据える、中年が……

「ふむなるほど!小娘はあのガリレオと!くふふふふふっ、その願い。このカオスが叶えてやる!」

とんでもない人物に聞かれていた。

ドクター・カオスは満足げにあてがわれた自室に戻って行く。

その後ろには何故か由比ヶ浜家の愛犬ミニチュアダックスフンドのサブレが尻尾を振りながらついて行っていた。




これで、結衣にも後ろ盾が……迷惑極まりないですがw

サブレ改造されなければいいんですがw


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(87)雪ノ下と初デート?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はガイルサイドです。まあ、その大きな話の中ではあまり必要が無いお話ではありますが……一応。

前回の皆さんが思われてる疑問点で、ガハママの若返りについてです。
かなり表現を飛ばし過ぎてました。

カオス氏は
①理性や若返りの件や最近の記憶以外の現在必要ない記憶をネット上に潜ませる。
②術式魔法陣などを用意する。
③若返りの工程のための起動術式を起動
④カオス氏の残ってる理性や最近の記憶をすべてマリアの内部記憶装置にアップロード
⑤若返りの霊薬を口から投下
⑥マリア内部の記憶装置に保存した最近の記憶やらと、過去の記憶関連で必要な記憶だけカオス氏にダウンロード
⑦カオス氏が目覚める。

でもって、ガハママは
②~⑦を行ったのですが、②は既に準備が出来てる状態でした。③はガハママの20年程度の記憶容量はマリアの内部記憶装置に収まるレベルなので、ネット上にアップロードする必要がなかったためです。
そんで短時間で若返りが出来たという感じです。

こんなんでどうでしょう?



由比ヶ浜家でドクター・カオス氏と出会った翌日。

 

「おはよう。比企谷君」

雪ノ下が俺の自宅を訪ねて来た。

大人し目の白のワンピース姿の雪ノ下は、若干気恥しそうな顔をしていた。

 

「う、うっす」

気恥しいのは俺も同じか……

 

「いらっしゃい。雪乃さん!どうぞどうぞ!」

何故かテンションの高い小町。

今朝からこんな調子だ。

そんで「全力でサポートするからね。小町にお任せ!ん?今の小町ポイント高い!」とか言っていたのだ。逆に心配なんだが……今迄の小町の行動といえば、一緒に出掛ければ急に用事があるとか言って居無くなったりと、そんなのばっかりだ。

 

 

「……」

「……」

リビングのソファーに下を向いて座る俺と雪ノ下。

勿論隣ではない。

L字型に配置してる三人用と二人用のソファーで、俺は二人用のソファーに腰掛、雪ノ下は三人用のソファーに座ってる。

 

二人とも無言のままだ。

いったい何を話したらいいのか、さっぱりわからん!

俺はチラッと雪ノ下の方を見る。

 

雪ノ下も綺麗な姿勢だが、視線はずっと下を向いていた。

……やっぱりこうしてみると、雪ノ下は美少女だ。黒く長い髪に、整った顔。肌も透き通るように白い。そして……うっすらとピンク色に染まる唇。

 

また、告白の時のことを思い出してきた。

やばい、かなり緊張してきたぞ。

普段部室で話す分にはこんな事は無かったが……

やはり、自分に好意を向けてくれる少女、しかも絶世の美少女だ。

緊張しない方がおかしい。

 

葉山はいつもこんな緊張感の中で、告白されたり、告白された少女を振ったりしてるのか?

しかもあいつ、振った一色とその後も普通に会話をしたりしてたぞ。

あのイケメン、メンタル強すぎだろ!

こそっと、その秘訣とか教えてくれないか?

 

リビングに小町が家の飼い猫カマクラを抱っこしながら入って来る。

「雪乃さんカー君(カマクラ)でーす。飲み物持ってきますんで、カー君をよろしくです」

 

「小町さん。ありがとう。お構いなく」

雪ノ下は小町からカマクラを受け取り、そのまま膝に乗せる。

 

小町はその姿を見た後、俺を見て目をキラキラさせていた。

まるで、お兄ちゃん、チャンスだよと言っているかのように。

小町は併設してるキッチンに行き、ポットでお湯を沸かし始めた。

 

雪ノ下の顔は綻び、膝の上に乗せたカマクラを愛で始める。

 

俺と雪ノ下の間では会話も無く。

コポコポとポットのお湯が沸く音と、小町がお茶菓子を用意する音がリビングに響く。

 

何か話さなければとは思うが何も思い浮かばない。

これならば、妖怪や霊と会話していた方がまだましだ!

 

そのうち小町が、お盆を携えて、キッチンからリビングに戻って来て、雪ノ下と俺に、湯飲みに入ったあったかい緑茶と、イチゴ大福を出してくれた。

 

「雪乃さん。カー君は喉を触られると喜ぶんですよ!」

 

「ありがとう小町さん。あなたは喉が弱いのね」

雪ノ下はそう言って、カマクラに話しかけ喉を優しく触る。

するとカマクラは気持ちよさげにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 

小町が俺に目を細め、視線を送って来る。

これは何かしゃべれと言ってるのだな。

いや、しかし……何を話せば。

何かきっかけを!

部室で雪ノ下と話す会話といえば、部活の話題や今度実施されるオカルト事務管理資格の話位だ。

だったら!

 

「ゆ、雪ノ下、今度のオカルト事務管理資格試験はいけそうか?」

 

「そうね。氷室さんにも教わってるし、それ程難しいものではないから合格するとは思うわ」

 

「そ……そうか」

それで会話が終わってしまった。

そりゃそうだよな。勉強ができる雪ノ下にとって、あの位の試験範囲量はどうってことないか、しかも実務を行ってるキヌさんから直接教わってるしな。

 

「お兄ちゃん。ちょっと来てくれるかな?」

小町が笑顔で指でチョイチョイと俺をリビングの外に誘う。

 

俺は小町について行き、リビングを出ると、小町は洗面所で待ち受けていた。

「お兄ちゃん!なんなのあの会話は!?」

 

「いや、お兄ちゃんも頑張ってるんだぞ!」

 

「頑張ってそれ?仕事の話とかないわーー。いーい、お兄ちゃん。雪乃さんは奥手だから、お兄ちゃんから話題を振って盛り上げないとダメだよ」

 

「話題ってもな」

俺は芸能にも疎いし、音楽関係もダメだしな、最近の若者が遊んだり楽しむようなことにかなり疎い自覚がある。

 

「うーん。お兄ちゃんだからな~。お兄ちゃんは動物好きだよね。雪乃さんもきっと好きだから、その辺から話題振ってみたら?」

確かに去年あいつ、動物の展覧会東京わんにゃんショーに一人で行くほどだからな。まあ、目当ては猫だろうが。

 

「なるほど、それなら行けるかもしれないな」

 

「じゃあ、小町は部屋に居るから、出かけるときは声かけてね。じゃあ頑張りたまえ八幡くん!」

 

「おお、ありがとな小町」

 

小町は二階の自室へと小走りでかけて行き、俺は雪ノ下の居るリビングに戻る。

 

雪ノ下はカマクラを堪能していた。

小声でなにやらカマクラと会話してるかの様だ。

 

「ええっとな。雪ノ下は猫が好きだよな」

俺は元のソファーに座り一息ついて、雪ノ下に声を掛ける。

 

「そうね。今更ね。猫は大好きよ」

 

「そうか……」

いきなり話題が途切れた。

 

カマクラを優しく撫で、楽し気に笑みを湛える雪ノ下。

 

「そのだな。あー、あれだ。猫以外になにか……」

俺は無理やり話題を捻出しようとする。

 

「比企谷君。無理に話題を作らなくてもいいわ。いつも通りのあなたで。私もあなたと一対一だと何を話したらいいかわからないもの」

雪ノ下はそう言って俺に微笑み掛ける。

 

「そ、そうか、だが、いつも通りと言われてもな」

 

「奉仕部では、由比ヶ浜さんが休みの日は、いつもあの部室であなたと私は二人きりだったわ。でも会話らしい会話は一切せず、お互い干渉せずに本を読んで時間を過ごす。でも、私はあの時間が嫌いじゃなかったわ」

確かにそうだ。下手をすると、俺と雪ノ下は部活中に交わした言葉は挨拶だけだったかも知れない。

 

「それは俺もだな」

 

「2学期の後半からは、由比ヶ浜さんが居ない日は少なかったけど、あなたと二人の時間は、私は心地よく感じていたの……私はあなたとあの部室で静かに時間を過ごすだけで満たされていたわ。あなたはどう感じてくれたかしら?」

いつもよりゆっくりとした口調でそう語る雪ノ下の眼差しは優し気であった。

 

「俺は……そのだな。まあ、お前のそれとはちょっと違うが、リラックスできる時間だった事は確かだ」

 

「そう。あなたがそう思ってくれていたのは光栄よ。私は人づきあいが苦手で、人混みも苦手、静かに過ごすのが好きなインドア派よ。あなたもそうじゃないかしら?」

 

「確かにそうだな」

 

「だから、あなたはいつも通りに過ごしてくれていいわ。そこに私に少し居場所をくれるだけで、私は満足よ」

 

「………そんなのでいいのか?」

それでいいのか?

確かに俺と雪ノ下が部室で二人になる機会は多かった。特に二学期前半までは、由比ヶ浜は、三浦たちと遊びに行くため、週に2日程度休んでいたからな。

俺は雪ノ下と二人であの部室で黙って本を読む時間が心地良かったことは確かだ。

 

「私はいつもの比企谷君が……その好きだから」

雪ノ下は頬を染め、俯き加減にそう言ってから、かまくらを持ち上げ、かまくらで顔を隠すように抱き上げていた。

 

「………」

これはやばい。雪ノ下ってこんなに良いやつだったっけ?毒舌の女王様はどこに行ってしまったんだ?やばいやばい。これは惚れてしまいそうというか……惚れちゃうと言うか。その、なんだこれ?

恥かしいんだが……この場から逃げたい……くっ、いや、雪ノ下の方がよっぽど気恥しいはずだ。

ここで、俺が逃げてしまったら、傷つけてしまうかもしれない。

 

俺はリビングの本棚から、読みかけの本を取り出し、顔を隠すように読み出す。

俺の顔も多分真っ赤になってるはずだからな……

 

しかし、いつの間にやら、本を読みふけっており……部活と同じような時間を過ごしていた。

 

 

 

 

「ん?お兄ちゃんたちもうお昼だよ?出かけないのって!雪乃さんほったらかしで何やってるのお兄ちゃん!」

 

「おお?もうこんな時間か……本を読み始めたらつい時間を忘れてた。悪いな雪ノ下」

 

「私も時間を忘れて、カマクラと遊んでいたし、あなたの顔をずっと見ていることが出来たから」

 

「……え?なにこれ……え?雪乃さんが惚気てるし……あれ?こんなのでいいの?何かが間違ってる気が……」

小町はそんな俺と雪ノ下を交互に見ながら、困惑気味であった。

 

「小町、昼にしようか。雪ノ下も食うよな。今日は俺が作るから」

 

「何か手伝う事はないかしら?」

 

「いやいい、雪ノ下は小町とリビングでくつろいでいてくれ」

 

「そう。比企谷君が作るごはん、楽しみだわ」

 

「雪ノ下のような豪華でうまいものは作れないからな。あまり期待しないでくれ」

 

「………なにこれ?あれ?今時の高校生のデートってこんな感じじゃないよね。あれ?これっておじいちゃんおばあちゃんの過ごし方だよね。小町の常識が間違ってるの?」

小町はまだ困惑しているようだ。

まあ、俺も元ボッチだし、雪ノ下も元ボッチだ。そのボッチどうしが、デートとか急に言われてもな。

俺も人混みの中、リア充っぽく手をつないで歩いたりとかそう言うのはな。

こんな感じで家に過ごした方がよっぽど楽だ。雪ノ下もそうなのだろう。

 

俺はそんな小町をほっといて、キッチンに入り、昼飯の用意をする。

俺が出来る料理なんて決まっている。

炊飯器にはご飯がたっぷり残ってるな……、冷蔵庫の中身はと……

 

俺は、10分程でささっと昼飯を作り、キッチン横の4人掛けのダイニングテーブルに3人分用意をする。

ネギ味噌を乗せたチャーハンに、わかめスープとツナとコーンのサラダだ。

 

「お兄ちゃんの定番のメニュー……折角雪乃さん来てるのにさー、もうちょっとなんとかしようとかは思わないの?」

「小町さん私はこれで十分。それに比企谷君が普段料理する定番のメニューなのでしょ。私はそれが知りたいの。それでは頂きましょうか」

俺の横には小町、対面には雪ノ下が座り、食卓を囲む。

 

「ああ、味に期待するなよ」

 

こうして、3人での昼食が始まる。

 

「雪乃さん雪乃さん!お兄ちゃんのどこが好きになったんですか?」

小町は早速雪ノ下に質問を始める。

そういう事は聞かないで、小町ちゃん。お兄ちゃん恥かしいし、雪ノ下も困るだろ?

 

「そ、そうね。いろいろあるのだけど、優しさかしら」

少々テンションの高い小町に戸惑いながら、雪ノ下は答える。

そういうのはマジ恥かしいんで、答えなくていいぞ雪ノ下。

 

「えー、お兄ちゃんがですか?」

 

「そうね。普通ならわからないわね。何時もひねくれた言動ばかりするものだから。でもそのひねくれた言動も、比企谷君の優しさからくるものだとわかるとね……」

そのマジやめて下さい。別にそんなつもりで言ってないからな。八幡の言動はひねくれ100%でできてるから!何それ、ポジティブに考えすぎじゃないですか雪ノ下さんや?

 

「そう……ですか」

急に小町が大人しくなる。

 

「それは、雪ノ下の勘違いだって言っただろ?」

つい、反論がを口にだしてしまった。小竜姫様に注意されたばかりなのにだ。

 

「あらそう。そう思ってるのは何も私だけでなく、由比ヶ浜さんも、それに近しい人は皆、そう感じてると思うわ」

雪ノ下は、何故か小町に視線を送りながら俺に言う。

 

「…そうかよ」

俺は不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

 

「ところで小町さんは、高校では何処の部活に所属するのかをもう決めているのかしら?」

 

「あ……そ、そうですね。雪乃さん達の奉仕部も面白そうですよね。でもお兄ちゃんと一緒ってのはね~」

下向き加減だった小町は、雪ノ下が声を掛けると慌てた様子で、元の元気な感じでその話題に乗り、若干意地悪そうな顔で俺の顔を覗き見る。

小町ちゃん。お兄ちゃん泣いていい?ネックが俺って……

 

「私達は小町さんなら大歓迎よ。掛け持ちでも構わないわ。私達の部はそれ程忙しいわけでもないから」

おい掛け持ちOKって初めて聞いたぞ。まあ、俺は掛け持ちするような部活はないしな。いや帰宅部と掛け持ちというのはどうだろうか!

 

「そうなんですか!掛け持ちでも大丈夫なんですね!実は一色さんが、お兄ちゃんの先週の出張中に、家に来て直接私に生徒会に入らないかって誘われたんです。私が中学校でずっと生徒会で活動してた事知ってたらしくて、それで。…高校の生徒会にも元々興味もあったんで、中学よりもずっと大きな事ができそうで、面白そうじゃないですか!」

一色の奴!マジで何やってんだ!人んちに勝手上がり込んで、何人の妹を垂らしこんでるんだ!

 

「確かに、中学校とは比べものにならないぐらい生徒会の権限は大きいわね。特に総武高校はその傾向が強いわ。……でも一色さんがわざわざ……そう」

雪ノ下は一瞬目を細め、凍り付くような視線を下に向けていた。

 

「まあ、あれだ。焦って決める必要もないだろう。他にも面白そうな部活はあるかもしれないしな」

但しだ。あの蛆虫(川崎大志)とだけは、いかん。あいつの小町を見る目はもはや形容しがたいぐらい危険だ。いや……小町は俺と違ってコミュ力も高いし、見てのとおりの美少女だ。男どもが放っておくわけがない。困ったぞ。俺の目の届く場所(奉仕部)に置いておかねば。

 

「そうだよね。高校って中学よりもいろんな部活や同好会もあるし!色々見て回ろうかな!なんか楽しみになってきました!」

総武高校の話題がしばらく続く。

 

 

皆が食べ終わったのを見計らって、俺は雪ノ下に午後の予定を聞いた。

「雪ノ下…午後からはどうする?」

 

「このままでもいいわ……、今日私がここに来た理由は普段のあなたの事を知りたかったから」

 

「普段の俺といわれてもな。学校が休みの時は基本仕事に行ってる事が多いからな」

 

「仕事も学校も無い日は何をしてるかしら?」

 

「部屋で引きこもるか散歩だな」

 

「部屋に引きこもって何をしてるのかしら……小町さん。とある情報網から、比企谷君のクローゼットの下の段に不浄なものが巧妙に隠されているらしいの。廃棄処分が必要なものよ」

ちょ!雪ノ下さん何言っちゃってるの?とある情報網って、あれだよな、温泉訓練の双六の事だよな!やばい!あの時のまんまだ!……雪ノ下はあの時、相当怒ってたしな……巨乳物ばっかりだったし……

 

「……え?そんな所に?お父さんがタマモちゃんが泊りに来る時に、お兄ちゃんの部屋を家探しして、いけない物は全部処分したはずなのに……小町も確認したんですよ!?」

あの親父ーー!俺のプライベートルームに何しやがるんだ!?小町も止めろよな!

 

「巧妙に偽装してるそうよ」

 

「わかりました雪乃さん!お父さんに言いつけて処分してもらいます!」

小町は敬礼しながら、元気いっぱいにそんな事を言う。

 

「勘弁してくれ、俺の部屋の事はいいだろ?」

……親父が帰ってくる前に、隠し場所を変えておかなければ!

 

「そうね。比企谷君の部屋はまた今度お伺いするわ。あなたの散歩コースに案内してくれるかしら?」

 

「なんかやっとデートらしくなってきた!」

小町のテンションがまた高くなってきた。

 

「で、デートじゃないぞ!散歩だ唯の散歩!」

 

「え?……その」

雪ノ下は下向き加減になり、落ち込んでいるように見える。

 

「お兄ちゃん!」

俺は小町に睨まれる。

 

「まあ、そ、そうだな。デートのような物です」

 

 

こうして俺と雪ノ下は小町に見送られ、家を出る。

 

「小町さんに先ほど聞いたのだけど、毎日夕食後に散歩に行ってるらしいわね。散歩が趣味だなんて想像もしなかったわ」

 

「いや……散歩じゃない。トレーニングや訓練だ。小町には散歩って言ってるだけでな。小町も薄々気が付いているだろうが」

 

「どういう事かしら?」

 

「小町は……俺がGSでアルバイトをしてる事を心よく思っていない。しかもだ。俺がGSのアルバイトへ行く事により、小町に家の家事とかに随分負担を掛けてるし、一緒に居てやれてない」

俺が霊障の克服をするために美神さんところでアルバイトをすることになった時だ。小町はかなり渋っていた。ただ、俺の霊障が進むと、死に至る可能性もあるため、選択肢はなかったのだが……親共は気軽な感じに了承したのも、多分小町の感情を少しでも軽減させるためのことだろう。

 

「そうだったの」

 

「だから、小町の前ではなるべく仕事の話はしない事が俺の中で暗黙のルールになってる。親共もそれに習って、家では俺にバイトの事は聞かないし、話題にも上げない。何だかんだといっても、親共も俺も小町に負担を掛けてる事は分かってるからな……」

 

「……そう、私は……」

雪ノ下の表情は影を落とす。

 

「おい、雪ノ下。勘違いするなよ。何度も言うがあの事故はお前のせいじゃないからな。……それに今は、最初の頃に比べれば随分ましだ」

それは、タマモとシロのお陰であるところが大きい。あいつらが小町の友達になってくれたお陰で、俺の仕事に対しての嫌悪感は随分と軽減したに違いない。

最初の頃は俺が美神さんところにバイトに行く度に機嫌が悪かったからな。

去年の初めぐらいからは、小町からGSや妖怪などの話題を振ってくれるようにはなって来た。

今では、タマモとシロにバイト先での俺の様子を聞いてるぐらいは改善されてる。

ただ、美神さんや横島師匠の事は、相変わらず嫌ってるようで……、小町の行動力からすると、バイト先やタマモとシロの部屋に遊びに行こうとするだろうが……それは未だにない。

 

俺は家ではGSに関連することは、大々的に行わないようにしてる。

俺の部屋以外にGS関連の道具や書籍等は置くことはないし、トレーニングや訓練等は、散歩と偽って、近所の神社裏に行ってやってる。

 

まあ、危険な書籍などは絶対置けないがな、親父や小町が俺の部屋を勝手に弄って、事故が起こるかもしれんしな。

 

「そう」

雪ノ下がそう返事をした後、しばらく二人の間で会話もなく歩む。

そして、目的の場所に到着した。

 

「神社?」

 

「ああ、自治会が管理してる神社だ。昔は神主が母屋に住んでいたらしいが、神主が急死の後は後継者がいないためこのままになってる」

俺は家からちょっと離れた神社に雪ノ下を連れて来た。

この神社は自治会が管理しており、月に1、2度清掃に地元のお年寄りが集まって、清掃して、その後お茶や酒を楽しむのが恒例になってるようだ。

 

「なぜ、ここに私を?」

 

「ここの神社の裏の林で、何時も訓練をさせてもらってるからな。それにな……」

俺はそう言って、神社の社の神棚に向かって、礼をし、柏手を打つ。

雪ノ下も俺にならい、礼をし柏手を打った。

そして、俺は賽銭に5円を2枚入れる。

 

「ここは、小さな神が宿ってる本当の神社だ。何百年もこの地域を見守ってきた本当の神がな。力は随分落ちてるようだが……それでもこの地域の霊脈を守ってる」

 

「そうなの?」

 

「ああ、今も神棚に祭られてる石の上で眠ってる」

俺の目には妖精のような姿の小さな神がすやすやと眠る姿が見える。

この小さな神とは、ちょっとした関りがある。

神主が亡くなってから、この石がご神体である事を知らずに、地域の人たちは、社を清掃した際に、この石を外の庭に放置してしまっていたのだ。

もしかすると、亡くなった神主自体がこの石がご神体だとは知らなかった可能性がある。

しばらく、神社に植えてある桜などが咲かない年が続いたそうだが……霊脈の力が落ちた影響だろう。

美神さんところに通い始めて、2か月くらい経った頃。またまここに立ち寄った俺は、そんな状況に気が付いた。

横島師匠に相談すると、解決方法を教えてもらえた。

再びここを訪れ、自治会の年寄り達に話をし、ご神体のこの石を社の神棚に戻し、解決するに至ったのだ。

そんで、練習場所を探してた俺は、事情を話すと、この裏の林を使う許可をもらう事が出来たいう話だ。爺さん婆さん連中は喜んでたけどな。

あの頃は妖怪や霊が怖くて、GSのアルバイトが続けられるのか不安だったのだが……、この事で、ちょっとは自信が付いたと言うか……そう言う場所だ。

 

そんなエピソードを神社の敷地にある古ぼけた木のベンチで雪ノ下に軽く語る。

「俺のGSのルーツの一つがここだってだけなんだが………まあ、つまらない話だったな」

 

「いいえ、興味深い話ね。……ここにあなたは誰か連れて来た事はあるのかしら」

 

「そう言えば、雪ノ下が初めてかもしれないな」

 

「そう、私だけ…ここに来れてよかったわ」

雪ノ下は何故か嬉しそうに微笑んでいた。

しばらく、そんな時間が流れる。

 

 

そろそろ、家に戻ろうと立ち上がったその時だ。

 

「八幡と雪乃ちゃん見ーつけた」

 

「姉さん!?」

 

「どうして俺達がここに居るのが分かったんですか?ここは小町にも教えてない場所なんですが、まさか、ずっと後をつけていたとか?」

俺は身構えていたが、ホッと息を吐き、戦闘態勢を解く。

急に強い霊力を持った人間が近づいてきたと思ったら、この人か……

目の前に現れたのは雪ノ下の姉の陽乃さんだった。

雪ノ下の話じゃ、京都に居るハズなんだが……

この人、妹の雪ノ下をストーカーしてた実績があるからな。ずっと後をつけていた可能性も無きしにもあらずだ。まあ、半径50m以内には居なかったがな、霊視で怪しい奴が近づいてきたらわかる。

しかし、この人の事だ。俺の霊視能力を加味して200m離れて尾行していたって事もあるだろう。

因みに雪ノ下は、俺が妙神山で修行しに行ってる頃、土御門家に挨拶を兼ねて、土御門家の内情を見に行っていたらしい。

 

「何となく?霊感かな?雪乃ちゃんがいる場所って何故かわかっちゃうのよね~」

そんな事をあっけらかんという陽乃さん。

なにそのシスコン霊感センサー。精度高くないか?ピンポイントで場所が分かるって凄くない?しかも妹だけに反応する霊感ってどうなのよ?

 

「姉さん…何の用かしら?今取り込み中よ!」

雪ノ下はそう言って陽乃さんを一睨みながら、俺の腕を取り抱き寄せる。

 

「ふーん。雪乃ちゃんがデートね。やるじゃない雪乃ちゃん……だったら次はお姉さんとデートしましょ八幡。雪乃ちゃん。次はお姉ちゃんのターン……ん?八幡の霊気の質が変わってる?……どんな修行をしたらそんな事に……これはじっくり聞く必要があるようね」

つかつかと俺達に笑顔で歩み寄りってくる陽乃さんだが、目の前まで来ると俺の霊気の変質に気が付き、拗ねたような口ぶりでこんな事を俺に行ってくる。

流石にこの人レベルだとバレてしまうか、霊力はかなり抑えているが、妙神山の修行で霊気の質を変えたのは気づかれたか……。そう、霊視空間結界の更なる向上のために、霊気の質を変える修行を行ったのだ。

 

「……まあ、修行の成果はそこそこあったんで」

 

「姉さん。邪魔はしないって約束でしょ!」

 

「邪魔はしてないわ。だって、雪乃ちゃんこの後の予定は考えてないんでしょ?」

 

「だからって、わざわざ来なくてもいいでしょ!」

 

「陽乃さん……雪ノ下と散歩をする約束で……」

 

「その後の夕飯はお姉さんとどうかな?勿論お姉さんのおごりよ」

 

「姉さん!」

 

「もちろん雪乃ちゃんも一緒によ?それでも嫌?」

 

「う……」

 

「はぁ、俺の意思は?」

まあ、雪ノ下が一緒だと助かるが……

 

「だって、八幡って何だかんだ言って、OKしてくれるじゃない」

 

 

 

 

結局この後、陽乃さんに強引に連れられ、雪ノ下と一緒に、高級レストランで食事をすることに……

俺は雪ノ下と陽乃さんに挟まれ、食事を………終始笑顔の陽乃さんに対し、雪ノ下の冷たい視線が、俺を挟んで陽乃さんに常に向けられていた。

 

しかも、なんか周りの視線が痛い。

 

はぁ……ほんとこの人何がしたいんだろう。




次はGS寄りかな。


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(88)ドクター・カオスは天災錬金術師

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


今回は由比ヶ浜家に戻ってきました。
展開的にはGSより?



4月4日

俺は今、秋葉原のメインストリートを歩いている。

 

GSの仕事はどうしたって?

 

今日の仕事は夕方からで、朝からは昼過ぎまで一応フリーだ。

 

中二病が再発して、アニメグッズ巡りでもしてるのかって?

 

アニメとかマンガは嫌いじゃない。中学の頃は嵌ったアニメがあって、そのコスプレもどきまでしたことがある。今でもたまに深夜アニメを録画して鑑賞してるぐらいだ。

かと言って、別に今更中二病が再発したわけでもない。

 

今日は付き合いでここに来てるのだ。

 

「ヒッキー、付き会ってくれてありがとう!」

横に振り向くと、ピンク色っぽく脱色した髪をお団子頭で括った独特の髪型をした少女が上目遣いで楽しげに礼を言う。

 

「まあ、時間があったしな」

 

「ヒッキー君。ありがとね」

俺の横を歩くピンク色の髪の少女とよく似た顔立ちの、茶色がかった黒髪の同じぐらいの年齢の少女も俺に礼を言う。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「ミスタ・比企谷・ありがとう・ございます」

少女達よりも年齢が少し上に見える女性から、後ろから同じく礼の言葉をかけられる。

彼女も、ピンク色っぽい髪の色をし、少女達とよく似た顔立ちをしてる。

 

「これも何かの縁ですんで、気にしないでください」

 

しかし、彼女たちは顔立ちも体型もよく似ているが、姉妹ではない。

最初の少女が17歳、次の少女に見える方が35歳、最後の年上の女性が約800歳

彼女らの関係を簡単に言うと親子とその居候のアンドロイドだ。

 

 

そう俺は、今日この秋葉原に、由比ヶ浜とその母親のガハママとマリアさん達と来ているのだ。

 

「わーーはっはっはーーーーー!!ガリレオ!!ここでわしの野望の一歩を踏み出せるのだな!!」

そしてもう一人。この高笑いで仰々しい物言いをし、俺の事をガリレオと呼ぶ欧州紳士風の服装がよく似合う白人中年のシブイイケメン。天才錬金術師ドクター・カオスも一緒だ。

昨日、横島師匠にこのドクター・カオスの事をそれとなく聞いたのだが……俺のイメージとは随分違っていた。天才錬金術師ではなく天災錬金術師だと言う事を……、

因みにマリアさんからは、横島師匠達にドクターやマリアさんが日本に居る事をまだ知らせないでほしいと言われていた。自分で会いに行って話すそうだ。

 

 

なぜこのメンツで秋葉原に来ているかというと……

話は昨日の4月3日に遡る。

 

昨日の午前中は一色に呼ばれ、学校に行き一悶着あったが、これは今は置いておこう。

午後から予定通り、美神令子除霊事務所に仕事に行った。この4日の仕事のスケジュールを確認し、地縛霊の除霊の下見を一件終わらせ、家に帰った後に由比ヶ浜から着信があった。

 

しかし電話先の人物は……由比ヶ浜じゃあなかった。

その人物の第一声はこんな感じだった。

「うわーーーはっはっーーー!ガリレオよ!!わしの偉大なる実証実験を体験したんじゃ!!金をよこせ!!手付に1000万じゃ」

 

「はあ!?」

 

そうドクター・カオス氏は俺に金の無心をしてきたのだ。

色々と話を聞いてみたが、要領の得ない話が続く。

話をまとめると要するにだ。生活資金や開発資金やマリアさんのメンテナンスの資金が欲しいのだそうだ。

最初は、ガハママに頼もうとしたのだそうだが、マリアさんに殴られて怒られたそうだ。

まあ、そうだよな。1000万なんて言ったら、いくら温厚なガハママでも追い出されるぞ。

 

それで俺にお鉢が回ってきたと言う事だ。

ドクター・カオス氏ほどの有名人が金が無いのは何故かわからなかったが、どうやら開発した物は直ぐに金に換え、さらにその金で開発し、その開発した物を直ぐに金に換えと……そんな生活を何百年も続けていたらしい。途中大きなパトロンとかスポンサーとかもあったらしかったが……そのうち誰も相手にしてくれなくなったそうな。

最近はずっと、道路工事などの工事現場で肉体労働で金を集めていたそうだ。

……世界の天才錬金術師が何をやってるんだ?もっといい方法があるだろうに。

 

歴史上の人物で天才と呼ばれる人達は、金に疎い人が多いとは聞いていたが、まさにその典型だ。

 

俺は金を渡すのではなく。安定して金を得る方法を考えるように話す。まさしく奉仕部の理念だ。

すると、「金を作る方法など知らん!そんな事に興味などないわ!!」と堂々と言ってのけたのだ。

 

いくらドクターと話をしても埒が明かないため、俺はマリアさんと由比ヶ浜に電話を替わってもらい、話を続ける。

俺はマリアさんに金を集める方法を提案する。

 

①デイトレーダー

要するに株だ。マリアさん程のスペックを持っていれば、工事現場で働くよりもよっぽど稼げるだろう。但し元手はかかるが……

 

②スマホアプリ開発

スマホアプリの開発は発想力で、知識さえあれば個人でも出来てしまうものだ。

ましては、天才の名をほしいままにしてるドクター・カオスが本気を出せば余裕だろう。

 

③アフェリエイト

要するにネット広告で稼ぐ方法だ。これもマリアさん程のスペックが有れば可能だが……センスが必要でもある。

 

④ユウチューバー

あれだ。動画を見て貰って、稼ぐ方法だ。

これもセンスが必要か。

 

⑤GSで稼ぐ。

SランクGSの資格を持ってるんだ。

日本GS協会やオカルトGメンに頼みに行けば、仕事ぐらいくれるだろう。

まあ、これが一番現実的だな。

 

⑥過去の開発品の特許申請だ。

膨大な時間を開発にささげてきた人だ。しかも若返りの霊薬まで作ってしまうぐらいだからな。

まだ世に出ていない開発品の設計図などもあるはずだ。それらを特許申請して、大企業にアピールし、商品化させ。特許料を頂くという感じだ。

 

まあ、そんな感じだ。

おすすめは⑤と⑥だ。

 

⑥については、ほとんど消失したそうだ。

その理由はケツを拭く紙として、消えて行ったと。

……この人何考えてんだ?金の卵をドブに捨てるどころかミソつけて便器に流してるんだが!

 

⑤をプッシュしたのだが、何故かドクターは②のアプリ開発の話に食いついてきて、どうもやりたいようなのだ。

なんか、ただ単に興味をもっただけで、金のことを忘れてる感じがするが……

 

その為にパソコンが必要なのだが……残念ながら由比ヶ浜家にはパソコンが無い。

だから、俺によこせと言ってきたが、俺は俺で必要なものだからな。渡すわけには行かない。

 

結局、俺はドクターに、資金提供として10万を融資する事になり、それを元手で、中古パソコンを買うか、パソコンを組み立てる事になったのだ。

 

それで、この元電気街の秋葉原だ。いまも一応電気街か、サブカルチャーにメインは食われた感じではあるが。

出資者の俺も同行する羽目になる。

そして、そこに由比ヶ浜とガハママも付いてきたのだ。

 

「結衣!あれは何かしら?可愛い服ね」

「ママ、あれはメイド喫茶のメイドさんだよ」

「私も着てみたいわ。どこで着られるのかしら?」

「去年ね。一日だけバイトした時に着たことあるよ。ね。ヒッキー!」

「ヒッキー君もあの服着たの?」

「なわけないでしょ、俺は客として様子を見に行っただけです」

「ママもメイド喫茶でバイトしようかな」

「……あの、今は控えた方がいいですよ。年齢とその見た目がかなり異なってるんで、履歴書とかで怪しまれますよ」

「えー?ダメ?」

「……あの、ちょっと離れて貰えますか?」

「ママ!ヒッキーにくっ付つき過ぎ!」

 

……傍から見たら、どう見えるのだろうかこの状況は。

ドクターが父親で、その美人三姉妹と俺は息子に見えるかもしれない。

いや、この感じだと美人三姉妹とリア充野郎に見える?……なんか周囲の視線が痛いような。

 

 

ドクターは、パソコン中古ショップのジャンクに目をキラキラさせていた。

「ガリレオ!宝の山じゃ!なぜこれがジャンク故障品として破格の値段で出てるんじゃ?」

 

「古かったり動かなかったり、動作が不安定なものですよ。まともに動く奴は少ないんじゃないですか?」

 

「ふはははっ、面白い!!廃棄処分の洗濯機や冷蔵庫からマリア専用の飛行ユニットを作ったのが記憶に新しい!!この程度のもの、故障の内に入らんわ!!」

……どうやって洗濯機と冷蔵庫から飛行ユニット作れるんだ?マリアさん専用って……マリアさんが飛べるようになるのか?昔のアニメのジェットスクランダーみたいに?

 

結局ドクターは、ジャンク品を10万円近く買い込んだ。

本当に……大丈夫なのだろうか?

まあ、失敗しても大丈夫な金額にではあるがな。あの融資した10万円は無かったことにしておこう。

 

この後、由比ヶ浜達と美味しいパンケーキを出す喫茶店で昼食を済まし、別れることに。

ドクターが見繕って買った山のようなジャンクの数々を、マリアさんが背負って帰って行った。

 

 

 

その2日後の4月6日

……由比ヶ浜から早朝から電話があって、由比ヶ浜家がなんか大変な事になってるらしい。俺は午前中にドクターの様子を見に行く事を伝えた。

 

俺は由比ヶ浜宅のインターフォンを鳴らすと、間髪いれずに玄関の扉が開いた。

 

……開いたのだが、誰もいない。

いや、よく見ると、玄関の床に小さな何かがはぁはぁ言いながら、こちらをつぶらな目で見上げていた。

 

??

 

……なにこれ?

 

え?

 

ちょっ、え?

 

そして、その何かの背中に載ってる2門のビームランチャーの右側から、赤い光がこちらに向かって伸びて来た!

 

俺は咄嗟に首を振って、避けると……避けた先の壁が焦げて焼けただれていた。ビ、ビーム兵器?

 

え?なにこれ?

 

その何かは、俺に向かってキャンキャン吠えながら、尻尾をブンブン振って俺の周りを走り出した。

その何かは、体のいたるところがメタリックで、胴体にはチョバムアーマー。背中から肩口に掛けてビームランチャ―が2門、そのうちは右門は確実にビームだ!

腰あたりには小さな飛行機のような翼が取り付けられている!

そして頭にはどこかで見たことがある赤い人が被っていたヘルメットをしていた!

 

おいーーー!!なんだこりゃ!?なにロボット?猫型ではなく犬型ロボットか?

 

その何かは、しまいには俺に腹を見せ、服従のポーズをとる。

 

………ま、まさか!!

 

「おい、おまえ……サブレか?」

俺はその犬型ロボットに恐る恐る聞く。

 

「ワンッ!」

その犬型ロボットは服従のポーズを取ったまま、尻尾をブンブンまわしながら元気よく返事を返してきたのだ。

 

「おいーーーーーー!!由比ヶ浜!?どうなってるーーーーー!!お前んちの犬!!ロボコップ見たいになってるぞ!!」

俺は衝撃を受けながらも、玄関の奥に向かって叫ぶ!

 

すると……大きなピンク色のポリバケツをひっくり返したような物体が……ウイーンと音を立てながら奥から滑るように現れる。まるでスター〇ォー〇のR2‐D〇のような感じだ!

「ヒ・ッ・キ・ー・ヤ・ッ・ハ・ロ・-」

その物体は、俺の前まで来て片言のロボット語で俺に向かって挨拶をしたのだ!

片言のロボット語だが……こんなあいさつをする奴は俺は一人しか知らない!

 

………ま………まさか!?

おい、冗談だよな?おいおいおいおい!?冗談だと言ってくれ!!バーーニィーーー!!

 

「ヒ・ッ・キ・ー・ヤ・ッ・ハ・ロ・-」

 

「………」

 

俺は膝を床に突き、そのピンク色のR2もどきをガバっと両手で掴む!

「おい……お前、由比ヶ浜なのか?本当に由比ヶ浜なのか!?ドクターに改造されたのか!?あんのジジィ!!とんでもないことをやりやがってーーーーー!!」

俺は涙を目にためながら、怒りに打ち震えていた。

横島師匠が言っていた事は、本当だった!!

迷惑極まりない開発をしまくり、周りに厄災を振りまき不幸に突き落とす存在だと!!

 

「ヒ・ッ・キ・ー・ヒ・ッ・キ・ー」

 

よりによって、助けてもらって恩がある由比ヶ浜をこんな姿にしやがって!!許さーーーん!!

 

俺が怒りで、震えていたところに……

「ヒッキー?玄関で何やってるの?」

聞きなれた声が頭上からする。

 

「あれ?由比ヶ浜?………じゃあこれは由比ヶ浜じゃない?」

俺はその声の主の方へ見上げると、いつもの姿の由比ヶ浜があった。

 

「ヒッキー!!そのお使いロボットとあたしを間違えたとか!?マジ在りえない!!あたしはこんなに寸胴じゃないし!!」

由比ヶ浜はプリプリと怒り出す。

 

「……ほっ、だよな。マジ焦った」

俺はそんな由比ヶ浜を見あげて、ホッとする。

 

「もう!ヒッキーってたまに天然ボケするよね!」

 

「じゃあ、あのロボコップ見たいになってるのは?」

俺はサブレと思われる、ロボコップ犬を指さす。

 

「ヒッキー忘れちゃったの?サブレだよ。おいでサブレ!」

由比ヶ浜は俺に呆れた表情を向けてから、ロボコップ犬を呼ぶ。

ロボコップ犬は尻尾を振りながら由比ヶ浜に飛びついて行く。

いやいやいや、俺が知ってるサブレは、体中が毛むくじゃらで、こんな鋼鉄の装甲や、ヘルメットやビームランチャーやらウイングなんてついてなかったぞ!!

こんなロボコップ犬は知らん!!

 

 

「がーーはっはっはーーーーー!!ガリレオ!!来たか!!待ちわびたぞい!!」

そこでドクター・カオス登場。いい加減にガリレオ呼びはやめろよな。何度説明したらわかるんだこのおっさん。いや1000年も生きてるからジジィか!!

 

「……ドクター、サブレになんてことするんですか!」

 

「ん?この生物(なまもの)、飯を食って糞尿垂らすだけの存在の癖に、我がもの顔でこの家に居座っておるからのう。役に立たすために、このわし自らが施したのじゃ!!」

何言ってんだこの爺さん!!

我が物顔で由比ヶ浜の家に居座ってるのはあんただろ!!

 

「いやいや、なに言ってるんすか?」

 

「見るがいい!!機能美溢れたこの美しいフォルム!!この装甲は対戦車ライフルの弾丸を防ぐことを可能とし!!背中から肩口のビームランチャーは!!右門がこの家に侵入するカやハエなどを抹殺するレーザービーム。左門は不審者などを捕えるための、ワイヤーネットランチャー!!

その足にはピンポイントバリアパンチまで備えておる!ヘルメットには、胴体と同様の装甲にGPS機能とスマホ機能が搭載!!そして、尻尾を振る事で、発電しこれらの機能の電力を賄っておる!!そして、最大の機能は!!自分で垂らした糞尿の自動回収機能じゃ!!しかも臭いも瞬時に消せる優れものだ!!これで番犬としての役割を果たし!自らの所業を自己で完結させる!!すばらしい!!素晴らしすぎる!!やはりわしは天才じゃーーー!!わーーーはっはーーー!!」

ドクターはサブレの成れの果てに指さし、何やら装備の説明した後、自画自賛をし出す始末。

俺はそんな事を聞いてるんじゃないぞ!なんでサブレがこんな感じになってるんだと聞いてるんだ!

しかし、何その装備内容。滅茶苦茶凄いんだが!

いや、ハエやカを落とすのに、あんなに威力の高いレーザービームは要らないでしょ?人に当たると大けがじゃすまないぞ!!しかもピンポイントバリアってなに?サブレって足短いから、意味ないんじゃないか?

対戦車ライフルを防げる装甲って!下手な装甲車よりも頑丈なんだけど!!どこの戦場に送り込むつもりだ!!

いや、糞尿の自動回収機能はありがたいが、それ以外に室内犬のサブレに何の意味があるんだ!!

しかも、サイボーグ化してるし!!

 

「いや、だからって、改造することはないでしょう!!」

 

「何を言っておるガリレオ!!小娘!その生物(なまもの)に合言葉を唱えよ!!」

 

「お爺ちゃん。小娘じゃなくて結衣だって!この子はナマモノじゃなくて、サブレだよ!!」

どうやら、由比ヶ浜もずっとこの調子で呼ばれてるらしい。

この爺さん。わざとやってるのか?それとも極度に名前を覚えるのが苦手なのか?

 

「そんな些末な事はどうでも良い!合言葉じゃ!」

 

「はぁ、お爺ちゃん若返ってもあんまり変わんないし……サブレ!パージ!」

由比ヶ浜は呆れながら、合言葉を口にする。

 

すると、サブレに付いていた数々のパーツが外れ、元のサブレに戻り、由比ヶ浜の胸に飛び込む。

そして、外れたパーツはデフォルメされた犬の置物のような形にまとまった。

なんだ。生体改造されてたわけじゃなかったのか……、しかし何この感じ、聖〇士星矢のクロスみたいなんですが!

 

「わしが新たに開発した。生物(なまもの)専用多目的装甲装備!アーマードバルキリアじゃ!!どうじゃ!!恐れ入ったか!!」

何そのパクリ臭い名前は!!なんでサブレにそんなものが必要なんだよ!!

 

「じゃあ、あのピンク色のバケツみたいな奴はなんなんですか?」

俺はR2パクリのようなロボットを指さす。

 

「あれは、マドマーゼル(ガハママ)のお使い家事補助のためのロボットじゃ!!小娘がてんで、家事が出来んのでのう、見かねて作ったのじゃ!!学習機能も搭載してのう。ようやくオウムやカラス並みの知能まで育ったところじゃ!元は捨てられていた洗濯機と生ごみ処理機にこの前のジャンクパーツじゃがな!!なかなかよいじゃろう!!今後は、さらに機能を追加していくつもりじゃ!!」

……しれって言ってたが、洗濯機と生ごみ処理機でこれ作れるのかよ。何だかんだと凄いんだが……正確に言えば無駄に凄いと言う表現の方がぴったりだな。

 

「お爺ちゃん!あたしだって家事ぐらいちょっとできるし!!」

由比ヶ浜……ちょっとだけなんだ。

 

ん?もしかして、この前融資した金で狩ったジャンクパーツはこの無意味に凄い発明品に使われたと言う事か?おい、パソコン作ってスマホアプリの開発するんじゃなかったのかよ!

 

「ドクター。ところで、この前かったジャンクでまともに動くパソコンはできたんですか?それとスマホ用のアプリ」

 

「そうじゃそうじゃ!その事で、小娘からお主を呼んでもらったんじゃ!……早速我がラボに来い!」

ラボって、あんた人んちに居候しながら、借りてる部屋に大層なネーミングを……

 

俺は由比ヶ浜と一緒に、ドクターの部屋に行く。

……なにこれ?この前は普通の6畳の部屋だったのに……近代化されてる!

ディスプレイが6面どでかいディスクトップパソコンが二つ。画面を見るとカオスOSと表示されてる。

独自OSかよ!しかもナニコレ!?スペックがアホ程高いんだが!!64コアのパソコンとか!!ジャンクパーツでどうやってこんなもんを作ったんだ!?

 

しかしドクターは、そのパソコンの前には座らずに、17インチのノートパソコンを開く。

「ドクター、そっちのドデカイパソコンは使わないんですか?」

 

「ありゃ、マリア専用じゃ。マリアが直接連動できるようになっておる。わしにはようわからんが株式投資というものをやってるそうじゃ……デイトレーディングとか言っておったか。まあ、わしには関係ないがのう」

マリアさん専用って、完全にデイトレーダーの設備じゃないですか!?

しかも、ドクターは一切興味無し!

 

「ヒッキー、マリアね。工事現場で働いたお金で、投資を始めたんだって」

由比ヶ浜がその話の補足をしてくれる。

……なんか、半年もたたずに1億円とか稼いだりするんじゃないだろうか?

 

「小僧これじゃ!小娘の意見を聞いて、スマホ用のアプリを一昨日の内に開発したんじゃ、一応、マドマーゼルの意見で300円設定で売る事にしたんじゃが……」

 

「どんなアプリですか?」

 

「画像や写真で、検索できるアプリじゃ。例えばじゃ、写真や画像に映る人物や物、場所を特定して、その項目に関する検索ができるアプリじゃ」

はっ?何その便利ツール?それを1日もかけずに作ったのか?いや……下手すると個人情報を簡単に集めたりできるんじゃないか?

 

「このアプリ超便利!スイーツとかインスタの写真で、どこのお店か特定できちゃうの!!」

由比ヶ浜は楽しそうにドクターの説明に補足する。

 

「二日で10万ダウンロード何じゃが、どこぞの会社がこのアプリの権利を売ってくれと打診してきよったのじゃ、……たしか、グー〇ルとツ〇ッターとか書いておったな」

二日で10万ダウンロードって?どうしたらそんな事になるんだ?300円×10万で販売サイトにマージン引いても180円×10万ダウンロード=1800万だぞ!?

しかも、アプリの権利を売ってくれっていう会社、世界最大手じゃないか!!

 

「わしは金もうけがどうも苦手でのう。スマホアプリも飽きたし、そろそろマリアのバージョンアップにでもかかろうかと思っておるのじゃ。権利を売った方がいいかいのう?」

まじ、この人、金もうけ下手そうだな。しかももう興味が無いとか、どんだけ飽きっぽいんだよ!

 

「いや、ドクター、このまま行くと1か月で100万ダウンロードは固いかもしれません。大爆発的に流る可能性もあります。その後で権利を売った方が、ドクターのやりたい開発が自由にできるぐらいの開発費が得られるかもしれませんよ」

下手をすると100億単位の金が入ってくるかもしれないんだが!?だれかマネージメントできる人を雇った方がいいんじゃ?ガハマパパとかどうだろうか?

いや、この人に金を持たせたら、とんでもない開発をして、世界を破滅するような迷惑な開発をするかもしれない。ある程度セーブした方がいいのか?

 

「めんどうじゃ!マリアにやってもらうとするか!あ奴が帰ったら、頼んでみるか!しかし、あ奴この頃わしのいう事をあまり聞かんのじゃ!!マドマーゼルや小娘のいう事は素直に聞きおるくせに!!さては反抗期か!?」

まあ、こんなとんでもない人に800年も従えてきたんだ。反抗したくもなる。

 

うーん。しかしこのアプリ、個人情報保護法に引っかかりそうだな。その辺で訴えられたら厄介だから、早めに権利を売った方が良いかも知れないな。下手をすると由比ヶ浜達にも迷惑がかかるかもしれない。今でも1800万という大金が入るんだ。早めに権利を売っても、1億以上は確実だろうからその辺で我慢してもらうか。

 

俺は権利を早めに売る方向性を……ドクターに示した。

後でこの事をマリアさんに伝えるつもりだ。

 

俺ではこれ以上のことは何も言えないし、知識も無い。

将来的にはドクターのマネージメントパートナーを探した方が良いのかもしれないな。

いや、ドクターを制御できる人が必要だ。俺ではもう無理だ。

この人が、横島師匠から天才ではなく、天災錬金術師だと言っていたことが、今日の事で十分理解できた。まさしく迷惑極まりない人物だ。

大らかな由比ヶ浜親子じゃないと、付き合いきれないだろう。

 

 

マリアさんとガハママは暫くしてから、買い物から帰って来て、昼飯をご馳走になった。

本当にこの3人は仲が良い姉妹にしか見えないな。

 

 

「ヒッキー、来てくれてありがとね」

帰り際、由比ヶ浜は礼を言って見送ってくれた。

 

「まあ、俺も余計な事を言ってしまった手前、ほったらかしにするわけにも行かないだろ?」

 

「ヒッキーは相変わらずヒッキーだね。でも、そんなヒッキーが……その好きだから」

 

「まあ、あれだ。またなんかあったら連絡をくれ」

俺は気恥しさがいっぱいになり、そう言って仕事に向かうため、足早に駅へと向かった。

 





次はどっちの話を前後させようか迷ってましてます。
だから、GS側の話か、ガイル側なのか、まだ決まってません。



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(89)八幡巻き込まれる

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやくこのお話に到達しました。
この章の締めのお話になります。
このお話の決着後は次の章に移ります。


4月7日正午過ぎ

俺は本来仕事は休みのハズだったのだが、美神さんに呼ばれ、今、美神令子除霊事務所に到着し、4階の事務所の扉をノックする。

要件は聞いていない。緊急の仕事の話であれば、事前に話してくれるはずなのだが、何の用事なのだろうか?

 

「こんにちは、美神さん」

扉を開け、所長席に座る美神さんの方に歩みながら挨拶をする。

事務所にはキヌさんは居ない様だ。横島師匠はまだ海外出張中だから、もちろん居ない。

 

「比企谷君。休みのところ悪いわね」

美神さんは機嫌がいいのか、ニコニコとした笑顔だ。

いや、何だかその笑顔が怖い。

何か悪い事の前触れではないだろうか?

 

俺は足取りが急に重くなるのを感じながらも、所長席の前に立つ。

「今日は、何の用ですか?」

 

「君にちょっと聞きたいことがあったのよ」

美神さんはニコニコとした笑顔のままだ。やっぱり何か不気味だ。

 

「はぁ」

俺は生返事をする。

 

美神さんは所長席から立ち上がる。

「比企谷君……君、私に何か報告することを忘れてないかしら?」

 

「いえ、無いですが」

いや、この2,3日の仕事の報告書はその日に全部上げてるはずだが?

 

「そう……実はね。午前中にね。マリアとドクター・カオスが事務所に来たのよ。まあ、マリアはおキヌちゃんと私に挨拶に来て、カオスのじいさんはそれについて来ただけだったんだけど……」

 

「へ~、ドクターカオスはヨーロッパで行方不明でしたよね」

俺はしらばくれる。嫌な予感しかしない。

 

「カオス……かなり若返っていたわよね。流石の私も面喰ったわ」

まだ、笑顔で話す美神さん。

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……なんでも、若返りの霊薬を開発して、それを使ったとか……」

 

「へ~、そんなすごい霊薬があるんですか?」

 

「カオスに聞いたら、若返りには霊薬と特殊な術式が必要らしいんだけど、詳しい事は教えてくれなかったわ」

 

「それはそうですよね。独自の術式や霊薬なんてものは、商売上、他人に教えるような物じゃないでしょうし」

 

「……で、その特殊な術式起動に協力者がいたらしいのよ」

 

「………だ、誰なんでしょうね」

や、やばい。バレてるのか?いや、ドクターは俺の事をガリレオだと思ってる。だから多分大丈夫だ。

 

「カオスのじいさんは、友人のガリレオだと言っていたわ。ガリレオね~」

美神さんはジトっとした目で俺を見る。

 

「はははは。歴史的天文学者と同じ名前ですね」

 

「そのガリレオって、目が腐ってて、ゾンビみたいな目をしてたそうよ。何か知らないかしら比企谷君」

また、ニコっとした笑顔を俺に向ける美神さん。

 

「そ、世の中そんな目の人もいるんですね」

これはあかん。あかんやつやーー―!ば、バレてもうてるーーー!?

この目か、この目があかんのやーーーーー!!

動揺のあまり、つい師匠の口真似が!?

 

 

ダンと所長席の机の上に片足で踏みだし、俺に迫る美神さん。

その目は血走っていた。

「ネタは上がってるのよ!!そんな目をしてる奴はこの世にあんたしかいるわけないじゃない!!」

 

そして俺の胸倉を両手で掴みあげる。

「さあ、吐け―――――!!比企谷!!あんた!!カオスの若返りの霊薬について何を知ってる!!」

 

「いやいや、あれですよ。偶然俺の知り合いがドクターと接触して、たまたま知り合って、ちょっと手伝っただけですよ!詳しい事は全然知らないんですよ!」

 

「術式起動させたのは、あんたでしょーーーー!!どんな術式で!!どんな霊薬なの!!その霊薬はどこに、どれだけあるかすべて吐けーーーーーーーー!!」

物凄い形相で、俺に迫り、胸倉を閉めて上に、前後に揺さぶってきた。

これはダメだ。何を言っても聞き入れてくれる雰囲気じゃない!

 

「や、やめ、あの、本当に詳しい事は全然!術式魔法陣を起動も、それほど難しい物じゃないし、その後はほぼオートで全体の術が起動したんで!俺は本当に知らないんですよ」

 

「その術式!!魔法陣だったのね!!起動だけで、あとオートで動く術式群。多重で術式を動かしたって事ね!!霊薬はどんなのだったの!!」

さらに俺の胸倉を掴んだまま、前後左右と揺さぶる美神さん。

 

「か、勘弁してください!本当に知らないんですって!」

キヌさんが居ないのは痛い!いや、ワザとキヌさんが居ない時間帯を指定して俺を呼んだのかもしれない!

 

「あんた!!死にたくなるぐらいの痛みを一生与え続けられるのと!!死にたくなるぐらいのトラウマを植え付けられるのとどっちがいいかしらーーーーっ!!さあ、すべて吐けーーーーーー!!」

そう言った美神さんの顔は般若のような形相だった!

鬼だ。マジ悪魔だこの人!マジでやりかねん!

 

「ほんとそれだけですって!霊薬もマリアさんかドクターがまだ持ってるはずだし!!」

 

「うふふふふふふっ!!若返りの霊薬はまだあるのねーーーーー!!ワンオフ品でもう無いってカオスは言ってたけど!!まだあるって事よね。そうよね比企谷ーーーーーー!!ふはははははっ!!」

しっ、しまったーーーーー!!誘導尋問に引っかかった!!

多分、美神さん対策として、ドクターとマリアさんは若返りの霊薬は全部使ったと言ってたんだ!!それをいぶかし気に思っていた美神さんは俺をダシに!!

 

美神さんは俺の胸倉をパッと放し。高々と宣言する!!

「うふふふふふっ!!カオスめ!一人だけいい目を見ようと、そうは問屋は降ろさない!!若返りの霊薬はわたしが持つべき物よーーーーー!!」

 

「ゲホッ……」

この人悪魔だ!マジもんの悪魔だ!

 

美神さんはその体制でグギギと首を回し、悪魔も恐れるような邪悪そのもののような視線で俺を睨みつける。

「いーい。比企谷。この事は誰にも言うんじゃないわよ。そして、私がその若返りの霊薬を手にするようにあんたは、私の手足になって働くのよ。手に入れた暁には、十分な見返りは与えてやるわ。いーい。失敗は許さない!そうね。失敗したら、あんたを一生お天道様に顔向けできないようにしてあげるわーーーっ!!」

……や、やばいやばいやばい!!どんな妖怪や霊、悪魔や鬼よりもこの人が一番怖い!!

 

 

 

 

ガチャっと事務所の扉が開く音がした。

 

た、助かったーーーー!!キヌさんが戻ってきてくれた!!

 

 

しかし……

 

「令子…またあなたは。ドクターとマリアさんはオカルトGメンにも挨拶に来たわ。……若返りの霊薬はまだあるのね。オカルトGメンで厳重に管理する必要があるわ」

 

「令子ちゃん。独り占めはズルいわ~~。ドクター・カオスとマリアさんはGS協会にも挨拶に来てね。私より若返っちゃったドクター・カオスを見てびっくりしちゃった。若返りの霊薬は私が実証実験で使った後に~、ちゃんとGS協会で管理しないとダメよね~~」

 

現れたのは、キヌさんじゃなかった。

オカルトGメン役員兼東アジア統合管理官にして、日本におけるこの業界の最大の権力者美神美智恵さん。美神さんのかーちゃんだ。

そして、おっとりした口調で話す60前の女性はGS協会の六道会長だ!

 

「………」

これはこれで助かったのか?

 

 

 

 

「とりあえず、比企谷君の身柄はオカルトGメンに預からせていただきます」

 

「え~、美智恵ちゃんそれは、ズルいわ~、でも比企谷君は犯罪者でも被害者でも何でもないわ~、不当に拘束してるわよ~。比企谷君は、六道家がちゃんとおもてなしをして、快適にしばらく過ごしてもらうから~」

 

「先生。比企谷君は重要な参考人であり、犯罪に巻き込まれる恐れがあります。現に令子から不当に犯罪の片棒担がされそうになっておりました。これは立派にオカルトGメンの範囲内です」

 

「ダメよ~。比企谷君は六道家にゆるりと過ごしてもらうのよ~~」

 

何故か二人は穏やかに言い争いを始めた。

 

 

「ママ!!こいつは私のところの従業員よ!!唯の業務命令よ!!別に犯罪をするわけじゃないわ!!カオスから、穏便に譲ってもらえるようにするだけよ!!」

美神さんは、二人のマダムたちにつかつかと近づいて行く。

いやいや、穏便?なにそれ?あんた絶対に犯罪に走る気満々だったじゃねーか!!譲ってもらう!!不当に奪うの間違いじゃないか?それか恐喝とかだろ!!

 

 

「令子!あなたは私利私欲に動いているだけです。若返りの霊薬の存在は、あなたのような人間や犯罪組織に狙われる可能性は十分ありえます。ここは世界機構であるオカルトGメンが厳重に管理するべきです!」

 

「う~ん。若返り霊薬は六道家がドクター・カオスに売ってもらっちゃって、日本の宝にします~。それ程の霊薬はもう今後でないかもしれないので~。参考品として六道家とGS協会で管理しちゃいます~」

 

「おば様!!何を!!カオス自身はもう無いって言い張ってるのよ!!売ってもらえるわけないじゃない!!もし売るんだったら。私が買い取るわ!!」

 

美智恵さん、六道会長、美神さんはそれぞれの立場の主義主張を並べ、言い争いを始めてしまった。

 

一番安全そうなのは、美智恵さんぽいが……美神さんは私欲が全面にあふれてる。

 

 

「比企谷君は今後、令子のような犯罪に走るような人間に狙われる可能性があります。オカルトGメンでガード、管理監督し、安全な場所で過ごしてもらいます」

確かにそうだ。今からでも美神さん(悪魔)から守ってもらいたい!美智恵さんは国のお偉いさんを動かせるぐらいの権力を持ってるから、国に守られているようなものだ。

 

「六道家は一番安全よ。なんなら冥子と同じ部屋で過ごしてもらうわ~。誰が来ても、六道家の術者が全力でガードするし、冥子には十二神将がついてるから、安全は万全よ~。それに、おもてなしもばっちりよ~」

確かに、六道家が一番安全かもしれない。いくら美神さんでも、十二神将相手にはできないだろうからな。しかも、六道家は広いし超金持ちだし、高級ホテルよりも過ごしやすいはずだ。

でも、冥子さんと同じ部屋というのは……ちょっとやばい気がする。俺が十二神将に殺されるかも!

 

「ふん。こいつが、そんじょそこらの連中にやられるわけないでしょ。わたしがそんな風に育ててないわ!それにこいつの事を私の方がよく知ってるわ!私といたほうが安全に決まってるわ!!」

美神さんに育てて貰った?あんたは、俺を妖怪の巣に落としたり!孤島に置いてけぼりにしたり!変な魔術空間の人身御供のように突き落としたりしただけだろ!!確かに、術式とかたまに教えてくれるけど!!俺を育ててくれたのは横島師匠だからな!!どっちかというと美神さんよりも小竜姫様の方が親身に教えてくれたし!!横島師匠の次は、小竜姫様だ!!

 

 

………なんか、やばい雰囲気だ。

横島師匠だったら、こういう時どうするんだ?

 

………逃げ……いや戦略的撤退だ!!

これしかない!?

 

 

俺は3人が言い争ってる間に、4階の事務所の窓をこそっと開け飛び降りる!

 

逃げたんじゃない!!戦略的撤退だ!!

 

 

「あああ!!あいつ逃げた!!このーーーーーー!!シロ!!タマモ!!出番よ!!」

 

「オカルトGメン、警察各班。重要参考人が逃走しました。直ちに確保に動いてください」

 

「六道家各術者、六道女子学院霊能科の皆さん~。護衛対象の方が、追われて逃げてます。直ちに助けて、六道家に連れてきて下さい~」

 

 

 

俺の逃走劇が始まった。

なぜこうなった!?




皆さん直接カオスに手を出さないでしょうね。
だって、とんでもない目に合うのは目に見えてるからw
八幡は完全に巻き込まれてますね。


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(90)八幡巻き込まれる後編

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では前回の続きです。


天才錬金術師ドクター・カオスが作成した若返りの霊薬を手に入れるために、ドクターの若返りの現場に立ち会った俺から、情報を引き出したり利用しようとする人たちに狙われる事になった。

 

それは質が悪い事に、身内だったり、関係者のお偉いさん方だった。

そう、美神さんと美神美智恵さん、六道会長に狙われる事になったのだ。

 

俺は美神令子除霊事務所から脱出を図り、戦術的撤退を敢行し、今は東京の街中をこそこそと逃げ隠れしながら移動する。

 

電車で逃げようとしても、既に最寄りの地下鉄駅入り口には、美智恵さんの指示によるものだろう警察の手が回っていた。

そして、ハンターのように俺を狙うシロとタマモ。

彼女らの嗅覚は凄まじい。人間には感じられない霊気の残り香を探知し追ってくる。

俺は霊視能力をフルに活用しながら、シロとタマモからコソコソと逃げ回っている。

俺の霊気の残滓や、臭いを辿らせないように橋を使わずに川を渡ったり、ビルの屋上から隣のビルに飛び移ったりと彼女らの鋭い嗅覚をかく乱しながら移動する。

 

人混みの中に紛れやり過ごそうとすると、六道会長の指示で動いてる六道女学院の制服を着た女子高生のチームがあちらこちらで俺を探し回っている。その手には見鬼くんという特定の霊気を辿る事が出来るカラクリ霊能アイテムを持っていた。

俺は目立たないように、自らの霊気を抑える札を張り、さらには帽子とサングラスを購入し変装している。

 

時々、オカルトGメンの職員か六道家の霊能者だろうと思われる強めの霊気を持つ人たちが、俺を探すかのように行動してるのを広範囲の霊視で確認することが出来る。

 

美神さんや美智恵さんからはかなり間合いを取って回避してる。

幸いにも、美神さんと美智恵さんや六道会長はかなりの霊気を内包をしてるため、集中して霊視すればかなり遠距離でもその存在を感じることが出来る。

 

 

……なんでこうなった!?

 

俺はまさに映画の逃亡者の気分だ。

しかも、俺は何も悪い事はやっていないし、冤罪にかけられるような行動もしていないのに。なぜ?

やはり、ドクター・カオスに関わってしまったがためか?

いや、由比ヶ浜がどっぷりドクターに関わってしまっているのを見過ごすわけにも行かんだろう……運命と思って諦めるしかないのか。

 

 

しかし、このまま逃げっぱなしというわけにもいかない。

ここまでの捜査網を引かれてる。しかもただの警察じゃない。プロのしかも超一流の霊能者に追われてるのだ。しかもあの美神さんだぞ!地獄の底まで追いかけてくるだろう!かならずいつかは捕まってしまう。

 

打開策として、今考えられるのは三つ。

 

①キヌさんを見つけ、キヌさんにあの三人を説得してもらう。

 

②ドクター・カオスとマリアさんに接触して、三人を説得してもらう。

 

③妙神山に逃げ込み。やり過ごす。

 

出来れば③は避けたい。

なにせ、明日が三年時の始業式だ。

妙神山に逃げ込んだは良いが、いつ復帰できるか分かったもんじゃない。

今日中には解決したい。

 

残る①と②が現実的だ。

しかし、キヌさんとドクターと一緒に住んでる由比ヶ浜に連絡を付けようとしたのだが、俺のスマホは回線がストップさせられて、通話ができない状態だ。多分美智恵さんの仕業だろう。

 

俺は電話ボックスから、家に居るだろう小町に連絡し、二人の電話番号を聞いて、電話を掛けるつもりだった。

しかし、既に比企谷家は警察の手が入り、逆探知されていた。

電話越しの小町が、それとなくそれを知らせてくれたのだ。

 

くそっ!普通ここまでするか?

改めて、美智恵さんの恐ろしさを実感する。

この親子、考え方とかは全く異なるくせに、やってる事は一緒だし!

 

俺の家がこんな感じだ。となると、ドクターが居候してる由比ヶ浜家も警察が張ってる可能性が高い。

 

くそ、残りは出かけたキヌさんを探すしかない。

キヌさんは大学が始まるのが4月中頃からと言っていた。

だから、大学に行ってる事は無い。

キヌさんがよく出かけるのは、買い物か美神さんのお使いだ。

それならば、大体わかる。

高校の友達に会いに行くとか、イレギュラーな事だったら探しようがない。

 

とりあえず、キヌさんが買い物か美神さんのお使いで出かける先を探すしかない。

 

先ずはキヌさんがよく買い物に行く商店街に行き、遠目で霊視する。

居ないか……

 

次に厄珍堂だ。

ここも居ないか……

 

キヌさんが買い物に行くだろうところをこの後3件程回ったが見つからない。

 

そして次だ。

唐巣神父の教会だ。

 

霊視能力を最大にして、周りに美神さん達や、捜査員たちが居ないか確認してから、教会に飛び込む。

 

「し、神父。キヌさんこっちに来てませんか?」

 

「どうしたんだね。血相を変えて、君らしくない」

「比企谷!?」

教会の祭壇で何やら作業をしてる神父と、椅子の拭き掃除をしてる川崎が正面扉から入ってきた俺に振り向く。

 

「比企谷、何をやったんだい?さっきGS協会から電話があって、比企谷を見かけたらすぐに知らせてくれって!」

川崎が慌てたように俺に聞いてくる。

やっぱり、ここにも連絡がきてたか。

 

「比企谷君……何か理由がありそうだね」

神父に神妙な面持ちで尋ねられた。

 

俺は神父と川崎に包み隠さず、追われてる理由を話す。

 

「この迷える子羊を救いたまえ。ふう…何をやってるのか。美神君はわかるが、美智恵君や六道さんまで……」

神父は十字をきり、ため息を吐いて三人の所業について呆れていた。

 

「比企谷、災難だったね。……神父」

川崎は神父に何やら同意を求める。

 

「比企谷君、落ち着くまでここに隠れていたまえ、もし、彼女らが押し寄せても私が説得しよう」

神父は川崎に微笑みかえしてから、俺に優しい笑顔を向ける。

 

「ありがとうございます神父」

ほんと滅茶苦茶いい人だ。

この人が美神親子の師匠だなんて、どうしてああなった?

 

「おキヌちゃんには私から電話をしておこう」

そう言って神父は、スマホから電話を掛けようとするが、

「比企谷君すまん。おキヌちゃん個人の携帯番号は知らなかった。美神君の事務所にかけるわけにも行かないし……」

……くっ、手詰まりか!

 

 

すると……、教会の外から、スピーカーで美智恵さんの声が聞こえてくる。

「比企谷君。ここに居るのは分かっております!素直に出頭すれば、手荒な真似は致しません!」

げっ、もう嗅ぎ付けられた!くそっ!流石はオカルトGメンと警察か!

 

さらに……、バンと教会の裏口が勢いよく開け放たれた。

「比企谷ーーーー!!手間かけさせてくれたわねーーー!!あんたが最後に逃げ隠れ出来る場所はここだけって踏んでたのよ!!だから、ここの周辺1㎞だけはシロやタマモも立ち入らずに探させていたのよ!!そんで超望遠カメラをこの教会が見える位置に設置して、あんたが来るのを見張っていた!!あんたの高い霊視能力がアダとなったわね!!……さあ、洗いざらいしゃべってもらおうか比企谷ーーーーー!!」

目が血走り鬼の形相の美神さんが現れたのだ!

くそーー!嵌められたのか、多分美智恵さんも同じ理由だろう。

 

「いっ、お、お、落ち着いてください美神さん」

俺は後ずさる。

 

「美神君。これは無いんじゃないかね。弟子を大事にしなさいと何度も言ったはずだがね」

唐巣神父が俺の前に出て、美神さんの説得にかかる。

 

「先生は黙ってもらいましょうか!これはうちの事務所の内部の話よ!!」

美神さんは神通棍を構える。

か、唐巣神父じゃダメだ。優しすぎる!!この鬼(美神令子)にはもう正論は通じないんだ!!

 

「………こ、こうさ」

このままじゃ、川崎も巻き込んでしまう。しかも唐巣神父に迷惑が。

俺は諦めて降参しようとしたのだが……

 

その時だ。

教会の正面扉がゆっくりと開き。

「あれ?美神さんに比企谷君?……外には美智恵さんやオカルトGメンの人たちもいましたけど、どうかしましたか?」

た、助かった!神は俺を見捨てなかった。いや聖母は俺を見捨てなかった!!

 

「げ、おキヌちゃん!?」

美神さんは狼狽する。

 

「ミスタ・唐巣・お久しぶりです」

しかもマリアさんまで一緒に!

後で聞いたのだが、キヌさんはマリアさんと買い物中にばったり会って、唐巣神父に挨拶に行くマリアさんに同行したそうだ。

 

俺は泣き付かんばかりにキヌさんとマリアさんに駆け寄り、早口で今回の騒動のあらましを簡単に説明する。

 

「……美神さん。何をやってるんですか?」

あっ、久々のゴゴゴゴゴのキヌさんだ。怒ってらっしゃる。

怒る姿も素敵で神々しいです。

 

「あれ、あはははっ!?」

今度は美神さんが後ずさる番だった。

 

「比企谷君をいじめたらいけないと、何度も言いましたよね美神さん。今後2週間禁酒です」

キヌさんは美神さんに罰を突きつける。

 

「そんなつもりじゃないのよ。ちょっと知的探求心で聞きたかっただけ」

慌てて言い訳を言い出す美神さん。

 

「3週間禁酒です」

キヌさんはぴしゃりと言い切る。

 

「そ、そんな、おキヌちゃん~」

狼狽しまくる美神さん。こんな美神さんを見たのはいつ以来か。

 

「比企谷君にも謝ってください」

 

「えーー!?だって!?」

 

「1か月禁酒です」

 

「わ、わかったわよ!……ご、ごめん」

美神さんが俺に謝った!?なんの奇跡だこれ?

キヌさん凄すぎる!なにこれ、まじ聖母だ!神や悪魔も恐れぬ美神令子を謝らせた!

 

そして、美神令子除霊事務所に戻り、キヌさんは美智恵さんと六道会長にも説教をしていた。

何時もの優し気な口調なのに、なぜか迫力がある。まじ凄いですキヌさん!!俺の救世主です!!

 

さらに一緒に居たマリアさんが衝撃の事実を語りだした。

実はあの若返りの霊薬は本当にもう無いのだそうだ。

ドクターが、次の実験に陶器の空き瓶が必要だったとかで、そこにあった若返りの霊薬が入った瓶を、何気なしに中身の霊薬を由比ヶ浜家の窓から捨ててしまったのだそうだ。

そんな貴重なもの、そこらへんに置くか?しかも捨ててって……あの爺さん。馬鹿だろう?

 

それを聞いた美神さんはその場で「しょんなーー!」とか言って足元から崩れるように倒れてしまった。

美智恵さんはこめかみをぴくぴくさせて、その場で頭を押さえる。

六道会長は泡を吹いて気絶してしまった。

 

ふう、やっぱあんなもんは世の中にない方が良いよな。

人をこんなにも狂わせる。

 

 

 

因みにだ。

由比ヶ浜の家の窓から若返りの霊薬を捨てたもんだから……

近所のハゲの爺さんの髪の毛が急に生えたりとか……

枯れ掛けてた樹齢100年の桜の木が急に花をつけ若々しくなったとか……

下の階のおばさんの肌がつやつやになったとか……

 

そんな都市伝説のような影響が出たそうな。

 

 

無事疑いが晴れ、家に帰ると、小町が待ち構えていて、心配されるやら、説教を食らうやら……

俺はまた、小町に心配を掛けて迷惑をかけてしまっていた。

 

 




次の章に移って
しばらくはガイルパートになります。


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【九章】三年時開始編
(91)3年時新学期が始まる。


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

新章です。
今回は思いっきりガイルパートです。GS要素無し
原作とはかなり異なります。
原作のIFって感じです。

ちょっと甘い感じになってます。


3年時新学期が始まる。

泣いても笑っても高校生活最後の年だ。

そして高校生にとって、最大のイベント、クラス分け発表だ。

共に一年間過ごすクラスメイトがこれで決まるのだ。まあ、ボッチの俺にはあまり関係ないのだが。

雪ノ下が在籍する国際教養科は元々1クラスしかないためクラス替え自体が無い。

後の9クラスの生徒達は文系と文理系と別れはするが、ほぼ無作為にシャッフルされると言ってもいいだろう。

 

登校すると、昇降口周辺には人垣が出来上がっていた。

昇降口横に臨時に看板が設置され、クラス分表が張り出されているのだ。

大時代的な仕様だ。あらかじめメールで通知してくれれば色々とはかどるだろうに。

俺は人垣をスルスルと避けながら、看板前にたどり着き、クラス分表を見上げる。

 

ひ…ひ……比企谷、比企谷と、あったな。H組か。

この学校は一学年10クラスある。雪ノ下が所属する国際教養科がJ組1クラス。文系はA組から

F組まで6クラス。文理系がG組からI組まで3クラスある。今年は文理系選択者が少なかった影響で例年より少ない3クラス編成となったようだ。そう俺は3年時は文理系を選択したのだ。

理系科目が苦手な俺が文理系とか、疑問に思うかもしれないが、それには理由がある。

霊能関係の術式体系や魔術、陰陽術は一種の科学である。

特に術式構成は数学の知識がなければ、再構成や自分用に調整が出来ない。一種の超高度な数式群で出来上がっているからだ。まあ、知識が無くてもできなくはない。今はパソコンや専用の演算ソフトがあるからな。但し、それで賄えるのはごく一般的な術式だけだ。

さらに、高度な陰陽術式や魔術魔法陣を扱うには自然科学や化学、地学などの総合知識が必要なのだ。

俺は一年生時にそれを知って、苦手だった数学や化学や物理を中学レベルから勉強しなおした。苦手な科目の理系をある程度克服し、そのおかげで今では俺の総合成績は10番台まで登ることが出来た。

2年時三学期の期末テストは総合12位だった。まあ、雪ノ下は入学からずっと総合1位だけどな。

 

大学も理系の大学を狙うか、唯一、霊能関連の学科がある公立大学を目指すつもりだ。

因みに、キヌさんが合格した大学はその東京にある公立大学だ。まあ、私立でも、今後国家試験となる『オカルト管理責任者資格』『サイバーオカルト対策管理者資格』を見越して霊能系の学科を設立しようと動いている大学もあるようだが……。かなり難しいだろうな。今は私立で霊能科があるのは六道家のお嬢様女子短大ぐらいだ。

 

そういえば、陽乃さんがこんな事を言ってたな。

来年から土御門家が協力して、京都の国立大学に霊能学科を作るとか。ゆくゆくは六道家のように専門学科がある高校を設立する事を目指しているのだそうだ。霊能系の専門学校は関西にも二つ三つあるが、大学と高校が設立すれば西日本初だそうだ。そうすれば西日本でも優秀なGSを育てられる環境が整っていくというものだ。

これも、裏では美智恵さんが大いに関わってそうだ。

 

俺はそんな事を考えながら、3年H組の教室に入り、黒板に張り出されていた出席番号順の席のとおりに座る。

……俺への視線とコソコソとよからぬ噂話のような物が聞こえてくるが、まあ、いつものことだ。特に去年の文化祭で大いにやらかしたからな。悪名だけは高い。

 

席に着き机にうつ伏せて居ると、慌ただしく教室に入って来る奴の足音が後ろから聞こえる。

どうやら、俺の方に近づいてきているようだ。

「ヒッキー!また一緒のクラスだね!よかった!本当に良かったよ~」

お団子頭のピンクっぽい髪色の女子生徒はそう言って俺の背中を軽く叩き、俺の正面に回る。由比ヶ浜結衣だ。相変わらず元気いっぱいだ。

 

「由比ヶ浜も一緒か、まあ、よろしくな」

 

「え?ヒッキー、クラス分表であたしと一緒って気が付かなかったの?」

 

「いや、見てなかった」

 

「えーーーー!?なんで!?見ようよ!!」

 

「どうせ、後でお前が教えてくれるだろ?」

 

「ヒッキーって、ひねくれてるって言うかツンデレだよね」

 

「誰がツンデレだ」

 

由比ヶ浜が文理系なのも、去年の初めの頃の由比ヶ浜を知ってる奴だったら驚くだろう。

由比ヶ浜は去年の2学期中間テストまでは、成績は凡そ一学年400人弱いる生徒のうちの、300番台だったからだ。

それが、前学期の2年三学期の期末テストは総合62位という成績まで一気に駆け上がったのだ。

相当努力をしたのだろう。部活では毎度必死に勉強していたのは知っている。元々勉強ができなかったわけじゃないようだし。わからない事があれば直ぐ横の雪ノ下が親身に教えていた。それで一気に伸びたのだろう。

それにしても、なんで文理系なんだと三学期の末頃に本人に聞いたのだが、秘密だそうだ。

 

 

そしてまた、教室内がざわめきだす。

まあ、そりゃそうだよな。由比ヶ浜は美少女で、しかも校内きっての人気者だ。

俺みたいな嫌われ者の日蔭者と気軽に話すなんてな。

 

「由比ヶ浜、教室で俺と話さない方が良いんじゃないか?」

 

「そんなの関係ないよ。だって、あたしはヒッキーの事が好きなんだもん」

由比ヶ浜は拗ねたようにこんな事を言い出した。しかも堂々とだ。恥ずかしいだろそういうの!

さらに教室内が騒めきだす。

 

「おい!?お前、声がデカいって、こんなところで何いっちゃってんの!?」

 

「あたしはあたしのしたい様にするの!周りの目なんて気にしないし、関係ないし」

何それ?雪ノ下が乗り移ったの?いや、もうちょっと気にしろよ!気遣いができる由比ヶ浜さんはどこに行ったんだ?

 

教室のざわめきが収まらないどころか大きくなる。

 

 

さらに……

「よっ、比企谷。またあんたと一緒ね。よろしく頼むわね」

青みがかった黒髪をポニーテールとシュシュでまとめ、背も高く、モデルのような体系、大人びた顔立ちが若干きつめの美人女子生徒が俺に気軽な感じに話しかけてきた。川崎沙希だ。

川崎は元々国立大学を目指していたため、文理系であるのは当然だが、まさかまた同じクラスとはな。

 

「お、おう」

 

「サキサキも一緒だね!よろしくね!」

 

「サキサキ言うな!ったく。まあ、由比ヶ浜もよろしく。……ってかさ。この教室騒がしくない?何?」

川崎は由比ヶ浜にも何時ものような感じで対応し、鋭い目つきで騒がしい教室を見渡す。

すると、騒めいていた教室は、水が引いたように静まり返る。

 

川崎は自分では気が付いていないだろうが、同級生だけでなく、下級生からも、恐れられていた。

俺より少し低いぐらいの女子にしてはかなりの高身長に、この鋭い目つきだ。

さらに、あの女番長三浦とも、事あるごとにもめて、しょっちゅうメンチ切りあってる女傑なのだ。

傍から見ると、女番長とそのライバルの一匹の狼改め一匹の女豹に見えるだろう。

実際に大した度胸だ。あの唐巣神父の教会での川崎を狙う悪魔の襲来時でも、慌てず冷静に行動がとれた程だ。

その割にはお化け屋敷とか苦手なんだよな。どういう事なのだろうか?本物の悪霊が大丈夫で、作り物の幽霊が怖いとか。

度胸で言えば、由比ヶ浜も大したものだと思う。三浦にも友達として叱る事も出来るし、幽霊もあまり怖がらない。あのドクターとも物怖じせずに対応できるのだ。

 

 

チャイムが鳴り、生徒達はそれぞれの出席順の席につく。

由比ヶ浜は俺の隣で、窓際の席だ。

 

「えへへへへっ、隣だねヒッキー」

由比ヶ浜は嬉しそうに小声で耳元で囁いてくる。

あの、そういうの教室でやめてもらえませんか?俺が恥ずかしいのと、周りの目が痛いんですが!

 

はぁ、天使戸塚とクラスが離れてしまったのが非常に残念だ。

戸塚は文系だし、わかっていた事なんだが……

しかし悪い事ばかりではない。材木座も文系だから、同じクラスになる事は無い。

 

 

この後、体育館で始業式を執り行われ、長ったらしい校長の話を、必殺ぼーっとするで凌ぐ。

その後は全校集会に移行し、生徒会長の一色が壇上に上がり、近日の予定やらを説明する。

 

二日後の明後日が、新入生の入学式。

その次の日、今日から三日後から2週間、部活の勧誘期間だそうだ。

昇降口付近や、中庭等にでブースを作り、校内で自由に部員を勧誘することが出来るというものだ。

一種のイベントだな。さらには、来週明けの月曜日の午後から、体育館で新入生に対して部活や同好会が6分間の紹介スピーチを行うと言うものだ。毎年新入生に行っているそうだが、俺は入学から3週間は事故で入院していたため、この勧誘スピーチは知らない。

まあ、奉仕部は雪ノ下が全部やってくれそうだが。

 

それと、スマホで見れる各部のホームページを立ち上げるとの事だ。

最低でも1ページ分掲載されるらしい。各部が独自に作成してもいいらしいし、特に要求が無ければ生徒会の方で各部の内容に従って作成するとのことだ。

多分一色が企画した物だろう。

新入生の部活加入率を上げるためと、総武高校の生徒の自主性を内外にアピールする目的だろう。何だかんだと積極的生徒会の活動をする一色。しかもあいつ何気にスペック高いしな。

という事は、俺たちの奉仕部もホームページが掲載されると言う事か。奉仕部には元々学内限定のホームページがある。かなりシンプルなつくりだが、そこからメールで悩み事相談を匿名で受付ていた。ほとんどがメールのやり取りだけで解決してしまうような内容だったし、どうでもいいような内容も多かった。特に材木座の相談はな。まあ、そのホームページをちょっといじって、生徒会にデータを提出すればいいか。

部員勧誘という話題があがり、改めて思う。俺達以外の奉仕部部員ってのはまったく想像がつかなかった。今までそんな事も考えもしなかった事に……

 

あと、一色の奴、なんか5月に新入生が高校生活に馴染めるようなイベントを行うような事を言ってたが、具体的な内容は後日発表だそうだ。まあ、この時期に決まってなければ、事前準備が必要なものではないのだろう。ギリギリになって俺達(奉仕部)を頼って来るのだけはやめてくれよな。

 

その後、クラスに戻り、ホームルームだ。

そして、担任が現れる。

長いストレートの黒髪をたなびかせ、スラックススーツに白衣姿の美人教師が壇上に立つ。

「担任の平塚静だ。2年時は国語の担当として諸君らと関わってきたが、今年は担任だ。まあ、生徒指導でじっくり関わった生徒も何人かいるがな。諸君らは受験も控えている。勉学に励まなくてはならないが、それだけが学校生活ではない。君らはこのクラスに何かの縁で一員となった。皆じっくり付き合って行こうではないか」

担任は平塚先生だった。カッコいいし、美人だよな。普通に……。恋愛が絡まなければと言う前提はあるが。どうしよう。横島師匠には振って貰わないといけないのに、しかも担任とは、胃が痛む。

 

その後、新クラス初日の恒例の自己紹介が出席番号順に始まる。

 

川崎の自己紹介は相変わらずツンケンした態度だった。

 

俺はシンプルに名前と元クラス名と部活名を名乗るだけにした。

「比企谷八幡。元F組。奉仕部所属」

むろん拍手はほとんどない。由比ヶ浜と川崎と後数人だけだ。

 

「おい比企谷。もっとあるだろ?」

平塚先生は俺に突っ込んでくる。

確かに、他の連中は挨拶やら、よろしくねとか、趣味とか豊富とか言っていたが、俺のそんなものを聞いても誰も楽しくないだろ?川崎も、「川崎沙希、元F組。部活無し。よろしく」しか言って無いし。言葉の字数だったら、俺は川崎よりも一文字多いはずだぞ。何で俺だけ突っ込むんだこの三十路女教師は?

 

「趣味は読書」

八語で済ます。簡潔だ。

 

「たくっ……まあいい。私はこいつが所属してる奉仕部の顧問でもある。無口でひねくれた奴だが悪い奴じゃない」

平塚先生は呆れた顔をしてから、何故か俺のフォローをし出した。

まあ、俺の悪評は平塚先生も知ってるしな。しかも、俺が文化祭で悪評を被ったその理由も知ってる。たぶんだが、その悪評を軽減させるために言ってくれたのだろう。俺の悪評はクラスメイトよりも、他のクラスや上下級生に広まっていたからな。2年時はやらかし当初、クラスでも悪評を口々に噂されていたが、俺は普段は大人しく振舞っているし、無害であるとに気づいたクラスの連中は、最終的には随分とマシになった。

まあ、女番長三浦が、そう言う悪口の類を耳にするのが嫌いだったから、そんな三浦のプレッシャーでクラスの連中が口にしなかっただけだったかもしれないが。

 

「由比ヶ浜結衣です!前は2年F組で、奉仕部に所属してます!クラスも部活もヒッキーって、わかんないか、隣の比企谷君とずっと一緒です!動物が好きで、家にはミニチュアダックスフンドのサブレがいます。みんな仲良くしてください!」

由比ヶ浜の自己紹介で、今日最大の大きな拍手が沸き上がった。

やはり由比ヶ浜は校内でも人気者なんだな。

なんで、そんな由比ヶ浜が俺を………いや、小竜姫様に言われただろ?そんな考えでは、好意をよせる由比ヶ浜に失礼だってな。

しかし、疑問は尽きない。

 

 

「席順は一学期はこのまま行こうと思う。まあ、気が向いたら変えても良い。そういう事だ以上」

平塚先生はこう締めくくり、ホームルームが終わらせ、本日の学校の行事を午前中で終える。

 

「由比ヶ浜さん。この後、どこか一緒にランチに行かない?」

「由比ヶ浜さん。カラオケとかいかない?」

「由比ヶ浜さん。スイーツが美味しいお店があるんだけど、どう?」

女子達が由比ヶ浜の下に自然と集まって来る。

校内屈指の人気者の由比ヶ浜だ。皆、お近づきになりたいのだろう。

それを遠巻きに男子たちが見ていた。いきなり由比ヶ浜に声を掛ける猛者(男)は居ないか。

 

「ごめんみんな!今日は部活があるんだ。また今度ね!」

由比ヶ浜はクラスメイトに申し訳なさそうに手を合わせて謝り、誘いを断る。

 

「ヒッキー、部活行こう!」

その後、由比ヶ浜は俺の制服の袖をちょいちょいと引っ張ってきた。

 

「おい、昼飯は?」

 

「一緒に食べればいいじゃん!部室にゆきのんも待ってるよ!」

そう言って俺を引っ張る由比ヶ浜。

 

「ちょっ」

 

まだ、由比ヶ浜と話がしたそうな女子達は、由比ヶ浜が俺にかまう姿に唖然とし、ご主人に餌を貰えなかった犬のような表情をしていた。

俺達が教室を出て行った後、教室内は騒がしくなる。

妙な噂が立たなければいいが。

 

俺は由比ヶ浜に引っ張られるまま教室を出た先で、川崎と鉢合わせた。

「比企谷、昨日は大丈夫だったのかい?」

 

「ああ、キヌさんのお陰でな」

 

「あんたんところは相変わらず大変そうだね」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、またね」

 

「おう」

俺は川崎と軽く会話をし、別れる。

昨日の事とはもちろん。美神さんや美智恵さん、六道会長に若返りの霊薬の事で追われていた件である。

 

「なに、ヒッキー、昨日サキサキと会ったの?」

頬を膨らませる由比ヶ浜。

 

「マリアさんに聞いてないか?俺が昨日とんでもない目に遭った事を」

 

「大体聞いたけど、ヒッキーがサキサキと会ってたのは聞いてない!」

 

「美神さん達に追いかけまわされて、逃げ込んだ先が川崎がバイトしてる教会だったんだよ」

 

「ふーんそうなんだ。なんか仲良さげだし!」

何不貞腐れてんだ?由比ヶ浜は。

 

 

 

部室には既に雪ノ下が来ていて、お茶の用意をしていた。

 

「はい比企谷君。あなたの分のお昼のお弁当よ」

雪ノ下が俺の目の前に可愛らしい弁当箱を置き、開けて見せた。

中身はミニハンバーグにエビフライ、チキンライスにブロッコリーサラダ。典型的なお弁当スタイルだが、手間暇かけただろう事が見て取れるぐらい美味しそうだ。

どうやら、俺の分も用意してくれたらしい。

手……手作り弁当か…雪ノ下の手料理は何度か口にする機会はあったが、弁当という形になるとまた別だ。なんというか……その恥ずかしさで爆発しそうというかだな。

因みに、勉強机を4つくっ付け、布製のクロスを引いた食卓風な感じの簡易テーブルに、俺の前に雪ノ下、横に由比ヶ浜が座ってる。

 

「……おい、いいのか?俺も一応パンは買ってきてるぞ」

 

「一人分も二人分を作るのも、手間はあまり変わらないから、せっかくだから食べてもらえるとありがたいわ」

 

「ゆきのんのお弁当、相変わらずおいしそう!……うう、あたしも料理出来たら、ヒッキーにお弁当作ってあげられるのに!」

由比ヶ浜はうらやましそうに、雪ノ下が作ってくれた弁当を見つめる。

 

「……ありがとな」

俺は気恥しさをグッと抑え、雪ノ下の好意に素直に甘える。

 

「いいえ、どういたしまして……その、毎日作って来るわ」

雪ノ下はそう言って気恥しそうに視線を逸らす。

 

「いや、流石に悪いだろ」

なんていうかだな。こんな返答をするのでいっぱいいっぱいだ。

 

「私がそうしたいだけ……」

 

「うううう……あたしも料理が出来たら……料理が出来たら……料理が出来たら」

由比ヶ浜は隣で呪いのように同じ言葉を繰り返していた。

 

「由比ヶ浜さんのお弁当はいつもと感じが異なるようだけど、自分で……ではないわよね」

 

「うーー、違うよ!ゆきのんもあたしが料理できないの知ってるのに!マリアに作って貰ったの!」

 

「あのマリアさんが?彼女は料理も出来るのね」

雪ノ下の口ぶりから、どうやらマリアさんに会った事があるようだ。

春休み中に、由比ヶ浜の家にでも遊びに行ったのだろう。

ならばドクター・カオスともきっと顔を合わせただろう。歴史的偉人だが、あの変人ぶりに流石の雪ノ下も面喰ったはずだ。……あと、若返ったガハママにもな。

そのマリアさんは今迄何百年もあの迷惑変人ドクターの私生活を一人で支えてきた人だ。

料理から家事洗濯、実験補助から戦闘まで何でもできる。

しかも、今ではネットの株取引で、資金を順調に増やしてるらしい。

株で儲けた資金から、生活費をかなり多めにガハママに渡してるとのこと。

 

由比ヶ浜、この際だからマリアさんにいろいろ教わった方が良いんじゃないか?

 

 

俺はここである事に気が付いた。

……これ、どう見てもリア充空間だよな。

美少女同級生2人と机を突き合わせて、仲睦まじく昼飯って……しかも、うまい手製弁当まで作ってもらってる状態だ。

昔の俺がこんな光景を目の当たりにしたら、どう思うだろうか?きっとリア充死ね!と思っただろうな。

しかし現実問題、こんな姿を誰かに見られれでもしたら、何を噂されるか分かったもんじゃない。

こいつらにも迷惑がかかるかもしれない。どうしたら……

 

 

雪ノ下からもらったお手製弁当を食べ終わる頃。

この部室に扉をノックする音が響き渡る。

 

誰だ?この時間帯に。

 




次はこの続きです。


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(92)一色いろはは覚悟する。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では、前回の続きです。


新学年初日、午前中で学校行事が終わり、部室で雪ノ下と由比ヶ浜と一緒に机を突き合わせ昼食をとっていた。

広い部室の真ん中で美少女同級生2人と昼食会、しかも俺が食べてる物は雪ノ下の手作り弁当だ。

傍から見ると間違いなくリア充空間に見えるよなこれ……

 

雪ノ下からもらったお手製弁当を食べ終わる頃。

この部室に、扉をノックする音が響き渡る。

誰だ?この時間帯に。

 

雪ノ下はいつもなら、いの一番に返事をするのだが、黙ったままお茶をすすってる。

同じく、由比ヶ浜も何もなかったように、振舞っていた。

 

さらに、ノックする音が響き渡るが、雪ノ下も由比ヶ浜も無視を決め込んでいた。

 

「おい、いいのか?依頼者か平塚先生じゃないのか?」

俺はじれて、雪ノ下と由比ヶ浜に小声で聞く。

 

「今は昼休憩中よ。部活はまだ始まっていないわ。営業時間外ね」

雪ノ下はしれっとそんな事を言う。

何それ、どこの大手企業だよ。

 

ノックの音がしばらくすると収まり、今度はガシャガシャ扉を開けようとする音がする。

どうやら、鍵が閉まっているようだ。

「鍵はしまってるから大丈夫だよ、ヒッキー」

由比ヶ浜も当然の如く、そんな事を言う。

いや、大丈夫じゃないだろう?緊急の要件だったり、他の先生だったりしたらどうするんだよ。

 

「おい、いいのか?」

 

その扉を開こうとする音も止まると。カチャという音が扉から響いてきた。

おい、鍵が開いたぞ!この部室の鍵は雪ノ下が持ってるはずだよな!どういう事だ?

 

そして、ゆっくりと扉が開く。

「ふっふっふーー、先輩たちが居るのは分かってるんですよ。居留守とか、この総武高校生徒会長には通用しないんですよ~」

一色が、不敵な笑顔で部室に入って来る。

何故入れる?ガチャって何?もしかして一色の奴、全教室のスペアキーか、マスターキーでも持ってるの?

 

「あら、一色さんこんにちは」

「いろはちゃん。やっはろー!」

「先輩方、こんにちはですー」

こんな状況で、何普通に挨拶してるんだこいつらは?

まるで、今のいままで何もなかったかのように。しかも、なんだか怖い。

 

「あれ?せーんぱいはっ!ボッチなのに!なーんで雪ノ下先輩と結衣先輩と仲良くお昼ご飯してるんですか?いつものー!ベストプレイスとか言ってるグランドの端っこでっ!ボッチ飯じゃないんですか?」

一色は俺の方に歩み寄り、あざとい笑顔でわざとらしい言い回しで、こんな事を聞いてくる。しかも何故か迫力がある。

やば、見られたくない奴に見られた。まあ、こいつは変な噂とか流さないだろうからまだましだが、これをネタに何を要求してくるかわからない。

春休みも、半強制的に学校に来させられたと思ったら、学校中連れまわされながら、ずっと尋問めいた質問をされる始末だ。

GSのことやら、俺の趣味とか結構どうでもいい事まで、さらにだ俺と雪ノ下と由比ヶ浜の関係を疑ってる節がある。

 

「一色さん。何の用かしら?まだ部活は始まっていないのだけど、要件は後にしてもらえないかしら」

「いろはちゃん。あたし達は昼休憩中なんだ」

雪ノ下と由比ヶ浜は口調は優し気だが、明らかに一色を追い出そうとしてる。

まあ、わからんでもない。一色の奴、三学期には結構な頻度で、この部室に紅茶飲みにサボリに来ていたからな。要件も無くだ。生徒会の仕事もあるだろうに。

そういえばサッカー部のマネージャーもやってたよな。時間あるんだったら、そっちに行けよな。葉山の攻略は捗ってるのか?

 

「別にいいじゃないですか~、先輩達と私の仲じゃないですか~」

一色はお構いなしにあざとい笑顔のまま、俺達の所まで椅子を持ってきて空いてる席に座る。

 

「……それで、要件はなにかしら」

雪ノ下はため息を吐いてから、一色に要件を聞く。

どうやら、一色を追い出すのを諦めて、折れたようだ。

 

「それです。来週の部活紹介や勧誘期間でのブース設置は今年はどうするんですか?去年は奉仕部は辞退という形をとってましたけど」

どうやら今回は本当に生徒会の仕事でここに来たようだ。

去年の今頃は、この奉仕部の部員は部長の雪ノ下一人だけだった。まだ俺も由比ヶ浜も入る前だ。

なるほど、雪ノ下は積極的な勧誘はしてこなかったと言う事か、俺もこんな部がこの学校に存在していたこと自体全く知らなかったぐらいだ。由比ヶ浜も同じだろう。

もともと、平塚先生が雪ノ下のために作ったような部だしな。ボランティア風の一応社会福祉活動的な内容を含んだ部だし、当時の生徒会の会長城廻先輩も理解ある人で、さらに雪ノ下の姉の陽乃さんとは大分昵懇のようだし、そんな事もあって、一人ではあるが部として設立する事が出来たのだろう。本来部活として認められるのは5人以上の生徒が集まり、そこそこの活動実績が見込まれる物だ。それ以下は同好会だ。それでも3名集まらないと同好会として設立できない。何か裏技的な方法を使ったに違いない。いや、平塚先生の事だ。強引にこぎつけた可能性もある。

 

 

「わざわざ勧誘するような部でもないわ。本気でやりたい人とやる気がある人ではないと務まらないし、部活案内は提出して掲載されているのだから、それでいいわ」

雪ノ下の言ってる事は間違ってはないし、俺もそう思うが……俺はやる気もやりたい人でもなかったんだが、平塚先生に強制的に入部させられたんだが。

 

提出した部活案内は、全部活と同好会の活動内容が記載されてる冊子に反映される。

今年からは、一色が午前中に生徒集会で発表した部活案内のホームぺージにもその内容は掲載されるだろう。まあ、独自のホームぺージを持つ俺達の場合はその限りではないがな。

 

「えー?そうなんですか。結構面白い部活だと思うんですけど。私も助かっちゃいましたし、来年には先輩方卒業じゃないですか、新入部員が入ってこなかったら、部は存続できなくなっちゃいますよ。なんか寂しいと言うか……」

一色が言うのもわからんでもない。俺も曲がりなりにも一年間在籍して思入れも出来てきてる。

 

「うーん。奉仕部がなくなっちゃうのはあたしも寂しいかも。ゆきのん、やってみない?」

どうやら由比ヶ浜も俺と同じ気持ちの様だ。

 

「……そうね。但し条件があるわ。部員の選定は必要よ。面接試験を行います」

雪ノ下は考えをまとめ、口にする。何それ?どこの一流企業よ?しかも試験官雪ノ下だったら超厳しそう。全員不合格なんてこともあり得る。

しかしながら、それは必要な処置なのかもしれない。

もし、部活勧誘期間で勧誘のためのブースを作成するとする。雪ノ下と由比ヶ浜がそのブースに座るなり立つなりして勧誘してみろ。部の内容なんて興味が無い連中が、雪ノ下と由比ヶ浜目当てで加入してくる可能性が高い。

何せ、雪ノ下は校内一の美少女だし、由比ヶ浜は美少女の上に校内屈指の人気者だ。

 

部活紹介でも同じだろう。一年生相手に壇上で、雪ノ下や由比ヶ浜が部の紹介をしてみろ。部の内容など耳に入らず、二人の容姿だけで、加入を決める奴がわんさか出てくるかもしれん。

 

そう言う意味でも、最初に雪ノ下が言ったように、部活案内の掲載するだけの方が良いのかもしれん。

あれならば、雪ノ下や由比ヶ浜の顔が出るわけじゃないからな。純粋に部活に入りたい奴だけが入部希望するだろう。

うーん。

 

「俺は、部活案内だけで良いと思うぞ。それにだ奉仕部には学校のホームページから直接リンクできる独自のホームページがある。それで最低限のアピールは出来てるはずだし、前期はメール相談の受付もそこそこあった。それで十分だと思うが……」

 

「えーー?ヒッキーも?新しい子とか沢山入ってきたら楽しくない?………あっ!……でも、あたしもそれでいいかも……」

由比ヶ浜は俺の意見に勢いよく反対していたのだが、何かに気が付いたように、急に手の平を返し、大人しくなる。

由比ヶ浜もどうやら気が付いたか……。純粋に奉仕部に入りたい奴だけが入ればいい。アピールしたとして、俺達の部の場合どうしても、二人の顔が全面に出てしまう。そうなると部の理念とかけ離れたような連中が、入部希望者として殺到するかもしれないからな。

 

「結衣先輩も本当にそれでいいんですか?……まさか、部員を増やしたくないって事じゃないですよね。今の3人のままが良いとか思ってるんじゃないですかね?」

一色はジトっとした目で俺達を見据える。

 

「ギクッ、あははははっ、そんな事はないよ、いろはちゃん!新入部員が入ってライバルが増えるのが困るとか、そんな事は全然思ってないから!」

ギクッって何?由比ヶ浜なに慌ててるんだ?一色が言った通りなの?ライバルが増えるって何だよ?

 

「ふぅ、一色。俺の正直な意見を言うぞ。うちの部は本当に真面目に取り組まないと、依頼に来た生徒達に失礼な上に逆に迷惑がかかる。……由比ヶ浜や雪ノ下が奉仕部の顔として、勧誘活動を行ってみろ。うちの部の理念に外れたような連中が来る可能性が高い。……そのだ。そのあれだ。

雪ノ下と由比ヶ浜は学校でも人気が高いし、容姿もいい。それを目当てに来てもらっても困ると言う事だ」

 

「ヒッキー!それって私達の事気にかけてくれてるってこと!?」

由比ヶ浜は嬉しそうに俺の顔を見つめる。

「……そう」

雪ノ下はほんのり顔を赤らめていた。

 

「先輩もそういう事ですか!そういう事なんですか!」

一色は何故かプリプリと怒り出す。

 

「何か勘違いしてないか?現実問題としてあり得る話をしてるだけだ。どちらにしろだ。奉仕部は非常にわかりにくい部ではある。他のスポーツや趣味などがそのまま部として成立しているものではない。『ノブレス・オブリージュ』(貴族の責務)なんて大層な考え方を元々持っているような奴なんて居ないだろうしな。まあそうだな、ボランティア活動に興味がある奴が入ってくれれば儲けものだ」

 

「そうですね。それは分からない事もないです。確かに依頼を適当にされても困りますし……」

どうやら、一色も理解してくれたようだ。頭の回転は速い奴だ。超あざといだけで。

 

「まったく勧誘しない事はないわ。一応新入生の中に目星をつけている人はいるわ」

 

「え?雪ノ下先輩が?まだ、入って来ても居ない新入生を?」

 

「どういう意味かしら一色さん?」

雪ノ下は冷たい視線を一色に送る。

 

「だって、雪ノ下先輩って、後輩とかと仲良くするタイプじゃないじゃないですか。だから疑問に思ったんです」

一色の奴、堂々と本人の前で言いやがる。……その通りだから否定できないが。

さらに雪ノ下の一色に向ける視線が厳しくなる。

 

「いろはちゃん。ヒッキーの妹の小町ちゃんの事だよ。今度新入生で入って来るんだよ」

まあ、そういう事だ。俺も小町が入部することには賛成だ。

俺の目が届く場所に居てほしい。狼のような男どもから小町を守らなければならないからな。

 

「ダメですよ!先輩の妹さんは、生徒会に勧誘したんですから!先輩と違って、あの高いコミュニケーション能力!見た目も先輩と違って、明るくて元気で可愛いですし!中学でも生徒会をずっとやってたって言うじゃないですか!もう、高校でも生徒会に入るしかないと思いません!?」

一色さんや、いちいち俺と比較しなくてもいいんじゃないでしょうか?ダメな兄と出来る妹みたいな感じじゃないですか?……実際そうなんだが、俺が小町に勝てるのって勉強だけ?総武高に受かった時点でそれも大差無い。

 

「……一色さん。あなた小町さんとは接点も何も無いはずではないかしら?それを何故?」

一色の目を真正面から見据える雪ノ下。

 

「え?……そ、それはですね。たまたま先輩の家に寄ったら妹さんが居て、意気投合したと言うか……」

おい、何で俺の家にたまたま寄るんだ?俺の家って休憩場か何かか?サイゼとかと一緒にされると困るんだが。

 

「いろはちゃん。やっぱり」

由比ヶ浜はジッと一色を見つめていた。

 

「ななななな、なんですか!雪ノ下先輩も結衣先輩も!それ以上でもそれ以下でもないですよ!たまたま、先輩の妹さん、比企谷小町さんが非常に優秀だったから勧誘しただけですぅ!」

なに慌ててるんだ一色の奴。

 

「………」

「………」

由比ヶ浜と雪ノ下はジトっとした目で一色を見据える。

 

「はぁ、もういいです。そういう事です。雪ノ下先輩。結衣先輩。だから覚悟してください」

「………」

「いろはちゃん負けないよ」

一色、雪ノ下、由比ヶ浜の三人の視線が交差する。

 

「一色?どういう事だ?」

何だ?覚悟するってどういう事だ?

 

「せーんぱいも~、他人事じゃないんですよ~。覚悟してくださいね♡」

一色は今日一番のあざとい笑顔を俺に向けて、奉仕部を後にした。

……なにこれ、またとんでもない仕事を俺にふってくる前触れではないのか?

はぁ、今から気が重いんだが。

 

 

 

この後奉仕部では、新入生勧誘について打ち合わせをする。

勧誘期間のブースと、新入生への紹介スピーチについては、去年同様辞退することを決定。

勧誘案内については手直しをし、ホームページはリニューアルすることにした。

勧誘案内の手直しは由比ヶ浜が担当し、ホームページは俺と雪ノ下で作成作業を行った。

 




次もガイルパートの予定。


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(93)小町の入学

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


では続きをどうぞ。



「お兄ちゃん!早く行こうよ!」

 

「小町、焦らなくても十分間に合うぞ」

 

「お兄ちゃん。自転車漕ぐの滅茶苦茶早いじゃん!」

 

「学校の行き帰りはゆっくり走ってるぞ」

俺は玄関で靴を履き、小町は既に玄関の扉に手を掛けていた。

 

「お父さんとお母さん。また後でね~。では小町、行ってきます!」

真新しい総武高校の制服の冬服を着た小町が玄関の外に出て、家の中で見送る親父とかーちゃんに元気いっぱいに敬礼をする。

 

そう、今日は小町の入学式

小町は今年の春から、俺と同じ総武高校に通うのだ。

 

かーちゃんは手を振り、親父は既に涙ぐんでいた。この後、俺の両親共は小町の入学式に出席する予定だ。社畜の親共だが、この日ばかりは小町のために有給休暇を取り、その晴れの姿をその目で収めるつもりだ。

俺の時はこんなに気合入ってなかったような……、親父は普通に会社行ってたし、まあ、かーちゃんだけは出席するつもりだったようだが、入学直前に俺は交通事故で入院に……、だから親共は、小町の高校入学が、年頃の子を持つ親としての高校入学式という一大イベント初参加ということになる。

 

 

「親父達と一緒に行かなくてよかったのか?」

俺はチャリを駐車場から出し際に小町に聞いた。

 

「えー、お父さんと一緒だとめんどくさいし、入学式を見にきてくれるだけでいいよ」

確かにな、あの親父は小町にかまいすぎるからな、ウザがられても仕方がない。

まだ、お兄ちゃんと一緒に行く方がましだと言う事だな!勝った!哀れ親父!

 

「じゃあ、行くか」

 

「そんじゃお兄ちゃん。案内頼んだよ!」

 

「任された」

 

俺が先頭で、その後に小町が続く。

小町は、入学祝として親父から最新型の自転車を買ってもらっていた。しかもだ。某大手メーカーのオシャレな電動アシスト付き自転車だ。

俺も入学祝はチャリだった。自転車というよりもチャリだ。普通のママチャリだ。

何この違い?まあ、初日に交通事故で大破してしまったがな。

雪ノ下家に弁償してもらったのだが、結局同じようなママチャリだ。

 

うちの家から、総武高校は意外と近い。

普通に漕いで自転車で30分ちょっとだ。

雨の日はバスを使うが、逆に時間が掛かる位だ。

 

 

何事もなく小町を連れ、学校に到着し駐輪場に自転車を置く。

「おおー、なんか高校生になったっぽい感じ!」

「まあ、そうだな」

小町は高校の雰囲気を肌に感じ目をキラキラさせてはしゃいでいた。

 

「入学案内状によるとだ。受付で自分のクラスと入学式で座る席順を案内してくれるらしいぞ」

入学式は体育館で執り行われる。体育館の入り口付近にテントが張ってあるから、あれが受付だろう。

 

「お兄ちゃん。まだ、時間あるよね!ちょっと見に行っても良いかな!」

 

「後にでも十分見れるだろ?先に受付を済ましておいた方が良いぞ」

 

「お兄ちゃん。案内ご苦労!ではでは、小町は受付に行ってくるであります!」

小町は俺に元気いっぱいに敬礼する。

 

「俺も受付まで、ついて行くぞ」

 

「え~、お兄ちゃんと~、だってお兄ちゃん中学の時と一緒で、どうせ悪い噂しかたってないでしょ。ここでいいよ~」

なぜ、バレてる?まあ、そうなんだけど……

 

「小町ちゃん。ひどくない?」

お兄ちゃんなんだか目から鼻水がでてくるよ。

 

「兄思いの小町なので、一緒についてくることを許します!どうぜお兄ちゃんの妹って直ぐにバレるんだしね。でも、悪い事ばっかりじゃないよ。中学の時も小町はお兄ちゃんと比較されて、先生や先輩達に『お兄さんとは全然違うのね』って、お兄ちゃんのマイナスイメージ分、小町が余計に良く見えるみたいなんだよ!これもお兄ちゃんのお陰だね!」

屈託のない笑顔を俺に向ける小町。

 

「………」

あれ?おかしいな。雨や霧も出てないのに、両目が霞んで、小町が良く見えない。

 

 

新入生受付ブースに小町が先行して、俺が後に付いて行く。

その受付には一色と生徒会の面々が忙しなく対応していた。

「いろはさんだ!おはようございますって、これからは一色先輩ですね」

「受付たのむわ一色」

 

「あっ先輩と妹さん。おはっ……こほん。入学おめでとうございます。そして、ようこそ総武高校へ。生徒会長の一色いろはです。ここで過ごす三年間は貴方にとって、人生の通過点として最良の日々となる事を心からお祈りします」

一色は咳ばらいをし、いつものあざとい笑顔から、澄ました顔で小町にこんな事を言う。

……お前誰だよ?キャラが変わり過ぎだろ。普段からその方が良いんじゃないか?

 

「……なにそれ?気持ち悪」

 

「せんぱーい!酷い……こほん。比企谷小町さん。1年C組です。体育館に入り右手に進んでください。それと、私の事はいろはで良いですよ。先輩の妹さんですから」

 

「ありがとうございます。いろはさん!じゃあ、行ってくるねお兄ちゃん!」

 

「ああ、行ってこい行ってこい」

俺は俺に手を振って体育館に入って行く小町を見送る。

 

 

「先輩!気持ち悪いって何ですか!女の子になんて事をいうんですか!セクハラですよ!デリカシーのかけらもないんですから!」

一色は先ほどの澄まし顔から、ちょっと頬を膨らませて、いつものあざとい仕草で俺に文句を言ってくる。

 

「悪い。いつものお前と180度違うもんだからつい口にでた」

 

「つい口にって、私を何だと思っているんですか?それにこれぐらい普通です。こう見えても出来る女なんですから」

一色は胸を張ってどや顔をする。

え?何だと思ってるって、あざとい後輩。俺に仕事を押し付けてくる小悪魔。

 

「そうだな。実際よくやってるよ一色は」

一色は上級生の生徒会役員達を良くまとめ、生徒会長として十分やってる。俺の予想を軽く超えるぐらいにな。

去年の生徒会選挙時には、ここまでやれる奴だとは思っていなかった。

 

「急に何ですか?気持ち悪。先輩が私を褒めるなんて?んん?もしかして、アピールですか?そうなんですね。何時もの先輩らしくないところを見せて、私に何のアピールですか?ギャップ萌えなんですか?そうなんですね。生憎そんな手には引っかかりませんよ。でも先輩に褒められて悪い気がしませんし、いや、むしろ褒めて、褒めちぎってください。でも、先輩がインドア派と見せかけて、実は体を鍛えてるとか、そのギャップはやられちゃうんで、今は勘弁してください」

一色は早口でまくし立てるように一気に俺に何か言う。

 

「お前、何が言いたいの?もしかしてまた俺は振られたのか?」

……これはいつもの振られパターンか。ちょっとニュアンスがおかしかったが。

 

「い、いえ何でもないです。ギャップといえば、先輩って、兄妹仲が良いんですね」

 

「そうか?普通だと思うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

俺はこの後、直ぐに教室に戻る。

俺達は普通に授業がある。

 

まだ、由比ヶ浜も来てないか。

今日は結構早めに学校に来てるからな。

クラスメイトもちらほらとしか居ない。

川崎はいつもギリギリだからまだだろう。

 

俺が教科書など今日の授業分を鞄から出し、机に入れていると、不意に声を掛けられる。

「比企谷だっけ。お前……その、由比ヶ浜さんと、どういう関係なんだ?」

 

見るからに体育会系の男子3人が俺の机を囲み、そのうちの一人が俺に声を掛けたのだ。

ジャージを着てるところから、朝練か自主練の後なのだろう。

まさか、クラスメイトから声を掛けられるとは思わなかった。

男に戸塚以外で教室で声を掛けられたのは久しぶりかもしれない。

内容は俺の事ではなく。やはり由比ヶ浜の事か。

クラスに居た他の連中も、興味深そうにこちらを伺っている。

 

「ああ、自己紹介の時に彼奴が言ってた通りだ。クラスと部活が一緒なだけだ」

 

「だけだって、お前。随分親しいというかだな」

「由比ヶ浜さんを彼奴呼ばわりかよ」

「そうだ。なんて言うかだな、なれなれし過ぎるぞ」

3人は一斉に口々に俺に言ってくる。

最初に声を掛けてきた奴は、戸惑ったような表情だが、後の二人はちょっと感情的だな。

やっかみか。はぁ、まあ、そうだろうな。由比ヶ浜は人気ものだしな。

俺みたいな明らかに、学校の底辺野郎と親し気に……

ん?俺の方からは話しかけてないぞ。あいつがずっと構ってくるだけだから。

一昨日も昨日も、クラスメイトの誘いを断ってだ。昼食は奉仕部でだし、放課後は俺を引っ張って部室にだしな。

 

「まあ、同じクラスの奴が少ないし、俺が同じ部員だから、話しやすいだけだろ」

面倒だが、ここは穏便に済ますのが良いだろう。

 

「……由比ヶ浜さんがお前の事好きだって言ったのを、聞いた奴がいるんだけど。どうなんだ?」

 

「聞き間違いじゃないのか?俺はこの通りだ」

俺はワザとおどけて見せる。

 

「比企谷……お前の事はよく知らないが、いい噂は聞かない」

「由比ヶ浜さんと同じ部活だからと言って、調子に乗るな」

「そうだ。由比ヶ浜さんが誰にでも優しいからって、勘違いするなよ」

俺に最初に声を掛けた奴はどうやら冷静に物事を判断できそうだな。こいつなら話してもわかるだろうが、後の二人はダメだな。完全に俺を敵視してる目だ。

 

「覚えておくよ」

俺はそう言って、首をすくめる。

うーん。なんかまずいな。

俺が由比ヶ浜に告白されたなんて知られたら、混乱だけでなく、俺刺されちゃうかも。

 

「ヒッキー、やっはろー!って、ヒッキーが男子と話してる!?」

「ん、なんだヒキオか」

「ハロー、ハロー、ヒキタニ君。うわっ!?なにヒキタニ君。葉山くんと戸部ッちから乗り換えたの?まさか、ヒキタニ君と体育系男子3人とくんずほぐれつ!?キマシタワー――――コレ!?」

由比ヶ浜だけでなく、なんか派手なの来た!見た目派手な女番長三浦優美子に、言動が派手というかいっちゃってる海老名姫菜だ。

三浦は相変わらずだな。そのヒキオってあだ名。マジでお前しか使ってないし、多分殆ど奴は俺の事だとわからないぞ。

海老名さん?まさか俺って、お前の頭の中じゃ葉山×ヒキタニとか戸部×ヒキタニとかになってるの?マジやめてほしんだけど。しかも鼻血吹き出てるぞ。

 

「はぁ、海老名擬態しろし。鼻、血でてる」

三浦は海老名の鼻血を吹いてあげていた。

ああ見えて三浦はおかん気質だからな。仲間に対しての面倒見がいい。

因みに、由比ヶ浜が聞いてもいないのに話してくれたのだが、三浦は文系で念願の葉山と同じクラスになったらしい。よかったな。

海老名も文系だが三浦とは別のクラスに、しかも戸部が同じクラスとか……戸部はよかったな。

海老名はどうするつもりだろうか?意外といい奴だぞ戸部は。やかましいし、声が大きいし、面倒くさい奴けど。戸部への評価は俺の中では高い。一色の我がままに付き合ってやれる稀有な奴だ。

しかも、一色は戸部の前ではあざとい笑顔をあまり出さないどころか、言葉は丁寧だが舎弟のように扱ってる節がある。何ていうか……戸部には親近感がわく。

後のクラスの連中は知らん。

しかし、めちゃくちゃ気にいらないのが、材木座が戸塚と同じクラスになった事だ!!しかも隣の席だと!!材木座からどや顔付き戸塚とのツーショット写メが俺に送られてきた時には、怒りでスマホを真っ二つに折るところだった!……今度、横島師匠に呪いの藁人形の作り方を教えて貰おうか!!

 

 

「そこ邪魔」

三浦は俺の席を囲ってる体育会系男子3人に一睨みする。

すると、3人はヘビに睨まれたカエルの如く、ビビッてその場を三浦に開け渡し退散する。

流石は女番長。一睨みで体育系男子を追い払った。

あの男子3人も俺に威勢が良かったのに、三浦の一睨みで大人しくなるのもどうかと思うが、まあ、そのおかげで、険悪な雰囲気まで行かなくて助かったのは確かだ。

 

三浦は俺の前の席の椅子にドカッと座り、足を組み、俺の顔をジッと睨むように見据えていた。

由比ヶ浜は自分の席に座り、海老名は三浦の横に何時ものニコニコ笑顔で立っている。

 

「うす」

俺は三浦と海老名に軽く会釈する。

 

ジッと俺を見据えたまま三浦はボソッと小声でこんな事を言ってきた。

「ヒキオ……あまり調子のんなし、……結衣泣かしたら殺すから」

どうやら、由比ヶ浜は三浦と海老名には、俺に告白したことを話してるようだな。

 

「……善処する」

 

「あぁ!?」

三浦は俺にメンチ切って来る。

 

「もう、優美子!なんでヒッキーにそんなこと言うかな!!」

「結衣。こいつ即効で返事しないとかありえないし!!」

「それはいいの!それに、この教室見たいからって連れて来たのに、ヒッキーに絡まないの!」

「ええ!?だって結衣!」

 

「ヒキタニくんも大変だね。でもダメだよ!グフフフフフッ!ヒキタニ君は葉山君が居るんだから!?」

マジやめてくれませんかね。そんな噂たたれたら、俺だけじゃなくて、葉山にもダメージが行くぞ!

 

「はぁ!?海老名も何言ってるし!!隼人とヒキオなんてありえないし!!」

 

何だかんだでこの3人、チャイムが鳴るまで、俺の周りでいつものようにあれやこれやと会話を楽しんでいた。

その間、クラスの連中は俺や由比ヶ浜達には近づかない。

女番長三浦、その存在感はこの学校でほぼ頂点だろう。マジパナイ。

 

しかし、チャイムが鳴り、三浦と海老名が自分たちの教室に帰り際、丁度教室に入ってきた川崎と出くわしてしまった。

 

「あんたも、結衣とヒキオと一緒のクラスだったんだ」

「何?別のクラスの奴が何でいんの?」

 

「あぁ!?」

「はぁ!?」

 

あのやめてくれませんかね。マジで。

ここは80Sの不良マンガじゃないんで……

クラスの連中もビビッて、声も出ないじゃないですか?

元2年F組では見慣れた光景ではあるのだが……

 

 

しかし、困ったな。

由比ヶ浜のスキンシップが教室でもとなると、男子からのやっかみが面倒臭い事になりそうだ。

 

そう思いながらも、昼休みは奉仕部で3人で昼飯。

今日も雪ノ下が作ってくれた弁当を美味しく頂きました。

 

……こんな光景、今のクラスの連中には見せられない。

教室で由比ヶ浜と話してるだけで、あの反応だ。これは何とか考えないと……

 

 

 

新入生の小町は、今日の学校は午前中までで、先に帰っていた。

俺は部活を終え家に帰ると、見るからに高級寿司の出前が待っていた。

親父は酒が進み、終始涙を流していた。

 

俺は小町に入学祝だと言う事で、後日最新型のスマホを買ってやることを約束。

タマモからは本と、シロからは木刀を俺は預かっており、小町に渡す。

すぐさま、お礼の電話をタマモとシロにかけていた。

キヌさんからは、キヌさんの実家で作られてるお守りと筆と硯と和紙。そして横島師匠からは文珠を頂いた。その文珠をキヌさんのお守りの中にそっと入れ、小町に渡す。

たぶん。横島師匠からだと話すと受け取らないだろうからな……

 

文珠か……

どこの文献や古文書にも載っていない術具。世の中では全く知られていない。

性能は時価1億円以上する精霊石と、比べるまでもなく圧倒的に上の術具。

たぶん。世間には秘密なのだろう。こんなものがある事が知られれば、あの若返りの霊薬以上に争いの種となりうる。

何せ、あの文珠一つでありとあらゆる術儀を念じるだけで発動できるからな。

それを生み出すことが出来る横島師匠……か。

まあ、今考えても仕方がない。

 

 

 

小町。入学おめでとう。

 




次は、GS回かガイル回どっちにしようか


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(94)部活見学といつものように悪霊退治

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きと、
ちょっと展開が進むお話です。



「こんにちは!雪乃さん。結衣さん!」

 

「いらっしゃい。小町さん」

「やっはろー、小町ちゃん!」

 

「来たか小町」

 

小町が奉仕部にやって来る。

小町が入学してから3日目放課後だ。

新入生部活勧誘期間が始まり、昇降口付近や中庭に部活勧誘のために多数のブースが設置され、各部は部員獲得のために積極的にアピールをする。

そんな中、奉仕部はブースを作らずに積極的な部員獲得活動は控えている。

部室ではいつも通り過ごしていた。

まあ、一応新入部員は募集はしている。興味がある奴だけ来たら良いと言うぐらいのスタイルだ。

 

「あっ!改めてっと、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩!」

 

「いつも通りでいいわ。小町さん」

「そうだよ!小町ちゃんにそう言われるとなんかこそばゆいし」

 

「じゃあ、雪乃さん、結衣さん。部活、見学に来ちゃいました!」

小町はいつも元気いっぱいだ。

 

「あれ?俺には挨拶は?」

 

「悪名高い。比企谷先輩こんにちは……」

ジトっとした目で俺を見る小町。

 

「早っ、もう知られたか」

どうやら小町は校内で流れてる俺の悪い噂を早速耳に入れたようだ。

 

「………」

「あはははは」

その小町の言動で雪ノ下はため息を吐き。

由比ヶ浜は渇いた笑いをする。

 

「知られたかじゃない!お兄ちゃん!酷いこと言って、女の子泣かせたの!?」

小町は俺に詰め寄って来る。

酷い事を言って女の子を泣かしたと言うのは、昨年の文化祭の俺の行動の事を指している。

俺が学校一の嫌われ者になった要因だ。

 

「まあ、間違いじゃないな」

 

「小町さんそれは……」

「ヒッキーは悪くないよ」

雪ノ下と由比ヶ浜が、去年の文化祭の事を小町に説明してくれた。

 

「はぁ~、やっぱお兄ちゃんはお兄ちゃんだな~。もっと他の方法なかったの?」

二人の説明を聞き終えた小町は呆れたように俺に聞いてくる。

 

「あれが一番効果的で早かったからな……まあ、反省はしてる」

 

「まったくもう。お兄ちゃんが傷つくことで、他の人も傷つくんだからね」

 

「俺は全然平気だけどな」

 

「直ぐそういう事を言う!」

小町が俺を一睨みして、この話題を終える。

 

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜が小町に奉仕部の活動内容を説明する。

一応、小町は俺達の部活の内容は知っている。去年6月頃の川崎の夜のアルバイト問題で小町も関わったからだ。

 

「だから、毎日依頼が有るわけじゃないんだー。1、2週間も無いこともあるし。ある時は一気にくる事もあるんだ。大きなイベントとか有った時は、それに向かって毎日忙しかったりするし」

由比ヶ浜が説明したとおり、暇なときはとことん暇だ。まあ、俺は暇の方がありがたいけどな。

 

「依頼が無い時は普段は何やってるんですか?」

 

「ホームページからメールの相談も受け付けてるから、その確認と対応ね。これも毎日来るわけではないわ。何もない時は各々自由よ」

雪ノ下が依頼が無い日の部活内容について小町に答える。

 

「なるほどです。お兄ちゃんは何もない時は何やってるの」

 

「本を読んでるな」

 

「雪乃さんは?」

 

「私も本を読んでるわね」

 

「結衣さんは?」

 

「宿題とか勉強してるかな?」

 

「なるほどです………それで、この席の配置は?」

小町はこんな事を聞いてきた。

俺達が今座ってる席の配置についてだ。

ここの部室は空き教室を利用したものだ。

教室の後ろ側には、使われていない勉強机が積んである。

教室の前後ろ中頃の、扉から一番遠い窓際の椅子に雪ノ下が座り。

その隣に会議用長テーブルが2台横並びに置かれてあり、その会議用長テーブルの前で、雪ノ下の直ぐと隣の位置に座ってるのが由比ヶ浜。

会議用長テーブル2台横並びした廊下側にさらにちょっと離れた場所に椅子を置いて座ってるのが俺。

要するに雪ノ下と由比ヶ浜から、会議用長テーブル2台分以上離れて俺は座ってる事になる。

傍から見ると、俺が雪ノ下と由比ヶ浜からはぶられてる様に見えないこともない。

これは、俺が雪ノ下と由比ヶ浜に告白されてからも変わらない。

 

「まあ、何となくだ」

この位置関係は俺にとってはしっくりくるからな。

いきなり、近づいて座るのもあれだ。気恥しいしな。

 

「……お兄ちゃん。本当に告白されたの?」

もっともな疑問だが、それを言う?今ここで、二人が居る前で言うか!?

 

「ばっ!何言ってんだ!?小町っ!!」

俺は顔が赤くなるのを感じる。

 

「あははははっ、それは本当だよ小町ちゃん。うーん。でもなんでだろう」

「そうね。……自然というか、この風景が当たり前になり過ぎて、疑問に思わなかったわ」

どうやら、由比ヶ浜と雪ノ下も俺と同じで気にもしなかったようだ。

 

「……奉仕部も席替えをしましょうか。年度の区切りとしては良い時期だと思うのだけど」

「ゆきのん。いい、それ賛成~!」

雪ノ下がこんな提案をし、由比ヶ浜が手放しで賛成をする。

 

「……3人なのに意味あるのか?」

 

「今は3人だけど、今後は増えるかもしれないわ。だから今のうちにしておいた方がいいわ」

雪ノ下、今の内の意味が分からないんだが……

 

「ほら、小町ちゃんもきっと入ってくれるし。ちゃんと席を決めとかないとね。ヒッキー!」

何でノリノリなんだよ由比ヶ浜も!?

 

「なんかおもしろそう!お兄ちゃん。席替えするべきだよ!」

小町ちゃん?まだ、部員じゃないでしょ?今日は見学でしょ?

 

 

そして、席替えが始まったと言うか、俺の席が決められた。

 

雪ノ下と由比ヶ浜の間……

そう、今まで雪ノ下と由比ヶ浜が座ってた席の間にもう一つ椅子を置き、そこが俺の席と勝手に決めつけられ、座らされる。

 

由比ヶ浜!!くっつき過ぎだ!!雪ノ下も顔を赤らめながら椅子をこれ以上近付けようとするな!!

超気恥しいんですが!この席!?

依頼者が来たら、どう思うよこれ!?リア充丸出しじゃねーーーーか!?

 

「凄い!!お兄ちゃんが学校でリア充になった!?」

小町ちゃん!?なに写メとってるの?やめて!お兄ちゃん超恥ずかしいから!

 

「だぁ!元の席でいいだろ?新入部員が入ってきたら、由比ヶ浜と俺の間に座らせればいいじゃねーか!」

俺は席を立って、いそいそと元の離れた席へ座りなおす。

 

「……そ、そうね。まだ気恥しいわ」

「えーーっ、もっとヒッキーと近づきたい!」

雪ノ下さん?まだって何?由比ヶ浜はもうちょっと遠慮しような!俺が気恥しさで爆発しそうになるから!!

 

「お兄ちゃんのチキン……」

そうだよ。俺はチキンだ!恥ずかしいんだよ!こそばゆいんだよ!二人から何かいい匂いはするし!なんかあれなんだよ!!色々と爆発しそうなんだよ!!

 

 

この後、ノートパソコンを開いて、小町にメール相談について説明をする。

一応、相談が一通来ていたが……

 

【PN:剣豪将軍のお悩み相談】

 

相談者ペンネーム剣豪将軍って、もろ材木座なんだが、こいつの相談はいつもろくでもない。

内容はと……

 

【クラス替えで隣になった子が気になって仕方がありません。その子は男の娘なんですがこれは恋でしょうか?】

 

………材木座、戸塚に何懸想してるんだ?戸塚は一応男だぞ!?席が隣だからって舞い上がりやがって!!そんな目で戸塚を見るとか怪しからん!!

 

「雪乃さん結衣さん!これコイバナですよ!!恋ですよこれ!!どうするんですか!?」

この相談内容を聞いて、テンション上がりまくる小町。

まあ、そう見えなくも無いが……違うからね小町ちゃん。

 

「……比企谷君の案件ね」

「……そうだね。ヒッキーお願いね」

まあ、妥当な判断だろうな。面倒だが俺が返答するしかないか。

 

「え?お兄ちゃんに!?どうして!?実はお兄ちゃん恋愛マスターだったの?だから、雪乃さんと結衣さんを!?」

何言っちゃってるの小町ちゃん!そう言うの恥かしいからやめて!?

 

俺は黙々とノートパソコンのキーボードを打つ。

 

【Re:それは恋ではありません。貴方の100%勘違いです。相手に嫌われないためにも、その思いをきれいさっぱり捨て去りましょう。さもないと警察に厄介になることになります】

 

エンターキーを押してメールを返信する。

これでよし。

 

「えーーーー!?お兄ちゃん、なにこれ?酷くない!?」

 

「……小町。これは、男が男に恋をしようとしてるんだ。間違いが起きる前に優しく諭すのも奉仕部の仕事だ」

材木座が男とだれかが男同士で恋しようが別に俺には関係ないからいいのだが、戸塚が被害を受けるのだけは勘弁ならない。

 

「え?そうなの!?お兄ちゃん。あの短い文章でそれが分かるの!?」

 

「まあな、俺ぐらいのベテラン奉仕部員になれば、一瞬で分かる。雪ノ下も由比ヶ浜もそうだ。だから俺に任せたんだ」

 

「ほえ~!雪乃さんも結衣さんもわかってたんですか!?」

 

「…………」

雪ノ下はうんざりした表情で、頭痛がするが如く額に手をやっていた。

 

「あはあはははは、まあ、そうかも」

由比ヶ浜も渇いた笑いをしていた。

 

「んん?」

小町は二人の態度に疑問顔をする。

小町……世の中には知らない方が幸せなこともあるんだ。

 

 

 

そして、部活が終了するまで小町と由比ヶ浜、雪ノ下の3人でトークに花を咲かせる。

その間、由比ヶ浜と雪ノ下はさっき3人並んで座ってる所を撮った写メを小町から送信してもらったりと。……小町ちゃん。恥ずかしいから、ほんとやめてほしいんだけど。

 

部活を終え、4人で校門前まで歩いて帰り、俺と小町は自転車で家まで帰る。

 

小町に奉仕部に入るのかを聞いてみた。

「うーん。あまり忙しく無さそうだから、掛け持ちで入ろうかな。依頼が有ったら行く感じで!」

まあ、小町の性格上そうなるだろうな。暇を持て余すのは性に合わないのだ。

一色の奴。小町に生徒会をかなり押してるらしいし。生徒会との掛け持ちになる可能性が高いだろう。

 

 

俺は小町と一旦家に帰った後、美神令子除霊事務所に向かう。

今日は仕事の日だ。俺に回ってきた依頼は1件ある。

 

美神令子除霊事務所では……

「すみません。ちょっと遅くなりました。今から準備して行ってきます」

 

「あっ、そうね。頼むわね」

美神さんの反応が何故か鈍い。美神さんの性格上、ちょっとでも遅くなったら文句の一つは言うのだけどな。

心ここにあらずという感じで、事務所内をうろうろしてる。

 

「横島師匠。行きましょう」

 

横島師匠も様子がおかしい。美神さんと同じく落ち着きが無い。

まあ、普段から落ち着きが無いんだがな。

しかし、おかしい。ワザとらしくソファーに座って普段読まない新聞を読んでるが、新聞がさかさまだ。

 

「ちょっとパス。八幡、シロとタマモと一緒に行ってくれ」

 

「まあ、良いですけど、何かありました?……そういえばキヌさんが居ないようですけど」

Cランクの依頼なんだよな。結構な難易度だ。まあ、俺一人でも大丈夫だろうが、シロとタマモが居れば心強い。

何時もだったら、キヌさんが美神さんと師匠を落ち着かせるために、温かい飲み物を入れるタイミングなんだが。

 

「おキヌちゃんまだ、帰ってきてないのよ」

「なんか、大学の先輩にサークルに誘われて、遅くなるって電話はあったんだけどな。まさか連れまわされてるとか……」

なるほど、それで二人ともソワソワしてたのか。……って、まだ午後6時だぞ?過保護過ぎない?

そう、キヌさんは小町の入学式と同じ日に、大学に入学したのだ。

そしてこの週末の金曜日。美神さんと横島師匠の言動からすると、キヌさんは大学で先輩からサークルに誘われて遅くなると連絡があったそうだ。大学のサークルとか、入部しなくても歓迎会とか言って、飲み屋とかに連れていかれるイメージがあるが、そんな感じなのか?

まあ、キヌさん美人で可愛らしい人だし、誘われやすいのだろう。でも、キヌさんだったら、サークル活動の説明だけを受けて、歓迎会の飲み会とか普通に断りそうだけどな。

 

「まあ、大丈夫じゃないですか?キヌさんしっかりしてるし」

 

「八幡!甘ーい!!男は野獣なんだ!あの純粋無垢なおキヌちゃんを毒牙にかけようと、虎視眈々と狙っているのだ!!」

何言ってるんだこの師匠は、もしそんな事があってもキヌさんだったら普通に対応できるだろう。キヌさんには何せあの強力無比な言霊があるんだから。さらに、あの聖母のようなオーラだ。手を出したくても出せないだろう。邪な考えなど起こしても、自ら懺悔しだすんじゃなかろうか?

はぁ、美神さんまで、横島師匠の言動に頷いているし。

……しかも、野獣はあんただろ!みんな師匠のような男じゃないんで、そこまで露骨じゃないですよ!

 

「そんなに心配だったら、様子を見に行けばいいじゃないですか」

 

「行ったわよ!おキヌちゃんにバレちゃって。近づけないのよ!」

なるほど、美神さん気になって、入学からずっとつけてたんじゃ?それがバレて、キヌさんに注意されたんだ。

 

「女子更衣室とか!!女子チアリーダー部とか有るのが悪いんじゃ!!」

こっちもか、横島師匠はキヌさんを付けていたところに、女子チアリーダー部の女子更衣室を見つけて覗いて追いかけまわされて、それがキヌさんにバレて注意されたんだ。

 

この二人なにやってるんだか……

過保護にも程がある。モンスターなんたらになるんじゃないのか?変に暴走しなきゃいいが。

そういえば、うちの親父も最初あんな感じだったな。小町にウザがられて、絶望してたな。

 

……もしだ、もしキヌさんに手出しするような輩や悲しませるような輩が現れたら、絶対許さないけどな。美神令子直伝千年殺しの刑確定だ。

 

「じゃあ、俺は仕事に行きますんで」

過保護の二人を放っておいて事務所を後にし、俺は3階のシロとタマモの部屋にノックし、来てほしい事を伝える。

 

 

今日の現場は、某私立大学か……

依頼内容は、夜な夜な幽霊が出て、ポルターガイスト現象を起こすか……

結構な被害が出てるな。人的被害はまだないが、施設の損害はかなり出てる。

 

『大学に入ったらモテると思ったのに!何がウキウキキャンパスライフだ!!何が出会いが貴方を待ってるだ!!こんな学校なくなればいい!!』

どす黒いオーラを纏った悪霊が、確かに校内で暴れまくってるな。確かに単独でCランク相当はありそうだ。

俺達は隠れながら、その悪霊の様子を見ていた。

 

「……なるほど。昨年亡くなったここの大学の生徒が地縛霊となり悪霊化とあるが……死亡理由が………大学構内での25回ナンパに失敗の腹いせに、ゴミ箱等を放火する事件を起こし、自分も炎に巻き込まれて死亡」

なにこれ?自業自得じゃないか?

25回程度のナンパ失敗でこんな事をする?横島師匠なんて多分1万回ぐらいはナンパ失敗してるぞ!?そのうち1回は成功してるけど三十路女教師のストーカーだ。

 

「八幡殿。もうやっつけていいでござるか?」

「八幡と一緒に来るといっつもこんな感じの奴よね」

シロとタマモはゲンナリしてるな。まあ、そうだろうな。

 

「ちょっと待ってくれ。一応霊視するか……んん?」

なにかおかしい。何時もの悪霊とは様子が。その悪霊の核というか幽霊の霊格の割には、霊力が強いし……パワーもある。うーん。他の要因でもあるんじゃないか?

一年程度の地縛霊でしかもこんな理由でここまでの悪霊に育つのもおかしいしな。

悪霊になったとしても、前のデジャブーランドのバレンタイン嫉妬悪霊トリオぐらいの大した悪霊に育たないだろうに。

 

「なんか変じゃないか?あの悪霊」

俺は二人に意見を求める。

 

「そうでござるか?」

「……確かに、雑霊がそれ程居ないのにあの悪霊、今も育ってる感じがするわ」

シロはあまり違和感を感じていないが、タマモは俺と同じような違和感を感じたようだ。

悪霊は周りの雑霊などを吸収して、力を付けて行くことがあるが、そんな感じでもないのだ。

 

俺は霊視範囲を広め、校内を見渡す。

……あれは何だ……悪霊に霊気を送ってる?……異界の門?いやそんな大それたものじゃない。

空間の歪みたいな感じだ。あの中から漏れ出る霊気を吸収してあそこまでの力を付けたのか。

あの霊気も普通じゃない。まるで悪霊のためにあしらったような霊気の質だ。

 

 

「シロ悪霊の方は頼んだ。そのまま滅ぼしても構わない」

「承知!拙者に任せるでござる!」

 

「タマモは俺に付いてきてくれ、どうやら他に原因があるようだ」

「わかったわ」

 

俺はシロとタマモに指示を出し、シロには悪霊自身、俺とタマモは悪霊に霊気を送ってる空間の歪みの方を見に行く。




次回はGS回


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(95)黒い悪魔な二人?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


では続きを……


俺は悪霊退治の依頼で、シロとタマモと某私立大学に来ていたのだが……

 

『あああ!!何が充実したモテモテキャンパスライフだ!?カップル率97.2%の大学だ!!ふざけるな!!ナンパで25回も振られたんだぞ!!俺のガラスのハートが傷つきまくりだ!!こんな学校壊してやるーーーーっ!!』

悪霊は訳が分からない事を吠えながら、校内でポルターガイスト現象を起こし破壊していた。

そう、この悪霊は元はここの生徒の地縛霊の成れの果てだった。ナンパに失敗した腹いせに、校内のごみ箱に放火して自分も巻き込まれて死亡したのだ。自業自得だ。

この悪霊は学校に対して恨みを持っているようだな。学校の売りがカップル率とかモテモテとか、そんなのに騙される方も騙される方だ。……しかし、よくこの大学はそんなキャッチフレーズでこの世知辛い世の中に生き残れたものだな。もしかしてその訳が分からんキャッチフレーズで、大学を決める奴が世の中には大勢いるってことなのか?

怒りを向ける対象は大学のようだが、一応嫉妬系の悪霊の一種なのだろう。

まあ、地縛霊が嫉妬で悪霊になったなんてものは、よくあるパターンだ。

 

だが、この悪霊の様子がどうにもおかしい。

この程度の理由で悪霊になった割には力がかなり強い。Cランク相当はある。

普通ならばこんな感じで地縛霊が悪霊化した場合は、Eランク程度。よくてもDランクに掛かるかかからないか程度だ。相当恨みを持って自殺してようやくこのレベルに達するか達しないかだ。

本来はデジャブーランドに現れたバレンタイン嫉妬悪霊トリオ程度のものだと思ってもらっていい。

それ以外では一般的には雑霊を多量に吸収して強力な悪霊に変化することはあるが、その雑霊もこの大学周囲には少ない。

 

よくよく霊視してみると、この大学の体育館辺りに、空間の歪みみたいな物が発生して、そこから悪霊に霊気が送られているようなのだ。しかもだ。悪霊が好むような陰質の霊気をだ。

何か嫌な予感がする。

 

悪霊本体をシロに任せ、俺とタマモはその空間が歪んでる場所に向かう。

 

 

「八幡。あれ」

「ああ、術式だな。……西洋の魔法陣……召喚魔法陣に似ているが……」

体育館の2階に位置するこの部屋はトレーニングルームだろう。

筋トレやランニングマシンなどが所狭しと置かれている。

 

この部屋の大きな姿見鏡に魔法陣のような術式が浮かび上がり、その鏡の前に空間の歪みが生じ、そこから陰質な霊気が漏れ出ているのだ。

この魔法陣が空間の歪みを生成してる事は見て取れる。明らかに人為的なものだ。

なぜこんな事を…誰が?

 

……召喚魔法陣にも一部似ているが、異なるな……。かなり複雑な術式で出来上がってる。

なるほど鏡を利用してる感じだ。

確か鏡を使った異界の門を開く術式があったな。まあ、実際に使えるのかは疑問だが。

異界の門とは、魔界と呼ばれる悪魔が存在する異世界から、悪魔や魔獣などを直接呼び寄せるための大術式だ。魔界とやらとアクセスして、障害なしに呼び寄せる術式なのだ。しかも多量に呼び寄せる事も可能らしい。

通常の悪魔召喚と違い、契約無しに、悪魔を現世に呼び寄せることが出来る。一見、有用のように見えるが、契約をしていない悪魔はコントロール不能だ。そんな事をすれば、悪魔は好き勝手に暴れる。

悪魔自身が自らの意思で現世に存在するにも幾つもの制約(ギアス)が必要だ。……しかし異界の門は制約すらもせずに呼び寄せられるらしいのだ。

そんなコントロール不能で制約もない悪魔を呼び寄せれば、真っ先に術者は抹殺されるだろう。

そして、現世に多大な影響を与える事になる。

但しだ。鏡による異界の門の生成は、まあ下等な魔界生物や低レベル悪魔が限度だろうな。

過去には、極大魔獣を呼び寄せたなんて、伝承があるが真偽は定かではない。

 

目の前に展開してる物は異界の門ではなく、唯の空間の歪だ。悪魔だけでなく、インプなどの小悪魔や魔界生物も呼び寄せる事はできない。ただ……この陰質な霊気だけが漏れ出ている。

 

魔法陣をかき消す事は、困難そうだ。俺は先ほどから、霊視で魔法陣の作りを調査しているが、魔法陣は鏡の裏に直接刻印されてる上に、トラップが仕掛けられてる。

……俺は、去年のクリスマスイブの事件を思い出す。あれは触れたものの霊気を使って起動させる魔獣を召喚する魔法陣群だった。あれと同質の臭いがする。

 

「魔法陣が消せればいいんだが、周りに別の術式が刻まれてる。巧妙に隠されたトラップだ。魔法陣が起動し続けている状態では、無理矢理凍結させることもできないし……横島師匠か美神さんに来てもらった方がいいようだな」

かなり面倒な事になってるぞ。術式が入り組んでるしな。鏡を破壊すれば止まるかもしれんが、空間の歪を生成していると言う事は、この魔法陣で空間制御をしてるという事だ。変に破壊すると暴走してとんでもない事になる可能性もある。下手するとこの辺一帯の空間毎吹っ飛ぶなんてこともあり得る。

乱暴な方法だと、離れた場所からこの鏡を破壊して、空間毎吹っ飛ばすってこともできるが……そんな事をすれば、間違いなくこのトレーニングルームやこの校舎棟は目茶苦茶になって、依頼料から高額な賠償金がかなり引かれるだろう。

 

「この魔法陣を消せばいいの?」

タマモは軽い感じで聞いてくる。

 

「ああ、そうだ。トラップの術式は解除できるかもしれないが、俺では空間の歪みを生成してる魔法陣を止めることが厳しい。変に触ると暴走するかもしれないしな」

やはり、横島師匠か、美神さんを呼んだ方がいいな。それとも、悪霊だけ倒して、この件は後で調査してもらうかだな。

 

「ふーん。じゃあ、はい」

タマモはそう言って、指先に灯した青い炎を揺らめかし……魔法陣が浮かび上がった鏡に向かって放つ。

 

「お、おい!?」

 

すると魔法陣にタマモの青い炎が灯り、燃えるように魔法陣が消えていく。

それと同時に魔法陣によって生成されていた空間の歪みも消えた。

 

「あれ?……タマモさん?何をおやりになったんでしょうか?」

 

「なんか面倒臭そうだから、魔法陣だけを燃やしたのよ」

 

「………そ、そうなんですか」

……まじですか。何それ、魔法陣を燃やすって何?そんなの聞いたことが無いんだけど。

流石は元大妖怪九尾の狐、玉藻前。俺の常識が通じない。

 

「八幡、終わりでいいわよね。私、早く帰って本の続きを読みたいのよね」

 

「あ、ああ。シロの方もどうやら終わったようだしな。とりあえずシロの所に行くか」

うーん。タマモの奴。またパワーアップしてるな。いや、元に戻って行くと言った方が良いか、どんどんありし頃の玉藻前に戻って行ってるようだ。

 

シロにしては珍しく悪霊を倒すのにちょっと手こずったようだ。設備破損が200万位出てたか。まあ、それで収まったのなら十分すぎるんだけどな。

シロも無傷だし。依頼料から差し引いてもまったく黒字だし、美神さんに何か言われるレベルではなかった。

 

空間の歪みがあったトレーニングルームを出入り禁止処置をし、美神さんに連絡する。

明日改めて、現場検証するとの事だ。

俺の予想では、オカルトGメンも来るだろう。

……今回の悪霊にあの空間の歪み。空間の歪みは明らかに何者かが、仕掛けたものだ。複雑な魔法陣群……そして、人を嘲哂うように施されたトラップ魔法陣。少なくとも高度な魔法知識が無くて位はあれは構築できない。空間の歪み自体は大したことはないが、もしあれが異界の門であったならばとんでもない事になっていた。状態にもよるが、低級な悪魔や魔界生物がわんさか押し寄せていただろう。

俺はどうしても思い起こしてしまう。去年から多発してる愉快犯的な人為霊災を……やり口がどうも似た感じがする。

あの犯人は未だ捕まってないどころか、しっぽも掴めていないらしい。

 

俺は現場に必要な処置を施した後、事務所に戻った。

 

 

 

 

 

「ただいま、戻りました」

「戻ったでござるよ!」

俺とシロは四階の事務所に、タマモは直ぐに自室に戻っていた。

 

「……なんだ、比企谷君とシロか」

美神さんはまだ事務所を落ち着きなくうろうろと歩いていた。

 

「八幡、シロお疲れだ。結構大変だったみたいだな」

横島師匠は俺とシロを労ってくれるが、やっぱりどこか変だ。

新聞紙をスナック菓子を食べるかのように、むしゃむしゃと食べていた。

 

「先生!新聞紙は食べるものではござらんですよ!それよりも!ごはんがまだでござるか!?」

シロは横島師匠にまとわりつく。

 

「依頼自体はそうでもなかったんですが……電話で美神さんに話した通り、例の霊災の犯人と手口が似ていたんで………って、もしかしてキヌさんまだ帰って来て無いんですか?」

俺は、先ほどの事件について話そうと思ったのだが、二人の落ち着かない様子に、キヌさんが居ないのに気が付く。

 

「そ、そうなのよ!電話にも出ないし、あの子どこで何をやってるのか……」

「そ、そうなんだーーー!!おキヌちゃんに何かあったんじゃ!!?」

美神さんも横島師匠も心配そうだ。

22時を回ったところだ。流石に心配になって来る時間帯だ。

 

 

ん?この霊気はキヌさんか……俺はキヌさんが事務所に帰って来る気配を感じホッとする。

 

しばらくして、キヌさんが事務所に顔を出すのだが……

「ごめんなさい、遅くなって……その、ちょっと」

申し訳なさそうに、頭を下げる。

 

「キヌさん。こんばんは」

俺は普通に挨拶をするが……

 

「おキヌちゃん、無事でよかった!」

「何よあんた。ちょっと遅くなった程度で心配して……」

「えーー!?美神さんも滅茶心配してたじゃないっすか!!」

「そ、そんな!心配して何かないわよ!わたしは!!」

横島師匠と美神さんはこんな感じで、ホッとした空気感を出していた。

美神さんは相変わらずのツンデレだ。

 

「おキヌ殿!お腹がすいたでござる!!」

シロは空気を読まずにキヌさんに駆け寄る。

 

「ごめんね。シロちゃん。直ぐにごはんの用意するから……」

そう言ってキヌさんは、目のあたりを両手で抑えながら事務所を飛び出し、自室のある三階へと行く足音が響く。何か様子がおかしい。笑顔は笑顔だったけど……疲れ果ててるような?

 

その後をごはん目当てのシロが嬉しそうについて行ったのだが……

 

キヌさんが去った場所の床には……雫が二つ。

……あれ?キヌさん……さっきの部屋を出て行き側に確かに、目から涙を……どういう事だ?

 

俺がそう感じた瞬間。

この部屋全体に霊気の渦が起こり、爆発的に霊圧が上がった。

コオオオオオオオオオオオッ!!

 

俺は振り返ると

吹き荒れる嵐のようなどす黒い霊気の渦が起こり……

中心には

「……横島……わかってるわね」

「……当たり前ですよ美神さん」

今迄聞いたことが無いような、ドスの聞いた低い声の二人の声が聞こえてくる。

 

俺はその凄まじい霊圧と霊気の嵐に晒され、立っていられるのがやっとだった。

 

「おキヌちゃんを泣かせたのはどいつだーーーー!?純粋無垢なおキヌちゃんに、きっと野獣の皮を被ったチャラ男共が新入部員歓迎会だとか偽り、酒を飲まし、そして眠った所をホテルに連れ込み!!あんな事や!!こんな事をーーーーーーーっ!!許さ――――――ん!!東京湾に沈めてやるーーー!!」

 

「殺すだけでは足りないわ。ありとあらゆる苦痛を与え続け!精神を浸食し!懺悔と後悔の念を一秒たりとも忘れさせず!生まれて来た事を後悔させてやるわーーーーーっ!!」

 

二人の目は異様な光を帯び、全身どす黒い霊気の渦が二人を包み込み、地獄の底から吐き出したようなおどろおどろしい声が響気渡る。

今の二人の姿はまるで絵画等に描かれた魔神のようだ。

 

「ちょ、落ち着いてください二人とも!!」

ちょ、あの涙は多分二人が考えているようなものじゃ……

俺は慌てて、2人を止めようとするが……

 

「シニサラセ――――――!!」

「イキジゴクヲアジアワセテヤル!!」

 

もはや人間の言葉を発していなかった。

 

その怒りの権化と化した何かは……凄まじい勢いで四階の事務所の窓を突き破って行ってしまった。

 

…………………

………………

……………

 

「………………っ!!不味い!!怒りで完全に我を忘れてるぅぅ!!下手すると死人どころか!!街が一個吹き飛ぶぞ!!」

呆けてる場合じゃない!!やばいやばいやばい!!キヌさんの涙を見てキレた!!しかしあの涙は!?たぶん……

 

 

俺は慌ててキヌさんの部屋に行く。

「比企谷君。凄い霊圧が四階から、何があったんですか?」

キヌさんが丁度着替えて、部屋から出てきていた。

 

「いえ、それよりも、キヌさんさっき涙を……」

 

「え?目にゴミが入ってしまって、なかなか取れなくて、それで慌てて部屋に戻って洗ってたんです」

やっぱりか。キヌさんからは悲しみとか嘆きのような霊気は感じなかった。少々疲れは見えていたが……

 

「……その、今日、大学のサークルの歓迎会に行ったのでは?」

 

「説明を受けただけで、直ぐに出ました。新入生歓迎会に誘われたのですが、丁重にお断りしました」

 

「じゃあ、この時間まで何を?」

 

「帰る途中に大きな荷物を持ったおばあさんが困ってたので、荷物を持ってお家まで送ったんです。それで遅くなって」

そうか、それで疲れを……

 

「携帯に出なかったのは?」

 

「その、うっかり大学のロッカーに忘れてしまいまして、取に戻ったんですが、学校は既に閉まってまして、それで余計に遅くなって……そのごめんなさい。皆に心配かけて」

 

……という事は、キヌさんは酷い目にあった分でも何でもなくて……目にゴミが入っての涙と、人助けと、うっかりで遅くなったと言う事だよな。

 

「………キヌさんは、ごはん作って待っててください。美神さんと横島師匠がちょっと勘違いで出て行ってしまったんで、呼び戻してきますから」

 

「え?何かあったんですか?さっきの霊圧も凄かったですよ。美神さんと横島さんのですよね」

 

「いえいえいえ、何も無いです。ちょっとした手違いです。キヌさんは何も心配しなくて大丈夫です」

 

「そうですか?」

 

「因みにです。そのサークルの歓迎会ってどこでやる予定だったか聞いてますか?」

 

「確か、大学近くの魚が美味しい居酒屋さんとか、あとカラオケボックスとか言ってましたね」

 

「そうですか……では、ちょっと行ってきますね」

俺はそう言って、ゆっくり、キヌさんから離れ、階段に差し掛かると、慌てて降りて行き、事務所のチャリに乗る。

 

やばいやばいやばい!!完全に勘違いだーーーー!!ちょっとした手違いで人が死んじゃうし!!下手をすると街が吹っ飛ぶ!!

 

やっぱ美神さんも横島師匠も電話に出ない!!

スマホでサークルの歓迎会場所を検索しながら、身体能力強化で全力でチャリを漕ぎ、美神さんと横島師匠を追う。

 

 

魚が美味しい居酒屋には居なかった!!

カラオケボックスか!?大学周りには3軒……なんだ?

 

凄まじい霊圧を感じる!?間違いない美神さんと横島師匠だ!!

俺はすさまじい霊圧を感じる場所へと駆けつける。

 

雑居ビルに入ってるカラオケ店か!

 

俺は屋上から侵入し、霊圧の中心となってる部屋に駆け込む。

 

そこで見たものは……

 

 

 

 

「オ前ワ……、オキヌチャンヲ、邪ナ目デ見タナ!!」

「死罪!!死シテ償イナサイ!!」

 

「次ノオ前ハ……、オキヌチャンヲ上カラ見下ロシテ、胸ノ谷間ヲ覗キ込モウトシタナ!?」

「死刑!!刑ハ死アルノミ!!」

 

「次ノ天パノオ前ハ……、オキヌチャンノ手ヲ握ッタダト!!アンナコトヤコンナコトノ邪ナ妄想ヲ!?」

「討チ首獄門!!ソッ首撥ネテ晒シテヤルワ!!」

 

「次ノオ前……、何ーーー!?アワヨクバオきぬチャンヲホテルニーーー!?貴様ーーー!!」

「即極刑!!窯ユデノ刑!!」

 

10人程の男どもが天井からロープで逆さまに吊り下げられ、黒い霊気を纏い目を怪しく光らせた横島師匠に文珠で頭の中を覗かれ、キヌさんとの接点を次々と暴露し、同じく黒い霊気を纏い目を怪しく光らせた美神さんに罪を言い渡されていった。

なぜ片言?

 

そして、その様子を目の当たりにし端っこで震える女子大生6人

 

なにこれ?………何処のイカレタ国の裁判?

 

 

ま、まずい。このままだと色々とまずい!

GSが罪もない一般人に手を出すとか!!

しかも、超有名人だぞ!美神さんは!!幸いにも、今の美神さんの姿は悪魔にしか見えないから、その辺は大丈夫だと思うが!!

目撃者(女子大生6人)も居る!?

 

「貴様ーーー!!コイツラの仲間カーーーー!?」

「アンタモ蝋人形シテヤロウカ!?」

2人は俺の事に気が付いたようだが、怒りで俺の事が認識できていない?

 

 

考えろ八幡!!この2年間で培った経験を生かす時だ!!

ゴーストスイーパーとして!!美神令子除霊事務所の一員として!!横島忠夫の弟子として!!

 

アレをやるしかないか……

 

 

「あっ!!屋上で裸のおねーちゃんが!!!!」

俺はその場で思いっきり叫ぶ!!

 

すると……

「なにーーーーーー!!どこだーーーーーーー、おねぇーーーちゃーーーーーーん!!」

横島師匠はいきなり、いつものにやけ顔に戻り、びよーんとジャンプし、ものすごいスピードで屋上へと駆けて行った!

 

よし!!

次だ!!

 

「この!!偽乳がたれてるぞおばはん!!!!」

俺は悪魔の様相の美神さんにそう叫んで、全速力で屋上へと逃げる!!

 

「なーーーーーーーんですってーーーーーーーー!!この小僧っーーーーーーーー!!!!誰が偽乳で垂れてるとかーーーーー!!誰がおばさんだーーーーーーー!!」

般若のような物凄い形相の美神さんが俺を追って来る。

でも、いつもの感じの美神さんだ!!

 

よし!!

食いついた!!

俺は全身に冷や汗を吹き出しながら、必死に階段を駆け上る!!

 

 

まずは、二人を現場から離す必要があった。そうしないと何も始まらない。

この二人なら、こう言えば、必ずこうなると踏んでいた。

まあ、命がけだが……

 

 

俺は屋上への会談を登り切ったところで、屋上の鉄扉もろとも、後ろから屋上の外へと思いっきりぶっ飛ばされ、屋上壁に激突する。

「がはっ!?」

 

「何が垂れ乳の偽乳よ!!誰がおばさんですって!!!悪質なデマをーーーーー私はまだ23よ!!!!」

そして、吹き飛ばされてもんどりうってる俺の胸倉を掴みあげ、思いっきり揺する美神さん!!

 

「や、やめ、く、苦しい。お、落ち着いてください……」

 

「あれ?なんであんたが?ここはどこよ?」

美神さんは俺の胸倉を掴んだまま、周囲を見渡す。

どうやら正気に戻ってくれたようだ。

 

さらに……

「はちま―――――ん!!裸のねーーーちゃんなんて、どこにも居ないじゃねーーーーか!!嘘ついたなーーーーー!!」

美神さんに胸倉を掴まれたままの俺に涙をちょちょ切らせながら迫って来る横島師匠。

 

「し、師匠も落ち着いてください……」

 

「アレ?俺なんでこんなところに?八幡、美神さんに何やらかした?」

横島師匠も正気に戻ったようだ。

俺の様子に疑問顔をしていた。

 

 

俺は2人にキヌさんには何もなかった事と、ここに至るまでの話をする。

さらに事務所に電話にして、キヌさんに電話に出て貰う。

『美神さん、横島さん。ご飯が出来ましたよ。早く戻ってきてくださいね』

 

その明るい感じのキヌさんの声に、2人はホッとする。

 

「で、美神さんと師匠、どうします?……なんかパトカー来てますけど」

パトカーのサイレンがこの雑居ビルに近づいてくるのを聞きながら、二人に問う。

 

「あれは私と横島君じゃないわ。どこぞの嫉妬に狂った悪霊がやらかした事よ。いい、わかった!?そういう事よ!!」

美神さんが俺にそう言い含める。

……やっぱりか、全力で握りつぶすつもりだな。まあ、いつもの事なんだけど。

 

「そ、そう。それをたまたま通りかかった八幡が退治した。そ、それでいきましょう美神さん!」

横島師匠もそれに乗っかる。

 

「知らないわよ。私じゃないし。まあ、あんたが倒した事にしておいて」

美神さんはとぼけながらも、師匠の意見に同意する。

 

……まあ、今回は、キヌさんの事を大切に思ってる二人に免じて、そういう事にするか。

しかし、あのまま行ったら、あのチャラ男大学生達はどうなったんだろうか?

 

ふう、しかしながら、キヌさんの事になるとこの二人、完全にたがが外れるな。

俺達3人はこそッとここから離れ、事務所に戻った。

 

 

翌日、案の定俺は、昨日のカラオケ店での一件で、オカルトGメンというか美智恵さんに事情聴取される。

一応、ニセの報告書はGS協会とオカGに上げておいたんだけどな。Eクラスの悪霊を退治したって……

美智恵さんは疑惑の目を向けながらも、俺の報告書通りに処理をしてくれるようだ。

 

そして一言。

「君には苦労を掛けさせるわね」

……多分。何となくわかってるんだろうな。

 

 

この後、俺は昨日の某私立大学での悪霊退治の一件を報告するのだが……

美智恵さんの顔つきが一変した。

 

 

 




また、出てきました。一連の霊災の犯人らしき奴の痕跡が……


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(96)オカG東アジア統括本部に行く。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

最近早かった投稿ペースを元に戻します。
というか、妄想詳細ストックが切れました><
ある程度の流れは決まってるんですが、詳細が……


俺は美智恵さんに呼ばれ、オカルトGメン東アジア統括本部に来ている。

正確にはオカルトGメン東アジア統括管理官、美神美智恵さんの執務室。

なんかアレだ。テレビとかで見かける警視総監の部屋とかよりもずっと広いし、絨毯敷きだし、シンプルなつくりだが豪華だ。執務室の前には秘書室みたいなのもある。きっと一流企業の社長室ってこんな感じなのだろう。でも「こんな豪華なもの作るよりも、他に予算を回してほしいわ」なんて本人は言ってた。美智恵さんらしい。どうやら日本政府が気を使ってこの内装に仕上げたらしい。どんだけ影響力有るんだこの人。

そこの応接セットに今座って正式なオカルトGメン統括官としての制服を着用している美智恵さんの前に、いつもより緊張していた。

高々高校生の俺が踏み入れていい場所なんだろうか?かなり場違いなんだが。

 

東アジア統括本部は、公官庁等が隣接してるGS協会本部の近くのビル内に事務所を構えている。

発足当初は、日本支部と同じ事務所内に東アジア統括本部の機能を置いていたらしいのだが、オカルトGメンの組織が拡大し、東アジア統括本部の事務所機能の拡張と、公官庁やGS協会との結びつきをより強固にするためにそちらに引っ越したのだそうだ。

因みに日本支部は美神令子除霊事務所の目と鼻の先に在る。

東アジア統括本部には実務部隊が存在せず、何かあれば日本支部から人員を割く事になっている。

まあ、東アジア統括本部と日本支部はそんなに距離は離れていないし、一緒にすればいいのだが一応独立した組織として、体裁を整えるためだけだろう。

現在日本支部の所長(部長)は西条さんが勤め、東アジア統括本部の実務部隊の本部長も兼ねている。

東アジア統括本部長と言っても実務部隊は日本支部に依存しているため、役割はほぼ一緒だとか。そうは言っても本来は別の人間がすべきなのだろうが、西条さんが非常に優秀なのと、代わりを出来るだけの人間が居ないのだろう。ここでもどうやら人手不足が深刻化してそうだ。

 

それはさて置き、美智恵さんに呼ばれた主旨は、やはり昨日の件だ。

美神さんと横島師匠がキヌさんが大学のサークルの新人歓迎会で酷い目にあったと勘違いして暴走し、新人歓迎会の二次会が行われていたカラオケボックスに乗り込んで、男性陣を文字通り全員吊るし上げるという事件を起こしていた。

幸い目撃者の女性参加者と被害に遭った男性陣は、美神さんと横島師匠の事を、悪魔か悪霊だと勘違いしていたため、その勘違いをそのまま利用し悪霊が起こした事件という事にしたのだ。

それで、二人の暴走を止めに行った俺が、その悪霊を除霊して解決したことになっている。

被害者が出ているため、もろ警察とオカルトGメンの管轄下となり、悪霊を除霊したことになっている俺が簡単な事情聴取を受けることになったのだ。まあ、本来なら現場検証と報告書を提出すれば、事情聴取を受けることは無いのだが。今回、俺自身残って現場検証は行わず、偽の報告書の提出だけを行ったからな、……訝し気に思われても致し方が無い。

しかしだ。事情聴取は日本支部の西条さんかその部下の人が行うのがセオリーのハズだが、その上の組織の長である東アジア統括管理官の美智恵さんに呼ばれたのだ。

多分、美智恵さんに今回の真相がなんとなくバレているのだろう。それでわざわざ美智恵さんが担当してくれたのだ。美智恵さんは呆れた顔をしながらも、「君には苦労をかけるわね」と労いの言葉を掛けてくれ、俺の作成した偽の報告書通り処理をしてくれるという事となった。

 

とまあ、ここまでは良い。……良くは無いが。

 

同じく昨日、美神令子除霊事務所が請け負った仕事である某私立大学の悪霊退治を行った際、異界の歪みを生成する魔法陣と出くわした事を、美智恵さんに話をしたら……呆れ顔から顔が一変し、真剣そのものの顔に……

 

美神さんにもこの件を美智恵さんに伝えるように言い含められていたが……どうやら何らかの事件に関わっているようだ。

俺が似てると感じた霊災を遊び感覚で起こしてるあの愉快犯のような奴の事だろうか。

 

「比企谷君。詳しく説明してくれないかしら」

美智恵さんはそう言いつつ、秘書官のような人を部屋に呼び、現場検証に誰かを行かせるよう指示をだしていた。

 

俺は昨日の某私立大学の悪霊退治の一件を改めて一から詳細を説明する。

特に美智恵さんは鏡を使った魔法陣について、質問を繰り返す。

魔法陣自体はタマモが消し炭にしてしまったため、もう残っていない。現場検証を行ってもどんな魔法陣なのかは判明しないだろう。

俺が覚えている限りで説明をする。

 

「ふぅ、君に今からでもオカルトGメンに入ってほしいぐらいよ。そんな異界の歪みなんて話は本来眉唾ものだけど、君の話から十中八九そうだと判断できるわ。よく異界の歪みだとわかったわね」

 

「魔法陣関連と異界の門について、最近読んだ文献が功を奏しました。それと、小竜姫様の所で、修行で異界にはよく放り込まれたので、異界の扉を潜るときの感じとか、その異界の空気感とかが感じがよく似ていたんです」

 

妙神山の修行で、横島師匠に異界の修行場に毎日放り込まれたからな、光と音が無い世界とか、霊気が吸われ続ける底なし沼とか……、唐巣神父の所で、魔法陣の遍歴についての本を読ませていただいたのが功を奏した。特に禁忌と呼ばれる魔法陣が多数存在することも……そのうちの一つが異界の門を開く魔法陣だ。術式については勿論記されていないが、実際にそう言うものがあったと書かれていた。

衝撃的だったのが、大悪魔の軍団を呼び寄せるために、街一個分の生贄を使って魔界との異界の門を開いたなんて、眉唾ものの物があった。それは唯の物語だと思いたい。

結構信憑性が高いのは、下級悪魔や魔界生物を多量に呼び寄せるための異界の門だ。

召喚魔法陣でも十分可能だろうが、基本召喚魔法陣は一体ずつしか呼び出せない。

しかも、それ相応の契約や供物も必要だ。

高度な召喚魔法陣は時間はかかるが、発動中、次から次へと、一体一体時間をかけて徐々に呼び出すことはできるが、一気にとは行かない。まあ、俺がクリスマスに出会ったガルムの召喚魔法陣がそれだ。

俺の認識だと、異界の門と召喚魔法陣との優位性は、契約や供物無しに異界の門は多量に一気にそれらを呼び寄せられるが、呼び寄せられる悪魔や魔獣などのレベルが低い。逆に召喚魔法陣は契約や供物が必要だが、下手をすると魔族まで呼び出すことが出来る。但し、物量的には圧倒的に少ない。

召喚魔法陣は使い用によっては、物量を補う事も出来る。そうやって呼び出した悪魔や魔獣を封印して、多量にストックする事だ。但し、それには条件がある。高レベルな悪魔や魔獣を封印出来る程、術者の技量が必要だという事だ。これは召喚魔法陣で悪魔や魔獣を呼び出すよりも、封印する方が困難なのだ。

 

まあ、今回は異界の門のなんちゃってな感じで、異界の歪みを起こす程度の物だったが……気になるのは悪霊が成長する霊気……いや瘴気というのだろうか、そう言う場所に意図的に繋げたという事だ。どこに繋がっているかはわからないが、悪霊が育つとか、ろくでもない所だろう。

 

「優れた霊視能力もさるところながら、状況判断も的確、おごらずに勤勉、小竜姫様にそんな修行まで許可してもらえるほどの将来性。ねえ比企谷君、本気でオカルトGメンに入る事を考えてくれないかしら。令子の事は何とでもなるわ」

 

「いや、その……流石に返事は出来かねます」

……多分、何とでもならないと思います。

昨日の美神さんの暴走を見るに、俺が事務所辞めてオカルトGメンに入りますって言った日には、俺はどうなっちゃうんだろうか?まじで死んじゃうんじゃないか?いや、死よりも恐ろしい目に遭うのが確実ではないだろうか……なんか急に胃が痛くなってきた。

 

「私は本気よ、真剣に考えて頂戴。……話は戻すわね。異界の歪みは意図的に鏡を利用した魔法陣で生み出され、しかもご丁寧にその魔法陣に手を出すと、トラップ魔法陣が起動するようになっていたのね。……そして、異界の歪からは悪霊が育つ瘴気(霊気)が漏れ出していた。ふう、最近の悪霊の狂暴化してる事件が見られるようになったのは君が見つけた異界の歪みの魔法陣が関わってる可能性が大だわ。悪霊が現れた場所と異界の歪みは近接せずに距離がそこそこあるものだから、担当したゴーストスイーパーも現場検証した術者も気が付かなかったのね。悪霊の狂暴化した事例については一から現場検証をやり直し……また人手が足りないわ。令子に言って君を借りようかしら」

 

「はあ、正式な契約なら大丈夫かと」

いくらかは知らないが、それ相応の契約金は必要だと……

 

「それにしても、誰が、何のためにこんな事をしでかしたのかが、意図が全くわからないわね。君が言ったように、昨年から続く、いろんな角度から愉快犯的な霊災を起こしてる犯人と同じ臭いがするわ。……ただ、今回の事で分かったことがあるわ。犯人は一人じゃない」

 

「どういう事でしょうか」

 

「言い方を訂正しましょう。愉快犯的な霊災を起こしてる犯人が複数いる可能性が高いと言う事ね。

召喚術はそれだけで、術者は一生を捧げるようなものよ。しかもその召喚術者は、悪魔を呼び寄せる専門だったり、魔獣を呼び寄せる専門だったりするのが一般的。なんでも呼び寄せることが出来る召喚術者なんてものは、それこそ歴史に名を残す程の大魔導士や大魔法使い。ほぼ皆無」

 

確かにそうだ。美神さんのようにほぼ全域にわたって出来る霊能者は皆無だ。その美神さんだって、呪いについてはエミさんにはかなわないし、エクソシスト系については唐巣神父にかなわない。キヌさんの精神感応系やましてやヒーリングにはかなわない。横島師匠のように霊気を自由自在に集束させることも苦手だ。

本来霊能者は何かに特化した人間が多い。エミさんの呪い専門。六道家の式神。唐巣神父のエクソシスト系、土御門家はオールマイティな陰陽師の家系だが本来結界封印術だ。

 

一連の愉快犯的な霊災は俺が関わっただけで、昨年11月のネットを使った呪い。同じく11月のデジャブーランドの嫉妬妖怪召喚。12月のクリスマスの同時霊災、あれはGSを狙ったものだが、魔獣を呼び出す召喚魔法。今年に入って2月のチョコを使った呪い。それで今回の魔法陣による異界の歪み。大雑把に考えても2系統はある。ネットとチョコは呪い系。それ以外は召喚術、しかも西洋の魔法陣だ。

俺が関わっていない事でも、これ以外にあるかもしれない。

俺が知ってる事件だけで少なくとも二人以上……、同じ犯行グループなのか、まったく別なのか……

さすがに10月の京都のあれは別だろう。茨木童子なんてものが関わっているんだ。一応解決はしたが、茨木童子をそそのかした奴がいるようだ。そいつについてはわからずじまい。いや、横島師匠は何か知ってそうだが……

 

 

「比企谷君、ちょっと待ってて貰っていいかしら」

 

「はい」

 

美智恵さんはその場でスマホを取り出し電話をする。

「もしもし令子。ちょっと比企谷君を今日と明日借りるわね」

 

『正式な依頼で報酬をくれなきゃ嫌よ!!』

電話越しに美神さんの大きな声がここにも聞こえてくる。

 

「ほぅ、令子……昨日の悪霊がカラオケボックスで大学生を吊るし上げた事件あったわよね。比企谷君が解決したと報告が上がってる分よ。現地の警察官が被害男性と目撃者の女性から事情聴取をしたのだけと、一人は髪の長い般若のような女の悪霊と、その奴隷のような男の悪霊とあったのだけど、何か知らないかしら?」

 

『ギクッ!……私は知らないわよ。あっ、そうだ。比企谷君は今日と明日休みだった』

ギクッて言っちゃってるし美神さん。しかもそんなわけないでしょ。今日と明日は出勤日なんですが。なにさらっと言っちゃってるんだ?給料ちょい消しにするつもりだな。全くセコい。

 

「いいわ令子……彼はフリーなのね。オカGで正式に彼個人に外部協力者契約を結ぶわ」

 

『ダメよ!!いいわよ。わかったわよ!!ちゃんと事務所の仕事中にするわよ!!それでいいんでしょ!!』

悔しそうに涙をちょちょ切らしてる美神さんを電話越しでも容易に想像できる。

 

「それ以降の話は正式に契約を結んであげるわ。但し、契約金には期待してるわ」

 

『ママの意地悪!!あああ!!もう好きにしてーーーーっ!!』

ブツっと美神さんの電話の切れる音がする。

うーん。このまま帰ったら、八つ当たりされそうだ。

 

どうやら、交渉は美智恵さんの思う通りに行ったようだ。

まあ、最初っからアドバンテージは美智恵さんにあったしな。今回の美神さんと横島師匠のやらかしを黙認してくれたんだから。

 

「比企谷君。そういう事だから、しばらくはよろしく頼むわね」

ニコっとした笑顔を向ける美智恵さん。

 

「はぁ」

この親子。根本は本当に似た者同士だ。

ちょっとまてよ。今のって今日と明日だけじゃないのか?それ以降はって……今日明日以降の件は事務所とオカGで正式に契約を結ぶからいいんだが。しばらくこの事件についてオカGを手伝うということになるのだろうか。

 

俺は美智恵さんに、今からオカルトGメン日本支部に行くように言われた。

西条さんと一緒にとある場所にいって、今回の事件の鍵である異界の歪みの魔法陣について、聞いてきてほしいとの事だ。

 

その場所とは『レストラン魔鈴』




あの人参上です。ちなみに西条さんは話の中ではよく出てきましたが、何気に次回正式に出てくるのが初めてです。


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(97)現代に生きる魔女

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


では続きをどうぞ。


昨日の某私立大学での悪霊退治で、異界の歪みを生成する魔法陣を見つけた事を、オカルトGメン東アジア統括管理官の美神美智恵さんに話したら、何故かオカGに借り出され、その件の調査をオカG日本支部の部長の西条さんと一緒にすることに……。

 

美智恵さんから指示で、まずは西条さんと『レストラン魔鈴』に行く事になった。

オカルト事案で、しかも異界の歪みみたいな特殊なケースの調査に、何故レストランに行くかって?

別に西条さんと打ち合わせをするためじゃない。そんなんで美智恵さんがわざわざ指定してこない。

効率重視の美智恵さんだったら、むしろ現場に行かされるだろう。

 

『レストラン魔鈴』は俺も西条さんに数度、連れて行ってもらった事がある。

こじんまりした店構えだが、中世ヨーロッパの民家をイメージしたようなオシャレな雰囲気のレストラン。

そこで出される料理は美味しいのは勿論、ハーブなどの薬草をふんだんに使い、滋養健康促進、美容、ダイエットにも効果あると、女性が足繁く通う超人気店。予約で一杯でなかなか入る事も難しいらしい。

 

ここまでだったら、どこかにありそうな巷で流行りの健康志向派のオシャレなレストランだ。

あの美智恵さんがわざわざこんな所に行くようになんてことは言わないだろう。

 

このレストランには裏の顔がある。

ここはただのレストランではない、魔女が経営するレストランなのだ。

オーナー兼料理長の魔鈴めぐみさんは現代に生きる魔女と言われてる人だ。

魔女と言ってもあれだぞ。

一般的なイメージの紫のローブとつばの長い帽子をかぶった陰険そうなバーさんじゃないぞ。

若くて美人だ。温厚そうな顔立ちの優し気なの美人。服装も魔女っぽさを損なわない程度にオシャレな服装を纏っているし、陰険さとは対極だな。まさしく現代に生きる魔女という感じだ。

まあ、若いと言っても西条さんのイギリス留学時代の後輩らしいから……年は平塚先生と同じぐらいかちょい下ぐらいか……それは置いておこう。

 

魔女と名乗って言ても、魔鈴さん自身魔女の家系でも、魔女の弟子でもないらしい。

そもそも、現代には魔女は存在しない。いや、世界のどこかで身を隠し、ひっそりと生き残っているかもしれないが……魔女は根絶したとされている。

中世から近代にかけ、西洋では、魔女は弾圧され徹底的に排除された歴史がある。いわゆる魔女狩りだ。

その頃に、魔女はすべて謂われも無い罪で処刑されたとされている。

その時に一般に世に広められた魔女のイメージがあの陰険そうな悪そうなバーさんの姿だ。

悪いイメージでしかない。まあ、排除したい側のイメージ戦略の一環だろう。魔女は悪い奴だから弾圧して、排除していいという意識を刷り込むために……

 

そもそも魔女とは何か、西洋における魔女とは……

魔女という呼び方自体悪いイメージが付きまとう。

本来魔女:ウイッチとは自然信仰、シャーマニズムを体現する人々を差したものだった。日本では魔女と翻訳されるが、男女ともにウイッチと言われる。

日本で言うと、巫女や祈祷師などがそれにあたる。

ウイッチは一般的に自然科学に優れ、特にハーブなどを使った薬学の造詣が深い。自然と共に生きると言う事で、しばしば深い森の中で集落を形成していた。まあ、街や村に住んでいた人も多かったらしいが、そう言う人たちは、町や村の薬剤師や医者などの役割を果たしていたとか……また豊穣儀礼や雨乞い祈祷なども、庶民にとって欠かせない存在であったらしい。

その中でも優れたウイッチは魔法を使い。人々のためにその力を振るう。

ウイッチが使う魔法は、生活魔法が主であり、有名なのは、箒で飛ぶあれだ。大きな壺で魔法を使い薬を生成したり、動物と会話ができ、時にはカラスやネコなどの動物を使役する。

 

そんな魔女達が時の権力者達は邪魔だった。

支配したい側からすると、下々からは慕われ、敬わられる存在であり、さらに魔法や薬学など自分たちには無い高度な技術を持ち、自分たちが信仰する神を信じず、自然信仰なる得体の知れない宗教観を持っていたからだ。

そして、遂に弾圧が始まり、根絶するに至ったという歴史がある。

 

魔鈴さんは、文献や研究の末、魔女が使っていたとされる魔術や薬学を復活させる事に成功させたのだ。そして年若くして現代の魔女とまで呼ばれるようになった。

 

因みにだ。このレストランには裏メニューがある。

魔法を使った料理だ。ハーブや薬草を使った料理にさらに絶大な効果をもたらす料理だ。

元々このレストラン。魔法を使った数々の効能がある料理を提供していたのだが、3年前の規制で魔法を使用した料理は、ヒーリング等の霊能治療の範疇に組み込まれる事になり、一般の食事として出すことが出来なくなった。

まあ、正式に霊能治療の一環として、魔法料理は提供できる。

その分金額ははるが裏メニューの方も結構人気だとか、レストランの奥の別室で提供しているのだとか。

魔鈴さんもGS協会の会員で、魔法料理から一歩踏み込んで、霊障の解消など、現場に行く事もあるそうだ。

 

 

 

俺と西条さんはそんな『レストラン魔鈴』に入るが、店はやはり料理を楽しみに来たお客で一杯だ。

使い魔なのだろうか、箒が忙しそうに店中を駆け回り、客席に料理を運んでいる。

 

「あっ、先輩(西条)!いらっしゃい。あら、比企谷君も」

調理場からニコっとした笑顔の魔鈴さんが顔をだす。

 

「やあ、魔鈴君。相変わらず忙しそうだね。もうちょっと後で来たほうがいいかな?」

「こんにちは、魔鈴さん」

 

「先輩と比企谷君ならいつでも歓迎ですよ。先輩、自宅の方で待っててください」

魔鈴さんが店の奥のスタッフオンリーと表示された扉を指さす。

 

「すまないね。魔鈴くん」

西条さんはそう言って、客席通路を通り、奥の扉を開ける。

俺はその後に続くが、客席奥側には、魔法料理を提供する別室がある。

そこには見た顔があった。

 

「これで私も魅力ある女として横島さんを誘惑出来る!!ふははははっ!!ジャンジャン料理を持ってきてくれ!!」

……平塚先生……多分あれだ。男を引き付けるとか、魅力がアップするとか、そう言う魔法がかけられた料理を頼んでいるんだろう……。魔法料理を食べたからと言っても……元々のマイナスが大きいから。プラスマイナスで言うと……まだ、マイナスなんだろうな。

その努力を、もっと別の方へ持って言った方が良いんじゃないでしょうか?その荒れた生活を正すとか、まともな料理を作れるように料理教室に通うとか、女らしい振舞を身に着けるとか……

 

俺は何故か涙で目が霞む。

そっとしておこう。

 

 

スタッフオンリーと書かれた扉を開け中に入ると、狭い通路の奥にもう一枚扉がある。

その扉のノブに西条さんが手を掛けると……俺の霊視能力が違和感を感じる。場の霊的雰囲気が一気に変わった。

 

そして……、その扉の中に入ると魔鈴さんの家のリビングへとつながる裏口へと……

魔鈴さんの家の中のインテリアは独特だった。

店のオシャレな雰囲気とは全く別物だ。髑髏の置物や、生きてる絵画とか、生きてる動物のはく製とか、少々おどろおどろしい。……あの魔鈴さんの笑顔とは一致しない。

レストランは数度も西条さんと来た事があるが、自宅は初めてだ。

 

「この趣味の悪さは相変わらずだな。レストランの方はオシャレにしてる所をみると、自分の趣味は世間では特殊だと言う事を認識はしてるようだけどね」

西条さんはそう言って、ソファーに腰を下ろし、俺を隣に座るように促す。

……魔鈴さんにこんな趣味があったのか……人は見かけによらないとはこの事だな。

 

「……そうですね西条さん……しかし、ここは異界ですか?」

俺は窓の外を見る。明らかに日本の風景とは異なり、深い森の中にこの建物があるようだ。

あの扉がレストランとこの異界へ繋がる門なのだろう。あの違和感はそういう事だったか。

 

「やはり君にはわかるんだね。その鋭い感覚とずば抜けた霊視能力には驚かされるよ。そう、ここは限定された異界だ。魔鈴くんが過去の偉大なる魔女が構築した平行世界である異界チャンネルを見つけ、レストランとこの異界を繋げたんだよ。誰も読み解けなかったその魔女が残した文献と彼女の魔女としての勘と努力でね。この限定された異界とをつなぐ魔法を復活させたんだ。彼女は現代に生きる魔女として最高峰なのは間違いない」

なるほど、あの優し気な笑顔の魔鈴さんからは想像できないが、西条さんも認めてるぐらいだ。凄まじい使い手なのだろう。確かに魔鈴さんも並外れた霊気量を持っている。

それとは別に魔鈴さんの霊気は他の霊能力者とは雰囲気が異なる。少々独特だ。それは魔女に特化したと言う事なのだろうか。

 

「だから美智恵さんは魔鈴さんを訪ねろと……異界の歪み…いえ、異界の門について何か心当たりがあるかもしれないという事ですね」

 

「そういう事だ。……ふぅ、君を今すぐ部下に欲しいぐらいだよ。霊能力もそうだが、それ以上にその理解力と認識力、そして知識欲。何よりも仕事に紳士的であり、霊能力者にありがちな傲りもなく、一般的な感覚と常識を持ち合わせている。しかも、その若さで何事にも動じない理性を持っている。………能力至上主義のこの業界において、それは何よりも得難い。先生(美智恵)も言っていたが、本当にオカGに来る気はないかい?」

 

「その、西条さんに褒めて貰うのは嬉しいんですが、それは買いかぶり過ぎですよ。俺なんか大したことはありませんよ」

 

「謙虚なのは美徳と言っていい。だが過ぎると嫌味になる。君は自分をもっと知った方が良いと思うがね」

 

「師匠を見ていたらどうしてもですね……」

 

「横島君は……規格外過ぎる。彼を基準に考えるのはやめた方が良い。それだけではないか……令子ちゃんの所は皆一芸にとんだ規格外の集団みたいな所だ……中からでは認識は難しいが、君はそんな中でもバランス感覚を保ってられるのが何よりも凄い事なんだよ」

 

「そんなもんですか?」

 

「そうだね。君はどんな環境においても自分を見失わない。……ちょっと語るがね。過ぎたる力は身を亡ぼす。その力に魅入られ、傲り周りが見えなくなる。僕はそんな人間を沢山見て来た。人による霊能力犯罪の増加はそういった要因が大いにある。人よりも力を持ったからといって、所詮我々は人間だ。その範疇を超えてはならない」

西条さんが俺に語ってくれる話はいつも改めて自分の身の置き所を考えさせてくれる。

俺の周りには、西条さんのような大人が居るから、俺はこの力に溺れる事も無く、こうやって普通に高校に通い過ごすことが出来ている。

俺は恵まれた環境に身を置いているのかもしれない。

もし、俺が霊障を発生させたあの時、美神さんや横島師匠に救ってもらえなかったら、どうなっていた事か……

 

 

「お待たせしてごめんなさい。先輩」

魔鈴さんはクロネコを肩に乗せ、店から自宅に戻って来た。

 

「いやいい。君が忙しいのに、こっちが勝手に押し掛けたんだ」

 

「比企谷君はゾンビ化は解消されてないみたいね。私の料理で少しはマシになると思うのだけど」

魔鈴さんはそう言って、美味しそうな料理をテーブルに出してくれる。

 

「……あの、何度も言いますが、俺のこの目はゾンビでもなんでもないんで、生まれつきなんで」

魔鈴さんは意外と抜けてる所があると言うか……天然なところがあるみたいなのだ。

 

「そう?」

可愛く首を傾げられても困るんですが……

 

「魔鈴くんすまないね。早速本題に入らせてもらいたい」

西条さんは苦笑気味に話を進める。

 

「異界の門についてですね」

魔鈴さんは俺達の正面に座り、こうして話し合いが始まった。

 

この異界は、正確には異界の門のような異世界へをつなぐ転送装置ではないようなのだ。

次元の隙間に土地を形成したものだそうだ。その幾つかある土地とだけつなぐことが出来るだけ、元々過去の偉大な魔女が次元に穴を掘って作った土地を利用してるに過ぎないらしい。

だが、異界の門についての知識と検証はずっと行っていたと。

……魔鈴さんはどうやら異界の門を構築できる技術を持っているらしいのだ。小さな門程度、低級な魔界生物や低級悪魔を多量に転送できる程度のもなのだそうだ。

ただ、それは検閲され、ヨーロッパで研究してる際に大学や教会などから禁忌とされ、使用とそれ以上の研究は禁止されてるとか……さらに、神か悪魔かわからないが、そう言う存在が目の前に現れ、きつく忠告を受けたらしい。

 

魔鈴さんは魔女の魔法を復活させるために、古代の魔術師の魔法についてもかなり勉強し、実証実験を重ねたらしいのだ。特に魔法陣についてはかなりの知識を持っている。

 

俺が見つけた異界の歪みを起こした魔法陣について話すと、それはまず間違いなく異界の門を形成する魔法陣だろうと言う事だった。

条件付きの魔法陣……月の力を鏡に取り込み。それを利用して異界の門を開くものらしい。

その月の力の満ち引きで、異界の門の大きさが変わるとの事だ。

 

そこまでの話は俺が読んだ文献にも載っていなかった。

流石としか言いようがない。

 

しかし、魔鈴さん以外に何者がそんな物を構築したんだ。……一連の愉快犯はどこでそんな知識を得た?不完全ではあるが、異界の歪みは確実に出来ていた。

 

話は一段落ついたところで、魔鈴さんはお店でランチで提供してるハーブ料理をご馳走してくれ、店を後にする。

 

西条さんと魔鈴さんは仲の良い先輩後輩って感じだ。男女の関係という感じはしない。

そういえば、美神さんは魔鈴さんを物凄く毛嫌いしていたな。何故だろうか?

横島師匠も美人の魔鈴さんには手を出さないどころか、店にもあまり近づこうとしない。……これも相当おかしな話だ。魔鈴さんって何が有るんだろうか?

まあ、ちょっと天然というか、思い込みが大きいところがあるが、いい人なんだけどな。美人だし。あの悪趣味な自宅はちょっと引いたが……

キヌさんとはタマモ達と食べに行ったことはあるし、キヌさんとは仲が良さげなんだよな。

 

 

俺はしばらくオカGの仕事をメインに行う事になった。




魔鈴さんの設定は少しいじらせてもらってますので、悪しからず。

次回は……久々の除霊回
ほぼ出来上がってる状態ですが、明日に更新します。
実はこっちの方が先にざっと書いてたんですよね。


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(98)なぜこんな事に?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。





………俺は何をしてるんだ?

仕事で除霊に来たんだよな……

 

『聞いてくれよ。なんで俺がさ、リア充の彼奴を持ち上げないといけないんだよ!!しかもっ、俺が好きになった子がさ!!主人公が好きでさ!!しかもその恋愛相談を俺にするんだぜ!!あまりにも酷くない?』

『くそっーーー、俺だってモテたいのに!!これが主人公の三枚目友人枠の宿命か!?』

『くっ!!ラブコメマンガの友人枠は!!振られフラグか!!引き立て役フラグか!?死亡フラグしかないのか!?』

『俺だって!!勉強が出来て、スポーツ万能の眼鏡イケメンなんだぞ!!なぜ、主人公を引き立て役をやらなきゃならん!!俺の方が彼奴より劣ってる所はひとつも無いのにだ!普通俺の方がモテるはずだろ!?おかしいだろ!?』

 

俺は2次元の幽霊……原稿やグッズのイラストやアニメのセル画に描かれた若い男どもに囲まれ延々と愚痴を聞かされているのだ。一応悪霊の類なのだが……

 

そう、ここは某ラブコメマンガの巨匠の20周年展示会会場。要するにマンガやアニメの原画展だ。

俺もこの作者の作品は何作か読んだ事がある。

俺を囲んで愚痴を言ってるこいつらは、そこで描かれたマンガやアニメのキャラクター達、しかも全員脇役キャラ、主人公の引き立て役だった奴らだ。

どうやら、彼らの幸薄い扱いと無念に、読者の男どもの主人公への嫉妬心が集まり、しかも例の悪霊に瘴気を送る異界の歪みの影響で……こんな悪霊に変貌してしまったようだ。

 

即退治したいのだが……原画やセル画など一品物らしくて、それらを損傷させずに退治しなくちゃならない。

吸引札で原画から引っ張り出して、祓えばいいようなものだが、この手の悪霊はキャラクターから生まれたものだから、無理矢理それをやってしまうと原画に描かれたキャライラスト絵も消えてしまう恐れがあるのだ。

 

くそっ、完全に人選ミスだろ。

この手の悪霊はキヌさんだったら一発で皆幸せそうな顔をさせて、あの世に送る事が出来るのにだ。

 

俺は取り合えず、相手の不満を聞いて、穏便に自らあの世に逝ってもらおうと試みたのだが……

出るわ出るわ……主人公の引き立て役になった幸薄い脇役だらけだ。

おい某作者、いくら主人公を引き立てないといけないからって、こんなにも幸薄いキャラを量産するなよな!

 

「……お前らの言い分は分かった。確かにそうだな。しかし、それは宿命だと思って諦めろ。そういう設定なんだよ!」

 

『ああああ!!言ってはいけない言葉をーーーーーー!!』

『設定という言葉は聞きたくなーーーい!!」

『タブーだぞ!!それは禁句だ!!』

『一層、俺があいつを殺して、俺が主人公になるーーーーー!!』

『くそっ!!わかっていても!!それを言うんじゃね―――――!!』

二次元の悪霊共は設定という言葉に過敏に反応し、全員半狂乱になり叫び出す。

設定とは奴らにとって、作者が決めた予定運命、絶対に逆らえないシナリオ。

いくら優れていようが、かっこよかろうが所詮主人公の引き立て役という枠からは逃れられないのだ。

俺は、穏便に説得してあの世に送るキヌさんとは、まったく逆の方法でこいつらをあの世に送ろうとした。

要するにだ。絶望よりも何よりも、心を完膚なきまでに叩き折る作戦に出たのだ。勿論美神令子流だ。

この世に残っても、無意味だと言わんばかりにだ。

 

「それにだ。お前ら、主人公ばっかり恨んでるようだが、ヒロインも尻軽過ぎないか?俺もお前らが出てる作品を読んだことがあるが、むしろあのビッチ共とくっ付いた主人公は将来間違いなく不幸になるぞ。10年後20年後の将来を考えたらあんなヒロイン共よりも、地味な学級委員長とか、三十路の女教師とかの方が良いんじゃないか?」

 

しかし、悪霊共は立ち直り、俺の事を哀愁の目で見てくる。

 

『そ、そうか。お前もきっと、俺達と同じ立ち位置……いや、もっとひどい役割を強いられてるんだろうな。そのゾンビみたいな目は、ヒロインをストーカーするいじめられっ子とかボッチ役とかで』

『そうそう、ヒロインに淡い恋心を抱いて、その子を見ていたのだけのゾンビ君は、ヒロインにストーカー呼わばりされて』

『そんで、主人公が颯爽と現れて、殴られる役だろうな』

『主人公はそれでヒロインと結ばれる。……一番嫌な役回りだな。友人枠以下だ。……俺、こいつの役回りじゃないだけましか』

『俺……ゾンビ君より、まだましだった』

『うんうん。強く生きろよ』

 

なんか同情されてるんだが!!……こいつら、好き勝手言いやがって!

確かに元ボッチだし、学校一の嫌われものだしな、腐った目とかゾンビやなんやと言われる……あれ?全部あってる?

 

 

そこで俺のスマホにメールが来る。

立て続けに3件。

 

……由比ヶ浜と雪ノ下と陽乃さんか……

 

由比ヶ浜は……写メ付きだ。

台所でマリアさんと一緒にお菓子を焼いてる姿だ。

【♡クッキー作成now♡あした放課後食べてね♡】

 

雪ノ下も写メ付きだ。

目が濁ってるネコを抱きしめる笑顔の雪ノ下。

【比企谷君に似てるネコを見つけたわ。目元なんて貴方にそっくり。また明日】

 

陽乃さんはと……ショート動画なんて送ってきた。

『5月末には千葉に戻るね。待っててねはーちまん、チュッ♡』

パジャマで投げキスかよ……

 

何故か二次元の悪霊共は俺のスマホを覗き見ていた。

『ぎゃーーーーーーーーーーーーース!!』

『こ、こいつーーーーー!!主人公だーーーーーーーーーーーーーー!?』

『こんなゾンビみたいな奴がーーーーーあああああーーーーーーーー!!』

『超美少女・美女を同時に3人って!!超絶主人公だ!!!!!ぐはーーーーっ!??』

『か、神(設定)は死んだ!!!!!!』

『こんな奴がなぜだーーーーー!!俺はもう、生きていけない!!!!!ぐおはーーー!!』

 

何故か全員。頭を抱えて、のたうち回り、発狂し、絶叫し、涙を流し……悪霊共は次々とあの世に召されて行く……

 

俺を囲み先ほどまで騒いでいた原画やらイラストの展示物は、生気が亡くなったかのように床に落ちる。

 

静寂と共に一人取り残される俺。

 

 

……………おい、なんで俺に彼女がいたらそうなるんだ?まあ、彼女じゃないが。

 

 

 

俺が行く除霊案件って、こんなの多くないか?

気のせいか?

また、報告書に困るんだが……

どう書けばいいんだよ?今回も何もしてないんだが……

二次元の悪霊が俺のスマホに届いた嬉し恥かしいメールを見て、勝手にあの世に召されましたとでも書けと?

 

脱力感が半端ない。

 

……一応……依頼は終了だよな。

俺は静けさを取り戻した夜の展示場を重い足取りで出て行き、鍵を閉め後にする。

 

 

 

 

 

 

その頃。とあるマンションの一室では……

「ふはははははっ!完成したぞい!これであ奴も!!くふふふっふははははははっ!!」

世紀のマッドサイエンティストが怪しげな陶器の瓶を片手に、自己の研究結果に満足したのか、高笑いを響かせていたそうな。

 

 

 

 

 

4月も末。

某展示会会場の悪霊退治の翌日。

放課後の奉仕部部室では……

「ヒッキー!クッキー結構うまく焼けたんだ!」

 

「おお、見た目まともだ」

 

「そうね。普通に出来てそうね」

雪ノ下はそう言って、紅茶の用意をする。

 

「ふふんだ。見た目だけじゃないし!結構いけるよ!ヒッキー、ゆきのんも食べてみて!」

由比ヶ浜は嬉しそうにクッキーを紙皿に並べ、机の上に置く。

 

 

「こんちはーーーです!」

そこに制服姿の小町が元気よく現れる。

 

「小町ちゃんやっはろー!」

「小町さんこんにちは」

「来たか小町」

 

「なんか美味しそうな匂いがしますねーー」

小町は早速クッキーの存在に気が付く。

 

「小町ちゃん食べる?私が焼いて来たんだ!」

「結衣さん。お菓子作れるんですね!意外でした!」

「えへへ、それほどでも」

由比ヶ浜は皿に盛りつけしたばかりのクッキーを小町に差し出し、小町は1個受け取り、口にする。

由比ヶ浜、褒められてないぞ。それに小町ちゃんさり気なく酷くない?

 

「どう?小町ちゃん」

由比ヶ浜は返事に期待しながら聞く。

 

しかし、小町からの返事が無い。

ぼーっとした感じで俺を見つめてくる。

 

「……小町?やはり、超絶不味かったのか?」

「えーー?そんなはずないよ。ちゃんと味見したもん」

おお、味見を覚えたか由比ヶ浜。

 

そんな時だ。また来客だ。

「諸君。部活動は順調かね」

顧問の平塚先生だ。

 

「先生、ノックを」

雪ノ下が先生にいつものように注意をする。

 

「まあ、いいではないか。うん?クッキーか。どれ私も頂こうか。酒の肴に甘いものもいける口だぞ」

そう言って、ぼーっとしてる小町の横まで歩み。クッキーを2つ口にする平塚先生。

しかし、口に含んでもう1枚手にしようと手を伸ばしたところで、ピタっと止まり、小町同様ボーっとした表情になり、俺を見つめてくる。

 

さらに……

「結衣。ちょっと相談があんだけど」

三浦がやって来た。

この奉仕部に来る頻度が増えている。

由比ヶ浜とクラスが別になった影響だろう。

 

「あっ、優美子」

 

「ん?あん?先生とこの子何やってるし?クッキーじゃん。一枚頂き……」

そう言って三浦はぼーっとしてる先生と小町をしり目にクッキーに手を伸ばし口にすると……案の定、他の2人と同じく、ぼーっとして俺を見つめてくる。

 

「おい小町大丈夫か?先生も?」

「優美子どうしたの?」

俺と由比ヶ浜は3人に声を掛けるも返事が無く、ぼーっと俺を見つめてくるだけだ。

 

「……由比ヶ浜、クッキーに毒でも入れたのか?」

「えええ?私ちゃんと味見したし、ママもお爺ちゃんも食べてたし!」

「由比ヶ浜さんのクッキーを口にしてから様子がおかしいわ。でも毒では無さそうね」

俺も由比ヶ浜も雪ノ下もこの状況に訝し気に思う。

 

「……呪いとかではないな」

俺は一応霊視して、3人を確認したが、幽霊に取りつかれたとか、呪いに掛かったとかではない。体もいたって健康体だ。毒でもない。

 

「どどどどどどどど、どうしよう!!おお兄ちゃん!?な、なのに?」

「だ、ダメだ!!私には横島さんという愛を誓った人が居るのに!?なぜだ!?」

「ヒキオーー!!こっち見るなし!!あーしは隼人一筋なななな……」

何故か、三人とも顔を真っ赤にして、訳が分からない事を言ってくる。

 

「……ん?どうしたんだ小町、急に風邪か?」

俺は小町のおでこに手をやり、熱を測る。

 

「あわわわわ、ももう、我慢できない!お兄ちゃんえい!!」

小町は俺に思いっきり抱き着いてきた。

 

「おい、小町どうした?」

 

「くっ、なぜだ!!私は浮気者なのか!?それともこれが真実の愛!?こうせずにはいられない!!」

大声でこんな事を言いながら、背中から平塚先生が抱き着いてきた!!

 

「ええっ?」

ちょっ先生!?柔らかい二つのプリンいや、メロンが背中に押し当たってるんでやめてもらえないでしょうか!?

 

「なんでヒキオなんかに!!」

三浦まで俺の腕に抱き着いてきた。

 

「はぁ!?」

なんか良い匂いするし、その…結構なものが腕に挟まってるんですが!?意外とボリュームが!?

 

 

「ヒッキーーー!?なにこれ!!いつの間に優美子と先生を!?」

由比ヶ浜はプリプリしながら、怒り出す。

 

「……流石に実の妹はないわね比企谷君。……いいわ。私が貴方を日の光が当たる場所に戻してあげるわ」

雪ノ下さん?何をおっしゃってるんですか?いや、これは純粋に家族愛とかだぞ。きっと。

 

「いや、俺も何が何だか!?ちょ、小町離してくれ!先生も三浦も!」

 

「嫌!!お兄ちゃんは私の物なんだから!!誰にも渡さない!!」

ええーー!?小町ちゃん!?嬉しいけどなにそれ!?どういうこと!?

 

「比企谷!!私は真実の愛に目覚めた!!さあ、今から挙式だ!!」

ちょちょ、そんなに強く抱きしめないでくださいよ!!って、挙式ってなんだよ。真実の愛ってなんだ!?あんたの場合、愛とか以前の問題だぞ!!先生!!

 

「ヒキオ……その、迷惑かな?あーしみたいな子。頑張るから……ヒキオのその彼女になってもいーい?」

俺に潤んだ目で上目遣いとかおかしくないっすかね!!葉山はどこ行った!?

なに可愛らしくなってんだ?番長然とした三浦はどこ行った?乙女あーしさんになってるし!?ちょっと新鮮で可愛いい!?……言ってる場合じゃない!!

 

「ちょ、ちょ……みんな急にどうしたんだ!?ちょ、雪ノ下、由比ヶ浜もどうにかしてくれ!?」

 

「優美子!!ヒッキーから離れて!!先生も!!ゆきのんも手伝って!!」

由比ヶ浜は必死に、俺から三浦と先生を引きはがそうとする。

 

「……この3人は由比ヶ浜さんのクッキーを食べてからこんな状態に。クッキーに何か入っていたと考えるのが妥当かしら?……惚れ薬…オカルトアイテムで発売禁止になった惚れ薬についての記述を見たことがあるわ。その中でも強力な物はオカルトGメンの検挙対象に……」

雪ノ下は冷静に何かを考えこんでいた。

確かにあったな。しかし、霊視では術なんてものは……。くそっ、術式が仕組まれて無い物や霊気を宿していない純粋に薬としての惚れ薬であれば、霊視に引っかからないか!!

この状況は確かにそれっぽいぞ!

そんな物どうして由比ヶ浜のクッキーに!?

 

 




新たなコンプレックス悪霊誕生ですw
前後編の今回は前です。


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(99)惚れ薬とかテンプレ展開は嫌いだ。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


前回の続きです。


 

 

俺は今とても困っている。

 

俺の正面から小町が抱き着き、俺の顔を潤んだ目で見上げてくる。

……いや、嬉しいけどもだ。ここは学校でしかも余所様も見てる所ではやめようね。

しかもがっしり掴んで、誰にも渡さないと宣言される。

なにこれ?行き過ぎた兄妹愛は流石のお兄ちゃんも看過できませんよ。

 

更にだ。俺の右手の平を両手で握って、潤んだ目で俺を見つめてくる女子が……意外も意外、あの女番長三浦優美子だ。

しかも、何故か彼女にしてほしいと上目遣いで恥かしそうに告白される。

なにこれ?乙女あーしさんに?いつもの三浦とは180度異なる姿だった。なぜ俺?葉山はどうした?

 

そして、後ろから物凄い力で抱きしめられている。いやこれはベアーハッグではなかろうか?

しかも、何か柔らかい二つの感触が俺の背中で押しつぶされてる。……結構なものをお持ちの様だ。いやいやいや言ってる場合じゃない。平塚先生勘弁してください!

しかも、直ぐに挙式だ。ワイハに行くぞ!とか、真実の愛はここだ!とか叫んでるし。

なにこれ?横島師匠から乗り換えるのは俺も賛成だけど、俺は勘弁してください!

 

正面には家の小悪魔。右には乙女番長。後ろには発情した三十路女教師が………

これ?どういう状況だ?

 

由比ヶ浜と雪ノ下に助けを求め、由比ヶ浜が必死に三浦と先生と引きはがそうとしてくれるが……元々の腕力の差があり、一行に好転しない。

 

雪ノ下は何かを考え込んでいた。

「……この3人は由比ヶ浜さんのクッキーを食べてからこんな状態に。クッキーに何か入っていたと考えるのが妥当かしら?……惚れ薬…オカルトアイテムで発売禁止になった惚れ薬についての記述を見たことがあるわ。その中でも強力な物はオカルトGメンの検挙対象に……」

 

そう、この三人は由比ヶ浜が焼いてきた手作りクッキーを食べてからこんな状態になったのだ。

しかし、惚れ薬なんてまさしく販売製造禁止オカルトアイテムだ。そんなもん普通に入手できるルートなんてないぞ。闇市とかそんなんで売ってるかもしれんが、大概は偽物だ!

しかも、なんで由比ヶ浜のクッキーにそんなものが………由比ヶ浜?んんん?

あった!いや、居たぞ!

こんな事が出来る人物が!!

しかも身近に!!

迷惑極まりない人物がいた!!

 

「ゆ、由比ヶ浜!!ドクターだ!!ドクターに聞いてくれ!!」

 

「えっ、お爺ちゃん。うん分かった」

由比ヶ浜はスマホを取り出し、電話をする。

 

そう、こんなとんでもない事をやってのける人物は世界広しともこの人しかいない。

ヨーロッパの魔王の異名をもつ天才錬金術師ドクター・カオス。今由比ヶ浜の家で居候している人物だ。確かに天才だし、物凄い錬金術師だ。だが、頭のネジが30本ぐらいぶっ飛んでるのだ!!付き合いだしてよくわかった。世間では天災錬金術師と揶揄される意味がよーくわかった。とりあえずとんでもない事を起こして、周りを巻き込まずにはいられない人物なのだ。

由比ヶ浜親子は良くこんな飛んでも人物を居候させていると思う。

よっぽど人が出来ているのだろう。

 

その間に雪ノ下は、合気道の体術だろうか、いとも簡単に3人をひっぺ返し、椅子に座らせ縄で拘束した。

縄で拘束って……なんでそんなに手慣れた感じなんだ?もしや、2月末のあの温泉事件で美神さんに仕込まれたんじゃ?

美神さんに縄を使わせたら天下一品だ。どんな体勢からでも、どんな状態からでも、横島師匠を正確に確実にぐるぐる巻きにして、吊るすことが出来るのだ。

 

「ふぅ、雪ノ下助かった」

 

「私も見ていて気持ちのいいものではなかったわ」

雪ノ下はそう言いつつも、拘束されつつも騒ぐ3人の口をタオルやハンカチでふさぐ。

まじ手慣れてるな。これは2月末の温泉事件の際に、相当仕込まれたな。

 

「いや、でも、ここまでする事はないんじゃないか?」

 

「騒ぎを聞きつけて誰かに来られでもしたら大変よ。貴方もだけど、彼女たちの名誉のためにも、この教室から出さない方が良いわ」

なるほど、そうだよな。小町が超絶ブラコンだと噂されても困るし。平塚先生なんて生徒に手を出したなんて知られたら、間違いなく免職だろうな。……三浦も、葉山にこれを知られたら後が大変だ。

 

「ヒッキー!!」

由比ヶ浜がスマホを俺に掲げてきた。

スマホのスピーカーから叫び声が聞こえてくる。

 

『ギャーー、マリアーー、わしは小娘の事を思ってじゃな!グボバッ!?やめ、やめてーーっ!!』

どうやら、ドクターは絶賛折檻中のようだ。勿論マリアさんにやれているのだろう。

暫くして……静かになる。死んだかな?ドクターは体だけは丈夫だから大丈夫だろう。

 

『結衣さん・すみません・ドクター・カオスが・強力惚れ薬を・生成し・昨日の晩に・出来上がったクッキーに・ふりかけた・ようです』

今度はマリアさんの声が聞こえてくる。

 

「えーー、おじいちゃんがなんで?」

 

『……そ、そのじゃな、お主がガリレオの小僧に、惚れておるからな。ちょいと手伝いをしてやろうと思ってじゃな』

死にそうな声でドクターがそれに答える。

 

「おじいちゃん!!ヒッキーの事は自分で何とかするって言ったでしょ!!」

 

『……す、すまんかった。そんなに怒らんでもいいじゃろ?』

なんかドクターが素直に謝った。なにこれ、まるで孫に怒られた普通の爺さんみたいだ。

 

「ドクター、惚れ薬の効能と解除の仕方を教えてください」

 

『なんじゃガリレオ、お主食べてないのか?残念じゃのう!解除の仕方だと!!そんなものは無い!!』

堂々と言ってのけるドクター・カオス。

ぬけぬけとこの爺さんは!

 

「おじいちゃん!!」

 

『……そ、そのじゃな。惚れ薬入りのクッキーを食した人間は一番近くに居る異性に対し、強力な暗示が発生するんじゃ、そして恋に目覚める仕組みじゃ。クッキー1個で約3時間~6時間程度の持続時間じゃ。この惚れ薬は時間経過するごとに、思いが徐々に高まる仕組みじゃ!20分~30分もすればもう我慢できずに、襲い掛かるじゃろう!奥手のお主を想定して作成しておる!!普通の惚れ薬じゃヘタレなお主じゃ耐えてしまうからのう!!』

なに自信満々に言ってんだこの爺さん!そんな強力な惚れ薬を俺に食べさそうとしたのか!!

強力な惚れ薬をこの3人が……まてよ。副作用とかあるんじゃないのか?

 

「副作用とか有るんですか?」

 

『副作用じゃと!このカオスが作ったものじゃぞ!!そんな物が有ろうはずがない!!まあ、追加効能で身体能力が一時的にチョロッと上がるだけじゃ!!激しい愛も時には良かろう!!』

おいーーーー!!爺さんの性癖だろそれ!!それを副作用って言うんだよ!!

 

「……はぁ、どうするんだよこれ」

 

「ヒッキーごめんね。おじいちゃんがまた変な事をやって」

 

「由比ヶ浜が悪いわけじゃないだろ?」

 

『そうじゃ!小娘が悪いわけじゃないわい!!ガリレオ!!ヘタレなお主が悪いんじゃ!!』

 

「あんたが原因だろ!!」

「おじいちゃん!!もう!!」

 

「ひ、比企谷君逃げた方が良いいわ」

雪ノ下は俺の手を軽く引っ張り、拘束した3人の方に向ける。

 

縄で椅子に固定されていた平塚先生がブチっという音と共に、その縄を引きちぎり、口を押えていたタオルを噛みちぎったのだ。

「ひーー、きーー、がーー、やーーーー、きょーしーきーーー!!ケッーーッコン!!」

目がギラついてらっしゃるんですが………物凄い迫力で俺に襲い掛かるように構える。

いや、なにがチョロッと身体能力が上がるなんだよ!!ゴリラ並みな力があるぞこれ!!

 

「鬼ーチャン?妹の愛を受け止められないなんてないよね!?」

「ヒキオ!覚悟は良いわね。あーしを惚れさせた責任をとってもらうし!!」

小町と三浦も縄を強引に解き、ゆらりと立ち上がる。

2人はまだ人語を話しているが、平塚先生はもはや獣のようだ!

先生はクッキーを二つ食べた影響か?

 

 

「逃げるしかなさそうだな。雪ノ下と由比ヶ浜この場は頼んだ!!」

俺は自分の鞄を肩に背負いながら、急いで扉から出て行く。

 

窓から一気に飛び出して校外に逃げればいいが、他の生徒に見つかると色々と面倒だ。

ここは学生らしく、振舞いながら逃げる!!

 

彼奴らの狙いは俺だ。俺が上手い事逃げ切れば、何も問題無いハズだ。

確か惚れ薬の持続時間は3~6時間と言ってたな。

今は15時半を回った所か……長くとも21時半まで逃げ回っていればいいってことだな。

 

「ケッーーッコン!!」

「まてー、鬼いちゃん!!」

「ヒキオ!!」

追いかけて来たか……

 

幸いにもここは別棟だ。

放課後の別棟は文化部がメインで使用している。

廊下も人も殆どいない。目撃者も今の所は居ない。

なまじ目撃者がいたとしても、俺が何かやらかして、追いかけまわされてると思われるだけだ。

 

とりあえずだ。彼奴らを学校から引き離す必要がある。

学校内で逃げ回るわけには行かない。いずれ何らかの被害が出るだろう。

特にこんな姿の平塚先生を学校の晒し物にしておくのは可愛そう過ぎる。

なぜ、この人はこんなに間が悪いのか……

とにかくだ。学校の外になるべく目撃者が少ない方法で脱出だ。

 

俺は廊下を駆け上がり、屋上を目指す。

当然、あいつらも追って来る。

 

俺は屋上に登りそのまま、屋上のフェンスを乗り越え、グラウンドから見えない角度の、縦に伸びる雨樋の配管を伝いスルスルと降りて行った。

 

屋上では……

「ケッッコーーーーン!!」

「鬼いちゃん!!どこに行ったーーー!!」

「ヒキオーーーー!!あーしから逃げれると思ってるか!!」

俺を探してる3人の声が聞こえてくる。

 

俺は地面に降りて叫ぶ。

「俺はここだ!!」

何故わざわざ見つかるような真似をするかって、あいつらを学校の外に誘導するためだ。

そして付かず離れずを繰り返して、あいつらを人気の無い場所に誘導するつもりでいる。

 

俺はわざと彼奴らに見えるように裏門を走って出て行く。

 

 

それからは、計画通り付かず離れずを繰り返し、誘導していく。

2時間程経過して、20㎞以上は走っただろうか山すその公園まで到着する。

普段人気が居ない公園だ。俺は一応人払いの札を張り、人を寄せ付けないようにした。

彼奴らは普通に俺に追い付いてきていた。俺はシロの散歩や小竜姫様の修行でこれぐらいはどうってことないが、……どうやら、惚れ薬の副作用で身体能力だけじゃなく、体力も相当強化してるようだ。

ドクターめ、なんていう薬を作り出すんだ。惚れ薬じゃなくて、身体能力薬を普通に作って売った方が良いんじゃないか?

 

「ひーーきーーがーーやーーーキョシキーーー!!」

「鬼いちゃん!!追いついた!!なんで逃げるかな!?小町的にポイント低いよ!!」

「ヒキオ!!ここでデートするし!!」

 

ここからが本番だ。あと最低1時間最大4時間の間。この公園の中で逃げ回っていればいい。

「さあ、行くか」

 

「ケッッコーーーーン!!!!」

「兄妹の垣根なんて何もないよね。鬼いちゃん!?」

「ヒキオにあーしの初めてを!!」

 

普通だったらこの情景は、男を取り合うリア充イベントなんだが……

とてもそうは見えない。

野獣化した三十路教師に、超ブラコン化妹と乙女番長。

しかも薬でこんな感じにだぞ。

 

次々と俺に襲い掛かって来る三人。

俺はひらりひらりと避けながら逃げ回る。

 

しかし、薬が切れた後の事を思うと憂鬱になる。

平塚先生は良いとして、まあ、小町も事情を話せばわかってくれるだろう。最悪1週間無視で済む。嫌だけど。

問題は三浦だ。……俺だけではどう説明すればいいのか見当がつかない。

由比ヶ浜のフォローに期待するしかない。

最悪俺がGSだと言う事を話さないといけないかもしれない。

それだけじゃない。惚れ薬なんて明らかにNGな薬品を口に入れさせられたんだ。

心に傷を負うかもしれない。

彼奴は本当に葉山の事が好きなのに、薬のせいで俺に心を動かされたのだ。

薬のせいだと理解しても、何らかのしこりは残るだろう。

 

あのじーさん(ドクター)。マジでろくでもない。

一度、オカルトGメンに突き出してやろうか。

 

そうこうしてる内に公園に逃げて来て1時間が経過した頃に、小町が電池が切れたように急に動かなくなり、その場に倒れる。

公園の外で待機してくれていた由比ヶ浜と雪ノ下とマリアさんに引き渡し介抱してもらう。

 

その30分後に三浦が倒れ、同じように公園の外で待機してる皆に引き渡す。

 

……平塚先生だけは、6時間たってもまだ、俺に襲い掛かって来ている。

「ケ、ケッーーーコン!!キョシキーーー!!」

 

そして…7時間が経過。

「け、結婚したい。寂しいのだ……」

そう言って力尽き、その場で倒れる平塚先生。

……誰か、早くこの人を貰ってあげて!マジで!

 

三浦のフォローは大丈夫なのだろうか?由比ヶ浜は上手くやってくれたのだろうかと、そんな思いを抱きながら俺は平塚先生を背負って公園を出る。

 

しかし、既に三浦はその場に居なかった。

由比ヶ浜が自宅まで送ったらしい。

小町も雪ノ下が送ってくれたらしい。

 

マリアさんがその場に残ってくれていた。

「ミス三浦・ミス比企谷は・惚れ薬の・効果中の・記憶は・ありませんでした・大丈夫です。マリアが後で・薬の・成分分析を・行いました・間違い・ありません」

 

まじで?なにそれ?副作用?

ご都合過ぎだろそれ?しかしそれは非常に助かる。

皆に特に三浦は心の傷を負わずに済むしな。

 

……惚れ薬としてはまずいだろう。惚れ薬の効果中の記憶が無いとか、完全に失敗作だろそれ。まあ、そのおかげで助かったのだが……ドクターはそんな副作用の事まで考えてなかったのだろう……惚れ薬を即興で作れるのは凄いが結果これじゃあな。

 

はぁ、脱力感が半端ないなこれ。

「マリアさん、助かりました」

 

「いえ・ドクターが・迷惑を・おかけしました」

マリアさんは深く頭を下げる。

 

「マリアさんが悪いわけじゃないですよ。まあ、ドクターにはきついお仕置きをしておいてほしいですが」

 

「了解です・ミスタ・比企谷」

 

俺はこの後、平塚先生が起きる前に、タクシーに乗り込み自宅へ送る。

途中で目を覚まさした平塚先生は、横に座ってる俺を見て……

「ま、まさか比企谷!私が寝ているのをいいことにい、いかがわしい事をしたんじゃないだろな?……なぜ、私は寝ていた?……まさか!比企谷!私に睡眠薬を盛って!ホテルに……」

なんてことをずっと言われ続けていた。惚れ薬の効果中の記憶は本当に無い様だ。

……逆なんですが……俺が襲われてたんですが。

何とか説得して丸く収める事ができた。

はぁ、早く西条さん辺りを紹介して、何とかしてあげたい。

 

そんなやり取りを聞いていたタクシーの運転手は苦笑していた。

 




次回で100話ですね。
ここまで長くなるとは……
100話でこの章を終わりにする予定です。
次の章で、かなり話の内容が進む予定です。




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(100)事態は次へと

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

100話ですか。
ここまで続くとは……
読んでいただいた皆さん。感想をいただいた皆さん。誤字脱字を訂正していただいた皆さんには感謝です。

MAXの時はただ単に、思った事を書き殴って100話まで突き進んだ感じでしたけど。
これは意外と設定やらなんやらを決めて書いてましたんで……、
なんかちょっと違う感じが致します。





今日は終日、新体力テストだ。

新という文字が頭についているが、何が新しいんだかよくわからない。

要するに高校生の運動能力をはかる体力テストだ。

まあ、やる事は体育の授業の延長線上のようなものだ。

歴とした授業の一環だが、学生からすると一種のイベントのような感じになり結構盛り上がる。

各項目毎に点数制になっていて、これが盛り上がる要因だ。

昨年は何だかんだと葉山が総合トップだったようだ。イケメンの上に勉強もスポーツ万能って、どんだけスペック高いんだよ。

 

お前はどうだって?

 

こう見えてもプロのゴースト・スイーパーだ。

霊力による身体能力強化をすれば、大概の記録は更新出来るだろう。

そんな事をすれば、即効GSバレをするからやらないけどな。

しかし、昨年はヤバかったな。あの頃の俺はまだ未熟で毎日霊気のコントロールの訓練をしていたから、思わず力むと自然と身体能力強化が発動してしまい、とんでもない事になりかけた。あの時はなんとか誤魔化しはしたが、あれはやばかった。……言い訳させてもらうと、昨年はまだプロじゃなから許してほしい。

今年は霊気コントロールは完璧だ。思わず霊気を放出し、霊力に変換、身体能力強化発動なんてマネをして、とんでもない記録を出してしまうようなミスをやらかさない。去年の今頃に比べれば霊能者として大きく成長しているのだ。

 

それよりも今年は、去年とは別の悩みがある。

 

「ヒッキー―!!がんばってーー!!」

体操服姿の由比ヶ浜が遠くから俺に向けて手を振ってくる。

これだ。

 

これのせいで、クラスの男連中にお前にだけ良いカッコさせないとか、ぶっちぎってやるぞとか、声を掛けられ、妙に対抗意識を持たれている。

……なにそのライバルみたいなセリフ。俺は何時スポコンの世界に入ったんだ?

昨年はクラスで俺に声を掛ける奴は一人もいなかったのにな。

男連中は俺が由比ヶ浜にチヤホヤされるのがどうも気に入らないようだ。

 

一応、由比ヶ浜にはクラスの連中と面倒なことになるから、クラスでは過剰なスキンシップとかそういうのはやめてくれとは伝えたんだが……本人は知った上で、やめる気が無いのだ。

せめて、告白したとか、好きだとか堂々と言うのはやめてほしいと伝えても「私に好きって言われるのはそんなに恥ずかしい事なの?」ってな感じだ。わざわざ声を大にして言うつもりは無い様だが、空気の読める事に定評があるガハマさんはどこに行ってしまったのだろうか?

 

もしかするとワザとなのかもしれない。

俺が、クラスの連中にどんな形でも声を掛けられるようにと……

由比ヶ浜なりに俺の事を考えてそうしてるのかもしれない。

真相は分からないが……

 

手を振る由比ヶ浜には、軽く頷く程度に返事を返すに留める。

 

 

 

まずは50m走か。

 

「ヒッキー!!がんばれーー!!」

試合じゃないのに、そんな応援いらないと思いませんか?ガハマさん。いい加減恥ずかしいんですが!

妙に男どもの四方八方からの視線が痛い。

 

……とっとと終わらすに限る

 

陸上部や運動部の連中はクラウチングスタート体勢。

俺は普通に構える。

 

「よーい」ピッ!

体育教師の合図と共に走り出す。

 

って、あれ?こいつら遅くないか……これって俺が!やばっ、速度を落とさないと!

 

「一着 比企谷……5秒99!?」

体育委員の奴が驚いた表情に声を出す。

クラスの連中は悔しがったり、驚いたりだ。

 

「ヒッキーー!!」

由比ヶ浜は嬉しそうにより一層手を振って来る。

 

やばかった。あのまま行ったら世界記録を余裕で超す勢いだった。

霊力による身体強化能力は発動させてないはずだが……

 

俺は確かめるように体のあちらこちらを動かしてみる。

やばいな、これ素の身体能力が向上してるんじゃないか?

……あれか、小竜姫様の所の基礎訓練か。

霊力を向上させるには、まず健全な体からということで、丈夫な体作りにも力を入れたからな。

普段、シロの散歩とか横島師匠と行動を共にしてるからわからなかったが……もう普通の人間レベルじゃないな、これは……

 

相当セーブしないとまずい。

 

 

そこからは、細心の注意を払い手加減をしていく。

結構難しい。凡そ平均を狙っているのだが、かなりバラバラな測定結果となってしまった。

まあ、俺の結果なんて気にする奴は居ないだろうから、大丈夫だろう。

 

しかし雪ノ下はそれを当然のように察していた。

放課後の部活の際に「今日のあなた、随分窮屈そうに見えたわ」なんて言ってきた。

分かる奴には分かるようだ。

一応雪ノ下と由比ヶ浜には理由は話した。

ちょっと人間離れし始めましたと話すのは憚れるが、この二人に関しては今更だな。

 

ん?雪ノ下、それって、どっかからかずっと見てたっていうことかよ。

……なんか恥ずかしいんだが。

 

 

さらにだ。この結果に何故か一色が不満たらたら言ってくる。

本気出せやら、手を抜いたら意味が無いとかな。

何でお前がそんな事を言ってくるんだ?

そんな事をしたら、全部世界新になるから……、霊能者ってバレるから無理だろ!

しかもおまえ、学年違うのになんで俺の成績知ってるんだよ!見てたのか?

俺なんか見てる場合じゃないだろ?お前は葉山の応援でもちゃんとやっとけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は仕事の日ではないが、美神さんに呼ばれて部活を早退して事務所に向かった。

事務所には横島師匠とキヌさん、さらに美智恵さんまで来ていた。

 

「皆さんお揃いでどうしたんですか?何かまずい案件でも?もしかして例の愉快犯の行方が判明したとか?」

横島師匠とキヌさんは美神さんが座る所長席の正面斜め前に立ち、美智恵さんは所長席の斜め後ろ辺りに椅子を置き座っていた。

 

「違うわ。愉快犯の野郎は!見つけたらボコボコにしてやりたい!」

美神さんは愉快犯という言葉に反応し、拳を作って今にでも誰かを殴りかかるんじゃないかというような雰囲気ではあったが、俺の質問を否定する。

 

「私から説明するわ令子……」

美智恵さんは椅子から離れ、美神さんの真横に立つ。

 

「ママに任すわ」

美神さんは面倒臭そうに言いながら腰を深く椅子に沈める。

 

「先に令子や横島君とおキヌちゃんには説明をしたのだけど。6月にGS免許取得者の監査があるわね」

 

「そうですね」

去年の10月に免許取得してから丁度半年か……結構短かったように思う。それだけ充実した半年を過ごしたのかもしれない。

 

「その6月のGS免許取得者の監査に先立って、Cランク以下でさらに25歳以下の若手対象にGSの能力テストを試験的に行う事を決定したわ。理由は若手育成の指針にするためね。

GS免許を取った後は、それぞれの事務所に所属して活動するのだけど、免許取得以降の能力や実力の評価は、上がって来る報告書の内容から想定して判定したものね。それによってランクの上げ下げを決めるのだけど。ただ、それだけでは、その時点での本人の実力や能力は図りにくいわ。そこで能力テストを行って、ランク決めの指針にするのと同時に、その結果を元に、若手に対し適切な指導等が出来れば、将来的にGS全体のレベルアップにつながる。

GS免許取得者の実力アップは所属事務所や本人に委ねている所が大きい。この業界で生きていくには実力こそすべてなため、自己研鑽は必須ではあるのだけど。閉塞した業界でもあり、本当にその個人にあった適切な訓練や修行や勉強が出来ていないケースが大いにあると思うの。その結果がこの2年間GS免許取得実技試験の優勝者と準優勝者が軒並み半年後にはランクダウンしている要因であると私達は考えた。

今回の能力テストを受けた結果、至らない点や実力不足な点、逆に得意な点、伸びしろが有る点などを浮き彫りにして、本人に適切な実力アッププランを指導できるでしょう」

ここまで美智恵さんは一気に説明をする。

 

なるほど、確かにそうだ。

GS免許を取った後は、自己のレベルアップは本人もしくは所属事務所にほぼ委ねられる。よっぽど所属事務所の先輩方や師事している人が優秀でもない限り、困難だ。

土御門家や六道家、またはオカルトGメンみたいな大きな組織に入れば別だろうが、客観的に自己の実力を見てもらう事や、修練方法等を得られる機会は少ないだろう。

俺の場合は、優れたGSに囲まれた恵まれた環境に、さらに横島師匠という規格外のお手本と妙神山の小竜姫様や斉天大聖老師と言った神々に鍛えていただけるからいいようなものだ。

 

「俺も参加という事ですね」

俺もCランクGSだから当然参加か、となると同じCランクのキヌさんもだよな。

横島師匠は表には出ていないがSSSランクだから当然参加しないだろうが。

 

「あんたは別に参加しなくても、GS協会理事の連中は全員あんたの実力は分かっているわ。もうあんた、Cランクと名乗っている方がおかしいレベルの実力よ」

美神さんは片目を瞑り、呆れたような表情をしていた。

……なに?その評価?マジで?美神さんが認めてくれた?

マジで嬉しいんですけど。

 

「え?そんなにですか?……という事は俺は不参加でもいいんですか?」

 

「……令子の言う通り、君の実力はもはやCランクどころではないわ。でも参加はあえてお願いするわ」

 

「どういう………!?……もしかして他に理由が……」

……わざわざ美智恵さんが俺にこの能力テストの話を持ってきた……美神さんからその程度の事は伝えて貰えばいい話だ。それどころか俺は参加しなくてもいいのに、あえて参加させられる。

一連の愉快犯の事件、美智恵さんはGSの中に裏切者が居る可能性を先の異界の門の件から、さらに強めていた。こちらの動きを察し、あざ笑うかのように事件を起こしていたからな。

となると……

 

「相変わらず察しがいいわね。そう、この試験にはもう一つの目的がある。一連の愉快犯……もしくはそれにかかわる連中が、ゴーストスイーパーの中にいる可能性がある。君には内部からその容疑者を探してほしい。これは令子を通じて君への依頼よ」

 

「でもあの異界の門なんて代物、Cランク以下の実力では……」

 

「GS免許のランク制度には穴がある。戦う能力が無くとも一芸にとんだ凄腕の霊能者なんてのは結構いるものよ。おキヌちゃんなんて良い例よ。おキヌちゃん自身戦闘能力はそれほど高くないけれども、ネクロマンサーという世界でも3人しかいない強力かつ特殊な能力を持っているわ。

特に術式に関しては、知識量と研究と経験がものをいう。

戦闘が苦手でも使えるのよ術式は……特に遅延発動型や条件発動型は本人が居なくとも発動できる」

美神さんが俺の反論を察し、適切に説明を補足してくれる。

そうか、確かに術式はそうだ。さらに言うと呪いや魔法陣もそうだ。それと本人が発動できなくとも、術式構築は可能だ。

普段からオールマイティーに出来る人たちを見ていたからそう思っていたが……

 

「令子の言う通り、今回のこの能力テストは絶好の機会なの。まずは手始めに若手からということね。いなければそれでいいのよ。……GS会員を疑心暗鬼の目で見なくてもよくなる。……しかもこんな事を頼めるのは君しかいないの。令子の弟子でもある君は信頼できる近しい身内同然だと言う事もあるのだけど。それだけではないわ。その君の目、優れた霊視能力と冷静な判断能力で参加者の中であやしいと思われる人物をピックアップしてほしい。

まだ、高校生の君に身内を疑うような汚れ仕事を頼むのは心苦しいのだけれど」

美智恵さんは申し訳なさそうに、俺に深く頭を下げる。

 

「頭を上げてください。……俺で役に立つなら。美神さんじゃないですが、俺も愉快犯には少なからず憤りを感じてますんで」

去年からやられっぱなしだ。知り合い(折本)と後輩(一色)が被害に遭ったしな。

それに、俺は他のGSをあまり知らないし、身内意識などほぼ持って無い。

 

「おキヌちゃんも一緒よ。あんたの精神力も中々の物だけど。おキヌちゃんは年季が違うわ。何かあったらおキヌちゃんを頼りなさい」

美神さんも一応、気を使ってくれてるようだ。

キヌさんは精神感応系の能力がずば抜けて高い。ようするにそれは、それ相応の精神力を持っていると言う事でもある。

 

「比企谷君。また一緒にお仕事できますね。頑張りましょう」

キヌさんは俺に笑顔を向けてくれる。

何故かキヌさんの背後に後光が差した様に見える。

その笑顔だけで、滅茶頑張れます!

 

「八幡だったら大丈夫だろ。粗探しは得意だろ?」

横島師匠はいつもと同じ調子だ。全然心配して無い様だ。

それだけ俺を信頼してくれてるという事だ。

 

 

この後も、しばらくこの件で打ち合わせをする。

若手GS能力テストは5月末。

手がかりが少しでも得られればいいんだが……




次章に移ります。
次章は戦闘が結構あるんじゃないかな。

次章の初っ端は師匠&八幡&西条さん編です。
……それだけですむのだろうか?


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【十章】ハワイ編
(101)ハワイに行こう!


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

新章です。
章の前半はほぼGS側です。


「ハ・ワ・イーーー!!ハワイハワイ!!フラダンスに!!フラガールのおねえちゃーーーん!!」

……大きな旅行鞄にジージャンジーパン姿、大きなデジカメを携えそこらじゅうをパシャパシャ撮りながら恥かしげもなく叫ぶ若者。

 

……俺の知らない人だ。

 

「解放感溢れる南国の島!!水着のおねーちゃんを見放題!!ナンパし放題に触り放題!!なんていい所なんだ!!なーー八幡!!」

その若者は、煩悩丸出しの言動を乱発しながら、スケベに崩れた顔を俺に向け同意を求めてくる。

……ナンパはいい。百歩譲って、水着のおねーちゃんを見るのもまあいいだろう。触り放題はないだろう。同意なく触ったら犯罪だからな!

 

他人のふり、他人のふりだ。八幡ってな奴は知らない。今の俺はヒキタニ君だ。

目の前のこの変態は、俺の師匠でも何でもない。横島忠夫なんていう変態は俺は知らない。

 

目の前の師匠を無視を決め込み……スーツケースを引き、すたすたと通路を歩く。

 

俺は今、ハワイに居る。

正確にはアメリカ合衆国ハワイ州、オワフ島ホノルル国際空港の乗り換え口の通路を歩いているのだ。

横島師匠と羽田空港からここへ。

俺自身初めての海外だ。

 

なぜハワイにかって?

 

 

 

話は5日前の学校に遡る。

「ヒッキー!みんなで5月の連休、遊びに行かない!?」

部活開始早々由比ヶ浜が机にバンと手を置いて立ち上がり、俺と雪ノ下にこんな事を言い出した。

 

「連休中は一応仕事を入れてるぞ」

基本休日は仕事を入れてる。実際の仕事(ゴーストスイープ)が無くとも事務所には出勤だ。

 

「えーー!でも全部じゃないでしょ!!」

 

「一応全部仕事に当ててある。まあ、今の所仕事が全部はいらないとは思うが……」

1週間のゴールデンウイーク中、美神令子除霊事務所には幾つか仕事の依頼は来ているが、特に俺に振り分けられた仕事は言われていない。

 

「そう、なら一日空けて貰えないかしら」

「そうそう!せっかくだから3人でデートに行こう!!」

 

「で…デート?いや、あれがあれでこれがこれで……」

 

 

「ヒッキー……私達と一緒は嫌なの?」

由比ヶ浜は悲し気な顔で俺を見上げる。

いや……そんな顔されると罪悪感が半端ないんだが。

 

「そうじゃないが、そうストレートに言われるとな……拒否反応がついな」

これは長年ボッチであった弊害か、リア充的な事象が自身に降りかかるとつい否定の言葉が……というか、デートとか言われるとそのだな。

 

「分からないでもないわ。でも、お互い慣れて行かないと将来的にまずいと思うわ」

雪ノ下も俺と同じでボッチ気質だからな。

 

「そ、そうだな。1日空けるようにする」

俺のこの返事に、由比ヶ浜は嬉しそうに、雪ノ下はホッとした表情をしていた。

どうやら、あらかじめ二人で俺を遊びに誘う算段をしていたようだ。

……二人にはこんな事でも気を使わせてる。俺もいい加減この状況に慣れないと行けないとは思う。

 

 

そんな時だ。

 

ガシャーン!

部室の扉が突如として思いっきり開け放たれる。

「比企谷ーーー!!」

 

「平塚先生、ノックをしてくださいと何度も……」

雪ノ下は部室の扉を勢いよく開け、俺に物凄い形相で迫って来る人物にいつものように注意をする。

 

「比企谷八幡!!ゴールデンウイーク中は横島さんと1週間ハワイに海外出張とは本当か!!」

いきなり、俺の両肩を掴み、鋭い眼光で俺を見据えてくる。

へ?なにそれ?聞いてないんですが……

はぁ、たぶん横島師匠は平塚先生にデートを申し込まれて、断り切れなくなって、俺をダシにしてこんな言い訳を……そんな所だろう。

 

はぁ……今、由比ヶ浜と雪ノ下と遊びに行く約束をしたばかりなのだが、仕方がない。今は泥を被るしかないか。

後で二人にはちゃんと理由を説明すればわかってくれるだろう。

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に目配せをしてから、平塚先生にそれは本当だと答える。

平塚先生は絶望に打ちひしがれたように、肩を落とし、トボトボと部室を出て行った。

すんません平塚先生。正直、横島師匠はとっとと諦めてください。先生ならもっと良い人が居るはずです。

しかし……なぜか部室を出て行く際、平塚先生の目が鋭く光っていたように見えた。

 

 

が………

 

実はその後、横島師匠から電話があって、海外出張の件は本当だった。

どうやらいつもの、オカルトGメンからの依頼が入ったそうだ。

それで……

「なあ八幡。そろそろお前もかなり実力がついて来たし、一緒にこないか?」

と誘われたのだ。

すでにその事は横島師匠から美神さんや西条さんにも伝えてるらしくて、俺の返事次第らしい。

 

「行きます」

俺は二つ返事をする。

だってそうだろ?これって、横島師匠に実力を認められたって事だ。嬉しくないはずが無い。

しかも、今まで横島師匠が海外で何をやっていたかを見るチャンスでもある。

世界ではどんな事が起きてるのかを知る事もできる。

 

電話を切った後。

……由比ヶ浜と雪ノ下の約束を直ぐに思い出し、自己嫌悪に陥った。

俺って奴は、由比ヶ浜と雪ノ下との約束よりも、仕事を優先してしまっている事に……

決して二人の事を軽く考えているわけじゃない……と思う。

いや、俺は二人の真剣な思いから、もしかしたら逃げたいのかもしれない。

そんな事を悶々を考えながら……自室で一晩過ごす。

 

翌日に、二人にありのままを伝え、謝った。

「ヒッキー!!もう!!……でもちゃんと話してくれてありがとね」

由比ヶ浜は最初はプリプリした感じだったが、あっさり許してくれた。

 

「あなただから仕方が無いわ今は。これからは私がなによりも大切だと思わせて見せるわ」

雪ノ下はいつもの調子で淡々と話すが、不敵な笑みを湛えながらこんな事を言っていた。

 

2人はこんな俺を仕事へと快く送り出してくれる。

2人には翌週の土日にこの埋め合わせは必ずすると約束する。

 

 

 

 

そして今、オカルトGメンの依頼で、横島師匠に付き添い、世界相手の仕事(ゴーストスイープ)を行うため、ここハワイにやって来たのだ。

 

やって来たのだが……

 

「Im Yokoshima. Do you want to have some coffee? There’s a cafe over there.」

(僕、横島 コーヒーでもどう?そこの喫茶店で!!)

「Im Yokoshima. Can I have your e-mail address?」

(僕、横島 メールアドレスを教えて!!)

ここでもいきなり、あのニヤケ顔でアホなナンパをし出す有様。

日本とやってる事がかわらない。

しかも、なぜか流暢な英語でナンパしてるし!

ハワイに降りたってたった10分でこの有様だ。

横島師匠はどこに行っても、横島師匠だった。世界相手でもその変態っぷりは健在だ。

……俺はこんなのを見たくて同行したんじゃないんですが、横島師匠の仕事っぷりをみたかったんですが……日本の恥をさらすのをやめてください!

なんか、ここに来るために遊びに行く約束を断った由比ヶ浜と雪ノ下に申し訳なくなってきた。

 

「はちまーーん!!あのお姉ちゃん!!Gカップだーー!!美神さんより凄いぞーーー!!」

派手に振られ、頬に紅葉跡をつけた変態師匠は、俺の後をついてきて、まだ俺に話しかける。

 

ここは無視だ!無視に限る!乗り継ぎ場所へとスタスタと歩みを早める。

ホノルル国際空港があるオワフ島から、プロペラ機でハワイ島へ行くためだ。

 

横島師匠はその間も歩きながらも行き交う若い女性にナンパを繰り広げる。

 

 

 

「横島君。君は全く成長しないね。少しは弟子を見習いたまえ」

西条さんが横島師匠の首根っこひっつかみ、引きずって来る。

助かった!

そう、オカルトGメンの西条さんも一緒なのだ。

西条さんは何かの手続きをするために、飛行機から降りてすぐ俺達から先行してどこかに行っていたのだが、ようやく戻ってきてくれた。

 

「なんだよ西条!俺のナンパを邪魔するなよな!」

 

「君のは盛りが付いた猿にしか見えんよ。紳士たるもの、もっと女性にはエレガントに接するべきだ」

 

「ケッ!へーへー、イケメン様が言う事は違うな!!ケッ!」

 

……この二人、顔を合わすといつもこんな感じだ。

一見、物凄く仲が悪い様に見える。

しかし、仕事となると妙に息が合う。

何だかんだと、こうやって一緒に仕事するぐらいだから、本当はお互い認めているのだと俺は思う。

 

 

 

国際発着口からハワイ州内の国内発着口へと定員40人程の双発のプロペラ機に乗り換える。

現在ハワイ島各地で火山が活発化して、ハワイ島のヒロ国際空港は閉鎖中で、観光も制限され、現在は島の住人やビジネスの人しかハワイ島には赴かないらしい。

あまりなじみのないワイメア・コハラ空港へと……

 

 

小さなめのタラップ(飛行機の階段)を歩き、定員40名弱の小型飛行機に前から乗り込む。

乗客はほとんどいない。横島師匠は先に乗っていたのだろう3×12列シートの席の中頃に座る顔が隠れるぐらいの大きな白いつばの帽子をかぶる長い黒髪女性の席の横に、ニヤケ顔でわざわざ座る。

「ふははははっ!神は俺を見捨てなかった!」

 

西条さんは呆れ顔で、俺と前の方の席で腰を落ち着かせ、そして飛行機は離陸を開始する。

 

「そこの美しい髪のお姉さん!!日本からの観光!?僕横島!!一緒にお話ししない?」

やはりというか、ナンパが始まった。……どうせ振られて、こっちに戻って来るだろう。

 

 

しかし……

「そんな熱烈なお誘い。来たかいがあったわねーーー!ダーリン!!」

 

「そんなに強く腕を握らなくても……あ、あれ?……ダーリン?」

 

ん?なんか雲行きが怪しいぞ。

俺は後ろを振り返り横島師匠の様子を見る。

 

 

「ふふふふふっ、ふはははははははっ!!もう離さない!!」

つばの長い帽子をかぶった黒髪の女性が横島師匠の腕を思いっきり掴んでいた。

 

「ななななななぜに!?ここに居るんでせう!?」

横島師匠の顔が青ざめ、汗びっしょりだ。言動もおかしい?

 

女性が被っていたつばの長い白い帽子が落ちる。

「さあ、ダーリン!!南国の島で挙式よ!!」

 

うわっ!?……平塚先生!?なんでここに!?

座先に隠れて全身は分からないが、たぶん白色ワンピースを着ているだろう平塚先生が居たのだ!

 

 

「あはっ、あはっ、あははははっ」

横島師匠は腕を思いっきり掴まれたまま、渇いた笑いを繰り返し、白目を剥き、座席に沈む。

 

「ふはははははっ、とったどーーー!!」

平塚先生は満面の笑みだった。




「きちゃった!」を実現する平塚先生のバイタリティーには感服です。
遂に西条さんと平塚先生がコンタクト?


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(102)進撃の静

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きのハワイ編です。


 

オカルトGメンの依頼で、俺は今、横島師匠と西条さんとハワイに仕事で来ている。

国際機構や国連、国からの救援要請で横島師匠と西条さんは良く出張で世界を駆け巡っていた。

現地では対応しきれない霊災現場に駆け付け解決に乗り出しているのだ。

横島師匠はあまり語ってくれないが、西条さん曰く、横島師匠が出張らないと解決が困難な物が多いらしい。

横島師匠はああ見えて、世界最高峰、人類最強のSSSランクのGSだ。

その横島師匠でないと解決ができないという事は、霊災のクラスがSランクを超えている場合もあるという事だ。

そもそもSランクのGS自体世界にほとんどいない。30人にも満たない。在籍人数が一番多いのは日本であるため、日本のオカルトGメンが各国で起きてる超難易度の霊災対応に駆り出されるという事なのだ。

 

今回もそんな事情の一端でここハワイに。

俺自身は初めて、横島師匠に誘われてこれに同行をしている。

足手まといにならないぐらいには、俺も成長しているという事だ。

師匠に認められたようで嬉しかった。

 

 

しかし今、この場では異様な空気が流れている。

ホノルル国際空港のあるマウイ島から、現場のハワイ島へとプロペラ機に乗り込んで移動していたのだが……その飛行機に予想外の人物が乗っていたのだ。

 

「ダーリン!なーに?黙っちゃって!私に会えて嬉しすぎて声がでないのかな?」

横島師匠は嬉しくて声が出ないんじゃなくて、驚きと恐怖で声が出ないんだと思いますよ!

しかもなにその口調。いつものお堅い口調とは全然違うんですが?ダーリンってなんだよ?

今時の日本人でダーリンって使う奴はいないぞ!なんていうか、80年代のアイドルっぽい口調なんだけど、なんて言うんだっけ?ぶりっ子?だったか、そんな感じの口調なんだ。

はぁ、こんな姿、学校やクラスの連中に見せたら気絶もんだぞ!担任の平塚先生!!

しかも見た事も無い満面の笑みだ!!

 

そう、学年主任で、生徒指導員。さらに奉仕部の顧問にして、学校ではお堅いクールなイメージで通ってる俺のクラスの担任、平塚静先生(28歳)だ。

普段はとてもいい先生なんだぞ。教育熱心で俺みたいな面倒くさい生徒にも気にかける程にな。

だが、恋愛に関しては全くダメなんだ。その男勝りの性格が災いして恋人さえできたことが無いらしい。

普通にしてればかなりの美人なんだよ。スタイルも抜群だしな。

それでも男が寄り付かない。

ヘビースモーカーの上に、趣味は車だし、釣りもするらしい。油ギトギト系のラーメンが好物で、熱血系アニメが大好きだし、性格とやってる事がもう30代のおっさんそのものなんだよ!

そりゃ、男も逃げていくぞ!

 

今は、横島師匠に付きまとう半ストーカー。

横島師匠のナンパに引っかかった唯一の女性。

 

横島師匠の出張先を嗅ぎつけてこの有様だ。

 

「ん?横島君に女性?知り合いの様だね。信じられない事にかなりの美人じゃないか?……君は知っていたかい?」

西条さんも後ろを振り返り、平塚先生と横島師匠の様子を見て、俺に尋ねる。

知っていますとも!もうこれ以上ないぐらいにね!担任で顧問なんで!!一応恩師ですが!!

 

「……学校の担任の先生です」

俺は小声でそう言うのが精いっぱいだった。

 

「ん?君の学校の先生がかい?……どう見ても横島君に好意を持ってるようだが?あの横島君にだ。どういうことなのかい?」

 

「遺憾ながらそれは事実なんです。どういう事なのかと俺に聞かれても」

横島師匠に惚れてるのは確かなんだよな。理由は横島師匠のナンパされて、しかもまともに女扱い(飽くまでも横島流)したからだという事だけだと思うんだが……。

元々、結婚願望と恋人がほしい願望が大きかったのと、30前にして焦ってる事も災いしてるよな。

 

「信じられないが、どうやら事実の様だね」

 

「はい……」

 

「ははっ、そうかそうか」

そう言って笑う西条さんはニヤリとどこか悪そうな顔をしていた。

 

いや、マジでシャレになってないんだが……どうするんだよこれ?

今から、仕事に行くのにだ。しかもかなり危険な現場だろきっと。

平塚先生にはお帰り願うしかない。

 

 

ハワイ島ワイメア・コハラ空港に俺達を乗せた小型プロペラ機が着陸。

 

「ダーリン。約束の地に着いたわよ!」

純白のワンピース姿の平塚先生は横島師匠の腕を絡ませ、笑顔で飛行機のタラップを降りる。

まるで新婚旅行に来た初々しい新妻の様だ。

他人が見れば間違いなくそう見えるだろう。

平塚先生はこうしている限りは、幸せいっぱいの美人妻に見える。

 

「おっぱ、おっぱいが腕にーー!!うわっはっはーー!もうどうにでもしてーーーー!!」

先生に腕を抱き寄せられた横島師匠は涙ちょちょ切らせながら、豪快に渇いた笑いをかましていた。……横島師匠、抵抗するのを諦めたなこれ。

 

 

「先生……ここまでどうやって追いかけて来たんですか?」

俺は先に待ち構え、平塚先生に問いかける。

 

「あれ?比企谷く~ん。こんにちは。それは勿論ダーリンから聞いたからよ」

何があれ?だよ。何が比企谷く~んだ。普段呼び捨てで、そんな甘ったるい声を学校で出した事ないだろ?

横島師匠、平塚先生のデートの誘いを断るために、きっとハワイのここでの仕事を口滑らせたのだろう。

 

「はぁ、もういいんで、とっとと帰ってください」

 

「ええ?将来の弟の君がなんでそんな事を言うの?今来たばっかりなのに」

ワザとらしく悲し気な顔をする平塚先生。

そのしゃべり方、イラっとする!将来の弟ってなんだよ!!俺は師匠の弟じゃないぞ!弟子だからな!!

 

「そういうのいいんで、早く帰って下さい!仕事なんですよ!はっきり言って邪魔です!」

俺はきつめに平塚先生に言う。こうでも言わないとこの人は帰らないだろう。

 

しかし……

「私には後が無いのだ。邪魔はさせんぞ。比・企・谷」

平塚先生は横島師匠の腕を離し、俯き加減で俺の横にスッと立ち、耳元で小さくこんな事を囁き、また横島師匠の横に戻る。戻り際に俺を見据える平塚先生の目は狂気じみていた。

怖っ!切羽詰まり過ぎだろ!

冷静な判断が出来てないな。俺たちの仕事が危険がつきものだと言う事は分かってるはずなんだが……盲目的な恋がこの人を狂わせているのか?行き遅れだと自他共に認めていたし、それで精神的に追い詰められ過ぎたのか……まだ全然大丈夫だと思うんだけどな。

……はぁ、どうするか。無理やり飛行機に乗せて、有無も言わさずに帰らせた方が良いな。

 

「比企谷君。いいではないか。現場に行かなければそれ程危険はないよ。横島君とその彼女からゴールデンウイークという貴重な二人の時間を奪ってしまったんだ。せめて仕事では無い時間は一緒に居させてあげようではないか!」

西条さんは俺の肩に手を置き、そんな事を言う。

 

「西条!!てめぇ!!」

横島師匠は西条さんに噛みつかんばかりに食って掛かろうとするが、平塚先生に抱き寄せられているため動けない。

 

「ありがとうございます!こんな手前勝手の女のために恩情を……」

平塚先生はより一層、横島師匠の腕に縋りつく。

 

「当然の事です。自己紹介はまだでしたね。僕は日本オカルトGメン本部長の西条輝彦です。横島君とは腐れ縁の中でね。よく仕事を一緒にしてるんですよ」

西条さんは自己紹介をしながら平塚先生に握手を求める。

 

「え?本部長ということは、日本オカルトGメンで一番偉い人?………イケメンのナイスガイなのに………年はおいくつですか?」

 

「30歳になったばっかりです」

 

「どどど独身ですか?」

 

「残念ながらね。僕も早く身を固めたいと思っているのですが、仕事が忙しく、なかなかうまく行きません。横島君がうらやましい。こんな美人で素敵な彼女がいるなんてね」

 

「素敵で美人……はっ!?危ない危ない。危なく甘い罠に引っかかるところだった。……素敵な彼女なんてそんな~」

おい先生。心の声が漏れてるぞ。一瞬西条さんに目移りしただろう!

まあ西条さんはイケメンだしな。俺から見てもカッコいい大人の男性だ。しかも安定職の公務員で部署のトップ。

 

「横島君。うらやましいな。せめて仕事が無い時は一緒に居てあげるんだ。なんなら挙式も上げるかい?」

西条さんは横島師匠にニヤリとしてそう言った。

なんか悪そうな顔をしてる。

 

「くそっ!西条!覚えてろよーー!!」

 

 

 

既に日も傾きかけ、今日は現場に向かわず、現地のオカルトGメン職員の案内で宿泊先のコテージに到着。

現在、空いてる宿泊先はここを含めちょっとしかないらしい。

火山活動のお陰でホテルは観光客が来なくて、軒並み営業ストップらしい。

ここまで車で外の風景を眺めていたが、見た感じ何かが起こっているようには見えない。

この辺はまだ、それほど被害らしい被害が無いらしいが、火山帯に近づくにつれ、災害級突風が吹き荒れ、突如として激しいスコールも降るらしい。その影響で火山帯付近の観光地のホテルの窓ガラスは軒並み割れ、建物の倒壊などの被害もあったそうだ。

今迄、火山活動は起こっていたが、ここまでの被害は無かったらしい。

……その火山活動には今回はどうやら霊災が絡んでいる。それで横島師匠とオカルトGメンの出番だってわけだ。

 

 

「西条ーーーーー!!おまえーーーーーーなんだこの部屋割りは!!」

横島師匠が涙をまき散らしながら、宿泊するコテージに入って来た。

 

「んん?横島君。当然の処置だよ。何か不具合でもあるかい?」

 

「なんで西条と八幡が同じコテージで!!俺があの先生と同じ建屋なんだーーーー!!普通俺もこっちだろ!?」

 

「ははははっ!何を言ってるんだい横島くん。恋人同士に配慮したに決まってるじゃないか!」

西条さんは実にいい笑顔だ。

 

「ちがーーーーう!!恋人じゃねーーー!!向こうが押しかけて来ただけだーーーー!!」

 

「ははははっ、冗談うまいね横島くん。それにもうここのコテージしか開いてないから無理だ。大人しく諦めたまえ!」

 

「がーーー!この部屋滅茶広いだろ!!俺もここに泊まるぅぅーーー!!」

 

「彼女を一人にしておくのかい?彼女美人だからよからぬ連中に押し入られるかもしれない。それを守るのも紳士たる男の役目じゃないのかね」

 

「はちまーーーん!!助けてくれーーーー!!俺と変わってくれーーーーい!!俺という男が地雷女とはいえ!!美人でスタイルがいい姉ちゃんと一晩一緒にいて、自制心が働くとは思えん!!あの女に手を出したら!!間違いなく、その場で結婚せざるを得なくなる!!あのおっぱいがおっぱいが俺を狂わせる~!!」

横島師匠はベッドに腰掛けていた俺の膝に縋りついてくる。

 

「……師匠、もっと早めに振っておけばこんな事にならなかったのに。西条さん。マジで今回は勘弁してあげてください」

 

「ん?比企谷君。彼女に何か問題でもあるのかい?」

 

「先生としてはかなり優秀で、いい人ですよ。俺も学校では世話になってますし」

 

「じゃあ、なぜ?彼女美人だし、スタイルも横島君好みじゃないか。横島くんがなぜここまで?」

 

「……あの人、私生活と恋愛方面が全然ダメなんですよ。相当拗らせてしまっていて……相当痛い感じに。遊びで手を出していい人じゃないんです」

 

「ふむ。横島君。大人しく責任を取りたまえ!」

 

「まだ手をだしてないわーーーー!!」

 

「西条さん。正直いって俺も反対なんです。平塚先生にとっても横島師匠にとってもね」

 

「ふむ。君が言うなら仕方がない……しかし、流石にコテージに彼女一人にするのはどうかと思う。万が一という事も無いことも無い」

 

「はぁ、わかりました俺が先生と一緒でいいです。横島師匠は仕事でどこかに行ってるとか適当な事を言っておきますんで」

 

「はちまーーーーーん!!心の友よーーー。恩に着るぅぅ!!」

 

「もういいですよ。暑苦しいんで。帰ったらちゃんと振りましょう!いいですね!」

俺は荷物の一部持って、平塚先生が居るコテージに向かう。

 

 

ここは個人が経営してるコテージで2棟しかない。広々とした南国感あふれる1LDKの平屋のコテージで、町から外れた小高い丘の中腹にある。

この二つのコテージもそこそこ距離が離れており、徒歩10分程の距離があるのだ。

既に日が落ち、暗がりをゆっくりと歩く。

やはり、都会に比べ空気が澄んでる。星も近く見える。

それに霊気も濃いな。ハワイは世界有数のパワースポットでもある。

 

 

コテージに到着し木製の扉をノックをするが返事がない。

中庭に出て外の空気でも吸いに行ったのか?

 

扉を開けると、中は薄暗い。

なんだ?明かりも付けてないとか……寝室だろう部屋に先生の気配がするな。もう寝ちゃったか?

あれだけはしゃげば、疲れるか。

 

俺は先生を起こさないよう、明かりをつけずに静かにリビングのソファーに横になる。

南国だけあって、この季節でも温かくシーツが無くとも寝れるが、そこにあった大きなタオルケットを被る。

元のコテージでシャワーだけでも浴びてくればよかったか……

 

はぁ、まだ22時か……時差が19時間あるから、日本ではまだ17時か……眠くない。

スマホを開く。

Wi-Fiはつながるようだ。

メッセージは……小町と由比ヶ浜と雪ノ下、それに一色と折本まで。

小町はお土産リストがずらりと……適当に買って帰ると返事を打つ。

由比ヶ浜と雪ノ下は、こっちの様子を聞いてきた。うーん。平塚先生が横島師匠を追って来たことを書くべきか…まあ、なんかあった時のために知らせるべきだな。

一色も……なんかお土産を要求してきたぞ。私だけのオンリーワンなお土産に期待するって、なんだよこれ。わけがわからん。

折本は、仕事を頑張ってか……今回も仕事を理由に遊びに行くのを断ったしな。どうしたものか。

 

 

ん?平塚先生の気配が動いたな。こっちに近づいてくるな。トイレか?

面倒だ。寝たふりをするか。

俺はタオルケットを頭から被る。

 

ん?なんだ。トイレじゃないな。俺が寝てるソファーに近づいてくるぞ。

 

止まった。なんなんだ?

なんかカサカサと、何をしてるんだ?

 

 

 

 

俺は今の今迄、この後の展開について全く予想出来ていなかった。

 





……この後の展開はご想像通りで……


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(103)平塚先生は…

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

結構空いてしまいました。
二パターン考えていたんですが、どうも絞り切れなくて、休みに入り今日は待ったり過ごしていたんですが……布団に入った瞬間にこっちだ!!と……パソコン開いて書いて、今投稿ですw



 

横島師匠に乞われて、代わりに平塚先生とコテージに泊まる事に……

はぁ。仕方がないだろ?こうでもしないと後でとんでもないことになる。

 

横島師匠は平塚先生と一緒になる事を望んでいないが、2人っきりでコテージに泊まらせてみろ。

あの煩悩の塊のような師匠は、地雷女とわかっていても、平塚先生の誘惑にあっさり負けてしまい、一晩のうちに既成事実が出来上がってしまう。

 

横島師匠だけの話であれば、それも致し方が無い。

責任取って結婚しろと声を大にして言うだろう。

 

しかし、それはキヌさんや小竜姫様を悲しませる結果になる。

それだけではない。横島師匠と平塚先生が結婚して、もまともな夫婦生活など望めないだろうしな……横島師匠はGSである前に、妙神山の内弟子でもある。要するに神様の直弟子なのだ。

そんな事情に一般人である平塚先生を巻き込む事は出来ないだろう。

平塚先生にとっても、とてもじゃないが幸せに成れるとは思えない。

 

 

まあ、俺だったら、平塚先生と同じコテージで一晩過ごした所で別に問題ない。

平塚先生と同じ屋根の下で寝たとしても、そんな事にはならないだろうからな。

第一俺が先生をそんな対象として全く見ていないからだ。

確かに俺の目からみても美人でスタイルがいい。

だが、先生は仮にも俺の学校の担任であり、恩師だ。

しかも、あの性格を知ってるからな……。

女性としてもう見ることが出来ない。

 

先生側からもそうだ。

恋愛下手で、年齢的に切羽詰まって、相当拗らせているからといってだ。

あの人が自分の教え子であり、さらに現役の学生である俺に手を出すとはとても思えない。

教育者として、信念をもってるしな。

さらに言えば、先生からすれば、俺みたいな小僧を恋愛対象として見れないだろう。

 

もしだ。西条さんに代わって貰った場合はどうなるのだろうか?

平塚先生が暴走して、襲ってしまうのだろうか?いや、流石にそこまで節操が無い事は無いだろう。

うーん。問題は西条さんの方だろうか。あの人、かなり女性慣れしてそうだしな。

遊ぶだけ遊んで、平塚先生をポイ捨てしそうで怖い。

恋愛を拗らせすぎた平塚先生はショックで精神に異常をきたしてしまいそうだな。

西条さんが刺されるまである。

 

やっぱり俺が一番妥当だったな。

そんな事を考えながら、俺はソファーで横になっていた。

 

俺が平塚先生のコテージに到着した際には既に先生は寝室で寝てしまっていたようだから、先生を起こさないようにリビングのソファーに、タオルケットを掛けて横になっていた。

日本との時差のせいで、なかなか寝付けず、スマホのチェックやら、考え事をしながら過ごしていたのだが……

 

 

平塚先生が起きる気配がするな。

寝室から出て……トイレか?

 

ん?ここのソファーに近づいてくるな。

俺がここで寝てる事を知らないだろうから……何か探し物か?

面倒だから寝たふりで誤魔化すか。

俺はタオルケットを頭までかぶせ、眠っているふりをする。

 

ん?なんだ?急に止まったぞ。

……なんかカサカサと音がするが。

 

ん?さらに近づてきたぞ?

 

んん?んんーー?

ちょっとまてよ!?

 

平塚先生はいきなりタオルケットを剥がし寝てる俺に覆いかぶさって来た!!

ソファーの上で横に寝ていた俺を強引に仰向けに!!

ま!?マジか!?お、襲われてる!?

 

「ちょーーーーーー!!!まったーーーーーーー!!!」

平塚先生の顔が目の前に!!

そして、お互いの目が合う。

 

「え?ええ?比企谷!?ええ!?……え?……え?……」

平塚先生は俺だと認識したようだが、目を大きく見開いたまま固まって放心状態のようだ。

たぶん。横島師匠だと思って襲ってきたのだろう。

しかし、師匠だと思っていたのが俺だったもんだから、顔を見て俺だと認識してはいるが、頭がついて行けていないのだろう。

 

「その……比企谷です」

俺もあまりの出来事に、何とか言葉にすることができたのは、この一言だけだった。

 

「……き……き、きききいゃあーーーーーーーーーーっ!!」

 

先生は悲鳴を上げ俺から飛びのきソファーの端で身じろぎをする。

きゃーーーーって、俺が叫びたい!

 

俺は慌てて、ソファーから飛び起き、近くの柱にあるスイッチを押し、リビングの灯りをつける。

 

 

「ひ、比企谷がなんで!?……なんで比企谷が!?」

半分放心状態の平塚先生がソファーの端で俺に指さしていたが……

……一糸まとわぬ姿だった。

 

「せ、せせせ先生、き着てください」

目のやり場に困る!……目をそらさないといけないが目が自然にそっちに行ってしまう。

俺は慌てて、自分のTシャツを脱いで、目をそらしながら放り投げ気味に渡し、距離をとる。

 

「いっ!いや…いいっ!ううううっ!!見た……見たの!?」

俺のTシャツで胸を隠し蹲る先生。

 

「そ、その……すみません」

モロ見てしまいました。その、女の人の裸を生でまともに見たのは初めてで……その……あれであれでその……その……その………

 

顔が真っ赤になるのを感じながら、俺はそこにあったタオルケットを平塚先生に掛ける。

 

「ううっううううっ」

平塚先生は掛けたタオルケットで身を包み、顔まで隠しそのままソファーの端で再び蹲る。

どうやら泣いてるようだ。

 

俺はこの場で何をしたらいいのか、先生にどうやって声を掛けていいのかも分からず、ただその様子を伺う事しかできない。

 

「グスッ…ううううっうう」

 

そりゃそうだよな。

男女が二人っきりの部屋で、しかもハワイでこんな雰囲気の良い場所で、男が何もしてこない。

もしかすると、この時点で女の先生は女のプライドやらが傷つけられたと感じたかもしれない……それでも先生は、恥を忍んで自らアプローチを掛けた。

 

でも、そこにいたのは、好いた男ではなくて、別の男だった。

しかも、教え子ときたもんだ。

 

ショックはデカいだろう。

完全に袖にされたと思っても仕方がない。

 

俺の思慮が足りなかった。

俺がコテージに入った時点で、先生が寝室で横になっていようが、声を掛けるべきだった。

そのせいで、先生を深く傷つけてしまった。

 

 

すすり泣く先生にようやく言葉が出た。

「……先生すみません」

 

「うううっ、わかってる。君が悪いわけじゃないんだ……でも、でも……」

 

「……そのすみません」

 

「ううぅぅっ」

 

「あの、その横島師匠はちょっと、仕事で……一人で先生を置いておくわけにいかなかったんで俺が……すみません。俺出ます」

俺はすすり泣き蹲る先生にそう言って、コテージの外に……

 

「……いい、ここに居てくれ」

タオルケットに蹲り、すすり泣きをする平塚先生はポツリと俺にそう返事をする。

 

「わかりました」

先生が端で蹲るソファーの対面に座る。

 

 

暫くして、先生はタオルケットで覆いかぶさったまま、話し出した。

「………私はなけなしの勇気を振り絞ったのだ。自ら行くなんてふしだらな女だと思われるかもしれないし……何より恥ずかしい………でも結果はこれだ」

 

「……」

 

「グスッ…いつもそうだ……うまくいかない」

 

「………」

 

「……なんだ。何も言わないのか?笑いたければ笑え、哀れな三十路女を」

平塚先生はタオルケットから顔上半分を出し、俺に鼻声でこんな事を言う。

俺の事をタオルケットから覗き見るその目には涙が溢れ真っ赤だった。

こんな先生の姿を見て笑えるわけがない。

 

「………その」

 

「………何を言ってるんだろうなわたしは……自分の教え子に……しかも、こんな醜態をさらして教師失格もいい所だ。グスッ」

 

「先生……先生は先生である前に女性です」

 

「……しかも、ひと回りも年下に慰められるとは……グスッ」

 

「その、先生は焦る必要はないです。焦るから空回りをしてる。余計な事を考えて、とんでもない事になる。悪循環ですよ」

 

「……グスッ…私にいまさら説教か………」

 

「そう言うわけじゃないですが」

 

「比企谷…そのだ。……私の下着と寝間着を持って来てくれ……私は動けない」

 

「え?し…下着ですか?」

 

「ソファーの後ろの床に落ちてる……それともこんな状態の私にとりに行けと?」

先生は鼻声だが拗ねた感じだった。

 

「……わかりました」

俺はソファーの後ろに落ちていた。純白のレースのブラジャーとパンツ、ちょっと透け気味のネグリジェを拾い……先生の前に持って来ると、先生はタオルケットから手を出し受け取る。

 

「……比企谷、後ろを向いてくれないか……そ、それとも私の裸をまた見たいのか?」

どうやら、先生は冗談が言えるぐらい少し余裕が出てきたようだ。

俺は素直に後ろを向く。

 

先生のカサカサと下着を履く音が、部屋に響く。

 

「……う、流石にこれは恥ずかしいな。……比企谷、まだ後ろを向いてくれ」

先生はそう言うと、寝室の方へ足早にかけて行く気配と音がした。

俺もそう思う。あの透け気味のネグリジェは少々刺激が強すぎる。

そ、そのだ。以外というか……あれだ。先生はスタイル良いからな。

俺は先生の裸をつい思い出してしまい、顔が熱って来るのを感じる。

 

お、落ち着け俺。あれは先生だ。平塚先生なんだ。……よし落ち着いた。

 

とりあえずは、先生も落ち着きを取り戻してきたようだ。

一時はどうなる事かと思ったが……

普段は男勝りなのに、恋愛下手で、とんでもない行動に出る癖に、その実は乙女な感じだった。

先生もやっぱり女性……いや、女子だったんだな。

 

寝室の方では鼻をかむ音が聞こえてくる。

暫くして、先生はジャージ姿になり、戻って来た。

 

「比企谷。さっきは悪かった。この通りだ」

先生は俺に頭を下げる。目元は真っ赤だったが、いつもの先生の感じだ。

 

「俺の方こそすみません。思慮が足りてませんでした」

 

「そ…それでだ。比企谷……先ほどまでの事は、忘れてくれたら……その…助かる」

先生は恥ずかしそうに、もじもじとこんな事を言って来た。

……乙女チックな感じになってるぞ?

 

「……わ、わかりました。忘れます」

なんか気恥しいんだが、先生にそんな対応されると異様に気恥しいぞ。なぜだ?

 

「そうだ!飲もう!忘れるのには飲むに限る!!」

 

「いや、俺未成年なんですが……まあ、ジュースで付き合いくらいはできますが……」

 

「それでいいぞ!私の愚痴をたんまり聞いてもらうからな!!」

 

 

この後、先生とリビングのソファーで隣同士で座り、プチ飲み会が始まってしまった。

なにこの光景……。

 

「比ー企谷!明らかに由比ヶ浜の様子がおかしいぞ!というかだな!お前に明らかに積極的にアピールしてるではないか!!何があった!!」

先生は冷蔵庫にあったワインのボトルを開け、俺の背中をバンバン叩きながらこんな事を言って来た。

絡み酒かよ!……その飲み方もやめた方がいいんじゃないか?男が寄り付かない一因じゃないのか?

 

「……何もないです」

 

「……うそつけ!!あれは絶対何かあった!!由比ヶ浜からは女の臭いがする!!それだけじゃない!!雪ノ下もだ!!あの目は恋する乙女の目だ!!私と一緒でな!!」

 

「そ、そうですか」

言えない……先生には言えない。

二人に同時に告白されたなんて言ったら、先生はどうなってしまうのだろうか?

絶望に打ちひしがれてしまうのではないだろうか?それよりも俺の命が狙われるかも……

 

「由比ヶ浜も!雪ノ下も!お前を見る目が『♡』だぞ!!乙女だな!!間違いなく私と一緒で乙女だな!!」

なんで、そこで自分を乙女アピール?

 

しばらくこの話題で俺は攻められるが、のらりくらりと回答を避ける。

 

 

そのうち……

「ううううっ、なんで私には男が寄り付かないんだーーー!!横島さんはいつもいつも私から逃げるし!!あーーーー!!私の何が悪いんだーーーー!!」

先生は泣き上戸と絡み酒が一体化した何かになっていた。

男が寄り付かない原因はそう言う面倒くさい所ですよ!

この人の酒はいい酒じゃないな。その飲み方をやめた方がいいんじゃないか?

 

 

次は……

「私は、自分でも結構美人な方だと思うのに……体もちゃんと手入れして維持してるんだ。自分でもなかなかの体型だと自負があるのに……なんで男が寄り付かない?男から見たらダメなのか?なぁ、比企谷お前から見て私の体と容姿はどう思う?わ、私の裸を見ただろ?」

急に乙女チックになってるし。

そう言う話は女友達とかにするもんじゃないのか?なんで男の俺に?しかも体型とか……確かに生まれたまんまの姿を見た。見たけども!確かにキレイだなと思ったが、そんな事を潤んだ目で俺に聞かないでくれ!

俺の精神が持たない!

 

 

そんで……

「比企谷お前、結構いい身体つきしているな。筋肉も結構ついてる。細マッチョという奴か……これが男の体か……」

や、やめてくれませんかね。べたべたと人の体を触るのは!

しまった事に、今の俺は上半身裸なんですが!!平塚先生にTシャツは返してもらったが、その先生の胸元を隠すために抱きしめられてたTシャツをそのまま着るのは、流石に恥かしいから着てなかったんだが!

しかも、ほんのり顔を赤らめて言わないで!俺の方が変な気分になって来るから!!

落ち着け俺……これは先生だ。平塚先生なんだ。……よし落ち着いた。

 

 

 

平塚先生はこんな調子で、酒を飲みながら、夜中ずーっと俺に絡んできた。

……あんな事があった後だ。流石に邪険にできないが、かなり面倒だった。

はぁ、色々と言いたいことはあるが……まあ、今回だけは水に流しますよ。

 

俺はソファーで横になって寝息を立ててる平塚先生にタオルケットを掛ける。

 

 

……日が入って来た。

もう朝だな。

 

平塚先生が寝てる内にシャワーを浴びるか。

酒臭いと、平塚先生の香水の匂いがうつってるしな。こんな状態で元のコテージに戻ったら、横島師匠に何を言われるか分かったもんじゃない。

 

 

 

俺はシャワーを浴びた後、ソファーで寝てる平塚先生に声を掛ける。

「先生起きてください」

 

「ひ、比企谷?……私は……その、あのだな。なんて言うかすまん」

先生は俺の声に飛び起きて、ソファーの上で正座して頭を下げる。

 

「別にいいですよ。俺は一度向こうのコテージに戻るんで、その間にシャワーでも浴びてください。

流石に少々酒臭いですよ」

 

「さ、酒臭いと言うな。これでも私は乙女だぞ。……でも、ありがとな比企谷」

先生はタオルケットで半分顔を隠して、恥かしそうにしていた。

こういう反応は乙女なんだよな。

どうすりゃいいんだ?この人。

男勝りだったり、乙女チックだったり、恋愛暴走して積極的になったりと……

 

 

俺は元のコテージへと向かう。

先生はなんというか、普段はしっかりしてるが、私生活がだらしない姉みたいな感じだな。

何このギャルゲーみたいなキャラ設定。

 

 

元のコテージの扉を開けると……

「酒くさ!?……横島師匠はああ見えて酒は嗜まないから、西条さんか?」

コテージの中は酒の匂いが充満していた。

俺は窓を開けながら、部屋の中を見渡す。

酒瓶があちらこちらに散らばってる。

 

……ん?ソファーには西条さんか……あれは酔いつぶれて寝てるな。

よく見る光景だ。美神さんに酒を付き合わされて、ダウンしてる姿を……

 

俺は着替えを取りに行くために寝室に向かう。

 

 

んん!?

おいーーー!!なんだこれ!?

 

 





平塚先生が随所に乙女な感じが出てれば幸いなんですが……なかなかうまいこと書けない。


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(104)横島師匠はどこに行っても横島忠夫だった。

感想ありがとうございます。
誤字脱字ありがとうございます。

すみません。ちょっと間が空きました。
つなぎ回なのですが、前回が意外とシリアスだったんで、軌道修正を掛けるために、
何度か書き直ししてました。なかなかいい案が浮かび上がらず、他を回しながらようやくです。
ハワイ編の終わりは決めていたんですが……なかなか



着替えなどの荷物を取りに行くために、元のコテージに戻ると、部屋中酒の匂いで充満し、酒瓶がそこら中に転がり荒れ放題だった。

しかも、西条さんがソファーの上で仰向けで倒れるように寝ている。

 

なんだ?先日酒盛りでもやったのか?

横島師匠は酒を飲まないしな……西条さんが酒が結構強いのを知ってるが、酔いつぶれるまで飲むってのがどういう状況なんだ?

西条さんがここまでなる時って、大概美神さんのやけ酒に付き合った時だよな。

たまにお店の人に呼ばれて美神さんの行きつけのバーに迎えに行くと、決まって西条さんは酔いつぶれてるしな……そんで、オカG日本支部に送り届けるか、西条さんの実家の迎えが来るまで介抱するのが俺の役目だ。

まさか、美神さんが来てるのか?そんなわけないか。

 

それよりも、横島師匠はどこに?……こんな状況でも寝室で寝ているとか?

いや、あの人の事だ。大人しくしてるはずが無いが……

 

俺は床に転がってる酒瓶を避けながら、荷物が置いてある寝室へと向かう。

 

 

「な……な、なんだこりゃーーー!?」

俺は寝室の光景を見て固まる。

 

このコテージは、お店が開けそうなくらいだだっ広いリビングと寝室の1LDKで構成されている。寝室には大きめのベッドが3つ並んである。

 

………

 

真ん中のベッドの上で、横島師匠が大の字になって寝息を立てている。

まあ、ここまではいい……

 

横島師匠の大の字になった左右に……下着姿の美女が師匠の腕枕で寝ていた。

しかも残りのベッド二つにも下着姿の女の人が二人づつ……

 

………おい。

なんだこれ?

あんた昨晩何をやっていた?

 

俺はあんな目に遭ってたというのにだ。

しかも平塚先生をやきもきさせておいて……だ。

 

そういう事か……平塚先生を俺に押し付けて、自分はハーレム気分でお楽しみってことか……

 

 

「この!!腐れ外道がーーーー!!」

俺はこの外道師匠の首根っこを鷲掴み、思いっきり壁に投げつける。

 

 

「グボバ!?」

横島師匠を壁に叩きつけ、轢かれたカエルのような恰好で床に落ちる。

 

「痛たた?う、うーーん?アレ?八幡?なんか怒ってる?」

師匠は寝ぼけ眼でむくっと上半身を起こし、キョロキョロしながら俺を見上げる。

 

「師匠!!この状況を説明してもらおうか!!状況次第では!美神さんにこの惨状をチクるぞ!!」

 

「な……なんじゃーーーーこりゃーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

師匠はベッドに寝息を立ててる下着姿の美女6人を見て、大口を開けて雄たけびを上げる。

 

「どういう……」

様子がおかしい。この師匠スケベで変態だが、こういう事に嘘を吐かない上に、逆に自慢しそうなんだが……

 

「いつの間に!?そうか!!無意識のうちにナンパを成功してこの美人ねーちゃん達とウッフ、ムハハな夜を過ごしたのか!!遂にハーレムを形成したのか!!横島忠夫19歳にして、ナンパ力が遂にハーレム王へクラスチェンジに!!」

師匠はわけわからない事を叫んでいた。

 

「……」

それはないな。あの師匠がナンパに成功するはずが無い。いや例外が1人いたか……よく考えればこの状況はおかしい。いくら何でも師匠が平塚先生以外でナンパを成功するはずが無い。

よしんば、西条さんがナンパして連れ帰ってきたとしても、師匠になびくなんて考えられ無い。

 

 

「しかし、なぜだーーーーーーっ!!全く記憶に無い!!せめて、記憶に残る一発をっ!!!!おねーちゃんーーたちーーっ!!」

師匠は涙をチョチョ切らせ、蛙飛びのように飛び上がる。

 

「いい加減しろ!!」

俺は、ルパンダイブでベッドに寝る美女たちに飛び掛かろうとする師匠を空中で叩き落とす。

 

「バボン!!」

頭が床に突き刺さる師匠を一瞥し、考え込む。

どういう事だ?この様子だと、横島師匠は本当に全く記憶が無い様だ。

横島師匠がナンパに成功するとはとても考えにくい。西条さんがナンパして連れて来たとして……

西条さんじゃなくて、横島師匠になびくものなのか?

本当にハーレム状態で師匠が言うムフフな夜を過ごすことなんていう、現実離れした現象があり得るのだろうか?

 

 

そこで下着姿、いやよく見るとビキニだな。何れにしろそんな肌の露出度が高い姿をした美女たちが目を覚ます。

「ふぁーー、よく寝たのう。久々に満腹なのじゃ」

「むふぁーー、そうなのじゃ、これでしばらく持つのじゃ」

「満足なのじゃ」

「のじゃのじゃ」

何故か全員のじゃ言葉だった。しかも全員燃えるような赤髪に褐色の肌、スタイルも美神さんに劣らず抜群だ。しかも、寸分たがわず皆同じ顔だ……六つ子か!?

 

だが……この気配、人間じゃない。

 

俺は咄嗟に飛びのき、攻撃態勢を整える。

 

「ん?こやつも良質の霊気を持っておるのう。起き掛けにちょっと頂くのじゃ」

そう言って、一人が視界から突然消えて、俺の顔の前に現れる。

 

なっ?速い!

俺は逃れようとするが、自然な手つきで顔を両手で掴まれる。

そして……

 

「ムチュー、なのじゃ」

な、ななんだ?キ、キスをされた!?

ななななぜ?まさかの痴女?

 

「なななな?何を?」

 

「次は我なのじゃ」

「次の次は我な」

赤髪褐色の美女たちは次々と俺はキスをされていく。

 

ここ、これはヤバい!

このキスはまずい、……雪ノ下や由比ヶ浜にバレるのがヤバいとかじゃない。

いや、それはそれでやばいが……

 

言ってる場合じゃない!

霊気を吸われてる!俺の内包してる霊気量が見る見る減っていくぞ。

 

「朝食に丁度良かったのじゃ」

「「「「のじゃ」」」」

 

「くっ…あんたらは何者だ!?」

俺はよろめきながら、壁に手を付き戦闘態勢を保つ。

くそ、霊気を吸われながらだが、霊視である程度見えた。

凄まじい霊力だ。しかし、邪悪な感じが全くしない。

妖怪妖魔や悪魔ではなさそうだが……どちらかと言えば神聖な霊気さえ感じる。

 

「ふむ。ちょっとづつしか、吸わなかったとはいえ、まだ動けるのか。人間にしてはなかなかの霊気内包量なのじゃ」

赤髪褐色の美女たち6人は腕を組み、感心したようにこっちを見る。

 

くそ、横島師匠をのしてしまったのは、失敗だった。

 

しかし……

 

「弟子をからかうのはほどほどにしてくれないっすかね?」

横島師匠が美女たちの後ろに立ち、凄まじい霊力を放出していた。

 

「「「「うわっ、なのじゃ!!」」」」」

今度は飛びのくのは美女たちの方だった。

 

「で、精霊……いや、どちらの女神様っすか?」

 

「悪かった。そのバカでかい霊力を収めよ。少々冗談が過ぎた」

「昨晩我ら6人がかりで散々霊気を吸ったのにもう回復しておるとは」

「流石はかの魔神を手玉に取った奴よのう」

「我らの存在もお見通しというわけか」

な、女神?確かに神聖な霊気を感じるが……それにしても随分軽い女神様なんだが、小竜姫様とは大違いだ。

それよりも、この女神様達、さらっととんでもないことを言っていたぞ。

魔神と言った。横島師匠が手玉にとったとかどうとか……

どういう事だ!?横島師匠は昔、魔神と戦ったのか?

存在すら怪しいその魔神を?横島師匠が?どういうことだ?

……まさか。

いや、横島師匠はSSSランクGSだ。やはりその辺の事情が何かあるのか?

 

「ふう、で、なんすか?ナンパやエッチな事なら大歓迎なんすけど……なんなら今からどうっすか!?」

女神様相手にもこの態度、流石横島師匠というかなんていうか。

 

「うむ、噂通りのスケベな奴じゃ、我らが神であるとわかっててもこの態度か……我らはこの地の島々を守護する火山を司る女神じゃ、この地の者は我らを全員を同一視しておるがのう。……たまたま街にうろついていたところを、西条とかいう人間に誘われてな。酒もたんまり飲ましてくれると言うし、我らも霊気量が心もとなかったのでな、西条から分けてもらおうと。ここについてきたのじゃ。そこにたまたま縛られて寝ていたお主がおったんでな、美味しく霊気を頂いたんじゃ」

……横島師匠って日本以外の神様の間でも、スケベで通ってるんだ。まあ、そうだろうと思ったけど。

この人は人間だろうが妖怪だろうが、悪魔だろうが、神様だろうが、性別が女で美女だったら誰でも手を出すからな……まあ、大概未遂で終わるが。

しかし、この女神様達は何で街にうろついていたんだ?

霊気量が心もとないって、ここがあなた達が守護する土地だったら、そんな心配は無いハズなのだが……何か理由がありそうだな。この島で起きてる厄災と関係があるんじゃ?

 

「昨日あいつに飲み物を渡されて、その後の記憶が……西条ーーーーーーっ!!あいつ!また俺に睡眠薬盛りやがったな!そんで一人で街に飲みに行ってナンパを!!」

横島師匠、睡眠薬盛られたのか……それでも邪悪な存在が近くにいると直ぐに目を覚ますだろうが、相手が女神様だったから眠ったままだったのか。

西条さんもまあそんな事を平然とする……まあ、わからんでもないけど、横島師匠とナンパしても絶対失敗するし。それにしても西条さんって横島師匠に対してだけは大人げない態度をとるよな。普段は大人でカッコいい人なんだが。

 

「その女神様達は、どうして街に出られて、霊気が供給できない事態になったんですか?」

俺は怒り心頭って感じの横島師匠を余所に、女神様達に尋ねる。

 

「家出じゃ、家出したんじゃ!」

「「「のじゃ、のじゃ」」」

女神様達は思い思いにベッドに座りそんな事を言い出す。

このハワイの島々の守護する女神様が家出ってどういう事だ?

 

「我らの旦那が!浮気しおったのじゃ!!我らという美女が居るのにじゃ!!絶対許せぬ!!」

「だから出て来たやったのじゃ!!」

「あの木偶坊は我らが居ないと何もできないろくでなしの宿六の癖に、よりによって、他の女の尻を追うとは!」

「そうじゃ、そうじゃ!」

「謝って来ても100年は口きいてやらんのじゃ!!」

「のじゃ、のじゃ!」

 

女神様達が口々に愚痴りだした。

……どうやら痴情の縺れの様だが。

何その俗っぽい理由、神様も人間と同じなんだな。

 

ちょっとまてよ。

もしかして、女神様がこんなところに家出したから、厄災が起きてるんじゃないのか?

霊気の供給が途切れたという事は……何らかの影響で霊脈や神界とのリンクが切れた?

確か、土地に括られた神はその土地の霊脈範囲から出ると、霊気の供給が受けられないと聞いていたし、小竜姫様程の女神様でも日本という土地から出ることが出来ないと聞いたことが有る。

それが影響してるんじゃないだろうか?

 

「あのハワイの女神様達……そのどのくらい前から家出を?」

 

「うむ、2カ月前ぐらいからじゃのう」

「そうじゃっのう、そのぐらいじゃのう」

……やっぱりか。西条さんの話じゃ、2カ月位前から厄災が起き出したと言ってたな。

 

「もしかして、このハワイ島の火山地帯の異常は女神様達が、この島々との霊的リンクが切れたからですか?」

なぜそんな事になったのかはわからないが可能性はある。

 

「ほう、お主中々鋭いのう、じゃがそれじゃと半分じゃな」

半分正解という事か、ん?そういえば師匠は?

 

ふと、振り返ると……

横島師匠が大人しいと思ったら、壁によりかかりニヤニヤしながら俺と女神様達の会話を聞いていた。

この顔の師匠はあれだ。俺一人でやってみろって言ってる顔だな。

 

ふう、これも修行の一環か。

 

 

「では……女神様達はそのリンク切れが影響して、神界、もしくはそれに類する場所に戻れないと」

 

「ふむ。そうではない………まあ、よいか。我らもこんな事態になるとは思っておらなんだ。この事態を起こしておるのは、浮気者の甲斐性無しの我らが旦那殿じゃ。我らのリンクを切り、霊気の供給を止めるためにな。そうすれば我らが泣き寝入りして戻って来るとでも思ったのじゃろう。その結果、我らが子ともいえる島の民に迷惑をかけるとは、とことんダメダメな奴じゃ、だから三流といわれ、人々の信仰を得られんのじゃ!」

「我らは、浮気者の甲斐性無しの旦那に制裁を食らわせんとしたが、他の島々の噴火を止めるので霊力を使い果たしてしまってのう」

「途方に暮れていた所に、お主らに出会ったんじゃ」

 

……なにそれ。女神様の旦那って、滅茶苦茶ダメな感じなんだが……人間味あふれ過ぎだろ。

 

「女神様達は今、霊気も十分整ってるから、その旦那さんに制裁を加えることが出来るんですね」

横島師匠から、吸い取った霊気で満足とか言ってたから十分なはず。

これで解決できるんじゃないか?

……そういえば、横島師匠の霊気量って、女神様を満足させるぐらいの霊気量が有るって事か?

武神斉天大聖老師の直弟子だしな。

 

「うむ。その事なんじゃが、良い方法を思いついたのじゃ!スケベなお主!我と契りを結べ!浮気した旦那に見せつけてやるのじゃ!!」

 

「ち、ち、契りぃっ!!ふっそういう事ですか……そういう事なら、不肖横島忠夫!!今から皆さんのお相手をこの体を使って存分にっ!!」

横島師匠はさっきまで結構真面目な顔をしていたのに、急にだらしない顔になって、セミが脱皮するが如く服をスポンと脱ぎ捨てる。

 

「服を脱ぐな!!」

「接吻だけでいいのじゃ!!」

「お主は獣か!!」

 

「え?違うの?若い果実を存分に味わいたいんじゃ……」

すっぽんぽんになった横島師匠は前を隠すでもなく、平然とこんな事を言う。

 

「ド阿呆なのじゃ!」

「凶悪な物を我らの前に晒すな!」

「罰当たりな!」

 

すみません。女神様達、この人こういう人なんです。

横島師匠は日本の恥をこうやって世界に拡散していたのか……

という事は出張の度にこんな事に?

 

「はぁなのじゃ、お主、人の話を聞いておったのか?」

「接吻だけで十分効果があるのじゃ、旦那は嫉妬深いのじゃ」

「もし、旦那の前で接吻を見せつけるだけで良いのじゃ」

「自分がしたことを認識させてやるのじゃ」

「接吻で旦那の奴が平然とした顔をしておったら、離婚なのじゃ」

 

すみません女神様達、内の師匠はちょっと思考がまともじゃないんで……

ん?ちょっと待てよ。俺もキスされたよな。霊力を奪うために……それって、女神様の旦那の嫉妬の対象って俺もはいるんじゃ?

 

……女神様の旦那って、神様だよな。神様に嫉妬されるとか避けたい。いやあれはキスじゃあない。

唯の朝食だ。日本人ではアレだが、ハワイの女神様の世界ではちょっとした挨拶みたいなもので、人懐っこい野良猫に顔をなめられた程度に思えば……アレ?……急に恥ずかしくなってきた。

女神は女神様でも、しょ、小竜姫様にキスとかされた日には……そのいけない事なのだが、それを想像するだけで俺の中の何かが爆発しそうだ!

 

 

 

 

そんな時だ……

 

「その横島さん。今までお騒がせして……すみま………………」

 

寝室の入り口から声をかけられる。

 

やばっ!

これって……

 




ハワイ編、次回で終わりです。

その次からは、事態が進みます。
2部のメインの話となります。


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(105)男女の関係はどこも同じ

ご無沙汰しております。
お待たせしましてすみません。
漸く書く決心がつきました。
止まってしまった理由は後がきで……

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

この章はこれで終わりです。
次章は日常編からのスタートです。


 

何だかんだとあって、ハワイの美女6姉妹の女神様に浮気した旦那を懲らしめる手伝いをさせられることになった。

 

そんな時だ。

寝室の入口から声がかかる。

 

「その横島さん。今までお騒がせして……すみま………………」

 

平塚先生がこの場に現れ、しおらしい感じで頭を下ていたのだ。

 

だが、その頭を上げて横島師匠と女神様達を見、目を見開いたまま固まってしまった。

 

しまった!……平塚先生の事を忘れていた。

そういえば、平塚先生昨日、横島師匠に謝って一からやり直すとかなんとか言っていたような。

それで……あやまりにここに。

 

なんて、バッドタイミングなんだ!

 

彼氏だと思っていた男が、ビキニ姿の美女6人に囲まれ、だらしない顔で寝室ですっぽんぽんだ。

状況だけに言い訳のしようが無い。

この人達が女神様達で、霊力の強い横島師匠の霊気を寝てる間に奪って、そのついでに寝ちゃってたなんて、話したところで信じて貰えないだろう。

横島師匠本人に悪気があったわけじゃ無い。今回は正直師匠の落ち度はない!

 

平塚先生は俯きプルプル震えだした。

やばいな。昨日みたいにまた暴走するんじゃ……

 

「平塚先生……そのこれはですね」

俺は慌てて言い訳を言おうとするが、上手い言い訳が思い浮かばない。

 

「ん?なんじゃ?この女子は?」

「ふむ。なかなかの女子じゃ」

「ほう、スタイルもばっちりなのじゃ?うむ。お主のコレか?」

女神様共は呑気にこんな感想を!女神様達も他意はないんだけど!今は黙ってて下さい!

 

「うわっはっはっはーー!今朝マッサージ頼んだら6人姉妹が来ちゃって、折角だから6人で全身マッサージを頼もうと!うはははははっ!」

おいーー師匠!何その言い訳!下手過ぎだろ!?

それよりも凶悪な下半身のブツを隠せよな!

 

平塚先生は俯き震えたまま、一歩前に踏み出し……

 

「そう何ですか~、てっきりそちらの美女たちと夜もお楽しみになっていたんじゃないかと、疑ってしまいました」

てっきりヒステリックに暴れ出すかと思ったが、意外な言葉が返って来た。

猫なで声で敬語を使う先生は……何故か怖い。

 

「そんなわけないっすよ!うはははははは!!」

「そうですよね。おほほほほほっ!!」

「うわはははははっ!!」

「おほほほほほほっ!!」

「うわはははははっ!!」

「おほほほほほほっ!!」

 

横島師匠と平塚先生はお互い向かい合って高笑いをしていた。

まじ怖い。平塚先生がなまじ上品な笑い方だけあって怖い。

 

「うわはははははっ!!」

「おほほほ…ほ……ほほ……」

 

「うわはははははっ!!」

「…………」

平塚先生は沈黙し俯き、また肩を震わせていた。

 

「うわははははは……はは!?」

 

「そんなわけあるかーーーーー!!素っ裸のおったてた男がぁぁぁーーーーあああ!?滅殺のラストブリッドーーーーーっ!!」

平塚先生は涙目の怒りの形相で近くにあった花瓶を手に、眼にもとまらぬ速さで横島師匠の凶悪な股間目掛けて正確に打ち付けた!!

 

「ギャーーーースッズボボン!!!!」

花瓶と共に何かが割れたような音が聞こえ、横島師匠は悲痛な叫び声と共に白目になりその場で前のめりに倒れ、ピクピクと痙攣する。

し、師匠ーーーーーっ!?流石にこれは!?

 

「うわーーーーーーっ!!男なんてーーーーーっ!!男なんてーーーーーっ!!」

平塚先生は大泣きながら、走り去って行く。

 

「先生……ちょ!待ってください!」

やばっ!流石にこれはまずい。誤解を解かないと……、それにまた変に暴走でもしたら。

ここから飛び出して、霊災吹き荒れる火山帯などに近づくものならば危険極まりない。

 

「ふむ。どうやら我らのせいで、あの女子を悲しませてしまったようじゃのう……、ここは女神である我らにまかせい」

女神様達、口々にそんなようなことを言って来た。

 

「女神様達は待っててください!余計ややこしくなるんで!」

俺は女神様達にそう言って、平塚先生を追いかけて行った。

あの女神様達、マイペースというかなんて言うか、場の空気ぐらい読んでほしい。

 

 

霊力を開放し身体強化を発動させ先生を追いかける。

しかし、先生は予想に反し、敷地外に飛び出していなかった。

元のコテージに戻り、大声で泣きながら帰り支度をしていたのだった。

 

「ふえーーーーーん!男なんて男なんて男なんてーーーーーー!!」

 

「先生!あれは誤解なんです」

 

「男なんて男なんて男なんて!いつもいつもいつもそうだ!!」

 

最早俺の声が聞こえてないようだ。

涙を流しながら一心不乱に旅行鞄に服やら何やらを詰め込んでいた。

 

「先生、ちょっと落ち着いてください」

俺は強引に先生の手を取る。

 

「ひ、比企谷!?グスン」

ようやく平塚先生は俺に気が付いて、涙でぐちゃぐちゃになった顔を向ける。

昨日に引き続き、先生の泣き顔を見るのは2度目だな。

 

「落ち着いてください」

平塚先生にハンカチを渡す。

 

「グスン……」

 

 

平塚先生は暫くしてから、ようやく落ち着きを取り戻し、ある程度の事情を説明した。

女神様達の正体を、そのまんま言うわけにもいかないため、仕事の依頼者であると説明する。

で、横島師匠は素っ裸になったのは偶然……でもないか……あれ?自発的だったような。

まんざら、平塚先生の勘違いでもないような気がして来た。まあ、情事には至っていないのは確かだし、いろいろと偶然がかさなって、平塚先生が出くわした状況になったのも確かだ。

 

 

「……私の勘違い?なのか……」

 

「はい。まあ、横島師匠がドスケベでどうしようもないのは事実ですが、今回に関してはそうです」

 

「私はまた、早とちりで粗相を……」

 

「平塚先生。あんまり俺が口を挟む事じゃないんですが、横島師匠についてはこんな事がずっと付きまといますよ。俺の目から見ても、平塚先生が思い描く将来のしあわせとは縁遠い人です」

 

「……君がそう言うのならそうなのだろうが……私には……」

 

「横島師匠はあのドスケベな性格とは別に、ゴーストスイーパーとしても異質ですから……」

神様(斉天大聖老師)の弟子で、女神様(小竜姫様)に好意を寄せられてるなんてとても言えない。

しかも、人類最強の霊能者でゴーストスイーパーだなんて尚更だ。

もし横島師匠が、普通のAかBランク程度のGSだったら、平塚先生とも、有りだったのだろうが。

やはり、どう考えても、事情をよく知っていて、それに耐えうる人じゃないと、横島師匠とは付き合えないだろう。

 

「忠告、心に留めておくよ。何れにしろ横島さんに謝らなければならないな」

 

「そうしてください。でもこれから仕事の予定なんで、帰ってからでもいいと思います」

 

「……君は優しいな。こんな面倒な女にも、親身になってくれる」

 

「まあ、先生には学校で世話になってるんで、その恩返しだと思ってもらったらいいんで」

 

「……ありがとう比企谷」

 

「俺も仕事に出ます。この島は現在危険な状態なんです。ここら辺はまだマシなんですが、念のため外に出歩かないでください。ちゃんとしたホテルだったらいいんですが……、何かあったら連絡……って、携帯なかったな。この札を渡しておきますんで、何かあったら、念じてください。異常を察知できますんで」

 

「そうか………ところで比企谷、一世代年上の女性を恋愛対象として見れると思うか?」

 

「……まあ、人それぞれですし、いいんじゃないですか?」

俺はこの時の平塚先生の質問は、てっきり横島師匠と平塚先生との間の事だと思っていたのだが……

 

「そ、そうか……、その、仕事いってらっしゃい」

その時の平塚先生は少々顔が赤らんでいた。

 

「?…いってきます」

 

 

 

 

とりあえず、平塚先生の事はなんとかなったな。

 

 

横島師匠と女神様達が居るコテージに戻る。

西条さんも、ようやく目を覚ましたようだ。

横島師匠も復活していたが、さすがにまだダメージが残ってるのか、バッテン包帯をしてあそこを氷で冷やしていた。

そんでもって、西条さんと横島師匠、女神様達はソファーで話し合いをしている。

その西条さんだが見るからに二日酔いの様相だ。

 

「八幡、フォロー助かった~」

横島師匠は軽く俺に手を合わせる。

 

「あれは無いでしょう。説得するの大変でしたよ」

 

「あはっあはははっ。いやーー、ギャグで乗り切れるかなって」

 

「あの場では無理でしょう?」

 

「すまんすまん」

横島師匠のギャグは場合によっちゃ、場の雰囲気を180度変えて、好転することもあるけど、逆に悪化することも結構あるよな。まあ、本人はそこまで考えてないと思うが。

 

「それと、いい加減に先生を振って上げて下さい。今後もこんな事があると、平塚先生自身を危険な目に遭わせますし、仕事にも支障がでますよ。そんなこと分かってるでしょ?それに横島師匠は平塚先生と結婚する気も無いんでしょ?だったら早めに手をうってあげないと取り返しのつかないところまで行ってしまいますよ。キッパリと関係を清算させる。それが出来るのは横島師匠だけです」

 

「ううう、はちまーーーん。マジどうしよう?」

横島師匠は急に情けない声を出して俺に縋りつく。

 

「誠心誠意伝えるしかないじゃないですか」

 

「誠心誠意?」

この人ほどこの言葉が似つかわしくない人はいない。

 

「嘘偽りなくですよ。本心を語らないとあの人は何時までも、希望を捨てませんよ」

 

「ううう、分かった……」

横島師匠は情けない顔で返事をする。

スケベで変態でどうしようもない人でもあるが、基本的に女性を悲しませるような真似を自ら出来ない人だしな。

だが、こればっかりは仕方がない。

 

 

「横島君の事を好きな美女がいる事が驚きだが、それを振らないといけないというのもまたレアだね。横島くん!身から出た錆びだ。ビンタの一つでも貰うんだね。それとも一層本当に結婚したまえ!はははははっ!!」

西条さんがここで話に入って来るが、何故か底意地の悪い顔をしていた。

この人、横島師匠の事になると子供っぽいというか、なんていうか。

 

「西条さん。今回は笑い事じゃすまないんで……」

 

「横島君の事は置いといてだ。比企谷君……女神様達に、凡その事情を聞いた。この島の火山帯の霊災を招いてるのは、女神様達の夫である溶岩を司る神だそうだ。神自身は故意に霊災を招こうとしてるわけではないらしい事は分かった」

西条さんは話し合いの内容を確認するかのように俺に教えてくれた。

 

「ふん、あ奴は、神としても三流じゃ、目の前の事しか見えておらんのじゃ」

女神様達の一人が口を尖らしながら、自分の夫の事を話す。

 

「解決方法としては、女神様達に夫神様と仲直りしていただくのがベストなんだが……」

 

「嫌じゃ!あ奴が浮気するのが悪いんじゃ!」

 

「当の女神様達がこのご様子じゃ……」

西条さんは苦笑いしていた。

神様の夫婦喧嘩のせいで、地上に霊災という形でこんだけの被害が拡大してる。

まあ、神様といっても、個々に感情が有るし、小竜姫様のように人に理解がある善良な神様も居れば、悪神と呼ばれる神もいる。まあ、神様も色々と言う事なのだ。

まあ、人も神様もあまり変わらないという事だ。ただ、世界への役割や内包する力が途方もないものだという事を覗いて……

まあ、喧嘩するなとは言わないが、夫婦喧嘩するなら地上に影響しない形でやってほしい。

 

「だから、我とこの横島と仲が良い様子を見せつけて、あ奴に浮気したことを後悔させてやるのじゃ!あ奴の事だ。きっと泣きながら謝ってくるじゃろう」

女神様達は先ほどの話をここでも繰り返す。

 

「女神様……それは少々危険かと。横島くんが女神様の浮気相手役として、その夫神様の前に出る事は危険です。どんな暴走をするか予想がつきません。地上へ多大な影響を与える可能性も十分考えられます」

西条さんは女神様達の案を否定する。

確かにそれは十分あり得る。

 

「うむ。それはそうじゃな。そうならんとも限らん。さりとて我にあ奴を許せというのか?断じて許さん!」

女神様達は肩を怒らせていた。

はぁ、この女神様もなんていうか、俗っぽい。

 

「要するにだ。女神様の旦那に浮気した償いをさせればいいんだろ?そんでもって痛い目にあってもらうとか?」

横島師匠は軽い感じでこんな事を言う。

 

「まあ、あ奴が後悔の念を吐き出し、我に懇願し、一生浮気しないと誓えばな、まあ、ちょっとした制裁で許してやらんでもない」

……やっぱり旦那に痛い目に遭わせないと気が済まない様だな、この女神様達は。

 

「ふははははっ!まっかせなさい!男には容赦せん!」

横島師匠は自信満々に言い切った。

というか、普段横島師匠はやられる方でしょう。主に美神さんに。

何か策でもがあるのか?

 

霊災の元凶、女神様達の旦那の男神をギャフンと言わせるべくハワイ島の火山地帯へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌々日……

今は帰りの飛行機の中だ。

 

ハワイの一連の霊災は終息を見た。

あの後、熱波が吹き荒れる火山に向かうと、火口から直径50mはあろうかという溶岩のような頭が突き出していた。

これが、女神様達の浮気者の旦那、溶岩を司る男神だそうだ。

頭だけで50mって、全身何メートルあるんだよ?普通に考えて400mぐらいあるんじゃないか?

その男神、女神様達が地上に家出したことに気が付き、慌てて火口から飛び出そうとしたんだが、頭が出たのはいいが、火口に挟まって身動きが取れなくなったんだと。

……なにそれ?超間抜けなんだが。

そんで、頭を抜こうと踏ん張ったり力んだりすると、地震は起こるは自分の頭から溶岩が噴火するわで、島内に被害が拡大するもんだから……しばらく大人しくしていたそうだ。たが、その男神がくしゃみをするだけで、火山灰は吹き上がるわ、熱波が吹き荒れるわで、こんな事に……

めちゃくちゃはた迷惑な神なんだが。

女神様達が三流のダメ神というのもわかる気がする。

 

横島師匠は一発ギャグで男神を笑わせ、筋肉が収縮した所で、ハンズ・オブ・グローリーをハンマーの形にして男神の頭を思いっきり殴りつけ、火口に挟まっていた頭を無理矢理押し込んで、抜けさせた。

言ってて、単なるギャグにしか聞こえないが、やってる事は凄まじい。

神様の頭を殴ること自体とんでもないが、超巨大な男神が何をやっても抜けなかった頭を、一発ギャグがあったと言えども、いとも簡単に力業に近いやり方で抜けさせるとは……

まあ、斉天大聖老師様にあんなとんでもない修行をつけて貰ってるから、出来ない事は無いだろうが、世界広しと言えども、こんな事が出来る人間は横島師匠だけだろう。

 

男神は、女神様達に泣いて謝ってたしな。超反省してるようだし……。横島師匠にやられた頭はへこんでたんだけど……。

 

厄災級の霊災だったことには違いないが、俺が想像していた物とは随分違うものだった。

夫婦ゲンカが発端だが、その夫婦ゲンカをしてるのが神様だったから厄災級に……。

はた迷惑にも程がある。ふぅ、神様って一言言っても色々の様だ。

まあ、日本神話やギリシャ神話、北欧神話にアジア圏の神話を読んでいても、はた迷惑な神様は結構いるしな。

 

西条さんに一応聞いてみた。何時も海外出張でこんな感じの事件ばかりなのかと。

返って来た答えを聞いてホッとする。いやホッとするのは不謹慎ではあるが、今回のは結構レアなケースらしい。

本来なら1~2週間。大きなもので1カ月ぐらいかけて行うようなもので、その原因は世界の霊的バランスの歪みに由来しているものや、カルト集団や悪魔や正体不明の何者かが暗躍して起こしたものなどだそうだ。

今回はたった2日で解決だしな。

ゴールデンウイーク中に解決完了してしまった。最悪学校を1週間ぐらい休まないといけない事を覚悟していたのだが。良かったのか悪かったのか。

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つ大きな事件があった。

横島師匠が平塚先生を振った……

 





ご無沙汰しておりましてすみません。
二つほどの問題を抱えておりました。

一つは……一発ギャグが思い浮かばない!!
男神様を倒す一発ギャグが全く思い浮かばなかったことです。
4カ月経っても、思い浮かばないということはもうダメだと。
その間、シリアスにでもと、ふらふらとしながら、一発ギャグっぽい何かをと思ってましたが、全然ダメ><
先に進むにはその部分をカットしようと……こんな形に。


もう一つは……平塚先生をここで振るか振らないか……
これはかなり大きかった。平塚先生と横島くんの追いかけっこを書くのは非常に楽しかったので……ですが、ここのタイミングか次章のタイミング位とは決めてました。
しかし、最後まで追いかけっこしたいとの思いがグルグルと……
そこで、パターンを二つ書いてました。
次章の一話目と2話分のパターンを書いてみて……
振る方が話的には続きやすいと……
しかーーーーし、あの先生がそれだけで諦めきれるのか!!という思いが後押しを思い切って振るパターンに。
振ってもめげそうもないじゃないですか?

というわけで、次章の1話目は明日投稿。



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(106)男女の後始末

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

すみません。
この話はハワイ編に入れます。
次回から新章に……


 

ゴールデンウイーク明け。

日常に戻り、何時ものように小町と共にチャリで学校へと登校する。

 

一昨日までハワイに俺は居た。

ゴールデンウイークに横島師匠と西条さんの海外遠征ついて行き、ハワイでの厄災級の霊災を収める横島師匠の姿をこの目に収める事が出来た。

確かに貴重な体験だった。…だったんだが、なんかアレだ。

厄災そのものは凄まじかったんだが、その発端は目茶苦茶くだらないものだった。

神様の夫婦喧嘩。ようするに旦那の浮気が原因で、奥さんの女神様達が家出して、それを旦那が引き留めようと画策したところ、不可抗力でハワイの島で霊災が発生したようだ。

神様も人間も結局同じだった。神様にも感情が有るし、愛憎もある。結婚だってする。

ただ、スケールがデカいため、唯の夫婦げんかも厄災となってしまう。

人間にとってはいい迷惑だ。

 

まあ、それはいい。

横島師匠が収めたから、もうあの地ではあんなことは起きないだろう。

問題は平塚先生だ。

平塚先生は横島師匠を追いかけてハワイまで来てしまったのだ。

そして、色々と在って、まあ、俺も色々あったが……最終的に横島師匠は先生と付き合えないと頭を深く下げたのだ。横島師匠は自分の心情を語り、誠意を示し振ったのだ。

流石にこれは決定的だった。

平塚先生に仕事の現場まで付きまとわれるのは流石に厳しい、下手をすると命にかかわる。

横島師匠自身、平塚先生とは結婚する気持ちは無いし。横島師匠が抱える環境では平塚先生と一緒になるのは到底無理だ。

ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。

平塚先生はニコっと笑って、「こちらこそ、いい夢を見させてもらいました」と言って一人で先に帰ってしまったのだ。

その後姿は、明らかに泣いてたよな。

 

先生大丈夫なのか?

一応昨日、家にちゃんと帰ったか電話やメールはしておいたが、返事は無いし。

落ち込むなってのは無理があるが、やけを起こして暴走しなきゃいいが、酒に頼るのもいいが、ほどほどにしてもらいたい。先生の場合酒浸りで引きこもるなんてこともありうる。

しかも俺のクラスの担任は平塚先生なんだよな。学校来てるのか?

 

いつも通りクラスメイトの由比ヶ浜と川崎に挨拶を交わし、席に着く。

 

始業のチャイムが鳴り……

 

「諸君!ゴールデンウイークは充実した日々を過ごしたかね!勉学に勤しんだ者、リフレッシュを兼ね旅行に行った者も居るだろう!」

平塚先生はつかつかと教室に入り、生徒を見回し、大声で声をかける。

ふぅ、先ずは安心か。

しかし、妙にテンション高くないか?しかもなんかわざとらしいんだが。

 

「私もゴールデンウイークは少々羽目を外し過ぎてしまってな。はははははははっ…はっ」

大口を開けて笑ってるが、なんて乾いた笑いなんだ。しかもよく見ると目の下に隅が出来てるし、なんか目尻に涙が溜まってるぞ。

……痛々しい。事情を知ってるだけに、見てられない。

 

「ヒッキー、何か平塚先生変じゃない?なんかあったのかな?」

隣の席の由比ヶ浜がこそっと俺に耳打ちをして来る。

ちょっと顔が近いんですが…良い匂いするし、俺も一応男なんですが、そこんとこ認識してほしい。

 

「……大人には大人の事情があるんじゃないか?」

俺はそれだけしか答える事が出来ん。

とてもこの場で言える話じゃない。ゴールデンウイーク中に男に振られたなどと。

 

「そこ!不純異性交遊はもってのほかだ!君たちは受験生だ。そんな浮ついた心では到底志望校には合格できんぞ!」

間髪入れず平塚先生が俺と由比ヶ浜に指さし、目を逆なで説教をする。

ちょっと話してただけなんですが……なに?女子と会話するだけで不純異性交遊って、それって逆恨みってやつでは?……これは当分あれだな。平塚先生に近づかない方が良いな。触らぬ神に祟りなしだ。

 

 

 

昼休みは奉仕部で飯のつもりだったのだが……

平塚先生に呼ばれ、今は屋上にいる。

「比企谷、君には色々と迷惑をかけた」

平塚先生は俺に頭を下げた。やはり先生の目の下にはクマが見て取れる。

 

「まあ、そのなんて言ったらいいのか、アレですよ。他にもきっといい男がいますよ」

俺はこんな言葉しか出なかった。

 

「慰めはやめてくれ。私は背水の陣で臨んだのだ」

 

「……俺は正直言って、ホッとしてますよ」

 

「なんだ?私が横島さんに相応しくなかったという事か?流石に傷つくぞ」

 

「いえ、どういったらいいのかわからないんですが、普段の横島師匠はどこにでも……いないか。スケベが過ぎる青年ですが、師匠はゴーストスイーパーの能力としては突出してるんです。西条さんからも口酸っぱく口外しないで欲しいと言われていた通り、師匠の力は半端ないんです」

先生の相手が横島師匠以外の人で、良い人だったら俺も応援するのはやぶさかではなかった。だが、横島師匠だけはダメだ。

とてもじゃないが、横島師匠にとっても、平塚先生にとってもいい結果にはならない。

横島師匠は今は誰にも答える気が無い。発端は去年の修学旅行横島師匠が先生をナンパしたからなんだが……

それは置いといてもだ。横島師匠が特殊な立場であり、さらにキヌさんや小竜姫様と言った

方々も待たせている状況だ。

 

「……私にはわからない。彼も年相応の青年には変わりない。男女が好き合うのにはその事は関係ないと思うが」

 

「それを言われると反論しづらいですが、師匠の場合事情がありまして……」

どうしたものか、神様に惚れられてるとか、神様の弟子だとかは言いにくい。

 

「ふっ、君は優しいな。単純に横島さんの眼中に私はなかった。薄々気が付いていた事なのだ。私が1人で舞い上がって騒いでいただけ……そう言う事だ比企谷」

平塚先生は泣きそうな笑顔で俺にそう言った。

 

「先生がそれで納得してくれるのなら、もう言わないですが」

傷心か……平塚先生は今、自制心を総動員して自分に納得させているのだろう。

せめて、今度は先生に相応しい人が出来るようにと……美人でスタイルも良いし、生徒思いのいい先生なんだけどな。何せ男が寄って来ない。その男よりも男のような豪胆な性格もあるが、その前に私生活を何とかしないといけない気がする。それさえ解消すれば、普通にいい男が寄って来ると思う。

一度、西条さんにでも紹介してみるのもいいかもな、もう顔見知りだし。

いや、まずいかもしれないな。西条さんは女慣れしてそうで、平塚先生は軽くあしらわれるか、ポイ捨てされる可能性もある。

誰かいい人いないか?神父とか?……流石に年の差があるか。

 

暫く、先生は空を見上げていた。

きっと涙を我慢しているのだろう。

男女の関係か……振られるのも辛いが、振るのも大変だな。

誰かが傷付くのは見たくはないが、こればっかりはどうしようもない。

俺も他人ごとではない。どうしたものか……卒業までには、雪ノ下と由比ヶ浜、陽乃さんに答えを出さないとならない。

1人を選ぶという事は2人を振るという事だ。

ふぅ、今からへこんで来るんだが。

 

 

「……そ、そそ、それとだ」

平塚先生は俺の方に向き直り、顔を赤くし、もじもじと縮こまっていた。

何だ?急に何があった?この平塚先生はレアなんだが?

ちょっと可愛らしいと思ったのは内緒だ。

 

「なんですか?急に」

 

「そ、そのだな。ハワイでの1日目の夜でだ。君に色々とだ。愚痴を聞いてもらったりと、その恥ずかしい姿をさらしたり、そ……その、裸で抱き着いたりしたことは、忘れて…ほ、ほしい」

もじもししながら何言ってんだこの人!せっかく忘れようと今迄スルーして来たのにだ!

わざとその話題を出さないようにしていたのに台無しだ!

そう、俺は横島師匠と勘違いされて、平塚先生に寝込みを襲われたのだ。

しかも、裸で抱き着かれ……その全裸もみちゃったし……結構なものをお持ちでやわらか……って何考えてるんだ俺は!心頭滅却心頭滅却…忘れろ、煩悩退散!

 

「なななな、何のこ事ですか?ぜ、ぜぜんぜんし、知りませんね」

 

「ありがとう。そう言う事にしてくれるのだな。流石に教師と生徒がそのだ…まずいしな」

 

「し、知らないって言ってるでしょ」

 

「ふっ、ありがとう比企谷」

 

「な何の事だか」

 

「そう言えば、比企谷の体、引き締まっていたな……鍛えているのだな」

顔を赤らめながら、何言てるんだこの三十路女教師!せっかく人が忘れる努力しているのにだ!ワザとか?ワザとなのか?

 

「ひ、昼飯があるんで、行きますよ」

俺はそう言って逃げるように去ろうとする。

 

「……ありがとう比企谷」

後ろから平塚先生の声が届く。

そのお礼の言葉は俺にとっては辛い。

もっと最初に、ちゃんと俺の方からも平塚先生に言うべきだった。横島師匠とは付き合わない方が良いと。

 

 

 

奉仕部の部室に逃げるように向かう。

 

「こんにちは、比企谷君」

「ヒッキーやっと来た」

雪ノ下と由比ヶ浜は机を4つくっ付け、弁当を広げ待っててくれたようだ。

 

「うす。先食ってくれてよかったんだが」

 

「私が待ちたかったからそうしただけよ」

「一緒に食べないと楽しくないし」

 

「すまん。待たせたな」

 

「いいえ」

雪ノ下はそう言って俺にお茶を入れてくれる。

……そして俺の目の前には雪ノ下の手製弁当。

未だに、この3人での昼飯は気恥しい。

俺は明らかにリア充街道を歩いてるよなこれ。

平塚先生は傷心だというのに、余計に居た堪れなくなってくる。

 

「ヒッキー、平塚先生に呼ばれてたけど、何かあった?先生は先生で朝から変だったし……」

由比ヶ浜が早速俺に聞いてきた。

言い難いが、こいつらには言っておいた方が良いかもな。

 

「ゴールデンウィーク中、仕事で横島師匠とハワイに行く事は言っていただろ?」

 

「聞いていたわ。その事と平塚先生がどう関係するのかしら?」

 

「現地に到着したら、平塚先生が居た」

 

「え?ヒッキーの師匠さんを追って?」

 

「……だが、平塚先生は横島師匠に振られた。まあ、いずれはこうなるとは思っていたが、今は傷心の身だ」

俺は経緯を省き簡単に説明する。

そう必然的に途中経過の話は避けなければならない。

この二人には絶対話せないような内容が盛りだくさんだからだ。

 

「えーー!?」

 

「由比ヶ浜、声がデカいぞ」

 

「そう、こうなるのではないかとは思っていたわ。……でも比企谷君、もしかしてなのだけど……その平塚先生を慰めたりとかはしていないわよね」

雪ノ下は、平塚先生の数々の痛い姿を目の当たりにしていたからな。その感想は妥当か。

その後に、雪ノ下はこんな事を聞いてきた。

 

「いや、まあどうだろうな」

慰めたのは、平塚先生が振られる前だよな。

さっきは多少は慰めの言葉をかけたかもしれんが。

 

「はぁ、私は平塚先生にも注視しないといけないという事かしら」

雪ノ下はため息を吐く。

 

「ゆきのん、どういう事?」

 

「雪ノ下、何か勘違いしていないか?」

何かとてつもない勘違いをしているような気がしてならないのは気のせいか?

 

「まあいいわ。その…週末のデートの件なのだけど」

「そうヒッキー、デート!」

 

「おい、デートって3人で遊びに行くだけだろ?」

確かにゴールデンウイークの埋め合わせで、遊びに行く事を約束はしたが、デートとは言ってない。

 

「年頃の女の子と遊びに行く事をデートと呼ぶのよ」

雪ノ下。デートと遊びに行くは大きな違いがあるぞ。

 

「3人でデートっておかしくないか?」

 

「いいじゃん。ダブルデートって事で」

由比ヶ浜、ダブルデートは二組のカップルが一緒にデートする事だぞ。

 

「どちらでもいいわ。比企谷君と出かける事には変わらないのだから」

この頃の雪ノ下の言葉は、いちいち俺の心をざわつかす。

こいつ、去年まで毒舌しか吐かなかったのに、なにその恥ずかしいセリフ。

去年のツンドラ雪ノ下に聞かせてやりたい。

きっと悶絶すると思うぞ。

 

 

この日の放課後。

雪ノ下と由比ヶ浜にハワイの土産を部活の時に渡した。

一色も現れる事は予想済みで、一色にはハワイ土産の定番マカデミアナッツチョコを渡す。

雪ノ下と由比ヶ浜には一応同じものを渡してる。

小町が、俺がハワイに行く前に2人のお土産としてチョイスしてきたのは、良い匂いがするハワイアンな感じなリップクリームだった。

流石にそれはないだろう。なんだ、そのだ。なんか、キスをねだってるみたいだろそれ?

だから俺はテディベアのハワイアンバージョン。しかも色違いのもの手渡す。

これならば、気恥しさとかはない。しかも、一応喜んでもらえたようだ。

 

 

 

 

 

俺はこの日、特に用事があった分じゃないが、事務所に向かう。

横島師匠の様子を見に行くために。

ハワイで平塚先生を振った横島師匠は、飛行機の中でずっと沈んだままだった。

横島師匠は平塚先生に自分には好きな人が居た事と、その人はもう亡くなった事、まだその人を思っている事、そしてなにより平塚先生の思いに応える事が出来ない事を誠実に話し、振ったのだ。

 

流石に決定的だった。

平塚先生は涙しながら、その場を去り、先に日本へと……

 

 

だが……

 

「横島――――――っ!!どこに行ったーーーーー!!」

事務所に近づくと、聞きなれた怒声が飛んでくる。

 

「美神さん、こんばんは」

 

「比企谷!あんたいい所に来たわ!横島の奴を探すのよ!!見つけたら知らせるのよ!いーい!!」

美神さんは鬼の形相で俺にそう言って、どこかに行ってしまった。

 

俺は、事務所建物の外に置いてあるポリバケツ型の3つ並んでるごみ箱の一つの蓋を開け、ゴミ箱に声をかける。

「……何をやらかしたんですか?横島師匠」

 

そう、ゴミ箱の中には横島師匠がすっぽりと嵌った状態で入っていたのだ。

 

「いやーーっ、ちょっと美神さんのシャワーを覗いただけで……」

 

「………俺の心配を返せ」

俺は平塚先生を振って、落ち込んでるんじゃないかと、慰めの言葉の一つでもかけようと思っていたのだが……そんな必要はないようだな。

まじで、何やってんだこの人は?

 

「八幡、俺を心配してくれていたのか?そうなんだよ。ちょっと覗いたくらいで……いや~、久しぶりのチチ・シリ・フトモモ~~、ああでなくっちゃな!!」

……ほう、要するにだ。平塚先生の事は俺に押し付けて、自分だけ楽しんでいたというわけか……

 

「………」

俺は横島師匠の入ったゴミ箱の蓋を静かに締め、まわしてロックする。

 

「八幡?な、何を?」

 

俺は深く深呼吸をして……

「美神さーーーーーーん!!覗き魔はここですよーーーーー!!」

大声で叫んだ。

 

「げっ!裏切ったな八幡――――!あれ?開かない……あれ?」

 

 

「ふっ、ふっ、ふっーーーー!でかした比企谷!!」

どす黒いオーラを纏った鬼の形相の美神さんが吹っ飛んできた。

 

俺はゴミ箱を指さした後、役目を終えたとばかりにその場を去り、家路についた。

横島師匠の断末魔のような叫び声がしばらく、背後から耳に入っていた。

 

 

俺は電車に乗った頃、ふと思った。

横島師匠の覗きや下着泥は、日常ではほぼ美神さん限定に近い。

あれは一種のルーティーンではないかと、横島師匠と美神さんの合意の上のストレス解消方法なのかもしれない。

やはり、平塚先生を振った事による心の痛みを解消するために、美神さんに手をだしてその後折檻されるまでがワンセットで、そして日々の日常に戻していく。

多分、そう言う事なのだろう。

ストレス解消方法は人それぞれだが、これだけはマネが出来ない。

普通の人間だったら死んでしまうしな。

 

横島師匠はまあ、これでいいとして。

平塚先生は暫く、そっとしておいた方が良いだろう。

 

平塚先生に、早くいい人が見つかればいいんだが……

 



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【十一章】GS内偵編
(107)キヌさんとの仕事


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

それでは新章スタートです。


5月中旬。

奉仕部は何時ものメンバーでいつもの席に座り、俺と雪ノ下は読書、由比ヶ浜は勉強をしてる。

結局、新入部員を積極的に勧誘していない奉仕部は、小町が生徒会と兼任で入っただけで、部活見学者もなかった。

まあ、部活の名前からして面倒くさそうな感じがするからな奉仕部。

 

小町は今日は生徒会の方に行ってる。

生徒会での役職は会計らしい。

まあ、金勘定は得意だからな家の小町は。

 

「そう言えば雪ノ下、オカルト事務管理資格者認定試験の方はどうだ?」

美智恵さん主導で国、オカルトGメン、GS協会が協力して進めて来たGS関連の新たな資格制度の第一弾が、このオカルト事務管理資格者制度だ。

雪ノ下は6月に開かれるこの認定試験を受けるのだ。

この業界は霊能者の人材不足が深刻な問題であるのは間違いない。

その人材不足を解消するために、霊能力者でなくとも出来る部分を資格制度化したものがこれだ。

今回の物は、GS協会の認定試験制度とはなるが、この資格認定者はGSの事務所に勤務するのに有利となる。元々GS事務所の事務方は一般人を雇う事が多かったのだが、GSの知識が不足して事故につながるケースが過去に結構あったようだ。

それを解消するための、このオカルト事務管理資格者認定制度なのだ。

その後には、メインの国家資格となるサイバーオカルト対策管理者資格一種二種や、オカルト管理責任者資格一種二種などの資格制度も準備が進んでいる。どれも超難関な資格となる事は間違いないだろう。

雪ノ下は最終的に全部の資格を取るつもりらしい。

その手始めとして、今回のオカルト事務管理資格者認定試験を受けるようだ。

 

「そうね。自信が有るわけではないけれど、大丈夫よ」

まあ、雪ノ下は随分前から準備してきたし、キヌさんにレクチャーを受けてるようだし、今回のは残りの二つの国家試験とは違い、それほど難易度が高いわけでもないから、先ずは大丈夫だろう。

 

 

「ゆきのん。学校の中間試験もあるのに凄いね」

由比ヶ浜がそう言うのも仕方がない。認定試験はタイミング的には中間試験のすぐ後になる。

だが、毎日コツコツと勉強してる人間にとって、中間試験前だからといって普段の勉強以外特別な事はしないだろう。

 

「そんなに難易度が高いわけではないから問題無いわ。……そう言えば比企谷君も近々GSランク査定に関連する若手対象の能力テストがあると聞いているのだけど」

雪ノ下はキヌさん辺りから聞いたのだろうか?いや、自分で調べたのかもしれないな。

 

「え?ヒッキーも試験があるの?GS免許持ってるのに?」

 

「元々半年に一度、査定はある。実力主義の世界だからな。実力が落ちればランクは落とされ、実力が上がればランクが上がる仕組みだ。ただ報告書やらだけの書類審査みたいなもんだったが、今年から試験的に若手対象の能力テストを行うんだと」

6月のGS査定に先立って、5月末に行われるCランク以下の25歳の若手対象の能力テスト……これに俺はキヌさんと一緒に参加することになっていた。

俺の実績では別に参加しなくても、査定に影響は無いらしいが、この能力テスト、一応GS査定のために行われる試験なのだが、その実は一連の霊能を使った愉快犯をあぶり出すための物でもあった。

美智恵さんはGS内部に裏切者が居る可能性を前から疑っていたのだ。

今迄の犯行を見るに、GSの内情をしるものの仕業だと判断していたのだ。

俺とキヌさんは参加者の中に、裏切者を探すため、この能力テストに参加する事になっていた。

まあ、裏切者が居ないに越した事は無い。先ずは身内の中を整理したいのだろう。

 

「へ~、なんか大変そう」

 

「そんな大したもんじゃない。今の実力を見てもらうだけの話だ」

そうは言ったものの、まだテスト内容を聞いてなかったな。

キヌさんは知ってるのだろうか?

まあ、流石にGS資格試験のような、受験生同士のガチンコバトルは無いだろう。

 

 

 

と……思っていたのだが甘かった。

 

「月末のCランク以下の若手能力テストは、野外でのバトルロイヤル方式で行います。丁度2月に令子が買った訓練施設には広大な敷地に宿泊可能な建物があるわ。自然を使った広大なフィールドは実力を図るのには適した場所ね」

俺が美神令子除霊事務所に赴くと、オカルトGメンの東アジア方面統括管理官

の美神美智恵さんが来ていて、俺とキヌさんにそんな説明をしだす。

バトルロイヤルっておい、ガチバトルじゃないですか!

 

「制限時間を設けています。最後の一人まで戦わせる必要がないからよ。飽くまでも目的は出場者の実力や能力を見るのがメイン。彼らが広大なフィールドでどのような術を使い、戦い抜くかを見る物よ。バトルロイヤル方式はその見極めに適しているわ。制限時間までに如何に、霊能力や戦術を駆使して、仮想敵を倒し、生き残るかがポイントね」

確かに出場者の実力を見るのはもってこいだ。

自然に近い場所での戦闘は確かに実際の妖怪退治と近いものがある。

一対一の戦闘に比べ、応用範囲は圧倒的に高い。

制限時間を設けているという事は、防御に徹するもよし、逃げ隠れするのも良しという事だ。

わざわざ、自ら戦わずに、同士討ちさせたり、罠を張ったりと、虚実も十分使える条件だ。

あまり戦闘に向かない霊能でもやり方次第では十分に実力を発揮できるだろう。

なるほど……流石は美智恵さんというところか、若手GS免許取得者の能力や実力を図るのに理にかなってる方法だ。

 

「今のところ108名が参加することになってるわ。全員まとめて行うつもりよ。フィールドは山二つ分に当たるわね」

去年、陽乃さんを徹底的に潰すためだけに、美神さんが買い取った潰れた田舎の温泉旅館とその周囲の山々だ。温泉旅館は訓練施設兼宿泊所に改装されていたしな。

しかも、GS協会にオカルト訓練場所として登録してるし、今回のバトルロイヤル方式の能力テストにもってこいだ。

美神さんはどうやらあれ以降、ここをGS協会とオカルトGメンに貸してるらしい。

賃料はちゃんと貰ってな。その辺は美神さんってところか。採算を取るつもり満々だ。

普段はこの施設はGS協会の職員さんが管理してるようだ。

確かにこんな大々的な野外訓練所は、六道家や土御門家とか超有名どころの名家ぐらいしか持ってないだろう。

 

しかし参加者が108名とは、意外と少ないな。

GS資格試験が改定されてこの3年で96名は資格者が居るはずだし、それ以前に資格免許を取った人もいるだろうに、この倍は参加するものだと……

マジで人材不足は深刻なようだ。

 

美智恵さんがルールの説明を終えた後、美神さんが俺達にその続きの話をする。

「おキヌちゃんと比企谷君は飽くまでも一連の愉快犯の犯人に関わる連中の調査が主体よ。参加者の中に、召喚術の適性を持って居る奴、高レベルで術式を使いこなしてる奴、そんで、怪しそうな奴をピックアップして頂戴。それと……一応言っておくわ。途中離脱なんてみっともないマネは許さないわ。まあ、あんた達だったら、調査しながらでも残るなんてことは余裕だとは思うけどね」

そう、俺とキヌさんの目的は飽くまでも、一連のオカルトを使った愉快犯の関係者、要するに裏切者の捜索だ。今回この能力テストを行う真の目的だ。

 

「比企谷君、がんばりましょうね」

キヌさんは俺に優し気な笑顔を向けてくれる。

 

「はい」

その笑顔だけでがんばれます!

 

 

 

この後、通常業務の仕事は、能力テストの際の連携を高めるためという理由で、キヌさんと俺と二人で依頼をこなしに行く事になった。

緊急事態で去年のクリスマスは二人で対応はしたが、正式にキヌさんと二人きりでの依頼仕事って初めてかもしれない。

そう思うとなんか緊張してきた。

 

事務所の応接セットで、キヌさんとこれから行く仕事依頼の打ち合わせをする。

因みに横島師匠はシロとタマモと既に仕事に出かけていた。

 

依頼内容は幽霊の除霊。場所は某繁華街の飲食店だ。

事務所からも近い。

 

「比企谷君。この相席居酒屋というのは、普通の居酒屋さんとは違うんですか?」

キヌさんは依頼先の名前を見て、俺に質問をする。

よりによってここはないでしょう?しかもキヌさんも俺も未成年ですよ。

こういうのは横島師匠専門でしょ!いや、ダメか。スケベが服を着てるような人がそんな場所でトラブル起こさないわけが無い。

 

相席居酒屋の存在はテレビとかで知ってる程度だったが、一応ネットでも調べた。

要するに合コンを即席でセッティングしてくれる居酒屋の事だ。

男だけのグループと女だけのグループが入店して、その場で知らない相手と合コン出来るように店がセッティングしてくれるのだ。

殆どの店舗は男がすべての支払いを持ち、女性は無料だそうだ。

さらに二人以上という条件がある店が殆どだが、女性は単独でもOKの店もある。

何かあれだ。出会い系サイトの居酒屋版って印象だ。

 

「………あのですね」

俺はキヌさんに小声で説明する。

 

「あの……その、私、合コンなんてしたことないです」

顔を赤くするキヌさん。……なんか可愛い。

 

「キヌさん、俺達は別に合コンするわけじゃないです。除霊に行くんで関係ないですよ」

 

「そ、そうですよね。私ったら」

慌ててるキヌさんも可愛いです。

 

依頼概略内容はこうだ。

一週間前から、ポルターガイスト現象が起きだして、今では幽霊が目に見えて店にあふれかえってるそうだ。

しかし、店自体に被害は無いらしい。まあ、気味悪がって客は来なくなっただろうが。

急に幽霊が多量に集まって来たということは、その一週間前に何かその店に引き寄せられる要因が出来たという事だろう。

その要因を見つけ、解決しなければ、いくら幽霊や悪霊を追い払ったり祓っても、また元の木阿弥になる可能性が高いな。

 

 

 

俺は装備を整えるために倉庫へと向かおうとすると、廊下でキヌさんに声をかけられる。

「比企谷君。横島さんハワイから帰ってから少し元気がないみたいなんですが、ハワイで何かありましたか?」

横島師匠は表面上はいつも通りに見えるんだが、キヌさんには分かってしまうか。

原因は平塚先生を振っての事だ。ここは素直にキヌさんに話すべきなのか?

いや、横島師匠は意を決して、平塚先生を振ったのだから、此処は弟子として男として話さない方が良いのだろうが……

だが、キヌさんに隠し事をするのは辛い。それにキヌさんは純粋に横島師匠を心配してる。

しかし平塚先生にも、申し訳ない気がするし……

 

「確かにありましたが……」

 

「やっぱり。……横島さんは自分が辛い事を何時も隠しちゃうんです。私達に心配させないようにと……でも、私は話して欲しいんです」

キヌさんは辛そうだ。過去にもそんな事がいくつもあったのだろう。

本来は横島師匠から話すべきなのだろうが、今回ばかりはちょっとあれだ。

俺から話した方が良いだろう。

 

「………その、実は横島師匠、平塚先生を振ったんです。平塚先生はハワイまで横島師匠を追って来て……、霊災解決後に……」

 

「え?……横島さんが女性を?……あんなに美人な方を?」

確かに平塚先生は美人で、いい人ですが、ちょっと性格とか私生活に問題がありまして……

 

「はい」

 

「それで横島さんがあんな感じに……平塚先生の方は?」

 

「大分落ち込んでいますが、学校にはちゃんと来て授業をしてますよ」

 

「………そうですか……横島さんが……、私だったらとてもじゃないですが耐えられません……平塚先生は強いのですね」

 

「………」

やはりキヌさんは優しい人だ。平塚先生にも気を使ってる。恋のライバルと認識している相手に……これがもし美神さんだったら、高笑いしているだろうがな。

 

 

「でも…私から横島さんに何かしてあげられる事も……」

 

「まあ、それは仕方がないですよ。時間が解決するんじゃないですか?それに早かれ遅かれ、何れこうなったと思います。横島師匠は元々平塚先生と寄り添うつもりは無かったんです。平塚先生のためにも、この結果は良かったんだと、俺は思います」

 

「……比企谷君」

 

「横島師匠にはいつも通りでいいんじゃないですか?平塚先生は俺の方でフォローはしておくんで」

まあ、平塚先生も、男に振られ慣れてるから大丈夫だろう。……きっと。……いや、うん大丈夫なハズ。

 

 

俺は装備を整え、キヌさんは巫女服に着替えて、事務所を出発する。

キヌさんも俺も移動手段を持っていないから、自転車に乗り、現場まで……

巫女服姿のキヌさん、自転車に乗る姿はそのなんていうか、尊い。

そうこうしている内に10分程で現場近くに到着。

依頼先の店舗が入ってる5階建ての雑居ビルの前に立つ。

 

問題の相席居酒屋は4階・5階だ。

2階と3階は別の店舗で1階はコンビニだが、幽霊騒ぎの影響なのか、店は閉まっていた。

 

霊視をするまでもなく、雑居ビル周囲には霊圧が高まっているのを感じる。

それ程、強い霊気は感じないが、かなりの数の幽霊が集まってるようだ。

幽霊相手であれば、キヌさんの力が最大限に発揮されるだろう。

 

俺は改めて、相席居酒屋が入ってる4階と5階を見上げる。

……除霊仕事としてはそれほど難易度は高くはないだろう。

しかも対幽霊のエキスパートのキヌさんが横に居てくれているんだ。特に問題無いハズなんだが……何なのかは分からないが嫌な予感がする。

俺の霊感がそう警鐘を鳴らしていた。

 



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(108)まあ、そんな事だろうと思った。

感想ありがとうございます
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きです。


依頼現場の相席居酒屋が入ってる雑居ビルの4階、5階を見上げる。

幽霊が多数存在することは霊視でもわかる。

ただ、悪い霊気はあまり感じられない。

ほぼ無害な浮遊霊ばかりなのだろう。

除霊案件としては、それほど難しいわけではない。

しかし、なぜ浮遊霊が相席居酒屋にたむろするんだろうか?

いや、この場所が問題なのかもしれない。

とにかく、何となく嫌な予感がする。

 

 

「キヌさん、中の様子を見に行ってきます」

とりあえず状況を確認するため、先行して階段を登り4階の相席居酒屋の入口まで到着する。

さっきから、浮遊霊が次々と店に入って行くんだが……。

 

俺は霊気を抑え気配を消し、店の入口の鍵を開け、こっそり中の様子を伺う。

 

『半年前、近くの交差点で事故って死んじゃった麻美享年23歳でーす。』

『5日前、突発性の病気で死亡した正子享年32歳です』

『上司のパワハラで自殺しちゃって地縛霊になりかけた奏太享年25歳です』

『通り魔に刺されて死んじゃいました太一郎享年28歳です』

『今日は騒ぐぞーーー!!フィーバーだ!!』

……なにこれ?

浮遊霊が普通に合コンしてるんですけど。

しかも結構、死亡した状況が酷いんですが……なんでこいつ等こんなに明るいんだ?

 

しかも、あちらこちらで盛り上がってるし。

 

軽く霊視した感じ4階だけでも結構霊がいるな。ざっと70体位は居る。

しかも全員、合コンして騒いでるんだが……何ここ、幽霊のための相席居酒屋なの?

とりあえず俺は霊視を続ける。

 

4階には元凶となりそうな強い霊気を感じない。皆、何処にでも居るような浮遊霊ばかりだ。

ただ、合コンを楽しんでるだけで……

5階の方には、ちょっと強めの霊気が集まってる。場の霊圧も4階よりも高いようだ。

という事は幽霊が集まるなんらかの原因が5階にある可能性が高いという事だな。

しかし、この幽霊共はどうしたものか。ただの浮遊霊だからといってこのままここに留まり続ければ、場の霊圧がそのうち高まり過ぎて、ひょんな事から悪霊化する可能性もあるし、この霊達目当てに、悪霊や妖怪や悪魔などが集まる可能性だってある。

そうだからと言って、単なる浮遊霊だし無理矢理祓うのも気が引ける。

マジで楽しんでるだけだからな。場所が悪いだけで。

やはり、ここはキヌさんに任せた方が良いだろう。

キヌさんなら、幽霊たちを説得させて天に還す事が出来るだろうし、どこか迷惑じゃない場所に退去させてくれるだろう。

 

 

俺は一度店を出て、キヌさんと打ち合わせをする。

先ずはキヌさんに4階の浮遊霊達を任せて、その間に俺は5階の様子を見ながら原因を突き止める事にする。

そして、原因を突き止めた後、5階の浮遊霊達もキヌさんに説得してもらい、天に還してもらうなり、退去させてもらう。

 

早速、打ち合わせ通りの作戦に出る。

 

「皆さん、此処で集まるとお店の方にご迷惑がかかります。天に召される事を希望される方は私が帰します。まだ、現世に残りたい方は、地縛霊にならないように気を付けてお帰り下さい」

キヌさんに4階の合コンをやってる浮遊霊連中の相手をしてもらってる間に、俺は5階へと向かう。

多分殆どが天に帰るだろうな。キヌさんの神々しい霊気と言霊にあたれば、大概の霊は天に召されたいと考えてしまう。

キヌさんはマジで聖母だ。ハワイの女神様達よりも女神だよな。

美神さんだったら、浮遊霊も悪霊ごと祓ってしまう。

だが……

 

『巫女さんコスプレイヤーキターーーー!!』

『巫っ女さん!!巫っ女さん!!』

『クオリティ高!写メ取って良いですか!?』

『インスタ映えやばくない!?』

キヌさんがこの場に現れた事で、何故か盛り上がる浮遊霊達。

お前らテンション高まり過ぎだろ?

幽霊なのにインスタとかSNSとかできるの?

まあ、キヌさんに任せてれば大丈夫だろう。ちょっとアレだが。

 

 

そのおかげもあって、俺はその間に、浮遊霊達に気づかれないようにこそっと5階に上がると事が出来たのだが……

『男―――!!』

『若い男来たーーーーっ!!』

『私が頂くわーーー!!』

『私のよ!!」

女性の霊達が切羽詰まった形相でいきなり迫って来た。

 

俺は思わず札を取り出し、結界を張る。

女性の霊達は、結界に跳ね飛ばされる。

そのまま祓っても良かったんだが。

なんか、身近な人にこんな感じの人がいるんで、ちょっといたたまれなくなって……

 

『私達には男に触る権利も無いの?』

『しくしくしく、寂しいよ。ひと肌が恋しいよ』

結界に阻まれた女性の霊達は、項垂れ口々に嘆きだした。

 

「はぁ、あんたら何でこんなところに集まったんだ?」

何これ?まさか、いつものパターンの女バージョンってことは無いだろうな?

 

『寂しいのよ!!』

『男が欲しい!!』

『素敵な彼氏が欲しいの!!』

『結婚したいのよ!!』

『力強く抱きしめてほしいのよ!!』

なんか滅茶苦茶必死なんだが。

どうやら、願望はあるが生前に彼氏や結婚できなかった女性たちの霊達の様だ。

 

「だったら、下の連中(浮遊霊達)みたいに、合コンすればいいだろ?」

 

『な!?まともに合コン出来てたら、こんな女ばかりで集まってないわよ!!』

『そうよ!!私だけの王子様を待っていたら、いつの間にか行き遅れてたのよ!!』

『若い時に遊びまわって、いつ間にやら30になったら、周りに男が居なかったのよーーーー!!若い時はモテてたのに、30になったら見向きもしないなんて!!男なんて男なんて!!』

『生きてる時は悪い男ばかり、みーーーんな。私にお金だけ出させて、ポイ捨てにする!!優しい彼氏が欲しいのよ!!』

なんか、涙が出て来た。身近な人の未来を見ているようで……

 

「言い分は分かった。生前は辛いことがあったんだな。でも、あんたらはもう死んでるし、未練を残しすぎると悪霊になって悲惨な末路を迎えるだけだ。来世に期待して、天に召された方が良いと思うぞ」

 

『何?こんな私達を諭してくれるの?あんた、ゾンビみたいな目をしてるけど、いい男ね』

『やっぱそうかな。来世にはいい男と出会えるかな?』

『来世は若いうちにいい男引っ掛けて、結婚してやる』

ん?ゾンビは余計だが、なんか説得が成功っぽいぞ。

後でキヌさんに天に帰してもらおう。

 

「まあ、そうだな。……ふう、それはそうと、あんたらは何に魅かれてここに集まったんだ?」

 

すると独身女性の浮遊霊達は一斉に店の奥でひと際騒がしい女性幽霊達を指さす。

 

「やってられるかーーー!男なんて!男なんて!」

『アネさん、そ、そうですよね』

『お酒、お持ちしました』

『アネさん、男なんていらないっすよ』

『肩を揉みましょうか?』

 

あれ?……なんか一人だけ人間が混ざってるのは気のせいか?

俺は目を擦り、再度見直す。

 

どう見ても人間だよな。しかもよく知ってる人だし。

しかも、何か浮遊霊達を従えてるように見えるんだが……

 

うん。間違いなくあれが元凶だよな。

嫌な予感ってこの事だったようだ。

 

「…………」

 

俺はつかつかとその一団に近づく。

 

『アネさん、男っすよ!念願の若い男が来たっす!』

『アネゴ良かったですね』

『おい、あんた!アネさんの前に座りな』

「……え?男が?……どうせ、ふられるんだ。わっはっはーーーっ男なんてシャボン玉!」

『そんな事ないっすよ。男っぽいとか』

『必死過ぎて、男が逃げちゃうとか』

『男運が極端に悪いとか、そんな感じなだけで、姉さんは美人じゃないですか』

「え?……そうかな?」

 

……なに幽霊と小芝居やってんだこの人。

普通に浮遊霊と話してるし……

しかも、相手が幽霊だという認識が無い様だ。

なんか経緯が容易に想像できるんだが。

横島師匠に振られ、傷心のままふらりとこの店に入ったのだろう。

考えたくも無いが、色々あって、男の人に相手されなくて、こんな事に。

 

「……帰りますよ。平塚先生」

しかしまずいな。平塚先生自身、高霊能力者の横島師匠と接触が多かったり、幽体離脱したり、悪霊やらに遭遇する率が高かったら、平塚先生の霊力が高まってるみたいだ。元々素質があったのだろうが……。そのせいでちょっとした霊障体質になりかけてる可能性が高いぞ。

どうしたものか……。

 

「……ひ、比企谷?」

先生は俺の事をポカンとした顔で見上げる。

 

「行きますよ」

俺は先生を立ち上がらせるために、腕を取る。

 

「なななんでここに比企谷が?……こほん。此処は未成年が来る場所じゃないぞ。それに私をどこに連れて行こうとするのだ?大人をからかうのも大概にしろ」

親に悪戯をバレた子供のような慌てた顔した後、咳ばらいを一つして、真剣な顔をして俺に注意しだす。

もう、先生の醜態は見慣れたんで、今更取り繕っても俺の心象はかわりませんよ。

良くも悪くもですが。

 

「先生を迎えに来たんですよ」

とりあえず、先生をこの場から離さないと。

この場の霊気と霊力が高まった先生が発する陰鬱な気が共鳴し合ってる。先生はちょっとした霊障体質になりかけてるから、こんな事になりやすいのだろう。

そんで幽霊を呼び寄せてしまったらしい。

やはり、横島師匠とはもっと早く、別れさせた方が良かったのかもしれない。

俺の考えが甘かったようだ。

 

「え?……そそそ、そのだ。い、いいかん。君と私は生徒と教師だ。これ以上私に醜態をさらせと?離したまえ」

何を慌ててるんだ?何か勘違いしてるような。

 

「いいから行きますよ」

俺は強引に平塚先生を引っ張る。

 

「ちょ、比企谷、ご、強引ではないか?そ……そんなに手を強く引っ張られると……」

周りの幽霊共は、『アネさんに男が』『アネさんが大丈夫なら私もきっと』『これで私達も合コンできる』とか涙流しながら、道をあけてくれた。

なにこれ?浮幽霊にも同情されたり、気に掛けられたりする先生って……

しかも、何顔を赤くしてるんだこの教師は?

 

「い、いかん。いかんぞ比企谷。私とて教師なんだ。君の担任なのだぞ」

何か先生はわめいているが、気にせずに俺は先生を連れ、雑居ビルの非常階段から下に降りる。

ここで、平塚先生とキヌさんを会わすわけにも行かないからな。

横島師匠を振った理由は、少なからず、キヌさんの事も含まれてる。

かなり気まずいだろう。

 

階段を下りながら先生を家に帰らすためにタクシーを呼ぶ。

「た、タクシーでどこに?……」

家に送るだけですが?

 

続けてキヌさんにスマホで連絡し、平塚先生の名を今は伏せ、浮遊霊が集まった原因の人を、安全な場所へ移動させたと伝える。

 

タクシーを待ってる間に、相席居酒屋の浮遊霊達は、キヌさんによって、天に召されたか、退去させられたかで、もう霊気を感じなくなっていた。

流石はキヌさんだな。

 

手を引っ張ってる間、先生は俯き加減で顔を赤くしていたが、ここで先生に俺がここに来た経緯と事情を話しておいた。

「……私は、また勘違いをして……そのすまない。君に迷惑をかけたみたいだな。教師失格だ」

先生はさらに落ち込んだようだ。

 

「今は学校の外で、時間外ですよ。教師とか関係ないです。それに今の俺はGSとしてここに居るんで、たまたま知り合いが霊障の現場で鉢合わせただけってだけ」

 

「君は相変わらず捻くれてるなあ。でも今の私にはそんな君の心遣いが心にしみる」

 

タクシーで先生の住むマンションまで送った。

先生には俺自作即席のちょっとした幽霊除けの札を渡す。

霊障が進行しないようにだ。

 

今のうちなら、先生程度の霊障なら、しばらく霊などを遠ざければ、自然と治るだろう。

それよりもだ。彼氏云々の前に、先生には心の余裕を持ってもらはないと、根本的な解決にはならない気がする。

普段の先生なら、俺から見てもカッコいい大人の美女だからな。

後は、私生活改善か、これも心の余裕って所に影響してるのかもな。

 

余計なお節介なのかもしれんが、俺は先生にとある場所を紹介する事にした。

あそこなら、先生の悩みや心を癒してくれるだろう。

ただ、川崎には先に色々と説明する必要はあるが……

 

後日、俺は唐巣神父の教会を紹介した。

あの美神親子の師匠をやれたぐらい出来た人だ。

平塚先生程度はどうってことないだろう。

神父の教会の説法や導きなら、平塚先生も心が洗われ、心の余裕が出来てくるかもしれない。

 

……いや、決して押し付けたわけじゃないぞ。

俺じゃ、力不足もいい所だからな。

 




平塚先生……幸せにしたい。
次からは、GS関連の話になってきます。


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(109)デートは慣れが必要。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きをどうぞ。



5月第三週の土曜日

俺はこの日、美神さんから休みを貰う。

美神さんからかなりグチを言われたが、ゴールデンウイークの長期出張もあったし、今週末の仕事もそれほど多くなかったし、何よりキヌさんが美神さんを説得してくれたため、しぶしぶ了承を得る事が出来た。

今からこれじゃあ、俺が社会人になった時にはどうなるんだ?

有休とかとれるのだろうか?いや、無理だろうな。

超ブラック事務所である美神令子除霊事務所では、期待できるはずもない事は分かっているのだが……。

やっぱ、美智恵さんの誘いに乗ってオカルトGメンに入った方が断然良いよな、マジで。

……命が消えない方法で、オカルトGメンに入る事を真剣に考えてみたが、悪魔より極悪非道美神令子から逃げるすべを俺程度では思いつくはずもない。

もしかして、俺の人生詰んでるのではないだろうか?

……今から考えるのはよそう。俺の胃が持たない。

 

何故そこまでして休みを取ったかって?

雪ノ下と由比ヶ浜との約束を守るためにだ。

本来ゴールデンウイークに3人で遊びに行く約束をしていたが、急にハワイへの出張が決まって、延期してもらったからだ。

言っておくが、決してデートではないぞ。

ダブルデートでもない。3人だからな!

あ、遊びにいくだけなんだからね。

そのだ……告白される前だったら、3人で出かけるのはそこまで恥ずかしくはなかったんだが、その好意を面と向かって言われた後だと、そのだ、緊張というかだな。もう一杯一杯なんだ。なんかが爆発しそうなんだけど!

しかも、あいつ等普通にデートだと言ってくるわ!

雪ノ下と由比ヶ浜は俺が行きたいところだったらどこでもいいとか!

リア充丸出しイベントなんですけど、何これ?俺のキャラじゃないんですが!

ボッチだった俺はどこに行った!?

 

 

というわけでだ。雪ノ下と由比ヶ浜と東京わんにゃんショーにやって来た。

困った時のマイエンジェルシスター小町に相談したところ、此処を選んでくれた。

雪ノ下はネコ好きで、由比ヶ浜も動物好きだ。何よりここなら恥ずかしさが軽減される気がする。

流石は小町ちゃんナイスチョイス。

 

 

案の定、雪ノ下はネコゾーンで思う存分ネコを堪能してたし、由比ヶ浜も動物たちと触れ合って楽しそうだ。

まあ、何よりも俺も動物好きだからな、テンションは自然と上がってしまう。

 

ここは去年、俺がまだ奉仕部に入りたての頃、小町と出かけ、そこで雪ノ下と由比ヶ浜と別々に偶然居合わせた場所でもある。

由比ヶ浜は当時、俺と雪ノ下が偶然一緒に居たと事を目撃して、付き合っているのだと勘違いしていたらしい。……それでしばらくふさぎ込んでいたと。

そう言えばあの頃、由比ヶ浜は奉仕部にしばらく顔を出していなかったな。

その頃から、由比ヶ浜は俺の事が好きだったとか言われる恥ずかしイベントが発生。

なんか後からそう言う事を言われると、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど。

しかもそう言われると思い当たる節がいくつもあったような気がする。

俺が鈍感であったことが痛いほど理解した。

 

なんだかんだと雪ノ下も由比ヶ浜も楽しんでるようだし、これで穴埋めはできたはずだ。

それに、俺も結構楽しめた。

 

 

この後、東京わんにゃんショーの会場である幕張メッセ近くのアウトレットモールでちょい遅い昼食をとる事になった。

東京と冠しているイベントではあるが、会場は実は幕張メッセだ。歴とした千葉県内、しかも千葉市美浜区にある。

東京ディズニーランドも所在地は千葉県ではあるが、浦安市の臨海部、東京の真隣であるから、まあ、東京を冠するのはギリギリ許してやろうという気にはなるが、幕張メッセで東京とかどうなんだ?お隣の東京都江戸川区からかなり離れてる。

せめて東京湾わんにゃんショーだったらわからんでもない。確かに東京湾の湾岸にあるからな。

千葉でありながら東京と名乗りたいという思いは、千葉県民の大東京への憧れの表れなのだろうか?

千葉にも東京に負けていないものがあるぞ。面積とか、落花生とか……

まあ、それはおいといてだ。

もっと千葉(地元)に誇りを持って良いのではないのかと思う今日この頃である。

 

 

アウトレットモールへ移動し、由比ヶ浜お勧めのパンケーキとオムライスが美味しい喫茶店に入り昼食をとる。

由比ヶ浜は、幾重も積み重なった斬新な盛り付けのパンケーキをスマホでパシャパシャ撮っていた。

インスタ映えってやつだろうな。

確かに、オムライスは美味しかったが、この斬新過ぎる盛り付けはともかく量が多すぎだろ?インスタ映えがメインじゃないのか?

「う~、もう食べれない」

由比ヶ浜、多分それは一人で食べる奴じゃないぞ。そのパンケーキの量は数人で食べるもんじゃないのか?

 

「ヒッキー、あーん」

由比ヶ浜は何を思ったのかフォークに刺したパンケーキを俺の口元に持ってくる。

 

「いや……いいし」

なんで恥ずかし気もなくそんな事をやってくるんだ?

 

「え~~、ヒッキー男の子だから、まだ食べれるよ」

いや、そう言う問題じゃないんだが……公衆の面前でやめてもらえませんでしょうか?

ただでさえ、雪ノ下と由比ヶ浜は目立つ、喫茶店に入ってから若い男連中がチラチラこっちを見てるってのに、恥ずかしいんだって。

 

「由比ヶ浜さん、流石にそれはマナー違反ではないかしら?」

ナイスフォロー雪ノ下。助かったぞ。

 

「だったらゆきのんも」

 

「え?その……だ、だめよ。その、まだ流石に恥ずかしいわ」

雪ノ下は一瞬フォークを握ったが、顔を少々赤らめさせ直ぐに離した。

おい雪ノ下、一瞬お前もやろうとしただろう。

 

「え~~、やろうよ」

 

何かないか?……周りの男どもの視線が痛い。

何か回避する方法は……

 

「余ったケーキは持ち帰りが出来るらしいぞ。帰ってから食べればいいんじゃないか?」

俺は起死回生の方法を見つけ、テーブルに持ち帰り可能と書いてあるメニューたてを指さす。

 

「ヒッキー、意地悪だ!」

 

「勘弁してくれ」

なにこのリア充イベント。

俺には無理だ。

世のリア充共はこんなの事を極普通にやってるのだろうか?

 

「そ、そうね。その人のいないところで……」

雪ノ下は少々赤らんだ顔をそむける。

……どうやらこの恥ずかしいイベントはいつかはやらないといけないらしい。

 

 

喫茶店を後にし、アウトレットモールに買い物に行く前に、由比ヶ浜と雪ノ下はトイレへ行く。

俺は通路の柱の前に置かれたベンチに腰を掛け、待つことにした。

 

ふぅ、わんにゃんショーの会場の中では俺も動物に夢中で気にはならなかったが、やはり男共の視線が痛い。

そりゃそうだ。雪ノ下と由比ヶ浜は誰が見ても美少女だ。そんな二人の横に俺みたいな冴えない男が居れば、男共の視線も鋭くもなる。

 

こいつ等と付き合うという事は、今後もそう言う事なのだろう。

今の時点では俺は明らかに釣り合っていないのは分かっている。周りからそう見られている。

彼奴らの思いに応えるためにも、せめて、そう思われないような男にならないといけないという事か……

それってどうしろと言うんだ?この目を整形とか?

なかなか先は厳しい。

 

ふっ、俺は不意に自分の今の思考に苦笑していた。

前までの俺だったら、なんで俺みたいな奴と付き合うんだとか、考えていただろう。

ちょっとは成長したという事なのだろうか?

それとも、単にこの状況に慣れてきたという事なのだろうか?

何れにしろ俺も、変わってきたという事なのだろう。

 

ベンチに座りながらそんな思いに更けていたのだが、あいつ等トイレに行くと言って結構時間が経ってるぞ。トイレが混んでるとか?それともトラブルか?

 

俺は立ち上がり、自然と二人の霊気を探っていた。

 

ん?……なんか、数人の男に足止めを食らってる感じだぞ。

俺は雪ノ下と由比ヶ浜の周りに男共の気配を感じる。

……ナンパだなこりゃ。

しかも、こいつ等……

 

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜の霊気を感知した場所へ向かう。

 

「君たちかわいいね」

「ねえ、君達僕たちと今から遊びに行かない?」

 

「………」

「いえ、友達がまってるので」

 

案の定、雪ノ下と由比ヶ浜は6人の男共にナンパされ、足止めを食らっていた。

雪ノ下は無視を決め込み、由比ヶ浜は苦笑いをしながら断っていた。

 

尚も男共は食い下がる。

「じゃあ、その友達も一緒にね」

「俺達こう見えても、GSなんだぜ」

「ちょっとしたスリルも味わえてきっと楽しいよ」

「俺たちの全部奢りだよ。なんていったってGSだから、お金にはこまらないしね」

 

なんかGSをネタにナンパしてるんだが……

なにそれ?GSって自慢できるほど、モテる職業だったか?確かに上位のGSは儲かるけどな。他の職業に比べて命の危険は高いし、何より、気味悪がられるのが落ちのような気がする。

それは置いといてだ。カタリでナンパしてるわけじゃなさそうだ。

こいつ等全員、霊気は霊能者のレベルに達している。

遠目でこいつら全員霊気が高い連中だと思っていたがGSか……、

本物のGSがGSをネタに何ナンパしてるんだ?

はぁ、そんなんだから、世間からGSが怪しい連中にみられるんだ。

横島師匠でもGSをネタにナンパなんてしないぞ。

ああ見えて、横島師匠は自分自身を包み隠さず全面に出してナンパを敢行する。

いっそ、その方が清々しい様に思う。

まあ、それだからってナンパが成功するわけでもない。

包み隠さず下心丸出しのナンパしかできないから、ほぼ99.99%失敗するのだが……因みに後の0.01%の成功は平塚先生の事だ。

 

 

「この二人は俺の連れなんで……」

俺は頭を下げながら、男連中の前にでる。

面倒臭い事にならない内にとっととこの場を去るに限る。

 

「おっ?一瞬ゾンビかと思ったが、人間か」

「なんだ?ゾンビみたいな目をしやがって。しゃしゃり出て来るな!」

「俺達が先にナンパをしてるんだぞ。ゾンビ男」

「なにカッコつけてるんだ?ゾンビ男」

「お前みたいなゾンビ男がこんなかわいこちゃん達の連れなわけないだろ?」

男共は俺に口々に文句を言ってくるんだが……やはりゾンビか……俺はそんなにゾンビに似ているのだろうか?霊能者からは悉く初見でゾンビに間違えられるのだが……

やはりこの目か……俺にどうしろと言うんだ!

 

「比企谷君、行きましょ」

「ヒッキー、来てくれてありがとう。行こっ!」

雪ノ下は俺の左腕を、由比ヶ浜は右腕を取り、そのまま男連中から後ろを向け去ろうとする。

 

「お、おい」

ちょ、恥ずかしいんだけど……

恥かしいが効果的かもしれない。これだけ見せつければ、ナンパGS連中も諦めてくれる可能性が高い。

 

しかし、ナンパGS連中は諦めずに、6人中の5人に囲まれる。

「待てって、君たちはそのゾンビに騙されてるんだ!」

「今から、ゾンビを退治して助けてあげるよ」

「さあ、ゾンビめ!覚悟!」

ワザとらし言い回しで俺達を遮る。

俺が人間だと分かって、ワザと言ってやがるな。

ふぅ、どうしたものか。

なるべく争いごとは避けたい。

横島師匠ならこの場を一発ギャグで乗り切れるだろうが、俺には無理だ。

いっそ、俺のGS免許を見せるか?

いや、それも余計面倒なことになるかもしれないし……

まあ、アレだ。

何時もの美神令子事務所流で行くか。

俺はふぅと深呼吸をする。

 

 

「あああっ!!あんなところにGKB48の前田貞子が!!!!」

俺は連中の後ろの方を指さし、驚きの表情を作りながら、今を時めくアイドルの名前を大声で叫ぶ。

 

「おおっ!まじか!?」

「俺ファンなんだよ!?」

「どこだ!どこなんだ!!」

連中は一斉に振り返り、居るはずもないアイドルを探す。

思いっきり俺のブラフだ。

美神さんがやるとなぜか悪魔でも騙す事が出来る。もはや必殺技と言っていいだろう。

 

俺はその間に、雪ノ下と由比ヶ浜の手を引っ張りその場をそそくさと去り、アウトレットモールの外の広場まで、周りに怪しまれない程度の早歩きで脱する。

 

「え?ヒッキー、前田貞子どこ?」

由比ヶ浜はこんな事を俺に聞く。なんでお前も騙されてるんだ?

 

「もう、大丈夫そうね」

雪ノ下は息を上げながらホッとした表情をする。

 

「いいや、そうでもない。あんたは一人で何の用だ?」

俺は振り返り、不機嫌そうな男に声をかける。

ナンパGS連中の中で一言も発していない男が俺たちの後ろについてきていたは分かっていた。連中の中で一番霊気内包量が高い奴だ。

 

「そんな手では俺は騙されないぞ。美神令子除霊事務所の比企谷」

一人騙されなかった奴がいるか、美神さんや横島師匠のようにはいかないか。

しかもどうやら、そいつは俺の事を知ってるようだ。

 

「人違いじゃないすか?知らない名前ですね」

俺は雪ノ下と由比ヶ浜の一歩前に出て、そいつと対峙する。

一応、とぼけてみるが、こいつは確信を持ってるようだ。

 

「そんなゾンビみたいな目の奴が、他に居るかよ。去年秋のGS免許取得試験でお前を見たからな」

 

「で、あんたは誰だ?」

完全にバレてるな。あの試験会場にいたのかよ。受験者だったのかもしれないが、直接対決した奴じゃないな。見覚えが無い。

 

「不勉強だな比企谷。それとも調子に乗ってるだけか?俺は2年前のGS免許試験の優勝者の安田勤、GM事務所所属のな」

20歳過ぎの安田と名乗ったそいつは、俺を睨みつける。

2年前ということは、キヌさんがGS免許取った時の優勝者か。そりゃそこそこの霊力を感じるわけか。

しかもGM事務所か、結構大手だぞ。関東では3番目ぐらいか。人数も30~40人の霊能者を擁してるらしい。

 

「で、その安田さんは俺に何の用ですか?」

それにどうやら追いかけてきたのは、ナンパの為じゃなさそうだ。俺に用があるらしい。

 

「ふん。女二人連れで余裕だな。来週にはランクが懸かった能力テストがあるというのにだ。若手のホープだとかもてはやされてるようだが、そんな甘い物じゃない。今度の能力テスト精々がんばんな。俺ももちろん出る。お前を見つけたら真っ先に潰してやるよ。ふん、だが俺が手を下す前に、他の連中に叩かれるだろう。出る杭は打たれるものだ……それだけをちょっと言ってやろうと思ってな」

 

「ご忠告ありがとうございます」

 

「ふん、気に食わない奴だ」

そう言って安田は、不機嫌そうなまま去って行った。

 

 

「何か嫌な感じ!」

由比ヶ浜は安田の後姿に、悪態をついていた。

 

「比企谷君、今度の能力テストは、対人戦なのかしら?」

雪ノ下は俺に質問をする。さっきの奴と俺との会話を聞いていたらそう思うよな。

 

「……はぁ、なんかそうらしい。急に決まった」

 

「ヒッキー、さっきの人と戦うの?」

由比ヶ浜は心配そうな顔をする。

 

「まあ、そうなるかもしれないが、そんなに厳しいもんじゃない。……そんな事より、千葉に戻って買い物の方が良さそうだな。さっきの連中にまた出会うのもアレだしな」

 

幕張のアウトレットモールを後にし、千葉駅まで戻り、2人の買い物に付き合う。

途中にイレギュラーは有ったが、2人ともそれなりに満足してくれたようだ。

その日はそのまま別れ、家路につく。

 

俺は安田とかいう人との会話を思い出す。

もしかして、俺って業界内でも知られているのだろうか?

一応、去年のGS免許取得試験で準優勝はしてはいるが、優勝者は陽乃さんだしな。

美神さんや横島師匠の知り合い以外のGSとはあまり交流が無いから、自分自身の業界内での噂や知名度なんてものはよくわからない。

千葉在住のGSは幾人かは知ってるが。

 

出る杭は打たれるとかなんとか言っていたが……まさかな……。

 




うまいタイトルが思い浮かばない。
次回、若手能力テストのバトルロイヤルが始まります。


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(110)若手能力テストバトルロイヤル開始

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。





5月最終週の日曜

山深い温泉地にほど近い、GS協会が管理している訓練施設に来ている。

この施設は元々、美神さんが陽乃さんを陥れる為だけに買った廃業した温泉旅館とその周囲の山々を擁する土地だ。

それを今はGS協会とオカルトGメンが協力して、温泉旅館を室内訓練施設と宿泊施設に改装し、周囲の広大な山野の土地を利用したゴーストスイーパー用の野外訓練施設へと改修し運営してる。

 

そして今日、この野外訓練施設にて、GSランク査定に反映されるCランク以下の25歳以下若手対象能力テストが行われる。

能力テストと言っても、かなり実戦的な方法だ。

野外訓練所の山二つ分の広大な土地を使って、バトルロイヤル方式で霊能バトルを行うのだ。

但し、優勝者や順位を決めるものではなく、飽くまでも参加者の能力を測るのが目的なため、制限時間を設けてある。

GS免許資格試験の一対一の対人戦闘とは異なり、かなり実戦に近い形だ。どうしてもタイマン形式の対人戦闘は向き不向きがある。霊能は何も単純な戦闘だけが能ではない。キヌさんが良い例だ。キヌさんは精神感応系の霊能が優れ、言霊を自由に操れる。さらにヒーラーとしても超一流。そしてネクロマンサーという世界に3人としかいない特殊霊能も持ち合わせている。アンデッド系の相手ならば無類の力を発揮するのだ。

だが、キヌさんは一対一の対人戦闘には向いていない。GS資格試験もギリギリだったとか。

このバトルロイヤルであれば、対人戦闘用のスキル以外にも、色々とやり様がある。

術式による罠を仕掛けたり、相手を幻惑させ体力を消耗させたり、見つからないように身を潜めやり過ごしたりと……

今回は飽くまでも、若手の能力を見る事が目的ではある。まあ最低限、制限時間までに生き残っていないとプラス査定にはならないだろうが。

 

その能力テストに、今から俺とキヌさんも参加することになっている。

俺もキヌさんも本来参加しなくとも、通常業務報告の審査でランク昇進はほぼ確定らしいんだが、ある目的のために参加しているのだ。

この能力テストを企画したGS協会とオカルトGメンには裏がある。

表向きは確かにGSランクの査定のためのテストだが、去年から数々の霊能テロ事件を引き起こしている愉快犯的な犯人、若しくはその関係者がGS協会員の中に居る可能性があるとして、あぶり出すための物だった。

これまでの犯行を見るに内部情報が洩れている可能性が高く、身内に犯人の協力者か犯人自身が居る可能性が十分に考えられるということなのだ。

そして、内部協力者なり内部に潜む犯人の関係者に、怪しまれず内部調査をするために仕組んだのが今回の能力テストだった。

俺とキヌさんの役割は要するにGS内の裏切り者を探す内偵だ。

俺とキヌさんは能力テストに参加し、バトルロイヤル中に、怪しい奴を調べる役割を担っている。

無論、美神さんや美智恵さん達も、外部から目を光らせているが、俺の霊視能力で直接確認することが肝となる。

 

 

 

続々と能力テストの若手参加者が集まって来た。

GS免許資格試験の時もそうだったが、参加者の服装はバラエティーに富んでいる。

仏教や密教系は坊さんのような恰好だし、神道系はキヌさんみたいな巫女服、陰陽師系の式服、ミッション系は修道服だったり、はたまた道着だったり、軍のスニーキングスーツみたいなものを着てる人も居る。普通にビジネススーツ風の人もいる。

俺はというと普段着とあまり変わらない物を着てる。まあ、そんな人もそこそこ居る。

まるっきり普段着というわけじゃない。多少術式を施して、対霊能や物理攻撃耐性などを付与させているが、いつもよりも耐久力を落としたものだ。

 

この能力テストでは、防御クラスCの物までしか着用が許されてないからな。

 

まあ、金を積めさえすれば、防御クラスSとか、ロケット弾を跳ね返したり、落雷を無効化したりとかできる霊能グッズがある。

今回の能力テストでは純粋に能力を測るために、服装装備は防御クラスCの物までと限定したのだろう。

 

俺も普段は呪術や魔法などを受けにくく、物理的な衝撃も軽減させる特殊素材でできた、今着てる奴よりもクラスが高い仕事用の服を着ている。

 

美神さんのボディコンスーツも最高素材で作られたものらしい。

なんか、妖刀も切れないような特殊セラミックのインナーも着てるのだとか……

あの人、世界が滅んでも、自分は生き残る気満々だな。

そういえば、横島師匠の服って、どう見ても普通の服だよな。

まあ、あの人、落雷が落ちようが、刀で切られようが、へっちゃらそうだけどな。

怪我しても3秒で回復するし。

 

「比企谷君、頑張りましょうね」

何時もの巫女服姿のキヌさんが声をかけてくれる。

いつ見ても…素敵です。

 

「よろしくお願いします」

今回の内偵はキヌさんとコンビを組んで行う。

 

 

 

旅館風の宿泊施設の前の広場に参加者が集まり、定刻通りGS協会の六道会長の挨拶から始まる。

その後ろにはGS協会の美神さんを含む幹部数名と、オカルトGメンの東アジア統括管理官の美智恵さんも来ていた。

因みに、横島師匠と西条さんはまたしても、例の出張だ。

 

2週間前に美智恵さんから参加者は108人と聞いていたが、もう少し人数が居る様だ。

ん?…あれは先週、幕張で雪ノ下と由比ヶ浜をナンパした連中だ。あいつ等あの顔で全員25歳以下だったのか、もうちょっと年上だと思った。

そんでやっぱり、あの安田って人も居るな。

しかも、こっち見て睨んでるし……。なんか恨み買うようなことをやったか?

 

続いて、GS協会の職員から、能力テストのバトルロイヤル方式についての説明が始まった。

制限時間は2時間。フィールドはこの山二つ分の山野、結界で覆ってる範囲だ。

殺傷力が高い術式や攻撃は禁止。

召喚術はCランクの魔獣や精霊まで、但し制御が完全に出来る物に限る。

式神は制限は無いが、殺傷力の高い攻撃は禁止だ。

それ以外は基本何でもありだ。

それと、参加者全員にバイタルチェック用の術式が施された札が配布され、それで参加者の状況を確認し、ダメージを受けすぎたり、戦闘継続が困難な状態であれば、その場で退場となる。

札は見える場所であれば体のどこにでも張っていいらしい。

さらに、その札を外したり、外されたりすると退場となるとの事。

 

実はこの術式の札はバイタルチェックだけのためじゃない。参加者の霊能の質や霊気量を図る役目を行ってる。

要するにだ。一連のテロの犯人と同じような霊能を持っているかをこれで測っているのだ。

それでも、細かい能力は分から無い。霊気の質にあまり関係の無い、知識面やテクニックで賄える外的要因が大きい術式などは、どんな術式を持ってるかまでは測る事が出来ない。

さらに、監視カメラを至る所に設置し、ドローンを複数台飛ばし、リアルタイムで参加者の動きを確認している。

不正が有った場合も、直ぐにわかり退場となるが、それよりも参加者がどんな術式を展開させるかそれで判明するだろう。

後の細かい所を調べるのは、俺とキヌさんの役目だ。

俺の広範囲の霊視で該当しそうな奴を見つけ、近づき詳しく霊視、黒に近ければ、キヌさんの言霊でそれとなしに情報を吐かせる様に仕向ける作戦だ。

それ以外にも、外部から監視している美智恵さんや美神さんから怪しい奴の情報を得て、そいつに近づき霊視を行う。

美神さん達との通信は周囲の連中にバレないように、通話可能な術符を俺は襟元、キヌさんは巫女服の首辺りに潜ませていた。

このフィールド内では結界が張ってあり、外界から遮断するため、野外訓練施設敷地外や宿泊施設や観覧席からは通信機器や術式を介しての通信、テレパスも遮断され、通信はできないようになっている。

外界からは遮断はされてるが、結界内の参加者同士の通話は可能となっている。

そして、美神さんや美智恵さんは幹部席や監視室を結界内に設けることにより、結界内のドローンによる監視や監視カメラによる監視も可能であり、さらに俺達と通話可能となっていた。

 

 

そして、バトルロイヤルの開始カウントダウンが始まる。

カウントダウン中の2分間はフィールド内への移動が可能だ。

要するに位置取りをする時間だ。

これ次第で、いきなりピンチにも、有利にもなる。

2分は短い気はするが、実戦では妖怪や悪魔はこちらが隠れる時間まで待ってはくれない。

 

俺とキヌさんは予定通り少々距離を置きながら、移動を開始するが……

何故か、俺が移動する方向に、俺を囲むように12人ほど移動してくる。

いや、もっといる。遠巻きに20人ほど……その中に先日のナンパ野郎どもと安田って奴の気配もある。

 

もしかして、俺は狙われているのか?

 

確かにこのバトルロイヤル方式に徒党を組むことは禁止するような要綱はないが、あからさますぎるだろう。

これが、先日安田が言っていた出る杭は打たれるってやつか?

 

俺はキヌさんに術符を通して通話をする。

「キヌさん。どうやら俺は狙われてるようです。キヌさんは俺から離れてください」

 

『比企谷君。大丈夫なんですか?』

 

「なんとか撒きますんで」

 

『……わかりました。気を付けてくださいね』

 

「はい」

 

キヌさんとの通話の後、美神さんから通話が入る。

『あんた、狙われてるわね』

 

「どうやらそのようです」

 

『あんたは一応この業界では面がわれてるしね。去年の免許資格試験準優勝の結果はGS協会であれば誰でも知ってることよ。確かにここ数年では、あんたと土御門の生意気な小娘は、群を抜いていたわ。有力株であることは確かね』

 

「……出る杭は打たれるって奴ですか?」

 

『なに生意気な事を言ってるの。それは飽く迄も新人レベルでの話よ』

 

「そ、そうですか、ではなんで?」

 

『だから、おかしいのよ。今の成長したあんたの実力は知られてないはずよ。唯一知られるとすれば、GS協会会員共同で行ったGS協会の緊急案件、年末の同時多発霊災よ。あんたはあの時あの現場でBランクの魔獣ガルムを1人で倒した。Cランクの新人のあんたがね。そうなれば雑魚GS達の警戒が上がるのは無理もないわ。でもね。あの件はあの場にいたおキヌちゃんと、報告先のGS協会の職員か幹部しか知らないはずなのよ』

美神さんの言いまわしだと、新人としては、高いレベルだったが、何年もこの業界に居る人間からすると、そこまで警戒するレベルではないという事なのだろう。

それと俺の面と実力バレは、そのGS免許資格試験の時だけらしい。

 

「後から応援に来た千葉在住のGSには?キヌさんが説明してるんじゃ?」

確かに年末のクリスマスイブの同時多発霊災の際に俺はBランクの魔獣ガルムを一体倒した。あれは、緊急案件で俺とキヌさんが現場に一番近かったから、対応しただけで、事が終わった後だったが、千葉県在住のGSが応援に駆け付けたはずだ。

俺はガルムの血で汚れてしまっていたから、シャワー借りて着替えてる間に、キヌさんが応援に駆け付けたGSやら現場で待機していた警察に説明してるはずだ。

 

『後で色々と面倒になりそうだから、あの場ではおキヌちゃんにガルムの事は話すなと言っておいたわ』

 

「………という事は、俺の今の実力関係なしに、何らかの理由で俺個人を狙い打ちにしてる奴がこいつらをそそのかしてる。もしくは俺の今の実力を何らかの方法で知った奴の仕業ということですか?」

今咄嗟に考えが浮かんだのは、この二つの線だ……前者は俺に恨みを抱いている奴が居る事になるが、全く身の覚えが無い。

 

『そういうことよ。前者は、あんたがどっかで恨みを買うのは自由だけど、どこかでよその女を引っかけた、そんなところかしら?』

 

「そんな事するわけないじゃないですか!!横島師匠と一緒にしないでください!!」

どこで誰が女を誑し込んだんだ?そんなことをした覚えもなきゃ、そんな勇気もない!

横島師匠じゃあるまいし!……いや、たらしこんではないか、師匠は一方的にナンパしてるだけか……。誑し込んだのは平塚先生だけ。

 

『あんた、もう少し自覚をもてば?それはいいわ。問題は後者よ。どうやって、あんたの情報を知ったかよ……』

美神さんがそう俺に話しかけてる途中で、バトルロイヤル開始の銅鑼が鳴り響く。

 

 

 

そして、俺の周囲にいた連中が、一斉に襲い掛かってきた。

 




久々にまともな戦闘になりそうですねw


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(111)若手能力テストバトルロイヤルその2

ご無沙汰しております。
なんだかんだとやってたら、こんなにあいてしまいました。

とりあえず、この前の続きです。





Cランク以下及び25歳以下若手対象の能力テストバトルロイヤルが開始されようとしていた。

開始前のカウントダウン中にこの広大なフィールド内で位置取りをしようと移動していたのだが、俺はどうやら他の参加者に狙われてるようだ。

10m以内に12人、遠巻きに20人程、俺を囲むようについてくる。

出る杭は打たれるとはいうものの、これはあからさま過ぎるだろ?

 

 

開始の合図と共に、示し合わせたかのように近くの連中が次々と襲い掛かって来た。

俺も開始と共に霊力で身体能力強化と霊視空間把握能力を発動させ襲撃に備える。

最初に襲って来た三人は神通棍を振るってくるが、俺は走るスピードをさらに加速させ振り切る。

次に仏教系なのか修験者なのかわからないが、4人が錫杖を振るい襲ってきた。

俺は速度を維持したまま小刻みに左右上下のフットワークを使い、それぞれの攻撃を避け、襲ってきた奴らを引き離す。

その後に霊体ボウガンやら札クナイなどが飛んできたが、それらは俺に届かず地面に突き刺さる。

 

俺は森の中に入り込み、木の上に飛び移り、さらに連中から遠ざかるように移動する。

俺の霊視空間把握能力でも50m以内には誰も居ない事を確認し、霊気を抑え隠密行動に移す。

どうやら襲ってくる連中をとりあえず撒いたようだ。

だが、今回のバトルロイヤルは霊具持ち込みOKだ。

暫くしたら見鬼くん(霊体センサー)で俺の位置がバレるだろう。

まあ、極小に霊気を抑えてるし、他の参加者もいるから、俺を特定するのにもそこそこ時間は掛かる。

 

これからどうしたものか。

俺の目的は飽くまでも参加者の中から、一連の霊能愉快犯の関係者を探す事なのだが。

まさか、俺を集団で狙ってくるとは思わなかった。

先に彼奴らが俺を狙う理由も探った方が良いのか?

それは後でいいか。予定通り先ずは霊能愉快犯の関係者洗いだな。

 

 

『比企谷くん。大丈夫でしたか?』

丁度キヌさんから通信が入る。

 

「連中は撒きました」

 

『流石ですね。あんなに霊能者が居る中を、あっさりと対処できるなんて……、比企谷君は暫くジッとしておいた方がいいですね。私は美神さんと美智恵さんの指示で、疑いがある人物と接触を図ります』

キヌさんに褒められるのは素直に嬉しいが、まあ、そんなに大した連中じゃなかったから、いくら人数が居ても苦にならない。あの程度で音を上げるようでは妙神山の修行にはついて行けないしな。

 

「大丈夫です。多少身動きがしづらいですが、問題ないです。ですが、俺は狙われてるのは変わらないんで、単独で行動します」

 

『わかりました。もし、比企谷君の霊視能力が必要な人が見つかればお知らせします。無理はしないでくださいね』

 

「はい」

 

キヌさんと通信を終えると直ぐに美神さんからも連絡があった。

しかも、何故か怒ってらっしゃる。

『比企谷!!あんた何で返り討ちにしなかった!!』

 

「いや、目的は愉快犯の関係者の洗い出しですから、わざわざ倒さなくても」

 

『あんた狙われたのよ!集団まで使って!』

 

「確かに想定外でしたが、まあ、予定通りの行動に移りますよ」

 

『そんな事はどうでもいいわ……ふふふふふっ、あいつらはあんたがこの美神令子の事務所の一員だと知って襲ってきたの。この意味わかるわよね。舐めた真似を。この美神令子にケンカを売ったも同然よね。うふふふふふっ』

美神さんは抑揚もなく静かに、笑い声を漏らしながらそう言った。

はっきり言って、怖い。

どうでもいいって、めちゃ大事な事なんですが?……完全に頭にきてるな美神さん。

この人の理論は不良と変わらない。

自分の舎弟が襲われ、自分の顔に泥を塗られたぐらいに思ってるのだろう。

 

「はぁ」

俺は気の無い返事をする。

だいたいこの後の美神さんが発する言葉は見当がつく。

 

『あいつら全員、ぼっこぼこにしなさい!!この美神令子にケンカを売った事を真っ白なベッドの上で後悔させてやれ!!これは命令よ!!』

やっぱり……、相当お怒りの様だ。

 

「それは流石に不味いんじゃないですか?そもそも目的は、此処の連中の中に愉快犯の仲間を探す事ですし、俺はそもそも実力をさらさないためにも、なるべく攻撃はしないようにと、霊力もかなり抑えるようにと美智恵さんに釘を刺されてるんですよ」

そう、美智恵さんからそう言う指示を貰っていた。

万が一、愉快犯の仲間や本人がこのバトルロイヤルに紛れていた場合を想定し、俺の実力をさらさないように言われていた。相手に不用意にこちらの情報を渡さないためだとか。

 

『ようは、霊能をさらさなきゃいいんじゃない!あんな連中ぐらい倒してきなさい!!二度と逆らえないようにコテンパンによ!!』

美神さんは本気だ。

しかも、霊能を使わずに倒せとか難易度高すぎだろ。

 

「流石にそれは難しいですよ。それに調査はどうするんですか?」

 

『私や横島の何を今迄見て来たの!!あんな連中ぐらい、霊能なんて使わずに倒せ!!そのついでに倒した相手の調査なりをすればいいじゃない!あんた器用なんだからそれぐらい出来るでしょ!!いいわね!!相手の鼻っ柱を完膚なきまでにへし折りなさい!!』

そう言って、ブチンと通話を切る美神さん。

相変わらず滅茶苦茶だ。

この人に倫理観とかそんなものを今更求めても意味が無い。

勝負ごとには異様にこだわるし、超負けず嫌いだし。

はぁ、こりゃやらないと、美神さんに後でとんでもない目にあいそうだ。

しかも、霊能を抑えたままでか……はぁ、という事は美神令子流や横島忠夫流でやれと。

俺に出来るのか?

俺はそう思いつつも連中を倒すプランを頭で練る。

なんだかんだと俺も相当美神さん達に毒されているようだ。

 

はぁ、なんか気が重い。

 

 

 

 

 

 

 

俺はとある準備を十分に行ってから、ワザと見つかる様に森の中で霊気を少々開放する。

こうすれば、俺を狙ってる連中が見鬼くん(霊体センサー)を使って俺を見つけてくれるだろう。

なんでそんな事をするかって?

それは……

 

ん?もう俺を見つけてくれたか。

俺の方に向かってくる奴が3人、5人、7人と……まだ集まって来るな。

どうやら、俺を襲って来た連中は連絡を取り合ってる様だな。

全員グルの可能性が高いか。

 

俺は森の際から、森の外の様子を伺うフリをする。

わざと連中に見つかりやすいようにだ。

 

「いたぞ!」

「追え!」

どうやら、俺を目視で見つけてくれたようだ。

 

俺は慌てたように、森の奥へと逃げ込む。

 

「ゾンビ男の癖に逃げ足だけは早いようだな!」

「森の中に逃げこんでも無駄だぞ!見鬼くんがお前を捉えてる!」

俺を狙って集まって来た25名程が追って来る。

 

そして、奴らは俺を追って森に入るが……

 

 

「ぐわわーーーーっ!」

「丸太が?飛んできた?」

「罠だ!……気をつけろ!?」

そう、森の中に入ると、木に吊り下げていた大きな丸太が、重力と遠心力にのって勢いよく侵入者に襲い掛かる。

これで4名脱落。

 

「げっ!」

「ぎゃーーーっ!」

「この卑怯だぞ!!」

次なる罠は括り罠、つるをロープに見立てて、そこに踏み込むとつるが足に絡み付き、勢いよく空中に引き上げられ、宙吊りになる仕組みだ。

それだけだと逃げられる可能性があるから、空中に引き上げられる途中で、ぶっとい木の枝に叩きつけ気絶させる仕組みだ。

これで5名脱落。

 

「がはっ!?」

「いたたたた、何だこれは?」

「こ、こんなもの!……う、動けない」

若木が四方八方からバネのようにはじき出され、通行した霊能者を強く打ち据え、さらに打ち出された木々に挟まれ身動きが取れなくなる。

これで4名追加だ。

 

 

そう、俺はこの短時間で罠を仕掛けていたのだ。

この2年間半、数々の罠を作るのを手伝わされていた。

木のつるや草からロープを作ったり、地面に穴を掘ったり……

どんだけ場数を経験したか。

 

俺は罠に嵌り身動きできなくなった連中にこそっと近づき、全員拘束する。

後ろ手に親指同士を結び足首を括る。それだけで人は動けなくなる。

そいつらを霊視して、愉快犯の仲間かを調べるのも怠らない。

その間も、俺の張った罠に引っかかって行く若手霊能者達。

 

「おわーーっ!」

「いたたたっ……」

「な、なんだ?」

「落とし穴?いつの間にこんなものが?」

そして、得意中の大得意の落とし穴に落ちる若手霊能者連中。

7名追加だ。

 

落とし穴なんてとか思ってる奴こそ引っかかる。

霊能力者は自分の霊能に頼る傾向がある。霊気を追ってるから、霊気もなにもないこんな単純な罠にかかりやすい。

動物霊や動物型妖怪も同じ傾向にある。

だが、奴らはもっと警戒心があるから、バレないように罠の精度には十分気をつけなくちゃならない。こいつら程度だったらこれで十分だ。

まあ、美神さんや横島師匠や唐巣神父には、こんな罠は引っかからないだろう。

一流どころになると警戒心も半端ない。ああ見えて、全方向すべてに気を配っている。

俺の罠程度なら、美神さんは木の枝一本ですべて解除してしまうだろう。

 

俺は落とし穴に落ちた連中の上から、土をかぶせ、体3分の2ぐらい埋める。

そうすれば、連中は身動きがとれなくなる。

「ゾンビ男!卑怯だぞ!!」

「霊能で勝負しろ!!」

「横島のような事を!!」

落とし穴と土に埋まった連中が俺に罵声を浴びせる。

 

「この落とし穴、平安京エイリアンの術って言うらしいぞ。理由は知らないけどな。こんな単純な罠にかかる方が悪い。霊能に頼り過ぎなんだよ」

実際、落とし穴に致死性の毒針や毒池、針山なんて仕掛けてあったら、此処の連中は既にこの世にいないだろう。

俺がこう言うと、連中は悔しそうな顔を滲ませる。

まあ、これに懲りて、今後は罠の警戒もすることだ。

 

美神さん、これで満足ですか?

どうせこの様子をドローンで見て、あくどい笑顔を漏らしてるんだろうな。黙ってれば、美人なんだが……。

俺も横島師匠と同じく悪評がたちそうだな。

そういえば、俺も罠にどれだけ引っかかったか………、美神さんは俺にワザとトラップを踏ませたりするし。……罠を解除するために。

 

 

罠は確かに有効だが、事前準備が必要だ。

相手が警戒心が高い連中や、大物になればなるほどな。

単純な罠以外に、大掛かりな術式を介したりと。

だが、この程度の罠だったら30分もあれば十分準備が出来る。

横島師匠なんて穴を掘るのが滅茶苦茶早い、1秒間に1メートルは掘れるじゃないか?

多分、ロードランナーやミスタードリラー並みに早い。

 

その後、罠に引っかかった連中に、次々と退場のコールが掛かる。

 

罠にかかった連中に、愉快犯の仲間らしき連中はいなかったな。

そりゃそうか、この程度の罠に引っかかる連中が、オカルトGメンや美神さん達の捜査網から逃れる事なんて到底できないだろうし、クリスマスのガルムを召喚させるトラップや、異界の門やそれに仕掛けられていた遅効性トラップなんてものを、人知れず仕掛けられる奴らがこの程度の罠に引っかかるはずが無い。

 

 

罠にかからなかった俺を狙ってる連中が、残り6~7名ってところか、あの安田って人とそのお仲間か。そもそも森に入ってこなかったし、俺の誘いには乗らなかった。

流石は2年前のGS資格試験優勝者ってところか。

 

「比企谷!出て来いよ!罠なんてものは俺には効かない。俺と霊能を使って堂々と勝負しろ!」

安田って人が、俺がいる森に向かって大声でそう叫ぶ。

 

なんだ?この人、熱血漫画の主人公か何か?

はぁ、正々堂々と勝負出来ないんだよ俺は。

しかも、そっちはお仲間率いてるのに正々堂々とは、どういう了見だ?

まさか、一対一で勝負するという事なのか?

 

どうしたものか……。

美神さんに判断を仰ぐか……いや、捻りつぶせと言われるのが落ちだな。

まあ、霊能を使わずに戦う方法は何も罠だけじゃない。

むしろ美神さんはそっちの方が得意だったりする。

バトルロイヤルって戦いにもってこいの方法だ。

 

 

俺は思考を巡らせながら森の外へ出る。

 




漸く、続けられそうです。
一度つまずいちゃうと、なかなか再開が難しくて……
なんだかんだと、他に気が移っちゃいました。



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(112)若手能力テストバトルロイヤルその3

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きです。


安田って人が、俺に勝負を挑んできた。

だが、俺はそれを受けるつもりは毛頭ない。

普通に考えれば、そんなものはスルーして、今のまま罠やらでネチネチと無効化していけばいいだけだ。

 

「なにか!?美神令子除霊事務所の連中は全員横島みたいなチキン野郎なのか!?はん、その様子だと、美神令子も大した実力じゃないのだろう。Sランクなんて親の七光りじゃないのか?」

安田は俺と直接勝負がしたいがためか、こんな挑発をしてくる。

あんた、とんでもない事を口走ってるぞ!

横島師匠の悪口はまあ、いいとしてだ。何時もの事だし、本人は全く気にしてないし。

だが、美神さんの悪口はまずいだろう。この業界じゃタブーのはずだぞ!たぶん。

あんた知らないだろうが、美神さんは外見は大人の美女だが、精神は子供そのものなんだぞ。

しかも、性格は悪魔よりも最悪だ。

あんた、確実に寿命を縮めたぞ!

 

案の定、美神さんから通信が届く。

「分かってるわね比企谷。あのくそ野郎の口もきけないぐらい徹底的に痛めつけなさい!相手が土下座して涙流して謝る位によ!わかったわね!!」

一方的にそう言って、通信は切れた。

……予想通りだ。

なぜ、美神さんに安田の挑発が聞こえたのかなんて、疑問に思ってはいけない。

美神令子という人間はそう言う存在なのだと認識するしかない。

実際、俺の通信札越しに聞いてた可能性は高いとは思うが、あの人は自分の悪口は絶対見逃さない。地獄耳とかそんなレベルじゃない。

実際聞こえなくても、何となくムカついたとか言って、悪口を言った相手を張り倒す様な人なんだ。

 

ふぅ、とりあえずだ。

美神さんが直接あの安田って人に手を出すよりはましか……直接手を下した場合、完全犯罪を犯しそうで怖い。

 

はぁ、俺、さっきからため息ばっかり吐いてる気がする。

俺は思考を巡らせる。

安田はタイマンをするかのような言い草だったが、そうとは限らない。

ワザとそう言う風に聞こえる言い方をし、俺に勝手にそう解釈させ、俺がノコノコ出て行ったところで、集団でボコってくる可能性も十分ある。いやそっちの方が普通だろう。

だいたいバトルロイヤル方式のテスト中にタイマンなんて、ありえないだろう。

テストを受けてるのは俺と安田達だけじゃないからな、俺と安田がタイマンしてる間に、他の連中から攻撃を受けるって事も普通にある。

 

こういうバトルロイヤルのような場では、美神さんの戦い方のように、漁夫の利を得る方法がベストだ。

自ら戦うと見せかけてから、他の関係無い連中をけしかけ戦闘をさせる。

両者が戦ってる間に、逃げたり、自分の目的を果たしたり、両者が弱った所を叩いたりと、まあ、そんな感じだ。

簡単に出来そうに見えるが、実際は相当難しい。

相手の心理状況や話術、そしてタイミングや場の雰囲気なども計算しなければならないからだ。

だが、美神さんはそれが悪魔的にうまい。

 

今回の場合、安田達が一斉に襲ってきたら、とことん逃げて、他の集団や戦闘中の場に突っ込んで、乱戦状態にしてから、個別にこそっと、叩くのが上策だろう。

 

まあ、集団で襲ってくるにしろ、本当にタイマン勝負をするにしろ、俺はどちらにしても出て行かないといけないんだがな。理不尽魔王美神さんの命令で。

 

俺はため息を吐きながら、森から出て行く。

 

 

 

「ようやく、お出ましか比企谷八幡。一対一の勝負だ。お前ら他の連中が邪魔しないように見張ってろ」

安田は俺と後ろに控えてる連中にそう言いながら、一歩前へ出る。

本当に一対一で勝負する気だ。

バトルロイヤル方式のテスト中にわざわざ何の意味があるんだ?

熱血系バトル漫画の主人公かよ。

 

いや、俺的には集団で襲ってきてくれた方がありがたいんだけどな。

俺は霊力の使用を制限されて、実力をさらせない状況だ。

しかも安田って人は仮にも2年前のキヌさん世代のGS資格試験優勝者だ。実力はさっき、罠にかかった連中よりも遥かに高いだろうし。

 

タイマンか……面倒だが、もう一つのプランで行くしかないか。

 

「ちょっと待て、別に勝負しなくてもいいんじゃないか?このバトルロイヤルテスト、制限時間までに生き残れば加点は間違い無いだろう。ランク維持は堅くなる。普段の実績次第ではランクは上がるんじゃないか?わざわざ、勝負するメリットは無いんじゃないのか?」

俺は一歩一歩近づいてくる安田にワザとこんな提案をする。

 

「比企谷……なにか?俺と勝負するのが怖いのか?それはそうか。俺は2年前の優勝者でお前は半年前の試験じゃ、準優勝だったもんな。そもそも実力が違うか」

 

「いや、そうじゃなくて、あんたが負けるリスクを負わなくてもいいんじゃないかと言ってあげたんだ」

そう、これは俺の挑発だ。相手を怒らせるだけ怒らせて判断能力を鈍らせる作戦だ。

 

「おまえ!調子に乗るなよ!準優勝の癖に!」

案の定、食いついてきた。

安田は霊槍を構え、突っ込んできた。

安田は、近接攻撃よりの本格派のオールラウンダーだ。

要するに美神さんと同じタイプの霊能者だ。実力は雲泥の差だがな。

江戸時代に鬼退治を役目を担っていた武士の家系の霊能者だそうだ。

そんだから、霊槍なんていう物を振るってるんだろう。

美智恵さんからは参加者の情報を提供してもらっていて、そこに安田の情報も載っていた。

主催者からの情報提供はご法度だが、俺の本来の役割は、このテストの参加ではなく、一連の愉快犯の仲間がGS内部に潜んでいるかの調査だからな。

そうじゃなくとも、そこそこ安田って人は名が知られてるから、ちょっと調べれば情報は出てくるだろう。

 

俺は安田が突く槍を、大きく斜め後ろにバックステップして避ける。

 

突きはそこそこ早いのだろうが、斉天大聖老師の如意棒の突きに比べればスローモーション同然だ。斉天大聖老師の突きは結局一回も避けられなかった。見えていても早すぎる。しかもサイキックソーサーで防御しても、全く意味もなさずに、吹っ飛ばされて一発で体力が根こそぎ持って行かれる。

 

安田は片手で槍を振るいながら、もう片方の手で札を取り出し、放ってくる。

爆散の札か。

俺はワザと体勢を崩し、よろけてみせながら、寸でで札をかわす。

 

動きも結構スムーズだ。やはり、そこそこの実力はあるようだ。

陽乃さんに比べれば温いけどな。

陽乃さんは一度攻撃に入ると、絶え間なく色んな術が飛んでくるからな。

息つく暇もない。

 

「よけてばかりでは、この俺に勝てないぞ!」

安田は攻撃をしながら挑発じみた事を言ってくる。

 

「いや、思ったより早いんで」

俺は俺で徐々に苦しそうな体勢をとり、ぎりぎりに槍をかわす。

 

「何を余裕をかましてる。もう後が無いぞ!」

 

怒らせた後に、相手を調子づかせ、俺が弱ってると思わせ、あともう少しだという感情を引き出す。そこに最大の隙が生まれる。

そろそろか……。

 

「あ!あんなところに裸のねーちゃんが!!」

俺は安田の後方を指さし、横島師匠がよく使うフェイクをわざとらしく実行する。

 

「ふっ、見苦しいぞ。そんな見え透いたフェイクに誰が……おゎ!?」

安田はそう言いながら、俺に槍を振るおうとした瞬間、足をとられ、前のめりに倒れた。

そして、倒れた先にはご丁寧に大きめの石があり、安田は頭と腹を思いっきり打つ。

 

作戦成功だ。

何も罠は森の中だけじゃない。

このひらけた草むらにも罠は仕掛けてある。

簡単な罠だけどな、丈夫な草と草を結んで、足が引っかけて転ぶ程度の罠だ。

だが、意識が無い状態では、この簡単な罠を見破るのは難しい上に、引っかかれば立て直しをする間もなくモロに食らうだろう。こんな感じでな。

 

俺がここまでの流れを持ってくるのに、先ず安田の頭の中に意識してる罠の可能性を消す作業が必要だった。

彼奴は既に罠の想定はしていただろう。俺が数々の罠でテスト生を嵌めていたからな。

だが、俺が森から出て来て、対面で対峙した際に、かなりその意識は消えたはずだ。

最初に俺はワザと戦う意思が無い事を示すことで、さらに森の外には罠が無いだろう事を安田の意識に多少なりとも刷り込ませた。

そして、怒らせ、俺が防戦一方を演出することで、此処には罠が無いと思い込ませる。

その状態で、俺は一番効果的な罠の場所に誘導し、見え透いたフェイクを使う事で、安田の頭の中から完全に足元の意識を消し去り、草を括っただけの罠にはめた。

 

美神さんはこの辺がとてつもなくうまい。

美神さんならこの程度の相手であれば、シンプルに口八丁で相手を誘導して罠にかけることが可能だろう。

強敵相手の場合、術式や術儀、話術や体の動き、視線、タイミングなど一連の戦いのすべてを罠にはめるための布石とする事もある。

 

 

安田は辛うじて意識はあるようだが、立ち上がれないようだ。

まあ、霊力で身体強化してるといっても、頭を思いっきり打ったからな。

 

遠くに残していた安田の取り巻き連中が、卑怯だぞとか正々堂々と戦えとか、罵しりながらこちらに走って来る。

 

仕方ない、安田の霊視は後にするか。

安田はしばらく動けないだろうから、とっとと、取り巻き連中を罠にはめてからだな。

 

俺は安田を背に、取り巻き連中の対応をしようとしたが……

背後から、不穏な気配を感じる。

 

……何だ?魔獣の気配?

 

さっきまで感じなかったぞ。

 

俺はその場で振り向くと……

 

「くそっ、舐め腐りやがって」

安田は懐から円筒状の筒を3つ取り出し、蓋を開けかけていた。

あの筒…魔獣の封印筒か?見た事が無い形状だ……

確かに、封印筒に封印された魔獣は気配を感じにくいが、多少は洩れるものだ。

俺の目でもわからなかった。

 

安田が手に持つ、見た事も無い形状の封印筒から黒い煙が一気に噴き出す………

 

安田の方に体を向けながら、距離を置くために飛びのいた。

嫌な予感がする。

 

黒い煙が徐々に晴れる。

長い牙、豚のような獣顔が見え、そして首から下には緑色の筋骨隆々体が……。

3メートルはあろうかという人型の魔獣が現れた。

 

オークだ。

実物を見るのは初めてだが、間違いない。

 

なぜこんな魔獣が?

オークは西洋の魔獣だぞ!

武士の家系の安田がなぜオークを?

しかも、安田に魔獣をコントロールする適正は無かったはずだ。

魔獣の封印を解いたところで、暴走するだけだぞ!

 

しかもよりによってオークだと?

オークはその巨漢を生かした打撃を得意とし、知能も持ち、武器をも扱う。

ゴブリン同様、メジャーな人型魔獣だが、その力はゴブリンを圧倒的に凌駕する。

単体ではCランクの魔獣ではあるが、奴らは通常1体で行動しない。

30体以上の群れを形成し、襲ってくる。

それに、奴らは悪食……そこにある生命という生命を全て食らう性質がある。

その破壊力はすさまじいものだ。群れとなった奴らを討伐するには、高レベルの霊能者と人員がいる。

中世ヨーロッパではオークの群れが、西洋の村を襲ったという記録は多数残っている。

村は死体一つ残らず潰滅する………。

当時の軍の大部隊を派遣して、ようやく討伐できたらしい。

しかも、奴らは成長すると上位種に進化する……、放置しておくと、被害は雪だるま式に増えて行く。

 

一説によると、魔神や上位悪魔の先兵だったともある。

 

 

それとだ。

オークを使役する魔獣使いを俺は聞いた事が無い。

それほどコントロールすることが難しい魔獣だという事だ。

 

 

冷静になれ。

安田がどうしてオークなんて魔獣を持っていたかなんて事は、後で調べればいい。

確かに面を食らったが、今目の前にいるオークは3体だけだ。

これだったら、まだ霊力を抑えたままでも何とかなる。

 

オークはコントロールできずに既に暴走状態だろう。

ここに参加した多くの若手はCランク以下のGSだ。

EやDランクでは流石にオーク相手じゃ、きついものがある。

他のテスト参加者に被害が及ぶ前に、手っ取り早くオークを排除だな。

 

 

俺はオークを倒すために行動を開始したのだが………

更に予想外の事態が起きる。




次回が一応バトルロイヤルテストは終了の予定です。

次の次位が次章で……
はぁ、道のりが長い。

次章では新たに参戦予定キャラが決まってます。
GSからなのか俺ガイルからなのかは秘密ですw


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(113)若手能力テストバトルロイヤルその4

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では、続きです。


俺が振り返った先には、体長3メートルはあろうかという緑色筋骨隆々の豚面人型獣魔、オークが3体現れる。

俺の罠で、ダウンさせた安田が、懐から見た事も無い封印筒を取り出し、オークを解き放ったのだった。

 

まずい、安田は魔獣使いの適正は無かったはずだ。

ただでさえ、オークはコントロールが困難な魔獣だ。

オークをコントロールが出来ずに暴走するぞ。

 

俺はオークに向き直り、相手の動きを観察する。

オーク3体は辺りを見回し、その場を動かない。

どうやら、この状況を把握していないようだ。

思った通りだ。こいつ等は全くコントロールされていない。

 

俺はワザとオークが俺に気づきやすいように、前に出ると、オーク達は俺の存在に気が付き、ゆっくりとした足取りで向かってくる。

そのゴツイ手にはドデカイこん棒が握られていた。

 

単体ではCランク魔獣のオークは、本来群れを形成する知能を持った魔獣だ。

群れ形成したオークは下手をすると厄災級にまで、討伐難易度が上がる事もある。

群れることで、奴らは何倍もの力を発揮させることができる魔獣だ。

だが、目の前にはたった3体だ。

EランクやDランクのテスト参加者には荷が重いかもしれないが、3体程度ならば、霊力を抑えた状態の俺でも倒せるはずだ。

 

俺は懐から札を取り出しつつ、オーク達を罠にはめる算段を巡らせる。

 

だが……

倒れてる安田から、怪しい気配を感じる。

オークの先に倒れてる安田に視線を移す。

安田の手には、黒ずんだ精霊石のようなものが握られ、それを口にする。

すると、安田本人から禍々しい霊気が急激に膨らみだす。

 

暫くは動けないだろうダメージを負ってるはずの安田は何もなかった様に立ち上がり、何やら指先で正面の空間に描き出す。

 

なっ、魔法陣?安田は武士系の霊能者じゃなかったのか!?

しかも、見た事も無い魔法陣だ。

この感じ、何かヤバい。

 

俺はその場から後方に飛びのきながら、霊視能力と身体強化をもう一段階、二段階と開放し、

安田の様子を注視する。

 

形成された魔法陣から、魔法言語の光の帯が伸び、3体のオークに巻き付く。

 

「比企谷―――っ!!俺にこれを使わせたことを後悔させてやる!!」

安田の目は赤色に染まり、そして俺を睨みそう叫ぶ。

それと同時に3体のオークは黒い霧と化し、安田を覆う。

 

安田を覆う黒い霧は直ぐに消え去り、そこにはオークをそのまま形をなしたかのような鎧を着こんだ安田が現れる。

 

なっ!?まさか…魔装術か?

文献でしか見た事が無いが、多分そうだ。

確か魔装術の使用はGS協会に許可が必要な筈だ。

それ程危険度が高い術だからだ。

悪魔や魔獣の血を取り込み、魔装として身に着け、圧倒的な身体能力を手に入れる術だ。

取り込む悪魔によっては、その悪魔の能力すら使用可能となる。

自身の何倍もの力を得ることが出来る。

だが、リスクも大きい。

魔装術はその性質上、使用するだけで霊気を激しく消費する。

さらに悪魔や魔獣の血の力に負けない圧倒的な精神力が必要なのだ。

自身の霊気が尽きたり、悪魔や魔獣の血に負け精神が折れ、魔装術が暴走すると、悪魔の血に取り込まれ、自身が悪魔化や魔獣化してしまうのだ。

 

現在使用できるのは、横島師匠の友人で伊達雪之丞さんだけだと聞いている。

 

 

その禍々しい姿を見た安田の取り巻きは、この場を逃げ出す。

 

 

「比企谷、お前が悪いんだ。力が有り余って制御が出来ん。死んでも恨むなよ」

オークの魔装を纏った安田は俺に一気に迫り、手に持つ槍を振って来た。

 

さっきに比べ数段速い、これが魔装術の力か。

だが……、まだ遅い。

 

美神さんや横島師匠に比べれば、まだまだだ。

小竜姫様のあのスピードに比べれば、全く問題にならない。

 

俺は安田が振り下ろす槍を、難なく右ステップで避ける。

すると、安田が槍を振り下ろした先の地面が、その衝撃でクレーター状にへこむ。

 

成る程、力は随分と上がってる様だ。

取り込んだオークの特性だな。

 

俺は安田が槍を振り下ろした隙に、蹴りを一発くらわせ、さらに札に電撃を付与させ投げつける。

安田は多少体勢を崩した程度で、ダメージはそれほど受けていない。

耐久力も相当上昇してる様だ。

 

安田はさらに槍を連続で振るってくる。

俺はそれを避けながら、霊視能力を高め安田を観察する。

 

さっき安田が飲み込んだ黒ずんだ精霊石が、安田の魔装化をコントロールしているようだ。

いや、精霊石じゃないな。魔法石の一種か?それとも魔石そのものか?

何にしろ、やばそうな一品だ。

 

しかし、魔装化が出来るアイテムなんてものは聞いた事が無い。

しかもさっきのオークもだ。あんなものをどうやって手に入れた?

 

「どうした!?防戦一方か?それともGS資格試験と同じで、持久戦狙いか?」

安田は槍を振るいながら、俺に余裕の笑みを見せる。

 

「いいや、これで終わりだ」

俺は拘束結界術式を展開させる。

先程のオークが3体現れた段階で、オークを倒すために、咄嗟に5枚の札を地面に罠として投下し仕掛けていた。

そして、安田をこの場所へ、攻撃を避けながら誘導する。

 

安田が踏み込んだ場所に向かって、仕掛けた札が反応し、安田を中心とした五芒星結界術式が発動し、安田を円柱状の結界が覆う。

 

「ぐっ!」

安田は動きを止める。

これだけだと、拘束だけの効果しかない。

しかも、札だけの簡易結界だ。

オークの魔装術でブーストしたあの馬鹿力で暴れられると、結界はそう長くは持たないだろう。

 

俺は、その結界に言霊に乗せた印を結び、更に対魔術式を追加する。

「魔の物を浄化せよ!」

 

「ぐはっ!ぐあああああああっ!」

安田は全身に電撃が走ったかのように痙攣し苦しみだす。

当然だ。安田の魔装術は魔獣オーク3体を使い形成した物だ。

核は、魔石の様だが、安田の霊力と霊体構造を依代としている。

その状態だと、依代となった安田本体にも魔獣用の対魔術式も影響する。

魔装術を発動させてる限りはダメージを受け続ける事になる。

まあ、本来の完全な魔装術にこの程度の物が効果が有るかは疑問だが、俺の霊視で確認したこの状態だと、安田の魔装術には効果的だろう。

 

「魔装術を解け。ダメージを受け続けるぞ」

俺は安田にそう勧告する。

実際、魔装術を解けば、安田はダメージを受けなくなる。

退魔術式の効果は唯の人間には影響しない。

 

「ぐうううっ、出来ない」

苦痛に歪んだ顔で安田は俺の勧告を拒否した。

 

「このままダメージを受け続けると、暴走するぞ!解除しろ!」

 

「そ、そうじゃない…か、解除のやり方を知らないんだ!」

安田は涙目の情けない顔でこんな事を叫ぶ。

はぁ?解除のやり方を知らない?

そんな訳がないだろ?発動出来たなら解除ができて当然だ。

今までだって、魔装術を使ってたんだろ?だったら、当然解除だって出来ていたんだろ?

何かのブラフか?

 

「冗談も大概にしろ!何か?あんたは解除できない様な代物を使ったとでも言うのか?早く解除しろ!暴走するぞ!」

俺は安田に対して語気を強め、解除を促す。

 

「ぐっ、冗談じゃないんだ!今まで、霊力が尽きかけたら勝手に解除が出来たんだ!……うううううっ」

まじかよ。この目、この雰囲気は冗談じゃなさそうだ。

自分で解除できないような代物に何故手を出したんだ!?

 

俺は結界術式の端に触れ、退魔術式のみを停止させる。

万が一のために拘束結界術式はそのまま残してある。

 

「うっ……」

安田は拘束結界術式の中で、ぐったりと地面に倒れた。

だが、オークの魔装術は解けていない。

まあ、安田自体の霊気はもうわずかしか残っていない。

本人の話が本当であれば、魔装術は直に解けるだろう。

 

……こいつはもしかすると、もしかするな。

霊災テロの愉快犯になんらかの繋がりがある可能性が大だ。

オークなんて魔獣を使役すること自体聞いたことが無い。

そのオークを西洋の魔獣使いでもない武士系の霊能者が持ってる自体おかしい。

それと、安田が口にした魔石みたいな石だ。オークを強引に取り込んで魔装術化させる魔道具なんて、聞いた事が無い。

魔装術自体も高難易度の術であり、GS協会の許可が無きゃ使用できない代物だ。

 

 

俺は安田の様子を伺いながら、その場で術符を使って美神さんに通話をする。

「美神さん、見てましたか?」

『見てたわよ。オークに魔装術ねえ…かなり怪しいわね』

「はい、俺もそう思います」

『ママに代わるわ』

美神さんはそう言うと、美智恵さんが通信に出る。

『比企谷くん、よくやってくれました。彼は霊災テロの犯人に繋がりが有りそうね。既に、彼が所属してる事務所にオカルトGメンを派遣したわ』

「そうですか、安田と戦って話した印象だと、仲間というよりも、いつの間にか利用されていたって感じがします」

『そう…。しかしながら霊力を抑えた状態だというのに、魔装術を使った相手に見事な術儀ね』

「そうですか?それと、バトルロイヤルはそのまま続行ですか?安田はどうします?」

『安田君を君が抑えてくれたお陰で、他のテスト参加者には影響は出なかったわ。バトルロイヤルは続行よ。君はまだいける?』

「これぐらいは大丈夫です」

『……ほんと、君は今からでもオカGに欲しいわ。安田君については、スタッフを拘束に向かわせます』

「そ、そうですか。……」

こんな所で勧誘はやめて欲しい。隣には俺の雇い主で、貴方の娘さんが居るんですが。

今ので美神さんの機嫌が悪くなっただろうな。

こんな事を思いながら美智恵さんとの会話を終わらせようとした。

 

だが……

「あがっ…あががががっ!がっががっ」

俺の拘束結界術式の中でぐったりしてた安田が急に苦しみだす。

なんだ?何が起こってる?

そういえば、安田は霊気が残っていないのに、魔装術が解けてないぞ。

どういうことだ?

 

俺は霊視で、安田を注視する。

安田の魔装術の鎧が安田の肉体と融合しだしているだと!暴走……?

なんだ?どういうことだ?安田の奴は、霊気が切れると魔装術が解けると言っていたぞ!

いや、本来魔装術は術者の霊気や精神が限界に達すると暴走するはずなんだ!

じゃあ、本人は今までは霊気が切れてなぜ魔装術が解けていたと言っていた。嘘はついていないはずだ。今迄は大丈夫で、今回はなぜだ?

 

そもそも安田は魔装術をコントロールしていない。あの魔石がコンロトールを……

俺は安田の腹の中にある魔石を確認しようとするが、魔石は無かった。

いや、砕け散っていた。

 

くそ!完全に暴走状態だ!

 

「美智恵さん!魔装術が暴走状態に!安田を取り込もうとしてます!」

俺はまだ通話が切れていない術符に叫ぶ。

 

『魔装術が暴走!?オーク3体を依り代の……比企谷君下がりなさい。私と令子が行くわ……いいえ、私達が行くまでに足止めを、霊力の開放を許可します』

そう言葉を残し、美智恵さんからの通信が切れる。

 

目の前では、見る見るうちに魔装術の鎧に取り込まれ、そして安田の体は膨張しだす。

既に意識が無いのか、安田からのうめき声は聞こえくなった。

 

「くっ!俺じゃ、何もできないのかよ!」

俺は魔装術の暴走を止めるすべを知らない。俺の目の前で徐々に魔装術に取り込まれ、魔獣へと変化していく……くそっ!見てる事しかできないのか!?

俺は霊気を開放し、安田を覆ってる拘束結界術式の強化を施すために、追加術式を言霊と印で紡ぎ出す。

 

安田の口から長い牙生え、体は4m程の筋骨隆々の緑色の巨体に変化した。

そして、その赤い目で俺を見下ろしていた。

「ハイ・オーク……だと…」

 




次の章に行きたいw


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(114)若手能力テストバトルロイヤル終了

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きです。


安田の顔から牙が生え獣の顔に、体は膨張し4m程の筋骨隆々の巨体に変化していく。

そして、その怪しく光る赤い目で俺を見下ろしていた。

「ハイ・オーク……だと…」

 

安田は魔装術に取り込まれオークの上位種、ハイ・オークへと姿を変えた。

オークと姿恰好はほぼ同じだが、体の大きさが二回りほどデカい。

オークは上位種に成長するほど体が大きくなるというが……

 

本来、オークが上位種のハイ・オークに変化するには、他の生命を多量に喰らう必要がある。

ハイ・オークはランクB。Aに近いランクB+の魔獣だ。

 

安田だったハイ・オークはその場にあった霊槍を掴み、振り回し、俺の張った結界を破壊しようとする。

この程度の拘束結界術式じゃ、こいつは取り押さえられないか。

しかも、このバカ力だ。このままだと結界自体が破壊されてしまう。

 

……少々痛めつけて大人しくさせるしかない。

言霊と印を結び、さっき魔装術を纏った安田に対して使った退魔術式を拘束結界術式に組み込む。

 

「ぐふ!ぐふぐふん!」

ハイ・オークとなった安田は苦しそうな呻き声を上げるが、よけいに暴れ出した。

 

くそっ、このままじゃ結界が持たない。

俺はさらに霊力を注入して、退魔術式の出力を上げる。

 

「ぐふぉふぉふぉふぉ!?」

ハイ・オークの体の至る所から煙が上がり、その場で激しく苦しみだした。

やばい…これ以上やってしまうと、ハイ・オークと化した安田を滅してしまう。

俺は対魔術式の出力を下げる。

 

ハイ・オークは俺が退魔術式の出力を下げたその瞬間に、息を吹き返したかのように、槍を振るい結界に亀裂が入り、そのまま拘束結界術式が崩壊する。

 

「くそっ!」

しまった!出力を抑え過ぎたか。

 

「ぐぉおおおおーー!」

ハイ・オークは雄たけびを上げながら俺に、猛然と突進し、槍を振るってくる。

 

俺はそれを大きく右に飛び回避する。

 

いつの間にかハイ・オークは退魔術式の影響で焼けただれた皮膚が回復していた。

 

ハイ・オーク以上の上位種は回復力も高いと文献に書いてあったが、ここまで速いのか。

中途半端な攻撃は効果が無いという事か。

 

高めの札を持ってきておくべきだった。

10万~50万程度の札じゃ、こいつを拘束するほどの結界術式を展開出来ない。

 

……やはり、一撃で急所を…

俺は左手に霊気を集めて、霊波刀を生成しようとしたが、途中で解除する。

……だが、それだと滅してしまう可能性が高い。

 

こいつを大人しくさせる方法はないか?

せめて100万以上の札が5枚あれば、やり様があった。

今の俺の装備だと……どうすれば?

 

ハイ・オークは俺に敵意むき出しにして霊槍を振るってくる。

その単調だが破壊力がありそうな攻撃を避けながら、俺は思考するが、答えが出ない。

 

相手の動きは見えてるし、ハイ・オークの攻撃も破壊力はあるがそれほど速くない。

このまま、避け続けて、美神さんや美智恵さんが来るのを待った方がいい。

 

俺は回避に専念することを決める。

 

 

ハイ・オークは雄たけびを上げ、前傾姿勢で力をため、突進する構えを見せる。

俺は避ける体制を整える。

 

だが俺はそこで、30m後方の木陰にテスト参加者が居る事に気が付く。

くそっ、さっきまで辺りに誰も居なかったハズだ!誰だ!?

安田の取り巻きはとっくに逃げたはずだ。

俺はテスト参加者が巻き込まれないように、ハイ・オークの攻撃を避けながらテスト参加者がいない方へと誘導していたはずだ。

ほんのさっきまで、俺の霊気察知では周囲100mには人はいなかったハズだ。

 

なぜだ?

霊気を読み間違えた?いや、そんなはずは……

今はそんな事は後だ。

「あんた!ここは危ない!逃げろ!」

俺は後ろに振り返り、後方にいるテスト参加者に向かって大声で叫ぶ。

 

「あ…ああ……こ、腰が抜けて……立てない。た、助けてくれ!」

どうやら、たまたまここを通りかかっただけのテスト参加者の様だ。

しかも、この様子を見て腰を抜かしたようだ。

このままだと、ハイ・オークの突進に巻き込まれるぞ。

 

くそっ!

俺はハイ・オークの突進を阻むために、霊力を高め、身体能力を上げる。

右手に霊気の盾サイキックソーサーを、左手に霊波刀を展開し構える。

 

勢いよく突進してくるオークの顔面にサイキックソーサーを投げつけ、爆破させる。

ダメージ狙いじゃない。爆破による煙幕で、視界を一瞬封じただけだ。

視界が悪い状況にお構いなく突進してくるハイ・オークをギリギリに左にさけつつ、ハイ・オークの丸太のような左足を霊波刀で切りつける。

切り落とすまでは行かないまでも、半分は抉ったはずだ。

これで突進の勢いは殺せただろう。

 

ハイ・オークは突進の勢い余り、右に転がるように倒れる。

俺は懐から10万の札を5枚取り出し、倒れてるハイ・オークの周囲地面に囲むように投げつけ、再び簡易拘束結界術式を展開させる。

 

ハイ・オークはのそりと立ち上がる。

すでに、俺が切りつけた左足の傷は再生していた。

俺を見据え、また結界を破壊しようと暴れ出す。

 

直ぐにまた、結界は破壊されるだろう。

だが、それでいい。

僅かの時間だが時間を稼げた。

 

そして、ハイ・オークはまた拘束結界を破壊した……

それと同時に、俺の背後から二つの人影が通り過ぎる。

 

「ふん」

「止まりなさい!」

 

俺の背後から現れた髪の長い美女は神通棍を鞭の形状に変え、ハイ・オークに打ち据えると、ハイ・オークの体中が痙攣する。その後に顔立ちがよく似た年上の女性が続き、札を投げつけ、ハイ・オークの額に貼り付けさせる。

ハイ・オークは痙攣しながら倒れ、周囲には強力な結界が発動し、完璧に拘束された。

ほんの一瞬の出来事だった。

そう、美神さんと美智恵さんが来てくれたのだ。

 

ふう、時間稼ぎは成功だな。

それにしても、いつ見ても美神さんや美智恵さんの攻撃は凄まじい。

連携も息もピッタリだ。

 

しばらくして、GS協会の職員などが駆け付け、ハイ・オークに変化した安田に入念に封印を施し、運び出す。

 

「彼、何らかの関係性はありそうね。ここから霊災愉快犯の尻尾でも捕まえられればいいのだけど」

美智恵さんは運び出されるハイ・オークと変化した安田を見ながら俺に声をかけてくれる。

 

「……そうですね。……安田って人は、元に戻るんでしょう?」

「魔物に変化して間もないのが幸いしたわ。ただ元に戻すには相当時間は掛るわね。尋問もしないといけないし、なるべく早く戻せるように全力を尽くすわ」

「そうですか……バトルロイヤルテストの方はどうするんですか?」

「一時中止をアナウンスしてるわ。一時間後に再開よ。比企谷君はまだいけるかしら?」

「まあ、装備を補充したいところですが……また、さっきのようなのが出たら、流石にCランク装備じゃ対処しきれないですし……」

「そうね。条件付きで許可します。引き続きお願いね」

「わかりました」

どうやら、まだこのバトルロイヤルは続けるらしい。

まだ、他に怪しい奴がいるか見つけないといけないという事か……いや、安田がこんな事になったってことを、霊災愉快犯の仲間だったら知ってるだろうから、逃げ出した可能性もあるだろう。逆に逃げ出したら、自分は関係者ですってばらす様なものか。

まあ、体面上だけでも続けないといけないって言うのが正直のところだろう。

 

「それにしても比企谷君流石ね。テスト参加者を巻き込まず、被害者もゼロで足止めとはね」

 

「いえ、ちょっと失敗して、一人巻き込んじゃって……って?」

美智恵さんは褒めてくれたが、一人巻き込んでしまったのだが……あれ?さっきの巻き込んだテスト参加者はどこだ?さっきまでそこで腰をぬかしていたはずなんだが。

俺は辺りを見回すが、どこにも居なかった。

そう言えば、さっきのテスト参加者の人、俺の霊視探知にもぎりぎりまで引っかからなかったし、プロのゴーストスイーパーにしては霊気が薄かったが……

 

「比企谷!」

俺はいきなり後ろから美神さんに頭を平手で叩かれる。

 

「痛っ、なにするんですか美神さん?」

 

「あんた、また躊躇したでしょ!」

 

「いや、流石に元人なんで……」

 

「たくっ、そんなんじゃいつか足元をすくわれるわよ。いーい、相手が悪魔や妖魔になって襲ってきた段階で、倒すべき敵になるのよ。あんただって見た事があるでしょ!自ら望んで悪魔や妖魔になって、私達を襲ってくる連中を!」

美神さんが言いたい事は分かる。俺も仕事で二度程、悪魔や妖怪に自ら望んで変化した奴を見た事がある。そして、人を襲っていた……。

そいつらは、外道に落ちて倒すべき相手で、人間の敵になった連中だ。

だが……安田は自ら望んで変化したわけじゃない…と思う。

 

「確かにそうですが……」

 

「……術符であんたらの様子を聞いてたわ。あの安田って奴が、自ら望んでオークになった感じじゃなかった。だけど、そんなのは関係ないわ。悪魔や妖怪になって人を襲えば、もうそいつは誰だろうと、人間の敵、私達の敵なのよ!今回は大丈夫だったかもしれない。だけど、こんな事で感情を揺らして、いちいち躊躇すれば、今度はあんたが命を落とすかもしれない。あんたが躊躇したせいで、他に犠牲がでるかもしれないのよ!あんたは普段は冷静なくせに、肝心なところで甘い!この業界をなめてるんなら、やめてしまえ!」

 

「………すみません」

俺は美神さんに頭を下げる。

美神さんの言う通りだ。

俺は知らず知らずに天狗になっていたのかもしれない。

ハイ・オークがまだ何か隠し玉を持っていたらどうなっていたか……。

悪魔や妖怪は迅速に倒さなければならない。じりじり時間をかければ、奴らは何をしでかすかわからない。未知の攻撃だったり、未知の魔術だったり、対処しきれないものも使ってくるかもしれない……

俺はあの時、もう一歩踏み込むべきだった。

だが……

 

「あらそう、令子の所を首になったのならオカGに明日からでも来てもらおうかしら?」

美智恵さんはあっけらかんとそんな事を言う。

 

「ママ!!ちゃかさないでよ!言葉のあやよ、あや!」

 

「あら残念。私からしたら、今回は証拠がこうして残った事には大助かりです。でも令子が言う事はもっともよ。時と場合によってはそう言う事は大いにあるわ。その時は躊躇してはいけません」

 

「はい、心に留めておきます」

 

「ふん。今度から気をつけなさい」

美神さんはそういって、そっぽを向き、戻って行った。

 

「比企谷君。令子も心配なのよ。君も一応令子の弟子だから」

美智恵さんは俺の耳元でそう囁いて、助かったわと言いながら、美神さんの後に続き会場の審査員席に戻って行った。

 

はぁ、甘いか……。

 

 

この後、バトルロイヤルは再開したが、肝心の霊災愉快犯の仲間は結局見つからなかった。

 

安田については、本人所属の事務所や所属ゴーストスイーパーに捜査の手が入ったが、霊災愉快犯や、オークの封印筒や魔装術について関係するようなものが何も出てこなかった。

安田が単独で行った事の様だが……肝心の安田は魔獣に身を窶したままで、証言が得られない状態では捜査は難航しているそうだ。

 

……人から悪魔や妖怪に身を窶すか。

俺はあの時のハイ・オークへと変貌する安田の様子を思い出す。

もし、今度こんな場面に出会ったのなら、躊躇なく対処できるのだろうか?

もし、身内や知り合いが……家族やあいつらが………

 

俺はそれ以上答えが出なかった。

 





この章は今後のお話の種まきのような感じでした。

やっと次の章に行けます。
次の章のタイトルは『弟子編』にしようかな……いや……いいタイトルが思いつきません。

因みに前回のアンケート結果ですが。

【参考にさせていただきたく皆さんにご質問です。GS美神の横島君以外の男性陣でお気に入りキャラは?】
ドクター・カオス 180 / 38%
唐巣神父     103 / 22%
伊達雪之丞    142 / 30%
ピート       26 / 6%
タイガー      18 / 4%

1位はドクター・カオス
2位は雪之丞は人気ですね。
神父も大健闘!
ピート……タイガー…………(涙)
原作でも後半ほぼ出番なかったし……


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【十二章】職場見学と弟子編
(115)職場見学今年もやるのかよ。


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

新章です。


ゴーストスイーパー若手能力を測るためのバトルロイヤルテストから、1週間が経った。

結局、霊災愉快犯の関係容疑が掛かってる安田は、魔獣化したままで、証言は得られない。

それ以外では今のところ、関連のありそうな物は何も見つからないそうだ。

ようやくあの霊災愉快犯に繋がる尻尾を掴んだと思ったのだがな。

オカルトGメンは今も必死に捜査を行っているだろう。

 

俺は俺で美神さんから叱られた言葉が耳から離れない。

「躊躇するな……か」

 

「ヒッキー、何か言った?」

由比ヶ浜は部室のいつもの席から、俺に声をかける。

どうやら、俺の考え事が声に漏れていたようだ。

今は放課後の部活の時間だ。

 

相変わらずこの奉仕部には依頼は無い。

由比ヶ浜は何時もの席で勉強を、雪ノ下はその隣の窓際の椅子で本を読んでいる。

何時もの部活風景だ。

因みに、小町は奉仕部に依頼が無いため生徒会の方に顔を出してる。

 

「いや、何でもない」

俺は平然を装い、そう答える。

 

俺は今も考え事をしていた。

もし、こいつ等が悪魔や妖怪に体を乗っ取られたり、変化してしまったら、俺は躊躇なくゴーストスイーパーとしての役目を全うできるのだろうか?

横島師匠にもあの時の経緯を話し、相談した。

だが、師匠は……。

「八幡が思った通りにやればいい」と珍しく真面目モードで答えてくれた。

俺の思った通りに…か。

確かに美神さんの言葉は正しい。

だが俺は……。

 

「そうかしら?あなた、最近考え事をしてるような顔をする事が多いわ」

雪ノ下も読んでる本を静かに閉じ、俺に声をかける。

 

「そうだよ。授業中もそんな顔をしてるし」

由比ヶ浜も雪ノ下の言葉に同意をする。

 

俺って、考え事してるのがそんなに顔に出てるのか?

「まあ、そうだな。あっちの方でな。まだまだ足りないものが多いってな」

俺は悩みをそのまま打ち明けるわけにいかず、中途半端に応える。

 

「そう」

「ヒッキーも大変なんだね」

2人はそれでこの話題を終わらせてくれた。

あっちの方と俺が言えばGS関連の話題だ。

その辺を考慮して気を使ってくれたのだろう。

 

「そういえば雪ノ下は明後日、オカルト事務管理資格者認定試験だったな。まあ、雪ノ下のことだから問題ないか」

俺は悩みを誤魔化すように話題を変える。

6月4日(土)には、オカルト関連で霊能力者以外の初の資格制度試験が開催される。

オカルト事務管理資格者とは、オカルト関係の事務全般業務に対しての資格者制度だ。

3年ほど前のオカルト関係の法改正を行ってから、事務関連がかなり複雑化したらしい。

確かに、GS資格者もかなりの法律を覚えてなくちゃならないし、オカルト業務を行うのも色々と手続きを踏まないといけない。

さらに元々ゴーストスイーパーの事務関連では、オカルトアイテムの発注や管理も有ったりとか、一般事務に比べ特殊なものも結構あり、事故が年に何件もあったのだ。

ゴーストスイーパーの事務所だからって、全員霊能者じゃない。

特に事務職は一般の人を雇ってる所が多い。大手事務所なんてそれが顕著だ。

医者が事務職をやらないのと同じ理屈だ。

霊能者の数は圧倒的に少ないし、霊能者は現場に出てなんぼだからな。

ただ、オカルトアイテム怪しげな物は、下手に扱うと死に直結する事も在る。

プロでもオカルトアイテムの扱いにミスをする事も在る位だ。その辺の知識もない一般の人がやってしまうと事故も起きやすい。

そこで、こうした事故を防ぐためにと、GSの現場での人手不足解消を兼ねて、一般人向けにこの資格認定制度を作った経緯がある。

ゴーストスイーパーも分業の時代が来たという事だ。

霊能者が希少な存在となりつつある現在、これからこの流れは進んでいくだろう。

それを見据えてのこの制度であり、今後制定される一般人向けのオカルト関連の国家試験、オカルト管理責任者資格やサイバーオカルト対策管理者資格なのだ。

 

雪ノ下はそのオカルト事務管理資格者認定試験の勉強を進めていた。

いや、今後実施予定の、新たな国家資格であるオカルト管理責任者資格一種を取得するために、その前の小手調べとして、この資格も取得するらしいのだ。

本人曰く、後学のためだとか。

 

「そうね。問題無いわ」

雪ノ下は当然のように返事をする。

雪ノ下だったら大丈夫だろう。

キヌさんにも勉強を手伝ってもらっていたしな。

 

「ゆきのん、がんばってね」

「まあ、そうだろう」

昨日まで、中間テストがあったのだが、そんなものは雪ノ下には関係ないのだろう。

そして、きっと今回の中間テストも何もなかったかのように総合一位なのだろう。

 

 

 

「そういえば、ゆきのん。今年の職場見学どこに行くか決めた?」

由比ヶ浜は勉強する手を止め、雪ノ下に聞いた。

そう、総武高校恒例の職場見学が今年も実施されることとなった。

クラスで3人一組となり、学校指定の候補に上がってる職場を選んで、見学に行くのだ。

去年はどこに行ったか、……忘れた。

 

「私は行先は決めてるのだけど。同行するクラスメイトはまだ決まっていないわ」

雪ノ下の場合、一緒に行く奴が決まっていないというのは、ボッチだからではない。

雪ノ下と行きたい奴はクラスメイトの男女関係なしに複数居るようなのだ。

最終的に雪ノ下と行きたい奴をクラスメイトがくじか何かで決めている節がある。

だから、自然と雪ノ下が見学に行きたい場所がそのまま通ることになる。

 

「やっぱ、オカルトGメンだよね」

 

「そうね。行先の正式名称はICPO国際刑事警察機構超常犯罪課の東アジア統括本部ね。由比ヶ浜さんと比企谷君も同じではないのかしら?」

 

「うん。今回はヒッキーとサキサキと一緒なんだ」

そう、何故か今回の職場見学の候補地にオカルトGメンの本部があったのだ。

その事を美神さんの事務所に用事で来ていた美智恵さんに理由を聞いてみた。

やっぱ、美智恵さんの発案だったようだ。

オカルトGメンの認知度を高めるためと、将来の就職の選択肢としてオカルトGメンを浸透させる事なのだそうだ。

オカルト関連はどうしても怪しい組織だと思われがちなのは確かだ。それを払しょくさせる目的があるそうだ。

確かに、学生の頃にこういう機会があれば、GSやオカGの世間一般に噂されてる怪しい認識が払しょくされるかもしれない。

 

ついでに俺は由比ヶ浜に即強制的に組まされる。

何故か川崎からもオカルトGメンに行かないかと声をかけられ、この3人で行く事になった。

いや俺は、仕事で出向したこともあるし、本部にも数度顔を出した事があるから今更なんだが……。

まあ、2人が行きたいと言うんなら仕方が無い。

俺は俺で別に行きたい場所があったわけでもないしな。

将来の就職先は決まってるし、というかもう契約社員としてほぼ就職してるし。

 

雪ノ下の場合は、オカルト管理責任者資格一種を目指すんなら、行っておいた方がいいだろうな。なんかしらの勉強の足しになるだろう。

由比ヶ浜は、俺がどんな感じで、どんなところで仕事してるか見たいっていうし。

確かにオカGの仕事もちょくちょくとこなしてはいる。

オカGから回って来る依頼は難易度的には高い物は多いが、危険度でいえば美神令子除霊事務所に比べれば低い感じだ。

オカGの依頼は人数がいるようなものが多いし、俺はその組織の末端として動いている事が殆どだ。

美神さんが受けてくる依頼ってのは、訳ありなものも結構多いし、とんでもない物も結構混ざってる。だがそれだけ、実入りはデカいと。

川崎は、今も唐巣神父の元でバイトをしてるから、その関連で他の所がどうやってるのか見て見たいのだろう。

民間組織とは結構違うところが多いから、面喰うかもしれないな。

 

「比企谷君は気を付けた方がいいわね。あなた、オカルトGメンの管理官とも親しいようだし、他の生徒にプロのゴーストスイーパーと知られないように、ふるまう必要はあるわ」

雪ノ下の言はもっともだ。

俺は今のところ、学校の生徒にはGSだとバレるわけには行かない。

確かにオカGには見知った人が結構いる。

だが、幸いにも職場見学は西条さんが部長をしてるオカルトGメン日本支部ではなく、東アジア統括本部だ。東アジア統括本部は外交官や事務方が殆どで、実働部隊は少ない。

実働部隊は各国の支部が担っているからだ。

そうなると顔見知りは一気に減るから、大丈夫だろう。

美智恵さんにもこの事を話せば、他人のふりとか協力してくれるだろうしな。

それに、そもそもオカルトGメンに職場見学に行くような奴は少ないだろう。

多分、俺と由比ヶ浜と川崎のメンバーと、J組の雪ノ下のメンバーだけだろう。

そこまで気を使わなくても問題無いハズだ。

 

「まあ、大丈夫だろ」

 

「そうだといいのだけど」

雪ノ下は思案顔だった。

雪ノ下、さすがに考えすぎじゃないか?

一応、美智恵さんには話を通しておくし、不測の事態に陥る事はないだろう。

 

と、この時は軽い気持ちでいた。

 

「ヒッキーもゆきのんも一緒だし、今度の職場見学楽しみだね」

由比ヶ浜は単純に楽しみにしてるようだ。

 

 

 

 

週末の土曜日、19時頃。

俺は自転車に乗って依頼先に向かう。

単独での除霊の仕事だ。

 

今日の夕方頃、雪ノ下から電話があった。

オカルト事務管理資格者認定試験が終わったと、特に問題が無いと言っていたな。

合格発表は2週間後だそうだ。

雪ノ下の事だから、まず落ちるような事はないだろう。

だが、雪ノ下にとって、それは通過点でしかない。

本命は国家資格のオカルト管理責任者資格一種だ。

何れにしろ、これらの資格が行かせるのはオカルト関連の仕事だけなんだけどな。

雪ノ下はやはり、将来は陽乃さんの手伝いでもするのだろうか?

口ではなんだかんだと言うが、雪ノ下は陽乃さんの事が尊敬に値する姉としてみているだろうからな。

 

俺はそんな事を考えながら、現場に到着した。

今日の現場は東京タワーだ。

 

依頼内容は除霊だ。

何でもこの頃、東京タワーの展望台から幽霊が度々目撃されるとの事だ。

展望台から夜景を見に来た客が、外を見渡すと、上から人が降って来たと……。

何人もの目撃が有って、最初は自殺か何かと思い、職員がタワーの下周辺を確認しても遺体は見つからなかった。

それからも、度々そんな目撃情報があるそうで、さらにその噂を耳にした連中が面白半分に東京タワーの心霊スポットだとかで、インスタ映えを狙う若者だとか、オカルト系のユーチューバーだとかで一時は人が殺到したようだ。

そんな中、ほんとうに幽霊が写った心霊写真を撮ってしまった奴がいたようだ。

それでその心霊写真は拡散。

最初は結構な盛り上がりを見せ、人が結構押し寄せて来て、東京タワー側もその対応に追われたそうだ。

だが、後で呪われてるとか、東京タワーに行くと死ぬとか、ありもしない噂がネット等で勝手に広がって、人が来なくなったそうだ。

そんでしばらく営業停止に追い込まれたと。

さらに、心霊写真を写してしまった人のサイトは、炎上……、精神的に参ってしまって入院だそうだ。

 

何それ、怖っ。

幽霊が怖いとかじゃない。

最初は囃子たてておいて、後で貶めるって。

最近の若者は噂に左右され過ぎだろ。

まあ、俺も最近の若者なんだけど……

 

俺は展望台まで職員に案内され、預かった鍵で展望台の上に登って行く。

 

元々こういう高い場所には浮遊霊が多く集まって来やすい。

昔は村や山や神社にある大木等は神木として扱われていた。

死者が天に昇るための場所だともされていた。

実際にそう言う場所もある。

だが、天国に行きたいという思いを持った浮遊霊などは、自然と高い場所への憧れが強くなり、こう言う高い場所に集まってくることが多いのが実情だ。

 

まあ、そんな浮遊霊の一部が、念を強く持ってしまって一般の人にまで見えるようになってしまったのだろう。

だからと言って放っておくわけには行かない。

そんな浮遊霊は下手をすると地縛霊となり、悪霊へと変貌してしまうからだ。

 

その幽霊はあっさりと見つかる。

『イェーイ!インスタ映えばっちり!』

 

「………あんた何やってんの?」

逆さまで展望台の上の鉄骨にぶら下がって俺の横に並んで、スマホで写真を撮る今風のオシャレな若者の幽霊に声をかける。

 

『いやさ、東京タワーの外から取った写真ってすごくない?しかもあり得ない角度からとれるんだぜ』

何言ってんだこの幽霊、幽霊がインスタとかアップできるわけ無いだろ。

 

「あんた、この頃よく展望台から真っ逆さまに飛び降りてるだろ」

 

『それ僕だ!東京タワーからバンジーした僕を見て驚く人の顔をスマホで撮ってたんだ!これすごくない?夢にまで見た100万【いいね】取れるかもしれない!』

おい、幽霊がバンジーって、ただ飛び降りてるだけだろ。

幽霊はインスタもSNSも出来ねーぞ。

間違いない、こいつだ。東京タワーから飛び降りてるはた迷惑な幽霊は。

何?インスタ映えのためにこの幽霊を撮るために人が集まって来てたのに、こいつはこいつで、その集まって来た人をインスタ映えの為に撮ってたのか。

何、その負のループは。

 

それにしてもこの幽霊の雰囲気、もしかしてこいつ、自分が死んでると認識してないのか?

いや、精神が壊れかけてるのかもしれない。

自分が死んだと認められなくて、死んだという意識だけを抹消しているのだろう。

今は生前の自分の願いを全うしたいという衝動だけで動いてる感じだ。

そう言う霊はその念だけで動くため、念も強めで霊気も集めやすく、他の浮遊霊も寄せやすい。

このままだと、そのうち悪霊化するだろう。

 

『でもさ、この頃めっきり人が集まって来なくなって、いい写真が撮れないんだよね』

こいつはさっきからずっと楽し気に俺に語り掛けてくる。

 

「なあ、あんたは……もう死んでる。そんな事をやっても意味が無い。大人しくあの世に逝った方が良いぞ」

俺は取り合えず説得を試みる。悪い奴ではなさそうだしな。

 

『何を言ってるんだい?僕はこうして今も写真を撮ってるよ。死んでるわけないじゃん。でも100万いいねが取れたら死んでもいいなって位の気持ちになるよね。例えだけどね』

やっぱ、精神が壊れかけてるのだろう。

説得は無理そうだな。なら除霊をするしかないか。

 

『でも、100万いいね取れそうだよ!この写真なら、それどころか世界中から見てくれるよきっと、1000万いいねとかになっちゃうかも!』

 

「そうか」

俺は生返事をしながら懐から札を取り出そうとするが……

 

『だって、リアルゾンビと並んで写真が撮れたんだよ!しかもこんなところで!君のその腐った目!間違いなくゾンビだよね!いや~、遠目から見て思たんだよ。別に本当にゾンビじゃなくても良かったんだけど。目の前で見て確信したよ。君は間違いなく1000万いいねが取れる腐った目のゾンビだよ!こんな腐った目の持ち主に会えるなんて、僕はラッキーだよ!さっきの写真アップして………ああ……なにかな、この満たされた心は……ああ、天に昇る気持ちだよ…………』

その、今風のインスタ好きな若者の迷惑な幽霊は、透明だった体がさらに徐々に薄くなり、そのまま光の粒子となって天に召されて行った。

 

…………

………

……

 

まあ……あれだ。

こういう事もある。

依頼終了だ。

 

俺の目って、世界中にアップしたら1000万いいね、とれるのか。

帰って小町に聞いてみるか。

 

俺は何時もの如く、心にしこりを残しながら、現場を後にした。

 




職場見学編が始まります。


前回のアンケート結果です。

【何となくアンケート。今後このお話にでるだろうキャラを予想はいかが?】
伊達雪之丞  84 / 22%
横島大樹   30 / 8%
城廻めぐり 111 / 29%
鶴見留美  138 / 36%
その他    16 / 4%

ルミルミが1位ですね。
城廻先輩が2位。
俺ガイル組がワンツーフィニッシュ。
さて、誰がでるのでしょうか?


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(116)職場見学その1

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は、堅い話がずっと語られる回です。
つなぎ回の癖に、やたらと長いのです。
ご了承ください。


 

「ようこそ、総武高校の皆さん。私は国際刑事警察機構超常犯罪課、通称オカルトGメンの東アジア統括管理官、美神美智恵です。今日の職場見学でオカルトGメンの国や国際社会での役割、オカルト犯罪やゴーストスイーパーについて大いに学び、皆さんの今後の人生の糧にしていってください」

此処は、オカルトGメン東アジア統括本部があるビルの大会議室。

オカルトGメンの制服に身を包んだ美智恵さんが、凛とした声で自己紹介を兼ねた簡単な挨拶をし、今日のオカルトGメンでの職場見学が始まった。

 

始まったのだが……

何でこんなに職場見学者が居るんだよ!

ざっと120人ぐらいいるんだが、総武高校3年の3分の1から4分の1がオカルトGメンを職場見学先に選んだことになるぞ。

オカルトGメンってそんなに人気あるのか?

それにしてもおかしいだろ?

職場見学っていうのは、将来自分がなりたい仕事先を探すためのあれだろ?

霊能者じゃない連中がオカルトGメンになるのは相当厳しいぞ!

というか、唯の興味本位で選んだだろ!

葉山までいるし、お前は弁護士一択だろ!

お前がここを職場見学に選んじゃうと、お前のクラスの奴全員付いてきちゃうだろ!この全方位イケメンめ!

そうなると当然、三浦や海老名や戸部もいるし。

戸塚はいいとして、天使だし……隣の材木座!くっ付くんじゃねー!何してんだ、どさくさに紛れて!

しかも俺のクラスの連中も結構居るぞ。

お前ら、ちゃんと将来の事を考えて職場見学先を選べよな!

因みに、俺と由比ヶ浜と川崎のグループはこの大会議室の中頃に座っており、一番前に雪ノ下のグループが座っていた。聞く気満々だな。

 

 

最初に美智恵さんによる講義が始まった。

「オカルトGメンの本来の役割は、オカルト犯罪者の取り締まりと事件性のあるオカルト現象の解決にあります。民間ゴーストスイーパーとの違いは、事件性の無いオカルト現象、要するに警察でいう民事扱いのオカルト現象などは本来対象外です。

例えば、夜な夜な商業施設等に幽霊が出てくるような物や、個人的に呪われてしまったなどの事は範疇外です。

逆に、対象なのは、幽霊や妖怪、オカルトアイテムを利用して犯罪行為を行う人間や、殺人事件までに発展してしまったオカルト現象などはオカルトGメンの範疇です。

ですが、日本においてオカルトGメンは新しい組織です。

人数も組織もまだまだ規模が小さく、すべてをカバーできていないのが現実です。

現状では民間ゴーストスイーパー事務所やGS協会、警察、自衛隊、国や自治体と協力し合って何とか体裁を保っている状態です」

確かにオカルトGメンはまだまだ規模が小さい。

現在日本におけるオカルトGメンの拠点は、東京の日本支部と大阪の大阪出張所だけだ。

よっぽどの大きな事件ではないと、地方まで手が回らないのが現状だ。

そこで、俺達のような民間GSがGS協会を通して、依頼を受けて解決に乗り出している。

場合によっては警察や自治体で何とかその場を凌いでいる事件だってあるようだ。

 

 

美智恵さんは正面のスクリーンに映る映像を差しながら講義を進めだす。

「このグラフのようにオカルト犯罪による検挙率や事件発生数は年々右肩上がりです。ただ、これはオカルト事件と発覚した物だけです。残念ながらこのグラフに表されていない事件などもまだまだあるはずなのです。

これは日本だけではありません。全世界的にこの傾向が顕著に表れております。

幸い、日本は古来からオカルトに対し、真剣に取り組んできた歴史があります。

他国に比べ、オカルト研究や科学が進んでおり、優秀なゴーストスイーパーが日本に多数在籍しているのもそのおかげです。

それでも対処しきれないのが現状です。

皆さんが安心して暮らせる社会を維持するには、オカルトGメンの組織の強化が急務なのです。そのためには当然の事ながら、今後ゴーストスイーパー、要するに霊能者の育成は国家的にも最重要項目となるでしょう。

ですが、霊能者の育成は困難極まります。そもそも霊能力の適正者が少ないからです。

そこで、霊能者以外の方からも積極的にオカルト関係に従事していただくための組織作りを行って行くことが、このほど日本政府から正式に決定されました。

霊能者以外の方々が対象の国家試験が新たに制定されます。

オカルト犯罪に対し管理、指揮が認められる。国家試験、オカルト管理責任者資格一種二種。この資格を有すると、直接の除霊などは出来ませんが、GS免許所持者への指揮や管理を行え、オカルト事件への関与が可能となります。また民間GS事務所の経営も可能となります。もう一つも国家試験、サイバーオカルト対策管理者資格一種二種。こちらはサイバーオカルト事件やサイバーオカルトの監視、オカルト対策ソフト等を構築することが出来る資格となります。こちらは現在民間大手のソフト開発会社、通信機器会社、インターネット関連会社から注目を受けてる資格となります。これから伸びていく分野であることは確実視されており、こちらの資格取得者は引く手数多になる事は間違いないでしょう」

成る程。霊能者以外にも、オカルト関連に参加できますよっていうアピールの場でも有るのか。それで美智恵さんは、積極的に学生への職場見学を受けているということか。

これが草の根活動というやつだな。

先ずは、若者からアピールってところだろう。

この人、本当に凄い人だ。

この国の未来の事を真剣に考えているのだろう。

しかも、皆、美智恵さんの話に引き込まれているぞ。

これがカリスマって奴なのだろう。

 

 

「現在、日本のオカルトGメンの構成人員比率は、霊能者が8割9分、霊能者以外の人員が1割1分という割合になっております。霊能者以外の方は主に総務や一部の事務関連などです。オカルト関連では事務など、内部的な処理も霊能者が行ってるケースがまだまだ多いのです。その原因として、それらにもオカルト知識が必要だからです。例えばオカルトアイテムの扱いなどは、その最たるものでしょう。オカルトアイテムとは除霊を行う札だったりする霊具の事を指します。それらは除霊を行うための心強い武器ともなりますが、扱いを間違えれば、オカルト事故を起こす要因ともなります。そこで、2週間前にオカルト事務管理資格者認定試験が行われました。国家試験ではありませんが、この資格を取得する事で、オカルト関連の事務処理が可能な人材とみなされます。オカルト事務が必要なのは何も、民間GSやオカルトGメンだけではありません。大手企業にもオカルト対策室や私達や民間GSとの窓口となる部署が存在します。そんな所への就職も有利になりますし、地方自治体などへの就職へも有利となるでしょう」

美智恵さんのアピールはまだまだ続く。

そう言えば、そろそろオカルト事務管理資格者認定試験結果が届くころだが、まあ、雪ノ下の事だから問題無いだろう。

それにしても、皆結構真剣に聞いてるな。

美智恵さんの話が上手いのだろう。

 

 

「将来的には。オカルトGメンの構成人員比率は、霊能者4割、霊能者以外を6割まで引き上げたいと考えております。国家試験の2種類と、この事務方の認定資格があれば可能だと考えております。……そういえば、皆さんが興味がありそうなお話がまだでしたね。オカルトGメンは国家公務員です。組織はICPOという国際機構ですが、各国の国家公務員が出向という形をとっております。

いわば、日本にあるオカルトGメン所属は全員、国家公務員となります。当然国家公務員試験を通らないと、オカルトGメンになる事は出来ません。

日本のオカルトGメンは元々厚生労働省傘下でしたが、その重要性と警察や自衛隊などの連携、さらに国際社会への貢献などの事から、現在は内閣府傘下であり、内閣府オカルト対策本部という役割を担っております。ですから私の立場は、ICPOオカルトGメン東アジア統括管理官という立場と、日本においては内閣府オカルト対策本部の事務官という立場もあります。要するにです。ICPOと日本政府の橋渡し的な立場と思っていただければいいでしょう。私の事はさて置き、オカルトGメンは国家公務員であり、給与は国から支給されます。危険度が高い部署であるため、手当もそれ相応にありますね。また、立場が上がるとICPOからも手当が支給されます。そうですね。一般の国家公務員事務職の同年齢で同立場に比べ、3倍から5倍、状況によってはそれ以上もあるのではないでしょうか」

美智恵さんはにっこりと微笑みながらこんな説明をする。

すると、会場からは、生徒達の感嘆の声があちらこちらから漏れる。

こういう話は皆好きだよな。金が絡む話は分かりやすい。

……まあ、給料は高いが、危険度も段違いだぞ。

 

「それと、一応オカルトGメンとは関係は無いのですが、オカルト関連に関わる仕事をされる場合は、最低賃金が時給1800円です。先ほどのオカルト事務管理資格者が有れば、16歳からアルバイトは可能です。事務処理だけであればそれほど危険ではないですし、学校には届け出を出さないといけませんが、受諾されやすいでしょう。この資格があれば、もっと時給が上がるでしょう。しかも休日手当等の手当が出れば相当の額になるでしょうね」

さらに生徒達から感嘆の声が漏れる。

隣の川崎から「事務管理資格者とろうかな」とか……。

由比ヶ浜は俺の耳元に口を寄せてひそひそと「ヒッキー凄いね」って。

近いぞ由比ヶ浜!やっぱ良い匂いとかしてくるし!

ぜったい後ろの席のクラスの奴が睨んでるぞ。

おれはヒシヒシとその気配を背後から感じていた。

 

「皆さんから、願わくば私達と同じ職場で働く方が現れる事を願いますね」

美智恵さんは最後にちらっと俺の方を見て、講義を終わらせる。

いや、俺は無理ですよ。美神さんっていう悪魔より怖い人が雇い主なんで……しかも、俺の雇い主は娘さんですよね。

 

 

次に渋いイケメンが壇上に上がり講義を始めた。

「私はオカルトGメン日本支部部長の西条輝彦です」

まあ、こうなるよな。

プログラムを見れば、結構やばい。

知り合いが結構いるんだよな。

午後からのプログラムがさらにやばいし。

事前に内容を聞いておけばよかった。

 

「私からは、オカルトGメンとは切っても切れないゴーストスイーパーについて説明します。あまり一般的にどうやってゴーストスイーパーになれるかなどは、知られてないですからね。オカルトGメン日本支部の実働部隊は全員ゴーストスイーパー資格免許を有してます。これが無いと除霊行為などのオカルト関連の仕事は、法律的に一切できません。ゴーストスイーパーとはプロの霊能力者の事を指し、これがゴーストスイーパーとただ単に霊能力者という言葉を指す時の違いです。ゴーストスイーパーは国家資格であり、国が認めたオカルトのプロです」

西条さんの話を、生徒達はかなり興味深々で聞いてる。

 

 

「ゴーストスイーパーにはどうやってなれるのか。年2回GS協会主催のGS免許資格試験に合格し、初めてゴーストスイーパーを名乗れます。毎年4月と10月に行われ、1回の試験で16名、年間32名しか合格できない狭き門です。試験は法律関連や霊能知識のペーパーテストの1次試験。その後、霊能能力値測定で一定以上の霊能力を有したものが2次試験に進む資格が得られます。霊力を扱う能力が無いと幽霊や妖怪などとは戦う事は難しい。2次試験は受験者どうしの試合が行われます。トーナメント制でベスト16に入れば晴れて合格しゴーストスイーパーを名乗れるのです」

生徒達からは、またもや感嘆の声が漏れる。

……また由比ヶ浜が俺の耳元で、「ヒッキー凄いね」と囁いてくる。

耳元がこそばゆいし、後ろからの視線が痛いからやめてね。

 

 

「さらに、この試験を受験するだけでもなかなか難しいものです。受験資格は16歳からとなります。またゴーストスイーパーは師弟制度が設けられており、GS協会会員のGS免許を取得したCランク以上のGSの弟子になる必要があります。例外はありますが、基本はこうです。私もここに居らっしゃる美神管理官の弟子になります。弟子になるには年齢制限はありません。霊能者の家系となると、生まれてすぐに弟子となり、修行や訓練を受ける人もいます。また、弟子と認定された人は師弟関係を明らかにしGS協会に登録しなくてはなりません。弟子は修行のためにオカルト…霊能力を鍛えるために、各種特殊なオカルトアイテムなどを扱うからです。除霊の現場にも行きますし、師匠付き添いで実際に除霊活動を行う事もあります。ようするにGS仮免許のような状態です」

俺の場合はGS協会のプロフィールに横島忠夫が師匠であるとはっきりと明記されてる。

GS免許の裏側には師匠の名も刻まれる。

まあ、裏側なんてめったに見せないんだけどな。

見せたら、大概笑われるし。

表には所属事務所が記載されてるから、それを見せると驚かれるけどな。

 

 

「現在は昔のような師弟関係でなくとも、弟子の認定が出来ます。霊能系の専門学校では、指導者や講師が師匠となり、生徒が弟子という扱いになるからです。専門学校以外では、東京に公立大学が一つ、全国で有名な六道女学院もこれに当てはまります。来年には関東の私立大学や京都の国立大学に学部が設立される予定です。今後、この流れは続くでしょう」

そういえば、去年の会合でそんな事を言っていたよな。

 

 

「因みにです。現在GS免許取得者は一番下は17歳です。君らと同じ現役の高校生ではGS免許取得者は5人います。女子が4人、男子が1人です」

生徒達はまたもやざわつく。

そして案の定由比ヶ浜は俺の耳元で「17歳で男子1人ってヒッキーだよね。凄いね」と囁く。

だからやめてくれー、俺が気恥ずかしいのと、後ろからの男子の視線が痛いんだよ!

 

因みに女子4人とは今年の4月に受験した六道女学院の3年生だ。

六道女学院の霊能科では基本、GS免許資格試験に生徒を送り出すのは、3年生からなのだそうだ。

キヌさんの世代だけ、2年の春に3人受けて全員合格してるそうだ。

それだけ、キヌさん世代は優秀な人材が集まったのだろう。

専門学校は高校卒業後に入るし、大学もそうだ。

今は、高校生で試験を受ける人は少ないとか。

3年前のオカルト関係の法律大改訂前までは、現役高校生のGS免許取得者が結構いたそうだ。特に横島師匠の世代は優秀だったと。

横島師匠やピートさんを見ればわかる。

 

 

「このような厳しい道のりを経て、漸くゴーストスイーパーと名乗れます。しかし免許を取得したからと言って、直ぐに一流のゴーストスイーパーにはなれません。ゴーストスイーパーにはランクが有ります。SからFランクにと。ランクによって受けられる仕事の難易度がかわります。これはゴーストスイーパー自身を守るのと同時に、依頼者に適正なサービスを受けれるような仕組みです。民間GSの場合、強力な霊障や妖怪にはランクの高いゴーストスイーパーが受け持ち、通常の霊障はランクの低いゴーストスイーパーが受け持ちます。それに伴って依頼料も異なります。さらにこのランクは半年に一度に審査があり、ランクが上下します。ゴーストスイーパーは常に自らを鍛え強くならなくてはなりません。弱くなればランクは下がり、強くなればランクが上がります。現場実力主義なのです」

そう言って、西条さんは自らのGS免許を獲りだし、皆に見えるように、スクリーンに映し出す。

 

「私はAランクですね。すべての依頼がこなせます。AランクGSは日本に30名も居ません。この上にさらに特殊能力など擁するSランクが存在しますが、日本には5人しかいません。美神管理官がその一人です。ですがSランクやAランクは全世界的に見ても、日本は最大の人数が在籍してます。このランク制度は国際的にも認められており、全世界共通となってます」

そう言えばそうだった。美神さんも美智恵さん、あと土御門風夏さんもその5人しかいないSランクだった。

公表されてるSランク3人全員が身内や知り合いだもんな。

そういえば、未公表の後の2人って誰だ?

一人は横島師匠の可能性があるな。

横島師匠は普段はBランクの免許を持ってるけど、本当は世界にたった一人しかいないSSSランクのGSだし。

ドクター・カオスもSランクGSだけど、イタリアかフランス在籍のはずだしな。由比ヶ浜の家に居候してるけど。

 

 

「因みに、Cランクから個人事務所を立ち上げられ、弟子をとる事が出来ます。Cランク以上が真の実力者だと言っていいでしょう」

例の如く、由比ヶ浜が俺の耳元で「凄いねヒッキーって」

さらに、川崎までも俺の耳元で「やっぱあんた凄いわ」っておい。

両方からやめてくれませんか?もうなんていうかだな、気恥しさが爆発しそうだ。

しかも、後ろからだけでなく、左右からの生徒達の視線が痛い!

 

それと昨日、審査で昇格してBランクの免許を渡されました。

はぁ、実力が伴って無いんじゃないか?

美神さんに叱られたばっかりだし。

ここは喜ぶべきなんだろうが、今は気が重い。

 

「現在日本では現役のゴーストスイーパーは1000人も満たない。圧倒的に人材不足です。そうかと言って合格者を安易に増やせば、質が下がります。それでは意味が無い。現在この業界では優秀な霊能者の育成が急務なのと同時に、霊能者以外の方々の協力が不可欠なのです。以上が私の講義です」

そう言って西条さんの講義が終わる。

 

プログラムではこの後、ちょろっとオカルト犯罪の現状についての講義があり、オカルトGメン東アジア統括本部のビルの中を一周してから昼食だ。

 

その後が問題だ。

このビルのすぐ近くのGS協会本部に移動なんだよな。

やばい、ヤバすぎる。

 

しかも、そこで何でもデモンストレーションがあるとかで、その講師が……

 

 

 





ふう、何とか終わったです。
次は……八幡頑張れ。


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(117)職場見学その2

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きをどぞ。


オカルトGメンの職場見学は午前中の講義が終わり、建物内の見学を終えた後、昼食は大会議室でとるようにとお茶と弁当を職員から渡される。

 

由比ヶ浜は三浦たちと集まって弁当を食べる様だ。

まあ、いつもは俺と雪ノ下と食ってるからな、こんな時ぐらいは、友達と食べたいのだろう。

雪ノ下は、俺の方をチラチラと見ていたが、どうやらクラスメイトに捕まり、そっちで食べる事になりそうだ。

流石に奉仕部の部室と違い、生徒が120人も集まってる場所で大っぴらに由比ヶ浜と雪ノ下の三人で食べるのは憚れる。というか恥ずかしい。

 

俺はというと講義の席で、そのまま川崎と弁当を食べる事にしたのだが、戸塚が一緒に食べようよと声をかけてくれた。まじ天使だ。

その笑顔が眩しい。なんで戸塚は女に生まれなかったんだろうか?

まあ、材木座も一緒なんだけどな。

 

「八幡!我の右手が唸って轟叫ぶ!我はゴーストスイーパーになる!!」

材木座は右手を額に当てながら、そんな事を突如叫び出す。

早速、さっきの講義で感化されやがったか。

何言ってんだか、幽霊が怖くて、ゴーストスイーパーになれるかよ。

 

「あんたうるさい。静かに食べろ」

「はひ」

川崎に怒られ、縮こまる材木座。

すげー、一発でこいつを黙らせたぞ。

流石は総武高校の一匹狼、いや女豹だったか。

 

「でも義輝じゃないけど、憧れるよね」

戸塚は笑顔でそんな事を言う。

戸塚―――!いつから材木座を下の名前で呼ぶように!?

そんな仲に何時の間に!?

と、戸塚が材木座に汚されただと…おのれ材木座!

 

「八幡、八幡ってば聞いてる?」

俺は縮こまる材木座に呪いの言葉を送るのに集中していて、戸塚の言葉が耳に入ってなかった。

 

「あ、ああ、まあ、ゴーストスイーパーって危険そうだぞ。さっきの講義を聞いてるだけで大変そうだ」

俺はそんな返事をするにとどめる。

戸塚が憧れてるだと。くそっ、真実を打ち明けられないのは辛い。

これは致し方が無いのだ。

川崎も澄ました顔で、その話をスルーしてくれる。

川崎にも、事前にちゃんと俺がGSだとバレないように協力を仰いでいた。

 

「そうだよね。僕なんかがなれるわけないか。でも、八幡とか川崎さんは似合ってそうだよ」

戸塚のこの笑顔。

くっ、打ち明けたいが、いかんのだ。

 

「わたし?わたしは無理無理。ゴーストスイーパーってのは憧れだけじゃなれるもんじゃないよ」

川崎は慌てて否定した後、なんか遠い目をし出した。

あ、なんかスイッチ入った。

川崎はゴーストスイーパーを美化しすぎて、神聖視している節があるのだ。

まあ、唐巣神父の所でバイトしてたらそうなるよな。

唐巣神父は超良い人だからな。唐巣神父そのものが良い人であって、決してゴーストスイーパーだから良い人ってわけじゃないんだぞ。

うちの美神さんと横島師匠を見て見ろ。

超一流ゴーストスイーパーは欲望まみれの穢れた人達が殆どだ。

 

「まあ、俺も無理かな」

すまん戸塚、俺は既にゴーストスイーパーなんだ。

戸塚に真実を伝える事が出来ない俺は、心の中で血の涙を流していた。

 

 

 

午後から引率のC組の田中先生について行き、GS協会本部ビルに移動を開始する。

俺は移動中に朝に渡された今日の職場見学プログラムのプリントを目を通す。

 

まずはGS協会六道会長の挨拶か、その後の流れは、GSデモンストレーションとGS体験コーナーとある。

そこの特別講師の名前が……美神令子除霊事務所美神令子って書いてある事を再度確認する。

俺はそこに一抹の不安を覚えざるを得ない。

俺は何も知らなかったんだが……美神さん、何も言ってくれないし。

キヌさんもたぶん、美神さんに面白半分に口止されたのだろう。

ただ単に美神さんが忘れてただけなのかもしれないが。

いや、美神さんはいいんだ。

あの人は、こう言う場ではネコ被って、大人の対応を見せるから。

それに年に数度、六道女学院霊能科に講師をしに行ってる。

意外にもちゃんと生徒達の面倒を見てるらしいのだ。

キヌさん曰く、人気の講義らしいし。

よって、俺の不安はそこじゃない。

 

GS協会本部ビルに到着すると、受付の職員さんに地下2階へと案内される。

そこは学校の体育館位の広さがあった。

ここは第2訓練室だ。

俺も何度か来たことがある。

GS協会本部の地下は訓練所を兼ねていた。

都会じゃ、なかなか大きな術の訓練なんて出来ないからな。こういう対霊能用の設備が整っている場所は貴重だ。

 

 

生徒達はその第2訓練室でクラス毎に整列させられる。

 

GS協会六道会長と数人のGS協会本部の職員が現れ、六道会長の挨拶を終え、今から行うカリキュラムの担当者の紹介が始まる。

「皆さん、よく知ってると思います~。今日の特別講師の美神令子さんは六道女学院の卒業生でもあります~。それと今日は特別に来ていただいて、GS体験コーナーのお手伝いをしてくれるお二人も紹介いたしますね〜。1人は……」

六道会長がそう言った瞬間、第2訓練室の照明がすべて消え、真っ暗になる。

 

嫌な予感がしてたまらない。

 

 

パラパラパーーーッパ――――ッパッパッパー―――――ッ

何故かトランペットの音色が会場に響き渡る。

生徒達はさぞ混乱してるだろう。

 

そして、トランペットの音色の先、生徒達後方の上方に設けてある中二階観覧席にスポットライトが当たる。

そこには、トランペットを片手にタキシードスーツを着た男が決めポーズをとりながら、生徒達に爽やかな笑顔を向けていた。

「やあ、君たち。僕はゴーストスイーパー横島忠夫、よろし……ブッ」

 

その男が自己紹介の途中に、どこからか飛んできたヒールの入ったパンプスが顔面にめり込んで、中二階から床に落下。

そこで、また照明が真っ暗になる。

「ウギャーーーっ、出たかっただけなんやーーーッ女子高生にアピールを!ギャー―ス、ウゴッ、ベゴッ、アベボッ!!」

その男の悲鳴だろう物がしばらく続く。

 

そして、アナウンスが入った。

『お見苦しい物をお見せいたしました。ただいま、不審者は排除致しましたので安心してお過ごしください』

照明が再び点灯するが、先ほどの男の影も形もない。

生徒達は、沈黙する。

…………

………

……

やると思った!!

絶対来ると思ったね。あの師匠がこんな美味しい場面に来ないはずが無い!!

美神さんは多分、こうなる事を見越して、す巻きにしておいたはずだが、それを掻い潜ってここに!

多分、今のは美神さんの折檻だろう。もはや横島忠夫の命は風前の灯火に!

……まあ、直ぐ復活するけどな。

 

「ヒッキーのお師匠さんだよね。相変わらずだね。ヒッキーはあんなにならないでね」

由比ヶ浜に苦笑気味に耳打ちをされる。

はい、流石にああはならないと思います。あそこまで欲望に忠実に煩悩をさらけ出せるなんて、普通の人間じゃ到底無理だと思います。

「あの横島って奴、またあんな事を、今度神父の教会に現れたらふんづけてやる。比企谷もよくあんなのに付き合ってられるね」

川崎が眉を顰めながら俺に耳打ちする。

はい、あんなのが師匠です。普段はあんな感じなんですが、本当はいい人なんだ。たぶん。

 

だが、沈黙していた生徒の中から大声を上げる奴がいた。

「ああああ―――っ!」

「アレって!」

戸部と海老名だ。

や、やばい。

この二人は去年の修学旅行中(⑮話参照)に俺と横島師匠が言い合いしてる所をばっちり見られてる。

師匠がゴーストスイーパーだと知れたら、俺もバレる。

な、なんとか言い逃れをしないと……。

 

しかし、2人は……

「あの人、見た事があると思ったら、ヒキタニ君のお兄さんじゃね!?」

「キターーーーーッこれ!ヒキタニ君の年上のボーイフレンドっ!!グ腐腐腐腐腐腐っ!薄い本が捗るっ!」

おいーーー!?何とんでもない勘違いしてんだ!?

戸部――――!?俺にはあんな変態な身内も兄もいない!!

鼻血だしながら海老名もなんて勘違いすんだよ!ふざけんな―――!!

 

生徒達が一斉に俺の方を見る。

しかも「不憫だ。あんな兄なんて」とか言って俺を可哀そうな子を見るような顔をしてる連中と、「嫌ね。男と付き合ってるなんて」滅茶苦茶引いてる連中と、「ヒキタニ×変態兄、行ける!」とか言って嬉しそうに盛り上がる女子連中……

 

「ヒッキー、あたしは大丈夫だから」

「比企谷……それだけはやめておいた方が良いよ」

由比ヶ浜と川崎も何言ってんだ!?

お前らは知ってるだろ!あの人は俺の師匠であって、兄でもボーイフレンドでもなんでもない事を!!

 

さ、最悪だ。

いや、ゴーストスイーパーだとバレなかったのは不幸中の幸いか!?

しかし、これってプラスマイナスで言えばマイナスじゃね?

まあ、今更レッテルの一つや二つ増えたところで俺の学内での評価は変わらんから、プラスと言えばプラスか。

俺はなんとか自分を無理矢理納得させることが出来た。

 

 

 

「皆さん~、注目~。今の不審者は美神令子さんが倒してくれました。流石は一流のゴーストスイーパーね~。その都合で、令子さんは手が離せなくなりました。なので、先にGS体験コーナーから始めます」

六道会長はそう言って話を進める。

横島師匠の事を最初から最後まで、不審者扱いすることで、俺のGSバレを避けてくれたんだと思う。

哀れ横島師匠、今頃、美神さんに半殺しにされてるんだろう。思いっきり自業自得だ。

 

「GS体験コーナーを、皆さんに指導していただくゲストをお呼びしま~す」

六道会長は先ほどの事は何もなかったようにプログラムを進める。

 

そういえば、GS体験コーナーを手伝ってくれる2人のゲストって誰だ?

横島師匠のハズは絶対無い。師匠をよく知る六道会長や美智恵さんが絡んでいるんだ。しかも、今ので完全に不審者扱いになってるしな。

1人はキヌさんだろう。六道女学院出身だし、美神さんの秘書みたいなもんだし、それに俺たちと年が近い。

もう1人は誰だ?

 

 

すると、この第2訓練室の前方の扉が開き、巫女姿のキヌさんが微笑みながら静々と現れる。

やっぱりそうだよな。じゃあ、もう一人は?

 

その後に、純白の式服姿の美女がにこやかな笑顔で続いて入って来た。

 

えっ?なんで?

 

「こちらは~、皆さんより一つ年上で、今年六道女学院を卒業され、去年まで現役女子高生のゴーストスイーパーだった美神令子除霊事務所所属の氷室絹さんで~す」

「氷室絹です。よろしくお願いします」

六道会長に紹介され、キヌさんは微笑みながら丁寧にお辞儀をする。

 

「こちらは、知ってる人もいるかも知れませんね~。皆さんの総武高校の3つ上の先輩でBランクゴーストスイーパーの、土御門陽乃さんで~す」

「土御門はペンネームみたいなもので、本名は雪ノ下陽乃よ。3年前までは皆と同じ総武高校に通ってました。みんな、よろしくね」

六道会長に紹介され、陽乃さんは外ズラ仮面のあの計算つくされた人懐っこい笑顔で皆に自己紹介をする。

 

ちょ、まじでなんで?

陽乃さんがここに?

いや、確かに総武高校の卒業生で現役ゴーストスイーパーって事で呼ばれたんだろうが、美神さんとは犬猿の仲みたいな感じだったのに、除霊仕事じゃないが、一緒に組むなんてどういう風の吹き回しだ?

 

何も起こらなきゃいいが……。

 





と、トランペットがやりたかったんやーーー!
あのギャグがやりたかっただけでして、その、すみません。

前回のアンケート。
いや、アンケートにならなかったですね。
一応正解は美神さんなんですが……全員来ちゃってますから。
その他、意外の人全員正解ってことでw


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(118)職場見学その3

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は意外とシリアス展開です。


「これキタ――――――――っ!!」

生徒達の中から雄たけびが聞こえる。こんな感じだが海老名じゃない。

 

「式服の笑顔が眩しい太陽のような美女陰陽師!!そして!!赤袴の巫女さん!!しかも、清楚系!微笑みは全てを癒す!ゆるふわ系巫女さん!!我は今、猛烈に感動しているーーっ!!」

全身を震わせ、涙をまき散らし、いや、鼻水もまき散らしてるな、顔をぐちゃぐちゃに濡らして、感極まったようなそんな感じの材木座義輝(17歳)が、俺の隣で雄たけびを上げていた。

もちろん、材木座の視線の先には式服姿の陽乃さんと、いつもの巫女装束姿のキヌさんが、六道会長の紹介で生徒達の前に挨拶をして立っていた。

 

材木座、耳元で超うるさいし、うざい。

ここは他人のふりだ。

確かにわからんでもない。キヌさんの巫女装束を見て、感動しない奴はいないだろうし、陽乃さんだって、式服を着れば、元がいいから清楚系美女に見えるからな。

 

いや、それよりもだ。

GS体験コーナーとやらのサポート役に何でこの二人が?

キヌさんは良いとして、何故陽乃さんも一緒に?陽乃さんが来ること自体は別にそれ程おかしい事は無い、総武高校のOGで、プロのゴーストスイーパーだからな。

だが、美神さんとは犬猿の仲のはずだ。今年の2月末のあの事件ではっきり分かったが、美神さんは陽乃さんを毛嫌いして、陽乃さんは陽乃さんで突っかかってる感じだった。

除霊仕事とは異なるが、一緒に仕事とは……どういう風の吹き回しだ?

 

 

陽乃さんがマイクを持ち、前に出てGS体験コーナーとやらの説明を始める。

「今からGS体験コーナーの説明しますね。午前中に習ったと思いますが、ゴーストスイーパーとは、国が認めたプロの霊能者の事を指します。じゃあ、霊能者とは何かと。一般的には幽霊が見えたり、幽霊と会話が出来たり、気配を感じる事が出来る程度だったり、と様々で、結構あやふやだったりします。そんなあやふやなものを測るのにどうしたらいいか?仮にも国が認めたプロの霊能者であるゴーストスイーパーがそんなあやふやな基準で選ばれるわけには行かないですよね。なので人が持つ霊気の保有量とその霊気をエネルギーから力に変換した霊力値を測り、一定基準値を設定しています。GS資格免許試験のペーパー1次試験と実戦2次試験の間で能力測定として、霊気と霊力の測定を行ってます。ここでかなりの人が落ちるわ。そもそも霊気とは何か?霊気は人や生物には必ず存在する生命エネルギーの一種と思ってくれればいいわ。これが無いと人や生物は生命維持できないの。霊力とは霊気を力に変えたもの。この霊力を使ってゴーストスイーパーは様々な術を発現させる事ができるわ。簡単に言うと、霊気が燃料で霊力は動力、車で言うと霊気がガソリンで霊力は力を生み出す馬力だと思ってね」

陽乃さんの説明は分かりやすいな、これならばここの生徒なら、何となくでも理解できただろう。

 

陽乃さんは説明を続ける。

「ゴーストスイーパーはその霊気の保有量と霊力の出力が通常の人の3~5倍以上あると言われてるわ。上位のゴーストスイーパーとなると30倍以上にもなるの。そこで、皆さんに体験してもらうのは、そのうちの霊気の量を測る体験をしてもらいますね。実際にGS資格免許試験で使用するオカルトアイテムを手に取ってもらいます」

体験コーナーとしては妥当なものだ。これなら危険を全く伴わない。

霊力値測定は霊力を扱うすべがないと放出も出来ないが、霊気測定は体内にある霊気の保有量を測るだけだから、素人でも可能だ。

流石に実際に除霊作業なんてさせられないし、後は安い札を渡して、投げさせるぐらいしかできないだろう。

 

 

「では、皆さん10人づつ一列に並んでください」

キヌさんがそう言って手を上げると、生徒達はわらわらとキヌさんの所に集まって並び始める。

材木座は猛ダッシュで先頭に並ぼうとする。普段の材木座から考えられない機敏さだ。

戸塚もそれにつられてついて行ってしまった。

由比ヶ浜と川崎と俺も順番の中頃に並ぶ、雪ノ下が俺達の方に来て、俺の後ろに並んだ。

 

「姉さんは何のつもりかしら」

「雪ノ下も聞いてないのか?」

「何も聞いてないわ」

「まあ、普通に考えれば、総武高のOGだから呼ばれたんだろうが……」

「そうね……」

雪ノ下も俺と同様に、陽乃さんがここにこうして居る事が腑に落ちないようだ。

 

「なんか楽しそうだね!」

そんな俺と雪ノ下を余所に、由比ヶ浜は楽し気だ。まあ、自分の霊気や霊力を測る機会なんてめったにないからな。

他の生徒も結構盛り上がってるし。

 

「最初の一列目の人は、前に出てこの白いラインに一列に並んでください。今からお渡しします測定器を両手に持って、待っててください」

キヌさんがそう説明しながら、一人一人に両手持ちの握力計のような測定器を渡す。

霊気を測る測定器だ。

 

そんな中、材木座と戸塚も混ざって並んでいた。

キヌさんに測定器を手渡してもらってる材木座の顔はデレデレだ。

 

「皆さん、難しいものではないです。グリップにあるレバーを軽く引くだけです。リラックスした方が良い結果になりやすいので、頑張ってくださいね」

霊気の保有量を測るだけであれば、リラックスした方が良い。

今回はやらないが、霊力は別だ。霊力を放出させる方法は人によって異なる。思いっきり気合いを入れた方がいい人や、リラックスした方がいい人もいる。

俺の場合は、今は意識せずにやってるが、最初は自分の中にある霊気を循環する血液に例えて、それを静かに燃焼させるイメージだった。

 

「それでは、始め」

そして陽乃さんの合図で皆は測定を開始する。

 

「ふふふっ、遂に我の隠された天翔ける力を発揮する時がきた!!竜神気!!開放っ!!」

案の定、中二病を拗らせまくってる材木座は叫んでいた。

誰かあいつを黙らせてくれ。見てるこっちが恥ずかしくなるぞ。

 

 

「はい、そこまで」

1分間の計測が終わる。

 

生徒達は測定器の自分達の測定値を見て、騒ぎ出す。

体育の運動測定と同じ感覚だ。

皆こう言うの好きだからな。

 

だがそんな中、キヌさんがとある生徒を褒めちぎっていた。

「凄い、凄いですね。これ程の霊気を持ってるなんて、GS資格免許試験の霊気測定を通るかもしれませんね」

 

「わ、我が!?と、当然!!ふははははははっ!?……本当!?」

その生徒とは材木座だった。本人も当惑してる様だ。

そういえば材木座の奴、霊気保有量だけはゴーストスイーパーになれるぐらいにはあったんだった。

しかも、気合いと共にちょっぴり霊力も漏れてたし。

やばいな。あいつゴーストスイーパーに本気でなるとか言い出さないだろうか?

 

因みに戸塚は平均的な一般人並みの霊気保有量だ。

俺の場合、測定器を使わなくても、この霊視に優れた目で見るだけでわかる。

 

次々と生徒達は測定を行って行き、三浦や葉山らのグループも測定を終える。

葉山は意外と霊気保有量が多いな。材木座ほどじゃないが……。

 

そんで、俺達の番が回って来る。

「ヒッキー…その大丈夫なの?」

「あなたの事だから、対策は施してるのだろうけど」

「ああ、俺は調整するから大丈夫だ」

「流石はCランクGSね」

由比ヶ浜や雪ノ下、川崎も心配してくれるが、大丈夫だ。

流石にこんなところで、真面目に測定するつもりは無い。

そんな事をすれば、俺の霊気保有量だと即効で現役のゴーストスイーパーだってバレてしまうだろう。まあ、そんな事に仮になったとしても、キヌさんがうやむやにしてくれるだろうがな。

この霊気保有量を測る測定器は体を巡る霊気を、測定器内に両手から流れ込む霊気の量で測定する装置だ。

俺が意識的に霊気の流れを止めるだけで、霊気の量を測る事が出来なくなる。

因みに、自然に漏れる霊気や霊力を抑えるすべも当然会得してる。

これが出来ないと、妖怪や魔獣にこちらの居場所が悟られてしまうからだ。

 

 

キヌさんは素知らぬ顔をしてくれて、俺達に測定器を渡してくれたが、陽乃さんは雪ノ下と俺にウインクをしてくる。

 

俺は霊気をちょろっと漏らす程度に遮断し、生徒達の平均値程度に抑える。

難なく、その場を後にした。

 

 

由比ヶ浜も雪ノ下も、やっぱちょっと霊気の保有量が多くなってるよな。

GSに成れるほどじゃないが……。

俺の影響か?いや、そうであれば、俺と過ごした去年の1学期の時点で霊気の量はとっくに上がってるはずだ。

去年の修学旅行の後から徐々に二人の霊気量が上がっているのを感じていた。

切っ掛けはやっぱり茨木童子と出会ってしまったのが大きかったか。

 

それよりも川崎だ。

キヌさんはあえてそこには触れなかったが、俺の目から見ても霊気量は材木座と遜色ない。

キヌさんは川崎とも面識があるし、事情も知ってるからその事には触れなかったのだろう。

やっぱり、過去に強力な悪魔の眷属に2回もつけ狙われたのが大きいか。

今年の1月に神父の教会で川崎と会って俺がGSバレした時よりも、霊気の量が増えてる。微弱だが霊力調整も自然と出来てる様だし……。

元々素質があったのかもしれないな。

それすらも見越して、唐巣神父は川崎を今もバイトとして雇ってるのかもしれない。

 

俺のように事故や何らかの切っ掛けで、後天的に急に霊障レベルの霊気を生み出す体質になる事も稀にあるが……。

大概、後天的に霊気や霊力を得るきっかけは、大小はあるが、霊障にあったとか、霊災事故にあったとか、何らか霊的な影響を受けての事だ。

霊気や霊力が関わるような事故に会うと、人間の防衛本能なのか、免疫反応なのかは解明されて無いが、霊気や霊力も高まる事がある。

だからと言って、全員がそうなるわけじゃないがな。

そうならない方が圧倒的に多い。

 

材木座の場合は、アレは生まれつきだろう。

だから、ある程度の霊気、霊力調整は自然と会得できた。

 

川崎の場合、後天的ではあるが一回目の悪魔につけ狙われた際は、10年前だから、小学生低学年の頃だ。その頃から緩やかに高まっていたのかもしれない。そして、2回目の悪魔の時に、緩やかだったものが、多少なりとも速まった可能性がある。

だが、10年かけて、緩やかに高まった物は、自然と調整も身につくものだ。

それと本人の素質の問題もある。

 

本人に言うべきか……いや、この件は唐巣神父に任せた方がいいだろう。

きっとあの人なら、川崎を導いてくれるはずだ。

 

 

 

んん?ちょっとまてよ?

このGS体験コーナー…ってまさか。

 

いや、あり得る。

美智恵さんの事だ。

ここまで見越して、オカルトGメンの職場見学をあちこちに売り込んでるんじゃないのか?

GS協会の職場見学と言えば、嫌がる学校も多いが、オカルトGメンと言えばイメージはGS協会に比べればかなり良いだろう。

 

俺はここで、とあることに気が付いた。

 

あの人、オカルトGメンやGSの売り込みやイメージアップの為だけじゃなかった。

俺の推測が正しければ、この職場見学は……

霊能者、いやゴーストスイーパーの適正者を見つけるための物だ。

そのためのGS体験コーナーでの霊気測定か。

なんて計算高い人なんだ。

 

この推測があってれば、後に材木座の元に、霊能系の大学か専門学校からのスカウトか何か来るだろう。

美智恵さんは小学校や中学校にも職場見学を売り込んでるらしいから、女子であれば、六道女学院へ、男子の受け皿は今後作って行くのだろう。

 

美神さんも陽乃さんと組むなんて、あのわがまま大魔王が何もなくして、こんな事をするわけが無い。

美智恵さんの説得と言う名の脅迫があったとみて間違いないだろう。

2月末の温泉訓練で、相当弱みを握られたようだし。

陽乃さんが嫌々ながらも美神さんと組んでまで、ここに居るのも納得できる。

土御門本家から使命を受けてここに居るのだろう。

関西の土御門家もこの流れに乗らないわけには行かない。

関西には来期から、国立大学で霊能科が出来る。既に試験的に作ってるらしい。

それに陽乃さんも、六道家同様に、関西にも近い将来には霊能に特化した学校を作るような事も言ってた。

ここでうまく行けば、関西でもこの職場見学を行うのだろうな。

 

美智恵さんの本気度が伺える。

これは今迄、霊能家や陰陽師、神社仏閣などの宗教関係が幅を利かせていた狭い業界の裾野を広げる作戦だろう。

事務方の人材だけでなく、ゴーストスイーパーそのものの数を増やすつもりだ。

しかも、ほぼ手つかずの霊能関係の家とは関係ない一般人からな。

 

俺は霊気の測定を受ける生徒達を見ながら、頭の中で考えを巡らせていた。

 

「ヒッキー、どうしたの?」

「あなた、また何か抱え込んでいるのではないかしら?」

「あんた、難しい顔して」

どうやら俺は顔に出ていたようだ。

由比ヶ浜と雪ノ下だけじゃなく、川崎にまで言われる始末。

 

「そうじゃないんだが、気になる事があってな。いや、心配されるような物じゃない」

俺は取り繕う様にそう言う。別に誤魔化してるわけじゃないんだがな。

 

「ヒッキーがそう言うんだったら……」

「そう、ならいいのだけど」

「まあ、あんたがそう言うならいいんだけどさ」

3人は納得してくれたかは分からないが、そう言う事にしてくれたようだ。

 

もし俺の推測通りだったら、下手にこの話をするわけには行かない。

真実ならば、何らかの面倒ごとに巻き込まれる可能性が大きいからだ。

 

 

……俺はふと第2訓練室の後方の扉を見ると、美智恵さんが手招きしていた。

はぁ、霊力をちょろっと開放して、俺だけに気が付かせて、呼ぶのはやめて頂けませんかね。

 

「はぁ」

俺はため息を吐く。

俺が呼ばれる理由はなんとなくわかる。

こんな時にわざわざ呼ばなくてもいいだろうに……

どうやら俺は面倒ごとに既に巻き込まれてる様だ。

 

 




意外と長くなってしまった。
出来たら、次で終わらせたいけど無理かな?
美神さんと横島師匠は相変わらずですが、陽乃さんはまだ大人しいですね。……まだね。


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(119)職場見学その4

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

その4です。


 

職場見学の体験コーナーも終盤にきて、この第2訓練室の後ろの扉から、美智恵さんが俺を手招きしていた。

 

俺は今は唯の学生なんですが……。

ふう、行かないわけにはいかんよな。

わざわざ、このタイミングで呼ぶって事は……

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜、川崎の3人にちょっと席を外す事を伝えてから第2訓練室を出ると、美智恵さんに近くの部外者立入禁止と書かれた部屋に連れていかれる。

ここは第2訓練室の監視室だ。監視室と言う名はついているが、訓練中の人達に訓練の指示を出したりする部屋だ。

この部屋には第2訓練室内で訓練を行ってる訓練者を各種センサー等で監視管理できる設備が整っている。

 

「どう?今回の職場見学は?比企谷君の忌憚ない意見を頂戴」

美智恵さんは監視室の中央にある椅子に座り、俺に雑多に置いてあるその辺の椅子に座る様に促す。

予想通り、美智恵さんはこの職場見学について、聞いてきた。

 

「まだ、美神さんのデモンストレーションが終わってないんですが?」

 

「令子のそれは特に影響はないわ」

 

「はぁ」

 

「じゃあ、午前中の講義はどうだったかしら?」

 

「プロパガンダとしては、成功じゃないでしょうか?」

俺はストレートにそう評した。

プロパガンダ。日本語に訳せば、情報戦、心理戦、宣伝戦、世論戦などと情報戦略の事を指す場合が多い。

要するにだ集団を特定の思想・世論・意識・行動へと誘導をさせるための戦略だ。

身近なところでいうと、選挙戦や世の中に溢れるあらゆるメディアに流れてる商品やサービス広告なんかもそれにあたる。

今回は午前中の講義は、生徒達に対して、オカルトGメンとGSへ対して、クリーンなイメージと、必要不可欠な存在であるというイメージを植え付けるというものと、オカルトGメンへの協力を促すものが含まれていた。

最近読んだ、第二次世界大戦のヨーロッパにおける情報戦略についての伝記本から派生して、現代の情報戦略に関する本を数冊この頃読んでいた所だった

 

「随分とストレートな言いかたね。君には意図まで丸わかりという事かしら。…本当に君は彼らと同じ高校生なのかしらね。まあいいわ。それならば話が速いわ。成功という事は生徒達の反応からマイナスイメージを払拭し、プラスイメージを持ってくれたと思っていいのね」

美智恵さんは呆れたような顔を俺に向けた後、真剣な表情で聞く。

 

「まあ、そもそも、今回ここに来た生徒は職場見学にここを選んだという時点で、最初から何らかの興味をもっていた連中だという事です。元々マイナスイメージを持った奴はまず来ませんしね」

 

「そう言う事ね。本来なら、全校生徒や全学年対象に実施したいところですが、なかなか難しい状況です。教師の中にも、生徒の保護者の中にも、マイナスイメージを持った人は多いわ。そう言う人達にこそ、来てほしいのだけど、……そう一足飛びには行かないわね」

美智恵さんは顎に手をやり、思案しながらそう応えた。

美智恵さんは必死だな。世間一般ではゴーストスイーパーは両極端なイメージを持たれてるからな。霊や妖怪などを倒すヒーローな様な印象と、霊や妖怪などが関わる怪しいヤクザな仕事だという印象だ。

前者のヒーローの象徴は美神さんだ。美神さんは美人で若いし、何せやる事が派手だ。

後者は、霊災事故などで死者が出た時に報道され、その矢面に立つGS協会とこの業界自身とゴーストスイーパーそのものだ。民間の法外な除霊料金もそれに拍車がかかる。今は随分とマシになったそうだが……。

そんなゴーストスイーパーの世間のイメージを払拭させなければ、何をするのにもこの業界の裾野は広がらない。

その為のイメージ戦略だろう。

だから、世間一般では受けの良い美神さんをイメージガール的な扱いをし、全面に押し出し、職場見学に来て下さいとアピールをしたのだろう。

俺的にはキヌさんの方がよっぽどクリーンなイメージだと思うんだけどな。

 

「それに、生徒達はオカルトGメンに本気で入ってみたいと思ってここに職場見学に来る奴はいないでしょうし、面白半分がほとんどでしょう」

 

「そうでしょうね。午前の講義は飽くまでもマイナスイメージの払拭が第一。これを地道に何年も続けて定着すれば……。で、午後のGS体験コーナーはどう?」

美智恵さんは俺の言葉を肯定しつつ、次の話題に入る。

 

「午後のGS体験コーナー……、あれはGSの人材発掘の場ですかね。今迄手を付けてなかった広大な未開拓場所でのってところですか」

俺は思ったままを正直に話した。

 

「ふぅ、君には何でもお見通しってことね。……やっぱり君はうちに来るべきよ」

 

「やっぱそうですか。それとオカGの件は勘弁してください。俺が美神さんに殺されちゃいます」

俺の推測は当たりだったか。

 

「それは後々として……。そうね。午後のGS体験コーナーこそが、将来の人材確保の礎になると思ってます。これはほんの前段階。本当は義務教育中に身体測定と同じく霊気測定を行いたいぐらいね……でも、今のままでは確実に無理ね。やはりイメージ戦略を先に……」

何それ怖っ、それって、幼い時に霊気が多かったら、強制的にGS関係の仕事につかされるって奴じゃないのか?

もしかしてこの人、適正者は有無を言わさず、GS関係の仕事につかす様な法律を作るつもりとか………。

いやいやいや、どこの社会主義国家だよそれ!

 

ちょっと強引過ぎるような……。

美智恵さんは何かに焦ってる……何にだ?

それに、このままだと俺もオカGに無理矢理入れられそう。

 

「はあ」

 

「今回はめぼしい子が二人も……君の霊視に優れた目が有れば誰だかわかると思うのだけど、データによると材木座義輝君と川崎沙希さんね。君から見てどう思う?将来はGSとしてイケそうかしら?」

やっぱ目をつけられていたのか。そうなるよな。

 

「……確かに二人の霊気は量は多いです。下手をすると今のままでもGS資格免許試験の能力テストに霊気の保有量だけだったら通るかもしれないレベルです。ですが、それと実際にGSとしてやっていけるかは全く別だと思うんですが?」

 

「それはそうよ。だから比企谷君に聞いてるのよ」

 

「……材木座の方は、元々霊感が高い奴です。性格は臆病で、オカルト方面は苦手ですね」

 

「なるほど。川崎さんの方は?」

 

「……唐巣神父の元でバイトをしてます」

 

「そういえば、そんな事を聞いていたわね。そう川崎さん、彼女が……」

 

「川崎の霊気を得たのは後天的です」

 

「という事は、霊障……神父の元だから悪魔憑きだったってところかしら?彼女の性格とかはどうかしら?」

性格的には、材木座に比べればよっぽど適性が高い。

度胸もあって、悪魔を恐れないし、冷静さを保てるメンタルもある。

だが俺は………

 

「どうでしょうか、やはり一般人としてずっと生活していたんです。中々難しいと思いますよ。俺だってそうじゃないですか」

俺はそう言うだけに留めた。

川崎は確かに適正としては高そうだ。

だが、あの過酷な環境に身を置けとは、俺からはとてもじゃないが言えない。

 

「そうよね。それがネックなのよね。霊能家に生まれれば、意識的にGSになる事は幼い頃から植え付けられてるわ。修行の厳しさは大小はあるにしても、幼い頃から習慣的に行っていたでしょう。

しかし一般の人はそうじゃない。しかもよっぽどの動機づけが無ければわざわざGSに自ら成ろうなどという人は稀よ。ましてや高校卒業してからこの業界に入るのは、受け皿も殆ど無い今の状況では、相当厳しいわ。ハードの部分も進めて行かないといけないわね。一応大学や専門学校、六道女学院には、高校卒業後や、高校からの初心者に対応した教育環境を整えて頂くようにはお願いしているのだけど、……まだまだ難しいわ」

美智恵さんは思案顔をずっとしたまんまだ。

今回のこの職場見学は、試行錯誤中という事なのだろう。

 

「やはり、本人のよっぽどの覚悟がないと難しいのでは?」

 

「そうなのよね。しかも、それだけじゃないわ。もし本人が良くても、ご両親の理解を得られないとダメだわ。話は元に戻るのだけど、だからこそ人々の理解を得られるように、この業界のイメージをクリーンにする必要が急務になるのよ」

 

「………色々と難しそうですね」

 

「そうね。だから、比企谷君が手伝ってくれると嬉しいわ」

美智恵さんはワザとらしいニッコリした笑顔を俺に向ける。

 

「いや、それはですね……」

また、そこに持ってくるんですか?

美神さんを説得して、円満に解決できるなら、一考の余地はあるのですけど。

 

「まあいいわ。120人中2人が適性者がいたわ。これが分かっただけでも今回の職場見学は価値があるわ。日本人口1億2000万人にたいしてGSは1000人弱、凡そ12万人に1人しかいないの……これがどういうことかわかる。さらに今日の午前中の講義のとおり、明らかに霊災等の案件が右肩上がりで増えてるわ。もう、今の体勢のままではこの10年で崩壊するわ。それまでに何としても……」

美智恵さんは遠くを見るような目をしていた。

この人はどこを見ているのだろうか?数年後いや、何十年後の世界をも見据えているのだろうか……。

それに俺を買いかぶり過ぎです。俺なんて今を生きることに精いっぱいなんで。

 

「ありがとね。君との話は何時も実に有意義だわ」

美智恵さんはそう言って、俺を開放してくれた。

 

 

俺は監視室を後にして、第2訓練室に戻ろうとする。

もう、美神さんのデモンストレーションは始まってしまってるだろうな。

俺は実は美神さんがどんな事を行うかは興味はある。

半分怖いもの見たさだ。

キヌさん曰く、六道女学院で講師を真面目にやってるらしいのだ。

普段の態度からは想像つきにくいのだが……。

 

俺は第2訓練室の扉に手を掛けようとすると、声を掛けられる。

「ヤッホー八幡。久しぶり。ちょっといい?」

陽乃さんだ。しかも八幡呼びだし、外面仮面は外れてる様だ。

陽乃さんがここに居るという事は既に体験コーナーは終わってるという事か。

 

「雪ノ下さん、ご無沙汰してます。いや、俺は今は生徒としてここに来てるんで戻らないと」

俺は無難な挨拶をして、戻ろうとした。

 

「良いじゃない。折角お姉さんと久々に会えたんだから」

陽乃さんはそう言って俺の腕を強引に引っ張り、直ぐ近くの機械室に連れ込まれる。

 

「ちょっ、待っ……はぁ」

ちょ、あのワザとなの?胸、腕に当たってますよ?ドキドキするからやめて頂けませんか?

なんか良い匂いもするし……

何時ものパターンだ。こう強引に来られると俺にはなすすべもない。

俺はため息を吐くばかりだ。

 

「ちょっと顔が赤いわよ。相変わらず初心ね八幡ったら。何?お姉さんに強引に連れ込まれて、いけない事されると思った?」

陽乃さんは悪戯っぽい笑顔を俺に向ける。

 

「………いえ、別に」

冷静を装おうとするが、どうしても視線が泳いでしまう。

俺も男なんで、そういう事されると流石に……。

それに3カ月前に告白されて、キスまでされた年上の美人に……流石に厳しいというかなんていうか……。

 

「安心して、流石にここでは無いわ。ムードがないもの。そうね。この後、お姉さんとデートに行きましょ」

 

「……勘弁してください」

 

「ダーメ。今日は無理でも、来月中旬にこっちに戻って来るから、その時はどう?」

 

「どうって言われましても……仕事が」

 

「雪乃ちゃんとガハマちゃんばっかりズルい。二人の言う事はホイホイと聞く癖に! 私もデートしたーい」

 

「ぜ、善処します」

素の陽乃さんが駄々をこねだすと、手が付けられない。

強引にあの手この手を使ってくる。

そんで、この曖昧な言葉で乗り切る作戦だ。

 

「じゃあ、平日のこの日の13:00、週の中盤だし仕事はないわよね。期末テスト最終日で学校は午前中でしょ?もし来なかったら学校まで迎えにいっちゃうから」

陽乃さんはそう言ってスマホのカレンダーを俺に見せてくる。

どうやら、乗り切れなかったようだ。

学校の行事も把握され、仕事のスケジュールも凡そに目途をつけられ、もはや逃げ場なし……。

 

「はぁ、で、それだけじゃないですよね。俺を連れ込んだのは……」

 

「流石八幡。私の事を分かってるわ。これが愛」

 

「そう言うの良いんで」

 

「つまんなーい」

 

「はぁ、……雪ノ下さんは今日はこの職場見学の体験コーナーの為に来たんですよね。土御門の人間として、人材確保やイメージアップ戦略を見定めるために」

 

「土御門家からはそう言われてるわ。……確かに関西でも変革が必要ですしね」

 

「それについては俺は何も関わってないんで、何もお答えできませんよ」

 

「この件は、オカGも非常に協力的なのよ。情報交換も密に行っているわ。だから今のところ問題が無いし……私がわざわざ八幡に会う事以外で、ここに来た理由は別にあるの」

 

「……??」

俺はてっきり、この職場見学について、何らかの情報を俺から得ようとして、引っ張り込まれたのだと思っていたが……それ以外では心当たりがない。

 

「八幡、ちょっと聞きたいのだけど」

陽乃さんは何時になく真剣な顔で迫って来る。

なんか迫力があるんだが……、これは何かにちょっと怒ってるらっしゃる?

俺は陽乃さんを怒らせるような……デートを断ろうとした事とか?

いや、俺以外の事だと言っていたし。

 

「俺の答えられる範囲ならば」

 

「……氷室絹の弱点を教えなさい」

陽乃さんは俺に顔を近づけ、力強くこんな事を言った。

俺は一瞬目を丸くする。

 

………はぁ?

どういうことだ?

キヌさんの弱点って?

陽乃さんと絹さんと接点何かあったか?

 

陽乃さんは続けて語る。

「氷室絹の弱点を見つけようと、この依頼楽しみに来たのよ。これがメインだと言っていいわ。なのに何なのあの子?表面上はぽわぽわしてる癖に、全く隙が無いのよ。打ち合わせで会話して、色々と言葉で探りを入れてもボロの一つ出さないわ。何かボロをだすんじゃないかとずっと様子を見ても、無いのよ。完璧なのよ。完璧すぎるのよ!あの笑顔に、あの気遣い、優しく包むような話し方。どれを取っても完璧なのよ!おかしいわ!完璧な人間なんて居るはずが無いのよ!!」

………あれだ。キヌさんと会って間もない頃の俺が、キヌさんに抱いた印象と全く同じ事を考えてるぞ。

残念ながらそれは真実ですよ。

確かに完璧な人間などいないと俺も思っていた。キヌさんに出会うまでは。

だが、彼女は純粋で清純なのだ。100%優しさで出来てると言っても過言ではないのだ。

外面仮面を被って、理想の女性像を演じている陽乃さんと違って、キヌさんは100%天然ものなんだ。あれが素の彼女なのだ。

 

「キヌさんに弱点があったとしても、他の事務所の人に、教えるわけないじゃないですか」

 

「良いじゃない。ちょっとぐらい。何かあるんでしょ!」

 

「正直言って全くありませんよ。そりゃ、GSとしての得手不得手はありますが、人間的には何もないです」

 

「おかしいわ!そんなのありえないわ!八幡、私に隠しごとなんて、つれないわ」

 

「本当に何も無いんです。俺も2年以上一緒に仕事してますが、全く無いです。これだけは断言できます。だから探っても無駄ですよ」

 

「八幡がそこまで言うなんて……、しかもあの八幡が年上の女性を下の名前で……ありえないわ。私でさえまだなのに……きっと何かある」

陽乃さんは俺の言葉で、半分納得したような感じだったが…なんかぶつぶつ言いだした。

 

「あの~、そもそもなんで、キヌさんの弱点なんて探ろうとしてるんですか?雪ノ下さんとキヌさんとの接点は今迄、ほとんどなかったでしょ?」

この二人に接点があったとしたら、温泉訓練のあの後に、ちょろっとあったぐらいだ。

 

「………雪乃ちゃんがね。電話をしたらね。ちょっと氷室絹の話がでたの……。どうやらかなりの頻度で会ってるみたいなの!勉強も教えて貰ってるみたいだし、相談事なんかもしてるみたいなのよ!……私がお姉ちゃんなのに!!雪乃ちゃんは私の大切な妹よ!!……私の可愛い雪乃ちゃんをかどわかすなんて、何か裏があるに違いないわ!!」

…………あ、あれだ。陽乃さんは絹さんに姉の座を奪われるんじゃないかと思ってるってことか……。陽乃さんは雪ノ下大好きの超シスコンだからな。これ完全に嫉妬だ。

確かに、雪ノ下は随分とキヌさんを慕ってるようだ。

雪ノ下はキヌさんの前では、かなり素直なようだし、俺の知らない間によく会ってる様だしな。

多分だが陽乃さんは、キヌさんの弱点でも見つけて、雪ノ下にそれを突きつけて、姉の座を復権させようとしたんだろう。

無駄だと思うけどな。

 

「……もう一度言っておきますが、キヌさんは完璧ですよ。あれ程完璧な人を見た事が無い。料理から家事洗濯、まめですし、癒してくれますし、それにダメなところは注意もしてくれます。そして人を傷つけるような行為を全くしませんし、それとは対極な人です。キヌさんは雪ノ下をどうこうするとは到底思えない。そんなキヌさんの人柄に雪ノ下が慕ってるだけです」

 

「………でも、可笑しいとは思わない?そんな完璧な子が、なんで、悪鬼羅刹の如く美神令子と一緒に働いているのかしら?きっと裏があるのよ!」

確かに、それだけは謎だ。

そういえば、俺はキヌさんが美神さんところで働くようになった経緯を知らない。

まあ大方、俺と同じで、美神さんに偶然助けられて、そのまま一緒に働くことになったのだろう。キヌさんは情にも厚い人だ。あんな悪鬼羅刹だろうと、美神さんを見捨てないだろう。

 

「美神さんに裏があっても、キヌさんには無いです。もし何か裏があるとしたら、すべて美神さんが悪い!」

俺はこう断言する。そう、どんな事情があるにしろ、すべて美神さんが悪い。

 

「そう……でも、ちょっとは苦手な物位あるでしょ?」

 

「無いと思いますよ」

 

「……ゴキブリもムカデもダメだったし……」

って、何やってんだこの人。

まさか、キヌさんとの打ち合わせ中に、ゴキブリやムカデとかを潜ませたのか?

 

「別に雪ノ下は雪ノ下さんの事は嫌って無いですし、心の中では尊敬してますよ」

 

「え?本当に?」

急にデレデレしだしたんだけど、この超シスコン姉は……

 

「まあ、たぶんですけど」

 

「でも、雪乃ちゃんの一番は姉である私であるべきなのよ!やはり、何とかしないと」

まあ、無駄だと思うけどな。

 

「じゃあ、俺は行きますよ」

俺は機械室を出ようとする。

流石に職場見学がすべて終わる前に戻らないとヤバいよな。

 

「八幡、来月はデート絶対よ!それと、氷室絹の弱点を見つけたら教えてね!」

陽乃さんは俺にそう言って、手を振ってから、また何か考え事し出した。

 

 

はぁ、デートって。

まあ、しないわけにも行かないし……。不公平っていわれるとな。

俺は彼女達の誰かを選ぶ事ができるのだろうか?

 





次で職場見学は終わりだと思います。
章はそのままで、次のお話に……


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(120)職場見学の終わり、そして……

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

職場見学の終了です。


職場見学中だったのだが、美智恵さんに呼ばれ体験コーナーを途中で抜け、その後運悪く陽乃さんに捕まった。

美智恵さんに、職場見学の内容についての感想を聞かれ、俺は正直に答えた。

やはり俺の推測通りで、美智恵さんの狙いはGSのイメージアップ戦略とゴーストスイーパー自体の人員増強だった。

だが、そんな美智恵さんからは、何か焦りのような物を感じた。

 

陽乃さんは、やはり関西の名家土御門家の名代として、この職場見学の有用性を確認しにここに来ていたのだった。

だが、陽乃さん自身は別の思惑があった。

キヌさんの弱みを握りにきたのだ。

何故そんな事を?と思ったが、どうやら雪ノ下がキヌさんと仲が良い事を陽乃さんについしゃべってしまったようだ。それにシスコンの陽乃さんがキヌさんに嫉妬してこんな感じに……。

キヌさんに弱点なんて無いんだけどな……まあ、しいて言えば横島師匠に惚れてるということぐらいだが、弱点にはならないだろう。

因みに、俺は俺で陽乃さんにデートの約束をさせられる。

俺のどこがいいのかわからんが、無下には出来ない。

小竜姫様にもそう言われてるしな。

はぁ、気が重い。

 

 

漸く解放された俺は、第2訓練室に戻ってみると……

美神さんが真面目に皆に何かを説明していた。

「札といってもね。いろんな種類があるし、術式も多彩にあるわ。状況を見極め、適した札を選び適した術式を付与させないと意味がないわ」

美神さんはそう言って数種類の札を取り出し、皆の間に掲げる。

やっぱ何だかんだと、ちゃんと生徒達に教えてる。

信じてましたよ美神さん。

 

「この場合はこうよ」

そう言って、美神さんは札から爆符を選び、術式を込め、斜め上に向かって投げつける。

 

その先には、す巻きに猿ぐつわを噛まされた若者が天井から吊るされていた。

美神さんが投げつけた札は、その若者に当たって爆発。

 

「むぐ―――っ、むぐーーーーっ!!」

その若者、横島師匠は爆発をモロに食らって、煙を上げていた。

 

………

……

おい!何やってんだ!あんたら!?

ちょっ、こんな公衆の面前でいつものノリは流石に厳しいぞ!

あんたらの常識は、世間では非常識っていうんだぞ!

 

「今私が選んだ札は、変態の悪霊に効果的なものよ。今の札が効果を発揮したということは、この頭の中がかわいそうな人は、変態の悪霊に憑りつかれてるというわけよ」

しかも、何もなかったように美神さんは講義を続けてるし、生徒達も何もなかったかのように真面目に聞いてるんだが!?しかも何メモってんだよお前らも?

それとだ。変態の悪霊に効果がある札なんて聞いた事も無いんだが!そもそも変態の悪霊って、どういうカテゴリーなんだ?それに美神さんが投げた札は、人間にもよく効く、爆符の札だぞ!

 

キヌさんはオロオロと心配そうに横島師匠を見上げてるし……

 

な、何があった!?

 

キヌさんが止めないところを見ると、横島師匠に落ち度があった事は明確だが……

 

俺は後ろの方にいる雪ノ下と由比ヶ浜、川崎の所に行きコソッと状況を聞く。

「何があった?」

 

「見てのとおりよ。あなたこそ、何処に行っていたのかしら?」

「ヒッキーのお師匠さんね。また現れたの。そんでカメラマンのふりして写真をパシャパシャと撮りだして、女の子ばっかり」

「美神さんがあの変態の脳天に一発かかと落としを入れて、あそこに吊るしたのよ。流石は現役最高と言われるゴーストスイーパーね」

雪ノ下、由比ヶ浜、川崎がそれぞれ応えてくれる。

 

それだけで十分理解出来た。

 

どうやら、横島師匠は美神さんのデモンストレーション中に、デモ内容を撮影するカメラマンか何かのふりをして再び現れて、「女子高生、女子高生の夏服!」とか叫びながら、女子生徒達の写真を撮りまくってたのだろう。しかもきわどい角度から。

そんで、デモンストレーションを邪魔をし、恥をさらした横島師匠を、美神さんの怒りの一撃からの、す巻き、天井吊り下げと……。

さらに横島師匠を変態の悪霊に憑りつかれた可哀そうな人という事にしておいて、悪霊に憑りつかれた人にたいしてのお祓い実証デモンストレーションの的になったと。

横島師匠はまさに自業自得なんだが。

なるほど、それで生徒達は実戦形式のデモンストレーションだと思って、この異常な状況でも平然と講義を受けてられるということか。

納得だ。

 

 

 

この後も、横島師匠は実戦形式のデモンストレーションの名の元で、美神さんから、数々の呪術的折檻を受けるのだった。

 

まあ、横島師匠は普段から美神さんから攻撃受け慣れてるから、死にはしないだろうけどな。

 

最後にはどこから持ってきたのかわからないが、グツグツと煮えたぎった熱湯が入った大釜の上に、手足を縛られ猿ぐつわをされたままの横島師匠を吊るし……

「もう、変態の悪霊は抜けたと思うけど、それを確認しないといけないわ。この熱湯に落ちて生きていたら、まだ変態の悪霊が憑りついているわ。死んじゃったら人間ね」

 

……それって、どっちに転んでも死んじゃう奴ですよね。

どこの魔女裁判だ!

 

しかも生徒達は興味深々に見てるんだが!

 

美神さん何してるんすか!

横島師匠はそれで死なないとは思いますが、生徒達にトラウマでも焼き付けるつもりですか!

誰か止めてあげて!

 

キヌさんが美神さんを説得しようとしてるけど、止まる気配がない。こめかみがぴくぴくしてるし!

相当お怒りの様だ!

 

美神さんは投げナイフを投げ、横島師匠を吊るしてるロープを切る。

横島師匠は、涙ちょちょ切らせながら、熱湯が入った大釜に落ちて行く。

その反動で猿ぐつわは外れ……

 

「うギャーーーーっ!じゅわっちーーーーーっ!」

熱湯の大釜に落ちた横島師匠は手足を縛られたまま、飛沫を上げながら器用に飛び跳ねる。

 

「あら、死んで無いわね。どうやらまだ変態の悪霊が付いてるみたいね。こういう時は強引に!ふんっ!」

「ギャーーーース!!」

美神さんは飛び跳ねた横島師匠に向かって、神通棍を振るい、空中で思いっきり叩きつける。

横島師匠は思いっきり吹き飛び、そのまま壁に激突、崩れるように倒れ、間抜けた顔をさらし、痙攣する。

………何時もの事なのだが、毎度毎度よくこれで死なないよな横島師匠。

たぶん、1分後には復活してるだろうけども。

 

「これで変態の悪霊は退治されたわ。憑りつかれた頭の中がかわいそうな人も、1分後には元気な姿に戻るはずよ。まあ、こんなところね」

美神さんは綺麗に締めくくり、生徒達から拍手が送られる。

 

こうして職場見学は幕を閉じる。

 

穏便に終わってよかった……のか?

ま、まあ、なんだ、生徒達は勘違いしてくれてるから、よかったものの、実際どうなんだこれ?

 

「ヒッキーのお師匠さん、大丈夫かな?」

由比ヶ浜は心配そうに俺に聞いてくる。

由比ヶ浜は何だかんだと優しいからな。

 

「大丈夫だぞ。美神さんも手加減してくれてるはずだ」

俺は由比ヶ浜にこう答える。

まあ、死なない程度の絶妙な匙加減でな。

これ、ほぼ毎日やってるからな美神さんと横島師匠は……、前も言ったが、これは二人のプレイなのだ。きっとそうなのだろう。

 

「あんたは苦労してそうね」

川崎も呆れたように俺に聞く。

 

「そうでもない」

いや、俺はまだいい。

美神さんと横島師匠の間に介入しないしな。

キヌさんが大変だ。

キヌさんが全力でフォローに回るから、まだ何とかなってるのだろう。

 

「………先行き不安ね」

俺の隣で雪ノ下はこんな事を呟いていた。

俺はこの時、このつぶやきの意味が分かっていなかった。

 

 

なんて言うか、色々ありすぎた職場見学だった。

俺のGSバレは避けられたし、生徒からも犠牲者は出なかったし、良しとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その週末の土曜日。

俺は早朝からいつも通り事務所に向かう。

 

俺はまず、美神さんに挨拶すべく4階の事務所にノックをして入るのだが……

「比企谷君、おはよう」

 

「………雪ノ下、こんな所で何してんだ?」

そう、俺の職場の事務所で、私服姿の雪ノ下が掃除機をかけていたのだ。

 

「見てわからない?掃除よ」

雪ノ下は平然と答える。

 

「……見りゃわかるだろ。俺が言いたいのは、なんでここで掃除してるかだ」

 

「そうね。どう言ったらいいのかしら?後学のためかしら?」

雪ノ下は人差し指を顎に持って行き、思案顔をしながらこんな事を言う。

なんで疑問形なんだよ。

 

「……まさか!?………雪ノ下、悪い事は言わない。ここでバイトをするのだけはやめておけ」

まさか、オカルト事務管理資格者認定試験に合格したからって、手近なここでバイトするつもりか?

やめておけ、ここはお前の常識が通じる場所じゃないんだぞ!

 

「なぜかしら?でも、もう手遅れかしら」

雪ノ下は悪戯っぽい笑顔を俺に向ける。

 

「どういう……」

 

「雪ノ下雪乃さんは私が雇ったのよ。何か文句ある?」

事務所の入口から美神さんが現れて、俺に一睨みして来る。

ちょ、まじでか?

 

「美神さん。おはようございます」

雪ノ下は掃除機を止めて、美神さんに綺麗なお辞儀をし、挨拶をする。

 

「おはよう。雪乃さん」

美神さんもそれに当然の如く挨拶を返す。

 

「ちょ、まっ………」

俺は慌てて美神さんと雪ノ下に声を掛けようとしたが……。

 

「早速で悪いんだけど、私の部屋の洗濯物もお願いね」

 

「わかりました」

雪ノ下は美神さんから5階の自室の鍵を渡される。

はぁ?美神さんが自室の鍵を雪ノ下に渡しただと?

何時の間にそんな仲になったんだ?

 

「もし横島の奴が現れたらぶん殴って良いから、頼むわね」

美神さんは軽く手を振って、事務所の所長室に向かい、雪ノ下は扉の前で一令して、事務所を出て行った。

 

「ちょっ、ちょっと美神さんどういうことですか?」

俺は所長席にドカッと座る美神さんに勢いよく、所長机を挟んで迫る。

 

「どうもこうも、あの子をバイトとして雇ったのよ。なんか文句でもあるわけ?」

 

「いや、どうして?霊能者でも何でもないんですよ!雪ノ下は!?」

 

「ちょうど事務系の手が足りなかったのよ。おキヌちゃんは大学行きながらだから、前よりも時間が取れないわ。それに仕事も増えてきてるのに、横島の奴は出張が多いし、はっきり言って人不足だったのよ。渡りに船ってこの事ね」

 

「だからって、なんで雪ノ下なんですか!?」

 

「土日限定、しかも事務所内の仕事だけよ。危険は無いわ。それに彼女は頭もいいし優秀よ。オカルト事務管理資格者も一発で通ったし、それに掃除洗濯、料理から家事全般も出来るのよ!それだけでも貴重な人材だわ。それにこのままだと、おキヌちゃん大学行きながら、無理してでも全部こなそうとするじゃない。その負担も軽減できるわ。合理的判断に基づいてよ」

美神さんの言葉にはいちいち説得力はある。

確かに雪ノ下自身優秀だ。それにキヌさんの負担が大きくなっていた事も確かだ。

キヌさんがこの事務所の内部的な切り盛りを一手に引き受けていたと言っていいだろう。

その点、雪ノ下はキヌさん並みに、家事や料理も出来る。

出来るんだが……、俺はどうしても納得が出来なかった。

 

「学校に申請はどうしたんですか?」

 

「ん?申請は通ったわよ。便利よね、オカルト事務管理資格者認定って、あれがあればかなり手続きが緩くなるわ。それにあんたよ。あんたが2年以上もここで働いても学校生活に支障が無いと学校も認めてるから、すんなり通ったみたいよ」

美神さんは不敵な笑みをを零しながら、答える。

……お、俺か?俺のせいで、すんなり通ったって事か?

確かに学校では、成績もそこそこのレベルで残してるし、校則違反などは一切してないしな。

自分で言うのもなんだが、嫌われ者だという以外は、模範的生徒だと言って良い。

 

「じゃあ、雪ノ下の親御さんの許可がいるでしょ!そうじゃないと、市役所にも登録できないじゃないですか!」

俺は美神さんに強めに抗議をする。

流石に雪ノ下の両親や陽乃さんが黙っちゃいないだろう。

 

「ああ、それね。それももう通ったわよ。まあ、それに関しては彼女がファインプレーね。ふっ、私の懐もあったまるし、いいわあの子。私の事をも良くわかってるわね。ほんと使える子だわ」

 

「どういうことっすか!?」

マジでか?何をやった雪ノ下!しかも美神さんの懐があったまるって何をした!しかも今の美神さんのちょっとギラついた笑みは、金が絡んだ時の顔だ!金か大金詰んで如何にかしたのか?いや、美神さんの懐があったまるレベルの大金となると、流石の雪ノ下でも用意できないだろう。何をやった雪ノ下!

 

「ふふふふっ、あの子、いいみっけもんだわ。うふふふふふ、ふはははははっ!」

美神さんが素の笑い方をし出した!怖っ!?悪魔も慄く悪だくみを含んだ笑い方だ!

絶対何かを企んでる!しかも雪ノ下を使って何かをだ!!

雪ノ下を何としてもここのバイトを辞めさせなければ!!

この悪魔の呪縛から解放させないと!!

 

「……掃除してきます」

こうなった美神さんは俺にはもう止められない。

美神さんの説得をあきらめ、事務所を出て、階段の掃除に向かう。

まずは雪ノ下の説得だ。

 

 

 

俺は階段や廊下の掃除しつつ、雪ノ下が美神さんの洗濯物を終わらせ降りてくるのを待ち、雪ノ下がエレベータで降りてくるなり、俺は雪ノ下に迫る。

 

「雪ノ下、悪い事はいわん。ここのバイトだけはやめておけ、お前だって分かってるだろ?美神さんの恐ろしさを……」

雪ノ下も分かってるはずだ。あの2月の温泉訓練の時に、美神さんのあの悪魔のような性根を!

 

「あなた、私を心配してくれるのかしら?大丈夫よ。絹さんがいらっしゃるから」

雪ノ下の奴、いつの間にかキヌさんを下の名前で、いや、そんな事を言ってる場合じゃない。

確かに、キヌさんが居れば、何とかなるかもしれんが、さっきの美神さんの様子を見るに、絶対何か悪だくみをしてるはずだ。それが何なのかは全くわからないが。

 

「それに雪ノ下は幽霊とか苦手だろ?なんでこんなところでバイトなんてするんだ?そもそも雪ノ下は金には困ってないだろ?」

 

「大丈夫よ、比企谷君も居るのだし……その…好きな人と同じ場所でアルバイトをしたいと思う気持ちはおかしな事かしら?」

雪ノ下は若干顔を赤らめ、少々恥ずかしそうにしながら、こんな事を俺に言う。

 

「な?…それはだな……」

ちょ…待ってくれ、それを言われると何も言い返せないぞ。

俺も自分の顔が赤くなるのがわかる。

雪ノ下の恥ずかしそうな顔を見ると、そのだ。ドキドキしてしまう。

 

お互い顔を逸らし、沈黙する。

 

しかし、俺は沈黙を破る打開策を思いついた。

「それにだ。うちの事務所にはあの横島師匠もいるんだぞ。何されるか分かったもんじゃないぞ」

これだ!横島師匠!今だけは師匠のその途方もないスケベに感謝します!

 

「その……何かあったら、その……あなたが守ってくれるから……」

元々色白の雪ノ下の俯き加減の顔がますます赤く染まる。

 

「……いや、そのだな」

あれ?……なんだこれ?なんだこれは?ラブコメのコメが無いやつじゃないのかこれは?

雪ノ下がなんだか、そのだ。かわいいというか。元々美人なんだか、その……なんていうかだ。

 

また、お互い目をそらし、2人の間に沈黙が訪れる。

 

 

「八幡殿と雪乃殿おはようでござる。こんな所で何をしてるでござるか?」

「………シロ、空気を読みなさいよね」

そこにシロとタマモが階段を上がって来て、俺達に声を掛ける。

 

俺は、パッと二人の方へ振り向き挨拶を返す。

「お、おう、おはよう」

声が上ずってしまうのは仕方が無いだろう。

いや、ちょっと待てよ。幽霊や妖怪が苦手な雪ノ下にとって、妖怪であるシロとタマモは……。

同じ職場で働く仲間となるのに、シロとタマモの正体を知らせないわけには行かない。

シロとタマモには悪いが、これも雪ノ下の為だ。その事を……。

 

「雪乃殿!あの肉の塊をぐるぐる焼いた料理をまた作ってくだされ!!肉だけで!!」

「雪乃、この前借りた本、面白かったわ。次も何か貸してくれないかしら?」

シロは目をキラキラさせ尻尾を振り振りしながら、雪ノ下に迫る。

タマモはタマモで、狐火を顕現させ、その中から本を取り出していた。

おい!お前ら、擬態はどうした!もろ、物の怪ってバレるだろうが!

いや、これはこれで良かったのかもしれない。何れバレる。

バレるのは速い方が良い、その方がお互い傷も浅いだろう。

これで雪ノ下も、ここのバイトを辞めてくれるだろう。

シロとタマモには悪いが……

 

俺は雪ノ下が怯えてるだろう事を察しながら、雪ノ下の方を振り向くが……。

「シロさん、ケバブの事ね。お肉だけでもいいのだけど、パンや野菜と食べると栄養バランスがいいわ。タマモさん、その作者の本はまだ幾つかあるわ。次に来る時に持ってくるわ」

あれ?どういうことだ?普通なんだが……別段怯えてるようには見えない。どちらかというと親しみを持った感じがするんだが。

もしかして、尻尾と狐火が見えてないとか?

 

「……雪ノ下……シロの尻尾、みえてないのか?」

「見えてるわよ。ふさふさして可愛らしいわ。それがなにか?」

「なんでござるか?八幡殿。シロのプリチーな尻尾に見とれていたでござるか?」

 

「……雪ノ下……さっき、タマモが宙に浮く火の玉から、本をだしたよな」

「そうね。もう、見慣れたわ」

「何八幡?この狐火は物を燃やす程の熱はでないわ。私が本を傷つけるとでも?」

 

あれっ?どういうこと?

俺は雪ノ下に小声で耳打ちする。

「そのだ。お前、シロとタマモは……」

 

「ええ、知ってるわ。最初は驚いたのだけど、それよりも先に彼女達の人となりを知った後だったから………」

雪ノ下はどうやら、既にシロとタマモが妖怪だということを知っていた様だ。

しかも、かなり親しげだ。

 

「八幡殿、丸聞こえでござるよ。しかも今更でござる」

「そうね。知らなかったのは八幡ぐらいよ」

何?知らなかったのは俺だけか?

俺はバレない様に気を使ってたのは何だったんだ?いつからだ?

 

「何で黙ってたんだ?」

 

「とっくに知ってたと思っていたでござる」

「結衣も知ってるわよ」

シロとタマモは呆れたように俺にこんな事を言ってくる。

 

「由比ヶ浜も?……」

 

「そうね。由比ヶ浜さんと一緒に絹さんの部屋に何度かお邪魔させた貰ったわ。その時にシロさんもタマモさんも……」

 

「はぁ?」

俺の知らない内に、そんな事が……

 

「あなたに黙っていたのは心苦しいのだけど、驚いたあなたも見てみたかったから……絹さんや由比ヶ浜さんにも黙ってもらう様にお願いしていたの……驚いてくれたかしら?」

雪ノ下は頬をほんのり染めながら、控えめな上目遣いでこんな事を言ってくる。

 

「驚いたは驚いたが、この職場は色々と危険だ」

俺はそれでも、雪ノ下をここでバイトすることには反対だった。

 

「八幡殿は心配性でござる」

「……八幡らしいといえば、そうなるわね」

いや、悪霊や妖怪とかの危険とかよりも、美神さんの方が怖い。あの人、絶対何か企んでるはずだ!

 

そこに、キヌさんが階段から上がって、俺達に微笑みながら挨拶をしてくれる。

「雪乃ちゃんに比企谷君、シロちゃんとタマモちゃんもおはようございます」

雪ノ下とシロ、タマモはそれぞれ挨拶を返す。

雪乃ちゃん?……なにこれ?いつの間にかそんなに仲良く?

美神さんもシロもタマモもそうだが、キヌさんともこんなに……。

しかもちゃん付けで、そりゃ、陽乃さんも嫉妬するだろう。

 

「おはようございますキヌさん、雪ノ下の件ですが……」

俺がキヌさんに雪ノ下を説得してもらおうと話しかけるが……

 

「雪乃ちゃん、今日からアルバイト開始ですね。うれしいわ、一緒にお仕事出来るなんて、今日は付きっ切りで事務内容を教えちゃいます」

「お願いします。絹さん」

キヌさんと雪ノ下はそう言って、事務所に入って行ってしまった。

そして、シロとタマモもその後に続いた。

 

俺はポツンと廊下に残される。

え?き、キヌさんまで雪ノ下のバイトを認めてる?

 

ど、どうする?

八方ふさがりとはこの事なんだが……

 

 

「八幡、心配するな。雪ノ下ちゃんだったら大丈夫だ」

後ろから、横島師匠の声が聞こえた。

 

俺は振り向き…

「いや、しかしですね。………何やってるんすか?」

横島師匠の姿を見たのだが…

 

ロープです巻きにされ、シャクトリ虫のように腰を上下させ、階段から降りてくる横島師匠の姿があった。

 

「ふっ、美神さんが事務所に降りたのを見計らって、朝シャン後のパンツを頂こうとしたのだ。しかし、洗面所で雪ノ下ちゃんにばったりあって、このざまだ。見ろ。この見事なロープの縛り具合。全く抜け出せん。美神さんバリのロープ捌きだ。……何も心配いらん」

何?カッコつけてるんですか?す巻きにされた姿でカッコつけられてもな。

また懲りずに下着泥棒ですか?

しかも雪ノ下の奴、ロープ捌きだけは美神流の免許皆伝じゃないのか?

 

「……全く説得力がないんですが」

 

「八幡。心配するなって、いざとなれば皆が助けてくれる……それに、普通に外に歩いていても、何か事件に巻き込まれる時代だ。逆にここの方が安全かもしれないし、美神さんはあれで面倒見はいい。……それとだ。頭から否定したら何も始まらない。しばらく様子を見ればいい。それに八幡をあれだけ慕ってくれてるんだぞ」

横島師匠はたまにする真面目な話は、大概俺の心に響く。

ただ……す巻き状態で、しまらないけどな。

 

「わかりました……」

俺はこう返事をするしかなかった。

 

 

こうして、雪ノ下は土日限定のアルバイト事務要員として、美神令子除霊事務所の一員となった。

 




ゆきのんが本格参入。
次回は……遂にあの人登場w

この前のアンケート結果です。
【何となくアンケート。今後このお話にでるだろうキャラを予想はいかが? 】
(97) 伊達雪之丞 3位
(38) 横島大樹
(129) 城廻めぐり2位
(157) 鶴見留美 1位
(18) その他
1位と2位はいずれもガイル勢、大差無しです。


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(121)くすぶる火種

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は繋ぎ要素的なお話です。


 

7月初旬。

一学期期末テスト前で部活動停止期間だ。

だが、俺達はいつも通り、部室で過ごしていた。

俺は代り映えもなく読書だ。

俺の場合、家に帰っても、ここに居てもやる事は一緒だからな。

由比ヶ浜もいつも通り勉強をやってる。

家でやるよりも、此処でやる方が捗るらしい。

由比ヶ浜の家には、あの迷惑な天災錬金術師ドクター・カオスが居るからな。

家に居ても落ち着かないだろう。

雪ノ下はというと、小町に勉強を教えてくれていた。

小町は俺に習うよりも、雪ノ下の方が良いそうだ。

それを面と向かって言われると地味に傷つくんだけど。

 

そんで今、一色が奉仕部に現れ、俺の目の前に椅子を持ってきて、お互いの膝が付くぐらいの距離で座り、無言であざとい笑顔を俺に向けていた。

この頃の一色の奴、妙に俺に突っかかって来るんだが、俺はこいつに何かしたか?

全く心当たりが無いんだが……

 

俺は本で顔を隠し、こいつと目線を合わせないようにし、とことんスルーする。

だが、一色の視線は本越しにずっと感じる。

 

此処で先に声を掛けた方が負けのような気がする。

別に勝負なんてしてはいないし、何の勝負かわからんが、そんな気がするのだ。

 

もうそろそろ、由比ヶ浜か雪ノ下辺りが助け舟を出してくれて、一色に用事を聞いてくれるか、追い帰してくれるはずだ。

由比ヶ浜と雪ノ下はこの頃、一色になるべくかまわない作戦をとっているようなのだ。

挨拶の後は、一色から用事を言わない限り、こちらから声をかけないようにしていた。

そして、俺もそのスタイルを踏襲しているのだ。

なぜ、そんな事になってるのかは謎だ。

一色とあいつ等との間にも何かあったのかもしれない。

 

「せーんぱい♡なぜ顔を隠すんですか?私が余りにも可愛いから、恥かしいんですか?」

一色はそう言いながら、俺の本を持つ手首を掴み、こっちに引き寄せる。

一色の方から俺に声をかけて来たという事は、俺の勝ちだな。まあ、意味は全く無いが。

すると、一色に腕を寄せられ、俺の体は自然と一色の方に流れ、一色の顔が近づいてくる。

そして、俺は至近距離で一色のその大きな円らな目と、目が合ってしまう。

 

「やっと、目を見てくれました。せーんぱい♡人の話は目を見て聞かないといけないんですよ~。学校で習いませんでしたか?」

一色は至近距離のまま首を少しかしげ、囁くようにこんな事を言ってくる。

くそっ、いちいち仕草があざといんだよ!

俺は焦りながら顔をそむける。一色に手首を掴まれたままだから、強引に体を逸らすわけにもいかず、これぐらいしかできなかった。

 

「いろはちゃん!何か用かな!?」

「一色さん!用事はなにかしら?」

由比ヶ浜と雪ノ下は同時に我慢ならないという感じで、声を荒げる。

小町は何故だかその様子を見て目をキラキラさせていた。

 

「はい、用事で来たんですよ。せーんぱいと先輩方」

一色はそう言って、由比ヶ浜と雪ノ下にもそのあざとい笑顔を向けていた。

一色の奴、どんどんパワーアップしてやがる。

俺らの対処も、手慣れてきてる感じだ。

一学期の初めまで、由比ヶ浜にやんわりと追い返されていたが、それもいつの間にか効果がなくなり、最近までは雪ノ下が一色が現れた瞬間に用事を聞き、対処必要無しと判断すれば、それをネタに速攻で追い帰していたが、それもこの頃効果を表さなくなったのだ。

 

「はぁ、最初からそう言えばいいだろ?」

 

「え~、だって雪ノ下先輩と結衣先輩に話をすると、私を先輩から引き離そうとするからですよ~」

 

「なんだそりゃ?」

意味が分からん。

 

「一色さん、手短に用事を言ってもらえないかしら?」

「いろはちゃん。期末テストも近いから」

雪ノ下と由比ヶ浜は少々いらだっているようだ。

 

「え~、まあいいです。えっとですね。私は行ってないんですけど、去年先輩方と小町ちゃんもボランティアで千葉村に行きましたよね。それ、今年もやりますからご協力お願いしま~す」

一色が言う去年のボランティアとは、俺がまだ、こいつ等にゴーストスイーパーだとバレる前の夏休みの事で、千葉村という千葉では結構有名な自然公園を兼ねた山深いキャンプ場で、小学生のキャンプ生活の補助をするボランティア活動のことだ。

俺は何も聞かされてない内に、小町を餌に誘き出され参加することに……。

奉仕部は強制参加で、学内の一般募集のボランティアとして、葉山と三浦のグループも参加していた。

そういえばあの時は、ちょっとした事件もあったが、今となってはいい思い出なのかもしれない。

 

「あ~、俺は仕事の可能性が大だからパス」

俺は目の前の一色に即、断りをいれた。

 

「雪ノ下先輩と結衣先輩、今回は2泊3日なんです。参加者は生徒会の女性陣と奉仕部の皆さんだけですね。だから男手が先輩だけなんです」

一色は俺の言葉など最初から聞いていないかのようにスルーして、雪ノ下や由比ヶ浜、小町の所に歩み寄り、話しかける。

 

「いや、可笑しいだろ?去年は葉山とかにも声をかけてたぞ、今年も声を掛けたらどうだ。お前にとって一石二鳥だろ?」

男手が俺だけってどういう事だ?だから参加しろっていうのか?

葉山に声を掛けろよ。あいつの事だから二つ返事でOKしてくれるだろ?

それに生徒会にも男がいるだろ、俺と同じ学年の副会長の、えっと誰だっけ?

 

「え~、だって葉山先輩達は今年は受験生じゃないですか、声をかけずらくて」

 

「俺達も受験生なんだが……」

 

「たまにはリフレッシュが必要ですよ。それに先輩方は皆勉強できるから大丈夫です」

なにその理屈は?おかしくないですかね。一色さんや。

 

「おい、雪ノ下と由比ヶ浜もこいつに何とか言ってやってくれ」

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に助け舟を求める。

 

「………男の子はヒッキー一人、星が綺麗で……男子用の山小屋はヒッキー一人……」

「……………」

だが、何故か由比ヶ浜は何かぶつぶつと、雪ノ下黙って思案顔をしていた。

 

「おいって」

 

「そうね。リフレッシュは必要だわ」

「そうそう、たまには体を動かさないと」

何故か二人は一色の意見に同意しだしたのだ。

どういうこと?

 

「先輩方ならそう言ってくれると思いました~」

 

「俺は仕事があるから行かねーぞ」

だが、俺は仕事を盾に断る。

去年はゴーストスイーパーのアルバイトをしていた事はバレて居なかったから、これが使えなかったが、今年はここの皆は知ってるし、しかも今じゃ正式にゴーストスイーパーだしな。

 

「小町は、お兄ちゃんとまた一緒に行きたいな~。あっ、これ小町的にポイント高い?」

いや、お兄ちゃんには仕事があってだ。本当は小町とは行きたいんだぞ。

それに、一色の奴が何か厄介ごとを絡ませてるに違いないんだ。

 

「大丈夫よ。比企谷君の夏休みの修行の日程と、既に決まってる仕事の日程とは被ってないわ。今から休みを申請すれば、参加可能だわ」

雪ノ下は手帳とスマホを取り出し、何かを確認しながらそんな事を言う。

そ、そうだった。今は雪ノ下がうちの事務所の事務方のアルバイターになったんだった。

当然、俺のスケジュールも把握してるわけで……。

 

「……いや、そのだな」

 

「せーんぱい♡因みに顧問の平塚先生からはOK貰ってますんで、せーんぱいは逃げたりしないでくださいね♡」

一色は今日一番のあざとかわいい笑顔を俺に向ける。

 

「……はぁ」

俺は盛大にため息を吐く。

千葉村ボランティアの参加が決まってしまった。

一色の奴、すげーパワーアップしてるんだが。

何時もは何故だかお互いけん制し合ってるはずの、雪ノ下や由比ヶ浜も味方につけるとか、……何この囲い込み戦術、陽乃さんに似てるぞ。

総武高校の生徒会長は皆こんな感じになっちゃうものなのか?

 

 

 

 

その週の金曜日の夜は、泊りがけの仕事だった。

俺はオカルトGメンの西条さんと都内ではあるが、山梨よりの体育館や学校の研修施設を含んだ自然豊かな公園に来ている。なんでも廃校になった中学校だった場所を再利用した施設らしい。

俺は今回、オカルトGメンの指名で出向依頼を受けて来ていた。

何でも、俺の霊視に優れた目が必要だとか。

西条さん以外に、俺も顔を知ってるオカGの若手の男性が3人参加してる。

西条さんの直属の部下の人だ。

 

因みに美神さんとキヌさん、タマモとシロと横島師匠は俺以外のフルメンバーでの仕事だ。

結構、大きな仕事だ。俺も本来こっちに参加する予定だったが、今日の昼過ぎにオカGから要請が急に来たらしい。まあ、俺が居なくても、このメンバーなら全然問題ないし、俺が居たところであんまり役に立てそうもないしな。

美神さん達のほうも、泊りがけになる可能性がある仕事だった。

だから翌日は事務所に誰も居ない可能性があり、まあ、人工幽霊は居るのだが、雪ノ下には予め翌日の土曜日は休むようにと連絡が入っていた。

事務所での仕事だが、まだ入ったばかりで半分研修期間のようなものだからな。

 

オカルトGメンの今からの仕事の内容はこうだ。

夜な夜な何者かに、公園内が踏み荒らされるというものだ。ただ、大きな建物施設は今のところほぼ無傷らしい。一応公園も一日あれば、何とか復帰できるレベルだったそうだ。

こんなことがこの1カ月間で3度あったそうだ。

最初はイノシシか何かが集団で侵入したのだろうとか、誰かの悪戯だろうと考えていたそうだ。

ここまでだったら、不法侵入や器物破損等で普通に警察の仕事だ。

此処は、閉園後は監視機器の作動だけで人は居ないそうだ。

だが、荒らされただろう夜間時間の監視カメラや警報機には全く異常を示さず、何も映っていなかったそうだ。

なのに、翌日には、公園は何者かに踏み荒らされたかのような感じで、1度目には、公園内で放し飼いで飼育してる鳥などの小動物が一匹残らず消えたそうだ。

一昨日の3度目で、人間の仕業ではないのではないかと判断し、ようやくオカGにお鉢が回って来たそうだ。

 

そして今は公園は昼間も営業停止をしている。

何者かに踏み荒らされたままの現状を残すための処置だ。

今日の朝から既に西条さん達は先行して現場に向かい、公園の内部を調査している。

聞いてる限りでは緊急性は無さそうなんだが……

 

俺は学校が終わり、事務所に寄って装備を整えてから、電車で近くの駅まで向かい西条さん達に合流した。

 

西条さんや部下の人達と挨拶を交わしてから、西条さんが現状を説明してくれる。

「急に呼び出して悪いね比企谷君。どうしても君の目がどうしても必要でね。後シロ君やタマモ君の手も欲しい所だが、令子ちゃんに断られたよ」

という事は、この事件はオカルト関係の事件だと確定して、しかも探査系の霊能が必要だということか、しかも緊急の……

 

「公園内部を踏み荒らしたのは、間違いなく魔獣や妖獣の類だ。瘴気の残滓も残っていた。足跡からの推測ではそこそこの数だ。……なのにだ。今はきれいさっぱりその魔獣が居ない。周りは山々だし、そこに潜んでいるのだろうと、一応辺りを車で移動しながら、スーパー見鬼くんで探査も行ったのだが、それらしい反応は一切ない。公園の外にも足跡などが残っていないか調べたが、公園の敷地外には一切見つからないんだ。周りの住人にも聞き込みをしても、そんな魔獣やら姿どころか鳴き声等も無いらしいんだ。現状で考えられる事は、魔獣や妖獣はこの公園の敷地内限定で現れて、そして消えたということになる」

どういうことだ?公園限定で魔獣や妖獣が現れるなんて事があり得るのだろうか?

確かに、魔獣などは自然発生的な空間の歪みから急に現れたりするが、だからって綺麗さっぱり居無くなるとは……、また空間の歪みに帰って行った?いや、考えにくい。自然発生的に生まれた空間の歪みなんてものはずっと、そこに留まってる事は少ない。飽くまでも偶発的に起きる。

一瞬だけ開いて、そこにたまたま魔獣が現れる。そんで暴れまくるってのが普通だ。

だから、戻れなくなった魔獣はそこに留まって、ずっと被害を増やし続ける。

という事は……

 

「西条さん……誰かが意図的に魔獣か妖獣をここに放った。ということですか?」

俺は自分の考えを西条さんに聞いてみた。

人為的に何者かが魔獣をこの場所に召喚したということか?いや、結構な数だと言っていた。召喚者が複数居たという事か?いや、あの安田って人みたいに、封印筒を多数使って、解き放った?

それで、何かしらの目的を終わらせ、それらを強制的に召喚元に戻したか、再封印したかということなら……かなり難しいがやってやれない事は無い。

 

「比企谷君流石だね。これだけの情報でそこに行きつくとはね。君だったらすぐにオカGの即戦力になれる」

西条さんは、苦笑気味に褒めてくれる。

 

「ですが、センサーや監視カメラに魔獣たちや、魔獣達を召喚した人物や操ってる人物が写ってるはずです。それを警察も見逃すはずが無いでしょう。でも、実際にセンサーや監視カメラに写っていなかった。相当おかしなことになってそうですね」

だが、監視カメラやセンサーの類に全く反応しなかったという事はどういうことだ?センサーに穴が?実体化するぐらいの魔獣であれば、センサーに引っかかるし、監視カメラにも映る。ましたや、それを召喚した人間や解き放った人間も、映るだろう。

 

「そうだ。この公園を荒らしたのは魔獣や妖獣の類だと判明した。しかも人為的だろうという事も推測できる。だが、その魔獣たちの行方はつかめず、召喚者や操ってる者の行方も分からない。しかも魔獣をなぜここに寄せたのか、なんの目的でここに魔獣を顕現させる必要があったのか、やり方や目的がまるで分らない。だから君を呼んだ。君の目で色々と探ってほしいと思ってね」

………目的がわからない。やり方さえも……犯人は姿さえ見えない。

嫌な予感がする。これももしや……

 

「霊災愉快犯……ですか?」

……一連の霊災愉快犯、連中の中には、サイバーオカルトを得意としてる奴もいるようだ。

もしかしたら、センサーや監視カメラに何らかの処置を施したのかもしれない。

 

「ああ、僕もそう感じている。今回も目的は不明。それに僕らの目を欺く程の高度で、一見デタラメに見えるが、その実は計画性のあるやり口は……その可能性が非常に高い。しかし、奴らはこんなところで何がしたいんだ?」

西条さんは、眉を顰め俺にそう語った。

霊災愉快犯。その糸口になりそうな、先の若手テストで暴れてハイオークに成り果てた安田は、未だ回復をしていない。

 

「……とりあえず、園内をくまなく霊視してみます」

 

「今迄の経験上、トラップという可能性もある。十分警戒をしてくれ、僕らも君の援護が出来る範囲で行動する」

 

「わかりました」

 

俺はこうして、西条さんと共にこの公園施設を隈なく調査を実施した。

調査は翌日の朝までかかった。

 

そして、判明したことが一つ、これは何者かが仕掛けたという事だけだった。

まずは、公園広場の中心に近いの草むらの中に、魔法陣らしきものを見つけた。

そう、らしきものだ。

 

草むらに何らかの規則性を持って石を配置しただけのものを見つけた。

石を置いて術式や魔法陣を描くこともある。

古代の大規模魔法陣なんかでよく見かけるものだ。

世界遺産のストーンヘンジは実は古代の大規模魔法陣の一部だと言う事が分かっている。

 

そして、俺は霊視空間把握能力をフルに使い、魔法で使用された霊気などの力の残滓を辿ると、公園の何か所かに、隠されるように、石が並べられていた。

これだけでは、魔法陣としては、かなり不足したものだ。

ただ単に石を並べただけのものだ。

なにも発動させることも出来ない。

だが、これらの石には明らかに霊気が通ったような跡が、俺の霊視では見えた。

これが、後一日遅れていたら、霊気の残滓のような跡は完全に消えて、俺の霊視でも見えなかっただろう。

 

だが、どうやって、この石を並べただけのものが、何らかの魔法陣として発動できるのかがまるで分らなかった。

 

これが、魔獣や妖獣との関連性は今のところ分からない。

だが、状況的にこれが何らかの関係性が在るだろうということ容易に想像できるが、この石の並びだけでは、何せ魔法陣としては、意味はなさないのだ。

どんな魔法陣なのかすらわからない。

ただ、状況から魔獣や妖獣を召喚するための魔法陣の一部の可能性が高いとしか言えない。

 

とりあえず、再度利用される可能性があるため、写真を撮った後に石は全て回収した。

それだけでも、かなりの時間が掛かった。

 

一応の作業を終えた後、西条さんは俺をうちの事務所まで送ってくれた。

西条さんは、美智恵さんに報告と共に、今回の石を並べただけの魔法陣らしき物が、どのような魔法陣と関連しているかなどの検証を、オカGに戻って改めて行うらしい。

さらに、何者かが事前にこの石ころの配置を行った事は確かなため、公園を出入りした不審者が、この1~2カ月に居ないか等を追跡調査もするらしい。

重大な事件に発展していないだけに、警察もオカGも人数が割けないのだそうだ。

西条さんは、また徹夜だなとぼやいていた。

 

別れ際に、また何かあれば頼むよと、苦笑いを浮かべていた西条さん。

オカGの人手不足は慢性的なようだ。

 

 

俺は事務所に戻ると、1Fの駐車場に美神さん達の車が戻っていた。

美神さん達は既に事務所に戻っていた。

 

俺が現地で調査を終え、現場から美神さんに報告の連絡をしたのは、一晩明けた今日の午前10時頃。

美神さんの依頼の方はどうやら、空振りだったようで、現場に横島師匠を残して、昨日の内に早々に引き上げたそうだ。

確か依頼内容は、高級デパートのとある階層だけ、一夜の内に荒らされたように破壊されていたとか。何らかの心霊現象のようだが。

美神さんが荒らされた写真を見て、眉を顰めていたのを覚えている。

結構な厄介な事になるんじゃないかと……だが、結果的に空振りだったという事だ。

 

依頼が達成できないため、依頼料の前払い分しかもらえなかったのだろう。

電話で応対する美神さんは明らかに機嫌が悪かったな。

 

 

「ふぁぁぁ」

エレベータの中で欠伸が出る。

流石に一晩中の広い範囲での調査は、気力的にも体力的にも堪える。

霊視能力もフルに使ったし、霊気も限界に近い。

美神さんにさらっと挨拶と報告をして、仮眠室で寝るか。

 

 

俺はまだこの時、事務所に俺宛に客が来ていた事を知らなかった。

 





すみません。新キャラは次回に持ち越しです。


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(122)再会

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前々からアナウンスしていました新たなキャラが漸く登場です。


オカルトGメンの緊急出向依頼で、魔獣や妖獣が現れたという公園施設に、夜通しで痕跡調査を行うが、決定的な何かを発見することはできず、何者かが魔獣か妖獣を故意に公園施設に召喚術か何かで解き放ったという事しかわからなかった。

一応、魔法陣の痕跡らしきものを見つけるが、飽くまでもらしきものだ。

石ころを並べただけのもので、何らかの規則性はありそうだが、これだけでは魔法陣として相当不足な状態で、魔獣の召喚などもちろん出来ようもない。

ましてや、公園に残された魔獣か妖獣と思われる足跡は多数あり、そこそこの数が居た事になる。偶然などで召喚されるレベルの物じゃない、一気に魔獣を召喚するならば、そこそこの規模の術式は必ず必要となるのだ。

だから、この石ころを並べたものだけでは到底魔獣召喚など無理な話だ。

本当に魔獣召喚の為の魔法陣に使われたとすれば、この石ころを並べたものはほんの一部なのかもしれない。

だったら、残りの術式はどこにあるのかと、色々と疑問が残る。

西条さんらは事務所に戻って、これらの解析を行うとの事だ。

とりあえずは、石ころも回収したし、あの公園で魔獣が召喚される事はないと思いたい。

 

 

俺は現場から西条さんに美神令子除霊事務所まで、送ってもらった。

流石に夜通し霊視やら霊視空間把握能力を使ったから、霊気も底をつきかけ、体もだるいし、何せ眠い。

 

美神さんにさっさと報告して、仮眠をとらせてもらおう。

 

4階の事務所をノックして入る。

「ただいま戻りました」

 

「比企谷君、おかえりなさい。ご苦労様です」

キヌさんが笑顔で出迎えてくれた。

はぁ、癒される。キヌさんのその笑顔だけで、疲れや気力も回復しそうな勢いです。

その後、キヌさんは事務所内のキッチンの方へと向かった。

多分、俺にお茶を入れてくれるのだろう。

キヌさんいつもありがとうございます。

 

「そっちは、大変だったようね。こっちは空振りで大損よ」

美神さんも所長席から、不機嫌ながらも労ってくれる。

美神さんの方の依頼は、俺以外のフルメンバーで挑んだのに、空振りだったことは聞いていた。依頼料も前金のみなのだろう。まあ、前金でも結構な大金の様だし大損って事は無いだろうが、美神さんにとったらそうなのだろう。

 

「まあ、そうですね。詳しく報告します」

俺は美神さんが座る所長席に向かう。

 

「電話で大体聞いたし、後でいいわ。それよりもあんたに客よ」

美神さんは、ため息顔で応接セットの方を顎で指す。

 

俺は応接セットの方に振り向く。

 

「はち……こんにちは」

すると、応接セットのソファーにちょこんと座っていた小柄な女の子が立ち上がり、俺に少々緊張した面持ちで挨拶をする。

どこかの制服、セーラー服を着た子だった。おそらく中学生だろう。

 

「ん?……お前何でここに?」

俺はこいつに見覚えがあった。

 

「お前じゃない。留美って名前がある」

女の子は少々眉を顰め、俺に抗議するかのように言ってきた。

 

「いや、そうじゃなくて、どうしてここに?」

こいつの名前は、鶴見留美だ。会うのは久々だ。半年以上ぶりだな。

ちょっと見ない内に身長も伸びてるし、顔も少々大人びてきていた。

 

 

俺がこいつと初めて出会ったのは、去年の夏休み、千葉村で小学生のキャンプの面倒を見るボランティアに参加した時の事だ。

 

当時小学6年生だった留美は、皆からハブられていた。

同級生達がキャンプを楽しんでいる中、一人孤立していたのだ。

由比ヶ浜や小町、葉山達はそれに気がつき、何とかしてやりたいと、皆と一緒にキャンプ行事に参加しようと留美に声を掛けるが、空振りに終わる。

 

雪ノ下の意見は皆とは違った。

雪ノ下は昔、留美と同じような境遇に遭ってたらしいが、自分で何とか解決したらしい。

というか、高校になってもボッチのままだったから、結局解決になってないのだろうが……。

このキャンプでの一時的な接触しかない自分たちが、そんな留美に声を掛けたり、他の子に輪の中に入れてあげるように促す行為は、余計に彼女を苦しめることになると反対したのだ。

俺もその意見には大いに賛成だった。

俺達が一時的に仲を取り持ったとしても、日常に戻れば、またハブられるのは目に見えていた。俺達が介入することで、以前よりも立場が悪くなる可能性すらある。

それは俺と雪ノ下の経験からそうだと……。

ならば、最初から仲を取り持とうとしない方がいいだろうと。

 

ボッチにとって、こう言うイベントはただ、早く終わって欲しい辛いものでしかない。

 

俺の意見としては、ただ、この瞬間だけでも話し相手になってやれるだけでも、随分と楽になるだろうと。

 

俺と雪ノ下は、留美に出来るだけ自然体で何気なく話しかけた。

雪ノ下は、一人で居る事が何が悪いのかという意見を留美にぶつける。

留美はそれに大いに頷くが……心の中ではどうだろうか?

俺も、この年頃では強がって見ても、やはり誰かと一緒に居たいと心の中では思っていた。

 

俺はそもそも、何故留美が孤立してるのか、疑問を持つ。

正直言って、クラスの中では一番の美少女と言っていいだろう。

背も高いし、話してみても、それほど擦れた感じはしない。

クラスの人気者になってもおかしくない感じだ。

先に言っておくぞ。俺はロリコンじゃないぞ。世間一般的な目で見てという事だ。

誰に言い訳してるのかよくわからんが……。

 

雪ノ下の場合、言動はかなり擦れてるし、美少女で勉強や芸術から何もかもトップで、しかも実家は超金持ちときた。傍から見ればまじ完璧超人だよな。

同性からみると、かなり鼻持ちならない感じに見えた可能性が高い。

実際、かなり浮いた存在だったようだ。

 

しかし、こいつと話した感じではそこまで酷くはない。

なのになぜだと……

 

だが、俺はある事に気がついていた。

留美は異様に霊気が高かったのだ。

今思えば、当時からGSになれるレベルを軽く超えていた。

 

「……なあ、霊能を隠しきれなかったのか?」

俺は当時の留美にこう切り出した。

 

「!?……どうして、それを……」

 

「ほれ」

俺は霊気を開放して見せる。

 

「え?……あなたは何者なの?」

俺の霊気を感じ、驚く留美。

 

「俺は比企谷八幡って名前だ。一応ゴーストスイーパーの弟子だ」

 

「そうなんだ……八幡。私、悪霊から皆を助けようとしたんだけど……皆、気味悪いって……どうしてなのかな。皆を助けたかっただけなのに」

留美は涙ぐみ、俺に語った。

俺の予想通りだった。霊能力がバレたのが原因で学校でハブられたのだ。

日本人特有なのかもしれないが、異物は好まれない。

ましてや、まだ思考の浅い小学生が、集団生活を強いられる学校生活では特にその傾向が大きい。

異物は悪だと。

皆が見えもしない悪霊だとか幽霊だとか言い出して、しかも得体の知れない霊能者だと名乗ったらそりゃな。

俺の場合、霊能者ってバレなくてもボッチだったけどな。

……まあ、霊能者になる前からボッチだったから、そっちがデフォルトか。

 

留美の家は代々、悪霊退治を行ってきた神社の家柄なのだそうだ。

留美自身、祖父から毎日、神事を兼ねた霊能修行を受けていたらしい。

両親からも、学校では霊能を使ってはダメだと言い聞かせられていたようだが……。

悪霊と出くわしてしまって、学校の皆を助けるために、色々とやらかしてしまったようだ。

 

ふう、相当根が深いな。

先生もどうやらほったらかしの様だしな。

霊能に理解がある学校だったり先生がいれば、また、違っていたのだろうが、どうやらそうじゃ無い様だ。

 

俺はあの当時、留美に相談を受け、話した解決提案はこんな感じだった。

①霊能をフルに使って、呪いや言霊で生徒達を脅し、番長になる。

 そう、これは美神令子方式だ。

 唯我独尊天上天下。とことん生徒達を脅し絶対的地位を築く。

②霊能を使って、癒しの存在になる。

 いついかなる時も微笑みを絶やさず、皆の聖母となる。

 そうすれば、皆はいつしか、留美を崇めるようになるだろう。

 氷室絹方式だ。

③霊能をギャグで使って、皆の笑いをとる。

 さすれば、怖がられる事は無いだろう。あいつは霊能者だが、大したことが無いんだと思われる事間違いなし、芸人だと思われるのならば尚よし。

 横島忠夫方式。

④強がって、ボッチで何が悪いと言わんばかりに、逆に皆を拒絶する。

 最初から友達などいらないと考えれば精神的に多少は楽だろう。

 雪ノ下雪乃方式。まあ、比企谷八幡方式ともいう。

⑤学校での友人関係をあきらめ、同じような年齢層の霊能者とのコミュニティに参加する。

 俺も詳しくは知らないが、そういう物もきっとあるだろうと。

 当時の俺は知らなかったが、GS協会に低年齢層に向けたそう言うコミュニティや相談窓口がある。

⑥留美は小学6年だ。来年には卒業する。

 六道女学院の付属中学に入学することを勧めた。

 あそこに行けば、霊能科もあるし、留美と同じような子もいるだろうから、霊能でハブられる事は無いだろう。

 まあ、これが一番良さそうだ。

 あそこ、全国から生徒が来るから寮もあるし。

 ただ、金銭面に難だな。相当お金がかかるらしい。

 

だが、小学生の留美に決められるような物じゃない。

こころの奥底では、今まで通り学校の連中と仲良くしたいと思っているだろう。

だから、俺は②を選ばせた。

 

留美には俺が霊能者だという事を黙ってもらう。

雪ノ下達や、この件でやる気の葉山とそのお仲間達とで、計画を練る。

 

結局、学生キャンプ恒例の肝試し大会で、俺が何かに感染してゾンビになった役をやって、留美が所属するグループを脅かす。

それを留美が退治するというシナリオだ。

 

俺の演技で、小学生共は超ビビりまくり、泣く子も出るぐらいだ。

いや……、ノーメイクなんだけど……。

戸塚とか由比ヶ浜や葉山達は絶賛してくれるが、俺の心に小さな傷が一つ生まれる事になる。雪ノ下の奴は口を押えて笑いを堪えていやがったな。

 

結果的にはその場では、うまく行った。

留美が俺をお祓いして、俺がぶっ倒れ、グループの連中を助ける。

皆は留美にお礼を言っていた。

 

 

だが、クリスマスイベントで再会した留美は、まだボッチだった。

俺の予想通りだ。

面と向かって、悪口や明らかな無視などは無くなったが、異物感はそのまま残り、留美と積極的に関わろうとする奴は出なかったようだ。

もともと、コミュニケーションが苦手な留美ならば、致し方が無い。

だが、以前よりはマシだと留美は言っていた。

それだけが救いだな。

 

何故だか、クリスマスで再会した時には、留美は俺がGS資格免許試験に合格している事を知っていた。

その時にメール交換をし、ちょくちょくメールが来るようになった。

その後は地元の中学に入り、友人も少し出来たようだ。

中学生になれば、精神的にも成長して……いや、中二病的に霊能者とか憧れる奴が出てくるし、小学生の頃のような事は少なくなるだろう。

 

中学になってからは、メールの頻度がめっきり少なくなった。

友達も出来たし、俺に愚痴を言う必要もなくなったからだろうと思っていたのだが……

 

 

 

 

 

 

俺は留美の対面のソファーに座ると、留美もつられてソファーに座りなおす。

キヌさんが冷たいお茶を俺の目の前にどうぞと置いてくれる。

既に留美の前には、オレンジジュースとチョコ菓子が置かれていた。

 

そして、中学のセーラー服姿の留美は再び立ち上がり、こんな事を言い出した。

「八幡…私を弟子にして!……ううん。比企谷八幡先生、私を弟子にしてください」

 

………………

…………

……

へっ?

 

俺は眠気が一気に冷めた。

 




俺ガイルファンの皆さんお待たせしました。
満を持して、ルミルミ登場です。
この話は結構前に考えていました。
クリスマスイベント時には、構想はできていたのです。
だから、クリスマスイベントでは出せなかったんです。
何処のタイミングがいいのかと模索しておりまして、ここのタイミングになりました。
もっと、後の方が良いのではと思いつつ、我慢できずにここで出しちゃいました。


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(123)弟子誕生?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きです。


 

去年の夏に出会ったあの鶴見留美が俺を訪ねて、美神令子除霊事務所に訪れていた。

 

なぜここに?

おれはそんな疑問を持ちながら、応接セットに座る留美の対面に座るのだが……

留美はこんな事を言い出した。

「八幡…私を弟子にして!……ううん。比企谷八幡先生、私を弟子にしてください」

 

「へ?」

俺は思わずそんな声が漏れる。

弟子ってなんだ?

俺は留美が言っている言葉が一瞬理解出来なかった。

俺は横島師匠の弟子でだ……あれ?

その俺の弟子になりたいってこと?

 

「八幡……」

留美は上目遣いで俺の顔を覗き込む。

 

「ちょっと待て、弟子って、俺の弟子になりたいってことか?」

 

「そう。八幡の弟子になりたい」

 

「待て待て待て。おかしいだろ?何で俺なんだ?」

俺は全く予想していなかった事態に焦る。

いやいやいや、普通に無理だろ。

俺だって、ゴーストスイーパーとしてまだまだなんだぞ。

横島師匠や美神さんにもまだまだ教えて貰いたいことがタンマリあるんだぞ。

 

「八幡がいい」

 

「ちょっと待てって!」

しかも俺は、美神さんところに雇われてる身だぞ!勝手にも出来ん。

俺はそう言いつつ美神さんの方を振り向くと……

美神さんはあんたが何とかしなさいと言いたげに、ため息を吐いて手を振るだけ。

美神さんって、この年頃の子供の対処って苦手なんだよな。

自分も子供みたいなくせに。

 

俺は次にキヌさんの方へ助け船を求めるべく顔を向けると……

キヌさんは、微笑みながら口パクで頑張ってと……

いや、頑張ってと言われても、弟子なんて無理ですよ。

 

「八幡、ダメ?」

 

「ダメっておい、俺はまだ、GS免許取って一年も経ってない駆け出しだぞ、他にもっといい人が居るだろ?」

 

「八幡がいい」

 

「ちょっと待てって、そもそも鶴見の家は神社なんだろ?お前、爺さんに手ほどきを受けてたって言ってただろ?俺の弟子になる必要性はまったくないだろ」

俺は後で調べたが、留美の祖父は津留見神社の神主で、Bランクのゴーストスイーパーだった。今は高齢のためほぼ引退しているらしいが、俺は知らなかったが昔は千葉では有名な除霊師だったらしい。

 

「おじいちゃん。もう年だから、いつ死んでもおかしくない」

留美はそんな事を平然と言う。

おい、それちょっとじいさんが可哀そうじゃないか?

じいさんにそれを直接言うなよ。きっと泣いちゃうぞ。

 

「じゃあ、両親はどうなんだ?」

 

「お父さんもお母さんも、Dランクだから、師匠になれない」

確かにGS協会に正式に認められた師弟制度では、師匠はCランク以上のゴーストスイーパーではなくてはならないと決まっている。

それとこういう話はよくある。

後継者問題としてな。

有能な霊能者の子供が必ず有能になるかと言うとそうじゃない。

だから、家系を守るために、有能な霊能者の婿や嫁、養子をとって家系を維持したりする。

まあ、土御門や六道みたいな大きな霊能家は、裾野も広いだろうから、一族から誰かしら有能な人材が出るし、有能な霊能者を生み出すために、代々心血を注ぎこんでいる。

ましてや、留美の所の地方の小規模な霊能家では、家系を守るだけでも大変なようだ。

 

だから、将来有望そうな留美が直系の身内から生まれて、鶴見家は大万歳と言ったところなのだろう。

 

「だからって、俺は無いだろ?俺は神社の家系でもないし、鶴見家の独特の神道系術とかもあるんだろ?」

 

「お爺ちゃんからは、全部習ったから大丈夫」

おい、その年で全部習得したのかよ。

留美の奴、霊気量だけじゃなく、霊力コントロールとかのセンスもあるという事か。

 

「同じ神道系のゴーストスイーパーに弟子入りした方がいいに決まってるぞ。ここのキヌさんも同じ神道系だしどうだ?」

俺はそう言って、俺達の様子を微笑ましそうに見ているキヌさんの名前を出す。

キヌさんは東北の氷室神社の娘だ。神道系というよりも陰陽師系が色濃く残っているらしいが……。それにキヌさんは教え方もうまいし、優しいし、何より聖母だし。

 

「嫌。八幡がいい」

留美は微笑むキヌさんを一瞥してから、俺に力強くそう言った。

キヌさんを嫌って、おい。何贅沢言ってんだ?

まあ、キヌさんがOKしてくれるとかは別問題なんだけどな。

 

「そもそも両親とじいさんはこの事で、何て言ってるんだ?」

 

「お父さんとお母さんにはちょっと話した……お爺ちゃんには言って無い」

 

「今日ここに来ることを、両親とじいさんには話してないんだな……」

 

「うん言って無い。でもお父さんとお母さんに八幡のこと話したら、良いって言ってた」

おいーー!なんで見ず知らずのどこの馬の骨とも知れない若造の元に、大事な娘を託そうとしてるんだ?何考えてんだ?こいつの両親は!?

 

「じゃあ、じいさんはどうなんだ?今の師匠なんだろ?」

 

「……おじいちゃんが死んだらどうしたらいい?って聞いたら、万が一自分が死んだらBランク以上の凄腕のゴーストスイーパーだったら考えなくもないって、言ってった」

……留美、自分のじいさんに死んだ後どうするんだって、聞いたのか?

じいさんに同情するしかないな、まじで。

陰で絶対泣いてるだろ。

 

「だったら、俺はまだ駆け出しだから無理だ」

 

「でも、八幡はBランクになった。今月のGS広報新聞に載ってた。だから今日来たの。去年のGS資格試験の時のGS広報新聞にも若手有望株だって書いてあった。だから大丈夫」

なに?留美の奴、そんなものを真面目に読んでるのか?まあ、俺もちゃんと読んでるが、12、3の子供が読むか?普通。

因みにGS広報新聞とは、GS免許取得者に配られる年に数回発行される業界紙だ。

今じゃ、ほとんどメールで送られてくるが……。

 

「いや、だから……」

 

「八幡、なんでダメなの?」

留美は目を潤ませる。

 

どうしたものだ、これ。

急に弟子とか言われてもな。

正直、俺自身まだまだ未熟者だし、俺は弟子なんてとれる立場じゃない。

 

 

「比企谷君。あんたはとことん甘いわね」

そこで、美神さんが呆れながらも、こっちに来てくれる。

 

「美神さん……」

 

「留美ちゃんと言ったかしら。比企谷君はね。うちの事務所の従業員で、しかも私の弟子でもあるのよ。美神令子除霊事務所のメンバーは皆優秀じゃないと務まらない。貴方が比企谷君の弟子に成りたいって言うならば、それなりの実力が無いと無理なわけよ。わかるでしょ?あなたも霊能の家の出なら」

美神さんが助け舟を出してくれる。

おお、これならば円満に断れる。

流石は美神さん屁理屈を言わせたら天下一品だ。

 

「実力をみせればいいの?」

 

「ほう、言うじゃない。そうよ。但し、中途半端はダメよ。この美神令子を認めさせなければね」

流石美神さん。これならばどう転んでも、断る事が出来る。

今回は美神さんのお陰で助かった。

 

「うん。わかった」

 

留美はそう言って、持っていた小さなポシェットから、数十枚の折り紙の束を取り出す。

いや、この折り紙、唯の折り紙じゃない。

 

留美はその折り紙の束を手の平に乗せ、霊気を開放する。

留美の長い後ろ髪が少々ふわっと浮き上がる。霊気が漏れてる証拠だ。

思った通り、結構な霊気量に霊力だ。

留美が何やら言霊を発すると、留美の手が淡く青白く光を纏い、手のひらの上の束だった折り紙が次々と宙へと舞う。

そして、宙を舞った折り紙は折り鶴へと折られて行き、数十枚の折り鶴が事務所内を縦横無尽に飛びまわる。

 

ペーパークラフト使いか!?

日本では式神使い(式紙使い)の一種だ。

 

それにしても、この数の式紙を同時にコントロールするとは、もうこの時点でDランクGSなんて飛び越えてるぞ。

 

「…………」

チラッと俺は美神さんの顔色を伺ったが無言だった。なんかぷるぷるしてる。

 

「わあ綺麗」

キヌさんはその光景に感嘆の声を上げていた。

 

そして……

「採用決定―――っ!!」

美神さんは破顔して、そんなことを言ちゃう!

 

「はぁ!?何を言って……」

 

「比企谷く~ん!!この子を弟子になさい!!こんな有望な子を他に獲られてたまるもんですか!!」

さっきのは、断る口実だったんじゃないんですか!?

 

「いやいやいや、弟子って、こいつは実家を継がないといけないし、美神さんのメリットなんて……」

そうだ。なまじ俺の弟子に成ったからって、この事務所に入る事はできないんですよ!

 

「あんたの弟子って事は、私の孫弟子って事になるわけよね!神社を継ごうが、師匠の師匠である私の言う事は絶対よ!!こんな棚から牡丹餅を見逃す手はないわ!!」

おいーー!!なにその下心丸出しの採用理由は!!

しかも弟子って俺が面倒見ないといけないんですよ!?

 

「合格?」

留美ははしゃぐ美神さんに聞く。

 

「合格よ!この美神令子が何が何でもこいつの弟子にしてあげるわ!!うはははははっ!!」

 

「やったー。八幡よろしくね」

留美は手放しで喜んでいた。

 

「ちょっと待てーーーっ!いや、俺はまだ……」

 

「何よ。師匠の私の言う事が聞けないの?」

美神さんは俺に凄んで来る。

いや、俺の師匠は飽くまでも横島師匠ですよ。

雇い主は美神さんですが……。

 

 

「あの、皆さんいいですか?」

盛り上がってる?その場にキヌさんが静かに問いかける。

 

「おキヌちゃん!こいつの弟子申請書を書いちゃって!」

美神さんはそんな事をキヌさんに言う。

何を勝手に!俺はまだ認めてないんですが!

 

「いえ、盛り上がってる所で申し訳ないですが、比企谷君はBランクとは言え、1年間の見習い期間中なので、弟子は取れませんよ」

キヌさんは苦笑気味に俺達に伝える。

そうだった。確かにGS関連の法律にそんな項目があった。

 

「ええ?まじで?」

美神さんは寝耳に水って感じに驚いていた。

 

「ダメなの?」

留美は残念そうな顔をする。

 

助かった。

ありがとうございますキヌさん。

 

「……比企谷君、あんたGS免許取ったの何時だっけ?」

 

「去年の10月末ですが」

去年取ったばかりなんですが?

 

「まあいいわ。鶴見留美さん。10月末にもう一度ここに来なさい。そしたら、無理矢理にでもこいつの弟子にしてあげるから」

美神さんは薄ら笑いを浮かべて、留美にこんな事を言ってしまう。

 

「はい、お願いします」

留美はそれに嬉しそうに答えたのだった。

 

「…………」

やばい、やばいぞ。それまでに留美の奴を説得しなければ、マジで弟子入りが確定してしまう。

 

 

俺はこの後、留美を自宅近くまで送る。

自宅まで直接送ってしまうと留美の両親に出くわしてしまう。

それは非常に気まずい。

その間、留美は俺に色々と質問したり、世間話をしたりと……。

 

はぁ、どうしたものか。

俺は一度自宅に帰り、この事を一時でも忘れるように眠る事にした。

 

 

俺はこの時、留美の件で、もう一騒動起こる事を知らなかった。

 





果たして、どうなることやら。


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(124)事務所で二人

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は繋ぎ要素が多い回です。


 

留美が俺の弟子になりたいと、美神令子除霊事務所に訪ねて来た翌日の日曜日。

俺が受け持つ依頼は無かったが、事務所に向かった。

依頼が無いからと言ってやる事が無いわけではない。

事務所での報告書の作成や、次案件の精査や準備もやらなくっちゃならない。

因みに美神さんが受け持った依頼の報告書は、ほとんど俺かキヌさんが代理でやってる……。

霊具の手入れとか、各種札等の霊能アイテムの保管状況の確認も行う必要もある。

除霊依頼などで封印した妖怪や幽霊の処置なんかもそうだ。

封印した妖怪や幽霊の処理はうちの事務所は、自分の所で適正に処理が出来るから良いものの、低ランクGSでは処理できない様な代物もある。そう言うものはGS協会や処理が出来る事務所に依頼するらしい。

うちの事務所で他の事務所からそういう依頼は受けた事は無い。

幸いGS協会も近場にあるから、そっちに持って行けばいい話だしな。

わざわざ、うちに頼んでバカ高い依頼料やらなんやらのリスクを負う必要がない。

後は発注関係だが、霊能アイテムの仕入れは直接店に行く事が多い。

ほとんど厄珍堂だけどな。

それに緊急依頼の為の事務所待機という名目もある。

うちの事務所は他の事務所と違って依頼がかなり多いし、GS協会やオカルトGメンからも依頼が来るからな。

よっぽど暇だったら、強引にでも休みを取らされるだろうし、俺が事務所に来れば依頼仕事がなくても、契約社員としての時給が発生するからな。

あのけち臭い美神さんがそんな事を言わないところからもわかるだろう。

依頼以外でも結構やる事が多いのだ。

 

まあ、これらの内、雪ノ下が入った事で今後解消される業務もいくつかある。

慣れてくれば、報告書関連も出来るだろうし、発注関連もだな。

 

俺はそれ以外の空いてる時間には、書庫で勉強したり、自主トレしたり、横島師匠がいれば、訓練や修練を見て貰ったり、シロの散歩に行ったりと、結構やる事は多い。

 

 

 

俺はいつも通り1階の玄関で人口幽霊に挨拶をし、4階の事務所にノックをしてから入る。

「おはようございます」

 

「おはようございます。比企谷君」

「比企谷君、おはよう」

キヌさんと雪ノ下が事務所の掃除をしながら、挨拶を返してくれる。

だが、肝心の美神さんが所長席にいない。

早朝には結構ある事だ。

 

「美神さんは、まだ寝てますかね」

ただでさえ朝が弱いのに前日飲み過ぎて、ダウンしてるって事もあるのだ。

早朝と言っても現在9時過ぎだ。営業時間は一応10時からだが、従業員は9時半からの勤務である。

午前中から現場仕事という事は少ないし、美神さんが居なくとも事務所は一応回るしな。

早朝のスケジュールが予定に入ってる時は、キヌさんがある程度美神さんの生活をコントロールされてるので問題無いし……。

 

「美神さんは昨日の夜から、実家に帰られてますよ。美智恵さんが風邪を引いたらしくて、私も泊りがけでお手伝いに行きたかったのですが、この後シロちゃんとタマモちゃんと地鎮の仕事が入ってるので……。昨日夜は一緒に行って沢山ごはん作って帰って来たんですけど、熱もあるので心配ですね」

美智恵さんが風邪か、忙しいもんな美智恵さん。

特にこの頃は休みなんて取ってないんじゃないか?

オカルトGメンの通常の仕事も増加してるのに、職場見学のアピールとかもしてるし、それに東アジア統括管理官として東アジア各国の海外視察とかでしょっちゅう、出かけてるみたいだし……。

そりゃ、体調も悪くもなる。

 

「そうですね。横島師匠はまだですかね」

 

「横島さんは仕事に出かけました。オカルトGメンの案件なんですが、どうやら一昨日のデパートの依頼に関係があるようで」

横島師匠は仕事か。

一昨日のデパートの依頼って、俺以外のメンバー全員で行って、空振りだった案件だよな。

横島師匠だけが現場に残って、後のメンバーはその日の内に帰って来たって奴だ。

それが、オカルトGメンの依頼仕事と関連していたって……きな臭いな。

美神さんも、ほぼフルメンバーで相当気合いを入れてデパートの依頼に向かっていたし、かなり厄介な案件だったことは言うまでもない。

それが当日空振りの上に、オカGが絡んでるという事は、何か大きな事件の一角なのかもしれないな。

俺が同じ日に西条さんと行った公園の魔獣出没案件も、結構厄介そうなのに。

美智恵さんもダウンしてるし、人手不足もいい所だろう。西条さんは大丈夫だろうか?

 

「俺の方で何かすることは無いですか?」

 

「特に急を要する依頼は無いです。…そうですね。雪乃ちゃんと厄珍さんのところに発注していた物を取りに行ってもらっていいですか?」

 

「厄珍堂ですか、俺一人でいきますが」

よりによって厄珍堂か。

 

「雪乃ちゃんにも慣れて貰わないといけないから。比企谷君よろしくお願いしますね」

キヌさんにそう言われてしまえば断るわけにもいかない。

それに発注や引き取りも事務仕事の一つであることは確かだ。

雪ノ下もここでバイトを続けるつもりだったら避けては通れない道だが、厄珍堂には慣れが必要だ。

あの胡散臭い癖のある店主にな。

俺も最初の頃は、厄珍のおっさんに実験台代わりに変な商品を渡されたもんだ。

 

「わかりました」

 

「それと今日は雪乃ちゃんに色々教えてあげてね比企谷君」

キヌさんににっこりとした笑顔を向けられる。

 

「……わかりました」

俺も雪ノ下に新人研修を行うってこと?

大概の事はキヌさんが先週に教えてるはずだし、返事をしたものの何をすればいいのだろうか?

厄珍堂のお使いぐらいなものだろう。

 

「比企谷君よろしくね」

雪ノ下もキヌさんのように笑顔で俺にそう言ったが、慣れない事をするもんだから、笑顔がぎこちない。

 

「ああ」

 

 

俺はこの後、廊下や階段の掃除を終え、タクシーで現場に向かうキヌさん一行を送り出す。

 

さてと、一昨日の報告書の仕上げをするか、まあ、直ぐ終わりそうだし。霊具の手入れでもして、空いてる時間は書庫で魔法陣を調べてと……。

ああ、雪ノ下が居るんだった。

今日一日、雪ノ下の事を頼まれたんだったな。

 

んん?そういえば、この事務所で雪ノ下と二人っきりという事か?

いや、人工幽霊も居るから、正確には二人じゃないが。

 

俺は4階の事務所に戻ると、雪ノ下は所長席からちょい離れた場所にある事務机に座り、ノートパソコンで事務作業をしていた。

事務机は6つが対面で並んでいて、横島師匠とキヌさんが対面同士、横島師匠の左隣が一応シロの席がある。大人しく座ってる姿を見た事が無い。そのシロの対面でキヌさんの右隣りがタマモだ。タマモは自分が関わった案件については、きっちり書類として報告を出してくれる。それに俺達の仕事を興味本位に手伝ってくれたりしていた。

俺は横島師匠の右隣りだ。

元々席なんて決まってなかったそうで、俺が来てからそうなったらしい。

 

そんで、雪ノ下は俺の席の対面に座ってる。

 

「雪ノ下、厄珍堂の霊能アイテムの引き取りは何時がいい?」

「いつでもいいわ。比企谷君の都合のいい時間で……」

「そんじゃ、午後からでいいか?」

「それでお願いするわ」

「事務仕事はいけそうか?まあ、お前だったらすぐ慣れてしまうだろうが」

「そうね。定期的な顧客が多いわけでもないのだし、顧客管理はそれほど手間ではないわ。管理が必要なGS協会やオカルトGメンへの一連の流れを覚えてしまえば、後は流れ作業ね。個人事務所なのだから一般的な事務作業量はそれほど多くは無いのだし。それに絹さんがしっかりと綺麗にまとめて下さってたから、やり易いというのもあるわ。でもGS特有の法律関連の除霊認証等は、解釈が複雑だから場数と慣れが必要ね。」

「そうか」

この分だったらすぐに慣れそうだな。元々スペックがやたら高い奴だし。

 

「ただ、資料作成や霊能アイテムの種類や除霊の報告書関連は実際に一人で行うには少々手間どりそうね」

 

「そうだろうな。こればかりは慣れが必要だ。事務所によって随分と異なるからな。キヌさんや俺に聞きながらの方が良いし、まだそこまで美神さんに求められていないだろ?先ずは会計処理や顧客管理からでいいんじゃないか?」

オカルト事務管理資格試験では、この辺の事は必要最低限の事までしか試験範囲になってないしな。除霊報告書は現場を知らないと難しいし、雪ノ下の役割は現場から上がってきた報告を報告書の体裁を整え清書するまでの事だ。

霊能アイテムの扱いは基本さえ押さえておけば、大丈夫ではあるが、管理が大変だ。

俺でさえ、この事務所の倉庫にあるアイテムが何のための霊能アイテムなのかもすべて把握しきれていない。

霊能アイテムは何せ種類が多い。

美神さんなんかは独自の術式を破魔札などの各種札に付与したりするため結構レアなものも使ってる。

特に美神さんは古今東西の霊能を駆使して戦うタイプだ。

だから、霊能アイテムの種類は自然と豊富となる。

なんでこんなものがという物も霊能アイテムにもなるし、この辺は相当慣れが必要だ。

乾燥ヤモリとか漢方みたいなものも結構あるし、蜜蝋とか何の変哲も無さそうな石とか炭とか灰とか砂とか一見その辺に転がってそうな物や、霊樹とか霊枝とかただの枝だろとしか思えないような物もある。そんなものは霊視ゴーグルで確認してもらわないとどうしようもない。

 

「いいえ、やはり美神さんに認められるようになるには、これらも早く出来るようになっておいた方が良いわ」

事務能力もそうだが、美神さんはどちらかというと雪ノ下の家事能力をかってる節があるような。

 

「あんまり根を詰めない方が良いぞ。特に雪ノ下は抱え込みやすいからな。キヌさんも居るし、一人で全部やろうと思わない方が良いぞ。それに飽くまでもアルバイトだし、そんなにしょい込もうとしなくてもいい。美神さんもキヌさんの補助程度に思ってるはずだ」

 

「心配してくれてるのかしら?…そうね。でも、せっかくなのだから、やれることはやれるようになるに越した事は無いわ」

 

「まあ、ほどほどにな」

俺はそう言いつつ、雪ノ下の対面の席で一昨日の報告書の仕上げに取り掛かる。

 

やってることはほぼ奉仕部の部室と同じだなこれ。

まあ、部室でも雪ノ下と二人という事も在るし、そう思えばそれほど二人きりという事を意識しなくて済む。

 

報告書の作成は直ぐに終わったから、次に自分の装備の点検を行う。

仕事に使う札などは基本的に事務所の物を使うが、神通棍と仕事着だけは今は自前だ。

体に馴染んだものが一番いいし、それに普段から携行していた方が良いことは、この2年半の間で十分理解している。

各種札も自前で所持してる物もある。

今じゃ、学校に携行してる装備は自前だ。

GS資格免許を取得してからは、給料もそれなりに貰えるようになったしな。

年始に六道会長から頂いたお礼の金一封が大きい。

正直、前に背負っていた俺の借金が一発で返せる額だった。

 

俺は自分の事務机の上で、事務所で一番よく手にする霊体ボウガンの分解整備を行う。

霊体ボウガンは、構造は一般的なボウガンとほぼ同じだ。

だが、弦は霊糸を使用し、躯体は霊樹で出来ている。

矢は銀製を使用するのが一般的だ。

霊力が無い人でも扱える便利アイテムでもある。

熟練霊能者が使うと、矢に霊力を送り込んでより力を増す事が出来る。

高級品になると躯体やグリップには霊能者の霊力を受け止める霊石等が埋め込まれてる物もある。熟練霊能者でも無くても、霊能者であればこれで矢にも効率よく霊力が込められる仕組みだ。

因みに、此処に有るのは高級品ではあるが、霊石などが埋まってはいない。

美神さんならば、そんなものが無くても、矢に霊力や術式を込める事が出来るからな。

俺も美神さんの見様見真似で矢に霊力や術式を込めて使ってる。

場合によっては矢に霊符を纏わせたりしてる。

 

次に自前の神通棍を分解し整備する。

すると、雪ノ下がパソコン作業の手を止め、俺に質問をして来た。

「比企谷君、その綺麗な宝石みたいなものがクォーツかしら」

 

「ああ、そうだ。俺も仕組みを完全に把握してるわけじゃない」

霊体ボウガンに比べ、神通棍の方が複雑だ。

束の部分にはクォーツと呼ばれる特殊な霊石が埋め込まれており、これが神通棍の核であり術者の霊力をコントロールしている。

そこから術式やら小さな結晶石等を解し、霊力を棍の部分に行き渡らし武器として発現させているのだ。

クォーツはほぼ、ザンス王国製らしく、見鬼君やいろんな霊能アイテムで使用されている。

因みに美神さんの神通棍は特別製だ。

普通のクォーツじゃ、美神さんの霊力に耐えられなくて、直ぐに使い物にならなくなってしまうらしい。

かなり大きなものが入ってるとか。

 

「オカルト科学は、私達が学校で学ぶものとは相当異なるようね」

 

「まあ、そうだな」

俺は分解整備を終え、組みなおした神通棍を発動させる。

ブンっと一瞬小さく音を発した後、棍の部分が淡く光を纏う。

問題無しだな。

 

「私が触っても大丈夫かしら」

 

「ああ、これからはこういう物に触れて行かないといけないし、扱いさえ間違わなければ大丈夫だ」

俺は雪ノ下に神通棍を机越しに渡す。

 

「…………」

雪ノ下は椅子に座りながら、神通棍を構える。

 

「発動させるにはある程度の霊力と霊力コントロールが必要だぞ」

 

「やはり、私には無理なのね」

 

「まあ、そうだな」

こればっかりは努力ではどうしようもない。

元々の素養が必要だからだ。

霊気が一定量無ければ、霊力の発現も出来ないからな。

雪ノ下の霊気保有量では難しい。

 

「材木座くんや川崎さんはどうなのかしら」

 

「霊気保有量が在っても、霊力コントロールが出来なきゃ、発動ができないから何とも言えないぞ」

材木座も川崎も訓練次第では、霊力コントロールをものにできるようになる可能性がある。なまじ、霊力コントロールが出来たとしても、材木座は厳しい。霊を見ただけで気絶するようではな。

 

「そうね。私は私が出来る事をすればいいのだし、ありがとう」

雪ノ下はそう言って、俺に神通棍を手渡して返す。

 

「キヌさんからも習っただろうし、オカルト事務管理資格でも勉強したとは思うが、霊気や霊力が無くても効力が発揮するアイテムも結構あるから、その辺の扱いは気を付けた方がいいな」

 

「そうね。温泉訓練の時に随分と体験させてもらったわ。もうあの双六だけはこりごりよ……あっ……その……」

雪ノ下は何かを思い出し、顔を赤らめる。

雪ノ下、それはタブーだぞ。

あの双六とはもちろん、ドクター・カオス製の六道家所有のあの人の秘密を暴露してしまうとんでもない双六だ。

 

「…………わ、忘れてくれ」

お互いその方が幸せという物だ。

あの双六のせいで、俺や陽乃さんの秘密が晒される事になったからだ。

雪ノ下にとっては陽乃さんの雪ノ下の下着漁りと風呂の覗き見の事とか……

俺にとっては、中二病バレとそのだAVの嗜好がその……バレたというかなんていうか。

 

「そ、そうするわ」

暫く微妙な空気感が漂う事に……。

 

 

昼食は雪ノ下が俺の分も弁当を用意してくれていた。

普段なら、キヌさんが昼食や夕飯を作ってくれるが、キヌさんが居ない時はデリバリーか、俺と横島師匠だけとかだと、外に食べに行ったり、カップラーメンとかで済ます。

 

応接セットで2人で昼食を取る事にした。

なんか変な感じだ。

この事務所で雪ノ下と雪ノ下の手製弁当を2人で食べるとか、1年前では考えられない光景だ。

あの当時とは俺と雪ノ下の関係も随分と変わったもんだ。

今じゃ、雪ノ下にはGSだとバレ、好意をよせてくれる上に、同じ職場で仕事とか……。

 

あれ?

俺はここで重大な事に気が付いた。

雪ノ下ルートに何時の間に突入したんだ?

 

目の前で綺麗な姿勢で静かに食事を摂る雪ノ下をチラッと見る。

雪ノ下は誰もが認める美少女だ。

文武両道にして、立ち振る舞いも洗練され、しかも名家のお嬢さまだ。

 

そんな雪ノ下が何故だか俺に好意をよせてくれてだ。

そのキスまで……

………今は、この広い事務所で2人きり(人工幽霊は人じゃないからカウント無し)………

俺はつい雪ノ下の食事を摂る姿に見とれ、その唇を見てしまう。

 

「なにかしら?」

それに気が付いたのか雪ノ下が俺に顔を向ける。

 

俺は慌てて、首を横にする。

「……そ、そのだ。静かなもんだなと」

 

「そうね。静かね」

 

「そ、そうだな。……み、美神さんと横島師匠とシロはいるだけで騒がしいからな」

 

「私は、貴方と静かに二人きりで過ごすのは好きよ」

 

「………マジで気恥しいから、勘弁してくれ」

俺の顔、絶対赤くなってるよな。

 

「ふふっ、貴方も慣れて欲しいわ」

雪ノ下は何故だか満足そうにそう言った。

 

俺は今、雪ノ下の手の平の上なのかもしれない。

 




次回は厄珍堂ということで……


前回のアンケート結果です。
《八幡にやって欲しい横島ギャグは何?》
のぴょぴょーーん 48 / 6%
蝶のように舞いゴキブリのように逃げる 370 / 46%
仕方がなかったんやーー! 228 / 28%
お着換えを手伝いますね。 106 / 13%
その他  49 / 6%

圧倒的に
「蝶のように舞いゴキブリのように逃げる」ですね。
半数近く選ばれました。
この続きは、
「……と見せかけて蜂のように刺す」
「再びゴキブリのように逃げる」だったかな?


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(125)厄珍堂に行こう。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きを……



午後から、雪ノ下と厄珍堂に発注していた霊能アイテムを引き取りに向かった。

事務所から厄珍堂までそれ程遠くないため、徒歩で向かう。

 

雪ノ下は道中に俺に何気なく訪ねる。

「そういえば、鶴見留美さんが昨日あなたを訪ねて来たそうね」

 

「ああ。キヌさんから聞いたのか?」

 

「そうよ。留美さん、霊能者の家系だった事には少々驚いたわ。貴方、私達に何も言わないのだし」

 

「去年の夏休みのボランティア当時は、俺も霊能者ってバレるわけには行かなかったし、あいつも、自分から霊能者を名乗る事は辛いだろうしな。いじめの原因がそれだったからな」

俺は当時、雪ノ下や由比ヶ浜、葉山達に留美が霊能者だという事は話していない。ちょっとオカルト好きな女の子がそれが原因でいじめられていたという程度しかな。

 

「そう。…その留美さんが、貴方の弟子になりたいと訪ねて来たのに、貴方は頑なに断ろうとしていたと聞いてるわ。何故かしら?」

 

「俺が人にものを教えられるような人間に見えるか?」

 

「どうかしらね。意外と似合ってるとは思うわよ」

どうにもやりにくい。去年の雪ノ下であればここで毒舌プラスで同意してくれるというパターンだったんだがな。

 

「いや、俺には無理だ。……弟子にするという事は、あいつの人生を俺が左右することになる。俺はGSとしてもまだまだだし、人生経験なんてものも浅い小僧っ子だ。そんな重要な事を俺が出来るはずが無い」

そう、弟子にするという事はあいつの人生に大きく踏み込まないといけないという事だ。俺次第であいつの人生は大きく変わる。人の人生を背負うような責任を俺は持てる自信が全くない。

 

「確かに責任重大ね。でも……、今の貴方と同じ高校3年生で当時の横島さんは貴方を弟子として受け入れたのではなくて?」

確かにそうだ。横島師匠は俺を受けいれ、ここまで育ててくれた。

何もわからない俺を一から根気強くな。

そう考えると、横島師匠は普段はあんな感じだが、今の俺よりもずっと大人だったのかもしれない。

いや、あの年でやけに人生経験も豊富だし……何せ神様に認められているんだ。

武神の直弟子だし、GSとしては世界最高峰のSSSランクだ。

 

「横島師匠はああ見えて、俺なんかよりもずっと凄い人だ。普段のアレな感じからは想像もつかないかもしれんが……」

 

「私も知ってるわ。何せ京都の時の横島さんを見ているのだし……それに、表向きはランクはBでもGS協会やオカGの仕事はS扱いで処理するようにと絹さんからはそう教えて頂いてるわ。きっと、何かあるのでしょうね」

 

「ああ、俺も詳しくは知らないがな」

横島師匠の過去に何かあったに違いないが、タイガーさん辺りから聞いても、とんでも変態経歴しか聞けないし。

 

「しかし、美神さんが強引に弟子にしようと企んでるのでしょ?諦めて弟子にした方が良いのではないかしら?」

そうなんだよな。

俺がまだ、見習い期間だから法律で弟子は取れない事になっていたから、即決は免れたのだが、3カ月後にはその見習い期間が終わってしまう。

因みにだ。

後でちゃんと弟子について調べたのだが、弟子の育成できるの基本条件はCランク以上というのが大前提だ。

その他にだ。

①Cランク以上でも見習い期間の1年間は弟子を取る事が出来ない。

②Cランクの場合、在位が2年以上でないと弟子を取る事が出来ない。

③Bランク以上においては、見習い期間以外では直ぐに弟子をとれる。

という条件がある。

これはGSが個人事務所を設立できる条件と全く同じだった。

まあ、普通はEランクから徐々にランクを上げていくし、DからCって結構入れ替えが激しかったりする。

Bランクとなれば、よほどの事がないとCには本来落ちにくいらしい。逆にそれ程Bランクに上がるには実力が必要だという事なのだが……俺なんかがBランクでいいのかと、改めて思ってしまう。

それとだ。GS資格試験の優勝者のBランクの場合。ここ数年の優勝者は実力が伴っていないから直ぐにCに落ちるらしい。因みに去年の10月度優勝者である陽乃さんは6月の審査でもBランクを維持している。

陽乃さんがあの期の優勝者じゃなきゃ、優勝者のBランク付与は廃止されていたらしい。

 

「なんとしても断りたいんだがな。正直言って自信がない。留美の奴、あの年でかなりの使い手だ。ペーパークラフト使いだとしてもだ30枚以上の折り紙を同時にコントロールしてた。俺が同時にコントロールできる札は、精々6、7枚が限界だ。これでも去年よりは枚数は倍になったんだけどな」

 

「姉さんが実力を認めてる貴方から見ても、そんなになのね」

 

「ああ、正直俺が教えられる事なんてないと思う。それに留美は神道系の家系だ。本来神道系の師匠を選ぶべきだ。比べるまでもなく、キヌさんの方が間違いなく適任だ。俺じゃあ不足すぎるんだよ」

 

「なるほど。貴方は留美さんの事を考えて断り続けていたのね。でも師匠として不足という事はないのではないかしら?美神さんが下心を全面に出していたとしても、仮にも貴方に弟子をと言ったのでしょ?絹さんも応援してるようよ」

 

「はぁ、勘弁してくれ、皆勘違いしてるだけだ」

 

「そうかしら?」

 

 

そんな会話をしながら、古風な古物商のような建物の前まで来ていた。厄珍堂だ。

店主について先に説明をしておこうとは思ったが、説明するよりも実際会ってみた方が分かるだろう。

 

昔ながらの引き戸をガラリと空け、先に俺は店内に入る。

「こんにちは、美神令子除霊事務所の比企谷です。発注したものを引き取りにきました」

俺は普段は厄珍堂にこんな畏まった挨拶はしないんだが、雪ノ下に見本を見せるためにあえて、こうした。

 

返事がない。

俺に続いて「こんにちは」と挨拶しながら雪ノ下も店内に入る。

 

店内にはオカルトアイテムや何に使うかわからん石像やら怪しい薬の瓶やら、所狭しと陳列されている。

 

俺は店主の厄珍のおっさんが何時も居るはずのカウンターへ向かうと……

「むふふふふふっ、いいぞ、いいぞ、そこだアル。むふふふっ!」

小っちゃいおっさんがカウンター内で結構な音量でエロビデを堪能していやがった。

 

「おっさん!客だぞ!」

 

「ゾンビ小僧か!今いい所アル!ムフフフフッ!後で来るアル」

厄珍のおっさん、いい年こいて何やってんだ。

商売する気があるのか?

エロビデぐらい家で見ろよ!

 

雪ノ下はその状況に気がつき、顔を赤らめ、俺の影に隠れるように後ろに下がる。

だから、嫌だったんだ。ここに連れてくるのは!

 

「おっさん、新人も連れてきてるんだ」

 

「ん!むはーーーーっ!超美少女アル!なぜそれをもっと早く言わなかったアルか!」

厄珍は俺のその声に顔だけ振り返って、カウンターに飛び乗る勢いでこっちに迫り、雪ノ下を舐めまわすように下から上へと見やる。

 

「おっさん。ビデオ付いたままだぞ。消しとけよ」

 

「いかんアル。お嬢さんのいる前で」

厄珍のおっさんは急いでテレビを消しに行く。

 

「………」

おっさん今更取り繕っても遅いぞ。

雪ノ下がもうおっさんを汚物を見るような目で見てるぞ。

 

「ゾンビ小僧!この子は誰あるか!早く紹介するアル」

再びカウンターに乗る勢いで迫って来るおっさん。

 

「ああ、今度うちの事務所でアルバイトすることになった……」

「雪ノ下雪乃です」

俺は雪ノ下を紹介し、雪ノ下は侮蔑の目で厄珍を見ながらも、一応体裁を整え、綺麗にお辞儀をする。

 

「いい、いいアル。その冷たい目で見られるのはゾクゾクするアル!」

 

「因みに、俺の同級生だ。如何わしい事をしたら、速攻で警察に突き出すからな」

 

「女子こーーーせい!?」

おっさん鼻血出てるぞ。

 

「雪ノ下は霊能者じゃない。如何わしい薬とか勧めるんじゃないぞ」

 

「分かってるアル。この子に手を出したら令子ちゃんに殺されるアルからな」

そりゃそうだ。

しかし、キヌさんはこのスケベなおっさんの対処をよくできるな。

笑顔や言葉で悉くこのおっさんのスケベ言動をスルーしてるしな。

 

「そんじゃ、発注品を用意してくれ」

 

「準備するアル。ちょっと待つアル」

 

「それと俺に個人的に、30万の札を5枚と霊紙30枚と霊灰とちょっといい硯と筆を売ってくれ」

 

「ゾンビ小僧、自分で札でも作るつもりあるか?在庫があるか見てくるアル」

 

「まあ、練習がてらな」

厄珍のおっさんは店の裏へと姿を消す。

 

 

「とまあ、店主はとんでもないスケベだ。横島師匠とは結構気が合うようだ。適当にスルーする方が良いぞ。いちいち腹立てても馬鹿らしい」

俺は雪ノ下に厄珍について軽く説明する。

 

「その様ね」

雪ノ下は盛大にため息を吐いていた。

 

「それと、一応今釘を刺しておいたが、あのおっさん、人に怪しい新商品の実験台にする癖があるから、気をつけろ。甘い言葉には裏があるっていう典型的なおっさんだ」

 

「……気を付けるわ」

 

「まあ、基本一人で来ることはめったにないだろう。高額な物が結構あるからな、誰か一緒に来た方が良いだろう。俺やシロやタマモとかに頼めばいい」

 

「そうするわ。あの店主と気が合いそうにないもの」

 

「そりゃそうだ」

あのおっさんと気が合うのって横島師匠ぐらいだもんな。

 

 

「待たせたアルな。こっちがおキヌちゃんから発注が来た分アル、ゾンビ小僧の分の霊紙30枚と霊灰100g、硯と筆はここから選ぶアル」

厄珍のおっさんは店の奥から事務所の引き取り品の大きな紙袋と、俺個人が買う予定のアイテムを持ってきてた。

それと硯は4つ、筆は12本を目の前のカウンターに上に置く。

 

「うーん。結構するな。硯は10万~30万、筆は2万~120万って結構な幅があるな」

 

「これでも初心者から中級者向けアルよ。ゆっくり選ぶアル」

 

俺にはこういった物の良し悪しはよくわからんが、霊視でその物が持つ霊験みたいなものを見定める事は出来る。

これは熊野産の硯で、こっちが諏訪産の硯か、これのどっちかだな。

筆は、ちょっと安めの奴でいいか。

 

うん?

俺は硯と筆を眺めてる余所に、いつの間にか俺から離れた場所で厄珍が何やら雪ノ下とコソコソと話し込んでいた。

どういうことだ?雪ノ下の奴、やけに熱心に聞いてるな。あんなに厄珍を毛嫌いしていたのにだ。

 

怪しいな……

俺は硯を見るふりをして霊気を少々開放し、基礎身体能力を上げ聞き耳を立てる。

 

「これ、凄いアル。これを毎日2錠飲めば、1週間でバストが3cm。6錠飲めば9cm大きくなるね。おキヌちゃんも3年前はBだったのに今じゃDに行こうかという言う勢いアル。飲み続けないと元に戻ろうとするアルよ」

「……お、お幾らかしら?」

「お代わりにアンケートに答えるだけで1カ月タダアル」

「定期購入をさせてもらいたいわ」

「今は大負けに負けて、年間たったの52万ね」

「年間で送ってもらえるかしら」

何怪しい健康食品の類のような、宣伝してるんだよこのおっさんは!

しかも雪ノ下にドストライクな商品を!

最近の雪ノ下はこの件に過剰に反応するしな。

雪ノ下もそんなに気にする事じゃないぞ。

 

「おい、おっさん。何雪ノ下に怪しい物を売ろうとしてるんだ?俺はさっきやめろと言ったよな」

俺は雪ノ下とおっさんの間に割り込んで、おっさんに凄む。

 

「失礼なゾンビ小僧アル!怪しくないね!ちゃんとした霊能漢方メーカーから出た分アル!」

 

「比企谷君……その、見逃してくれないかしら?私にはどうしても必要なものなのよ」

雪ノ下は俺に切羽詰まった感じで訴えかける。

 

「……おっさん!どうせ乙女の悩みに付け込んで、変な物売りつけようとしたんだろ!」

そんな雪ノ下を余所に、俺は厄珍と雪ノ下のやり取りを聞いていないふりをして、オブラートに包んで厄珍に文句を言う。

 

「人の親切心を疑うとは何て小僧アル。令子ちゃんの事務所を見るアル。トップは間違いなく令子ちゃん、次にタマモちゃん、その次に僅差でおキヌちゃんある。次にシロちゃん……そこから離れてこの子アル。どう考えても可哀そうアル!せめてもの親切心で勧めたのがどこが悪いアルか!」

その言い回しだけで何の順番か、わかってしまう。

確かにその順番であってると思うが、それはそれだ。

親切心とかじゃねーだろ。どうせ雪ノ下をその胸が大きくなる薬の被験者にしたて上げるつもりだろ!

 

「それにそのメーカー、宣伝文句のような効果が出ないって、いろんな商品が発売中止になって、2年前に潰れたメーカーじゃねえか。それにどうせ副作用があるんだろ!バストが大きくなる替わりにどんな副作用があるんだ!さあ吐け!」

俺は厄珍のおっさんにお互いの額がくっつくほどに迫る。

 

「き、聞こえていたのかしら?……忘れて、……今すぐすべて忘れなさい」

雪ノ下は俺の肩を掴む。

俺が振り返ると、ぷるぷるしながら、俯き加減で低い声でこんな事を言う。

 

し、しまった。

つい口を滑らせてしまった。

 

「ゆ、雪ノ下落ち着け。聞いてしまったのは悪かったが、このおっさんが勧める商品は怪しすぎる。間違いなく副作用があるだろう。べ、別にそのままでもいいんじゃないか?」

 

「そのままでいい?………巨乳好き谷君は慎ましやかな胸の私は、元々眼中にないという事かしら」

雪ノ下は涙目で俺の事を恨めしそうに見てくる。

雪ノ下にこの話題はタブーだ。

2月の温泉訓練以降特にだ。

 

「いや、そう言う事を言ってるんじゃなくてだな」

 

「………」

ああ、雪ノ下の奴、落ち込んでしまったぞ。

なんか雪ノ下の目がうつろで瞳孔が最大に開いたままなんだが、魂が半分抜けかけてるぞ。

 

「おっさんが余計な事をするから!とりあえず、事務所の分は引き取る。俺の分は後で取りに来る」

俺は事務所の荷物だけを肩に掛け、うつろな目をした雪ノ下の手を引っ張り店を出ようとする。

 

「……なんかすまんかったアルな」

厄珍のおっさんが珍しく、俺達が店を出際に謝罪の言葉を口にしていた。

事務所の連中だったら洒落で済むかもしれんが、耐性の無い雪ノ下にはきついものがあるだろう。

……これも慣れが必要だろうな。

美神令子除霊事務所に在籍するだけで、間違いなく精神力は高まる。

こんな事が、日常では溢れかえってるからな。

 

 

 

「…………」

雪ノ下は事務所に帰る道中、目がうつろだし、無言だ。

温泉訓練前はこの話題になると、俺が巨乳好きのスケベ扱いされ、ディスられて終了だったんだが。

今じゃ、この落ち込みようだ。

温泉訓練以降、いや、あの告白以降は、どうもこんな感じだ。

俺的にはディスられていた時の方がまだましだ。

いや、ディスられるのが好きだとかいう事じゃないぞ。

 

 

俺は何とか雪ノ下を励まそうとする。

「俺は胸の大小で恋人やらは決めるつもりはないし……、そ、そのだ。去年の夏のお前の水着姿は、綺麗だなとつい見てしまってだな……」

 

「そ、そうなのかしら…そうなのね。そう……このままの私でいいということかしら」

雪ノ下は開きっぱなしだった瞳孔は元に戻り、生気を取り戻す。

それどころか、顔を赤らめていた。

 

恥かしい事を口走った甲斐があったようだ。

 

ふう、前途多難だな。

 




というわけで、事務所での雪乃編は終わりです。
次は陽乃さんのデート編になるかな?

その後は次章へと……

それと……
恋人チキンレース。
温泉訓練終了時の好感度はガハマさんがトップ。
告白後は横並び。
4月初期ではガハマさんとゆきのんがデットヒート、ガハマさんが少し有利か?
ここにきてゆきのんが猛チャージ。
留美の登場で伏兵となりえるのか?
陽乃さんの出遅れ感は否めない。
サキサキとの関係は意外と安定。
いろはすはかなり攻めてますが、伝わっていない感じです。
と、いう感じに思ってますが?皆さんはどうでしょう?



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(126)雪ノ下陽乃は次の手を打つ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は陽乃さんのデート編?
です。


7月2週目

一学期期末テスト最終日

最後のテストを受け終わった俺は憂鬱だった。

テストの出来が悪かったとかじゃない。

今回はそこそこの手応えは感じてる。

 

本来この後、部活に行く流れなのだが、俺は一度自宅に帰り千葉駅に向かわなければならなかった。

そう、陽乃さんと出かける約束をしていたのだ。

ようするにデートということらしい。

これが俺の憂鬱の原因だった。

 

今回は誰の助けもない。

雪ノ下や由比ヶ浜にもこの事を話したのだが、心配そうに気をつけてとか、惑わされないようにと言う言葉をかけてくれるが、前回のように手助けしてくれる気配はない。

どうやら俺に告白してくれた雪ノ下と由比ヶ浜に陽乃さんは、お互いデートの際には干渉しないようにと不可侵条約のような物を結んていたようなのだ。

 

4月に雪ノ下と近所に出かけた際、陽乃さんが現れて夕飯を一緒にすることになった事に、雪ノ下が強く抗議したのはこの事があっての事らしい。

 

俺は今の陽乃さんを別段嫌ってるわけではない。

以前の外面仮面全開の時は、かなり警戒して、苦手意識を持っていたが…。

いや、今も多少苦手意識は残ってるか、何せ強引に事を運ぶ姿勢はあんまり変わらないからな。

ただ、素の陽乃さんには好感は持てる。

印象は、何を考えてるかわからない怖さを持った同級生の姉から、同じ同業者の同期で、ライバルみたいな関係でもあり、負けず嫌いの強情っぱりで妹が大好きなお姉さんという感じに変わってる。

 

なら何故憂鬱なのか?という事なのだが、俺にも良くわからん。

よくわからないから憂鬱なのかもしれない。

分からない物に対する未知への恐れみたいなものなのだろうか?

 

 

俺がチャリで帰宅すると、家の前に車が止まっていた。

赤のスポーツカーだ。

俺は車に詳しくないが、外車なのだろうか、高級車っぽい感じがする。

そこにはもちろん……

 

「やっほー、八幡」

陽乃さんが窓を開け、明るい笑顔で手を振っていた。

 

「……千葉駅で待ち合わせじゃなかったんですか?」

 

「来ちゃった。どうせドライブだし此処からの方が効率的でしょ?」

学校の校門前ではなかったのはまだましなのだが……。

学校に迎えに来るのだけはやめてくださいとはお願いしていたから、自宅前だったのだろうか?

ポジティブに考えれば、俺の家から出てきて「おかえりなさい」よりはずっと健全だという事にしておこう。

 

「直ぐに着替えるんで、待っててください」

「はーい、待ってるから直ぐお願いね」

陽乃さんは大人しく待っててくれるようだ。

部屋に入れろとか駄々をこねられるかと思ったが意外とあっさりとしたもんだ。

 

俺はチャリを駐車場に入れ、速攻で着替え家を出る。

「早、3分も経ってないわよ」

「着替えるだけなんで、男子だったらこんなもんですよ。たぶん」

それにだ。小町がこの頃、俺の出かけようの服装をコーディネイトして、一式セットして置いてくれているのだ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「……お願いします」

こうして陽乃さんとのデートが始まった。

 

 

しばらくして……

「どこに行くつもりですか?」

俺は不安を隠せない、何故なら車は高速道路へと入って行ったからだ。

 

「いいからいいから、日帰りで帰れる場所だから安心して」

 

「はぁ」

それだったら大丈夫か。

 

「そんじゃ、八幡にしつもーん。4日前の月曜日は何の日だったかな?」

 

「7月7日だから、七夕ですね」

 

「ブッブーーー。世間では正解だけど、お姉さん的には不正解でーす」

七夕じゃない?何かのなぞなぞか?陽乃さん的な事と言う事は……。

 

「……雪ノ下さんの誕生日ですか?」

 

「せいかーい。というかお姉さんの誕生日を知らなかったなーー、ガハマちゃんの誕生日にはデートした癖にねーー。お姉さんの誕生日を知らないなんてけしからん」

陽乃さんは冗談交じりで、本気で怒ってるわけではない。

陽乃さんから誕生日なんて聞いた事も無いし。

因みに由比ヶ浜の誕生日である6月18日土曜日は、東京に遊びに行ったのだが……ガハママとマリアさんとドクター・カオス氏が、ひっそりついて来ていた。

まあ、俺の霊視能力で最初からバレバレだったんだがな。

監視付きというよりも、よくわからん由比ヶ浜のフォローをしてる感じの様だった。

ガハママにしれっと避妊具渡されたり、危うくホテル街に誘導されるわ、ドクターのとんでもメカで異空間接続で変な場所に飛ばされるわで、相変わらずドタバタって感じだったな。

 

「誕生日プレゼントは今度会う時までに用意しておきますんで、勘弁してください」

 

「ならばよろしい」

陽乃さんは満足そうにうなずく。

どうやら正解だったようだ。

 

「七夕と同じだから陽乃さんの誕生日は覚えやすいですね」

 

「私は嫌なのよね。織姫と彦星って、恋人同士が一年に一回しか会えないって話じゃない。それって残酷過ぎない?しかも、なんだか今の私達みたいじゃん。私が織姫で彦星が八幡みたいで中々会う機会ないから。本当はもっと会いたいのにな~」

いや、それはちょっと違うんじゃないでしょうか?今の俺と陽乃さんは恋人同士でも何でもないんですが。

 

「雪ノ下さんは織姫でいいかもしれないですが、俺が彦星だったら世の中の人々は幻滅するんじゃないんですかね。目が腐った彦星なんて需要はないですよ」

俺がもし彦星だったら、目が腐ってる事になって、ロマンもへったくれも無いぞ。………まさか、本物の彦星が目が腐ってるってことは無いだろうな?

そういえば、なんか横島師匠が本物の織姫に会った事があるような事を言ってたような。

織姫は何でも超浮気性で、変身能力で男の理想の姿に変身できて男をとっかえひっかえ……。彦星については特に何も言って無かったな。

去年その話を聞いて、真実を聞きたくなかったとあれ程思った事は無い。

 

「そう?私は八幡がいいんだけど」

この人、なにさらっと言っちゃってんだ?

 

そんな他愛の無い話をしつつも、どうやら目的地についたらしい。

山間に囲まれたひらけた場所に、大きな公民館かイベントホールみたいな建物が建っていた。

「着いたわ」

 

「……ここはどこですか?」

 

「九十九里の近くね。一応うちの別荘地の一つなんだけど、本当は昔にリゾート開発に失敗した成れの果てね」

 

「そうなんですか……」

いや、リゾート開発に失敗したと言っても、こんなところを別荘地にしてしまうってどんだけ金持ちなんだよ。

 

「行きましょ」

車を降り陽乃さんについて行く。

その建物に入り、ロビーみたいな場所で、ここのスタッフなのか使用人なのかが、お待ちしておりましたと恭しく頭を下げて来た。

 

「ちょ、雪ノ下さんここで何を?」

 

「いいからいいからついて来て」

そう言う陽乃さんの後をついて行くのだが、一抹の不安を隠せない。

 

だが……

「じゃーーん」

連れてこられた場所は大きな体育館のような施設だった。

 

「ここで何を?」

スポーツでも楽しむつもりかな?

俺はホッと安堵の息を吐く。

 

「私と八幡だったらこれじゃない?」

陽乃さんはそう言って、俺にいきなり破魔札を投げつけて来る。

俺は咄嗟に破魔札を右手の人差し指と中指で挟んで受け止める。

 

「……まさか」

俺は嫌な予感しかしない。

 

「そうよ。普通にデートとか面白くないじゃない。そんなのは雪乃ちゃんやガハマちゃんにやらせればいいわ。私と八幡がこうして二人っきりでやる事なんて決まってると思わない?そんじゃ、勝負しましょうか」

そう言い終わった陽乃さんはどこかギラついた眼をしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

「ん?ここは訓練許可は正式にとってる場所よ。許可を取らなくても個人所有の場所で、私的に勝負するんだから別に許可はいらないのだけど」

 

「いや、そう言うんじゃなくて、なんで雪ノ下さんと勝負しなくちゃならないんですか?」

陽乃さんが本気出せば、こっちも手加減なんて出来ないし、下手をしなくても大けがに繋がる。去年のGS資格免許試験決勝戦がいい例だ。

 

「そうね、言い方がまずかったかな。模擬戦をやりましょってこと、もっと簡単な言い方をすると一緒に訓練して汗を流しましょうってことよ」

 

「……まあ、危なくない訓練とかだったらいいですが」

この辺で妥協しないと、本気で勝負とか無理やりやらされそうだしな。

 

「私も着替えて来るから、八幡の分も用意してるわ。そこの更衣室を使って、それともお姉さんと一緒がいいかしら?」

陽乃さんのいつもの悪戯っぽい笑顔で微笑んで来る。

 

「はぁ……更衣室借ります」

俺はため息交じりに陽乃さんが指し示した方に向かうと、男子更衣室があった。

 

更衣室内は結構広い。

元々レジャー施設用に建てられたとか言ってたしな。

 

そんで、ベンチの上にジャージとトレーニングウェアとシューズまで置いてあった。

これに着替えろって事だろうな。

 

ふぅ、ほんとあの人勝負とか好きだよな。

まあ、真剣勝負とかはお断りだが、訓練とかだったら、普通にデートするよりもこっちの方が気が楽だ。それに土御門家の訓練方法や修行方法なんてものも聞けるかもしれないし、ちょっとは術を見せてくれるかもしれない。

そう考えると、まんざら悪くないなと思い始める。

 

しかし、ジャージもトレーニングウェアもシューズのサイズも、何でこんなにぴったりなんだ?

札とか各種霊能アイテムが収納できる術者用のインナーとかも用意してくれてるし。

何故か下着まで置いてあるし……。

深く考えるのはやめておくか。

 

俺はトレーニングウェアの上にジャージを羽織る。

夏だし、暑いからトレーニングウェアだけでもいい様に思うが、室内は冷暖房完備だし、一応な。

私服に忍ばせてある神通棍だけは持って行くか、札とかは消耗品だし、わざわざ訓練に使う必要も無いだろう。

 

俺は体育館に戻り、軽くストレッチを行う。

陽乃さんはまだ来てない。

そう言えば、陽乃さんは本格的に修行しだしたのっていつなのだろうか?

高校は総武高校に通ってるとは聞いているが……。

 

俺はここの体育館を見渡すと、よく見ると、床には術式が張り巡らされていた。

結界術だな……。

GS資格免許試験に張られていたものとよく似てる。

攻撃術などが結界の外に漏れないための物だ。

この術式だったら物理攻撃は無効にはならないかもしれない。

 

暫くして、陽乃さんが現れる。

「式服じゃないんですね」

 

「そりゃそうよ。訓練ですもの」

陽乃さんは、上は半袖と下は膝までのトレーニングウェアを着ていた。

まあ、なんていうかこの人は何を着ても似合うというか、やっぱり美人だなと……。

 

「雪ノ下さん一つ聞いていいですか?雪ノ下さんが本格的な修行を始めたのっていつですか?」

俺は先ほどの疑問を陽乃さんに質問をする。

 

「うーん、正式には高校卒業からかな?それまでは10歳ぐらいからここや雪ノ下の家で、土御門家から派遣された先生に訓練をつけて貰っていたわ」

成る程、それで合点がいった。という事は基礎は小さい頃から行っていたという事か。

 

「じゃあ、お姉さんからも質問。八幡は霊能に目覚めて、たった1年半でGS資格試験で私に渡り合える程の実力をつけて合格したけど、どんな修行したのかな?そんな短期間で普通はあり得ないわ」

 

「………前も話したと思いますが、横島師匠に霊気と霊力コントロールや体術等の基礎を教えて貰ってました。その美神さんからは、実践と言うか仕事の荷物持ちとして、そのですね。陽乃さんが温泉訓練の前に経験したでしょ?雪崩とか……。あんな感じで、妖怪の巣に落とされたり、無人島に置いてけぼりにされたり、罠にワザと落とされたり、無数の幽霊の囮や、攻撃の盾にされたりと……まあ、生きてるのが不思議なぐらいです」

基本は横島師匠がみっちりと教えてくれたんだけど、美神さんからは実戦方式というか呈のいい囮というか盾というか、そんな感じでいろんな目にあった。マジで何度死ぬかと思ったか、実際死にかけた事も何回もあったし、そのたびにキヌさんに救われて……。

 

「そ、そう、それは大変だったわね」

陽乃さんも美神さんのやり口を実際経験したのだから、想像に易かっただろう。

 

 

「じゃあ、訓練はじめますか、結界発動してっと」

陽乃さんは言霊と指で印を紡ぎながら、体育館に張り巡らせてある結界術式を発動させる。

体育館の内縁2mに沿うように長方形の結界が形成される。

 

「先ずは何をしようかしら、そう言えば八幡は体術もキレッキレよね。私の術を悉く避けるし、ちょっと組手して見ない?あっ、八幡は霊視禁止ね。それとも霊視でお姉さんのすべてを丸裸にしたい?」

 

「まあ、いいですよ」

 

「ちょっとは恥ずかしがってもいいのに。なんかおもしろくなーい」

俺は意識しないようにしてるんですよ。わざと。

そうしないと、女の人と、しかも陽乃さんとなんて、流石に組手とかできるわけがない。

 

「じゃあ、先ずはゆっくりめから」

俺は小竜姫様や横島師匠との組手を思い出し、構える。

 

「ふーん。じゃあお姉さんから行っちゃおうか」

そう言えば、陽乃さんの体術は殆ど見た事が無いな。

術式を雨霰のように次から次に飛ばしてくるから、体術なんて普段は使わなくていいのだろう。

 

陽乃さんは掌底気味の突きを繰り出してきた。

結構鋭い。

 

俺はそれを手の甲でわざと受けて捌く。

 

陽乃さんは一瞬体勢を崩したかのように見えたが、低い姿勢で足払いを仕掛けてくる。

 

俺はそれを半歩下がり避ける。

ゆっくりめと言ったのに、最初からこれか?

 

陽乃さんは次から次へと攻撃を仕掛けてくるが、俺は防御に徹し、避けるか捌いていく。

というかこれ、古武術だけの動きじゃないぞ。ムエタイ?やたらと足技が飛んでくるんだが?

 

陽乃さんは攻撃を仕掛けると同時に霊気を開放していき、基礎身体能力強化を行う。

 

これからが本番って事か。

俺も基礎身体能力強化を行う。

 

陽乃さんの攻撃の手数はますます増してくる。

去年の冬に妙神山の修行を受ける前だったら、体術だけでも完全に負けてたぞ。

この人、素でどんだけ強いんだよ。

 

10分ぐらいこの攻防が続いたところで、陽乃さんが飛びのく。

 

「………すべて防御されるか避けられるなんて、途中から全力だったのよ。これでも土御門の中じゃ体術で負けた事がないのよ」

 

「いや、防御で手一杯でしたよ」

 

「うそつき。……八幡、私の動きを目で追ってなかったし、無傷だし」

陽乃さんは珍しく頬を膨らませムッとしていた。

そう、これは妙神山の修行で、光も音もない世界での特訓の成果だ。

確かに反撃は出来た。だが、そうだとしても、陽乃さんの途絶える事のない猛攻の前では反撃の機会は少なかった。

それにこれは本来の陽乃さんのスタイルじゃない。

陽乃さんの本来のGSとしてのスタイルは、氷結を中心とした多彩な攻撃術式による殲滅だ。

先ほどの組手同様に、相手に息をさせる間もなく断続的に多彩な攻撃術式を放つ。

そこに超強力な式神が加わってくる。

それに陽乃さんは土御門だ。

結界術式や防御術式もかなりの物を持ってるはずだ。

 

今回のこれは、俺の体術がどんなものか試す意味もあったのかもしれない。

 

「まあ、色々と修行したんで、体術はそこそこには」

 

「去年のGS資格免許試験の時とは動きが段違い。冬休みと春休みの後に雰囲気が変わった感じがしたわ。妙神山の小竜姫様という神様の元で修行した成果?」

 

「妙神山を知ってるんですか?」

俺は一瞬驚いた。陽乃さんから妙神山と小竜姫様の名前が出て来るとは思わなかったからだ。

 

「やっぱり。…ふぅ、この夏季休暇に私も行くことになったのよ。師匠が取り次いでくれたらしいの。まさか本当の神様に手ほどきを受ける事が出来るなんてね。修行してあっという間に追いついてやるんだから」

陽乃さんは構えを解き、一息ついてから話してくれた。

そりゃそうか、陽乃さんは土御門家当主の土御門風夏さんの直弟子だもんな。土御門家なら、妙神山を知っててもおかしくないか。

 

「確かに、妙神山の修行はすごかったですね」

まあ、それよりも小竜姫様のインパクトと横島師匠と小竜姫様の関係の方がインパクトがデカかったけど。

 

「はぁ、久々に体術だけで疲れちゃったわ。全力よ。まったく」

 

この後、陽乃さんと1時間位、休憩室で座りながら術式の論議を行う。

陽乃さんの体力がある程度回復した後、実際に陽乃さんの遠距攻撃離術式と俺の防御術式で実際の攻防を行ってみたりと、論議を挟んでその逆を行ってみたりと、いつの間にか18時を回っていた。

 

「ふう、今日はこの辺にしましょ、私の方は結構へとへとなのに、八幡はまだ余力があるみたいね」

 

「まあ、体力と霊気保有量だけは高いですから」

 

「でも、有意義だったし、何より楽しかったわ。八幡とこうして、論議したり、組手したりって。土御門では伝統を重んじるから、思い切ったことが出来ないのよね。私も師匠に比べれば術式や結界術はまだまだだけど」

 

「俺も……その楽しかったです。こうやって論議することが滅多にないんで……勉強にもなるし」

自然と楽しかったという言葉が出た。

今迄は格上の人としか組手をしてこなかったし、術は教えてもらうか、見様見真似で会得するか、自分で書物で調べて特訓してきたが、こうして同じぐらいの実力の人と、がっつり論議したり、試したりという事は初めての体験だった。

 

「そう、八幡も楽しんでくれたんだ」

 

「まあ、そうです」

 

「よかった」

そう言った陽乃さんの笑顔に、俺は不覚にも一瞬ドキっとしてしまった。

 

 

シャワーを浴びた後、道中のレストランで食事をし、陽乃さんに自宅まで送って貰う。

「また、誘うわね。体術の組手しましょう。今度は妙神山の修行の後だから、八幡を参ったと先に言わせちゃうんだから」

 

「わかりました」

 

「あら?意外と素直ね」

 

「いえ、こういうのなら俺もまた、やってもいいかなと……」

 

「いい感じね。そんじゃ、またね。あっそうだ。今度からは・る・のって呼んでね」

陽乃さんはそのまま、俺を自宅前に降ろして、車で走り去って行った。

 




陽乃さんはどうやら攻め口を変えて来たようです。
八幡についても随分と分かってきたのかもしれません。


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(127)雪ノ下の研修

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


ストーリー的にあまり関係ないお話ですが、ここにいれておこうと。


 

7月2週目の期末テストが終わった翌日の土曜日。

 

「雪乃さん。先日連絡した通り、今晩、実際の除霊に立ち会ってもらうわ。現場の除霊の手続きを見ておいた方が、報告書作成や緊急時のGS協会への連絡の仕方も理解しやすいでしょう」

美神さんは所長席前に立つ雪ノ下にそう指示を出す。

美神さんの横に立つキヌさんは微笑み湛えていた。

 

「わ、わかりました」

雪ノ下は若干緊張気味に返事をする。

 

「まあ、そう緊張しなくていいわ。立ち会ってもらう案件は難易度も低いし、念のために貴方のガードにはタマモとシロがついてくれるわ」

 

「雪乃、安心していいわ」

「雪乃殿、シロに任せるでござる」

雪ノ下の後ろに控えていたタマモとシロが雪ノ下に声を掛ける。

 

「比企谷君、しっかり現場研修してあげなさい。あんたも一人前のBランクのゴーストスイーパーなのよ。いいわね」

 

「了解です」

俺も雪ノ下の後ろから、美神さんに向けて返事をする。

 

 

事務机で雪ノ下と事前打ち合わせを行い、依頼内容を読み上げる。

「今日の依頼はDランクだな。直接依頼分で、美神さんが依頼交渉を行った案件だ。報酬は1180万税別だ。場所はデジャブーランドって、得意先か。6月下旬からオープンしたプールブースの流れるプールで遊戯中に水中で来客の女性の水着が剥ぎ取られる事件が続発。剥ぎ取られた水着は何者かによって、翌日の朝にプールサイドに規則正しく並べられてるのが発見される。しかもすべて白いビキニだそうだ。盗難事件ともしがたいが、徐々に頻度が高まりここ数日は毎日被害が起こっている。防犯カメラ等の検証の結果、人の手によるものでは無いと判断と……」

なにこれ?デジャブーランドってこんなの多くないか?

ほぼ、変質者の類じゃねーか。

まさか、これ横島師匠の仕業じゃないだろうな。

 

「なるほど。この依頼内容をGS協会のガイドラインによる判断基準と照らし合わせ難易度Dランクと言う事なのね。これでGS協会に依頼内容ごとFAXかメールで送信と言うわけね」

雪ノ下がメモを取りながら、確認し頷いていた。

 

俺はそれに補足説明を足す。

「まあ、こちらでランク付けしないでGS協会に依頼内容をそのまま送っても問題ない。向こうで難易度のランク付けしてくれる。そっちの方が楽だ。それに美神令子除霊事務所の場合、全ランクの仕事が出来るため本来の意味はないが、規則は規則だ。緊急案件以外はこうして受けた依頼はGS協会に報告する義務がある。これはGSが自分の実力以上の依頼を受けないようにという目的があり、GSが国に認証された仕事を行っているという証明にもなる。もし何らかの不測の事態に陥っても対処できるようにバックアップするという目的もある」

 

「GS自身の保護と除霊現場周囲の保護、依頼者及び依頼案件の保護という名目ね」

雪ノ下は俺の説明にも頷く。

まあ、この辺の事は雪ノ下の事だから説明しなくても理解してるだろうが、一応形式的にな。

 

「あと、シロとタマモの除霊同行申請書も出しておくと、この二人は特殊な立場だ。協力者という立場なんだ。あまり一般的じゃない。一応曖昧には規約に乗ってるが、今はこの形で通してる」

シロとタマモは召喚獣や使い魔などとは全く違う扱いだ。飽くまでも人間に対しての協力者。人間と同等の立場でなくてはならないからだ。一応美神さんやオカルトGメンの保護下ではあるが……

 

「確かに表現が曖昧だったわ。協力者という項目だったわね」

流石は雪ノ下、そんな所もちゃんとチェック入れていたんだな。

 

俺は今度は美神令子除霊事務所としての内々の説明をする。

「依頼料1180万という事は、使える消耗品類と現地の物損は380万以内に抑えたいところだ。うちの事務所では大まかに依頼料の3分の1に消耗品類と物損を抑える事に暗黙の了解でそうなってる。……アレだ。美神さんの機嫌次第ってのもあるが、これだったら間違いなく美神さんが納得してくれるという割合だからだ。本来もっと使っても儲けは出るけどな……」

後半は小声で雪ノ下に説明した。

 

「……心に留めておくわ」

 

しかし、横島師匠が出張中で良かった。

プール案件とか、絶対暴走するパターンだ。

 

装備の準備にも雪ノ下は立ち合い、その後出発する。

俺一人だったら電車で行くのだろうが、4人居るし、タクシーで行くことにした。

 

デジャブーランドの従業員入口に到着する。

「デジャブーランドは得意先だし、年に何回か除霊を行ってる。こういう場所は霊やら妖怪は集まりやすいのは確かだが、ちょっと多いよな」

 

「確か、タマモさんと初めて会った時もそうだったわね」

去年の11月だったか、シロとタマモと雪ノ下と由比ヶ浜に小町と出かけたっけか。

 

「……先ずは従業員入口で、外来業者受付を済まし、担当者がいる場合は、担当者と打ち合わせだ。その際必ず、GS免許を見せる必要がある」

俺は雪ノ下に説明しながら従業員入口で受付書類を書いて、守衛の人に渡し、担当者の課長さんに取り次いでもらう。

 

担当者と待合室で打ち合わせに入る。

「美神令子除霊事務所の比企谷です。後の3人は同行者です」

俺はGS免許を開示しながら担当課長と挨拶をする。

それに習って、3人とも挨拶する。

 

「比企谷君また悪いね。シロくんとタマモくんも、えーっと君は新人さんかい?また若いね」

毎回この課長さんが担当してくれていた。

 

担当課長さんと改めて依頼内容の確認と被害状況、セキュリティや鍵等の打ち合わせをした後に、現場に向かう。

 

 

 

今は夜の9時だ。

 

俺は閉館し誰も居ない真っ暗なプールサイドに一人で立ち、俺から少し離れた場所で雪ノ下とシロとタマモが待機している。

 

そろそろか………

場の霊圧が少々上がり始める。

すると、どこからか何かを数える男の声がする。

『1枚…2枚…3枚………』

 

ぼうっと男のシルエットがその声の場所から浮き上がる。

まだ存在が弱いが悪霊だ。

 

だが、

『1枚…2枚…3枚……』

『1枚…2枚…3枚…4枚…』

『1枚…2枚…3枚…4枚…5枚……』

プールサイドのあちらこちらから、何かを数える声が聞こえだした。

 

なっ!?

存在は弱いが結構な数の悪霊だ。

なんだ?確かにこのプールに立った時、雑霊が結構集まってるとは感じていたが……悪霊は一体だけのだったはずだ。

 

いや、悪霊が外から次々とここに集まって来ている。

どういうことだ?

何時ものあの感じだと嫉妬悪霊か嫉妬妖怪が水着を盗んで、盗んだ水着をさらしていたと思っていたのだが……。

 

俺はシロとタマモにアイコンタクトを取り、プールサイドから一旦下がり、中の様子を伺う事にする。

シロとタマモが雪ノ下のガードについて来てくれてよかった。

 

 

物陰から悪霊が集まってるプールサイドを俺達は伺う。

どうやら、悪霊はもう来ないようだが、30体位集まってるな。

「比企谷君、どんな感じかしら?私にはよく見えないわ」

隣で同じく様子を伺ってる雪ノ下が俺に訪ねる。

 

「霊視ゴーグルを使ってみて見ろ」

 

「わかったわ……うっ…黒っぽい人影が集まってるわ」

雪ノ下は霊視ゴーグル越しにプールサイドを覗き見る。

ちょっとは怖がってはいるが、前みたいに怯えていないだけ随分とマシになった。

 

「ああ、悪霊には違いないが、存在が随分と弱い。悪霊になったばかりの集団ってところか」

 

「八幡殿、結構な数の悪霊が集まったでござるが大したことないでござる」

「数はいるけど、大したことないから、八幡が全部除霊しちゃったら」

「いや、集まった理由が分からない。何か原因になるものは感知出来なかった。ここで除霊してもまた集まって来る可能性がある。だからちょっと様子見だ」

シロとタマモの言う通り、全く問題ないレベルではあるが、プロとして、後の事も考える必要がある。

 

 

するとプールサイドでは……

『第一回、水着性悪女撲滅の集いのオフ会を始めます』

『パフパフ、ドンドン』

『先ずは、ディスティニーシーランドの霊さんから』

『はい、僕は許せなかった。あんな破廉恥な水着を着てる癖に、お高く留まって、僕を何度も何度もフルなんて!!そう!!僕は性悪女の水着を上半期に23枚剥ぎ取ってやりました!!』

『おお!!素晴らしい戦果です。次は豊島遊遊市民プールの霊さん!!』

『おう!親子で来てる癖に!人妻の癖にあんな破廉恥な水着を着て、俺を誘惑しやがって!挙句の果てには夫がいるからとか!それじゃそんな水着姿を人前でさらすんじゃねーーーー!!夫の前だけにしろや!!淫乱人妻女の水着を上半期、15枚剥ぎ取ってやったわ!!』

『ディスティニーシーランドの霊さんには及びませんでしたが、こちらも中々、次はこの場を提供してくれましたデジャブーランドの霊さん』

『ふむ。白のビキニ!昔は良かった。透ける素材が多かったのだ!だが今は昔の話!!素材が良くなり、透けるなんて事は無いのだ!!無念!!無念過ぎる!!この腹いせに我は33枚の白のビキニを剥ぎ取ってやったわ!!うわはっはーーー!!』

 

 

 

「比企谷君、悪霊たちは何やら会話をしてる様だけど、私には聞こえないわ。何て言ってるのかしら」

雪ノ下は霊視ゴーグルでその様子を見ながら、純粋に自らの疑問を俺に聞いてきた。

俺は何て応えればいいんだ?このバカげた会話をどう伝えたらいいんだ?

そもそもあいつらは悪霊の癖にオフ会って、しかもあいつらは都内のプールから集まって来たのか?こんなくだらない事で。

 

「……………」

俺は黙って奴らの元に歩いて行く。

 

 

『おおニューフェイス来た!!これはこれはその目、わかりますよ。ゾンビにまでなって無念を晴らそうそしてらっしゃるのですね。感服です。さて貴方はどこのプール、いや、あなたほどの方ならば、ビーチではないですか!!』

『おお、すげー生ゾンビだ。俺初めて見た』

『ゾンビ!ゾンビ!ゾンビ!』

『これでこの会も箔が付く!』

『では、ゾンビさんには存分に語ってもらいましょう!!これは期待が持てますよ!!』

ゾンビか……もうそれも慣れた。いちいち突っ込み気にもならない。

 

「…………悪霊退散」

俺はその悪霊共が集まる空間に10万の札を5枚飛ばし、悪霊退散用の術式結界形成、発動させ、悪霊共を一網打尽にし一気にダメージを与える。

 

『ぞ、ゾンビさん何を!?』

『うわーーっ、スケスケビキニーーー!!』

『ゾンビが裏切った!?』

 

「悪霊吸引」

術式結界でダメージを喰らった悪霊共32体を一気に吸引し、封印を施す。

 

 

そして、雪ノ下達の元に戻る。

「八幡殿、またゾンビに間違われたでござるか」

「八幡、そう言う事も有るわよ」

シロには不憫そうに、タマモには慰められる始末。

 

「どう言ったらいいのかしら。その、あなたも大変ね」

雪ノ下は俺から目をそらし、声を掛ける。

その微妙な言い回しやめてもらえませんか?そっちの方が傷つくんですが。

どうやら雪ノ下は、悪霊共の会話をシロかタマモに聞いていたようだ。

 

「……まあ、そうだな。これで仕事は終了だ」

 

 

雪ノ下はデジャブーランドから出た後、タクシーを待ってる間に質問をしてくる。

「比企谷君。報告書にはどう書いたらいいのかしら?」

 

「……そのまま書いたらいいんじゃないか?」

まあ、アレだ。俺をゾンビやら泥田坊だとかアザゼルとかに間違えて、勝手に消滅されるよりは、ずっとましだ。

あれこそ報告書にどう書いたらいいのかわからない。

一応今まで、GS協会向けには交渉術や言霊除霊術で退散と記載していた。

そうだろ、これしか書きようが無いだろ?

 

こうして雪ノ下の現場での実地研修は終わる。

 

今回の依頼で、雪ノ下が作成した報告書の総論には……

【当初に想定した悪霊の数よりも多数存在。原因は嫉妬による悪霊発生。各地に発生した嫉妬による悪霊が集い集団を形成する。集まった原因は当現場で発生した悪霊が力をつけ、同種の悪霊を呼び寄せたためと推測する。悪霊の数32体。結界術と封印術を使用し悪霊を封印に成功し依頼を完了する。当現場の物損等は皆無】

とあった。

 

流石にゾンビに間違わられたとかは書いてないか、まあ、書く意味がないよな。

今は、いつもより気を使ってくれる雪ノ下の心遣いが、痛い。

 





この章はこれで終わりです。
次章は何時もよりもシリアスです。


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【十三章】総武高校霊災編
(128)日常が非日常に落ちる日は……


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

新章です。
久々にシリアス展開でお送りいたします。



一学期最後の登校日。

平塚先生は教壇で夏季休暇の過ごし方についての注意事項の説明を終えると、よく通る声で、こうホームルームを締めくくった。

「高校最後の夏休みだ。だがそれと同時に諸君らは受験生でもある。各々悔いのないように過ごしたまえ、以上」

 

明日から夏休みだ。

受験生にとっては、学力向上の絶好の機会である。

得意科目を伸ばすもいい、苦手科目を克服するもいいだろう。

自分の志望校に合わせ、大いに勉学に励めるのだ。

また、多くの学生は塾の夏期講習に行きレベルアップを図るであろう。

 

まあ、俺はいつも通りなんだけどな。

今更、足掻いたところでどうにもならないだろうというのが俺の自論だ。

夏休みの時間の半分以上はGSの仕事や妙神山での修行に充ててる。

それに部活もちょっとだけだが、ボランティア合宿がある。

残りの時間で、家での勉強に充てるつもりでいる。

 

第一志望はキヌさんと同じ霊能学部がある公立大学を目指そうと思う。

但し、霊能学部か理数学系の学部かはまだ迷ってる。

第二志望は有名どころの私立大学の理数学部を目指すつもりだ。

実は模試の結果では第一志望の方が合格率が高い。

文系科目に比べ理数系科目が苦手だからだ。

随分と克服はしたが、やはりスタート地点から異なるため、この差は如何ともしがたい。

都立大学は受験科目は文系理数系満遍なくあるが、それに比べ私立の理数学部は受験科目が理数系に偏っているためだ。

 

何故苦手な理数系学部に行きたいかというと、霊能の基礎である術式や魔法式は一種の超高度な数式であり演算式であり、超自然科学でもある。

現存する一般的な術式や魔法式を使用するならば、魔法式や術式を丸暗記するだけでいい。

だが、それだと応用を利かす事は全く出来ない。

もし応用を利かし、どんな場所でもどんな場面でも使用できれば、その術式は同じ術式でも、数倍の利用価値が生まれる。

応用を利かせられる術者とそうでない術者では、その差は歴然と付くだろう。

さらにだ。超高度な術式となると、気温、湿度、気圧や光などを計算に含め術式を形成させないといけないものもある。

これが分かっていて、ゴーストスイーパーを将来生業にしようとしてる段階で、これらを見過ごし放置することが出来るわけが無い。

だから、理数系の知識の習得は必須だ。

それに、西条さんや魔鈴さんはイギリスの超有名大学の大学院出だ。

魔鈴さんについては、独自で魔法を復活させたり、編み出している。物理学に自然科学、化学と高度に習得し成しえた結果だ。

美神さんは大学は出てはいないが、独自で勉強し大学院生並みの知識を持ってるはずだ。

あの人は普段あんな感じだが、努力を重ねてここまで来た秀才だ。

だから、俺は高校に入ってから、必死に苦手な理数系を克服し、ある程度のレベルまで押し上げた。

 

 

 

「ヒッキー、この後体育館で全校の終業式だって」

「ああ、そうだな」

「あっ、そうだ。期末テストの順位表が昇降口前に張られてるんだった。先に見に行こうよ」

「別に部活前でもいいんじゃないか?」

「いいじゃん。気になるし、行こうよ!」

俺は由比ヶ浜に引っ張られ一緒に昇降口に向かう事に……。

 

 

俺はこの時はまだ何も知らなかった。

ここで、あんなことが起きるなんてな。

 

 

「ヒッキー、結構集まってるね」

「人が多いな。やっぱ放課後で良くないか?」

「ダーメ、せっかくここまで来たんだから、ほら」

由比ヶ浜は俺を引っ張りながら、掲示板の前に出来た人だかりの中に入る。

 

「よいしょっと、えーっと、総合1位はやっぱりゆきのんだ。ゆきのん凄いな、3位に隼人君か……あっ、ヒッキー9位だよ!すごいじゃん!」

おお、本当だな。初の一桁台か、地味にうれしいぞ。

 

「あたしはっと、……やったーっ!24位だ!30位内に入ったよ!ヒッキー!」

由比ヶ浜は嬉しさのあまりか俺に抱き着いてくる。

 

「ちょ、離れてくれませんかね」

「あっ、ご、ごめん」

由比ヶ浜はパッと俺を離す。

その、なんだ?由比ヶ浜はその色々と不味い……俺も一応男なんで。

 

「まあ、よく頑張ったな」

由比ヶ浜の去年の今頃の成績は確か300中盤だったよな。

かなり努力したもんな。

元々頭はいい奴なんだろう。一年時に遊び惚けて勉強してなかっただけで。

 

「えへへへっ、ヒッキー嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかな」

由比ヶ浜は照れ笑いをしながら俺を見上げていた。

……あっ、俺はつい由比ヶ浜の頭を撫でていた。

俺はパッと手を引っ込め、由比ヶ浜の目から視線を外す。

 

「す、すまなかった」

「お互い様だね」

……なんか周りの視線が痛い。

やばい、なに人だかりの中でリア充イベントをやってるんだ俺は!

 

「おっ、比企谷は9位か、やるね。由比ヶ浜が24位!?私より上!?」

川崎もこの順位表を見に来たのだろう。後ろから俺らを見つけ声を掛けたようだ。

しかし、この驚きようだ。そりゃそうだ。知ってる奴だったら誰だって驚くだろう。

 

「ちっ、ちっ、ちー、サキサキ、時代は進んでいるのだよ」

由比ヶ浜はワザとらしく演技かかった口調で何か言っていた。

 

「なんか敗北感が凄いんだけど、私は27位か、前回からあまり変わってないか、もうちょっと行けると思ったんだけど」

この時期は周りも勉強をしてるはずだ。順位が落ちてないのは川崎もしっかりと勉強してる証だ。

 

「せーんぱーーい。勉強おしえてくださーーーい!」

何故かいつの間にか、目の前に一色がいた。

しかも目をうるうると潤ませて、上目遣いで懇願して来る。

あざとい、あざとすぎる。

 

「俺は受験生だぞ、自分の事で精いっぱいだ。それにお前もそれ程成績悪くないだろ?」

 

「順位落ちちゃったんですよ~、生徒会が忙しくて。だって、先輩が生徒会長やれって言うからですよ。順位が落ちたのは先輩のせいなんですから、勉強見てくれる義務があると思うんですよ。責任取ってくださいね」

う…女子に責任取ってくれと言われると、何故か男の俺が悪い気がする。

 

「いろはちゃん。ヒッキーは忙しいからあたしとゆきのんで教えてあげるね」

「えーーっ、先輩がいいです~」

 

そんな時だ。俺のスマホが鳴る。

この着信音は美神さんだ。

この時間帯に珍しいな。

 

「ちょっとすまん」

俺はそう言って、人だかりから離れ、電話を取る。

 

「比企谷君、緊急事態よ!また同時霊災多発テロよ!既に東京で6か所!あの一連の霊災愉快犯の可能性が高いわ!そっちも気をつけなさい!そっちで何もなかったら、直ぐにこっちに向かいなさ………」

美神さんの声には緊張感が漂う。俺はその話の内容を聞きながら、この場に急激な違和感を感じた。

俺はスマホを耳に当て話を聞き続けながら、違和感の正体を探ろうと霊視で周囲を見渡す。

そして美神さんとの通話が突如途切れる……。

 

何だこれは!?

何かがこの学校の敷地を覆いだした?結界か!?

さっきまで何も感知しなかったぞ!どういうことだ?

 

俺は霊気を開放し霊視能力強化しながら、昇降口から外に出て、周囲を見渡す。

やはり結界だ!完全にこの学校の敷地全部を覆てる!しかもかなり強力な結界だ!

スマホの通話が切れた原因がこれだとすると、かなりやばいものだ!

外界と完全に遮断された!

 

やばい……確実にやばい事が起きてる!!

美神さんが同時霊災多発テロって言っていた!一連の霊災愉快犯だと!それの可能性が大だ!

絶対にこれはやばい!!俺の霊感もそう警鐘している!!

 

いや、しかしどうやってこんなとてつもない規模の結界が張れるんだ?

この規模の結界を張るには術式を張り巡らせないといけないはずだ!?

そんな物は敷地内には無いぞ!あったら俺がこの目で見えないはずが無い!

 

いや、今はそんな事を考えている暇はない!

 

この強力な結界は今の時点では破れない。

外に逃げる事は出来なくなった。

この後、何が起こるかも想像もつかない……

 

俺は直ぐに校内に戻り、昇降口にほど近い、職員室に駆け込んだ。

そこには平塚先生と教頭先生と幾人かの先生は体育館に行かずに、まだ残っていた。

「先生、緊急事態です。大規模霊災がこの学校で起こり始めてます。直ぐに全員、体育館に避難させてください!!急いでください!!」

俺はGS免許を掲げて、先生たちに向けて訴えかける。

結界のせいで外にも逃げる事も出来ず、何が起こるかもわからない状況では、生徒達を一つの場所に集めておいた方が良い。

前の霊災のように、魔獣が召喚されたとしても守りやすい。

 

ここにいる教職員は全員動きを止め俺の方を驚いた表情で見ていた。

「比企谷……本当なんだな……」

平塚先生は一早く俺の方に駆けつけこう聞いた。

 

「本当です。かなりやばそうです。急いで避難指示を!」

俺がそう言うと、平塚先生は教頭に顔を向けると……

教頭は青ざめた顔をしながら、頷き返していた。

 

「わかった……後はどうすればいい?」

 

「後の事は後で伝えますから、放送でも何でも避難指示を出してください!!」

 

「わかった、こっちは任せろ」

教頭が慌てて、残ってる各先生に指示を出し、職員室の校内放送を使おうとするが、慌ててうまく操作できないようだ。

平塚先生がそこに駆けつける。

 

俺は職員室を出て、掲示板の前の人だかりの一色を引っ張り出す。

「一色!!」

「先輩、急にどうしたんですか?」

俺は由比ヶ浜と言い合ってる一色を人込みから引っ張り出し、肩を掴む。

 

「いいか。良く聞け、ここの連中を引き連れて体育館に避難させてくれ……緊急事態だ。直ぐだ」

「せ、先輩……本気ですか?」

「そうだ……霊災だ。」

「わかりました」

俺は真剣な目で一色を見つめて話すと、その緊張感を感じてか一色は俺のこんな話を信じてくれた。

 

それと同時に、校内緊急放送が平塚先生の声で。

『生徒諸君、直ちに体育館に避難だ。霊災が発生した。これは訓練ではない。冷静に慌てずに速やかに避難したまえ!繰り替えす、これは訓練ではない!!』

 

「ヒッキー!?」

「比企谷……」

由比ヶ浜は心配そうな顔でこちらに駆け寄って来る。

川崎もその後に続いていた。

 

「やばい事になりそうだ。体育館に避難だ……川崎、体育館準備室の左から二番目の棚の下に色々と隠してる。これで封印が解ける」

俺は懐から取り出した札に言霊で解除の術式を紡ぎ、川崎に札を渡す。

 

「やばいのかい、わかったよ」

「ヒッキー……」

「由比ヶ浜も川崎を手伝ってくれ」

 

「皆さ―――ん!!霊災です!!体育館に速やかに避難してください!!」

一色は大声を上げ、ここに集まった生徒達に訴える。

 

 

幸い今から全校生徒の終業式だから、生徒の半分以上は既に体育館だろう。

俺は基礎身体能力強化を行いながら、昇降口から再び外へと出る。

 

やはり、この広大な総武高校の敷地全部を強力な結界が囲んでる。

術式は何処だ!これだけ大がかりな結界だ術式が校内に張り巡らせてないとおかしい!!そんなものが在れば俺が気がつかないはずが無い!!

しかも術者も見当たらない!どういうことだ!

なぜこの総武高校を狙った?こんな強力な大規模結界を張って何をするつもりだ?

一連の霊災愉快犯が犯人だとしても、今迄に無い大がかりだぞこれは!?社会の混乱をまき散らすだけの犯行か?

いやしかし、霊災を起こすだけだったらこんな大層な結界は必要ないはずだ!

目的はなんだ!?

 

焦るな、必ず何かあるはずだ。

俺は背中に冷たい物を感じながらも、心を落ち着かせようとする。

 

俺は部室のある別棟の屋上へ飛び上がり辺りを見渡す。

すると結界の全容が分かった。

 

六芒星の結界だと!?敷地外からの定点結界か!?

この規模でどうやってだ!?

 

普通の人では、結界自体が見えないだろう。

俺が今目にしてる結界は、総武高校を囲むように六芒星を象った分厚い障壁が、上空100mぐらいまで伸びている。

定点結界……要するに簡易結界の類だ。

点と点を結び術式の形にし、発動させる簡易結界術だ。

俺がよく札を使って発動させてるあれだ。

複数の札を使い、言霊で術式を込め発動させている。

 

こんな規模でこんな強力な物がその程度の物で形成できるなんて聞いた事が無い。

精霊石を使った簡易結界だとしても、強度は得られるかもしれないが、精々半径10メートル程度の物が出来ればいい方だ。

それでも時価1億円以上するクラスの精霊石が合計4つ以上は必要だ。

 

本来はこれ程の結界を張るには、地面や壁に術式を張り巡らせ、高価な霊具を何個も使ってやっと出来るものだ。

これ程の規模となるとおかしすぎる!

だが、学校の敷地内には術式の痕跡すらない。外側からこの結界を作り上げているとしか考えられない。あの六芒星を描く起点の場所に何か強力な術式か霊具が使われているのだろうが、俺の今迄の知識には全く記憶に無いものだ。

 

 

起点を潰せば何とかなるかもしれないが、この強力な結界の外だ。普通に考えれば中からの解除はほぼ無理だが、何とかするしかない。

俺は霊視を一点集中させ、6か所ある六芒星の結界の一つの起点を注視する。

なっ?起点は場所じゃない?トラックだ。トラック自体が起点となってる。

止まってるトラックに見た事が無い術式…いや魔法陣だ!……何だあの霊具は…魔道具か!?

他の起点もそうだ!中型のトラックが起点となってる。

しかもトラック自体にもご丁寧に結界を張りやがって……。

何故トラックに………移動式の大規模結界魔法陣かよ!!

こんな事が可能なのか…………!?

まさか!!この前の山梨よりの自然公園もこれを!?

 

だとすると……ここも!!

 

くそっ!!

嫌な予感しかしない……




久々にガチなシリアス展開です。
超久々な気がします。


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(129)非現実が現れる。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では、続きです。


一学期終業式前の移動時間に、掲示板に張られた期末テストの順位表を見に行くのだが、美神さんから東京で同時多発霊災テロが起こったと緊急連絡が来たのだ。

しかし、俺は急激な違和感をこの場で感じると共に、美神さんとの通話が途中で切れる。

それと同時に、総武高校全体を覆うほどの大規模結界が、外側から何者かによって張られたのだ。

その結界により完全に外界と遮断される。要するに総武高校ごと閉じ込められたのだ。

俺の霊感がヤバいと警鐘を鳴らし、平塚先生達や近くに居た一色に全生徒教職員体育館への緊急避難を訴える。

 

俺は現状を把握するために、屋上に飛び乗り、霊気を開放し霊視を最大限に行う。

するとこの六芒星を象った大規模結界は、高度な魔法陣と魔道具を搭載したトラック6台によって、生成されていたのだ。

そう、移動式の大規模結界だ。

 

俺はこの移動式の大規模結界からとある事件を瞬時に連想してしまった。

 

この前に西条さんと山梨よりの自然公園で起きた魔獣騒ぎだ。

営業時間外の夜間に公園内が荒らされたという事件だ

監視カメラやセキュリティに全く引っかからずに、営業開始前には公園が荒らされた跡だけだった。調査の結果、痕跡から複数の魔獣の仕業だと判明したが、魔獣の目撃者は誰もおらず、さらに、公園の外側周囲等には魔獣の痕跡が全くなかった。

まるで、魔獣が突然公園に現れ、そして姿を消したかのように。

……何かの術式の形跡だけは有ったが、それでは術式としては随分と不完全なものだった。

 

俺の頭の中ではこの事件と今総武高校で起こっている現象を重ね合わせていた。

 

もし、この移動式の大規模結界を公園周囲に設置して結界を張れば、外界とは遮断され、魔獣は公園内から出られないだろう。

そして、何らかの方法で、魔獣の召喚や帰還も出来るとすれば、いや、この大規模結界の魔法陣が、魔獣の召喚や帰還が可能であれば……。

自然公園で起きた不可思議な魔獣騒ぎが完成される。

 

俺は嫌な予感がしてならない。

もし、自然公園と同じであれば。

この結界内に魔獣が召喚される……。

 

根拠の薄い、たらればの想定でしかないが、俺の頭の中ではこの可能性が高いと訴えかけている。

 

 

俺は直ぐ様に、別棟の屋上から飛び降り、奉仕部の部室に外から窓を開けて入り、隠してあった装備が入ったリュックサックを取り出す。

 

万が一の備えのために、学校の様々な場所に装備やアイテムを潜ませていた。

部室と教室、大型の物は体育館準備室に……。

 

俺はベランダ伝いに飛び跳ねて、体育館に向かう。

既に校舎やグランドには人がいない事は霊視で確認した。

生徒教職員全員体育館に避難が完了したようだ。

意外と早かったな。

生徒達は丁度、終業式前で体育館への移動中だったのも幸いしたか……。

 

 

 

俺は校舎から体育館の屋根に飛び移り、体育館の裏側に降りる。

すると、体育館の準備室から出入りできる非常口から川崎と由比ヶ浜が顔を出していた。

「比企谷!」

「ヒッキーっ!」

 

俺は扉から体育館準備室に入ると、そこには雪ノ下と平塚先生もいた。

平塚先生が俺に訪ねる。

「比企谷、状況はどうなってる。携帯が全く繋がらない」

「……この学校は外と完全に閉ざされました。今はまだそれだけですが……今後どうなるかわかりません。何かあった時の為に体育館の外側から囲む結界を発動させます。体育館の中にいれば大丈夫です。体育館のカーテンを全部閉じてください。カーテンの無い窓はマットか何かで代用してください。生徒達には外を覗かせないようにお願いします」

「……わかった………」

俺は平塚先生にこうは言ったが、体育館が絶対安全という事ではない。本当に何が起きるかわからない。ただ結界を張っただけで終わりだったらありがたい。結界を張った何者かの目的のために、生徒達を人質にしたとか、何かに対しての警鐘や戒めのために、という理由ならわからなくもない。だがそれにしては大がかり過ぎる……。

俺は何かが起きるという想定の元に動かないといけない。一か所に生徒達を集めることによって、何かあった時にこの人数をまとめて守りやすいし、対策が打ちやすくなるからだ。

だからといって体育館が決して安全という事はない。一番ましだと言う事だけだ。

だが、先生には大丈夫だと言うしかない。先生もそれは分かってくれてるからこの返事なのだろう。

 

 

「比企谷君……」

「雪ノ下と川崎には、通信札を渡しておく、使い方は分かるな」

不安そうな顔をする雪ノ下と、多少眉をひそめてる川崎に、部室に隠していた通信札を渡す。

外部と電波までもが遮断されてる現状では、通信手段はこれしかない。

それに雪ノ下と川崎なら、何かあった時の指示などをいち早く理解し、行動に移してくれるだろう。

 

「ええ」

「もちろん。それと、封印してたものを出しておいたよ」

雪ノ下は通信札を川崎の分も受け取り、川崎はそう言って、大きなスポーツバック二つを俺の前に置く。

俺はスポーツバックを開け、各種アイテムを取り出す。

 

「助かる川崎、この準備室の2階に屋根の上に登れる非常用ハッチがある。そこ以外を全部封印する。道具が足りなくなったらそこから受け渡してくれ。雪ノ下、破魔札などの各種札が用意してある。まあ、俺の自前だから安い物しかないけどな。もし何かあった時は、川崎と協力して準備してくれ」

道具の準備とかなら川崎の方が慣れてる。

唐巣神父の実質のサポートパートナーのような感じだからな。

 

「うん」

「わかったわ」

 

「ヒッキー、私は……」

「川崎と雪ノ下のフォローを頼む」

「うん、わかった」

 

直ぐに必要なアイテムをリュックサックにつめ、ホルダーベルトとベストに各種札を収納し、体に装着する。

体育館の方から、先生たちや一色が生徒達に指示する声が聞こえる。

今はまだパニックにはなってないな。

だが、もし事が起こったら……どうなるだろう。

 

今は考えるな。

今ここには俺しかいない。

美神さん達は東京の霊災に奔走してる。

横島師匠は例の如く海外出張だ。

この強力な結界のせいで、外からは中の様子は一見変わったように見えないはずだ。

誰もこの異常事態に気が付かないだろう。

 

俺が何とかするしかないんだ!

 

「後は頼んだ」

俺はそう言って準備室の非常口から出て行く。

 

 

……準備室に入る前とは外の空気感が違う。

場の霊圧が高くなってる。

急がないと。

 

俺は体育館の周りに霊灰を撒きながら、一周し、その間に体育館の扉にはすべて封印の札を張り付けていった。

 

俺は万が一の場合を想定して、学校の至る場所に術式を埋め込んでいた。

勿論自宅にもな。

京都で茨木童子、千葉駅前で同時多発霊災、バレンタインで一色がこの学校で呪いに襲われた。

いつ何時、何が起きるかわからない。

この学校には、俺に気軽に声をかけてくれる奴、慕ってくれる奴、妹の小町も居る。

そんな場所に備えをしないわけが無い。

 

そしてこの体育館も何かあった場合の避難場所と想定していた。

体育館の外壁の四方の壁の一部には透明な防水ペンキで防御術式を描いている。

霊灰を撒き終わったところで、親指を噛み切り血で濡らし、防水ペイントで書いた術式の中心部に押し当て言霊を紡ぐ。

「結界!」

 

体育館を囲むように円柱状の防御結界が完成した。

 

だが、学校の敷地全体を外から結界で覆うとは予想外もいい所だ。

俺は霊視でこの学校を囲む結界を忌々し気に睨む。

 

 

体育館の屋根の上に飛び乗り、周囲を警戒する。

 

更に場の霊圧が上がり禍々しい霊気が漂う……どこかで感じたことが……

!?あの某私立大学での空間の歪みから漏れ出た霊気か……横島師匠は瘴気と呼んでいたが……ま、まさか!?

 

禍々しい霊気が校舎や体育館から離れたグラウンド端にある野球のバックネットの前辺りに集まりだし、そして霧のような物が現れる……いや、霧じゃない。なんだ!?

 

俺はさらに霊視で注視すると……。

瞬く間に空間が歪みだし、歪んだ空間の中心部に縦に3メートル程の亀裂が入った。

 

やばい、やばい!

俺は急ぎ、体育館の屋根から空間の亀裂に向かって飛び出し、札を投げ飛ばしその場を封印しようとしたが……。

封印札は亀裂から発生する霊圧に吹き飛ばされ、俺も霊圧に押され前に進むことが出来なかった。

 

そして、その空間の亀裂が真ん中からぱっくりと開く。

 

 

空間が裂けた!!

 

 

俺は一瞬のその様相を茫然と眺めてしまっていた。

空間の歪みから亀裂が入り、空間が裂けた。これが異界の門という奴なのか?

 

ぱっくりと開いた裂け目から獣のようなうめき声が聞こえ、俺は意識を戻す事が出来た。

その空間のぱっくりと開いた裂け目から、体長3メートルはあろうかという緑色筋骨隆々の豚面人型の獣魔が現れる。

オークだ!

先月若手能力テストバトルロイヤルで安田が封印筒から召喚させた同じ魔獣だ!

 

それも次から次へと一体ずつ姿を現す。

 

 

俺はグランドの中央まで飛びのき、一度下がる。

 

あの空間の裂け目、間違いない、異界の門だ!!

文献や魔鈴さんに教えて貰った通りだ!

しかも中からオークが現れただと!?

 

 

異界の門とオーク……

今までの事件が全て繋がっているということなのか!?

一連の事件は全て霊災愉快犯が起こしたものという事か!

俺は背中に冷たい物を感じる。

 

 

……落ち着け八幡、まだだ、まだ大丈夫だ。

 

 

俺は自分に冷静になる様に言い聞かせながら、霊気を更に開放し、体中に巡らせ、基礎身体能力を強化する。

背負ってるリュックサックから霊体ボウガンを取り出し、起爆符の破魔札を撒いた銀の矢を装着させる。

 

異界の門から現れたオーク5体が俺を視認したのと同時に突進してくる。

先ずは目の前のこいつ等を如何にかしないとな。

 

霊体ボウガンに霊力を込め、左端のオーク目掛けて銀の矢を発射。

銀の矢はオークの額に突き刺さり、そして銀の矢に巻いてあった破魔札が爆発し、頭が吹き飛ぶ。

先ずは1体目。

 

オークの急所は頭だ。正確には脳だ。脳を破壊すればあの高い再生能力も発揮できなくなり、確実に死に至る。

 

俺は銀の矢を再び霊体ボウガンに装着し、今度は右端のオークの額に狙いを定め発射し、命中させ頭を吹き飛ばす。

これで2体目。

 

残りの3体が俺の眼前にまで迫りくる。

 

霊体ボウガンをリュックサックに素早く仕舞い込み。

右手に神通棍、左手に破魔札を手に持ち換え、右へ大きくステップし、オークの突進を避ける。

そして大きくジャンプし、突進で過ぎ去ったオークの1体の肩に後ろから飛び乗り、脳天に神通棍を突き立て霊力を放電させ、オークの頭の内部まで霊力を注ぎ込み脳を破壊する。

……3体目。

 

残りの2体のオークは踵を返し、俺目掛けてこん棒を振り降ろしてくる。

俺は今しがた倒したオークを踏み台にし、上空に高く飛び上がり、こん棒を避けつつ宙返りをし、1体のオークに破魔札を頭に投げつける。

破魔札を頭に受けたオークは爆発で大いに怯るむ。

その隙に残りの1体のオークの頭上に、空中で回転しながら神通棍による一撃を加え霊力放電による頭の内部破壊を行い、一回転し地面に着地。

そして、先ほど破魔札の爆発で怯んだオークの豚ッ鼻の穴に神通棍を下から突き刺し、霊力放電による攻撃で脳を破壊し倒した。

4体、5体目だ。

 

 

ふう、オークは攻撃力は強いが、動きが単純で遅いから分かりやすい。

霊視空間把握能力や霊視空間結界を使わなくとも、これぐらいならまだ何とかなる。

それに、なるべく霊気を温存したい。

 

俺は再び、異界の門へ視線を向ける。

既に異界の門の空間の裂け目の前には、7体のオークが出現していた。

幸いにも、この異界の門の裂け目の大きさからだと、1体づつしか出てこれないのだろう。

 

異界の門とは魔界と呼ばれる悪魔の世界とをつなぐ門だと記述にあった。

オーク以外の魔獣も現れる可能性がある。

だが、目の前にはオークしか見当たらない。

他の魔獣は出てこれないのか?

それともこれから出てくるのか?

 

異界の門には制限時間は有るのか無いのか?

どれだけの魔獣が出て来るのか?

オークだけでも厄介だが、同時に空を飛ぶ魔獣が現れれば、厄介極まりない。

それに悪魔、いや魔族なんてものが出てくれば、もはや絶望的だ。

 

本来異界の門自体、禁忌魔術だと魔鈴さんが言っていた。

しかも、ランク高い悪魔や魔獣程、より大規模な魔術式が必須であると、それこそ多くの優れた術者が必要で、生贄まで必要になる事もあると。

この異界の門はどれくらいの規模の物なのだろうか?

Cランクのオークが通れるほどであれば、そこそこなのだろうが、まだその程度であってほしい。

 

そもそも、ここに出現した異界の門は一つだけなのか?

いや、俺の霊視能力と気配察知では、この異様な禍々しい霊気を漂わせてる場所は、今の所ここだけだと。ここ以外には他に魔獣の気配もない。

 

こうしてる間にも、異界の門を通ってオークは数を増やし続ける。

オークの集団は30体位が基本だとは文献に載っていたが……。

中世にヨーロッパで暴れて猛威を振るったオークの集団は其れこそ500体以上の集団を形成していたと有った。

そりゃ、街一個潰れるだろう。

 

30体で打ち止めであってほしい。

 

いや、希望的観測で物を考えるな、オークは無尽蔵に出てくる可能性がある。

だったら、大元の異界の門を如何にかするしかない。

 

俺は再び霊体ボウガンを油断なく構え、オーク共と異界の門を見据える。

 




総武高校ピンチです。
ゴーストスイーパーの八幡は心を決めて、一人で挑む。

なぜ総武高校が狙われたのか、とかまだまだ謎に包まれてる部分はあります。
それは今後の展開されて行くでしょう。


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(130)異界の門とオーク

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は繋ぎ回って感じです。


グラウンドの端にある野球のバックネットの前に、異界の門が開きオークがその空間の裂け目から次から次へと現れる。

 

最初に現れた5体は倒したものの、今も俺の目の前では異界の門から一体づつオークが現れ続けている。

異界の門からどれだけのオークが現れるのか見当もつかない。オークだけじゃない、他の魔獣も現れるかもしれない。悪魔や最悪、魔族なんてものが現れたのなら絶望的だ。

 

 

その前に、あの異界の門を如何にかしなくては……

 

俺は異界の門と現れた10体のオークを見据え、霊体ボウガンを構える。

 

しかし、根本的な問題がある。

異界の門を止める方法は全くわからない。

以前、某私立大学で異界の門の出来損ないの空間の割れ目には、鏡を使った複雑で高度な術式が直ぐ近くに存在していた。

だが、今目の前にある異界の門を形成するために必要で有るはずの術式は俺の霊視でも感知範囲には見当たらない。

恐らくは、この学校を囲う巨大な六芒星結界と同じく、遠距離から何らかの方法を使ってこの場所に形成してるのだろう。

それに、オークが現れ続ける現状下で悠長に調べる時間など無い。

 

異界の門自体はどうにもならないが、異界の門を囲い込むように結界を張り、オーク共の出現を阻止できないものだろうか。

異界の門は魔界とこっち側の世界をつなぐトンネルのような物だと魔鈴さんは言っていた。そのトンネルの出口である空間の裂け目ギリギリに壁のような分厚い結界を張れば、オークも出ようにも出られないだろう。

オークの出現さえ抑えられれば、とりあえずの脅威は収める事が出来る。

 

それにまだオークは10体程度だ。今だったら一気にオーク共を片付けて、結界を張る事が出来る。

 

一気に行く。

俺は霊体ボウガンを構え、1体に狙いを定め、遠距離から射貫く。

爆破の破魔札を巻いた銀の矢はオークの額に突き刺さり、頭を吹き飛ばす。

 

その様子に気が付いたオーク共は、俺を見つけこっちに向かってくる。

俺は霊体ボウガンに銀の矢を装填し、2体、3体と狙い撃ち、オーク共の頭部を破壊する。

残り7体。

 

俺は既に、オーク共が向かってくる進路上の地面に5枚の札を投げ置いていた。

「結界!」

向かってくるオークが5枚の札の間に踏み入れた瞬間に結界を発動させる。

札による簡易結界、五芒星結界術式によって残りの7体のうち5体のオークを結界に閉じ込める事に成功する。

五芒星結界術式が完成しオークを閉じ込めると同時に、オーク共を閉じ込めた結界に向かって素早く走り込む。

俺は言霊に印を乗せ、五芒星結界術式に攻撃退魔術式を追加させ、閉じ込めたオークに対悪魔、魔獣用の攻撃術を仕掛けた。

5体のオークは結界術式の中で全身から煙を上げ激しく苦しむ。

しばらくすれば事切れるだろう。

残りは2体。

 

俺は直ぐに結界術式から飛びのく。

残りの2体のオークが俺に向かってこん棒を振り下ろしてきたのだ。

オークのこん棒は空を切り、地面を叩く。

俺は着地と同時に2体のオークの後ろに素早く回り込み、地面を蹴って飛び上がる。

右手に持ち替えた神通棍で2体のオーク頭部を続けざまに打ち付け、霊力放電により頭部の内部を破壊する。

これで10体だ。

 

俺はさらに加速して、一気に結界へと迫ろうとするが、既に2体のオークが異界の門から出現していた。

霊力放電をさせた神通棍を奥の1体のオークの頭部に投げつけ、手前のもう1体のオークを左手に展開させた霊波刀で、頭部をすれ違いざまに切り落とす。

 

異界の門に到達し、空間の割れ目からでようとするオークも霊波刀で切り捨てながら、空いた右手で札を5枚を異界の門の周囲に投げおく。

「結界!」

五芒星結界術式を発動させ、異界の門縦3メートル横2.5メートル程の裂け目ギリギリに結界を発現させた。

 

よし、上手くいった。

 

俺はさらに結界を強化させようと、結界周囲の地面に術式陣を書こうと霊灰を取り出そうとしたが、今張ったばかりの五芒星結界術式の結界が突如として崩壊した。

 

なっ!?

なぜ!?

俺は結界廻りを霊視で注視する。

 

そう言う事か!異界の門の周りの空間が歪んでる影響で、札の配置が五芒星の五角形の星の形に維持できずに結界が解けてしまっていた。

そう簡単に上手く行かないってことか……。

 

空間の歪みが邪魔で、異界の門ギリギリに結界を張る事が出来ないぞ。

どうする?

いや、空間が歪んでる範囲ごと大きく結界を張ってしまえばいい、多少オークが出てこようが、Cランクのオークが暴れても破れない程の強度の高い結界を張れば問題ない。

 

ただ、今の俺の装備では、広範囲かつ強度がそれなりに高い結界を簡易に張る事は出来ない。

事務所の装備だったら可能だが、俺個人の持ち物では札にしろ、霊具にしろ、安価で効果が低い物しかない。

 

……いや、あれだったら何とかなるかもしれない。

何れにしろ一度、体育館に装備を取りに戻る必要がある。

体育館に戻ったその間にもオークは異界の門から次から次にと現れるだろう。

現れたオークを一体一体倒していくのも手だが、どれぐらいの数が現れるのかも予想がつかない。それこそ100体以上、いや無尽蔵に現れるかもしれない。

何れにしろ、どこかでじり貧になる。

それに、何者かの仕掛けがこの異界の門だけであるという保証はどこにもない。

他の罠や仕掛けがあったとしてもおかしくない。

霊力や体力が残ってる間に、早めに異界の門を何とかする方が良いだろう。

 

俺は体育館へ戻る事に決める。

戻りながら、通信札で川崎に、呪縛ロープと赤いスポーツバックと銀の矢起爆符の破魔札を巻いて用意してくれるように頼む。

体育館の屋上にジャンプし、屋上の非常用ハッチの前に膝を突くと、ちょうど非常用ハッチが開き、川崎が頭を出す。

「何かあったのかい?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

「呪縛ロープと赤いスポーツバッグは持ってきたよ。銀の矢は今用意してるからちょっとだけ待って」

「助かる」

川崎は10m巻きの呪縛ロープと赤いスポーツバッグを俺に渡し、ハッチから頭を下げ戻って行った。

 

次に由比ヶ浜が非常用ハッチから頭を出す。

「ヒッキー、大丈夫?飲み物はい」

 

「ありがとな。皆の様子はどうだ?」

 

「うん。みんな落ち着いてるよ」

 

「そうか……」

まだ、大丈夫だな。

オークの叫び声や爆破の音まではまだ体育館の中までは届いてないか。

運動場のバックネット付近と体育館は大分と離れてるからな。

ただ、体育館近くまで迫られるとそうはいかないだろう。

 

俺は赤いスポーツバッグから、札を取り出す。

これは俺が最近自作した札だ。文献を見て見様見真似で作ってみた試作品もいい所の物だが、ちゃんと効果があれば、そこそこ大きさの結界が張れる。

更に、自作の土石結界と風陣結界起動術式が練り込まれた札の束も取り出す。

A4の和紙に術式を施し、札状に織り込んだものだ。24枚で一つの術式となる。

これも試作段階のもので、平面的な術式しか施していないため、こんな数になる。

紙で出来た破魔札などは、特殊な和紙を織り込んで出来ている。

高価な札は、織り込みにより術式が重なり合い、立体的な術式構造をとっていたりするが、今の俺じゃ、そんな高度な事は出来ない。

俺が出来るのは平面で書いた術式を小分けして、関連付けさせ巨大な術式に落とし込むこと程度だ。それもうまく起動できるかはやってみないと分からない。

だが、異界の門を広範囲に囲むように結界を張れるとすれば、今はこの自作の試作品を使うしかない。

 

仮にうまく結界が発動して異界の門を囲ったとしても、耐久性や持続性等の問題もあるかもしれないが、それは後で考えるしかない。

 

由比ヶ浜が下がり、今度は雪ノ下が非常用ハッチから頭を出す。

「破魔札を巻いた銀の矢、18本で全部よ」

 

「助かる」

俺は雪ノ下から、体育シューズを入れるようなポーチを受け取り、そこから破魔札を巻いた銀の矢を取り出し、リュックサックにしまい込む。

 

「何かあったのね」

「ああ、まだ大丈夫だ」

「……無理はしないでと言っても、貴方は………」

「……爆破やうめき声なんてものが聞こえたとしても、何とか生徒達を落ち着かせてくれるように先生に言っておいてくれ」

「………わかったわ。でも………」

雪ノ下は心配そうな顔を俺に向ける。

 

「そんじゃ、行ってくる」

霊具の補充を済ませた俺は、雪ノ下にそう言って、体育館の屋上から運動場へと急ぐ。

俺の霊視や気配察知では、異界の門から現れたオーク共は俺が体育館に装備を整えている間、あまり移動せずに異界の門がある運動場のバックネット付近に留まっているようだ。

 

体育館の屋上の端に立ち、運動場の様子を見渡し目で確認する。

霊視や気配通り、異界の門から、それ程離れていない場所で屯していた。

30体近くはいるな。

ちょっと骨が折れるが何とかなるだろう。

 

それにオーク共は何かに従って動いているようには見えない。

統率が取れていないようだ。

さっきの様子を見るに、目に入った人間の俺を襲ってくるだけの様だった。

そういえば、オークの群れを統率するのはその上位種のハイ・オークだと文献に書いてあったな。30体の群れに対し1体のハイ・オークが統率するともあった。

そのハイ・オークが居ないから、統率が取れないのかもしれないな。

それとだ。ハイ・オークがここに現れないという事は、あの異界の門の大きさでは、Bランク相当のハイ・オークは魔界とやらから通ってこれないという事なのかもしれない。

流石にハイ・オークが多量に現れればやばかったな。

 

ちょっと待てよ。

………あのオーク共、何をやってる?

俺は屯するオーク共を注視する。

 

っ!?

俺はとんでもない光景を目の当たりにする。

……仲間の死骸を食ってやがる!

俺が倒したオークの死骸をだ。

悪食とはよく言ったものだ。

そこにある生命を根こそぎ食ってしまい、襲われた町は死体すら残らないと文献あったが同族の死骸もか……。

 

 

 

そのうちの1体のオークが雄たけびを上げると同時に、体が二回り程大きく変化した。

ハイ・オークに進化したのか!?

 

その体が二回り程大きく変化したオークからは、この前戦った安田の成れの果てと同じ力を感じる。

間違いないハイ・オークだ。

 

くそっ!

現れたオークがハイ・オークに進化するなんてな。

予想外もいい所だ。

早く決着をつけないと、不利になる一方だ。

 

俺は意を決して、体育館からグラウンドへ飛び降り、オーク共に突っ込んでいく。

 





次回から、話が動きます


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(131)総武高校での攻防

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

いよいよ話が動いてまいりました。
今迄の伏線が漸く、ちょっとづつ回収できそうです。



俺は体育館の屋上からグランドへ飛び降り、バックネット付近の異界の門からグラウンドの中頃で屯するオーク30体の集団に突っ込む。

 

走りながら霊体ボウガンを構え、オーク共の集団25m程手前から、破魔札を巻いた銀の矢を放ち1体のオークの額に突き刺し、頭を吹き飛ばす。

 

少々横移動しながら素早く霊体ボウガンに銀の矢をセットし、狙いを定め再発射、1体オークの頭を吹き飛ばす。

そして更にもう1体と………

これで、オーク共は俺に気がつき、襲い掛かってるだろうと思っていたのだが……

 

先ほどまでまとまりが無かったオークの集団は、仲間の死骸を食ってハイ・オークとなった個体が叫び声をあげると、密集し集団を形成しだしたのだ。

 

その密集した集団は粗末ながら陣形らしきものを形成し、オーク共はこん棒を振り上げ構える。

更にそのこん棒を顔正面にもっていき縦に構えだす。頭を隠すかのように……。

 

俺は霊体ボウガンに銀の矢をセットし構えながら、その様子を見据える。

その構えは明らかな霊体ボウガン対策だ。

 

厄介だな。

さっきまで動きがバラバラだったから、楽にオーク共を倒す事が出来たが……

知能がある魔獣と文献にあったが、こういう事か。

上位種であるハイ・オークは相当知能が高い様だ。

こうもオーク集団をまとめるとはな。

こん棒を縦に構えて頭を隠す霊体ボウガン対策もそうだ。

オーク共は再生能力が非常に高い。脳さえ潰れなければ再生していくのだ。

元々はとある魔神が生み出した魔獣兵だったというしな。

戦闘慣れしているようだしな。

そう言う生き物なのだろう。

俺を唯の人間と認識して舐めてくれればいいものの、陣形を整えるとはな。

強敵だとでも思われたか?

 

 

そうこうしてる内に、オークが異界の門から次々と現れ、さらに集団の数が増えていく。

 

 

 

だが、まだやり様はある。

 

幸いにもここは俺のホームグラウンドだ。

好き勝手にやらせるかよ。

 

 

オーク共は、ハイ・オークの指示を受け、今度は俺に襲い掛かって来る。

5体の小集団を4つ作り、左右2隊に分けて、襲い掛かって来たのだ。

挟み撃ちか……いや、残りのオークもゆっくりと前進してくる。

三方向からの攻撃だ。

俺を逃がさないようにし、動きを封じる作戦か。

 

俺は少々後ろに飛びのきながら、霊気を開放し、俺の周囲10mに霊気の層を形成させ、俺の霊気で満たす。

霊視空間結界……

俺の周囲10m内を霊気を満たすことによって、その範囲内でリアルタイムで精密霊視が可能となる。

要するにこの範囲内の事象を把握し、相手の動き精密霊視レベルで読み取り、先読みが出来る。

今年の春休みの妙神山の修行で、さらに有効範囲の拡張や霊気の省エネ化など各種パワーアップしている。

 

 

そして、左右から20体のオークが俺にこん棒を振るったり素手で掴みかかったり、又はその体格を生かして突撃をして来るが、俺はそれを先読みして悉くひらりひらりと避ける。

俺の霊視空間結界内では、オーク共が次にどんな攻撃をして来るのか目を瞑っていたとしても全て把握できる。

オークの動きはそれほど早くないため、最小限の動きだけで避ける事が可能だ。

更に、全面からゆっくり迫って来るオークも含め、最大32体のオークの攻撃をかわし続ける。

 

俺はオーク共の攻撃を悉くかわしながら、少しづつ後退していた。

 

俺は言霊を紡ぎ出す。

少々長い詠唱だが、ゆっくりとな。

 

今だ!

俺は一気に後ろに飛びのき……

 

「風来招雷陣!」

締めの言霊を発する。

 

すると俺の目の前で、電撃を纏った直径14メートル程の竜巻が巻き起こり32体のオーク共を巻き込む。

 

5秒ほどで竜巻は消え、32体のオーク共の半分以上は感電により絶命し地面に転がり、3分の1程度は直撃は避けたようだが、ダメージを食らい瀕死状態だ。

動ける3体は俺に必死に襲い掛かってきたが、俺は冷静に対処し、1体は霊体ボウガンで、2体は霊波刀で額を突き刺して倒す。

 

瀕死のオークは神通棍の霊力放電で止めを刺していく。

 

 

風来招雷陣……

この学校の至る所に結界陣や攻撃術式などの霊的トラップを仕掛けてある。

その中でも、攻撃に特化した最大級の術式がこれだ。

設置条件は厳しいがここにはそれが全部そろっている。

このグラウンドには丁度左右対称の物が離れた場所に対面に設置されている……それはサッカーゴールだ。これを風神、雷神に見立てて術式を形成させたのが今回の風来招雷陣だ。

総武高校のグラウンドは奥側が野球、体育館側手前はサッカーが出来る程の広さがある。

サッカーに至っては、野球側を使えばサッカーコートが同時に2面出来る。

しかし普段は、この体育館側の面をサッカーコートとしてサッカー部が使用してるため、サッカーゴールは何時もこの定位置に置いてあるのだ。

 

俺はそのサッカーゴールに例の如く、透明ペイントで術式陣を仕込んでいたのだ。結構大変だったがやってやれんことは無かった。さらにサッカーコートには、正確にラインが引かれ、中心部はご丁寧に円が描かれている。半径7メートルのセンターサークルだ。

そのセンターサークルは丁度サッカーゴールとサッカーゴールが向かい合う中心にある。

それを利用しない手はなかった。

サッカーコートのラインは消される事は有ったが、中心のセンターサークルだけは消えない仕様だった。

その円と左右対称に置かれたサッカーゴールのお陰で、風神雷神に見立てた結構大がかりな術式を仕込むことが出来たのだ。

そして、オーク共を円の周辺に誘き出し、一網打尽に出来たというわけだ。

餓鬼やインプ程度だったら即消滅の威力だが、流石は耐久力があるオークだ。

消滅には至らなかったが、ほぼ全滅に近い効果をもたらす事ができた。

出来れば死体も消滅させたかったんだがな、また食われてハイ・オークになられたら厄介だ。

 

俺は瀕死のオーク共に追い打ちをかけながら、残りのオーク共を見据える。

残りはハイ・オークと新たに現れたオーク共6体ほどか……

 

ハイ・オークは俺から距離を取るかのように下がりだす。

 

 

そうはさせるかよ。

 

そんな時だ。

通信札から雪ノ下の声が届く。

声のトーンがさっきよりも低い。

『比企谷君……』

それよりも、何か後ろで変な音が聞こえてくるんだが。

パパチッパパチッパパチッピュッピュッピュッって、まるでガン〇ムのホワ〇トベースの警報音みたいな奴だ。

 

「なんだ?なんかうるさくて良く聞こえないんだが」

 

『由比ヶ浜さんの時計が急にこんな音が鳴り始めて、カウントダウンしだして、後7分とか……一色さんが爆弾ではないかと言うものだから、由比ヶ浜さんが慌てふためいて』

 

「はぁ?そんな事の為に通信してきたのか?今戦闘中だ。後にしてくれ……」

どうせ、ドクターが由比ヶ浜の時計を無断で改造したんだろう。

それに爆弾なわけが無いだろ?ドクターが由比ヶ浜を害するような物を作るわけが無い。

いや、害する意図は無くても、はた迷惑な結果を残すのがドクターか。

……ドクターか…ドクター・カオス……そんで由比ヶ浜の腕時計を勝手に改造し、なぞのカウントダウンか………

もしや……いや、あり得る。

俺は由比ヶ浜を孫のように扱うドクター・カオスの顔を思い出していたのだが、そんな思考を一気にかき消す様な言葉を雪ノ下から聞く。

 

『そうじゃないわ。……落ち着いて聞いて、小町さんがいないの』

 

「……小町がなんだって?」

雪ノ下が何を言っているのか一瞬わからなかった。いや、聞き間違いだと思った。

 

『比企谷君。担任の先生が点呼したのだけど、小町さんだけが体育館にいないのよ』

 

「そんなはずは……。俺は小町と朝はいつも通り一緒に学校までチャリで登校した……」

俺は訴えかけるように話す雪ノ下の言葉を理解し、体育館に顔を向け霊視と気配察知を行い、小町の存在を確認しようとする。

 

『ホームルームにはいつもと変わらず出ていたようなのだけど……』

雪ノ下は言葉を続ける。

 

「………」

俺はそんな雪ノ下の声を半分以上聞こえてなかった。

霊視で確認したが体育館には小町がいない……。

俺が小町の気配や霊気を間違えるはずが無い……間違いなく小町は体育館にいない。

どういうことだ?

 

『クラスメイトが避難勧告前に、小町さんが校門の外に慌てて出て行く姿を見たと言っているわ』

 

「そ、そうか。だったら大丈夫じゃないか?雪ノ下、焦らせるなよ」

俺はホッと息を吐き、雪ノ下にこう言ってやった。

そうだ。この結界が張られる前に、小町が学校の外に出ていれば、巻き込まれる事は無いだろう。

 

「それならいいのだけど……」

雪ノ下は不安そうに言い淀んでいた。

 

大丈夫だ。きっと小町は大丈夫だろう。

結界の外にいるのだからと、俺自身に言い聞かせる。

だが、俺も雪ノ下同様に得も言われぬ不安感に襲われていた。

小町は何故、校門の外に出て行ったのか?

小町に限って勝手に学校を抜け出す様な真似はしないはずだ……。

 

 

いや、今は考えるな。

小町はきっと外で無事だ。

 

今は目の前の事に集中しろ。

あと少しで終わる。

あのハイ・オークと残り少なくなったオークを倒して、異界の門に広範囲結界を張るだけだ。

 

 

だが、急に通信札に激しいノイズがかかり、雪ノ下との通信が遮断され、別の声が入って来る。

聞いたことが無い男の声だ。

 

『やあ、初めましてかな?こうやって話すのは初めてだから初めましてだろうね。このほどBランクに昇格した比企谷八幡君』

 

誰だ?

雪ノ下との通信札とは明らかに遮断された形跡がある。

俺の霊視では雪ノ下の近くには由比ヶ浜と川崎、それに一色と平塚先生が体育館準備室にいるだけだ。

川崎に渡した通信札とも異なる。

 

割り込んできたのか?

そもそも、そんな事が可能なのか?

 

「あんたは誰だ?」

俺がGSでBランクに昇格したことを知ってるという事は、GS協会会員の誰かか?

外からの救援か?

いや、この状況でどうやって?

そもそもこのとんでもない結界の外から通信が可能なのか?

俺は自然と警戒し、通信してきた男に名前を聞く。

 

 

『僕かい。僕の事はどうでもいいんだけど。ちょっと君にお願いがあってさ、そのオーク達を倒さないでくれないかな』

声の主は平然とこんな事を言って来やがった。

……こいつは敵だ。この結界を形成し異界の門の形成にかかわった奴だ。

それともこの結界やら異界の門の首謀者本人か?もしかすると霊災愉快犯の首謀者の可能性もある。

 

「あんたがこの結界やら異界の門を仕掛けた首謀者か?……!?」

俺は異界の門まで下がったハイ・オークとオーク達を見据えながら、総武高校全体に意識を飛ばす。

いや………、学校の校門に誰か居やがる。こいつの可能性が高いな。一人じゃない……二人……しかも、片方は!?

「……おい、お前がどうして俺の妹を連れてる」

俺は自然と声のトーンが低くなる。

 

『君、凄いね。そこからじゃ僕らが見えるわけが無いのにね。僕はこの結界内の事は凡そ把握できるけど……君はどうやったのかな?ああ、君は霊視が得意だったっけ』

『………お、お兄ちゃん…』

その男はおどけた風にそう言って、ワザと俺に小町の声を聞かせた。

 

「そんな事をきいてねーよ。どうしてお前が俺の妹を連れてるんだと聞いてるんだ!」

そいつと小町はゆっくりとした足取りで、校門からグラウンドへと歩んで来るのが霊視と気配察知で見えている。

 

『おお怖いね。君、そんな声も出せるんだ。聡い君ならもう分かってるんだろう?人質だよ。君に対しての一応のつもりだったのに、こんなあっさりカードを切るとは思っても見なかったよ。ああ、一応言っておくよ。君は今からオークや異界の門にはちょっかい掛けない事、ちょっとでも抵抗したらこの子どうにかなっちゃうよ。そうだね。オークの餌にしちゃおうかな?』

俺は一瞬その言葉を聞いて、怒りで頭が沸騰しそうになる。

 

冷静になれ八幡。

確かに小町はこいつの手中だが、今は無事だ。霊視では怪我とかも無さそうだ。

精神操作なども受けてない。まだ、大丈夫だ。

それで、こいつが今回の首謀者か首謀者の一人で間違いないだろう。

よりによって小町を人質に取りやがって!

 

「どうやって、小町を連れ出した」

 

『簡単な事だよ。霊能なんて使わなくても普通にね。お母さんが職場で大けがして入院したって、僕はお母さんの会社の同僚だと言ってね。学校とお兄さんには伝えたから、今車を外に用意してると言ったら、急いできてくれたよ。ほんと助かった。素直でいい子だね小町ちゃんは』

 

「……お前の目的は何だ………」

小町を人質に初めから取るつもりだったという事は、俺狙いか?

怨恨か?いや、俺は人に恨まれるような事は……知らず知らずという事もある。

勝手に向こうが勘違いしてという線もあるかもしれない。

そうだったとしても、俺を陥れる為に、学校の連中まで巻き込んだという事か?

いや、もっと考えろ。冷静に……冷静にだ。

俺一人を陥れる為に、こんな大それた結界や異界の門が必要か?

俺に怨恨があるとしても、ここまでの物は必要ないだろう。

こんな結界や異界の門を形成でき、小町まで簡単に人質にとれるような奴だ。

もっとやり様があるはずだ。

 

『さーね』

そいつはとぼけた風に応える。

丁度、校門方面からグラウンドに下がる階段の上側にジーパンにパーカー姿の線の細そうな男と制服姿の小町が現れたのが見えた。

小町は後ろ手を何かで縛られてるようだ。

小町の顔は強張っているようだが、取り乱したり絶望してるようには見えない。

霊視でも小町の精神状態は下降しているが、折れてはいない。

 

俺の今居るグラウンドの体育館側から、小町までは直線距離で120mってところか。

この距離ではどうにもならないか……。

何とか奪還しないとな。

 

『僕が見えたかい?』

そいつは俺にこっちに体を向け、手を振ってアピールして来る。

俺は男の方を霊視と直接視認し、ある事に気が付いた。

さっきから気にはなっていたが、この気配と霊気の感じ、それにこの声……

こいつがそうだったのか!

 

「お前は……若手テストバトルロイヤルで俺とハイ・オークとの戦いに居合わせた……稲葉義雄……」

そう、こいつは俺がハイ・オークと化した安田と戦ってる最中、ハイ・オークの突撃進路上に突然現れて、慌てふためいていた奴だった。

オカルトGメンの調べでも白と出ていたが、俺は何か引っかかって調べた。

稲葉義雄23歳DランクGS。安田と同じ世代のGSだったが、特に安田との接点は無かったはずだ。GS特性は防衛型だった。

調べた資料からはオカルトGメンの見解と同じで特に何も出なかったし、経歴も平々凡々だった。

 

『あちゃー、失敗したな。あの時だよね。僕の事調べちゃった?まいっか。そうれっ』

稲葉は通信札越しにそう言って、何やら懐から取り出すと、ハイ・オークが4体程現れた。

封印筒にオークだと!?

 

『君に一応紹介しておくね。左から事務所の先輩の青木さん、平田さん、水野さん、井上さん』

稲葉は楽し気にハイ・オーク共を指さし日本人の苗字で紹介して行く。

 

「……お前、まさか!?………」

俺は奴の戯言を聞いて嫌な予感がする。

 

『そうだよ。安田君同様、ハイ・オークになって貰いました。凄いよね。Dランクだった先輩方が、Bランクの魔獣になるなんてね。安田君が暴走してくれたお陰で色々と検証がすすんでね。そのおかげで先輩達もご覧のとおりさ』

稲葉は今も俺に楽し気にそんな事を語り掛けてくる。

 

「…………自然公園のあれはお前の仕業か」

 

『あちゃー、それもバレちゃった?あそこで色々実験やっててさ。先輩方もあそこでハイ・オークになって貰いました』

 

「お前、自分が何をやってるのか分かってるのか?」

こいつはとんでもないサイコ野郎だ。

楽し気にこんな事を言ってのける。

 

『何言ってるの?分かってるから、やってるんじゃん。この結果は相当凄いよ。それにさっきからお前お前って、僕は年上でGSとしても先輩だよ。敬称ぐらい付けたらどうだい。稲葉さんってね』

こいつは、ちょっと不満そうにこんな事を言ってくる。

 

「……大人しく投降しろ。今なら死人は出てないし、その4人の先輩とやらも元に戻れるかも知れない」

無駄そうだが、時間稼ぎに説得を試みる。

時間を稼いで、小町の奪還とこいつを捕まえる方法を考えないとな。

 

『投降しろって、何処にだい?誰に?誰に投降すればいいの?』

 

「お前をオカルトGメンに引き渡す」

 

『オカルトGメン?あの嘘つきの組織に!?冗談じゃない!!僕らに投降するのはオカGや協会の連中と日本政府のほうだ!!僕らを騙し、偽りの平和を等々と騙るあの連中こそ悪だ!!僕はその悪を正すためにこうしてる!!僕らにひれ伏し懺悔するのはあいつらの方だ!!』

稲葉は急に豹変し怒鳴り散らしてきた。

 

「こんな結界を張って学校の生徒を巻き込み、禁忌魔術の異界の門まで生成しておいて、何を言ってやがる」

 

『そうか……君は知らないんだ。かわいそうに。この世が偽りで出来てるって事を……あいつらは3年半前のあの大戦争をひた隠しにし、偽った事を……』

稲葉の怒りは収まり、静かにそう語った。

 

「何を言ってる?」

 

『知らない君には罪は無いよ……』

 

「どうでもいい。大人しく投降して、異界の門を閉じ、結界を解除しろ!小町と今すぐ生徒達を開放しろ!」

 

『ダーメだよ。まだ実験が完了してないんだし、君が邪魔するから大幅に遅れちゃってるんだけどね……まさか、君がここまで強いなんて想定外だよ。Bランクに昇格なんて、あの汚いGS協会やオカGが身内の君にえこ贔屓していたんだと思ってたのに、あの時だってハイ・オーク1体に手間取ってた感じだったのに、まさかあの時は手を抜いてたの?今の君を見ればBランクどころか、Aランクと名乗ってもおかしく無さそうだね。君は本物だよ。どうだい僕達の仲間にならないかい?』

 

「人の妹を人質にとっておいて何言ってるんだ?」

 

『そうだよ。僕には妹ちゃんがいるんだよ。今は僕がイニシアティブをとってるんだ。君が僕に投降して、仲間になるって悪魔契約してくれたら、妹ちゃんの小町ちゃんは開放してあげるよ。ああっと、因みに僕を傷つけない事だね。僕が意識を失うとここの結界が解けちゃうんだ。でも、異界の門はそのままだし、オーク達は街にも行っちゃうかもね。ほら、君と話してる間に、オークは80体位に増えちゃったよ。このオーク共を一気に殲滅できるかい?まあ、僕も痛いのは嫌だし、僕の実験は失敗しちゃうからそんな事はさせないんだけどね』

俺は異界の門の方をちらりと見やると、オークの数は確かに80体ほどに増えていた。

しかも、さっき俺が倒した32体のオークの死骸も既に無い。オーク共が喰らったのだろう。80体の中に二回り程体が大きい奴が5体…ハイ・オークも5体に増えているしな。

だが、オークの群れは、俺に襲ってくる気配はない。

それどころか、大人しくし陣形を整えていた。

稲葉はオークを操るすべを持っているのかもしれない。

それに、奴の周りには元人間のGSだったハイ・オーク4体が奴と小町の周りに大人しく控えているしな。

……それにかなり用意周到な奴だ。

そりゃそうか、あの一連の霊災愉快犯の仲間か首謀者かもしれないからな。

何れにしろ、今のままじゃ、手も足も出ない。

今は時間を稼いで、この状況を打破する方策を考えろ。

 

「言う事を聞けば……生徒達も開放してくれるのか」

 

『それはダメだよ。実験にならないじゃん。だから君の対価は妹ちゃんだけだよ』

 

「どういうことだ?」

 

稲葉は薄ら笑いを浮かべ、こう答えた。

『あー、さっきは言わないって言ったけど、せっかくだから教えてあげるね。僕の目的はね。ここの総武高校の生徒を使って、実験する事なんだ。オークが人間を何人喰らったらハイ・オークに進化するのかってね』

 




まだまだ、伏線の回収は続きます。


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(132)人質

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きです。


稲葉は俺にこんな事を通信札越しに言う。

『あー、さっきは言わないって言ったけど、せっかくだから教えてあげるね。僕の目的はね。ここの総武高校の生徒を使って、実験する事なんだ。オークが人間を何人喰らったらハイ・オークに進化するのかってね』

生徒達をオークに食わすだと!?

なんて奴だ!イカレてやがる!!

 

落ち着け、冷静に…冷静にだ。

いや、きっとそれ以外にも何かある。

オークに人間を食わせるためだけであれば、わざわざここじゃなくていいはずだ。

もっと、人目が付かず、人が多い場所はいくらでもある。

 

「なぜ、そんな事をする?」

 

『はぁ、オークって群れれば群れる程強くなるのは知ってるよね。でもさ、この異界の門じゃ、オークが関の山で、ハイ・オークやオーク・ジェネラルのような上位種は魔界から呼べないんだよね。召喚術でもハイ・オーク1体召喚するのも大変だし、だったらオークを多量にこっちの世界呼んで、こっちで上位種になればいいじゃんって事、今は進化でもハイ・オーク程度だけど、オーク・ジェネラルやオーク・ロードなんてものに進化出来る日が来るかもしれないじゃん。そのための実証実験さ。その実験に命が使われるんだ。名誉な事だよ』

 

「………そんなもののために、何人の命を犠牲にするのか?」

 

『そんなもの?たかが1200人程度の人間さ』

 

「ふざけるな!」

総武高校全校生徒、教職員合わせて1200人強だ。それをたかがだと!

 

「はぁ、そんなに目くじら立てるような人数かな?3年半前の大戦では何人死んだか君は知ってるかい?』

 

「3年半前の大戦?3年半前の世界同時多発大霊災の事を言ってるのか?それならば、日本ではほとんど亡くなってないはずだ」

 

『真実は日本全人口の4%の500万人だよ。世界では8%の4億人が死んだのさ』

 

「何を言ってるんだ?世界中でも1000人も犠牲が出ていないぞ」

妄想癖でもあるのか?そんな話どこから持ってきた?日本で500万もの人間が亡くなれば、影響は今も続いてるはずだぞ。その話の齟齬をどう考えてるんだ?

精神的な病なのだろう。現実と妄想の境目があやふやになってるのかもしれない。

聞く価値もないが、今は少しでも時間を稼ぐためにもこの話に乗っておいたほうがいい。

 

『君は可哀そうだ。そう言う風に記憶の改ざんを受けてるのだから仕方がないかな』

 

「おかしな話だ。あんたの話だと全世界の人間全員が改ざんを受けてると言う事だぞ」

そんな事は誰が考えたって不可能だ。

 

『僕にも詳しくは分からないけど、そう言うことになるね』

辻褄が合わない場面は分からないという、自分の都合のいいように解釈してるようだな。

やはり、相当精神的に病んでる様だ。

 

「そもそも、何故総武高校なんだ」

 

『まあ、感傷的な問題かな、3年半前の大戦時に妹がここ総武高校に通っててね。妹だけが死んだんだ。ズルいじゃないか。しかも真実は消され、誰も妹の事なんて気にかけない。そんな事が無かったかのように今もこの総武高校の連中はのうのうと過ごしてるなんて!なんで僕の妹だけが死ななきゃならなかったんだ!なぜなんだ!応えてみろよ。比企谷八幡!!』

 

「何を言ってるんだ?」

こいつ、本格的に頭がおかしいようだ。

こいつの経歴を調べたが、妹なんていないぞ。

こいつには母親とは幼い時に離婚し別れ、父親しか身内がいないはずだ。

分かれた母親の方の再婚相手の子供の事か?

そもそも総武高校だけでなく、千葉県全体でも3年半前の大霊災で死亡例なんて無い。

 

『……君も僕と同じ目に遭わせてやろうか?』

稲葉はそう言うと、稲葉を取り巻く4体のハイ・オークのうちの1体が小町を掴み上げる。

小町の表情が苦悶と恐怖に歪んでいた。

「やめろ!!」

 

『ふっ、そうだよね。大切な妹が殺されちゃうのは辛いよね。でもね。僕の妹は死んだどころか、最初から居なかった事にされたのさ!』

『いやーーーっ!おにいちゃーーん!!』

稲葉がそう叫ぶと、小町を掴み上げたオークは、小町を口元に持って行く。

稲葉の奴はワザと小町の叫び声を通信札を通じて俺に聞かせる。

 

「やめろーーーっ!!」

 

『随分、いい声出すじゃないか、比企谷八幡。さあ選べ、悪魔契約を行い総武校の生徒達を見捨て妹を助けるか、このままオーク共に総武高の生徒達共々一緒になぶり殺しにされるか。もうオークは200体を越えてるね』

 

「………」

どうする……このままじゃ小町が……。

何か打開策は無いか?

冷静に慣れ……冷静にだ。

近づければ小町を奪還できる……何とか近づければ……。

 

『うーん、黙っちゃったね。そうだ、考える時間くらい上げよう。その前に余興だ。こんだけのオークを呼び寄せたのは初めてだからね。出来ちゃうかもね。君に歴史的瞬間に立ち会わせてあげよう』

そう言って稲葉は指をパチンと鳴らし、霊具か魔道具らしきもに、何やら話しかけていた。

 

すると異界の門から現れ、グラウンドのバックネット周辺に集まっていた200体程オークや進化したハイ・オークが、一斉に同士討ちを始めたのだ。

 

「何をしてるんだ!?」

 

『うーん。実に壮観だね。君はそこを動かない事だね。巻き込まれたくないだろ。それと一応言っておくよ。この隙に僕を討とうと思わない事だ。妹ちゃんが食べられたくなかったらね』

 

「……まさか!?」

まさか、同士討ちをさせ、仲間を喰らい、強制的にオークを進化させるつもりか?

蟲毒の呪法のつもりか?

それに強制的に同士討ちをさせるなんて可能なのか?

稲葉が話しかけていたあの霊具か魔道具がオークを操る道具なのか?

確かに、魔獣を操る霊具は存在するし、魔道具も存在するかもしれないが、CランクのオークやBランクのハイ・オークを同士討ちさせる程の強制力があるとは……。

そんなとんでもない物を稲葉はどこで手に入れた?

 

『察しがいいね。君が思ってる事は多分正解だよ。オークの進化は楽でいいよね。こうやって仲間同士で喰いあっても出来るんだから』

オーク共が同士討ちをし、互いを食い合ってる姿を見てる稲葉の楽し気な声が、俺の耳にも入ってくる。

 

「………」

暫くすると、凄惨な同士討ちと共喰いが終わりを告げ、一体の巨大なオークが現れ、辺り一帯の空気を震わせる程の雄たけびを上げる。

5mはあるのだろうか、ハイ・オークを更に二回り大きくし、牙が4本……。

禍々しい気を感じる。

その霊気や雰囲気からAランク以上の力を感じる。

 

『うーん少し残念。オーク・ジェネラルってところかな、これだけのオーク達を生贄にしてもオーク・ロードには至らなかったようだね。まあ、予想はしてたけど』

 

「くっ……」

状況はどんどん悪くなっていく。

オーク・ジェネラルが誕生した後でも、異界の門からオーク共が次々と現れる。

下手をすると、ハイ・オークやオーク・ジェネラルを無尽蔵に進化させることが可能だ。

 

『どうだい、僕の余興は?楽しんでくれたかい?』

 

「………」

優越感に浸っているような稲葉の声が通信札を通して、聞こえてくる。

いや、まだだ。

 

『さあ、どうする?僕と悪魔契約をするかい?』

 

「……ああ」

俺はそう返事したが、諦めていない。

そう、時間稼ぎだ。

確かに、時間がかかればかかるほど、状況は悪化する。

だが、俺は一つ見落としていたことがある。

俺はこの状況を打破する方策を考えるために、今一度、総武高校を覆う結界が張られ、異界の門が出現し、オークが次々と現れる今迄の経緯を思い起こしていた。

その時間は十分にあった。

見落としてた事があった事に気が付く。

いや、冷静のつもりでいたが、俺は今の現状しか見ていなかった。

そう、この総武高校での現状しかな。

最初からその事に気が付くべきだった。

そして今俺がやるべきことは、時間を稼ぎながら小町を奪還することに集中すればいい。

 

『くくくくっ、そりゃそうだよね。学校の連中よりも家族の方が大切だよね。賢明な判断だよ!』

 

「………」

 

「早速だけど、悪魔契約の本契約はこの場で出来ないけど、仮契約はしてもらおうかな』

そう言って、稲葉は懐から黒ずんだ紙を取り出す。

悪魔契約と言ったなこいつ、本物の悪魔と俺を契約させるつもりか……。

俺がこいつに逆らえないようにな。

ということは、こいつもその悪魔と何らかの悪魔契約を結んでいる可能性が非常に高い。

 

「契約はしてやる!小町を離せ!」

 

『先に仮契約をしてくれないと嫌だよ。それとも悪魔契約は怖いかい?一応今のGS協会では禁止されてるけど、昔は結構あったみたいだよ?』

俺は既に美神令子という悪魔より極悪な存在と契約社員という契約を結んでいるがな。

悪魔の契約よりもよっぽど恐ろしいぞ。

 

「………」

こいつは後で絶対後悔させてやる。

 

『まあ、この悪魔の仮契約書を君の血で書いてもらわないといけないから、うーん。君はそこの朝礼台の所まで来てくれるかな。神通棍や札を全部そこに置いて、うーん。上着も全部脱いで、パンツ一丁になって貰おうかな?君はオールラウンダーだし、師匠の美神令子に似て厄介だからね。だけど霊具が無かったらその力は半減以下でしょ、君が嘘ついて反撃してこないとも限らないしね。悪魔の仮契約書はハイ・オークの平田さんに持って行ってもらおうかな。おーっと、通信札は持って行ってよね』

 

「わかった」

俺をかなり警戒してるようだが……随分と小町に近づくことが出来る。

グラウンドの中央付近の朝礼台から、小町まで40~50mってところか……

 

俺は奴の要求通り、霊具や札をその場に置き、服を脱ぐ。

そして、ゆっくりと朝礼台に向かって歩く。

………もう少しだ。

 

俺はパンツ一丁のまま朝礼台に到着する。

平田と呼ばれたハイ・オークも丁度俺の目の前に到達し、朝礼台の上に黒ずんだ契約書を置いて戻って行く。

更に異界の門から出現したオークや、先ほど誕生したオーク・ジェネラルが遠巻きに俺を囲む。

「ついたぞ、小町を離せ!」

 

『くくくくっ、いい恰好だね。ダメだよ。仮契約書を書いてからだよ』

 

「俺が契約書を書いたからと言って、お前が小町を離す保証はないだろ!」

俺はそう言いながら、稲葉と小町の方へ少し足を進ませる。

 

『おーっと、それ以上近づいたら、妹ちゃんを食べさせちゃうよ』

俺はその声で歩みを止める。

 

「俺が悪魔契約を結んだあとに小町も殺されるなら、俺は今玉砕覚悟でお前ののど元を食いちぎってやる」

俺は思いっきり稲葉を睨みつける。

まだ、小町まで遠い。

それに……まだか?もう7分以上たってるぞ!?

 

『おお、怖い怖い。ふー、君はいい仲間かサンプルになるからね。……まあ、いっか。ちょっと君に近づけさせてやるよ。君が契約書を書いたと同時にその場で離してあげるよ。もし、僕が裏切って妹ちゃんを殺そうとしても、君だったら届くかもね?くくくくくくっ』

こいつ……小町を開放する気は最初からないという事か。

俺は仮契約を交わした瞬間、たぶんこいつに逆らえなくなる。逆らおうとすると激痛が走るとかの、呪いの類に掛かるだろう。

最悪、こいつは俺が仮契約をした後に目の前でオークに小町を食らわすつもりかもしれない……。

後で覚えてろよ!

 

『さあ、僕は妥協したんだ。書きたまえ!』

小町を掴み上げてるオークは俺の方へ歩み20m程手前で止まる。

 

小町が恐怖で涙してる顔が見える。

「う……ううう…お…にい…ちゃん」

もう少しだ。

もう少し我慢してくれ小町。

 

この距離なら、俺単独でも行ける。

 

やるか………

 

 

俺は契約書を書くふりをして、霊気を放出し霊力を極限まで高める。

 

 

霊視空間結界改……

 

 

ダーク・アンド・ダーククラウド!!

 




ふう、後もう少し……


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(133)反撃の時

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。



小町がオークに掴まれたまま、俺の20m手前に連れて来られる。

小町の顔は恐怖の涙で濡れているのがはっきりと見える。

「……う…ううう…おにい…ちゃん」

 

横島師匠なら……、いや俺がもっと強ければ、小町にこんな怖い思いをさせずに済んだはずだ。

自分の不甲斐なさに拳を力いっぱい握り込み、爪が皮膚に食い込み血がにじみ出るのを感じる。

「大丈夫だ小町……」

 

俺は奥でハイ・オーク3体を従える稲葉を一瞥し、手元にある黒ずんだ契約書を見やる。

悪魔契約書………ケルト文字か……何の悪魔だ?……いや、悪魔の真名が記されるべき場所が空白だ。

どういうことだ?これでは不完全だ。

奴は仮契約と言っていたが……

そんな事は後回しだ。

俺はこの仮の悪魔契約にサインするつもりなどさらさらない。

俺が心が折れてこの仮の悪魔契約書に俺のサインをしてしまえば、奴の思うつぼだ。

俺は奴に逆らえなくなり、その場でジ・エンドだ。

 

俺は小町を助ける。

学校の連中にも手を出させない。

正義感からじゃない。

俺もこの学校に大切なものが出来てしまったからな、雪ノ下や由比ヶ浜はもちろん、一色や川崎、俺と関わった連中が今迄通り学校生活を送るには、何一つかけてもダメだ。

 

俺は少々欲張りになったのかもな。

昔の俺であれば、何かを得るには、何かを犠牲にしなくちゃならないてなことを普通に考えていたからな。

これは美神さんや横島師匠の影響かもな。

 

 

 

 

俺の周囲凡そ30mには遠巻きにオークが100体強、そしてその中に、ひと際大きな個体のAランク相当のオーク・ジェネラルが控えている。

オーク・ジェネラル1体でも相当厄介な相手だ。

それに50m先の稲葉の周りにはハイ・オークが3体。

小町を掴んだハイ・オークが俺の前、凡そ20m。

こいつ等は稲葉の先輩GSだった元人間だ。

何とか殺さずに無効化しなくちゃならない……いや、そうも言ってられる状況ではない事は分かっている。分かっているが……。

美神さんに躊躇するなと叱られた事が今更ながら頭をよぎる。

その時は覚悟を決めるしかない……か。

俺に出来るのか?……いや、小町や皆を守るには……。

さらに、オークは今も異界の門から次から次へと現れている。

そして、稲葉自身は何仕出かすかわからない。稲葉自身からは強い霊力を感じないが、オークを操るすべを持ち、こんな大それたことを仕出かしたんだ。俺の見た事もない魔道具や封印筒を持っているようだしな。

まだ、奥の手を隠しているかもしれない。

もしかしたら、オークやそれ以外の魔獣を封印した封印筒をまだ手元に持っているかもしれない。

 

小町は捕まったまま、体育館の生徒達を守らなければならない。

普通に考えれば、BランクGSになりたての俺じゃ歯が立たないシチュエーションだ。

 

確率は低いかもしれないが、まだ、やり様はある。

 

そして俺はある期待をしている。いや、ほぼ確実視していることがある。

きっと、この場に助けが来ると……

 

先ずは小町の奪還だ……。

 

人質としてオークに掴みあげられているが、幸いにも小町は俺の20m前にいる。

そこは俺の間合いなんだよ。

小町は返してもらうぞ。

 

俺は悪魔契約書を書くふりをして、霊気を開放し、霊力を最大限まで高める。

 

 

霊視空間結界改………

通常は霊視空間結界の間合いは15mが限度だ。

だが、瞬間的に25mまで広げる事が可能だ。

その代わり、多量の霊力を消費するがな。

 

 

そして……俺は心の中で叫ぶ。

【内なる魂の叫びを顕現せよ!ダーク・アンド・ダーククラウド!!】

 

 

俺は霊視空間結界を最大出力範囲25mに一瞬だけ拡張し、俺の内なる存在であるシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドを顕現させる。

真っ黒な雲のような物がハイ・オークに掴まれた小町を一瞬で包む。

次の瞬間、俺の背後にオークに掴まれていた小町を包み込んだ真っ黒な雲、俺のシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドが現れる。

 

「妹は返してもらったぞ」

 

俺のシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドは、俺の霊視空間結界内でのみ発現する限定的なシャドウだが、特性として、触れたものの時間を遅らせる事が出来る。

さらに俺の霊視空間結界内では、自由に出現できる。

要するにだ。限定的だが霊視空間結界内では瞬間移動の真似事が出来る。

ダーク・アンド・ダーククラウドが包み込める質量の物なら、一緒にこんな感じで瞬間移動が可能なのだ。

春の妙神山の修行でさらに特性が増えている。

 

『なっ!?……』

稲葉は遠目でもわかる間の抜けた驚き顔をさらしていた。

 

「お…お兄ちゃん………?」

ダーク・アンド・ダーククラウドに包まれたままの小町も同様で、涙でぬれた目で俺を不思議そうに見上げていた。

 

俺はそっと小町の頭を撫でる。

「もう大丈夫だ。小町」

 

『な、何をやった!!なんだそれは!!そんなのは僕は知らない!!』

通信札越しにもわかるぞ。その驚き様は……

 

「俺の奥の手だな……奥の手は最後まで隠しておくもんだ。あんたが最初かもな、これをさらしたのは」

俺は小町を抱き寄せてから、ダーク・アンド・ダーククラウドを人型の黒い霧か雲状の影のような姿に変えてあえて見せる。

 

『だましたな!この僕を!もろとも死んじゃいな!!……なっ!?なぜ発動しない!?』

稲葉の奴は、小町に魔法式のブービートラップを仕掛けていやがった。

だが、ダーク・アンド・ダーククラウドは小町の制服上着に描かれた爆破の魔法式と描かれた上着の一部を分離させ空間移動させていない。小町には悪いが今着ている制服上着の背中は丸くえぐり取らせてもらった。

魔法式が描かれた制服上着の一部は、まだハイ・オークの手の上にあり、トラップの爆破の魔法式は発動しハイ・オークの手を腕ごと吹き飛ばしていた。

 

「そりゃ、お互い様だ」

俺はそう言いながら、撤退行動を取ろうとするが、既にオーク共に囲まれている状態だ。

しかもAランクのオーク・ジェネラルが俺の撤退を阻む。

流石にきついか……

 

 

『くっ……まあいいや、どっちにしろ君も学校の生徒達もお終いだよ。オーク共の半分は体育館の生徒を襲え!残りのオークとオーク・ジェネラルは目の前の目障りな男を妹共々喰ってしまえ!!』

稲葉は俺と小町共々、学校の連中をオークに襲わせようとする。

 

 

だが、突如として、大きな振動音が上空から襲ってくる。

 

次の瞬間、光が俺の横を横切ったと認識した直後に、俺の目の前のオーク2体の顔に大きな穴が開いていた。

 

………やっとお出ましか。

遅いっすよ。

俺は期待していた救援が現れた事にホッとする。

 

俺はそう思って振り返ると……

 

「クゥーーン」

そこには何かメカチックな小さな物体が、俺に腹を見せて尻尾を振り撫でてくれとせがんでいた。

 

「………あれ?いや、俺が期待していたのはお前じゃないんだが……え?今のお前がやったの?」

「キャンッ!」

ロボコップ犬……いや、体中にはチョバムアーマーのようなメタリックな装甲が取り付けられ、背中から肩口にはビーム砲二門、頭にはシ〇アのようなヘルメットをかぶり、腰にはウイングが取りつけれていたが、俺が良く知るちっちゃな犬だった。

ドクターが開発した家庭用多目的装甲装備を装着した由比ヶ浜家の愛犬、ミニチュアダックスフンドのサブレだった。

何?オークを一撃で倒しちゃったんだけど……へ?あのビーム砲って蚊とかハエとかを駆逐するぐらいの威力とか言ってなかたっけ?

 

 

そして………

「わーーっはっはーーーーっ!!わし、参上!!!」

上空にぽっかり空いた結界の大穴から、高笑いをしながら降りてくる紳士風の中年西洋人。

その中年西洋人は、空中に浮いているピンクのポリバケツをひっくり返したようなフォルムのよくわからない物体の上に直立不動で立っていた。

そのよくわらからん物体とは由比ヶ浜家のガハママのお使い家事補助ロボなんだが、割りばしのような手の部分だった所にはプロペラが回っていて、胴体下からロケット噴射を噴き、その中年西洋人を頭に乗せて空中を飛んでいた。

………なんで飛んでるんだ?あれって、捨てられてた生ごみ処理機と洗濯機から作ったって言ってたよな。どんなテクノロジーなんだ?

 

 

そんなとんでもない中年西洋人を見て稲葉はその言葉言ってしまう。

『だ、誰だ!?』

ああ、言っちゃったか……まあ、仕方がないとはいえ……アレだ。

 

空飛ぶ中年西洋人はマントをはためかせ、口上する。

「わーーっはっはーーっ!わしを誰とな!?良く聞け!!小僧と豚面共!!そして恐れ崇めよ!!数多の錬金術を生み出し、世界の真理と科学を我がものとするヨーロッパの魔王ドクター・カオスとはわしの事じゃ!!わーーーはっはっーーーーー!!!!」

相変わらずの自己紹介、これが言いたくて仕方がなかったんだろうなドクター……。

というか、稲葉が俺に通信札越しに発した言葉がどうやって聞こえたのだろうか?

いや、ドクターに一般常識は通用しない。深く考えないでおこう。

 

『ド、ドクター・カオス!?あのSランクの!?ヨーロッパにいるはずの!?いや、そんなはずはない。ドクター・カオスは見た目もかなり年がいっていたはず!』

稲葉は大いに狼狽していた。

そりゃそうだ。教科書とかに載ってるドクター・カオスは70歳ぐらいの爺さんの姿だからな、若返りの秘薬のお陰で今は40歳前後のナイスミドルな姿に若返ったなんて、常識的に考えられるわけがない。

まあ、ドクターの事を知ってる人物なら、あり得ると考えが至るかもしれない。

何せ非常識が人の皮を被ったような人だ。

 

「ふはははははっ!カオス式雷光砲じゃ、っとおわっ!落ちるとこじゃった!」

ドクターは何やら背中から巨大なビームバズーカーのような物を取り出し構えたのだが、

足元が狭いお使い家事ロボの頭からズレ落ち、ビームバズーカーを取り落とし、必死にお使い家事ロボにしがみ付く。

ビームバズーカーは電撃を乱発射しながら、地面に落ちて行くのだが、何体かのオークがそれ巻き込まれる。

というか俺も危なく当たりそうになったぞ。俺を殺す気ですか?霊視空間結界を発動してなかったら避けられなかったところだ!

 

次に………

上空から、足からアフターバーナーを吹かし自力で飛んでくる若い女性を見て、稲葉はさらに唖然とした感じだった。

『なっ、あの女はなんなんだ!?』

そうマリアさんだ。

空から飛んで来て、生徒達を襲うために体育館に向かったオーク共の前に降り立ち、ロケットパンチやら、腕からガトリングマシンガンやら、目からのレーザービームやら、足から飛び出すミサイル群やらで全てをあっさり吹き飛ばし粉砕殲滅する。

圧倒的だった。

マリアさんの戦闘をする姿を初めて見たんだが……でたらめに強い。

……強いんだが、あの重武装は何?普通に銃刀法違反とかじゃない?霊能とか全く関係ないんじゃないか?というかグラウンドが穴だらけのボコボコに……。

もう、別次元だろこれ、スパロボとかなんかそんな感じだ。

 

 

小町は俺にしがみ付きながらもその光景をポカンと口を開けてみているだけだ。

そうなるよなこれ。

俺もそう思う。これは酷い。

 

俺は小町と甘えてくるサブレを小脇に抱え、マリアさんの所まで大きくジャンプし後ろに下がる。

 

「マリアさん。助かりました」

 

「ヒッキーさん・ご無事で・なによりです」

マリアさんはこの頃、俺の事をヒッキー呼びになってしまった。

由比ヶ浜がヒッキーって呼び続けるし、由比ヶ浜のかーちゃんはヒッキー君だし、遂にマリアさんまで……。ドクターは相変わらずガリレオ呼びだけどな。

 

そう、俺が期待していた助けとはドクター・カオスとマリアさんの事だ。

ドクターとマリアさんが由比ヶ浜のピンチに来ないはずが無い。

由比ヶ浜のスマホや時計にGPSでも仕込んでいたんだろう。

あの結界で通信が途切れたから、セフティモードか何かが発動して、あのカウントダウンだ。しかもドクターとマリアさんに何らかの手段で由比ヶ浜の危機を知らせたのかもしれない。

ドクターは何だかんだと、由比ヶ浜の事は孫娘のようにかわいがってるし、マリアさんも姉妹のように思ってるからな。

 

これに気が付くのに、ちょっと時間がかかったが、冷静に考えれば当然だった。

俺は途中から、ドクターたちが救援に来るだろうと考え、時間稼ぎをしていた。

9割9分の確率でな。

 

「ガリレオよ!!うんこが渋ってな、遅れたわい!!小娘も無事そうじゃな!」

ドクターはお使い家事バケツ型ロボと俺達の目の前に降り立つ。

遅れた理由がそれかよ?あの由比ヶ浜の時計のカウントダウンは一体何だったんだ?

 

「……ドクター、正直助かりました」

 

「ガリレオ!そんな事よりもだ!オークとな!こんな面白そうなことを独り占めとは!しかも、あれは異界の門じゃな!なかなかのもんじゃ!わし、ラッキー!」

ドクター、俺達を助けに来てくれたんだよな。

自分の知的探求心で来たわけじゃないよな。

俺は疑ってはいけないが、つい疑いの目でドクターを見てしまう。

 

「…………いや、助けに来てくれたんじゃないんすか?……まあ、いいです。異界の門を止める事は出来ますか?」

 

「わーーはっはっ!わしを誰と思っておる!言われんでも全て調べつくしてやるわい!!」

 

「いや、止めて貰えるだけでいいんで……って聞いてないし」

ドクターは俺の話なんて聞かずに、高笑いをしながら異界の門へと走って行く。その後ろをお使い家事ロボがついて行った。

 

俺の腰にしがみ付き、涙をポロポロと流し鼻をすする小町に頭を撫でながら語りかける。

「小町……」

「お…お兄ちゃん……怖かったよぉ……」

「小町、体育館に一人で行けるか?」

「……お兄ちゃんと一緒がいい」

小町は子供のように首を横に振る。

 

「俺はこいつ等を如何にかしないといけない……わかるよな」

「グスッ…………うん」

「すまん小町。だがこいつが一緒だ。この札を持って行けば、体育準備室の裏扉が開く」

俺はロボコップ犬、いやサブレを抱き上げ、小町に渡す。

 

「ハァハァハァ、キャン!」

小町に抱き上げられたサブレは元気づけるためか、小町の鼻をなめる。

 

「お兄ちゃん……頑張って」

「ああ」

小町は足早にサブレと共に、体育館へと駆ける。

 

こうしてる間にも、マリアさんは目の前のオーク共やオーク・ジェネラルに攻撃を加え、けん制をしてくれていた。

 

 

『なんなんだ!?一体なんなんだよ!!比企谷八幡!!』

通信越しに稲葉は叫んでくる。

 

「魔獣を操り、非合法な手段で学校の平和を脅かし、あまつさえ俺の妹を人質にとり、生徒の命を奪おうとした所業はもはや悪魔とかわらん。ゴーストスイーパー比企谷八幡がお前を倒す」

 




カオス登場で、シリアスが崩壊><
しかたがないよね。ドクター・カオスだし。

ガハマさんのあのカウントダウンの正体は……



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(134)終幕

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

漸く、学校襲撃編も終わりが見えてきました。



「魔獣を操り、非合法な手段で学校の平和を脅かし、あまつさえ俺の妹を人質にとり、生徒の命を奪おうとした所業はもはや悪魔とかわらん。ゴーストスイーパー比企谷八幡がお前を倒す」

俺は通信札越しに稲葉にそう宣言し、札をその場に投げ捨てる。

もう奴とは話す必要もない。

小町は奪還し、ドクターとマリアさんという心強い援軍も来た。

異界の門はドクターが何とかしてくれるだろう。

総武高校敷地全体を覆う強力な結界も、ドクターが何とか出来る事は確実だ。

ドクターがどうやってやったのかわからないが、空にはぽっかりとあの結界に大穴が開けて、堂々と上空から入って来たからな。

後は、オーク共を倒し、稲葉を捕まえるだけだ。

 

 

俺は、10m程前でオークやオーク・ジェネラルにけん制攻撃を加えてくれてるマリアさんの下に向かう。

すでに、マリアさんの近未来的(スパロボ)な近代兵器攻撃でオーク共は半数まで数を落としている。

 

「マリアさん、ありがとうございます。あの稲葉って男の周りとそこの後方に下がってく1体のハイ・オークは元人間なんです」

 

「了解・しました・攻撃対象から・除外します」

マリアさんは俺の意図を察してくれて、そう言ってくれる。

マリアさんは何だかんだと優しい人だ。アンドロイドで、表情が硬いし、言葉も堅いんだが、俺の周りの方々の中で3本の指に入るいい人だ。

キヌさん、唐巣神父、マリアさんと。

小竜姫様はリアル神様だから除外するとして、この業界の人は殆ど性格に一癖も二癖もあるとんでもない人で構成されているからな。

 

「助かります」

 

「マリアが・ここを・引き受けます・ヒッキーさん・先に・あの犯人の所に・行ってください・後で・合流します」

 

「……わかりました」

俺は一瞬、マリアさん一人にオーク・ジェネラルとオーク共を任せていい物だろうかなどと考えがよぎったが、心配など無用だろう。

こうしてる間にもマリアさんのオーク殲滅は続いている。

オーク共の攻撃なんて、避けもせずに喰らってるけど、ものともしないし、逆にこん棒を振るってくるオークをパンチや蹴りだけで、頭を正確に吹き飛ばしてる。

オーク・ジェネラルのとんでもなく重いだろうこん棒攻撃も難なく素手で受け止めるし……。

俺なんかよりも間違いなく強い。

もう既にマリアさんの前には、オーク・ジェネラルと数体のオークしか立っていない。

 

俺は稲葉の元へ素早く飛び跳ねるように移動する。

オークジェネラルのうめき声やら叫び声が後ろから聞こえてくる。

 

 

稲葉は元GSの先輩だった4体のハイ・オークに囲まれながら、校門の方へ向かっていた。

逃げるつもりか?

いい判断だが、もう遅いんだよ。

 

 

俺は、稲葉の退路を阻むように、前に回り込む。

「逃がすわけ無いだろ」

 

「くそっ!何なんだ何なんだよ!お前もあの女も!ドクター・カオスが居るなんて聞いてない!!」

 

「痛い目にあう前に降参しろ」

俺は稲葉に低い声で凄む。

 

「ふん、のこのこ前に出て来て何様のつもり?札や霊具が無い君なんて、脅威にならない。僕はこの場は引くが、リベンジに必ず来る。それとも君にこのハイ・オーク共を他のオーク共と同じように殺して僕を捕まえて見せる?元人間の成れの果てのこいつ等を、君に倒せるかい?僕は君を殺せるけどね。せめて君だけでも殺しておくか、比企谷八幡!」

 

「………あんたはもう俺の間合いなんだよ」

稲葉やハイ・オーク共は既に俺の霊視空間結界の15m半径内に入っていた。

俺はダーク・アンド・ダーククラウドでハイ・オークに囲まれてる稲葉だけを包み込み、瞬間移動させ、俺の目の前にダーク・アンド・ダーククラウドで包み拘束状態の稲葉を出現させる。

 

「な、何が起きた!?」

稲葉が驚きの表情を浮かべてる間に、俺はダーク・アンド・ダーククラウドに稲葉の懐をまさぐらせて、封印筒を奪う。

封印筒は6つあった。

4つは空だったが、後2つにもオークか魔獣が入っているのだろう。それこそ稲葉の奥の手だったのかもしれんが………。

 

「な、なな!?こ、こんなことが?」

 

俺は4つの空の封印筒をハイ・オーク共に向け、言霊を紡ぐ。

「戻れ」

 

すると4体のハイ・オーク共は一気にこの小さな封印筒にそれぞれが吸い込まれていく。

既に封印筒にリンクし登録された魔獣などは、再封印は容易だ。

使役する魔獣を出し入れを容易にしないと、戦闘には役に立たないからな。

難しいのは一番最初だ。

魔獣を捕まえ屈服させ、専用の術式陣か魔法陣で捕らえないといけないからな。

 

「あんたの負けだ稲葉」

 

「くそっ!僕を離せ!ぼ、僕をどうする気だ!僕に手出しして見ろ、異常を感知してこの結界が解けるぞ!オーク共が街に繰り出して、街の人間を襲うぞ!」

稲葉はダーク・アンド・ダーククラウドに拘束されたまま、精いっぱいの虚勢を張る。

 

「あー、それは手遅れかもな。異界の門は消えたぞ。そんで、あそこ見ろよ。オーク共は一匹残らず全滅だ」

俺はグラウンドの方へ指さして、稲葉にも見えるように顔を向けてやる。

異界の門は完全に消えさり、異界の門があった場所の前で。ドクター・カオスがなんか奇声を上げていた。

たぶん「ああ、消えてしまった!せっかくのサンプルが!?手順を間違えてしまったかいのう?まだまだ調べたりんかったのにっ!」こんな感じだろう。

まあ、消えてしまったのだから、良しとしよう。異界の門が大きくなっていたら最悪だったが……。

で、オーク・ジェネラルの方は……マリアさんのロケットアームがオーク・ジェネラルの頭を掴み、しかも高出力の電撃だろうか?それがロケットアームから流れ出しオーク・ジェネラルの頭から体全体へと感電放電させながら、煙を上げていた。

丸焦げとなったオーク・ジェネラルは仰向けに倒れる。

うーん。めちゃくちゃ強い。

ロケットアーム・マリア・コレダーとか中二病的な必殺技の名前がつい脳裏によぎった。

 

「なっ?ば、ばかな!?」

稲葉は目を丸くし驚く。

 

「お前はお終いだ。オカルトGメンに連行する」

 

「く……君は何も分かってない!この欺瞞に満ちた世界を!あいつらは人を騙し、嘘で作り上げたのが今のありようだ!それを正すために僕はこうやって、正義のために戦ってるんだ!!」

 

「あんたが振りかざす正義がどんな大層なものなのかは知らんが、学校の連中や小町に手を出した段階で、お前は俺の敵だ。ただそれだけだ」

 

「くっ……くくくくくくっ、比企谷八幡、良く聞け。お前らはこれから地獄を見る。僕らの正義は僕が倒れたとしても、続いて行くさ……僕の目でこの学校の連中とお前の苦しむ様を見れないのが残念だけどね」

 

「あんた、その年になっても中二病か?ちょっと眠ってもらうぞ」

俺はそう言って、稲葉に直接霊気を送り、気絶させる。

そうすると稲葉が言った通り、学校をすっぽりと囲んでいた六芒星の大結界は解けていく。

 

「終わったか………」

 

俺はマリアさんの下に歩き出しながら、総武高校全体を霊視するとともに、グラウンドを見渡す。

もう魔獣などはいないな。

グラウンドは……グラウンドは全体的に穴だらけのめちゃくちゃになってるし、オークの死骸がそこら中に転がってる。

はぁ、流石にこれはグロテスクすぎだろ。これは生徒達に見せられないな。慣れてる俺でもこの光景は流石に引く。

まあ、あの戦闘でこの程度で済んだのは幸いか。

それと体育館は全くの無傷だし、生徒達は全員無事だろう。

 

「ヒッキーさん・敵の反応なし・脅威は・去りました・その人・マリアが拘束します」

 

「助かりましたマリアさん……稲葉をですか?」

 

「ヒッキーさんは・結衣さんの・ところに行って・上げて・ください。きっと・心配してます」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

俺はマリアさんに礼を言いながらダーク・アンド・ダーククラウドで拘束してる意識の無い稲葉を、マリアさんの前に降ろす。

すると、マリアさんは右手を構え、指から捕縛用と思われる電磁ネットが展開され、稲葉を網の目のような電磁結界が覆う。

これ、マジ凄いんだが、呪術的な結界と物理的な拘束構造が組み合わさってる。

科学と魔術の融合って奴じゃないか?

……たぶん、これ正式に発表されてないよな。

しかもこんな難しそうなものを、コンパクトな形で実現できるとは、なんだかんだとドクターは天才だ。

頭のねじはダース単位で吹っ飛んでるが……

 

「ガリレオよ!わしは大結界を張ったあのトラックを調べに行ってくるぞい!何が出るか楽しみじゃのう!わっはっはっはーーーーっ!!」

噂をすればドクターが俺とマリアさんの方へ土煙を上げながら走って来て、それだけを言って、お使い家事ロボに乗って、校門の外へ出て行った。

礼を言う間も無い。

あのバイタリティーはどこから来るのやら。

ドクターの飽くなき探求心が力の源なのかもしれない。

 

俺はマリアさんに頭を下げてから、体育館準備室の裏口へと向かう。

「もういや!助けてよー」

由比ヶ浜の嘆きの声が聞こえる。

何かあったか?まさか、稲葉以外に敵が?

いや、そんな気配は全くないぞ。

 

俺はそっと中の様子を伺う様に、体育準備室の裏口を開ける。

 

すると、そこには……

「こんな格好、恥ずかしいし、外を歩けないよ」

なんか、全身ピンクのライダースーツ姿のような、特撮のピンクレンジャーが居るんだが………。しかし、胸がはちきれんばかりに大きいぞ。

声からすると由比ヶ浜だが……なに?俺が戦ってる間に、避難で暇を持て余してコスプレ大会でもやってたのか?

 

「何やってんだ?」

俺は扉を全開に開けて呆れ声で尋ねる。

 

そこにいた皆は、こっちに振り返るが……何故か一瞬固まって。

 

「キャーーーっ、ひ、比企谷!ちょ……ちょっと」

川崎は顔を真っ赤にして、普段の態度とは似つかわしくない可愛らしい悲鳴をあげていた。

 

「ヒッキー!?……なんで!?えええ!?」

ピンクレンジャー姿の由比ヶ浜はこんな感じで。

 

「せせせせ先輩!?……意外と細マッチョ…たくましい……いえ、セクハラですか!!」

一色は一色で顔を少々赤らめて俺に怒鳴って来るし。

 

「キャッ…ひ……ひ、比企谷君……その、………横島さんにそんな所まで感化されるのはやめて欲しいわ。でも……」

雪ノ下も顔を真っ赤にして、小さく悲鳴を上げて俯き加減でしどろもどろでこんなこと言ってくる。

 

「お、お兄ちゃん!」

小町が慌てて、皆に立ち塞がるように俺の前に立つ。

 

んん?……何この反応?

どういうことだ?

俺?俺か?

俺が何かしたのか?

 

「お兄ちゃん気がついてないの?……裸だよ」

小町が俺の耳元で囁くようにこういった。

 

…………

………

……

 

俺は下を向き、自分の姿を確認する。

「………す、すまん!」

パンツ一丁だった!

 

さ、最悪だ。

俺は慌てて、体育準備室の裏口から出て行き、扉を閉める。

そ、そういえば、小町が人質になった際に、稲葉の奴に霊具や札や服まで脱ぐように言われて……そのままだった!

なんで俺は気が付かなかったんだ?

ドクターもマリアさんも何故教えてくれなかったんだ?

いやドクターはいいとして、マリアさんは何故?

 

という事はだ。

かっこよく稲葉に口上を垂れたり、決め台詞を吐いた時も、パン一だったという事だよな。

超恥ずかしいんだが!

 

それに、あいつらになんて言い訳を言えば?

横島師匠なら、光合成中とか、日光浴とか、このパンツは水着だとか言って、ギャグで誤魔化すだろう。

いや、パンツも脱げた生まれたまんまの姿でも、ノーパン健康法だとかのギャグを飛ばしてくるだろうが……俺には無理だ。

 

小町がパンツ一丁になった経緯を皆に説明してくれることを願うしかない。

 

と、とりあえずは着替えだ。

脱いだ制服も札や霊具と共に戦いに巻き込まれてダメになってるだろうし……。

はぁ、教室のロッカーに体操着を取りに行くしかないか……、

最後の最後でしまらないな。

 




次話でこの章が終わりとなります。
第2部も完結です。
暫く間を開けて再開できればと思ってます。


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(135)後始末

感想ありがとうございます。
誤字脱報告ありがとうございます。

続きです。


「比企谷君……助かったわ」

 

「いえ、俺は……結局ドクター・カオス氏とマリアさんに助けられました」

俺は今、オカルトGメン東アジア統括本部の管理官室に出頭していた。

今日の総武高校での稲葉による大規模霊災テロの報告をするためだ。

目の前の東アジア統括管理官の美神美智恵さんは応接セットのソファーに深く腰を沈め、背もたれに体を預けていた。

美智恵さんは何時もの凛とした佇まいは薄れ、窶れてる様に見える。

普段から忙しい身なのに、今回の関東の同時多発霊災テロだ。心労疲労共にピークなのだろう。

日付もそろそろ変わる時間帯だが、この霊災テロの対応でオカルトGメン東アジア統括本部ビル内は今も慌ただしい。

 

 

総武高校の大規模霊災テロはドクターとマリアさんのお陰で、生徒、教職員誰一人として怪我人を出さずに終息に至る。

俺だけだったらどうなっていた事か……。

最悪俺も力尽き、体育館に避難していた生徒達や教職員も全員オークの餌食になっていたかもしれない。

ドクターとマリアさんの救援が確実だと気が付く前は、俺一人で小町を奪還し、稲葉を倒し、オーク・ジェネラルと直接対決をするつもりだった。

その間、体育館はオーク共に襲われるだろうが、結界は暫く持つだろうと……。

オーク・ジェネラルと稲葉さえ何とかすれば、勝機はあると踏んでいたからだ。

それもかなり分の悪い賭けだ。

オーク・ジェネラルが一番厄介だが、ダーク・アンド・ダーククラウドの今回使ってないもう一つの力を発揮できれば何とかなると踏んでいた。但し、現段階ではコントロールも上手く行かない可能性もあり、霊力をかなり消費するため最後に残しておく手だ。

更に、異界の門からはオーク共が無限に近い感じで現れるため、後は俺の体力何時までもつかの勝負ともなる。

幾つかの賭けに打ち勝って漸く勝利が得られるだろうという程度の物だった。

 

ドクターとマリアさんが救援に必ず来ると気が付いた後は、随分と心に余裕が出来たもんだ。

俺は時間稼ぎと小町の奪還に全力を注げばよかったんだからな。

 

それにしても、やはりドクターは本物の天才だ。

あの大規模結界に外から無理矢理大穴を開けたり、異界の門を消滅させたりとか……初見であんなことが出来るなんて普通はあり得ないだろう。

それとマリアさんだ。あれだけの数のオークとAランク相当のオーク・ジェネラルを一方的に屠るなんて……。俺の予想の遥か上を行く強さだった。

多分、マリアさん単体でもSランクの力は余裕であるだろう。

いや、下手な軍隊よりも強いんじゃないか?

 

ドクターとマリアさん、ついでにロボコップ犬サブレとお使い家事ロボットが、此処に救援に現れた理由は、やはり由比ヶ浜の存在だった。

ドクターは由比ヶ浜を何だかんだと、孫のように思っているようだし、マリアさんとは姉妹のような感じだ。そんな二人が由比ヶ浜のピンチに駆けつけないわけが無い。

 

由比ヶ浜の携帯と腕時計やその他持ち物には、本人に黙ってドクターがGPS等の発信機やセンサーを忍ばせていたらしい。

あの大規模結界のせいで電波が遮断され、発信機類のほとんどの反応が途切れたそうだ。

だが、よくわからないが、超次元微粒子電子信号とやらだけが結界の影響を受けずに反応していたそうだ。

そんな状況から、由比ヶ浜が何かのトラブルに巻き込まれた可能性が高いと踏んで、ドクターの長いトイレが終わり次第、飛んで来たそうだ。

 

あの由比ヶ浜の時計の警報音とカウントは、GPS反応が途切れた際に15分後に由比ヶ浜を守るための防御スーツが展開するための物らしい。

ただ、カウントなんて関係なしに由比ヶ浜の体に異常を感知すれば、即座に反応し、由比ヶ浜を守るための高性能防御スーツが展開するとのことだ。

あのピンクレンジャーみたいな恰好がその防御スーツなんだそうだ。

そんな理由なら、あんな警報音もカウントダウンも意味が無いだろう。

テロリストに掴まったとかのシチュエーションでは、あんなうるさい警報音とカウントダウンは、思いっきり怪しまれて、由比ヶ浜が逆に窮地に陥るんじゃないかと思う。

マリアさん曰く、カウントダウンと警報音はドクターの趣味なんだそうだ。

いや……、あんたの趣味で由比ヶ浜を逆にピンチに陥る可能性があるんだが、いや、ピンチになったら防御スーツが展開するから問題無いのか……。

どちらにしろ、迷惑極まりない機能だ。

 

因みにあのピンクレンジャーっぽい高性能防御スーツ。高性能と名をうってるだけあって、凄まじい性能だ。

12.7ミリの弾丸程度だったら全く受け付けないらしく。ロケットランチャーの直撃も2、3発までだったら耐えられるらしい。何それ?重機関銃の弾も全く効果が無くて、戦車やヘリを吹き飛ばすロケットランチャーを耐えられるって、おかしくないか?

しかも各種対魔術、耐熱、対音波まで備えており、耐圧は水深100mまで耐えられるそうだ。さらにパワーアシスト機能が付いており通常の2倍から3倍の力が出るとか……。まあ、由比ヶ浜の腕力の2、3倍程度だったら大したもんじゃないが、それを差し引いても、滅茶苦茶凄いんだがそのスーツ。

それ、自衛隊とか各国軍隊が泣いて飛びついてくるレベルだろ?とは思ったものの、どうやら由比ヶ浜専用らしい。

由比ヶ浜の毛や体毛、皮膚を勝手に培養して作った代物で、本人しか装備出来ないワンオフ品らしい。

因みにガハママの分もあるそうだ……。

まあ、由比ヶ浜は何にしても安全を確保されたようなものだな。

 

 

 

ドクターが異界の門を消滅させ、俺が稲葉を捕縛し、マリアさんがオーク共を殲滅し……俺の黒歴史に加筆される出来事(パンツ一丁事件)が起きはしたが、気を取り直して体操服に着替え、美神さんとオカルトGメンに連絡をする。

美神さんの方は、2件目の霊災の対処中だったため、簡単に報告するにとどめた。

西条さんも霊災の対応中らしく電話に出なかったため、オカルトGメン本部に連絡し、

東京の同時多発霊災の対応に追われてる美智恵さんにつないでもらった。

 

俺が報告を始めると、美智恵さんは驚き、色々と俺に質問を返してきた。

オカルトGメンでは総武高校で霊災が起きた事自体把握してなかったのだ。

やはり、あの六芒星の大規模結界は完全に総武高校を遮断し、外部からは中の様子が普段と変わり映えがしない様に細工をしていたのだろう。

かなり高度な術式だ。一介のGSや術者が出来るような物じゃない。

それこそ土御門風夏さんレベルの術者じゃないとな。

まあ、ドクターにはバレはしたが、あの人を同じ人類のカテゴリーに当てはめること自体おかしいから、参考にならない。1000年以上生きてるし、きっと人間やめてるんだろうな。

それをいうなら横島師匠や美神さんも同じカテゴリーか。

 

美智恵さんに連絡後、1時間程経って、総武高校に自衛隊のヘリや軍用トラックが次々と現れる。

自衛隊の特殊作業部隊だ。隊員は200人位居たようだ。

自衛官は生徒達にグラウンドを見せないように、体育館から敷地外に救出し、グラウンドはビニールシートで覆い、その中ではオーク共の残骸処理を行っていた。

 

稲葉はというと霊能犯罪者専用の護送車でオカルトGメン管轄の施設へと運ばれる。

六芒星の大規模結界を形作っていた霊具や術式が埋め込まれていたトラックも自衛隊が運び出していた。

トラックを運転していた人間は事情聴取が今も行われてるだろうが、どうやらただの雇われ人のようだ。

因みに、ドクターがトラックを調べに行ったのだが、術式は既に跡形もなく消し飛んでいたそうだ。

稲葉の身に何か起これば、自壊するように設定していたのだろう。

あの規模の結界を形成するエネルギーにはさぞ高級な精霊石やらの霊具が使われてるのだろうと思ったのだが……違っていた。

ドクターがトラックの荷台中で見たものは複数の魔獣の成れの果てだったそうだ。

魔獣の魔力だか霊力を吸い上げ利用していたという事だ。

普通の人間を利用するよりも、力が強い魔獣の方がエネルギーを得られるからだろうとも言っていた。

それでも結界の稼働時間はドクターの見立てだと3時間が限界だろうと……、あの大規模結界にはタイムリミットがあったと言う事だ。

3時間か……。

ただのオークだけだったら、俺一人でも対処できただろう。

だから稲葉は、俺が異界の門から現れるオーク共を一方的に次々と倒す様子を見て、焦りを感じ、俺の目の前に現れ、小町という人質のカードを切ったのだろう。

 

稲葉はこの霊災テロを計画し実行するにあたって、俺の存在を組み込んでいたはずだ。

だから、念のためにと小町を人質に取ったのだろう。

いや、あいつのねじ曲がった性格だと、俺の目の前で小町を如何にかするために人質としたのかもしれん。

何にしろ、稲葉は俺の実力を完全に見間違っていたという事だ。

今考えると、若手テストバトルロイヤルの時に、実力を抑えていたのが幸いしたのかもしれないな。

いや、俺が実力をさらしていたら、奴は躊躇して、この霊災テロを起こしていなかったかもしれない……だが、俺の実力を把握した上で、さらなる霊災テロを計画していた可能性もある。奴は総武高校に相当こだわっていたからな。

奴の目的はオークに多量の人間を食らわせ、進化実験を行うためだった。

しかも奴は総武高校に執着を持って狙いを定めていたのも確かだ。奴の妄想か何かの逆恨みの感情を総武高校に向けていたからな。いい迷惑だ。

奴は自分が正義だとか、この世界は欺瞞に満ちてるとか、3年半前の世界同時多発霊災を、戦争だと称していた。しかも全世界の人口の8%が亡くなったとか、日本の人口の4%がなくなったと正確な数字まで言っていたな。

妄想癖も大概だぞ。精神的に相当病んでるようだ。

 

だが、奴のバックには相当な組織があった可能性が高い。

異界の門や大規模結界を形成できるだけの術式や霊具が用意できるぐらいのな。

それに悪魔契約まで持ち出していたから、もしかすると悪魔も関わっているのかもしれない。

悪魔は人間を唆し堕落させたり、悪の道に陥れるからな。

なんにしろ、奴の事情聴取で色々と分かって来るだろう。

これで一気に一連の霊災愉快犯の全容が判明して、一網打尽に出来れば大万歳だ。

 

 

 

 

「比企谷君、本当に助かったのよ。千葉で…総武高校でこんな霊災テロが起きているとはオカGやGS協会、警察も全く把握できていなかったのよ。

君の奮戦のお陰で、総武高校の生徒教職員全員が無傷で助かったのは事実よ。カオス氏やマリアさんが応援に駆け付けるまでの30分間、よく耐え抜いてくれました……。君が生徒達を救ったのよ。誇っていいわ」

 

「ドクターとマリアさんが救援に来てくれなかったら、相当危なかったです。俺の実力では、かなり不味い状況でした」

 

「君は相変わらず謙遜が過ぎるわね。六芒星大規模結界に異界の門と無尽蔵に現れるオーク……君の報告と自衛隊から上がって来た報告を見るに、間違いなく大規模霊災に属するわ。それを君1人で耐え凌いだのだから……しかも犯人の一人と目される人物まで捕えてるわ」

 

「まあ、身内や知り合いもいるんで、何とかなってほっとしてます」

 

「……まだ、世間には公表していないのだけど、東京で起きた霊災テロは7か所、前よりも厄介ではあったのだけど規模的にいってフェイクだったようね。本命は君の所の総武高校と神奈川の公立高校の2か所。神奈川の方は……犠牲者が出たわ。かなりね。………気が付くのが遅すぎた。西条君が到着した頃にはもう…………。君の所はオークで、あっちは………」

美智恵さんの表情は影を落とし、言葉を途中で止める。

 

俺もなんて返答すればいいのかわからない。

あんな事が他の高校でも起きたのかもしれないと思うとな……

美智恵さんの窶れ様もわかる。

 

「美神さんは……」

俺が漸く出た言葉はこれだった。

美神さんにもここに来る前に連絡はしたが、まだ事務所に戻ってない。

もしかしたら、まだ霊災が続いてる場所があって、そこの対処中なのかもしれない。

 

「令子は2か所も鎮めてくれて、その後は西条君の応援に……あの子にもお礼を言わないといけないわね」

 

「そう…ですか」

 

「比企谷君には悪いのだけど、明日までに報告書を仕上げてくれないかしら……マスコミ対応も考えないといけないし、近い内には総武高校にも説明しなくてはならないから」

同時多発霊災が何とかなったからといって、事後処理に相当な労力がかかるだろう。

事後処理もそうだが、今後の対策を考えなくてはならない。

今回は特に、神奈川の高校では被害が大きかった事に、マスコミやらに叩かれるのは目に見えている。

美智恵さん、倒れなきゃいいが。

 

「わかりました」

俺はそう返事して、管理官室から出る。

 

俺は管理官室を出て、1階の待合室に戻る。

 

「お兄ちゃん、終わったの?」

私服姿の小町はソファーから立ち上がる。

 

「一応な、そんじゃ行くか」

 

「……うん」

小町は何時もの元気が無い。

あんな事があった後だ。当然だろう。

しかも、人質となってあんな怖い思いをしたんだ。

 

 

 

 

あの後、生徒、教職員は自衛隊によって、総武高校から近くの公民館を兼ねた公園まで退避が行われ、集合していた。

漸く到着したオカルトGメン事務方スタッフとオカルト関連の担当自衛官と報告と打ち合わせをそこそこにし、俺もこそっと生徒達に合流する。

因みにドクターは勝手にグラウンドやトラックやオークの死骸を調べまくっていて、自衛官の人が迷惑そうだったのが印象的だった。

ドクターはフランスのSランクGSの免許を持ってるから、自衛官も野放しにするしかないのだろう。

 

生徒、教職員全員、自衛官からの簡単な質問と簡易なメディカルチェックを受ける。

校長と教頭と一部の先生はどうやら、自衛隊の担当官とオカルトGメンのスタッフと打ち合わせをしていた。

本来、俺もそれに参加しないといけないだろうが、生徒の目もあるため、俺はその場では参加していない。

 

その後、校長が今回の霊災に誰一人として怪我人も出ずに乗り越えられたことに、喜びの意を述べ、当面の話をする。

学校は最低でも10日間の閉鎖となり、学校に入る事が出来ないという事だ。

当然の処置だろう。これ程の霊災だ。現場検証も後日念入りに行うだろう。

俺も何日か参加しないといけないだろうしな。

学校側にとって幸いだったのは、明日から夏休みだということだ。

夏休み中に活動する部活については、各顧問から追って連絡をするとの事。

学校に置いてきた荷物などは後日、生徒達に渡されるが、最低でも4、5日かかる事が告げられる。

その後、オカルトGメンのスタッフが今回の霊災について簡単な説明を行い。

最後に、校長の挨拶で解散となった。

 

俺は九州と北海道に出張中の両親に電話を掛けると、親父は小町を心配して、速攻帰ると言い出したが、現在東京も霊災テロの影響で交通機関が麻痺してるため、今日中には帰れないようだった。

俺はこの後、残って現場検証をしないといけないし、多分事務所にも行かないといけないだろうから、小町を一旦家に送ろうと思ったのだが、小町は俺から離れない。……あんな怖い目にあったんだ。流石に独りにさせておくわけにもいかないか。

由比ヶ浜が由比ヶ浜んちに来ないかと小町を誘ってくれたのだが、小町は俺と一緒がいいと言う。普段こんな事は言わないんだが。

由比ヶ浜の家なら俺も小町を安心して預けられる。

由比ヶ浜の家は日本で一番安全かもしれないし。

なにせドクターとマリアさんに、ロボコップ犬サブレやらと、下手すると軍隊の大部隊に匹敵するような戦力が居座ってるからな。

日本ではごく一般的なマンションの一室なのだが……。

由比ヶ浜は元々雪ノ下のマンションに泊まる予定だったようだが、変更して、雪ノ下が由比ヶ浜の家に泊まる事にしたらしい。

こんな事があった後でも雪ノ下は実家に帰ると言う選択肢はない様だ。

由比ヶ浜の家の方が安全であることは確かだが、それよりも陽乃さんが雪ノ下を心配して、車ですっ飛ばして京都から帰ってきそうだけどな。

一色は一色で俺に家まで送って欲しいと、怖かったとか泣きまねしながらあざとく迫って来るが、俺は即答で断る。

一色はもっと迫ってくるものだと思ったが、俺にずっとくっ付いたままの小町を見て、今日は小町ちゃんに譲って上げます、とか言って引き下がってくれた。

いや、譲るも譲らないもないんだが……。

 

マリアさんには礼を改めて言うが、ドクターはいつの間にか居なかった。

由比ヶ浜と雪ノ下は合流したマリアさんとロボコップ犬サブレと家路にと……。

 

俺は学校へ戻り、現場検証をオカルトGメン事務方スタッフへの説明を兼ねて行う。その間小町には、自衛隊が設営したテントで待ってもらう。

 

夕方には一応の今日の現場検証を終えたが、後日にも再度実施予定だ。

 

俺は小町と一旦家に帰り、その後は事務所に行くつもりだった。

美神さんに報告はもちろん、GS協会やオカルトGメンにも顔を出さないといけないかもしれないからだ。

 

だが、東京と神奈川の主要電車はストップしたままだ。

どうしたものかと思案してると、美智恵さんから電話がかかって来て、迎えの車を向かわすから、オカルトGメン東アジア統括本部に報告に来てほしいと頼まれる。

迎えに来たのはパトカーだったが、小町を一人にさせておくわけにもいかず、一緒に行くことに……、ご近所にあらぬ誤解を招かないといいんだが……。

首都圏の主要道路が麻痺してる中、なんとか時間をかけて到着し、今に至る。

 

 

 

俺と小町はオカルトGメン東アジア統括本部を出て、歩いて美神令子除霊事務所へと向かうことにした。

此処から歩いたって、20分もかからない。

パトカーで送ってくれるとは言ってくれたが、また4時間もかかるようなら、こっちの方が良いだろう。

 

 

「お兄ちゃん……、助けてくれてありがとう。……本当に怖かった」

 

「いや、怖い思いをさせてすまなかった。もっと強かったら……」

 

「うううん……あの時のお兄ちゃん、ちょっとかっこ良かった」

 

「そうか?パンツ一丁だっただろ?」

 

「ちょっとしまらなかったけど、でも……お兄ちゃんはカッコいいんだってわかったの……だから雪乃さんや結衣さんは……」

 

「……ふう、そう言えばあの後、あいつ等、何も言ってなかったけど、小町が説明してくれたからか?」

パンツ一丁姿であいつらの前でしばらく堂々としていたからな。

非常時じゃなかったら、唯の変態だ。警察に通報もんだよな。

……というか、横島師匠って、裸でも平然としてるよな。

多分、あんなシチュエーションでも堂々としてるか、きっとギャグで乗り切るんだろう。

 

「うん。ちゃんと説明しておいた。パンツ一丁のままで、小町を助けてくれたって……」

 

「んん?それって、説明になってないんじゃないかな、小町ちゃん」

いや、もっとあるだろ?稲葉に脅され、仕方なく霊具と共に服を全部脱ぐことになったと、説明しないと伝わってないんじゃないか?

 

「大丈夫だよお兄ちゃん。みんな、喜んでたんじゃないかな」

いや、小町ちゃん、それはそれでおかしくない?喜ぶって、あいつ等男の裸を見て喜ぶ趣味でもあるのか?

 

なんにしても、小町とあいつらが無事でよかった。

 

俺は小町と手をつなぎながら夜の街中を歩き、事務所へと向かった。

 

 

 




なんとかケリ(書けて)がついてよかった。


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(136)後始末、その2

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。




小町と夜の東京の中心街を歩きながら、美神令子除霊事務所に向かう。

そういえば、小町がうちの事務所に来るのは何気に初めてだろう。

小町がわざわざ千葉から東京のこの事務所に来る必要性は全くなかったしな。

まあ、最大の理由は小町が美神さんと横島師匠を嫌ってると言うのが大きい。

……キヌさんやタマモとシロには随分と仲がいいのだが……。

それはある意味仕方がない気はする。

美神さんと横島師匠のあの性格を知れば普通の人間だったら近づかないだろう。

俺だってあんな出会い方をしなければ、遠慮願いたいと思う。

何せ美神さんは美女だが金の亡者にして悪魔より極悪だし、横島師匠は痴漢変態の横島と業界で名が通ってるぐらいスケベで変態だ。

だが、深く付き合えば、二人ともいい所もある。

横島師匠はアレさえなけれが、マジでいい人なんだけど。

そのアレ(スケベと変態)が世界レベルだから、いい人がかき消されてるだけで……。

美神さんだって、性格はマジで極悪だが、あれで結構情には厚い。

それを知るまで付き合うのが問題だよな。

 

 

小町としゃべりながら、事務所の前まで到着した。

事務所の3階、4階から窓から明かりが漏れている。

美神さん達が帰ってるようだ。

 

俺は事務所の建物の玄関に入ると……

『女性一人、霊的脅威無し、霊気パターンは比企谷氏と近似値』

建物のどこからか無機質な男性の声が下りてくる。

 

「……お、お兄ちゃん誰かいるの?」

小町は見えない声の主の存在に、俺の後ろに隠れながら恐る恐る訪ねる。

 

「大丈夫だ。この建物に憑りついてる人工的な幽霊で、この建物の管理人みたいなもんだ。人工幽霊、俺の妹の小町だ」

俺は小町にそう説明しつつ、人工幽霊に小町を紹介する。

 

『比企谷氏の妹、小町殿を登録いたしました。…初めまして、渋鯖人工幽霊壱号と申します。あなたを歓迎いたします』

 

「あ……比企谷小町です。お、お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

小町はおっかなびっくりだが、人工幽霊にちゃんと挨拶を返す。

 

『こちらこそ、比企谷氏にはこの建物の維持に協力してもらっております』

人工幽霊って、かなり礼儀正しいよな。美神さんを主と仰いでいるが、性格的な影響は全く受けてない事は驚異的だ。

 

 

とりあえず、エレベーターで4階まで上がり、事務所にノックをして入る。

「こんばんは、美神さん」

「こんばんは」

俺の挨拶に小町も続くが……事務所には誰も居ない。

3階がなにやら慌ただしい。

 

階段で3階に降りると……。

シロが廊下をうろちょろしていた。

「シロ、何かあったのか?」

「シロちゃん、こんばんは」

 

「八幡殿に小町殿……、おキヌ殿が……」

シロは俺達の方を向くが、沈んだ顔でそんな発言をする。

キヌさんに何かあったのか?

同時多発霊災で怪我でもしたのか?

いや、キヌさんに限って……

 

俺はキヌさんの部屋の方へ早歩きで向かうと、丁度、美神さんがキヌさんの部屋から出てくる。

「美神さん、キヌさんに何かあったんですか?」

 

「ふう……比企谷君か、その子は妹ね」

美神さんは大きく、息を吐いて俺と小町の方へ顔を向ける。

一応メールで小町を事務所で泊らせる事を伝えてはあった。

 

「……こんばんは」

小町は気まずそうに美神さんに挨拶をする。

 

「キヌさんが怪我でも?」

 

「怪我じゃないわ。霊力を限界まで使って、ぶっ倒れたのよ。熱も出てるけど時期にひくわ……でも二、三日はまともに起き上がれないでしょうね」

 

「美神さんが一緒で、そんな無茶を……何があったんですか?」

霊力の限界って、発熱して倒れたとなると、霊体構造にも影響が出る程に霊気霊力を使ったと言う事だ。下手をすると命に係わる。

 

「……後で話すわ。それよりもおキヌちゃんに何か食べさせてあげないと……あの子、今まで何も口にしてないから」

 

「私が作ります。作らせてください」

小町が俺の美神さんの会話に入り、力強くこう言った。

 

「あなたが?」

 

「小町は俺の家の家事一切を取り仕切ってるんで、料理も結構できます。美神さん、小町に任せてください」

 

「頼んだわよ。おキヌちゃんの様子も見てくれると助かるわ。調理はおキヌちゃんの部屋のキッチンを使いなさいな。食材は事務所の冷蔵庫にもあるわ。タマモもそろそろ戻って来る頃だし、タマモとシロに手伝わせていいわ。ついでに私達の分もお願いね」

美神さんはそう言って、キヌさんの部屋の扉を開けて、小町に入る様に促す。

 

「小町、此処は任せていいか?」

 

「うん。小町に任せて!」

小町はさっきまでとは打って変わって、元気いっぱいに返事をする。

 

 

俺は美神さんと共に、4階の事務所に戻る。

「何があったんですか?キヌさんが限界まで霊力を使うなんて……」

そういえば、美智恵さんが言ってたな。

総武高校同様に神奈川の公立高校でも大霊災が発生し、発生の確認が遅れて、手遅れの状態に陥ったとか、そこの対処中の西条さんの応援として美神さん達が向かったと。

 

「東京の霊災を2か所鎮めた後に、ママの緊急要請で神奈川の公立高校に向かったんだけど、高校は既に壊滅状態、魔獣が暴れまくっていたわ。西条さん達はその魔獣達が近隣に出て行かないようにするだけで手いっぱいだったのよ」

西条さんが手こずるような状況か……相当高レベルの魔獣だったのだろう。

 

「………」

総武高校と同じような大霊災なのだろうか。

俺がもし総武高校に居なかったらオークは無尽蔵に異界の門から現れて、稲葉の計画通りに生徒達を喰らいつくしただろう。その結果、ハイ・オークやオーク・ジェネラルが生まれ、結界を解けば、オーク共はさらに近隣住人を喰らいに行っただろう。

 

「あんたの所は異界の門からオークが現れたようけど、こっちは錬金術によるキメラの合成よ。そう…合成の素材に使われたのは生徒達……。生徒達を取り込んだ十数体のキメラが暴れていたのよ……おキヌちゃんはキメラに精神制御を行って大人しくさせるのと同時に、ヒーリングでキメラからの人の分離を試みた……。無茶なのよ。一人でそんな事が出来るはずが無いのに……あの子、私が止めるのを聞かずに……。横島の奴が居れば……あんな無茶をさせずにすんだのに」

美神さんは珍しく悔しそうに語る。

……なんだそれは?生徒達を取り込む?胸糞悪いにも程がある。

合成魔獣キメラ……本来魔獣と魔獣を掛け合わせて生まれるハイブリットな人工魔獣だ。

中世の錬金術師や魔法使いたちは、キメラの生産を何度と試み、繰り返してきた歴史がある。

錬金術師だけじゃない、悪魔共も強力な魔獣を生み出すために、そんな事をやって強力な魔獣を幾つも生み出している。

人間を……それも、俺と同年代の若い連中を生贄にして、キメラに……。

キヌさんはその惨状を見て、生徒達を助けようと……

あの聖母のような優しいキヌさんだったら、助けられる可能性が少しでもあるなら、無茶をもやってしまうだろう。

 

「……そんな事を仕出かした犯人はどうしたんですか?」

 

「さあね。私達が駆け付けた頃には居なかったわ。西条さんも見てないと言っていたわ。助かった生徒の情報だと、フードを被った背の高い男が化け物を引き連れて突然現れたとか……」

 

「大規模結界とか張られていたとか、異界の門とかはありましたか?」

 

「……無いわ。突然現れて襲われたとか……、その学校は山手にあって、周りに住宅も何もない場所だから、学校外から異変が起きた事に、気が付かれなかったようね。学校の外に辛うじて逃げ出した生徒からの通報だったようよ。それで初動が遅れてこの有様ね」

 

「………」

俺が今日巻き込まれた大規模霊災とはまったく別物だ。

稲葉は入念に計画と準備をして、総武高校に仕掛けて来た。

六芒星大規模結界に、異界の門。そしてオーク。

どれも個人で用意出来るもんじゃない。

稲葉自身の霊能力は大したことは無いが、これだけの物を用意し計画出来る何かを持っていた。

だが、神奈川の公立高校を襲った奴は、美神さんの話を聞いている限りでは、個人の力量…凄まじいレベルの錬金術師だ。その場でキメラ合成を行える程のな。キメラ合成なんて物は、準備に膨大な時間がかかるはずなんだ。それをあっさり、聞いた事もない規模の錬金術による生命合成をその場でやってのけたのだ。

そんな事が出来そうな人物と言えば、俺の中ではドクター・カオスしか思い浮かべられない。

中世の錬金術師でもそのレベルの術者は数人といないだろう。

もしかすると、その錬金術を可能にする特殊な魔道具や霊具があるのかもしれないが、俺の知る限りではそんなものは聞いた事もない。

 

内容は全く別物だが、この2つの霊災には共通点はある。

まずは、犯人は一人だと言う事。

ほぼ同時刻で霊災を起こした事から、稲葉と神奈川の公立高校を襲った奴は少なくとも仲間だろう。

高校を狙ったのも何か理由がありそうだ。

最大の共通点は、こいつ等は自分たちの目的のために人間を実験動物のように扱い、人の命を何とも思っていない下衆だと言う事だ。

 

 

 

「ふぅ、で、……比企谷君、あんたの所はどうだったのよ」

 

「電話で話した通り、人的被害はありませんでした。物損もグラウンドがしばらく使えなくなったぐらいです」

 

「外界から完全遮断できる大規模結界と異界の門にオークとか言ってたわね。ヤバさレベルではあんたの所の方が高いようね。それにしてもあんたはヤバそうなトラブルによく巻き込まれるわね。そう言う星の元に生まれたんじゃないの?」

美神さんは、片目半目で俺を見据えて、少々呆れた口調でこんな事を言ってくる。

 

「……勘弁してください。今回の事だって、ドクターやマリアさんが来てくれなかったら、相当ヤバかったんですから」

冗談じゃない。ヤバい所に突っ込むのが運命みたいな言い方しないで欲しい。

俺の望みは毎日を平穏無事に過ごしたいんですが。

……この業界に入ってそれは望めないのは分かってはいるんだけど、面と向かって言うのはやめて欲しいところだ。

 

「今回の霊災テロを行った連中が、今までの分も噛んでいたと思って間違い無いわ。奴らは日に日に力をつけてきてる。そろそろギャフンと言わせないと気が済まないわ」

ギャフンって、美神さん今日日の若者はそんな言葉は使わないですよ。

確かに、奴らは回を重ねるごとに霊災の仕掛けが高度になってきている。

今回の大規模霊災はかなりやばい物だった。

 

「なんにしても、犯人を捕まえたのはお手柄ね。これで一連の霊災愉快犯について、かなり解明されるわ。報奨金もたんまり貰えそうね。くくくっ、あんたはいい金の卵ね」

……最後は金かよ。まあ、美神さんの行動力の源は金だし、仕方がないか。

 

「そうだといいですね」

 

「……あんたの不安もわかる。相当用意周到な連中よ。毎回、横島くんが居ないのを見計らっての行動。オカGに裏切者がいるか、もしくは政府外交官かその周囲か……横島くんの海外出張はその辺しか知れ渡ってないわ。しかも特一級秘匿事項よ。GS協会でも理事レベルしか知らされない。

横島くんの海外派遣先は国同士の外交レベルで決定されてるわ。それをオカGが仲立ちして調整してる。

今のは私の独り言よ。あんたは聞かなかったことにしなさい」

 

「………」

横島師匠って、国レベルの話で海外に出張していたのか。

そりゃそうか、霊災によっては他国の事情に介入しなくっちゃならないからな。

改めて思うんだが、やっぱ横島師匠って世界最強で最高のゴーストスイーパーなんだよな。

スケベで変態だけど。

 

「ふぅ、何にしても、おキヌちゃんはしばらく休ませないとね。だけど、あんたのガールフレンドがバイトに来てくれて助かるわ。仕事の呑み込みは早いし、料理から家事洗濯まで完璧にこなすし、私の先見の明に間違いはなかったって事ね」

 

「が、ガールフレンドって……いや、そのですね」

雪ノ下はその彼女とかじゃまだないんで、その候補ではあるんですけど。

 

「なに慌てふためいてるのよ。女友達って事よ。そうね。雪乃の方はどう思ってるかは明白よね。あんた、しっかり責任とりなさいよ」

美神さんはまた、半目で俺をジトっとした目で見据えてくる。

 

「せ、責任って!?」

 

「なんにしろあんたは明日からしばらく、オカGに派遣ね。ママから正式に依頼が来たわ。総武高校の現場検証だけじゃないでしょうね。あんたの霊視能力頼りで神奈川の方もいかされるわ。覚悟しておきなさい」

 

「……わかりました。総武高校霊災の犯人の稲葉の尋問とかにも付き合わされるんでしょうか?」

 

「立ち合い程度はあるかもしれないわね」

 

「あいつ、総武高校に逆恨みしてましたし、俺に盛んにオカGとGS協会と政府を嘘つき呼ばわりしてました。妄想が激しいのか、3年半前の世界同時多発霊災も、戦争だって言ってましたし、世界人口の8%も亡くなったって言ってました。尋問の前に精神鑑定を受けた方が良いんじゃないですかね」

 

「…………まあ、そうね」

普段は間髪入れずに返事をする美神さんが、この時は何故か、間をおいていた。

俺はこの時、ちょっとした違和感程度で済ませていた。

 

 

丁度、小町とシロとタマモが事務所に入って来る。

「食事を持ってきました」

「ごはん、ごはん、小町殿のごはんでござる。拙者はらぺこで死にそうでござるよ」

「揚げが2枚入ってるのは私のよ」

 

事務所の応接セットの横にある大きなダイニングテーブルの上に小町たちは持ってきた料理を置く。

きつねうどんとかやくおにぎり。

シロには大きな肉串だな

 

「おキヌちゃんの様子はどう?」

美神さんは食事を用意する小町に訪ねる。

 

「お粥を少し食べてくれました。でも、体を起すのも辛そうで……」

 

「そう……助かるわ」

美神さんはどこかホッとした顔をする。

 

こうしてダイニングテーブルで深夜の食事を始める。

 

 

小町はタマモの部屋で一緒に寝ると……。

俺はとりあえず、報告書を仕上げるために、事務所でパソコンに向かって作業を始める。

美神さんはきっとキヌさんの部屋だろう。

看病をしてるはずだ。美神さんはキヌさんの事を妹のように大切にしてる事は傍目からもわかるからな。

 

 

俺は報告書をパソコンで作成しながら、思いにふける。

今回の総武高校での霊災、ドクターとマリアさんが来てくれなかったら、ヤバかった。

下手をすると、美神さんから聞いた神奈川の公立高校と同じ憂き目にあっていた。

もっと、俺自身が強くならないとな。

守りたいものも守れない。

 

 

横島師匠が帰ってきたら、本格的に修行をつけてもらうおうか。

 




横島師匠の出番が……

この章はこれで終わりです。
ちょっと間をおいて、再開いたします。

夏休み編に突入かな?


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【十四章】夏休み編
(137)夏休みに入って……


ご無沙汰しております。
夏休み編、徐々に投稿していこうと思います。

先ずは前回のおさらいみたいな後日談的なお話です。


高校最後の夏休みに入る。

現役受験生にとっては将来を左右する大事な時期だ。

この夏休みで受験までの学力が大きく伸びるか停滞するかが凡そ決まると言われている。

私立推薦入学試験は早い大学では10月初旬から始まるため、私立推薦を狙っている奴はここで成果が出ないと厳しいだろう。

 

とまあ、一般的にはそうなのだろうが……。

俺は朝から仕事に向かう。

と言っても、向かう先は美神令子除霊事務所じゃない。

私立総武高校……俺の学校だ。

 

先日起こった、第二次関東同時霊災多発テロと名付けられた霊災テロ。

東京で7か所、神奈川で1か所、千葉で1か所の合計9か所で起こった人為的な霊災だ。

昨年頃から、霊災テロが頻繁に起こりだし、昨年のクリスマスには遂に犠牲者まででた。

これらを起こした犯人を同一犯又は同一犯行グループと認定し、通称 霊災愉快犯と名がつけられる。

まるで楽しむかのようにオカルトをテロの道具として使う連中は、証拠も残さず、犯人像すらもつかませず、警察やオカルトGメンの必死の捜索にも全く引っかからずに、時間だけが過ぎて行った。

手口は徐々に巧妙となり、大胆な物も増えてくる一方だった。

さらに警察やオカG、GS協会の動向まで把握しているような動きに、オカルトGメン東アジア統括管理官の美神美智恵さんが、遂に内定調査を開始、その手始めとして若手GS資格免許取得者を対象の能力テストに託けて実行に移した。

そこでは、関連しそうな奴を発見したが、本人は魔物化してしまい、事情聴取もままならない状況だった。

 

そして、霊災愉快犯の矛先が遂に俺の大切な者の前にも……。

先日起こった第二次関東同時多発霊災テロのターゲットの一つとなったのが、俺が通う高校。

総武高校だった。

霊災規模は大規模霊災。

下手をすると街や都市一つを巻き込む規模の霊災を意味している。

六芒星結界に異界の門、そしてオーク、どれをとってもかなりやばい物だった。

そして、総武高校の霊災を起こした首謀者は稲葉義雄、Dランクのゴーストスイーパー、美智恵さんが危惧していた通り内部に犯人が居たのだ。

俺の事も調べ済みで、小町を人質に取り、GS協会やオカGの動きも知ってる風だった。

奴の目的は、総武高の生徒使ってのオークの進化実験だった。

オークに生徒を食わせ、オークを上位種に進化させるというとても正気の沙汰とは思えないようなことを平然と実行しようとしていた。

しかも、個人的に総武高校に恨みを持っている風でもあった。

だが、奴が言っている事は目茶苦茶だ。

3年半前の世界同時多発霊災の事を戦争だの、世界人口の8パーセントが亡くなっただの、そして、総武高に通う自分の妹がその戦争で亡くなっただのと……。

妄想も甚だしいものだった。

だが、奴の狂気は本物だ。

自分に正義があり、政府やオカG、GS協会を偽善者と罵り、オークを使って生徒を食わすことに何の躊躇もない。

 

俺は何とか小町を奪還し、奴の捕縛に成功。

総武高校生徒と教職員全員に被害が出る事がなかった。

それもこれも、途中でドクター・カオスとマリアさんが駆け付けてくれたからだ。

俺一人だったら、やられていた可能性が高い。

その後の事は考えたくもないが、小町に雪ノ下や由比ヶ浜、川崎に一色、学校の連中が全員オークに食われていただろう。

それだけじゃない。進化したオークを街に解き放てば、街は壊滅していた。

最悪、千葉の中心地はほぼ潰滅状態となっていた可能性もある。

 

俺の学校と同じく、大規模霊災に認定されたのが、神奈川の高校で起きた霊災テロだった。

霊災の発見が遅れ、被害がかなり出た。

あっちは、キメラの合成……それも人間を、生徒を使って行ったのだ。

しかも、首謀者と目される人物は、総武高校と同じく一人………。

最終的には、美神さん達が駆け付け、被害拡大前に抑える事が出来たが……、首謀者には逃げられ、高校は悲惨な状況に……。

 

俺の総武高校も一歩間違えば同じ状況になっていただろう。

そう思うと、体が自然と震える。

 

 

 

俺は今、オカルトGメンの要請で総武高校での大規模霊災事件の現場検証の為に来てる。今日で三日目だ。

 

実は今、家から通ってるわけじゃない。

ここしばらく、事務所から総武高校との往復の毎日だ。

仕事の都合上その方が良いって言うのもあるが、今の小町を放っておけない。

それにだ。小町はあれから俺から離れようとしない。

親父やかあちゃんがあの事件の翌日には帰って来て、親父は顔を鼻水や涙でぐちゃぐちゃにして、小町の為に会社を辞めて一緒にいるとか言いだす始末だったが、小町は「お兄ちゃんと一緒だからいい」と速攻拒否られ、轟沈していたな。俺は勝ち誇った顔を親父にみせ、親父は悔しそうに俺に恨み節をほざいていた。

かあちゃんからは、「あんたは一生面倒見ないといけないと思ったけど、もう立派に独り立ちしてるわね。ホッとしたってのもあるけど、親としてはちょっと寂しいわね」とか言われた。

なに?俺ってそんな風に見られてたの?……まあ、横島師匠たちに会う前だったら、専業主夫になるか、一生親の脛をかじろうかとか思ってたのは事実だが……。

親共は、この関東同時多発霊災のあおりを受けたようで、穴埋めのため次の日からあちらこちらに出張だそうだ。

 

そんなもんだから、小町は今、事務所のタマモの部屋に寝泊まりさせてもらってる。

人質に取られオークに食われかけたんだ。その恐怖を今も引きずっているだろう。

だからと言って、仕事に一緒についてこさせることは出来ない。

なまじ出来たとしても、恐怖を体験した現場である総武高校に連れて行くのも憚れる。

そんな小町を家に1人で置いておけないしな。

事務所にはタマモやシロも居るし、今は昼間に雪ノ下も居るのだし安心だろう。

それにキヌさんの事も有る。

キヌさんは神奈川の高校の大規模霊災で、限界以上の霊力を使い今も寝込んでる。

小町がキヌさんの看病をかってでてくれたのと、家事の手伝いをしてくれてるから、美神令子除霊事務所としても助かってるとのことだ。

まあ、雪ノ下も通ってるし、やる事は少ないだろうがな。

 

それと美神さん自身は今、事務所に居る事がほとんどだ。

事務所の依頼仕事は暫くキャンセルしてる。

よっぽどキヌさんの事が心配なのだろう。

それ以外では、オカGやGS協会には顔を出してるみたいだ。

一応GS協会の理事だし。

 

 

 

 

総武高校の現場検証での俺の役割は今日が最後だ。

今日は学校の教職員も立ち会ってる。

と言っても、教頭と平塚先生だけだけどな。

 

平塚先生と俺は現場検証の休憩中に、屋上で話し合った。

「比企谷、今回の事は本当に助かった。君がこの高校に在籍していなければ……想像もしたくもない結果となっていたであろう」

 

「いや、俺だけではダメでした。助っ人が来てくれなかったらどうなっていたのものか……」

 

「助っ人には驚いた。私の目の前に居たのだぞ。あのマリア氏が……随分と由比ヶ浜と仲がいい様に見えたが……ヨーロッパの魔王ドクター・カオス氏も居たと言うではないか」

 

「それは内密に願います」

 

「ああ、それはオカルトGメンの担当者にも言われている」

ここで内密というのは、ドクターとマリアさんが、日本に住んでいるという事実だ。

もっといえば由比ヶ浜の家に居候していることも問題なんだが……。

ドクターの立場はかなり面倒で厄介だそうだ。

一応、マスコミ向けには、この総武高校の大規模霊災テロ事件は千葉在住のゴーストスイーパーと協力者によって解決とされている。

ドクターは世界でも有名な錬金術師であり、フランス所属のSランクGSでもあり、本来日本に在住するなど、世界のパワーバランス的には国際的な問題になりかねない。

だが、実際はそうはなっていない。

ドクター・カオスの日本在住は政府やオカGを通してフランスはフランスGSに通達しているし、国連機構であるオカルトGメンも認めている。

フランスも特にドクターに戻って貰えるような動きを見せていない。

それはそうだ。ドクターは今も、唯のボケ老人だと思われているからだ。

Sランクも名誉職程度のもので、実際の戦力にはならないと、フランスにとってはいい厄介払い程度に思っているかもしれない。

まあ、ボケてなくてもはた迷惑なため、国外退去はありえるのだけど……。

 

 

既に新聞各社はこの総武高校の大規模霊災テロ事件を解決した協力者について、いろんな憶測されて、一部スポーツ誌には協力者はドクター・カオスではという見出しもある。

 

一応バレた時のシナリオも用意していて、落ち着いた頃に正式に認めるらしい。

【ヨーロッパの魔王ドクター・カオス氏は日本旅行中にたまたま霊災に出くわして、解決に貢献した】と言うシナリオが日本にとってもフランスにとっても、国際的にも外聞がいい、もっともらしいシナリオだそうだ。

 

 

「それにしても君は強いのだな。オカGや自衛官達の説明や会話の内容を聞いていればわかる」

 

「そんな事はないです。さっきも言いましたが、ドクターやマリアさんの助けが無ければ対処しきれませんでした」

 

「君は相変わらず謙遜が過ぎるな……」

 

「まあ、何にしろ、生徒や学校が無事でよかったです」

 

暫く、俺と平塚先生は屋上からブルーシートで囲われたグランドを眺めていた。

ふう、マジで危なかったな。

六芒星大規模結界に異界の門、オーク、さらに小町が人質に取られ……、あの時ドクターとマリアさんが来てくれなかったら、どうなっていた事か。

この霊災を仕掛けた稲葉の奴、個人的に総武高校に恨みを持っていた。

妄想も激しい上に、とばっちりもいい所だ。

 

その稲葉だが事情聴取が始まった。始まったのだが……。

漸く捕まえる事ができた一連の霊災テロ【霊災愉快犯】の首謀者の一人と目される人物だった稲葉から、有益な情報が一切入らなかったそうだ。

それは稲葉の精神が崩壊したからだ。悪魔契約の一種だと美智恵さんが言っていた。

稲葉自身も悪魔契約を結んでいたと言う事だ。美智恵さんが取り調べを行う前にその悪魔契約が履行し稲葉は精神崩壊を起こし、廃人同様に。

何がその悪魔契約のトリガーとなったのかは分からないが、稲葉が不都合な事を口にしようとした時か、稲葉がこの霊災テロに失敗した時なのかは分からないが、そう言う風に仕込まれていたそうだ。

稲葉自身も駒の一つに過ぎなかったと言う事だろうか。

もしかすると、この霊災愉快犯のバックには強力な悪魔が存在するかもしれない。

いや、今までにやり口を見るに現代社会に生きる人間の思考だ。

そんな強力な悪魔を使役できる奴がいるのかもしれない。

神奈川の高校で起きた霊災テロの首謀者は、魔獣を従え、一人で生徒達を依り代にキメラ合成をその場で行ったと。

事前準備も無しにそんな事が出来るなんて、相当な使い手だ。

それこそ、ドクターに匹敵するほどの……。

 

俺は考えれば考える程、わからないことだらけだ。

 

 

暫くの沈黙の後、平塚先生は俺にこんな事を聞いてきた。

「もしだ……横島さんがこの現場に現れたのなら……どうなっていた?」

 

「一瞬で解決しました」

これだけは断言できる。

横島師匠と俺との力の差は歴然だ。

プロのGSとして色々と経験してきたが……この業界の事を知れば知るほど、横島師匠の力は異常だ。

武神斉天大聖老師の直弟子ってだけでも規格外なのに、あの文珠という術儀、チートもいい所だ。

 

「そうか………」

 

「先生、横島師匠の力の事も内密にお願いします」

 

「それは分かっている。ハワイでの事を冷静に考えれば、横島さんが只者ではない事は私にもわかる。オカルトGメンの西条さんにも十分釘を刺された。そうか、わたしは……叶わぬ恋をしたと言う事か」

平塚先生は寂しそうな顔を眩しそうに燦燦と照る太陽に向けていた。

どうやら平塚先生は今も、横島師匠の事を心のどこかで……。

 

「そういえば先生、唐巣神父の所に毎週通ってるって聞いてますが」

俺は一呼吸おいて、違う話題を平塚先生に振る。

 

「そうだな、あそこはいい、心が洗われるようだ」

 

「そうですか……」

唐巣神父の教会を紹介したのは俺だが、どうやらうまくいってるようだ。

川崎はいい迷惑だと言っていたが……、大人しく、礼拝を受けてるらしい。

平塚先生は、学校に居る時は格好いい美人教師なんだが、私生活や性格に難があるからな。それに男運が悪い上に男の前だと暴走しがちだ。少し落ち着けば、自然と良い相手が見つかると思うんだけどな。

 

「そういえば比企谷。唐巣神父とも随分と親しいらしいが……」

 

「そうですね。前にも話したかもしれませんが、神父は美神さんの師匠なんですよ。だから俺も唐巣神父の孫弟子かひ孫弟子にあたるわけです。それに色々と相談にも乗ってくれます」

 

「そうだったか。神父はいい人だ。こんな私にあんなに優しく接してくれる人は、今まで居なかった。………そう言えば神父は独身らしいな」

 

「まあ、そうですね」

 

「し、神父はどんな女性が好みなのだろうか?」

平塚先生が急にモジモジだしたぞ。

ん?なんだ?なんかこのパターン、前にもあったような……。

まさか!?

 

「聞いた事ないですが……平塚先生、神父は50歳前後ですよ。流石に……」

神父の好みの女性って……いやいやいや、下手すると親子程歳が離れてるんですが……。

確かに神父は超いい人なんだが、平塚先生と?

想像し難い。

神父のあのほんわかした雰囲気と、男勝りの平塚先生が?

仮にだ。もし平塚先生が神父の奥さんになれば、平塚先生がシスターに?

んん……うん?んん?

意外とありか?いやしかし……

 

「い、いや~、ちょっと聞いただけだぞ」

 

「………」

俺はジトっとした目で、平塚先生を見据える。

 

「コホン。な、何にしても皆が無事でよかった。君のお陰だよ」

誤魔化したな。まあ、何れにしろ、今どうこうする話ではないだろう。

 

「俺のお陰というのは別にして、皆が無事でよかったです。二学期も始められそうですし」

次にこんな事が起きても、対処できるように鍛え直さなくっちゃな。

妙神山で基礎能力を上げる訓練を受けた方がいいな。

横島師匠が帰ってきたら相談するか。

 

 

 

 

事務所に戻ったら……

「かんにんや~、仕方がなかったんや~~~!」

事務所の屋上から、蓑虫のようにす巻きにされ吊るされた横島師匠が夜風でゆられていた。

 

横島師匠帰って早々何やらかしたんだか。

まあ、どうせ下着泥か覗きだろうが……まさか、小町に!?

 

 

はぁ、小町と家に帰るか。

ここに長居すると小町の教育上良くない事が多すぎる。

 

 

 




次はあの子が再登場。


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(138)グランドファザー来襲

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回のシリアスからの、これです。


夏休みに入り1週間が過ぎる。

漸く関東同時多発霊災テロ事件の現場検証等のオカルトGメンからの出向依頼はひと段落を終えた。

 

キヌさんの体調も、横島師匠が長期海外出張から帰って来てくれて、文珠による回復で元通りに……

しかし、キヌさんは東北の実家に戻った。

神奈川の霊災は悲惨だったと聞いてるし、心優しいキヌさんの事だ、心を痛めてるに違いない。心の療養にも、実家の家族と過ごした方が良いに決まってる。

元々この夏休み前半に実家に帰省の予定だったし、丁度良かったのだろう。

美神さんはわざわざキヌさんの実家まで自ら車を運転し送りに行った。

その美神さんだが、キヌさんを実家に送り届けてから、事務所を通常営業に戻し、今日は俺以外全員依頼現場に向かった。

 

雪ノ下はキヌさんの穴埋めとして、しばらくは毎日出勤の予定だ。

今日は別件で予定があるとかで、昼からの出勤となっている。

この頃、俺の仕事ついでに事務所について来ていた小町も、今日は高校の友達の所に遊びに行ってる。

小町も気持ちを切り替える事が出来たのだろう。

元々切り替えが早い奴だし、もう大丈夫だと思いたい。

 

という事で、俺は今、事務所で一人での留守番だ。

あらかた報告書は済ませたし、午前中は雪ノ下が来るまでは書庫で術式関連の本を読みながらまったり過ごすつもりだった。

 

だったのだが……

 

「頼もう!!」

事務所の掃除を終えて、書庫に向かおうと階段をおりていたところ、外からこんな大声が聞こえてくる。

頼もうってなんだ?来客か?

 

「人工幽霊、来客か?」

『そのようです。霊気霊力測定の結果、霊能力者です』

「そうだな霊気もそこそこの内包量を感じる。美神さんの知り合いか?」

『来客登録に該当ありません』

人工幽霊に尋ねるが、どうやらこの事務所に来た事が無い人物のようだ。

霊気の質からそこそこの霊能力者だと言う事はわかる。

 

「ふう、特に怪しい気配は無さそうだし……」

俺はビルの一階に降り、ビルの玄関を開ける。

 

大声の主は、和装姿の年は70歳中頃から80歳ぐらいに見え、眼光がやけに鋭い小柄なじいさんだった。

 

「おはようございます。どのようなご用向きですか?残念ながら所長は現在不在です」

俺はこのじいさんにビジネス敬語で対応する。

 

「そのラクダのようなやる気がない目、おぬしが比企谷八幡だな」

じいさんは目を細め、眼光をさらに鋭くし、俺を見据えていた。

 

「はぁ、そうですが、どちら様ですか?」

何?俺に来客?

知らないじいさんだ。

またしてもこの目で俺って認識されたんだが……。ゾンビと間違われないだけましか。

しかし、ラクダって、ラクダは全体的にやる気が無さそうな雰囲気だが、目は結構円らだぞ。

 

「ふん、わしは津留見神社の神主、鶴見源蔵だ!」

何故かじいさんは怒り気味に名乗った。

津留見神社?って、留美の実家の神社だよな。

そこの神主ってことは留美のじいさん!?

留美はなんか今にも死にそうだという感じに言ってたけど、滅茶苦茶元気そうだぞ。

 

「えっと、る、留美さんのおじいさんですか」

 

「き、貴様!!孫娘を名前で呼ぶとは!!何事じゃ!!」

 

「い、いや、苗字が同じだから……」

 

「まだ幼い留美をたぶらかせ!その毒牙に掛けた鬼畜比企谷八幡!!許すまじ!!そこに直れ!!」

じいさんはいきなり持っていた布で巻かれた棒を抜き払い、俺に突きつける。

薙刀だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。なんのことだか」

俺は降参のポーズを取りながら、一歩二歩下がる。

なんだか、とてつもない勘違いをしてるんじゃないか?

 

「なにーーっ!この期に及んで白を切るつもりか!!」

 

「白を切るもなにも、ちょっ、何を?」

 

「この腐れ外道め!!孫娘を手籠めにしておきながら知らぬと申すか!!成敗してくれよう!!」

じいさんはそんな事を怒りの形相で叫びながら、いきなり薙刀を振るって襲い掛かって来た。

手籠めって、そんなわけあるか!あんたの孫娘はまだ12、3だろ?

 

「ちょ、ちょっと待って、話が見えないんですが?」

俺は薙刀を避け、敷地内を逃げながら、説得を試みるが……

 

「問答無用!!その首、刎ねてくれるわ!!きぇーーーーーっ!!」

俺の言葉など全く聞いてくれずに、薙刀を振るってくる。

 

「おわっ、ちょ、危ないっ、じいさん話を聞けって」

このじいさん本気だ。本気で俺を切ろうと?

 

「ぐぬぬぬっ、貴様にじいさん呼ばわれされる筋合いはなーーーーーいっ!!」

 

 

「おじーーーちゃん!!ダメ――――!!」

その声と共に薙刀を振るっていたじいさんはその場でぶっ倒れる。

 

ぶっ倒れたじいさんの背後から、コンクリートブロックを両手に持った私服姿の留美が息を切らして立っていた。

 

倒れたじいさんは鼻血を出し、後頭部から血がどくどくと流れていた。

コンクリートブロックで殴ったのか?

し、死んだんじゃないか?

 

「あーーっ、おじいちゃん!おじいちゃん、しっかりして!死んじゃダメーーーっ!」

留美は慌てて、倒れて気絶してるじいさんを揺さぶる。

 

おい、よけいに血が流れてるぞ。

 

 

 

 

事務所まで気絶したじいさんを運んで、じいさんに応急処置を施し応接セットのソファーに寝かしてる。

一応、留美がヒーリングを施し、血は止まってはいるが……

 

「留美、これは一体どういうことだ?」

俺はじいさんの傍に座る留美の前にオレンジジュースを出しながら、説明を求める。

 

「昨日おじいちゃんとケンカしたの」

留美はじいさんが寝てるソファーの空いてる隙間にちょこんと座り、オレンジジュースを一口すすってから話し出す。

 

「ケンカ?」

 

「うん。おじいちゃんに八幡の弟子になるって言ったら、聞いてくれなくて、ケンカになった」

そりゃそうだ。霊能家の跡継ぎで、しかも自分の孫娘が見ず知らずの俺みたいな男の弟子になるっていきなり言われても納得できないだろう。

いわば、余所の家の子になると言っているようなものだ。

もし、小町が川崎家の子になると言い出したら、全力で拒否するし、あのゴミムシ(川崎大志)を退治していたかもしれない。

 

「はぁ、そりゃそうだろう」

 

「なんで?お父さんとお母さんは良いよって言ってくれたのに」

留美は少々眉を顰めながら俺を上目使いで見てくる。

……いや、お前の親父と母親がおかしいのであってな。

普通、どこの馬の骨ともしれない若造に大事な娘を任すか?

しかも、霊能家の跡継ぎだろ?

 

「はぁ、弟子になるって事はだ。その人に人生を預けると言っているような物なんだぞ……。それを分かってるのか?」

 

「うん、分かってる」

 

「じいさんはだ。自分が手塩にかけた弟子であり孫娘であり、霊能家の跡継ぎが、急に他の、しかもどこの馬の骨とも知れない若造に弟子入りするって言いだしたらどう思う?」

 

「うん……だからおじいちゃんにちゃんと説明したのに、怒ってばっかり」

 

「本当にちゃんと説明したのか?」

 

「うん、八幡の弟子にしてもらって、将来、八幡は鶴見家に婿入りして、津留見神社の神主になってもらうって言ったの」

留美はとんでもない事を口にした。

 

「………」

おい、なにそれ?まったく聞いてないんだけど。

 

「だめ?」

首を傾げて、上目づかいの留美。

 

「……婿入りって何?」

 

「八幡が鶴見家に婿に入る事だよ」

 

「……神主ってなに?」

 

「八幡が津留見神社の神主になって、GSのお仕事も一緒にするの」

 

「ちょ……ちょっと待て、俺が誰の婿になるんだ?」

 

「ええっ……それを私の口から言わせるの?」

なんか留美の奴、顔を赤らめてるんだけど。

 

 

「…………」

俺の目がますます腐って行くのが自分でもわかる。

そりゃ、そんな話をすれば、じいさんもああなるよな。

いやいやいや、そもそも何で俺が、鶴見家に婿入りして、津留見神社を継ぐことになってるんだ?しかも相手が留美って、おい。

 

 

「比企谷君。何時からロリコンに鞍替えしたのかしら?」

突き刺すような冷たい声が俺の後ろから、聞こえてくる。

なぜか懐かしい感覚だ。

 

「ゆ、雪ノ下……いや、来るの早くないか?そうじゃなくてだな」

振り向かなくてもこの声の主は分かる。

雪ノ下、出社予定時間より1時間早いんだが……。

しかも、どんなタイミングだ?

最悪だ。

 

「八幡、この人、なんでここにいるの?」

留美は頬を膨らせ、俺に聞いてくる。

 

「久しぶりね鶴見さん、私はここの事務所でアルバイトをしているのだから当然ね」

その留美の言葉に雪ノ下が応える。

 

「八幡はロリコンじゃないし、私と八幡は5歳しか違わないし、私も後3年すれば結婚だってできるし」

留美は立ち上がり、頬を膨らませながら雪ノ下へとつかつかと歩みをよせ、見上げる。

 

「あらそう、だったらロリコンではない比企谷君は、今の貴方には興味はないわね」

雪ノ下は留美に不敵の笑みを漏らしていた。

なんか微妙に対抗心燃やしてないか?

 

「今の私と変わらないのに……うううん。私の方が大きいもん。それに将来性だってある」

雪ノ下の胸をじっと見てから、そう言って胸を張る留美。

 

「どこを見て言っているのかしら?」

雪ノ下の顔が一気に冷たい物へと変貌する。

やばっ、雪ノ下の奴、スイッチ入ったんじゃないか?

雪ノ下にそのネタはヤバいぞ。

この頃、妙に気にしてるしな。

 

「おい雪ノ下、相手は子供だぞ」

俺は雪ノ下をたしなめるようとするが……

 

「比企谷君は黙ってて」

「八幡、私は子供じゃないもん」

何故だか二人にバッシングを受ける俺。

 

留美は頬を膨らませながら雪ノ下を見上げ、雪ノ下は凍てついた視線で留美を見下げる。

お互いの視線がぶつかり合い、火花が見えるような光景だ。

 

雪ノ下と留美は並べば姉妹と見間違う程、顔立ちがよく似ている。

髪型も同じで、雰囲気も何となく似ているのだ。

その二人が正面切って睨み合っている。

知らない人が見れば、姉妹喧嘩に見えるだろう。

 

 

そこで、面倒なじいさんが目を覚まし立ち上がる。

「比企谷…八幡!!貴様―――っ!!他に女がいる分際で!!留美を!!この鬼畜外道め!!」

 

「また変な勘違いをっ、話を聞……」

 

俺の言葉なんて全く聞こえてないじいさんは鬼の形相で飛んで襲い掛かって来た。

「きぇーーーーーーっ!!」

 

 

「げっ、もうなんなんだ!?」

 

 

「おじいちゃん!ダメ!」

留美は飛び上がったじいさんの足を掴み思いっきり引っ張る。

 

空中で足を引っ張られたじいさんは当然頭から落ち、応接セットのテーブルにモロ顔面を殴打。

またしてもじいさんは失神し、痙攣していた。

 

「おじいちゃん!しっかりして!おじいちゃん、死なないで!」

留美はそんなじいさんを揺さぶる。

 

 

 

 

 

二時間後……

「弟子を取るとも言ってないんですよ。俺はこの通り未熟者ですし、うちの所長が留美さんを気に入って、そう言ってるだけで……、婿とか跡取りとかそんな話は全くないです」

漸く、皆落ち着きを取り戻し、まともな話し合いが始まった。

雪ノ下が紅茶と菓子を出してくれる。

雪ノ下はこの話し合いの場には入らず、自分の事務机から様子を伺っていた。

俺が雪ノ下にそう頼んだのだ。

雪ノ下と留美は仲がいいわけではなさそうだし、自分の事は自分で何とかするから任せろと言って……。

 

「そうじゃったのか、とんだ早とちりを、はっはっはーーっ、すまんかったのう」

鶴見のじいさんは包帯だらけの顔面と頭を撫でながら、豪快に笑う。

このじいさん流石はBランクGSだけあって、丈夫だな。

さっきとは打って変わって和やかな雰囲気だ。

どうやらじいさんの大きな勘違いだと言う事を理解してくれたようだ。

 

「美神さんが10月になったら、八幡の弟子にしてくれるって言ってたもん」

留美は頬を膨らませながら抗議する。

 

「はぁ、……美神さんが勝手に言ってるだけで、そもそも俺が人に物を教えるような、大した奴じゃないんだって言っただろ?」

俺は留美に言い聞かせる。

 

「でもっ!」

 

「師匠のおじいさんもまだまだ元気だろ?俺は霊能者となって日も浅いし、経験も少ない、歴戦の鶴見源蔵さんとは比べものにならない。それに俺は神道系の霊能者じゃない。神道系でしかもクラフト使いの留美に教えるには荷が重いんだ。留美は霊能者としてまだまだ伸びるだろう。畑違いで経験不足の霊能者の俺が指導した所で、留美の素質を不意にしてしまう」

続けて留美の説得に掛かる。

美神さんが居ない内に、留美を説得して諦めてもらえば、弟子の話は無くなるだろう。

それに、留美のじいさんも目の前にいる。

正直いって、俺は弟子を取るには知識や経験は勿論、力量不足もいい所なんだ。

このまま行けば留美は将来、有望な霊能者に育つだろう。

俺の弟子になる事で、その将来性が摘まれる可能性が高い。

 

「でも八幡がいい!」

それでも留美は俺に訴えかける。

 

「だがな……」

俺は次なる説得の言葉を口にしようとしたが……じいさんが待ってくれと言わんばかりに、手の平を俺の前に出す。

 

「お主の言い分はようわかった」

じいさんは腕を組み直し、大きく頷く。

どうやら、鶴見のじいさんには伝わったようだ。

 

「おじいちゃん!でもっ!」

留美はじいさんの袖を掴み、上目使いで抗議する。

 

「そこまで留美の事を考えて下さっていたとは……」

 

「いえ…ただ、俺じゃあ留美さんの師匠を名乗るには未熟者なんで」

 

「謙遜なさるな、その若さでBランクとは大したもんじゃ、わしの薙刀を悉く避けよった実力もなかなかのもんじゃ」

さっきまで俺を目の敵にしていたはずのじいさんが、何故だかこのタイミングで俺を持ち上げる。

 

「うん、八幡は凄い」

それに留美がうれしそうに相づちを打つ。

 

「お主は千葉在住とな」

 

「うん、八幡、総武高校通ってて頭もいい」

またしてもじいさんの俺への質問に留美が相づちを打つ。

 

「総武高校とな………もしや、あの関東同時多発霊災テロ、総武高校の大規模霊災を抑えおったのはお主か?」

BランクGSのじいさんが知っていて当たり前か、GS協会からもあらまし程度は通達してるだろうし。

 

「まあ、確かに俺も関わりましたが、結局抑えたのはドクター・カオス氏とマリアさんですよ」

 

「蛇の道は蛇……わしも長い期間この業界に携わってきた人間じゃ、あの大規模霊災の情報もある程度わしの耳にも入っておる。………あの状況で被害者無しとは、あっぱれじゃ!」

どうやらじいさんはあの現場で起こった事をそこそこ詳しく知ってそうだ。

千葉で根を降ろし、その年まで霊能者として第一線で活躍していたのだから、独自の情報網があるのかもしれない。

 

「うん、八幡は凄い」

何故か留美が得意げだ。

 

「………よかろう、お主になら留美を預けても問題なかろう」

じいさんはこんな事を言い出す。

 

「はい?」

 

「八幡殿、留美を弟子にしてやってくれ」

次にじいさんはそう言って俺に頭を下げだした。

八幡殿って…あれ?なんかおかしくないか?

 

「おじいちゃん、ありがとう!」

「留美よ。精々師匠の八幡殿の言う事を聞き励むのだぞ」

留美はじいさんの腕に飛びつき、じいさんは留美に優しく言い聞かせていた。

はぁぁあ!?なにこれ?なんか、留美が俺の弟子になる話になってるんだが?

何二人で勝手に盛り上がって、何勝手に決めてるんだ?

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

なんでそんな流れに?

これって、さっきまで俺のような奴に孫娘を任せられないって流れじゃなかったのか?

 

「はっはっはーーーっ、わしは八幡殿が気に入ったぞい。若いのによう出来ておる。実力も申し分なしじゃ!それに留美もこれ程好いておる」

 

「な、何を?」

 

「そうじゃな、留美が結婚するまで長生きをせんといかんな、いや、意外と早いかもしれんのう、のう婿殿。いや、ちと早すぎたか八幡殿」

鶴見のじいさんは頭をかきながらそんな事を言ってきた。

 

「はい?」

何言ってんだじいさん。婿殿っておい?

 

「うん、八幡一緒にがんばろう」

留美も何を言ってるんだ?

 

「ちょ、ちょちょっと!?」

人の話を聞いてくれ!

 

「これ留美、いくら将来の婿殿とは言え呼び捨てはいかんぞ。今からは比企谷師匠じゃ」

「うん、おじいちゃん」

 

「ちょっと待った!!」

 

「では八幡殿、留美の弟子の件、10月には正式に挨拶に伺うと、美神殿に伝えてくだされ、はっはっはーーーっ」

「八幡…じゃなかった。師匠バイバイ、また来るね」

俺の制止の言葉なんて一向に聞かず、じいさんと留美は言いたい事だけ言って、嵐のように去って行った。

なんだこれ?あのじいさん、最初は孫娘を貴様のような奴にはやらん的な感じで襲って来たのに、最後は勝手に孫娘を弟子にと押し付けて、さらに婿認定して帰って行ったんだが……。

 

 

 

二人が出て行った事務所の入口を茫然と眺める俺に雪ノ下は声を掛ける。

「比企谷君、どうするつもりなのかしら?」

 

「いや、どうもこうもない。どうしてこうなった?」

俺はちゃんと誠実に断ったはずだよな。

 

「私にも分からないわ。でもあなたの説得は鶴見家の方々には逆効果だったようね」

雪ノ下は首を傾げながら応える。

 

「弟子の件は美神さんが関わってるから最悪仕方ないとしてもだ。婿とか跡継ぎとか勘弁してくれ」

 

「ふぅ、あなたという人は…どうしていつもそうなのかしら、前途多難だわ」

雪ノ下はため息を吐きながら呟いていた。

どうしてそうなのかしらと言われても、俺は何もしてないんだが。

 

 

俺に紅茶を入れなおしてくれた雪ノ下は、呆れながらも、なんだか微笑んでいるようにも見えた。

 




雪乃は留美をそれほどライバル視していないようですね。(恋のライバルという意味で、ある場所の成長具合は別)
多少の嫉妬心はあるかもしれませんが、それよりも八幡が人に好かれ認められていく姿が嬉しかったようです。


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(139)千葉村へ行こう①

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

千葉村です。
複数話になりますね。


 

「じゃあ、千葉村へレッツゴー!」

そんな小町の掛け声で、千葉駅を出るワゴン車。

勿論運転は平塚先生。

去年同様迷彩ズボンに黒のタンクトップ姿、そんでサングラス。

この人はホント男前というかなんていうか。

その助手席には俺が、後部座席一列目には雪ノ下と由比ヶ浜、二列目には、小町と一色、生徒会書記2年の藤沢が座っている。

皆もそれぞれ動きやすそうな私服を着ていた。

 

そう、去年もあったとあるイベント、千葉村で小学生の林間学校を補助するボランティア活動だ。

因みに千葉村とは地名ではない。千葉村という名の山深い場所にあるキャンプ場だ。

 

「先生……俺と雪ノ下と由比ヶ浜は受験生なんですが、こんな事をしていいんですかね」

俺は運転中の平塚先生に根本的な事を聞く。

 

「たまにはいいのではないか?息抜きは必要だ。君や雪ノ下、それに今や由比ヶ浜もだが、普段からしっかりと勉強をしているのではないか?たかが2泊3日で後れを取るような事も有るまい」

確かにそうなんだが。

俺も雪ノ下も毎日短時間集中でコツコツ勉強する派だし、由比ヶ浜もそれに倣ってそういう癖をつけさせてるから、勉強については問題ないハズだ。

そうじゃなくて、生徒会や奉仕部の部活動の一環として行ってるから、受験生が参加してるなんて学校や他の先生たちに知られたら、先生が学校側から難癖つけられるんじゃないかと心配してるんですが。

 

「はぁ」

 

「なんだ、そのやる気のない返事は、特に君には休息が必要だと思うがな」

 

「まあ、いつもこんな感じじゃないっすかね」

 

そもそも、あんな事件があった後で、よく中止にならなかったな。

関東同時多発霊災テロで千葉では犠牲者は出なかったと言うのも影響があるのだろうが……。

まあ、小町も喜んでるようだし、雪ノ下と由比ヶ浜も乗り気だしな。

あんな事があった後だし、気分を変え、大自然に触れてリフレッシュってのはいいかもな。

小学生の面倒は見ないといけないが……。

 

「そういえば、今回のボランティアはこの人数だけですか?」

去年は葉山のグループ連中や戸塚が参加してたから結構な人数は居たが、今年のこの人数だけで、しかも男が俺だけじゃ、流石に厳しい。

結構力仕事とかもあるしな。

 

「いいや、当校からはこれだけだが、林間学校先の小学校OGや地元の自治会などからも数人参加するらしい。一応参加資格は学生等の若者限定だ。年の異なる連中と接するいい機会だと思うがな。君に対しては愚問かもしれんが、仲良くとは言わんが、良識を持って接してくれ」

なるほど、去年は総武高校でボランティアを一般募集していたが、今年は小学校の方で人数をそろえてくれたと言う事か。

去年の小学校とはまた別の学校なのかもしれないな。

その辺は詳しく聞いてないが。

ここで一つ疑問が浮かぶ、平塚先生は若者枠なのだろうか?

まあ、教職員だし、別枠なのだろう。

 

 

 

徐々に景色は田舎風景へと変わり、遂には森と山だけとなり、一時間半程のドライブで千葉村へ到着。

ちょっとペンキが薄れた感じの「千葉村へようこそ」の看板を潜り抜け、ワゴン車は駐車場へ。

 

先ずは荷物を降ろし、ログハウス調の案内棟へ向かう。

 

「あれ?比企谷君?それに妹ちゃん、雪乃ちゃんとガハマちゃんに静ちゃんも、それに一色ちゃんと書記ちゃんも偶然ね」

そこには雪ノ下と顔の作りがそっくりな美女がにこやかな笑顔で手を振っていた。

 

「…………」

勿論、こんな感じで現れたのは雪ノ下の姉の、雪ノ下陽乃さんだ。

偶然を装ってるだけで、間違いなく計画的な行動だろう。

 

「陽乃、君も来ていたのか」

「陽乃さん、こんにちはです!」

「陽乃さん、こんにちは!」

「あはははっ、陽乃さん、やっはろー」

「………」

平塚先生は一瞬驚いた表情し、挨拶をかえす。どうやら陽乃さんが来ることは知らなかったようだ。

小町は元気一杯に挨拶を返し、一色も似たような感じだ。

まさか、陽乃さんが来ることをこの二人は知っていたんじゃないだろうな。

由比ヶ浜は愛想笑いをしながら、いつもの訳が分からん挨拶を返す。

生徒会書記の藤沢は軽く会釈を返した。

 

そして、雪ノ下は陽乃さんの正面に立ち……

「姉さんはなぜこんな所にいるのかしら?」

「雪乃ちゃん、せっかく会えたのに、ごあいさつね」

「そんな事はどうでもいいわ、なぜ姉さんがここにいるのか聞いているのよ」

「見てのとおり、ボランティアよ」

「白々しいわ」

「雪乃ちゃんそんなに怒らなくてもいいじゃない。私だって比企谷君に会いたいし、仲間外れはズルいわ」

どうやら、雪ノ下は陽乃さんがこのボランティアに参加することを知らなかったようだ。

陽乃さんもワザと知らせてなかったのだろう。

かわいい妹への何時もの悪戯心からだろうが……。

 

陽乃さんは雪ノ下から、両手に荷物を持つ俺の元に歩み寄る。

 

 

「雪ノ下さん、こんにちは」

俺は普通に挨拶を返す。

陽乃さんに対して随分と苦手意識は消えてはいる。

 

「もうそろそろ陽乃って呼んでくれてもいいのに」

さっきまで外面仮面の上品な笑顔を振りまいていたが、俺の前ではちょっと頬を膨らませる。

 

「はあ、この前の意味深なメールはこの事ですか」

そう言えば、夏休み前に『一緒にいい空気吸いにいきましょうね』と送られてきた。

その時は意味が分からなかったが、空気のいい自然豊かな千葉村の事を指していたのだろう。

 

「そうよ。八幡、一緒にボランティア頑張りましょうね」

陽乃さんは自然な笑顔を向け、俺の肩にポンと軽く触れてから、今度は平塚先生の元へ駆け寄って行く。

前までだったら、結構しつこく色々言って構ってきたが、この頃はそんな行動は鳴りを潜めている。

それよりもだ。

陽乃さんの霊気の質が以前に比べ濃く感じる。

それに式神も雪刃丸以外に、もう一体内包してる感じだ。

陽乃さん、夏休みの前半に妙神山に修行に行くと言っていたが……、どうやら修行は上手く行ったようだ。

ふぅ、夏の終わりに誘われてる訓練時に試されそうだな。

これは俺も今度の妙神山で気合い入れて修行に励まないとな。

 

「姉さん……」

「陽乃さん、なんか感じかわった。これは……」

雪ノ下はそんな陽乃さんの遠ざかる背中を意外そうな顔で、由比ヶ浜は陽乃さんの背中を見た後、俺の顔を眺め、また陽乃さんの方を向き、珍しく思案顔をしていた。

 

 

 

「あれ?比企谷じゃん。ひさしぶり」

俺は荷物を案内棟のロビーの端に置いていると、不意に後ろから声を掛けられる。

振り返ると折本かおりが小さく手を振っていた。

 

「折本か、なんでここに?」

「ここの小学校のOBで、人手が足りないとかで呼ばれちゃって、一度は受験生だって断ったんだけど、今日来るはずだった子が急に風邪ひいちゃって、仕方なくね」

「そうか、それは災難だったな」

「面倒だけど、勉強の気分転換に丁度いいかなってね。でも比企谷はなんで?」

「俺は部活の一環でのボランティア活動だ」

「そう言えば、奉仕部とか変な名前の部活だったよね」

「まあ、そうだな」

「そっか、比企谷もか、なんか楽しくなってきたかな。じゃあ、またあとで」

折本はそう言って、大きく手を振って、案内棟から出て行った。

 

「比企谷君、折本さんとは会ってるのかしら?」

「そうそう、なんか仲良さげ」

俺は荷物を置いて、荷物番のため近くの壁際で立っていたのだが、雪ノ下と由比ヶ浜が俺の横に並びながら聞いてくる。

 

「いいや、去年の年末以来だな」

折本と直に会うのは去年のクリスマスイベントぶりか、メールはちょくちょく来るが……。

何度か遊びに誘われたが、仕事を理由に断っていた。

 

「そう……」

「そ、そうなんだ」

雪ノ下はホッとした表情で、由比ヶ浜は笑顔を見せる。

なんなんだ?

 

 

「比企谷?雪ノ下に由比ヶ浜まで?あんたらこんなところで何やってるの?」

今度は俺達3人に声が掛かった。

目の前にはジャージ姿の川崎が俺達に指さしていた。

 

「あれ?サキサキ?なんで?」

「川崎さんこんにちは」

「うっす」

 

「サキサキ言うな!ったく、なんでって、下の弟の林間学校だから、その手伝いにね。あんたらは?」

どうやら川崎もボランティアらしい。そういえば下の弟は小学校6年生だったな。

だからって、小学校の林間学校について来たのか?相変わらずのシスコンにブラコンだ。

 

「私達もボランティアだよ」

川崎の質問に由比ヶ浜が答える。

 

「ああ、あの部活のね。そう、比企谷と雪ノ下なら心強いね」

 

「サキサキ、私も居るんだけど……」

 

「由比ヶ浜、あんた料理出来ないでしょ。家事とか下手そうだし……子供の面倒見れんの?」

 

「バ、バカにし過ぎだし!あたしだって、子供の面倒は見れるし!」

由比ヶ浜、料理が出来ないとか家事が下手とかは否定しないんだな。

クッキーは焼けるようになったのに、何故か料理は相変わらずの炭を錬成するクオリティだからな。

 

「ふーん」

川崎はジトっとした目で由比ヶ浜を見据えていた。

 

「ああっ、サキサキ信じてないし!」

料理や家事云々は抜きにすれば、由比ヶ浜は子供の面倒をちゃんと見る事が出来る。

由比ヶ浜自身、面倒見がいいし、子供受けもする。

去年のこの林間学校のボランティアでも俺や雪ノ下よりも小学生達とちゃんと接していた。

気遣いもでき、実際に優しいと来た。子供の目線に立って話を聞けるし、頭を撫でたりなどのスキンシップも出来る。

去年参加した連中の中では、一番コミュニケーションが取れていただろう。

因みに一番ダメだったのは俺だったけどな。

材木座は意外とコミュニケーションが取れていた。

あの中二病キャラが幸いし、いじられキャラとしての地位を確立していたな。

小学生にいじられる高校生はどうなんだとは思うが……

 

「まあいいわ。じゃあ、頼むわね」

川崎はそう言って、案内棟を出ていく。

 

 

なんだ?やけに知り合いに会うな。

陽乃さんは別にして、折本と川崎は偶然だよな。

 

 

暫くして、総武高校生徒会と奉仕部のボランティアメンバーは荷物を置いてる場所に集まる。

「まずは、宿泊するロッジに荷物を置いてからだ。女子連中の鍵は一色に渡しておく」

平塚先生が受付から戻り、一色に鍵を渡す。

 

「比企谷は私と一緒だ。ロッジが足りないのでな。致し方が無いだろう」

はぁ?何言ってるんだこの三十路女教師は?流石に不味いだろうこれは。

俺はこれでも一応男なんですが、三十路と言えども先生は女なんですよ。

中身は限りなくおっさんだが……。

………まあ、先生と二人でハワイのコテージで一晩過ごした実績はありますが、あれは先生が一晩中飲んで、俺に絡んでた感じでって……。

その前に、その…先生に師匠に間違われて襲われそうになって……、先生も一応女なんだなと……、美人だし、スタイルもいいし……。裸見ちゃったし……

ああっ!あの時の記憶を忘れ去ろうとしていたのに……、顔が熱くなる。

冷静になれ!心頭滅却、心頭滅却。

 

「ちょ、ちょっと待ってく……」

俺は上ずった声で、抗議の声を上げようとしたが……

 

「えーーーっ、先生!!」

「平塚先生、流石にまずいのでは?」

「先生何を言ってるんですか!」

由比ヶ浜と雪ノ下、一色が一斉に声を大にしてあげる。

 

「ふっ、冗談だ。ロッジが足りてないのは事実だ。比企谷は兄妹で使ってくれ。それとも何だ?もし、私と比企谷が同じロッジを使ったとして、君たちに何か不都合でもあるのかね?」

平塚先生はおどけた感じで冗談だといい、少々含みのある言い方を由比ヶ浜達に向けていた。

小町となら妥当だろう。最初からそう言えばいいものを。

まあ、先生には由比ヶ浜と雪ノ下が俺に好意を寄せてくれてることを半分バレてるし、告白されたまでは知られてはなさそうだが……。

だから、これは軽い警告なのだろう。嵌め外しすぎるなという。

 

「わっかりました!そう言う事なら仕方がないですね。小町がお兄ちゃんと同じロッジでっ」

小町は何時もの感じで、元気よく了承する。

小町ちゃん?仕方がないって……、ちょっと傷つくんですが。

 

「じょ、冗談。そうですよね。先生がヒッキーとかないない、あははははっ」

「冗談でも悪質ですね。非常識です」

「…………小町ちゃんと先輩だったら……計画は……何とかなる」

由比ヶ浜は愛想笑いを、雪ノ下は憮然と先生に注意をしていたが、一色は何かぶつぶつ言っていた。

 

しかし、一色の奴まで声を大にしてたな。

まあ、彼奴も一応生徒会長だし、流石に看過できなかったか?

 

 

 

というわけでだ。

女子組と比企谷家組と別々のロッジに荷物を置きに行く。

 

この後、総武高校からのボランティアや、小学校や地元自治会のボランティア、林間学校の小学教諭を交えて、簡単な打ち合わせをするそうだ。

 

 

 

陽乃さんと折本と川崎が総武高経由以外のボランティアって、俺の知り合いばかりなんだが……。

 

雪ノ下と由比ヶ浜に陽乃さんが一同に会することは久々か。

今年の3月末の告白以来だな。

俺はあの時の事を思い出すと、心が落ち着かなくなる。

3人には卒業までに誰の告白を受けるのかを答えを出さなければならない。

しかし、未だに何も決められないでいる。

3人の好意は嬉しいのは確かだ。

だが、俺はどう答えればいいのかが分からない。

俺はこんなに優柔不断だったのだろうか?

 

ふぅ、どうしたものか。

 

 





八幡包囲網が………
まだ来ますよ。


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(140)千葉村に行こう②

ご無沙汰しております。
何度か書いては消して、書いては消してを続けていたら、いつの間にやらこんなに時が……。

今回は繋ぎ回ですね。



千葉村で小学生の林間学校、二泊三日のボランティアに参加。

要するに小学生の監視兼世話係だ。

カレーの作り方を教えたり、森林散策やアスレチックの指導や監視をしたり、キャンプファイヤーなどのイベントの補助をしたりと、結構いろいろある。

総武高校からは顧問の平塚先生と奉仕部の雪ノ下、由比ヶ浜と俺、生徒会から会長の一色と書記の藤沢、そんで奉仕部と生徒会兼任の小町が参加。

何故か男は俺だけ……。

しかも、千葉村に来て早々、陽乃さんと折本と川崎に出くわす。

彼女らは小学校関連からのボランティアだ。

陽乃さんは小学校の自治会後援会枠、折本は小学校のOG枠、川崎は下の弟の保護者という名目だ。

陽乃さんは当然、俺と雪ノ下がこのボランティアに参加することを知って来てる。

折本と川崎はもちろん偶然だろう。

 

だが、正直言って小学校関連のボランティアに知り合いが多くて助かる。

初対面の人達だと、お互い遠慮しがちになりやすいからな。

知り合いがいれば、よけいな気を回さなくてすむ。

 

 

小町と荷物を泊り込むロッジに置きに行く。

二晩寝泊まりするロッジは一棟の最大収容が大人5人で、子供で7~8名って感じだ。

総武高校は男の俺と、女子は平塚先生を含め6名だから、自然と振り分けは俺と小町、後は雪ノ下、由比ヶ浜、一色、藤沢と平塚先生となった。

 

この後、ボランティアと小学校の教職員が集まって打ち合わせをしてから、きちんと体育座りをしてる小学児童たちに、一人一人紹介される。

学級崩壊やら、モンスターペアレンツならずモンスターチルドレンなんてものが横行してるとか、嫌なニュースを目にすることが多いが、ここの児童たちは見た感じそんな事はなさそうだ。

まあ、ゾンビの兄ちゃんだとか目だけ銀さんだとか目がペッパーくんだとかと、無邪気に指さされたりするが、それはデフォルト(いつも通り)だから問題ない。

 

 

そんなこんなで、昼食のカレー作りが始まる。

児童たちは6~7人の班に分かれ、役割分担でカレー作りに励む。

それを俺らボランティアと先生達とで一緒にフォローするって感じだ。

料理が得意な雪ノ下や川崎が居るし、一色も料理が結構得意としてる。勿論小町も料理は得意だ。あと生徒会書記の藤沢も料理が好きだとか言っていた。

特に問題無いだろう。由比ヶ浜以外は……。

しかし意外にも、平塚先生がこの場で大活躍だった。

今年から飯盒炊飯で米を炊くことになったからだ。

平塚先生は飯盒炊飯のやり方を児童達に手際よく教えていく。

相当手慣れた感じだ。

その事をなんとなしに聞いてみたんだが……

「はははははっ、手慣れたものだろう。実はな、学生時代から友人連中とキャンプをよくやってたんだが、この頃は人が集まらなくてな、ここ数年はソロキャンプだ!はははははっ……はっはは……」

先生は最初はテンション高く答えてくれたんだが……なんか、最後は目にうっすら涙が溜まってたんだけど。

たぶん、年を追うごとに友人達は結婚していき、キャンプに一緒に行ける人が徐々に減り、遂には平塚先生だけになったのだろう。

まったく笑えない。

誰か早く先生を嫁に貰ってあげてっ!

俺は何故だか両目から水が溢れそうになる。

 

昼食後は、森林公園内での簡単なオリエンテーリングだ。

小学生達は地図を渡され、地図と木々に取り付けられている目印を頼りに、幾つかのチェックポイントを経由して指定されたゴールを目指すという自然散策を兼ねたゲームだ。

俺達は子供達が迷子にならないように、遊歩道やチェックポイントに立って監視したり、誘導する役目だ。

 

そう言えば、留美と最初に会ったのは、去年の千葉村のキャンプだったな。

オリエンテーリング中もクラスの女子にハブられ、ボッチだったか…。

それを見兼ねた葉山が、どうにかしてあげたいと言い出してだ、俺らを巻き込んで、なんだかんだとお節介を焼き一応その場では解決した様に見えた。

だが、根本は解決しなかった。

結局、次に会った留美はボッチのままだった。

留美の場合はちょっと特殊だ。

クラスメイトを悪霊から助ける為とは言え、霊能者の力をまざまざと見せつけてしまい、完全に異物扱いを受けていたのだ。

小学校の先生すらも扱いに困り、見て見ぬふりをしていたようだ。

それは結局小学校を卒業するまで続いた。

 

 

俺は中学に入ってもそれは変わらないだろうと思っていた。

霊能者の留美には辛い現実が待ってるだろうと……。

だから、霊能者の育成を行っている六道女学院付属中学校の霊能科に入る事を勧めた。

あそこならば、霊能者の卵がわんさかと在籍しているし、普通科の一般生徒からも差別意識どころか、憧れの目で見られる。

親元を離れての寮生活を余儀なくされるが、精神的には随分と楽になるだろう。

 

だが留美は、結局地元の中学校に入学した。

 

確かに、小学校から中学校へと人間環境はがらりと変わる。

小学校までは派手だった奴が、その雰囲気に合わずに目立たなくなったり、逆に小学校までは地味だった奴が、リーダー格になったりという事はよくある事だ。

複数の小学校から子供たちが集まり、個々の小学校独自のローカル文化が融合し、さらに上級生たちが作って来た雰囲気と合わさり、今までの環境とは一味も二味も異なったものになる。

小学校の関係がリセットされる可能性が結構高いのだ。

 

因みに俺は中学で派手なデビューを目指したが、見事に失敗しボッチの道に……、いや、小学生の時のように派手に弄られないだけましだろうか……、時には小学生の言葉のナイフは大人よりも鋭い。

 

俺の事は置いといてだ。

霊能者である留美の場合は余りにも特殊過ぎるため、小学校関係のリセットは困難だと思ったのだが、俺の予想はいい意味で外れ、留美は中学に入り友達も出来たようだ。

 

留美の中学には霊能者に対しても色眼鏡を持っていない子達がそこそこいるようだ。

留美自身は器量も良いし、大人しめではあるが社交性もある。

霊能者であることを除けば、友人関係の構築はスマートに行ける部類の人間だからな。

 

……そういえば、留美を弟子にするってあの美神さんの口約束は有効なのだろうか?

留美のじいさんも、何故か乗り気だったし。

あの美神さんの欲に眩んだ顔は……忘れてると言う事はないだろう。

あの人、金や自分に得になりそうな事は絶対忘れない。

はあ、なんか気が重くなってくるのだが……。

 

 

 

オリエンテーリングを終えた小学生たちは、美術の課題で思い思いの場所で絵を描く。

俺達はその間も子供たちが自然公園内を迷子にならない様に、見張り役に徹した。

その後は夕飯で豚汁を作り、昼に余ったカレーと食べ、夜7時頃に俺達の今日のボランティアはお役御免となった。

 

なんか一色が後で「ボランティアの皆さんで簡単な打ち上げするんで先輩も来てくださいね」って耳打ちしてきた。

俺はなんだかんだと理由をつけて断ろうとしたが、俺の言葉を半分も聞かずに俺の元を離れていく。

流石に女子ばかりの中で男一人は気まずいだろ。

俺の知り合い以外のボランティアの連中も居る中で、男のあんたが何でここに居るのよと、空気読めよな的な目で見られること間違いないだろ。

これが葉山だったら別だろうが…

 

俺はこそっとその場を離れ、一足先にロッジに戻る事にした。

空気を読んで、打ち上げに参加しないを選択したのだ。

だからと言って、ロッジに戻ったところで特にやる事は無い。

……寝る時間には早いし、ちょっと抜けだして山にでも行って、訓練でもするか。

そんな事を思いながら俺と小町が寝泊まりするロッジに戻ると、何故か一色がロッジの前に立っていた。

 

「せーんぱい、なんでロッジに戻ろうとしてるんですか?ちゃんと言いましたよね」

何故か笑顔の一色。

 

「何でいるの?」

先回り?いろはす速くないですかね?こそっと抜け出す前、確かに雪ノ下や由比ヶ浜と話していたよね?

 

「どうせ先輩の事だから、面倒だからって、こっそりロッジに戻るだろうとは思ってました。行きますよ先輩」

俺の行動が読まれてる?……あいつはニュータイプか!?

まあ、大体いつも面倒な事からは逃げてはいるが……。

その面倒ごとを持ってくるのは大概一色だからな。

 

「別に俺は参加しなくてもいいんじゃないか?女子連中だけで盛り上がった方が良いだろ」

「先輩の言い訳は聞く耳持ちません」

「いや俺が行った所でその辺の石ころと変わらん。いや、雰囲気を悪くするまであるから、まだ石ころの方がずっとましだぞ」

「なんですかそれ?ほんと面倒くさいですね先輩は、だったら石ころの様に黙って座っててください。いいから行きますよ」

一色はそう言って俺の腕を強引にとり歩き出すが………

「おい、そっちじゃないぞ一色」

「え~?そうですか?こっちで合ってますよ」

広場やロッジが立ち並ぶ場所から明らかに離れているぞ。

リアルに方向音痴の雪ノ下だったら迷うんだろうが……明らかに違う道だろ?しかも山道に向かってるんですが?

「おい」

「ちょっと回り道です。いいじゃないですか、それとも私と一緒に歩くのは嫌ですか?」

一色は上目遣いで首を傾げあざと可愛い表情を俺に向ける。

毎度そのあざと可愛い表情にちょっと可愛いじゃないかと思ってしまう自分が悔しい。

だが、そのあざとい顔を向けられた後は決まって無理難題を押し付けられるのだ。

一色は懐中電灯で前を照らしだし、俺の腕を取って鬱蒼と木々が生い茂った暗がりの山道を進む。

 

……なにこれ?どこに連れていかれるんだ?

これってもしかして、暗闇に紛れて人知れず始末されるパターンですかね。サスペンス劇場とかでよくある感じの奴。

一色を怒らせるような事はしてないよな?思い当たる節は……結構あるな。

いやいやいや、生徒会の手伝いという名目の一色の私用っぽい何かを断っただけだからね。

……まあ、4回連続だけど。

そんなに怒ってらっしゃるのでしょうか?

 

「どこに連れていかれるのでしょうか?一色さん?」

俺は恐る恐る一色に聞く。

 

「何言ってるんですか、先輩その話し方キモイです」

「いや、そうじゃなくてだ。遠回り過ぎないか?というかどこに行くつもりだ?」

「いいからついて来てください」

 

暫く山道を登ると、鬱蒼とした木々のトンネルを抜け、ひらけた場所にでる。

頭上から星空がうっすらと俺達を照らす。

俺は思わず夜空を見上げると、満天の星空が広がっていた。

 

そんな俺に構わず、一色は俺の腕を引っ張り迷わず真っすぐ進む。

 

よくよく周囲を見渡すと、星空の輝きだけでなく、懐中電灯の光があちらこちらに見える。

どうやら、俺たち以外もここに来る人がそこそこ居るようだ。

 

「一色、皆で星を見に行くのか?」

成る程、一色は打ち上げとは言っていたが、皆で星空を見に行く予定だったのか。

最後まで一色の話をちゃんと聞いて無かったからな。

俺はホッと息を吐く。

まあ、流石に手伝いを断っただけで殺されるわけがないか。

 

確かに結構空気は澄み渡って、星々が近くに見える。

そういえば、千葉村はそこそこ有名な天体観測スポットだったな。

今から行く場所は天体観測に良い場所なのだろう。

 

「ちっ……結構人が来てる。先輩、早く行きますよ」

一色は俺の質問をスルーして、足を速める。

 

 

しかし……

「あら一色さん、比企谷君」

「やっはろー、いろはちゃん」

そこには雪ノ下と由比ヶ浜が懐中電灯片手に待ち構えていた。

やはり打ち上げは、天体観測を皆で行うという話だったのか。

 

「せっ、先輩方……なぜここに?」

一色は眼前に雪ノ下達が現れた事に何故か慌てふためいていた。

ん?どういうことだ?

 

「いろはちゃん。抜け駆けはズルいよ」

「やはり、こんな事だとは思っていたわ」

 

「な、何の事ですか?ちょ、ちょっと先輩に星を見に連れて来てもらっただけです」

一色は動揺しているように見える。

何それ?そんな事は聞いてないんだが、打ち上げで星を皆で見に来たんじゃないのか?

 

「どういう事だ?ボランティアの打ち上げじゃないのか?」

 

「比企谷君、ボランティアの打ち上げは明日、今日は22:00まで自由行動よ」

雪ノ下は少々呆れたような表情で、一色を見据えながら俺に応える。

 

「一色……どういうことだ?」

 

「打ち上げに行くなんて一言も言ってませんよ?先輩にちょっと付き合って貰いたい場所があって、怖いじゃないですか。真っ暗な森の中の山道なんて、私、かよわいんで」

一色はあざとい笑顔を俺に向ける。

確かに、一色は行き場所を言ってなかった。

俺が勝手にボランティアの打ち上げだと勘違いしただけだ。

だったら、星を見に行くために俺をボティーガード扱いでってことか?

 

「だったら最初から星を見に行くんだったらそう言えばいいだろ?」

まあ、言われて行くかは別問題だが……

 

「へっ?……そ、そうかな?」

ん?一色のこの反応?

星を見に行くわけでもないのか?

 

「あなた何も知らずに一色さんに付き合ったのかしら?」

「ヒッキーって結構いろはちゃんに甘いよね」

お二人さん?少々とげのある言い方なんですが?

 

「一色、俺をどこに連れて行くつもりだったんだ?」

しかも、さっきから人がこんな山道を登って来ているんだが……

 

「そ…それはですね。なんというか……あははははっ」

一色は笑って誤魔化す。

 

「比企谷君、行きましょうか……」

「本当はヒッキーを誘って、ゆきのんとあたしとヒッキーで行きたかったんだ」

そう言って雪ノ下と由比ヶ浜は俺の手を引き、歩き出す。

 

「ちょっと、先輩方、私が先に先輩を誘ったんですよ!」

一色はそう言って、後ろから俺のTシャツの裾を掴む。

 

「お、おい」

この先に一体何があるんだ?

いったいどこに連れていかれるんだ?

 





次で千葉村は意外とあっさり終わる予定。


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(141)千葉村に行こう③

ご無沙汰しております。
妄想力と気力が足りず、ズルズルと時間だけが経ってしまいました。

しかも千葉村編を今回で終わらせようとしたのですが、ダメでした><




千葉村のキャンプ場から一色に連れられるがまま夜の山間に入り、どこかへと向かうのだが、森を抜けたところで由比ヶ浜と雪ノ下に会う。

 

どうやら由比ヶ浜と雪ノ下は元々俺を誘い、そのどこかへ一緒に行くつもりだったようだ。

だが、一色に先に越された事に気が付き、こうして先回りして待ち伏せをしていたと。

 

そのどこかというのが、俺はてっきり天体観測スポットだと思っていたが、どうやら違うらしい。

千葉村は千葉ではそこそこ有名な天体観測スポットだ。

空気は澄み切って、夜空を見上げれば、星々の輝きが近くに感じる。

だが、一色や由比ヶ浜と雪ノ下の様子から目的は天体観測ではないようだ。

 

さらに、こんな辺鄙な場所なのにだ。

俺たち以外にも人が続々とこの小高い山を登り歩いている。

 

星空以外にこの小高い山の上に何があるんだ?

 

 

俺は後をついて行きながら何度か聞いたが、由比ヶ浜と雪ノ下は着いてから話すと、一色にも聞くが何故か不満そうに知らないの一点張りだ。

そもそも一色が俺を連れ出しておいて知らないとかおかしいだろ?

 

暫く歩くと、山の頂上だろう付近に明かりが見える。

しかもそこには結構な人だかりが出来ていた。

 

マジでなんだ?

 

ん?これは霊気……神聖な感じだ。

しかも、小竜姫様に近い霊力も感じる。

この地に神が降臨でもしているのか?

……その周りにもかなり強い霊気がいくつも……どういうことだ?

何かの霊的な儀式?いや、祭事か?

 

 

徐々に人だかりに近づくと、明かりの中心には大きなしめ縄が見える。

神道系の結界陣に似ている、やはり何らかの儀式だろう。

それにその周りの強い霊気はこの儀式を執り行う霊能者なのだろうか?

 

「あっ、もう8時だ。ヒッキーとゆきのん、ここで待ってて、あたしが買ってくるから」

由比ヶ浜はそう言って、慌てて人だかりの中に入って行く。

そういえば、一色の奴はいつの間にか居ないし、どこいった?

 

俺と雪ノ下は人だかりから少し離れた岩場に腰を掛ける。

雪ノ下は見るからに疲れ気味だ。

小高い山と言えども40分も歩けば体力の無い雪ノ下じゃ、こうなるか。

無理してでもここに何をしに来たかったんだ?

「雪ノ下、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?ここに何があるんだ?」

 

「そうね。由比ヶ浜さんとあなたとここに来たかった」

 

「それはさっきも聞いた」

 

「なんて言えばいいのかしら、少し前の私ならば、こんな非科学的な事に関心は無かったのだけど……その……」

雪ノ下は何故かほんのり顔を赤らめ言い淀む。

 

「ゆきのん、ごめん。一人一枚で、しかも本人が行かないとダメなんだって……」

そこに由比ヶ浜は申し訳なさそうにそう言いながら戻って来た。

 

「仕方がないわ。私も行かないと」

雪ノ下は重い腰を上げる。

 

「まだふらついてるぞ、俺が代わりに行こうか?」

雪ノ下は体力も無い上に、人が多い所苦手だからな。

 

「大丈夫よ。本人が行かないといけないようだから……」

雪ノ下は神妙な表情をし、人だかりの中に入って行く。

 

「この先に何があるんだ由比ヶ浜?」

俺は戻って来た由比ヶ浜に聞く。

改めて人だかりを見ると全て女性だ。

周囲に男もちらほら見かけるが、この人だかりの中には居ない。

どういうことだ?女性限定の祭事か?

 

「これ」

由比ヶ浜はそう言って、手に持っている物を俺に見せる。

 

「絵馬か?」

それは絵馬だった。しかもちょっと変わった形だ。櫛型の絵馬だ。

今買って来たものだろう。

 

「うん。これね、恋愛成就の絵馬なんだ。今SNSで噂になってて、年に一度、日本のどこかで稲田姫っていう神様が現れて、恋愛の運気を上げてくれるんだって。ゆきのんと色々と探して、今年の場所はこの山の頂上だろうって、よかった。本当にあって……」

由比ヶ浜は嬉しそうに櫛の型をした絵馬を手元に掲げる。

 

「……稲田姫だって?」

由比ヶ浜、今、稲田姫って言ったな。

確かに、小竜姫様程じゃないが強めの神聖な霊気を感じる。

きっとこの神聖な霊気の主が稲田姫なのだろう。

文献で読んだ事がある。

正式には櫛名田比売命(クシナダヒメノミコト)という女神だ。

あの武神としても名高い素戔嗚尊(スサノオ)の奥さんである。

確かに、年に一度、日本のどこかに降臨されるとか……。

だが、神が降臨するレベルの祭事が公けになるなんてことは殆ど無いはずだ。

それこそ、神道の上層部や国や宮内庁の上層部、GS協会の理事とか位だろう。

だが、こうやって、絵馬が売られているという事は、稲田姫を信仰する神社関連の信者には知れ渡っているという事なのかもしれない。

いや、由比ヶ浜はSNSで噂になってるとか言っていたな。

この人だかりだ。情報がどこからか漏れて、ネット上で噂になっているという事か。

一色もどうやら、この稲田姫の恋愛成就の話をSNSで知って、いつもの如く俺に付き合わせたという事なのだろう。

 

 

「稲田姫の恋愛成就のお守りを持ってると、好きな人と付き合えるようになるの。それとね。この恋愛成就の絵馬にカップルで名前を書くと、ずっと一緒にいられるとか……本当かどうかわからないけど、本当にそうだったらいいね」

確かに由比ヶ浜が買って来た絵馬には霊的な何かが付与されている。

俺の霊視で確認できた。

だが、由比ヶ浜の言うような強制力に似た強力なものじゃない。

精々、運気が少々上がるレベルだ。

それでも、なかなかレアな代物だ。

普通に神社や寺で買うお守りや絵馬に比べると随分と能力は高いだろう。

 

「それでね。ヒッキーにあたしとゆきのんの絵馬に名前を書いてもらいたいなって、ダメかな?」

由比ヶ浜は気恥しそうな笑顔で俺にそう言う。

……なるほど、そ、そう言う事か。

ぼっちの俺には少々ハードルが高い、ここまで思ってくれてる二人の思いを無下には出来ないか。

 

 

しばらくし、雪ノ下が疲れ果てた顔で戻って来る。

 

「ゆきのんどうだった?」

 

「買えなかったわ。限定300枚らしいから」

雪ノ下は絵馬が買えなかったようだ。

結構なご利益がある代物だ流石に数には限りがあるだろうからな。

 

「ええっ!これ、どうしよう……」

 

「由比ヶ浜さんが買ったのだから由比ヶ浜さんが使うべきよ」

 

「じゃあ、こうしよっ」

由比ヶ浜は絵馬に自分の名前を書き、雪ノ下にも書く様に促す。

 

「え?いいのかしら?」

「うん、ゆきのんと一緒がいい」

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

そう言って雪ノ下も絵馬に自分の名前を書き……

 

「ヒッキー…名前書いてもらっていいかな?」

「……比企谷君、お願い…しても良いかしら」

由比ヶ浜は若干顔を赤らめながら笑顔で、雪ノ下は恥ずかしそうに視線を下げながら俺に一枚の絵馬を差し出す。

 

「お、俺か……そうか俺だよな……わかった」

俺は二人のそんな仕草にドキドキしながらも、そう答える。

なにこれ?超恥ずかしいんですが?

こんなリア充イベントを体験するなんて事は今迄なかったから、こんなグダグダな返事になってしまったのは許して欲しい。

挙動もおかしいだろうなきっと。

 

俺は二人から差し出された櫛形の恋愛成就のその絵馬を受け取る。

裏側には相合傘の様なマークが施され、傘の右には先ほど書いた2人の名前があった。

俺はその二人の名前を見ながら、傘の左側に俺の名前を書き一枚の絵馬を2人に渡すべく差し出す。

 

「ヒッキー、ありがとう」

「………素直に嬉しいわ」

その一枚の絵馬を2人は片手づつ出し、嬉しそうに受け取った。

 

「いや…そのだ。礼を言われる様な事じゃない……」

こ、これがリア充ということなのだろうか?

照れるというか、恥かしいというか、俺の中で何かが爆発しそうだ。

 

 

そんな時、俺達は後ろから声を掛けられる。

「雪乃ちゃんとガハマちゃんもやっぱり来てたのね」

振り向くとそこには陽乃さんが立っていた。

 

「姉さんも絵馬が目当てかしら?でももう遅いわ。絵馬は売り切れよ。それに丁度、比企谷君に私達の絵馬に名前を書いてもらったところよ」

陽乃さんに対し、少々強気な態度の雪ノ下。

 

 

「雪乃ちゃん、それで勝ったつもりかしら?確かに稲田姫の恋愛成就の理が付与されたお守りや絵馬はご利益が高いわ。でも、所詮はちょっと恋愛運が上がる程度の物。まあ、お守りは恋愛運が1.5倍上昇ってとこかしら?絵馬は2倍、その場で意中の男性と一緒に名前を書くとさらに3倍に上がるって言われてるわね。でもその程度。稲田姫の降臨の真の儀式はこれからよ。これから行われる稲田姫の試練を乗り越えた最初の人物一人には一年間恋愛運が50倍に上昇するご利益を頂けるの……この恋愛成就儀式の試練を乗り越えた人物全員が一年以内に100%意中の人物と結婚出来たのよ!……今年は私が頂くわ。私だったら間違いなく一番にたどり着けるもの。八幡、待っててね」

陽乃さんは雪ノ下と由比ヶ浜に不敵な笑みを浮かべ、最後に俺にニコっとした笑顔を向ける。

 

「……姉さん!」

「陽乃さん!」

 

「そ、その……因みに試練って何ですか?」

 

「ここから更に山奥にある御堂までの競走よ。毎年、西宮恵比寿神社で行われている福男を決める境内を競走する儀式と同じ、それの女性専用の恋愛成就版ね」

陽乃さんは俺の質問に答えてくれる。

なるほど、ここの山道を使った競走、クロスカントリーのようなものらしい。

 

「……そ、そうなんですか」

この絵馬やお守りに群がる女性を余所に、妙に気合いの入ったというか殺気立ってる様な集団があると思ったらそう言う事か、いまから稲田姫の恋愛のご利益を巡って、試練の競走に参加する人達だろう。

しかも、この感じ半数以上が霊能者だよな。

それに、どうも知っている人達に似た霊気の気配も感じるが……まさかな。勘違いだろう。

 

それよりも、明らかな知り合いが居るんですが……

 

「はーっはっはーーー!誰にも負けん!!絶対私が頂く!!」

必死な形相で目を血走らせながら叫んでる、残念臭漂う女性がそこに居た。

まあ、平塚先生だ。

もしかして、これが目当てでこのボランティアに参加したんじゃ……。

そんな残念美人の担任教師の姿に、俺は何故だか目に涙が溜まる。

 

「もうそろそろ時間ね。またね八幡。雪乃ちゃんとガハマちゃんも」

そう言い残して、殺気立つ集団に向かう陽乃さん。

 

俺は陽乃さんの後ろ姿を目で追うが……

あれ?何だかよく知っている人に似てる人が居るんですが?

いやいやいや、あの人がこんな所に来るわけない。

 

だが……。

「ああっ令子ちゃん~、令子ちゃんも来てたの~?よかった~令子ちゃんが居てくれて、私一人だと不安で不安で……」

 

「げっ!冥子!?なんであんたがここに?」

 

「お母さまが行きなさいって無理矢理参加させられたの、クスン」

 

この場に相応しくない煌びやかなドレス姿におっとりとした口調の女性が、俺が良く知る人に似ている女性に声を掛ける。

そう、ドレス姿の女性は六道冥子さん。そして、似てる人でも勘違いでもなく、グラサンをかけた美神さん本人だった。

 

……なんで美神さんがここに?

まさか美神さんが恋愛成就を願いにここに?

いやいやいや、あの美神さんだぞ!恋愛すら金に換算しかねない様な人なんだぞ。

何か別の目的が……仕事かもしれない。

 

 

さらに……

「令子に冥子、おたくらもここに?」

 

「エ、エミ!?あんたまで!?」

「エミちゃん~!嬉しいわ~。みんなで頑張りましょ~」

 

「令子?おたく、どういう風の吹き回しでこんな所に?……ああっ、皆まで言わなくていいわ令子、遂に西条さんに振られたってわけ」

 

「いつ私が振られたって!そんなんじゃないわ!」

 

「ふーん?そういうわけ。未練がましいにもほどがあるわ。まだ想ってたってわけ?横……」

 

「年中発情期のあんたと一緒にしないでくれる!!あんたこそどうせピートに振られたんでしょ!!」

 

「はぁ!?おたく喧嘩売ってるの?ピートは私がいっとう好きなわけ!!」

 

「間違ったわ。最初っから相手にされて無かったわね!!」

 

「ぐぬっ!…ふん、令子いい度胸ね。おたくとの勝負の決着ここで付けさせてもらうわ」

「いいわ。引導を渡してあげるわエミ」

 

美神さんと小笠原エミさんが顔を突き合わせて、睨み合う。

まあ、この二人、顔を合わせればだいたいいつもこんな感じだ。

喧嘩をするほど仲がいいって言うが、その通りだと思う。

何だかんだと、一緒に仕事をすることがあるしな。

 

「二人ともケンカ?……グスん、せっかくみんなで一緒なのに……グスん、ケンカはやめて~!」

その二人の様子に、涙ぐむ六道冥子さん

 

「あっ!め、冥子、な、泣かないっ!ケンカじゃないわ」

「そ、そう、ケンカじゃない」

美神さんと小笠原エミさんはケンカ腰の態度をやめ、慌てて六道冥子さんに取り繕う。

 

「本当に?」

 

「そ、そうよ」

「そうそう」

二人は首を上下させ頷く。

六道冥子さんは美神さんと小笠原エミさんのケンカを止める事が出来る数少ない人だ。

そう、六道冥子さんが泣いたりすると、式神が暴走し暴れ出す。

……相当ヤバいな。あの超強力な十二神将が暴走するとか、街一つ吹っ飛ぶんじゃないか?

あの美神さんと小笠原エミさんが、焦るのもわかる。

 

そして、この三人が集まると、大抵ろくでもない事が起こる。

横島師匠が居れば、何故かその厄災に似たろくでもない事象をその身に全て受けてくれるが……。

今は、横島師匠は例の如く海外出張中だ。

や、やばいな……。

 

バレない様に、こっそりここを抜け出して、雪ノ下と由比ヶ浜、一色を連れて下山した方がいいだろう。

 

「ヒッキー、あれ美神さんだよね」

「美神さんね。声を掛けなくてもいいのかしら?」

由比ヶ浜と雪ノ下も美神さんに気が付いたようだ。

あんだけ騒がしくしていれば、気が付くか。

 

「……俺は何も見ていない。そう言う事にしておいた方がいい。雪ノ下、由比ヶ浜、直ぐに戻るぞ、一色はどこに行った?」

 

「……そうね。あなたがそう言うのならば、従うわ」

雪ノ下は伊達にこの2カ月間、うちの事務所でバイトしていたわけじゃない。

美神さんやその周囲の人達がどういう人たちなのかを、何となくでも理解出来ているのだろう。

 

「ヒッキー、いろはちゃん、あそこにいるよ」

そう言って由比ヶ浜が指さした先には……。

 

一色の奴、いつの間にかあんなところに!?まさか稲田姫の試練に参加するつもりじゃないだろうな!?

 




次でかなり短めで千葉村編終わりです。

早く、シリアスパートに戻りたい。


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(142)千葉村に行こう④

ご無沙汰しております。
漸く書けました。
中々かけなくて、漸く書けました。




一色の奴、まさか稲田姫の試練に参加するつもりなのか?

 

一色は、平塚先生を筆頭に妙にギラギラと殺気立った女集団の中にいた。

この集団、十中八九稲田姫から恋愛運50倍のご利益を授かるために、試練に挑む人たちだろう。

平塚先生同様、執念のような物を感じる。

因みに稲田姫の試練とは、ここから山中の奥にある御堂まで競走するという物だそうだ。

陽乃さんの話だと、御堂に一番最初にたどり着いた一人が恋愛運50倍のご利益を授かる事が出来るらしい。

見渡す限り、道中には深い森や岩場、激しいアップダウンのある山道等々があり結構険しそうだ。

 

しかも、この試練に挑む集団の半数以上が霊能者だ。

この人たちはある意味家名を背負ってここに来ているのかもしれない。

霊能者の素質は女性の方が高い事は公けでも知られている。

その証拠に日本では霊能者の女性の比率は、Bランクで6割強、Aランクでは7割以上、Sランクに至っては公表されている人は全て女性だ。

優秀な霊能者の男女の比率が女性側に偏っており、優秀な男性霊能者は不足しているのだ。

霊能家は優秀な霊能力者の血筋を残すために、伴侶選びはその家の命運がかかっていると言っても過言ではない。

そんな背景があり、稲田姫の恋愛運のご利益を授かるためにここに来た適齢期の霊能者の女性陣は優秀な伴侶を得るために必死になるのは致し方が無いのかもしれない。

 

まあ、そんな背景など関係なしに、この試練に命を掛ける勢いの人が若干一名。

平塚先生は霊能者じゃないが、迫力だけは、他の女性霊能者にも劣らない、というか勝ってるまである。

 

それにしても陽乃さんだ。

もし、陽乃さんが一番でゴールし稲田姫のご利益とやらを手に入れたのなら、俺はその恋愛運50倍のご利益のために、陽乃さんに心を奪われてしまうのだろうか?

そこには本当に俺の意思という物があるのだろうか?

それが運命だとしても、俺の心情的には遠慮したい。

 

しかしながら、陽乃さんが一番となる可能性は低いだろう。

そう、この試練には日本のゴーストスイーパーのトップランカーが3人も参加するからだ。

1人は式神使いの六道冥子さん。

操る十二神将は美神さんすら恐れる程の超強力な式神なのだ。

六道冥子さん本人はあまりこの試練には乗り気ではなさそうだが、母親の六道会長に言われて、無理矢理参加させられているようだ。

もう1人は小笠原エミさん。

日本屈指の呪いのエキスパート、あの美神さんとやり合えるだけの実力の持ち主だ。

どうやらピートさんを振り向かせたいようだ。

そして、美神さんだ。

言わずとしれた日本最高峰のゴーストスイーパーの一人、女傑美神令子。

ありとあらゆる霊能に精通し、どんな依頼も成し遂げる辣腕ゴーストスイーパーだ。

俺は美神さんがこの場に現れ、恋愛成就の儀式に参加などとは、思いもよらなかった。

恋愛なんて全く興味が無さそうだし、恋よりも金を地で行く人だ。

たぶん、大金がからんだ仕事か何かで来てるのだと思う。

 

まあ、流石の陽乃さんもこの3人にはかなわないだろう。

 

それよりもだ。

この3人が一つの場所に集まっていること自体が危険なのだ。

 

俺は知っている。

この3人が集まると、ろくでもない事しか起きない事を……。

しかもその被害は厄災級のレベルで生じる。

普段は横島師匠が一身に受けるのだが……海外出張で今はこの場に居ない。

 

非常に不味い。

 

 

俺は巻き込まれる前に、雪ノ下達と早々にここから離れて、キャンプ場に戻りたかったのだが、一緒に来たはずの一色が、この稲田姫の試練の参加者の中にいたのだ。

一色の奴は葉山狙いなのだろうが、……こればかりはまずい。

 

一色の奴、このままだと、美神さんのろくでもない事に確実に巻き込まれる!

平塚先生や陽乃さんは何とかなるだろうが、一色はトラウマを植え付けられかねない!

 

 

「雪ノ下と由比ヶ浜、先にキャンプ場に戻ってくれ、俺は一色を連れ戻してくる」

俺は雪ノ下と由比ヶ浜にそう言って、一色を連れ戻しに行こうとするが……。

 

「えー!?ヒッキー、あたしも一緒に行くよ」

由比ヶ浜は着いて来ようとする。

 

「……由比ヶ浜さん、行きましょう」

「え?でも、ゆきのん」

「ここは比企谷君に任せた方が良いわ」

雪ノ下は俺に目配せをしてから、由比ヶ浜を説得してくれる。

正直助かる。

雪ノ下は今の状況を凡そ理解しているようだ。

美神令子除霊事務所で伊達に2カ月間アルバイトしていただけの事はある。

美神さんとその周囲の人たちがどんな連中なのかを……

 

「うん、わかった。ヒッキー直ぐに戻って来てね!」

「先に行くわね」

由比ヶ浜は大きく手を振り、雪ノ下は胸元で小さく手を振って、下山を始める。

 

 

さて……、どうしたものか。

一色を連れ戻すだけならば簡単だが、俺の存在を美神さん達にバレない様にしなくてはならない。

美神さんに俺がここに居るとバレると、さらに厄介な事に巻き込まれること間違いない。

 

俺は霊気と気配を抑え、美神さん達から見えない様に人ごみに紛れ、ゆっくりとした足取りで大回りしながら、一色の方へ向かう。

 

しかし、俺は突然肩を叩かれ、声を掛けられる。

振り向くと……

「あらあらあら~?比企谷君?」

和服姿の六道会長が立っていた。

なぜ、GS協会の会長がここに?

 

「こ、こんばんは」

 

「こんばんは、比企谷君はどうしてここに?」

 

「友人に誘われてお参りに来たんですが、逸れてしまって、今探してるんで……」

俺はそう言って、お辞儀をして、この場を去ろうとするが……。

 

「そっちはダメよ~、今から稲田姫様の儀式が始まるから~」

 

「いや、何かの間違いで連れが稲田姫の儀式に参加してる様なので、引き留めに……」

 

「う~ん。令子ちゃんじゃないわよね~、学校のお友達かしら?」

 

「そうなんです。一般人なんで止めに入らせてください」

 

「大丈夫よ~、近頃は一般の人の参加者も多くなってきたから、一般の部のコースとGSランクD相当以下コースの部も付け加えたの~、稲田姫様も了承してくださって、一般の部とDランク以下の部にも恋愛運20倍の付与してくださるわ~、だから比企谷君のお友達も大丈夫よ~」

六道会長はにこやかに俺に説明してくれる。

そりゃそうか、競争といえ、一般人がどうやっても高レベルな霊能者に勝てるわけがないからな。

妥当な線引きだ。

しかも、話しぶりから六道家がこの祭事を主催している様だ。

 

「そうですか」

まあ、これならば一色が美神さん達に巻きこまれることは無いだろう。

 

「比企谷君、せっかくだからこっちで一緒に観戦しましょうよ」

「いや、俺は……」

「え~、おばさんとは嫌?」

「そういうわけでは」

「いいからいいから~」

俺は六道会長に腕を引っ張られ、抗う事も出来ず強引に高い台に設けられたちょっとした観覧席に連れていかれる。

この人も相当曲者だ。何せあの美神美智恵さんの師匠で、しかも曲者ぞろいの霊能者をまとめるGS協会の会長だしな。

 

すると、拡声器で女性のアナウンスが入る。

『皆さん。今から、稲田姫様の試練の儀を始めます』

 

『簡単にルールを説明します。皆さんにお渡しした地図に書かれた場所に御堂があります。そこまで競走です。森や山野を抜け、一番に御堂の前のご神木に触れた方が、稲田姫様のご利益が授かる事が出来ます。コースの山全体には結界が張っております。結界から出てしまうと失格です。霊能者部門とスペシャルコースには霊能使用は構いませんが、殺傷能力の高い霊能は禁止です。また、参加者に大けがや死亡させた場合も失格です。一般部門とDランクGS以下の霊能者部門は別々のコースで同時に実施いたします。フリーのスペシャルコースはその後に実施いたします』

女性のルール説明から想定すると、多分だが一般部門は難易度が低く設定されているはずだ。普通に夜間の山野を走るだけでも結構困難だからな。

それと結界は遭難対策として、結界内の人の動きをある程度把握するためと、万が一結界外にコースアウトしたとしても把握できるようにするためのものだろう。

あまり心配するような事にはならないか。

それに当然、美神さんや小笠原エミさんや六道冥子さん、陽乃さんはスペシャルコースとやらに参加だろうから、スペシャルコースに参加しない限り滅多な事は起きないだろう。

 

『それでは一般部門の方、霊能者部門の方、準備は良いですか?それでは……スタート!』

アナウンスの掛け声により、稲田姫の試練が始まる。

一色の奴はどこだ?

俺は霊視で一色を探す。

高台からコースが見渡せるといっても夜の森と山野だ。

特に照明器具があったり、映像中継されているわけでもない。

目視では誰が何処に居るかなんてものはほぼ分からない。

参加者は懐中電灯などの照明器具を手に持って移動するため、時折光が見える程度だ。

まあ、結界を形成している術者達はある程度把握しているだろうが……。

 

「比企谷君は~、連れ戻しに来た子は恋人なの~?」

不意に、隣の六道会長からこんな事を聞かれる。

 

「違います。学校の後輩です」

 

「そうなの?心配そうにしていたから恋人なのかな~って、思っちゃった」

 

「いえ、そもそも恋人がいる人間がここに参加しないでしょう」

 

「そうよね~……そういえば比企谷君はもうすぐ18歳よね~」

 

「はい、数日後には」

 

「ところで、比企谷君は年上の女性は好きかな~?」

何時もと同じように微笑を浮かべたままだが、六道会長の雰囲気がなんか鋭くなった気がする。

 

「……あの、なんの質問ですか?」

 

「おばさんも最近の若い子の恋バナとか~聞きたいなって、聞いちゃダメ~?」

 

「………俺なんかの話は面白くもなんともないですよ」

 

「いいのよ~、GSって特殊な職業でしょ~、だから若い子の恋愛事情も参考になるの~」

即断りたいんだが、物凄く断りにくい雰囲気だ。

しかも六道会長、にこやかな笑顔なのになんか圧が凄い。

まるで美智恵さんのようだ。

 

「答えられる範囲なら」

 

「ありがとう~。じゃあ~比企谷君は結婚するなら年上は何歳まで大丈夫かな~。29歳まで~?それとも25歳まで~?どっちかな~」

なにこれ?選択肢があるようで無い質問は?

しかも六道会長のにこやかな圧が、答えを急かしてくる。

29歳という事は凡そ平塚先生か……25歳に近いと言えば、美神さんだな。

平塚先生は恋愛さえ絡まらなければ、普通に出来る大人だ。しかも美人でスタイルも抜群。日常生活や性格は男勝りだが、悪い人じゃない。むしろいい人だ。

一方、美神さんも美人でスタイルも抜群だ。しかも仕事が超出来る人だ。ただ……性格が壊滅的だ。中身が悪魔や鬼よりも酷い。確かに人情に厚い一面はあるが恋人や伴侶としては願い下げしたい。

結婚相手を平塚先生か美神さんかと選択を迫られれば、年はひと回り上だが俺は間違いなく平塚先生と答えるだろう。

 

「29歳でも大丈夫です。年はあまり気にしません」

 

「そうなの~、良かった。じゃあ~、結婚するなら式神使う子と神通棍を使う子のどっちがいい~?」

六道会長は何が良かったのやら、さらに質問を受ける。

……何この質問?どういう意図だ?まったくわからん。

式神使うと言えば……陽乃さんか、最初は強引で何を考えているか読めない人で苦手だった。

あの外面仮面や人を弄ぶかのような言動は、ああいう家庭環境で育ってしまったための自己防衛のための物なのだろう。あの人、本音で人と話す事が苦手なだけで、悪気があるわけじゃなかった。

最近はそれが分かって、苦手意識は薄れている。

告白が本気だという事は分かってはいるが、俺はどちらかというと同業者で同じ世代のライバルとか先輩とかそう言う関係に思ってるようだ。

神通棍を使う人と言えば……美神さんしかいないだろう。あれ程に神通棍を操れる人は、母親の美智恵さんぐらいしか知らない。

親子で凄まじい霊能力者だ。

一応俺の霊障から救ってくれた命の恩人で、一応師匠でもある。

正確には霊障から救ってくれたのも俺を霊能者として鍛えてくれたのも横島師匠なんだが、その大元は美神さんであることは確かだ。

確かにいい所もある人だ。一応なんだかんだと雇ってくれてるし救ってくれもした。

だが、性格がアレだ。

捻くれてるを通り越して、捻じ曲がりに曲がって一周してる人だからな。

陽乃さんと美神さんもどちらも美人でスタイルも良くて、性格に難があるが、どちらかを結婚相手として選ばなければならないのなら、間違いなく陽乃さんだろう。

流石に美神さんはキツイ、一生奴隷となる宣言とほぼ同義だ。

悪魔契約よりも酷い事になるに決まってる。

 

「……どちらかといえば、式神使いですかね」

そう、選択の余地が無いのだ。

 

「そうなの~!うふふふふっ、そうなのね~」

なんか怖い。六道会長の笑顔が怖い。

 

この後も俺は六道会長から、なんだかよく分からない結婚ネタの質問を受け続ける。

 

「比企谷君、この後、おばさんが泊ってるホテルにお食事にでもどう~?」

 

「すみません。実はたまたまボランティアで近くに来てまして、ここには自由時間を使ってきているだけで、戻らないといけないんです」

 

「残念~。じゃあ、今度家にいらっしゃい~。前もお誘いしたのに来てくれなかったし、学校が夏休みだから大丈夫よね~比企谷君~」

まただ、この六道会長のにこやかな笑顔の裏に凄まじい圧を感じる。

 

「……ぜ、善処します」

俺はそう答えるのがやっとだった。

 

 

そんな六道会長との何故か冷や汗が出るような会話をやっと終えたところでアナウンスが入る。

『一般部門、霊能者部門は終了いたしました。引き続きスペシャルコース参加者の方準備願います』

六道会長との会話に気を取られている間に、何時の間にか一般部門、霊能者部門の試練は終わっていた。

一般部門はどうなった?一色は?案外平塚先生が一着だったりとか?

俺は霊気を辿り、2人を探す。

ん?どういうことだ。二人共スタート地点に居るぞ?

ゴールからもう戻って来たのか?

それともそもそも参加しなかったとか?

 

 

『では、スペシャルコース参加者の方、準備はいいですか?では……スタート!』

女性のアナウンスの声でスペシャルコースの試練が始まったのだが……。

おい!何やってんだ?あの二人!何でスペシャルコースに参加してるんだ!?

 

「六道会長!」

俺は慌てて六道会長に声を掛ける。

 

「なあに、比企谷君?お義母さんと呼んでもいいのよ~」

お義母さんって?それよりも今は!

 

「俺の後輩と知り合いの二人の一般人が、スペシャルコースに参加してるんですが!止めないと!!」

 

「大丈夫よ~。スペシャルコースは誰でも参加自由なの~、昔はスペシャルコースしかなかったのよ。その時から一般人の方が参加した場合は六道からGSを護衛につけているわ~」

六道会長は何時ものにこやかな笑顔でそう答える。

 

「……いや、昔はそれでよかったかもしれませんが、今回はあの美神さんが参加してるんですよ!!それに小笠原エミさんや娘さんも!!」

 

「あらあらあら。…………比企谷君!急いで女の子の方について行って上げてっ!!女性の方には六道から多数出すわっ!!」

六道会長はようやく事の重大さに気が付いたようだ。いつもの笑顔が消え、余裕がない顔に!

 

「わかりました!」

一色の奴、なんでよりによってスペシャルコースなんかに参加してんだ?

俺は一気に霊気を開放し、霊力による身体能力強化を行いつつ、一色の後を追う。

 




六道会長は、八幡引き込み作戦を……。
さて次回、いろはすはどうなっちゃう?
平塚先生は?
八幡は?


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(143)千葉村に行こう⑤

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はちょっと短めです。


稲田姫の試練スペシャルコースのスタートがコールされる。

恋愛運50倍上昇のご利益を得るために、女性達の戦いの火ぶたが切られた。

 

だが、何故かそこに一色が参加していたのだ。

不味い、非常に不味い。

このスペシャルコースには美神さんと小笠原エミさん、それに六道冥子さんまで参加しているのだ。

唯では済まないのは明確だ。

ましてや一般人の一色では命の危険が高すぎる。

 

俺は一色を助けに行くために、スペシャルコースに踏み入れたのだが……

 

 

何故か、突如として爆発音があちらこちらから鳴り響き、地面が轟音と共に大きく崩れ落ちる。

 

俺は間一髪、上空に大きく飛び避ける事が出来たが、何人かが巻き込まれて、地面に出来た裂け目に落下していく。

一色は大丈夫か?

……霊視で確認するがどうやら巻き込まれていないようだ。

 

危なかった。

これは何らかのトラップか?

霊的反応は全くなかった。

もし、爆砕札や魔法陣や術式などの霊能や霊具使えば、俺の霊視で優れた目であれば事前察知出来たはずだ。

 

なんか火薬の匂いがするんだが……。

しかもこの爆発音……たぶん、普通に爆薬だ。

俺の経験上、間違いない。

 

………………

……………

…………

 

美神さんか……何やってるんだあの人は!

確かに爆薬を使うなとはルールには無かったがこれはやり過ぎだろ!

 

 

濛々と辺り一帯土煙が上がっている最中、聞きなれた怒声が聞こえて来る。

「令子!!!やってくれたわね!!!」

「おほほほほほっ、何の事かしら?」

「こんな事を仕出かすのはおたくしかいないのよ!!!」

「言いがかりは良してくれないかしら?証拠でもある?」

「こんんんの!!クソビッチ!!!そっちがその気なら、やってやろうじゃない!!!」

「誰がクソビッチよ!!ビッチはどっちよ!!年下に色目使って!!」

「残念でした。ピートは年上なわけ。そんな派手な恰好してる癖に男一人落とせない処女ビッチの癖に!!」

「なんんにおおおおお!!!!」

 

美神さんと小笠原エミさんの罵り合いが始まってしまった。

二人から凄まじい霊力があふれ出し、一帯に2人の霊気が渦巻きぶつかり合い、霊圧の放電現象まで起きる始末。

「令子!今度こそ決着つけてあげるわけっ!!!」

「ふん!!立ち直れないぐらいにぎったんぎったんに返り討ちにしてあげるわ!!エミ!!」

 

や、やばい。

ここはもう戦場だ!

一刻も早く一色を連れ戻さなけば、間違いなく巻き添えを食らう。

 

 

俺は霊視で一色の位置を探りながら、この場を速やかに立ち去る。

 

一色の奴、意外といいコース取りしてるな。

最短距離をワザと通らずに走ってる。

一応、六道家の霊能者が1人ついてる様だ。

 

 

俺は一色の方へ向かうが…森の中で厄災に出会う。

「ぐすん。逸れちゃったわ。令子ちゃ~んどこ行ったの~、エミちゃ~んどこ~」

 

…………

………

……

 

ま、不味い。

六道冥子さんだ。

 

そう、六道冥子さんが自らの式神十二神将、馬の式神インダラに乗って森の中を彷徨っていた。

どうやら迷子らしい。

この人、一見お淑やかそうに見える。

実際お淑やかなお嬢様ではあるが……。

宿している式神がとんでなく強力で恐ろしい、それが十二体も……。

さらにその十二体の式神が一斉に暴走などしようものなら、ここら一体は崩壊し森は草の根一本も何も残らないだろう。

 

触らぬ神に祟りなしだ。

ここは、スルーする方向で……。

 

「ぐすん。う…ううう……皆に逸れちゃったし、暗いし、動物の鳴き声がするし、爆発みたいな音もするし……ぐすん……う、ううう」

や、やばい、六道冥子さんの式神暴走のトリガーは泣く事だ。

今にも泣きそうな雰囲気なんだが……、動物や爆発より、貴方の式神の方がよっぽど恐ろしいんですが!

 

ここで六道さんの式神が暴走すると、一色が巻き添えを食らうこと間違いない。

あの美神さんでさえ六道さんの式神暴走を恐れるぐらいなのだ。

俺も一度、巻き込まれそうになったが、全て横島師匠がその身で受け止めてくれたから助かった。

だが、あの師匠でさえ半死状態にまで……。

俺や普通の霊能者じゃ、病院送り間違いなしだ。

 

 

俺は意を決して、六道さんの前に姿を現す。

「六道さん。だ、大丈夫ですか?」

 

「あっ、比企谷く~ん。よかった。令子ちゃんもエミちゃんも居ないし~、暗いし~、ここが何処かもわからないし~……わたし、わたし、どうしたらいいのか、ぐすん」

涙ぐむ六道さん。

 

「あの、大丈夫です。美神さん達はあっちに居ましたよ」

俺はそう言って、あの美神さんと小笠原エミさんが争っているだろう戦場の方を指さす。

美神さんには悪い気がしたが、とりあえず六道さんを一色が走ってるだろう場所から離す必要がある。

六道さんを美神さんと小笠原エミさんの戦場へ誘導することで、一色が走るだろうコースからも離れてるし、何より美神さんと小笠原エミさんも六道さんの暴走を恐れているから、あの二人の喧嘩と言う名の戦争も収め、六道さんの暴走をきっと必死に止めてくれるだろう。

そうなれば一石二鳥だ。

 

「比企谷く~んは令子ちゃん達の所まで一緒について来てくれないの~?」

六道さんは涙目でこんな事を聞いてくる。

……あの死地に向かうのは勘弁してほしい。

 

「すみません。俺は別で一般の人を誘導しないといけないんで」

 

「でも~、動物の鳴き声がするし、虫もいっぱいいるし、暗くて怖いし、わたし一人で行くなんてとても無理よ~」

……いや、仮にもこの人もゴーストスイーパーだよな。しかもAランクの。

何その小学生レベルの怖がり方、貴方の式神の方がよっぽど恐ろしいんですが……分かってはいたが厄介過ぎる。

 

「それに六道会長にも言われ、一般人の方を誘導しないといけないんで、霊能者の方々に、付き添うと、失格になるかもしれませんよ」

 

「お母さまに?……う、ううう、わたしこんな試練なんて行きたくなかったのに……お母さまが、このままだと行き遅れるって怒るから。……早く結婚しなさいって……う、うううう、無理矢理お見合いさせられても、みんな式神(この子)達を怖がるのよ。いい子達なのに~。それに男の人は怖いし~、わたし、わたしどうしたら……」

そんな事を語りながら、泣きそうになる六道さん。

や、やばい、ここで暴走でもされたのなら、俺は病院送りの上、一色の身も危険だ。

 

「わ、わかりました。途中まででしたら」

選択肢など無い。俺は妥協せざるを得なかった。

 

「ありがとう。式神(この子)達も比企谷く~んの事も気に入ってるし、横島くんみたいにスケベじゃないし、やさしいから好きよ~」

……いや、なんだろう。恋愛の意図が無いにしろ女性に好きと言われれば多少は嬉しい気持ちになるものだろうが、何故こんなにも喜べないのだろうか?

 

俺は式神に乗った六道冥子さんを美神さんと小笠原エミさんが争ってる死地へと途中まで連れて行くことに……。

 

途中までと言っても道中は厳しかった。

六道冥子さんを泣かせないようにすることがどれだけ大変か。

クモが森の木々から垂れ下がって来れば泣きそうに、カに刺されれば泣きそうに、カエルの鳴き声を聞けば泣きそうに……

俺はそれらを全て排除しながら進むしかなかった。

道中を案内するだけで確実に精神が削れていく。

 

 

そして、目標の美神さんと小笠原エミさんの戦場に近づけば、その恐ろしい程の霊圧と余波が襲ってくる。

「令子!この頃乳が垂れて来てるんじゃない!?」

「ふん!!あんたはばあさんみたいに元々垂れさがってたわよね。エミ!!」

「言いがかりも甚だしいわけ!!霊体撃滅波!!!」

「我が美神令子の名において命ずる。破邪招雷陣!!!」

遠くからでも、不毛な罵り合いと高難度霊能攻撃の応酬が聞こえてくる。

何、無駄に凄まじい戦闘は……。

この二人、稲田姫の試練の事を完全に忘れているのだろう。

 

「令子ちゃんとエミちゃんの声が聞こえるわ~、令子ちゃ~ん、エミちゃ~ん!」

六道さんはその声に満面の笑みで二人の元へ駆け出す。

 

なんとかなったな。

ふぅ、とっととここを離れて、一色を追わないと。

 

 

俺は踵を返し一色を追うのだが、この30秒後悪夢が襲う

 

 

そう、厄災が襲ってきたのだ。

式神暴走という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は番外予定です。


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(144)千葉村に行こう⑥番外一色いろは編

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

いきなり、やって来た一色いろは編
前回までのGSムーブが何処にいったのか?
という感じのアレが久しぶりに来ちゃいました。
いろはすの内情は私感が多分に入ってるので許してください。

というわけで、いつもより倍ぐらいのボリュームです。


わけが分からない内に体に衝撃が走り、私は夜空に投げ出される。

 

先輩が言ってた通り、ここって星空がこんなに綺麗に見えるんだ。

森の木々よりも空高く飛ばされ、こんな状況だというのに、私はそんな事を思う。

浮遊感を感じ、星空が近づいたのも束の間、私の体は重力のまま落下していく。

 

あっ…これ、私死んだかな?

あーあ、結局私の人生一度も彼氏が出来なかったな。

これも全部先輩のせいなんですからね。

……先輩、私が居なくなったら悲しんでくれますか?

 

 

 

 

 

私が先輩に出会ったのは二学期の中旬。

クラスの女子の署名により勝手に推薦され、無理矢理生徒会長立候補者にさせられた時の事。

クラスの女子達の嫌がらせで結構なピンチに。

私はクラスの女子に嫌われていた事は知っていた。

男子や先生にチヤホヤされる私を気に入らないってことは分かってたけど、面と向かって言っても来ないし態度でも示しても来なかった。

男子や先生を取り込んでおけば、女子連中を黙らせる事が出来るとたかを括っていた。

だから、表立ってこんな事をしてくるなんて予想外だった。

これは私が油断して招いた結果。

でも、一人では何もできないくせに、陰でコソコソと陰口を叩き、人の足を引っ張る事しか考えてない様な女子連中にいい様にやられるのは、腹立たしい。

 

何時もの様に自分で解決策を見つけようとあの手この手と、男子や先生を味方に付ける方法など色々考えたのだけど、今回のこの件に関しては女子連中の鼻を明かす様な方法が思いつかない。

ムカつくけど、女子連中の中に頭が回る奴がいた様ね。

 

私は当時の生徒会長城廻先輩に、女子連中の嫌がらせで生徒会候補者に無理矢理推薦された事を正直に話し、メンツが潰れることなく立候補を取り下げる方法が無いか相談したところ、奉仕部という部を紹介され相談しに行った。

その時に初めて先輩と出会った。

先輩の最初の印象は、やる気のない人だと、目もどこ見てるかわからないような濁った感じだし……。その時の第一印象から私の先輩への対応を決めていた。

サッカー部の先輩達のように、適当に愛想を振りまいて、チヤホヤされながらも利用すればいいと。

そこらへんに居る男子と同じで、全くの興味の対象外の男子だった。

 

でも先輩は、サッカー部の先輩やクラスの男子達とは全く違ってた。

私が可愛らしくアピールしても乗ってこないし、それどころか私が男子受けするようにキャラ作りをしてた事を、直ぐに見抜かれちゃう始末。

それでも、先輩は私の話を親身に聞いてくれて、最初の依頼とは違うけど、私の納得いく形で解決してくれた。

 

私はこの時、本当の意味で『学校の先輩』というものを強く感じた。

サッカー部の先輩達やその他の学校の男の先輩達は、立場的には先輩なだけであって、私からすれば有象無象のその他男子、私の引き立て役程度にしか思っていなかったから……

普段の態度や風貌からはそうは見えないけど、先輩は私にとって頼りがいのある年上の先輩だった。

私の中で本当の意味での学校の先輩は、比企谷先輩が初めてで、それ以降も私の唯一の先輩。

だから私は先輩を名前で呼ばずに先輩とだけ、呼ぶ。

 

その先輩は学校一の嫌われ者で、マイナスイメージで有名な人。

文化祭での文化祭実行委員長の相模先輩を罵り泣かせた事が、全校で噂になり、最低男のレッテルを張られていた。

実際に先輩と話して関われば、先輩がそんな事をするのには何か理由があるハズだと分かる。

この事を先輩に聞いても適当にはぐらかされるだけだから、結衣先輩になんとなしに聞いてみたら、どうやら相模先輩を助けるためにそんな事をやったような感じ。

今となったら先輩らしいなと思うけど、当時の私は自分を嫌ってる相手を助けて、自分が嫌われ者になるなんて、メリットどころかデメリットだらけなのに、なぜそんな事をするのだろうかと理解に苦しむしかなかった。

 

先輩は不器用で優しい人だからという理由は、随分後になって理解できたのだけど……。

 

 

そんな学校一の嫌われ者の先輩だけど、放課後には美人だけど怖い雪ノ下先輩と人気者の結衣先輩と何時も一緒にいる。

同じ部活の部員だから当然と言えば当然だけど……。

 

由比ヶ浜結衣先輩。一つ上の二年生

結衣先輩は葉山先輩の友達で、私も何度か話した事があった。

結衣先輩はどうやら先輩の事が好きだということは最初から分かってた。

なぜこんな人を好きなんだろうと疑問に思っていた時期もあったぐらい結衣先輩は学校では人気者。本人は自覚が無いようだけど、一年の男子からも人気が高い。

 

雪ノ下雪乃先輩も一つ上の二年生。

総武高校で一番美女だと噂高い先輩。

成績は常に学年トップで、品行方正、文武両道、非の打ちどころのない人だった。

確かに美女だったけど、氷の様な冷たい印象があった。

雪ノ下先輩は、先輩とは何かあったのか、当初はぎくしゃくした雰囲気だった。

でも、私の生徒会長問題が解決したあたりから、先輩の事を信頼してる風に見えた。

 

 

 

 

私は先輩の提案により生徒会長となった。

最初は正直色々と面倒だなと感じたけど、今ではやりがいがあるとまで思ってる。

何とか生徒会運営もうまく行き、今までの学校生活に比べ随分と充実した日々を送れてる。

私が堂々と生徒会長を名乗り生徒会をまとめる姿に、思惑が外れた女子連中には、表面上は賞賛の言葉を贈られるが、その裏では相当悔しそうにしているのが顔の表情の端々から見える。

ざまーみろ。

 

その後も先輩は嫌々そうにするけど、私の相談にはちゃんと乗ってくれる。

この頃、私は感覚的には近所の頼りになるお兄さんみたいな感じに思っていたのだと思う。

私は一人っ子だし、そんな感覚は今迄なかった。

だから先輩につい甘えて、軽口を叩いてしまう。

 

 

 

しばらくして、私は葉山先輩に振られた。

クリスマスイベントの参考にとディスティニーランドへと視察に先輩や奉仕部の先輩方、葉山先輩達と出かけた際に……

 

私は葉山先輩に告白してしまった。

まだ早いのは分かってた。

失敗する確率がかなり高い事も。

 

先輩と…雪ノ下先輩と結衣先輩との信頼関係を見ていると……私も欲しくなっちゃった。

強い絆を……。

 

だから私は焦って葉山先輩に告白を……。

葉山先輩から返事は「今は誰とも付き合うつもりはないんだ。今迄通りじゃダメかな」

予想通りの言葉。

それでも私は心が締め付けられて……悲しい気持ちに。

 

そして、慰めてくれたのは先輩だった。

不器用な言葉と態度だけど、嬉しかった。

 

 

私は先輩と出会う前から葉山隼人先輩を狙っていた。

最初の理由は単純。

単に学校中の女子の憧れの的だったから。

そんな人と付き合えたのなら、私の株も上がるだろう程度。

でも、実際会ってみると、カッコいいし、優しい笑顔が素敵だった。

勉強も出来るし、運動神経も抜群、ご両親は弁護士と医者と、もう非の打ちどころのない人だった。

私も何時しか他の女子のように憧れの目で葉山先輩を見ていた。

狙うなら本気を出して絶対振り向かせてやるんだからと意気込む。

 

女の子が自然と葉山先輩の所に集まって来るけど、当の葉山先輩はガードが堅い。

いつもそばに、狂犬のような三浦先輩が睨みを効かせているのもあるけど、そんな三浦先輩に対してもどこか気を許していない感じ。

 

そんな葉山先輩を落とすには、コツコツと親睦を深めて仲良くなる必要がありそうだと。

私は葉山先輩が所属してるサッカー部のマネージャーになる事で、先ずは物理的な距離を近づける事にした。

その際、マネージャーの仕事には一切手を抜かない事が大切。

葉山先輩から警戒されないように、葉山先輩を狙ってませんよ、サッカーのマネージャーがやりたかっただけですと、アピールする必要があるから。

 

サッカー部のマネージャーになって、確かに親睦を深められて、名前で呼んでもらえる様になったのだけど、そこから全く進展しない。

葉山先輩は意図的に女の子との距離感を保っていた。

ある一定以上踏み込ませないようにコントロールしてる節が見え隠れする。

これはかなり厄介……。

 

それでも、このまま親睦を深め続ければいつかはチャンスが来るハズだと。

 

そんな時に、生徒会候補者問題と共に先輩と出会った。

先輩に私が葉山先輩の事を狙ってる事を一目で見抜かれはしたけど、葉山先輩と付き合えるようにアドバイスや相談にも乗ってくれた。

でも、私は焦って葉山先輩に告白して振られる事に……。

 

その後、直ぐに冬休みに入り、葉山先輩の顔を見ずに済んだのが幸いして、気持ちを切り替える事ができた。

冬休みの間に葉山先輩の再攻略方法を考えたのだけど、有効な方法は思いつかない。

 

冬休みが終わり、三学期が始まって早々に衝撃な噂を耳にする。

葉山先輩と雪ノ下先輩が付き合ってるという噂。

葉山先輩が?しかもあの雪ノ下先輩と?

確かに、二人が並ぶと、悔しいけど美男美女カップルに見える。

二人が付き合ってるから私は葉山先輩に振られたの?

うーん、葉山先輩だったら、私の告白を断るのにちゃんと恋人がいるからと話してくれるハズ。

でも、二人がデートしてる所を見た子が数人いるとか。

私はこの噂に半信半疑、どちらかといえばデマじゃないかと。

一応確認は必要かな、真相を直接聞いた方が良さそう。

葉山先輩には今はまだ聞きづらいから、雪ノ下先輩に。

 

それと、もう一つ衝撃な噂があった。

『まさか!!学校一の嫌われ者が美女二人とWデート!?』

あの先輩がデート?あり得ない。

雪ノ下先輩や結衣先輩と出かけてるだけじゃないの?

最初は自分の耳を疑ったけど、どこもかしこも同じ噂が飛び交っていた。

しかも、モデルの様な年上の美女と、もの凄い金髪美女と。

私はこの噂を聞いて、何故かムカムカが止まらない。

先輩が?私の許可なくデートとか?

私は何故かそんな事を思ってしまっていた。

先輩がデートなんて、冷静に考えればあり得ないはずなのに、しかも何でこんなにムカムカするのだろう?

うーん。

これはもう直接本人に問い詰めないと。

 

その日の放課後、噂の真相を確かめるべく、早速奉仕部に向かった。

葉山先輩と雪ノ下先輩のデートの真相を雪ノ下先輩に確認するも、結果的には雪ノ下先輩は全力で否定、しかも何故か物凄く怒られた。

雪ノ下先輩と葉山先輩は、どうやら家族付き合いをしているらしくて、二人で歩いてる所をたまたま見られたとの事だった。

まあ、そんな事だろうと思ってはいたけど。

 

先輩の件は、デートとかじゃなくて、雪ノ下先輩のお姉さんとは偶然鉢合わせしたらしく、金髪美女の方は先輩のバイト先の同僚の人らしい。

しかも、結衣先輩もその場にいたらしいのに、結衣先輩とは噂にならなかったみたい。

先輩と結衣先輩は部活仲間だと知ってる人は知ってるし、結衣先輩が先輩と付き合うなんてありえないなんて思ってるから、本当は結衣先輩の方が先輩の事を好きなのにね。

それよりも先輩のバイト先の人が気になる。

先輩がバイト先で、金髪美女と天然っぽい氷室先輩とかと仲良くいちゃいちゃと勤しんでる姿なんて想像できない。

でも、それを思い浮かべると何故かまたムカムカと。

氷室先輩はクリスマス三校合同イベントの時に出会った六道女学院元生徒会メンバーで先輩のバイト先の先輩だった。

しかも、氷室先輩の前ではあの先輩が見た事もないようなデレた態度を。

それを見てるだけで私はムカムカする。

私が可愛くアピールしても、軽くあしらう癖に、なんですかあのデレ具合は!

確かに氷室先輩は可愛らしくて清純そうな人だけど、きっと裏があるのよ!あんな完璧な人なんて世の中にいない。

それに私だって、可愛らしいと思うのに!その態度の差はあんまりじゃないですか!

私は心の中で先輩を何度も罵ってた。

 

この頃くらいかな、先輩を妙に意識しちゃって、葉山先輩を狙ってるハズなのに、先輩が他の女の子と話してたりすると、先輩の癖にとイライラ、ムカムカしだしたのは。

 

この後の幽霊騒ぎでは、先輩が珍しく率先して依頼を受けてくれるだけでなく、一人でいいとか言うものだから、なんかちょっとかっこよく見えたり……。

しかも、私は見ちゃった。

先輩がその幽霊と対峙してたり、変な人と知り合いだったり、意識朦朧だったから半信半疑だったのだけど。

 

さらに先輩を意識するようになっちゃって、私は葉山先輩を狙っていて、先輩なんて何とも思ってない、捻くれてて面倒くさい性格してるし、目が腐ってるし、スポーツとかも出来そうもないし、たまに男らしいけど普段はダメダメだしと言い聞かせる毎日。

 

それでも、毎日奉仕部の部室に足が向かう。

 

 

 

そして……決定的だった。

バレンタインイベントの後だった。

あの先輩が本物の霊能者でプロのゴーストスイーパーだった。

私を襲ってきたクラスの女子の誰かが作った呪いのチョコを、私を抱き上げながらあっという間にやっつける。

その時の先輩の顔はたまに見せる真剣な時の先輩の顔、ううん、それよりもずっと凛々しくてかっこよかった。

普段は気だるそうに背中を丸めてる癖に、私を助けてくれた時は背筋がピンと伸びて、大人っぽくてたくましくてかっこいいなんて、そのギャップがまた私の心を激しく揺れ動かす。

 

最近抑えていた先輩に対してのもやもやした気持ちが膨れ上がり、葉山先輩との天秤が遂にひっくり返る。

え?なにこれ……私は葉山先輩が好きだったんじゃ?

 

私は改めてゴーストスイーパーについて調べる。

ゴーストスイーパー。

幽霊や妖怪等を退治したり、霊障や不可思議現象を解決する特殊な職業。

危険を伴う仕事だけど、高ランクのゴーストスイーパーはプロ野球選手並みに収入がある。

その中でも、特に有名な美人で高ランクの美神令子さんは、長者番付に出て来る程のお金持ち。

先輩はその美神令子さんの事務所所属でCランクGSだった。

先輩は去年免許を獲ったばっかりで、その時の記事を見つけて見てみると、名前と顔写真は載って無かったけど、写真の後姿は間違いなくかっこいい時の先輩だった。

しかも、記事には将来性が高いと書いてあったし、さらにオカルトGメンの本部長とも親しい仲みたいで、どんだけ有望株なんだって。

将来性を考えると先輩は有りかなと……。

 

でもこれは自分に言い聞かせるだけのいいわけ。

本当は分かってた。

その前から先輩の事が好きになってたことは……。

こんな面倒くさい私に何だかんだと付き合ってくれて、助けてくれる先輩を……。

 

そう自覚した時には、かなり出遅れていた。

結衣先輩は元々先輩の事が好きだってことは分かってたけど、今は雪ノ下先輩も。

でも、当の先輩は全く自覚が無いし、結衣先輩も雪ノ下先輩も奥手だからまだ大丈夫かなと思っていた。

 

だから私は、後輩のアドバンテージをフルに使って先輩の心を射止める作戦に出る。

 

3月に入って、何故か結衣先輩のガードがきつくなる。

私が奉仕部に先輩に会いに行くと、結衣先輩に追い帰されるようになった。

今も葉山先輩を狙ってる風を装っていたけど、たぶん、結衣先輩には私が先輩を狙ってる事がバレたのだろうと……。

しかも、雪ノ下先輩は何故か先輩の顔をチラチラと見ながら気恥しそうに……何かあった?

でも、先輩はいつも通りだし、考えすぎかな。

 

そして、3学期の終業式。

私は生徒会の仕事を終わらせて、奉仕部に向かうと……。

呆けた顔の先輩が結衣先輩と雪ノ下先輩に手をつないで、連れられる様に教室から出て来る。

 

私はその光景を目の当たりにして、つい身を隠してしまった。

 

これは!?

まさか!?

 

結衣先輩と雪ノ下先輩は先輩に告白した!?

しかも、二人同時に!?

そんな事ってある!?

 

奥手の二人が!?

やっぱり、何かあった!

バレンタインの時?

あの時そう言えば、バレンタイン後の1週間ぐらい結衣先輩と雪ノ下先輩は奉仕部を休んでた。

でも、その時先輩は一人奉仕部の部室に居たし、その後位に何かあったのかもしれない。

結衣先輩と雪ノ下先輩が積極的にならないといけない事態が!?

 

私は胸が締め付けられ、腰が落ちそうになったのだけど、何とか踏みとどまり、三人の後をこっそりつける。

 

すると、さらにあり得ない事態が……

陽ちゃん先輩こと、雪ノ下先輩のお姉さんでこの学校のOGの雪ノ下陽乃さんが、結衣先輩と雪ノ下先輩に挟まれフラフラと呆けた状態で歩いてる先輩に、不意打ちにキスを!?

しかも『結婚してね』って!!

 

 

そう……そう言う事ですか先輩!!!!

先輩の癖に、なにリア充やってるんですか!!!!

先輩の癖に、年上美人とかありえないです!!!!

結衣先輩と雪ノ下先輩といちゃいちゃ何をやってるんですか!!!!

そんな先輩は先輩らしくない!!!!

 

何やっちゃってるんですか!!!!その人は私の先輩なんで!!!!誰の許可とってキスとか!!!!

 

悔しさとか悲しみを通りこして、怒りが最大限にこみ上げる私。

 

やってやりますよ!!!!

その人は私の先輩なんで!!!!

 

 

 

私はこの時に完全にスイッチが入った気がした。

春休み中に先輩とお出かけ作戦をと思っていた所、先輩は泊りがけで仕事とか。

プランを変更して、妹の小町ちゃんを手なずける作戦を実行。

でも、小町ちゃんは既にあの3人に、取り込まれていた。

そう言う事ですか、既に先輩の妹まで!!

そっちがその気なら!!

私は先輩が居ない内に先輩の家に上がり込んで、先輩のご両親と小町ちゃんと仲良く食事をしたりと、外堀埋める作戦を実行。

 

春休みが終わり、新学期には小町ちゃんを生徒会に加入。

先輩には後輩のアドバンテージを活かして今まで以上にかまってちゃんを演じて、先輩と毎日のように会ってそれと無しにアピール。

 

そんなこんなでいつの間にか夏休み前に……。

 

先輩との関係は、まったく進展しない。

仲良くはなってるとは思うんですよ。

でも、扱いが小町ちゃんといっしょというか……ほぼ、妹扱い。

後輩のアドバンテージは先輩にとって恋愛に結びつかないのかもしれない。

これは早く次の手を考えないと……。

 

まだ、あの三人もあれから進展らしい進展は無さそうだけど、結衣先輩と雪ノ下先輩は積極的に先輩にアピールを続けている。

いつ急展開になるか。

しかも地味に川崎先輩が厄介かも、お互い信頼し合ってる様だし、今は恋愛って感じはしないけど、いつコロっといい感じになってもおかしくない。

 

 

 

 

そして、あの事件が起こった。

総武高校の大規模霊災。

本来なら、大規模霊災は状況にもよるけど高ランクGSが複数以上で対処しなくてはならないレベル。大きいものだと、関東に在住するGS全員で対処しないといけないものもあるとか……

それを先輩が途中までとはいえ一人で私達を守ってくれた。

先輩が戻って来た時、裸だったのはそれ程激しい戦いだったのだと思う。

先輩、体を鍛えてて逞しかったし。

それに先輩は私を信頼してくれて、私にも色々と指示をだしてくれて…うれしかった。

実際何が起こったのか知らされなかったけど、その後の自衛隊やオカルトGメンの対応を見ると、かなり危険な状態だったことは分かる。

犠牲者は誰一人出ずに解決。

ニュースでは、神奈川の高校で同じような事が起きてかなりの犠牲者がでたとか。

 

やはり先輩は……

 

もう、うかうかしていられない。

このままじゃ、いつまでたっても後輩や妹扱い。

何か一発逆転の方法は無いかと探して見つけたのがこれ。

 

稲田姫のご利益。

札や絵馬に自分と意中の人の名前を書くだけで恋愛運アップ。

さらに、試練を乗り越えると恋愛運が50倍アップ、意中の人と必ず結ばれると。

これだ!

霊能家で有名な六道家が関わってるし、間違いない。

私が恋愛運50倍アップとか、先輩と結ばれるの確定ね。

 

ちょうどボランティアの日程と場所も重なるし、チャンス到来。

 

ボランティアの一日目が終わった後に、先輩をこっそり連れ出してその場所へと向ったのだけど、結衣先輩と雪ノ下先輩にバレてしまっていた。

 

この頃、勘が鋭くないですか?結衣先輩。

 

たぶん、結衣先輩と雪ノ下先輩は稲田姫のご利益の絵馬やお守り目当てだろう。

その程度は予想済み。

 

狙いは恋愛運50倍が貰える試練。

これで一発逆転できる。

 

 

 

 

そして、私は稲田姫の試練、スペシャルコースに参加した。

いい感じでスタートも切れ、霊能者達はお互いで潰しあってるいい展開だと思っていたところ、突如として体に衝撃が走り、夜空に投げ出された。

 

私はその光景に死を覚悟した。

 

でも、私の体は地面に落ちることなく、再び浮遊感を感じると同時に、何かに優しく包み込まれる。

「一色!大丈夫か!?」

 

「せ…先輩?」

私の目の前いっぱいに先輩の顔が……

え?どうして先輩がここに?夢?

 

「無事なようだな」

先輩はホッとした顔を私に向ける。

私は先輩に優しく抱き留められていた。

先輩の心臓の鼓動が耳に……

夢じゃない。本物の先輩。

 

「……は、はい」

先輩が助けに来てくれた……

この時の先輩の顔と目は何時もの気だるげな感じじゃなく、カッコいい時の先輩……。

 

「っと」

先輩は私を抱き留めながら、大きな木の上に着地する。

 

「せ、先輩…そ……その、ありがとうございます」

私は今、お姫様抱っこの様な体勢に……、

抱き上げられたまま、先輩の顔を見上げ、お礼を言う。

 

「はぁ、お前、わざわざ何でスペシャルコースなんかに参加してるんだ?一般部門のご利益でも十分だろ?何でこんな無茶をしたんだ?」

 

「だって……」

 

「普段は計算高い癖に、たまにこんな暴走をするよなお前」

 

「せ、先輩のせいです!」

 

「はぁ?何で俺のせい?」

 

「先輩が先輩がっ!!」

私は思わず声を荒げ……自然と涙がこぼれ落ちる。

こんなはずじゃなかったのに……、こんなはずじゃなかったのに!

先輩のせいなんですよ!

 

「怖い思いをさせてすまなかったな」

先輩は泣きじゃくる私に申し訳なさそうにそう言った。

そうじゃないんです!!

 

「先輩が…先輩が好きだからっ!!」

涙で声が震えるけど、はっきりと言ってしまった。

これが今の素直な感情。

 

「お前、何言ってんだ?」

 

「だから!!先輩が好きなんですっ!!!」

私はそう叫んで抱き上げたまま戸惑った顔をしてる先輩の顔に両手を添え、引き寄せて無理矢理唇にキスを……

 

「おおお、お前、ななななな何を!!!???」

先輩は目を大きく見開いて、顔を真っ赤にして……。

こんなのズルいと思うけど、もう好きという感情は止まらない。

 

「私は先輩が好きなんですよ」

先輩の目を見て、今度は気持ちを抑えてちゃんと言う。

 

「おおおおおおおれれ!?」

なんですかその動揺っぷりは?

そんなにおかしいですか?私が先輩の事が好きな事。

 

「先輩!先輩…先輩…先輩……」

私は感情のまま先輩の首に腕を回し思いっきり抱きついて……でも、そこで意識を失った。

 




式神暴走に巻き込まれて、吹っ飛んじゃったいろはす。
八幡に助けられたけど絶賛式神暴走中……次回どうなるのやら?

やっと千葉村編が次回で終了です。


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(145)千葉村に行こう⑦完

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

漸く千葉村編終わりです。



 

俺は六道冥子さんを美神さんと小笠原エミさんが争ってる死地の途中まで送り届け、再び一色を追いかけるが、しばらくして、六道さんを送り届けた方向から強烈な霊圧を感じると共に凄まじい衝撃が襲い掛かって来た。

俺は咄嗟に防御態勢を取ったお陰で、その衝撃には絶えられたが、それを追いかけるように、次々と炎やら電撃、風の刃、岩やら木片やらが次々と飛びかい、周りの木々を焼いたり、吹き飛ばしたり、切ったり割ったりと破壊尽くしていく。

 

やばい!六道冥子さんの式神暴走だ!?

激震地からは離れてるハズなのにこの威力か、凄まじいなんてものじゃない!!

やばっ、一色の方にも流れ弾が!?

 

俺は霊視空間結界を発動させ、式神暴走による無差別攻撃を回避しながら、一色の元へ駆ける。

 

一色が走っていた獣道のような山道が式神暴走による流れ弾で吹き飛び、一色はその衝撃で、空中に大きく投げ出されるのが見える。

 

まずい!間に合うか?

 

俺は大木の枝のしなりを利用し大きくジャンプ。

何とか一色を空中でキャッチする。

 

 

「一色!大丈夫か!?」

 

「せ…先輩?」

一色は不思議そうな顔をして、俺を見上げる。

 

「無事なようだな」

「……は、はい」

一色の状況を霊視で確認したが、大きな怪我とかはなさそうだ。

あれだけ吹き飛ばされて、擦り傷程度で済むとは運が良かったか。

 

「っと」

大木の頂上付近の枝に一色を抱きかかえたまま着地する。

 

「せ、先輩…そ……その、ありがとうございます」

 

「はぁ、お前、わざわざ何でスペシャルコースなんかに参加してるんだ?一般部門のご利益でも十分だろ?何でこんな無茶をしたんだ?」

ちょっとは説教じみた事も言いたくもなる。

こんな死地に放り込まれる身にもなってくれ。

 

「だって……」

 

「普段は計算高い癖に、たまにこんな暴走をするよなお前」

葉山への告白の時もそうだった。

無茶だと分かっているハズなのにだ。

 

「せ、先輩のせいです!」

 

「はぁ?何で俺のせい?」

 

「先輩が先輩がっ!!」

一色は目を真っ赤にし涙をぽろぽろと零しながら、俺に抗議する。

……こんな怖い思いをした後だ。致し方が無いだろう。

それに俺がもっと早く一色を止めて置けば一色に怖い思いをさせていなかった。

そう思って一色に謝る。

「怖い思いをさせてすまなかったな」

 

だが、一色は泣きながら訳が分からない事を俺に言った。

「先輩が…先輩が好きだからっ!!」

 

「お前、何言ってんだ?」

俺はつい呆れるようにそう返事した。

こんなわけが分からない事態に巻き込まれ一色は相当錯乱してるようだ。

 

 

「だから!!先輩が好きなんですっ!!!」

そう叫んだ一色は俺の顔を引き寄せる。

俺は両腕で一色を抱きかかえたままで、抗う事も出来ずに……

一色の顔が近づき唇にキスを……

 

「おおお、お前、ななななな何を!!!???」

何が起こったかは理解したが、思考が追い付かずに混乱してしまう。

キ、キス?

涙顔の一色の顔が近づいたと思ったら、唇にキス!?

一色が俺に!?しかも俺が好きって!?どういうことだ!?

ちょっとまてっ!?

彼奴が好きなのは葉山だろ!?

何で俺に!?

よく考えろ八幡!!これはどういう事態だ!?

えっと、恐怖で錯乱した一色は、俺と葉山とを勘違いしたって事か?

 

「私は先輩が好きなんですよ」

一色は涙で濡れる目で、俺を見上げ、しっかりとした口調でこう言った。

 

「おおおおおおおれれ!?」

ななななななな!?

どど、どういうことだ!?

俺と葉山を勘違いしたわけではなくて……俺に!?

一色が俺の事が好きだって!?

ちょっと待て、何がどうなってっ!?

 

 

「先輩!先輩…先輩…先輩……」

俺は混乱の坩堝に陥り思考が停止。

一色は俺の首に手を回し力強く抱き着いてきたが、直ぐに抱き着く力が弱まり、項垂れる。

 

き、気を失ったのか?

 

冷静になれ八幡!!

これはどういう事態だ!!

一色の奴が俺を好きだって言ってキスを!?

俺の事が本当に好きだって事か!?

いやいやいや、こいつは葉山の事が好きなんだぞ!

この稲田姫の試練も、そもそも葉山を落とすために参加したはずだ。

 

冷静に冷静に、落ち着け八幡。

ふぅ、きっと極度の恐怖状態で錯乱し、吊り橋効果的な感じで、葉山の代替えで俺にこんな事をしたに違いない。

そうじゃないと説明がつかない。

そもそも今のこいつの言動が本当なら、葉山と俺を2人同時に好きだという事になる。

いやいやいや、普通に俺にとかあり得ないだろ?

今の今迄、そんな素振りは全く無かったぞ。

俺が口を開けば、何故か告白もしないのに振られていた。

一色にとって俺は利用価値がある都合のいい先輩だったはずだ。

なんなら、犬や小間使いとまで見られていたまである。

 

 

俺は大木の上で意識を失った一色を抱きかかえたまま、思考をフル回転させ何とか今の状況を整理しようとしていたが、突如として留まっていた大木が石化しだし、崩れ始めた。

 

「やばっ!」

俺は再び、霊視空間結界を発動しつつ他の大木へと飛び移るが、その大木も石化しだす。

更に炎も降り注いできた。

これは六道冥子さんの式神十二神将龍の式神アジラの石化能力と火炎放射だ。

まだ、六道さんの式神暴走は止まっていない。

それどころか、この距離まで迫ってきている。

一色の事を考えるのは後だ。

先ずはここを離れなければ。

 

 

俺は一色を抱きかかえたまま、木々に次々と飛び移り、炎と石化し崩れ出す木々を避けて進む。

 

逃げながら、霊視で辺りを見渡す。

式神十二神将が暴れまわり、森や山野は破壊され、辺り一帯が阿鼻叫喚に。

試練どころの騒ぎじゃない。

……制御不能な動く厄災とはよく言ったものだ。

何時もなら横島師匠がその身一身に十二神将の攻撃を受けてくれるため、周囲への被害は極小で済んでいたが、横島師匠が居ないとここまでの惨状に……。

 

 

もはや、安全に抜けられる確実な逃げ道なんてものはどこにも無い。

攻撃を避けながら、何とかコースの外の安全な場所へ逃れるしかない。

 

暫く必死に逃げ惑うと……

同じく逃げ惑っているだろう半分泣きが入ってる薄汚れた陽乃さんが目の前に現れる。

「もう!何なのよ!?」

 

 

「雪ノ下さん、大丈夫ですか?」

「比企谷君!?」

俺は一色を抱きかかえながら、全速力で逃げ惑う陽乃さんの横を並走し、声を掛ける。

 

「まるで大規模霊災よ!!しかもこれは明らかに人災よ人災!!六道の次期当主の噂を耳にしたことがあったけど、ここまで酷いなんて!!制御できない高位式神使いなんて、災害と変らないわよ!!」

陽乃さんは俺に訴えかける。

俺も全く同意見なのだが、ちょっと違う。

六道さんは通常はちゃんと十二体の式神を制御出来てる。

式神宿す事が出来る膨大な霊気と、制御する霊力コントロールは凄まじいものがある。

だが……これは六道さん本人の性格の問題だ。

それだけの能力があれば一般常識的な式神制御をしていれば、暴走なんて事は起きないだろう。

だがあの人、信じられない事に日常生活で常に式神を出しっぱなしだし、式神使いの常識を根底から覆すような事をへっちゃらで行ってる。まあ、それでも制御できる程のあり得ない霊気量と霊力コントロールがあるから良しとしよう。

問題はあの人自身だ。

一般常識を知らなすぎる。

いい所のお嬢さまなのは確かだが箱入り娘もいい所だ。

それもまあ、良しとしよう。

あの性格がやばい。

ゴーストスイーパーなんてとても出来るような性格をしていない。

温厚でマイペースなのは特に問題は無い。

感情レベルが幼稚園児並みなのだ。

喜怒哀楽の怒りの感情はどこかに置いてきたようだが、特に哀楽の感情が凄まじく不安定だ。

虫を見るだけで、血をちょっと見るだけで泣くレベルなのだ。

泣いて感情を爆発させ、式神が暴走と……。

 

そんな人が、一体でもとんでもない式神を十二体もその身に宿している。

戦術級ミサイルの発射ボタンをサルが握ってるような物なのだ!

 

 

「それは分かりますが、そんな事を言ってても始まりませんよ。とりあえず逃げないと」

「そうね。後で六道家に厳重に抗議しないと……、それと一色ちゃんを何故抱えてるのかしら八幡は?」

 

「そ、それは……色々ありまして、この状況を予測したというかなんていうか……」

さ、流石に陽乃さんの前で、一色にキスされたとか言えるはずが無い。

 

「まあ、いいわ。後でじっくり聞きましょう。それよりも八幡の周りの結界は何かしら、今私もその結界の範囲内に入ってる様だけど、しかも内部の霊気濃度がかなり濃いわ。まるで八幡そのものって感じがするわ」

「年始に一緒に六道さんの式神を捕まえた時に発動したものの、強化版だと思ってもらえれば……」

流石に陽乃さんには分かってしまうか。

俺は今自分の周り半径3メートルに霊視空間結界を張り続けている。

これにより、六道さんの式神の攻撃の情報を正確に把握し、なんとかかわし続けている。

強力な攻撃が来た場合も、俺のシャドウ、ダーククラウドで攻撃を遅延させたりと色々と対処が可能だ。

 

「ふーん。また、夏休みの終わり頃に一緒に訓練はどう?」

「時間が空いてれば」

「じゃあ、約束ね。ってこんな事を言ってる場合じゃないわね、雷撃が来たわよ!?」

「厄介だ。サンチラの攻撃か」

 

そんなこんなで、逃げ惑ってる内にゴール付近にたどり着いた頃には、式神の攻撃の嵐も止んでいた。

六道冥子さんの霊気が尽きたのか、美神さん達が説得に成功したのかはさて置き、式神暴走は終息したようだ。

ふう、何とか逃げ切れたようだ。

激震地を避けるように逃げ回っていたからな、激震地の真っただ中にいたのなら、流石に病院送りは免れなかっただろう。

一色も無事だし、陽乃さんとは逸れてしまったが、あの調子だと無事だろう。

俺は安堵の息を吐く。

 

そして、ゴールで俺が見たものは……

 

「とったどーーーーーーーーーっ!!!!」

三十路の女教師が拳を振り上げ感極まった感じで雄たけびを上げる姿だった。

どうやら平塚先生が試練一番乗りで稲田姫のご利益50倍恋愛運をゲットしたようだ。

あの人、元々恋愛運が無いから、これで丁度一般の人並みの恋愛運に。

先生のそんな姿を見ていると自然と目から水がほろりと。

 

不毛な女性達の戦いはこうして終わりを告げる。

 

 

俺はそそくさと一色を抱きかかえ、下山へと。

その途中、煤だらけで、頭から煙を上げてる美神さんと小笠原エミさんが、ぐったりした姿で、木に寄りかかっていたのを見かけたが、そっとしておくことにした。

 

 

総武高校ボランティアの女子達が泊るロッジへと一色を送り届ける。

「ヒッキー大丈夫?何があったの?ボロボロだよ?それにいろはちゃんも……」

「比企谷君、目が何時もに増して濁ってるわよ」

「ちょっと……色々あってな」

ロッジの前に、由比ヶ浜と雪ノ下が待っていてくれた。

 

気を失ったままの一色を引き渡してから、ロッジの外で由比ヶ浜と雪ノ下にさっきまでのあらましを凡そ説明する。

案の定式神暴走に巻き込まれた事、一色を助けに入った事、一色が錯乱して俺に告白めいた事を言った事、流石にキスの事は二人には言えないが、多分、恐怖で混乱してのことだろうと。

 

「ヒッキー、それ本気で言ってるの?でもヒッキーだし」

「貴方はそれでいいわ。後はこちらで何とかするから」

俺の話を聞いた由比ヶ浜も雪ノ下も苦笑気味だった。

 

 

翌日のボランティア二日目。

陽乃さんは疲れ果てたのか、いつもの外面仮面が少々崩れかけていた。

平塚先生はテンション上がりっぱなしだ。

何故か雪ノ下と由比ヶ浜がどちらかが常に俺の横にぴったりと。

なんか雪ノ下と由比ヶ浜の様子が少しおかしい、一色を明らかに俺から遠ざけてる節がある。

今の俺にとってはありがたい事だが……。

昨日のあの後、一色と何かあったのか?……まさかキスの事はバレていないだろうな。

その一色はというと、翌日には昨日の事なんて何もなかったかのようにケロッとした様子だった。

俺の考えすぎか?

 

だが一色は、雪ノ下と由比ヶ浜が俺から少々離れているのを見計らった様に、あざとい笑顔で俺に近づき、すれ違い際に耳元に、

「せーんぱいは、乙女の唇を奪ったんですから、責任とってくださいね」

小声でそう言って、足早に駆けて行く。

 

「おおおい、一色!?」

どういうことだ!?

昨日は恐怖のあまり吊り橋効果的な事で俺に告白めいた事を言ったんじゃないのか?

しかも唇を奪ったって、キスをしたのはお前の方からだからな!

どういうことだ?

キスしたから、俺に責任取れってことか?

それとも、ちゃんと葉山と付き合えるようにしろという脅しか?

益々わからん。

 

 

 

こうして、千葉村でのボランティア活動は終わりを告げた。

 




どうやら、いろはす、ガハマさんとゆきのんとのOHANASHIがあった様です。
そこでいろはすは正直に答えたのだと思いますよ。
キスの事も……

次で夏休み編終わりで……

いよいよ二学期編、ちょっと一波乱あった後に、あの事件の続きがまたしても始まる。



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(146)三度(みたび)妙神山、前編

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

三回目の妙神山修行へ
小竜姫様のご尊顔を拝しにw



八月中旬から再び妙神山へ修行にと。

修行初日、何時ものように木製のベンチで休憩中していると、小竜姫様が俺に声を掛けてくれた。

「比企谷さん、悩みでも?基礎訓練中には集中して取り組んでおりましたが、気配の端々に迷いの様なものがありました」

小竜姫様には何でもお見通しのようだ。

外見は同世代の少女に見えるが、やはり天界の女神様。

 

「……そのですね」

確かに俺はここ数日悩んでいた。

どう対処すべきなのか全く答えが見つからなかった。

小竜姫様に隠し事なんてものは今更だ。

俺は包み隠さず、現在抱えてる悩みを小竜姫様に話した。

 

「やはり、比企谷さんは横島さんの弟子という事ですね。性格は全く異なるのに、師弟揃って抱えてる問題がこれ程同じとは、違いと言えば自覚の差ですか……」

俺の話を聞き、小竜姫様は俺にそう言って、少々考え込む。

 

そう俺が小竜姫様に話した悩みとは、一色と留美の事だ。

 

 

 

8月8日、俺の誕生日。

由比ヶ浜と雪ノ下が午前中に俺の家に来てくれて、俺は誕生日プレゼントを貰った。

由比ヶ浜からは自家製クッキー。

ハートマークだったのは流石に恥ずかしい。

かなり練習したのだろう。前回に比べかなり美味く焼けていた。

更に、由比ヶ浜とマリアさんとドクター・カオス氏の合作のオリジナルエナジー・ドリンクを貰う。

味付けは由比ヶ浜とマリアさんが行ったようだ。

イチゴ味とキウイ味とピーチ味の3本だ。

しかし、ただのエナジー・ドリンクではない。効能があり得ない性能となっていた。

何でも、一気に霊気量が回復する霊薬だとか、これが本当なら、霊能者ならだれもが欲しがるだろう一品だ。いざとなった時の切り札ともなりえる物だ。

但し、ドクターが関わったという時点で、何かとんでもない副作用があると思っていいだろう。

何が起こるか分からない。

仕事や学校が無い時に、横島師匠立ち合いの元に試す必要がありそうだ。

 

雪ノ下からは、神通棍と札を収納できる革製のホルダーだった。

総武高校の制服に隠し取り付けられるように工夫をされた物だった。

雪ノ下の手製だ。

今俺が総武高校の制服に取りつけてる物は、既存のホルダーを無理矢理制服に縫い合わせた物で、だぶつきや使い勝手は少々悪い。

だが、雪ノ下からもらったものは制服にしっくりとハマり、明らかに使い勝手もよさそうだ。

 

その後はお礼とまではいかないが、二人に俺んちで昼食を馳走した。

「うーん、甘いですな~、こっちまで恥ずかしくなるであります」とか言いながら終始ニヤニヤ顔の小町も昼食を共にした。

 

因みに小町から誕生日プレゼントに服を貰っていた。

その日着ていた服がそれだった。

何でもデートでもイケてる服らしい。

 

陽乃さんからは、宅配で誕生日プレゼントが届いた。

何でも今年の8月8日、土御門家では丹波で特殊な封印儀式を行うために手が離せないらしい。

「会いに行けなくてごめんね、その代わり、八幡が寂しくないように誕生日にいいものを送っておいたわ」とメールを前日に貰っていた。

中身を確認すると、デフォルメされた陽乃さんを象ったヌイグルミが……陽ちゃん人形と名がうってあった。

これをどうしろと?

それと、もう一つは式神使いの初級教練本だ。

しかもこれ土御門家の独自の物だ。

これは物凄くありがたいが、こう言うのって門外不出とかじゃないだろうか?

陽乃さんには感謝しつつも、これは外に出せないなと、俺の部屋に厳重に保管することにした。

 

好意を寄せてくれる同級生の女の子や知り合いの女性から誕生日を貰えて、素直に嬉しい。

だが、俺はこの三人に何か返す事ができるのだろうか?などと贅沢な悩みを持つことに。

しかし、これが今回の悩みの種ではない。

 

 

 

そしてその日の夜には、美神令子除霊事務所へ仕事に向かうと、事務所の人達から誕生日プレゼントをそれぞれ貰えた。

横島師匠からは仕事用のジャケットを。

霊糸が織り込まれた物だ。かなりランクが高い霊的防御性能がある事が霊視で見て取れる。

結構貴重なものだ。ありがとうございます師匠。

キヌさんからは、ヒーリング効果があるハンカチを頂く。

何でもキヌさん自ら霊気を注いだ霊糸で紡ぎ織ったものだとか……。

ありがとうございますキヌさん。これは末代までの家宝としよう。

美神さんからは、何故か硯と筆を……。

これって、札を作るためのものだよな。

どうやら俺が札を作る練習をしているのを知っていたようだ。

美神さん曰く、昔札を自分で作ろうとしたが、性に合わなかったらしく直ぐにやめてしまったらしいのだ。「どうせ使わないから、あんたにやるわ」と、しかもこれ、かなりの高級品だ。

「いいもの出来たら言いなさいよ。売れるレベルなら、一儲けできるわ。美神令子除霊事務所印の札とかいいじゃない」

その一言が無きゃ良かったんだが……。

きっと照れ隠しの為にそんな事を言ったのだろうと思う事にする。

シロからは、何か肉の形をしたデカい抱き枕。

タマモからは今流行りの小説本を三冊もらった。読んでみたいと思っていた物だから、これは嬉しい貰い物だ。

西条さんや美智恵さんからも仕事に役に立ちそうなものを貰う。

 

こんなにも誕生日を祝ってもらえるなどとは、高校に入る前には考えもしなかった。

2年半前、美神さんや横島師匠に助けてもらい、この事務所で働かせてもらえた事に改めて感謝をする。

 

と、ここまでは特に問題はなかったのだが……。

 

 

その日、雪ノ下と由比ヶ浜が帰った直ぐ後、仕事に行く前の3時ぐらいだろうか、一色が俺ん家に訪ねて来たのだ。

千葉村のボランティアから、二日しか経ってはいなかったが、あんな事があった後だというのに一色とは真面に話をしていなかった。

 

「せーんぱい。誕生日プレゼントです。はい」

一色は相変わらずのあざと可愛い笑顔で、俺に綺麗にラッピングされたピンクの箱に入ったプレゼントを渡す。因みに中身は甘いチョコケーキだった。

 

「あ、ありがとな」

 

「どういたしまして~」

 

「一色、あれはどういう意味だったんだ?」

俺はここで思い切ってあの日の夜の真相を訪ねる事にした。

因みにリビングには俺と一色しかいない。

小町は夕飯の買い物に近所のスーパーに出かけてる。

 

「あれって何ですか?」

一色はワザとらしく、首を傾げながら聞き返してくる。

 

「稲田姫の、あの時の事だ」

 

「え~っと、あっ、先輩とキスしちゃった事ですね。誕生日プレゼントは私のキスの方がいいですか?今します?」

 

「あのな、お前冗談も程程にしておけよ。お前、葉山が好きなんだろ?何だってあんなことをしたんだ?」

 

「………先輩。私が誰にでもキスをする軽い女に見えますか?」

一色はさっきとは打って変わって俯き加減で、こんな事を俺に聞き、その声は少し震えていた。

 

「そうは言って無いが……あの時お前は相当混乱していたからな」

 

「私は……先輩が好きなんですよ。葉山先輩よりも先輩が好きなんです。好きになっちゃたんです。これってダメな事なんですか?」

一色は涙目で俺に訴えかけるように言葉を紡ぐ。

 

「……ちょ、ちょっ、ええ!?」

 

「はぁ、先輩は自分の事には本当に鈍感なんですから、他人の事はよくわかる癖に」

一色は涙目ながらも呆れたように溜息を吐く。

 

「も、申し訳ありません」

何故か俺は丁寧語で謝っていた。

 

「でも、私はそんな先輩が好きなんですよ」

一色は何時ものあざとい笑顔ではなく、やわらかい微笑みを湛えていた。

 

「…………」

俺は思わずそんな一色に見とれていた。

 

「私は言いましたからね。それに今の先輩には返事を求めてませんから、私の事を一番好きになって貰います。覚悟してくださいね」

最後はいつものあの一色のあざとい笑顔を残し帰っていった。

 

俺は一色に何も返事が出来なかった。

マジか、一色が俺に……予想外にも程がある。

斜め下から来た感じだ。

何時からだ?最近まで葉山にアタックしてたんじゃないのか?いや、こんな事を考えても意味がない。

一色が俺に好意を寄せてくれているという事実だけが目の前にある。

だが、俺は今の段階では、一色を恋人として受け入れる事は出来ないだろう。

俺は一色を小町と同じ妹ポジションに置いてるきらいがある。

一色の言い回しだと、それすらもわかっているような感じだった。

どうしたものか。

 

丁度一色とすれ違いで小町が帰って来て……。

「お兄ちゃん、何かあったの?いろは先輩が、小町を妹にするとかなんとか……あっ!?……お兄ちゃんのお嫁さん候補に!?お兄ちゃんにモテ期到来!?」

 

だが、これで終わらなかった。

 

しばらくし、また来訪者だ。

自宅に訪ねて来たのは……

「八幡、誕生日おめでとう」

「八幡殿、挨拶に伺った」

鶴見留美と祖父の鶴見源蔵氏だった。

 

「おお……」

 

とりあえず家に上がってもらう。

「鶴見さん、今日はどういうご用向きで?」

俺は源蔵氏に訪ねる。

留美はどうやら俺の誕生日を祝ってくれるようだが、祖父の源蔵氏はただ単に留美の付き添いってことは無いだろう。

 

その質問には留美が答えた。

「私はいいって言ったのに、お爺ちゃんが勝手について来て、私は八幡に誕生日プレゼントを持ってきた。はい、これ誕生日プレゼント」

「ああ、ありがとう」

留美から誕生日プレゼントを手渡される。

因みに中身は、ゴーストスイーパーが良く使う指ぬき手袋だった。

 

「ははははっ、わしも八幡殿のご両親に挨拶をしておいた方が良いと思ってな、留守だとは残念至極。八幡殿に会えただけで良しとしよう」

両親に挨拶って、なんのために?嫌な予感しかない。

源蔵氏からも、誕生日プレゼントらしき物を貰ったが、紅白饅頭と赤飯だった。

これ、どういう意味?

 

「八幡、10月から八幡の弟子になるでしょ、だから末永くよろしくね」

「そうじゃ、八幡殿も津留見神社に来なされ。留美の両親にも会ってもらわねばなるまいて、将来の婿殿じゃからのう」

 

「婿とか勘弁して下さい」

 

「はっはっはっ、では八幡殿、いずれゆっくりと」

俺の言葉など全く聞いていないのか、源蔵氏は言いたい事だけ言って、帰って行った。

 

「じゃあね。八幡」

帰って行く留美は、前の様なぎこちない笑顔ではなく、年相応の笑顔だった。

 

 

「お兄ちゃん!!どういうこと!?留美ちゃんってまだ中学1年生だよね!!お兄ちゃんがまさかのロリコンに!!しかも家族公認で婿確定!?ちょっと流石にそれはないよねお兄ちゃん!!流石の小町もこれには驚きを隠せないどころか、混乱しちゃってるよ!!お兄ちゃんってもしかして、超モテるの!?」

小町が俺に慌てて迫って来る。

 

「……いや、婿って流石にないよな。誤解とかそう言うレベルじゃない。俺はちゃんと否定したんだが、勝手にあっちが……」

 

「留美ちゃんもまんざらじゃなさそうだよ!?しかも弟子って!?」

 

「留美の場合は恋愛とかじゃないだろう?」

 

「お兄ちゃん、最近の子は早いから、……お兄ちゃん。小町なんかちょっと怖くなってきた」

小町は身震いしていたが、俺もなんか怖くなってきた。

 

 

そして、更にチャイムが鳴り、小町が応対の為に玄関に出る。

「おおおおおおお、お兄ちゃん!!!!!なんか物凄い長い高級車が来て、女将さんとお嬢様と執事さんとメイドさんが!!!!!」

小町が目を回しながら勢いよく戻って来る。

 

誰が来たかわかってる。

凄まじい霊気量と霊力を感じる。

六道冥子さんだ。それに六道会長も一緒の様だ。

たぶん、執事さんとメイドさんというのはお付きの人だろう。

超が付くお金持ちだし、そう言うものなのだろう。

しかも、超ゴージャスな車までうちの家の前に止まっているのがありありと見える。

近所の目があるから流石にやめて欲しいが、式神に乗って来るよりはましだと思う事にする。

だが、何故俺ん家に?

 

「比企谷君突然訪ねてごめんなさいね~。この前のお礼が言いたくて~」

「比企谷く~ん、この間はごめんね」

案の定、六道会長に娘さんの六道冥子さんだ。

たぶん、稲田姫の試練の時の事だろう。

 

「この子が暴走するものだから~。危なく一般の人から死人や怪我人が出るところだったわ~。比企谷君が居てくれて助かったわ~」

まったくもってその通り。

娘さんの修行をし直した方が良いんじゃないですか?式神の扱いとかじゃなくて、精神的な事や一般常識とかを。

 

「まあ、二人共知り合いだったんで」

一色は助けたが、平塚先生に関して、俺は何もやっていない。

先生は、あのとんでもない状況の中、圧倒的な速さで一着で到着したのだ。

無事にゴールに到着した人間自体極わずかだったのに……

たぶん平塚先生は、恋愛運50倍のご利益が待つゴール以外全く見えてなかったのだろう。

周りに何が起きてるかもわからずに、一心不乱にゴールへと突き進む姿が容易に思い浮かぶ。

あの人、力の使い方を間違ってるとしか言いようがない。

 

 

「これね。その時のほんのお礼だから~、誕生日プレゼントだと思って受け取ってね~。それと、くれぐれもあの時の事は秘密よ~」

俺は六道会長から小切手を渡される。

どうやら、稲田姫の試練の時の娘さんの式神暴走の事は内密にという事なのだろう。

娘が大規模霊災級の事故を起こして、一般人が死にかけましたとか洒落にならない。

このお礼は口止め料という意味合いもあるのだろう。

 

「……さ、流石にこれは受け取れませんよ」

額を見て俺は大きく目を見開く。

去年、土御門家から貰ったお礼の借金の肩代わりしてもらった同額の金額がそこに書かれていた。

 

「いいのよ~。女の子の方は比企谷君のお陰で助かったんだし~、それにね~」

六道会長は笑顔だがその言葉と共に何だか分からない圧力を感じる。

 

「わかりました。ありがたく頂きます」

これは断れない類のものだ。

やはり口止め料の意味合いが強いようだ。

流石に両親にも小町にも言えないな。

大人しく貯金に回そう。

 

「それと~、比企谷君は冥子の暴走で無傷だったのよね~、一般の女の子も一緒だったのに~、助けに入った六道の霊能者は這う這うの体だったのに~凄いわ~」

 

「いえ、暴走の中心には居ませんでしたので運よく助かりました」

 

「一応~、比企谷君の動きはコースに結界を張ってたから把握してたのよ~。暴走した冥子から意図的に一定の距離をおいていたわ~、それに何度か暴走中の式神の攻撃はかすめたはずなのに、無傷なんて~、本当に凄いわ~」

 

「俺は霊視が得意なんで、あれだけの霊力暴走でしたし、分かりやすかっただけです」

 

「それだけじゃないでしょ~?美智恵ちゃんは教えてくれないけど~、比企谷君は~何かの特殊能力持ちなのかしら~」

 

「いえ、特殊能力は無いです。霊視能力の強化や改良はしてますが」

そう、俺は特殊能力持ちじゃない。

特殊能力とは横島師匠でいうと文珠、キヌさんでいうと死者を操るネクロマンサーと言ったものだ。

美神さんは俺が知る限り、特殊能力は持ってない。

確かに俺に限定的なシャドウは発動できるが、あれは特殊能力といった類のものじゃない。

本当にシャドウを操る事が出来る能力者は俺の様な中途半端な発動な仕方はしない。

俺のものは飽くまでも霊視能力の延長線上にあり、偶然の産物のような物だ。

 

「そうなの~?……唐巣くんが努力型って言ってたし~、防御寄りのオールラウンダーって、そうなのね~、あの美智恵ちゃんが入れ込むわけだわ~」

六道会長はブツブツと何か呟いていた。

 

「あの、何を?」

 

「比企谷君、家に遊びに来なさいな~、冥子も来てほしいわよね~」

 

「お母さま~?……比企谷く~んだったら、怖くないし~、大丈夫よ~」

 

「いや、ちょっと待ってく……」

俺は言葉を発しようとすると、六道会長の目が一瞬鋭くなった。。

 

「決まりね~」

何が何だか分からない内に六道家に行くことが強制的に決まってしまった。

 

 

六道親子が帰った後。

「お兄ちゃん!物凄いお金持ちそうだったね!お兄ちゃんはいつ婿に行くの!?」

小町は何故かやたらテンションが高かかった。

 

「……冗談でも勘弁してくれ」

 

 

とまあ、こんな事があったのだ。

 

今は六道親子の事は置いといて、目下悩みの種は二つだ。

一色は俺に告白までして好意をよせてくれているという事実。

何故か俺に懐く留美とそのじいさんが婿にすると言い張る問題だ。

 

この事を小竜姫様に聞いてもらったのだ。

 

 

 

 

 




後編と続く。


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(147)三度(みたび)妙神山、後編

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

これで夏休み編は終了です。



小竜姫様に今抱えてる悩みを聞いてもらうことに……。

そう言えば、妙神山に修行に行く度に小竜姫様に相談に乗ってもらってるな。

小竜姫様のあの凛とした佇まいの前では、何故か素直に悩みを打ち明けてしまう。

やはり、天界の女神様だと言う事なのだろう。

 

俺の悩みとは、一色と留美の事だ。

一色に好きだと告白され、俺は混乱するばかりで、彼奴に何も答えてやる事が出来なかった。

由比ヶ浜と雪ノ下の告白の時とは全く違った衝撃を受ける。

一色はずっと葉山の事が好きで、狙っている物だと思っていたからだ。

実際に去年のクリスマス前に、葉山に告白までしたのだ。

結果、振られはしたが、年始もバレンタインの時も葉山を落とす作戦をめげずに練っていた。

その後も葉山を落とすためにあれこれと動いていたはずだ。

何故、ここで俺に告白なんてマネを?

葉山はイケメンで性格もいい奴だ。勉強もスポーツも万能、学校一の人気者で男女共に憧れの的だ。

片や俺は学校一の嫌われ者で、性格はこの通りひん曲がっている。勉強はそこそこ自信があるが、それでさえ学年順位で葉山に負けている。俺が葉山に勝ってるところなんて一つもない。

それなのに、何故俺なんだ?

いや、そうじゃない。

そんなことで思考を回したとしても、永遠に答えが出ないループにハマるだけだ。

一色が俺に好意を寄せてくれてると言う事実は変わらない。

俺は一色の好意にどう応えればいいのか、そこが問題だ。

 

留美については、俺への弟子入りの件だ。

美神さんがノリノリの時点で半分諦めはしたが、やはり今の中途半端な俺では荷が重い。

俺自身神道系の霊能者ではない上に、俺はポッとでの後発の霊能者だ。

霊能者として過ごしてきた時間も経験も浅い。

津留見神道流の伝統を脈々と受け継いだ霊能者である留美を教えるなどおこがましいにも程がある。それに留美自身も才能に恵まれている。俺では不足もいいところだ。

俺が留美の師匠になる事で、その才能の芽を摘んでしまうかもしれない。

それとは別に、何だか鶴見家への婿入りとか、変な話にもなっている。

ちゃんと否定しているのだが、何故か留美の祖父さんまでノリノリで、不安要素しかない。

 

この事を、小竜姫様に包み隠さず、俺自身の心情も含めて聞いていただいた。

 

 

「やはり、比企谷さんは横島さんの弟子という事ですね。性格は全く異なるのに、師弟揃って抱えてる問題がこれ程同じとは、違いと言えば自覚の差ですか……」

俺の話を聞いてくれた小竜姫様は俺にそう答えて、顎に指を当て少々考え込むような仕草をされる。

そんな姿もどこか神々しく、また美しくも見える。

 

「師匠と同じですか……」

 

「そうですね。横島さんの事は今は置いておきましょう。先ずは一色さんの件ですが、正直言いまして、良い答えを私は持ち合わせてません」

 

「そ、そうなんですか」

小竜姫様でも難しい問題という事か。

 

「正確には答えがもう出ていると」

 

「どういうことですか?」

 

「一色さんという方は中々したたかな方のようですね。もちろんいい意味です。今の比企谷さんに告白の返答を求めてないという仰りようは、自分が比企谷さんにとっては恋愛対象外であると理解した上での事だったのでしょう。今答えを求めてもあなたから断られると分かっていたがために、即返事を求めなかった。その事で比企谷さんにアピールし好きになってもらうための時間的猶予を得たのです。普段から余程あなたの事を見て来たのでしょう。あなたの性格や今の心情を正確に把握されているようです」

 

「…そ、そうですか」

確かに俺の悩みどころはそこだ。

一色が返答を求めてなかったところだ。

俺は一色に告白の即返答を求められたのなら、まあ、しどろもどろにはなるだろうが、断っていただろう。

恋愛の対象とは見ていなかった。

一色は近すぎたのかもしれない。

同じ近しい存在であるはずの雪ノ下と由比ヶ浜に対しては、恋愛感情の意識は常に脳裏の片隅には有った。

あいつらが俺の事が好きになるはずが無いという思いと共にだが。

二人の場合は同級生であり部活仲間であり、二人に対しては対等な立場でいたいと常日頃から思っていたのだと思う。

だが、一色の場合は対等な立場として見ていなかった。

確かに一色のあざと可愛い仕草でドキッとすることはあるが、彼奴は俺にとって面倒を見ないといけない存在であり、どちらかというと小町と同じような、妹的な感覚で見ていたのだと今更ながら思う。

 

「あなたは一色さんを妹さんに近い感覚で見られていたと感じます。ですが、これからの彼女はその殻を破りに来ます、あなたに女性として見てもらう努力をされるでしょう」

 

「確かに一色を小町に近い感覚で接していたきらいがあります」

 

「それと一見、一色さんの攻勢のように見えますが、基本的には主導権は比企谷さんに有ります。貴方は一色さんに対していつでも了承とも拒否とも返事ができる立場です」

 

「確かにそうですが……」

 

「貴方の中ではもう半分は答えが出ているのではないですか?」

小竜姫様は俺に首を傾げながらニコっとした笑顔を向ける。

確かに俺の中で答えが出ているが、迷いがある。

 

「……俺は由比ヶ浜と雪ノ下と雪ノ下さんとの告白の返答期限まで、一色への返事もその時まで先送りにすべきかなのかと、拒否するならば早い方が良いとは思うのですが…」

現段階では俺の中で一色が恋人の対象として見る事が出来ない。

そうかといって、先延ばししてもそれが変わるとも今の俺には思えない。

ならば、早めに振るのは一色の為にもなる。

だが、一色は今の俺に返事を求めていないのだ。

それが俺の悩みの根本だった。

 

「一色さんはその事ももしかしたら知っていて、あのような言い回しをし、貴方に直ぐに答えを求めなかったのかもしれません。ならば、彼女が望む通り先送りで良いのではありませんか?その事で貴方が悩む必要はないと思います。彼女自身が選んだ選択ですから」

小竜姫様は一色の考えだけでなく、俺の心情も正確に汲み取られていた。

 

 

「そう…ですか」

 

「はい、彼女は自分自身後悔しない様にと、そう選択したはずです。何度も言いますが貴方が悩む必要はありません」

 

「そうします。…小竜姫様に聞いていただいて、閊えていた物が取れた思いです」

俺は答えを出していたがそれに迷いがあった。本当にそれでいいのかと。

だから誰かに聞いて欲しかったんだと思う。

やはり小竜姫様に俺は出会えて、本当に良かった。

こんな事を、他の誰にも言えない。

 

 

「後はもう一つですね。弟子の件については、もう美神さんが関わった時点で避けられませんね」

小竜姫様は次に留美の件について、苦笑気味に答えてくれる。

 

「……そうですか」

やはり美神さんが関わった時点で小竜姫様でもダメなのか。

美神さんは悪魔もへっちゃらで騙す様な人だし、神様に対しても同じなのかもしれない。

 

「美神さんの件はさておきです。弟子を持つ件について私は賛成です。いい機会です。弟子を持つという事は自身をも鍛える事が出来ます。あなた自身の成長にも繋がります。横島さんも比企谷さんを弟子に取ってからは、いい意味で成長されました」

 

「……俺にはまだ弟子を取るだけの経験も知識も強さもありません。留美には才能があるんです。その才能の芽を潰してしまわないかと」

 

「はっきり言いましてそれは貴方の甘えです。その才能を潰さない様に師匠として努力するべきなのです」

 

「……師匠として努力ですか」

 

「横島さんは貴方を弟子に迎えた際、霊能者として一から基礎をここでやり直してきました。貴方に教えるために……横島さんの場合、霊能者として覚醒されてから基礎を飛ばしほぼ実戦で成長されたので、基礎を行っていませんでしたから」

 

「そうなんですか?」

意外だった横島師匠が基礎を行った事がなかったなんて、俺にはとてもそうには見えなかった。

俺は横島師匠から霊気や霊力の扱いを基礎から懇切丁寧にそれこそ手取り足取り教わったからだ。

師匠は俺の為に、影でそんな事を……。

というよりも、横島師匠って基礎無しでも強かったのかよ。

しかもほぼ実戦で成長って、どんだけハードなんだ?やはり美神さんのせいか、師匠が美神さんだからか。きっとそうだ。あの人、千尋の谷にへっちゃらで他人を突き落とすからな。

 

「そうです。そのおかげで、横島さんは霊能の扱いの造詣も深くなり更なる成長へ、貴方を弟子に取る事で、弟子の貴方と共に師匠である横島さんも成長されました。師は弟子によく教え、また師も弟子によって教えられるのです。それは師弟としてのあるべき姿です」

 

「……そういうものですか」

もしかすると俺は逃げていたのかもしれない。

俺は横島師匠の様に師匠としてやっていける自信がなかったからだ。

弟子と共に成長していくか……。

 

「婿の件はさて置き、弟子を取る事は貴方にとって有意義となるでしょう」

 

「……わかりました」

 

「婿の件は貴方自身すでに否定されてますし、とりあえずは問題が無いと思います」

 

「そうですか」

留美の件はどうにかなるか、横島師匠と一番弟子のシロの関係を見れば大丈夫だろう。

シロは横島師匠の事が大好きだが、恋愛って感じは全くしない。

それは親子や兄妹などの家族愛のそれだ。

留美も一人っ子の様だし、俺を兄貴って感じで見ているのだろう。

問題は祖父の源蔵さんか……。

これもちゃんと説得すればなんとかなるか。

 

「比企谷さんには重圧になるかもしれませんが一つ言っておきます。師弟や姉弟弟子の絆という物は時として親子や伴侶よりも絆が強くなるものです」

横島師匠と小竜姫様の関係はなんというか、傍から見れば新婚夫婦の様な関係にも見える。ただ、実際に横島師匠と小竜姫様が恋人関係でも伴侶でもない事は一緒に過ごして分かっている。

横島師匠曰く、小竜姫様も斉天大聖老師様も家族みたいなものだと……。

それに横島師匠にとっては美神さんもキヌさんもシロもタマモもきっと家族の様なものなのだろう。

俺にとって横島師匠も同じなのかもしれない。

俺も留美を弟子に取るという事は、分かってはいたがそこまでの覚悟が必要だという事だ。

 

「それに……留美さんは幼くとも女なのです。それはゆめゆめ忘れてはいけません」

 

「それはどういう意味ですか?」

留美は5つ下のまだ12、3歳の少女だが女性だ。

その事も留意しながら、修行をつけろという意味だろうか?

 

「そうですね。今の貴方にはまだ秘密です」

小竜姫様は楽し気な笑みを浮かべていた。

 

何方にしろ、小竜姫様に話しを聞いてもらい、留美の弟子の件も吹っ切れた様な気がする。

一色の件も留美の件も、俺の中で纏まりつつあった。

 

やはり、小竜姫様は天界の女神様だ。

今回も俺を導いてくれた。

 

 

この後、案の定温泉では……。

 

「ロリコンっすかーーーーっ!?いやーーーーっ流石の俺も読めなかったな~~」

やはり横島師匠は小竜姫様と俺との会話を盗み聞きしていたようだ。

 

「師匠にも話しましたよね。留美の弟子の件は……」

 

「うはははははっ、現代の光源氏っすか!?流石に引くわーーーっ!」

何が楽しいんだか、この師匠は!なんだか腹が立つ。

 

「そういう師匠はどうなんですかね。見た目は俺と変らないですが、今のシロって実年齢は留美と変らないじゃないんですか?という事はシロを弟子にした当時って、もっと幼かったという事ですよね」

俺はそう言って師匠に反撃をする。

 

「!!…は、裸を見たとか、どどどどどっドキドキなんてしてないぞ八幡!!ドキドキなんて!!ろ、ロリコンじゃないからな!!!!」

横島師匠は急におかしな感じに。

 

「…………」

俺は師匠をジトっとした目で見る。

当時のシロの裸見てドキドキしたんだ。まあ、俺が会った当初から結構スタイルはよかったからなシロの奴。

仕方がないって言えば仕方がないような気もする。実年齢を知らなきゃな。

 

「違うんや!!!あれはあれで!!!!違うんやーーーーっ!!!仕方がなかったんやーーーーっ!!!そんな目で見ないでーーーーっ!!!」

温泉の岩場にガンガン額を打ち付け血をドクドク流しながら、俺に訴えかける。

横島師匠にとって一種のトラウマなのだろう。

 

「まあ、そう言う事にしておきます」

 

「はちまーーーん!!ち、違うからな、本当に違うんや――――っ!!」

横島師匠は俺に涙をまき散らしながら、縋りついてくる。

 

「わかりましたって、ふぅ」

 

 

 

「八幡が弟子か……師匠なんていっても、俺だって最初はシロには師匠らしい事はあまり出来なかったし、そのうち何とかなるって」

落ち着いたところで、師匠は額から流れた血を手で拭いながら、温泉に肩までつかり、俺に語ってくれる。

 

「そんなもんですか?」

 

「そんなもんだ」

 

「………」

 

「……しかしゲーム猿のクソ猿師匠!!マジで死ぬぞ!!俺は人間だってのに!!昨日なんてな………!?」

横島師匠は思い出したかのように、斉天大聖老師の愚痴を口にする。

 

 

何時の間にやら温泉の湯けむりの向こうに小さな人影が。

「ふむ、横島よ。語る様になったのう」

いや……武神斉天大聖老師がそこにいた。

 

「し、師匠何時から……」

横島師匠は全身に脂汗を吹かせて、斉天大聖老師に聞く。

 

「ふむ、ロリコンがどうのこうのとな」

最初から居たのか、全く気配が無かったんだが……

 

「……わ、忘れてください」

 

「それはいいじゃろう。時に横島、クソ猿とは誰のことじゃ?」

 

「な、何のことやら?お師匠様今日も立派な毛並みで、お酒でも一杯」

横島師匠は急にへらへらした顔で媚びへつらい、何処から出したか分からないが、酒を手に斉天大聖老師につごうとする。

なるほど、逃げずに懐柔に出たのか師匠は。

 

「ほう、気がきくな………ところで横島、わしもお主の話を聞いて反省しておる、わしもお主に師匠らしい事は出来ておらなんだ」

 

「それは……どういうことでせう?」

横島師匠は斉天大聖老師の言葉に、さらに汗が吹き出し震えだす。

 

「すまなんだのう。お主の修行はまだぬるすぎたようじゃ、のう横島?もっと苛烈にいかんと!」

斉天大聖老師はそう言って巨大猿に変化し横島師匠の前に立ちはだかる。

 

「いいいいやーーーーーーーーっ!!堪忍やーーーーーーーっ!!!!」

 

その後は横島師匠の修行と言う名の地獄が始まった。

そりゃ、人間やめる程強くなるわけだ。

アレで死なない師匠が凄いのか、師匠が死なない程度の絶妙な攻撃を繰り出す斉天大聖老師が凄いのやら……。

 

 

俺の妙神山での修行は順調に進んでいく。

一応斉天大聖老師から少々手ほどきを受けたが、一方的に吹き飛ばされただけだった。

小竜姫様からは色々と修行の手伝いをして頂き、基礎能力も随分上がった。

霊視空間結界やダーク・クラウド、霊波刀などもパワーアップ。

新たな術も身につける事が出来た。

 

 

皆を守れるぐらいの力は付いたのだろうか?

もう、小町やあいつ等の恐怖で濡れる泣き顔は二度と見たくはない。

 




次回から二学期編です。


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【十五章】二学期編
(148)二学期の始まりは……


感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

夏休みが終わり次章に移ります。
早速どうぞ。


夏休みが終わり二学期の始めの登校日。

何時ものように小町と共に学校へチャリで通学。

校門を抜けて、駐輪場にチャリを止める。

小町はクラスメイトを見つけたのだろう、俺に笑顔で「行ってくるであります」と敬礼の真似事をし、足早にクラスメイトの元へ駆けて行く。

学校は大規模霊災が起こった事などまるで嘘の様な日常風景。

だが、昇降口へと向かう途中、遠目で見えるグラウンドに目をやると、真新しい野球のバックネットにサッカーのゴールポストが見え、グラウンドの土も前よりも濃い色をしていた。

あの戦いによって破壊されたグラウンドは修繕され傷跡はもう見えない。

だが、俺の脳裏には、ここでのオーク共との戦いの記憶がくっきりと映っていた。

校舎へと目を向けると、朝の学校の喧騒が広がっている。

何時もと変らない日常風景に俺はホッと安堵の息を吐く。

俺はふと思う、ドクターとマリアさんが来てくれなかったら……、俺が力及ばずに力尽き倒れたとしたら……、つい身震いがする。

ここには俺の大切な物が沢山あり過ぎる。

 

あの時起こった第二次関東同時多発霊災テロと名がつけられた一連のあの事件では、東京で霊災が7か所で起り、千葉と神奈川の2か所で大規模霊災が起きた。

大規模霊災の2か所とは、一つはここ千葉の総武高校、もう一つは神奈川の公立高校だ。

神奈川の公立高校では、犠牲者が生徒及び教職員を含め凡そ300人、全校生徒の半分以上にも上った。

学校施設は半壊し、復旧の目途も経たず、廃校に……

生き残った生徒達の約半数150人が重軽傷又は霊的病症状態に陥り病院へ、未だ退院出来ていない生徒も多い。

さらに難を逃れた生徒達もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされている。

 

もし、総武高校でこんな事が……

そんな事を考えるのはやめておこう。

 

小町もオーク共に捕まり怖い目に遭い、あの後しばらくは俺から離れなかったが、今は元気そのものだ。もう大丈夫だと信じたい。

 

「ヒッキー、やっはろー!」

そんな事を考えながら廊下を歩く俺の後ろから、相変わらずの挨拶をし、足早に俺の横に並ぶ由比ヶ浜。

 

「ああ、おはようさん」

俺も何時ものように挨拶を返す。

 

廊下を並んで歩き、教室には先に由比ヶ浜が入り、俺はその後に続く。

由比ヶ浜は笑顔でクラスメイト達と挨拶を交わしつつ席に着き、クラスメイト達は由比ヶ浜の周りに集まって来る。

俺はそんな由比ヶ浜の席を後目に隣の自分の席に座り、机にうつ伏せる。

 

いつも通りだ。

こんな何気ない事で、俺は日常が戻った気がした。

 

 

しかし、由比ヶ浜の元に集まるクラスメイト達が口々に話をしだしたのがだ、ある噂話が耳に入る。

 

「由比ヶ浜さんは知ってる?この学校の生徒の中にプロのゴーストスイーパーがいるんだって」

「そうそう噂になってるし、この前の霊災、ドクター・カオスが来るまで生徒の誰かが守ってくれたんだって」

な、何だその噂?俺の事か?

や、やばい。なんかバレてるっぽい?

ドクター・カオス一行が全て収めた事になってるはずだが……

いや大丈夫か、俺の周りに誰も来てないし、俺だって事はバレてないだろう。

 

「そ、そうなんだ」

由比ヶ浜の返事もちょっと焦ってる感じだ。

 

「なんか、あの時体育館の小窓から外を覗いてた人が居たらしいの、総武高校の制服着た人が化け物と戦ってる所を見たとか」

「そうそう、制服から男子だったみたい」

おい!小窓や窓はカーテンするかマットで塞いでろと先生が指示してただろ!?

まあ、中には興味本位で見ちゃう奴もいるだろうな。

 

「へ~そうなんだ、凄いね。誰なのかな~?」

由比ヶ浜も何とかしらばくれながら、逆にこんな質問をクラスメイトにする。

 

「うーん。それが遠くて顔とか分からなかったんだって、写メ取ろうとしたら、先生に見つかってスマホ没収されたとか」

「もしかしたら葉山君かも!?前のオカルトGメンの職場見学で霊気測定結構凄かったらしいよ!」

「葉山の奴は、体育館に居たぞ。それだったら、ざ、材…便座とかいうオタク野郎の方が霊気測定凄かっただろう?」

「便座くん?違う違う。ざ…座薬くんって名前よ。でも彼はないわ~」

流石に便座って酷いだろ。材木座の「座」しか会ってないぞ。そこの女子も座薬ってなんだよ。尻つながりかよ。そんなに材木座の名前は覚えにくいか?

そういえば、雪ノ下も未だに財津君だと思ってるし、仕方が無いのかもしれん。

 

「あははははっ、中二?ないない、校長先生もおじ…ドクター・カオスさんがやっつけてくれたって言ってたし、きっと見間違いだよ」

「そうだよな~。実は俺がそのゴーストスイーパーだ。なんてもしそうだったら誰だって自慢するよな、普通」

「ええ?あんたが?ないない」

「仮にだよ、仮にだ」

由比ヶ浜の奴、便座と座薬で材木座(中二)の事だと理解しちゃってるし。

それよりも、この分だと身バレは大丈夫そうだ。

スマホを没収してくれた先生のお陰だな。

 

 

この後、全校集会で体育館に集まり、また長々と校長の話が始まった。

俺は必殺ぼーっとするの術でこの場を凌ごうとしたのだが……。

「えー、でありますから我校にGS協会からプロのゴーストスイーパーの方がしばらくの間、来てくださいます。くれぐれも粗相のないように、皆にお願いします」

 

ん?何それ?そんな話は聞いてないんですが?

まあ、確かに被害者ゼロと言っても、大規模霊災が起きた現場だ。

既に事態は終息したとはいえ、世間体的に考えてもGSの派遣は妥当だろう。

 

「えー、ゴーストスイーパーの方は本日お越しになるはずでしたが、何やら手違いがありまして、来られなくなりました。えー、お名前だけ先に申し上げときます。Aランクの凄腕のゴーストスイーパーの六道冥子さんです」

………

……

チェンジで!!!!!

 

俺はその名を聞いた瞬間に冷や汗が噴きし、同時に心の中で思いっきり叫んでいた。

無理があるだろ!

六道さんが来るってことはあのとんでもない式神が校内をうろつくって事だろ?どっちが霊災か分かったもんじゃない!!

この学校が霊災テロを起こした連中に狙われる前に、六道冥子さんに滅ぼされるぞ!

人選ミスも甚だしい!

 

や、やばいなんてもんじゃない。どうなってるんだ?

俺はこっそり全校集会を抜け出して、美神さんに連絡する。

美神さんもGS協会の理事だから何か知ってるはずだ。

「み、美神さんどうなってるんですか!総武高校に六道さんが来ることになってるんですが!?」

 

「あー、うっさいわね。わかってるわよ。どういう意図なのか分からないけど六道のおばさまが黙って無理矢理ねじ込もうとしたのよ。ママと理事全員で寸前で止めたわよ!それで、替わりを明日からそっちに送る事になったから安心なさい」

そう言って美神さんは電話を切る。

俺はそれを聞いてホッと息を吐く。

どうやら六道会長の暴走の様だ。

そりゃそうだ。どう考えてもその人選は無茶過ぎるだろ。

もし、六道冥子さんが本当にしばらく総武高校に滞在したとなれば、六道さんの行動をいちいち監視しないといけない事になる。勿論暴走しないようにだ。

GS身バレの可能性も高くなるし、何よりも俺の精神は間違いなく寿命が縮むレベルで削られていくだろう。

 

それよりも、替わりに誰が来るのだろうか?

キヌさんだったらいいな。

キヌさんと俺が会話したとしても、学校の一部の連中は俺とキヌさんが知り合いだと知っているし、問題が無いハズ。

何よりも俺が嬉しい。

もしかすると、キヌさんの総武高校の制服姿を拝めるかもしれない。

 

しかし、キヌさんは平日の日中は大学に通ってるから難しいか……もしかしたら横島師匠?

それはまずい。六道さんと違った意味で不味い。

羊の群れ(女子生徒)の中に狼(変態)を放り込むようなものだ。

いや、ここには平塚先生がいる。流石の横島師匠も振った相手の職場とか気まず過ぎて流石に来ないだろう。

美神さんもそこまで鬼のような事は……するか……仕事とプライベートは別だとか言いそう。

まてよ、前のオカルトGメンの職場見学で、横島師匠は変態の霊に取りつかれた可哀そうな人という設定になっていたし、流石にそんな人をプロのGSとして送り込まないだろう。

 

じゃあ誰が?

陽乃さんか?陽乃さんならあり得るか、総武高校のOGだしな。

これ程適した人材はいないだろう。

ただ、陽乃さんの土御門家は京都を中心に関西圏が活動範囲だ。

それに学生として京都の大学に通ってる。

その辺がネックか。

だが、滞在期間が長くなければ、大丈夫なのかもしれないか。

 

それ以外のGSの人かもしれないし……。

千葉の有力者と言えば留美の祖父さんの鶴見源蔵さんとかも適任かもしれない。

半分引退されているような事を言っていたし、こういう仕事の方が適任だろう。

現役バリバリのGSにはもっと最前線で仕事してもらった方が良いからな。

ただ、俺にとっては面倒ごとが増えそうでお断りしたいところだ。

 

唐巣神父は流石に無いか……忙しい身だし。

タイガーさんは、見た目が怖いから厳しいか。

ドクターはヨーロッパのGSだから厳しい上に、厄介事も一緒に持ってくるから勘弁してほしい。もしそうだとしたらマリアさんだけ来てほしい。

 

そんな事を思いながら、全校集会に戻る。

 

 

 

昼休みには、何時もの様に部室で雪ノ下と由比ヶ浜と三人で昼飯だ。

俺の昼飯は今も雪ノ下が用意してくれる手作り弁当ではあるが、雪ノ下から弁当を受け取るのは未だに気恥ずかしい。

 

雪ノ下は紅茶の用意をし、俺と由比ヶ浜のティーカップに注ぎながら、今日の全校集会での話題について話しだす。

「全校集会の校長先生の話だと、六道冥子さんが滞在されるようね。被害者が出なかったとはいえ、大規模霊災に生徒達が巻き込まれたのだから、生徒や保護者の方々だけでなくマスコミや政治団体からも安全面に付いて疑問視する声が上がってもおかしくは無いわ。体裁を整えるためにもAランクGSを置く事は妥当な処置でしょうね」

 

「そうかもな」

六道さんが妥当かは置いておいて、俺も雪ノ下と同意見だ。

GS協会やオカルトGメンの上層部は、総武高校を襲った稲葉を既に捕縛したため、総武高校で再度霊災が起こる可能性は高くはないと踏んでいる。

その理由は単純である稲葉が個人的な恨みでここをターゲットにして襲ったからだ。

稲葉からは組織だってここを狙ったという印象は全く感じられなかった。

警戒は必要ではあるが、今回のGS派遣は、世間体の為に体裁を整えるためのアピールというのが実質だろう。

 

去年からの一連の霊災テロや霊災事件を起こした霊災愉快犯改め、第一級霊災テロ集団の一人と目される総武高校に大規模霊災を起した稲葉の捕縛には成功したが、悪魔契約により稲葉は精神崩壊を起こし、情報を引き出す事が出来なかったのだ。

そのために、未だに一連の霊災愉快犯の尻尾を捕まえる事が出来ないでいた。

だが、今回の大規模霊災で分かった事も多い。

六芒星大結界や異界の門、人間を使ったキメラ合成など、高度な術式や禁忌魔術を行使していたことからも、かなりオカルトに精通している集団である事、六芒星大結界を用意できる程の強大な資金源がある事、さらに悪魔契約などを行使しようとしたことから、悪魔若しくは魔族が関わっている可能性が高い事だ。

 

 

「そうなんだ。そういえば六道冥子さんって雑誌か何かで見た事がある。ゴーストスイーパー戦う美女特集だったかな?なんか物凄くお嬢様って感じの人だった」

由比ヶ浜が見てる雑誌ってアレだよな、女子高校生向けのファッション誌とか情報誌だよな。内容はさて置き、そんな雑誌にGSの特集が載ってるのか。

その内容がちょっと、いや随分と気になる。

やっぱ、美神さんも載ってるんだろうな。

スタイルは良いし見た目だけは美女だからな、見た目だけは。

小笠原エミさんとか魔鈴さんとかも載ってそうだな。

陽乃さんもニューフェイスとかって感じで載ってるのかもしれない。

しかも、ランキング形式になってたりして。

俺だったら、ランキング1位は圧倒的にキヌさんだ。

巫女服で戦う姿も普段着の姿も制服姿もなんていうか、素晴らしいの一言に尽きる。

……小町にその雑誌を持ってないか、聞いてみよう。

 

 

「比企谷君?……もしかして、GS派遣について知らされて無い…ということは無いわよね」

変な妄想に浸りうわの空だった俺に、雪ノ下は訝し気な顔を向けながら、聞いてきた。

 

「あ、ああ、知らなかった。だから全校集会を抜け出して、ちょっと確認したが……」

 

「ヒッキー、だから途中から居なかったんだ」

 

「貴方が知らないなんて、何かの連絡ミスかしら?」

 

「まあ、何かのミスはミスの様だ。ここだけの話、六道冥子さん以外のGSが派遣されるようだ。誰なのかは知らないが……」

流石にGS協会の会長が暴走したとは言えるわけが無い。

 

「そう、もしかしたら姉さんが、……有り得るわね。姉さんも高ランクGSでここのOGだから……」

雪ノ下も俺と同じ見解を導き出したようだ。

GS協会やオカルト関係の情勢に詳しくなったものだ。

実の姉が関係者とはいえ、ある程度内情を知らなければ導き出せない類のものだ。

 

「その可能性は十分ある」

 

「ええ?陽乃さんがここに?…うーん。それは困るかも」

「そうね。もしそうだとしたら、対策が必要ね」

由比ヶ浜は顔をしかめ、雪ノ下は何やら考え込む。

 

「まあ、大丈夫じゃないか?」

流石の陽乃さんもここではあの外面仮面を被るだろうから、大きな問題は無いだろう。

例え面倒な事があったとしても、六道冥子さんとでは比べるまでもない。

 

「貴方、何時から姉さんと打ち解けたのかしら?」

「ヒッキー、陽乃さんの誘惑に乗ったらダメだからね」

雪ノ下は目を少々細め俺を見据え、由比ヶ浜は頬を膨らませる。

 

「……いや、そう言う意味じゃなかったんだが」

……確かに陽乃さんが派遣されると、少々困る事態になりそうだ。

 

 

 

 

そして放課後……

 

「せーんぱい♡一緒に帰りましょう」

あざとい後輩が部活終わり間際に現れる。

 

「……いや、俺んちはお前んちとは逆方向なんだが」

 

「駅までですよ駅まで、それとも先輩のお家にお泊りしてもいいですか?」

一色はそう言って俺の右腕を引っ張る。

一色はあの夏休みの告白以降、宣言通りというか、あざと可愛さに磨きがかかり、何かにふれこんな感じで、距離を縮めて来る。

 

「いろはちゃん!ヒッキーが困ってるし」

「一色さん、まだ部活は終わってないわ」

小竜姫様のアドバイスもあり、一色に対して直ぐに返事をしないスタイルを取る事を決めたが、由比ヶ浜と雪ノ下には、申し訳ない気がしてならない。

 

「え~、もう皆さん片付けてるじゃないですか~、困ってませんよねせーんぱい♡」

ただでさえ一色が俺の事が好きだという事実に少々意識してしまううえに、こういうのに慣れていないため、一色の本気とやらは少々洒落にならない。

葉山の奴、よく平然としてられたな。

彼奴、何気に精神力が滅茶苦茶高かったんだな。

 

 

「そ、そう言えば小町はどうした?」

俺はワザとらしく話題を変え、生徒会に参加してるだろう小町について聞く。

 

「小町ちゃんですか?買い物があるとかで先に帰りましたよ」

俺はスマホを確認するとlineにメッセージが入っていた。

『夕飯の買い物があるから先に帰るね。愛の詰まったご飯を作って帰りを待ってます。甲斐甲斐しく家事をこなす小町。小町的にはポイント高~い。んん?アレ?でもなんだか学生結婚した新妻みたいになってる?』

はあ、何を言ってるんだか家の妹様は……

しかし、買い物なら昨日の内に3日分ぐらいの食材は買い溜めしたはずだが。

 

 

この後、結局俺は自転車を押し、徒歩で駅まで向かう事に……。

雪ノ下と由比ヶ浜と一色と共に。

 

 

 

 

 

家に帰るとタマモが来ていた。

成る程、小町が買い物に行く理由がこれで分かった。

タマモから家に来るから、それで追加の食材を買いに買い物に行ったのか、食材といっても厚揚げだろうがな。

シロは来て居ない、タマモ一人だけだった。

タマモはたまにこうして家にフラッと遊びに来る事がある。

家の両親、とりわけ親父は大喜びだがな。

 




さて、誰が総武高校に来るのでしょうか?


下のアンケートですが、皆さん自身の恋人にするなら誰が良いのかと、解釈してください。
言葉足らずで申し訳無いです。


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(149)派遣ってどういう事?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きですね。


夏休みが終わり二学期始めの登校日。

家に帰るとタマモが泊りがけで遊びに来ていた。

タマモはたまに家にこうしてフラッと遊びに来る事があるため、気にも留めていなかったのだが……

 

 

翌日の朝。

既に両親は仕事に出かけ、俺と小町とタマモとダイニングテーブルを挟み3人で朝食をとる。

タマモは澄ました顔で揚げ豆腐を乗せた食パンを食べていた。

……食パンに揚げ豆腐は合うのか?

いや、突っ込むところはそこじゃない。

もっと別にある。

 

「タマモ……何、その恰好?」

タマモは、真っ白なブラウスに胸には赤色の細長いリボン、そしてチェック柄のスカートと俺が良く知る服装を着こんでいた。

 

「タマモちゃん、滅茶苦茶似合うね。どこかの国のお姫様がお忍びで学校に行くみたいだよ」

小町ちゃん、突っ込むところはそこじゃないと思うんだけど。

確かにタマモは金髪で目鼻立ちはどちらかと言えば欧米系とかハーフって感じで、煌びやかな感じの美女だが。しかも妙に艶っぽいというか色気があるというか、見慣れた制服を着ていてもだ。なんか別ものに見える。

そう、タマモは小町と同じ総武高校の女子の夏服を着ていたのだ。

 

「そう?よくわからないわ」

タマモは小町にいつもの様に素っ気なく応える。

 

「俺の話聞いてる?なんで、うちの学校制服を着てるんだ?」

 

「今日から通うからに決まってるじゃない」

タマモは当たり前のようにこんな事を言う。

 

「…………」

何が決まってるって?

通うってどこに?

しかもうちの学校の制服を着て?

 

「タマモちゃんと同じクラスになれればいいね」

小町は平然と会話を続ける。

 

…………

まさか、うちの高校に?

ど、どういう事だ?

何も聞いてないぞ!

タマモが?何で?

 

 

いやいやいや、ちょっと待て、そもそもタマモは見た目は美少女というより金髪美女そのものだが、妖怪だぞ。

それどころか、転生体とはいえ元はあの金毛九尾の大妖怪玉藻前だ。

平安時代には大妖怪玉藻前はあの酒呑童子や茨木童子と同等の力を持つとされていて、現在でいうS級妖怪と同じ扱いだ。

だが、本来は争いごとを忌避し、人間に庇護を受けながら、ゆるりと生きて来た妖怪だ。

平安時代当時、人に化け上皇の妃となった時にたまたま都に疫病が広がり、たまたま上皇も病に倒れ、たまたま時の陰陽師が、上皇に寵愛されていた玉藻前を妖怪と見抜き、疫病の原因が玉藻前だとして、討伐されたのだ。

疫病の原因が分からないため、とりあえず妖怪だった玉藻前を討伐して収めようとしたのだろう。

玉藻前にとったらとんだとばっちりもいい所だ。

 

今現在のタマモを見ても思う。

タマモが好き好んで人を襲うなんてことはあり得ない。

 

それに今のタマモは特殊協力者としての立場があるから普通に人間社会での生活を認められている。

 

だが、流石に学生として高校に通う事が出来るのか?

 

 

確かバンパイア・ハーフのピートさんの場合は、普通に学校に通っていたが、ピートさんは人間としての戸籍もあったから問題無かったそうだ。

 

そういえば、例外的に横島師匠が高校の時に使っていた学校の机だった机妖怪の愛子さんって言う妖怪は学校の教職員に認められて、特別生徒として待遇を得ていたな。

GS協会もオカルトGメンも特殊共存者丙Ⅱ種(特殊共存者丙種:人間社会に深く根付き、人間に無害な存在)と認められて、学区内では自由に活動が出来るらしい。

 

 

大きく表沙汰になってはいないが、正式には妖怪等の人外は人間社会での生活は認められている。いや、認めざるを得ないと言うのが正確か。

元々彼らの生活圏に人間が後から入って来たケースの方が殆どだ。

特に産業革命以降、人間の人口は爆発的に増えた影響で、彼らは生活圏を追われる事になった。

彼らの中には人間社会に溶け込んで生活しているものや、人間との接触を避けて生活しているものもいる。

人間や人間社会に害を成すものは討伐や除霊対象となるが、そうではない限り、彼らの存在は認められているのだ。

だから、彼らにも生活の権利は認められている。GSだからと言って何でもかんでも妖怪等を討伐していいわけではない。

だから俺達GSも警察のように名乗りを上げ、罪状を述べてから討伐や封印処置をする必要があるのだ。

まあ、彼らにとっては勝手に人間が作ったルールだ。文句を言われても致し方が無い気はする。

 

それはさておきだ。

現在の法律関係で人間と共存又は敵対関係ではない妖怪や人外たちは、こんな感じで分類されている。

〇特殊共存者甲種:土地神などに祭り上げられ、土着信仰の対象となっている、又はそれに随する存在。

〇特殊共存者乙種:人間社会から距離を置き、人間とは敵対関係ではない存在。シロの人狼族はこのカテゴリーに入っている。

〇特殊共存者丙種:人間社会に深く根付き、人間に無害な存在。

実際にはこのカテゴリーに入ってる人外が殆どだ。

雑霊などもこのカテゴリーの丙Ⅲ種に入っている。

これ以外には高次元存在者というカテゴリーがあるが、いわゆる神だ。

 

タマモはどこに入っているかというと、特殊共存者甲Ⅱ種に入っている。

タマモは元々、大妖怪玉藻前の転生体として危険視され討伐対象となっていた。

だが、転生し子狐となったタマモを横島師匠とキヌさんが討伐した事にして匿い、その後の観察で危険はないと判断した美神さんと美智恵さんが、社を失った元土地神の妖狐(お稲荷様の化身)として登録したと聞いている。

 

更に、タマモはシロ同様、特殊協力者という立場で、人間との良好な協力者として人間社会で普通に生活できるような立場でもある。

 

特殊協力者の中には人間相手に商売してる妖怪も居るしな。

あまり事例は無いが、法律上高校に通う自体は問題無いのか……。

 

 

もしかすると、総武高校に派遣されるGSって、タマモの事か?

確かに特別協力者という身分を持っているし、オカルトGメンでは正式に特殊特別捜査官という肩書も持っているが……、GSの誰かが同行していないと一人ではGSの活動出来ないはずだ。

 

俺か…、GSの俺が通ってる高校なら、俺が同行者という事でタマモも自由に活動出来るという事か。

そうなると、どういう立場でタマモは高校に通う事になるんだ?

こんな大切なことを俺は何一つ聞いてないんだが……。

 

「お兄ちゃんどったの?考え事なんてして」

「八幡はいつも考えすぎなのよ」

 

「タマモ、俺は何も聞いてないんだが、美神さんに何か聞いてないか?」

 

「令子が八幡と小町の学校に行けって」

 

「それだけ?」

 

「美智恵も楽しんで来たらいいって、それだけよ」

 

「…………」

 

俺は席を外し電話をする。

勿論美神さんにだ。

 

事務所の電話にはキヌさんが出て、美神さんに代わってもらう。

「朝っぱらから何よ」

美神さんって結構朝が弱かったな、ちょっと不機嫌そうだ。

 

「タマモが俺の学校に通うなんて聞いてないんですが?」

 

「アレ?あんたに言ってなかったけ?そうそう、タマモが何か言って無かった?」

美神さんからは何も聞いてないんですが?絶対面白がってワザと言わなかったな。

 

「タマモからは今日から学校に通うとしか聞いてませんが?」

 

「まあ、そう言う事だから頼んだわよ」

 

「頼んだって、どういうことですか?流石にちゃんと説明してもらわないと困るんですが」

 

「冥子が行くよりはいいでしょ」

 

「それはそうですが、それとこれとは別の話です。ちゃんと説明してください」

六道冥子さんが来るよりは断然いいが、そう言う事じゃないでしょ、説明位あってもいいと思うんですが?俺が間違ってるのか?

 

「何よ、ちょっとした茶目っ気じゃない」

 

「はぁ、勘弁してください」

これが茶目っ気で済む問題か?

 

「まあ、いいわ。タマモはオカルトGメンから派遣される事になったのよ。しかも学生身分で、短期留学扱いよ。仮の経歴はこうよ。タマモ・ミカミ年齢は17歳。私の遠い親戚のヨーロッパ系のクォーターって事になってるわ。あの顔立ちならそれでいけるでしょ?妖怪じゃなく人間って事になってるわ。特殊能力者で幼い時からオカルトGメンの特殊捜査官として活動していた。年齢のため留学生扱いで派遣されるという事よ。留学先はあんたの家。あんたと同じクラスにしようと思ったんだけど、学校では自称ボッチやってるあんたじゃボロが出るかもしれないでしょ?だからあんたの妹のクラスに入る予定だから。仲がいいでしょ?あんたの妹とタマモは、学校にはあんたや雪乃もいるんだし、問題無いわ」

その設定なら問題なさそうだ。

流石に大規模霊災で危険な目に遭ったところに、護衛の為に妖怪を派遣しましたって言うのは流石に厳しいだろう。

それにタマモならば、霊気の質を人間と同じに変える事が出来るから、高レベルな霊能者でない限り滅多な事では妖怪とはバレないだろう。

 

「はぁ、それならそうと、もっと早く言ってください」

タマモの細かい設定までちゃんと決まってるのに……この人は。

 

「昨日決まったばっかりなのよ。タマモは嫌がると思ったけど、すんなりOKしたわ。あんたの妹や雪乃の影響ね。学校生活に興味を持ったみたいよ」

 

「そうですか……、この事は雪ノ下には?」

 

「雪乃には昨日連絡して、フォローを頼んでおいたわ」

 

「………そうっすか」

何故雪ノ下に連絡を入れておいて、俺には連絡が無いんだ?やっぱり面白がってるとしか思えない。

 

「それにママも一枚かんでるのよ。妖怪のタマモが学校で大人しく生活できればってね。あんただったらわかるでしょ?今後の為にも事例が欲しいのよ」

美神さんは含みを持った言い方を俺にする。

そう言う事か。

美智恵さんは、妖怪であるタマモが人間社会の縮図でもある学校での共同生活を問題無く過ごす事が出来るという証明がしたい、若しくはそのモデルケースにしたいという事か。

今後、人外の協力者も増やしていくために、政府上層部のお偉いさんを納得させる材料となるだろうとでも考えているのだろう。

美智恵さんはこう言う時でも抜け目ないな。

 

「はあ、まあ、タマモだったら問題無いと思いますよ」

タマモは協調性に欠けるところがあるし、近寄りがたい雰囲気もある。ある意味ボッチ体質ではあるが、俺や雪ノ下でも曲がりなりにも学校生活が成り立っているのだ、大丈夫だろう。

 

「こっちはこっちで大変だったのよ。シロが行きたがってごねるもんだから、横島の奴としばらくコンビ組ませて仕事させる事で納得させたのよ。シロはご近所受けはいいけど、実年齢はまだ子供だし、高校生活にいきなり入れ込んだら何かとやらかす可能性が高いわ。タマモの場合、曲がりなりにも転生前は妖怪とバレずに人間生活を長い間営んでいたんだから、問題無いハズよ」

シロがごねる姿が目に浮かぶ、『拙者も学校に行くでござる!!タマモばかりズルいでござる!!』こんな感じだろう。

 

「わかりました」

 

「精々がんばりなさい。それとあんた、ちゃんとしないと……まあいいわ」

そう言って美神さんは電話を切る。

美神さん、何を言いかけたんだ?

 

 

「お兄ちゃん何やってるの、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうよ」

ちょうど小町から催促の声がかかる。

 

既にタマモの分のチャリまで用意されていた。

しかも電動補助自転車を……。

 

こうして、タマモと小町と共にチャリで学校へ。

チャリを漕ぐタマモはどことなく楽し気だった。

 

まあ、いいか。

 

 

 

朝のホームルーム時に、校内放送で聞きなれた声の主が丁寧に自己紹介の挨拶をする。

「本日付けでGS協会から派遣されました土御門陽乃です。既に職場見学で顔を合わせた方もいますが、総武高校を3年前に卒業したOGでもあります。皆さんの安全確保のために全力を尽くしますのでよろしくお願いします」

……どういうこと?タマモだけじゃなくて、陽乃さんも?

二人共ってどういうことだ?

 

校長が続いて、校内放送で補足説明をする。

「えーー、GS協会からは、自己紹介して頂きました本校卒業生の土御門陽乃さんが安全確保のため派遣されます。それともう一人、えーー、オカルトGメンからはタマモ・ミカミさんが護衛役として派遣されます。彼女は年齢的にも皆さんと同じ年頃で短期留学生として1年F組に入られます。何かオカルト関連で困った事や、悩みがあれば、土御門陽乃さんが対応してくださいます、えーー、先ずは担任の先生又は教育指導の平塚先生を通して下さい」

 

校長の口ぶりからすると今回のこの件はメインが陽乃さんという事か、タマモは護衛人員って感じの扱いだな。

そういえば、美神さんが今朝言いかけたのは陽乃さんの派遣の事か?

美神さん、そう言う事はちゃんと言ってほしいんですが。

 

それにしてもGS協会とオカルトGメンの両方の組織からの派遣か……。

大規模霊災で総武高校は被害者ゼロだったとはいえ、神奈川の高校はほぼ潰滅状態だ。これぐらいやらないと、世間が納得しないという事なのだろう。

 

しかも、よりによって派遣された人員が陽乃さんとタマモの二人か。

年始に六道さんの式神が逃亡した際、2人は顔を会わせているが、あまり相性は良く無さそうな雰囲気だった。

 

……面倒な事にならなければいいが。

 




何故、陽乃とタマモなのか?
美神さんには別の思惑があるようですが、今は忘れて頂いて大丈夫です。



前回のアンケート結果発表!!
『GS側女性陣で恋人にするなら誰がいいですか?』
一位、タマモ
二位、氷室キヌ
三位、小竜姫
四位、魔鈴めぐみ
五位、六道冥子

一位のタマモと二位のおキヌちゃんは結構競ってましたね。
ちょっと離れて、三位の小竜姫様、そこから、更に離れて、魔鈴さんと冥子さんはほぼ同じ得票でした。

正直、四位と五位には驚きました。
四位に魔鈴さんも驚きましたが、GS最大の地雷女と目される冥子さんが五位とは……。

因みに私はおキヌちゃん派です。
次点で小竜姫様。

アシュタロス編のメインヒロインだったルシオラが上位に入ってないのは意外でした。
美神さんは……仕方がないですよね。因みにメドーサに僅差で負けてます><


では、次は俺ガイル編でw







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(150)変化する日常

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は……その、ちょっとアレな回です。

前回のアンケート結果
《自分の恋人にするとしたら誰?俺ガイル女性編》
1位 川崎沙希
2位 一色いろは
3位 雪ノ下雪乃 由比ヶ浜結衣 同票
5位 城廻めぐり
6位 平塚静
7位 雪ノ下陽乃 鶴見留美 同票
サキサキ圧倒的でした。2位との差は2倍以上。
やはり嫁力というか恋人としてはサキサキが一番の様ですね。



昼休み、何時ものように部室で雪ノ下と由比ヶ浜と昼食を始める。

 

「陽乃さんとタマモちゃんが学校に来るなんて、びっくりだね。でもゆきのんとヒッキーは前から知ってたの?」

早速由比ヶ浜が、この話題について俺達に聞いてきた。

 

「はぁ、それなんだが、俺はタマモが学校に通う事を今日の朝に知った。しかもタマモは俺んちにホームステイ扱いだと。雪ノ下さんの事は、今朝の校内放送で知ったところだ……。美神さんが面白がって俺に言わなかったようだ」

 

「そ、そうなんだ。ヒッキーは相変わらず大変そうだね。じゃあ、ゆきのんは?」

 

「昨日聞いたばかりよ。昨晩、姉さんが私のマンションに急に押しかけて来て、一緒にしばらく生活する事に……。追い帰そうとしたのだけど、父さんと母さんも物騒な世の中だからその方が良いと手放しで喜んで、姉さんと生活出来ないのならば、実家に戻って来るようにとまで言われてしまっては、今の私にはどうすることも出来ないわ」

雪ノ下はため息交じりに答える。

 

「どうやら急に決まったようだ。ここだけの話だが、六道冥子さんから急遽変更となったらしい」

 

「そういえば昨日、校長先生が六道冥子さんが来るって言ってたし、ほんと急すぎだよね。病気かな?」

 

「いや、俺も詳しくは知らないが病気とかじゃないと思う」

詳しく聞いていないが、六道会長が暴走して六道冥子さんを派遣しようとした事だけは知っている。だが、何故六道冥子さんをそうまでして総武高校に無理矢理ねじ込もうとしたのかは謎だ。

 

そんな会話をしながら弁当を食べ終わる頃、珍しく昼休み時の部室に来訪者が訪れる。

「入るぞ」

「ハロー、比企谷君と雪乃ちゃんにガハマちゃん」

平塚先生と陽乃さんが部室に現れる。

 

「先生、ノックをして下さいと何度言えば……」

「先生と陽乃さん?こ、こんにちは」

「………」

雪ノ下はノックをせずに扉を開けて入って来た平塚先生に半ば諦め気味に注意をし、由比ヶ浜は珍しく、まともな挨拶を返していた。

俺は会釈程度で済ます。

わざわざ、平塚先生と陽乃さんが連れ立ってここに来るという事は……いやな予感しかしない。

 

「雪ノ下、声はかけたぞ。そう堅い事は言うな」

「ふーん、3人でお昼ご飯か、比企谷君のは雪乃ちゃんの手作り弁当ね。うらやましいわ。明日からは、私も一緒に昼ごはんさせてもらっていいかしら?」

 

「姉さんはもうここの生徒ではないのでしょ」

「それは困ります」

雪ノ下はツンとした感じで、由比ヶ浜ははっきりと拒否する。

 

「あらら、はっきり言うわね」

「うむ。これは少々困ったな。陽乃、どうやら君は妹と由比ヶ浜に嫌われているようだが」

 

「静ちゃんひどーい。雪乃ちゃんはちょっとお姉ちゃんにツンデレなだけよ。ガハマちゃんは恋のライバルってところね」

 

「どうやら本当の様だな、君が本気で恋をする日が来るとは、私には一番の驚きだよ」

「そう?高校の時は恋多き乙女だったと思うけど?」

「誰がだ?私の中では君は間違いなく問題児だったよ。誰かれ構わず愛想を振りまき、男子生徒をその気にさせておきながら、誰一人とも付き合わなかったではないか。そもそも付き合う気など無かっただろう?君は何時もどこかつまらなそうだったからな」

「そんな事はないわ。ただ私に釣り合う男子が居なかっただけ」

「では、比企谷は君のお眼鏡にかなったのかね」

「そうね。今迄で一番ね」

平塚先生と陽乃さんは俺達の前で小芝居のような言葉の掛け合いを行う。

しかも、俺の事で……。

平塚先生に知られていたのか、陽乃さんが俺に好意をよせている事を、しかも目の前に本人が居るのにやめて頂けませんかね。

恥ずかしいだけじゃなく、雪ノ下と由比ヶ浜が居る前ではいたたまれないんですが。

 

「先生、本題に入って下さい」

雪ノ下は冷たい視線を平塚先生と陽乃さんに送りながら、ここへ来た理由を尋ねる

 

「おお、すまなかった。君たちに依頼に来たのだ」

やはりか、俺は先生と陽乃さんが二人連れ立って来た時から、依頼をしにここに来た事を予想していた。依頼内容もある程度予想が付く。

 

「依頼なら放課後でお願いします。今は受付時間外です」

 

「そういうな。昼休みの部室の使用を黙認しているだろ?」

 

「……いいでしょう。ではこちらで」

雪ノ下は昼食をとるための机から離れ、いつもの長テーブルに席を移し、平塚先生と陽乃さんに椅子を勧める。

 

長テーブルには窓際から雪ノ下と由比ヶ浜が横並びに、対面には平塚先生と陽乃さんが座る。

俺は何時もだったら廊下側の指定席に座るのだが、今回は由比ヶ浜の隣に座らされる。

 

平塚先生が依頼内容を端的に語る。

「単刀直入に言う。奉仕部には陽乃のサポートを頼まれてくれないか」

やはりか、俺は今朝の校内放送でこうなる事をある程度予想していた。

 

「……詳しい内容を」

雪ノ下もどうやら依頼内容について凡そ察したようだが、詳しい説明を先生に求める。

 

先ずは陽乃さんが先に話し出す。

「今朝、校内放送で校長先生が説明したとおり、私は国の要請でGS協会からゴーストスイーパーとしてここに派遣され、総武高校における大規模霊災から発してる霊害と霊災対策を受け持つ事になったわ。主な仕事は生徒達の精神的なフォローと再発防止対策の構築と警備と言ったところかしら」

陽乃さんの今の立場を簡単に説明するが、バックアップにGS協会やオカルトGメンが付いているとはいえ、かなり困難な仕事だ。

ゴーストスイーパーとしての知識や力量もかなり求められる上に、学校側や生徒達との円滑な関係を築く為のコミュニケーション能力も問われる。

陽乃さんは古くから京都を守護してきた土御門家の陰陽師だから、こう言う施設や地域の霊災防止対策の知識には明るいし、もちろんコミュニケーション能力も非常に高い。

総武高校のOGというだけではなく、うってつけの人材だったという事だ。

……そんな現場に六道冥子さんをよく派遣しようとしたな、確かにゴーストスイーパーとしての能力は高いのだろうが、コミュニケーション能力は壊滅的なんだが……。

 

続いて平塚先生が概要を説明し始める。

「本校は比企谷のお陰で犠牲者ゼロとは言え、大規模霊災が起きたのだ。神奈川の高校の大規模霊災では犠牲者が多数出た事もあり、生徒達やその親御さんから実際に不安の声が上がっていた。昨日の始業式の段階で学校を休んでいる生徒も幾人かいる。それは致し方ない事だ。そのためにもプロのGS派遣は必要だったのだ。本校の大規模霊災を収める事に貢献した比企谷を表舞台に出すという案も教職員の中からも上がったが、それはGS協会とオカGに拒否された。勿論私も反対だった。その後GS協会からは高ランクのGSが派遣される事がようやく決まった所だが、GS協会の上層部でもごたごたがあったらしく、昨日の午後の段階で、六道冥子氏から急遽陽乃に変更というトラブルはあったが、私は結果的に陽乃で良かったと思っている。

GS協会とオカルトGメンとの学校側の窓口担当は私でな、陽乃であればお互い知ってる分やり易い。

ここからが本題だが、生徒達には内密だが本校にはGS関連者が二名存在する。比企谷と雪ノ下だ。しかも比企谷に至ってはBランクの高ランクGSだ。しかも、同じ部活で、その部活は私が顧問の奉仕部ときた。これだけ言えばわかるだろ?」

 

「奉仕部への依頼というのは、生徒達の霊災相談の窓口役をするという事ですね」

雪ノ下は平塚先生の話を聞き、先生が言わんとする依頼内容を正確に導き出す。

 

「その通りだ。比企谷もその方が動きやすいだろう。それにオカGから派遣された留学生扱いのタマモさんは比企谷の知り合いなのだろ?」

 

「……まあ、そうです」

これ以上ないって位の知り合いです。

同じ会社の先輩なんで。

教職員の間ではタマモの扱いはどういう感じなんだ?

俺とタマモの関係は平塚先生の言い回しでは、詳しくは知らないようだが……。

後で先生に聞いてみるか。

 

「依頼では無くて、決定事項ではないですか?」

雪ノ下はため息交じりに先生に聞き返す。

 

「いいや、最終的には君らの同意は必要だ。どちらにしろ、比企谷は陽乃のバックアップをする立場だとGS協会やオカルトGメンからは聞いているが?」

……なにそれ?そんなこと一切聞いてないんですが?

まあ、陽乃さんやタマモの派遣は昨日決まった事案の様だし、時間的に仕方がないって言えば仕方がないが、美神さん…説明が面倒だし、その方が面白そうだからって、ワザと説明を端折っただろ。俺が文句言っても、『プロだったらその位臨機応変に対応出来て一人前よ』とか反論されるのが落ちか。

 

「ヒッキーと陽乃さんと二人きりに?……はいはーい!この依頼受けます!いいよねゆきのん!ヒッキー!」

「そうね、致し方が無いわ。いいでしょう。その依頼受けます。但し色々と条件を出させてもらいます」

由比ヶ浜はここでようやく口を開く。

結構難しい内容だったが、由比ヶ浜は今回の事を理解出来たようだな。

雪ノ下も渋々と言った感じで、依頼を受けるようだ。

 

「俺はどちらにしろ強制だろうが……本当にいいのか?」

「何が出来るか分からないけど、私も学校のみんなの為に役に立ちたいし、それに、ヒッキーが一緒だし」

「合理的に私達が行うのが妥当ね」

俺は改めて由比ヶ浜と雪ノ下に問いかけるが、二人共、快く了承してくれる。

俺はGS協会の人間だし、どちらにしろ強制的に陽乃さんの手伝いをさせられるため、何か言える立場じゃない。

確かに、奉仕部としてこの件に関わるのなら、学校で陽乃さんやタマモと一緒に行動したとしても、俺がGSだとバレる可能性は断然低いだろう。丁度いい隠れ蓑にはなる。

俺としてはかなり助かるが、危険は少ないとはいえ、二人を巻き込んでしまうのは少々心苦しい。

 

「助かる。こちらも無理を言っている立場だ。なるべく君らが動きやすいように善処しよう」

平塚先生はホッとした表情で軽く頭を下げる。

 

「決まりね。じゃあ、私も今日から奉仕部の一員ね。八幡、よろしくね」

陽乃さんはにこやかな笑顔で俺の横に椅子を持ってきて座る。

やっぱりなんかいい匂いするし、近い、近いんですが?気恥しいんで、もうちょっと離れて頂けませんかね。

 

「陽乃さん、ヒッキーから離れて」

「姉さんは奉仕部の一員ではないわ。飽くまでも依頼者よ」

「私の拠点は今日からここだから、雪乃ちゃん、明日から私の分もお弁当作ってね」

 

こうして奉仕部は霊災相談窓口を担当することになった。

部室の後ろの方に寄せて置いてあったクラス分の机や椅子全て撤去させられ、陽乃さんの仕事スペースとなりなり、日中は陽乃さんが奉仕部の部室を占拠することに……。

 

 

 

放課後、タマモは小町と共に奉仕部に現れる。

どうやらタマモは放課後、小町と行動を共にするらしく、今後は小町と共に奉仕部と生徒会を行ったり来たりのようだ。

タマモは奉仕部に来て、雪ノ下と由比ヶ浜に挨拶を交わし、適当な椅子に座り、早速本を読み始める。

何処に居ても、タマモはマイペースだ。

雪ノ下と由比ヶ浜と小町はタマモが妖怪だと知っているし、今年の始めにあった六道家の式神逃亡事件の際に陽乃さんにも知られている。

ある程度はリラックスできるだろう。

だが、前に陽乃さんとタマモが会った際は相性が良く無さそうだったのが気がかりではある。

 

雪ノ下と由比ヶ浜、陽乃さんに小町が加わり、霊災相談窓口を開設するに当たって、打ち合わせを行う。

小町が奉仕部として大規模な依頼を受けるのはこれが初めてとなるだろう。

それに、雪ノ下はアルバイトとはいえ実際にGS事務所で実務経験があるため、とんとん拍子で話は進んでいく。

 

 

 

 

 

そんな中、俺は平塚先生に呼ばれ、屋上に……。

 

「比企谷すまんな、また君を頼る事になる」

 

「それは雪ノ下と由比ヶ浜に言ってやってください。俺はGS協会側の人間なんで」

 

「君は我が校の生徒でもある。君は確かにGSとしても経験は豊富なのだろうが、一高校生だという事も自覚してほしいものだ」

 

「……善処します」

 

「君がこの風景を守ってくれた……君に頼りっきりだ。教師としては複雑な気分だよ」

平塚先生はタバコ取り出し、口に加えながら、静かに俺にそう言う。

俺と先生はしばらくの間、なんとなく真新しいグラウンドで部活に勤しむ生徒達の姿を眺めていた。

 

 

 

 

「比企谷……相談に乗って欲しい事がある」

しばらくし、平塚先生は少々難そうに俺にこういう。

 

「……どうしたんですか?」

先生から個人的な相談とか珍しいな。

 

「この頃、私はどこか調子を落としてる様でな。……もしかすると霊災の影響かもしれない、流石に生徒達の前では……」

 

「俺も一応生徒なんですが……」

 

「そういうな。こんな事は君にしか相談出来ない」

 

「冗談です。どんな感じですか?」

確かに自分が霊災の影響で調子が悪いなんてことは他の生徒には言えないよな。

俺はさっと先生を霊視するが、特に霊的異常は見られない。

精神的な事なのかもしれない。

 

「実はだな………」

 

「………」

俺は改めて、真剣に平塚先生の言葉を待つ。

 

「この頃、天上天下ラーメンのこってり三倍ニンニク背油マシマシが美味いと感じられないんだ」

 

「はぁ?」

 

「古野屋の牛丼つゆだくだく、卵ショウガマックス乗せもだ!」

 

「………」

男でもそこまでの濃さは中々厳しいんだが。

しかも、何の相談だこれ?

 

「天上天下ラーメンはこってり二倍、ニンニク背油多めに……、古野屋の牛丼はつゆだく、ショウガだけに……、それだけじゃない!!他の食べ物も全てだ!!」

先生は物凄く不安そうな顔してるが、それって年のせいじゃないか?

もう三十路でいい年なのにそんな濃いもん、うけつけなくなっただけじゃ?

 

「いや、それって年のせいでは……」

俺は率直にそう言いかけたが……。

 

「剛なる左拳ッ!!「臥竜」!!!!」

平塚先生に腹パンを一発貰う。

 

「うげっ」

ちょっと痛そうにするが、効いてはいない。

前よりも切れがない上に、その叫びは?

前は、『衝撃のファーストブリット!!』とか昔のアニメのスクライドのカズマの必殺技の叫びだったような。

『剛なる左拳「臥竜」』はライバルキャラのイケメンの劉鳳の必殺技だよな。

 

「う……それだけじゃないんだ」

何故か平塚先生は目に涙を溜めていた。

 

「私はスクライドの熱血主人公カズマが好きだったのに!今は何故かイケメンライバルキャラの劉鳳が好きに!!!!」

 

「………」

いや、どっちも結構熱血だと思うんですが……。劉鳳も冷静に見えて結構熱血ですよ。

まあ、カズマには劣りますが……。

 

「私は熱い熱血漢が好きだったのに!!それだけじゃない!!Gガンダムのシュバルツ・ブルーダーが好きだったはずなのに!今ではドモン・カッシュが好きに!!」

いや……、それ、あまり変わってないような。

そもそも、Gガンダムのキャラって、全部超絶暑苦しいんですが……。

 

「それってなにも変わってないんじゃ……」

 

「何を言う!!熱血に見えてヒロインが居たり、ヒロインとくっ付くような軟弱キャラなどむしろ嫌いだった!!……私はどうしたのだろうか……」

 

「…………」

いや、あんまり変わってないよな……むしろ少しはマシになったのでは?

 

「極めつけはこれだ!!ジャンプで『ワンピース』が大好きだったのに!!!!今じゃ、つい『僕たちは勉強が出来ない』を読んでしまう始末!!あんな軟弱なマンガは認めていなかったハズなのに!!!!」

 

「………」

それは確かにちょっと、変だな。

熱血冒険マンガから、随分とライトなラブコメに……。落差が激しい。

でも、この人、昔のラブコメは結構読んでたはずだ。

横島師匠を攻略するために。

 

「そ、それに私はつい『僕たちは勉強が出来ない』を全巻買ってしまう始末……どうしたら……なんか……この頃、熱血もいいけど、ラブコメも良いかなとか……私はいったいどうしたのだろうか」

平塚先生は、一気にテンションが下がり、しょんぼりしだす。

 

「…………!?」

ん?んんん!?

これってもしかして、稲田姫の恋愛50倍ご利益の影響か?

平塚先生の男運の悪さを改善するために、平塚先生自身の男勝りの性格や私生活を改変してきた?

いや、元々が余りにもひどすぎて、周りからは、分からない程度の変化しか得られなかった?

しかし、なんか方向性がおかしいような?

もっと、こうあるだろう?平塚先生は見た目美人だから、男を引き寄せるフェロモンを出すとか……。いや、それはそれで困るかもしれんが。悪い男に引っかかりそうで。

だが、本人としたら、随分と困ってる様だ。

 

「まあ、あれですよ。趣味なんて、年々変わるものですよ。俺だって最初はワンピース派でしたが、今じゃ鬼滅の刃派ですよ。ニセコイとかも普通に見てましたし」

 

「そ、そんなものか?」

 

「あんまり悩む事じゃないですよ。そんなもんですよ」

 

「そ、そうなのか」

 

「そうです」

 

「時に比企谷……『僕たちは勉強が出来ない』は読んだ事があるか?」

平塚先生はちょっとは持ち直したようで、俺にこんな事を聞いてくる、

 

「ありますよ」

横島師匠が買い置きしてるジャンプをたまに事務所の宿泊部屋で読んでる程度だが。

 

「す、好きなヒロインは?」

 

「俺ですか?……うーん、古橋文乃ですかね」

まあ、せっかく精神的に持ち直したんだが、ここは話に乗るのが良いだろう。

 

「ほう、古橋文乃か」

 

「まあ、なんだかんだと面倒見がいいというか……」

 

「という事はだ。比企谷は雪ノ下がストライクという事か」

 

「……何を言って」

 

「そうではないか、タイプ的にヒロインの中で言えば、古橋文乃が雪ノ下、緒方理珠が由比ヶ浜、武元うるかが一色だろう」

性格とか全然考慮して無いだろ?それって胸のサイズだけの話じゃないですかね?

 

「いや、そういうのじゃ……」

 

「大方、小美波先輩が陽乃で、桐須先生が私か?」

何でさらっとあんたが混ざってるんだ?

しかも、桐須先生って流石に無理があるだろ?

美人とスタイルがいいってところは確かに先生と同じですが、三十路じゃないですし、桐須先生はど真面目ツンデレドジっ子属性で可愛げがありますが、先生は熱血男勝りガサツじゃないですか。

 

「くっ、そうか……比企谷は古橋文乃、雪ノ下がタイプだったのか!……やはり先生と生徒の壁は厚いか」

古橋文乃と雪ノ下は胸と容姿は似てるけど、性格は違うからね。

古橋文乃はコミュ力高い柔和な天才タイプで料理は全然ダメなお嬢様、雪ノ下はお嬢様だが、コミュ力最下位のぼっちでツンツンですから。

 

「いや、ちょっと待ってください」

 

「しかーーーーし!!IFモードという物があるのだよ!!桐須先生の前に主人公の唯我君は数年後同じ学校の新人教師として現れ、年が離れていようが結婚するのだよ!!素晴らしいではないか!!」

 

「ちょっと待て!」

 

「比企谷には……その桐須先生と唯我君のようにラッキースケベ的なイベントもあったしな……私の裸も見られた事だし……」

何故か先生は顔を赤らめてもじもじしだす。

確かにラッキースケベ的な感じなものだったが、あれは俺が横島師匠と勘違いされて先生に襲われただけで。

 

「あれは忘れて下さい」

 

「比企谷!!丁度いいではないか!!教師になれ!!そして、数年待ってやるぞ!!わははははははっ!!」

何そのマンガ脳は?

しかも、その頃には先生35歳ぐらいじゃ?もう三十路を越して四十路に。

 

誰でもいいからこの人を貰ってあげて!

 

 

 




平塚先生いつもごめんなさい。
もはや、GSの住人に。

因みにスクライドはアニメしか知りません。
機動武闘伝Gガンダもアニメしか知りません。
ニセコイもちょっとしか知りません。
僕たちは勉強ができないは最近読みました。

スクライドネタは原作には結構ありましたね。

知らない人はWIKI参考に。

次回は、シリアス展開へ……の予定。


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(151)狙われた美神令子 その1

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

タイトルが不穏ですね。
そう、久々のシリアス展開なのです。
今回はその序章みたいな感じです。


 

9月も中頃に差し掛かった放課後。

慌ただしく右往左往する生徒達によって校内は喧騒に包まれる。

 

だが、霊災が起きたとかではない、何か事件とか物騒な事が起きたわけでもない。

 

この時期の総武高校は毎年こうだ。

そう、この時期の恒例と言えば文化祭だ。

総武高校の文化祭は結構な規模で行うため、千葉ではちょっと有名である。

生徒達は文化祭と言う名の青春を味わうために、自らを律し、準備と言う名の強制労働に勤しんでいる。

一般的には準備さえも青春というカテゴリーで収まるらしいが、俺からすれば、それはまさしく僧侶が行う苦行の如くだ。

去年の俺を見てみろ、まさしく準備から文化祭当日に至るまで全てが苦行だった。

 

去年は相模南からの依頼で奉仕部は文化祭実行委員会の補助を行ったのだが、肝心の実行委員長である相模がサボっていたため、実質雪ノ下が取り仕切っていたような物だった。

それで俺はその下請けで、色々とやらされていたわけだ。

まあ、色々あって、文化祭を成功させるために、俺は相模に罵声を浴びせ泣かせてしまう。

そんな感じで俺は学校一の嫌われ者の称号を手に入れたと。

 

だが、今年の奉仕部は文化祭実行委員会や生徒会とは関わる事はない。

何故なら、奉仕部はある重要な役割があるからだ。

『霊災相談窓口』

要するに、2カ月前の大規模霊災を端を発してる生徒達の悩みや心配事を聞いたりする相談室というわけだ。

室長はGS協会から派遣されたゴーストスイーパーの陽乃さんで、その下で働いてるのが奉仕部ってわけだ。

 

相談窓口を開口して1週間で、結構な生徒が押し寄せてきた。

だが、まともな相談はたった4件だけ、その他の連中は陽乃さん目当てや、ゴーストスイーパーについて興味本位で来た連中ばかりだ。

こんな雰囲気ではなかなか本当に相談したい生徒が来る事が出来ないだろう。

少し様子見て、落ち着かなければ、何らかの対策が必要か。

 

そして……

「その目、あんたが3年の比企谷だな、勝負だ!」

 

「……またか」

俺は何故か最近生徒達に勝負を挑まれるのだ。

しかも、主に1年の連中からだ。

ため口かよ。せめて先輩ぐらい付けたらどうだ?

 

最初に声を掛けられた時は何の事かさっぱり分からなかった。

よくよく聞くと、こうだ。

タマモに告白しようとしたら、最低でも八幡より強い男でないと誰とも付き合うつもりはないとそっけなく断られたのだとか……。

それで、何を勘違いしたのか、タマモに告白や友達になろうと声を掛けた男連中は、俺に勝負を挑むようになったのだ。

 

俺はその事をタマモに問い詰めると。

「面倒だからよ」

「面倒ごとを俺に押し付けるなよ」

どうやらタマモは告白してきた連中を適当にあしらうために俺の名前を出したようだ。

 

「確かに面倒だけど、本当の事よ。私は安心を与えてくれる男にしか興味が無いの。最低でも八幡ぐらいの器量は必要ね」

「何それ?俺が判断基準?」

「そうね。横島には劣るけど、八幡は知恵も回るし腕もそこそこ立つ、それに私を不快にさせないわ」

滅多に感情を表に出さないタマモが、そう言って妖艶な笑みを浮かべる。

俺は不意にその笑みに魅入られてしまう。

……玉藻前…傾国の美女とはよく言ったものだ。

そりゃ、時の権力者どころか、誰をも魅了してしまうのだろう。

そんなタマモの魅力に思春期真っ只中の男子連中は、あっさり落ちてしまうのだろうな。こんなわけが分からない暴走をするぐらい。

 

まあ、そんな事があって、俺はこうして今日も勝負を挑まれる。

勝負と言っても、喧嘩とかじゃないぞ。

ここは健全にカードバトルで勝負を行っている。

タマモの奴は、強い男の基準を男子らにはちゃんと言って無いから、俺に都合が良い方法で勝負を行ってる。

カードバトルで、俺が霊能をフルに発揮すれば、負けるわけが無い。

何せ相手の手札が全てわかる。チートもいい所だ。

この1週間で7人ほど、打ち破っている。

 

一応勝負を挑んできた連中には言い訳を言っておいた。

俺んちにホームステイしてるタマモとカードバトルをよく遊んでいたのが影響しているだけだと……。

 

すると、そいつらは皆涙目でこんな事を言ってくる。

「タマモさんと小町ちゃんと同じ屋根の下で生活してるなんて、羨ましすぎる!リア充比企谷八幡に不幸あれ!!」

 

………

……

 

リア充?俺が?

何も知らないのか?俺は校内一の嫌われ者なんだが……

それよりも、今年の一年は大丈夫なのだろうか?

いろいろな意味で心配になってくる。

こんな連中は一部だけと思いたいが、こんなくだらない日常を過ごせるという事は、平和だからこそなのだろう。

 

それに、この程度ならまだましだろう。

俺の想定ではもっと厄介な事になるのではと、危惧していたのだ。

今年の一月に一時的にとある噂が校内に広がっていた。

『あの学校一の嫌われ者が、美女二人とWデート!?』

この噂の発端は年始に六道冥子さんの式神の捕縛を行う際、陽乃さんとタマモを連れ立っていた俺を学校の誰かに見られたことからだった。

だが、この噂は俺の校内での悪評もあり、直ぐに立ち消えた。

今度は陽乃さんもタマモも目の前にいるのだ。

あの噂が再燃し、騒動に巻き込まれるのではないかと思ったのだ。

しかし、当の陽乃さんとタマモと俺は放課後一緒にいる事が多いのに、噂にはならなかった。

 

何故なのか?

 

よくよく考えればそんなものなのかもしれない。

陽乃さんやタマモの美女二人を目の前で見れば、現実的に俺の様な最低男なんかと付き合うなどあり得ないとでも判断したのだろう。

要するに、今まで雪ノ下や由比ヶ浜と俺との間で噂にならなかったのと同じ事だ。

まあ、元来噂なんてものは、あやふやで信憑性が薄いからこそ、聞いた人間が都合のいいように想像を膨らませ、面白がって広がる。

現実を突きつければ噂なんてものは発生しないものなのだろう。

 

 

 

それはそうと、文化祭実行委員会や生徒会の手伝いはしないが、奉仕部は文化祭の出し物としてGSについての展示を行う事となった。

霊的災害や霊障や霊、妖怪やGSについて正しく知ってもらうための物だ。

陽乃さんが発案し、せっかくプロのGSが身近にいるのだからと学校側は二つ返事でOKを出したとか。

確かに、この展示は教育という観点からも意義がある物だろう。

雪ノ下と由比ヶ浜も特に異論は無いようだ。

 

こうして、霊災相談窓口を行う傍ら、展示物のパネルなどを作成。

どうやら、この事が美智恵さんの耳にも入り、全面的に協力を買って出てくれて、動画やオカG所蔵の展示物なども貸してくれることとなった。

美智恵さんはオカGやGS協会のイメージアップにかなり力を入れているから、今回の文化祭のGS関連の展示もいい機会だとでも思っているのだろう。

 

 

この頃の日常はこんなものだ。

 

まあ、一色が事あるごとに俺を引っ張って生徒会室に連れて行こうとしたり、陽乃さんにデートに誘われて、結局由比ヶ浜と雪ノ下と陽乃さんと4人で出かける事になったりとかいうイベントはあったりとか……。

 

 

 

週末の土曜日。

俺は仕事で栃木に向かう。

メンバーは美神さんとキヌさんと俺の三人だ。

最近はこの組み合わせで仕事に行く事が多い。

横島師匠はシロと共に九州に出張だ。

タマモはこの週末も家で小町と共に過ごしてるはずだ。

俺んちでホームステイをし、総武高校に通う事自体がタマモの仕事らしい。

雪ノ下は午前中で事務所の仕事を上がらせて、この仕事に行く道中、自宅マンションまで送り届けた。

 

今は美神さんが運転する4人乗りのスポーツカーに乗り込んで、高速道路で一路栃木に向かう。

 

道中、キヌさんが今回の依頼内容を再度説明してくれる。

「今回の依頼内容をもう一度確認しますね。大型リゾート施設建設予定の丘陵地の工事現場で、霊障が起きて、森林伐採や土地の整地もままならない状態です。今回の依頼者は町おこしの為に廃業したゴルフ場だった土地とその周囲の山地を誘致した町長さんと建設業者さんですね。霊障が起きたのは2か月前から、重機が動かなくなったり、照明が急に消えたりという事故が続いたようです。それと同時に、獣の様なうめき声が山林から聞こえてきたと、現場作業の大勢の方が聞いたそうです。今の所怪我人などは出て居ませんが、霊の仕業だと皆怯えて仕事にならないそうです。すでに1か月前から建設作業は停止したそうです。また、巡回の警備員さんが廃工場付近で大型の化け物らしき影を見たという目撃情報もあります。町長さんと建設業者の担当者が直接事務所に仕事の依頼に来られた案件です。GS協会に内容申告を行ったところ規定によりB級の難易度設定がされておりますが、不測の事態を鑑みられA級以上のGSが実施するのが妥当と判断が下されております」

結構難易度は高い。

しかも、依頼内容から協会の難易度規定ではB級だが、GS協会は情報不足を補う意味もあり、A級クラスのGSが事に当たるべきと判断したようだ。

 

「嫌な予感がするわ。結構キツイ仕事になりそうね。その分お金はタンマリよ、気合を入れていくわよ」

美神さんはそう言って、アクセルを吹かし、車のスピードを上げる。

美神さん達の足を引っ張らないようにしないとな。

 

 

高速道路を降り、街を抜け、山間の道をしばらく走ると、ゴルフ場の看板が見えて来る。

道路には立入禁止のバリケードが置かれ、その前にワゴン車一台が止まっており、作業服姿の男性が3人程降りてくる。

美神さんはその3人に除霊依頼でここに来た事を伝えると、バリケードを撤去し、車を通してくれた。

さらにしばらく山間の道を走ると、ゴルフ場の駐車場が見え、重機やらが多数止まっていた。

ゴルフ場の駐車場に車を乗り入れる。

正面に見えるゴルフ場の建物は解体途中で止まっているのがわかる。

 

「着いたわね」

「結構登りましたね」

「ふぅ」

美神さんとキヌさんは車から降り、俺は荷物を降ろす。

 

「敵が何なのかも分からない上に、この広大な敷地よ。かなり面倒ね。あっちから姿を現してくれれば直ぐに済むのだけどね」

「それはそうですが……比企谷くん、霊視で何か見えますか?」

「いえ、近くには雑霊しかいません」

「ふう、そう事が簡単にいくわけは無いわね。長期戦の覚悟をしておきなさい。あの工事事務所のプレハブをベースにしましょう。あそこに結界を張るわ。それから捜索よ」

「了解です」

俺が荷物をプレハブ小屋に運び、美神さんとキヌさんは結界を張る準備を進めていく。

この敷地は結構広いな、元ゴルフ場だし、周囲の山も捜索範囲に入るだろう。

確かに長期戦になりそうだ。それも俺の霊視次第か……。

結構責任重大だぞ。

敵が中々見つからなかったら、美神さんの機嫌もそれに比例して悪くなっていくだろうし。

 

 

プレハブ小屋に結界を張り終えて、装備を整え、いよいよ除霊対象の捜索に向かう。

 

先ずは、解体中のゴルフ場の建物の中を捜索。

「比企谷くん、そっちは何かわかった?」

「特に何も見えません」

美神さんは霊視ゴーグルを使いながら辺りを捜索。

俺は霊視で建物内を調べるが特に何も引っかからない。

悪霊どころか、霊気の残滓すら見えない。

 

「あんたたち、その他に何か気になる事はある?」

「大型の化け物の影を見たという目撃情報もありましたが、足跡も見られませんね」

「……足跡が無いか、目撃されたのが実体の無い大型の獣の幽霊か悪霊の集合体という線もあるわね。おキヌちゃんどう思う?」

「確かに雑霊が多い様に感じますが、実体化するぐらいの思念を感じません」

美神さんも俺もキヌさんも今の所霊的脅威を感じる様な形跡を見つける事が出来ないでいた。

 

「飛翔できる魔物かしら……見たものは影だけという事は、警備員の見間違いという線もあるわね」

「ただ、森の方から聞こえて来たという獣の呻き声については、ほぼ全員の証言が得られてます」

「キヌさん、直接的な目撃や人が襲われたとか言う被害はないんですよね。猪とか熊の鳴き声って線はないですかね?」

「でも、重機が動かなくなったり、電気が通ってるのに照明が急に消えたりとかその手の霊障はあるようですよ」

「ただ単に、設備トラブルって事はないですか?」

「いいえ、担当者から聞いたけど、それは無いそうよ」

現場の検証を行い、意見を出し合う。

俺は霊的なトラブル以外を検証し、その意見を出すが、どうやらその線は薄そうだ。

 

「霊障はあるという前提で進めると……霊気の残滓すらまったく見えないという事は、少なくとも10日以上霊障は起きていないという事ですよね。現場作業は1か月前から休業状態、休業中の人が居ない間は霊障が起きていないという事になりますが」

「比企谷くん、そう言う事よ。……きっと何かあるわ。次よ、次行きましょ」

美神さんは俺の意見を肯定し、次の場所へと移動を開始する。

 

次にゴルフ場の設備棟に向かうが、霊視に何も引っかからない。

ゴルフコースをカートで一周回って見るが、やはり霊視に引っかからない。

 

「……面倒ね。ゴルフ場の設備とは無関係の可能性が高いわね。リゾート施設建設予定地はゴルフ場以外の土地も大きく含んでいたわ。そっちの方が問題かもしれないわね」

「はい、そちらの山際付近には小さな集落が点在してます。聞き取りをしてみませんか?」

「そうね。行ってみましょう」

キヌさんの意見で、大型リゾート施設建設予定地の直ぐ傍にある小さな集落を訪ねる事になったのだが……。

 

人は一人も居なかった。

 





前回のアンケート結果。
【自分の恋人にしたい人は?GS男性編】
一位、横島忠夫
二位、唐巣神父
三位、近畿剛一
四位、ピート

横島くんと唐巣神父は僅差w
やはり主人公、横島くん強し。
唐巣神父は人柄ですよね。
ちょっと離れて、ゲストキャラのハズの近畿剛一君が三位w
ピートは順当かな。
それ以降は似たり寄ったりの得票です。


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(152)狙われた美神令子 その2

ご無沙汰しております。

ようやく書けました。


とある依頼で、美神さんとキヌさんと俺の三人で栃木県山間部に位置する大型リゾート施設建設予定の丘陵地の工事現場で霊障解決に乗り出した。

大型リゾート建設予定地はゴルフ場跡地を中心とした広大な土地で、重機が動かなくなったり、獣のうめき声の様なものが聞こえたりと、どうやら本格的な霊障のようだ。

ゴルフ場跡地から近隣を調査したのだが、霊障の類の形跡すら見当たらず、ほんの直ぐ近くの集落へ聞き込みを行おうとしたのだが、その集落には人っ子一人居なかった。

 

廃村とかじゃない。

見るからに極最近まで人々が生活していたような感じだ。

 

「美神さん……人が何処にも居ませんね。皆でどこかにでかけたのでしょうか?」

「おキヌちゃん、それにしてもおかしいわ。車もあるし、洗濯物も干したままよ」

「事件か事故に巻き込まれたとか……」

「争った跡とかもないわ。まるで突然人が消えたかのようね。…比企谷君、霊視で何か見える?」

「いえ、特に不穏な霊気の残滓は見えませんが……少々地場の霊気の乱れを感じます」

集落は生活感がありありと見えるような状況だった。

それなのに人が1人もいない。

美神さんが言う通り、突然人々が消えたかのように。

だが、俺は違和感を感じる。

この土地に漂う微細な霊気、普段は空気と一緒で穏やかに空間を満たしている。

俺達霊能者が霊力を使用して色々な術を使うと、地場を満たしている微細な霊気も大なり小なり影響を受け、流れを起したりする。

術によっては全く影響が出ない物もあるし、地脈の影響や天候などの自然現象によって場の霊気が乱れたりすることもあるから、地場の霊気の乱れだけでは何とも言えないが。

 

「確かにそうですね。霊圧も若干低い様に思います」

キヌさんも俺と同じように感じているようだ。

 

「………おキヌちゃん、比企谷君、戻るわよ。嫌な予感がするわ」

美神さんは思案しながら集落の様子を見渡し、ゴルフ場跡地に戻る様に促す。

確かにこの状況、何かが起きていそうだ。

しかもやばめな感じだ。

 

 

俺達は集落を後にして、芝が伸び放題のゴルフコースの脇道を歩いていると、突如として強い霊気を感じ、美神さんに急いで伝える。

「美神さん!北の上空から霊圧!…なんだ?霊気の集合体?……これは?」

 

霊気を感じる北の空を見上げると巨大な何かが3体、翼をはためかせながら俺達に迫ってきているのが見える。

まだ、遠目だが5m程の大きさの鳥の様なシルエットが見える。

だがおかしい、その巨大な怪鳥からは多数の異なる霊気を感じる。

どういうことだ?

この霊気は……?

 

「ようやくお出ましってわけね。戦闘態勢よ」

美神さんは上空の怪鳥を見据え戦闘態勢に入る。

俺は背負ってるリュックサックから霊体ボウガンの二丁取り出し、一丁を美神さんに銀の矢や特殊破魔矢など数種類の矢と共に渡す。

 

霊体ボウガンの射程距離100mまで怪鳥が迫って来る。

俺は霊体ボウガンで怪鳥に狙いを定めたのだが、その怪鳥の全貌に驚きを隠せない。

一言で言えば最悪に醜悪な化け物だ。趣味が悪いどころの話じゃない。

確かにシルエットは巨大な鷹のような姿だったが、羽毛などない。

その翼には人の手が羽のように多数生え、鳥足は人の足で体は人肌、顔や目なども人の部位の寄せ集めだ。

こんな化け物は始めてだ。

もしかするとこれは……

 

「美神さん!!あれは!?」

俺は思わず美神さんに叫んでいた。

 

「比企谷君、落ち着きなさい!倒せない相手じゃないわ。破魔矢に霊体干渉術式を乗せなさい」

美神さんは驚く俺に指示をだしながら、その醜悪な空飛ぶ化け物を霊体ボウガンで自らの霊力を乗せた破魔矢で撃ち貫く。

 

破魔矢で貫かれた化け物は霊力放電を起し墜落。

 

俺は美神さんの叱咤で、落ち着きを取り戻し霊体ボウガンに装填していた破魔矢に言霊で霊体干渉系の術式を展開させ、もう一体の化け物に放つ。

霊体干渉系の術式は悪霊や幽霊などに有効な霊体浄化術式の一種だが、複数の悪霊の集合体で霊体を構成される相手に対して特に有効な術式だ。

霊体が持つ情報に霊気干渉を起し、霊体を維持できなくする。

術式の使い方によっては、悪霊や幽霊を消滅させずに拘束できる代物だ。

しかし、肉体を持つ魔獣や妖怪の類には効果的ではない。

 

この化け物は見た目の醜悪さは別にして、肉体を持った化け物だ。

本来、霊体干渉系の術式は有効じゃないハズだが、俺は美神さんの指示通り、霊体干渉系術式を乗せた破魔矢で醜悪な空飛ぶ化け物を迷いなく討ち貫く。

美神さんがわざわざ俺にこんな指示を出すという事は必ず理由があるはずだ。

それに俺はこの化け物の悍ましい姿に見覚えは無いが、此奴の正体に思い当たりがある。

 

俺は化け物の一体に立て続けに三発破魔矢を命中させて、霊力放電を起させ撃墜。

 

美神さんは既にもう一体の化け物も撃墜させていた。

これで三体の化け物は地面に転がり、霊力放電を起こしたまま苦しそうに蠢いていた。

 

キヌさんは撃墜した化け物に駆け寄ろうとする。

そのキヌさんの顔は悲しみに満ち溢れていた。

 

「おキヌちゃんもう手遅れよ!だからもういいの!後は私が殺るわ!」

美神さんはそう言って、蠢く化け物たちに一気に駆け寄り神通棍を鞭のような形状に変形させ、化け物たちに振り下ろし、容赦なく止めを刺す。

 

俺も神通棍を片手に美神さんを手伝おうとするが、既に化け物共は息が絶えていた。

 

「美神さん……この化け物は」

 

「あんたが思ってるとおりよ。そうキメラ、人間を使ったキメラよ。人間だったなれの果て」

美神さんは淡々と俺にそう語る。

俺の予想通りだった。

キメラ、人工的に魔獣などを複数掛け合わせた化け物。

しかも人間を使ったキメラだ。

一体の化け物から多数の霊気を感じた、それも人間によく似た霊気を。そして人間の部位で形成されたこの悍ましい姿。

美神さんが選択した霊体干渉系術式は肉体だけでなく魂や霊気すらも取り込み合成したキメラには有効だからだ。

その事から、俺もこの化け物がキメラ、しかも人間を取り込んだキメラだと予想していた。

 

「夏休み前の神奈川の高校のテロと同じですか」

俺は思わずキメラの死骸、いいや、人の成れの果てに手を合わせていた。

こんな死に方なんてあっていいのか?

人としての生を全うできずに、こんな姿に……もし、総武高校でこんな事が起きたら、小町や雪ノ下や由比ヶ浜らがこんな目に遭ったのなら、俺は正気でいられるだろうか?

キヌさんも悲しみに満ちた表情のまま静かにキメラの死骸に手を合わせていた。

優しいキヌさんの事だ、神奈川の高校のテロの時、あんな化け物に取り込まれた姿を見れば、無茶でも助けようとしたのだろう。

キヌさん……。

 

「神奈川の高校は爬虫類系の魔獣をベースに即席で人間の姿のまま取り込んでいたわ。今回の奴は力は大した事は無かったけど、かなり精巧に錬成されているわね。ただ、出どころは同じと見ていいわ」

このキメラは鷹の様な姿をしていたが、人の部位毎に翼や足、体、顔や目も人だけを使って構成していた。

 

「同時多発霊災テロと同一犯ですか」

やはりそういう事なのだろう。

 

「そうね」

 

「近隣住民が居なくなったのも」

やつらはここで人間を使ったキメラの実験をしていたのかもしれない。

 

「十中八九これよ」

 

「…………」

くそっ、普通に生活していた人達をあんな化け物に……。

 

「おキヌちゃん、一応オカGに連絡しておいて」

「……美神さん」

「これからを考えなさい。これ以上犠牲者を増やしたくなかったら、これを仕出かした連中を叩けばいいのよ」

「はい……」

美神さんは未だ悲しみから抜け出せないキヌさんに指示を出し、叱咤激励をする。

 

 

「ようやく尻尾を掴んだわね。比企谷君、霊視でキメラが何処から来たかわかるわよね」

「今ならまだ追えると思います」

「ふふふふふふっ、わざわざキメラなんてものを出してきたのよ。これは私を誘ってるって事よね。いいじゃない。行ってやろうじゃない。もしかしないでもこの依頼、私を誘い出して罠にでもはめるつもりだったのかしら?なめられたものね!!しかも横島が居ないこのタイミングで!!私ならどうにかなるとでも思ってるのかしらね!!どこのどいつだか知らないけど!!この美神令子をなめ切ってるということよね!!!!!」

美神さんの怒りのボルテージがどんどん上がって行き、それに比例して霊力も一気に上昇、俺は美神さんのその怒りの形相と霊圧に怯まずにはいられない。

この前のオーク・ジェネラルよりもよっぽどこの人の方が怖いんですが……。

 

「み、美神さん。お、落ち着いて下さい」

 

「落ち着いてるわよ!ふふふふふっ、どんな目に遭わせてやろうか!!」

美神さんの目は血走り、額の血管がピクピクと。

もうだめだ、こうなった美神さんは誰にも止められない。

誰だ!この人怒らせたのは!!今すぐ出て来いよ!!

 

「比企谷いーい!!どんな手を使ってでも徹底的に潰すのよ!!この美神令子をなめ切った事を後悔させてやるわ!!」

 




美神さんの活躍がようやく。


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(153)狙われた美神令子 その3

感想ありがとうございます。

続きです。



一度、装備品や荷物を補充するためにプレハブ小屋に戻ってから、キメラが飛んできた方向

へ霊気の跡を霊視で追いながら山道を進む。

 

道中に人をベースにした3m程の犬の形をしたキメラに数度遭遇するが、全て撃退。

というか、怒り心頭の美神さんの容赦ない攻撃であっさり倒れて行く。

 

「キメラ達の霊気の形跡があの辺まで続いてますね」

しばらく進むと、山が人工的に半分削り取られているような場所が見えて来る。

脇には道路と、削り取られた斜面には大型トラックが通れるほどのトンネル、ちょっとした工場の様な建物、大型のブルトーザー等の重機も見える。

たぶん採石場だろう。

 

「ビンゴね」

美神さんも霊視ゴーグルを使い採石場の様子を伺う。

 

「美神さん、今の所近辺にはキメラや人の気配も無いです。人払い結界や防御結界の術式もありません」

これだけの規模の採石場なら人が居ない方がおかしい。

既に使われていない採石場ってことはない。

車の轍や重機なども最近動かした様な跡がある。

今日はたまたま社休日だったのかも知れないが、状況的にここがキメラに関する何らかの施設の可能性が高い。

だが、キメラ等を生成しているなんらかの霊的施設だとしたのなら、何らかの備えがあってもおかしくないが、今の所俺の霊視では霊的反応は見当たらない。

 

「他には?」

 

「トンネルの奥、地中深くにさっきのキメラと同じ霊的反応を探知しました」

俺は更に霊視を進めると、斜面にあるトンネルは地下深くへと続き、その奥にさっきのキメラどもと同じような霊的反応を感知した。

 

「ふん、私を誘ってるってわけね」

キメラを差し向けた連中が、美神さんが言う通り美神さんを狙っているのであれば、その可能性は十分にある。

ただ、俺はここで一つ疑問が浮かび上がる。

キメラを差し向けた奴は十中八九同時多発霊災テロを起こした連中の一味だ。

なぜ、美神さんを狙うんだ?

美神さんの実力や凶悪な性格を知っているのであれば、普通の神経の持ち主はこんな事はしないだろう。

いや、人を人とも思わない様な連中だ。頭のネジの数本吹っ飛んでるのだろう。

それか、美神さんの実力を知っても尚、自分たちの方が優位だと確信しているのか。

何方にしろ、きっとあのトンネルの奥には、美神さんを倒す方策や何らかの罠を張り巡らせているに違いない。

 

「美神さん、明らかに罠ですね。どうしますか?」

 

「ふふふふふっ、比企谷君。周りに人の気配はないのよね」

何故か美神さんは笑顔だが、その笑顔が怖い。

 

「霊視で確認しましたが近隣にはいないです。ただトンネルは地下に続いて結構な深さまで有りそうで、その奥には犯人や人が居る可能性がありますよ」

 

「ふふふふふっ、という事は奴らの関係者だけってことよね」

美神さんは笑顔で、やっぱりその笑顔は怖い。

 

「そう言うことになりますね」

 

「比企谷君、トンネルの入り口にC4をセットして山ごと爆破するわよ」

 

「……ちょ、流石にそれはまずいのでは?犯人死んじゃうんですが?捕まえなくていいんですか?」

気持ちは分からないでもないし、あんな鬼畜な所業を行った連中だし、死んでも致し方が無いが、同時多発霊災テロの全容解明のためにも捕まえて吐かさないと。

 

「ああ云う連中は薄暗いジメジメした地下が大好きなのよ。きっと地下にでもキメラ合成とか、人を取り込む魔獣型のキメラとかそんな化け物を錬成する研究所とか施設があるのよ。それに奴らだって、他に逃げ道ぐらい作ってるはずよ。奥の山に煙突みたいなのが見えるでしょ、きっとそこにも出入口があるはずよ」

 

「片方の出入口を塞いで逃げ道を無くしてから、もう一方の出入口から攻めるんですね」

成る程、こっちは三人しかいないから、片方の出入口を塞いで逃げ道を無くして、逃げられないようにしてから、もう片方の入口から犯人を捕まえに行くってことか、流石は美神さんだ、場慣れしてる。

 

「甘いわね。奴らが慌ててもう一方の出入口から逃げて来たところを、携行型ミサイルランチャーをぶっ放すのよ」

美神さんはニヤっと悪そうな笑顔を浮かべる。

やっぱり切れてる。敵を有無も言わさずに殲滅するつもりだ。

なぜ携行型ミサイルランチャーなんてあるの?とか、どこから高性能爆薬を持ってきたの?とか疑問に思ってはいけない。何故かうちの事務所の倉庫には普通に重火器保管庫存在し、映画によく出るような重マシンガンとかスナイパーライフルとか普通にある。

一応、それぞれの名目は対魔獣用霊能重火器ということで正式登録品となってる。

確かに大型魔獣などはこれらの重火器に、銀の弾丸や呪符や術式を込めた弾丸や炸裂弾を使って除霊や対峙することは実際にあるが、どう見ても術式や霊気が通っていない弾薬とか普通の軍用重火器がタンマリある。

今さら言及してもどうしようもない事だが……美神さんだし。

だが、俺はこれだけでは驚きはしない。

美神さんの事だからどこかにミサイル基地や核弾頭を持ってるかもしれないと疑ってるぐらいだ。

 

「み、美神さん?流石にそれはまずいのでは?」

実弾で殺っちゃったら、普通に犯罪なんじゃ?

同時多発霊災テロの犯人は人間であるとオカGも見解を出してるし。

どっちが悪党なのかわからないんですが?

こっちも命が掛かってる事だし、戦闘の末死んじゃったら仕方がないかもしれないが、だからって最初っから殺しちゃう前提はどうかと。

 

「……美神さん、何故こんなひどい事が出来てしまうのか、何か理由があるのか話を聞かないと」

キヌさんはそんな美神さんに悲し気に訴えかける。

 

「いーい、おキヌちゃん。あいつらは凶悪犯罪者かその片棒担いでる連中よ。あっちはやる気まんまんなのよ。そんな連中に躊躇するいわれはないわ。それに霊能に関わった極悪人に容赦なんて言葉はいらないわ」

 

「…………でも」

 

「おキヌちゃんやる気がないなら。あんたはここで待機してなさい」

美神さんはキヌさんに厳しめな言葉を投げる。

キヌさんは優しすぎる。

美神さんの言動は行き過ぎのきらいはあるが、きっと正しいのは美神さんなのだろう。

 

だが……、

「あの美神さん、ちょっといいですか?やっぱり犯人は確保した方がいいのでは?同時多発霊災テロの犯人の確保や証拠を押収すれば、オカGからも結構な報奨金が貰えるだろうし、この分だと依頼料も釣り上げる事も出来て、二重取りできるんじゃないですか?それに犯人を証拠ごと消滅させましたとか、後で美智恵さんに何を言われるかわかったもんじゃないですよ」

俺は仲裁というか、美神さんの説得にかかる。

犯人を捕縛し証拠を押収できれば、同時多発霊災テロの全容把握することができるかもしれない。

そうすれば解決もそれだけ早くなる。

この場はできるだけ証拠を押さえたい。

 

「それもそうね。オカGに連絡しちゃったし、致し方が無いわね。そんじゃ、犯人にどんな地獄を見せてやろうかしら?この美神令子を狙った落とし前だけはつけさせてもらうわ」

金の話になると美神さんはあっさり説得に応じてくれる。

やっぱり美神さんは美神さんだ。

だが、犯人にとって死ぬのと美神さんに地獄を見せられるのとどっちの方がいいのだろうか?

 

 

 

こうして作戦の打ち合わせを手短に済ませ、犯人確保に動き出す。

俺は一つ向こうの山の煙突がある場所に向かうと、美神さんの予想通り煙突は地下深くまで続く吸排気口となっていて、その横に人が通れる階段があった。

監視カメラとかもあったが、俺の霊視空間把握能力で監視カメラや各種センサーの位置を確認しつつ、見つからない様にこそっと霊的トラップを複数しかける。

 

俺が煙突側での仕込みを終わらせた後、美神さんとキヌさん、俺達3人は堂々と採石場のトンネルから地下へゆっくりと進む。

ゆっくり進むのには訳がある。

罠を警戒という事ももちろんあるが、俺が霊視で内部構造を把握する時間を稼ぐ意味合いもあった。

勿論、トンネルにも監視カメラはあり、犯人も美神さんがここに現れた事を見ているだろう。

堂々と歩むことにより、煙突側も意識から外れる事だろう。

 

しかし、トンネルを歩む道中には罠などは無かった。

しばらくすると広々とした洞窟の空間が現れ、トラックや車が何台か止まっていた。

荷物などが置かれ、目の前には大きなエレベーターが備え付けられている。

ここは搬入作業を行う倉庫なのだろう。

この場所からさらに下方を見渡すと、大きな大穴が地下に向かって伸びている。

大穴の周りには怪しげな機器や檻、水槽などが置かれてる施設が多数ある。

ここがキメラの研究施設かなんかなのだろう。

しかしなんだ?これだけの研究施設の割に人の気配が薄い。

キメラや魔獣の気配は感じるが、霊視で生きた人の霊気はたった一人だ。

しかしこれはどういうことだ?

既に危険を察知して一人以外逃がした?

いや、トンネルからは俺達が進んでいたし、煙突裏口は霊的トラップを仕掛けてある。

トラップに引っかかれば反応があるはず。

いや、俺達がここに来るまでに逃がしたのかもしれない。

 

「さあ、来てやったわよ!!姿を現しなさい!!」

美神さんは堂々と大声で叫ぶ。

 

すると前方の大きなエレベーターが動き出し、しばらくするとその重々しい扉が左右に開く。

「いひひひひひっ、久しぶりじゃのう美神令子」

エレベーターから小柄な白髪で白衣姿の老人が現れる。

片目にスコープレンズの様な義眼を嵌め、見るからにマッドサイエンティストだと分かるような怪しげな風貌だ。

こいつがもしいい奴だったら、土下座して謝るまである。

その老人が卑屈そうな笑みを零し、美神さんに挨拶をしてきた。

こいつが人を使ったキメラを合成している奴か?

神奈川の高校に現れた奴は背の高いフードを被った男と資料にあった。

そいつは実行犯でこいつが研究者って事なのか?

しかも、美神さんと面識があるようだ。

 

「ふん、やっぱりあんただったのね。敷島博士」

美神さんは睨みつけながら返事を返す。

敷島博士って今美神さんは言わなかったか?

確か敷島博士はかつて日本における現代の霊能研究者の第一人者と呼ばれた人だ。

5年前に非人道的な研究に手を出して投獄され、4年前の世界同時多発大霊災でどさくさに紛れて行方不明になったとかいう、第一級霊能犯罪者だ。

なるほど、この人だったら、キメラを作れるかも知れないし、人を使ってあんなとんでもない事を平気で出来るかも知れない。

 

「いひひひひひっ、わざわざ来てもらって悪いの~」

 

「ふん、こんな事を出来るのはあんたしかいないと思ってたわ。でも余りにも精巧よね。あの時みたいに悪魔とでも契約して、禁呪にでも手をだしたのかしら?それに私に何か用かしら?」

 

「いひひひひひっ、わしは時間移動能力者のサンプルが欲しかったのじゃ、美智恵君は手ごわいのでのう。令子君、わしの実験材料になってもらうかのう」

敷島博士はとんでもない事を口走る。

まさか!?美神さんが時間移動能力者だと!?しかも美智恵さんまで……どういうことだ!?

正式に時間移動能力者は存在しないとされていたが実在していた?

俺はあまりの衝撃に言葉を失う。

確かに時間移動能力なんて物があれば、世界の理が壊れる可能性がある。

それに、そんなものが存在したのなら、いろんな国家レベルの組織に狙われかねない。

それこそ、魔族までも……。

それが美神さんと美智恵さんの親子が!?

 

「なんのことかしら?ジジイの耄碌に付き合ってられないわ。それに私をママより弱いなんて思ってる時点であんたはもう終わったわ」

美神さんは敷島博士の言葉に呆れたように言葉を返す。

違うのか?敷島博士の勘違いか?

 

「……美神さん」

美神さんの斜め後ろに控えていた俺は思わず前に出て、困惑気味に美神さんに声をかけてしまった。

 

 

すると、そんな俺に敷島博士は気づき、じっと見据えてから、片目を大きく見開き、さっきまでの怪しげなジジイ口調がどこに行ったのやら、こんな言葉をのたまいだす。

 

「あっ!?……あああっ!?アザゼル殿?その魔界の瘴気のような淀んだ目は間違いなくアザゼル殿!!なぜこんな所に!?」

 

「…………」

俺は敷島博士をジトっとした目で見返す。

 

…………

………

……

こいつは悪魔だ。

 

間違いない。

 

俺の目を見て大悪魔アザゼルと間違える奴は悪魔しかいないんだよ!

 

 

 

「美神さん、あれは悪魔です。間違いないです。今すぐ滅しましょう」

俺は先ほどの美神さん達の会話の内容など吹っ飛び、美神さんに真顔で思わず討伐を提案してしまった。

あんなド変態大悪魔と間違えるなどと、許さん!!

 




あの悪魔が次回登場w


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(154)狙われた美神令子 その4

感想ありがとうございます。

小ネタを挟んでますが許してください。
では続きをどうぞ。


「美神さん、あれは悪魔です。間違いないです。今すぐ滅しましょう」

俺は敷島博士を指さし、間髪入れずに美神さんにこう提言する。

 

「はぁ?どう見ても敷島博士に見えるわよ?」

美神さんは目を凝らして、慌てふためく敷島博士をじっと見据える。

 

「比企谷君、霊視ゴーグルでも人の気配にしか見えませんね」

キヌさんも霊視ゴーグルで、敷島博士を霊視する。

 

彼奴は悪魔だ。

姿は敷島博士だし、霊気の質や気配も人間そのものだ。

俺の霊視でもさっきまで悪魔だと見破る事が出来なかった。

美神さんや霊視ゴーグルでさえ騙してまう程の擬態だ。

 

だが奴は一つミスを犯した。

そう、俺のこの目を見て大悪魔アザゼルと完全に間違えたからだ。

俺のこの目を見て大悪魔アザゼルと間違える奴は全員悪魔だ!!

因みに俺の目を見て、ゾンビだと間違えた場合霊能者か幽霊。

泥田坊と間違えれば妖怪、一言主様と間違えれば天界の関係者。

そして、ド変態大悪魔アザゼルと間違える奴は全員悪魔って相場は決まってるんだよ!!

【参照:(64)唐巣神父の教会に行く(後)】

 

敷島博士の姿をした悪魔は、脂汗を浮かべながら何やら懸命に俺に語り掛けてきだした。

「あ、アザゼル殿、何故このような所にいらっしゃるのですか?……あっ、依頼品のアレですか?巨大イソギンチャクと電気ウナギの官能リクライニングチェアー、快楽痺電(カイ★シデン)……そのまだ開発途中でして、適正のあるイソギンチャクの培養がまだ終わってませんので……いや、もしかしてあれですか?タコとイカとナメクジ、イソギンチャクのクワトロハイブリット吸盤触手魔獣、LMS(ロリマザシスコン)専用クワトロ痴態は仕上がっておりますが調教に手こずっておりまして、何故か天然パーマで童顔の東洋人にしか反応せず、もう少々お待ちを……そうではなくて?……ではSM専用強襲型鬼働紳士@GoodGuy(アッグガーイ)という4種類の伸縮自在の鞭を操る自動人形とかいう代物のことですか?因みに@GoodGuy(アッグガーイ)とは何の事かわかりかねまして、私にご教授願いたく……」

俺の事をド変態大悪魔アザゼルと勘違いしたままなんだが!いい加減に気づけよ!!

どう見ても俺は普通の人間だろ?似てるのはこの濁った目だけだよな!?

しかもあのド変態大悪魔め!何とんでもない物を発注してやがるんだ!?

 

 

「うわ~、比企谷……あんた………変態は横島だけで十分なんだけど」

美神さんは何故か俺に汚物を見るような目を向け、引いていた。

 

「ちょっと!?なんで俺なんすか?」

 

「あのイカレタじいさんにあんたが頼んだんじゃないの?」

 

「そんなわけあるかーーー!?だから言ってるでしょ!!あいつは悪魔だって、俺に悪魔の知り合いなんていませんよ!!」

俺は思いっきり否定するが、美神さんはジト目をやめない。

 

「??」

その横でキヌさんは敷島博士の姿をした悪魔の言葉が理解できてない様子で、可愛らしく疑問顔を浮かべていた。

俺はそんなキヌさんの表情にホッとする。

キヌさんは何時までも純真無垢なままでいてください。

キヌさんにまで汚物を見るような目で見られたら俺はこの場で自殺するまである。

 

 

とんだ、とばっちりだ!!

ふ、ふざけやがって!!

 

「おい俺は人間だぞ!ド変態悪魔と間違えるな!この悪魔!正体を現せ!!」

俺は未だ困惑気味に俺をアザゼルと勘違いしている敷島博士の姿の悪魔に霊体ボウガンの矢を放ち、ビシッと言ってやった。

 

「何をされ……ん?アザゼル殿じゃない。人間!?これ程アザゼル様の目と似ていようとは、よく私を騙しましたね。やはり美神令子侮れませんね」

いや、お前が勝手に勘違いしただけで、美神さんは何もやってないんだが。

俺が放った矢はその悪魔の額に突き刺さったが、それと同時に悪魔は敷島博士の姿から溶けるように変化し、分厚いローブを着込んだ身長2メートルぐらいはある禿頭で人相の悪い西洋人の姿となった。

気配は人間のままだが、存在感を感じる。

 

「プロフェッサー・ヌル!?」

美神さんは変化したローブを着込んだ禿頭男の姿を見てその名を叫ぶ。

 

「お久しぶりです。美神令子。よくぞ見破りましたね」

 

「おほほほほほっ、当然よ!最初っからあんただってわかっていたわ!!

美神さんは自身満々に言い放つ。

ん?美神さんはこの悪魔を知ってるのか?

それよりも何当然のように言ってるんだこの人は?彼奴の正体をわかってなかっただろ!

俺が悪魔だって指摘したのに、彼奴の変態話を真に受けて、汚物を見るような目で俺を見た癖に……

 

「まあいいです。貴方に会うために地獄から舞い戻ってきたのだから、さあ、美神令子、私の偉大な計画の一端となりその身を捧げなさい!」

 

「ふざけんじゃないわよ。このタコ野郎」

美神さんの眼光が鋭くなる。

やはりお互い知っていて、過去に戦った事がある間柄の様だな。

 

「懐かしいですね。あの時はドクター・カオスにまんまとしてやられ、地獄炉に吸い込まれてしまいました。この世に復活するまでどれだけの時間がかかったか、その間ずっと考えていました。時間移動能力者が居れば、再び中世に戻り、世界をやり直せると、私が過ごした地獄での無為な時間を取り戻せると……」

 

プロフェッサー・ヌルとかいう悪魔が悦に入って語ってる最中に、美神さんは俺とキヌさんに彼奴の情報と作戦を耳打ちする。

「彼奴が悪魔だってよくわかったわね比企谷君、でも状況は良くないわ。彼奴の本性はタコ型の中級魔族。あらゆる属性魔法を操る厄介な奴よ。ちょっと時間を稼ぐからその間に準備なさい。本性を現す前に一気に叩くわよ」

中級魔族……。

かなりヤバい相手だ。

要するにあの茨木童子と同じ力を持ってる悪魔だという事だ。

俺もあの時よりは力を付けたが、流石に一人で戦えばあっさりやられるだろう。

 

 

「ふん、この前は世界に人造魔獣を売りさばいていたようだけど、今回は人間を使ったキメラってわけ?」

 

「そう、この前は地獄炉があったので高性能な人造魔獣が作れましたが、しかし今回は地獄炉はまだ未完成で量産は不可能です。ましてや今の魔界は規制が厳しく人間界に行くのも一苦労。ですが気が付いたのです。この時代には人が腐るほど溢れている。役立たずの弱弱しい人間共も束になればそれなりの力となります。現地で原料を調達しキメラとして先兵を作る。そして人間を元にして人間の争いの輪を作る。地産地消というこの時代にピッタリな考え方じゃないでしょうか?」

 

「……ヌル。人間とつるんで何を企んでるのかしら?既にあんたのボス(アシュタロス)はもうこの世にはいないわ」

美神さんは奴と話を引き延ばし、俺とキヌさんに戦闘の準備をする時間を作ってくれる。

 

「私は契約主義者でしてね。主は持たないのですよ。今は現地の協力者といえばいいのでしょうか。別に人間だろうが悪魔だろうが関係ありません。私の目的に合致さえすればそれでいいのです。それよりも見てくださいましたか?鳥型キメラを、人間だけを素材に使いましたが50人分を使えば空だって飛べます。犬型のキメラで人間20人分ですね。まだまだ改良の余地はありますが、人間を殺すのには十分満足が行く能力だと思いませんか?」

 

「相変わらずのくそったれね」

 

「あの稲葉とか言った人間も、オークを、人間を使って進化させる発想はなかなか面白かったのですが、とても効率的ではなかったと、先の実証実験でわかりました。やはりキメラの方がコストもかからずより強力な兵を簡単に量産できます」

 

「何、あんた、一連のテロ事件の首謀者だったの?」

 

「さあ、どうでしょうか?」

 

「この世界を征服でもするつもり?」

 

「それもいいかもしれませんね。でも今の私の興味は時間移動能力者のサンプル、美神令子、私の偉大な研究の礎になりなさい」

 

「お断りよ!」

美神さんはそう叫ぶと同時に俺達にサインを送る。

 

俺はサングラスと耳当てをかけながら、対悪魔用の閃光グレネードを放つ。

精霊石の欠片を核に聖属性の光を一気に放つ、それと同時に耳をつんざくような炸裂音も響き渡る。

続けざまに、特殊なハーブの匂いが充満する発煙筒をキヌさんから手渡され、投げ込む。

これで、あの悪魔の視界と聴覚と嗅覚を奪う。

 

美神さんもサングラスと耳当てを当然し、プロフェッサー・ヌルに突撃し神通棍を振るう。

 

美神さんとプロフェッサー・ヌルの影が交差する。

 

だが……。

「ちっ、勘のいい奴ね」

美神さんは大きく後方に飛びのき、俺達の前に降り立った。

 

グレネードの光と音が止み、俺はサングラスと耳栓を投げ捨て、奴を霊視で注視する。

美神さんの攻撃は確かにプロフェッサー・ヌルにあたった。

美神さんの攻撃は奴の肩口を叩き切り、右腕は地面に落ちている。

だが、奴の気配は変わらない。

それどころか禍々しい霊気があふれ出している。

 

すると、片腕を失ったプロフェッサー・ヌルは不気味な笑みを湛えながら変化し、真っ赤なタコの悪魔の姿となり本性を現した。

落ちた片腕はムクムクと膨れ上がり、下級悪魔インプのような姿となっていた。

 

「ほーーっほっほーーっ、危なかったですね。でも私は切られても直ぐに修復しますし、切った所は先兵となり貴方たちを襲いますよ」

流石は中級魔族、やはり凄まじい霊圧だ。

だが、あの茨木童子と対峙したおかげで、冷静でいられる。

 

「ふん、あんたの急所を叩き切ればいいだけよ」

 

「そうはいきません。私も殺されたくないですからね。メインディッシュの前に少々実験につきあってくれませんか?キメラの性能をあなた方で試させてください。先ほどのキメラとは強さの桁が異なりますから、気をつけてください」

すると、わらわらとキメラが四方から現れる。

 

この状況、目の前には中級魔族、四方にはキメラと普通なら圧倒的ピンチに思うのだが……

「あんた達、いーい、いつもの作戦で行くわよ」

美神さんは俺達にこう言って、ニヤリと悪そうな笑顔を零していた。

 





何故か、皆さんの脳内では堕天使で大悪魔アザゼルが、アザゼルさんに変換されてますねww

まあ、わたしもそうなんですがw


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(155)狙われた美神令子 その5

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きです。


眼前には深紅のタコ型の悪魔、本性を現した中級魔族プロフェッサー・ヌル、さらに四方には様々な形態の合成魔獣であるキメラが俺達を囲んでいた。

普通だったら絶望的な状況なのだろう。

 

だが……。

「あんた達、いーい、いつもの作戦で行くわよ」

美神さんは悪そうな笑みをニヤリと浮かべていた。

何故だか、この悪そうな笑みを浮かべる美女がそう言うと、絶望感など微塵も感じなくなる。

世界最高峰のS級辣腕ゴーストスイーパー美神令子への信頼感というのだろうか。

いや、少し違うか。

美神さんに比べれば目の前の悪党ぶりなど可愛く見えてしまうのかもしれない。

悪魔よりも悪魔らしい美神さんの悪魔的頭脳と破滅的精神構造に対しての圧倒的信頼感。

これがしっくりくる。

あの美神さんのせこさやド汚さに眼前の連中が勝てるとは到底思えないからだ。

言っておくが決して悪口じゃないぞ。誉め言葉だ。

 

俺はそれを皮切りに、退魔用スモークグレネードと嗅覚を狂わす特殊ハーブを配合した対悪魔用の発煙弾をその場に放り投げ、辺りに煙幕を一気にまき散らし、視界を遮ると同時に相手の嗅覚をも狂わす。

光を放つ閃光グレネードとは違い、相手の目に直接ダメージを与える事が出来ないが、効果が一瞬である光とは違い、煙はそこそこ滞留するため相手の視界をしばらく遮る効果がある。

 

煙幕の中、俺達は三人ひと固まりとなり、もちろん逃走を図る。

 

そう、これは戦略的撤退だ。

今の盤面は、相手の本拠地であり、場所的にも戦力状況も明らかに相手側に有利な状況だ。

わざわざ相手が有利な場所や状況で戦う必要はない。

 

煙の視界の中、どうやって一緒に行動できるのかって?

俺の場合は霊視があるから問題ない。

霊視空間結界を発動し、周囲10m内の状況を煙の中でも正確に把握できる。

それに、ここに来るまでに、霊視であらかたこの洞窟や研究施設の構造を把握していたため、撤退ルートも大方決めていた。

美神さんが好きそうなシチュエーションや撤退ルートも大体把握している。

まあ、美神さんと伊達に数年過ごしていないし、横島師匠やキヌさんほどじゃないがなんとなく美神さんの次の行動パターンが分かってしまう。

 

煙の中、プロフェッサー・ヌルの声が聞こえてくる。

「ほーーっほっほーーー!同じ手は二度も喰いませんよ」

ヌルは炎と氷結の強力な魔術攻撃を正面に広範囲に連続で放ってくる。

こんなものが直撃すればひとたまりもない。

防御結界を張ったとしても俺レベルが張った結界など、直ぐに破られ、わずかな時間稼ぎとしかならないだろう。

 

だが、ヌルの攻撃は俺達には当たらない。

 

「おや?手応えがありませんね。では、あちらですか?」

ヌルは、今度は水や風の強力な魔術攻撃を右遠方に放ったが、やはり撤退中の俺達には全く届かない。

それどころかさっきから全く的外れな場所に攻撃を放っている。

 

そう、ヌルが攻撃を仕掛けているのは俺達じゃない。

美神さんが放ったダミーの簡易式神だ。

美神さんは俺が煙幕を張ったのと同時に、式符札をばら撒き、俺達の姿と霊気パターンがそっくりな簡易式神を何体も展開していたのだ。

美神さんの霊力コントロールなら、ダミーの簡易式神をわざと偽物っぽいものから、限りなく本物っぽいように調整でき、ある程度走ったり飛び跳ねたりなどの動きを付ける事も出来る。

ヌルが最初に攻撃したのは、恐らくヌルへ向かって攻撃するような動きをさせたダミーだろう。

美神さんはヌルに、初手で閃光グレネードで視界を奪い攻撃したのと同じ攻撃パターンだと思わせたのだ。

この視界の悪い煙幕の中、色んなパターンのダミーの簡易式神をまき散らすことで、まんまとプロフェッサー・ヌルを騙食らわせた。

 

「プクククク、どこ狙ってるのかしら?なーにが同じ手は二度と喰わないよ!このタコ!」

美神さんはバカにしたように笑いヌルを挑発する。

 

「おや、逃げるつもりですか?ですが貴方こそバカものですね。自ら声を上げて場所を知らしめるなどと。先兵、キメラ共、美神令子はあちらです。追うのです」

ヌルは俺達が逃げ出した事に、ここでようやく気が付いたようだ。

 

「げっ、やばっ!!」

 

「ほーーっほっほーーーっ、そちらは行き止まりですよ。悪あがきもここまでです。美神令子を捕縛なさい」

スモークグレネードの煙幕の効果も薄れだし、徐々に視界も良くなり、一見ピンチに陥る様に見えるが、ヌルたちが追ってる美神さんはダミーの簡易式神だ。

簡易式神に美神さんの声を再生させたのだ。

美神さんが念じた言葉がその簡易式神が発するという仕組みなのだ。

美神さんは簡単そうに発動させているが、これが相当高難易度の術儀だ。

複数の異なる術儀を同じ媒体を通して発動させるには相当な霊力コントロールが擁する

気配から動き、声までこれ程精巧な簡易式神を再現できるのは、日本でもごく限られた霊能者だけだろう。

 

俺達は既に随分とヌルから遠のき、ヌルたちがダミーの簡易式神を追ってる隙に、通って来たトンネルを抜け採掘場へと出る。

 

そして、採掘場が一望できる向かいの崖の上まで移動し、岩場から採掘場の様子を伺う。

「そろそろかしら。ヌルの奴、私達がとっくに外に出て行ったことにようやく気が付いて、茹でタコのように真っ赤になって慌て私達を追って来くる頃ね。そういえばタコが悔しがる顔ってどんなかしら?まあいいわ。比企谷君、霊視でヌルがトンネルの真ん中位を通ったら、爆破しなさい!」

 

「了解です」

俺は逃走中に美神さんの指示に従い、トンネル各所にリモコン式の高性能プラスチック爆薬をセットしていたのだ。

何故そんな物を手慣れた様にセットできるかって?そんなもの美神さんの元で働いてれば嫌でも慣れてくる。

美神令子除霊事務所の常套手段だ。

 

俺は霊視で採掘場のトンネルを注視し……。

「ヌルとキメラがトンネルを通ります」

 

「爆破よ!」

美神さんの掛け声と共に俺は起爆スイッチを押す。

トンネル仕掛けた爆薬が轟音と共にトンネルが崩れ落ち、切り取られた山肌が崩れ落ち、トンネル入り口は完全に塞がる。

 

 

爆破と崩れ落ちた土砂による土煙が採石場を覆う中、俺は霊視を続ける。

「キメラの反応は微弱、ヌルは健在です」

トンネルは爆破の崩落で埋まったはずだが、ヌルの気配は多少のダメージは受けているようだがほぼ変わらない。

しかもどうやってか、崩れたトンネル内を移動しているのだ。

 

「ふん、想定内よ。奴は腐っても中級魔族。この程度で終わるはずが無いわ」

 

「美神さん、どうします?」

キヌさんは美神さんに次の指示を仰ぐ。

 

「おキヌちゃんはこの場で防御結界を張り待機、私のバックアップサポートよ。比企谷君は生き残ったキメラが現れたら任せる。ヌルの奴は私が直々に蹴りを付けてやるわ。奴には借りがある。借りっぱなしってのは性に合わないのよ」

美神さんは札を腰のポシェットに詰め込みながら、神通棍を手に瓦礫が崩れ落ち塞がったトンネルの入り口をギラついた眼で見据えていた。

普通だったら中級魔族相手にタイマンなど自殺行為も甚だしいが、美神さんだったら何とかしてしまうのではないかと自然に思ってしまう。

 

「わかりました。準備します」

「了解です」

キヌさんと俺は当然のように返事をする。

 

そうこうしている内にトンネル入口を塞いでいた瓦礫がゴトゴトと音をたてて更に崩れると同時に、タコの姿の悪魔、プロフェッサー・ヌルが現れる。

「逃げられましたか……研究所をここまで破壊するとは美神令子許せませんね。必ず捕まえてありとあらゆる実験を行った後、屈辱的な辱めを受けさせてあげましょう」

 

 

「あら?タコがこんな所に何でいるのかしら?ここは海じゃないのよ?こんな山奥まで迷うなんてよっぽどの間が抜けてるのね」

美神さんは採石場を見渡せる崖の上からヌルに対し相変わらずの挑発をする。

 

「美神令子!!…ほほほほほっ、てっきり尻尾巻いて逃げたとばかり、間抜けは貴方ですよ。たかが人間の小娘がこの私に勝てるとでも思っているのでしょうか?それこそナンセンス」

 

「どうかしら?タコはタコらしく刺身になりなさい!」

美神さんはそう言って、崖から飛び降り、ヌルに対して札を10枚程一斉に投げつけながら採石場に降り立つ。

 

「四大属性を操る私にはそんな攻撃は通用しませんよ」

ヌルは触手を上に掲げ、魔術で炎をまき散らし美神さんが投げつけた札を焼き切る。

 

「そうだったわね。ならこれならどう?」

ヌルが放った炎が引くと同時に、美神さんは神通棍を二本を両手に持ち、間合いを取りながら、神通棍を鞭の形状に変化させ、ヌルに連続で打ち据える。

二本の鞭はしなりを活かし上下左右から縦横無尽にヌルに襲い掛かった。

 

「ふむ、やりますね」

ヌルも自らの触手を鞭のように操り、美神さんの鞭攻撃を防ぐ。

 

「ふん。前の様にはいかないわよヌル」

美神さんの神通棍の鞭攻撃は防ぐヌルの触手にダメージを与え、何本かは切り落とし、攻勢に出る。

俺はこの様子を遠巻きに見ている事しか出来ない。

キメラの邪魔が入らない様に採石場全体に霊視で監視しないといけないと言うのもあるが、美神さんとヌルの凄まじい攻防に入る余地などない。

俺が横やりを入れる隙も無いし、邪魔にしかならないだろう。

 

 

だが、ヌルの触手は切り落としたと同時に直ぐに生え変わり、切り落とした触手は低級悪魔に変化し、美神さんに襲い掛かる。

 

「確かに少々面を喰らいましたが、私には8本の触手があるのですよ。圧倒的に私が有利なのはかわりませんね。これはどうでしょう」

ヌルは美神さんの鞭攻撃の合間をぬって、触手から氷の礫や炎の弾を美神さんに放つ。

 

「くっ……」

美神さんはヌルの魔法攻撃を避けつつも攻撃の手を緩めないが、徐々に押され気味となり、少しづつ後退していた。

 

そして、美神さんはヌルの攻撃に耐えきれなくなった様に大きく後ろにジャンプし下がるが、体勢を崩し膝を付く。

 

「ほほほほほほっ、美神令子。大人しく私の実験台になりなさい」

ヌルが好機と見て、美神さんに一気に迫り決着を付けようとする。

 

するが……

迫り来るヌルの足元に突如として地面から術式が展開され、ヌルは足元から一気に氷で覆われ氷漬けとなる。

これは美神さんが展開した氷結の術式だ。

「誰が実験台になるですって?」

 

俺はこの霊視に優れた目ではっきり見えていた。

美神さんは鞭でヌルを攻撃しながらも、鞭で地面に術式を描いていたのだ。

しかもこれ程強力な術式を……。

 

「何度も言いますが四大属性を操る私にこの程度はどうってことありませんよ」

ヌルは氷漬けになりながらも、余裕の声を上げると同時に、氷が溶けだす。

 

「あっそう。じゃあこれは?」

だが、それと同時にヌルを中心に視界を奪う程の水蒸気が一気に吹き上がり辺り一帯に激しい爆発を起こる。

 

「ぐほっ!?」

水蒸気爆発だ。

美神さんは複数の術式を組み込んでいた。

ヌルが氷から抜け出す事も想定し、次の術式を仕込んでいたのだ。

たぶんこれは、氷を一気に蒸発させることによって、物理的に水蒸気爆発を起こさせたのだろう。

火山の噴火と同じ原理だ。

しかもこの威力。まさしく火山爆発の如く勢いだった。

美神さんはこれに巻き込まれない様に大きく後退したのか。

いくら中級魔族といってもこれはたまった物じゃないだろう

 

「まだよ」

美神さんはそう言って、ヌルを中心として水蒸気爆発の影響で濛々と立ち上がる煙と水蒸気に、数枚の札を素早く投げつける。

 

すると水蒸気と煙が電気を帯び、プラズマが水蒸気と煙りを駆け巡り、激しくスパークする。

「があああああああああっ!?」

ヌルの苦しむ叫び声が響き渡る。

たぶん水蒸気を利用して、電撃の札か何かで電気を流し電子レンジの様な力場を作ったのだろう。

しかもプラズマに膨大な霊的エネルギーを感じる。

対悪魔用術式も組み込んでいるのだろう。

 

凄まじい連続術式だ。

こんな事をサラッとやってのけるが、オカルトだけでなく物理や自然科学等の高度な知識と、術式の構成や精密な霊気コントロールが成せる超高度な連続攻撃なのだ。

こんな事が出来るのは俺が知ってる限り美神さんぐらいだろう。

美神さんはああ見えて、オカルトに対して研究熱心で弛まない努力を重ねている。

美神さんの札や術式の扱いは右に出る者はいないだろうと俺は思う。

それこそ対抗しうるのは母親の美智恵さんぐらいだろう。

俺の術式や札の扱いについては美神さんのほぼ見様見真似だ。

直接教わる事は少ないが、これに関しては師匠だと言ってもいいのかもしれない。

 

「いーわ!その声が聞きたかったのよ!」

そんなヌルの苦しむ叫び声を聞いた美神さんは何故か晴れやかな笑顔だった。

まあ、霊能に関しては尊敬できるが……性格的にはどっちが悪魔かわかったもんじゃない。

 

「ば……ばかな!?」

触手も吹き飛びボロボロとなったヌルは丸焦げになり煙を上げながら倒れる。

 

「あんた達魔族は人間をなめ過ぎなのよ」

そう言って美神さんは倒れたヌルに近づき土角結界を施した。

ヌルは土に覆われ石造の様になり封印される。

その上に更に封印札を厳重に張り付ける。

 

「美神さん…流石ですね」

凄すぎるだろ美神さん。

中級魔族を拘束しちゃうとか……。

やはり美神さんもゴーストスイーパーとして抜きんでた存在だ。

 

「ふう、比企谷君、キメラの方は?」

 

「出て来てないですね。生きてる奴はいますが生き埋めですね」

 

「そう、後はオカGに任せればいいわね。このタコも捕まえたし報奨金もたんまり貰えそうだし。おキヌちゃーん、オカGに連絡して早く来いって言ってやりなさい。それと念のために札の補充と神通棍の替えをお願い、後なんか飲み物も頂戴」

美神さんは後方の防御結界陣で待機していたキヌさんに大声で催促する。

 

「はい」

キヌさんは既に準備していたのだろう。

直ぐにこちらに駆けつける。

 

 

しかし、俺は突如として巨大な霊気を感じ上空を見上げる。

 

美神さんも同じく霊気を感じたのだろう。

身構えながら上空を見据えていた。

 

「これは困った。ヌルはまだ計画には必要なんだよ。返してもらえないかな?」

声から男だと分かったが、フードを深く被り灰色のマント姿の背の高い何者かが空に浮かんでいた。

 



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(156)狙われた美神令子 その6

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく、この章も終わりが見えてきました。


美神さんが激闘の末、中級魔族プロフェッサー・ヌルを倒し土角結界で拘束し、決着が付いたと思っていたのだが、一息つく間もなく次なる脅威が迫って来る。

 

突如として上空に巨大な霊気が現れ、俺は驚きと共に咄嗟に身構えながら上空へと視線を向ける。

美神さんもその気配を察したのだろう、俺と同じく神通棍を構え、上空に顔を向けていた。

 

「困った。ヌルはまだ計画には必要なんだよ。返してもらえないかな?」

上空にはフードを深く被り灰色のマント姿の背の高い男が空に浮かんでいた。

俺はそいつを見ただけで、全身から流れる冷や汗が止まらない。

ちょっとまて!何だこいつは?霊視を行わなくても、ひしひしと伝わるこの圧倒的な霊圧はどういう事だ!?

プロフェッサー・ヌルどころの騒ぎじゃない!

ヤバい、ヤバすぎる!

 

「あんた誰よ?いきなり現れて失礼な奴ね。こいつは私が仕留めたのよ。この私から獲物を横取りするつもり?」

美神さんはこんなヤバ気な奴に向かって何時もの感じで堂々と言い放つ。

流石は美神さんだ。

 

「ふっ、すまないね。今は名乗るわけには行かなくてね。美神令子君」

 

「ふん、ヌルの今の仲間か上司ってところかしら?」

 

「上司というわけじゃないさ、ヌルとは志を共にする同士というところかな。だが、今回の事は詫びよう。ヌルが勝手に事を起こしてしまってね。君にはまだ手を出す段階では無かったのだよ」

 

「大規模霊災を起したお仲間ってわけね」

 

「そう言うことになるね。だから、ヌルは返してくれないかな?」

 

「はいそうですかって言うとでも思う?こいつの報奨金がいくらだと思ってるの?手放すわけないでしょ?それともあんたがその報奨金出してくれる?もちろん相場の5倍で!!」

美神さんは右手に神通棍を構えながらも、悪びれる様子もなくこんな事を堂々と言い放つ。

美神さん何言ってるんすか?仮にも霊災愉快犯の主犯格を金で引き渡そうとするとか。

まあ、会話を長引かせる事で相手の情報を少しでも引き出すためのブラフだとは思うけど。

………いいや、あの美神さんだぞ!大金が絡むと悪魔とも取引しかねない!

はっ、美神さんの目が¥¥になってるし!!

別の意味でやばい……。

 

「ふふふっ、残念だけど持ち合わせが無くてね。そんな事よりもやはりこちらの方が早いかな」

フードの男はおどけた様な言い回しでこんな事を言うが先か、凄まじい数の光の矢が上空から美神さんに向かって降り注ぐ。

攻撃!?なんて数だ。しかも予備動作なんてものは一切なかった。

いきなり奴の周りの空間から光の矢が現れたぞ!

 

俺とキヌさんは急いで防御結界を張ろうとするが、美神さんは其れよりも早く行動に移る。

美神さんはその場から素早く離れ、俺達から距離を取りながら、降り注ぐ光の矢を回避していく。

美神さんは自分だけが狙われていると知り、俺達が巻き込まれない様に俺達から離れたのだろう。

このフードの男はヌルの解放に拘っている。

だが、ヌルを封印した土角結界は術者の生体認証が無ければ解除は基本出来ない仕組みだ。

今回の場合術を発動させるために、美神さんは左手を大地にかざしていたため、左手を土角結界をコントロールを行う土の板にかざせば土角結界は解除される。

この場合術者の生死は問わず、左手さえ有れば解除可能なのだ。

だから、美神さんを真っ先に狙ったのだろう。

 

そして光の矢は次から次と無数に現れ、美神さんの回避が厳しくなる。

 

「「美神さん!!」」

思わず俺とキヌさんは美神さんの窮地に叫び、俺は美神さんをダーク・クラウドの限定的瞬間移動を利用して助けに入ろうとする。

 

「こっちはいい!」

美神さんは俺達が介入することが分かったのか、回避しながらも俺達に叫ぶ。

 

 

「精霊石よ!!」

だが、美神さんはその前に回避が追い付かないと判断し、精霊石を投げつけ強固な結界を周囲に張り、難を逃れる。

だが、強固なハズの精霊石による結界は光の矢が無数に突き刺さり、精霊石と共に砕け散った。

なんだこの威力は!?精霊石の結界をあっさり消滅させただと、俺やキヌさんが張った結界などひとたまりも無かっただろう。

それを見越して、美神さんは俺達から離れ、一人で対処しようとしたのか。

 

「ほう、この攻撃を防ぐとは、本気で当てるつもりはなかったとはいえ、なかなか」

 

「………くっ」

美神さんの表情は非常に厳しい。

当然だ。まるでレベルが違いすぎる!

此奴は本当に何者だ!?

俺はフードの男が攻撃の瞬間に解放した霊圧だけで押しつぶされそうだ。

俺は心臓の鼓動が早鐘の様に打ち、全身に冷たい汗が止め処なく流れる。

この感覚は恐怖か?茨木童子と対峙した時よりも絶望的な何かを感じる。

真面に戦える相手じゃない!

逃げる?いや、逃げ切る事も出来るか!?

まて、冷静にだ……冷静になれ、俺は一人じゃない。美神さんもキヌさんもここには居る。

 

「これで分かってくれたかい?僕はね。この場で君たちを殲滅した後にヌルを回収することだって出来るのさ」

一息ついて、フードの男は軽い感じで美神さんや俺達に向かって忠告をする。

 

「………だが、あんたはそれをしない。私達を殺せない理由があるんじゃなくて?」

美神さんは油断なく上空のフードの男を見据えながら言葉を返す。

その声色は焦りや恐怖などは感じない、何時もの通りだ。

俺はそんな美神さんの声に幾分か冷静さを取り戻し、冷や汗も引いて行く。

確かにそうだ。こんな回りくどい交渉などをせずに俺達を一気に倒して、美神さんの左手を残してさえいれば、ヌルの結界を解除できるはずだ。

 

「ふふふふっ、良い勘している」

どうやら美神さんが言った事は図星のようだ。

という事は何らかの制約があるという事か?

現世に現れるための制約として人間を殺せないとか、そう言うたぐいのものなのかもしれない。

これ程の霊圧だ。大悪魔や魔神なのかもしれない。

いや、この霊気の気配は、悪魔や魔族とは異なる。

むしろ……。

 

「だが、それじゃ半分だよ」

フードの男はそう言つつ、俺とキヌさんの方へ凄まじいスピードで飛び込んで来る。

俺は咄嗟に防御態勢をとる。

後ろにはキヌさんがいるし避けるという選択肢はない。

それになまじ避けたとしても間に合わないだろう。

 

フードの男は勢いのまま俺に蹴りを入れてくる。

 

「ぐっ!」

俺はその蹴りを喰らい、斜め後ろに吹っ飛ぶ。

 

「比企谷君!!」

「比企谷!!」

キヌさんと美神さんの叫び声が聞こえる。

 

俺は吹き飛びはしたが、奴の蹴りの直前にサイキックソーサー三枚を少しずつ角度を付けて展開し、攻撃をいなし、直接ダメージは何とか回避させた。

それでも完全には威力を削ぐ事は出来ずに吹き飛んだ。

斉天大聖老師の修行を受けてなかったらヤバかった。

修行といっても、斉天大聖老師の攻撃を受けて、吹っ飛んでぶっ倒れるだけなんだが……。

最初の頃は気絶してお終いだったが、最終的には何とか意識を保ち、立ち上がる事が出来る程度にまでにはなった。

それでも斉天大聖老師は相当手加減していたのだろう。

フードの男の攻撃はかなり威力があったが、斉天大聖老師の攻撃に比べれば、まだ対応できる範囲だ。

そう思った瞬間、俺は完全に冷静さを取り戻した。

此奴の霊圧がいくら凄まじいからって、斉天大聖老師ほどじゃない。

 

俺は吹き飛びつつも、空中で姿勢を立て直す。

 

フードの男は吹っ飛んだ俺に目をくれずに、キヌさんに迫り、キヌさんに向け手の平を掲げる。

「彼女は預かるよ」

キヌさんを捕らえるつもりか。

人質にしてヌルと交換するつもりだろうが……

 

「おキヌちゃん!!」

美神さんの悲壮な叫び声……

 

「やらせるかよ!」

俺は空中で姿勢を立て直し着地しながら、霊視空間結界を最大範囲に広げダーククラウドを出現させ、キヌさんを包み。結界内の限定的な瞬間移動で、俺のすぐ後ろに顕現させる。

「え!?」

キヌさんの驚きの声が俺の後ろで聞こえる。

 

先ほどまでキヌさんが居た場所に、大きな光の輪が現れるが直ぐに消滅する。

キヌさんを拘束する何らかの術式だったのだろう。

 

「おや?瞬間移動?ふむ、あの蹴りを受けて立ち上がるだけでなく、こんな芸当まで、なかなかやるね君、やはり横島忠夫の弟子だということかな、少々見誤った。折角彼女を人質にして、ヌルの結界を解除してもらおうと思ったのにね」

フードの男は俺を見据えて楽し気にそんな事を言ってくる。

 

「比企谷君、ナイスよ!」

「比企谷君、助かりました」

「でも、やばいですね」

その隙に美神さんは俺とキヌさんの所まで駆けつけ、俺達の前に立ち、油断なく構える。

なんとかしのいだが、やばい状況は変わらない。

 

 

「ふう、やはり君たちは厄介だね。結界を解くのは苦手でね。特に土角結界を術者本人以外が解くのは面倒でたまらないから、君に解いてもらいたかったのだけど、時間切れの様だし、とりあえずヌルは返してもらうよ」

フードの男は再び上空へと昇りつつ、土角結界によって石化し石板に埋め込まれた様な姿となったヌルを、念動力なのか分からないが、地面から引きはがし空中に浮かせ引き寄せた。

 

「ちゃんと金を払いなさいよね!もちろん相場の10倍よ!!」

こんな時でも悪態をつく美神さん。

 

「ふふふふっ、ここは引かせてもらおう。また会う事になるだろうけどね」

フードの男はそう言って、更に空を上昇し、彼方へと飛び去った。

 

「そん時は利子を付けてふんだくってやるから覚悟なさい!」

美神さんはフード男が飛んで行った方向に叫ぶ。

聞こえるはずは無いが、言わないと気が済まなかったのだろう。

 

「………どういうことだ?」

あっさり引いて行ったが、ヌルを回収するのが目的とは言え、敵対する俺達を生かす意味がないはずだ。

しかし彼奴は一体なんだったんだ?

凄まじい霊圧だった。

もしかすると横島師匠に匹敵するかもしれない。

 

俺は再度霊視空間把握能力で辺りの状況を確認する。

既にフード男の気配は全く感じない。

 

「………」

とりあえずは助かった…のか?

 

するとフードの男が飛び去った逆の方向から、何やら近づいて来る気配を察知、それと同時にヘリ特有の回転翼の騒音が近づいてくる。

 

軍用ヘリだ。

しかも機体にはオカGのエンブレム……。

その後には自衛隊のヘリが5機続く。

 

ヘリには美智恵さんの気配を感じる。

事前にオカG本部にキヌさんが連絡していたし、キメラがらみという事で、駆けつけてくれたのだろう。

 

これで一安心か……

「ふぅ」

俺は構えを解きながら、息を吐く

キメラにプロフェッサー・ヌル、そして中級魔族のプロフェッサー・ヌルを凌駕する霊圧を持つフードの男。

色々あり過ぎて考えが纏まらないが、少なくともこいつ等があの同時多発霊災テロに関わっていたという事だけは分かっている。

 

ふと、視線を横に移すと、隣りの美神さんは厳しい表情で、フードの男が飛び去った空を見据えたままだった。

 

 





フードの男の正体ははたして……


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(157)日常生活に戻すには。

ご無沙汰しております。
久々の更新です。

二学期編はちょっと長いのです。
あれやこれも入れないとと思うと、なかなか進まない。


「ヒッキー、ヒッキーってば」

目の前には心配そうな由比ヶ浜の顔が……って、顔、近!?ちょっと近すぎませんかね。

なんか甘い良い匂いもするし。

この頃、ますます距離感が近い気がするのは気のせいか?

 

「あ…ああ、なんか用か?由比ヶ浜」

 

「さっきから呼んでるのに、なんかヒッキー朝から変だよ。授業中もぼーっとしてるし、なんかあった?」

今は3時限目が終わっての休憩時間だ。

由比ヶ浜の言う通り確かに俺は授業中も上の空だった。

 

「そうか?まあ、ちょっと考え事をな。大したことじゃない」

 

「だったらいいんだけど……仕事の事?」

由比ヶ浜は俺の耳元で囁くように聞いてくる。

耳がこそばいし、敏感だからやめてね。

 

「そうだな……」

 

俺は一昨日の出来事について今も考えを巡らせていた。

仕事の依頼で、美神さんとキヌさんと3人で栃木のリゾート施設建設予定地での霊障解決にのり出したのだ。

だが、そこに現れたのは合成魔獣キメラだった。

しかも人を媒体としたキメラだ。

夏休み直前に起こった関東同時多発テロの一つ神奈川の公立高校で起きた霊災、魔獣に生徒を合成させるという凄惨な事件は記憶に新しい。

だが、今回のキメラは人だけを媒体にし化け物を生成していたのだ。

狂気の沙汰としか思えない。

そして、その合成を行っていたのが、敷島博士に化けていたタコ型の中級魔族プロフェッサー・ヌルだった。

生身の人間を合成して生み出したキメラを軍事利用し、売りさばこうと画策していたのだ。

神奈川の高校を襲って、学生達をキメラに取り込む等と非道な真似をやったのは恐らくこいつか、後に現れるフードの男だろう。

神奈川の高校の事件の目撃証言の中で、犯人は背が高かったとかフードを被っていたとかあったしな。

 

美神さんとヌルのやり取りから、過去に美神さんとヌルは戦った事があるようだった。

ヌルとキメラが襲いかかってきたが、いつもの戦略的撤退をしつつ奴の研究所と共にキメラを爆破して生き埋めにしてやった。

その後、美神さんはヌルと一対一で戦い勝利し、土角結界によってヌルの捕縛に成功する。

中級魔族を捕縛するなど、流石は世界最高峰のゴーストスイーパーと呼び声高い美神さんだ。

だが、それだけでは済まなかった。

ヌルを圧倒的に凌駕する霊圧を放つフードの男が現れたのだ。

その霊圧は明らかに人間の物じゃない。

口ぶりからヌル同様に一連の霊災愉快犯の中心を担ってる存在の様だ。

その霊圧や攻撃力に圧倒されるが、何とか凌ぎきる。

フードの男は何らかの制約があるのか、こちらをどうこうする意思はなかったようだ。

捕縛したヌルはあっさり奪還されるが、命あっての物種だ。

 

一体あいつは何だったのだろうか?

上級魔族なのか?それとも魔神なのか?

 

いくら考えても答えが出ない。

美神さんに聞いても、「あの状況よ!わかるわけないでしょ!」といつも以上に苛立っていた。

美智恵さんに聞いても、「精査する必要があります。ただ、この件は他言無用です。わかりましたね」と念押しされ、答えてもらえない。

単純に考えれば、彼奴について何もわかっていないという事なのだが、二人の様子がどうも引っかかる。

 

それとヌルは美神さんが時間移動能力者の貴重なサンプルだとか言っていた。

しかも美智恵さんも……美神さんは否定したが。

時間移動能力者なんてものは、過去の文献には存在したような記述があったが、現在正式には確認されていないとされている。

もし存在したとしたら、それこそ歴史改ざんしまくれるし、神の御業そのものだ。

美神さんにもし、時間移動なんて能力があったら、絶対私心の為に使ってるはずだ。

あの美神さんが使わないわけがない。

それこそ今頃は世界征服して世界の王とか……いや、石油王とか不動産王とかの方が合ってるか、そんな感じの世界トップクラスの金持ちになって左うちわで生活しているはずだ。

と、そう思うんだが、完全に否定できない自分がいる。

それは横島師匠の存在だ。

あの文珠という能力、まさに神の御業に近い。

横島師匠自体、武神の直弟子で、そんじょそこらの神や悪魔よりも強いし……。

それ以外にも、何か引っかかる所がある。

GSのランク付け、SランクとAランクの違いだ。

一応Sランクは中級魔族に対抗でき、Aランクは下級魔族に対抗できるとあるが、Aランクの六道冥子さんや小笠原エミさんと美神さんの実力は大きく変わらない様に思う。

状況によったら六道さんの方が圧倒的な火力を出せるし……。

それこそ唐巣神父はSランクでもいいような気がする。

俺が知っている限りでは、美神親子以外のSランクといえば、土御門風夏さんだ。

あの人の結界術は凄まじい。

どうやら、Cランク以上の術者が100人位集まって行うような封印結界術を1人で実施できるようなのだ。

あの、京都の酒吞童子の封印を緊急とはいえほぼ一人でやり遂げたらしいし……。

ある意味、神の御業に近い。

もしかすると、何か切り札になる特殊能力をもった人物がSランクとなっているのかもしれない。

飽くまでも何の根拠もない俺の想像でしかないが……。

 

 

キメラを生成する中級魔族プロフェッサー・ヌル。

その中級魔族を凌駕する霊圧を放つ謎のフードの男。

時間移動能力者だと言われ中級魔族に狙われる美神さん。

それにこの一連の同時多発霊災テロ事件……。

 

今になって何故か総武高校をオークを使って襲った稲葉の妄言のような言葉を思い出す。

『真実は日本全人口の4%の500万人だよ。世界では8%の4億人が死んだのさ』

4年近く前の世界同時多発大規模霊災ではそれ程の被害はないはずだ。

ありえない……しかし、奴はその時に総武高校に通っていた妹が亡くなって、その存在が忘れ去られたとかなんとか必死に訴えていた。

 

 

俺は考えれば考える程嫌な方向へと思考がますます向かって行く。

今、考えても仕方がない事のはずだ。

だが……。

 

横島師匠に相談にのって貰いたいが、まだ例の出張中で連絡が取れないし。

もやもやしたものが一向に晴れない。

 

 

 

「比企谷君……比企谷君、あなた何時にも増して目が濁ってるわよ」

雪ノ下の整った綺麗な顔が俺の顔を心配そうに覗き込んで目の前に……って、近!?

 

「ああ、すまん」

今は昼休みで、奉仕部の部室で雪ノ下達と昼めしを食べていたのだが、どうやらまた思考の沼にハマっていたようだ。

 

「ゆきのん、ヒッキー今朝からずっとこんな感じなんだー。仕事でなんかあった?」

 

「私も詳しい事は知らないのだけど、キヌさんから聞いた話だと先日の依頼はかなり大変な案件だったようね」

雪ノ下にはあのプロフェッサー・ヌルとあのフードの男との戦いについて、オカGから情報制限をかけられたのもあり、詳しい話が出来ない。

というよりも、俺もあの戦いについて説明できる自信がないんだが……。

事務手続き上、魔族との遭遇戦で、結構きつかったということだけは伝えてある。

キヌさんが情報制限のなか、必要事項だけは伝えてくれていた。

 

「ここはお姉さんの出番ね。八幡、同じGS仲間だし、お姉さんが相談に乗るわよ」

陽乃さんがGS協会から総武高校に派遣されてから、この部室で毎日一緒に昼食をとっている。

まあ、奉仕部は先の総武高校の大規模霊災の相談窓口になってるし、奉仕部の部室は半分陽乃さんの仕事スペースになってるしな。

それとなんだかんだと文句を言いながらも雪ノ下は陽乃さんの分の弁当も作って来ている。

姉妹間の軋轢も随分と薄まっているように思う。

もともと、姉の陽乃さんが妹に本心を全く見せずに冷たい態度で接していたが、実は妹大好きなツンデレだったってだけで、雪ノ下の方も態度はあんなだが内心は陽乃さんを嫌ってるわけではない。むしろ尊敬していたきらいもある。

姉妹そろって愛情表現が苦手なだけなのだろう。

似た者姉妹ってところか。

 

「他の事務所の姉さんに何故相談しないといけないのかしら?まして、今回はオカルトGメンから情報制限をかけられて口外出来ないわ」

 

「ふーん。なんかきな臭いわね。うちの師匠も今日こっち(東京)にわざわざ出て来てるし……まあいいわ。八幡、悩んでいても何も始まらないわよ。そういう時は気分転換が必要ね。だから放課後はぱーっとお姉さんとデートをしましょう」

 

「姉さん!なんでそんな事になるのかしら?」

雪ノ下は目くじらを立てる。

 

「ダメ!ヒッキーはGSのお仕事の事で悩んでるんだから、お仕事に関係無いあたしがヒッキーと遊びに行きます!」

由比ヶ浜も陽乃さんに迫るが、言ってる事は陽乃さんと一緒だぞ?

 

「由比ヶ浜さん?」

「ガハマちゃん、どうどうと抜け駆けするつもりかしら?」

由比ヶ浜のその発言に雪ノ下は困惑気味に由比ヶ浜に顔を向け、陽乃さんは由比ヶ浜に鋭い視線を送る。

 

「たまにはいいじゃん。ゆきのんは週末は毎週ヒッキーと会ってるし!」

「それはそうなのだけど……」

 

「陽乃さんは放課後はちゃんとここの相談窓口のお仕事やってください!」

「ガハマちゃんに言われなくても、ちゃんとやってるわよ」

 

「ゆきのんは放課後は文化祭実行委員会との文化祭の出し物の中間会議でしょ、陽乃さんは相談窓口の受付をちゃんとやってください!あたしとヒッキーは今日は部活を休むからね!」

由比ヶ浜は皆に強引にそう言い切って、何故か俺も部活を休む事になって、放課後、由比ヶ浜と遊びに行く事になった。

あれ?俺の意思はどこに?

まあ、確かに今の精神状態だと、学校生活だけじゃなく部活にも支障がでそうだ。

どうやら小町にまで心配かけてるようだしな。

今の奉仕部も文化祭のGS関連の展示でそれなりにやる事はあるが、忙しいわけではないし、俺も息抜きは必要だとは思う。

それに俺は誰かに言われないと息抜きなんてしないだろう。

だから、由比ヶ浜は強引に俺を連れ出そうとしてくれたのだと思う。

 

 

 

放課後、由比ヶ浜と遊びに行くと言ってもまだ何も決めていない。

とりあえず学校から駅まで歩いて行く。

「ヒッキー、何処に遊びに行こうか」

「お前が行きたいところでいいんじゃないか?」

「それじゃダメ!ヒッキーの息抜きなんだから、ヒッキーが行きたいところじゃないと意味ないじゃん。あっ、ゴーストスイーパーとか妖怪退治とかはダメだからね」

「行きたいところか……」

由比ヶ浜は俺に釘を刺す。

確かに、高校に入ってからは休みの日も訓練やGS関連の事を考えてたりすることが殆んどだな。

 

「ヒッキーが癒される場所ってどこだろ?カラオケとか行きそうにないし……ペットショップとかいい感じ」

「ああ。それと本屋に行きたいな。久しぶりに本屋で直に本を買うのもいい」

「あっ、それいいかも!だったら、千葉駅前のおっきな本屋さん!中にカフェもあるし、同じビルにペットショップもあったよ!ついでにヒッキーに受験の参考書とかも見てもらおうかな!」

中学の時は1人カラオケとかよく行ってたぞ。

それに今だってたまにGS関連の人とか美神さんに貸し切りのカラオケとか連れていかれる事があるぞ。

結局、美神さんはどんちゃん騒ぎがしたいだけなんだけどな。

美神さんはアレで結構寂しがり屋なのかもしれない。

ペットショップはいいな、ペットは確かに癒される。

見ているだけで何故癒されるのか分からないが、マジで癒される。

それとこの頃、本もネットで買う事が多いから、本屋で直に選ぶのも良いな。

受験か、確かに俺達は受験生だ。

仕事もいいが、日常生活もちゃんとしとかないとな。

 

だが、由比ヶ浜はそれでいいのだろうか?

本屋に遊びに行くとか結構地味だぞ。

「そんなのでいいのか?」

 

「いいのいいの。あたしはヒッキーと一緒だったら、何処でも楽しいよ」

「そのだな……なんていうか」

制服の夏服姿の由比ヶ浜は明るい笑顔で俺に振り返る。

俺はつい、ボッとその笑顔に見入ってしまっていた。

自分でも顔が少々赤らむのを感じる。

 

「行こ!久しぶりの二人っきりのデートだし!」

そう言って由比ヶ浜は俺の手を強引に繋ぎ、軽く駅に向かって駆け出す。

あれ?なにこれ?普通にリア充街道まっしぐらなんですが?

 

 

 

電車の扉付近で俺と由比ヶ浜は立ち揺られる。

この時間帯、結構学生が多いな。

なんか周りの視線が痛いんですが……特に男共の。

由比ヶ浜は見ての通り可愛らしい感じの美少女だし、俺みたいな陰キャと二人きりとか、明らかにおかしいもんな。

 

その由比ヶ浜だが……

「小町ちゃんには部活の事を頼んだから陽乃さんは大丈夫。いろはちゃんは文化祭実行委員会の会議に出るはずだから大丈夫。サキサキは妹ちゃんの送り迎えって言ってたから大丈夫。平塚先生は宿直だって言ってたから大丈夫。マリアにはヒッキーとデートするから夕飯いらないってLINEしたし、ママとおじいちゃんも見て貰ってるから大丈夫。今度は大丈夫」

真剣な眼差しでスマホの画面を見ながら小声でブツブツと何やら言っていた。

 

 

千葉駅に到着し早速大型書店へ

 




ガハマさん。
前回の誕生日にヒッキーとデートしたのに、ガハママとカオスのじいさんに邪魔された経緯があるだけに。
今回は抜かりはないようです。

いや、果たしてそうなのだろうか?
ここはGS世界も混ざってるのだよ!
しかもお相手はあのヒッキーだよ!

ガハマさんは乗り切れるのだろうか?


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(158)由比ヶ浜とデートは気恥しい。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
では、前回の続きです。


先日のプロフェッサー・ヌルとフードの男との戦いの事で、色々と考えてしまい、思考の沼にハマり日常生活にも影響が出ていたようだ。

そんな俺の状態を見かねた由比ヶ浜が、気分転換だと放課後に俺を連れ出してくれ、二人で千葉の中心街まで出かける事に……。

 

駅前大型商業ビルのワンフロア丸々占拠する大型書店へと由比ヶ浜と足を運ぶ。

「ヒッキーは普段本屋さんでどんな本を探すの?」

「ああ、特に決まってないが、だいたい新書コーナーを回って、小説コーナーに実用書だな、その後マンガとラノベコーナーってところか。由比ヶ浜はどうなんだ?」

「え?あたし?雑誌コーナーかな、ファッションとかの」

まあ、そうだろうな。

由比ヶ浜が奉仕部に持ち込む本と言えば、女子高生向けの雑誌だしな。

小説とかの本を読むイメージが全くない。

 

「まあ、今日はさっと新書や新刊コーナーを見て回る程度だが」

「なんで?」

「普段のコースをたどると時間かかるからな、由比ヶ浜が雑誌を見てる間に済ませる」

「え~、ヒッキー折角なのに一緒に回ろうよ!」

「一緒に見ても面白い事もなんともないぞ。きっと暇だぞ」

そもそも本なんてもんは1人で探すもんだろ?

趣味や好き嫌いがはっきり分かれるもんだしな。

一緒に見てもつまらんだけだぞ。

 

「あたし、ヒッキーがどんな本が好きなのかとかも知りたいし、…ヒッキーと一緒だったら何でも楽しいから」

隣りを歩く、由比ヶ浜は俺の顔を見上げ微笑みながら少々恥ずかしそうにこんな事を言ってくる。

ちょ、待て、何これ?由比ヶ浜ってこんな感じだったか?

あれ?俺がヒッキーだったら惚れてしまうんだが?

って、俺がヒッキーか!?

やばい、やばいぞ。

何がヤバいのかわからんが、やばい。

 

顔が火照って来るのを感じ、視線が自然に斜め上へと逸れる。

「あ、そ、それよりも、先に参考書を見に行くか」

 

「うん!じゃあ、いこ!」

由比ヶ浜は俺の手首を掴み、引っ張り歩く速度を速める。

 

「って、おい!」

なんだこれは?これが古今東西のリア充共が行っているデートと言う奴か?

滅茶苦茶恥ずかしい。

 

 

由比ヶ浜に連れられ大学受験の参考書コーナーへと。

それぞれの大学の過去の入試問題と解説が掲載されている俗に赤本と呼ばれる過去問の参考書がずらりと本棚に並び、さらに大学入試センター試験対策や、難易度別や教科別の参考書が所せましと置かれている。

 

「そう言えば、由比ヶ浜はどこの大学に行くつもりだ?」

「あたし?うーん、もういっかな。ヒッキーと同じ都立大だよ」

「まじか」

まあ、3年の学科選択で文理系を選んだ次点で公立大学だとは分かっていたが、俺はこの日由比ヶ浜が志望する大学を初めて知った。

今迄、何気なしに聞いた事はあるが、まだ秘密とか言って煙にまかれていたが、まさか同じ大学とはな。

2年の二学期後半から猛烈に勉強し始めていたからには、行きたい大学があるのだろうとは思っていたが、俺と同じ志望大学か……。

今の由比ヶ浜の学力だったら学部にもよるがこのまま勉強を続けてれば合格は堅いだろう。

 

「だったら、まずは赤本か。あー、志望校決まってるなら流石に持ってるか」

 

「うん、赤本は持ってるよ。共通テスト向けに苦手な世界史と化学の参考書がほしいかな」

 

「そうか、だったらこれなんかどうだ?解説がしっかり書かれてわかりやすいぞ。俺も日本史と世界史の奴を持ってる」

 

「うん、わかり易そう。ありがとねヒッキー」

 

「二次試験対策はっと、そう言えば由比ヶ浜はどこの学部を受けるんだ?」

 

「どうしようかなって、まだ迷ってるんだ」

 

「ん?お前、行きたい学部があるから都立大を受けるつもりじゃなかったのか?」

 

「違うよ。ヒッキーと同じ大学に行きたいから、またヒッキーと一緒に授業を受けたり、部活したりしたいから」

由比ヶ浜は当然のようにこんな事を俺に言う。

 

「ん?……ちょ、ちょっと待て、そんな理由で大学を選ぶのは流石に不味いだろ?」

あまりにも自然体でそんな事を言うもんだから、一瞬俺の思考が一回りするが、慌てて由比ヶ浜に問いただす。

まてまてまて、なんだその理由は?

 

「ダメ…かな?」

由比ヶ浜は慌てる俺に上目使いで聞いてくる。

 

「ダメっておい、将来なりたいものとかあるだろ?」

 

「あたし、奉仕部でヒッキーやゆきのんに会うまで、大学とか将来のこととか何も考えてなかったんだ。ヒッキーは将来のお仕事までもう決めてて凄いなって。でも、あたしには何もなかったの。あの時まで、今楽しかったらいいかなって勉強サボってたし、特にやりたい事も何もなかったの。ヒッキーを大好きになったけど、こんな何もないあたしとヒッキーじゃ釣り合わないから、せめて勉強だけでもって、それで何もないあたしにも目標が出来たの、ヒッキーと一緒の大学に行くって。ヒッキーともっと一緒に居たいから、だから勉強頑張ったんだ」

 

「ちょ、おま……こんな所で何を言って……」

 

「将来、何になりたいかまだ分からないけど、今やりたいことはヒッキーと一緒に居たいこと……そんな理由じゃダメ?」

由比ヶ浜は目を潤ませながらはにかんだ笑顔で、俺を見上げる。

 

「そ……それはだな」

俺は自分の顔が赤らんで来るのが分かる。

これにはどう答えればいいんだ?

理性ではそんな理由で大学を決めるのは間違っていると俺の思考が訴えかけているが……、俺に向けてくれている好意がひしひしと伝わってくる。

由比ヶ浜の好意を今の俺は無下に否定できない。

俺はどうすればいいんだ?

どうすれば!

 

ん?なんか周りがざわざわと……

「うっそぉ!告白!」

「お前、男を見せろよ~」

「リア充死ね!」

「めっちゃ可愛い子が何で、さえない奴に?」

 

うおっ!人だかりが!?いつの間に?

野次馬!?

今の聞かれてた!?

そりゃそうだ!

何も参考書を見に来てるのは俺らだけじゃないしな!

放課後だし、学生もそりゃ結構いるだろ!

こんな所でこんな事をやってりゃ!

こうなるよな!

は、恥かしすぎる!!

 

「ゆ、由比ヶ浜、い、行くぞ……」

「う、うん、そだね」

俺は由比ヶ浜の手を引いて、俯き加減でこの場を足早に去って行く。

そんな俺達の背中に野次馬共の激励なのかやっかみなのか、いろんな感情の言葉が聞こえてくる。

 

 

俺と由比ヶ浜は本屋から出て、さらに商業施設からも逃げるように早足で、駅前広場に着く。

「はぁ、超恥かしいんだが……」

「そだね」

俺も由比ヶ浜も顔が真っ赤だ。

 

「あっ、す、すまん」

握ったままの由比ヶ浜の手首を慌てて離す。

 

「ううん、大丈夫。でも、見られちゃったね」

「……そうだな」

由比ヶ浜は早歩きで上がっていた息を整えながら、広場のベンチに座る。

 

座る由比ヶ浜の前に立ち、そっぽを向きながら何故かこんな言葉が自然と出ていた。

「まあ、なんていうかだ。ありがとな」

「お礼?なんで?」

「いや、なんとなく」

「うん。あたしもありがとねヒッキー」

「なんでだ?」

「あたしもなんとなく」

 

俺は由比ヶ浜の好意が素直に嬉しかったのだろう。

だが、雪ノ下と陽乃さん、由比ヶ浜の誰を選ぶのか、まだ答えが出せていない。

「情けないが俺はまだ答えが何も出せない。ただ素直に由比ヶ浜の好意は嬉しいとは思う」

「なにそれ?フフッ、でもヒッキーらしいかな」

「そ、そうか?」

「うん、そだよ」

 

何故かお互い暫く沈黙し合う。

この何とも言えない空気感で、気恥しくて言葉が出ないというかだな。

 

由比ヶ浜が先に俺を見上げながらゆっくりとした口調でようやく言葉を出す。

「ヒッキー、あの本屋にいけないね」

「さすがにな」

もう二度とあの本屋に行けないかもしれん。

行くたびに気恥しさを思い出すだろあんなの……

 

「どうしようか、ペットショップもあのビルだし……」

「他に由比ヶ浜が行きたいところでいいんじゃないか」

「あっ、そういえばフクロウカフェが千葉駅近くに出来たって雑誌に載ってたよ。フクロウと遊べるカフェなんだって、えっと千葉駅から……ちょっと離れてそうだけどいい?」

「なにそれ、めちゃ行きたいんだけど」

由比ヶ浜は思い出した様にスマホで検索する。

まじでか、フクロウと触れ合う事ができるのか?

微動だにしないあの不敵なフォルム、獲物を狙う姿は機敏で力強いとか、超かっこいいだろ?

 

「ははっ、ヒッキーて結構かっこいい動物とか好きだよね。でもよかった」

「男だったら誰でも好きだと思うぞ」

由比ヶ浜と俺はスマホのルート検索に従い、その千葉駅からちょっと離れたフクロウカフェへ向かう。

 

 

しかし、ルート検索でよくありがちだが、とんでもない道が選択され誘導されたりすることがある。今回も人っ気が全くないビルとビルの間の薄暗い怪しさビンビンの狭い路地を通らされるはめに。

まあ、怪しい店が立ち並ぶとかラブホテル街とかじゃないだけましなんだけどな……

「ヒッキー、なんか暗いしお化けとかでそうだね」

「その割には怖く無さそうだな」

「だってヒッキーが一緒だし、ヒッキー強いしかっこいいし」

「そ、そうか」

今日の由比ヶ浜の言葉は、いちいち俺の心に響く。

 

だが……

「ううう…しくしくしく……ううう…しくしく」

女性のすすり泣くような声がどこからともなく裏路地に響く。

 

「ひっ、ヒッキー……」

さすがの由比ヶ浜もこの薄暗い路地で言ってる傍からこんな声が聞こえて来れば、怖がって当然だろう。

 

「いや、大丈夫だ。幽霊とか妖怪とかじゃない」

「え、そうなの?よかった。でも、それっぽいけど」

この気配は妖怪とか幽霊の反応じゃない。

そうじゃないんだが……ただ。

 

俺はすすり泣く声の方へ向かって裏路地を歩む。

「……大丈夫だ」

「ヒッキー」

由比ヶ浜は俺の腕を掴みながら恐る恐るついてくる。

 

「しくしくしくしく」

奥に進むと路地の端っこで、清楚なドレス姿の女性がうつ伏せでうずくまっている。

しかも、それで隠れているつもりなのか大きな段ボールに頭を突っ込んでいた。

 

「…………」

「ええ?ええええ?だ、大丈夫ですか?」

俺は顔を見なくてもこの女性が誰だかわかっているが、なんでこんな所に?

俺はこの女性に声を掛けていいものなのか一瞬躊躇してしまい、声を掛けそこなう。

由比ヶ浜は戸惑いながらも声を掛けた。

 




折角のデートが……強制イベントに移行。


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(159)やはりトラブルに巻き込まれる。

感想ありがとうございます。

皆様の想像を裏切る展開かもしれません。
では続きです。


 

放課後、由比ヶ浜と二人で千葉へと出かけ、なんだかんだと千葉駅からちょっと離れたフクロウカフェへと向かっていたのだが……。

 

スマホのナビに従い裏路地を通っていた最中に、うつ伏せで蹲りすすり泣く女性に出くわした。

その女性は隠れているつもりなのだろうか?頭から段ボールに突っ込んでいるが、肩から下は完全にはみ出している。

その女性はどこぞのお嬢様なのか高級そうな清楚なドレスを着こんでいる。

段ボールに頭を突っ込んでいるからもちろん顔は見えていないのだが、俺はこの女性が誰だか知っている。

この霊気の気配、間違いない。

だが、なぜこの人がこんな場所で、こんな事になってるんだ?

しかも、何故かこの人から普段感じている複数の特殊な気配を今は感じない。

 

「だ、大丈夫ですか?」

由比ヶ浜はその女性に駆け寄り声を掛ける。

俺は一瞬声を掛けるのを躊躇ってしまい。一歩出遅れて由比ヶ浜の後を追う様にその女性に駆け寄る。

 

その女性は由比ヶ浜の声で一瞬びくっとし、恐る恐る段ボールから頭を抜き、蹲ったまま涙でぐしょしょにした顔をこちらに向ける。

「ぐ、ぐす……、だ、だ~れ?……ぐす……あら~!?」

 

「大丈夫ですか?六道さん。何でこんな所に?」

俺は腰を下ろし、この女性…六道さんに手を差し伸べる。

そうこの人は六道冥子さん、美神さんの友人の一人で、GS協会六道会長の一人娘、霊能家の大家式神使い六道家の次期当主だ。

 

「え?ヒッキーの知ってる人?」

 

 

「ひっく……ひ、比企谷く~~~ん!うわーーーーん!」

六道さんは俺の顔を見て、泣きながら俺の腰辺りに縋りつくように抱き着いて来た。

 

「ちょ、六道さん!」

「ひ、ヒッキー!?ど、どういう事!?」

由比ヶ浜はぷりぷりと怒り出すが、どういう事って言われても俺にも何が何だか。

 

 

 

この後、表通りの欧風調のちょっとおしゃれな喫茶店にすすり泣く六道さんを連れて入る。

窓際の4人掛け席に六道さんの前にはクリームパフェ、対面の俺の前にはシロップをたっぷり入れたアイスコーヒー、俺の横の由比ヶ浜はアイスミルクティーが置かれている。

 

「落ち着きましたか?」

ようやく泣き止んだ六道さん

一応、由比ヶ浜には六道さんが泣き止むまでに、さらっと六道さんもゴーストスイーパーで美神さんの友達だという事は伝えている。

 

「ぐす、ありがとう。比企谷く~ん」

 

「隣は学校のクラスメイトの由比ヶ浜です」

「由比ヶ浜結衣です。ヒッキー、比企谷君と同じクラスで部活も一緒です」

 

「結衣ちゃんっていうの~、ありがとうね。私はゴーストスイーパーの六道冥子よ~。」

六道さんは相変わらずの間延びした口調で自己紹介をする。

由比ヶ浜は六道さんが泣き止むまで隣に座って、ハンカチやらの世話をしていたしな。

由比ヶ浜はやはり優しい。

 

「大丈夫ですよ。こんなに可愛らしいのにゴーストスイーパーなんですね。でもどこかで……あっ、前の雑誌の美しすぎるゴーストスイーパー特集に載ってた!凄いよヒッキー!有名人だ!」

由比ヶ浜は六道さんの顔を見て何やら思い出し、はしゃぎ出した。

いや、確かに有名人だけど、それを言うとお前んちに居候してるドクター・カオス氏の方が世界レベルで有名人だからな。なんで六道さんを知ってて、ドクターを知らなかったんだ?

一見、六道さんはおっとりお嬢様風の可愛い系の美人だが、ゴーストスイーパーとしては美神さんに匹敵するレベルなのだ。そう高レベルなんだけども……。

 

「比企谷君と仲良しなのね~、二人は~婚約者なの~?」

六道さんは唐突にこんな事を聞いて来た。

 

「そ、そんなわけないでしょ!俺達はまだ学生ですよ!」

「婚約者!?そ、そんな~。でも、それでもいいかな~、なんて」

俺は思いっきり六道さんに突っ込むが、由比ヶ浜は顔を赤らめてまんざらでもない表情を。

 

「え~、だって、比企谷く~んと結衣ちゃんは~、婚約者じゃないのに部活も学校も一緒なの~?今も一緒で仲良しさんなのに婚約者じゃないの~?」

 

「………いや、どうして部活と学校が一緒で、仲がいいと婚約者になるのかが分からないんですが」

俺は冷静に突っ込みを入れる。

わけがわからん。

 

「仲がいいなんて、ヒッキーとあたし、婚約者に見えるんだ!」

隣りの由比ヶ浜は何故かデレデレなんだが……。

 

「え~、違うの~?」

う~ん。

六道さんってお嬢様育ちで世事にかなり疎いとは、美神さんや横島師匠も聞いていたし、前の稲田姫の試練の時もそうだったが、この人かなり天然が入ってるし、見た目大人の女性だが精神性は子供みたいなもんだ。

下手をすると川崎の歳離れた妹の京ちゃんと同じレベルかもしれん。……流石にそれは言いすぎか。

 

「違いますが……、そんな事よりも六道さん。どうして千葉であんな事になってたんですか?……それに、今の六道さんから式神の気配が無いんですが?何かあったんですか?」

このままだと、六道さんの天然にいつまでも付き合う羽目になりそうなため、俺は強制的に話題を変え、本題に入る。

そう、六道さんが千葉のあんな場所に1人でいること自体がおかしい。

しかも、いつも連れている強力無比な一二体の式神の気配が全くしないのだ。

 

「う……う……そ、そうなの、比企谷く~ん。聞いて~、お母さまったら酷いのよ~」

六道さんは涙ながら語りだす。

どうやら六道さんは母親の六道会長の言付けで、また強制的にお見合いに行かされたのだが、今回はお見合い行くに当たって、あの強力無比な式神を六道さんから強引に引き剥がされすべて封印されたのだとか……。

なるほど、それで今の六道さんから式神の気配が全く感じられないのか。

ただでさえ男性が苦手な六道さんは、子供のころから一緒に過ごしてきた心強い式神も引き離され、お見合い相手の男性と二人きりにさせられて、パニックになって見合い途中で逃げだして来たのだそうだ。

最初は美神さんの事務所に逃げ込もうとしたのだそうだが、六道会長の部下が先回りしていたらしく、さらに小笠原エミさんの事務所と唐巣神父の教会にも、六道会長の手が回っていて、どこか遠くに逃げようと、乗った事が無い電車で逃げこんだら、知らず知らずのうちに千葉駅について、さらに、人の多い街中をさけて人が居ない方居ない方へ逃げていたら、あんな場所であんな感じになっていたそうだ。

 

「お見合いなんて~嫌なのに~、お母さまが行き遅れるから早く結婚しなさいって~、あの子(式神)達は怖がられるから連れて行ったらダメだって言うし~、男の人と二人きりなんて……わたし、わたし、どうしたらいいのか……」

また、六道さんは涙目に。

確か、稲田姫の試練の時もそんな事を言ってたな。

お見合いか。

霊能家の大家となれば、それこそ後継者問題は家の一大事だからな。

 

「酷い、無理矢理結婚させられるなんて、六道さん、あたし達とあんまり年とか変わらないのに」

由比ヶ浜はプリプリと怒り出す。

由比ヶ浜、六道さんはああ見えて、確か美神さんの一学年上らしいぞ。だから今は25歳のはずだ。平塚先生が29歳になったばかりだから……。どちらかと言うと平塚先生側なのか?

 

「そうなの~!お母さまは酷いのよ~。結衣ちゃんはいい子ね~、冥子でいいわよ~」

すげーな由比ヶ浜、あの六道さんと直ぐに打ち解けたぞ。

 

ようするにだ。六道さんは、そもそも見合いに乗り気じゃないのに、式神も封印されて、男性と二人きりにさせられ、耐えられなくなって見合い途中で逃げ出して迷子になったって事か。

簡単に言うとそんな感じだが、実際にはいろんな事情が複雑に絡み合っているのだろう。

 

「どうします?とりあえず、美神さんに俺から連絡しましょうか?」

 

「ダメよ~、もう令子ちゃんの所はお母さまの手が入ってるわ~」

 

「となると、キヌさんもダメだな。小笠原エミさんの事務所や唐巣神父の所もダメですかね。他にお知り合いはいませんか?」

 

「いないわ~。だってお友達って令子ちゃんとエミちゃんやおキヌちゃんしかいないもの~。学校はお友達出来なかったし~……みんな、何故か式神たちを怖がるの~」

そりゃそうか、あんな式神を連れまわってたら、みんな逃げるわな。

そうか六道さんも学生時代は俺や雪ノ下と同じでボッチだったのか。

いや、今は俺や雪ノ下はボッチではないが。

美神さんと小笠原エミさんと出会ったのっていつかわからんが、六道さんはもしかするとずっと学生時代はボッチで終わってしまったのかもしれない。

あの十二神将と呼ばれる式神を代々受け継いできた六道家の血筋の宿命なのかもしれない。

俺はそう思うと六道さんに同情してしまっていた。

 

「もしよろしければ、しばらく家に来ますか?狭いですが……」

俺は自然とこんな言葉が出ていた。

今の六道さんはあの強力無比な式神はいない。

式神が居たら居たで暴走の恐れがあるが、式神が居ない六道さんは凄まじい霊気を内包してはいるが、霊力による通常戦闘はからっきしらしいから、普通の女性とさほど変わらない。

しかもお嬢様育ちのこの性格だ。1人にするのは危なっかし過ぎる。

それに式神が居ないのなら、暴走する恐れがないから、家に泊めても問題ないだろう。

今はタマモも留学生として家の客間で寝泊まりしてるしな。

 

「いいの~?比企谷く~んは優しいから好きよ~~」

普通女性に好きだと言われれば、何かしら心がざわつくものだが、何故か六道さんに言われても心にさざ波もおきない。

俺は雪ノ下や由比ヶ浜、それに陽乃さん、最近では一色に告白されたりキスされたりで、心が大きく揺さぶられ、ぶっちゃけドキドキしていた。

キヌさんや小竜姫様なんて、隣に居るだけでドキドキしてしまう始末。

平塚先生の裸を見てしまった時も、動揺しただけでなく、やはりドキドキしてしまったのだ。

俺はそれで一時は悩んでいた。

俺は女性であれば、誰にでも気移りするような浮気性でダメな奴なのではないかと、横島師匠と同じで、節操がないのではないかと……。

だが、以前にも六道さんから好きだと言われて、何も感じなかった。

六道さんは俺にとって恋愛対象ではないのだろう。

たぶんだが、見た目は確かに可愛らしい大人の美女だが、あの幼い精神性は流石に厳しいのだろう。それだけじゃないな、あの十二体の式神の前では恐怖が先行していたのも確かだ。

俺はその事実にほっとしたものだ。

しかし、よくよく考えると俺がドキドキしない女性は、身近に居た。

美神さんだ。出会った当初はあのセクシーな美女に少々ドキドキはしたが、今ではどんなセクシーな姿やあられもない姿を見たとしても、何も感じない。

横島師匠が美神さんの下着を盗んでその成果を見せてくれるが、何も感じない。

それは六道さんにドキドキしないのと同じ理由だろう。

美神さんは見た目はセクシーな大人の美女だが、中身は鬼か悪魔だからだ。

 

「えええ!?ちょっと待ってヒッキー、流石にダメだよ。ヒッキーも男の子なんだから、何かあったら!」

由比ヶ浜はそんな俺の提案に慌てて止めようとする。

由比ヶ浜、大丈夫だ。

うちには小町やタマモもいる。

それに俺自身は絶対にそんな事にはならないぞ。

俺は精神的にもロリコンじゃないからな。

六道さんは見た目大人の美女だが、中身は川崎の妹とかわらん。

 

「比企谷く~んは男の子だけど、横島君みたいにスケベじゃないし~、怒らないから全然怖くないし~、式神たちも懐いてるわ~。だから大丈夫よ~」

そう、この人の大好きは異性に対する大好きではないのだ。

家族や友達に使う大好きと同じなのだ。

 

「そ、そう言う事じゃなくって!……わかりました!冥子さんはうちに泊まって下さい!」

由比ヶ浜は何故かこんな事を言い出してしまった。

 

「いいの~?結衣ちゃんも優しいから好きよ~~」

六道さんも由比ヶ浜をかなり気に入ったようだ。

 

「ちょっと待て、流石にそれは厳しいんじゃないか?お前んち、ドクターもいるだろ!」

流石に厳しいだろ、いくら式神が居ない今の六道さんが普通の女性と変わらないとしてもだ。あのマンションにただでさえドクターとマリアさんもいるのに、流石に部屋はもう無いだろ?

あの3LDKのマンションにこれ以上居候が増えるのは無理があるだろ。

 

「ちっちっちっ。それはもう大丈夫なのだよ。ヒッキーくん」

何故か由比ヶ浜は芝居がかった言い方をしだす。

大丈夫って、ついにドクターに愛想つかせて追い出したのか?

 

 

そんな時だ。

喫茶店の前に高級車が止まり、若い男が下りて、この喫茶店に入って来た。

「ふっ、六道冥子さん、探しましたよ。急にいらっしゃらなくなられたので、心配しました。さあ、さあ、この私と戻りましょう」

その派手めな白のスーツを着こんだ20代中盤位のイケメンが、俺達の席の前に立ち、冥子さんに手を差し伸べながら、キザったらしい口調でこう言う。

 

もしかして、このキザったらしいイケメンが冥子さんのお見合い相手か?

 

「う…うう、い、嫌よ~」

六道さんの顔は青ざめ、そのイケメンから逃れるようにテーブルの下に隠れ、俺の足に縋りつく。

俺の足を掴む冥子さんの手は震えている。

なんだ?嫌がるにしては、これは………どういうことだ?

 

「これは家同士で取決めをした正式なお見合いですよ。さあ、隠れてないで行きましょう」

そんな六道さんの様子にお構いなしに、テーブルの下に隠れる六道さんに手を伸ばす。

 

「六道さんは体調が悪いようなので、改めてもらえないっすか?」

俺はつい席を立ち、キザったらしいイケメンの前に割って入ってしまった。

 

 

 





さてさて、八幡くんはどうやってこれを解決するのか?
横島師匠ならば、インスタント丑の刻参りで、イケメンを葬る事が出来るのだが……


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(160)やはりトラブルに巻き込まれる2

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。




 

学校の放課後、由比ヶ浜と千葉へ遊びに出かけたのだが、裏路地ですすり泣く六道冥子さんと出くわす。

六道さんに近くの喫茶店で事情を聞くと、強力無比な式神を母親に取り上げられた上で、無理矢理見合いをさせられたのだそうだ。

だが、途中で嫌になり逃げだしてきたのだとか。

そんな六道さんを追いかけて、見合い相手らしきキザったらしいイケメンが現れ、六道さんを無理矢理連れ出そうとする。

歳頃は六道さんよりもちょっと上ぐらいか。

 

六道さんの相当嫌がる姿を見て、つい、見合い相手との間に入ってしまった。

「六道さんは体調が悪いようなので、改めてもらえないっすか?」

 

「なんだ君は、関係ない人間は引っ込んでいてくれないか?」

このイケメンが言う通り家同士の取り決めに、他人の俺が間に入るのは本来お門違いだという事は分かっている。

だが六道さんは今、席に座ったままこのイケメンに嫌悪感を持った視線を向けている由比ヶ浜に涙目で縋りついている。

こんな六道さんの嫌がり様を見るとついな……。

 

「まあ、全く無関係ってわけじゃないんです。六道さんとは知り合いなんで、本人もこの通りですし……」

 

「ふっ、その制服、君は高校生かい?大人の話に子供が出しゃばるもんじゃないぞ」

イケメンが余裕の笑みを浮かべながらそう言ったのと同時に、黒服にサングラスといかにもな感じの4人が店内に入り、イケメンの後ろに控える。

このイケメンのお付きの連中か、霊気レベルからする全員ゴーストスイパーか霊能者だろう。

 

「嫌がる女性を無理矢理連れて行こうとするのが、大人の対応なんですかね?」

俺はイケメンを挑発するかのように言葉を返す。

六道さんがこんなに嫌がってるのに、このイケメンは六道さんの感情等無視して自分勝手に連れて行こうとしている。

この状況を流石に見過ごすわけにはいかないだろ?

横島師匠だったら、イケメンに媚びを売りながらすり寄って、うまい事口車に乗せて、隙を見て一撃入れるか一発ギャグをかました後、高笑いしイケメンをこけおろしながら六道さん連れてトンずらとか、うまいことやるんだろうが……俺にはそんな器用な真似は出来ない。

 

「ぐぬぬ……貴様!」

イケメンは俺のあの程度の挑発に声を荒げる。

こいつ、沸点低すぎないか?

まじで大人の対応が出来ない奴とか?

 

この様子に周囲の喫茶店の客が騒めきだし、店員が駆けつけてくる。

 

「一也様……ここは」

それに気が付いたお付きの黒服の霊能者の1人が直ぐにイケメンに声を掛け。

 

「ちっ、ここでは話づらい……外に出たまえ」

「そうですね」

イケメンの奴、体面だけは気にかける事が出来る様だ。

とりあえず返事はしたが、どうしたものか。

イケメン連中も体面もあるだろうし、街中で無茶はしないだろう。

ここは大人しくついて行って、何とか話し合いでこの場を抑えた方がいいか。

イケメン本人は沸点低そうだが、お付きの連中は場が見えてるだけにまだ冷静そうだし、何とか口八丁で今日の所はお帰り願おう。

それでも沸点低そうなイケメンが暴走して荒事になる可能性もあるが、イケメンの霊気レベルはランクCってところか、これなら何とかなりそうだ。

だがもし、特殊能力持ちや霊気変換率がやたら高くて最大霊力変換値がAレベルだったら面倒な事になる。

何れにしろ、由比ヶ浜はこの喫茶店に残って貰った方が良さそうだ。

 

「由比ヶ浜はここで待ってくれ、俺はちょっと行ってくる。六道さん行きますよ」

 

「ヒッキー、私も行くよ」

由比ヶ浜は俺について行こうとする。

 

「大丈夫だ。直ぐに戻って来るから安心しろ」

 

「でも……」

由比ヶ浜は何故か悲し気な表情をしていた。

なんだ?前にもこんな顔をしていたな……

 

「グスッ、わたしもいかないとダメなの~」

「はぁ、六道さんが行かないとどうするんですか?俺もついてますんで」

六道さんは当事者でしょ、由比ヶ浜が行くって言って、なんであなたは行かないんだ?

嫌々見合いに行かされたにしろ、途中ですっぽかしたのは六道さんなんだし、そこは相手に非はないハズ、すっぽかした事に対しては大人として詫びを入れないといけないんじゃないでしょうか?

 

「グスん。結衣ちゃんといっしょじゃなきゃ~、嫌ーよ」

六道さんは由比ヶ浜に縋りついたまま、俺に抗議する。

……由比ヶ浜の奴、随分となつかれたんだが……。

何?由比ヶ浜って、霊能者を引き付ける才能でもあるのか?

ドクターもそうだが、とびっきり癖の強い霊能者を……。

はぁ、六道さんはこうなるとテコでも動かないだろう。

 

「ヒッキーいいでしょ、冥子さんもこう言ってるし、女の子の立場からも何か言えるじゃん。あたしもゆきのんや皆みたいにヒッキーの役に立ちたいの……」

由比ヶ浜は懇願するかのように俺にそう言う。

何を言ってるんだ由比ヶ浜は?普段から由比ヶ浜には色々と助けてもらってるぞ。

俺や雪ノ下じゃ、一般の高校生の感性から随分とズレているからな。

その辺の事で色々と助かってるし、ドクターやマリアさんの事でもマジで助かってる。

GS協会やオカルトGメンは由比ヶ浜親子に感謝しなければならないんじゃないか?

あのトンでもトラブルメーカーのドクターを制御出来てるんだぞ!

 

「ふう、わかった。……まきこんだ。由比ヶ浜すまない」

いざとなれば俺が守ればいい。

いや、由比ヶ浜はドクター特性ピンクレンジャーじゃなかった、ピッチピチガハマスーツが作動して問題ないかもしれないが……。

あれって、各種術式だけじゃなくロケットランチャーに耐えられるらしいからな。

それに由比ヶ浜にもしも何かあれば、最悪ドクターやマリアさんが助けにくるだろうし。

いや、その方がまずいか、由比ヶ浜に何か被害がおよびそうになれば、イケメン一行の悲惨な末路が目に見える。

そうならないように、なんとか交渉でこの場を抑えるべきだな。

 

「ヒッキーが悪いわけじゃないよ。あたしがそうしたいだけ」

由比ヶ浜は笑顔に戻る。

 

俺はレジで勘定をすませ、由比ヶ浜は店員さんに騒ぎの件で謝ってくれる。

喫茶店を出る際に、さっと現状況を美神さんにメールで送信しておく。

メールは直ぐに返って来た。

(了解よ。あんた本当にトラブルに巻き込まれる星の下に生まれて来たんじゃない。でも助かったわ)

……その言い方はやめてほしい。まじで。

この頃、まじでそうなんじゃないかと思って来てるんで。

俺はある意味、この美神さんの返信でほっとする。

何かあっても美神さんが何とかしてくれるだろうと……。

 

 

喫茶店の外に出ると、イケメンとその付き人4人が待ち構えていた。

「もういいよ『君たちは帰りたまえ』」

イケメンは俺と由比ヶ浜に向けて言葉を投げかける。

この言葉の強制力、言霊か……。

しかも、こんな街中で人除けの結界を張りやがった。

由比ヶ浜に予め術式耐性の札を持たせて正解だったな。

 

「それが大人のやり方ですか?」

 

「なっ?言霊が効いてないだと、お前何者だ?」

自分で白状しやがったこの残念イケメン。

その程度の言霊は俺には効果は無いぞ。

勿論高レベルの霊能者である六道さんにもな。

だがこいつ、一般人の由比ヶ浜にもかけようとしやがって。

もしかすると、俺の事も霊能者じゃないと思ってたとか?

六道冥子さんの知り合いって名乗った時点で、霊能者だと考えるのが普通だろう?

 

「先に自分から名乗るのが筋じゃないですか?」

 

「霊能者だったか。いけ好かないガキだ。いいだろう良く聞け、霊能者であれば知っているだろう。私の名は松浦(まつら)一也、海聖水軍の松浦家の次期当主だ!私に盾突いた事を後悔するがいい!」

イケメンは饒舌に名乗りを上げ、俺に向かって嫌みったらしい歪んだ笑みを浮かべる。

水軍の松浦か、またとんでもないのが来たな。

水上戦を得意とする北九州の霊能家の大家だ。

そりゃそうか、六道家と見合いするぐらいだもんな、その位の家格が無きゃ成立しないか。

たしか業界誌に、大宰府鎮守を任されたという九州の若手三羽烏とか恥ずかしいネーミングの一人が松浦だったな。ということはこいつがAランクGS?とてもそうは見えないだけど。

こんな奴だったか?コラムの写真では水上の貴公子とか言って、色黒のサーファーの様な奴だったよな、確か名前は松浦達也だったような。

 

「松浦って、水上の貴公子松浦達也じゃないんですか?」

 

「それは弟だ!!私は松浦次期当主の松浦一也だ!!どいつもこいつも彼奴ばかり持ち上げるとは!世も末だな!」

ああ、あれだ。

エリートな家にあるありがちな構図だ。

出来の悪い兄と出来た弟の確執みたいな感じか?

 

「はぁ、そうなんですか」

 

「ゾンビみたいな目のそういう貴様は誰なんだ!!」

分かってはいたが、このイケメン、相当面倒くさいぞ。

 

「俺は美神令子除霊事務所の比企谷八幡です」

 

「み、美神令子の!?貴様の様な奴が!?うそをつけ!!」

美神さんの名前で、なんか慌ててるんだが。

 

「はぁ、嘘と言われても……GS免許です」

俺はGS免許を見せる。

 

「ほ、本当に美神令子の!!なっ!!!ばかな!!貴様のような奴がBランクGSだとーーーー!!」

なんか俺のGS免許見て、滅茶苦茶うろたえてるんだけど?なにこの反応は?

 

「とりあえずここは一旦引き下がってくれませんかね。六道さんもこんな感じでとても見合いの続きを出来る状態じゃないんで、後日六道家に抗議なりをして頂いた方がいいんじゃないですか?」

俺はここで正論を解く。

 

「そんな事で納得できるか!!Bランクがなんだ、部外者だろ!!」

 

「ほら、六道さんも一応謝った方がいいですよ。お見合いをすっぽかしたのは事実だし」

由比ヶ浜の後ろでこちらの様子を伺っている六道さんに前に出るように促す。

 

「え~、だって~、この人、冥子の事、お見合いの席で言霊で無理矢理従わそうとしたのよ~。冥子の事いやらしい目で見てくるし~、式神達はいないし冥子一人だったから怖くなって逃げたの」

……どういうことだ?

このイケメン、六道さんに言霊を?

六道さんは今は式神は使えないかもしれないけど高レベルなゴーストスイーパーだぞ。

霊気の内包量も霊力も恐ろしく高い。中途半端な言霊なんて効くわけがない。

そういえばさっきも俺達に言霊を使ったか……。

 

「最低……」

由比ヶ浜がぼそっと言い、侮蔑の目でイケメンを見据える。

 

「そ、それは誤解だ。何かの勘違いだ」

イケメンの目が明らかに泳いでるんだけど、マジかこいつ。

見合いの席で言霊使って相手を従わせるって最悪だろ?

 

「え~、だって、最初のお見合いの人が来れないからって、弟の替わりに来たとか言ってたし~、お母さまがお見合いの前に急にGS協会の緊急用事が出来たとか言って居なくなるし~」

何それ、めっちゃ怪しいんだけど。

弟の代理って……しかも冥子さんの式神を封印のタイミングといい、GS協会の緊急の用事で六道会長の不在、冥子さんを言霊で従わせようとか……明らかに怪しい。

 

「それって、相手に断りも入れずに急遽代行って、そもそも見合いが成立しないですよね」

俺はジトっとした目でイケメンを見据える。

由比ヶ浜に至っては更に侮蔑の目を向けていた。

 

「はっはっはーー、な、ななな何を言ってるのかね?六道さんも君たちも」

滅茶苦茶動揺してるんだけどこいつ。

しかも、お付きの連中も若干呆れているようにも見えるぞ。

 

もう一押しってところか。

「なーるほど、流石はイケメンで松浦の次期当主様!優秀な弟さんにその地位を奪われるかもって、六道家の縁談に割って入って無理矢理ご令嬢を自分の物にして、地位を安定させようとしたんすね。よっ、海聖水軍!松浦次期当主!」

俺は褒めたたえるかのように真相直撃させる。

 

「はっはっはーー、まあ、そんな所だ!ん?……んん、し、しまったーー!?ち、違うぞ!」

このタイプは動揺している所を攻めれば、あっさりゲロするとは思っていたが、こうも上手くいくとは……。

とことん残念なイケメンだな。

 

「「…………」」

由比ヶ浜の侮蔑の目と六道さんの軽蔑の目が松浦一也に向かう。

さらにお付きの人も明らかに呆れている。

こんなのに付き従わないといけないとは苦労が絶えないのだろう。

 

「まあ、この件は六道さんの母親の六道会長に報告しますんで、それなりの仕置きを覚悟してください」

この一也って人、松浦の実家からも、六道家からもキツイお灸をすえられるだろうな。

もしかすると、次期当主の座もはく奪されるかも……。

確かに霊能は生まれ持った才能などに将来が左右される。

だが、この人もそこそこの才能は有ったはずだ。

霊気量だけで言えばCランククラスはある。

術を磨けばBランクだって行けるはずだ。

こんなくだらない事をする暇があれば、修行に励めばいいものの。

……天才の弟を見て育ってしまって、その差に苦しんだのかもだが、そこで絶望するか、受け入れて成長するかの選択は出来たはずだ。

それに霊能者だけが人生じゃないだろう。イケメンだし、第三の選択もあるだろう。

だが、霊能の大家の息子ってことで、それは許されないことなのだろう。

まあ、俺だったら、第四の選択として受け入れて、弟の脛をかじるっていう選択をするけどな。

 

ふう、なんとか話し合いだけで纏まりそうだ。

 

「くそくそくそっ!!どいつもこいつもバカにしやがってーーー!!こうなったら!!」

なんだ?懐に手を入れて………まさか!?

俺は一瞬嫌な記憶を思い出す。

GS若手能力テスト時の安田とかいう先輩との戦いだ。

激高した奴は、オークを召喚し、指定危険術式の魔装術まで使いだした。

最後には魔装術が制御不能となり魔物に変貌してしまったのだ。

あんな事は二度とごめんだ。

 

「おい!」

俺は咄嗟に身構え、霊視空間結界を発動させるが……

 

だが一也が懐から取り出したものは何の変哲もないスマホだった。

しかも、涙目でなんか方言でどこかに電話しだしたぞ。

「ばーしゃまにいいつけっとね!!……もーしー、ばーしゃま?」

ばーしゃまって、ばーちゃんか?もしかして、ばーちゃんに愚痴を言ってるんじゃないだろうな?

本格的な残念イケメンの上に、残念次期当主だな。

大丈夫か?松浦家。

 

なんか、お付きの人の二人がそんな一也を手慣れた感じで引っ張って車に乗せ、後の二人が俺と由比ヶ浜に深く頭を下げ、お茶代と称して、俺と由比ヶ浜に封筒を渡す。

因みに封筒の中身は1万円が入っていた。

もしかして、この一也ってしょっちゅうこんな感じのトラブルを起こしてるんじゃないのか?

 

 

 

「六道さん、家に電話しても大丈夫じゃないですかね。ちゃんと事情を話せば六道会長もわかってくれると思いますよ。そもそもお見合い相手の方が不正をしていたんですから」

 

「でも~、比企谷く~ん。この頃お母さまは怒ってばっかりだから~」

 

「わかりました。俺が事情を話しますんで……」

 

「比企谷く~ん。だから大好きよ~~」

これ程嬉しくない大好きはない。

六道さんと付き合うという事はこういう事なのだろう。

友人の美神さんの苦労が少しわかった気がした。

 

俺と由比ヶ浜は六道さんと再び喫茶店に入り、しばらくして六道さんのお迎えの高級車が来て、人を巻き込むだけ巻き込んでおいて、満面の笑みで帰っていった。

 

「由比ヶ浜、すまなかったな」

「ううん。ヒッキーはヒッキーらしいなって、ヒッキーの優しい所と男らしい所とか見れたからよかった。やっぱりあたしが好きになった人はかっこいいんだって」

「な!?何言ってんだ!?」

「でも、ヒッキー……あたしに一番優しくしてほしいな……なんてダメ?」

「な……ななな、ちょ」

滅茶苦茶恥ずかしいんですが?

由比ヶ浜をまともに見れないというか、意識してしまう。

やはり由比ヶ浜結衣は可愛いとは思う。

 

 

六道冥子さんの一騒動はこれで終わりだと思っていたのだが……

 

後日、六道さんの自宅に呼ばれる事に。

この前の松浦家との見合いの件で、だとか。

俺、何か不味い事を言ってしまったのだろうか?

 

横島師匠からは「八幡、頑張って生きろよ」と不吉な言葉を頂き、美神さんからは「あんた、覚悟して行きなさいよ。相手のペースに陥ったら終わりよ。まあ、骨位は拾ってあげるわ」と超不吉で不穏な言葉を頂いた。

 

一緒についてきてくれないんでしょうか?

 





次回、八幡、六道家に逝くです。


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(161)六道家に逝こう!

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


タイトル通り今回はGS側のお話ですね。



これはどういう状況だ?

何がなんだかわからない。

 

目の前には煌びやかな着物姿の上品そうな雰囲気で優しい笑みを浮かべる令嬢。

その隣には同じく、顔立ちが似た着物姿がしっくりくる50代中頃の上品に微笑む女性。

高級そうな大きな座卓を挟んで綺麗な姿勢で座っていた。

 

奥の床の間には、達筆で書かれた掛け軸に、竹の水差しに一本の赤い花が飾られている。

右横を向けば、襖に長い縁側からは広々とした池付きの日本庭園が広がっている。

左横を向けば、霞がかかった山麓が描かれている襖に、その上は職人が丹精込めて作っただろう鶴を象った欄間が見える。

ここは十二畳はあるだろう和室、青々とした畳の伊草の匂いが微かに香る。

趣のある調度品に風情ある景観は最上級高級旅館のビップルームのような様相ではあるが、そうではない。

とある家の一室である。

 

俺は分厚い座布団の上で慣れない正座をし、この場違いな雰囲気に落ち着かずキョロキョロとあたりを見渡していた。

この部屋には俺と目の前の女性二人だけだった。

 

「あらあら、こう言う場は初めてかしら~?初々しいわね~」

50代中頃の上品そうな女性は間延びしたゆっくりとした口調で微笑みながらこう言う。

 

「……初めてって、何がですか?」

目の前の女性は見知った人だ。

だが、言ってる意味がわからない。

 

「もちろんお見合いよ~~」

当然だと言わんばかりの返事が来る。

 

「………誰と誰のですか?」

俺は恐る恐る聞き直す。

 

「もちろん、比企谷君と冥子の~~」

…………………………………

……………………………

…………………………

…………………

ど、どどどういうことだ!!

俺と六道さんと!!見合いっ!!何がどうなって!!

なんでこうなったーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

二時間程前だ。

俺は美神令子除霊事務所で待機していた、俺が行く依頼は無かったが、術具の整備やら美神さんや横島師匠の仕事の準備の手伝いなどをしていた。

 

事務所に電話がかかり、キヌさんが取り、美神さんが電話の応対をしていたが、俺に変わる様にと言われ、その電話に出る。

電話の相手は、六道会長からだった。

「比企谷君~。今から迎えの車をそっちに行かすから、今からこっちに来てくれないかしら~」

「……どういう事でしょうか?」

「先日、冥子を助けてくれたでしょ?その時の様子をもう一度詳しく聞きたいのよ~、松浦家との話し合いに必要なの~、令子ちゃんにも許可取ったし、お願いね~~」

「そう言う事でしたら……」

「じゃあ、よろしくね~~」

先日、六道会長の娘さんの六道冥子さんがお見合いから逃げ出した事件があったのだが、それは相手側に大きな問題があった。

九州の霊能家の大家、水軍の松浦家との縁談だったのだが、縁談相手の兄が策謀を巡らせ、弟の代理と称し見合いに来たらしい。

それだけならばまだしも、裏で色々と策謀し、霊能まで使って六道冥子さんを強引にものにしようと画策していたのだ。

たまたま、見合いから逃げ出した六道さんと俺と由比ヶ浜が出会って、それを追って来た策謀を巡らした当事者の松浦家当主の長男松浦一也と対峙することになったが、残念イケメンの松浦一也は、俺のちょっとした口車にまんまと乗って自滅して白状し、事件が発覚。

六道冥子さんは事なきを得た。

一応、この経緯を電話で六道会長には伝えていたが、どうやら直に詳しく聞きたいらしい。

まあ、見合い相手の松浦家の不祥事は明らかだが、その辺の話し合いの為に詳しい内容を再度聞きたいとの事だ。

面倒ではあるが、今日は依頼は無いし、美神さんの許可もとったと言ってたし、一応GS協会のトップからの嘆願だ。

わざわざ断る理由もないため、この時は軽い感じに思い了承した。

 

「あんた、本当にトラブルに巻き込まれるタイプね。私にうつさないでくれる?」

「……美神さんの友人でしょ?六道さんは……はぁ」

何、病原菌みたいな扱いは、ちょっと酷くないっすかね。

美神さんの友人でしょ六道さんは。

俺は美神さんの代りに巻き込まれた様なもんなんですが!

 

「大した用事じゃないし行って来なさい。それに私は六道家に恩を売る事が出来るわ」

美神さんはタロット占いをしながら軽い感じでそんな事を言う。

それが本音か……、あっさり了承したと思ったら、そう言う事か。

因みに美神さんは仕事の前によくタロット占いをする。

仕事の良し悪しや質、危険度についてだ。

しかも、結構な精度で当たるのだ。

 

「美神さんがそう言うなら」

 

「あちゃ~、処刑台のカード……あんた、覚悟して行った方がいいわね。相手のペースに陥ったら終わりよ。まあ、骨位は拾ってあげるわ」

処刑台のカードって不吉なんですが!しかも何その不穏な言動は!?

 

「ええ?それはどういう意味でしょうか?」

俺に何が起きるんだ?

 

「取って食われるわけじゃないし、大丈夫よ。気にしない気にしない」

気にするなって言うのが無理なんですが?

 

「八幡、頑張って生きろ」

横島師匠に肩にポンと手を置かれ、こんな事を言われる。

 

滅茶苦茶不安になって来るんですが?

「………ついて来てくれはしないんでしょうか?」

 

「あははははっ、私は仕事仕事っと、あんたはあんたでがんばりなさいよ~」

美神さんからは誤魔化すように笑い、ワザとらしい激励の言葉を頂いた。

 

 

 

暫くして、やたらと胴が長い高級車が事務所前に到着、俺は連れられて行く。

なんか、売られて行く子牛の気分なんですが……。

俺はとある童謡を思い出していた。

ドナドナド~ナド~ナ~

 

そして着いたのは……

「でかっ!ほんとここって東京か?余裕で幕張メッセぐらいの広さがあるぞ!」

思わず声に出ていた。

目の前には西洋のお城の様な洋館が…六道さんの本宅でした。

てっきり、GS協会に連れられて行かれると思ってた。

滅茶苦茶金持ちだとは知っていたが、まさかここまでとは。

流石平安時代から続く東日本最大の霊能家。

 

執事さんらしき人にエスコートしてもらい洋館に入り、その後メイドさんやらに連れられ、訳も分からないうちに何故かスーツに着替えさせられる。

 

洋館から電動カートで移動し、風情ある日本建築のお屋敷へと……。

そして、今に至る。

 

 

目の前には着物姿のにこやかな笑顔を讃える六道親子。

 

「……帰らせていただきます」

俺ははっきりと目の前の六道会長に告げる。

そう、俺はちゃんと断れる男なのだ。

 

「あらあら、お体の調子が悪いのかしら~」

と、六道会長は心配そうにそう言いながら席を立つ。

そして、六道会長はしずしずと俺の横にまで来て耳元でこうささやく。

「だめよ~、比企谷君~。これは六道家からの正式な依頼なのよ~。君を一日レンタルしちゃったの。令子ちゃん所にもちゃんと報酬を支払う契約なのよ~。だからわかるでしょ~」

正式な依頼!?断れない!?……美神さんからなんにも聞いてないんですが!!俺は本当に売られた!?鬼!悪魔!!人でなし!!

「……そ、そうなんですか。てっきり、先日の件だと……」

「そうよ~、これもその一環なのよ~。先日の冥子のお見合いは向こうの不手際があって、正式に断ったわ。ちゃんとそれなりのペナルティは受けてもらうわ~。君のお陰よ~。でも、冥子がお見合いがちゃんと出来ない問題は解決できてないわ~。そこで比企谷君なのよ~。冥子にお見合いに慣れてもらうために~、君に予行演習を手伝ってもらおうと思って~。冥子は男性が苦手だけど、比企谷君だったら全然大丈夫そうなのよ~。そこでお願い~、今日一日、冥子のお見合いの予行演習の相手になって上げて~。冥子ももう25歳なの~いいかげん男性にもお見合いにも慣れて貰わないといけないのよ~。比企谷君~おばさんからのお願いよ~。ちゃんと比企谷君にも令子ちゃんとは別にお茶代をだすからね~」

六道会長はひそひそ続けて耳打ちをする。

成る程、確かに六道冥子さんは男慣れしてないどころか苦手意識をかなり持ってる様だった。

まあ、今迄のお見合いは全部流れたのは式神を常に出して、相手がビビってしまい、お見合い自体成立しなかったらしいし。

しかも、今は苦肉の策として式神の封印をして、体裁を整えているが、六道冥子さんご本人が式神無しで何をどうしたらいいのか分からないようだし、確かに慣れは必要そうだ……。

だが、どうして俺なんだ?

 

「……予行演習ですか、俺、まだ高校生で、お見合いとかやったことがないんですが」

 

「あらあら~、でも冥子から聞いたわよ~。お胸の大きな可愛らしい同級生の子と逢引していたって~」

 

「それは、部活仲間の同級生と出かけていただけです」

由比ヶ浜の事だが、逢引って、言い方如何にかならないですかね。

現代語に訳せばデートってことなら、あながち間違いではないのかもしれないが……。

 

「彼女だって~、まあ~、それに土御門の陽乃さんからも誘われてるのよね~。そう言えば、稲田姫の時は後輩の子を必死に助けてたし~、1月の講習会では黒髪の可愛い子と一緒だったし~。いっつも違う女の子と一緒だから、女の子に慣れてるのかな~って~」

そういえばそんな事が過去に……六道会長にはいろいろとバレてるんですが、陽乃さんはもちろん2月の温泉旅行騒動、稲田姫の時は一色、オカルト講習会の時は雪ノ下と一緒だった所を見られてた。

 

「…………頑張らせていただきます」

俺はこう言うしかなかった。

 

「おばさん、素直な子は好きよ~」

六道会長はそう耳打ちして、にこやかな笑顔のまま、再び正面の六道冥子さんの横に戻る。

 

 

 

「じゃあ、お互い知った仲だけど~。改めて自己紹介をしましょうか~、先ずは比企谷君お願いね~」

六道会長がそう言うと、なんか黒子みたいな人が襖からさっと現れて、小さな紙を俺に手渡して、さっと戻ていく。

小さな紙に書かれていた内容はお見合いの挨拶のカンペだった。

 

「……美神令子事務所所属、BランクGSの比企谷八幡です。18歳で千葉在住。総武高校三年です。よろしくお願いします」

俺はカンペ通り、自己紹介をする。

 

「じゃあ、冥子」

 

「わたしは~、六道陰陽道の~AランクGS六道冥子~、今は25歳よ~、六道女学院、六道女子短大出身なの~。比企谷く~んだったら怖くないし~大丈夫よ~」

今の冥子さんからは、式神の気配を感じない。

やはり、あの強力無比な十二体の式神は冥子さんから引きはがされて封印されているようだ。

まあ、そうでもしないとお見合いなんて成立しないだろうしな。

 

俺のカンペには俺から冥子さんに対して質問する内容が書かれている。

「得意な霊能はなんですか?」

霊能家のお見合いではこれが初手の質問に相応しいのかもしれない。

普通のお見合いとかも知らないが、ドラマとかでよくある「ご趣味は何ですか」と同じ意味合いなのだろう。

だが、六道家とのお見合いでわざわざこんな質問は多分出さないだろう。

六道家は式神の大家なんて知らないでお見合いする奴はいないからだ。

いや、先日の松浦の残念イケメン長男だったらやりかねないか。

今回は練習と言う事で、一応この質問がチョイスされているのだろうな。

 

「え~と、式神よ~。今日は連れて来てないの~、比企谷く~んには皆懐いてるから~、大丈夫なのに~、お母さま、あの子達(式神達)の封印解除して~」

 

「ダメよ。あなたは何でも式神に頼り過ぎなのよ~。少しは自分で考えて動きなさい」

 

「え~、お母さまの意地悪~」

 

「………」

確かに、六道会長の言う通りだ。

冥子さんはあの強力無比な式神を普段から出してるから、常に霊力を使ってるし、いざという時に行使できる霊気量も限られてしまう。

元々、膨大な霊気量があるから、何とかなってるだけで。

しかも、式神に依存して普段の生活も行ってるから、式神が居ないと何にもできないとか、かなりやばいよな。

 

「冥子からも~何か質問しなさい」

 

「わたし?うーん」

冥子さんは首を傾げながら考えるそぶりを見せる。

今日の冥子さんは少々大人びて見える。

ちょっと童顔が入ってるし言動や行動が子供っぽいから、俺らとあまり歳が変わらない感じに見えていたが、実際大人の女性で令嬢って感じの可愛らしい系の美女だ。

普段のドレス姿とあの子供っぽい言動や行動がリンクしてそうは見えてなかったが、今日は何時もと違う着物姿で、仕草も令嬢らしく板についているから、なおさら普段の冥子さんとは異なって見えるのかもしれない。

着物姿と言えば、雪ノ下なんかは似合うかもしれないな。

ちょっとは見て見たいとは思う。

 

 

冥子さんは長考を経て出した質問は……

「じゃあ~、比企谷く~んは、パンダのパンさんとクマのプー太郎~、どっちが好き~?」

何その質問?お見合いの席での最初の質問でこれはありなのか?

ディスティニーランドのマスコットキャラ、認知度で言えば同じくらいか。

まあ、雪ノ下だったら即答でパンダのパンさんだろうな。

俺も無難にパンさんと答えるか……。

 

「………冥子、初めて会うお見合いの相手に聞く内容じゃないわ~」

六道会長は呆れたように冥子さんに注意をする。

そうだよな。お見合いとか知らないが、この質問は随分と打ち解けてからの質問だよな。

初っ端からないわ。

もし、相手と趣味が違ってたら、速攻で気まずい雰囲気になるだろうこれ。

 

「え~、だって~」

 

「冥子、私が手本をみせるわ~、よく見てなさい。……比企谷君は、GS免許を去年取ったばかりなのに~Bランクなのよね~。ところで、比企谷君の得意な霊能はな~に?」

六道会長は冥子さんの代りに俺に質問をする。

流石は六道会長、人生経験が違う。

確かに、霊能家のお見合いの質問ってこんな感じなのかもしれない。

 

「霊視です」

俺は六道会長の質問に素直に答える。

 

「そういえば、比企谷君は~霊視ゴーグルや見鬼君よりも精度がいい霊視ができるのよね~、良い能力よね~」

 

「はぁ、まあ」

 

「そういえば~、比企谷君は結婚の相手は、年が少々離れてもいいのよね~。稲田姫の祭事の時には29歳まで大丈夫って言ってたわ~。年上が好きなのかな~」

先ほどとは打って変わって、六道会長の圧力が何故だか強く感じる。

 

「そう言うわけではないんですが……」

 

「あの時、結婚するなら式神を扱う子がいいって言ってたわよね~」

 

「いや、結婚とまでは」

確かにそんな質問をされたような。

あの時は二択で、どちらかというと、というニュアンスだったハズ。

 

「比企谷君の相手として、冥子がピッタリ当てはまるわよね~」

さらに六道会長の圧力が高まる。

 

「……いや、そのですね」

なんだこれ、ちょっと怖いんですけど。

これってお見合いの予行演習だよな?

六道会長からひしひしと伝わって来るこのプレッシャーはなんだ?

俺はその圧力を受け、喉が渇き、目の前に出されていた冷茶を一気に飲み干す。

 

 

「あらあら、お茶がきれちゃったわね。もう10月なのにまだ暑いものね~、今入れ直すわね~」

六道会長はそう言って立ち上がり、座卓の横に置いてある盆の上の急須を持ち、俺にお茶を入れてくれようとするのだが。

 

「あら~~、手がすべっちゃったわ~」

豪快に急須ごと俺の方へ投げ落とす。

 

「っと」

俺は急須を空中でキャッチしたが、急須から漏れたお茶のしぶきで幾分か服が濡れる。

 

「ごめんなさいね~、おばさん、うっかりもので~。冥子~、比企谷君を拭いてあげなさ~い」

 

「いや、良いですよ。ほんの少し掛っただけなんで」

「はい~、お母さま」

俺はその申し出を断るが、冥子さんがハンカチを取り出し、少々早足で寄って来る。

 

「ていっ」

 

「あらあらあら~」

冥子さんは何故か俺の方へ覆いかぶさるように転ぶ。

 

俺は座りながらだが、何とか冥子さんを抱き留めるが……

「ご、ごめんね~、比企谷く~ん」

「い……いえ」

顔にやわらかい感触が、丁度冥子さんの胸が俺の顔に……。

なんか良い匂いもするし、結構、胸あるんですね。

 

「おわっ!」

俺は慌てて立ちあがりながら、冥子さんを起き上がらせ引き離す。

や、やばい、やばかった。

冥子さんが高級なしっかりした着物でよかった。

普段のドレスだと、胸がダイレクトに……

だが、着物越しでもあのやわらかさ。

 

「比企谷く~ん。顔が赤いわ~、大丈夫~?」

冥子さんは俺の顔を除きこむ。

今、顔を近づけるのやめてーーー!

ふわっと甘い良い匂いするし、色白で美人だし!?

ド、ドドド…ドキドキなんてしないぞ!!

本当だぞ!!

 

「もう~、冥子もおっちょこちょいなんだから~、比企谷君ごめんね~」

六道会長はその様子を見て俺に謝って来るが……。

って今、六道会長「ていっ」って言ったよな、冥子さんを思いっきり押したよな!!

 

「だ、大丈夫ですんで……」

やばい、何かがヤバい!

 

「そ~う?」

 

「と、トイレをお借りします」

まずい、確実に何かがまずい!

落ち着け八幡。落ち着くんだ。

とりあえずは落ち着かなければ、トイレに行って仕切り直しだ。

 

いそいそと部屋を出ようと襖に手をかけ開けると、そこは廊下ではなく隣に続く和室でした。

和室は薄暗くほんのりと照明が灯されている程度なのだが、部屋の真ん中に……、

 

大きな布団に枕が二つ並んでた。

……………………

………………

……………

…………

俺の霊感が激しく叫んでいた。

まずい!!まずすぎる!!

 

俺はゆっくりと襖を締め、振り返ると……。

 

「あらあら~、トイレはあっちよ~」

笑顔の六道会長の目の奥は怪しく光っていた。

 

「あはっ…あはははっ、ま、間違えました~」

俺の背中は冷や汗でびっしょりだ。

 

俺は早足で乾いた笑いを漏らしながら、廊下へと……

やばいやばいやばいやばいやばい!!

確実にやばい!

 

小町、お兄ちゃんはこの試練を乗り越える事が出来るだろうか!?

 




君は明日を生きられるか!?

六道会長による八幡シフトが敷かれていた!
遂に六道家が本気に!?


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(162)六道家に逝こう2

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回のアンケート結果です。
【良いお嫁さんになりそうなのは誰?GS編】
1位おキヌちゃん 44%
2位タマモ    14%
3位小竜姫様   11%
4位花戸小鳩    8%
5位魔鈴めぐみ   5%
6位ルシオラ    4%
7位六道冥子    4%
8位マリア     3%
9位小笠原エミ   2%
10位美神令子   1%
10位犬飼シロ   1%
おキヌちゃんは予想通りでしたがここまで差がつくとは。
小竜姫様が3位は大健闘。
皆様ありがとうございました。


やばい、ヤバすぎる!

俺は襖を開け、長い廊下の突き当りにあるトイレに逃げ込むかのように、早足で入り、洋式トイレの鍵を慌てて閉める。

 

六道会長の一連の不自然な行動。

さらには隣の部屋には意味深な枕が二つ並んだ一組の大きな布団。

……俺は狙われてる?

いや、俺の勘違いって事も有るが……。

いやいやいや、お見合いの予行演習という名目だったハズなのに、お見合いどころか婚約もすっ飛ばして、婚前初夜まで!?

俺は六道会長に嵌められた?

このままだと、確実に冥子さんと結婚させられる!

 

まずい、まずすぎる!

 

………逃げるか?……いや、ここは戦術的撤退だ!

 

美神さんは俺を六道会長に一日売り飛ばしたが、まさかお見合いさせられ、結婚させられるなんて思ってもいないだろう。

そんな素振りは全くなかった。

ここで撤退しても、理由を言えば美神さんに怒られる事はないだろう。

キヌさんにも話に入って貰えば、間違いなく穏便に済むはず。

 

やはり撤退だ!

先ずは撤退ルートの確保だ。

俺は霊気を開放して霊視を行い撤退ルートを探そうとするが……。

なっ、ぼやけるぞ。5m半径くらいだぞ?

くっ結界を張られてる!

霊視阻害か!?

しかもこの建物自体に耐霊・耐術式が付与されてる!

 

くそ、お見合いの部屋からトイレまでには、霊能者がうようよしていたし、それに今もトイレの前で二人ほど見張ってる!

 

だ、だめだ。不用意に逃走も図れない!

 

こうなったら、横島師匠に電話だ!

横島師匠なら事情を話せば、逃走を手伝ってくれるだろう。

 

俺はポケットからさっとスマホを取り出したのだが……

って、スマホの電波ゼロ!?なんだこりゃ、ここは秘境かなにかか?そう言えば幕張メッセよりも広い敷地が個人宅だものな。

いやいやいや、流石にちょっとは電波立つだろう!?まったく届いてないってどういうことだ?

やはり、故意に電波を遮断したか!?

なんて、用意周到なんだ!六道会長は!!

陽乃さんの温泉旅行なんて、可愛いものだ。

この後も、いろんな策略が用意されているのだろう!

このままだと、なし崩し的に冥子さんと結婚させられる!?

怖い、怖すぎる!

 

ど、どどどどうする八幡!?

 

こういう時こそ冷静にだ!

落ち着け…深呼吸だ。

スーハー、スーハー。 

はぁ、………よし。

 

先ずは現状整理だ。

このままだと、六道会長にお見合いの予行演習を口実に、なし崩し的に本当のお見合いをさせられ、しかも婚約まで確約させられてしまうだろう。

間違いなく婚前初夜まで行ってしまえば、もう後戻りは全くできない。

ジ・エンドだ。

俺が冥子さんと事をなさずに拒絶すればいいだけの話のように見えるが、婚前初夜とまでいかなくとも冥子さんと俺が布団に同衾すれば、それでアウトだ。

要するに、俺は気絶、若しくは怪我などで動けない状態になると、あの布団で寝かされ、気が付いた時には横に冥子さんが寝ているって寸法だろう。

実際に事を成してなくとも、動かぬ証拠として挙がってしまう。

あの美神さんや美智恵さんでさえ舌を巻く六道会長のやり口、とても俺の交渉術では説得もかなわない。

逃走を図ろうとしても敷地内には、俺を見張る霊能者がうようよと。

霊視も阻害され、建物自身耐霊能処理を施され、逃げる事もままならない。

外部に助けを求めようも、スマホの電波も届かない状況だ。

絶望的な状況だ。

この家に入った段階で檻に閉じ込められたケモノと同じだ。

 

しかし、一見詰んだかの見えるこの状況、先ほどまで焦っていた俺も詰んだと思っていた。

だが、冷静に考えればそうでもない。

 

六道家は霊能の名家で、それ以外にも世間にも知られているぐらい手広く事業を行っている。

不祥事を起こせないどころか、霊能家を代表する名家として、事業家として体裁を整えなくてはならない。

それに美神さんの様子から、俺がここでお見合いをさせられる事は知らないと見ていい。

美神さんと六道家との契約は多分、俺の一日レンタルって事だけだろう。

六道会長から見かけ上でも俺に見合いや婚約を強引に成す事ができない。

だから、お見合いの予行演習という口実が必要だったのだろう。

そういった手前、俺から冥子さんに手を出させるように仕向けるか、事故を装う必要があるのだ。

 

俺の勝利条件はこのお見合い予行演習中に六道冥子さんに手を出さない。

ラッキースケベ的な事故も起こさない。いや、阻止する。

そして、気絶しない。体が動かない事態に陥らないことだ。

お見合い予行演習さえ終われば、それ以上手を出してこないだろう。

今回は……と付きそうだが……。

とりあえず、今日という日を乗り越えなければならない。

六道会長はこの後も、様々な甘い罠や策略を巡らせて来るだろう。

俺はそれを事ごとく回避しなければならない。

一見、俺側は孤立無援で圧倒的に不利に見える。

実際、相当不利ではあるが、孤立無援ではない。

 

敵の大将は間違いなく、六道会長だ。

ここの家人も六道会長の意志のままに動くだろう。

だが、この状況でたった一人、俺の味方になってくれそうな人が居る。

それは、六道冥子さん自身だ。

 

冥子さん自身、俺を異性として全く見ていないだろう。

今回のこの件も、冥子さんは本当にお見合いの予行演習のつもりの様だ。

たぶん、六道会長も変に冥子さんに八幡包囲網(仮)を伝えれば、ボロが出まくる事は想定し、あえて何も伝えていないだろう。

だから、冥子さんをこちら側に引き込む、いや、引き込むまで行かなくとも、六道会長の思い通りにさせないよう、俺がコントロールすればいい。

だが、万が一、冥子さんまでもが八幡包囲網(仮)に同意し、今までの事が演技だった場合。

俺は既に終わっている。

だから、飽くまでも、冥子さんは八幡包囲網(仮)に同意していない前提で行くしかない。

 

俺も伊達に二年半以上、あの美神令子除霊事務所で過ごしていない。

大人の汚い所から悪辣な事まで見て来た。

主に美神さんのだが!

今こそ、その経験を生かす時だ!

そうやすやすと思い通りに行くとは思わない事ですね六道会長。

 

終着点が見えた。

 

俺はトイレから出て、お見合いの場の和室へと戻り、覚悟を決め、一呼吸おいて襖を開ける。

「すみません。遅くなりまし……た?…がふっ!?」

俺は謝りながら和室へと入ったのだが、目の前の光景に思わず舌を噛み、腰が半分落ちかける。

 

俺の目の前には……。

メイドコス姿の冥子さん!?

フレンチメイドコス?

しかもエプロンドレスが本来覆うべき胸を切り取ったかのようにその部分に生地が無い。

それどころかエプロンドレスはガードルの役目を果たすかのように胸を押し上げ、下に着ているゆったりの目のフリルシャツに包まれた胸がはみ出したかのように協調されていた。

ひと昔のアメリカンウエイトレスコスのように……

露出は少なく布地が多いのになぜか滅茶苦茶エロっぽく見える。

 

冥子さん、そこそこ胸が大きいんですね……って、何を考えてる俺!?

やばいやばいやばいやばい……なんだこれは?

 

冷静に冷静にだ。

場の雰囲気にのまれるな八幡!

 

「……な、なぜ着替えを?」

俺は少々血の味がする口を拭い、目の前の冥子さんに聞く?

 

「お母さまが着替えなさいって~、でもこの服~可愛らしいわ~」

冥子さんは嬉しそうに俺に見せつけるように一回りする。

や、やめてーーー!そのメイド服、胸が胸が強調されて超揺れてるから!目が離せなくなるからやめてーーー!

 

「………いや、なぜメイド服を?」

俺は心の叫びを抑え、冷静を装いつつ六道会長に聞く。

 

「今の若い子って~、こう言うの好きでしょ~?……それに冥子も中々な物だと思うわよ~」

確かに中々の物をお持ちですが!!

六道会長の差し金か!くそっ、なんて狡猾なんだこの人は!

 

「見合いの予行練習にならないんで、着替えて下さい」

冷静に言えたぞ。な、何とか耐えたぞ。

 

「え~、比企谷君はこういうの嫌いなの~」

 

「今はそう言う場じゃないんで」

 

「ちょっとした茶目っ気よ~比企谷君は真面目ね~。じゃあ、冥子。着替えましょうか」

「え~、せっかく着たのに~写真撮ってからでいいでしょ?お母さま~」

「そうね、比企谷君と一緒に撮りましょうか~」

「………」

俺は結局、メイドコス姿の冥子さんと写真を撮る羽目に……目がつい強調されている胸に行ってしまう。

耐えろ、耐えるんだ八幡!

 

「それじゃ、着替えましょうね~」

六道会長がそう言ってパンパンと手を二回鳴らすと、ぞろぞろと本物のメイドさんが現れ、その場で布の天幕を張り、冥子さんの着替えタイムが始まる。

って、俺となりにいるんですけど!?せめて隣の部屋でやって頂けないでしょうか?

というか、六道家のメイドさんはちゃんと胸も覆ってるシックな服ですよね!?

さっきの冥子さんのメイド服はワザとか!?

 

布一枚の向こうで冥子さんがメイドさんに着替えを手伝って貰っているのだが……、衣擦れの音とかが妙に生々しい。

 

だが、30秒もかからずに、天幕は取り外され、メイドさんたちは部屋を静々と出て行った。

出て行ったのだが……。

 

「ぐはっ!?」

俺はまたもや舌を噛み、腰が落ちそうになる。

 

冥子さんは何故か体操着にしかも、ブルマ姿だった!

なぜ、体操着?しかもブルマって?いつの時代だ!

 

「なんで、そんなかつこうでせう?」

何故か横島師匠が焦っている時の語彙と同じになってしまっていた。

 

「懐かしいけど、ちょっと、恥かしいわ~」

冥子さんの色白の肌というよりも、太ももがモロに……。

ブ、ブルマってパンツと一緒じゃね?

冥子さんはもじもじとするから、それが余計に艶めかしい。

普段はワンピースのロングスカート姿だし、先ほどまでも着物だったから、冥子さんのこんな格好を始めてみる。ギャップかこれがギャップ萌えなのか!

いやいやいや、美神さんなんていつも太もも丸出しの恰好だし、夏場なんて除霊の時も露出度が高いボディコンスーツなんだけど、全く色気を感じない。

だが、何故だ。

ブルマというだけで、しかもモジモジする冥子さんとか……!?

 

はっ!?横島師匠が何時も、「八幡、体操着のブルマはいいものだ。あれこそが青春!女子のチチ、シリ、フトモモが堪能できるのに!この頃の体操服はジャージだぞ!お前の所の高校もそうだ!なんでブルマは絶滅したんだーーー!!」と言っていたが、あの時は何時もの病気が始まったと真面に聞いてなかったが、ようやくその意味が分かった気がする。

確かに太ももが強調されて、ジャージには無い……って!?アレ?俺って横島化が進んでないか?

俺のアイデンティティがーーー!!

やばいやばいやばい……、このペースはやばい!!

完全に六道会長のペースだ!!何か打開する策は!?

冷静に冷静にだ。

スーハー、スーハー、深呼吸を!

 

「と、とりあえず着替えてください。お見合いでコスプレとかしないでしょ?」

 

「あらあら~、男の子ってこういうの好きだと思ったのに~、残念」

六道会長はそう言って、また手をパンパンと二回鳴らし、メイドさんをまた呼び出し、冥子さんの着替えタイムが始まる。

確かに男はそういうの好きですが、皆が皆だと思わないでください。

そんな事で動揺したりしないんだからね!

……なんで俺ツンデレ調なんだよ。

 

しかし、ここらで巻き返さなければ、六道会長のペースのままだ。

 

冥子さんの着替えが終わったようで、メイドさん達はいそいそと部屋を出て行く。

二度ある事は三度ある。

俺はまたコスプレ精神攻撃を仕掛けて来るのではないかと身構えながら、振り返り、冥子さんの姿を見たが、いつものようなドレス姿の冥子さんだった。

俺はホッと息を吐く。

 

俺は六道会長に先手を取られる前に、冥子さんに先に言葉を掛ける。

「ちょっと庭を回りながら、二人で話しませんか?」

冥子さんと二人で話そうと誘ったのだ。

俺は一刻も早く、この部屋から出たかった。

この和室は危険すぎる。何が仕掛けられているか分かった物じゃない。

それと、主導権を握っている六道会長と冥子さんを引き離したかったからだ。

ドラマとかで見た見合いの席でも、こんな感じで誘っていたから、たぶん違和感はないはず。

しかし、一つ懸念があった。

冥子さんは男性が苦手だから、この誘いに乗ってくれるかだ。

 

だが……

「わたしも比企谷く~んとお話し、したかったわ~」

懸念を余所に冥子さんはあっさり了承してくれる。

 

「あらあら~、縁側に靴を用意してあるわ~、いってらっしゃい~」

六道会長も笑顔で冥子さんと俺を縁側の向こうに広がる日本庭園へと送り出してくれた。

あの六道会長の余裕の笑顔、きっと、日本庭園で冥子さんと俺の二人となったとしても何か策があるのだろう。

まったく油断が出来ない。

 

冥子さんと俺は縁側で靴に履き替えて、日本庭園へと足を踏み入れ、見合い場所の建物から離れるように大きな池のほとりを並んで歩く。

一見、二人だけのように見えるが、あちらこちらに六道の霊能者が隠れ潜んでいる。

建物の中に比べ、外は霊視能力は幾分かはましになる。

それにしてもどんだけ広いんだ?本当にここは東京なのだろうか?

 

「六道さん、練習だとしても俺とお見合いなんて、災難でしたね」

ニコニコ笑顔の冥子さんはしずしずと俺の隣を歩いているが、何か話さないとまずいだろうと、俺から話しかける。

 

「え~?そんなことないわ~、わたしは比企谷く~んとお話出来て楽しいわ~」

 

「そうですか?」

 

「そうよ~、わたし、同世代の男の子と話した事ないし~、男の人はわたしとあの子達(式神)怖がるか、やらしい目で見て来るもの~、こうやってちゃんとお話しできる男の子って比企谷く~んが初めてよ~」

 

「そうなんですか?」

 

「だって、比企谷く~んは、怖くないし~、やらしくないし~、あの子達(式神)も懐いてるし~、優しいし~、冥子の話もちゃんと聞いてくれるし~、楽しいわ~」

……まあ、普通は逃げ出すよな。

冥子さんは、見た目は令嬢然としてるし、可愛らしい系の美人である事は間違いない。

だが、あの冥子さんの十二神将と呼ばれる式神は強力過ぎる。

普通の人間はあの式神達を引き連れる様に恐れて逃げるし、なまじ霊能者だったら、あの式神の内包する霊力を目の当たりにして、恐怖して逃げるだろうしな。

俺だって、出来れば関わりたくはないとは思う。

悪い人じゃないんだが、式神も含めて、あの天然な性格が厄介過ぎる。

 

だが、今日分かった事だが、こうやって普通に話す分には問題はなさそうだということ。

そういえば、冥子さんとこうやって普通の会話をするのは初めてだった気がする。

 

っと、目の前に落とし穴か……。

俺は霊視能力で落とし穴を察知し、冥子さんを先導し、落とし穴を回避して歩く。

落とし穴って俺だけじゃなく、冥子さんも落ちるだろうに、どういう意図の罠だ?

 

次は、カエルが何処からともなく冥子さんの目の前に投げ込まれるが、俺はカエルが冥子さんの目に触れないように、誘導しながら、カエルを排除。

これは驚いた冥子さんが俺にしがみ付くのを狙った罠だな。

 

この後も、爆竹や水風船が投げ込まれたり、糸で吊るされたクモのオモチャやこんにゃくが冥子さんに目掛けて降りてきたりと、子供だましの様な罠が次々と……。

こんなのに驚いて錯乱状態になるのは冥子さんぐらいだろう。

ほんと、何でも怖がるし……。

その精神力であの強力な式神を12体もコントロールできるのか不思議で仕方がない。

俺はそれらの子供じみた罠を冥子さんに気付かれないように悉く排除していく。

稲田姫の試練の際、冥子さんを美神さんの元に送った時の経験がこんなところで役にたつとはな。

 

まだ油断は出来ないが、今の所何とかなりそうだ。

 

 

そんなこんなで、大きな池のほとりにある桟橋にたどり着く。

「比企谷く~ん、一緒に写真撮りましょ~」

「いいですよ」

冥子さんはそう言って、スマホを取り出して前に掲げ、俺と並んで自撮りをする。

ほんと、こうしてると俺とあまり歳の変わらない女の子に見える。

だから、真直に近寄られると緊張するし、美人だし、気にならないという事は全くなかった。

やっぱり俺はアレか、誰にでも気が行くような軽い人間なのだろうか?

美神さん以外というのは絶対条件だが……。

 

「うふふふふっ~、これを送信~~」

撮った写真を満足げに確認する冥子さんだが……

 

「写真を送信できるんですか?俺のスマホは全く電波が届いてないですが、六道さんのスマホは電波来てるんですか?」

俺は冥子さんのその言動に、自分のスマホを確認するが、やはり俺のスマホには電波が立ってない。

 

「え~っと、それは六道家の敷地内は~防犯対策で六道家の専用スマホじゃないと電波が届かない仕組みになってるの~」

成る程、わざわざ俺を孤立無援にするために六道会長が電波を遮断したわけじゃなくて、普段からの六道家の防犯対策として、専用のスマホや情報端末でないと電波が届かない様にしていたのか。

と言う事は……冥子さんのスマホを借りれば、横島師匠に助けを求められる。

俺はホッと息を吐く。

 

「六道さん、スマホをお借りしていいですか?」

 

「ちょっと待ってて~比企谷く~ん。今の写真を結衣ちゃんに送信っと」

ん?……結衣ちゃんってもしかして由比ヶ浜?……そういえば、この前の松浦家とのお見合い騒動の時に、由比ヶ浜と冥子さん、Line交換してたような。

 

「もしかして、由比ヶ浜ですか?」

 

「そうよ~、結衣ちゃんは~、Line友達なの~、令子ちゃんやエミちゃんはなってくれないし~、メールしても返事を余り返してくれないけど、結衣ちゃんは直ぐに返してくれるの~、お庭に出る前にも~お見合いの写真を送信したの~、『比企谷く~んとお見合いナウ』って、うふふふふっ」

……ちょっとまて!もしかして、庭に出る前の写真って、お見合いの席で一緒に撮ったコスプレ写真?しかもお見合いナウって!?これ、まずいんじゃないか?一番送ったらいけない人物に送ってる?

 

俺は横島師匠に連絡がつけられるとホッとしたのも束の間、別の意味でまずい事になる予感がしてたまらなかった。

 




あっさり終わるつもりが、六道家編が長引いてます。


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(163)六道家に逝こう!3

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

話の内容を3パターン程考えてましたが、結果はこんな感じに。


俺は六道会長の魔の手(婚約)から逃れるべく、冥子さんを日本庭園に誘い、数々の罠を掻い潜り、ようやく一筋の光が見えてきた。

 

この六道家の敷地内では、セキュリティの関係上、六道家専用のスマホ以外は電波が届かない仕組みになっており、外部との連絡が遮断されていた事が判明。

要するに俺のスマホで外部と連絡は出来ないが、冥子さんのスマホを借りれば、外部との連絡が付くという事だ。

これで横島師匠に助けを求める事が出来ると、ホッと安堵の吐息が漏れるのだが……。

 

冥子さんはリアルタイムで由比ヶ浜に俺と冥子さんとのお見合い(予行演習)風景の写真やら『比企谷く~んとお見合いナウ』などというコメントを添えてLineで送っていたのだ。

 

それって、一番送ったらいけない人だろ!

 

「………あの…六道さん。因みに由比ヶ浜は何て返事を送ってきましたか?」

俺は恐る恐る冥子さんに『比企谷く~んとお見合いナウ』への由比ヶ浜の反応を聞いた。

 

「結衣ちゃんから?びっくりした可愛い犬のスタンプがいっぱい届いたわ~。あと、結衣ちゃん何だか慌ててて、文がおかしくなってたわ~、きっと今忙しいのよ~、でも、よくわからないけど~。たぶん~、よろこんでくれてると思うの~」

いやいやいや、間違いなく喜んでないですよそれ。

よりによって、由比ヶ浜に送るか?

いや、こっちの(俺達)事情とか冥子さんは知らないから、最近仲良くなった友達に知らせただけなのだろうが……。

 

「……」

やばい、由比ヶ浜の奴、かなり困惑してるぞ。

そりゃそうだ。

告白した奴が、何時の間にか知り合いと見合いしていたなんて事を知れば、誰だって驚くし、困惑するだろう。俺が由比ヶ浜の立場だったら、見合い相手に憎しみと嫉妬を込めた呪いの言葉を吐き続けるだろう。

美神さんが冥子さんの事を動く厄災とかトラブルメーカーと言っていた意味が今更ながら突き刺さる。

冥子さんがトラブルメーカーなのは式神とか関係ないんじゃないか?

冥子さんそのものがトラブルメーカーだろ、これ!?

 

ちょっと待てよ。

雪ノ下は今日バイト休みを取ってたな。

雪ノ下の家に由比ヶ浜が遊びに来るとか言ってたような……。

と言う事はだ。

お見合い中(予行演習)の写真とか『比企谷く~んとお見合いナウ』のコメントとか雪ノ下にもリアルタイムで伝わってるってことか?

今、陽乃さんも雪ノ下のマンションに一緒に住んでるから、もしかすると陽乃さんにもリアルタイムで筒抜けに!?

 

これ、非常にまずいんじゃないか?

 

明日学校で、冥子さんとのお見合い(予行演習)について、三人に間違いなく問いただされるだろう。

それに、一色や小町にもバレでもすれば、間違いなく面倒な事になるぞ!

………明日、学校をサボりたい。

 

ちょっと待てよ。

最近の由比ヶ浜って意外と大胆に行動するし、陽乃さんまで知られれば、今からでも六道家に乗り込んで来る可能性もあるぞ!?

それはそれでまずい!

 

先に六道さんに、由比ヶ浜にLineで誤解を解くように言わないと!いや、六道さんにスマホを借りて直接由比ヶ浜に連絡した方が早いか!

 

「六道さん、由比ヶ浜に連絡したいんで、スマホ借りていいですか?」

「結衣ちゃんに?いいわよ~」

冥子さんは笑顔でスマホを渡してくれようとする。

 

 

だが、それと同時に甲高い車の急ブレーキ音が聞こえてくる。

ブレーキ音の方へ振り返ると、先ほどまでお見合い(予行演習)を行っていたお屋敷の横に土煙が上がるのが見えた。

 

まさか!?陽乃さんがここまで乗り込んできた!?

いや、ここは六道家の敷地内だぞ?流石の陽乃さんもそこまでの事はしないだろう。

仮にも西の霊能家の大家土御門家の親族だし、そんな常識はずれな事は出来ないだろう。

それに、この霊気にあのレトロでいかついスポーツカー……しかも、六道家の家に土足でそんな事出来る人はあの人しかいないだろう。

 

俺は嫌な予感をしながら思考を巡らせていると……。

 

上空からヘリの騒音が近づいてきて、六道家の上空を通過と共に人が落ち……、パラシュートが開き、先ほどのお見合いをしたお屋敷の上に着地………。

何これ?どこのスパイだよそれ!

しかも、よく知る霊気だし、こんな事が出来る人はあの人しかいない。

 

そこら中で、俺と冥子さんの様子を伺っていた六道家の霊能者や家人が慌てて、お屋敷の方へ向かう。

ヤクザのカチコミかどっかのスパイが潜り込んだ様な様相だ。

 

ある意味ヤクザやスパイの方がましかもしれないが……。

何でここに、美神さんと美智恵さんが!?

 

「あらあら~、この霊気は令子ちゃんとおば様よ~~、遊びに来てくれたのね~、嬉しいわ~」

冥子さんは嬉しそうにしながら、少々早歩きで御屋敷の方へ歩き出す。

 

いや、普通遊びに来るのに、人んちの敷地内を車すっ飛ばしたり、ヘリからの落下傘着地でこないでしょ!

しかも、この気配、何故か怒ってらっしゃる。

 

何故、美神さんや美智恵さんがこのタイミングで六道家に来たという疑問はあるが、今の内だったら逃げられる!

六道家の霊能者や家人は皆、お屋敷の方へ注意が向いている。

今がチャンスだ!

 

だが……

「比企谷――――!!いるんでしょ!!今すぐこっちに来なさい!!」

敷地中に響き渡る美神さんの怒声で、逃げる望みが絶たれた。

 

俺はニコニコ顔の冥子さんの後を、まるで処刑台に連れていかれる囚人の様な気持ちでついて行くしかなかった。

 

 

 

そして、先ほどまでお見合い(予行演習)をしていた和室には、明らかに怒り顔の美神さんに目を細めて威圧感を放つ美智恵さん、横長の高級そうな座卓を挟んで、ニコニコ笑顔の六道会長と冥子さんが座っており、俺は二組の親子に挟まれるよう形でちょっと座卓から離れた部屋の端で正座して縮こまり、この後の成り行きを伺っていた。

もしかしたら、美神さんと美智恵さんはこの事態を知り俺を助けに来てくれたのかもしれないが……。

 

「おば様!比企谷君のお見合いってどういう事よ!!聞いてないわよ!!……あんたもあんたよ!なに呑気にお見合いなんてしてるのよ!!」

開口一番は美神さんから、やはりお怒りの様だ。

怒りの矛先は俺の方にも向いてくる。

 

「あらあら、令子ちゃんは何で怒ってるのかしら~?おばさん、分からないわ~」

「………いや、そのですね」

六道会長は何故美神さんが怒りを向けているのか分からない様子で、それに返答する。

俺は、その怒りに飲まれ縮こまるが、そもそも美神さんが俺を六道会長に売ったんでしょ?

美神さんの理不尽は今に始まった事ではないが。

だが、これではっきりした。

美神さんも、俺がお見合いをさせられてる事までは知らなかったという事だ。

それで、美智恵さんと俺を助けに来てくれたと……

 

「ネタは上がってるのよ!!おば様!!これが証拠の写真よ!!」

美神さんは自分のスマホの画面を六道会長に見えるように突き出す。

そこには遠目でもわかる。

先ほど撮ったお見合い風景の写真だ。しかもコメントには『比企谷く~んとお見合いナウ』の文字が。

だが、何処でその写真を手に入れたんだ?

いや、これは多分、冥子さんからLineで由比ヶ浜へ、由比ヶ浜から雪ノ下へ、雪ノ下からキヌさん経由で美神さんか、雪ノ下から美神さんへ直接って感じで流れたんだろう。

なに、そのネットワーク?

俺の私生活と、仕事(GS)関連とリンクしまくってないか?

 

「あらあら~、これはね。比企谷君に冥子のお見合いの予行演習に付き合って貰ってただけよ~」

 

「そんなの聞いてないわ!前の松浦家かなんかのもめ事を、たまたま居合わせて解決した比企谷君に状況を聞くという話だったわ!」

 

「うーん、おばさんそんな事言ったかしら、確かにその話をしたけど~、比企谷君を一日レンタルする契約とは別のお話よ~」

六道会長はしれっとそんな事を言う。

 

「なっ!?」

「令子……。大方契約料に目がくらんで、後先考えずに比企谷君を売ったのでしょう。わきが甘いわ」

美智恵さんはお茶をすすりながら、横の美神さんに鋭い視線を送る。

 

「それに、冥子と比企谷君がお見合いするのに~、比企谷君の了解を取れば~、令子ちゃんの許可を取らなくても良いでしょ?」

「良いわけないないわ!!」

 

「なんで~?」

「こいつはうちの従業員よ!!勝手にしてもらったら困るわ!!」

 

「え~、でも~、職場が従業員の恋愛や結婚を束縛は出来ないわよね~。本人の自由よ~」

 

「ぐぬぬぬっ!こいつはうちで一生働くって言ってるのよ!!冥子と結婚できるわけないでしょ!!」

あの、美神さん……俺、そんな事を言った覚えがないんですが、何それ、一生奴隷のように働かせてやるって聞こえるんですが?

俺を助けに来てくれたというよりも、美神さんはプライドを守りに来たようだ、人の舎弟を勝手に持って行くなという不良的な考えの元に。

理由はともあれ、助かったのは事実だ。

 

「比企谷君が令子ちゃんとこで働いても、冥子と結婚出来るわ~、でも、その後は六道家に来てもらう事になるわね~。職場は従業員の退職を束縛出来ないわよ~、令子ちゃんとこもそんな事しないわよね~。そんな事をすれば、営業停止処分だけで済まないわ~、世間体的にも終わっちゃうものね~」

理不尽魔王美神さんは法律とか関係ないんだが、世間体にはかなり気を使ってるよな。

民間GSは客商売だし、当然と言えば当然か。

 

「ぐぬっ!……ふんっ!こいつはもう、将来の結婚相手は決まってるのよ!うちの雪乃ともう出来てるの!冥子はお呼びじゃないのよ!」

美神さんは腕を組み直し、さっきとは違い少々余裕の笑みを浮かべていた。

美神さん、雪ノ下をこんな事に巻き込まないで!

 

「あらあら、おばさん、比企谷君には恋人はいないって聞いてるわ~。そうよね比企谷君~」

六道会長は俺に笑顔のまま聞いてくるが、なんか怖い。

 

「あんた、わかってんでしょうねぇ!!」

美神さんは美神さんで充血した目で悪魔も逃げ出す様な眼力を向けて俺を睨む。

こっちは超怖い。視線だけで人死にが出る勢いだ。

 

ちょ、これ俺はどう答えればいいんだ!?

この場は美神さんに従うか?

 

「令子、それでは比企谷君が答えられないわよ。ここは六道先生の意見が正しいわね」

美智恵さんが代わりに判断を下してくれる。

 

「流石は美智恵ちゃんね~」

「ママ!!こいつが六道家に持ってかれてもいいの!?」

 

「いいえ。……先生、飽くまでもお見合いは予行演習とおっしゃったのでしょ?比企谷君もそれで了解したのよね。では先生これはなんなんですか?」

美智恵さんはすくっと立ち上がり俺が座ってる後ろの襖を開ける。

 

その襖の奥の薄暗い部屋には、枕二つが並んだ布団一組が……。

 

「あらやだ~、布団を敷きっぱなしだったわ~、いや~ね。後で片付けさせるわ~」

 

「………先生、お見合いの予行演習と言いながら、純情な比企谷君を騙して、冥子さんと無理矢理事を成そうと。流石に酷いのではありませんか?」

流石美智恵さん。あの六道会長に堂々と言ってのけた。

美智恵さんもあまり人の事を言えないんじゃないでしょうかとは、今は言わないでおこう。

 

「そんな事はしてないわ~、美智恵ちゃんの勘違いよ~。ね~比企谷君。おばさんから何か無理矢理な事をさせてないわよね~」

確かに、直接的に無理矢理やらされてないが、こちらからそうなる様に仕向けてましたよね。

 

「ママ、言ってやって!!」

「先生やり口はわかってるんですよ」

 

「う~ん。美智恵ちゃん~、こう言うのはどう?仮によ~。比企谷君が冥子と結婚したとしても~、オカルトGメンに所属するっていうのは~?」

ぐっ!六道会長が美智恵さんを懐柔しだした!

これはやばい。ヤバすぎる!

六道会長と美智恵さんが結託すれば、美神さん一人じゃ対抗しきれない。

せめて、この場にキヌさんが居れば!

 

「お断りします。仮にそうなったとしても、比企谷君は真面にオカルトGメンで働けないでしょう。確かに比企谷君の器量であれば、冥子さんを抑える事が出来るでしょう。ですが、それで手一杯になるはずです。言わせてもらいますが、冥子さんは正直、コントロール不能な大規模霊災とそれ程変わらない。そちらを何とかするべきかと。冥子さん一人に、比企谷君はもったいない。彼は今はまだ雛ですが、将来、この国のオカルト事情を背負える人材です。将来を見据えれば、六道家、いえ冥子さんに彼を託せません」

……あの、凄い高評価を頂いたのはありがたいんですが、俺、この国の将来とか背負う気はないんですが!?何気にオカルトGメンに入る事が前提なんですが!?

 

「ママ!!比企谷はうちの従業員よ!!」

「令子、まだそんな事を言ってるのかしら、彼はオカルトGメンに入るべきです。ただ、横島くんの弟子と言う事は貴方の孫弟子である事は変わりは無いわ。その辺は自由です。それで我慢なさい!」

「じゃあ!うちの従業員で、オカルトGメン出向って形でいいわよね!」

「順序が逆です!彼はオカルトGメンという立場が重要です!貴方の所で奴隷の様な扱いにされて壊されたらたまらないわ!」

なんか、親子喧嘩が始まったんだが……、ちょ、これってまずい奴じゃ?

いや、今までも十分まずいが!?

 

「冥子には比企谷君が必要なの!!あの男嫌いな冥子が普通に話せる男の子は比企谷君だけなの!!あの冥子の暴走にもめげないのよ!!しかも冥子を暴走から守る器量もある!!霊能力も優れて、家柄のしがらみが全くないの!!しかも常識人で、勉強も出来て六道家の経営も任せられるわ!!冥子の幼稚な頭では経営なんて無理なのよ!!冥子が六道家の財閥のトップに立てば、一瞬で吹き飛ぶのが目に見えてる!!そんな事になれば、東京の経済にも大きな影響がでるわ!!六道にこそ、比企谷君が必要なのよ!!」

普段のゆるふわ口調なんてどこに行ったのか、六道会長が必死な形相でこの喧嘩に交ざりだしたんだが!?

 

「先生の教育が悪かったのではなくて?それを六道家や冥子さんのしりぬぐいを比企谷君に押し付けるのは間違ってませんか?」

「そうよ!冥子があんなに幼稚で男嫌いで、直ぐ泣くわ、人を直ぐに頼るわ!迷惑娘になったのはおば様のせいよ!!」

「何よ!おばさんだって、頑張ったのよ!冥子が1人立ちできるように努力したわ!!でも何をやってもダメだったのよ!!」

「そもそも、先生と言うよりは、六道家の教育方針がおかしいのです。時代的過ぎます。今のグローバルな世の中に適応していないのです。早々に見直すべきです。冥子さんは既に手遅れですが、次を担うために、先生が見直さないで誰が行えますか?」

「そういう美智恵ちゃんはどうなのよ!!令子ちゃんのあの性格は!?」

「最低限独り立ちできるようには教育しましたわ。成功したとは言い難いですが、冥子さんのように一人じゃ何もできない小娘にはしてません!」

「だから、比企谷君なのよ!冥子は無理!!霊能だけは歴代最高峰だけど特化し過ぎて、他は全くダメなの!!だから私に、六道に比企谷君を譲って!美智恵ちゃん!!お願いよ!!」

「ふん、おば様。比企谷でも無理よ。あの冥子は!あの暴走どうやって止める?彼奴の命がいくつあっても足りないわ。なまじ止められたとしても、唐巣先生みたいに禿げ上がるわ!!」

何時の間にか3人で冥子さんのディスりShowに変わってるんですが?……あの、その辺にしては?冥子さん滅茶苦茶涙目ですよ。今にも泣きだしそうですよ!?

そっか、式神封印してるから、今は暴走を気にしなくていいのか。

 

「グスっ、グスっ、み、みんな酷いわ~、グスっ」

冥子さんの霊気が異様に上がってるんですが、なんか爆発寸前ですよ。

あれ?冥子さんの頭上に、何時の間にか札が12枚浮かび上がってるんですが?

アレって、式神十二神将を封印した封印札ですよね!?

まさか、冥子さんの霊力に呼応して!?

 

「お母さまも!!令子ちゃんも!!おばさまも!!大、大、だーーーーい、嫌い~!!!ウエーーーーーーーーーン!!!!!」

冥子さんはついに盛大に泣き叫ぶ。

あれ?式神の封印が解けちゃったんですが!!!!!????

 

「ちょ、ちょっと待って!?うわっーーーー!!」

俺は咄嗟に霊視空間結界改を発動させたが……

 

次々に顕現され暴れまくる十二神将。

一体一体がA~Sランククラスの鬼レベル。

しかも全てまったく別の特性を持っている。

そんなの対処しきれるわけないだろ!?

しかも爆心地だ!!

 

俺は、暫くは耐えたがボコボコになり意識を失った。

薄れゆく意識の中、懸命に泣きわめく冥子さんを説得する六道会長。

涙をちょちょぎらせながら、必死に抵抗する美神さん。

美智恵さんは必死な様相で結界の維持を行っていた。

空だけは澄み切っていた。

 

 

 

そして、意識が戻ったら、白いシーツのベッドの上だった。

横には美神さん、その横には美智恵さんまで……さらに六道会長までベッドの上に。

俺は全身包帯ぐるぐる巻きで、美神さんは至るところにガーゼや包帯、美智恵さんは外見上怪我はなさそうだが、霊力を限界まで使ったのだろう事が霊視で分かる。

六道会長も美智恵さんと同じようだ。

 

いや~、あれを抑えるのは無理だろ~。

俺はそう思いながら再び意識を手放す。

 




次は六道家の悶着時にガハマさんやゆきのんの話が書ければ、
冥子さんの明日はどこに?
六道家編はそれで終わり。

その後に漸くあれが出来ます。
八幡弟子編が!


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(164)お見合い騒動終着?と文化祭

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

すみません。間が開いちゃいました。


俺は結局、週明けの午前中は学校を休む羽目になった。

先日、六道家のお見合い騒動で冥子さんの式神十二神将の暴走に巻き込まれ、ズタボロに……。

目を覚ませば、横には美神さんと美智恵さんと六道会長が同じく、ベッドで横になっていた。

そこは六道家が経営する総合病院の病室だった。

この病院には心霊医療科があり、高度な心霊医療が可能な病院で全国からも患者が多く訪れる病院だった。

俺は肋骨と右足の骨折で重傷だったが、横島師匠が文珠で回復してくれて、翌朝の月曜日に退院し、一度家に帰り午後から学校へと向かう。

 

キヌさんから俺が入院したと聞いたらしく、由比ヶ浜や雪ノ下は病院に駆けつけようとしてくれたらしいが、翌日には退院出来ると、わざわざ来てもらう程の事じゃない事を伝えて貰った。

本来なら1~2週間の入院が必要だったようだが、横島師匠のお陰で翌日には退院だ。

横島師匠の文珠は万能すぎだろ?マジで。

まさしく、ドクターの若返りの霊薬に匹敵する霊宝と言っていい代物だ。

美神さんはそれ程深手を負ってなかったため、キヌさんのヒーリングで回復、美智恵さんと六道会長は外傷がほとんどなく、霊気をほぼ使い切ったためにぶっ倒れたようだ。

なんにしろ、俺も美神さんも美智恵さんや六道会長も霊的構造や霊気の回復のため、仕事はしばらく休まなくてはならない。

冥子さんの式神暴走の被害は、爆心地に居た俺達だけでなく、六道家の霊能者や家人にも被害が出たが、死亡事故までに至らなかったらしい。

あの木造のお屋敷も半分消滅、復旧に時間がかかるとか……。

六道会長は俺達に暴走に巻きこんでしまった事を謝りつつ、ケロっとそんな事を言っていたが、あの規模の暴走事故は六道家では結構普通にある事なのかもしれない。

恐るべし六道家。

 

冥子さんの式神暴走をまともに喰らって思った事がある。

そりゃ、結婚できないなと……。

あんなのどうすればいいんだ?

美神さんや美智恵さんでさえ、あの有様だぞ?

冥子さんの結婚相手はきっと毎日が命懸けのサバイバルだ。

命がいくつあっても足りない。

 

もう、普通に考えて横島師匠しか無理だろ?

冥子さんの式神暴走をまともに喰らっても、10分程で復活するし。

だが、それは現実的にはあり得ない。

冥子さん自身が横島師匠を苦手なようだし、横島師匠は色気に惑う事はあるかもしれないが、まだ死別した恋人の事を思ってるからな。

 

とんでもない目には合ったが、なんにしろ、六道家お見合い騒動から何とか逃れる事が出来た事は確かだ。

 

ふぅ、なんだろうか?

こんなろくでもない日常に慣れていく自分が怖い……。

 

 

昼休み中に学校に到着し、昼食どきの奉仕部の部室に顔を出しに行く。

由比ヶ浜と雪ノ下には一応入院だと伝えていたため、心配をかけてるかもしれないしな。

「ああっ!ヒッキー!怪我は大丈夫だったの!?」

「比企谷君、病院に運ばれたと聞いて……もう具合は良いのかしら?」

何時もの昼めしの席から由比ヶ浜と雪ノ下に少々心配そうに俺は訪ねられる。

 

「ああ、横島師匠に治療してもらったから、この通りだ」

俺は無事をアピールするために首をすくめて、少々おどけてみせる。

実際、重傷だった。

何か所か骨折していたし。

こいつ等が心配するからこの事は黙っておくのが無難だろう。

 

陽乃さんが部室の後方に設けられた霊災相談窓口のテーブルから顔を出し、こちらに歩んで来る。

「意外と元気そうでよかったわ。怪我したって聞いて、六道冥子のあの式神暴走に巻き込まれたのかと思ったわよ」

 

「まあ、そのなんていうか」

俺は適当に誤魔化す。

 

「でもヒッキー、なんで冥子さんとお見合いで怪我をするの?」

「そうね。あなたが横島さんのように女性に手を出すとは考えにくいわ」

由比ヶ浜は心配そうに、雪ノ下は少々首を傾げながら俺に聞く。

確かにお見合いで怪我とか普通あり得ないよな。

 

「まあ、なんだ……事故に巻き込まれた感じだ」

流石に冥子さんが泣いて式神暴走したのに巻き込まれたとは言い難い。

 

「………やっぱり、ろくでもないわね六道冥子」

陽乃さんはどうやら俺の答えで、式神暴走に巻き込まれた事に勘づいたようだ。

陽乃さんも稲田姫の時に冥子さんの式神暴走を目の当たりにしてるからな、そりゃそう思って当然だろうな。

 

「というか、ヒッキーはなんで冥子さんとお見合いとかになったの?」

「由比ヶ浜さんに送られてきたあのお見合い写真の件で、美神さんと横島さんに電話で相談したのだけど、美神さんは怒っていたわ。でも、横島さんはただ巻き込まれたのだろうと、あなたを信じて待ってやってほしいと私には言っていたのだけど、あなたの口からは経緯は聞いておきたいわ」

どうやら、あのお見合い写真とコメントはやはり由比ヶ浜から雪ノ下経由で美神さんだけじゃなく横島師匠にも届いたって事か。

 

「ああ、先日由比ヶ浜と巻き込まれた六道さんと見合い相手の騒動の件で詳しい状況説明がほしいとかで六道家に行ったんだが、何故だか六道さんとお見合いの予行演習をやらされる羽目になった。まあ、美神さんと美神さんの母親が来てくれて、何とかなったが、その代償が怪我ってところか」

 

「ふーん。六道家も八幡を狙ってるって事かしら?」

陽乃さんは一瞬目を細める。

 

「うーん。冥子さん美人だし……ヒッキーはどう思ってるの?」

 

「どうもこうも無い、六道さんとは美神さんの友達って事で少々知り合いなだけだ。だが、その六道さんの母親がアレだ。婿探しに苦労してる感じで、たまたま俺が巻き込まれたってところだ」

 

「日本トップの霊能家の六道家でそうなのね。一度没落しかかった姉さんの所の土御門家ならなおさらね」

雪ノ下はそう言って横目で陽乃さんを見やる。

「雪乃ちゃん、そんな言い方しなくてもいいじゃない。雪ノ下もその没落しかかった土御門家の分家よ。そうね、正直言って比企谷君は、霊能家の婿選びの選択肢としてはかなり有望なのよ。この年でBランクGSよ。しかも霊能家の出ではないから跡継ぎ等のしがらみが一切ない。しかも、SランクGS美神令子の事務所所属よ。比企谷君自身の性格や素性を知らなくとも、それだけの情報だけで手を出してもおかしくないのよ。ただ、比企谷君は未成年で学生と言う事で比企谷君の情報は制限されて業界内でも知れ渡ってないから、今はなんともないようだけど、高校卒業したらどうなるやら……。因みに私は八幡自身を愛してるからよろしくね」

陽乃さんは雪ノ下の言葉に少々拗ねて見せてから、俺の取り巻く状況を説明してくれる。

 

「はぁ?なんですかそれ?俺ってそんな感じなんですか?」

なにそれ怖い。どこの平安貴族か戦国時代の大名だよ。

陽乃さんの最後の言葉は聞かなかった事にしよう……この場で意識するとなんかまずい。

 

「あなたはもう少し自分の立場を理解した方がいいわ」

雪ノ下は頭痛がするかのような仕草をし、呆れたように俺に言う。

雪ノ下も陽乃さんの最後の告白の様な言葉を最初からなかったかのように無視する。

 

「でも、ヒッキーはお見合いとか嫌なんだよね」

由比ヶ浜も慣れたのか陽乃さんの告白めいた言葉を当然のようにスルー。

陽乃さんがこの学校に来るようになってから、こんな感じでちょくちょく枕詞のように告白じみた言葉を放ってくるのだ。

最初は雪ノ下と由比ヶ浜はいちいち反発していたが、今じゃこんな感じでスルーだ。

俺もそれに倣っていちいち反応しない様に心がけてはいるが……。

 

「嫌とかの前に、普通に高校生活を送ってる奴が見合いとか考えるか?想定外も良い所だ」

まじで、見合いとかマンガの世界や時代劇でしか見た事が無い。

 

「そ、そうだよねー、お見合いとかテレビドラマとかでしか見た事ないし」

由比ヶ浜も俺と同意見の様だ。

 

「そう、普通はお見合いを考えないのね」

「いいわね。私達の家では普通にお見合いの話はあるわ。私なんて、数馬兄さんとお見合いさせられそうだったのよ。去年の件でそれは無くなったのだけど」

どうやら雪ノ下家ではお見合いの話が普通にあるようだ。

雪ノ下の家は霊能家の分家とはいえ、霊能者の血筋としてはかなり薄まっているため、例外(陽乃さん)を除いて霊能の血の継承のためにと霊能者同士の結婚という概念はほぼ無いだろうに。

と言う事はだ。上流階級というか金持ち間ではお見合いは普通にある話なのだろうか?

見合いなんてものは昭和初期でほぼ絶滅したと思ってた。

いや……そういえば、巷では出会いサイトとかマッチングアプリとか有るな、あれはアレで形を変えた現代のお見合いなのかもしれない。

 

「まあ、六道さんは予行演習のつもりで本気じゃなかったようだ。そもそも六道さん自身、俺の事は何とも思ってないだろうしな」

実際、六道さん自身は予行演習のつもりだったろうが、六道会長の思惑はそういう名目で、無理矢理見合いを……っていうか、そんなものすっ飛ばして婿にさせられそうになった。

 

「そうかな~?なんかLineの冥子さんは……うーん。ヒッキーは知らなくていいや」

「いずれにしろ警戒は必要そうね」

「そうね。今度六道が八幡にちょっかい掛けてきたら、少々痛い目に遭ってもらおうかしら」

由比ヶ浜は何故か少々ふくれっ面で、雪ノ下は呆れたように、陽乃さんは目をギラつかせながら、そう締めくくる。

 

「………当分は大丈夫だと思うが」

もう六道家と関わるのは勘弁してほしいが、そうもいかないだろう。

六道家は業界の重鎮で、しかもGS協会の会長だし、冥子さん自身は美神さんの友人だし……。

今は考えるのは止そう。

 

 

 

 

 

放課後の奉仕部では、今週末に開催される文化祭の準備を進める。

今年の奉仕部は文化祭で展示物を行う事になっている。

GS関連の展示だ。

霊的災害や霊障や霊、妖怪やGSについて正しく知ってもらうためという名目だ。

言い出したのは陽乃さんで、どうやら美智恵さんの入れ知恵があったようだ。

折角プロのGSである陽乃さんやタマモが大規模霊災関連で派遣されてる事だし、奉仕部もその手伝いとして、こうして霊災相談窓口を行ってる関係上、あっさり生徒会やら学校側から許可が下りる。

学校側からは是非との事だった。

社会貢献や社会を学ぶいい機会だとか、これこそ文化祭に相応しいだとか、特に教頭から賛辞を贈られた。

確かに、この展示は教育という観点からも意義がある物だろうが……。

 

準備と言っても、去年に比べるとやる事は少ない。

GS協会とオカGの全面協力の元、GS協会本部の展示場からの貸し出し物や、普及のための販促物をたんまり、渡されていたからだ。

もちろんこれも美智恵さんの入れ知恵だ。

この事もオカGやGSの普及活動の一環なのだろう。

 

奉仕部の部室である別棟の教室以外に、部室と同じ階で二つ隣りの角部屋の大会議室を借りている。

部室はパネルなどの展示室を行い。大会議室では体験コーナーだ。

この体験コーナーは主に陽乃さんが担当する。

この前の職場体験と同じように訪れた人に霊力を計測の体験をしてもらうとか……美智恵さん、相変わらずこの辺も抜かりないな。

それとスクリーンを使って映像も放映する。

映像の中身は知らないが、たぶん、これも普及のためにGS協会とオカGが共同作成した映像だろう。

 

そんなこんで、週末の文化祭当日。

予想外にも奉仕部のGS展示場は大盛況で、かなり忙しい。

真面目な展示で、面白みは無いだろうとは思っていたのだが、怖いもの見たさなのか、それとも、陽乃さんやタマモ、雪ノ下や由比ヶ浜と、美人どころ目当てなのかとも思っていたのだが、意外と興味があって訪れる生徒や一般客が多い。

実際、ここで大規模霊災にあったからな、興味や危機意識を持っていたりと、それぞれ何か感じる物があったのだろう。

普及という意味では成功ではないだろうか。

 

展示物は、写真付き展示パネルと実際に除霊に使われる術具が多数展示され、さらには霊災がどのように起こるかなど、かなりマニアックな説明パネルなどもある。

これらはほぼ、雪ノ下が担当していた。

由比ヶ浜の担当は、妖怪や幽霊の展示パネルだ。

由比ヶ浜が可愛くデフォルメしたイラストが描かれている。

まあ、幽霊は良いとして、妖怪とか見た目が気持ち悪い奴とかが大半だしな。

本物に近いイラストなどが見たきゃ、GS協会本部の展示場に行けば見れるが、流石に高校の文化祭では憚れる。

因みにゾンビのイラストが俺に似ているのは何故だろうか?

 

陽乃さんが取り仕切ってる霊力を測る体験コーナーは時間を区切って数回にわけ実施される。

あまりにも体験希望者が多いため、午後からは抽選で行う程だった。

霊力を測るなんて事は普通に生活していれば、こんな機会がない限り無いからな。

まあ、バトル漫画とかである戦闘力を図るみたいな感覚なのだろう。

体験した生徒達は霊力の数値で一喜一憂している。

 

映像の方は……、俺が当日取りやめとした。

陽乃さんが持ち込んだ映像は、陽乃さんの実際の除霊風景だった。

しかも、相手は妖怪だし……。

式服姿の陽乃さんが妖怪をバッタバッタと倒す映像が映るのだが……倫理的にアウトを出したのだ。

そこに映っていたものは、緑や紫の血しぶきや内臓やらが飛び交い、妖怪共の断末魔が響き渡る……。

アウトーーーー!!思いっきりアウトだろ!!

R-18指定も良い所だ!!グロ耐性が無かったら気絶もんだぞ!!スプラッタ過ぎるだろ!!

陽乃さん曰く、「テレビゲームとかで皆やってるんでしょ、こういうの」とか言い訳を言っていたが……。

確かにそんなゲームも多数あるし、好きな奴は好きだが!これはあまりにもリアリティが半端ないだろ?

バイオハザードのゾンビ初登場でビビってた連中だったら、トラウマもんだろ!

やはり、そんな事が日常茶飯事なGSや霊能者は、その辺が麻痺してしまうのだろうか?

 

とまあ、そんな事もあったが順調に事は進んでいる。

 

展示場の受付や体験コーナーの休憩中には、由比ヶ浜や雪ノ下、陽乃さんとそれぞれと他の展示や屋台を巡ったり、まあ、そういう気恥しいイベントもあったり、何故か一色に捕まり、生徒会の手伝いをさせられたり、川崎の妹のケーちゃんのお守りをしたりとかもあった。

 

今は制服姿のタマモと学内を巡っている。

「タマモ、文化祭はどうだ?騒がしいのは苦手だと思っていたが」

俺は、ベンチに座り綿飴を舐めるように食べているタマモに聞く。

タマモも奉仕部の文化祭の展示物の準備を積極的に手伝い、当日は展示場の受付も行っていた。因みに小町は生徒会の仕事の方が忙しく、奉仕部には中々顔が出せていない。

タマモは普段人ごみを避けるし、こう言う場所は苦手だと思っていたが、楽しんでいるように見える。

 

「お祭りは好きよ」

 

「まあ、確かに祭りだな」

 

「祭りの日は皆、争わないでしょ?安心できるわ」

 

「どういうことだ?」

 

「こうして若い子が皆、何のしがらみも無く本を自由に読めて勉強もさせてくれて、食べ物にも困らなくて、こうやって騒ぐことが出来るなんて、良い時代よ。私の前世では考えられなかったわ」

タマモは騒がしい校内を見渡しながら綿飴を片手にしみじみとこんな事を言う。

タマモの前世と言う事は、だいたい800年前ぐらいの平安時代だったか。

その頃は一般に学校なんてなかっただろうしな。

学ぶ機会なんてものは貴族や豪族、僧侶ぐらいだったハズ。

勝手な想像だが、庶民は生きる事に精一杯の時代だろう。

 

「まあ、その……なんだ」

俺は言葉に詰まる。

 

「封印が解かれて復活した時は、また人間と生活するとは思ってなかったわ。しかも私の正体(妖怪)を知ったうえで接して来る人間がいるなんてね。あんた達相当変わり者よ」

 

「まあ、あれだ。お互いを知ればなんとやらって奴じゃないか?雪ノ下だって物の怪の類は全くダメだったが、タマモやシロにはそんな素振りも見せないだろ?俺だって横島師匠に出会うまではこうやって話せる相手なんだと知らなかったしな」

俺がこういう考えを持ったのは、横島師匠やキヌさんの影響だろう。

この二人は特に妖怪だけじゃなく霊ですら、差別をしない。

まあ、横島師匠の場合は美女だったら、妖怪や霊も神様も悪魔も関係ないんだろうが……。

俺の周りには妖怪や霊でも仲良くできるという考えを持った人たちばかりだったが、プロになってから、GSの中にも妖怪だ霊だというだけで、有無も言わずに除霊するような奴が結構いる事を知った。

今では法整備され、妖怪等にも生活圏の保障が明記され、法で保護されているが、妖怪妖魔を絶対悪とみなしてる妖怪妖魔排斥者は霊能者やGSだけでなく世間のどこにでも居る。

だから、タマモとシロは妖怪だと堂々と名乗り外を歩かせるわけにはいかない。

何れは二人が自分の本来の姿で大手を振って生活が出来る日が来ると信じたい。

それこそ、猫耳アイドルしかり、キツネ耳しっぽ、狼耳しっぽのアイドルが誕生するかもしれない。

タマモなんて見た目は超美人だからな、受け入れてくれる可能性は大きいとは思う。

本人は絶対嫌がるだろうがな。

 

「そうね。私もよ」

普段からすまし顔を崩す事はほとんどないタマモが、笑顔でそういった。

 

 

 

こうして、高校最後の文化祭が終わりを告げる。

因みにキヌさんがシロを連れて遊びに来てくれたが、横島師匠は例の如く海外出張で日本には居なかった。

 

その晩、小町とタマモとの夕飯時、テレビニュースでは……。

『某国軍が隣国国境を越境し、国境警備隊を突破し侵攻しておりましたが、街を占拠することなく突如全軍撤退いたしました』

 

そこって、横島師匠の出張先だよな……たしか大型魔獣退治とか言ってたような。

 

「お兄ちゃん、ネットニュースとかツイッターとかで見たんだけど、侵攻してきた軍の人がみんなズボンとパンツがズレ落ちたんだって、それで慌てて引き返したって、そんなのありえる?やっぱりフェイクニュースかな?」

夕飯を食べながら一緒にニュースを見ていた小町は俺に質問をする。

 

「………そう言う事もあるかもな」

俺はその小町の話を聞いて思い当たる。

……これって横島師匠の仕業じゃ?

横島師匠のイケメン専用のインスタント呪術、パンツのゴム紐が切れる呪いと、チャックが閉まらない呪いじゃ?

呪いとか普段使わないくせに、何故かわけがわからない呪術だけ得意なんだよな。

イケメン専用と名をうっていても、西条さんにしか使ってる所を見たことがない。

この前も西条さんとお互いくだらない呪術の応酬を行っていた。

横島師匠はチャックを閉めると必ずアソコを挟む呪術を、西条さんは西条さんで尿漏れを起こしてパンツにシミがつく呪術を横島師匠にかけようとして、お互い呪詛が跳ね返って自分の呪術を喰らってたよな。

本来、横島師匠の嫉妬心を核にした呪術だが、横島師匠の文珠で呪術の応用範囲を拡充させて、侵略軍全体にかけたのかもしれないな。

 

………しかし、このニュース気になるな。

大型魔獣が暴れている所に、軍の侵攻か……。

横島師匠が派遣されていたからよかったものの。

 

俺はふと、この前のプロフェッサー・ヌルとの戦いと人を使ったキメラを思い出し、嫌な予感がしてたまらなかった。

 





最後の方の話を入れようか入れまいか考えていましたが、次のお話に繋がるため、入れさせていただきました。すみません。

次は弟子編です。


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(165)遂にこの日が来たか。弟子編①

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ではアナウンスどおり弟子編を


俺は今、東京のGS協会本部5階に来ていた。

本部5階はGS協会所属の民間GS事務所やGSが各種手続きや相談を行うための窓口となっている。

GS事務所設立の手続きや、GSの事務所の退所手続きや移籍手続き、GSの事務所斡旋なども行っている。

要するに、GS版の労働局や職安の役目も果たしているお役所窓口だな。

 

何で俺がそんな所に居るかって?

別に美神令子除霊事務所をやめさせられたとか、オカGに移籍させられるとかじゃない。

 

 

俺はそこの応接室に通され、堅めのソファーに座らされる。

俺の横には美神さんとキヌさんが、斜め横にはオカルトGメン東アジア統括管理官の美神美智恵さんとGS協会の総務課長さんが座っている。

そして、俺のテーブルを挟んで対面には鶴見源蔵氏と鶴見留美がちょこんと座っている。

 

そう、留美が俺の弟子になるための手続きを行っているのだ。

 

小竜姫様は俺が弟子をとる事は賛成だと言って下さったが、俺自身にまだ自信がない。

弟子を取るという事は、人を育てるという事だ。

そもそも元ボッチで、GSとしても経験も薄く、力も半端者の俺の様な若造が人を育てるとか、おかしいだろ?

俺は弟子の件を断ろうと、何とか留美や源蔵さんを説得しようと試みたが全く話を聞いてくれない。

勿論美神さんにも説得を行ったが、全く取り合わないどころか、所長命令だと睨まれる始末。

……まあ、こうなるだろうとは思っていたが、遂にこの日が来てしまった。

 

GSの弟子関連の手続きは、通常書類審査で通る事が殆んどらしいが、他の事務所同士で師弟関係を結ぶ場合など特殊な場合は、法律で整備されていない部分も多いらしく、こうしてGS協会で立会人を設けて、契約手続きを行うのだそうだ。

美智恵さんが何故ここにいるかというと、どこかで俺と留美の師弟契約を知ったらしく、立会人をかって出たのだとか。

たぶん美神さんの監視のためなのだろうな、美神さんは鶴見家へ理不尽な要求をしないでもないからな、まあ、横にキヌさんもついて来てくれてるから、そんな事にはならないだろうが。

 

今回の弟子制度の手続きで面倒なところは、留美が津留見神社鶴見源蔵氏の弟子から、美神令子除霊事務所の俺比企谷八幡の弟子に移籍するという事になるからだ。

このような例はあまりないようで、近い例として、師匠が死亡または再起不能、若しくはGS免許はく奪された場合に移籍を行ったのだとか。

今回の場合、師匠である鶴見源蔵氏は健在である。

しかも、留美の祖父で血縁者であり、未成年の保護監督者でもある。

そこで美智恵さんやGS協会の提案で、六道女学院や都立大除霊科やGS専門学校などが扱ってる制度を適応した方が良いとの事だった。

GS専門学校等の場合、実習演習等の教育を円滑に行うために、校長や担任教諭が師匠となり、授業毎には担当講師に一時的に師匠の権限を受け渡すという制度だ。

要するに俺と留美の場合、立場的には鶴見源蔵氏が主師匠で、俺が副師匠と言う事になる。

まあ、簡単に言うと留美は家では源蔵氏が師匠で、俺の所に来た時は俺が師匠となる。

もっと簡単に言うと、留美の師匠は源蔵氏と俺の二人という事になる。

俺はこの制度を聞いた時には幾分か肩の荷が下りる気がした。

源蔵氏もどこかホッとした表情をし「いい塩梅じゃな」と頷いていた。

 

今回の弟子の件はこれ以外にも問題がある。

留美が俺の弟子になるという事は、美神令子除霊事務所の仕事に立ち会う事になるからだ。

その逆に、俺が津留見神社の除霊に立ち会うというパターンもあるだろう。

美神令子事務所の仕事に立ち会う際の留美の監督者はもちろん師匠である俺になるが、問題は給与面だ。

ただ単に立ち合いだったら給与などは発生しない。

まだ13歳で俺の弟子とはいえ、除霊準備等の雑用や除霊そのものをやらせてしまった場合は留美にも時給が発生する可能性があるからだ。

その場合、俺から留美に出すのかと思っていたのだが、どうやら事務所の仕事の場合、事務所から出さないといけないらしい。

美神さんは渋い顔をしていたが、どうやら初めから分かっていたようで、仕事の立ち合いに出向いた際のみに時給発生することに渋々了解していた。

ただ、留美の訓練のために事務所の資材を使った場合は俺が事務所に支払う事になる。

これは当然の処置だろう。だが、源蔵氏がその分を後で俺に払ってくれるらしい。

まあなんだかんだと、留美が事務所に出入りすることはタダで良いと。

事務所施設使用料払えと言われなかったのはありがたい。

まあ、俺の弟子って事は美神令子除霊事務所所属の弟子と言う事になるため、必要ないと言えば必要ないのだが……。

それと、俺の場合はアルバイトを兼務していたからそんな事はなかったが、赤の他人を弟子にする場合は、GSの学校と同じく、弟子が師匠筋に礼金を払うのが通常らしい。

いや、俺の場合あの1000万の借金がそれにあたるのかもしれない。

 

逆に俺が津留見神社の除霊に立ち会う場合に、美神さんは口を挟む。

「こいつは私が鍛えたのよ。そんじゃそこらのBランクGSなんて目じゃないわ。それにうちは暇じゃないのよ。出向費はおおまけにまけて相場の3倍は頂くわ。それにそちらに立ち会い人がいない場合、比企谷君と留美ちゃんだけで依頼をこなした場合はうちの事務所が代わりに除霊を行ったのと一緒よね。その場合は依頼料の9割はうちに頂くわ。そちらの弟子を鍛えてあげるんだからそれ位当然よね」

流石は美神さん強欲だ。流石にきびしいんじゃないか?

俺としてはこれで契約が成立しなきゃしないでもいいんだが。

それと、俺の師匠は飽くまでも横島師匠ですよ。

次は小竜姫様です。

確かに美神さんには、実戦さながらに鍛えられましたが、妖怪の囮にされたり、盾にされたりと……。

 

「令子、あなたと言う子は……すみませんね鶴見先生」

立ち合いの美智恵さんはその美神さんの言動に、頭痛がするかのように頭を抑え、源蔵氏に謝る。

 

「いいや、美神令子殿の言い分も当然じゃ。弟子を鍛えてもらうんじゃからな。それにこちらの依頼に八幡殿が来てくれるのはありがたい。但し、ちとこちらも台所事情がきびしくての、八幡殿だけに除霊を行かす事はないじゃろう。どうじゃろか?相場云々にわしは疎くてのう、津留見神社のどんな依頼でもわしらの立ち合いの元で、八幡殿が来られた場合、依頼料は5割を美神殿の事務所へというのはどうじゃ?留美関連の保険を含めた諸経費は当然こちら持ちじゃ、それとは別に依頼料の1割は八幡殿の礼金代わりでかまわんか?」

 

「……いいわ。それで契約決まりね。お互いいい関係になりそうね」

美神さんは少し考えてから、それに笑顔で答える。

どうやら、美神さんの頭の中では十分以上に利益が出ると踏んだのだろう。

そりゃそうか。1000万の依頼料で考えると俺の出向費の3倍よりも、折半の方が儲かるしな。

こんな不利な契約だ。それなら、俺が津留見神社の依頼を手伝う事はほとんどないのだろう。

 

「いや、俺はそこまでしてもらわなくとも」

未熟者な俺が師匠なんておこがましい上に礼金とか、逆に気が引けるし。

 

 

「比企谷君、それは貰っておきなさい。令子は遠慮と言う言葉を覚えなさい……鶴見先生、本当に良いのですか?」

美智恵さんは、美神さんに呆れ顔を向けた後、源蔵氏に尋ねる。

 

「いいじゃないママ、向こうが良いって言ってるんだから」

 

「はっはっはーーーっ、かまわんよ。美神の突撃娘の子にしては金にうるさいようじゃ」

源蔵氏は豪快に笑いだす。

 

「もう、その呼び名はやめてください。私はもう42で2児の母ですよ」

 

「そうじゃった。そうじゃった」

どうやら、源蔵氏と美智恵さんは昔からの顔見知りの様だ。

しかし、美智恵さんって若い頃、突撃娘って呼ばれてたのか……。

今の冷静沈着な美智恵さんからは想像がつかないな。

 

 

GS協会の総務課長さんが契約書類を作成し、GS協会とお互いの事務所と俺の印鑑を押し、契約が締結される。

 

俺は源蔵さんに握手を求められ、それに応じる。

「八幡殿、留美をよろしく頼むぞ」

「未熟者なんで、何か間違ってれば指摘してください」

 

「八幡、よろしくね」

「あ、ああ」

 

「これ留美、比企谷師匠じゃ」

「うん、比企谷ししょー」

 

「いや、普段通りでいいぞ」

「八幡殿、それじゃケジメが付かん」

師匠とか呼ばれるのはなんというか、俺が耐えられないんだが。

 

「じゃあ、八幡ししょー、ししょーよろしくね」

なぜか師匠って言い方が可愛らしくなってる留美。

わざとか?わざとなのか?普段、背伸びして大人っぽく振舞おうとしてる癖にそこだけ何で子供っぽいんだ?

 

ゴーストスイーパー横島忠夫の弟子になって2年半、ゴーストスイーパーの免許を取って1年足らずで弟子をとる事になってしまった。

 

 

この後、美神令子除霊事務所に留美を連れ、事務所の面々に所謂弟子のお披露目をすることに、さらにその後には、留美の両親に挨拶をするために津留見神社に行く予定となっている。

源蔵さんとは、GS協会の1階にある喫茶店で少々打ち合わせをした後、東京で用があるとかで別れ、うちの事務所には顔を出さずに用事を済ました後は津留見神社に戻るとの事だった。

 

俺は留美を連れ、徒歩で事務所に向かう。

事務所までは凡そ30分、留美は嬉しそうに俺に何だかんだと話しかける。

……これ、周りから不審者に見えないだろうか?少女をかどわかして連れまわす不審者に。俺と留美じゃどうみても兄妹に見えないだろうな。

俺も車の免許を取った方がいいな、これ。

横島師匠も高卒前に免許取ったって言ってたし。

 

 

今日の午前中は仕事が無いため、事務所にはフルメンバーが揃っていて、留美の顔合わせが出来る手はずだ。

既に美神さんとキヌさん、雪ノ下とは顔を合わせているし、たぶん人工幽霊もな。

後はタマモとシロと……横島師匠か。

よく考えれば、留美をうちの事務所で過ごさせるのは精神衛生上にも教育上にも良くない。

留美はまだ13歳だ。

うちの美神さんや横島師匠の異様な日常を目の当たりにさせるには随分と問題があるだろう。

うちの事務所はR18指定にしても良いぐらいだ。

どうしたものか……。

 

そんなこんなと考えを巡らせながら留美と会話をし、事務所に到着する。

 

「ししょー、あれは何?」

5階建ての事務所を見上げる留美は、とある物体に指さして俺に聞く。

俺はその物体を見て、自分の目が腐っていくのが分かる。

さっそくきたか!美神令子除霊事務所の異常な日常が!

 

 

「あれは……オブジェだ。この事務所のデザインかな?」

俺は苦しい言い訳をする。

 

その物体というか人物はロープでぐるぐる巻きにされ、4階の事務所の窓からミノムシのように吊るされている。

しかも、頭を下に涙をちょちょ切らせながら何やら叫んでいた。

「堪忍やーーー、ちょっとした出来心やったんやーーーー!!」

 

「ししょー、なんか叫んでる」

留美は俺の腕を引っ張り、ミノムシ人間に指さす。

 

「……あれは、変態犯罪者のオブジェだ」

「変態さんなの?」

「……まあ、そうだ」

確かに変態なんだが、俺の師匠なんだ、その人。

普段は良い人なんだぞ。

だけど、変態なんだ!

 

「はちまーーーーーん!!た、助けてくれーーーーー!!」

どうせまた美神さんの下着を盗みに行ったんでしょ?

もしくは覗きか、いずれにしろ自業自得だ。

早速、変態をさらさないでほしい。

 

「ししょーのこと呼んでる」

「気にしなくてもいい」

「そうなんだ」

俺はそんな変態師匠をスルーして、1階事務所建物の入口に留美を連れて入る。

 

人口幽霊との挨拶を済ませ、エレベーターで4階に上がり、事務室に挨拶をしながら入る。

「ただいま戻りました」

「こんにちは」

 

そして、所長席の前まで留美を連れる。

「改めて、美神令子除霊事務所の所長、美神令子よ。比企谷君の師匠でもあるからあなたの大師匠ということになるわ。よろしく」

「私は比企谷君の同僚で所属ゴーストスイーパーの氷室絹です。よろしくね留美ちゃん」

所長席に座る美神さん、その横に立つキヌさんが笑顔で挨拶をする。

 

「津留見神社の鶴見留美です。よろしくお願いします」

留美は少々緊張した面持ちだったがちゃんとした挨拶を返す。

 

ここの事務所の説明の為に、先ずは応接席に留美を座らせ、美神さんとキヌさんについて補足説明をする。

「美神さんは知ってるな。怒らせない方がいい人だから、気をつけろよ。それとキヌさんは俺の先輩だ。めちゃくちゃ優しい人だ。俺が居ない時は何かあったら必ずキヌさんに相談だ。

それにキヌさんは神道系のBランクGSだ。俺もキヌさんに相談するし、俺じゃ至らないことがあるかもしれん、その時もキヌさんに相談だ」

 

留美は応接席から所長席周りで仕事をするキヌさんに目を向けてから、ふくれっ面で俺にこんな事を言う。

「……ししょー、ニヤケ顔きもい」

 

「べ、別にニヤケてないぞ」

仕方ないんだ!キヌさんは聖母だからな、誰もがその存在に心が和むから、キヌさんの前では多少顔が緩むのは許してくれ!

 

雪ノ下が俺たちの前にお茶を出しながら、留美に挨拶をする。

「鶴見留美さん、改めてここの事務員の雪ノ下雪乃よ。よろしく」

 

「比企谷八幡師匠の一番弟子の鶴見留美」

留美は俺の片腕を取って、こんな言い方をして雪ノ下に挨拶を返す。

おい、師匠ってちゃんと言えるだろ?あのししょーって言い方はなんだ?

 

「そう、私は比企谷君の同級生で同じ部の部長でもあるわ」

雪ノ下、なに微妙に対抗しようとしてるんだ?

 

「八幡に一杯色々教えてもらえるし、……それに私の方が大きく成長するし」

留美はふくれっ面で、こんな事を言う。

 

「……何処を見て言ってるのかしら?」

雪ノ下は冷たい視線を留美に向ける。

おい、相手は子供だぞ。

留美も雪ノ下の前で胸の話はするなよ。

 

ちょうどそのタイミングで事務所の扉が勢いよく開く。

「おお!八幡殿の弟子でござるか!拙者は犬塚シロでござる!八幡殿の姉弟子でござる!」

シロはこっちに駆け寄って、胸を張って留美に挨拶をする。

 

「鶴見留美です。ししょーの姉弟子?」

 

「ああ、この前も話したが、俺の師匠は美神さんじゃなくて、横島忠夫なんだ。その横島師匠の一番弟子がシロで、俺が二番弟子って事になるから、年は俺より下だが姉弟子になる」

 

「そうでござる!」

シロはふんぞり返って仰々しく相づちを打つ。

 

「ししょー、でも尻尾……人間じゃない?」

 

「ああ、シロは犬じゃなくて、人狼族だ。こう見えて年は留美とあまりかわらないはずだから仲良くやってくれ」

 

「そうなの。よろしく」

 

「はっはっはーーー!何かあったら!このシロに頼るでござる!」

シロ、なに親分ぽい雰囲気だしてるんだ?

まあ、元々狼は群れを成して生きる動物だしな、群れの中の階級付けを行ってるのだろう。

留美を自分より下とみなし保護対象としたのだろうか。

 

続いて、タマモもシロの後に続き事務所に入って来て、留美に挨拶をする。

「八幡に弟子ねー、まあいいわ。タマモよ」

 

「え?外人さん?……鶴見留美です。よろしくお願いします」

留美はタマモの容姿を見てびっくりしながらも、挨拶を返す。

そりゃそうか、色気のある金髪美女だからなタマモは。

 

「ああ、タマモは事務所の先輩だ。先に言っておくが、タマモも妖怪だ。しかもあの大妖怪玉藻前。世間には内緒にな」

タマモは気配や霊気を人間そっくりに変える事が出来るから、霊能者でも妖怪って気づかれない。

留美も気が付いてないようだったが、後で面倒な事になるかもしれないから、大妖怪である事を先に説明をする。

 

「所詮転生体よ。そんな大したものじゃないわ」

 

「……そうなの?」

 

「まあ、転生してからそれ程経ってないらしいから、俺らとそう変わらないらしいし、仲良くやってくれ」

 

「わかった」

とまあ、弟子お披露目はここまでは一応順調か……問題はあの人か。

 

 

「ねえ、ししょー、ししょーの師匠はどこ?」

……これが一番の問題だ。

さっきの変態が俺の師匠だと言わなくてはならないのだが……。

 




うん、美神一党の中に放り込まれる留美はどうなっちゃうのだろうか?


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(166)挨拶に行く。弟子編②

感想ありがとうございます。
誤字脱字ありがとうございます。

弟子編のつなぎ回です。




「ししょー、ししょーの師匠はどこ?」

留美のこの言葉が今は悩ましい。

 

どこと言われてもな。

さっき留美はモロ目撃していたぞ。

事務所の4階からロープでぐるぐる巻きにされ吊るされていた変態が俺の師匠だし。

今更あの人が師匠ですとは言い難い。

そうだ。あれはGS的な超高度な訓練だという言い訳はどうだろうか?

 

まあ、今誤魔化したとしてもいずれバレるだろうし、正直に話した方がいいのかもしれない。

「横島師匠は……」

 

「おお、この子が八幡の弟子か」

横島師匠の声が後ろから聞こえ、俺達の話題に入って来てくれる。

意外と普通に声を掛けてくれてくれたな。

俺は心の中でホッとしていた。

後を振り向くと少々ニヤケ顔の横島師匠が顔を覗かしているのだが……。

その姿に俺の目は腐る。

 

「………師匠、なんでぐるぐる巻きのまんまなんすか?」

ロープでぐるぐる巻きのまんま床に転がった状態の横島師匠に思わず突っ込む。

なんで、そのまんま出て来るんだ?せめてロープを解いてから出てきてくれ!

 

「は、八幡?ししょーの師匠?」

その光景に驚き、留美は横に座る俺に縋りつく。

当然だ。

この異様な光景はこの事務所では通常かも知れんが、世間一般では異常なのだ。

 

「ふっ、これはおのれの霊気を極限まで高めるための超高度な訓練なのだ」

横島師匠は急に真面目な顔になったと思ったら、こんな言い訳を言い出す。

何処がどう見ても無茶がある言い訳なんだが、何気に俺と同じ事を考えていたんだけど……、俺も相当師匠に毒されているのかもしれない。

そんな横島師匠の言い訳に、雪ノ下は横島師匠に呆れた視線を向け、タマモは我関せずを貫き、流石のシロも苦笑気味だ。

だが、恥ずかし気も無くこんな言い訳を言える横島師匠はある意味大物なのかもしれない。

 

「そ、そうなの?」

留美は横島師匠のその言葉に半信半疑で俺に聞く。

ど、どうする?

ここは横島師匠の言い訳にのった方がいいのか?

 

「そ、そんな事もあることもある」

留美に俺はしどろもどろにこんな中途半端に答えてしまう。

仕方がないだろ?

初弟子の前で俺の師匠は変態ですとは言い難い。

 

「ん?」

俺の答えに疑問顔をする留美。

このまま言い訳を続ければ、何とかなるかもしれない。

 

横島師匠はビヨーンとぐるぐる巻きのまま器用に立ち上がり、観念したかのようにぶっちゃけだした。

「いや~、美神さんのシャワー中に洗面所に忍び込んだんだけど、雪ノ下ちゃんにばったり会ってす巻きにされて、美神さんにグーパン喰らって5階から落とされた。見事なコンビネーションだ。この頃益々雪ノ下ちゃんのロープ捌きが上手くなっちゃってまったく抜けられん。雪ノ下ちゃんもたくましくなったな~~、八幡の弟子ちゃんもこうなったりして~~。はっはっはっはぁ~」

最後は乾いた高笑いをしてから項垂れる。

自ら言っちゃったし……自分はドスケベの変態ですって。

まあ、何れバレる事だし、これで良かったのかもしれない。

 

「横島さんは学習能力がないんですか?もう何度目ですか?いい加減にしないと警察に通報しますよ」

雪ノ下は横島師匠に説教を始める。

確かにたくましくなったな。

一年前は少々精神的にもろい所があったのだが。

まあ、うちの事務所に居るだけで自然と精神力は高まるだろう。

しかし、まだ13歳の留美には早いかもしれない。

やはり、この環境は考え物だ。

 

「あははははっ」

横島師匠は笑って誤魔化す。

 

「八幡の師匠は、スケベで変態?」

留美は横島師匠に若干軽蔑した目を向け、俺の腕を掴んで上目使いで聞いてくる。

 

「う…う、ち、違う、違うんやーーーっ、ちょっとした出来心で、本当は八幡の弟子ちゃんを迎えるために背広に着替えようとしたんやけど、シャワーの音がしたから体が勝手に反応して!しかたなかったんやーーー!そんな目で見んといてーーーっ!」

横島師匠は留美の言葉と軽蔑した目で精神的にダメージを受け、涙にくれる。

そう言えば横島師匠って、小さい子とか真面目な子とかにやたら弱かったな。

 

「留美、とんでもなくスケベだが良い人なんだ。指導者としても優秀で霊能者としての能力は俺の知ってる限りでは最強だ」

 

「え?……八幡よりも?本当に?」

 

「ああ、俺を霊能者としてここまで育ててくれたのは横島師匠のお陰だ」

 

「はちまーーーん!ううううっ、お前だけだそう言ってくれるのはーーーーっ!……アレ?おわっ!?」

横島師匠は涙と鼻水を垂らしながらミノムシ状態のまま、俺に縋りついてくるが、俺はスッと避ける。

 

「………本当に?」

 

「まあ、とんでもないスケベだけど小さな子には手を出さないから、安心していい。基本的にこの事務所で横島師匠が手を出すのは美神さんだけで、それも両人公認の遊びみたいなものだ。大人にはいろいろ事情があるんだ」

俺は留美にそう諭す。

実際、横島師匠は中学生以下に興味を示さないし。

キヌさんはもちろんタマモも妹認定で手を出さないし、それどころか心配していた雪ノ下にも全く手を出していない。

まあ、雪ノ下はこの事務所で着替えやシャワーを浴びる事はまずないから、セクハラする機会がないのかもしれないが……。

基本、横島師匠がこの事務所でスケベなセクハラを敢行するのは美神さんだけだ。

横島師匠の中で一応は一線を越えていい対象なのか分別があるようだ。

ただ、無類の巨乳好きだから、バストの大きさでセクハラ対象を選んでいるという線も無きにしも非ず。

 

だが……

「わたし、子供じゃない!」

頬を膨らませて抗議する留美。

「比企谷!!何言ってるか!!遊びなわけないじゃない!!」

何故か所長席から怒声が飛んでくる。

……あそこから聞こえるのかよ。結構離れてるぞ。

まじ地獄耳。

 

「こいつが悪いのよ!毎度毎度!覗きや下着泥をするなと言ってるのに!!このこの、くのこの!!」

「ギャーーーーース!!」

そこから、美神所令子除霊事務所名物、美神さんの横島師匠への折檻タイムが再び始まってしまった。

毎度やってるでしょ、下着とのぞき攻防戦からの折檻タイム、遊びじゃなかったら何なのか説明してほしい。

 

留美はこの光景を見てボソっと一言「バカばっかり……」

否定が全くできない。

 

良くも悪くも今回のお披露目で、事務所の面々がどんな人物なのか大体わかってくれただろう。

今後、留美が事務所の仕事に同行した際に、GSとしての美神さんと横島師匠の姿を見て、日常とのギャップに戸惑うだろうな……。

あの二人は、GSの仕事に対してはほんと真面目に取り組んでるからな。

その辺が本当の意味でプロなのだろう。

 

と、まあ、なんだかんだと俺の弟子のお披露目はなんとかなった。

だが、留美の中で横島師匠はスケベ師匠という愛称で定着しそうだ。

 

 

俺はその後、留美と共に留美の実家である津留見神社に向かう。

勿論、留美の両親に挨拶をするためだ。

それと、源蔵さんに津留見流神道術事や留美自身にどんな修行を今迄つけて来ていたのかを教えてもらうためだ。

一応留美からは聞いていたが、師匠であり当主の源蔵さんからも聞いておいた方がいいだろう。

それを踏まえて、源蔵さんと留美の今後の育成方針について打ち合わせをした方がいい。

 

 

 

留美の実家の津留見神社は俺の家から山間部に向けてチャリで30分走った所と意外と近かった。

そりゃそうか、総武高校と近隣の交流のある小学校に通っていたのだからな。

千葉山間部の手前、小高い山の山裾にある津留見神社は丁度古い住宅地の端にあり、表は住宅地に接し、裏は山裾の森が広がっている。

ぱっと見、敷地はそれ程広くは無いが、趣がある社殿が3つと母屋だろう二階建ての木造の家が見える。

境内は綺麗に整備され、空気も陽の気で満たされ澄み切った感じだ。

小さいながらも荘厳な雰囲気が漂う。

源蔵さん曰く、津留見神社の源流は鹿島神社らしく、この地には700年前位に分社したらしいから、かなり歴史ある神社だ。

裏のこんもりした小山と森自身が神域となっており、奉ってあるそうだ。

 

津留見神社の鳥居をくぐり、留美は敷地の掃除の際中だろう眼鏡をかけた大人しそうな青袴の男性に声を掛ける。

「お父さん、ただいま」

「おかえり、留美」

留美の父親か、源蔵さんの息子さんにしては大人しそうな人だ。

 

留美の父親は掃除の手を止め、ゆっくり近づく。

「と言う事は、君が……」

「初めまして、比企谷八幡です」

「これはご丁寧に。こちらこそ初めまして、留美の父で鶴見俊之です。母屋の方へどうぞ、比企谷先生」

「……あの、先生はやめて頂けませんか?」

「何をおっしゃいますか、留美の師匠を務めてくださるのだから、君は立派な先生ですよ」

先生って、こっぱずかしい上にそんな立場じゃないんですが?

留美の父、留美パパはそう言って、母屋へ案内してくれる。

 

母屋の引き戸を開き玄関に入ると、広い和式の玄関に入ると巫女服に割烹着姿の女性が駆けつけてくる。

「おかえり留美。いらっしゃい比企谷先生、私は留美の母で鶴見美佳子です。よろしくお願いしますね」

留美は母親似だな、留美が大人になったらこんな感じの美人になるのだろう。

やはりちょっと雪ノ下の母親に似ている。雰囲気は雪ノ下の母親を明るくした感じか。

もしかすると、雪ノ下の母親と留美の母親は血縁だったりしないだろうか?

 

「比企谷八幡です。よろしくお願いします」

 

 

「おう、八幡殿来られたか、上がられよ」

後から神官袴姿の源蔵さんがゆっくりと現れる。

 

 

8畳ほどの和室に通され、大きな座布団の上に座らされる。

隣りには留美。俺の正面に源蔵さん、その横に並んで留美パパと留美ママが座ってる。

「改めまして、比企谷八幡です。まだ霊能者として人としても不肖の身ではありますが、留美さんの師匠を務めさせていただきます」

俺は正座をし、少々緊張しながらこう挨拶をし、正面の三人に頭を下げる。

この挨拶を考えるのに2週間程かかった。

ネット等で調べながら、一番しっくりきそうな文言がこれだった。

 

「うむ。八幡殿、よろしく頼むぞ」

源蔵さんは満足そうに大きく頷く。

 

「改めて鶴見俊之です」

「美佳子です。比企谷先生、留美の事よろしくお願いいたします」

留美パパと留美ママはそう言って俺に頭を下げる。

良い人そうだ。

留美がいじめなどに会っても、擦れずに今迄来れたのは、この両親のお陰なのだろう。

 

「あの、先生はやめてもらえませんか?」

 

「そう言うわけにはいかないよ。これもケジメの一つだよ。それにしても、留美はいい先生を見つけたものだ。若いのに出来てる」

「当然じゃ!わしが見込んだのじゃからな」

留美パパはそう言って留美に尋ねたが、それに源蔵さんが答える。

……源蔵さん、見込んだってあんた、最初薙刀で俺を殺そうとしたでしょ!

 

しばらく打ち合わせを行った後、源蔵さんは町内会の会合に出かけ、留美は母親の手伝いとか、俺は留美パパの案内の元、神社境内を見て回る事になった。

「津留見神社は常陸国(千葉中央:房総半島北部)に根ざして代々除霊を行って来た神社で、江戸時代では大名お抱えの除霊師という立場でもあったんだ」

留美パパは本殿を回りながらそう説明をする。

 

「ここは霊紙を作成する作業部屋で、これも代々津留見神社が担ってきた仕事で、今は奥さんが担当してる。家の奥さんは元々こっちの方の才能が有って、術符等も作ってる。鶴見家の大事な収入源になっているんだ」

母屋に連なる平屋建てでは、霊紙を作成する紙すき器などが置かれ、ちょうど留美ママと留美が霊紙を折りたたむ作業を行っていた。

あれは付与術式の術具だ。と言う事は、成る程、留美ママはクリエイト系の霊能者なのか。

いうならば技術職系の霊能者で、結構貴重な存在だ。

それでもDランクGSということは戦闘もそこそこ出来るって事は、かなり優秀だぞ。

留美もその血を受けついている可能性があるということか。

 

「僕は霊力が大したことないし、そうかといって奥さんのように付与術式が使えるわけでもないから、GSの仕事というよりも津留見神社の切り盛りが主な仕事でね。GSの仕事やGS協会からの仕事も殆ど父さんが担当しているのが現状なんだよ」

留美パパは申し訳なさそうに言う。

 

「除霊等のGS関連の仕事はどのくらいの頻度であるんですか?」

俺は留美パパにこの質問をする。

今後、留美の師匠として同行することがあるだろうから、必要な質問だ。

 

「そうだね。月に1~2回かな。年に20件は無いぐらいかな」

 

「えーっと……」

俺はその留美パパの答えに窮する。

何故なら少なすぎると感じたからだ。津留見神社の年間GSの仕事件数が美神令子除霊事務所の月の件数よりも少ないからだ。

 

「ん?君の所の事務所はどの位なんだい?」

 

「月に20件ぐらいです。多い時は30件超える事も」

大きな仕事は流石に少ないが、小さい仕事だと1人で一日2件~3件こなす事もある。

 

「ええ!?そんなに!?やっぱり売れっ子事務所は違うな~」

留美パパは目茶苦茶驚いていた。

 

留美パパに続けざまに質問を受ける。

「もう一つ聞いていいかい、そのうち妖怪退治や直接除霊案件はどのくらいなんだい?」

 

「はっきり覚えてませんが8~9割程度ですかね」

大規模地鎮などキヌさんの案件や、デジャブーランドとかの定期巡回監視霊障予防等を除くとこれぐらいはあるだろう。

 

「え?えええええ!?それって、ほとんどじゃないか?逆じゃないの?うちの場合は逆だよ、地鎮や霊障予防が殆んどで、妖怪退治なんて、年2~3回あればいい方だよ。ちょっと待って、君、今までどのくらい除霊を行ってきたの?」

 

「……正確には覚えてませんが、プロになってからは80件ぐらいですかね。そのうち完全に1人でってのは30、40件ぐらいだと思います」

まあ、俺が1人行くやつは500万~2000万ぐらいの除霊関連の小さい仕事ばっかりだから、一日に2~3件回る事もある。

 

「君、プロになって1年だよね。高校行きながらでそんなに……父さんが言っていたことは本当なんだ。もしかして、僕よりも除霊件数多いんじゃない?はははははっ、今から近所で僕が行く霊障案件があって、津留見流を見てもらおうと思ったんだけど、無駄だったかな?」

……やはり、うちの事務所って仕事多いんだな。

これではっきりわかった。

うちの事務所が超ブラックだって事が!!

 

「見せてもらうと勉強になります」

俺はこの後、留美パパの霊障案件を見学することになった。

 

その霊障案件は4人家族の一軒家で月に何回か幽霊を見かけるという物だった。

GS協会の案件で言う所のEランクの仕事だ。

 

留美パパは依頼主に状況を熱心に聞き、家の構造を隅々まで調べ、図面に書き落とし、札を張る配置図を作成し、家の柱や壁などに札を張って行く。

どうやら、浮遊霊を寄せ付けないようにする結界ようだ。

しかも、この札の配置は津留見神社独特なのだろうが、たぶん四神結界を独自に改良した物だろう。

これだけしっかりしていれば、そこそこの悪霊もわざわざ敷地に入ってこなくなるだろう。

 

美神令子除霊事務所の場合は、幽霊そのものを如何にかしてしまうが、津留見神社の場合は家そのものを防御し、依頼を達成させたのだ。

これも霊障解決の方法の一つだな。

勉強になる。

まず、うちの事務所は一般家庭の除霊依頼なんて受けないからな。

 

これで依頼料は200万らしいが、依頼者が一般家庭なため補助金が国と県から出るから、実際に依頼者が払うのは60万になる。

 

なるほど、源蔵さんが依頼料の半額払うと言った意味が分かった。

200万の依頼だったら、Bランクの俺の出向費の3倍よりも、依頼料の半額の方が安く済むものな。

美神さんの感覚だと最低でも1000万以上の仕事を想定しているのだろう。

まあ、Cランク以上の仕事依頼だと最低でも1000万以上はするからな。

 

「どうだったかい?」

「大変勉強になりました」

あの結界はかなり堅牢な感じだ。

札自体は津留見独自の物だが、それ程能力が高いものじゃなかった。

だが、札の配置と札に書かれた術式が効力を高めている。

留美パパはかなり知識を持ったGSだ。

霊能力の弱さを知識でカバーしている感じだ。

 

車で津留見神社に戻る道中、俺は隣で運転する留美パパに質問をする。

「何故、俺を留美さんの師匠になる事を了解したんですか?」

留美の話だと、初めから俺が師匠になる事を了承していたらしいからだ。

なぜ、どこの馬の骨とも知らない小僧に留美を預けようとしたのか、気になっていた。

 

「ああ、その事かい。留美から話があったときはびっくりした。でも、君だろ?留美が小学校でいじめに遭っていたのを救ってくれたのは。情けない話、留美が霊能者だとクラスに知れ渡り、そんな苦境に身を置いているのに、何も出来なかったんだよ。学校にも担任の先生などにも相談はしたのだけど、理解されなくてね。転校も考えていた所を、夏のレクリエーションから帰って来てからの留美に少しずつだが笑顔が戻ってね。君のお陰で、クラスで陰湿ないじめがなくなって……、留美だけでなく僕と奥さんも救われた。そんな君なら留美を預けても大丈夫だと思ったんだ」

 

「いえ、俺はそんな大したことはやってませんよ」

 

「そうかい?それに留美の霊能者としての潜在能力はかなり高い。僕ら夫婦じゃとてもじゃないが扱いきれない、それこそ父さんよりも上だと感じてる。実際、あの年で留美は津留見神社の術式を全て扱える。僕はその半分も使えないのに……。霊能者の世界は力こそが全て……父さんが亡くなった後、霊能者としての秀でている留美を僕らじゃ精神的にも技術的にも支えてあげられない。留美はまた孤立してしまうかもしれない。だから留美と歳が近い君だったらと……勝手な思いでね」

 

「俺はこの通り未熟者ですよ」

 

「夏のレクリエーションの出来事で、留美から君の事を聞いて、少々調べさせてもらったんだ。でも中々情報が集まらなくてね。どう見ても君は一般の家の生まれで、普通の高校生だったからね。ようやく君がGS試験に合格した時に調べが付いたんだ。後天的な霊能者、しかもGS試験で準優勝しちゃうくらいの実力者、それなのに普通に高校に通って生活をしてる。君しかいないとも思ったよ。留美を理解し支える事ができるのは。……それに留美も君を慕ってる様だしね」

俺もあの事故で霊障体質になって、横島師匠に出会わなければ、最悪死んでいたし、師匠が俺を霊能者として育ててくれなかったら、今の生活はなかった。

立場はかなり異なるが、留美の状況も近いものがあったのかもしれない。

俺は留美の霊能を育てる事が出来るのだろうかとばかりを気にしていたが……精神的支えか。

横島師匠とシロの関係がそうだ。シロの心の支えは間違いなく横島師匠だ。

 

「俺も師匠に随分助けて貰いました。……期待に沿えるかは分かりませんが、なんとか務めてみます」

 

「留美の事、よろしくお願いします。比企谷先生」

 

 

 

 

津留見神社に戻ると、留美ママが夕食を用意してくれていたのだが……。

俺と留美は上座に座らされ、何故か宴会が始まってしまった。

しかも、親族やら氏子(神社の後援者)やら人がいっぱい集まった前で、源蔵さんが婿殿とかいうから、ややこしい事に!

 

「ししょー、よろしくね」

「ああ」

俺は横で笑顔の留美を見てふと思う。

俺が師匠として何が出来るか分からない。

横島師匠のようにはいかないだろうが、俺は俺なりに師匠として出来る限りの事を弟子(留美)にしてやろうと。

 




弟子編、次は師弟コンビが始動。


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(167)人の噂も75日 弟子編③

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

寝落ちしてました。
アップして、寝ますw続きをどうぞ。


俺は今、津留見神社の境内裏に広がる森にある修練所に来ている。

ここは津留見神社の霊能者がおのれを鍛えるための場所だそうだ。

とはいったものの、道場のような立派な建物があるわけでもなく。

森の中にポツンと山小屋があり、その周囲が拓かれているだけの場所だ。

近くには小さな滝があって、昔は滝行等も行っていたそうだ。

 

勿論、留美の師匠として留美の修練をつける為にここに来ている。

源蔵さんと留美との約束で基本毎週水曜日の放課後に津留見神社で留美に修練をつけると取り決めた。

基本金曜日の夜から日曜日は仕事の事が多いから、空いてる時間は平日の学校終わりからになる。水曜日は授業も他の曜日に比べ一時限少ないから、丁度いい。

場所が津留見神社なのも俺の家から美神令子除霊事務所に比べるまでもなく近いし、留美の負担にもならないからだ。

流石にその日は部活を休ませてもらう事になったが、由比ヶ浜が不満そうだった。

 

最初は源蔵さんも立ち会う物だと思っていたが、「八幡殿のお手並み拝見と行きたいところじゃが、わしが最初から口出しするのもおかしいじゃろうて、任せたぞ。八幡殿」そう言い、どうやら俺の修練に顔を出さないようにしてくれるらしい。

一応、修練前にはどんな修練を行うのかは源蔵さんにも伝えてあるし、今までどんな修練を行ってきたか等も聞いてる。源蔵さんとも留美の修練の方向性については打ち合わせを行っている。

 

俺が最初に留美に行うのは、霊力による身体能力強化、GSにとって基本中の基本だ。

人間を遥かに凌駕した力や能力を持っている化け物たちを相手しなきゃならないから、これがなきゃ正面切って戦う事も出来ないし、一瞬でやられる事もあるだろう。

だが、源蔵さんとの修行では小学生時代は体の負担を考えて本格的に身体能力強化を行ってなかったらしい。

その代わり、術式の修行をメインに行っていたら、留美の吸収力が凄まじく、小学生卒業前に、津留見神社の術式を全て使いこなすまでになったとか。

津留見神道流は式紙使いの系譜だ。

海外で言う所のペーパークラフト使い、その能力の応用範囲は幅広い。

ただ単に式紙を操るだけでなく、極めると、それこそ紙を使った霊能術を全て扱えるとか。

だから式神召喚から術符等の札も難なく行使できる。

そのことから、式紙使いやペーパークラフト使いは極めれば万能とまで呼ばれている。

そもそも陰陽術の源流でもあり、陰陽術師の最高峰、安倍晴明も式紙使いでもあった。

津留見神社も例にもれず式神行使術や術符系の霊能術が多く伝わっている。

六道家や土御門家のように本物の鬼を依り代とした式神は無いが、簡易式神を操る術は多く存在した。

それらの術式をすべて扱える留美のポテンシャルは凄まじく高い。

美神さんが留美の複数の式紙を一斉に扱う術を見て、弟子採用を即快諾したのもそのせいだ。

 

 

「そんじゃ、はじめるぞ」

「ししょー、お願いします」

俺は高校ジャージ、留美はスパッツにトレーニングウエア姿で、修練第一弾として基礎身体能力強化の訓練を始める。

 

最初は俺が手本を見せて、基礎身体能力強化を行って、ジャンプし木の枝を伝い、木の天辺まで登り、そこからジャンプし、地面に着地して見せる。

「ししょー、凄い!」

 

「そんじゃ、ちょっとやって見るか留美」

 

あれだけ式紙を操る事ができるんだったら、基礎身体能力強化もすぐできるだろうと高をくくっていたのだが……

「ししょー、これ苦手」

「まあ、最初はこんなもんだ」

どうやら、本当にあまり修練してこなかったらしく、うまくいかなかった。

余りある霊気が体の外に漏れてしまい、うまくいかなかったのだ。

式紙や術式など、体の外に向ける霊力操作ばかり修行して来た影響だろうな。

成る程、だから源蔵さんは俺が行う最初の修練でこれを推したのか。

ふう、最初の頃の俺と同じか……。

なつかしい。

あの頃の俺も、あふれ出る霊気が漏れっぱなしで全くうまくいかなかった。

俺のあの頃の経験が活かせるだろう。

俺を何とか基礎身体能力強化をそこそこ高いレベルに押し上げてくれた横島師匠の教えが今更ながらありがたく思う。

だが、基礎身体能力強化の修練は時間をかけてゆっくり地道にやっていくしかない。

 

初回の修練を終え、母屋に戻ると留美ママが夕飯を用意してくれていた。

夕飯をありがたく頂いた後、風呂も入って行けと源蔵さんは言うが、家が近いからと遠慮させてもらい家に帰る。

 

家に帰ると小町とタマモがリビングでテレビを見ながらくつろいでいた。

「ただいま」

「おかえりお兄ちゃん」

「おかえり八幡」

 

「お兄ちゃん、留美ちゃんの修行だっけ、どうだった?」

小町が何気なしに俺に、今日の事を聞いてくる。

 

「まあ、元々素質があるから、ちょっと後押しするだけな感じ」

 

「へ~、そうなんだ。さすがの小町も留美ちゃんが霊能者だって聞いた時は驚いたよ。あっ、そういえばお兄ちゃん、明日学校行ったらちょっと大変かもだよ。小町からの優しい忠告だよ」

小町が俺にこんな言い回しをする。

大変ってなんだよ。俺なんかやってしまったか?

 

「小町、どういうことだ?まさか……」

小町に言われてみると、俺には思い当たる節があった。

……明日学校休みたい。

 

 

 

 

翌日……

俺はいつも通り小町とタマモと一緒にチャリで学校に登校したのだが、駐輪所で小町たちと別れ、昇降口から教室に向かい席に着くまでに、いつもとは異なりあちらこちらから視線が俺に向いていた。

ちょっと身体能力強化で聴力を強化すると、俺に対しての噂話が校内の四方八方から聞こえて来る。

『彼奴、なんて言ったけ、ヒキタニだっけ、中学生とつきあってるんだぜ』

『いやいや、相手は小学高学年らしいぞ』

『いやね、ロリコンなの?』

 

『3年のあの嫌われ者のヒキガヤ先輩だっけ、小学生の美少女を連れまわしてるって噂聞いた?』

『違うわ、中学1年生らしいわよ。中学の制服着た子が昨日、学校まで迎えに来たんだって』

 

『小町さんのお兄さんって小学生しか愛せないロリコンなんだって、小町さん可哀そう』

 

『全く許せませんな!!』

『うらやまけしからん!!比企谷ロリ幡死すべし!!』

 

やはりこうなったか。

昨日、中学制服姿の留美が何故か校門前で来て俺を迎えに待っていたからな。

留美の奴に問いただしたら、何でも弟子として師匠を迎えに行くのは当然だとかなんとか、頑なにやめようとしないし、せめて自宅にしてくれと言って、何とか了承は得たが……。

間違いなく学校の連中には見られただろうな。

 

「やっはろー、ヒッキー!」

「おはようさん」

由比ヶ浜が教室に入り俺にいつもの挨拶をしながら、俺の隣の席に座る。

「ヒッキー、なんか凄い噂になってるよ。留美ちゃんの事、大丈夫?」

「ああ、流石に学校には来るなと言い含めた」

「……ヒッキーってロリコンじゃないよね」

「はぁ、当り前だろ」

「そ、そうだよね。あははははっ、ヒッキーは巨乳好きだもんね」

「………それ言わないでくれる?」

 

その後も休み時間も教室中その噂で持ち切りだ。

本人居るのに、よくそんな噂を普通に話せるな。

 

しかし、由比ヶ浜が我慢ならないって感じで、クラスの連中にこんな事を言い出した。

「みんなの勘違いだよ、ヒッキーはロリコンじゃない。だってあたし知ってるしヒッキーって、その……もってる…あれなDVD……全部きょ、巨乳物だし!!」

しかも、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに皆に訴える。

 

おいーー!!由比ヶ浜!?それフォローか!?

顔真っ赤にして何恥ずかしげに暴露してるんだ!?俺のクリティカルな秘密を!!

 

由比ヶ浜のフォローというか暴露というか、そのお陰でというか、俺のロリコン疑惑は消え去ったが、替わりにロリ巨乳好き疑惑が浮上しだしたのだった。

さ、最悪だ。

悪化してるだろ!

俺の性癖にさらに属性増やしてどうする!?

 

 

昼休憩中の奉仕部では……

「比企谷君、迂闊過ぎるわね。留美さんには今後気をつけるようには伝えたのかしら?」

「ああ、迎えに来るにしろせめて自宅にしてくれとは言い含めたが……」

「……前途多難ね」

雪ノ下は俺の一連の噂話にウンザリしてる様子だ。

 

「八幡が女の子の弟子ね~。光源氏じゃあるまいし、実際どうなの?」

「どうなのって雪ノ下さん、俺がロリコンじゃないのを知ってるじゃないですか」

「いつそうなるか分からないわ。でも大丈夫。そんな事になっても私は八幡を愛してるわ」

「そ、そうですか、恥かしいからその枕言葉のように愛だの、なんだの入れて来るのいい加減やめてくれませんか?」

「恥かしがってくれてるってことは、意識してくれてるってことよね。良かったわ」

陽乃さんは何故か最後は、ホッとした笑顔を俺に向ける。

今、そう言う顔をさせるとドキドキするからやめてくれませんかね。

 

「ヒッキー、ごめんね。余計な事を言っちゃって」

「まあ、俺を助けてくれようとしてくれたんだろ。気にするな。今更悪評の一つや二つ増えたところで何も変わらない」

申し訳なさそうに謝る由比ヶ浜にこういうしかなかった。

確かに普通の悪評ならば何も気にならないが、流石にロリコンとかロリ巨乳は厳しいだろ?

 

そこに騒がしい奴が入って来る。

「せーんぱーーい!!」

「一色さん、今は昼休憩中よ」

そんな一色に注意する雪ノ下。

 

「良いじゃないですか雪ノ下先輩。それよりも先輩は~♡……ロリ谷先輩なんですか?それともロリ幡先輩なんですか?それとも巨乳谷ロリ幡先輩なんですか?」

一色はなんか迫力ある物凄い笑顔で俺に迫って来るが、言ってる内容は最悪だ。

巨乳谷ロリ幡って最悪だろ!どこのAV監督の名前だ!?

 

「はぁ、そんなわけないだろ」

 

「むーっ!去年のクリスマス会で先輩に懐いていた小学生の子ですよね!!一つ年下の私を妹扱いみたいにする癖に!なんで5つも6つも下の子が良いんですか!!そんなにケツの青いガキンチョが好きなんですか!!」

一色は机をバンと叩き、さっきとは打って変わって頬を膨らせ俺に怒鳴り散らしてくる。

 

「違うって言ってるだろ!」

 

「じゃーー、なんなんですか!!」

一色は涙目ですごい剣幕で迫って来る。

 

「はぁ、あの子は…留美は俺の弟子なんだよ。GSのな」

俺はため息一つついて、一色に事実を話す。

 

「弟子!?そんな嘘、生徒会長の私には通用しないんですよ!さあ、吐いてください!せんぱい!」

一色はついには俺の両肩をつかんで揺らして来る。

一色の顔が眼前に……ち、近いぞ一色。

この頃、此奴は何かと距離感が近すぎる感がある。

 

「一色さん、そこまでにしなさい。比企谷君の話は本当よ。鶴見留美さんは代々霊能者の家系で、つい先日比企谷君の正式な弟子になったのよ」

雪ノ下はスッと横に来て、俺の両肩をつかむ一色の手を掴み、そう言った。

 

「本当…なんですか?」

 

「一色ちゃんもライバルなのかな~、好きな人の言葉を信用できないなんてまだまだね」

陽乃さんはしれっと一色にそんな言葉を投げかける。

 

「あ、あはははっ、最初っから分かってましたよ~、先輩がロリコンじゃないことぐらい。ちょっと先輩を試しただけです。でも先輩は~、胸の大きな女性が好きなんですよね~。私もそこそこありますよ」

一色は誤魔化すように笑った後、チラッと雪ノ下を見て、こんな事を言ってしまう。

一色、その話題はやめてあげてくれ!雪ノ下はマジ気にしてるから!

 

「……一色さん、そこに直りなさい」

あっ、雪ノ下が切れた。

雪ノ下は凍り付くような視線を一色に刺している。

 

「じょ、冗談ですよ」

さすがの一色も雪ノ下の迫力にたじろぐ。

 

由比ヶ浜がここで慌てて止めに入り、陽乃さんは怒ってる雪ノ下の表情をスマホでパシャパシャ撮って満足そうに頷いていた。

由比ヶ浜のお陰で雪ノ下は怒りを収めてくれたが、シスコンの陽乃さんはアレだ。雪乃ちゃん日記なるものにその雪ノ下の写真を添付するのだろう。

 

 

 

そんなこんなの昼休みの後半に、俺は平塚先生に屋上へと呼ばれる。

「比企谷……何をやらかした。良からぬ噂が学校中に出回ってるぞ」

「すみません。発端は俺の不注意です」

良からぬ噂とは勿論、俺のロリコン疑惑改め、ロリ巨乳好き疑惑だ。

モロ不順異性交遊の対象だし、こんな噂が出回ってれば、教育指導で担任の平塚先生に呼ばれて当然だ。

俺は平塚先生に留美を弟子にとり、その留美が昨日、校門まで師匠である俺を迎えに来たところを生徒達に見られたと、これまでの経緯を話す。

 

「まあ、そんな事なのだろうとは思ってはいたが、……正直な話だ。生徒達は君を侮っている。だからこんな噂も広まり面白半分に話の種となっている。集団生活の中で人は、わざわざ自分より弱い立場の人間を見つけ、見下す事が往々にして起こる。それは安心感を得る為なのか、優越感を得る為なのか、人それぞれだが、それは学校だろうが大人社会だろうが一緒だ。それがエスカレートすると弱者に対しては容赦がなくなる。それがいじめの発端の一つとなる」

 

「……そうですね」

 

「君は精神的にどの生徒よりも強い。いや、大多数の大人達よりも強い。だから、他人の悪意を一身に受けても耐えてしまうのだろう。だが……君の周りの人間はどう思うだろうか?君が悪意を受ける姿を見るのは辛いはずだ。私もそうだ。……君は侮られ過ぎだ」

 

「気をつけてはいたんですが……油断してました。すみません。」

 

「いや、君に説教してるわけじゃないんだ。もう少し自分を主張してもいいのではないかという話だ。君はそれだけの物を持っているのだから」

 

「主張ですか……」

 

「考えてみてくれたまえ」

 

「考えてみます」

やはり平塚先生はいい先生だ。

こうやって、親身に生徒の事を考えてくれる。

先生と二人横並びで、屋上のフェンス越しに見える風景を何気なしに眺める。

 

 

しばらくして……

「と……ところで比企谷、男性から見て年下の……年が離れた女性はどう思う?」

平塚先生は俺に顔を向けるが、若干顔が赤らんでいた。

しかも、なんか急にもじもじしだしたぞ。

さっきまでのかっこいい教師姿はどこに行った?

 

「いや、唯の質問だ。客観的でいい客観的で、比企谷から見て10歳以上離れた年下の女はどう見える?」

 

「………いや、どうって言われても、子供?」

どういう質問なんだこれ?

 

「れ…恋愛対象にはならないのか?」

恋愛対象ってあんた!俺の10歳下だったら相手は8歳だからな!!無理に決まってるだろ!!

 

「……何ですか?平塚先生も俺がロリコンとでも言いたいんですか?」

 

「い、いや違うんだ。もし比企谷が50前ぐらいで20歳以上年下の女性はどう見えるのかと……」

ん?んんんんん?……もしかしてこれって、20歳以下の女性って平塚先生の事じゃないか?と言う事は50歳前の相手ってもしかして……」

 

「…………あの、それって先生の事ですよね。相手ってもしかして……」

これ、唐巣神父の事だろ……間違いない。

もしかして、平塚先生って唐巣神父の事を?

 

「わ、私の事じゃないぞ!……ああああ!忘れてくれ!私は生徒に何を言ってるんだ。つい比企谷の前だとこんな事を話してしまう。君があまりにも大人びてるのがいけない!」

 

「まあ、大丈夫じゃないっすかね……男って基本年下の女性から好意を寄せられるとうれしいですからね」

 

「そ、そんなものなのか?」

 

「まあ、一般論ですが……」

 

「君もか?」

 

「いや、俺は18なんで、20歳も年下だったら生まれてないし……」

 

「あ、ああ、そうだな……うむ」

この人、恋愛が絡むと急にポンコツになるからな。

学校ではかっこいい美人教師なんだが……。

しかし、意外とお似合いじゃないか?唐巣神父と平塚先生って。

だが、神父も神父でGS協会のお偉いさんだし、教職の平塚先生とは厳しいかもしれん。

いやしかし、唐巣神父のあの懐深い優しさは、そのまんまの平塚先生も許容できちゃうだろうな……

 

 

5時限目の開始5分前のチャイムで教室に戻るが……。

教室の雰囲気が午前中とは異なっていた。

 




ルミルミを弟子にするという事はこういう事だ!!
と言うわけで、続きます。


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(168)更に混沌と 弟子編④

感想ありがとうございます。
誤字脱字ありがとうございます。

うん、時代がそうさせたのです。




留美が俺の高校に迎えに来たことが切っ掛けで、一夜にして俺は学校中にロリコンの誹りを受ける事になる。

まあ、それだけならまだいい。

俺のミスでもあるしな、ある程度想定していた。

だが、なんだかんだあって、ロリ巨乳好き疑惑まで……。

何でこうなった?

 

昼休みに奉仕部で昼飯を食った後、平塚先生と話をし、教室に戻ったのだが……。

ちょっと、午前中と教室の雰囲気が違う気がする。

午前中は俺に対して、少々軽蔑の眼差しがあったりと負の感情が向けられていた。

確かに負の感情ってところは変わらない気がするが、男子から露骨に避けられている?なんか恐れられているというか怖がられてる?いや戸惑いか?

まあ、ロリ巨乳好きの最低野郎になってるしな、避けられて当然か。

だが、授業の間の休憩時間に他クラスからも何故か女子が集まり、廊下から俺は視線を向けられている。

なんだこれ?どういうことだ?しかもなんか騒いでるし、珍獣扱いなのだろうか?

 

そんな疑問を余所に、放課後、由比ヶ浜と共に奉仕部の部室に向かう。

「なんか、午後から変じゃなかったか?」

「うーん。なんだろう?他のクラスの女子もヒッキーの事見に来てたみたいだし」

由比ヶ浜も俺と同じように違和感を感じているようだが、その理由を知らないようだ。

 

「ハロハロー、結衣にヒキタニく~ん!!」

なんかやたらテンションの高い海老名姫菜が正面から現れる。

顔を赤くしてはぁはぁ言ってるし、なんか怖い。

 

「やっはろー!姫菜、どうしたの?」

「うす」

 

「はぁ、はぁはぁ、ひ、ヒキタニくん!いえ!比企谷さん!!」

海老名ははぁはぁ言いながら、いきなり俺の両手を握って迫ってきた!?

なにこれ?どういう状況!!

 

「はぁ!?ちょっ!?」

「あああ!!姫菜!!ヒッキーから離れて!!」

 

「遂に!!遂に真実の愛に目覚めたんだね!!私は…私は…今、猛烈に感動している!!」

海老名は俺に顔を上気させ、はぁはぁ言い、涎と鼻血を垂らしながら物凄い緩んだ顔で迫って来る。

 

「ちょっ!え、海老名…さん!?」

これどういうこと!?目が逝っちゃってる!?こ、怖い怖すぎる!!

 

「離れて!!姫菜!!もう!!離れて!!」

由比ヶ浜が必死に海老名を引きはがしてくれようとするが、海老名は物凄い力で俺の両手を掴んでいる。

 

「海老名!擬態しろし!」

何時の間にか三浦が現れて、海老名の後頭部にチョップをかます。

その反動なのか、海老名は俺の手を離して三浦の方に振り返る。

た、助かった。流石はおかん三浦。

 

「優美子!!だって、ヒキタニ君が比企谷君に覚醒して真実の愛に目覚め、隼人君と愛の園をこの学園に築くんだよ!!」

何言ってるかわからんし!わかりたくもないが!とりあえず腐ってる!!……海老名の中では八×隼とかになっているのだろうか?勘弁してください!!

俺の目は自身で分かるぐらい腐っていく。いや、もちろん海老名とは別方向でな。

 

「何言ってるし!隼人は関係ないしょっ!!」

「ム腐腐腐腐腐っ!!この学園に神が降りた!!」

海老名は暴走しっぱなしだ。

 

「優美子!どうなってるの!!」

由比ヶ浜は海老名から俺を守るかのように立ち塞がりながら三浦に質問する。

 

「どうもこうもない、……ヒキオが男好きだって噂が昼休みぐらいから一年から回ってさ、はっ、ばからしい」

三浦は吐いて捨てるようにそう言う。

なんじゃそら!おいーー!!何でそんな事になってるんだ!!

俺が男好きって、そりゃ、クラスの男子も俺を避けるだろうな!!

そりゃ、海老名があんなに暴走するだろう!!

どうなってんだ!?

なぜ、そんな根も葉もない噂が?

 

「すべてヒキオが悪い。優柔不断だからそうなる。結衣も何でこんな男がいいのか……」

三浦は俺を睨んでから暴走中の海老名の襟首を引っ張り、連れて行ってくれた。

三浦の言葉は流石に耳が痛い。

 

 

ロリコンからロリ巨乳好き、さらには男色って……何その変態!?

軽く横島師匠越えたんじゃないか?

 

 

重い足取りでようやく奉仕部に到着。

「比企谷君、あなた、今度は何をやらかしたのかしら?」

「……いやわからん」

どうやら雪ノ下のクラスにも俺の男好きの噂が流れているようだ。

 

「気にしてもしょうがないわ。学生が面白がってるだけよ。あんまりひどいようだとお姉さんが出っ張ろうかしら?」

陽乃さん言う通りだと思う。

気にしても仕方がないが、男色はないだろ?男色は!?

ロリ巨乳好きバイセクシャルってどんな属性だ!?

 

「そうね。あまりいい気分では無いわ」

「うー、なんでこうなったし」

雪ノ下は目を細め、由比ヶ浜は頭を抱える。

 

はぁ、マジでなんでこうなった?

 

そこにタマモが澄ました顔で部室に入り、それぞれが挨拶をする。

「やっはろー、タマモちゃん」

「タマモさん、こんにちは」

「うす」

「こんにちは」

 

「ええ、こんにちは」

タマモもそれに普通に挨拶を返す。

始めの頃はぎこちなかったが、今じゃこんな感じで溶け込んでる。

 

タマモは俺の方へつかつかと歩き、何やら文句を言い始める。

「八幡のせいで、朝からクラスの生徒達から質問攻めよ。留美が八幡の弟子と言う話は学校では言わないようにとキヌには言われていたから面倒だわ。それにしても何故、留美が八幡と一緒に居るとまずいのか分からないわ。別にいいじゃない。ロリコン、ロリータコンプレックスの何が悪いの?私にはわからないわ。小町にもロリコンは否定してあげてと言われたから、代りに八幡は女子供に興味がない男色家だって言ってやったわ。そしたら余計に騒ぎが大きくなって、まったくなんなのよ」

タマモはツンとした感じで、不満そうに悪びれも無く言った!

 

「おいーーー!!お前何言ってくれてんだ!!」

お前か!!犯人は!!まったくなんなのよはお前だ!!

タマモが言っちゃったらダメだろ。

今、お前は留学生扱いで俺んちで寝泊まりしてるんだから、そんなお前が生徒達にそれ言っちゃったら信憑性というか、ほぼ確定じゃねーか!

 

「タ、タマモちゃん!?」

「タマモさんが原因みたいね」

タマモの発言に由比ヶ浜は驚き、雪ノ下はため息をついていた。

 

「何?八幡?わたし何か悪い事言った?」

タマモは俺や由比ヶ浜達の反応を見て、自分に失言があったのか聞いた。

 

「貴方ね。八幡を男色家扱したのよ?意味わかってる?」

陽乃さんは呆れたようにタマモに言う。

 

「それのどこがおかしいのかしら?平安の時代の貴族や武家では12、3歳ぐらいの婚姻なんてざらにあったわ。それに身分の高い人や権力者程、衆道(男色)は多かったし、普通に認められていたわ。それに最近のニュースでも性の多様性、ジェンダーだったかしら、それらが認められているのなら別に構わないじゃない」

流石は平安時代を生き抜いた玉藻御前、令和の時代の常識が通じない。

それなのに、最新の知識も取り入れてるから、反論がしずらい。

 

「タマモちゃん、でもヒッキーはロリコンじゃないし、男の人が好きでも無いから」

「さすがに嘘はいけないわ。タマモさん」

由比ヶ浜と雪ノ下はタマモを窘める。

 

「難しいわね」

タマモは何が失言だったのかは理解出来てないようだが、とりあえず失敗だった事は悟ったようだ。

本当に悪気が無い感じだ。

 

「どうしようか……」

「このままと言うわけにはいかないわね」

由比ヶ浜と雪ノ下はそう言ってくれるが、どうしようもないだろ、これ?

 

「ふふっ、ここはお姉さんの出番ね」

陽乃さんは悪戯っぽく微笑んでいた。

 

「姉さん、何かいい案でもあるのかしら?」

 

「もちろんよ」

陽乃さんは自信満々だ。

 

皆は陽乃さんの次の言葉を待ち、出た言葉が……

「そ・れ・は。私と八幡が恋人宣言をするの」

……何言ってるんだこの人

 

「姉さん真面目に考えなさい!」

 

「酷い雪乃ちゃん。真面目に考えての答えよ。年上の私と八幡が恋人だと知れ渡れば、間違いなくロリコン疑惑と男色疑惑は払拭できると思わない?」

確かにそうかも知れないが、それはそれで恥ずかしいというかなんというか……。

 

「うーーっ、そうかも知れないけど!だったら私がヒッキーと恋人宣言するし!!」

由比ヶ浜も何を言ってるんだ。

「そうね。それなら私がこの中で一番適役よ。そ……その、きょ巨…乳疑惑がふ、払拭でき……ううう」

雪ノ下も涙目になる位なら言わなくていいから。

「そう言う事なら仕方が無いわね。私にも非があったようだから、八幡の恋人役をやってあげるわ」

タマモも陽乃さんの冗談だから乗らなくていい。

 

いや、仮にこれをやったら、更に大変な事になるんじゃないか?

ロリ巨乳好き男色の上に、年上、金髪、微乳、ハーレム野郎とか言われない?

何その全能感、東西南北中央スーパー八幡を名乗れるんじゃないか!?

 

4人の言い合いが勃発。

なんか収拾が付かなくなってきたぞ。

 

 

そこにマイ・エンジェル小町が元気よく登場。

「皆さん、こんにちはです!」

た、助かったのか?

 





なんでこうなった?
ルミルミが出ないのに弟子編。
次は留美が出ますよ。


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(169)噂の終息 弟子編⑤

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

いろいろ書いてたのを大幅にカットしました。
まあ、これ、あんまり続けてもな~っと思いまして。


 

なんだかんだあって、俺は学校中の噂の人物になった。

……ロリ巨乳好き男色の最低野郎と。

なんでこうなった?

 

陽乃さんが俺のこのとんでもない噂を払拭させるために、自分と恋人になればいいと。

確かに年上の陽乃さんと付き合っているとなれば、少なくともロリコンと男色家の疑いははれるだろうが……。

これに猛反発し、由比ヶ浜と雪ノ下は自分こそ恋人役に相応しいと、何故かそこにタマモまで……、部室で言い争いが勃発してしまう。

 

そこに我が妹小町が元気よく登場。

「皆さん、こんにちはです!って、お兄ちゃん、これどったの?」

 

4人の口論を余所に小町にこれまでの経緯を説明する。

「まあ、お兄ちゃんだし、ここは小町の出番だね!」

 

「いい方法があるのか?」

 

「もちろん、何年お兄ちゃんの妹をやってると思ってるの、小町に任せなさい!」

 

「小町」

流石は比企谷家の長女、こんな時には頼りになる。

 

「まあまあ、陽乃さんに雪乃さんに結衣さんにタマモちゃんも、お兄ちゃんの事は小町に任せて!」

言い争ってる4人を窘めながら近づく小町。

 

「小町ちゃん!?いつの間に?」

「小町さん、他にいい案があるのかしら?」

「妹ちゃん、なーに?」

「小町がそういうのなら」

小町の声で4人は言い争いをやめ、それぞれの反応を示す。

 

「ふふん、簡単簡単、お兄ちゃんと小町がずっと一緒にいればいいだけの話だよ。昼休みは小町の教室でタマモちゃんとご飯ね」

 

「小町ちゃん!?そ、そそそそれって、どういう、ええ!?小町ちゃんもヒッキーの事?」

「小町さん、それはどういうことかしら?」

「……なーるほどね。流石は八幡の妹ちゃんね」

「それだけでいいの?なら簡単ね」

由比ヶ浜は明らかに何か勘違いしてる。

雪ノ下は訝し気に小町に聞きなおし、陽乃さんはどうやら小町の意図に気が付いてる様だ。

タマモも小町の意図は理解していないが、小町に従うようだ。

 

「小町、それでなんとかなるのか?」

俺も小町の意図が全くわからなかった。

 

「そだよ。そもそも何でお兄ちゃんだけ、こんな噂が広がったのかだよ。留美ちゃんと一緒に居ただけなのになんで?他の生徒だって、兄妹もそうだけど何かの事情で小学生や中学生と一緒に居る事だってあるはずなのに、何でお兄ちゃんだけなのかな~」

 

「うーん、なんで?」

「比企谷君には悪い噂が立っているからではないかしら」

由比ヶ浜は疑問顔で雪ノ下はこう答える。

俺も雪ノ下の意見が妥当だろう。

弱者や悪者には何をやっても許されるみたいな感じじゃないか?

 

「それもあるかもだけど、嫉妬、皆お兄ちゃんに嫉妬してるんだよ」

小町は雪ノ下の意見を肯定しつつ、意外な言葉を出す。

 

「嫉妬?なんで俺に?学校で一番の嫌われ者だぞ」

 

「お兄ちゃんには可愛い妹の小町だけじゃなくて、こうやって雪乃さんや結衣さんとずっと一緒にいるし、それにいろはさんと沙希さんだって、今は陽乃さんとタマモちゃんも……それだけじゃないし、学校一のイケメンの葉山先輩や番長の三浦先輩や、えっと、サッカー部のうるさい担当の戸部先輩とか、イケてるグループの人もお兄ちゃんに気軽に話しかけるでしょ?」

 

「どういうことだ?」

 

「八幡は自分の事になると鈍いのね。2カ月ぐらいしか居ない私でもわかったわ」

陽乃さんは小町が言いたいことが分かってる様だ。

 

「本来お兄ちゃんは余計な事を言わなきゃ、葉っぱの裏にくっ付いてるナメクジみたいに目立たない存在なの。雪乃さんと結衣さんだけだったら、まだお兄ちゃんは陰キャな影で居られたけど、こんなに沢山の目立っちゃう人達に囲まれてれば、流石のお兄ちゃんも、何も言わなくても目立っちゃう存在になっちゃうんだ」

小町ちゃん、ちょっと悪意がこもってませんか?

それになにそれ、ミスディレクションが切れた黒子くんみたいになってるんだけど。

 

「それは理解出来るわ。でも小町さんと一緒に居ることで、今回の件が払拭されるとは思えないわ」

雪ノ下、今の説明で理解出来ちゃうのか……。

それは置いといてだ。

おれも雪ノ下と同見解だ、俺は何時も雪ノ下や由比ヶ浜と一緒に居るし、小町でも同じだろう。

 

「お兄ちゃんの事を知りもしないくせに良く思っていない連中が最初にこんなくだらない噂を流して、それに他の生徒が便乗してる感じだし。しかも噂の発端は一年生から、便乗してるだけの生徒達にはお兄ちゃんがちょっと陰キャだけど人畜無害のなんだって知らしめてやるんです。これが出来るのはお兄ちゃんの実の妹の小町だけ!なのです。部活仲間やクラスメイト、先輩後輩などの関係は、逆に変な噂が流れちゃうから、確実なのは小町だけ!」

 

「う、うん、でも小町ちゃんなんか……」

「それはそうかもしれないのだけど……」

「そうね。それが確実だけど……、お姉さんもちょっとは手伝ってもいいんじゃないかしら」

由比ヶ浜と雪ノ下と陽乃さんの3人は小町の意見に同意したものの、小町の物言いにどこか納得がいっていない様子だ。

 

「それじゃ、お兄ちゃん帰ろっか?タマモちゃんも!それじゃ、皆さんさよならです」

小町はお辞儀をしながら、俺の腕を取り部室を出て行こうとする。

 

「えっ?小町ちゃん?……すまん、先に上がる」

俺は小町に引っ張られるまま、そう言って部室を出る。

 

 

翌日から俺は小町とタマモと通学の行き帰りを共にするだけじゃなく、昼休みも一緒に、しかも一年の教室で昼飯とか、3年の俺が何故一年の、しかも妹の教室で昼飯とか、どんな羞恥プレイ?しかもだ。

昼飯の同席は小町とタマモだけじゃない、小町のクラスメイトの女子の全員が机を寄せ合っての昼飯だぞ?

 

「ジャーン!小町のお兄ちゃんです。この通り、目つきが悪くて陰キャで口も悪いけど、人畜無害だよ」

小町は笑顔でそう言ってクラスメイトの女子に俺を紹介する。

何、その紹介?いい要素が一個もないんだけど。

ほらみろ、小町のクラスメイトがなんか引き気味になっちゃったし。

 

「なんか、昼休みに一緒しちゃって悪い。小町の兄の3年の比企谷八幡だ。小町の事をよろしく」

俺は同席してる小町のクラスメイトに無難な挨拶をする。

年下とは言え、こんなに女子に囲まれれば、昔の俺だったらカミカミで、緊張のあまり冷や汗まで出てちょっと漏らしてたまであっただろう。

美神令子除霊事務所に伊達に3年近く在籍していない。

精神力は間違いなく強くなっている。

それだけではないか、美神令子除霊事務所や奉仕部は、女子率が高いだけでなく美少女率もほぼMAXだからな。慣れなのかもしれない。

ただ、あまり近づかないでね。

やはり、緊張するものは緊張するから、これ以上近づいてこられると緊張してるのバレちゃうから。

なんか、良い匂いがあちらこちらからするし……、クラスの女子全員が席を寄せ合って座ってる中で男俺一人ってどういう状況?

こうやってなんとか平静に保ってられるのは、俺の両サイドが小町とタマモだし、小町のクラスメイトとはある程度離れてるから何とか行けてるが、目がキョドらない様に全力制御するのに精いっぱいだから。

 

「でもね。凄く頼りになるお兄ちゃんなんだ。色々噂があるけど全部嘘だから、中学校の子と一緒に居たのは、その子は留美ちゃんって言って、前からの知り合いでお兄ちゃんが家庭教師で教えてる子なんだ」

まあ、師弟関係って、確かに家庭教師の関係みたいな感じではあるから、間違いではないか。

それにしても……小町にこう言ってもらえるとは…凄く頼りになるお兄ちゃん……兄冥利に尽きる。うううう、やばい、涙が出そう。

しかし、この場は我慢だ。

耐えてこその兄道だ。

 

「そうね。八幡はなかなか見どころがあるわ。私が前言った男色はちょっとした冗談よ。八幡はタダ初心なだけ」

タマモも何だかんだと、弁明してくれるが……初心なだけって、言い方おかしくないか?

なんか、童貞を拗らせてるみたいな感じに聞こえるんだけど。

平安時代の恋愛マスターのタマモから見ればそうなのかもしれないが……。

 

それにしても、クラスメイトの女子全員を一緒に集められるとか、流石は小町。

コミュニケーション能力が滅茶苦茶高い。

家の近所付き合いとか、ほぼ小町がやってるしな。

小さい子からじいさんばあさんまで、小町は相手の懐に入る天才だ。

 

 

昼食を取りながら、俺は小町のクラスメイトの女子から質問攻めを受ける事に……。

奉仕部の事とか、雪ノ下や由比ヶ浜の事や、葉山と仲がいいのかとか……。

奉仕部や雪ノ下や由比ヶ浜の事は無難に答えるが、葉山とは別段仲がいいわけじゃない。

元クラスメイトってだけだ。あいつは誰とでも話すだろ?

だが、質問がどんどん際どくなっていく。

「小町ちゃんのお兄さんのお弁当は小町ちゃんが作ってるの?でも、小町ちゃんとタマモちゃんのお弁当と違うね」

や、やばい。

今俺が食ってるこの弁当、雪ノ下に作って貰ってる弁当だ。

適当な言い訳を考えなくては!

 

「それ、雪乃が作った弁当よ」

タマモがそれに答えてしまう。

おいーーー!!なんでいっちゃうんだ?

 

「え?タマモちゃん、それって雪ノ下先輩が小町ちゃんのお兄ちゃん?」

「もしかして、雪ノ下先輩とお兄さんって付き合ってるんですか?」

タマモのその言葉で小町のクラス女子が騒めきだす。

タマモさん言っていい事と悪い事があるでしょ!?

……お、終わった。

 

「何?そんなにおかしい?私や小町も作ってもらう事があるわ。雪乃は料理好きだし、料理はとても美味よ」

タマモは平然とそう言うとクラスの女子は口々に騒ぐ。

「雪ノ下先輩って部員の皆にお弁当を作ったりするぐらい好きなんだ」

「いいな~、私も雪ノ下先輩のお弁当食べて見たい」

「奉仕部に私も入ろうかな~」

 

あれ?

これって助かった?

 

「去年は奉仕部と生徒会とで他校の交流会でクリスマス会とかバレンタインのチョコレート教室とか開いて、雪乃さんが料理作ってたらしいよ」

小町は続けて皆に雪ノ下の料理の話をする。

 

「そうなんだ。今年も有ったらいいな~」

「雪ノ下先輩って美人で勉強出来るし、料理もできるのか~、完璧超人過ぎない?」

小町の話で女子生徒の興味は雪ノ下自身に移り、会話は雪ノ下の話で盛り上がる。

流石はうちの妹様だ。

完全に俺の弁当から話題が逸れた。

 

こうして昼休みは無事終了する。

 

何だかんだとこれを1週間続けると、小町のクラスメイト女子から俺が学内で噂されるような人間じゃない事が広がり、変態的な噂を打ち消していった。

俺の変態的噂は元々一年の男子から発信されたものだが、男子が女子の噂伝播量には到底かなわない。

当然、女子からの噂が勝ち、俺の変態的噂は学内からほぼ消え去った。

 

小町のお陰で俺は元の生活へと…。

かなり穏便な方法での解決だった。

もし、陽乃さんと雪ノ下が本気で噂を潰そうとした場合、噂を流した男子生徒連中は雪ノ下姉妹にとんでもない目に遭わされるに決まっている。

それこそ、学校に来ることが出来ないぐらいのトラウマを植え付けられるだろう。

何だかんだとこの姉妹、根本的な考え方が良く似てる。

 

家に帰って、キッチンで夕飯の準備をする小町に礼を言う。

「小町、助かった」

「ううん、小町はお兄ちゃんの妹だし、それよりも料理手伝って」

「おう」

俺は料理を始める小町の横で食器を洗う。

鼻歌交じりで野菜を切る小町を横目で様子を伺うが、いつもと変わらない。

小町はこの件の事でこれ以上何も言わなかった。

 

 

 

その間も留美の修練は続け、元々の本人のセンスもあって身体能力強化を徐々にものにしていく。

そして、俺の仕事に同行することになった。

 

 




次は遂に、留美が八幡の除霊に同行することに


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(170)初現場研修は…弟子編⑥

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


 

留美を弟子にしてから3週間後

留美の身体能力強化の修行は、最初こそ躓いたが、元々霊力を操る事に長けていたため、ちょっとコツを掴むと、メキメキと自分の物にしていった。

やはり、俺の時とは随分と違う。

俺が今の留美レベルの身体能力強化を身につけるのに1年はかかったからな。

源蔵さんの意向と美神さんの許可を得て、今日、美神令子除霊事務所の仕事を俺の弟子として同行させる事となった。

留美との初の現場だ。

メンバーは俺と留美、シロだ。

本来、キヌさんとシロとの仕事だったらしいが、急な案件で大規模地鎮が入ったとか、本来ならこんな急な大規模地鎮などは受けないのだが、かなりの大金を積まれたようだ。

それでキヌさんと美神さんはその大規模地鎮の方へ向かい。

俺と留美とシロは、都内郊外にある幼稚園から大学まで一貫性のお嬢さま学校へと向かう。

横島師匠は例により、海外出張だ。まあ、横島師匠が居たとしても、お嬢様学校の現場に行かせることはできないだろう。

仕事内容は除霊、難易度はD+ってところだそうだ。

この難易度なら留美が同行しても問題ないだろう。

シロは念のためだとか、美神さんも留美の事を気にかけてくれているのだろう。

万が一が無いようにとシロをつけてくれたのだ。

 

夕方頃に現場のお嬢さま学校に到着。

40前後の柔和な感じの女性理事長とちょっと神経質そうな眼鏡の30代そこそこのいかにも秘書っぽい真面目そうな人が、応接室で状況説明をしてくれる。

なんでも夜な夜な更衣室のロッカーが荒らされるとか。

最初は痴漢による下着などの窃盗かと思っていたらしいが、ロッカーの中身などが校内のあちらこちらで散乱してはいるが、盗まれた物は無かったため、警察にも届けられなかったそうだ。

だが、これが徐々に起こる回数と場所が増えて行き、監視カメラによる対策をとる事にしたと。

もともと、監視カメラ等は防犯対策として校内に数か所取り付けられていたが、

ある意味プライベート空間でもある更衣室に監視カメラを取り付けるのは倫理的に憚られたとの事。

こういった事態に陥り学内の更衣室にも全て監視カメラを取り付けたのだそうだ。

その監視カメラの映像を確認させてもらったが、誰もいないのに勝手にロッカーが次々と開き、中身が荒らされて行く様が写っていた。

ポルターガイスト現象か……。

しかも、結構な範囲で、同じ時間帯で起こっている。

ポルターガイスト現象を起こしてる原因は霊の類だろうが、結構の数がいるんじゃないか?

ロッカーだけじゃなく、教室などの物品も荒らされ、いろいろな物があちらこちらに移動している。

しかし、映像と被害範囲を見る限り意図が全く見えない。

動物霊の類が集まって来てるのか?

それはそれで、その要因があるだろうが……、動物霊とかは結構気まぐれだからな、原因を突き止めるのはなかなか骨が折れる。

だが、シロが同行してくれてよかった。

意図が読めない動物霊の類であればシロの方が何かと優れている。

 

「今回は霊障案件だ。そういえば留美、自分で除霊をやった経験はどのくらいあるんだ?」

源蔵さんからは結構な頻度で除霊に同行させていたとは聞いていたが、留美自身がどれだけ実施していたかは聞いてなかったな。

 

「うーん、10回以上」

結構あるな、それなら問題ないだろう。

 

「そうか、まあ、今回は基本的な除霊のやり方で依頼を解決していく。津留見流とは違うかもしれんが、これも経験だ」

基本的な除霊方法で今回は依頼を解決していくつもりだ。

慣れてしまうと、基本の幾つかの部分をすっ飛ばしてしまうからな。

 

「まずは、おさらいだ。霊障が起きるのは20:00頃からだ。先に現場調査だな。見鬼君の使い方はわかるか?」

「うん」

現在16:00、休日とはいえ通常は生徒が部活動などで残ってる時間帯だが、今日は午後からの部活動は停止し、生徒は学内に残っていないとの事だ。

 

留美に見鬼君を起動させながらシロと学園内を回る。

更衣室等も回らなくっちゃならない。

まじ、横島師匠が海外出張でよかった。

ただ、荒らされてるのは中等部とか小等部がメインらしいから、大丈夫かもしれんが。

とはいったものの、高等部等も多少なりとも荒らされていて、調査はしないといけないからな。

 

「うーん。たくさん霊が居そう、でも地縛霊じゃない?」

留美は学園を一回りした所で、留美はそう結論づける。

 

「なんで、そう考えた?」

 

「霊的反応は有るけど、そんなに強くないし、今は霊はいないし、強い霊地場を全然感じない」

「ああ」

「うん、浮遊霊かな?夜に沢山集まってきてる感じ」

「そうだな」

俺は軽く留美の頭を撫でる。

やはり留美は優秀だ。

俺と感じた事が大体同じだ。

 

「子供扱いしないで」

留美はちょっと頬を膨らませる。

頭を撫でた事に対しての抗議だろうが、そんなに嫌がって無さそうだ。

 

シロがタイミングを見計らって俺にこそっと耳打ちをする。

「八幡殿、動物霊じゃないでござるな」

「ああ、そうだな」

俺もそれを感じていた。

状況説明だけでは動物霊ではないかと考えたが、現場に行ってわかった事が、霊によるポルターガイスト現象である事は確かだが、痕跡が動物霊特有のグルーミング形跡がない。

明確な意思を持った霊の仕業だ。要するに人間の霊だという事だ。

留美にはまだこの違いを見わかるのは難しいかもしれない。

こう言うのは経験がものをいうからな。

しかし、人間の霊がなんでこんなところで、なにをやってるんだ?

俺はなんとなく嫌な予感をしながらそんな事を思う。

 

「付け加えると、最初は動物霊かと思っていたが、人間の霊の仕業だろう」

「ししょー、なんでわかるの?」

「ああ、それはだな」

俺は留美に動物霊に起きがちなグルーミング等の霊の痕跡について説明する。

 

俺は留美に説明しながら、現状を頭の中で整理する。

今の所理由は分からないが、夜な夜な浮遊霊が学園の外から集まり、ポルターガイスト現象を起こしまくってる。

しかも、かなりの数が集まってるはずだ。

100体、いや、それ以上に感じる。

一網打尽にするか原因を排除しない限り、また集まって来るだろう。

だが、一網打尽にするには余りにも範囲が広い。

ある程度排除して、後日防御結界を張るしかないな。

痕跡から一体一体の霊の力はあまり感じないが、霊の数がかなり多いのと範囲が広い。

D+ランクの案件じゃない。少なくともCランク以上はあるだろう。

こう言う案件は本来キヌさんが適切なんだけどな。

 

「霊の数と範囲の広さは思ったよりも厄介だ。留美、この状況だと依頼時の難易度とは異なる。こういう場合はGS協会に一度連絡した上で、依頼主と再度話す必要がある」

そう、依頼難易度が上がると担当GSじゃ、対応できない事がある。

だが、俺の場合Bランクだから特に問題が無いからそのまま依頼は続行するが、問題は依頼料が変わることだ。

明らかに値上がるだろう。

 

GS協会が提示する、難易度別のランク制度による適正な依頼料は保証されるという事だ。

逆にいうと無茶な金額設定は出来なくなったともいう。

美神さんは、昔は無茶な吹っ掛けをあちらこちらでやってたらしいが、適正金額があるおかげでそれが出来なくなった。

とはいえ、依頼主が色を付けて出してくれるというのなら別の話だ。

美神令子ブランドという物が大きいから、この部分が相当あるようだ。

美神さんの話は別にして、依頼料適正金額はE~Bランクではその難易度だけでなく規模や範囲、日数等々で細かく明文化されている。

だがAランク以上となるとほぼ金額設定はほぼ無いと言っていいだろう。

実施できる事務所も殆どないし、命の危険度はほぼMAXだからな、逆に美神さんはその辺超燃えるタイプだ、もちろんかなり依頼料はふっかけるけどな。

美神令子除霊事務所と言えどもAランク相当以上の依頼は一年に数件ある程度だ。

俺が事務所に入ってからの3年弱で知ってる限りでは、11件。

異様に多い部類だ。

これには、横島師匠の海外出張は入らない。

横島師匠の案件は全てSランク以上だからな……。

何処から金が出てるのかは想像つくが、おそらく国からだろう。

 

それは置いといてだ。

最初に依頼を受けた段階ではD+査定だったが、明らかに霊障範囲は広いし、霊の数も多いと予想、日数も今日の除霊の他に、予防のために後日結界陣の構築を行わないとダメだろう。

予防のための結界陣構築を学園内全てに施そうとすると、今の依頼料の1500万じゃ全く足りない。

 

俺はGS協会と美神さんに連絡をし、理事長に話しを通す。

GS協会の難易度変更が受理され、依頼料も美神さんと理事長の電話での話し合いで決まったらしいが、理事長の顔が曇っていたから、相当の金額に膨れ上がったのだろう。

まあ、この規模の予防の結界陣構築にはどうしても高額な札や霊石を使用しないといけないから仕方がない。

 

後日予防結界陣の構築を行うから、今からは霊団の殲滅を行わなくてもいい、そこそこ除霊できれば問題ない。

それと原因を探る事が出来れば、後日行う予防結界陣の構築もしやすくなるだろう。

霊が多量に集る原因がこの学園内にあって完全に除去できれば、予防結界陣を張る意味がなくなるが、俺の霊視やシロの嗅覚や第六感でも、霊的に原因になりそうなものは学園内には無さそうだった。

通常、浮遊霊が集まる原因として、怨念の籠った物など不穏な霊気等を帯びたりするものだが、そういう物は見当たらない。

地脈や霊脈の流れの変化などにより、霊が集まりやすくなるとかもあるのだが、そう言った感じでもない。

霊的要因以外にも集まる事はよくある事だし、それを探ろうにも、霊の痕跡を見る限り良く分からないというのが今の正直な感想だ。

 

 

留美に現在の状況について説明すると……。

「そうなの。今日はどうするの?」

留美の返答を聞く限り、たぶん、あまりよくわかってないようだ。

まあ、依頼料とかの大人の事情が絡んでるし、まだ13歳の留美には難しかったのかもしれない。

だが、GSを目指すならば通る道だから、後日この辺の話をちゃんとするか。

 

「今からは、なぜ多量の霊が集まって来るのかの原因をさぐりながら、ある程度霊を除霊する。今の所原因の見当が全くつかないため、実際に霊が集まってからの話になる。かなりの数が集まって来そうだから、留美にも手伝ってもらうけど、いいか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「留美、姉師匠の拙者が付いているでござる!大船に乗ったつもりでいるでござる!はっはっはーー!」

「うん、シロちゃん」

シロはなんか留美に対しては呼び捨てだし、親分風というか師匠風吹かせてる。

どうやら、シロは自分よりも年下でしかも弟弟子の俺の弟子って事で、留美と接するときは変にテンションが高い。

今迄、自分より年下はいなかったしな、嬉しかったのだろう。

まあ、留美の方は年上とか姉師匠扱いしてないけどな。シロちゃん呼びだし……。

 

俺は一応セオリー通り、安全地帯の確保のために教室の一つに結界をはり、さらに霊の侵入を感知するための札を、学園のあらゆる場所に貼った。

まあ、普段だったら俺とシロのコンビだと、ここまではしない。

シロの嗅覚と俺の霊視や霊視空間把握があれば、霊の侵入の感知や居場所特定はこの学園の広さだったら拾えるからだ。

今日は留美がいるからな、こう言うセオリー通りの除霊を見せておきたい。

 

俺達は結界を張り安全地帯にしている教室で待機し、霊が出現するのを待った。

20時を過ぎると……、何処からともなく、次々と霊がこの学園の敷地内に侵入して来る。

侵入感知の札など必要ないレベルで分かるほど、霊があちらこちらに。

見鬼君もあっち、こっちと反応し、まるで役に立たない。

「凄い数でござるな。浮遊霊と言えどもこの数になると面倒でござる」

「八幡……」

「大丈夫だ。この結界内に居れば、霊からは見えない。とりあえずまだ様子見だ」

シロはそう言いつつも、やる気満々だ。留美は霊の多さに流石に驚いたのか俺にしがみ付く。

 

どうやら、霊は学園内のあちらこちらで動きまくっている。

更衣室だけじゃない。ありとあらゆる場所でポルターガイスト現象を起こしまくってる。

暫くすると、霊達が学園中央に位置する広い中庭に集まって行くの感じる。

 

「とりあえず、気配を消して、様子を見に行くか」

俺は霊から見えにくくする術式を付与した札を留美とシロと自分に張り付け、皆で安全地帯の教室を出て、霊が集まる中庭へと様子を見に行く。

 

 

中庭に集まる霊達の様子を見に行ったのだが。

「ししょー、あれは何をやってるの?」

「うーん、お祭りでもやってるでござるか?」

留美とシロの二人はその様子に疑問顔を俺に向けるが……。

 

「…………」

俺はそこで見た光景に目が腐って行くのが自分でもわかる。

 

確かに祭りにも見えない事もないが……はぁ。

もう、帰りたい。

 

『ノー・タッチ・ロリ!!』『ノー・タッチ・ロリ!!』『ノー・タッチ・ロリ!!』

長髪イケメンのリーダー格の男の霊が拳を振り上げ何かのキャッチフレーズのように声を上げ……

『J!!C!!』『J!!C!!』『J!!C!!』

それに100体程度の群霊達が呼応して、叫び出す。

 

『我々真の紳士たるJC連邦はノー・タッチを旨に女子中学生(12~15歳)を愛でつくす!!それこそが我々の正義だ!!』

『うぉーーーーー!!』『J!!C!!』『J!!C!!』『J!!C!!』

 

『我々JC連邦は世にJ・Cのすばらしさを広め、J・Cのための世界平和を!!』

『うぉーーーーー!!』『J!!C!!』『J!!C!!』『J!!C!!』

 

なんだこれ?なんのコールアンドレスポンス?

なんか超盛り上がってるが……。

 

ん?なんか別の群霊が来たぞ。

 

『ジーク・ロリ!!』『ジーク・ロリ!!』『ジーク・ロリ!!』

こっちの眉なしの厳ついリーダー格の男の霊も、なんかとんでもないフレーズを叫び………

『J!!S!!』『J!!S!!』『J!!S!!』

こっちの群霊はこんな返しを叫んでいた。

 

『我々7・11公国(セブンイレブン公国)は!!女子小学生(7歳~11歳)の愛らしさを胸に、生涯を全うする!!』

『うぉーーーー!!』『J!!S!!』『J!!S!!』『J!!S!!』

 

『遂にこの時が来た、優良種たるわれら7・11公国こそが、この地を収めるに相応しい!!そうは思わんか!!賞味期限切れを愛でる連中を野放しにするな!!ジーーーク・ロリ!!』

『J!!S!!』『J!!S!!』『J!!S!!』

 

………もう帰っていいか?

 

 

ん、また変なのが来たぞ!?

 

『すべてのロリータ難民の政治の為に、私は立ち上がった!!同胞たちよ我らと共に!!』

金髪オールバックのリーダー格の男の霊は何かを雄弁に語っていた。

『J!!S!!』『J!!C!!』『J!!K!!』

こっちの群霊はこんな感じの返しを……。

 

『我々ネオ・ロリ連合は全てのロリータ(18歳未満)を分け隔てなく愛す!!それが我々の生きる意義である!!』

『うぉーーーー!!』『J!!S!!』『J!!C!!』『J!!K!!』

 

『ロリータは全てが平等だ!!それが分からぬ輩に裁きの鉄槌の名の元に粛清を!!そして我らはロリの元に召されるであろう!!』

『J!!S!!』『J!!C!!』『J!!K!!』

 

その後も大小の群霊が、わけがわからん主張をしながら現れ、遂には争いが始まった。

『この!!リコーダーとハモニカの良さもわからんのか!!』

『自分が女性だと意識しだしたあの何とも言えない仕草が至高だと、なぜわからん!!』

『真っ平の肢体にプニプニ感、あれに勝るものがあるか!!』

『鼻くそほじってそうな!!ガキには興味はない!!』

『我は全てを愛そう!!そう!!すべては愛のために!!』

『貴様らは知らんのか!ジャンプのヒロインは中学生から始まるのが王道だ!小学生ヒロインなどごく例外中の例外だ!!』

『それならば、ヒロイン力は女子高生の方が高い!!』

『ババ専は黙ってろ!!』

群霊達は入り乱れ、何処からか漁って来た、体操着やらリコーダーやらを掲げながら、殴り合いの喧嘩に……。

 

俺はどっと疲れる。

どうなってんだ?このロリコン戦争?

世の中ロリコンがはびこってるのか?

 

「八幡殿、どうするでござるか?」

「お、ああ、そうだな。とりあえず留美、除霊手順だが、一応GS協会のマニュアル通りに俺がやって見るから、そこで見学してくれ」

「うん、わかった。ししょー」

俺は気を取り直して、

はぁ、とりあえず留美の為にも形式的な除霊手順を見せないとな。

 

俺は争ってる群霊共の前に堂々と姿を現す。

「ゴーストスイーパーだ。直ちに退去しろ。さもないと器物破損及び不法占拠のため除霊する」

本来この状況であれば不意打ちで除霊を行っても良いレベルだが、今は留美の研修も兼ねてるため、札を構えながらこう宣言する。

 

だが……

『んん!?世の中の全て俯瞰したような濁った眼差し、間違いなく我らの同胞ではないか!!』

『ロリ好きの目だ!!間違いないロリコン眼!キタ―――!!是非我が陣営に!!』

『いいや!!あの目は全てのロリを愛せる目だ!!我と共に!!』

またか、またこの目か?

ロリコン眼って何?写輪眼みたいな感じ?ロリコンを見分けられるとか?

……俺の目ってロリコン認定されるような目なのか?

 

「ろ、ロリコンじゃないぞ!」

学校ではロリコンの噂が流れ、幽霊の世界でも俺はロリコン認定なのか?

さすがに心が折れそうなんだけど……。

 

『嘘はいかんですなー!』

『同士よ自分の心の叫びを開放するのです!!』

『そう、誰もが認めたくない物なのです。あなたは今から生まれ変わるのです!』

『さあ、さあ、認めるのです!!』

『さあ、さあ、心を解放しなさい!!』

幽霊共は何故か争いをやめ、生暖かい目で俺を見て、迫って来る。

俺はじりじりと後ずさる。

う、そんな生暖かい目で見ないでくれ!?

もしかして、俺は、そ、そうなのか?俺は本当はロリコンなのか?

 

 

そこに留美が駆け寄り、俺を庇うかのように幽霊共の前に立ちはだかる。

「ししょーは、八幡はロリコンじゃない!!」

 

『ん??んんんんんん?』

『おお!!これは!!』

『んん、天使??』

『んんん天使、天使キタ―――!!』

ロリコン群霊の三分の二が留美を見て騒ぎ出す。

 

だが……

「八幡はロリコンじゃない。だって私と付き合ってるから」

留美は何故かそんな事を言って、俺の腕を抱き寄せ、幽霊共を睨みつける。

いや、付き合ってないし、それって逆効果じゃ……。

 

『ぐはーーーーーっ!!』

『うがわあああっ!!??』

『ドドドドどんなーーー!?』

『か、神だ。ロリ神だーーー!?』

『リ、リアルロリ神!?』

『ぐほっ!?ごぱっ!?』

ロリコン群霊の三分の二が何故か泣き叫び、狂乱に陥って、次々とあの世に召されて行く。

…………

………

……

またか、またこのパターンか。

俺が行く仕事ってこんな連中しかいないのか?

 

「ししょー、なんか霊達が成仏しちゃった」

留美は疑問顔で俺を見上げる。

……これをどう説明すればいいんだ?まじで。

 

「あー、あれだ。俺と留美の説得が効いたんだ。それで大人しく成仏してくれたんじゃないか?」

「そうなの?」

うーん、留美は首を傾げて疑問顔のままだ。

そりゃそうだ。

俺も首を傾げたい。

 

 

 

まだ群霊は残っている。

『情けない奴共め、我ら7・11(セブンイレブン)公国にはそんなものは通じん!そんな片足ババァに突っ込んだ女など興味はない!!』

『そうだそうだ!!』『J!!S!!』『J!!S!!』

そう、こいつ等は健在だ。

まだ、100体以上はいるな……。

 

「ババァじゃ、ないもん!!」

留美は頬を膨らませる。

 

「留美、勝手に出たらダメでござる。拙者の云う通りに……八幡殿、この幽霊共は何を言ってるでござるか?」

シロは留美を連れ戻しに来たようだが……。

 

これはチャンスか、今までの経験をフルに生かせ。

いままで、散々な目に遭っただろ?

 

「おいお前ら、ここのシロは幼い時から、ある男性に付き従い、あんなことやこんなことを、毎日顔をぺろぺろと舐めていたんだぞ!!」

「照れるでござるよ。幼いって、拙者当時はもう9歳でござるよ、横島先生の弟子になって、顔を舐めるのは親愛の証でござる」

俺はシロを矢面に立たせ、こんな事を思いっきり奴らに言ってやった。

シロはシロで、何故か照れ臭そうにする。

こいつ等にはこういえば、効果てきめんだろう。

それにシロの反応も良い感じだ。

 

 

『9…9……9歳?』

『顔をぺろぺろ?』

『しょ、先生と小学生の禁断の恋?』

『……うそだ!!そんな事は現実でありえない!!』

『皆の者、騙されてはいかんぞ!!ブラフに決まってる!!』

ロリコン幽霊共は動揺しまくる。

成功したか、流石に消滅まではいかないが……。

 

「シロ、留美、除霊開始だ」

「うん、ししょー」

「了解でござる」

こいつ等が動揺してる隙に、除霊を開始する。

留美には式紙ではなく、経験のため俺と同じく吸引札での除霊を行わせ、シロは霊刀で霊を次々に屠って行く。

やはり、留美の動きはいい、除霊に慣れているのもあるが、元々の才能が高いのだろう。

 

こうして、ロリコン幽霊共の除霊は終わる。

あらかた除霊出来たが、逃げた幽霊もいる。

また、この学園にロリコン幽霊共が集まってくる可能性もある。

やはり、後日予防のために結界陣を張った方がいいだろう。

この規模の結界を構築するのはかなり骨が折れる。

その辺は美神さんと打ち合わせをした方がいいだろう。

 

留美との最初の除霊の現場としてはどうかとは思うが、最後はまともに除霊出来たから良しとしよう。

 

どっと疲れが押し寄せてくる。

今後は留美を連れて行く仕事は選んだ方がいいな。

 




次はちゃんと除霊しますんで……お約束と言う事で……
すみません。


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(171)緊急要請 弟子編⑦

ご無沙汰しております。
再会いたします。

久々のシリアス展開?


 

11月も終わりに近づく。

私立大学の推薦入学試験が次々と始まり、合格通知が既に通達されている大学もある。

総武高校の三学年の生徒にも、既に推薦を決め、進路が決まった生徒が現れだし、そいつらの喜びの声が聞こえて来る。

だが、そんな声を恨めしく思いながらも、国公立大学を目指している俺たちの文理系クラスの生徒は、入試センター試験改め大学入学共通テストに向けて黙々と勉学に励んでいる。

夏休み後、文化祭後と受験生たちは勉強のギアをさらに上げ、クラスの雰囲気も重苦しくなっているのを感じる。

まあ、俺の場合、今更あたふたしても仕方がないと、マイペースに勉強を進めているため、一年前とそれほど勉強量も変わっていない。

相変わらずの仕事との両立だ。

留美を弟子にしたことにより、俺の時間的な余裕は消えるだろうとは思っていた。

確かに、最初の頃は生活ペースは多少乱れはしたが、留美が俺の弟子になって1か月が経ち、慣れてきたのか、今じゃほぼ支障がない。

直接留美に割く時間を一週間のうち水曜日の放課後の3~4時間程度と取り決めたのが良かったのかもしれない。かえって日常生活とGS関連とのメリハリが付いたぐらいだ。

それ以外の土日の日中に、留美が美神令子除霊事務所に来ることがあるが、どちらかと言うとそちらの方が多少面倒ではある。

留美は何故か妙に雪ノ下に対抗意識を持っているのだ。

俺と雪ノ下が話してると、突っかかったり、頬を膨らませたりと……。

 

この1カ月で留美と過ごして分かった事だが、留美の才能は思った以上に高かった。

俺が教える事を短時間でどんどん吸収していく。

しかも、自らの式紙に応用する順応ぶりだ。

俺が霊能に関して教えられることも直ぐに無くなるだろう。

正直、13歳でこれ程の実力を備えている留美は、あまり言葉として使いたくは無いが、天才であると。

留美の両親が才能ある留美が将来孤立するかもしれないと、危ぶむのもわかる気がする。

このままいけば、将来は俺なんてあっという間に追い越し、美神さん達と肩を並べる程の実力のあるゴーストスイーパーとなるだろう。

後は留美が分別が付く年齢となったときに、俺の師匠としての最後の役目として、綺麗ごとだけではやっていけない現実や、虚実の使い分けなどを教えなくてはならない……。

 

俺はそんな事を考えながら、津留見神社へとチャリで向かっていた。

 

津留見神社に到着して、いつも通り練習場に向かう前に、留美の両親に挨拶しようと神社の母屋のチャイムを鳴らそうとしたのだが、母屋からドタバタと慌ただしい雰囲気が伝わって来る。

いつもは落ち着いた雰囲気で、聞こえてくると言えば、源蔵さんの大声ぐらいだったんだが、何かあったか?

チャイムを鳴らすと、慌てて玄関から源蔵さんが出て来る。

「八幡殿、丁度良かったわい。GS協会から緊急案件の連絡が今しがた届いたんじゃが、手を貸してくれんか?もちろん、契約通りの料金はGS協会を通して支払う」

「いいですが、緊急案件ですか?」

「救援要請じゃ、勝浦のGSがへまやりおったようじゃ、今から向かう」

「……わかりました」

救助要請、GSが依頼に失敗した又は手に負えない時の救済処置だ。

GS協会を通してランクの高いGSに引き継いだり、協力者を募り事に当たる等が一般的だ。

しかも緊急と言う事は、かなり切羽詰まってる状況だという事だ。

現在進行形で被害が拡大している、若しくは依頼を行ったGSが窮地に立たされていると言ったところか。

 

「詳しい状況は道中で話す。俊之!準備はまだか!?」

源蔵さんは、母屋の中に向かって息子の留美パパに、大きな声で叫ぶ。

 

 

暫くして、留美パパが運転するワンボックスカーに乗り込み、現場へと急ぐ。

留美パパが運転席、助手席に留美ママ、後部座席に源蔵さんと俺、三列目に留美が乗り込んでいる。

鶴見家総出だ。

 

源蔵さんが状況を話し始める。

「今から3カ月前の夏休み頃に睦沢町にある川岸の町営キャンプ場で化け物を見かけたという案件じゃった。人的被害はないのじゃが、目撃情報が多数あったのでな、ひょろっとした子供ぐらいの大きさに体の色が深緑色で目は赤かったと、恐らく河童じゃと……、GS協会を通じて勝浦市を拠点としとるCランクGSに調査依頼したのだそうじゃ」

睦沢町か、千葉のほぼど真ん中の山中の小さな町だ。

人口も確か6~7千人程度だったと、中学の頃に習った記憶がある。

鉄道も通っていないし、同じ千葉県だが、行ったこともない。

もしかしたら、車やバスなどで勝浦や九十九里浜に行くために通った事があるかもしれないが、そんな感じの町だ。

 

「河童ですか」

河童は悪さをすることがあるが、それ程大きな被害が起きる事は少ない。

里山や山中の洞窟があるような湖や池にひっそり暮らしていたり、結界を張って村を形成しているケースもある。

どちらかというと、人間に対して友好的な連中が多い。

特に島根の河童は、人間社会に溶け込んでる。

島根のカッパのテーマパーク、皆コスプレだと思っているが、アレ全部本物だ。

あれこそ島根限定ではあるが、人間と妖怪がウィンウインの関係を保ってる。

それに、大阪道頓堀川の主、河童の弥太郎は関西ローカルタレントだ。

仕事の依頼で弥太郎を退治することになったのだが、妙に人間臭いというかおっさん臭い奴で、エロ親父方面で横島師匠と滅茶苦茶気があって、意気投合して、何故かそんな事に……、バリバリ関西弁で確かに憎めない奴ではあった。

弥太郎は江戸時代から生きてる大阪最後の河童だとか。

河川汚染に苛立ちが爆発して、何故かストレス発散のために覗きなどの痴漢行為を働いていたようだ。

まあ、道頓堀川を汚す人間側にも責任があるし、退治するのも憚られて……。

何だかんだあって、美神令子プロディース、演出横島忠夫で、河童コスプレタレント国立カッパが誕生する。

川のポイ捨て禁止イメージキャラクターだとか、お天気お兄さんやら、食レポまで……、今じゃ関西では結構有名だそうだ。

もちろん、河童コスプレタレント国立カッパは周りからは人間と思われてる。

人間に擬態させるための人型エクトプラズムスーツで人間にコスプレさせていて、出勤時は人間のコスプレで、テレビに出る時は素の姿と言うわけだ。

ちなみに……出演料の9割は美神令子除霊事務所に振り込まれているらしい。

まあ、あいつ結構金塊とか持ってたし、宗右衛門町の夜の店とかに普通に行ってたし。

金には困って無さそうだった。

それに、高級なエクトプラズムスーツを用意して人間にバレないようにしたり、妖怪特有の霊気を誤魔化す札とかこっちで用意してるし、そのマージンの割合は妥当なのかもしれない。

 

それは置いといてだ。

河童自体それ程強力な妖怪ではない、通常Dランク妖怪とされている。

CランクGSなら苦も無く対処できるレベルだ。

ただ、河童の中でも稀にちょっと強力な奴や、人をわざわざ襲うような奴もいる。

人間の中でも強い奴や、犯罪者が居るのと同じ理屈ではある。

もしかしたら、今回の救助要請を行った勝浦のGSは、そう言う河童に遭遇したのかもしれない。

 

「ししょー、河童って頭にお皿が乗ってるあの河童?」

「まあ、そうだな。実際は皿じゃないんだが、あの頭に皿が乗ってる様な姿の河童は有名な島根の河童で、各地の河童は姿が違う。関東の河童はカエルやカメというよりも猿っぽい感じだ」

「そうなんだ」

留美がこういうのも仕方がない。河童のイメージと言えば皿が頭にのったような姿の島根の河童だからな。

一括りに河童と言ってもいろんな形状がある。

半魚人みたいな奴から、ほぼカエルのような奴まで、いろいろだ。

もしかしたら、俺達人間が一括りにしてるだけで、別の種族だったりするのかもしれない。

 

「勝浦のGSは9月ごろから調査を行ったのじゃが、川岸のキャンプ場周辺での聞き込みで鶏などの家畜が盗まれる被害がこの頃起きていたことが判明したそうじゃ、河童の仕業の可能性が高いと踏んだ勝浦のGSは、山中に複数台カメラを設置して、様子を見る事にしたところ、カメラに河童らしき影が複数映っていたとな……」

 

「……千葉で河童の群れや村が形成されたことは今迄ありましたか?」

千葉に河童の群れや村があるなんて聞いたことがない。河童自体の目撃情報なんてものは平成以降無かったはずだ。

 

「僕は聞いたことがないな、父さんは?」

「わしも、長年この地でGSをやっているが、聞いた事も無い」

留美パパと源蔵さんも河童の群れや村が千葉に形成されたことは聞いたことがない様だ。

 

「最近移動してきたんですかね?」

 

「それはわからん。ただ、先ほどGS協会へ来た救援要請では、河童共が河川敷の集落の対岸に現れたと、様子がおかしいと、全住民200人を近くの公民館に今避難させてる際中だそうじゃ……」

 

「……河童が集団で人を襲いますかね?」

「普通に考えればありえんじゃろ。じゃが、勝浦のGSは危険じゃと判断しおった。あ奴も熟練のGSじゃ、何かあると思った方がよいじゃろて……八幡殿が丁度来てくれて助かったしだいじゃ」

 

留美パパが運転するワゴン車は一路、睦沢町のキャンプ地近隣の公民館へ急ぐ。

 





シリアス展開の予定です。



停滞している他のお話もちょっと手を出してます。


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(172)河童現れる? 弟子編⑧

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きです。


 

津留見神社は、GS協会を通じて、勝浦のGSからの緊急救援要請を受け、千葉の山間部の小さな町 睦沢町へとたまたま居合わせた俺と鶴見家一家総出で向かった。

 

何でも河童の集団が、今にも集落を襲いそうだという事なのだ。

勝浦のGSは近隣住人を公民館に避難させ、俺達の救援を持っている状況だ。

俺はもちろん、源蔵さんも河童が集団で人を襲う等とは聞いたことがなかった。

俺の霊感がざわつく、嫌な予感がしてたまらない。

 

17時が過ぎ日も落ち始めた頃、留美パパが運転するワンボックスカーは睦沢町に入り、国道から反れ、木々が生い茂る川河岸の県道に入り、暗がりを照らすためにヘッドライトを点灯させる。

 

県道に入り5分ほど道なりに走っていると、俺は妙な気配を道先に感じ、運転中の留美パパに声を掛ける。

「俊之さん、前に何かいます」

 

「え?あっ!!」

留美パパは俺の掛け声と共に前に何か見えたのか、叫び声をあげると同時に、車に急ブレーキをかける。

 

「何事じゃ?」

「父さん、何か飛び出してきて……あれは?」

「あなた、……子供かしら?」

車の前に何かが飛び出してきたようだが、その何かを見て少々困惑気味に声を上げる留美パパと留美ママ。

 

車の後部座席から前を見ようと源蔵さんと俺は身を乗り出す。

すると、人の子供ぐらいの大きさの深緑色の生き物が車のヘッドライトに照らされている。

光に驚いたのか、こちらに背中を向け縮こまっている。

 

「河童じゃ」

「河童ですね」

後姿ではあったが、背中にカメの甲羅を背負ったような姿は、まさしく皆が良く知る河童の姿そのものだった。

源蔵さんは留美パパと留美ママ、それに留美に車から降りない様に言い含め、俺と共にワンボックスカーから勢いよく飛び出し、俺は神通棍を構え、源蔵さんは薙刀を構えながら、道路に縮こまってる河童に油断なく近づく。

……だが、河童は反撃する気配もせず、縮こまったままだ。

 

よく見ると、震えながら何かぶつぶつ言ってる。

「ケロケロケロ……怖いケロ、怖いケロ」

 

源蔵さんはそんな河童の姿に少し構えを解き、問いかける。

「物の怪よ。お主、ここで何をやっておる」

 

「に、人間!?ひっ、ひーーーっ、こ、殺さないでケロ~」

河童は恐る恐る振り返り、源蔵さんの姿を見て、腰を抜かしたようにへたり込み、命乞いをし出す。

 

「………」

「………」

源蔵さんはそんな河童の様子に、どうしたものかと俺とアイコンタクトを取る。

こんな様子の河童が人を襲う等、ありえないだろう。

それに、妖怪特有の霊気(妖気)も明らかに低い。

正直言って雑魚妖怪も良い所だ。

 

「もうダメケロ~!!こうなったらもう!!……殺さないでケロ~、食べないでケロ~、絶対不味いケロ~」

立ち上がって反撃か逃げるのかと思ったのだが、ジャンプしたとおもったらそのまま土下座して涙をチョチョ切らせながら命乞いしだしたんだけど……。

ちょっと親近感がわく、超誰かに似てるんだが……。

 

「勝浦のGSがこ奴程度に救援要請を出すとは思えんが……」

「救援要請は河童の集団といってましたし、別物じゃないですか?しかし、このタイミングで全く無関係とは思えないですね」

「そうじゃな、こ奴に事情を聞くしかないの」

源蔵さんと俺は、この河童が集落を襲おうと迫ってる連中とは別ものの可能性が高いが、何らかの事情を知ってる可能性もあると判断し、河童に状況を聞く事にする。

 

源蔵さんは絶賛土下座中の河童の正面に立ち、問いかける。

「おい、河童よ。お主何故このような所に現れよった?」

「ひ~っ!!食べないでケロ~、食べたらお腹壊すケロ~」

「人間は河童など食わん、お主をどうこうせぬ、事情を話せ」

「嘘つき!!知ってるケロ!!人間は河童をご飯とノリで巻いて、醤油をつけて食べるケロ!!」

……それ、カッパ巻きだな。

中身は河童じゃなくて、キュウリだけどな。

「食わんわい!!」

 

「ひっ~!それだけじゃないケロ!!河童をすり潰して、エビと一緒に混ぜて煎餅にして食べるケロ!!人間の子供から大人まで『やめられない、とまらない』って大人気ケロ!!エビと混ぜるのだけは嫌ケロ!!一緒に混ぜられるならせめて高級な松葉ガニにしてケロ~~」

……それ、かっぱえびせん だな。

確かに子供から大人まで人気のお菓子ではあるが、河童は入ってないな。

『やめられない、とまらない』のキャッチフレーズ知ってる癖に、なんで河童が入ってると思ってるんだ?おかしいだろ?

一緒に混ぜられるのはエビはダメで、何で松葉ガニはいいのかよ!?

「食わんといっておるじゃろ!!」

 

「ひっ~!じゃあれケロ!!河童の皮を剥いで、なめして、雨避けにするケロ!!そんなの嫌ケロ~!!せめてエルメスやグッチの財布かバッグにしてほしいケロ~~」

……それ、雨合羽だな。

かっぱと略して言うが、河童は全く関係ないな。

なんで、エルメスやグッチとか海外の高級ブランド知ってるくせに、雨合羽が河童の皮を使ってると思ってるんだ?わざとか?もしかして舐められてる?

「皮など剥がん!!いい加減にせい!!何もせんと言うておろうが!!」

源蔵さんの苛立ちが頂点に達しそうな勢いだな。

 

なんか親近感がわくと思ったら、この河童、横島師匠のネガティブな部分を切り取ったような感じなんだ。

それならば、俺の領分だろ。

伊達に横島師匠と3年弱過ごしてきたわけじゃない。

俺は源蔵さんの前に出て、このネガティブ河童の説得を始める。

「殺すならとっくに殺してる。あんたをどうこうするつもりはない。食べたりなめしたりもしない」

 

「ケロ!????……泥田坊の旦那ケロ!?」

「……またか」

ネガティブ河童は俺を見て指さし、こんな事を言って来た。

わかってた。たぶんこうなるだろうとな。

妖怪はたいがい、俺の目を見て泥田坊だと勘違いしやがる。

そんなに似てるのか?似てるのは目だけだよな。

 

「だだだだ旦那~~、怖かったケロ~~!!」

ネガティブ河童は俺の足に飛びついて縋りついてくる。

 

源蔵さんはため息交じりに、首を振って俺にアイコンタクトを……、まあ、そうだろうな。

ここは否定せずに、話を聞くか。 

「……何があったか、話てくれ」

「泥田坊の旦那~、聞いてほしいケロ~」

俺は泥田坊のふりをして、このネガティブ河童の話を聞く。

長くなりそうだったから、途中から暴れない様に封印札を貼って、車に乗せ、移動しながらとなった。

なぜか、留美はこのネガティブ河童の姿につぼったのか、キモ可愛いとか言って、パシャパシャスマホで写真を撮りながら微笑んでいた。この辺は留美も現代っ子って感じだな。

 

このネガティブ河童の名前は、家太郎(けたろう)と言う名で、この150年位人間が怖くてこの山中の小さな池に一匹で引きこもっていたらしい。

その割にはかっぱえびせんとか知っていたが、それは置いといてだ。

よく聞くと、河童仲間や他の妖怪からもハブられたボッチの引きこもり河童だった。

まあ、こうビビりでネガティブだと流石に力社会が主な妖怪界隈じゃ、ハブられるだろうな。

それを聞いた俺の心に謎のダメージが……

本題は、河童の家太郎曰く、この春ぐらいから、家太郎が引きこもっていた池の近くに、見知らぬ河童が現れるようになったそうだ。

家太郎はじっと、自分の存在がバレないようにやり過ごそうとしたのだが、現れる数がどんどん増え、近隣の動植物を食い荒らし、遂には自分が引きこもっていた池の魚などにも手を出してきたとか。

家太郎は引きこもっていた池を逃げ出し、随分と山を下り、人間が住む里山の川岸付近にまで移動せざるをえなかった。

……なるほど、夏ごろ川岸のキャンプ場で目撃された河童は、此奴だったのか。

だが、ここ最近見知らぬ河童達が、家太郎が逃げ込んだ人里近くの川岸まで現れるようになって、そして今日、その見知らぬ河童の集団が殺気立ちながら山から人里へと降りて来るのを見て、怖くなって、ここまで逃げ出したのだそうだ。

 

「家太郎、その見知らぬ河童はどこの連中かわかるか?」

「うーん、背丈や色は一緒ケロ、でも見たことないケロ、なんか変だったケロ、話してる言葉がわからなかったケロ、そんで甲羅も無いし嘴も無いし、頭に皿も無いし、水かきもないし、泳ぎが下手だし」

甲羅が小さい奴とか、皿ない河童も居るが、流石に水かきが無いとか泳ぎが苦手とか、河童じゃないぞ。

 

「……それ、河童じゃないんじゃないか?」

「はっ!?そうかも知れないケロ、牙はあるし、なんか獣の皮を腰に巻いてたケロ、大きな木の棒とか持って、やたら攻撃的だったケロ、しかも、でっかいのとか居たケロ、なんかおかしいと思ったケロ~」

家太郎は胸のつかえがとれたようにホッとした表情をしていた。

河童じゃないなのはほぼ確定だ。

……それにしてもこいつ、自分たちの種族を見分けられないとか大丈夫か?そりゃハブられるだろうな。

しかも、まだ、俺の事を泥田坊だと思ってるし、一応源蔵さん達の事も人間の子分だと言ったら、簡単に信じて、安心しだして、留美があげた菓子をうまそうにバリバリ食ってるし。

 

「八幡殿、河童じゃないのう。その物の怪に心当たりはあるか?」

「………いや、しかし……本来あり得ないです」

河童の家太郎の話に源蔵さんも河童ではないと判断したが、何の妖怪かわからなかったようだ。

だが、俺は家太郎の話を聞いて、とある妖魔が頭に過る。

本来日本に居る存在じゃない。

しかし、ここ最近の事件が、それを否定できない。

……やばいな。

嫌な予感が当たったか?

 

源蔵さんのスマホが鳴り……。

「なぬ?遂に物の怪共が襲いかかって来たじゃと!?俊之急げ!」

 




シリアス展開は次に持ち越しと言うわけで……
すみません。


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(173)ゴブリンの脅威 弟子編⑨

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

シリアス展開へ久々に突入です。


睦沢町の小さな集落が、河童の集団に今にも襲われそうだという救援要請に応え、鶴見一家総出で救援に向かう。

留美パパが運転するワンボックスカ―が睦沢町に入った所で、引きこもりネガティブ河童の家太郎(けたろう)に出会い話を聞いたのだが、どうやら、集落を襲おうとしているのは河童の集団ではないようなのだ。

 

「なぬ?遂に物の怪共が襲いかかって来たじゃと!?俊之急げ!」

そんな矢先に、集落の住人が避難している公民館が遂に襲われたと、源蔵さんに一報が入り、車を急がせる。

 

「源蔵さん、状況は?」

「勝浦のGSが公民館に張った結界で今の所阻まれておる。あ奴が事前に察知し十分な結界を張る余裕があったのが幸いか、あ奴め、良い勘働きをしておる。じゃが、かなりの数の物の怪のようじゃ、やはり、河童では無く、餓鬼のような姿をした奴じゃそうじゃ」

源蔵さんが言うには、勝浦のCランクGSはベテランで堅実なタイプらしい。

確かに、事前に危険を察知し、集落を避難させることによって、十分か結界を張る時間猶予を捻出させた手腕は、流石としか言いようがない。

勘や霊感もそうだが、危機察知能力はGSにとってかなり重要な能力だ。

いくら霊力が高くても、これらをおろそかにすると何れ手痛い目に遭い、最悪命を落とすだろう。

ベテランになればなるほど、この危機察知能力は高い人が多い。

逆に考えれば、危機察知能力が高いから、ベテランになるまで生き残れたというのもあるのだろう。

因みに、美神さんや横島師匠はこの危機察知能力が異様に高い。

美神さんの場合、霊感が予知レベルに近いぐらいの能力だ。

横島師匠の場合は……なんていうか、勘なのだが。

『なんかヤバい』とか、『もうあかん』とか、『こうなったらもー』とか、身に危険が迫るとオートで発動する勘なのだろう。

勝浦のベテランGSも襲ってきたのが河童じゃない事に気が付いたようだが、正体まではわからないようだ。

だが、餓鬼のような姿と言う話で俺は確信する。

 

「……襲ってきたのは恐らくヨーロッパ系の妖魔、ゴブリンです」

「なんじゃ?ゴブリンじゃと?日本で発生したなど聞いたことがない!」

源蔵さんが驚くのも無理もない。

日本でゴブリンが発生したという記録は全く無い。

ゴブリンは悪戯好きの妖精の一種とかいろいろな説が一般に出回っているが、GS界隈の世界共通認識では、元々悪魔や魔族の先兵として作られた妖魔と、要する夏に総武高校を襲って来たオークと同じカテゴリーだ。

オークのような力は無いが、先兵として作られただけあって、こん棒だけじゃなく、いろんな武器が扱え、普通の人間より単純な戦闘能力は高い。

記録によると投石器等の兵器を扱ったというのもある。

中世以前はヨーロッパでは魔族の先兵として現れる事が多かったとか、近年で現世に取り残されたはぐれゴブリンの集団が次々と小さな村を襲う事件もあった。

先兵として作られた妖魔とあって、あいつ等は雄しかいない。

本来繁殖等出来ようもないが、豚や牛などの大型哺乳動物の雌を苗床に繁殖する事ができるとか、最悪人間の女性がその対象となったという記録も多数残っている。

その為に村を襲う事も……。

だから、現世でも繁殖し、生き残る事が出来たという事だ。

 

しかし、日本ではそもそも存在しないはずなのだ。

1匹2匹なら、召喚術で可能かもしれないが集団などはあり得ない。

ヨーロッパ系の大悪魔や魔族が日本に侵攻し、先兵として引き連れてくるという可能性は無い事はないが、可能性としては極端に低い。

だが、その前提を覆した事件が最近起きている。

総武高校の大規模霊災だ。

居るはずがないオークを異界の門を開き、人為的に多量に現世に呼び込んだのだ。

今回も恐らく、あの大規模霊災同様に、あの霊災愉快犯がらみだろう。

あのフードの男やプロフェッサー・ヌルが何らかの形で関わっていると見て間違いない。

 

「規模は大きくはなさそうですが、総武高校の大規模霊災、近頃頻発してる霊災愉快犯がらみの可能性が高いですね。オカGには俺から連絡を入れます」

「うむ、この状況はその可能性が高いじゃろて……八幡殿、そうしてくれ」

 

俺はオカGに連絡すると、トップの美智恵さんにまで繋がった。

『ゴブリン!?霊災愉快犯がらみの可能性が高いわね。ゴブリンの集団規模は?』

「わかりません。現在住民を避難させて公民館でたてこもってる勝浦のGSからは50体以上と、俺達ももう少しで現場に到着です」

『令子と一緒ではないようね』

「俺は鶴見源蔵さん一家とGS協会の救援要請を受けて向ってます」

『なるほど、鶴見先生もいらっしゃる。ゴブリン50体程度であれば、君と先生であれば対処可能でしょうが、100体以上の可能性や上位種が存在する可能性もあるわ。それに襲撃はその集落だけとは限らない。オカGと自衛隊対策班を今から向かわせます。それと令子にも念のため救援要請を出すわね。………横島君はギリギリ間に合うかもしれないわ。西条君の報告では後1時間で成田に到着予定よ。横島君の行動が漏れていない?それとも霊災愉快犯とは無関係?……いえ、今は……比企谷君それまで任せました』

「なんとかします」

『本当に頼もしいわ。それでは健闘を』

美神さんが車を吹っ飛ばしても1時間半以上はかかる。

近くに自衛隊基地があるが対策班がそこにあるか不明だ。

美神さんや自衛隊の救援は2時間程度見た方がいい。

俺達で何とかしなくてはならないという事だな。

それに、美智恵さんの言葉が気にかかる。

確かに、今までの霊災愉快犯は横島師匠が確実に海外に居るタイミングで事を起こしてきた。

横島師匠を極端に恐れているのと同時に、横島師匠が海外に出張するタイミングがバレているという事だ。

だが、今回はそのタイミングが少々ずれているように思える。

じゃあ、犯人は霊災愉快犯ではないのか?

いや……今は置いておこう、目の前の対処が先だ。

ゴブリンはDランクの妖怪妖魔だ。一体一体であれば同じDランクGSの留美パパや留美ママでも対処可能だろう。

だが、ゴブリンはオーク同様に集団で襲い掛かって来る。

そうなると、難易度は一気に上がるだろう。

50体のゴブリンだとBランク~Aランク扱いの可能性まである。

それに美智恵さんが言う様にゴブリン共を指揮するチーフやガードといった上位種が一体以上居そうだ。

 

 

「父さん、もうそろそろ公民館です」

俺は留美パパの声と同時に、霊気を解き放ち霊視空間把握能力を開放し、辺り一帯を霊視する。

初期に習得したこの霊視空間把握能力は、自身の霊気を空間に解き放ち、霊気を満たした空間範囲の事象を正確に把握する能力だ。

一見、かなり有用な能力だが、欠点も多い。

霊気を空間に満たすのに常時霊気を放出し続けなくてはならないため、霊気の消費が激しい。

満たした霊気を、大きな霊圧やら霊気コントロールで、吹き飛ばされたりして、無効化されてしまう。

実際に横島師匠や美神さん、小竜姫様には全く通じなかった。

その弱点を克服したのが、強化版の霊視空間結界だ。

霊視空間結界は俺の周囲に霊気で強固な層を作り、霊気を満たすという物だ。

霊気の消費量を大きく減少させ、よっぽどの能力の差が無い限り霊気を吹き飛ばされる事も無い。だが、その代わり極端に範囲が狭くなる。

霊視空間把握能力の有効範囲は現在半径100m、霊視空間結界は半径10m、瞬間的に25mまで伸ばす事は可能ではあるが、凡そ10倍の差がある。

因みに通常の霊視であれば、凡そ500m先まで見えるが、霊視空間把握能力や霊視空間結界みたいに、一気に範囲内の事象を全て正確に把握する事が出来ないし、精度は距離に応じて落ちる。

 

「ん?源蔵さん。妖怪たちは、公民館から引いて行きます」

どういうことだ?俺達が来た事を察知して、引いたという事か?いや違う。

 

「好都合じゃ、俊之このまま車を公民館に着けろ、公民館に入り次第、俊之は障壁結界の準備、また襲ってくる可能性がある。美佳子(留美ママ)さんは怪我人の状況確認じゃ、留美は俊之を手伝ってやれ」

源蔵さんはテキパキと皆に指示をだす。

 

公民館に到着し、留美パパと留美ママ、留美は公民館に入り、源蔵さんの指示した通りの行動に移し、俺と源蔵さんは鉄筋2階建ての公民館の屋上へ飛び上がり、辺りの様子を伺う。

「八幡殿、相手はやはりゴブリンか?」

「はい、間違いないです」

「やつら、何故引いた?」

「いえ、やつら四方に散らばり、こちらの様子を伺ってます。しかも動きが獣のそれと違い、統率されてるようです」

「ゴブリンの指揮を行ってる上位種がいるということか、どのくらいの数がいるかわからんか?」

「ちょっと待ってください……半径100m圏内には居ません。凡そ300mから500m圏内、121体の霊気(妖気)を確認しました」

霊視で辺りを見渡し、121体の霊気をざっと確認。

その中でも6個体は、他のゴブリンに比べ霊力が高い。

おそらく、群れを統率するチーフやガードといった上位種だろう。

 

「予想より多いのう。……しかし、さすがじゃのう八幡殿、それ程正確にわかるとは、その霊視能力だけでも凄まじい性能じゃ」

「殺気が伝わってきます。奴らまた襲ってくるでしょう」

「うむ、オカGや自衛隊が来るまで持ちこたえなければのう、結界を強化するとするか、わしは勝浦のGSと打ち合わせを行う。八幡殿は奴らの監視を頼む」

そう言って源蔵さんは公民館に入って行った。

 

既に日が落ち、小高い丘の頂上にある公民館の光が淡く暗闇に漏れる程度で、周囲の山々や河川敷は暗闇に包まれる。

公民館から見渡す限りの暗闇、本来夜目が効くゴブリン共が有利な展開だが、俺の霊視能力で奴らの動きが把握できる。

 

……しかし、なんだこのゴブリン共、各方面に30体程度に別れ、さらにそれが細かく6~8体をひと固まりとなって身を潜めているぞ。

まるで現代の軍の小隊編成と分隊編成だな。

 

なんか弱そうな一体が道路をへろへろと走りながら俺に近づいて来たぞ。

「泥田坊の旦那~~、酷いケロ!置いて行くなんて~~!!」

引きこもりネガティブ河童の家太郎が泣きながら迫って来る。

面倒がこれ以上増えないように、家太郎はここに来る途中で車から降ろしたのに、何でついて来るんだ?

 

「はぁ、家太郎、さっさと逃げた方がいいぞ。ここにお前が見た海外の妖怪共が襲ってくるぞ」

 

「ケロ!?……だ、旦那~、急用を思い出したケロ~、かっぱ寿司のタイムセールに間に合わないケロ~~、それじゃ~」

そう言って家太郎は一目散に逃げだす。

何その下手糞な言い訳、かっぱ寿司は回転ずしだぞ。タイムセールなんてないだろ?

はぁ、彼奴と話してるとまじ、横島師匠とダブるんだが、まさか、生き別れた兄弟とか?

それとも、横島師匠の前世は河童だったとか?

 

しばらくして、源蔵さんが戻ってくる。

「避難してきた住人に被害は無しじゃ、公民館も問題無いのう。ゴブリン共、ここを襲い迫ってきたがしばらくして、何もせずに引き上げたそうじゃ、結界に気がつきよったのかもしれんのう。知恵が回るようじゃ、それはそれでやっかいじゃ」

 

「確かに、上位種に頭のいい奴が居るのかもしれませんね。まあ、そのおかげで、俺達が間に合ったのは事実ですが」

 

「とりあえずじゃ、公民館に結界を三重に張らせたわい。俊之には建物周囲に障壁結界、勝浦のGSには対妖怪用の忌避結界。美佳子さんには建物の強度上昇させる対物結界をはらせ、戦闘が始まったら結界の維持をやってもらう。

わしと留美と八幡殿で、迫り来る奴らを蹴散らしてくれようぞ。」

 

「留美は……」

 

「ふむ、留美はわしよりも物理攻撃能力は高いでの、わしが留美を守りつつ、留美に攻撃させる。なーに、わしと八幡殿で鍛えたのじゃぞ。大丈夫じゃ。いざとなればわしが身を挺して守るまでよ」

 

「……わかりました。それにしても、奴らの動きがどうも妙なんです」

そう、確かにゴブリンは魔族の先兵として作られた妖魔で、オークよりも集団戦に長けている。統率された動きも当然出来るのだが、それにしても妙だ。

 

「うむ、妙とは?」

「それは、なんていうか……」

ゴブリン共のこの慎重さに、配置が気になる。

俺は霊視能力で周囲を警戒しつつ、源蔵さんと話していると……

北側300m先の分隊規模の7体のゴブリンがこちらに向かって、動き出した。

 

「源蔵さん、7体程度のゴブリンがこちらに向かって来ます。他は動いてません。様子を見に来たのかもしれませんね」

「ふむ、迎撃態勢をとるか?」

「いえ、俺があいつ等の裏をかいて討伐します。俺は霊視もありますし7体程度なら1人でも問題ないです。少しでも戦力を削った方がいいでしょう。源蔵さんは留美と公民館の守りをお願いします」

「わかった。頼もしいのう」

源蔵さんは満足げに頷き了解する。

 

俺は闇夜に紛れ、こっちに向かってくる7体のゴブリンの集団の後ろに迫る。

奴らは辺りを警戒しつつ、一列に並び、草むらの中を中腰で進んでいた。

霊視空間把握能力を発動し、奴らの正確な動きを掴み、霊体ボウガンと札を構え、心の中でカウントする。

……3、2、1

俺はゴブリンの集団の後ろから襲いかかる。

先頭を進むゴブリンを霊体ボウガンで頭を射抜くと同時に、札を投げ対妖魔用の五芒星結界陣を形成し、後ろ4体のゴブリンを巻きこみ拘束しつつダメージを与える。

それに驚いた、残りの2体は肩から下げた何かを構え、周囲を見渡すが、俺は既にジャンプし、上空から奴らに迫り首を霊波刀で切って落とす。

五芒星結界陣で拘束ダメージを与えたゴブリンも、もがきながら力尽きた。

 

ふう、奇襲は成功か……。

しかし、あいつ等、なんか構えようとしてたな。

こん棒ではなかったが……。

俺は確認のため、ほんのり霊気の灯りでゴブリンの死体を照らす。

身長は120~30cm程度か……

「ん……!?」

俺は奴らが構えていた物を見て、驚き、思わず声が漏れる。

どういうことだ!

P90だと!?何でゴブリンがサブマシンガンなんてものを持ってるんだ!?

 

俺は背中に冷たい物を感じる。

 

 

 

そして、爆発音が公民館から聞こえてくる。

 



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(174)ゴブリンの脅威2 弟子編⑩

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きを。


睦沢町のとある小さな集落の公民館はゴブリンの集団に取り囲まれる。

周囲500m範囲には121体のゴブリンが闇夜に紛れ、こちらの様子を伺いながら潜む。

ゴブリンはDランク妖怪に相当する。

しかも、121体の内6体は上位種だ。恐らくCランク相当はあるだろう。

一方、公民館には避難してきた住民約200人が立てこもっている。

普通に考えれば、絶望的な状況だ。

いとも簡単にゴブリンの集団に襲われ蹂躙しつくされるだろう。

 

だが、公民館を住人以外にGS5人とGSの弟子1人が守っている。

勝浦のベテランCランクGSとBランクGSの鶴見源蔵さん、DランクGSの留美パパと留美ママ、それにBランクの俺と才能の塊の弟子である留美だ。

この戦力なら何とかなる。

 

だが、ゴブリン共に俺の霊視範囲外に121体以外の後詰が存在した場合、流石に厳しくなる。

しかし、こちらもオカルトGメンや自衛隊の特殊部隊、美神さん達が救援に来てくれる。

守りに専念すれば問題無く解決するだろう。

 

俺はさっきまでそう思っていた。

 

7体のゴブリン共が先行して、闇夜に身を潜めながらこちらに向かってきたところ、俺は裏をかいて急襲し、反撃させる間も与えずに倒したのだが……

倒した死骸を確認すると、ゴブリン共が持っていた武器に驚愕する。

 

銃だ。

しかも、P90(プロジェクトナインティー)、その独特なフォルムで直ぐにわかった。

ベルギー製の最新式のサブマシンガンだ。

高性能と小回りの利く躯体に世界各国の軍や警察組織に採用されている。

何故、そんな事を知っているかって?

俺は銃マニアでも何でもないが、うちの事務所の弾薬庫に同じものがあるからだ。

何で、そんなものが事務所にあるかって?

特殊霊装装備として登録してるからだ。

銀の弾丸や岩塩弾、呪詛弾などを発射する霊装装備としてだ。

最新式の対物ライフル、狙撃銃、重マシンガン、アサルトライフルからピストル、さらには

スティンガーミサイルや01式対戦車ミサイルまで何でもござれだ。

………何故か普通の実弾もあるが、その程度の事で気にしてはいけない。

因みにそれらの兵器の整備係は俺だし……。

仕事に荷物持ちとして初参加する前に、札の扱いや術式を教えてくれるものとばかり思っていたが、何故かグレネードの投擲やC4や地雷の設置を覚えさせられたんだぞ。

しかも、美神さんは雪ノ下に自衛用にP90を持たそうと!

確かに、P90はPDW(個人防衛火器)というカテゴリーの兵器で、アサルトライフル並みの威力とサブマシンガン並みの重量と携行性を実現した銃だが、一般の女子高生に持たせるか!?

俺はまだ早いとか何とか言って、美神さんを説得して思いとどまって貰ったが、訓練だけはさせるとか言ってたし!

美神さんが言わんとしてる事もわからない事もない。

確かに、霊能がない雪ノ下に自衛手段は限られているが、よりによって最新型の銃って、美神さんは日本の銃刀法とか知らないんじゃないか?

銃以外に自衛のための札とか精霊石とかオカルトアイテムがあるだろ!?

結局、お守りに横島師匠の文珠を入れて貰って、それを俺から雪ノ下に肌身離さず持つ様にと渡して、今の所納得してもらったが……。

 

そんな事は今はどうでもいい。

 

ゴブリン共が何で、最新型の銃を持っているかだ!

ゴブリン共は中世では弓矢や投擲機などの武器を扱えていたという記述がある。

ならば、現代の武器である銃器を扱えても何もおかしくない。

だが、どうやって銃を手に入れたかだ?

ゴブリン共が自分達で調達したとは考えられない。

そもそもP90は日本の自衛隊や警察の装備には無い。

何処からか盗んできたとは考えにくい。

誰かが非合法に銃を仕入れ、わざわざ意図的にゴブリン共に渡し、しかも訓練まで施した奴が居るという事だ。

恐らく、霊災愉快犯の仲間だろうが。

ゴブリン共を操り、現代兵器を持たせた妖魔の軍団を作り、日本に侵攻しようとでもいうのか?

いや、……プロフェッサー・ヌルは人を媒体としたキメラを兵器として、世界に売りさばこうとしていた。

それと同じ意図を感じる。

ゴブリン共に現代兵器を仕込み、妖魔の傭兵団として世界に売りさばこうとしているのではないか?

今回の襲撃はそのテストケースか?

もしそうなれば、世界の軍事バランスが大きく変わり、新たな戦争の火種になりかねない。

いや、奴らはそれを望んでいるのだろう。

奴らは自らの手を下さず、社会に混乱を巻き起こす様なやり口だ。

平和を弄ぶかのように……。

 

俺は次々にゴブリン共の死骸を確認しながら思考をまわしていたが……。

「!?」

公民館の方で爆発音が鳴り響く。

まずい!!

 

俺は霊視で公民館を確認し、周囲を警戒しながら、公民館に戻り急ぐが、ゴブリン共はいない。

避難した住人も留美たちも無事のようだ。

 

公民館に戻ると、源蔵さんが入口付近で周囲を警戒していた。

「源蔵さん。今の爆発音は?」

「わからん、入口の防犯シャッターが壊されただけじゃ、建物強化結界が功を奏して大した被害になっておらん。

それよりも今の爆発、建物周囲に張った障壁結界の中じゃ。奴らどうやった?霊的反応は無かったはずじゃ」

 

俺は入口の崩れかかっている防犯シャッターを見ると

「これは……プラスチック爆弾による破壊の跡……奴ら!」

俺達が来る前にC4をセットしていたという事か。

認識が甘かった。

奴らが現代兵器を装備しているとは思っても居なかった。

奴ら、俺達が来る前にこの公民館に迫っておいてあっさり退避したのは、厳重に立てこもってるのを見て、入口に時限式のプラスチック爆弾をセットして、次の手を打つために引いたのか。

そして、爆弾が爆発する頃を見測り、俺が今倒した奴らの先攻部隊か偵察部隊が動いたという事か。

 

かなりヤバい!!

 

「源蔵さん!これはプラスチック爆弾です!しかも俺が倒した奴ら銃を持ってました!しかも最新型の物を!」

「なぬ!?銃じゃと?」

「しかも、このやり口、現代の軍隊の動きです!」

小隊編成や分隊編成に、奴らの行軍の仕方、まさに現代の軍体制だ。

 

「お爺ちゃん、ししょー、大丈夫?」

留美が入口から、様子を見に俺たちの方へ歩いてくるが……。

 

「くっ!!」

俺は咄嗟に隣の源蔵さんを掴んで建物の中へ放り投げ、留美に飛びついて抱き寄せる。

「なんじゃ!?」

「八幡!?」

 

それと同時に、銃声がほぼ同時に3発鳴り響く。

狙撃だ!!

2発は回避。

留美を狙った弾は、サイキックソーサーを展開し受け止める事ができた。

間に合ったか。

この障壁結界は妖怪妖魔や霊的存在等の侵入を阻害することが出来るが物理攻撃である銃弾を防ぐことは出来ない。

霊視と霊視空間把握能力がなかったら、全く反応できなかっただろう。

 

俺は留美を抱き寄せたまま建物内部へ飛び込むと、俺達がさっきまで居た場所に赤外線レーザーが乱立し、銃声が続きざま数十発連発で鳴り響く。

 

「留美!大丈夫か!?」

「うん……」

俺は直ぐに立ち上がり、留美の体を抱き起しながら、霊視で周囲を伺う。

東距離450m木の上から狙撃か!?そこに3体。

いや、南東350mの民家の屋根の上にも5体。

アサルトライフルによる単発狙撃からのセミオート射撃か!?

くそっ!訓練された特殊部隊かよ!!

 

「八幡殿!!なにごとじゃ!!」

「狙撃です!!」

「なんじゃと!?」

「建物強化結界の耐久力強化と対霊ではなく耐物理障壁結界を!!」

 

「あい、わかった!!」

源蔵さんは俺の言葉に直ぐに頷き、公民館の奥へと小走りに向かう。

クリエイト系の霊能者の留美ママが居てくれて助かった。

建物(対物)強化結界なんてレアな結界を事前準備無しに張れる人はそうそういない。

それに今の俺の持ち札じゃ、銃に耐えうる物理結界を張るのは厳しい。

美神令子除霊事務所じゃ、物理結界だろうが、対物強化結界だろうが、それ専用のバカ高い結界札や術石などの呪術具を全部取り揃えている。

それこそ、戦車の砲撃やミサイルを防ぐような代物まで。

その逆に銃器もたんまりあるし。

実際、仕事で何故か銃撃戦になった事がある。

俺は殆ど何も出来なかったが、美神さんは嬉々としてマシンガンぶっ放してたし、横島師匠も滅茶苦茶手慣れた風に、携行ミサイルランチャーぶっ放してな。

たまたま現場でかち合った小笠原エミさんの事務所のタイガーさんも手慣れてたし。

GSってこれが普通なのかなと思っていた事もあったが……。

昨年プロになって、改めてうちの事務所の異常性が良くわかった。

 

俺には言わないだろうが、美神さんは多弾頭ミサイルとかトマホークとかもどこかに隠し持ってるんじゃないかと、もしかしたら戦闘機や核ミサイルまであるんじゃないかと疑ってる。

 

 

これは、かなりヤバい状況だ。

相手は現代兵器を手に持ち、現代の軍組織運営の元に動くゴブリンの軍隊だ。

普通の妖怪退治とはわけが違う。

普通のGSだと対処しきれないだろう。

 

公民館がコンクリート造だって言うのも助かった。

とりあえず、建物の中に居れば、建物強化結界と物理障壁結界で銃撃から身を守れるだろう。

 

しかし、銃器を持ったゴブリンが残り114体。

銃火器の威力に任せて一点集中攻撃を受ければ結界は持たないかもしれない。

更に、俺の霊視範囲外に予備軍や後詰が存在すれば、確実に火力で押される。

さらに、奴らが対物ライフルや迫撃砲や地対地ミサイルを複数持っていたら、間違いなく今の結界は持たないだろう。

救援が来るまでにもつかどうかわからない。

 

そうかと言って、こちらから攻めるにはリスクが高い。

そもそもの戦力差がある。

現代兵器で武装したゴブリン114体とGS5人に弟子1人だ。

これでも圧倒的不利だろう。

こちらから仕掛けるとしても、住民を守るために留美パパと留美ママ、勝浦のGSには結界の維持に専念してもらわなくてはならない。

実質、攻勢に出られるのは俺と留美と源蔵さんの3人だけとなる。

いや、源蔵さんにも結界の維持と守りについてもらわないと厳しいだろう。

俺と留美、もしくは銃火器相手に交戦経験がある俺だけで攻めなければならない。

 

さらには、飛び道具の差があり過ぎる。

向こうは狙撃用の銃やアサルトライフルにサブマシンガン。

俺は遠距離武装としては札と霊体ボウガンだ。

向こうは狙撃用アサルトライフルで凡そ有効射程が600mぐらい。

アサルトライフルや最新型サブマシンガンP90の有効射程が300m~500m

一方俺の場合、札を投げ、そこから術が発動する有効距離は30~50m。

霊体ボウガンは有効射程40~50m、連装式だと30m。

霊力注入方式だと俺の場合150mまで射程は伸びるが、それが限界だ。

ほぼ火縄銃と同じだ。

兵器の射程という意味では、関ヶ原の合戦と現代戦の4世紀程のギャップがある。

 

かなり絶望的な戦力差だと言っていいだろう。

 

援軍が来るまで大人しく引きこもって結界の維持に専念し、一気に攻めて来ない様に拝んでみるか?

いいや、こちとら伊達に美神令子除霊事務所に3年近く過ごしてきたわけじゃない。

こんなピンチは何度も切り抜けてきた。

総武高校の異界の門と人質、オークの襲来に比べれば、まだましだ。

あの時は1人で全生徒教職員を守らなければならなかったが、今は留美が居るし、鶴見家の人達も居る。

 

考えろ。

 





普通に銃器が揃ってる美神令子除霊事務所。
うーん、下手するとテロリストよりもたちが悪い。


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(175)ゴブリンの脅威3 弟子編⑪

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では続きを……


現代兵器で武装し、現代戦の軍編隊を編成しているゴブリンが114体。

まさしく、中隊規模の軍隊と対峙しているようなものだ。

こっちは一般市民200人にGS5人と弟子1人が公民館に籠っている。

ゴブリン共が攻め手で、こちらが防衛側、公民館籠城持久戦を行っているようなものだ。

相手の武器はサブマシンガンとアサルトライフル、狙撃用アサルトライフルまで確認出来ている。

幸い、こちらの公民館はコンクリート造で、さらには建物強化結界や耐物理障壁結界のお陰で、弾丸は建物を通らない。

但し、奴らが携行ミサイルや迫撃砲や対物ライフルなんて物を装備してたりすれば、結界が長くは持たない。

114体以外に相当数の予備兵を残していた場合も数で押し切られ、乗り込まれるだろう。

 

俺が倒した奴らは、銃は最新型だったが、服装は腰蓑のような物を巻いていただけだ。

まるで一般人に紛れたゲリラ兵のようだ。

 

奴らは断続的に公民館に発砲を繰り返しているが、攻撃の意図は感じない、どちらかと言うと威嚇射撃の様だ。

こちらの恐怖心を煽り、こちらのメンタルを削ってるのだろう。

彼奴らは、銃や軍隊という物を理解し、こういう戦術も行ってきている。

 

「八幡殿、耐物理障壁と建物強化結界は順調じゃ、耐久力が落ちれば、補強できるように準備もしておる。住民も落ち着いておる。オカGや自衛隊の援軍が来るまで持つじゃろて」

源蔵さんと俺は二階のカーテンを閉めた窓際で打ち合わせをする。

 

「とりあえず公民館は弾丸に耐えられますが、奴ら何を仕出かしてくるかわかりません。携行ミサイルとかを持っていた場合、そんなに耐えられないでしょう」

「ぬ、やつら何処からあのような兵器を、今は言ってもせん無き事よ。どうする八幡殿?銃火器を持った連中との戦闘など想定外じゃ」

確かに河童騒動の救援から始まったこの事件、流石に相手が銃火器で武装訓練された妖魔に襲われるなんて思いもしなかった。

だが、相手がそう来るなら、こちらもそれ相応の覚悟を持って相手をしてやる。

 

「そうですね。こうなったら躊躇してられない状況です」

「八幡殿、何か策があると?」

「オカGと自衛隊がこちらに向かってます。美智恵さんに連絡して、中距離ミサイルを公民館周囲に撃ち込んでもらいます。ミサイルの照準誤差は10m程度と聞いてますから、公民館に当たる事はないハズです。周囲の民家を巻きこんでしまいますが、幸い公民館に皆避難してますし、耐物理障壁結界と建物強化結界が張られ、爆風やらにも耐えられます」

そう、相手が銃火器なら、こっちは戦術ミサイルだ。

こちとら美神流なんでね。

 

「な、なな!?ミサイルとな!?」

さすがの源蔵さんも目をひん剥き驚いていた。

 

「美智恵さんなら了解してくれます。それに住民の命には代えられない」

美智恵さんなら、銃火器を装備したゴブリンの危険性を十二分に理解してくれる。

日本政府は渋るだろうが、あの人だったらうまく丸め込めることが出来る。

それ位の影響力を持ってる人だ。

 

「む、むう、確かにそうじゃが。……いや、確実じゃろうて、わしらは銃火器相手に戦った事が無いからのう。八幡殿頼めるか」

源蔵さんは最初、渋い顔をして躊躇していたが、パンと膝を叩いて了承してくれる。

 

「では、俺から電話します……ん?」

そう言って俺はスマホを取り出し、美智恵さんのスマホに電話をするが、反応しない。

スマホの画面を見ると、電波が立っていなかった。

電波が来てない?

田舎だからか?

いや、公民館に来る道中、公民館に居た勝浦のGSとは繋がっていた。

どういうことだ?

 

「すみません。源蔵さんのガラホ、貸してもらっていいですか?」

「うむ、八幡殿のスマホはさっきの戦闘で故障でもしたのか?」

「いえ……」

源蔵さんのガラホも電波が来てない。

 

俺は留美ママにも確認したら、留美ママや避難住人の人達も、しばらく前から電波が入って来てないそうだ。

 

……まさか通信妨害?

あいつら、戦闘だけでなく通信妨害まで?

いや、ゴブリンを操ってる奴が通信妨害を手筈したのか?

奴ら、分隊を倒れた事を知り、本格的にこちらを攻略つもりということか?

やはり軍戦略を熟知しているということか?

ゴブリンを操ってる奴は他国の軍か自衛隊出身の可能性が高い。

 

「やられた。恐らく通信妨害です。どうやったかは知りませんが……」

「なんと!?……うむ、ならば式紙で知らせるしかないのう」

「式神で美智恵さんの所までどのくらいでメッセージが届きますか?」

「東京のオカGにまだ居るのであれば、30分くらいかのう。美神の突撃娘もこちらに向かっておる、霊気を辿って行かせれば、うまく行けばもうちと早く知らせる事は出来るかもしれんが……」

30分、厳しいか。

その後から、日本政府や自衛隊上層部に話を付けたとして、1時間はかかる。

救援が到着するのと同じぐらいのタイミングか。

それに、ゴブリンの動きをリアルタイムで知らせる事が出来ないから、ミサイルを撃ち込む効果的な位置を知らせる事も出来ない。

 

「……それでもいいです。相手が銃火器で武装している事を知らせて、一早く救援に来てもらえれば……、美神さんにも送れますか?」

「娘子の霊気を覚えておらんわしでは無理じゃが、留美であればいけるじゃろうて」

「お願いします」

源蔵さんは早速留美を呼びつける。

源蔵さんと留美はそれぞれ、霊紙に現状況を知らせるメッセージを言霊で吹き込み、そして霊紙は折り鶴の姿に変わり、窓をすり抜け美智恵さんと美神さんが居るだろう方向へと夜空を飛んで行く。

 

「やはり、耐え忍ぶしか手は無いか……八幡殿正直言ってどうじゃ?」

源蔵さんは俺に、救援までに耐えられるかどうかを俺に聞いてきている。

 

「正直、厳しいですね。さっきも言いましたが、今包囲している114体だけで、武装が先ほどまでの攻撃を仕掛けて来た銃火器程度であれば、凌ぐ事は可能ですが、相手が重武装兵器を持ってたり、予備戦力を待機させていた場合は、この公民館は救援が来る前に奴らの手に落ちる可能性が高い」

 

「む、脱出は……厳しいのう」

「八幡……」

源蔵さんは厳しい表情を、俺達の会話を聞き留美は不安そうに俺を見上げる。

 

俺は留美の肩にポンと手を乗せて、源蔵さんにこういう。

「そうですね。だから俺と留美とで打って出ます」

「え?八幡とわたしで?」

「む、それこそ無謀じゃなかろうて」

「奴らは遠方から威嚇射撃を行いながら、今も別動隊が襲撃の準備のため此方を包囲しながらじりじりと近づいてきてます。奴らは何らかの方法で乗り込んでくる手筈が整ったという事でしょう。と言う事は逆に、こちらが打って出るとは思っていないということだと。だからこそ迫り来る別動隊を個々に叩きます」

俺はこの方法も予め考えていた。

ミサイル攻撃が出来ない可能性があったためだ。

 

「だったらわしが八幡殿と出よう。留美にはちと荷が重い」

 

「いえ、留美の霊力は源蔵さんよりも高い上に、離れた敵に対しての殲滅能力が高い術式を多数もってます」

「確かにそうじゃが……」

源蔵さんが渋るのもわかる。

大事な孫娘をこんなとんでもない戦場のど真ん中に飛び込ませることになるのだから。

 

「何も、敵を全部倒さなくてもいいんです。奴らは現代戦をやってます。がむしゃらに向かって来る獣や魔獣とは違います。2割も損耗が有れば引いてくれるでしょう。ざっと20体程度、3分隊を倒せば行ける計算です」

 

「むう」

 

「留美とは訓練を共にしてるんで息も合いやすい。それに俺の霊能は防御よりなんで、狙撃からの防御も可能です」

源蔵さんもわかっているのだろう、留美に行かせるのがこの場で一番いい方法だと、だが心情ではそうはいかない。

 

「大丈夫、お爺ちゃん。八幡は強い。私も頑張るから」

留美もわかっているのだと思う。

源蔵さんが行くよりも自分が行った方がいい事を。

 

「だが、留美よ……わしは…わしは」

 

俺は霊視空間結界を発動させ、源蔵さんにわざと見せつけるように漆黒のシャドウ、ダーククラウドを顕現させる。

「留美を傷一つつけさせませんよ」

そして、自身満々にこう言ってのける。

 

「式神、いや精神体か?……こんな奥の手を……」

「八幡の式神?」

 

「俺の半径10mに俺の霊気を満たし、強固な領域を作ってます。その中限定ではありますが、シャドウを顕現させることができます。この領域では全ての事象が見え、領域に触れた銃弾すら見えます。また、俺のシャドウは触れた物質の相対速度を減少させることができます。要するにスローモーションにさせる事ができます。留美が俺の領域に居る限り、弾を掠らせすらさせませんよ」

俺は源蔵さんを安心させるためにワザと俺の奥の手の能力を自信満々に語る。

実際、弾丸を全て見え、事前察知したとしても避けられることは出来ない。

俺の身体能力が付いて行かないからだ。

だが、やり様はある。

ダーククラウドの能力はこれだけじゃない。

限定的なワープもある。

留美を守る事は出来る。

まだ、これ以外の真の奥の手も残している。

だが、どんな方法を使ってでも留美を守り抜いて見せるだけだ。

こんな時だからこそ、せめて師匠らしい事をな。

 

「八幡凄い!」

 

「八幡殿……うむ、これならば」

「大丈夫です。こう見えて俺はそこそこの修羅場をくぐってますんで」

「あい、わかった。留美を頼み申す」

源蔵さんの許しを得て、次は留美の両親に事情を説明する。

 

時間は決して余裕があるわけではないが、これも弟子を預かる師匠としてのけじめだ。

俺が説明した後、留美パパは俺にこそっと、耳打ちをする。

「留美を頼みます。でも比企谷先生、いざとなったら、留美を連れて逃げてほしい……」

「大丈夫です。俺と留美を信じて下さい」

 

俺は勝算が十分にあると踏んでる。

そうじゃないと、留美を矢面に立たせなかっただろう。

総武高校の大規模霊災の時のように焦りはない。

俺の霊視と留美のペーパークラフト使いとしての天才的な能力があれば、銃器を持ったゴブリンだろうと、問題無いと踏んでいる。

源蔵さんにも言ったが、あいつ等を殲滅させるつもりはない。

相手に、近づけば手痛い目に遭う事を十二分に理解させてやればいい。

その為に3分隊は盛大に犠牲になって貰う。

俺の霊視範囲外の遠方からゴブリン共を操って指揮を執ってる奴は恐らく人間だ。

予備軍が控えてようが、重装備を隠し持っていようが、ゴブリンが先兵として作られた妖魔だろうが、そいつの精神を折ればいい。

実際、2割の損耗が有れば、次の作戦やらの行動も起こせないだろう。

それにゴブリン共を兵器として売りさばくための、デモンストレーションや実地訓練だとしたら、2割の損耗は痛すぎる。

そうなる前に撤退するだろう。

 

「留美、いけるか?」

「大丈夫、ししょー、ううん。八幡と一緒だから」

「俺が必ず守る。いつも通りやれば大丈夫だ」

「わかった」

留美の表情は少々緊張気味ではあるが、恐怖心は無い様だ。

 

「……行くか」

「うん」

 





絶賛シリアス展開……
ああ、ギャグりたい!!


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(176)ゴブリンの脅威4 弟子編⑫

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では続きを


 

息を大きく吐き、集中力を高める。

霊視空間把握能力と霊視能力をフルに発動、ゴブリン部隊の動きを把握、確認。

霊力を高め、身体能力強化と霊視空間結界を続けて発動。

「行くか」

 

隣りの留美も集中力を高め霊力が上昇していくのが分かる。

「うん」

 

俺と留美は公民館南側の1Fの周囲から死角となっている窓からスッと飛び出し、一度物陰に隠れ、そして行動に移す。

 

凡そ60体のゴブリンが8分隊を編成し、北側と南側から公民館を包囲するかのように移動している。

ゴブリンは夜目が効くため、暗視ゴーグルなどの装備に頼らずに、暗闇の中を進軍することが可能だ。

ゴブリンの装備なのだが、そもそも、俺が最初に倒した連中は防弾チョッキやヘルメットはおろか、戦闘服も着ていなかった。毛皮か布を腰に巻いたような感じの、いかにもゴブリンといった感じの姿だ。

だが、奴らはそんなナリ(身なり)に反して銃と予備弾倉を持っていた。

その姿に違和感を感じざるを得ない。

そもそも、ゴブリンは小学生低学年ぐらいの身長しかない。

装備した銃器が体格の小さなゴブリンでも比較的扱いやすい携行性に優れた最新型小型銃で賄ったのかもしれないが、人間の戦闘服や防弾チョッキなどの防御装備はそのまま流用は出来ないだろう。

ゴブリン用に作り直す暇がなかったか、今回の襲撃は本当に訓練やデモンストレーション程度だと考えていたのかだ。

 

対する俺も普段の除霊時の装備ではない。

そもそも津留見神社の森の修練所で留美の修練を行う予定だったため、俺自身は手ぶらで持ち運びできる最低限の装備のままここに来てしまっているからだ。

一応、耐霊仕様の服ではあるが、武装は普段から持ち歩いている自前の神通棍と自作の札ぐらいだ。

今、俺が背負っている20ℓ程度の小さなリュックサックには、留美の家から借りて来た霊体ボウガンと呪縛ロープと各種札、留美が使用する予備の霊紙が入ってるが、これでも普段の装備の3分の1もない。

普段であれば、値段が張る各種札や術石などの霊具、対霊対魔用の各種グレネード、C4爆弾、小型衛星無線、携帯食料等など、どんな状況にも対応できる品々をタンマリ担いでいる。

 

この状況で欲しいのは、普段から愛用してるフラッシュグレネードや対妖魔用の煙幕弾だ。

あれが有れば、相手が飛び道具を持っていようが、人数差のある屋外戦闘であろうが、優位な状況に持って行く事が出来るだろうが、そうも言ってられない。

 

 

 

最初のターゲットは、南側の段々畑の農道を通ってこちらに向かって来る8体の分隊。

俺は留美を引き連れ、闇夜に紛れて用具倉庫だろう小屋の裏側に進み迎撃態勢をとる。

いくらゴブリンが夜目が効くからと言って、俺の霊視に比べれば索敵能力は低い。

しかも、俺の霊視空間結界の中では足音や匂いなどもある程度遮断できる。

我ながらとことん斥候や隠密行動に優れた能力だと思う。

まあ、そういう風に能力を伸ばしているのだが。

横島師匠の背中を追いかけようとすればする程、その壁の圧倒的な分厚さに折れそうになる。今のままでは横島師匠が能力全開で戦わなければならない状況では、俺は何もできないところか邪魔にしかならない。

せめて、師匠の邪魔をせずに後ろについていけるだけの力をと、今年の夏の妙神山での修行を探査能力と隠密能力を高める方向性で行った結果だ。

 

ターゲットのゴブリン8体は公民館から200mまで近づき、俺たちからの距離は50mに差し掛かったところ……。

「留美、準備はいいか」

「うん、大丈夫」

 

留美は霊紙を両掌に乗せ、そして、霊気を送る。

留美の長い後ろ髪が霊気の漏れにより、ふわっと浮き上がる。

霊気を送った折り紙程の大きさの霊紙は次々と飛び立ち、ゴブリン共に向かう。

その数約100枚。

俺の霊視で得た情報で、正確にゴブリン共のもとに……

 

「見えた」

留美は霊紙を通し、ゴブリン共を感知したようだ。

 

そして、俺の霊視で見たものは、霊紙が次々とゴブリン共に襲い掛かる様子だ。

強度を高めて刃物のように鋭くした霊紙は中空を縦横無尽に飛び回り、ゴブリン共を切り刻んでいく。

津留見流式紙術式『舞姫』という術式だ。

 

ものの数秒でゴブリン共は血まみれになり、何が起きたかも理解できず、反撃すらできずに、すべて倒れる。

音もせず空中を縦横無尽に飛び回る小さな紙切れに、普通は反応できないだろう。

それも100枚ものカミソリと化した紙に一気に襲われるのだ。

この術式、霊紙100枚を同時に操ると射程はおおよそ100mぐらいまでらしい。

そもそも100枚もの数を同時に操れるのは留美だけだとか。

留美の能力は正直、術性能だけだったら、一流のGSにも引けを取らない。

 

 

 

「留美、次いけるか?」

「大丈夫」

8体のゴブリン共が倒れたことを確認し、次の分隊へと行動に移すが……。

 

夜空に激しい光がはじけ飛び、俺たちはその光に照らされる。

「くっ!」

「あっ!」

 

照明弾か!

予想はしていたが、このまま闇討ちはさせてくれないか。

 

最初の俺の急襲を受けて、対策を準備していたということか、この柔軟な作戦能力、やはりどこかにゴブリンどもを操る指揮官がいるということだ。

 

すると、四方から次々と弾丸が俺たちの方向へ放たれる。

狙撃か!

位置が完全にばれたな。

 

俺は留美を抱きかかえ、サイキックソーサーと回避行動と、建物のなどの障害物を利用して弾丸を避けながら、民家の影に身をひそめる。

 

遠方からの援護射撃、俺たちを攻撃けん制が目的か?

こちらを包囲し迫っていた分隊は、後方に下がらせる気配だ。

立て直しを図るか、次の行動も早い。

後方に下がるきる前に叩かないとまずい。

向こうが直接襲撃を避け、遠距離からの銃撃戦でごり押ししてきたのなら、こちらが圧倒的に不利になる。

 

「留美、このまま次のターゲット、いけるか!?」

「八幡……うん」

 

近くに後退気味の分隊一つあるが、ここからでは留美の式紙は届かない。

強引にでも出るしかないか。

だが奴ら、この場所を吹き飛ばさないところを見ると、携行ミサイルとかの重火力の武装はないのだろう。

今の銃撃だけならしばらくは十分耐えられる。いや、耐えて見せる。

 

「ここから真っすぐに敵の分隊がいる。ここから数十メートル強引に進む。留美は俺の背中に乗って式紙のコントロールだけに集中してくれ。大丈夫だ。留美は守る」

「うん」

俺はリュックサックから霊紙を取り出しつつ、前に装着してから留美を背負う。

 

一呼吸おいて、銃撃が鳴り響くなか、民家の影から開けた畑の真ん中に一気に飛び出す。

 

俺たちに対する銃撃の勢いが増す。

霊視による回避と、サイキックソーサーによる防御、ダーククラウドによる銃弾の遅延に、限定瞬間移動を駆使して、銃撃を避け続ける。

ギリギリだが、これなら何とかなる。

 

留美は俺の言う通りに、相手のターゲットのみに集中し、分隊を式紙術式『舞姫』で次々にゴブリン共を屠る。

 

ターゲットの分隊が壊滅したのを感知し、銃撃を避けるために一度、段々畑の起伏の影に滑り込むように入る。

もう、ひとつ分隊を倒せば、予定の2割の損傷を与えられる。

向こうに戦力的余裕がなければ、撤退してくれるだろう。

きついが、何とかなりそうだ。

 

「留美、大丈夫か?」

「うん、大丈夫、八幡が守ってくれるから」

「もう一息だ」

俺は留美の様子を気にしながら、次のターゲットの動きを霊視で追い続ける。

 

ゴブリン共の立て直しも早い。

北側はもう後退して体制を整えだしている。

だが、南側は川がある分後退に手間取ってる。

南のあの分隊は間に合いそうだ。

 

「行くぞ」

「うん」

俺は留美を再び背負い、銃撃の嵐の中に飛び込み、障害物を利用し銃撃の射線を少しでも減らしながら走る抜ける。

 

そして、南の分隊の射程に届き、留美の式紙術式『舞姫』で難なく屠ることが出来た。

分隊を屠ったのを確認し、俺は銃撃を避けつつ近くの倉庫らしき建物の影に飛び込み、隠れる。

 

「留美、さすがだな、助かった」

「ううん、八幡が守ってくれたから……」

何とかなったか。

留美のおかげだな。

俺一人では厳しかった。

 

だが、この状況で留美のこの集中力。

誰かが守ってくれるといっても、恐怖や焦りで精神が乱れるものだ。

留美の霊気に一切のぶれがない。この年でここまで出来るか?

やはり、俺とは出来が違う。

 

121体中、7体は最初の俺の奇襲で倒し、留美の式紙術式『舞姫』で22体倒した。

合計でいえば、2割3分削ったことになる。

これでゴブリン共が大人しく撤退してくれればいいが……

 

 

だが、公民館の方で今までにない大きな爆発音が聞こえてくる。

「!?」

C4か!?

いや、公民館の周りにはゴブリン共はいない。

迫ってきていた分隊は後退し、体制を立て直している。

 

爆弾じゃない、携行ミサイル!?

奴ら、持っていたのか!!

何故、今になって!!

いや、持っている数が少ないから、切り札として温存していたのか?

いや、そんなことを考えるのは後だ。

携行ミサイルを持っている奴を倒さないとまずい!!

 

 

 

そして、再び大きな爆発音が鳴り響く。

 

「くっ!」

本格的にやばい!

 

 

だが……。

その後、聞きなれた声が遠方から徐々に聞こえてきた。

 

「ふふっふふはははっ!!汚物は消毒よー――!!わーーっはっはー――!!」

 

 

そのとんでもない下品な高笑いに俺は安堵する。

 





あの人登場!!


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(177)ゴブリンの脅威5 弟子編⑬

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きです。


 

留美と俺は何とか、迫り来るゴブリンの南側の分隊3部隊を撃破することに成功した。

ゴブリン共の軍勢の2割強を撃破した事になる。

これで、ゴブリン共が大人しく撤退してくれればいいが……。

そう思っていた矢先。

 

公民館の方から大きな爆発音が聞こえてくる。

 

時限爆弾か!?

いや、公民館の周りにはゴブリン共はいない!

 

まさか、携行ミサイル!!

ゴブリン共は持っていたのか!?

やばい、ヤバすぎる。

 

更に、大きな爆発音がこだまする。

 

くそっ!

携行ミサイルを撃ってる奴を撃破しないと!!

 

どうする!?このまま行くか!?

携行ミサイルを撃ってる連中を特定できるのか!?

虱潰しに行くか!それとも俺が囮になって、ワザと攻撃させて、位置を特定するか!?

留美を連れて……この状況で弾幕を防げるか!?いや、流石にリスクが高すぎる!!

 

俺は懸命に思考を回すが、焦るばかりだ。

 

だが……。

 

 

「ふふっふふはははっ!!汚物は消毒よーー-!!わーーっはっはーーー!!」

爆発音と共に下品な高笑いが聞こえて来た。

 

この声は美神さん!?

いや、早すぎるだろ!!

予想よりも1時間は早い!!

 

「銃を持ったゴブリンは訓練されたゴブリンよ!!!私を見て逃げ出すゴブリンは賢いゴブリンよ!!!どっちでもいいけど!!私のうっぷんの為に藻屑となりなさーーーい!!!!うははははははっ!!!」

だが、この声にこのノリ、間違いなく美神さんだ!!

あの爆発音も美神さんかよ!!

 

そして、公民館の屋上に立ち月明かりと照明弾の光でその姿が見える。

赤いシャツに迷彩パンツにブーツ、頭には最新試作型の霊視暗視電子戦兼用ゴーグル、右手にマシンガンに左手にハンドガン、無数の弾丸や手榴弾が胸や腰に、さらには背中にロケットランチャー2門!!

スタイルのいい美女がロングヘアをたなびかせ、凶悪な笑みを浮かべて立っていた!!

 

「ランボーかよ!!」

 

思わずつっこみが声に出てしまったが、もはやGSや霊能者の恰好じゃない。

どこぞの死なない男(ランボー)も真っ青だ!!

 

「うははははっ!!逃げても無駄よ!!悪は滅びなさい!!正義は私だけのためにある!!」

マシンガンやらロケット砲やらの爆音とゴブリン共の悲鳴がそこら中で響き渡る。

美神さんから弾丸の雨霰!!

 

「八幡、……助けが来たの?美神さん?」

留美は俺に疑問顔で尋ねてくる。

そりゃそうだ。

留美は美神さんの本性を知らないからな。

あんな、女ランボーな美神さんを見れば、疑問顔になっても仕方がない。

しかも、言ってることややってることがめちゃくちゃだし。

 

「人工幽霊!!狙撃兵に多弾頭ロケット砲を撃ちこみなさい!!!皆殺しよ!!!!」

たぶん、車に憑依した人口幽霊に命令しているんだろうが、ロケット砲と言う事はランクルで来たのか!!改造され車の後部トランクやらにロケット砲やらがタンマリ仕込まれてる!!どこかのスパイ組織も呆れるレベルだ!!

しかも、言ってる事が正義の味方じゃないんだが!!もう、悪の組織の親玉そのものだ!!

 

ドッカンドッカンという轟音と主に土煙と共に破壊され何かが色々飛び散る。

ゴブリンだけじゃなく、民家や畑なども吹っ飛ばしてるんだけど!

どっちが悪者かわかったもんじゃない!!

 

「ちょ、美神さん!!俺達もいるんすけど!!」

「うはははははっ!!!!」

聞こえてないし!!

俺達も巻き沿いにするつもりかよ!?

まじで滅茶苦茶だ!!

 

「こ、これはまずい!」

俺は霊視空間結界などの能力をフルに使って防御に徹しながら、ダーククラウドで2メートル程の穴を掘り、留美と身を潜ませ、留美が式紙の結界術式『護祖巣守』を発動させ、200枚程の霊紙の防御障壁で穴に蓋をする。

 

俺は穴の中から霊視で状況を確認する。

美神さんは一応、公民館には攻撃が当たらないように配慮しているようだが、その他に関しては一切、気にも留めていない。

破壊の限りを尽くしている。

 

美神さんはこの暗闇の中でもゴブリンの動きが正確に見えるらしく、的確に攻撃を当てている。

それは、頭にしている最新試作品の霊視ゴーグルのおかげだ。

この霊視ゴーグルには暗視などの各種物理センサーとAIによる情報管理システムが搭載されている。

従来の霊視ゴーグルは霊的反応や霊的存在を装着者の目を通して、確認できる代物で、ゴーストスイーパーにとってなくてはならない霊具だ。

だが、視界は少々狭いうえに装着者の目で確認するため、視界に映ったものしか霊視できない。

しかも対象の霊的存在から視界を外すと、その存在を見失ってしまう。

多量の敵相手の場合、すべてを把握しきれない。

当然といえば当然なのだが。

さらに言うと、視界が狭いし、霊的存在以外のものが薄暗く見えにくいため、装着しながら戦闘するには不向きなのだ。

その点、俺の霊視空間把握能力や霊視空間結界は場の周囲をすべて把握できるため、霊視ゴーグルに比べ圧倒的に優位に立つ。

この最新試作型の霊視ゴーグルは、それらの欠点を補うべく、現代のハイテクを盛り込んだ、要するに霊具と最新現代ハイテク兵器のハイブリット霊具だ。

この暗闇の中でも赤外線センサー等の各種センサーやGPSなどでゴブリン共や辺りの地形を正確な位置を把握し、さらにマッピング機能がついているため、ゴブリン共がどこに何体いるか凡そ把握できたりもする。

 

実はこの霊視ゴーグルの発案は美神さん。

開発はドクターとマリアさん、製造調整は……その、雪ノ下電機だ。

要するに雪ノ下の実家の会社の子会社だ。

雪ノ下が美神玲子除霊事務所にアルバイトを行うにあたって、親を説得させ、さらに美神さんまでも納得させた提案がこれだった。

霊具製造販売業界は新規企業の参入が難しいのが実情だ。

そもそも、霊具の開発者が圧倒的に少ないため、新しい製品の開発などはなかなか難しい。

さらに、既存のメーカーが出してる商品も、特殊な素材や独自の術式などを介しているため複製も難しい。

霊具の核として使われているクォーツと呼ばれる精霊石などの霊石はほぼ海外のザンス製に頼っている。

あとは何処にでもある利権や縄張り争いなどにより、企業の新規参入だけでなく、商品の新開発すらままならない状況だ。

それ以外にも、各霊能家は自分たちの札や術式などを公表しないなどの閉鎖的であるため、新たな試みなどは嫌われたりするのだ。

 

だが、それを打ち崩すことが出来る存在は、業界のトップであり、GS協会の理事でもある美神さんだった。

いや、それよりも金になりそうなものを、放っておくわけがないし、邪魔されようが、強行突破するだろう。

だが、それだけじゃない。

実は土御門家も巻き込んだのだ。

美神令子印・土御門印のダブルブランドとしたのだ。

やはり、土御門の名は大きい。

さらにいうと、横島師匠の計らいで、横島師匠の専業主婦のお母さんを巻き込んだ。

 

結果こうなった。

霊具霊器製造販売メーカー

㈱YTMコーポレーション

初代社長は雪ノ下の父親、実質の経営は副社長の師匠の母親の横島百合子氏

取締役監査役として美神さんと土御門風夏さんの名前がある。

ブランド名:MIKAMIモデルと土御門印

MIKAMIモデルは霊器で、現代ハイテクとのハイブリット商品のブランドであり、販売相手はゴーストスイーパーだけでなく、自衛隊や警察となっている。

まだ、今は試作段階のこのハイテク霊視ゴーグルだけだが、来年早々から、5段階ぐらいのスペックで販売予定だとか、因みに美神さんが今装着してる試作品は、スペシャルエディションとして3億4000万で販売予定。一番安い量産型で1機2000万だとか……。

すでに量産品は自衛隊から100機、警察から50機受注が来てるらしい。

土御門印はゴーストスイーパー向けの汎用札が主だが、目玉商品がある。

汎用性式神だ。すでに3モデル用意しているらしく。

こちらはゴーストスイーパーに大人気らしく。

すでに予約販売が始まって即売り切れ、予約1年待ちのモデルまであるらしい。

将来は海外にも販売網を設けるとか……。

 

契約時、雪ノ下の父親と美神さんとがっちり握手を交わして、お互い高笑いしていたとか。

発案者の雪ノ下も、ここまで大事になるとは思っていなかったようだ。

まあ、これでドクターのところにもお金が入ってくるみたいだし、土御門家も新たな大きな資金源として喜んでるみたいだし……、輸入に頼らない国産品の販売ということで、美知恵さんも苦笑気味だが一応喜んでいるようだし

 

因みに、横島師匠のかーちゃんって、業界では有名人らしくて、雪ノ下の父親が師匠のかーちゃんを紹介されたとき、めちゃくちゃ驚いて、これで絶対勝てるって興奮気味に喜んでたとか、雪ノ下が言ってたな。

確かに、横島師匠のかーちゃんに二度程会ったことがあるが、専業主婦って感じじゃなかったよな。どう見てもできる人オーラをまとってたし。

家のかーちゃんに紅井(横島)百合子って知ってるか尋ねると、やっぱ知ってたし。

なんでも、その場で現れただけで利益率を上昇させるとか、数か月の相場を正確に予想できるとか。

なにその超ハイスペック……。

まあ、その母親にして、この息子かって感じだけどな。

そういえば、横島師匠のお父さんには会ったことがないな。

 

 

そんなこんなで、穴の中で考え事してるうちに、ゴブリン共の反応はなくなり、美神さんの高笑いが響き渡る。

銃を持ったゴブリン共中隊規模を一人でどうにかしちゃうとか、横島師匠も大概だが、この人もやっぱ人間やめてるとしかいいようがない。

しかも、霊能関係ないし……。

 

「留美、ここで待ってろ」

俺は留美にそう言い含めてから、穴から出ていき、高笑いをしている美神さんに近づくが……。

 

「ゴブリンだけじゃなくって、ゾンビまでいたのね!!なんであろうと私の目の前に立ち塞がる連中はすべて敵よーーーー!!うわはははははっ!!」

美神さんは俺に気が付いたのはいいんだが、完全に勘違いして銃口を向ける。

この目か!!またこの目でピンチに!?

 

「ちょ!!まった!!俺っすよ!!美神さん!!!!」

俺は慌て降参のポーズをとりながら、美神さんに迫る!

 

「極楽に逝かせてあげるわ!!」

「ちょっ!!って、おわっ!!」

美神さんは俺に向けて銃をぶっ放す!

 

「んんん!?……比企谷くん、っとに紛らわしいわね。間違って撃っちゃうところだったじゃない!!」

もう、撃ってるんだが!!まじ、妙神山での修行がなかったら、死んでたぞ!!

 

 

「はぁ……美神さん、正直助かりました」

「スカッとしたわ!!」

「でも……これはやりすぎじゃ」

俺は周りの惨状を見渡しながら美神さんと話す。

公民館の周囲500mは荒地と化していた。

民家はすべて吹っ飛び、道と畑は穴ぼこだらけ、見る影もない。

まあ、美知恵さんに誘導ミサイルを頼もうとしていため、人の事は言えないが。

美神さんだったら、もっとやりようがあったはずだ。

たぶん、うっぷん解消のためにやったのだろうが……。

プロフェッサー・ヌルとあのフードの男といい、霊災愉快犯にはいいようにやられていたからな。

ストレスは溜まっていたのだろう。

 

「なに!?助けてやったのに、文句あるわけ!?」

 

「そうじゃないですが、美知恵さんに怒られませんか?」

 

「ママ?大丈夫よ。相手は銃を持ってたのよ。いいじゃない。それと、これはぜーーんぶゴブリン共がやった。いいわね。比企谷君」

 

「……美神さん、さすがに無茶がありますよ。それに実弾使ったのバレたらやばくないですか?」

 

「ふん。私が使ったのは霊弾よ。問題ないわ」

確かに、除霊のために銃で霊弾を撃つことはあるが、ゴーストスイーパーだからと言って、流石に実弾を使えば、普通に銃刀法違反だ。

 

「それって……俺が美神さんに夜なべさせられて、マジックで薬莢に霊弾って書いただけの実弾ですよね」

俺は美神さんの周りに落ちてる多量の使用済薬莢を見て、ジッと美神さんを見すえる。

俺が霊弾て書いた後に霊的処理をする様なことを言ってたが、何も処理されてないよなこの弾、なんか、犯罪の片棒を担がされたんじゃ。

 

「使用したら霊力は抜けるでしょ?そう言うことよ、あんたも察しなさいよ」

……これは、いいから黙ってろと言うことだろう。

これ以上は言わない方が身のためだ。

はあ、うちの事務所にとってはデフォルトだが、相変わらずのこの横暴さ。

 

「ありがとうございます。助かりました。後は、まだゴブリン共の別働隊や残党が潜んでいるかもしれないですし、ゴブリン共を操って居た奴を見つけないと」

 

「もう、当面の危険は去ったわ。後はオカGと自衛隊の仕事よ。あんたは自分の弟子の心配をしなさい」

 

「わかりました。でも、こんなに早く良く来れましたね。キヌさんやタマモたちは一緒じゃないんですか?」

 

「お、おキヌちゃんたちは、帰国してきた横島君と合流して後で来るわ」

 

「え?美神さんだけですか?」

 

ちょうどその頃、ヘリの回転翼の音が遠くから聞こえてくる。

自衛隊かとオカGか?

予想より早いな。

 

「げっ、もう来た。……比企谷くん。急用ができたから私は帰るわ。あとはよろしくーー」

美神さんはなぜかセカセカと引き上げていった。

 

「……あやしい」

俺は美神さんが去った方向をしばらく眺めていた。

 





横島百合子氏
話の中だけですが、初登場です。

ゴブリン共は美神さんの狂気により一掃される。
もはや人間やめてるまであるが、なぜか違和感がない。

美神さんは何故こんなに早く一人で来たのか?


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(178)ゴブリン共の脅威6 弟子編⑭

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きです。



ゴブリン共の包囲網を突破して、美神さんが助けに来てくれた。

しかも、銃器だけで一人で100体程度いたゴブリン共を駆逐してしまったのだ。

霊能なんてまったく関係なしにめちゃくちゃ強い。

銃器を持ったゴブリンを100体、正規軍の中隊規模を真正面でやりあって一人でなんなく撃破できるということだ。

どこかの特撮バッタ仮面ヒーローや戦隊ヒーローよりも強いんじゃ?

 

しかし、助けに来てくれたのはありがたいのだが、一つ疑問がある。

あの金に究極がめつい美神さんが、お金にあまりなりそうにないこんな緊急要請に、超特急で来たのだ。

美知恵さん率いるオカGや自衛隊が出動してる状況で、美神さんが急ぐ理由はあまりない。

なのに、なぜか先行して一人で……。

ゴブリン共を速攻で有無も言わさずにド派手に殲滅したりとか、ノリノリなのはいつもの事ではあるが……なんかおかしい。

 

しかも、美神さんはオカGか自衛隊の救援のヘリの音が聞こえてくると、さっさとその場を去ってしまった。

なんか、焦っていたようにも見えた。

 

………あやしい。

 

なんかある。

オカGの美知恵さんや自衛隊に知られたくない何かが……ここにある。

超特急で来てゴブリン共を容赦なく速攻での殲滅。

もしかして……証拠隠滅?

武装したゴブリン共に関係している?

……さすがに美神さんでも霊災愉快犯と同じようにゴブリン共を召喚したとかはないだろう。

ということは、武器か。

ゴブリン共が持っていたサブマシンガン、うちの事務所にもあるしな。

美神さんが横流しした武器が、回りまわってゴブリン共に流れたとか?

そんで、証拠隠滅のためにゴブリン共を滅したと。

 

あり得る。

留美に式紙で美神さんにもゴブリン共がサブマシンガンを装備していることを伝えてるから……それを知った美神さんはもしかしたら自分が横流しした武器が使われてるかもと、慌てて来たということなのだろうか?

本当だったら、さすがにしゃれにならない。

銃刀法違反どころじゃない。

下手すると豚箱入りだろう。まあ、大金積んで事なきを得るだろうけど。

美知恵さんあたりにこってり絞られた方がいいだろう。

 

いや、留美がゴブリン共が武装していると知らせの式紙を送ってから30分も経たないで美神さんはここに到着している。

式紙が美神さんの事務所にまで届くのに30分はかかると源蔵さんも言っていた。

それにだ、事務所からここまでどう車を飛ばしても30分弱で来れるはずがない。

ということは、ゴブリンが武装していることを知る前どころか、最初から武装満載に搭載してるランドクルーザーに乗って一人でここに来ようとしていたということだ。

……これは、どういうことだ?

 

まあ、どうせろくでもない理由なのだろうが、いつもの事だ。

理由はどうあれ、美神さんのおかげで助かった。

俺は改めて霊視と霊視空間把握能力で周囲を確認する。

源蔵さんたちや公民館の避難者も皆無事だ。

ほっと一息つく。

 

「留美、もういいぞ」

「終わったの?」

穴の中に隠れていた留美に声を掛けると、ひょっこりと顔を出し、俺に聞く。

 

「ああ、よく頑張ったな」

「子供扱いしないで!」

俺はつい留美の頭をなでてしまい、留美は頬を膨らませる。

 

「美神さんが助けに来てくれたの?……う、家も畑もなくなってる……ひどい。おじいちゃんたちは?」

留美は穴から出て、周囲を見渡しあたり一面が破壊しくされている惨状に、顔をしかめながら俺に尋ねる。

まあ、美神さんが悪ノリすると大概こうなる。

 

「源蔵さん達は無事だ。公民館に避難してきた人たちもな」

「よかった」

留美は俺の腕をつかみながら、上目使いでホッとした笑顔を見せる。

 

ふう、その留美の笑顔で俺もなんだか癒される思いがする。

 

だが、留美はこの戦いの最中で一度も弱音を吐かず、気後れすらしていなかった。

同じ歳の俺だったら、動けないどころか、おしっこちびっていたかもしれない。

霊能家で生まれ厳しく育ってきた留美は、普通に育ってきた一般人の俺たちとは、初めから戦いや妖怪妖魔に対する覚悟が違うのかもしれない。

 

それに、あの式紙による術儀も正確無比だった。

改めて、留美は天才だと……。

 

留美と共に公民館へと戻る。

 

 

 

オカGと自衛隊のヘリが5機ほど、現場周囲を確認するかのように飛び回っていたが、そのうちの1機が荒地となった公民館の周りに着陸する。

俺は着陸したヘリへと近づいていく。

 

「救援は必要なかったのかしらね比企谷君……それにしてもこれは?」

美知恵さんがヘリから下りて来て、俺にかけた第一声がこれだ。

まあ、この惨状を見ればそうなるだろう。

 

「ああ……、美神さんが救援に来てくれまして、その、一人で殲滅しちゃいまして……」

「この惨状はあの子がやったのね……その令子はどこかしら?」

さすが親子、民家や畑を跡形も無く粉砕したのが美神さんだと、俺が何も言わずとも一発で理解してくれた。

 

「さっきまでいたんですが、美神さんはこのあたりのゴブリン共を一掃して、引き上げました」

「……あやしいわね。令子は後で尋問することにして……、比企谷君状況説明をお願い」

俺は美知恵さんにここまでの経緯を説明する。

 

 

「ふう、相変わらず判断がいいわね。比企谷君。令子が来るまでよく持ちこたえました」

「いや、源蔵さんや鶴見夫婦の結界のおかげです」

「鶴見先生も、まだまだ現役のままでいて下さればありがたいわ。令子の事は置いておくとして、比企谷君、ゴブリン共が銃器を所有している事実は詳細な調査が終わるまで口外無用で頼むわね。……とりあえず公民館の避難民の保護が優先ね。……200人の移送と近隣のビジネスホテルへの宿泊手配と……生活環境の整備などは政府がやってくれるでしょう。この惨状の補填、GS保険の除霊時の不可効力又は人的被害の抑制のための物損損害保障が効くように交渉が必要ね。それは令子本人にやらせましょう。鶴見先生とも打ち合わせをして……。ゴブリン共がまだ近隣に潜んでいる可能性もあるわ。山狩りをしなくては……。それにゴブリン共がどうやって武器を手に入れたのか、ゴブリン共を召喚させたか繁殖させた犯人がいるはずよ。捜査網を引いて関門を設けないと……」

美知恵さんは思考を巡らせ、次の行動について口にする。

 

そうこうしているうちに、オカGの西城さんと横島師匠やキヌさん達が車で到着した。

西城さんは到着早速、美知恵さんの指示の元、ゴブリン共の残党捜索などの対処について準備を行う。

 

「八幡、無事か?ってうわ、これって美神さんの仕業だろ。また派手にやったな~、後で美知恵さんに説教食らうだろうな~」

横島師匠はあたり一面の惨状を見ながら半笑いだ。

 

「まあ、なんとか。美神さんは来てくれたんで、それでこの状況ですね」

俺は師匠に返事をし、この惨状は美神さんによるものであると肯定する、

まあ、これ見れば美神さんを知ってる人だったら、美神さんの仕業だと言わなくてもわかるだろうな。

 

シロとタマモも一緒に来ていたが、別の意味で顔をしかめていた。

「火薬の臭いは苦手でござる」

「そうね」

 

俺は横島師匠やキヌさん、シロとタマモに状況をあらかた説明する。

横島師匠は同情するかのような目を俺に向ける。

「オークの次はゴブリンか、はぁ、八幡お前、なんか妖魔に好かれてないか?」

「冗談でもやめてください」

シャレになってないんだけど。

マジでそう思えてくるからやめてほしい。

 

「ところで、美神さんは何処にいっちゃったんですかね」

キヌさんは少々心配顔で俺に尋ねる。

 

「あー、なんか焦って引き上げましたけど、帰るとは言ってなかったですよ」

 

横島師匠はジトっとした目をして……

「あやしい……美神さん何か絶対隠してるだろそれ、おキヌちゃん達を置いて自分だけ先に行くとか。うーん。おキヌちゃん、美神さんってこの辺に別荘とか持ってた?」

 

「えーっと、確か1年半ほど前に、別会社名義でこの近くの土地を買ってましたね。一戸建て住宅の明細書もありました」

キヌさんが思い出したように教えてくれる。

 

「……もしかして、そこでゴブリン共を密かに召喚して訓練させてたとか、いやさすがにそれは無いっすかね、その土地を霊災愉快犯に貸してたとか?」

……さすがにそれは無いと思っていたんだが、土地って、美神さんかなり、このゴブリン共に関わっていた説が濃厚な感じがするだけど。

 

「美神さんでもそこまでは、うーん、せめて武器を霊災愉快犯と知らずに売ってたってことはあるかもしれんが」

俺もその辺ぐらいまでかなと思いますが……。

 

「うーん。私の予想ですと、今回のゴブリン達とは無関係だと思いますよ」

キヌさんは少々考えるしぐさをしてから、こう言った。

キヌさんはいつもの仕事時の巫女さん姿じゃなかった。

白のブラウスにカーディガンにスカート姿、緊急だったのだろう。

私服姿で仕事に赴く姿も素敵だ。

 

「おキヌちゃんがそういうならそうかもしれない。あの人の事だ、どうせろくでもない理由なんだろうけどな」

横島師匠はあきれたように締めくくる。

 

 

ちょうどそこに……

「横島君達、ちょっといいかしら」

美知恵さんが俺たちに声をかける。

 

ゴブリン残党捜索のための相談だった。

ゴブリンは夜目が効き、さらに今回の奴らは銃を持っているため山狩りを行うのは危険だということで、自衛隊とオカGの人員は近隣の道路封鎖を行い、人の行き来を制限するだけでなく、ゴブリン共の動きを監視するようだ。

そうかといって、ゴブリン共の残党や、ゴブリン共を指揮していた何者かに逃げられる可能性があるため、美神令子除霊事務所の面々に夜間捜索を頼んできたのだ。

それは妥当な処置だと思う。

まずは、万能な横島師匠がいること。

次にシロとタマモだ。

狼と狐の妖怪であるあいつ等は獲物を捕らえるハンターでもある。

ゴブリン共よりも夜目が効き、わずかな臭いや霊気の痕跡で獲物を確実に追い詰めることが出来るからだ。

そして、俺だ。

霊視と霊視空間把握能力はこういう捜索にはもってこいの能力だ。

何かと役に立つだろう。

 

だが、美知恵さんは……

「比企谷君はいいわ。ゆっくり休みなさい」

「俺は大丈夫ですよ」

「あなたはさっきまで戦っていたのでしょ?」

「いえ、それほど消耗してませんから、いけますよ」

「そう言ってくれるのはありがたいのだけど、今は無茶をしなくてもいい状況よ。あなたは学校があるのでしょ?鶴見先生たちと引き上げなさい」

「ですが……」

まだ、霊気も十分残ってるし、捜索程度なら別に問題はない。

 

 

「八幡、休んでおけって、後は俺たちにまかせろ」

「比企谷君、一人で気を張る必要はないですよ」

「先輩に任せるでござるよ!」

「小町が心配するから帰りなさい」

横島師匠とキヌさん、シロとタマモまで、俺にそう言って帰ることを促す。

 

「俺も……」

皆が気使ってくれてるのはわかる。

それでも俺はこの事件の行く末を知りたい。

 

そんな俺の思いを美知恵さんは察して、こう言ってくれる。

「比企谷君には今後もこの件でお願いすることがあるわ。でもそれは明日以降よ。今日は帰って休みなさい。なんならGS特例法を適用して明日学校休んでもいいわよ」

 

「それは大丈夫です。わかりました。後はお任せします」

「ほんとうに真面目ね比企谷君は、これ程オカGに適している人はなかなかいないわ。本気で考えてねオカGへの就職。令子の事はなんとでもなるから」

「いや、それは……」

美神さんの事はなんともならないと思いますよ。

 

 

 

俺はこうして、留美と留美パパと留美ママと家路につく。

因みに源蔵さんは現場に残った。

 

留美パパは車を運転しながら助手席に座る俺に話を振る。

「今日は大変だったね。まさかこんな事になるなんて、でも比企谷君はすごいね」

「俺は大したことないですよ。留美が頑張ってくれたんで、それに美神さんが来てくれましたし」

「はははははっ、美神令子さんはすごい人だね。いろんな意味で、君がどんな状況でも動じない理由がわかった気がするよ」

「そうですか」

まあ、美神令子除霊事務所で仕事すれば、嫌でも度胸が付くという物だ。

因みに留美は留美ママと後部座席に座っているが、留美ママに寄りかかって寝ているようだ。

流石に疲れたのだろう。

しかも今は23時を回ってる。

留美は実際よくやってくれた。

留美の術儀がなければ、中遠距離攻撃が無い俺だけでは銃器を持ったゴブリン共の先方を排除することはできなかった。

 

留美パパはそのまま家まで送ってくれ、俺は風呂に入ってからベッドにつく。

布団の中で今日の事件について思い起こす。

……ゴブリンが銃火器で武装化か。

今回も霊災愉快犯が関わってる可能性が高い。

前回のプロフェッサー・ヌルとの闘いで多少は、盛り返したかもしれないとは思っていたんだが、やっぱり後手に回っている感じだ。

奴らの目的はなんなんだ?

オークに人を使ったキメラ、そして今回の近代武装化ゴブリン……。

ただたんに世間を混乱させるためか?

 

こんな答えの出ない自問自答を繰り返しながら、眠りにつく。

 

 





次は美神さん発覚><


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(179)ゴブリン共の脅威7 弟子編⑮

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きを。


 

銃器で武装したゴブリン共と戦った翌日の朝。

小町が朝飯を用意しながら俺に尋ねる。

「お兄ちゃん、タマモちゃん帰ってこなかったけど一緒じゃなかったの?タマモちゃん、昨日の夜、仕事でお兄ちゃんと合流するって言って出て行ったけど」

 

「ああ、タマモとは会った。今も現場だろう。ちょっとした事件があって、解決はしたが、後片付けが結構厄介でな、タマモやシロ達がやってくれてる。だからタマモは今日と明日は学校休むだろうな」

小町には詳しい内容を言えないが、ゴブリン共の襲撃は美神さんが介入したことで、公民館を包囲していたゴブリン共は壊滅して終息した。

だが、ゴブリン共の残党とゴブリン共を指揮していた何者かの捜索を、横島師匠とタマモ達が夜通し行っているはずだ。

タマモとシロの捜索能力がカギとなるため、しばらく帰って来れないだろう。

 

「そうなんだ。大変そうだね。……お兄ちゃんは大丈夫なの?」

 

「俺はこの通りなんともない」

さすがに小町に銃弾の雨霰の中から帰ってきたなんて言えない。

 

「…だったらいいけど」

小町は総武高校のあの事件以降、俺が仕事で遅くなったり、服の汚れがひどかったりすると、

こんな感じで、心配そうに尋ねてくる。

今迄はそんなことはなかったのだが、まあ、実際あんな体験してしまったら、致し方がないだろう。

小町には、総武高校の大規模霊災のような危険度が高い仕事はめったにないことを伝えてはるいし、心配させないようにと、仕事で汚れた服は事務所で洗濯したりと、気を使ってはいるが、なぜかバレてしまう。

 

「まあ、タマモもシロも大丈夫だ。俺よりも強いしな」

 

「……うん」

 

「そういえば小町、生徒会の選挙がそろそろあるんじゃないか?一色は再立候補するのか?」

俺はわざと話題を変える。

そういえば、去年のちょうどこの時期ぐらいに一色と初めて会ったな。

 

「えー、お兄ちゃんはなんで知らないの?もうとっくに終わったよ。立候補者がいないから、いろはさんがそのまま続行って決まったのに、これだからお兄ちゃんは」

小町はさっきとは打って変わって、いつもの感じで俺にダメ出しをする。

 

「まじか?知らなかった」

一色の奴、何にも言ってこなかったな。

こんな時、あいつだったら、ご褒美をくれなんて言ってきそうなものだが。

 

「ふふん、小町は生徒会会計から書記へと昇格したのです!」

小町は胸を張って自慢げに言う。

 

「……それって昇格なのか?」

会計と書記に上下関係なんてあっただろうか?

 

そんなこんなで、久々に二人で学校へとチャリで向かう。

小町が先行して電動チャリを漕ぎ、俺がその後ろについていく。

いつもと同じ街並み、いつもと変わらない人通り、そして、目の前には鼻歌交じりに自電車を漕ぐ小町。

この何気ない日常に、俺はホッとする。

もし、あのゴブリン共が町に現れたのなら、この日常風景はどうなっていたのだろうか?

考えたくもない。

だが……。

 

 

さらに翌日の金曜日、美智恵さんからの要請でオカGから迎えの車が着て、再びあのゴブリン共と戦った睦沢町の公民館へと向かった。

今回は俺単独でオカGへの出向というよりも、美神令子除霊事務所がオカGからの協力要請に応じたという形だ。

横島師匠とシロとタマモは現地近くのホテルで宿泊し、連日オカGと共にあの集落近隣を広範囲に捜索を行っている。

キヌさんは、通常業務もあるため事務所に戻っている。

因みに美神さんは、ちょっと温泉旅行とかいって、この二日間行方をくらましているらしい。

ただ、キヌさんとは連絡はつくらしく、仕事関連の差配はキヌさんに一任されているとの事だ。

……怪しいにも程がある。

公けにバレたらまずい事をやってたのは確定だろう。

 

 

道中、検問を数か所通り抜け、公民館に到着すると、周囲には自衛隊とオカGの車とトラックなどがずらりと並び、公民館の中は物々しい雰囲気に包まれていた。

少々疲れ気味の美智恵さんが俺の顔を見てこう言った。

「比企谷君、来てもらって悪いのだけど、事件自体は既に終息に向かってるわ」

「ということは、ゴブリン共を操っていた奴を捕まえたんですか?」

もしくはゴブリン共の拠点を見つけたかだろう。

横島師匠とシロとタマモが居るんだ。

解決できないわけがない。

そもそも俺の出番なんて元からないだろう。

 

「いいえ、死亡が確定したからよ」

「戦闘に……いや、事故…自殺ですか?」

横島師匠が戦闘で犯人を殺してしまうようなミスはしないだろうし、そもそも戦闘になる前に捕まえる事が出来るだろう。

追い詰められて、焦って事故死、又は自刃した可能性もある。

 

「いいえ、全員死後1か月以上は経過しているわ」

「どういう?……」

全員?と言う事は複数人居たという事か、しかも死後一か月以上って、どういうことだ?

一昨日、ゴブリン共は間違いなく、誰かの指揮系統下で軍隊並みの作戦行動を行っていたように見える。

 

「……昨日、横島君たちが、山奥でとある場所を見つけたのよ。山小屋と洞窟、それにキャンプ地跡をね。そこで死亡した犯人たちはゴブリン共の育成と訓練を行っていたのよ。

見つけた時に洞窟には、ゴブリンの幼体が40体程いたそうよ。みな横島くんが処分したわ。そこには動物の死骸や骨と共に人間のものが7人分交ざっていたのよ。ボロボロの服があった事で分かった様よ……」

美智恵さんはこの後も長々とこの事件に結果について俺に語ってくれる。

 

横島師匠が文珠でサイコメトリーを行い、山小屋や洞窟やキャンプ地、死亡した亡骸を調べたところ、事件の全容が見えたそうだ。

死亡した7人は男性5人女性2人、男性2人は元自衛官、残りの5人は元GS系専門学生の生徒で、うち3人はGS資格免許試験の不合格者だった。

それはさっき、自衛官のリスト、警察の行方不明者リストや専門学校の名簿で確認が取れたそうだ。

そのうちの元自衛官の男1人と元GS系専門学生の1人が悪魔契約者で横島師匠のサイコメトリーでも情報がほぼ見えなかったそうだ。

その悪魔契約者2人が他の5人を誘い、こんな事を1年前位から行っていたそうだ。

悪魔契約者の2人は総武高校を襲撃した稲葉と同じく、霊災愉快犯の一味なのだろう。いや、あのフードの男やプロフェッサー・ヌルに騙されただけかもしれないが……。

ゴブリン共の傭兵化計画、残された資料やデータからも彼らが行おうとしていたとんでもない計画が発覚した。

ゴブリン共の傭兵団を作り、世界に売り出すつもりだったようだ。

稲葉はオークの軍団、プロフェッサー・ヌルは人間を使ったキメラ、そして亡くなったこいつ等はゴブリン傭兵団か……。世界を混沌とさせるには十分な代物だ。

ゴブリン共の育成は今年の7月位まで順調だったが、リーダー候補として育成していたが素行不良のため途中で廃棄処分したはずのゴブリンがこいつ等の1人を襲い、育成中のゴブリン共を開放し、率いて人間共を次々と襲い、この施設を占拠したようだ。

男性はその場で殺され食料に、女性は言うまでもない……。

因果応報とは言うが、こんな事に関わらなければこんな凄惨な事にならなかっただろうに、俺はそれを聞いた時、思わず目を瞑る。

先日のゴブリン共を率いていたのは、その反旗を翻したゴブリンのリーダーだった。

そのゴブリンは能力的にもハイ・ゴブリン、又はゴブリン・ジェネラルと呼ばれるレベルにまで成長していた。

美神さんによるゴブリン共の殲滅を見て、何体かのゴブリンと共に早々撤退したようだ。

だが、シロとタマモの追跡により追い詰められ、降参しようとしたようだが、横島師匠にその場で滅せられたそうだ。

当然の対応ではあるが、妖怪にも理解があり優しい横島師匠ではあるが、その辺の線引きをプロとしてしっかりしている。

だが、その時の師匠の心情はいろいろと複雑な物だったのだろうとは思う。

 

 

「最初にゴブリンを数体召喚したようだけど、魔法術式や儀式術式は見つからなかったわね。一回限りの儀式だったのか、代償が大きいためなのかは判明していないのだけど。……霊災愉快犯が関わっている事はまず間違いないわ。しかも元自衛官は裏ルートでゴブリンの為に武器を手に入れていたわ。ゴブリン用の防具類も発注していたようね。その武器密輸ブローカーを警察の方で追う様に手配済みよ。まだまだ現場検証を徹底的に行う必要があるわね、化学捜査班の手配と……やはり横島君にはしばらく残って貰った方がいいわ」

美智恵さんは思考を巡らしながら、話を一旦終わらせる。

 

「ところで横島師匠たちは、今も現場ですか?」

「いいえ、横島君達には、周囲の村々を広範囲に回って貰ってるわ」

「俺も合流した方がいいですかね」

「君には別の事を頼みたいのよ」

美智恵さんはそう言って、オカGの隊員に何かの指示を出す。

 

「事件とは関係なさそうなんだけど、検問に河童が引っかかってね。しかも、泣いて動こうとしないのよ。危害を加えないって説得しても泥田坊の旦那に会わせろって、捜査の邪魔だしどうしたものかと、シロとタマモに泥田坊の事を聞いたら、泥田坊って比企谷君の事じゃないかっていうし、君の知り合い?」

美智恵さんはウンザリした表情を浮かべ、俺にそう言った。

……ネガティブ河童の家太郎だ。間違いない。

 

「知り合いじゃないです。公民館に救援の途中で逃げて来た彼奴に会っただけです」

「そう、だったら比企谷君、後は任せたわね」

 

「え?任せたって……」

彼奴、超面倒くさい奴なんだが、しかも任せたって、河童の妖怪とか俺にどうしろと?

 

「はぁ、何にしてもよかったわ。これで悩みの種が一つ減るわね。ただでさえ令子の事もあるのに」

美智恵さんは大きなため息をつく。

 

「美神さんは、その………」

 

「今回のゴブリン共の育成していた場所からちょっと離れた場所に別荘があったのよ。そこの所有者は令子で、本人に連絡しても繋がらないから、有事の際の強制捜査状を裁判所から許可を取って、調べたのよ」

 

「……やっぱり、なんかあったんですか」

 

「いいえ、逆よ。何もなかったわ」

 

「え?」

 

「そう、もぬけの空よ。地下に隠し部屋があったのだけど何もなかったわね、最近まで金庫か何かがあった形跡は有ったわ。令子はゴブリン共を殲滅した後に、別荘に行って、見られたくない何かを持ち出して逃走した事になるわ」

 

「…………」

そんなところだろうなとは、予想してた。

 

「その後、横島君がゴブリンの育成現場で行った文珠のサイコメトリーで、令子がゴブリン共が所持していた武器の売買や何かに関わっていなかったことが判明してホッとしたのだけど、何かを隠している事はたしかね。金塊か証券をまた隠し持っていたか、脱税関係の証拠書類なのか、何かの不正取引に関わった記録なのか、いずれにしろ令子に問い詰めなくてはいけないわ」

美智恵さんは頭痛がするかのように額を抑える。

 

成る程、これで合点がいった。

ゴブリン共が自分の別荘付近で暴れていたため、被害が別荘にまで行かない様にと、速攻でゴブリンを殲滅し、さらには別荘が強制捜査に入られる事を予見し、そそくさと金塊とか証拠品を別荘から回収し、別の別荘に移しに行ったのだろう。

金塊やらを乗せないといけないから、それで大型のランドクルーザーで来たのか……。

そんで、美智恵さんの追及を逃れるために、温泉旅行に行くと言って雲隠れしたと。

 

何時もの美神さんだ!

 

俺はちょっとホッとする。

もしかすると、ゴブリン共に武器の売買位してたんじゃないかと、疑っていたからだ。

まあ、脱税やら不正取引やらも下手すると犯罪なんだけどな。

この分だと、最悪裁判沙汰になっても民事だけで済みそうだ。

 

 

俺はこの後、とある検問所へネガティブ河童の家太郎を説得しに向かった。

家太郎は俺を見るなり、泣きながら縋りついて来た。

オカGや自衛隊の皆さんの前で、泥田坊の旦那と連呼するのはやめてほしい。

めちゃ視線が痛いんだが……。

家太郎は、もうこんな所怖くて住めないとか駄々をこねまくったが、何とか解決させる。

 

 

 

翌週の水曜日、留美との修行の日だ。

俺はいつも通りに、津留見神社の境内を通り、留美と共に裏山の修行場へ向かうと。

「お嬢と八幡の旦那、今日もお日柄がよく」

そこに、家太郎が小川の畔から顔を出して挨拶をしてきた。

 

「家太郎、はい、お手」

「ケロ~」

「お代り」

「ケロ~」

留美が手を出すと、家太郎は留美の指示通り手を置く。

……何やってんだこいつ。

 

「はい、キュウリ」

留美は持って来たキュウリを家太郎に手渡す。

 

「お嬢!頂きますケロ~、キュ~リ~、うまいケロ~」

家太郎は嬉しそうにキュウリを手にし、かじりだす。

いや、もう河童じゃないな。完全に犬だろそれ。

 

そう、家太郎は津留見神社所有の裏山の池に引っ越したのだ。

源蔵さんと相談したところ、従属妖怪としてだったらという事で了解をもらって、家太郎は津留見家の従属妖怪契約を執り行い、GS協会に正式に認められたのだ。

津留見神社の保護下で過ごす事になった家太郎は嬉しそうに津留見神社の守り主になるとかなんとか言っていたが、これじゃ、留美のペットだな。

 

家太郎は従属契約を結んでるから鶴見家の人間には手を出せない。まあ、もともと人に被害を及ぼす様な力も持ってないし、引きこもりの河童だし……。

 

そんで家太郎自身も満足そうだし、留美も嬉しそうだし、まあいいか。

 

 

 

 




漸く、ゴブリン編も終わりです。


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(180)三者面談 ①

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

やっと、ガイルサイドに戻って来れました。


 

個別三者面談。

一学期の6月頃にも行ったが、総武高校では11月後半のこの時期にも進路先の最終確認の為に三者面談を行っている。

個別と名を冠している事から、全生徒が行うわけではない。

既に私立推薦で希望大学に合格している奴はもちろん、第一志望の目標の大学に向かって順調に模擬試験で高合格判定を叩きだしている奴らも呼ばれはしない。

志望大学を変更した方がいい生徒や、俺達文理系のように入試の機会が少ない国公立大学を目指している生徒も対象となっている。

ここで、学校側から進路変更等を進められるという事は、目標大学に合格するのが厳しいという事だ。

俺の場合、そんな事は無いだろう。

たぶん……。

 

というわけでこの時期、3年は午後から個別三者面談が行われている。

俺は面談の為、かーちゃんと校門外で待ち合わせをし、校舎正面玄関へ向かっている。

なのだが……。

「いいな!いいな!やっぱこの学校女子のレベルめっちゃ高い!」

「なんで、あんたがこんな所にいるんすか?」

何故か俺の隣に、スーツ姿の横島師匠がキョロキョロしながら歩いていた。

目的はもちろん、女子目当てだろう。

 

「当然、三者面談を受けに来た。今日は八幡の兄、比企谷七萬として」

キリっとした顔でこんな事を平然と言いのける。

しかもかーちゃんの前で……。

 

「帰れ!」

 

「えーーっ、せっかく心配してやってきたのに、お母さん、八幡の奴、こんな素っ気ないんすよ」

「横島君はいつも面白いわね」

何、人のかーちゃん垂らし込もうとしてんだ?

かーちゃんも無視していいからな。

何故か、かーちゃんは師匠の事、最初っから気に入ってるんだよな。

謎すぎる。

 

「いいから、帰れ!進路のことなんてわからないでしょ!」

「ふん、進路?何を言ってるだ!?俺は八幡の乱れた女性関係を正そうと来たんだ!!雪ノ下ちゃんや由比ヶ浜ちゃん、それに後輩の一色ちゃん、雪ノ下ちゃんの姉―ちゃんの陽乃さんまで!!同級生に後輩とお姉さんって、どうなってんだ!!」

「ちょ、あんた、それ今言うか!!!」

何言ってんだ!かーちゃんの前で!!最悪だ!!

 

「八幡……、どういうこと?」

かーちゃんが俺の事を睨んで来る。

そりゃそうだ!!

横島師匠の言い方!

まるで、俺がたぶらかせて、女性を泣かしてるみたいになってるだろ!

 

「かーちゃん、違うからな!この人の悪ふざけだから!」

完全に誤解されてる感じだ!

 

「そうなの?でも、いろはちゃんはいい子ね!あの子、可愛いし、気が利くし、後、ちょっと計算高い所とか、あざとすぎるけど、八幡の事好きだってわかるもの。でもでも、他の子も会って見たいわね」

おーい!!なに言っちゃてんだこのかーちゃんは!!

そういえば、一色の奴は、俺が居ない間に、勝手に家に上がり込んで、家の家族と団らんを楽しんでいたらしいし!

 

「そう言うのと、ち、ちがうからな!」

違わないけど、そう言わないと収まらないだろう。

うちのかーちゃん、意外と恋愛脳だしな。

トレンディドラマとか大好きだし。

 

「このこのこの、ボッチの皮を被ったモテ男!うらやましーーーな!!」

師匠め、思いっきり俺をからかってるだろ。

 

 

「師匠…、ついて来てもいいですけど」

 

「ん?なんだ、急に素直になったぞ?どうした?」

 

「面談の相手は担任の平塚先生なんで、振った相手とか、気まずくないんすか?」

 

「しまつた!?……そ、そうだった。あはっ、あははははっ、よ、用事を思い出した!今から大事な会議だった!!お母さんと八幡、そう言うわけで……そんじゃ!」

横島師匠は全身冷や汗を垂れ流しながら、疾風のように逃げ帰った。会議とかないだろ?

どんだけ言い訳下手なんだよ。

まじか、まじで忘れてたのか……、振った後は一度も総武高校に顔を出してなかったから、てっきり、平塚先生を振っていたたまれないからだと思っていたが、忘れていたのか……、普通に最悪だ。

 

「意外ね、横島くんは平塚先生と付き合ってたの?横島くんはてっきり、美神さんと出来てると思ってたわ」

逃げ帰っていく横島師匠の背中を見ながら、かーちゃんはこんな事を言ってくる。

 

「それは無いな」

無いな。それは絶対ないわ。

 

「え~、美神さんが横島くんをふと見る目って……まあいいわ。それよりも、小町からも聞いていたけど、恋人候補が何人かいるとか。告白されたのに決められなくてズルズルとしてるらしいじゃない、優柔不断なところは父さんそっくりね。とりあえず皆母さんに紹介しなさいよ」

小町―――――!!かーちゃんに言っちゃてたのか!?

そういうの、親に言うなよな!!

めっちゃ恥ずかしいだろ!!

 

「……いや、そんな事実は……あるような無いような」

 

「そんなんだから、あんたは……、はぁ、父さんは仕事熱心だけど、人付き合いが苦手だったわね。これが親子ってものなのかしらね、はぁ」

母ちゃんは俺に残念な子を見るような目を向けていた。

 

 

気を取り直し、校舎の昇降口に入って一階の廊下を歩いていると、とある親子が正面から歩いてくるのが見える。

「姉さんは何故ついてくるのかしら?」

「学校にいるのだから、折角だし一緒に面談受けようかなって、いいわよね母さん」

「特に問題ありませんが、陽乃は少々雪乃に構いすぎですね」

冬制服の雪ノ下とオシャレな私服姿の陽乃さんと和服姿の雪ノ下のかーちゃんだ。

そういえば、雪ノ下も今日が面談だと言っていたな、陽乃さんも今はGSとして学校に居るし、無理矢理雪ノ下の面談について来たのだろう。

 

 

「比企谷君と、……初めまして比企谷君と同じ部活仲間の雪ノ下雪乃と申します」

「あれ?八幡とお母さん、こんにちは、ご無沙汰してます」

雪ノ下は少々恥ずかしそうに俺のかーちゃんに挨拶をし、陽乃さんは気軽に俺のかーちゃんに挨拶をする。

そう言えば、陽乃さんは俺の知らないところで俺のかーちゃんに一回会ってたんだっけか。

 

「そう、あなたが比企谷君だったのね。……雪ノ下雪乃の母です。何時も娘たちがお世話になっております」

雪ノ下のかーちゃんは、俺と俺のかーちゃんに綺麗なお辞儀で挨拶をする。

雪ノ下のかーちゃんとは今年の初めに一度会ってる。

出会い方は陽乃さんに未来の旦那さんと紹介され、俺への印象は最悪だったはずだ。

 

「ご丁寧に、比企谷八幡の母です」

かーちゃんも挨拶を返す。

俺も軽く会釈を返した。

 

「ちょっと八幡、この美人親子は誰?」

かーちゃんは俺の耳元で、慌てて小声でコソコソと俺に雪ノ下達の事を聞く。

 

「すみませんが、今から面談ですので失礼します。比企谷君、また日を改めまして」

雪ノ下のかーちゃんはそう言って、再度お辞儀をして、静々と通り過ぎる。

日を改めるって何?なんか怖いんだけど。

その後ろについて行く雪ノ下は少々顔を赤らめながら、小さく手を振ってくれる。

陽乃さんは振り向きざまに投げキスって、おい。

 

「……雪ノ下……雪ノ下さんって、そう言えば小町が……、あんた、あんな美人姉妹をどうやってたぶらかしたの!?あんた何をやったの?まさか!?あんた弱みを握って……!」

かーちゃんも雪ノ下のかーちゃんに笑顔を浮かべながらお辞儀をしていたが、雪ノ下親子が通り過ぎるたのを見計らって、俺に怒り出す。

 

「そんなわけないだろ!!」

あんた、息子を何だと思ってるんだ!

 

 

落ち着いたところで、再び歩き出し教室へと向かう。

階段を上ってる途中で……

「ヒッキー!!やっはろー!」

「ヒッキー君!!やっはろー!」

「ヒッキーさん・こんにちは」

顔立ちがよく似た三姉妹が正面から手を振ってくる。

いや実際には、三姉妹ではない。

三人の関係は親子と居候のアンドロイドである。

そう、由比ヶ浜とガハママとマリアさんだ。

だが、三人が並ぶとマリアさんが長女で、由比ヶ浜が次女、ガハママが末っ子に見える。

ガハママはドクターの若返りの秘薬のせいで、由比ヶ浜よりも一つ年下に若返ってしまったのだ。何処をどう見てもJKなのだ。

しかも、なんでガハママはうちの制服を着てるんだ!?

まあ、その方が違和感ないんだけどな。

そ、そうか、今の姿じゃ、世間じゃ親子と名乗れないから、制服を着てカモフラージュしていたのか、マリアさんが長女で保護者という名目で一緒だったら、何とか体裁は整えられるという事なのだろう。

 

「うっす」

俺はいつもの感じで返事を返すが、かーちゃんにどう紹介するか戸惑う。

 

「ヒッキーって八幡の事かしら、みんな可愛らしい姉妹ね。こんにちは、私は八幡の母です」

かーちゃんは俺にこそっとそう言ってから、三人に挨拶をする。

 

「あっ、ヒッキー…比企谷君のお母さんですね。あたしは由比ヶ浜結衣です。比企谷君のクラスメイトで部活も一緒です。よろしくお願いします」

由比ヶ浜は制服を軽くはたいてから、かーちゃんに真面な自己紹介をする。

 

「ご丁寧に、さっきの子達は美人だったけど、由比ヶ浜さんは可愛い子ね、ねえ八幡」

かーちゃんは俺にワザとらしく俺にこんな事を言ってくる。

やめてくれませんかね。恥ずかしいんで。

 

「ヒッキー君のお母さん!?私は、結衣のお母さんでーす。比企谷君を将来のお婿さんに迎えたいと思ってますので、お願いします!」

ガハママは何時もの軽い感じでこんな事を言ってしまう。

その姿で母親名乗ったらだめだろ!!

しかも、婿っておい!!

流石にそれは!!

 

「え?ええ?どういう?お母さん!?妹じゃなくてお母さん!?え?お婿さんって!?え?どういう?」

かーちゃんは目を白黒させ、混乱しまくる。

 

「ヒッキーさんの・お母様・マリアです」

マリアさんも挨拶してくれるが、かーちゃんはそれどころじゃない。

 

「ママ!!今、それ言っちゃダメだって!!あたしがちゃんと言わないといけないから!!」

由比ヶ浜、余計混乱してるぞ、うちのかーちゃん。

 

「ママって、本当に母親?え?……なにがどうなって……?」

かーちゃんは貧血を起こした様にふら付く。

そりゃそうだ。

こんなに若く見えるかーちゃんで、同じぐらいの年恰好の親子だぞ、普通あり得ないだろ?

 

「す、すまん。由比ヶ浜、また後でな」

俺は倒れそうなかーちゃんを支えて、早口で由比ヶ浜にそう言う。

 

「ご、ごめんヒッキー、ママ!行くよ!!」

「ちょっと、結衣っ!」

「ママさん……ヒッキーさん・すみませんでした」

由比ヶ浜とマリアさんはガハママを引っ張って、いそいそとこの場を立ち去る。

 

 

俺はふらつくかーちゃんを、三者面談の為に廊下に並べてあるパイプ椅子に座らせる。

「かーちゃん、冗談だ。軽いジョークだから間に受けるなよ」

この場ではこう言うしかないだ。

あんなの、誰だって信じられないからな。

 

「そ、そうよね。冗談よね。びっくりした。娘さんより若い母親なんて現実にありえないものね。どうかしてたわ。あはははっ」

すげー乾いた笑いだ。かなりショックがデカかったようだ。

 

「大丈夫か?まだ、少し時間がある。飲み物でも買ってくるぞ」

 

「そ、そうね」

 

 

飲み物を自販機まで買いに行こうとしたのだが……。

「あっ、先輩と先輩のお母さん、こんにちは、お母さんどうしたんですか?」

何故だか一色がそこに通りかかる。

 

「一色か……ちょっとな」

「いろはちゃん、こんにちは……ちょっと疲れが出たみたいなの」

 

「それはいけないですね。生徒会室で少し休んでください。空調も効いてますし」

心配そうに一色はそう言って、かーちゃんの手を取り、歩き出す。

 

「いや、そこまでしなくても……」

「ありがとね。いろはちゃん」

俺はそう断りを入れようとしたのだが、かーちゃんがホッとしたような表情をし、一色に身をまかしていた。

なに?いつの間にかーちゃんとそんなに仲良くなってるんだ?

かーちゃんとは1度ぐらいしか会ってないはずだぞ。

 

一色は生徒会室までかーちゃんの手を引き、ソファーに座らせる。

「飲み物、直ぐ買ってきますから、休んでてくださいね」

「俺が買って来るぞ」

「先輩はお母さんを見てあげて下さい」

「ありがとね。いろはちゃん」

そう言って、駆け足で生徒会室を出て行く一色。

 

「ふう、大丈夫か?」

「ちょっと眩暈がしただけだから、大丈夫よ。それにしても、いろはちゃんは本当にいい子。さすが生徒会長ね。気遣いも出来て優しいなんて……」

「……なんで、一色とそんなに仲が良さげなんだ?」

まじでそれだ。

うちのかーちゃんが、一色を下の名前呼びとか相当だぞ。

 

「いろはちゃんは土日によく、家に遊びに来るのよ。お昼ご飯一緒に作ったりとか、父さんも喜んでるわ」

「はぁ?なんでそんな事になってるんだ?」

「なんでって、小町が生徒会でお世話になってるでしょ、それに八幡とも仲がいいじゃない。色々聞いてるわよ」

……一色、いつの間に俺んちに頻繁に遊びに来てるんだ?聞いてないぞ!

確かに、同じ生徒会の小町繋がりで家に来てもおかしくは無いが、よく来るって、……俺が仕事で居ない間に何をやってるんだ?

しかも、人の親共に何を話してるんだ!まさか、あの夏休みの千葉村のアレを話したんじゃないだろうな!

 

「いろはちゃんを見てたら何だか、ホッとするわ。八幡はどうなの?」

「どうって何がだよ」

「わかってる癖にっ」

「はぁ、ただの後輩だ」

なんか、かーちゃんがウインクしてくるんだが。

俺は盛大にため息をつく。

 





冬休み編が早くやりたいけど、その前にクリスマスと


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(181)三者面談 ②

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

あれ?サクッと三者面談終わらせるはずが……
次回で終わらせます。


 

かーちゃんと個別三者面談に来たんだが、色々あってメンタルが折れそうになったかーちゃんは、何処からか現れた一色に連れられ、休憩するにはいい場所だとかで生徒会室で一息ついている。

そんで今は、一色がかーちゃんの為に飲み物を自販機に買いに行き、生徒会室には俺とかーちゃんだけだ。

 

「そういえば、由比ヶ浜さんも小町の話によく出て来るわね。……八幡、本当に好かれているのね。中学校まではこの子大丈夫かしらって、本当に将来を心配していたのだけど、今じゃもう、自分の仕事まで持っちゃって、私達の手を完全に離れちゃったわ」

母ちゃんはしみじみとこんな事を俺に言ってくる。

 

「どうだかな」

 

「禍を転じて福と為すっていうけど。あんたが事故に巻き込まれて昏睡状態になった時は、流石に私も覚悟したわ。それが今じゃこんな感じになっちゃって、これも美神さんや横島くんのお陰ね」

 

「俺もそう思う。横島師匠には感謝してもしきれない」

間違いなく今の俺があるのは、横島師匠と美神さん達のお陰だ。

 

「その割には、横島くんを邪険に扱うじゃない」

 

「はぁ、あのぐらい言わないと、あの人は悪乗りをやめないからいいんだよ」

まだ、横島師匠は言ったらやめてくれるからいいけど、美神さんはそうはいかない。

 

「まあいいわ。それで八幡はどの子が本命なの?」

 

「またその話かよ……」

 

「大事な話よ、あんたの嫁さんになるかもしれないのよ。それじゃ、三者面談しようかな。母さんと八幡と彼女達で」

何の三者面談だ!

 

 

「勘弁してくれ」

そんな羞恥プレイ、恥かし過ぎるだろ!

 

「じゃああんた、ちゃんと決めてあげなさいよ。それが男の子の役目よ」

 

「ああ、大丈夫だ……だと思う」

 

「歯切れが悪いわね。もしかして、今の子達以外にも恋人候補が居たりするの?」

 

「い、いるわけないだろ!」

 

「あやしいわね……そういえば、六道さんは娘さんを何度か連れて家に御礼に来たけど、もしかしてそうなの?」

 

「はぁ、違うぞ」

六道冥子さんにはそんな意図は全く無さそうだが、六道会長が厄介だ。

それに冥子さんと付き合ってみろ、命がいくつあっても足りない。

 

「じゃ、小町やタマモちゃんに聞いたけど、あんた先月から弟子を取ったんだって、それもかわいらしい女の子らしいじゃない。もしかしてその子も?」

 

「まだ、中一だぞ。どう考えても厳しいだろ!」

留美はまだ13歳だぞ!

源蔵さんが婿とか言ってるが、流石に厳しいだろ!

 

「ふーん、まあいいわ」

かーちゃんはジトっとした目で俺を見てくる。

 

「なんか勘違いしてないか?」

 

「ほんっとにあんたは、……冗談言ってられないようね。彼女達に会っておかないといけないわ」

母ちゃんは呆れ気味に小声で何かボソッと言っていた。

 

そんなこんなで、一色が飲み物を買って戻って来る。

「お義母さん、どうぞ」

「ありがとう、いろはちゃん」

一色はあざとい笑顔でかーちゃんに茶のペットボトルの蓋を開けてから渡す。

……なんか微妙にニュアンスおかしくないですかね一色さんや。

 

「はい、先輩も」

一色は俺にもペットボトルを渡しながら、俺の隣に座る。

なんか、近すぎませんかね。

 

「すまん……これで足りるか?」

俺は財布をポケットから取り出し、飲み物代を渡そうとする。

 

「良いですよ。このぐらい。何時もお世話になってるんですから」

「いや、流石にな」

一色は慌てたように断るが、なんかその仕草もあざとい。

俺は強引に500円玉を一色に渡そうとする。

 

「先輩、私と先輩は飲み物もおごらせてくれないような仲なんですか?そんなの悲しすぎます」

一色は急に悲しげな顔をし出して、こんな事を言ってくる。

その顔もあざとい。

あざといのは何時もの事だが、いつもとなんかキャラ違わないか?

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

「だったら何なんですか?私と先輩の関係は……」

一色はここで泣きそうな顔をして俺に上目使いで訴えてくるが、なんかあざと可愛い。

いや、何なんだって、普通に先輩と後輩だろ?

 

「八幡、あんたって子は、いろはちゃんを困らせないの、いろはちゃんありがとね。また、今度の土曜日にでもご飯を食べにいらっしゃい」

 

「え?いいんですか?……でも先輩が……」

 

「八幡の事は気にしないでいいわよ。良かったら泊まってってね。土曜だったら八幡は仕事でいないから、八幡の部屋も開いてるわ」

 

「……おい、流石に不味いだろ」

何勝手に俺の部屋に泊めようとしてるんだ。

しかも、後輩の女子を……。

流石にそれはダメだろ。いろいろと。

 

「でも……」

「いいからいいから」

「ありがとうございます。お義母さん」

かーちゃんの両手を掴んでお礼を言う一色の笑顔はあざと可愛かった。

なにこれ?……あれ?一色ってなんかいつの間にか、家の親戚の子みたいになってるんだが。

 

「そろそろ、面談の時間だぞ」

俺はそう言って、生徒会室を出て行こうとする。

 

「いろはちゃん、またね」

「はい」

かーちゃんも俺に続きながら、一色に声を掛ける。

一色は嬉しそうに返事をするが……やっぱりあざとい。

 

 

廊下でかーちゃんは……

「いろはちゃんいい子じゃない」

「………」

かーちゃんは一色の奴をかなり気に入ってるみたいだぞ。

確かに、悪い奴じゃない。

見た目は可愛い系に、この頃はちょっと美人要素も入ってきた感じだし。

背はそれほど高くないがスタイルも意外といい。

勉強もそこそこ出来るし、頭も回る。

運動神経もけっこう良いらしい。

1年の頃は、同級生の女子に嫌われていたが、今はそうでもないらしい。

コミュ力に磨きがかかったうえに、立ち回りも上手く、リーダーシップも高い。

今じゃ、生徒に慕われ先生からも信頼を得てる頼れる生徒会長だ。

あれ?マイナス要素が無いどころか、プラス要素しかないぞ。

一色ってこんな感じだったっけ?

あれ?これだけだと、完璧超人みたいなんだが……。

冷静に考えると、一色いろはは、かなりハイスペックだ。

それに、俺がGSだという事を一切言いふらしたりしない。

約束もちゃんと守ってくれる。

 

普通に考えれば、男から見れば超優良物件に見えるだろう。

もともと男子からの受けもいいし、実際モテてるだろうな。

 

だが、なんか釈然としない。

 

…………そうか。

俺の中の一色いろはは今もちょっと可愛らしい所があるあざとい後輩のままだ。

 

 

「八幡、あんたさっきから難しい顔をしてるわよ。はぁ、あんたはいつも、難しく考えすぎなのよ。意外と答えはシンプルなものよ。人生もそう、なる様にしかならないものよ。あんたまだ18歳なんだから、もうちょっとリラックスしたらどう?」

かーちゃんは俺にこんな事を言い出す。

 

「そういうかーちゃんはどうなんだよ。仕事が大変そうじゃねーか」

 

「確かに大変だけど、母さんは今の仕事が好きだからね。まあ、そのせいで八幡や小町には不自由にさせちゃってるのは、悪いとは思ってるんだけど……ごめんね」

かーちゃんはそう言って、不意に俺に謝る。

確かに普段家を空ける事が多い両親どもだが。かーちゃんは何だかんだと、学校行事には全部参加してくれるし、親父も何だかんだと、中学までは色んな所に遊びにも連れて行ってくれた。まあ、親父に関しては小町最優先だけどな。

 

「それは、小町に言ってやってくれ、俺もかーちゃんと似たようなものだ。今の仕事にやりがいがあって、確かに大変な事が多いが嫌いじゃない。そのせいで、小町には寂しい思いをさせてる」

 

「似た者親子ってことかしら、……でも、ほんとあんた独り立ちしちゃったのね」

また、それかよ。

さっきも同じような事を言ってたぞ。

かーちゃんはこの頃、そんな事をしみじみと俺に言う事が多い。

 

 

そして、漸く教室に到着する。

まだ、俺達の番じゃないみたいだな。

クラスメイトの女子親子が教室の前の廊下のパイプ椅子に座り、次の面談のために待っている。

かーちゃんは、そのクラスメイトの女子親に軽く会釈をする。

 

丁度そのタイミングで、教室の扉が開き、面談を終えた親子が出て来るが……。

「あら、川崎さんと沙希ちゃんも、こんにちは」

「比企谷さん、こんにちは、先日はどうも」

俺の親と、面談を終えたばかりのクラスメイト、川崎の母親と挨拶を交わす。

川崎は罰が悪そうに、俺に目配せをし、俺も頷いて返す。

そういえば、何で、かーちゃんと川崎の親は知り合いなんだ?しかも、川崎とも会った事がある感じなんだが。

 

面談を次に控えた女子親子が教室に入り、俺のかーちゃんと、川崎の母親がその場で世間話を始める。

 

俺は小声で川崎に尋ねる。

「川崎、うちのかーちゃんと会った事があるのか?」

「……言ってなかったっけ、入学式の時に大志と比企谷の妹繋がりで、知り合って、その後、喫茶店でね。その場に私もいたの。比企谷の親もうちと一緒で共働きでしょ、それで意気投合したというか……それから、学校のイベントごとに会ってるみたいなんだよ」

聞いてないし、知らなかった。

大志(ゴミムシ)関連の情報は俺の中の記憶から自動的にデリートされていたからな。

 

「……俺がGSの仕事をやってるって話したりしてるのか?」

 

「比企谷がGSだって私は話してないけど、唐巣神父がね。うちの両親に話してて、知ってる」

 

「まじで……」

神父、口外しないでほしんだけど。一応、GS協会の方針でもあるはずなんだけど。

 

 

「ごめん比企谷。私が神父の所でバイトしてる経緯をちゃんと親御さん話さないといけないとかで、神父が両親にいろいろ話しちゃって、そんななかで、比企谷の話も出て……ほんとごめん。でも親には比企谷がGSだってことは誰にも言うなって重々釘を刺してる。大志にも知られてないし。比企谷の親にもその話題を出すなって言ってある」

たぶん神父は、神父の元でバイトを続けたいという川崎の意志を尊重し、川崎の両親に川崎が悪魔に付き狙われていた事や、川崎がバイト先でどういう仕事をさせるかとか正直に話し、その上で、両親にも川崎がバイトを続けることを納得してもらい、今も雇っているのだろう。

神父の優しさからくるものだ。

そんな中、俺の話題も出たのかもしれない。

俺の存在がある事で、川崎の両親に安心してもらうため、川崎がもしまた、悪魔につけ狙われたとしても、学校には俺が居るから大丈夫だと。

 

「親から結構あんたの事聞かれたけど、一応はぐらかしてるから……ほんとごめん」

「いや、助かる」

川崎は小声での会話の中でも、手をあわせて何度も俺に謝る。

どうやら、川崎にかなり気を使って貰ってたようだ。

正直助かる。

そこまで、釘を刺してもらってれば、漏れはしないだろう。

川崎は学校ではかなりツンケンしているが、色々と気が利くし、家族思いないい姉をやってるしな。

 

親共の井戸端会議が終え、お互い今度会う約束をしていた。

川崎の母親は別れ際に、

「比企谷君、沙希の事を、今後もよろしくお願いします」

と丁寧に挨拶をされる。

 

「母さん、恥かしいからそういうのやめてって」

川崎は顔を赤くして恥ずかしそうに、母親を引っ張りながら俺に軽く会釈して、去って行った。

 

「沙希ちゃんはいい子ね。美人だし、兄妹の面倒もちゃんと見てて、家庭的だし」

「………」

「小町から聞いてたけど、あんた沙希ちゃんとは結構仲良さげじゃない。沙希ちゃんも恋人候補なの?」

「はぁ?なんでそうなるんだよ」

「……あんたには違う意味で苦労させられそうね」

何言ってるんだうちのかーちゃんは!

トレンディードラマ見過ぎだ。恋愛脳め。

 

それにしても、今日はなんなんだ?

やたらと、知り合いと会うんだが。

まあ、学校が一緒だし、皆も面談があるから可能性はあったが、流石に多い気がする。

雪ノ下姉妹親子に由比ヶ浜姉妹風親子、そんであざとい後輩に共通の仕事仲間のツンデレとのエンカウント。

もうこれ位以上は流石に無いよな。

 





今度、八幡の彼女候補チキンレースの進捗とパワーバランス表みたいなのを後書きでまとめてみようかな。
そうしないと自分でも忘れそう。

今の所、正式候補……
ガハマさん、ユキのん、ハルのん、いろはす、ルミルミ。
なのかな。

サブ候補で
冥子さん、サキサキ、折本さんってところ?

平塚先生はどうなんだろうか?

GS側では、タマモとかシロ、マリアは八幡に対しての印象はどうかな?



ちょっと待てよ。
そのノリでいくと、横島師匠彼女候補チキンレースもあるのか……
やはり、おキヌちゃん、小竜姫様が筆頭格。
八幡は気が付いてないけど、美神さんもそうなるのかな?
小鳩ちゃんとか……、
ガイル側だと誰になるんだろ。
平塚先生は振られちゃったし。


ご意見あれば、感想に書いていただければ助かります。




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(182)三者面談③

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

続きをどぞ。


 

目の前には担任の平塚先生が座っている。

俺の横にはかーちゃん。

ここは俺のクラスの教室、そんで学習机を4つ寄せただけの面談セット。

そう、ようやく個人三者面談が始まる。

ここまで色々あったが今は忘れるとしよう。

 

「先生、いつも八幡がお世話になっております」

教室に入った時点でお互い挨拶はかわしていたが、椅子に座り、かーちゃんの挨拶から改めて面談が始まる。

午前で仕事を切り上げ、ここに来ているため、かーちゃんはいつもの黒のビジネススーツのままだ。

 

「いえ、こちらこそ比企谷君には、色々と助けて貰ってます。当校も、比企谷君のお陰で、先の大規模霊災でも犠牲者を誰1人出ることなく、こうして受験シーズンを迎える事が出来ました。彼には感謝しかありません」

 

「この子がこの年で人様のお役に立てるなんて、高校に入る前までは思いもしませんでした。もっと手がかかるものと……、親としては寂しいものがありますが、いつの間にやら大人になり私達の手も離れてしまいました。私達が出来る事は見守ることぐらいです」

 

「比企谷君の立場は相当特殊です。そうは言っても、受験生としては他の生徒と同じ立場ではあります。まあ、彼の場合、勉学も優秀なため、普通に受験を行っても第一希望の東都大学の合格の可能性は非常に高いでしょう」

 

「仕事もそうですが、進学についても八幡に一任しているため、私達は何も言う事はありません」

なんか、改めてこう言われると、こっぱずかしいんだけど……。

うちの両親は放任主義っぽく見えるが、なんだかんだと、かーちゃんは色々と裏から手をまわしてくれていた。

親父は……しらん。

 

「そうですか、ただ……少々私どもも困惑する事態が起きまして……」

 

「八幡に何か?」

「先生、なにか問題が?」

まさかの退学とか?やっぱり、ゴーストスイーパーの生徒は受け入れられないとか?

いやいやいや、今更過ぎるだろう。

雪ノ下と由比ヶ浜に川崎と一色、小町以外の生徒にGSバレしたとか?

うーん、そうだったらもっと噂になっていてもおかしくないだろう。

それに、今じゃGS協会とオカルトGメンからプロのゴーストスイーパーが派遣されてる状態だし、流石にそれは無いか。

じゃ、なんだ?

思い当たる節が無い。

 

 

「先日、この時期に何故か複数の大学から君に是非入学してほしいとオファーがあってな」

 

「……どういうことですか?」

 

「来年から霊能学部を新設する東京の慶応大学と京都の堂志社大学から学費免除で是非にと、更に東京国立大学と防衛大学からも特別枠でどうかと話があった。君が希望している東都大学からも具体的ではないがそんな話が来ているようだ」

確かに慶応も堂志社も来年から新設予定とは聞いていたが、日本の国立トップの東京国立ってまだ霊能学部の新設予定にもなってないよな。しかも防衛大学ってどういうことだ?

ちょっと待てよ。

俺の情報がどこからか漏れた?

GS協会は未成年である俺のプロフィールは公開していない。

霊能科がある六道女学院の生徒であれば、就職や進学のために情報公開している可能性があるのかもしれないが、一般の高校に通う俺に、何故だ?

 

「どれも有名大学ね。八幡、選び放題じゃない?」

かーちゃんはオファーが来た大学に驚きながらも、軽い感じで俺に言う。

 

「いまさら志望大学を変えるつもりはないし。それにしても、この時期に……急ですね」

こんなに急な話と言う事は、ここ最近でバレたという事か。

 

「当校からは君がGSである事は公表していない。それはGS協会からも重々釘を刺されていたのでな。こちらとしても対応に困っている。しかし、大学側からの話ではGSやGS協会などの言葉は一切出さずに、君を指名してきた。GS協会が君のプロフィールを非公開としている事を知った上での対応だ。学校側もそう言う風に切り出されれば、それなりの対応をせざるをえない。まあ、君にオファーがあった事を伝えるだけに留めさせて貰ったが、後は君にゆだねるしかない。近いうちに各大学の担当者が直接君に会いに来るだろう」

平塚先生の話からすると、大学側は正式なルートで俺の情報を掴んだわけじゃないようだ。

だから、ゴーストスイーパー比企谷八幡ではなく、一介の高校生比企谷八幡として、オファーしたのだろう。

もちろん、目的はGS資格者を入学させたいというものだろう。

特に私立の学部新設大学にとってはGS資格者が在学しているというだけで格好の宣伝となりそうだ。

国公立の東京国立も大方同じだろうが、箔を付けたいというのもあるかもしれない。

防衛大学については、戦力とカウントしてる可能性もある。

美神さんがあれだけ、単独で派手に武装ゴブリン部隊を粉砕したからな。

東都大については既にBランクGSのキヌさんが在学しているから、そこまで積極的な物じゃないようだ。

 

「はぁ、結構面倒な事になってますね」

 

「学部新設に当たって、プロでさらにBランクGSの君が入れば、箔が付くとでも思っているのだろう」

平塚先生は少々ウンザリ気味に俺にそう言った。

先生も俺と同じ意見なのだろう。

確か、美智恵さんの話だと学部新設に当たって、GS協会やオカルトGメンは全面的にバックアップしているはずだ。

わざわざ俺を入れる必要もない気もするが……。

 

「母さんはその辺のことはよくわからないわ。八幡の好きにしたらいいわ」

かーちゃんもやはりその辺についてはあまり興味がない様だ。

俺はかーちゃんには将来GSで食って行く事を話してあるし、俺が何処の大学に行こうがあまり興味がない様だ。

かーちゃんは子供らの大学の学歴とか気にするような感じじゃないしな。

それよりも、将来ちゃんと仕事が出来るかのほうを重視している。

 

「先生、俺の志望はこのまま東都大でと、そう言う感じで対応してもらうと、助かります」

 

「ふむ、わかった。もしかすると東都大の方から特別枠と言ってくるかもしれないが、それは受けるか?」

 

「まあ、条件次第では。俺は物理や数学、自然科学関連の学科も受けたいんで」

確かに霊能学部も興味はあるが、俺は魔法式や術式のクオリティを上げるためにも物理や数学、自然科学等も学ぶつもりだ。

 

「了承した」

 

「進学の事はこんな感じかしら、それよりも先生、八幡は学校生活にちゃんと馴染んでましたか?この子は人付き合いが苦手というか、要領が悪い所があるので」

かーちゃんは先生にいきなりこんな事を聞きだした。

……確かに中学まで俺はボッチだったしな。いや、高1までボッチだったし。

その辺を心配するのは仕方がないだろう。

だが、ボッチだったらまだいい。

かーちゃん悪い、今じゃ学校一の嫌われ者なんだ。

まあ、俺としてはどうってことはないが、流石に親に知られるのは気まずい。

小町はたぶん、その事は親共には話してないはずだ。

 

「大丈夫です。確かに彼は少々誤解されやすいタイプですが、彼を慕う生徒も多い事はお母さんもご存知なのではないですか?」

平塚先生は少々苦笑い気味にナイスな答えを持ってきてくれる。

 

「それはそうですね」

こうして、三者面談は滞りなく終わった。

 

教室を出て、廊下を歩く俺とかーちゃん。

「八幡、小町とタマモちゃん誘って、夕飯食べに行こっか」

「まあ、いいけどよ。親父はどうするんだ?」

「いいのいいの、どうせ残業でしょ?コンビニ飯でも食べさせておけばいいわ。何時も八幡と妙に張り合って意地悪するし、ほんと何時まで経っても大人げないったら、腕力も勉強も収入も、もう八幡に勝てる所なんてないのにね。まあ、母さんに対しての愛情ぐらいかしら?」

「はぁ、まあ、なんでもいいんじゃねーの」

 

 

授業を終えた小町とタマモを誘って、ちょっと高級な焼き肉店へ……。

「小町、小町、今日ね。雪ノ下さん姉妹と、由比ヶ浜さん姉妹に会ったのよ!」

「雪乃さんと陽乃さんと結衣さんと……あー、うーん。まあいっか。それでどうだった!」

「雪ノ下さん姉妹は凄く美人ね。由比ヶ浜さんは可愛らしいわ」

「でしょでしょ!」

「いろはちゃんにも、沙希ちゃんにも会ったわ」

「そうなんだ!」

かーちゃんと小町は肉を焼きながらきゃっきゃとその事で盛り上がる。

 

だが、急に2人して俺の方に振り向き真顔で、

「「で……八幡(お兄ちゃん)はどうするの?」」

なんか迫って来る。

 

「……そのうちな」

 

「「はぁ、まったくこの子(お兄ちゃん)は」」

流石親子、ため息もピッタリだ。

 

 

……マジでどうしよう。

雪ノ下と由比ヶ浜、陽乃さんに、それと一色にも、答えを出す日が徐々に迫って来ていた。

 

 

 

 

 




クリスマス編かな……
おキヌちゃん出したい。



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【十六章】クリスマス編
(183)番外:乙女の心うち雪ノ下陽乃の場合 前編


ご無沙汰しております。

本編再開前に番外編です。
長くなりそうなので前後編になりました。


 

「もうすぐクリスマスか……」

大きなクリスマスツリーやクリスマスに向けての宣伝広告など、街の雰囲気がクリスマス一色に染まりつつあるのを見て、思わず口ずさむ。

 

クリスマスは私にとって特に特別な思い入れがない。

確かに家では父さんがプレゼントを渡してくれたり、食事がクリスマス風であったりしたし、学生時代はクリスマスイベントなんかにも参加したりもした。

だからと言って、本当の意味で宗教的に祝ったりなんてことはもちろん無いし、世間一般に言う恋人たちの特別な日なんてことも感じたことが無い。

確かに、クリスマス前になると男たちがよく告白をしてきたりしたけど、全部断った。

 

 

「比企谷君と……か」

一緒に過ごしたい人がいる。

 

比企谷八幡……

3つ下の男の子。

雪乃ちゃん、妹の同級生。

 

ただ、それだけだったんだけどなー。

 

 

彼と直接出会ったのは1年半前……。

雪乃ちゃんが珍しく興味を持っていた男子で、奉仕部の部員。

だから、雪乃ちゃんに近づく不届きものかどうか見極めるために、雪乃ちゃんと買い物に出かけている彼にちょっかいをかけたのが最初。

彼自身は、雪乃ちゃんが乗っていた車で事故に会わせてしまった相手だったから、その時に調べがついていた。

何の変哲もない一般的な家庭で育った普通の男子だった。

 

最初に会った時の印象としては、かなり警戒心が強く、独りよがりなところがある男子って感じで、私の事も警戒し、世間面も見破ってきたわ。

でも、初心なところがあって、何となくほほえましくもあった。

私の周りには居なかったタイプの男の子で、ちょっと興味が湧いていた。

人付き合いが悪い雪乃ちゃんが興味を持つのもわかる気がする。

最初の頃の比企谷君の印象はそんな感じ。

 

とりあえずは、雪乃ちゃんを害するような男子じゃないことはわかったし、面白そうだからそのままにした。

 

私は私で忙しかったし……。

 

その頃、京都の大学に通いながら、住み込みで陰陽師としての修行を励んでいた。

私の肩書は土御門陽乃

平安時代から続いている陰陽師の大家、土御門家の一門衆としての私。

 

雪ノ下家は土御門家の分家の一つではあるのだけど、陰陽師としての役目などは既に負ってはなく、関東における拠点の一つといった程度。

ただ、経済的には雪ノ下の方が大きく。

金銭面的に本家をバックアップしているようなもの。

陰陽師としての力は失った分家ではあるが、稀に私のような霊能力に恵まれた人間が生まれ、本家に迎え入れられる。

私が霊力に恵まれている事が発覚したのが8歳の時。

あんなに喜ぶ母を見たのはあの時が初めてだった。

 

10歳になると、土御門家から陰陽師の教育係の園儀先生が派遣されてきた。

園儀先生は、後の師匠である現当主土御門風夏を幼少の頃から支えて来た実力者で、70を過ぎて現役を退き、相談役をされていたそうだが、私のために教育係を買って出て、わざわざ千葉まで来られたのだとか。

父や母が言うには本家から期待されているということなのだそう。

 

両親に言われるがまま、園儀先生の元で陰陽師の修行を始めた。

最初は勉強や生け花やピアノ等の習い事と同じで、ただただ、両親の言いつけを守りこなしていただけだった。

 

しかし、陰陽師の修行は今までの私の常識を悉く壊してくれていた。

今迄の日常とは非なるもの、学校の勉強や習い事では味わえなかった高揚感を感じるようになった。

悪霊や妖怪から人々を守るために、それらを討ち倒すための力。

そう、倒すべき敵が存在しそれを自分の力でねじ伏せる。

私の心に火が付いたのはこの時だったと思う。

今迄は両親に言われるがまま、いい子になろうとする自分がいた。

それとはまったく違う自分、何かから解き放たれたような感覚だった。

私の本能なのか本性というべきかそんなものが膨れ上がる。

私は勉強や習い事も今まで通りこなし、雪ノ下にとっていい子を演じながらも、陰陽師の修行に没頭する。

 

中学、高校へと進学し、陰陽師の修行を続けていた。

学校ではそれなりに交友関係を持ち過ごしてたけど、何か物足りない感じがいつもしていた。

私は既に将来は陰陽師、ゴーストスイーパーを生業にすることを決めていた。

危険を伴う仕事だけど、実力さえあれば、どこでも生活ができる。

それに私の性に合ってるし、いざとなれば家を出ることも可能だと。

 

だが、私は母親の命令で高校卒業と共に京都嵯峨野の土御門本家に向かうことに。

土御門で陰陽師の修行が出来ることは私としても異存は無いし、むしろ望むところだったのだけど、そのまま言いなりというのもしゃくだったため、何かと理由を付け条件を出す。

大学に通いながらであれば向かうと。

土御門本家もそれを受け入れてくれたのもあるし、両親も意外とあっさり私の要求が通してくれた。

後で知ったのだけど、この時既に私は土御門当主の次男に嫁ぐ事になっていたらしく、その次男や長男も地元の大学に通っていたため、それ程難題な要求ではなかったらしい。

 

 

ただ、心配だったのは雪乃ちゃんの事。

私のかわいい妹。

でも純粋過ぎて、世間になじめない。

両親の教育方針であの子は自分で何も決められない子に……、

あの子一人にしてしまうと両親の言いなりになってしまう。

だから、あの子を一人暮らしさせるように仕向け、両親にも納得させた。

 

 

そして4月、土御門家へと。

私は当主から直々に師事を受けるものだと思っていたのだけど、見習い入門生と同じ訓練を受けることに……。

そこには主に関西一円の霊能家の子息子女や私のように土御門家の分家の人などが集まっていた。

そこで、実技模擬戦でも私にかなう人はいなかったし、こんなものかと期待外れではあった。

でも、当主や上級陰陽師の方々からはひしひしと強者の力を感じる。

私も早くその方々から学びたくて、直訴した。

すると、当主直々の除霊に同行を許されることになった。

 

そこは、いにしえの悪鬼の封印された洞窟。

当主と土御門家の陰陽師12人での大規模地鎮だった。

封印が弱まり、妖魔が至るところから湧き出る状況、私も千葉で園儀先生の除霊に同行し実戦の経験もあったのだけど、まるで違う。

私は前に出過ぎて妖魔に囲まれピンチに陥る。

死がすぐそこにあるギリギリの感じに私は何故か笑みを浮かべていた。

この感じ、どうしようもないこの感じが私の感覚をマヒさせる。

私はまだやれる。

周りの連中を打ち倒せと。

 

 

しかし、私を囲んでいた妖魔が次々と結界に囲まれ、結界内で消滅。

その後に、土御門家当主土御門風夏がひょっこりと顔を出す。

「ごめんね。ちょっと刺激が強すぎたかしら?」

 

私が必死抵抗していた妖魔たちを、あんなにあっさりとこの人は本物だ。

「……当主様、今の結界をどうやるんですか?どのような術で消滅まで?」

 

「あら?天狗になってるあなたの鼻をへし折ってほしいと言われていたのだけど。そんな必要はないようね。この状況でもあきらめるどころか、全然動揺してないものね」

 

「天狗?……そんなことよりも、教えてください」

 

「それにしても聞いていたのとは随分違う感じね。いいでしょう。雪ノ下陽乃さん、あなたを正式に私の直弟子とします。明日からは私の元に来なさい。それと、これからは私の事は当主ではなく師匠と呼びなさい」

 

「はい、師匠」

 

「ふふっ、元気のいいことで……」

 

こうして私はご当主直々の直弟子となる。

これはかなり異例の事らしい。

いくら分家の才能がある人間でも、本来他の見習い入門生と1~2年は修行を行い様子を見るのが通例とか。

霊能の才能があっても土御門の陰陽師になれるとは限らない。

適性を見定めるためにもそういう制度にしているようだ。

私の場合元々、教育係の園儀先生が派遣されていたため、ある程度当主にも私がどのような人間なのか伝わっていたハズなのだけどな。

 

私は師匠土御門風夏の元、寝食を共にしながら修行に励む。

修行はかなり厳しいものだった。

体裁などは邪魔でしかない。

それに高レベルの霊能者で精神感応系の能力に長け、人生経験豊富な師匠には私の表向きの顔やちょっとしたウソなんて直ぐにバレてしまう。

そうなったらもう、自分をさらけだして、本音で付き合うしかないわ。

だから、修行は厳しいけど、なんだかんだと師匠との生活は雪ノ下の家に比べるべくもなく、心地よかった。

まあ、次男の数馬はいちいち突っかかって来るから面倒くさかったのだけど。

 

一年後、式神雪刃丸の使役試練を乗り越え、正式に土御門の名を名乗ることが許される。

ゴーストスイーパー免許資格試験の5か月前の事だった。

 

 

 

そして……。

10月末のゴーストスイーパー資格試験当日。

二次試験の前に比企谷君と再会した。

 

霊能者ではないと試験すら受けられないゴーストスイーパー資格試験の受験者として。

そう、彼は霊能者だった。

それだけでも驚きなのに、あのSランクGS美神令子の事務所に所属していたなんて。

 

驚きをもって私は彼の試合を見ると……。

身体捌きもかなりいい。

古武術かしら?

それに、かなりの霊力を内包しているのもわかる。

霊力だけなら土御門家の上級陰陽師にも匹敵、それ以上に感じる。

 

良い。

彼、いいわ。

私は久々にゾクゾクとした感覚を覚える。

 

そして、彼との決勝戦。

私はいつものように次々と術式を行使し、彼を追い詰めようとする。

でも、彼の術式に威力は無いけど、それをカバーする回避能力、私の術をこんなに避けられたのは始めてかもしれないわ。

それ以外の霊能があるのかもしれない。

 

彼はこんな激闘の中、搦手を使い、私に持久戦を挑んできていた。

それが分かった段階で、既に私の霊気も僅かしか残っていない。

やられたわ。

 

でもなにかしら、この高揚感。

 

お互い切り札を使い、全力を出し切って……。

最後には私が勝った。

 

私はしばらく、彼との対戦を振り返り気分は高揚しっぱなしだった。

……私は比企谷君の事をもっと知りたい。

あの回避能力とか事前察知能力のような霊能、最後の霊波刀の事も。

 

 

その日、師匠と共に雪ノ下の実家に戻ると、私と次男の数馬との結婚話が上がる。

土御門家と雪ノ下家の立場的にはそういう話になるだろうとは、予想はしていた。

雪ノ下の母の方がこの話に積極的だった。

雪ノ下家としてはそうすべきなんだろうけど。

 

京都への帰りの新幹線で、師匠は私にこんな話をする。

「土御門家の立場と数馬の母親としては、陽乃と数馬の結婚は喜ばしいものよ。でも……あなたの師匠としては複雑なの、陽乃に数馬はもったいないと。だから、あなたに決めてほしいのよ。但し、あなたが数馬以外の伴侶を選ぶのなら、霊能家の人間として、理由が付く形じゃないといけないわ。わかるわよね。要するに少なくとも数馬よりも陰陽師、いえゴーストスイーパーとして優れた人であれば、問題ないわ」

師匠は私にここまでの話をしてくれた。

雪ノ下の母よりもずっと私自身の事を考えてくれてる事に、胸が熱くなる。

そして、この話を聞いて直ぐに彼の顔が思い浮かぶ。

 

「師匠、ありがとうございます。数馬兄さまは確かに霊力も高いですが……将来の私の伴侶は少なくとも私と同等の力を持ってる人と決めてるので」

 

「誰かいい人いるの?」

 

「比企谷君」

 

「陽乃が決勝で戦った高校生の子?確か美神令子ちゃんの事務所だったわね。知り合いだったの?」

 

「はい、彼が霊能者だったことは知らなかったですが、妹の同級生で今迄何度か会ってましたんで、前々から気になってはいたんですが、今日確信に変わりました」

 

「なるほどね……うーん、うん、うん、彼だったら」

師匠は少し思案顔をしてから、頷く。

 

「認めてくれます?」

 

「そうね。でも会ってみないことには、結論は出ないわね」

当然の答えね。

試験で実力を目の前で見せたとしても、自分の息子と天秤をかけるのだから。

 

「師匠が彼に会って認めてくれたらいいんですね」

 

「いいわよ」

この返事をもらえて私はほっとする。

政略結婚は覚悟していたのだけど、数馬は避けたいところだったから。

この頃は、比企谷君については、霊能には興味はあったけど、数馬との婚約破棄の口実にちょうどよかったし、もし比企谷君と結婚する羽目になっても数馬に比べればまだいいかな程度しか思っていなかったし、恋愛感情なんてものは全くなかった。

 

とりあえず、比企谷君を師匠に会わせる算段を立てる。

それで、比企谷君の修学旅行を利用して、師匠に会ってもらった。

 

師匠に対して比企谷君はかなり好印象だった。

これで決まりかな?

 

後は比企谷君を落とすだけ。

 

 

その晩。

土御門家が代々受け継がれている大規模再封印の儀式を執り行われる。

平安時代、京都で猛威を振るった神の血脈を持った鬼、酒吞童子の再封印。

封印が弱まる200年に一度行う儀式ということだった。

私は師匠の横について儀式を学びながら雑務を行う。

 

でも、数年前から準備していたハズの大規模再封印式が起動せず、酒呑童子の瘴気が漏れ、餓鬼等の低級妖魔が湧きだし始める。

「陽乃!私は大規模封印式の修復と再構築に集中します!妖魔共を私に近づけないようにしなさい!」

「はい」

こんなに余裕がない師匠を見たのは初めて、それ程切羽詰まっていたということ。

 

師匠はその場で簡易の大規模術式を展開しつつ、再封印式の修復と再構築という離れ業を一人で行た。

その見事さに、西日本唯一のSランクGS、結界の土御門風夏と世界にその名をとどろかせているのもうなずける。

 

 

封印を終わらせ、土御門本家に戻る途中で、雪乃ちゃんから電話がかかって来る。

もしかしたらこの騒動で雪乃ちゃんも巻き込まれたかもしれないと思っていただけに、ホッとし、電話に出る。

「雪乃ちゃん無事だったのね」

『私は大丈夫。……姉さん、私、比企谷君に助けてもらったの……でも、比企谷君がひどい怪我を……』

「え?どういうこと?」

雪乃ちゃんの話はとんでもないものだった。

数馬が雪乃ちゃんの命を狙って現れ、餓鬼をけしかけて来た事。

比企谷君がゴーストスイーパーを名乗り、餓鬼と数馬を倒した事。

倒した数馬が贄になり茨木童子が現れ、雪乃ちゃんとガハマちゃんが食べられそうになった事。

比企谷君がボロボロになりながらも抵抗し、雪乃ちゃんとガハマちゃんを茨木童子から守った事。

最後は横島忠夫が現れ、その茨木童子をあっという間に倒したと……。

 

茨木童子は酒吞童子の配下の鬼。

平安時代の討伐で唯一生き残った鬼。

その力は恐らくSランククラスはあるだろう。

そんな鬼に狙われ、普通は生きてはいられない。

GSでも師匠クラスの力が無いと抵抗すらできないレベルの妖魔。

私や土御門の上級陰陽師でも単独でどうにかなるものじゃない。

比企谷君はそれでも、何とかしようと、命をとして、雪乃ちゃんを守ってくれたのだ。

雪乃ちゃんが思っている以上に、絶体絶命の危険な状態だったことはGSじゃないとわからないだろう。

 

土御門本家に到着すると、ボロボロで意識が無い比企谷君と右腕を失った数馬が運ばれ、治療を受けていた。

 

私は比企谷君の様子を見にいく。

見るからに比企谷君はひどい状態だった。

全身あちらこちらに骨折に裂傷……。

比企谷君は命の危険を顧みず、必死に雪乃ちゃんを守りきったのだろう。

そう思うだけで、涙が自然と溢れる。

「……比企谷君…ありがとう」

 

この頃からかな。

比企谷君と本気で結婚しようと思い始めたのは。

 



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(184)番外:乙女の心うち雪ノ下陽乃の場合 中編

ご無沙汰しております。
書きあがった分からということで……。


 

 

私は師匠土御門風夏の次男数馬との政略結婚を回避すべく比企谷君との結婚について真剣に考える。

比企谷君と結婚か……。

悪くはないわね。

数馬と比べるまでもないわ。

 

 

比企谷君が霊能者と知る前は、雪乃ちゃんと同じ歳の高校生とは思えない程、観察眼が鋭く理性も大人顔負け、悪く言うと警戒心が強すぎる臆病者という感じの印象だった。

今となっては、比企谷君レベルの霊能者であれば、あの鋭い観察眼も精神力が高いのも頷ける。

霊能者としての霊格は私とほぼ同等。

あの年で、かなりの実戦を経験している事は戦ってみてわかった。

霊的センスだけでなく戦闘センスもいい。

もしかすると、実戦経験は彼の方が豊富なのかもしれないと思える程だった。

あのSランクの妖魔である平安の悪鬼茨木童子から雪乃ちゃんとガハマちゃんの二人を守りぬいたことからも相当ね。

ゴーストスイーパーとしての実力も申し分ないわ。

 

私の足を引っ張ることはないわね。

むしろ、お互いの霊能を高め合うこともできるわ。

 

それに、比企谷君は霊能家の出身ではないから、面倒なしがらみもほとんどない。

美神令子除霊事務所所属ではあるけど、所詮雇用契約上のものだから、なんとでもなるわね。

霊能家の婿としてかなり優良物件ではあるし、私にとってもこれ以上にない都合のいい結婚相手ということになるわ。

 

気になるのは、比企谷君の師匠の横島忠夫ね。

世界唯一の魔神に対抗できるSSSランクのゴーストスイーパー、要するに世界最強のゴーストスイーパーと言うことよ。

それを師匠の口から聞いた時には、思考が一瞬止まったわ。

魔神よ魔神、本当に存在するかも怪しいのに、そんな称号があるということは、実際に存在が認められているということよ。

しかも、彼自身が魔神に抵抗できるということは上級神に匹敵する力を持っていると同義。

 

噂では女たらしの変態だということだったのだけど、それは世間に実力を知られないためのフェイクのようね。

 

比企谷君も随分と信用しているようだし、うちの師匠もかなり信頼してる。

不気味な存在ではあるけど、今のところは目をつむっても大丈夫かしら。

 

 

問題は比企谷君が私を警戒しているということね。

ちょっといじりすぎちゃったかしら。

比企谷君がまさか霊能者でゴーストスイーパーとして優良物件だなんて、ついこの間まで気が付かなかったし、かわいい雪乃ちゃんの傍にいる男の子だから、ついついいたずらをしちゃってたのよね。

今となっては失敗だったわ。

 

それと私の活動拠点が京都で、千葉の比企谷君となかなか会えないというのも問題よね。

なかなか難しいけど、外堀を埋めつつ、懐柔していけば1年か比企谷君が卒業するまでには結婚を決めて見せるわ。

 

後はガハマちゃんね。

ガハマちゃんは間違いなく比企谷君の事が好き。

分かりやすいぐらいにね。

ただ、ガハマちゃんは見た目に反してかなり奥手だからしばらくは大丈夫そうね。

油断はならないけど。

 

雪乃ちゃんは比企谷君に興味があるみたいだけど、恋愛って感じはしないわね。

どちらかというと、雪乃ちゃんは大人ぶって見せてるけど、その感情は小学生か幼稚園児みたいな、端から見ていると微笑ましい感じのそれね。

当分比企谷君をどうこうするような感じは全くしないわね。

 

 

 

私はまずは外堀を埋めるため、師匠に頼んでオカルトGメンの美神管理官に協力を頼んだり、比企谷君のご両親の懐柔や、妹ちゃんと連絡を取って、比企谷君のスケジュールを聞いたりと、京都から策を巡らせる。

外堀を埋める作戦は順調。

 

年末までに2回程、比企谷君と顔を合わせたのだけど、こちらの方はなかなか厳しい。

比企谷君とは歳が3つ離れているし、元から接点も少ない。

そもそも、比企谷君の警戒心が高い上に、私が理想の女性像を演じた仕草や言葉にも、多少効果はあるようだけど、動じない。

私自身、容姿にも自信はあったし、大学や高校でも男性から声を幾度もかけられもしたのに、比企谷君には効果が薄い様なのよね。

 

薄いだけで効果がないわけではないし、強固な警戒心も緩めるためにも、会う回数を重ねないといけないわ。

 

 

 

新年早々、千葉に戻り比企谷君に会いに行ったのだけど、そこには雪乃ちゃんやガハマちゃんも。

ガハマちゃんと比企谷君の仲はあまり進展してないようね。

この分だとまだ大丈夫かな?

 

それよりも、比企谷君はGSとして強くなっていた。

六道家の式神の捕縛を手伝ったのだけど、比企谷君の霊気や霊圧、さらには術儀の精度も2か月半前のGS試験の時とは比べ物にならないほど上がっていた。

今、比企谷君と戦ったら勝てないかもしれない……。

私はそう思ってしまった。

私が?戦ってもいない相手に負けを認める?

私は自然と拳を強く握り、唇をかみしめていた。

比企谷君に抜かれた事よりも、自分自身で負けを認めてしまった事が……くやしい。

 

私はすぐさま京都の土御門本家に戻り修行を始める。

師匠に頼んで、さらに厳しい修行を行ってもらう事に。

1日の修行が終え、体力も気力も使い切り、疲れ果てて夕食も喉が通らず、やっとの思いでシャワーを浴び、ベッドの横になる。

 

目を瞑ると、なぜかいつも六道の式神と対峙した時の比企谷君の真剣な顔が脳裏に映る。

比企谷君…か

 

修行中は直ぐに追いついてまた追い抜かしてやるから覚悟してなさいなどと、息まいているのだけど、寝る前に彼の顔が浮かべるともやもやとしたモノ(感情)が胸のあたりに広がる。

 

会いたいな。

 

比企谷君とは温泉デートの約束を取り付けたし、温泉デートも誰も邪魔が入らずに比企谷君を連れ出す計画の準備を終えて、後は当日を待つだけだし、焦る必要はないのだけど……。

 

何故だろう?

会いたい。

会いたい。

会いたい。

 

 

私はふと、スマホのニュース欄にバレンタインについての記事が並んでいたのを見て……。

比企谷君、バレンタインチョコもらったら喜んでくれるかな?

 

私は翌日、ふらりと京都四条にでかける。

商店街もデパートもバレンタイン一色。

デパートに立ち寄り売り場のショーケースに並ぶチョコレートを見ていた。

 

比企谷君は甘いのが好きなのかな?それとも苦い方が?

私はそんなことも知らない。

 

……会いたいな。

 

ショーケースのチョコレートを恨めしそうに眺めた後、買わずにデパートを出て、京都駅に……。

 

会いたい。

 

そして、いつの間にか東京へと……。

 

会いたい。

 

 

妹ちゃんに連絡を取ると比企谷君は出かけたと……、何故か詳しい場所とかは教えてくれなかった。

GPSで雪乃ちゃんを位置情報を確認すると東京湾沿いの葛西臨海公園を指し示す。

……雪乃ちゃんが一人で葛西臨海公園?あり得ないわ。

 

ガハマちゃんと遊びに出かけた?

それもないわ。

ガハマちゃんが選ぶような場所じゃないわ。

 

……まさか、比企谷君とデート?

ありえないわ。

正月に会った雪乃ちゃんのあの様子だと、比企谷君の事は気になるようだけど、恋愛という感じはしなかったわ。

 

私は嫌な予感を感じながら、東京駅から葛西臨海公園へと

 

居た!

雪乃ちゃん、そして比企谷君とガハマちゃん。

葛西臨海公園内の水族館近くのベンチの前で立っていた3人を見つけた。

だけど、その雰囲気に私は思わず身を隠す。

 

ガハマちゃんが比企谷君に綺麗にラッピングした袋を2回に渡す。

恐らくバレンタインチョコ……。

 

私の胸のあたりがチクっとした痛みがする。

 

今度は雪乃ちゃんが顔を赤くし、比企谷君にバレンタインチョコを。

雪乃ちゃんの気恥ずかしそうであり不安そうでもあるその表情は、私が今迄見たことが無い顔だった。

私は胸が張り裂けそうになり……、

三人の前に出て行った。

 

 

ガハマちゃんだけでなく、雪乃ちゃんまで比企谷君にバレンタインチョコを渡して、告白をしようとするなんて……。

 

もう、猶予はないわ。

2人にはきっぱり比企谷君を諦めてもらうしかないようね。

比企谷君は私と結婚するのだから。

 

 

私は雪乃ちゃんとガハマちゃんを連れ出し、話し合いをする。

比企谷君を諦めるように言い含めようとしたのだけど、思いのほかに反撃を受ける。

どうやら雪乃ちゃんは本気で比企谷君の事を好きになったようね。

私は粛々と比企谷君が霊能者と結婚すべきだと、その相手としては私が相応しい事を説き、そして話し合いを一方的に終わらせる。

 

これで、雪乃ちゃんとガハマちゃんは比企谷君の事が好きだとしても、結婚できないということを十分理解してくれたと思う。

 

話し合いの場では、冷静に話を進められた。

でも……。

雪乃ちゃんとガハマちゃんの2人の感情のこもった言葉に胸が締め付けられる。

2人はいつも比企谷君と一緒で、学校も一緒に過ごし、彼の事をいつも見て居られる。

私は比企谷君とはめったに会えないし、比企谷君の事も何も知らない……。

甘いものが好きだったということも。

 

ようやくここで気が付いた。

私は比企谷君の事が好きなんだと。

 

比企谷君との結婚は、数馬との結婚を回避するための口実だった。

そこには恋愛感情なんてものはなかったハズなのに、いつの間にか比企谷君の事を本当に好きになっていたなんて……

 

 

でも、どうしよう。

雪乃ちゃんとガハマちゃんにあんなこと言っちゃったけど、温泉デートで既成事実とか……。

何言ってるのよ私?

比企谷君と既成事実って!?

ど、どうしよう?

既成事実ってことは比企谷君とあんなことやこんなことをってことよね。

恥ずかしすぎる!

し、しかも、私、処女なのに。

年下の男の子に処女だとか下手だとか思われたらどうしよう?

ううう……、あの時の私、大人の余裕を見せるためとはいえ、なんであんなことを言ってしまったの?

 

いいえ、雪乃ちゃんとガハマちゃんに話しただけで、二人が比企谷君に言うはずがないから、まだ、大丈夫よ。

 

でも……、キスぐらいなら。

比企谷君とのキスを想像するだけで、自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。

 

いいえいいえ、そんなことでは、雪乃ちゃんやガハマちゃんに後れを取るわ。

 

ここは年上の大人の余裕を見せて、比企谷君を大人の段階へ導くの。

そのためにも、大人の予習をしないと……土御門家の秘伝の房中術とかないか、師匠に聞いてみようかしら?

 

悶々とした日々を過ごし、とうとう温泉デートの日。

比企谷君が受けたオカGの妖怪退治の仕事に、オカGのフォロースタッフとして同行することで介入し、比企谷君を温泉デートに連れ出す事に成功。

 

と、ここまではよかったのだけど。

雪崩が次々と襲い掛かかってきて、私たちはとある温泉旅館に逃げ込むように転がり込む。

温泉旅館で一夜を過ごし、目を覚ますと、いつの間にか拘束され、ディスプレイ越しには美神令子の高笑いが響き渡る。

そして、GS訓練合宿という名の新人イビリが始まった。

そう、雪崩から温泉旅館への誘導はすべて美神令子の罠。

しかも、そこには雪乃ちゃんとガハマちゃんもいた。

どうやら、雪乃ちゃんが私から比企谷君を引き離すために美神令子に取り入ってこんな手の込んだ罠に加担したようだ。

雪乃ちゃんを侮っていたわ。

まさか、美神令子を動かすなんて。

 

悪辣、美神令子のGS訓練が始まる。

それはとんでもないものだった。

第一関門は精神訓練。

ありとあらゆる気持ち悪いゲテモノたちのオンパレード。

しかも、私が苦手としているカエルまで……。

うううう、苦手なのよ!

あの、鳴き声も、滑ってした感じで飛び跳ねる姿がダメなのよ!

冷静に取り繕うこともできずに半狂乱に……。

いいじゃない。

一つぐらい苦手なものがあっても!

しかも比企谷君に慰められる始末。

年上の威厳が!もう!

雪乃ちゃんめ!恨むわよ!

 

 

次の第二関門も精神訓練の双六。

たかが双六と高を括っていたのだけど。

私の秘密がすべてばれた!?

雪乃ちゃんの成長日記を付けていた事や、雪乃ちゃんを四六時中見守っていた事、さらに雪乃ちゃん人形と毎晩語っていた事……、さらに八幡人形の存在まで……。

年上の威厳どころか、姉としての尊厳も悉く失った。

 

美神令子のせいで、すべて終わった

美神令子の悪辣な噂はすべて真実だった。

悪魔より悪魔。

関わってはいけない人物だった。

 

もう、終わった。

終わったと思った。

 

でも……、雪乃ちゃんは呆れながらも、私をまだ姉と呼んでくれる。

比企谷君も『災難でしたね』と、慰めてくれる。

私の姉としての尊厳と年上としての威厳は、なくなってしまったのだけど、その代わり雪乃ちゃんや比企谷君との距離が縮まったように思う。

 

 

 

 

そして、雪乃ちゃんとガハマちゃんと話し合いをし、比企谷君に対しての恋愛協定を結んだ。

 

 

 

 

 

一か月後、比企谷君や雪乃ちゃん達の、3学期終業日……。

 

下校中の雪乃ちゃんとガハマちゃんに連れられて歩く比企谷君の唇に不意打ちのキス。

 

ゆっくりと比企谷君から離れ大人の余裕を見せてから、曲がり角を曲がり小走りに走る。

恥ずかしい。

この感情は何なの?

比企谷君の顔をまともに見れないなんて……。

 

 

これが私のファーストキス。

比企谷君はどう思ってくれたのかしら?

 



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(185)クリスマス編①序

いつも感想ありがとうございます。
クリスマス編開始です。
陽乃さんの回想の後は途中に挟む予定です。

途中で切ることが出来ずに、いつもの倍のボリュームになってしまいました。




 

二学期も残すところ後4日、俺の高校生活も3か月後には終わりを迎える事になるわけだ。

高校という枠組みにそれ程執着がなかった俺も、何故だか寂しい様な気持ちが少しは湧いて来る。

だが、そんな思いも一瞬で霧散し、とある約束のタイムリミットも近づいてきているという事実に頭を悩ます。

そう、好意を寄せてくれている雪ノ下と由比ヶ浜、陽乃さんの3人の内の誰かを高校卒業までに、恋人として選ばなくてはならないのだ。

さらに、そこに俺に告白してくれた一色いろはにも何らかの答えを出してあげなくてはならない。

高校に入学する前の俺なら、多分告白してくれた最初の人と付き合っていただろう。

当時の俺と今の俺とでは立場や状況がまるで異なる。

今の俺は学生という身分だけでなく、プロのゴーストスイーパーという立場があるからだ。

ゴーストスイーパーは特殊な職業だ。

常に命の危険が付きまとい、世間の常識が通用しない世界に身を置いている。

しかも、まだ未熟な身の上であり、彼女らの純粋な思いにこたえられるか……。

いや、それは単なる言い訳だな。

俺が優柔不断なだけで、自分の思いに自信がないから、うだうだと考え余計に迷い、気持ちがハッキリしないのだ。

はぁ………。

 

俺は午前中にデジャブーランドの巡回の仕事を終わらせ、事務所に戻る最中の電車の中で、あちらこちらでクリスマスで盛り上がりを見せている姿を見ながら、そんな思いを巡らせていた。

 

クリスマス……か。

総武高校奉仕部では、12月24日クリスマスイブ二学期終業式の日の放課後に、クリスマス会を開く予定となっていた。

去年は3人でケーキを食べるだけの、ひっそりとしたものだったが、今年はちゃんとしたものをやるらしい。

まあ、計画したのは小町だが……。

 

12月24日のクリスマスイブの夜は美神玲子除霊事務所恒例のクリスマスパーティーが開かれることになっている。

美神さんや横島師匠の仕事関係の人たちがひっ切りなしに来て、一晩中どんちゃん騒ぎとだ。

 

電車を降り、駅から徒歩で事務所に到着。

ん?……この気配は……。

事務所の4階から美神さん以外に、大きな霊気が2つ感じられる。

一つは美神さんの母親で、オカルトGメンの日本での元締めである美神美知恵さんのものだ。

美知恵さんはかなりの頻度で事務所に時間を見つけては娘の様子見がてらに来ているから、いつもの事だ。

もう一つの霊気は俺もよく知っている。

抑えてはいるが、圧倒的な霊気内包量を感じるこの神聖な霊気の気配。

キヌさんの霊気にも似ているが、これは間違いない。

だが、こんなところまで来られても大丈夫なのだろうか?

しかもお一人で、彼女を守護する役目を負う門番は一緒ではないようだ。

本来なら横島師匠が同行するか、横島師匠を通じて何かしらの通知をすればいいハズだが、今、横島師匠は例の海外出張中のため、それができない。

よっぽどの緊急な事案があって、お一人で現世に降りて来なければならなかったとうことではないだろうか?

 

俺は急いで事務所に駆け込む。

「ただいま戻りました」

 

美神さんが所長席から俺に声をかける。

「丁度いいタイミングね。今から仕事の話よ。あんたも聞きなさい」

 

俺はチラッと窓際の応接席の方を見ると、美智恵さんともう一人の人影が見える。

だが、朝からバイトで出勤していた雪ノ下やシロ、そしてキヌさんの姿が見えない。

「他の皆は?」

 

「おキヌちゃんは普通に買い物に出かけたわ。雪乃はさっきシロと唐巣先生の所にお使いにいかせたわよ」

その美神さんの言い回しだと、キヌさんは普通に商店街にでも買い物に出かけたのだろう。

雪ノ下はたぶん、今からの仕事の話になるべく関わらせないように配慮して、神父の所に行かせたといったところか。

何せ、来客は神様だからな。

 

「そうですか」

 

 

俺は応接席の方へ向かい、手前の席に座ってる美智恵さんに軽く挨拶をした後、来客の神様に頭を下げて挨拶をする。

「ご無沙汰しております、小竜姫様」

「こんにちは比企谷さん、何か変な感じですね。こうして現世で会うのは」

そう、来客の神様とは小竜姫様の事だった

にこやかに挨拶を返してくれた小竜姫様は、普段の古代中華風の軽装ではなく、現世の服を着用されていた。

上はボーダー柄のトレーナーにジージャン、下はジーンズのスカートにスパッツ姿、靴はランニングシューズと……。

いい!すごくいい!!

一昔前のコーデだが、小竜姫様が着こなすと何故か神々しく見える。

リアルファンタジー女神剣士姿もいいが、これはこれで快活なイメージのある小竜姫様にめちゃくちゃ似合ってる。

つい見惚れてしまう。

でも、よく考えるとこれって、横島師匠と服装がお揃いだよな。

横島師匠は常日頃からジーパン、ジージャンだし。

やっぱ、小竜姫様は師匠に惚れてるよな……はぁ。

 

 

俺も応接セットの美神さんの横に座るように促される。

美神さんの対面に小竜姫様、俺の前には美知恵さんが座っている。

 

 

「小竜姫様、話の途中でしたが、比企谷君にも聞かせたいので、初めからお話をお聞かせ願えませんか?」

美智恵さんがそう言うと、小竜姫様が話を始める。

「はい、その方がいいでしょう。先ほどお二人には話しましたが、依頼内容は、現世に降り立った神界の者を捕らえてほしいのです」

 

「神様ってことですか?」

俺は純粋な疑問を投げかける。

 

「はい、今判明している方々は、お二方は下級神で、一方はみ使いです」

神界には神様以外に神様の周りの世話をしたり、守護したりと下働き的な存在がいる。

それが神のみ使いだ。

女性のみ使いは天女とも呼ばれる。

天界や地上の神域を守護する役割のみ使いは兵士の役目を負っていて天兵などとも呼ばれる。

身近なところでは小竜姫様の所の、鬼門達がそれにあたる。

西洋では天使がそれに該当する。

それにしても、神ってだけで普通に考えれば人間に手に負えるような存在じゃないが、美神さんだったら名の知れた中級神でも裏技かなんかで捕まえることもできるだろうな。

 

「さっきも聞いたけど、そいつらは神界の罪人ではないのよね。それなのに、わざわざ捕縛とは穏やかじゃないわね」

今度は美神さんが小竜姫様に聞き返す。

 

「そうですね。正式には神界の規定では犯罪に当たらないのですが、彼らは現世の人々に迷惑をかける可能性があるのです。ですが、規定違反を犯しているわけでもないため、神である私たちが動けなくて、こうしてお願いに来たのです」

 

「ま、神様が人々に迷惑をかけるのは今に始まった事じゃないし」

美神さんは呆れ気味に、少々嫌味を兼ねてこんなことを言う。

 

「申し訳ありません」

小竜姫様は肩を狭め、頭を下げる。

 

「令子!……小竜姫様も謝って頂くような事ではありませんよ」

 

「私は依頼料をがっぽりもらえるなら、なんだっていいわ。小竜姫様、金塊は売却時に総合課税とか言って足が付くから、精霊石とか霊玉とかでお願いね」

「令子っ!……すみません、小竜姫様」

「いえ、こちらから無理を言ってお願いするのですから、それ相応の物をご用意させていただきます」

「ふふん、さすが小竜姫様、話が分かるわ」

美神さんは上機嫌だ。

相当なものを貰えるのだろうな。

確か、小竜姫様の依頼について、キヌさんに教えてもらったことがある。

小竜姫様から年に1、2度依頼が来るらしいが、その支払いは財宝だったり、金塊だったりするらしい。

確かに、神様が今の現世の現金や銀行口座に金を貯めこんでるとは思えないけどな。

それは置いといて、全世界の国の共通認識として、神や悪魔は存在することは認められているが、住民でも何でもないため住民票もなければ、人口にカウントするわけにもいかない。

国の管理体制としては存在しないものと処理される事案なのだ。

要するに国の管理外の存在ということだ。

神様の依頼などは実際金塊や財宝のやり取りがあったとしても、そもそも神様自体が国の管理外の存在、依頼などは最初からないものになる。

だから、依頼料で受け取った財宝は存在しなかったことになるのだ。

だが、そこに落とし穴があった。

神様から頂いた金塊、財宝を貰う事に関知しないのが国のスタイルだが、その金塊や財宝を所持し、売却するとなるとまた、別の話らしい。

金など市場取引が行われている貴重金属については、売却時に必ず足が付き、税金がかかるらしいのだ。

それを知った美神さんは、倒した妖怪がたんまり隠し持っていた財宝や金塊をちょろまかしたり、小竜姫様からの依頼で頂いた金塊や財宝を現金に換えずに、隠し持っていたのだ。しかも、売買契約がない金や金塊を所持しているだけで、税務官から付け狙われるのが現状なため、今も分散してどこかに隠しているらしい。

ただ、例外がある。

精霊石や霊具だ。

ゴーストスイーパーの仕事上関係のある財宝などを売却したところで、金を取引するのに比べると、税金はそれほどかからないし、そのまま霊具として使えるため、割がいいらしい。

まあ、美神さんの事だから、裏取引とかなんとかで、隠し持ってる金塊や財宝は税務官の目を盗んで現金化しちゃうんだろうけど。

 

 

「小竜姫様、現世に降り立った神界の方々はどのような方なのですか?」

美智恵さんは話を元に戻すために、この話題で一番重要な質問を小竜姫様に聞いた。

 

「はい、下級神の坂田金時殿と桃太郎殿、み使い浦島太郎殿です」

小竜姫様は極真面目な顔でこの三方の名を出した。

 

「あの、その人たちって、童話の主人公ですよね」

 

………それって、金太郎と桃太郎と浦島太郎の童話で超有名な主人公連中、俗にいう三太郎達だよな。

 

「はい、そうです。ですが実在の人物で彼らは死後、鬼退治の功績等で神格化し、神の座やみ使いとして神界で暮らしています」

……そうなんだ。

実在の人物なんだ。

金太郎だけは、坂田金時って実在の人物だとは知ってたが、桃太郎も浦島太郎も実在していたのか。

あれ?鬼退治の功績って、金太郎と桃太郎はわかるけど、浦島太郎ってなんか神になるような功績を残したか?

み使いだから正式には神じゃないんだが、彼奴って、乙姫と遊んで、玉手箱開けてじじいになっただけじゃないのか?

 

「ふん、誰が相手だろうと、この美神令子がとっつ捕まえて神界に送り返してあげるわ!私の野望の糧に!!」

美神さんは相変わらず欲望に忠実というかなんていうか、久々に大儲けできる話だからテンションもいつもよりも高めだ。

 

「はぁ、あなたって子は……、小竜姫様、オカルトGメンも協力させていただきますが、相手の狙いなどわかっていればお教え願いますか?」

美智恵さんは美神さんの言動に呆れつつ、オカGとして小竜姫様に協力することを約束しながら、話の続きを聞く。

 

「はい、その前にこれを見てください」

そう言って、小竜姫様は封筒のような包み紙をボディーバックから取り出し、紙を開くと俺達がよく目にするものが入っていた。

 

「スマホですか?」

それを見た美智恵さんが小竜姫様に聞き直す。

確かにスマホだ。

俺の知ってるメーカーの物だが、5年ぐらい前の古い型のものだ。

 

「はい、そうです」

 

「ふーん、神界にもスマホあるのね」

美神さんは少々意外そうな物言いだが、俺も美神さんと同じ思いだった。

神様がスマホを使うイメージが全くわかなかったからだ。

だが、よく考えるとそういうイメージなだけで、便利であれば神だろうと悪魔だろうと、この世界に関わっているのだから使っていてもおかしくはない。

 

「そうですね。半年前までは、現世の土地神や神社の御祭神などが、宮司や氏子などから譲り受けたり、現世に深く関わる神が人の姿で取得していたりと、ほんのごく一部の方のみが現世限定で使われておられました。有名なところでいうと太宰府天満宮の学問の神、菅原道真公が使用されておられますね」

 

「へ~、で、半年前までってことは、今は違うってことよね」

 

「はい、これを見てください」

小竜姫様がスマホの右のスイッチを押すと、画面が点灯すると……。

 

「……え?スマホに霊気が?」

俺は黙って成り行きを見守ろうと思っていたのだが、つい声が漏れてしまった。

そのスマホ自体に霊気の流れを感じたからだ。

 

「はいそうです。この『すまーとふぉん』は霊気で動き、そして通信は電波ではなく霊脈を通して行えるようになっております」

 

「そんなものが……」

「なるほど、霊脈を使えば神界でもつながりそうね」

美智恵さんは少々目を見開き驚きながらスマホを覗き込み、美神さんは納得しながらも興味を持って覗き込む。

 

俺もそのスマホを遠目で画面に注視したのだが、起動画面の最初にこんな文字が浮かび上がり、つい声が漏れる。

「カオスOS!?」

 

「はい半年ほど前、菅原道真公が神界でもスマホが使えないものかとドクター・カオスさんに相談したらしく、そこで技術神タケミナカタ様と合同で開発し、カオスさんが生産し太宰府天満宮を通じて、日ノ本の神界に今広まりつつあるのです」

 

「ドクターには注意が必要ね。マリアさんに重々ドクターを管理してもらうようにお願いするしかないわ」

美智恵さんは頭痛がするかのように頭を押さえ、ため息を吐く。

 

「あんのじじい!開発したものは私に報告しろって言ったのに!こんな金儲けになりそうなものを独り占めとはいい度胸ね!!」

……美神さん、それって、ジャイアンの言葉と一緒ですよ。

ドクターの物は私の物、私の物は私の物って言ってるのと同じだから。

相変わらずのこの横暴さ。

 

「ただ、人間界のすまーとふぉんの通信やこんてんつ?なるものは使えないらしく、通信網は神界独自なものとなります」

なるほど、要するに現世の通信会社が提供している通信を擁するコンテンツやアプリは使えないってことか、当然現世のインターネットやLine等のSNSや音楽配信アプリやyoutubeは使えないってことか。

そりゃそうか、通信規格が電波と霊脈って全く別物だしな。

ドクターに限っていえば、その電波と霊脈のハイブリット製品を持ってたりして……。

うーん、あり得そうで怖い。

後でそっと美智恵さんに相談するか。

 

「現世の情報がダイレクトに伝わるわけではないのですね。ですが、情報そのものはいずれいままでに無いスピード感て神々に伝わるのでしょうね」

美知恵さんは考えをまとめながら、思っている事を口にする。

携帯が広まった時と携帯からスマホに変わった時に情報量爆発が起こったと聞いている。

一気に人々が得る情報量が増えたと。

それが神々の間でも起こるのだろう。

 

「いえそこまでは無いと思います。そもそも現世の情報は役職を持った八百万の神々や上級神レベルでは神具や遠見能力などで把握してますから、現世の情報を欲するというよりも、娯楽として受け入れられているようです。特に下級神やみ使いの間ではほぼ浸透していると言って良いでしょう。現にこの神ちゅーぶなる映像配信は徐々にですが配信者が増えております。その中でも特に現世を拠点で活動している神々には圧倒的な人気を博しており、時が立てば神界の中級神や上級神にも広まるでしょう」

なるほど、この神ちゅーぶというアプリはyoutubeの神界版ってところか……、特に人間と関り深い現世に在住している下級神やみ使い、土地神とかそう言ったところで、人気が出てきているといったところか、

それよりもこの神ちゅーぶ、明らかにパチモンだよな、特許とかどうなってるんだろうか?

神様にそんなものは関係ないのかもしれないが、一応気になるな。

 

「ふーん、それが三太郎共とどういう関係があるわけ?」

 

「坂田金時殿、桃太郎殿、浦島殿も神ちゅーぶの人気配信者なのです」

 

「なるほどね。あれね。きっと迷惑系配信者ね。現世に降りていたずらしたりして視聴者と登録数者を稼いでるってところかしら?神っていっても、やってることは人間と一緒よね」

美神さんは呆れ気味にそう言い捨てる。

まあ、人間から神様や神界の住人へなられた方も多いだろうし、小竜姫様や斉天大聖老師を見る限り俺達と精神構造はそうあまり変わらない気がする。

 

「そこまで露骨な物はありませんが、現世の情報や人々の生活を面白可笑しく、映像提供していたりしております。その中でもランキング形式で情報提供している番組が非常に人気でして……」

小竜姫様はそう言いながら、スマホを操作し「実際に御三方が提供している番組がこれです」とスマホの神チューブなる動画配信サイトを見せてくれる。

 

 

『イエスっ!今回の神ランキングチューブはクリスマスも近いというわけで!!嫁にしたい人間ランキング!!INジャパーーーン!!を紹介しよう!!因みに今回アンケートに協力してくれた神界の方々は1000方!!協力ありがとう!!俺特製キビダンゴを抽選で20方分送ちゃうよっ!!』

めちゃくちゃ俗っぽい番組だが、きっちりテロップも作り込んでるし、動画編集もしっかりっしてるし、人気ユーチューブ番組とクオリティーはかわらない。

それよりもだ。

なにこのテンション高いアフロは?え?キビダンゴを提供って、こいつが桃太郎?

 

『じゃあ!!いってみよーーー!!ラーーーンクッ!!チューブ♡!!一旦コマーシャル!!』

 

「軽!?これが桃太郎!?」

俺はつい口に出ててしまった。

仕方ないだろ?これだぞ?

桃太郎のイメージめちゃくちゃ壊れたんだけど!

こんな桃太郎一般の子供たちには絶対見せられるわけがない。

 

「大体こんなもんよ。昔話ってのは美化されまくりだから。織姫や乙姫に比べれば、こいつはまだましな方よ。」

そ、そうなんだ。

織姫や乙姫ってこれより酷いんだ。

聞きたくなかった事実だ。

 

「この動画の坂田金時殿は企画から衣装や照明、桃太郎殿の合いの手担当で、天界でも人気の裁縫師でもあるのです。浦島殿は動画の編集や音楽編集まで行っており、この頃は神ちゅーぶの人気編集者として注目を浴びてます。因みに三方は元々毘沙門天様の傘下でしたが、4年前、毘沙門天様が代替わりされまして、その現毘沙門天様はかなり苛烈な方で、その時におやめになったと」

……金太郎が裁縫師ってイメージないわ~、布切れ一枚のほぼ半裸で鉞持ってるイメージしかないし。

浦島太郎が動画編集者か……、微妙だな。やっぱ、ぱっとしないな。

それよりも毘沙門天様が代替わりって、毘沙門天って役職なのか?

 

 

コマーシャルを挟みいよいよ10位から発表される。

『10位!!GKB47の後田典子!!投票数は12票!!美人度9気立て10嫁度10霊力1戦闘力1善行度5転生適正6、合計は41ポイント!!コメント欄にもやはり性格の良さを皆ポイントに挙げてるぞ!!人気アイドルナンバー1は伊達じゃない!!続いて9位!!女優の綾部春香!!投票数は15票!!美人度10気立て9嫁度10霊力2戦闘力1善行度6転生適正4、合計は41ポイント!!コメント欄には、いつまでたっても初々しさが溜まらない、癒されたい!!さすが癒し系女優ナンバー1!!私もずーーっと癒されたい!!各パラメーターポイントは今回の投票ランキングとは無関係だ。俺達が皆の意見をまとめて独断と偏見で振り分けてる!こういうの好きだろ?』

 

「ふん、アイドルとか女優ってあれでしょ?裏ではプロディーサーとかに枕営業しまくってるんでしょ?顔が良いだけで性格が良いとかありえないわよ。ドス黒さが顔ににじみ出てるわ。ああ、やだやだ所詮神と言っても男よね。あんな作り笑顔にコロっと騙されるなんて」

美神さんは鼻で笑いながら、こんな感想をしれっと言う。

悪意満載なんだけど、ファンが聞いたら刺されるぞ。

まあ、男なんて皆一緒というのはわかるが、そもそもアイドルや女優ってそういうものは見た目やイメージで売る職業だから仕方がないとは思う。

 

まあ、少々俗っぽいがこういうランキング形式なものは何処の世界も人気なんだな。

神さまが現世の女性を嫁にする神話や昔話は多々あるし、今でいうナンパを堂々と行ってるしな。

今も男神が現世に降り立って、現世の女性を見繕ったりしたとしても驚きはしない。

俺が知らないだけで、神隠しとかの何割かは神様が神界に連れ帰ったとかあるのだろう。

しかし、選考基準に美人度と嫁度はわかるが、霊力とか戦闘力とか善行度や転生適正とか基準になるとか、神界の住人の感性なのだろう。

 

そして、アフロ桃太郎は次に意外な人物の名を出してきた。

『8位!!土御門陽乃!!新進気鋭の陰陽師!!18票!!美人度10気立て8嫁度7霊力7戦闘力7善行度3転生適正8、合計は50ポイント!!美人で霊力も高い!!陰陽師は天界の住人に転生し易いのもいい!!嫁にして天界に一緒に住めそうなのがポイントが高かったようだ!!』

 

「まじか!?」

陽乃さんが!?まさかのランキング入り!?

つい声が漏れても仕方がないだろう?

陽乃さんって現世在住の神様に知れ渡ってるのか?

平安から続く陰陽師の名家土御門家の名は伊達じゃないってところか?

それと、小竜姫様の所で修行に行ったことも影響しているのかもしれない。

 

「はぁぁ!?なんでこの小娘が!?選んだのは所詮下級神やみ使いだし、見る目なさすぎでしょ?こいつは超シスコンの変態よ?」

美神さん、相変わらず陽乃さんを毛嫌いしてるよな。

小娘って、美神さんと2、3歳しか歳違わないでしょ。

 

7位と6位と5位にはスポーツ選手と女優さんにグラビアアイドルの名が出て、4位に沖縄の女性AランクGSの名が出る。

次の3位に出た名前にさらに驚いた。

『いよいよトップ3!!3位は!!美神美智恵!!人間界最高峰の女性GS!!31票!!美人度10気立て5嫁度9霊力10戦闘力10善行度9転生適正8、合計61ポイント!!人間の中では圧倒的な霊力に特殊能力持ちとのうわさもあり!!上級神からの受けもいい!!転生後は神の位もあり得る!!ああ見えて夫に尽くすタイプというギャップも受けている!!」

 

「あら、光栄ね」

「ママ!!??……まあ、ママは美人だし、神にとっては歳は関係ないって言うし……、まあ当然私が1位なんだけど!!」

 

『そして!!2位は桜塚守良子!!言わずと知れた儚いの精霊姫!!82票!!美人度10気立て9嫁度9霊力10戦闘力5善行度10転生適正10、合計63ポイント!!はかなげな姿が胸を打つ!!霊脈の守護者にて平泉の神々のアイドル!!神に転生間違いなし!!彼女は既にかの八百万の神が嫁候補として狙っていると噂も!!』

知らない名だ。精霊姫……平泉の霊脈の守護者……ってかなり凄い人なんじゃ?

 

「ここで彼女の名前が出てくるとは予想外もいいところだわ。仕方がないわね。比企谷君、今から話す内容は他言無用よ。桜塚守良子さん、彼女は公表されていないSランクGSの一人よ。察しの良い君の事だから理解できるでしょうけど、彼女が存在することで日本の霊脈バランスは安定が図られている。日本の霊的防衛の要所の

担い手だから他国の人間や一般の人々にも知られるわけにはいかないのよ。それに彼女は平泉から出ることが出来ない。かの地にくくられている半分神様みたいなものなのよ。彼女のようなそういう役割の一族は世界各国に存在するわ」

美智恵さんは言葉を濁しながらも教えてくれた。

……要するに括り神か。

人の身でありながら、土地神の役割を果たす存在だ。

古い文献にも載っていた。

平泉にそういう存在があることは知っていたが、今もこうして、その人のお陰で日本の霊脈が安定しているということか。

 

「良子さんが2位ってことは、とうぜん私が1位ね!!」

美神さんのその自信はどこから来るのだろうか?

それに美神さんが、さん付けするってことは、桜塚守良子さんは美神さんも一目置く人物で、年上なのだろう。

 

美神さんは自信満々だが、美神さんが嫁にしたいランキングで1位なわけがない。

逆はあるかもしれないが……。

いくら神が人間の思考が異なるといっても、あの美神さんを選ぶわけがない!

それと、多分一位はあの人だ。

 

そして一位の発表に……。

『栄えある一位に輝いたのわ!!ダララララララララ!!ランッ!!氷室絹!!投票802票!!圧倒的です!!現世に現れたリアル聖母!!それが氷室絹!!美人度9気立て10嫁度10霊力10戦闘力4善行度10転生適正10、合計63ポイント!!その霊気の清らかさは神以上の神!!圧倒的な優しさに!!そして、あの悪鬼羅刹美神令子を唯一抑えることが出来る存在!!彼女のお陰で助かった神々も多いと聞く!!マジ女神!!』

やはりキヌさんか、当然の結果だ。

神よりも女神な聖母、圧倒的な嫁度も聖母、良妻賢母を絵にしたような聖母。

この世の理想をすべて詰め込んだような嫁聖母!

それがキヌさんだ!!

しかし、美人度が9だと!!ふざけるな!!多少童顔だけど!間違いなく100点だ!!

可愛い度とかだったら1000点だ!!

 

チラッと美神さんの姿が視界に入ると、何故かプルプル震えていた。

「なんで私が1位じゃないのよ!!こんなのでたらめよ!!しかもあの土御門の小娘がランクインして、私の名がでないのよ!!あり得ないわ!!それにママ!!下級神共を買収したんじゃないの!!」

「何を言っているのだか、あなたじゃあるまいし」

美智恵さんは美神さんの良い分にあきれ果ててる感じだ。

というか、美神さん。

自分が嫁度高いと思ってたんだ。

まあ、美神さん、意外と料理も上手かったりするし、西城さんの前だけはちょっとだけ大人しいし。まったくダメってことはないが、それを余りある悪辣の数々で全部ちょい消しどころかマイナスになってるから。

逆のランクだったらトップだっただろう。

 

「こんのーーー!!こんなの無効よ!!」

美神さんはテーブルに置いていた小竜姫様のスマホを分捕ると同時に、次の動画が始まってしまった。

 

その動画は……。

『今回の企画はなんと!!ランキング形式のつもりが、アンケートを行った結果、ランキングにならないという初の事態に!!さあ、行こう!!絶対近づくなこの人間だけは!!好感度最悪ランキング!!ラーーーンクッ!!チューブ♡!!って、ランキングにならなかったんだけどね!!』

ま、まずい!これ、見なくても誰だかわかっちゃうし!!しかも、本人手にもって見てるぞ!!

 

『1000票中997票がこの人間に投票という異常事態!!好感度最悪の人間は!!当然この人間!!悪鬼羅刹!!悪魔より悪魔!!大悪魔からも恐れられ!!中級神や上級神からも関わりたくないと言わせしめる!!その圧倒的な存在!!横暴が服を着て歩いている!!それが美神令子!!この名を知らない神はモグリも良いところ!!全世界から神界や魔界にまでその名が轟まくってる!!極悪人とは美神令子のためにある言葉だ!!』

……予想はしていたが、想像よりも酷い。

何これ?悪の権化のような言われ方、もはや大魔王扱いなんだけど。

 

バキッ!!

美神さんは持っていたスマホを握り潰してしまう。

 

「ふっふっふーーーーっ!!ぶったおーーーーーす!!この美神令子をここまでコケにしてただで済むと思ってるわけないわよねーーーー!!」

 

「み、美神さん落ち着いてください」

「令子、落ち着きなさい」

 

「小竜姫様、三太郎共は捕まえて、生きてさえいればいいのよね!!半殺しでも良いってことよね!!」

美神さんは目を充血させ、物凄い形相で小竜姫様に迫る。

 

「い、いえ、できましたら、その、無傷で……」

 

「聞こえなーーーーい!!何も聞こえなーーーーい!!三太郎共め!!地獄を味わわせてやるわ!!待ってなさいよーーー!!!」

美神さんはまさに鬼の形相で、勢いよく事務所を出て行き、直ぐに車のエンジン音が鳴り響き遠ざかって行った。

三太郎共の運命はこれで決まったな。

 

 

 

因みに、嫁にしたいランキング、ランク外の11位から20位には小笠原エミさんと六道冥子さんの名もあったが、美神さんの名はなかったことは本人には黙っておこう。

それと、好感度最悪ランキングの2位の3票は六道冥子さんだった。

 

 




新章ですね。
久々にアンケートをと


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(186)クリスマス編②

感想ありがとうございます。
クリスマス編もそこそこのボリュームになりそうな気配が……。

前回のアンケートの結果やはりというか、一位は想定通りでした。
【お嫁さんにしたい人間ランキング!!GS編】
1位 氷室キヌ  71%という圧倒的な支持。
2位 魔鈴めぐみ 13%はなかなか、3位とも大差です。出番は少ないけど、GSの中の圧倒的な常識人、美人で料理も家事も仕事できる才色兼備。
3位 六道冥子  6%おっとり系お嬢様、しかし精神は小学生並み、超金持ちなのがポイントが高い。
4位になんと美神さん1? 2%だが……まじで?しかし、結婚してしまえば尽くしてくれるタイプなのかもしれない。美女でスタイル抜群、料理も得意だし、スペックは普通に高い。
5位に美神美智恵と女華姫!?……2% 美智恵さんは美人で仕事がバリバリできるキャリアウーマンでも、夫に尽くすタイプ。
女華姫は、顔面凶器でパワーはゴリラ以上だけど、心は女神、しかも姫様だから金持ちだろう。

という結果に……。

では本編続きどうぞ。


小竜姫様が美神さんと美智恵さんに仕事の依頼に来たのだが、美神さんは話し合いの途中で依頼の詳しい経緯を聞かずに飛び出してしまった。

まあ、大まかな依頼内容は最初に小竜姫様が語られたから、大丈夫だと思うが……。

依頼とは神界の住人の捕縛だ。

その神界の住人とは日本人にとってなじみのある名前だった。

金太郎に桃太郎に、浦島太郎…3人の有名な太郎達、俗にいう三太郎だ。

実在の人物で、生前の鬼退治や善行の功績で天界に招かれ神や神のみ使いになられたそうだ。

因みに金太郎と桃太郎は下級神、浦島太郎はみ使いだ。

その三人は現在日ノ本の下級神やみ使いで流行している神ちゅーぶなる動画配信サイトの人気配信者だった。

依頼の話に直結する動画を見ることになった。

桃太郎たちが配信している人気動画番組は、神界のユーザーからアンケートを取りランキング形式に紹介するもので、問題となった動画もそのうちの一つ【嫁にしたい人間ランキング】だった。

その動画を見ていたのだが、途中で依頼とは関係の無い動画が流れてしまい、それが運悪く【好感度最悪ランキング人間編】だったのだ。

それを見た美神さんは、まだ話の途中にも関わらず怒り心頭で出て行ったのだ。

理由はまあ、語るまでもなく、その好感度最悪ランキング、ぶっちぎりで美神さんがトップだったからだ。

 

 

「令子の事はこの際、放っておきましょう。小竜姫様、この動画からその御三方は何故現世に影響が出るような行動を起こすのでしょうか?」

美智恵さんは美神さんが出て行った扉の方へ一瞥してから、改めて小竜姫様に尋ねる。

 

「は、はい、そうですね。先ほどの続きがあるのですが……、美神さんがすまーとふぉんを壊してしまって再生できませんね」

 

「すみません。本人に必ず弁償させます」

 

「先ほどの嫁にしたい人間ランキングの次回予告で語られた次の企画なのですが、ランキングに掲載された女性を嫁に迎えようという突撃企画だったのです」

 

「はぁ、そういうことですか。ということはランキング入りした女性が御三方に狙われるということですね。彼女らをガードし、御三方が現れたら説得または捕縛ということになりますね」

 

「説得は難しいでしょう、天界に強制送還させる神具をいくつか用意いたしましたので、使ってください。問題は御三方だけではないのです。御三方に賛同し事を起こそうとする下級神やみ使いも現れるだろうと……、それには神界の事情が関わっているのです。日ノ本の神界では特に上級神となると一夫多妻のケースが多いのです。その逆の一妻多夫というケースもありますがそれはごく少数。数百年前はそれこそ現世の女性を上級神や中級神が娶るということはかなりありましたが、今はほとんどありません。ここ100年程はほぼ神界の中だけで婚姻を結んでいる状況です。そうなると現在男性の下級神やみ使い達は神界では伴侶を得る機会が少なくなってしまっているのです。そんな時にこの動画です。男性の下級神やみ使いはこの機会に、ランキングにのる程の有能な女性を嫁にと、こぞって現世に現れるかもしれません。無茶はしないとは思いますが、神の常識と人の常識は違うため、現世に混乱をきたしてしまう可能性は十分にあるのです」

小竜姫様は申し訳なさそうに語った内容は、神界の結婚問題だった。

それが三太郎共の動画によって煽られ、三太郎を始め暴走した神々の一部が、【嫁にしたいランキング】に載った女性を嫁取りに現れるというものだった。

めちゃくちゃはた迷惑な話だ。

どうやら小竜姫様は天界と現世との繋ぎの役割を果たしている身として、こんな尻拭いをやらされているようだ。

 

「なるほど、御三方に便乗する神々やみ使いもおられると……首謀者を早期に捕まえれば、その熱も下がり、便乗する神々も頭が冷えるかもしれませんね」

 

「はい、そうです」

小竜姫様は申し訳なさそうに返事をする。

 

「早速キヌさんやランキングに名前が載ってしまった人をガードしないといけないですね」

ここに載っている人たちは有名人ばかりだ。

三太郎達によって、嫁として拉致され神界につれていかれたら、本当に神隠し状態だ。

それだけでも社会的に混乱をきたすだろう。

 

「比企谷君、おキヌちゃんは大丈夫よ。この街に居る限り彼女に手を出すことは下級神の神々では難しいわ。桜塚守良子さんは平泉の神々が守護しているから問題ないし、沖縄の我那覇さんには連絡をしておけば、彼女と彼女の一族なら何なりと対処できるでしょう。問題は芸能関係の一般人と土御門陽乃さんね。彼女、実力は十分にあるけど、さすがに経験不足は否めないわ。一時、京都の土御門本家に戻ってもらった方がいいわね。念のために君に彼女のガードを頼むわね。芸能関係のガードはオカGとGS協会にも協力要請をだすわ」

 

「わかりました。……それにしても横島師匠が居ないときに……」

俺はそう嘆かずにはいられない。

横島師匠が居れば、三太郎共の暴走もあっさり解決できただろうに。

ん?横島師匠が居ない時に?……いや、待てよ。

これって一連の霊災連続テロと関係があるのか?

いや、今回は日ノ本の神様の嫁取り問題っていうモロ神界内情から端を発してるし、昨日今日に起きた問題じゃない。

やっぱり関係ないんじゃないか?

たまたまタイミング重なっただけと思いたいが……。

 

「……そうですね。横島さんがこの場に居てくれたのならどれだけ心強いか、ですが横島さんに戻ってもらうわけにもいかないのです。横島さんが海外での活動は、神々の間でも問題視されている案件が多いため、こちらを優先させるわけにもいかないのです」

 

「小竜姫様、この程日本で起きている霊災連続テロ事件をご存じですか?」

 

「はい、存じております。横島さんからも美神さんや比企谷さんが遭遇した首謀者らしき者に心当たりがないか老師に尋ねられておりました。老師も伝手を当たっている状況です」

 

美智恵さんがこの質問を小竜姫様にわざわざするということは、美知恵さんも霊災連続テロと関りがあるかもしれないと疑っているということか。

 

「そうですか……、小竜姫様は妙神山に戻られるのですか?現世にしばらく留まられるということであれば、こちらで逗留場所などすべてご用意させていただきます。安全かつ小竜姫様の神聖な霊気も隠すことも可能ですので是非とも」

美智恵さんが言う逗留場所とはオカG東アジア統括本部だろうな。

あそこは大霊災などに備えて、各種霊的防備や指令室などもあるらしい。

核やミサイルなどからも防御できると西城さんからも聞いたことがある。

きっと地下にでもそういう施設があるのだろう。

 

「……いえ、本当は直ぐにでも神界に戻らなければならないのです」

「わかりました」

「皆さんに投げてしまっているようで申し訳ないですが、その…当代の毘沙門天様がこの件で強権を発動して介入されようとしておりまして、何でも元部下たちの軟弱ぶりを叩き直すと息巻いておられまして、老師様が今なんとか妙神山でとどめられておられる状態です。もし、毘沙門天様が降臨されたのなら御三方の捕縛は直ぐになされるでしょうが、現世の被害も甚大になります。それだけは何としても食い止めなくてはならないのです。毘沙門天様は文明が発達した今の日ノ本をご存じではなくて、戦国の世と同じような考えを持っておられるのです」

……はぁ、マジか毘沙門天が現世に降りたらやばいだろ。

だって、武神と言うことは斉天大聖老師と同格なんだろ?

三太郎達を捕まえるために大暴れとかされた日には東京壊滅とかになりそうで怖い。

三太郎よりも毘沙門天が降臨する方が被害甚大になりそうだよな。

 

「それは早く戻って頂かなければならないですね」

 

「申し訳ないです。何かあれば私に連絡ください。連絡手段として通信宝珠を置いていきます」

 

「助かります。せめてゲート(横島マンション)までお送りしますよ」

「大丈夫ですよ。私の事よりも早速動いていただいた方がありがたいです」

「わかりました」

「では、私はここでお暇させていただきます。後の事はよろしくお願いします」

小竜姫様はそう言い残して、事務所を出て行かれた。

 

 

事務所に残った美智恵さんと俺は……

「比企谷君、早速で悪いけど、土御門陽乃さんのガードの件で動いてくれる?」

「了解です。それと、ここの事務員で土御門さんの妹には、事情を説明しても大丈夫ですか?」

「雪乃さんね。大丈夫よ。守秘義務は守ってもらいますが」

「わかりました。じゃあ準備次第出ますね」

「私もオカG本部に戻るわ」

美智恵さんはそう言って事務所を出て行く。

 

俺は美知恵さんが事務所を出て行くのと同時に、装備を整えるために倉庫へと向かいながら陽乃さんの携帯に電話をかけるが、電話に出ない。

今、陽乃さんが一緒に住んでる雪ノ下の自宅マンションの固定電話に電話をするが、こっちも出ない。

家にはいないようだ。

LINEを送っても既読にならないな。

 

何かあったか?

まさかもう三太郎共か神々にかどわかされた?

陽乃さんもかなりの手練れし、そう簡単にかどわかされるとは思えないが……。

埒が明かないな。

今日は学校が休みだから、もちろん学校には行っていないだろう。

 

俺は雪ノ下に今日の陽乃さんの予定を聞くために雪ノ下の携帯に電話をするが、雪ノ下も電話に出ない。

雪ノ下はシロと一緒に唐巣神父の教会に向かったはずだが、こっちも何かあったか?

 

一緒に居るはずのシロに電話をしてみると。

『もしもし、シロでござる』

「八幡だ」

『おお八幡殿!ちょうどよかったでござる!聞いて下され』

「後で聞くから、雪ノ下はどうした?連絡がつかないが?」

『それでござる!!雪乃殿が倒れたでござる!』

「はぁ?なんでそんなことに?大丈夫なのか?」

まさか、三太郎共か暴走した神々か?

陽乃さんと間違えて雪ノ下にせまったとか?

 

『大丈夫でござるよ。目を回しただけでござる。今神父の教会で寝かせてるでござる』

「何があった?」

『神父の教会まで、雪乃殿が自転車に乗って拙者が引っ張って向かったのでござる』

「………おい、まさか、全速力で走ったんじゃないだろうな?」

『いや~、雪乃殿と散歩は初めてでござるから、なんだかテンション上がってしまって、つい』

まじか、嬉しそうに猛スピードで走るシロに引っ張られる自転車って、もはやジェットコースターさながらの荒れっぷりだろう。

俺もシロの散歩を自転車で付き合うことがあるが一般道を走る車より早いもんな。

シロに自転車ごと引っ張りまわされて、雪ノ下が恐怖で叫び声をあげてる姿がありありと思い浮かべることが出来る。

 

「ついじゃないだろ!?雪ノ下は一般人だぞ!はぁ、それにしてもよく事故らなかったな」

「いや~、雪乃殿の叫び声に気が付いて、急ブレーキをかけたら、空中に飛んでしまったでござる。でも大丈夫、ちゃんと拙者が受け止めたでござるよ」

「………雪ノ下、泣いてなかったか?」

「そ、それは乙女の秘密でござる!!」

はぁ、間違いなく恐怖で涙を流してたな。

後で慰めの声でもかけておこう。

 

「ふう、まあいいか、雪ノ下が起きたら直ぐに俺に電話をするように言ってくれ」

「わかったでござる」

「それとシロ、雪ノ下に謝るんだぞ」

「もう、謝ったでござるよ~」

この分だと当分雪ノ下はダウンしたまんまだろう。

 

どうする?

やみくもに探すのは厳しいが、とりあえず千葉に向かうか?

せめて、陽乃さんの行動パターンを知っていれば……。

そう言えば俺、陽乃さんの事あまり知らない。

この数か月、平日は毎日学校で顔を合わせ、会話を交わしていたのにだ。

……いや、俺が知ろうとしなかっただけじゃないのか?

そういえば、今思えば俺は陽乃さんの言葉に深く言及したことが無い。

普段から、茶化すような事ばかり言ってくるというのもあるが……。

苦手だから?

面倒だからか?

いや、一年前だったらそう思っていたが、今は違う。

 

年上だから?

同じGS仲間だから?

それもある。

それに陽乃さんは、頭は相当切れるし計算高い、しかもコミュ力も高く、周りも良く見え、自己分析能力も相当高い、GSとしての実力は言うまでもない。

それに見合うだけの努力もしてきたことも伺える。

俺はあの面倒な性格以外は陽乃さんを高く評価していた。

安心感か。

陽乃さんだったら俺が気を留めなくても大丈夫だろうと何となくそう思ってしまっていた。

俺は陽乃さんに甘えていたのかもしれない、頼れる大人の女性として……。

 

しかし、よく考えてみれば完璧に見えた陽乃さんにも、いろいろと弱点があった。

カエルがめちゃくちゃ苦手だし、超シスコンで妹に甘えたいのに素直になれなくて、過度なツンデレになってしまうところも。

あの完璧超人を演じる外面仮面をかぶっていたのは、自分の弱みを見せないための防衛のための役割も果たしていたのだろう。

 

……ちょっとまてよ。

あの超シスコンの陽乃さんが、雪ノ下が泣き叫ぶ程の恐怖を感じて倒れるような状況で、現れないはずがない。

思い出せ、過去に陽乃さんが俺の目の前に現れるのはいつも雪ノ下が一緒の時だ。

 

やみくもに陽乃さんを探すよりも、雪ノ下が目を回して寝込んでる唐巣神父の教会に行った方が早いかもしれない。

もし陽乃さんが現れなくとも、雪ノ下が目を覚ました時に陽乃さんが行きそうな場所を聞けばいい。

 

 

俺は装備を整え、唐巣神父の教会へ向かった。

 




ゆきのん、シロに振り回されている間、顔がGS風になって、涙ちょちょぎらしていたんだろうな……。



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(187)クリスマス編③

ご無沙汰してます。
都合で投稿が出来ませんでした。
再会いたします。

では続きを!

すみません。
前後関係がめちゃくちゃに……
最後の12行位を大幅に変更しました。


 

俺はシスコンの陽乃さんが寝込んでしまってる雪ノ下の所に現れると信じ、装備を整えて唐巣神父の教会へ、自転車で急いで向かう。

 

神父の教会の自転車置き場に自転車を止めたのだが、教会の中から強めの霊気を感じる。

唐巣神父のものでも、陽乃さんのものでもない。

神父も出かけているようで、神父の霊気を感じない。

陽乃さんも来ていないようだ。

ここに来ているはずのシロの霊気も感じない、どこに行ったんだ?

しかもこの強めの霊気、神聖な雰囲気がする。

おそらく神様か御使いの物だろう。

なんで、唐巣神父の教会へ?

まさか、暴走した神様が、雪ノ下を陽乃さんと間違えて嫁取りに来たとか?

確かに雪ノ下の霊気は姉妹だけあって陽乃さんと似ているが、霊気量も違うし、陽乃さんは式神を二体内包しているのだから、霊気の質もかなり違うだろうに。

 

霊気の乱れはないようだし、穏便に嫁取りという名のナンパをしているのだろうか?

とりあえず様子を見るか。

 

俺はこそっと協会の裏口からは入り中の様子を覗うと、髪を耳のあたりで束ねた弥生時代の服装をした男神がいた。

 

居たのだが、礼拝堂の壇上の前で何故か首を垂らして正座していた。

その正座をしている神様の目の前には、仁王立ちする川崎の姿があった。

「なに?嫁に来てほしいって?ナンパなの?私、まだ未成年なんだけど?」

「いえ、神界では婚姻に歳は関係ないので……」

「シンカイってなに?年が関係ないわけないでしょ?一般常識でしょ?」

「その、なんていうか」

神父の所でバイトをしている川崎沙希がその神様に説教をくらわしていた。

なに、この状況?

もしかして、この神様、川崎に嫁取りを?

確かに川崎はGSになれるぐらいの霊気内包量があるし、学校ではツンケンしてるが、家では家庭的で料理もできるし弟と妹達の面倒もしっかり見てるし、嫁度的にも高そうではあるよな。

 

「おじさん、ちゃんと仕事してるの?年収は?」

「そ、その土地神として、土地を守ってます。ね、年収はないです。その奉納品で賄ってます」

「はぁ?それって、引きこもりって奴じゃないの?今風で言う自宅警備員って奴でしょ?そんなことをやってたら世間から取り残されるよ?奉納品ってあれでしょ?貰いもんでしょ?ちゃんと働いて稼がないと、嫁なんか来るわけないでしょ?」

「は、はぁ、そのなんて言いますか、それが仕事でして」

「せめて自分の食い扶持ぐらい自分でまかないなよ。土地があるんだったら、畑でも耕してさ。元手があるんならなんとでもなるでしょ?いい大人なんだから、人に頼ってばかりしないでさ、自分から働きなよ」

「……そ、その……すみませんでした!!」

その土地神は土下座をして謝まりだした。

 

「私に謝ってもしかたないでしょ?こんなところで油売ってないで、とっとと帰った」

「は、はい、ご迷惑をおかけしました」

土地神はよろよろと立ち上がって、背中を小さくして、意気消沈って感じで静々と教会を出て行った。

 

おい、何この状況?

川崎の奴、微妙に会話はかみ合ってなかったが、神様に説教くらわして、嫁取り諦めさせて帰らせちまったぞ。

そんじょそこらのゴーストスイーパーよりも有能なんだけど。

 

それよりも、これってまずいんじゃないか?

川崎が神様に言い寄られているってことはだ。

嫁取りの対象って、あのランキングに載ってる人たちだけじゃないってことだ。

きっと暴走した神様やみ使いは適正のある女性だったら嫁取りという名のナンパしまくるんじゃないか?

美智恵さんに連絡した方がよさそうだな。

 

俺はそんなことを考えながら、ここでようやく出て行く。

「うす」

「比企谷」

「川崎、さっきの人となんかあったのか?」

「見てたのかい?弥生人みたいなコスプレをしたおじさんがさ、突然ここにやって来て、嫁になって一緒に来てくれって言われてね。あっ、も、もちろん、ちゃんと断ったよ。引きこもりのようだったから、ちょっと注意してね」

ちょっとか?あの土地神かなり心のど真ん中に突き刺さったみたいだったぞ?

川崎は相手が神様だって気が付いてないよな。

まあ、当然と言えば当然だが。

自分をナンパしてきたコスプレ引きこもりのおっさんが、まさか神様だってわかるわけがない。

 

「そ、そうなんだ」

どうする?

伝えるべきか?

さっきの引きこもりの弥生人コスプレのおっさんは、実は神様なんだって……。

なんだか言い出しにくいだんけど。

 

「比企谷はなんでここに?あっ、雪ノ下のことね」

 

「ああ、雪ノ下が倒れたってシロから聞いてな。迷惑かける」

「雪ノ下は奥のベッドで寝かせてるよ。別にいいよ。比企谷が悪いわけじゃないし」

「その肝心のシロは何処に行った?」

「シロなら雪ノ下のために飲み物買いにコンビニに行って来るって、もう戻って来るんじゃない?」

「そうか……」

「それよりも何があったのさ?神父はGS協会に緊急招集されて出かけたし、それに雪ノ下をここに寄越すなんてさ」

確かに怪しいよな、雪ノ下が神父の教会に来たのって顔つなぎのための挨拶に1回だけだし、そもそも雪ノ下が神父の所に行く理由がない。

それに、このタイミングで神父へのGS協会への招集だろ?

勘の鋭い川崎だったら、何かあったと思うのも無理もない。

どうしたものか?説明すべきか?

実際川崎も被害に遭っていたし、まあ、本人が気付かずに神様追い返したけど、次もさっきみたいにうまく行くとは限らない。

事情を話した方が対策を打ちやすい。

当たり障りのない程度にとどめれば大丈夫だろう。

 

俺は川崎に事情を話すことにした。

「実はだ。うちの事務所に神様が降臨されてな相談を受けていた。それで雪ノ下にはしばらく神父の所に行ってもらう事になった。その神様の相談とは、比較的位の低い神様たちの一部が現世で嫁取りを一斉に行う動きがあって、その対象に現世の人間も含まれてるって話だ。神が人を伴侶に迎えるという話は、数百年前には普通にあったそうだが、近代ではほとんどない。だから、混乱をきたす可能性があるため、対策が必要だということだったんだが……」

 

川崎は俺の説明の途中で驚きの声を上げるが……、

「神様が現世に降りてくるって本当なのかい?しかも嫁取りって?何それ?神様の世界って嫁不足なの?まるで田舎の農村のようだけど……って、さっきの私にナンパした弥生人みたいなおじさんって、もしかして神様だった?」

恐る恐るという感じで俺に聞く。

 

「そ、そうだな」

 

「ど、どどど、どうしよう比企谷!?私、かなり失礼な事言っちゃったよ!」

悪魔退治の現場に居合わせても動じない川崎が、珍しく慌てふためいていた。

 

「大丈夫じゃないか?あの土地神様、川崎の説教を素直に聞いて反省してたみたいだし」

 

「そ、そう?って、あ、あんた知っていたのなら助けなさいよ!」

 

「いや、なんか圧巻だったな。神様に説教する女子高生って、しかも正論で言いくるめるとか」

俺は川崎を落ちつかせるために少々ユーモアを交えてそう言った。

 

「比企谷!もう!言ってな!……はぁ、唐巣神父の真似事みたいなものだよ。私は神父みたいに優しく諭せないからさ、あんな感じになっちゃって、しかも相手が神様だったなんて、恥ずかしいってないよ……」

川崎は徐々に顔を赤らめ、しまいには顔を手で隠し、そっぽを向く。

 

「悪かった。まあ、川崎のお陰で神様も人の言葉を素直に聞いてくれるということが分かったのは大きい」

逆に、ランキング外の女性にも神様による嫁取りの火の粉が降りかかる可能性が高いということも判明した。

これはランキングの女性だけをガードするだけでは間に合わないということだ。

根本的に対策を練り直さないといけない事案だ。

 

「そ、そうなのかい?」

 

「ああ」

 

「それにしても、なんで私なんかを嫁にしようと?私、あの神様を知らないし」

 

「たぶん、適性があったからだろう。川崎の場合、霊気、霊力だけを見ても、ゴーストスイーパーになれるだけのものを持っている。それに神様は気立ての良さや嫁度なんて物も基準にしている。川崎は美人だし、家事や料理も得意だろ?だから、神様の基準に……」

 

「ひ、比企谷!?び、美人って、わ、私を褒めたってなにもでやしないよ!!」

川崎はさらに顔を赤らめ俺に怒鳴るように抗議する。

 

「す、すまん」

俺も何を言ってるんだ?恥ずかしくなってきた!

お互い視線をそらし、気まずい雰囲気に。

 

そうは言っても、あのランキングの神様が人間の嫁取りの判断基準としているものは美人度、気立て、嫁度という人間や神様共通の感性によるものだ。

神様特有のものだと霊力、戦闘力、善行度、転生適正という感じになる。

ランキングに選ばれた人を見ると、どうやら美人度というのは、共通で必要なもののようだ。

美的感覚は神様も人間も同じということか。

神様の嫁選びに転生適正と善行度もかなり重要な基準のようだ。

川崎は一般人でメディアに露出していないため、ランキングには入ることはないが、神様基準だと十分適正者だということだ。

 

微妙な空気の中、奥の扉が開き、フラフラと雪ノ下が出てきた。

「まだ頭がクラクラするわ……。比企谷君と川崎さん?何かあったのかしら?」

 

「いや、そのだ、えっと」

「比企谷が変な事をいうから!」

 

「………仲がいいわね」

訝し気に俺と川崎を見る雪ノ下。

 

「そ、そんなことないぞ。それよりも大丈夫か?」

「そ、そうよ。雪ノ下はもう起きて大丈夫なのかい?」

俺、かなり慌ててるんだが、手に汗がにじみ出るのを感じる。

恋人に浮気ではないかと疑いの目で見られた時のような緊張感ってこんな感じなのだろうか?

いやいやいや、そもそも浮気じゃないし、川崎とはそんなんじゃない上に、雪ノ下とは……ああ、なんだこれ?

なんで俺はこんなに慌てて困っているのだろうか?

 

「まあいいわ。それと川崎さんありがとう、大丈夫とは言いたいところだけど、記憶がところどころ飛んでいるわね。ただ、シロさんとの自転車での散歩は二度と行かない方がいいということだけは十分理解できたわ」

雪ノ下はフッと一息吐いてから、川崎に礼をいい、俺の方に向き直って疲れ切ったような表情でこう言った。

 

「俺も事前言っておけばよかったか、シロも自重してくれると思ったんだが」

 

「シロさん、普段は私達とそう変わらないような振る舞いなのだけど、時折実年齢よりも低く感じる時もあるわね」

シロは子供っぽいというか、アレだ。

犬の習性みたいなもんじゃないか?

犬って、喜びを全身で表すだろ?やたらはしゃぐし。

そういえばシロは犬じゃなくて人狼だったか、まあ、狼も犬も根本は一緒だろ。

 

「そうだな」

大方、自転車に乗った雪ノ下と出かけられると、テンション上がってつい、俺や師匠との散歩のときのように走り出したんだろうな。

 

「ところで、比企谷君がここに来たということは、私を迎えにきてくれたのかしら?」

 

「いや、雪ノ下さんに緊急の用事があったんだが、連絡が取れなくて、雪ノ下だったらどこに行ってるか知ってるかもしれないと思ってな」

 

「あなたが姉さんに?……何かあったのかしら?」

雪ノ下は俺に訝し気に聞き返してきた。

そうだろうな。

普段、俺から陽乃さんに積極的に電話をかける事なんてないしな。

……そういえば、GS関係以外で俺が誰かに電話をかけるなんて、ないな。

友達なんていやしない。

雪ノ下や由比ヶ浜に俺から電話をかけることもめったにないし、必要なことがあればメールかLineとかだしな。

 

 

「ああ、さっき事務所で受けた依頼なんだが、雪ノ下さんが巻き込まれそうでな」

俺は雪ノ下に軽く三太郎共の嫁取りランキングに陽乃さんが載っていた事と神様達の嫁取り事情を説明する。

 

雪ノ下はその内容を聞いてる途中から頭痛するかのように額を押させ、ため息を吐いてから、陽乃さんの居所を話してくれる。

「神様が姉さんを……、私としてはライバルが減るのは歓迎なのだけど、そうね。姉さんは休日の半日は修行のために雪ノ下本家の訓練所籠っていることが多いわ。修行に集中するために修行中は、誰も訓練所に立ち入らせないしスマホの電源も切っているから、まだ連絡がつかないということは修行中ではないかしら」

なるほど、ということは陽乃さんは雪ノ下の実家にまだいそうだ。

そういえば、陽乃さんが京都で修行中も一切連絡がつかなかったって言ってたな。

 

「雪ノ下の実家は確か千葉市より南だったか、ここからだとタクシーで1時間以上かかるか」

 

「そうね。今から行くつもりなら、私もついて行くわ。案内役が必要でしょ?」

 

「……そうだな。助かる」

まだ、陽乃さんが神様連中にちょっかい出されたわけでもないし、さっきの川崎と神様のやりとりから、神様と話し合いで済みそうだし、危険はないか。

それに、雪ノ下の実家に俺一人が行っても、門前払いを食らうかもしれないし、雪ノ下について行ってもらった方が良いだろう。

 

俺は雪ノ下に礼を言いつつ、スマホでタクシーの手配を行う。

 

そこに、俺達の話を聞いていた川崎は、少々慌て気味に雪ノ下にこんなことを聞いてきた。

「ちょっと、どういうこと?雪ノ下の姉が神様の嫁取りランキングに入ってるって?あんたの姉って有名人か何か?……そういえば修行がどうとかって、まさかGSの関係者?」

川崎は雪ノ下の姉がGSだということを知らなかったっけか?

いや、今陽乃さん学校に来てるし、学校側からも卒業生と伝えられていたが、雪ノ下と姉妹だとは思っていないってことか?

そういえば、そんな話題をしたこともなかったか。

 

 

「学校の護衛のために派遣されたGSの土御門陽乃が私の姉よ」

 

「かなりの使い手だ。俺もGS資格試験決勝戦で一度負けてる」

 

「え?土御門って、雪ノ下と苗字が違うじゃない」

 

「それは、ペンネームみたいなものよ、本名は雪ノ下陽乃、私の三つ上の実の姉よ」

 

「それって、雪ノ下の家は霊能の……」

 

 

そんな時、雪ノ下のスマホが鳴る。

「川崎さん少々待って、実家から連絡だわ」

雪ノ下がそう言って、俺に目配せしてから通話をする。

 

「もしもし、母さんなにかしら?え?……姉さんがさらわれた?」

 




陽乃さんが誘拐?
やはり三太郎のだれか?
下級神とはいえ武闘派の神様には太刀打ちできなかった?

いろいろありますが、結果は次回にw


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