バカとテストと変態紳士っ! (ガオーさん)
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プロローグ 馬鹿と天才は紙一重

 私立文月学園。

 ここはオカルトと科学が融合させ、テストの点数で強さが決まる召喚獣を用いて、

 クラス同士の設備を奪い合う「試験召喚獣戦争」通称「試召戦争」と呼ばれる特別なシステムを導入した世界初の進学校である。

 

 

 そして4月。

 

 この春に、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)と呼ばれる男「土屋康太」と、

 

 

 饒舌なる性識者(変態紳士)と呼ばれる男「川上宗一」が、

 

 

 馬鹿が集うFクラスへと振り分けられた―――

 

 

 これは、変態と馬鹿が織り成す下ネタ満載の青春物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 春。僕がここ文月学園に入学してから2度目の春がやってきた。

 

 

「鉄人先生、おはようございますー」

「鉄人じゃあない。西村先生と呼べ」

 

 坂を登り切ると、校門の前に見慣れた大男が待ち構えていた。

 

「西村先生、相変わらずマッチョですね。触ってもいいですか?」

「……お前は相変わらずマイペースだな。お前ぐらいだぞ、男の俺の筋肉を触ってくる奴は」

 

 浅黒い肌の短髪大男。灰色のスーツを着こなし、びしっとネクタイで決めたその人は我らが学園の生活指導の西村先生。通称鉄人。下の名前は宗一。僕と同じ名前で実は少し親近感がわく。

 

 先生の返事を待たずに僕は先生の二の腕をふにふにと触ってみる。それにしても相変わらず筋肉隆々だ。カチカチで固い(確信)

 

「いやあ、デッサンとかする時、眼で見るより実際触ってみたほうが参考になるんですよねぇ。お、先生また筋肉つけました? 去年より固いですよ。さすが趣味がトライアスロンのことだけはある」

 

 鉄人は生活指導の先生で、その立場故多くの生徒から苦手とされているが、僕はこの人の厳しさとなんやかんや面倒見のいい性格や筋肉が好きだった。

 ふうむ、なかなかのもみごたえ。今度ヌードデッサンをお願いしようかな。

 

「ふふふ。褒められるのは悪い気はしないがな、とりあえずほら、振り分け試験の結果通知だ」

 

「あざまーす」

 

 先生が箱から取り出した封筒を僕に差し出す。宛名には「川上宗一」と書かれていた。

 この文月学園は学力至上主義だ。

 先月行われた学力振り分け試験の結果に応じて、上からA,B,C,D,E,Fと合計6クラスに分けられる。

 Aクラスが一番勉強ができるクラスで、Fクラスはその逆の最下層。

 成績順でクラスがはっきりと分けられる為、Fクラス=馬鹿という方程式が成り立つわけだ。

 

「わざわざ手渡しなんて、朝から先生も大変ですよね」

「そう思うなら今年は静かに生活してくれないか川上。お前のことは一人の生徒として好ましく思うが、何度も生徒指導室に来るような真似はしないでくれ。吉井や坂本だけでも手を焼いているんだ、お前まで暴れられると気苦労が絶えん」

「無理ですよ先生。明久達も僕も、器用に生きられる人間じゃないですから。ブルースも歌ってました。Born To Run(僕らは走るために生まれた)って」

 

 先生は「そういう意味の歌じゃないだろう」と重い溜息を吐いた。

 

「それにどうせ、明久達のことですから新学期初日から試召戦争やらかしますよ」

「……ありえそうで怖いな。まあいい、その封筒に入っている結果がお前のクラスだ」

「はーい」

 

 僕は封筒を開いて中身を確認しようとすると、鉄人はこう言ってきた。

 

「なあ、川上」

「はい?」

「俺は去年1年間、吉井達とつるむお前を見て…ひょっとしたらこいつは、変態じゃないかと思っていた」

「そうですか? 自分ほど平々凡々とした人間はいないと思いますけど」

「ああ。反省文に官能小説を書くわ、学園にエロ写真をばら撒くわ、テスト用紙の裏に×××なイラストを描くわ、全裸で校内を歩き回るわ、女子たちに公然とセクハラをするわ――吉井達とは違うベクトルの馬鹿じゃないかと疑いを抱いていた」

 

 なんてことだろう。あの明久と同レベルとして扱われるとは。

 

 ちなみに全裸で校内は歩いたことはさすがにない。ただ単にノーパン主義だったのがバレて噂に尾ひれがついてしまっただけだ。

 

「天才と馬鹿は紙一重って言いますしね」

「ああ、お前はある種の天才だろう。先生たちもその才能は分かっている。だが――」

 

 僕は封筒の中の紙を確認する。

 

 そこには―――Fという字と、もっとがんばりましょうというはんこが押されていた。

 

「だからと言って、校則違反をしていい理由にはならない。Fクラスで大人しくするように」

 

 

 

 

 こうして、僕のFクラスでの生活が幕を開けた。

 

 

 

 

 




初投稿です!

二次創作初挑戦なので、暇つぶしに読んでいただければ幸いです。


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オリジナルキャラクター紹介 (6月19日更新)

川上 宗一 (カワカミ ソウイチ)

 

性別 ♂

身長 167cm

体重 56kg 身長は明久より少し小柄でやせ型。

 

得意科目 現代国語

苦手科目 理数系

 

各科目ごどにA~Fランク分け目安

 

S ……高橋先生など先生クラス

 

A+……霧島翔子などAクラストップレベル

 

A ……Aクラス中間レベル

 

A-……Aクラスでは下位

 

~~~~

 

F+……80点前後。

 

F ……50点前後。

 

F-……二桁も取れない。

 

4月現在の川上宗一の成績

 

現代国語 A+~S

宗一の最も得意な科目。日々小説を読み書きした賜物である。

 

古典 B

現代国語よりは低いが、こちらも得意。昔話ってけっこうエロティックでそそられるよね。

 

数学 F

 

物理 F-

 

化学 F-

大嫌いな理数系。こちらは「できない」というより「興味がない」という理由でテストも適当に受けている。唯一、生物だけはちょっとだけ好き。

 

生物 D+

 

英語 D+

書くのは苦手だが和訳などは得意。理由は歌を歌う際、英語の歌詞を歌うこともあるため。また、海外のエロ動画をより深く観賞するため、一時期ムッツリーニとエロ単語を勉強した。その為、下ネタ系のエロ単語には異常に強い。

 

保健体育 E+~S

ムッツリーニと付き合ううちに影響を受け、徐々に点数を伸ばした。取れる点数は日によってムラがあるため、得意科目と言えるほどではない。

 

日本史 E+

 

世界史 E

歴史系は「世界不思議発見」を観る程度のため、そこまで詳しくない。今後の創作活動のために勉強しようか検討中。

 

地学 F

 

地理 F

 

現代社会 F

そもそも興味はない。

 

概要

変態紳士の名に恥じない、何ら怯むことなく自らの欲求のまま行動するマイペースな性格の持ち主。

羞恥心が著しく欠けているため、下ネタを公衆の面前で言う、授業中であっても堂々とエロ漫画や官能小説を読む、ノーパン主義、セクハラ発言、百合(R-18)やBL(R-18)などの同性愛にも寛容などなど、様々な噂を残している。

本人曰く、「ノンケだけど秀吉みたいな男の娘だったら抜ける」と公言している。

 

性癖は高校生にしてはあまりにも広い。女子高生はもちろん、幼女から人妻物までありとあらゆるジャンルを網羅しており、ムッツリーニとは共に「ムッツリ商会」を立ち上げる仲。コレクションの共有もしており、二人の宝物の総数は1万を越える。

休みの日はムッツリーニとつるんでおり、猥談や描いたイラスト、撮った写真を見せあっている。

 

能力

芸術系に特化した作家。

イラスト、絵画、音楽、小説、漫画など、あらゆる芸術に精通し、技術を獲得している。

一番得意なのはイラスト、その次に小説。R-18を中心に製作活動を行っているが、ほとんどの作品はムッツリ商会で販売している。

全年齢向けの作品も得意だが、エロ絵のほうが売れているのであまり数はない。

 

音楽も得意で、歌や演奏技術はプロ並み。

たまに気分転換で路上ライブを行う。一年生の頃、クラスメイトに指名され、体育館でライブを行った結果、伝説となった。一時期モテモテになったが、本人の性格を知るとほとんどの女性が逃げていった。

 

鉄人こと西村先生には尊敬しており、仲良し。よくモデルをお願いしている。

学園長であり研究者気質の藤堂カヲルとは考えがよく合うため、互いに気を許している。一年生の頃、学園長の肖像画を描いてプレゼントした結果、本人が大層気に入り学園長室の壁には今も肖像画が飾られている。

 

 

召喚獣

ベレー帽に作業着のツナギを着ており、絵を描くための筆を持っている。

空中に絵を描かせ、絵を実体化させて攻撃する。兵器はもちろん、空想の生き物を絵に描いて実体化させれば本物のように駆動する。ただし実体化させる際、絵の大きさや強さに応じた点数を消費するデメリットがある。

動かない絵の場合は点数を消費しない。

宗一の召喚獣が描いた絵は大きな盾となったり、絵の具で相手の召喚獣を滑らせたりと、応用力は非常に高い。

 

 

腕輪

現代国語で400点以上取った時に腕輪が出現。

能力は腕輪を発動している間、1秒につき1点の点数を消費する代わりに絵をいくら掻いても点数は消費しないという物。

 

 

 

性格

マイペースで自分に素直。

ドMのため女子に殴られることにはさほど抵抗はない。

ムッツリーニとは違い、自分のスケベ心は隠さず堂々としているため、饒舌なる性識者と呼ばれるようになる。だが、雄二や明久の本質、性格などを見抜く鋭い洞察力を持っている。エロが大好きだが、本人は羞恥心が欠けているため、ムッツリーニのように鼻血を出したりしない。公衆の面前で工藤にセクハラをするなど、多くの男子生徒からは畏怖を、女子達からは嫌悪される行動をする。

独特の哲学を持ち、同性愛などに寛容。博愛主義者ではなく、愛情に対して「強さ」や「誠実さ」を求める。思い込みが激しい清水を応援するのは、島田への愛情は純粋だと考えているため。

幼い頃から変わった性格をしていたため、女子のほとんどに嫌われていた。その為、「自分は変人だ」と自覚しており、恋人を作れるタイプではないと強く考えている。

自分は彼女を作れない、と割り切ってはいるが、それはそれ、これはこれ。明久達がモテるのは単純にムカつくため、康太と共にFFF団に入団することになる。

明久達とつるんでいるのは、自分の変わった個性を受け入れてくれたからであり、明久たちの強烈な個性が自分を一人ぼっちの変人ではなく変わり者の集まりへと変えてくれたからである。

特に話が合うムッツリーニには強い信頼を預けている。

観察、考察が得意。かつ聞き上手でもあるため、清水や姫路、島田などの恋する乙女達から恋愛相談をされることが多い。その結果が島田や明久の被害になることもあれば、急接近させるきっかけになることも。

人の感情や思いを大切にしており、明久たちバカチームや恋する乙女を応援、見守る立ち位置にいる。

 

 

持ち物

スケッチブック

ペン

ローション、手錠、バ〇ブ、浣腸剤、鞭、縄など大人のエログッズが多数

 

 




物語が進むにつれ、プロフィールを更新していきます。


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第一次試験召喚大戦 (原作1巻)
第一問 類は友を呼ぶ。馬鹿はバカを呼ぶ


バカテスト 国語

問 以下の意味を持つことわざを答えなさい。
『(1)得意なことでも失敗してしまうこと』
『(2)悪いことがあった上に更に悪いことが起きる喩え』


姫路瑞希の答え

『(1)弘法も筆の誤り』
『(2)泣きっ面に蜂』

教師のコメント
正解です。他にも(1)なら『河童の川流れ』や『猿も木から落ちる』、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や『弱り目に祟り目』などがありますね。


川上宗一の答え

『(1)釈迦も経の読み違い」
『(2)一難去ってまた一難』

教師のコメント
これも正解です。川上君は現代国語は完璧ですね。先生は「釈迦も経の読み違い」は思いつきませんでした。ばっちりです。


土屋康太の答え

『(1)弘法の川流れ』

教師のコメント
シュールな光景ですね


吉井明久の答え

『(2)泣きっ面蹴ったり』

教師のコメント
君は鬼ですか。


 …………これって廃屋?

 

 二年F組……と書かれたボロボロのプレートがある教室を見て、さすがの僕も驚いてしまった。

 

「これはひどい。何がひどいって、どれから指摘すればいいか分からないぐらいにはヒドイ」

 

 

 埃まみれの畳、汚いちゃぶ台、隙間風だらけの窓!

 長年放置した寺子屋みたいな場所だ。昭和時代の学校か? かろうじて教室の体裁を保てているけど、廃墟とさほど変わりはない。これがFクラスか……。

 中に入ると、何人かがすでに席……ちゃぶ台についている。

 その中には見知った顔が何人かいた。

 僕は窓から校門近くにいる女子生徒を双眼鏡で眺めている男子生徒に声をかけた。

 

 

「康太」

「…………宗一」

 

 双眼鏡から顔を上げたのは、去年からつるんでいた僕の親友の土屋康太。またの名をムッツリーニ。小柄で声が小さい男だが、一番気が合う友達だ。いや、友達と言うよりもうすでに相棒と言ったほうがしっくりくるレベル。

 

「久しぶり。康太もFクラスだったみたいだね」

「…………保健体育だけじゃAクラスはダメだった」

 

 少しだけしゅんとして項垂れながらつぶやく康太。

 もし保健体育だけでAクラスに行けたらこの学校のシステムを根本から見直さなきゃいけないだろう。

 

「僕も現国だけじゃダメだった」

「…………当然」

 

 ついさっきまで保健体育だけでAクラスに行こうとしてた奴のセリフとは思えない。

 

「そういえば昨日のニュース見た?」

「…………ニュース? そんなものに興味は」

「アナウンサーがパンチラしてたよ」

「…………いくら?」

「100円」

「………助かる」

 

 僕は鞄からニュース番組を録画したDVDを康太に渡し、僕は百円を受け取った。

 

「………次の作品はいつ出来上がる?」

「明後日には出来上がるよ」

「………了解。顧客は用意しておく」

「こっちも助かるよ。康太のおかげでこっちも潤う」

「………問題ない、宗一のイラストと小説は人気がある。売り上げの10%は」

「仲介料としてムッツリ商会に譲渡する、だね。新しいカメラは買えそう?」

 

 康太はそう言ってサムズアップした。

 うむうむ、お互いに利益しかない取引。よきかなよきかな。

しかし康太は少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら言う。

 

「…………けど、いいのか?」

「何が?」

「…………宗一の作品は価値がある。もっと高くても釣りが来る。…………あんな価格でいいのか、時々不安になる」

「いいんだよ、利益目的じゃないんだから。僕はイラストが描けて、それが人の眼に触れられればとりあえずそれでいいんだし。あんまり気にしないで。康太と僕の仲でしょ?」

「…………分かった」

「それでも気になるなら、今度康太の1番の写真を見せて。それでチャラってことで」

「…………任せろ(グッ)」

 

 僕の目的はお金じゃない。学生の身分で大金持ってたってあれだからね。高く売るんじゃなくていろいろな人に触れてもらうことが重要なんだ。

 それに康太にはお世話になってるからね。エロ本コレクションとか、写真とか。

 

「よお、宗一、ムッツリーニ。また何かスケベなことを企んでいるのか?」

「雄二」

 

 声がした方を振り向くと、話しかけてきたのは僕らの悪友の一人である坂本雄二だった。相変わらずのチンピラ風だ。

 

「…………スケベなことなんて企んでない」

 

 ムッツリーニは不満げにそう言う。相変わらずのむっつりスケベっぷり。さっきまで双眼鏡で女子生徒の定期バスト成長チェックをしてたくせに。まああとで僕も見せてもらうけどさ。

 

「雄二もFクラスに?」

「ああ、俺が代表だ。頼むぜ、『変態紳士』」

「…………変態は認めるけど『変態紳士』はやめろ」

 

 そう呼ばれると某クマを思い出すから少し複雑だ。

 

「まあそう嫌がるなって。……ん?なんだこの紙」

 

 雄二はそう言って僕の鞄からはみ出した紙を取り出した。

 

「あ、それは」

 

 僕が止める暇もなく、雄二はそれを見た。

 

 

(ピラッ)→坂本雄二が裸Yシャツで吉井明久らしき男の子を抱き締めているイラスト

 

 

「おいこら宗一、一体これはなんだ……?」

「あははは雄二、君がアイアンクローをしたら僕のこめかみが割れるように痛いぃぃいいいいい!!! はみ出る!! 僕の脳みそがはみ出るゥぅぅ!」

「…………一部の女子に大人気(グッ)」

「お前ら本人に無許可でなんておぞましい物を売ってやがる!?」

 

 なんて失礼な。「雄二×明久 ~俺達の友情は愛情に~」は女子達に大人気だと言うのに。

 

「だってさ、雄二と明久ってどう考えてもカップルでしょ? 雄二×明久だって女子生徒の間では有名になって僕の右手首に裂けるような痛みがああああああ!!!」

「なんでよりによってそんな吐き気を催すモンを描かれなきゃいけねえんだ! 無駄にうまく描きやがって!」

「いいじゃん別に。女子に大人気だよぉぉぉぉおおおいだいいいい!!ギブ、ギーブ!! やめて!! 右手首は作家にとって命だからァァァ!!」

「こんな風に女子にモテたくねえ!」

 

 雄二はそう言って僕を解放した。いてて……こめかみと手首壊れてないかな?

 

「まったく、ムッツリ商会と宗一の才能が組まれるとマジで手がつけられねぇ……。まあいい、儲けてる分、試召戦争ではしっかり働いてもらうぞ」

「……しょうがない」

「……分かったよ」

 

 まあ、雄二たちをネタに儲けさせてもらってるのは事実だし、ここはその分働かせてもらいましょうか。

 

「お主らは相変わらず騒がしいのう」

「秀吉! 秀吉もFクラス?」

 

 雄二の後ろから話しかけてきたのは女子、ではなく男子、でもなく男の娘の木下秀吉だった。

 相変わらず可愛い奴だ。

 

「(やったぜ康太、秀吉が同じクラス!これで康太は写真、僕はネタに困らない!)」

「(…………幸運。いろいろと捗る)」

「……何か今、不穏な単語が聞こえたんじゃが?」

「気のせい気のせい。それよりほら、頼まれていた物」

 

 僕はそう言って鞄からある物を取り出す。

 

 

(チラッ)→秀吉が猫耳を装備して上目遣いしているイラスト(乳首が見えている)

 

 

「(ババッ)間違えた」

「ちょっと待てお主! 今儂の絵が見えたぞ! しかもそれ、儂の裸―――」

「気のせい気のせい。ほら、こっち」

 

 今度こそ間違えずに例の物を取り出す。

 

「むぅ、まだ納得がいかんが……とりあえず、感謝するぞ」

「何だ?その分厚い紙の束」

 

 雄二が僕が秀吉に渡した紙の束を覗いてくる。

 

「なんだこれ? 台本か?」

「そうじゃ。次の演劇部で演じる台本じゃ」

 

 僕は小説や漫画、イラストを描くのが得意だ。それを知った秀吉が、こうして時々話を書くようお願いしてくる。

 特に断る理由もなかったし、演劇用の話を書くのはそれはそれで面白かったのでこうやってちょくちょく書いているのだ。

 ちなみに今回は新入生歓迎会用の演劇で使う台本だということで、少し短めだ。

 

「宗一は物語を書くのは一流じゃからのう。よくこうやって頼んでおるのじゃ」

「確かにな。こいつが書く話は面白い」

「………センスがいい」

「はは、褒め言葉として受け取っておくよ」

「代わりに理系科目がクソ雑魚なめくじだが」

「orz」

「そういえば、明久はまだ来ておらんのか?」

 

 秀吉が教室を見渡しながらそうつぶやく。そう言えばまだ僕らを代表するバカがいないね。

 

「…………あそこ」

「「「ん?」」」

 

 康太が窓の外を指差した。そっちを見てみると、校門で鉄人から結果を受け取ったらしき明久がショックを受けているのか悶絶しているのが見えた。

 

「やっぱあいつFクラスだったか」

「当たり前だよね」

「ま、当然じゃの」

「…………馬鹿代表」

「「「うんうん」」」

 

 自分達もバカだと自覚しているが、明久が代表(バカ)。それが僕らの認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後。

 

「すみません、ちょっと遅れちゃいました♪」

「早く座れ、このウジ虫野郎」

「……雄二、何やってんの?」

 

 茶目っ気を混ぜて教室に遅れてやってきた僕らの悪友、吉井明久。通称バカ。

 

「やあ、明久」

「宗一? 宗一もFクラス?やっぱり、雄二と宗一は、Fクラスだよね!」

「「明久、歯を食いしばれ」」

「何をする気!? 新学期初日から僕に何をする気!?」

 

 僕らが教壇で騒いでいると、担任の先生が入ってきて注意された。おのれ、まだ明久を殴っていないと言うのに。

 

「えー、おはようございます。このクラスの担任の福原慎です。よろしくお願いします」

 

 先生は黒板に自分の名前を書こうとして、止めた。チョークないんかーい。

 

「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されていますか?不備があれば申し出て下さい」

 

その言葉を待っていたかのようにクラスメイト達の不満が飛び交う。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないです!」

「あー、はい。我慢してください」 

「先生、俺の卓袱台の足が折れています」 

「木工用ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」 

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」 

「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 Fクラスにはどうやら人権はないようだ。

 まあ、当然と言えば当然かもしれない。去年から先生達に言われていたことだ。「Fクラスは最低だぞ」って。

 よりよい設備、よりよい学園生活を送りたいのならば勉強をしろ。入学した日から先生達が口を酸っぱくするぐらいに言ってきたことであり、それをしなかった僕らに文句を言う筋合いはないのだ。

 そんなことを考えていると、廊下側から席順に自己紹介が始まっていた。

 僕の友人たちも、次々と自己紹介を始めている。

 

「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 我がクラスの男の娘、木下秀吉。

 

「………土屋康太」

 

 趣味は盗撮、エロ本蒐集。僕の親友、土屋康太。

 

 

「島田美波です。生まれは日本ですがドイツ育ちなので日本語の読み書きはあまりできません。趣味は吉井明久を殴る事、特技は川上宗一を蹴る事です♪」

 

 

「「誰だっ!?恐ろしくピンポイントかつ危険な趣味(特技)を持つ奴は!」」

 

 

「はろはろー」

 

 笑顔で僕らに手を振るのは、島田美波だった。Fクラスだったんだ。あれだけ日本語教えたのに……。

 まあ、一年生の時、ふざけて「日本で人に好意を伝えたい時は『一緒に寝て』って言うといいよ」と教えたのは間違いだった。本当に明久にそんなことを言うとは思わなかったもの。あれ以来僕に対する当たりが強くなったのは気のせいじゃないと思う。

 でもスカートで躊躇なく蹴りをするからスカートまくれて見えるんだよね。暴力系ヒロイン最高!

 

「あう、島田さん……」

 

 けれど明久はそんなに嬉しくないらしく、顔色はよくなかった。明久、島田の君に対する暴力の半分は照れ隠しみたいなもんだから、別にいいじゃない。そんな困った風な顔するなよ。

 

「今年もよろしくね、吉井、川上」

「よろしく、島田。今年もいいパンチラ期待してあべしっ!」

「アンタは今年も蹴り甲斐がある奴ね……!」

 

 ふわりと浮かぶスカート。一瞬見えたライトグリーンの下着。そして畳に顔を付けてふわりと浮かぶスカートを覗き込む康太。畳に叩きつけられてK.Oされる僕。 

 

「宗一……島田さん相手に躊躇いなくそんなこと言うなんて君の勇気にはいつも驚かされるよ……!」

「ただのオープンスケベだろ」(雄二)

「変態紳士に恥じない行いじゃ」(秀吉)

「………!(ブシャアアアア)」(康太)

「ほら川上、次はアンタの自己紹介よ」

「あの、島田さん?僕今蹴られて立てないんだけど。あそこは立ってるけど」

「……っ!この変態!」

「ありがとうございまへぶぅ!」

 

 倒れた僕の顔面を踏みつけられる僕。うーん、島田の蹴りは相変わらず健在なようだ。

 まあ、なんやかんや言っても根はいい人なのに違いはないし、明久と島田の絡みは面白いから、これから楽しくなりそうだ。

 

「川上宗一。よろしく」

 

 ふらつきながらも僕は立ち上がってさっさと自己紹介を済ませる。そして他の生徒の自己紹介がどんどん終わって、次は明久の番だ。

 

 

「吉井明久です。僕の事は『ダーリン』って読んでください♪」

 

 

「「「「「ダーーリィィーーーーーン!!!!」」」」」

 

 

 野太い男の大合唱。これはひどい。 

 

 

「――失礼、忘れてください。とにかくよろしくお願いします」

 

 

 青ざめながら座る明久。ちょっと場を盛り上げようとしたら予想以上にFクラス男子のノリがよく、男どもの声は明久の耳に大ダメージを与えた。吐き気をこらえてるのだろう。まあ、大勢の男共から「ダーリン」(最愛の人)なんて呼ばれたら吐き気がするのも仕方ないネ。

 

 

 

 そんな明久の心情は無視して自己紹介は続いていく。そろそろ終わりかと思った頃―――

 

 

ガラガラガラ

 

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

 

 

『え?』

 

 

 彼女はやってきた。




次の話は来週の土曜です。


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第二問 そして戦争の引き金は

 

「姫路?」

 

 

 Fクラスの教室が驚きを隠せない喧騒を見せる。

 そりゃそうだろう。現時点で最もFクラスにふさわしくないとも言える女子生徒がこのおんぼろ教室に現れたのだから。

 

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

「は、はい! あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……」

 

 そう言って綺麗にお辞儀をする。今一瞬、彼女の小柄な体躯には似合わない豊満なバストから「ばるん」という擬音が聞こえた気がした。相変わらずなんて凶器だ。いいぞもっとやれ。

 

「はいっ! 質問です!」

 

 すでに自己紹介を終えた生徒の一人が高々と右手を挙げた。

 

「あ、は、はいっ。なんですか?」

「なんでここにいるんですか?」

 

 いじめとも取れる質問だが、これはクラス全員にとって当然の疑問だった。

 綺麗というより小動物系の可愛さを思わせる彼女、姫路瑞樹は勉強ができる。

 そりゃもう、ものすごくできる(語彙力皆無)

 ここ文月学園は学力至上主義。通常の学校と大きく違うのはテストの点数に上限がないということだ。

 例えば普通の高校だったら、中間、期末テストは100点までしか取れない。

 しかし文月学園はあろうことかその上限を取っ払ってしまったのだ。テストの際、生徒は時間内であれば好きなだけ問題を解くことができ、いくらでも点数を稼ぐことができる。

 そして稼いだ点数はそのまま召喚獣の強さになるのだ。

 となれば、試験召喚獣システムが採用されたこの学園では、「勉強ができる=召喚獣が強い=学園内の強さ」という方程式が出来上がる。勉強ができればできるほど、その学園の中でのヒエラルキーは上になってくる。そうすれば自然と上位に名を連ねる猛者は有名になってくるのだ。

 有名なのは霧島翔子、久保利光、木下優子辺りかな? この辺りの生徒は1時間程度のテストの時間で一教科300点以上を余裕で取ってくる秀才、天才達だ。

 とまあ、例にあげた3人は僕ら2年生の中では特に有名な方だが、その中でも姫路瑞希という名前は別格だ。

 彼女は『学年主席』もしくは『学年次席』は確実と言われるほど勉強ができる超優等生なのだ。

 なので本来であればこのFクラスではなくAクラスにいるのが当たり前なのだが……。

 

「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

 

 

 その言葉を聞いた僕らは「ああ、なるほど」と納得する。

 

 

 この学園では試験途中で退席すると問答無用で0点扱いになるのだ。それまで何問解いたとか何科目受けたとか関係なしに。そのせいでFクラスに落とされてしまったのだろう。

 

「(なんていうか、不幸というか、哀れというか)」

 

 体調管理ができなかったから、と言えばそれまでだが、彼女の実力を考えればAクラスが妥当なはずだ。ただ一回、たった一回のテストを受けれなかっただけでこんなぼろ教室に落とされるなんて、思わず同情してしまう……ん?

 

「(……明久、なんて顔してんの)」

 

 見てみると、明久の表情は暗かった。恐らく姫路の境遇に同情してしまってるんだろう。優しい明久らしいな、と思った。

 

『ああそうそう、俺も熱の問題が出たせいでこのクラスに……』

『ああ、化学だろ? あれは難しかったなぁ……』

『妹が事故に遭ったって心配で……』

『黙れ一人っ子』

『前の晩彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

 それに比べて、このクラスの連中はひどい(確信)

 

「で、ではっ、1年間よろしくお願いします!」

 

 そう言って姫路は集まる視線から逃げるように、空いていた明久の隣の卓袱台に着いた。

 

「あのさ、姫―――」

「姫路、おはよう。これから1年よろしく」

「か、川上君?」

 

 僕が声をかけると、姫路は驚いたように目を見開いた。

 

「宗一! 今僕の声にわざと被せて言ったろ!」

 

 明久は憤怒の表情で僕を睨みつけるが、それを無視して言葉を続ける。

 

「もう体調は平気なの?」

「あ、それは僕も気になる」

「よ、吉井君!?」

 

 明久の顔を見てさらに驚く姫路。声をかけただけでなんでそんな反応するんだ? まるで恋する――ははぁ、そういうことか。

 

「姫路、明久がブサイクでスマン」

 

 ショックを受けた明久を見て、雄二がへったくそなフォローをかける。

 

「そ、そんな! 目もぱっちりしてるし、顔のラインも細くてきれいだし、全然ブサイクなんかじゃ――」

 

 そんなフォローを聞いた姫路が顔を赤くして反論する。おいおい、もう確定か。いつの間に学年のアイドルとフラグを建てたんだ明久。

 

「へぇ、去年から時々ムッツリ商会で明久のイラストと写真を買いにきたのはそれが―――フガッ」

「きゃああ!川上君それは言わないでください!」

 

 姫路が慌てたように僕の口を押える。どうやら図星だったようだ。

 

「? 姫路さん、僕がどうしたの?」

 

「あ、あはは、なんでもないですよ!(川上君、あれは秘密にしてくださいって言ったじゃないですか!)」

 

 姫路は小声で僕にこそこそと耳打ちする。実は僕は姫路とそれなりに面識があった。 去年、康太と立ち上げた「ムッツリ商会」。 写真やイラスト、同人誌を書き上げ売ったりしているのだが、これがなかなか好評で、姫路は去年からちょくちょく明久のイラストや写真を買っていたのだ。偶に頼まれて明久の写真を撮ってきたりもしていたのだが……。

 

「(いやだって姫路もそういう趣味をお持ちな(腐っている)のかと……)」

「(違います! ていうか腐ってるってなんなんですか!? いいですから、これ以上言わないでください!)」

 

 いや、でもなぁ……。言っちゃあれだが、僕の絵や小説はかなり特殊だ。普通の風景、デフォルメした全年齢向けの物を描くこともあれば、エロいのも描くし、BLも百合も描く。明久の絵を買う女子(たまに男もいる)はほとんどが腐った方々だから、てっきり姫路もそうなのかと思ってた。

 まあここは黙っててあげよう。僕がコクコクと頷くと、姫路はようやく僕を解放する。

すると僕らを見ていた雄二は気になったのか姫路に声をかける。

 

「姫路は宗一と面識があったのか?」

「はい、少しだけ……えっと、あなたは……」

「坂本だ。坂本雄二。だが、姫路の言うこともあながち間違いじゃないかもな。確かに言われて見れば明久の顔面はそこまで悪くない顔をしているかもしれない。俺の知人にも明久に興味を持っている奴がいたような気がするし」

 

雄二が勿体ぶった言い方をする。

明久に興味を持っている人。モテない男筆頭の明久、その明久が気になっている姫路からすれば、是非とも知っておきたい情報だ。

 

「え?それは誰―――」

「そ、それって誰ですか?」

「あ、僕も知ってる」

「え、宗一も知ってるの!?」

「なんだ、宗一も知っているのか」

 

僕は頷いてその人の名前を教えてあげる。

 

「うん。久保――」

 

「久保さん?どの久保さんだろう」

 

「―――利光だよね」

 

 久保利光。生物学上、彼はれっきとした男(♂)である。

 

「ああ、そうだ。よく知ってるな」

 

 だってまあ、よく明久の絵を買いに来てくれるし、腐男子とかではなく純粋に明久に好意を抱いてるみたいだし……(遠い目)

 

「…………」

「おい、明久、さめざめと泣くな」

「ほっ……」

 

 安心したように息を吐く姫路。畳を涙で濡らす明久。すまし顔に見えるが実は笑いを隠し切れていない雄二。

 ちなみにうちの上客である久保利光。彼が購入するのはほとんど利光×明久のBL本か明久の写真である。

 

「ねえ宗一? 嘘だよね? 冗談だよね?」

「姫路はもう身体は平気なの? さっき高熱を出したとか言ってたけど」

「あ、はい。もうすっかり平気ですよ、川上君」

「ねぇ宗一!? 答えてよ! 冗談だって言ってよぉ!」

 

 思わず大きな声を出した明久に対し、担任の福原先生は教卓をバンバンと叩いた。

 

「はいはい、そこの人達、静かにし―――」

 

 

 バキィッ  バラバラバラ……

 

 

 教卓は叩いた振動で一瞬でゴミ屑となった。腐ってたのかな?

 

「え~……替えを用意してきます。少し待ってください」

 

 そう言って福原先生は教室から出て行った。

 先生が教室から出ていくと、監視の目が無くなったのをいいことに教室がすぐにざわめき立つ。中にはゲームを取り出してスマブラをやりだす生徒も出てくる始末。あとで僕も混ぜてもらおう。

 

「……雄二、ちょっといい?」

「ん? なんだ?」

「ここじゃ話しにくいから、廊下で」

「別に構わんが」

 

 すると、明久は雄二を連れて教室から出て行った。

 何をする気だろう? まあいいや。ちょうど時間も空いてるし、昨日買ってきた快楽天を読もう。

 今月の作家は誰かな~♪

 僕が今日のおかずを確認しようとすると、僕の席に歩いてきた康太が突如鼻血を出して倒れた。

 

「………宗一、俺を殺す気か……!(ブシャアアア)」

 

 いや、表紙のイラスト絵だけで鼻血は出すなよ康太。ドスケベのくせに初心過ぎるだろ。今月の快楽天の表紙の絵けっこうエロいけどさ。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 数分後、廊下から戻ってきた明久と雄二。

 そして、戻ってきた雄二はさっそくと言わんばかりにFクラスの馬鹿どもにこう宣言した。

 

 

 

「皆、聞いてくれ。Fクラス代表として提案する。FクラスはAクラスに、『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」

 

 

 こうして、坂本雄二は戦争の引き金を引いた。

 

 

 




土曜に投稿すると言ったな?あれは嘘だ(ウワアアアアア)


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第三問 エロ目的でパソコンを始めるとすぐ上達する。

バカテスト 国語

問 次の作品の空欄を埋めなさい。また、この作品の著者も答えなさい。
『(1)メロスは(  )した』
『(2)著者 (   )』


川上宗一の答え

『(1)メロスは( 激怒 )した』
『(2) 著者 ( 太宰治 )』

教師のコメント
正解です。有名な太宰治の作品『走れメロス』の冒頭の文章ですね。


土屋康太の答え

『(1)メロスは( 爆発 )した』

教師のコメント
1行目で作品が終わってしまいました。


吉井明久の答え

『(2)著者 ( サンプラザ中野 )』

教師のコメント
それは「Runner」を歌った人ですね。私も好きですが、×です。


 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 雄二のAクラスの宣言を聞いたFクラスはしん、と静まり返った。

 

 

 姫路さんの為に試召戦争をしようと雄二を説得できたのはいいけれど、本当にFクラスでそんなことができるのだろうかと今更ながら不安になってしまう。

 けれど雄二はそんなことを意にも介さず、教室を見渡した。

 クラスメイト全員の視線が集まる中、雄二は一人一人に目をやり、そして教室を見ながらこう言った。

 

 

「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが」

 

 そして一呼吸おいて、静かに告げる。

 

「――不満はないか?」

 

『大ありじゃぁっ!!!』

 

 二年F組の魂の叫びが教室に鳴り響く。

 どうやら皆、声に出して言わなかっただけで不満を貯めこんでいたらしい。

 

「だろう? 俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」

 

『そうだそうだ!』

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ! 改善を要求する!』

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ? あまりに差が大きすぎる!』

 

 蜂の巣をつついたかのようにあがる不満の声。

 しかし、冷静な意見もあった。

 

「だが雄二よ、かと言ってAクラスに戦争を仕掛けるのは無謀すぎやしないのかの?」

 

 秀吉が訝しげにそう言う。

 

『確かに、勝てるわけがない』

『これ以上設備を落とされるのは嫌だ』

『姫路さんがいたら何もいらない』

 

 そんな秀吉の意見に同意するようにFクラスから悲鳴が飛び上がる。

 確かに、AクラスとFクラスの戦力は文字通り桁が違う。銃を持っている軍隊に素手で挑むような、そんな無謀ともいえる挑戦だ。

 

「そんなことはない。必ず勝てる。何故なら、このクラスには試験召喚戦争で勝つことができる要素が揃っている!」

 

 雄二は不敵の笑みを浮かべ、壇上からみんなを見下ろした。

 

「おい、康太。畳に顔をつけて姫路のスカートを覗いていないで前に来い」

 

 

「…………!!(ブンブン)」

 

 

「は、はわっ」

 

 

 必死になって顔と手を左右に振り否定のポーズをとる康太と呼ばれた男子生徒。

 姫路さんがスカートの裾を抑えて遠ざかると、あいつは顔についた畳の跡を隠しながら壇上へと歩き出した。

 

 

「土屋康太。こいつがあの有名な、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だ」

 

 

「…………!!(ブンブン)」

 

 

『ムッツリーニだと……?』

『バカな、ヤツがあの伝説のムッツリ商会を立ち上げた男だというのか?』

『だが見ろ、あそこまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ』

『ああ、ムッツリの名に恥じない姿だ』

 

 男子生徒から畏怖と敬意を、女子生徒には軽蔑を以て挙げられるムッツリーニ。その名を聞いて驚かない男子生徒はいないだろう。

 

 

「???」

 

 

 姫路さんは頭に疑問詞を浮かべているみたいだけど。

 

 

「それからもう一人、おい宗一」

 

 

「…………」

 

 

「宗一」

 

 

「…………」

 

 

「おいそこのエロ漫画を読んでいる変態紳士」

 

 

「誰が変態紳士だ!」

 

 

 卓袱台に今まで読んでいたエロ漫画を叩きつけて立ち上がった宗一と呼ばれた男子生徒。

 怒りの形相を浮かべているが、あまり迫力がない。

髪は天然なのかパーマみたいなくせ毛で、もじゃもじゃ頭だ。身長は僕と同じぐらいで、青いフレームのメガネが特徴的の、どちらかと言えば地味目な男だ。

 

「ちょ、ちょっと川上!あんた学校でなんて物読んでるのよ!」

「は、はわわ」

 

 彼が読んでいた漫画の表紙の絵が見えたのか、顔を真っ赤にさせる女子二人。相変わらず過激な物を読んでいるなぁ……。

 学校の、しかも昼休みでもない時間でブックカバーも着けずにアレを読もうとする度胸を持った奴は、この学園にただ一人しかいないだろう。

 

 

「僕の崇高なる読書の時間をよくも邪魔したな雄二……!」

「何が崇高なる読書だ。ただのエロ漫画だろ。それよりお前も前に来い」

 

 宗一はぶつぶつ文句を言いながら壇上の方へ歩いてくる。

 

『すげえなアイツ。ムッツリーニのようにエロ本を読んでいた事実を隠そうともしてないぞ』

『しかも変態紳士って……まさか』

 

「川上宗一。こいつもあの有名な、ムッツリーニと対をなす男である饒舌なる性識者(変態紳士)だ」

 

雄二がそう告げるとクラスメイト全員がざわめき立つ。

 

『マジか!?あの有名な!?』

『女子トイレに堂々と押し入ったと言われる――』

『全裸で女子にあそこを見せつけたと言われる――』

『女子のパンツを頭にかぶったと言われる――』

 

『『『あの変態紳士か!?』』』

 

「え、なに。そこまでそのあだ名広まってんの?」

 

 変態紳士。

 それは変態な男に与えられる蔑称の最上級。

 土屋康太がむっつりスケベなら、川上宗一はオープンスケベだ。

 自分の性癖を隠そうともせず、自分の欲望のままに突き進む男。幼女から熟女まで性癖のストライクゾーンは誰よりも広く、「最近のブームは人妻だ」とか教室のど真ん中で言うぐらいには彼は羞恥心が欠けている。

 変態だって言うと本人は「誤解だ」って言い返すけど、僕は知っている。

 

 彼はノーパン主義者だということを。

 

「Fクラスの諸君。お前達もただ『戦争』に参加してくれと言ってもあまり気乗りはしないだろう。だから俺は、こいつを使ってある『報酬』を用意する」

 

 報酬?

 雄二の言葉に首を傾げるFクラス一同。

 宗一だけはその言葉の意味を理解したのか、げんなりとしたような、何ともいえない表情をしている。

 

「宗一。ちょっとこれで描いてみてくれ」

 

 雄二は宗一に一本のまだ比較的新しいチョークを渡す。

 それを受け取った宗一は、おもむろにボロボロの黒板に何かを描き始めた。

 宗一が何かを描いている間、雄二は全員に言う。

 

「諸君、川上宗一は皆が聞いているように確かに変態だ」

「変態じゃない。自分に素直なだけだ」

「変態だ。だが、こいつの真価はそれじゃない」

 

 宗一の文句を無視しながら、雄二は言葉を続ける。

 

「こいつはイラスト、小説、漫画を描くことができる男だ。他にもピアノやギター、歌と言った音楽はもちろん、様々な芸術系の科目に長けている。しかもそれらが滅茶苦茶うまい。その実力は俺が保障する。こいつは、紛れもない天才だ」

 

 川上宗一は変態であると同時に天才だ。

 

 よく「芸術家は頭のねじが外れた奴が多い」と訊くけど、宗一はまさにその類だろう。

 以前、路上ライブをしていると宗一が話していたので僕や雄二は冷やかしにそのライブを聞きに行ったけど―――正直言って、滅茶苦茶うまかった。

 その場にいた通りすがりの客、僕含めて雄二や秀吉、ムッツリーニまでもが時間を忘れてしまうほど、宗一のライブに没頭した。

 本人は「ちょっと暇だったから」と路上ライブをしていたらしいけど、暇つぶし感覚であそこまで人を集められるのはそうそういないだろう。

 そのライブが終わる頃には、宗一の歌に夢中になったたくさんの人が宗一を取り囲んでいたのをよく覚えている。

 その後、文月学園の文化祭「清涼祭」の体育館ライブで、川上宗一は伝説になった。

 もし、文月学園のテストに美術や音楽と言った芸術系の科目やテストがあったのなら、宗一は間違いなくAクラスだ。

 

『イラスト? イラストとか小説でAクラスに勝てないだろ』

 

クラスメイトの1人が当然の疑問を口に出す。

 

「ああ、そうだ。だが、それだけが宗一の力じゃない。宗一、そろそろできたか?」

「うん、できた」

「よし」

 

 黒板を見た雄二が、満足げに頷く。

 

「試験召喚戦争で戦果を挙げた者には―――この報酬を用意する!」

 

 

 黒板に描かれていたのは―――――裸の女の子のイラストだった。

 

 

『『『ウオオォオオーーーーー!!!!』』』

 

 

 大興奮の男共の歓喜の叫び。

 

 

『………!!!(ブッシャアアアア!)』

 

 

 ムッツリーニの鼻血が噴き出す音。

 

 

『『きゃあぁ―――――!!!?』』

 

 

 そして女子二人の悲鳴。

 

 

「これがこいつの実力だ! 戦果、具体的には敵を倒した男―――いや、戦士には、川上宗一のエロイラストを報酬として用意する!どうだ、皆!?」

 

 

『『『最高じゃぁああ――――!!!』』』

 

 

『最高じゃないか! なんだあの絵!?』

『あんなの俺見たことねえよ!エロい!エロすぎる!』

『俺、生きててよかった……!』

『ぜってぇやる! やってやる!』

 

 クラスのテンションは最高潮。それもそうだ。宗一が描いたイラストは今まで見たことがないほど最高にエロかった。

 艶めかしい足。豊満な胸。麗しい顔。白のチョーク一本とあのぼろい黒板に描かれた少女は、あまりにも尊い。二次元でありながら、男共の眼を釘付けにして放さない。

 僕は二次元より三次元派だが、これを見ると二次元派になってしまいそうだ。しかも黒板に描いた絵でこれなら、カラーで描いた宗一の絵のクオリティはこれ以上になることは簡単に想像できる。

 

「川上! 早く消しなさいよ!」

「そ、そうです川上君!そんなハレンチなのは、もっと年を取ってからです!」

「えーせっかく描いたのに」

「えー、じゃないわよ! 殴るわよ!」

「分かったよ……」

 

 宗一はしぶしぶと言った感じで黒板消しで消し始めた。ああ、勿体ない。

 

「ちなみに雄二、島田さんと姫路さんの報酬はどうするつもりなの?」

「ああ、それはお前の―――」

「僕の?」

「……さあ、次だ!」

「ねえちょっと!? 何今の間!?」

 

「次は姫路瑞希。みんなも実力は知っているだろう」

「え? わ、私ですか?」

「ああ、うちの主戦力だ。期待してるぞ」

 

『そうだ、俺達には姫路さんがいるんだった』

『彼女ならAクラスにも引けを取らない』

『そうだ、川上に頼んで姫路さんをモデルにさっきみたいなイラストを―――』

 

 誰だ、姫路さんのエロイラストを発注しようとする奴は!? 僕にも頂戴!

 

「木下秀吉だっている」

 

『おお、確か演劇部のホープの!』

『木下優子の弟だったか!』

 

「当然俺も全力を尽くす」

 

『確かに、なんだかやってくれそうだ』

『坂本って確か小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』

『それじゃあ、Fクラスってのは本来の成績じゃない?』

『Aクラスレベルが二人もいるってことか!』

 

 いけそうだ、やれそうだ、そんな雰囲気が最高潮に達しようとした瞬間――

 

「それに、吉井明久だっている」

 

 

 …………シン――――

 

 そして一気に下がった。

 僕の名前はオチ扱いか!!

 

 




いかがでしょうか?そろそろ1話、2話は大人しかった川上さんの変態がどんどん出てきます。
手探りで書いているのであまりも面白くないかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。


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第四問 Akihisa is Baka.

Side 川上宗一

 

 

『誰だよ吉井明久って』

『聞いたことないぞ』

 

 明久の名前が出た途端、盛り上がっていたクラスの雰囲気は微妙な雰囲気になる。

 

「雄二! 折角上がりかけてた士気が下がっちゃったじゃないか! 僕は雄二や宗一とは違って普通の人間なんだから、普通の扱いを――って、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のせいじゃないでしょう?」

 

 明久がなんかほざいているが、そんなことはない。

 康太や僕に不本意なあだ名が付いてるように、明久にもぴったりな肩書がある。

 

「嘘はダメだろ明久。君にも立派な肩書があるじゃん」

「え? あ、いやそんなことは」

 

「やれやれ――教えてやる。こいつの肩書は『観察処分者』だ」

 

 明久がしどろもどろになっているところを、雄二がばっさりと言う。

 

 観察処分者。

 

 それは学習意欲が低く、学園生活の風紀を乱す者に与えられるある種の刑罰だ。

 

 またの名を―――

 

『それってバカの代名詞じゃなかったっけ?』

 

「違うよ! ちょっとおちゃめな十六歳につけられる愛称で」

「そうだ、バカの代名詞だ」

「しかも学園始まって以来の初の観察処分者。制度自体はあっても、適用されたのは明久が初めて。前例のない物凄いバカってことだね」

「あぁ! 穴があったら入りたい!」

 

 本当のことを言われて頭を抱える明久。

 すると小首を傾げた姫路がそっと手をあげた。

 

「あの、観察処分者ってなんですか?」

 

姫路は知らないのか。それもそうか、優等生の姫路には縁もゆかりも無い制度なのだから。

 

「観察処分者って言うのは、特例で物を触れる召喚獣を召喚できる生徒のことだよ、姫路。その力を使って教師の雑用をさせられるんだ」

 

 僕が簡単に姫路に説明する。

 

「そうなんですか? でも、物に触れられるってすごい便利じゃないですか!」

 

 姫路の言う通り、物に触れられる召喚獣というのは特別だ。

 通常の召喚獣は明久のと違って物に触ってもすり抜ける。物理的な干渉をすることができないのだ。

 けれど明久の召喚獣は物に触れることができる。

 召喚獣は人間より数倍以上のパワーを持っており、点数が100点未満でも一人じゃ運べない重い物を動かしたり、人間じゃ壊せない物を壊したりすることだってできる。 

 西村先生の話だと、観察処分者である明久が出る前は教師の召喚獣がサッカーのゴールポストや一人じゃ運べない重い教材を運んでいたらしい。

 

「でも、召喚獣が受けた痛みや疲れの何割かは召喚する明久本人にフィードバックする欠点もあるんだ。しかも召喚獣は教師の許可がないと召喚できない。だから明久のメリットはほとんどないんだ。実際はただの教師の奴隷だよ」

「だからこそ、観察処分は生徒への罰になる。教師の雑用をいいように手伝わされるんだ」

 

『痛みがフィードバックするって……おいおい、それっておいそれと召喚できないってことじゃないか?』

『召喚獣の戦闘にあんまり出せないってことだよな』

 

「気にするな。どうせ、いてもいなくても同じような雑魚だ」

「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきところだよね?」

 

 明久は涙目になる。やれやれ。明久は馬鹿なのに意外とメンタルがもろい。

 ここは僕がフォローしておいてやろう。

 僕は明久の肩に手を置いて語りかける。

 

「宗一?」

「大丈夫だよ明久。明久は必要な人間だ」

「宗一……」

「ああ」

 

 顔を綻ばせる明久。にっこりと笑う僕。

 

「明久はミートウォールとして必要不可欠な存在だ。だから勇気を出して、召喚獣を出して戦うんだ。ガンバレ」

「うん! 僕もがんば―――――うん? それって肉壁ってこと!? 仲間を盾にする気なの!? 痛みがフィードバックするんだって宗一も言ったじゃん! この外道!」

 

 一瞬納得しかけた明久が、ようやく気付いたのか声を荒げる。くそ、ばれた。

 

「確かに……そういう使い方もあるな。さすがだ宗一」 

「いやいや、さすがに雄二には及ばないよ」

「………盾は戦争において重要(コクコク)」

「クッソ! 僕に味方はいないのか!?」

 

 

 ―――閑話休題。

 

「皆、この境遇は大いに不満だろう?」

 

 

『『『当然だっっ!!』』』

 

 

「我々は最下位だ!!」

 

 

『『『オオッ!』』』

 

 

「学園の底辺だ!!!」

 

 

『『『オオッ!』』』

 

 

「誰からも見向きもされない!」

 

 

『『『オオッ!』』』

 

 

「これ以上、下のないクズの集まりだ!!!」

 

 

『『『オオッ!』』』

 

 

「つまりそれはっ! もう失う物はないということだ!!」

 

 

『『『 !!! 』』』

 

 

 雄二がFクラスに語りかける。

 このままでいいのかと。ただ黙って指をくわえてこの教室に閉じ込められていいのかと。

 ただ底辺に沈み込むだけでいいのかと。

 上へあがるプライドはないのかと。

 それは雄二のある才能。学校のペーパーテストでは計測できない、点数にすることができない才能。

 

 集団をまとめ上げ、道を示す。それは指導者に最も必要な才能。歴史に名を残した軍人ならば、誰もが持っていた必要不可欠な能力。

『カリスマ』と呼ばれる、大勢を引っ張り上げる力だ。

 

 そしてFクラスの男共は、その扇動に魂を燃え上げ、雄二が示した道を突き進む。

 

 

「なら、ダメ元でやってみようじゃないか! 試験召喚戦争!!」

 

 

『『『オオ―――ッ!』』』

 

 

「全員ペンを執れ! 俺達に必要なのは卓袱台ではない! Aクラスのシステムデスクだ!」

 

 

『『『ウオオ―――っ!』』』

 

 

 Fクラスは拳を振り上げ、叫び声をあげる。 

 こうなったらもうFクラスを止めることは容易じゃないだろう。

 彼らの不満という薪に火をくべられ、油が注がれた。

 僕も康太も秀吉も島田も、この言葉に拳を振り上げ、大声をあげた。

 

「お、おー……」

 

 クラスの雰囲気に圧されたのか、姫路も小さく拳を作り掲げる。

 相変わらず小動物のような可愛さだ。明久め、なんと羨ましい。

 

「手始めに、Dクラスを制圧する! 明久、お前にはFクラス大使としてDクラスへ宣戦布告をしてもらう」

「ええ、僕!? ……普通、下位勢力の宣戦布告の使者って、ヒドイ目に遭うよね?」

「それは映画や小説の中の話だ。大事な使者に、失礼なことをするわけないだろ?」

 

 不安そうに言う明久に、雄二は力強く断言する。

 

「大丈夫だ明久! 騙されたと思って逝ってみろ!」

 

 ここは雄二にならって、僕も明久を激励しよう。

 

「明久、逝って来い」

「………死者らしく胸を張って戻って来い」

 

 僕と康太は、明久の眼を見て力強く言う。

 

 間違ってもここで笑ってはいけない。こらえるんだ……。

 

「……うん、分かった! 行ってくるよ!」

 

 こうして、クラスメイトの歓声と拍手に送りだされた明久は、Dクラスに向かって行った。

 満足げに微笑む僕と雄二と康太。

 そんな僕らを見て、秀吉はぽつりと言った。

 

 

「……明久への激励に、ちっとも心が籠ってないように聞こえたのは、儂の気のせいかの?」

 

「「「気のせい気のせい」」」

 

 

 僕らが首を振ると、Dクラスの教室の方から叫び声が響いた。

 

 

「いぃーーーやぁーーーーー!!!騙されたぁーーーーー!!」

 

 

 




感想、評価をつけていただいた方、感謝します!
次回からいよいよDクラス戦。また次回!


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第五問 第一次試召大戦 ~Dクラス戦~ 会議編

バカテスト 数学


問 以下の問いに答えなさい。

(1)4sinX+3cos3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つ答えなさい。
(2)sin(A+B)と等しい式を示すのは次の内どれか、①~④の中から選びなさい。
①sinA+cosB ②sinA-cosB
③sinAcosB ④sinAcosB+cosAsinB


姫路瑞希の答え
(1) X=π/6
(2) ④

教師のコメント
そうですね。角度を『゜』ではなく『π』で書いてありますし、完璧です。


土屋康太の答え
(1) X=およそ3

教師のコメント
およそをつけて誤魔化したい気持ちもわかりますが、これでは解答に近くても点数は上げられません。


吉井明久の答え
(2) およそ3

教師のコメント
先生は今まで沢山の生徒を見てきましたが、選択問題でおよそをつける生徒は君が初めてです。


川上宗一の答え
(1) X=おっぱい
(2) ④

教師のコメント
(2)は合ってますが、(1)の答えに腹が立ったので両方とも×です。『π』を『おっぱい』と小学生のような連想はやめましょう。


side 川上宗一

 

 

 ボロボロにやられた明久がFクラスに帰って来た。

 

「何か言うことは?」

「やはりそう来たか」

「ぶち殺すぞコラ」

 

 明久は顔中に青あざを作り、制服の袖の一部は千切れかかっていた。殴られるだけじゃなく蹴られたのだろう、制服には上履きの足跡がくっきりと刻まれている。所々に油性で書かれたのであろう「バカ」という文字が、非情に哀れに見えた。

 ……それにしても。

 

「落書きにしては普通だね。ここは『正』か『肉便器』と書くべきだよ」

「………あまり面白くない。Dクラスには少しがっかり」

「こらぁそこの変態二人!! 友達に対してかける言葉じゃないでしょ!?」

 

 何言ってる。友達だからこそだよ。

 

「明久君、大丈夫ですか?」

 

 すると、ボロボロの明久を見て、姫路が心配そうに駆け寄った。

 

「「チッ」」

 

 僕と康太は思わず舌打ちをする。

 

「…………なんで明久が……!」

「落ち着け康太、カッターナイフは駄目だ。血が滲むと周りにばれやすい。服の下を殴るのがベターだ」

「…………承知」

「鳩尾は人体の急所だ。いくら頑丈な明久でもこれを喰らえば悶絶不可避。それ、ワンツー」

「…………(シュッシュッ)」

「いいよ康太。もっと鋭く、もっと抉るように打つべし」

「…………(ビシュッビシュッ)」

「ごめん姫路さん、心配してくれるのは嬉しいけど、あの二人に撲殺されるかもしれないんだ」

 

 シャドーボクシングを始めた僕らを見た明久がさささっと姫路から離れる。

 

「吉井、本当に大丈夫?」

「ああ、島田さん。ありがとう心配してくれて」

「ううん、よかった……。ウチが殴る余地はまだあるのね……」

「ああっ! もうダメ! 死にそう!」

 

 そのまま死んでしまえばいいのに、と僕と康太は割と本気で思った。

 

「おい、お前ら。今からミーティング始めるぞー」

 

 他の場所で話し合いをするつもりらしい雄二は、扉を開けて外に出て行った。

 

「大変じゃったの、明久」

「秀吉……うん、ありがとう」

「ほら吉井、アンタも来るの」

「あー、はいはい」

 

 ぐいっと明久の腕を引っ張る島田。島田も雄二に声をかけられていたらしく、ミーティングに参加するようだ。

 僕と康太と秀吉は、引っ張られていく明久についていく。

 

「返事は一回!」

「へーい」

「……一度吉井は、Das Brechen―――ええっと、日本語だと」

 

「「調教」」

 

「そう、調教の必要がありそうね」

「調教って……せめて教育とか指導とか言ってくれない?」

「じゃあ中間とって Züchtigung――」

 

「「折檻」」

 

「ねえ、宗一にムッツリーニ。どうして『調教』とか『折檻』なんてドイツ語知ってるの?」

 

「「一般教養」」

 

「なんて嫌な教養なんだ」

 

 別にXvideoで見つけたドイツ人のエロ動画を観て二人で調べてたわけじゃない。

 

「相変わらず、ムッツリーニと宗一の性に関する知識はすごいのぉ。むっつりと変態紳士の名に偽りなしじゃ」

 

「変態紳士って言うな」

「………!!(ブンブン)」

 

 そんな会話をしながら廊下を歩いていると、先頭の雄二が屋上へとたどり着き、僕らは屋上の太陽の下に出た。

 

 ふむ、風が強い。これなら―――

 

「姫路さん、気を付けて。そこの変態二人がスカートの中を覗こうとしてるから」

 

「別に覗こうと」「………なんて」「「していない」」

 

「息ぴったりじゃの」

「あ、ありがとうございます島田さん」

「いいのよ、別に。そこの二人は女の敵だから、何かあったら言って。殴り殺すから」

 

 さらりとなんて恐ろしいことを言うんだ。

 

「そうだ、せっかく少ないFクラスの女子同士なんだし、瑞希って呼んでいい? アタシのことは美波でいいから」

「はい、しま――美波ちゃん」

 

 うむうむ。美少女二人が仲良くしているのを見るのは心が和む。

 一方は暴力女だが、それを差し引いても島田は可愛い。胸がないのは残念だが、スタイルはいいし、足は長くて綺麗で魅力的だ。

 姫路とは別ベクトルの可愛さを持っているのだ。

 だから、胸がないのを気にしていちいち僕の眼をチョキで潰そうとしないで。

 

「親睦会は済んだか?」

 

 雄二は溜息を吐きながら、屋上の段差に座っていた。島田達の話が終わるのを待っていたようだ。

 

「ゴメン坂本。それで、今回の戦争のミーティングだったわよね?」

「ああ。これからも基本的にこのメンバーで作戦会議を行う。明久、宣戦布告はしてきたな?」

「一応今日の午後に開戦予定を告げてきたよ」

 

 そう言いながら僕らは屋上の床に腰をおろす。

 

「それじゃあ先にお昼ご飯ってことね?」

「そうなるな。明久、今日の昼ぐらいはまともな物を食べろよ?」

「それならパンぐらい奢ってよ」

 

 明久は不貞腐れたように言った。そういえばこいつ……

 

「え? 吉井君って、お昼食べない人なんですか?」

 

 姫路が驚いたように明久を見る。

 

「違うよ姫路、明久は食べない人じゃなくて食べれない人なんだ」

「???」

 

僕の言葉の意味がうまく伝わらなかったのか、疑問を浮かべる姫路。

 

「いや、一応食べてるよ」

「あれは食べてると言えるのか?」

 

 雄二の横やりが入る。

 

「お前の主食って、水と塩だけだろう?」

 

 哀れむような雄二の声。

 ホームレスだって今時そんな食生活送らないだろう。

 

「きちんと砂糖だって食べてるよ!」

「あの、吉井君、水と塩と砂糖って食べるとは言いませんよ……」

「舐める、が表現としては正解じゃろうな」

 

 僕らの哀れむような視線に気付いたのか、明久は眼から食塩水を流し始めた。

 

「そもそも食費までゲームに使い込むのが悪い。アルバイトもしてないくせに」

「………自業自得」

「仕送りが少ないんだよ!」

 

 明久は一人暮らしをしている。家族が海外で暮らしているらしく、仕送りで生活しているのだが―――その食費を遊びにつぎ込んでいるのだ。

 趣味にお金がかかるのは分かるけど、もうちょっと自重した方がいいと思います、まる。

 

「まあでも、それだけでよく生きてるなって思う。なんで餓死しないの?」

「宗一の言葉が辛辣っ!」

「…………感心はするけど別に褒めてるわけじゃない」

「ていうか! 僕の食費を削るのは宗一とムッツリーニに原因があるよ!」

「僕と康太に?」

「………失礼な」

「そうだよ! 毎回毎回、ムッツリ商会にあんな魅力的な商品の数々を出すのが悪い!」

 

 言いがかりだろそれは。

 

「失礼な。僕らの商品を買ってくれるのは嬉しいけど、そういうのは自己責任だし。それに、どの商品もちゃんと良心的な価格を設定しているし。ねえ康太」

「…………まぁ、明久はお得意様(スッ)」

 

 そう言いながら康太は懐から保健体育の資料(僕のイラスト)を取り出した。

 数日前に「金髪・ボイン・JK」をテーマに描いたイラストだ。価格は500円。

 

「買ったぁ――――!」

 

「「毎度ありー」」

 

「うぉー! すげぇー! うぉー!」

「……お前、食費は?」

 

 雄二の言葉に固まる明久。ちなみにムッツリ商会は返品、返金は一切受け付けておりません。

 

「男なら……後悔……しないっ……!」

「勇者だな」

「吉井のこと馬鹿だと思ってたけど、ここまでとは思わなかった……」

 

 雄二と島田はやれやれと呆れる。

 すると、何を想ったのか、姫路が恥ずかしそうに言った。

 

「あの……もしよろしければ私がお弁当を作ってきましょうか?」

「ゑ?」

 

 うっそ。姫路の手作り弁当?

 

「本当に良いの? 僕、塩水と砂糖意外の物を食べるのは久しぶりだよ!」

「はい! もちろんです! それじゃあ、明日のお昼は持ってきますね」

 

どうやら僕は姫路を見誤っていたらしい。内気な性格だと思っていたので、こんなに積極的なタイプだとは思わなかった。

 

「良かったじゃないか明久。手作り弁当だぞ」

 

 雄二が明久の肩をぽんぽんと叩く。明久は本当に嬉しそうで、ニコニコと喜んでいる。

 

 だが、一名面白くなさそうな人が。

 

「ふーん、瑞希ってば優しいんだね。吉井()()()作ってくるなんて」

 

 棘が生えたように言うどこか不満げな島田。そりゃ、自分が好きな男に別の女子が「弁当作ってくる」なんて訊いたら面白くはないだろう。

 

「あ、いえ! その……よろしければ皆さんにも……」

「俺達にも? いいのか?」

 

 雄二が驚いたように声を上げる。

 マジかよ天使かよ。一人分だけでも十分大変だろうに、姫路本人も含めて7人分のお弁当とは。

 

「はい! 嫌じゃなかったら!」

 

 なのに嫌そうな顔ひとつしない彼女。マジで天使か。

 

「それは楽しみじゃのう」

「…………(コクコク)」

「お腹減らして待っておくよ」

「………お手並み拝見ね」

 

 秀吉も康太も僕も、思わず嬉しくなる。ついでとはいえ、姫路の手作り料理を食べれるのは嬉しい。島田はちょっと複雑そうだけど、彼女の明るい表情に圧されたのか、何も言わなかった。

 

 

「姫路さんって優しいね。今だから言うけど、僕初めて会う前から君のこと好き――」

「おい明久。今振られると弁当の話はなくなるぞ」

「――にしたいと思ってました」

 

 

…………。

 

 

「……おい、それじゃあ欲望をカミングアウトした、ただの変態だぞ」

「明久。いくらなんでも無理やりレ○プは……」

「違う! そんなつもりで言ったんじゃあない! 宗一も女の子がいるところでそういう単語言わないで!!」

「…………さすがに引く」

「ムッツリーニに引かれたぁ―――!?」

 

 

 閑話休題。

 

 

「そういえば雄二。一つ気になっておったのじゃが、どうしてDクラスなんじゃ? 段階を踏んでいくのならEクラスじゃろうし、勝負に出るならAクラスじゃろ?」

「そういえば、確かにそうですね」

「簡単だ。戦うまでもないからだ」

 

 雄二が答える。

 

「振り分け試験の時点では確かにEクラスのほうが上だ。だが明久、お前の周りにいる面子をよく見てみろ」

「美少女二人と馬鹿が二人と変態が二人いるね」

「誰が変態だ!」

「えぇ!? 雄二が反応するの!? どう考えても宗一とムッツリーニじゃないか!」

 

 なんて失礼な。まあ明久は複雑なことを考えると頭がショートするからな。少し手助けしよう。

 

「明久。振り分け試験の時点じゃ確かにEクラスは上。でも今は違う。理由は分かる?」

「えーっと……」

 

 明久は頭を抱えて唸り始める。

 

「ヒントは、本来うちのクラスにいないはずの生徒がいるからだよ」

 

 僕がそう言うと、明久は分かったのか手をポンとたたいた。

 

「そうか! 姫路さんか!」

「その通り」

「さすがだ宗一。姫路の実力があればEクラスは正面からでも簡単に倒せる。ぶっちゃけ、姫路一人でもEクラスを圧倒できる。だから戦うのは無駄なんだ。結果が分かり切ってるからな」

 

 なるほど~、と明久達は感心したように唸る。島田も姫路も驚いているようだ。

 

「だがDクラスとなると正面からは難しい。そこであるアドバンテージを使う。宗一は分かるか?」

 

 ふむ。アドバンテージか……。

 

「……新学期初日、初めての試召戦争。僕だったら――姫路を切り札に使う」

「理由は?」

「まだ他のクラスは誰がどのクラスにいるか把握し切れていないから」

 

 僕がそう言うと、雄二は「正解だ」とにっと笑う。

 

「今日は新学期初日。Fクラスに姫路がいるなんて情報はまだ出回っていない。これが大きなアドバンテージになる。相手はうちのクラスにAクラス並の生徒がいるなんて思ってもいない」

「たかがFクラスだ、と油断しているところを姫路さんでぶつけて相手を倒す、ってことだね」

 

「おぉ~」という感嘆の声が上がる。

 

「……もしかして、川上って頭がいい?」

「お、驚きました……」

「あれ? 実は僕って評価低い?」

「普段の言動を考えれば、当然と言えるじゃろ」

 

 やだ……僕の評価って低すぎ?

 

「俺達なら勝てる。このメンバーなら、Aクラスの連中を引きずり落とすことだってできる」

 

「いいわね、面白そうじゃない!」

「そうじゃな。やってみようかの」

「………(グッ)」

「が、がんばります!」

 

「よし、それじゃあ作戦だが……」

 

 打倒Aクラス。

 僕らの戦いが始まっていく。




Dクラス戦まで書ききれんかった……


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第六問 第一次試召大戦 ~Dクラス戦開幕~

Side 吉井明久

 

 

「川上、吉井! 木下達がDクラスの連中と渡り廊下で交戦状態に入ったわ!」

「OK。全員、戦死するのだけは絶対に避けるんだ。中堅部隊はこのままスリーマンセル、2対1で相手を叩け! 残った一人は味方が苦しくなったと思ったらすぐにスイッチ(後衛と入れ替わること)!」

 

『『『 了解! 』』』

 

 宗一の指示が渡り廊下に響く。初めての試験召喚戦争なのに、表情には緊張や怯えは微塵も出ていない。

秀吉達前線部隊を通り抜けたDクラスの兵士達を宗一は的確な指示で1人ずつ補習室に送っていく。

 

『川上! こっちの敵は仕留めたぞ!』

「ナイス須川! 反対側の横溝のフォローに向かってくれ! あっちは数で押そうとしてきてる、敵を一人も通すな!」

『分かった!』

 

 宗一の言葉に須川君が力強く頷く。宗一の指揮官としての能力が高いとなんとなく分かっているのだろう。実際、宗一の指示は的確で、まだここまで一人も戦死者は出ていない。

 

「僕達の役目は先行した秀吉達の援護! 死ぬのは今じゃない、踏ん張れ!」

 

『『『 おうっ! 』』』

 

「生き残ったら、僕がエロイラストをタダで描いてやる! もちろん、リクエストは受け付けるぞ!」

 

『『『 よっしゃぁ―――!! 』』』

 

「すごいね吉井! 川上ってこんな頼りがいがある奴だったのね!」

「うん、これなら行けそうだよ!」

 

 同じ部隊に配属された島田さん。ポニーテールがトレードマークの彼女は、背は高く脚も綺麗だ。なのにどこか女性としての魅力が欠けている。何が足りないんだろう。

 

「ああ、胸か」

「あんたの指を折るわ」

 

 まずい。なんか地雷踏んだっぽい!

 

「島田、今はこっちに集中して。明久はあとで殺していいから」

「ちょっと待って宗一! 仲間の一人が同士に殺されるのを隊長として黙ってみてていいのか!?」

「じゃあ、明久はあそこの激戦区に行ってもらおう」

 

 宗一は渡り廊下の方を指差した。

 

『戦死者は補習ー!!』

『て、鉄人!? 嫌だ! 補習室は嫌なんだっ!』

『黙れ! 捕虜は全員この戦闘が終わるまで補修室で特別講義だ! 終戦まで何時間かかるかわからんが、たっぷりと指導してやるからな』

『た、頼む! 見逃してくれ! あんな拷問堪え切れる気がしない!』

『拷問? そんなことはしない。これは立派な教育だ。補修が終わるころには趣味が勉強、尊敬するのは二宮金次郎、と言った理想的な生徒に仕立てあげてやろう』

『お、鬼だ! 誰か助け、イヤァァ―――(バタン、ガチャ)』

 

 渡り廊下の先は地獄が繰り広げられていた。

 

「宗一、副隊長として進言する。ここは総員退避を――」

「島田、逃亡は反逆罪だから処罰して」

「この意気地なし!」

 

 殴られた。しかもチョキで。

 

「ぎゃあ!目が、目がぁ!」

 

「明久、補習が怖いのは分かるけど、これは戦争だよ。君が逃げてどうすんのさ」

 

 宗一が言う。

 

「試験召喚戦争。本物の戦争とは違うけど、本質は同じだ。僕たちは領土(施設)を奪うために戦いを仕掛けたんだ。Aクラスの設備が欲しいって言う自分勝手な理由で。いきなり喧嘩を買わされて負ければ設備を落とされる相手からすれば堪った物じゃないでしょ? なのに明久、君が始めた戦争なのに自分は逃げる気? まさか自分が始めておいて後は知りませんって人任せにするつもり? さすがに虫がよすぎるよ」

「うぐっ」

 

 宗一の正論に思わず言葉が詰まる。

 

「友達の為に戦う。聞こえはいいけど、自分が作った責任も果たせないなら下がれ。臆病風に吹かれた兵士は邪魔なだけだ」

 

 苛立ちが込められた宗一の言葉は鋭く冷たく、まるで鈍器のように重かった。思わず僕は頭を殴られた気分になる。

 基本的にスケベで軽い性格の宗一だけど、今分かった。宗一はこの場にいる誰よりも真剣に戦っているんだ。

 

 実は昼休みの後、この試験召喚戦争が行われた理由を半ば無理やり宗一に言わされた。「姫路さんの為」と言うと、宗一は呆れながらも笑って「明久らしい」と言ってくれたけど……。

 

「どうする? 逃げるか、戦うか」

「僕は―――」

 

 僕は姫路さんの為と言ってこの戦争を仕掛けたんだ。雄二の性格から考えて、遠からず行われるはずだったんだろうけど、きっかけは僕なんだ。

 なら僕には、戦わなきゃいけない責任がある。

 

 

「吉井、ウチも戦うから頑張ろう?」

「島田さん――うん、ゴメン、宗一。僕が間違っていたよ。補習室を恐れずにこの戦闘に勝利することだけを考えるよ」

 

 僕が始めたことは決して軽いことじゃないんだ。

 宗一の言葉に気付かされ、僕は恥ずかしい気持ちになる。戦死ペナルティの補習が怖くて逃げようだなんて……!

 

「分かったならいいよ」

「大丈夫よ吉井。個別戦闘は弱いかもしれないけど、多対一で闘えばいいのよ」

「そうだね、よし、やるぞ!」

「その意気よ、吉井!」

 

 拳を挙げる僕達。大丈夫、僕らならやれる!

 

 そう意気込んでいると、宗一の所に報告係がやってきた。

 

「川上! 前線部隊が後退を開始した!」

「分かった。皆、ようやく出番だ! もうすぐ秀吉達が戻ってくる。とどめを刺そうとやってきたDクラスの連中を引き連れて! 僕達の役目はそのDクラスの連中を渡り廊下で抑えることだ!」

 

『『『 おうっ! 』』』

 

 僕らは改めて気合を入れ直す。さあ、いよいよ僕達の出番だ。

 

「あと、代表――雄二から伝言がある」

「雄二から?」

 

 メモを見ながら宗一が全員に伝わるようにはっきりとした声で言った。

 

「『逃げたらコロス』」

 

「全員突撃しろぉーっ!」

 

 僕らは思わず戦場へと駈け出した。

 

 

 

 

 

 

「明久! 島田! 宗一! 援護に来てくれたんじゃな!」

 

 前方から美少女、もとい、秀吉がやってきた。相変わらず可愛い。

 

「秀吉、大丈夫?」

「戦死は免れたが、点数はかなり厳しい所まで削られてしまったわい」

「分かった。後退した時の指示も雄二からもらってる。秀吉達前衛部隊はこのまま教室に戻って回復試験を受けて、終わり次第雄二たちと合流して」

「了解したのじゃ。時間的に全部のテストは受けれんが、1、2科目受けてくるとしよう」

 

 言うや否や、秀吉達先行部隊は教室に向かって走っていく。出陣した時より人数が少ないのは、戦死して補習室に連れて行かれたからだろう。

 

 そしてさっきまで秀吉達と戦っていたのだろう、Dクラスの兵士達がこっちに向かってくる!

 

「吉井、川上! あいつら、五十嵐先生と布施先生を連れてきたわ!」

「化学教師か!」

 

 現在、渡り廊下に広がっているのは総合科目のフィールドだが、勝負を早めるために立会人を増やしてきたのだろう。秀吉達先行部隊が予定より撤退するのが早かったのはこれが原因か!

 

『いたぞ! 変態紳士の川上宗一だ!』

『あいつは理系科目が壊滅的だ! 周りの兵を潰して川上宗一を狙え!』

 

 どうやら宗一の苦手科目が理系科目だとばれているらしい。

 

「ちなみに宗一、化学の点数は……」

「二桁もいってない」

「僕より低いじゃないか!」

 

 なんてことだ。まさか僕より低い奴がいるだなんて!

 

「分かってる。島田と吉井は僕についてきて。須川達は布施先生を連れてきたDクラスをこの場に張り付けろ! 僕達は高橋先生を連れてきて挟み撃ちにする!」

「了解!」

 

 僕らは渡り廊下の脇を通って高橋先生の所に行こうとするが――

 

「させない! 布施先生、川上宗一に化学勝負を―――!」

 

 ちぃ!気付かれた! 宗一に敵が―――!

 

「させるか! 須川がその勝負を受ける!」

 

 そこを須川君達が滑り込むように盾となってくれた。さすが!

 

「川上ィ! 貸し1だからなぁ!」

「ちゃんとイラスト用意しとけよコラァ!」

「俺はOLのイラスト!」

「俺は美人人妻だ!」

 

「任せろ! 夜のおかずに一生困らないようなドチャクソシコリティが高い芸術を見せてやる!」

 

『『『よっしゃあ!』』』

 

 男達は笑顔で戦場を駆ける。すべてはエロの為に!

 

「な、何よこいつら……」

「目が血走ってるー! きもいー!」

 

 

「…………」

「ん? どうしたの、島田さん」

「いや……なんか、ウチもこいつらの仲間だと思うと、テンション下がっちゃって……」

 

 

 何を言っているんだろう。こんなに熱くテンションが盛り上がる最高の場面だと言うのに。

 

 

 

 

…………

 

 

「見つけましたわ、お姉様……! それに、あのお方も一緒だなんて! どうやら運命は美春の味方のようですっ!」




評価、お気に入り登録、感想ありがとうございます! 
数字が増えていくととても嬉しいです!

しかも評価バーがオレンジに!感想をもらえるとこんなにも嬉しいんですね。これからも応援よろしくお願いします!

次回はバカテスの世界で1,2を争う問題児クレイジーサイコレズの登場です!


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第七問 第一次試召大戦 ~Dクラス戦~ 同性愛も愛の一種

Side 吉井明久

 

 

 

「美波お姉さま――――――!!」

 

 渡り廊下に女子の声が響く。どうやらDクラスの女子に見つかってしまったみたいだ!

 

「く、ぬかったわ!」

 

 そこには化学担当の五十嵐先生を連れた、ドリルのツインテールがよく似合う女の子が立っていた。

 傍らには彼女の姿をデフォルメし武器を持たせた召喚獣が立っている。

 

「み、美春!」

「お久しぶりですね、美波お姉さま! 美春はお姉さまに捨てられて以来、この日を一日千秋の想いで待っていました!」

 

 まずい、島田さんも僕も、そして宗一も化学の点数は高くない! 早く高橋先生の所に行かなきゃいけないのに!

 思わず歯噛みしていると、美春と呼ばれた女の子は宗一の方を見てにぱっと笑った。

 

 

「あ! 宗一お兄さま!」

 

 

「えっ!?」島田さんが驚愕の声を上げる。

 

「清水。そっか、清水はDクラスだったんだ」

 

「えぇっ!?」島田さんがさらに驚いたように目を見開いた。何を驚いているんだろう。

 

「はい! ご無沙汰してます、宗一お兄さま! お兄さまはFクラスだったんですね?」

「そうそう。それにしても清水は相変わらず島田にお熱なんだね」

「はい! お陰様で美春お姉さまと順調に愛を育んでいます!」

 

「お兄さま!? うそっ! 美春が川上をお兄さま呼び!? ていうか何普通に雑談してるのよ! アンタこっち側の味方でしょ!?」

 

 島田さんがよく分からないけど宗一を見てすごく驚いている。一体どうしたんだろう?

 

「島田さん、あの女の子のこと知ってるの?」

「知ってるも何も……あの子はDクラスの清水美春! 去年からずっとウチに付き纏ってくる子よ! 毎日アプローチしてくるの!」

 

 ……なんだか、島田さんが遠い。

 

「川上! アンタなんで美春と知り合いなの? 美春は男嫌いがひどいのに!」

「ああ、清水とは普通に友達だよ?」

「友達じゃありませんわお兄さま! 宗一お兄さまは美春が唯一尊敬できる人なんです! 好きとかではなく、純粋に憧れているんです!」

「一体何があったのよ!?」

「別に、大したことはしてないよ。いろいろと悩みとか相談とか聞いてたらいつの間にかこうなってたんだ。最初の出会いは確か……」

 

 宗一はそう言って語り始める。

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

 そう、あれは半年ぐらい前のこと。

 当時、僕と康太が共同で発足したムッツリ商会がようやく軌道に乗り始めた頃のことだ。

 僕のイラストと康太の写真が順調に売れ始めていたある日、放課後に僕のイラストを買いに来たのが、清水だった。

 

「いらっしゃい。何か希望は?」

「……この女の子のイラストを買います」

 

 静かな声でぽそりと、清水はポニーテールの女の子のイラストを買った。え? 誰をモデルにしたかって? それはまあ置いといて。

 その時の清水の表情は暗くてね。なんとなく聞いてみたんだ。

 

「どうしたん? 僕の絵がどこか気に入らない?」

「いえ、そんなことはないです。豚野郎のくせに、美春が愛する人の魅力が詰まった素敵な絵です」

「愛する? 女の子のイラストを? ……ひょっとして、この絵のモデルの人が好きなの?」

「……おかしいですか? 女の子は女の子を愛しちゃ、いけないんですか?」

 

 話を聞くと、どうやら清水は友人に「女の子を好きになった」と相談した所、その友人からドン引きされて疎遠になってしまったのだと言う。

 そのことでかなり思いつめていたらしく、清水は涙を流していた。

 

 だから、僕はこう言ったんだ。

 

「確かに、世間一般から見れば同性愛は普通じゃないだろうね」

「―――豚野郎め、そんなの―――!」

「でも、話を聞いていて分かったよ。君は愛に一途な人だ。その対象が女の子だったってだけで」

 

 清水の動きがぴたりと止まった。

 

「……いち、ず?」

「そう、素敵な感情だ。僕はこうやってBLとか百合とかいろいろ描いてる。いろいろなジャンルを描けるっていうのは芸術家にとって強みだけど、僕は百合の絵をずっと描いている人には負けると思ってる。BLをずっと描き続けている人にも負ける。だって、『そのジャンルが好きだ!』っていう思いが僕とは全然違うからね。僕からすれば、一つのジャンルを極めれるってのはすごいってことなんだ」

「……意味が分かりません」

 

「そうだね。例えるなら、結婚60年、浮気もせずにずっと一人の相手を愛し続けてきた人と、浮気や離婚と結婚を繰り返す人、どっちの愛情が強いかって話。僕の場合は、後者。浮気者だ。でも君は、前者。ずっと一人を愛せる心を持っている。だから、一途に誰かを愛せる君は、とても尊くて美しいと僕は思う」

 

「…………!」

 

「世の中には愛情を異性ではなく別の物に向けてしまう人だっている。中にはエッフェル塔と結婚しちゃった人だっているんだぜ? だから女の子を好きになるぐらい問題ないさ。だから、僕は君にこう言おう」

 

 

 

 

―――――回想終了

 

 

 

 

 

「そして僕はこう言ったんだ。『―――逆に考えるんだ。女の子を好きになっちゃってもいいさ、と考えるんだ』……ってね」

 

 

 

 

「アンタだったのね!! 美春がウチに付き纏うようになったのはアンタが原因だったのねぇ―――――!!!」

 

 島田さんの絶叫が廊下に響く。

 ウチがレズに付き纏われている原因は友人だった件。

 そして僕の友人が同性愛に対して無駄に寛容過ぎて怖い。すごく深くていい話に聞こえるのがまた。そして僕の友人の島田さんがその愛に晒されていて可哀そう。

 

 

「ひどいです! 何を言っているんですかお姉さま! 宗一お兄さまのおかげで、美春はこんなにも自分に素直になれたと言うのに!」

「そうだよ島田。同性愛もひとつの愛の形。正面から向き合うべきだよ」

 

 あれ? 宗一ってFクラスだよね? なぜか段々とDクラス側(清水さんの味方)のように見えてきたよ。

 

「だからウチは普通に男の子が好きだって言ってるじゃない!! 何度も何度も!!」

「まあ、島田がノーマルだってのは分かる。でも、半年以上ずっと島田を想っていた清水の愛も、たまには受け止めるべきだと僕は思うんだよ」

「重すぎるのよその想い!」

 

『いい話だな……』

『一途な愛、とっても素敵じゃない……』

『いけない……ちょっと涙が……』

 

「何よこのしんみりとした空気はぁ――――!?」

 

 すると渡り廊下で戦闘をしていたDクラスとFクラスの面々はいつの間にか争いの手を止めて宗一の話に聞き入っていた。

 中には話に感化されて泣き出す先生や生徒が出る始末。

 ここそんなに感動するところ? もしかして僕と島田さんが間違ってるの?

 

「大丈夫です! 卒業するまでに、美春がお姉さまを落として見せます! そしてゆくゆくは美春と甘い新婚生活を!」

「頑張れ島田。君の恋愛事情もある程度知ってるけど、友人として清水の味方をしてやりたいってのもあるんだよ。だからお互い納得するまでぶつかり合うべきだと思う」

 

 だからガンバレと爽やかにサムズアップする宗一。

 なんだか、ここで僕が清水さんと戦ったらすごく空気が読めない奴みたいになりそう。

 

「よし、島田さん、ここは君に任せて先に行くよ!」

「ちょっ……! 普通逆じゃない!? 『ここは僕に任せて先を急げ!』じゃないの!?」

「ここは二次元じゃない!」

「こ、このゲス野郎! ここにウチの味方はいないのっ!?」

 

「お姉さま、逃がしません!」

 

 試験召喚獣を召喚した清水さんがじわじわと島田さんに近寄ってくる。

 

 

「くっ…やるしかないってことね!」

 

 

 

「――試獣召喚(サモン)っ!」

 

 

 

 島田さんの喚び声に応えて彼女の足元に幾何学模様の魔法陣が現れる。システムが起動した証だ。

 そして姿を現したのは島田さんそっくりの召喚獣。

 軍服とサーベルを持った、80センチ前後のデフォルメされた島田美波。

 

 

「いい加減、ウチのことは諦めなさい!」

「諦められません! この想いは、そう簡単には―――!」

 

 二人の召喚獣の距離が縮まり、ついに激突する。

 正面からぶつかり合い、力比べが始まった。

 

 しかし、相手はDクラス。決着はあっさりと訪れた。

 

 島田さんの召喚獣の武器が弾き飛ばされ、清水さんの召喚獣に押し倒されてしまった。

 

 

化学勝負

 

   Fクラス 島田美波   53点

 

      VS

 

   Dクラス 清水美春   94点

 

 

 しばらくすると、召喚獣の頭の上に二人のテストの点数が表示される。

 召喚獣の点数は、ゲームで言うならHP(ヒットポイント)。なくなれば戦死扱いだが、この点数に応じて召喚獣の攻撃力も変わってきたりする。

 そして召喚獣には急所というものがあり、足や腕に攻撃を当ててもそこまでダメージは与えられない。

 頭や喉が急所というのは人間と同じであり、そこに剣を突き刺せば即死することが多いのが召喚獣だ。

 

 押し倒された島田さんの召喚獣の喉元に、清水さんの召喚獣の剣が添えられる。

 

「さ、お姉さま。勝負はつきましたね?」

「いやぁ! 補習室だけは嫌ぁ!!」

「補習室……? フフッ」

 

 楽しそうに笑った清水さんは、笑いながら取り乱す清水さんの手を引っ張っていく。あれ?どこ行くの!? そっちは保健室だよ!?

 

「ふふっ、お姉さま、この時間ならベッドは空いていますからね」

「よ、吉井! 早くフォローを! なんだか今のウチは補習室行きより危険な状況にいるの!」

 

 僕もそう思う。できることなら助けてあげたいんだけど……。

 

「殺します……もう迷わないって決めたんです……美春とお姉さまを邪魔する豚野郎は全員抹殺します……!」

 

 僕にはそこに飛び込む勇気はない。

 

「島田さん! 君のことは忘れない!」

「ああっ! 吉井! なんで戦う前から別れのセリフを!?」

 

 

僕が島田さんを見捨てようとしたその瞬間。

 

「清水、ゴメン。そこまでだよ。――試獣召喚(サモン)

 

 すると、殺気を放つ清水さんの前に立ち塞がるように、宗一が召喚獣を呼び出した。

 宗一の足元の魔法陣から現れたのは、青いツナギを着て赤いベレー帽をかぶった召喚獣だ。

 右手には絵具がつけられたパレット、左手には絵を描く筆を持ってる。

 召喚獣なのに武器すら持ってない!?

 

 

化学勝負

 

   Fクラス 川上宗一   7点

 

      VS

 

   Dクラス 清水美春   41点

 

 

「しかも7点!? なんて数字をとってるんだよ宗一!」

「うぇーん! ウチもう終わったぁー! もうお嫁にいけないー!」

 

 宗一が召喚したせいで、辺りに暗い敗北ムードが漂う。もうこれはダメだ……。

 

「邪魔をするというのですか、宗一お兄さまっ!」

「ごめん、清水。これは戦争なんだ。清水を応援したいのは山々なんだけど、僕は指揮官。島田をここで戦死させるわけにはいかないんだ。ここで2人を見送って後で初体験をゆっくり聞きたいってのもあるんだけど「聞くなバカァー!!」代わりと言ってはアレだけど――この間から「ウチと美春の新婚生活」っていうのを小説で書いてるから、それをプレゼントするってことでここは引き下がって欲しい」

 

「…………――――ハッ! あ、危うく甘い誘惑に落ちるところでした……! さすが宗一お兄さま、一瞬も油断できませんっ!」

「なんて物書いてるのよこの変態――――!」

 

 多分、タイトルからして島田さんの視点で描かれた清水さんとの新婚生活の小説なんだろう。しかも挿絵付のR-18。きっと官能的な小説なんだろうなぁ……。

 

「ここまできたなら、いくらお兄さまと言えど容赦はしませんっ! お姉さまとの愛のために、補習室へ行ってください!」 

 

 清水さんの召喚獣が剣を構えて宗一のほうへ突進する!

 やばい! いくらなんでも筆で剣に対抗するなんて!

 けれど宗一はまったく焦らずにこう言った。

 

「清水! 足元がお留守だよ!」

 

「え? あっ!」

 

 宗一の召喚獣が筆を振ると、清水さんの召喚獣の足元が絵の具で塗られる。その絵の具を踏んでしまった清水さんの召喚獣は滑って転んでしまった!

 そしてその瞬間を待っていたかのように宗一が叫ぶ。

 

「今だ、総員突撃!! 島田美波を救出しろ!」

 

 

『『『うおぉ――――!!』』』

 

 

 宗一の掛け声に応えたのは、須川君達だった。渡り廊下での戦闘をいつの間にか終わらせて駆けつけてくれたんだ!

 

 

「く、もう少しだと言うのにぃ――――!!」

 

 

 清水さんの叫び声が響く。哀れ、Fクラスの中堅部隊に総攻撃をくらった清水さんの召喚獣は吹っ飛ばされ、点数はすぐに0点になってしまった。

 

 

「戦死者は補習ぅー!!」

「須川、ありがとう! 西村先生、早くこの危険人物を補習室に!」

「おお、清水か。たっぷり勉強漬けにしてやるぞ。こっちに来い」

 

 清水さんは鉄人に担がれ、補習室に連行されていく。島田さんは点数は減らされた物の、戦死扱いにはなっていないようだった。

 

「くっ、お姉さま! 美春は諦めませんからね! 無事に卒業できるとは思わないでください! あとお兄さま、放課後買いに行くのでちゃんと小説用意しておいてくださぁ――――い!」

 

 なんて捨て台詞だ。

 

 そしてこれが試験召喚戦争……なんて危ない戦いなんだ!

 

「ふぅ……時間稼ぎがうまく行ってよかった。ありがとう須川」

「川上」

「島田さん、お疲れ。とりあえず一度戻って科学のテストを受けてくるといいよ」

「吉井」

「よし、明久、須川。このままDクラス前の方へ―――」

 

「吉井ィ! 川上ィ!」

 

「「は、ハイィ!」」

 

「……ウチを見捨てたわね、吉井」

「き、記憶にございません……」

「……美春をたきつけた挙句、なんか変な物を売ってるそうじゃない、川上」

「き、記憶にございません……」

 

「…………」

 

 

 

 

 島田さんの拳が僕と宗一の顔面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 




評価バーが……赤く!?
ありがとうございます!

実は清水は結構お気に入りです。



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第八問 第一次試召大戦 ~Dクラス戦~ 決着編

Side 川上宗一

 

 

「こら、放しなさい須川! 吉井、川上! アンタ達絶対に許さないからね!」

「は、早く連れて行って! なんかその禍々しい視線だけで殺されそうだ!」

「そ、その通り! 須川、早く錯乱した島田を本陣に!」

「ちょっと、放し―――殺してやるんだからぁ!!」

 

 

 恐ろしい捨て台詞を吐いた島田は須川に羽交い絞めにされてFクラスの教室の方へ連れてかれる。

 それにしてもなんて鋭いパンチを放つんだ島田は。まだ鼻血が止まらないし。高校止めてボクシング始めれば世界がとれるよ。

 

「ねえ、宗一、本当に恐ろしいのは戦争中の相手じゃなくて味方なんじゃないかな……?」

 

 同じく鼻血を流している明久は疲れ切ったようにそうぽつりとこぼした。それには同意せざるを得ない。

 

 僕は顔を両手でぱあんとはたいて、改めて気合を入れ直す。

 

「よし、それじゃあ全員、仕切り直しだ! 20分――いや、30分時間を稼ぐ! それまでなんとしてでも生き延びろ! 1点でも残れば戦死にはならない、覚悟を決めるぞ!」

 

 

『『『 オォ――――!!! 』』』

 

 

 秀吉達が補給に向かってすでに30分近く経過している。

 この戦争が始まってからはすでに1時間以上。もうすぐ放課後だ。雄二の作戦が実行できる時間。

 そして、僕らの切り札が力を蓄える時間も十分だろう。

 

「全員死ぬな! 死ぬなら相手を殺して(道連れにして)から死ね! 行くぞ野郎どもぉ!!」

 

『『『 おっしゃぁ――――!!! 』』』

 

 男共が拳を振り上げ気合を入れる。

 ここからが踏ん張り所だ!

 

「宗一」

「どうした?」

「鼻血流してて、全然締まらないよ」

「うるさい」

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

「川上隊長! 横溝がやられそうだ!!」

「五十嵐先生側の通路だが、俺以外の疲弊が激しい!! 援軍を頼む!」

「藤堂の召喚獣がやられそうだ! 助けてやってくれ!」

「宗一! なんとかできないのぉ!?」

 

 やはり、Dクラスとの地力の差がじわじわ出てきた。モチベーションや士気はこっちの方が高いとはいえ、戦力はやはりあちらの方が上だ。

 これでDクラスよりFクラスのほうが人数が上とかだったらもっとやりようがあったんだけど、ないものねだりはできない。

 

「みんな、一度下がれ! ――試獣召喚(サモン)っ!」

 

 もう一度僕は召喚獣を呼び出し、筆を振るう。

 

 

 Fクラス 川上宗一

 化学     7点

 

 召喚獣が筆を振ると、Dクラスの召喚獣たちの足元が青色の絵の具で塗られる。

 

「な、なにこれ!?」

「絵の具で急に滑って……!」

 

 それを踏んだDクラスの生徒の召喚獣は次々と転倒していく。

 

「さらにさらに、絶景を御覧じろ!」

 

 僕の召喚獣は突如1m大の大きな筆に持ち替えたかと思うと、何もない空中に絵を描き始める。

 それは大きな富士山だった。

 渡り廊下の端から端まで埋め尽くし、DクラスとFクラスの間に立ちふさがる。

 

「な、なにこれ!? 私達の召喚獣が通れない!?」

「攻撃しろ! もう奴らの点数はほとんどない! この絵を壊してとどめを刺すんだ!」

「で、でも足元が滑ってうまく召喚獣の操作がぁ――!」

 

 Dクラスの連中は突如現れた富士山に攻撃を仕掛けようとするものの、足元が滑ってうまく攻撃できずにいる。あれは召喚獣が描いた絵だ。人間は通れるが、召喚獣は通れない。

 一時的だけど、これで時間稼ぎができるはずだ。

 

「すっげぇ! さすが川上隊長だ!」

「変態紳士のくせに、やることがさすがだぜ!」

 

「「「変態紳士っ!変態紳士っ!」」」

 

 突如鳴り響く変態紳士コール。なぜか全然嬉しくないっ!

 

「うるさいうるさーい! そのあだ名で呼ぶな! 今のうちに戦況を立て直す! 点数が0になりそうな奴は後衛と交代だ! 点数に余裕がまだある奴はもう少し踏ん張ってもらう!」

 

「「「了解!」」」

 

「すごいよ宗一、宗一の召喚獣はこんなこともできるんだね!」

 

「僕の召喚獣だからね」

 

 召喚獣はシステムの設定にもよるが、武器や能力は召喚者本人の素質や性格、趣味嗜好が反映されるらしい。

 僕の場合は筆なので攻撃力は現国とかでもない限り相手にダメージを与えることは難しいんだけど、こういう絡め手に使うこともできる。

 

「うん、姑息で変態な宗一らし足の親指に踏み抜かれたような痛みがぁ――――!!」

「それより明久も体勢を立て直すんだ。あの壁は7点で作った絵だから、すぐに突破される」

「うん、分かった! だから足をどけてくれないかな!?」

 

 

「Fクラスめ、明らかに時間稼ぎが目的だ!」

「何を待っているんだ!?」

 

 やばい。こっちの意図に気付き始めたか。そりゃこんな防御主体の戦い方をしてたら時間稼ぎだって誰でも気付くか。

 

「大変だ! 斥候からFクラスに世界史の田中が呼び出されたって報告が!」

「Fクラスの奴ら長期戦に持ち込むつもりか!」

 

「まずいよ宗一……」

 

 明久の顔に焦燥が滲みだす。焦るの分かるけど、落ち着いてほしい。

 すると先ほど島田を連れ出した須川が戻ってきた。

 

「吉井、川上。本陣からの情報だ。Dクラスは数学の木内を連れ出したみたいだ!」

「木内先生か……採点の速さをあげて一気に押し潰すつもりか」

 

 今日は新学期初日。普段より授業が終わるのは早いとは言っても、時間はまだまだかかる。

 このままだと前線は潰れる。どうしたものか……

 

「ねえ、須川君」

「なんだ?」

「明久? 何か思いついた?」

 

 

「――Dクラスに偽情報を流してほしいんだ」

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「みんな! 1対1じゃ勝てないからね! コンビネーションを重視して!」

 

 明久が指示を飛ばす。さっき弱腰になっていた明久はもうどこにもいない。その表情は真剣さに満ちている。

 柄にもなくさっきは明久にあんなことを言ったけど、明久は誰よりも優しい。本来あんなことを言ってケツを叩くまでもなく、明久は自分の足でしっかりと立てる奴だ。他人のために体を張れる男なのだから。

 これもまた、雄二とは違うけどテストでは測れない力。いや、力というより人間としての魅力と言ったほうがいい。

 人を疑うことを知らない馬鹿、と言えばそれだけなのだが、今の世の中であそこまで素直にいられる人間はいないと思う。

 だからこそ、雄二は明久の試験召喚戦争の誘いに応じるぐらいには、明久に心を許してる。

 僕も康太も秀吉も、そんな明久だからこそ信頼して友達になったのだ。

 姫路も島田も、そんな明久だからこそ惹かれたんだろう。

 現にこうやって、メンバーに指示を飛ばし責任を果たそうとしている。

 

「明久! もう一度後退させて!」

「分かった! 皆、一歩下がるんだ!」

 

 Fクラスのメンバーが一歩下がったのを見計らって召喚獣が筆を振るうと、再び渡り廊下にハリボテの富士山が現れる。

 

「またぁ!?」

「くっ、この卑怯者! 変態!」

「無駄にうまく描きやがって!」

「葛飾北斎かよ! このド変態!」

 

 なんで富士山を描いただけで変態って言われなきゃいけないんだ。

 

「塚本! このままじゃ埒があかない!」

「もう少し待っていろ! 数学の船越先生を呼んでくる!」

 

「船越先生!?」

 

 よりにもよってあの人を呼ぶのか。熟女も基本的にOKな僕だけど、あの人は嫌いだ。

 45歳♀独身なのは同情するけど、だからって単位を盾に交際を迫ってくるか? 僕も迫られたが、話していて普通に人間として魅力がなかったのでばっさり断った。

 

「宗一、まずいよ! 向こうは船越先生を立ち合い人にする気だよ!」

「あーもう、須川はまだなのか!?」

 

 明久が須川に頼んだこと。それは偽情報を流して先生を別の場所に誘導することだ。

 単純な偽情報だと、さっきから大声で怒鳴っているDクラスの塚本によって偽情報が看破される。単純に声が大きいってだけだけど、あれは混乱した部隊をまとめる力を持っているんだよね。

 

「こうなったら明久、君もそろそろ召喚を……!」

「僕ゥ!? やだよ、召喚獣のフィードバックがあるんだよ!? もし攻撃が当たったら痛みで気絶しちゃう!」

「そんなこと言ってる場合!? 僕なんか7点の召喚獣を出してるんだ! 君も覚悟を決めろこの腰抜け野郎!」

「なんだとこの馬鹿! 7点なんて点数取る君が悪いんだろこの変態糞野郎!」

 などと明久といがみ合っていると―――

 

 

 ピンポンパンポーン<連絡します>

 

 聞き覚えのある声で校内放送が流れだした。

 

「この声は須川君! そっか、放送室に行ったから時間がかかったのか!」

 

<船越先生、船越先生>

 

 しかも呼び出し相手は件の船越先生。ナイスだ!

 

 と思った矢先。

 

<吉井明久君と川上宗一君が体育館裏で待っています>

 

 

「「――――は?」」

 

 僕と明久の間抜けな声。

 

<生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです>

 

「ひぃぃい! 何て危険なことを言ってるの須川君! あの船越女史だよ? 婚期を逃して生徒達に手を出そうとしてる船越先生になんてことを!」

 

 なるほど、これなら体育館裏に確実に向かってくれるな(白目)

 僕と明久の貞操を犠牲にして。

 

 僕は携帯電話を取り出してある友人に電話をかける。

 

「吉井副隊長……川上隊長……アンタぁ男だよ!」

「ああ、感動したよ。まさかクラスの為にそこまでやってくれるなんて!」

 

 

 仲間達が握手を求めてくるが無視する。明久も狼狽えてるけどそれも無視。

 

 

「おい、聞いたか今の放送」

「連中本気で勝ちに来てるぞ」

「あんな確固たる意志を持ってる奴らに勝てるのか?」

 

 Dクラスもなんか言ってるけど全部無視!

 

―――プルルル ガチャッ

 

『どうしたのじゃ、宗一』

 

 電話に出たのは秀吉だ。

 

「秀吉、今の放送は聞いた?」

『もちろん、ばっちり聞こえたぞい』

「――雄二だね?」

『……そうじゃ』

 

 ふふ、やっぱりな♂

 雄二、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって名言を知らないのかな?

 

「じゃあ秀吉、これから放送室に向かってメールに書いてある文章を読み上げてくれ」

『いや、待つのじゃ宗一。仕返しをしたいのは分かるが、じゃがそれは―――』

「断ったら二度と演劇部の台本を書かない」

『…………』

 

 交渉成立。

 それから僕は二言三言秀吉に指示して電話を切った。

 そして期待を込めた目で僕を見つめる皆に言う。

 

「……皆」

「川上隊長?」

「僕達の屍を踏み越えていけ! 僕達の貞操を無駄にするな!」

「おお! さすが川上隊長だ!」

「絶対に勝つぞーーーー!」

「いけますよ隊長! この勢いで押し返しましょう!」

 

 せっかく盛り上がった士気。こうなったらとことんまでやってやるよ!

 

「……す」

 

 ぷるぷる震える明久。怒りに震えてるのがよく分かる。

 でも僕も同じ気持ちだ。やられたらやり返す……倍返しだ!

 

「須川ぁぁああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

―――――Side 坂本雄二

 

 

「ふむ、そろそろ頃合いか」

 

 放送が聞こえてから5分。船越先生も体育館裏に向かったし、そろそろ前線で闘ってる宗一と明久を回収に向かうか。

 姫路の点数も回復できた。島田や秀吉達も回復できてる。ここまでできたのはあいつらが踏ん張ったおかげか。

 それにしても……さっきの放送、傑作だったぜ。

 いかん、笑いが……。

 

「ん?」

 

 おかしい。秀吉の姿がどこにも見えない。さっきまでここにいたが、携帯で誰かと話したかと思うとどこかに行っちまった。便所か?

 などと考えていると。

 

 ピンポンパンポーン <Fクラス代表、坂本雄二だ>

 

 ―――は? 俺の声? なんで?

 

<船越先生、体育館倉庫で待っていてくれないか?>

 

 ちょ、ちょっと待て!? 誰だ俺の声でこんな放送流してる奴!?

 

 こんなことをできるのは―――まさか!

 

<俺に、俺に「女」を教えてくれ! そして俺を男にしてくれ!>

 

「ちょっ―――」

 

 なんてこと言ってくれるんだこいつは!?

 

<家族は二人欲しい。俺を父親にして欲しいんだ! 体育館倉庫での保健体育の実習……楽しみにしてるぜ>

 

 ――――ブツリ

 

 放送がブツリと切れた。なるほど、さっきの放送よりインパクトが強い放送だ。結婚願望の塊のような船越女史には効果覿面だろう。

 そしてこれを流したのは秀吉に違いない。ここにいないのはおそらく放送室に向かったからだ。演劇部のホープである秀吉なら俺の声を真似するぐらいは朝飯前だろう。

 だが秀吉にはこんな文章を、ましてやこれを放送しようだなんてことは考えない。やる度胸うんぬんより、ただ単にそういう性格だからだ。

 なら、俺の周りでこんなことを思いつくのはあいつしかいねぇ!

 

「宗一ぃぃいいいいいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Side Aクラス教室内

 

 

 

 

 

 

 

「代表? どうしたの?」

「…………許さない、雄二は私の物」

 

 

 

 

 

 

 

―――――Side 川上宗一

 

 

 

「ねえ宗一。今の雄二の声の放送は……」

「イヤー、さすが代表だなー。僕らのためにあんなに身体を張ってくれるなんてナー」

「清々しいまでの棒読みなんだけど……」

「気にしてはいけない。さて、そろそろ撤退するよ、皆!」

 

「「「了解!」」」

 

 ここまで時間を稼げば十分だろう。時計を見ればもうすぐ放課後。他の学年で授業とHRを行っていた先生は職員室に引き上げる。撤退するにはちょうどいい頃合いだ。

 

「くっ、逃がすな! 本陣に帰られる前にとどめを刺せ! 戻られれば本隊と合流される! その前に―――!」

「させない! 最後の絵を持っていきな!」

 

 僕は再び渡り廊下の前に富士山の絵を出現させる。何度でも描き直してやるさ!

 

「くっそぉぉおおお!」

 

 向こうの隊長の悔しそうな声が響く。あの絵は10秒もあれば壊すことができてしまうもろい盾だ。

 だが、Fクラスに戻るまでだったら十分!

 

「撤退だ!」

 

 こうして、僕達中堅部隊は一人の戦死者を出すことなく、Fクラスへ撤退した。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――Fクラス教室内

 

 

 教室に戻り、化学のテストを受け直した後。

 

「やってくれるじゃねえか宗一ぃ……!」

「その言葉そっくりそのまま返すよ雄二ぃ……!」

 

 僕は代表と固い握手をしていた。お互いの手を握り潰す勢いで。

 

「雄二、すまぬ。宗一に頼みを聞かなければ演劇部の台本は二度と書かないと言われてしまっては……」

「くっ……秀吉もなんだかんだと言って宗一と同類(芸術家)か……! ぬかったぜ、比較的常識人の秀吉をまさかそんな手でほだすとは……!」

 

 秀吉は演劇部のホープ。作家の僕とはベクトルは違うが、役者を目指すその心は芸術家そのものだ。

 だからこそ、雄二のことより演劇の方を優先することができる。僕じゃなくても台本は用意できるだろうが、その辺の台本を書いたこともない奴に用意させるなんていう愚行は、演劇に一切妥協をしない秀吉にとっては許されない。

 あんな脅しが通じるのは秀吉だからこそだ。何故なら芸術家というのは、時に友人よりも自分が好きな物を優先してしまうという悪癖があるからだ。

 

「今は戦争中だ。処刑は後にしてやるが、覚悟しておけよこの野郎……!」

「やれるもんならやってみろこの野郎……!」

 

 僕らがガンを飛ばしあっていると、補給試験を受け終えた明久が戻ってきた。

 

「明久、よくやった」

 

 するとさっきまでの形相が嘘のような笑顔で明久を出迎える雄二。

 

「校内放送、聞こえてた?」

「ああ、ばっちりな」

 

 明久の不幸を喜ぶ雄二。

 僕も逆の立場だったら同じような気持ちになるだろう。

 僕の方は仕返しは済んでいるので、今さら言うことはないが。

 

「雄二、須川君がどこにいるか知らない?」

 

 にっこりと笑う明久。その笑顔は狂気に染まっている。

 いつの間に家庭科室に行ってきたのか、よく見ると右手に包丁が握られていた。

 というより、まだ雄二の仕業だと気付いてないのか……まあいいかほっといて。

 

「やれる、僕なら殺れる……!」

「殺るなっての……ちなみに、だが」

「何を言ってるのさ雄二、僕にとって今の最優先事項は―――」

「あの放送を指示したのは俺だ」

「シャァァァアッ!」

 

 包丁を突き出す明久。振り下ろされるブラックジャック。

 

「あ、船越先生」

 

 そして明久は船越先生(悪魔)から逃れるために掃除用具入れに飛び込んだ。

 この間わずか2秒弱。

 

「よーし、行くぞお前ら。そろそろ決着をつけるぞ」

「そうじゃな。そろそろ頃合いじゃろう」

「………(コクコク)」

「じゃ、さっさと行こうか。明久、船越先生が来たってのは嘘だよ。ていうか、本当に来てたら僕も雄二もただじゃ済まないでしょ」

「ほっとけ。それに気付かないから馬鹿なんだ」

 

 雄二は僕を含め、Fクラスに温存していた兵隊たちを引き連れて教室から出ていく。

 狙うはDクラス代表、平賀源二の首だ。

 

 そして教室から出てしばらくすると、明久の叫び声が響いた。

 

「雄二ぃい――――!!」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 下校を始めた他のクラスの生徒達。

 HRを終えて職員室に戻ろうとする先生達。

 Fクラスと戦おうと召喚獣を引き連れたDクラス。

 Dクラスと戦おうと召喚獣を引き連れたFクラス。

 

 僕達の2学年の渡り廊下は、混沌と呼ぶに相応しい戦場と化していた。

 

「下校している連中にうまく溶け込め! 取り囲んで多体一の状況を作れ!」

「そっちから回り込め! 俺はこいつに数学勝負を申し込む!」

「なら俺は古典勝負を―――!」

 

 悲鳴と怒号と放課後の喧騒が混ざりに混ざってもうよく分からん。

 けれど、そんな中でも雄二の声はよく通る。

 

「宗一! お前の出番だ、現国勝負で連中を引き付けろ!」

「了解。――試獣召喚(サモン)

 

 僕は再び召喚獣を呼び出す。今自分がいるフィールドは高橋先生の現国のフィールドだ。これなら――!

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   365点

 

      VS

 

   Dクラス 鈴木一郎   89点

        &

        玉野美紀   82点

 

 

「な、なんだあの点数!? Fクラスにあんなのがいたのか!?」

「あの人は、変態紳士の川上宗一さん……!?」

「怯むな、相手の得物はただの筆だ!簡単に倒せる!」

 

 確かに、筆では剣には勝てない。鍔迫り合いになれば、いくら僕の召喚獣の点数が高くてもただじゃ済まないだろう。

 でも、こんな言葉があるのだ。

 

(ペン)は剣よりも強し」

 

 その言葉の意味を彼らは身を以て知るだろう。

 

「さぁさぁご照覧あれ! これが川上宗一の渾身の一筆だ!」

 

 召喚獣に力いっぱい筆を振るわせる。空中に絵の具が飛び散り、徐々にそれはある形をなしていく。そしてその絵は2Dから3Dへと形を生み出していく。

 それは真っ黒な大怪獣。渡り廊下の天井まで届きそうな、ゴジラだった。

 

『GYAOOOOOOOO!!!』

 

 ゴジラは僕が操作せずとも、勝手に動き出す。下校中の生徒達から悲鳴が響く。そりゃ、目の前にゴジラが出てきたらそうなるよね。

 自分で描いといてあれだけど、まるで本物のような実態感があった。試験召喚システムが絵に命を与えたように、まるで生きているようだった。自分の絵が動くところをこんな形で観れるなんて、すげえ、感動だ。

 ゴジラは大きく息を吸い込むと、召喚獣に向かって大きな炎の塊を吐きだし、Dクラスの戦士たちを焼き尽くす。

 

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   290点

 

      VS

 

   Dクラス 鈴木一郎   DEAD

        &

        玉野美紀   DEAD

 

 

 

 Dクラスの召喚獣は一瞬で燃えカスとなって戦死になる。それと同時に点数を消費して描きあげたゴジラは徐々に姿が透けていって消滅する。

 

 

「0点になった戦死者は補習ぅ――――!」

「なんだあの召喚獣は!?」

「絵を描くとそれが攻撃してくるって!? 冗談じゃない!」

 

 あっという間にDクラスはパニックに陥った。一撃で補習室送りにされるとは思わなかったのだろう。

 

「それが宗一の召喚獣か! なかなかやるじゃねえか!」

 

興奮したように雄二が笑う。

 

「攻撃用の絵を描くと点数がすぐなくなるからあんまり燃費はよくないんだけどね……! それもういっちょ!」

 

 今度は緑色の自衛隊の戦車を描き上げる。それはまるで本物のようにカタパルトを回し、砲塔が動き出す。

 

撃てーー!!(てぇー!!)

 

合図と共に撃ち出された砲撃。爆音を響かせたかと思うと遠くにいるDクラスの戦士たちを吹き飛ばした。

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   220点

 

      VS

 

   Dクラス 笹島圭吾   12点

        小野寺優子  18点

 

砲弾を喰らった召喚獣の点数が一気に削られる。

 

「くぅう! 点数が!」

「反則よあんなの! チートよぉ!」

 

 ううん、さっきの富士山の絵のような動かない物なら点数は消費しないが、強い火力を持つ物を描きだすと点数の消費がひどい。

 でもこれならDクラスには負けない!

 

「皆、怯むな! 援護に来たぞ!」

 

 あれはDクラスの代表平賀!

 

「ようやくDクラスの大将が出てきたな!」

 

 雄二が獰猛な笑みを浮かべる。いよいよ決着の時だ。

 

「本隊の半分は川上宗一を狙え! あの召喚獣はやっかいだ! もう半分はFクラス代表坂本雄二を取りに行け!」

「「「おおー!」」」

 

 平賀の号令の下、Dクラスは僕の召喚獣を取り囲む。

 

「絵を描く前に一斉に攻撃しろ! 相手の得物は筆だ! 描かれなければ何も問題はない!」

「……ふふ」

 

 そんなことをしてていいのかな?

 

「作戦成功だ」

 

 僕の役目は、連中をやっつけることではない。

 僕の役目は、連中の視線を僕に集中させること。

 突如現れたゴジラや戦車は、連中の戦力を自分に向けるのに十分だった。現に平賀の周りの近衛部隊はほとんどいない。なぜか明久がいるが、それはどうでもいい。

 僕の役目は、下校生徒に紛れる姫路瑞樹を気付かせないことだ。

 

 

平賀の後ろから、申し訳無さそうに姫路が平賀の肩を叩く。

「え? あ、姫路さん。どうしたの? Aクラスはこの廊下を通らなかったと思うけど」

「いえ、そうじゃなくて……」

 

 もじもじと言い辛そうに体を小さくする姫路。まあ、不意打ちなんて戦い方姫路にとっては初体験だろう。

 

「Fクラスの姫路瑞希です。えっと、よろしくお願いします」

「あ、こちらこそ」

「その……Dクラス平賀君に現代国語を申し込みます」

「……はぁ、どうも」

「あの、えっと……さ、試獣召喚(サモン)です」

 

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 姫路瑞希   339点

 

      VS  

 

   Dクラス 平賀源二   129点

 

 

「え? あ、あれ?」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 姫路の足元に現れた召喚獣には、大きな剣が握られている。気弱な姫路には似合わない、大きな剣。

 そしてその剣はDクラス代表平賀源二の召喚獣を真っ二つにした。

 

 

 こうして、新学期初日から行われた試験召喚戦争はFクラスの勝利に終わった。

 

 

 

 




Dクラス戦終了です!
評価感想、ありがとうございます!
バカテスの世界の召喚獣たちの武器は剣や槍が基本的ですが、アニメを見ていて本やカメラを武器にしているのがいたので、宗一にはペレットと筆を持った召喚獣を与えました。

イメージとしては、Fate/Grand Orderの葛飾北斎ですね。大好きです。私はお迎えできませんでしたが。


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第九問 次の戦争のために。次の次の戦争のために。

バカテスト 物理


問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。
「光は波であって、(  )である」

姫路瑞希の答え
「粒子」

教師のコメント
正解です。

土屋康太の答え
「寄せては返すの」

教師のコメント
君の解答はいつも先生の度肝を抜きます。

吉井明久の答え
「勇者の武器」

教師のコメント
先生もRPGは好きです。

川上宗一の答え
「――この答えは削除されました――」

教師のコメント
答えが分からないからと言って滅茶苦茶な下ネタを書くのはやめましょう。


Side 川上宗一

 

 

Dクラス代表 平賀源二 討死

 

 

『うぉおーーーっ!』

 

 その報せはあっという間に戦場の生徒達に伝わった。

 Fクラスは歓喜の声を、Dクラスは悲鳴を。

 放課後の学園に響くその声は独特で、ちょっとした達成感があった。

 

 勝てると信じなかったわけじゃない。けれどどちらかと言えば負けると思っていた。

 クラスの差は学力の差。学力の差は、力の差。

 それがこの学園の絶対的不変のルール。

 勝つには勉強をして、戦力を上げる。それ以外に方法がない。

 なのに――

 

「本当に……勝ったんだ」

 

 FクラスがDクラスに勝つのは、それほど偉業なのだ。

 この悲鳴と歓声がそれを表している。

 

「凄ぇよ! 本当にDクラスに勝てるなんて!

「これで畳と卓袱台からおさらばだな!」

「ああ、アレはDクラスの連中の物になるからな」

「坂本雄二さまさまだな!」

「やっぱりあいつは凄い奴だったんだな!」

 

 Fクラスが坂本雄二を讃え始める。今回の勝利は雄二のおかげと言っても過言ではないだろう。

 今回のMVPでありとどめを刺したのは姫路だが、作戦を考えたのは雄二だ。

 雄二がいなければ、今回の勝利はない。

 それほど坂本雄二の力というのは大きかった。彼の言葉、知恵、指揮。それらが勝利をもたらしたと言うことをFクラス全員が分かっているのだろう。

 頭ではなく本能で。仮に姫路がいたとしても、坂本雄二がいなければDクラスは倒せなかったと感じたのだ。

 

「坂本万歳!」

「姫路さん愛してます!」

「坂本握手してくれ!」

「俺も俺も!」

 

 さすがの雄二も興奮するFクラスの連中に褒められて嬉しいのか、珍しく頬をぽりぽりと掻いて照れている。あんなに大勢に讃えられるという経験はそう味わえることはないだろう。

 そして雄二を取り囲むFクラス生徒を押しのけて明久が駆け寄った。

 

「雄二!」

「ん? 明久か」

「僕も雄二と握手を―――ぬぉおぉっ! 雄二……! どうして握手なのに手首を抑えるのかな……?」

「抑えるに……決まっているだろうが……! フンッ!」

「ぐあっ!」

 

 雄二に捻り上げられた明久の手首から落ちた一つの包丁。からんからーんと金属が跳ねる音が響く。

 どうやら暗殺は失敗したようだった。

 

「おーい、誰かペンチ持ってきてくれー」

「剥ぐ気!? 僕の爪を剥ぐ気!?」

「雄二、バ○ブしかないけどいい?」

「おお、まあいいだろう」

「よくないよっ! ていうか学校になんでそんな物持ってきてんのさ!? 何をする気!? それで僕のお尻をどうする気!? 謝るから勘弁して!」

 

 僕がバ○ブを手渡すが、明久は諦めたのかすぐにギブアップした。

 

 

「……チッ、いい機会だと思ったのに逃した」

「……いい絵になると思ったのに」

「ムッツリーニ、宗一。人のお尻をなんだと思ってるの?」

「……知りたい?」

「やっぱりいい。すごく聞きたくない」

 

 賢明な判断だろう。

 

「というより宗一。なんでそんな物持ってるのさ?」

「資料」

「ゑ?」

「創作に必要な資料。決していやらしい目的じゃない。OK?」

「アッハイ」

 

 そう、これは創作資料。だから持っていても問題ない。

 

「まさか姫路さんがFクラスだなんて……信じられん」

 

 振り向くと放心したような表情の平賀がいた。まあ、普通だったら学年トップクラスの姫路が学力最低クラスにいるわけがない。その先入観が今回の勝負を分けた。

 

「あ、その、さっきはすいません……」

 

不意討ちをかました罪悪感からか、姫路は申し訳なさそうに謝った。優しい姫路のことだから、勝負に徹するのが難しかったのだろう。

 

「いや、謝ることはない。Fクラスを甘く見ていた俺達が悪いんだ。まさか姫路さんがFクラスに居るだなんて誰も知らなかったからね」

 

 落ち込みながらも、無理やり笑顔を作って平賀は姫路に応えた。

 

「わざわざ屋上で作戦会議をしたのは、これが目的だもんね、雄二」

「ああ、そうだ。宗一も分かってたか」

「どういうこと? 雄二」

 

 首を傾げる明久に、簡単に説明する。

 

「今回の騙し討ち。大前提として、姫路の存在を知られるのがダメだっていうのは明久も分かるでしょ?」

 

 うん、と頷く明久。

 

「作戦会議をわざわざ屋上でしたのもその為だよ。教室で会議をしていると、近くの教室のEクラスの誰かに姫路を見られるかもしれないでしょ? そのEクラスの誰かから、Dクラスに情報が漏れることだって可能性としては0じゃなかった。姫路はよくも悪くも有名だからね。噂が広まるとDクラスに勝てる可能性が低くなる」

「そういうことだ。分かったか? 明久」

「なるほど……すごいね宗一、馬鹿で変態のくせにそんな細かい事まで分かって――」

 

スッ(バイ○を取り出す)

 

「さすが宗一! 宗一ほどの天才はいないよ!」

 

 チッ、まあいいだろう。

 

「なるほど……全ては情報収集を怠った俺達のクラスの慢心が敗北の原因か……。よし、ルールに則ってクラスを明け渡そう。ただ、今日はこんな時間だから作業は明日でいいか?」

「もちろん、明日でいいよね、雄二?」

 

「いや、その必要はない」

 

 Dクラス平賀の申し出を、雄二はばっさりと断った。

 それを聞いた明久は目を丸くする。

 

「どうしてさ雄二?」

「Dクラスを奪う気はないからだ。俺達の目標は、あくまでAクラス。Dクラスを奪う必要はない」

「でもそれなら、なんで標的をAクラスにしないのさ、おかしいじゃないか」

「少しは自分で考えろ明久」

「そうだよ明久。そんなんだから近所の小学生に『馬鹿なお兄ちゃん』って呼ばれるんでしょ」

 

僕がそう言うと、気まずそうに目を逸らす明久。

 

「……人違いです」

「まさか本当に呼ばれたことがあるのか……?」

「うっそだろお前……」

「うるさいよ宗一! 君だって近所の小学生に『変態なお兄ちゃん』って呼ばれるでしょ!!」

「……人違いです」

 

シーン。……え、なにこの空気。

 

「え、宗一、それ本当? でたらめ言っただけなのに……」

「お前ら何をしたら近所の小学生にそんな風に呼ばれるんだ?」

「明久の馬鹿と宗一の変態っぷりは町内の共通認識じゃったか」

「……似た者同士(コクコク)」

「「こいつと一緒にするな!」」

 

なんて失礼な。明久と同類だなんて!

 

閑話休題。

 

「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」

「なに、そんなに大したことじゃない。俺が指示を出したらあれを動かなくしてもらいたい」

 

雄二が指差したのは、Dクラスの窓の外にあるエアコン室外機。とは言ってもアレはDクラスの物ではなくBクラスの物だ。場所の関係であそこを間借りしているのだろう。

アレを雄二が指示したら壊す?

まさかBクラスに嫌がらせをしたいから……なんて理由ではないだろう。雄二がそんな意味もないことを明久以外にするはずがない。

平賀も疑問に感じたのか、雄二に尋ねた。

 

「なぜそんなことを?」

 

……この取引は次の戦争のための前準備。

となれば、次の標的は自ずと決まってくる。

 

「次のBクラス戦の作戦に必要だからだ」

 

この時の雄二の笑みはまさしく野獣というやつで、既に次の戦いに眼を向けているようだった。

そして平賀はこの条件を承諾。

明久は最後まで不満げだったけど、僕らは雄二を信じるだけだ。今は我慢しよう、明久。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、Fクラスの初めての戦争は勝利という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

 

「川上君」

「ん? どうしたの姫路。僕はこれから船越先生という名の野獣を説得に行かなきゃいけないんだけど……」

「実は、川上君に聞きたいことがあるんです……後で教室に来てもらっていいですか?」




このペースで完結できるのか…?

誤字報告や文字の表記についてのご指摘ありがとうございます!

@yukkuri0623
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第十問 馬鹿の瞳に恋してる。

バカテスト 数学

問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。
「円周率をギリシア文字で表すと、(  )である」

島田美波の答え
「π」

教師のコメント
 正解です。島田さんも大分日本語に慣れてきたんでしょうか? 数式だけでなくこう言った問題も解けるようになってもらえて先生は嬉しく思います。

土屋康太の答え
「元」

教師のコメント
 ギリシア文字以前にそれが漢字であることを思い出してほしかったです。

川上宗一の答え
「PAI」

教師のコメント
 それはローマ字です。君が言うとどうしてか下ネタのように感じてしまいます。

吉井明久の答え
「Enshuritu」

教師のコメント
エンシュゥリトゥ。


Side 川上宗一

 

 放課後。

 いろいろあってなんとか船越先生との話をつけることができた(そのことについては後日話そうと思う)後、僕はFクラスの教室にやってきた。

 そこには卓袱台に行儀よく正座をして座る姫路がいた。他のクラスの面子は皆帰ったらしい。ボロボロの教室はとても静かで、夕焼けの光に包まれた教室内に座る姫路はどこか幻想的な美しさを持っていた。

 

「川上君」

「ごめん姫路、お待たせ」

 

 時刻はもう十六時頃。

 新学期初日だから、学校にはもうほとんど生徒はいない。ほとんどの部活も休みなのだろう、校舎もグラウンドも人の声はしなかった。

 

「それで、僕に何か用? 放課後に僕をわざわざ呼び出すって、まさか告白するって訳じゃないでしょうに」

「え、えぇ!? ち、違います、私は別に川上君のことは……」

「デスヨネー。分かってはいたけど面と向かって言われるとくるものがアルネー……」

「あ、あの……そんなに落ち込まれると、こっちも困っちゃうんですけど……」

 

 なんとなく予想していたけど、こうもはっきりと振られると心に来るものがあるね。いやだな、泣いてないよ?

 

「聞きたいのは明久のことでしょ?」

「ふぇっ!?」

 

 僕がそう訊くと、姫路は突如狼狽えた。

 

「ど、どうして……」

「だって姫路、明久のことが好きなんでしょ。丸分かりだよ、そんなの」

 

 去年からちょくちょく僕の描いた明久のイラストを買っていたし(最初は腐女子かと思っていたけど)、今日の明久への態度を見れば丸分かりだ。時々熱っぽい視線で明久を見ていたしね。

 

「そ、そんなに分かりやすかったですか……?」

「明久以外皆分かってたと思うよ? バレバレ過ぎてびっくりするレベル」

「はうぅ!?」

 

 顔を真っ赤にする姫路。白い肌が熱湯で沸かされたかのように赤く染まる。

 

「は、恥ずかしいです……!川上君なら私の気持ちは分かってると思ったからこうして呼び出したのに、これじゃあ意味ないじゃないですか……!」

「まあまあ姫路。件の明久本人はまったくと言っていいほど全然ちっとも気づいてないから気にすることはないよ」

「それはそれでショックです……」

 

 時々明久はわざとやってんのかと思えるような天然や鈍感を発揮する。あれがなければ今頃島田とどうにかなったと思うけど。

 

「それで、僕を呼び出したのは……」

「はい……最初は坂本君に聞こうと思ってたんですが、恥ずかしくて……」

「なるほど、ある程度事情を察している僕のところに来たわけか」

 

 ぶっちゃけ明久以外全員姫路の恋心を知ってるから意味はなかったのだが。

 

「今回の試験召喚戦争が始まったのって……」

「……僕が言っていいかは分からないけど、明久がきっかけだよ」

 

 当人同士の問題だろうから、僕がどこまで言っていいかどうかは分からない。でも、姫路に今回の戦争の発端については知ってもいい権利があると僕は思う。

 

「雄二は最初から試験召喚戦争には興味があったみたいだけどね。多分、自分から戦争を仕掛けようとはしていたんだと思う。遅かれ早かれ、いつかは起こったこと。でも新学期初日からやることになったきっかけは明久だよ。Aクラスに戦争をしようと一番最初に言い出したのは明久なんだ」

「あの、吉井君がそんなことを言い出した理由って……」

「振り分け試験が理由だね。誰のためにやろうと言い出したのかは……さすがに明久の面子にも関わるから言えないけど」

「…………」

「でも姫路。自惚れてもいいと思うよ。きっと姫路が想像したことは、間違いじゃない。明久は、自分より他人を優先できる、下心なしで誰かのために体を張れるバカなんだから」

 

 姫路の顔が真っ赤に染まる。今にも泣き出しそうに目元は濡れており、頬はにやけていた。

 自分が好きな人が、自分のために戦おうとしてくれている。Fクラスに落ちたのは姫路が体調管理出来なかったから。悪い言い方をすれば自業自得でもある。けれど明久はそんな姫路の為に今回の戦争を起こした。

たった一人の女の子の為に、「学力至上主義」というこの学園の絶対不変のルールを覆そうと。

 その事実に嬉しさを隠しきれないようだ。

 

「私……手紙書きます」

「手紙って……もしかしてラブレター?」

 

 僕がそう言うと、こくりと姫路は頷いた。

 

「この気持ちを……今すぐ何か、形にしないと……私、どうにかなっちゃいそうで……」

 

 姫路は自分の顔の熱を押さえるように、顔を両手で隠した。その仕草だけで、姫路が明久をどれだけ想っているのかが伝わってくる。自分の中に湧き上がる明久への想い、愛しさに戸惑う姫路。扱い切れない想い人への恋心は、姫路の純粋さを現すようだった。

 

「…………」

 

 羨ましい!!妬ましい!!なぜこんないい子が明久をぉ……!

 確かに明久は友達だ。いい奴だとは思う。でもそれはそれ。妬ましいし単純にムカつく。

 

「川上君?どうして笑いながら血の涙を流して……?」

「ううん、気にしないで」

 

 ちょっと憎しみでどうにかなっちゃいそうだったから。

 

「じゃあ、手紙を書いてみようか。せっかくだから僕がちょっとだけアドバイスしてあげるよ。これでも、文書を書くことに関しては学校一だと勝手に思ってるからね」

「本当ですか!?ありがとうございます!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言っても、姫路にアドバイスできることはそれほど多くはない。

 

「明久は超鈍感だから一行目に『あなたが好きです』ってストレートに書くといいよ。その後にどれだけ自分が好きか、理由を丁寧に書いていけばいい。変にこだわった言い回しより、真っ直ぐに言った方が相手からすれば嬉しいし、明久にも伝わると思うから」

「それでいいんですか……?」

「いいんだよ。大体明久はバカなんだから、変な言い回しより直球にものを言った方が伝わるさ」

 

 姫路は僕よりずっと勉強はできるし、変にアドバイスをするよりは姫路の言葉で書いてもらったほうがずっといいと思った僕は、姫路に男の目線から「どんな文章なら嬉しいか」を教えることにした。

 言葉というのは不思議なもので、書き手の気持ちがそのまま刻まれると僕は思っている。

 僕が『バカにも分かるラブレター』と言って姫路のラブレターの文章を一言一句考えるのは簡単だ。きっと読んだ奴を惚れ惚れさせるラブレターが出来上がるだろう。

 けれどそれは姫路のラブレターではない。

 姫路の想いや気持ちは姫路だけの物。

 変にアドバイスをするよりは姫路の言葉をそのまま書いてもらったほうがいい手紙になると思ったのだ。

 なのでアドバイスはそれだけにし、書き終わったら僕が見直しをして校正する、ということになった。

 

 Fクラスのボロ教室に、僕と姫路の話し声と、便箋に文字が刻まれる音と、僕がスケッチブックにえんぴつを走らせる音が響く。せっかくだから姫路の横顔をスケッチさせてもらってる。本人は恥ずかしそうで嫌がったけどなんとか説得した。

 

「へぇー……姫路は明久と小学生の時からの友達だったんだね」

「はい……吉井君は覚えているか分かりませんけど……」

「ううん、明久は姫路のことを覚えてたよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。今思い出したけど、去年の合同の試験召喚実習の時、明久が姫路のことを話してたよ。「小学生の頃にクラスメイトだったんだけど」なんて言ってた。本人は「姫路は多分自分のことを忘れてる」って切なそうにしてたのが印象的だったなぁ」

 

 姫路は手紙を書きながら、僕はスケッチ(姫路の横顔。本人は照れながら許可をしてくれた)をしながら、姫路と明久の馴れ初めを聞いていた。

 

「吉井君……覚えていてくれたんですね」

「多分、姫路が可愛くなったからどう接すれば分からなくなったんじゃないかな。学年トップの才女に、学年最低の明久じゃ、つり合わないとかなんかそんな理由で。話しかけ難かったんだと思う」

「そうだったんですね……」

「これからは同じクラスだし、たくさん思い出を作れるといいね」

「……吉井君と思い出……楽しみです」

 

 姫路は心底うっとりした表情で言う。ううん、恋する女の子は綺麗になると聞くけど、その言葉は本当だと思う。明久を想う姫路の姿はいつもより綺麗で可愛かった。

 そして話をしながらも、姫路は手を動かしている。こういうところも頭の回転が早い姫路のスペックの高さが伺える。

 

「じゃあ姫路は小学生の頃からずっと片想いだったんだ」

「はい……」

「ロマンチックだね。でも姫路と明久かぁ……うん、お似合いだと思うよ」

「ほ、ほんとですか?」

「うん」

 

 想像したら吐き気がするほどムカつくが。

 

「例えばだけど、想像してみなよ姫路。吉井明久と結ばれて――恋人同士の学園生活。体育祭や清涼祭、クリスマスや正月と言ったイベントを二人で過ごしていく……悦びと悲しみ、時に意見の食い違いで喧嘩をすることもあるかもしれない。でも、それらを乗り越えて二人は……」

「はわわ……」

「姫路は卒業、明久は留年」

「そこは二人揃って卒業させてください!?」

「冗談だよ」

 

 半分だけど。

 

「でも、明久と姫路が同じ大学というのは厳しいかも。これからの明久の成績に期待だね」

「わ、私が勉強を教えますっ! そうすれば、もっと二人きりになれますし……」

「自分の欲が滲んでるよ姫路」

 

 まぁ、恋人と勉強会だなんて、定番中の定番のイベントだしね。まだ二人が付き合うと決まった訳じゃないけども。

 

「まあ仮に明久が大学にいけなくても、遠距離恋愛、最近だと同棲っていう手段もあるし、あんまり悲観することはないと思うよ?」

「ど、同棲……(ふるふる)」

 

 想像しているのか、筆を止めて悶えている姫路。耳まで真っ赤だ。

 

「姫路は知らないかな? ああ見えて明久は料理や家事は得意だよ。僕も何回か雄二達と一緒に明久の家に行ってごちそうになったけど、明久のパエリアは絶品だったなぁ」

「そ、そうなんですか? 意外です……」

「まああんな食生活を見るとね……ほらこれ」

「うわぁ……すごく美味しそうです」

 

 明久作パエリアの写真をスマホで見せると、姫路は感嘆の声が漏れる。

 

「こ、これは……私も負けていられません。明日は頑張ってすごいお弁当を作らないと……!」

 

 僕の一言がきっかけで翌日に大惨事が起こるのだが、この時の僕はまだ何も知らない。

 

「大学を卒業したら、二人の同棲生活が本格的にスタート。僕の想像だと、明久は主夫かな。体力あるから明久も働けると思うけど、僕としては家でエプロンを着けて、働いている姫路を家で待ってる明久のほうが想像しやすい。例えば……ゴホン、ンッ、ンンッ。……『姫路さん。ううん、もう瑞希だったね。お帰りなさい』」

「は、はわわ……! それはダメです……! 反則すぎます、吉井君!」

 

 どうやら性癖に突き刺さった模様。好きな人と同棲生活。誰でも一度は想像するシチュエーションだよね。

 

「『吉井君……じゃなくてさ、瑞希には……明久って、呼んで欲しいな』」

「はうぅ! ……あ、明久君……!」

 

 身悶えしながら嫌々と顔を振る姫路。全然嫌そうに見えない。

 

「な、なんでそんなシチュエーションを具体的に思いつけるんですか……! しかも声マネがとても上手ですし……!」

 

 作家は妄想するのが仕事なんだよ姫路。雄二×明久の新婚生活なんていくつ書いたか。あと声マネはカラオケでモノマネの練習とかしてたらできるようになった。さすがに秀吉には負けるけど。

 

「『今日は瑞希の好物を作って待ってたよ。ほら、今日は……僕と瑞希が、結ばれた日だから』」

「~~~~~~~っ!!」

 

 声にならない悲鳴をあげて悶絶する姫路。

 

「『ほら、こう、さ。恥ずかしくて上手く言えないけど……僕は君のことが大好き……ううん、愛してるよ、瑞希』」

「わ、私もです! ―――ハッ」

「……(ニヤニヤ)」

「も、もぉー!! 川上君は――!」

 

 姫路はぽかぽかと僕を叩いてくる。散々惚気られたんだ。幸せ税ということで勘弁してほしい。

 それにしても、大分打ち解けたな。明久という共通の話題で姫路の警戒心を解けれたのかもしれない。

 

 そして、あまりにも姫路をからかうのに夢中で気づかなかった。

 この教室はFクラス。設備としては最低で、廊下側の窓はすかすか。防音対策なんてほとんどしていないということ。

 そして廊下である人物が僕達の会話を盗み聞きしていたということに……。

 

 

「ん? それは?」

「あ、これは――私が今日作ってきたケーキです」

「ケーキ?」

「はい。新しいクラスになりますから、お近づきの印に手料理を食べてもらおうと……ちょっと失敗しちゃって、1個しかできませんでしたか」

「へぇ、ちょっと食べてみてもいい?」

「はい! 勿論ですっ。川上君には今日のお礼です!」

「やった。明久の奴羨ましがるだろうな。……お、美味しそう。綺麗なカップケーキだ。それじゃあ遠慮なく―――(ぱくっ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから僕の記憶が途絶える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

「ま、まるでできたてのカップルのような雰囲気だな……」

 

 雄二と帰っている最中、教科書を忘れていることに気付いた僕は大急ぎでFクラスの教室に帰って来た。

 そこにいたのは……談笑を楽しんでいる宗一と姫路さんの姿だった。

 何をしているんだろう。まるで恋人に向けるような目で宗一を見つめていて、どこかうっとりしている。宗一はそれを見て楽しそうに笑っている。

 

『現実を見ろ。明らかにカップルじゃないか』

 

 黙れ僕の中の悪魔! 僕はそんな虚言に騙されはしない――!

 

 

 

「ほら、こう、さ。恥ずかしくて上手く言えないけど……僕は君のことが大好き……ううん、愛してるよ、瑞希」

「わ、私もです! ―――ハッ」

「……(ニヤニヤ)」

「も、もぉー!! 川上君は――!」

 

 

「…………」

 

『これ以上ない証拠だと思うが』

 

 ……下の名前で呼ぶなんて、宗一はフレンドリーなんだね!

 

『こいつ認めない気か!』

 

 何を言うんだこの悪魔め! 二人は仲よく雑談しているだけじゃないか! 僕は騙されないぞ!

 

「たっだいまー!」

 

 僕は実家に帰って来たように明るく挨拶する。決して二人を邪魔しようと思っているわけではない。

 

「か、川上君!? なんで倒れちゃったんですか!? って吉井君!?」

「やあ姫路さん、宗一。ちょっと教室に忘れ物しちゃって……宗一どうしたの?」

 

 教室に入ると、宗一が眠っていた。畳の上に横になっている宗一は、まるで死んでいるかのような安らかな眠りだった。

 

「えっと、あの、急に倒れて眠っちゃって……どうしたんでしょう?」

「眠かったのかな? 宗一は普段からあまり寝ないで絵とか小説を書いているから、きっとそのせいだよ」

 

 そのせいに違いない。そしてあわよくば永遠に眠れ。

 

「そそそそそ、そうだったんですか?」

 

 さっきから何やら慌てている姫路さん。どうしたんだろう?

 姫路さんが座っている席(卓袱台)を見る。その卓袱台の上には可愛らしい便箋と封筒が置いてあった。あとお菓子が入っていたカゴかな? 宗一が食べたのだろうか。

 それにしても、ま、まるで宗一へのラブレターに使うような便箋と宗一へのラブレターに使うような封筒を用意しているみたいだけど。

 

『だから現実を見ろって明久。それはどう見たってラブレターだ』

 

 だから黙れ僕の中の悪魔め! 認めない、僕は絶対にこれがラブレターだなんて……!

 

「これはですね、その、えっと――ふあっ」

 

 コテンと卓袱台に躓いて転ける姫路さん。

 その拍子に隠そうとしていた手紙が僕の前に飛んできて、その一文が目に入る。

 

《あなたのことが好きです》

 

「…………」

 

『認めろ明久。証拠はもう上がっているんだ。さ、諦めて認めて楽になっちまえよ?』

 

「ち、違うんですこれは、違わないけど、ちち、違うんですっ」

 

 飛んできた手紙を綺麗にたたみ、姫路さんに返してあげる。

 そして気遣うように一言。

 

「変わった不幸の手紙だね?」

 

『どこまで認めたくないんだ!?』

 

 黙れ悪魔め! お前の言葉はいつも僕を不幸にする! もう騙されないぞ!

 

「あの、それはそれで凄く困る勘違いなんですけど……」

「そんなことしないでも、言ってくれれば僕が直接手を下してあげるのに。ああ、大丈夫、スタンガンなら隣のクラスの山下君に借りてくるから」

「吉井君、これは不幸の手紙じゃないですから」

「嘘だ! それは不幸の手紙だ! 実際に僕はこんなにも不幸な気分になっているじゃないかぁ……!」

 

 どうして馬鹿でド変態の宗一なんだ! まだ雄二とかだったら分かるけど、よりにもよって宗一だなんて納得できない!

 そんなところで白目を剥いて気絶するように眠っている宗一のどこがいいっていうんだ!

 

「その手紙、相手はうちのクラスの―――」

「……はい。クラスメイトです」

 

 顔を真っ赤にしながら迷いなく答える姫路さん。……これはもう、確定的か。さすがに姫路さんとその本人(眠)がいるので名指しはしないけど。

 

「……そっか。でも、そいつのどこがいいの? そりゃ確かに、外見はそれなりだと思うけど」

「あ、いえ、外見じゃなくて、あっ、もちろん(吉井君の)外見も好きですけど!」

「憎い! そいつ(宗一)が心底憎い!」

「そう、ですか?」

「うん、外見に自信のない僕には羨ましくて」

「え? どうしてですか!? とっても格好いいですよ! 私の友達も結構騒いでましたし!」

「本当?」

「はい、よくわからないですけど、坂本君と二人でいる姿を見ては『たくましい雄二と美少年の明久が歩いているのって絵になる』って」

「いい友達だね。仲良くしてあげてね」

「『やっぱり明久が受けだな』って」

「すぐに縁を切りなさい」

「そう言ってました。川上君が」

「貴様か宗一ぃ!」

 

 時々僕や雄二をモデルにした怪しげな絵をムッツリ商会で売ってるとは聞いたけど、こいつはここでとどめを刺しておくべきなんじゃないか?

 

「それにしても、外見がいいってことは中身も?」

「あ、えーっと、はい」

「そうだね。肝臓とか丈夫……かなぁ?」

 

 宗一はお世辞にもいい体をしてるとは言えない。

 

「それは体の中身です」

「じゃ、まさかありえないとは思うけどそいつの中身が?」

「ありえなくありませんっ」

 

 姫路さんにしては珍しく大きな声。ちょっとびっくり。そこまで想いを寄せていただなんて。

 

「……そいつのどこがいいの?」

「や、優しい所とか……」

 

 優しい?

 雄二と一緒に僕をだましてDクラスにぼこらせて、ムッツリ商会で人を勝手にモデルにした怪しげな絵を売って、人のお尻に○イブを突っ込もうとするあのド変態が優しいと?

 

「今から僕が番号を教えるから、メモの準備はいい? 大丈夫、とっても腕のいい脳外科医だから」

「別に気が変になったわけじゃありません!」

 

 そんな馬鹿な!? あんな性格を優しいと評するなんて、姫路さんはどんな洗脳を受けたんだ!? いや、洗脳じゃなくて催眠術? だって宗一が持っていたエロ漫画にそういうシーンあったし。

 

「優しくて、明るくて、いつも楽しそうで……私の憧れなんです」

 

 でもそんな真剣な口調から、茶化すなんてできそうにもない程の強い想いが感じられる。

 

「その手紙――」

「は、はい」

「幸せになれるといいね」

 

 これじゃあとても邪魔なんてできるわけがない。そこまで好きになった相手なら、応援してあげよう。友人と、自分の初恋の女の子との。

 

「はいっ!」

 

 嬉しそうに笑う姫路さんは本当に魅力的で、僕は宗一を心の底から羨ましいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫路さんが帰ったあと、まだ居眠りしている宗一がいる教室の扉をぱたんと閉める。

 やるせなさ、切なさ、悔しさ――様々な感情が僕の心の中で渦巻いている。

 

「おお、吉井。何をしているんだこんなところで。もう完全下校時間だぞ」

 

 校舎を見回りしていた鉄人が、僕に呆れながら声をかける。

 

「…………」

「遅くなる前に早く帰るんだ吉井。――吉井、どうした? 何があった?」

「鉄人先生……」

「西村先生だ」

「僕は、僕は―――」

 

 

 

「受けなんかじゃなぁ―――――い!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 僕は悔しさに涙を流しながら全速力で家に帰った。

 

 

「なんだというんだ一体……(ガララ) ん? 川上、まだ居残りしていたのか? もう下校時刻だ、居眠りしていないで早く―――ん? …………!? ……救急車ぁ―――!!!」




書いていて楽しかったです。
評価や感想、お待ちしています!

追記
ついに評価バーが真っ赤っかに!すごい!さすがバカテスだ!みんな大好きなんやなって!
これからも応援よろしくお願いします!


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第十一問 必殺料理人姫路 ~天が下に恐れるもの一切なし~

Side 川上宗一

 

 

「……知らない天井だ」

 

 目が覚めるとそこは教室でも自分の家でもなかった。何故だろう。めちゃくちゃ綺麗な川の前で死んだおじいちゃんに会ったような気がする。ひょっとしなくても臨死体験をしていたんじゃなかろうか。

 僕が目を覚ましたことでお医者さんたちは大騒ぎ。話を聞いてみるとどうやらここは文月学園の近くの病院らしく、僕は一晩丸々意識不明の重体だったとか。一体何があったんだ? 昨日の放課後の記憶がイマイチ思い出せない。姫路の恋愛相談に乗っていたのは覚えているんだけど……。

 恋愛相談……ラブレター……カップケーキ……うっ頭が。

 脳が思い出すのを拒否するかのように記憶がぼやけていく。まあいいか。

 時刻はすでに午前11時頃。雄二の話だと今日は確か一日補充試験だという話だったから、行かなくても授業に遅れるとかの問題は特にないだろう。

 けれど、明日の試験召喚戦争のことを考えると、午後の分だけでも補充試験を受けておいて点数を確保したいというのはあった。

 そんな感じで、先生方をなんとか説得して病院からさっさと抜け出してきた。心配してたらしい妹からは死ぬほど怒られ「今日は休め」と言われたけど無視した。

 

「おお、川上。もう大丈夫なのか?」

 

 遅刻届を出すために職員室に行くと、心配そうな表情をした西村先生が声をかけてくれる。この人は容赦なく体罰を行うけど、それも生徒を想ってのことだから嫌いになれないんだよね。

 

「はい、お陰様で、ちょっと臨死体験する程度で済みました」

「世間一般では臨死体験は『ちょっと』では済まないと思うが……」

 

 確かに。

 

「先生、昨日はありがとうございました。先生が救急車を呼んでくれたんですよね?」

「ああ、お前が無事でよかったぞ」

 

 僕はぺこりとお辞儀をしてお礼をする。もし先生が適切な処置をしてくれなければ僕の命はなかったかもしれない。これからは救命訓練の行事とか真面目に受けよう。なんかこれからしょっちゅう命の危機に陥りそうだし。

 

「それにしても驚いたぞ、教室に行ったら痙攣しながら泡を吹いて倒れているんだからな。青酸カリを口にしたのかと思ったぞ」

 

 よく生きてたな、僕。

 

「それなら先生、今度学食でご飯をおごらせてください、お礼ということで」

「そんなことはしなくていい川上。これは教師として――いや、大人としてお前達生徒、子供を守るのが仕事であり使命なんだ。お前を助けたのは先生として当然のことで、お前に礼をされることではない」

 

 ヤダ。マジでいい先生だ。大人の器デカすぎ。超カッコイイ。

 

「僕が女だったら間違いなく惚れて結婚を申し込みますよ、鉄人先生」

「西村先生だ。あと、大真面目にプロポーズをするな。誤解されるだろうが」

「振られてしまった……辛い」

「そんなに落ち込むな……。まったく。そんなに礼をしたいのなら、もっと勉強をして先生達を安心させてくれ。それが一番の恩返しだ」

「――――分かりました」

 

 それが一番の恩返し、か。

 

「先生がそう言うなら、ちょっとだけ頑張ってみます」

「ちょっとだけしか頑張らないのか……まあいい。今日の午後、お前達のクラスは補充試験だ。この時間だとすぐに昼休みだな。昼食を食べたらテストの準備をしておくように」

「はーい」

 

 僕は元気よく返事をして職員室を後にした。

 少しだけ頑張ってみようと心の中で誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 Fクラスの教室に行くと、テストを終えたらしいクラスメイトがちらほらと弁当を食べ始めていた。ちょうど昼休みが始まった時だったか。

 そして僕に気付いたらしい須川が話しかけてくる。

 

「川上、身体は平気なのか?」

「うん、もう大丈夫」

「そうか。吉井が『宗一は鼻血を出しすぎて死んだ』なんて言ってたからどうしたんだと思ったぞ」

 

 あのヤロウいつかしばく。

 

「それで明久達は? 雄二とかも姿が見えないけど」

「ああ、屋上に行ったぞ。姫路さん達も一緒だ」

 

 ――ん? 姫路? なんだろう、何か忘れてはいけないことを忘れているような。

 なんだろう、

 姫路……明久が好き……約束……弁当……弁当?

 

「そうだ、弁当!」

 

 思い出す。自分が昨日何故倒れたのか。

 姫路のカップケーキ。あれの破壊力を。その致死性を。

 なんで忘れていたんだ? いや、忘れていたというより脳が記憶を思い出すことを拒絶していたのか。

 もし、姫路の腕が確かなら――!

 

「悪い須川、僕も屋上へ行く!」

「え? あ、ちょっとおい!」

 

 須川の声を無視してダッシュで屋上へ向かっていく。

 今ならまだ間に合うかもしれない、姫路の料理の腕が本物なら、あれを食べれば命が―――!

 

 ばたん! と、大きな音を立てて扉を開け放つ!

 

「みんな、だいじょ―――」

 

 バタン――ガシャガシャン、ガタガタガタ

 

「さ、坂本!? ちょっと、どうしたの!?」

 

 缶ジュースをぶちまけて倒れ、痙攣する雄二。

足をがくがくと痙攣させている康太。

 それを心配する島田と姫路。

 乾いた笑いでそれを見ている明久と秀吉。

 そしてその中心には、おそらく姫路が作ったであろう見た目は(・・・・)綺麗なおかずが敷き詰められた重箱。

 

「……遅かったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 どうしてこうなったんだろう。思えば今日は朝から大変だった。

 朝から島田さんに殴られ、監督に来る船越先生をなんとか説得(近所のお兄さんを紹介した。ちなみに雄二も一緒にいたのだが、船越先生は既に誰かに脅されて雄二には手を出せないようだった)し、午前中は昨日消費した召喚獣の点数を回復させるための補充試験。

 精神的にも体力的にも疲れてヘトヘト。しかも午後にはまだテストが残っている。

 けれど嬉しいこともあった。そんな風に憂鬱になって参っていたところ、天使が現れたからだ。

 Fクラスの唯一の癒し系女子、姫路さんが昨日約束してくれた通り、僕らのお弁当を作ってきてくれたからだ。

 

「吉井君が料理がすごく上手だと聞いたので、負けないように頑張ってきましたっ」

 

 と、張り切ったように言う姫路さんはとてもかわいかった。許せない。こんな可愛い姫路さんがよりにもよって宗一のことが好きだなんて。

 まあそれは置いといて、その宗一もどうしてか今日は入院している。鉄人曰く教室で倒れたとか言ってたけど、どうせ睡眠不足による貧血だろう。けれどその分、お昼ご飯は僕達がおいしく頂ける。宗一の奴、きっとうらやましがるだろうな。

 そして屋上。シートをひいて、気分はまるでピクニック。

 姫路さんのお弁当はとてもとても美味しそうだった。コンビニの弁当なんて目じゃない、丁寧な作りなのが見て分かった。

 夢にまで見た女の子の手料理。しかも僕にとっては久しぶりの食事だ。

 空腹は最高のスパイスだなんて言うけど、きっとおいしく味わえるだろう。

 今日一日大変だったけど、つかの間の昼休みに天国が現れた。これを食べて午後のテストも頑張ろう―――

 

 

―――そう、思っていたんだけどな。

 

 

 まず最初にエビフライをつまんだムッツリーニが倒れた。

 それを見てどうしようかと悩んでいると、ジュースを買ってきた雄二が卵焼きを口にして倒れた。

 まるで即死級の超危険な毒物を食べたかのように。

 

 神様。僕達が何をしたと言うんですか。

 

 これじゃあ天国じゃなくて、まるで地獄みたいじゃないですか――

 

 

 

 

 

「……遅かったか」

 

 ん? 宗一!? なんでここに……退院してきたのかな?

 

「……あー、ごめん。僕弁当忘れてきたんだった。学食に――」

 

 一瞬で現状を察したのか、宗一は踵を返して逃げようとする。おのれ逃がすか!

 

「いやいや宗一。せっかく姫路さんがお弁当持ってきてくれたんだから、わざわざ学食で食べる必要はないよ? ほら、こっちに座りなよ」

「それはできないよ。実はまだ病み上がりでさ。食欲があれがあれしてあれなんだ。だから学食のおにぎりだけで十分だから僕を掴んでいるその手を放してくれないかな?」

「はっはっは。……いいから座れっつってんだクズが……っ!」

「あははは。……とにかく放せって言ってんだよカスが……っ!」

 

 おのれどこまでも往生際が悪いんだ! せっかく彼女の姫路さんが作ってきたんだぞありがたく食べろ!(※違います)

 

「あ、川上君。こんにちは。もう大丈夫なんですか?」

「う、うん……まあなんとか」 

「よかったです。よければ、ご一緒にどうですか?」

「は、ははは……じゃあ、ご相伴にあずかろうかな……」

 

 引き攣った笑みで答える宗一。満面の笑みで姫路さんに誘われて観念したのか、僕の隣に腰掛けた。

 

「大丈夫ですか? 坂本君」

「大丈夫? 坂本」

「あ、ああ。……あ、足が攣ってな……」

 

 そうこうしていると、よろよろと起き上がりながらなんでもなさそうに嘘を吐く雄二。今、雄二がすごく輝いて見える。

 

「あはは、ダッシュで階段を昇り降りしたからじゃないかな」

「うむ、そうじゃな」

「ストレッチしないとすぐに攣るからね、足は」

「そうなの? 坂本ってこれ以上ないくらい鍛えられてると思うけど」

 

 事情を分かっていない島田さんには分からないだろう。彼は毒を盛られたということを。

 僕らは必死に作戦会議をしている。もちろん、姫路さんと島田さんにはばれないようにだ。

 

(宗一、もしかして姫路さんの腕を知ってたの?)

(うん、昨日姫路のカップケーキを食べてから記憶が……)

(お主が入院しておったのはそれが原因じゃったか……)

 

 そうだったのか。てっきりあの時宗一は睡眠不足で寝てしまったのかと思ってたけど、姫路さんの料理をすでに口にしていたのか。それならあの気絶するように寝ていたり入院してしまったのは納得できる。

 

(それで、康太と雄二は?)

(ムッツリーニはエビフライを、雄二は卵焼きを食べてアレじゃ)

(アレか……)

 

 二人は表面上なんでもないように見えるが、足をがくがくと痙攣させている。姫路さんを傷つけないよう必死に取り繕っているんだろう。でもその顔は死相がくっきりと浮き出ているように見える。

 と、とにかく島田さんはこの場から退場させた方がいいかもしれない。

 

「ところで島田さん、その手をついてるあたりにさ、さっきまで虫の死骸があったよ」

「えぇっ!? 早く言ってよ、もー!」

 

 僕の嘘を信じてくれた島田さんは手を洗いに行ってくれた。そこらへんは女の子なんだよね。

 

「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」

「まったくだね」

 

 はっはっはと笑う僕、秀吉、宗一、雄二の男共4人。

 裏側では壮絶な作戦会議が行われていた。かなり必死で。

 

(明久、今度はお前がいけ!)

(む、無理だよ! 雄二はともかく僕だったらきっと死んじゃう!)

(流石にワシもさっきの姿を見ては決意が鈍る……)

(僕はもう昨日食べたし、マジ勘弁)

(宗一がいきなよ! 姫路さんは宗一に食べてもらいたいはずだよ!)

(は!? なんで僕が!? 嫌だ! もう臨死体験は嫌だ!)

(臨死体験したのかお前……)

(宗一は姫路さんと恋人なんでしょ? なら絶対食べてもらいたいはずだよ!)

(そうかのう? 姫路は明久に食べてもらいたそうじゃが――待て、恋人じゃと?)

(そうだよ! まったく乙女心を分かってないね宗一は!)

(いや待て。明久、君は一体何を勘違い―――)

(ええい、往生際が悪い!)

(明久、俺も手伝う!)

(ちょっと待て何を―――!?)

 

「あっ! 姫路さん、アレは何だ!?」

「えっ? なんですか?」

 

(おらぁっ!)

(もごぁぁっ!?)

 

 その隙に雄二に羽交い絞めにされた宗一の口の中に弁当を一杯に押し込んだ。

 目を白黒させているので顎を掴んで咀嚼を手伝ってあげる。ご飯はよく噛みましょう。

 

「ふぅ、これでよし」

「お主、存外鬼畜じゃな」

 

 秀吉が何か言っているけど気にしない。宗一が白目を剥いて痙攣し出したけど気にしない。

 

「ごめん、見間違いだったよ」

「そ、そうだったんですか?」

 

 こんな古典的な手に引っ掛かってくれる姫路さんがありがたい。

 

「お弁当美味しかったよ。ご馳走様」

「うむ、大変良い腕じゃ」

「上手かったぞ、姫路。なかなかだな」

 

 宗一の大活躍によってお弁当は無事始末完了。僕らの気持ちは青空のように晴れやかだった。

 

「うん、特に宗一がおいしいおいしいってすごい勢いで」

「そうですかー、嬉しいですっ」

「いやいや、こちらこそありがとう。ね、宗一?」

「ああ。お礼を言いたいぐらいだぜ。な、宗一?」

 

「……うぼぁー」

 

 やばい。白目剥いてゾンビみたいになってる。

 

「あ、そうでした」

 

 すると姫路さんがポンと手を打った。

 

「ん? どうしたの?」

「実はですね――」

 

 ごそごそ、と鞄を探り、姫路さんはタッパーのようなものを取り出して――――

 

「デザートもあるんです」

 

「あぁっ! 姫路さん、アレは何だ!?」

「待って明久!勘弁して! 今度こそ死ぬからぁ!」

 

 宗一が命がけで僕の作戦を止めにかかる。く、反応のいい奴め!

 

(明久! 僕を殺す気!? 僕そんな悪いことした!?)

(黙れ男の敵! こんな任務は宗一にしかできない、ここは任せたぜっ)

(ふざけんな! あれを食ったら今度こそ三途の川を渡っちゃうじゃないか!)

(この意気地なしっ!)

(――プチッ。そこまで言うなら覚悟はできてるんだろうな!)

こめかみに青筋を浮かべた宗一は僕が逃げられないようがっしりと僕に組み付いた。な、何を!?

 

「姫路。明久は姫路に『あーん』してもらいたいそうだ」

 

 何を言ってるのぉ!?

 

「そ、そうなんですか!?」

「うん。スプーンはある? 姫路」

「あ、あります。今日は絶対に失敗したくなかったので、ちゃんと忘れ物がないか確認してきたんです」

 

 見てみると小さな容器に入っているデザートはヨーグルトと果物のミックスに見える物だった。

 

「ならそれを明久の口に運んであげて! 本人は恥ずかしがって言わなかったけど、明久は絶対叶えたい夢だって言ってたからね! 恋人のようにお弁当をアーンで食べさせてもらいたいという明久の男の夢を叶えてあげて!」

「わわわ、分かりました!!」

 

 

 なんてこと言うんだ宗一! そんなこと言ったら心優しい姫路さんが……! いやぁ――! そのスプーンを僕の口元に運ばないでぇ――!

 

 

「明久、どうしたんだ?そんな小さな声で「ギブ、ギブ」なんて言って。せっかく姫路にアーンしてもらえるんだから、恥ずかしがらずに食べろクソ野郎」

 

 

宗一の裏切り者! おのれ、どうやってこの窮地を脱出するべきか……!? 雄二と秀吉は傍観者になるべくそっぽを向いてこっちを見ない。助ける気は皆無だろう。

食べるしかないのか……? この劇物を……!

 

 

 

どうやってこの即死イベントを回避するか考えていると――姫路さんの声が僕の中に響いた。

 

 

 

 

 

 

「……吉井君、あーん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……若干照れながらも、僕の方を真っ直ぐ見て「あーん」をしてくれる姫路さん。

 やっぱり年頃の女の子が僕みたいな男にあーんをするのは恥ずかしいんだろう。頬が赤く、若干涙目でスプーンを持った手は震えている。

 けれどその笑顔は天使のようで――僕は――僕は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

「……宗一」

「……何さ、雄二」

「……さっきは、無理やり食わせて悪かった」

「……儂も、謝る」

「……いや、いいんだよ。分かってくれれば」

「……明久の冥福を祈る」

「ちょっと、ウチの分の弁当もう食べて―――なんであんた達、手を合わせて黙祷してるのよ?」

 

 姫路の手によって口にヨーグルト(らしきもの)が運ばれていく度に明久の顔がどんどん青く、そして白くなっていく。足ががくがく震え始めるが、明久は姫路にそれを悟られないように「おいしいおいしい」と機械のようにうわ言をくりかえしていた。

そんな風に美味しそうに食べてくれる明久を見て、嬉しくなった姫路はさらに明久にデザートを「あーん」する。

 

明久は正に今、死の淵に立たされていた。こうなるように姫路を誘導したのは僕だが、少し罪悪感が湧いてきてしまう。

 

 それでも照れくさそうに笑う姫路を見て明久は――幸せそうに笑っていた、ように見えた気がする。

 




次回はBクラス戦。次の投稿まで少し間隔があくかもです。

感想、評価お待ちしております!


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第十二問 何気ない雄二の一言が明久の心を傷つけた。

Side 川上宗一

 

 混沌とも呼べる昼食タイムが終了し、皆でのんびりとお茶をすする。

 文字通り死にかけて前世の罪を懺悔し始めた明久だが、雄二による懸命な救命措置でなんとか復活した。そのあと「さっきは無理やり食べさせてゴメン」と心底申し訳なさそうな顔をして謝ってきたのが印象的だった。

 ちなみに食べれなかった姫路と島田には僕が学食でおにぎりを奢ったことで事なきを得た。

 

「次は、Bクラスを落とす」

 

 一息ついた僕達に、雄二はそう宣言した。

 

「Bクラス? 目標はAクラスじゃないの?」

「正直に言おう。どんな作戦でもうちの戦力じゃAクラスには勝てやしない」

 

 神妙な面持ちでそう告白する雄二。その意見は最もだ。

 まだ新学期初日。いくら最終兵器姫路がいるとは言ってもFクラスとAクラスの戦力の差は歴然だ。

 Aクラスに勝つと言うことは、並大抵のことじゃない。よくAクラスは天才、頭がいい奴が揃っていると皆は言うけど実際は違う。

 彼らがAクラスにいるのは『勉強』という地味で面倒で時間と苦労がかかる『努力』を重ね、努力し努力を重ねたからだ。だからこそ、今の豪華設備と立場を与えられている。もちろん、才能が物を言う場面はあるだろうが、基本的に努力をして彼らはあのクラスにいるのだ。

 FクラスがAクラスに挑むと言うのは、彼らがかけた『努力』という並外れた差そのものに挑むということに他ならない。

 その差を埋めるのは生半可な覚悟では足りない。Fクラスは基本的にテスト前に一夜漬けでしか勉強しない連中の集まりだ。

 そんな僕達Fクラスが彼らとの差を詰めるには、通常の手段では無理だ。半年ぐらい勉強漬けにすれば彼らの足元に及ぶぐらいのことはあるかもしれないが、そういうこと(努力)ができないからFクラスなのだ。

 だから、試験召喚戦争で彼らに勝つには、ただ真正面から挑んで戦うだけでは駄目だ。どうやったって絡め手(・・・)が必要になる。

 

「Dクラスに挑んだのはBクラスを落とすため。Bクラスを落とすのは、Aクラスを落とすため……そういうことでしょ、雄二」

「そうだ。クラス単位で戦っても負けるのは目に見えている。だから俺は、一騎討ちでAクラスに戦いを挑む。その為にはBクラスを落とす必要があるんだ」

「一騎討ちに持ち込むってこと? でも、Bクラスと何の関係があるのさ」

 

 明久が首を傾げる。

 

「試召戦争で下位クラスが負けた場合の設備はどうなるか、知っているな明久?」

「え、も、もちろん!」

「嘘つくなバカ」

 

 顔を見れば「知りませんでした」と言わんばかりの焦りが見て取れる。

 すると、姫路が小声で明久に何かを言った。手助けしてくれているのだろう。

 

「設備のランクを落とされるんだよ」

「そういうことだね。BクラスがAクラスに挑んで負けた場合、Bクラスの設備はCクラスに落とされる。なら明久、上位クラスが負けた場合は?」

「悔しい」

「ムッツリーニ、ペンチ」

 

 雄二が康太にペンチを要求。

 

「ややっ、僕を爪切り要らずの身体にする動きがっ」

「違うよ明久」

「え?」

「爪じゃなくて歯だ」

「なんて物騒なことを言うんだ宗一!? 僕を刺し歯だらけにするつもり!?」

「吉井君。もし上位クラスが負けると相手クラスと設備が入れ替えられちゃうんですよ」

 

 またもや姫路の助け舟。ようやく分かって来たけど、姫路は明久に基本的には甘いな……。さすが恋する乙女。明久に対するそれは恋人ではなく勉強ができない子に答えをこっそり教えるお母さんだが。

 

「つまり、俺達に負けたクラスは最低の設備と入れ替えられる。そのシステムを利用して交渉をする。Bクラスをやったら、設備を入れ替えずにAクラスへと攻め込むよう交渉するんだ。設備を入れ替えたらFクラスだが、Aクラスに負けるだけならCクラス設備に落とされるだけで済むからな。まずうまく行くだろう」

 

 まあ、大前提としてBクラスにFクラスが勝つという条件が必要だが。

 

「ふんふん、それで?」

「それをネタにAクラスと交渉する。『Bクラスとの勝負直後に攻め込むぞ』といった具合にな」

「なるほどね! そうすればAクラスは一騎討ちの勝負に合意せざるを得ないんだ!」

 

 ……やっぱり雄二、スゴイな。僕がもしAクラスだったらこの条件は嫌でも頷かざるを得ない。

 一騎討ちをしなければBクラスが、そしてその後にFクラスが攻め込んでくる。授業の時間を潰されたうえに最低設備に落とされるなんて正直たまったもんじゃないだろう。勝っても何も得られない。なのに負ければ最高の設備を畳と卓袱台に替えられるなんて嫌がらせ以外の何物でもない。

 

「でも雄二、一騎打ちに持ち込むのはいいけど勝算はあるの? 最終兵器姫路がいるのはいいけど、それだけであの霧島に勝てるとは思えない」

「儂も同感じゃな。こちらに姫路がいるということは既に知れ渡っていることじゃろう?」

「その辺りも考えてある。心配するな、宗一、秀吉」

 

 自信満々に言うけど、その台詞はフラグにしか聞こえないよ雄二。

 

「とにかく、Bクラス戦か」

「ああ、で、明久」

「ん?」

「今日のテストが終わったら、Bクラスに行って戦線布告を」

「断る。宗一に行ってもらえばいいじゃないか」

 

 学習したのか宣戦布告を嫌がる明久。いや、僕を巻き込むな。

 

「やれやれ。それならジャンケンで決めないか」

「ジャンケンか……OK、乗った!」

「よし、負けた方が行く、でいいな?」

 

 それを聞いて頷く明久に、雄二は心理戦ありにしよう、と言い出した。

 

「いいよ。僕はグーを出す!」

「なら、俺は――お前がグーを出さなかったら、ブチ殺す

 

 それはただの脅迫だ。

 

「行くぞ。ジャンケン」

「わぁぁっ!」

 

 パー(雄二) グー(明久)

 

「決まりだ、行って来い!」

「絶対に嫌だ!」

「やれやれ、明久。もしかしてDクラスの時みたいにぼこられると思ってるの?」

 

 僕がそう訊くと、明久は頷いた。

 

「なら大丈夫だよ、明久。実はBクラスの人達は美少年が好きで、明久のイラストをよく買ってくれる人が多いんだ。つまり明久は人気だということ。そんな人気の明久をボコるわけないでしょ?」

「そっか。それなら確かに安心だね!」

 

 チョロすぎて時々明久が心配になる。

 

「だが明久はブサイクだろ?」

 

 何気ない雄二のツッコミは明久の心を傷つけた。 

 

「失礼な! 365度どこからどう見ても美少年じゃないか!」

「5度多いぞ」

「実質5度じゃな」

「馬鹿」

「3人なんて嫌いだ!」

 

 こうして明久がBクラスに宣戦布告をすることになり、昼休みの作戦会議はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――放課後。

 

「…………言い訳を聞こうか」

「お前が人気な訳ないだろ馬鹿」

 

 テストは終了、Bクラスに宣戦布告をし暴行を受けて帰ってきた明久が雄二にとびかかった。もちろん、あっという間に返り討ちに遭い、雄二はさっさと教室を出て行ってしまった。

 

「お、ナイスパンチ。相変わらず雄二は強いなぁ……(カキカキ)」

「…………予想通り(パシャパシャ)」

「ねえ、二人とも。ボロボロになった友達が悶絶しているのを見てスケッチしたり写真を撮るのは楽しい?」

「「これはこれで」」

「二人なんて嫌いだっ……」

 

 明久の涙は畳を濡らした。あとでおにぎり奢ってあげるから、許してよ明久。

 

「ん? 姫路、まだ帰らないの?」

「え? あ、ちょっと探し物を……」

「……? まあ、何かあったら言ってよ、姫路」

「は、はい……ありがとうございます、川上君」

 

 教室できょろきょろと何かを探していた姫路が気にかかったが、それ以上追及せず、僕は明久をおんぶし康太と一緒に下校した。




今度こそ……次回こそBクラス戦っ……!

感想、評価いつもありがとうございます!もっと感想くださいな!(貪欲)


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第十三問 第一次試召大戦 ~Bクラス戦~ 開幕

Side 川上宗一

 

 

 

 

 

 

 

猛烈な睡魔と疲れにやられ、僕は卓袱台に突っ伏していた。

 

「うぅ……」

「…………宗一、大丈夫か?」

「寝不足が……やばい。服を脱いで全裸で寝たい」

「…………いつも通り(グッ)」

「ムッツリーニ、宗一のセリフがいろいろおかしいことに気付こうよ」

 

 先日のDクラス戦での報酬として、イラストを10枚ぐらい描いた。例の須川達の報酬の分だ。おかげで随分睡眠時間を削られて寝不足がヒドイ。あと姫路の弁当のせいでお腹が痛い。

 そこに加えて今日の午前中はずっと補給試験だった。睡眠不足でただでさえ少ない体力が更に削られてへとへとだ。もう保健室で休んでていい? あ、駄目? そっかぁ……これが社畜かぁ……。

 ちなみにMVPの姫路には明久のイラストを描いてあげた。R-18な奴ではなく、珍しくきりっと真剣な表情の明久の横顔の絵だ。自分でも言うのもアレだが、なかなかうまく描けたと思う。明久は普段気が抜けた顔の方がデフォルトだから、ああいうカッコイイ顔を描くのは少し難しいんだよね。

 ちなみに明久を想う彼女にとってはとっても好みだったらしく、「また描いてください」と真っ赤な顔をして言われた。

 

「宗一、よくやった。おかげでクラスの士気はダダ上がりだ」

 

 雄二が労いの言葉をかけてくれる。

 見てみると、さっきイラストを渡した連中の顔は闘志に満ちており、もらえなかった連中は悔しさに涙を流していた。

 ちなみに姫路は顔を赤くして幸せそうにイラストを胸に抱え、島田はそれを見て歯ぎしりしている。

 

「ねえ、宗一? 僕の分は? 僕もDクラス戦は活躍したよ?」

「えぇ……」

「なんでそこまで露骨に嫌そうな顔をするんだよ!」

「うーん……ごめん、これでいい?」

 

 僕はスケッチブックを一枚破り取って、明久に渡す。

 

「これって……」

「この間書いた姫路のスケッチだよ」

 

 そこに描かれたのは、先日、放課後に姫路の恋愛相談に乗りながら描いた姫路の横顔だ。

 恋をした少女は、可愛く、そして美しい。そんな女の子の魅力を体現した姫路を、僕はそのまま描き写した。ラフで色塗りもしていない、絵と呼ぶには不完全な物だけど、気に入ってくれるだろうか。

 

「どう?」

「うん……ありがとう、宗一。なんだか勇気が出てきたよ」

「そっか。ならよかった」

 

 明久はスケッチ絵を綺麗に折り畳んで、胸ポケットに仕舞う。お守り代わりなのだろう。気に入ってくれたなら何よりだ。

 

「それで雄二、今日の作戦はどうするの?」

「今回は敵をBクラスの教室に押し込めることが重要になる。開戦直後は姫路に指揮を取ってもらい、相手を部隊ごと押し込める。ほかの連中は姫路に付き従ってもらう」

「僕は?」

「宗一は昨日遅刻したからまだ補充試験は終わっていないだろう? ここで試験の続きを受けてくれ」

「そっかぁ……もう帰っていい?」

「駄目に決まってるだろ馬鹿」

 

 うちの教室、ブラック過ぎない?

 

「転校したい……」

「…………(ポンポン)」

 

 康太が首を振りながら肩を叩く。くっそう、助けてくれないと言うのか。

 重いため息を吐いていると、雄二は教壇の上に立ち、教卓に手を叩きつける。

 

 その音に反応し、Fクラスの視線が雄二に集中する。開戦の時間だと悟ったのか、教室内の空気が一気に引き締まった。

 

「さて皆、総合科目テストご苦労だった。午後はBクラスとの試召戦争に突入する予定だが、()る気は十分か?」

 

「「「おうっ!」」」

 

 男達のフラストレーション。狭苦しい教室に押し込められた怒りは生半可な物じゃない。男達の野太く、地に響く声が教室を揺らす。

 

「今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。渡り廊下戦は絶対に負けるな。負けたらそのまま敗北につながると思え」

 

「「「了解!」」」

 

「前線部隊は姫路に指揮を取ってもらう。野郎ども、きっちり死んで来い!」

「が、頑張ります!!」

 

「「「うおぉーっ!」」」

 

 部隊のテンションは最高潮。

 まもなく戦いが始まる。Fクラス51人中40人が注ぎ込まれ、大規模な戦闘となるだろう。

 そして―――

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

「よし行って来い! 目指すはシステムデスクだ!」

 

「「「サー・イエッサー!!」」」

 

 そして40人の生徒は教室から飛び出し、その後を追いかけるように姫路が駆け足でBクラスに向かった。

 

「さて、僕は補充試験か……」

 

『居たぞ!高橋先生をつれている!』

『生かして帰すなぁー!』

 

 何やら物騒な声が聞こえるけど、気のせいということにしておこう。こっちはこっちで集中しなければ。

 エナジードリンクを一気飲みにし、僕は補充試験を始める。

 明久達は、まあとりあえずは心配ないでしょ。何かあったら、僕が行くことになるだけだ。それまで準備を念入りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やったるでぇー!』

『姫路さんサイコー!』

 

 しばらくペンを走らせていると、そんな怒声が廊下から聞こえてくる。向こうは向こうで大分盛り上がっているらしい。

 姫路のファンクラブが順調で増えていく中、僕は文系の科目を中心にテストの点数を補充し終えて、教室で一休みをしている。

 教室に残っているのは、僕、康太、雄二、そしてFクラスの戦士数名だ。

 康太は今回のBクラス戦においての要なので、教室に待機らしい。前線に送って万が一補習室に送られれば勝てる可能性が低くなるからだ。

 

「Bクラスとの戦況はどう?」

「…………こちらの戦力が削られているが、順調に敵を押し込んでいる」

 

 雄二は康太の盗撮カメラと盗聴器を駆使し、戦場の状況をリアルタイムで把握している。機械の扱いが得意な康太、ムッツリーニ(スケベ)ならではの技術をいかんなく発揮している。

 

「だがやはり相手の壁は厚いな。姫路がいるとはいえ、戦力が削られるのはやはり痛い。前衛部隊に通達。点数が0になりそうな兵士はすぐに撤退し、補充試験を受けるよう指示をしろ。採点が早い先生を呼んで、戦場と補充を早く往復できるようにするんだ」

「了解!」

 

 こんな感じで雄二の指示が前線に行ったり来たりしていると、見慣れぬ使者が教室にやってきた。

 

「失礼、Fクラス代表の坂本雄二はいるか?」

「俺がそうだが、何か用か?」

 

 敵か? 警戒する僕と康太だが、雄二が手を出してそれを制する。よく見ると相手は使者のようで交戦要員ではないらしい。

 

「Bクラス代表から協定の申し出がある。屋上まで来てほしい」

「……分かった」

 

 雄二はしばらく考え込んで、そう言った。

 

「では、案内する。後についてきてくれ」

「分かった。だが護衛はつけさせてもらう。宗一、ムッツリーニ。ついてきてくれ」

 

「「了解」」

 

 ようやく出番か。僕はよいしょと腰を浮かすが、雄二は突如僕の肩を組んで小声で耳打ちしてきた。Bクラスの使者に聞こえないように。

 

「宗一、一緒に廊下を出て階段前まで来たら、Fクラス教室まですぐに戻れ」

「……理由は?」

「万が一の為だ。相手はあの根本だからな。用心に越したことはない」

 

 

 根本恭二。Bクラス代表の男だが、その男からはあまりいい評判は聞かない。

 卑怯と言えば根本、根本と言えば卑怯と言うぐらいだ。雄二が留守の間にFクラスに何かされるのを嫌っての指示なのだろう。

 雄二がやれというなら、僕は従うまで。僕は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 Bクラスの使者が先頭に立ち、雄二、康太、僕の順で後を着いていく。そして階段前の辺りで、僕は突如踵を返してFクラス教室に向かった。

 

「な、おい待て貴様!」

「おいおい、どうしたんだ? さっさと案内してくれよ、Bクラスの使者さん?」

「…………支障はない。早く案内しろ」

「くっ……こっちだ!」

 

 Bクラスの使者から悔しそうな声が聞こえる。どうやら雄二の読みは当たりだったようだ。

 

 

 

 ガララッ

 

「うわ、なんだ!?」

 

 教室に戻ると、今まさにFクラスの筆記用具や机を荒そうとする5人の生徒達がいた。

 名前は知らないけど、おそらくBクラスの連中なのだろう。

 

「なるほど……こっちが留守にしてる間、筆記用具を壊して補給の邪魔をしてやろうって算段か」

 

「な!? 川上宗一だと!? 何故ここに!?」

「くっそ、三河の奴、しくじりやがったか!」

「まあいい、こっちは5人だ、一斉にかかって補習室送りにしてやれ!」

「「「「おうっ!」」」」

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!!!」」」」」

 

 

 Bクラス生徒の足元に発生する幾何学模様。そこに現れた試験召喚獣はかなり強そうな武器を持っている。

 さてさて、勢いで飛び込んだのはいいけど、科目はなんだっけ?

 

「……現国か。ちょうどいいや。それじゃあ、試獣召喚(サモン)!」

 

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   485点

 

      VS

 

   Bクラス 加賀谷寛   214点

       &

        小野明    195点

       &

        井川健吾   181点

       &

        加西真一   179点

       &

        工藤信二   206点

 

 

 

「な、なんだあの点数は!?」

「400点オーバーだと!? Aクラス並じゃないか!?」

「Fクラスにあんな奴がいたのか!?」

「変態のくせに!」

 

「変態は余計だ!」

 

 ちょうどいい。相手はそこそこ強い。おまけに今回は400点オーバーだから初の腕輪もついている。自分の召喚獣の性能を確かめるにはもってこいって奴さ。

 

 

「――さてさて。芸術家たるもの日々鍛錬を怠るべからずってね。どこまで描けるか、スケッチの時間だ! 君達に芸術の真髄ってモンを見せてやる!!」

 

 徹夜による深夜テンションのおかげでなんだか楽しくなってきた。最高にハイって奴さ。さて、それじゃあ、戦争を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――10分後

 

 

   Fクラス 川上宗一   121点

 

      VS

 

   Bクラス 加賀谷寛   DEAD

       &

        小野明    DEAD

       &

        井川健吾   DEAD

       &

        加西真一   DEAD

       &

        工藤信二   DEAD

 

 最後の召喚獣を打倒すと同時に、教室に鉄人がやってくる。

 

「0点になった戦死者は、補習ぅ――――!!!」

「「「ぎゃぁぁあ!!」」」

「なんなんだあの召喚獣はぁ!」

「まったく歯が立たなかったぁ……くっそぉ――――!!」

 

「ふぅ……眠い」

 

 Bクラスの兵士を鉄人に補習室に連れてってもらい、ひと息をついていると明久達が戻ってきた。

 

「宗一!さっきの鉄人とBクラスの5人は……」

「ああ、明久お帰り。あれは雄二の留守を狙った不届きものって奴だよ」

「お主……Bクラス5人を相手に勝ったのか?」

 

 僕が頷くと、秀吉と明久が目を丸くして驚いた。

 

「でも大分点数が削れた。また補充しなきゃなぁ……」

 

 僕が一人愚痴っていると、康太を連れて雄二が教室に戻ってきた。僕はBクラスの連中が忍びこんでいたことを話すと、雄二は「やはりな」と呟いた。

 

「やっぱり根本の差し金がいたか。宗一、ご苦労だった」

「雄二! 今までどこに行ってたのさ、もし宗一が負けでもしたら!」

「宗一は負けねえさ。仮に現国以外の科目でも、あいつの召喚獣は時間稼ぎにはもってこいの性能だからな」

 

 え、僕ってそんなに信頼されてたの。ちょっとびっくり。

 

「ところで雄二よ。お主はムッツリーニと一緒にどこに行っておったのじゃ?」

「Bクラスの根本から協定の申し出があってな。少しの間、教室を開けていた。ムッツリーニは護衛だ」

 

 雄二の話によると、以下の申し出があったらしい。

 

1.四時までに決着がつかなかった場合、戦況をそのままにして続きは明日午前九時に持越し。

2.その間、試験召喚戦争に関わる一切の行為を禁止する

 

「あいつらを教室に押し込んだら今日の戦闘は終了になる。例の作戦は明日が本番だ」

 

 そう言う雄二だが、僕は不安感を拭いきれなかった。

 

「姫路を万全にする分には随分都合がいいけど……都合がよすぎない? 雄二」

「どういうことだ? 宗一」

「だって、根本だよ。雄二ほどじゃないけど、アレだって頭は結構回る。何か裏がありそうなんだよね」

 

 去年、僕の才能に目をつけていろいろ誘ってきたけど、あまり気分がいい奴ではなかった。陰湿で根暗。けれど頭が回ると言う僕が苦手なタイプだった。

 一応、表面上は僕の絵や音楽を褒めていてはくれたけど、あれは本心じゃない。心の奥底では僕を馬鹿にしていた。だから僕は根本が嫌いで苦手だった。できれば関わりたくない。

 

「……分かった。一応警戒しておこう」

「うん、そうしてほしい」

「それじゃあ、宗一はもう一度回復試験だな。明久達は前線部隊に合流してくれ」

「うっへぇ……了解」

 

 僕は頷いて回復試験に向かう。

 明久達もそれぞれの戦場へ。

 まだ戦いは始まったばかりだ。

 

 




本日筆がのったので2話目投稿。

宗一をかっこよくしてみたかった。


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第十四問 第一次試召大戦 ~Bクラス戦~ 策略

バカテスト 生物

問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。
「精子が卵の中に入り、精子の核と卵の核が合体することを( )と言う」

坂本雄二の答え
「受精」

教師のコメント
正解です。

土屋康太・川上宗一の答え
「受精」

教師のコメント
君達は何故かこういう問題だけはきっちりと答えれますね。
その努力をもう少し別の科目へと向けて欲しいです。

吉井明久の答え
「受精」

教師のコメント
吉井君が問題に正解してくれたのはとても嬉しいですが、彼らの影響ではないということを切に願います。



Side 川上宗一

 

 

「……ここはどこ?」

「あ、気付きましたか?」

「教室だよ。大丈夫? 明久」

「姫路さん……宗一……」

「心配しましたよ? 吉井君ってばまるで誰かに散々殴られた後に頭から廊下に叩きつけられたような怪我をして倒れているんですから」

「どうせまた明久がバカやって島田を怒らせたんでしょ」

「二人とも、実は実際に見てたんじゃないの?」

 

 補給テストを僕が終えた後、閻魔様もビビるような憤怒の表情の島田が戻ってきた。そしてそのあとすぐにぼろ雑巾のようになった明久が教室に担ぎ込まれた。

 それを見れば何が起こったか大体分かる。

 

「僕が寝てる間、試召戦争はどうなったの?」

 

 畳から体を起こしながら明久が言う。

 

「今は協定通り休戦中じゃ。続きは明日になる」

「戦況は?」

「計画通り、教室前に攻め込んだ。もっとも、こちらの被害も少なくないが」

 

 雄二がこちらの被害を書いたメモを読み上げる。40人近い戦力を注ぎ込んで一見圧勝に見えるが、全体的にみると決して安くない出費だ。

 すると、教室に戻ってきた康太が雄二の肩を叩いた。

 

「…………(トントン)」

「お、ムッツリーニか。何か変わったことはあったか?」

「…………Cクラスに動きがある」

「何? Cクラスだと?」

 

 康太は静かに頷いた。康太の本来の役目は戦闘ではなく情報収集と伝令だ。Bクラスの戦況を見張りながら、他のクラスの動きを警戒していた。

 

「…………Cクラスに戦争の準備をしているような動きがある」

「漁夫の利を狙うつもりか? いやらしい連中だな」

「…………連戦すればCクラスと戦う余力がない」

「雄二、どうするの?」

 

 ちらりと時計を見ると、まだ四時半。まだ生徒が全員帰るには早い時間だ。

 

「ふむ、Cクラスと協定でも結ぶか。Dクラス使って攻め込ませるぞ、とか言って脅せば攻め込む気もなくなるだろ」

「それに僕らが勝つなんて思ってもいないだろうしね」

「康太、Cクラス代表って誰?」

 

 僕が何気なく気になってぽつりと訊くと、予想外の名前が返ってきた。

 

「…………Cクラス代表は、小山友香」

「……うぇ、小山か」

 

 僕はげぇ、と顔を歪めると、僕の反応が気になったのか、明久が訊いてくる。

 

「Cクラスの代表のこと、知ってるの? 宗一」

「ん? ああ、一応ね。仲がいいってわけじゃないけど」

「へぇ、宗一にも女の子の知り合いがいたんだ。意外だね」

「だって去年僕に告白してきた――」

 

 女の子だから、と答えようとした瞬間。

 

「総員、狙え」

「「「「サー・イエッサー」」」」

「ファッ!? なんで明久の号令でカッターとボールペンを構えるんだ!?」

 

 一瞬で僕はFクラスの男共に取り囲まれる。くそっ、なんて素早いんだ!?

 

「どういうつもりだよ明久!?」

「黙れ男の敵! モテない男の苦しみを味あわせてやる! 血の盟約に背いた裏切者に罰を――それが」

 

『『『『『 我ら異端審問会 』』』』』

 

「ちょっ、うそ、いつの間に!?」

 

 逃げる暇もなく僕は黒装束に身を包んだFクラスの連中に縄で足を縛られ、いつの間にか用意された十字架に磔にされる。今までどこにこんな物が!?

 

 ダァン!

 

 おそらくこの連中のトップと思われる―――多分あれ須川だ。須川が小槌を―――なんて名前だっけアレ。逆転裁判で裁判長が叩くアレ。

 

「これより、異端審問会を始める」

 

「なんだコレ。マジなにコレ」

「意外じゃの。よもやあの宗一が女子に告白されておったとは」

「一時期『清涼祭』の活躍で女子達の注目の的だったからな。まあ、オープンスケベな宗一の性格についていけずにすぐ鎮静化したが」

「私も見ましたけど、あのライブは凄かったです……」

「ねえ秀吉、雄二。喋ってる暇があったら助けてくれない?」

 

 雄二の言う通り、僕は去年の一時期モテていた。モテていたと言っても、特定の誰かと付き合ったわけではない。

 清涼祭でライブをしたら、僕と付き合って欲しいという女の子がたくさん現れたのだ。でもあれは、僕の内面を好きになったわけではない。ただ単純にライブの熱に当てられた女子達が「川上宗一がカッコイイ!」と言う風に錯覚しただけだ。現に去年僕に告白した女子のほとんどは、僕に告白した事を「アレは黒歴史」と唾を吐いて言うぐらいだ。アレ? なんか涙が出てきたよ。

 小山にも告白されたが彼女は僕自身を好きになったのではない。あの告白自体意味のない物だった。

 でもまさかそんな過去が今僕を殺そうとするだなんて!

 

「罪状、被告、川上宗一は、うらやましいことに女の子に告白された。しかも一人だけではなく多数の女子生徒に告白されたらしい。これは事実に相違ないか?」

「「「相違ありません!」」」

 

 ダァン!

 

「被告、何か言い残すことは?」

「弁護すらさせてくれないのか! ていうか1年前のことなのになんで――このっ――理不尽だッッ!!」

 

 明久とFクラスの連中はノリノリだ。僕を粛正することに一切の躊躇いがない。

 ハッ!そうだ、康太は? 僕の相棒である土屋康太なら、この絶体絶命のピンチをなんとかしてくれるはず!

 僕が辺りをキョロキョロ見渡すと―――明久の隣に、少し小柄な、具体的に言えば康太と同じぐらいの身長の黒装束が立っていた。

 

「……康太、そこで何やってるの? 僕を助けてくれるんじゃないの?」

 

 僕が懇願するように言うと、康太は答えた。

 

「…………裏切者は許さない。親友と言えど、容赦はしない。裏切者に死を」

 

『『『裏切者に死を!』』』

 

 神は死んだ。

 

「有罪、死刑!」

 

 その後ボロボロになるまで私刑(リンチ)にされたのは言うまでもない。

 

 

 

――閑話休題。

 

 

「じゃあ宗一。代表と知り合いだって言うのなら都合がいい。Cクラスに探りに行って来い」

「ねえ雄二。僕、たった今拷問に近いリンチをされた後なんだけど。怪我人をいたわる心遣いとかはないの?」

「ない」

 

 もうやだこのブラックな教室。転校したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Cクラス

 

 Cクラスの教室は、通常の教室より2倍の面積がある。

 裕福な公立校の教室って感じだ。黒板ではなくホワイトボードが設置してあり、清潔感がある。

 Fクラスにいるせいで基準が著しく低くなっているのか、十分豪華な設備に感じる。環境って人を変えるんだなって思いました、まる。

 

「ちわー。小山いるー?」

「あ、川上君ッ!? なんでここに来てんのよ! この変態ッ!」

 

 教室に入ったらいきなり罵倒された。辛い。

 

「……ってなんだ、小山じゃん。いきなりヒドイなぁ。何そんなに怒ってるの?」

 

 見てみると、黒髪のベリーショートの女子が僕を睨みつけていた。Cクラス代表の小山友香だ。一年前と全然変わってない。噂でだけど、バレー部で活躍しているとよく聞く。足もほっそりと健康的でいい。

 

「別に、怒ってないわよ」

「生理?」

「殺すわよ」

 

 やっぱり怒ってる。

 

「――――ん、根本? なんで君もここにいるのさ」

「チッ。ばれたか」

 

 よく見ると、小山の後ろには短く刈りそろえた黒髪――鋭い、けれどどこか陰湿さが混じった目つきの男。

 Bクラス代表の根本恭二がいた。

 

「何よ川上君。恭二がここにいるのがいけないの?」

「恭二? 呼び捨てって、まさか」

「そうだよ、川上。俺が友香の恋人だ」

「マジか、付き合っていたのか」

 

 Bクラス代表とCクラス代表がカップルだったのか。

 ……なるほどね。Cクラスが戦争の準備をしていたって言う情報は餌か。よく見ると根本の周りに固まるように生徒が何人かいるのが見えた。おそらくBクラスの連中なのだろう。

 あっぶな! 雄二を連れてきたら、根本の待ち伏せにやられてたじゃん! しかも連中が立会人として連れてきているのは数学の長谷川先生だ。僕の超苦手科目じゃん!

 

「こんなところに何の用だ? 川上。友香とはそれなりの付き合いだというのは知っているが、友香は俺の彼女だ。挨拶に来たのならとっとと出て行ってくれ。振られた男が友香に関わるんじゃあない」

「別に。そっちこそ何してるんだよ。試召戦争に関わる行動は明日まで一切禁止なんだろ? Cクラスと共謀するのはルール違反じゃない?」

「おいおい、言いがかりはよしてくれよ。俺は自分の恋人と雑談を楽しんでいるだけだぜ? 代表の立場を抜きにして、な」

 

 にやにやといやらしい目で笑う根本。まあ、そういう風に逃れるだろうな。僕だって逆の立場だったらそう言うさ。

 けれど……

 

「……けれど小山。いくらなんでもそいつは趣味が悪いよ……」

「ハッ。変態紳士とか呼ばれる馬鹿のくせに言うじゃないか」

「いやいや、その髪型、ファッションセンスの欠片もないじゃないか。キノコみたいな頭して」

「なんだとこの天然パーマ!」

「待って、恭二。川上はそういう性格なのよ。掴みどころがない言動で挑発するのよ」

「いや、別に挑発じゃないよ。ただ素直にそう思っただけで」

「なお悪いわ!」

 

 まったく、相変わらずだなぁ小山は……。まあ、小山の考え方は理解できないわけじゃない。以前言ってたっけか。「私は頭がいい人が好みのタイプ」だって。

 ここで言う「頭がいい」というのは勉強ができるという意味ではなく、知恵が働く男のこと。言い方を変えれば悪知恵とでもいうべきなのだろうか。権力を手に入れる為なら、どんな手段も問わない根本はまさにドンピシャなのだろう。

 誰かを好きになったから付き合う、のではなく、付き合うことでメリットがあるから付き合う、というのが小山友香のスタンスだ。かつて清涼祭で、一時期、時の人として脚光を浴びた僕に告白したのも、そういう理由があったからなのだろう。付き合うことで自分を上の立場に押し上げてくれる男が好きになる――それが小山友香という女の子なのだ。

 僕としては、あまり好きではない考え方だ。理解できない訳ではないが、合わない価値観。だから小山の告白を断った。

 でもなぁ……。

 

「小山は美人で、健康的でいい身体してるのに。いろいろと勿体ない。そんな男と付き合うなんてちょっとショック……」

「言ったでしょ、川上君。私は頭がいい男の子が好きなの。勉強しかできない男になんか、興味はないわ」

「ああ、言ってたね。でもそれはないでしょ……」

「どういう意味だ!?」

「根本にはもったいない高嶺の花って意味だよ。小山、かつての友人としてアドバイスするけど、取り入るならもうちょっとまともな男を探した方がいいと思うよ? 君ならもっといい男と付き合えるのに」

「余計なお世話よ! 大体、私とあなたは友達じゃないでしょ! 私とあなたの間に友情とか恋愛感情とか、そういうのは一切ないんだから勝手なこと言わないで!」

 

 愛がない友達……ふむ、つまり――

 

「じゃあ、セフレ?」

「殺すわよ」

 

 やっぱり生理じゃないか(呆)

 

「まあ、いっか。また来るよ、小山」

「もう二度と来ないで」

「まったく、変態の癖に小山に付き纏うな! 『芸術』なんて価値のない物に取り憑かれる馬鹿が、いい気になるんじゃない」

 

「…………」

 

「な、なんだよ川上。怒ってるのか? 戦争するなら、こっちは正当防衛ということにさせてもらうぞ」

 

 根本の後ろに隠れていたBクラスの近衛兵が前に出る。

 

「やんない。意味がないから」

「何?」

「本当に大切な物が何か、分からない三流と戦っても意味はない。どうせ明日決着は着くんだ、今じゃなくていいでしょ。僕、もうへとへとだし」

「何イキがってるんだ? 大切な物? Fクラスの癖に随分とかっこつけるじゃないか」

「……薄いな、根本。お前は薄い。ペラペラの紙だ。小山」

「……何よ?」

「…………また来る」

 

 僕はそれだけ言って、Fクラスへ帰還した。

 

 




前書きに書いている「バカテスト」のネタが足りないです。
ネタを絞り出すのにも一苦労。

感想、評価お待ちしておりますとも。


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第十五問 爆発オチなんてサイテー!!

Side 吉井明久

 

 

「検証?」

「ああ、そうだ。明日のBクラス戦の前に、宗一の召喚獣の力を調べたくてな」

 

 放課後。

 Cクラスから帰って来た宗一の話を聞くと(どうしてか少し不機嫌そうだった)、どうやら根本の罠だということが分かった。Cクラスの小山さんと共謀して罠を張っていたらしい。

 だがBクラスの待ち伏せを回避できたのはいいものの、Cクラスが戦争の準備をしていたのは本当のようだった。どうするのか雄二に訊いてみたけど、「目には目をだ」とにやりと笑っただけで詳しいことは話してくれなかったけど、Cクラスへの対策はすでに考えてあったらしい。

 けれどその後、Fクラスに残っていた僕、宗一、ムッツリーニ、秀吉に「あとで体育館に来てくれ」と集合をかけた。

 

 なんだろう、と思って4人で体育館に向かうと、そこにいたのは学年主任の高橋先生と雄二だった。

 そして冒頭の話に戻る。

 

「僕の力って……さっき話した腕輪の力と関係が?」

「ああ。宗一の腕輪の話を聞いて状況が変わった。今すぐ確認しなきゃいけなくなったんだ。だからこうやって集まってもらった」

「腕輪って……宗一、腕輪持ちだったの?」

「いや、今日のテストはうまく行ってさ。現国で400点オーバーしたんだ。で、さっきのBクラス戦で使ってみたんだけど……」

 

 頬をぽりぽりと掻きながら宗一は困ったように言う。

 どうしたんだろう? 腕輪持ちだなんて誰でもできることじゃないし、喜んでもおかしくないのに宗一の表情は困惑ぎみだった。

 さっきのBクラス戦でも姫路さんは腕輪の力を使って活躍し、渡り廊下戦を勝利させた。強力な力をもつ腕輪を宗一も持てるだなんて、もっと喜んでもいいはずなのに、雄二の表情は少し暗く、嬉しそうではなかった。

 

「宗一の召喚獣の能力は俺が想像していたよりとんでもない能力だったみたいでな。現代国語の担当でもある高橋先生に頼んで立ち合いに来てもらった。正確に検証するために、お前らにも手伝ってもらいたい」

 

 真剣な表情で雄二は言った。

 宗一の召喚獣は絵で物を生み出す力。ゴジラや戦車、宗一が描けば描くほど、その絵に魂が宿る。

 

「宗一の召喚獣は絵で描けるならどんな物でも生み出せる。架空の生物ゴジラから、現代兵器の戦車まで。点数を消費するデメリットはあるが、攻撃力は絶大だ。動かない絵なら壁にもなる、相手の召喚獣を足止めすることもできる。かなり応用性が高い能力を持っていることは知ってるな?」

「うん。おかげでこの間のDクラス戦で、僕達の部隊は一人も戦死者を出さずに済んだんだよね」

 

実際、宗一がいなければDクラス戦の渡り廊下戦、絶対に誰かが戦死していただろう。最悪、全滅だって有り得た。

 

「そうだ。7点という糞みたいな点数で生き残れるとは俺も思わなかった。こいつが敵じゃなくて本当によかったと今なら分かる。明久、今日の試験召喚戦争でBクラスに飛び道具を持った召喚獣は見たか?」

「そういえば……あまり見なかったね」

 

 試験召喚戦争の要でもある召喚獣同士の戦闘は、基本的に近接戦闘だ。僕の召喚獣の木刀、ムッツリーニの小刀、秀吉の槍など。中には姫路さんの腕輪の力のようにビームを撃ってくる召喚獣もいるけど、ほとんどが近接武器による戦闘がメインになる。遠距離攻撃ができる召喚獣は少ないのだ。

 

「召喚獣は本人の素質、性格、才能、科目の点数によって姿や能力、武器が決まる。宗一の素質は『創作家』。つまり『何かを生み出す』ということに特化してるとも言える。多芸多才な宗一に絵を実体化させるという力はぴったりだろう」

 

 確かに、芸術家の宗一は多才だ。小説からイラスト、音楽まで。芸術を極めに極めつくした男ともいえるだろう。そう考えれば宗一の召喚獣はぴったりとも言える。

 

「近接戦闘が中心の試験召喚戦争において、宗一の召喚獣はかなり特殊で強力だ。例えば、宗一にマシンガンを描かせて俺達の召喚獣に持たせることができれば、今後の戦争を有利に進められる」

「すごいじゃん! それができれば今後の戦いがずっと楽になるね!」

 

 しかし、雄二のその言葉に宗一はかなり厳しい表情になる。ムッツリーニも秀吉もだ。どうしたんだろう?

 

「……雄二、それってかなりチートじゃない?」

「そうじゃのう。革新的じゃが、下手をすれば試験召喚戦争の概念そのものが崩壊する恐れがあるの」

「…………訴えられても文句は言えない」

「ああ。チートもチート。最大の反則技だ」

 

 3人の言葉に、雄二は溜息を吐いた。どういうこと? そろそろ僕を置いて会話をするのはやめてほしい。

 

「宗一、どういうこと?」

「明久。想像してみて欲しいんだけど、侍と侍の戦争は分かる?」

「え、あ、うん。チャンバラだよね。僕も好きだよ?」

「侍の武器って、何?」

「……刀だね。槍とか鉄砲とかもあるけど、メインは刀だし」

「そう。けれど刀や槍による近接戦闘がメインの戦場で、片方の軍隊がいきなり『マシンガン』や『拳銃』を持ちだして戦闘を始めたら、どっちが勝つ?」

「? 何言ってるのさ、銃を持ってる軍隊が勝つに決まって……あっ」

「僕達がやろうとしているのは、そういうこと。試験召喚戦争は基本的に侍と侍の戦い、近接戦闘がメインの戦争だ。けれど、戦争って言うのはいつの時代も技術の進化で戦力の差を一気に覆せる物。それこそ、Fクラスの点数とAクラスの点数の差が意味がなくなるぐらいに」

 

 宗一の言葉に雄二が頷く。

 

「そうなれば、試験召喚戦争を開く意味自体がなくなるかもしれん。宗一がいれば絶対に勝てるからだ。あくまで試験召喚戦争は勉強の一環。一方的に勝つことができるチートを俺達が使い出したら試験召喚戦争が今後開かれなくなる可能性がある」

「そんな! Aクラスを倒した後ならまだしも、Bクラス戦でそんなことをされたら――!」

 

 姫路さんの為にAクラスの設備を手に入れられなくなってしまう。

 

「それだけじゃない。戦闘に勝利しても、『チートを使った』という相手側の抗議が通れば設備の交換を認められないかもしれない。そういう意味で宗一の力は強力過ぎなんだよ」

「でもでも、宗一の描いた絵って一回でも攻撃したらすぐに消えるんじゃないの?」

 

確かゴジラや戦車も、1回攻撃しただけで消滅したはずだ。

 

「普通に描いたら、ね。でも僕の腕輪の力があればそのデメリットを打ち消せるんだ」

「宗一の召喚獣の腕輪?」

「腕輪を発動すると1秒につき1点消費するんだ。その間、僕が描いた絵は消えなくなる。しかも動く絵をいくら描いても点数を消費しない」

「何それ、反則!」

 

 訊くと、宗一はBクラスの5人と戦った時に初めてその能力が分かったらしい。腕輪の特殊能力は召喚して使ってみるまで先生も分からない。姫路さんは1年生の頃から400点オーバーの常連だった為、腕輪の能力が分かっていたらしいが、宗一が腕輪を使ったのは今日の戦闘が初めてなのだと言う。

 

「正直に言うと、現国で400点以上取ったのは今回が初めてなんだ。僕も超驚いた」

「そ、そうなの?」

「へぇ、そうだったのか。なんでいきなり伸びたんだ?」

「まぁ――ちょっとだけ頑張ってみようと思ってさ」

 

 照れ臭そうに笑う宗一だが、僕は驚いた。もしかして宗一は今まで本気を出さなかっただけで実は頭がいいのかもしれない。それこそ、Aクラスの人達と同じぐらいに。

 もしDクラス戦の時に現れたゴジラのような、攻撃力が高い武器や生物をいくつも描かれれば――、そして宗一が描いた大量のマシンガンを他の生徒の召喚獣に装備させでもすれば、パワーバランスが崩壊する。

 宗一に勝てる生徒は片手でしかいなくなるだろう。それこそ、学年代表クラスの召喚獣でもない限り、Fクラス、いや、宗一に対抗できるのはいなくなる。

 

「だからこそ、今のうちに宗一の能力を把握しておく必要がある。戦力の確認は指揮官の義務だからな。宗一のチートは魅力だが、チートをして無双するゲームほど面白くない物はない。だから、宗一の力がどこまでできるのか確認する必要があるんだ」

「……なるほどね、分かったよ。協力する」

 

 僕がそう言うと、雄二たちが驚いたように目を丸くする。

 

「……意外だな。絶対ごねると思ったんだが」

「僕も。『Aクラスに勝てるかもしれないのに、なんで使わないのさ!』とか言うと思った」

「ゲーマーとして、雄二の意見はよく分かるからね」

 

 こうして、高橋先生の立会のもと、宗一の能力の検証が行われることになった。

 ちなみに高橋先生は学園長の指示で宗一のデータを収集するために立会人をしてくれるらしい。

 

 

 

「では、模擬試召戦争を行います。点数が0になった場合、補習室にて補習と回復試験を受けてもらいます。よろしいですね? では、準備ができたら始めてください。模擬試召戦争、承認!」

 

 体育館の真ん中に召喚フィールドが現れ、僕達はお馴染みの呼び出し呪文を唱える。

 

「「「「試獣召喚(サモン)っ!」」」」

 

 お馴染みの幾何学模様に召喚獣が現れる。それにしても、秀吉はなんで召喚するたびに光に包まれて裸っぽくなるんだろう? 同じ男なのにすごいドキドキするよ。

 

 フィールドは現国。(高橋先生)

 被験者は吉井明久・ムッツリーニ・木下秀吉の3人。そして絵を描く宗一が召喚獣を操作し、雄二が実験を観察、考察することになった。

 

 

 こうして、実験が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 実験その1。

 

「まずはどこまで描けるかだな。宗一、とりあえず思いつく物を描いてみてくれるか?」

「ほいっ」

「なんでいきなり裸の女の絵を描く!?」

 

 ウッフーン♥(ボインボイン)

 

「…………!?(ブバババババ)」

「宗一、やめてあげて! 金髪のボインな美女を実体化させるなんてしたら、ムッツリーニが死んじゃう!」

 

宗一の描いた金髪ボインに鼻血を流しながらもムッツリーニはカメラのシャッターを切り始める。

 

「…………まだ、死ねない……!(パシャパシャ!)」

「ムッツリーニ、動いちゃだめだよ! 写真撮ってないで休んでいるんだ!(その写真後でちょうだい!)

 

その間にも宗一はテンションが上がったのかどんどんゴジラやモスラなどの怪獣を描き始める。楽しそうに絵を描く傍ら、雄二と秀吉は宗一が描いた絵を検証していった。

 

「む? このゴジラ、儂らには触れられんようじゃの」

「召喚獣なら触れるみたいだな。だが、架空の生物でもまるで生きてるみたいに描けるんだな……」

「この間シンゴジラ観たからね」

「そういう問題じゃなかろうに……」

 

 

 

 実験その2。

 

「よし、宗一。次はブラックホールとか描けるか?」

 

雄二がそう尋ねると、宗一は「もちろん」と自信ありげに言った。

 

「じゃあさっそく描いてみてくれ」

「分かった、よいしょっ……ああっ!? 召喚獣が吸い込まれるっ!?」

 

召喚フィールドの真ん中に真っ黒な渦が発生した途端、まるで掃除機のように僕の召喚獣が吸い込まれてしまう。

そして僕の召喚獣は━━分子レベルまで粉々に崩れて消えていった。

 

「ぎゃあぁぁああああ!!痛い、痛いよ宗一! 体がまるで塵になるような激痛があぁぁあああ!!」

「明久の召喚獣が細切れに!?」

「宗一止めろ! ていうかお前の点数が!」

「え? あ、0点……」

「明久のも0点になったの……」

 

現代国語

 

   Fクラス 吉井明久   DEAD

 

   Fクラス 川上宗一   DEAD

 

 

「0点になった戦死者は補習ゥー」

「「ぎゃあああああああ!!!」」

 

 

 

 

 実験その3。

 

「ひどい目に遭った……」

「なんで僕まで宗一の巻き添えに……」

 

補習室から戻ってきても、まだまだ実験は続く。

 

「それにしても自然現象も実体化させることができるのか。これはかなりの強みだな」

「…………圧倒的」

「じゃが、規模に応じて消費する点数も莫大じゃ。腕輪を発動してる最中なら大丈夫なようじゃが」

「あぁ。それに宗一の召喚獣もあのブラックホールに吸い込まれそうになった所を見ると、宗一の召喚獣も巻き込まれるみたいだな。戦闘中に自分が描いた絵に殺されたら洒落にならねぇ。それじゃあ宗一、雲は描けるか?」

「ほいほい」

 

 もくもく……

 

「雷はどうじゃ?」

「それそれ」

 

 ピシャッ!

 

「身体に走る電撃の痛みと痺れがあばばばばば!!」

 

「…………津波」

「ほいさっさ」

 

 バッシャアアアアアアア

 

「ぐぉぉお! 息が! 宗一、息が! 死んじゃう!」

 

「じゃあ地震はどうじゃ宗一?」

「はいよ……いや、ちょっと待って」

「どうした、宗一」

「地震ってどう描くの?(素)」

「「「……あー……」」」

「早く助けてヘルプミィーーーー!!」

 

 

 

 

 実験その4。

 

「いよいよメインだな。宗一、武器を描いてみてくれ。ピストルとマシンガンだ」

「OK(シュバババババ)」

「…………速い」

「あの速さでよく描けるな」

「しかも丁寧で繊細じゃ。よほど召喚獣の操作に慣れておらんとできんじゃろう」

 

雄二達が感心したように言う。

目にも止まらぬ速さで描き上げられて行く宗一の召喚獣の絵はまるでビデオの早送りを観ているようだった。

 

「そんなことないよ。明久も観察処分の雑用で操作に慣れてるんでしょ? 僕みたいに描けるんじゃない?」

「無理だよ。僕も召喚獣の操作には自信はあるけど、いくら操作に慣れているからってあんな絵描けないよ」

「絵心うんぬんより、単純に宗一が器用過ぎなんだろう。まだ召喚獣の操作に慣れてない奴の方が多いのに、あそこまでよく動かせるもんだ」

 

多分、宗一の召喚獣を他の人が操作しようとしても宗一以上に使いこなせる生徒はいないだろう。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……よし、できた。(ガシャッ)」

 

宗一の召喚獣の足元に真っ黒な拳銃とマシンガンが置かれた。

 

「どれどれ、さっそく儂の召喚獣に持たせてみようかのう」

「…………同じく」

「さて、Fクラス軍の近代化はできるか……」

 

ムッツリーニと秀吉の召喚獣が銃を持った瞬間。

 バシュッ!

 

「…………!?」

「な、なんじゃ? 持たせた瞬間、宗一が生み出した武器が消えてしもうたぞ!」

「…………持てない」

「……やっぱりそう簡単にうまく行けねえか。安心したが、ちょっと残念だな。Fクラスの連中の武器を近代化させるのは、それはそれでロマンもあるからな……」

「…………都合よく行かない」

 

残念そうにため息を吐く雄二とムッツリーニ。さすがにそう都合よくいかないみたいだ。

 

「じゃが雄二よ、明久と宗一が持っても消えないようじゃぞ?」

「宗一は分かるが……なんで明久の召喚獣は持っても消えないんだ?」

「観察処分者と一般生徒の召喚獣は設定が違うからじゃない? 明久の召喚獣と他の召喚獣と違う所なんて、それぐらいでしょ」

「やった! ついに僕の武器が木刀から近代武器に!」

「いろいろ制限はあるが、明久の召喚獣がちょっと強くなったと考えれば儲けもんか」

 

 

 

 

 実験その5。

 

「宗一よ、爆弾などは描けるのかの?」

「描いてみよう。それっ」

 

 カキカキ…ゴトッ

 

「これはまた……物々しいのがでてきたな」

「爆弾と言えばこれでしょ。ボ○バーマンのボム」

 

出てきたのはドクロの絵が書かれた真っ黒な球体。頭には火をつけるための導火線がついている。

 

「導火線があるけど、火はどうやってつけるんだ ?宗一」

「んー、そこまで細かく考えて描いた訳じゃないから……ムッツリーニ、ちょっとこっちに持ってきて」

「…………(スッ)」

 

宗一と雄二に頼まれたムッツリーニは爆弾を持とうとする。

しかし。

 

「あ、ムッツリーニ! 持ち方が甘い、それじゃ落ち――」

 

 ドサッ―――カチッ―――ピカッ

 

 

「「「え?」」」

 

 

 

 ドカーン!! パラパラ……

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

ムッツリーニの召喚獣は爆弾で粉々になった。

 

 

現代国語

 

   Fクラス 土屋康太   DEAD

 

 

「0点になった戦死者は補習ゥ――――!!

「…………り、理不尽……!」

「ご、ゴメン康太……まさか落としただけで爆発するなんて……」

 

鉄人に担がれたムッツリーニは抵抗出来ずに補習室に連行されて行った。

 

「どうやら爆発物は衝撃を加えると爆発してしまうようじゃの」

「ていうか今、宗一フィールドの外に逃げたよね? 爆弾消えなかったよ?」

「宗一が描いた絵は本人がフィールド外に出ても消えないようだな。実体化した絵がフィールド外に出れば、さすがに消えるみたいだが」

 

あの一瞬でよくフィールド外まで逃げれたと思う。

 

「かなり危険だねこれ……フィールドの中にいたら巻き添えどころじゃないよ雄二。明久がもしフィールドにいたら気絶待ったナシだよ」

「そうじゃのう。味方もろともとは危険すぎる。宗一も今のでかなりの点数を消費したようじゃしの」

「これは禁じ手だな。威力は申し分ないが、もう少し条件が揃わねぇと使えない。範囲も広すぎるしな。宗一、もう一個作ってみてくれ」

「よいしょっ」

「明久、持ってみてくれ。そっとな?」

 

えぇ!?僕!? まぁいいけどさ……。落とさなければいいだけだし。でも慎重に……慎重に……!

 

「…………(ゴクリ)」

「なんじゃこの爆弾処理班のような空気は……」

「あながち間違いじゃない……雄二、明久に持たせてどうするつもり?」

「いや、宗一の爆弾を有効に使える方法を考えてな」

「本当?」

 

こんな危険なものをうまく使う方法を直ぐに思いつくだなんて、さすが雄二だ。

 

「まず宗一が爆弾を作る」

「ふんふん」

「そして明久が持つ」

「なるほど、それで?」

「相手の陣地に突っ込んで終了」

 

血も涙もない使い方だった。

 

「雄二、僕を殺す気なんだね? 僕の召喚獣にはフィードバックがあるんだよ? 下手したら僕死んじゃうよ?」

「名付けて人柱大作戦」

「生贄かよ!」

「神風じゃの……」

 

なんて酷いことを思いつくんだこのクソ野郎!

 

「この外道め、僕の命をなんだと思ってるのさっ!(ブゥン―――カチッ)」

「あっ」

 

 

 

 ドカーン!! パラパラ……

 

 

 

「「「…………」」」

「ぎゃああああ!! 全身が! 全身が炎に包まれたような熱さと弾けたような痛みがぁぁぁ―――!」

 

 

現代国語

 

   Fクラス 吉井明久   DEAD

 

 

 

「戦死者は補習ぅううううう!!」

「いやだあああああああ!!!」

 

 

「……とりあえず、僕も補充試験を受けてくるよ」

「……そうだな。大分点数も消費したし、宗一の能力についても大分分かった。今日はこれぐらいで十分だろう。高橋先生、ありがとうございました」

「お疲れ様なのじゃ」

「いえいえ、学園長も川上君の召喚獣の能力に強い興味を示していたので、よいデータが取れました。それでは、気を付けて帰ってください」

 

 

 

 こうして行われた放課後の実験は19時近くになった頃、お開きとなった。宗一は回復試験、僕とムッツリーニは補習で、帰れたのは夜の9時ぐらいだった。

 

 

 

 

実験結果―――

 

・宗一の召喚獣が生み出せる物は、大雑把に分けると物体、生物(架空の物も含まれる)、自然現象などである。水や雲などの自然も実体化できるが、地震など目に見えない絵に描けない物は生み出せない。このことから、宗一が生み出せるのは絵で模写できる物に限られると判明。

・自然現象は規模に応じて消費する点数が変動し、竜巻やブラックホールなど大規模な破壊を伴う現象を描くと点数を500点以上消費する。絵を実体化させ0点になった場合は戦死扱いとなる。

・実体化した物は、召喚獣は触ったり壊すことができるが、人間は触れることができない、立体映像のような物。

・宗一が生み出した物は宗一自身が召喚フィールドから出ても消滅しない。フィールドを閉じたり実体化した絵がフィールドを出ると消滅する。

・マシンガンや拳銃を描き、宗一が持って戦うことはできるが、腕輪を使わないと一発撃っただけで消滅する。

・腕輪を使った状態で絵を描き、マシンガンを生み出して秀吉やムッツリーニに持たせてもすぐに武器は消滅する。銃だけでなく剣や槍も同様。おそらく道具や武器類は実体化させても宗一の召喚獣か観察処分者使用の召喚獣しか持ち運ぶことができない。

・ミサイルや爆弾と言った物はどこかにぶつかる、衝撃を加えないと爆発しない。

 

 




感想、評価、お気に入り登録いつもありがとうございます。もっとください(貪欲)


主人公の召喚獣の能力について、こういった形で書かせてもらいました。改めて考えるとかなりチートだなぁ……。無計画で『絵を描いて実体化させて攻撃できる召喚獣とかかっこいいんじゃね?』なんて書くもんだから、細かい設定をまとめるの大変でした。書きながら考えていましたが、肝試し編の時宗一の召喚獣はどうすればいいんですかね(無計画)
次回、Bクラス戦決着。


夏コミに出すクトゥルフ神話TRPGのシナリオ執筆を追い込みにかけるため、しばらく間が開きます。できるだけ早く更新するので気長にお待ち下さい。


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第十六問 馬鹿の瞳に恋してる ~島田美波の場合~

Side 川上宗一

 

 

 

 次の日。

 朝の7時、一人Fクラスの教室でスケッチブックと睨めっこしていると、前の扉ががらりと開いた。

 

「おはよ―……あれ、川上?」

「ん?島田じゃん、おはよう」

 

 朝のオンボロ教室に現れたのは、ポニーテールがトレードマークの女子、島田美波。目つきはきりっとしてて鋭いけど、可愛いんだよな。

 

「眼福眼福」

「何祈ってるのよ」

「いやあ、昨日はずっと鉄人先生と回復試験+補習で……。島田みたいな女子が目に入ると癒されてね」

「一体何をしたのよ……アンタ達は2年生になっても騒がしいわね」

 

 島田は呆れながら僕の隣の卓袱台に座る。

 

「吉井達は?」

「まだ来てないよ。昨日は明久達も鉄人による地獄の補習漬けだったからね。多分ギリギリに来ると思う」

 

 雄二は「作戦の為に少し準備してくる」と言ってどこかに行ってしまった。卓袱台の上に雄二の鞄が置いてある。

 

「ふーん……アンタは早いのね?」

「ちょっとやらなきゃいけないことがあってね」

「やらなきゃって、その絵?」

「うん。昨日は家帰ってすぐ寝ちゃったんだ。だから早く来て練習中」

 

 芸術家たるもの、常に研鑽あるべし。芸術に限らず、技術というのはサボるとすぐに鈍るからね。

 こうやって誰かをモデルに描くのが僕の練習であり、日課だ。昨日は疲れて眠ってしまったせいで描けなかったので、少し早起きしてこうやって描いている。

 すると島田は興味を示したのか、スケッチブックを覗き込んでくる。

 

「へぇー、ちょっと見てもいい?」

「いいよ。ただの練習用のスケッチだけど」

 

 島田がスケッチブックを受け取ると、ぱらぱらと捲って僕の絵をじっと見始める。

 

「あ、吉井の絵だ……。笑ってて可愛い……。こっちは坂本の絵、男らしく描いてるわね。あ、土屋だ。こっちはカメラ構えてて、こうして見ると様になってていいわね。それと木下の絵……むぅ、相変わらず可愛いのね……」

「その辺は明久達をモデルに描いたスケッチだね」

「でも木下の絵はなんかやたらと可愛く描いてる上に、他の男子に比べて描いている枚数が多くない?」

「気のせい気のせい」

 

 明久達に比べると、秀吉の絵を描くことのほうがずっと多いからね。仕方ないよね。

 

「時々思うけど、吉井もアンタも木下のことが好きなの? 木下は男なのに」

「ち●こがついてるぐらい問題ないぐらい秀吉は可愛い。だから問題ない。QED証明完了」

「何が大丈夫なの……」

 

呆れるように溜め息を吐く島田。こればっかりは女子には分からない魅力だろう。僕ぐらいになってくると「逆についてるからこそいい」とか言い出すからね。これがJapanese HENTAIと言う奴だ。

 

「あ、ウチの絵だ。瑞希の絵も。へぇ、すごく可愛く描けてるのね」

「ふふふ、でしょう。女の子の絵を描くのは得意だよ」

「そうね。特徴がしっかり描かれてて、ウチらの絵だってすぐ分かったわ…………分かりすぎるぐらいに…………(しくしく)」

「どうしたの、急に泣き出して」

「こうして並べて描かれると……胸の差が……!」

「お、おう……」

 

 さめざめと膝をついて泣きだした島田さん。ちょっと同情する。

 

「で、でもまあ。貧乳はステータスだ、希少価値だ、って名言もあるし。胸があると肩こりがひどいとか言うし、落ち込むほどではないんじゃない?」

「それは巨乳だけに許される文句よ! ウチだって言ってみたいわそんなこと……!」

 

 拳を握ってぷるぷると歯ぎしりをする島田。確かに、島田は自他ともに認めるぺったんこだった。

 

「まあ、姫路の胸を自然豊かな山と例えるなら島田の胸は平坦な野原、いや、砂漠? 荒れ果てた荒野――ねえ、島田、無言で僕の頸動脈を抑えようとするのやめて。死んじゃう」

 

 油断も隙もあったもんじゃない。

 

「フン。いいわよ。どうせ男は皆、瑞希みたいな女の子が好きなんでしょっ」

「うん」

「なんで即答するのよ! そこは「そんなことないよ」とかフォローしなさいよ!」

 

 理不尽。

 

「実際、『島田と姫路、どっちと付き合う?』って訊かれたら僕は姫路って答えるかなぁ。だっていい身体してるし」

「アンタって本当に最低の変態よね!」

 

 失礼な。僕は純粋に魅力的な体の女の子とあんなことやそんなことをしてみたいだけだ。

 まあ姫路は明久に夢中だし、僕が入り込める隙は皆無だろうけど。

 

「でも姫路は実際、男の理想を集めて体現したような子だからなぁ。僕だけに限った話じゃないと思うよ?」

 

 おっぱいが大きい、可愛い、おしとやか、勉強ができる、優しいetc ――――こうして考えると、まるで男の妄想の塊だ。(ただし料理の腕は除く)

 

「対して島田は、姫路と真逆だし。顔立ちは整ってるけど、スタイルは細い。足は長くて綺麗だけど、それはアイドルやモデルというより、陸上選手とかバスケ選手とか、スポーツをやって鍛えられたという連想させる。可愛いことは可愛いんだけど、男勝りな性格のせいでそれが打ち消されてる感じ」

「うぐっ」

 

 自覚はあったのか、反論を詰まらす島田。

 

「あと、キレると怖いというイメージが強い」

「うぐぐっ」

「いつも明久を殴り倒しているから、島田=男より強いっていう印象があるんだよね」

「うううっ」

「それが男子からモテず、女子からモテる理由なんじゃない?」

「うわああん!」

 

 泣かしてしまった。

 

「知ってるわよ! この学校の『彼女にしたくないランキング』にウチの名前が載ってるって! この間も後輩の女の子から告白されたし! どうすればいいのよぉ!」

「マジか。百合ルートまっしぐらか。これは島田を巡って清水とその後輩女子の壮絶な争いが」

「だから! ウチは女の子じゃなくて吉井のことが好きなの! 川上だって知ってるでしょ!?」 

「そりゃ知ってるけど。でも、去年からアドバイスしてるのに一向に活かしきれない島田も悪いと思う」

「そ、それは……そうだけど……」

 

 ドイツから帰国してきた島田とは、半年とちょっとぐらいの付き合いになる。僕は入学当初から島田と仲が良かったわけじゃない。1年生の夏休みに入る前ぐらいに、明久を介して友達になったのだ。その後、明久達と一緒に島田とちょくちょく遊ぶようになった。そして仲良くなった二学期頃、島田が明久を好きになった馴れ初めを教えてもらった。創作のネタに使えないかなという興味本位だったのだけれど、それ以来島田からちょくちょく恋愛相談をされるようになったと言うわけだ。

 聞いた当初は「なんてロマンチックで甘酸っぱいラブストーリーなんだ」と思ったが、もうすぐ知り合ってから一年近くなると言うのに未だに島田は二人の関係を進められずにいる。

 

「だって……本人を前にすると……照れくさくて……」

 

 顔を赤くして小声でつぶやく島田。

 そういう乙女の表情を明久に見せれば、明久も島田の事を少しは意識―――

 

「殴っちゃうんだもん……」

 

 いや、未来永劫ありえないかもしれない。

 

「島田。そろそろ諦めて清水とゴールインしたらどう? 踏ん切りがつかないなら、清水におすすめの結婚式場を紹介してくるけど 」

「待って!それだけは絶対だめ!!」

 

 ここまで来ると島田のツンデレも筋金入りだ。そろそろ医者も匙を投げるレベル。まったく、仕方ないなぁ。

 

「まあ、姫路という強大な恋のライバルがいきなり出てきて焦るのは分かるけど、島田が変わらない限り明久との関係は変わらないよ。多分」

「うぅ……」

「照れを隠したいのは分かるけど、肉体言語で相手に想いが伝わるのはジャンプの世界の住人だけだよ? サイヤ人じゃないんだからさ、昨日だって明久半分死んでたし」

「あれは吉井が悪いの! ウチは吉井のこと心配してたのに、偽物扱いして、あげくの果てにはウチを敵ごと補習室に送ろうとしたんだから!」

「うん、状況は細かく分からないけど、とりあえず明久がバカやったってのは分かった」

 

 何したんだ明久……。 

 

「なら、それをうまく活用してみたら?」

「活用?」

「島田と明久って、もう結構付き合い長いんでしょ? なら、そろそろあだ名とか名前で呼んでもいいんじゃない?明久には美波って呼ばせてさ」

「ウ、ウチと吉井が名前で……?」

 

 名前で呼び合っている所を想像したのか、顔をみるみる赤める島田。

 

「でも、恥ずかしい……」

「そこで昨日の話だ。明久にお詫びとして「名前で呼ばせる」って命令するとかさ。それなら罰ゲームという体面を取れるし、島田もやりやすいと思うよ?」

「で、でも」

「やらないなら別にいいけど、姫路に取られてもいいの?」

「…………」

「姫路は積極的だよ。明久との距離を詰めようと頑張ってる。弁当作ってきたり、さ。島田も分かってるんじゃない? 姫路は間違いなく明久のことが好きだよ」

 

その料理の腕は容易に人を殺せるレベルだが。

 

「それでもいいなら、別にいいよ。でも好きな人と一緒になれるって、そう簡単にできることじゃない。島田もそろそろ前に進むべきだと思う。恋は戦争。進まないと負けるよ」

 

異性と付き合ったこともない奴が何を偉そうに、と自分で言ってて呆れるが、島田のツンデレは筋金入りだ。

何故なら島田にとって、明久は初めての恋の相手。初恋と言う奴だ。誰かを好きになるということが初めてで、それでどうすればいいか分からないのだ。取り扱い方が書いた説明書もない、誰も教えてくれないと言うのが恋というもの。単に言えば、島田は恋という物に対して恐ろしく不器用なんだ。

なら、多少強引でも島田は変わらなければいけない。心で明久ともっと仲良くなりたいと思っていても、理性と羞恥心がそれを邪魔してしまうのなら、それを乗り越えなければ。

恋を叶えたいなら、自分が変わらなければ。

 

「…………やる」

「……ん、よかった」

 

そう答えた島田は涙目になりながらも、目には強い意志が宿っていた。これなら大丈夫かな。

 

「……いつもありがと、川上。こんなウチを、応援してくれて」

「ホントだよ。もうちょっとしっかりして早くくっついてよ」

「アンタホントにむかつくわね……」

 

笑いながら僕を小突く島田。

 

「それに、恋愛相談は島田以外にも乗ってるからね。清水とか姫路とか。島田のことは応援してるけど、島田だけに肩入れするわけじゃないし」

「美春のことは本当にやめて欲しいんだけど……」

「え、もうしなくていいの? 清水のフォローやめたら、もっと暴走してもっと大変なことになると思うけど」

「やっぱり現状維持にしましょう」

 

懸命な判断だ。

すると神妙な面持ちで島田は言った。

 

「なんで川上は応援してくれるの?」

 

島田を応援する理由?

 

「んー……島田の事、結構気に入ってるからかな?」

「それってもしかしてうちのこと……」

「いや、島田は別に好みじゃないからーーちょっと待っ、島田、そっちの方に間接は曲がらなっ……!」

 

なんでそんなスムーズに人の腕の間接を極められるんだ。柔道選手でもないのに。

 

「僕はご存じ、馬鹿でスケベだからね。島田みたいに僕とつるんでくれる女の子なんて今までいなかった。まあ、島田からすれば『明久のついで』みたいな、好きな人の友達程度の感じなんだろうけど――それでも僕は、嬉しかった」

「川上……」

「僕はさ、明久のファンなんだよ」

「ファン?」

「ドイツじゃあまりピンと来ないと思うけど、昔、僕が小学生だった時は『男が絵を描いたりピアノを演奏する』っていうのは恥ずかしいことだって言われてたんだ。それが原因で男にも女にもハブられてたり」

「ハブ…?」

「無視されたり、仲間外れされるってこと」

「…………」

 

悲しそうに眉を潜める島田。

詳しくは知らないけど、島田は文月学園に入学当初、孤立していたらしい。ドイツから帰国したばかりで、日本語が今ほど上手く喋れなかったからだ。

明久のおかげで今は友達に恵まれ、言葉の壁を乗り越えることができたらしいけれど、一時期の間、孤独だったのは確かだ。

なら、僕がどういう風に扱われていたのか想像はできるだろう。

 

「そんな時に友達になったのが明久。最初は『なんだこのバカは』って思ったけど、明久は僕みたいな奴と友達になりたいって言ってくれたんだ」

 

そう考えれば、島田と僕は同好の士とも言えるかもしれない。恋愛感情の島田とファンである僕とは少し違うだろうけど。

 

「ふふっ、そういうことね……だからファンなんだ」

「そう。明久は僕にとってヒーローなんだ。見ていて飽きさせない、ワクワクさせてくれるバカ。僕はこれから明久がどんなことをしてくれるのか期待してるし、素直でバカで人のために体を張れる明久に手を貸してあげたいって思ってる。だから明久を好きになった島田や姫路のことを応援してあげたいと思うんだ。あいつがモテるのはイラッとするけど、島田の気持ちはよく分かるからね」

「…………」

「同じバカを気に入ったファンに力を貸したい、応援したいというのはおかしい?」

「ううん、嬉しいわ」

 

島田は微笑みながら首を横に振った。

 

「アンタ、そうやって普段のスケベを出さないで、いつも真面目にしていればモテるわよ?」

「島田はもっとおしとやかになれば明久に振り向いてくれるかもだよ?」

 

うるさい、と僕が言うと島田はあはは、と笑った。

普段からそうすればもっといいのに、とお互いに言い合って。

 

「……うん。頑張ってみる」

「頑張れ。……あ、そうそう」

 

 立ち上がって教室を出ようとした島田を僕は呼び止める。

 

「何? 川上」

「島田は胸がないのを随分気にしてるけど、それって『胸が無いと明久に魅力的に想われない』って思うから?」

「……うん」

 

 少し沈んだ顔をして島田は答えた。まあ、好きな人にはいつでも魅力的に見られたいって言うのが女の子の気持ちだよね。

 

「じゃあ、尚更気にすることはないよ」

「え?」

「女の子は魅力を磨き続ける生物だと僕は思っているけど――少なくとも、明久は島田のことを魅力的だと思ってるはずだよ?」

「な、なんでそんなことを言えるのよ?」

「魅力的じゃない女の子に明久が簡単に『友達になりたい』って言うと思う?」

「――――っ!」

 

 はっ、と何かに気付いたように、島田が息を呑む。

 

「もし明久が、魅力的なボディの子……身体目当てで女の子と仲良くなりたいと思う男なら、島田に声はかけないよ。……まぁそもそも、誰にでも『友達になろう』なんて言えるほどチャラ男じゃないしね」

 

 もし明久にそんなことができる器用さがあるのなら、もう少し世渡りが上手にできるだろう。

 それができないのが、吉井明久という馬鹿なのだ。

 

「でも、はっきりと断言できることがひとつだけ。明久は『見た目がいいから』だとか『胸が大きいから』だなんて安っぽい理由で女の子と友達になろうとする奴じゃない。明久はただ『島田美波』という魅力的な子と、友達になりたがったんだ。姫路瑞希じゃない。他の誰でもない君と仲良くなりたいって言ったんだよ」

 

 明久は、身体目当てで友達を選ぶような奴じゃない。

 孤立した島田に同情みたいな考えはあったかもしれないけど、それだけで仲良くなろうとはしない。

 自分が利益を得るために、誰かと友達になろうとするほど、明久は頭は良くはないのだ。ただただ純粋に、その人と友達になりたかったから。理由はそれだけだ。それは島田も分かっているのだろう。1年近く付き合えば、明久がどんな馬鹿なのかは分かるのだから。

 

「胸とか顔とか服とか髪とか――確かに見た目を磨くのもいいけれど、心を美しく魅せて惹き付けるのも、男を落とす一つの手段だと僕は思うよ?」

 

 男は確かに、見た目や胸とか、そういう物に惹かれやすい生物だ。それは性格とかうんぬんではなく、生物としての本能に近い。誰かにどうこう言われて直せる物じゃないし、姫路の胸とかそういうのは、異性を落とすためのひとつのアドバンテージになるだろう。

でも、体つきが魅力的でもそれだけが恋人になるきっかけだとは限らない。最終的にその人の心が人の関係を決めるのだから。

 

「――――――!」

 

 島田は顔を上げて目を丸くしたかと思うと、次は耳まで真っ赤にさせて、笑った。

 それは、僕が今まで見てきた島田美波という女の子の、最高の笑顔だった。

 

「―――――やっぱりアンタは、変ね。変で変態だわ」

「よく言われる」

「でも、ありがと! おかげで自信がついたわ、宗一(・・)!」

「!」

 

 今度は僕が目を見開いて驚く番だった。

 

「友達同士だったら名前を呼ぶぐらい普通でしょ?」

 

 いたずらっぽく言う島田の言葉に、僕は思わず吹き出してしまう。

 

「プッ……ガンバレ、美波(・・)

「もちろん!」

 

 そう言って島田――いや、美波は廊下を駆けて行った。

 これから美波は、明久を振り向かせようと頑張るのだろう。姫路というライバルと一緒に。

 明久を巡る恋は、いずれ、どこかで終わりを迎える。どちらかが負け、どちらかが勝つ。一方は恋人になり、もう一方は友達のままだ。

 でも、彼女は楽しそうだった。人を想うというのは、それだけで楽しいのだろう。僕には想像もできない楽しさだけど――

 いずれ終わる恋と言う名の戦争は――願わくば、3人が幸せになれる結末でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――さて」

 

 とりあえず明久の卓袱台に鉄人のイラスト(全裸のマッチョポーズ)を置いておこう。

 なんでこんなことをするかって?

 だって島田と姫路の幸せは願うけど明久を祝ってやるとは言ってないしね。

 それに、単純に明久がモテるのはムカつくからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ……おはよう」

「アキっ!」

「うわ! し、島田さん? どうしたのいきなり? それに今僕のこと、アキって……」

「ねぇ、アキ! ウチは昨日のこと、まだ許してないんだからね! だからこれからアンタはウチのことを――――」

 

 

 

 

 

 

 




投稿です。予告詐欺?まあ是非もないよね(土下座)
感想、評価、いつもありがとうございます!お気に入りが300超えててびっくりしました。これからも読んでいただければ幸い。



ここで少し宣伝を。今年の夏に開催されるコミックマーケット94に自分が所属するサークル「永久パピルス」が受かりました。
クトゥルフ神話TRPGのシナリオ集を作っており、活動報告にて詳細を書いた宣伝をさせてもらってます。
興味がある人はぜひ見に来てください。


次回こそBクラス戦決着。


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第十七問 第一次試召大戦 ~Bクラス戦~ 決着編

バカテスト 英語

問 次の英文を和訳しなさい。
[ Where are you looking at? ]

姫路瑞樹の答え
[ あなたはどこを見ているんですか? ]

教師のコメント
正解です。さすがに中学生レベルの問題は姫路さんにとっては簡単だったでしょうか?

土屋康太の答え
[ どこを見つけてんのよ! ]

教師のコメント
微妙に間違ってますね。それにしてもどうして強気な女性の口調なんですか。

川上宗一の答え
[ どこ見てんのよ! ]

教師のコメント
青木さ〇かさんですか。


Side 吉井明久

 

 地獄の補習の次の日。島田さん……じゃなく、美波といろいろあったり、僕の卓袱台の上に全裸の鉄人のイラストがあったり、宗一と取っ組み合いをしたりして朝のホームルームまで時間を潰すと、何やらいろいろ準備をしていたらしい雄二が教壇の上にのぼり――

 

「昨日言っていた作戦を実行する」

 

 開口一番にそう告げた。それを聞いた宗一が首を傾げて言う。

 

「もしかして対Cクラスの策?」

 

 Cクラス……昨日の話によると、Bクラスの根本君がCクラスで待ち伏せをしてたんだっけ。CクラスがFクラスに戦争を仕掛けようとしているって情報を流して。

 けれど、Cクラスが戦争の準備をしていたのはムッツリーニの情報からして間違いはないらしく、雄二はBクラスとの戦いの前に対処するつもりらしい。

 

「ああ、そうだ。まあ宗一からすれば元カノの小山に負い目があるかもしれないが――」

「はっはっは。雄二、冗談でも止めて。雄二の言葉で割と僕の命が危機に瀕している」

 

 元カノという単語に反応してFクラスの連中(僕とムッツリーニも含む)が一瞬で宗一を取り囲む。

 

「お、おう……済まなかった」

「大体、付き合ってないし。告白されたけど適当にしてたらいつの間にか僕が小山に振られたみたいになってるし。ほら、散った散った」

 

 チッ。まあいい。処刑は後にしてやる。

 

「で、それでどうするのさ雄二」

「簡単だ。秀吉にコイツを着てもらう」

 

 そう言って雄二が鞄から取り出したのはうちの学校の女子の制服。……なんでそんなもの持ってるのさ。

 

「宗一にはスカート、ムッツリーニに上のシャツを用意してもらった」

「「…………」」

「明久、秀吉。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうかな?」 

「…………ジロジロ見るのは失礼」

 

 本来、男子には必要がない女子生徒の制服をどうして二人はもっているんだろうか、訊きたいと思ったけど、「創作資料」と言い張られるに決まっているので、僕は考えることをやめた。

 

「秀吉にはAクラスの木下優子として使者を装ってもらう。というわけで秀吉、用意してくれ」

「むぅ……分かったのじゃ」

 

 雄二から制服を受け取った秀吉はその場で生着替えを始める。

 なんだろう、この胸のときめきは。相手は男なのに目が離せない!

 

「…………!!(パシャパシャパシャパシャ!)」

「…………!!(カキカキカキカキ!)」

 

 ムッツリーニは指が擦り切れるんじゃないかという凄い速さでカメラのシャッターを切り、宗一は鉛筆の芯が折れるんじゃないかと思うぐらいの高速でスケッチを描き始めた。

 よかった、ときめきを感じたのは僕だけじゃなかった。

 

「よし、着替え終わったぞい。ん? どうしたのじゃムッツリーニに宗一?」

 

「「なんでもない」」

 

 宗一、ムッツリーニは何故か股間を抑えて前屈みになっているが、深く考えてはいけない。僕ももう少しで前屈みになりそうだったから。

 

「本当に双子なんだな……木下姉と見分けがつかん」

「あ、あまり見ないで欲しいのじゃ」

 

 雄二が感心したように言う。確かに、Aクラスの木下優子と瓜二つだ。何も知らなければ木下優子だと言われても僕は不思議に思わないだろう。

 

「んじゃ、Cクラスに行くぞ」

 

 僕達は雄二のあとをついていくように、Cクラスの教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Cクラス教室前

 

 

『Fクラスなんて相手してられないわ! Aクラス戦の準備を始めるわよ!』

 

 

「……小山、ヒステリックで切れやすい性格は全然変わってないんだなぁ……」

 

 見事秀吉の挑発に引っ掛かった小山さんのヒステリックな怒声を聞いた宗一はぼつりと呟いた。

 

「小山さんって昔からああだったの? 宗一」

 

 宗一は頷く。

 

「プライドが高い、強気、短気、挑発に乗り易い。それさえ直せば、割といい奴なんだけどね……」

 

 再び深いため息を吐く宗一。やっぱり友達を罠に落としたのは罪悪感が――

 

「ああいうのに限って大抵すぐに〇〇〇による快楽堕ちするキャラだってエロゲーだと相場は決まって――」

「宗一、朝から下ネタはやめよ?」

 

 罪悪感を抱くところか劣情しか抱かないとは、変態ここに極まれりだ。

 

「バレー部のコーチに呼び出された小山は、『レギュラーになりたいなら<閲覧削除>』と提案される。プライドを傷つけられながらもレギュラー入りという誘惑に勝てなかった小山は、■■■■■■■■■■。コーチの〇〇〇に徐々に××××、××を××された小山はついに彼氏の根本に――」

「…………!!(だらだらだらだら)」

「宗一!それ以上はダメ!廊下が血で汚れちゃう!」

 

 ムッツリーニも宗一の妄想にあてられたのか鼻血流してるし。ていうか知り合いの女の子をエロ小説(しかも過激)のヒロインにするなんて頭がおかしいんじゃない?

 

「俺もここまでうまく行くとは思わなかった。作戦もうまく行ったことだし、俺達もBクラス戦の準備を始めるぞ」

 

 時計を見れば、あと10分でBクラス戦が始まる。僕らはムッツリーニの鼻にティッシュを詰めながらFクラスの教室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Fクラス教室内

 

 

Side 川上宗一

 

 

 Cクラスへの妨害が終わった後、いよいよBクラス戦が始まった。

 始まったと言っても、二日目の今日はあくまで昨日の続き。昨日中断されたBクラス戦の前から進軍が始まっている。

 雄二が明久達に出した指示は「敵を教室内に閉じ込めろ」とのこと。

 そして僕は――

 

「なんだまた待機?」

 

 Fクラスで待機させられていた。

 

「昨日もずっと教室に引きこもってたし。僕もたまには暴れてみたいよ雄二」

 

 召喚獣で絵を描いて実体化させるのは本当に楽しい。紙やペンタブに描くのとはまた全然違う楽しさがあるのだ。だから僕はぜひとも戦場に飛び込んでもっと絵を描きたいのだが。

 

「そう言うな。お前は理系科目はクソ雑魚だが文系はAクラスのトップ並。しかし万が一今回の作戦が失敗し、姫路とお前が補習室に送られれば本当に負ける(・・・・・・)。けれどお前が残っているなら、まだ望みはあるからな。切り札ってことで我慢してくれ」

「それは分かってるんだけどさ……」

 

 僕の召喚獣は、条件を整えて腕輪を使えばBクラスを壊滅させることは簡単にできる。だがその時Fクラスにも甚大な被害が出てしまう。だから僕が戦うのは本当に代表と自分を除く兵隊がほとんど戦死した時になる。

 

「せめてお前が理系科目もそれなりに取れれば、姫路と同行させて一気に決められるんだが……」

「ま、仕方ないよね」

「お前が言うな」

 

 戦争は、よくボードゲームである『チェス』に例えられる。

 試験召喚戦争では代表――即ち雄二と根本のどちらかが討ち取られるまで勝敗はつかない。チェスのコマで言うなら、雄二達クラス代表はキング。どちらかが討ち取られればこの戦争(ゲーム)は終わる。明久達がポーン、ムッツリーニがビショップ、島田がルーク。そして姫路がクイーンと言ったところだろうか。

 キングを倒すには、キングの周りを守るポーンを排除しなければいけない。その為にあえてポーンやルークなど別の兵隊を囮、犠牲にし、あるいはクイーンでポーンを全て討ち取り、キングを詰みに追い込む(チェックメイト)……というのが一つの手法としてよくつかわれる。 

 姫路(クイーン)の役目は根本(キング)の周りをうろつく近衛兵の排除。そして僕はその控え。最終兵器姫路ほどの力はないが、ちょうど今向こうのフィールドは古典らしく、Bクラスの近衛兵を倒すなら現国じゃなくても大丈夫なはず。腕輪を使えないのがちょっと不安だけど、今回は短期決戦。後のことを考えなければ僕の召喚獣で十分。

 雄二が何手先までこの戦争の先を見ているのかは知らないけど、僕は指示に従うしかないしね。

 

 

 ――と、そんなことを雄二と話していると。

 

 

 バァン!

 

 

 Fクラスの扉が乱暴に開かれた。

 

「明久?」

 

 教室に入ってきたのは明久だった。

 

「うん? どうした明久。脱走ならチョキでシバくぞ」

「話があるんだ」

 

 明久が纏う雰囲気がいつものとは違っていた。雄二のジョークにも反応しない。

 

 本当にキレている。

 

 鼻息が荒く、目つきが鋭い。怒っているのだと、僕と雄二はすぐに察した。

 

「……とりあえず、聞こうか」

 

 真剣な表情で明久を見る。

 一体どうしたと言うんだ明久、君がキレるなんてよっぽど――

 

 

 

「根本君の制服が欲しいんだ」

 

 

 

 …………。

 はっ、一瞬思考停止してしまった。なんで明久が根本の制服を?

 

「「お前(君)に何があったんだ」」

 

 雄二と僕の声がはもる。

 

「ああ、いや、その、えっとー……」

「まあいいだろう、勝利の暁にはそれくらいなんとかしてやろう」

「なんとかしてやれるんだ……」

 

 雄二もなんやかんやいろいろと適応力高いよね。

 

「それだけ? 明久」

「ううん、まだある。姫路さんを今回の戦闘から外して欲しい」

「え? 姫路を?」

 

 僕は思わず聞き返すが、明久は笑わない。どうやら大真面目に言っているらしい。

 雄二は明久を鋭く睨み続けて問い続ける。

 

「理由は?」

「言えない」

「どうしても外さないとダメなのか?」

「どうしても」

 

 雄二の問いに、明久は応える。どうやら一切譲るつもりはないらしい。

 顎に手を当てて考える雄二。

 姫路を抜いてどうやってBクラスを攻め落とすか考えているのだろう。

 

「頼む、雄二!」

 

 頭を下げて頼みこむ明久。ここまでするなんて、よっぽど根本の制服が――いや、違うか。明久はノーマルだから、根本の制服を欲しがるわけがない。秀吉のだったらまた違うだろうけど、そんな奴じゃないはず。

 なら、制服に何かあると考える方が妥当か。

 その何かを、明久は根本から奪いたいんだ。多分。

 そしてしばらく考え込んでいた雄二が、ようやく口を開いた。

 

「条件がある。姫路の役目を、お前が果たせ。方法はどんな方法でもいい。必ず成功させろ」

「もちろん! 絶対にやってみせる!」

 

 明久の言葉に口の端を上げる雄二。

 

「タイミングを見計らって根本に攻撃を仕掛けろ。科目はなんでもいい」

「皆のフォローは?」

「援護はほとんどない……いや、宗一を連れていけ。だがこいつを戦死させることは許さない」

 

 雄二が僕を指名する。他の兵士の手助けなしで、僕だけを使う。ただ、戦死はできない。つまりフィールドで僕に戦闘させるな、ということ。実質、明久一人でほとんどやれと言っているような物だ。

 

「もし失敗したら?」

「失敗はできない。宗一が戦死してもダメだ。その時点で敗北だと思え」

 

 強い口調で断言する雄二。

 

「じゃあ俺はDクラスに指示を出してくる」

「雄二!」

「ああ、そうだ明久」

 

 Dクラスへ向かおうと教室を出る直前、雄二は明久の方を振り向かずにこう言った。

 

「確かに点数は低いが、秀吉やムッツリーニ、宗一のように、お前にも秀でている部分がある。だから俺はお前を信頼している」

「……雄二」

「うまくやれよ」

 

 そう言い残し、雄二は教室を出て行った。

 

「…………」

「どうすんのさ、明久」

 

 考え込む明久に声をかけると、ぽつりと小声で彼は言った。

 

「……痛そうだよなぁ」

 

 何をする気なんだ。

 

「宗一」

「ん? どうしたの明久」

「……頼みがあるんだ」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

Side 吉井明久

 

 

 宗一に僕が考えた作戦を伝えると、呆れたようにため息を吐いた。

 

「明久、本当にやる気?」

「本気の本気。大マジだよ」

 

 僕は迷いなく頷く。

 

「……一応、僕の召喚獣の力なら明久のアイデアは問題なく実現できるよ。けれどはっきり言って自殺行為だよ。雄二も『リスキーすぎてよっぽどの場面じゃないと使えない』って断言したんだ。第一、やろうとした本人は絶対に点数が0点になって補習室送りになる。加えて、明久にはフィードバックがある。気絶は免れないし、文字通り死ぬほど痛いよ。それでもやるの?」

「やる」

 

 そうはっきりと言う。

 僕が気絶するぐらいなんだ。死ぬほど痛いからなんだ。もちろん嫌だけど、姫路さんが受けた苦しみに比べれば、屁でもない!

 

「……分かった。でも僕からも条件がある」

「何?」

 

「根本のポケットに、何が入ってるんだ?」

 

「……気付いてたの?」

「明久は僕が知る限りノーマルだしね。女装癖があるとでもいうなら別だけど――あ、でも入学式の時確か明久は――」

「僕はノーマルだ! 女装癖だなんて、そんなものがあるわけないじゃないか!」

 

 そりゃ昔は姉さんによく着せられてたけど僕にそんな趣味はない!

 

「でも、さすがに宗一には――」

「言わないと協力しない」

「くっ……」

「ほら、早く言って。そしたらちゃんと協力する」

 

 宗一はさあさあ、と僕をはやし立てる。僕は諦めて答えた。

 

「……手紙だよ」

「手紙? それが姫路と何の関係が―――っ」

 

 そう言いながら途中で気づいたらしく、宗一は言葉を途中で止め、怒りを押さえきれないように歯ぎしりしながら拳を握りこんだ。雄二には言えないけど、宗一ならいいだろう。だって、あれは宗一へのラブレター。そして姫路さんは、宗一の恋人なんだから。

 すでに恋人の宗一にラブレターというのはよく分からないけど、姫路さんのことだ。きっと、何か大切な理由でもあったのだろう。

 

 

「……そういうことね」

「そういうこと」

「……僕は変態だけど、やっちゃあいけないラインってのは弁えてるつもり。でも、根本のそれは絶対に許さない。分かった、明久。お望み通りにやってあげるよ。それもド派手にね! 後悔するなよ?」

「上等! あのクズ野郎に目にもの見せてやる!!」

 

 僕らはハイタッチを交わす。バチィン、という強い音が響く。掌がじんじんと痛む……宗一は相当怒っているのだと言うことが分かった。

 

「……でも、宗一はあの手紙の内容知ってるの?」

「知ってるよ。だってアレは僕がアドバイスして姫路が書いた手紙だからね。内容もこの間読み直して手直ししたのも僕だし」

「え?」

「え?」

 

 僕と宗一の間の空気がぴきりと固まる。

 

「……読んだの?」

「読んだよ?」

「え?」

「え?」

 

 宗一はもう読んだ?恋人だから?手紙の内容を手直しして?そりゃ小説のプロフェッショナルの宗一だったら手紙を直すぐらい余裕だろうけど、でもそれならなんで宗一の手には渡ってない?姫路さんが渡し忘れた?いやいやそんなまさか。普通それだったら恋人の宗一に渡すだろうし、あれ?じゃあなんで姫路さんの手紙は――宗一以外の誰か宛て!? なんでそんなことを? 姫路さんが宗一と他の男子と――まさかの二股? でも姫路さんがそんなことをするわけないし――まさか!宗一貴様の指示か!

 

「宗一! ちゃんと恋人を大切にしなきゃあ! 宗一のNTR趣味(寝取られ)なんかに姫路さんを付きあわせたらダメだろこの変態!」

「何の話をしてるんだ!?」

 

 許せない! 姫路さんの純情を弄ぶだなんて! 根本だけじゃなく宗一も息の根を止めて上げなきゃ!

 僕はカッターナイフを取り出し、宗一の息の根を止めようと――

 

 

「姫路と僕は付き合ってない!」

 

 

「――――――――ゑ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗一と姫路さんが恋人同士だというのが誤解だと言うことが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Bクラス前

 

 

 

『お前らもいい加減に諦めろよ。昨日からずっと教室の出入り口に人を集めやがって。暑苦しいっての』

『軟弱なBクラス代表様もそろそろギブアップか?』

 

 廊下で雄二が根本と軽口を叩き合っているのが聞こえる。

 あの後僕らは、補給テストを受けていた美波、武藤君、君島君の3人をDクラスに呼び出し、潜伏していた。

 

「アキ、宗一、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ美波。心配いらないから」

「ああ、明久の言う通りだ」

 

 ぼくらは美波の言葉に頷く。それにしても、二人もいつの間に名前で呼び合う関係になってたんだ。いつの間に仲良くなったんだろう……でもなんか、ちょっと面白くない。

 

「川上。大きな音がしたらBクラスに突撃するんだな?」

「そう。音は分かり易いから、聞き逃すとかはまずないから安心して。明久、そろそろ」

「うん、試喚召喚(サモン)

試喚召喚(サモン)

 

 僕と宗一は同時に召喚獣を召喚する。Bクラス前の古典のフィールドはDクラスの方まで広がっているおかげで、僕達もこっそりとだけど召喚できる。

 

 

 

古典勝負

 

   Fクラス 川上宗一   278点

 

      &

 

   Fクラス 吉井明久   63点

 

 

 召喚された宗一の召喚獣は、呼び出されたと同時に勢いよく絵を描き始める。

 僕の召喚獣は、学ランに木刀という弱そうなチンピラ装備。その上観察処分者で、いいことなんて一つもなかったけど……今だけは、それに感謝してもいいと思う。あの外道に目にものを見せてやれるのだから。

 

 

『はぁ? ギブアップするのはそっちだろ?』

『無用な心配だな』

『そうか? 頼みの綱の姫路さんも調子が悪そうだぜ?』

『……お前ら相手じゃ役不足だからな。休ませておくさ』

『けっ! 口だけは達者だな。負け組代表さんよぉ』

『負け組? それがFクラスのことなら、もうすぐお前が負け組代表だな』

 

 雄二が時間を稼いでくれている。宗一の絵を描く時間。

 宗一は早く、丁寧に、完璧に、僕が頼んだ物を描いていく。

 

「出来た。行くよ、明久」

「うん!」

 

 僕は宗一が描いて実体化させてくれたある物を、学ランの中に、外から見えないように抱え上げる。普通の召喚獣が持つと、すぐに消えてしまう宗一の絵。けれど観察処分者である僕は持てる。

 

 

古典勝負

 

   Fクラス 川上宗一   1点

 

 宗一は1点を残し、あとは全てこの絵に点数を注ぎ込んだ。これの威力が発揮されれば、いかにBクラスと言えど木端微塵だろう。

 僕には分かる。

 何故なら僕は昨日すでに体験したからだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

『けっ! 口が減らない野郎だ。どうせもうすぐ決着だ、お前ら、一気に押し出せ!』

『……体勢を立て直す! 一旦下がるぞ!』

『はっ! どうした、散々ふかしておきながら逃げるのか! お前ら、全員召喚して一気にとどめをさせ!』

 

 

『『『『『試喚召喚(サモン)!!』』』』』

 

 ここだ、このタイミングしかない。雄二達の部隊が戦線を離脱するために離れ、それを追い詰めようとBクラスの生徒達が召喚獣を呼び出した! 

 やるならここしか……ない!

 

 

「おおおおおおっ!」

 

 僕は廊下を一気に駆け出す。

 

 Dクラスから廊下に飛び出ると、Bクラスから飛び出してきた数十人の生徒と召喚獣……Bクラスの兵士達。そして、廊下の奥には雄二が、僕を見て、何か言っていた。

 

 

  ―――後は頼んだぞ、明久

 

 

 僕は召喚獣を、Bクラスの生徒達の前に飛び出させる。

 

「何だ!? 殿(しんがり)か?」

「構わない、Fクラス代表に逃げられる前に、やっちゃいなさい!」

 

 Bクラスの生徒の召喚獣が一斉に剣を突きだし、そして僕の召喚獣はそれを全て受け止める。

 

 

古典勝負

 

 

   Fクラス 吉井明久   DEAD

 

 

 体中に走る痛み。刺され、斬られ、僕の召喚獣はあっという間に0点になってしまう。

 そして召喚獣が受けた痛みは、僕に返ってくる。

 

 

「あがぁ―――!!」

 

 痛みに悶える。体中から変な汗が出てきて、視界がもうろうとする。だけど、これでいい。

 

 

「―――かかった!」

 

 

「おい、こいつ何か持ってないか?」

「な、まさかこれ―――!」

 

 Bクラスの召喚獣は、僕の召喚獣を串刺しにした。学ランの中に隠しておいた、宗一が描いて実体化させた爆弾も一緒に(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「いけ、明久」

 

 宗一がにやりと笑う。僕も痛みと吐き気にこらえながら、笑っていただろう。

 宗一が描き上げた傑作。200点以上の点数を注ぎ込んだそれは、僕だけじゃなく今フィールドにいるほとんどの召喚獣を巻き込み、吹き飛ばす。

 僕が考えた作戦――というより、雄二が考えた作戦。

 使えない、と思っていた作戦を、僕は使った。僕だけにしかできない、自爆特攻。

 

 人柱大作戦、またの名を―――神風。

 

 

「「芸術は――――」」

 

 

 爆弾が光を発し始める。雄二たちはとっくにフィールドを脱出しており、爆風に巻き込まれることはないだろう。

 雄二たちを追いかけようとした追跡部隊を除いて――ね。

 

 

 

 

 

「「爆発だっ!!」」

 

 

 

 

 

 瞬間、視界は閃光で包まれ、僕の召喚獣が熱と光によって消し飛んだ。その痛みによって僕はそのまま廊下に倒れてしまう。

 

 意識が途切れ始める。

 

 

「―――アキ――――!」

「―――全員、戦死―――!」

「―――川上―――貴様―――」

「突入―――召喚―――」

 

 

 視界は暗転と明滅を繰り返す。耳が爆音によってぐわんぐわんする。途切れ途切れの視界の中で、美波が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。

 今の爆破でBクラスのほとんどの召喚獣は消し飛んだらしい。君島君達が宗一に連れられて根本に特攻する。

 

「近衛部隊―――!」

「奇襲―――失敗だ―――」

 

 根本が笑う姿が見える。痛みで視界が揺れている中、宗一たちが根本に攻撃を仕掛け、近衛兵に阻まれるのが見えた。

 

 僕はそれを見て―――笑った。

 

 

「や……った……」

 

 

 作戦――成功――だ―――

 

 

 

 

 

 意識が途切れる直前。

 

 最後に見えたのは、近衛兵と戦う宗一と君島君達、心配そうに僕を抱き締める美波、そして―――

 窓から保健体育の先生と共に現れた―――ムッツリーニの姿。

 

 

 

 

 

「…………Fクラス、土屋康太」

「…………明久の覚悟、無駄にはしない。Bクラス代表、根本恭二に保健体育勝負を申し込む」

 

 

 

 

 

 

 僕の意識が途絶えると同時。

 

 

 Bクラス戦は終結した。

 

 

 僕達の勝利によって。




Bクラス戦、決着。

感想、評価いつもありがとうございます!



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第十八問 変態のおもちゃ!(R-18)

Side 川上宗一

 

 

「ムッツリィニィーーッ!」

 

 

 根本の叫び声が、死屍累々の教室に響く。明久の自爆によって、30人はいた生徒の内、半数以上が戦死になったのだ。この時点で戦局は一気に傾く。人数差がここまでくればFクラスだとかBクラスだとかの学力の差はあってないようなものなのだから。

 姫路を封じたことで、Fクラスなんて敵ではないと確信していたのだろう。

 自分が負けるだなんて予想もしてなかったのだろう。

 ムッツリーニこと、土屋康太が保健体育の先生を連れて窓から現れるなんて、誰が想像できる?

 Dクラスに置かれた室外機がいつの間にか壊されていただなんて、どうすれば分かる?

 窓が開けたのではなく、雄二によって()()()()()()()()()だなんて、どうやって気付く?

 頭の回転が速い根本のことだ。

 この時点で『詰み』になったのだと、理解してしまったのだ。

 全ては雄二の掌の上。

 近衛兵が僕達の相手をしなければいけないこの状況、逃げ場はもうどこにもない。そしてついに康太の召喚獣が、根本の召喚獣を一撃で切り捨てた。

 

 

「戦争終結!」

 

 

 根本の召喚獣の点数が0になったことを確認した鉄人は、大きく声を上げる。

 こうして、二日に渡るBクラス戦はFクラスの勝利によって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Bクラス教室内

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

 

 

「う、うーん……」

「ア、アキ? 大丈夫?」

「明久、起きた?」

「美波……宗一……」

 

 目を覚ますと、僕の顔を覗き込む宗一と美波の顔が見えた。美波は心配そうに眼をうるうると涙を溜め、宗一は安心したようにほっと息を吐いている。

 

「…………そうだっ、戦争っ――うぐっ!」

「おいおい、まだ起きるなってば。フィードバックで身体が痛むんでしょ?」

 

 ガバリと身体を起こそうとすると、身体中に言いようがない激痛が走る。

 そうだ、僕は宗一の爆弾を使って自爆特攻したんだった……。観察処分者の召喚獣が受ける痛み、そのフィードバックは100%の痛みではないとはいえ、今回はさすがに無茶をしすぎた。

 まだ身体がうまく動かない。

 

「まあ、自爆して気絶程度で済んでよかったってところかな。まだ戦争が終わってから十分も経ってないし」

「……どっちが勝ったの?」

「僕らの勝ちだよ。今回のMVPは間違いなく明久。よくやった」

「そっか……勝ったんだ」

 

 宗一に言われてようやく状況を理解し始める。そっか、本当に勝てたんだ。

 

「もう、あんな無茶して! 自爆するなんて聞いてないわよ!」

 

 ほっとしている僕に、美波が涙目でそう怒鳴る。

 

「ごめん、美波……」

「ほんとよ……心配したんだから……」

「そうだね。根本の方に突撃しろって言ったのに倒れた明久の傍から離れようとしなかったしね」

「ちょ、ちょっと宗一!」

「あはは……」

 

 美波が心配するだなんて、よっぽどだったんだろう。昨日は「島田さんが僕を心配するわけない」って思ってつい偽物扱いしちゃったけど、今なら本当に心配してくれたんだなってことが分かる。

 そんな僕らを見て、宗一は何を思いついたのかこんなことを口走った。

 

「それなら明久、泣かせたお詫びってことで今度美波にクレープでも奢ってあげたら? ついでに映画館にでも行ってさ」

 

「えっ!」

 

 宗一のアイデアに嬉しそうに目を輝かせる美波。

 

「えぇ!?」

 

 そして僕のなけなしの食費に危機が迫っていることに気付き焦る僕。

 宗一キサマ! 僕の食費のことを分かっているくせにそんな悪魔みたいなことを言うなんて! 僕が苦しむ所をそんなに観たいのか!? そんなことを美波に言ったら……!

 

「ね、美波。良いアイデアだと思わない?」

 

 にやにやと笑いながら美波に言うと、美波は顔を赤くしながら慌てたように言った。

 

「そ、そうね! ちょうど駅前のクレープがおいしいって評判だし、アキがどうしてもって言うなら――」

「いや、それをすると僕の食費が――」

「あぁ?」

「いえ、おごらせていただきます!」

 

 決して女の子が出してはいけないドス声で脅され、僕は奢ることになった。ああ、僕の食費……。

 

「ぷくく……良かったね明久……男冥利に……尽きるじゃないか……ぷぷぷ」

 

 ぷぷぷと笑いを堪え切れていない宗一。おのれ……いつかこの恨みを叩きつけてやる……!

 

「明久、起きたか?」

 

 すると、僕が起きていることに気付いた雄二が声をかけてくる。その表情は戦争に勝てたからか、どこか機嫌がよさそうだった。

 

「雄二」

「今回はよくやったな。これから戦後対談だが、どうする? 動けないならまだ寝てていいが……」

 

 珍しく心配して気を使ってくれる雄二。雄二も僕が自爆をするとは思っていなかったのだろう。

 

「ううん、大丈夫」

「アキ、平気? 無理しちゃ駄目よ?」

「大丈夫だよ、美波。看病してくれてありがとう」

 

 まだ痛むけど、僕は身体に鞭打って無理やり立つ。こればっかりは他人には任せっぱなしにできないからね。

 

「ならいい。さて……それじゃあ、嬉し恥ずかし戦後対談と行くか。な、負け組代表?」

 

 雄二は心底楽しそうに、Bクラスの教壇に座り込む根本君に言った。さっきまでの強気が嘘のように大人しく、不貞腐れたようにそっぽ向いていた。その周りを僕達FクラスとBクラスの生徒全員が今回の戦後対談を見守るように取り囲んでいる。

 

「…………」

「本来なら設備を明け渡してもらい、お前らには素敵な卓袱台をプレゼントするところだが、特別に免除してやっていい」

 

 そんな雄二の発言に、ざわざわと周囲の皆が騒ぎ始める。騒いでいるのはBクラスの人達だ。まあ普通、勝ったら交換するのが当たり前だしね。Fクラスのクラスメイトにはあらかじめ教室を交換しないことを話していたからか、さほど動揺は見られない。雄二の性格を理解し始めているのもあるのだろう。

 

「もちろん、ただで免除するわけじゃない。Bクラスが条件を呑めば解放してやろうと思う」

「……条件はなんだ」

 

 力なく根本君が問う。

 

「それはお前だよ、負け組代表さん」

「俺、だと?」

「ああ。お前には散々好き勝手やってもらったし、正直去年から目障りだったんだよな」

 

 雄二の言葉に誰もフォローしない。本人もそう言われるだけのことをやってる自覚があるのか、反論もしなかった。

 

「そこで、お前らBクラスに特別チャンスだ。Aクラスに行って、試召戦争の準備ができていると宣言して来い。そうすれば設備については見逃してもいい。ただし、宣戦布告はするな。すると戦争は避けられないからな。あくまで戦争の意志と準備があるとだけ伝えるんだ」

「それだけでいいのか?」

 

 疑うような根本君の視線。

 

「ああ、Bクラス代表がコレを着て言った通りに行動してくれれば見逃そう」

 

 そう言って雄二が取り出したのは、宗一とムッツリーニが準備し、秀吉が着ていた女子の制服。

 

「ば、馬鹿なことを言うな! この俺がそんなふざけたことを!」

 

 根本君が慌てふためく。そりゃ嫌だよね。

 そしてそんな根本君の反応を予想していたのか、雄二が言う。

 

「なら、もう一つの条件をクリアすればいい」

「な、なんだと?」

 

 根本が目を見開く。僕も予想外の言葉に驚く。

 どうしたんだ雄二の奴。根本君に女子生徒の服を着せるのは根本君の制服を手に入れるためじゃなかったの?

 

「お前の反応は予想できてたからな。だからもう一つ条件を用意した。宗一」

「うん」

 

 すると宗一が雄二の前に出る。その手には通学用の鞄があった。何か入っているのか、重量感を感じるくらい鞄がパンパンに膨れ上がっている。

 

「準備してくれ」

「了解」

 

 雄二の言葉に頷いた宗一は、鞄に手をつっこんでがさごそと何かを取り出して机の上に置いた。

 一体何を――

 

 

 ドンッ ←(ローション400ミリリットル)

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

 宗一が取り出した物が見えた瞬間、教室内の空気が凍るように固まった。

 なんでローションなんて学校に持ってきているんだ宗一……!

 

 

「…………(サアッ)」

 

 

 根本君もローションを見て不安になったのか、顔を青くする。

 しかし、教室の空気や根本君の表情を意に介することなく、宗一はまだ何かを取り出そうと鞄を漁ってる。

 まだ何か出すつもり――

 

 

 ドンッ ←(極太〇ナルバ〇ブ)

 

 

 何を持ってきているんだよ宗一……!

 しかし宗一は止まらず更に鞄からエログッズを取り出し、机の上に並べていく。

 

 

 猿ぐつわ(ボールギャグ)

 鼻フック

 アイマスク

 ムチ

 低温ろうそく

 ライター

 ピ〇クローター

 縄

 浣腸薬

 

 

 机の上にずらりと並べられた大量のエログッズ(大人のおもちゃ)

 引き攣った笑みを浮かべるBクラスの生徒。

 いや、Fクラスの連中もドン引きだった。

 宗一は学校でSMクラブでも始める気なのだろうか。

 それとも普段からあんなものを常備しているの? もしそうなら鉄人は今すぐ宗一から全ての荷物を没収するべきだよ。

 

「康太、準備いい?」

「…………バッチリ(グッ)」

 

 すると、いつの間にいたのか今回の戦争の立役者、ムッツリーニが大型のカメラを準備して宗一の隣に立っていた。

 

「こ、こんなものを用意して、何をする気だ?」

 

 顔を青くした根本君が震えた声で雄二に問うた。その声には明らかに恐怖の色が混じっている。うん、僕も聞くのが怖い。

 

「何、宗一とムッツリーニが『同性愛者に向けたエロ写真集を作りたい』って言っててな。お前がこいつらのモデルをやるって言うなら、Bクラスの施設交換は免除してやっていい。Aクラスにも行かなくていいだろう」

 

 なんて恐ろしいことを考えるんだ雄二!? 相手はムッツリ商会の設立者だよ? 片方は寡黙なる性識者(ムッツリーニ)、もう片方は変態紳士(宗一)と恐れられる二人のモデルにさせられるなんて!生贄になれって言っているような物じゃないか!

 それにしても一体、宗一とムッツリーニはエログッズを使って根本君に何をする気なんだ?

 

「いやあ、すごい助かるよ。くそみそプレイみたいな超マニアックな内容のキワモノはあんまり作れないんだよね。僕らノンケだけど、こういうのは小説の資料になるし、ムッツリ商会の売り上げにもなって一石二鳥。『現役高校生を調教してみた』って、割と需要ありそうだし」

「…………海外のモノホンの人達に電子書籍で販売予定」

「あっ。でも腐女子の人達の為に健全Verとか作るのもいいかもね。これは売れる(確信)。でもいいの康太。僕は芸術の範囲ってことでくそみそテクニックは平気だけど、康太はこういうの範囲外でしょ。嫌だったら撮影も僕がやるよ?」

「…………俺はカメラマン、芸術家。…………被写体を好きにできる機会はなかなかない(ニヤリ)」

「さすが相棒(ニヤリ)」

「…………写真撮影なら任せろ(グッ)」

 

 パァン

 

 悪人の笑顔でハイタッチを交わす二人。

 それを見た僕は絶対にこの変態二人を敵に回すまいと心の中で誓った。

 

「さあ、どうする負け組代表」

「女装の方向でお願いします……」

 

 雄二の言葉に、項垂れる根本君。屈辱的だろうけど、この選択肢なら女装するしかないだろう。彼らのおもちゃになってしまえば、後ろの貞操は確実に散らされるだろうから。

 

「「チッ」」

 

 それを聞いて舌打ちをした宗一とムッツリーニは不満げに道具を片付け始める。

 

「「「ホッ……」」」

 

 そして安心するようにほっと一息を吐く僕達。そりゃそうだろう。急にR-18どころかGも付きそうな撮影会だなんて想像しただけでも……うぇ。

 

「んじゃ、さっそく着替えてくれ」

「…………」

 

 女子生徒の制服を受け取り、しばらくそれをうつろな目で見ていた根本君。

 しかし、やっぱりふんぎりがつかないのか大声で叫ぶ。

 

「ふざけるな! こんな女子の制服なんて着られるか! こんなことをするぐらいだったらFクラスの教室と交換された方が―――!」

 

 根本君が叫ぶ。そりゃ嫌だよね……変態の玩具にされるのも女子の制服を着させられるのも。

 だが、根本君の言葉を聞いてBクラスの生徒達も黙ってはいられない。

 

『何言ってるんだ! お前が女装するだけで教室が守られるんだ! 大人しくそれを着ろ!』

『そうよ!それだけで教室を守れるならやらない手はないわ!』

『Fクラス代表、安心してくれ! Bクラス全員で必ず実行させよう!』

『負けたのはあんたのせいなんだから責任とって着なさい!』

『そうだそうだ! 責任とって女装しやがれ!』

『『『着ーろ! 着ーろ!』』』

 

 Bクラスの仲間達の温かい声援。……根本君は一体彼らに何をしたんだろうか。

 それにしても、純粋な姫路さんがいなくてよかった。明らかに根本君をクラスメイト全員でいじめている現場だと思われるだろうから。

 

「ほら、早く着ろよ。Bクラス全員が期待してるぞ?」

「くっ! よ、寄るな! 変態ぐふぅっ!」

 

 しかし悲しきかな。見限られたBクラス代表は腹パンでアッと言う間に沈められてしまう。

 

「じゃあ、着付けとするか……宗一、気絶しているからってバイ〇を使おうとするな。ムッツリーニもだ」

「「えー」」

 

 何が二人をそこまで動かすんだろう。ひょっとして個人的な恨みが根本君にあるのだろうか?

 試しに訊いてみると……。

 

「なんか、小山が僕に告白したのに、いつの間にか僕が小山に振られたことになったのは根本が言い触らしたからって」

「誰から訊いたの?」

「康太から。調べてくれた」

「…………宗一は親友。モテるのはムカつく。けど、馬鹿にしたのは許されない」

 

 要するに二人の個人的な恨みも兼ねていたわけだ。それなら納得……いや、宗一の私物には納得できないな。

 

「じゃあ明久、着付けは任せたぞ」

「了解っ」

 

 気絶している根本君に近付き、制服を脱がせる。

 

「……ムッツリーニ、カメラ向けるのやめて。宗一もイラスト描くのやめて」

「…………男が男を脱がす……売れる」

 

 やめてください。

 

「明久×恭二……売れる」

 

 やめてください。

 

「う、うう」

「ていっ!」

「がふっ!」

 

 起きそうになった根本君にチョップ。もうしばらく気絶しててもらおう。

 

「うーん、これどうするんだろう? 女子の制服って仕組みが違くてよく分からない……」

「やってあげようか?」

「君はBクラスの……じゃあ、お願いしようかな。可愛くしてあげて」

「それは無理。土台が腐ってるから」

 

 ひどい言いようだ。

 

「じゃ、よろしく」

 

 僕はその女子に根本君を託し、手に彼の制服を持ってその場をこっそり離れた。多分この辺に……ごそごそ。

 

「あった?」

 

 いつの間に着いてきたのか宗一が言う。

 

「宗一。うん、多分このポケットに……あったあった」

「目的達成だね」

 

 見覚えのあるその封筒を取り出し、自分のポケットに入れる。

 

「さて、この制服どうしようかなぁ……」

「そこにゴミ箱あるよ」

 

 宗一が指を指した場所には燃えるごみを入れるごみ箱があった。

 

「よし、捨てちゃおう。折角だから根本君には女子の制服の着心地を家まで楽しんでもらうとしよう。喜んでもらえるよねきっと」

「せやな。きっと楽しんで貰えるさ」

 

 決して姫路さんを傷つけたからだとかそんな理由ではない。単純に女子制服の着心地を楽しんでもらいたいのだ。決して嫌がらせ目的ではない。

 

「で、それはどうするの?」

「姫路さんの鞄にこっそり返しておくよ」

「……いいの? 言えばきっと喜んでくれるのに」

「いいんだよ」

 

 僕は姫路さんにお礼を言ってもらいたくてこうしたわけじゃない。姫路さんにずっと笑ってて欲しいからこうしただけなんだから。

 

「……そっか。そういうところは明久らしい」

 

 僕の言葉に宗一は笑った。

 

「じゃ、僕はBクラスの教室に戻るよ」

「まだ何かあるの?」

「根本の撮影会。僕はスケッチだけど」

「うわぁ……」

 

 哀れ、根本君。

 明日からクラスメイトにどんな目で見られるか知らないけど、人を傷つけたからバチが当たったんだろう。

 

「写真集、完成したら明久も買う?」

「いらないっ!」

「冗談だよ。……明久」

「なに?」

「お疲れ」

 

 宗一はそう言って手の平をこっちに向ける。

 

「……うん、お疲れ!」

 

 僕らはハイタッチをして、廊下で別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ムッツリ商会の監修の下、根本君の女装写真集『生まれ変わったワタシを見て!』が作られたらしい。

 僕は見てないけど、ムッツリーニのプロ顔負けの撮影テクニック、宗一が提案したマニアックなポーズやアングルの指示によって見事な写真集が出来上がり、かなりの数が出版、流通。際どい写真がその手の人達に大好評だった――と、風の噂で聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Fクラス教室前

 

 

「やっ、姫路」

「あ、川上君……」

「……あった?」

「……はい、見つかりました……」

「よかったね。落し物はしないようにしないと」

「はい…………」

「で、いつ告白するの?」

「ふえぇ?! あ、ぜ、全部終わってから……」

「……姫路は幸せ者だね」

「ふえ?」

「好きな男から助けられるなんて、物語のヒロインみたいじゃん。僕が書く小説にも、姫路ほど幸せなヒロインはいないよ」

「…………(カァ)」

「小学生からの片思い、叶うといいな。うん」

「川上君」

「ん?」

「実は……その、……私、小学生の時から吉井君のことは……多分、憧れだったんだと思います。恋……いいえ、多分好きだったんでしょうけど……つい最近まで、私はそれを自覚できていなかったんです」

「…………」

「遠くから見ているだけで十分でした……川上君のイラストや、土屋君の写真を見るだけで、十分だったんです。でも……振り分け試験の時、吉井君に庇ってもらえて、その時初めて……」

「恋心を自覚した?」

「……(コクリ)」

「そっか」

「今回の試験召喚戦争の話を川上君から訊いて……そして吉井君に手紙を取り戻してもらって……私……助けてもらってばっかりで……」

「……ひょっとして、自分に自信がない?」

「はい……私、身体が弱いですし、ご飯を食べるとすぐに太っちゃいますし、勉強しか取り柄が無いです……こんな私でも、吉井君の近くにいていいんでしょうか?」

「……美波といい姫路といい、どうしてこう自分に自信を持てないのか……」

「え?」

「姫路、それなら訊くけど明久と一緒に居たくないの?」

「そ、そんなことっ」

「付き合いたくない? 友達のままがいい? 明久がよく知らない女と付き合って結婚してそれを眺めているだけでいいの?」

「そんなの絶対いやですっ!」

「なんだ、もう答え出てるじゃん」

「え? あっ……(カァア)」

「初心だなぁ、姫路は」

「う、うぅ……!」

「好きな人と時間を共有したい。思い出を作りたい。いいじゃん、姫路。自信がなくても。誰にだって恋をする権利はあるんだから。恥ずかしいのも、身を焦がすような思いも、全部楽しんじゃえばいい! ウィリアム・シェイクスピアも言ってた!『愛は目で見るものではなく、心で見るもの』だって! だからさ、姫路。楽しんじゃうといいよ。自信がないと言う気持ちも、明久への想いも、まとめて楽しむといい。大丈夫、相手はあの明久なんだから、悪い結果にはならないはず。僕が保障するよ! だからワガママになっちゃえばいいさ。欲張りになっちゃえばいい。その想いを止める権利なんて、誰も持っていないんだから」

「川上君……」

「ね?」

「……川上君は時々、ひょっとしたら同い年じゃないと思う時があります。まるで大人と話してるような」

「そう?」

「そうですよ。……ありがとうございます、川上君。私、頑張ってみます」

「フォフォフォ。何か悩みがあったらすぐにワシに相談するといい……何、若者は失敗する者じゃ。遠慮なく頼るとええぞい」

「おじいちゃん……ふふっ。やっぱり川上君は変わってますけど、いい人ですね」

「ありがと、姫路」

「はい! 川上君も、素敵な恋ができるといいですね!」

「んー、それはどうだろう? 僕はしたいけど、僕としたいと思う女の子はいないからなぁ」

「そんなことありませんっ。川上君は素敵な男の子です!」

「……それ、注意書きにただし吉井君には負けるって書かれるよね」

「はい!でも、素敵なのは本当ですよ! 吉井君には負けますけどねっ」

「はいはい嬉しい嬉しい。それじゃ、僕は帰るからね、またね、姫路」

「はい、また明日!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………川上君、応援してます。川上君が私を応援してくれるように、私も川上君を応援してますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

 

 

「へぇ、あれが噂の川上宗一君かぁ……」

 

 

 

 

「面白そうな男の子だねっ!」

 

 

 

 




ガオーは自分の部屋へ行き2時間ねむった…
そして………
目をさましてからしばらくして
沖田オルタガチャで爆死した事を思い出し…
………泣いた……


オルタガチャを引けなかったので腹いせに根本を無茶苦茶にしてやりたかった。


お気に入り軒数が気づけば500を越えてました。
この500はきっと秀吉が大好きな人達なんでしょう。僕には分かります。いつもありがとうございます。秀吉の可愛さに万歳。ルネッサーンス。
感想、評価お待ちしてます。


川上宗一の持ち物

スケッチブック
官能小説
エロ漫画(内容はロリ系から人妻まで様々。最近はOLがブーム)
大人のおもちゃ各種(以前鞄の中でローションをこぼし大惨事になった)


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幕間 川上宗一は変態と言う名の紳士である。

Side 川上宗一

 

 

 

 パッチィィィン

 

 話をしよう。あれは今から……まあいい(雑)

 

 今回のBクラス戦は疲れた。僕は今回あまり活躍しなかったが、僕にとっての本番は試験召喚戦争が終わってからだった。

 

 そう、撮影会である。

 

 根本の女装撮影会は、康太と僕、そしてBクラスの男女数人(根本にかなり恨みがある人達だった)の手によって行われた。自分で言うのもあれだが、なかなか業が深い物が撮れてしまったと康太と一緒に盛り上がっていた。本人は泣きながら「勘弁してくれ」って言ってたけど、雄二の命令だから、ま、是非もないよネ。

 ちなみにムッツリ商会の監修の下に行われた写真集は後日売り出す予定だ。定価1500円。結構高い? まあ、出版部数はそんなに出す訳じゃないし、これぐらいが適正価格なのだ。要望があれば部数を増やすつもりだが、仮に売れずに赤字になったとしても、ムッツリ商会はもともと儲かってるのでこれぐらい屁でもない。スケッチもいい物(?)を描けたし、収穫としては十分だろう。

 

「宗一、例の写真集ができたら俺にも一冊頼む」

 

 片付けの最中、雄二は僕にそう言ってきた。

 

「え、雄二。根本の写真集なんて何に使うのさ? 君はノーマルだろ?」

「こいつが今後また変なことをしないとは限らないからな。その為の保険だ」

 

 なるほど。いざとなったら脅迫の為に使うのか。

 

「ふーん……分かった。雄二にはいろいろと世話になってるし、試し刷りならタダでいいよ。どうする?」

「ああ、十分だ」

 

 本人からすれば出来上がった写真集は黒歴史の塊だろうし、抑止力になるに違いない。

 あ、そうだ。

 

「根本、せっかくだから小山に見せてみる?きっと気に入ると――」

「そんなわけないだろう!? お前らは俺を社会的に殺すだけじゃ気が済まないのか!?」

 

 むぅ、せっかく上手く撮れたのに。残念だ。

 

「…………また罪深い物を撮ってしまった」

 

 康太がどこか満足げに頷いている。BLも許容範囲な僕と違い、女の子専門の康太も今回の写真集の出来は満足いく結果となったようだ。

 

「康太、お疲れ」

「…………お疲れ」

「それじゃあ、手伝ってくれた人達もお疲れ様ー。撮影会はこれで終わりなので、この後は自由解散でー」

「「「お疲れ様ー!」」」

 

 どこかすっきりした表情のBクラスの有志達に解散を指示する。どうやら恨みが晴れてスゲーッ爽やかな気分になっているようだ。新しいパンツをはいたばかりの 正月元旦の朝のよーによォ~~~~~~~~ッ。

 

「……ちょっと待て。俺の制服は?」

「いやー疲れたー」

「帰りマック寄ってくー?」

「康太ー帰ろー。編集しなきゃいけないし」

「…………(コクリ)」

「ムッツリーニ、宗一、ご苦労だった。明日は補充試験だから復習ぐらいしとけよー」

「俺の制服をどこにやったぁぁあああ!!?」

 

 制服? さっき用務員のおばちゃんがゴミ箱と一緒に焼却炉に持って行ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――土屋家

 

 

 

 

「…………宗一、ここのレイアウトはどうする?」

「んー、もっと大きくしていいんじゃないかな。それか、1ページに4枚貼って……(カチカチ)。うん、こんな感じ」

「…………了解」

「康太、あの写真どのフォルダにあるの? 数が多すぎて見つかんないんだけど」

「…………どれ」

「秀吉が女子制服着た奴(生着替えVer)」

「…………それならこれ」

「お、あったあった。それにしても秀吉は可愛いなぁ……今度は秀吉の写真集でも作る?」

「…………ナイスアイデア」

「秀吉は何着ても似合うからなぁ。あえて今度は男らしい恰好とかさせてみる?」

「…………それはそれでアリ(グッ)」

 

 

 大量の愛読書が隠された康太の部屋には2台のパソコンがある。1台は康太のデスクトップのパソコン。毎日のように写真を盗撮しているムッツリーニの写真が保存されたムッツリ商会の心臓部だ。

 もう一台が僕のノートパソコン。これは僕が自分で買ってここに置かせてもらっている物だ。ペンタブも置いてあり、よくここで絵の練習や作業をさせてもらっている。

 もちろんタダでというわけじゃない。電気代使わせてもらってるし。

 なので康太には僕が描いたイラストや小説を、僕は康太が撮った写真を見せてもらったり写真集の編集を手伝うことで互いに利益を勝ち取っている。親友同士だが、貸し借りなどはしない。ギブアンドテイクに徹するからこそ、僕達は常に対等なのだ。

 

 

 根本の写真集の編集を行いながら、次の秀吉の写真集の企画を考えていると、部屋の扉が叩かれる音が響いた。

 

 

「(トントン、ガチャリ)康兄ちゃーん、ご飯だけど――ってあれ。宗一兄ちゃんじゃん。久しぶりー。今日は来てたんだ」

「陽向ちゃん」

 

 

 扉を開けて部屋を覗いたのは、康太の妹である土屋陽向ちゃん。康太の二つ下だから、確か中学三年生だっけ?

 ショートボブがよく似合う活発そうな女の子だ。

 小柄だけど、テニス部で鍛えた健康的でスリムな身体、笑顔が似合いそうな丸くて大きな目。とても可愛い。

 

「お邪魔してるよ。陽向ちゃんはテニス部?」

 

 時計を見てみると、もう6時になる頃だ。

 

「うん、もうすぐ最後の中体連だからね! 毎日特訓頑張ってるよ!今日はご飯食べてく?」

「…………食べていくといい」

「いいの? じゃあ、お願いしようかな。陽向ちゃんのご飯久しぶりだなー」

 

 陽向ちゃんの料理はおいしい。何故知っているかって? 前からよくここに遊びに来ては夕飯を食べさせてもらっているからだ。

 

「じゃ、腕によりをかけて作るから待っててね」

 

 陽向ちゃんは僕にウィンクをして部屋を出て行った。

 

「……陽向ちゃんと会うたびに思うんだけど、康太の妹だとは思えない」

「…………失礼な」

 

 土屋家は4人兄妹である。一番上のお兄さんである颯太さん、二番目が次男の陽太さん、三番目が康太、四番目が末っ子の陽向ちゃんだ。3人ともすごい運動神経で、康太を除く兄妹全員が部活で活躍する体育会系だ。康太も部活に所属してはいないが、運動神経は平均よりずっと上。それにエロは体育の延長とも言えるし、ある意味で康太も土屋のスポーツ一家の血をしっかり継いでいると言えるだろう。

 

「それにしても、康太の家に来るの久しぶりだなぁ。春休み以来? 相変わらず陽向ちゃんは部活と家事を頑張ってて偉いなぁ」

 

 振り分け試験とかいろいろあったから、最近はここに来れなかった。仲がいいとはいえ、毎日無理やり来るのも悪いしね。

 

「…………陽向は毎日そんなに料理を作らない。…………宗一が来た時だけ(ボソリ)

「ん? なんて言ったの?」

「…………なんでもない」

 

 なんだろう。今聞き逃しちゃいけないことを聞き逃してしまった気がする。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「やっぱりアンタは、変ね。変で変態だわ」

「やっぱり川上君は変わってますけど、いい人ですね」

 

 

 

 僕こと川上宗一は自他共に認める変人である。変態ではない。ここ重要。テストに出ます。

 『変人』と言う字を辞書で引くと、「一風変わった人」という意味が出てくる。

 けれど『変態』と言う字を辞書で引くと、「性的倒錯があって、性行動が普通とは変わっている状態。また、そのような傾向をもつ人」という意味が出てくる。

 

 誤解されがちだが、僕はアブノーマルな性癖を持っているわけではない。広い範囲で見れば僕の性癖はそこまで特殊ではなく、単純に女の子の身体に人一倍、いや二倍か三倍程度興味があるだけで、一般的に見れば僕の性癖は割と普通だ。例えるなら普通のAVが料理で言うカレー、いつ食べても飽きずに食べれる物なら、レズ系のAVはマクドナルドのハンバーガー。毎日は食べれないがたまに食べると美味しい、みたいなあれである。え?例えが分かりにくい?ごめん。

 

 

 僕だってよくいる男子高校生の一人だ。性行為をするなら普通に綺麗で可愛い女の子としたいし、秀吉で抜けると公言はしているけど、別にヤリたいわけではない。つまり僕はボーイズラブやガールズラブ、いわゆる同性愛的な物も好きではあるが、それは一つの嗜好として嗜んでいるだけであって、実際に秀吉を屋上に「まずうちさぁ…屋上…あんだけど…焼いてかない?」と誘ったり、アイスティーに薬を「サーッ(迫真)」と盛って秀吉の意識がないところを襲おうとは思わない。

 

 

 テレビに映るアイドルを見て「ヤリてぇなぁ」みたいなことは思うけど、実際に手を出そうと想像はしてもやらない。できる可能性がほぼゼロだということもあるけれど、願望としてはあっても行動に移す訳ではないのだ。誰だってそういう「やってみたいけどやろうとはしない」ことがあると思う。

 

 

 

 閑話休題(話が脱線した)

 

 

 

 結局、何が言いたいかと言うと、僕は昔から変わっていた。変態ではなく性的なことに人一倍興味がある変人だったのだ。

 どこが?と訊かれると具体的にうまく語ることはできないのだが、あえて言うなら『価値観』だろうか。

 周りのクラスメイトが昼休み、学校のグラウンドで追いかけっこをしている最中、僕は教室で漫画や女の子の絵を描いているほうが楽しかった。図書室にこもってかいけつゾロリとか火の鳥とかを読んでいるほうが面白かったのだ。特に火の鳥とか時々おっぱい出てくるしね。昔の漫画は性表現の規制がガバガバだったのでまだ読めたのだ。ガキの頃から僕はそういうのが大好きだったのである。

 

 

 それと、音楽室に行ってピアノを演奏することも楽しかった。好きなアニソン、涼宮ハルヒの憂鬱の「ハレ晴レユカイ」を演奏するとか楽しすぎて演奏しながら歌うぐらいだ。身体がひとつしかないので歌いながら踊ることができないのが残念だったが。ところであれの続編は一体いつになれば出るのだろうか。

 

 

 

 だがしかし、美波には話したが当時の小学生は「絵とかピアノは女の子の遊び」という考えが強く、その女の子の遊びをしている僕は当然のことながら男子から孤立した。ついでに「男のくせに女の子の絵を描く」僕は女子からも阻害された。理不尽。これが噂に聞く性差別と言う奴である。

 

 

 

 僕にとって絵を描くことは当たり前でも、他の人から見れば異常だったのだ。更に本を他の人より多く読んで知識や哲学を年相応以上に吸収してしまった僕は考えが一種の悟りの領域に入ってしまっていた。妙に達観していたのである。

 

 

 

 そんな僕を、先生や周りの子供は不気味に思ったのだろう。ますます孤立した。

 

 

 

 そして孤立した僕は本を読み込んだり絵を描くことにのめり込んで、更に達観して孤立し、孤立した僕はまた……という感じに負の無限ループにいつの間にか囚われてしまったのである。

 唯一家族は僕を常に気にかけていてくれたので変に拗らせることはなかったのだが、小学校を卒業する頃には立派なぼっちが誕生していた、と言うわけだ。その頃には周囲の評判なんかも気にすることがなくなり、僕は自由になっていた。

 ただ、エロイラストを描いていたところ先生に見つかり、親を学校に呼び出されたのはひどかった。

 自由を良しとする教育機関に表現の自由はなかったのである。親は叱ったりしなかったが『もうちょっと落ち着いて生活して』と言われたのは心に刺さったのを覚えている。

 

 僕はこれから、一生一人なのだと思っていた。

 

 他の人のように誰かと遊んだり笑ったりすることはないのだと、予想していた。

 

 だから、こういう風に友人ができることは完全に予想外なのである。

 

 似たような趣味を持つ同年代の仲間。僕の趣味を一つの個性として認めてくれる友達。

 

 康太、明久、雄二、秀吉。

 

 そして、島田美波と、姫路瑞希と言う女の子。

 同年代の男ではなく異性に認められたのは今回が初めてである。僕の歌や絵ではなく、僕の中をしっかり見てくれた。中学の時もし二人に会って話をして、あんなことを言われていたら確実に惚れていたまである。

 まあ、二人とも明久に惚れているから、僕が入り込む隙なんてないのだが。

 それでも僕は嬉しかったのだ。

 

 

 

「~~♪」

 

 

「…………宗一、ご機嫌」

「ん? まあねぇ。今日ちょっと嬉しいことがあってさ。ほら」

「…………(ズイッ)」

 

 

 スケッチブックを康太に見せると、康太は口端を上げて笑う。普段無表情な康太にしては珍しい微笑みだった。

 

 

「…………間違いなく、今日の最高傑作」

「うん。明久達喜ぶかな?」

「…………バッチシ」

 

 

『康兄ちゃん!宗一兄ちゃん! ご飯できたよー!』

 

 

「お、ちょうどいいや。行こっか」

「…………(コクリ)」

 

 

 スケッチブックを置いて立ち上がる。

 そこには、幸せそうに笑う姫路と美波に両腕を組まれ、照れ笑いをしている明久の3人のイラストだった。

 

 

 もう僕は孤独ではない。

 独りぼっちの変わり者ではなく、変わり者の集団の中の一人にしてなった僕は、これからも僕らしく絵を描いていくのだろう。

 

 さあ、陽向ちゃんのご飯を食べて、明日に備えなければ。

 

 次は、この戦争の終着点―――Aクラス戦なんだから。

 




幕間です。なので少し短め。

宗一のキャラを掘り下げてみたかった。


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第十九問 武器は装備しないと、意味がありませんよ?

バカテスト 保健体育

問 以下の問いに答えなさい。
「女性は( )を迎えることで第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める」


姫路瑞希の答え
「初潮」

教師のコメント
正解です。


吉井明久の答え
「明日」


教師のコメント
随分と急な話ですね。


川上宗一の答え
「初夜」

教師のコメント
第二次性徴期の前の子に、その行いは犯罪です。


土屋康太の答え
「初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が43㎏に達する頃に初潮を見るものが多いため、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均十二歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される」

教師のコメント
詳しすぎです。


Side 川上宗一

 

 

 皆さんもご存じのとおり、ここ文月学園は学力至上主義の進学校である。実力主義と言い換えてもいいだろう。

 勉強ができる生徒にはそれにふさわしい待遇を。勉強をしない怠け者にはやはりそれにふさわしい対応を。

 

 それがこの学園のルールである。

 

 一年生の三学期に行われる振り分け試験。ここの試験で取得した点数に応じ、生徒はAからFまで6段階にクラス分けされる。

 勉強ができる人はAクラスに、その逆はFクラスに、と言った具合に。その人の実力に応じたクラスに分けられる、という訳だ。

 

 だが、ただ頭がいい奴と悪い奴を分けるだけではない。クラスによって教室の設備が大きく異なっていく。

 

 改めて確認してみよう。

 

 我がFクラスの教室。最低のバカが集められた最低の教室だ。

 

 その教室は、カビだらけの畳、綿がほとんど入っていない座布団、そしてぼろぼろの卓袱台という、江戸時代の廃墟から持ってきたんじゃないかと思えるようなボロボロの教室だ。

 

 え?畳の方が好き?

 座布団と卓袱台でも勉強はできる?

 それだけあれば勉強するには十分?

 

 ふむふむ、なるほど。確かにノートを取るための机と座れる場所があるなら、青空教室よりはマシかもしれない。

 だが考えてみて欲しい。学校というのは勉強をする場所である。

 朝8時までに登校し、午後5時近くまでほぼ一日中椅子に座って授業を受ける。

 それぐらい普通だろ、と思うかもしれないが思い出してほしい。我がクラスは椅子はなく座布団である。しかも机は卓袱台である。

 約9時間もの間机にかじっていなければならないと言うのはストレスと体力を使う。だと言うのに、背もたれもない、座布団の上で1日中胡坐か正座で過ごすのは、いくら若いとはいえ背中と腰にひどい負担がかかる。

 学校が終わる頃には背骨がゴキゴキとなるぐらい固まるなんて日常茶飯事。

 ただでさえ疲れる授業を、腰と背中を痛めながらやらなければいけないのだ。苦行と言っても過言ではないだろう。

 

 

 勉強する、というのは確かに場所は関係なく誰でもできる簡単なことだが、それをするためには一定の道具や環境という物が必要になってくる。

 

 

 それを僕はここ最近地味に実感している。

 補充試験中、背もたれが欲しくて欲しくて辛い。だから先生、座椅子ぐらいダメですか? え? 我慢してください? あ、そう……。

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 それに対して、Aクラスの教室。

 

 ちなみに僕は耳にしてはいたが、実際どんな内装をしているのか見たことはない。冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートだとは聞いたが、女子更衣室でもないのに覗きに行きたいと思うほどさほど興味なかったし、実際自分には関係ないと思っていたからだ。

 

「さて、Aクラスに乗り込むぞ」

 

 雄二がそう言ってFクラスの教室から出ようとする。Aクラスに宣戦布告するためだ。

 

 この時、僕は『そういえばAクラスの内装って見たことないな』と思い出したのだった。

 

 だが、僕達は長く厳しい戦いを乗り越え、ついにAクラスと戦う。今からお前らの施設を奪うぞ、と宣戦を布告するのだ。

 しかし、そんな大事な日だと言うのに明久は――

 

「待って雄二。明久の手が瞬間接着剤でくっついてるんだけど」

「…………文字通り一心同体」

 

 卓袱台と合体(意味深)をしていた。

 事の始まりは、明久の卓袱台の足が折れてしまい、支給された接着剤で修理する所から始まる。

 

 

「さすがは瞬間接着剤。あっという間に修理完了!」

「よかったのう明久。木工用ボンドではなく瞬間接着剤を支給してもらえたのじゃな」

「せっかく苦労してBクラスに勝ったんだもの。せめて支給品くらいはレベルアップしてくれないとね」

 

 ていうか、自分で買ってくればいいのに。

 

「なんだお前、そんなに卓袱台が好きなのか?」

 

 雄二がにやにやとからかうと、その言葉に腹を立てたのか明久はむっとしたように言い返す。

 

「こんなすぐ壊れる卓袱台なんか、好きなわけないじゃないか!」

 

 バアン!

 

 明久が卓袱台を叩くと、上に何かが吹っ飛んだ。僕の足元に落ちたそれを拾い上げて見てみると、明久によって潰された瞬間接着剤だった。

 

「え? ぬぁあー! ぬあ、ちょっ、手がくっついて離れないぃぃぃいいい!」

 

 馬鹿な明久は卓袱台から離れたくないあまり自分に装備してしまったのである。

 ここで装備していきますか? 武器は装備しないと、意味がありませんよ。

 しょうがないから外すのを手伝おうと明久の腕を引っ張ってみるが……

 

「ぐぬぬぬ! おおう……見事にくっついて取れない」

「くっつきすぎじゃないこれ。さすがアロンアルファ」

 

 しかしその卓袱台は呪われているのか引き剥がそうとする明久とべったりくっついて離れようともしなかった。

 これはラスボスの魔王城まで持って行かないといけないパターンですね。

 

「卓袱台は放っておいて、Aクラスに行くぞー」

「待て雄二! 今僕のことを卓袱台扱いしたな!?」

 

 明久はぎゃーぎゃーと喚いている。なんとか引き剥がそうとしているのだが、それでも卓袱台は離れないようだ。やれやれ。仕方ない。

 

「明久、そんなに外したい?」

「え? 宗一、もしかして外し方を知ってるの?」

「もちろん。ハイ」

 

 僕は明久にノコギリを渡した。

 

「頑張って落としてね?」

「違うよね宗一。卓袱台を壊せって意味だよね? 手首を切り落とせって意味じゃないよね?」

「大丈夫だ明久。切り落としてすぐに病院に持っていけばくっつくはずだから」

「そういう心配をしてるんじゃないよ!?」

 

 結局、どうやっても外せないので、卓袱台を装備したままAクラスに向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Aクラス教室内

 

 

 

「……おおう。予想の十倍ぐらいすごい」

 

 

 

 ここは高級ホテルか?とさすがの僕も驚いてしまう。

 

 まず目に入ったのが、おそらく黒板の代わりなのであろう超大型スクリーン。何インチあるんだ。

 そして並べられたシステムデスク、それに付随するように置かれたリクライニングシート。しかも高級そうな革製だ。

 さらにはノートパソコン、個人用の小型冷蔵庫が生徒一人一人に支給されるように置かれている!

 少し離れた所にはドリンクサーバーも設置されている!

 これがAクラス! まさに選ばれた人間のみが使える教室というわけか。

 

「ここがAクラス……」

「まるで高級ホテルのようじゃのう……」

 

 驚きを隠せないように声を漏らす美波と秀吉。

 

「ふっ、僕が学園生活を送るには、相応しい設備じゃないか」

「明久。身の程知らずって言葉、知ってる?」

 

 よくもまあそんなことを堂々と言い切れる物だ。明久の器のデカさ(バカさ加減)には感服するほかない。

 

「何を言っているんだ宗一。僕がこの教室にふさわしくないとでも?」

 

 卓袱台を手にくっつけてる奴にこの場所は場違いとしか言いようがないだろう。

 

「見てよアキ! フリードリンクにお菓子が食べ放題よ!」

 

 興奮を隠しきれない美波がはしゃぎながら明久にそう言うと、明久はやれやれ、と溜息を吐いた。

 

「ふっ、美波。駄目じゃないか。そんなのにいちいち驚いていたら、足元を見られるよ? もっと堂々と構えなきゃ」

「つくづく行動と発言が伴わぬ男じゃのう……」

「恥知らずってああいうのを言うんだなって僕分かった」

 

 お菓子を制服のポケットに溢れんばかり詰め込んでいるバカが何か言ってるよ。

 まあでも、せっかくだから僕も一つもらおうかな。でも無許可で食べるのはアレだから、誰かに――あれ?

 

 

「秀吉、なんで女装してるの? ていうかいつの間に」

 

 ふと気づくと、そこには女子の制服を着た秀吉が立っていた。いつの間に着替えたのだろうか。

 

「宗一、どうかした――あれ? 秀吉、どうして女子の格好を……そうか、やっと本当の自分に目覚めたんだね!」

「明久、宗一よ、儂はここじゃぞ」

 

「「え?」」

 

 明久と僕は思わず声を上げる。

 

「秀吉が、二人?え?あれ?」

 

 声をした方を振り返ると、そこには男子の制服を着た秀吉が立っていた。秀吉が二人――ああ、そっか。

 

「木下優子さんか」

「え?どういうこと、宗一。そっちは秀吉の本当の格好じゃ――」

「それは儂の姉上じゃ」

「秀吉は、私の双子の弟よ」

 

 すると、女子の制服を着た方の秀吉――じゃない、木下姉がそう言った。

 秀吉の物腰の柔らかそうな声とは違い、彼女の言葉からは凛とした生真面目さが伺えた。

 

「ああ、ごめん木下。そっくりで分からなかった」

 

 僕が素直に謝ると、彼女は「いいのよ」と言った。

 

「よく間違えられるから慣れてるわ。あなたは川上宗一君ね」

「え? 僕のこと知ってるの?」

「知ってるわよ。あなたは有名だもの」

 

 へえ、僕も有名になったのか。まあエロ絵とか官能小説ばっかり書いているとはいえ、少しは僕の芸術家としての才能も認め――

 

「よく聞くわ。ノーパン主義の変態だって」

 

 待ってほしい。その認知の仕方はあんまりだ。

 どうやってその誤解を解こうか悩んでいると、雄二に気付いた木下姉が声をかけた。

 

「それで、何か用かしら、Fクラス代表さん?」

「ああ、もうすぐ俺達の物になる設備の下見だ」

「随分強気じゃない?」

 

 雄二が不敵な笑みを浮かべながら木下姉を挑発する。表面上は静かだが、二人の間に見えない火花が散っているのが見えた。

 

 

 そして、雄二ははっきりと、それこそAクラスの教室全体に響くようなよく通る声で宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――宣戦布告をしに来た。俺達Fクラスは、Aクラスに試験召喚戦争としてAクラス代表に、一騎討ちを申し込む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

 

 交渉のテーブルに着いたのは、我らがFクラス代表、坂本雄二。

 柔らかそうな一人用ソファーに座り込み、テーブルの上に行儀が悪く脚を乗せている。

 そしてAクラスからは木下優子さんが、雄二と面を向かい合う形でソファーに座っている。

 さっきは思わず間違えちゃったけど、本当に秀吉とそっくりで、秀吉を女の子にしたそのままの姿でとても可愛い。でも、この子を認めると秀吉にも気があるということに――!

 

「一騎討ち……2年の首席に勝つつもり?」

「もちろん。俺達Fクラスは勝利を狙っているからな」

 

 木下さんが訝しむように雄二を睨む。最下位クラスの僕らが、一騎討ちで学年トップに挑むということ自体が異例なのだから。

 

「面倒な試召戦争を手軽に終わらせることができるのはありがたいけどね、だからと言ってわざわざリスクを冒す必要もないわ」

「賢明だな……ところでCクラスの連中との戦争はどうだった?」

「時間は取られたけど、それだけだったわ。何の問題もなし」

 

 秀吉の挑発に乗り、Aクラスに攻め込んだCクラス。その勝負は半日で決着が付き、今CクラスはDクラスと同等の設備で授業を受けている。宗一にそのことを聞いてみたら、『今頃小山が癇癪起こしているだろうからCクラスには当分近づきたくない』と青ざめた顔で話していた。

 

「なら、Bクラスとやりあう気はあるか?」

「Bクラスって……、昨日来てたあの(・・)?」

 

 心底嫌そうな表情をする木下さん。根本君の女装姿を思い出していたのだろう、気持ちが悪そうに眉をひそめている。

 気持ちは分かる。僕も想像してみると……うえぇ。

 

「ああ。アレが代表をやっているクラスだ。まだ宣戦布告はされていないようだが、さてさて、どうなるかな?」

「でもBクラスはFクラスと戦争をしたから、三ヵ月の準備期間を取らない限り試験召喚戦争はできないはずよね?」

 

 戦争の泥沼化を防ぐため、敗者は三ヵ月間他のクラスに宣戦布告ができないというルール。

 だが、このルールは今回は適用されない。何故なら――

 

「あの戦争は実情はどうあれ、『和平交渉にて終結』となっている。規約にはなんの問題もない。Bクラスだけじゃなく――Dクラスもな」

 

 雄二が試験召喚戦争で勝っても設備を交換しなかった理由。

 それがこれだ。相手を一騎討ちという舞台に立たせるため、先に負かした相手を取引の材料にしようとしているのだ。

 

「……それって脅迫よね」

「人聞きの悪い。ただのお願いだよ」

 

 やっていることはただの悪役だよ雄二。

 

「分かった。何を企んでいるのか知らないけど、代表が負けるなんてありえないからね。その提案受けるわよ」

「え? 本当?」

「だって、あんな格好した代表がいるクラスと戦争なんて嫌だもん……」

 

 せやな……。

 

「でも、代表同士の一騎討ちはダメ。五対五よ(・・・・)。お互い五人ずつ代表を選んで、一騎討ち五回で三回勝った方の勝ちということにしましょう」

「なるほど。こっちから姫路が出てくる可能性を警戒しているんだな?」

「そうね。代表が負けるとは思えないけど、警戒はするに越したことはないし……警戒するべきなのは姫路さんだけじゃないしね」

 

 優子さんがちらりと宗一の方を見る。

 

「現代国語だけならAクラストップレベルの川上宗一君。彼は侮れない。Dクラス戦とBクラス戦、彼が活躍したって聞いたわ」

 

 警戒心マックスの眼を宗一に向ける。確かに、今までの戦争でここぞという時、宗一が戦況をコントロールしていた。渡り廊下の戦いも、僕の特攻の時も。

 それに、宗一の召喚獣はとても目立つ。Aクラスの誰かが宗一のことを知っていて、そこから話が漏れたのかもしれない。

 

「…………」

 

 睨まれる宗一だが、まったく臆することなく木下さんを見つめ返している。

 

「な、何よ。私の顔に何かついている?」

 

 真正面から見られて照れがでたのか、木下さんは慌てたように言う。

 

「…………腐女子の匂いがする」

 

 宗一は何かつぶやいたようだが、何を言ったかよく聞こえなかった。

 

「安心してくれ、うちからは俺が出る」

「無理よ。その言葉は鵜呑みにはできない。これは競争じゃなくて戦争なんだから」

「そうか。それならその条件を呑んでもいい。ただし、勝負する内容はこちらで決めさせてもらう。そのくらいのハンデはあってもいいはずだ」

「…………」

 

 悩むように考え込む木下さん。クラス代表としての交渉だ。この会話で仲間の設備が変わる可能性がある。慎重になるのも当然だろう。

 科目の選択権は僕らに必須だったけど、こんな条件を呑んでくれるだろうか。

 

 

「……受けてもいい」

 

 

 突然現れた静かな、凛とした声。

 いつの間にかAクラス代表、霧島翔子さんが近くに来ていた。

 物静かで、近くにいたなんて全然気づかなかった。

 

 それにしても学年一の美少女という話は本当だったみたいだ。綺麗な黒髪、物静かな雰囲気と整った容姿は神々しさを感じさせる。

 

「一騎討ち、受けてもいい」

「代表!」

 

 咎めるように木下さんは立ち上がる。

 

「大丈夫、優子」

 

 しかし、そんな木下さんをあやすように、霧島さんが言うと、木下さんはやれやれと言いながら再び椅子に座りこんだ。

 

「感謝するぜ、Aクラス代表さん」

「……一騎討ちは受ける。ただしその代わり、条件がある」

「条件?」

「うん」

 

 雄二が訊き返すと、霧島さんはやはり凛とした、静かな口調ではっきりと宣言した。

 

 

 

 

「……負けた方は、なんでもひとつ、言うことを聞く」

 

 

 

 

 彼女は確かにそう言った。傍にいた姫路さんを値踏みするかのようにじっくりと観察しながら。

 

 

 




次回からAクラス戦…いけるといいなぁ。


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第二十問 ヤンデレの女の子に死ぬほど愛される。

Side 川上宗一

 

 

 

 霧島翔子。

 

 その名前は、文月学園の二年生の中でもっとも有名な生徒の名前と言っても過言ではないだろう。

 腰近くまで伸ばした綺麗な黒髪。

 整った顔立ち。

 真っ直ぐ伸びた綺麗な姿勢。

 

 Fクラスの清涼剤である姫路瑞希が小動物的な『可愛い』女の子ならば、霧島翔子は芸術的な『美しい』女の子だ。

 

 そんじょそこらのモデルでは太刀打ちできないほど、霧島翔子は美人だというのが僕達の認識。男女に関わりなく見惚れさせるその見た目から、彼女はよく目立っていた。が、彼女の凄い所は見た目だけではない。

 

 彼女の肩書は、学年主席(・・・・)だ。

 

 一年生の三学期末に行われる振り分け試験。

 二年生のクラスを編成する振り分け試験で、そのクラスで最も優秀な成績を収めた生徒には『代表』という肩書を与えられる。

 

 例えば我らが代表、二年Fクラスの坂本雄二。

 Fクラスの代表、ということは、彼は振り分け試験でFクラスの教室内で最も成績がよいという証明だ。

 

 そして、学年で最高成績を誇るAクラス。50人の成績優秀者が集まるAクラスの代表、ということは、そのまま二年生のトップということになる。

 

 まさしく才色兼備!

 天は二物を与えずとは言うが、彼女に限ってその言葉は適用されはしないだろう。

 

 しかし、彼女にはある噂がある。

 

 僕達が一年生の時、その美貌と成績の良さに惹かれ、多くの男が彼女に告白し、そして散って行った。

 

 中には運動がばりばりできるスポーツマンや、今は卒業した三年のイケメン先輩がいたりもした。

 多くの男が彼女に告白したが、だがしかし、誰も彼女の心を動かすことはできなかった。

 そしてそのことから、彼女は同性愛者ではないかという説が静かに流れている。

 

 

 

 

――――――――――――Aクラス教室

 

 

 

「―――負けた方はなんでも一つ、言うことを聞く」

 

 姫路を見ながら、霧島はそう宣言する。

 ん? 今なんでもって言ったよね?

 

「…………(カチャカチャ)」

「ムッツリーニ、まだ撮影の準備は早いよ! というか負ける気満々じゃないか!」

 

 霧島翔子は姫路瑞希を狙っている。そう思ったのだろう、康太と明久が動揺しながらもカメラの準備をし始める。

 

「………………」

 

 ふと、霧島の方を見るとばっちり目が合った。

 こうして会うのは昨日ぶりか。まだ多くの言葉を彼女と交わしたわけではないけれど、僕は彼女のことについていくつか知っていることがあったりする。

 

「じゃ、こうしましょ? 勝負する科目は五つの内三つ、そっちに決めさせてあげる。二つはこっちで決めさせなさい」

 

 木下が妥協案を提案する。

 

 これは競争ではなく戦争。

 

 彼女は相手がFクラスといえど、油断する気はまったくないらしい。BクラスやDクラスの時の用に、『所詮Fクラスだから』と、僕達を侮る気はまったくないようだ。

 この辺りが引き際だろう。木下優子の態度から察するに、これ以上僕達が有利になるよう条件を変えることはできないだろう。

 

「交渉成立だな」

 

 雄二も僕と同じ考えに至ったのか、木下優子の提案を受け入れる。

 

「ゆ、雄二! 何を勝手に、まだ姫路さんが了承を――」

「明久、大丈夫だ」

「そ、宗一?」

「大丈夫、これに限って姫路に害はないから」

「害はないって――なんでそんなことを言えるのさ!」

 

 そりゃもちろん、姫路と霧島のレズ〇ックスを観てみたいということもあるけれど、僕が知っている限りそれは絶対ありえない。

 

「心配すんな。絶対に姫路に迷惑はかけない」

「雄二……」

 

 自信満々の雄二のセリフに、まだ不安はぬぐい切れていないようだがとりあえず納得はしてくれたようだった。

 

「勝負はいつ?」

「そうだな。明日の十時でいいか?」

「……分かった」

 

 霧島が頷く。

 次はいよいよ―――Aクラス戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――新学期初日、Dクラス戦後の放課後

 

 

「はぁ……船越先生どうしようか……。雄二のクソ野郎、明久はともかく、なんで僕を巻き込むのか……」

 

 僕は頭を抱えながら、体育館倉庫へと向かう。

 理由は簡単、Dクラス戦での後始末のためだ。

 

<吉井明久君と川上宗一君が体育館裏で待っています。生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです>

 

 戦争を有利にするため、僕と明久は雄二の卑劣な罠によって船越先生に売られた。

 仕返しに秀吉を使って雄二に船越先生を差し向けたのはいいけれど……。誤解を先に解いておかないと、後々面倒になりそうだし。後始末は早く片付けるに越したことはない。

 秀吉により、船越先生は体育館倉庫にいるはず。保健体育の授業という名の既成事実を雄二と作るために。

 

 僕はグラウンドの近くにある体育館倉庫の扉を開けた。

 

「ちわー。船越先生、実はさっきの…ほう、そう……なんですけど……」

 

 扉を開いた時、僕は眼の前の光景に目を疑った。

 

 何故ならそこには―――

 

 

「き、霧島……?」

「……川上、宗一」

 

 

 二年Aクラス代表、霧島翔子が、スタンガンを持って船越先生と話していたからである。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「……船越先生には、二度と雄二に近付かないと約束させた。……あとは、川上を始末すれば、完了」

「待ってちょ待って、ゴメン謝るから! そのスタンガン改造でしょ!? 死ぬ! 死んじゃうから! だから僕の息の根を止めるのは勘弁してください!」

 

 

 船越先生は、霧島翔子による説得(雷)によって退場させられた。

 その時、僕もどさくさに紛れ『あの放送は嘘でした』と伝えた。

 だが、僕の貞操よりも霧島に脅されたことに頭がいっぱいだったらしく、もう例の放送のことは頭にないようだった。

 一体何を言われたんですかね。

 

 

 そして今、何故か僕は学年主席の女の子に、首元にスタンガンを押し付けられている。どうやら霧島は僕があの放送を仕組んだ犯人だと考えているようだ。

 おかしい。秀吉の声マネは完璧だ。普通なら誰だってあの放送が秀吉の声だなんて思わない。ましてや秀吉に指示をしたのが僕だと言うことも。

 

「ていうか、なんで僕が雄二を売った犯人だって……?」

 

 思わず気になって訊いてみる。

 

「……まず雄二は、あんな放送しない。なら、他の誰かがやったと考えるほうが自然。けれど、最初の放送は雄二が仕組んだもの」

 

 スタンガンを僕の首に押し当てながら、霧島は淡々と僕に言う。

 

「……なら、あの放送は雄二に恨みを持っている人の仕業。……そして、最初に流れた船越先生を誘導するための放送。それに出た名前は、『吉井明久』と『川上宗一』」

 

 自己紹介もしていないのに名前を呼ばれ、心臓がドキリと鳴る。ていうかあの放送が船越先生を戦線から離すためだと言うこともバレてる。

 

「……二人のどちらかが、雄二に船越先生に売られた仕返しに、雄二の声を使って放送したと考えられる」

 

 すごい。もう凄すぎて逆に怖い。怖すぎて足が震えてきた。人間って恐怖の限界が近づくと足が震えるって本当なんですね。

 しかし放送を聞いただけでそこまで的確な推測ができるものなのか?

 もしこれが学年主席の力所以だと言うのなら、ひょっとしなくても僕達はとんでもない相手に戦争を挑もうとしているのかもしれない。

 

「……吉井は雄二とよく一緒にいたから知っている。……でも、吉井は自分の手で仕返しをしようとするはず。……だから、残る一人が犯人」

「へ、へぇ……す、すごいね、霧島さん……きっと名探偵になれるよ……」

 

 エスパーなのではないかと思えるほどの推理は見事に当たっていた。女子高校生探偵霧島翔子……なんて恐ろしい。

 そのうち黒い服を着た男二人に薬を飲まされ体が縮んだりしないかしらん。

 

「……ところで霧島は、雄二のことを呼び捨てなのは……」

「……私達は幼馴染」

 

 どうやら霧島は雄二にずっと片思いをしていたらしい。

 確かに雄二は見た目もそこまで悪くない。あいつを好きになる女子なら一人や二人はいるだろうなと勝手に想像していた。けれど、もしかしたら霧島が裏でこういう風に雄二に気のある女子を始末していたのかもしれない。

 けれど1年近くあいつとつるんでたけど、霧島が幼馴染だなんて全く知らなかった。話題にすら上ったことがないし、おそらく雄二が意図的に避けていたのだろう。

 

 

「……雄二の狙いは、Aクラスの設備?」

「な、何言ってるのさいきなり……」

「……とぼけなくていい」

 

 確信しているのか、はっきりと言う霧島さん。

 なんでそんなことを。まだ僕達はDクラスを倒しただけなのに、それだけでどうして『Aクラスを狙っている』だなんて分かる?一体どこに判断材料があるんだ。

 

「……雄二のことなら、なんでも分かる」

 

 その時、僕は霧島の目を見た。

 

 自分で言うのも手前味噌であれなのだが、人を見る目には自信がある。観察が得意だと言ってもいい。

 その人がどんな人間なのか、何が好きで何が嫌いなのか、僕は話をしたり本人を観ているだけである程度それが分かったりする。

 プロファイリング、とでも言えばいいのだろうか。

 画家は見るだけでは絵は描けない。その人の中身を観る必要が時折あるのだ。

 

 そして、僕は霧島の目を見た時、察した。

 

 この人は僕を観ていない。眼中にない、というのはこのことだろう。

 普通の人は異性と話す時、ある程度相手が『異性だ』ということを意識する。けれど、彼女にはそれがまったくない。

 僕を男として視ていない。

 いや、男ということは分かっているんだろうけど、これはアレだ。

 

「……私は、雄二のお嫁さんになるんだから」

 

 恋は盲目という病気だ(雄二しか見えていない)……。

 

 

 学年主席のもっとも綺麗な女の子が実はヤンデレ属性もちだった件。

 

 

「……雄二は誰にも渡さない。船越先生を焚き付けた罪は許せない。覚悟して」

 

 霧島がスタンガンのスイッチを押そうとする。彼女は本気だ。愛しい幼馴染に害を為す僕を許す気はないのだろう。

 

 

 

 しかし咄嗟に、僕の口から恐怖のあまりこんな言葉が飛び出す。

 今思えば、最低の命乞いだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「待って、タンマ! それなら今度『雄二×翔子』の同人誌を描いてあげるからぁ―――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……(ピタッ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 しばらく体育館倉庫に静寂が流れた後、首元に押し付けられたスタンガンが、すっと離れる。

 おそるおそる目を開けると、頬を赤くし、普段の表情から想像できないようなテレた霧島がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……その話、詳しく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後々知ったことなのだが……学年主席の彼女は、意外とムッツリスケベだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――Aクラス交渉後、Fクラス教室

 

 

「まずは皆に礼を言いたい。周りの連中には不可能だと言われていたにも関わらずここまで来れたのは、他でもない皆の協力があってのことだ。感謝している」

 

雄二は壇上で皆にそう礼を言った。

 

「ゆ、雄二、どうしたのさ。らしくないよ?」

「自分でもそう思う。だが、これは偽らざる俺の気持ちだ」

 

 確かに、雄二の戦略は見事な物だった。だが、どの作戦も雄二一人では成し遂げられない。Fクラスの団結があってこそだ。だからこそ、雄二の感謝も本当なのだろう。

 

「ここまで来た以上、絶対にAクラスにも勝ちたい。勝って、生き残るには勉強すればいいってもんじゃないという現実を、教師どもに突きつけるんだ!」

 

『おおーっ!』

『そうだーっ!』

『勉強だけじゃねえんだーっ!』

 

 雄二の言葉に、Fクラスの男共の気持ちがひとつになる。

 

「皆も知っている通り、先ほどAクラスに試験召喚戦争を申し込んだ。しかしちょっと特殊でな。それについて話そうと思う」

 

 雄二は今日、Aクラスとの交渉についてFクラスに話した。

 今回はクラス単位の戦争ではなく、一騎討ち。

 代表を含め五人が相手と一騎打ちをすると星取り戦形式の団体戦。

 

『誰と誰が一騎打ちをするんだ?』

 

「いい質問だ。うちのクラスからは姫路、康太、明久、宗一の4人と俺が出る。Aクラス代表の翔子とやるのは、俺だ」

 

 雄二が今回の団体戦のメンバーを発表する。姫路と僕、康太がいるのは予想はできたけど、明久は意外だ。何か理由でもあるのだろうか。

 そして、霧島と戦うのは、雄二。

 

「バカの雄二が勝てるわけなぁぁっ!?」

 

 雄二のカッターが明久の頬を掠める。 

 

「次は耳だ」

 

 ヤクザみたいな脅しの仕方だ。

 

「まぁ、明久の言うとおり確かに翔子は強い。まともにやりあえば勝ち目はないかもしれない。だが、それはDクラス戦もBクラス戦も同じだったろう?まともにやりあえば俺達に勝ち目はなかった」

 

 勝ち目はなかった。圧倒的な学力の差があった。

 けれどそれを覆したのが僕達Fクラスだ。

 現に、僕達はDクラス、そしてBクラスを倒した。それは紛れもない事実。偶然だなんて言葉だけでは片づけられない。

 戦略と知識を駆使し、確かに僕らは勝った。

 その確かな結果が僕達に『自信』を与えてくれる。

 

「今回だって同じだ。俺は翔子に勝ち、Aクラスを手に入れる。俺を信じて任せてくれ。過去に神童とまで言われた力を、今皆に見せてやる」

 

『おおぉーーーっ!!』

 

 今さら確認するまでもないだろう。全員雄二を信じているようだった。

 

「けれど雄二、具体的にはどうするつもり? 単純な召喚獣の勝負じゃ、雄二でも厳しいんじゃない?」

「ああ、それは宗一の言う通りだ。だから、俺と翔子の勝負は――フィールドを限定するつもりだ」

「フィールド? 何の教科でやるつもりじゃ?」

「日本史だ」

「日本史?」

「ただし、内容は限定する。レベルは小学生程度、方式は百点満点の上限あり。召喚獣勝負ではなく純粋な点数勝負だ」

 

 試験召喚獣戦争は、召喚獣を用いてはいるが本質はあくまで学力を競う戦争だ。

 テストを用いた勝負であれば(・・・・・・・・・・・・・)両者の合意と教師が認める限り経緯と手段は不問とされるというルールである。

 

「でも、同点だったら、きっと延長戦だよ?そうしたら問題のレベルも上げられちゃうだろうし、ブランクのある雄二には厳しくない?」

「確かに明久の言うとおりじゃ」

「おいおい、あまり俺を舐めるなよ? 延長戦なんかさせるわけないだろう」

「?? それなら、霧島さんの集中力を乱す方法を知ってるとか?」

「いいや。アイツなら集中してなくても、小学生レベルのテストなら何の問題もないだろう」

 

 確かに、霧島が集中を乱された程度で小学生レベルの点数を落とすとは考えられない。一度話せば分かる。あれは怪物だ。僕は彼女が化け物クラスの知識を持っていることを知っている。

 そして、幼馴染の雄二も。

 

「ひょっとして運ゲーでもやるつもり?」

「いいや、俺がそんな運に頼り切った戦法をすると思うか?」

「雄二。あまりもったいぶるでない。そろそろタネを明かしてもいいじゃろう?」

「あくしろよ」

「そうだな……俺がこのやり方を採った理由は一つ。ある問題が出れば、アイツは確実に間違えると知っているからだ」

 

 間違える問題? そんなのが小学生レベルの暗記科目である日本史に?

 

「その問題は――『大化の改新』」

「大化の改新ねぇ……誰が何をしたのか説明しろ、みたいな?」

「いや、そんな掘り下げた問題じゃない。もっと単純だ」

「単純というと――何年に起きた、とかかのう」

「ビンゴだ秀吉。年号を問う問題が出たら、俺達の勝ちだ」

 

 やっぱり運ゲーじゃないか!

 問題が出なかったらどうするつもりだ?

 

「大化の改新が起きたのは、645年。こんな簡単な問題は明久ですら間違えない」

「明久、何で泣いてるの?」

「お願い……僕を見ないで……」

「だが、翔子は間違える。これは確実だ。そうしたら俺達の勝ち。晴れてこの教室とおさらばって寸法だ」

 

「あの、坂本君」

「ん? なんだ姫路」

「霧島さんとは、その、……仲が良いんですか?」

「ああ、アイツとは幼馴染だ」

 

「総員、狙えぇっ!」

 

「なっ!? 何故明久の号令で皆が急に上履きを構える!?」

「黙れ男の敵! Aクラスの前に貴様を殺す! それが我ら――」

 

『『『『『 我ら異端審問会 』』』』』

 

「俺が一体何をしたと!?」

 

 あ、これ、この間Cクラス戦の時僕が味わったパターンだ。

 

「遺言はそれだけか?……待つんだ須川君。靴下はまだ早い。それは押さえつけた後で口に押し込むんだ」

「了解です隊長」

「ん? 宗一は加わらんのか? ムッツリーニはボールペンを突く気満々じゃぞ」

「あぁ、まあ……」

 

 既に知ってるし。霧島が雄二を恋を……いや、あれはもはや愛のレベル。

この数日間、僕は既に何冊か霧島に雄二の同人誌を渡している。その際に彼女がどれだけ雄二のことを想ってるか惚気られたし、その想いは姫路や美波が明久を想うような、純粋で強い、尊いものだ。強すぎて清水のような暴走の兆しも見られたが。多分さっきAクラスの教室で姫路を見ていたのは、Fクラスで雄二に近い異性だから気になっていたのだろう。姫路も見た目なら霧島に負けずとも劣らない可愛さを持った女の子なのだから。

 

「あの、吉井君」

「ん?なに、姫路さん」

「吉井君は霧島さんが好みなんですか?」

「そりゃ、まぁ、美人だし」

「…………」

「え?なんで姫路さんは僕に向かって攻撃態勢を取るの!?それと美波、どうして君は僕に向かって教卓なんて危険な物を投げようとしているの!?」

 

 美波はともかく姫路もどうやらFクラスに徐々に馴染んできているらしい。それにしても、美波は仮にも女子なのにどこにそんな力が……もしかして美波は平和島静雄である可能性が微粒子レベルで存在している?

そんな混沌とし始めた教室に待ったをかけたのは秀吉だった。

 

「冷静に考えるのじゃ皆の衆。あの霧島翔子じゃぞ? いくら幼馴染みとはいえ男である雄二に興味があるとは思えん」

 

いや、その逆だ。雄二にしか興味がないんだよ秀吉。だから君たち、「まさか姫路さんのことを……!?」みたいな期待と驚きに満ちた目で姫路を見るんじゃあない。言わないけど。何年も秘め続けていた霧島の想いをここで暴露するほど無神経じゃないし。

 

「とにかく、俺と翔子は幼馴染みで、小さな頃に間違えた答えを教えてしまったんだ。アイツは一度覚えたことは絶対に忘れない」

 

 だからこそ、彼女は今の地位に立っている。

完全記憶能力。その高い知力と能力が、今回の勝負の鍵。

 

「俺はそれを利用して勝つ。目指すは――」

 

 

『システムデスクだ!』

 

 

 




次回からAクラス戦スタートです。

たくさんの感想と評価、お気に入り登録ありがとナス!

ちょっと淫夢要素を出した途端急に感想欄が淫夢臭くなってて草生えますよ


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第二十一問 第一次試召大戦 ~Aクラス一騎討ち~

バカテスト 生物

問 以下の問いに答えなさい。
「人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい」

姫路瑞希の答え
「①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル」

教師のコメント
さすがは姫路さん。優秀ですね。


吉井明久の答え
「①砂糖 ②塩 ③水道水 ④雨水 ⑤湧き水」

教師のコメント
それで生きていけるのは君だけです。


川上宗一の答え
「①金 ②暴力 ③セッ〇ス」

教師のコメント
あとで職員室に来るように。


 土屋康太の答え
「初潮年齢が十歳未満の時は早発月経という。また、十五歳になっても初潮がない時を遅発月経、さらに十八歳になっても初潮がない時を原発性無月経といい……」

教師のコメント
保健体育のテストは一時間前に終わりました。



――――――――――――Aクラス教室

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 次の日。とうとう、Aクラスとの一騎討ちの日がやってきた。

 勝負の場所はAクラス。昨日まで置いてあったシステムデスクやソファは教室の隅に退かされており、スクリーンには今日の一騎討ちに出る10人の名前が表示されている。

 Aクラスの生徒とFクラスの生徒は合わせて約100人。うちのボロ教室には入れないし、腐った畳の上で最終決戦とかカッコがつかないのでAクラスということになった。

 そして、Aクラスの生徒とFクラスの生徒が向かい合うようにお互いを睨み合っている。まさしく一触即発だ。

 一方はFクラスなんかに施設を渡すものか、と。

 もう一方はAクラスの設備を奪うんだ、と。

 

「いよいよだね、宗一」

 

 やる気に満ちた明久がそう言う。

 うん、やる気があるのはいいんだけど気になる点がひとつ。

 

「……明久、それ結局取れなかったの?」

「うん……」

 

 左手に卓袱台を装備しながら明久は溜息を吐く。

 一日中、卓袱台を装備して生活していたのだろうか? お風呂とかどうすんの?

 

「宗一、気合入れろ。先鋒はお前なんだからな」

「分かってるよ」

 

 そして約束の10時。凛とした声が響く。

 

「では、両名共に準備は良いですか?」

 

 今回はAクラス担任、高橋先生が立会人だ。知的な眼鏡とびしっと決まったスーツ、まさしく「デキる女」って感じがしてカッコイイ。あと相変わらずいい脚で素晴らしいと思います。

 

「ああ」

「……問題ない」

 

 霧島と雄二が頷きあう。ついにAクラスとの戦いだ。

 

「それでは1人目の方、どうぞ」

「ちょっと待ってください、先生」

 

 いよいよ先鋒戦開始――というところで、木下優子が待ったをかける。

 

「秀吉」

「なんじゃ? 姉上」

「Cクラスの小山さんって知ってる?」

 

 あっ(察し)

 

「はて、誰じゃ?」

「じゃーいいや。その代わり、ちょっとこっちに来てくれる?」

「うん? ワシを廊下に連れ出してどうするんじゃ姉上?」

 

 木下姉はにっこりとした表情を崩さないまま、訳が分からないと言いたそうな秀吉を廊下まで連れ出してしまう。

 でも僕知ってる。女の子のあの笑顔って、滅茶苦茶怒ってる時なんですよね。

 

 

 

 

 

 

『アンタ、Cクラスで何してくれたのかしら? どうしてアタシがCクラスの人達を豚呼ばわりしていることになっているのかしら?』

『あ、姉上っ! ちがっ……! その関節はそっちに曲がらなっ……!』

 

 

 

 

 

 ガラガラガラ

 

 扉を開けて木下が戻ってきた。頬についた誰かの返り血をハンカチで拭いながら。

 

「秀吉は急用ができたから帰るって。さっ、先鋒戦始めましょ?」

「…………(ふるふるふる)」

「宗一、涙目で首を振ってないで早く行ってくるんだ」

 

 雄二の鬼! あれを見たあとで何故戦わせようとするんだ!? いくら自分に関係ないからってあんまりじゃない!?

 

「さあ、始めましょう川上君?」

 

 にっこりと笑う木下。何も知らなければ可憐に見えるその笑顔も今では妖怪の笑顔に見えるから不思議だ。

 

「こ、この勝負棄権――」

「科目の選択権はそっちだ。さあ、決めてくれ」

「無慈悲!?」

「そう――じゃあ、現代国語で勝負しましょう?」

「げ、現国?」

 

 現代国語は僕の得意科目だ。それは当然昨日木下さんも知っていることだ。なら、僕の理系科目はクソだということも知っているはずだ。

 なのに、何故あえて僕の得意科目を?

 何か裏があるんじゃないか――そう考え込んでいると。

 

「勘違いしないでくれるかしら、川上君」

 

 すると、木下が僕を呼ぶ。

 

「あなたが理系科目が不得意だということは知っているわ。本来だったらその弱点を突くべき――けれど、それじゃあダメなのよ」

「……ダメ?」

 

一体何がダメなのだろうか。僕の得意科目じゃないといけない理由?

 

「私達Aクラスは、学園の治安と品格を守る義務があるの。一学期初日から試験召喚戦争をやらかし、何の努力もせずにAクラスに挑んできたバカへの制裁措置――あなた達にとってこの一騎討ちは設備を奪うためのものかもしれないけれど、違うわ。これは、『見せしめ(・・・・)』よ」

 

 こちらを睨みつけながら木下が言う。

 

「なるほど。あえて相手の得意科目で戦って実力の違いを見せつける――見せしめとしては最高だな」

 

 雄二が笑いながら呟く。

 見せしめ……なるほどね。僕達はその生贄か……。

 

「雄二、どういうこと?」

「バカは黙ってろ」

「ひどい!」

 

 話を理解できていなかった明久に雄二が一蹴する。ちょっと黙っててくれないかな。今シリアスな場面なんだから明久にボケられると集中力が切れそうなんだ。

 

「では、両クラス選手、召喚してください」

 

 高橋先生がAクラスの教室に、現代国語の召喚用フィールドを展開する。

 

試喚召喚(サモン)

 

 木下さんが召喚獣を呼び出す。鎧に大きなランスを持った、西洋風の召喚獣だ。

 

試喚召喚(サモン)

 

 続いて、僕も召喚獣を呼び出す。大きな筆と作業着を着た召喚獣……。改めて見ると、戦闘用の召喚獣には見えない。

 そして少し遅れて、召喚獣の点数が表示された。

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   462点

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   389点

 

 

「すごい! 宗一の現国はAクラスより上だよ!」

「ああ、これなら――」

 

 よし。点数なら僕が上だ。さっそく絵を――って!?

 

 

「そうはさせないわよ!」

 

 絵を描こうとした瞬間、木下の召喚獣がランスを突き出しながら一直線に向かってくる!

 しかも――速ぁっ!?

 

「危なっ!」

「逃がさないっ」

 

 間一髪のところでなんとか避けるが、木下の召喚獣は僕の召喚獣と間を開かせないように追ってくる!

 くっ、これだと腕輪を発動させる暇がない!

 

「くっ……離れろぉ!!」

 

 召喚獣に半ば無理やり筆を振らし、大きな壁を描き、出現させる。しかし――

 

「邪魔よ!」

 

 ドカァン!

 

「「「なっ!?」」」

 

 雄二達の驚きの声が漏れる。

 僕も驚いた。いくら動かない絵だからって、そう簡単に壊せるもんじゃないのに!?

 これが300点以上の点数を持つ召喚獣の力だって言うのか!?

 

「小細工は無駄よ!……ほらっ!」

「くっ!」

 

 木下の召喚獣の槍が僕の召喚獣の腕に直撃する。

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   327点

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   389点

 

 

 見ると、僕の召喚獣の100点以上の点数が削られていた。

 腕に当たっただけでこの威力か……!

 

「な、なんで!? 宗一の点数の方が上なのに、どうして押されてるの!?」

「くっ……木下姉の奴、宗一に絵を描かせないために接近戦を仕掛けてきたな。あんな近距離じゃあ宗一が絵を描くことができない。あんな風に間を置かずに攻められれば、腕輪を発動しても絵が描けないから腕輪を発動しても意味がない。ただ無意味に点数を消費するだけになっちまう!」

「そんな!」

 

「Dクラス戦、あなた達の戦いは見させてもらったわ」

 

 僕の召喚獣を追い回しながら、木下が不敵な笑みを浮かべながら言う。

 

「けれど、あなたの召喚獣には致命的な弱点がある。あなたの召喚獣は、絵を描き終えるまで数秒の時間がかかる。なら、その時間を狙って絵を描かせなければいいんでしょう?」

 

 なるほどね……!絵を描けなければ僕の筆自体には大きな攻撃力はない。絵を描けない筆なんてただの棒切れだ。明久の木刀より劣るだろう。もちろん筆を使って殴ればそれなりにダメージが入るかもしれないが、Aクラストップクラスの木下にダメージを入れるのは厳しいだろう。

 

「でも数秒と言っても2、3秒だよ!? そんなわずかな時間を狙うなんて、今まで誰も――!?」

 

 

 明久が叫ぶ。確かに今まではそんなことをしようとする連中いなかった。今までは。

 

「でしょうね。けれど川上君、あなたはこうやって一対一の近接で戦ったことはまだないんでしょう?」

「……正解」

 

 僕の召喚獣は、遠距離、しかも乱戦向きだ。姫路の召喚獣のようなガチガチのゴリ押し接近戦向けではない。

 木下の言う通り、僕の召喚獣が絵を描き、実体化させるまでに僅かな時間がある。このわずかな時間を狙われれば、召喚獣は絵を描くことができない。だから僕が絵を描いている間、タイムラグをフォローしてくれる仲間がいるのが最適なのだ。

 この間のBクラスの連中と戦った時は、相手がうまく連携がなっていないこと、腕輪をすぐに発動して圧倒したからこそできたことだ。

 けど、改めてこうやって一対一で戦って分かった。

 

 木下優子……強い。

 これがAクラスか。

 

「攻撃用の絵を描くには、大きな絵を描かなきゃいけないのよね? なら、その隙を狙ってとどめをさしてあげる!」

「さすがだね木下! 正直侮っていたよ!」

 

 僕の得意科目を選んだのも、僕の召喚獣の弱点を分かっていたからなのだろう。勝算があったからこそ、僕の得意科目を選んできたのだ。

 

 ガキンガキンガキン!

 

 筆を無理やり振って絵を描こうとするが、木下の召喚獣の槍がそれを邪魔する。

 そして槍のリーチが長いせいで、少しずつ点数が削られていく。

 召喚獣の操作も、どこかぎこちないが十分うまい!

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   255点

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   389点

 

 

「褒めてくれてありがとう。このまま降参する?」

「ただで負けるのは嫌だね! でも木下姉の脱ぎたてパンツとかくれるなら考える!(降参するとは言ってない)」

「ほっ、本当に変態ね! この状況でよく言うわ。じゃあそろそろ終わりにしましょう!」

 

 顔を赤らめながら叫び木下。そして木下の召喚獣の槍が突きだされる。 

 けれど彼女は知らない。

 別に僕が描けるのはゴジラや戦車のような大きな絵だけではない。

 小さい絵でも攻撃はできるということを。

 

 

 ドスリ!

 

 

 とうとう、木下の召喚獣が僕の召喚獣の胴体を貫く。

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   72点

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   389点

 

「終わりよ!」

 

 木下の召喚獣がとどめを刺そうと槍を引き抜こうとする。今だ!

 

「まだ何か描くつもり? 今さらそんな――え?」

 

 勝利を確信したであろう木下の、間が抜けた声を出す。

 僕が描いた絵を見たからだ。

 その絵は、ゴジラや戦車のように描くのに数秒もいらない。僕の召喚獣なら一瞬あれば十分だ。

 小さくて、威力があり、攻撃ができる。

 

 それは―――

 

「手榴弾っ!?」

 

 木下の召喚獣の足元に転がる、5個の手榴弾。安全ピンはすでに抜かれている。後は、破裂するだけだ!

 

「芸術は―――爆発だっ!」

 

 教室が一瞬、強い閃光で満たされる。

 

 そして大きな破裂音が鳴り響き――そこには、倒れ伏した僕の召喚獣。

 今の爆発で点数がゼロになったのだろう。至近距離で爆発させたため、操作しようとしてもまったく動かない。

 そして木下は――

 

 

現代国語勝負

 

   Fクラス 川上宗一   DEAD

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   79点

 

 

 

 木下の召喚獣はよろけながらもまだ立ち上がっていた。

 

「くっ……足りなかったか……!」

 

 木下の召喚獣は、戦死していなかった。

 

 

「勝者、Aクラス!」

 

 

「「「うおぉおーーーーっ!」」」

 

 高橋先生が木下の勝利をコールすると、Aクラス生徒達が一斉に喚き立つ。

 

「…………くっ……」

 

 勝ったというのにどこか悔しげな表情の木下が唸る。

 圧倒的な勝利を確信したと思った瞬間の、最後の一撃。あの最後の爆弾は木下のプライドを大きく傷ついたようだ。

 不満げに僕を睨みつけながら、Aクラスの方へ戻っていく。

 一矢報いることはできたけど、先鋒戦はAクラスの勝利。

 僕は溜息を吐いて雄二達の所へ戻った。

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

「ごめん雄二。最後はなんとか引き分けに持ち込みたかったんだけど……」

「気にするな宗一。あの状況でお前は十分よくやった」

「…………奮闘」

 

 珍しく落ち込んでいる宗一をみんなで讃える。確かに、最後は自分が戦死してでも引き分けに持ち込もうとする所はすごかった。

 僕だけじゃなく、あのタイミングでの不意打ちは雄二も予想できなかったらしく、驚いていたのが印象的だ。

 しかし、少し気になることがあったので訊いてみる。

 

「ねえ宗一、本当に木下さんのパンツもらえたら降参するつもりだったの?」

「…………(プイッ)」

「ちゃんとこっちを見てよ!?」

 

 もしかして本気で降参する気だったんじゃないよね? それにしても、あんな戦闘中に堂々と木下さんにパンツを要求するこいつの変態っぷりにはいつも驚かされる。

 

「では、次の方どうぞ」

「私が出ます。科目は物理でお願いします」

 

 Aクラスからは佐藤美穂さん。Fクラスからは、

 

「よし。頼んだぞ、明久」

「え!? 僕!?」

 

 え!? ここで僕の出番!? ここで負けたら後がないのに!

 

「大丈夫だ、俺はお前を信じている」

 

 自信たっぷりの雄二の言葉。

 

「逝ってこい、明久」

「…………逝ってこい」

 

 宗一とムッツリーニも僕に激励をかけてくれる。

 そっか……そういうことなんだね。

 

「ふぅ、やれやれ。僕に本気を出せってこと?」

「ああ、もう隠さなくていいだろう。この場にいる全員にお前の本気を見せてやれ」

 

『おい、吉井って実はすごい奴なのか?』

『イヤ、そんな話は聞いたことないぞ』

『どうせいつものジョークだろ?』

 

 ざわざわとざわめき立つFクラス皆の声。

 

「吉井君、でしたか? あなたまさか……」

 

 対戦相手の佐藤さんが僕を見て何かに気付いたかのように戦く。

 僕は手についた卓袱台に座り込みながら召喚獣を呼び出す。

 

「あれ?気付いた? ご名答。今までの僕は全然本気なんて出しちゃあいない」

 

 腕をまくりながら手首をひねる。簡単な準備体操だ。

 

「それじゃあ、あなたは……」

 

「そう、今まで隠してきたけど、実は僕―――」

 

 

 

 

 

「――――左利きなんだ」

 

 

 

 

物理勝負

 

   Aクラス 佐藤美穂   389点

 

      VS

 

   Fクラス 吉井明久   62点

 

「勝者、Aクラス佐藤美穂!」

 

 卓袱台ごと粉砕され、僕は床に倒れ伏した。

 

「この馬鹿! テストの点数に利き腕は関係ないでしょうが!」

「み、美波! フィードバックで痛んでるから殴るのは勘弁して!」

「よし、勝負はここからだ。本気でいくぞ!」

「康太、頼むよ」

「…………任せろ(グッ)」

「ちょっと待った雄二、宗一、ムッツリーニ! 貴様ら僕を信じてたんじゃないのかよ!?」

 

 

 

 

 

「「「勝つ方に信じてたわけじゃない」」」

 

 

 

 

「お前らに本気の左を使いたぁ―――い!」

 

 

 

 

 

 




Aクラス戦、突入。


そして沖田オルタガチャ、なんとか勝ちました。やったぜ。

感想、評価、お気に入りがどんどん増えて嬉しいです!
これからも読んでいただければ幸いです。

次回はあの子も登場。


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第二十二問 第一次試召大戦 ~童貞の道程~

Side 吉井明久

 

 

「では、中堅戦。三人目の方どうぞ」

「…………(スック)」

 

 ムッツリーニが立ちあがった。科目選択権がここで初めて活きてくる。

 なぜならムッツリーニは総合科目の点数の内、実に80%を保健体育で獲得する変態。文系全般で高得点を取る宗一と違い、保健体育をただひたすら鍛え上げたムッツリスケベっぷりはある意味宗一を凌駕する。

 単発勝負ならAクラスにだって負けはしない。

 

「じゃ、ボクが行こうかな」

 

 Aクラスからは色の薄い髪をショートカットにした、ボーイッシュな女の子が出てきた。誰だろう?

 

「一年の終わりに転入してきた工藤愛子です。よろしくね」

 

 体の凹凸も少なくて、ぱっと見少年のようだ。

 

「教科は何にしますか?」

「…………保健体育」

 

 高橋先生の問いにムッツリーニが答える。唯一にして最強の武器(保健体育)だ。その実力はBクラスでも発揮され、見事に根本君を倒した実績がある。

 

「土屋君だっけ? キミ、保健体育が得意なんだってね?」

 

 工藤さんがムッツリーニに話しかける。なんだろう? 転校生だし、ムッツリーニのことをあまり知らないのかな? 随分余裕に見える。

 

「だけど、ボクもかなり得意なんだよ? それも君と違って……実技でね」

「…………実技? おっ、おっ、おっ……!(ブバァ)」

「ムッツリィーニィー!」

 

 な、なんてひどいことを!? 想像力とスケベ心が人より3倍以上あるムッツリーニにそんなえっちそうな誘惑をしたら、鼻血を噴き出すのは当たり前じゃないか!

 ひょっとしてムッツリーニに鼻血を出させて不戦勝狙いをするつもりなのか!?

 

「よくもムッツリーニに……! なんてひどいことを! 卑怯だぞ!」

 

 倒れそうになったムッツリーニを支えながら、僕は工藤さんを睨みつけている。

 当の本人は楽しそうに笑っているだけだ。これが宗一が話していた『肉食系女子』という奴なのか!?

 

「あはは。それじゃあ君が選手交代する? でも勉強苦手そうだね。保健体育でよかったら、ボクが教えてあげるよ。もちろん――実技でね」

 

「「ブハァッ!?」」

 

 な、なんて恐ろしい女の子だ! 僕とムッツリーニを一撃で沈めるだなんて!

 

「余計なお世話よ! アキには永遠にそんな機会なんて来ないから、保健体育の勉強なんて要らないのよ!」

「そうです! 永遠に必要ありません!」

「……なんでそんな悲しいことを言うの……?」

 

 この二人は実は僕のことが嫌いなのかな?

 

「美波、姫路……さすがにそれは言い過ぎだ」

「宗一……」

「川上君……」

 

 宗一は溜息を吐きながら、姫路さんと美波を止める。

 

「いくらバカでブサイクだって言っても、明久だって童貞を捨てるチャンスはある」

「傷ついた! 僕は今ものすごく傷ついたぁ!」

「大丈夫だ明久(肩ポン)」

「そ、宗一……?」

「バカでブサイクでも大丈夫。お金さえあれば誰だって童貞を捨てられるお店があるんだからね」

「宗一? それって風俗って奴だよね? 僕には恋人ができないって遠まわしに言ってるの?」

「そうすれば童貞から素人童貞に格上げだよ」

「なお悪いわ!」

 

 僕ってそんなに童貞を捨てられない男に見えるのだろうか。

 すると、工藤さんがいたずらっぽく笑いながら宗一の方を見る。

 

「君が川上君だね? 噂は聞いてるよ。すごいエッチに詳しいんだって。僕も得意なんだ……よければ、一緒に保健体育を勉強しない? もちろん実技で」

「ハイ!」

 

 工藤さんのからかいに本気の真剣に答えれるのはこの学園でただ一人、宗一ぐらいだと思う。

 

「あはははっ、元気がいいね! もちろん冗談だけどさっ」

「冗談か……」

 

 からからと楽しそうに笑う工藤さんと、本気でへこんでいる宗一。あれが本気だと思っていたのだろうか。

 

「けれど、せっかくだし保健体育だったらなんでも答えてあげるよ♪」

「じゃあさっそく質問です!」

 

 びしっと腕をまっすぐに突き上げ、真剣な表情で工藤さんを見る宗一。

 一体何を質問する気なのだろう。いくら宗一でも初対面の女の子にそんな変なことは――

 

「うん、何かな?」

 

 

 

 

「セッ〇スはしたことはありますか?」

 

 

 

 

 

 宗一の超弩級のストレートな質問が投げ込まれた。

 

「お前は何を訊いてるんだっ!?」

 

 雄二の当然のツッコミ。

 さすがの工藤さんも宗一の変態っぷりを予想していなかったのかあまりにも直球な質問に冷や汗をかいている。

 

 

「は、ははは……ちょっとその質問は答えられないかな? もうちょっと保健体育の質問を……」

「〇ックスはしたことはありますか?」

「だから保健体育の質問を」

「セック〇はしたことはありますか?」

「質問を……」

「セ〇クスはしたことはありますか?」

「…………」

「宗一、そこまでにしておけ。向こうはもうキャパオーバー寸前だぞ」

 

 さすがに止めるべきだと判断したのか、呆れ顔の雄二が宗一の肩を掴む。

 見ると工藤さんは顔を若干赤らめ、肩をぷるぷる震わせてる。目も若干涙目だ。いくら保健体育が得意だからと言って同級生の男の子にあんな直球のセクハラをされるとは夢にも思うまい。

 

「ほ、他の質問にしてくれないかな~、なんて」

「なら、■■■■■■■はOKですか?×××××は? ▲▲▲▲▲とか[自主規制]とか[閲覧禁止]とかは?」

「………………」

 

 よく初対面の女の子にあんなつぶらな瞳で見ながら■■■■■■■とか×××××なんて聞けるな……本当に宗一は変態紳士だよ。

 その辺のセクハラおやじのセクハラをも凌駕する勢いだ。

 見てよ、工藤さんもうほとんど涙目。

 

「宗一。やめておけ。お前は上級者すぎる。ていうか普通に女子に『■■■■■■■はOKですか?』なんて聞くんじゃねえ」

 

 呆れながら雄二は宗一の頭をチョップする。

 

「いや、だって実技はすごいみたいなこと言ってたじゃん。なんでも訊けって言ったじゃん」

「だからってそんな『あなたの好きな食べ物はなんですか』みたいな気軽なノリで訊くか……?」

 

 気のせいか、ムッツリーニの鼻血の勢いがさっきより強くなっている気がする。×××××とか聞いて想像したのだろうか。

 元から羞恥心が欠けているとは思っていたけど、よくAクラスの女子や姫路さん、美波がいる所でホイホイと下ネタを女子にぶつけれるな……。先生もいるのに。あ、鉄人が指をポキポキ鳴らしてる。あれは後で補習室コースだな……。

 観戦していたAクラスの女子達(無表情な霧島さんも)や、美波も姫路さんも顔を真っ赤にしている。

 

「いや……実技が得意な女の子だったらあれぐらい普通に答えれる。つまり、あれに応えれないってことは……処女ビッチか」

「なぁ!?」

 

 処女ビッチという単語に反応し、沸騰したように顔を真っ赤にする工藤さん。

 

「そそそ、そんなボクが処女だなんてあるわけないじゃん!ボク、ぼぼっ、ボクは保健体育の実技が得意でっ」

 

 さっきまで余裕たっぷりだった工藤さんが慌てふためいて反応する。

 

「じゃあ×××××できる? もしくは誰かとヤッたことある?」

「…………」

「やっぱり処女じゃないか(呆)」

「………………………………うぅ」

 

 とうとう工藤さんは耳まで赤らめ、顔を俯かせて何も言わなくなってしまった。

 肉食系女子も黙らせる宗一のセクハラトーク……なんて恐ろしい。

 それにしても……工藤さんもしたことないんだ……。

 

「(ポッ)」

「何? 明久ってもしかした処女厨?」

「言い方っ!!」

 

 僕の心を読んだのか宗一がそう訊いてきた。

 

「間違えた。明久は初めての女の子のほうがいいの?」

「うぇっ!? そ、そりゃあ僕も初めてだし、どうせなら初めて同士のほうが……ってなにを言わせるんだよっ!」

 

 こいつにはいつか『羞恥心』とか『常識』を殴ってでも覚えさせなければいけないだろう。

 

「吉井君との初めて……(ポッ)」

「アキとの初めて……(ポッ)」

 

「童貞丸出しの考え方だね明久。だから童貞なんだよ」

「別にいいでしょそれぐらい!?」

 

 そりゃ夢を見てると言われても仕方ないけど、それぐらいの妄想ぐらい許して欲しい。しかし宗一は「やれやれまったくこのバカは」と呆れ顔で溜息を吐くと━━━━

 

「いい?明久、教えるけど実はーー(ゴニョゴニョ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー三分後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、処女とかビッチとかどうでもいい……」

 

 

「「「「「何を言われた(んですか)(のよ)っ!!!?」」」」」

 

 

 なんでもないよ……? ちょっと宗一に現実を教え込まれただけで……。

 

 

「宗一! アンタ何を教えたのよ!」

「そうです、川上君! 吉井君に変なことを教え込まないでください!」

「えー」

「えー、じゃないわよ! アキも早く戻ってきなさい!(ボゴォ)」

「げぶっ!? はっ、あれ? ここは?」

 

 今、とんでもないことを教え込まれた気がするが気のせいだろうか。具体的には女の子への理想を砕かれてしまったような……何か大切な物を失ってしまったような。

 

「…………(ムクッ、ドバドバ)」

「ムッツリーニ!?」

 

 顔を鼻血で真っ赤に染めたムッツリーニがよろよろと立ち上がる。

 

「大丈夫……このぐらい」

「大丈夫なの?すごい量の血だけど……」

「…………このぐらい、宗一のエロトークに比べれば……」

 

 ムッツリーニは普段、宗一とどんな会話をしているんだろうか。

 

「では、召喚を開始してください」

「はい……試獣召喚(サモン)

「…………試獣召喚(サモン)

 

 顔を(宗一のセクハラで)真っ赤にさせた工藤さんと顔を(鼻血で)真っ赤にさせたムッツリーニの召喚獣が現れる。

 ムッツリーニはBクラス戦でも見せた小太刀の二刀流。

 一方工藤さんは。

 

「なんだあの巨大な斧は!?」

 

 見るからに破壊力抜群の巨大な斧。おまけに例の腕輪までしている。ヤバイ、明らかに強いぞ!

 

「実践派と理論派、どっちが強いか見せてあげるよ」

「いや、工藤は処女――」

「川上君は黙ってて!」

「ハイ」

 

 宗一の小声を遮るように工藤さんが怒鳴る。

 どうやらかなり宗一に対して頭に来てるらしい。そりゃ、からかってたつもりがいつの間にかセクハラの爆撃を受けさせられたぐらいだしね……。

 

「―――ごほん。実践派と理論派、どっちが強いか見せてあげるよ」

 

 改めて言い直した工藤さんが艶っぽく笑いかけるのと同時に、腕輪を光らせながら召喚獣が動いた。

 巨大な斧に電光を纏わせ、ありえないスピードでムッツリーニの召喚獣に詰め寄る。

 

「それじゃあ、バイバイ。ムッツリーニくん!」

「ムッツリーニ!」

 

 豪腕によって振るわれた斧が、ムッツリーニの召喚獣を両断する――瞬間。

 

「………………加速」

 

 ムッツリーニの腕輪が輝き、彼の召喚獣の姿がぶれた。

 

「…………え?」

 

 工藤さんの戸惑う顔。僕にも状況が分からない。いつの間にかムッツリーニの召喚獣は相手の射程外にいた。

 

「……………加速、終了」

 

 ボソリ、とムッツリーリが呟く。

 一呼吸おいて、工藤さんの召喚獣が全身から血を噴き出して倒れた。

 

 

保健体育勝負

 

   Aクラス 工藤愛子   466点

 

      VS

 

   Fクラス 土屋康太   572点

 

 

 つ、強い! 下手をすると僕の総合科目並の点数だ!

 

「Bクラス戦の時は出来がイマイチだったらしいからな」

「そ、そんな……! この、ボクが……!」

 

 工藤さんが膝を突く。相当ショックみたいだ。

 

『『『………………』』』

 

 しかし、勝負が決着したと言うのに空気が死んでいる。

 その空気の発生源はAクラスの女子達からだった。

 

「おい。宗一」

「何、雄二」

「Aクラスの女子がお前を見ているぞ」

 

 呆れている雄二の言う通り、Aクラスの女子が睨んでいるのは宗一だった。

 

「…………えーっと」

 

 宗一は頭をぽりぽりと掻いて言う。

 

「むらむらしてやった。特に反省はしていない」

 

『ふざけるんじゃないわよ―――!』

『この変態!死ね!』

『女の敵!』

『Fクラスのくせに工藤さんに何言ってるのよ!!』

『くたばれ変態!』

『変態!変態!』

 

 Aクラス女子から宗一に対して一斉のブーイング。そりゃ、あんな公衆の面前でセクハラしたら、女子から反感を買うなんて当たり前だよね。

 

「…………」

「宗一?」

 

 さすがに女子から大ブーイングをくらって反省したのか、宗一は顔を俯かせる。さすがに傷つき――

 

「女子から罵倒されるってのも……これはこれでアリか」

 

 僕の心配を返してほしいと、心の底から思った。

 

 




このバカテスの二次創作を書きはじめてもう少しで一か月。
正直に言いましょう。この小説を書きはじめたのは、ただ工藤さんをセクハラしていじめたいが為に書きはじめた物です。

キャラ崩壊?そうですね。でもこれがしたかったんです。本当にすいません。反省はしません。


なんでもするから評価してください!(なんでもするとは言ってない)


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第二十三問 第一次試召大戦 ~決着編~

Side 川上宗一

 

 

 Aクラスの女子達のブーイングが収まったのは、康太が勝利してから大体十分ぐらいだった。

 どうやら僕が工藤さんをセクハラして泣かしてしまったことになっている。

 どうしてこうなった。僕はただ「なんでも答えてあげるよ♪」って言われたから素直に気になったことを質問しただけなのに。

 それにまだ質問の10分の1も終わってない。もっと質問攻めをさせてほしい。

 

「いや、だからってアレはねえだろ。セクハラで訴えられても文句は言えないレベルだぞ」

「せやかて工藤」

「工藤は俺じゃねえ」

 

 雄二は呆れながらAクラスの方を指差す。指を指した方には、大勢の女子に囲まれて慰められている工藤がいた。

 

『大丈夫工藤さん?』

『気分とか悪くない?』

『あはは……大丈夫、平気だよ』

 

 さすがにもう泣いてはいないみたいだけど、終始苦笑いをしているように見える。

 まあ「実技が得意(自称)」がバレていたたまれない気分になっているのだろう。きっとエッチに詳しい大人の女の子というキャラだったんだ。なにそれかわいい。

 結局処女かどうか明言は取れなかったが、彼女には無限の可能性を感じるのでこれからも頑張って欲しい所だ。ああいう、『経験豊富そうに見えて実は処女でした』って言う感じの女の子、すごくそそるよね。年上の幼馴染のお姉さんとかだとさらにグッジョブ。

 

『やっぱすげえな変態紳士は……』

『すげぇよ変態は……』

『あの工藤にセクハラをやり返すとは、とんでもねえ猛者がいたもんだぜ……』

『マニアック過ぎて後半の言葉はもうほとんど俺には分からなかったぜ……』

『あれが分かったのはムッツリーニくらいじゃないか?』

 

 Aクラスの男子とFクラスの男子はひそひそとそんなことを語り合っている。いつの間に仲良くなったんだ君達。

 

「失礼な。僕はこんなにもKENZENだと言うのに」

「お前は健全の意味を辞書で引いてからこいバカ」

 

 何を言う。現代国語は僕の得意科目だぞ!

 

 

 ポンッ

 

 

 ん? 誰だろう。僕の肩を掴むのは。

 なんだかひどくゴツゴツしていて力が強い。そう、まるで野生のゴリラのような――

 そう思って後ろを振り返ると――

 

 

「ウェルカム」

 

 

 満面の笑みをした鉄人先生が立っていた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

 

 鉄人に殴られて床に倒れ伏している宗一を尻目に、勝負は続く。

 

「では、現在二対一ですね。副将戦、次の方は?」

 

 高橋先生が淡々と勝負を進める。自分のクラスが負けても気にならないのかな?

 

「あ、は、はいっ。私ですっ」

 

 こちらからは当然姫路さんが出る。唯一Fクラスにいながら、Aクラスとまともに戦える人材だ。

 

「それなら僕が相手をしよう」

 

 Aクラスから歩み出たのは――久保利光!

 

「やはり来たか。学年次席」

 

 現れたのは久保利光。姫路さんに次ぐ学年三位の実力の持ち主で、振り分け試験を姫路さんがリタイアした今、彼が次席の座にいる。

 

「……なんか眼鏡をクイッってやってる。眼鏡めっちゃクイッてやってる」

「…………多分、カッコつけたい」

「だよね……。まだ本人は躊躇ってる節があるし、あれは無意識に明久にカッコよく見せたいんだろうなぁ」

 

 ムッツリーニと宗一が何か小声で話し合ってる。何故だろう。お尻の辺りになぜか寒気が……。

 

「ここが正念場だな……いくら姫路でも、学年次席が相手だと不得意科目を突かないと厳しい」

 

 雄二が緊張した面持ちでつぶやく。

 

「では、科目はどうしますか?」

 

 高橋先生が二人に声をかける。次の科目の選択権はこっち――

 

「総合科目でお願いします」

 

 すると、勝手に久保君が答えていた。

 

「そんな勝手に!科目の選択権は僕らが――」

「構いません」

「姫路さん?」

 

 クレームをつけようとする僕を止める姫路さん。大丈夫なのだろうか?

 

「それでは、試合開始」

 

 再び召喚獣のフィールドが展開される。

 そして二人の召喚獣が呼び出され――すぐに決着がついた。

 

 

総合科目勝負

 

   Aクラス 久保利光   3997点

 

      VS

 

   Fクラス 姫路瑞希   4409点

 

 

『マ、マジか!?』

『いつの間にこんな実力を!?』

『この点数、霧島翔子に匹敵するぞ……!』

 

 教室中から驚きの声が上がる。点数差400点オーバー!? 姫路さんが強いのは知ってたけど、これは尋常じゃない!

 

「ぐっ……! 姫路さん、どうやってそんなに強くなったんだ……?」

 

 久保君が悔しそうに姫路さんに尋ねる。

 

「私、このクラスの皆が好きなんです。人の為に一生懸命なみんなのいる、Fクラスが」

「Fクラスが好き?」

「はい。だから、頑張れるんです」

 

「姫路さん――……」

 

 

 

――――――――――――

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

 鉄人先生に殴られてできたたんこぶの痛みがようやく引いた頃。

 

「では、大将戦。最後の一人、どうぞ」

「……はい」

「俺の出番だな」

 

 いよいよ大将戦。5対5の一騎討ちのラストバトル。僕らは今日この日、この瞬間のために戦っていたと言っても過言ではない。

 Aクラスから霧島。そしてうちのクラスからは雄二が前に出る。

 

「教科はどうしますか?」

 

 高橋先生が尋ねる。それを雄二は――

 

「教科は日本史。内容は小学生レベルで百点満点の上限ありだ!」

 

 

 ざわ・・・

        ざわ・・・

 

 雄二の宣言でAクラスがざわざわし始める。

 

『上限ありだって?』

『しかも小学生レベル。満点確実じゃないか』

『注意力と集中力の勝負になるぞ』

 

 雄二の策。『ある問題され出れば勝てる』という、ある種の賭け。

 確率としては高くはない。必勝と呼ぶにはとても難しい。けれど、それはありえない可能性。AクラスとFクラス、学力の差が圧倒的であるのにも関わらず、こうやって対等に戦うことは本来はできない。けれど100%負けるはずの勝負の中に現れた、たったひとつの勝利の可能性。

 

「わかりました。そうなると問題を用意しなくてはいけませんね。対戦者は視聴覚室へ。そちらで最後の勝負を行います」

 

 ノートパソコンを閉じ、高橋先生が教室を出ていく。その後を着いていくように霧島も出ていく。

 

 そんな先生の背中を見送り、明久達が雄二に近付く。

 

「雄二、後は任せたよ!」

 

 明久はグッと雄二の手を握リ固い握手を送る。

 

「ああ。任された」

 

 明久の激励に雄二は力強く握り返す。

 

 そして二人の姿を見た僕は―――

 

「あっ(察し)」

 

 康太も雄二に歩み寄り、ピースサインを向ける。

 

「………(ビッ)」

「お前の力には随分助けられた。感謝している」

「…………(フッ)」

 

 康太は珍しくニヒルに笑い、元の表情に戻った。

 

「坂本君、あの、いろいろお世話になりました……」

「ああ、今回の試召戦争のことか。気にするな、後は頑張れよ」

「はいっ」

 

 そして雄二は僕の方を見てくる。

 

「宗一」

「…………」

「ムッツリーニ同様、お前には助けられた。感謝している」

「…………」

「じゃあな、お前ら。あとでAクラスの教室でな!」

 

 

 雄二は楽しそうに笑いながら、教室から出て行った。

 

 

「…………」

 

 

 けれど僕は―――嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

『では、問題を配ります。制限時間は五十分。満点は100点です。不正行為などは即失格となります。いいですね?』

『……はい』

『分かってるさ』

『では、始めてください』

 

 モニターに映された雄二と霧島さん。今、二人の手に渡った飯田先生の問題用紙が表にされる。

 

「吉井君、いよいよですね……!」

「そうだね。いよいよだね」

「これであの問題がなかったら坂本君は……」

「集中力や注意力に劣る以上、延長戦で負けるだろうね。でも」

「はい、もし出たら―――」

 

 もし出ていたら、僕らの勝ちだ。

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、ディスプレイに問題が映し出される。

 

「…………」

「宗一、どうしたのさ?さっきから黙りこくって」

「そうよ、宗一。あんたもちょっとは坂本に激励を送るべきだったんじゃない?」

 

 さっきからずっと一人用ソファに疲れたように座り込んでいる宗一。雄二の言葉に一言も返さず、暗い表情のままだ。

 

「…………」

 

 しかし、宗一はやっぱり何も話さない。どうしたんだろう。

 まあいいや。今は雄二達のテストの問題だ!

 

 

 

《次の( )に正しい年号を記入しなさい》

 

( )年 平城京に遷都

( )年 平安京に遷都

 

 

 流石は小学生レベル。僕でも分かりそうだ(解けるとは言ってない)。

 

  

( )年 鎌倉幕府設立

( )年 大化の改新

 

 

「あ……!」

 

 出て、いた……。

 

「吉井君っ」

「うん」

「これで私達っ……!」

「うん! これで僕らの卓袱台が」

 

『システムデスクに!』

 

 揃ったFクラスの皆の言葉。

 

「最下層に位置していた僕らの、歴史的な勝利だ!」

 

『うぉぉおおおっ!!』

 

 教室を揺るがすような歓喜の声。しかし、そんな中でも宗一の表情は暗いままだ。

 

「宗一、何をしてるのさ! 僕らは勝ったんだよ! もっと喜びなよ!」

 

 宗一の肩をぱんぱんと叩く。けれど宗一はされるがままだ。

 一体どうしたのだろう?

 

「…………明久」

 

 すると、ようやく反応を返した宗一がぽつりとつぶやく。

 

「どうしたのさ宗一!ついに僕達がAクラスを―――」

 

「…………いいことを教えてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史勝負  限定テスト  100点満点

 

 

Aクラス 霧島翔子  97点

         VS

Fクラス 坂本雄二  53点

 

 

 

 

「さっきの会話は……明らかに、負けフラグだっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Fクラスの卓袱台がミカン箱になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Aクラス戦、決着! ここまで長かった……ようやく一区切りです。
次回、エピローグ。



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最終問題 そして敗者の末路は。

バカテスト 歴史


問題:次の( )に正しい年号を記入しなさい。
『( )年 キリスト教伝来』

 
霧島翔子の答え
『1549年』

教師のコメント
正解。特にコメントはありません。

 

坂本雄二の答え
『雪の降り積もる中、寒さに震えるキミの手を握った1993』
 
教師のコメント
ロマンチックな表現をしても、間違いは間違いです。


Side 川上宗一

 

 

 

「三対二でAクラスの勝利です」

 

 視聴覚室になだれ込んだ僕達Fクラスに対する高橋先生の無慈悲な締めのセリフ。

 

「……雄二、私の勝ち」

 

 見事なまでに敗北フラグを回収し、床に膝をつく雄二に霧島が歩み寄る。

 

「……殺せ」

「良い覚悟だ、殺してやる! 歯を食い縛れ!」

「吉井君、落ち着いてください!」

 

 今回の戦犯である雄二を抹殺せんと飛びかかる明久を羽交い絞めにする姫路。胸の形が明久の背中に当たっていい形に潰れている。

 しかしそんな感触を楽しむ暇もないのか、明久は雄二のトドメを刺そうと必死だった。

 

「だいたい、53点ってなんだよ! 0点なら名前の書き忘れとかも考えられるのに、この点数だと―――」

「いかにも俺の全力だ」

「この阿呆がぁ―――!」

 

 雄二の作戦は完璧だった。本当に完璧だった。Aクラスも倒せるほぼ完璧な戦略だった。

 ……問題は、雄二の学力を計算に入れなかったことだ。

 

「アキ、落ち着きなさい! アンタだったら30点も取れないでしょうが!」

「それについては否定しない!」

「それなら坂本君を責めちゃだめですよ!」

「何故止めるんだ二人とも! この馬鹿には喉笛を引き裂くと言う体罰が必要なのに!」

「それは体罰じゃなくて処刑です!」

 

 美波と姫路が必死に明久を止めようとしている。

 

「……川上」

 

 すると、僕のことに気づいた霧島が話しかけてきた。

 

「テストお疲れ、霧島。いやぁまいったまいった。あと少しだったんだけどなぁ」

「……でも危なかった。雄二が所詮小学校の問題だと油断しなければ負けてた」

 

 霧島の言う通り、今回の件は雄二の慢心が敗北を呼んだ。もし雄二が慢心せず小学生のテストの問題も余裕なぐらい勉強していれば、今回のようなことは起こらなかっただろう。やっぱ勉強って大事なんすね。

 

「「代表!」」

 

 霧島と話していると、視聴覚室の入口から叫び声が響く。見てみるとそこには木下姉と工藤愛子が立っていた。僕の方をキッと睨みつけている。

 

「その男に近付いちゃ駄目よ代表!」

 

 木下姉が叫ぶ。

 

「そんなセクハラの塊みたいな人と一緒に話していたら、妊娠させられちゃうわよ!!?」

 

 人間は喋っているだけで妊娠はしません。これ常識。

 

「……大丈夫。川上はいい人」

「良い人!? アタシと勝負してる最中にパンツを要求するような男が!?」

「そうだよ代表! さっきまで見てたよね!? ボクにセクハラの爆撃をして恥をかかせたんだよ!?」

「「こんな性犯罪者がいい人なわけない(でしょ)(よっ)!!」」

 

 失礼な。性犯罪者扱いされるなんて不名誉甚だしい。誠に遺憾である。

 

「……優子はともかく、そもそも川上になんでも訊いてと言ったのは愛子」

「うぐっ……」

 

 痛い所を突かれたからか、工藤が言葉を詰まらせる。

 

「そうだぞー工藤。純情な男子高校生をからかうからさっきみたいな目に遭うんだぞー」

「キミのどこが純情なのさっ!?」

 

 360度どこからどう見ても純情だよ。純粋にスケベなだけだよ。

 

「だからそれぐらい大目に見てよ処女ビッチ」

「処女ビッチって言うなぁ!」

「……愛子、可愛い。でも川上、愛子をいじめちゃダメ」

 

 霧島に注意されてしまった。まあ、今回はこの辺にしておこう。

 

「覚えておいてよね川上君……!いつかお返ししてあげるんだから……!」

「マジで。楽しみにしておくよ」

「フン! その余裕な態度がいつまでも続けられるとは思わないでよね!」

 

 工藤はそう言ってフンと鼻を鳴らした。またずいぶんと嫌われたなぁ。

 

「それにしても、今回は慢心ってやっぱいけないってことで教訓になったよ」

「……川上、悔しくないの? 何故か楽しそう」

「いやあ、ここまで大どんでん返しだと逆に笑えちゃってさ。オチが綺麗に決まってるし、今までの雄二の言動を思い出してみると笑えちゃってさ……」

「やめろ……」

「『じゃあな、お前ら。あとでAクラスの教室でな!』なんてドヤ顔でサムズアップしてたくせにフッツーに負けてさ」

「ヤメロ……」

「『大化の改新が起きたのは、645年。こんな簡単な問題は明久ですら間違えない。だが、翔子は間違える。これは確実だ。そうしたら俺達の勝ち。晴れてこの教室とおさらばって寸法だ』ってキメ顔で言ってこのザマ。無様。マジうんこだよ。はーつっかえ。うちの代表、ホントまじつっかえ」

「……雄二」

「ヤメロォォォオオ!!」

 

 雄二の叫び声が響く。自信満々に勝利を宣言しておいて負けたんだから、格好がつかないにもほどがある。クソダサい。

 それにしても綺麗な敗北フラグだった。そのフラグを構築してから回収するまでまるでギャグ漫画みたいなオチだった。そのうちこれで小説を書こう。

 

「負け惜しみみたいになるけど、実は今回は勝てなくてよかったとちょっと思ってるんだ」

「……何故?」

「雄二の作戦は確かにすごかった。事実2回も試召戦争を勝ち抜いてAクラスを追い詰めた。でも、勝った後どうするか(・・・・・・・・・)何も教えられてなかったんだ。仮に今回勝ってAクラスと設備が交換できても、その後EクラスかDクラス、最悪Bクラスが攻めてくる。それをどうやってやり過ごすか僕は不安だったんだ」

「……なるほど」

「ところで霧島」

「……何?」

「あれがあるでしょ。約束」

「……もちろん。分かってる」

「じゃあ、さっそく内容を言ってもらいましょうか」

 

 負けた方が、なんでもひとつ言うことを聞く。

 

「…………!(カチャカチャカチャ!)」

「流石はムッツリーニ。準備が早い!僕も何か手伝いを――」

 

 明久と康太はカメラの準備をしているが、僕は何も言わない。

 

「……雄二。約束」

「分かっている。なんでも言え」

 

 潔い雄二の返事。おそらく、霧島が何を命令するのか分かっているのだろう。

 

「……それじゃあ――」

 

 霧島が姫路をちらっと見た後、再び雄二に視線を戻す。

 

 

 

 そして、普段は無表情な彼女にしては珍しく緊張した面持ちで、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雄二、私と付き合って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 明久と康太、そして他のクラスメイト達も霧島の言葉に呆然としている。

 

 

「やっぱりな。お前、まだ諦めてなかったのか」

「……私は諦めない。ずっと、雄二のことが好き」

 

 

「え、え? どういうこと? どうして霧島さんが雄二に交際を迫っているの?」

「霧島が好きなのは女子じゃなくて、雄二だったってだけだよ」

「宗一! 宗一は知ってたの?」

「まあね。散々惚気られたし」

「じゃあ霧島さんが異性に興味がないっていう噂は――」

「一途に雄二を想っていたから」

「姫路さんを見ていたのは――」

「雄二に近い女子を警戒してたからだよ」

 

 電話で『……雄二って姫路のことが好きなの?』とドス声で訊かれた時は少しちびりました。ええ、ちびりましたとも。

 

「拒否権は?」

「……ない。約束だから、今からデートに行く」

「ぐぁっ! 放せぇっ! やっぱりこの約束はなかったことに―――!」

 

 霧島が雄二の首根っこを掴んでずるずると引きずる。

 しかし、僕は二人を通せんぼするように前に立ちふさがる。

 

「霧島」

「……川上」

「宗一! さすがだ、助けてくれるのかっ!」

 

 雄二が心底嬉しそうに声をあげる。

 だがしかし。

 

「よかったね、霧島。これで霧島の夢だった『好きな男の子と映画館に行く』という夢が叶ったじゃないか」

「……うん。イメージトレーニングは川上の漫画で予習した」

「よし。イイゾ。逃げられそうになったらスタンガンを食らわせてやれ」

「……分かった」

「おいお前ら!? 何不穏な会話をしてやがる!? というより宗一お前、翔子が今言っていた『川上の漫画』ってなんだ!?」

「雄二」

 

 引きずられている雄二の肩に手をぽんと置いてあげる。そして、雄二の眼を真っ直ぐ見て、僕は言ってあげた。相手に不快を抱かせないよう微笑みながら。

 

「……霧島翔子は、先週からムッツリ商会の上客だよ。『雄二と私のカップルデイズ』という薄い本をいつも買ってくれるお得意様だ」

「貴様、宗一ィ――――――――!! なんてもんを、よりによって翔子に売ってやがんだぁ―――――!?」

 

 雄二が叫ぶが、僕は聞こえないふりをした。

 そもそも、これは完全に雄二が悪い。これは小学生の頃から霧島の想いを無視し続けたツケであり、『なんでも言うことを聞く』という約束を安請け合いしてしまった雄二の自業自得であり、そしてこれは僕からの仕返しだ。

 53点って。もうちょっと頑張れよ。

 

「まあ大丈夫だよ。霧島はちょっとアレだけどきっと雄二を幸せにしてくれる。気にすんなよ。くよくよすんなよ。大丈夫、どうにかなるって。Don't worry。Be happy」

「爽やかな笑顔で言われても全然安心できねぇ!」

「あ、そうだ霧島」

「……何?」

「はいコレ」

 

 

 ポン ジャラララ ← 手錠を霧島に渡す

 

 

「これ使って」

「……ありがとう、川上はいい人」

「どこに持ってたんだそんなモン!この変態糞野郎がっ、くそ、俺は家に帰―――グボホァ」

 

 手刀が霧島から放たれ、雄二の首元に命中する。

 恐ろしく早い手刀。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 そして一撃で意識を刈り取られた雄二の手首にがっちりと手錠を嵌めた霧島は、雄二の首根っこを掴んでずるずると教室から出て行った。

 

「お幸せに~~~~~」

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 教室にしばしの沈黙が訪れる。僕以外の全員、あまりの出来事に言葉が出ないようだ。

 

「さて、Fクラス諸君。お遊びの時間は終わりだ」

 

 すると、野太い聞き覚えのある男の声が響く。

 教室の入口を見てみると、生活指導の西村先生が立っていた。

 

「あれ? 西村先生、僕らに何か用ですか?」

「ああ、今から我がFクラスに補習についての説明をしようと思ってな」

「え? 我がFクラス?」

「おめでとう。お前らは戦争に負けたおかげで、福原先生から補習授業担当のこの俺に担任が変わるそうだ。これから一年、死に物狂いで勉強できるぞ」

『なにぃ!?』

 

 クラスの男子全員が悲鳴をあげる。

 生徒指導鉄人。

 この人が恐れられているのは持ち前の厳しさもあるが、『鬼』と呼ばれるほどの厳しい授業をすることで有名だからだ。

 特に明久や雄二にとっては天敵だろう。不良素行が目立つ生徒には持ち前の肉体で鉄拳制裁をするのだから。

 

「鉄人先生がうちの担任……適材適所ですね(白目)」

「西村先生だ。喜べ川上。お前も吉井達と一緒にしっかりと教育してやる。お前のその捻じ曲がった性癖をしっかり叩き直してやる」

「いや、先生。実は割と今の性格気に入ってるんです。人からの評価が自分の価値観を変化させやすくなってしまっている今の時代、自分が自分を好きになるっていうのは結構希少で素晴らしいことだと思いません? なので洗脳は勘弁してください」

「人聞きの悪いことを言うな。これは洗脳ではない。立派な教育だ。あと哲学風に語って自分の変態性がまるで問題なくいいことのように話を挿げ替えるな」

 

 教育と言えばなんでもやっていい時代ではないんですよ先生!

 

「それと、さっきのセクハラの言動について、まだ処罰は終わっとらんぞ?」

「ゲェッ!? さっき拳骨したじゃないですか! あれで終わりじゃないんですか!?」

「あの後、Aクラスの女子生徒による『川上宗一を補習室に監禁してほしい』という要望が多くてな」

 

 ちらりと工藤と木下姉の方を見ると、木下姉は「当然よ」と言わんばかりにこっちを睨みつけ、工藤はこっちを見て「あっかんべー」をしていた。しかも二人の後ろにはたくさんの女子生徒がこちらを睨みつけている! おそらくAクラスの女子生徒達だろう。あの野郎! 違う、女郎! 恐らく木下がAクラスの女生徒達を先導して、鉄人に僕を売ったな!? あと工藤、そのあっかんべー可愛いんでモデルにさせてください!

 

「いいか。確かにお前らはよくやった。Fクラスがここまでくるとは俺も正直思わなかった。でもな、いくら『学力が全てではない』と言っても、人生を渡っていく上では強力な武器の一つなんだ。全てではないからと言って、ないがしろにしていいものじゃない」

 

 先生のありがたいお説教。正論でかっこよくて、僕が女だったら惚れてるまであるんだけど、せっかくの放課後という名の自由を潰すのは勘弁してくれませんかね。

 

「吉井。お前と坂本、そして川上は特に念入りに監視してやる。なにせ、開校以来初の『観察処分者』とA級戦犯、そして変態だからな」

 

 先生、変態呼ばわりされるとちょっと悲しいです。

 

「そうはいきませんよ! なんとしても監視の目をかいくぐって今まで通りの楽しい学園生活を過ごしてみせます!」

「……お前には悔い改めるという発想はないのか」

 

 ため息交じりのセリフ。明久らしいが、鉄人先生が担任となった今、今まで通りとはいかないだろう。

 

「とりあえず明日から授業とは別に補習の時間を二時間設けてやろう」

 

 地味にきつくてつらい提案が!嫌だ!それだけは嫌だ!

 

「先生、明日から急に体調がアレがアレしてアレするんで補習は欠席していいですか?」

「腹痛か? 大丈夫、気のせいだ」

 

 何その根性論!?

 おのれ、どうやってサボれば……そんなことを考えていると。

 

 

 

「さぁ~て、アキ。補習は明日からみたいだし、今日は約束通りクレープでも食べに行きましょうか?」

「え? 美波、それって週末って話じゃ……」

「ダ、ダメです! 吉井君は私と映画を観に行くんです!」

「ええっ!? 姫路さん、それは話題にすら上がってないよ!?」

「ほら、早くクレープを食べに行くわよ!」

「わ、私と映画に行くんですよね!」

「いやぁぁっ! 生活費が! 僕の栄養がぁっ!」

 

 

 明久がさっきの雄二のように、美波と姫路にずりずりと連行されていった。

 

 

「………………先生。僕も映画……デッドプール2観に行かなきゃ」

「お前は補習室だ。さっきの工藤へのセクハラ、たっぷり指導してやる。まずは反省文20枚」

 

 反省文20枚……20枚かぁ。放課後だけで書けるかなぁ。

 

「川上君! 私へのセクハラの件、たっぷり西村先生に指導してもらいなさい!」

「そうだよ川上君! ボクを辱めた罰として観念して……って、あっ!?」

 

 

 ダッ

 

 

「こらぁ! 逃げるな川上ィ!!」

「待ちなさい、川上君! 諦めて捕まりなさい!!」

「逃げようとしてもそうはいかないんだからっ!!」

『そうよ変態!待ちなさい!』

『あんたみたいな性犯罪者は学園の平和の為に補習室に監禁されるべきなのよっ!!』

『だから大人しくしなさぁい!!』

 

 

 後ろを振り返ると、西村先生、木下姉、工藤、そしておそらくAクラスの女子総勢20名以上が僕を追いかけてきていた。恐い!リアル鬼ごっこ恐過ぎぃ! 佐藤君の気分ってこんな感じだったんですね!?

 それか、100人の素人男性に追いかけられて捕まると×××されるシリーズ。

 

「助けてー!犯されるー!Aクラスの女子生徒達に集団逆レ〇プされるー!!」

 

『『『何を言っているのよこの変態!!!?』』』

 

 背後から女の子達による罵声。おおう、今背中がぞくぞくした。

 

「川上ィ!この期に及んでまだそんなことを言うとはよっぽど補習を受けたいようだな! 覚悟しろ!」

「できません!つい出来心で!勘弁してください!」

 

『先生、早く捕まえてください!』

『あの男を補習室に!』

『いえ、それだけじゃダメよ! 捕まえて動物病院に!』

『そしてパイプカットをするのよ!』

 

 何やら恐ろしい提案が聞こえる!

 

 

「いやだぁ――――!パイプカットだけは嫌だぁ――――!」

 

 

 ダッシュで鉄人達から逃げながら、僕は叫ぶ。

 こうして、捕まるまで僕は廊下を走り続けた。

 

 

 

 




これにて第一次試験召喚大戦、原作一巻は終了です。
最後は駆け足で書き上げてしまいましたが、いかがだったでしょうか?

感想などお待ちしておりますので、よろしくお願いします。

次回からは、1、2話ほど幕間として短編を投稿し、その後原作二巻の清涼祭編を書いていこうと思います。


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バカテストっ! 問題と珍解答集 その1

バカテスト

 

【第一問】

 

 

 

国語

 

問 以下の意味を持つことわざを答えなさい。

『(1)得意なことでも失敗してしまうこと』

『(2)悪いことがあった上に更に悪いことが起きる喩え』

 

 

姫路瑞希の答え

 

『(1)弘法も筆の誤り』

『(2)泣きっ面に蜂』

 

教師のコメント

正解です。他にも(1)なら『河童の川流れ』や『猿も木から落ちる』、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や『弱り目に祟り目』などがありますね。

 

 

川上宗一の答え

 

『(1)釈迦も経の読み違い」

『(2)一難去ってまた一難』

 

教師のコメント

これも正解です。川上君は現代国語は完璧ですね。先生は「釈迦も経の読み違い」は思いつきませんでした。ばっちりです。

 

 

土屋康太の答え

 

『(1)弘法の川流れ』

 

教師のコメント

シュールな光景ですね

 

 

吉井明久の答え

 

『(2)泣きっ面蹴ったり』

 

教師のコメント

君は鬼ですか。

 

 

 

 

 

【第二問】

 

 

 

国語

 

問 次の作品の空欄を埋めなさい。また、この作品の著者も答えなさい。

『(1)メロスは(  )した』

『(2)著者 (   )』

 

 

川上宗一の答え

 

『(1)メロスは( 激怒 )した』

『(2) 著者 ( 太宰治 )』

 

教師のコメント

正解です。有名な太宰治の作品『走れメロス』の冒頭の文章ですね。

 

 

土屋康太の答え

 

『(1)メロスは( 爆発 )した』

 

教師のコメント

1行目で作品が終わってしまいました。

 

 

吉井明久の答え

 

『(2)著者 ( サンプラザ中野 )』

 

教師のコメント

それは「Runner」を歌った人ですね。私も好きですが、×です。

 

 

 

 

 

【第三問】

 

 

 

 

数学

 

問 以下の問いに答えなさい。

 

(1)4sinX+3cos3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つ答えなさい。

(2)sin(A+B)と等しい式を示すのは次の内どれか、①~④の中から選びなさい。

①sinA+cosB ②sinA-cosB

③sinAcosB ④sinAcosB+cosAsinB

 

 

姫路瑞希の答え

(1) X=π/6

(2) ④

 

教師のコメント

そうですね。角度を『゜』ではなく『π』で書いてありますし、完璧です。

 

 

土屋康太の答え

(1) X=およそ3

 

教師のコメント

およそをつけて誤魔化したい気持ちもわかりますが、これでは解答に近くても点数は上げられません。

 

 

吉井明久の答え

(2) およそ3

 

教師のコメント

先生は今まで沢山の生徒を見てきましたが、選択問題でおよそをつける生徒は君が初めてです。

 

 

川上宗一の答え

(1) X=おっぱい

(2) ④

 

教師のコメント

(2)は合ってますが、(1)の答えに腹が立ったので両方とも×です。『π』を『おっぱい』と小学生のような連想はやめましょう。

 

 

 

 

 

【第四問】

 

 

 

 

物理

 

 

問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。

「光は波であって、(  )である」

 

姫路瑞希の答え

「粒子」

 

教師のコメント

正解です。

 

土屋康太の答え

「寄せては返すの」

 

教師のコメント

君の解答はいつも先生の度肝を抜きます。

 

吉井明久の答え

「勇者の武器」

 

教師のコメント

先生もRPGは好きです。

 

川上宗一の答え

「――この答えは削除されました――」

 

教師のコメント

答えが分からないからと言って滅茶苦茶な下ネタを書くのはやめましょう。

 

 

 

 

 

【第五問】

 

 

 

 

数学

 

問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。

「円周率をギリシア文字で表すと、(  )である」

 

島田美波の答え

「π」

 

教師のコメント

正解です。島田さんも大分日本語に慣れてきたんでしょうか? 数式だけでなくこう言った問題も解けるようになってもらえて先生は嬉しく思います。

 

土屋康太の答え

「元」

 

教師のコメント

ギリシア文字以前にそれが漢字であることを思い出してほしかったです。

 

川上宗一の答え

「PAI」

 

教師のコメント

それはローマ字です。君が言うとどうしてか下ネタのように感じてしまいます。

 

吉井明久の答え

「Enshuritu」

 

教師のコメント

エンシュゥリトゥ。

 

 

 

 

 

 

【第六問】

 

 

 

 

生物

 

問 以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。

「精子が卵の中に入り、精子の核と卵の核が合体することを( )と言う」

 

坂本雄二の答え

「受精」

 

教師のコメント

正解です。

 

土屋康太・川上宗一の答え

「受精」

 

教師のコメント

君達は何故かこういう問題だけはきっちりと答えれますね。

その努力をもう少し別の科目へと向けて欲しいです。

 

吉井明久の答え

「受精」

 

教師のコメント

吉井君が問題に正解してくれたのはとても嬉しいですが、彼らの影響ではないということを切に願います。

 

 

 

 

 

 

【第七問】

 

 

 

 

 

英語

 

問 次の英文を和訳しなさい。

[ Where are you looking at? ]

 

姫路瑞樹の答え

[ あなたはどこを見ているんですか? ]

 

教師のコメント

正解です。さすがに中学生レベルの問題は姫路さんにとっては簡単だったでしょうか?

 

土屋康太の答え

[ どこを見つけてんのよ! ]

 

教師のコメント

微妙に間違ってますね。それにしてもどうして強気な女性の口調なんですか。

 

川上宗一の答え

[ どこ見てんのよ! ]

 

教師のコメント

青木さ〇かさんですか。

 

 

 

 

 

 

【第八問】

 

 

 

 

保健体育

 

問 以下の問いに答えなさい。

「女性は( )を迎えることで第二次性徴期になり、特有の体つきになり始める」

 

 

姫路瑞希の答え

「初潮」

 

教師のコメント

正解です。

 

 

吉井明久の答え

「明日」

 

 

教師のコメント

随分と急な話ですね。

 

 

川上宗一の答え

「初夜」

 

教師のコメント

第二次性徴期の前の子に、その行いは犯罪です。

 

 

土屋康太の答え

「初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は体重と密接な関係があり、体重が43㎏に達する頃に初潮を見るものが多いため、その訪れる年齢には個人差がある。日本では平均十二歳。また、体重の他にも初潮年齢は人種、気候、社会的環境、栄養状態などに影響される」

 

教師のコメント

詳しすぎです。

 

 

 

 

 

 

【第九問】

 

 

 

 

生物

 

問 以下の問いに答えなさい。

「人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい」

 

姫路瑞希の答え

「①脂質 ②炭水化物 ③タンパク質 ④ビタミン ⑤ミネラル」

 

教師のコメント

さすがは姫路さん。優秀ですね。

 

 

吉井明久の答え

「①砂糖 ②塩 ③水道水 ④雨水 ⑤湧き水」

 

教師のコメント

それで生きていけるのは君だけです。

 

 

川上宗一の答え

「①金 ②暴力 ③セッ〇ス」

 

教師のコメント

あとで職員室に来るように。

 

 

 土屋康太の答え

「初潮年齢が十歳未満の時は早発月経という。また、十五歳になっても初潮がない時を遅発月経、さらに十八歳になっても初潮がない時を原発性無月経といい……」

 

教師のコメント

保健体育のテストは一時間前に終わりました。

 

 

 

 

 

 

【最終問題】

 

 

 

 

 

バカテスト 歴史

 

 

問題:次の( )に正しい年号を記入しなさい。

『( )年 キリスト教伝来』

 

 

霧島翔子の答え

『1549年』

 

教師のコメント

正解。特にコメントはありません。

 

 

 

坂本雄二の答え

『雪の降り積もる中、寒さに震えるキミの手を握った1993』

 

教師のコメント

ロマンチックな表現をしても、間違いは間違いです。



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幕間 バカ達の日常 その1
バカはつらいよ 前


 無限に広がる大宇宙(意味不明)。

 ここ文月学園は、受験戦争を勝ち抜くために作られた進学校。

 いわば成績を武器に戦う、学力戦士の養成所である。

 僕らはクラスの威信にかけ、得意科目を駆使して戦い、敵クラスの戦略的施設を攻略する。

 力在る者は栄冠を勝ち取り、賞賛と優雅な学校生活を得――

 力及ばぬ者は無残に散り行き、凄惨なる地獄での生活を強いられる。

 これは、過酷な運命に立ち向かう、学力戦士達の物語である。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 僕らがAクラスとの試験召喚戦争に敗れ、卓袱台がミカン箱になって次の日。

 昨日は、雄二と明久は映画館でデート、しかし僕は補習室で鉄人とデートという、なんだこの格差はとどこかに訴えたくなるような最低の放課後だった。

 僕だってデッドプール2観たかったのに。ちなみにパイプカットは必死に土下座をすることで許してもらいました、まる。

 

「…………自業自得」

 

 朝、登校中に偶然出くわした康太にそんな愚痴を言ったら、呆れ顔で言われた。

 

「なんだよなんだよ。康太だって工藤の誘惑に釣られて鼻血を出していたじゃないか」

「…………誘惑に釣られてなんかいない」

 

 ぶんぶんと首を振る康太。相変わら説得力がない。

 

「でもひどいよなぁ。工藤と木下が怒るんだったらまだ分かるけど、なんでAクラス女子全員に追いかけられるのか、これが分からない」

 

 Aクラスとの一騎討ちの最中、工藤が僕に「保健体育の質問だったらなんでもしていいよ☆」なんて言うから、僕は素直に訊いただけなのに。

 なんか僕悪いことした?

 

「…………あえて言うなら、女子にとって、宗一の存在自体が罪」

 

 ひどい。

 しかしまあ、今さら女子に嫌われるなんて慣れっこである。

 小学生から嫌われ続けた元ぼっちを舐めないでほしい。他人の評価なんていちいち気にしてれば肩が凝って仕方がないだけだ。

 

「よお、宗一、ムッツリーニ」

「ん、雄二じゃないか」

 

 文月学園の校門に入ると、偶然雄二と出くわした。あまり登校時間は被らないのに、珍しいこともあるもんだ。

 

「おはよう、雄二。昨日はぐぉぉおおお!!? 何雄二!? なんでいきなり朝から僕はアイアンクローをされてるのおぉぉおお!!?」

 

 痛い! こめかみが! こめかみが割れるように痛いぃぃいいい!!

 

「ほう……? 覚えてねえのか……? お前が翔子に売った漫画とやらのせいで、俺がどんな目に遭ったか知らねえと言うのかぁ……?」

 

 震え声で雄二が言う。その声には怨念やら怒りやら、あらゆる負の感情が込められており、どうやら激おこのようだということが分かった。

 

「…………何があった」

「ムッツリーニ。こいつの描いた漫画で、『雄二と私のカップルデイズ』というタイトルの同人誌を知っているか」

「…………(コクリ)」

 

 ムッツリーニがPONと思い出したように手を叩く。

 

「…………確かヒロインが、主人公を拉致監禁して一生世話をすると言う話」

 

『食事から排泄まで』をモットーにヤンデレ系のヒロインが幼馴染である主人公をお世話する同人誌だ。ネタ自体は一年前の物で、書き上げたのはつい最近。1年生の時、ネームを康太に見せたが『……マニアック過ぎ、そしてやりすぎ』と言われてボツにされたネームだからだ。そのネタをリサイクルして、霧島に売ったのである。

 

「HAHAHA。何言ってるのさ雄二。あれは二次元の話で、それを本気で実行する奴があぁああああ!!! ピキって言ったぁ! 今ピキって頭蓋骨から鳴っちゃいけない音がアァアあ――――!!」

「あの後映画館で翔子にずっと捕まってた後、あいつの家に連れてかれ……その後に何があったか……お前に分かるのか……?」

 

 口では言えないような何かをされたのだろうか。少し気になる。

 

「うぐぅ……こめかみが……」

「…………宗一はR-18(G)も描く。俺も全部を知ってるわけじゃない」

 

 ムッツリ商会で写真や創作物を販売している僕と康太だが、実はお互いが普段どんな物を作っているのか、全てを知っているわけじゃない。隠しているのではなく、単純に量が多すぎて把握しきれていないのだ。

 実際、僕は康太がどこに隠しカメラを仕込んでいるのか知らないし、康太は僕がどんな小説や漫画を描いているのか、すべてを知っているわけじゃない。たまに評価が欲しくて読ませることはあるのだが。

 

「ったく、お前が何を描こうがお前の自由だが、もうちょっとマシな内容を描け!人に迷惑をかけないような物をな!」

「いいじゃないか別に! 雄二の命に危機があるわけでも―――」

 

 ポンッ

 

「宗一……お前は俺に命の危険がないとでも思っているのか?」

「…………」

 

 僕の肩に手を置きながら、真剣に、そして諭すように言う雄二。

 その言葉から頭によぎるのは霧島翔子。長年の片思いをかなえるべく、その為なら割と手段を選ばない子。

 どうしてか、学年主席で一番美人なはずなのに、スタンガンと手錠を持つ姿が思い浮かぶ。そしてそれがなぜかよく似合っていた。

 

「…………ごめん」

「…………いいんだ」

 

 僕が謝り、雄二はそれを許した。

 今度はもうちょっと純愛物を描こうと思いました、まる。

 

 

 

―――――――――――Fクラス

 

 

 

「よぉ、明久。珍しく早いじゃないか」

「おはよう、明久」

「…………おはよう」

「雄二、宗一、ムッツリーニ」

 

 教室に入ると、僕らより先に登校していた明久がいた。朝から何も食べていないのか、少し顔色が悪いように見える。……そういえばこいつ、昨日は二人の女の子とデートしてたんだよな……。くっ、羨ましい。

 

「昨日はどうだった?」

 

 雄二も気になったのか、昨日についてさっそくと言わんばかりに尋ねた。

 

「今月の食費が一瞬にして映画の闇の中に消えた……」

 

 溜息を吐きながら悲しそうに言う明久。映画って学割で千円だろ? そこにポップコーンとか飲み物を付け足しても二千円も行かないはずだ。

 

「ひょっとして、二人に奢ったのか?」

 

 驚いたように雄二が言うと、明久は目から大量の塩水を流し始めていた。

 

「…………(ドバドバ)」

「その反応を見るからに、雄二の言う通りみたいだね……」

「…………哀れ」

 

 涙を流す明久。いくら学割とは言え3人分の映画代は普通の学生には辛いだろう。万年金欠の明久には尚更。素直に金がないと言えばいいのに……でも、自分の命の危機を感じながら食費を削ってもなお、漢の甲斐性を見せつけた明久は賞賛に値するかもしれない。

 

「宗一は?」

「あの後Aクラス女子に捕まって一通り罵声とビンタを喰らった後、鉄人と補習デート……反省文20枚と鉄拳指導は地味に辛かった……」

 

 エロ小説を書くのなら20枚なんてぱぱぱっと書けるのにね。こういうのになると途端に筆が止まるよね。不思議だよね。

 

「Oh……雄二は?」

「目が覚めたら……繋がれた牛が殺されるシーンだった……」

「えっ」

 

 それ、地獄の黙示録(完全版)のワンシーンじゃなかったっけ? 確か3時間23分ある奴。

 

「隙を見て逃げ出そうとしたら、また電気ショックを喰らって気を失い……目が覚めたらまた牛が」

 

 しかも二回観たのか。

 

「また逃げようとしたらまた気を失って……永遠に牛を殺すシーンで目覚め続けるんじゃないかと強迫観念に襲われて……逃げられなくなった……!」

 

 霧島さん、確かに「逃げようとしたらスタンガンを食らわせてやれ」と言ったけど、本当にやるとは思わなんだ。

 

「永遠に映画の最初は観られないんだね……」

 

 明久がそうつぶやくと、どこからか、「ぐぐぅ~……」という音が響く。

 音の音源を視てみると、明久のお腹の音のようだった。よほど空腹なのだろう。

 

「はぁ……そんなことより次の仕送りまでどうやって生きよう?」

「あのゲームの山を売ればいいじゃないか」

 

 雄二が「何を言ってるんだこの馬鹿は」と呆れながらそう言った。雄二の言う通り、明久の家には大量のゲームがある。中古販売は安くなってしまうとはいえ、あれぐらいの量のゲームを売れば3ヵ月は持つだろう。

 

「なんてこと言うんだ!何物にも代えがたい、優秀な作品の数々を、食べ物なんかに換えられるわけないじゃないか!」

「自業自得って言葉、知ってるか?」

「雄二はまだ余裕があるからそんなことが言えるんだよ!僕なんか命に関わるんだよ!?」

 

 ポンッ

 

「明久……お前は俺に命の危険がないとでも思っているのか?」

「…………」

 

 明久の肩に手を置きながら、真剣に、そして諭すように言う雄二。

 その言葉から頭によぎるのは霧島翔子。長年の片思いをかなえるべく、その為なら割と手段を選ばない子。

 どうしてか、学年主席で一番美人なはずなのに、スタンガンと手錠を持つ姿が思い浮かぶ。そしてそれがなぜかよく似合っていた。

 

「…………ごめん」

「…………いいんだ」

 

 明久が謝り、雄二はそれを許した。

 

「…………康太」

「…………」

「……なんていうかさ……男って……辛いな」

「…………(肩ポン)」

 

 どうしてか、涙が溢れて止まりません。

 もうちょっと幸せになりたいと思いました、まる。

 

 

 

 

 




Aクラス戦の次の日の話でした。
アニメ版を視聴済みニキならお察しの通り、3話の辺りのお話ですね。
次回もアニメ版3話を少しいじって投稿したら、清涼祭編に入りたいと思います。


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バカはつらいよ 中

Side 吉井明久

 

 

 鉄人が担任になったことでFクラスの授業の厳しさは倍以上になった。もし居眠りをしたり、板書をせずにだらけていると、鬼の鉄人こと西村先生が人間離れした察知力で「吉井、居眠りとは余裕があるな、この問題を解いてみろ」と問題を投げかけてくるからだ。しかも不正解だと鉄拳制裁。ただでさえ僕らは眼を付けられているのに、授業中もずっと鉄人から監視され続けるという牢獄のような環境になってしまった。

 

「はあ、これじゃあ毎日が鬼の補習になるような物じゃないか」

「そうじゃのう。どうにかできんじゃろうか」

「イヤならサボればいいじゃん。ほら、玄関で靴を履いて、何も知らない顔して家に帰れば授業は受けずに済むよ」

「宗一。分かってて言ってるよね? もし鉄人の授業をサボればどうなるか」

「もしそれをすれば、授業ではなく補習を受けるハメになるのぉ」

 

 昼休み。

 屋上で午前中の授業の疲れを吐き出しながら、僕らは愚痴っている。

 宗一はどこから持ってきたのか、アコギのギターをいじっていた。弦を弾く音が響いている。

 チューニングをしている、と宗一は言ってたけど、なんだろう。ガムでも噛むのかな?

 それにしても、真剣に弦を弾きながらつまみをいじっている宗一は、男の僕から見てもカッコよく見えた。普段マヌケでスケベな宗一からは想像できない姿だ。僕は音楽についてはよく分からないけれど、宗一がギターをただいじっているだけでかなり様になっているのが分かる。やっぱり宗一って楽器が得意なんだなぁ。

 

「………鉄人から逃げるのは困難」

「そうだ、もう一度試召戦争をして勝てば……」

「それは無理だ明久。試召戦争で負けたクラスは三か月間、宣戦布告ができないルールを忘れたのか?」

「そうだった……ああ、どうしてこんなことにぃ」

「雄二が負けたのが悪いんでしょ」

 

 宗一が溜息を吐きながらそう言う。

 

「三ヵ月って言ったら、今はもう4月の中盤に差し掛かった所だから解禁されるのは期末テストの頃。その時期になると、期末テスト勉強の追い込みだしね。今はCクラスとうちのFクラスは宣戦布告ができない状態だけど、その時期じゃ余所に戦争する暇なんてないよ。そのあとはすぐに夏休みも入るから本格的に攻めれるのは9月になるんじゃない? まさか夏休み中に他のクラスと試験召喚戦争をするわけにはいかないし」

「それじゃあ、9月までこの環境で過ごせってこと?」

「夏休み中もFクラスは補習とかあるだろうから、そういうことになるね」

「おのれ雄二! やはり貴様は、負けた責任として切腹をするべきじゃないか!」

「皆が力を合わせた結果に文句を言うなんて無粋な奴だ」

「雄二が一人で負けたんだろ!」

 

 詫び入る様子さえ見せない雄二。やはりこいつはここで抹殺しておくべきか……!

 

「けれど、明久の言う通り、実際問題このまま次の試験召喚戦争までミカン箱は辛いなぁ」

「そうじゃのう。鉄人はまだいいとしても、今の設備のままでは体に厳しいの。演劇部の稽古も放課後にあるというのに、正座を1日以上するのは辛いのじゃ」

「分かる。ござとミカン箱て。座椅子とまでは言わなくても座布団ぐらい使わせてくれればなぁ」

 

 宗一と秀吉がはぁ、と重い溜息を吐いた。

 二人は道は違えど同じ芸術家。授業は二の次で本来は自分がやりたい趣味や部活に時間と体力を注ぎ込みたいというのが二人の望みなのだろう。授業で必要以上に体力を奪われるというのは二人としては避けたいはずだ。

 

「ん―――――――。机と椅子―――どうやって揃え―――……あ、そうだ、雄二」

「なんだ、宗一」

 

 何かを思いついたのか、宗一はPONと手を叩く。

 

「今度やる清涼祭でなんとか設備を変えることはできない?」

「清涼祭で?」

 

 宗一がそう提案を切りだした。

 清涼祭というのは、5月頃に文月学園で行われる文化祭だ。新学期最初の行事でもあり、二年生にとって目玉イベントのひとつでもある。うちの学校は試験召喚戦争を取り入れた最先端の学校だから、かなりの一般客が入ってくる。去年参加した時なんて、すごい入場者数で大盛り上がりだったのを覚えている。

 

「なんか店開いてさ。売り上げを設備に使えば、机と椅子ぐらいはなんとかなるんじゃない?」

「――なるほど。そういう手段もあったな」

 

 雄二は納得したように言う。なるほど、そう言う手もあったか!

 

「そっか! 設備を良くするのは、なにも試験召喚戦争の設備交換だけじゃないんだ!」

「それは名案かもしれんのぉ宗一」

「だな。確かに、売上をどう使うかは各クラスに一任されているから、机と椅子を買ったって教師にも文句は言われねえだろう」

「ならやろう、雄二! 清涼祭で、お店を開いて、売り上げをたくさん取って机と椅子を――」

「だが却下だ」

「落ち着くのじゃ明久! そのハンマーを下すのじゃ!」

「放してよ秀吉! 僕はこのバカの頭をカチ割ってやらないと気が済まないんだ!」

 

 殺さなきゃ!こいつはFクラスにとって害でしかない!今すぐこいつの頭蓋骨を叩き割らなければ!

 

「どうしてさ雄二。現段階で設備をランクアップできる唯一のチャンスなのに。却下する理由は?」

「単純に、俺の興味がないからだ。宗一はやりたいのか? 学園祭の店の仕切り」

「……そう言われるとやりたくはないね」

「だろ?」

 

 納得する宗一に雄二はそう言うと、あくびを一つ洩らした。

 

「なあに。3ヵ月、5か月なんてあっという間だ。それまでに次の試験召喚戦争で勝つ作戦を考えておくさ」

 

 どうやら雄二は、試験召喚戦争にしか興味はないようだ。これじゃあ、Fクラスの設備をよくすることが……。

 

「でも清涼祭、3週間後なんだけど」

 

 宗一はじと目で雄二に言う。

 

「ま、どうにかなるだろ」

 

 雑! 雑だよ雄二。仮にも代表なのに、それでいいの?

 

「はぁ。まあいいけど……いざとなれば最終兵器霧島もいるし

「何か言ったか?」

「いや、何も」

「……まあいい。ところで明久、お前はいいのか?」

「え? 何が?」

「明久よ、お主何か忘れておらぬか?」

 

 雄二と秀吉が言うが、何のことだろう?

 僕が頭を捻って思い出そうとすると――

 

「あ、ここにいたんですね?」

「あ。いたいたアキ!」

 

 屋上の扉が開く音と共に、二人の聞き覚えのある女子の声が響く。見てみると、むさい男だらけのFクラスの清涼剤である女子がいた。

 一人は姫路さん。優しく、髪が長く、大きな胸と綺麗な笑顔は僕には眩しい。

 もう一人は島田さん、もとい美波。気の強そうな目とポニーテールが特徴の女の子。

 

「ねぇ、週末の待ち合わせ、どうする?」

「待ち――合わせ?」

「忘れたとは言わせないわよ! クレープ奢ってくれる約束でしょ!」

「え!?」

 

 昨日奢ったのに!? また奢らせる気なの!? ていうかその約束って――

 

「その約束って、昨日ので終わりじゃないの!?」

 

 さかのぼること数日前。Bクラス戦で根本君を倒した時、僕は宗一の卑劣な罠によって、美波と映画館に行くことを約束させられてしまったのだ。

 でも昨日行ったのに何故!?

 

「昨日は昨日!約束は約束!」

 

 理不尽な!これ以上の支出は僕の食費が―――!

 

「私もご一緒してよろしいですか?」

「えっ!? 姫路さんも!?」

 

 姫路さんが恥ずかしげに、頬を赤く染めながら言う。

 

「実は、川上君にある映画をオススメされたんです。『このラブストーリーの映画、なかなか感動物で明久と観に行けばきっと楽しめると思うよ』ってオススメされて――」

「宗一! また貴様の―――ハッ、いない!?」

 

 いつの間に逃げたんだ!? おのれ、スケベの癖に異常に危機察知能力が高い!

 

「だから、私もご一緒に――いいですか?」

 

 僕は助けを求めて雄二と秀吉の方を観た。

 頼む二人とも、僕を助けて! 二回も二人に映画とクレープを奢らされれば、今度こそ僕は餓死してしまう!

 そう二人にアイコンタクトを送るが――

 

 

『『諦めろ』』

 

 

 返って来たのは、事実上の死刑宣告だった。

 

 

「僕の―――食費がっ!」

 

 

 

 




ちょっと中途半端の長さになったので、前半、中盤、後半に分けました。


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バカはつらいよ 後

Side 川上宗一

 

 

 

「男とは……無力だっ……!」

「何してんの……?」

 

 次の日の土曜日。明久、姫路、美波の3人組と、霧島(主)と雄二(奴)に出くわした。

 

「何。中世の奴隷ごっこ? それとも新手のSMプレイ? 雄二にそんな趣味があったとは知らなかったよ……」

「そんなわけあるかっ!?」

 

 デップーを観るために映画館に行ったら、雄二が霧島に捕まってました。

 木製のがっちりとした手かせ。じゃらじゃらと重い金属音を鳴らす鎖。

 鎖を持っているのが霧島、手かせを付けられているのが雄二だ。

 どう見たってご主人様とその奴隷にしか見えないんだけど。あの鎖ってどこで買えるんだろう?

 

「宗一! 宗一も映画を?」

「僕は君達と違ってデートじゃないよ。デップー観に来ただけ」

 

 明久にデップーのパンフレットを見せると「相変わらずブレないなぁ……」とあきれたような顔をされた。

 

「やっほー、姫路、美波、霧島。3人とも、私服が似合ってて可愛いじゃない」

「そ、そうですか? ありがとうございます、川上君……」

「ありがと、宗一」

「……ありがとう。川上はやっぱりいい人」

 

 三人の私服を褒めると、それぞれが三者三様の反応を見せた。

 美波とは去年もたまに遊んでいたから、僕がこうやって褒めるのは慣れているけど、姫路と霧島は褒められ慣れていないのか、顔が少し赤い。

 

「でも美波それ、去年も着てたよね? まさか今年一年全然成長をぉおおお腕ひしぎ十字固めが決まってるぅううう!!?」

「アンタは毎度毎度、素直に褒めることができないわけ……?」

「ロープ!ロープぅううう!!」

 

 腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってる! 関節が無駄に一個増えるぅうう!!

 

「ところで宗一君、その荷物なんですか?」

「あ、それ僕も気になってた。ギターケース?」

「君達、人の腕が極められているのを視て止めようと思わないの?」

「そうね、ウチも気になってた」

「人の腕を極めながらよく言えるね美波……お察しの通りギターだよ。あとで適当に路上ライブでもしようと思って。暇だったら後で聴きに来て」

 

 そんな会話をしていると、霧島と雄二が何の映画を観るか相談しているのが聞こえた。

 

「雄二、どれが観たい?」

「俺の希望は、叶えられるのか?」

「……じゃあ、戦争と平和」

「おいそれ7時間4分もあるだろ!?」

「……二回観る」

「14時間8分も座ってられるか!」

 

 霧島は明らかに恋人とのデートで観るような物じゃない映画をチョイスしている。あんなクソ長い映画なんで上映しているんだろう。

 

「……退屈なら、隣で寝てていい」

 

 バチバチとスタンガンの音を鳴らす霧島。

 

「それ気絶する奴あががががががががが!!」

「……大丈夫、ずっと一緒に居られるなら」

「ノ、ノーモア!」

 

 映画館のチケット売り場にスタンガンの弾ける音と充満するコゲた匂い。

 

「学生二枚、二人分」

「はい、学生一枚と気を失った学生が一枚無駄に二回分ですね!」

 

 改造スタンガンによって気絶させられた雄二はチケットを受け取った霧島に首根っこを掴まれ、そのまま場内へ引きずられていった。

 

「はっきり気持ちを伝えられる人って羨ましいです……」

「憧れるよね……」

 

 目をキラキラさせながら羨望の眼差しを送る姫路と美波。

 

「いや、二人とも。アレはあんまお手本にしちゃいけない奴だよ……」

 

 アオハライドとか君に届けを読んできて、どうぞ。

 

「……短いのにしよ、映画」

 

 明久がげんなりした表情でつぶやく。

 男とは無力。雄二の言葉はある意味真理に近い物だったかもしれない。

 やっぱり男はつらいよ。いろいろと。

 あ、デップーは面白かったです。まじオススメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――駅前

 

 

 

 

 

 

 諸君。僕は音楽が好きだ。

 諸君。僕は音楽が好きだ。

 諸君。僕は音楽が大好きだ。

 

 アニソンが好きだPOPが好きだJ-POPが好きだクラシックが好きだオペラが好きだetc(以下省略

 

 けれどその中で僕が一番好きなのはロックである。

 

 それも少し古めで、英語……つまり英語圏で歌われていたロックが一番好きなジャンルで、小さい頃から僕はそれをずっと聴いていた。

 あとで知ったのだが、僕が好きな曲達は『オールディーズ』と、そう呼ぶらしい。

 一九五〇年辺りにヒットした名曲達のことだ。

 

 父親と母親にそのことを言うと、「宗一は渋い趣味をしているなぁ」と感心したように言われ、同い年の同級生であるミカちゃんに言うと「えー、宗一君の趣味変わってるー」と小ばかにするようによく言われた物である。

 その頃、僕のクラスメイト達はMステで流れる流行りの曲を聴くのがブームらしかった。僕も日本の曲は嫌いではないが、J-POPより洋楽ロックの方が肌にあっていた。

 何故好きかと訊かれると、うまく言葉にすることができない。あえて一言で言うならば、『心に響いたから』としか言いようがない。

 英語で意味も分からない、辞書を引かねば歌詞も分からないのに、どうしてここまで心を奪われるのか、未だに僕は答えを見つけることができていない。

 イラストと小説ばかり書いている僕でも、言葉にも絵にもできない魅力がロックにはあった。

 だからこうやって、そのロックの魅力を再確認するために、こうやって路上ライブをするのが僕の習性だ。

 

「……ボブ・ディランの、Knockin' on heaven's doorでした」

 

 曲を弾き終わると、途端に大勢のアンコールと拍手が僕に叩き付けられる。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大きな音だった。

 演奏に夢中で気付かなかった。いつの間にこんな、数えきれないほどの人がいたんだ。

 見渡す限り、人ばかり。

 会社から帰る途中のサラリーマン、制服を着た中学、高校の人達。デパート帰りの主婦もいる。

 その全員が、皆笑顔で手を叩いていた。

 

『すごい!カッコイイ――!!』

『ヒーロー! もう一曲!』

『アンコール! アンコール!』

「あはは……」

 

 先人たちの偉大な曲は凄い。改めて僕は実感させられる。

 僕はバンドを組んでいない。

 ドラムもベースもいない。だから僕が歌える曲は独りでも弾くことができる曲になる。

 毎日練習しているわけでもない、僕の付け焼刃のテクニックでも、こうやって大勢から声援をもらえる。僕はそれが、たまらなく嬉しかった。

 

「ごめんなさい、今日はこれで終わりです。もういい時間なんで!」

 

 空はもう日は暮れ始め、もう夕方になりつつある。

 駅前の時計台は五時になろうとしていた。かれこれもう三時間近く歌っていたから、僕もへとへとだ。

 

『えー』

『残念だなー……』

『また頼むぜヒーロー!』

 

 観客達は残念そうに溜息を吐くと、僕の目の前に置かれた缶に小銭を入れてくれる。

 

「ありがとうございます!またお願いします!」

 

 僕はお金を入れてくれた人にそう礼を言う。

 すると、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。

 

「宗一! お疲れ様、すごい人気じゃないか!」

「ああ、明久! 来てくれ――何その格好」

 

 明久の声がしたと思い、そっちの方を向いてみると―――そこにはピンクのメイド服を着た明久と、姫路がいた。

 

「……何、明久、目覚めたの?」

 

 友人が女装癖に目覚めてしまって、僕はどう接すればいいんだろう。意外と似合うのがスゴイ。

 

「誤解だよっ! 僕だって好きでこんな格好をしたわけじゃ――」

「大丈夫ですよ、吉井君! すごく似合ってて可愛いですから!」

「姫路さん、それなんのフォローにもなってないよ!?」

 

 姫路がうっとりした顔で明久の女装姿を褒める。……姫路は女装男子もイケるのか。明久限定かな。

 

「それより、川上君、すごかったです! 思わず私、聞き入っちゃいました」

「ありがとう、姫路。そう言ってくれると嬉しいよ。ていうか、あれ? そういえば美波は? 一緒にいたんじゃないの?」

 

 辺りを見渡してみるが、昼間映画館で僕に十字固めを喰らわせた美波はどこにもいない。もう帰ってしまったんだろうか

 

「美波はその―――」

「何、もしかして事故――」

「清水さんに追いかけられて、補習室に軟禁された」

「何があったんだ」

 

 話を聞いてみると、デートを目撃し嫉妬に狂った清水に追いかけ回され、召喚獣を使って清水を止めようとした所、美波が戦死。清水の召喚獣も戦死にすることができたが、二人は鉄人先生によって補習室に連行されたのだそうだ。

 哀れ美波。せっかくのデートなのに清水と補習室デートとは、かわいそうにもほどがある。彼女の貞操が無事であることを祈るばかりだ。

 

「ていうか明久、もしかしてその格好で学校まで……?」

「訊かないで……」

 

 やっぱり目覚めたのかな……。

 

「ところで川上君、さっきファンの人達が『ヒーロー』と呼んでいましたが……」

「ああ、あれはペンネームみたいなもんだよ。自分の名前を言ってもいいんだけど、一応ネット社会だし、活動名ということでね」

「へぇ、宗一にしては随分カッコイイペンネームだね。一体どうして――」

「『(エッチ)』と『ERO(エロ)』で『HERO(ヒーロー)』」

「名前はカッコイイのに理由は最低だった……」

「ハハハ……川上君らしいです」

 

 明久は呆れたように言い、姫路は苦笑しながら言った。なんて失礼な。これでも一時間ぐらい悩んで決めたんだぞ。

 

「ゲッ!川上君……」

「ん? ああ、工藤じゃん」

 

 振り返って見ると、そこには僕の方を見て心底いやそーな顔をした工藤愛子が立っていた。

 部活の帰りだったのか、休日なのに文月学園の制服を着て鞄を持っている。

 

「えーっと……Aクラスの工藤さん?」

「うん、そうだよ。キミは吉井君と、姫路さんだね? この前振り」

「こんにちは、工藤さん。今日はどうしたんですか?」

「ボクは水泳部の帰りだよ。そっちは……さてはデートだね?」

 

 工藤が「面白そうな物を見つけた」と言わんばかりの悪い笑顔をする。

 

「デ、デートだなんて……そんな」

「でも、どうして吉井君はメイド服なのかな? ひょっとして……そういう趣味?」

「誤解だよっ! これには深い理由が――」

「まあいいけど。よく似合ってるよ!」

「話を聞いてっ!せめて言い訳を言わせてっ!」

 

 アハハ、と明久をからかう工藤。イジられキャラである明久は工藤のような女子には絶好の玩具なのだろう。かなり楽しそうだ。

 

「それで、そっちのヘンタイくんは何をしてたのかな?」

 

 工藤が笑いながら僕の方を見る。先日の試召戦争のことをまだ引きずっているのか、その目は少し軽蔑の色が混じっているように見えた。

 

「路上ライブ。今度清涼祭だからね、その練習がてら、ちょっと弾いてたんだ」

「へぇ、すごいね。ヘンタイくんは音楽も得意なんだ?」

 

 工藤はそう言って、仕舞おうとしていたギターをまじまじと眺め、何かを思いついたのか―――こう言った、

 

「実はボクも音楽鑑賞が趣味なんだけど。よければ一曲、ヘンタイくんの歌を聴かせてくれないかな?」

 

 意外だな、と僕は思った。ボーイッシュで保健体育が得意で自称経験豊富だとか言うから、アウトドアな趣味をしているのかと思った。音楽鑑賞とは意外だ。

 

「……今キミ、失礼なこと考えたでしょ」

「マサカーソンナコト考エルワケナイジャナイデスカー」

「凄まじいほどの棒読みなんだけど……」

「まあまあ、大目に見てよ処女ビッチ」

「だから処女ビッチって言うなぁ!!」

「川上君、駄目ですよ! 女の子にビッチなんて言っちゃいけません!」

「ハーイ……」

 

 姫路に窘められてしまった。工藤は意外とリアクションがよくてからかうと面白いのだが、仕方ない。

 

「姫路の顔に免じて、ここは引いてあげるよ処女」

「処女って言った!この人ビッチを外せばいいと思ってるよ!? そんなこと言ったら君は童貞でしょ!?」

「童貞ですが……何か?」

「誇らしげに開き直った!?」

 

 童貞の何が悪い。まだ未使用なんだぞ。新品なんだぞ。

 

「もう怒った!こうなったら君の曲を聴いて、ぼろくそに酷評してやる! そうしないと気が済まないんだから!」

「さてはアンチだなオメー」

「元から君のことは大っ嫌いだよ!」

「工藤さん落ち着いて!」

「宗一! それ以上言うのはダメだよ!」

 

 僕にとびかかろうとする工藤を姫路が羽交い絞めにして押し留める。すごい、今にも殺さんとする勢いだ。怒れる女子って怖い。

 

「でもなぁ……もうこんな時間だし」

「宗一、せっかくだし一曲歌ってよ。僕らもさっき来たばかりだから、一曲しか宗一の曲を聴けなかったんだ」

「私も、川上君の曲を聴きたいです」

 

 僕が渋ると、姫路と明久から揃ってお願いされる。むぅ……仕方ないか。

 

「分かったよ、でも一曲だけね」

「フン! 川上君の曲なんて、そんな大したことないに決まってるよ!」

「まあまあ、工藤さん……落ち着いて」

 

 明久と姫路が怒れる工藤を落ち着かせている間、僕は片づけ途中だったギターをもう一度取り出す。

 

 音は……うん。弦も大丈夫。

 

「じゃあ、歌うよ。――ビートルズの『Blackbird』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……どうだった?」

 

 無事に弾き終り、一息吐くと、明久と姫路がささやかな拍手を送ってくれた。

 

「素敵でした……川上君。とってもいい曲でした」

「さすがだよ宗一! 英語で歌詞は全然分かんなかったけど、なんかこう……感動した!」

 

 姫路はともかく、明久は感想言うの下手か。

 

「ありがと、二人とも。さてさて、工藤はどうだった?」

「………………………………」

 

 工藤の方を見てみると、どこか遠い景色を眺めるように、ぼーっとした表情の工藤がいた。心ここにあらずと言ったような、意識がここにはないような……。

 

「工藤?」

「工藤さん?」

「どうしたんだろ。工藤さん?」

 

 三人で工藤の顔を覗き込むのが、どうしたんだろう。

 

「工藤さん、どうしちゃったんですか?」

 

 姫路が工藤の肩を叩くと、「ひゃいっ!?」と止まっていた工藤が突如動き出した。

 

「きゃっ! び、びっくりしました……」

「ご、ごめんね姫路さん」

「姫路さん、大丈夫?」

「は、はい……ありがとうございましゅ……」

 

 驚いて尻餅を突きそうになった姫路を、明久が肩から支える。顔が近くなったからか、姫路の顔はどこか赤く嬉しそうだった。

 

「どしたの固まって。ひょっとして心臓でも止まった?」

「とととと、止まってたら死んでるよっ!?」

「とととと?」

 

 どうしたんだろう。何をこんなに焦ってるの?

 

「まあいいけど。それで歌どうだった?」

「歌っ?歌、ああ、歌ね。うん、川上君にしては、うん、いいんじゃないかなっ!?」

「お、おう……」

 

 緊張したのか、動揺しているのか。口調がどこかぎこちなく熱くなった顔に涼しい風を送ろうと手で仰いでいる。

 

「……大丈夫? 熱でもあるの――」

 

 僕はそう言って工藤の熱を測ろうと手を額に――――

 

「ひゃあああああっ!?」

 

 工藤は飛び退くように叫んで僕から距離を取った。

 

「…………………」

 

 そんなに……僕のことが嫌いなのだろうか。

 

「ち、違うのっ! 何て言おうか迷ってたら川上君が近くて、気が動転しちゃって―――ほんとは、もう、ああ、なんていえばいいんだろう!?」

 

 工藤はそう言って絶叫する。どうやら僕の歌はそこまで下手じゃなかったみたいだけど、そんな拒否反応されるとさすがの僕も傷つく。この間からからかい過ぎてさすがの工藤にトラウマを作ってしまったんだろうか。調子に乗ってやってしまったけど、さすがに罪悪感が出てくる。

 さすがに謝ったほうが――――

 

 ポンッ

 

「ん?」

 

 誰だろう、僕の肩を掴むのは。

 

「キミ、ちょっといいかな?」

 

 肩を掴まれ、後ろの方を見てみると、そこには青い制服を着たお巡りさんが、笑顔で僕の肩をがっしり掴んでいた。

 

 

 

「――ちょっと、そこの交番まで来てもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

Side 工藤愛子

 

 

 

 川上君は、ボクの悲鳴を聞いて駆け付けたお巡りさんに交番まで連れて行かれた。

 誤解を解くために、ボクと吉井君と姫路さんの三人で交番で必死にお巡りさんを説得し、解放されたのは三〇分ぐらい後だった。その際にメイド服を着た吉井君が事情聴取をされそうになったが、その誤解もなんとか解くことができた。

 

「次からは誤解を招くようなことはしないように」

 

 そうお廻りさんに注意されただけで済んだのは運がよかったのだろうか。でも、こうなったのは川上君の日頃の行いのせいがあったかもしれない。

 

「もう帰る……ひどい目にあった」

 

 さすがの川上君も疲れたのかそう言って、ボク達とは反対方向へ歩いて行った。

 一緒にいた方がいいと思って「一緒に帰る?」と提案したら、「さすがに工藤にそこまで嫌な思いはさせたくない」と言われた。

 その時―――なぜか、胸が少しちくりと痛くなった。

 ていうか、今まで散々セクハラしてたのに、なんでそんな反応―――――

 

 ……そっか。ボクが悲鳴を上げたからか。

 

「いやぁ、宗一も災難だったねぇ」

「そうですね」

 

 姫路さんと吉井君が仲が良さ気に並んで歩いている。

 後ろからこうやって二人を眺めていると、仲がいいカップルに見えなくもない。ただし、吉井君がメイド服じゃなければ。

 

「それより工藤さん、もう身体は平気?」

「ふぇっ? あ、ああ、ウン。平気だよ!」

「ほんとに? なんだかまだぼーっとしてるみたいだけど……」

 

 吉井君がボクの顔を覗き込んで心配そうに訊いてくる。

 

「ほんとに大丈夫? 宗一に何かされたんじゃ――」

「ううん!全然平気だから! まったく全然これぽっちも川上君のことなんて気にしてないから!」

「それ、すっごく気にしてるんじゃ……」

 

 どうしよう。さっきから顔が熱い。心臓の音がいつもよりはっきりと強く聞こえる。こんなこと今までなかったのに。

 川上君のあの歌を聴いてから。ボクをからかう所からは想像もできない、真剣にギターを弾いて歌う川上君は言葉にできないほどかっこよくて……。

 

「工藤さん」

「ん、ん? 何かな姫路さん、ボクに何か聞きたいことが――」

 

 そう言うと、姫路さんはボクの耳元に顔を寄せて、小声でぼそりと言った。

 

「――――頑張ってくださいね、川上君と」

「――――――――!?」

 

「ん?どうしたの姫路さん、工藤さんに何を言ったの?」

「フフ、吉井君はダメです。教えられません!」

「えぇ!? どうしてさ!?」

「これは――女の子同士の、秘密なんですから」

 

 

 

――――――……今が夜で、道が暗くてよかった。もし明るかったら――――

 

 きっと二人に、真っ赤になったボクの顔を見られてしまうから。

 

 

 

 

 

 




次回から清涼祭編。

筆が止まらなかったんや……いろいろと堪忍しておくれやす。


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清涼祭編(原作2巻)
第一問 同じバカなら踊らにゃ損々


バカテスト 『清涼祭』アンケート

学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。
『あなたが今欲しいものはなんですか?』


姫路瑞希の答え
「クラスメイトとの思い出」

教師のコメント
なるほど。お客さんの想いでになるような、そう言った出し物も良いかもしれませんね。写真館とかも候補になり得ると覚えておきます。


土屋康太の答え
Hな――成人向けの写真集」

川上宗一の答え
Hな――成人向けの漫画。もしくはBD」

教師のコメント
書き直したことに意味はあるのでしょうか。


吉井明久の答え
「カロリー」

教師のコメント
この回答に君の生命の危機が感じられます。




 

Side 川上宗一

 

 

 

 

 

 

 

 

『Our life is our art.』

 

――僕らの人生は、僕らのアートなのさ。

 

 僕の好きな言葉のひとつだ。どれぐらい好きかと言うと、座右の銘にしたいぐらいには。

 

 かつてロック界の頂点に立った、ビートルズのボーカルを務めたジョン・レノン。

 世界中に『ビートルズ』という名前と自分の歌声を響かせた、ロックを輝かせた立役者。

 

 そんな彼が残した多くの言葉の内の一つ。人生はアートだと。芸術だという考え方。

 

 人の人生は、一つのキャンパス。

 真っ白なキャンパスに何を描かれるのか、それはその持ち主にしか分からない。

 へたくそでも楽しげな子供のような絵か、描いてしまって後悔を残すような絵か、それとも明るく美しい風景を描くか。その人自身にしか描けないことだ。

 この間ビートルズを歌っていて、僕はそんなことを想った。

 

 レノンはただ音楽に人生を捧げて生きていた。

 

 なら僕も、僕自身に納得がいく生き方をしよう。

 

 誰も認めてくれなくても、自分が納得できる出来のアート(人生)を作り上げようと。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ何が言いたいかと言うと、僕は僕らしく生きる。

 誰になんと言われようと、僕は気が済むまでエロに生きるつもりだし、高校を卒業しても、きっと変わらないだろう。僕は僕が思うように生きる。ただひたすらに。

 世間ではそういう生き方は認められないかもしれない。周りを気にせず、ただひたすら走り続ける人間は「協調性がない」「現実的な生き方ではない」と叩かれるかもしれない。

 バカな生き方、と笑われるかもしれない。

 けれど、例え周りにバカと言われようとも、自分が納得できる生き方ができるのなら、そこには最高のかっこよさが生まれるのではないか――そう。

 

「吉井! こいっ!」

「勝負だ、須川君!」

「お前の球なんか場外に飛ばしてやる!」

 

 例え、清涼祭まであと3日だと言うのに準備もせずに校庭で野球をしていようとも。

 

「ばっちこーい。――……あーかったる」

 

 ライトのほうからピッチャーの吉井にのんびりと声をかける。まあ所詮お遊びの野球だし、こっちに打球が飛んでこないことを祈りながら適当にやり過ごして……。

 

「貴様ら!学園祭の準備をサボって何をしているか!」

「ヤバい! 鉄人だ!」

 

 校舎のほうからげきおこという言葉がぴったりの大男、我らが担任、鬼の鉄人先生が走ってくるのが見えた。瞬間、校庭でポジションを守っていた我らFクラスは一気に散開する。

 

「吉井! 貴様がサボりの主犯か!」

「ち、違います! どうしていつも僕を目の敵にするんですか!?」

 

 だって明久だしね。是非もないよネ。

 明久と雄二が鉄人先生を引きつけてる今のうちに、僕は校舎へ――

 

 ガシッ

 

「川上、貴様どこへ行くつもりだ?」

 

 バカな!? いつの間に背後に!? 校舎から何十メートルも離れているのに一瞬で距離を詰めるなんて。

 これもトライアスロンをしている成果なのだろうか。サイヤ人張りの瞬間移動ができるとか、なんと羨ましい。もしくはギア2nd?

 

「先生ってひょっとしたらニクニクの実を食べた筋肉人間じゃ……」

「人を悪魔の実の能力者にするな」

 

 違うのか……少し残念。

 

「雄二!宗一が捕まって……え?『フォークを鉄人の股間に』? 違う! 今は球種やコースを求めているんじゃない!」

「全員、教室へ戻れ! この時期になってまだ出し物が決まっていないなんて、うちのクラスだけだぞ!」

 

 

 鉄人の怒号が響き、僕らはFクラスのおんぼろ教室に押し込まれることになった―――が。

 

「川上。貴様はこのまま学園長室に行くように」

「へ? なんで僕だけ」

「学園長がお前に頼みたいことがあるそうだ。あまり待たせないように」

 

 なんだろう。ひょっとして退学? 学園長から直接、退学の言い渡し? そりゃあ人に言えないようなあんなものやこんなものを作っているけど、人にばれるようなことはしていないのに……ハッ、もしかしてムッツリ商会のことがばれた!?

 

「先生……退学になっても、時々遊びに来ますからね……」

「……お前は時々、吉井と同レベルの発想をするな」

 

 なんて失礼な。

 

 

 

 

――――――――――――学園長室

 

 

 ――コンコンッ

 

「入んな」

「失礼しまーす」

 

 学園長室に入ると、大きな机と高級そうな椅子に座る藤堂カヲル学園長が僕を出迎えた。

 長い白髪を束ね、強気そうな目つきが特徴のおばあちゃんである。

 試験召喚システム開発の第一人者で、学園を経営しながら研究者でもある、かなりえらーい人である。

 

「久しぶりです、カヲル先生」

「ああ、よく来てくれたね川上。あと、アタシのことは学園長先生と呼びな」

「いやあ、でもカヲル先生って呼ぶ方が呼びやすくていいなぁと」

「まったく……」

 

 先生は呆れたようにはぁ、と溜息を吐く。

 本当はカヲル君と呼んでみたいところだが、それを言ったら怒られそうなので言わないでおこう。

 

「あ、先生、まだあれ飾ってたんですか?」

 

 学園長室の壁には、藤堂カヲルの人物絵――肖像画が額縁に収められ綺麗に飾ってある。その絵の下には大理石のプレートで「藤堂カヲル学園長」と彫られていた。

 

「ああ、アンタの絵は本当に良くてねぇ。気に入ってるから今でも飾ってるんだよ」

 

 そう、あの絵は僕が去年描いた物である。去年、美術部の助っ人として一時期コンクールなどに絵を出品していたのだが、僕の画力に目をつけた先生が「アタシの肖像画を描いておくれよ」と頼んできたのがきっかけだ。どうやらその手の画家に頼むより学生に描かせたほうが金がかからない、というケチ臭い理由で頼んできたらしいが、僕が描いた絵が先生の想像を超える出来だったので、渡した時大層喜んでいたのを今でもよく覚えている。

 

「芸術家冥利に尽きますね。肖像画なんて描いたことなかったから、そう言ってくれると嬉しいっすよ。……で、今日は何の用です? また絵を描けって依頼ですか?」

「そうさねぇ……確かに絵を描け、と言えばそうだが、アンタに描いてもらおうというわけじゃない。アンタの召喚獣に描かせたいのさ」

「僕の召喚獣に?」

 

 どういうことだろう。確かに僕の召喚獣は絵を描いて実体化させるという変わった力を持つ。でもそれがどうしたんだろうか。

 

「今度行われる清涼祭に、試験召喚大会が開かれるのはアンタは知ってるかい?」

「ああ――あの、2対2のトーナメント形式の召喚獣勝負ですよね」

 

 学園長はこくりと頷く。

 

「あの大会――あれは各国のVIPやスポンサー達に、試験召喚システムを見せるためのプロモーション、つまり宣伝なのさ。試験召喚システムの有能さを見せるためのね。それだけじゃなく、この学園の清涼祭は毎年多くの一般客が集まる。試験召喚システムを実装された進学校として、ウチは有名だからね。宣伝としては絶好の機会なのさ」

「まあ、注目されますよね。僕もこの学園を知ったのは学園祭の時でしたし」

 

 文月学園はいろいろな意味で有名だ。進学率や成績の高さなどはもちろんだが、一番有名なのはやはり試験召喚システムである。

 このシステムが目玉であり、これを目当てに入学してくる生徒はやはり毎年多いと聞く。

 

「そこで、アンタの力も借りたいのさ」

「僕の?」

「アンタの召喚獣――そうさね。プログラムの一環として、校庭にフィールドを展開。そこでアンタの召喚獣で学園祭を盛り上げてもらいたいのさ。それこそ、スポンサー達のド肝を抜くような物をさ。お得意の絵を描いてもらってね」

「マジっすか」

 

 学園祭で一人の生徒を、スポンサー達へ向けて広告をさせる――これってかなりすごいことなのでは。

 

「でも、召喚獣だったらやっぱり『戦争』……戦闘がメインじゃないっすか? 僕じゃなくてもいいんじゃ――」

「それは試験召喚大会があるから、アンタは闘う必要はないさね。アタシが必要としてるのは、アンタの絵を描く力だよ」

 

 それに、と学園長は言葉を繋げる。

 

「学園祭でアンタの召喚獣の能力はうってつけさね。フィールド内にアンタが描きたい物を好きなだけ描き、実体化させる――如月ハイランドのパレードにも負けない、絶好のパフォーマンスじゃないか」

 

 僕は頭の中で想像する。

 グラウンドのフィールド。他の出し物で場所は少し狭いかもしれないけれど、校庭と言えばかなりの広さだ。

 そこにゴジラ、戦車、あ、如月ハイランドのフィーたちもいいかも。しかもこの間の戦争で描いたのは廊下の広さに合わせた物だ。校庭ならひょっとしたら等身大サイズ、それこそ校舎より大きな絵が―――

 

「やります」

「アンタなら、そう言ってくれると思ってたさ。なら、さっそくそれについて話をしようじゃないか」

 

 僕は学園長と相談し、いくつか僕が行うパフォーマンス……いや、大道芸と言ったほうがいいかもしれない。

 それについていくつか決まり事を作った。

 

 

・立会人は西村先生。基本的に現国のフィールドを展開してもらう。

・点数の補充は放課後。問題内容は小学一年生レベルのテストで、簡単に補充できるようにする。

・パフォーマンスを行うのは、リハーサルとして初日、本番として一般公開の正午に行う。

・絵を描く内容はR-18は禁止。グロテスクな怪物はほどほどにすること。

・フィールドを展開している間、川上宗一以外は召喚できないようにすること。

 

 

「ふむ、こんなもんさね」

「僕もこれでいいと思いますよ」

「……もう一つの問題にアンタを使いたかったんだが、アンタの点数じゃねえ……」

「? 何か言いました?」

「いや、なんでもないさね。そうさね、アンタに働いてもらうからには、こっちもそれなりに誠意を返そうじゃないか。何か頼み事があったら、アタシに言いな。特別にアタシが便宜を図ろうじゃないか」

「マジっすか先生! 太っ腹!」

「ハッハッハ。もっと褒めるといいさ」

 

 先生は快活に笑う。

 カヲル先生は子供嫌いで、生徒に結構厳しい所があるが、こういう所は子供っぽくて好感が持てる。明久辺りは「ババア」とか言いそうだけど。

 

「じゃ頼んだよ」

「了解っ!」

 

 こうして、僕は学園祭で試験召喚獣のパフォーマンスを行うことになった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――Fクラス教室

 

 

「おっすー。ごめん、遅くなった、そろそろ出し物は決まった?」

 

 ボロい扉を開くと、美波と明久がボロい黒板の前でボロいチョークを使って出し物の意見をまとめていたようだ。ボロボロすぎだろこの教室。

 

「あ、宗一」

「宗一、遅かったじゃない。もう案は出たわよ」

 

 ポニーテルが特徴の可愛らしい女の子、美波が言う。

 ほう、もう出し物の案は出たのか。どれどれ、どんな出し物――

 

 

 

 

 

【候補① 写真館『秘密の覗き部屋』】

 

【候補② ウエディング喫茶『人生の墓場』】

 

【候補③ 中華喫茶『ヨーロピアン』】

 

 

 

 

「…………うぅん?」

 

 

 

 うちのクラスは失敗しそうだな、と思いました、まる。

 

 

 

 

 

 




清涼祭編、スタート。


工藤さんをヒロインに据えたことで、感想欄がいろいろと阿鼻叫喚になっています。
いろいろな意見があると思いますが、作者から一言だけ……





ヒロインは工藤愛子だ 誰が何を言おうと工藤愛子なんだ




だって工藤を絡ませるの楽しいんだもん!


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第二問 歌うバカに作るバカ

Side 川上宗一

 

 

 

「なぁにこれ」

 

 

 改めてFクラスの春の学園祭の出し物として提案された案を見てみよう。

 

 

【候補① 写真館『秘密の覗き部屋』】

 

 

 ……うん、これ提案したの絶対康太だわ。個人的には一番推したいアイデアだけど、公序良俗的にアウトだよね。

 それにしても秘密の覗き部屋か……そういえば一時期ネットに「女子大生の生活の1日」という盗撮物が流行ってたっけ。自分の生活風景を生放送して視聴者に金を払ってもらうって奴。

 行為すらしていない動画にはあいにく僕の性癖に刺さる所かかすりすらしなかったけど、あれって今でもやってるんですかね。

 

 

【候補② ウエディング喫茶『人生の墓場』】

 

 

 これは誰が提案したんだろう。ウェディングドレスフェチが我がクラスにいたとは驚きだ。

 でも教会とウェディングドレスってあんまいいイメージないんだよね。

 結婚式、神父の前で待つ新郎。しかし新婦は控室で間男と(偏見)

 まあ百歩譲って喫茶店はいいとしても「人生の墓場」ってなんだ。もうちょっといい店の名前を出せないのか。

 

 

【候補③ 中華喫茶『ヨーロピアン』】

 

 ……3つの中で唯一まともな中華喫茶。けれど、ヨーロピアンってなんだ。中華なのにヨーロッパ風なのかよ。中華バカにしてんのか。

 

 

「もしかして明久、君が全部書いたの?」

「うん」

 

 僕は教卓の前に立っている美波を見る。

 

「……美波、明らかに人選ミスだよ……」

「どういう意味だっ!?」

「とにかく、これは消した方がいいよ。もしこれを西村先生に見られたら――」

 

 

 ――――ガラララッ

 

 

「皆、清涼祭の出し物は決まったか?」

「あ、来ちゃった」

 

 教室の扉が音を立てて開き、筋骨隆々の鉄人こと西村先生が現れた。

 

「今のところ、候補は黒板に書いてある三つです」

「ほうほう」

 

 美波が言うと、鉄人はゆっくりと明久が描いた黒板に目をやった。

 

「…………うぅん?」

 

 

【候補① 写真館『秘密の覗き部屋』】

 

【候補② ウエディング喫茶『人生の墓場』】

 

【候補③ 中華喫茶『ヨーロピアン』】

 

 

「……補習の時間を倍にした方がいいかもしれんな」

 

 ぽつりと呆れ顔でつぶやく鉄人先生。

 

『せ、先生! それは違うんです!』

『吉井が勝手に書いたんです!』

『僕らがバカなわけじゃありません!』

 

 補修の時間を増やされたくない一心でFクラス全員が抗弁する。明久を一人バカ扱いすることで。

 

「馬鹿者! みっともない言い訳をするな!」

 

 さすがの西村先生も明久ひとりに押し付けようとすることに腹を立てたのか、大声で一喝する。

 

「先生は、馬鹿な吉井を選んだこと自体が頭の悪い行動だと言っているんだ!」

 

 ……反論できない。

 

「まったくお前らは……稼ぎを出してクラスの設備を向上させようとか、そう言った気持ちすらないのか?」

 

 溜息まじりの鉄人の台詞。それは、僕が先日の昼休みに出した提案と一緒だった。

 そしてその言葉に一気に活気づく教室内。

 

『そうか! その手があったか!』

『何も試召戦争だけが設備向上のチャンスじゃないよな!』

 

 しかし、活気付いたのはいいものの、やはりFクラス。協調性とまとまりがない。

 

『中華喫茶なら――』

『お化け屋敷のほうが――』

『簡単なカジノを――』

『焼きとうもろこしを――』

 

 烏合の衆とはまさにこのことだろう。意見が徐々にばらばらになっていき、まとまりがなくなっていく。

 試験召喚戦争の時は雄二が『打倒Aクラス』という指針を彼らに与えていたからこそ、まとまっていたのだ。その頼れるリーダーは……いた、あんなところで寝てる。元々やる気がないから美波達に押し付けたのだろう。

 

「はぁ、まったくもう……」

 

 先ほどから美波が必死に声を荒げてまとめようとするものの、そんな程度で止まるFクラスではない。ざわめきは大きくなる一方だ。

 

「ねえ、アキ、宗一。坂本を引っ張り出せない?これじゃああまりにまとまりが悪すぎるわ」

「う~ん……無理だと思うよ。雄二は興味のないことには驚くほど冷たいから」

「前から試験召喚戦争以外には興味なさげだったからね……仕方ない、僕がやるよ」

「宗一が?」

「そりゃありがたいけど……宗一がなんとかできるの?」

 

 明久が心配そうにこっちを見ている。明久は「宗一にそんなことできんの?」と言わんばかりの疑いの目を向けてくる。友達に向ける目ではないだろう。

 

「まあ見といてよ。ねえ皆。ちょっとこっちを――」

 

『初期投資が――』

『カジノのほうが簡単で――』

 

 僕が声を上げるが、連中はちっともこっちを見やしない。だから僕は、小声でぼそりとこう言った。

 

 

「――今から三秒以内に全員が黙ったら一番最初に静かになった奴に僕のエロイラストを進呈する(ボソリ」

 

 

 

 ―――――シンッ

 

 

 

 あの大騒ぎの中、エロイラストという単語を聞き逃さなかった連中が一瞬にして黙る。一番最初に静かになったのは須川かな? あとでJKのエロイラストをくれてやろう。

 さて、ようやく静かになった。教室が静かになった今なら少しは美波達もやりやすいだろう。

 

「………………」

「………………」

「ほら、美波。ぼけっとしてないで。今がチャンスだよ。明久も間抜け面してないで」

「誰が間抜け面だっ!?」

「え、あ、あれ? あ、そ、そうね。 皆、この三つの中から一つだけ選んで! このままじゃまとまりがつかないから多数決を取るわよ!」

 

 美波はさっそくと言わんばかりに多数決を取り、決を採りにいく。結果、中華喫茶が一番多くの手が上がり、僕らの出し物は中華喫茶になった。

 

「Fクラスの出し物は中華喫茶! 全員、協力すること!」

 

『『『ウィース』』』

 

 気の抜けた返事が教室に響く。とりあえず不安が残るけどこれで清涼祭への準備を進めることができるだろう。

 

「それならお茶と飲茶は俺が引き受けるよ」

 

 と、須川が立ち上がる。

 

「須川が? 飲茶ができるなんて意外」

「中華喫茶を提案したのは俺だぞ? 自信はあるから任せてくれ」

 

 へえ、中華に詳しいのか。クラスメイトの意外な一面を見た気がする。

 

「………………(スクッ)」

 

 そしてムッツリーニこと、土屋康太も立ち上がる。

 

「ムッツリーニ、料理なんてできるの?」

 

 明久の訝しむ声。

 

「…………紳士の嗜み」

「中華料理が紳士の嗜みだなんて話、聞いたこともないよ」

「違うよ明久。この間、僕と一緒に横浜の中華料理店にチャイナドレス見たさに通ってたら見よう見まねでできるようになったってだけだよ」

「…………チャイナドレスなんて、興味はない(ブンブン)」

「ムッツリーニのスケベ力は相変わらず凄まじいね……」

「康太は手先は器用だし、物覚えも良い方だからね」

「じゃあ、土屋と須川が厨房ね。厨房班を希望する人は二人の所に、ホール班はアキの所に集まって!」

 

 美波が厨房班の代表に康太と須川を任命し、明久はホール班の代表に。そして美波の指示に従って、クラスメイトが移動を開始する。

 

「ん? ムッツリーニもできるっていうことは、宗一も料理できるの?」

「できるけど、今回は厨房班は無理かな」

「へ? なんでさ」

「ちょっとね……おーい、皆訊いてー」

 

『なんだなんだ?』

『まだなんかあるのかよー』

 

 僕が声を張ると、クラスメイト達がめんどくさそうに僕に視線を集めてくる。

 

「実は、今回の清涼祭でもライブをしたいと思ってるんだ。最終日の後夜祭でね。それでバンドを手伝ってくれる人を探してるんだ」

「宗一、今年もまたやるの?」

「そうそう。アコギで弾き語りもいいんだけど、やっぱドラムとかベースも一緒に演奏したくてね」

 

 そう、僕は今年もまた清涼祭でライブに挑戦するつもりだった。去年はクラスメイトに無理やりやらされ、あまり乗り気じゃなかった。だからギターで適当に歌ってただけだけど、今回はドラムとベース、あともう一人、サイドギターかキーボードを弾ける人がいると演奏できる幅が増えていいのだが……。

 

『バンド?』

『あぁ、そういえば川上は去年ライブで活躍してたんだっけ?』

『でも楽器なんてできねえよ』

『かったるいしなぁー』

『人前で演奏するなんてできっこねえよ』

 

「まあ、皆の気持ちも分かるけど……やれる人いない? 裏方も募集中」

 

『やだよめんどくせー』

『出し物の方もあるのにやってらんねえよ』

 

 僕の提案に対して、クラスメイト達はめんどくさそうだ。まあ、今年は中華喫茶のこともあるし、後夜祭で更に演奏だなんて疲れることはしたくないのだろう。

 

「んー……明久はどう?」

「え? あー、僕もさすがに、後夜祭まで働くのはちょっと……」

「そっかー。残念だな」

 

 僕は教室にいる男子生徒全員の耳に届くようわざと声を張り上げて言う。

 

「清涼祭でバンドをして活躍することができれば、女子にバンバンモテるのにな―――」

 

『『『詳しく聞かせろぉ!!』』』

 

 明久、康太、そして須川達Fクラスのモテない男共が食いつく、いや噛みつく勢いで前のめりになる。

 

「バンドをするとモテる。その日のうちに告白される。ソースは僕」

 

『『『俺達に任せろぉ!!』』』

 

 こういう、自分の欲に真っ直ぐなところ、嫌いじゃないし好きだよ。

 

「ちょっとちょっと! バンドもいいけど、中華喫茶の方を優先だからね!

 

 美波が声を荒げる。Fクラスのほとんどの男子がバンドの話にくぎ付けになりかけたから焦ったのだろう。

 

「ま、今美波が言った通り、中華喫茶が優先だから。希望者は後で僕の所に来てね。人数が多かった場合、僕が独断と偏見で決めるからよろしく」

 

「ほらほら、時間がないんだから、早く全員、ホール班と厨房班に分かれなさい!」

 

 美波の指示で、再びクラスメイト達が動き出す。

 

「それじゃあ、私は厨房班に――」

「駄目だ姫路さん! 君はホール班じゃないと!!」

「そ、そうだよ! 可愛い姫路がホールじゃなかったら誰がウェイトレスをするのさ!?」

 

 平然と厨房班に分かれようとしていた姫路を呼び止める僕と明久。

 まさか学園の喫茶店で食中毒者を出す訳にはいかない。食品衛生法に引っ掛かって大変なことになってしまう。

 

『明久、宗一! グッジョブじゃ!』

『……………!(コクコク)』

 

 必殺料理人姫路の文字通り殺人級の腕前を知っている秀吉と康太からアイコンタクト。寝ている雄二も、よく見ると小刻みに震えている。

 

「そういうわけで、姫路。ホール班だけ(・・)頑張って! 店の利益の為に! 美波と姫路がいれば、ダブルウェイトレスとして、客がたくさん入るから! ね、明久!」

「そ、そうだよ!可愛い姫路さんがホール班なら最高だよ!」

「か、可愛いだなんて……。吉井君がそう言うなら、ホールでも(・・)頑張りますね!」

「ホールだけ(・・)で頑張ってくれ!」

 

 必死に僕は説得する。あんな料理をお客に出してしまったら救急車を呼ばなければいけなくなってしまう。この間の僕みたいに臨死体験者を増やすわけにはいかない。

 

「は、はい……そ、そこまで言うなら……」

「あ~でも、ウチは料理できるから、厨房班にしようかな~?」

「あ、うん。適任だと思う」

「…………」

「それならワシも厨房班に……」

「秀吉、何をバカなことを言ってるのさ。そんなに可愛いんだからもちろんホールにみぎゃぁあ! み、美波様! 折れます! 腰骨が! 命に関わる大事な骨が!」

「……ウチもホールにするわ」

「そ、そうですね……それがいいと、思います……」

 

 こんなドタバタで、ミカン箱とござの生活から脱出することができるだろうか?

 

「そうじゃ、宗一」

「…………」

「ん? 康太、秀吉。どうしたのさ」

「さっきのバンドの話、儂にやらせてくれるのかの」

「…………(グッ)」

「え、本当?」

「演技の幅が広がるかもしれんしの。何事も体験じゃ。それに、以前楽器を使った演目があったから、力になれると思うぞい」

「助かるよ! ……でも、康太は?」

「…………別に、モテたいわけじゃない」

「ア、ハイ」

 

 こうして、僕らは清涼祭に向けて準備を始めるのであった。




感想が100件、お気に入り1000越え……
いろいろな人に見て頂き、感謝感激です。

ランキング一位目指してがんばんぞオラァン!


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第三問 別にスケベでいいじゃない。人間だもの

バカテスト 地理

以下の問いに答えなさい。
「バルト三国と呼ばれる国名を全て挙げなさい」


姫路瑞希の答え
「リトアニア エストニア ラトビア」

教師のコメント
そのとおりです。


土屋康太の答え
「アジア ヨーロッパ 浦安」

教師のコメント
土屋君にとっての国の定義が気になります。


吉井明久の答え
「香川 徳島 愛媛 高知」

教師のコメント
正解不正解の前に、数が合っていないことに違和感を覚えましょう。


川上宗一の答え
「地球には国境などどこにもない。まして、冷戦や東西の線引などどこにもない。皮肉なことに、米ソのミサイル競争も、宇宙開発競争もこの答えにたどり着くために行われているようなものだ」


教師のコメント
ザ・ボスの台詞を覚える前に地名を覚える努力をしましょう。



Side 川上宗一

 

「宗一、ちょっといいかしら」

 

 帰りのHRが終わり、絵と楽器の練習をするために帰ろうとしたところ、美波に呼び止められた。その後ろには明久もいる。

 

「ん、何か用。明久との今日の放課後デートのためのおすすめスポットを教えてもらいたいの?」

「そうなの、できればロマンチックなところが――って何言わせるの!」

「オススメのラブホだったらいくらでも紹介を――ぶべらっ」

「美波、駄目だ!それ以上は宗一が死んじゃう!」

「放しなさいアキ! ウチはこの男の顎を粉々に砕いてやらないと気が済まないの!」

 

 相変わらず美波の右ストレートはキレがあるようで、それどころか最近威力が上がっているような気がする。毎日明久と取っ組み合いをしているからかしらん?

 

「いつつ……で、何?」

「アキにはもう話したんだけど、その、坂本を学園祭に引っ張り出せないかなって」

「雄二を? ん~~……」

 

 雄二はどちらかと言えば快楽主義者だ。自分にとって楽しい、面白いことに集中するタイプだ。逆に言えば興味がないことはおざなりにしてしまうタイプ。

 

「明久が頼めば? だって一番の友達は明久じゃないか」

「え? 別に僕が頼んだからって……」

「だって、二人は愛を誓い合った仲なんでしょ?」

「もう僕お婿にいけないっ!」

「やっぱり宗一もそう思う? ウチもそう言ったんだけど……」

「どうして真顔でそんなセリフが出てくるの!? だったら僕は、断然秀吉の方がいいよ!」

「あ、明久?」

 

 偶然近くにいた秀吉の動きが止まる。

 

「あれ? なんだか妙なことになってない?」

「やっぱ明久はその気があるんやなって」

「そ、その、お主の気持ちは嬉しいが、そんなことを言われても、ワシらにはいろいろと障害があると思うのじゃ。その、ホラ、歳の差とか……」

「ひ、秀吉! 違うんだ! もの凄い誤解だよ! さっきのはただの言葉のアヤって奴で……!」

 

 秀吉が……ベッドの上で……■■■が秀吉の■■■に■■して秀吉の■■■を■■■■■――――

 

「……(たら)」

「えぇ!? 今までどんなエロトークをしても鼻血を出さない宗一が鼻血を!?」

 

 僕だって興奮することぐらいある。それにまだ一滴だから。全然セーフだから。

 

「まあ、動かす方法ぐらいなら普通に思いつくよ」

「本当? よかった、宗一が動いてくれるなら安泰だよ!」

 

 明久が手を上げて喜ぶ。なんだろう、変に必死だな。

 

「何? そんなに喫茶店を成功させたいの?」

「!? も、もちろん!」

 

 目に見えて動揺する明久。

 

「何か理由があるの?」

「……」

「……一応、話してみ」

「……分かったよ、美波、いい?」

「そうね、事情が事情だし、宗一にも手を借りる以上、話さないのはね……実は――」

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

「はぁ、姫路が転校か」

 

 想像以上にディープな問題だった。姫路が転校、なるほど、明久が必死になるわけだ。さっきの話し合いでも姫路はかなり積極的だったし、なんとしてでもこの出し物を成功させて設備を上げたいのだろう。

 

「転校の理由は、両親の仕事の都合じゃないんだよね?」

「そうね。純粋に設備の問題ってことになるわ」

 

 改めてFクラス教室を見渡す。ござとミカン箱という糞みたいな環境だ。

 親からすれば転校させてもっといい学校に通わしたいのだろう。

 それに姫路は体はそこまで強くない。カビと埃だらけの教室は明久みたいな頑丈の塊ならともかく、姫路のような女子には厳しいはずだ。

 

「念のため確認するけど、姫路は転校を望んでいない?」

「うん。瑞希も抵抗して『召喚大会で優勝して両親にFクラスを見直してもらおう』とか考えているみたいなんだけど、設備をどうにかしないと」

「それだけじゃ転校を止めるには厳しいね」

 

 所詮、僕ら子供は保護者の庇護下にいなければ生きていけない存在だ。両親が転校を決めてしまえば、姫路は有無を言わさず別の高校に移されてしまうだろう。そもそもFクラスに落とされたのは姫路が体調を管理できなかったのが原因だ。親からすればちょっと体調が良くなかっただけで勉学が進まない、しかも身体に害がある可能性が高い教室から一刻も早く出してあげたいと思うのが親心だ。文月学園は進学校だけど、勉強をするだけなら別にここじゃなくてもいいのだから。

 まあ、姫路が転校したくないのはFクラスうんぬんより明久と離れたくないと言う思いの方が強いのだろうが。

 

「明久は姫路に転校してほしくない?」

「もちろん嫌に決まってる! 姫路さんに限らず、それが美波や秀吉、宗一であっても!」

 

 明久の力強い言葉。心の底から思っていると言わんばかりの顔だ。

 

「そっか……うん、アンタはそうだよね!」

 

 美波が嬉しそうに頷く。

 

「そうじゃな。ワシもクラスメイトの転校と聞いては黙っておれん」

「じゃあ、とりあえず雄二を見つけに行かなきゃね」

 

 僕は教室から出ようとする。

 

「あれ? 宗一、雄二の場所知ってるの?」

「何言ってるの明久」

 

 僕はにやりと笑う。

 

 

「――――僕はムッツリ商会の創設者だよ?」

 

 

 後で言われたのだが、カッコよく言っていたが全然カッコよくなかったとだめだしされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

「やぁ雄二、奇遇だね」

「奇遇奇遇。すごい奇遇」

「……どういう偶然があれば女子更衣室で鉢合わせするのか教えてくれ」

 

 体育館にある女子更衣室。僕は康太が仕掛けた盗撮カメラから、雄二がここに入り込んだことを突き止めていた。ついでに、雄二が霧島から逃げてここに入り込んだということも。

 

「まさか雄二が堂々と女子更衣室に入るとは思わなかったよ。誘ってくれればよかったのに」

「変態紳士のお前と一緒にするな!」

 

 ガチャッ

 

 音を立ててドアが開くと、その向こうには体操服姿の女子の姿があった。

 

「えーっと、あれ? Fクラスの問題児コンビと……ゲッ、変態」

 

 現れたのは木下優子だった。相変わらず秀吉そっくりで可愛らしい。

 けれど、この間の工藤といい、僕はAクラスの女子達からすっかり変態というイメージが定着してしまったようだ。

 

「やぁ、木下優子さん。奇遇だね」

「秀吉の姉さんか。奇遇じゃないか」

「やっほー、元気ー?」

 

 あっはっは、と爽やかに笑い、あくまで偶然を装う僕ら。だが、こんなことでAクラスの優等生は騙されない。

 

「先生! 覗きです! 変態です!」

「逃げるぞお前らっ!」

「「了解っ!」」

 

 更衣室の小さな窓から飛び出す。やっぱりごまかせなかった!

 

「しまった……!」

「どうしたの宗一!?」

「ひとつぐらいブラジャー盗ってくればよかった!」

「「何を言ってるんだこの変態!?」」

『吉井と坂本と川上だと!? またアイツらかっ!』

「雄二、宗一、不味い! 鉄人の声だ!」

「とにかく走れ!」

 

 上履きだけど構わず外へ走る。鉄人先生に捕まれば最後、どんなお仕置きをされるか分かったもんじゃない。

 

「見つけたぞ! 三人とも逃がすか!」

 

 野太い男の怒声が近づいてくる。やっぱり鉄人先生の身体能力は伊達じゃあない。

 

「明久、宗一! あそこだ!」

 

 雄二が叫ぶ。その視線は前方の新校舎二階にある開け放たれた窓だ。

 

「オーケー!」

「了解!」

 

 雄二と僕が先行し、開いた窓の下に立ち止まって、走ってくる明久の方を向く。明久は上着を脱いでこっちに走ってくる。

 

「よし、宗一!」

「はいよ! 明久!」

「行くよ!」

 

 雄二と手を組んで作った踏み台を、明久が足をかけ、一気に跳び上がる。その瞬間に僕と雄二が勢いよく腕を跳ね上げ、明久はなんなく二階の窓に侵入する。

 

「宗一!」

「よいしょぉ!」

 

 明久に続き、僕も雄二の踏み台を使って一気に跳び上がり、窓に飛びついた。

 

「くっ! このバカども! こういう時だけ無駄に運動神経を発揮するとは!」

「雄二!」

「あらよっと!」

 

 明久が制服の上着を窓の下に垂らし、雄二は壁を蹴って跳び、空中でそれを掴んだ。

 

「「せぇーのぉ!」」

 

 制服に体重がかかった瞬間、僕と明久は一本釣り。嫌な音が制服からしたけど、まあ明久のだから別にいいよね。

 

『吉井! 坂本! 川上! 明日は逃がさんぞ!』

「ふぅ……流石の鉄人先生も二階まで飛ぶことはできないか」

 

 ちょっと怖かった。あの先生なら二階までジャンプしてきそうだから。何それ怖い。範馬勇二郎かよ。

 

「はぁ、また要らない悪評が増えていく……」

 

 明久の溜息。

 

「俺の方こそいい迷惑だ。お前らが来なければこんなことにはならなかったのに」

 

 木下姉が来た時、なんて言い訳をするつもりなのだろうか。

 

「そもそも雄二が女子更衣室なんかに隠れていたのが悪いんじゃないか」

「し、仕方ないだろ! 相手はあの翔子だぞ! 普通の場所なんかで逃げ切れるか!」

「まあ、男子トイレぐらいだったら躊躇いなく入ってきそうだよね……」

 

 霧島翔子。二年Aクラス代表、学年主席。成績優秀、容姿端麗と物凄い子なのだが、雄二が大好きという若干ヤンデレ気味な女の子である。あとちょっと常識が欠けている。

 

「ところでどうしてそんなに必死に霧島さんから逃げてるの?」

「……ちょっと家に呼ばれてな」

 

 家に? それがどうしたと言うのだろう。二人は幼馴染だ、お互いの家に行くことぐらい、あまり珍しいことじゃ――

 

「………………家族に紹介したいそうだ」

「……まだ付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「大方、婚約者として親に紹介して、雄二を逃げられないようにするんでしょ」

 

 ガンガン行こうぜ!を地で行くスタイルは尊敬に値するが、さすがに雄二に同情する。

 

「さて雄二、そんな君に朗報ですっ!」

 

 明るく茶目っ気を含みながら言う明久。

 

「そうか。嫌な報せだったら殺すぞお前ら」

 

 ドス声で殺意を迸らせる雄二。

 

「え、僕も?」

 

 何故かターゲットにされて、動揺を隠せない僕。

 

「そ、宗一、例の物お願い」

 

 明久に言われ、スマホを取り出し例の番号を呼び出して雄二に渡す。

 

「まったく、何の真似だ?―――もしもし?」

『……雄二、今どこ』

「人違いです」

 

 ブツッ。

 

 凄い。反射的に『人違いです』なんて切り返せる人間はそうはいない。

 

「コロス」

 

 片言で迫ってくる雄二。はっきり言って超怖い。

 

「まあまあ、ちょっと落ち着いてよ。お願いを聞いてくれたら悪いようにはしないからさ」

「お願い? ふん。学園祭の喫茶店のことか。やれやれ、こんな回りくどいことをしなくても、お前が『大好きな姫路さんの為に頑張りたいんだ! 協力してください!』と言えば、面倒だが引き受けてやるというのに」

「なっ!? べ、別に、そんなことは一言も!」

「雄二、からかい過ぎだよ。今回は割とシャレにならない事態みたいだしさ」

「あーはいはい。話はわかった、仕方ないから協力してやるよ」

 

 雄二がにやりと楽しげに笑う。どうやらエンジンがかかったようだ。

 

「それより宗一」

「ん?」

「お前、翔子と親しかったのか?」

「聞いても怒らない?」

「バーカ。どうせ引き受けたんだ。今さら怒ってどうするんだ」

「実は電話で恋愛相談をよく霧島からされるんだ。昨日も『どうすれば雄二と結婚できると思う?』って電話で訊かれたから、『両親に明日にでも紹介して、雄二を婚約者にして逃げられないようにすればいいよ』って話を――」

「目を瞑って歯を食いしばれ」

 

 うそつき。

 

 

 

 

 




感想、誤字報告、いつもありがとナス!


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第四問 バカおん!

Side 川上宗一

 

 

 

 校庭で試験召喚獣を使った、絵描きのパフォーマンス。

 

 

 あまりにも楽しそうなので思わず安請け合いしてしまったのだが、よくよく考えればかなり大がかりだった。

 まず、高さ。

 さっき鉄人先生に確認してみた所、文月学園の校庭の広さのほとんどと、校舎より高めのフィールドを展開するようだった。

 仮に、この高さを活かしてゴジラを完成させるとなると、並大抵の労力ではない。梯子を使ったって作るのに何時間かかることやら。機械も使わずに自由の女神か奈良の大仏に登れと言っているような物なのだから。どう考えても現実的じゃないし、実際無理だろう。

 

 だが、そんな無理を通すのが召喚獣。

 

 僕の召喚獣は絵を描いて実体化させると言う、他の召喚獣とは違う力を持っている。けれど、召喚獣のスペック自体は変わらない。仮に明久程度の点数しかない召喚獣でも、身体能力は人間の十倍以上を持つ。ジャンプをさせれば人間じゃ届かない場所まで飛ぶことだってできるだろう。いざとなれば絵を実体化させる力を使って踏み台でも描けばいいだけだし。

 

 とりあえず、高さについては問題はない。

 

「問題なのは何を描けばいいのか。それが問題だ」

 

 頭の中でどんな絵を描こうか大雑把なイメージはできている。

 けれど、あまりにも描きたい絵が多すぎる。

 鉄人先生も学園祭での仕事があるため1日中フィールドを展開することはできないし、召喚獣の点数のことだってある。腕輪があると言っても、絵を描いている最中、一秒に一点減るというデメリットがある。小学生レベルの漢字テストで千点取ることができたとしても、1000÷60で17分ちょい。

 圧倒的に時間は足りない。なのに、描く物が多すぎる。

 

「どうしたものかなぁ」

「宗一よ、こっちの方も集中してほしいのじゃが」

 

 頭を抱えていると、秀吉がそう言う。見てみると、ジトっとした目つきで僕に文句を言いたげな康太と秀吉がこっちを見ていた。

 

「後夜祭のライブの曲目を決めるのじゃろ? もう少し真剣になってほしいのじゃが」

「…………(コクコク)」

「ごめんごめんって」

 

 Fクラス教室。人がいなくなったこの教室で、僕達3人は後夜祭で演奏する曲を決めていた。

 さっき、秀吉と康太にどれぐらいできるか訊いてみた所、康太はギターもドラムも問題なくできるようだった。理由を訊いてみると、去年のロックフェスに連れて行った時にミニスカートで跳ね回るガールズバンドを観てえらく興奮したらしい康太は、ライブハウスに定期的に通っていたようだった。僕も連れていって欲しかった。

 演奏している所を見ただけでできるようになるとは、康太は手先が器用云々より普通に天才なのかもしれない。

 エロ目的でパソコンを使い始めたら異様に上達が早くなったみたいな。エロは何物にも代えがたい原動力なんだって、はっきりわかんだね。

 秀吉は歌はもちろん、驚いたことにギターができるようだった。他にもピアノや、ギターよりやや劣るもののベースもできるらしい。誰かに教わったの、と訊いてみると、中学の時、ある演劇でバンドの演奏するシーンがあったとか。そのシーンを完璧に演じる為、役者魂の塊みたいな秀吉は独学でそれを極めてしまったようだった。ちなみに、その演劇の秀吉の役は主人公ではなくヒロインだったらしいです、まる。

 

「秀吉はリードギター、僕がベース、康太がドラムとしても……うーん、あと二人は欲しいかなぁ」

「なんじゃ、Fクラスのクラスメイト達はどうしたのじゃ? あれほどおれば、何組でもバンドを組めそうじゃが」

「全員、女子と付き合いたいというだけで弾ける奴がほとんどいなかったんだよ。「何か楽器弾ける?」って訊いてみたら「リコーダーが得意です」って言われた僕の気持ち分かる?」

「…………宗一の苦笑いが目に浮かぶ」

「小学生レベルじゃったか」

 

 確かに初心者でもいいとは言った手前、僕は根気よく全員、どれぐらい楽器が弾けるか訊いてみた。

 けれど、ドヤ顔で「鍵盤ハーモニカが得意です!」とか「カスタネットが得意です!」と言われてどうすればいいんだよ。うんたんうんたんするのかな?バンドするって言ってるの。軽すぎる音楽じゃないの!

 そんな感じでFクラスの連中のほとんどその場で不採用通知を出した。モテたいならもっとギターのテクを磨いてくれ。

 

「ではどうするのじゃ? ワシらだけではこの曲は厳しいぞい」

「…………決めないとマズい」

 

 清涼祭まで時間はない。はやい所、メンバーを決めないと……って、

 

「あれ? そういえば雄二と明久はまだ帰ってこないの?」

「そうじゃの。もう20分以上経つじゃろうし、そろそろ戻ってくるんじゃないかの?」

 

 姫路の転校を阻止するべく、学園長室に向かってそのまま帰ってこない二人。もう教室の修繕を頼みに行ってから結構経つけど、まだ帰ってきていない。

 

「教室の修繕か。普通の学校だったら当然しなきゃいけないことだけど、そう簡単に説得できるかな?」

 

 学園長は厳しい。試験召喚戦争システム自体、学力至上主義のバカに厳しい仕組みだが、その学園の事実上トップの役を持っている学園長はもっと厳しい。

 

 姫路の転校を阻止するために必要なことは三つだと、雄二は言っていた。

 

 一つ目は『ござとミカン箱という設備から最低でも卓袱台以上のランクに上げること』。

 二つ目は『腐った畳と隙間風だらけという健康を害する可能性がある老朽化した教室の改修』。

 三つ目は『学力を向上することができないレベルの低いバカなクラスメイトをなんとかすること』。

 

 一つ目は今回の清涼祭の売り上げ、三つ目は召喚大会で優勝でもすれば問題ないということになった。

 けれど、二つ目は教室という建物自体の改修。これはいくら清涼祭で売り上げがあったって、学生で払うことは難しい。どうやったって学校側に頼む必要がある。

 

 けれどそこで問題なのがこの学校の方針だ。学力至上主義、まともな教室で勉強したいなら振り分け試験で良い点を取れ、というのが文月学園のルール。

 あの学園長のことだ。明久達が丁寧に頼み込んでも『ガタガタぬかすんじゃないよガキども』と一蹴するだろう。設備に差をつけて学力の意欲を向上させるというこの学校で、Fクラスだけ、しかもわざわざ一人の生徒の為に教室を改修しよう、と言うほどあの学園長は子供に優しくはない。スポンサーが多く、学費も安いこの文月学園で生徒が一人転校しようとあまり大きな影響はないだろうし。

 

「そこは雄二の交渉次第じゃろう。あれでもよく頭は回るしの」

「確かにね……」

 

 そんなことを言っていると、廊下側からこつこつと足音が響き、Fクラスの教室の扉が開かれる。入ってきたのは明久と雄二だった。

 

「ただいまー」

「おう、今戻った」

「明久、雄二」

「首尾はどうじゃった、明久」

「ああ、うん、実はね――」

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

「「「試験召喚大会?」」」

「うん。そこで優勝して如月ハイランドのプレミアムオープンチケットを手に入れれば、教室を改修してくれるって」

 

 学園長から明久と雄二に提示された条件は、これまた珍妙な物だった。なんでも、学園長が知らぬ間に試験召喚大会の優勝者に与えられる副賞となってしまった『如月ハイランドプレミアムオープンチケット』。それを回収してこい、とのこと。

 優勝者と交渉して手に入れるのではなく、あくまでも明久達が優勝して手に入れることを前提とした、なんとも奇妙な条件だった。

 

「……で、さっきからそこでブツブツとよく分からない独り言をつぶやいている雄二は霧島との結婚を回避するために、なんとしてでもそれを手に入れる必要があると」

「僕もよく分からなかったんだけど、霧島さんがもしチケットを手に入れたら一緒に行く、なんて約束をしたみたいで……」

「…………目が死んでる」

「ちなみにもしそれを破ったら?」

「霧島さんと結婚するって」

 

 明久の話によると、このチケットはやってきたカップルを、如月グループが半強制的に結婚までプロデュース、というある種の商業戦略が組み込まれているらしい。如月ハイランドにやってきたカップルは幸せな結婚ができる、というジンクスを作り、カップルたちを集める宣伝をするためだとか。試験召喚システムで話題になっているうちの学園からカップル第一号ができれば、学園にとっても如月グループにとっても世間的にアピールできる。どちらにとってもWin-Win、ということだろう。

 

「チケットでプレオープンに行っても結婚、約束破っても結婚、って……もうこれ詰みじゃない?」

 

 僕だったら諦めて投了するまである。

 

「冗談じゃない! 俺はまだまだ自由を謳歌したいんだ!翔子と結婚だなんてやっていられるか!」

「雄二もいろいろと難儀じゃのう……」

 

 さっそくと言わんばかりに王手をかけてきた霧島の魔の手を回避するべく、雄二は自分達が有利になるよう、対戦表が決まったら科目の指定をさせてもらうように交渉してきたようだ。

 

「…………でもこれは学園長にとって悪い話ではない。宣伝になる」

「そうじゃのう。ムッツリーニの言う通り、何故チケットを回収をせねばならないのじゃ?」

「ババア曰く、『可愛い生徒の将来を勝手に決めるのは気に入らない』ってさ」

「うーん、まあ気にしても仕方ないか」

 

 明久の話から、カヲル先生が副賞以外の何かを目的としているのは明らかだった。優勝をしてもらいたいのなら、明久達ではなくAクラス、三年生辺りに頼むはずだ。なのに、明久達にチケットを回収するように指示してきた。明久達だけが有利になるよう対戦科目を決める権利を与えるということは、明久達以外にこの指令は出ていないという証明になる。

 つまり、優勝できる高得点者ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。Fクラスの問題児ツートップを誇る二人でなければいけない理由が。

 その理由がまったく分からないけれど、それなら手助けをするしかないだろう。

 

「とりあえず協力はするよ。二人が優勝できるようにね」

「え、本当!?」

「どうせ二人じゃ勝てっこないし」

「ひどい!」

「では、儂も協力しようかの。せっかくの級友の晴れ舞台じゃからな」

「…………(スクッ)」

「秀吉に、ムッツリーニまで……」

「それに、どうせ雄二のことだから僕達の協力も計算内でしょ?」

「当然だ」

 

 いつの間に復活していた雄二が腕を組みながら言う。

 

「教室の改修をするためには優勝しなきゃいけないからな。お前達にもしっかりと働いてもらう。何が何でも、どんな汚い手段を使ってでも俺達は勝つ。最悪相手を殺してでも。絶対にだ」

 

 ここまで堂々と卑怯に手を染めると宣言できる人間はそうはいない。だが雄二の眼は座ってる。アレはマジでやる気だ。どんな卑怯な手も堂々とやるのだろう。

 

「そこまで結婚したくないの?」

「当たり前だ!!」

「雄二は霧島に弱いからのう……」

「…………尻に敷かれるのは目に見えている」

 

 うんうん、と頷く秀吉と康太。

 霧島は雄二に監禁まがいのことをやっているが、アレは雄二が必死に逃げようとするから力づくになっているだけだ。抵抗を止めて素直になれば、普通にイチャイチャできるというのに。

 

「……まあ、チケットのことがなくても、そう遠くない未来に雄二は捕まりそうな気がするけど」

「どういう意味だっ!?」

 

 いや、冗談とかではなく、あの霧島から逃げれた雄二の姿が単純に想像できないのだ。どうしてか、手錠をかけられた新郎姿の雄二と、花嫁衣装で着飾った霧島の姿しかイメージができない。

 

「国外逃亡とかしない限り、……いや、それすら無理な気がする。文字通り地の果てまで追ってきそう。雄二、諦めて運命を受け入れたほうが、きっと楽になるよ?」

「お前、俺に死ねと言うのか?」

「大丈夫、どうにかなるって。Don't worry.Be happy」

「全ッ然大丈夫になれる気がしねえ!」

 

 諦めんなよお前。

 

「それで、宗一たちは何やってたの?」

「今度の後夜祭のバンドの相談だよ」

 

 僕は明久達に、康太と秀吉と一緒に演奏すること、けれどあと二人楽器ができる人を探していることを伝えた。

 

「そうなんだ……Fクラスにはいなかったの?演奏できる人」

「現状で一番できる奴は鍵盤ハーモニカだった」

「鍵盤ハーモニカって、小学生レベルじゃん……。じゃあさ、人数が足りないなら、僕がやっていい?」

「明久が?」

 

 ………………………………。

 

「できるの?」

「宗一、今の長い間は何? 言いたいことがあったらはっきり言えばいいんじゃない?」

「明久、トライアングルができるのは凄いけど、せめて鍵盤ハーモニカ以上じゃないと……」

「まさかの幼稚園児レベル!? いくらなんでも馬鹿にし過ぎじゃない!?」

 

 いやあ、明久が楽器を演奏できるところがイメージできなくて……。

 

「確かに本物のギターはやったことないけれど、音ゲーとか大得意だからね。太鼓の達人とか得意だよ」

「太鼓じゃんか」

 

 そこはドラムマニアとかにしろよ。

 

「でも、ギタドラならできるよ? 家庭用の据え置き型でも結構極めたし、自信はある」

「へぇ……それなら明久、『チューニング』って何か知ってる?」

「え? ガムがどうしたの?」

「………………」

「明久よ。それはチューイングガムじゃ」

「不採用」

「ちょ、ちょっと言い間違えただけだよ!」

 

 まあ、ゲームのギターじゃチューニングなんてする必要ないし、知らなくても不思議じゃないか。

 

「なんでそんなにやりたいの?さっき訊いた時、あんなにやりたくなさそーだったのに」

「うっ、それは……せっかくの学園祭だし、思い出が欲しいんだよ。それに、宗一だけじゃなくて、ムッツリーニと秀吉も出るんでしょ? それだと、いつも一緒に遊んでいる友達から仲間外れされて寂しいし、友達と何かひとつのことを成し遂げ―――」

「本音は?」

「モテたい」

 

 御託を並べてないで最初からそう言えばいいんだよ。

 

「それじゃあ明久と雄二は参加だね」

「ちょっと待て。俺は参加するなんて言ってねえぞ」

「僕が今決めた」

「自由すぎるだろ!」

「大丈夫だよ雄二。僕はちゃんとわかってる。本当は仲間になりたくてしょうがないって」

「気持ちの悪い笑顔で勝手に語るな」

 

 ひどい。

 

「とにかく、俺は参加しねえ。試験召喚大会に喫茶店まであるんだ。バンドなんてやってられるか!」

「そんなこと言わないでよ。僕達は友達じゃん?」

「断る。どうしてお前とバンドなんか――」

「断ると雄二が中学時代に作った自作曲をネットで配信する」

「お前は悪魔か!?」

「鬼畜じゃのう」

 

 秀吉が何か言っているが気にしない。僕はスマホを取り出し、そこに表示されたある文章を歌い上げる。

 

「『俺は誰からも縛られたくないんだ♪ ただ自由に生きたいと大空に叫ぶ――♪』」

「ぎゃああああ!! やめろぉぉおおおおおおお!」

 

 慌てた雄二が叫びながら僕の口を塞ごうとするが、僕はひょいひょいと躱す。伊達にアイアンクローを喰らってばかりの僕じゃない。これぐらいなら回避は余裕だ。

 

「雄二……」

「雄二も男の子だったんだね……」

「…………思春期は誰にでもある。恥じることはない」

「その生暖かい目をやめろぉおおお!!」

 

 雄二が頭を抱えて畳に倒れ伏す。中二時代に書いたポエムなんて、黒歴史以外の何物でもないよね。

 

「ていうかなんでお前がそれを持ってるんだ!? 天井裏にきっちり閉まっておいたはずなのに!」

「いやあ、霧島に『雄二の弱みなんかある?』って訊いたら、雄二×翔子の同人誌と引き換えに快く教えてもらったよ」

「あいつか! またあいつなのか!? あれほど俺の部屋に勝手に入るなと言ったのに……!」

「『どこで手に入れたの?』って訊いたら『……お義母さんから教えてもらった』って」

「俺に安息の地はないのか!?」

 

 霧島による対雄二の包囲網は徐々に狭まりつつある。やっぱり詰みじゃないか(溜息)

 

「で、どうする雄二。参加する? しない?」

「……ぐっ、畜生……いつか覚えておけよ……」

「よっしゃ」

 

 前々から雄二はアイポッドで音楽を聴いていたりと、かなり通だと思っていたんだよね。行動力がある雄二のことだから、ギターぐらい余裕だろう。

 実際、霧島から訊いた話だと中学時代、相当慣らしてたみたいだし。やっぱバンドは中二病(世界一バカな生物)の憧れだよね!

 

「じゃ、さっそく練習してみよっか。2日ぐらい練習すればすぐできるよ。プロの演奏をするわけじゃないし、楽しむつもりでね」

「うん、そうだね!」

「そうじゃの。時間もあまりないし、さっそくやるかの」

「…………(コクコク)」

「しょうがねえなぁ……」

 

 こうして、Fクラスのバカ五人組のバンド、『バカのクインテッド』が結成された。

 まんまだって? 細かいことはいいんだよ!

 

 

 

 




大分遅くなりました。続きを待っていた読者の皆様、ホントーにすいません!
リアルで色々と多忙だったのとあって少し休んでました。まだまだ書いていくのでこれからも読んでいただければ幸い。

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

どんどん評価していただければ幸いです。


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第五問 Fクラスのシェフ(殺傷能力S)とバカにしか見えない服

 バカテスト 『清涼祭』アンケート

学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。
「喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?」


姫路瑞希の答え
「家庭用の可愛いエプロン」

教師のコメント
いかにも学園祭といった感じですね。コストも掛からないですし、良い考えです。


土屋康太の答え
「スカートは膝上15センチ、胸元はエプロンドレスのように若干の強調をしながらも品を保つ。色は白を基調とした薄い青が望ましい。トレイは輝く銀で照り返しが得られるくらいのものを用意し裏にはロゴを入れる。靴は5センチ程度のヒールを――」

教師のコメント
裏面にまでびっしりと書き込まなくても。


吉井明久の答え
「ブラジャー」

教師のコメント
ブレザーの間違いだと信じています。


川上宗一の答え
「バカにしか見えない服」

教師のコメント
言い方を変えていますが、要は裸ですね。
西村先生が補習室で待っているので、後で来るように。


Side 吉井明久

 

 

「いつもはただのバカに見えるけど、坂本の統率力と宗一の器用さは凄いわね」

 

 美波が感心したように呟く。

 それには僕も同意だ。清涼祭初日、僕らの教室は小汚い様相を一新して、中華風の喫茶店に姿を変えていた。

 あんなボロ教室でも少し古めの中華料理店じゃないかと思えるほどだ。

 テーブルは段ボール箱ではなく木製の立派なテーブル、その上に秀吉が演劇部で借りてきた綺麗なクロスをかけることで、立派な中華料理店の内装になった。

 そしてこのテーブルを作ったのは――

 

「すごいです、川上君! あの廃材でこんな素敵なテーブルを作るなんて!」

 

 興奮したようにテーブルを見てはしゃぐ姫路さん。

 このテーブルを作ったのは、我らがFクラスの天才芸術家、川上宗一だ。

 

「もう少し時間と費用があればクオリティをもっと上げれたんだけどね」

「でも本当にすごいよ宗一! ちょっと粗があるけど、立派なテーブルじゃないか!」

 

 照れくさそうに頬を掻いている宗一だが、本当にすごいと僕は思う。

 最初は教室にある段ボール箱を積んで簡単な簡易テーブルを作ろうとしたのだが、「段ボール箱はさすがにアカンでしょ」と言った宗一が、どこからか木材を大量に持ってきて、家具職人顔負けのテーブルをあっという間に作り上げたのだ。軽トラで木材を持ってきたオジさんは宗一とやけに親しげだったけど、誰だったんだろう?

 

「アレは近くの建設会社のオジサンだよ。その人によく、建設廃材をもらっているから、ちょっと頼んで持ってきてもらったんだ」

「建設廃材?」

「簡単に言っちゃえばゴミだよ。大工さんとか建設会社とかが家を建てたりリフォームする時にできちゃう余った木材なんだ。長さや太さがバラバラで使い道がないから、本来なら捨てちゃう木材なんだけど、タダで売ってる建設会社がこの近くにあってね。僕もよくもらって、遊びで彫刻とか彫ったり、家具を作ったりするんだ。廃材だからつまりゴミ、全部タダだし。もっとも、ちゃんとした素材だったら、もっと綺麗なテーブルを作れるんだけど、今回はまぁ上手くできた方かな」

「でも、本当にオシャレね……家に置いてあっても全然違和感ないと思うわ」

 

 美波が感心したようにテーブルを撫でる。消毒もきちんとしており、やすりもかけているのでこれがゴミになる木材だとは思えないほどつるつるだ。

 

「学園祭で使う分には十分すぎるじゃろう。これなら、きっと評判も良くなるはずじゃ」

「そうね。手作りテーブルを使ってるって宣伝すれば、一般のお客さんからの受けもいいはずよね」

 

 秀吉の言う通り、宗一が作ったテーブルは、廃材から作った物とはいえ、家具屋さんで売られていると言われても違和感がないほどの出来栄えだ。これなら、イメージアップに繋がるだろう。

 けれどひとつ疑問が湧く。

 

「でも宗一、これができるなら僕達の教室の机も作れるんじゃ……」

「ヤダ」

「え?」

「50人分の机を作るとかメンドクサイ。絶対嫌だ。お金も出ないのに」

「えぇ……そんなこと言わずに頼むよ宗一」

 

 このレベルの机を作れるなら、仮に喫茶店が失敗してもすぐに設備をランクアップできる。

 

「なら明久、今度代わりに君が女装してムッツリ商会の写真撮影会を――」

「さて!飲茶の出来はどうかなぁ!?」

「……スルーしたな」

 

 話を聞かなかったことにして話題を変える。ムッツリ商会の生贄になるだなんて冗談じゃない。お尻の貞操がいくらあっても足りやしない。

 

「…………飲茶も完璧」

「おわっ」

 

 いきなり後ろから響くムッツリーニの声。普段から存在感がないムッツリーニが差し出してきたのは、木のお盆。上には陶器のティーセットと胡麻団子が載っていた。

 

「…………味見用を持ってきた」

「おぉ、これはなかなか。さすが、一緒に中華街に行った甲斐はあったみたいだね。あのお店の美味しい胡麻団子そっくりだ」

「わぁ……。美味しそう……」

「土屋、これ、ウチらが食べちゃっていいの?」

「…………(コクリ)」

「では、遠慮なく頂こうかの」

 

 姫路さん、美波、秀吉の三人が手を伸ばし、作りたてで暖かい胡麻団子を勢いよく頬張る。

 

「お、美味しいです!」

「本当! 表面はカリカリで中はモチモチで食感も良いし!」

「甘すぎない所も良いのう」

 

 と、大絶賛。やっぱり女の子は甘い物が好きなんだなぁ、三人とも。

 

「お茶も美味しいです。幸せ……」

「本当ね~……」

 

 姫路さんと美波の目がとろんと垂れる。トリップ状態だ。そんなに美味しいのだろうか?

 

「それじゃあ僕も貰おうかな」

「僕も食べよ」

「…………(コクコク)」

 

 ムッツリーニが残った二つを僕と宗一に差し出してくる。僕らはそれをつまんで一口だけ頬張った。

 

「「ふむふむ、表面はゴリゴリでありながら中はネバネバ。甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」」

 

 僕と宗一の口からあり得ない音が出た。

 そして目に映るのは僕の十六年間の人生の軌跡。あれ、これ前にも――そう、あの屋上で姫路さんのデザートを食べ――って、これ走馬灯じゃないか!

 

「あ、それはさっき姫路が作ったものじゃな」

「………………!!(グイグイ)」

「こ、康太! やめろ! そんな鬼気迫る表情で僕の口に押し込もうとするな!! これは強制幽体離脱させる特殊な飲茶だ!!」

 

 ムッツリーニが宗一の口に団子の残り半分を押し付けてくる。宗一は姫路さんのカップケーキ、お弁当(僕が食べさせた)を食べたことがあるからか、必死に抵抗している。

 

「うーっす。戻ってきたぞー。ん? なんだ、美味しそうじゃないか、どれどれ?」

 

 宗一が騒いでいる所、雄二が戻ってきた。そして何の躊躇いもなく僕の食べかけのバイオ兵器を口に運ぶ。

 

「……たいした男じゃ」

「雄二。キミは今、最高に輝いているよ」

「香典はきっちりと用意するからね雄二……」

「…………南無」

「? お前らが何を言っているのかわからんが……。ふむふむ。表面はゴリゴリでありながら中はネバネバ。甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」

 

 あー、なんかデジャヴ―。

 

「雄二。美味しかったよね?」

 

 床に倒れ伏せた雄二に問いかける。

 今、この場に姫路さんがいる。彼女を傷つけるわけにはいかない……!

 

「ふっ。何の問題もない」

 

 床に倒れたまま、雄二が返事をしてきた。よかった、意識は割とはっきりと――

 

「あの川を渡ればいいんだろう?」

 

 それはきっと渡っちゃいけない川だ!

 

「え? あれ? 坂本君はどうかしたんですか?」

「あ、ほんとだ、坂本、大丈夫?」

 

 胡麻団子(きちんとした方)を食べて夢見心地になっていた姫路さんと美波がようやくこっちの様子に気付く。どうやらさっきの一連は視られていないようだった。

 

「大丈夫だよ、ちょっと足が攣っただけみたいだから。ね、宗一?」

「そうだね、雄二は最近、出し物の準備が忙しかったから、疲れてたんだろうね。おーい、ゆうじーおきろー」

 

 とりあえず、おどけた口調で言いながら宗一と一緒に雄二を介抱する。

 僕は心臓マッサージを、宗一は雄二の気道を確保! 姫路さん達に見られないように手は必死に心臓マッサージを行い続ける……! 戻って来い雄二……!

 

「六万だと? バカを言え。普通渡し賃は六文と相場が決まって――はっ!?」

 

 よし、蘇生成功。

 

「雄二、疲れていたから足が攣ったんだよね?」

「足が攣った? バカを言うな! あれは明らかにあの団子に――」

「……もう一つ食わせるぞ」

「足が攣ったんだ。最近疲れていたからな」

 

 雄二が頭のいい奴で本当によかった。

 

(明久、いつか貴様を殺す)

(上等だ、殺られる前に殺ってやる)

 

 笑顔を張り付けて小声のやり取り。こんな僕らは仲良し二人組。

 

「ふーん、坂本ってよく足が攣るのね?」

「まあ、最近は暑いからね。水分不足になると足が攣り易いんだって」

 

 訝しんだ美波を宗一がフォロー。よかった、これで美波にもばれないだろう。

 

「知ってる? 脂肪って実は水分の塊なんだ。雄二は鍛えてるから、余計な脂肪がついてない分、水分がないと攣り易いんだよ。美波も無駄な脂肪がないから水分がないと胸が攣りバラスッ!」

「アンタは本当に一言余計ね……!」

 

 宗一……それはフォローしすぎだよ……。

 

「いてて……ところで姫路」

「はい?」

「僕はホールだけでガンバレって言ったよね?」

 

 殴られた頬を腫らしながらにっこりと笑う宗一。めっちゃ怖い。

 

「なんでキッチンに入ってるんだ?」

「それは~……そのぉ~……」

 

 気まずそうに宗一から目を逸らしながら両手の人差し指を合わせる姫路さん。よく見ると冷や汗を掻いている。

 

「姫路、次キッチンに入ったらコスプレさせるから」

 

 一体何を着させる気なんだ。

 

「な、何を着させる気ですか!?」

「そうだね、ヒントとして言うなら――」

「い、言うなら?」

 

「バカにしか見えない服、と言っておこう」

 

 ん? どういうことだろう。 バカにしか見えない服ってなんだ?

 

「…………バカにしか見えない服……!?(ブシャアア)」

 

 僕には意味が分からなかったけど、ムッツリーニは意味が分かったのか鼻血を噴き出した。ひょっとして、とんでもなくエッチな服なのだろうか。

 

「言っておくけど僕は本気だ。場合によってはこの教室のど真ん中で着替えさせる。無理やり」

「入りません!!絶対に入りませんからぁ!!」

「よし」

 

 顔を真っ赤にして首をいやいやと振りながら叫ぶ姫路さんに満足したのか、宗一が頷く。

 

「……お前は本当に変態だな宗一」

「女子に堂々と服を脱がせるなんて、よく言えるの」

 

 え? 服を脱がせる? 着せるんじゃなくて? なんだかよく分からなくなってきた。

 

「それより、喫茶店はいつでもいけるな?」

「バッチリじゃ」

「…………お茶と飲茶も大丈夫」

「よし、少しの間、喫茶店はムッツリーニと宗一に任せる。俺は明久と召喚大会の一回戦を済ませてくるからな」

「任せて、雄二」

「おう」

 

 そう言って、ムッツリーニと宗一の肩をポンと叩く。二人はスケベだけど、手先も器用で行動力もある。いざという時、頼りになるだろう。

 

「あれ? アンタ達も召喚大会に出るの?」

「え? あ、うん。いろいろあってね」

 

 適当に言葉を濁す。学園長から『川上辺りならいいが、チケットの裏事情については誰にも話すな』と釘を刺されているので、下手なことは言えない。

 

「もしかして、賞品が目的とか……?」

 

 美波の探るような視線。

 

「う~ん、一応そういうことになるかな」

 

 チケット自体は興味はないけれど、白金の腕輪にはちょっと興味がある。召喚獣を二体呼び出せるタイプと、先生の代わりに立会人になれるタイプの腕輪だったっけ?

 

「……誰と行くつもり?」

「ほぇ?」

 

 美波の目がスッと細くなった。こ、これは、攻撃色!?

 

「吉井君、私も知りたいです。誰と行こうと思っていたんですか?」

 

 気が付けば姫路さんまで戦闘モード。

 

「いや、誰と行こうかだなんて……」

「宗一、アンタは知ってるの?」

「ん? 明久が誰と行くつもりかって?」

「「(コクコク)」」

 

 僕が答えないと分かったのか、美波は質問の先を宗一に変える。

 

「んー、知ってるよ?」

「「本当(ですか)!?」」

「明久は雄二と行くつもりらしいよ」

「え……? アキ、ひょっとして坂本とペアチケットで幸せになりに……?」

 

 美波が目を丸くする。ふふ、驚くのも無理はない。なぜなら僕自身ですら驚きの新事実――って、バカぁ! 誰が雄二と幸せになりに行くんだよ!

 

(明久、堪えるんだ、二人に知られると約束を反故されるぞ)

 

 雄二から小声のメッセージ。なんて不本意な……!けど、これも姫路さんのため、雄二も我慢するらしいし、ここはぐっと堪え――

 

「ね、雄二」

「ああ、俺も何度も断っているんだが」

 

 え? 何? 裏切り? なんで僕だけが同性愛者みたいになってるの?

 

「アキ、アンタやっぱり木下よりも坂本の方が……」

「ちょっと待って! その『やっぱり』って言葉がすごく引っ掛かる!」

 

 マズイ。このままだとまた同性愛の似合いそうな生徒ランキングが上がってしまう!

 

「吉井君、男の子なんですから、できれば女の子に興味を持ったほうが――」

「それができれば、明久だって苦労はしないさ」

「そうだよ姫路。明久だって苦労してるんだ」

「雄二、宗一、もっともらしくそんなことを言わないで! 全然フォローになってないから!」

 

 こいつらとはいつか決着をつけねばなるまい。

 

「っと、そろそろ時間だ。行くぞ明久」

「くそ! とにかく、誤解だからね!」

 

 まるで小悪党の捨て台詞のように弁明し、僕と雄二は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川上君、本当に吉井君は坂本君を――」

「嘘に決まってるじゃん」

「えぇ!?」

「だ、騙したわね! すっごくリアルな嘘だから信じちゃったじゃない!」

「どうして今の話を信じられるんだ……美波、姫路」

「「え?」」

「詳しいことは話せないけれど、明久は二人の為に戦うんだ。これは本当」

「私達の……」

「ウチらのため……? どういうこと?」

「学祭が終われば理由を話してくれる。だからそれまで、今は信じて待ってあげなよ。ね?」

「……分かったわ。宗一が言うなら」

「そうですね……それなら私、吉井君を信じます」

「うん、信じて旦那を待つのも、良妻の務めだよ」

「「分か(ったわ)(りました)!!」」

「宗一も二人の扱いが上手くなったの」

「…………のせ上手」

 

 

 

 

 




もうすぐ、アニメ「ぐらんぶる」が放送。
メチャクチャ楽しみです。


感想、評価お待ちしています。


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第六問 Fクラスの接客方法

―――Side 川上宗一

 

 

 

 

 

 

 明久達が試験召喚大会に向かった後、中華喫茶「ヨーロピアン」はすぐに賑わいを見せた。

 

『この飲茶おいしー!』

『表面はカリカリで中はモチモチ!本当に高校生の出し物かしら?』

『Fクラスの教室はボロボロって訊いてたけど、普通に綺麗じゃないか』

『え!? このテーブルって手作り!? 売り物じゃなくて!?』

『でもどうして中華喫茶なのにヨーロピアンなんだろう?』

 

「うん、出だしとしては順調じゃないかな?」

「じゃの。順調すぎるくらいじゃ」

 

 賑わう中華喫茶を眺めながら、秀吉はうんうんと頷く。秀吉はキッチンとホールを往復するため、制服の上にシンプルなエプロンを着ている。ちなみに僕はホール担当。

 行列ができるほどじゃないけれど、中華喫茶という物珍しさから足を運んでくれるお客さんが多いようで、席のほとんどが埋まってしまっている。

 康太と須川の料理の腕前は、立候補するだけあってかなり上手だったようだ。僕と明久は姫路の毒に当たってしまったせいでまだ食べていないのだが。

 

「この分なら、口コミですぐ忙しくなれそうだ」

「そうじゃのう。女子がもう少しおれば、男性客も増えそうなのじゃが」

「いや、大丈夫だと思うよ?」

 

 秀吉がいれば、女子のウェイターなんていらない。むしろ秀吉だけでいいぐらい。

 

「……明久といいムッツリーニといい、どうしてお主らは儂を女扱いするのじゃ?」

「いや、僕は秀吉は男だってわかってるよ?」

「ホントかの?」

 

 訝しむような秀吉の目線。

 

「秀吉は男だってわかってるよ。僕はただ、純粋に可愛い秀吉を性欲の対象として視ているだけ――って、秀吉。どうしてそんなに間を取るのさ」

「いや、そんな普通に告白されても正直困る……」

 

 顔を真っ赤にした秀吉は後ずさるように僕から距離を取っていた。可愛い。

 

「じゃあちょっと僕は裏の準備室に行ってもいいかな。ちょうどお客も減って来たし」

「何をするのじゃ?」

「この後、グラウンドでイベントをするから着替えなくちゃいけなくてさ。少し空けるけどいい?」

「大丈夫じゃ。明久達ももうすぐ戻ってくるじゃろうから、ゆっくりしてええぞ」

「ありがとー。じゃ、ちゃちゃっと行ってくるよ」

「もし何かあれば呼ぶからの」

「うん。とは言っても、トラブルなんて早々起こらないでしょ。いろいろと対策はしてあるし」

「そうじゃの。じゃあ、ここは任せておくのじゃ」

「頼んだよ」

 

 まあ、今の所ホール担当の男共も接客に特に問題はなさそうだし、大丈夫でしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そう思っていた時期が、僕にもありました。

 

 

 

「すまぬ、宗一。トラブル発生じゃ」

「フラグ回収早くなぁい……?」

 

 準備室で着替え終わると、秀吉が困り顔でやってきた。

 

「ところでどう? この格好。変な所ない?」

「ふむ、着物じゃの。濃い青色で宗一によく似合って――って違う!」

 

 おお、秀吉がノリツッコミした。これはかなり珍しい。

 

「何かあったの?」

「うむ、少々面倒な客がおっての。対応を頼みたいのじゃ」

「面倒な客?」

「簡単に言うとクレーマーと言うやつじゃ」

 

 営業妨害? 清涼祭1日目なのに、暇な奴がいた物だなぁ。

 

「分かった。僕が対処するよ。他の連中は下がるように言っておいて」

「了解したのじゃ。……ところで宗一よ、その着物は……」

「ああ、茶道部のエロい先輩に頼んだら貸してくれた」

「エロい先輩ってなんじゃ」

「まあ今度説明するよ。ほら、行こう」

 

 やれやれ。この清涼祭、一筋縄じゃいかなそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――Fクラス教室

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこの飲茶は! 中にゴキブリが入ってるじゃねえか、アアン!?」

「この店は虫が入った飯を食わせるのかよ! 責任者出てこい!」

 

 扉を開けて入ると、耳に入ったのは大きな罵声。

 

「あれがクレームつけてきた客?」

「そうじゃ。うちの学校の三年じゃな」

 

 教室の真ん中で、大声で怒鳴り散らす二人組の男。

 一人はモヒカン頭、もう一人は小柄の坊主の男だった。よく見れば学校で何度か見かけたような気がする。気がするだけで覚えてはいないんだけど。

 見てみると、テーブルのすぐ傍の床には割れた陶器が散らばっている。おそらく飲茶を入れていた奴だ。そして割れた破片の中心に、ここからでもよく見える大きなゴキブリの死体が落ちていた。やれやれ、先輩だからってここまでする必要ないだろうに。

 

『うわ……ほんとだ、ゴキブリだ……』

『学園祭とはいっても、食べ物のお店なのに……』

『店、変えよっか……』

 

 その様子を見たお客さんが口々に呟く。中には店を変えようと席を立つ人まで。

 仕方ない。早急に手を打つとしよう。

 

「康太」

「…………宗一」

 

 キッチン担当の連中も何事かと出てきたらしく、その中に康太がいた。

 

「カメラは?」

「…………カメラは最初から回している」

「OK。じゃあ、例の準備を」

「…………了解」

 

 康太は頷き、キッチンの方に戻っていく。

 

「秀吉は周りのお客さんを対応してて。僕が言ってくる」

「うむ、頼んだぞい」

 

 ゆっくり歩み寄ると、二人の先輩はこちらに気付いたらしく、こちらにガンを飛ばしてくる。

 

「おうおう、テメェが責任者かよ?」

「はい、自分が代表代理の川上宗一です。どうされましたか?」

「どうしたもこうしたもねえんだよ!飲茶を頼んだら、中にゴキブリが入ってたんだよ!」

「ふむ」

 

 怒鳴り散らす先輩を余所に、僕は床に落ちたゴキブリを観察する。どうやら飲茶に入っていたゴキブリは本物らしい。ぬるぬるてかてかだ。

 

「失礼ですがお客様」

「なんだよ? 文句あるってのか? テメエん所はゴキブリ入れた茶を飲ませるのかよ! 先に謝罪だろ謝罪!」

「失礼ですが、ポケットの中を改めさせてもらってもいいですか?」

 

 僕がそう言うと、男二人は一瞬苦虫をかみつぶしたように押し黙る。

 が、すぐに唾を吐き散らかすように怒鳴り返す。

 

「お、俺らのポケットがなんだって言うんだよ?」

「俺達がわざとゴキブリを入れたって言いてえのか!?」

「そのゴキブリは羽がないレッドローチ(・・・・・・・・・・)。多分ですが、近くのペットショップに売られている物でしょう?」

「っ!?」

 

 ゴキブリと言うのはご存じのとおり、人に嫌悪感を与える害虫の一種だが、建物に住みつく日本のゴキブリの成虫には羽が付いている。幼虫には羽がついていないのだが、今目の前に落ちているゴキブリは羽がない。

 幼虫と言うほどのサイズでもないし、おそらく餌用に飼育されたゴキブリなのだろう。

 爬虫類や魚の生餌としてペットショップに売られている物は、脱走を少なくするため羽がないゴキブリを飼育していることが多い。僕もそこまで詳しいわけじゃないのだが、以前昆虫をスケッチしたいが為にゴキブリを何種類か見に行った時、ショップの店員さんがそんな話をしてくれたのだ。

 

「まあ、買ってきたゴキブリと家の中にいるゴキブリなんて大差ない。普通は見分けが付かない物だと高をくくっていたんでしょうが。それを飲茶に入れてクレームをつけようとしてるんですよね?」

「ど、どこにそんな証拠があるってんだ!」

「そ、そうだ! ペットショップで買ってきたゴキブリだなんて、どうやって分かる?」

「分かりませんよ?」

「はぁ?」

「そのゴキブリがペットショップで売られていた物かどうかなんて知りません。でも、あなた方がわざと入れてない(・・・・・・・・)と証明できるわけでもないでしょう」

「うぐっ」

 

 確かに、こっちの衛生管理がなってないせいでゴキブリやハエが入っていないだなんて保証はどこにもない。

 けれど、この先輩たちが悪意を持って入れなかったという証明ができないのも事実だ。

 

『確かに……』

『私達の飲茶には虫なんて入ってないしねぇ』

『机も綺麗だし、掃除もよくされてるし、ゴキブリをあの二人がわざと入れたのかもしれねえよなぁ』

『それって営業妨害じゃん……』

 

 他の客たちがざわざわとどよめき立つ。ここで重要なのは、『先輩達二人がゴキブリを入れた』という証拠がないということだ。誰かが視てたわけじゃないし、それを証明することはもうどうすることもできない。

 真実はどうなっているか分からない。

 けれど、事実を作ることはできる。

 

「あなた方のポケットを見れば、多分ビニール袋か何かが出てくるでしょう。まさかゴキブリをポケットに直接入れておくだなんてことはできなさそうですし。もちろん、証拠がなければこちら側が疑ったことを含めて謝罪させていただきます。それで、見せて頂けますか?」

「「…………」」

 

 男二人が悔しそうに押し黙る。

『先輩』というのは、存在自体が圧力だ。

 年上と言うだけで、怒鳴られただけで、悪くないのにこちらが悪いような、そう言う風に錯覚してしまえる。そんな雰囲気が出来上がる。

 この先輩二人はそうしたかったのだろう。たかがFクラス、怒鳴れば2年生ごとき、すぐに勝手に自滅する、と。

 けれど目論見が外れ、疑いの目は店ではなく二人にかかる。

 そうすればどうなるか?

 

『おいおい、反論しねえよ……』

『自作自演ってこと?』

『サイテー……』

 

 二人がゴキブリをわざと入れたという証明はできない。けれど、「二人が入れたかもしれない」という憶測を作ることができる。

 そして憶測は憶測を呼び――やがて憶測は事実に変わる。

 本当かどうかは重要じゃない。二人がやったと認識させることが重要なのだ。

 だから僕は、二人にしか聞こえない程度の小声で、二人に言う。

 

「この教室であなた方が起こした騒動の一部始終は録画させてもらってます」

「「なっ!?」」

 

 モヒカン頭と坊主頭が目を見開く。

 

「お二人は受験生ですよね? いくらなんでもネットにこの騒動が流されれば――受験に響くかもしれませんねぇ」

「……てめぇ、二年坊の癖に脅すつもりか?」

「最初に強請ろうとしたのはそっちでしょう」

 

 盗撮の天才、ムッツリーニこと土屋康太。

 犯罪の達人だが、時にカメラは犯罪を抑える抑止力となる。

 センター試験かそれとも推薦かどっちにするつもりか知らないけれど、こんな騒ぎを大学側に知られたくはないだろう。

 インターネットが普及した現代、こう言った問題行為を起こした人の映像は一日とかからず拡散される。そうすれば炎上、個人情報特定をされて学校にはいられなくなるだろう。

 クレーマーとして電子の世界にネットデビューするのは本人としても不本意なはずだ。

 

「こちらも深くは詮索しません。代わりに、そちらもこれ以上騒がない。どうです、ここは穏便に退いてくれませんか?」

 

 僕がにっこりと笑いながら、そう尋ねる。

 もちろん、二人に逃げ道はないのだが。あくまで立場はこちらの方が上である。

 

「……分かった」

 

 モヒカン頭が悔しそうに言い、坊主頭が気まずそうに席に座る。

 僕は他のお客さんたちの方を向いて言う。

 

「……皆さん、大変お騒がせしました。このような騒動を起こしてしまい、大変申し訳ありません、お詫びとして、当店自慢の胡麻団子を皆様にタダでサービスさせて頂きますので、引き続きお楽しみください」

 

 僕がぺこりとお辞儀をすると、騒ぎを注目していたお客さんたちからぱちぱちと拍手が鳴り響く。うん、これなら『ゴキブリが入った飲茶を出す店』だなんて噂は出ないだろう。

 

「…………宗一、お疲れ」

「康太」

「…………持ってきた」

 

 そんな拍手の中、手に胡麻団子が載った皿を運んできた康太が、坊主頭とモヒカン頭のテーブルにそっと置く。

 

「……何の真似だ」

「今回のことは水に流すということで。せっかく中華喫茶に来たんですから、胡麻団子ぐらい食べていってください。あ、もちろん虫なんて入っていないので、安心して食べてください」

「……チッ、言うじゃねえか」

「しょーがねえな」

 

 モヒカン先輩達はそう言いながら団子を口に含み、もぐもぐと咀嚼し始めた。

 

「「ふむふむ、表面はゴリゴリでありながら中はネバネバ。甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」」

 

 二人は口からあり得ない音を出してばたんとイスをひっくり返して倒れてしまう。

 それを見た僕は大げさに、周りのお客に聞こえるように言う。

 

「あららー、胡麻団子があまりにも美味しすぎて眠っちゃったようですねー。これは大変だー、仕方ないので保健室のベッドに連れて行かなければー(パチン)」

 

((( ザッ )))← Fクラスホール班担当到着

 

「二人を連れていけ。校舎裏にでも捨てておけ

 

「「「イエッサー」」」

 

 体力自慢のFクラスホール班達が先輩二人を担いで教室から出ていく。ふう、これにて一件落着。

 すると、他の客の対応を一段落させた秀吉が近寄ってくる。

 

「宗一、ご苦労じゃったの。まるで探偵のような説得で思わず聞き入ってしまったぞい。ところであの胡麻団子は……」

「姫路がこっそり作ってた奴。さっき確認したら皿にいくつか混ざってたから、康太に頼んで回収しておいてもらったんだ」

「どうしてそんな危険物を……」

「害虫駆除用に」

「…………殺傷能力抜群」

 

 一家に一個、台所に置いておけばたちまちゴキブリが死滅します。

 

「そもそも姫路の団子があるのにうちのキッチンからゴキブリが沸くわけないじゃない」

「……確かに、妙な説得力があるの。ひょっとして、あの二人のクレームは最初から嘘じゃと分かっておったのか?」

「そうだよ」

 

 ゴキブリ駆除用のホウ酸団子なんて目じゃない姫路特性の団子があるんだ、うちからゴキブリなんて出るわけないでしょ(確信)

 

「じゃあ、僕はこれから召喚獣のパフォーマンスやってくるから、あとは二人に任せたよ」

「了解したのじゃ。こっちも暇を見つけ次第、見学しに行くからの」

「…………ファイト」

 

 二人に見送られ、僕は教室から出ていく。

 とりあえず問題も片付いたし、張り切ってパフォーマンスやってきますか。




もし、宗一達がカルデアにやって来たら―――



「それじゃあ、準備はできたよ。5人とも、準備はいいかい?」

 レオナルド・ダヴィンチが少年達5人に声をかける。

「おう」

 逆立った赤い髪をした、背が高い少年、坂本雄二。

「もちろん!準備オッケーだよ!」

 茶髪の、柔らかい雰囲気を持つ少年、吉井明久。

「こっちも準備オーケーじゃ」

 古い爺言葉に女の子のような容姿を持った中世的な少年、木下秀吉。

「…………問題ない」

 青みがかった、暗い雰囲気を持つ地味な少年、土屋康太。

「どんなサーヴァントが来るんだろう。ワクワクするよ」

 天然パーマで、少し興奮したように声を弾ませる少年、川上宗一。

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。
 そこに、6人の日本人が、マスターとしてやってきた。
 一人は藤丸立夏。デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトのマスターを務める少女。
 後の5人は、なんと同じ日本、同じ学校に通っていた高校生だと言う。彼らもレイシフト適性が100%という、稀有な才能を持った少年達だ。
 なんでも、バイト募集の張り紙と勘違いした吉井明久という少年が、坂本雄二ら4人を巻き込み、このカルデアにやってきたとらしい。
 しかし、レフ・ライノールの企みによって人理は焼却。カルデアも爆破され、多くのマスターとスタッフが意識不明の重体に。
 窮地に追い込まれたが、藤丸立夏嬢とマシュの活躍によって特異点Fを修復。その後、特異点から帰還した二人だが、怪我を負っていた日本人5人が目を覚ましたのだ。

 その5人に事情を説明し、人理修復に協力してもらうように頼み込む。

 しかし、藤丸立夏含め、この日本人6人は魔術の魔の字も知らない、一般人だった。
 
「……高校生に世界を救ってもらわなきゃいけないだなんて」
「おいおい、ロマニ。そういう自己問答は後にするって約束しただろう? ほら、さっそく彼らが召喚するよ?」


「明久、さっきの呪文覚えてるな?」
「もちろん! こういう魔法の呪文はRPGの基本だからね! ばっちりさ!」
「バカはゲームとか、面白そうなことはすぐ覚えるからね」
「バカとはなんだよ宗一!」
「お主ら、もっとまじめにやらんか……これから世界を救わねばならんと言うのに……」
「…………いつものこと」

「……なんか、すごい緩いね、あの子達」
「まあ、変に気負われるよりは全然いいよ。さ、諸君。呪文は覚えたね? では、英霊召喚を始めよう!」


 ダ・ヴィンチがそう声を上げると、途端に5人は真面目な顔になり、自分の右手を、召喚の為の魔法陣に向け、呪文を唱え始める。


「「「「「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」」」」」


宗一「降り立つ風には壁を!」

康太「…………四方の門は閉じ」

秀吉「王冠より出で」

明久・雄二「王国に至る三叉路は循環せよ!」

 五人が教えた通り、教えた順番通りに呪文を唱え始めると、召喚ルームの空気が揺れる。風が通る窓なんてどこにもないのにどこからか風が吹き始め、五つの魔法陣の上に小さな魔力の渦が産まれる。

 そして五人の右手の甲に、いつの間にか赤い模様が刻まれる。
 令呪。
 マスターの証。
 未来を取り戻す戦いに身を投じる、マスターの証。



 ――――告げる。


「「「「「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」」」」」

 五人の少年達の呪文が紡がれる。言葉がひとつずつ紡がれると、それに呼応するかのように、風が強くなっていく。

「「「「「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」」」」」

「……来るね」

 ダ・ヴィンチが、小さく呟く。カルデアの召喚システムは触媒に頼らずに英霊を呼び出すことができるが、呼び出す英霊を選ぶことはできない。けれど、今この部屋に満ちる魔力の渦は、大英雄が現れることを示していた。

「「「「「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」」」」」


 五人が呪文を唱えきると、召喚ルームが強い光に包まれる。
 目を開けてはいられないほどの、大きくて強い光。
 そして、光が収まると――彼ら五人の魔法陣の上に、英霊が立っていた。

秀吉「……お主が、儂のサーヴァントかの?」

「やっほー! ボクの名前はアストルフォ! クラスはライダー! それからそれから……ええと、よろしく!」

 木下秀吉の前には、純真無垢で明朗快活な美少女(?)が。

雄二「……俺のサーヴァントは……」

「──サーヴァント、バーサーカー。真名、ベオウルフ。じゃ、殴りに行こうぜマスター。せいぜい楽しませてくれよ」

 坂本雄二の前には、野生の狼のような、全身に傷跡を持つ筋骨隆々とした戦士が。

康太「…………!!(ブシャアアアッ)」 

「アサシン、酒呑童子。ふふ。うちを召喚してくれて、おおきにありがとう。好きにやるけど――かまへんね?」

 土屋康太の前には、際どい恰好をした京言葉を喋る鬼の少女が。

明久「…………君は……」

「新選組一番隊隊長、沖田総司推参! あなたが私のマスターですか?」

 吉井明久の前には、桜色のような白髪の、刀を持った少女が。

宗一「…………これが、英霊」

「葛飾北斎。しがない画工サ。お点前さまが『ますたあ』殿で? ホー、なかなか絵になる御仁だ。ま、よろしく頼むサ」

 川上宗一の前には、大きな筆を持ち、奇妙なタコ型の生き物を傍に侍らせた和風の少女が。

「さあ、準備が整ったようだね、マスター諸君。ここから始まる、人理修復の旅。世界の命運は、文字通り君達に託された!」

 これは、バカ達による人理修復の旅である。






 という妄想でした。章やイベントをクリアするごとに五人と立夏のサーヴァントが増えていく感じです。

 明久
 セイバー 沖田宗司
 ルーラー ジャンヌ・ダルク
 アヴェンジャー ジャンヌ・ダルク・オルタ

 雄二
 バーサーカー ベオウルフ
 アーチャー 織田信長
 アーチャー エミヤ
 ランサー クー・フーリン

 康太
 アサシン 酒呑童子 
 アーチャー ロビンフッド
 アサシン ジャック・ザ・リッパー

 秀吉
 ライダー アストルフォ
 セイバー シュヴァリエ・デオン 

 宗一
 フォーリナー 葛飾北斎
 キャスター アンデルセン
 アヴェンジャー サリエリ


「宗一だったらこの鯖……明久だったらジャンヌかなーwデュフフw」
 という妄想をベッドの中で組み立ててました。続きません。


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第七問 その日、バカ達は思い出した。

Side 吉井明久

 

 

 

 

 

 1回戦が終わって、雄二と友情の確認(殴り合い)をしていると、試験召喚大会のステージに秀吉がやってきた。

 

「雄二、明久よ。殴り合いなぞしておらんで、急いで教室に来てくれんかの?」

「あれ? 喫茶店で何かあったの?」

「単純に人手が足りぬのじゃ。トラブルも少々あったが、それより客がかなり入ってきての、手が足りぬ。急いで戻ってきて欲しいのじゃ」

「トラブル?」

「3年生が営業妨害をしての。宗一が姫路の団子を食べさせて何とか事なきを得たのじゃ」

「え?事なきを得たのそれ?」

 

 衛生管理のことで実行委員会から何か言われないだろうか。

 

「営業妨害か……大方、虫が入ってただのなんだのといちゃもんつけてきたんだろ」

「よく分かったの」

「確かに教室はボロいが、宗一のテーブル、ムッツリーニと須川の飲茶は完璧だ。営業妨害で指摘できる所なんてないから、ないから作ろうって言う魂胆なんだろう」

「ま、いざとなったら雄二を充てるのが一番だよね。チンピラにはチンピラが一番!」

 

 実際、雄二は腕っぷしが強いし、こういう場面にはうってつけだ。

 

「もしまた同じような客がおったらどうするのじゃ?」

「そしたら『パンチから始まる交渉術』をするだけだ」

 

 凄い交渉術だ。

 

「ちなみに、そのチンピラたちの名前は?」

「常村と言うモヒカンの生徒と、夏川と言う坊主の先輩じゃ」

 

 なんとも分かり易い特徴だ。

 

「宗一が殺ったなら、もう営業妨害だなんて真似はしねえと思うが……。ま、用心はしておこう。っと、着いたな」

「うわあ、すごい盛況だね!」

 

 Fクラスの教室は、清涼祭が開始してからまだ2時間も経っていないと言うのにかなりのお客さんが入っていた。

 ホール班担当のクラスメイト達は忙しなくキッチンとホールを往復している。

 客層はどうやら男子より女子の方が多いようだ。おそらく、胡麻団子と飲茶の口コミが広まったからなのだろう。

 

「どうやら口コミがかなり広まったようでの。次の二回戦まで手伝ってもらっていいかの?」

「オッケー!」

 

 姫路さんの転校を阻止するためにも、出だしは大事だ。ここでたくさん稼いで、設備のランクをアップさせなければ!

 

「ん?そういえば、宗一はどこ行った?」

 

 雄二がきょろきょろと辺りを見渡しながら言う。そう言えば、例の変態の姿が見えない。

 

「宗一なら、今あそこにおるぞい」

 

 秀吉はそう言って窓の外を指差す。

 僕は窓の方へ近づいてみると――――

 

 

 

 

 

 ――――真っ黒な怪獣の目が、僕らの教室を覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、バカは思い出した。

 

 奴らに支配されていた恐怖を。

 

 鳥かごの中に囚われていた屈辱を。

 

 

 

 僕は夢か幻でも見ようとしてたのか?

 僕は知っていたはずだ、現実って奴を。

 

 普通に考えれば簡単に分かる。

 

 こんなでけぇヤツに勝てねえってことぐらい……。

 

 

 

「ご、ゴジラぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 あの黒くてごつごつした身体、トカゲのような頭、鎧のような鱗!あれはゴジラじゃないか! まさか、学校襲撃!? ゴジラは現実だった……?

 

「明久よ、落ち着くのじゃ」

「何言ってるのさ秀吉! ゴジラだよ!? ここ三階だよ!? 早く逃げなくちゃ!!」

 

 早くみんなを避難させないと……って、アレ? なんで他のお客さんは誰も怖がっていないんだ?それどころかスマホでカメラを撮る始末だし。ゴジラもこっちをじっと見るだけで動こうとしない。

 

「へぇ、あれが宗一が言っていた奴か」

「何悠長にしてるんだよアホ雄二!そんなことより避難を……え? 宗一?」

「アレは前にも見たことがあるじゃろう、明久。ほれ、よく目をこらして、見るがよい」

「あれって……召喚フィールド?」

 

 よく見ると、ゴジラを閉じ込めるように四角形の大きな召喚フィールドが展開されている。

 そしてゴジラの足元にいるのは―――

 

「宗一と鉄人!?」

 

 そこには相変わらず暑苦しい顔をした鉄人と、青い着物に身を包んだ宗一が立っていた。

 

「アレが例の召喚獣を使ったパフォーマンスなんだろ」

 

 さらに宗一の足元には、宗一の召喚獣がいる。ゴジラと比べて見ているせいか、すごく小さく見える。

 

「グラウンドをほぼ全面使って校舎と同じ大きさのゴジラを描いたようじゃ。派手じゃのう」

「ん? 宗一の召喚獣がまた何か描きはじめたぞ」

 

 観ると、宗一の召喚獣が四方八方を飛び回り始め、水色の絵の具を辺りに飛び散らせ始める。

 ゴジラの横を飛び回り、ある時は校舎の壁を駆け上り、ある時は持ち前のジャンプ力で校舎より高く跳び上がり、筆を振るう。

 

「すごい。召喚獣ってあんなに速く動けるんだ……」

「恐らく今のあいつの召喚獣の持ち点は千点を超えてるんだろうな……いや、千点かどうかも怪しいな。恐らくもっと持ち点を蓄えてるんだろう」

「どういうこと、雄二?」

「これだけのサイズの絵を実体化させるには莫大な点数が必要になる。腕輪を使っていたとしても、何十分も実体化を維持はできねえしな。多分だが、鉄人かババアに交渉して簡単なテストを用意してもらったんだろ。例えば小学一年生レベルのテストとかな。そうすれば、点数を余裕で1000点取れる」

「なるほどのぉ。あの機動力は点数を稼いだからかの」

 

 

『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 

 

 宗一の召喚獣が飛び回って何かを描いている間も、ゴジラは叫び、尻尾を振り回して暴れまわる。時折、意志を持ったゴジラが尻尾を校舎に叩き付けようとするが、物理干渉ができないゴジラの身体は何事もないように透き通る。尻尾が当たった部分は壊れないし、召喚獣を見ていた観客達はきゃーきゃーと楽しそうに騒いでいる。なるほど、召喚獣の宣伝としてはこれほど効果的な物はないだろう。

 

「それにしても……恐ろしいの」

「ああ……まったくだ」

「恐ろしい?何が?」

 

 僕は首を傾げて秀吉と雄二を見ている。どこが恐ろしいんだろう? こんなに凄いパフォーマンスなのに。

 

「仮にだが、明久と同じように宗一の召喚獣が観察処分者と同じ仕様だったらどうなると思う?」

「僕と同じ?そしたら、僕と同じように痛みとかフィードバックが来るんじゃないの?」

 

 本当にアレはやめてほしい。痛みと疲れのフィードバックなんて観察処分者をしている僕からすれば最悪な欠陥だ。

 

「違う。観察処分者の能力はそれじゃないだろう」

「ええ? それ以外だと……物に触れるってだけだよね。それがどうしたのさ」

「明久よ、宗一のあのゴジラがもし、物理干渉の力を得たらどうなるのじゃ?」

「……あっ」

「ようやく気付いたか」

 

 僕はそれを聞いて背中に嫌な悪寒が走る。

 今目の前にいる、宗一が描いたゴジラが……物に触れる?

 馬鹿な僕でも想像できる。それがどんなとんでもない力なのか。もし物理干渉ができれば何が起こるのか。

 

「改めて考えると、とんでもない力だね……」

「ババアも鉄人もその辺りは分かっているだろうから宗一を観察処分者にすることは絶対にないだろうがな。まあ、とは言っても」

「え?」

「あの変態がそんなことをするわけねえしな」

 

 そう言って雄二は校庭で召喚獣を操作している宗一をちらりと見る。

 宗一の表情は3階のFクラスの教室からでもよく見えた。

 その顔は普段から教室で、宗一がスケッチやイラストを描いている時によく見る、「絵を描くのが楽しくて仕方がない」という表情だった。 

 

「うん、そうだね。宗一はそんなことしないさ!僕達の友達だもんね!」

「じゃのう」

「だな」

 

 秀吉と雄二がそう言って笑う。僕も、鏡を見なくても分かるぐらい笑顔だろう。

 一瞬、ほんの一瞬だけ宗一の召喚獣が誰かを傷つけることを想像してしまった自分が嫌になる。

 宗一は確かにスケベで変態だけど、誰かを本気で傷つけるようなことをする奴じゃない。ましてや自分が大好きな絵で誰かを傷つけるなんて。

 僕の胸ポケットには、姫路さんと美波が描かれたイラストがお守り代わりに入っている。僕はこれをもらった時、本当に嬉しかった。宗一も、喜んでいる僕を見て喜んでいた。

 そうだよ、当たり前のことじゃないか。宗一は誰かを傷つけるより、誰かに喜んでもらうことの方が好きな奴だということを知っているじゃないか。

 

「お、そろそろできるみたいだぞ」

 

 雄二がそう呟き、僕らはゴジラの横の召喚獣の絵を見た。

 

「これは……キツネのノイン?」

 

 それは如月グランドパークのキャラクター、水色のキツネ『ノイン』だった。小さい子供に大人気なキャラクターが大怪獣ゴジラの横に……なんてシュールな。

 すると、ノインが腕を振りかぶり、突然ゴジラに殴り掛かった。突如殴られたゴジラはその衝撃が強かったのか、後ろによろける。

 

「うぉお!? ノインがゴジラに喧嘩を仕掛けたのか!?」

「いや、アレは喧嘩と言うより……」

 

『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 ゴジラが怒りに荒れ狂い、建物を震わすような叫び声を放つ。

 しかし、キツネのノインは物おじせずにゴジラの前に立ち、僕達がいる校舎を守るように肉球がついた両手を広げる。

 

「僕達を守ってる?」

「なるほどのう。さながらヒーローショーのようじゃ」

「すげえ大迫力だな」

 

 屋上の放送機材から流れ始めたゴジラのテーマソングが、校庭の空気を緊迫化させる。

 ゴジラがノインに向かって走り出し、ノインはそれを体当たりで受け止める。

 ノインがゴジラを突き飛ばすと、両者はまるでボクシングの試合のように戦いを始めた。

 ノインの右ストレートがゴジラのこめかみを的確にとらえる。

 だがゴジラは太い尻尾を振ってノインの鳩尾に衝撃を与える。

 どかん、どかんと、着ぐるみと怪獣が殴り合う音とは思えないような、あるいはこのサイズだったらこんな音になるのか、鈍い音が響きあう。

 僕はゲームや漫画が好きだ。そして今目の前には、テレビやアニメの中にしかないような、特撮を間近で見ているような、リアルなショーが繰り広げられている。

 校舎の窓には、学校中の生徒達が両者の戦いを見届けようと窓に張り付いている。

 校庭にも、自分達のクラスの出し物を放り出した一年生、二年生、三年生、そして教師達が観客として応援していた。

 

『ノイン――――! 頑張れ――――!!』

『ゴジラ、行け、そこだ!負けんじゃねえ!』

『『『ノイン!ノイン!』』』

『『『ゴジラ!ゴジラ!』』』

 

 校庭を包むゴジラ・ノインコール。

 僕も秀吉も雄二も、手に汗を握って「ゴジラ VS ノイン」の戦いを見守っていた。

 

 

 そして、決着は訪れる。

 ノインが右アッパーをゴジラの顎に叩き込むと、ゴジラは弱々しく呻き声を上げて、徐々に透明になって消えたのだ。おそらく、ゴジラの耐久力が底を突いてしまったのだろう。宗一の絵はどれぐらい点数を注ぎ込んだかによって強弱が変わっていく。けれど、殴られ続ければあのサイズの絵でも消滅する。

 つまり―――

 

『ノインが勝った――――!!』

 

 ノインが空に腕を上げると、校舎と校庭を大歓声が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

「はぁ……はぁ……!」

「川上、大丈夫か?」

「いえ……きついっす……鉄人先生……」

「西村先生と呼べ」

 

 歓声が聞こえる。誰かの声が別の誰かの声と混ざって、何を言っているかよく聞こえない。

 このサイズの絵を描くのが、召喚獣を操作するのがこんなにきついと思わなかった。召喚獣の補助があるとはいえ、ミニサイズの絵を比べるとかなりの集中力が必要になる。

 汗と動悸が止まらない。

 もうへとへとで、今すぐにも膝を突いてしまいそうだった。

 ていうかもう無理。倒れる。

 

「川上、大丈夫か!?」

 

 仰向けに倒れた僕の顔を鉄人が覗き込む。

 

「大丈夫先生……疲れただけで、気分は最高なんですよ……」

 

 見上げると、召喚フィールドと片腕を空に突き上げたノインが見えた。

 体力を使い果たし、汗でべとべと。

 なのに僕の心は、達成感と晴れやかな気持ちでいっぱいだった。

 

「サイコー」

 

 

 

 




長らくお待たせしました。ゆったりとしたペースですが、投稿を再開していきます。
これからもよろしくお願いします。


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第八問 ガバガバなバカ

現代社会

問 以下の問いに答えなさい。
[PKOとは何か、説明しなさい]


姫路瑞希の答え

[Peace Keeping Operation (平和維持活動)の略。
 国連の勧告のもとに、加盟各国によって行われる平和維持活動のこと]


教師のコメント

正解です。




土屋康太の答え

[Pants Koshi-tsuki Oppai の略。
 世界中のスリーサイズを規定する下着メーカー団体のこと]


教師のコメント

君は世界の平和を何だと思っているのですか。




吉井明久の答え

[パウエル・金本・岡田 の略]


教師のコメント

それはセ界の平和を守る人達です。




川上宗一の答え
[Punch Knock Out の略
 アメリカのボクシング協会のこと]

教師のコメント

先生もボクシングは大好きです。



Side 川上宗一

 

 

 お ま た せ 。

 はい、よーいスタート(棒)

 ガバガバな清涼祭試験召喚大会二回戦がはっじまーるよー。

 今回は特設ステージで明久・雄二ペアを使っていきます。

 対戦相手はBクラス代表根本&Cクラス代表小山ペア。

 強敵ですがあるアイテムを使えば雑魚雑魚の雑魚なので問題ないです。

 

 まずは試合の形式に乗っ取り召喚獣を出しましょう。

 科目は英語。僕は苦手じゃないですが明久雄二ペアは点数はそこそこ低いですね。

 ですが戦闘はほぼ行わないので、点数は気にしなくてヘーキヘーキ。

 審判が試合開始の合図をしたらあるアイテムを取り出しましょう。

 天高く空へ掲げ、特に根本君にしっかり見えるようにしましょう。

 

 掲げたのはムッツリ商会提供『生まれ変わったワタシを見て!』でした。

 

「さて、根本君、この写真集をばら撒かれたくなかったら……」

 

 あ、おい待てい(江戸っ子)。

 明久が「おとなしくしろ!バラ撒くぞこの野郎!」と脅しましたがここでただ根本ニキを脅すのは悪手です。ていうか既に海外にばら撒かれてるので意味がないんだよなぁ。

 おっと、ここで雄二のファインプレー。

 明久を止め、小山にちらりと1ページだけワンチラリ。

 

「さ、坂本! 分かった、降参する! だからその写真だけは……!」

 

 おっとここで早くもゲームセット。タイマーを……止めずに、ここでちょっとだけボーナススコアを狙ってみましょう。

 

「Cクラス代表。この写真集が観たかったら俺達に負けるんだ」

「さ、坂本!お前は鬼か!?」

 

 当たり前だよなぁ?(暗黒微笑)

 

「いいわ、私達の負けよ」

 

 小山が降参したところでタイマーストップ。

 記録は2分19秒。なかなかのタイムでした。

 小山にはちゃんと写真集を渡して1ページ1ページしっかり見てもらいましょう。あとしっかり審判に声をかけて勝利宣言をもらいます。

 

「あ、はい!坂本君と吉井君の勝利です!」

 

 乾燥した完走ですが、もうちょっと写真集の表紙をいいデザインにできないかなと思いました(反省)。

 

「別れましょう」

「友香ぁぁ―――――――!」

 

 根本君が何か騒いでいますが、オール無視です。これは彼の自業自得なんですから。

 純情な乙女が書いたラブレターを使って脅しをしてはいけない(戒め)。

 

 

 ……ところで全然試験召喚獣で戦闘してないんですけどいいんですか?

 今のはガバだよガバ。ルール自体ガバガバなんで多少戦闘しなくても問題ないです。終わり!!閉廷!!以上!!皆解散!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2回戦、ガバガバすぎて見ごたえも糞もなかった」

 

 心の中でRTA実況を付けてたけど、観てて全然楽しくなかったです、まる。

 あらかじめ雄二に作戦を聞いていたから新鮮味がなかったというのもあるんだろうけど、一切戦闘せずに相手を脅迫する一部始終を見ても楽しくはない。

 せっかくパフォーマンスが終わって急いで見に来たのに、なんか時間損した気分。

 

「さて、どうしようかな。康太達の手伝いに行くか……」

「変態のお兄ちゃん!」

「でもせっかくだしその辺の屋台に……」

「変態のお兄ちゃん!」

「そういえばAクラスは確かメイド喫茶……工藤のメイド服とか観れるのかしらん」

変態のお兄ちゃんってば!

「ん?」

 

 声が下の方からする。首を下にしてみてみると、そこには小さな女の子がほっぺたを膨らませて僕を見上げていた。

 腰まで伸びたツインテールが特徴的で、グリーンアイの瞳がうるんで僕を睨みつける。

 

「えっと……君は?」

「ひどいです!変態のお兄ちゃん!さっきから葉月がずっと変態のお兄ちゃんって呼んでいるのに変態のお兄ちゃんは―――ムグッ」

「ごめん。とりあえずちょっと黙って」

 

 なんでそんな変態変態言われなきゃいけないんだ。警備員さんにお呼ばれされちゃうだろ。大体その呼び方をするのは――あ。

 

「ひょっとして葉月ちゃん? 美波の妹の?」

「はいです!やっと思い出してくれましたか!」

 

 思い出した。確か去年、美波の家に日本語を教えに行った時、美波に紹介されたんだっけ。その時美波が「こいつは変態だからあんま近付いちゃ駄目よ」とか言うから「変態のお兄ちゃん」という不名誉な呼び方をして僕に懐いたんだった。

 

「ごめんね、葉月ちゃん。すっかり葉月ちゃんも大きくなってたから気付かなかったよ。可愛くなったね」

「本当ですかっ!葉月嬉しいです!ちょっとは大人になれましたか?」

「もちろん」

 

 僕がそう言うと、葉月ちゃんは「嬉しいです!」と太陽のような笑顔を浮かべて僕の腰に突進してきた。突進ていうか頭突き。鳩尾に入った。この威力……きっと将来ラグビー選手になれるよ……。

 

「ぐふっ……とりあえずそれ痛いからやめようか。で、今日はどうしたの? 美波に会いに来たとか?」

「あ、お姉ちゃんに会いに来たのはあるんですけど、今日葉月はお兄ちゃんを探しているんですっ」

 

 お兄ちゃん? 美波に兄貴なんていたのだろうか。

 

「名前はなんていうんだ?」

「あぅ……分からないです……」

 

 兄貴じゃないのか。じゃあ近所のお兄ちゃんみたいな感じなのだろうか。

 

「それなら何か特徴とかある? 分かれば探すのを手伝ってあげられるんだけど」

「えっと……バカなお兄ちゃんでした!」

「お、おう……」

 

 自分の知り合いをいくらかリストアップする。いけない。Fクラスのクラスメイト全員が対象だ。

 

「えーっと、他には何かないかな?」

「え、えーっと……その、すっごくバカなお兄ちゃんでした!」

「明久だな」

 

 僕の知り合いですっごくバカなのは明久ぐらいだ。

 

「知ってるんですか、変態のお兄ちゃん!」

「ああ、もちろん……でも葉月ちゃん」

「はい?」

「変態のお兄ちゃんじゃなくて、普通に呼んでくれない?そう呼ばれると僕すっごく困るんだ」

 

 さっきから視界の端で僕らを見ながらひそひそしている人達の視線が痛い。

 

「えっと……それじゃあ、なんて呼べばいいですか?」

「うーん、宗一でいいよ」

「分かりましたっ! 宗一お兄ちゃんっ!……宗一お兄ちゃん?どうしたんですか?」

「ごめん、その呼び方は僕に効く」

 

 これが妹属性……なんという破壊力だ。

 

「それじゃあ案内するよ。ついてきて」

「はいっ、ですっ!」

 

 葉月ちゃんは僕の右手をしっかり掴んで歩く。少し嬉しい。妹は最近反抗期なのか僕を生ゴミを観るかのような冷徹な目をするので、こういった甘えてくれる年下は初めてだった。

 

「えへへー」

「ん?」

「宗一お兄ちゃん、お兄ちゃんみたいですっ!」

「……ふふん、お兄ちゃんだからね」

 

 

 こんにゃろういい子じゃないか。あとで綿あめ買ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

 

「というわけで葉月ちゃん。もっかいそのお兄ちゃんの特徴言ってみて。せーのっ」

「えっと、すっごくバカなお兄ちゃんでした!」

「「「「それは吉井で間違いないだろ」」」」

「でしょー? 僕もそう思ってた」

 

 

 Fクラスに戻ってきた宗一は小さな女の子を連れていた。初めは事案かと思ったけど女の子は人を探しているみたいで宗一はその案内をしてあげたようだった。

 連れてきた瞬間、クラスメイトに囲まれた宗一は女の子に「そのお兄ちゃんの特徴を言ってみて」と言ったかと思えば僕の方に一瞬で視線が集まった。

 嫌だな、泣いてないよ?

 

「まったく失礼な! 僕に小さな女の子の知り合いなんていないよ!絶対に人違い―――」

「あ、バカなお兄ちゃん!(ぼふっ)」

「……で、絶対になんだい? 明久」

「絶対に、人違いだったらいいなって……」

 

 宗一が穏やかな笑みを浮かべる。どことなく嬉しそうだけど、そんなにいいことがあったのだろうか。

 

「その子は島田葉月ちゃん。美波の妹で、明久を探しているみたいだったから連れてきたよ」

「え?美波の妹!?」

 

 宗一の紹介に思わず聞き返してしまう。言われてみると、確かに目の色や髪の色が似ている気がする。

 

「うん。歩きながら話を聞いてたけど、どうやら明久と結婚の約束をしたって。ねえ、葉月ちゃん」

「はいですっ!葉月はバカなお兄ちゃんと結婚の約束とちゅーをしましたっ!」

 

「瑞希!」

「美波ちゃん!」

 

「「殺るわよっ!!」」

 

「ごぶぁっ!?」

 

 な、なんだ!? 突如首に痛みが!?

 

「おう、宗一か。パフォーマンス観ていたがすごかったぞ」

「あ、雄二。ありがとうね。そっちの二回戦は面白くもなんともなかったよ」

「は、そりゃ褒め言葉だ。ていうかさっきのノインvsゴジラみたいなのと比べられても困る」

「宗一お兄ちゃん、さっきのおっきなノインを描いたの宗一お兄ちゃんだったんですか!? すごいですっ!」

「ふふふ。後でまた描いてあげるよ」

「わーい!宗一お兄ちゃんありがとうですー!」

「よかったな、チビっ子」

 

 ほのぼのとした雄二と宗一、そして葉月ちゃんの会話。

 

「瑞希、そのまま首を後ろに捻って。ウチは膝を逆方向に曲げるから」

「こ、こうですか?」

 

 そして殺伐とした美波と姫路さんの会話。混ざりたい!僕もあっちのほのぼのとした会話に混ざりたい!!

 

「島田の妹よ。明久にキスをしたというのは本当かの?」

「はいですっ!葉月のファーストキスです!」

 

「坂本は包丁を持ってきて。五本あれば足りると思う」

「吉井君、そんな悪いことをするのはこの口ですか?」

「お願いひまふっ!はなひを聞いてくらはいっ!」

「仕方ないわね。2本刺したら聞いてあげるから待ってなさい」

「あのね、美波。包丁が一本でも刺さったら致命傷なんだよ?」

 

 美波に足りないのは日本語力だけじゃないと思う。

 

「あ、お姉ちゃん! 遊びに来たよ!」

 

 お姉ちゃん……あ!思い出した!小さな子がぬいぐるみを買うのにお金が足りなくて困ったから手伝ってあげたんだっけ。観察処分者に認定されてたりしてたからすっかり忘れてたよ

 

「去年のぬいぐるみの子か!」

「ぬいぐるみの子じゃないですっ、葉月ですっ!」

「ごめんごめん、久しぶりだね。元気だった?」

「はいですっ!」

「葉月! 葉月とアキって知り合いなの?」

「うん。去年いろいろあってね……葉月ちゃんは宗一のことなんで知ってるんだろ」

 

 さっきから見てるとどうやらかなり葉月ちゃんに懐かれているらしい。

 

「それは……ウチが日本語話せなかった頃、家に呼んで勉強教えてもらったりしてたから……」

「そうだったんだ。美波の家に行ったことあったんだ宗一……」

 

 多分、その時に葉月ちゃんと面識を持ったんだろう。……ううん、なんか――

 

「ちょっと羨ましいな」

「え?」

「だって、僕の方が美波と先に仲良くなったのに、なんか羨ましい」

「それって……アキ……ふふ、しょうがないわね。今度はアキをウチの家に招待してあげる!夕ご飯とか作ってあげるから!」

「え、ほんと!? 嬉しいよ!」

「バカなお兄ちゃん、葉月の家に遊びに来てくれるんですか!? わーい!嬉しいですー!」

 

 

「美波ちゃんズルいです……。どうして吉井君とはもう家族ぐるみの付き合いなんですか? 私はまだ両親にも会ってもらってないのに……。もしかして実はもう『お義兄ちゃん』になっちゃってるんですか……?」

「どうどう、姫路。慌てちゃだめだよ。落ち着いて素数を数えるんだ」

 

 

 さっきから宗一と姫路さんは何を話しているんだろう。

 すると、葉月ちゃんはぱたぱたと姫路さんの方へ駆けていく。

 

「あ、綺麗なお姉ちゃん!」

「こんにちは、葉月ちゃん―――」

 

 

「ところで、さっきより客少なくなってない?」

「ああ。俺も気になっていたところだ」

 

 僕が指摘すると、雄二が同意するように頷く。

 さきほど2回戦前に比べると、客足が少し遠のいている。お昼時なのに、この客の少なさはおかしい。

 すると、姫路さんとさっきまでお喋りしていた宗一が深刻そうな表情をして言った。

 

「雄二、実はさっき葉月ちゃんと歩き回ってた時に噂を聞いたんだ」

「噂? どんな噂だ?」

「Fクラスの酷評だよ。中華喫茶は虫が出るから行かないほうがいいって」

「虫? ひょっとして、さっき宗一が倒したクレーマーの妨害かな?」

 

 それしか思いつかない。この教室は掃除は完璧だし、机も椅子も宗一の手作りで綺麗なままだ。だとしたら、午前中に宗一が対処したというクレーマーしか思いつかない。

 

「だろうな。例の連中が妨害を続けてるんだろう。探し出してシバき倒すか」

「うーん……あの常夏連中、暇なのかな?」

「ひとまず、噂の確認をしにいかないとね」

「宗一、その噂の出所は?」

「あー……メイド服を着た美少女達が客をもてなすお店――」

 

 なん……だと?

 

「なんだって!? 雄二、それはすぐに向かわないと!」

「そうだな明久! 我がクラスの成功の為に、低いアングルから綿密に調査しないとな!」

 

 訊いた瞬間に全力ダッシュ。

 喫茶店は姫路さんの転校に関わる大事なことだ! 後悔しないよう全力を尽くさなければ!

 

「アキ、最低」

「吉井君ひどいです……」

「お兄ちゃんのバカ!」

 

 背後からの罵倒も気にならない程に、僕の心は躍っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……明久はともかく、雄二はいいのかなぁ。あのメイド喫茶、霧島がいるAクラスなのに」

 

 

 

 




TRPGのシナリオが一区切りついたのでこっちの方も徐々に更新していきます。お待たせしてすいません。明けまして(以下略


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第九問 バカは通さない

Side 川上宗一

 

 

 

「明久、宗一、ここはやめよう」

「ここまで来て何言ってるのさ!」

「来たいって言ってたのは雄二じゃないか」

「頼む! ここだけは、Aクラスだけは勘弁してくれ!」

 

 僕らはAクラスの教室の前に来ていた。例の噂の出所はここ、Aクラス【メイド喫茶「ご主人様とお呼び!」】だった。ネーミングセンスはうちの【中華喫茶「ヨーロピアン」】とどっこいどっこい。

 最初はSM風俗店かな、と思ってワクワクしてたのに、営業内容はごく普通のメイド喫茶。裏切られた気分です。

 

「そっか。ここって坂本の大好きな霧島さんのいるクラスだもんね」

「坂本君、女の子から逃げ回るなんてダメですよ?」

 

 雄二が抵抗している間に女子三人も追いついてきたみたいだ。あと康太もちゃっかりカメラを構えてついてきている。

 

「…………!!(パシャパシャパシャパシャ!)」

「……ムッツリーニ?」

「…………人違い」

「ムッツリーニ、駄目じゃないか。盗撮とか、そんなことをしたら撮られている女の子が可哀そうだと」

「…………一枚百円」

「2ダース買おう――可哀そうだと思わないのかい?」

「アキ、普通に注文してるじゃない」

「はっ、いつの間に!?」

 

 あらかた撮り終えて満足したのか、康太は「当番の時間」と言って教室に戻って行った。

 

「それじゃあ、入るのは明久、雄二、美波、姫路、葉月ちゃんの5人だね」

「あれ?宗一はいかないの?」

「珍しいわね。宗一だったら我先に入ると思ってたのに」

「いや、入りたいのは山々なんだけどさ……」

 

 僕がちらりと入口の横に張り付けられた張り紙に目線をやる。

 それにつられて明久達もその張り紙を見ると、一瞬で呆れ顔になった。

 

「宗一……アンタ何やったの?」

 

 美波があきれ果てた表情で僕に言う。

 

「むしろそれ僕が訊きたいんだけど」

 

 張り紙にはでっかい文字(しかも達筆で)【 川上宗一お断り!! 】と書かれていた。

 

「大方、この間の試験召喚戦争でやらかした宗一のセクハラを気にしての出禁だろうな」

「このムラムラと悔しさをどこにぶつければいいの。訴訟したい」

「そこは悔しさだけにしとけよ」

「多分、裁判をやっても負けるのは宗一だよ……」

「学園祭で出禁にされるのって、多分アンタが史上初よ」

 

 せっかくのメイド喫茶を目の前でお預けされるなんてひどすぎる。純情で性欲盛んな男子高校生になんたる仕打ち。

 さっき2回戦が終わった後、ここに立ち寄ってあの張り紙を見た時は思わず膝を突いてしまったほどだ。

 おのれAクラスの女子どもめ。生殺しにも程がある。せっかく木下姉とか工藤のメイド服を見れると思ったのに。

 まあ、出禁にされたのなら仕方ない。後で康太の写真を見て我慢するとしよう。

 

「まあ、そんなわけで僕はここで待ってるよ。偵察行ってらっしゃい」

 

 僕がそう言うと、明久達は中へ入っていく。明久と雄二なら、仮に例の常夏コンビが現れてもうまくやるだろう。メイドになった霧島の攻めを雄二が回避できなければ話は別だが。

 ああ、それにしても観たかったなぁ、メイド。

 ここのメイド喫茶は秋葉原とかでよく見るやっすいミニスカタイプのメイドではなく、膝近くまでしっかりとした黒のスカート、白のエプロンとカチューシャという、本格的なメイドさんの格好なのだ。

 古き良き伝統的なメイド衣装を、同い年の女の子が着ているというだけで興奮する。是非とも一度は眼にしたかった。

 

「はぁ。まあ仕方ないか。確か清水のクラスは焼きそば屋だったっけ? せっかくだからそっちに行って――」

「あれ? 川上君じゃん」

「ん?」

 

 振り返るとそこには、パンパンになったコンビニの袋を持っていた工藤が立っていた。買い出しにでも行ってたのだろうか。

  

「……」

「ど、どうしたのさ。ボクの方をじっと見て。ひょっとして、ボクのメイド服姿に見惚れちゃったのかな?」

「うん」

「――ふぇえ!?」

 

 工藤と関わったのは、この間の試験召喚戦争でからかったのと、休日の時にちょっと出くわした時だけだ。

 たった二回しか関わりがない、その両方とも彼女は制服で、普通よりあげたミニスカート+スパッツという、オシャレさと動きやすさを兼ねた格好が彼女の基本的なスタイルだった。

 だが今の彼女はロングスカート! しかもメイド服! 普段の活発的でボーイッシュな彼女の姿はどこにもなく、今目の前にいる工藤愛子は、清楚なメイドさんだった。

 

 すなわち、ギャップ萌えである。

 

「…………」パチパチパチ

「急に拍手を始めた!? ちょっと、他にお客さんがいるんだからやめてよ!」

「ごめんごめん。僕、メイド喫茶出禁にされてるからさ。工藤のメイド姿を見て、思わず感動しちゃったんだ。メイド服、似合ってるよ工藤」

「え、あぁ……うん……ありがとう……なんで今日に限ってこんなに素直に褒めてくるのかな……調子が狂うよ……もう

 

 顔を真っ赤にする工藤。さすがの自称経験豊富な工藤さんもメイド服は恥ずかしいのかな。

 

「ところでこんな所で何をしているのさ?」

「……出禁にされたから」

「あー……そういえばあんな貼り紙作ってたね。ねぇ川上くん、一言言っていい?」

「何さ?」

「ざまぁみろ」

「おのれ」

 

 工藤は僕が出禁にされたのが面白いのかにやにやと笑みを浮かべている。

 

「けれどこんなメイドさんが観れるなら、ちゃんと中に入って体験したかった。萌え萌えオムライスとか食べてみたかったなー。工藤にアーンとかしてほしかった」

「ははっ、残念だったね川上君。ボクは店に入るぐらいいいんじゃないかって言ったんだけど、優子が『絶対にあの変態を入れちゃ駄目』って」

 

 おのれ木下姉。僕が何をしたって言うんだ!ただちょっとパンツをねだっただけじゃないか!

 

「残念だけど当然だよね。川上君の日頃の行いが悪いからだよ?」

「え?僕なんかした?」

「よくそんなすっとぼけ……えぇ、無自覚!? なんで『僕なんか悪いことした?』って顔できるの!? キミ、ひょっとしなくてもぜんっぜん反省してないんだねこの間の試験召喚戦争の時のこと!」

「もしかして、工藤に質問攻めしたこと? あれは工藤がなんでも質問してって言ったからじゃん。大体、10分の1も終わってないんだから、まだまだ質問させて欲しいんだけど」

「10分の1!?まだ10分の9も残ってるのあれだけボクに質問しておいて!?」

「だって経験豊富だぜーみたいなこと言ってたから」

「だからってあんなにセクハラ普通する……?」

「だって工藤可愛いから、気になって」

「か、かわっ……!?」

 

 本当のことである。康太の保健体育に匹敵する保健体育力。そして知識が豊富に見えて、実際は処女だなんて可愛いじゃないか。

 それに見た目も彼女はキュートだ。短いショートヘア、プールを続けているせいなのか少し薄い色素、細めだけど鍛えられたしなやかな足や腕。ぱっちりとした大きな目もそうだし、にこっとした笑みも可愛い。

 例えるなら遊んでいると見せかけて処女だったと言う感じのギャル。「あたし……好きな人を初めてにって決めてたのよ?」みたいな純情系だとなおよし。可愛くないだろうか?いや可愛い(反語)。そういうシチュエーションのエロ漫画、ひどく好きです。

 こうして改めて見ると、文月学園は女子のレベルがかなり高い。

 霧島や秀吉が下手をすれば芸能人レベルの可愛さを持っているので工藤や他の女子の影は埋もれてしまいがちなのだが、普通の学校であれば学年一のアイドルに祭り上げられてても不思議ではないのだ。

 なのに、一つの学年にこれだけ美少女が集まるのは、学費が安く、試験召喚獣システムという特別なシステムを導入した先進的な学校だからこそ、美少女達が集まるのかもしれない。試験召喚獣システムサマサマである。

 

「でももし不快に思ってたら謝るよ。この前のことと言い、ごめんね工藤」

「ああ、うん……この前のことって?」

「ほら、駅前でさ。嫌だったんでしょ、僕に触られたの」

「ぼ、ボクの方こそごめんね。びっくりしちゃってさ。あれは川上君が謝ることじゃないよ?」

「え、そうなの。罪悪感感じて損した。謝って工藤」

「……ぷぷっ。やだよっ」

 

 僕の返しが気に入ったのか、工藤は笑顔になる。ううん、メイド服少女の満面の笑み。ここは楽園だったか。

 

「ところでさ。そ、そんなにボクに質問したいの?」

 

 すると工藤はもじもじしながら僕にそう言った。

 

「ん? もちろん」

「……なら、1個だけいいよ」

 

 工藤は小声で、顔を赤くしながらぽつりと呟く。

 

「え? 本当? ならちょっと気になってたんだけど」

「うん」

「今日はスパッツ履いてるの?」

「…………」

「どうしたの工藤」

「あ、いや、身構えてただけ。思ったより普通の質問で拍子抜けしちゃった」

「オイ」

 

 工藤の中での僕の評価が気になる所だ。

 

「今日は履いてないよ」

「あ、履いてないんだ」

「うん。ロングスカートだし、今日は履かなくてもいいかなって。ひょっとして、ボクのがそんなに見たいの?」

 

 工藤がにやにやと、調子を取り戻したのか小生意気な笑みを浮かべて僕に言う。

 

「まあ、そんなに見たいならちょっとぐらい見せてあげなくも━━━」

「ほほう、どれどれ」バッ

 

 そう言うなら遠慮なくしっかりと確認させてもらおう。僕は工藤のスカートの裾をつまんでまくり上げる。

 膝を曲げ、腰を落とし、目線を工藤のパンティの高さまで下げる。

 

「………………!?」

「ほうほう、黒の下着か。ややレース目があってアダルティな感じだね。工藤ってこういう大人びたのを選ぶんだ。純情な工藤だから白だと思ってた。意外だなー」

 

 うんうん、目が潤うね。それにしても工藤の太もも細くて綺麗だ。白い肌に黒い下着がマッチしてて最高。それにほんのりいい匂いするし。これが女性のフェロモンなのだろうか。ていうかおへそ見えてる。小さくて可愛いなー。

 ――工藤さん?どうしたのそんなに顔を真っ赤にして手を振り上げて――

 

 

 

 

 

 バチンッッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お会計は、夏目漱石1枚か、坂本雄二を一名のどちらかとなります」

「坂本雄二を一名でお願い」

「……ありがとうございます」

「ケーキ美味しかったですね!綺麗なお姉ちゃん!」

「そうですね、葉月ちゃん。それにしても、吉井君本当に可愛かったです……」

「そうね。じゃあウチらも中華喫茶に戻りま……宗一? どうしたのその頬のもみじ」

「……聞かないでくれる?」

 

 

 この後から、Aクラスの周辺では『スカートをめくる変態が出る』と噂が流れ、しばらく警備が強化されたと言う。

 



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第十問 Yes ロリータ No タッチ

バカテスト 『清涼祭』アンケート

学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。
「喫茶店を経営する場合、ウェイトレスのリーダーはどのように選ぶべきですか?」
【①可愛らしさ ②統率力 ③行動力 ④その他( )】
 また、その時のリーダーの候補を挙げてください。


土屋康太の答え
「【①可愛らしさ】 候補……姫路瑞希&島田美波」

教師のコメント
甲乙つけがたいといったところでしょうか。


吉井明久の答え
「【①可愛らしさ】 候補……姫路瑞希 木下秀吉 島田美波」


教師のコメント
用紙についている血痕が気になる所です。


坂本雄二の答え
「【④その他( 結婚相手 )】 候補……霧島翔子」

教師のコメント
どうしてAクラスの霧島さんが用紙を持ってきてくれたのでしょうか。


川上宗一の答え
「【④その他( 痴女 )】 候補……小暮葵」

教師のコメント
何故3年生の小暮さんの名前が出てきたのでしょうか。



―――――Fクラス教室内『中華喫茶ヨーロピアン』

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

 

「何。明久。やっぱり目覚めたの?」

「誤解だよっ! これは常夏コンビを退治するための変装であって、決して変な意味じゃ――!」

「何を言っているんだアキちゃん。その格好で今まで学校中を走ってきたんだ。今更恥かしがらなくていいだろう?」

「そうです!バカなお兄ちゃん、とっても可愛いのです!」

「もう僕お嫁に行けないッ!」

 

 工藤に何故か殴られ、AクラスからFクラスの教室へ戻った僕は失った評判を取り戻すべく接客をなんとかがんばっていたのだが、そしたら雄二とメイド服姿の明久が帰って来た。

 試験召喚大会の方は相手が食中毒で不戦勝だった(姫路の料理ではない…ハズ)ので、常夏コンビを追いかけた後そのままこっちの教室に戻って来たらしいのだが……。

 

 

「いや……さすがの僕も友人が女装癖に目覚めてしまって、どういう風に接すればいいか、少し迷う」

「同性愛に寛容な宗一が何故女装はダメなの? っていうか、違うって何度も言ってるじゃないか!」

 

 明久は抗議するように地団駄を踏む。

 

「けれどなぁ……これで3度目だよ? 明久の女装姿見るの」

 

 僕はそう言って懐から三枚の写真を取り出す。

 

 1枚目。()()()()()()()()()を何故か着ている明久の写真。

 

「な、何故僕の1年生の時の忌わしき黒歴史がこんなところに……!?」

「懐かしいよね。入学式の時の明久。当時これを見た時は何事かと思ったよ」

「ああ、俺も変質者だと思って焦ったぜ」

 

 雄二と二人で頷き合う。いやぁあの頃はすごかった。入学式初日から女装してくるんだもの。しかも上だけ。なんだこのバカはって思ったっけ。

 

「こらぁそこの二人!しみじみと人の黒歴史を思い返すんじゃない!」

 

 そして2枚目。先日、ピンクのメイド服を着ていた明久。

 

「こ、これってこの間映画館に行った時の写真……!? いつの間にこんな写真が……?」

「………俺が撮った(グッ)」

「おのれ、ムッツリィーーニィーーー!!」

 

 明久の絶叫が響く。暇さえあればカメラを持って外をよく歩いている康太とすれ違ったのだろう。康太がもし明久の女装姿を見れば、カメラに収めるのは当たり前のこと。

 言うなれば交通事故に遭ってしまったようなもので、たまたまメイド服を着たタイミングで康太と出くわしたこと自体が不運なのである。"不運(ハードラック)"と"(ダンス)"っちまったんだよって奴。

 するといつの間に接客を終え休憩に入っていた姫路と美波が写真を見てもじもじと恥ずかしそうに言う。

 

「あ、あの、川上君……よければその写真、焼き増しできませんか?」

「そ、宗一。ウチにも一枚お願い……」

「いいよー。1枚百円ね」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!人の黒歴史を百円なんて値段(ワンコイン)で買わないでぇぇぇぇぇぇ!」

 

 最後に3枚目。秀吉の手によって着付けとメイクをばっちり行い、更にはウィッグまでしっかりつけた明久の本格女装メイド写真(パンチラ☆エディション)。

 

「…………殺して」

「ゑ?」

「殺してぇぇぇぇ!誰か僕を殺してぇぇぇ!」

「お、落ち着くのじゃ明久!」

「まずい、明久が発狂したぞ!」

 

 窓から飛び降りようとしている明久を雄二と秀吉が羽交い絞めにして必死に止める。

 上手く撮れてると思うんだけどなぁこれ。

 

「………俺が撮った写真じゃない」

 

 3枚目の写真を覗きこんだ康太がそう呟く。さすが康太。自分が撮った写真とそうじゃない写真を見分けるぐらい楽勝か。

 

「ああ、これさっき知り合いからもらったんだよ。康太のテクにはさすがに及ばないけど、それでもなかなか上手く撮れてるよね」

 

 知り合いというか清水からだけど。数分前ぐらいにここに飲茶を呑みに来た清水が「実は先ほど豚野郎の弱みを握りました!これでお姉さまから引き剥がして見せます!」とか言って渡してきたのだ。

 なんでこんなアングルから写真撮れたんですかね。さてはまた校内に盗撮カメラを仕掛けたな?

 

「これを見てまだ明久が目覚めてないって言う方がおかしいと思うけど……世間一般の男子高校生は3度も女装する機会なんてないし」

「そろそろ本当に勘弁してください!僕はノーマルなんですぅうううう!」

 

 土下座する勢いで膝を突き懇願する明久。

 

「宗一よ、そろそろやめておくのじゃ。さすがにその……明久が、哀れじゃ」

「ああ、うん……」

 

 さすがに明久が可哀そうになってきたのでやめておこう。あとで焼きそば奢るから許してよ明久。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 メイド服を脱ぎ、宗一が買ってきた焼きそばを啜りながら、溜息を吐く。久しぶりのカロリー摂取だと言うのに、ソースが絡んだ麺はやけに虚しく舌の上を滑っていく。

 

「ごめんって明久。さすがにやりすぎたよ」

「宗一……」

 

 さすがの変態紳士も反省したのか、宗一は懺悔するように言った。

 

「そうだよね。こういうことはおちょくるんじゃなくて、真剣に明久の趣味(女装趣味)を受け止めてあげる所から始めるべきなんだよね。相手の趣味を認めて、初めてそこから真の人間関係が産まれるんだもの。秀吉ならともかく明久と歪みねぇ関係になることは出来ないけれど、それでもお互いを理解し尊重し合うことで真の友情が生まれ」

「宗一?やめよ?そろそろ僕が女装趣味を持っている前提で話すのやめよ?」

 

 いや、やっぱりこいつ微塵も反省していない。

 

「分かってるよ明久。いやアキちゃん。僕はちゃんと君の性癖を理解してあげられるからね?」

「へへ、そっかぁこれが殺意かぁ」

 

 反省の色を全く見せない宗一に久しく味遭わなかった憎しみというどろりとした熱い感情が漏れ出てくる。そういえばキッチンに包丁あったよなぁ……あとで取りに行かなきゃなぁ……。

 宗一を抹殺したあとどうやって死体を処分するか考えていると、店で接客を続けていたらしい雄二が声をかける。

 

「昼飯は済んだか、明久。なら店を手伝ってくれ。そろそろ一発、テコ入れをしたいからな」

「テコ入れ? 確か、『外部から刺激する』って意味だっけ。漫画とかアニメの展開が止まった時、何か新しい要素を付け足すとか……そんな意味だったはず」

「そうだ。馬鹿のくせによく知ってたな」

 

 失礼な。

 

「よく宗一が『今週のジャンプまたテコ入れしてヒロイン無駄に増やしやがったクソッ』とか愚痴ってたから」

「どしたの。転校生増やすの?」

「増やせるか馬鹿。俺が言ってるのは中華喫茶の方だ」

「中華喫茶にテコ入れ?」

 

 教室を見まわしてみると、確かに、午前中に比べると空席がちらほらと増えているように見える。常夏コンビの妨害のせいか、やはり影響はあったようだ。

 

「でも、これ以上何か出来る方法はあるの?」

 

 宗一のテーブルは完璧だし、接客方法も問題はない。飲茶と団子も上手くできている。

 これ以上付け足すとしたらメニューを増やすべきなのだろうか。でも、この時間帯に新しいメニューを開発なんてできない。

 

「雄二、何かアイデアはある?」

「任せておけ。中華とコレでは安直すぎる発想だが、効果は絶大なはずだ」

 

 そう言って雄二が取り出したのは、刺繍も見事なチャイナドレスが三着。一着は水色と白のチャイナドレス、もう一着は赤色のチャイナドレス。もう一着は袖が短い赤いチャイナドレスだ。

 

「これは見事な衣装じゃのう。しかし雄二よ。そんな見事なチャイナドレス、どうやって用意したのじゃ?」

 

 秀吉が気になったのか、ぽろりと疑問を口にする。

 

「ああ。この3着は宗一とムッツリーニに用意してもらった物だ」

「「…………」」

「明久、秀吉。言いたいことがあるならはっきり言えって前にも言ったよ?」 

「…………ジロジロ見るのは失礼。常識」

 

 常識的に考えて女性用のチャイナドレスを持っている男子高校生は非常識的だと思ったけれど、どう訊いても結局「創作資料」と言い張られるに決まっているので、僕は考えることをまたやめた。

 

「じゃ、じゃがこれならインパクトはあるじゃろうな。これを着て宣伝用にするのじゃな?」

 

 確かに姫路さんや美波、そして秀吉が着ればインパクトは絶大だろう。王道だけど、悪くない作戦だと――

 

「ああ。これを――明久が着る」

 

 それはインパクトがでかすぎる。

 

「ちょっ……! お願い、許して! メイド服の次にチャイナまで着たら、きっと僕はホンモノだって皆に認識されちゃう!」

「何言ってる。元々セーラー服とメイド服は着てたんだろ? 今更チャイナドレスを着たってノーカンだノーカン」

「無理があるよそれ!しっかりカウントされちゃうよ!」

 

「(ササッ)」

「(スチャッ)」

 

「宗一!ムッツリーニ!今すぐそのスケッチブックとカメラを片付けるんだ!」

 

 まったく油断も隙もあったもんじゃない。これからの楽しい学園生活の為にも、これ以上の変な噂は避けたい。ただでさえ無駄に有名人になりつつあるんだから。

 

「僕は金輪際もう二度と女装なんてしないんだ!」

「しかし、これから明久は何度も女装するハメになるとはこの時は誰も――」

「宗一、無駄に意味ありげな台詞を言わないで。僕はもう二度と女装しないし、女装する機会なんてないんだから」

「そう? これからたくさんあると思うけど」

「―――ゑ?」

 

 冗談だよね。もう女装なんてしないよね!? フラグとかじゃないよね!?

 

「まあ冗談はさておき、これは姫路と島田、秀吉に着てもらう」

 

 大体、明久に着させたら宣伝効果がないだろうがと雄二は呆れたように言う。

 

「ほっ……よかった、冗談だった……」

「「ちっ、冗談か」」

「儂は冗談ではないのかのう……?」

 

 そうと決まれば、さっそく3人に着てもらおう。宣伝の為にね。決して僕が3人のチャイナドレス姿を観たいわけじゃない。

 

 しかし。

 

 

「えぇ……チャイナドレス、ですか?」

「話が違うじゃない坂本。前にチャイナドレスを着ることはないって、須川も言ってたじゃない」

 

 

 『チャイナドレスを着て接客してほしい』と頼めば、さすがの姫路さん、美波の二人は顔をしかめた。そりゃ、はっきり言っちゃうとコスプレだもんね。

 

「残念ながら姫路に島田。クラスの売り上げの為に協力してもらうぞ。さぁやれ、明久!」

「オーケー! へっへっへ、二人ともさっきはただで僕のコスプレ姿を見てたんだからおとなしくこのチャイナ服に着替え痛ぁっ! マジすんませんした! 自分チョーシくれてましたっ!」

 

 僕は必死に土下座をする。勝てないと思ったら即土下座だ。

 

「弱いなお前……」

「単純な戦闘能力で明久が美波に勝てるわけないでしょ雄二」

 

 雄二と宗一が呆れたように言う。それにしても美波はどうして男の僕より攻撃力が高いんだろう?

 

「何よ、宗一。アンタもウチらにチャイナドレスを着させようっての? それならウチにも、考えがあるんだけど」

 

 ゴキゴキッと指の骨を鳴らす美波。めっちゃ怖い。

 しかし宗一はまったく怖気ずに美波に言う。

 

「そうだよ。だって二人のチャイナドレスの姿、絶対似合うからさ。ね、明久。君もそう思うよね?」

「え? うん。もちろん。2人にぴったりだと思うよ」

 

「「っ!?」」

 

「2人に着てもらいたい理由を言うなら、店の宣伝と売上ってのはもちろんだけど、一番の理由は明久の趣味かな。この間だって、新作のチャイナドレスっ娘の同人誌を観た明久が『新しい境地に至ったよ』って言ってたし」

 

「「っ!!?」」

 

「やめて宗一! 女の子二人の前で僕の性癖を暴露しないでっ!」

「明久はチャイナドレス、大好きだよね?」

 

 確かに、この間なけなしのお金で買った宗一の同人誌は控えめに言って最高だった。でも、女の子二人の前で正直に大好きって言うのはなんだか恥ずかしい。ここはお茶を濁して二人に伝えよう。

 

「大好―――愛してる」

 

「……明久は本当に嘘が吐けない性格だよねぇ」

 

 ……台詞の選択間違えた?

 

「し、仕方ないわね。店の売り上げの為に、仕方なく着てあげるわ!」

「そ、そうですね! お店の為ですしね!」

 

 姫路さんと美波が若干顔を赤らめながらそれぞれ服を手に取る。

 

「……宗一は本当に女子二人の扱い方が上手いのう」

「あぁ。あの誘導の仕方は俺でも真似できねぇ……さすが変態紳士か」

「変態紳士って言うな雄二」

 

 すると、さっきまで胡麻団子を食べていた葉月ちゃんは僕達の話を聞いていたのか、きょろきょろと辺りを見渡して言った。

 

「お兄ちゃん、葉月の分は?」

「え? 葉月ちゃんも手伝ってくれるの?」

「お手伝い……? あ、うん! 手伝うから、あの服葉月にもちょうだい!」

 

 なんていい子なんだ。美波の妹とは思えない。

 

「けどごめんね。気持ちは嬉しいんだけど、葉月ちゃんの分は数が――」

「…………!!(チクチクチクチク)」

「ム、ムッツリーニ! どうしてそんな勢いで裁縫を!?」

「…………俺の出番はここだ」

 

 そう言いながら目にも止まらぬスピードでチャイナ服を縫っていくムッツリーニ。なんだろう。格好良い台詞のはずなのにすごく格好悪い。

 

「それじゃあ、三回戦が終わったら着替えますね」

 

 時計を観てみるともうすぐ姫路さん達は大会の試合の時間だ。そろそろ会場に向かうため、急いで教室を出ようとした姫路さん達を雄二が止める。

 

「いや、今着替えてもらいたい」

「「え?」」

「宣伝のためだ。そのまま召喚大会に出てくれ」

 

 そういえば召喚大会の三回戦は一般公開が始まるんだっけ。折角人が集まるのだから、宣伝をしておいて損はない。

 

「こ、これを着て出場するのは……」

「さ、流石に恥ずかしいです……」

 

 二人ともチャイナドレスを手に困った顔をしている。メディアも含めて大勢の人が来る中、その格好で動き回るのにはさすがに勇気がいるだろう。

 でもこれは姫路さんの転校を防ぐためでもある。是非ともやってもらいたい。

 

「二人とも、お願いだ」

 

 言って頭を下げる。姫路さんの為に、というわけじゃない。僕自身が姫路さんに転校してほしくないのだから、これは僕のわがままだ。

 それなら僕が頭を下げるのは当然だ。

 

「明久、お前は本当にチャイナが好きなんだな」

 

 あえてそれは否定しないが。

 

「もしかして吉井君、私の事情を知って――」

「仕方ないわね。クラスの設備の為なんだし、協力してあげるわ。ね、瑞希?」

「あ。は、はいっ!これくらいお安いご用です!」

「それじゃあ二人とも、会場で宣伝をよろしく頼む。Fクラスであることを強調するんだぞ」

「オッケー! 任せておいて。行くわよ瑞希」

「はいっ」

 

 そう言って二人はチャイナドレスを抱えて教室を出て行った。

 

「ふぅ……これでなんとかなりそうだな」

 

 雄二が満足げに頷く。

 

「そうだね。これで中華喫茶の知名度があがれば、二人を目当てにたくさんのお客さんが……」

 

「大変じゃ、明久!雄二!」

 

 すると険しい顔をした秀吉が僕らの名前を呼んだ。

 

「ん?どうしたのさ秀吉」

「なんだ?何かトラブルでも……」

 

 秀吉が何か慌てている。どうしたんだろう、そう思って秀吉が指差した場所を観てみると――――

 

「んしょ、んしょ……」

 

「………………!!(ボタボタボタ」

「………………。(シーン)」

 

 

 教室のど真ん中でチャイナドレスを着替えはじめた葉月ちゃんを観て、大量の鼻血を垂らしたムッツリーニと気絶した宗一が倒れていた。

 

「やばい!宗一が息してないぞ!」

「は、葉月ちゃん!キミもこんなところで着替えちゃだめだよ!ムッツリーニと宗一が死んじゃうから!」

 

 大量に出血し、そして気絶している宗一二人は穏やかで心の底から幸せそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 後に宗一からなんで気絶したのと訊くと、

 

「『イエスロリータノータッチ』だから自分から頭打って気絶した」

 

 という、意味不明な回答が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも感想や誤字報告ありがとうございます!レスを返さないこともありますが全てしっかりと読ませて頂いています。
やっぱ感想とかあるとモチベーションあがるなぁ〜もっと欲しいなぁ〜(チラッチラッ)


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第十一問 迫真茶道部 ~性の裏技~

―――――茶道部部室

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

「それで川上君、一体いつになったら茶道部に入部してくれるんですか? 淑女を待たせるのは、マナー違反という物ですのよ?」

「小暮先輩。部活勧誘に熱心なのはいいと思うんですが、文化祭を楽しんでいる後輩をいきなり拉致するのはよくないと思います」

 

 

 午後二時頃。

 喫茶店をサボって文化祭をウロウロしてたら、先輩に拉致されました、まる。

 いや、拉致されたというかたまたま茶道部の部室がある廊下を歩いていたら無理やり連れ込まれたというか。

 そもそも「そういえば小暮先輩に着物借りっぱなしでいつ返せばいいか訊いてなかった、お礼言うついでに訊きに行こうかなー」なんて思ったのがまずかったのかもしれない。

 現在、僕は茶道部の部室の畳の上に寝転がされて小暮先輩に馬乗りにされているというか。

 これが噂の騎乗位……?

 さっきからお腹の上に柔らかい感触があるけどこれひょっとして先輩のお尻――

 

 

「……(たら)」

「あらあら。鼻血が垂れてますよ? どうしましたか?(クイックイッ)」

「先輩、分かってて言ってますよね。腰をグラインドさせて押し付けるのはやめてください……あ、ちょっとヤメテ!マジヤメテ!僕の息子がスタンダップしちゃうからぁ!」

 

 康太だったら鼻血を垂らすどころか噴水のように噴出している所だ。一滴だけに留めただけ、褒めて欲しいぐらいである。

 

「それで、何なんですか小暮先輩。こちとらちょっと用事で顔を出しに来ただけなんですけど」

「ふふ、分かっているくせに、恍けるのがお上手なのですね、川上君?」

 

 僕のお腹の上に馬乗りになって妖艶に微笑むこのえっちぃな女の人は小暮葵さん。

 結い上げた髪に黄色のオシャレな簪。切れ長の目に口元の小さな黒子が色っぽい。青色の高級そうな着物から伸びる長い手足は色白で、とても綺麗だ。

 このエロい先輩、3年のAクラスに所属する才女であり、新体操部と茶道部を掛け持ちする結構すごい人である。個人的に、この文月学園でエマニエル夫人のテーマ曲が一番似合う人だと勝手に思ってたり。

 だって全体的にエロいもの、この人。

 

 

「それなら断ったじゃないですか。何度も何度も」

「いやですわ川上君。わたくし達文化部一同の『川上君争奪戦』はまだまだ終わっていないと言うのに、一度や二度断られた程度で諦められるほど、わたくし達は甘くはないのですよ?」

「え。何その争奪戦初耳」

「美術部、茶道部、軽音楽部、合唱部、演劇部エトセトラ、エトセトラ――。川上君の才能は貴重ですから。学校中の文化部はあなたが帰宅部であることに納得していないのですよ?」

「三ヵ月近く無理やり体験入部で拘束しておいてまだ納得していないだと……!?」

 

 

 話はちょうど一年前に遡る。

 文月学園清涼祭で僕がやった体育館でのライブ。

 そのおかげで一時期僕がモテモテになったと言うのは周知の事実だが、僕を狙う人はそれ以外にもいた。

 

 

 それは、文化系の部活動をしている先輩達である。

 

 

「ひどいですわ。あんなに丁寧に勧誘しましたのに、川上君は「お断りします」で一蹴するんですもの」

 

 

 ここ文月学園は試験召喚システムを取り入れた先進的な進学校で、どうやっても試験召喚戦争に目が行きがちだが、当然のように部活動が盛んに行われている。

 野球部やサッカー部を始めとした運動部。そして美術部や写真部と言った文化系の部活動各種。文月学園のスポンサー達が回す潤沢な資金は、ここの部活動の設備にも充てられているのだ。

 当然、それに合わせて部活動がかなりの種類があるが――。

 

 一番最初に勧誘してきたのは軽音楽部と吹奏楽部だった。

 

 もちろん、丁重に勧誘は「( ゚ω゚ ) お断りします」した。小説、エロイラスト、漫画――その他もろもろ、いろいろなエロを創りたい僕にとって時間は有限だ。部活動でその時間を潰されるのは好きじゃない。質の高い物を創るのではなく、自由に創作に身を置くことが僕にとって幸福なのであり、部活動と言う組織に括り付けられるのは好きではなかったのである。

 だがしかし、その後どこから漏れたのか「川上宗一は絵が描ける」という話を聞き付けた漫画研究部と美術部が勧誘に。

 更に、「川上宗一は小説も書く」という話を聞き付けた文芸部と演劇部(何故か秀吉がいた)も勧誘にやって来た。

 もちろん全部「( ゚ω゚ ) お断りします」した。

 しかし、最初は丁寧な勧誘だった文化部の先輩達も煮えを切らしたのかやたらと強引に勧誘してくるようになった。手段を選ばなくなったのである。

 毎日放課後、教室に押しかけてくるのは当たり前。

 休み時間まで部活のポスターを持ってやってくる。

 ひどい時は無理やり入部届を書かせようとする先輩まで出てくる始末。

 

 

 そして僕は気になったので訊いてみた。

 

 

 

 

Q.なんで僕をそんな必死になって勧誘するんですか?

 

 

 

 

A.川上が入部すれば間違いなくコンテストでいい成績を残せる。いい成績を残した部活動は設備がよくなるし予算があがる。だから入れ(ニッコリ)

 

 

 

 

 

 つまり、金である。人間の屑がこの野郎。

 

 

 

 

 試験召喚戦争は学力至上主義、学力が良ければ良いほどよい設備を与えられるが、部活動は成績至上主義。その部活動が残した成績に合わせて設備のランクが決まるらしかった。

 文月学園はやっぱり厳しいのである。

 

 

「わたくし達茶道部は作法やお点前以外に、華道も学んでおります。わたくしも入部した時から展覧会に作品をいくつも出品させていただきましたが――初めてでしたのよ? 川上君が『せっかくなんで』と体験入部で作り上げた作品に、完膚なきまでに負かされたのは。これは、責任を取って頂かないと」

「え、今の文脈で僕なんか悪いことした……?」

 

 毎日の文化部の勧誘と言う襲撃に耐えかねた僕は、「一週間仮入部する」という条件でそれぞれの部活に入部し、それなりの成績を残してきた。

 軽音楽部では作曲、美術部ではコンクールに絵画出品、吹奏楽部には楽器演奏の指導を、演劇部には秀吉がいるので台本の制作を定期的に行うなど――。おかげで、2学期辺りで先輩達の勧誘は一旦は落ち着いてくれた――はずだった。

 

「ふふっ……分かっているくせに、いけないお人」

 

 先輩はそう言うと、結っていた髪を解く。先輩の綺麗で長い髪がはらりと流れるように落ちる。

 

「ちょちょ、先輩?」

「ふふっ」

 

 先輩はトロンとした色っぽい目つきをしながら、僕の頬をそっと指で撫でる。

 おおう、ぞくぞくってした。今ゾクゾクってしたぞ。

 

「久しぶりにわたくしを訪ねて来てくれたと思ったら、『着物を貸してほしい』とだけ。冷たいですわ。淑女に対して、これはあんまりではありませんこと? わたくし、一度狙った男性を逃すつもりはありませんので」

「ちょ!どこ撫でてるんですか!やめてっ!乳首を弄らないでっ!」

 

 やめて!さっきから際どい所を指で撫でないで!

 この人のこういう所が苦手なんだ! 痴女だよ痴女! 痴女系のAVは観るのはOKでもリアルでこう責められるのは苦手なのである。僕はSなの!責められるのは得意じゃないのー!

 

「だから、何度も言っているように僕はどこの部活に所属する気はありませんって!そろそろどいてくださいよ!」

「そうですか」

「ゑ?」

「どうしても入部してくれないと言うのなら、わたくしにも考えがあります」

「か、考え?」

「この身を持って誘惑するしか……ありません。貴方はわたくしだけを見ていればよいのですから」

「ファッ」

 

 先輩の目が据わった。雰囲気が一瞬で変わる。甘ったるいお香の匂いが茶道部の部室に充満する。

 小暮先輩の吐息が熱を帯びる。着物がさっきよりはだけ、綺麗な肩が露わになる。

 僕は察する。これはマジだと。

 

 小暮先輩は、茶道部だけでなく実は新体操部にも所属している。

 

 大勢の人の前で演技をするということに慣れているからか、それとも天性の才能か、この人は「男の視線を集める」という術を知っている。工藤の誘惑とはまた違う、男子の「視線を集める」のと「視線を外せなくする」と言うのは似たようで違う技術だ。

 

 この技術に敢えて名を着けるなら――「魔性の女」と言う言葉が、今の小暮先輩にぴったりだと僕は思う。

 

 とっさに僕は先輩を跳ね除けて逃げようとした。

 しかし、僕の行動を読み切っていたのか、小暮先輩は僕の腕の関節をがっちり決め、逃げられないようにホールドする。

 

 

 ――むにっ。

 

 

「なんか! なんか背中に感触が! 当たってます! 当たってますよ!?」

「あらあら。川上君。あなたの漫画のヒロインが言ってたじゃないですか。『当たってるんじゃない、当ててんのよ』と」

「それ僕が描いたエロ漫画の台詞――!?」

 

 霧島と言い小暮先輩と言い、二次元に影響されすぎじゃないですかね。二次元と現実を混同してはいけない(戒め)。

 ていうか抜け出せない!先輩何気に関節極めるの上手!? ていうか、美波といい先輩といい、この学園関節を極めるのが上手な女子が多すぎやしませんかね(素朴な疑問)。

 

「先輩!?何してんすか、やめてくださいよ本当に!」

「わたくしも今年で3年生。最後の清涼祭ぐらい、刺激的な思い出もいいとは思いませんか?」

「まずいですよ!」

「まずくないです。それにしても、川上君に貸したその着物……よく似合ってます。ああ、なんだか●●●きちゃいました」

「きゃー!きゃー!きゃー!」

「こら、暴れないでください。トランクスが脱がせられないでしょう!」

「ギャー――――!!」

 

 服を無理やり脱がせられるのは、こうも恥ずかしくなるのだろうか。

 僕はふと、スカートを思いっきり捲った工藤のことを思い出す。

 今後は少し、セクハラを控えようと思いました、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 貞操は守った。守り切ったよ?

 

「あんなに拒絶しなくても……わたくしは悲しいです」

「嘘つかないで下さいよ……」

 

 微塵もそんなこと思っていないくせに。

 

「ふふ。川上君は反応が良くて、ついついからかってしまいます。高城君より面白いので好きですよ?」

「高城? ああ……あの明久の上位互換の人でしたっけ。やめてくださいよ、小暮先輩の玩具じゃないんですから」

「あらあら。その割にはしっかりわたくしの鎖骨を観ていませんでしたか?」

「なんで見る必要なんかあるんですか(震え声)」

 

 小暮先輩は言うならば工藤がパワーアップしたバージョンだ。男子をこうやってからかうのが好きというか。ひょっとして工藤が小暮先輩のように色気を着ければこうなる可能性が……? ……それはそれで観てみたい気もする。

 まあ、この人とこういったやり取りももう慣れた物だ。最終的には僕が無理やり抜け出して終わるのが大体のオチ。

 

「それで、用件は何でした?」

「あー、えっと。この着物、いつ返せばいいか訊くの忘れてて」

 

 僕はそう言ってさっき脱がされかけた着物を指差す。

 

「ああ、そうでしたか。せっかくなので差し上げますよ」

「え、いいんですか? この着物、結構高そうなのに――」

「代わりに、この入部届に判を」

「清涼祭が終わったらクリーニングしてきっちり返却させていただきますね!」

「……むぅ」

 

 そのふくれっ面やめてほしい。美人な人がそれをやっても可愛いだけだし、さっきの感触を思い出していろいろ立っちゃうから。

 あ、そうそう。

 

「そういえば先輩、常夏コンビ――常村と夏川って人知ってます?」

「ええ。その二人なら、わたくしのクラスメイトですけれど?」

「え。先輩のクラスメイトと言うことはあのコンビAクラスなの……?」

 

 あのチンピラ顔、どっちかと言えば馬鹿っぽいのに。人は見かけによらないんだなぁ。

 

「あの二人がどうかなさったのですか?」

「……実は、午前中にその常夏コンビが営業妨害してきましてね」

「営業妨害?」

 

 僕は簡単に午前中にあった常夏コンビのことを小暮先輩に話した。

 すると小暮先輩は唇に指をやり考え込む。仕草がいちいちいやらしくて目が離せない。

 

「そうですね……あの二人は普段から言動はあまり良い方ではないと思っていましたけれど……後輩の出店にちょっかいをかける理由が思いつきませんね」

「そうですよね……」

「けれど、気になる点がひとつだけ」

「気になること?」

 

「あの二人、ここ最近、教頭の竹原先生に呼び出されていることが多いんです。先日の昼休み、この部室の前の廊下で隠し事なのかひそひそと何か相談しているのを見かけました。気を付けてください、川上君。良くないことがこの学園で起こっているのかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Fクラス教室

 

 

 

 

「ただいまー」

「宗一!どこ行ってたのさ!」

「サボリ」

「上等だ!そこに直れクソ野郎!」

「落ち着くのじゃ明久!ここで暴力問題を起こしてはいかん!」

 

 お客さんが一杯になった中華喫茶に戻ると、明久が飛び掛からんと言う勢いで食いついてくる。怖い。

 

「僕がサボっている間に、随分お客さん増えたね。三回戦の宣伝が効いたのかな」

 

 確か、チャイナドレスを着た美波と姫路が三回戦出場してきたんだっけ。学年トップクラスの可愛さを持つ姫路がチャイナドレスを着れば、性欲を持て余した男共が一目見ようと喫茶店来るのは自明の理だ。

 

「姫路たちは三回戦は勝てたの?」

「うん。それでその後、四回戦で僕達と戦ったよ」

 

 ハンマーを降ろした明久がそう言う。

 

「あ、そっか。トーナメント表観てなかったけど、確か明久達が対戦相手だっけ。それで、どっちが勝てたの?」

「……雄二の一人勝ちかな」

「何があったんだ?」

 

 もしかして、サボったのはミスだったのだろうか。せっかくだから観ておけばよかった。

 

「…………(ツンツン)」

 

 僕の肩をつつく感触。ふと振り返ると、Fクラスの厨房担当の康太が立っていた。

 

「お疲れ様、康太。すごい盛況じゃない、これも須川と康太の胡麻団子の出来がいいからこそ――(メリメリッ)ちょっと待って康太。指が食い込んでる。僕の肩に超食い込んでいる」

 

 ものすごく痛い。一体どうして、そんな殺気を迸らせた目で僕を睨みつけているんだ?

 

「…………これは、どういうことだ?」

「ん?」

 

 そう言って康太は一枚の写真を僕に見せる。

 

 

 

 ぴらり ← (小暮先輩に馬乗りにされている僕の写真)

 

 

 

「あはは、康太、いつの間に茶道部に盗撮カメラを仕掛けてただなんて知らなかったよ。すごくよく撮れてるから僕にくれないかな? これを明久にでも観られたら――(PON)」

 

「これは、どういうことかな?」

 

 後ろを振り返ると「ゴゴゴゴゴゴゴ」という擬音が聞こえてきそうな鬼の形相で僕を睨みつける明久。そして、真っ黒な頭巾をかぶった須川率いる他人の幸せを絶対許さないことに定評がある「FFF団」のメンバー達が。

 さてどうしようか。こうなってしまっては何を言っても処刑しかされないような気がする。

 でも僕は何もやっていない。貞操は守ったし、何も悪いことはしていないんだ。

 そうだよ、僕はそれでもヤッてない。だから、正直に、真摯に、明久達に事実を伝えよう。

 

 

「…………これはだね、明久」

 

 

 僕は明久の目をしっかり見て、相手に不快感を抱かせないよう少し微笑みながら言う。

 

 

「うん」

 

 

 

 

「エロい痴女の先輩に騎乗位されただけなんだ」

 

 

 

 

「なるほど。須川裁判長、この邪教徒はどうされますか?」

 

 ダァン!

 

 

「有罪に決まっているだろう常識的に考えて」

 

 

「「「死!死!死!裏切者には死を!」」」

 

 

 こうなれば逃げ一択である。

 

 

「サラダバー!」(ダッ)

 

 

 

「逃がすなぁ!裏切者を血祭りに上げろぉ!!」

 

 

「「「おおおおーっ!」」」

 

 

 

「おう宗一、戻ってきて……なんだこの騒ぎ」

「雄二よ、しばらく放っておくのじゃ。ああなったら宗一を処刑するまで止まりはせん」

「それはいいんだが……おい、お前ら。処刑をしたらとっとと戻って来いよ。まだ客は大勢いるんだからな!」

 

 

 明久の掛け声に従い、僕を追いかけ回し始める狂信者達。

 命を懸けた鬼ごっこスタート。

 

 

 

 

 




「バカテスアンケートで小暮さんの名前が出ましたが、3年の先輩にまで何か繋がりがあるのでしょうか主人公?」

 という疑問の声が感想欄に書き込まれたのを見て、ふと思いついた短編。
 ちょっとだけ小暮先輩と宗一の関わりを書こうと思っただけなのに思ったより濃密になってしまいました。

(ちなみに小暮先輩は宗一に恋愛感情は抱いては)ないです。
 工藤や姫路などの女子に対して基本強いポジションにいる宗一に天敵のような女子がいたらどうなるか?と優位に立てる先輩を書いてみたかった。なのでフラグが建築されることはない(ハズ)。
淫夢語録を所々に仕込むのすげえ楽しかったゾ~
感想、評価、いつもありがとうございます。もっと増えろ(強欲)


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第十二問 オクスリ・ダメ・ゼッタイ

―――――Fクラス教室

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 迫真茶道部で小暮先輩に迫られた僕に嫉妬し、怒りに狂った暴徒達からなんとか逃げ切った後。

 

 

「ねえ雄二、さっき先輩から妙な話を聞いてきたんだけど」

「なんだ、この忙しい時に」

 

 ホールで接客をしている最中、少し手が空いた雄二に声をかけた。

 

「実は常夏コンビのことなんだけど、どうやら教頭のタケ……タケシ?だっけ」

「竹原だろ」

「そうそれ」

 

 眼鏡をかけたクール知的系な先生だ。僕とキャラがダダ被りなのでぜひとも辞めてほしい。

 

「お前がクール系なわけないだろこの天然パーマ」

 

 うるさい。

 僕は周りのお客さんや接客をしている明久や美波達に聞こえないように教室の隅に移動し、小声で雄二と話す。

 

「その竹中なんだけど、常夏コンビと繋がってるみたいなんだ。先輩に話を聞いてみたら、清涼祭が始まる前からちょくちょく接触があったみたい。今回の清涼祭であった常夏コンビの妨害、全部竹松が差し向けたことなのかも」

「…………ふむ」

 

 そう言うと、雄二は口に手を当てて考え込む。そして僕の方をちらりと見て言う。

 

「宗一、お前はどう見る」

「どうって?」

「竹原がそんなことをする理由だ。Fクラスの妨害なんてして、何の得がある?」

「動機ってこと?――それはどう考えても」

 

 

「「試験召喚大会の景品が絡んでる」」

 

 

 僕の答えと雄二の答えが被る。どうやら僕と同じことを考えていたみたいだ。

 

「飲茶に虫を入れたクレーム。Aクラスで流した悪評による妨害。それと、僕がサボっている間に明久が倉庫でチンピラどもに襲われそうになったんだっけ?」

「ああ。すぐに俺が撃退したがな。三流以下のチンピラだ」

 

 雄二は喧嘩慣れをしているし、そこいらのチンピラなんて取るに足らない存在だろう。……腕っぷしも強くて頭もいいとか、最近雄二はイケメソ化が進んでいる?

 

「ちなみに、どうしてそう思った?」

「気になったのは連中の妨害の仕方だよ。クレームと悪評だけなら、Fクラス単体をターゲットにした妨害行為だって分かる。Fクラスはこの学園の最底辺だからね。それに僕らは1学期初日から試験召喚戦争をやらかした。Aクラスには『調子の乗ったFクラスを制裁する』っていう大義名分がある。見せしめの為に僕らの売り上げを止めようと言うなら、この文月学園のシステムだからまだ納得はできる」

 

 2週間ほど前に僕らがAクラスに試験召喚戦争の一騎討ちを挑んだ時、木下は言っていた。

 

 

『私達Aクラスは、学園の治安と品格を守る義務があるの。一学期初日から試験召喚戦争をやらかし、何の努力もせずにAクラスに挑んできたバカへの制裁措置――あなた達にとってこの一騎討ちは設備を奪うためのものかもしれないけれど、違うわ。これは、『()()()()』よ』

 

 

 試験召喚システム。

 振り分け試験で分けられたAからFまで分けられた6組のクラスメイト。

 成績からはっきりと区分された僕らは明確に『優等生』と『落ちこぼれ』のレッテルを貼られるのだ。

 

 

 つまりこのシステム、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()部分がある。

 

 

 この学校の校風故か、生徒達の気性故か、いじめとかそう言った物は表面に出てはいないが、「Fクラスは落ちこぼれ」「所詮Fクラス」とかそう言った差別意識を持った生徒は確かにいるのも事実だ。それはもちろん先生にも。

 

 人間と言うのはひどい物で、『自分より劣っている生物』に対して嫌に強くなれる生物だ。

 

 だからその優越感に助長され僕らに進んで嫌がらせをする連中――それが例の常夏コンビ、だと思っていた。

 

「けれど、例のチンピラ連中は明久を直接狙ってきたんでしょ? 今まで回りくどいやり方の妨害が、ここに来ていきなり直接的な方法になった」

 

 雄二が頷く。

 

「なら狙いはFクラスの妨害じゃなくて、試験召喚大会に出ている明久と雄二を妨害することだって僕にも分かる。偶然にも、例の常夏コンビもトーナメントに出ているみたいだし」

 

 さっきトーナメント表を見直してみた所、ちょうど雄二達とは反対側のブロックに常夏コンビが出場していたのだ。このまま順調にいけば、決勝戦でぶつかる計算になる。

 

「じゃあなんで明久と雄二を妨害するのかってなったら、これも当然例の召喚大会に二人を勝たせたくないから――ってことになると思うんだけど、その理由がハッキリと分からない。暴力による妨害してまで、どうして景品を狙うのか。少なくとも、プレミアムチケットが欲しいだけで力ずくで妨害はしないよ」

 

 僕がそう言うと、雄二はもう一度肯定するようにしっかりと頷いた。

 

「ああ。俺もそう考えていたところだ。学園長(ババア)もまだ何か隠していることがあるようだし、俺らは如月ハイランドのプレミアムオープンチケットの為に戦わされているんじゃない。もっと別の――おそらく、景品の『白金の腕輪』が絡んでいるんだろう」

「うん。常夏コンビもそれを狙っているんだと思う。それでトーナメントに勝ち進んでいる上に、学園長がバックにいる明久と雄二を妨害してきた。でも分かんないのが、なんでバックに竹下が絡んでいるのか。「これかな?」って憶測はあるんだけど」

 

「憶測?なんだ、言ってみてくれ」

 

「……多分だけど、学園長は白金の腕輪を高得点者に使って欲しくないんじゃないかなって思えるんだ。景品の回収が狙いなら、最初からAクラスの生徒に依頼するはず。でも、学園長と竹田の狙いがチケットじゃなくて実は腕輪が目的なら話が変わってくる。そもそも学園長は生徒が将来誰と結婚しようと『知ったことじゃない』って一蹴するタイプだし。じゃあなんで学園長は腕輪を狙っているのか考えると――白金の腕輪に何らかの()()があるんじゃないかなって」

 

 

「……欠陥だと?」

 

 

 雄二が驚きに満ちた声をあげる。

 

「例えば、Fクラスレベルの低得点者以外が使うと壊れてしまうとか、そんな理由があるんじゃない?」

 

 僕がそう言うと、雄二は目を見開いた。

 

「武光は常夏コンビに白金の腕輪を使わせ、欠陥があることをスポンサーが集まる召喚大会で見せつけて、学園長の失脚を狙ってるんじゃないかなって。そういう展開の小説、僕も依然書いたことあるし、そうじゃなくても竹川が学園長を何らかの方法で蹴落とそうとしてるんじゃないかな。……雄二? どうしたのさ」

 

 僕が一通り憶測の域を出ない考察を話すと、何やら考え込むようにぶつぶつと言い出した。

 

「なるほど、欠陥か。どうりで俺達に知られたくない訳だ。あのクソババァめ。それなら話の筋が通っている」

 

「雄二?」

 

 ぶつぶつと何か言っている雄二の肩を叩くと、雄二ははっと顔を挙げた。

 

「悪い宗一。少し考えを整理していた。だがおそらく、その推測は当たっている」

「マジ? 適当な妄想なんだけど……」

「いや、これまでの状況からよく推測できた。俺もババアが何か隠していることがあるんだと思っていたが、何故俺達に白金の腕輪を獲らせようとしているのか分からず、ずっと引っ掛かっていたんだ。だが『景品の白金の腕輪に重大な欠陥がある』っていうのはまさに盲点だ。分かったところでどうにかなるわけじゃないが、疑問がひとつ消えたおかげで悩まず進める。助かるぜ」

 

 雄二はそう礼を言い、僕の肩をばしばしと叩いた。なんだろう。ドストレートに褒められるとなんだかむず痒い。

 

「さてと、そろそろ準決勝か。秀吉を呼んで、とっとと作戦を実行しよう」

 

 時計を観てみると、雄二の言う通りもうすぐ準決勝だ。決勝戦は明日の午後の予定になっているから、今日はこれがラストになる。

 

「確か対戦相手は霧島と木下姉コンビだっけ。正直きつくない?」

「ああ。だがあんなバケモノ共とまともに勝負するほどバカじゃない。今回はお前にも協力してもらうぞ」

「それはいいんだけどさ……」

 

 準決勝の科目は保健体育。「なんで準決勝で保健体育勝負してんの?」と疑問に思うかもしれないが、これも雄二の作戦の内。あらかじめ準決勝で霧島・木下姉ペアが勝ち上がってくると予想していた雄二は、あえてここで保健体育勝負を仕込んでいたのだ。

 

「まあ、ここで負けたら結婚までのカウントダウンが秒読みだもんね」

「ああ。絶対に負けられない……! 俺の人生の為に……!」

 

 雄二の気合がこっちにまで伝わってくる。これまでと違い、今回の対霧島戦には文字通り全力で挑むつもりなのだろう。目がマジだ。

 

「例え、明久の命に代えても勝ってやる……!」

 

 そこは自分の命じゃないのかよ。

 

「まあ、うまく行くといいけどね、作戦」

 

 果たして、対雄二最終決戦兵器である霧島は今回の雄二の作戦にどう対処するか。あの霧島が何もしないということに不安は残るが、なんとかするしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――召喚大会会場 準決勝

 

 

 

 

「くっ……。すまぬ、雄二。ドジを踏んだ……」

 

「な、なんだと!? バ、バカな!」

 

 結論、雄二の作戦は失敗しました。

 雄二が仕掛けたのは木下姉弟が双子で瓜二つであることを利用した入れ替わり作戦だ。得点力の高い木下姉を秀吉とすり替え、霧島を孤立させ、明久、雄二、秀吉と霧島の3対1の状況を無理やり創りだそうという作戦だったのだが……。

 

 

「ま、匿名の情報提供があったんだけどね」

 

 

 木下姉の得意げな顔。

 なるほど、完璧な作戦っすねぇ。相手に筒抜けという点に目を瞑ればよぉー!

 姫路と美波がチャイナ服姿で大会に出て宣伝したのをオマージュ(パクリとも言う)したのか、霧島、木下姉両名ともメイド服を着ての出場である。いやぁ。お二人ともよくお似合いで。あの姿で「ご主人様」と呼んで欲しい。上目遣いだとなおよし。

 

「……雄二の考えていることぐらい、お見通し」

 

 さすが、恋する乙女だからなのか、それとも幼馴染として長い間雄二と付き合ってきた所以か、雄二の考えは霧島にトレースされていたようだ。

 現に、おそらく木下姉にボコボコにされたであろう秀吉がロープで縛られステージ脇に転がされてしまっている。裾が短く袖がないチャイナ服に身を包んだ秀吉にロープとか、はっきり言って目に毒である。

 

「まあ、相手が自称雄二の嫁である霧島だとダメだよねぇ……」

 

 会場の天井に潜んでいる僕は、2対2で睨み合う形でステージを挟む明久・雄二ペアと霧島・木下姉ペアを見下ろして呟く。こうして見ると改めて霧島の規格外っぷりには驚かされる。恋する少女の可能性は無限大なんだってはっきり分かんだね。

 会場の観客席には明久達の召喚獣の対決を見ようと大勢の人が埋め尽くされている。こうなった以上、大勢の客がいる前で下手な反則をすることはできない。それをすれば雄二達は即失格、姫路は転校、雄二は結婚ルートまっしぐらというバッドエンドだ。

 

「…………!!(パシャパシャパシャ!)」

「ムッツリーニ、いつの間に!?撮影なんかしてないで、(その写真あとで)早く秀吉の縄をほどいてあげてよ!(売ってほしい)

「明久。本音が混ざっているぞ」

 

 カメラを構え、縄で縛られている秀吉を激写する康太に自分の欲望をぶちまける明久。信じられないだろ?これ、試験召喚大会の準決勝で一般客がたくさんいるんだぜ(震え声)。

 

「…………了解」

 

 若干名残惜しそうに秀吉の縄を解く康太。その気持ちはよく分かる。

 

「……雄二。邪魔しないで。諦めて降参して」

「そうはいくか! 俺にはまだやりたいことがたくさんあるんだ!」

「……雄二、そんなに私と行くのは嫌?」

 

 霧島が涙目で雄二に尋ねる。普段クールであまり表情が変わらない霧島にしては珍しい上目遣いだ。

 こんなことをされれば大半の男子は堕ちるだろう。堕ちたなってなる。

 

「すごい、霧島さんの上目遣い……!こんな誘われ方をして、断るような奴は人間じゃない!」

 

「ああ。嫌だ」

 

「雄二は人間じゃなかった!」

 

 明久の絶叫。Fクラスが誇る赤ゴリラは幼馴染の求愛を簡単に跳ね除ける。

 

「雄二! なんてこと言うのさ!せっかく霧島さんが涙目で誘ってくれてるのに!」

「……前に、翔子に言われたんだ」

「……何を?」

「――式はどこで挙げたいと」

 

「「霧島(さん)は一途だなぁ」」

 

 僕と明久の感想がハモる。ここ最近、Aクラスに今度こそ勝とうと必死に勉強して点数をあげてるもんね、雄二。

 

「……やっぱり、一緒に暮らして分かり合う必要がある。……同棲すれば、雄二も分かってくれるハズ」

 

 断られた霧島は霧島で、戦闘する気満々のようである。「ガンガン行こうぜ」を突き進む霧島にはいつもびっくりである。いやマジびっくり。この間「彼氏と考えを合わせたいなら同棲するのが一番だよ」と霧島に適当なこと言ったのは関係ないと思いたい。

 

 

「吉井君、大人しくギブアップしてくれないかしら。弱い物いじめは好きじゃないし」

 

 木下姉はそんなことを言ってるが、ならなんでこの間見せしめの制裁を行ったんですかね。

 

「くっ……万事休すか……!」

 

 雄二が悔しそうに唸る。ことごとく雄二が立てた作戦が潰れてしまった今、将棋やチェスで言う『詰み』にはまっていると言っても過言ではない。

 この状況だと僕や康太を使った作戦も出せなくなる。なんとか霧島か、木下姉、どちらでもいいから片方が行動不能になれば明久達をサポートできるのだが……!

 

 

「こうなったら、奥の手を使うしかない!」

 

 

 すると、明久が自信満々に声を上げる。

 

 

「奥の手!? 明久、お前に策があるのか!?」

「ああ。雄二!今から僕が言う通りに台詞を言うんだ!」

「分かった、今回はお前に任せよう!」

 

 驚く雄二に、明久がぼそぼそと耳打ちをし始める。

 

「翔子、俺の話を聞いてくれ!」

 

 明久が耳打ちで指示した台詞を、そのまま言う雄二。明久が指示したと思われないよう、雄二の表情は真剣そのものだ。

 

「お前の気持ちは嬉しいが、俺には俺の考えがあるんだ!」

「……雄二の考え?」

 

 雄二の言葉に霧島が首を傾げる。

 ん? 秀吉が明久の近くに向かってる。何か指示が出たんだろうか。

 

「俺はどうしても優勝したい!」

 

 明久。君は一体、雄二に何を言わせる気―― 

 

「俺が大会で優勝したら、お前にプロポー、アイ、ッあおぉぉおおお誰がそんなことを言うかボケェ!?」

 

 自分で霧島にプロポーズする。簡単に言えば、人生の墓場に堕ちるってことで、言い方を変えれば雄二の自殺宣言である。

 おそらく明久の指示した台詞をそのまま言いそうになったのを咄嗟に止めたのだろう。

 

「……雄二」

 

 雄二がプロポーズしてくれると分かったのか、頬を赤らめうっとりする霧島。

 だがしかし、そんなことは言うまいと明久に激しく抵抗し始める雄二。

 

「うるさい!頸動脈をこうだ!(ゴキッ)」

「くぺっ!?」

 

 悲しいかな、元々明久の指示だと霧島たちに悟られぬように雄二の後ろに回っていた明久が一手有利だったようだ。あっという間に雄二を黙らせてしまう。

 

「……雄二?」

 

 霧島が続きの言葉を早く早くと待ちかねている。基本的に雄二の敵である明久はそんな霧島の期待に応えるべく、秀吉に指示を出す。

 

「俺は大会で優勝したら、翔子にプロポーズするんだ!優勝したら結婚しよう!愛してる、ショーーーコーーーー!」

 

 もはや十八番である秀吉の声真似で雄二の声をした秀吉が、霧島にプロポーズの台詞を吐いた。

 けれど、依然霧島は秀吉の声真似を見破っている。そう簡単に行くのか――

 

「……雄二。私も愛してる……♥」

 

 えぇ……(困惑)。さすがにチョロすぎやしませんかね?

 

「代表!?」

「ふははははは! これで最強の敵は封じ込めた! 残りは君だけだ、木下優子さん!」

「ひ、卑怯な……!」

 

 木下姉が悔しそうに唸る。あーもう滅茶苦茶だよ。これはもう試験召喚大会じゃないわ。ただのコントよ。

 

「くっ、私一人でも負けないわよ!試獣召喚(サモン)!」

 

 さすが木下姉、Aクラスの優等生。こんな状況でも諦めずに召喚獣を呼び出した。

 

「ふふっ。それはどうかな? この勝負の科目が保健体育だったことを恨むんだね! 行くよ、雄二!試獣召喚(サモン)!」

「ああ、分かってるぜ明久。新巻鮭(サーモン)!」

 

 雄二の声を真似した秀吉が、召喚獣を呼び出すお馴染みの呪文試獣召喚(サモン)ではなく新巻鮭(サーモン)と言った瞬間。

 ここからが僕と康太の出番である。

 

「「試獣召喚(サモン)」」

 

 僕は天井裏で、康太は召喚フィールドの床下でおなじみの呼び出し呪文を唱える。

 

 雄二曰く、ばれなきゃ反則じゃないんですよ作戦『代理召喚』である。

 

「え、それ土屋君の……!? きゃ、何!? 上から何か降ってきた……って、アレって!」

 

 すると、天井裏に潜んでいた僕とステージの上にいた木下姉と目がカチ合う。気付かれた。

 

「あの変態、今度は何を!?」

 

 悪いね木下姉。さっきは僕らが将棋やチェスで言う詰みにハマったと焦ったけど、こうなれば形成は逆転だ。今回は諦めて無前に負けて欲しい。今更僕と康太の存在に気付いたって、いろいろな意味で手遅れだ。

 けっして、前回の試召大戦で負けた腹いせではない。

 僕は召喚獣を操作し、ある物を描いてステージの上に落っことした。

 

 さて、ここで一つ補足しよう。

 僕の召喚獣は空間に絵を描いてそれを実体化させる能力を持つ。実体化できるのは架空の生物や自然現象だけでなく、武器も描くことができる。

 ピストルを描けば弾丸を出せるし、爆弾を描けば爆発する。

 ではそれらの武器の威力はどうやって決まるかというと、それは僕の召喚獣の持ち点からいくつ消費して描いたか、完全に点数に依存する。

 例えば僕の召喚獣が現代国語で300点の点数を持っていたとして、ピストルを描いた時、299点を消費して描くことができる。

 その場合、約300点近い持ち点を持った武器がその場にもう一つできると言ってもいい。腕輪を使わなければ1回しか攻撃できない、更には秀吉や康太などの召喚獣は持って使うことができないというデメリットを持つ僕の絵だが、300点のピストルなんて物で撃たれれば、並大抵の召喚獣は木端微塵だ。さらに、観察処分者である明久だけ、僕の絵を使うことができる。

 

 

保健体育勝負

 

   Fクラス 川上宗一   211点

 

       ↓

 

   Fクラス 川上宗一    1点

 

 絵を描き終えると、僕の召喚獣の点数が遅れて更新される。ふぅ、描いた描いた。

 

 

「ロケットランチャー!?」

 

 

 僕が今回描いたのはロケットランチャーだ。広範囲で爆発し、かつ高威力を持つシンプルにして最強のロケット発射器だ。

 

 

Q.210点近く消費して作った武器を持った明久と、圧倒的な保健体育力を持った康太と戦う木下姉は果たしてどうなるでしょーか?

 

 

「あれれ―!? 空から武器が降ってきたぞぉ―!? これはラッキーだなぁ!」

 

 明久は某小学生探偵のような白々しく台詞を吐きながら、天井裏から落としたロケットランチャーをキャッチし、木下の召喚獣に照準を合わせる。

 

「…………加速」

「芸術は、爆発だっ!!(バシュッ)」

 

 高速で動く康太の召喚獣、そして明久が発射したロケット弾頭が木下姉の召喚獣に迫る!

 

「ほ、本当に卑怯――きゃぁっ!?」

 

 

A.アリーヴェデルチ!(さよならだ)

 

 

ドカアアアアアアアン!

 

 

 

保健体育勝負

 

 

   Fクラス 吉井明久   89点

         &

        土屋康太   511点

 

      VS

 

   Aクラス 木下優子   321点

         &

        霧島翔子  UNKNOWN

 

 

 爆炎がステージ上に舞い、残ったのは康太に無残に切り裂かれ爆発でズタボロになった木下姉の召喚獣。

 爆発オチとかサイテーだと思います。

 

「くっ……!」

 

 木下姉は悔しそうに天井……というか僕の方を睨みつけてくる。康太の召喚獣だけならまだ咄嗟に攻撃を躱すことができたかもしれないが、迫るロケットの弾頭のせいで逃げ切れなかったのだろう。ざまあみろである。

 

「べー」

「……!」

 

 木下姉に対して僕はあっかんべーで返しておくと、木下は悔しそうに顔を赤くする。それもこれも全部木下姉が僕をAクラス出禁にしたのが悪い。メイド服、もっと観たかったんだぞ。

 

「よし、僕と雄二の勝利だ!」

「……ただいまの勝負ですが」

 

 明久が勝ち名乗りをあげたが、さすがの教師もこの事態にどうすればいいか困惑している。

 

「霧島さん、僕らの勝ちでいいよね?」

「……それは」

「愛してるぅ、翔ーーー子ーーーー!」

「……私達の負け」

「……分かりました、吉井・坂本ペアの勝利です!」

 

 秀吉の咄嗟のフォローで、口説き落とされた霧島が降参したことによりついに明久達の決勝戦進出が決まった。相も変わらずガバガバな大会である。

 観客はロケットランチャーの爆発で驚いたのか目を見開いているが。想像していた召喚獣バトルと180度違ったのだろう。是非もないよね。

 

「それじゃ、僕はこれで!」

 

 明久はぺこりと一礼し、雄二をその場に置いて教室に引き返す。僕も撤収しよう。僕はささっと天井裏から床に降り、明久達と合流する。

 

「明久、なかなかの機転じゃったな」

「…………作戦勝ち」

「ナイス明久。ロケットランチャーが上手く使えてよかったよ」

「ありがとう!三人の協力があってこそだよ」

「いよいよ決勝だね、明久。……ところで雄二はいいの?」

 

 僕はぽつりと明久に尋ねる。

 

「え、別にいいんじゃない? 雄二もたまには素直になるべきだと――」

「よいのか明久よ。霧島が雄二に一服盛って持ち帰ろうとしておるぞ?」

「あれ、なかなかのヤバイ薬だけど大丈夫かな? 見てよ、雄二の顔に死相が出てるよアレ」

「き、霧島さん! 雄二には決勝戦があるから薬は許して!」

 

 この後、タキシードを着て虚ろな目をしていた雄二は水を浸かって薬を無理やり吐かせたことで事なきを得た。

 

 オクスリ、ダメ、ゼッタイ。

 

 

 

 




感想、評価いつもありがとナス!

小暮先輩が大人気ですこしびっくりです。

早い所後夜祭で宗一達に演奏させたいので、早めに投稿です。


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幕間 馬鹿の瞳に恋してる ~工藤愛子の場合~

 

 

 

 初めて彼のことを知ったのはクラスメイトの噂話からだった。

 

 

「ねぇ知ってる工藤さん、一年の『変態紳士』って人の噂」

 

 

 その頃のボクは文月学園に転校してきたばかり。2月の初旬。もうすぐほとんどの高校一年生は高校二年生になるという季節の変わり目に、ボクはここ文月学園に転校してきた。クラスメイトが2年生に進級する前に行われる振り分け試験に向けての勉強をしていた頃だ。

 まだクラスメイトの顔と名前が一致しない、慣れない教室と空気。

 他所から転校してきたボクはまだこの教室にいるみんなの「クラスメイト」になれていなかった。

 

 そんな少し居心地の悪さを感じながら次の授業の準備をしている時、たまたま前の席にいた女子生徒がそんな話題をボクに振ってきたのだ。

 

「変態紳士? へぇ、変わったあだ名だね。エッチな紳士君なのかな?」

 

『変態』というフレーズは置いといて、紳士と言うあだ名からボクはそこまでその人が悪い人だというイメージができなかった。

 

「そっか。工藤さんはまだ転校したばっかりでまだ知らないのね。なら、教えておいてあげる」

 

 普段、明るくおしゃべり好きなその生徒にしては、珍しく真剣で真面目な表情でボクに言った。

 

「この学園の1年には、女の敵が二人いるの」

「女の敵」

 

 漫画とかだとよく訊くフレーズだけど、実際に女の敵と呼ばれている男子がいるとは驚きだ。

 

「一人は『ムッツリーニ』って呼ばれてる男子生徒。いつもカメラを持ち歩いてて、盗撮した女子の写真を男子達に売りさばいてるの。女子更衣室に忍び込んで、隠しカメラとか盗聴器を取り付けているらしいわ」

「ムッツリーニ……」

 

 多分、ムッツリスケベが由来のあだ名なんだろうけど……。盗撮が得意なのかな?ボクだったら別に写真に撮られても平気なんだけど、大多数の女の子からすれば勝手に写真を撮られるのはたまらなく嫌なんだろう。

 

「そしてもう一人が『変態紳士』。紳士、なんて言ってるけど、クズ中のクズよ」

 

「ひどい言いようだね」

 

 一体何をしたんだろう、そのヘンタイ君。

 

「どんなことをしたの?その人も盗撮とか?」

 

 それくらいだったらボクにとってまだ軽い物だ。さっきのムッツリーニ君(盗撮犯)に比べると、どうしても印象が薄くなってしまう。

 

「違うわ。その男はノーパン主義の変態よ」

 

 本当に変態だった。

 

「それだけじゃないわ。そいつ、女子トイレや更衣室に堂々と入り込んだり、女子生徒のスカートを捲ってパンツを凝視したり、女子生徒にセクハラをして泣かせたり、全裸で女子にオチ、あそこを見せつけたりしたって」

「……それ、本当?なんだか半分ぐらい噂に尾ひれがついてそうだけど」

 

 この時のボクは、その尾ひれがついてそうな噂を全部自分にやられるとは思ってもいない。

 

「それぐらいヤバイ奴らだってこと。最近はおとう……ごほん。男を女装させて、その写真集を売りさばいてるって。私も直接会って話したことがあるわけじゃないけど、そういう危ない奴もいるってことぐらい覚えておいてね」

 

「ふーん……」

 

「……工藤さん、どうしたの?ちょっと楽しそう」

「え? ああ、ううん。別になんでもないよ」

 

 男の子は皆スケベ。

 それは多分、ボクが誰よりも知っている。

 でも、ボクよりエッチなことに詳しい男の子っているのかなと思わず笑ってしまう。

 ボクは昔から水泳をやっていたからか、同級生の男の子達からよく『そういう目』で見られることが多かった。スカートの下にスパッツ――ボクとしては動きやすさを重視して履いていただけなのに、男の子にとってはどうしてかたまらないらしい。中学生になってからはその視線がもっと増えた。たまにちらりと見える程度にスカートを上にあげるだけで男の子は面白いように顔を赤くして慌てふためく。

 それがどうも面白くて――ボクはからかいたくなってしまうのだ。

 

「もし会えたら、ボクが保健体育を教えてあげようかな? もちろん、実技でさ」

「……ぷっ。何それ。何されるか分かんないわよ? 男はみんな変態なんだから」

「あはは、冗談冗談」

 

 ボク自身、そういうことはまだしたことはない。けれど男子をえっちな誘惑でからかうのが楽しくて自然とそう言う知識を集めていた。今では保健体育がボクの一番の得意科目になるほどだ。もちろん他の教科も300点台は余裕で取れているから次の振り分け試験でAクラスには入れるだろう。できる女の子って言うのは、運動も勉強もできなくっちゃね。

 ボクはちらりと自分の胸に視線を落とす。

 幼い頃から水泳をやっているせいで、無駄な脂肪がほとんどない。小さいおっぱいだ。まったくないって訳じゃないけど。

 ボクの体型はスレンダーであまりおっぱいは大きくないけれど、顔は可愛い方だ。自分で言うのもちょっとナルシストっぽいかな? でも、男の子からそういう目で見られるぐらいには可愛いつもりだよ。違うクラスだけど黒髪ロングでクール系の……確か霧島さん……だったかな。ああいう綺麗な人と比べることはできないけれど、ボクにはボクの武器があるし、自信がある。さっき言ったエッチな誘惑や知識だってそのムッツリくんとヘンタイくんには絶対負けないほどに。

 

「ありがとね、えーっと……木下さんだっけ」

「ええ。アタシは木下優子。よろしくね、工藤さん」

「愛子でいいよ。優子。次の振り分け試験、一緒のクラスになれるといいね」

 

 でも、変態紳士か……面白そうな男の子だね。

 

「ふふっ」

 

 急な転校で、いろいろと不安だったけれど、この学校なら退屈しなくて済むかもしれない。

 

「ちなみに、その変態紳士くんの名前は?」

「えぇ?アナタ、本当にちょっかい出しに行くつもり?」

「好奇心好奇心。名前だけ聞いとこうと思ってさ」

「ふーん……あなたも物好きね」

 

 

 

 

 

「川上。川上宗一君よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、変態紳士くん、ムッツリくん、女装が似合う優子の弟くん、学園初の観察処分者、悪鬼羅刹と噂の元神童くん。

 彼らの噂はちょくちょく……いや結構頻繁にボクの耳に届いていた。

 学年末の、転校したばかりのボクの耳にも届くことを考えれば、彼らの悪評はまさしく留まることを知らない。人の噂も七十五日とか言うけれど、毎日のように西村先生の補習室に監禁されて反省文を書かされているらしいから、噂が噂を重ねてどんどん尾ひれがついていってるみたい。

 

 直接どんな人か見に行こうかも思ったけど、もうすぐ振り分け試験。

 知らないクラスメイトを探しに行くほど暇じゃないし、振り分け試験の対策勉強や水泳部の練習。やることが多すぎて時間がなかった。ちょっとした休み時間に探しに行くこともできたのだろうけど、ボクは楽しみは後に取っておきたいタイプだ。件の川上くんと会ってみたいという気持ちは大きいけれど、今は忙しい時期だし、慌てて探しに行くほどじゃない。

 

「きっと2年生になれば会えるよね」

 

 噂で聞いていた試験召喚戦争も行われるらしいし、きっとそのうち会えるだろう。話題の中心にいつもいる彼らとなら、きっと試験召喚戦争で戦うこともできるはずだ。

 

「会える? 何のことよ、愛子」

「ううん、なーんでもない」

「……変なの」

 

 そう言いながら教室移動の為に廊下を優子と歩く。あれ以来、優子と仲良くなったボクは優子と一緒にいることが多くなった。優子は誰から見ても優等生だけど、少し猫を被ってる部分がある。最初は真面目で明るい子だと思っていたけれど、一週間近く一緒にいてボクの前だと素を見せることが多くなった。ボクがよくえっちな話をするから、猫を被る必要がないと判断したのか、それとも信頼してくれるようになったのか。たまに弟の……秀吉くんだっけ、愚痴を言うことが多くなったし。「この間も秀吉とそのバカが~」とか。優子の愚痴を聞く限り、毎日面白そうな騒ぎばかり起こしているようだ。

 

「もうすぐ振り分け試験だね。試験勉強、どうなってる?」

「もちろん余裕よ。代表はいけなくとも、Aクラス入りは間違いないわ」

「あはは、それはよかったよ。進級してボク一人になるのは困るからさ」

「愛子も随分余裕じゃない。そんなこと言って、振り分け試験で落ちないようにね」

 

 この間の小テストの結果もかなりよかったし、この調子ならよっぽどのことがない限りAクラス入りを逃すことはないはずだ。

 

「同じクラスになれるといいね」

「……そうね」

 

 そう言って優子は微笑む。

 うんうん。友達にも恵まれて、勉強も部活も順調。なかなか充実してる……ん?

 

「あれ、こんなところに美術室あったんだ」

 

 気付くと、僕らは美術室の前に着いていた。この先を歩いて行けば確か家庭科室だけど……。

 

「知らなかったの?」

「うん。ほら、ボクって運動部だし、文系の部活の人と関わりがまったくないからさ」

 

 次の授業開始まで、まだ時間はある。ならやることは一つ。

 

「お邪魔しまーす!」

「あ、ちょっと愛子!」

「いいじゃん、ちょっとぐらい。ボク転校してからまだちゃんと校舎見て回ってないから、楽しみなんだよねー!」

「まったくもう……」

 

 僕はそう言って美術室の扉を開いて突入する。

 学校の知らない教室に入るのって、ちょっとドキドキするよね。

 

「へぇ~……旧校舎だけど、結構綺麗だね」

 

 中は思ったより綺麗だった。

 大きな長机が4つ。美術部員の画材道具、デッサン用石膏像、描きかけの絵がたくさん置かれており、部屋は絵の具独特の脂臭い匂いがボクの鼻をくすぐった。

 

「そうね。ウチの学園の文化部も、結構力入れてるみたいだから」

 

 見てみると、壁には絵がたくさんかけられている。多分、美術部の人達の絵なのだろう。草原の風景画、何をモチーフに描いたのか分からない抽象画、誰かの自画像、静物画……たくさんの絵が飾ってある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。ほんとだ、綺麗な絵だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 壁に掛けられた一枚の絵を見た瞬間、ボクの時間は止められた。

 

 

 

 たった一枚の絵によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、海と雨の抽象画だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い青色の油絵の具。揺れる波と、絶えず海面に叩き付けられる水滴。

 水面を跳ねる水の粒。曇り空を写す暗い海。冷たい水の温度。それらすべてを目の前で観ているような気分だった。

 まるで海と雨の水をここに持ってきたような。

 確かに伝わってくる、絵のイメージ。

 

 

 

 ―――波の音が聞こえる。雨の音が聞こえる。

 

 

 

 ボクは一目見て息を呑まずにはいられなかった。美術なんてまったく詳しくないボクだけど、あの絵の中には不思議な力がこもっていて、それがボクを引きずり込んだ。

 

「すごいわね」

 

「え?」

 

 絵に取り込まれていたボクを現実に引き戻したのは優子の声だった。

 

「芸術は詳しくないけれど、アタシでもこの絵はすごいと思ってる。確かこの絵、去年コンクールで金賞だった絵よ。一時期噂になってたわ。うちの生徒がコンクールで優勝したって」

 

「へぇ……」

 

 これが金賞。なるほど、ボクが審査員だったらボクもこの絵を金賞に入れるよ。

 それほど圧倒される絵だった。

 ただそこにあるだけで、ただただ圧倒される。

 

「でも残念ね」

「……残念って、何が?」

「この絵を描いた奴が、例の変態だからよ」

 

 優子が絵の下の方に指を指す。そこにはこの絵を描いたであろう人の名前が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

[ 金賞 1-C 川上 宗一 ]

 

 

 

 

 

 

 彼の名前を観た時、心臓が小さく跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの絵を描いたのが『あの変態紳士』だと分かった後、ボクは彼についてよく考えるようになった。どんな人なのか、自分の中で『川上宗一』という同級生の男の子をイメージする。

 絵を描いて、小説を書いて、歌を歌う。そんなヘンタイくん。芸術家としてすごい才能を持っているのに、その才能を普段はエッチなマンガや小説を書くことに注ぎ込んでいるらしい。これほど『才能の無駄遣い』という言葉がぴったりな人もいないだろう。

 

 相変わらず、彼らの噂は最悪だ。女の子達からは嫌悪、男の子達から畏怖を込めた噂話が僕らの休み時間の話題を独占した。

 

 そんな噂話を聞けば聞くほど、ボクは川上くんのイメージをうまく掴めずにいた。

 

『あの素敵な絵を描きあげた人』のイメージと、『クラスメイトの噂話から生まれたイメージ』がうまく重ならなくて。それがボクの心をもやもやさせた。あの絵を描いた人が、学校の女子生徒を恐れさせるヘンタイくんだとは想像できない。

 早く直接会って確認したい。どんな人か、話してみたい。

 話したことも、ましてや会ったこともない人に、どうしてここまで興味をもたらせるか分からなかった。

 この整理しきれない疑問をどうにかしたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんな人なんだろう。どんなことを考えているんだろう? なんであんな素敵な絵が描けたのだろう。時折ボクは美術部の川上君の絵を見ながら、そんな疑問にふけった。

 そんなもやっとした疑問は湿気を吸って膨らんでいく。それを抱えたまま、ボクは二年生に進級し、Aクラスに振り分けられた。

 しかし、意外なことに川上くんはあっさり見つけることが出来た。

 彼が所属しているFクラスが試験召喚戦争を始めたのだ。彼らはDクラス、Bクラスを順調に撃破し――その時、偶然に彼を見かけた。

 その時は土屋康太くん……ムッツリーニくんと一緒に女装した根本くんを写真撮影していた。

 Bクラスの生徒数名と一緒に涙目で「勘弁してくれ」と懇願する根本くんに無茶苦茶なポーズを要求する所を見て、すぐに「あれが川上くんかぁ」と気付くことができた。その光景には思わず苦笑してしまったけど、根本くんの暗い噂はボクも知っていたから、彼に特に同情の念は沸かなかった。楽しそうにムッツリーニくんと写真撮影をしている所を見て「彼はSだね」と確信した。

 彼はやっぱり面白そうな人で、今度はボクらAクラスに挑んでくるらしい。

 自分が考えていたより早く川上くんと遊べそう。

 楽しみだな♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セッ〇スはしたことはありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼とのファーストコンタクトは、はっきり言って最悪で、ボクの中で川上くんへの好感度が最低値へと叩き落された瞬間だった。

 

 質問していいよと言ったボクが悪いと言えばそうだけど、彼は噂に違わぬ変態だったのだ。

 

「だから言ったじゃない、川上君には気を付けなさいって」

「うん……身を持って感じたよ……まさかあんなセクハラを受けるなんて……」

 

 Fクラスとの試召戦争が終わった後、呆れながら優子がそう言った。

 基本的に噂は当てにはしないボクだけど、人の噂もバカにできなくなったボクだった。

 まったく、あんな素敵な絵を描いたのがあんなヘンタイくんだなんて今でも信じられないよ。

 

 

「まあ、これに懲りたら……ぷぷっ」

「え? 優子、何笑って……」

「愛子……アンタ処女だったのね」

「なぁ!?」

 

 あの試験召喚戦争以来、Aクラスの女の子達からやけに暖かい目で見られることが多くなった。

 話を聞いてみると、どうやらボクは「普段は大人びているけど経験豊富だと背伸びしている女の子」という印象ができてしまったらしい。すっかり可愛い女の子と言う風に扱われるようになってしまったのだ。

 

 おのれ、ヘンタイくんめ。いつかお返ししてあげるんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Fクラス教室 中華喫茶「ヨーロピアン」

 

 

 

 

 

 

Side 工藤愛子

 

 

 

「ひどいんだよ!? 川上くんったら、ボクのスカート本当に捲ってしかも凝視したんだよ!?」

「あはは……川上君らしいです」

「笑い事じゃないよーっ!」

 

 時間は午後4時近く。そろそろ清涼祭1日目も終了するからか、喫茶店の中に客はほとんどいない。

 中華喫茶なのに何故かヨーロピアン(ヨーロッパ風)と言う不思議な喫茶店で、ボクは姫路さんに愚痴を零していた。

 ボクが川上くんのことを気にしていると知っているのは姫路さんだけだ。愛子や代表に「実は川上くんのことが」と相談しようかと思ったけど、とてもじゃないけど恥ずかしくてできなかった。

 もぐもぐ……あ、この胡麻団子すっごく美味しい。

 

「川上くんはとっても素直ですから、『やっていい』と言われると本当にすぐやっちゃうんですよね」

「だからってあんなことするかな……?幼稚園児だってもう少し遠慮すると思うけど……」

 

 いくら素直だからって、冗談かそうじゃないかぐらいちゃんと判別してほしい。

 

「まったくもう……本当に恥ずかしかったんだから」

 

 まさか公衆の面前でスカート捲りをされるとは思わなかったよ。

 

「でも、許しちゃうんですよね? 好きな人のすることですから……」

「…………むぅ」

 

 ボクはその言葉を認めたくなくて、ぷいっとそっぽ向きながら飲茶を口の中に流し込んだ。

 

「惚れた弱み……と言う奴なんですよね。私も、吉井君のことが……その、好きですから、工藤さんの気持ちも分かりますよ。許したくないんですけど、許しちゃうんですよね……恋って不思議です」

 

 惚れた弱み。

 

「……はぁ、ボクってこんなにチョロい性格だったかな?」

 

 自分がこうも簡単に川上くんのことが気になるようになるんだって思いもしなかった。個人的にはそんなこと信じたくない。

 あんなヘンタイくんがボクの初恋の相手だなんて!

 でも不思議なことに、セクハラ攻めされたこと、スカートをめくられた時の怒りはどこかへと霧散している。不思議と彼を憎めないのだ。それどころか彼を想うと胸が熱くなって―――

 

「…………(カァ)」

「恋はいつも突然来るものですから。川上くんならこう言うんじゃないですか?『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』って」

「シェイクスピアだね……。でも、まだ信じられないよ。あんなヘンタイくん、ボクの好みじゃないと思ったのに」

 

 どちらかと言えばムッツリーニくんのあの反応の方がボクとしては好みだった。

 川上くんと出会ってから、ボクはいつも振り回されている。ボクのペースは乱れに乱れっぱなしだ。

 

「……あの時の路上ライブの時ですよね、川上君を意識し出したのは」

 

 姫路さんの言葉に、多少躊躇いながらもボクは頷いた。

 

「ブラックバード。とても素敵な曲でした。ずっと聞いていたいような、安心する歌声。川上くんは「ビートルズの曲がいいからだよ」って謙遜してましたけど、それを差し引いてもとても素敵だったと思います。ね?」

「…………うん」

 

 悔しいけど、認めざるを得なかった。

 

 紡がれるギターの音色。それに合わせて歌う、川上くんの表情は、とてもかっこよかった。

 

 一つのことにただただ夢中に。歌うこと以外は何も考えない、そんな表情。

 ビートルズのその曲は、とてもシンプルで、練習すれば多分ボクでもできる。

 

 でも、その簡単な旋律を、彼はただただ真剣に。全身全霊で歌っていた。

 

 そして歌い終わった後、満足そうに微笑みながらギターを撫でるその姿が、ボクの心に刻まれている。今でもたまに思い出してしまうほどだ。

 

 ボクはあんな風にただただ一つのことを真剣にやったことはあるだろうか。命を使うように、力いっぱい、彼のように歌を歌ったことがあるだろうか。

 ボクが彼と同じように歌っても、あんなに心を震わせる歌を歌うことはできない。

 

 あの抽象画もそう。今回の歌もそう。

 

 川上くんが何を感じているのか、ボクは知りたい。

 

 どうやったらあんな絵を描けるの? どうしてそんなに全身全霊で歌えるの?

 

 川上くんは何を見ているんだろう。

 

 彼と同じ視線に立ってみたい。彼が見ている風景を、ボクも見てみたい。

 

「――って!これじゃあまるっきり恋する乙女の思考じゃん!ばかばか!」

「ふふふ」

 

 姫路さんはボクの反応を見て、くすくすと笑った。

 

「しょうがないですよ、この感情をどうしたらいいか分からない――私もよく分かりますから」

「……勉強ができる姫路さんも分からないんだ」

 

 ボクは机に突っ伏しながらぽつりと言った。

 

「はい、分かりません。学校の先生は教えてくれない。ただしい方程式もない――すごく難しい問題です」

 

 学年主席レベルの姫路さんでも分からない。こんな問題、学校の先生も教えてくれたりしない。

 

「でも」

 

 けれど姫路さんは言葉を少し区切って、はっきりと言った。

 

「分からなくてもいいんだと思います。この気持ちは――きっと頭で考えるんじゃなくて、心で見る物なんですから」

 

「姫路さん……」

 

 心で見る物――か。

 

「……すごいなぁ」

 

 姫路さんの表情は自信と幸福に満ちていた。自分の気持ちに強い確信がある。悩んでばかりのボクとは大違いだ。羨ましい。ボクはまだ、この想いがなんなのか、はっきりと分からない。でも姫路さんは吉井君への想いが『恋』だと強い気持ちを持っているみたい。

 

「そんなことないですよ。私も、最初は吉井君への想いはただの憧れなんだって思ってました。けれど最近、ようやくこれが恋なんだって気付いたんです。だから工藤さんも、慌てないで。川上くんと一緒にいればきっと分かりますよ」

「そうかなぁ?」

「そうですよ。ふふっ」

「そっか……うん、ありがとうね、姫路さん」

 

 

 少し話せてスッキリした。胡麻団子も飲茶も美味しかったし、そろそろAクラスに戻ろうかな――

 

 

「工藤さん」

「ん?何、姫路さん」

 

 

「私、応援してますから」

 

 

「……うんっ、ありがとっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Fクラスのウェイトレス……と、別の出し物の女か?」

「まあいい、両方攫っちまえ」

 




だから俺だって、なんかしなくっちゃあな・・かっこ悪くて、あの世にいけねぇぜ・・・!俺が最後に見せるのは代々受け継いだラブコメだ! 人間の魂だッ!!
読者ーッ! 俺の最後の工藤ラブだぜ!受け取ってくれええええええ!



 要約 工藤さん書くの大変だった(コナミ)


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第十三問 今からそいつを殴りに行こうか

―――――Fクラス教室

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

 

 前回のあらすじぃ!

 大会から戻ってくると姫路と美波と葉月ちゃんと木下とあと何故か工藤が攫われてました。

 

 

 

 

「というわけで僕らが留守をしている間の最高責任者である須川さん、何か言い訳ある?」

 

 ホイホイと姫路たちに連れていかれてしまった須川達をロープで縛って尋問する。決して普段やたらと僕を処刑しにかかってくる意趣返しではない。

 

「違う!俺はちょっとトイレに行ってただけだ! 責任ならチンピラにすぐにやられた福村にある!」

「はぁ!? 俺に責任をなすりつけるなクソ野郎!川上、俺じゃなくて横溝だ!横溝はチンピラに土下座してたぞ!」

「な、福村、そりゃねーだろ!? 川上、福村は適当な嘘を言っている! 奴こそ責任を取らせて処刑するべきだ!」

「……ねえ、一言いいかな」

「なんだ、川上」

「チンピラにこうも簡単に攫われるから、君らはモテないんじゃないの? 肝心な時に女の子一人も守れないとか、男としてどうなの?はぁーつっかえ」

 

『『『がはっ!!!?』』』

 

 

 ……会話を聞いてもらえば分かる通り、Fクラスの連中はやっぱり基本的にクズの集まりなんだってはっきり分かんだね。何の惜しげもなくクラスメイトを売る辺り、最低としか言いようがない。

 僕は溜息を吐きながら教室を見渡す。

 テーブルや椅子が倒れ、飲茶を入れるための椀やお皿がいくつか割れてしまって床に破片が散乱している。多分、教室に押し入ったチンピラどもが姫路たちを連れていく際、一悶着があったのだろう。クラスメイト達も抵抗していたようだが、よりにもよって雄二と明久がいない、そしてシフトが薄く人がいない時間帯を狙われてしまったようで、あっけなくFクラスのウェイトレス+メイドは連れていかれてしまったのだ。

 霧島によって薬を盛られた雄二を助ける為、明久と一緒に薬を吐かせるため時間をとられている間に狙われてしまったので、僕達は何もできなかった。教室の状況をリアルタイムで把握していた康太に報告をもらい、急いで駆け付けてみたものの、戻ってみれば後の祭り。今の惨状が広まっていた、というわけだ。雄二曰く、『俺や明久と直接やりあっても勝ち目がないと考えたんだろう』とのこと。暴力が使えないなら人質を、ということなのだろう。これも竹原の指示かどうかは分からないけど……もしそうだとしたら本当に許せない。

 工藤はおそらく……いやなんでここにいたのかよく知らないけど、Fクラスのウェイトレスと間違わられて連れていかれてしまったようだ。Fクラスの生徒は女子が数名しかいないので、ついで感覚で連れていかれてしまったんだろう。

 

「とりあえず、君らは『VRホモビ鑑賞』の刑に処す。いやーよかった。知り合いが押し付けたこのBD、処理に困ってたんだよね。とりあえず君らに観賞する権利をあげよう。スキップ早送り一切なし。ちゃんと最後まで見せてやるぞー」

 

「な、それは!? お願いだ川上!どうかそれだけは!!」

 

 須川が土下座して懇願するが、慈悲はない。普段「FFF団」とか変な自警団みたいなことしてて、いざと言う時役に立たないんだからここで僕に許しを乞うても意味はないのだ。決して普段の仕返しとかではない。

 

「拒否権はない。さぁ康太、やるぞー」

「…………(コクリ)」

 

『『『いやぁぁぁぁあああ!!!』』』

 

 

 

 

 

Side 吉井明久

 

 

 

『やめ、や”め”でぐれぇ”ぇ”ぇ”ぇ”』

『イヤ、イヤアアアアアアア』

『殺してぐれぇぇぇぇぇいっそ殺してぐれよぉぉぉお!!』

『うぐっ……うぉえっぷ……えぇん』

 

 

「何やってるんだあいつらは?」

「さぁ……宗一達にVRゴーグル被せられてから、ずっとああなんだけど……」

 

 ロープに縛られ、ゴーグルらしき機械を目元にかけたクラスメイト達が汚い嗚咽と鼻水を吐き出しながら泣き叫んでいる。仮にも今年で16歳になる彼ら男子高校生たちがマジで泣きながら許しを乞うている。一体、彼らは何を見せられているのだろうか?

 

 

「ごめん、お待たせ」

「…………ウェイトレスがどこに行ったか、突き止めた」

 

 そしてこの光景を生み出した張本人、変態紳士とムッツリーニが戻ってくる。

 

「遅いよ宗一、ムッツリーニ! 何してたのさ!」

「無能な役立たず共に『●乱テディベア』ってホモビ観せてるんだけど。VRで」

 

 なんて残酷な処刑方法なんだ。●乱テディベアって、響きはぱっと訊いた感じ可愛いタイトルだけど、宗一が持っていたビデオなんだから絶対ニッチな内容に違いない。

 

「何、明久も興味あるの?」

「…………引く」

「あるわけないでしょ!ていうか、そんなジョーク言ってる場合!?」

 

 雄二は姫路さん達に何かが起こるって予想してたみたいだけど、今回の妨害はさすがにシャレにならない。下手したら警察沙汰だってありえる。

 

「そうだね。R-18のレイ●物みたいな展開になる前に、さっさと連れ戻そっか。雄二、連中の場所分かったよ。盗聴マイクの記録によると、近くのカラオケに連れてったみたいだ」

「よくやった。さすがムッツリ商会の創設者だ」

 

 雄二はにやりと悪そうな顔をする。盗撮カメラや盗聴マイクを至る所に趣味で取り付けているムッツリーニ商会の情報を使えば、奴らの居場所なんてすぐ分かるのだろう。

 敢えてなんで盗聴器なんて物を持ってるか訊かない。クラスメイトから犯罪者なんて出したくないし。

 

「さーて、場所が分かったのなら簡単だ。かる~くお姫様たちを助け出すとしましょうか、王子様?(ニヤニヤ)」

「いいぞー明久。主役は君だぞー(ニヤニヤ)」

「そのニヤついた目つきは気に入らないけど、今回は雄二と宗一に感謝しておくよ。姫路さん達に何かあったら、召喚大会どころじゃないしね」

「よーし。今から一緒に、殴りに行こうか」

「え? 何それ」

 

 宗一が口ずさんだ歌詞に僕が首をかしげると、宗一は信じられない物を見たかのように眼を見開く。

 

「嘘だろお前。チャ●アス知らないとか明久、君って本当に日本人? チャゲ●スは義務教育期間中の必修科目でしょ常識的に考えて。中学校からやり直して、どうぞ」

「なんで歌を知らないだけで中学生からやり直さなきゃいけないんだよ! そんなのが必修科目なわけないだろ!」

「もしくは『学校へ行こう』を観て」

 

 それ数年前に終わった番組じゃなかったっけ。観れないよ。

 

「康太(パチン)」

「…………(コクリ)」

 

 宗一が指ぱっちんで合図すると、いつも寡黙で物静かなムッツリーニが突如身体を揺らしてリズムを取りながら静かに口を開く。

 突如宗一とムッツリーニのデュエットが始まる。二人ともノリノリに身体を揺らしながら、黒板消しをマイクに見立てて熱唱し始める。

 

「「いーまからいぃーっしょにぃ、これからぁーいぃーっしょにぃー、なぐりに、ゆこーかぁー!」」 宗一とムッツリーニのハモリ

 

「●ャゲアスやめろお前ら」

 

 呆れ顔の雄二が溜息を吐きながら二人のデュエットを無理やり止めた。二人は「ここからがいいところだったのに」とでも言いたげな顔をしながらしぶしぶと歌うのを止めた。

 それにしても、二人ともすごい楽しそうに歌ってたなぁ……今度、宗一達と一緒にカラオケ行こう。

 

「ていうか宗一、お前喧嘩できんのか?」

 

 雄二が不安そうに言う。

 

「もちろん。刃牙全巻を読み、そして龍が如くシリーズを制覇した僕に不可能はない」

「ダメだ雄二、このバカは使えない」

「なんでさ」

 

 格闘漫画を読んだだけで強くなれたら苦労はしない。

 

「とにかく、まずはあいつらを助け出そう。ムッツリーニ、宗一。タイミングを観て裏から姫路たちを助けてやってくれ」

「「了解」」

 

 そう言ってムッツリーニと宗一は教室から飛び出していく。

 

「雄二、僕らはどうするの?」

「決まってるだろ」

 

 雄二の茶目っ気たっぷりの目がこちらを向く。

 

「お姫様をさらった悪者を退治するのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――カラオケ店 廊下

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

「さてどうする? 坂本と――吉井だったか? そいつら、この人質を盾にして呼び出すか?」

「待て。吉井ってのは知らないが、坂本は下手に手を出すとマズイ。今はあまり聞かないが、中学時代は相当腕を鳴らしていたらしいからな」

「坂本って、まさかあの坂本か?」

「ああ、できれば俺もことを構えたくないんだが……」

 

 文月学園から5分ほど歩いた場所にあるカラオケボックス。

 そこの、パーティ用の個室。通常の個室よりも広めのパーティールームには7人ほどのガラが悪いチンピラ達と、連れ去られていた姫路、美波、葉月ちゃん、秀吉(何故か縄で縛られている)、そして工藤が部屋のソファに座らされていた。秀吉は悔しそうに歯ぎしりし、少女たち4人は恐怖と不安に染まった表情をしている。連れされてからまだ30分も経ってないけど、どうやらまだR-18展開にはなっていないようだった。

 

「どうもー、注文していたからあげとポテトをお持ちしましたー」

「…………灰皿をお取替えします」

 

 僕とムッツリーニは店員に扮して部屋に侵入する。明久達より先にカラオケ店員の制服をパクリ借り、新人バイトのフリをしてチンピラ達がどの部屋に入ったか確認していたのだ。

 

「(…………確認。人数は7人)」

「(OK、雄二に伝える)」

 

 僕はチンピラ達に見えないようにポケットでスマホを操作し、情報を雄二と明久に伝える。

 もちろん、店員のフリは忘れない。適当な愛想笑いを顔に張り付けながら、テーブルを拭く振りをしながら様子を見守る。

 

「お、お姉ちゃん……」

「アンタ達! いい加減葉月を放しなさいよ!」

「お姉ちゃん、だってさ! かっわいいー!」

「ギャハハハハ!」

 

 チンピラ達はウェイトレス達を特にトラブルなく拉致れたことで安心したのか、げらげらと笑いながら美波の叫びを一蹴する。

 まだ彼女達は僕とムッツリーニがここにいることに気付いていない。本当に怖いのか、テーブルを拭いている僕との距離はほとんどないのに、まったく僕の方に目がいっていないようだ。

 工藤は恐怖で震える姫路を抱きかかえて目をぎゅっと瞑っている。

 

 

「―――川上君っ……」

 

 ん? 工藤がなんか僕を呼んでる。

 

「呼んだ?工藤」

 

「え?」

 

「やっほー」

 

 工藤はきょとんと僕の顔を見ている。今は眼鏡を外しているから、僕のことはまだ気付いていないのかな?

 

「え……?川上くん……?」

 

 姫路は僕の声に気付いたのか、顔を上げて僕の方をきょとんと見つめている。

 そうですよ。川上さんですよ。

 

「(すぐ助けるから、もうちょっと待っててね)」

 

 不安を煽らないよう、小さく笑いながら僕がそう小声で言うと、二人は小さく頷いた。その表情には、もう恐怖の色はない。

 よしよし。では、作戦実行のお時間DEATH。

 

「お待たせしました、ポテトフライでーす」

 

「お、あざまーす」

「おぉ、できたてじゃんか」

 

 拭いたテーブルにポテトフライ(大盛りケチャップあり)のお皿を乗せると、チンピラどもは待ってましたと言わんばかりにポテトフライを摘まんで、()()()()()()()()そのポテトを口に放り込んだ。

 

「……7人中4人か。上出来。康太、行くよ」

「…………OK」

 

 すると、ポテトフライを食べていたチンピラ4人の動きがぴたりと止まり――――

 

 

「「「「辛ぇぇぇぇぇえっぇええええええ!!!!??」」」」

 

 

 慟哭と呼ぶにふさわしい叫び声を上げたチンピラ達はその場に蹲る。おぉ、辛そう……。

 

「ヤスオ!? おい店員!てめぇ何しやがった!?」

「いやいや何も。当店自慢のオリジナルソースをサービスさせていただいたのです」

「オリジナル!?」

「ええ。デスソース9割ケチャップ1割の特製です」

 

 最近のコンビニはデスソースも取り扱っててびっくり。あそこの店長は辛党なのかな?

 

「ふざけんな!? それほぼデスソースじゃねえか!ふざけやがって『お邪魔しまーす!』あぁ!?」

 

「死にくされやオラァ!」

「げぶっ!?」

 

 個室の扉を開け、入って来たと同時にチンピラを見事なハイキックで蹴り飛ばしたのは明久だ。その後ろには野性的な笑みを浮かべた雄二がいる。

 

「よくやった、宗一、ムッツリーニ。後は任せろ」

「イィッシャァァ―――!」

「こいつ、吉井と坂本だ!」

「どうしてここが!?」

 

 突然のデスソース、そして目的である明久と雄二の登場により、チンピラ達は予想外の出来事ばかりで混乱に陥ってしまう。

 よしよし。あとは雄二達に任せて今のうちに脱出しよう。

 

「大丈夫?葉月ちゃん、美波、姫路、工藤、秀吉――秀吉は縄は解かなくていいかな?」

「それは冗談では済まぬのじゃが!?」

「嘘だって。あまりにもよくロープが似合ってるからさ」

 

 日本で一番ロープで縛られた姿が似合う高校生だよ。こんな状況じゃなければ、僕もさりげなく秀吉のお尻をタッチしたい。

 

「(シュルシュル)はい、解いたよ」

「とにかく、助かったのじゃ。儂も雄二達の助太刀をするとしよう」

「か、川上君……!」

 

 ん、工藤どうしたの。そんなに顔を赤くして目をうるうるさせて。そんなに怖かったのかな。

 

「変態のお兄ちゃん!」

「げふっ。葉月ちゃん、そのタックルはやめようね。お兄さん鳩尾にいいダメージ入ったよ……」

 

 タックルをしてきた葉月ちゃんだが、よっぽど怖かったのか僕のお腹で顔をぐりぐりさせてくる。

 

「ありがとう、宗一、助かったわ! 葉月、こっちに来なさい! 瑞希、工藤さん、今のうちに――」

「逃がすかぁ!」

「きゃぁ!」

 

 すると、さっきデスソースを口にしたはずのチンピラが人質を逃がすまいと美波を乱暴に押し飛ばした。

 

「美波っ――げぶっ」

 

 突き飛ばされた美波をキャッチしようとした僕だけど、お腹に抱き着いていた葉月を咄嗟にどかそうとしたのがまずかった。うまくタイミングが取れず、美波の頭が僕の顎にクリーンヒット。超痛い。

 

「宗一、大丈夫!?」

「だ、大丈夫……葉月ちゃん連れて、早く康太と一緒に逃げて」

「…………こっち」

「わ、分かったわ!」

 

 心配そうにこっちと明久を見ていた美波だけど、妹の葉月ちゃんを逃がすことを優先したようだ。さきほど灰皿でチンピラ一つを轟沈させた康太の後に着いていき、個室から出ていく。

 

「ま、待て、逃がさ――」

「テメェ、今よくも美波に手をあげやがったな! 歯ぁ食い縛れぇ!」

「がはぁ!」

 

 美波に手を挙げたチンピラは、あえなくキレた明久の股間キックで失神してしまう。わお、痛そう。

 

「吉井君っ!」

「姫路さ――ぐぶぁ!」

「……ナイスパンチ」

 

 今、姫路の奴どさくさまぎれて明久に抱き着こうとしてたなー。よく思うけど、姫路は内気っぽい雰囲気出しながらこういう時大胆だよね。

 まあその大胆な行動も、チンピラのパンチが明久に命中したことで止められてしまったようだが。ここで姫路が明久に抱き着いたのなら「エンダァァァァァ」ってなるんだけど。

 

「…………!!」

 

 うわ。悔しさで血の涙流してるよ。まあせっかくの姫路の抱擁のチャンスが潰れたんだもんねぇ。あ、そのチンピラもあっという間に殴り飛ばされた。

 

「よ、よくも……千載一遇のチャンスを……!ひ、姫路さん!もう一度――」

「姫路!お前も島田と一緒に学校まで先戻れ!」

「雄二! キサマまで僕の邪魔をするのか!?」

「は、はい!」

 

 姫路も雄二の指示に従い、さっさと外へと逃げ出す。さて、あとは工藤だけだね。

 

「工藤、大丈夫? 立てる?」

「あ、えっと、」

 

 どうしたんだろう。さっきから工藤は顔が赤いし、言葉もしどろもどろだ。

 普段の工藤だったらこういう状況に陥っても咄嗟の判断で自力で脱出できそうなもんだと思ってたけど――やっぱり工藤も女の子なんだな、と思う。腰が抜けたのかまだ立てないようだ。

 

「失礼しますよーっと」

「え!? ちょっと!? 川上君!?」

「舌噛むよ、口を閉じててね」

 

 僕は工藤の足と背中に手を回し、持ちあげる。俗に言うお姫様抱っこだ。

 

「貴様宗一! なんてうらやま――けしからんことを!後で貴様もぶっ殺してやる!」

 

 血の涙が止まらない明久が怨嗟と殺気をこちらにぶつけてやる。いや、ほっとけよ。僕だって結構恥ずかしいんだから。大体こういうのは僕のキャラじゃないし、でも腰抜かしてる工藤を無理やり立たせるのは気が引けるし。

 

「か、川上君、お、降ろして――」

「いいから。工藤はそのまま。ごめんね、助けるの遅くなって」

「そ、そんなこと――」

「無事でよかった、工藤」

 

 R-18展開とか、リアルでレイ●はNG。ああいうのはAVやエロ漫画の世界でのみ許された行為なのだ。「くっころ」展開はそんなに好きじゃないしね。

 

「――――――――っ」

 

 工藤は顔を熱湯か何か沸かしたかのように真っ赤にし――顔を伏せ、黙ってしまった。

 まあいいや。これ以上ここにいる理由はない。あとは雄二達に任せてすたこらさっさーだぜ。

 

「クハハハハハ! それにしても丁度良いストレス発散の相手ができたな! 生まれてきたことをとことん後悔させてやるぜぇぇっ!」

「これが坂本か……!」

「悪鬼羅刹の噂は本当だったのか……」

 

 扉から出ると、後ろから岩窟王っぽい雄二の笑い声が聞こえてきた。

 霧島にいろいろと追い詰められ、ストレスが溜まってたのか、雄二はここで鬱憤を晴らすつもりのようだ。チンピラの諸君はご愁傷様としか言いようがない。どんな目に遭うか知らないけれど、まあクリスマスまでには帰ってこられるでしょ(適当)。バーサーカー状態の明久と雄二の相手なんか、僕だったらごめんだし。じゃけんさっさとここから逃げましょうねー。

 

 僕はさっきからずっと黙りこくってる工藤を抱えながら、学校まで走って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カラオケボックスから脱出後。

 

 

 

「工藤さん」

「ひ、姫路さん? あ、あはは、姫路さんもちゃんと脱出できたんだね、ヨ、ヨカッタナー」

「よかったですね? お姫様抱っこ。私、ドキドキしちゃいましたっ」

「変態のお兄ちゃん、かっこよかったです!ね、お姉ちゃん!」

「そうね、宗一も土屋も、やる時はやるじゃない。……ひょっとして工藤さんって、宗一のことを?」

「…………言わないで島田さん……」

 

 

 

 

 

 あの時。

 

「―――川上君っ……」

 

「呼んだ?工藤」

 

「え?」

 

 聞き覚えのある声がした。本来なら、ここにいるはずのない男の子の声。

 

 無意識だった。彼の名前を呼んだのは、ガラの悪い男の人達に囲まれて――怖くて怖くて仕方なくて、目を瞑ってその怖さを耐えるしかなくて。

 そんな時に、脳裏に浮かびあがったのが、彼の笑顔だったから。

 

 顔を上げると――そこには、ボクが今一番会いたかった川上君が、カラオケ店員の変装をしながら、心配そうに僕の顔を覗きこんでいたのだ。

 

「やっほー」

 

 彼はそう言ってほほ笑みながらボクに手を振った。まるで廊下ですれ違った時のような、そんな気軽い挨拶。

 でも、ボクはその笑顔を見た瞬間――今まで感じていた不安とか恐怖とか、全部吹き飛んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 こんな状況で自覚するなんて、どうかしてる。でも、ああ、これはもう止められない。

 

 

 

 ボクは――川上宗一君がどうしようもなく好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 宿題をしよう、と思っている時に限って、親から「勉強しなさい」って言われるとモチベーション下がらない?って感じです。
 知り合いから「はよ投稿」とせつかれたので初投稿です。

 感想、評価いつもありがとナス!



 追記
 著作権のこと、すっかり忘れてました。お酒を飲みながら書いてはいけない。(戒め)
 ちょっと書きなおしました。指摘してくれた方々、ありがとナス。

 ところでこの小説の時代設定ですが、アニメとか観てみるとガラケーが主流の時代です。
けれどせっかくなんで明久達をタイムスリップさせ、スマホとかふつーに出してます。


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第十四問 未来は僕らの手の中

 

 

―――――音楽室

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 川上宗一

 

 

 

 

「つまり、景品の白金の腕輪は明久と雄二以外の生徒が使うと暴走する危険品で、教頭は学園長を失脚させるために常夏コンビを従わせて優勝を取りに来てる、と」

「ああ、大雑把だがその認識で間違ってはいない。宗一の予想はやはり当たっていたようだ」

「なるほどのう。じゃから学園長は明久と雄二に優勝させようとしておるのか」

「…………納得」

 

 僕はギターを、秀吉がキーボードを、康太がドラムを叩いて音を調節しながら、僕らは話していた。

 

 

 姫路たちをチンピラ共から救出した後、校舎へ戻ってきた時には学園祭1日目は終了し、校舎に残る人はまばらだった。

 日はほとんど沈み、辺りは夜になりつつある。

 こんな時間にさっきまで誘拐されていた女子達を帰らせるのも憚られた僕達は、秀吉と康太と一緒に女子5人を家まで送ることになった。

 ただまあ大勢でぞろぞろと女子達を送って行くのも効率が悪いので、二手に分かれることになったんだけど――

 

「じゃあ僕は、工藤と姫路を送って――」

「―――っ!」

「……工藤?どしたん?」

「なななな、なんでもないよっ!!」

 

 なんでもないって言う奴に限って大体何かある。そんな工藤はカラオケから学校まで連れ戻してからずっと顔を真っ赤にして、僕とずっと目を合わせてくれない。

 なんだろう、嫌われるようなことをしたっけ。

 ひょっとしてお姫様抱っこをしている時、こっそりとお尻触ったり太ももの感触を楽しんでいたのがバレていたのかしらん。

 それとも僕に触られるって、そんなに嫌だったのかな。でも前の時のことは気にしなくていいって言ってたし……。

 

「……」(ササッ)

「……」(ササッ)

 

 工藤の正面に回り込んで顔を覗きこもうとすると、工藤はそっぽを向くように体を反対側に向けてしまう。

 更に回り込んで顔を覗きこもうとするとまたもや工藤はそっぽを向き、もう一度顔を覗きこもうとするとやはりそっぽ向く工藤。なんといういたちごっこ。

 

「とりあえず、ちょっとボクのことは放っておいて……今気持ちに整理がつかないの……」

 

 とりあえず僕が痴漢で訴えられる事態は避けられたということは一応分かった。けどなんだそのとろけた声音は。顔は手で隠されちゃっているからどんな表情をしているかは分からないけど、両手の隙間から見える彼女の顔から首まで真っ赤になってしまっている。

 どういうことなの、誰か説明プリーズ。

 

 そんな救いを求めて姫路と美波の方に視線を向けると――

 

「「……(にっこり)」」

 

 なんだその慈愛に満ちた笑みは!子供を見守る親のような優しい微笑みしやがってコンチクショウ。

 結局まともにコミュニケーションをとることができなかった工藤と知らない間に工藤と仲良くなったらしい姫路を、秀吉と康太が送ることになり、美波の家には何回か行ったことがある僕が、美波と葉月ちゃんを送っていくことになった。

 

「変態のお兄ちゃん、本当にありがとうございましたですっ!とーってもかっこよかったですよっ!」

「ありがとね、宗一。本当に助かったわ」

「ふふん。どういたしまして。これからはヒーロー川上くんと呼んでくれてもいいんだよ」

 

 不良達から女の子(ヒロイン)を救い出す。ふふ、まさかこの僕が正義の味方みたいなことができるだなんてね。別に全部救ってしまっても構わんのだろう?

 

「じゃあ、HERO(変態紳士)で」

「オイ待てコラ」

 

 よりによってそのあだ名をチョイスするとは。悪意しか感じられんぞゴラァ。

 けれどまあ、誘拐されたと言うのに茶化せるなら大丈夫だろう。葉月ちゃんも怖かったけれど、トラウマになるほどのことじゃなかったみたい。大好きな明久が助けてくれたという出来事が印象に残り、むしろプラスになっているようだ。よかったよかった。

 けれどさ、美波だったらあんなチンピラぐらい簡単に倒せるんじゃないの?いつものゴリラみたいな馬鹿力は一体どこにアイタタタタタやめてぇ!右手首はダメ!作家にとっての命だからぁぁぁぁぁぁ!

 

 無事に二人を家まで送り届けた僕は学校まで戻ってくると、さっきまで今回の騒動の元凶ともいえる学園長と話していたらしい明久と雄二が神妙な顔をして待っていた。

 姫路たちを家まで送った秀吉、康太と合流した僕らは、さっそくと言わんばかりに今回の騒動の原因について訊いてみたのだが――

 

「控えめに言って、学園の危機?」

「そうじゃのう……かなりまずい話じゃ」

「え、秀吉も宗一も、今の話分かったの……?」

「いや、普通に分かるでしょ……って、なんで膝を着いてるのさ明久」

「見ないで……ババアと雄二の話のほとんどが分からなかった僕を見ないで……」

 

 試験召喚システムを導入した学校は、まだ多くない。この学園の学費が私立なのにバカみたいに安いのも、このシステムはまだまだ試験段階であるからだ。

 海外には姉妹校があるらしいが、いくら試験召喚獣のシステムが画期的とはいえ、世間に受け入れられたかと言われると「NO」だろう。

 そんな時にシステムの一部である『白金の腕輪』が暴走し、誰かが怪我をした――なんてことになれば、まず間違いなく世間からバッシングを受ける。

 ただでさえ注目を受けている文月学園だ、世論に押されれば最悪の場合、学校自体が閉鎖、なんてこともありうるのだ。

 

「学園の運命はまさに二人にかかってる、って感じだね」

「…………責任重大」

「何言ってやがる。元々俺達は優勝するために参加してんだ。今更学園の問題だとか関係ねえ。ただ勝つだけだ」

 

 雄二はそう言ってにやりと笑う。普通の人だったらプレッシャーを感じて縮こまっても仕方ないだろうけど、雄二の肝っ玉の太さはやはりすごい。

 

「明久は平気?」

「うん。幸い、平均点が高くないと暴走は起きないらしいから。僕らが暴走を起こしたらシャレにならないしね」

「あ、いやそうじゃない」

「?」

「明日の決勝戦、常夏コンビなんでしょ。しかもAクラス。大丈夫なの?」

「何言ってるのさ」

 

 明久はそう言って笑った。

 

「雄二に宗一、ムッツリーニに秀吉。皆に手伝ってもらってここまで来たんだ。しっかり勝つよ!あんな卑怯なことばっかりしてくる常夏コンビに負けるわけないじゃないか!」

 

 明久はそう力強く――勝利宣言をした。

 なんの疑いもなく。Aクラスの連中を

 自分達の勝利に確信を抱いているのか、何も考えていないのか。

 

 前も言ったけれど、文月学園は学力至上主義だ。

 本来、勝ち組のAクラスに最底辺のFクラスはどう戦っても勝てない。

 それが不変のルール。学園の常識。

 

 けれど、明久ならそのルールさえ、覆してくれるような。

 そんな風に想わされてしまえる。

 明久の言葉に、思わず僕らは眼を見開き、顔を見合わせ――笑ってしまう。

 

「な、なにさみんなして笑って!」

「いやいや――明久はバカだなって」

「そうじゃの。明久はバカじゃ」

「底が知れないバカだよ」

「…………(コクコク)」

「皆なんて嫌いだっ!」

 

 違うよ明久。今のはバカにしたんじゃなくて、褒め言葉なんだから。素直に受け取っておきなよ。

 

「じゃ、後夜祭のバンドの練習しよっか。明日は雄二達も速いから、かるーく済ませよ」

 

 明日はいよいよ学園祭二日目。明久達は大会の決勝戦、そしてその後後夜祭だ。

 キャンプファイヤーに集まる生徒を対象に、グラウンドでコンサートとして音楽を演奏する手はずになっている。

 大きな炎の周りで学園祭の終わりを音楽で締めくくろうと言う考えだった。

 ステージは既に軽音部が使ったステージを使い回しで使えることになっているので、僕らはこうやって曲を練習することに専念できる。

 

「明久のテストの見直しもあるからな。そっちに時間を回せるのならありがたい」

「そうじゃのう……それにしても宗一よ」

「何?」

「宗一は物を教えるのが得意のようじゃのう」

「そう?」

 

 秀吉の言葉に、僕は思わず目を丸くする。すると雄二も、その言葉に同意するように頷いた。

 

「ああ。俺もたった2、3回指導を受けただけでここまで劇的に変わるとは思ってもいなかったぞ。それなりにギターはやってきたつもりだが、前より格段に腕が上がったのが実感できる。それにあの明久でさえ、すぐに曲をマスターできたんだからな」

「大したことはしてないよ。下地はできてたから、コツをちょっと教えただけだって」

「つい先日までチューニングとチューイングガムの区別がついてなかった奴がコツを教えられただけでそう簡単にマスターできるのか……?」

 

 うーんどうだろう。確かに明久はバカだけど、好きなことややりたいことにはとことん集中できるタイプだ。それが勉強に向かなかっただけで、興味ややる気がギターに合っただけなんだと思うんだけどなぁ。

 

「宗一よ、お主はもしかしたら――教師の才能があるのかもしれんぞ」

 

 秀吉はキーボードを軽くいじりながら、僕にそう言った。

 

「教師ねぇ……想像したこともないや。でもエロ漫画ばっか描いてる奴が聖職なんてなぁ」

「いいんじゃねえの?俺もそう思うぜ」

「雄二まで」

 

「人の相談や悩みを偏見を持たずに聞き、人の心理をよく理解する。物事を予測する力もあり、何かを教えることが上手い。宗一、お前はよく俺らのことを才能があると言うけどな、俺も才能はあると思うぞ?」

「そこまで言われると嫌な気はしないけどなぁ……」

 

 どうにもむず痒い。普段罵倒されてばっかりなので、こういう風に褒められるのがどうしても慣れない。

 

「でもなぁ」

 

 僕はちらりと明久を見る。

 

「? 何だよ宗一」

 

「明久みたいな馬鹿な生徒を持つの、すごく嫌だよ」

「ああ、そうだな。俺もよく考えたらすごく嫌だ。悪かった宗一」

「よし、二人とも表出ろ」

 

 それにしても、教師かぁ。

 考えたこともなかった。

 

 でも――ちょっとだけいいかも、と思ってしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 




平成最後の投稿です。

令和になってものんびり書いていくのでどうぞよしなに。


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