IS~筋肉青年の学園奮闘録~ (いんの)
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序章 新世界
第0話 生の終わりと死の始まり


 皆さん初めまして、いんのと申します。正真正銘の初投稿です。未だ右も左も分からないような状態ですが、どうぞよろしくお願いいたします。感想・指摘等じゃんじゃん送ってくれると嬉しいです。
 鉄血のオルフェンズのキャラクターである昭弘・アルトランドくんが、インフィニット・ストラトスの世界に行ってしまうというお話です。各キャラクターの心理描写には特に力を入れていきたいと思っております。

 ちなみに、この戦場ではあくまで昭弘視点なので、鉄血本編とは若干異なるシーンや描写があると思いますので、ご了承ください。


 その時、二人の少年は戦っていた。

 

 モビルスーツという名の鋼鉄の巨人を駆使し、無数の銃弾と砲弾が荒れ狂う荒野を縦横無尽に駆けていた。

 その様は、安直な言葉を使うならまるで“悪魔”そのもの。

 

 阿頼耶識。

 それこそが、2人の“強さ”と“力”とを今この瞬間も繋ぎとめていた。彼等2人の脊髄には特殊なインプラント機器が埋め込まれており、操縦席側の端子と神経を直結させている。つまり、文字通り機体と繋がっているのだ。

 人々はこのシステムを『阿頼耶識システム』と呼んでいる。由来は解らない。

 兎も角これによりモビルスーツをより生物的に動かす事ができ、更に、2人の極めて高い操縦技術も合わさって2機の巨人は最早誰にも手に負えない強さを振るっている。

 既に荒野には数えきれない程の敵モビルスーツが鉄屑と成り果てて倒れ伏しており、それらのコックピット周りは血とオイルと鉄で綯い交ぜになっていた。

 

 しかしそれでも尚、2人を取り巻く戦況は余りに絶望的であった。

 元々数的に圧倒的不利な戦況下で彼らの仲間の多くは死に絶え、残りの仲間も後退させていた。対して敵の数は未だ多く、今現在荒野に転がる屍など敵の総数の5%にも満たない。

 つまり勝てる可能性は最早0なのだ。

 それでも2人の闘志はまるで衰える事を知らず、獣の如く喰らい付くその姿に敵の有象無象は例えようのない恐怖を抱いていった。

 2人は決して諦めない。2人が戦えば戦う程、今後退している仲間もとい「家族」の生存率は上がっていく。

 2人はその事を良く理解しているのだ。自分たち2人が助からない事も。

 

 すると戦場に変化が訪れた。

 敵が少しずつ引いて行くのだ。2人のうちの1人『三日月・オーガス』は通信越しに疑問を口にしたが、2人のうちのもう1人『昭弘・アルトランド』は「敵さんも勝ち戦で死ぬなんざ御免蒙るんだろうぜ」と通信越しに三日月に返した。

 

 その解答は半分正解、半分不正解であった。

 2人は何だか全方位から見世物にされている様な“何か”を感じると、思考するより早く咄嗟に空を見上げる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――光った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そう感じた直後、避ける事など到底できないような速度の“何か”が2人を貫いた。その衝撃たるや凄まじく、槍の様な何かは2人の足元に広がる荒野にそのままの勢いで突貫し、下へ下へと突き進む。砂埃がまるで爆風の様に舞い上がり、遥か遠くにまで激しい揺れが行き渡り、2人の居た荒野は最早完全に地形そのものを変えてしまっていた。

 

 敵兵たちは今度こそ安堵の息を漏らした。

 アレを喰らって生きていられる生物など居ない。専門知識の無い一般人でも、今の荒野の状態を見ればその位の事は解る。例えモビルスーツに守られていたとしてもだ。

 

 がしかしその安息の時間は長く続かず、再び彼等の表情が恐怖で塗り固められる事になる。

 

 

 

 

 

 

 昭弘は薄れゆく意識の中、これから確実に訪れる“”と言う事象について考えを巡らせていた。

 彼はここ数年、戦場に赴く度に「死んだらどうなるのか」が非常に気懸りになっていた。切っ掛けは過去の戦場で生き別れとなってしまった、彼の弟の発言にあった。

 

死んだら新しい命となって生まれ変わる

 

 その言葉が、昭弘の頭にしがみ付いて離れない。

 そして何と言う巡り合わせか、今正に彼は「死」へと近づいている。

 

 死んだらまた別の自分となって生まれるのだろうか。

 今まで死んでいった家族達に逢えるとでも言うのだろうか。

 唯々消えて無になるだけなのか。

 

 いくら考えを巡らせようとも、それらは所詮「死ななければ解らない」のだ。

 ただ一つ、解る事がある。そう、死んだ所で「今までこの世界で過ごしてきた家族」だけは、永遠に再現する事なんて出来ないのだ。同じ過去を繰り返す事なんて不可能なのだから。

 そんな、今においてはやった所でしょうがない自問自答を続けていると、一本の通信が昭弘の耳を通じて頭の中に響いた。

 

《昭弘ォ、まだ生きてる?》

 

 普段と何ら変わらない声量で発した三日月のその言葉を聞いて、昭弘の思考は自身でも驚く程早く現実に引き戻された。

 

「……ああ、どうにかなぁ…」

 

 大小様々な破片が突き刺さって血塗れになっている己の身体を辛うじて起こし、どうにか三日月に言葉を返せた昭弘。

 そうだ、俺は、俺達はまだ生きている。確かに俺達はもうじき死ぬ。だが、それでもまだ生きている。そして、まだ生きているのならば―――

 

「しょうがねぇ…死ぬまで()()を…果たしてやろうじゃねぇかぁぁぁぁッ!!!」

 

 自身に微かに残っている生命力を振り絞って、昭弘は叫ぶ。先程まで考え込んでいた自分を怒鳴り飛ばすかのように。

 

 今は亡き彼等の団長が残した「最後の命令」。

 

 

 

止まるな、唯々止まるな。

 

 

 

 言われるまでもない。俺だってまだ止まりたくはない。進み続けたい。生きたい。

 そんな想いを巨人の全身に乗せながら、昭弘は自身のモビルスーツ『グシオン』を辛うじて大地に立たせる。グシオンもまた、昭弘と同じく身体中から血と言う名の赤黒いオイルを垂れ流し、原形を辛うじて留めている程度にボロボロになり果てていた。だがやはり両者ともそんな状態では、機体を立たせるのがやっとだった。

 

 その一方で三日月と『バルバトス』は、ズタズタになりながらも縦横無尽に荒野を駆けていた。それは今まで以上に凄まじく、まるで狂獣の様だった。

 

 朦朧とした意識の中、昭弘はそんな三日月とバルバトスを目の当たりにして、悔しさと誇らしさを捏ね合わせた様なモノを感じた。

 昭弘自身が背中を預けられる数少ないパイロットの一人、戦場において絶対の信頼を乗せることができる親友(ライバル)、それが彼にとっての三日月・オーガスだった。

 やはり三日月(あいつ)は凄い。だが、この最後の瞬間くらいは奴と並んで戦いたかった。そして、もし可能であるならば奴を超えたかった。それができない自分自身が腹立たしくて仕方が無かった。

 

 そんな昭弘の願望を無情にも踏み躙るが如く、一機のモビルスーツが接近してくる。どうやら、カラーリングからして指揮官機らしい。

 指揮官が単騎で突っ込んで来るなんて阿呆かと一瞬昭弘は思ったが、直ちに意識を冷たいものに切り替えた。

 

―――こいつを殺す

 

 もし指揮官クラスであるのならば、ここで殺せば現場の指揮系統は多少なりとも混乱する。それにより、今逃げている家族達への追撃を大幅に遅らせる事ができるかもしれない。

 それに先程から自分自身にイライラしていた所だ。なら猶更丁度いい、こいつには自分の憂さ晴らしに付き合って貰うとしよう。こんな状態のグシオンでも、一機位なら殺れる筈だ。

 

 その指揮官機は馬鹿正直に正面から突っ込んで来る。恐らく、既に瀕死のグシオンに対して多少なりとも慢心を抱いているのだろう。

 昭弘は微かに残っている意識を「その一点だけ」に集中させ、相手と自分との距離を見極める。そして、自身の間合いに入った瞬間、巨大な鋼鉄の塊が左右からその指揮官機を包んだ。グシオンに装備されていた『シザーシールド』である。

 昭弘は指揮官機をシザーシールドで挟んだまま地面に叩きつけると、串刺しまみれな己の肉体をそのまま引き裂いてでも動かし、圧殺しようとする。

 

 しかし、正面から更に2機の敵モビルスーツが急接近してくる。最早今の昭弘に周りを気にしている様な、はっきりとした意識は残っていなかった。残っていたとしても、どの道こんな状態のグシオンでは逃げ切れない。

 当然の帰結として、敵モビルスーツの剣が昭弘のコックピット付近に深々と突き刺さった。鋭利で長大な金属片が、昭弘の胴体を貫通していく。

 

 それでも昭弘は止まらなかった。敵指揮官機のコックピットをシザーシールドでじわりじわりと、丹念に確実に潰していく。

 その光景は宛ら、ライオン数頭に囲まれた手負いの小さなハイエナ。だが侮る事無かれ。ハイエナの顎の力は、ライオンのそれを優に凌ぐ。例え身体中をズタボロにされようと、家族(クラン)の為ならその身を犠牲にしてでも噛み付く。

 

《うぅ…あぁ…!わ、わだじは、こ、こんなっ所で!!ぅぐ…ぁぁぁああアアア゛ア゛!!いぎィィエ゛ッァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!》

 

 

 

 今正に消えかかっている意識の中、最早身体中に突き刺さっているモノの痛みすら分からなくなっていく意識の中、敵指揮官の無様な叫び声が聞こえた…様な気がした。

 

 そして、死は、もう目前だった。

 

 

 嗚呼、漸く死ぬ。ずっと気になっていた疑問の答えが、もうすぐ解る。けれども―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もっと家族(あいつら)と生きていたかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして2人の少年の内の1人『昭弘・アルトランド』は、一つの戦場にて短い生涯を―――終えた。




 いかがでしたでしょうか。というか、SS書くのって物凄い時間かかるんですね・・・。これしか書いてないのに丸一日分くらい消費した気がします。
 
 さて、次回は遂にあの「天災兎さん」が登場します。やっとだ・・・やっと昭弘とISのキャラクターを絡めることができる。


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第1話 死後の世界(前編)

 皆さん、まず先に謝罪しておきます。本来ならもう少し長くなる予定でしたが、執筆中後半部分を保存し忘れるというとんでもないドジを踏んでしまい、かなり短めになってしまいました。
 大変申し訳ございません。
 取り敢えず、前編後編に分ける形で、対応しました。明後日までには後編も投稿しときます。
 それと、お気に入り登録してくれた皆さん、大変ありがとうございます!嬉しすぎて「ウゥオッ!」ってなりました。

追記:一部修正を入れます。


 瞼を開けると辺り一面白い世界が広がっていた。

 未だ目覚めたばかりだからか白い霧がかかっているかの様な薄ぼんやりとした景色しか、昭弘には認識できなかった。

 

 そうして少しずつ、目の内側にある霧が晴れていく。一番最初に認識できた物は、縦に長い白く光る棒だ。蛍光灯…だろうか。それを視認して初めて、昭弘は今現在自身が横になっているということに気が付いた。

 

 更に目が慣れてきたので、今度は辺りを見回してみる。色んな物が目に飛び込んできたが昭弘の脳裏に一番濃く焼き付いたのは、独りでに動く機械だった。大きさは昭弘より一回り大きい程度。ガッシリとした人型で薄黒いボディに床まで届きそうな長い手。頭部には赤いカメラアイが一つ、怪しく光っていた。

 掃除…をしているのだろうか。濡らしたモップをビチャビチャと鳴らしながら、床に黙々と擦り付けている。

 

 すると突然、昭弘の()()()()()()()()()()のかその機械がこちらに振り向いた。

 

 4~5秒程昭弘を見つめながら静止しているその機械は、何と言葉を発した。

 

《メ…メ…目覚メタ…?》

 

 ステレオタイプのスピーカーから流れる様ないかにも機械的な音声だったが、確かにそう発していた。

 すると―――

 

《タ……!束様ァァァ!!!目覚メマシタ!!目覚メマシタヨォォォォ!!!》

 

 そう部屋の壁を突き破らん声量で叫びながら、機械は大慌てで飛び出していった。それを切っ掛けに、昭弘の頭にもようやく「混乱」の二文字が訪れた。

 

―――ここは何処だ?

―――そもそも自分はあの荒野で死んだ筈だ。それは間違いない

―――では此処は死後の世界…なのか?

―――それとも新しい生命として生まれたのか?

 

―――あの機械は何だ?生前(?)ではあんな機械見たことがなかった。しかも、自分にはその機械が独りでに動いていた様にしか見えなかった。それとも中に人が…?

 

―――それと…あの機械が発していた『タバネ』とは一体誰だ?少なくとも組織(家族)には、そんな名前の人物は存在しなかった筈

 

―――…「()()()()」?此処で?…あの機械が発していた言葉や自分の今の状況を考えると、自分は少なくとも死んですぐ此処に突如として現れた訳ではない。もしそうだとしたら、自分はどれだけの時間、このベッドの上で眠りについていたのだろうか

 

 

 いくら自身の頭で候補を挙げても答えなんてまるで出てくる筈もなかったが、彼がこれ程までに混乱している理由はもう一つ存在した。その理由は、どう言う訳か彼自身()()()()()()()()()()を着ているのだ。

 

 自身はあの時、大小様々な鉄片が突き刺さっていた状態だった。であれば自身は裸体で医療用カプセルに入っているか、全身を包帯で巻かれているか、何かしら治療した痕が残っている状態でなければならない。なのに今は、自身が愛していた組織(かぞく)鉄華団』の花のマークが入った馴染みの深いジャケットを羽織っていた。

 つまり、普段通りの服装ということだ。身体の方にも、異常がある様にはとても思えなかった。あるとしたら、目覚めた時の倦怠感くらいだ。

 

 そもそも、病室(らしき所)のベッドに()()()()()()()()こと自体が可笑しい。

 普段から彼は彼自身の背中から生えている2本の突起物(阿頼耶識のピアス)のせいで、仰向けで寝ることができなかった。しかしこの病室のベッドにはどうやら細工が施されており、背中の突起物が丁度良くベッドにフィットするよう位置的に枕のすぐ手前辺りに深めの溝が作られていた。

 

 

 以上のこともあり、昭弘は今の状況を正常に把握できないでいた。まるで夢を見ているかの様な、夢から覚めたかの様な。

 何度瞼を閉じても夢と現実の境界を上手く見出せない昭弘は、まさか本当に此処が「死後の世界」なのではないかと、根拠なき錯覚に襲われてしまう。

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が経ったのだろうか。数分かもしれないし、数十分かもしれない。それでも、昭弘は少しずつではあるが漸く普段の巨木の様な落ち着きを取り戻してきた。

 取り敢えず、先ずはベッドから降りて少しずつ体を慣らしていこうと思い至ったその時、先程機械が飛び出して行った自動扉が再び静かにスライドした。すると兎のような耳の生えた“何か”がゴロゴロと高速回転しながら入室し、勢いをそのままに昭弘のベッドへ近づいてきた。

 

「ジャジャジャジュワーーーン!!!☆やっふぅ!やっふぅぅううう↑↑!!!みんなのアイドルゥ!篠ノ之束さんドゥエエエエッス!!!」

 

 先程以上の混乱+困惑が、昭弘の脳回路を焼いた。

 

 

 

 

 

「いんやぁ~驚かせちゃってメンゴメンゴォ~。君が目覚めたって聞いたから余りの嬉しさで勢い余っちゃって~~☆」

 

 この“兎耳女”の衝撃的な登場のすぐ後、先程の機械が慌ててフォローに入り昭弘に謝罪をしつつ、マグカップにホットティーを淹れて「どうぞ」と促してきた。ガタイの割に器用な事をする機械だ。

 まだ彼女らを信用していない昭弘は、未だマグカップに口をつけてはいないが、機械のフォローもあってどうにかこうにか落ち着くことくらいはできた。

 

 第一に女の恰好が異常だった。ファンタジックな水色のドレスに白いエプロン、頭頂部には兎の耳のような蠢く機械を付けており、見る者を混乱させることに長けすぎていた。

 昭弘は一先ず機械に軽く礼を言った後、漸く口を開く。

 

「……昭弘・アルトランドだ」

 

「おや?そっちから名乗ってくれるの?」

 

 突然の彼の名乗りに、女も拍子抜けた表情を見せる。訊きたい事は山の如くあるだろうに、と。

 

「どうやらオレは短くない時間ここに居させて貰ってたみたいだからな。状況的にそれぐらいは何となく分かる。だからせめて名乗りくらいはこっちからやらないと()()()()()()と、そう思っただけだ」

 

 “筋を通す”とは、昭弘の行動理念の一つとも言えた。それはやはり、彼が元居た組織(かぞく)「鉄華団」団長の影響を強く受けていたからかもしれない。

 

「………筋、ねぇ…あっ!ゴメンゴメン何でもないよぉ☆」

 

 一瞬女の表情が曇った様に見えたが、今は特に気にする必要はないと判断した昭弘は見て見ぬフリをした。

 

 すると、じゃあこっちもと言わんばかりに女は自身と機械とを親指で指し示しながら自己紹介を以て返す。

 

「私は篠ノ之束(しのののたばね)☆イェイ!!天才科学者だよ☆そんでこっちがお手伝いロボットの『ゴーレム』!束さんが作ったんだよ!できれば愛称を込めて『タロ』って呼んであげてネ!』

 

《デハ改メマシテ、初メマシテ昭弘様。タロト申シマス。私ト同ジゴーレムタイプノ『IS』…失礼シマシタ。モトイ、ロボットハ他ニモ沢山オリマスノデ、見カケタラ気兼ネナク声ヲカケテ下サイ》

 

 ロボット…は聞いたことがあるような気がする。しかし、『あいえす』なんて単語昭弘は聞いたことが無かったし思い浮かべることもできなかった。

 だが今は先ずより重要なことから聞くべきだろうと、昭弘は一旦あいえすなる単語を保留にした。恐らくタロも、自分を混乱させないようわざとロボットと言い換えたのだろうと、昭弘はそう解釈した。

 

「タバネにタロか、よろしく頼む。そんじゃ悪ぃが、早速質問に入らせてもらうぞ。まず此処は何処だ?」

 

「ここは束さんの研究施設(ラボ)の一つなんだよねぇ。えっへん!所在地は内緒♡」

 

 ラボ…昭弘には縁の無い場所であった。束の様な研究者が根城にしている基地の様なものなのだろうと、彼は足りない知識で適当に予想する。

 まぁ別段気に留める程の事でもないので、そのまま昭弘は質問を続ける。

 

「…オレは一体どのくらいの間眠り続けていたんだ?」

 

「うーん、ざっと一ヶ月位かな?最初っからその恰好だったよ!」

 

 一ヶ月前…更にはこの格好…。

 だが尚も昭弘は質問を続ける。束の口から発せられる情報に対する疑念や動揺、余計な憶測を今は必死に押し殺して。

 

「……今何年だ?」

 

「西暦2022年1月16日だよ~」

 

「………オレは何処に倒れていたんだ?」

 

「そこら辺に!」

 

 そう言うと束は窓の外を指さした。そこには、ラボを覆い隠すように雑木林が広がっていた。

 

 昭弘は、束から得た情報を一旦整理するべく険しい表情で自身の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦?

 

 

 

後編へ続く。




 束さん描くのすっごい楽しいです。
 今現在ラボに居るゴーレムは、クラス代表戦襲来時のゴーレムのモノアイバージョンだと思ってもらえれば、分かりやすいかと思います。声は皆さんの想像にお任せします。
 原作にはいないキャラかと思いますが、皆さん気に入っていただけましたか?


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第1話 死後の世界(後編)

 なんとか今日中に間に合いました。今回も前回と同様、昭弘、束、タロの3人による会話が主です。
 昭弘の入学までは、もう少し時間がかかるかもしれません。できれば、第3話辺りから入学させたいと思っております。


 西暦…そんな年号を昭弘は聞いたことがなかった。

 自身が生きていた時代の年号は『P.D.(Post Disaster(被災後の))歴』だった筈。

 それに自身は一ヶ月間意識がなかったと、束は言った。少なくとも昭弘の感覚では、自身が死んだのはついさっきだった。死んだ場所もこんな緑生い茂る雑木林ではなく、赤茶色の荒野。あの荒野で戦っていた一ヶ月前に、こんな雑木林に訪れた記憶もない。

 

 昭弘はこういうことを深く考えるのが苦手だ。戦場においても考えるより先にブッ潰す戦い方をしていた彼は、今回も不本意ながらそれに倣ってみることにした。

 

「……こんなこと言ったら笑われると思うが敢えて言うぞ。オレはついさっき、確かに「死んだ」筈なんだ。そしてこんなこと訊いたらそっちも混乱するかもしれないがそれでも聞くぞ。此処は『死後の世界』ってヤツなのか?」

 

 それはもう昭弘自身もビックリする程の単刀直入な質問だった。だがそうとしか訊けないのだからしょうがない。

 

「…」

 

 当然、いきなりそんな事を訊かれて即座に答えられる程、人間は反射で生きていない。

 まるで時間が止まった様な両者の沈黙に対し、やっぱり不味かったかと昭弘が思った瞬間―――

 

「やっぱり?」

 

「は?」

 

「やっぱり君って!『別次元の世界』から来た人なんだぁぁぁ!!ヒャッフゥゥゥゥイ!!!束さん大☆発☆見!!!!」

 

 兎耳女が発狂した。

 

 

 

 何故束がこうもあっさり昭弘の言葉を受け入れたのか、昭弘には理解できなかった。しかし、少なくとも束が常識の通用するタイプの人間でないということは昭弘も薄々勘付いてはいたので、そこに関しては昭弘も気にするだけ無駄だと判断した。

 

 その後の話は比較的スムーズに進んだ。

 昭弘は取り敢えず、自身の一生に関して束とタロにざっくりと話した。海賊の襲撃による肉親の死、それから奴隷のように売り飛ばされる日々、そんな日々の中で背中に埋め込まされた『阿頼耶識(ちから)』、目的すら分からない戦場、そこから独立するように孤児達(オルフェンズ)で立ち上げた民間軍事組織『鉄華団』、そこで芽生えた家族としての確かな絆、そして、最後の戦い。

 

《……何ト言イマスカ》

 

「波乱万丈すぎない?」

 

 20年にも満たない歳月でなに常人の一生分にも匹敵しそうな人生送ってんだと、束は昭弘の途方の無い経歴に顔を引き攣る。

 タロに表情は無いが、もしあったら束と似たような顔をしてたのだろう。

 

「…そうなのか?」

 

「うん、そだね」

 

 束がつい慣れない突っ込みを入れてしまった。人生観の違いとは恐ろしいものである。

 

「それにしても、そのモビルスーツとか阿頼耶識システムとかいうのはちょっと、いんや、かなぁ~~~り興味あるかも!是非是非詳しく!!」

 

「かまわないが、モビルスーツなら兎も角阿頼耶識に関しては感覚的な事しか説明できないぞ?」

 

「ダイジョブダイジョブ☆束さん天才だし!」

 

 束は子供みたく自身の胸部の真ん中をドンと叩いてそう言って見せる。

 

《家事全般整理整頓ハスッカラカ「何か言った?タロ?」…イエ》

 

 そのやり取りを見て、昭弘は「クスッ」と微笑を零した。本当にごく自然と零れた笑みだった。

 

「お前らのやり取り見てると、此処が死後の世界だなんてとても思えなくなってくる」

 

 それは本当に、何処にでもありそうな現実の世界そのものな光景だったのだろう。

 

「まぁ束さん達にとっては、現実世界以外の何物でもないしぃ~。昭弘…『アキくん』でいいや☆アキくんも素直に『この世界』を受け入れちゃえば?」

 

 急に渾名で呼ばれて昭弘は一瞬言い淀むものの、意を決したかの様に口を開く。

 

「いや、それでもオレはやっぱり此処を死後の世界と割り切ろうと思う」

 

 それは今決めたのか、それとも目覚めた時から変わらぬ本心なのか。

 

「なんでさ?」

 

 束がキョトンとしながら疑問符を浮かべる。

 此処が死後の世界だろうと現実の世界だろうと、束の言う別次元の世界であろうと、昭弘が今後この世界で生きていくことに変わりはない。何故そんなに此処が死後の世界であることに昭弘が固執するのか、束には理解できなかったのだ。

 

「あの世界で家族と過ごした日々、鉄華団(かぞく)と過ごした日々、出会い、別れ、全てあの世界じゃなければ得られなかったモノだ。だから此処を死後の世界と割り切らないと、あの世界で得たモノが「掛け替えのないモノ」じゃ無くなってしまう気がしてな…」

 

 確かに昭弘は、この世界で一人の人間として生きていくのかもしれない。

 だが昭弘は、あの世界で生まれてそして死んだのだ。その事実だけは譲れなかった、譲ってはいけない様な気がした。

 

 対して、束もタロもただ黙って聞いていた。肯定も否定もせずに。

 すると束がタロの懐から「何か」を取り出し、昭弘にポイッと投げ渡した。それは折り畳み式の果物ナイフであった。

 

「アキくんアキくん☆まだ()()()()()確認して無かったよね?」

 

 束がそう言うと、昭弘も「そういえばそうだったな」と納得する。

 昭弘はナイフの切っ先に何も塗られていないことを確認し、右手にナイフを持ち、それで左手の指先に短く浅い切り傷をつけた。

 当然の帰結として“痛み”と同時に“血”が流れ出てきた。生きている人間なら誰にでも流れている生命の雫だ。

 

 痛みと血。それらはあの世界でのソレと匂いから何まで寸分違わない様に感じられた。

 

「この世界をどう解釈しようとアキくんの自由だよ。けどこれだけは忘れないで。君は()()()()()()()()()()ということを」

 

 考えてみればごく当たり前のことだった。自身の血と彼女の言葉、それこそが唯一無二の答えだった。

 それでも、昭弘の考えが変わることは無かった。

 

「そうだな…ありがとう束。お陰でこの「死後の世界」で生きていく覚悟が固まった気がする」

 

「死後の世界で生きていくって、何か変な感じするけどね!」

 

《私ハ珍シクマトモナ事言ッテル束様ノ方ガ、遥カニ変ナ感ジシマスガ》

 

「あっ、言ったなこいつぅ☆」

 

 冗談を口に出すタロに、束が肘打ちを食らわす。

 

「てかアキくんって、割と深く考え込むタイプなんだね」

 

 そこを突かれて、昭弘は苦笑する。確かに自分らしくないとは思った。しかしながら鉄華団(かぞく)のことになると、昭弘にだって「譲れないモノ」があるのだ。

 

 その後、昭弘はモビルスーツや阿頼耶識のことを粗方説明し終えると、気が付いたらホットティーを全部飲み干してしまっていた。自身でも気付かない内に随分とこいつらのことを信用してしまっている様だと、昭弘はまたも苦笑を零した。

 

 

 

 

「さて、そろそろそっちの情報も寄越してくれないか?」

 

 先程から昭弘が気に掛けていた「あいえす」だけに留まらず、世界情勢や生きていく上での社会的常識など、吸収せねばならない知識は盛沢山だ。

 

「お~っとその前にぃ!アキくんには、ある条件を提示したいと思いまぁ~す!!」

 

「…条件?」

 

「そ!この条件を吞んでくれれば世界情勢とISのこと、それに束さんのあ~んなことやこ~んなことも教えちゃうよ☆」

 

 所謂取引というやつだと昭弘は解釈した。吞むかどうかは内容にもよるが、一先ず聞いてみることにする。

 束のあんなこんなはどうでもいいとして。

 

「…言ってみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとIS学園ってとこに入学してくんない?」




 昭弘ってガチムチとか脳筋とか言われてますけど、意外と悩んだり葛藤したりするとこあるんですよね。
 さて、いよいよ次回はIS学園への入学に向けて、色々と準備するみたいな回になると思いますので、自分の文章でどこまで説明できるか不安ですが、頑張って早めに投稿したいと思っております。

 あと今更ですけど、私はIS原作を読んだことがないです。二次創作を読んで、それで大まかな流れを把握している程度です。


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第2話 決心

昭弘「世界観の説明は上手くできましたか・・・?(小声)」
オレ「できませんでした・・・(小声)」
昭弘「でしょ?じゃあオラオラ来いオラァ!!!(豹変)」

 UA1500突破ウレシイ・・・ウレシイ・・・(ニチニチ)
 お気に入り数が36・・・異常だな!(感涙)お気に入り登録してくださった皆さん、本当にありがとうございます。


 その夜、昭弘はベッドに横たわりながら深い思考の渦に嵌っていた。今日初めてこの世界で目覚めた時と違い、天井の蛍光灯は純白の輝きを放っておらず、薄暗い部屋に溶け込むように輪郭を僅かに残していた。

 時刻は既に0時を回ろうとしていた。日中からそれだけ時間が経過しているにもかかわらず、昭弘は未だに頭の整理ができずにいた。

 

 時は少し遡る。

 

 

 

 

「『あいえすがくえん』?」

 

「そ!その名の通りISについてお勉強す場所☆「学校」ってヤツだよ。因みにISってのは『インフィニット・ストラトス』の略称ね!文字で表すとこう書くの!!」

 

 学校と言う言葉は昭弘も聞いたことがある。鉄華団にも、妹や弟を学校に通わせたいと言っている団員がチラホラ居た。将来社会に出る為に必要なことを勉強する場であり、友達を作るための社交場でもあるとか。

 IS(インフィニット・ストラトス)に関しては、何か「人型のロボット」の様なモノなのではないかと、昭弘は推測する。先程、ロボットであるタロが自身のことをISと言いかけていたのが、その理由だ。

 

「…オレがそこに行かねばならない理由を聞いてもいいか?」

 

「それは言えないなぁ~」

 

 その束の即答から、雲行きの怪しさを昭弘は密かに感じ取った。

 

「…ISについては?」

 

「それも言えなぁ~い☆」

 

 間を置かずにあしらう束に対し、少しずつ昭弘の表情が険しくなっていく。

 

「……もし、その申し出を断ったら?」

 

「アキくんには悪いけど、無一文で出て行って貰うかなぁ~」

 

 束が普段と何ら変わらない口調で昭弘にそう言い放つ。それを機に、先程まで和気藹々としていた雰囲気は一変する。昭弘は眉間に皺を寄せ、静かに束を睨みつけていた。タロも万が一を警戒してか、束を庇うように位置を変える。

 この取引は、昭弘に選択の余地など無いに等しいものであった。

 

 そもそも昭弘はこの世界のことを何も知らないし、金銭も今現在は持ち合わせが無い。そんな状態で追い出されれば、路上で野垂れ死ぬのが関の山だ。場合によっては、それこそ前の世界で言う『奴隷(ヒューマンデブリ)』のような立場に逆戻りだ。第一この森から生きて出られる保障すら無い。

 昭弘は、この取引という名の脅迫に対して「YES」と答えるしかないのだ。今現在、昭弘の生殺与奪の権限は彼女たちにあるということを、今更ながら昭弘は思い知ることになった。

 

 だからこそ昭弘は、自身を脅してでも『IS学園』に入学させようとする束の思惑に強い警戒心を抱いていた。そこで自分に()()()()()つもりなのだと。

 

 暫くの間睨み合いが続いたが、やがて束の方が先に折れて口を開く。

 

「…一応言っとくけどさぁ、別にそこで「人殺せ」とか「何か盗んで来い」って訳じゃないからねぇ?」

 

 昭弘は束の今の言葉を全面的に信用した訳ではないが、そう言われては警戒心を多少緩めるしかない。

 

「それにアキくんにもちゃんとメリットがあるんだよ?例えば背中の阿頼耶識」

 

 そう言われて、昭弘は無意識に背中の阿頼耶識を指でなぞる。

 

「実はさっきアキくんの話を聞いて、束さん閃いちゃったんだよねぇ!その阿頼耶識を上手く使って、アキくんにいい思いさせてあげられるかもよ?」

 

 まるでセールスマンの様に、束はそのまま続ける。

 

「それにそれにぃ!そこの教師には束さんの大親友も居るから、アキくんの助けになってくれると思うよ!!」

 

「………」

 

《………本当デスヨ?》

 

「オイゴラクソガキ。何だそのまるで束さんに友達がいること自体疑わしいみたいな目は。あとタロ、お前もアキくんの表情だけで察してんじゃねぇよ解体すんぞ」

 

 まんまと己の心中を見透かされた昭弘。

 束の交友関係は兎も角として、昭弘は今から束の条件を飲まなければならない。それしか選択肢が無い以外にも、昭弘は此処で一ヶ月間束たちに世話になっているのだ。その恩は返したい。

 それに、束の言う「いい思い」というのは詳しくは分からないが、昭弘にもメリットがあるというのは確かな様だ。それでも昭弘は―――

 

「……スマン。丸一日考えさせてくれないか?」

 

「いいよぉ別に。どうせ答えは変わらないだろうし☆」

 

 いくら選択肢がそれしか無いと言っても、昭弘も所詮は人間だ。この選択一つで自身の今後の生き方が決まってしまう可能性もあると考えてしまえば、「YES」と答えるにはどうしても躊躇いが残る。

 それに昭弘自身も、今持っている情報と考えを整理した上で引き受けたいと思っていた。今は兎に角、頭を落ち着かせる時間が欲しい。

 

「じゃ、明日の朝までにね!決まっていなかった場合は「NO」と見なすね☆」

 

 

 

 その後、束は他のゴーレム達や同居している盲目の少女『クロエ・クロニクル』を昭弘に紹介した。

 束としてはどうせ昭弘は引き受けると思っているので、今の内に自身の仲間(メンバー)を紹介しておこうといった腹積もりであった。

 昭弘自身もゴーレム達と共に身体を慣らしたり、『昭弘式』の筋トレをしながら頭の中を整理していった。

 

 

 

 

 

 そうして現在に至る。

 実際、昭弘の頭の整理は凡そ完了していたが、それでも昭弘は悩みが拭えなかった。自身が今何に悩んでいるのか、それすらも解らなかった。

 しかし、その原因が束にあることは分かっていた。(彼女)の目的が何なのか、それがどうにも昭弘には気懸りでしょうがないのだ。まるで自身の脳内を得体の知れないヌメリとした何かが這いずり回っている様で、気分が悪くなってくる。

 

「……オルガ」

 

 悩む頭に誘われる様に、ふとそんな名前を昭弘は口にした。

 

オルガ・イツカ

 

 前の世界で鉄華団団長を務めていた男であり、昭弘をヒューマンデブリという鎖から解放してくれた恩人でもある。

 『決して止まらない男』。それが昭弘のオルガに対する人物像だった。鉄華団(かぞく)にいい思いをさせてあげたい、安寧を与えてやりたい。しかし、それらを手にするには戦うしかない。そして戦えば当然、鉄華団(かぞく)も死んでいく。そんな矛盾に悩みながらも、オルガは突き進んで行った。

 

 昭弘はそんなオルガを心から尊敬していた。常に鉄華団(自分たち)の為に悩み、そこから最善の答えを出して突き進む。

 今思うと本当に凄い男だったんだなと、改めて昭弘は思う。何故ならその昭弘も今「悩んでいる」からだ。自身の悩みなんて一つしか答えの無いちっぽけなモノだ。それでも、独りで悩むことがこんなにも大変だなんて思いもしなかった。それをオルガは、いくつも答えがある中から何度も悩んで選び抜いてきたのだから、昭弘にとっては果てしないことだった。

 

 だから昭弘は、無意識にオルガという名前を発したのかもしれない。「オルガの悩みに比べたら、自分の悩みなんてまるで大したことなど無い」と、自身を鼓舞する為に。

 現にそれを機に、昭弘の脳内を這いずり回っていたモノは、塩をかけられた様にきれいさっぱり溶けて無くなってしまっていた。

 

(束の目的が何かは知らんが、それでも…)

 

 一つ息を溜めた後、昭弘は普段の仏頂面を崩して静かな笑みを浮かべた。その目からは、この世界で生きていくことに対する揺るがない「志」が滲み出ている様にも見えた。

 

()()()()()()()()解からない。そうだろ?オルガ」

 

 

 

 

―――翌朝09:00―――

 

 束は気分を高揚させながら、左右の肘を激しく振り猛ダッシュで昭弘の部屋に向かっていた。今回は一対一で昭弘と話したいという束の命令で、他のゴーレムたちは各々の持ち場に就いている。

 

―――早く教えたい早く訓えたい早く教えたい早く訓えたい早く教えたい早く訓えたい

 

 そんな想いで頭を埋め尽くしながら、束は昭弘の居る部屋の自動ドアが開くより早く突き破る…かに思えたが、意外と律儀に開ききるまで待った後勢いよく入室する。

 

「アキくん!!オッハヤンベェ~~!!!さぁ!答えを聞かせて貰…ってウゥオォッ!!?」

 

 自動ドアの向こうには、上半身裸で腕立て伏せに勤しんでいる昭弘の姿があった。

 

「フンッ…おおフンッ…束かフンッ…お早うフンッ…」

 

 これは余談だが、束は男性の裸体にまるで慣れていない。

 基本的に一日中自身のラボに籠りながら研究をしており、話し相手といえばゴーレムかクロエ程度しか居ないのだ。しかもよりによって、相手はハリウッドスター顔負けの鍛え抜かれた筋肉を持った昭弘だ。彼の裸体をなぞる汗という名の雫のオプション付きまである。

 

「フンッ…良し、こんなもんか。ん?どうした、何故隠れる?」

 

 束は兎耳だけを覗かせながら、部屋に入ってこようとしない。

 

「ああえっとその…まぁうん、アレだ。今の君の姿は束さんの目に毒だから…さっさとシャワー浴びてきたら?」

 

「?…じゃあそうさせて貰うが」

 

 昭弘は訳も分からないまま、部屋の奥に小さく潜んでいるシャワールームへ、ヒタヒタと素足を運んで行った。

 

 

―――15分後

 

 

「ほい!そんじゃ気を取り直してぇ!!答えは「YES」ってことでいいよね☆」

 

「ああ。入学するまでの間、宜しく頼む」

 

「こちらこそ宜しく!」

 

 昭弘が右手を差し出すと束も右手を差し出して、二人は固い握手を結んだ。

 

 昭弘の新しい生活、その始まりを告げる握手だ。

 

 

 

 その後、束は早速ざっくりとではあるがISについて話した。

 

 『IS(インフィニット・ストラトス)』とは束が開発したマルチフォームパワードスーツであり、女性にしか扱えない。

 今現在ISは世界最強の兵器として台頭している。

 ISが女性にしか扱えないというのもあって、世界には『女尊男卑』という風潮が蔓延している。

 原初のISによって引き起こされた『白騎士事件』によって凡そ2000発もの弾道ミサイルが無力化され、核兵器の存在意義が極めて薄くなってしまった。

 ISには夫々『ISコア』があり、それが全世界で467機しか存在しない。コアを作れるのは全世界で束だけだが、現在は生産をストップさせている。故に、とてもそうは見えないが束自身指名手配の身であるらしい。

 そして、『少年兵』と呼ばれる兵士たちの変化。

 

「とまぁざっくり説明するとこんな感じ。何か質問ある?」

 

 正直何を質問すればいいのかも分からない昭弘だったが、一つだけ思いついたことを質問した。

 

「女性にしか扱えないんなら、オレはIS学園に整備士として入学するのか?」

 

「よくぞ聞いてくれたッ!結論から言うと、アキくんもIS乗りとして入学して貰うよ☆」

 

 それを聞いて昭弘は細く懐疑的な目を束に向けるが、一先ず最後まで聞くことにした。

 

「アキくんの阿頼耶識を通じて、アキくんにしか扱えない『トンデモIS』を創り上げてあげるよぉ!!」

 

 確かに昨日、束は阿頼耶識の話を聞いて何か閃いたとか何とか言っていた。阿頼耶識を利用すれば、女性にしか扱えないISが昭弘でも使えるようになるとでも言いたいのだろうか。

 

 昭弘はそんな風に半信半疑で聞くが、次の質問に移ることにした。

 

「何故ISは女性にしか扱えない?」

 

「束さんがそう設定したからだよ」

 

 それを聞いて昭弘は「理解に苦しむ」と更に目を細めて訴えかける。それはつまり、束ならいくらでもコアを男性用に設定し放題ということではないか。

 

「…何故?」

 

「別に大した理由は無いよ?ただこの世界では長きに渡って「男尊女卑」の風潮が続いていたから、そろそろ女性が世界に台頭してもいいんじゃないっていう短絡的な考えですハイ」

 

 束はそう言うが、昨日からのフザけ具合を見るとどうにも信じられない。失礼ながら「単に面白そうだからそうしてる」と言われた方が、遥かに説得力がある。

 

「因みに無人のISを作ることも余裕だよ!」

 

 まぁそれは、タロたちを見れば一目瞭然だ。昨日昭弘も、タロたちの中に誰も入っていないことは確認済みだ。

 

 だが、昭弘の頭にもう一つの疑問が一直線に浮上してきた。

 

「じゃあ何故態々オレの阿頼耶識を使う?コアを男性用に設定すれば済むだろう」

 

 昭弘の質問に対して、束は怪しい笑みを浮かべながら得意げに返した。

 

「フッフッフ☆実はアキくんの阿頼耶識、束さんの考えが正しければISと直接繋ぐことで爆発的な性能を引き出せるかもなんだよねぇ!」

 

 束のその言葉で、昭弘は背中から生えている二本の阿頼耶識をまたもや無意識に触る。

 昭弘にとって、この阿頼耶識は自身の“分身”と言っても過言では無かった。阿頼耶識があったから鉄華団を守れた。阿頼耶識があったから自分自身を守れた。阿頼耶識があったから最後まで戦い抜くことができた。

 昭弘は、最初は無理やり埋め込まれた阿頼耶識をいつしか誇りに思うようになった。だからか、また阿頼耶識(こいつ)を役立てることができると思うと、自然と笑みが零れたのだった。

 

「そいつは…嬉しいな」

 

 

 

 その後はIS学園の話に切り替わった。

 

「そういやアキくんは大丈夫?IS学園は女の子しか居ないけど、抵抗とかない?」

 

「問題無い。前の世界では女ばっかの船団とも交友があってな」

 

「あっ、えっ、その…アキくんてやっぱり…」

 

 束は顔を真っ赤にしながら、とんでもない勘違いを口にしようとする。先程の動揺っぷりも相まって、まるで男子中学生だ。

 

「…いや違うからな?」

 

 さすがの昭弘も、束の反応を察して念を押しておいた。

 

 その後はIS学園にいるという束の友人や、自身の最愛の妹について束が長々と話した。

 特に妹の話はそれはもう長く、殆ど妹の自慢話みたいなモノだった。そのご清聴は何と言うか、いつ終わるとも分からない砂漠を無心で歩き続けるみたいだった。そういう訳で段々うんざりする昭弘を他所に(よそに)、束が思い出したように口を開く。

 

「そうそう!実はアキくん以外にもう一人男性IS操縦者が見つかってるんだった!その子、ISの試験会場に偶然入り込んで偶然発動させちゃってさぁ。んで何故その子が動かせたかっていう理由はその…お恥ずかしい話なんだけどね…」

 

 

 

 

 

「コアの初期設定を間違えちゃった☆」

 

 それを聞いて砂漠から解放された昭弘は大袈裟にズッこける。

 

 全く頭が良いんだか馬鹿なんだかよく判らない科学者である。「馬鹿と天才は表裏一体」みたいな言葉があるが、これもそれに当て嵌まるのだろうか。

 

 

 

 昭弘との話が一段落した束は、ラボの人気の無い廊下をタロと一緒に歩いていた。結局束は、自身の『目的』までは最後まで昭弘に話さなかった。

 それでも、これから昭弘には頑張って貰わねばならない。束の『計画』を実行に移す為にも。昭弘と阿頼耶識は、束にとってはそれだけ重要な「キー」なのだ。

 

 暫く歩いていると、タロが束に話しかける。

 

《束様…ヨロシイノデスカ?“真実”ヲ伝エナクテ…》

 

「んー?いいよアレは伝えなくて。その方が束さんにとって都合いいし」

 

 束はこの『計画』を必ず成功させねばならない。自身の夢である『ISを宇宙に羽ばたかせる』ことを実現する為に。

 今のISはただの兵器に過ぎない。束はそんなことの為にISを創ったのではない。そんなことの為に白騎士事件を起こした訳ではない。束はそんな今の世界が、憎くて憎くて仕方がなかった。だから―――

 

「必ず成功させるよ。この計画を」

 

 束のその目は、昭弘がこの世界で生きていくと決心した時と同様、いやそれ以上の「覚悟」が滲み出ていた。

 

 

 

 それこそ、「どんな犠牲でも払う」と言わんばかりの。




 めっちゃ長くなった・・・。多分毎回これくらいの長さになるかと思われます。
 クロエとの絡みは、別の話で過去回想みたいな感じで出したいと思います。少年兵云々についても同様です。

 束さんの企みについても、凡そ考えが纏まっておりますので、乞うご期待ください。
 
 そしてやっと次回からIS学園入学です。・・・長かった・・・。皆さん是非楽しみにしていてください。


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第一章 の1 IS学園~入学~
第3話 憂鬱の大和撫子


 皆さんお待たせしました。まさかここまで長くなるとは思いませんでした。
 一応昭弘と箒がメインの回です。
 相変わらず設定とか話の構成とかクッソガバガバですが、気になることがありましたらご指摘ください。


―――――2022年4月8日 金曜日―――――

 

 IS学園正門前、喜々として歩を進める若葉の様な乙女達の中に一人、門前にて立ち止まる巨漢が居た。白を基調とした襟の黒い制服を身に纏っている事から、IS学園の生徒であると予想できる。

 

(確か「校舎」って言うんだったか)

 

 昭弘は束から一般教養を粗方叩き込まれており、校舎のような学校に関する単語も大体は教わっている。

 それでも昭弘は実際に学校というものを見て、つい立ち止まってしまった。正門前から見た限りでも真っ白な直方体の建物がいくつも並んでおり、晴れている為か建物に規則正しく並んでいる窓は水色に彩られていた。

 極めつけは校内を囲う様に等間隔で生えている、桃色の花びらで彩られた木々。

 

 昭弘は未だ正門を跨いでいないにも関わらず、真新しいことだらけの学校に驚かされっぱなしであった。束の研究所(ラボ)とも違う、前世では見たことも無い景色ばかりが、昭弘の眼前に広がっていた。

 

 昭弘は、学校という場所に密かに憧れていた。

 彼は前世において、家族や仲間は居ても「友」は居なかった。鉄華団も彼にとっては家族という認識が強く、友という認識は持ち合わせていなかった。『三日月』という例外も居たが。

 学問も同様であり、彼は今まで肉親の仕事の手伝いと戦場での命のやり取りしかしてこなかった。だから束のスパルタ教育も、辛いというよりは新鮮といった気持ちの方が強かった。

 

 昭弘が漸く門の先へ足を踏み入れてから数歩進むと、周りの女子生徒達が急に静まる。

 代わりに、彼女たちの間で小さな言の葉が紡ぎ出されていく。

 

「男子!?何で?」

 

「あれってIS学園(ここ)の制服だよね?」

 

「じゃああの人IS動かせるの?」

 

「ホラこの前ニュースでやってたじゃん。2人目が出たって」

 

「デッカ…あと顔怖っ!」

 

 全校生徒の中で男子は昭弘ともう1人の2人のみ。しかも昭弘は自他ともに認める巨躯の持ち主であり、周囲の視線を集めるのは最早道理と言えた。

 流石の昭弘も、ここまで多くの女子生徒から視線を受けるのは少々むず痒い気持ちになった。

 

 

 少しの痒さを耐えながら、昭弘は昇降口に近づいていった。

 昇降口前にも、正門と同様スーツ姿の女性達が新入生を出迎えていた。束の言っていた「先生」という人達だろうか。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと後ろから声を掛けられる。

 

「おい、そこの」

 

 その声を聞いた途端、昭弘の頭の中から一瞬で思考の渦が消えた。

 頭の中がクリアになった直後、ある女性の姿が浮かんでくる。鉄華団と親交が深かった『タービンズ』という女性ばかりの船団。その船団の中で一際活気のある女性パイロットが居た。彼女は昭弘が三日月以外で唯一背中を預けることができ、そして昭弘が生まれて初めて「異性」として意識した女性だった。

 忘れもしない、あの日彼女は敵対派閥に殺されてしまった筈。否、だからこそ彼女もこの世界に来ているのではないか?自分だって死後、この世界に来たのだ。もしかしたら…もしかしたら…!

 

 一瞬の内にそんな淡い期待を織り交ぜながら、昭弘は遂に後ろを振り返りながら叫んだ。

 

「ラフタッ!!」

 

 そう叫んだ後、昭弘が()()()のとその少女が反応を示すのはほぼ同時だった。

 

「!?……ラ、ラフタ…とは、私のことを言っているのか?」

 

 昭弘のそんな淡い期待は虚しく空を切る。

 相手は別人だった。長い黒髪を頭頂部と後頭部の間で纏めており、身長は女子にしては高めだろうか。鋭く真っ直ぐな目をしていた。

 

 唯でさえ目立つ昭弘が突然叫べば、生徒も教師も「何事か」と昭弘へ視線を移す。しかし昭弘はそんな視線を気にすること無く、先ずは人違いをしてしまった相手に謝罪をする。

 

「…すまない、人違いだった様だ。いきなり叫んで悪かった」

 

「い、いやこちらこそ、急に呼び止めてしまって悪かったな」

 

 その後、昭弘は一応周りの人々にも謝罪の言葉を贈った。

 

 

「ところで、オレに用か?」

 

「もう1人の男がどんな奴なのか、ずっと気になっていてな(一夏(アイツ)のライバルになるやもしれんしな)」

 

 どうやら、彼女としては昭弘の人となりが知りたかっただけらしい。

 だが彼女の心なんて読める筈のない昭弘からすれば、その言い方じゃナンパに近い。まぁ一々気にする昭弘でもないのだが。

 

「成程な…ん?その口ぶりだと、もう1人の方とは知り合いか?」

 

 昭弘はつい気になってしまったことを女子生徒に尋ねる。

 

「なっ…!…フンッ!あんな奴のことなんて知らん!!」

 

 何故か顔を赤らめながら否定する女子生徒。だが反応からして、知り合いなのは確かだろう。

 

 

「自己紹介がまだだったな。もうニュースとかで聞いているかもしれんが『昭弘・アルトランド』だ。もし同じクラスなら宜しくな」

 

「宜しく頼むアルトランド。私は……『箒』だ」

 

 その名前を聞いて、昭弘は「もしや」と感じた。髪型や目つき、身体的な特徴も束が話していた妹と合致する。

 もし彼女がそうなのだとしたら、苗字を言いたくない理由も納得できる。当の束は、良くも悪くも指名手配犯なのだから。

 

「…気にするな箒。オレも大声で叫んじまったからな。これでお相子にしようぜ」

 

「そう言って貰えると助かる」

 

 言葉を小気味良く交換しながら、2人は入学式を行う「体育館」に向かっていた。

 昭弘は基本口数は少ないが、無感情な機械ではない。折角の学校で誰とも関わりたくないと言えば嘘になる。無口なりに交友関係はできれば深めていきたいのである。

 

 束のことは抜きにして、此処で箒と出会ったのも何かの縁だと思うことにした。

 

 

 

 入学式が恙無く幕を下ろした後の、1年1組。

 その教室は、喧騒とは違う異様な雰囲気に包まれていた。原因は、本来ならこの教室に居ない筈の男子生徒だろう。

 

 2人の男子生徒の1人『織斑一夏』は、ソワソワしながら最前列中央の席で両手を組んで座っており、顔色も青ざめていた。男子が自身ともう1人しか居ない現状では、肩身も狭くなろう。

 一夏は黒髪で、顔立ちも非常に整っていた。その外見もあってか、周りの女子生徒からは興味と羨望と欲望が入り混じる熱い視線をなすがまま受けていた。

 

 対するもう1人『昭弘・アルトランド』は、険しい顔で参考書を読んでいた。電話帳と同等の分厚さがあるその参考書には、赤青黄三色の付箋がいくつも貼られていた。こちらは重しの如く落ち着いており、座席は一番後ろの扉側。

 身長180cm後半くらいの巨躯で、全体的にガチムチしてそうな体つきをしていた。黒の短髪で太い眉毛、睨まれたら身が竦んでしまいそうな鋭い眼光。そして制服越しでも判る背中上部の“突起の様な膨らみ”。

 

 それだけ特徴を持っているにも拘わらず、一夏とは対照的に誰からの視線も受けていなかった。正確に言えばチラリと視線を一瞬向けられる程度だった。

 その巨体に険しい顔つき、何より「普通の世界」では有り得ない異質な雰囲気。

 そんな相手に、熱い視線を送ることなど当然憚れるものだろう。一夏に対する視線が「興味・関心」なら、昭弘に対する視線は「警戒・恐怖・若干の興味」といったところか。

 

 

 そんな中、1年1組の副担任教師である『山田真耶』が入室すると、先程まで教室中に流れていた会話がピタリと止んだ。

 

「皆さん初めまして!これから一年間此処1年1組の副担任を務めさせて頂きます、『山田真耶』と申します!宜しくお願いしますね!」

 

 沈黙…の中で一人だけ「よろしくお願いします」と返す者が居た。昭弘である。

 教室という空間に慣れていない彼は、良くも悪くも空気が読めないのだ。しかし「先生には敬意を払うように☆」と教わっているので、昭弘としてはそれに従ったまでだ。それ故に何故周囲の視線が自分に集まっているのか、昭弘には理解できなかった。

 

 どの道気不味い空気が場を支配しかけていたので、真耶は焦って進める。

 

「そ、それじゃあ先ずは自己紹介から行きましょうか」

 

 そこから順々に自己紹介が行われていき、直ぐ様昭弘の番となった。

 

「それでは続いて出席番号3番『昭弘・アルトランド』くん、どうぞ!」

 

 呼ばれたのでゆっくりと席を立つ昭弘。

 軽く見回してみると、先程出会った箒を見かけた。同じクラスであることを幸運に思いながら、昭弘は自己紹介に入る。

 

「昭弘・アルトランドだ、宜しく頼む。出身国は()()『日本』だ。先ずは皆に説明しておくことがある」

 

 

 

―――

 

―――さてと!アキくんにはIS操縦者としてではなく、正確には『MPS(モビルパワードスーツ)操縦者』としてIS学園に入学して貰うよ!

―――MPSってのはさっきお前が説明した、「少年兵達に秘密裏に出回っている」っていう…

―――そ!まぁ実際は連中のクッソ出来の悪い『擬似ISコア』じゃなくて、束さんお手製のちゃんとしたISコアを使ったヤツだから、実質ISなんだけどね☆

―――随分と回りくどいな

―――世間は今、ISのお陰で女尊男卑の風潮が強いってのは説明したよね?男性よりも女性の立場が強い社会。そんな状況で『男性のIS適合者』が見つかったら、どうなると思う?

―――……何となくだが、その男性IS適合者に「良からぬこと」が起きる感じか?

―――まぁね。例えば「権力を持った女尊男卑至上主義者の手先に暗殺される」とか「過激な男尊女卑復古主義のグループに誘拐されて洗脳される」とか。因みにもう1人の男性IS適合者である『織斑一夏』くんは、姉が物凄い力を持った人だから変な小細工要らない感じかな!!

―――…MPSはその「隠れ蓑」って事か?

―――ソ☆MPSは現在開発段階の擬似ISコアで、しかも操縦者の肉体に人体改造を施す劣化品ってことにすれば、少なくとも女尊男卑主義者たちは見向きもしないんじゃない?

―――だがそれで本当にIS学園に入学できるのか?入学できたとしてバレないか?

―――そこん所は束さんが()()()()()()をしとくからダイジョブ!んで入学の名目は「崇高なISから色々と学ばせて貰う」みたいな感じで―――

 

―――

 

 

 

(本当にそれだけが理由なのか?)

 

 そんなことを考えながら、昭弘は自身の説明に入る。

 

「皆ニュースを見てるかもしれないが、オレはMPS研究の為、この学園に入学している。だから基本的に、実技などもオレ専用のMPSを使わせて貰うことになる。性能面で皆に迷惑をかけないよう努力はする。これから一年間、宜しく頼む」

 

 昭弘の所属は『T.P.F.B.(To People Free Body)』という企業で、主に中東やアフリカで活動している。

 「自由な身体を人々に」という名の通り表向きは戦争で身体の一部が欠損してしまった孤児や少年兵を保護している団体に、安価で高性能の義足等を提供している。

 

 しかしその「本業」は、複数の傭兵団や反政府軍と秘密裏に交渉し、その少年兵にMPSと接続させる為の人体改造手術を行っている。手術に成功した少年兵はMPSごとその傭兵団に引き渡し、手術代も含めて多額の使用料を頂戴する。手術に失敗した少年兵は機密保持の為に殺処分されるが、年々手術の成功率は上昇している。

 ここまで来ると「武器商人」と言った方が正しい。

 

 傭兵団にとっても高額とは言えMPSという強大な戦力が手に入るので、T.P.F.B.のような組織を重宝しているのだ。MPSは現時点ではISよりも性能面では遥かに劣るものの、戦闘ヘリ以上の機動性・防御力・攻撃力を持っておりコストパフォーマンスも悪くない。

 何より皮肉なのは少年兵にとってもメリットがある点だ。手術に成功さえすれば、MPSという強力な装甲が手に入るのだから。組織内でも、貴重な戦力として上等に扱って貰えるようになる。それこそ扱いを誤れば、MPSによる謀反を起こされかねない。

 尚、阿頼耶識システムに使われている生体ナノマシンは、成長期の子供にしか定着しない。

 

 昭弘の場合は、家族と海外旅行中テログループに遭遇。両親と弟は殺され、昭弘もテログループに誘拐され少年兵に仕立て上げられる。

 戦場で左脚を負傷し、その場で見捨てられた所をT.P.F.B.に保護されたが、彼らが尽力しても左脚は動かず。その為、脊髄に生体ナノマシンを注入しそこから生えてきた突起物に特殊な電気信号を定期的に流すことで、左脚を見事蘇生。

 その後、突起物先端のピアスから『新たな物質』が発見され、その物質を研究する過程でMPSが創られた。

 T.P.F.B.は「このMPSをISの様に人の役に立たせたい」という理由で、昭弘をIS学園に入学させた。

 

 以上が、束とT.P.F.B.で考えたシナリオである。

 

 

 その後もスムーズに各人の自己紹介が続いていき、織斑一夏の番がやってきた。ボーッとしていたのか反応の悪い一夏に対し真耶が涙目になり、一夏は慌てて真耶に謝罪していた。

 

「えーっと…織斑一夏です。………以上です!」

 

 ズコーッ。

 

 昭弘も含め、クラス中の生徒が拍子抜けたように態勢を崩す。少し前のバラエティ番組のような一体感だ。

 直後ーーー

 

「イッテ!」

 

「自己紹介もまともにできんのか馬鹿者」

 

 一夏の頭上に出席簿が振り下ろされる。1年1組の担任である『織斑千冬』が、遅れて入室してきたのだ。どうやら、職員会議とやらが長引いてしまったようだ。

 

「ゲッ!千冬姉!イッ!!」

 

「『織斑先生』だ馬鹿者。山田先生、いきなりクラスのことを任せてしまい、申し訳ない」

 

「いえいえ!お気になさらないで下さい」

 

 真耶に一礼すると千冬は教壇に立ち、再びクラス全員に向き直る。気のせいか、その姿は岩山に立つ獅子と重なった。

 

「私がこれから一年間、諸君の担任を務める『織斑千冬』だ。私の役目は未だ15歳のお前達を16歳に鍛え上げることだ。私の言うことには逆らってもよいが逆らうならそれ相応の覚悟をしておくように」

 

 瞬間、今迄惚け面で千冬を眺めていたクラスメイト達が一斉に黄色い歓声を上げた。流石の昭弘でも、思わず両耳に人差指で栓をする程の声の波だった。にも拘らず「キャーーー❤️」とか「もっと罵ってーー❤️」といった少女達の狂喜に満ちた言葉が、昭弘の指を貫通して耳の奥に響く。

 だがその反応も真耶の予想通り。そう彼女こそ、この惑星において最強のIS使い織斑千冬。通称『ブリュンヒルデ』だ。

 

 当の千冬はそんな生徒達に呆れ果てた反応を示すと、神妙な面持ちとなって昭弘の方に顔を向ける。

 

「すまないなアルトランド。本来なら私が君のことを説明すべきなのにな」

 

「あ、いや…気にしねぇで下さい」

 

 ぎこちない敬語でそう返す昭弘。

 一応、千冬だけは束と昭弘の交友関係を知っている。と言っても、束から「アキくんは束さんとは旧知の間柄だからサポートよろ~☆」程度のことしか知らされていない。無論、束とT.P.F.B.の関係も知る所ではない。

 

 

 その後も自己紹介は続き、箒の番まで回ってくる。

 その表情は、昭弘から見ても決して明るいと言えるものではなかった。まるでこれから秘密が暴かれるのを待っている様な自供する様な、そんな表情だった。

 

「皆さん、初めまして。……篠ノ之箒です」

 

 すると、教室中で少なくないざわつきが起きた。

 

「もう皆さんも察しが付いてるかと思いますが、私は篠ノ之束の妹です。……以上です」

 

 それ以上言葉が見つからなかったのかもう何も言いたくなかったのか、箒はそれだけ伝えると自身の席に力なく腰を下ろしていた。

 

 

 

 SHRも終わり、短い休み時間がやってきた。

 各々がグループを作り、早速会話のキャッチボールを繰り返している。

 

 箒も一夏に話しかけようとするが、当然彼の周囲には人だかりができていた。

 自身の想い人を囲ってキャイキャイと質問を投げかける女子達を忌々しく思いながら、箒は教室を後にする。

 

 しかし、箒は内心一夏と話さないで少しホッとしていた。先程の自己紹介の件で、今自分がどんな顔をしているのかは容易に想像できる。今の醜く歪んだ顔を、一夏に見せたくない。折角数年ぶりに逢ったのだ。一夏の前では凛々しい顔でいたい。

 そんな儚い乙女心が、今の箒を引き留めていた。

 

 

 人通りの少ない廊下でそんな物思いに耽っていると、教室の方から巨大な影が近づいて来た。

 

「…まともに自己紹介もできない私を笑いに来たのかアルトランド」

 

「そこは織斑も一緒だろう」

 

 昭弘に仏頂面のままそう返されて、大きく視線を逸らしながら箒は続けた。

 

「私に近づかない方がいい。お前まで好奇の目に晒されるぞ?」

 

「生憎もう晒されてるんでな」

 

 その後、少しの間を置いて昭弘は言葉を連ねた。だがその声は更に低く重く、ここからが肝であるという昭弘の思惑が伺い知れた。

 

「…なぁ、箒」

 

「…何だ?」

 

「……篠ノ之博士が憎いか?」

 

 長い廊下を支配したその重苦しい言葉に押さえ付けられる様に、箒もまた低く強く言葉を返す。

 

「ッ!……ああ…!憎いに決まっている!あの人がISなんて創らなければ、私たち家族は離れ離れになることは無かった!一夏とも離れることなんて無かった!私があの人の妹というだけでこんな特別視されることも無かった!私は「私」なのに!!そして…こんな風にすぐ姉のせいにする自分も嫌いだ…」

 

 想いを爆発させる箒。

 

 昭弘は押し潰されそうになる自身の心を必死に保ちながら、箒の話を黙って聞いていた。

 昭弘は知っている。束がどれだけ(いもうと)を愛しているかを。ほぼ毎日箒の話をし、その際昭弘が眠たそうな素振りを見せれば胸倉を掴み「ちゃんと聞いてんのか」と凄んで来るくらいだ。そのぐらい束は妹のことが大好きなのだ。

 昭弘は箒にそのことを話したい。しかし指名手配犯である束と自分の関係がバレれば、無用な混乱が起きるだけだ。

 

 感情と理性に挟まれた昭弘は、やがて意を決したかのように堅い口を開く。

 

「箒、お前が篠ノ之博士のことをどう思うかは自由だ。だがな、これだけは言わせてくれ」

 

 そう言うと、昭弘は箒の顔を真っ直ぐに見据える。

 

妹のことを大切に思わない姉なんて存在しない。…オレはそう思う」

 

「!……知ったような口をッ!」

 

「ああ、知ったような口かもな。けど逆に、篠ノ之博士は箒のことが嫌いだと、どうでもいいと、実際にそう言ったのか?」

 

 昭弘にそう言われて、箒は口を噤んでしまう。確かに言われた事は無いし、態度でそう示された事も無い。

 だが直ぐに言葉を探して言い返そうと思った。あの人に限ってそんな事は無い筈だと。

 

「人の想いなんて解からないものさ。言葉にしてないなら尚のことだ」

 

 昭弘もこの世界(ここ)に来るまで解らなかった。オルガがどんな想いで自分を鉄華団に引き入れてくれたのか。オルガが自分たちの為に、どれだけ思い悩んでいたか。

 昌弘にしたってそうだ。最後の最後庇われるその瞬間まで、昭弘には弟の心が解らなかった。

 

 箒も気付いていた。「お前は本当に姉の事を解っているのか」と、昭弘に諭されている事を。

 そして何も解っていないからこそ、何も言い返せなかった。

 

「それにな、オレはこうも考えているんだ。人が人を大切に思うのは「違う」からじゃないかって」

 

 自分とは決定的に違うモノを持っているからこそ、放っておけなくなる、もっと知りたくなる。他者に対する原初のそれが、やがて情へと進化していく。

 

「さっきお前も言ったよな、「私は私だ」と。その通りだとオレも思う。そして篠ノ之博士も、きっとそう在ることを望んでいるんじゃないのか?」

 

 人と人との「違い」によって、争いは起こる。それがどんどん広がっていき紛争、戦争になる。しかしその違いが無ければ、人が人に関心を示さなくなるのもまた事実だ。

 

(………「違う」から…か)

 

 押し黙る箒。しかし、先程のような陰鬱な表情は抜け落ちていた。

 姉への憎しみが消えた訳ではない。だが姉の本心を何も知らないままでは、何も始まらない。そう、「違う」箒を、束がどう思っているのか知るまでは。

 

 箒自身「もしかしたら」と思ったのだろう。姉が自分の事を本当に愛しているのだとしたら、と。

 

「まぁ、言いたいことはそんだけだ。…そろそろ5分前だ、戻るぞ」

 

「“昭弘”!」

 

 その名を呼ばれて、驚きながら振り向いてしまう昭弘。ラフタじゃないと頭では解かっていても、その声で名を呼ばれると心は機敏に反応してしまう。

 

「その……ありがとう」

 

 箒から感謝の言葉を送られ、昭弘もその仏頂面に微笑を浮かべる。

 二人は並びながら、1年1組に戻っていく。

 

 

 

 教室の前まで来て、箒は一夏以外の男子を下の名前で呼んでしまったことに漸く気づき、密かに顔を赤らめた。




 という感じの話でした。実際女子高に昭弘みたいな巨体の強面が来たら、最初はこんな感じの反応に・・・なるんじゃないかなぁと思いました。
 次回はあのイギリスのお嬢様がちょっかいをかけてきます。昭弘とはどういう関係になるのかは、皆さんのご想像にお任せします。
 あと、ちゃんと一夏と昭弘も次回から絡ませていきますのでご安心ください。


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第4話 英国貴族の逆襲(前編)

 不味い・・・投稿ペースがどんどん落ちている・・・。というか今回めちゃくちゃ難産でした。
 文字はやたら多いのに話が全然進んでないように見えるのは、私だけでしょうか。


―――

 

阿頼耶識。

 

長も含めて、皆ソレを身体に付けていた、皆ソレに助けられていた。

 

故に「誇り」とまでは行かずとも身体の一部。大事な大事な身体の一部。

 

故に隠すべからず。家族の為に己が為に、恐れず堂々と視線に晒せ。

 

―――

 

 

 

 

 

 予鈴が鳴り響く中昭弘が教室の引き戸に腕を伸ばすと、中から一人の女子生徒の声が。それ程大声でもないが、声質には多少の憤りが乗っている様に感じられた。

 

 昭弘と箒は戸を引いて教室内を伺う。そこには、一夏に詰め寄っている女子生徒の姿があった。

 昭弘から見たその少女の外見は、金髪で先端がドリルの様になっており、身長は高くも低くもないといった感じだ。服装は他の生徒のそれとは少々異なり、少し長めのスカートを穿いていた。青い瞳がよく目立ち、前頭部には青い飾り物を付けていた。顔は恐らく美人?に入るのだろう。

 

「まぁ!このイギリスの代表候補生である『セシリア・オルコット』を知らないと仰るのですか!?」

 

 先程から明らかに困惑の表情を見せている一夏。

 昭弘はその巨躯をゆっくりと一夏とその少女『セシリア』の方へと向かわせる。

 その昭弘の動向を、周囲の生徒は不安気な表情で凝視している。

 

 昭弘としては、一夏とは仲良くやっていきたいと思っていた。折角の高校生活だ、男友達が一人も居ないなんて寂しすぎる。

 

「オイ、何があったか知らんが予鈴も鳴ったろ?その辺にしとけ」

 

 一夏を庇う様に2人の間に割って入る昭弘に対して、セシリアは一夏に対してのソレとは比べ物にならない険しい表情で昭弘を睨みつける。最早敵意に近い表情だった。

 

 数秒経つと、セシリアがゆっくりと口を開く。

 

「アラアラ、誰かと思えば()()()()()でしたか」

 

 昭弘に対する第一声がソレだった。

 それは箒の耳にも確かに届いた。箒は、先程からセシリアに対して多少なりとも憤りを感じていた。一夏に馴れ馴れしく近づいているかと思えば、やたら高圧的な態度で一夏を見下ろしている。

 それだけならまだ辛うじて我慢できた。しかし、昭弘に対しては上から目線どころか鼠扱いだ。先程から自身を何かと気にかけてくれている昭弘を、そんな言葉で貶したことが箒は許せなかった。

 

 憤怒の表情でセシリアに迫ろうとする箒を、昭弘は左腕を翳して制した。

 

「そいつはどういう意味か聞いてもいいか?」

 

 その疑問に、嘲笑しながらセシリアは返答する。

 

「そのまんまの意味ですことよ。貴方、ニュース等ではT.P.F.B.に保護されたなんて発表されてますけれど、どこまで本当なんだか…」

 

 そう返されて昭弘は表情を曇らせる。そう、確かにそれは束とT.P.F.B.で考えたシナリオにすぎない。

 

「…証拠はあんのか?」

 

「そうだ!貴様の妄想で昭弘を貶めるな!」

 

「ええ証拠はございませんわ。しかしT.P.F.B.の黒い噂は、私も聞いたことがあります。噂の中には年端もいかない少年を使って、非道な人体実験をしてるとか。大方、貴方もその一人では?」

 

 セシリアの言っていることは証拠も何も無い、ただの噂だ。しかし、事実だ。

 

 だが、これ以上口を出すつもりも無い。

 昭弘は別に、自分がモルモットと言われたことは特に気にしていない。彼が気になったことは、セシリアがT.P.F.B.の「悪事」に関する証拠を持っていることだった。が、特にその様子もないので、後は自身への罵声罵倒を授業の本鈴まで聞いているつもりだった。

 

 …そう、それだけなら良かったのだ。それだけなら昭弘も特に思うことは無かった。この後、セシリアが去り際に発する「ある一言」さえ無ければ。

 

「全く、もしそれが事実だとするならばT.P.F.B.には憤りを通り越して、最早哀れみさえ感じますわ。背中にそんな薄汚いモノを施術してまで、ISに勝ちたいのかしら?」

 

 その一言で、遂に激情が我慢を突き破った箒はセシリアに掴みかかろうとする。一夏も憤慨しながら立ち上がり、セシリアに迫る。

 

 が、二人の行為は未遂で終わることとなる。その原因は、昭弘が纏っているその雰囲気にあった。

 普段から鋭いその目つきは更に研ぎ澄まされており、眉間の皺はこれ以上ない程深く刻まれていた。口は閉じたままだが歯を食い縛っているからか、頬筋は歪な形に浮き上がっていた。両掌には堅い拳が握られており、指と指の間からは爪が掌に食い込んでいるからか血が滲み出ていた。

 そう、それは静かながらも、誰の目にも明白な程昭弘はキレていた。

 

 昭弘の禍々しい威圧感に、セシリア以外凍てついた様に動きを止めていた。中には小刻みに震えだす者や、涙を浮かべる者まで。

 こんな巨漢が暴れだしたらどうなってしまうのか。想像するだけでも身の毛がよだつ様な光景が、クラスメイト達の脳裏を過る。

 

 

 

キーン、コーン、カーン、コーーーーン

 

 

 

 本鈴に導かれる様に、クラスメイトはハッと意識を現実に引き戻す。直後、千冬と真耶が威圧感を切り裂く様に入室してくる。

 

 箒が昭弘の席をチラリと見ると、そこには先程の剣幕が嘘の様な仏頂面の昭弘が座していた。

 セシリアも特に動じた様子は無く、高慢ちきな表情を崩さずに自席へ座していた。窓際の最前列という、昭弘とは丁度対角に位置する席であった。

 

「さて、では早速だが1時限目の授業を始める…と言いたい所だが、実は未だ決めていないことがあった」

 

 今思い出したように、一旦授業を中断する千冬。

 

「『クラス代表』についてだ」

 

 クラス代表とは、一般的な学校で言う学級委員みたいなものだ。最大の違いと言えば、学級代表としてISによる『クラス対抗戦』に参加するくらいだろうか。

 更に言うとこのクラス代表、一年間そのクラス全体の指標となるのだそうな。つまりは、クラス代表の実力次第でそのクラスへの評価が変わるという訳だ。だがIS学園にはクラスごとに優劣をつける風習は別段無いので、そのクラスに合った指導方針が為されると思って貰えれば良いだろう。

 

「とまぁ、以上が大まかな内容だ。自推・他推は問わん。まぁ私としては自推して欲しいが、他推された者も拒否権は無い」

 

 千冬の説明を聞き、暫くクラス中に沈黙が流れるが、一人の第一声を皮切りに次々と挙手の波が起きた。

 

「はい!織斑くんが適任だと思います!!」

 

「私も!」

 

「…ってオレかよ!?」

 

 こうなるのも無理はない。一夏は全世界から注目されているただ一人の男性IS操縦者(イレギュラー)。しかも俗に言うイケメンでもある。

 今のところ代表候補生であるセシリア以外クラスメイト一人一人の実力が分からないのだから、他推となれば自身の興味がある人物に指を向けるのが人の心理だ。

 

 先の一件ですっかり怯えられている昭弘は、誰からも推薦されなかった。

 セシリアもまたクラスメイトからの印象が宜しくないのか、同様に推薦されることは無かった。あれだけストレートに差別発言をしたのだから、こちらも当然と言えば当然だが。

 

「お待ち下さいまし!納得が行きませんわ!!」

 

 何か言われるんだろうなと想定していた千冬は、セシリアの抗議の声に耳を傾ける。

 

「実力から言って、イギリス代表候補生であるこのセシリア・オルコットがクラス代表を務めるのは明白。それを偶然ISを起動させたに過ぎない男風情だの実験動物だのに、任せる訳には参りませんわ」

 

 何故この娘は余計な一言を滑らせるのだろうと、クラス全員が思った。皆自分が悪いかの様に恐る恐る昭弘を見るが、特に先程のような剣幕は無い。

 箒はただ腕を力強く組んでいた。セシリアに掴みかかりそうになるのを必死に抑える様に。

 

「…オイ、取り敢えず実験動物っての止めろよ」

 

 昭弘を事ある毎に侮辱するセシリアに、目一杯の憤りを低く強く言葉に乗せる一夏。

 

 これ以上は不毛だと判断した千冬は、ため息交じりに声を割り込ませる。

 

「…ふむ、織斑が他推でオルコットが自推か。ならシンプル且つ公正な手段として、ISによる模擬試合(バトル)でクラス代表を決めるとしようじゃないか。2人ともそれで異存は無いだろう?」

 

 本当にシンプルな方法であった。

 だが、抑々がクラスの指標を決めるのが本来の趣旨なので、千冬としても苦肉の策なのだろう。

 

「上等だぜ。クラス代表とかはよくわかんねぇけど、クラスメイトのことまで馬鹿にされて引き下がれるかっての!」

 

「私もそれで構いませんわ。クラスの皆様に、私の実力を示す良い機会ですわ」

 

 二人が了承したところで、千冬が「他に自推者居ないかなぁ」と縋る様な眼差しを教室中に数秒送った後、懇願虚しく誰も挙手しなかったので泣く泣く締め切りに入ろうとする。

 

 

 

ダンッ!

 

 

 

 突如、教室の右後方から大きな打撃音が聞こえた。

 クラスメイトが振り向くと、昭弘が両手を机に当てながら立ち上がっていた。掌からの出血はもう止まっているようだったが、その顔には真剣な眼差しがあった。

 

「織斑センセイ、今更ながらオレも自推していいすか?」

 

 少し遅れた申し出に、クラス中が困惑の表情を見せる。

 

「…一応、理由を聞いてもいいか?」

 

 そう聞かれて昭弘は自身の阿頼耶識を右手でなぞり、どうしたものかと頭を捻る。

 

 昭弘が自推した目的はクラス代表になることではない。その模擬試合においてセシリアを叩きのめし、先程のことを謝罪させることこそ真の目的である。

 昭弘はあのプライドの塊のような女がそう簡単に頭を下げるとは思っていないので、どうすべきかずっと考えていたのだ。その矢先に、このクラス代表決定戦という提案が舞い降りてきた。

 しかし、昭弘はクラス代表になる為この戦いに参加する訳ではない。ただセシリアを謝罪させる為に、この模擬試合を利用しようとしているのだ。だからこそ、昭弘は理由を聞かれてたじろいでしまう。

 

 がしかし、直ぐに頭の靄を振り払い馬鹿正直に理由を述べた。

 

「そこの高慢ちきなお嬢様をブッ飛ばしたいって理由じゃ、ダメですかね?」

 

 セシリアを指差した状態で、不敵な笑みを浮かべながら千冬を真っ直ぐに見据える昭弘。

 千冬も昭弘を射抜く様な鋭い視線で返したが、やがて彼女も種類の同じ不敵な笑みを零し昭弘に返答する。

 

「いいだろう。その自推を認めてやろう」

 

 無論当のセシリアは昭弘と同様、机を両手で叩きながら千冬に物申す。

 

「織斑先生!彼の自推を取り消して下さいまし!この男はただ、己の憂さ晴らしの為にクラス代表決定戦を利用しようとしているに過ぎませんわ!クラス代表となる意志すら無い者に、自推する資格などありはしませんわ」

 

 が、セシリアの物申しを嘲るかのように箒が勢いよく手を挙げる。

 

「先生!私は昭弘を推薦します」

 

「なっ!?貴女どういうつもりですの!?」

 

 予期せぬ方角からの奇襲に、セシリアは金のドリルヘアーを大きくはためかせて振り向く。

 

「どうも何も、私は昭弘がクラス代表に相応しいと考えたまでだが?他推なら文句もあるまい?」

 

「ッ!」

 

 セシリアは反論できなかった。一夏もまたクラスメイトからの他推により、クラス代表になろうとしている。そして先程千冬は、他推された者も拒否権は無いと言っていた。

 箒はそのことを逆手に取り、敢えて昭弘を他推したのだ。昭弘には先の借りもある。それにこのまま昭弘がセシリアに言われっぱなしと言うのも癇に障る。

 

 嬉しい援護射撃を受け、昭弘は微笑を浮かべながら箒に軽く会釈をした。

 

「…フンッ!まぁいいでしょう。どの道この私が勝利を手にすることは最早自明の理。その無謀な挑戦、受けて差し上げますわ!!」

 

 こうして1年1組のクラス代表決定戦が、1週間後に行われることとなった。

 

 

 

―――一時限目終了後 廊下にて―――

 

「…その、織斑先生宜しかったのですか?確かにオルコットさんの言動には問題があったかもしれませんが、もしアルトランドくんが勝ち抜いたりしたらクラス代表は彼ですよ?」

 

 真耶も、セシリアの昭弘に対する言動に憤りを覚えなかった訳では無い。しかし、私怨の為だけになりたくもないクラス代表に就任するというのは、誰の為にもならない。

 実際今現在1年1組の雰囲気は、決して良好とは言えない。セシリアと昭弘。存在感があって我の強い2人が険悪な状況では、他の生徒にとっても居心地は決して良くないだろう。

 

 対して千冬は、先程教室で見せた笑みをそのまま顔に再現する。

 

「山田先生、私は何も「勝った」者をクラス代表にするとは言ってないぞ?」

 

「では何の為に…?」

 

 真耶が当然の疑問を口にする。千冬は少し考える素振りを見せると、今度は悟りを開いた様な笑みを浮かべて言葉を放つ。

 

「…お互いの認識を改めさせるには、真っ向からぶつかり合うのが一番…とだけ言っておく」

 

 未だ納得しきれていない表情だった真耶を、千冬はそう締め括って宥めた。

 

 

 

―――同時刻 1年1組―――

 

 昭弘が自席にて参考書を読んでいると、何やら清々しい表情の一夏が声をかけてきた。

 どうやら伝えるべき事があるのか、改めて感じる昭弘の存在感に多少たじろぎながらも一夏は言葉を口に出す。

 

「アレだ…さっきは庇ってくれてありがとな!マジ助かった」

 

「気にすんな、オレもお前に話しかける切っ掛けが欲しかったんだ」

 

 昭弘の一夏に対する第一印象は、「掴みどころが無い」といった感じだった。昭弘が今迄出会ってきたどの少年兵とも違う。織斑千冬(世界最強)の弟と聞いていたので、もっと筋肉質で厳かな存在感を放っているのだろうかと思っていたが、そういう訳でもない。

 

「そういや箒と織斑は付き合いが長いのか?」

 

「おうよ!幼馴染だと自負するくらいには付き合いが長いぜ」

 

 その割には、箒の前で一夏の話題を出すと妙につんけんどんな態度になる。だがさっきのSHR後は、箒から話し掛けようとしていた。

 どうも2人の関係性が解らない昭弘。

 

「取り敢えず箒の席まで行ったらどうだ。積もる話もあるんだろう?」

 

「ってそうだ!オレまだ箒と何も話してねぇや!悪い!また後でな昭弘!」

 

 そう言って、一夏は箒の席に向かっていった。

 会話の内容が少々気になる昭弘は、そのまま自分の席から2人を眺めることにした。

 

 

 

―――昼休み―――

 

 昭弘は、束の指導のお陰で問題なく授業内容についていくことができていた。

 箒も特に問題は無さそうだが、一夏は現時点でもかなり厳しいようだ。

 

「全く何度も言うが、お前は本当に馬鹿だな。いくら参考書が分厚いとは言え普通電話帳と間違えて捨てるか?」

 

「うるさいなぁ、もういいじゃねぇかその話は」

 

「解らないことがあったら、オレや箒だけじゃなくクラスメイトやセンセイにも教えを乞えよ?オレ達だってエリートって訳じゃねぇんだ」

 

 昭弘は今、箒と一夏と共に「学食」で昼食を摂っていた。

 因みに一夏と箒が「生姜焼き定食」なるものを券売機で選んでいたので、どんな料理なのか気になった昭弘も同じものを選んだ。

 今回は、一夏の周囲に不思議と箒以外の女子生徒が見当たらなかった。彼の真正面に「元少年兵の強面大男」が居るからだろう。一夏としてはゆっくりと食事ができてラッキーだと、心の中で昭弘に感謝した。

 

 すると昭弘の助言に対し、一夏が奇妙な返答をする。

 

「やっぱその方がいいかなぁ。まぁ山田先生なら兎も角、千冬姉には頼りたくねぇんだよなぁ」

 

 何故か一夏は、千冬の助力を頑なに拒むのだ。先のやり取りからも、姉弟間に確執がある様には見えなかったが。

 等と昭弘が考えていると、一夏は不自然に話題を逸らす。

 

「にしても意外だよなぁ。箒とアルトランドが知り合い同士だったなんてさぁ」

 

「昭弘とは今日が初対面だぞ?まぁその…色々あって仲良くなったのだ」

 

「そうだったのか!?下の名前で呼び合ってるし、凄い仲良く見えたからてっきり…」

 

 一夏のその一言で、先の言葉を予測してしまった箒は露骨に機嫌を損ねる。

 

「全く人の気も知らないで…」

 

 そして先程と同じく顔を赤らめながら、箒は聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟いた。

 

「何か言ったか箒?」

 

「な、何でもないこの馬鹿!」

 

 そう言うと、箒は平手で一夏の頭を引っ叩いた。

 何が何だか分からないまま、一夏は波打つ瞳に激しい抗議と疑問を込めて箒に放った。

 

 段々昭弘も、2人の関係性が見えてきた。

 前世、三日月に対して想いを寄せている2人の女性が居たのだが、箒の一夏に対する表情はあの2人が三日月に向けるそれとよく似ていた。

 違う点と言えば、一夏が箒の好意に気付いていない所か。

 

 

「話は変わるけどさぁ、勝てるかなオレ。オルコットに」

 

「まぁ普通に考えて無理だろうな」

 

「…なぁ箒、そこはせめて「現時点では難しい」程度に丸めて欲しかったんだけど?」

 

 冷酷に敗北宣告を言い放つ箒に、一夏は軽く物申す。

 

 当然、昭弘も箒もしっかり一夏をサポートするつもりだ。

 一夏が勝つことはできないかもしれないが、何もそれで“死ぬ”訳じゃない。一週間もあれば一泡吹かせられるくらいにはなるだろう。というのが昭弘の考えだ。

 

 その分昭弘の時間は減るが、昭弘にとっては問題ない。

 昭弘は、一週間やそこらで自身が劇的に進化するとは思っていない。束の下で2ヶ月間みっちりとMPSの機動訓練を受けてきたので、今更1週間猶予を貰ったところで何も変わらない。

 

 それでも昭弘は、対策はしっかり立てようと考えていた。昭弘にとって、今回の模擬試合は絶対にセシリアには負けられないのだ。鉄華団(かぞく)の名誉のために。

 

 とここで、忘れない内に箒へ「先の礼」を伝えておく昭弘。

 

「さっきはありがとうな箒。あの他推がなきゃ、却下されて終わってただろうぜ」

 

「それこそ気にするな。()()()だ」

 

 そう返されてSHR後のことを思い出した昭弘は、仏頂面を柔らかいものに変える。

 

「…なぁ、いい加減箒とアルトランドの間に何があったのか教えてくれないか?」

 

「フンッ!お前にだけは「あの事」は死んでも教えん!!」

 

「なんでぇ!?」

 

 久しぶりに逢った想い人には、暗い顔を見せて余計な心配させたくないのだろうか。乙女心とは何とも解らないと、昭弘は2人を微笑ましく眺める。

 

 だがほのぼのしてばかりじゃ居られない昭弘は、ふと頭の中を別の思考に切り替える。セシリアのことだ。

 当然だが昭弘は、今日という日を迎えるまでセシリアとは一切面識が無かった。何も、セシリアから恨まれる様なことをした覚えも無い。だから、昭弘はあそこまでセシリアに目の敵にされる覚えは無いのだ。

 それとも、単に差別意識が強いだけなのか。

 

 

 

 一方、セシリアも食堂にて一人で昼食を摂っていた。昭弘たちとは、中々に距離がある席だった。

 だが予想以上に騒がしい為、何処か別の場所で食べれば良かったとセシリアは小さな後悔を抱いていた。

 

 セシリアは今回の対戦者のことを思い浮かべる事で、周囲の喧騒を遮断しようとする。

 

(織斑一夏…唯一の男性IS操縦者だと聞き及び、それなりに期待していたのですが、品性の欠片も無いといいますか…まぁ確かに、結構ハンサムかもしれませんが)

 

 多少見下しながらも、セシリアはどこか楽し気に一夏の事を思い浮かべる。

 

 が、次の思考に移った途端セシリアの表情は泥の様に歪んだ。

 昭弘・アルトランド。やはり思い出しただけで、セシリアは腸が煮えくり返りそうになった。

 

(アナタ方『少年兵』は、“あの時”私から両親を奪っただけでは飽き足らず、今度はMPSなどと言う紛い物で崇高なISを汚そうなどと…!)

 

 セシリアは、心の底から「少年兵」という存在を憎んでいた。

 彼女の両親は、彼女が未だ幼い頃列車事故によってこの世を去っているのだ。その事故を引き起こしたのは少年兵を中心とした武装テログループだった。

 

 しかしセシリア自身も、頭では解かっているのだ。彼等少年兵は、何も自分たちの意思でセシリアの両親を殺した訳では無いということを。彼等に選択の自由など無い。大人の命令に背けば、その場で銃殺されるのだから。

 無論、昭弘自身に何の罪も無いことだって重々承知している。元少年兵だからと彼を侮蔑するのは、逆恨みも甚だしい。

 それでも、心までは完全に制御すことはできない。少年兵という存在を許そうが許すまいが、彼女の両親はもう戻ってこないのだから。どんな理由があろうと、実行犯であるという事実に変わりはない。

 

 昭弘とMPSにしてもそうだ。

 両親亡き後、セシリアは自身の家を「親戚共」から守る為に死に物狂いで勉強した。休む間もなく。友人を作る間もなく。悲しむ間もなく。

 IS操縦者としても脇目も振らず努力した。国家代表候補生という強力な肩書を得る為に。そして、最終的には『国家代表』という絶大な地位を手に入れる為に。全ては、家族との思い出が詰まった家の為だった。

 そうしてとうとう、彼女は頂きに手が触れられる距離にまで近づいた。その証が国家代表候補生の肩書だ。セシリアは歓喜した。自身の努力は無駄では無かったと。そして自身を此処まで連れてきてくれたISという存在に、最大限の感謝の意を示した。気が付けばISは、セシリアにとって無くてはならない心の支えとなっていた。

 それをたかが拾われた、しかも少年兵が操る「MPS」などと同じモノにされては堪ったものでは無い。

 

 

 どんなに頭では理解していようと、そんなことで「人の憎悪」は消えはしないのだ。

 

(昭弘・アルトランド。1週間後の模擬戦ではもう此処IS学園に居たくないと泣きべそをかくまで、徹底的に痛めつけて差し上げますわ)

 

 英国貴族セシリア・オルコットは、改めて自身の心にそう誓いを立てた。ドス黒い炎を、そのコバルトブルーの瞳に宿しながら。




 という話でした。セシリアは、原作とは大分違う性格にしてあります(多分)。
 あと、ごめんなさい。もしかしたら次中編後編で分けることになるかもしれません。


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第4話 英国貴族の逆襲(中編)

大変申し訳ございません。
私のヘマかバグのせいで、4話後編のデータが丸々消えてしまいました。恐らく、今現在執筆中のモノが、そのまま上書き保存されたのかと。
今後なるべく早く直して行きますので、初めて閲覧された方には本当にご迷惑をお掛けいたします。
前編・中編・後編に分けます。

追記:4話すべての編集と再投稿が完了いたしました!
   皆さん大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。


―――――4月8日(金) 5時限目―――――

 

 その時間は、ISの『最適化処理(フィッティング)」に関する授業だった。

 ISには最適化という機能が存在し、操縦者に合わせて文字通り機体を最適化させるのである。

 先ず操縦者がISを機動させている間、ISコアが操縦者の性格、体力、身体能力、体格、体重、血液型、五感、バランス能力等々読み取る。それらを情報としてIS側にフィードバックさせることで、IS側と操縦者側との間で生じている空中機動のズレを修復するのだ。

 この最適化処理を先に済ませておかないと操縦者の思う通りにISを機動させることが出来ず、その為の安全処置として出力も大幅に抑えられてしまうのだ。

 最適化処理後は機体の形状が変化するのだが、これを『形態移行(フォームシフト)』と呼ぶ。

 

 というのが、この授業の要約である。

 

 

 

―――放課後

 

 昭弘は映像資料室にて、セシリアの公式戦での試合映像に噛り付いていた。先程真耶に部屋の案内をされ、その後真耶に情報資料室での閲覧許可を貰ったのだ。

 機体名は『ブルー・ティアーズ』。中距離・遠距離特化型のISで、まるで大海原からそのまま切り取ったかの様な美しい群青色の装甲を両腕両脚に纏っていた。最大の特徴は4機の浮遊移動砲身「ビット」であり、操縦者からの脳波コントロールによって敵機を追い回し、四方から狙い撃つという恐ろしい兵器だ。

 

(…ビットの威力の低さと、ビットを操っている時はISを動かせないのが弱点か)

 

 心の中でそう纏めると、昭弘は映像資料室を後にする。

 

 そうして昇降口に向かって廊下を歩いている時だった。

 

「あっ!アキヒーだ~~。お~~~い」

 

「ちょ、ちょっとよしなって本音!」

 

 後ろから声が聞こえてくる。「アキヒー」…もしや自分のことだろうかと思いながら、昭弘は不愛想に後ろを振り向く。

 そこには比較的小柄な少女が立っていた。

 

(確か同じクラスの『布仏本音』…だったか?)

 

 僅かに茶色がかった桃色の髪は、両側頭部で小さく結ばれていた。全体的な髪の長さはミディアム程度だろうか。

 まだ話してすらいないが、どことなく小動物と似た雰囲気を纏っている様な気がした。

 

「ふ~やっと話しかけることができたよ~。アキヒーで最後ぉ~~」

 

 どうやらアキヒーとは、昭弘の渾名の様だ。

 

「最後ってのは、どういうことだ?」

 

「話しかけた相手~。今日一日でクラス全員とお話することが私の目標~。アキヒー教室に居なかったりお勉強してること多いから、最後になっちゃった~~」

 

 そんな事の為に自身に話しかけてきたのかと昭弘は思ったが、態々話しかけて来てくれたという嬉しさの方が遥かに大きかった。

 昭弘自身も、クラス中から怖がられているという自覚はあるのだ。よって、ぎこちなく笑いながらお礼の言葉を贈る。

 

「態々ありがとうな。…にしても凄いなお前。全員ってことはあのオルコットにも話しかけたって事だろ?」

 

「そだよ~。「媚び売りのつもりなら、私に構わないで貰えます?」って言われちゃったけど、めげずにもっともっとアタックしてみるよ~~」

 

 昭弘はそれを聞いて「奴ならそう言いそうだな」と思いながら、本音の更に後方へと視線を送る。そこには、明らかに自身に対して恐怖心を抱いている2人の女子生徒が震えながら立っていた。

 

「あれ~?2人共こっちおいでよ~~」

 

 本音にそう促され、2人は猛獣と相見えるリアクション芸人宜しく恐る恐る昭弘に近づく。すると、無理に引き攣った笑顔を浮かべながら名乗り出る。

 

「よ、よよ宜しくお願い致しまする。『相川清子』でご、ございまする」

 

「た、たた『谷本癒子』でご、ございますっ!よ、よ…宜しくお願いしまする」

 

 朝の自己紹介とは偉い違いだ。上がり調子が過ぎる2人に、昭弘は苦笑いを浮かべながら名乗り返す。

 

「昭弘・アルトランドだ。さっきは教室でおっかない思いをさせちまって悪かった。気軽に話しかけてくれると嬉しい」

「さて、オレはそろそろ部屋に戻らないとだな。色々と()()ことがあるんだ。布仏もオルコットへのアタック、頑張れよ」

 

「ありがと~アキヒー。じゃあね~~」

 

 本音はそう言いながら、昇降口へと離れていく昭弘に10cm程余った袖をブンブンと振った。

 

「アキヒーって無口だけど優しいよね~。セッシーとも仲良くできればいいのに~。…アレ~?何で2人共座り込んで白目なんか向いてるの~~?」

 

 

 

 

 昭弘は茜がかった夕焼け空の下、寮へと歩を進めていた。胸の底から湧き上がる高揚感が、重たい昭弘の身体を前へ前へと突き動かす。

 

 寮へと近づくと、聞き覚えのある少女の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

(箒か?)

 

 そう頭の中で声の主を予想すると、声が聞こえてくる寮の裏口へと進む。

 

 昭弘の予想通り、箒と一夏がそこには居た。一夏は芝生の上に腰を突き、箒がそれを見下ろしている形だった。

 

(アイツ達が着ている防具は確か…「ケンドウ」だっけか?あのフルフェイスメットみたいなので、頭部を護るのか)

 

 そんな風に頭を巡らせた後、昭弘は彼等に尋ねる。

 

「何してんだ?こんな時間に」

 

「おお昭弘。オルコットとの戦いに備えて、せめて一夏の武術面の勘だけでも取り戻そうと思ってな」

 

 一夏は早速訓練機の予約を1週間分職員室に申請しに行ったのだが、1週間でたったの30分しか訓練機借用の予約が取れなかったのだ。

 訓練機の借用には、IS関連企業への就職に備える為か2年生3年生が優先される。加えてIS学園には、訓練機も含めて精々30機程度しかISが存在しない。たった30分でも、1年生である一夏がこの時期に訓練機を借りれたのは最早奇跡に等しい。

 

「んで勿論、結果はボロボロさ。オレは昔箒と一緒に剣道やってたんだけど、中学じゃずっと帰宅部だったからさぁ」

 

「いい訳無用だ!」

 

 そう言うと、箒は一夏の頭を竹刀で軽く叩いた。

 

「イッ!しょうがないだろ!バイトやら何やらで色々と忙しかったんだよ!」

 

 その後、昭弘も意趣返しの様に箒の頭に軽く手刀を入れる。

 

「理由はどうあれ箒、人の頭を竹刀で叩くな」

 

「ムゥ…スマン昭弘」

 

「……いやオレにも謝れよ!?」

 

 そんなやり取りをしていると、昭弘がある提案を切り出す。

 

「武術面の勘か。確かにそれも大事だが、先ずは体力作りと「体幹」を集中的に鍛えるのもいいだろう」

 

 体力作りは当然として、どのスポーツでも体幹を使わない競技は無い。精密なバランス感覚を求められるISなら猶の事だ。

 

「成程、体幹か…」

 

 無論、今から1週間程度剣道や筋トレを繰り返したところで付け焼刃程度にしかならないだろうが、それでも何もしないよりはマシだ。

 

「毎日剣道もやるんなら、「筋トレスケジュール」みたいなのを組んだ方がいいかもしれんな」

 

「それじゃあ今から私と考えよう。一夏、お前はその間素振りでもしてろ!」

 

「あいよ!時間が掛かりそうなら素振りの後にランニングでもしてくるぜ」

 

「ああ、程々にな」

 

 最後にそう昭弘が母親の様に念を押す。

 

 こうして昭弘と箒による、一夏短期強化プランが話し合われた。

 

 

 そんな3人のやり取りを、寮の屋上から見下ろしている人影があった。茜色の夕日が、その人物の金色の髪を怪しく照らす。

 

「織斑一夏…」

 

 否、当の人物「セシリア」が見ていたのは3人のやり取りではなく、素振りをしている一夏であった。

 

「唯一の…男性適合者…」

 

 ふと、そんな言葉を呟く。一夏の真っ直ぐな瞳に見惚れながら。

 

「…フン、まさか」

 

 セシリアはそう自身に言い聞かせて、今自分が一夏に対して抱いている想いを即座に否定する。「ただ珍しいから意識しているだけだ」と。

 そう無理矢理自身を納得させると、踵を返して部屋に続く廊下へと歩を進める。時折、屋上の手摺に惜し気な瞳をチラチラ向けながら。

 

 

 そんなセシリアの動向は、昭弘にしっかりと察知されていた。

 

「おい昭弘。ちゃんと聴いているのか?」

 

「ああ」

 

 セシリアが見下ろしていた理由を片手間で考えていた昭弘は、箒からそう注意される。

 

 昭弘と箒によるスケジュール作成は、思いのほか時間が掛かっていた。

 放課後における真耶の予習も踏まえて、筋トレの時間帯を細かく調整しているのだ。

 

 ある程度話が纏まったのは、既に一夏がランニングへと出た後だった。

 昭弘は自室に戻って「ある事」をヤロうと思っていたのだが、丁度箒に聞きたいこともあったのでそのまま一夏の帰りを待つ事にした。

 

「…一つ聞いて良いか?」

 

「む?何だ?」

 

「お前は織斑のどういう所に惚れたんだ?」

 

 その一言で箒の仏頂面は大きく崩れ、直後誰の目から見ても明らかな程に顔を乙女らしく赤く変貌させた。

 

「なっ!?な、な、何を言い出すんだお前はいきなりッ!?あんな朴念仁に誰が惚れるかっ!!」

 

 あくまで強がる箒に対し、昭弘は笑いを堪えながら答える。

 

「何も隠す事は無いだろう。それに、今は当の本人も此処には居ない。なぁに話の種ってヤツさ。無理に話せとは言わん」

 

 そう言うと、箒は頬の赤をそのままに口を閉ざしてしまった。

 昭弘が「やはり無理か」と思った矢先、隠せないと観念したのか箒はポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。会ってまだ一日と経ってない、昭弘に対して。

 

「…あの時は未だ、小学校の低学年だったろうか。私は当時から武道の家柄もあって「男勝り」な性格をしていてな。よく男子から「男女」とか「リボン付けた男」とか言われて、馬鹿にされていたのだ」

「そんな時、私を庇ってくれたのが一夏だった。「女の子にそんな事言うな」と、その男子たちを追い払ってくれたのだ」

 

「…一目惚れって奴か?」

 

「いや。そんな出来事がある以前から、私は同じクラスメイトとして一夏を知っていたしな。私は多分、アイツの外面ではなく内面に惚れたのだと思う。そしてそれは、今でも変わらない。私のアイツに対する想いは…」

 

 何処までも一途な女である。無論、良い意味でだ。

 これだけの年月が経過して尚、彼女にとっての一夏はずっと「あの時」の一夏なのだ。昭弘は恋愛について未だ理解が少ないが、長い年月が経ってもずっと変わらない想いがどれだけ尊いモノなのかは良く解っているつもりだ。

 

 昭弘はそんな感想を抱いた後、自身の今の心境を語り出す。

 

「…そんだけ好きなら、尚更言葉に出して伝えないとな」

 

「そっ、それが出来たら苦労しておらん!!」

 

 箒が駄々っ子の様に喚くと、昭弘は神妙な面持ちとなって更に語る。

 

「だが言葉に出さなけりゃ何も伝わらない。相手が朴念仁の織斑なら尚のことだろう」

「それに…何だか勿体無い気がしてな。折角誰にも負けない位の強い想いを持っているのに、何時までも伝えられないってのはな。それは何と言うか…お前の気持ちが、お前自身が、酷く“不憫”だ」

 

「…フンッ。また御説教か昭弘」

 

「スマンな」

 

 そう少し反抗的な態度を取る箒ではあったが、本心では「その通りだ」と思っていた。

 それでも「余計なお世話だ」と言う思いが前面に押し出されてしまったのは、彼女と昭弘が出会ってから未だ1日しか経っていないからだ。もう友人と呼べる関係なのかもしれないが、心の玄関にズカズカ踏み込まれるのは未だ抵抗がある様だ。

 

(全く、つくづく昭弘には調子を狂わされる。他人の恋路など、放っておけば良いものを)

 

 そう思いながらも、箒は心の何処かで何故か“安心”していた。その安心感の正体は解らないが、少なくとも今迄箒が感じたことの無いモノだった。

 まるで外側と内側を隙間なく包み込む様な頑強さと全てを委ねられる様な柔らかさ、その2つを同時に箒は感じ取った。

 

 すると丁度一夏がランニングから戻って来た。

 

 箒は当の本人が現れて慌てて意識を切り替えると、もう既に話が纏まった旨を伝えた。

 その後少しだけ今後の事を3人で話し合うと、その日はもう解散となった。

 

 箒と一夏に別れの挨拶を告げた昭弘は、これからスル事に対して大きく胸を高ぶらせていた。

 

 

 

 箒たちと別れて自室である「130号室」前迄来た昭弘。

 因みに箒と一夏は隣の「128号室」であった。

 

 普通なら、男性同士である昭弘と一夏が同じ部屋となるだろう。そうならなかった理由は、簡単に言えば束が国際IS委員会に圧力を掛けたからだ。どの様な方法を取ったのかは不明だが、昭弘をIS学園に入学させた時と同じ方法であろう。

 一人部屋であるならば束やT.P.F.B.と連絡が取り易くなるし、昭弘がこれからスル事にも何ら支障を来さない。一夏は女子と同部屋で大いに混乱していた様だが。

 

 自室の扉を開いた昭弘は部屋の大半を占拠している夥しい数の「筋トレ器具」を見渡し、この日初めて満面の笑みを零す。

 ダンベル、バーベル、ハンドグリップ、プッシュアップバー、チンニングラック、シットアップボード、バランスボール、ベンチプレス、各種プロテイン等々、見ているだけで息苦しくなってくるそれらが悠然と並んでいた。

 

 にしても、バランスボールは念のため2つ調達しておいて正解であった。一夏に貸し出せば、バランストレーニングの幅が増える事だろう。

 そんな事を考えた後、昭弘は直ちに意識を切り替えて自身の「趣味」に没頭していった。

 

 

 

―――4月9日(土)―――

 

 昭弘と箒による特訓は、土日も関係なく続いた。

 

「脇が甘いッ!胴ォッ!!」

 

「グォオ!?」

 

 

 

「ハァ…ハァ…織斑、あと1kmだ、頑張れ」

 

「ゼェハァ…ゼェハァ……おうよッ!」

 

 

 

―――4月11日(月) 放課後―――

 

「織斑。山田センセイの補修はどうだった?」

 

「ウーン何となく解ってきた…様な気がする」

 

「後でオレにもノートを見せてみろ。何か助けになれるかもしれん」

 

「サンキューな、アルトランド。…そういや箒は部活動見学とかいいのか?」

 

「大丈夫だ。どうせ剣道部に入ることは私にとって決定事項だしな。仮入部期間中の今なら多少抜け出しても問題はあるまい…多分」

 

「多分て…」

 

 

 

―――4月13日(水) 放課後―――

 

「どうだ織斑。『打鉄』を纏った感じは?」

 

《やばいな。静止しているだけなのにもう既にフラフラすると言うか…》

 

「最初はそんなもんさ。それじゃあ山田センセイ、後はお願いします。すんません、お忙しい中」

 

《いえいえ!可愛い生徒の頼みですもの!何のことはありません》

 

「むぅ、私も訓練機を借りれたらなぁ」

 

 

 

―――4月14日(木) 放課後―――

 

「良かったな一夏。専用機『白式』が間に合って」

 

「けどこれ、武装が「刀」しか無いみたいなんだけど大丈夫かな?」

 

「刀だけの方が、お前らしくて良いんじゃないのか?」

 

「箒…何か適当言ってないか?」

 

(唯一の男性操縦者だから、データ取りも兼ねて代表候補生でもない織斑に専用機って訳か。ISコアは束が男性用に再設定したのを、コッソリ摩り替えたってとこか?)

 

「まぁ兎も角、先ずは最適化処理だな。どうにか明日までに間に合わせるぞ」

 

「「分かった!」」

 

 

 

 こうして、彼等3人の長くも短い1週間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

―――――4月15日(金)―――――

 

 放課後、4つのアリーナの1つである『アリーナA』にて『1年1組クラス代表決定戦』が行われようとしていた。

 観客スタンドには思いの外大勢の生徒が集まっていた。

 今回の模擬試合は、特例で部活動中の生徒の観戦も認められているのだ。何せ「一国の代表候補生」と「世界初の男性IS操縦者」と「世界初(公式上)のMPS操縦者」という滅多にない対戦カードだ。試合を見学するだけでも得られる物は大きいだろうという、学園側からの粋な計らいだ。

 

 

 場所は変わってアリーナAのピットには既に千冬、昭弘、一夏、セシリアの4人が集まっていた。既に昭弘たち3人は、ISスーツにその身を包んでいた。

 

 千冬が説明した試合のルールはこうだ。

 先ず試合は1対1で行い、シールドエネルギーの枯渇若しくは操縦者の戦意喪失(気絶等も含む)により、勝敗を決める。

 3回に分けて戦い、1回戦目で勝った者が2回戦目で3人目と戦う。もし2回戦目で3人目が勝てば、3回戦目でその者と1回戦目敗者が戦うという仕組みだ。しかしもし3回戦目で1回戦目敗者が勝ったとしても、その時点で今回のクラス代表決定戦は切り上げとなる。他の2年生や3年生の為にも、それ以上アリーナAを貸切る訳には行かない。

 そうなった場合は、クラスメイトからの推薦が最も多かった一夏がクラス代表ということになる。

 

 千冬は粗方説明を終えると、試合の順番を決めるべく話を進める。

 

「試合の順番で何か希望はあるか?ピットからは管制塔の遠隔操作が無ければ試合映像が観れないから、順番で優劣が決まることは無いが」

 

「私は特にございませんわ」

 

「右に同じく」

 

「オレは…1回戦目がいいかな。少しでも昨日の感覚を覚えている内に、試合に臨みたいし」

 

「では先ず、織斑が1回戦目で相手は…オルコットで良いだろう。クラス代表に一番意欲的なのはお前だ。お前が最初に出ておいた方が、クラスメイトからの心証も良い」

 

「分かりましたわ。ではその様に」

 

 順番が決まると直ぐに、千冬は管制塔に続く道へと消えていった。

 

 その後、セシリアが一夏に対し鼻息吹かして啖呵を切りに来る。

 

「織斑さん?私に負けた時の言い訳、今の内に考えておいた方が宜しくってよ?」

 

 そんな風に言いながらも、セシリアの瞳は何処か輝いている様に見えた。まるで気になる相手についちょっかいを掛けてしまったみたいな。

 

「そっちこそ、こんな初心者相手に苦戦なんかするなよな?代表候補生殿?」

 

 負けじと、一夏もセシリアに挑発で返す。

 セシリアはそんな挑発を鼻で軽く嗤うと、今度は昭弘に視線を移す。

 

「…」

 

 無言。

 一夏とは対照的に、唯々濁り切った憎悪の眼差しを向けるだけであった。

 昭弘はそんなセシリアに動じること無く、普段の仏頂面を貫き通す。

 

 

 セシリアが反対側のピットに移動した後、昭弘は一夏に激励の言葉を贈った。

 

「大丈夫だ織斑。オルコットは明らかに慢心している。きっと良い試合運びができる」

 

「ああ!…ありがとなアルトランド、今迄色々と」

 

 まるで今生の別れの様にそう返す一夏に対し、昭弘は無言の微笑みで軽く頷いた。

 

 昭弘の微笑みを見て腹の底から安心した一夏は、早速フィールドに飛び立つべく右手首に嵌めてある「白い腕輪」に意識を集中させる。忽ち青白い粒子が一夏の全身を包み込み、その粒子が純白の装甲へと変わっていく。

 

 いつ見てもISとは不思議な存在だ。あんな小さい腕輪に、一体どういう原理であんな馬鹿デカい装甲を捻じ込んでいるのだろうか。

 

《織斑及び白式、発進準備完了。どうぞ!》

 

 そんな今更どうでもいい事を考えていた昭弘は、管制塔からのアナウンスで我に返る。

 

《んと…それじゃあ。織斑一夏、白式、行きますッ!》

 

 そう言った後一夏は昭弘に対して右手の親指でサムズアップをし、1対の巨大な機械翼を羽ばたかせながらフィールドへと飛び立っていった。




とてつもなく後になりますが、第46話に何故一夏が打鉄を操縦出来たのか、その理由を描写しておきました。

ごめんちゃい


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第4話 英国貴族の逆襲(後編)

皆さん、大変お待たせいたしました。
ようやく、4話全ての手直しが終了いたしました。

旧4話では描写が無かったセシリアと一夏との戦いや、同じく描写が薄かった昭弘と箒と一夏による会話なども追加描写しておきましたので、「もう既に読んだ」という方も、是非読んでみてください!

そして、今4話前半で止まっている読者の方には、大変ご迷惑をおかけしました。


 フィールド上空にて、セシリアはうっとりと見惚れていた。

 彼女は今迄、“男”と言う生物は下等で薄汚いモノだと考えていた。利益と保身の事しか頭にない「情けない生物」だと。

 しかし、自身の真向かいにて佇む天使の如き翼を生やした純白の騎士。その騎士である少年の瞳は、きっとずっと不変であろう輝きを放ちながらセシリアを直視していた。

 

 これじゃ駄目だとセシリアは普段の自分に戻るべく、一夏にある提案を言い渡す。

 

「織斑さん?今なら未だ手心を加えてあげても宜しくってよ?ご安心下さい。専用回線ですので皆さんには聞こえませんし、貴方だって無様な姿を晒したくは無いでしょう」

 

 確かに一夏が勝てる可能性は限りなく低い。圧倒的な大差で負けてしまえば「男の癖に情けない」と、今後ずっと馬鹿にされるかもしれない。それならセシリアの提案を受け入れて、少しでも格好良く負けた方がずっと良い。しかし…。

 

《…断る。それじゃあ今迄特訓に付き合ってくれた昭弘や箒、山田先生に失礼だ》

 

 そう言うと、一夏はより一層瞳の輝きを強める。

 そんな一夏の「男の顔」を見てセシリアはつい一瞬頬を染めてしまう。

 

「…馬鹿ですわね。では思う存分後悔させてあげますわ」

 

 そう言いながらも、セシリアは心の何処かで僅かに期待していた。「この殿方は自分に“何”を見せてくれるのだろう」と。

 

《後悔するのはどっちかな!!》

 

 一夏がそう返すと同時に試合開始のブザーがフィールド上に鳴り響く。

 

 

 

 試合開始から3分後。セシリアは存外な苦戦を強いられていた。強者故の満身や油断等、原因の大部分はそれらが占めているのだろう。

 だがそれに加え、一夏と白式がすばしっこいのなんの。67口径レーザースナイパーライフル『スターライトMkⅢ』の狙いは定まらず、ぼやぼやしてれば白式の機械刀『雪片弐型』の餌食となる。

 

 何より調子が最高に悪かった。

 すれ違い様に覗かせる一夏の真っ直ぐな瞳を見る度、顔が身体中が沸騰する様に熱くなる。

 

 纏わりつく惚けを振り払う様に、セシリアは4機の高速浮遊砲身「ビット」を射出する。

 

 

 

 観客スタンドは大いに盛り上がっていた。

 未だ初心者の一夏が代表候補生相手に互角に渡り合っているまさかの展開に、全生徒の視線は釘付けだ。

 

 夫々が思い思いの感想を口にする中、箒は無言のまま試合を観ていた。

 

(…頑張れ一夏)

 

 ただ一夏を純粋に想うだけの箒には、今はそんな言葉しか浮かんで来なかった。

 

 すると、隣の席に座っていた本音が呟く。

 

「う~ん何かセッシー調子悪そう。ちゃんと“スイッチ”入ってるのかな~~?」

 

 

 

 

 4機のビットから逃げ惑う白式。何発かの黄緑色の線が命中し、少しずつ白式のSEが減少していく。しかし…

 

(なっ!?)

 

 セシリアは己の目を疑った。白式が、ビットの放ったビームを雪片弐型で吸収したのだ。直後白式は、セシリアが動揺した事で動きが鈍くなったビットの一機を雪片弐型の横薙ぎで破壊する。

 白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『零落白夜』である。

 

 単一仕様能力とは、簡単に説明すればそのISのみが使える特殊能力の事で専用機にしか備わっていない。通常は最適化(一次移行(ファーストシフト))状態では発動せず、二次移行(セカンドシフト)しなければ発動しない。

 しかし白式だけは別で、束が一次移行後でも発動できる様に白式のISコアを弄っている。恐らく初心者である一夏への配慮だろう。

 零落白夜の能力は、白式のエネルギー刃を当てることでビームを無効化することができるのだ。

 そして、もう一つ。

 

(そんな…私のビット(ティアーズ)が…)

 

 中空でなければ呆然と立ち尽くしたくなるセシリア。

 刀がビームを吸収するという非常識と自慢のビットが一機撃墜された驚愕により、今のセシリアの脳内は「混乱」という二文字が支配していた。

 

《何ボサッとしてんだぁ!!》

 

 再度、白式が迫る。

 

(ッ!?不味いッ!)

 

ザシュッ!

 

 零落白夜の一閃が、ブルー・ティアーズの右脚部装甲に直撃すると…

 

(はぁ!?『絶対防御』が発動したですって!?)

 

 これこそが零落白夜の真骨頂。

 ISは、装甲の無い生身の部分もシールドバリアで覆っている。そこに一撃を加えられると、ISは操縦者を保護する為に絶対防御と言う機能を発動させる。しかし絶対防御が発動してしまうと、SEが大幅に減少してしまう。この機能は装甲部分にも存在する。

 零落白夜発動中、雪片弐型の威力は大幅に上昇し、その余り有る程の強大なエネルギーをぶつけることで強制的に相手の絶対防御を発動させるのだ。

 しかしこの零落白夜にも弱点が有り、発動中は自身のSEも著しく減少していく。

 

(訳が…訳が分かりませんわ。貴方は…一体!?)

 

 そんな混乱をどうにか振り払いながらセシリアは白式から距離を取る。

 

 しかし、セシリアは内心謎の喜びに襲われていた。次は何?次は一体どんな凄い事をこの殿方は魅せてくれるのだろう?と。

 セシリアは最早完全に「スイッチ」が切り替わってしまっていた。それは最早「戦士」としてのスイッチでは無く、一人の「女」としてのスイッチ。

 

 

 

(よっしゃ!流れは今こっちに有る!…もしいざとなったら、山田先生から軽く教えて貰った“アレ”も試してみるか。成功するか分かんないけど)

 

 一夏はそんなことを考えながら、先程から動きが鈍っているビットに狙いを定める。零落白夜でビームを吸収しながら、ビットを次々落として行く。

 しかし最後のビットを落とした瞬間ーーー

 

(ビットが増えてる!?)

 

 白式の周囲に、更に2機のビットが浮遊していたのだ。

 だが関係無い、零落白夜で無力化するまでだ。

 

 しかし一夏の考えは甘かった。

 

バシュバシュゥ!!

 

 そのビットが放ったのはビームでは無く「ミサイル」だったのだ。

 

(!?)

 

 ミサイルは2発とも白式に直撃し、周囲には黒煙が撒き散らされていた。

 

 

 

(やった!?)

 

 セシリアは黒煙が撒き散らされている空間にライフルを向けながら、様子を伺う。しかしその表情は何処が寂しげであった。

 直後ーーー

 

バァォンッ!!

 

 黒煙から“何か”が超高速で飛び出す。セシリアが正体を認識した時にはもう遅かった。

 白式が『瞬時加速(イグニッションブースト)』を敢行して来たのだ。

 

 瞬時加速とはISのスラスターからエネルギーを放出し、その放出したエネルギーを一度内部に取り込み圧縮して再度放出する高等技術である。その際に得られる慣性エネルギーによって、爆発的な加速を生み出すのだ。

 

 セシリアは最早驚愕することすらできなかった。

 代わりに想っていた事は、今尚自身に接近してくる純白の装甲を纏った彼のことであった。

 

(…嗚呼、何故今の今迄気付かなかったのでしょう。いえ違いますわね。気付いていたのに、無理に強がっていただけですわね。…一夏さん私は、貴方の事が…)

 

《ウオオオオォォォォォォォォォ!!!!!》

 

 勝利は目前だった。

 

 

 

 

《白式!SEエンプティ!!勝者、セシリア・オルコット!!》

 

「《……え?》」

 

 一夏とセシリアの間の抜けた声が重なる。

 

「えええええ!!?SE切れかよぉ!!?」

 

 度重なる零落白夜の使用により、白式のSEは枯渇寸前であったのだ。その状態で零落白夜を発動しながら更に瞬時加速まで行えば、当然白式のSEはあっと言う間に尽きる。

 

 SEが尽きると同時に白式の操縦者保護機能が働き、ブルー・ティアーズにぶつかる直前で白式は動きを止める。

 それにより、至近距離で一夏とセシリアの目が合う。

 

 セシリアは顔を真っ赤に染めると、無意識に視線を逸らしてしまう。

 一夏はそんなセシリアの表情に疑問を浮かべながらも、賛辞の言葉を贈る。

 

「流石は代表候補生だな。けど、オレだって結構良い試合したと思うぜ?」

 

 しかし尚もセシリアは無言のまま顔を赤く染め、視線を合わせようとしない。てっきり今迄通りの高圧的な態度で来ると思っていた一夏は、大きく拍子抜けてしまう。

 

《い、一夏さん!》

 

 突然下の名前で呼ばれ驚く一夏。その名を呼ぶと同時に、コバルトブルーの瞳を一夏に向けるセシリア。

 その時のセシリアの瞳は宝石の光沢の様に潤んでおり、そんな瞳で見られた一夏は少しだけ頬を赤らめてしまう。

 

《その……ありがとうございました》

 

「あ…いや、こちらこそ?」

 

 軽く頭を下げてくるセシリアに対し、状況が飲み込めていない一夏は良く解らないまま返してしまう。

 だが彼女は昭弘の仇だ。そこは忘れるなと、彼は自身に言い聞かせるが如く言葉を吐き捨てる。

 

「け、けど未だアンタを許した訳じゃ無いからな?勝負には負けちまったから、何も言えないのは分かってるけど」

 

 一夏にそう言われると、セシリアは酷く落ち込んでしまう。

 女の子にそんな顔をされてしまった一夏は、慌てて足りない頭の中から言葉を探し出す。

 

「ただその…。次の試合、頑張れよな!」

 

 一夏は笑顔でセシリアにそう告げる。数秒では何も見つからなかったので、本心をそのまま言葉にしてしまった。

 セシリアを許した訳では無いが、それでも彼女は同じクラスメイトだ。クラスメイトに激励の言葉を贈るのは、何も不思議ではあるまい。

 

 一夏からそう言われて、セシリアは入学後初めて満面の笑顔を見せる。

 

 

 

 

 

《勝者、セシリア・オルコット!!》

 

 昭弘が待機しているピット内に、スピーカーから流れる悲報が木霊する。

 

(…まぁ、オルコット相手に7分持ったんなら上出来過ぎるな)

 

 実際、試合におけるISバトルは10分掛かればかなりの接戦なのだ。普通、お互いの実力に大きな差がある場合はそれこそ3分と掛からずに試合が終了してしまう。

 

 昭弘はブルー・ティアーズのエネルギー充填等が終わるまでの間、ストレッチでもしながら待つことにした。

 ピット内にて、そんな昭弘の吐息が静かに生々しく響き渡っていく。

 

 

 

ーーー15分後

 

《アルトランド、予定より早くブルー・ティアーズのエネルギー充填と武装補充が完了した。オルコット自身もいつでも行けるそうだ》

 

 管制塔から千冬の通信が入ったので、既にストレッチを終えていた昭弘はベンチから重い腰を上げる。

 

「了解」

 

 短く返事をすると、腰に巻き付けてある迷彩柄のウエストバッグから“ドーム”状の物体を取り出す。その物体は反対側が平面になっていて、縦に穴が2つ並んでいた。

 昭弘は、平面が上になる様な形でその物体を手に持つと、そのまま物体を背中に生えている2本の阿頼耶識へと持って行く。物体平面側の2つの穴に、阿頼耶識のピアスがピッタリと挿入される。

 

「そんじゃあ()()()()()()頼むぜ。グシオン

 

 昭弘は背中の阿頼耶識に付けている待機形態のグシオンに、意識を集中させる。

 するとグシオンから青白い粒子が放出され、忽ち昭弘の全身を包み込む。呼応するかの様に、深緑色の装甲が昭弘を覆っていく。背中から両肩と腰へ、両肩から更に両肘へ、腰から更に両膝へと、先ずは頭部以外が装甲に覆われていく。次に後頭部から頭頂部・前頭部へ、乳突部から耳介部・側頭部へと頭部全体を覆っていき、最後に顔面全体にツインアイのマシンマスクがセットされる。

 その形状は全体的に丸みを帯びており、一目で重装甲だと相手に解らせる代物であった。

 

《アルトランド及びグシオン。発進準備完了。どうぞ!》

 

「昭弘・アルトランド。グシオン、出るぞ」

 

 そう言い放ち、ISコアの『拡張領域』から巨大な『グシオンハンマー』を呼び出し、グシオンのスラスターに火を付ける昭弘。

 全身装甲(フルスキン)の怪物が、フィールドへと遂にその姿を現す。

 

 

 

 フィールド上空には、既にセシリアがブルー・ティアーズを纏って待機していた。

 

 そこで昭弘はある異変に気付く。

 セシリアの様子が可笑しいのだ。

 

 彼女はISを纏いながらも頬を桃色に染めており、瞼を閉じながら右手を右頬に当てていた。おまけに、まるで何かを思い出しているかの様な笑みも浮かべている。

 

 まさか初心者の一夏に勝てて嬉しかった訳でもあるまい。

 気になった昭弘は、専用回線を使ってセシリアに訊いてみることにした。

 

「随分と御機嫌な様だが、何か良いことでもあったか?」

 

 途端セシリアから先程の表情は消え失せ、代わりに敵意を巻き付けた矢が眼差しから射られる。

 昭弘の知るいつものセシリアだ。

 

《…お前には関係の無い事でしてよモルモット》

 

「ああそうかい」

 

 何処までも淡白な返答に対し、昭弘も又淡白に返す。

 そこから更に続けて、昭弘はセシリアにある提案を言い渡す。

 

「おっと、そうだ。アンタに約束して欲しい事があったんだ」

 

《…何でしょう》

 

「もしオレが勝ったなら、オレの背中から生えているこの2本の突起物を侮辱した事、誠心誠意謝って貰う」

 

 昭弘からの要求に対し、セシリアは右手の親指と人差指で顎を触りながら考える素振りをする。

 

《…良いでしょう。但しもし私が勝った場合、お前には此処『IS学園』から出て行って貰いますわ》

 

「ああ、良いだろう」

 

 昭弘は、その自身の要求とまるで釣り合わない要求を何の迷いも無く受け入れた。

 

 

 

(一夏。私をこの試合に笑顔で送り出して下さった貴方に、非の打ち所の無い「勝利」と言う言葉を贈り届けてみせますわ)

 

 セシリアは自身が愛する男への手土産を心の中で選定すると、少しずつ自身の中に存在する「スイッチ」を切り替えていく。

 

(そしてモルモット。貴様には約束通りこの試合を以て、IS学園から消えて貰いますわ)

 

 昭弘への明確な敵意を皮切りに、セシリアのスイッチは完全に切り替わる。そう「戦士」としてのスイッチに。

 今の彼女は一夏と相対した時とは違う。目の前の昭弘の事を一つの「敵」としか認識していない。

 

 直後、皆が待ち焦がれていた試合開始のブザーが、アリーナ全体を轟かす。

 

 

 グシオンは開始早々ブルー・ティアーズに突っ込んで来るが、セシリアはスラスターを下方へと吹かして上方へと回避する。

  グシオンが横凪ぎに大振ったハンマーは、虚しく宙を切る。

 

(図体の割には意外と速いですわね)

 

 グシオンは体勢を立て直すと更に下方に向けてスラスターを放ち、自身の上方に佇んでいるティアーズへと肉薄する。

 今度は下からハンマーを掬い上げる様に振るが、ティアーズは左半身を後方にずらして最小限の動きで避けて見せる。

 

 が、彼女は歯噛みしていた。

 スターライトMkⅢも、こうも追い回されていては狙いを定める前にあの巨大なハンマーで叩き落とされる可能性が高い。ミサイルビットや“奥の手”も、あの重装甲には効果が薄いだろう。

 

(向こうもビットの事は調べている筈。威力が低いと知っているなら、ビットの攻撃など意に介さない。そうなればビットによる牽制も無意味。寧ろ悪戯にビットを出して、早い段階でビットの動きに順応される訳にも…)

 

 彼女にとっても遺憾だろうが、暫くは回避に徹して相手の弱点を探るのが賢明だ。

 

 こうしてフィールド上では逃げるティアーズ、追うグシオンと言う構図が出来上がった。

 

 

 

 グシオンとティアーズによる単調なドッグファイトが始まってから、既に5分が経過していた。

 

 観客スタンドは先の試合と一転、フィールド上での終わりの見えない鬼ごっこに辟易していた。

 

 そんな中、箒だけは未だに熱い視線をグシオンに送り続けていた。「きっと何かが起こる筈だ」と、そんな根拠の無い期待を胸に抱きながら。

 

 すると、隣で何やら意味深な含み笑いを浮かべている本音に箒は反応する。

 

「しののん~?私の予感が正しければ、きっとここから面白くなるよ~?根拠は無いけど」

 

(無いのか…)

 

 思わず肩の力が抜けてしまい、座っているのにコケそうになる箒であった。自身の無根拠は差し置いて。

 

 

 

 管制塔でも、千冬が「成程」と不敵な笑みを浮かべていた。

 そろそろ試合が動くのを予感するが如く。

 

 

 

 セシリアも、何を仕掛けて来るのかと警戒していた為か、何も起こらない単調な鬼ごっこに心底うんざりしていた。

 

(ま、所詮モルモット。作戦も纏まりましたし、そろそろ終わらせようかしら)

 

 セシリアの作戦はこうだ。

 先ず、ティアーズを区画シールドの方へと相手に勘づかれない様移動させる。そして区画シールドギリギリの所迄接近し、そこでグシオンの攻撃を躱す。勢い余ったグシオンがそのままシールドに激突した所を、ライフルで至近距離から狙撃。シールドへの激突と至近距離からの狙撃により、装甲へのダメージとSEの大幅な減少は必須。

 そうして、ビットとライフルによる連携攻撃にて止めを刺す。

 

 セシリアは早速作戦を実行すべく行動するが、同時に胸糞悪い感情が浮き上がって来る。

 

(…理解に苦しみましてよ一夏さん。どうしてこんな奴を貴方は師事するのか)

 

 その感情の正体は恐らく“嫉妬”。

 何故私でなくコイツを?何故コイツばっかり一夏から輝かしい“笑顔”を向けられる?セシリアはそんな現実と、身勝手な嫉妬を燃やす自分自身が、腹立たしくてしょうがないのだ。

 そんな事を考えている内に、区画シールド付近に辿り着いたセシリア。

 

 

 

(区画シールドに?…そういう事か。丁度良い、こっちもそろそろ仕掛けようと思ってた所だ)

 

 昭弘は露骨に笑った。それもフルフェイスマスクに覆われていては、セシリアに勘づかれる筈もなく。

 

 

 

 グシオンがハンマーを振り被った瞬間、ティアーズは左に避けて自身の元居た空間にライフルの銃口を向ける。こうすれば、グシオンがシールドに激突した瞬間をほぼゼロ距離で狙撃できる。

 しかし、グシオンは自身が銃口を向けている空間に来ない。

 

(ッッ!!??)

 

 瞬間、まるで一瞬の内に身体中を駆け巡る電撃の様な悪寒がセシリアを襲う。それと同時に、ハイパーセンサーのアラートが雷の様に鳴り響く。

 後方に振り向いた時には何もかも遅すぎた。

 

ガァギャィィン!!!

 

 

 

 観客スタンド組一同、口を大きく開けたまま思考停止してしまっていた。一瞬の内に様々な出来事が起きたので、殆どの生徒は情報の処理に時間が掛かっているのだ。

 

 先ずグシオンはハンマーを振り被ってそのままティアーズに突撃すると見せかけ、斜め下方向へと軌道をずらす。ティアーズの丁度真下迄来ると、突如青白い粒子を纏い出して“形状”を変えたのだ。

 直後、凄まじい速度でティアーズの背後に回り巨大な「斧」で叩き墜としたのだ。

 

 

 

「やはりかッ!!山田先生!これから面白くなるぞ!?」

 

 管制塔では、突如騒ぎ出した千冬に唯々困惑している真耶が居た。

 

 

 

 昭弘は土煙が舞っているグラウンドを、『ハルバート』を構えながら油断なく見下ろしていた。

 

 今グシオンの外見は、先程の重装甲とは別物と言っても良い程に変化していた。

 色は深緑色からベージュ色へ、全体的に丸みを帯びていた重装甲は幾らかスマート且つ鋭角的になっていた。頭部は更に小顔で鋭角的になっており、両側頭部からは後方に伸びる橙色の角が左右対称に付いていた。背中からは一対の丸い翼の様なユニットが伸びており、腰には楕円形のシールドがスカートの様に付いていた。

 先程のグシオンが「怪物」だとするなら、今のグシオンはまるで「中世騎士」を彷彿とさせる外見だ。

 

 『グシオンリベイク』。これこそがグシオンの真の姿である。

 

 

 もし先の一撃でセシリアが気絶していたなら、戦意喪失と見なされ昭弘の勝利となる。

 しかし、砂煙が晴れるに従って昭弘の表情が曇る。

 

(チッ、“化け物”が)

 

 未だティアーズは健在だった。

 ハルバートの直撃を受けた際のダメージこそ有るものの、落下した際のダメージは殆ど見受けられなかった。

 何とセシリアは、頭から落下しているあの一瞬で体勢を戻したのだ。そして地面に激突する瞬間、それこそ生身で着地するみたいに両脚に姿勢制御の全てを集中させ、衝撃を最小限に抑えた。

 

 しかし昭弘が感銘を受けているのもそこまで。今のグシオンは先の重装甲とは違い、ビット兵器によるダメージを普通に受けてしまう。

 相手が攻撃態勢を整える前に、こちらから打って出ねばならないのだ。

 

 

 

(うぅ…未だ眩暈がしますわ。あんな衝撃を食らったのは久方ぶりでしてよ野蛮人めが!)

 

 セシリアが悪態をつく間も与えず、グシオンはスラスター全開にして一気に距離を詰めてくる。

 

 この速度、ティアーズもライフルも間に合わない。

 咄嗟にセシリアは回避を選択するが、グシオンの振るったハルバートはティアーズの左腕装甲に直撃する。

 

(馬鹿なッ!?今のはギリギリ回避が間に合った筈!なんてスピードですの!?)

 

 更にSEが減少するティアーズ。

 尚もグシオンは猟犬の如く追撃を止めない。

 

(チィッ!これでは「あのモード」に切り替える余裕も…)

 

 

 

 

「しかし解せません。どうしてアルトランドくんは最初からあの形態で出撃しなかったのでしょう」

 

 真耶が、恐らく観客全員が思っているであろう疑問を口にする。

 

「“慣れ”さ」

 

 千冬の呆気ない答えに、真耶は目を見開く。

 

「アルトランドはオルコットに重装甲グシオンの機動に慣れて貰う為、敢えて単調な攻撃を繰り返していたんだ。その鈍足に目が慣れてしまったオルコットは、今のグシオンの高機動に付いて行けなくなっているんだ」

 

 恐らく今のグシオンの動きは、セシリアからすれば今迄の5倍にも6倍にも感じられるのだろう。しかし、両機のスペック上の機動力は殆ど差が無いと言っていい。

 

「…けど、所詮は慣れですよね?時間が経てば結局、今のグシオンの動きにも慣れてくると思うのですが」

 

 真耶がそう意見すると、千冬は待ってましたと真耶を指差しながら答える。

 

「そこからが面白いんだ。オルコットが慣れる前にアルトランドがどう攻め抜くか、アルトランドの猛攻をオルコットがどう凌ぐか」

 

 

 

 昭弘は内心焦っていた。

 昭弘の想定よりも遥かに早く、セシリアがグシオンの高機動に慣れてきたのだ。少しずつ、グシオンとの間合いが離れていく。

 

(そろそろ“アレ”を使うか?…いやまだだ、まだその時じゃねぇ)

 

 

 

 

(この辺りで仕掛けると致しましょうか。向こうは恐らく「動き回りながらビットは操れない」と考えている筈)

 

 その思考の後、セシリアはほくそ笑みながら思考を続ける。

 

(確かに()()()()のティアーズは無理ですわね)

 

 

 

 昭弘はティアーズを見て驚愕する。何と動きながらビットを操り始めたのだ。

 

(ッ!?……成程、2機迄なら何の制約も無く操れるって訳か)

 

 だがビット2機分の弾幕なら、多少食らっても問題は無い。

 しかし…。

 

バシュバシュゥッ!!

 

(ミサイルビット!?)

 

 ミサイル兵器はビーム兵器よりも衝撃力が強い。直撃を食らえば、大きく体勢が崩れてしまう。

 その隙に、スターライトMkⅢで狙い撃ちされてはたまったものでは無い。

 

 昭弘は直ちに軌道を斜め上方向に変え、ミサイルを避ける。当然、2発のミサイルはしつこく追尾してくる。

 昭弘は自身の直ぐ後方までミサイルが接近した所でグシオンを反転させ、真正面のミサイルを腰部シールドで防ぐ。

 

ドガガァァン!!

 

 2発ともグシオンの腰部シールドに吸い込まれる様に直撃し、周囲に黒煙を撒き散らす。

 昭弘は黒煙から脱すると、見たくも無い光景をその目に焼き付けてしまう。ティアーズがライフルをしっかりと構えてこちらを狙っているのだ。

 

 昭弘は咄嗟に腰部シールドを構える。

 しかしライフルが銃口を光らせることはなく、代わりに飛来してきたのは…。

 

《お行きなさいッ!ティアァァァズ!!》

 

 通信越しで聴こえるセシリアの怒号と共に、合計6機のビットが昭弘へと向かっていく。

 

(占めたッ!万全を期す為に態々ビットとの連携攻撃に出たか!!)

 

 6機のビットがグシオンを取り囲む瞬間、それは寧ろ昭弘にとって最大の好機。

 

ジャキッ!!

 

ドゥゥルルリリリリリリリリリリリリ!!!

 

ダァォダオォォン!!!

 

 『M134B ビームミニガン』と『炸裂弾頭搭載型滑腔砲』が火を噴いた。

 

 

 

 セシリアは突然の事態に身を硬める。よもや、まだ武装を隠していたとは。

 

 ビットがグシオンを囲む直前、グシオンの背中に生えている2つのユニットから“新たなる腕”が一本ずつ生えてきたのだ。そしてビットが取り囲んだ瞬間、計4本の腕に夫々ミニガン2丁と滑腔砲2丁が呼び出された。

 それらが放つ無数の「黄緑色の線」とビット近くで炸裂する「花火」により、ビームビット2機とミサイルビット2機が地に墜ちる。

 

 しかしセシリアの硬直も一瞬で、直ぐ残り2機のビームビットを引き戻す。

 

(……そんなに…そんなにも撃ち合いを御所望でしたら悪夢を見せて差し上げますわ!)

 

 心の中にある容赦も躊躇も狂笑で吹き飛ばすセシリア。

 直後、彼女の両目を青藍色のバイザーが覆い隠す。

 

キュィィィン

 

 不気味な起動音を放ちながら、バイザーの端から端まで続いている一本線の様なカメラアイが紅く輝く。

 

ーーーブルー・ティアーズ、『中距離高速戦闘特化モード』に移行。スターライトMkⅢを『アサルトモード』に切り替えます。

 

 ブルー・ティアーズの中から、無機質な音声が静かに響く。

 

 

 

(残り2機…居ない!?)

 

 2機のビームビットはいつの間にかティアーズの直ぐ傍まで戻っていた。

 それらに向かって、ビームミニガンと滑腔砲による一斉射撃を行おうとする昭弘。

 

 だが、速い。

 ティアーズは、まるで悶え苦しむ蛇の様な軌道を描きながら超高速でグシオンに接近してくる。両肩付近には2機のビットを浮遊させていた。

 

ミ゛ィ゛ィン!!ミィミィィン!!ミ゛ィ゛ィ゛ィ゛ン゛!!

 

デュゥーーン!!デュデュデュデュデュデュゥン!!!

 

 2機のビットとアサルトモードのスターライトMkⅢによるビームの嵐を食らい、グシオンのSEが大きく減少する。

 

(チィッ!さっきのミサイルビットと言い、公式戦の映像を当てにしすぎたな。だがもうここまで来れば小細工は関係ねぇ。そうだろうオルコット)

 

 昭弘も賢しい思考は頭の角に追いやり、負けじとビームミニガンと滑腔砲で応戦する。

 

 

 

 観客スタンドは熱狂の渦に包まれていた。

 先程の退屈な鬼ごっこが一変、フィールド内では激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「アキヒーもセッシーもカッコイ~~!」

 

「ああ!本当に凄いぞ昭弘!」

 

 箒もまるで野球観戦でもしている様に、らしくもなく握り拳を高く掲げてしまう。

 

 2機共「動く」「狙う」「撃つ」という動作の他に「操る」という動作まで取り入れていながら、動きの精細さをまるで欠いていないのだ。その様は最早芸術的とさえ言えた。

 狂笑を浮かべながら区画シールド沿いを流水の如く動き回るセシリアとブルー・ティアーズは、生徒たちを大いに魅了した。その美しい黄金色の髪に余りにも不釣り合いで不気味なバイザーが、その魅力に拍車を掛けていた。

 そしてそんなティアーズを機械的な無表情で迎え撃つグシオンは、生徒達に大いなる恐怖と畏怖を抱かせていた。

 

 

 更に戦いは熾烈さを増していく。

 ティアーズは、両肩に浮遊させていたビットを自身から遠ざけるとまるでグシオンを囲い込むかの様に「ティアーズ、ビット、ビット」による3方向からのオールレンジ攻撃に出たのだ。

 

 グシオンはこれを生物的な機動を以って躱していくが、何発か直撃してしまう。

 しかしグシオンは区画シールドを背にする事で死角を減らし、オールレンジ攻撃の効果を半減させる。まるでシールド上を脚部スラスターで滑る様に移動しながら攻撃を掻い潜り、ビームミニガンと滑腔砲にて応戦する。

 

 そして滑腔砲が放った炸裂弾頭がビット付近で爆発し、ビット1機を撃破する。

 未だにSE残量ではティアーズが上だが、ビット1機が落とされたことにより少しずつ昭弘に軍配が傾き始める。

 

 

 

(チィッ!ですが未だSE残量はこちらが上!)

 

 なればやることは単純にして明確。こちらのSEが尽きる前に、グシオンのSEを削り切るのみ。

 セシリアはそう己を鼓舞し、今迄以上にグシオンに接近しながらビームの雨を降らせる。

 

 彼女は決して負けられない。一夏の為に。

 そう、彼は言ってくれた。真心の籠った「頑張れ」を。

 なれば「頑張った末に負ける」のでは無く「頑張った末に勝つ」事こそが、大好きな彼への手向けとなるだろう。その想いは、昭弘を学園から追い出したいという邪な思いを優に凌駕していた。

 

(にしても強い。私が今迄戦ってきた者達の中でも、恐らく3本の指に入る程に)

 

 今のセシリアは、昭弘をモルモット呼ばわりしていた数分前の自分を恥じていた。それ程迄に、セシリアから見て昭弘の実力は別格であった。

 

 

 

(なんつー気迫だ。ビット1機落としたってのにまるで勢いが衰えねぇ)

 

 「それ程自分をこの学園から追い出したいのか」とも昭弘は考えたが、やはり違う。たかがその為だけに、これ程迄にねばるとは昭弘には思えなかった。

 もしかしたら、彼女もまた自分と同じく何か“譲れないモノ”の為に戦っているのかもしれない。

 

 だが負けられないのは昭弘も同じだ。家族を侮辱した事、セシリアに絶対謝らせねばならない。

 

 昭弘は全ての銃口を残りのビット1機に向ける。

 その際ティアーズからの猛攻を受けてしまうが、最後のビットの撃破に成功する。

 

 

 

(もうビットが!?しかし奴のSEも残り僅か。後はこちらが先に削り切れば!)

 

 

 

(後少し!後少しだ!!絶対こっちが先に削り切る!)

 

 お互いに譲れない想いをトリガーに込め、そして唯々指を引き続ける。今の2人には最早「回避」という考えすら無かった。

 

「ウォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ラ゛ァァァァ!!!」

 

ドゥルリリリリリリリリリリ!!!

ダダォォン!!ダダォォン!!

 

 

 

「ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

デュデュデュデュデュデュデュデュデュデュデュデュデュデュデュゥン!!!

 

 

 

ビーーーーーーッ!!!

 

 試合終了のブザーが、アリーナ全体に短い静寂をもたらす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ブルー・ティアーズ!SEエンプティ!!勝者、昭弘・アルトランド!!》

 

 管制塔からのアナウンスが鳴り響いた数秒後、観客スタンドからはまるで雪崩の様な拍手喝采が巻き起こった。

 

 

 

 セシリアは、俯きながらビットに戻ろうとする。その表情は情けない自身を卑下している様であり、去れど後悔の色はどこにも見当たらなかった。

 

 すると昭弘から専用回線で通信が入る。

 

「…何ですの?謝罪でしたら来週の月曜日にちゃんと…」

 

《その件じゃない》

 

 昭弘に自身の言葉を遮られ、僅かに眉を顰めるセシリア。

 

《…お互い良い戦いだった。…そんだけだ》

 

 セシリアはそんな昭弘の言葉に少し驚いた顔をすると、口角を僅かに上げながら言葉を返す。

 

「…ええ、()()()()()()

 

 この日、漸くセシリアは昭弘のことを苗字で呼んだ。




やっとだ・・・やっと話を進められる。

追記:第55話にて、グシオンの装甲変化に関する説明を描写しておきました。


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第5話 悔いの無い

・・・・・・アレ?何か気が付いたら一夏との戦闘が長くなってしまった。
もっと手短に済ませようと思ってたのに・・・。
きりが良いのでこのまま投稿します。



 一夏はピットにて静かに待機していた。

 ピット内は一夏以上に静寂…と言う訳でも無く、僅かな機械音がそこら中から聞こえてくる。そんな小さい環境音に耳を傾けながら考えていることは無論、次の対戦者のことだ。

 

(次は昭弘が相手か…。けど流石に1戦目程の緊張は無いな。さっきの戦いで、白式(こいつ)の扱い方も何となく解ってきた)

 

 無論一夏は、昭弘に敵う等微塵も思っていない。

 昭弘の勝利の報は、一夏にもしっかり届いていた。あのセシリアに勝つのだから、少なくとも自分より格上の実力を持っていることは明白。

 それでも、やれるだけのことはやる。「まだ初心者だから」という言葉を言い訳にはしたくない。それに、どんな状況だろうと本気でやらなければ、今まで練習に付き合ってくれた箒や昭弘に失礼だ。何より“男”らしくない。

 

(…やってやるさ。オレは家族を…千冬姉を護れる男に…)

 

 最愛の家族を護る。それは果たして目標か目的か、それともただの願望なのか。

 それは不可解にも、一夏本人ですら解らない。

 

《織斑、向こうのエネルギー充填と武器・弾薬補充が完了した。いつでも行けるぞ》

 

 そんなことを考えていると、管制塔からの千冬の声がピット内の環境音を掻き消す。

 

「…了解」

 

 一夏は短くそう答えると、白式を展開し純白の装甲を身に纏う。

 

《織斑及び白式、発信準備完了。どうぞ!》

 

 管制塔からの通信を受け、ピットからフィールドを見上げる。

 

「織斑一夏、白式。行きます!」

 

 1対の非固定式の美しき機械翼を羽ばたかせ、一夏と白式はフィールドへと飛翔する。

 

 

 

 フィールド上には既にMPSを纏った昭弘が待機していた。

 ハイパーセンサーで敵機の名称や特徴等を確認すると、一夏は先程の試合とはまた違った緊張感を味わうことになった。

 

(アレが昭弘のMPS『グシオンリベイク』か…。武装は主に射撃兵装…なのかな?なんと言うかこう、フルフェイスって不気味だよな。表情が分からないのが不安感を煽るって言うか…。あとカッコいい、ツインアイの部分とか)

 

 今回昭弘は、最初からグシオンリベイクで出撃することにしたのだ。

 全体的な性能では、重装甲グシオンよりグシオンリベイクの方が上だ。敵機の情報がほぼ無い状況ならば、後者を選ぶのが妥当であろう。

 

《そんなに気張んな織斑。好きなようにやりゃいい。オレもちゃんと“本気”で行くから安心しろ》

 

「お、おうよ!オレも本気で行くぜ!!(生きて帰れるかなオレ!?)》

 

 緊張を解すために放った昭弘の一言は、一夏にとっては却って重荷となってしまった様だ。

 それでも一夏は不器用なりに自身のことを気に掛けてくれた昭弘に、重荷以上の感謝も感じていた。

 

(よし!最初は“アレ”で行くか!)

 

 一夏は、頭の中で最初に自身が起こすべき行動を既に決定していた。

 

 

ビーーーーーーーーー!!!

 

 試合開始のブザーが鳴る…と同時に。

 

バォンッ!!

 

 一夏が最初に取った戦法は、言うなれば“先手必勝”であった。

 まず一夏は、試合開始のブザーが鳴ると同時に瞬時加速を敢行。機動性と加速力に優れた白式の爆発的なスピードで、自身とグシオンとの間合いを一気に潰そうとする。

 それと同時に零落白夜を発動させる。

 

 その様はまるで隼だ。しかし、一夏の行動は昭弘に完全に読まれていた。

 グシオンも又、試合開始のブザーが鳴ると同時に大きく右方向へとスラスターを吹かした。直進しかできない瞬時加速の弱点を突いたのだ。これにより、一夏にとって渾身の一撃は空しく宙を斬る。

 白式が態勢を立て直している隙を昭弘が見逃してくれる筈も無く、先程のセシリア戦と同じように「M134B ビームミニガン」2丁と「炸裂弾頭搭載型滑腔砲」2丁による一斉射撃を行った。

 

ドゥゥゥリリリリリリリリリリリリリ!!! ダダォーーン!! ダダォーーーン!!

 

 それらをモロに食らってしまった白式は、SEを大幅に減少させてしまう。

 一夏は自身の作戦を悔いるよりも前に、グシオンの変貌っぷりに驚愕の色を示していた。

 

(なんじゃありゃ!?腕が背中から更に2本生えてきたぞ!?)

 

 一夏が驚愕している間にも、グシオンの猛攻は絶え間無く続く。未だ戦闘経験の浅い一夏は、それらの攻撃を必死に避ける事しかできない。

 

 

 

 観客席にて、箒は2人の試合を固唾を吞んで観ていた。余りにも一方的な試合を。

 一夏は今もグシオンの猛攻を必死に掻い潜ってはいるが、いくら機動力に長けた白式でもあれだけ濃密な弾幕を全弾回避できる筈も無く、少しずつ白式の被弾数が増えていく。

 対するグシオンは、未だにスラスターによるものでしかエネルギーを消費していなかった。

 

 箒は、正直なところ2人の勝敗なんて求めてはいなかった。

 勿論、同じ剣術家であり想い人である一夏にできれば勝って欲しい気持ちはある。だがそれ以上に、互いに悔いの無い戦いをして欲しいのだ。

 しかしそんな儚い願望とは裏腹に、現実的な結果は箒にだって目に見えている。

 

 白式には射撃武装が存在しない。増してや一夏はほぼ初心者。そんな状況で昭弘の様な歴戦のパイロットにああも弾幕を張られてしまえば、最早攻め入ることなんてできない。

 セシリア戦では相手が油断していたというのもありビームを上手く無効化することで善戦できたが、今回は訳が違う。昭弘に油断や慢心なんて一切無いし、ビーム兵器とは言え速射能力の極めて高いミニガンが相手では零落白夜で弾くにも限界がある。しかもそれが2丁。更には実弾を搭載している滑腔砲まである。

 

 ここまで条件が揃ってしまえば、一夏の惨敗は最早決定事項と言っても過言では無い。

 箒は、自分はつくづく我儘な女だと己を責めた。何が悔いの無い戦いだ。初心者とは言え一夏は一方的な猛攻に晒され、昭弘は心を鬼にして嬲りたくもない一夏を嬲り続けねばならない。

 一体これの何処に悔いの無い戦いがあるというのか。そんなもの、自分の身勝手な願望でしか無いというのに。

 

 

 

(クソッ!シールド残量は…16%か。流石にもうキツイな…)

 

 ひたすらに前向きな一夏でも、この状況は最早絶望的としか言えなかった。否、考えが甘すぎたのだ。敵わないことは分かっていたが、それでもここまで一方的な試合になるなんて思いもしなかったのだ。

 慢心していたセシリア相手に多少善戦した程度で何を浮かれていたのだと己を責めようとする前に、昭弘から通信が届く。

 

《織斑。言っておきたい事がある》

 

 攻撃を続行しながら通信を入れる昭弘に、一夏は驚く。返す余裕なんて今の一夏には何処にも無いので、そのまま黙って聞くことにした。

 

《箒にいいとこ魅せてやんな》

 

 その言葉は、まるでこの瞬間の為にあるが如く一夏の心の奥へと急速に浸透していった。

 そうだ、いつもずっと一緒に居てくれたあの娘。苦言を呈しながらも、どんな時でも自身を支えてくれたあの娘。それは、此処IS学園に来てからも変わらなかった。

 そんなあの娘にせめてもの恩返しがしたい。喜ぶ顔が見たい。自身のかっこいい所を魅せてあげたい。

 あの娘に対して“悔いの無い”顔をしていたい。

 

(そうだ!未だ試合は終わってねぇ!!何かある筈だ!一矢報いることができる何かが!!)

 

 一夏は、何か使えるモノが無いかと回避を続けながら周囲を見渡す。すると、あるモノが自身の目に飛び込んできた。

 フィールドを囲む観客席のスタンド。そのすぐ外側から聳え立っている、フィールドを照らす照明だ。

 それを見た一夏は、心の奥底から叫んだ。

 

「ソレだぁァァァァァ!!!」

 

 叫ぶと同時に照明のある方角へと突っ込んでいく一夏。今までとは違い馬鹿正直に一直線な軌道だった為に、白式の被弾率はさらに上昇する。

 シールド残量は5%、もう零落白夜は使えない。

 

(けどっ!ならせめて一撃だけでもッ!!)

 

 

 

 昭弘は照準を白式に合わせたまま、一斉射撃を続行していた。一瞬たりたも白式への視線を外さずに…しかし、それが却って仇となってしまった。

 白式が向かった先は、丁度照明とグシオンとの中間点に位置する空間だった。当然、白式から視線を外さなかった昭弘は白式の後方から光る照明をも視線に捉えてしまう。

 

(ッ!?しまった!逆光か!)

 

 突然自身の目を通じて脳内へ雪崩れ込んでくる膨大な光の束に、昭弘は反射的に右手を眼前に掲げてしまう。

 

《隙有りィィィィィィィッ!!!》

 

 その隙を一夏は逃すこと無く、ここぞとばかりに瞬時加速を使う。逆光を背に超高速で突っ込んで来る白式は、流石の昭弘でも正確な視認が困難であった。

 

(“迎撃”間に合わねぇ。“腰部シールド”間に合わねぇ。“回避”間に合わねぇ。…食らうしかねぇか)

 

 一瞬でそう判断した昭弘は、両腕の肘を曲げて眼前で交差する。更に両脚も同じように曲げて交差し、まるで蹲るかのような防御姿勢をとる。

 

ガゴォォン!!!

 

 一夏は、雪片弐型を袈裟懸けの要領でグシオンの真正面に叩き込んだ。

 最早捨身の突進の様な白式の斬撃に、後方へと大きく押し出されるグシオン。しかし、フィールドの区画シールドに激突するギリギリの所でどうにか踏みとどまる。

 白式は瞬時加速とグシオンに突撃した際の衝撃によって、遂にシールド残量が0という数値を迎えてしまう。それに呼応する様に、白式も青白い粒子へと形を崩していく。

 

 白式の展開維持が限界を迎え、落下しそうになる一夏を昭弘は右腕で優しく抱き止める。

 

《白式、SEエンプティ!勝者、昭弘・アルトランド!!》

 

 アナウンスと同時に、先の試合に負けない位の歓声と拍手が響き渡る。

 確かにシールド残量的には昭弘の圧勝だが、一夏による捨て身の斬撃は2年生3年生からも感銘の声が上がっていた。

 

「昭弘ッ!やった!やったぜ!?オレッ!」

 

 敗者であるにも拘わらず、まるで勝者の様な雄叫びを上げる一夏。その理由は正に“悔いが無いから”その一言に尽きるであろう。

 昭弘はそんな一夏に対し、フルフェイスマスクの中で優しく微笑み返す。例え一夏に見えなくとも。

 

《ああ、本当に良くやった。にしても無茶をする、最後の逆光からの突撃は流石に焦ったぞ》

 

 一夏の大胆な戦術をそう評価すると、昭弘はハイパーセンサーを使って箒の姿を探す。一夏に、箒に、今のお互いの表情を見せてあげたかったのだ。

 

「…お!居たぜ箒!昭弘のすぐ後ろ。区画シールドを跨いだスタンドの最前列」

 

 そう言われて振り返ると、満面の笑みでこちらに手を振っている箒がそこに居た。

 

「…箒があんなに笑うとこすげぇ久しぶりに見たな」

 

 そう言って、一夏も満面の笑顔で手を振り返す。

 

 

 

(…何だか、先程の自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるな)

 

 箒は夢中で手を振っていた。先程の陰鬱な彼女は、もう遥か彼方へと吹き飛んでしまっていた。そう、ただ2人を信じて見届けていれば良かったのだ。

 

 そんな箒に気づいて笑顔を浮かべる一夏を見て、箒は嬉しさの余りはしたなくも手の振りを激しくしてしまう。

 

 対する昭弘は箒を見ているだけに留まり、マスクのせいで表情も見えなかった。

 

 箒は、そんな昭弘の静かな反応に一抹の寂しさを感じた。

 その感情は、幼い頃箒が一夏と離れ離れになってしまった時のモノと少し似ていた。

 

 

 

(折角の2人だけの時間だ。オレまで顔出して手を振るのは野暮ってもんだな)

 

 この時、昭弘は気が付かなかった。箒は一夏だけでなく、昭弘に対しても手を振っていたということを。

 

 

 

 

 

 こうして、短い様で長いクラス代表決定戦は幕を下ろした。




えっ?未だにMPSの説明も他のISキャラとの進展も無い?
次回から描写していける・・・といいなぁ・・・。


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第6話 夫々の思惑と夫々の謝罪

―――――4月15日(金) 某時刻―――――

 

 2人の教師が、人払いが為されている映像資料室にてある映像とデータを照らし合わせていた。

 映像はISとMPSによる模擬試合を映したモノだ。

 

 肝心なのはデータだった。

 有り得ない数値が出ていたので、真耶は千冬に再度訊ねる。無論、計器の方には異常など無い。整備課のお墨付きだ。

 

「……織斑先生、確認なのですがISと搭乗者との『シンクロ率』は高くても80%前後、最大でもあなたと『暮桜』の92.7%…そうですよね?」

 

「ああそうだ」

 

 この『シンクロ率』という数値が高ければ高い程、搭乗者の思い描いた通りの生物的な空中機動が可能となる。

 

「では、アルトランドくんとグシオンの数値…シンクロ率99.4%。この数値が示す意味って…」

 

 普通に考えれば有り得ない数値だが、昭弘は神経を有線で機械側と直結させている。そうなれば話はまた変わってくる。

 

「…MPSは分からないがISならこのシンクロ率が100%に達した場合、ISとその搭乗者は理論上完全に“一体化”する」

 

 一体化すると搭乗者がどうなってしまうのかは、千冬にも真耶にも分からない。前例なんて無いのだから。

 

 兎も角、先ずは昭弘の体調面や精神面に気を配るしかない。彼女達にとってはMPSなど未知数な代物だ、心配し過ぎるに越したことは無い。

 

「可能であれば2週間に1回のペースでアルトランドの身体検査やメンタルチェックも行うべきだろうな」

 

「はい…そうですね」

 

 2人は教師として、生徒の安全を第一に考えることにした。

 

 それでも2人にとって、グシオンは余りにも不可解なことが多すぎた。

 ISにはそのコアが放つ識別信号があるが、グシオンからの信号は少なくとも純正のISコアでは有り得ない反応が検出された。この反応からして、少なくともグシオンは擬似ISコアにより動いていると2人は判断した。無いとは思うが、純正ISコアの信号を「何らかの方法」で改竄している可能性も頭に入れている。

 

 シンクロ率がMPSとその搭乗者にどんな影響を及ぼすのかもまるで不明だ。

 映像からも、ブルー・ティアーズとグシオンはほぼ互角の戦いをしている。ティアーズとセシリアのシンクロ率は77.3%。そのティアーズと互角と言うことは、MPSにとってシンクロ率とはそこまで重要なファクターでは無いのかそれとも…

 

 一つだけ解ったことと言えば、グシオンの装甲がISの纏っている部分装甲とほぼ同じ原理で稼働しているということだけだ。

 堅牢な装甲を更にエネルギーシールドで覆っている所だけは、ISと変わらない仕様らしい。

 

 

 ある意味一夏以上の爆弾かもしれないと千冬は心の中で呟き、右手で目尻を抑えながら真耶と共に映像資料室を後にした。

 

 有機体の消えた室内には、大小の機械が今迄と何ら変わりなく並んでいた。

 

 

 

 

 

―――――4月17日(日) 21:32―――――

 

 昭弘は寝間着姿のまま、自室の窓から唯々外を眺めていた。

 その日の分の筋トレもノルマは達成し、明日の授業の予習も済んでいた。この時間帯は、アリーナのスケジュールが埋まっているので機動訓練もできない。箒と一夏も明日に備えてもう寝ているかもしれないので、彼らの部屋にお邪魔するのも遠慮しておいた。

 

 特にやることが無いので唯何となく気晴らしに外を眺めていたのだ。

 と言っても、時刻はすでに21:30を回っている。窓越しに昭弘の目に入る景色は、暗黒の中でポツンと照明に照らされながら不気味に輝くアリーナAくらいだ。

 

ピロリロリロン ピロリロリロン ……

 

 唐突に昭弘の液晶携帯が静寂の中で鳴り響く。

 深緑色の外殻で覆われた液晶携帯の画面に表示されている名前を見て、昭弘は表情を曇らせる。電話越しだろうと、彼にとって余り積極的には話したくない人物だった。

 そんな思いの中、昭弘は渋々と電話に出る。

 

《夜分遅く失礼致しますぅ↑》

 

 男性にしては若干高く独特な発音をした若々しい声が、電話越しに昭弘の脳を揺らす。

 

 この男こそT.P.F.B.の代表取締役であり、束と“秘密の契約”を結んだ張本人『デリー・レーン』である。生粋のアメリカ人だ。

 束とT.P.F.B.との取引がスムーズに進んだのも、この男の異常に早い決断力のお陰である。

 

 束から持ち掛けられた取引は、昭弘の阿頼耶識システムに関する技術の譲渡であった。

 束は昭弘の背中に埋め込んである阿頼耶識のピアスは自分が創り出したと嘘を吐き、阿頼耶識の技術をT.P.F.B.に“条件付き”で提供したのだ。無論、束への見返りは無い。

 その「条件」とは

 

 1.今後、昭弘・アルトランドのMPSの戦闘データを私「篠ノ之束」を通じてT.P.F.B.に送ることになるが、その際のデータに関しては決して余計な詮索を入れないこと。

 

 2.送ったデータはあくまで兵器としてのMPSの性能向上や量産化の為だけに使い、それ以外の用途を禁ずる。

 

 3.今後、MPSと少年兵に使われている有機デバイスシステムの総称を『阿頼耶識システム』と改名すること。

 

 デリーはこれらの条件を受けて尚、この取引に快く乗った。MPSに関する最新の技術を無償で提供してくれる様なものだ。

 無論デリーは不気味な程にこちらが有利な取引に裏を感じなかった訳でもないが、取引相手は世界を揺るがすあの大天災。無下に断ったとしたら何をされるか分かったものではない。だからこそ、彼は危険を承知で即決したのだ。今後どんな災厄が起ころうと、今滅ぼされるよりはマシなのだから。

 

 束もデリーのその即決さと狡猾さが解っていたからこそ、この取引をT.P.F.B.に持ち出したのである。

 

「何の用だ?グシオンの戦闘データならもう束がそっちに送った筈だが」

 

《もぉそんな冷たい反応しないで下さいよぉ~~。さぁ気を取り直してぇ↑先ずは昭弘様、遅くなってしまい恐縮ですがセシリア・オルコット嬢への勝利、おめでとうございますぅ↑!》

 

「…そいつぁどうも」

 

 デリーからの祝福の言葉に、昭弘はどうでも良さそうに返事をする。

 

《それにしても素晴らしいデータでしたよぉ↑!やはり天災様様でございますなぁ。あの戦闘データさえあれば、従来のMPSなど比較にならない強力なMPSが作れること間違い無し!》

 

 と、技術部の連中が呟いていたらしい。勿論、昭弘の操縦技術が勝敗を分けたことはデリーも重々承知している。

 

 T.P.F.B.は“人体”側の阿頼耶識システム技術はもう持っているが、“MPS”側の技術は束から与えられていない。理由としてはやはり、グシオンに純正のISコアが使われている事実が大きい。

 ISコアは現状束にしか作ることができない。グシオンのデータをそのままT.P.F.B.に送ったとしても、擬似ISコアしか作れない彼等ではデータの扱いに困り果てるだけだ。

 ISコア内の詳細な技術データ込みで送り付けることも可能ではあるが、そうなると束にとって不都合が起きるのだ。自身の計画の為にも、彼等の様な武器商人にISそのものを“兵器”として量産化されてしまっては堪ったものでは無い。

 

 だからこそ束は、グシオンのデータを彼等でも()()()()()ようにする為「グシオンによる戦闘データ」を更に束が“編集”したモノを送り付けているのだ。彼等に渡ったら不味い情報を改竄するという意味合いも含めて。

 態々IS学園で戦闘データを取るのも、有名なIS操縦者との戦闘の方がデータに箔が付くからである。理由としてはもう一つあるが、ここでは省略する。

 

 恐らくデリーも、戦闘データが後から手を加えられていることは察している。彼にとっては、利益にさえなればそれで良いのだろうが。

 

「そんなことよりアイツらは元気にやってるか?」

 

《おや気になりますかぁ?元気も元気ぃ↑ですよぉ↑》

 

 “アイツら”とはT.P.F.B.の本社支社の警備に就いている少年兵達のことである。本社等の重要な拠点においては、MPSで武装させている場合もあるのだ。MPSのデータを取らせる意味合いも有るのだろう。

 ただ彼等も表面上は義手義足等を開発・販売する真っ当な企業。MPSの存在が公となる訳にもいかないので、待機中のMPSを戦力として駆り出すのはあくまで最終手段だ。

 

 昭弘も束と共にT.P.F.B.本社へ訪れた際、彼等少年兵に会っていた。皆生き生きとしており、私兵として雇ってくれたT.P.F.B.には感謝してもしきれないといった思いを持っていた。

 

 昭弘はそんな彼ら少年兵の笑顔を見て、T.P.F.B.に対し複雑な感情を抱いた。

 昭弘はT.P.F.B.のことが正直気に入らなかった。子供を商売の道具にすることがどれ程薄汚れたものなのかは、昭弘自身がその身をもって体験している。“物”としてぞんざいに扱われる日々、過酷で危険な仕事、いつ死ぬかもしれないという恐怖。それと同じことを、T.P.F.B.が子供たちにやらせていると思っていたのだ。

 だからか生き生きと仕事に励む少年たちを見て、昭弘は何が正しいのか何が間違っているのか解らなくなったのだ。分かったことは、彼等少年兵がT.P.F.B.を慕っているということだけだった。

 

 昭弘は、そんな彼等少年兵のことを唯々心配する。昭弘にとって彼等の境遇は最早他人事ではない。

 変わらず元気にやっているのか、T.P.F.B.の技術者共に騙されてはいないか。今の自身と似ている様で似ていない境遇の彼らを、昭弘は気にかけずにはいられない。

 

《彼等にも本当に感謝してますよぉ↑。彼らが我々を護ってくれているからこそ、我々も日々の業務に集中できる訳ですからねぇ↑。貴方様のことも「MPS乗りの誇りだ」と良く言っておられます》

 

 昭弘は、このデリー・レーンという男に対して束とはまた違った不気味さを感じていた。

 少年兵を商品や実験体としか思っていない割には、まるで彼らに敬意を払っているような素振りも見せる。昭弘に対してもそうだ。物としか見ていない癖に、今回の様に不必要な連絡を入れてくる。デリーが何を考えているのか、昭弘には良く解らないのだ。

 それとも、社会に身を置いている商人という人種は皆こうなのだろうか。

 

 一先ずこの男には仕事のこと以外では関わらないようにしようというのが、昭弘の出した結論だった。

 

「アイツらが変わらずやっているならそれでいい。そんじゃもう切るぞ?明日も早いんだ」

 

《はいは~い↑!もし差し支えなければ束様にも宜しく言っておいて下さいましぃ↑。何故か我々からでは一切連絡が取れませんのでぇ》

 

「わかった。そう伝えておく」

 

 そう短く返すと、昭弘はそそくさと逃げるように通話を切った。

 その後昭弘は静かにベッドに腰を下ろす。考えることは“今の自分”についてだった。

 

 自分は本当に此処に居ていいのだろうかと、昭弘はそう思わずにはいられないのだ。

 本来なら昭弘は、彼等少年兵と同じ道を辿っていたかもしれないのだ。それが何の因果か篠ノ之束という天災に偶然拾われ、此処IS学園という学校で平穏な日々を送っている。

 昭弘は、そのことに少なくない罪悪感を覚えているのだ。自身がこうしている間にも彼等少年兵は戦場で生きるか死ぬかの瀬戸際であり、大人たちから理不尽な暴力を受けている。

 

ゴッ!!

 

 昭弘は、右拳の甲の部分で己の額を殴った。

 

(しっかりしろ!どんなにウジウジ考えたところで過去は変えられねぇ)

 

 変えられないのなら、今も戦っている少年たちの分まで今を必死に生きるしかないのだ。

 昭弘はそう自身に言い聞かせて、半ば無理やりプラスの思考へと引っ張ろうとする。

 明日からまたIS学園(此処)での日常が始まるのだ。自身の身勝手な罪悪感にクラスメイトまで巻き込む訳にはいかない。

 

 そんなことを考えながら昭弘は部屋の明かりを消しベッドに潜り込み、瞼を閉じる。

 

 此処での日常に備えて。

 

 

 

 

 

―――――翌日 08:11―――――

 

 屈強な男が、その風貌に似つかわしくない制服をキッチリと身に纏いながらIS学園の廊下を歩いていく。

 

 すれ違う女子生徒たちは、そんな彼を見ると反射的に目を逸らしてしまう。理由は簡単、恐いからだ。しかし少数派ではあるが彼の制服越しでも解る屈強な肉体を一目でも拝もうと、頬を赤く染めて凝視している女子生徒も居るには居る。

 そんなすれ違う女子生徒たちの反応に一切動じず昭弘は1年1組の教室に辿り着き、扉を左に引いて入室する。

 

「おはよう」

 

 昭弘はそう短く朝の挨拶を発する。

 

 箒、一夏、本音の3人が自然な調子で昭弘に挨拶を返すと、他の生徒達もそれに続いて若干震えが混じった声で昭弘に返す。

 

 昭弘が座席に着いた直後、同じく教室右前方の扉がガラリと引かれ、セシリアが入室してくる。

 彼女は先ず皆にさらりと挨拶すると、直ぐ様一夏の下へと軽やかな足取りで駆け寄る。

 

「一夏!おはようございますっ!」

 

「おっ!?おう、おはよう()()()()

 

 桃色の笑顔で挨拶をしてくるセシリアに、一夏は困惑しながら返す。

 そんな馴れ馴れしく自身の想い人に近づくセシリアを、鋭く睨みつける箒。

 

「わ~いセッシーだ~おはよ~。ぎゅ~~っ」

 

「はぁ…はいはいおはようございます布仏さん」

 

 毎日どれだけあしらってもそれを上回る勢いで距離を縮めてくる本音に対し、セシリアは諦めの籠った挨拶をする。

 

「その…挨拶をする度に抱き着いてくる癖はどうにかなりませんの?」

 

「だって~~セッシーは抱き着き心地が良いというか~」

 

「何ですの抱き着き心地って…」

 

 セシリアは困惑と疲労が混ざった表情をしながら、後ろから抱き着いている本音の拘束を優しく解く。

 

 

 そんなセシリアが、本日最初の目的を果たすべく向かうは昭弘の席だ。

 そして早くも、座していて尚巨大な青年と真正面から対峙する。

 

 1年1組に一週間半ぶりの緊張が走る。今度は何を言う気なのだと、ビクビクしながら皆は2人の様子を伺う。一夏は不安気な表情で2人を見つめ、箒は既に臨戦態勢でセシリアを注視している。正に虎と龍の再会だ。

 しかしセシリアの表情からは、昭弘に対する侮蔑の様なものは感じられなかった。

 

 直後セシリアは身体を前方へ90度に曲げて、その姿勢を維持しながら次の言葉を発した。

 

「昭弘・アルトランドさん。貴方の背中の突起物を皆の前で侮辱したこと、心の底から後悔しておりますわ。…大変、申し訳ございませんでした」

 

 その言葉に皆唖然とする。あのプライドの塊の様なセシリアが、あれだけ忌み嫌っていた昭弘に謝罪したのだ。しかも、あんなにも腰を折り曲げながら。

 昭弘が口を開こうとするより前に、セシリアが謝罪を続ける。

 

「それと…貴方をモルモット呼ばわりしたことに関しても猛省しておりますわ。既に口から出てしまった言葉が消せないことは重々承知しておりますが、それでも謝らせて下さい。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 昭弘は意外そうな顔をしながら、未だに腰を深々と折り曲げるセシリアを見る。あの時の口約束に、その件まで謝って貰うとは一言も言っていなかったからだ。

 セシリアは姿勢を元に戻すと、真剣な、と言うよりも何処か悔しげな面持ちで更に言葉を連ねる。

 

「貴方が今迄どの様な血の滲む努力を重ねてきたのかは、私にも測りかねます。確かな事は、貴方が私よりも“強い”ということ。出自等関係無く、その一点だけは私も認めざるを得ませんわ」

 

 セシリアがそこで言葉を区切ると、今度は昭弘が口を開く。

 

「…ならばオレからも謝罪の言葉を贈らせて貰おう。オルコット、すまなかった。オレもアンタを誤解していた」

「だがあの戦いでオレも気づいた。アンタにも譲れない何かがあるということをな」

 

 謝罪の後そうセシリアのことを評すると、徐に右手を差し出す。

 

「だからまぁ今までの事は水に流して、仲良くしてくれると嬉しいんだが」

 

 セシリアもまた呆気に取られていた。

 まさかアレだけ罵声罵倒を浴びせた相手から逆に謝罪されるとは夢にも思わなかったのだ。しかも極めつけには仲良くして欲しいと来たものだ。

 ここまで来るとお人好しを通り越して何か裏があるのではないかと、貴族特有の勘繰りが働いてしまうセシリア。

 

 そういった勘繰りを抜きにしても、セシリアは昭弘とは特別仲良くなろうとは思わなかった。

 無論昭弘への謝罪の気持ちは本物であるし、自身よりも腕が立つ強者だということも認めてはいる。しかし、それが仲良くする理由にはならないのだ。

 

 実際セシリアは少年兵への憎しみを捨てた訳ではないし、昭弘とMPSの背後関係への疑念も失ってはいない。

 何より彼女自身、昭弘とは馬が合わないと分かりきっていたのだ。貴族令嬢と元少年兵。考え方や価値観が余りにもかけ離れている事は、火を見るより明らかだ。それに先の戦いでも解ったことだがお互い我が強く、それこそ相手が負けを認めるまで己を貫き通そうとする。

 自分と彼は正に水と油だ。

 

 そんなことを考えながらも、温和な笑みを浮かべたセシリアは昭弘からの握手をきっちりと右手で握り返す。

 

「…ご厚意、感謝致しますわ。しかしながら単刀直入に言わせて頂きますと、「仲良くする」ことに関しては丁重にお断りさせて頂きますわ。気の合わない相手と無理をして仲良くする程、私も大人では御座いませんの」

 

 どうやら振られてしまった様だ。

 たがそれならそれで構わない。無理して仲の良い振りをするのも可笑しな話だ。

 故に昭弘は握手の意味合いを少し変える。

 

「それじゃあこれは“仲直り”ではなく、“互いの強さを認める”握手にしないか?」

 

 昭弘がそう提案すると、セシリアも笑みの種類を温和から不敵へと変貌させて同意する。

 

 

 そのやり取りが終わると、クラス中から安堵の息が漏れる。

 この一週間ずっと2人の間で険悪な雰囲気が続いていたのだ。まるで骨を抜かれた様に、皆の身体から力が抜けていく。

 

「えぇ~?セッシーとアキヒーにはもっと仲良くなって欲しいのに~~」

 

 どこか不満そうな顔をしながら発言する本音に、セシリアの不敵な笑みは困惑に上塗りされる。

 

「そんなこと言われましても…」

 

「オレも2人にはできれば仲良くなって欲しいなぁ」

 

 今度は一夏がそう言うと、セシリアは途端に態度をコロっと変える。

 

「一夏まで!?…一夏がそう仰るのでしたらまぁ…仲良くしてやっても良くってよ?アルトランド」

 

 唖然。

 さっきまでの貴族令嬢らしい貫禄は、一体何処に置き去ってしまったのだろうか。「恋は盲目」とは恐ろしい言葉であると昭弘は実感した。

 そんなことを考えながら、昭弘は心底呆れ果てた視線をこれでもかという程にセシリアへ向ける。

 

「む?何ですのその目は?それよりホラぁ前言撤回ですことよぉ?貴方の望み通り仲良くして差し上げますわよぉ?一夏の為に

 

 セシリアから挑発的にそう言われると、昭弘は先程の自身の発言を心底悔やんだ。そしてこの『捻くれ貴族令嬢』を突き放す様に次の言葉を放った。

 

「…オレも前言撤回だ。お前とだけは死んでも仲良くならん」

 

「なっ!?全くこれだから野蛮人は!柔軟な考え方を持ち合わせていないのですわね!」

 

「何が柔軟な考え方だ。大好きな誰かさんに振り向いて欲しいだけだろが」

 

 普段の仏頂面で冷たくそう返すと、セシリアは大袈裟に取り乱す。

 

「何故そのことを!?」

 

「…逆にアレで隠していたつもりなのか?」

 

 昭弘の爆弾発言も、「誰のことだろう」と首を傾げる一夏には被弾しなかった。お前のことだよ朴念仁。

 

「兎に角!私と仲良くなさいアルトランド!」

 

「断る」

 

「しなさい!」「断る」「しなさい!」「断る」「しなさい!」「断る」

 

 まるで子供の様な押し問答を繰り広げる2人に、周囲は再びの困惑を迎える。

 

「良かった~。オリムーのお陰で2人とも仲良くなった~~」

 

「いや…多分違うと思うぞ?うん」

 

 本音の楽観的な発言に、冷静なツッコミを入れる一夏であった。

 

 

 一方で、事態の余りの急展開についていけなかった箒であった。




こんな感じに仕上がりました。
ISとのシンクロ率云々は完全にうろ覚えです。
あと、ようやくT.P.F.B.のトップの名前と声だけ出すことができました。
昭弘のリミット解除は大分先になるかと思いますが、今後の展開に乞うご期待ください。
最後に、のほほんさんかわいい。


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第7話 戦士たちへの労い

今回は日常回です。
話は中々進みません。あと、チッフが若干ポンコツ化してる・・・かもです。
ISの実技演習や鈴の登場は次回に持ち越しちゃいます。すみません。


―――――4月18日(月) 08:30―――――

 

 朝のチャイムが鳴ると同時に、千冬と真耶が1年1組へ入室する。

 

 クラス全員の出席を取り終えいよいよSHRへと入る前にセシリアが挙手し、この場を借りての発言を求めてきた。

 内容は、平たく言えばクラスメイト皆への謝罪であった。この1週間自身の高圧的な態度や聞く者を不快にする様な発言をしてきたこと、昭弘に対して行ったソレと同じく謝罪したのだ。一夏に対しては特に大袈裟に今までの無礼を謝罪した。 

 そして、今後ISに関して何か解らないことがあったなら是非自分のことを頼って欲しいとも。

 一応、先程未だ教室に居なかったクラスメイトにも配慮して、昭弘には既に謝罪を行った旨も説明しておいた。

 

 皆、そんなセシリアの謝罪を快く受け入れてくれた。

 

 

 そんな訳で少し遅れてSHRが始まった。時間も押しているので、千冬は間髪入れず議題に入った。

 

「ではこのSHRを利用して、()()クラス代表を決めたいと思う」

 

 千冬のその発言に、クラス中が頭に疑問符を浮かべる。クラス代表は昭弘で決定した筈では、と。

 

 皆の疑問を無言から汲み取った千冬は、したり顔で説明する。

 

「何も私は勝った者をクラス代表にするとは一言も言っていないぞ?」

 

 千冬の答えに、皆呆気に取られるが同時に安堵もしていた。入学初日程ではないにしろ、未だクラスメイトの大半は昭弘への苦手意識が拭えていない。

 では何の為の模擬試合だったのかとセシリアが抗議する前に、千冬は話を進める。

 

「クラス全員に再度問う。誰が良いと思う?()()()()は問わん」

 

 千冬がそんな一声を投げかけると、そう短くない静寂が1年1組を支配した。

 しかし、1分程経過するとやがて挙手をする者が現れた。それはセシリアではなく、以外にも一夏であった。

 

「チフ…織斑先生、その……オレにクラス代表をやらせてくれませんか!?」

 

 突然の申し出に、クラス中が一夏へ視線を送る。

 

「ほう随分な気の変わり様だな?」

 

 そんな口調の千冬に対して一夏は彼女が理由を求めているのだと解釈し、これまでの気持ちの変化を語り始める。

 

「最初に他推されたのは、正直嫌でした

 

 ISに関して殆ど知識も無く動かし方すら良く解ってない状態では、絶対無理だと頭を抱えたくもなろう。おまけにIS自体にも興味関心が薄いようでは、ヤル気も起きまい。

 

「けどこの一週間皆からISについて色々教わって、改めて「ISって面白いな」ってなったんです。何よりセシリアや昭弘との模擬戦を通じて、もっともっと強くなりたいと思うようになったんです」

 

 皆の助力が着火材となって、一夏の心に火を付けたのだ。

 

「だからクラス代表をやってみようと思ったんです。代表になればISについて色んな角度から関われるようになるかもだし、 模擬戦の機会も増える」

 

 流石に「千冬姉を護りたいから」とは、この場では言わなかった。

 そこまで言い終えると、一夏は申し訳無さそうに周囲を見渡してから再び口を開く。

 

「…クラスの皆にも迷惑を掛けるかもしれません。1組への指導方針だって、オレに合わせることになるんだろうし。もしそれでも良いと言うなら、オレがクラス代表になっちゃ…ダメですか?」

 

 一夏のその真摯な態度に、千冬は一瞬だけ柔らかい笑みを溢すと再びクラス全員に向き直る。

 

「だそうだ。皆、織斑がクラス代表となることに異議はあるか?」

 

 千冬からの確認に対して、先ずは昭弘とセシリアが返す。

 

「それだけ意欲が有るんなら、オレは一夏がクラス代表で異論は無いっす」

 

「私も、今回の模擬戦で少し頭を冷やしましたわ。冷静に考えてみればクラスの皆さんには失礼かと思いますが、私やアルトランドの実力に合わせるとなると皆さんもついていけなくなると思いますし」

 

 2人の意見を聞くと、千冬は「他には?」と周囲を見渡す。

 

「私も織斑君で良いと思いまーす」

 

「私もそう思います。というか先の模擬戦を観た限りだと、少なくとも私たちよりかは実力あると思いますし」

 

 一応、反対者は出なかった。納得の行かない顔をした生徒も若干名いたが、意見を口に出さない以上数には含めない。

 

 もう少しだけ周囲を見渡すと、千冬は締切に入った。

 

 

 

―――廊下にて―――

 

 朝のSHRも終わり、千冬と真耶は職員室へと歩を進めていた。

 すると千冬は、真耶からの懐疑的な視線に気づく。

 

「どうした?山田先生。私の黒髪に白髪でも混ざってたか?」

 

 等と千冬がすっとぼけると、真耶は皮肉交じりに言葉を放つ。

 

「…良かったですね。()()クラス代表が決まって」

 

「全くだ。これで君も解っただろう?私の考えが」

 

「…織斑先生、失礼を承知で訊きますがまさか「結果オーライ」だなんて考えていませんよね?」

 

 真耶が笑顔で且つ静かな怒気の入った声で尋ねると、千冬はまるで悪さをして飼い主に問い詰められてる家犬の様に首ごと真耶から視線を逸らす。

 

「お・り・む・ら・せ・ん・せ・い?」

 

 そう言いながら真耶が千冬の顔面がある方に回り込むと、千冬は観念したのか深く息を吐いた後素直に白状した。

 

「…ああ、君の想像通りだ。今回の模擬戦については、完全なる「結果オーライ」だ」

 

「…つまり「戦わせれば何とかなるのではないか?」…こういうことですね?」

 

「…………うむ」

 

 その力無い返答を聞いた真耶は、呆れによって身体中の空気が抜けた様に首をガクンと下げてしまう。

 確かに結果だけ見れば実に素晴らしいものだ。昭弘とセシリアの険悪さは成りを潜め、クラスの雰囲気も良くなり、おまけにクラス代表も無難な人選となった。

 しかしまた別の結果も有り得たのだ。やり方としては千冬らしいが、真耶は千冬が「凄さ」と同時に併せ持つ「危うさ」をも改めて実感した。

 

 今後は、自分も副担任としてしっかりせねばと真耶は今迄以上に「教師」として意気込んだ。

 ただ、未だに罰の悪そうな顔をしている千冬を見て「流石に言い過ぎたか」と思い至った真耶は、千冬のフォローに入る。

 

「まぁその…織斑先生のそういう大雑把な所も含めて、私は貴女を尊敬していますよ?ただ、今後は私にも是非意見を求めて下さいね?私はインターン生ではなく、副担任なんですから」

 

 真耶の露骨なフォローを察したのか、千冬は苦笑いを覗かせながら返答する。

 

「ありがとう山田先生。私よりも君の方が余程教師らしいよ」

 

「そ、そんなこと無いですよ!私だって、今回のクラス代表選出は傍観していた様なものですし」

 

「HAHAHAHA!まぁ、お互い今回のことを次の糧にしようじゃないか。なんせ我々は、教師としてはまだまだ未熟も未熟なのだからな」

 

 何やら開き直るための出汁に使われた気がしないでもない真耶であった。

 

 そんなことを考えていると、千冬がもう既に10歩程前を歩いているので慌てて真耶は追いかける。

 

 

 

 

 

―――放課後―――

 

パァン!!パパァン!パン!

 

 食堂にて、軽快なクラッカー音が空間を震わせる。

 

「「「「「織斑くん!クラス代表就任おめでとうございまぁす!!」」」」」

 

 困惑する一夏を他所に、勝手に盛り上がり始める1年1組のクラスメイトたちであった。

 

 一夏のクラス代表就任を記念して、食堂を使ったパーティが開かれたのだ。放課後且つ他の部活動の迷惑にならないという条件付きで、許可が下りた。

 実は今回のパーティ、入学初日から相川らが密かに計画していたものだった。食堂の貸し切りも、先週の月曜日に済ませておいたらしい。凄まじい行動力である。

 一応IS学園の防音対策はしっかり為されているし、学食周囲には決まった部活動も無いので特に問題は無い。実際此処は、放課後クラスの集まりに偶に使われていたりする。

 

 一夏の両脇には、右手側にセシリア左手側に箒が控えており両者の間で陣取り合戦が行われていた。

 昭弘は、そんな三者の様子を少し離れた所から微笑ましく見ていた。

 

「貴様!さっきから鬱陶しいぞ!」

 

「鬱陶しいのは貴女ですわ!」

 

 箒とセシリアが言い争っている間に、今度は他の女子生徒たちが一夏の隣を陣取る。

 

 一夏は心底疲れ切った眼だけを昭弘に向けて助けを求める。

 

(オレが行っても周囲の居心地が悪くなるだけだしな…)

 

 そう申し訳なさそうな顔をしながら、昭弘は一夏の懇願の眼差しから目を背ける。

 

 昭弘の表情を見て、一夏は自身の懇願とは関係無しに一抹の虚しさを覚える。折角のパーティで友人が一人で居るのは、一夏にとっても気分の良いものではないだろう。

 一夏は未だセシリアと口論を続けている箒にアイコンタクトを送ると、一夏と付き合いの長い箒はそれだけで彼の考えを察した。

 

「あっ!織斑くん!何処行くの?」

 

「ちょっ!篠ノ之さん!逃げる気ですの!?」

 

 2人して昭弘の方に向かうと一夏が昭弘の右肩、箒が左肩を掴み半ば強引に昭弘を連れて行こうとする。

 

「いやしかし、オレまで居るt「「いいから来い」」…わかったよ」

 

 有無を言わせぬ2人に押し切られた昭弘は、後ろめたい気持ちを隠しながら皆が居るテーブルへと赴く。

 

「わぁ~~い、アキヒーも来た~~」

 

「一夏のご厚意に感謝することですわねアルトランド」

 

 本音とセシリアが対照的な反応をしながら昭弘を迎え入れた。

 

 昭弘が来た途端、やはりと言うべきか先程の賑わいがピタリと止んだ。

 連れてきた張本人である一夏と箒も、どうにか話題を切り出そうと必死に頭を振り絞る。がしかし、いくら頭を捻ってもクラスメイトと昭弘との共通の話題が見つからない。すると―――

 

「…皆はもう学校生活に慣れたか?」

 

 意外にも、昭弘からクラスメイトに話しかけてきたのだ。

 

「えっ?あ…はい、それなりには…」

 

 一人がそう答えると、昭弘は静かに笑みを溢しながら返した。

 

「そいつは何よりだ。オレはまだまだ此処での生活に慣れてなくてな。皆はどうなのか、少し気になってたんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 谷本が意外そうな反応を示す。昭弘が余りに普段から落ち着いてる為、もう慣れたものとばかり思っていたのだ。

 

「そんなこと無いさ。何せ今迄、此処とはまるで違う世界で生きてきたんだからな」

 

 昭弘が今迄やってきた事は、平たく言えば“人殺し”だ。確かに鉄華団を立ち上げてからは強い目的意識を持つようにはなったが、仕事の内容は以前とほぼ変わることはなかった。

 束達と過ごした2ヶ月間を以てしても、昭弘の根幹に染み着いた“日常”までは変わることが無かった。

 

 そんな昭弘にとって此処IS学園は、言うなれば「別の惑星」に等しい場所であった。

 子供が誰一人として武装しておらず、 緊急時に“殺す殺される”と言うこと自体想定されてないのだ。

 「先生」と呼ばれる大人たちも暴力を振るうどころか常に子供たちを心配しており、暖かい目で見守っている。少なくとも昭弘にとって大人は子供を殴って当たり前、子供は大人に殴られて当たり前だった。

 他にも細かい違いは有るが、挙げるとキリがないので省略する。

 

「本当に此処は何もかもが違う。勿論それは良いことだ。この一週間と少しの間で誰も死んでいないのが、その理由だ」

「誰一人死ぬことなく、皆日々の勉学や活動に生き生きとしながら取り組んでいる。…時々オレは思うんだ、此処は「天国」なんじゃないかってな。実際のオレは()()()()()()()()()()()、今迄頑張ってきたオレへの褒美として誰かがこの平穏な世界をくれたんじゃないかってな。まぁ実際に人を殺しまくったオレが、天国に行けることはないと思うが」

 

 クラス一同、真剣な面持ちで黙って昭弘の話を聞いていた。そして、その途方もない位に異なる“価値観”を脳内にしっかりと刻んでおいた。

 学校という閉鎖された空間、決して楽ではない授業、人間関係、規則・規律。自ら望んで入学したにしろ、彼女たちにとってそんな日常は決して天国などではなかった。そんな当たり前の日々の繰り返しも、昭弘にとっては1日1日が掛け替えの無いモノなのだ。

 

 そんなことを考えただけで、彼女たちは自分自身が酷く情けなく思えてしまう。これだけ恵まれた環境に身を置いていると言うのに、何を日々の学校生活に疲れた気でいるのかと。

 

「話が長くなりすぎたな。…そういや、今回のこの「パーティ」とやらは誰が企画したんだ?」

 

 昭弘が周囲にそう尋ねると、相川が吃りながら名乗り出る。

 

「わ、わわ、私ですっ!その…お気に召してくれましたか?」

 

 パーティの主役は一夏だから自身に訊くのは筋違いな気もすると昭弘は考えたが、彼女の為にも素直に答える事にした。

 

「まぁ、皆で騒ぐのは存外嫌いじゃない」

 

 昭弘の返答を聞いて相川は胸を撫で下ろし、緊張で強張っていた表情を緩ませる。

 確かに、主役が居るとは言え皆で楽んでこそのパーティだ。だからか相川なりに、折角のパーティで少し距離を置いている昭弘のことが少し気懸りだったのかもしれない。

 

 

 その後は雰囲気も元に戻り、彼女たちの雑談は続いた。

 

「ねぇねぇ!オルコットさん!“アレ”やってよ!」

 

 アレとは何の事か身に覚えの無いセシリアは、クラスメイトからの“謎の要求”に首を傾げる。

 

「ホラ!この前アルトランドさんと戦った時のあの“凶悪な笑み”!私達アレ見てオルコットさんのファンになっちゃったんだよねぇ!」

 

 彼女達4人の瞳は、期待の光で満ち溢れていた。

 

「は、はぁ…(何ですのこの方たちは!?俗に言うマゾという奴ですの!?)」

 

 内心で動揺しながらも、セシリアは彼女たちの要求に応えようとする。

 この1週間クラスの雰囲気を少なからず悪くしていたので、少しくらいならクラスメイトからのお願いには応えたいのだ。一夏との絡みを邪魔されたのは癪だが。

 

 一つ小さくため息を吐きながら、セシリアは彼女たちに向き直る。

 

……ギロリ

 

「「「「きゃーーーーーッ!!!」」」」

 

 黄色い歓声が食堂に響き渡る。

 

 対して引き攣った笑いを浮かべるセシリアは、彼女たちから僅かに距離を取る。

 

「確かにかっこいいな!やっぱアレか?お嬢様が普段見せない「ギャップ」みたいなのもあるのかな?」

 

 一夏からそう言われて、セシリアの引き攣った笑みは満面の笑みへと変貌する。脳内が一夏が関わるとお花畑に変貌する苗床にでもなっているのだろうか。

 

 そんなセシリアに、箒は嫉妬の眼差しを向けながら呟く。

 

「フン!馬鹿共が」

 

「お前も一夏にやってみたらどうだ?」

 

 脳内が一夏が関わると沸騰する鍋になっている箒は、昭弘の言葉で取扱説明の通り顔を赤く染める。

 

「だ、誰がやるか!」

 

「えぇ~?しののんもやってよぉ~~」

 

「布仏さんまで…」

 

 流石の箒も本音の頼みは中々断れないのか、一夏に顔を向けることにした。結局やるようである。

 

「うん?どうした箒?」

 

 地よりも深く呼吸をし、顔の表情を両手で軽く解すと自身の思い描いた「かっこいい笑み」を浮かべる。

 

………ギロリッ

 

「うぉ恐ッ!?ど、どうした箒!?オレまた何かやらかしたか!?」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 箒は一夏に向けた“表情”をそのままに、椅子を両手でブン回しながら一夏を追い回す。

 

 取り敢えず、暴れる箒を止める為に重たい腰を上げる昭弘。

 熱せられた鍋を持つ時は必ず取っ手を掴むのだぞ昭弘。

 

 

 

 その後、新聞部副部長『黛薫子』が食堂へと訪れ、昭弘・一夏・セシリアに今回の模擬戦についてインタビューを繰り出していった。

 ただこれらは彼女にとって前座で、最大の目的は1年1組の記念撮影だ。いくら記事が面白くとも、写真が無ければ華がない。

 

 まさかのサプライズに歓喜の叫び声を上げる1組一同は、黛の指示に従って早速並び始める。

 

「そうそう!織斑くんが真ん中に…ってこらこらオルコットさん篠ノ之さん!織斑くんを取り合わないの!アルトランドくんは…そうだ!腕を組んで端っこで仁王立ちしてみて!良いねぇ!!何か担任の先生みたい!顔はもっと眉間に皺寄せて…そうそう!コワカッコイイ!」

 

 暫くして全員顔が見える位置に並び終えると、黛がシャッターを切る。

 

「はいそんじゃ撮るよぉ!あいえすぅぅ~?」

 

「「「「「がくえぇぇ~~~ん!!!」」」」」

 

カシャアッ!

 

 

 

 

 

 クラス代表就任パーティも終わり、パーティ用の装飾で彩られていた食堂は普段通りに戻っていた。

 

 辺りもすっかり暗くなっている中、学生寮の裏庭にて昭弘と箒は斜面になっている芝生の上に腰掛けていた。一夏達には、話があるからと先に帰って貰っている。

 

「んで、話って何だ?また一夏関係か?」

 

「まぁ、それ()ある」

 

 「も」と強調した部分が昭弘は気になるが、取り敢えずこちらから切り出してみることにした。

 

「今回は()()()()だったんじゃないか?あそこまでお前が露骨にアピールしたんだ。流石の一夏も“何か”は感じたろう」

 

 そう言われて箒は仏頂面に照れを見せるが、何故か嬉しさの他に僅かな不満を覚えた。原因は当の箒にも解らない。

 

「それと同じ位オルコットの邪魔も入ったがな」

 

「しょうがない。男のオレから見ても、一夏は十分ハンサムの部類に入る。倍率も高くなるさ。大体、周囲を蹴落としてでも独り占めしたいものなのか?皆で仲良く愛せばいいじゃねぇか」

 

 昭弘の意見に、箒は激しく反論する。

 

「そんな訳が無いだろ。好きな相手に一番に愛されたいのは、男女問わず当たり前の感情だ」

 

 一夏は私だけのものだ。要するに箒はこう言いたいのである。一見身勝手かも知れないが、日本での恋愛とはそう言うものだ。

 

「じゃあ蹴落とされた奴はどうなる?皆が皆、負けて「はいそうですか」と引き下がるのか?」

 

「ッ!……敗者のことなど知らん」

 

 箒がそう突っ返すと、昭弘はそれ以上何も言わなかった。これ以上は、自分の考えや常識を相手に押し付けている様で気分が悪い。

 箒の一夏についての話は、昭弘の奇妙な恋愛観のせいで途切れてしまった。

 

 暫く両者の間で沈黙が続くと、またも昭弘から言葉が投げかけられる。

 

「さっき「それもある」と言ったが、もう一つの話ってのは何だ?」

 

 そう言われて箒はハッと顔を上げる。それは「話したいこと」と言うより「訊きたいこと」と言った方が正しい表現だった。

 

「…その、無理に答えなくてもよいぞ?」

 

 言ってみろと、昭弘は顎を軽く上下させて箒に促す。

 

「……ラフタという女性だ。一体どんな人だったんだ?」

 

 そう、箒は昭弘と初めて会った時からそのことがずっと気になっていた。今の今迄、一夏の特訓やら何やらで訊く機会が中々無かったのだ。

 確かにあの時の昭弘の取り乱し様を見たら、どんな人間なのか気にもなる。今思えば随分こっ恥ずかしい間違えであった。

 

 ま、ラフタの為人くらいなら話してもいいだろう。組織やモビルスーツの部分を伏せればいいだけだ。

 

「名前は『ラフタ・フランクランド』。兎に角明るい人だったな。年上とは思えないくらい、普段から元気と活気で満ち溢れていた。ムードメーカーって奴だったのかもしれん。結構好戦的な部分も多かったがな」

「金髪で髪を後ろで2つに縛っていてな、あとマニキュアとかいうのを爪によく塗っていた」

「それに、オレは彼女のことを人として尊敬していた。未来をしっかり見据えていて、そこに続く道を臆せず選択できる人だった」

 

 箒は昭弘からラフタの詳細を訊いて、自虐じみた笑みを浮かべてしまう。

 

「私とは真逆だな、ラフタさんという人は。会っただけで嫉妬してしまいそうだ。まぁ好戦的な所は似ているかもしれんが」

 

「…もう二度と逢えないがな」

 

 昭弘の反応を見て、箒は自身の何気ない一言を心の奥底から悔やんだ。

 

「す、すまない昭弘」

 

「フッ、気にすんな」

 

 その後、またも沈黙がその場を支配する。風によって草木の擦れ合う音だけが、その裏庭に響いていた。

 そんな沈黙の後、今度は箒から口を開く。

 

「…昭弘はその女性(ひと)のことが“好き”だったのか?」

 

「!…―――

 

 

―――――ぎゅーーーーーっ!!!―――――

 

 

―――…異性として意識していたのは確かだろうな。だがそれが恋心だったかどうかは、オレにも解らん」

 

 好きな異性を独り占めしたい気持ちが解らないのは、ハーレムと言う恋愛観を前世で学んだからというだけではない。昭弘自身、恋愛というものが何なのか良く解っていないからだ。

 

「そうか…」

 

 「恋心かどうか解らない」…箒は何故か、その言葉に強い“親近感”を覚えた。一夏に恋してるのは間違いないのにだ。

 

バンッ!

 

 箒が謎の親近感に浸っていると、唐突に昭弘の巨大な平手が箒の背中を襲う。

 

「お前も今自分が抱いている想いを大事にしろよ?そしてそれが恋心だと解っている内に、とっとと一夏に告っちまえ」

 

 ラフタの話の後だからか、箒には昭弘のその言葉に今迄以上の重みを感じた。

 

「…ありがとう昭弘」

 

 箒はそう言うと、昭弘は優しく微笑んでくれた。

 

 昭弘と話していると落ち着く。何でも余計な反応をせず聞いてくれるから、他人には話したくない事もつい昭弘には話してしまう。そして的確で気持ちのいい助言を与えてくれて、最後にはごく小さくだが笑ってくれる。

 幼馴染とも違う、ただありのまま全てを受け止めてくれる山脈の様な優しさを昭弘は持ってる。

 

 箒はそんなことを思いながら、昭弘と共に寮の正面入口へと歩いて行った。

 

 

 

「お帰り箒…ってどうした?熱でもあんのか?」

 

「…へ?」

 

 一夏にそう言われて初めて、箒は昭弘の微笑みを見た後から自身の頬が紅葉していたという事実に気づいた。

 

 本当に箒は身勝手だ。一番好きな人に一番愛されたいと言っておきながら、自身は無自覚にももう一人愛してしまっているのだから。



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第8話 来襲、中国娘

今回は意外と早く投稿できました。・・・内容は薄いかもですが。

そしてまさかのUA10000突破!
これも普段から愛読してくれている皆さんのお陰です!
それと、いつも誤字報告をしてくれる方、本当にありがとうございます。いや・・・あれでも投稿する前にちゃんと見直してるんですよ?・・・いやマジで。

それと、今更クッソ恥ずかしいミスに気づきましたが、「滑空砲」じゃなくて正しくは「滑腔砲」でした・・・。後で修正しときます。大変申し訳ございませんでした。


―――――4月19日(火) 夜―――――

 

 IS学園の正門前、一人の少女が仁王立ちしていた。

 女子の中でも比較的小柄で、茶色の髪は丁度両側頭部辺りで結んでいた。左右に伸びるそれは彼女の両肩より内側の部分で重力に逆らえなくなり、両肘より奥まで垂れるしかない。

 顔の各部位はどれも整っており十分美人の部類に入るのだろうが、彼女の表情からは勝ち気で血気盛んな雰囲気が伝わってくる。

 

 何故彼女が態々夜に訪問したのかと言うと、簡単に言えば道に迷ったのである。

 電車の乗り間違えが何度も重なった結果、日中に訪問する予定が大幅に狂ってしまったのだ。既に液晶携帯の履歴には学園からの着信が積み重なっていた。

 しかし彼女はそこまで動揺している様子は無く、寧ろ「遅れてしまったものはしょうがない」といった感じで開き直っていた。

 

「此処が『IS学園』ね」

 

 そんな彼女は、自身の身長に似つかわしくない巨大なボストンバッグを肩に掛けながら翡翠色の美しい瞳を輝かせていた。

 

「待っていなさいよ!一夏!」

 

 その名を嬉しそうに口に出すと学校の敷地に足を踏み入れるべく、歩を進める。

 

「……まっ、乗り越えちゃってもいいわよね。一応学園には遅れるって言っといたし」

 

 彼女自慢の身体能力で閉まり切っている正門を乗り越えると、センサーが反応して警報が鳴り響いた。

 

「うわっ!…ま、まぁアタシは明日から『此処の生徒』なんだし守衛さんたちも多めに見てくれるっしょ!」

 

 等と言った彼女の希望的観測は空しく駆けつけてきた警備隊からは厳重注意を受け、確認を取る為警備隊に呼ばれたIS学園の教員からもこっ酷く叱られ、彼女は転入前日から流したくもない涙を流す羽目になってしまった。

 

 

 少々みっともない登場を果たしてしまったが、彼女の名は『凰鈴音』。中国の代表候補生であり、此処IS学園の新たな仲間である。

 

 

 

 

 

―――――4月20日(水) 2時限目―――――

 

 その時刻は晴天。と言う程でもなく、見上げた先の青空と比較して4割程の雲が掛かっていた。

 

 場所はIS学園グラウンド。時々太陽の眼前を通過する羊雲が、ISスーツを纏って整列した1年1組の生徒たちの頭上を影となって覆ったり通り過ぎたりを繰り返している。

 そんな中、彼女たちの多くは何故か顔を赤くしながら目のやり場に困り果てていた。原因は寒さでは無く、ある人物の服装にあった。

 

「これよりISの機動演習を行う!まだ肌寒い季節だが辛抱してくれ!」

 

 白いジャージに身を包んだ千冬が、クラス全体にそう告げる。千冬の隣には昭弘、一夏、セシリアの3人が控えていた。

 すると千冬はクラスメイトたちの赤面に気付き、恐らくその原因であろう人物に訊ねる。

 

「…先の模擬戦時も思ったがアルトランド、ISスーツのデザインはもう少しどうにかならなかったのか?」

 

「オレはかっこいいと思うけどなぁ」

 

「えっ?…そ、そうでしょうか」

 

 昭弘のISスーツは、言うなればかなり際どいデザインをしていたのだ。

 全体的に黒色で、丁度心臓の部分には「白い炎」のようなイラストが描かれていた。そして、右脇腹付近には『T.P.F.B.』のロゴマーク。

 下半身はレギンスの様なモノを履いており、丈は足の踝まで伸びていた。しかし女子のまるでスクール水着の様なISスーツ同様素肌との密着率は極めて高く、昭弘の麗しい筋肉がそのまま浮き彫りになっていた。流石に()()()()()()まではその限りでは無かったが。

 上半身は更に凄まじい。最早タンクトップとほぼ同形であり、本来襟で覆われている筈の部分からは昭弘最大のチャームポイントでもある大胸筋が姿をチラつかせていた。そして何よりスーツ越しに筋肉が浮き彫りになっているどころか素肌に色を塗っただけなのではという程に、スーツが昭弘の筋肉に減り込んでいた。

 

 要するに途轍もなく“ガチムチ”な状態なのだ。

 

 因みにこのスーツの発案者はデリー本人である。何でも見る者にインパクトを与える為とか。

 

「…同種のISスーツしか持ってませんが」

 

 一体何の問題があるのだろうと、昭弘はキョトンとしながら訊き返す。

 

「年頃の女の子に見られて、何か思うことは無いのか?」

 

「いえ特には…」

 

 前世では上半身裸で過ごすことも多かったからか、この程度の露出なら気にもならない昭弘。例えそれが異性の前だったとしてもだ。

 余りにも昭弘があっさりと否定するので、千冬は最早問い詰める気も失せたのか溜め息交じりに次へと進む。

 

「…まぁいいだろう。さて諸君!先ずはこの3名による飛行演習を見学してくれ。それが終わり次第、諸君らにも訓練機『打鉄』に搭乗して貰う!」

 

 グラウンド脇には、訓練機『打鉄』が10機程並んでいた。

 

 先ず千冬が3人に出した指示は、IS及びMPSの展開であった。

 各々がIS・MPSを展開する中、皆まじまじと昭弘によるMPSの展開を凝視していた。

 

 各々が小声で感想を述べている中、昭弘とセシリアの展開は完了した。

 しかし、一夏だけは多少時間がかかってしまった。

 

「少し遅いぞ織斑。実戦じゃ相手はお前の準備を待ってはくれないのだぞ?」

 

《はい!すいません!》

 

 千冬の叱責に、一夏は素直に返事をする。クラス代表である彼は、こんなことでへこたれる訳には行かないのだ。

 更に千冬が次の指示を飛ばす。

 

「今度は3人揃ってその場から急上昇しろ!上空300mの所で静止。そこまで到達したら3分程好きな様に空中機動をやってみろ」

 

ドヒュゥッッ!!

 

 ブルー・ティアーズとグシオンリベイクはほぼ同時に離陸をし、ほぼ同時に目標地点に到達した。

 白式は最初の加速が遅れた為か、若干後に目標地点に到達する。

 またもや、千冬から叱責を受ける一夏であった。

 

「頭に角錐を思い浮かべる…上手く行かないなぁ…。スペック上は、加速やスピードなら白式がこの中で一番上な筈なのに…」

 

 自身に何が足りないのだろうと思い悩む一夏に、セシリアは優しく声を掛ける。

 

《焦る必要はございませんことよ一夏。さぁ?私と手を繋いで、少しずつ空中機動に慣れて行きましょう》

 

 がしかし、そのセシリアの提案に昭弘は反発する。

 

《いや逆だ。一夏、厳しいかもしれんが今の内に少し無茶な機動もやるぞ》

 

 セシリアが折角一夏と良いムードになろうと思っていた矢先に昭弘からの横槍が入ったので、当然彼女は気分を害する。

 

《お前の意見は聞いていませんことよアルトランド。大人しく私と一夏のフォローに入っていれば宜しいのですわ》

 

《放課後のアリーナ使用時間は限られている。こういう時に少しでも激しい機動に慣れておくべきだ》

 

《お前は教員でもない癖にそんなことを初心者同然の一夏にやらせて、彼や地上に居る皆様の身に何かあったらどう責任を取るつもりですの?》

 

《寧ろそうならない為のオレ達だろうが。そろそろいい加減にしとけよ?》

 

 ジワリジワリと、2人の間に存在する大気が歪んでいく様に一夏には見えた。

 セシリアはまるで蛇の様な鋭い視線を昭弘に送り、昭弘はグシオンの表情無きツインアイを不気味に光らせている。

 一夏はただオロオロしながらそんな2人を見ている事しかできなかった。

 

《おいお前らぁ!!喧嘩も良いがもう1分が過ぎたぞぉ!》

 

 ハイパーセンサーが拾った千冬の一声に、2人は我に返る。

 

《…すまなかった一夏。オレ達がフォローに入るから好きな様に動いてみてくれ》

 

《申し訳ございませんでした一夏…》

 

「お、おう!」

 

 一夏は内心千冬に感謝の言葉を送りながら、改めて2人の気の合わなさに戦慄した。

 

 

 3人の空中機動が終わった後、最後に千冬は急降下からの急停止を3人に命じた。目標は地上10cm。

 ティアーズとグシオンは丁度いいタイミングで態勢を立て直し、脚部スラスターを上手く利用して地上10cmでの急停止に見事成功した。

 一方の白式は完全に初速を誤り、猛スピードでグラウンドへと突っ込んで行ってしまった。地面に激突しそうになるところを上手いことグシオンとティアーズがキャッチしたお陰で、グラウンドに穴を開ける様な事態にはならなかった。

 

 その後は、打鉄を使っての本格的な機動演習へと入っていった。

 昭弘たちも他のクラスメイトを教えるべく、グラウンド内を行ったり来たりしている。

 

 

 

《浮いた浮いた~!。セッシーあっちの方行ってみるね~~》

 

《ちょっとお待ちなさい布仏さん!勝手にウロチョロしないで下さいまし!》

 

《えへへ~こっちこっち~~》

 

《お待ちなさいったら!!》

 

 

 

《緊張すること無いぞ谷本。いざISに振り回された時はオレが力尽くで押さえ付ける》

 

《はっはいぃぃっ!!》

 

(…増々緊張させちまったか?)

 

 

 

「ISを動かすことに慣れていない内は、先ず両腕両脚に重しを付けている状態をイメージしろ。いきなり生身の時と同じ感覚で動こうとすると、ISに振り回されるだけ振り回されて終了だ」

 

《はいっ!織斑先生!!》

 

 

 

「だっ大丈夫ですよ!?篠ノ之さん!こ、怖がること無いですよ!?」

 

《分かりましたから山田先生こそ落ち着いて下さい!》

 

 

 

 等と言った具合で、どうにか時間内に全員ISに乗ることができた。

 

 

 

 

 

 2時限目が終わった後の休み時間、1年1組はある話題で持ち切りだった。

 何でも今月末にクラス対抗戦があり、優勝クラスには学食のスイーツが半年間食べ放題になるとか。

 

「昭弘、確かクラス対抗戦って各クラス代表によるトーナメント戦だったよな?」

 

「ああそうだ。スイーツだかには興味無いが、お前にとっても今後に向けての良い刺激になるんじゃないか?」

 

「余り気負いすぎないことだ。だが普段世話になってる皆の為にも、無様な試合をしたらぶっ飛ばすからな?」

 

「箒お前!そんなこと言われたら嫌でも気負うわ!」

 

 3人が普段通りの会話をしていると、最近ではすっかり昭弘グループに入り浸りなセシリアも混ざってきた。

 

「一夏。どちらにしろ現時点で他クラスに専用機持ちは存在しません。訓練通りに戦えば、十分勝ち越せるかと」

 

「そんなに凄いのか?専用機って…」

 

 そう、それだけ専用機は桁違いの性能を有している。誰にでも扱える汎用型で生産性を重視している量産機とは異なり、その一個人の為だけに創り上げ、生産性をまるで無視した最新科学の“結晶体”。それが専用機と呼ばれる所以なのである。

 他のクラスメイトも、セシリアの発言に便乗する。

 

「セシリアさんの言う通りだよ!アタシたちなら楽勝だって!」

 

「そうそう!例の転校生の話も気になるけど、スイーツ無料券は1組のモノも同然!」

 

 その「転校生」という単語を聞き、昭弘たちは「この時期に?」と疑問を浮かべる。

 

 直後…

 

 

「その情報!古いよ!!」

 

 

 突如1組の右前方出入口からやけに凛々しい声が…否、()()()()()()()()()()()かの様な声が聞こえてきた。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に勝てるとは思わないことね」

 

 その“謎の人物”の姿を見て、一夏は目を丸くする。

 

「……鈴?お前鈴か!?」

 

「そう!中国代表候補生『凰鈴音』よ!!久しぶりね一夏」

 

 鈴音がそう決め台詞気味に返すと、一夏は苦笑いを隠しながら感想を述べた。

 

「そのキャラ全然似合ってないぞ?」

 

「う、煩いわね!」

 

 鈴音は一夏の感想に顔を真っ赤にしながら反応を返す。

 どうやらこちらの表情が、彼女にとってのデフォルトらしい。

 

 対して、箒は冷たい視線を一夏と鈴に送る。

 

「そろそろ2人がどういう関係なのか聞かせて貰えるか?」

 

 そう箒に凄まれ、一夏はおずおずと鈴音との関係を説明する。

 昭弘も一夏と親しい人間ということで興味があるのか、彼の話に耳を傾ける。

 

 話によると、鈴も箒と同じ幼馴染とのことだ。

 箒は小4の時に一夏の学校から他県へ引っ越してしまい、鈴は小5の時に箒と入れ違える様に一夏の学校へ転校してきたのだそうな。

 

 一夏が説明を終えると、鈴音は何故か得意げな表情を浮かべて箒に視線を送る。

 その箒にとって余りにも分かりやすい挑発に対し、彼女も負けじと嘲笑を浮かべながら左手を差し出す。

 

「篠ノ之箒だ。宜しくな、2 番 目 の 幼 馴 染 殿 ?」

 

「宜しくね~、遠 い 過 去 の 幼 馴 染 さ ん ?」

 

 両者はそう言いながら()()()()()()()()()と、引き攣った笑いを浮かべながら相手の左手を握り潰さん程に目一杯力を込めた。

 がしかし。

 

ゴスッ

 

「イタッ」

 

 昭弘が箒の頭に軽く手刀を入れたことにより、両者の睨み合いは一先ず中断される。

 

「初対面の相手に対してそれは無いだろう箒。()()で握手をし直せ」

 

「し、しかしだな昭弘」

 

「ホ・ウ・キ」

 

「…あーもう分かったよ昭弘!」

 

 昭弘に威圧され渋々右手を差し出す箒。鈴音もソレに倣って、半ば投げやりに右手を突き出す。

 両者が一瞬だけ握手を交わすと、昭弘は鈴音に弁明する。

 

「悪かったな凰。オレは『昭弘・アルトランド』だ」

「こいつもちと不器用なだけで、別に悪気は無いんだ。大目に見てやってくれ」

 

 昭弘がそう言うと、鈴音は顎に右手を当てながらまるで品定めするかの様に昭弘を見据える。

 

 昭弘・アルトランド。男性でも扱えるパワードスーツ『MPS』の(公式上では)最初の搭乗者。彼のIS学園入学が決定した時は、流石に鈴音も“不気味な何か”を感じた。IS至上主義の権化とも言われるあの国際IS委員会が、こんなにもあっさりとISの紛い物とその搭乗者の入学を認めるとは鈴音にはとても思えなかった。

 何か“裏”がある。根拠は無いが鈴音はそう睨んで、必然的に昭弘への警戒度も上げていた。

 

 しかし今の箒と昭弘のやり取りを見て、少なくとも彼がそれなりの良識を持っているということは分かった。

 

「へぇ~何か意外ね。アンタってニュースでしか見たこと無かったけど、もっと野蛮な人間かと思ってたわ」

 

「そんなことは御座いませんわ。野蛮人は所詮いつまで経っても野蛮人ですことよ」

 

「お前は黙ってろ“ヒネクレイジョウ”」

 

「お前も普段通り大人しくしてなさいなこの“筋肉ダルマ”」

 

 今度は昭弘とセシリアが不毛な言い争いを開始しようとする。当初ビリビリしていた龍虎も、今じゃまるで柴犬と三毛猫の小競り合いだ。

 

 段々と、鈴音は昭弘を警戒するのが馬鹿らしくなっていった。元々他人を疑うことが好きでない彼女は、「無理に警戒する必要も無い」とマイナスの思考を一旦切り離すことにした。

 

 

 

 鈴音が2組に去った後、昭弘は先の己の言動について考え込んでいた。

 

(…流石にお節介が過ぎたか?)

 

 昭弘は、先程箒に行った叱責を思いの外気にしているのだ。「いつからお前はそんなに偉くなったんだ」と。

 

 しかし、それだけ昭弘が箒のことを心配しているのもまた事実だ。正直な所、彼女は昭弘や一夏、本音位しかクラスで話せる相手が居ない。本音も様々なクラスメイトと交流している為、普段から箒と一緒に居るわけでは無い。そう考えると実質的には、昭弘と一夏しか話相手が居ないのだ。

 先程の鈴音や先日のパーティにおけるセシリアへの態度からも判るように、箒は一夏に近寄る女子を快く思っていない。それは即ち、1年1組の大半のクラスメイトを快く思っていないということになる。

 

 クラスメイトたちも箒からそんな風に思われていては、嫌うとまでは行かずともいずれは悪い印象を抱くだろう。例え箒がそれで構わなくても、友人である彼女が皆からそう思われるのは昭弘だって嫌なのだ。

 

 自分がやっている事はきっと余計なお節介なのだろう。それでも、だからと言ってこのままの状態を傍観する訳にも行かない。

 

(難しいもんだな、此処での人間関係ってのは)

 

 そう。此処での人間関係は鉄華団の様な“家族関係”とは違う。

 何処まで行っても“自分”と“他人”。その間には好意、悪意、尊敬、侮蔑、哀れみ、恐怖、関心、無関心、困惑、嫉妬、様々な“感情”が犇めいている。他人に対するそれらの感情は、ふとした切っ掛けでたちまち「変化」していくモノなのだ。良い方向にも、悪い方向にも。

 

 

…ヒロ……………キヒロ………オイ昭弘!」

 

「!?」

 

 一夏の呼びかけによって、漸く思考の世界から脱した昭弘。

 

「スマン、何の話だったか?」

 

「だから鈴の事だよ。この時期に転入っておかしいなって話」

 

「…確かにな。何故入学式に間に合わなかったんだ?」

 

 それは中国の政略にあった。

 中国政府は本来、鈴音をIS学園に入学させるつもりは無かった。中国でテストパイロットとして育成した方が、ISに関する技術開発面でも代表候補生である鈴音の育成面でもメリットが大きいと判断したからである。

 しかし男性初のIS適性者である一夏の存在が知れ渡ってからは、態度を一変する。少しでも男性適性者に関する情報を一夏とその専用機から得る為に、国際IS委員会に対し急遽鈴音の入学を認めさせようとしてきたのだ。鈴音を新入生として選んだ理由も、一夏とは旧知の間柄でより情報を得やすいと考えたからだ。

 

 余りにも急な申し入れの為、1度目はどんなに多額の“資金”を積んでも断られた。IS委員会内にも各国のパワーバランスがあるのだ。無茶な要求をあっさり呑んでしまうとそれを機に委員会内での中国の発言が強まり、パワーバランスが一気に崩されかねない。

 

 そんな中国の眼前に現れた一筋の希望の光こそが、昭弘とMPSの存在だ。

 「MPS操縦者の入学は認めるのに何故IS操縦者の入学は認めないのか」と、中国はIS委員会にとって痛い所を突いてきたのだ。これによりIS委員会に対する悪評を恐れた各国は、渋々了承したのだ。

 ただし前回提示した資金と各費用はあくまで中国が支払い、IS学園理事長の説得やその他調整により、早くても入学は4月下旬になるといった条件をIS委員会は提示した。

 

 上記のような各国のやり取りにより、鈴音は4月20日という非常に中途半端な時期に転入する羽目になったのだ。

 

「大方お国絡みでしょう。何れにしろ、IS操縦者である私たちが深く考えた所で時間の無駄かと」

 

「それもそうか?」

 

「そうだ!一々あんな奴のことを考えるな一夏!」

 

「お前どんだけ鈴のこと嫌いなんだよ…」

 

 一夏たちがそんなやり取りをしている中、昭弘は再び思考の渦に沈んでいく。

 

(凰…一夏関連で妙なトラブルが起きなきゃいいんだが…。さっきの箒との一件もあるしな)

 

 そんな不安を抱えながら、昭弘は箒の不機嫌そうな横顔を見つめる。その横顔を見て更に不安になったので、今度は窓の外に広がる雲一つ無い青空を見上げる。

 

 しかし昭弘の中に渦巻く不安と心配は、いくら青空が美しくても拭えることはなかった。




あの「最強」の生徒会長も、そろそろ出そうかと思っております。


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第9話 想うということ

今回は、色々と冒険してみました。
セシリアと箒は、前々からじっくりと会話させてみたかったんです。というかこの2人に限らず、昭弘以外にももっといろんなキャラ同士で会話させてみたいというのが本音です。だから前半ダルいと思った人は   ゆ     る     し     て



―――――4月20日(水)―――――

 

 4時限目が終わった後の昼休み、箒はセシリアに昼食に誘われた。屋上から見上げる空は未だ快晴だ。

 

 一夏なら兎も角恋敵である自分だけ態々昼食に誘うと言うことは、何か裏があるのではないのかと警戒している様だ。

 

 そんな箒とは対照的に柔らかい微笑を溢しているセシリアは、意を決したのか途端に真剣な面持ちへと変貌する。

 

「単刀直入に申しますわ篠ノ之さん。貴女はもう少し「人付き合い」と言うものを覚えた方が宜しくてよ」

 

 どうやらセシリアも昭弘と同様、先程の箒と鈴音のいざこざに何か思うところがあった様だ。

 そのお節介自体は箒も慣れているが、選りにも選ってセシリアの口から出てきたのは意外だった。自身の知るプライドの塊の様な彼女と、いまいち人物像が重ならない。

 

「…本当に下らないお節介だな。第一貴様には関係の無い話だろう」

 

 箒の案の定な反応を聞いたセシリアは、呆れによって肩の筋肉が弛緩する。

 

「そう言う所でしてよ篠ノ之さん?私が相手だから良いものの、他のクラスメイトに対してもそのような態度を取るおつもりですの?」

 

「それがどうした?私にとっては他人だ。他人にどう思われようと知ったことではない」

 

 それに箒はクラスで孤立している訳ではない。一夏と昭弘がいつも傍に居るではないか。

 

「確かに()()それで良いのかもしれません」

 

 セシリアが強調した“今”という単語を聞いて、箒は次に彼女が何を言おうとしているのか凡そ察しが付いてしまい視線を反らす。

 

「ですが、来年も彼らと同じクラスになれる保証など何処にも有りはしなくてよ?」

 

 更にセシリアは残酷な現実を突き付けてくる。

 

「例え運良く彼らと3年間同じクラスだったとして、その後はどうなさいますの?その頃には貴女の齢は18。その歳になるまで異性の友人しか居ない3年間を過ごした貴女が、社会に出てからまともなコミュニケーションを取れる自信が?」

 

 実際箒は今現在に至るまで、姉である束が指名手配犯となってからはずっと孤独な学校生活を強いられて来た。

 

 日本政府が行った『要人保護プログラム』により篠ノ之家の身の安全を確保するという名目の下、名前を偽り各地を転々とさせられた。だが実際はそれ以外に、篠ノ之束の親族の身柄を抑えることで束側からの日本政府への“接触”を期待していた節もある。悪い言い方をすれば体の良い「人質」だ。

 よって箒は短い期間でしか同じ学校に滞在できず、友人も誰一人できなかった。―――どうせ直ぐ別れるから―――…箒の心に芽生えてしまったそんな気持ちが、他者との関わりに自然とブレーキを掛ける様になってしまったのだ。

 

 それを危惧したからこそ、箒の両親は日本政府に掛け合って娘をIS学園へと入学させた。

 超法規的機関であるIS学園なら、他国からも日本政府からも干渉を受けることは無い。少なくとも3年間は、移動する必要無しに安全な生活が保障される。箒が今現在本名を名乗れているのも、此処が安全だからという理由だ。ある程度ほとぼりが冷めたというのもあるが。

 国際IS委員会も、かの『天災科学者の妹』というだけで入学をあっさり認めてくれた。

 

 無論家族とは離れ離れになる為、当初箒は猛反発した。しかし「これ以上娘に孤独な思いをさせたくない」という両親の必死な説得の末、漸くIS学園への入学を決意したのだ。

 

 以上の様な経緯が箒にはあるので、セシリアからの問いかけには“否”と答える他無い。

 箒が黙って俯いていると、セシリアは再度優しく微笑み箒に語り掛ける。

 

「貴女は今非常に恵まれた学級に身を置いていると私は思いますのよ?」

 

 はっきり言ってクラスの皆は“良い人”たちだ。箒を篠ノ之束の妹と知っていながらそこには一切触れず、箒を特別視しなければ除け者扱いすることも無い。

 

「そして篠ノ之さん、貴女も“良い人”だということを私は知っております」

 

 そう、セシリアが昭弘を侮辱した際も箒はまるで自分のことの様に怒りを露にしていた。彼とはその日が初対面の筈なのに。

 

「……何が言いたい?」

 

 箒は尚も湿った視線のまま訊ねるが、セシリアは笑顔を崩すことなく答える。

 

「貴女に解って貰いたかったのですわ。クラスメイトも貴女自身も“良い人”だと言うことを。だから貴女も皆さんを警戒する必要はございませんし、かと言って無理に仲良くしようとする必要も無くってよ。ただほんの少しだけ心を開くだけで、1組の皆さんとも良い関係を築けると私は思いますわ」

 

 何せ箒も1組の皆も、セシリアが認める“良い人同士”なのだから。

 

「そうやって少しずつ他人じゃなくなっていくものでしょう?人間関係というのは」

 

 箒はセシリアの説教を聞いて正直戸惑っていた。何故そこまで友人でもない自分の為に親身になってくれるのかと。

 箒がそんなことを考えていると、セシリアは思い出したかのように言葉を捻り出す。

 

「あ、最後に一つだけ。次からは「貴様には関係ない」等とは決して言わないで下さいまし。酷く傷つきましたわ」

 

「え?」

 

「貴女が私をどう思おうと勝手ですが、少なくとも私はとっくに貴女を大切な“友人”と思っておりますのよ?弱い癖に強がる所とか、一見凛としている割には子供っぽい所とか、不愛想だけど本当は優しい所とか。正直、見ていて放っておけなくなりますのよ()のこと」

 

 無論一夏の恋敵である事実には変わらないのだろうがそれはそれ、これはこれという訳だ。

 

 セシリアからの告白に、箒は増々戸惑ってしまう。今迄他人だと思っていた相手から突然そう言われては仕方がないかもしれないが。

 しかし心の奥底からは戸惑い以上の確かな嬉しさが込み上げてきたので、箒は気恥ずかしさからか強がって不愛想を貫こうとする。

 

「…お喋りが過ぎましたわね。気を取り直して、早々に昼食を済ませてしまいましょう」

 

「………()()()()、その……ありがとうな

 

「アラ?聞こえませんでしたわよ?」

 

「…何でもない」

 

 そうして変わらぬ青空の下、2人の昼休みは過ぎていった。

 

 

 それにしても、セシリアが普段から啀み合っている昭弘と似たような心配をしていたのはちょっとした皮肉である。

 

 

 

 

 

―――放課後

 

 薄紅色に彩られた空の下、海水が崖に打ち付けられる音が印象的なアリーナCにおいて昭弘は訓練に勤しんでいた。無論巨大なアリーナはその時間帯に一人の生徒だけが使うものでなく、他にも大勢の生徒が使っている場合が殆どだ。

 そして今回も例に漏れず、いやそれ以上の生徒がアリーナCを使っていたので、高速機動訓練は危険であると判断した昭弘は高速切替(ラピッド・スイッチ)の訓練に移ることにした。

 

 高速切替とは、簡単に説明するとISコア内に格納されている武装を「素早く手元に呼び出す」技術(テクニック)である。

 コア内には様々な『後付武装(イコライザ)』が入っており、これを『量子返還(インストール)』することで自由に手元へ呼び出すことができる様になっている。高速切替を使わずに武装を手元で構成するには、通常1~2秒程掛かる。

 又、コア内において後付武装を格納する領域を『拡張領域(バススロット)』と呼ぶ。この拡張領域に格納できる武装数には限度があり、グシオンも例外ではない。

 

 さて早速訓練に取り掛かる昭弘。

 先ずは両手と両サブアームに、それぞれミニガンと滑腔砲を呼び出す。所要時間は0.1秒。

 次に両手に現れたミニガンを引っ込め、左手にハンマー右手にハルバートを呼び出す。引っ込めてから更に呼び出す迄の時間は0.2秒。

 今度は両サブアームの滑腔砲を引っ込め、空いたサブアームの手元にミニガンを呼び出す。こちらの総所要時間は0.3秒であった。

 

(両手に関してはまぁ上々か。ただ、サブアームだと僅かに時間が掛かるな。…納得いくまでもう少し連続してやってみるか)

 

 昭弘は暫くの間、高速切替の練習に勤しむことにした。

 サブアームにハンマーとハルバート、そこから更に左サブアームにあるハルバートを引っ込め空いた左サブアームで腰に外付けされているシールドを取り出し、それと同時に右サブアームのハンマーをミニガンへと変える。

 この様な高速切替による組み合わせをひたすらに繰り返していった。

 

 

 

 その日の訓練を終えた昭弘は、自室のある寮へと向かっていた。実はこれから『ある人物』と連絡を取る予定なのだ。

 

 ところが丁度寮の入り口が昭弘の視界に入ると同時に、髪を左右で結んだ女子生徒が寮の入り口から飛び出して来た。しかも泣き喚きながら。

 

 昭弘はそれだけで、何となく“嫌な予感”がした。

 

「あっ!アルトランド丁度良かったわ!ちょいと面貸しなさい!」

 

 鈴音はそう言いながら、強引に昭弘の腕を引っ掴む。

 

 残念ながら電話は後回しだ。

 

 

 

 一先ず人気の少ないベンチに腰掛けた2人。すると、鈴音はまるでミニガンの如く愚痴を零し始める。

 

「もうほんと信じられないあの一夏(馬鹿)アタシが中学の頃にあいつと約束した「大きくなったら毎日酢豚を食べさせてあげるね!」って約束を勘違いして覚えていたのよ何よ酢豚を御馳走してくれるって普通は女子からそんだけ言われれば嫌でも理解するもんでしょあぁもう増々イライラしてきた「パー」じゃなくて「グー」で殴っておくべきだったわ大体何よこの学校普通は男女で部屋は別々にするもんでしょうしかもそれが寄りに寄って(アイツ)と一夏が同室だなんてちょっとぐらい譲ってくれたっていいじゃないそれとも何まさかアイツアレで一夏を独占しているつもりなの自分だけが一夏の幼馴染だとか本気で思ってんじゃないでしょうね!!?」

 

 句読点をすっ飛ばしながら息も絶え絶えに語る鈴音に対し、昭弘は落ち着くよう控え目に手を翳す。

 

「要約すると、お前の「愛の告白」を一夏は今の今迄勘違いしていた。そんでもって箒が一夏と同室なのが気に食わないと」

 

 要点を解りやすく纏めた昭弘に対し、鈴音は改めて同意を求める。

 

「ええそうよ!アンタだって一夏が悪いと思うでしょ!?」

 

 そう言われて、昭弘は少し頭を捻らせる。確かに昭弘も、一夏のそういう所に何も思わない訳ではないが。

 

「だからと言って、一夏を叩いて良い理由にはならん」

 

「は、はぁ?女の子との約束を破るような奴叩かれて当然でしょ!?」

 

「ああ、確かに約束を破るのは良くないことだ。けどな、暴力を振るうよりも先にもっと言うべきことがあったんじゃないのか?」

 

「それは…」

 

 口ごもる鈴音。

 その様子を見て自身の予想が図星だと踏んだ昭弘は、呆れを隠しながら助言を言い渡す。

 

「…箒にも言ったんだがな、回りくどい事しないで素直に「好き」と言えばいいんじゃないのか?」

 

 しかし、鈴音は顔を赤く染めながら猛反発する。

 

「ばっ馬鹿じゃないの!?言えるわけないでしょーがそんなこっ恥ずかしいっ!!」

 

 だが致し方無しだ。恋愛に関して知識の乏しい昭弘にとって、異性に「好きだ」と想いを伝える感覚はイマイチピンと来ないのだ。

 だから馬鹿と言われても否定しないが、それでも昭弘は持論を展開する。

 

「お前が思ってる以上に、一夏は子供なんだ。良い奴だが察しは悪いし、他人の気持ちや想い今自分が置かれている状況も良く理解していない節がある。…凰、お前が一夏に告白した時どれ程の想いを込めたのかは知らんが、飾り立てた言葉で相手が理解しないんなら素直に言うしかないだろう」

 

 昭弘が頭の中から捻り出した言葉に対して、鈴音は神妙な面持ちとなって黙りこくってしまった。

 

 一夏に対する憤りが消えた訳ではないが、昭弘の冷静且つ客観的な言葉によって鈴音自身も変に冷静になってしまったのだ。

 一夏が朴念仁だなんて、彼女にとっては最初から解りきってることだ。だのに感情に任せ、つい手を上げてしまった。

 

 そうなると鈴音を襲うのは後悔の念だ。折角久しぶりに大好きな一夏に逢えたのに、自分の想いに気づいて欲しかっただけなのに、何であんなことしてしまったのだろうと。これじゃあ告白以前の問題だ。

 

 だがだからと言って此方から一夏に謝るのも腹の虫が収まらない。朴念仁な一夏にだって非はあるのだ。

 

 

 どの道先ずは仲直りからだ。何か切っ掛けがあればいいのだが。

 

「そう言えば、クラス対抗戦では一夏と凰が戦うんだったよな?」

 

「…ええ。……ってソレよぉっ!」

 

 勢い良く飛び上がり、昭弘を指差す鈴音。

 

「もう思いついたのか?」

 

「ぼんやりとね!細かい部分は部屋でじっくり考えるとするわよ!」

 

 再び後悔から立ち直った鈴音はそう言って立ち去ろうとする。と思いきや、クルリと振り向いて昭弘に次の言葉を贈った。

 

「その…ありがとねアルトランド。大分冷静になれた。…結構難しいんだよね、好きな人に正直に“好き”って伝えるの」

 

 恥じらい、それと相手の反応。他にも原因は色々あるのだろう。解り易ければ解り易い程言葉とは鋭く磨かれるものだと、昭弘だって理解は持っている。

 

「礼はいい。それより、何で態々オレに相談したんだ?」

 

 失礼だがこんな恋愛素人の昭弘なんかよりも、2組にはもっと適任な娘がいるだろうに。

 

 すると鈴音はキョトンとしながら淡々と返答する。

 

「だってどいつが一夏を狙っているか分からないじゃない。相談相手まで一夏に気があったら、逆にアタシが蹴落とされかねないわよ」

 

「…だから男のオレに相談した訳か」

 

 意外と狡猾な奴だなと、昭弘は心の中で鈴音への印象を再構築した後再び口を開く。

 

「それと凰、箒のことなんだが…」

 

「分かってる。さっきはアタシもイライラしててああ言ったけど、別にあの娘と悶着起こした訳じゃないから安心して。まぁ物凄い剣幕でアタシを睨んではきたけど」

 

(意外だな、あの箒が)

 

 何か心境の変化でもあったのかと、昭弘は箒のことを考えながら一先ず鈴音と共に寮の入り口へと赴くことにした。

 

 

 

 

「あ」

 

「うげ」

 

 昭弘と鈴音は、寮の入り口に居る人物を見て心の声を漏らす。

 

 入り口では一夏が周囲を見回しながら頭を掻いていた。汗の量からして、どうやら鈴音を探し回っていた様だ。

 2人に気づいた一夏は、至る所から流れている汗を気にすることなく駆け寄ってくる。

 

「鈴!昭弘も!結構探したんだぞ鈴!?」

 

「……フンッ」

 

 鈴音は一夏の言葉にそう短く返すと、そそくさと自身の部屋のある3階へと向かっていった。

 一夏は鈴音からの冷たい反応にガクリと肩を落とすと、今度はまるで縋る様な眼差しで昭弘を見つめる。

 

 昭弘はその眼差しだけで「相談に乗ってくれ」と彼が言っているのが解かった。

 

 

 

 

「ったく鈴の奴、思いっきり引っ叩きやがって未だイテェし。オレが何したって言うんだよ…。おまけに箒からは「馬に蹴られて死ね!」って…」

 

 昭弘の部屋で左頬を抑えながら、一夏は愚痴愚痴と言葉を吐き出し始めた。

 隣の部屋には箒が居るが、IS学園寮の防音対策は万全中の万全なので愚痴を聞かれる心配は無い。

 

「氷でも持ってくるか?」

 

「いや大丈夫。わりぃな心配掛けて」

 

 昭弘は事の顛末を概ね把握しているが、話を進める為にも取り敢えず原因を聞いてみることにした。

 

「何か心当たりは無いのか?」

 

「多分、原因は酢豚の話だとは思うんだ。鈴が「あの時の約束覚えてる?」っていうから、オレが「酢豚を奢ってくれるって約束だろ?」って答えたら「スパァン!」だよ。何でアレで怒ったのか理由が解んなくてさ…」

 

 成程確かに、言葉の真意を解ってなければ叩かれた一夏からすると意味不明だろう。それでは何をどう謝れば良いのかも解らない。

 

「…理由を本人から聞き出すしかないだろうな」

 

「けどどうやって?今の鈴はその…あんな状態だし」

 

「まぁ()()無理だ。暫くは様子を見た方が良い」

 

「……正直、怖ぇよオレ。ずっと様子見している間に鈴と疎遠になったらって思うと…」

 

 一夏はそう言いながら右手を額に当てると、力無く項垂れてしまう。

 

 昭弘から見ても、はっきり言って一夏は馬鹿で鈍感だ。だがいくら朴念仁と言っても、今迄親しい仲だった者と疎遠になるのは嫌に決まっている。それが幼馴染なら猶のことだ。

 ある意味、鈴音以上に一夏の方が心細いのかもしれない。彼からすれば、理由も解らないまま絶交されかねない状況なのだから。

 

 昭弘はそんな一夏の左肩に右手を乗せると、優しい口調で語り掛ける。

 

「幼馴染ってのは一度の喧嘩で疎遠になる程、脆い関係じゃないだろう?凰を信じろ」

 

 昭弘がそう言うと、一夏は項垂れていた首を上げる。

 

「少なくとも「クラス対抗戦」迄は、辛抱して待ってみろ。…なに、また精神的にキツくなったら何時でもオレんとこに来い」

 

「……分かった。もう少し鈴の事を信じて待ってみるよ。…いつもありがとな昭弘」

 

 そう言って一夏は昭弘の部屋を後にした。

 

 前のクラス代表決定戦の時もそうだが、一夏は愚鈍に見えて意外と精神面は繊細だ。毎回こうやって昭弘へ相談しに来るのがその証拠だ。

 

 昭弘は時々思うのだ。何かの拍子に一夏が壊れてしまうのではないかと。根拠は無いが毎晩自身の部屋で力無い一夏を見ていると、そう思わずにはいられない。

 

 

 だが一夏も普段の元気を取り戻したのだ。昭弘も気持ちを切り替えるしかないだろう。

 

 

 

―――19:49

 

 昭弘は深緑色の液晶携帯を取り出すと、電話帳に乗っている人物の名前をタッチする。着信画面にデリーの名前が表示されている時とは違い、にこやかな表情の昭弘がそこに居た。

 

トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…

 

《はい、クロエ・クロニクルです》

 

「久しぶりだなクロエ。オレだ、昭弘だ」

 

《昭弘様!お久しぶりです》

 

 クロエ・クロニクル

 束の下で生活している盲目の少女だ。何でも某国の研究所にて非道な人体実験をされていた所を、束率いるゴーレム達に助けられたのだそうだ。

 今は、束や他のゴーレムたちから娘同然の様に大切に育てられている。昭弘にとっても、クロエはこの世界に於ける掛け替えの無い家族の一人だ。

 

「悪いな、電話を掛けるには遅い時間帯か?」

 

《いえ、私にとってはまだまだ大丈夫な時間帯です。どんなご用件でしょうか?》

 

「いや、ただ久しぶりに家族の声が聞きたくなってな。束にも連絡を入れようと思ったんだが、色々と忙しいだろう」

 

 昭弘は此処IS学園に来てから、束たちと未だに連絡が取れないでいた。

 日々教師から命じられる少なくない課題、放課後を使ってのMPSの機動訓練、先の様な一夏や箒からの相談事、そして「学校」という不慣れな空間での生活。

 昭弘は最近になって漸くこれらの「日常」に慣れて来たのだ。慣れてくれば、自然と心の余裕も生まれてくるもの。そんな心の余裕が最も欲したものが、家族の声だったのだ。

 

《そうでしたか。私も久しぶりに昭弘様の声が聞けて嬉しいです》

 

「世辞でもそう言って貰えると嬉しい」

 

《お世辞じゃないです。…全く、そういうところは相変わらずのご様子で》

 

「ハハ、すまんすまん」

 

 こうして、昭弘とクロエの長電話による近況報告が始まった。

 

 クロエの話によると、最近では束のラボにてゴーレムによる騒ぎがあったらしい。

 発端はタロとジロの言い争いであり、原因がクロエへの教育方針についてと言うのだから驚きだ。それで結局そのままヒートアップで殴り合い、仲裁に来た他のゴーレムも加わっての大乱闘に発展したらしい。

 当然あのデカイ剛体が暴れれば、周辺の機材は見るも無惨な姿になるだろう。クロエが怪我一つ負わなかった部分だけは、ゴーレムたちの空間把握能力を評価すべきたろうか。

 

「束から相当シゴかれたんじゃないのかアイツら」

 

《はいそれはもう。ざまぁないです》

 

「まぁそう言ってやるな。結果はどうあれお前のことを想っての行動だろう」

 

 昭弘とクロエが電話越しにそんなやり取りを繰り返していると、クロエの声が電話越しから僅かに離れる。

 

タロ?そろそろ代わって欲しいと?しょうがないですね…。昭弘様、タロが代わりたいそうですが宜しいでしょうか?》

 

「勿論だ」

 

 他の家族とも話したい昭弘が即座にそう返答すると、クロエはタロと代わった。

 

《昭弘様!オ久シュウゴザイマス!》

 

 束からシゴかれた後にしては割りと元気そうなタロであった。

 

「おう。その元気を少しオレに分けられないか?」

 

《…流石ニソコマデノ元気ハゴザイマセン。本当ニ死ヌカト思イマシタ。束様ノシゴキハ》

 

 どうやら昭弘の為に気丈に振る舞っただけらしく、思った以上にダメージは大きいようであった。

 

 そしてジロとの仲直りだが、少なくともタロから謝るつもりは無いとのこと。何でもジロはクロエのことを何も解ってない、クールぶった馬鹿だとか。

 因みに、ジロが裏でタロのことを明るいだけの馬鹿と言っていた事実は伏せておく昭弘。

 

「確かにお前から見れば、ジロはクロエのことを余り理解できていなかったのかもしれん。だがな、ジロだってクロエのことをお前に負けない位大切に想っているんだ。そこだけは評価してやれ」

 

《デハソノ1点ダケ評価シテ残リノ99点ハ見下シマス》

 

「それじゃ本末転倒じゃねぇか…」

 

 昭弘達は、その後も電話越しに色とりどりな会話を繰り返した。

 

 久しぶりの家族の声。それは昭弘に久しぶりの安寧をもたらしてくれた様だ。

 

 

 

 そうして電話が終わった後、今週の土日に会えないだろうかとふとそんな事を昭弘は考えていた。

 

 

 タロたちゴーレムは“機械”だ。機械に家族の様な情が湧くことは、可笑しいことなのだろうか。

 等と言った思考を「家族に会いたい」という感情に上書きされた昭弘は、おめでたくもごく近い未来のことばかり考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから訪れる悲劇も知らずに。




殆ど説教かカウンセリングばっかじゃないか(呆れ)

最後は少々不穏が残る様にしてみました。
今後昭弘に訪れる悲劇・・・それはいったい・・・?


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第10話 望まぬ再会

今回は、昭弘の束のラボでの過去話が大半を占めています。
描いている自分が言うのも何ですが、ゴーレムクッソかわいいですね。・・・あ、そうでもない?
まぁけど、やはりクラス対抗戦までは若干急ぎ足になってしまった感は否めないですね。

あと、今回からゴーレムタグを付けようと思います。


―――――2月13日(日)―――――

 

 束のラボにて昭弘は無人ISである『タロ』『ジロ』と共にいつも通りの訓練を終えた後、雑談しながら束が今現在籠っている研究室へと向かっていた。

 純白で無機質な廊下を、1人と2体の足音が根本から異なる音響を奏でながら進んでいく。

 

「にしても相変わらず強いなお前ら。こうも負けが重なると流石にショックを受けるな…」

 

 昭弘の力無い一言に、タロが長い腕を小さく振りながら反応を示す。

 

《ゴ謙遜ヲ!未ダ調整段階ノグシオンダトイウノニ、モウジロ程度ナラ少シズツ勝チ星ヲ取レテキテイルデハアリマセンカ!コノママ順調ニ進メバゴーレム最強デアル私ニ対シテモ、十分勝チ越セルヨウニナルカト》

 

 そんな上から目線なタロに、ジロが苦言を呈する様に昭弘へ警告する。タロとは正反対の白銀のボディが、より一層タロへの反発心を露わにしているかの様な光景だ。

 

《昭弘様、コイツノ言葉ハ真剣ニ聞クダケ無駄カト。力ニ己惚レテイル様ナ奴ノ言葉ナド、所詮ハ高ガ知レテオリマス故》

 

《昭弘様、ドウヤラジロハ私ノ実力ノ高サニ嫉妬シテイルヨウデス。温カイ目デ見守ッテアゲテ下サイ!》

 

《抑々戦闘面以外ノスペックナラ、貴様ヨリ私ノ方ガ全テニオイテ上ダ。貴様ハモウ少シ己ノ置カレテイル立場ヲ再認識スベキダ》

 

 要するに調子に乗るなとジロは言いたいのだ。

 

 タロとジロによるいつもの口論が始まると、昭弘は心中で懲りない奴らだと呟く。

 元気でお調子者なタロ、冷静で常に客観的な思考のジロ。毎回そんな2体による衝突の間に挟まれる自分の身にもなって欲しいと、昭弘は思わず溜め息を吐く。その上辛辣な部分はお互い共通しているので尚たちが悪い。

 

 すると、丁字の角の部分で「水色に白い斑点模様」のゴーレム『サブロ』と遭遇する。サブロは、自身の右肩の部分に銀髪の少女『クロエ』を乗せていた。

 

「お疲れ様です昭弘様。訓練の方は如何でしたか?」

 

 動物は五感の内一つを失うと、他の感覚がその機能を補うようになると言われている。人間に於いても例外ではない。

 クロエもその例に漏れず、靴音から生じる昭弘の体重、匂い、大気の流れの変化等から情報を読み取ったのだ。

 

「まずまずってところだな。タロを倒すにはもう少し時間が掛かりそうだ。…そう言うお前はどういう風の吹回しだ?サブロの肩に座ったりして」

 

 少しばかり彼女を小馬鹿にするかの様に昭弘が訊ねると、彼女は恥じらいながら答える。

 彼女だって別に好きで乗っている訳ではない。

 

「サブロが「疲れているだろうから乗ってください」と…。私、まだ10歩程度しか歩いておりませんのに」

 

《イエ昭弘様。クロエ様ハ明ラカニ疲レテオイデデシタ》

 

「…本心は?」

 

《クロエ様ヲ僕ノ肩ニ乗セタカッタダケデス》

 

 そんなこんなで昭弘は、合流したクロエたちと共に束の籠る研究室へと歩を進める。どうやらクロエも束に呼び出されてる様であった。

 

 

 

 束の保有する実戦投入可能な無人ISは全部で136機。世界各国で実戦配備されているISが総計322機と考えると、相当な軍事力を束が保有しているのが解る。

 近距離・遠距離万能対応型の『ゴーレムタイプ』が10機、遠距離・中距離射撃特化型の『メテオタイプ』が26機、索敵・支援・陽動特化型の『エイジェンタイプ』が100機と言った構成となっている。

 

 ゴーレムタイプは創造日が古い順から『タロ、ジロ、サブロ、シロ、ゴロ、ムロ、ナロ、ハロ、クロ、ジュロ』といった名前が付けられている。どの個体も極めて高い戦闘力を誇っており、その実力は平均的な国家代表候補生をも凌ぐ。タロ・ジロに至っては国家代表とタメを張れるレベルだ。

 メテオタイプも代表候補生級の実力を備えており、ゴーレムタイプと同様個体ごとに名前が付けられている。

 エイジェンタイプは索敵や後方支援等が主な目的だが、素の戦闘能力においても現行の量産型ISを大幅に上回る。即ち、索敵も支援も戦闘もこなせるある意味ゴーレム以上の万能機なのだ。エイジェンタイプにも1機1機に態々名前を付けているらしい。

 

 真に恐るべき事は、束にとってこれらがあくまで必要最低限の戦力に過ぎないと言うことだ。彼女がその気になれば、あっという間に500機でも1000機でも無尽蔵に戦力を増やせる。

 そうしない理由は単に彼女の目的が侵略行為に非ず、自衛の戦力だけで十分だからだ。現在束が推し進めている『計画』を優先する為にも余計なことに労力は使わないべきであるし、何より余分な戦力は管理も周辺各国の目も厳しくなるだけなのだ。

 

 

 

 脱線した話をレールに戻す。

 

 昭弘は会話に夢中になっていた為か、気が付いたら研究室のすぐ前まで来ていた。

 中に入ると、束が忙しなくホログラムキーボードを指先で叩いていた。同じく青白くホログラム化されている画面を真剣に見つめていた束は、入室してきた昭弘たちに振り向くと作業を中断させて笑顔で駆け寄ってくる。束を手伝っていたジュロも、その巨体を昭弘たちの下へゆっくりと向かわせる。

 

「来たねぇ?皆の衆☆」

 

 束はそう言うと、クロエに視線を移す。レディーファーストと言う事でクロエが先らしい。

 

「ハイこれ☆」

 

 束は上品そうな白いシルクの布を捲ると、その中に静かに佇んでいる『黒い直方体』をクロエに手渡す。

 

 突然謎の物体を渡されて困惑するクロエに対し、束は両手を腰に当てると得意げに説明する。

 

「君の専用IS『黒鍵』だよぉ☆一応電脳戦に特化した第3世代機なんだけど、それ以外の部分は通常のISとほぼ一緒だから安心して☆詳しい説明は後程ねっ!」

 

 よくよく見るとその待機状態のISはピアノの盤上における「黒鍵(こっけん)」と同じ形状をしており、ネックレスの様な細い鎖が通されていた。

 

「おっとぉ2人とも「何故今更?」とか思っているでしょ?正直私としては、くーちゃんを“兵器”としてのISには乗せたくないんだけどね。けど今後はアフリカ中東勢力がより活発化していくから、護身は今迄以上の方がいいでしょ?」

 

 現にこの黒鍵、電脳戦以外にも防御力や機動力には異常なまでに特化している。確かにいざという時逃げるには打って付けだ。

 

「あ、ありがとうございます束様。大切に使わせて頂きます」

 

《良カッタデスネクロエ様。コレナラ昭弘様ヤ僕タチトモット遊ベルヨウニナリマスヨ》

 

(アフリカ中東勢力か…)

 

 束の計画と何か関係あるのだろうかと昭弘が考えていると、思考を遮るように束が昭弘の方へと振り向く。

 

「さて、アキくんにはグシオンの“設定”の件で話があるんだっ☆」

「今迄はグシオンの戦闘データに基づいて、束さんが細部を設定してきたでしょ?今後はアキくんが自分の戦闘経験に基づいて自分で設定してみて欲しいんだ☆」

 

 確かにその方がより感覚的な部分まで調整が行き届くだろうし、IS学園への入学に備えて今の内に慣れておいた方がいいだろう。

 だが昭弘は、ISの設定・整備関係はまだ勉強段階だ。最初の内は束が昭弘に付き添うのだろう。

 

「悪いな、何から何まで」

 

「いいって事よ☆…で、武装の方は満足行ってる?」

 

 束が若干心配そうに尋ねると、昭弘は喜々として答える。

 

「どれも良い武装だ。T.P.F.B.が考案したんだったか?」

 

「流石は裏で悪どい商売しているだけのことはあるよねぇ」

 

 正式名称『非接触式炸裂榴弾』は、考案も開発もT.P.F.B.だ。砲弾の側面に特殊なセンサーが埋め込まれており、例え外しても目標との距離が10m以内ならセンサーが反応して爆発し、破片が広範囲に飛び散るのだ。更にセンサーは砲弾の側面にしか付いておらず、直撃させることも可能。

 

「性能面でこの束さんに折り紙付きと言わせるなんて、認めたくはないけど大したもんだよ」

 

《結局、ビームミニガンヲ開発スル技術ハ持チ合ワセテイナカッタ様デスガ》

 

 ビームミニガンを創った束を神格化する様な、T.P.F.B.を見下す様な口ぶりのジュロ。流石は、普段から誰よりも近くで束の研究開発を手伝っているだけある。

 

 ジュロが会話に混ざり更にゴーレムが増えた事で、視界が無人ISだらけになった昭弘は自然と次の言葉を発す。

 

「お前たちにもいつも感謝している。訓練とか……家事とか」

 

《…ソレダケデスカ?》

 

 いきなり何か言い出したと思いきやまるで誉め言葉を思い付いていない昭弘に対し、タロが赤いカメラアイを更に紅く光らせる。

 

「い、いやちょっと待て。他にも沢山あるぞ?………」

 

 昭弘が真剣に頭の中で褒められるような事を探す。タロ、ジロ、サブロ、ジュロが昭弘を4方向から囲み始める。彼らに表情は存在しないが、どうやら昭弘を急かしている様だ。

 束とクロエは、そんな光景を目の当たりにして懸命に笑いを堪えている。

 

 昭弘は漸く思いついたのか、顔をゆっくりと上げる。

 

「…アレだ。今更こんなこと言うのも恥ずかしいんだが…」

 

 少し顔を赤らめながらも、昭弘は思い切って“その言葉”を口に出す。

 

 

「いつもありがとな、一緒に居てくれて」

 

 

 

 

 

 

 

―――――4月25日(月) 3時限目―――――

 

 「ISコアの感情」は、既に入学初日に行われている授業内容である。しかし今回の授業では「本当にISコアに感情はあるのか」「ある場合はどう立証するのか」と言った、よりコアについて深く理解していく内容となっている。

 ISにとってISコアは最も重要な部位と言っても過言では無い。コアについて深く理解することは、今後社会においてISと関わっていく者の定めなのだ。

 

 先ず始めに、千冬はコアに感情が“ある”派と“無い”派の意見をそれぞれ黒板代わりの巨大なタッチボードに取り上げていくことにした。

 

 

 意見としては“無い”派の方が圧倒的に多かった。その理由は「科学的に第三者に証明できないから」といったものが殆ど。

 コアとの意思疎通に成功したというIS操縦者は一定数存在するが、コア自身は搭乗者にしか己の感情を見せない。いくら彼女たちが「私は自身のISのコアと意思疎通をした」等と体験を語った所で、第三者に且つ科学的に証明できなければ意味がない。

 人間の脳とは違ってISコアの中身は完全なる“ブラックボックス”状態であり、名立たる科学者たちがいくら英知を振り絞っても何一つ解明できないでいた。無論そんな状況でISコアの感情を観測出来る筈も無く、しかも自分以外の人間には一切感情を見せてくれないともなれば、感情があると結論づける事はできない。

 

 しかし感情がある派の中には、中々興味深い意見を持ち出す者も居た。拡張領域に「ぬいぐるみ」や「フィギュア」等、武装以外の物を入れてみてISコアがどのような反応を示すのか確かめてみるといった奇抜な意見もあった。

 

 議論が白熱している中、昭弘は全く別のことを考えていた。

 先日、会えるかどうか駄目元で束に相談してみた昭弘であったが、余りにあっさり断られたことが少しショックなようだ。

 

(まぁあいつは指名手配の身だから、しょうがないことなのかもしれんが…)

 

 昭弘が残念そうな顔をしていると、突然千冬から指名される。

 

「アルトランドはどう思う?コアに感情はあると思うか?」

 

 突然の指名に昭弘は僅かに狼狽するが、直ぐに思考を切り替える。

 

「…オレは、あると思います」

 

「何故そう考える?」

 

 何故。昭弘は、千冬からそう訊かれて答えを出すことができなかった。

 昭弘は彼等のことについて何も考えたことが無かったのだ。何故感情が与えられたのか、その感情は自分達人間と同じモノなのか異なるモノなのか。そんなことを考える前に、昭弘は彼らを家族として受け入れていた。それだけ、彼らの存在は昭弘にとって最早自然そのものだったのだ。

 

「…すいません、理由は解らないです」

 

 故にそう答えるしか無かった。

 

「そうか。元々MPS使いであるお前にはISコアの感情なんて縁の無い話かもしれんがな、ISをより深く知りたいのならそういった所もしっかり考えておけよ?」

 

「…ハイ!」

 

 昭弘は自身を戒める様に、低くドスの利いた声で短く返事をした。

 

 

 

―――――3時限目終了後 休み時間―――――

 

「一夏、放課後の訓練はどうする?」

 

「おう!今日もよろしく頼むぜ昭弘!…正直()()()()もあるし、訓練にせよ何にせよお前と一緒じゃないと心細いんだよ…」

 

 そんな2人のやり取りを見て、箒とセシリアは危機感を募らせていた。ここ最近、一夏が何時でも何処でも昭弘と一緒に居るからだ。少しでも一夏と男女の距離を縮めたい彼女たちからすれば、これは由々しき事態だ。

 

 なればこそ女なら即行動と、2人は手始めに放課後の特訓を自分たちとしようではないかと一夏に提案する。

 

「いや別にいいけど…昭弘も一緒じゃなきゃ嫌だぞ?」

 

「ウッ……分かり…ましたわ」

 

 渋々セシリアが了承した後、箒が尋ねる。

 

「…一夏、そんなに昭弘が好きなのか?」

 

 箒はそう言いながら、嫉妬の眼差しを向ける。ただし、彼女の場合()()()()()()()()()()()()()のか判らないが。

 

「好きだけど?」

 

「「「「「えええぇぇぇぇぇぇ!!?」」」」」

 

 箒とセシリアを含めた女子生徒たちの叫びが、クラス中に木霊する。

 そんな壮大な勘違いをしているクラスメイトたちに、昭弘は心の中で「馬鹿共」と毒づく。

 

 そんなやり取りが1年1組を満たしている頃。

 

(……何だこの感じは)

 

 突如、昭弘は背中から“何か”を感じ取った。冷たい手で背中を撫でられているかの様な感覚。少なくとも、良いモノでは無いということだけははっきりと解った。

 

 昭弘はあくまで表情は変えずに、ゆっくりと首を冷気が漂ってくる方に向けていく。

 そこに居たのは、IS学園の制服を纏った一人の女子生徒だった。

 丁度教室の入り口付近に佇んでいて、扉に寄り掛かっていた。学年は黄色いリボンからして2年生、まるで空に溶け込んでしまいそうな美しい水色の髪型は外ハネ、深紅の瞳は間違いなく昭弘を捉えており口元は静かに笑みを零していた。

 右手には扇子を持っており広げたソレは彼女の口元近くに在るのだが、彼女はその扇子で笑みを隠そうともしない。

 

 彼女は昭弘と2~3秒程視線を交わした後、ゆっくりとその場から立ち去った。

 

(……何だったんだ今のは?)

 

 当然の疑問が、昭弘の脳内を埋め尽くす。

 唯一戦士としての直感が捉えたことは、彼女がとてつもなく強いということだけ。恐らく自身やセシリアよりも。

 

 

 

 

 

―――――4月29日(金) 5時限目―――――

 

 クラス対抗戦当日、天候は晴れ。

 今回のクラス対抗戦は放課後だけではとても時間が取れないとのことで、5時限目以降全て対抗戦で埋め尽くされている。

 IS学園人工島の丁度中心に位置するアリーナAにおいて、昭弘は観客スタンドの丁度中腹部分に大仏の如く腰掛けていた。

 

(しかしまさか、いきなり1回戦目から一夏と凰がぶつかるとはな)

 

 昭弘はそんなことを考えながら、2人の試合を今か今かと待ち望んでいた。彼の左隣には相川が座しており、相川の更に左隣には谷本が腰掛けていた。

 先日のパーティを機に、相川も谷本もすっかり昭弘と打ち解けた様だ。

 

 箒とセシリアは一夏の姿をより近くで拝みたいのか、スタンドの最前列に腰掛けていた。

 

 そして昭弘の数列後方には先日昭弘に殺気を送っていた水色の髪の少女が腰掛けており、今も彼に気を限界まで静めた視線を送っていた。

 

(今のところ妙な動きは無し。何か事を起こすとしたら、今日は絶好の日なのだけれど。…もしこの前送り届けた殺気が効いているのならこの上無く嬉しい限りだわ)

 

 どうやら彼女は、昭弘に対して強い懐疑心を抱いている様だ。

 T.P.F.B.が絡んでいる時点で怪しいとは感じていた様だが、同じ男子生徒である一夏が居るのに態々一人部屋にされるともなれば、更に強い懐疑心を抱くのも無理はないだろう。

 

「『生徒会長』、今の内に休まれては?私が目を光らせておきますので」

 

 左隣に座していた三つ編みの少女が、心配そうに声を掛ける。

 

「大丈夫大丈夫虚ちゃん!試合が始まったら交代して貰おうと思ってた所だから」

 

(それでは私が試合を観れないではありませんか…)

 

 何処までも都合が良く自由奔放な『更識楯無』生徒会長は、そう冗談を言いながらも監視を続ける。

 

 

 

 一夏と鈴音は、既にピットから飛び立ってフィールド上にて待機していた。

 一夏は少々気不味く感じながらも、鈴音を見つめる。ハイパーセンサーに表示された相手のIS名は『甲龍』。全体的なカラーリングは紫檀色で、所々小紫色の部分もある。脚部は比較的鋭角的で踵が異常なまでに後方へと伸びていた。上背部からは非接触式の小さい翼の様なユニットが浮かんでいる。

 

 すると先に鈴音から専用回線で通信が入る。

 

《一夏、アタシが何であの時アンタを引っ叩いたのか知りたい?》

 

 突然の鈴音からの通信に半ば意表を突かれるが、一夏は気をしっかり持ちながら答える。

 

「知りたいね」

 

《でしょうね》

 

 鈴音はそう短く返した後、まるで考えるかの様な素振りを見せながら更に続ける。

 

《…アタシに勝てたなら教えてあげるわ。勿論この前引っ叩いたことも謝罪する。但しもしアタシが勝ったなら……こっ今度一緒に買い物に付き合って貰うから!》

 

「お、おう!上等だよ!(買い物関係あんのか?)」

 

 一夏が鈴音とそんな約束を交わした直後、試合開始のブザーがアリーナ全体を揺らす。

 

 

 

 昭弘は一夏と鈴音の闘いを冷静に観ていた。どうやら甲龍も近接格闘メインのISらしい。巨大な青龍刀『双天牙月』と白式の雪片弐型が、金属音を撒き散らしながら激しくぶつかり合う。

 すると…。

 

ドォン!!

 

 何の前触れも無く白式が吹っ飛ぶ。

 

「うわっ何々今の!?突然白式が吹っ飛んだよ!?」

 

 相川がお手本の様な良いリアクションを見せる。

 

「…衝撃砲、不可視の砲撃だ」

 

「知ってるんですか?」

 

 実は昭弘、第3世代機の事は暇な時間を見つけては粗方調べ上げている。相変わらず勉強熱心な事だ。

 

「原理は解らないが空間に強い圧力をかけてその場に砲身を作り、衝撃を砲弾の様に打ち出しているらしい。要するに空気砲だ。しかも空間圧縮によって見えない砲身を作り上げている訳だから、相手が何時どのタイミングで自分を狙っているのか分からないし射角も無限だ」

 

 つまり衝撃砲に死角は存在しない。

 昭弘の説明を聞いた谷本は顔を青ざめながら、力無く言葉を吐き出す。

 

「そんなの一体どうやって倒せば…」

 

 現に吹っ飛ばされてからの白式は、衝撃砲を警戒してか明らかに攻めあぐねていた。

 だが、完全無欠の兵器なんてこの世に存在しない。どんな兵器にも必ず欠点はある。

 

「考えてもみろ。砲身が見えないのは凰だって同じ筈だ。的を狙って撃つ際、持つ銃の砲身が見えないのは致命的。その的が高速で動いてるのなら猶の事な」

 

「けどさっきは普通に当たってましたよね?単純に近かったから…?」

 

「恐らくな。現に、距離を取っている白式には未だ1発も当たっちゃいない。いや、もしかしたら()()()()()()のかもな」

 

 何やら意味有り気な昭弘の発言に、相川と谷本は互いを見合って答えを探ろうとする。

 

「命中精度が低いなら、散弾の様に銃弾をバラまくのが常道だ。衝撃砲もそうだとするなら、散弾という特性上距離があればある程威力は弱まる」

 

 だから距離を取っている白式に当たっても、僅かなダメージにしかなっていないのだろう。

 

「しかもさっきから観ている限り、そこまで衝撃砲の連射性は高くない。案外、付け入る隙は結構あるかもしれないぞ?」

 

 昭弘の言った通りなのか、少しずつ白式が攻勢に出始めた。

 まるでタイミングを見計らっているかの様に、甲龍に対してヒットアンドアウェイを繰り返しているのだ。

 実はこれ、昭弘が一夏に戦術の一環として教えたものだ。昭弘は今回、2人の戦いに水を差すまいと敢えて一夏に甲龍の情報を与えなかった。故に今一夏は、自分で考えた上で最適な戦法を繰り出しているのだから大したものだ。

 

 だが鈴音も代表候補生。すぐさま白式の変化に気付いて戦法を変え、序盤の近距離戦へと再び移行すべく白式を追い回す。

 

 2人とも中々良い戦いっぷりである。特に一夏は短期間でよくぞここまで強くなったものだ。相手は代表候補生だと言うのに。

 昭弘はそんな2人の熱戦を微笑ましく観戦していた。

 

「アルトランドさん何か」

 

「子供の試合を観戦している“お父さん”みたいですね」

 

「身体がデカいからそう見えるだけさ」

 

 昭弘たちは観戦しながらそんな談笑を繰り返していた。

 

 瞬間―――

 

 

 

 

 

ドガァァァン!!!!!

 

 

 

 

 

 フィールド中央で巨大な爆発が起こると同時に、衝撃でアリーナ全体が激しく震える。

 

「「うわっとぉッ!!?」」

 

「何だ何が起こった!?」

 

 辺りは騒然となり未だに事態が把握できずに固まって動けない者も居れば、一目散にスタンドの出口へと駆けていく者もいた。

 昭弘はフィールドに視線を戻すが、巻き上がった土煙で内部の状況がまるで判らない。

 

 ならばと、昭弘は上空へと視線を移す。先程の爆発が上空からの攻撃であることは、昭弘も既に把握していた。上空には人型の何かが移っていた。

 

(クソッ良く見えん)

 

 昭弘はグシオンのハイパーセンサーを部分展開させ、再度人型の飛行物体を確認する。

 

 人型の“ソレ”は、ハッキリとハイパーセンサーに映し出された。

 

 

 そう、残酷なまでに()()()()と。

 

 

 

 

(…………タロ?)




次回からは、結構原作ブレイクが多くなるかと思われます。


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第11話 その慟哭は誰にも聞こえず(前編)

大変お待たせしました!色々と構想に時間が掛かってしまいました。
今回は確実に10000字は超える事が予想されるので、前編と後編に分けることにしました。
残念ながら、前編は昭弘の出番は余りございません。観客スタンドの状況や学園側の対応等、面倒なことを先に済ませておきました。なので、昭弘は後編に凝縮することにしました。


パリィン!

 

 上空から()()が割れる音が聞こえた。だが有り得ない。四方と上方を頑強なるシールドバリアで覆われているフィールドには、今対峙している白式と甲龍だけだ。

 

 “何事か”と、一夏と鈴音が割れた音の方角を見上げるより先に―――

 

 

ドォガァァァァン!!!

 

 

 シールドを外側から破壊した“ビーム”はそのまま地面へと突き刺さり、巨大な爆炎は土煙を纏う。白式と甲龍はその衝撃に吹き飛ばされてしまう。

 しかし2機ともどうにか受け身が間に合い、シールドに激突することは無かった。

 

「何だってんだ一体!?鈴!無事か!?」

 

《大丈夫!一夏こそ怪我無い!?》

 

「今のところはな!と言うか何が起こったんだ一体!?土煙で何も見えねぇ!」

 

《落ち着きなさい!多分上空からの砲撃よ!それとハイパーセンサーが着弾地点に反応しているわ!…これは…IS?》

 

 確かに白式のハイパーセンサーもISの反応を示している。

 一夏と鈴音は取り合えず、シールドに密着する形で土煙が晴れるのを待つことにした。もう既にシールドの割れた部分は自己修復が完了しているので、脱出できないのだ。

 今のところ観客スタンドの生徒たちや来賓の方々に被害は無い様だが、突然の事態に大いに混乱している。

 

 そして少しずつ、舞い上がった土煙が重力に従いながらゆっくりと落ちていき薄ぼんやりと人形の輪郭が見え始める。

 とうとう土煙が完全に晴れ、一夏と鈴音の瞳に飛び込んできたソレの形状は正に“異形”そのものだった。

 その全身装甲(フルスキン)のISは異常に両腕が長く、頭部は完全に両肩部分と繋がっていて首が存在しなかった。そして頭部の中心付近で赤く輝くカメラアイが、白銀の全身をより不気味に際立たせていた。

 

《一夏!来るわよッ!》

 

 鈴音の掛け声と同時に、その白銀のISは白式へと突っ込んで来る。

 

 

 

 昭弘は懸命に頭を巡らせていた。

 しかし周囲の喧騒もフィールド内の状況も今の彼の頭には入らず、有るのはハイパーセンサー越しに映るタロの事だけであった。

 

―――何故タロが此処に?

―――何故一夏たちを撃った?

―――そもそもアレは本当にタロなのか?

 

 しかし、昭弘が頭を巡らせるのもそこまでだった。いや、考えるよりも先に身体が動いてしまっていたのだ。

 昭弘は念の為インナーとして着込んでいたISスーツを露にし、今現在背中の阿頼耶識に接続している待機形態のグシオンに意識を集中する。忽ち青白い粒子に追随するかの様に、鋼鉄の肉体が昭弘を覆い尽くす。

 

 昭弘はグシオンリベイクを完全に展開すると周囲に生徒たちが居ないことを確認し、スラスターを吹かせて飛び立った。

 

《何をしているアルトランド!一生徒が勝手にMPSを展開するな!》

 

「すいません織斑センセイ。罰は後で受けます」

 

 管制塔の千冬からの叱責を昭弘は短くあしらうと、直ぐ様タロへの専用回線に切り替える。

 

「タロッ!オレだ昭弘だ!一体どういう事だ!?」

 

 らしくもなく口調を荒らげる昭弘。

 本来生徒によるIS・MPSの展開は、教員の許可が必要である。有事の際も基本的に鎮圧を行うのは教員の仕事であり、生徒の主な役目は避難誘導やISによるそれらの護衛等である。

 無論昭弘自身そんな事は百も承知だ。しかし自分の家族が今正に人を傷つけようとしている時に、悠長に規則を守ってなどいられない。

 

《…》

 

 しかしタロからの返事は無く、その赤い単眼はただ機械的に昭弘を見つめていた。

 そんなタロの反応に対し昭弘は憤る気持ちを抑えながら、今度は口調を落ち着かせてタロに尋ねることにした。

 

「何故フィールドを攻撃した?…束からの命令か?」

 

《…》

 

 尚もタロは答えない。

 段々と昭弘の憤りは恐怖に取って代わっていった。昭弘の知るタロは、兎に角お喋りでお調子者。そんなタロが一言も喋らないなんて昭弘には今の今迄想像もできなかったし、したくもなかった。

 

 そんなやり取りとすら言えないやり取りの中、昭弘は漸くハイパーセンサー上に表示されている新たなISの存在に気づく。

 今の今迄、タロしか視界に捉えていなかったからだろうか。ハイパーセンサーには、白式と甲龍の他にジロの反応もある。更に上空にはサブロ、シロ、ゴロの反応も。

 

 そんな中昭弘は気づく。ハイパーセンサーに表示されているISの位置だ。フィールド内に、白式と甲龍とジロの3機が固まっているのだ。嫌な予感が、昭弘の脳裏を過る。

 そして少しずつフィールド内の土煙が晴れていき、3機のISの姿が露わになる。

 

(オイまさか……止せ…ジロ…!)

 

 昭弘のそんな願いが届く筈も無く、ジロは白式に突っ込んで行きそのままフィールド内にて交戦が開始されてしまう。

 

「止せェェェェェッ!!!」

 

 昭弘は雄叫びの様に静止の声を張り上げながら、フィールドを覆っているシールドへと突っ込もうとする。

 

ガゴォン!!

 

 しかしタロの長い右腕による殴打を食らい、グシオンのSEが減少する。

 

(……どうしてだ)

 

 昭弘はアリーナ外へと吹っ飛ばされてる最中、頭の中で問いを繰り返す。

 

(どうしてなんだタロ!ジロ!)

 

 いくら自問を繰り返した所で時は待ってなどくれない。今はタロたちを止める方が先だ。

 昭弘は頭の中に充満している問いを半ば無理矢理取り払うと、各部スラスターを器用に小さく吹かしながら体勢を整える。直後、グシオンの全スラスターを後方へと思一気に吹かしタロへと躍りかかる。

 

 

 

 管制塔にて千冬は事態の収拾に追われていた。真耶の方は、観客スタンドの避難誘導に向かっている。

 

 クラス対抗戦の最中にて突然の襲撃。千冬は直ちにエマージェンシーコールを掛け、教員部隊の出撃命令を下した。しかし事態は最早最悪の一歩手前辺りまで来ていた。

 

 一つ、襲撃ISの異常なまでの火力である。

 アリーナのフィールドに使用されてるシールドバリアの強度は当然のことながら並大抵のものでは無く、如何に火力重視のISであれ破壊することなど到底不可能だ。

 そんな代物をしかもたったの一撃で破壊してしまう程の火力を秘めている怪物が、今まさにシールドの内側で暴れているのだ。もし奴の流れ弾がシールドを突き破って観客スタンドに直撃したら怪我人程度では済まない。

 

 もう一つは、そのアリーナAの観客スタンドから誰一人出られないのである。アリーナ全体のシステムに異常が発生したのか、どのエリアのゲートも扉も開かなくなってしまったのだ。

 その事が混乱に更なる拍車を掛けて、最早観客スタンドは恐慌状態と化していた。

 

 3つ目はシールドがこちらの操作を一切受け付けなくなっているのだ。これではフィールド内の一夏と鈴音に増援を送ることができない。

 幸いフィールド直上に佇んでいた黒色のISは昭弘が上手くアリーナAから引き離してくれたが、それでも無断でMPSを起動させたのは決して関心できた物ではない。

 

《こちら教員部隊!織斑先生、出撃準備完了しました》

 

「了解、少々予定を変更する。指示があるまでそのまま待機」

 

《し、しかし!それでは生徒たちの安全が…》

 

「現在のアリーナAは、最早生徒も含めた観客全員が人質に取られた様なものだ。フィールド内のIS以外にも、上空では既に3機の未確認ISが確認されている。悪戯に奴らを刺激して、観客席を攻撃されては敵わん。歯痒い気持ちは解るが…」

 

《…了解…しました》

 

 通信先の教員は無理矢理自身を落ち着かせた様な低く張った声で返事をすると、通信を後にした。

 

 一番不気味なのは敵の目的がまるで判らないところだ。

 もし仮に世界初の男性IS操縦者である一夏の身柄が目的だとしても、ならば何故一斉に襲い掛かって来ないのか。何故上空の3機はずっと待機しているのか。

 

 千冬は襲撃犯に得体の知れない不気味さを感じながらも、直ぐ別の心配事に思考を塗り潰される。

 

(勝てとは言わん。せめて無事でいてくれ一夏、鈴音)

 

 今フィールド内では自身の弟とその幼馴染が懸命に戦っている。しかもこれは演習ではなく実戦で、下手をすれば命に係わる。そんな状況に置かれている弟を心配しない姉など居はしない。千冬もその一人だ。

 しかし今の彼女はあくまで一教師。ISと言う名の装甲に護られている2人と、無防備な状態で観客スタンドに取り残された生徒たち。どちらを優先するかは最早語るに及ばずだろう。

 

 すると、管制塔に一本の通信が入る。

 

 

 

 観客スタンドでは、悲鳴と怒号が行き交っていた。

 

「何で開かないのよッ!」「出してよぉぉっ!死にたくないぃぃ!!!」「ちょっと押さないでよ!!」「み、皆さん落ち着いて下さい!ゲートに殺到しないで下さい!」

 

 その群に理性は無かった。あるのは「生」を掴もうとする本能のみ。それは視界を狭め思考を遮断し行動を弾純化させる。故にゲートと言う名の「一点」に集まり群衆は尚も膨れ上がる。

 

 パニックに陥りかけている箒も又、群の仲間入りを果たす一歩手前だ。

 

「このままではフィールド内で暴れている奴の流れ弾が、バリアを割って飛んでくるぞ!」

 

 そんな風に取り乱す箒を、セシリアは普段の口調で制する。

 

「落ち着きなさい箒。確かに事態は深刻ですが、未だ最悪という段階ではございませんわ」

「先程フィールド内で暴れている敵性ISの流れ弾がシールドバリアに直撃したのですが、私が見た限りではシールドバリアは()()()()()()()でしたわ」

 

「どう言うことだ?」

 

 混乱から疑問へと切り替わった箒に、セシリアは考える素振りをしながら返答する。

 

「最初に砲撃を行ったISよりも威力が低いタイプなのか、エネルギーを消耗してしまったからなのか、それとも意図的に威力を抑えているのか」

 

「だがそうと解れば、周囲の人たちにもその事を伝えて落ち着かせないと!」

 

 箒はあたふたと周囲を見回すが、セシリアは相変わらず氷の如く淡々と最新の状況を伝える。

 

「現状ではやるだけ無駄かと。この恐慌状態では誰も話など聞いてはくれませんわ」

 

「そんな…。そうだ!セシリアのブルー・ティアーズなら、ゲートを破壊できるのではないか!?」

 

 この方法ならいけると思った箒だが、セシリアは苦虫を嚙み潰した様な表情をしながら上空を見上げる。

 

「先程私も、ハイパーセンサーを部分展開し索敵したのですが…遥か上空にも3機、敵性ISが待機している様ですわ。しかも砲塔をこちらに向けて」

 

「ッ!…それはつまり」

 

 箒は今度こそ絶望する。その内容を、セシリアは無情に告げる。

 

「こちらが妙な動きを見せれば、砲撃される危険性は十分に有り得ますわ」

 

「要するに私たちは「人質」ってことよ」

 

 箒とセシリアが打開策を話し合っていると、あらぬ方向から凛とした声が返ってきた。声がした方に振り向いてみると、そこには水色の美しい髪を持った生徒が悠然と立っていた。

 

「貴女は…更識生徒会長!」

 

 セシリアがその名を呼ぶと、楯無は融和な笑みを零す。

 

「ソッ!皆のだぁい好きな更識生徒会長で~す!…と、おふざけはこの位にして、2人共真剣に話し合ってるとこ悪いんだけど、現段階で打開策は無いわ」

 

 楯無の冷徹な一言に、箒が物申す。

 

「…では何ですか?このまま指を咥えて唯々見ていろと?」

 

「はいそうカッカしな~い。実はさっき、管制塔に「ある通信」を入れておいたの。もうちょっと待ってて」

 

 直後、アリーナ中に設置されているスピーカーから大音量で「指示」が飛んでくる。誰もが知っている力強いその声は、群を構成する知能が著しく低下した者たちに気付けの氷水をぶっ掛ける。

 

《こちらは管制塔である。現在フィールド内に居る敵性ISの砲撃だが、シールドバリアを突き破る程の威力は無いということが判明した。もう1機の敵性ISも、今現在はアリーナAから引き離されている。故にアリーナから無理に退避する必要性は無い。アリーナの機能不全に関しては目下調査中である。教員並びに生徒会員の指示に従い、安全な体位で待機せよ。又、周囲に傷病者等がいる場合はこれの応急処置に努めよ。繰り返す…》

 

 管制塔からの千冬の言葉に教員たちは安堵の息を漏らし、恐慌状態にあった観客たちも比較的落ち着きを取り戻し始める。

 

「成程。つまりは更識会長も、事態の凡そは把握しているという事ですのね。上空の3機は、伝えれば更に無用な混乱を招く恐れがあるから敢えて伝えなかったと」

 

「そこは織斑先生の判断だけどね」

 

 楯無が千冬に伝えたのは、フィールド内の敵性ISがシールドを破壊できないという旨だけだ。

 

「シールドが破壊されない、上空からの攻撃も今のところは無いのなら、下手に動く必要も無いでしょう?」

 

 未だ安全とは程遠い状況にあることに変わりはないが、先ずは観客を落ち着かせることが重要だ。先の状況は正に、群衆雪崩が起きる一歩手前の状況であったのだ。

 既にその恐慌が原因で怪我人も出始めていた。

 

「2人共思う所もあるとは思うけど、今は“限られた状況”でやれることをやるしかないわ」

 

 楯無のその言葉を受けてセシリアは力強く頷き、箒は力無く頷いた。

 

「そんじゃっ!私は生徒会長としての役目を果たさなきゃだから、ここらで一旦さよならするわね」

 

 そう言いその場を後にする楯無。流石は生徒会長、事態への落ち着き度なら教員にも匹敵するか。

 

「箒、私は本音を探してまいりますわ。無事だとは思うのですがどうにも心配で…」

 

 どうやらセシリアも、観客スタンドが落ち着くのを待っていたようだ。今なら安全に移動もできよう。

 

「……強いな、セシリアも皆も。私なんか慌てて取り乱してばかりだ」

 

 箒はそう言うが仕方が無い。昭弘は突然飛んで行ってしまい、一夏はフィールド内に取り残されてしまう。心を支える友人たちがそんな状況になっては、心も乱れよう。

 

 だからか、セシリアは少し間を置いてから優しく微笑んで言った。

 

「私だって本当は怖くて怖くて仕方がありませんわ。今もこうして戦っている一夏の身にもしものことがあったらと思うと…考えるだけで背筋が凍りますわ。私はそんな思いを必死に隠しているに過ぎません」

 

 だから怖いのは箒一人だけではない、勝手に自分一人を責めるな。

 要はそう言いたかったセシリアは、安全な体位を心掛けながら動き出す。この状況だから仕方が無いが、その様は貴族令嬢とは程遠かった。

 

 その後姿を見送った後、箒は苦笑を浮かべながら「敵わないな」と小さく呟いた。

 

 

 

 鈴音はフィールド内の敵性ISに激しい憤りを感じていた。それは正に、毒々しい怒りの炎に彼女の心中が包まれているかの様だった。

 自身と一夏による、2人っきりの真剣勝負を邪魔されたのだ。憤りを覚えるのも当然だろう。

 しかし…。

 

(ったく!図体の割にメチャクチャ速いわねコイツ!)

 

 鈴音は、敵性ISの機動力の高さに思わず愚痴を溢しそうになる。

 機動力だけで無く、乗っている者の実力も相当なものだ。鈴音と一夏が件のISと交戦してから未だ2~3分程度しか経っていないが、少なく見積もっても代表候補生以上の実力が有ることだけは解る。

 ただ例の砲撃の威力が、アリーナを最初に攻撃した一撃よりも低くなっているのは少々気懸りだった。初撃を担ったISよりも威力が低いタイプなのだろうか。

 

ミ゛ューーーーーーーーン!!!

 

 白銀のISが両腕の先端に2門ずつ付いている砲塔から、合計4本の極太のビームを放つ。白式はそれを既の所で避けると、一気に距離を潰して斬り掛かろうとする。先程鈴音に対して行っていたヒットアンドアウェイ戦法だ。

 あれ程の威力があるビームじゃリロードにも相当時間が掛かると踏んだ一夏は、このタイミングなら行けると考えた。

 

 しかしそれは敵の罠だった。

 

デュゥルルルルルルルルゥン!!!!

 

 砲と砲の間に仕込まれていた窪みから、ビームの雨霰が飛んでくる。その内何発かが白式へと直撃し、SEが減少する。

 

《グアッ!クッソッ!!》

 

 鈴音も白式とほぼ同時に、敵の右腕に斬り掛かろうとしていた。しかしこちらもギリギリの所で避けられ、お返しとばかりに右手による裏拳を貰ってしまう。

 

(なんて奴なの!わざと大出力のビームを放ってこっちの攻撃を誘った!?)

 

 しかしその思考より若干遅れて、鈴音は「ある重要な事柄」に気がつく。

 見間違いだろうかあのIS、自身を殴った時()()()()()()()させていた。

 

 もしソレが鈴音の見間違えで無いと言うのなら、件の敵性ISは“人間”ではないと言うことになる。腰が360度1回転する様な人間など、この世に存在しない。

 

(じゃああのISは…)

 

 鈴音は相手の出方を伺いながら、一夏にも確認を取ることにした。

 

「ねぇ一夏。アンタ見た?あのISの動き」

 

《ああ腰の動きの事だろ?バッチリ見たぜ》

 

 一夏のハッキリとした返答を聞いて、鈴音はほぼ確信を持った。と言うよりも、半ば無理矢理確信付ける事にした。

 敵の正体が曖昧なままだと、こちらの心理的な負担が無駄に大きくなるだけだ。

 

 直後、鈴音と一夏の出した答えは内容もタイミングも完璧に一致していた。

 

「《無人機》」

 

 

 

 

 

後編へ続く




てな具合の話になりました。
少々退屈だったかもしれませんが、後編は昭弘をいっぱい出しますので、乞うご期待ください!


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第11話 その慟哭は誰にも聞こえず(後編)

すみません。今回めっちゃシリアスです。


 鈴音は件の敵性ISを「無人機」と判断はしたが、判断した自分自身でも信じられなかった。

 現段階におけるこの世界の科学力では、無人ISを創る事など不可能だ。鈴音も代表候補生という立場上様々なISをその瞳に焼き付けてきたが、未だ実物の無人ISは見た事が無かった。

 

 逆に一夏にはそこまで驚く様子は見受けられなかった。彼の場合IS学園に入学するまではISに関わったことが無かったので、無人ISに対してそこまでの新鮮さは無かったのだ。「何処かで秘密裏に創られてても可笑しくは無い」程度の認識なのだろう。

 

《無人機のメリットは戦闘の際に恐怖や躊躇いが無く、より効率的・効果的に相手を殲滅できることね。何より有事における犠牲者が少なくて済むわ》

 

 そんな鈴音の分析に対し、一夏が更に付け加える。

 

「メリットならこっちにも有るぜ。相手が無人機ってんなら、情け容赦なく戦える。相手の安否を一々気にする必要も無い」

 

 一夏の言葉に対して、鈴音は笑みを浮かべながら同意する。

 

《それもそうね。丁度良いわ、さっきからこのISには随分とムカッ腹が立っていたのよねぇ》

 

 一夏も又そんな鈴音に笑みを溢すと瞳に今迄以上の闘志を燃やし、雪片弐型を正眼に構える。

 

《そんじゃまぁ》

 

「気を取り直して」

 

「《行くとしますか!!》」

 

 その台詞と同時に白式と甲龍は其々別方向にスラスターを吹かして、行動を開始する。

 

 

 

 昭弘は学園から5km程離れた海上凡そ300m地点にて、タロと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 彼は常にタロより上方に位置することにより、タロのビーム砲が学園側に向かない様努めていた。その分昭弘が学園側に銃口を向けてしまう事になるが、ビームミニガンはあくまで中距離戦用にカスタマイズされているので、ビームと言っても射程距離が1kmに届くことは無い。滑降砲においても、5kmも離れていれば砲弾は届かない。

 

 グシオンリベイクはタロの直上からビームの雨を降らせるが、タロは難なくこれを回避。

 しかし、続け様にサブアームに装備されている滑降砲から炸裂弾頭が発射される。砲弾はタロの回避先へと一直線に向かって行き、一発は大きく回避されるがもう一発の砲弾のセンサーはタロをしっかりと捉えて起爆。大小様々な破片がタロへと降り注ぐ。

 

(良し、少しずつこちらに形勢が傾きつつあるな)

 

 後はこのまま形勢を維持できれば、先にタロのSEが切れる。そう易々とは行かせて貰えないだろうが。

 それにどうにも先程から、タロにしては立ち回りが消極的すぎる様に昭弘には感じられた。

 

 昭弘はタロに対して射撃戦を徹底している。タロは他のゴーレムと比べると近接戦に極めて特化していたが、射撃戦に関しては他のゴーレムより若干見劣りするレベルだ。

 しかし相手はゴーレム最強の無人IS。射撃戦だけで勝てれば、昭弘も束のラボであそこまで苦労はしなかった。

 

 

 

(やはり私を撃破するつもりは無い様ですね昭弘様。動きにいつものキレが無い。高が機械の私に随分とお優しいことで)

 

 タロは心の中で、賛辞とも皮肉とも取れる言葉を昭弘に対して贈っていた。

 

(いや、甘いのは私も同じか)

 

 タロも又、グシオン相手に本気を出せないでいた。

 無論束からは「箒以外の人間は気にせず全力で戦え」と指示を受けている。しかしいくら実戦慣れしているタロと言えど、非戦闘員であるIS学園の生徒たちに銃口を向けるのは束の命令だろうと流石に抵抗があるのだ。でなければ、昭弘の誘いにこうもあっさり乗ったりはしないだろう。

 誘いに乗った後も、タロは学園の生徒の安否が気懸りなのかイマイチ戦闘に集中できないでいた。

 

 すると突然グシオンからの攻撃が止み、代わりに昭弘から専用回線で通信が入る。

 

《…タロ。もう止めにしないか?》

 

 タロは尚も、昭弘からの通信に対して無言を貫く。しかし動きは完全に止めてしまっていた。

 

《お前たちが本気じゃないことも、操られていないことも判っている。でなければお前がオレの誘いにこうもあっさり乗り、学園から離れる訳が無い。それにちょくちょく学園側へ視線(ハイパーセンサー)を向けているのが丸分かりだぜ?大方、犠牲者が出ていないか気懸りなんじゃないのか?》

 

 尚も昭弘は続ける。

 

《お前らの目的は知らん。だが今投降すれば楽になるぞ。IS学園の教員は、皆話の分かる人たちだ。犠牲者が出てない今なら、きっと寛大な処置をしてくれる筈だ》

 

 当然のことだが、昭弘は犠牲者が一人も出ていないと言う確証は持っていない。しかし、タロたちを止めるにはこう言う他無かった。

 

(…本当に貴方様は御優しい。その御心遣いだけで私は満足です。…が)

 

 タロたちだって無意味に攻め込んできた訳では無い。例え拘束されることになったとしても、目的は果たさねばならないのだ。

 

 昭弘にタロを殺させる。

 

 それが束からの命令なのだ。そして彼等ゴーレムにとって束からの命令は“絶対”。

 

(思えば最初から「あの方法」を採っていれば良かった。今この方と相対して解った。恐らく私はこの方から嫌われたくなかったのだろう。しかし昭弘様、申し訳御座いません。私たちにとっては束様こそが創造主であり絶対者であり、神であるのです)

 

 タロはそう決意を固めると、あの方法とやらを実行に移す為に行動を起こす。

 

 

 昭弘は、固唾を吞んでタロからの返答を待っていた。しかし…

 

ヴゥイイィィィン…

 

 タロは身体を学園側に向けると、そのまま瞬時加速を敢行しようとする。

 

(何をする気だ!?)

 

 昭弘はビームミニガンと滑腔砲で牽制しようとするが、遅かった。

 

ダオォォォン!!!

 

 タロは瞬時加速により、一気に学園へと迫る。

 昭弘も直ちに瞬時加速を行い、タロに追随する。音速を大きく超えるタロとグシオン。グシオンがタロに攻撃する間もなく、あっと言う間に2機共アリーナへと辿り着いてしまう。

 

 

 タロはアリーナAの直上数十m付近に辿り着くと、再び昭弘と相対する。

 

ヴイィィン…

 

 するとタロは両腕計4本の主砲から深紅に輝くビームサーベルを展開。腕の先端から2本ずつ伸びているソレは、まるで長大な“鉤爪”を彷彿とさせる。

 その『ビームクロー』を構えると、タロは恐らくフルフェイスマスクの中で表情を歪めているであろう昭弘に専用回線で通信を入れる。

 

《コレダケアリーナガ近ケレバ、モウ射撃兵装ハ使エマセン。ソシテ近接格闘ナラ貴方ヨリ私ノ方ガ上デス》

 

 すると、昭弘から哀愁の籠った声が返ってくる。

 

《…やっと話してくれたと思ったら第一声がソレか。けどな、オレにはもうこれ以上お前と戦う理由は無い。お前たちが学園の生徒を傷つけられない事は分かっている》

 

 昭弘が通信越しにそう言うと、タロは腰を少し折り曲げ俯く様に返答する。

 

《…ソウ言ウト思イマシタ》

 

 するとタロはある指令を下す。()()()()()()()()様に。

 

《コチラハタロ、コレヨリ第3フェーズニ移行スル。サブロ、シロ、ゴロハ直チニ…》

 

篠ノ之箒ヲ捕ラエヨ》

 

 

 昭弘はタロがサブロたちに下した「指令」を聞いて、頭の中が白く染まる。しかし直ぐに、これから起こりうる“惨劇”が昭弘の真っ白な頭中を侵食していく。

 教員部隊との避けられない交戦、その流れ弾によっていともたやすく蒸発していく観客たち、爆風によって物言わぬ肉塊へと変わる生徒。そして連れて行かれる箒、そんな光景を見て絶望し発狂する一夏。

 

 ゴーレムたちがそんな惨劇を起こさない事は、昭弘も頭では解っている。

 しかし一度でも最悪の事態を想像してしまっては、後はもう止まらない。その悍ましい脳内映像に嗾けられるかの様に、昭弘はアリーナに向かっている3機を食い止めようと動く。

 が当然の如く、タロは昭弘に立ち塞がる。

 

「頼む退いてくれタロ。もし退かないと言うなら…」

 

《私ヲ倒スシカアリマセンネ》

 

「…クソったれが」

 

 昭弘がそう呟くと同時に、グシオンのハルバートとタロのビームクローが勢いよくぶつかり合った。

 

 

 

 千冬はアリーナに向かって来る敵性ISに動じること無く、教員部隊に出撃命令を下す。

 国際IS委員会にも既に報告は入れてあるが、千冬自身彼らの動きには正直期待していない。例え増援が間に合ったとしても、指示系統が却って混乱するだろう。かと言って事後報告にする訳にも行かないので、取り敢えず報告だけは入れておいたというのが千冬の本音だ。

 

「こちら管制塔。事態急変につき教員部隊は直ちに出撃せよ。但し到着後はアリーナA周辺にて待機し、こちらからの指示を待て」

 

《こちら教員部隊、了解!》

 

 更にアリーナ全体に指示を出す為に、千冬は一瞬だけ頭を巡らす。

 

(…止むを得ん、待機を継続させるべきだな)

 

 どの道今から避難の指示を出しても間に合わない。混乱による怪我人が増えるだけだ。

 千冬は苦渋の決断をし、指示を出す。

 

「こちらは管制塔。現在IS学園に所属不明のISが接近中。慌てること無く、その場での待機を継続せよ。繰り返す―――」

 

 

 

「な、何だ?こいつら?」「こいつらも敵…なの?それとも味方?」

 

 観客スタンドに降り立った3機のISは、暴れることなくゆっくりとスタンド内を歩き始める。

 観客たちは楯無の予想と異なり、唯々困惑しているだけに留まった。千冬の迅速な指示もあるのだろうが、事前情報が「所属不明のIS」しかない観客たちにとっては「突然現れた謎のIS」程度の認識なのだろう。

 

 その3機のISは、歩き回りながら紅くて丸いカメラアイをキョロキョロと動かしていた。

 

(まるで何かを探している様な…)

 

 箒は、相手の目的が何なのか考え込んでいた。

 

 実際サブロたちは、ハイパーセンサーによって箒の居場所は既に特定している。それなのに探す素振りをしている理由は、無用な混乱を避ける為にある。彼等の最大の目的は、あくまで全開状態のタロを昭弘とグシオンに倒させることなのだ。

 重要なのは今箒を捕えることでは無く、観客スタンドに立つことで「いつでも箒を捕縛できるぞ」というアピールを昭弘に対して行うことにある。

 

 ふとサブロたちは、観客たちが上空を見上げていることに気づく。

 

 彼等ゴーレムが危害を加えてこないから、警戒心が薄れたのだろうか。それにしては、観客たちの表情が可笑しい。まるで「この世のモノとは思えない」何か強大なモノを見ているかの様に、口を「あ」の字に開けながら目を見開いている。

 しかしサブロたちは彼等観客が何を見ているのか、凡そ見当は付いていた。彼等が今観ている光景こそが、束の狙いなのだから。

 

 箒はその光景を観て、ただ茫然と立ち尽くすしか無かった。

 

「昭弘…」

 

 彼の名前を呟くと同時に、箒は思った。「()()()()は本当に昭弘なのだろうか」と。

 

 

 

 ジロも又、フィールド内にて激戦を繰り広げていた。

 

(成程、流石は中国代表候補生。ISを“生物”の様に操っている。一夏様も白式のコアと上手くいってる様で)

 

 そんなことを考えながらも、ジロは2機の専用機を相手に互角以上に渡り合っていた。タロとは正反対の射撃戦に特化したジロは、様々な射撃武装を駆使して白式と甲龍を翻弄する。

 

 甲龍は至近距離から衝撃砲を発射した後、双天牙月を2本同時に大きく振り下ろしてくる。更に背後からは、白式が雪片弐型を腰だめから振り上げてくる。

 ジロは衝撃砲を上方に躱した直後、両手の主砲を瞬時に「散弾タイプ」に切り替える。そして向かってくる甲龍にはそのまま左手で、背後から接近する白式には長い右腕を左脇から後方に回した状態で夫々黄金色に輝く無数の熱線を浴びせる。

 

 

 

「グゥッ!」

 

《キャアッ!!》

 

 無人ISからの思わぬ反撃に、鈴音と一夏は痛みも感じていないのに声を上げてしまう。

 

《ああもうッ!あの主砲にどんだけ“飛び道具”詰め込んでんのよコイツゥ!》

 

「畜生!今のは絶対に入ると思ったのに…」

 

 その時、一夏も又フィールド上空を見上げてしまっていた。見上げた理由は彼自身にも良く解らない。唯、何となく気になったのだ。しかし彼は今現在戦闘中であるので、一瞬見上げたら直ぐに意識を切り替えた。

 それでも尚、一瞬だけ見えた“ソレ”は一夏の脳裏にこびり付いて離れない。

 

(……一瞬だったから良く見えなかったけど、MPSって…()()()()()できるもんなのか?)

 

 そう考えた途端、一夏は例えようのない恐怖を感じた。それは一瞬見えたグシオンリベイクが恐ろしかったからでは無い。

 まるでそう、昭弘が「何処か遠く」へ行ってしまい、そして二度と戻って来ない様な…そんな確証の無い恐怖だ。

 

 実はこの時、箒も一夏と全く同じ恐怖を感じていた。

 

 

 

 タロは、常に瞬時加速顔負けな超高速機動でグシオンに迫る。深紅のビームクローが、タロが通過した空間に深紅の峠道を描いていく。

 その勢いをそのままに、タロの禍々しい右腕のビームクローがグシオンを横薙ぎに切り裂かんとする。昭弘はグシオンの左腕に腰部シールドを構えてこれを防ぐが、タロの有り余るパワーに押し負けてしまい右後方へと大きく吹っ飛ばされる。

 

 グシオンはアリーナに激突する前に体勢を立て直すが、そんなことお構いなしにタロは突っ込んで来る。

 

(………何だ…この感じは…?)

 

 昭弘は、タロと交戦していく内に妙な違和感を覚える。それは迫り来るタロでは無く、自分自身に対してだ。

 しかし昭弘は、直ぐにその違和感の正体に到達する。

 

(泣いているのかオレは?……何故だ?)

 

 何故。それは心当たりが無いのではなく、心当たりが多すぎるが故に浮かんだ言葉だった。

 

 家族を相手に戦わなければならない絶望、箒が連れて行かれるかもしれない恐怖、こうすることしか考えが思い浮かばない自身への激しい怒り、決して犠牲者を出してはならない事への焦燥。

 そして形はどうあれ、こうして久しぶりに家族に会えたことへのほんの僅かな喜び。

 

 それらの感情が昭弘の中で渦の様に混ぜ合わさり、形の見えない激情となっていったのだ。

 更に昭弘の激情は加速度的に膨張していき、それは阿頼耶識を伝ってグシオンにも影響を与え始めた。

 

(何だ?…タロ以外の景色が白く霞んでいく。…それに…タロの動きがどんどん遅くなっていく)

 

 まるで昭弘の激情にグシオンが呼応するかの様に、昭弘とグシオンはより深く、深く、深く、深く繋がれて行く。

 

―――シンクロ率:99.8%

 

(グシオンを纏っている感じがしない……?)

 

―――シンクロ率:99.99999999%

 

(……違う………()()()()()………()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シンクロ率:100%

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭弘の結論を、グシオンから流れているアナウンスが冷徹に遮る。

 

―――グシオン、リミッター解除を確認。これより、単一仕様能力『狂獣(マッドビースト)』を発動します。

 

 直後、グシオンの緑色のツインアイが紅く輝き始める。

 

 

 

 タロはグシオンに対して、左手のビームクローによる渾身の突きを放つ。

 

ヴゥォン!!

 

 しかし、その空間に既にグシオンの姿は無かった。

 

グァシッ!!

 

 タロの直上から飛来したグシオンに、タロは頭を鷲掴みにされる。

 グシオンはそのまま瞬時加速を敢行し、タロをシールドバリアに外側から叩きつける。その衝撃でタロのSEは大きく減少し、今尚もタロの頭部に圧力が加えられているので更にSEが減少していく。

 タロはその巨大な両腕でグシオンを無理矢理引き剥がそうとするが、まるで万力の様にビクともしない。

 

(…止むを得ませんね)

 

 タロは右手のビームクローを解除。その後左手のビームクローでグシオンを斬り続けることにより、万力の様に動かないグシオンでもSEは減少していく。

 そして空いた右手の砲塔を器用にシールドへ向けると、そのままシールドが割れるギリギリの出力でビーム砲を放つ。丁度タロとグシオンが居た部分のシールドが割れ、タロは身体を僅かに沈める。

 同じ様に体勢を崩し、タロの頭部から一瞬力を抜いてしまったグシオンをタロは思いっきり長大な両腕で突き放すと、割れた部分が塞がる前に即座にフィールドから脱出する。

 

 

 タロに突き放された昭弘は右手にハルバートを構えると、間髪入れずにタロに突撃する。タロは腰を沈め躱し、昭弘の懐に左手のビームクローを手刀の様に叩き込もうとする。

 しかし昭弘は恐るべき瞬発力を以て左手の腰部シールドでそれを防ぐと同時に、いつの間にか右サブアームに呼び出していたグシオンハンマーでタロを叩き落とす。

 タロは再び、フィールド上方のシールドに叩きつけられる。

 

 今の昭弘には、タロの動きの全てがスローモーションに見えていた。

 しかし昭弘はこの能力に驚嘆する余裕すら無かった。

 

(ウグッ!ゥ゛ゥ゛、ア゛頭が割れそうだ…!ほんの少しでも気を抜いたら…意識を持っていかれちまう…ッ!!)

 

 しかしタロは悶え苦しむ昭弘のことなど構わず、更に腕を変形させて突っ込んで来る。各腕に2本ずつ並んでいる砲塔が腕ごと縦に裂ける様に分離したそれは、まるでサブアームを展開している昭弘と同じく腕が4本あるかの様だ。

 2連砲塔が分離した事で各腕の先端に1本ずつ生えているビームサーベルを自由自在に操るタロと、再び昭弘は切り結ぶ。

 

 昭弘とタロは目まぐるしいドッグファイトを繰り広げた。

 昭弘のツインアイとタロのビームサーベルが、まるで複雑に絡み合う様に美しき紅い光の曲線軌道を描いて行く。その中で彼らが切り結んだ際に生じた火花が、複雑な曲線軌道に更なる彩を加えていく。

 

 そんな最中、タロが2本の右腕を掲げて迫る。昭弘は未だ動かない。タロは昭弘とぶつかるギリギリの所迄接近すると、右腕と見せかけて2本の左腕をそのまま突き出す。しかしこれも今の昭弘の驚異的な瞬発力には敵わず、昭弘の右手と右サブアームに捕まってしまう。

 

 タロを捕まえた状態で、昭弘は左手と左サブアームで力強く握ったハルバートを振り下ろす。

 しかし「カチャン」という音と同時に、タロは掴まれている2本の左腕を根元から分離することで昭弘の拘束から脱する。大きく空振って体勢を崩す昭弘に、タロは再び巨大な右腕による横薙ぎをお見舞いする。

 吹き飛ばされる昭弘だったが、直ぐに各部スラスターを小さく刻む様に吹かして最小限の動きで体勢を立て直す。

 タロは再び右腕を縦に裂き片方を左腕無き左肩に連結させると、再度昭弘と切り結ぶ。

 

 しかし形勢は最早覆らない。ゴーレム最強のタロでさえも、昭弘とグシオンの驚異的な瞬発力と機動力に付いていくことができなかった。しかも昭弘は、サブアームですらもまるで“生身”の様に扱っていた。

 

 昭弘がタロをハルバートでアリーナ外の地面に叩き墜とすと、遂にタロのSEは底を尽きてしまう。しかしシールド以外のエネルギーが未だ残っている為か、タロは尚も起き上がろうとする。

 昭弘はそのままタロの元へ急降下し、ハルバートを用いてタロの両腕両脚を淡々と切断していく。

 

 昭弘は最後の一閃をタロの頭部に叩きこもうと、ハルバートを振り上げたところで動きを止めた。それは、振り下ろそうとする“昭弘自身”を必死に抑え込んでいる様にも見える。

 

「タロ、オレは未だこいつの能力を制御できてる訳じゃねぇ。今こうして刃を止めているのも、後何秒持つか分からん。…だから頼む、箒たちを解放してくれ。オレにお前たち“家族”を殺させないでくれ…」

 

 タロは、数秒程昭弘を見つめていた。しかし、返って来たのは余りにも残酷な言葉であった。

 

《デハコウシマショウ。私ヲ殺サナケレバ、観客全員ヲ「皆殺シ」ニシマス》

 

 その言葉を受けて、昭弘は心の中で必死に鬩ぎ合う。

 

―――ハッタリだ。サブロたちが無抵抗の人間を殺める筈がない。

―――そんな保証が何処にある?現にアイツらはいつでも人を殺せる状態にある。

―――武装しているという確証は無い。

―――武装していないという確証も無い。抑々武装が無くたって、アイツらは人間を簡単に肉塊にできる。

―――タロは家族だ、オレに殺せる訳が無い。

―――じゃあ観客を見殺しにするか?たかが機械と何百人の命、どちらが大事かなんて一々考えるまでも無いだろう。

 

 昭弘の鬩ぎ合いも空しく、無情にもその時は訪れる。

 

《……コチラハタロ。新タナル指令ヲ下ス。観客ヲ全員…》

 

 

 

《殺セ》

 

 今その言葉を聞いてしまった昭弘には、もう選択肢など無かった。

 

 

 

 

 

ガシュッ!!    ゴトン…

 

―――昭弘様…もウしワけ……あリ…マ…せ…

 

 

 

―――――現在作戦遂行中の全ゴーレムに伝達事項有。

―――――グシオンによるタロの撃滅を確認。作戦完了。

―――――機密保持の為、現在作戦遂行中の全ゴーレムの記憶を消去。機能も完全に停止。

 

 

 

―――嗚呼、ヤッたのでスネ昭弘様。…折角久シぶリの再会だといウノニ、な…ンノオモ…てなシ…も…デキ………ナ…

 

 一夏と鈴音は防戦一方の状況に追い込まれていた。

 衝撃砲以外は近接武器しか持ち合わせていない2人にとって、様々なビーム兵器を使い分けるジロは最悪の相手と言って良いだろう。零落白夜も、散弾やフルオートで攻撃されれば対処が難しい。

 SEも残り僅か。一夏が何か手は無いかと頭を振り絞っていると…。

 

(…何だアイツ?動きを完全に止めている…?)

 

 いくらジロが一夏たちを手に掛けるつもりが無かったとしても、何も知らずに追い詰められていた一夏と鈴音にとっては最早一つの敵でしかない。例え機能を停止したとしても、極限状態に陥った人間はそう簡単には止まらない。

 

《何か分かんないけどチャンスよ一夏!アタシは後ろから!アンタは前から串刺しにしちゃいなさい!》

 

「おうよ!ウウウォォォオオオラァァァ!!!」

 

ガシュッ!! ゴァシャァッ!!

 

 

 

 観客スタンドにおいても、同様の現象が起きていた。

 

「な、何コイツら!?急に倒れたわよ!?」「え?何で急に?」「ちょっと皆!ゲートが開くようになったよ!!」「マジ!?やったぁ!!」

 

 周囲が歓喜に浸る中、楯無は倒れた状態のISを見つめて顔を顰める。

 

(結局、こいつらの狙いは何だったのかしら…?)

 

 

 

 

 

 昭弘はタロ()()()金属の塊を抱きかかえていた。しゃがんだ状態でその金属の後頭部の様な部分を左腕で起こし、顔と思しき部分を唯々見つめていた。

 その顔を見つめていると、彼等と過ごした日常が頭中に湧き上がってくる。思えば、この世界で一番最初に遭遇したのもタロだった。ドス黒いボディに深紅のカメラアイ。最初に見たときは凶悪な印象しか抱けなかったのも、今となっては最早懐かしい記憶だ。

 

「…タロ」

 

 昭弘はタロの名を呼ぶ。一言だけでいい。「何デショウカ」と言って欲しかった。しかしタロに繋いだままの専用回線は、耳障りなノイズが響くばかりだ。

 

「なぁ…タロ…」

 

 尚も、タロの名を呼ぶ。先程と何一つ変わらないノイズだけが、昭弘の耳を劈く。

 

 

 

「…」

 

 

 

「………ああ」

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 昭弘はただ叫ぶ。顔を涙と鼻水で濡らしながら。

 しかし未だタロとの専用回線に繋いだままの慟哭は、誰の耳にも届きはしない。

 どんなに顔面をグシャグシャにしようと、フルフェイスマスクに包まれた彼の表情は誰にも判らない。

 どんなに大声で泣き叫ぼうと、返ってくるのは聞きたくも無いノイズだけ。

 

 

 

 どんなに強く抱きしめても、そこに在るのは唯の鉄屑に過ぎなかった。




昭弘を不幸のまま終わらせはしません。
さて、次回からが難しい。各国政府の動きとか束の葛藤とか昭弘の葛藤とか・・・。
自分も早く、シャルやラウラと昭弘を絡めていきたいです。


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人物紹介・その他設定

今回は、ちょっとした息抜きに人物紹介なるモノを投稿してみました。
もしかしたら、本編で抜けている部分も上手く補正できていたりするかもしれないので、是非読んでみてください。

※誤字修正
 「ウツロ」ではなく「ウツホ」でした。すいませんでした。



・登場

 

 

昭弘(アキヒロ)・アルトランド

 本作の主人公。

 戦場にて命を落とし、目が覚めたら全く別の世界に転移していた謎多き青年。天災科学者「篠ノ之束」との契約により、IS(インフィニット・ストラトス)操縦者育成学校「IS学園」に通うことになるが、昭弘はその理由を一切聞かされていない。現在は「T.P.F.B.」という企業に所属しており、IS学園で得た自身のMPS(モビルパワードスーツ)の戦闘データを、束を通じてT.P.F.B.に送っている。

 基本無口で不愛想な男だが、情に厚く、困っている者や悩んでいる者を放っておけない性格をしている。その巨躯や人相の悪さが災いし、IS学園の女子生徒からは常に怖がられているが、彼と親しい者からは相談事を受ける事も多い。特に箒や一夏とは仲が良く、彼等からはほぼ毎日の様に相談事を受ける。

 筋トレをこよなく愛しており、彼の部屋の大部分は筋トレ器具で占拠されている。その甲斐もあり、制服越しでも判る程の屈強な筋肉を持っている。露出度の高いISスーツを着ている時は、その余りにもガチムチな肉体美に、1組の生徒が顔を赤くして目を逸らす程。

 背中に「阿頼耶識」という名の管が2本生えており、これにより脊髄とMPSを直結させることでMPSを起動させている。元々少年兵であった彼自身の抜群の戦闘センスも相俟って、「天下無双」の実力を発揮する。

 

 

篠ノ之箒(シノノノホウキ)

 昭弘のクラスメイト。

 篠ノ之束の妹であるが、本人はその事について快く思っておらず、束に対して激しい劣等感を抱いていた。しかし、昭弘にその内に秘めた想いをぶちまけてからは、少し考えを改めた様子。

 凛とした顔立ちをしており、如何にも「大和撫子」と言った雰囲気を纏っているが、意外と子供っぽい一面が目立つことも。また、人一倍人見知りが激しく、クラスメイトからはその事で良く心配される。

 幼馴染である一夏に対しては、異性として密かに想いを馳せている。そして、彼に近付く異性に対しては激しい敵対心を持つ。最近では、昭弘に対しても「特別な感情」を抱くようになってきているが、箒自身は未だそのことに気づいていない。

 

 

織斑一夏(オリムライチカ)

 昭弘のクラスメイトであり、1組のクラス代表。

 世界で唯一、男性の身でありながら女性にしか扱えない兵器「IS」を動かした人物。その原因は、IS適性試験会場に密かに置いてあった、偶々束がコアの設定ミスをした機体に、偶々乗り合わせた為に起きた偶然であった。

 基本的に、明るく活気な性格をしているが、精神面は見た目以上に子供で、他人の想いが汲み取れない部分も多々有る。

 昭弘を「実の兄」の様に慕っており、彼にだけは自身の抱えている苦悩を曝け出す。実の姉である「織斑千冬」を「家族として、男として護りたい」と思っている反面、何か「別の感情」をも抱いている節がある。

 整った顔立ちをしており、異性から好意を抱かれることが多いが、一夏本人はそのことについて全く自覚が無い。

 

 

セシリア・オルコット

 昭弘のクラスメイト。

 イギリスの国家代表候補生であり、次期国家代表最有力候補とまで言われている「若きカリスマ」。

 入学当初は常に周囲に高圧的な態度を取っていたが、一夏や昭弘との模擬戦以降はその態度を改め、クラスメイト全員に今迄の無礼を謝罪した。

 昭弘との模擬戦では文字通り「一進一退」の接戦を繰り広げており、その「優雅と狂気」を融合させたかの様な超機動によって、観客の女子生徒達を大いに魅了した。現時点では、セシリアのファンクラブまで存在する程だ。

 セシリアも箒と同様、一夏に異性として好意を抱いているが、箒のことも「友」として大切に思っている。しかし、昭弘とは相も変わらず「犬猿の仲」で、事あるごとに衝突する。

 

 

凰鈴音(ファンリンイン)

 2組のクラスメイトであり、クラス代表。

 中国の国家代表候補生で、急遽IS学園に転入してきた。

 血気盛んで勝ち気な性格をしており、転入初日は一夏絡みで箒と火花を散らしていた。

 彼女も一夏の幼馴染であり、例に漏れず彼女も一夏に惚れている。一夏に対する愚痴を真剣に聞き、それに対する適切なアドバイスをしてくれた昭弘の事は、「男友達」として頼りにしている様だ。

 IS乗りとしては、1年間という短期間で見る見る成長していき、あっと言う間に代表候補生の座に躍り出た天才肌の持ち主。しかし、クラス対抗戦でのゴーレム襲撃の際は、一夏と共に果敢に応戦するも、ジロ相手に終始翻弄され続けてしまった。未だ代表候補生になって日が浅いのと、相手との相性が悪かったことが災いしてしまった様だ。

 

 

布仏本音(ノホトケホンネ)

 昭弘のクラスメイト。

 入学初日において、クラス中が昭弘に恐怖心を抱く中、物怖じせずに昭弘に話しかけた人物。

 常に間延びした様な口調で話し、クラスメイトからは非常に可愛がられている。人とのコミュニケーション能力に長けており、クラスの誰とでも仲良く接することができる。セシリアとは特に仲が良く、セシリアが未だクラスメイトに高圧的だった時期から、彼女にしつこく話しかけていた。

 

 

相川清香(アイカワキヨカ)

 昭弘のクラスメイト。

 入学当初は、昭弘に対して激しい恐怖心を抱いていた。しかし、クラス代表パーティーでの彼の素顔を知って以降は、少しずつ彼に対する警戒心を解いていった。今では、昭弘に対して「まるでお父さんみたいですね」と軽口を言える程だ。彼に対して敬語なのは相変わらずだが。

 谷本と仲がいい。

 

 

谷本癒子(タニモトユコ)

 昭弘のクラスメイト。

 彼女も相川と同様の経緯で、昭弘への警戒心を薄めていった。一夏と鈴音によるクラス対抗戦を観戦していた時は、昭弘の実況と解説を相川と共に生真面目に聴いていた。

 相川と同様、昭弘に対して敬語なのは、やはり彼を年上の様に畏怖しているからだろう(実際に昭弘は、実年齢では彼女たちより年上なのだが)。

 

 

更識楯無(サラシキタテナシ)

 IS学園生徒会長。

 ロシアの国家代表であり、IS学園最強の生徒会長。IS操縦者としての詳しい実力の程は未知数だが、恐らく昭弘やセシリアをも上回っている可能性が高い。

 昭弘に対して激しい懐疑心を抱いており、入学初日からずっと監視の目を光らせて来た。クラス対抗戦が近付くと、自ら1年1組に赴いて昭弘に分かる様に視線で「殺気」を飛ばし、「何も事を起こすな」と無言の威圧を加えた。

 しかし、普段はかなりおちゃらけた自由奔放な性格をしており、常に笑みを崩さない。

 

 

布仏虚(ノホトケウツホ)

 IS学園生徒会役員。

 楯無の従者であるが、学年的には楯無が2年生で虚が3年生であり、彼女の方が先輩に当たる。本音の姉でもある。

 良く楯無に振り回される。

 

 

織斑千冬(オリムラチフユ)

 1組のクラス担任であり、一夏の実の姉。

 世界最強のIS操縦者であり、「ブリュンヒルデ」の異名を持っている。生身で量産型ISを圧倒してしまうと言った噂も。

 世界の全女性の憧れでもある彼女は、当然生徒からも絶大な人気が有り、入学初日から今現在に至るまで既に数名の女子生徒から告白されているらしい。無論断ったのだろうが。厳格でクールそうに見えて、意外とフランクな性格をしていると言うギャップも、彼女の人気に拍車を掛けているのかもしれない。

 仕事はできる方なのだろうが、意外と猪突猛進な所があり、度々副担任である真耶から静かなる叱責を受ける。

 

 

山田真耶(ヤマダマヤ)

 1組のクラス副担任。

 千冬とは対照的な印象を受ける、おっとりとした物腰の教師。高校時代からの、千冬の後輩でもあるらしい。

 普段は弱腰な印象を受ける彼女だが、千冬に対しては時々強気に出ることも。

 

 

 

 

篠ノ之束(シノノノタバネ)

 ISの生みの親である天災(天才)科学者。宇宙にISを進出させるという夢を持っている。

 彼女は中学生の時にISを創り上げ、早速学会にて発表した。しかし、彼女の発明は「馬鹿馬鹿しい夢物語だ」と一蹴されてしまう。

 業を煮やした彼女は、世界中の2000発もの弾道ミサイルをハッキングし、日本本土へと発射するという凶行を起こす。その2000発もの弾道ミサイルを、自身の原初のIS「白騎士」に無力化させるという途方もないマッチポンプを行ったのだ。

 しかし、この「白騎士事件」により、ISの優位性は「宇宙進出」ではなく「兵器」として強く認識されてしまう。絶望した彼女は、ISコアの生産をストップし、姿を隠すようになる。その結果、世界最大の「お尋ね者」となってしまった。

 ・・・そして、今度こそ自身の「夢」を実現させるために、「計画」を実行に移したのだ。その計画の全容は、未だ見えては来ない。どうやら、T.P.F.B.に新型MPSの技術を提供している様だが・・・。

 常にハイテンションでふざけた言動が目立つ彼女だが、実の妹である箒のことは誰よりも大切に思っている。しかし、彼女は基本的に自身が興味を抱いた者以外の人間はどうでも良く、例え死のうが何とも思わない。IS学園をゴーレム達に襲撃させた際も、多少犠牲が出ても構わないと考えていた様だ。大切な人間の優先順位としては、箒>クロエ>千冬>昭弘>一夏であり、それ以外の人間は彼女にとって「ゴミ」と一緒である。

 

 

クロエ・クロニクル

 IS関連の研究所にて非道な「人体実験」をされていた所を、束率いるゴーレム部隊に救出された盲目の少女。

 自身を救ってくれた束のことを「絶対者」として崇拝しており、彼女自身も束からは「実の娘」の様に大切に育てられている。昭弘のことも、家族の一員として大切に思っている様だ。

 

 

デリー・レーン

 T.P.F.B.の代表取締役。

 俗に言う「武器商人」であり、独特な敬語口調が特徴。

 極めて冷酷な人間であるが、自身が「商品」や「利益」として価値を見出した人間に対しては、誠心誠意を持って接する。昭弘もその対象に含まれているが、昭弘からは苦手意識を持たれている様だ。

 束からの技術提供には何らかの「裏」を感じてはいるものの、世界の情勢よりも自社の利益の方が遥かに大切な彼にとっては些細な問題らしい。

 

 

 

 

 

・登場IS&PS

 

 

グシオンリベイク

 昭弘の専用MPS。

 全身装甲(フルスキン)型のMPSであり、全体的にロボットの様な形状をしている。全身はベージュ色で、背中から生えている一対のユニットが特徴。そのユニットから、サブアームを展開することができる。

 MPSと認識されてはいるが、実際には純正のISコアを使っているので、実質的にはISである。

 中距離・近距離型のMPSであり、昭弘と神経を直結させることで驚異的な「シンクロ率」を誇る。そのシンクロ率が100%に達した時、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)「マッドビースト」が発動し、パワー・機動力・反応速度が飛躍的に向上する。また、相手の動きが極めて「遅く」映る様になる。

 しかし、この能力は昭弘自身未だ完全なる制御下に置いた訳では無く、初めて能力を発動させたときは、意識をグシオン側に持っていかれそうになった。

 又、全身装甲にはデメリットも多い。肌の露出が無いので絶対防御という機能が抑々存在しないのだ。昭弘のグシオンリベイクも例外では無い。

・武装:M134Bビームミニガン×2 炸裂弾頭搭載型滑腔砲×2 ハルバート グシオンハンマー 腰部シールド サブアーム×2

 

 

白式(ビャクシキ)

 一夏の専用IS。

 束が一夏の為に男性用にコアの設定をし、「倉持技研」に作らせた純白のIS。束のミスにより運悪く適性試験会場にてISを発動させてしまった一夏に対し、束がせめてもの「罪滅ぼし」として一夏に贈ったモノ。未だ一次移行(ファーストシフト)状態であるのに単一使用能力が使えるのも、束が初心者の一夏用にISコアをそう設定したからである。

 近接戦闘特化型の高機動ISであり、武装が「雪片弐型(ゆきひらにがた)」という機械刀1本しか存在しない。単一仕様能力は「零落白夜(れいらくびゃくや)」であり、発動中は雪片弐型の威力が大幅に上昇し、当たれば絶対防御が発動する程。実はこの零落白夜、絶対防御機能の無い全身装甲型のISに当てれば、相手の装甲を粉砕することができる危険な能力でもある。又、発動中は白式自体のシールドエネルギーも減少していく諸刃の剣。

・武装:雪片弐型×1

 

 

ブルー・ティアーズ

 セシリアの専用IS。

 群青色の美しいISであり、遠距離・中距離に特化している。主な使用武器は、「スターライトMkⅢ」という67口径のレーザースナイパーライフルである。

 最大の特徴は第三世代兵装である6機の浮遊砲身「ビット(ティアーズ)」で、搭乗者による脳波コントロールで自由自在に動き回ることが可能。しかし、ビットを3機以上操った状態では、並列思考に限界が生じる為か、ブルー・ティアーズ本体を動かすことができない。

 又、スターライトMkⅢは銃身を変形させ「アサルトモード」に切り替えることで、中距離での激しい撃ち合いにも対応可能。その場合は普段以上の高速機動下での戦闘が予想されるので、高速機動戦用のバイザーが自動的に装着される。

・武装:スターライトMkⅢ ビット×6 インターセプター(コンバットナイフ)×1 高機動用バイザー×1

 

 

甲龍(シェンロン)

 鈴音の専用ISで紫檀色の派手な色合いをしている。

 白式と同様、近距離特化型のISで、機動力に重きを置いている。

 最大の特徴は、第三世代兵装「衝撃砲(龍砲)」であり、空間圧縮によって「見えない砲弾」を発射する。強力な兵装だが、弱点がバレればあっさりと形勢を逆転されてしまうことがある「極端な兵装」でもある。代表候補生である鈴音だからこそ、この穿った性能の衝撃砲を上手く使いこなしているのである。

・武装:双天牙月×2 衝撃砲×2

 

 

ゴーレム

 束が創り上げた無人IS。

 人間の脳と何ら遜色が無い程の、高度なAIを兼ね備えてる。現在10機が確認されているが、どの機体も感情が豊かで、昭弘やクロエは「家族同然」の様に彼等と接している。どの機体も優しい心を持っており、決して無抵抗の人間を傷つけることを良しとしない。

 遠距離・中距離・近距離と、どの局面にも対応可能であり、その実力は少なく見積もっても国家代表候補生以上だと言われている。又、4門のビームカノンは出力の調整が可能。

 

タロ

 束がゴーレムの中で一番最初に創り上げた漆黒のIS。

 性格は明るくてお喋りだが、調子に乗りやすく、創造者である束に対しても時々軽口や憎まれ口を叩く。

 これ迄、束を狙う輩との度重なる戦闘で、膨大な戦闘経験値が蓄積されていき、現在では最早国家代表と肩を並べる程の実力を秘めている。しかし、束の計画の犠牲となってしまい、現在は記憶を抹消されたISコアだけが残されている。

・武装:大型ビームカノン(MB-46S ビームカノン)×4 高出力ビームクロー×2(高出力ビームサーベル×4)

 

ジロ

 名前の通り、束によって2番目に作られた白銀のゴーレム。

 常に冷静で客観的に物事を考えることができるが、その為かタロとはよく衝突する。

 タロに次ぐ実力者であり、様々な射撃武器を自由自在に使い分けることが可能。彼も又、タロの撃滅と同時に記憶を抹消されて機能停止となり、その直後白式と甲龍によって止めを刺される。現在はタロと同様記憶の無いISコアだけが残されている。

・武装:大型ビームカノン(MB-46S ビームカノン)×4(戦闘中に散弾タイプやスナイプタイプに変更可能) 小型ビームマシンガン(H&K MPB5 内部収容型ビームサブマシンガン)×2

 

サブロ、シロ、ゴロ

 ゴーレムの中でも比較的良識のある3機であるが、毎日の様に喧嘩をしているタロとジロに対しては常に切れ気味。

 タロの撃滅に伴い、3機共機能停止させられる。記憶は既に残っていないが、未だに無傷の状態なので、再起動すれば直ぐに目覚める。現在はIS学園にて保管中だが、今後の処遇は不明。

・武装:大型ビームカノン(MB-46S ビームカノン)×4

 

ジュロ

 良く束の研究を手伝っているゴーレム。ゴーレムの中では末っ子であるが、束と接している時間は最も長い。

・武装:大型ビームカノン(MB-46S ビームカノン)×4

 

 

 

 

 

 

 

IS学園

 ISの操縦者や整備士を育成するための教育機関。人工島に建てられており、4つのアリーナ、広大なグラウンド、IS整備用の格納庫、食堂、学生寮、大浴場等が有り、極めて広大な敷地を有している。

 最近では無人IS部隊の襲撃を受けるも、外部の力を借りずに事態を収束させ、犠牲者を一人も出さなかった。

 

 

T.P.F.B.

 表向きは義手や義足等を格安で医療機関に販売しているが、本業は兵器開発であり、その販売も同社で行っている。近年ではIS以外の新たなるパワードスーツ「MPS」の開発にも着手している。ISよりも性能面では遥かに劣るものの、コストパフォーマンスの良さと戦闘ヘリをも上回る戦力として、人気が高い。現在も着々と会社の規模を拡大させている。

 又、彼らによる紛争地域への武器の提供が、戦火を更に拡大させてしまっている。

 更に、束から新たなMPSの戦闘データを受け取っており、もしこのMPSが量産化されてしまえば、アフリカ・中東地域の内戦や紛争は更に拡大する可能性が高い。




束だけ長すぎる。

現在怒涛の4話中編後編大編集中です。なるべく内容は変えないようにしますので、ご安心ください。
なので、次話はもしかしたら再来週くらいになるかもしれません。
本当に、申し訳ない。

追記:大変お待たせいたしました!
   4中編後編がようやく完成しました!内容は大まかには変わっていませんが、セシリアVS一夏や、昭弘と箒・一夏との会話等、追加描写も増やしましたので、既に読んだという方も気が向いたら是非読んでみてください。


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第12話 波紋

またオリキャラを出してしまった・・・。


 某所の最上階。更にそのプライベートルーム。

 

 内装は黒一色に染まっており、壁をよく見ると何かの花の模様が無数に掘られている。

 テーブルと椅子だけがまるで激しく自己主張しているかの様に、白く輝いていた。その丁度真上には山吹色のダウンライトが1つだけポツンと。

 ガラスの外は何処までも漆黒となっており、下には人工による無数の光点が延々と続いていたが、それらに掻き消されている上の光点は風前の灯みたいに弱々しかった。内側の人間に対しては美景を魅せるそのガラスも、外側の人間には内の一切を見せる事はない。

 

 そんな一室にて2人の男女が向かい合って座していた。男は純白のスーツに黒のYシャツを、女は露出度の高いワインレッドのドレスを身に纏っていた。

 しかし首から上だけ見れば、2人の顔が瓜二つと言うのもありまるで美女が鏡を覗いている様な光景であった。

 

 2人はとある組織の2トップ。不定期にではあるが、こうして毎度場所を変えながら意見交換や情報交換を行っている。

 

「最近「そっち」はどうなのだ?」

 

 そんな中、男が女性の様に甲高くも麗しい声を発し女に他愛もない話を切り出す。しかし、女は澄まし顔で上等そうなコニャックを傾けながら話の流れを絶つ。

 

「それよりさっさとに本題に入ったら?」

 

 面倒事は先に済ませておきたい性分の女。

 誰もが嫉妬してしまいそうな美しいアッシュブロンドの髪を静かに撫でなから、女は尊大な態度を崩さない。

 

「せっかちは相変わらずで安心した。まぁアタシはお前とは違って優しいからな、要望通りさっさと本題に入ってやろう」

 

 男も又、女の態度に一切動じること無く無表情のまま左胸辺りで束ねてある自身の髪を弄る。女の髪と全く同色の美しいその髪を。

 

「本部にこんなモノが届いた」

 

 そう一言だけ口にすると胸ポケットから半透明なケースを徐に取り出し、女に中身を見せる。

 

「…SDカードがどうかしたの?」

 

「少し待ってろ」

 

 男はそう言うとSDカードを楕円形で掌サイズの機械に挿入し、映像のホログラムを観せた。

 映像にはとある学園で暴れる2機の全身装甲ISと、そのISを撃破する1機のMPSと更に2機のISが映っていた。

 

 この映像の最も肝心な所は、2機のISは襲撃IS1機相手に手も足も出なかったのに対し、MPSは単独で襲撃ISの内の1機を撃破している点である。

 

「へぇ。あのアルトランドくん(坊や)がねぇ」

 

「同封されていた手紙には「好きに使え」と書かれていた」

 

 数秒程女は夜景を観た後、男に質問を投げ掛ける。

 

「相手は判ったの?」

 

「あらゆる手を尽くして探している最中だ。アタシの予想が正しければ、その人物は見つからんだろうがな」

 

 「見つからん」という言葉で、女も誰が送り主なのか察する。

 

「…天災ちゃん?」

 

「ああ。そもそも最新鋭セキュリティの塊であるあの学園で、これ程鮮明な映像を誰にも気付かれずに撮れる者などアタシは天災しか思い浮かばん」

 

 当然、学園側でも今回の件には厳しい緘口令が敷かれている筈。恐らく今現在この映像を持っている者はごく一部の人間かこの男だけか。

 

 すると女は話を強引に進める。

 

「で?私にどうして欲しい訳?」

 

「話が早くて助かる。明日の幹部会で、この映像における全てのISとMPSの戦力評価をして欲しいのだ。「実動部隊トップ」であるお前なら容易いだろう『スコール』」

「理由は言わずとも解るな?」

 

 観ての通り、これは世界をひっくり返しかねない爆弾映像だ。状況が多少異なるとは言え、IS2機掛かりで倒せなかった敵の1体をMPSが倒したのだから。

 そんなお宝映像を幹部連中に「相手が弱かった」だの「どんぐりの背比べ」だのと思われては敵わない。

 

 その女『スコール』は、少しばかり考えた後男の要望に応じる。

 

「ええ。別に構わないわよ。偶には幹部会に顔出しておこうと思ってたし。けど実動部隊も暇じゃないの。連中には遅れるって伝えて貰える?」

 

「良いだろう」

 

 男の即答を聞いた後、スコールは一番肝心な事を彼に訊ねる。しかし、スコールの口調はまるで男の返答が分かり切っているかの様であった。

 

「で?「運営トップ」のアンタとしてはこの映像をどう使うつもりなの?『トネード』」

 

 男『トネード』は先程のスコールの様に夜景を数秒程眺めた後、ゆっくりと口を開き始める。

 

「無論ばら撒くさ。主に『アフリカ・中東地域』にな」

 

 上手く行けば彼等に「MPSでもISに対抗できる」という認識を植え付けられるだろう。トネードはそれらも明日の幹部会で、ばら撒く対象の組織やタイミング等詳細を決定する腹積もりなのだ。

 

 トネードの返答を聞いて、スコールは口角を釣り上げる。

 

「量産化されているMPSの性能が右肩上がりな今、正に絶好の機会って訳ね」

 

「ああ」

 

 そう短くトネードは答えると、グラスに注がれている赤ワインを舐める様に眺めながら更に言葉を連ねる。その時の彼は、全ての人間を優しく包み込むかの様な柔らかい微笑みを浮かべていた。

 

「今現在この惑星に我が物顔で踏ん反り返っている先進人共は、思い知ることになるだろう。この惑星の“正当な支配者”が一体誰なのか」

 

 その呟きを皮切りに、トネードはグラスの中身を一気に飲み干す。

 

 その後も『ミューゼル兄妹』は雑談の様に情報交換を繰り返して行った。

 

 中でも重要だったのはT.P.F.B.から「ご要望の『究極のMPS』がもう直完成する」という旨の連絡が、スコールに届いていたことであった。

 その情報によって、2人はある一つの確信を持つ。それはこの映像を送りつけて来たであろう天災が、自分たちの計画を知っていると言う事だ。スコールに究極のMPSに関する連絡が届いた矢先、まるでそれを後押しするかの様な映像が送られて来たのだ。そう考えるのが自然である。

 

 ただ一つ2人にとって気掛かりなのは、自分たちの計画を後押しして天災にどんなメリットが有るのかということだ。どの道折角の情報だから有難く使わせて貰うだけなのだが。

 

 

 そしてある程度話が纏まると、2人は何事も無かった様にその空間から出て行った。個室の窓から辛うじて視認できた天然の光点たちは、広い雲が掛かり完全に見えなくなってしまった。

 

 

 

亡国機業(ファントムタスク)

 

 それが、彼らの組織の名であった。

 

 

 

 

 

―――――T.P.F.B. 某研究所―――――

 

 とあるデータを閲覧した技術主任は、髪を「七三分け」に固めている男に自身の興奮をぶつけていた。

 

「んーとぉそんなに凄いんです↑?このデータ」

 

 そんな七三男の微妙な反応に、技術主任は口調を荒げる。

 

「そんな次元ではありませんよ!この戦闘データと先の「ブルー・ティアーズ戦」のデータがあれば、従来のMPSを大幅に上回る「新型MPS」の量産が可能となる!超短期間で!」

 

 技術主任はモニターに映っている呪文の様な数式の羅列を指差して、七三男にそう告げる。

 技術主任の反応を確かめた後、七三男は今自身が2番目に気に掛けていた事を技術主任に尋ねる。

 

「その新型、戦力としては何機でIS1機分になりますぅ↑?」

 

「少なく見積もっても、2機でラファール・リヴァイヴ1機分相当の戦力にはなるかと」

 

 驚愕の事実を聞いて、七三男は金魚の様に目を丸くする。

 従来のMPSは戦場で重宝されていたにしろ、ISの足元にも及ばない性能であった。その次元は精々20機でIS1機に太刀打ち出来るかどうか。

 それがまさかの「2機でIS1機相当」と言う途方も無い戦力のインフレーションを成そうとしているのだ。

 

 その事実に心踊らせた後、七三男は「1番気掛かりな事」を技術主任に訊ねる。

 

「…それじゃあミューゼル様からご依頼があった『究極のMPS』も…いけますぅ↑?」

 

「勿論です。寧ろこのデータはそちらが本命なのでは?」

 

 自信満々にその技術主任が答えると、七三男は満面の笑みを浮かべて両腕でガッツポーズを取る。その際、七三男の黄緑色に彩られたブレザーの裾が上下に荒ぶる。

 

(いいですねぇ↑いいですねぇ↑!束様と昭弘様には、本当に感謝感激雨霰ってヤツですねぇ↑!)

 

 これで亡国機業からの莫大な益と信用を得られれば、T.P.F.B.の安寧は最早不動のものとなる。

 

 七三分けの男『デリー・レーン』は気分を高揚させながら、そのままスコールに電話を掛ける。

 

 トネードの下に件の映像が届いたのは、その僅か1日後だったと言う。

 

 

 

 

 

―――――4月30日(土) 03:02―――――

 

 ベッド身を預けていた昭弘は未だ意識が朦朧とするからか、此処の正確な場所が把握できないでいた。しかし仰向けで寝ている事を考えると恐らく…。

 

「起きたかアルトランド」

 

 横たわっている昭弘の左腕手前辺りに、ここ最近ですっかり見慣れた人物の顔があった。

 

「…織斑センセイ、此処は?」

 

「お前の自室だ。…すまない、未だ保健室にはお前の背中に対応したベッドが無くてな。やむを得ず此処で応急処置を取った」

 

「応急処置…ですか?」

 

 昭弘は、今放った言葉に「事の顛末を教えてくれ」と言う思いを密かに乗せていた。視線は未だに千冬を捉えたままだ。

 それを察してくれたのか、千冬は事細かに一から説明してくれた。

 

「お前があの無人ISを撃破した後、お前はグシオンを纏ったまま2時間程意識が無かったのだ」

 

 話によると、グシオンが待機状態に戻った後も昭弘は今の今迄ずっと意識が途切れたままだったらしい。一応簡易的な検査も施したが、肉体精神共に目立った異常も見られなかった。

 意識が無い状態で待機形態のグシオンを引き剥がすのも危険だと千冬らは判断し、 未だ昭弘の背中にはグシオンが付いたままとの事だ。

 

 本日の午後保健室にてより詳しく検査すると言った後、千冬は何故か押し黙ったまま昭弘の右腕側に目配せをすると意味深な笑みを零す。

 

「それにしてもモテモテだなアルトランド。そいつらだけはいくら言ってもこの場を離れなくてな」

 

 千冬の発言により、昭弘は漸く自身の右腕側に視線を移した。そこには2人の男女が居り女は椅子の上で、男は壁にもたれ掛かって寝息を立てていた。彼らは眠気に負けてしまった様だ。

 

「箒…一夏…」

 

 昭弘は2人の名を口にすると、仏頂面を柔らかい微笑に変える。一先ず2人の無事が分かって、少しばかり安堵した。

 幾らか心が落ち着いたのか、昭弘は今自身が訊きたい事をポツリポツリと吐き出していく。

 

「学園の被害は…どうでしたか?」

 

「多少施設は壊されたが安心しろ。犠牲者は一人も出ておらん。怪我人は出たが、全員軽傷で済んだ」

 

 千冬の返答で、昭弘の安堵は大きくなっていった。

 

 しかし次の質問に移ろうとすると、昭弘の中から安堵の思いは消え失せる。

 

「…襲撃犯である無人ISは?」

 

 昭弘の次なる質問に対し、千冬も又笑顔を消し去る。そして少しだけ間を置いてから答える。

 

「…すまないアルトランド。その件は未だ何処まで話せばいいのか…。お前は無人ISを撃破したとは言え、あくまで一生徒の域を出ない」

 

 そう突き返される事を予想していた昭弘ではあったが、実際に言われると中々に堪える。

 自身が気絶していた間家族(ゴーレムたち)がどうなってしまったのか、何処に連れていかれたのか、今の昭弘には想像も付かない。と言うよりも「想像したくない」と言った表現の方が、寧ろ正しいのかもしれない。

 知りたい様な知りたくない様な、昭弘はそんな感情が心底から浮き上がって来るのを感じた。

 

「いえ、結構です」

 

 昭弘は必死に自身のはち切れそうな想いを隠しながら、萎れた声で千冬にそう返した。

 

「本日、土曜日ではあるが学園全体に緘口令を敷く為に全校集会を開く」

 

 既に全生徒に緘口令のメールは送っているが、実際に伝えた方が効果があると学園側が判断したのだろう。

 が、千冬としては次の思惑の方が強かった。

 

「今回騒動に巻き込まれた生徒に対する「事情聴取」の意味合いも含めてはいるがな。特にアルトランド、お前に関しては生徒会長が直接聴取したいと言っていてな。…ここだけの話だが更識には気を付けろ。奴はどうにも、今回の騒動に関してお前に何らかの疑惑を持っていてな」

 

「…分かりました」

 

 昭弘がそう淡々と答えると、千冬は「私も同席するから安心しろ」と軽く笑いながら返してきた。

 

「私はそろそろお暇するが、その2人はどうする?起こすか?」

 

 千冬にそう言われて、昭弘は意外にも思い悩む。

 安らかな寝顔だ、2人を起こすのは悪い。いやしかし折角この時間まで居てくれたのに、目覚めた事実を伝えないと言うのも…。

 

 思い悩んだ末、昭弘は2人を起こすよう千冬にお願いする。

 千冬は2人の頬に軽く平手をお見舞いしながら、彼女なりに優しく起こす。

 

 もう少し優しく起こせないのだろうかと昭弘が苦笑を零していると、先に箒が唸り声を上げながら目覚める。

 

「昭弘ッ!」

 

 その直後、一夏も同じ様に目覚め背もたれを解く。

 2人は全身から心配のオーラを発しながら、問い質す様に昭弘に迫る。

 

「本当に何とも無いのか!?」「お前本当に昭弘だよな!?変な別人格とかだったりしないよな!?」「私が判るか!?」「オ、オレが判るか!?一夏だよ一夏!」

 

 昭弘とグシオンの「あの動き」を見た後では、2人のそんな反応も無理はない。2人も怖かったのだ。昭弘が昭弘でなくなっているのではないかと、2度と昭弘が目覚めないのではないかと。

 昭弘もそんな2人に困惑こそしつつも、自身を心配してくれていると言うことだけは分かった様だ。

 

「ああ、別に何とも無い。心配掛けてすまなかったな」

 

 昭弘の口から流れ出る普段通りの重低音に箒と一夏の興奮は沈められ、代わりに安堵をもたらした。

 

 その後昭弘は、こんな深夜まで自身の為に残ってくれた3人に感謝の言葉を贈った。

 

 

 

 3人が退出すると、再び昭弘だけの時間が訪れる。

 一人の時間。今の自身を見ている者が居ない時間。考える事は、自身がこの手に掛けてしまった家族の事であった。

 

(……オレが……殺した)

 

 昭弘は心の中で、一つの事実を大した意味も無く復唱する。

 昭弘は前世で家族を失う事こそあったものの、自分の手で殺めたことは一度たりとも無かったのだ。

 

(「罰」なのだろうか…オレへの…)

 

 この世界には、昭弘と同じ境遇の少年が数えきれない程存在する。その少年たちは親も居なければ、寝る場所すらも無い。そんな中、昭弘だけが平穏な生活を送っているという事実。そんな自身への罰だと思うと、昭弘は何も言える筈が無かった。

 若しくは「何てことは無い、少年兵(彼ら)が今正に感じている絶望と比べれば」と、そんな事を考えているのかもしれない。

 

 

 

―――こいつは鉄華団を裏切った

 

―――オレがこんな思いしている間…ッ!アンタだけ「家族」と幸せに…ッ!

 

 

 

 彼の脳内にて、前世で聞いた言葉が再生される。

 家族を殺した自分に対して、三日月は何を思うのだろうか。

 報いを受けた自分を見て、(昌弘)は自分を赦してくれるのだろうか。

 

 今は亡き家族たちの言葉にどれだけ意識を向けようと、タロはもう戻っては来ない。そんな当たり前の事に、かなりの時間を要して漸く気づいた昭弘であった。

 

 

 今は先ず、ジロたちの現状を確認するのが先だ。

 

 そう心の中で意識を切り替えると、彼は明日の取り調べに備えて己の情報を纏める。

 中でも彼を悩ませているのが、束の事を何処まで話すかだ。束のことは、少なくとも「昭弘と深い繋がりがある」点は生徒会にも言うべきだろう。ただあの狡猾な兎女が、昭弘に対して何の「口封じの策」を講じていないとも思えない。

 

 昭弘が束と自身の関係を脳内で説明用に構成していると、今度は束との今後について頭が巡ってしまう。

 

(…オレは今後アイツとどう接するべきなのだろうか。家族にあんな事をさせたアイツと…)

 

 束の狙いが何なのかは相変わらず分からない。そもそも、彼女が今回の首謀者であるという証拠すら無い。

 それでも唯一つだけ解ったことがある。それは、少なくとももう束とは「今迄の様な関係」では居られないということだ。

 

 昭弘はある程度情報を纏めると、残りの時間を睡眠に割くべく瞼を閉じる。

 

 ジロたちの無事を祈って。

 

 

 そして願わくば、いつもの日常に戻れることを祈って。




出来れば次回か次次回あたりで、学園のゴタゴタを片付けたいです・・・。


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第13話 昭弘の奮闘、束の葛藤

仕事が忙しくて投稿が遅れてしまいました(クソ言い訳)

昭弘がサブロたちを何とかするために、色々と頑張るお話です。
長い上に駄文全開なので、読む際にはご注意を。


―――――4月30日(土)―――――

 

 その日は土曜日。時刻は09:00。

 

 本来なら多くの高校生は未だ布団の中で丸まっているか、部活動に精を出している時間帯だ。中には友人との買い物や恋人とのデートを、その日の予定に組み込んでいる者も。

 

 しかし、そんな彼女たちの望む普段通りの土曜日は訪れなかった。全校集会と言う形で、今回の襲撃事件に関する「緘口令」を聴かなくてはならないのだ。

 唯でさえクラス対抗戦が中止となって気が滅入っている生徒一同にとって、それは中々に酷であった。

 

 因みに当日来訪していた一般観衆には、人数も少なかった為その日の内に“口止め”を済ませてある。

 

 

 

 緘口令が終わった後、何名かの生徒はそのまま体育館に残された。これから何班かに分けられて取り調べが行われるのだ。

 学園側としても、今回の事件において少しでも情報を集めておきたいのだ。犯人の目的や、今後の対策も踏まえて。

 何名かは強制参加となっている。

 

「取り調べって…何するんだろうな」

 

 一夏がそう不安げに昭弘を見上げる。まるで予防注射を待つ子供みたいだ。

 

「別に固くなる必要も無いだろう。戦っていて気になったことを、有りのまま言えばいい」

 

 尤も、昭弘の場合はそうも行かないだろうが。

 

「ホントよ。シャキッとなさいよ一夏」

 

 昭弘からの温かい返答に、鈴音も乱暴に便乗してくる。

 

 

 今回の取り調べに自主的に参加した箒は、昭弘たち3人を少し離れた所から見ていた。

 

「凰さんが疎ましいんですの?箒」

 

 所在無さげにしていた箒に、セシリアが小声で話しかけてくる。そのすぐ傍には本音も居た。

 

「別にそう言う訳じゃ無い」

 

 そう言いながらも、その視線はしっかりと鈴音を見据えていた。「失せろ」とでも言いたげに。

 

「セシリアこそ、一夏と居た方が有意義なんじゃないのか?」

 

「一夏の傍に邪魔な「大木」が居りますので」

 

「またまた~、1人で居るしののんが気掛かりだったクセに~~」

 

 本音の一言に対して、わざとらしく咳払いをするセシリア。どうやら的を得ていた様だ。

 

 

 そうやって生徒一人一人の口数が増していく中、体育館前方から「パシン!」と手鳴らしが小気味良く響き渡る。その人物の一拍子で、不思議と生徒の雑談はピタリと止む。

 

(!…確かこの前教室の入り口で)

 

 昭弘が頭の中でその人物を探し出す。数秒程目を合わせただけに留まったが忘れもしない。その鮮やかな水色の髪と、血流を一瞬で止めてしまう程の“圧”を。

 

「はいはーい!皆静粛で宜しい!」

「先ずは今回の取り調べに自主的に参加してくれた皆に、感謝の意を評します。そして強制的に参加させられた子達には、悪いけどもう少し付き合って貰うわ」

 

 昭弘は生徒会長と言う単語を聞いて、深夜での千冬の言葉を思い出す。

 ゴーレム襲撃前から教室入口で昭弘を睨んでいた点を踏まえると、入学初日から昭弘に目を付けていたと考えるのが自然だ。

 

 昭弘が頭の中で「生徒会長」という人物を特定した後も、楯無による今後の説明は続いた。

 

 

 

 今回昭弘は、「生徒指導室」で取り調べを受けることになった。昭弘はその空間で()()()()()なだけに、まるで肌を紙鑢で削られているかの様な威圧感に襲われていた。

 その原因の1人である楯無が今回の取り調べに参加させてくれた千冬に礼を述べると、今度は昭弘に向き直る。

 

「じゃあ先ず自己紹介から!私は『更識楯無』。改めて宜しくね!」

 

「昭弘・アルトランドです。宜しくお願いします」

 

 楯無の演技がかった明るい振る舞いに対し、昭弘は静かに模範的な挨拶で返した。

 

 2人の軽い自己紹介が済むと、千冬は早速取り調べに入る。

 一応昭弘も、何処まで答えるか凡その考えは纏めてきた。

 

 

 

 何個か質疑が済むと、千冬は一旦インターバルを設けた。

 

(…予想はしていたが、あの無人機集団が束の所有物だったとはな。そしてアルトランドも、あの無人機たちと浅からぬ面識を持っていたのか)

 

 何より千冬が驚いたのは、あの無人機に「自我」があると言う点だ。俄には信じ難いが、嘘か本当かは()()()()()()()()()済む。

 

 楯無も又、考えている事を頭の中に留める。

 

(学園襲撃には無関係…今のところ“嘘”は付いてない、か。あの時発動した単一仕様に関しても「自分でも良く解らない」の一点張りね)

 

 楯無の「観察眼」は常人の域を飛び出す。相手の眼の動き、口調の僅かな変化、ちょっとした表情の強張り等々、それら外側の情報だけで相手の嘘が判るのだ。

 

 ふと千冬からの視線に気づいた楯無は、昭弘の言葉に嘘偽りが無い事をアイコンタクトで伝える。

 

 

 インターバルが終了すると、楯無は間髪入れず“ある事”を昭弘に訊ねる。

 

「……単刀直入に訊くけど、『篠ノ之束博士』と『T.P.F.B.』って何か関係あったりする?」

 

 それは今の昭弘にとって最もして欲しくない質問だった。

 昭弘は出来るだけ早く質問に答えるべく、頭を必死に回転させる。

 

(関係無いと嘘を吐くか?いやもし嘘だとバレればオレの状況が悪くなるだけだ。じゃあ「お答えできません」と言うのは?…駄目だ。そんなの遠回しに「関係ある」と言っている様なもんだ)

 

 この質問は、昭弘にとってギリギリの綱渡りであった。

 

 昭弘も解っているのだ。あの狡猾な束が、自身から情報が漏れるリスクを考慮してない訳が無い。なれば何らかの口封じを講じている筈。

 昭弘は、その口封じが「周囲諸共」であるのを一番恐れているのだ。

 

 しかしどうにか答えを導き出すと、昭弘は祈るように言葉に変えて吐き出す。

 

「T.P.F.B.と篠ノ之博士が、関係を持っているのは確かです」

 

「ッ!馬鹿な!あのプライドの高い束がT.P.F.B.と…」

 

 意外な旧友の一面に狼狽している千冬に構うことなく、楯無は更に質問を続ける。

 

「それはどんな関係?」

 

「それ以上は「社内情報」になりますので、流石に言えません」

 

 昭弘はそう締め括って頭を下げた。要するに「詳細はそちらで調べてくれ」と言うことだ。

 

 楯無は一旦質問を中断し、思考の渦に身を委ねる。

 

(…けど輪郭は見えてきたわ。もう少し情報も欲しいけど、流石に会社の情報は話せないか。それに無理強いして織斑先生から不興を買うのもねぇ…)

 

 生徒会長とは言え楯無も一生徒。今回の取り調べも、特別に参加させて頂いている様なものだ。そんな状況で教員である千冬以上に出しゃばるのは、流石の楯無でも躊躇われる。

 

「…だそうですが、織斑先生からは何かあります?」

 

「特には無いな。T.P.F.B.と束が繋がっているという情報だけでも、大きな収穫だ」

 

 千冬も今の情報だけで満足している様なので、楯無はそれ以上の詮索を止した。

 

「…今回オレが話した情報は内密にお願いします。せめて教員内だけで…」

 

「当然だ」

 

「はーい!(私の組織にはバラすけどね)」

 

 

 千冬と楯無からの質問が一段落すると、今度は昭弘が無人ISの安否を訊ね始める。

 

 千冬は昭弘からの質問に答えるが、楯無は渋い表情を昭弘に向ける。未だ彼女は、昭弘に対する疑いの目を濁らせてはいない様だ。

 

「…織斑・凰と交戦した無人ISは、2人に撃墜された。今はお前が撃墜した黒いISと同様、記憶の無いISコアだけが残されている。他の3機は問題なく機能しているが、此方も記憶が抹消されている」

 

 千冬の声によって感無量に並べ立てられた文字の羅列を聞いて、暫く昭弘は顔を俯かせる。

 

(…そうか、ジロまで)

 

 ISコアは『コア・ネットワーク』という情報網にて繋がれている。ゴーレムも例外では無い。

 このコア・ネットワークによって、ISの「公開回線(オープン・チャネル)専用回線(プライベート・チャネル)」による通信が可能となっている。応用すれば、ISコアの蓄積データを別のISコアに移動させることも可能だ。

 

 束はタロたちによる計画の漏洩を防ぐ為、任務完了と同時に記憶が完全に消去される様に設定していたのだ。しかも、外部からの余計な情報がタロたちに入らない様にコア・ネットワークを分断してある。

 

 そんな理由を凡そ予想しながらも俯いている昭弘に対し、千冬が恐る恐る口を開く。

 

「…アルトランド。今のお前の気持ちが解らない程、私も馬鹿ではない。だが織斑と凰の事は恨んでやるなよ?」

 

 そんな千冬の言葉を聞くと、昭弘は僅かに顔の角度を上げる。

 

「解っていますよ」

 

 “戦場”と言う極限状態の中で殺すなと言う方が、寧ろ無理があるだろう。

 

 昭弘が納得している様子を確認した千冬は、安堵しつつも何処か申し訳なさそうに視線を下げる。

 

 その後も、昭弘は質問を重ねていった。今度はゴーレムの処遇についてだ。

 

 千冬は一瞬だけ楯無に目配せをしながら答える。

 

「未だ議論は為されてないが、2つのコアも3機の無人ISも恐らくIS委員会預かりとなるだろう。生徒達に危険が及ばないとも限らないし、何より無人ISは最新科学の結晶体だ。一教育機関に預けていい代物じゃない」

 

 千冬が至極真っ当な事を一通り述べると、昭弘が重たい口を開き始める。

 

「織斑センセイが仰っていることは尤もですが…」

 

 昭弘がこれから述べようとしている提案を察して、楯無は口を挟む。

 

「あの無人機たちを「この学園に残す」なんて言うつもりじゃないでしょうね?」

 

 楯無の問いに無言で頷いた後、昭弘はいくつかの「利点」を上げていく。

 

 先ず一つ目は生徒に対してだ。彼等の中身は生徒の知識として大いに役立つ。IS委員会に対しても、向こうの息の掛かった研究員をIS学園に置いておけば済む。寧ろ研究施設まで輸送するリスクの方が高い。

 二つ目は単純に“有事”の際の戦力として優秀と言うことだ。昭弘が知る限り彼らの実力は国家代表候補生を凌ぐ。今問題となっているアリーナAの復旧作業にも、大いに役立ってくれるだろう。

 三つ目はIS委員会側に置いた場合のデメリットになるが、ゴーレムを良く知る人間が居ないという事だ。扱いによってはゴーレムが暴走しないとも限らない。その点昭弘は、彼等ゴーレムの事を良く知っている。

 それにIS委員会には、IS至上主義と同じく『女尊男卑至上主義者』が多く存在する。そんな彼らが、無人ISを世の為に有効的に使うとは考え難い。

 

 昭弘は一通り利点を述べ終えると、千冬と楯無を曇りなき眼差しで見据える。

 

(へぇ、何も考えなかった訳じゃないようね)

 

 楯無がそんな風に昭弘に抱いていた印象を若干上方修正していると、千冬が突然とんでもない事を言い出す。

 

「良しじゃあゴーレム…だったか?奴らを5機とも此処に留める方針で行くか」

 

「…って「良し」じゃないですよ織斑先生!何勝手に話進めちゃってるんですか!?」

 

 芸人宛らな突っ込みを入れたせいで、先程から纏っていた日本刀の様な威圧が消えてしまった楯無。

 

「そう言われてもな…。アルトランドの言う通り向こうの研究者やら技術者やらをIS学園に置いた方が、向こうもリスクが少なくて済むだろう」

 

 それにIS委員会も、生徒の心配なんて所詮は表面上だ。

 楯無だってそんな事は解っているが…。

 

「…では管理責任はどうなさるのです?事が起きた場合、IS学園が責任を押し付けられるのがオチでしょう?それに私は『生徒会長』です。生徒を危険にさらす可能性を秘めた物を、此処に置きたくはありません」

 

 楯無の反論を千冬は認める。だが昭弘が述べたメリットも捨てがたいとも考えていた千冬は、僅かに間を置いて答える。

 

「…生徒の安全と同じ位、生徒が持っている「可能性」を広げることも重要だ」

 

 楯無はそう言われて、言い返すことができなかった。それは千冬に賛同した訳では無く、言い返したところで意味が無いからだ。

 方向性は違えど、楯無も千冬も生徒を想う心は同じだ。そんな2人が反論を重ねたところで意地の張り合いになるだけだし、抑々最終的に決議するのはIS学園理事会と国際IS委員会だ。

 

「なぁに、ゴーレムが暴れたら私とアルトランドで対処しよう。なぁ?アルトランド」

 

「勿論です」

 

 昭弘の迷い無き返答を聞いて、満足げな笑みを零す千冬。

 

「取り調べは以上だ。色々と貴重な情報をありがとうアルトランド。明後日の理事会では私やIS委員会の連中も出席するから、その場でゴーレムのメリットについて上手く説明しとくさ。管理責任に関しても、まぁ何とかなるだろう」

 

 千冬の肯定的な反応を見て、昭弘は一先ず胸を撫で下ろした。しかし聞いていない事が最後に一つ残っていた昭弘は、そのまま千冬を呼び止める。

 

「…ゴーレムたちには…いつ会えますか?」

 

「少なくとも今日は無理だな」

 

 ゴーレムたちだが、今正に整備課の教員たちが意思疎通を繰り返している所だ。後は彼女たちの判断により、地上の格納庫へと移動させるらしい。

 

 今現在、サブロたちに記憶は無い。昭弘の事も、一片の欠片も無く忘れてしまっている。

 それでも昭弘は、一刻も早くサブロたちの顔が見たい。そして、どうしても彼等に直接言わねばならない事があるのだ。

 

 むず痒い思いを抱えながらも、昭弘は一先ず肩の力を抜いて生徒指導室を後にする。…前に、言い忘れていた千冬に呼び止められる。

 

 内容は、今後昭弘と束との連絡を一切禁止とする旨だった。T.P.F.B.とのやり取りも有るだろうから携帯の没収とまでは行かないが、もし束から連絡が来た場合電話には出ず直ちに一報をくれ、との事だ。

 

 昭弘は諦観した様に目線を斜めに下げながらも了承し、今度こそ生徒指導室から先に立ち去る。

 

 

 

 その後昭弘は予定通り午後から身体検査を受け、身体に別段異常が無いことを確認して貰った。

 グシオンの単一仕様能力に関しては、余程の事が無い限り使用を控える様命じられた。

 

 それらが全て滞りなく終了して、昭弘は漸く自身が消されていない事実に気付いて安堵した。

 これでまた、平穏な学園生活を送る事が出来ると。

 

 

 

 取り調べが終了した後、楯無は生徒会室へと続く廊下をゆっくりと進みながら今回の襲撃事件について頭を巡らせていた。

 

(…目的は恐らく、MPSと無人ISを戦わせること。あの状況はそうとしか考えられない)

 

 実際IS学園の重要なデータは何一つ盗まれておらず、教員部隊を近づけさせないような上空の無人ISの動きも相まって、楯無はそう考えていた。

 白式と甲龍まで戦わせたのも、それに関係していると彼女は睨んでいる。アリーナAへのハッキングのタイミングから考えて、意図的に白式・甲龍を無人ISと戦わせたのは明らかだ。

 

(それと昭弘・アルトランド。IS学園に対して、敵対意思は無い様だけど…。今回の学園襲撃も、私の予想通りなら間接的な原因は彼にある。まだ安易に「味方」と思わない方が良さそうね)

 

 色々と考えている内に、気が付いたら楯無は生徒会室の扉を開けてしまっていた。

 

 その先は正に地獄絵図と形容してもいい程に、生徒会役員たちが天手古舞であった。

 クラス対抗戦が中止になったと言う事は、即ち優勝したクラスも存在しないと言う事。では褒賞はどうなるのかと、生徒からの問い合わせが殺到しているのだ。

 

(…先ずこっちからね)

 

 自由奔放な生徒会長殿の平穏は、暫くは訪れそうにない。

 

 

 

 一夏と鈴音もまた、長い取り調べが漸く終わった所であった。2人同じ様に背伸びしながら廊下を歩いていると、一夏は思い出した様に口を開く。

 

「結局勝敗は決まらなかったけどさ、あの約束…どうすんだ?」

 

「ブホッ!?」

 

 一夏の言葉を聞いて、鈴音は不覚にも奇声を上げてしまう。その直後、少し慌てながらも即座に言葉を返す。

 

「も、もういいわよその約束は!」

 

 鈴音の半ばやけ糞な返答に対し、得心のいかない一夏は反論する。

 

「良くないだろ。それじゃあ何でオレが鈴に怒られたのか解らないし、お前の買い物だって…」

 

 そう言われて、鈴音はらしくも無く腕組みしながら考える。どう落とし所を着けるかと。

 

 鈴音は心の内側で葛藤しながらも漸く打開案が見つかったのか、一夏に向けて右手の人差指を突き立てながら言った。

 

「両方勝ちってことにしましょう!襲撃してきた無人機の1体を2人で倒したんだし!」

 

 鈴音の提案に、一夏は目を丸くして感心する。

 

「良いなソレ!じゃあ早速お互いの約束を果たそうぜ!鈴がオレを引っ叩いた理由と、買い物に行くって約束だったよな?」

 

「わ、分かってるわよ!ち、ちゃんと理由を説明するから、ちょっと待ってなさい」

 

 鈴音は頬を赤く染め上げながら言うと、目を瞑りながら深呼吸をする。新鮮な空気を取り込むと言うより、心の中にある余計なモノを削り出すよう意識しながら。

 ある意味、ここからが鈴音にとって最大の正念場であった。

 

「…その前に先ず…ゴメン、アンタのこと引っ叩いたりして」

「アンタを引っ叩いた理由は、アンタが酢豚の約束を勘違いして覚えていたから」

 

「やっぱそうか。それで、あの約束の本当の意味は?」

 

 これ以上先を言ってしまえば、それは最早『告白』と同義である。鈴音もそんなこと百も承知だ。

 心の鼓動が全身に響き渡る。その喧しい鼓動音が、鈴音の発声の邪魔をする。

 

―――素直に「好き」と言うしかない

 

 しかしあの時の昭弘の声が、鈴音の中で響き渡っている鼓動音を一瞬だけ掻き消してくれた。

 今だ。鈴音がそう思った時には、彼女の告白は終了していた。

 

「あの約束の本当の意味はね…「これから毎朝、アタシが作った味噌汁を飲んで欲しい」って意味だったのよ!」

 

 言い切った直後、鈴音は「しまった」と心の中で大きく叫んだ。

 

 普通の人間なら、今の言葉が「愛の告白」であると容易に解釈するだろう。しかし、相手は織斑一夏。筋金入りの朴念仁には、今の言葉の真意ですら常人とは全く別の解釈として映ってしまう。

 

「…そうだったのか。鈴、オレに毎日酢豚を食べて貰うことで、どの味付けが一番美味なのか採点して欲しかったんだな!ホントごめん鈴!どうしてオレはこんな簡単なことに今迄気付かなかったんだッ!!?」

 

 鈴音は余りにも予想通りな一夏の反応を見て、口を「あ」の字に開けながら半ば放心状態に陥った。気のせいか、肌もコピー用紙の如く白く変色してる様に見える。

 そんなこと等気にも掛けずに、尚も一夏は上機嫌に話を進める。

 

「酢豚の真意も解ったことだし、今度はオレが鈴の約束を果たす番だな!折角の買い物なんだし、昭弘や箒たちも誘おうぜ!」

 

「……もう、好きなだけ誘えばぁ~」

 

 鈴音は放心したままそんな言葉を発すると、永遠に続いている様に見える廊下をフラフラと進んで行く。

 すると、突然ピタリと止まる。

 

「…」

 

「どうした鈴?」

 

「ウガア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!そんなド直球なことやっぱ言える訳無いでしょうがぁぁぁッ!!!アルトランドのヴァカァァァ!!アタシはもっとヴァカァァァァ!!!一夏はもっともっとヴァカァァァァァァ!!!」

 

 鈴音は発狂し、頭を掻きむしりながら廊下を全力疾走で駆けていく。

 

「おい鈴!廊下を走るな!」

 

 一夏も又、廊下で危険行為を繰り広げている幼馴染を止めるべく、早歩きでそのまま続いた。

 

 

 

 

 

―――――篠ノ之束の某ラボ―――――

 

 盲目の少女が銀色の美しい髪を棚引かせながら、短い歩幅で重厚な自動扉へと向かう。少女がその扉にある程度近付くと文字通りに自動扉が真横にスライドし、薄暗い内装が露わになる。

 

「おんやぁクーちゃん!どしたのどしたの☆」

 

 するといつも通り機械の兎耳を付けた束が、これまたいつも通りな感じでクロエに近づく。傍に居たジュロもそんな束に釣られて、クロエが佇む入り口の方へと向かう。

 当のクロエはどこか恥ずかしそうに、束の研究室に来た訳を話す。

 

「…眠れなくて」

 

 ボソボソと己の寂しさを主張するクロエに対し、束は「プププー」と嘲笑を堪えながら人差し指でクロエの右頬を優しく突っ突く。

 

「ま、タロもジロもサブロたちも居なくなっちゃったし、しゃーないって☆」

 

 束は自分でそんな事を言うと、どうした事からしくも無く黙り込んでしまう。

 

 余りにも長く口を閉ざす束を不気味に思ったクロエは、どうしたのか訊こうとする。

 しかし、束が口を開く方が少しだけ早かった。

 

「…ねぇクーちゃん。私の事…恨んでるよね」

 

 束は力無い声で、クロエに束自身の心の内を吐き出す。クロエはそんな束に怒りも哀れみも見せずに少しだけ悲しげな表情を見せながら、今度ははっきりと己の想いを口に出す。

 

「…確かにタロたちが居なくなったのは、私にとってこの上なく悲しいことに違いはありません」

「ですが私にとってもタロたちにとっても、貴女が一番なのです」

 

 束はそんなクロエの言葉を聞いて、表情を隠すように視線を床へと向ける。

 

「貴女の為に貴女の命令で死ねたなら、きっとタロたちも本望だった筈です。そしてそれは…私も同じです。私を此処迄生かせてくれた貴女に、「死ね」と言われれば私は喜んで死にます」

 

《クロエ様…》

 

 クロエの覚悟とも悲壮とも取れる言葉を聞いて、ジュロは思わずクロエの名を呼ぶ。

 再びクロエは、いつまでも俯いている束に声を掛ける。母親が子供にそうする様に。

 

「寧ろタロたちは幸せ者です。自分たちの為に泣いてくれる人が居るのですから。今の束様みたいに」

 

 束はクロエのそんな言葉を聞いて、俯きながら必死に言葉を紡ぎ出す。

 

「はぁ?何であんな奴等が居なくなった位で、この天災束様が泣かなきゃなんないのさ?寧ろ毎回喧嘩ばっかしてるタロやジロが居なくなって、済々している位だよ?クーちゃん盲目だからって、あんまし適当言っちゃいけないよぉ?」

 

「…でも束様の顔から涙の匂いがします」

 

 束はクロエのその一言で、まるでダムが決壊したかの様に力無く姿勢を崩してしまう。

 そして涙腺から流れ出る感情の雫をそのままに、クロエを抱き締める。

 

「ホント…駄目だよね…束さん。弱くて…」

 

 束は涙声を隠そうともせずに、更にクロエに言い聞かせる。

 

「それとね…クーちゃん…。束さんなんかの為に…「喜んで死ぬ」なんて…言わないで欲しい」

 

 束はそう言うと、クロエを抱き締める力を強くする。

 

「…良く理解しました。ごめんなさい、束様」

 

 そう束に謝罪した後クロエは不安げな表情を束に対して向け、恐る恐る口を開く。

 

「昭弘様とは…もう会えないのでしょうか?」

 

 束はそんなクロエの言葉を聞いて、今度は薄暗い天井を見上げる。そして、そのまま瞼を閉じる。だが暗い天井を見た後瞳を閉じても、結局似た闇を見ている事に変わりは無い。

 

 1分程瞼を閉じ続けた束は、漸く瞼を開けると再びクロエに向き直る。その時の彼女の瞳は、先程の涙に被われていたソレではなかった。

 束はクロエの両頬に優しく両手を当てて言った。

 

「アキくんはもう家族じゃない。…諦めて」

 

 束が無情にもそんな事を言い捨てるとクロエは再び悲しげな表情を露にし、無言のまま頷いた。

 

 その後、束はジュロに対してクロエに付いていてあげるよう指示し、クロエとジュロはそのまま研究室を後にする。

 

 1人となった束は傍にあった椅子に力無く腰掛けると、溜息と同時に心の中身を誰に対してでもなく吐き出す。

 

「ホント束さんってどっち付かずだなぁ」

 

 束はとうに覚悟を決めていた筈だった。「夢」の為にどんな犠牲も払うと。

 しかし、実際の程はどうだろう。自分自身でタロたちの犠牲を選択しておきながらその結果泣き崩れ、挙げ句の果てにはクロエにまで心配を掛ける始末。

 

 結局彼女は、未だ割り切ることが出来ていないのだ。夢を叶えたい。けどその為に、出来れば家族を犠牲にしたくない。出来れば昭弘にもう一度会いたい。そんな想いが、未だに彼女の中でドロドロと燻っているのだ。

 

 そして次の台詞こそが、束が割り切れていない何よりの証拠だった。

 

「サブロ、シロ、ゴロ、せめて箒ちゃんだけでも……護ってよね」

 

 束の計画により、世界が大きく乱れる事は束自身1番良く解っている。間違いなく世界を巻き込む大戦が起きるだろう。そんな中、IS学園に被害が及ばない保証など何処にも無い。

 

 天才故に、天災故に、何だって手に入った少女『篠ノ之束』。そんな彼女は「選択」と言う概念そのものから、余りにもかけ離れすぎていた。

 

―――夢も、妹も、家族も、何一つ失ってなるものか

 

 そんな切望にも似た彼女の想いは哀しい程に勢いを増し、選択と言う概念を飲み込んでいった。




私の構成力では、10000字で纏めるのが精いっぱいでした。

次回は買い物回です。ようやくだ・・・ようやく昭弘を日常に引き戻すことができる。皆さん、長らくお待たせしてしまい、面目次第も御座いません。

あと、次回でタロとジロに対する昭弘の想いもしっかりと描写しますので、どうかご安心を。



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第14話 決壊

皆さん大変お待たせしました!

買い物回です。ゴーレム要素はありません(大嘘)6人分の私服のコーデ考えるのスゲーキツかったゾ~。

あと、相変わらず文章構成クッソガバガバで、すみません。


―――――5月1日(日)―――――

 

 IS学園裏門にて、一夏は黒いレザーベルトで固定された腕時計を凝視していた。時刻は09:01を指しており、黒い文字板を覆う透明なケースに雲一つ無い澄んだ青空が薄く写る。

 

「やっぱ30分前は早過ぎたんじゃない?」

 

 隣で所在無さげにしていた鈴音が、一夏にそう声を掛ける。

 2人共私服に身を包んでおり、一夏は黒のチノパンと白のウエスタンシャツをシンプルに着こなしていた。鈴音は白いデニムのホットパンツとショッキングピンクのバルカン・ブラウスを着ていて、一夏と比べるとかなり派手さが目立つ。

 

「けど、言い出しっぺであるオレたちが最初に集まっとくべきだろ?」

 

「皆も誘うって言ったのはアンタよ」

 

「…スマン」

 

 約束とは言え、一夏と2人きりではない鈴音は若干不機嫌な様子だ。

 

 箒と違ってコミュ力の塊である鈴音は、他人と関わることに抵抗はない。しかし大好きな異性と2人きりで居たい想いは、やはり女としての性なのだろう。

 鈴音は今更になって「ちゃんとデートって言えば良かった」と後悔してみる。

 

 2人がそんなやり取りを繰り返してから10分後、セシリアと本音の影が少しずつ一夏と鈴音に近づいて来る。

 

 本音は相変わらず袖のダボダボなパーカーにハーフパンツで、フードには獣耳が付いていた。

 セシリアは白のシャツジャケットを羽織っており、青く真っ直ぐなタイトスカートを履いていた。

 

 

 2人が裏門に到着すると鈴音は顰めっ面を喜色溢れる笑顔に切り替えながら、セシリアたちに挨拶となる第一声を掛けた。

 対してセシリアと本音も、慣れた具合で短い自己紹介を済ませた。

 

「にしてもアンタたち、そんな格好で暑くないの?アタシが暑がり過ぎるだけ?」

 

「お洒落は暑さや寒さを耐えてこそだと、私は考えております」

 

「暑いけど可愛いでしょ~?」

 

 滑らかに会話を進めていく3人の社交性の高さに、一夏は苦笑いを浮かべながら尊敬にも似た感心を覚えた。

 反面、中々姿を見せない昭弘と箒を心配する。

 

(箒の奴、オレより早く起きてた癖に「先に行ってろ」って…そんなに服装に拘る奴だったかな?昭弘は…ノックしたときの反応からしてまさかの寝坊か?)

 

 

 

 裏門へと続く道を、昭弘と箒は早足気味に進んでいた。

 昭弘は湿った眼差しを箒に向けながら、ため息混じりに吐き捨てる。

 

「服選ぶのにどんだけ時間掛けてんだ」

 

 箒は僅かに慌てた様子を保ったまま、昭弘に言い訳と言う名の単語の羅列を吐き捨てていく。

 

「一夏の事ばかり考えながら服を選んでたら、時間を忘れていたんだ」

 

 そんな事をお互いに言い合いながら、昭弘は白いTシャツと迷彩柄のカーゴパンツを、箒は水色で七分丈のジャケットと黒のミディスカートを各々小刻みに揺らしながら歩を進める。

 

 そんな中、ふと箒は自身の中で燻っている感情に違和感を覚える。

 今、箒は緊張している筈。自分の服装に対する一夏の反応を、他の何よりも意識している筈だ。なのに…

 

(()()()()()()()()のは何故だ?)

 

 それは既に昭弘に服装を見られているからである。

 昭弘への想いに無自覚な箒がその理由に勘づく筈も無く、箒は謎の違和感を抱えたまま一夏たちと合流することになる。

 

 その際箒はやはりと言うか鈴音と目を合わせようとせず、鈴音も箒と無理に話そうとはしなかった。

 

 

 

 IS学園人工島から日本本土へと延びる長大なモノレールを滑らせること約30分。一同は高低入り乱れなビル郡に囲まれている駅へ到着し、その駅近くに位置する広大なショッピングモール『レゾナンス』へと向かっていた。

 

「にしても昭弘の筋肉スゲェよなぁ。Tシャツパッツンパッツンじゃん」

 

「さっきも同じこと言ってきたが、そんなに凄いもんなのか?」

 

「ねーねーアキヒー『おっぱい』の筋肉触ってもいい~~?」

 

「…布仏よ、ちゃんと『胸筋』と言ってくれないか?」

 

 昭弘の筋肉で盛り上がる一夏たちを箒、セシリア、鈴音たちは濁り切った瞳で後方から眺めていた。

 だが無理もないのかもしれない。折角一夏の為に服装にいつも以上の気合いを入れてきたと言うのに、当の一夏は昭弘の筋肉に夢中だ。想い人に振り向いて貰えない徒労感に加え、魅力で男に負けた事への屈辱が追い打ちを仕掛けてくる。

 

 そんな中、先に行動を起こしたのはセシリアだった。

 彼女は昭弘を押し退けて彼らの間に割り込むと、にこやかに一夏の右腕を両腕で抱え込む。

 

「そう言えば一夏。未だ私のコーデの感想を聞いておりませんでしたわ。さぁさ是非!」

 

 朴念仁の一夏は一瞬呆気に取られるが、少しだけ悩んだ末にやはり朴念仁らしい感想を述べる。

 

「…似合うけど、暑そうだよなセシリアの服装!」

 

 一夏の微妙な反応が予想外過ぎたのか、セシリアも又苦笑いを浮かべながら種類は違えど微妙な反応をしてしまう。

 

 セシリアが前に出たことで、箒は鈴音と共に取り残される。気不味い空気の中、箒はチラリと一瞬だけ鈴音に視線を移す。

 すると其処には、目を細めて箒の顔を凝視している鈴音の姿があった。睨んでいると言うよりは、何かを探っていると言った感じだ。

 

「な、何だ?」

 

 箒は、声のトーンを低くして威嚇する様に訊ねる。

 

「うーん…やっぱ何でも無いわ。それより早く進まないと逸れるわよ?」

 

 鈴音は箒の反応をさらりとは躱すと、前方の昭弘たちにとっとと合流するよう箒に促した。

 

 

 

「一夏、私にもジーンズが似合うかどうか、御検討宜しいでしょうか?」

 

「ちょっと一夏ぁ。これ試着するから見てくんない?」

 

「見てオリムー、猫耳ぃ~~」

 

「分かったから一人ずつにしてくんない!?」

 

 駅から歩くこと10分。会話に夢中だったからか、気が付けば昭弘たちはレゾナンスに到着していた。

 並んでいる様々なテナントの一区画にて、やはりと言うべきか女性陣は早速今流行りのコーデを試している。そんな物色している少女たちに()()()()タイミングを、女性店員が棚の影から虎視眈々と窺っている。

 

(…やっぱ慣れないもんだな。こう言うのは)

 

 そんな女3人男1人を遠目に見ながら、木造りのベンチに腰掛けた昭弘はそう内心呟く。

 

 今回昭弘が参加したのは、決して時間を持て余していたからではない。件の事件において勝手にMPSを起動させた罰則として、反省文を20枚以上書かねばならないのだ(襲撃者撃墜の功績から、謹慎処分等には至らなかった)。今朝の寝坊も、深夜までそれを書いていた為である。

 更にはサブロたちの今後について、整備課との綿密な調整や引き継ぎ等も行わねばならない。

 要するに多忙なのだ。

 

 それでも合間を縫って今此処に居るのは、ただ単純に箒や一夏たちと一緒に居たかったからだ。ただ一人苛まれながら「伝える瞬間」を待っているだけでは、心が圧迫に耐え切れず破裂してしまう。

 

 

 そんな中心配そうに見詰めてくる箒に対し、昭弘は平静を装う様に小さな笑みを浮かべながら答える。

 

「…お前も一夏に服でも選んで貰ったらどうだ?」

 

「はぐらかさないでくれ。お前何かソワソワしてないか?やることでも残っているみたいに…」

 

 箒にそう言われて、昭弘は「つくづく自分は隠すのが下手な男だ」と思った。それとも余程傷心の類が表面にまで出てきているのだろうか。

 

 今の昭弘の気持ちは、一度水に沈めば底に着くまで延々と沈んでいく石と同じだ。駄目だ、もっと軽くすべく癒さねば。今だけは忘れなければ。箒たちに心配を掛けない様にせねば。

 そうして昭弘は焦燥感溢れる表情を意識的に消し飛ばし、普段の不器用そうな笑顔を箒に見せる。

 

「オレも何か服でも見てくる」

 

 そう言って一夏たちと合流しようとする昭弘を、箒は慌てて止めようとする。

 

「待て昭弘!未だ私の質問に答えてな…」

 

 昭弘に意識を集中させていた箒は、自身の直ぐ左横から突き刺さる視線に大分遅れて反応する。そこには、いつの間にか先程と同じく自身を凝視している鈴音の姿があった。

 

「何なのだ貴様は!さっきから人をジロジロと…」

 

 ズイと迫る箒に対し、鈴音は表情を変えないまま昭弘たちの方角をチラリと見やる。そうして自分たちとはそれなりに距離がある事を確認すると、再び箒に向き直って口を開く。

 

 

 

アンタ昭弘の事好きでしょ?

 

「…………へ?」

 

 

 

 自分が、昭弘の事を、好き。解釈は色々ある。友として、家族として、兄弟として。だが鈴音にそう突き付けられて、何故か箒はそれらを第一候補として挙げられなかった。

 混乱の渦の中、箒は壊れたラジカセの様に何度も何度もその文面を脳内で繰り返す。

 

 声を漏らしてからどれ位経っただろうか。箒にとっては短すぎるその間も、実際には鈴音がイラ立ち始める程時間が経過していた。

 痺れを切らした鈴音が箒の左頬を軽く2回叩く事で、漸く箒は声を発することができた。

 

「い、いやいやいや!なな、な、何を訳の分からない事を言っているッ!?」

 

 動揺しながらも激しく否定の意を示す箒に対し、鈴音は自身が観察した結果を冷静に述べる。

 

「だってアンタさっきから昭弘の事ばっか気に掛けてるじゃない?」

 

「特別気に掛けてる訳では無い。一人で居るから「友人」として放っておけなかったのだ!」

 

「じゃあ何で指摘されてそんな茹でダコみたいになってんのよ」

 

 鈴音の淡々とした受け答えが、徐々に箒を追い詰めて行く。箒は鈴音の包囲網を突破すべく、「急に顔が赤くなった他の理由」を必死に考える。だが遂に何も思い付かなかった箒は、歯軋りしたまま下を向く。

 そんな箒が少し居た堪れなくなったのか、鈴音は溜め息交じりに助け舟を出す。

 

「…別に良いんじゃない?好きな人が何人居ようが。最終的にはその中から1人を選ばなきゃならないんだろうけど。アタシとしても「一夏が欲しいから昭弘とくっ付いて欲しい」なんて無粋な事言うつもり無いし」

 

 どうやら、勘付いたからどうこうしようって訳ではないらしい。助け舟とまでは行かなかったかもしれないが、鈴音のそんな言葉で箒は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 更に鈴音は続ける。

 

「後ね、アタシの言う事あんまし気にしなくていいわよ?悪い癖でさ、気になる事があると余計な口が開くのよ。アタシのせいでアンタがアルトランドに変な意識向ける様になるのも、どうもね…」

 

 鈴音は言うだけ言うと、一夏たちの下へ戻って行く。

 

 どうにか普段の心へと戻りそうな箒は両手で己の両頬を叩き、頭の靄を振り払おうとする。

 鈴音の言う通り、一々他人の言葉に惑わされてはいけない。昭弘は大切な「友達」なのだから。きっとこれからも。

 

 箒は自身にそう厳しく言い聞かせ、靄を振り払ったつもりになった。

 

 

 

 一通り買い物を終えると、一同は腹拵えをしていた。チョイスは「しゃぶしゃぶ」屋だが、日曜日と言うこともあって時刻が13:00を回っていても未だ混んでいた。

 

「?…なぁ肉ってのは焼くもんじゃないのか?」

 

 確かに何処にも「鉄板」らしき物が見当たらない。

 

 昭弘の素朴な疑問に対し皆一時唖然とするが、直ぐに「昭弘がしゃぶしゃぶに行ったことが無い」という事実を察する。そんな中、一夏が率先して昭弘の疑問に答えて行く。

 

「ここでは肉を「焼く」んじゃなくて「茹でる」んだよ。焼肉とは大分食感が違うけど、サッパリしてて美味いんだぜ。オレと鈴が茹でるから、皆適当に取ってってくれ。こういうの慣れてるだろ?鈴」

 

 昭弘に良い所見せたいと言う一夏の思惑を悟った鈴音は、渋々手伝う。言われなくても彼女なら自主的に捌くのだが。

 

 一夏と鈴音は食材を捌きつつ昭弘にしゃぶしゃぶの食べ方を教えていく。

 箒は肉や野菜を取りながらも、何か手伝うべきかとチラリチラリ一夏たちに視線を移す。

 本音は構うことなくマイペースに食べ続けていた。

 

 そんな中、セシリアが昭弘に口を挟む。

 

「まるで大きな「お子ちゃま」ですわね。恥ずかしくありませんの?」

 

「…悪かったな」

 

 セシリアが嘲笑しながら皮肉を口にすると、昭弘は顔を顰めて短く返す。

 

 しかし、その僅か数分後。

 

「アッツッ!アッチチ!ファ、凰さん!!何やら激しく沸騰しておりますわッ!溢れてしまうのではなくて!?」

 

 しゃぶしゃぶに慣れていない英国貴族は、鍋の中で盛り上がる熱湯の塊を見て喚き散らす。

 

「落ち着いて!火弱めるから。アンタもう危なっかしいから下手に手出さないで!」

 

 鈴音に叱られ、らしくも無くしょぼくれるセシリア。そんなセシリアを見て、昭弘はニヤつきながら次の言葉を言い放った。

 

「無理すんな「お子ちゃま」」

 

 その直後、昭弘とセシリアの間で不毛な罵り合いが始まった。

 真ん中で懸命に茹でる鈴音は、6人用のテーブルで対角線を作る啀み合いの被害をモロに受けた仕返しとして、昭弘とセシリアには一切具材をよそわなかった。当然怒鳴り散らした上でだ。

 

 

 

 帰りのモノレール内にて、昭弘一同は大量の紙袋を抱え込んでいた。

 久しぶりの外出でストレスが発散できたからか、皆疲れの表情に爽やかさを色濃く残している。

 

 ただ一人を除いて。

 

 セシリア自身、一夏と昭弘の仲が良い事はとうに把握している。しかしあの模擬戦以降、セシリアも一夏には多大な好意を以て接しているつもりだ。それなのに未だ一夏からセシリアに接してくる割合は、昭弘と比べるとかなり少ない。

 セシリアはその事実がどうにも気に食わなかった。「こんなにも一夏を愛しているのに何故?」と。

 

 何が足りないと言うのだろうか。人としての魅力か、性の壁か、それともISの技量か。

 

 確かにIS・MPSの技量に関しては、昭弘に大きく天秤が傾く。

 今までほぼ互角であった両者の均衡は、あの学園襲撃事件を切っ掛けに崩れ去ってしまった。あの異次元的なまでのグシオンの機動・パワー・俊敏性。少なくとも今のセシリアとブルー・ティアーズでは到底届く事の無い領域であった。

 

 セシリアは額に手を当てながら、昭弘と楽しそうに話す一夏の横顔を見つめる。

 もし自分が昭弘より強くなれば、一夏はその笑顔を向けてくれるのだろうか。セシリアのそんな考えは、最早推測の域すら出ない。何の根拠も無い、単なる思い付きに等しかった。

 

 セシリアがあれこれ考えていると、いつの間にか本音がセシリアの顔を下から覗き込んでいた。

 

「セッシー怖い顔してるけど大丈夫~?」

 

 そう言われて初めてセシリアは今自身がどんな顔をしているのか気付き、本音に苦笑を漏らす。

 

「…私がもっと強くなったら、一体どうなるのだろうと考えていただけですわ」

 

 そんなセシリアの言葉に対し、本音は迷うこと無く満面の笑みで堂々と返した。

 

「セッシーがもっと強くなったら、もっともぉーっと恰好良くなるね~!だって『セッシー』だもん」

 

「!」

 

 本音の無垢な笑顔と共に放たれたその一言で、セシリアの悩みは呆気なく消え去った。

 

 そうだ、自分は次期国家代表最有力候補『セシリア・オルコット』。その自分が更に強くなってどんなデメリットがあるのか。唯でさえ完璧な自分がその上更に強くなれば、最早落とせない男など居はしない。

 どの道、国家代表を目指すには更に実力を付けねばならないのだ。何より負けっぱなしは自分の性に合わない。何にしても「勝って」こそ、真の自分だ。

 

 強くなろう。IS乗りとしても、人間としても、女としても。

 そしていつもセシリア・オルコットを見てくれている本音(この娘)の為にも。

 

 セシリアは本音に柔らかい笑顔を向けて礼を言った後、紙袋の紐を握る手に力を込め今度は昭弘に鋭い眼光を送る。それは入学初日に向けた濁り切った眼光では無く、“倒すべき好敵手”に向ける覚悟の込もった眼差しであった。

 

 

 

 

―――17:08 IS学園

 

 千冬は昭弘と本音を従えて、学園端に在る格納庫へと早足で進んでいた。

 

「私も驚いた。まさか僅か一日でゴーレムの地上格納庫への移動許可が下りるなんてな」

 

 1時間だけと言う条件付きではあるが。

 ただ、ウイルスや自爆装置等も見当たらず、意思疎通も極めてスムーズに進んだそうだ。千冬が薄気味悪さを感じる程に。

 

「えへへ~無人ISと会話するの楽しみ~」

 

 一応生徒会の書記であり整備にも詳しい布仏も、今回ゴーレムとの対面に参加することとなった。その名の通り本音は駄々洩れだが。

 

 会話を続けながら早足で進んでいた彼等は、あっと言う間に格納庫へと辿り着いていた。

 格納庫には整備課の教員が数名と、生徒会長である楯無が居た。

 

 昭弘はその中に一人、髪色がやけに印象的な少女を見かける。

 

(うん?…アイツも1年か)

 

 楯無と何処か似ているその「水色の髪の少女」は、格納庫の隅っこで針葉樹の如く静かに立っていた。

 

 しかし今の昭弘はいつまでも他人に関心を引く程、心の余裕が無い。その少女を一瞥だけすると、昭弘は心臓の鼓動を早くしながら正面の「ユニットハウス」の様な黒い直方体に近づく。

 直方体は近くで見ると極めて重厚感があり、扉の近くにはパネルの様な物が付いていた。話によると、IS学園の地下施設に直接通じているとか。

 

 千冬は、物体の中に居るであろう教員に「出せ」と連絡を取る。

 

 楯無や未だゴーレムと接していない教員が身構える中、千冬は特に之と言って緊張している様子も無くただ静かに扉を見つめていた。

 しかし、昭弘にはこれ迄とは違った緊張が直走る。記憶を失った家族と、一体どう接すれば良いのか。何を話すかは事前に決めていても、“接し方”だけは実際にやってみなければ分からない。

 

ウィーン

 

 昭弘が緊張を抑えるのに四苦八苦している内に、その重厚そうな扉が真横にスライドして開かれる。

 

 先ずは中から先導役らしき整備課の教員が出てきた。

 その教員の合図で黒い物体の中から夫々「水色に白斑点」「深紅に白の2本線」「黄緑色で胸部に白の星」の模様をした全身装甲ISが、長い腕を小さく揺らして歩み出る。

 その内、水色に白斑点の模様をした1体が昭弘に声を掛ける。

 

《初メマシテ。ボクハ『XFGQ-03 機体識別名:SA.BU.RO.』ト申シマス。以後オ見知リオキヲ》

 

 他の2体も、続いて自己を紹介する。

 

《『XFGQ-04 機体識別名:SHI.RO.』ダ。オレノ「紅イボディ」ヲ気ニ入ッテ貰エタラ嬉シイ》

 

《同ジク『XFGQ-05 機体識別名:GO.RO.』ト申シマス。整備課ノ皆様トハ、トテモ有意義ナ時間ヲ過ゴサセテ頂キマシタ》

 

 いかにもな機械的で抑揚無い声を流暢に使いこなす彼等を目の当たりにして、楯無は言葉を失ってしまう。

 

(本当に無人ISなのか、疑いたくなるレベルね)

 

 まさか冗句や感想まで織り交ぜてくるとは。実は中に人が入っている、なんてオチまで彼女は考えてしまう。

 

 3体の軽い自己紹介が終わると、昭弘は少しの間顔を俯かせる。記憶を失っていると事前に聞いてはいるものの、実際に会って「初めまして」と言われると精神的なショックは何倍にも膨れ上がるようだ。

 それでも昭弘は、駄目元で訊いてみることにした。

 

「…『昭弘・アルトランド』だ。失礼を承知で訊くがオレの事、覚えているか?」

 

 昭弘がそんな質問をすると、ゴーレムたちは人間の様な仕草でお互いのカメラアイを見合う。

 互いの無機質なカメラアイから何かを見出せた訳でもないが、サブロは質問に答える。

 

《…申シ訳ゴザイマセン。貴方トハ本日ガ初対面ノ筈デスガ》

 

 やはりと言うべきか、返って来たのは昭弘にとって残酷な一言。昭弘の顔を見て名前を聞いて思い出してくれる程、現実は生易しくないらしい。

 昭弘は再び俯いた後、3体に謝罪の言葉を贈る。

 

「いや、此方こそすまなかった。気にしないでくれ」

 

 その後も自己紹介は続き、IS学園残留が決定した場合の流れなども軽く話し合われた。

 

 

 

 ある程度話が纏まり昭弘と千冬以外の人間が解散すると、この状況を狙っていた昭弘は千冬に切り出す。

 

「織斑センセイ。ゴーレムたちと、少しだけ話してもいいですか?できれば、あの黒い直方体の中で」

 

「構わないが一応私も立ち会わせて貰うぞ?中からは自動で出られるから安心しろ」

 

「…分かりました」

 

 千冬が条件付きでお願いを聞き入れると、昭弘は疎ましそうに彼女を見る。出来る事なら誰にも見られなくないし、聞かれたくもないのだろう。

 そう察しながらも、千冬はその黒い物体のパネル部分に左手を翳す。機械音と同時に扉がスライドすると、2名と3体が中に入って行く。

 

 

《アルトランド殿、話トハ?》

 

 サブロが昭弘に訊ねるが、昭弘は未だに無言を貫いたままだ。

 暫く沈黙が続くかと思われたが、千冬やサブロたちの予想は大きく裏切られる事となった。

 

「!?」

 

《 《 《!!?》 》 》

 

 皆が驚くのも無理はない。昭弘がいきなり両膝を付き、首を垂れて来たのだから。

 千冬が昭弘を問い質すよりも早く、昭弘が先に口を開く。

 

「お前達ッ!…本当にッ……すまなかった!」

 

 唐突な土下座に続く大音量の謝罪によって、皆の驚愕はいよいよ頂に達しようとしていた。しかし皆の反応など構わずに、昭弘は尚も独壇場を維持する。

 

「オレはお前たちの家族を…タロを殺してしまった。ジロも死なせちまった。どうにか……止めようとしたが…駄目だった…」

 

 昭弘の表情は本人が俯いているせいで良く見えないが、濁りの無い透明な雫がポタポタと床に落ちていた。サブロたちはその床に出来たシミを見つめながら、昭弘の言葉に耳を傾き続けた。

 

「もうお前たちに…家族の記憶が無い事は分かっている。今のオレの行動なんざ意味不明だろうさ…。それでもッ…ずっと謝りたかった」

 

 昭弘は己の内に蔓延っている感情を、濁流の様に吐き出していく。

 悲しむ余裕が無かっただけではない。この学園には、タロとジロを失った悲しみを吐き出せる相手が居なかったのだ。それはそうだ。誰もタロたちを知らないのだから、誰にとっても無人ISなんて機械でしかないのだから。共感してくれる筈が無い。

 純粋な謝罪の気持ちには、そんな昭弘の中に溜まっていた哀惜も過分に含まれていた。

 

 更に昭弘の激情は増大し、言葉による表現もより過激さを増していく。

 

「赦して貰えるなどと思っちゃいない。今この場でお前たちに殺されたとしても…文句なんざ一言も口にしねぇ……」

 

 そう言うと、昭弘は頭をサブロたちの足下に向ける。まるで「殺してくれ」と懇願する様に。

 千冬は驚愕に表情を任せつつも、念の為携えていた警戒棒を構えながらサブロたちを睨む。

 

 硬直状態が続き、息苦しいまでの沈黙が昭弘と千冬を襲った。

 

 しかしサブロが発する機械音声により、その状態はアッサリと途切れた。

 

《……「アリガトウ御座イマス」昭弘様》

 

 意外な一言であった。

 少なくとも昭弘は、彼等に感謝される様な事はしていない。寧ろ今自分がしている事は、彼等にとってはとんだ傍迷惑だろうに。

 

 サブロの想いを代弁する様にゴロが続く。

 

《確カニ記憶ノ無イ我々ハ、怒レバ良イノカ悲シメバ良イノカ赦スベキカ赦サナイベキカ解リカネマス》

 

 続いてシロが、その代弁に加わる。

 

《ダガオレタチノ中デハ今、確カナ“嬉シサ”ガ渦巻イテイル》

 

 「嬉しさ」という単語を耳にした昭弘は、少しずつ頭を上げていく。

 

《機械デアルオレタチノ為ニ泣イテクレル人ガ居ルト言ウ事。ソレガタダ嬉シイ》

 

「…」

 

 尚も姿勢をそのままに沈黙を続ける昭弘に、サブロが歩み寄って腰を屈める。

 

《ダカラ今ハソノ気持チダケデ十分デス。改メテ謝ルノハ、僕タチガ全テヲ思イ出シタ時ニシテ下サイ。ソレガ済ンダラ、『タロサン』ヤ『ジロサン』ノ話ヲ沢山シマショウ》

 

 その言葉を最後に、3体は地下施設へと続くエレベータの前まで歩を進める。そのタイミングを見計らって、今度は千冬が昭弘に歩み寄る。

 

「…私もこのまま彼等に付き添うが…お前の方はもう大丈夫か?」

 

 千冬の声掛けに対し、昭弘は無言のまま小さく頷く。

 

 

 千冬たちが地下施設に移動した後、昭弘は暫くの間一人でその場に座り込んでいた。

 全てを吐き出した今の昭弘の中には虚無感と安心感、そして僅かな寂しさが残っていた。

 

 

 中でも一番色濃く残っている感情は、記憶を失ってもそんなに変わっていない家族への“嬉しさ”であった。




今回一夏の影が薄かったけど、ラウラ編辺りから一夏の抱える闇を皆さんに見せて行けるかと思います。
簪さんは、一応容姿だけ出しときました。生徒会でも整備課の人間でもないけど、楯無の妹だし整備得意だし、ま、多少はね?


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第15話 波乱は直ぐ其処に

今回も日常回・・・なのかな?
昭弘と鈴音みたいな「男友達」「女友達」な関係っていいですよね。何と言うか絶妙な距離感と言うか、なんか安心するんですよこの2人。



―――――5月3日(火)―――――

 

 1時限目終了後の休み時間にて、1年1組は事態の急展開に大いに沸き立っていた。

 

 今朝、全校集会にて3体の無人IS『ゴーレム』の紹介が行われた。生徒たちは、前日に「明日の朝、全校集会を開く」としか伝えられていなかった。

 「事前情報がソレしか無い中」「学園の襲撃犯が」「ステージの中央で」「流暢に挨拶をしてきた」のだ。当事者たちの混乱は計り知れないだろう。

 

 結局彼等は月曜日に開かれた「合同会議」にて、学園残留が決定したのだった。

 昭弘の提案通り、委員会側の研究員を学園側に置くと言う事で双方は納得した。しかし管理責任は学園側が負う事となり、昭弘の提案を持ち出した張本人である千冬自身にも「現場監督責任」が課せられた。

 しかし唯でさえ多忙な千冬が現場まで見張れる筈も無く、実質的には整備課教員が現場を見る事になる。

 

「正直アタシは反対ね。もう決まった事だからしょうがないけど」

 

 当然の様に1組に居座っている鈴音が、当然の様に会話に割り込んで来る。

 彼女がこれから述べる言葉は、正に全校生徒皆が心の何処かに持っている懸念の代弁と言えた。

 

「実際に戦ったアタシだから言うけど…危険過ぎるわ」

 

「確かに、あの白い奴と同型機のアイツ等が暴れたらと思うと…ゾッとするよな」

 

「私の見立てでは少なくともあの黒と白の無人ISは、実力的に国家代表にも匹敵するかと」

 

 鈴音の言葉に、一夏とセシリアは同意にも似た反応を示す。学園襲撃から未だ日も浅いのだ。やはり彼等の脳裏には「暴れるゴーレム」の姿が焼き付いて離れないのだろう。

 

 クラス全体がゴーレムに対して否定的になりつつある中、箒が杭を打ち込む様に話に割って入る。

 

「私は特に問題無いと思う。先生方の判断を信じるべきだ。現に彼等は…ゴーレムは、アリーナの復旧を既に済ませてくれたのだろう?」

 

 意外な人物からの意外な発言によってか、クラスは一旦静まり返る。ゴーレム自身が原因とは言え、アリーナの復旧作業を昨日一晩で片付けてくれた事実は変えようがない。

 

 そのタイミングを見計らってか、昭弘は漸く口を開く。

 

「何はともあれ、先ずは今後のことだろう。…確か鷹月と四十院は整備科志望だったよな?お前たち的には、今後の事で何か思う事はあるか?」

 

 そう言いながら、昭弘はクラスメイトである『鷹月静寐』『四十院神楽』に意見を求める。ゴーレムが実質的に整備課預かりとなる以上、彼女たちの考えは気になる所だ。

 

「…不安はありますね。ただ恐怖と言うよりも、整備科として上手くやって行けるかと言う「自分への不安」と言いますか…」

 

 そう鷹月が「黄色いヘアピン」を少しばかり弄りながら、オドオドと昭弘の質問に答える。確かに無人ISと言う知識は、学園のカリキュラム自体を大きく変えてしまう可能性すらある。

 対し、長く麗しい黒髪を僅かに揺らめかせながら四十院も物静かに答える。

 

「私は特に不安等は無いわね。寧ろ早くゴーレムと接触してみたい好奇心の方が大きいわ」

 

 四十院の好奇心に応える様に、鷹月はつい先程得た情報を声で配る。

 

「先輩の話によると、整備課の先生か織斑先生の許可が下りれば一応誰でもゴーレムに会えるらしいよ?タイミングが良ければそのまま整備科の2・3年生と一緒に、ゴーレムの調査・研究ができるかもって。生徒会や整備科志望の生徒が優先されるだろうけど」

 

 鷹月のざっくりとした説明に、一夏が目と口を丸くしながら興味を示す。

 

「オレも今度、駄目元で先生に頼み込んでみようかな?何か気になってきたし」

 

 一夏がふとそんな発言を零すと、我先にと水滴を拾い上げる様にセシリアが勢い良く立ち上がる。

 

「では私も参りますわ。ゴーレムと接触するのでしたらこの私『セシリア・オルコット』の知識がきっと一夏の御役に立つかと!」

 

 そう言いながらセシリアがしたり顔で鈴音を見やると、鈴音も慌てて立ち上がる。

 

「ア、アタシも行くわ!情報を集めるには良い機会だし」

 

「わ、私も気が向いたら行くとするか。別に一夏はどうでもいいが…」

 

 釣られた最後の一人である箒の素直でない言葉を聞いて、昭弘はニヤついた顔を隠そうともしなかった。

 

 しかし昭弘は、それとは別に心の中で自身が「安堵」している事実に気付く。それは昨日から、しかも1組に居る時だけ感じるモノであった。

 その原因を直ぐ見つけ出すと、昭弘は先程のニヤつきとは違った安らかな笑みを浮かべる。

 

(皆、オレと今迄通りに接してくれてるんだな)

 

 タロとの激戦時まで遡る。

 昭弘とグシオンは単一仕様能力を発動させることにより、タロの撃墜に成功した。そう、文字通り“狂獣”の様に相手を攻め立てて。

 昭弘自身、突然悪魔的な力を発揮した己とグシオンには少なからず恐怖を覚えた。本人ですらそう感じる程なのだから、傍から観ていた皆は尚の事だろう。

 

 それなのに1組の皆は特別昭弘を避けることもせず、普段通りに接してくれていた(未だ昭弘を怖がっているクラスメイトも勿論居るが、それは元々である)。

 

 そんなクラスメイトたちに、昭弘は心の奥底から感謝した。

 

 

 

 

 

 夜、皆が寝静まらないギリギリの時間帯。

 男の口から一定間隔で流れ出る短い重低音が、男の部屋中に小さく響き渡る。低い声が響くと同時に、男の腹を分厚く覆っている肉の鎧が強張る。

 

 そんな光景に慣れ切っているツインテールの少女は一切動じる事無く、自身の「考え」をペラペラと口にする。少女は寝巻き姿のままソファに深々と腰を預けており、我が物顔で男の部屋に入り浸っていた。

 男は「趣味」に勤しみながらも、少女の話には耳を傾けてあげていた。

 

「ゴーレムと実際に戦ったのはアタシと一夏とアンタだけだし。少なくともゴーレムへの知識量なら確実にオルコットや篠ノ之を上回れるわ。それにアタシの代表候補生としての知識と抜群のコミュ力が加われば、アタシが一夏を独占できるは明白も明白よ!」

 

 それはまた随分とショボいマウント取りであると、毎度毎度自身の部屋に押しかけて来る少女に対して男は思った。

 

 その少女「鈴音」が話し終わる所で、丁度男も本日のノルマを終えた様だ。鈴音の自信に満ち溢れた表情を見ながら、男「昭弘」は言い辛そうにしながらも冷酷な現実を突き付けてくる。

 

「水を差すようで悪いが、ゴーレムたちと会えるのはもう少し先になるぞ?」

 

「…マジ?」

 

「ああ。研究員の到着が、早くても1週間後らしいからな」

 

 言うまでも無いが彼等が来る迄、勝手に調査や研究等してはいけない。それはIS委員会の範疇だ。

 それに何度も言われている様に、整備科志望の生徒が優先される。

 

 

 実はこのIS学園、普通科よりも整備科の方が圧倒的に多いのだ。

 

 IS操縦者は、確かにIS関連企業の「花形」と言ってもいい存在ではある。しかし将来への選択肢は狭く、精々が「テストパイロット」「代表候補生」「空軍」程度だ。

 抑々ISコアの絶対数には限りがあり必然的に操縦者の数も限られてくるので、世界はそこまでIS操縦者を欲している訳ではない。

 

 逆に、整備士として進んだ場合の選択肢は広い。先ず、ISに関する知識量がIS操縦者と比べて遥かに多い。その膨大な知識量を武器に、ISの専属整備士以外にも「ISの研究・開発」と言った分野への進路変更も可能だ。

 更にISを勉強する過程で得た「情報・工学的知識」は、IS関連以外の企業でも大いに役立てる事ができる。

 

 

 そんな整備科生・整備科志望者の多い現状で、既に代表候補生である鈴音やセシリアが後回しにされるのは当然だ。専用機持ちである一夏も然り。

 そんな事実を知った鈴音は、昭弘の様な仏頂面を醸し出しながら呟く。

 

「暫くはお預けって訳ね。篠ノ之やオルコットと差を開くチャンスと思ったんだけど…」

 

「…だったら尚更、オレの部屋でウダウダやってる場合じゃ無いと思うが」

 

 呆れ果てる昭弘。こうしてる間にも、どんどん箒は一夏との距離を狭めて行く。

 

 そんな事心得てる鈴音は反抗する様に答える。

 

「それはしょうがないでしょーが。いくらアタシが一夏の部屋にお邪魔した所で、ルームメイトである篠ノ之のアドバンテージは揺るがないわ。ならそれ以外の点で攻めていかないと。でもって一人でウジウジ考えてても能率悪いから、アンタの部屋にお邪魔してるんじゃない」

 

 そう言う鈴音に対し、昭弘はある素朴な疑問を浮かべる。その内容は以前箒に対して投げかけた疑問と同じであり、はっきり言ってもっと早くに訊いておくべき事だった。

 

「…今更なんだが、鈴音はどういう経緯で一夏を好きになったんだ?」

 

 昭弘のそんな質問を受けて、鈴音は真顔のまま数秒間固まってしまう。その後、少し恥ずかしそうに右頬を人差指で掻くと溜め息交じりに語り出す。

 

 切っ掛けは、言葉にしてみれば在り来たりだ。

 鈴音は日本の学校に転入してきた当初、当然だが日本語が上手く話せなかったらしい。それが原因で同年代の子供からよく揶揄われてたとか。

 それを止めてくれたのが、他でも無い一夏だったと言う訳だ。

 

「そこから仲良くなっていったんだけど…多分その時から“異性”として意識はしてたんだと思う」

「それとね…アタシの両親「中華屋」を営んでたんだけど、今後の方針について真正面からぶつかっちゃってさ。そんで2人が険悪になってる時も、一夏はアタシに色々と良くしてくれたの。ま、結局疎遠になって別居する事になっちゃったんだけどね…」

 

 どうやら鈴音も、箒と似たような理由で一夏を好きになったようだ。

 

 それを聞いて、昭弘は一夏の人の良さを改めて実感する。やはり自分と彼とでは、「育ち」や「生き方」がまるで違う。今迄の自分ならば家族の事を考えるのに精一杯で、他人に構っている暇など一切無かった。

 

 昭弘は、そんな一夏を少し羨ましく思う。誰をも愛し、誰からも愛される。決して、昭弘には出来ない生き方だ。同年代の女性から好意を寄せられるのも納得だ。

 

 しかし同時に併せ持つ一夏の脆さも、昭弘は知っている。それは決して悪い事ではない。完全無欠な人間など、この世に存在しないのだから。昭弘自身も、心に脆さを抱えている人間の一人に過ぎない。

 だからこそ昭弘は思うのだ。一夏が、無理をしているのではないかと。

 

 鈴音がその事を知っているのか定かではないが、取り敢えず昭弘は訊ねてみる事にした。

 

「…一夏のそんな男らしい所に惚れたのか?」

 

「ま、そうね」

 

 やはり箒や鈴音にとって、一夏はヒーローのようだ。

 

 教えるべきなのだろうか。一夏の脆い一面を。

 そんな考えを、昭弘は蜘蛛の巣を掃う様に頭から追い出す。言った所で鈴音にどんな影響を及ぼすか、解ったものではない。

 

 それにいずれは彼女たちにも知られる時が来る。昭弘は今も一夏を想って照れている鈴音を見て、そんな風に感じた。

 

 

 

 小一時間程居座って漸く出ていった鈴音を見送った後、昭弘は心に蟠りを抱えたままシャワーを浴びる。タオルで拭き取った後も素肌に僅かに残った汗と言う名の水滴を、濁り無き温水が塗り潰していく。

 

 シャワーを浴びて寝間着姿となった昭弘は、先程鈴音が腰掛けていたソファにゆっくりと腰掛ける。そのまま数分程ボーッとしていると、ベッドに置いてあった液晶携帯が突如鳴り響く。

 

(!?…束か?)

 

 昭弘は、警戒しながらその小さな液晶を覗き込む。

 

『クロエ・クロニクル』

 

 その名を見て昭弘は出るかどうか一瞬たじろいでしまうが、意を決して通話ボタンを押す。

 その時昭弘は「クロエとの通話は禁止されていない」と言った屁理屈を頭に浮かべていた。

 

《昭弘様!良かった。てっきり出てくれないのかと…》

 

 相も変わらずなクロエの静かな声に、昭弘は安堵しながら答える。

 

「出ない理由が無いだろう」

 

 昭弘にそう言われて、勝手にマイナスに思い込んでいたクロエは少し照れくさそうな声を漏らす。

 

「それで、どんな用件だ?」

 

 そう訊かれると、クロエは口籠りながらも単語を継ぎ接ぎの様に足し合わせていく。

 

《あっ、えと……そうそう!束様から言伝を頼まれたのです》

 

「言伝?」

 

《はい。今月中IS学園に「2人の代表候補生」が転校してくるそうです。しかも内1人は“男性”とか》

 

 その時昭弘は、「転校」や「代表候補生」と言う単語ではなく「男性」と言う単語に意識が向いた。

 

「有り得んだろう?男性に反応するのは現『白式』のISコアだけだ」

 

 するとクロエは、自分で言うのも恥ずかしいのか声量を小さくしながら答える。

 

《それが…実はもう1機、束様がコアの初期設定を誤ったISコアが存在するそうなのです》

 

「」

 

 驚愕、と言うよりも昭弘は唖然とした。天下の大天災がそんなんで良いのかと。

 確かに、世に出たISコアの総数は467機。1機のみならず、2~3機程設定に誤りがあっても可笑しくはない…のかもしれないが。

 

 真正面から襲い掛かって来る「混乱」と言う二文字を振り払う様に、昭弘は質問を続ける。

 

「だが、なら何故今迄その事実を束は隠していた?」

 

 その質問に対して、クロエは特に口調を崩す事無く答える。更に恥ずかしいのか、声量だけは限界まで小さくしながら。

 

《単純に「忘れていた」だけだそうです…。束様にとっても、至極どうでも良い事柄だったのでしょう》

 

 その言葉を聞いて今度は持っていた携帯を思わず落としそうになる程、昭弘は手の力が抜けた。

 要するに、今更になって思い出したのだ。大方、何らかの方法で各国の機密情報を閲覧している時「そう言えばこんな奴いたっけ」と言った具合で思い出したのだろう。束らしいと言えばそれまでだが。

 

 気を取り直して、質問に戻る昭弘。

 

「そいつの国籍は?」

 

《フランスとドイツからだと聞き及んでおりますが、どちらが男性かまでは明言しておりませんでした》

 

「そうか…。貴重な情報感謝すると、束に伝えておいてくれ」

 

《はい》

 

「…」

 

《…》

 

 2人の間で沈黙が続いた。お互い言いたいこと、訊きたいことはまだあると言うのに。

 しかしだからこそ互いに押し黙ってしまうのだろう。昭弘は、クロエは、きっとまだ何か言いたいことがある筈だと譲り合う様に。

 

 そんな沈黙を先に破ったのは、クロエであった。

 

《あの…昭弘様》

 

「何だ?」

 

 そう、昭弘は優し気な口調でクロエの発言を促す。

 

《……タロたちの事なのですが》

 

 「タロ」と言う単語を聞いて、昭弘は言葉を失ってしまう。

 正確に言えば、何と言えば良いのか解らなかったのだ。タロを殺めたことを謝罪すれば良いのか、タロたちを差し向けてきた事に対して怒れば良いのか。

 

 結果、昭弘が選択した言葉はそのどちらでも無かった。

 

「大丈夫だ。サブロもシロもゴロも記憶を失ったが元気にしてるし、タロとジロだってISコア自体はちゃんと生きている。心配すんな」

 

 その言葉が、今この時において正解なのかは判らない。しかしそれは間違いなく、昭弘が今クロエに伝えたかった言葉であった。

 

《…そうですか。…ありがとう昭弘様》

 

 クロエは満足した様にお礼を言った後、別れの挨拶を告げて通話を切る。

 

 昭弘も元気そうなクロエの声が聞けてホッとしたのか、明日に備えて寝床に入る支度をし始めた。

 

 

 ベッドに仰向けのまま倒れこんだ昭弘は、汚れ無き純白の天井を見つめながら例の転校生について頭を巡らす。またもやとんでもない時期にやって来るものだ、と。

 

(…やはり一夏と白式が狙いなんだろうか?)

 

 凡その予想を立ててみる昭弘。

 しかしそれとは別に、昭弘は漠然とした胸騒ぎを抱えていた。直感ですらない嫌な予感が、昭弘の心を不規則に揺らす。

 

 しかし昭弘のそんな希望も虚しく、「波乱」は少しずつ確実に足音を大きくしていきながら、IS学園に近付いて来るのであった。

 

 

 

 

 

《束様ニバレタラ叱ラレマスヨ?》

 

 ムロが束に無断で昭弘に電話を掛けたクロエを心配していると、クロエは開き直った様に口を開く。

 

「確かに「家族じゃない、諦めて」とは言われましたが、電話をするなとは言われてませんし」

 

 クロエは昭弘と似たような屁理屈を並べる。先程「言伝」等と嘘を吐いたが、要は昭弘とただ話したかっただけなのだ。

 

《マァ開キ直ッテイル様ナラ安心デス。束様ニモ特別黙ッテオキマショウ。ドノ道、今ノ人類ノ技術デハ我々カラノ通話ヲ逆探知ナドデキマセンシ》

 

 ムロの気遣いにクロエは「ありがとう」と感謝の言葉を述べると、少しだけ口調を強めて更に続ける。

 

「例え束様のお言葉でも、私は諦めたくありません。…いつか昭弘様とも家族に戻れる日が来ると信じ続けます」

 

 そう言うと、彼女は僅かに瞼を見開く。細く開かれた瞼の先には、黄金色の瞳が鈍い輝きをチラ付かせていた。

 しかし何も見えはしないその瞳は、まるでマネキンの様に無機質で視点もハッキリとしていない。

 

 それでも無意識に瞼を見開いてしまったのは、それだけ家族に再び逢うことを切望しているからだろうか。




鷹月さんと四十院さんは整備課志望っていう設定にしておきました。今後もちょいちょいと、機会があれば1組のクラスメイトを出していきたいと思います。

次回からは皆さんお待ちかね、あの2人が遂に登場しまぁす。どちらが男性なのかは、お・た・の・し・み♡

そして、もうそろそろ一夏の絶望的な苦悩が始まります。今迄以上に複雑な心理描写をしていける様に、頑張りたいと思います。


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第一章 の2 IS学園~ニューフェイス~
第16話 2人の転校生(1時限目前)


今回も、何話かに分けようかと思います。
どちらが男子なのか判らない様に描くのって、意外としんどいですね・・・。


―――――5月9日(月)―――――

 

 この日も、IS学園周辺は雲一つ浮かんでいない快晴であった。5月ももうじき中旬だからか、1組の生徒たちは登校で流れた汗をSHRが始まっても未だ額に滲ませたままだ。

 しかし1組の副担任である真耶は、生徒たちとは種類の違う汗を流していた。その汗は暑いから流しているモノではなく、言うなれば「困惑」「焦燥」から来るモノであった。

 

「え、えーと…。きょ、今日は「転校生」を紹介したいと思います」

 

 本日、1組担任である千冬からSHRを任された彼女は転校生と思しき2人に度々視線を送っていた。

 千冬はその様子を、腕を組みながら心配そうに見守っている。

 

 彼女がこれほどまでに動揺している理由は、昭弘の心の声がそのまま代弁してくれた。

 

(無理もない。鈴音の転校から1ヶ月も経ってないってのにもう新しい転校生。しかも2人と来た。更には全校集会も無しにいきなりだ。それが自分の受け持つクラスに2人とも入るなんて、山田センセイからすれば「意味不明」の一言に尽きるだろう。おまけに…)

 

 そこで昭弘の心の声は途切れるが、今度は生徒たちの不気味に過ぎる静寂が昭弘の思いを声も無しに代弁する。

 皆一様に口を半開きに目を大きく見開いたまま、2人の転校生を凝視していた。何故ならば、2人の服装が少なくとも()()()()()()()()()()()からであった。

 

 兎にも角にも、先ずは2人に自己紹介を促す真耶であった。それに対して、先ずは『金髪の少年?』がニコやかに応じる。

 

「皆さん初めまして。『シャルル・デュノア』と申します。出身国はフランスです。一応「2人目」の男性IS操縦者になるのかな?異性の身で色々と御迷惑をお掛けする事もあると思いますが、1年間宜しくお願いします」

 

 直後、クラス全体を無言の静寂が覆った。

 しかし昭弘は何となく理解した。これは只の静寂ではないと。

 

 その少年は非常に中性的な顔立ちをしており、長い髪を襟足の部分で1つに結んでいた。睫毛はまるで女性の様に長く、小さく可愛いらしい口が彼の笑顔を更に上の次元へと昇華させていた。

 そんな美少年のまるで「天使」の様な笑顔を目の当たりにした女子生徒一同が、終始無言のまま終わる筈も無く…。

 

「「「「「きゃぁぁぁーーーーーーッ!!!!!」」」」」

 

 昭弘の左耳に衝撃が雪崩れ込んで来る。それは昭弘の脳内を激しく掻き回し、右耳から濁流の如く放出された。その突然すぎる女子生徒たちの黄色い歓声に、昭弘は耳を塞ぐ間も無く唯々歯を食い縛って耐えていた。

 一同はそれだけ叫んでも飽き足らず、怒号にも似た声をそのままに各々の感想を口にしていく。

 

「3人目の男子ッ!!!」「しかも織斑くんやアルトランドさんとは違う護ってあげたくなる系!」「天使だわ!」「わ、私夢でも見てるのかしら」

 

 彼女たちは、ここぞとばかりに“鬱憤”を爆発させる。エリートとは言え、彼女たちも思春期真っ只中の女子高生。イケメンと言える男子が一夏しか居なかった現状では、彼女たちにとって正に朗報中の朗報と言えよう。

 そして彼女たちの熱い視線は、もう1人の転校生にも飛び火する。

 

「ネェネェじゃああの子も?」「流石に女子じゃない?髪長すぎるし小柄過ぎるし」

 

 期待と疑問を秘めながら、彼女たちはその「少年?」の容姿を小声で伝え合う。

 

 シャルルとは真逆の印象を受ける「少年?」であった。

 何処までも冷えきった紅い瞳。その瞳を更に際立たせる様な鋭い目つきをしていながら、顔はまるで人形の如く美しく整っていた。左目はアイパッチで覆われていたが、その美しい顔には不釣り合いであった。銀色の髪は色素を削がれた様に生気が無く、脚の脹脛まで伸びていた。

 服装はシャルルとは少しばかり異なり、ズボンの膝から下はロングブーツで覆われていた。

 

「み、皆さんお静かに!自己紹介の続きに入りますよ!」

 

 いつまでも静まる気配が無い生徒たちを、真耶は懸命に制する。

 

 クラスが静まり返ると、真耶はその銀髪の転校生に自己紹介をするよう促す。

 

「…」

 

 しかし真耶の言葉の一切を無視するかの様に、転校生は無言を貫く。

 

 それを見かねた千冬が、大いに困惑する真耶に助け船を渡す。

 

「…『ボーデヴィッヒ』自己紹介をしろ」

 

「はいッ教官!」

 

 『ボーデヴィッヒ』は大きな張りのある声で短く返事をすると、クラス一同に向き直る。

 真耶の時とはまるで異なる反応を示したボーデヴィッヒに対し、皆疑問を浮かべる。その時、昭弘も含めたクラス全員が「教官」という単語を決して聞き逃さなかった。

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

 ラウラがたったそれだけ口にすると、真耶は顔を引き攣らせながら恐る恐る訊ねる。

 

「あのぅ…以上でしょうか?」

 

「以上だ」

 

 真耶の問いに対し、ラウラは淡々と即答する。

 

 

 

 ラウラが自己紹介を終えた後、昭弘はクラス一同とはまったく別の事に頭を巡らせていた。

 

(もしデュノアの言っている事に嘘偽りが無いとするなら、デュノアが男でボーデヴィッヒが女って事になるのか。いやしかし、デュノアには悪いが「男」と言い張るには()()()()()()()()

 

 昭弘のそんな感想は、至極的を得ていると言って良い。

 高校生にもなれば、例え制服越しだろうと男女の身体的相違は否応無しに現れる。その最たる例が肩幅であるが、シャルルのソレは男子高校生にしては余りにも狭すぎるように昭弘には感じられた。

 しかし勿論身体の成長には個人差があるので、昭弘の疑念は所詮推測の域を出ない。

 かと言って、それはラウラも同じ事。結局の所、直接確かめる事が出来ない限りはどうしようも無い。

 

 そんな事を考えていると、昭弘は突如ラウラから嫌な気配を感じ取る。

 

 

 一夏も又、他のクラスメイトたちとはまるで別の反応を示していた。

 

(名前からして「ドイツ人」…だよな?それに千冬姉の事を「教官」と言っていた…って事はやっぱり)

 

 一夏はそこまで考えると、瞼を僅かに細めてラウラを凝視する。それはまるで見たくもないモノを見る様でもあり、因縁を投げかけている様でもあった。

 

 ラウラはそんな一夏の視線に気付くと、彼の直ぐ目の前まで歩を進める。それは一見すると今迄通りの無表情に見えるが、その瞳はしっかりと一夏を捉えていた。

 

「おい()()()

 

 千冬の制止も構うことなく、ラウラは席に座っている一夏の目の前に佇む。一夏の顔を正面に捉えるとラウラの無表情は我慢の限界を迎えたかの様に崩れ去り、そこには憎悪に彩られた鬼の形相があった。

 

「…貴様が…!」

 

 そう言うとラウラは右手を強く握り締めて「拳」を作り、それを天高く掲げる。

 

「ッ!?」

 

 余りにも突然の事に驚いた一夏は、反射的に左頬を両腕で覆う。

 クラス一同は制止の声すら掛ける猶予も無く、唯々表情を驚愕に染める事しか出来なかった。

 シャルルは未だ傍に立っていたからか対処が早く、ラウラの右腕を押さえようと動く。しかしラウラが拳を降り下げる方が早いであろう事は確かであった。

 

 一夏が衝撃を覚悟した瞬間、右後方の席からドスの利いた低い声が静かに響く。

 

「止めとけ」

 

 その一言は見えない手となって振り上げた腕を掴み、ラウラの動きを止める。

 

 声の主である先程から最後列で静かに座している「巨漢」を睨み付けると、ラウラは臆する事無く抑揚の無い声で問い質す。

 

「何だ貴様は?」

 

「『昭弘・アルトランド』だ」

 

 その青年『昭弘』は軽く名乗り終えると、初対面である事を気にも留めずに自身のお節介を述べていく。

 

「お前が一夏とどんな関係なのかは知らんが、そういうのはお前の為にならん。だから止めておいた方が良い」

 

 対して、どういう意味だとラウラは更に問い詰めようとする。

 

パンッ!

 

 しかし、問いはその軽快な一拍子によって遮られる。その音を発した張本人である千冬が、合掌していた右手と左手を切り離すと有無を言わさず次に進もうとする。

 

「自己紹介は以上だ!デュノアとボーデヴィッヒは事前に指定されてる席に座れ」

 

 その雷の様な一声がクラス中を痺れさせ、シャルルは多少慌てながら、ラウラは渋々と自分の座席に着いた。

 

 一先ず表面上は落ち着いた様に見えるが、ラウラの中で燻っている憎しみの炎は、未だ衰える事を知らなかった。

 

(今日の所は引いてやろう『織斑一夏』。だが私は認めない。貴様があの人の弟だなどと…認めるものか…!)

 

 

 その後どうにか動揺を押し留めた真耶は、残り僅かな時間を使って今日の予定を伝達していた。

 

 

 この際男性云々は後回しにして、先ずラウラをどうにかすべきだろう。かと言って、シャルルを一夏に任せきりにする訳にもいかない。

 

 そんな事を考えた後、昭弘はこれから確実に訪れるであろう「波乱」を想像してしまい思わず深い溜め息をついた。

 

 

 

―――――SHR終了後 休み時間―――――

 

 昭弘がラウラに話し掛けようと立ち上がると、いつもの様に一夏が駆け寄って来る。普段と違う点は、箒の代わりにシャルルが居る点だ。

 どうやら、2人は互いの自己紹介を既に終えている様だ。

 

「昭弘、さっきはサンキューな!デュノア、紹介するよ。もうテレビとかで観ただろうけど彼が『昭弘・アルトランド』。寡黙そうでおっかなく見えるけど、優しい奴だから安心してくれよな」

 

 シャルルはそんな一夏に合わせる様に、改めて自身の名前を口にする。

 

「改めて宜しくねアルトランドくん。『シャルル・デュノア』です。同じ男子生徒として仲良く接して貰えると嬉しいな」

 

 シャルルが短い自己紹介を終えると、昭弘もその巨躯を立ち上がらせ己の紹介に入ろうとする。

 立ち上がった昭弘によって生み出された巨大な影が、シャルルに上から覆い被さる。その迫力に、シャルルは顔を蒼褪めながら僅かに後ずさりしてしまう。

 

「『昭弘・アルトランド』だ。宜しく」

 

 その後、昭弘は巨大な右手をシャルルに差し出す。シャルルはその武骨な右手を、恐る恐る自身の華奢な右手で握り返す。

 

(近くで見ると本当におっきいなぁ…。手なんて僕の2倍くらいあるんじゃないかな。…言っちゃあ悪いけど、無言だと確かに凄く怖い)

 

 

 そんな光景を遠目から見ていたセシリアが、箒に他愛もない感想を零す。

 

「ああして見てみると、本当に同い年の男子とは思えませんわねあの2人」

 

「…うむ」

 

 微妙な反応を示す箒を見てみると、寂しげな視線を一夏に送っている彼女が其処に居た。

 セシリアは今の箒の心境を察すると、更に言葉を連ねる。

 

「仕方がありませんわ箒。転校生に対して親身に接するのもクラス代表としての立派な勤め。今は辛抱なさって下さいな」

 

 セシリアにそう宥められて、箒は渋々と一夏に向けていた視線をセシリアへと戻す。

 

 

 自己紹介の後、一夏は昭弘にある提案を持ち出す。

 

「でさ、この後実技だろ?更衣室まで、3人で固まって行かないか?」

 

 その時の一夏は、少しばかり焦っている様にも見えた。

 

 IS学園では基本的に女子が教室で着替えるので、男子は仮設の更衣室まで移動せねばならないのだ。

 一夏自身1人で移動した時は多数の女子生徒に絡まれ、授業時間に間に合わない事があった。増してやシャルルは誰もが認める絶世の美男子。絡まれるどころか最悪の場合集団で追い回される様な事は、流石の一夏でも想像出来た。

 そこで昭弘の出番である。大多数の女子生徒から怖がられている昭弘が一緒に居れば、被害を大幅に減らせると一夏は考えたのだ。

 

「ああ」

 

「よし!そんじゃ遅れない様にとっとと移動しようぜ」

 

「な、なんかゴメンね僕の為に…」

 

 未だ学園の雰囲気に慣れていないシャルルは、健気に笑みを浮かべながらもどこか落ち着きが無い様に見えた。

 

 昭弘はそんなシャルルを気に掛けつつ、クラス内を軽く見渡す。

 すると、良く目立つ「銀色の髪」がクラスの何処にも見当たらない事に気が付く。先に更衣室へ移動したのか、自分たちが話している間に教室で着替えたのか。

 そんな事を考える間もなく、一夏が昭弘に声を掛けてくる。

 

「どうした?昭弘。早く行こうぜ」

 

 

 

 

 IS学園の廊下にて、女子生徒たちは極めて歯痒い想いに襲われていた。

 

 俗に言う正統派イケメンである織斑一夏と、中性的な可愛らしさを秘めたシャルル・デュノアが並んで歩いている光景。

 しかし本来ならば群がるなり写真を撮るなり質問攻めに興じるなりの行動に出る筈の彼女たちが、何故か立ち尽くしているのだ。

 その理由は、彼等と共に歩いているもう一人の巨漢の存在にあった。制服越しからでも良く解る程の屈強な肉体。顔面も、その肉体に良く似合う強面であった。そんな男がしかも不機嫌そうに歩いていては(実際は不機嫌でも何でも無いのだが)、近づくのも躊躇われると言うもの。

 

「そんなに怖いかな?昭弘の事」

 

 一夏の素朴な疑問に、昭弘が抑揚の無い声で返す。

 

「外見だけが理由じゃ無いだろうさ。元々オレは「人殺し」を生業にしていたからな。怖いと思わない方が珍しいさ」

 

 付け加えるなら、前回のゴーレム戦の影響も強く表れているのだろう。

 戦いの最中、突如豹変したグシオン。その豹変っぷりと余りに異次元的過ぎる力を目の当たりにしてしまえば、恐怖に似た感情を抱いても不思議ではない。

 

 昭弘の淡々とした受け答えを聞いて、一夏は思わず目を伏せて黙り込んでしまう。 

 友人をそんな風に思っている周囲の人間が腹立たしいのか、どうにも変え難い現実という理不尽が気に入らないからか、周囲からそう思われている昭弘をまるで利用しているかの様な自分自身が嫌になったのか。

 今の一夏には、黙り込む原因などいくらでも思い当たった。

 

 そんな気不味い空気を払拭する為に、シャルルが慌てながら話題を変える。

 

「そ、そう言えば仮設の更衣室ってどんな感じなの?」

 

 シャルルの質問に答えるべく、一夏は気持ちを切り替えて顔を上げる。

 

「仮設っつっても、そこら辺は天下のIS学園だから結構奇麗で広いぜ?」

 

 それを聞いて、シャルルはホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 更衣室に着いた3人は、遅れない様に急いで着替え始める。否、正確には急いで着替えているのは一夏と昭弘の2人だけだ。

 シャルルは、何故か一夏の露出した素肌を見て顔を赤らめている。恥ずかしがる様に、視線を逸らすシャルル。しかし、視線を変えたシャルルの瞳にあるモノが飛び込んで来ると。

 

「うわぁあッ!!」

 

「ど、どうした!?」

 

 一夏が、両手で目を塞いでいるシャルルに声を掛ける。シャルルの真正面にあるモノは…「筋肉」、大小様々な形状をしていた筋肉の山であった。その持ち主である昭弘も、シャルルの様子を確認する。

 

「何だ?」

 

「そ、それ程に凄いか?昭弘の筋肉」

 

 2人がシャルルに訊ねると、シャルルは慌てて目を塞いでいた両手を取っ払う。

 

「そ、そう!余りにもアルトランドくんの筋肉が凄すぎてビックリ仰天しちゃった!じゃ、じゃあ僕隣の列で着替えるね!」

 

 そう言い終えると、シャルルは逃げる様にそそくさと着替えを持って移動する。

 

「?…っとぉ!オレらも急いで着替えないとな!」

 

「……ああ」

 

 シャルルに向けていた意識を、直ぐ目の前まで迫っている授業に向け直す一夏。

 しかし昭弘は、シャルルの反応に不信感を抱いたまま着替えを続けていた。

 

(…普通男が男の裸見て、あんな反応するか?)

 

 昭弘も余り考えたくはないが、もし仮にシャルルが()()()()性別を偽っているとしたら。

 

 どうにも、不吉な予感を振り払えない昭弘。

 ラウラだけではない、シャルルも何か途轍も無い「爆弾」を抱えている。昭弘は先程のシャルルの反応と行動に、そんな事実が見え隠れしている様な気がしてしょうがなかった。

 

 2人が転校してから未だ初日、しかも1時限目前。波乱はまだまだ始まったばかりだ。




単にホモなだけかもしれない。

ラウラと昭弘は次回もっとしっかり描写しますんで。


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第17話 2人の転校生(初日終了)

いんの「山田先生との模擬戦どうすっかな・・・。セシリア強化しちゃったから、原作通りの圧勝とは行かないし・・・。」

いんの「そうだ!ゴーレムと組ませよう!!」


─────5月9日(月) アリーナA─────

 

 今回の実技は1組と2組による合同演習だ。しかも、1時限目と2時限目を丸々使いきる拡大版ときた。

 態々合同演習と言う形を採った理由は、千冬があるモノをより多くの生徒に見せたいが為だ。

 

 

『タッグトーナメント』

 

 

 2対2で執り行われるトーナメント戦であり、先月のクラス対抗戦を凌ぐ規模の一大イベントでもある。

 

 無論、皆IS学園の一生徒として練習はしている。景品も当然欲しい。

 しかし圧倒的戦力を誇る専用機持ちの存在が、彼女たちの意識を沼の底まで沈めていた。どうせ勝てないけど、一大イベントだから仕方なく練習する。そんな意識で練習をした所で、時間ばかりが過ぎ行くだけだ。

 

 

「オルコット!凰!これからお前たちには「模擬戦」をして貰う」

 

 千冬にそう言われて、当人たちは渋々と重たい足を運ぶ。

 

「面倒くさぁ~…」

 

 代表候補生の風上にも置けぬ言葉を、鈴音はボソリと溢す。

 

「こう言うのは「見せ物」みたいで、気乗りしませんわね…」

 

 セシリアも『オルコット親衛隊』の熱視線をこれでもかと言う程に浴びているのに、当の本人は乗り気では無い様だ。

 

 そんな2人に発破をかけるべく、千冬が魔法の言葉をボソリと呟く。「一夏」と。

 

 瞬間、2人の表情は夏の朝日に照らされる。

 

「織斑教諭直々の指名とあらば、イギリス代表候補生筆頭として全身全霊を持ってお応えしますわ!」

 

「やってやろうじゃないの!」

 

(チョロくて助かる) (とか思ってんだろうな) (何で突然やる気満々に?)

 

 千冬、昭弘、一夏が夫々全く違う事を思っていると、鈴音とセシリアが早速睨み合っている。

 今にもISを展開しそうな2人を、千冬が静かに制する。

 

「落ち着け恋する少女(ガキ)ども。別にお前たち2人の模擬戦を見せたい訳では無い」

 

 千冬はそう言うと同時に、僅かに羊雲がかかっている青空を見上げる。

 すると雲に小さな黒点が映り出した。その黒点は大きさを増して行き、形状が肉眼で確認できる頃には生徒たちが既に「回避行動」を取っていた。

 

「ど、どいて下さぁぁぁいッ!!!」

 

 久方振りの搭乗だからか、訓練用の『ラファール・リヴァイヴ』を纏った真耶がコントロールを失ったままフィールド目掛けて突っ込んで来たのだ。その矛先に選ばれてしまった不幸な人間は、一夏であった。

 

 慌てて白式を展開し、衝撃に備える一夏。ラファールは白式を巻き込みながら、小規模のクレーターを作ってしまった。

 昭弘や箒らが、安否を確認すべく駆け寄る。

 

「はぁ…これで教師とはな」

 

 偶然昭弘の近くに居合わせたラウラから、聞き捨てならない台詞が聞こえてくる。

 だが、咎めるよりも先ずは2人の安否だ。

 

 しかし、昭弘は心配して駆け寄った事を酷く後悔する。一夏が真耶に覆い被さって、彼女の大きな乳房を鷲掴みにしているのだ。

 その様な体勢となった原因は不明だが、当の一夏も不本意であろう大胆不敵な行為により、4人は顔を真っ赤に染め上げていく。真耶は「羞恥心」から、箒・鈴音・セシリアの3人は「怒り」から。

 

 そんな3人の一夏に対する激昂を、千冬の昂った声が遮る。

 

「おぉーっと!そろそろ「特別講師」の登場だ」

 

 千冬は前歯を白くギラつかせながら言うと、先程と同じ様に青空を見上げる。

 生徒たちも釣られて顎を上げると、小綺麗に編隊を組む3つの光が見えた。それらはあっと言う間にアリーナ上空へと到達し…。

 

ゴォォオン!!!

 

 真耶と同様に多少の土煙を巻き上げたまま、ソレらは勝手に会話を進める。

 

《良シ!奇麗ナ着地ダ!》

 

《君ハモウ少シ静カニ降リル癖ヲ付ケヨウトハ思ワナイノデスカ?》

 

《ソウダ、フザケ過ギルト生徒タチニ嘗メラレルゾ》

 

 土煙が晴れるまでも無く、その機械音声だけで生徒たちはソレらが何なのか理解し仰天する。

 

 何故ゴーレムが此処に。抑々外に出して良いのか。

 等と言った生徒の疑問を千冬は一切無視し、やたら楽し気に話を進める。

 

「これから諸君に見せたいモノは「オルコット・凰」ペアと「山田・ゴーレムペア」による模擬戦だ!ゴーレムたちには安全措置としてリミッターを施してるから安心しろ」

 

 楽し気な千冬の言葉に対し、セシリアと鈴音は顔を顰める。代表候補生である彼女たちに対し、訓練機とリミッターを掛けられた無人機が相手と来れば、嘗められてるとも思ってしまう。

 

 かくして、異色のタッグマッチが幕を開けることとなった。

 

 

 

 観客スタンドにて箒と一夏は呆気に取られ、昭弘は気を抜かずに観戦していた。

 生徒たちの予想を裏切って、戦況は真耶・サブロペアに大きく傾いていた。

 

「これってどっちも初タッグなんだよね?訓練機で専用機を圧倒するなんて…ヤマダ先生って強いんだね」

 

 シャルルが昭弘にそんな言葉を零すと、昭弘は補足を織り交ぜて返答する。

 

「それもあるが、やはり一貫した戦法を取れているのが大きい。山田センセイもサブロも、中距離射撃戦の利点を良く理解している」

 

 今回セシリアはビット4機を操り、遠距離からスターライトMkⅢで狙撃すると言う普段通りの戦法を取っていた。何せ鈴音とのタッグは初。アサルトモードで激しく動き回れば、機動力特化の甲龍を妨害してしまう恐れがある。

 

 しかしそれが仇となってしまう。

 真耶はセシリアが援護に徹すると見抜くと、瞬時加速で一気に距離を詰めて来た。セシリアはビットをラファールに差し向けるが、振り返り様に放たれた51口径アサルトライフル『レッドバレット』によって、ビット2機を落とされてしまう。

 中距離寄りの近距離まで接近されたセシリアは、最早狙う余裕もアサルトモードに切り替える余裕も無く、距離を取るべく逃げるしかなかった。

 

 鈴音もラファールに接敵しようと務めるが、サブロの執拗な妨害に悪戦苦闘を強いられる。ラファールに接近しようとすればビームの嵐を降らされ、サブロに斬りかかろうとすれば直ぐ様距離を置かれて撃たれまくる。

 鈴音がそうこうしている内に、ブルー・ティアーズのSEは着実に減っていった。

 

 

 そんな中、昭弘は少し離れた所で一人観戦しているラウラの姿を目にする。

 

 昭弘はそんなラウラの隣に座し、取り留めの無い話を切り出す。

 

「随分と夢中になってるな」

 

 そんな昭弘を一瞥すると、ラウラは無表情のまま冷たく返す。

 

「気安く話しかけるな」

 

 しかし、威嚇に構うこと無く昭弘は続ける。

 

「アンタも代表候補生だったか?」

 

「それがどうした?」

 

「なら話が早い。ドイツの代表候補生として、この試合を詳しく批評してはくれないか?勉強になりそうだ」

 

 昭弘がそんな話題を切り出した途端、ラウラは語調に喜色を織り交ぜながら話し出す。

 

「何より目を見張るのは、あの無人ISと山田教諭の戦況判断能力だな。無理なチームプレイに徹するよりも「1対1・1対1」という状況を作り上げる方が、より効果的に相手にダメージを与えられると瞬時に判断したのは見事だ。山田教諭への陰口は訂正せざるを得んな。専用機の2人もぶっつけ本番にしては悪くない動きだが、相手が悪すぎたな。何より皮肉な所は、“チームプレイに徹しよう”とした方が“チームプレイに徹しない”相手に見事に翻弄されている点だな」

 

 そこまで言い終えると、ラウラはハッとした様に昭弘を一瞥する。そこには、優し気な笑みを浮かべた昭弘の顔があった。

 

「お前さん、戦い(バトル)については随分饒舌になるんだな。…まるで織斑センセイみたいだ」

 

 昭弘のそんな反応に対してラウラは恥ずかしそうに舌打ちをすると、今度は不機嫌そうに席を立つ。

 

「…もう私に構わないでくれないか?一人が好きなんだ」

 

 更に、ラウラは昭弘を突き放す言葉を付け加える。

 

「それに、私の標的は『織斑一夏』唯一人だ」

 

 ラウラはそこまで言うと、更に離れた席に移動してしまう。追おうとした昭弘であったが、その頃にはもう試合が終わってしまっていた。

 

 

 

 フィールド上空にて完封勝利に喜ぶ相手チームをジトリと見つめながら、鈴音は口を「ヘ」の字に曲げていた。

 

《申し訳ございません凰さん。戦法を誤りましたわ》

 

 セシリアが謝罪の言葉を贈ってくると、いやとんでもないと鈴音も謝罪で返す。

 

「こっちこそゴメン。ゴーレムに気を取られ過ぎた」

 

 そう言い終えた後、鈴音は千冬の思惑を大方予想する。

 

(アタシとセシリアは「ダシ」に使われたって訳ね)

 

 

 

 

 模擬戦闘終了後、再び生徒達をフィールド上へと呼び戻した千冬は伝えたい言葉を前置き無しに述べる。

 

量産機でも、専用機には勝てる。…確かに山田先生やゴーレムの様に、技量も戦術も必要だ。だが機体の性能なんざ、タッグマッチではそこまで役に立たん。それが今回の模擬戦で解ったろう」

 

 千冬のそんな激励にも似た言葉は、先の模擬戦を観て燻っていた生徒たちの動力炉に火をつけるには十分過ぎた。

 

 生徒たちの目がやる気の炎に満ち満ちた所で、千冬は思い出したかの様にもう一つの警告と言う名の冷水をぶっかける。

 

「…お前ら、今後これを機に「教師」に対する態度には気を付けろよ?教師が一体どれだけ強いのかよぉ~く解ったろう?」

 

 それは正に、真耶に対する生徒たちの接し方を指摘するものであった。まるで同級生宛ら当然の様にタメ口で真耶に接する1組の生徒たちには、千冬自身前々から憤りを感じていたのだ。

 特に…。

 

ギロリ…

 

 猛虎の如き眼光を以て、千冬は銀髪の生徒を激しく睨みつける。ラウラの真耶に対する陰口は、千冬の耳にしっかりと届いていた。

 ラウラは痛烈な眼光を受けて、顔を強張らせながら大量の冷や汗を掻く。そして自然と気を付けの姿勢を取ってしまう。

 

 

 

 千冬からの激励後、生徒一同は「代表候補生・専用機持ち・ゴーレム」から教えを乞うべく夫々別れていた。

 

 一番人気はやはりと言うか、一夏とシャルルであった。

 群がりすぎないよう千冬や真耶から指示が飛び、どうにか均一に分かれてはいったが。

 

 

 それと、ゴーレム3体に質問攻めをしている生徒も意外と多かった。整備科志望者が多い以外にも、先程のチームプレイに感銘を受けたのだろう。

 

《「コツ」ト言エルカ分カリマセンガ、相手ノ嫌ガル事ヲスルト効果的デスヨ。ソウイウ意味デハ、相手ノ情報ヲ集メル必要ハアリマス》

《ソレト射撃兵装デスガ、威力ヤ取リ回シノ良サナラビーム兵器ノ方ガ上デス。シカシ実弾兵器ノ方ガ種類モ豊富デスシ、戦術的ニハ相手ニ読マレニクイデス。何ヨリ整備ガ楽カト》

 

 殆どゴロが回答していたが。

 先程からのやり取りも踏まえて、段々とゴーレム3体の関係性や性格が無駄に解ってきた生徒たちであった。

 

 

 

 昭弘も、生徒たちからの要望や質問に答えられる範囲で答えていた。

 

 しかし、またしても昭弘の視界に長い銀髪が飛び込んで来る。観客スタンドでの光景の焼き回しの様に、1人暇そうにしている。

 今朝の出来事を考えれば、1組の生徒が近寄らないのも頷ける。そうでなくとも、あれ程に誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出されては2組の生徒でも近付くのに難儀する。

 

───私に構わないでくれないか?

 

 ラウラの言葉を思い出す昭弘。

 しかし本人の要望とは言え、それを大人しく聞き入れる程昭弘のお節介は生易しくない。クラス内で孤立する事が、本人にとっても周囲にとっても良い影響を与えない事は昭弘も何となく理解している。

 

 ()()()()()()()()()()()のだが、昭弘は未だその事に気付いていない。

 

「すまん相川、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言うと、昭弘は暇そうに座り込んでいるラウラに再度近付く。

 ラウラはそんな昭弘を見て渋い顔をすると、気ダルそうに口を開く。

 

「…ほっとけと言ったろうが」

 

「…ちょっと手伝ってくれ」

 

 突然の申し出に、ラウラは「あ?」と苛立ちを含みながら短く威圧した。

 

「オレはIS操縦者じゃない。戦術や感覚面なら教えられても、ISに関するより突っ込んだ部分となるとそうもいかん」

 

 口実の為に言ったその言葉は、然れど事実であった。どの道先程のままでは、いずれ教えるのに限界が来ていた。

 

「教えとは乞うものだろう?何故私から教えに行かねばならん」

 

 大人が好みそうな正論でラウラは突っ返すが、昭弘は尚も食い下がる。

 

「だから今こうしてオレが教えを乞いている」

 

「雌共の代わりにな」

 

「そう言う訳じゃない。…頼む、無学なオレを手伝ってくれ」

 

 そう言って昭弘は頭を下げる。

 

 そんな昭弘を、ラウラは真っ直ぐに見つめる。その普段より深い紅を帯びた瞳は、少しばかりの驚きが潜んでいる様にも見える。何故自分如きに頭を下げてまで頼み込むのか、と。

 

「……少しだけだぞ」

 

「恩に着る」

 

 ラウラの渋々とした返事に対し、昭弘は更に深々と頭を下げる。

 

(頼まれたからにはしょうがない。それに、教官の前で駄々を捏ねる訳にも行くまい)

 

 

 

 昭弘は臨時指導員として、ラウラを皆に紹介する。

 

「皆すまない。やはりオレだけじゃ指導には限界があるんで、急遽ボーデヴィッヒに助っ人を頼んだ」

 

 他の専用機持ちは生徒の指導でいっぱいいっぱいだ。昭弘の人選は相川たちも納得していた。

 しかしどこからどう見ても不機嫌なラウラを見て、不安を覚えない筈もなく。

 

「心配すんな。ボーデヴィッヒはこう見えて結構良い奴だ」

 

 それは、彼女たちの不安を紛らわせる為の一言に過ぎなかった。

 しかし昭弘の何気無い一言は、ラウラの胸中に深々と染み込んだ。

 

(…「良い奴」か。部隊以外の奴からそう言われるのは初めてかも知れんな)

 

 心の中でそんな感慨に浸っていると、ラウラは自然と溢れそうになる笑みを堪えた。

 

 

 ラウラが加わった事で、相川たちへの指導はよりスムーズに進んだ。

 

《ど、どうだった?》

 

 空中機動を終えた谷本が打鉄を纏ったままラウラに訊ねると、ラウラは先程の気だるげな雰囲気を微塵も感じさせずに答える。

 

「軌道が単調すぎる。それでは戦闘機と変わらん。もっと脚部スラスターを有効活用しろ。自身の脚でより複雑な軌道を生み出す為のソレだ。そうだな…暫くは脚部スラスターだけで飛んでみて、慣れて来たら背部スラスターを織り交ぜてみろ」

 

《う、うん!》

 

 谷本が快活に返事をすると、ラウラは他の生徒たちに向き直る。

 

「皆、ISにおけるスラスターと言う物を勘違いしている節がある。戦闘機と違い何故其々脚や背中等、全く別の位置にスラスターが付いていると思う?」

 

 そこでラウラは一旦区切ると、人指し指で自身の側頭部を軽く2回程突く。

 

「脳だけでコントロール出来るからだ。例えば右脚部スラスターをどれ程吹かして背部スラスターをどれ程抑えるかと言ったエネルギーの微調整は、手動では限界がある」

「ISがあんな形をしているのも、各スラスターを脳で自由自在に操るのに人型が最も適しているからだ。背中で加速し両脚で泳ぐ…どうだ?実際イメージし易いだろう」

「各員次からは、その事を念頭に入れて飛ぶように」

 

「「「「「ハイッ!!」」」」」

 

 少女たちの返事に、最早先程の不安は見え隠れしていなかった。

 ラウラの教え方に感心していた昭弘も、彼女たちに合わせる様に気持ちを切り替える。

 

 しかし、谷本が再びラウラの元へ駆け寄る。笑顔のまま顔面スレスレの所まで急接近されたので、ラウラは軽く驚いて後退りしてしまう。

 

「ボーデヴィッヒさんって「見掛けに依らない」って良く言われるでしょ?」

 

「あぁ?どう言う意味だ?」

 

「御想像にお任せしまーーす♪」

 

 脈絡も無しに言いたい事を言い終えた谷本は、今度こそ鎮座している打鉄に向かって行った。

 

 ラウラはむず痒い気持ちに襲われながらも、そのまま普段通りを装い続けた。

 

 

 

 合同演習終了後。

 後片付けの最中、ラウラは昭弘の元へヅカヅカと無遠慮に向かって来る。

 

「オイデカいのッ!今度こそこれ以上私に構うなよ!?」

 

「…」

 

「聞いてるのか!?オイッ!」

 

「…」

 

 

 

───3時限目終了後───

 

「ボーデヴィッヒ、トイレが何処か分かるか?」 「知っている。失せろ」

 

「じゃあ男子用のトイレは?」 「知っている。失せろ」

 

「食堂は何処か知ってるか?」 「知っている。失せろ」

 

「さっきの授業で何か解らない所はあるか?」 「無い。失せろ」

 

 

 

───昼休み───

 

「しつこい奴だなお前は本当にィッ!」

 

「そう言うなって。一緒に昼飯食おうぜ」

 

「断ァる!」

 

「アナタたち!廊下を走らないの!」

 

「「すいません!!」」

 

ダッダッダッダッダ……

 

「走るなっつってんだろがぁッ!!」

 

 

 

───屋上───

 

 正にピクニック日和と言い切れる青空の下、一夏たちはシャルルを誘って昼食を摂っていた。

 シャルルは最初こそ遠慮気味であったが、一夏たちのお蔭か大分笑顔が目立つようになっていた。

 

 そんな中、箒だけはどうにも浮かない顔を滲ませていた。

 

(…一夏と2人きりと思ったらこれだ。昭弘も居らんしな…って何故そこで昭弘が出てくる!?)

 

 箒の無意識な寂しさにまるで同調するかの様に、一夏も憂色を含んだ声を上げる。

 

「やっぱ昭弘が居ないと締まらないよなぁ。大黒柱がポッカリ抜けたと言うか」

 

 またしても昭弘の事に意識を向けている一夏に対し、鈴音とセシリアが憤慨する。

 

「アタシらじゃ不満だっての?」

 

「全くですわ。それに大黒柱なら一夏の方が万倍相応しいですわ」

 

 威圧的な鈴音とセシリアに対し、一夏は尻込みしてしまう。女性に対して弱腰になってしまう所は、彼の悪癖の一つだ。

 急変してしまった雰囲気に飲み込まれたシャルルの笑顔は、再び不安に覆い尽くされてしまう。こ奴らのコレはいつもの事なので、そんなに怖がる事でもないのだが。

 

 

 すると不穏な雰囲気をリセットするかの様に、屋上に続く扉が開く。そして、中から誰もが知っている見知った巨漢がヌルリと現れる。

 

「「昭弘!」」

 

 箒と一夏が、待ってましたを声に出すまでも無く身体中に纏いながら昭弘に駆け寄る。先ずは何故汗だくなのか訊こうとするが、昭弘からの質問が一歩早かった。

 

「ボーデヴィッヒが来なかったか?」

 

 その質問を受けて箒も一夏も同じように固まってしまうが、その後の反応はまるで異なった。

 

「いや、来ていないが?」

 

「…」

 

 ごく普通に答える箒に続く様に、シャルルたちも首を左右に数回振る。

 しかし、何故か一夏は不機嫌そうに目を背けるだけであった。一夏の反応が気懸りだった昭弘だが、一先ず事情を説明することにした。

 

「アイツを昼食に誘おうと思ったんだが、逃げられちまってな」

 

「それは御愁傷様ですこと」

 

 セシリアが若干皮肉交じりに返したタイミングで、一夏も表情を切り替えて昭弘に昼食を摂るよう促した。

 昭弘はもう一度ラウラを探そうと一瞬考えたが、空腹がそれを許してはくれなかった。

 

 

 売店で買っておいたチキンバーガーを勢い良く頬張る昭弘に対し、鈴音が呆れの混ざった声で軽く訊ねる。

 

「アンタも物好きと言うか、お人良しよねぇ。ボーデヴィッヒって、SHRでいきなり一夏をブン殴ろうとした奴でしょ?」

 

 どうやら、ラウラの蛮行は1組以外のクラスにもしっかり認知されている様だ。噂話を媒体として。

 昭弘は「それがどうした?」と言わんばかりに、ラウラの悪印象を修正しようとする。

 

「未遂で終わったんだ、大したことじゃ無い。皆、何時までも気にし過ぎなんじゃないのか?」

 

 実際、谷本や相川はもう大分ラウラに懐いている。

 しかし、ここぞとばかりにセシリアが鈴音の側に付く。相変わらず、昭弘とは色々と合わない様だ。

 

「お前が止めていなければ、奴は確実に一夏を殴り抜いていましたわ。そんな危険人物、警戒しない方が可笑しくてよ」

 

「…オレが止めなくたって、アイツは途中で拳を止めてたさ」

 

 昭弘にしては根拠に欠ける言い分に、鈴音とセシリアは瞼を細めていた。

 

 誰の目から見てもラウラを庇っている昭弘に対し、箒は出来る限り中立を装って訊ねる。

 

「何故そこまでしてアイツを構うのだ?転校生なのだから親身に接するのは解るが…本当にそれだけか?」

 

 箒の鋭い観察眼に、昭弘は感服する。

 

 そう、昭弘がラウラを構うのは単に転校生だからという理由だけではない。恐らく彼は重ねてしまっているのだ。ラウラに、今は亡き弟である「昌弘」の面影を。

 当然、外見が似ている訳でもないし性格も掛け離れている。しかし孤独を貫き通そうとするラウラを見ていると、どうしても弟の「死に際の表情」がチラついてしまうのだ。

 家族を殺され、「奴隷(ヒューマンデブリ)」として売り飛ばされてきた弟。そしてとうとう新しい家族を得る事も叶わず、最後に昭弘の姿を瞳に焼き付けて息絶えた。

 そんな死ぬ間際、昌弘が何を想っていたのか昭弘には解らない。

 

 確かな事は、昌弘が絶望的なまでに永い間孤独を味わっていた事だけ。

 ラウラにもそんな思いをさせたくはないという身勝手な感情が、昭弘を激しく突き動かしていたのだ。

 

 

 しかしそんな想いと同じ位大きな感情が、昭弘の中で確かに芽生えつつあった。昭弘はその感情を惜しげも無く、箒に対する答えとする。

 

仲良くなりたいのに、理由が必要か?

 

 飾り気の無い一言だった。

 しかし、箒は珍しく笑みを零しながら昭弘の答えを受け止める。

 

「…ならこれ以上、私もとやかく言えんな」

 

 箒も同じだ。昭弘たちとは今後も仲良くしていたいし、1組の皆とももっと仲良くなりたいと思っている。そこに理由や打算なんて無い。

 だから昭弘のそんな単純にして明確な答えは、箒が最も聞きたかった答えだ。

 

 他の3人も、昭弘の言いたい事に自然と理解を示した。解らないが解ると言う具合に。

 

 しかし一夏だけはどこか表情に“影”を落としていたのを、昭弘は見逃さなかった。

 

 

 その後、鈴音が自作の酢豚を一夏に食べさせた事により、箒・鈴音・セシリアの間で軽い諍いが起こった。その結果として、セシリアが一夏に「自作のBLTサンド」を分け与える事になったのだが……。

 

 これ以上は、一夏の為にも明記しないでおく。

 その後真相を確かめるべく味見した昭弘が、小姑の如く甘いだの甘すぎるだの脳に味噌じゃなく砂糖が詰まってるのかだのとセシリアへ罵声罵倒を繰り出したせいで、普段通りいや普段以上のいがみ合いが発生したとだけ伝えておく。

 

 

 

 

 

───5時限目終了後───

 

「ボーデヴィッヒ、結局昼食はちゃんと済ませたか?」 「済ませた。失・せ・ろ」

 

「部屋番号は?」 「『212号室』だ。失・せ・ろ…ってしまった!」

 

 

 こうして、昭弘にとって長いようで短い学校が今日も過ぎていった。

 

 

 そしてこの日が波乱の一端に過ぎないという事を、昭弘は何となく察していた。




責任者だからって色々と好き放題やっちゃうチッフでした。ゴーレム辺りはTNP悪くならない様に、出来るだけ不自然無く削ったつもりです。
あと、今回大分昭弘をハッチャケさせてしまいました。まぁでも声のトーンは普段通りだからセーフって事で・・・許して貰えませんか・・・。
ラウラは、一応原作通りっぽくしたつもりでしたが、まぁチョット優しさ20%増し位にしました。
一夏はこっからどんどん精神的に病んでいっちゃいます。無論、病んだまま終わらせはしませんが。


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第18話 少年と少女の正体

何となくどちらが男か察している人も多い気がするので、もうこの回で正体をバラしてしまおうと思います。
普段よりも変態的な描写が多い気がするので、そう言うのが苦手な人はご注意を。


───5月9日(月) 20:43 212号室前───

 

 ラウラとシャルルがIS学園に転校してから、漸く1日が過ぎようとしていた。

 

 昭弘は放課後の訓練を終えた後、ラウラが5時限目終了時にサラっと口にした「212号室」前まで赴いていた。

 他の部屋と何ら変わりない扉を前にして、昭弘は立ち止まる。今部屋に居るだろうか、居たら追い返されるだろうか、ルームメイトは誰であろうか。数秒間の沈黙でそんな事を思い浮かべた後、昭弘はインターホンに翳していた指に力を加える。

 

ピィィン…ポーーーン

 

 重々しいチャイムが部屋の内外で異なる音を奏でた直後、子機のスピーカーから少年の様に若々しい声が機械音と交わりながら漏れる。

 

《…ちょっと待ってろ》

 

 子機に備え付けられたカメラで昭弘を確認したラウラは、何故か疲れ果てた声でそう一言だけ述べた。

 その時、微かに黄色い声が混じっていたのを、昭弘は聞き逃さなかった。

 

 そうして玄関扉が内から開かれた。

 直ぐ下に視線を移すと、寝間着姿の小柄な生徒が疲労を滲ませた顔を隠そうともせずに昭弘を見上げていた。シャワーも既に浴びたのか、長い銀色の髪は目視で確認できる程度には湿っていた。

 その目は、昭弘の到着を待っていた様にも見えた。

 

「上がれ」

 

「…邪魔する」

 

 随分すんなりと自身を上げてくれた事に疑問を抱く昭弘であったが、そんな疑問を一旦隅に追いやってラウラに続く。

 

「あっ!こんばんはー昭弘さん」

 

「あ…こ、こんばんはアルトランドさん…」

 

 部屋には1組のクラスメイトである相川と、同じく1組のクラスメイトである『鏡ナギ』が既に寝巻姿のまま我が物顔で寛いでいた。

 鏡はショートヘアーの相川とは対照的に、黒髪ロングで椿色のヘアピンを付けていた。相川とは違い整備科志望の彼女だが、昭弘には未だ苦手意識を持ち合わせている様子。

 

「悪いな邪魔して。どっちがボーデヴィッヒのルームメイトだ?」

 

 昭弘が今頭の中に浮かべている疑問点を相川に訊ねると、相川は腕を組んで得意げな表情をする。

 

「聞いて驚かないで下さいよ?何とッ!私とナギとラウラ!3人で一部屋扱いなんですよぉ!」 「名前で呼ぶなと言っている」

 

 何故3人部屋なのか昭弘が訊ねようとする前に、相川がこれまた得意げに答える。

 

「ラウラとシャルルくんって、急遽入学が決まったじゃないですか。空き部屋なんてどこにも無いって話で、私たちの部屋に捻じ込む事になったんですよぉ!」

 

 つまり元々212号室は、相川と鏡の部屋だったのだ。

 実際IS学園学生寮の部屋は、流石と言うか2人部屋とは思えない程広く設計されている。実際この3人部屋は、昭弘から見ても手狭には思えない。

 

「私としては勿の論大大大歓迎ですよぉ!」

 

「3人部屋の方が楽しそうだしね」

 

 相川も鏡も、3人部屋にはさして抵抗が無い様だ。

 しかし、当のラウラは抵抗感剥き出しでぐったりとしていた。煩くて敵わないのだろう。

 

「お前を部屋に上げた理由も、こいつらの話し相手をして欲しかったからだ」

 

 ラウラの気ダルげな苦情に、相川が駄々を捏ねる。

 

「ヒッドォーーイ!」

 

「ラウラ?清香から「お喋り」を抜いたら「スポーツ観戦」しか残らなくなっちゃうから、大目に見てあげて?」

 

 彼女たちの反応に舌打ちを大きく鳴り響かせながら、ラウラは踵を返して移動する。

 

「小便」

 

 そこまで言うと、ラウラは洗面所のドアを乱暴に閉める。

 

 昭弘はラウラが戻って来る迄の短い間、彼女たちと何を話すか考えていた。相川は兎も角、鏡とは接点が殆ど無いので中々話題が口から出て来ない。

 

 そんな中最初に口を開いたのは、やはり双方と親しい相川であった。

 

「そう言えばラウラって、結局「どっち」なんですかね?」

 

 すっかりラウラの性別の事を忘れていた昭弘は、相川の素朴な疑問に脳を揺すられて思考がSHR時にまで戻る。

 

ガチャッ

 

 ラウラはドアを開けた後、ノソノソと自身のベッドに向かって行った。

 

 そんなラウラの行動に昭弘は何も思うことは無かったが、女性である相川と鏡は不審な点を見つける。

 そしてとうとう、相川が自身の持つ疑問点を口にする。

 

「…トイレ…早くない?1分も経ってなかったよ?」

 

 ラウラはその疑問の意味が解らないまま、返答する。

 

「さっき“小便”と言った筈だが?」

 

「いやそうじゃなくて!普通「お花摘みに行く」時、ほら…その…“拭く”なり何なりで、2分近くは掛かるじゃない?」

 

 少々恥ずかしそうにしながら、相川はラウラとの会話を噛み合せるべくそんな事を口にする。

 相川の言っている意味を何となく理解したラウラは、さも当たり前の様に答える。

 

「それは“女”であるお前たちならばの話だろう?」

 

 ラウラの返答を聞いて、3人共ほぼ確信を持った。そして重力が反転する程の混乱が、彼女たち2人の脳細胞に襲い掛かる。

 

 そんな彼女たちを余所に、昭弘は今一度洗面所に連れて行こうとラウラの左腕を鷲掴みにする。

 

 

 有無を言わせず自身を洗面所へ連れてきた昭弘に対し、ラウラの機嫌は斜めどころか垂直に角度を変えていた。

 昭弘はそんなラウラに臆する事無く、自身の中で渦巻いている疑問を口にする。

 

「単刀直入に訊くがお前……“男”か?」

 

 その一見馬鹿馬鹿しい質問は、昭弘にとってはこの上無く重要なモノであった。

 しかしラウラにとっては一見通り余りにも下らなさ過ぎる問い掛けであったので、声に更なる苛立ちを募らせながら答える。

 

「男に決まってるだろ阿呆か?」

 

 自身の予想があっさりと当たってしまい、長く重い溜息を吐いてしまう昭弘であった。別に男がいい女がいいと言う趣向はこの男には無いのだが。

 しかし()()()()()()()を確認すべく、気持ちを直ちに切り替える。

 

「全裸になれ」

 

「は?」

 

 ラウラは右耳を前方に傾けながら、昭弘の発言の正当性を求める。

 

「悪い訂正する。“男性器”を見せろ。お前が“男”であると言う確証が欲しい。明日何か奢ってやるから…」

 

「チッ…まぁ良いだろう。言葉をそのまま鵜呑みにするのは無能の所業だ。「確認」は大事だからな」

 

(良いのか…)

 

 意外な程あっさりと、ラウラは昭弘の要求に応じる。昭弘からお願いしておいて何だが、やはりどこかズレた奴である。

 そして何の躊躇も無く、股間のファスナーを勢い良く下げる。この「男に対する恥じらいの無さ」も、ラウラが“男”であると言う確証になり得た。

 

 そして社会の窓からチョコンと姿を覗かせている「肉の塊」を、昭弘は然と目に焼き付けた。

 もう間違いは無い。『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は歴とした“男性”だ。

 

 ラウラに言っておきたい事、訊きたい事は山程ある昭弘であったが、一先ずは彼女たちに真実を伝えるべくラウラと共に洗面所を出る事にした。

 

 

 

「……嘘…ですよね?」

 

「ハハハ!まっさかぁ!」

 

 相川と鏡の反応は多少異なっていたが、「信じられない」と言った思いは一致している様であった。

 

 そんな2人の反応を掻き消すが如く、昭弘は冷徹に真実を突き付ける。

 

「間違い無くボーデヴィッヒは男だ。洗面所で“男性器”を確認済みだ」

 

 昭弘の口から発せられた重低音が、彼女たちの耳を通じて身体全体で幾重にも響き渡る。彼女たち2人は唯唯黙り込み、まるで時間が静止したかの様に身体を硬直させてしまった。

 そんな重苦しい雰囲気をまるで意に返す事なく、ラウラは呆れ果てる。

 

「何だ貴様ら、今の今迄私を女だと思っていたのか?」

 

 そんなラウラの反応に対し、ここぞとばかりに昭弘が口を開き始める。お前な普通そう思うだろうと。

 

「長い髪に、華奢な身体、高い声に「私」っつー一人称。おまけに…同性にこう言うのは気恥ずかしいが、顔立ちも整っていると来た」

 

 昭弘の長ったらしいクレームに対し、ラウラも又長々と正当性を主張し返す。

 

「制服はちゃんとズボンをはいているだろう?抑々私は軍人だからな。軍人たるもの、一人称から口調まで常日頃から厳然たる態度で居なければなるまい。髪は元々切る習慣が無かったんでな。体つきや顔立ち、声帯に関しては最早どうしようもない。抑々、ちゃんと学園には「男子生徒」として籍を置いているぞ?気付かない貴様らが悪い」

 

 思い起こしてみれば、ラウラが男であると言う兆しの様なものはあったのだ。

 1時限目前の着替えもとっとと教室で着替えたのではなく、単に先に移動して男子更衣室で着替えただけの話だ。2時限目終了時の着替えも、後片付けを上手くサボって先に男子更衣室で着替えたのだろう。それに男子用のトイレも、何故かしっかり把握していた。

 籍に関しては、余りに急過ぎる転入のせいで生徒一同確認するどころでは無かった。外見が女の子っぽいから、皆そうであろうと思い込んだのだ。

 部屋割りについても同様で、最早協議する猶予すら無く殆ど適当にブチ込んだと言うのが現状だ。

 

 昭弘もその気になればあっさりと確認の許可を取れたのだろうが、途中で性別云々に関しては後回しを選んだので今回の様なタイミングで気付かされてしまった。

 

 そんなことを思い返していた昭弘は、未だに硬直している相川と鏡に再び向き直る。

 

 無理も無い。1日とは言え、ずっと同性の同級生として接していたのだ。ショックを覚えない事は無いだろう。

 そう思いながら、昭弘は彼女たちに何と言えば良いのか模索し始める。

 

 

 しかし昭弘が話し掛けるより前に、何やら彼女たちはブツブツと呟き始める。

 

 そんな彼女たちを不審に思った昭弘とラウラは、目を細めて耳を傾けてみる。直後。

 

「「超絶美少年」」

 

 相川と鏡はお互いに向き合いながら、まるで確認するかの様にそんな単語を発した後、発狂した。

 

「キタァァァァァ!!!まさかの転校生がどっちも男子ッ!!どっちも美少年!!」

 

「神様…貴方様は本当に存在したのですね…。これで『鏡ナギ』主人公の「逆ハー恋愛小説」が完成されます…」

 

 相川は奇声を発し、鏡は合掌しながら天井を天上と見立てる様に仰ぎ見ていた。

 

 そんな2人を昭弘とラウラは、先程よりも2歩引いた場所からお互い同様に顔を歪ませながら唯々見ていた。

 

「……オイアルトランド」

 

 満身創痍な状態で、ラウラは辛うじて声を絞り出す。

 

「今日一日だけで良いお前の部屋に私を泊めてくれ頼む一生のお願いだ」

 

 ラウラが心の奥底から息継ぎせず懇願すると、昭弘はラウラの左肩に掌を静かに乗せながらその願いを聞き入れる。

 

 そうして2人は未だに騒いでいる相川と鏡に気づかれぬ様忍び足で後ずさり、その狂った空間にそっと蓋をする。

 

 

 

 昭弘の部屋である130号室に上がり込んだラウラは、先ずその部屋のまるで夢に出てきそうな現状に絶句する。

 見渡す限り鉄、鉄、鉄。居るだけで目眩を覚える程の夥しいトレーニング器具が、其処にはあった。

 

 

 自身の部屋にラウラを招き入れた昭弘は、先ずクローゼットから「寝袋」を取り出す。

 

 どうやら先日一夏たちとレゾナンスに赴いた時、昭弘もちゃっかりと買い物に精を出していた様だ。

 

「何か飲むか?」

 

 昭弘の気遣いに対し、ラウラは素っ気なく答える。

 

「もう寝る。寝袋、ありがたく借りるぞ」

 

 ラウラは寝袋を近くのソファにセットし、アイパッチを外すと直ぐ様両足から身体全体を突っ込む。既に歯磨きも、昭弘が212号室へ来る前に済ませてある。

 にしても、疲れているのは本当の様だ。慣れない学園生活の初日でしかも昼休みには昭弘と全力疾走で追い駆けっこをしたのだから、当然と言えば当然だが。

 

 昭弘はラウラが眠りに就く前に、訊いておくべき事を幾つか声に出す。

 

「さっき「軍人」って言ってたが、その年でも入隊できるもんなのか?」

 

 昭弘の疑問に対し、ラウラは若干眠気を帯びながらも答える。

 

「私の場合は色々と特殊なんだ。長くなるから詳しくは言いたくないが、『試験管ベビー』とだけ教えておこう。それ以上は面倒だから聞くな」

 

「…そうか」

 

 『試験管ベビー』。

 昭弘も束から聞いたことはある。確か、文字通り試験管の中で人工的に生み出された子供だ。クロエと同じ様に。

 

 クロエの研究所での境遇を束から聞かされている昭弘は、ラウラの出生を知って居た堪れない気持ちになる。少なくとも、人並みの生活を送れなかった事は間違いないだろう。

 もしかしたらラウラとクロエが少し似ている点も、何か関係しているのかもしれない。

 

 出来ればその辺りをもっと詳しく訊きたい昭弘だが、本人に言われた通り今は訊かないでおいた。自身の疑問よりも、ラウラの睡眠を優先すべきだ。

 

 昭弘は気持ちを切り替えて、次なる話題に移る。

 

「それと、デュノアの事なんだが…」

 

 そう、クロエの話に寄ると男性IS操縦者は転校生2人の内1人だけ。その男性IS操縦者がラウラであると判明した今、シャルルは必然的に女性であると言う事になる。

 

「あの女がどうかしたのか?」

 

「…やっぱりお前も勘づいていたのか。デュノアが女だって」

 

 少し驚く昭弘を、ラウラは鼻で笑う。

 

「あの程度一目で判ったぞ。この学園の女共は、余程男に飢えていると見た。瞳に「願望」と言う名のコンタクトレンズでも着けてるんじゃないか?」

 

 随分と辛辣な言い様ではあるが、その冗談混じりな予想は恐らく正しい。

 日々異性に飢えている彼女たちは、「男子」と言う甘美な響きを耳にしただけで視界に都合の良いフィルターを掛けてしまったのだ。

 

 昭弘は心中で同意した後、本題に入る。

 

「デュノアの性別をバラすのか?」

 

 昭弘の簡単ながらも真摯な問いに、ラウラはどうでも良さげに答える。

 

「まさか。性別を偽って転入したと言う事は、要するにIS学園を騙している事に他ならない。そうなると国家ぐるみで騙しているか、国家そのものを騙しているって事になる。どちらにしろ国際犯罪だ。そんなのに巻き込まれるのは願い下げだからバラさん。「触らぬ神に祟りなし」だ」

 

 昭弘の漠然とした嫌な予感は、どうやら的中してしまった様だ。

 

 この時の昭弘には、シャルルを「何とかしてやりたい」と言う思いは薄かった。

 それよりも「彼女と行動を共にしている一夏の安否」「性別を偽る目的」「背後関係」等々、そんなことばかりが気に掛かった。それもその筈で、昭弘は彼女がどういう人間なのか未だ何も解っていないに等しいのだから。

 ラウラ程冷淡ではないにしろ、シャルルの事で熱くなれると言われれば嘘になるのだ。

 

「取り敢えず、お前のお蔭でデュノアは想像以上に「ヤバイ存在」だと言う事が判った。ありがとよ」

 

「…フン」

 

 ラウラの突っ慳貪な返事を聞いた後、昭弘はさっきから感じている達成感をそのまま口に出す。

 

「にしてもお前、随分と喋る様になったんじゃないか?そろそろオレも気に入られてきたって事か?」

 

 そんな昭弘の言葉を、ラウラは口調を荒げて否定する。

 

「勘違いするな!」

 

「そうかい」

 

 昭弘が適当に返すと、ラウラは少しばかり訂正するかの様に再度口を開く。

 

「…部屋に泊めてくれた事は、本当に感謝している」

 

「オレもお前のイチモツを見ちまったからな。お相子って奴さ」

 

 昭弘が似つかわしくない軽口を叩くと、ラウラは小さな笑みを溢した。

 

 その後暫くの間沈黙がその場を支配するが、何を思い出したのか昭弘は唐突に口を開く。

 

「もう1つだけ訊きたい事があったんだ。…お前と一夏はどういう…」

 

 しかし、ラウラが夢の世界に招かれる方が僅かに早かった。どうやら、先程の沈黙は再び物事を訊ねるには長過ぎた様だ。

 目が覚めている時の鋭い眼光は鳴りを潜め、其処には少女の様に純真無垢な寝顔だけがあった。アイパッチを外している事も相俟って、瞼を閉じた姿は尚更クロエの佇まいと重なる。

 

 そんなラウラを眺めていても仕方ないので、昭弘もシャワーを浴びて寝る準備をする…訳にも行かず、課題に全く手をつけていない現実に気付く。

 

 自身の怠惰を嘆きながらも、ラウラとの距離を僅かに縮められたと思い込む事で「負の感情」を半ば無理矢理「正の感情」へと引き上げた。




鏡さんも整備科志望にしときました。

あとすみません、昭ラウ(♂)に時間を割きすぎましたね。次回からはちゃんとシャルも描写していけたらいいなぁ。


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第19話 周囲に映る2人、昭弘に映る2人

シャルと昭弘を絡めるのが非常に難しかったです。


─────5月10日(火) 130号室前─────

 

 普段通りの廊下、普段通りの学生服で、一夏は普段通りの登校をすべく部屋のインターホンに指を翳す。

 唯一普段と異なる点は、彼の隣に居る「新しいルームメイト」の存在だろうか。

 

ピィン…ポーーン

 

 チャイムを内外に響かせた後、一夏の新たなルームメイトである『シャルル』が他愛もない質問を繰り出す。

 

「一夏っていつもアルトランドくんと登校してるの?」

 

 そんな質問に、一夏は喜色を滲ませながら答える。

 

「ああ!昭弘と登校しないと一日が始まんねぇよ。オレにとっちゃ「兄貴」みたいな存在だからな」

 

 一夏の喜々とした返答に対し、シャルルは温和に微笑む。

 

 2人が雑談を繰り返していると、気が付けばドアの開閉音と同時に見慣れた巨漢が姿を半分ほど覗かせていた。

 

「おはよう。待たせたな、一夏…ん?」

 

 昭弘は、本日も一夏の隣に黒髪の大和撫子が居ると想定していた。しかし、居るのは金髪の貴公子(女)であった。

 呆気に取られる昭弘を見かねて、一夏は新たなルームメイトの紹介に入る。

 

「昨日からシャルルがルームメイトになったんだよ。男同士、オレと相部屋にしようって事になってさ。箒には部屋を移動して貰ったんだ」

 

 一夏が何食わぬ顔のまま説明を終えるが、箒が猛反発したであろう事を昭弘は直ぐ様予想してしまった。

 

 彼女には可愛いそうだが、何時までも年頃の男女を同じ部屋にしておく訳にも行かない。…と言っても、シャルルの性別を鑑みると()()()()()()()()()()のだが。

 

 昭弘は居辛そうに引き攣った笑顔を浮かべるシャルルに対し、疑念で塗り固められた瞳を一瞥だけ向ける。

 思い起こしてみると、シャルルは基本ずっと一夏の傍に居る。男性同士ならそれも納得だが、シャルルは女性だ。

 男性として性別を偽り、一夏に近づく理由は何なのか。そう考えると部屋替えに関しても「シャルルの意図が絡んでいるのでは」と、昭弘はつい頭を巡らせてしまう。

 

「早く出ろ」

 

 昭弘の熟考を、子供の様に高い声と自身の脹脛への軽い衝撃が遮る。爪先で軽い小突きを繰り出したのは、昨晩から昭弘の部屋に泊まり込んでいる『ラウラ・ボーデヴィッヒ』であった。

 

 

 一夏の瞳に、薄気味の悪い『銀色の髪』が僅かに映る。全身は未だ昭弘の影に隠れてはいるが、その吐き気を催す様な「憎たらしい声」も合わされば嫌でも誰なのか判る。

 しかもあろう事か、そいつは何故か昭弘の部屋から出て来た。

 

───何だこいつ。何時から昭弘とそんなに親しくなった?『千冬姉』だけじゃ無く『昭弘』まで手籠めにする気か?

 

 一夏は隣に居るシャルルの事など気にも留めずに、ラウラの全身が現れたと同時に問い質す。

 

「何でお前が昭弘の部屋に居るんだよ」

 

 普段の明るげな雰囲気は一変し、低く威圧的にそう訊ねる一夏。しかしラウラはその質問に答えず、一夏の顔を見て普段の無表情を歪ませる。

 

「アルトランド、何でこいつが部屋の前に居るんだ?」

 

 ラウラは針の様に人差指を一夏へ向けたまま、怠さ全開な表情で昭弘にそう訊ねる。

 

「何でって…さっき「一夏たちと一緒に登校するが、構わないか?」と言ったろう。んでお前は首を縦に振っ……寝ぼけてたな?」

 

「…」

 

 恐らく肯定の意思であろう無言で返すラウラに、昭弘は呆れを高濃度に含んだ溜め息を吐く。

 

「お前一応「軍人」だろうが。朝に弱くてどうする」

 

「軍人にだって得手不得手はある。大体、寝起きでそんな事を訊ねてくる貴様にも非はある」

 

 昭弘とラウラが言葉で小競り合いに興じているのを見て、一夏は先程以上に苛立ちを募らせていった。自身の質問を完全に無視された上、昭弘と親し気に喋繰っているのがどうやら癇に障った様だ。

 一夏は、尚も口調を荒げてラウラに訊ねる。

 

「オイッ!先ずはオレの質問に答えろよッ!」

 

 怒声に近い一夏の一声を聞いて、シャルルの困惑は混乱へと突き上げられる。温和な雰囲気が、ラウラが現れた途端に一変。その急過ぎる空気の変動に、シャルルの頭は付いて行けなかった。

 

 昭弘も当惑していた。その剣幕はどこからどう見ても、昭弘の知る普段の一夏ではなかった。

 

 ラウラはと言うと、余りにしつこい一夏に嫌気が指したのか場の雰囲気がやり切れなくなったのか、後頭部を少し掻きながら次の様に言い放った。

 

「アルトランド、やはり私は一人で登校しよう。適当にその辺をプラついてくる」

 

「ボーデヴィッヒ…」

 

 昭弘が呼び止めようとするも、ラウラはそそくさと早足で出て行ってしまう。

 

 その後数十秒程、3人の間で気不味い沈黙が続いた。

 

 そんな思考すらままならない息苦しい沈黙の中でも、昭弘はラウラの姿が消えた玄関口を未だ見つめていた。その瞳が宿していたのは憂いか遺憾か心配か、それとも悲壮か。将又そのどれでもない「何か」か。

 

 いつも眉間に寄っている昭弘の太い眉毛が、その時だけは「八」の字に近い水平へと力無く横たわっていた。

 

 

 

 

「一夏。さっきのは流石に取り乱し過ぎなんじゃないか?」

 

 寮の玄関口を出てから、最初に言い放った昭弘の言葉がそれであった。

 優しく諭している様にも聞こえるが、普段無口で温和な昭弘の第一声がそれだったのだ。昭弘が結構“怒ってる”ことは、然しもの一夏も理解していた。

 

 当然だろう。先程のラウラに対する一夏の物腰は、誰の目から見ても理不尽そのもの。おまけに未だ不安も多かろうシャルルを、その場に放置してしまった。

 

「……ゴメン。昭弘、シャルル」

 

 一夏の律儀な謝罪を聞いて、シャルルは胸を撫で下ろしながら返答する。

 

「い、いいよそんな事!」

 

 そうは言いながらも疑問が拭えないシャルルは、この機に乗じてラウラと一夏の関係を訊ねてみることにした。

 

「一夏って、過去にボーデヴィッヒさんと何かあったの?」

 

 シャルルに先を越されてしまった昭弘は、無言で耳を傾けるしかなかった。

 

「実際に会った事は無いんだ。千冬姉の事を「教官」って呼んでたから、昔千冬姉がドイツに滞在していた頃の教え子…なんだと思う」

 

 そこまでは昭弘とシャルルも解っている。

 

 気になる点は、一夏がラウラと過去に一度も会った事が無いという点だ。

 そのボヤけた部分の輪郭をはっきりとさせるべく、昭弘が更に切り込む。

 

「なら何故あんなにもアイツを敵視する?確かに初日のSHRで最初に仕掛けて来たのは向こうだが…」

 

 それは昭弘だけでなく、シャルルも感じていた違和感だ。一夏にしろラウラにしろ、初対面であの険悪っぷりはどう考えても普通じゃない。

 昭弘の質問に対し、一夏は打って変わって逃れる様に口籠り始める。

 

「…それは……千冬姉を……」

 

(織斑センセイが何か関係してるのか?)

 

 昭弘が今度は千冬の事について頭を巡らすと、一夏はそれを遮るかの様に続ける。

 

「…悪い。これ以上は言いたくないかな」

 

 まるではぐらかす様に愛想笑いを浮かべながら、一夏はそう言い放った。その言葉を最後に、今日一夏がこの件に関して口を開く事は無かった。

 そんな一夏の曖昧な答えは、昭弘とシャルルに更なる謎だけを残す歯痒い結果となった。

 

 頭の中を蒸す様な重苦しい霧を残したまま、3人は校舎へと歩を進めていった。

 

 

 

─────1年1組 SHR前─────

 

 自身の机に顔を埋めながら、箒は力無く溜め息を吐き出す。彼女自身解っている、そんな事をした所で何も変わらない。口から追い出された空気は、誰の目に留まる事無く四散していくのだから。

 

 らしくもない箒の姿を見かねて心配したセシリアと本音が様子を覗きにくると、箒は重たい首を辛うじて持ち上げる。

 

「…部屋がな…変わってしまったのだ」

 

 箒が2人に与えた情報はそれだけであった。しかし社交性が高く察しの良い2人は、それだけの情報で事の顛末を凡そ把握する。

 一応確認の意味合いも含めて、出来るだけ角が立たぬ様に単語を並べる。

 

「つまり、一夏と一時的(若しくは永久)に別々の部屋になってしまったと。そして一夏の新たなルームメイトは恐らく…」

 

「デュッチーだろうね~。タイミング的に」

 

 奇麗に当てて来た2人に感服する間も無く、箒はまたらしくも無く愚痴を零し始める。

 

「私だって理解はしている。しかしだな!いくら年頃の男女が相部屋とは言え、ある日いきなり部屋を変えるなど横暴も横暴だ!大体昭弘の部屋にブチ込めばそれで済むだろう!?」

 

 上の都合を、儚い感情論で否定していく箒。

 確かに、昭弘とシャルルを相部屋にすればそれで済む話ではある。しかし、昭弘の1人部屋はIS委員会からの指示だ。どうしようもない。

 

「ああもう…どうして私は一夏と一緒に居ちゃいけないんだ…」

 

 先程から興奮したり沈んだりと忙しない箒を、取り敢えずセシリアと本音は宥める。自転車を走らせるには、第一にバランスを整える必要がある。

 

「先ずは落ち着きましょう箒。憤慨しても憂んでも、現実は変わりませんわ。上が決めた事と割り切るしか御座いません」

 

「そ~そ~。部屋が変わってもオリムーとは何時でも会えるし~」

 

 2人の健気な慰めによって多少落ち着きを取り戻した箒だが、日陰の如く薄暗い雰囲気は先程と余り変化が無かった。

 今日1日限りは、そんな状態の箒を優しく照らす様に見守るしかないのかもしれない。

 

 

 程無くして、1組の教室に歓声にも似た黄色い声が響き渡る。一夏とシャルルが教室に足を踏み入れた様だ。2人は大袈裟とでも言いたげに、視線を避けながら席へと着いていく。

 昭弘はいつも通りに、その巨体を悠々と自身の席へ進めていく。

 

 更に2分後、少し遅れてラウラも1組へと入室する。

 先の歓声から生まれた明るさは一変。怯える様にラウラから視線を逸らす者も居れば、異物を見る様な目で睨みつける者も。

 ラウラはそんな周囲の反応を一切気にも留めずに、教室中央付近に位置する自身の席に着く。

 

「ラウラーおっはよう!」 「お早うさーん」 「おはよー。今日も目つき悪いね」

 

 そんな雰囲気を初夏の風で換気するが如く、相川・鏡・谷本らがいつものテンションでラウラに接して来る。

 周囲はそんな3人を心配そうに見つめるが、それは杞憂に終わる。

 

「朝っぱらから喧しい。それと「目つき悪い」とか抜かしたのは誰だ?」

 

 返した言葉自体は威圧的だが、ラウラの口調と言うか目つきと言うか、それらは丸みを帯びていた。

 

「癒子だね」

 

「うわ、あっさり売られた」

 

「どっか行けお前ら…朝は駄目なんだ」

 

 普通な感じでラウラと会話する彼女たち。

 一体どうやってあの問題児と仲良くなったのか皆が考えを巡らしていると、やはりと言うべきかあの巨漢もラウラに近付く。

 

「ッデ!!」

 

 昭弘に手刀を御見舞いされたラウラは、奇声を上げた後頭頂部を抑える。

 

「何するかッ!」

 

 ラウラが不当な暴力を繰り出してきた張本人を睨みつけると、昭弘は当然とばかりに言い放つ。

 

「挨拶には挨拶で返せ。それとクラスメイトに対して「どっか行け」はないだろう。これはその仕置きとお前への眠気覚ましだ」

 

 昭弘の言い分を聞いて、相川たちは軽く吹き出しそうになる口を利き手で押さえる。

 ラウラがそんな言い分で引き下がる訳も無く、赤面しながら昭弘に命ずる。

 

「貴様も頭を向けろ!手刀がどれ程のものかその身体に染み込ませてやる!」

 

「断る。オレは眠くも何とも無い」

 

「おのれぇ…」

 

 そう吐き捨てた後、ラウラは何とか昭弘の頭に手刀を御見舞いしようとする。

 しかし最早大人と子供程の身長差がある昭弘に対し、ラウラの手刀がまともに当たる筈が無かった。昭弘との身長差を埋めるべく小刻みに跳ね回り手刀を繰り出す小動物の様なラウラを、相川たちはケタケタ笑いながら見ていた。

 

 クラス中がそんな光景に困惑と少しの安堵を感じる中、一夏だけははしゃぐラウラに冷ややかな視線を送っていた。動き回るラウラを凍らせるかの様に。

 

 

 

 1時限目が終わった後、相変わらずの難しく濃い授業内容に不機嫌なんて塗り替えられた一夏は、取り留めの無い話を昭弘たちに振る。

 

「さっき授業中なんだけどさ、セシリアがずっと携帯弄ってたんだよ」

 

 その話を聞いて自身の耳を疑った昭弘は、授業中に携帯、あの糞真面目な貴族令嬢が、しかも最前列で、と何度も脳内で復唱する。

 

「…確かか?」

 

 千冬と真耶が気付いていない筈もあるまいに。

 

「確かだって!さっき授業中、気分転換に外の景色見ようと窓の方振り向いたら堂々と携帯弄ってたんだよ」

 

 更に、一夏は先へ先へととんでもない事実を列挙していく。

 

「何より驚いたのがさ“同時”に弄ってたんだよ、机の端末と携帯を。右手でしっかりと板書してて、左手で器用に液晶画面動かしててさぁ。その割には、問題当てられてもスパスパ答えてたし…」

 

 一夏のとんでも発言に対し、昭弘とシャルルは腕を組みながら瞼を閉じる。

 そうして少し考え込んだ後、シャルルが自身の憶測を述べる。

 

「その時偶々、携帯で調べものでもしてたんじゃないかなぁ?」

 

「よりによって鬼のブリュンヒルデの授業でか?」

 

 一夏が尤もな言葉を返すと、昭弘とシャルルはより瞼を力強く閉じながら再び考え込む。だが幾ら捻り出す様に顔面の筋肉を収縮させても、情報が無ければどうしようもない。

 すると、熟考を諦めた昭弘が言葉を吐き出す。

 

「…後で本人に訊いてみるか」

 

「「……うん」」

 

 何かセシリアに特別な事情があるような気がしないでもない3人は、直接訊く事に多少の抵抗がある様だ。

 

 

 その後の授業でも一夏は度々セシリアの座席を一瞥したが、やはりどの授業でも液晶携帯を弄っていたらしい。

 

 

 

─────昼休み 学食─────

 

「ああその事ですの。ちゃんと織斑先生から許可は頂いておりますわ」

 

 恐る恐る訊ねる一夏に対し、セシリアはフォークとナイフによって豚カツを器用に捌きながら何ともない様に答える。

 許可済みなら安心だが、やはり肝心の内容が気に掛かる一同。

 

 味噌汁の御椀を左手に持ったまま、自身の薄暗い雰囲気をどうにかひた隠しながら箒が訊ねる。

 

「…携帯で一体何をしていたのだ?」

 

 セシリアは小さく刻んだ豚カツを口に運んだ後、携帯の液晶画面を見せながら答える。

 

「“計算”ですわ」

 

 液晶には、既に『計算アプリ』のホーム画面が開かれていた。

 

「うわ…(計算嫌い…)」

 

 麻婆豆腐に向かわせたレンゲをその場で静止させて、己の弱点に対し引き攣った表情を浮かべる鈴音。そんな鈴音に構うことなく、セシリアは何故と訊かれる前に自ら説明する。

 

「要は“並列思考”の特訓ですわ。今迄通り授業を受けつつ、それと同時進行でアプリから自動出題された計算を解いていくのです。出題形式は「足し算・引き算・掛け算・割り算」の何れかがランダムに出題されますの。このアプリ、成否に関係無く問題が進むにつれて複雑になってきますので、授業終盤では流石に頭が痛くて仕方がありませんでしたわ」

 

 随分と簡単に言ってのけるセシリアだが、抑々並列思考とはそんな生易しいものではない。増してやIS学園の授業レベルも鑑みると、更に上の次元の話だ。

 鈴音はセシリアのそんな話を聞いただけで、何か不味い物でも食べてしまった様な表情を浮かべてしまった。

 

 そんな鈴音を尻目に、より詳細を訊くべくシャルルが僅かに身体を乗り出す。自身の頼んだカレーライスが、袖を汚さない様気を付けながら。

 

「最高記録は?」

 

「1問1点で100点満点なのですが、今のところ最高69点ですわ。残りの問題が間に合わなくて…」

 

 やはりセシリアと言えど、初っ端からいきなり100点近くは取れない様だ。

 

 更に質問は絶え間なく流れる川の様に続く。

 

「けど何でまた急に?それに並列思考って…」

 

 一旦箸を置いた一夏がそう訊ねると、セシリアが答える前に昭弘が軽く説明する。

 

「要するにオルコットは、自身も動き回りながらビットも“全機”自在に操れるようになりたいんだ。だが精密な操縦技術が要求されるISを動かしながらとなると、そう易々とはいかない。Aを処理しながら、Bも処理すると言う能力が必要だ。その為に並列思考を鍛えてるって訳だ」

 

「成程…」

 

 昭弘のフォローに対し、手間が省けたセシリアは右手を軽く上げて感謝の意を示す。

 少しばかり突っ込みたい部分もあるがそこは一先ず置いて、一夏の質問を優先すべくセシリアは溜め息交じりに答え始める。

 

「やはり最大の切っ掛けは、昨日のタッグ戦ですわね…」

 

 以前から並列思考の訓練はしているセシリア。だがアレ程一方的に叩きのめされた彼女は、このままの訓練ではタッグトーナメントで勝てないと踏んだのだ。

 “打倒昭弘”を密かに掲げている彼女にとって、この程度無茶にすら入らない。

 

 セシリアの切っ掛けを聞いた一同は、何故か皆一様に鈴音へと視線を向ける。何かを訴えかけている様な或いは少し呆れている様な、皆そんな瞳をしていた。

 

「な、何よその目は!?アタシだってちゃんと特訓してるわよ失礼ね!」

 

 無言の視線を鈴音はそう解釈し、軽くむつける。昨日のタッグ戦において同じく苦汁を飲まされている彼女も、彼女なりに何か対策を考えているのかもしれない。

 すると再びシャルルが、今度は弱々しく潤んだ瞳をしながら開口する。

 

「何はともあれ、2人共無茶し過ぎないようにね?特訓が原因で倒れたりしたら本末転倒だよ」

 

 意外な人物から心配されて、セシリアと鈴音は目を丸くする。

 その後2人は予定調和宜しく頬を紅く染め上げながらも、どうにか平静を装って感謝の言葉を贈る。

 

「お、御心遣い感謝御礼申し上げますわ」

 

「何よ急に…まぁアリガト」

 

 どうやら貴公子の心遣いは、セシリアや鈴音までもを魅了してしまった様だ。2人は赤面を誤魔化す様に、食事のペースを早める。

 既に大盛りのオムライスを完食していた昭弘は、そんな2人を少し憐れむ様に見つめる。知らぬが仏であると。

 

 

 心の中でそう呟いた昭弘は気付かれぬようシャルルに視線を移し、彼女の人となりを簡単に纏める。

 昨日今日見た限りだと、性格はまとも。と言うより、普通に良い奴と言った感じだ。授業に遅れている様子も無し、対人関係も良好そうに見える。只、隠すのが下手過ぎると言うか、毎度動揺し過ぎな部分がある。

 正直言って、最後まで正体を隠し通すなど到底不可能に思えてくるレベルだ。

 

 更に昭弘は、彼女に対して個人的に思う所を頭の中で述べ上げる。

 

(正直言って、オレはこいつがどうも苦手だ。良い奴過ぎると言うか人の顔色をひたすらに窺っていると言うか…そこが却って不気味だ。一緒に居て何も「面白く感じない」のは、それが原因なのだろうか…)

 

 ラウラとは正に「正反対」、対極に位置するタイプの人間だ

 

 無論、未だシャルルが環境に慣れていないからと言われればそれまでだが、それを抜きにしても昭弘から見た彼女はどうしてもそう映ってしまう。

 

 しかしそれは悪い事ではない。

 昭弘個人がどう思おうと、他人を気遣う性格も相手の顔色を窺うことも対人コミュニケーションの基本事項だ。学園と言う閉鎖空間において大多数の人間は、それらがしっかりと備わっている人間を慕うのだから。

 逆に言えば、だからこそラウラは大多数の人間からは中々受け入れられないのだろう。

 

 

 兎も角、今後もシャルルの監視・観察を怠る訳にはいかない。

 昭弘が心の中で纏めた性格が彼女の本質であろうと、内に全く別の本性を隠していようと、昭弘がすることに変更はないのだから。




一夏はこれでも耐えてる方なんですよ。逆に言うなら、それ程彼が抱えている「歪み」はデカいです。

セシリア「超強化」への伏線。下手したら昭弘より強くなっちゃうかもです。鈴音も・・・ちゃんと特訓してるのでご安心ください。今後はグシオンの単一仕様能力を含め、個々人の特訓も上手いこと描写していけたらなと思います。

そう言えば、最近昭弘と箒の進展がないですね・・・。こちらもちゃんと描写していこうと思います。


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第20話 初恋の呪縛を破れ

ガッツリ「アキホウ」回です。ただ、少しやりすぎましたかね・・・。
あと短くてすみません・・・。


―――――5月10日(火) IS学園寮―――――

 

 本日も普段通りの訓練を終え既にシャワーを浴びた昭弘は、自室にて本日受けた授業内容の復習に勤しんでいた。テレビも点けずに教本を開き、授業中に引いた蛍光ペンの赤い跡をなぞるように視線で追う。

 

 そんな彼の視線を遮る様に、突如インターホンが鳴り響く。ここ最近の客人からして一夏か鈴音辺りを予想していた昭弘は、モニターを観て予想を外す。

 

(箒か。オレの部屋に来るのは久し振りな気がするな)

 

 丁度今月に入ってからだろうか。箒は、何故か昭弘の部屋に殆ど来なくなってしまったのだ。それだけならまだしも昭弘はここ最近ラウラかシャルルに付きっ切りだったので、余り箒とは話す機会が無かった。

 

 久しぶりに箒とゆっくり話せると思いながら、昭弘は嬉しさを隠しながら静かにドアを開ける。

 その先には、浴衣姿の箒が気不味げにしながら立っていた。

 

「…上がったらどうだ?」

 

 中々口を開かない箒に対し、昭弘はいつも通り部屋に入るよう促す。さも学友が学友を自室に招き入れる様に。

 しかし箒は、昭弘の部屋に上がる事を頑なに拒んだ。

 

「その…エントランスで話さないか?」

 

 十分な広さを誇るIS学園寮のエントランスホールには、複数のソファ等が用意されており壁にも巨大な「液晶テレビ」が埋め込まれている。

 何故部屋でなく態々エントランスまで赴く必要性があるのか解せない昭弘であったが、特別断る理由も無いのでそのまま部屋を出る。

 

 

 廊下を歩きながら、箒は自身の意味不明な行動に内心混乱していた。普段通り昭弘の部屋に上げて貰えば良かっただろうに。

 

 感情の変遷。

 いくら彼女が昭弘を「友人」だと主張しようが、部屋に上がるのが躊躇われると言う事は彼を「異性」と意識してしまっていると言う事だ。箒が昭弘への想いに無自覚であろうと、否、()()()()()()()()()()昭弘の部屋に上がる心の準備がまるで出来ていなかったのだろう。

 

 それでも尚、昭弘と2人で居るだけで胸の鼓動が収まらない箒。

 目が昭弘の様々な部位を艶めかしく捉える。黒いTシャツが薄く頼りないものだから殆ど露わになっている筋肉たち。鉄甲冑を彷彿とさせる腹筋、エアーズロックの如き胸筋、腕全体に纏わりつく脂肪無き大蛇たち、岩石海岸の様にボコボコした背中、首から肩へと架ける肉の橋。

 エントランスに続く廊下が、こんなにも長いものかと箒は感じてしまった。

 

 そんな箒の心情など知る故も無い昭弘は、普段通り話し掛ける。

 

「新しい部屋はどうだ?」

 

 その一言で瞬時に意識を切り替えさせられた箒は、代わりに慌ただしさを残したまま答える。

 

「ヘ!?あ、ああ部屋か。427号室なのだが、ルームメイトには良くして貰っている」

 

 先ずそれを聞けて、昭弘は安心したのか口角を僅かに上げて笑みを零す。

 そのまま彼は質問を続けた。

 

「「3人部屋」か?」

 

「ああ。2人部屋に私を捻じ込んだ形になってしまった。2人共快諾してくれたのだが、それでも面目ないと言うか…」

 

 2人が他愛もない話をしながら歩を進めていると、気が付けばエントランスに到着してしまっていた。時刻は20:50を少し回った所だが、平日と言うのもあってか誰一人その空間に居なかった。寮の消灯時間である23:00迄、まだ時間的に余裕もある。

 

 2人は近くの自動販売機で飲み物を購入すると、玄関口から離れたソファに腰掛ける。

 

「それで、今日はどんな相談事だ?」

 

 先程から箒の様子が可笑しい事に気づいていた昭弘は、そう訊ねる。

 しかし、そんな昭弘の予想は大きく外れてしまう。勘の良い彼にしては珍しい事だ。今日は何処かの山で猿が木から落ちているのではないか。

 

「何と無く、昭弘と話がしたくなったのだ。ここ最近2人で話す事がなかったろう?部屋も隣同士でなくなってしまったしな…」

 

 今の箒の部屋は4階だ。気軽に昭弘の部屋へと立ち寄れる距離ではない。

 それに、ルームメイトも今迄の様に勝手の知った幼馴染ではない。ルームメイトへの気配り等を考えると、そう頻繁に部屋を出て行く訳にも行かないのだろう。人によっては「自分と居るのがそんなに嫌か」と気分を害する事だってある。

 

 箒の言いたい事を何となく理解した昭弘は、少し申し訳なさ気な表情で言葉を連ねる。

 

「…すまない箒。オレだけ1人部屋なせいで、皆に迷惑を掛けちまってる様で…」

 

 昭弘が力無くそんな言葉を吐き出すと、箒は語調を少し強めて昭弘に言葉を返す。

 

「それこそ、元を辿ればあの2人を転入させた奴等が悪いだろう」

 

 まさかの箒に励まされた事に気恥ずかしさと嬉しさを覚えた昭弘は、ネガティブな自分を鞭打つ様に苦笑する。

 

 

 そんな、廊下を歩いている時からずっと続いていた2人の取り留めのない会話に終止符を打つように、箒が話題を変える。実はある意味、箒にとってはこちらが本題でもあるのだ。

 

「……な、なぁ昭弘」

 

 そこまで言葉を絞り出しておきながら、箒は本当に昭弘に“この話”をして良いのか今更悩みだす。

 しかし、当然の帰結として昭弘は箒に向き直る。昭弘の鋭く真っ直ぐな目と自身の目が交錯すると、箒は増々言い辛くなってしまう。

 

―――まただ。またしても胸の鼓動が早くなる。顔も熱い。何故?どうして?昭弘を見ているとこんな気持ちになるのだろう?わからない分からない解らない判らないワカラナイ…

 

 それは正しく、初めて一夏を好きになった時の感情と同じであった。いくら昔の事とは言え、そんな大切な感情を箒が忘れる筈などない。

 

 しかし一夏を好きになった時、そして一夏と離れ離れになってしまった時、一途な箒は心に誓ったのだ。もう誰も好きにならない、私にとっての異性は一夏だけだ、と。

 それだけ、彼女にとっての一夏は特別な存在であった。周囲の異性が霞む程に、周囲を異性として見たくなくなる程に。

 

 だから箒は「わからない」のだ。昭弘を想う感情の正体が。何故なら、自身が一夏以外の異性を好きになるなど有り得ないから、あってはならないから。

 もしそんな事があったのならば、自身が一夏と別れてから今迄ずっと彼を想い続けて来た5年間は、一体何だったのか。

 

 そんな心の奥底で彼女を固く縛る「初恋」と言う名の鎖が、昭弘に対して抱いている想いの正体へと近づかせない様にしているのだ。

 

 それでも箒は昭弘に問う。昭弘が箒自身の事を、()()()()()()()()()

 

「……お前は私の事を……友達と思っているか?」

 

 箒にとっては決死の言葉も、昭弘にとっては余りに突拍子の無い質問である故、彼は返答が大きく遅れてしまった。

 

「?……そりゃ当然、箒はオレの大切な友人だが…それがどうかしたか?」

 

 昭弘の返答を聞いて、箒は胸を撫で下ろす様に口を開く。

 

「そ、そうか!それは…良かった…」

 

 そう返した直後、本日最大の衝撃が箒に襲い掛かる。

 昭弘が右手で箒の左肩を掴んでいるのだ。

 余りの急展開に、先程の昭弘と同じく反応が大きく遅れてしまう箒。

 

 その為か箒が取り乱すよりも早く、昭弘が先に肩を掴んだ訳を述べる。

 

「何で泣いてんだ?」

 

 そう昭弘に指摘されて、箒は頬を指で拭ってみる。拭った指には、透明な液体が付着していた。

 それを見て初めて、箒は自身が今「泣いている」ことに気が付く。

 

「あ、アレ?…目に…埃でも入ったのかもしれん…」

 

 そう言いながら、箒は浴衣の袖で無我夢中に涙を拭い始める。しかし、拭っても拭っても涙腺から流れ出す雫は湯水の如く増えるばかり。

 普段冷静な昭弘にとっても予想外過ぎる事態だからか、慌てながら周囲を見渡す。

 

「ち、チョット待ってろッ!何か拭く物……」

 

「エ、エグッ……き、気に…しないで…ヒック…くれ…」

 

 箒のそんな言葉に反応している余裕など今の昭弘には無く、急いで使えそうな物を探す。すると、テーブルの上にある備え付けの箱ティッシュが、漸く昭弘の視界に飛び込んで来る。

 直ぐ様昭弘はそれを強引に引っ掴むと、箱ごと箒に差し出す。

 

「…ス…マン、昭弘…」

 

 そう言うと箒は、残量などまるで気にする事無く連続してティッシュを引き続けた。その大量のティッシュを以てして鼻をかみ、頬を拭き、瞼の涙を拭い取る箒を見て、昭弘も一旦落ち着きを取り戻す。

 

(フゥ…此処にオレたち以外誰も居ない事が、不幸中の幸いってや…)

 

 心中の言葉も途中、昭弘は背後に奇妙な悪寒を感じてしまう。

 恐る恐る後ろを振り向くと、昭弘は右手で両目を覆いながら首を落とす。

 

 

 廊下の角付近に居たのは、半袖半ズボンのジャージに身を包んだラウラであった。

 

 彼は口を半開きにしながら、気不味そうにその場で立ち尽くしていた。恐らく、箒が泣き出した辺りからそこに居たのだろう。

 

 箒は未だ俯いたまま涙を拭っているので、ラウラの存在には気付いてない筈。今の箒が自身の泣き顔を他人に見られていたと知ったら、その場で取り乱す可能性が高い。

 なので昭弘は、ラウラにコッソリと「ジェスチャー」を送る事にした。

 

昭弘:人差指を自身の口に当てる。

 

ラウラ:首を小さく縦に振る。

 

昭弘:俯いている箒に対して2回程振り向く動作をした後、再びラウラに向き直る。すると左手の平をラウラに向け、まるで「腕立て伏せ」の様に肘を使ってゆっくりと数回スナップさせる。それと同時に右手を自身の顔面近くまで持っていき、親指と人差指を突き出して指と指の間に2cm程度の空間を作る。その後、合掌してラウラに懇願する。

 

ラウラ:昭弘が「箒が泣き止む迄でいい、廊下の角に隠れていてくれ、頼む」と言いたいのだと理解し、忍び足で廊下の角に隠れる。

 

 

 どうにかこうにか箒が落ち着いてきたのを見計らって、昭弘は箒に声を掛ける。

 

「どうだ?」

 

 昭弘の優し気な言葉を聞いて、箒も普段の落ち着いた声を取り戻していく。

 

「…ああ、もう大丈夫だ」

 

 箒はそう言うが、昭弘は納得し切っていない様子だ。

 人が泣く時は大抵、痛い時、悲しい時、嫌な時、感動した時、精々そのくらいだ。だがさっきの箒の号泣は、そのどれとも当て嵌まらない。まさか、昭弘と友達でいるのが嫌と言う訳でもあるまい。

 

 昭弘は再び箒に訊ねようとするが、結局止めてしまう。廊下の角から泣き止んだ箒の姿をしっかりと確認したラウラが、昭弘の直ぐ隣で不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちしていたからだ。

 

 そんなラウラを見た箒は、警戒心を強めて僅かに後ずさる。

 

「ボーデヴィッヒ!貴様いつから此処に!?」

 

 箒からそう聞かれてラウラは昭弘の目を一瞥だけした後、仕方が無さそうに答える。

 

「…今来たばかりだが?」

 

 ラウラがそう答えると、昭弘は小さく息を吐いて胸を撫で下ろす。

 

 落ち着いた所で昭弘は単純に気になった為か、何故エントランスにしかもこんな時間に来たのかラウラに訊ねた。

 

 ラウラは疲れと苛立ちの混ざった声で答える。

 

「部屋でニュースを観たかったのだが、馬鹿の相川と阿呆の鏡が見たい「バラエティ番組」があると言うんでな。仕方なくエントランスのテレビを使う事にしたのだ」

 

 そう言うとラウラはテーブルに置いてあるリモコンを手にし、テレビのスイッチを入れた。

 

「だがパソコンや携帯で観る事も出来たんじゃないのか?」

 

「唯でさえ煩いアイツラがバラエティ番組を観るんだぞ?イヤホンを使おうと集中出来ない事は目に見えている」

 

 昭弘の更なる問いに対し、ラウラはニュースを観ながらそう答える。

 

 箒はラウラと未だ話したことがない為か、一歩引いたところで警戒しながら見ていた。

 すると昭弘が箒に声を掛ける。

 

「ラウラは結構可愛い奴だぞ」

 

 すると、当のラウラは不本意そうに昭弘の左肩を掴む。

 

「貴様「可愛い奴」とはどう言う意味だ?」

 

「そのまんまの意味だが?」

 

 ニヤつきながらそう答える昭弘を見て、ラウラは赤面しながら短く舌打ちをする。

 

「な?可愛い奴だろう?」

 

 昭弘のいらぬ一言を聞いて、ラウラは昭弘の頭に手刀を食らわせる。今朝の手刀の仕返しがまさかこんな形で実現しようとは、ラウラ自身思いも寄らなかったろう。

 

 仲睦まじい2人を、箒は少し恨めしそうに見つめる。

 その様に感じると言う事は、ラウラを未だ女性だと思い込んでいるのだ。

 

 

 

 結局3人はそのまま一緒にニュースを観た後、その場で解散する事となった。

 

 

 

―――427号室―――

 

 箒はルームメイトたちと軽く談笑した後、歯を磨いていつも通りにベッドへと潜り込んだ。

 仰向けになり、既に光を失っているダウンライトを下から眺めながら、箒は声に出さずに頭の中で自身の想いを整理する。

 

(…もう、認めるしかないのだろうな)

 

 「友達」と言われて、ショックで流した涙がその証拠だ。

 

 そう結論付けると、箒は未だに熱い目尻を指で優しく撫でる。その後、熟考を再開する。

 

(岸原さんに相談すべきだろうか。いや、反応がウザそうだ。ではメースさんに…それも止めておこう。変に気を遣われたくない)

 

 岸原理子、セレーヌ・メース。2人共箒のルームメイトだ。

 岸原は茶髪のショートヘアーで眼鏡を掛けている、箒と同じ1組の生徒だ。

 メースはカナダ出身で、黒髪を頭頂部辺りから横に垂れる様に結んでいる。彼女は5組だ。

 

 思えば、箒は今迄昭弘以外の人間に「相談事」を持ちかけた事がなかった。

 そんな箒にとってルームメイトに相談事を打ち明けるのは、中々に勇気が必要だった。コミュニケーション能力に乏しい箒にとっては、やはり「他者からどうこう思われたくない」「変に騒がれたくない」と言った思いが強いのだろう。

 

(ならやはりここはセシリアに…。いや、だが最近特訓で忙しそうだしな)

 

 大体何と相談すれば良いのか。「一夏だけでなく昭弘も好きになってしまったのだが、どちらを選ぶべきか」と訊けば、それでいいのだろうか。そうなればセシリアだって一夏を狙っているのだから、「昭弘を選ぶべきだ」と言われて終わりだ。

 

 長らく熟考した結果、漸く一番相談するのに最適な人物が箒の頭に浮上した。

 

(…機会があれば『本音』に相談してみよう)

 

 今はもう、明日に備えて寝る事しか出来ないのだから。

 そう自身を落ち着かせようとも、やはり箒は中々意識を切り替える事が出来ないでいた。

 

 初恋の呪縛を振り解いてでも、異性として愛してると認めざるを得ない。それ程の相手が、この日遂に箒の中で新たに誕生してしまったのだ。箒の心に去来せし混乱は、最早想像を絶するものなのだろう。

 

 

 しかしその強大な混乱の渦中に確かな「嬉しさ」が混ざっている事を、今の箒に認識する余裕など無かった。




と言った回でした。
セレーヌさんは完全にオリキャラです。名前は洋楽アーティストから取りました。皆が皆、ルームメイトが同じクラスメイトだと違和感バリバリかなと思ったので、他クラスの生徒をぶち込みました。ただ、他クラスの生徒だと鈴音や簪以外は流石に分からないので、今回の様な形となりました。

それと、本来はニュースの内容も細かく描写したかったのですが、そうなると全体的な恋愛描写が「大きく断絶されてしまう」と判断したので、今回は割愛させていただきました。
よって、今回は少し構成に工夫を凝らして、ニュースの内容だけ次回に持ち越したいと考えております。ニュースを使ってどうしても描写しておきたい内容がありますので。無論、ニュースを観ている間の昭弘、箒、ラウラのやり取りも、しっかり描写しますのでご安心を。

なので次回は、今回とは打って変わって大分「堅苦しい」内容になるかと思いますが、ぜひ読んでいただけると幸いです。



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第20.5話 四角い世界

あらかじめ言っておきますが、この物語はアフリカや中東での「紛争・内戦」と大きく関わっていきます。
第一章(福音戦まで)ではそう言った描写が少なくなってしまいますが、今回の様に描写できる機会があればどんどん描写していこうと思いますので、堅苦しかったらごめんなさい。

後半は、ちょこっと亡国機業サイドの描写を追加しとこうと思います。









けどやっぱ自信ないッス・・・。


 ラウラが昭弘に手刀を打ち込んでいる時、丁度テレビの画面がラウラの観たかった内容に切り替わる。

 

 箒の恨めしそうな視線など我関せずに、ラウラは映像にかじりつく。

 昭弘もニュースが流れていたら観る様に習慣付けているので、自然と視界の中心をテレビに向ける。

 2人に合わせる様に、箒も視線をテレビに向ける。彼女自身なるべくニュースは観るようにしているので、嫌々と言う訳ではない様だ。

 

《こんばんは。9:00のニュースをお伝えします》

 

 壮年のニュースキャスターがそう挨拶した後、テロップが画面右からスライドして来る。

 そのテロップには『アフリカ情勢、新たなる展開か』と表示されていた。テロップに合わせながら、キャスターが言葉を紡ぎ出す。

 

《コンゴ民主共和国で現在も尚進行中の「武力抗争」に、新たな動きがあった模様です》

 

 キャスターがそう述べると、背景の液晶パネルの映像が切り替わる。

 

《近年、再度勢力を増してきた反政府勢力SHLA。これに対し、『M・A(モノクローム・アバター)』と呼ばれる武装集団が大規模な掃討作戦を展開しております。ウガンダ政府を中心とした周辺諸国や複数の武装勢力から多大な支援を受けており、SHLAへの掃討作戦としては過去に類を見ない規模となっております。突如として戦場に現れた組織M・Aとは、一体どのような…》

 

 『SHLA(Shi Honor Lord Army):神を尊びし軍勢』とは30年以上にも渡って活動を続けている反政府武装勢力であり、ウガンダ、コンゴ民主共和国、中央アフリカ、南スーダンを主な活動地域としている。

 元々はウガンダでの反政府活動が主な目的であったが次第に過激な武力活動へと発展していき、略奪や現地民の殺戮、強姦、誘拐等は当たり前になっていった。特にコンゴやウガンダでは、それらの残虐行為が顕著であった。

 戦闘員の90%近くは「少年兵」が占めており、その殆どは誘拐された子供だと言われている。更に近年ではMPSの登場によって少年兵への需要が増していき、推定誘拐者数は2万人から5万人へと急増した。

 

 キャスターの台詞も未だ途中な所で、昭弘がラウラに口を挟む。

 

「M・A…聞いたことあるか?」

 

「『亡国機業(ファントムタスク)』と言う犯罪シンジケートの実働部隊だな。流石に実態までは何も解らんが」

 

 何故そんな組織の部隊がと昭弘は訊かずに、心の中で思い留めた。話し合うのは、もう少しニュースが進んでからでも良い。

 しかし箒は自身の中で引っ掛かる事でもあるのか、未だ馴れていないラウラに対して辿々しく口を開く。

 

「SHLAは5年前の掃討作戦によって、その規模を大幅に縮小させた筈では…?」

 

 流石は天災の妹と言った所か。世界の情勢には常にアンテナを伸ばしているらしい。

 

「簡単なことさ。弱体化したSHLAを脅威と見なさず野放しにした→SHLAが再び子供を拐い始め少年兵を増やした→周辺の武装勢力を取り込んで更に勢力を拡大させた。それだけの事だ」

 

 事実、近年ではウガンダ北部の都市『グル』にまで火種が広がっており、其処では既に数十人の民間人が殺害されている。

 

 ラウラは何げなく答えるが、箒はまだまだ疑問点が多く残っているのか納得しきれていない様子だ。

 箒の反応も尤もだ。アフリカで度々起こる内乱や紛争は、情報が発信されにくいのだから。

 

 昭弘も又、ラウラの返答に片耳を傾けていた。その時の昭弘は表情にこそ出さなかったが、歯を強く食い縛っていた。

 昭弘の頭は「少年」という単語に支配されていた。敵であろうと味方であろうと、子供が子供を殺すという狂気。それが現地では常態化しているのだ。元少年兵である昭弘がその狂気に無関心でいられる筈もなく、まるで自分事の様な寒気に襲われる。

 今も尚命を散らしている少年たちの断末魔が、聞こえてもいないのに昭弘の中で木霊する。

 

 すると丁度テレビの画面が切り替わり、現地のリポーターがキャスターの代わりにより詳細な状況を伝える。地理的に離れている為か、リポーターの反応は毎回数秒程度遅れる。

 

《……はい!私は現在、ウガンダ北部の都市グルに来ております。こちらのグル市役所付近では戦闘の痕跡は見られませんが、先程から装甲車や軍用トラックが度々往来し、物々しい雰囲気が犇々と伝わって来ます。しかし既にウガンダ全域の掃討作戦は一昨日までに完了しており、以降は散発的な銃声すらもピタリと止みました。コンゴ民主共和国東部州の掃討作戦も本日完了し、残すは南部地域のみとなりました》

 

 頭の中に記憶してある文章をハキハキと読み進めていくリポーターに対し、キャスターがこちらも台本通りであろう質問を繰り出す。

 

《M・Aに関しては、何か詳細な情報を掴めましたでしょうか?》

 

《……はい!ここ数日、多くの軍関係者に対し取材を試みて来たのですが、皆一様にM・Aに関しては堅く口を閉ざしており、有力な情報は得られませんでした》

 

 そこまで言った後、リポーターは驚愕の情報をキャスターに暴露する。

 

《只、現地住民の方々の話によりますと、M・Aと思しき部隊とSHLAが人型兵器を使用しているのを目撃した、との事です》

 

 リポーターの発言に激しく反応したのは壮年のキャスターでなく、テレビ画面を凝視していた箒であった。

 

「馬鹿な!ISの軍事利用は禁止さてれいる筈だ」

 

 「IS運用協定」通称『アラスカ条約』においては確かにその通りだ。

 しかし、明文の解釈によっていくらでも兵器運用が可能となっているのが現状だ。明文には「あくまで自衛の為の戦力であるならば、その保有を可能とする」と記されている。その癖「自衛の範疇」に関しての詳細は一切明文化されていない為、軍事基地や軍事工場への攻撃も「自衛」と見なされる可能性が高いのだ。

 

 どの道、犯罪シンジケートである亡国機業にとってはどうでもいい事なのかもしれないが。

 

 箒の驚愕を代弁する様に、キャスターも詳細を訊ねる。

 

《つまり今回の掃討作戦には、ISが投入されていると言う事でしょうか?》

 

《……いえ、話によるとISではないそうです。外見の特徴としては全身を鋼鉄の鎧で完全に覆っており「空中を浮遊していたり、地上をホバー移動していた」そうです》

 

 リポーターからの情報を聞き、昭弘とラウラは状況を飲み込んだが箒は未だに話が見えて来ない。それもその筈で、MPSが実戦配備されていると言う事実は一部の人間しか知らない。

 昭弘とラウラは、その事実を箒に教えるべきか考えていた。しかしやはり一般人が知るべき情報ではないし、無用な混乱を招く可能性もあるので2人は頭を抱えている箒をそのまま放置する事にした。

 

 そんな3人の心境など知る由も無いキャスターは、番組内での進行を乱す事無く話を進める。

 

《ではISとも違う「第2の人型兵器」が、今回の掃討作戦で使われていると言う事でしょうか?》

 

《……はい、極めて進度の早い掃討作戦からしてもその可能性が高いと思われます。しかし、戦闘区域及びその周辺ではマスメディア等の立ち入りが異常なまでに厳しく制限されております。よって証拠となる映像や音声も存在せず、今のところ信憑性の高い情報は何一つ得られていません》

 

 リポーターがそこまで言い終えると、疑問を解消するどころか猶更増やしていくニュースに苛立つ箒が口を開き始める。

 

「…解せない事だらけだな」

 

 未だ思考の整理すら儘ならない箒に対し、昭弘は助け舟を渡す事にした。

 

「どうせ不確定な情報なんだ、第2の人型兵器の件は置いとこう。それより何故今になって亡国機業とかいう犯罪組織が、SHLAの掃討を買って出たのかが気になるな…」

 

 そんな昭弘の疑問を嘲笑うかの様に、ラウラは答える。ラウラにとっては、考えるまでもなく解る事だからだ。

 

「どうせコンゴに眠る鉱物資源が目当てなのだろう。…あの辺りの紛争はいつだってそうだ。革命やら反乱やらで政権が変わろうと、中身は何も変わらん。民族衝突、資源獲得競争、その結果起こる内戦・紛争、その繰り返しだ」

 

 冷たくそう言い放つラウラ。

 

 だが抑々そうした民族対立が起きるようになった原因は、元を辿ればかつての列強諸国による「分割統治」に行き着くのだ。

 支配する際、1つの民族には富を与えもう1つの民族には富を与えない。民族同士で敢えて差を付ける事で互いを争わせ、不満の矛先が自分たちに向く事を防ぐのだ。

 

 勿論ラウラだってそんな事は解ってる。それを踏まえた上での発言だ。

 

 だがら昭弘もラウラに物申さない。

 昭弘自身、子供を戦争の消耗品として使う様な連中に同情など一切しない。

 

 2人のそんなやり取りを見て、箒もまた今回の紛争で感じたことをポツリポツリと口に出す。

 

「…結局ISと言う夢のマシンが生まれようとも、争いはなくならないのだな。…どの時代、どんな場所でも」

 

 箒はそんな言葉を口にした後、増々力無く俯いてしまう。

 箒が今、姉である天災科学者のことをどう思っているのかは定かではないが、影響は受けている筈なのだ。ISへの想いを、ISへの願望を、ISへの期待を。だからこそ箒はやるせないのだ。本来なら人を幸せにする為のマシンであるのに実際はどうだ、と。

 

 そんな箒のISに対する想いを大まかに察しつつも、ラウラはあくまで冷淡に現実を突き付ける。

 

「当然だろう。ISによっていくら利便性が増えようと科学技術が進歩しようと、人間という生物から争いが消える事はない。自分の利益の為に、どこまでも合理的に利用するだけだ」

 

 ラウラ自身も、その為に生み出された人間の一人だ。だから言い切れる。夢のマシンなんて言葉、人間が人間を踏み台にして益を取る為の方便に過ぎないと。

 

 ラウラの冷えきった正論を聞いて、箒は俯いたまま膝の上に置いている両拳を強く握った。その拳は現実に対してか、それとも考え方が甘かった自身に対してか。

 

 だが大体ラウラや箒がISの事であーだこーだ言えるのも、先進国で生まれ育ったが故だ。財政が芳しくない発展途上国は、ISコアを保有すらできないのだから。

 

 

 2人の会話を真ん中で聞いていた昭弘は、自身が今居る世界と前居た世界を比較しながら心の中で嘆く。

 「どの時代、どんな場所」どころじゃない。どんな「時空」、どんな「次元」の世界だろうと戦争からは逃れられないのだ。其処に人間が居る限り。

 此処IS学園は、偶々平和なだけなのだ。

 

 

 3人がそんなやり取りを繰り返している間、壮年のキャスターは次のニュースに移ろうとしていた。

 

《コンゴ民主共和国の情勢変化によってアフリカ全体がどの様に変わっていくのか、今後の動きが注目されます。では次のニュースです》

 

 所詮どんなに彼等がアフリカの紛争について頭を巡らせようと、液晶テレビに移っている「四角い世界」には何一つ干渉など出来ない。

 テレビはただ、己の四角い画面から淡々と情報を提供するだけだ。戦場とは遠く離れた、安全で平和なこの空間に。

 

 

 彼等3人は遣り切れない思いを抱えたまま、各々の部屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

―――――5月10日(火) 某作戦指令室―――――

 

 スコールは退屈そうにモニターを眺めていた。モニターには自身の保有するMPS部隊が、SHLAのMPS部隊を造作もなく殲滅していく様子が映し出されていた。

 鮮血が飛び散り焼け爛れた身体の一部が無造作に映し出されても、スコールが表情を変える事は無かった。

 

「…了解。司令、東部州の制圧がたった今完了したとの報告が入りました」

 

「そう。予定通りにと伝えておいて」

 

「了解」

 

 部下からの報告にも、声色を変える事なく淡泊に指示を出す。

 

 しかしそんなスコールも自軍の「あるMPS」が映し出された瞬間、表情に喜色を浮かべる。

 純白のボディは混沌とした戦場において幻想的な輝きを放っており、右手には敵の返り血が乱雑にペイントされた巨大な金棒が握られていた。

 

 楽し気にそのMPSを見つめているスコールであったが、唐突に邪魔が入る。左手側のホログラムには自身の顔が映し出されていた…様に見えたが、よくよく観ると自身の顔ではなかった。

 

《退屈と言う事は順調の様だな》

 

 自身の数少ない楽しみを邪魔されたスコールは、不機嫌そうにトネードに返答する。

 

「順調過ぎると、何か裏を感じてしまうものでしょ?最新型MPSの量産が間に合っていれば、もっと安心して構えていられるんだけど。それに今回の作戦はISを使えないでしょう?『オータム』と『エム』が「私たちも殺したい」って煩くて…」

 

《だが順調と言う事は、現地でしっかりと指揮を取っているのだろう。現地民から忌避される様な言動を犯していなければ良いのだが》

 

 先程ラウラは、M・Aの目的を鉱物資源と予想していた。無論それもあるのだろうが、真の目的はどうやら違う様だ。

 今判っている事は、SHLAを倒す事で現地民の支持を得る事。ISではなくMPSで敵を圧倒する事により、MPSの有用性をより強固なものにする事。そしてそれらの目的は、先進各国には知られたくない様だ。

 

《彼の調子はどうだ?》

 

 「彼」と言われると、スコールは再びモニターに映っている純白のMPSを見つめる。あのMPSに搭乗しているのが、トネードの言う彼なのだろう。

 

「そっちも順調よ。後は「究極のMPS」の完成を待つだけ」

 

《そうか。『イスラエル侵攻』に間に合えばそれでいい》

 

 トネードが短く返すと、スコールは少し拍子抜けた様に目を丸める。

 

「未だ用件があるんじゃないの?」

 

 妹に見透かされたトネードは短く息を吐くが、無表情のまま自身の要求を述べる。

 

《…IS学園「タッグトーナメント」、観に行くのだろう?》

 

 トネードの言葉は「IS学園を襲撃する」と言う暗喩ではない。そのまんまの意味だ。

 言わずもがな、亡国機業トップとしての素顔は隠して行くのだろう。

 

「ええ。使えそうな子、脅威になりそうな子を見定めておこうと思って。アンタも観に行くっての?」

 

《ああ。観戦の理由はお前とほぼ一緒だ。アタシも運営トップとして、その辺りの事もある程度は把握しておかねばな》

 

 トネードの在り来たりで面白みの無い返答を聞いて、スコールは嘲りながら確信に近い憶測を述べる。

 

「大好きなアルトランドくんに会いたいだけでしょ?」

 

 スコールの予想を聞いたトネードは僅かに笑みを零すが、否定はしなかった。

 

《そう言うお前こそ織斑くんの試合を観るのが一番の目的だろう?》

 

「イヤン!バレちゃった♡ま、お互いその日までには「目先の仕事」を片付けておきましょうか」

 

《ああ、健闘を祈る》

 

 トネードは再び無表情に戻ると、その言葉を最後に通話を切った。

 

 スコールはまたしてもモニターを見つめ始めたが、純白のMPSは既に映っていなかったのでつまらなそうに溜め息を吐いた。

 

 

 彼等の計画は、まだまだ途上も途上だ。




申し訳程度の中東要素。

SHLAの元ネタは、皆さんで調べて頂ければ分かるかと思います。
アラスカ条約の「自衛云々」は自分で適当にアレンジしました。

あとすみません。今更気づいたのですが、MPSが少年にしか使えない理由について、全く触れていませんでしたね・・・。理由は鉄血本編と同じく、生体ナノマシンが成長期の子供にしか定着しないからです。第3話に修正入れときました。

純白のMPSを操る少年は、一体何者なのか・・・。







と言うか、やっぱ話のテンポ遅すぎますね・・・。けどやっぱしシャルル・ラウラ編は今迄で最長になる事は分かり切っていたので、どうにか挫けない様頑張ろうと思います。


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第21話 居場所

千冬がカッコいいと思った(小学生並みの感想)


 銀髪の全体的にみすぼらしい少年は、今日も自己否定しながら下らない雑用をこなしていた。

 普段から下を向いている少年はいつも通り白いアスファルトを見下ろしていると、女の影がそこに出来上がった。

 今日もされる。少年は身体への衝撃を覚悟しながら諦めた眼差しで見上げる。するとそこには見た事無い女が仁王立ちしていた。

 何もしてこない、何も言ってこない、女はただ少年を真っ直ぐ細部まで観察する様に見据えていた。

 虫けらの自分をそんな真剣に見ていて楽しいかと少年が思っていると、女はやっと口を開いた。

 

 今日からお前たち全員を鍛え上げる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――5月13日(金)―――――

 

「中止になったクラス対抗戦の景品なんだけど、全クラスに「学食スイーツ1ヶ月間食べ放題券」配る事になったらしいよ?」

 

「マジ!?良かった~」

 

 登校中、曇天を仰ぎ見ながら鏡と相川の会話に聞き耳を立てるラウラ。最初こそ鬱陶しく感じていたその姦しさも、慣れれば存外にも悪くない様だ。

 

 しかしそんな彼女たちを見ていると、ラウラは己が如何に異質な存在なのか思い知らされる。

 

 平和な空間で、安寧を胸一杯に享受し、それを当たり前として日々を過ごす。正に彼女たちは、本来人類が目指すべき居場所を体現していると言っても良い。

 そんな、誰もが恋い焦がれている居場所に疎外感を抱いてしまうラウラ。そう考えると、やはりラウラも根本的には昭弘や少年兵たちに近しいのだろう。

 

(…アルトランドの苦悩が解った気がする)

 

 ラウラは密かに昭弘を称賛した後、己の目的をもう一度見つめ直す。

 

(楽園を楽園として心置き無く謳歌する彼女たち。楽園と言う空間に居ながらも、戦場を心から遠ざけられないアルトランド。そして教官、貴女にとってこの楽園は一体どんな場所なのか。「私の部隊」から離れる程のモノなのか。もしそうだとしたなら、私は貴女の何を見れば?)

 

 そんなラウラの声なき独り言は、相川によって遮られる。

 

「ラウラ大丈夫?いつにも増して眉間に皺が寄ってるけど…」

 

 心配する相川と鏡に対し、ラウラは普段通り物静かに答えようとする。が、丁度いいとも思ったので2人に「ある事」を訊ねてみる事にした。

 

「…なぁお前たち。もし織斑教諭がIS学園から居なくなったらどうする?」

 

 唐突なラウラの問い掛けに対し2人は互いの顔を見合うが、その後腕を組んで考え始める。

 すると、先ず初めに鏡が己の考えを口にする。

 

「正直泣いちゃうかも。けど1週間も経てば、また普段の私に戻るんじゃないかな」

 

 千冬の事を普通に慕ってると言っていい回答であった。

 鏡の答えに異を唱える様に、相川も続く。

 

「私は一生立ち直れないかな。「世界で一番憧れてる人」だし」

 

 冗談ではない低く真剣な声で、相川はそう答えた。どうやら彼女の千冬への慕情は、通常より2段も3段も上の次元にあるらしい。

 

 2人の回答を聞いたラウラは、それがどうしたと訊き返される前に答える。

 

「それだけ織斑教諭を大切に想っているなら、もっと日々を噛み締めて生きろよ?」

 

 ラウラの余計なお節介とも取れる言葉に対し、2人は馬鹿正直に「はーい」と返事をする。

 そんな2人に対し、ラウラは心の奥で謝罪する。

 

(すまないなお前ら。私は今日、お前たちの想いを真っ向から踏み躙る行動を起こす。…本当にすまない)

 

 そんな心の謝罪が、彼女たちに聞こえる事などある筈もなかった。

 

 

 

 

 

―――放課後―――

 

 既に日も沈みかけて曇り空が更に薄暗くなっている頃、昭弘は職員室へとその巨体を向かわせていた。「放課後、職員室に来てくれ。職員全員が出払ったら連絡する」と言う千冬の言葉通りに動いていた昭弘は、職員室前まで来て足を止める。

 

「どうしても考え直してはくれませんか」

 

 声の主はラウラであった。普段の厳格さが微塵も感じられない弱々しい声に、昭弘はただならぬ何かを感じた為か不本意ながらも盗み聞きに出た。

 

「何度懇願されても答えは同じだ。私は此処IS学園を離れるつもりはない」

 

 千冬が冷たくあしらうが、ラウラは食い下がる様に理由を訊ねた。何故そうまで此処に拘るのかと。

 別にラウラだって、IS学園の生徒や教員を侮辱している訳ではない。ただ、人には適材適所があると言いたいだけなのだ。

 

 そのまま、千冬の返答を待たずにラウラは続ける。

 

「貴女だって解っている筈だ。貴女にとっても私や私の部下たちにとっても、此処は貴女が居るべき場所ではない」

 

 遠回しに、ラウラは「もう一度我が隊の教官を勤めて欲しい」と言っているのだ。

 

 千冬は一時期ドイツ軍に出向しており、そこで1年間教官を務めていた。そんな千冬の教官としての能力は、今のラウラがそのまま物語っている通りだ。

 事実、ドイツ軍はIS学園以上に千冬と言う人材を欲しているし、千冬自身も此処で教鞭を執るより新米軍人を鍛え上げる方が向いていると感じてはいる。

 

 最後に追い討ちをかける様に、ラウラは千冬を諭そうとする。

 

「此処が本当に貴女の居場所なのですか?「厳しくも優しい教師」と言う仮面を被ってまで、居る意味があるのですか?」

 

 2人しか居ない職員室内に鈍痛の様な沈黙が流れる。先に声を発した方が斬られるかの様な、抜け出したいのに抜け出したくない沈黙。

 昭弘は自身の吐息を響かせない様、空調音と同化させようと呼吸を小さくする。

 

 千冬が言い返せないと確信したラウラが踵を返した時、千冬は斬撃をものともしない調子で語り出す。

 

「私はな、ISと言うパワードスーツの本質をより多くの人間に知って欲しいのだ」

「抑止力としての核兵器が意味を成さなくなった今、それをたった467機のISコアに頼らざるを得ない先進各国」

 

 もし仮に何処かの国、何処かの地域で467機のISを上回る戦力が備わってしまったら。抑止力は消え失せ、その国の思うがままの「破壊と暴力」が世界を覆い尽くすだろう。

 しかし「IS至上主義」と言う思想が蔓延している今の世界では、その危険性に気付ける人間自体極めて少ない。

 

 その話を盗み聞いていた昭弘の脳裏に、ある戦慄が一瞬だけ浮かび上がる。それは、先日のニュースでも報道された第2の人型兵器「MPS」の存在であった。

 未だその実態は報道されていないが、今やアフリカでは戦闘ヘリの上位互換としてMPSは優位性を確立している。

 

(……まさかな)

 

 それでも、どんなにMPSが進化しようと兵器としてISを凌ぐ事など有り得ない。昭弘は自身にそう言い聞かせながら、頭の靄を振り払う。

 

「無限の可能性と言っても絶対数が限られている現状、有事の戦力としては数的限界がある。そんな今大切なのは、ISをより深く理解した上で“ISこそ絶対”と言う固定概念を払拭する事なのだと私は考える」

 

 千冬がそこまで答えると、ラウラが千冬の代わりに結論を述べる。

 

「…だから未来を担う子供たちに、その事を教えたいと?」

 

「そうだ」

 

 千冬は短くそう返すが、ラウラはやはり納得し切っていない。

 そんなラウラの心境を察した千冬が、今度は“居場所”について語り出す。

 

「それとなラウラ、私は何時だって仮面を被っているぞ?ひたすらに冷静で合理的な教官としての仮面、厳しくも優しい教育者としての仮面、姉としての仮面、友としての仮面、世界最強(ブリュンヒルデ)としての仮面。唯一被っていない時など、精々一人でビールを飲んでいる時くらいだ」

 

 人と接する時、人は無意識に仮面を被るものなのだ。

 

「居場所にしたってそうさ。この世に唯一無二の居場所なんて存在しない。今自分が無意識に仮面を被りながら人と接する空間。それこそが居場所の正体だ」

 

 だからIS学園も、家も、ラウラの部隊も、全て千冬にとって大切な居場所なのだ。

 

 そんな千冬の言葉は昭弘の心を照らし、そして大きく揺さ振った。

 鉄華団、束のラボ、そしてIS学園。夫々異なる人々と接して来たそれらの居場所に、優劣など付けようがないのだと昭弘は悟った。

 

 ラウラは再び黙り込むかと思われたが、性懲りもなく我儘を貫き通そうとする。引こうとしないその様は、まるで後方に狼でも待ち構えているかの様であった。

 

「…貴女の考えは良く解りました。ですがやはり、ドイツ軍(あそこ)こそが貴女の居場所だ。それ以外の貴女など、私は認める訳にはいきません」

 

 自身の身勝手な価値観を捨て台詞に、ラウラは今度こそ踵を返して職員室を後にする。

 

 

 ラウラは昭弘を見ると、最初から気付いていたかの様に苦言を呈する。

 

「悪趣味だな。見損なったぞアルトランド」

 

 そう言われると、昭弘は罰の悪そうな顔をしながら言い訳を述べる。

 

「スマン。どうしても気になったもんでな」

 

 昭弘がそう返すとラウラは彼の傍まで近寄り、小声で念押しした。

 

「余計な事するなよ?」

 

「…」

 

「無言なら「YES」と受け取るぞ」

 

 最後にそう言うと、ラウラはそのまま昭弘の脇を通過して行った。

 その際、長く麗しい銀髪の先端が昭弘の右手を冷たく撫でた。更に念押しするかの様に。

 

 

 

 職員室に入った昭弘に対し急な呼び出しを謝罪した千冬は、給湯室にて茶を淹れている。

 対し、昭弘も同じく千冬に謝罪する。

 

「…すみません織斑先生。先の会話、聞いていました」

 

「気にするな。悪いのはお前を呼び出した私と、押し掛けてきたラウラだ。寧ろ話が省略できて楽だ」

 

 千冬のそんな言葉で、昭弘は話の内容をある程度予想する。昭弘があれこれ予想しているのを見越す様に、千冬も話を続ける。

 

「…さっきの口論、お前はラウラに何を感じた?」

 

 一見唐突なその質問も予想の範囲内だった昭弘にとっては動じるまでもない事なので、そのまま正直に答える。

 

「…織斑センセイに対して、異常なまでに執着していると言うか……」

 

 昭弘の答えに対し、正解だと言わんばかりに千冬は力無く頷く。

 そして自身とラウラの過去について、なるべく手短に昭弘へと伝えていく。

 

 

 

 落ちこぼれ。

 

 千冬が最初、ラウラに抱いた印象がそれだったと言う。

 とても信じられなかった昭弘だが、更に千冬の話を聞いていくと手の平を反すように納得してしまった。

 女尊男卑社会である今日、男性の身であり更には片目を患ったラウラが部隊内で孤立する事は最早必然と言えた。

 

 酷い有様だったらしい。雑用にも劣る仕事ばかり任されていたとか。

 

「だが何よりも酷かったのは、そんな環境を受け入れ何もかも諦めていたラウラ本人だった」

 

「…そんなボーデヴィッヒを救ったのが、織斑センセイだったと?」

 

 昭弘が核心めいた事を言うと、千冬は気恥ずかしそうに訂正を加える。

 

「過大評価だよ。アイツが勝手に吸収していっただけだ」

 

 それからのラウラは別人の様に成長していった。隻眼である事をものともせず。

 その常軌を逸した特訓内容と成長速度は、部隊の連中も心を入れ替えざるを得ない程だった。

 

 そこまで言い終えると、千冬は一段落したかの様に息を吐く。

 大分省略はしたのだろうが、以上の出来事が今のラウラを築き上げたと言う訳だ。

 

 絶望的な状況にいた自身に、手を差し伸べてくれた千冬。ラウラの瞳には、それこそ千冬が「救世主」の様にでも映っていたのだろう。

 

「…今のラウラはな、私しか見ようとしないんだ」

 

 ラウラの目的は「ブリュンヒルデの千冬」になる事ではなく、「千冬の様なブリュンヒルデ」になる事なのだ。そうなる為に、ラウラはひたすら「千冬」と言う存在を見つめ続けて来た。此処IS学園でも。

 

「だが奥底の本心は違う筈なんだ」

 

 その辺は、昭弘が一番良く解っている。ラウラの不器用な優しさを。だからラウラは昭弘や相川たちを無視する事が出来ないし、無意識に千冬以外の人間の事も想ってしまう。

 

 ラウラは恐らく揺れ動いているのだ。千冬と言う絶対的存在と、昭弘たちとの狭間で。

 

 

 漸く前置きが終わった所で、千冬は昭弘に自身の頼みを力の抜けた情けない声に変換しながら吐き出していく。

 

「頼むアルトランド。無能な私の代わりに、ラウラを私と言う呪縛から解放してやってはくれないか?」

 

 此処での千冬は、軍に居た頃の千冬ではない。ラウラがいくら彼女を見たところで答えは出ないし、優しいラウラでは「織斑千冬」になんてなれない。

 

「アイツは私の言葉には何も考えず従うだろう。だがそれでは駄目なんだ。アイツには自分の意思で、変わって欲しいんだ」

 

 IS学園と言う、ラウラにとって異質な居場所。そこで自身がどうなりたいのかどうありたいのか、それはラウラ本人にしか解らない。

 そしてそれらを実行に移すには、本人の強い意思が必要になるのだ。とても、他人に言われて成せる事じゃない。

 

 千冬はそこまで言い終えると、昭弘の返答を待つべく敢えて口を閉ざす。しかし昭弘から帰って来た言葉は、了承の言葉ではなかった。

 

「……態々オレに頼むって事は、「ボーデヴィッヒの友人」としてオレを信用しているって事ですよね」

 

 その雰囲気や風貌に似つかわしくない、筋金入りのお節介焼き『昭弘・アルトランド』。そんな彼にとってその様な頼み事は、寧ろ自分から望むところなのだろう。しかもラウラの友人として自身を頼ってくれると言うのだから、お節介心も燃え滾ると言うもの。

 そんな昭弘の答えは、言うまでも無く1つしか無かった。

 

「喜んで引き受けます」

 

「ッ!ありがとうアルトランド!」

 

 千冬は大いに感謝すると、昭弘の右手をしっかりと両手で握り締めた。

 

 彼女はこれまで、誰に対しても委縮した事はただの一度もない。だがこの時ばかりは、昭弘に対して多少ながらも委縮してしまった。

 

 

 千冬が固く熱い握手を解いた後、丁度昭弘は訊きたい事を思い出したので彼女に訊ねる。

 

「そう言えば織斑センセイ。一夏とボーデヴィッヒの確執について、何か心当たりはありますか?」

 

「…それは『第二回モンド・グロッソ』での出来事だろう」

 

 『モンド・グロッソ』とは、3年に1度だけ開催されるISの世界大会である。様々な部門に分かれており、総合優勝者にはブリュンヒルデの称号が与えられる。

 つまり、第一回大会での優勝者こそが千冬なのだ。

 

「…第二回大会では、センセイが途中で棄権したと聞きましたが。一夏と何か関係が?」

 

 昭弘もモンド・グロッソに関しては、束からある程度話を聞き及んでいる。

 しかし、詳しい真相に関しては一切報道されなかった。昭弘も又、真相を知らない人間の一人だ。

 

「…そうだ」

 

 それ以上、千冬はモンド・グロッソに関して昭弘に口を開こうとはしなかった。昭弘も「機密性の高い案件なのだろう」と察し、それ以上訊こうとはしなかった。

 

「ラウラも焦っているのだろう。一夏の剣術もISもそして雪片も、全てが私の生き写しだ」

 

 今のラウラを鑑みると、一夏に対して悪しき執着心が芽生えても不思議ではない。モンド・グロッソでの出来事が、それに拍車を掛けてしまったのだろう。

 個人に対する負の感情は、積み重ねられた分だけ肥大化していきやがて憎悪と化す。

 

 千冬はラウラの心境について予想を立てると、昭弘に“ある確認”を取る。

 

「ん?…なぁアルトランド、一夏もラウラを疎ましく思っているのか?」

 

「ええ、少なくともオレからはそう見えました」

 

 昭弘の返答を聞いて、千冬は手の甲を顎に当てながら考え込む。

 

 千冬を崇拝するラウラからしてみれば、千冬に最も近しい存在である一夏を妬ましく思うのは解らなくもない。

 しかし姉である千冬から見ても、一夏がラウラを疎ましがる理由はどうやら解らない様だ。

 

 この時、昭弘は勿論千冬自身も知る由など無かった。一夏が一体、どれ程千冬と昭弘に執着しているのかを。

 

 

 

 結局一夏の事が何一つ解らなかった昭弘は、歯痒い気持ちを押し殺す様に茶を飲み干すと職員室を後にした。

 

 

 そんな中、昭弘と千冬は今更な問題にぶつかった。

 

 

 

(…あんな頼み事をしておいて何だが、アルトランドは何か秘策でもあるのだろうか)

 

 

 

(…引き受けたは良いが、何をどうすれば良いんだ?)

 

 

 

 

 

((まぁ何とかなるだろう))

 

 猪突猛進な2人は、もう少し「慎重」という言葉を覚えた方が良いのかもしれない。




ラウラの過去や左目については、クライマックスでしっかりと・・・描写しますんで。一夏の過去と第二回モンド・グロッソに関しても同様です。

ラウラ・シャルル編、今までで最長になるかもです。・・・あ、もうなってる?


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第22話 一夏の焦燥

セシリアにだけやたら辛辣な昭弘すき。


―――――5月14日(土) 07:03―――――

 

 土曜の朝であるにも関わらず、昭弘たちはアリーナBでタッグトーナメントに向けた練習に励んでいた。流石にこの時間帯なら、他の生徒は未だ布団に籠っている様だ。

 

 そんな中、箒、鈴音、セシリアの3人が、スタンドで一夏に対し熱心に指導をしていた。お世辞にも上手な教え方とは言えないが。

 

 そんな勢いに任せる彼女たちへ、昭弘が冷風を送る様に物申す。

 

「…お前ら自主練でもしてろ。オレが教える」

 

 その一言を聞いて頭が混乱していた一夏は歓喜の表情を浮かべるが、熱の下がらない女衆は反発する。

 

「何よ昭弘。また一夏を独り占めする気?」

 

「魂胆が見え透いているのですわ。そんなに独り占めしたいのなら、せめてもう少し言葉を選んで立ち回ったらどうですの?」

 

 どうやらセシリアや鈴音にとって、昭弘は一夏に立ち塞がる壁として認識されている様だ。

 当の昭弘は堪ったものではないので、反論すると言うかあしらう。

 

「何故そう言う話になる?それとオルコット、「言葉を選んで立ち回れ」だぁ?今のお前こそ言葉を選んでもう少し解りやすく教えたらどうだ?」

 

「アラまぁここに来て粗探しですの?心の狭い男ですわね」

 

「こんな野蛮人如きの言葉に反論出来ないのか?貴族令嬢様?」

 

「はぁ?野蛮人風情相手をする労力すら惜しいだけですわ」

 

「だぁもうッ!喧嘩するなら別のアリーナ行ってよね!」

 

 もう嫌と言う程見てきた昭弘とセシリアの口論に、鈴音が割って入る。

 

 そんな中、隙を突いた様にシャルルが一夏の傍まで赴く。

 

「一夏。良ければ僕と一緒にどう?射撃武器について色々と教えられるかもしれないし」

 

「お、おう喜んで!」

 

 今の状況では一夏にとって正に好都合だ。

 

 しかし、念の為に箒の顔色を伺う。

 こういう時箒が機嫌を損ねると言う事を、流石の一夏も学んだらしい。理由は当然解っていないが。

 

「シャルルとフィールドまで下りるけど…い、良いよな?箒」

 

 そう恐る恐る聞くも、箒の返答は驚く程淡白なものであった。

 

「別に良いのではないか?」

 

 むつける訳でもなければ、反発する訳でもない。一夏は安心と言うよりも、一周回って不気味なものを感じた。何も裏が無ければいいのだが。

 

 

 箒も、余りに淡白過ぎる自分自身に驚いていた。それは恐らく、好きな異性が2人居ると言う特殊故。心の余裕と言うよりも、以前の様な一夏一人に対する独占欲と言うものが薄れているのだ。

 今の彼女は、もう一夏だけを意識する訳には行かないのだから。

 

 

 

 一同は、一夏とシャルルによる訓練をスタンドから眺める事にした。

 シャルルのIS名は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。全体的に橙色の装甲は頭部以外の大部分を覆っており、ブルー・ティアーズや甲龍と比べると幾らか重厚感がある。更に背部から伸びる4本のウイングが、当機の存在感をより激しく主張していた。

 

 早速、両名はフィールド上で楽し気に斬り結ぶ。

 そんな2人を、鈴音とセシリアは苦々し気に見下ろす。何を男同士で楽しそうにと。

 

 そんな2人とは対照的に、昭弘と箒はシャルルの実力や機体性能を冷静に分析していた。

 

「ラファールのカスタム機か。20種に及ぶ武装を収納出来る、膨大な拡張領域が主な特徴だな。機動力こそ第3世代機に多少劣るが、その手数の多さは脅威だ」

 

 どうやら昭弘は、第3世代機以外の専用機をも粗方調べ上げている様だ。

 隣に居た箒は、ISスーツが食い込んだ昭弘の麗しい肉体に顔を赤らめながらも自身の見立てを述べる。

 

「近接戦においても、十分な実力を備えている様だな。一夏が未だ慣らしとは言え、彼の剣戟と互角とは…」

 

 多彩な武装に十分な近接戦闘能力。

 2人の分析を合わせると、シャルルのラファールは専用機の中でも全方面に特化した機体と言える。

 

ドヒュゥゥーーッ!!

 

 そんな中、2人は突如フィールド上に現れた『漆黒のIS』に目を奪われる。

 しかしドス黒いボディの上を揺らめく美しい銀髪を見た彼等は、それが誰なのか一瞬で把握する。

 

「チッあの馬鹿…」

 

 昭弘はそんなラウラを確認すると、急いで直近のピットへと向かう。

 

「昭弘!私はセシリアたちを留めておく」

 

「スマン!頼む」

 

 去り際に、昭弘はそう叫ぶ。

 セシリアと鈴音は、未だにラウラへの敵意を解いてはいない。感情的になって、これから昭弘が「しようとしている事」の邪魔をされては敵わない。

 昭弘はその辺りを理解してくれている箒に、心の中で短く感謝する。

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…!」

 

「何?アイツが一夏をブン殴ろうとした奴?…丁度良いわ、一夏に加勢するついでに軽く痛め付けておこうかしら」

 

「待て2人共!」

 

 そんな案の定今にもピットへ駆け込もうとする2人を、箒は必死に宥めようとする。

 そして、この場において考えうる最良の言葉を思い付く。

 

「い、一夏があんな奴に遅れを取る筈がなかろう!ここは一夏を信じて見守るべきだ」

 

 その言葉は、一夏を愛している彼女たちを留めておくには十分であった。

 

 

 

 折角のシャルルとの楽しい一時を邪魔された一夏は、憎々しげにラウラを睨み付ける。

 

「…何の用だよ?」

 

 半ば投げやりにそう訊ねる一夏に対し、ラウラはどこか得意気に言い放つ。

 

《織斑一夏、私と戦え》

 

 そう言われると、一夏は不安気なシャルルを見つめる。

 一夏自身は戦っても良かったがコイツ如きの為に態々シャルルを困らせたくはないし、シャルルと訓練を続けていた方が遥かに有意義だ。

 そんな一夏は、あくまで口調を荒げずに答える。

 

「嫌だね。する理由がねぇよ」

 

 しかし、無論ラウラは引き下がらずに右肩の長大なカノン砲を向ける。

 

《お前にはなくても私にはある!》

 

ドァォオンッ!!

 

 相手の許可なく一方的に放ったソレは超高速で白式目掛けて飛来する。余りにも突然の砲撃に対し、反応すら出来ない一夏は直撃を覚悟した。

 しかし一夏が予想した衝撃は、傍に居たシャルルがラファールのシールドによって防いだ。

 

 そんなシャルルを睨みながら、ラウラは毒付く。

 

《…ヤルのか?フランスの第2世代機(アンティーク)風情が》

 

 そんなラウラに対し、シャルルも口調を強めて返す。

 

《ドイツの第3世代機(ルーキー)よりは戦えると思うけど?》

 

 シャルルの意趣返しを火蓋に、ラウラは瞬時加速で突っ込んで来る。他の飛び道具を警戒していた2人は、ラウラの予想外な突進に対してまたもや反応が遅れてしまう。しかし…

 

ガギィィインッ!!!

 

 まるで先程のシャルルの動きを焼き増した様に、「巨大な影」がシールドを翳してラウラの突撃を防ぐ。その巨体の後姿を拝んだ一夏は、喜色を取り戻してその名を叫ぶ。

 

「昭弘!!」

 

《アルトランドくん!?》

 

 

 

 2人の異なる反応に対し、昭弘は無機質なツインアイを一瞥だけ後ろに向けると再びラウラに相対する。

 

「チィとおイタが過ぎるんじゃないか?ボーデヴィッヒ」

 

 通信越しに聞こえる昭弘の少しくぐもった声を聴いたラウラは、自嘲する様に口角を釣り上げる。

 

《…ハッ!お前が正しいよアルトランド。そりゃあそうだ、私の様な「鼻つまみ者」に肩入れするメリットなどお前には無いものなぁ?友達でもないなら猶の事なぁ!?》

 

 ラウラの少し演技掛かった返答を聞いた昭弘は、キッパリと否定の意思を示す。

 

「オレが乱入した一番の目的はな…ボーデヴィッヒ、お前と一度戦ってみたかったからだ」

 

《…何?》

 

 それは聞き返すと言うよりも、反射的に放った一言であった。突然の告白に頭が追い付かなかったラウラは、短い単語を発する他なかったのだ。

 

「悪いか?友人の技量が気になっちゃ、闘技場(フィールド)で戦闘への欲求を満たしちゃ」

 

 最後に、昭弘は止めの一言を発した。

 

「ま、勝てない相手に戦いを挑むのはお前にとっちゃ無謀に過ぎるか」

 

ブツン

 

 ラウラは謎の音を脳内に響かせると、ターゲットを一夏から昭弘へと変える。

 しかしラウラの顔にずっと張り付いていた陰鬱な笑みは消え失せ、代わりに無邪気な笑みが浮かび上がっていた。

 

 まんまと乗ってくれたラウラを見て、昭弘はフルフェイスマスクの中でほくそ笑む。

 一夏とシャルルへの通信も忘れない。

 

「つー訳だ。オレが押さえておくから2人は訓練に集中してくれ」

 

《う、うん!ありがとうアルトランドくん!》

 

 シャルルは、快活に感謝の言葉を述べるが…。

 

 

 一夏は先程の喜色溢れる表情を消し飛ばし、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 その引き金となったのは、先程昭弘が「一番の目的」を言い放った時だった。

 

 「昭弘が割って入ってラウラを遠ざけてくれた」と言う客観的事実は今の一夏に映らず、暗黒の思考が別の主観的事実を網膜に映し出していた。またしてもラウラに昭弘を奪われた、と。

 

《一夏ッ!!》

 

 そんな一夏を現実に引き戻すべく、シャルルが声を震わせる。

 

 まるで永い眠りから意識を取り戻したかの様に、一夏はシャルルへと振り向く。

 

《と、取り敢えず僕たちは下がっていよ?》

 

 シャルルは白式の手を掴み、後方へと下がる。

 しかしグシオンから離れれば離れる程、一夏の表情は険しさを増していく。その瞳には、仲睦まじそうに見つめ合う昭弘とラウラの姿が映っていた。昭弘の表情はマスクで見えないが、一夏にはそう見えてしまった。

 そして一夏は、思ってはいけない事を思ってしまった。

 

―――こんな事ならさっきボーデヴィッヒをぶっ潰しとけば良かった

 

 

 

「(『シュバルツェア・レーゲン』…ドイツの最新鋭機か)おっとそうだ、ボーデヴィッヒ」

 

 相手の機体名を確認した後、昭弘はラウラにある提案を言い渡す。

 

「射撃武装は無しにしないか?一夏とデュノアに流れ弾が飛んじまう」

 

 しかしラウラは、その提案を嘲りながら却下する。

 

《知るか!当たる方が悪いだ…!?》

 

 ラウラは最後まで台詞を言えず、反射的に腹部を両腕で防御してしまう。その交差させた両腕には、グシオンリベイクの武骨で鈍重な右足が減り込んでいた。

 

「もうとっくに始まってるんだぜ?撃つ気満々なら先にヤクザキックなんて食らうんじゃねぇよ」

 

 昭弘が更に挑発すると、ラウラは歯を食い縛りながらも笑みを浮かべる。戦いの快楽にその身を委ねる様に。

 

《ミスったのは貴様だアルトランド。今のが正真正銘最後のチャンスだったと言うのに近接武器を使わないとはなぁ!》

 

 

 序盤レーゲンは下手に接近せず、高機動を活かしてグシオンを翻弄しようとする。しかし、グシオンはその場に佇んだままだ。

 業を煮やしたラウラは、背後から擦れ違い様に右手の「プラズマ手刀」をお見舞いする。

 ソレを読んでいた昭弘は、振り返りながら左手に腰部シールドを持ってガードする。更にその動きを読んでいたラウラは左手のプラズマ手刀も発動させ、グシオンの顔面に向かわせる。そのジャブ並みに速い突きは奇麗に直撃する…が。

 

 直ちに引き抜こうとした手刀は、あっさりとグシオンの右手に捕まってしまう。

 

(早いッ!)

 

 両腕が塞がったラウラは、またしても驚愕に支配される。

 

(背中に…腕!?)

 

 既にグシオンの右サブアームにはハルバートが握られており、ラウラの予想通りの軌道でソレは振り下ろされる。

 

ギィン!

 

 今度は昭弘が既視感のある兵装に顔を歪ませてしまう。

 ソレは強いて言うなら「縄」、もっと誇張表現するなら「触手」とでも言えば良いだろうか。レーゲンの左腰に付随しているユニットから伸びた3本のソレらは、先端の刃でハルバートを完璧に防いでみせた。

 

(『バルバトス』のテイルブレードを思い出すな。念のため左手のサブアームは隠しておいて正解だったぜ)

 

 昭弘は直ちに左サブアームを繰り出して、その手にグシオンハンマーと言う鉄の塊を呼び出し振り下ろす。

 

 だがレーゲンは右腰のユニットからも3本のワイヤーブレードを出現させ、先程と同じようにハンマーを防ぐ。

 

 グシオンは4本の腕が塞がれ、レーゲンもこの至近距離でレールカノンを打てば衝撃でダメージを受ける。

 

 しかしそんな膠着状態も長く続かなかった。

 ラウラは右手のプラズマ手刀と6本のワイヤーブレードを引っ込めると同時に、右肩を引いて身体を真横に逸らす。その帰結として体勢が崩れたグシオンに蹴りを放ち、左腕の束縛を解く。

 

 

 その後、空中で幾度となく激しく斬り結ぶ2機。

 目まぐるしいまでに交差する、プラズマ手刀とハルバート。その斬り合いにワイヤーブレードやサブアームまで加われば、最早異形の怪物同士の戦いだ。

 

 しかし、昭弘の中にある疑問が生じ始める。

 無論の事、昭弘はレーゲンの事も粗方調べている。レーゲンが搭載している特殊兵器の事も然り。未だにラウラがソレを使わない事が、昭弘は不思議でならないのだ。

 

 

 

 代表候補生でありレーゲンの情報を網羅しているセシリアと鈴音も、その不可思議を感じ取っていた。

 

 そんな中イマイチ状況を把握出来ていない箒を見かねて、セシリアは自ら説明に入る。

 

「平たく言えばレーゲンの特殊能力ですわ箒。1対1の勝負では反則級の力を発揮する能力なのですが、何故それを使わないのか…。まぁしかし、いずれは使うでしょうからどんな能力かは観てみれば解りますわ」

 

 

 セシリアが言い終えたタイミングで、鈴音は思い出したように口を開く。

 

「そう言えば、結局一夏たちは戦わずに終わっちゃったわね…」

 

 少し残念そうな鈴音に対し、箒は今の状況を肯定する。

 

「寧ろそれが良いのだろう。正直一夏とボーデヴィッヒは、余り関わらせない方が良い気がするしな」

 

 箒の余りにも平和的な意見を聞いて、鈴音とセシリアは先程の好戦的な自分自身を恥ずかしく思ってしまう。

 

 今の昭弘とラウラの様に、戦うのは良い。だが争いは、起きない方が良いに決まっている。

 

 

 

 互いの剣先を交互に繰り出しながら、ラウラは忌々しくグシオンを見つめる。

 

 飛び道具を封じている今のグシオンに勝つことは、ラウラにとって造作も無い事だ。それが、レーゲンの特殊能力なのだから。

 では何故能力を使わないのか。それは恐らく、射撃兵装を使わずに向かってくるグシオンの姿勢そのものにあるからだろう。射撃兵装を使わない相手にこの能力を使うのは卑怯だ、と。

 

 結局ラウラは、ここでも千冬の幻影に囚われているのだ。もっと言うなら、千冬を目指しているラウラにとってこの特殊兵器そのものが不要なのだろう。

 

 そんなラウラのジレンマを見破ったかの様に、グシオンは滑腔砲を構える。

 いきなり約束を破って来た昭弘に対して激怒する間もなく、ラウラは反射的に「両手」を前方へと掲げてしまう。

 

 瞬間、グシオンの動きはピタリと停止してしまう。同時に、昭弘から専用回線で通信が入る。

 

《何故、最初から使わなかった?》

 

 『|AIC《Active Inertial Canceller》』慣性停止結界。手を翳すだけで相手の動きを完全に封じる事が出来る、レーゲン専用の特殊兵装だ。

 無論、射程距離や集中力等発動には様々な条件が必要になるが、一度発動に成功すれば無類の強さを誇る。

 

 そんな昭弘の問い掛けに対し、ラウラも約束を違えた事に関して小言を繰り出そうとする。しかし良く良く見てみると、グシオンは滑腔砲を逆向きに持っていた。

 ラウラはしてやられたと思いながらも、昭弘の問い掛けに答えようとする。

 

 しかし言いたくないのか何と答えれば良いのか解らないのか、言葉が上手く出てこない。

 そんなラウラに対し、昭弘はグシオンのマスクを解除しながら言葉を贈る。

 

《…()()()、もう好きな様に戦ったらどうだ?ISってのは、自分の「好き」が許される存在だろう?》

 

 ラウラはその聞き慣れない言葉を、心の片隅に閉じ込めておく。

 そして、AICを使ってしまって気分が萎えたのか昭弘の素顔を見て心が落ち着いたからか、ラウラは戦闘態勢を解いた。

 

「…今日は引き下がるとしよう。中々楽しいバトルだったぞアルトランド」

 

 そう言ってピットに戻ろうとするラウラに対し、昭弘は最後の疑問をぶつける。

 

《何で一夏に挑もうとしたんだ?》

 

「…“任務”兼“私怨”だ」

 

 私怨に関しては昨日千冬から話を聞いている。任務に関しても、一夏に挑んだ事を鑑みれば白式のデータ収集であろう事は昭弘にも予想出来た。

 成程確かにそう考えると、ラウラにとってこの戦いは憎き一夏を痛め付け更には白式のデータ収集も可能。正に一石二鳥と言う訳だ。

 

 と、そこでラウラが何か言いたそうに、しおらしくモジモジとしている。

 そうして落ち着きなく手を腰に当てたり頭に持って行ったりした後、ラウラは少し照れくさそうにしながら次の言葉を放った。

 

「…()()…私を「友人」と言ってくれた事…その、悪い気はしなかったぞ?」

 

 

 

 

―――同日 20:01 128号室―――

 

 ここ最近一夏の様子が可笑しい。口数は以前よりも減り、笑い方もどこかわざとらしい。

 

 さっきまでそんな事を考えていた自分自身が酷く懐かしいと、今シャルルは感じていた。

 

 そう彼…いや彼女は、今さっき浴室で一夏に正体がバレてしまったのだ。

 いつかバレると彼女も思っていたのだろうが、それがこんなに早いとは彼女の動揺からしても予想出来なかったに違いない。

 

 

 時間がある程度経過し落ち着きを取り戻した一夏は、何故この様な行為に至ったのかシャルルに訊ねた。

 

「アハハ……全部話すよ」

 

 バレてしまったものはしょうがないと、シャルルはなるべく手短に己の目的と境遇を纏める。

 

 

 彼女の目的…と言うよりも彼女の父親の目的が、一夏と白式のデータ奪取にあったのだ。

 大手IS企業『デュノア社』の代表取締役を務めていた彼女の父親は、男性操縦者である一夏に近付かせるべく己の娘を男装させてIS学園に転入させたのだ。男装させたシャルルを、会社の宣伝の為に利用する目的もあった。

 それだけでも余りに無茶苦茶な内容であった。

 

 更に胸糞が悪いのは、シャルルの扱いであった。正妻が子供を産めない体質であった為、シャルルの父『アルベール』は自身と愛人の娘であるシャルルに目を付けたのだ。

 

 父の愛人である母親と2人暮らしだったシャルルだが、母が他界してからはデュノア家に引き取られた。それから監獄の様な日々が始まった。

 「愛人の娘」と言う立場上社内でも居場所が無かったシャルルは、今迄一切面識のなかった父親の命令通りに日々を過ごしていた。

 更にIS適性が高いと判明してからは、テストパイロットとしての過酷な訓練を強いられて来たと言う。

 

「…父の会社もよっぽど切羽詰まっていたんだろうね。僕にこんな無茶な男装をさせてまで、データの奪取なり会社のPRなりを画策するんだから」

 

 その後、彼女は諦めた様な笑みを浮かべると己の心境を述べた。

 

「今となってはもうどうだっていいんだけどね。正体がバレた以上、本国に強制送還されるか最悪「裁判」にかけられるだろうし」

 

 今一夏の胸には、様々な思いが去来していた。

 

 何処にも逃げ場がないシャルルへの哀れみ、理不尽を突き抜けるが如き外道を貫く父親への怒り。

 しかし父親の指示とは言え、シャルルの行為はれっきとした犯罪だ。その事実を誰にも報告せずに隠せば、最悪一夏まで同罪になりかねない。

 未だ子供の一夏にはそんな小難しい事など頭に無く、あるのはシャルルを助けたいと言う思いと、『昭弘』を頼るか否かと言う判断基準だけだった。

 

(やっぱ先に昭弘に相談した方が…いやけど)

 

 一度昭弘の事を考えた途端、一夏の脳裏にあるシャルルへの思いは段々と昭弘一色へ滲んでいく。

 

―――昭弘には報告しない方が良いぜ?

―――けどオレ一人でどうこう出来る問題じゃ…

―――出来るさ。何たってオレは『ブリュンヒルデ』の弟なんだからな

―――…それは関係無いだろ

―――それに良いのか?ここで昭弘に「良いとこ」見せておかないと本当に愛想尽かされちまうぞ?唯でさえクソッタレのボーデヴィッヒに入れ込んでるんだからな昭弘の奴。ここは一つ「オレ一人でもどうにかなる」って形だけでもアピールしとかないと

―――…

―――ほーら見ろ反論しない

―――…じゃあ何をどうしろって

―――「あの人」が居るだろ?世界中の誰もが知っているあの人さ

 

 心の中でそんな鬩ぎ合いをしている内に、一夏はある「悪魔的な事」を思いついてしまう。しかし恐らくそれは人としてやってはいけない事だと、一夏自身も自覚している。

 しかしどの道千冬や他の教員に報告した所で、シャルルが犯罪者として本国に強制送還される可能性は高い。

 

 すると一夏は、まるで縋るような目で己を見つめているシャルルに気付く。

 一夏は先程の陰鬱な表情を満面の笑みで直隠すと、シャルルに再び向き直る。

 

「…良しッ!オレが何とかしてやるよ!」

 

 完全に諦めかけていたシャルルは、一夏の思わぬ反応に対して首を傾げる。

 

「良い方法を思い付いたんだ。…ただその代わり、一つだけ確認しときたい事がある」

 

 

 

 シャルルは一夏の言う「確認」を聞いた後、特に迷う素振りもなく肯定の意を示す。

 

「…うん、僕は構わないよ。母の居ないあの国に未練はないし、犯罪者として生きていく位なら…」

 

「…良し」

 

 一夏は短いその一言を発すと、シャルルの肩にやさしく手を置く。あの時、昭弘が自分にそうした様に。

 

「オレが護ってやるよ。女を護るのは男の使命みたいなもんだからな」

 

 一夏にそう言われると、シャルルは安心した様に口許を綻ばせる。

 

「…ありがとう。一夏って優しいね。僕は君から白式のデータを盗もうとしていたのに…」

 

 その「優しい」と言う言葉は、一夏の心を深々と抉った。

 自分は優しくなどない。シャルルの事を本気で想っているのであれば本来なら昭弘に一度相談すべきなのに、自分の焦りを優先して勝手に押し進めてしまった。

 そんな事を考えながら、一夏は視線を逸らして小さく頷く。

 

「それと…一夏にだけは教えるけど、僕の本名は『シャルロット・デュノア』って言うんだ」

 

 今までタイミングを見計らっていたのだろう。『シャルロット』が自身の真を曝け出すと、一夏も改めて自身の真を口に出す。

 

「そんじゃこっちも改めて『織斑一夏』だ!宜しくなシャルロット」

 

 そんな2人は、異性同士である事を忘れるが如く固い握手を結ぶ。

 

 シャルロットは、一夏の先程の様子などすっかり忘れ去っていた。

 そんな彼女が今一夏の中で犇めいている翳りなど、よもや観測出来る筈もなかった。

 

 

 

 一旦寮を出た一夏は、ある人物に連絡を取るべく携帯の液晶をスライドする。

 該当人物の名前が現れると、液晶をタッチする。

 

 

 液晶画面には『篠ノ之束』と表示されていた。




少しずつ成長する箒ちゃん。
IS学園特記事項にある外部からの干渉うんぬんだと、単なる「問題の先伸ばし」になってしまうので、天災科学者にお願いする事にしました。その代償が、昭弘・箒・一夏の関係性を更に複雑にしていきますので、今後も是非御期待ください。
無論、シャルロットの問題もこれだけでは終わりません。

と言うか早くトーナメント本戦まで進めなきゃ。


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第23話 決戦まで

最近投稿が遅くてすみません。もしかしたら、今後も執筆の時間が取れなくなるかもしれませんが、何とかしようと思います。

んでもって大変お待たせしました!次回からようやくタッグトーナメント本戦です!ほんとテンポ悪くてごめんなさい。
私自身描くのが楽しみ過ぎてワクワクしています!

昭弘が誰とタッグを組むのかは、次回へのお楽しみと言う事で。

追記:肝心な事を書き忘れていましたが、ラウラvsセシリア&鈴音、原作と大部異なります。


《おんやぁ☆久し振りぃ!いっくん!》

 

 余りにもあっさりと連絡が繋がり、呆気に取られていた一夏は少し遅れて挨拶を返す。

 

「おっ、お久しぶりです束さん!」

 

 積もる話もあるのだろうが、これから一夏が話す束への頼み事は他人に訊かれてはならない話だ。

 懐古に浸る心を抑えて、人気の無い場所で早速本題に入る一夏であった。沈み切った表情をそのままに。

 

 

《フムフム…お安い御用だね☆》

 

 一夏が言い放った無理難題を、束はお使い事を頼まれるが如く簡単に引き受けた。

 

「あ、ありがとうございます!…けど、本当に可能なんですか?」

 

 懐疑心が拭えない一夏に対し、束は自信満々に返す。

 

《この「天災兎様」に不可能は無ぁい☆ただし…》

 

 無論一夏も、束がただで引き受けてくれるとは端から思っていない。彼女が条件を口に出す前に、一夏は条件の受け入れを仄めかす。

 

「オレに出来る事があるのなら…」

 

 一夏の言葉を聞いて、束は電話越しに口角を釣り上げる。

 

《ホント!?じゃあ言うね?》

 

 そして、束自身の計画とは全く関係の無い己の我儘とも私欲とも言えるようなお願いを、彼女は一切の遠慮も無しに口にする。

 

 

 

《箒ちゃんと結婚して、いっくん》

 

 

 

 

 

 

―――――5月15日(日) 06:09 アリーナB―――――

 

 フィールドの端っこで、1人の重装騎士が佇んでいた。それを纏うは無論の事、昭弘・アルトランドである。

 

 地に足を着いた彼は頭の奥深くへと響く耳障りな男の声を思い出しながら、刃渡り1m以上にも及ぶマチェットを見つめる。

 グシオンの拡張領域に空きがあった為、先日追加武装としてデリーに頼んだ代物だ。

 

 幅15cmはあろう刀身は真っ直ぐに伸びており、刃先と切っ先の間だけが奇麗に反り返っていた。

 

 先ず昭弘は強度を試すべく、その巨大マチェット『ギュスターブ』を思い切り振り下ろす。

 

ブォゥンッ!!

 

 突風の様な風切り音と共に、マチェットはグラウンドに奇麗な切れ目を残した。別段目立った刃毀れ等も無い。

 

(良いなコレ。重さや頑強さは勿論だが、何よりバランスが良い。…名前は兎も角として)

 

 ハンマーやハルバートとは異なり、柄が短く大部分が長く頑強な刃体によって構成されているマチェットは近接攻撃からも身を護りやすい。

 

 昭弘はそのまま暫くの間ギュスターブを振り回し、ある程度慣れて来た所で本命に入る。

 

(さて、後はコイツの「単一仕様能力(ワンオフアビリティ)」だな)

 

 昭弘は今現在、マッドビーストを緊急時以外使わない様命じられている。

 

 しかし緊急時に己の能力を制御出来ない様であれば、それこそ身も蓋も無い。第一、発動の基準や条件さえ未だ曖昧な部分が多いのだ。

 何よりセシリアの存在だ。本来、親友(ライバル)である三日月に対する感情からも解る通り、昭弘は元々負けず嫌いな性分だ。そんな彼は以前よりも着実に力を付けているセシリアに対し、少なからぬ焦燥感を抱いていた。このままでは負けると、もし単一仕様能力を通じて“何か”を得られるならばと、そんな事を考えているのだ。

 

 無論の事、自身の考えは千冬にも伝えてある。結果として、フィールド上に誰も居ない事と終了後に必ず身体検査を受けると言う条件付きで、使用を許可された。

 

 早速、昭弘はあの時の感覚を思い出そうとする。

 しかし忌まわしい記憶が、昭弘の思考を遮る。あの日、昭弘はやむを得ない状況だったとは言え家族(タロ)を手にかけてしまったのだ。思い出したい筈がない。

 それにあの時、グシオンと同化した昭弘は半分本気で家族を殺すつもりで戦っていた。そんな狂戦士に、進んでなりたくはないと言うのが彼の本音であった。

 

 それでもやるしかない。

 クラス対抗戦でさえ、あの様な襲撃が起きたのだ。それ以上の規模である今回の催し物では、何が起こるか分かったものではない。その際、強いに越したことはないのだ。

 そう自身に言い聞かせ、嗚咽を我慢しながらも再び意識を集中させる昭弘。

 

 

 今、昭弘とグシオンリベイクは阿頼耶識によって繋がれている。それは間違いない。

 ではシンクロ率99%と100%を隔てる「1%」とは、一体何なのか。

 

―――オレ自身がグシオンに

 

 ふとそんな言葉を、昭弘は思い出す。

 もしあの時呟いた己の言葉通りだと言うのなら、99%と100%は何もかもが異なる。99%の状態が「グシオンを纏った昭弘」ならば、100%の状態は正しく「グシオンそのもの」なのだ。

 昭弘はその事を踏まえて頭の中をクリアにする。そして、あの時の激情の正体について熟考する。

 

(…そう、色んな感情が蠢いてはいたがオレは最終的に何もかもぶっ壊したくなって。気が付けばオレは、己の破壊衝動を感情と共にグシオンへと委ねた)

 

 その結論に至ると、今度は「グシオン」と言うMPSについて考えを巡らす。それは、強いて言うならグシオン本来の在り方とでも言えば良いだろうか。

 このMPSは一体何の為に創られたのか。

 流石に束の考えまでは昭弘にも測りかねるが、兵器として纏う以上用途は絞られる。それは無論の事、戦う為である。そんなグシオンのコアに、もし自分と同じ様な破壊衝動があったのだとしたら。阿頼耶識と言う名の管を通じて、己とグシオンの破壊衝動が重なり合ったのだとしたら。

 

 その答えに行き着いた時、既に昭弘とグシオンに変化が訪れていた。

 グシオンの在り方を思えば思う程、破壊衝動に想いを寄せれば寄せる程、昭弘は己が人間なのか機械なのか判別がつかなくなっていった。

 そして…

 

―――――シンクロ率100%。これより、単一仕様能力「マッドビースト」を発動します

 

 機械的なアナウンスと同時に、あの時の激痛が昭弘の脳内に襲い掛かる。

 頭を押さえる余裕などなく、早速フィールドを破壊すべくハルバートを掲げるグシオン。

 

(まだだ、まだ動くな…!)

 

 制御に必要なのは、要するに破壊を実行に移すタイミングと何を破壊するかと言う対象を己の意思で見極める事だ。

 

―――2分後に70m先の地面を抉る

 

 そう己の中に目標値を設定するが。

 

ボォゴッ!!

 

 位置は正確に叩いた。しかし2分近くは破壊衝動を押さえられず、1分30秒程で身体が自然と動いてしまった。

 

(…もう少し慣れる必要がありそうだな)

 

 そう思いながら、昭弘は懸命にグシオンと言う名の狂獣を制御し続けた。

 

 

 

(…今度はどうやって戻るかだな)

 

 前回途中で意識を失ってしまった昭弘は、元に戻る方法さえ未だに解っていない。

 

 

 これに関しても様々な方法を試してみた昭弘であったが、結局グシオンのエネルギーが切れるまで解除される事はなかった。

 エネルギーが尽きない限りは、グシオンを待機状態にすら戻せない。案外不便である。

 

 その後、再度グシオンのエネルギー補充を行った昭弘は、他の生徒が来るまで()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

―――――5月16日(月) 09:21 1時限目―――――

 

 1年1組の教室内で、真耶の優しくもハキハキとした教鞭の声が響き渡る。

 

 ラウラはその声に耳を傾けながらも、己の任務について頭を悩ませていた。一夏と白式のデータ収集は未だに一歩も進まず、ラウラはこの学園に翻弄され続けている。

 

 つくづく自分は餓鬼だと、ラウラは思い知らされる。

 友好的な外面を作り、一夏とある程度会話をすればすんなり事が進むと言うのに。それが出来ないからこそ、ラウラはIS学園で孤立気味なのだろうが。

 

 やはり、どうにか一夏と模擬戦でもするのが一番手っ取り早い。だが一夏はラウラと戦いたがらない。

 ではどうするべきかと、ラウラは更に頭を捻る。一夏をその気にさせるには。

 

(…やりたくはないが、奴と親しい人間に危害を加えるなんてのはどうだ?)

 

 確かにそうすれば、激昂した一夏はラウラに戦いを挑む。

 しかしもしそれをやれば、クラスメイトが持つラウラへの反感はより一層強くなるだろう。

 

 ラウラも嫌われる事には慣れているが、やはり躊躇ってしまう。

 もし自分がそんな事をしでかせば、自分と親しい昭弘や相川たちにまで迷惑が掛かるのではないか。それが原因で、昭弘たちから嫌われてしまうのではないか。

 そんな友人と言う甘美な存在に惑わされし心を、ラウラは激しく揺さぶる様にリセットする。

 

(切り替えろラウラ。友人よりも任務だ)

 

 そう自身に言い聞かせると、早速標的とする人物を頭の中で選定する。一夏とより親しく、それでいて自身の実力を誇示出来る程の強い相手を。

 

 

 

―――12:06

 

 時は昼休み。しかしながら、タッグトーナメントの迫ったこの時期にもなると人の流れも変化していく。

 そしてここアリーナAにも、流れの変化に乗じた人間が1人。

 

 セシリアはアリーナAのフィールド中央にて、静かに佇んでいた。

 既に自身の専用IS『ブルー・ティアーズ』を纏っていた彼女は、徐にビットを3機射出する。

 

 トーナメントまでの猶予を考慮するなら、恐らく今日中に目標値を達成しなければならない。動きながらの「ビット3機同時操作」を。

 

 今日に至るまで、彼女は自分でも解る程努力してきた。ISによる機動訓練は勿論の事、授業中に至っても携帯を駆使して並列思考を鍛え上げて来た。

 その努力に意味があったのか無かったのか、今日で決まる。

 

 セシリアは目を瞑り、もう一度ビットについて見つめ直す。

 自身がビットと一緒に、大空を翔るイメージ。そしてそれを実行する為に必要な「並列思考(能力)」。何故2機までは可能で3機からは駄目なのか。

 

 そこでセシリアは、遂に一つの結論に至る。それは「3機のビットを操る」のではなく、「自分自身もビットとなり4機で空を飛ぶ」と言う考え方であった。

 

ドォォォォゥゥンッ!!

 

 その考えに触発される様に、セシリアはティアーズのスラスターを一気に吹かせた。

 セシリアに追従しているビットの数は。

 

(3機共付いてきている…!)

 

 先ず第一段階は成功するが、本題はここから。

 セシリアはフィールド中央付近に浮遊している的を睨むと、全スラスターをそのまま吹かせ続る。

 

―――操ろうと思うな

―――ビット…BT…ブルー・ティアーズ。そう『ティアーズ』とは、その名の通り「涙」。己の体液の一部

―――共に翔んで当たり前、後はリーダーである自身が並列思考(能力)を用いて制御するのみ!

 

 己が思い浮かべるイメージに、己が追い求める戦闘並列思考を寸分違わず重ね合わせていく。

 

 

バシュシュゥッッ!!

 

 セシリアは姿勢制御を懸命に行いながらも、確かにその光景を己の瞳に焼き付けた。3機のビットが、か細い光線によって的を撃ち抜いたと言う揺るがぬ事実を。

 

 祈願の達成であった。余りの嬉しさに己が英国淑女である事を忘れるが如く、彼女はらしくもなく両手でガッツポーズを取る。

 

(後は簡単ですわ。やり方さえ解ってしまえばビットが何機増えようと同じ事!)

 

パチパチパチパチ…

 

 すると彼女の後方から、僅かに鉄の入り交じった拍手が聞こえる。振り返るとそこには、甲龍を纏った鈴音が佇んでいた。

 

《流石は、次期国家代表最有力候補って所かしら?》

 

 鈴音にそう言われると、セシリアは控えめに笑みを溢しながら答える。

 

「恐縮ですわ」

 

《ああそれと。今後アタシの事は「鈴」で良いわよ?チームメイトなんだし》

 

「分かりましたわ。では私の事も「セシリア」とお呼び下さいまし」

 

 一度タッグを組んだことがあり、尚且つ代表候補生同士である彼女たちにとってチーム結成は割と自然な流れであった。

 彼女たち2人は、今回のタッグトーナメントにて必ず優勝しなければならないのだ。それは、ある根も葉もない噂が発端なのだが。

 

 それはさておきと言わんばかりに、セシリアは衝撃砲の運用方法がどうなったのか鈴音に訊ねた。

 

《ちょっと見てなさい?》

 

 そう言われ、鈴音の後方まで下がるセシリア。

 

デュルルルルルルルルルゥウン!!!

 

 セシリアの目に飛び込んで来たモノは、連射型に変更された衝撃砲であった。

 

《設定弄るのに苦労したわよホントにー》

 

「…成程確かに、衝撃砲対策をしている生徒には有効かもしれませんわね」

 

 散弾型と連射型では、射程距離も攻撃範囲もまるで異なる。

 

《それだけじゃないわよ?左肩のユニットは連射型、右肩のユニットは散弾型に設定しといたから戦闘中にいくらでも切り換えや組み合わせが可能な訳。後は本番までに、アタシがコイツをどれだけ使いこなせる様になるかね》

 

 衝撃砲最大の利点にして最大の欠点、それは相手からも自身からも砲身が見えない点にある。だからこそ、鈴音は今まで命中範囲の広い散弾型を採用してきたのだ。

 それをどう克服するかが、彼女の課題なのだろう。

 

 

 するとセシリアは突然反応を示すハイパーセンサーに釣られ、グラウンドを見下ろす。そこには、先日も目に焼き付けた漆黒のISが地に足を付けていた。

 映像を拡大するまでも無く、セシリアと鈴音はそれが誰なのか把握する。その人物をセシリアは冷え切った目で、鈴音は鋭い眼光で睨みつける。

 

 

「お取込み中失礼するぞ」

 

 シュバルツェア・レーゲンを纏っているラウラは、2人を見下す様に見上げる。

 そんなラウラをそのまんま見下す様に見下ろすセシリアと鈴音の反応は、異なるながらも良い反応ではなかった。

 

《まさかアタシたち2人と闘り合うなんて馬鹿な事言わないわよね?》

 

「イヤ、全くもってその通りだ」

 

 当てずっぽうで言った鈴音の予想が当たり、彼女たちは鼻で笑いながらお互いを見合う。

 彼女たちの反応を見たラウラは、断られる前に2人を挑発する。

 

「貴様らなど私1人で十分だ。数しか取り柄の無い国に、古い事に何時までも固執する国の代表候補生如きに遅れは取らんよ」

 

 沸点の低い鈴音は、今の挑発で十分だった様だ。

 

《ねぇセシリア、コイツ少し痛い目見ないと解らないんじゃない?》

 

 しかしセシリアは未だ一押しが足りないのか、鈴音を宥める。

 

《安い挑発に乗る必要性は無くってよ、鈴。代表候補生の格が落ちますわ》

 

 しかし、ラウラは尚も傷口を探る様に挑発を続けた。

 

「おっと唯一貴様らに共通している点があったなぁ。多少見た目の良い「種馬」に欲情して尻を振る所とか」

 

 彼女たちへの煽り文句を極めて簡潔に纏めたその一文を、傷口へピンポイントに投下したラウラ。

 乙女心を貶され何より想い人である一夏をも侮辱されては、最早セシリアも宥められる側となってしまう。そして今この場に、2人を宥める存在は居ない。

 

 セシリアは歯を剥き出しにしながら嗤い、青藍色のバイザーを装着しながら言い放つ。

 

《…馬鹿ですわねアナタ。骨の1本や2本は覚悟なさいな?》

 

 

 

 

 セシリアと鈴音が特訓に精を出している間、昭弘は一夏たちと食堂で昼食を摂っていた。それは彼女たち2人がこの場に居ない事を除けば、一見いつも通りの光景であった。ラウラの雲隠れに関しても、昭弘にとってはいつもの事だ。

 

 しかし奇妙な事が一つ、一夏の様子だ。それはここ最近時々見せる微弱な変化ではなく、誰の目から見ても判る程の変化であった。

 

(今日はやたら静かだな一夏)

 

 そう思いながら、昭弘は黙々と食事を続ける一夏を見つめる。

 しかし一夏は昭弘と視線が重なると、まるで避けるように瞳を左右に逸らす。

 

 箒とシャルルも、心配そうに一夏を見つめている。一夏は2人に対しても視線を合わせようとしない。

 

 昭弘は思い切って一夏が今抱えているモノを聞き出そうとするが、食堂に駆けつけて来た女子生徒の一声に遮られる。

 

「みんなーッ!!アリーナAで転校生がオルコットさんと凰さんにISバトル仕掛けてるって!」

 

 その緊急連絡を聞くと、一夏は我に帰った様に立ち上がる。

 

「あの野郎ッ!…!?」

 

 そう激昂する一夏だが、無言で食堂を駆け出して行く昭弘の後ろ姿を見て頭の熱が一気に引いてしまった。

 直後、彼の脳内は謎の嫌悪感に満たされていく。それはラウラに対してか、それとも昭弘に対してのモノなのか。

 

 

 

 彼等がスタンドに到着した頃、戦いは既に終了していた。

 その光景を観て安堵する一夏とは対照的に、昭弘は血相を変えながらフィールドへと向かって行った。そんな昭弘を、一夏は尚も冷めた目で見つめる。

 

 結果はセシリア・鈴音ペアの勝利であった。

 ラウラはISを待機形態に戻したまま力無く座り込んでいたが、鈴音も近接戦で相当苦戦したのか息を荒らげていた。

 そんな中、既にバイザーを解除していたセシリアは無表情のままラウラを見下ろしていた。

 

 

《何とか勝てたわね》

 

「……ええ」

 

 セシリアは何処か納得が行かないのか、少し間を置いて返事をする。

 鈴音とは未だタッグを組んで間もないとは言え、2対1でどうにか勝利を捥ぎ取る事が出来たのだ。しかも甲龍のSEは枯渇寸前、レーゲンとは相性の良い筈のブルー・ティアーズも幾らかダメージを受けていた。正直言って、セシリアの追い求める勝利とは程遠かった。

 

 それにセシリアは、1つ気になっている事があったのだ。それを確認すべく、彼女は地上で俯いているラウラの近くに降り立つ。

 

《ちょ、ちょっとセシリア》

 

 鈴音もエネルギーの残量が心許ないのか、セシリアに続く様に降下する。

 ラウラの眼前まで来たセシリアは、ティアーズを待機形態に戻し片膝を付く。

 

「何故本気を出さなかったのです?」

 

「…何を言うか。私は全力だったぞ?」

 

「ええ確かに全力ではあったのでしょう。しかし本気ではありませんでしたわ」

 

 セシリアの言葉に心当たりがあるのか、ラウラは再び押し黙る。

 

《それってどういう…》

 

 鈴音の疑問にセシリアは一旦右手を翳して制すると、今度は自身がそう思った理由を述べる。

 

「だってアナタ、今ホッとしているでしょう?負けたと言うのに。顔を見れば判りますわ」

 

 そう言われて、ラウラは表情を隠す様に右手を広げてさり気無く顔を覆う。

 

「更に言わせて頂きますと、戦闘中に観客スタンドを気にし過ぎですわ。誰かに観て欲しかったんですの?」

「…いいえ、それとも観られたく無かったのでしょうか?自分が人を痛めつける所を」

 

 セシリアは全て憶測で言っているのだが、ラウラはそれを無言のまま否定しない。

 

 

「ラウラッ!」

 

 その声を聴いた途端、ラウラは子犬の様に肩を震わせて座ったまま増々萎縮してしまう。何処か申し訳なさそうに。

 

 スタンドを飛び出してきた昭弘は、そのままラウラの下に駆け寄る。

 怪我が無い事を確認すると、昭弘はラウラにセシリアと鈴音へ謝罪する様促した。

 

 だが、ラウラは無言で俯いたままだ。それは意地を張っている様であり、ただ気力が無いだけの様にも見える。

 

「私はそこまで気にしておりませんわ」

 

《け、けどコイツがさっき言った「言葉」まで許すっての?》

 

 

 そんな中、グラウンドへ赴く者がもう1人。その黒いスーツに身を包んだ彼女は、溜め息と喘息を交ぜ合わせながら4人へと近づく。

 

 千冬を視界に捉えたラウラは「気を付け」の姿勢を取り、彼女を真っ直ぐと見据える。

 

「ったく私闘と聞いて飛び出して来たのに、もう折衝が纏まりつつあるじゃないか」

 

 千冬はラウラに目線を向けると、今迄彼に言った事のない命令を出す。

 

「ラウラ「謝れ」…なんて言わん。お前が謝りたいと思った時に改めて謝罪するんだ」

 

 普段の様な命令を心待ちにしていたラウラは、千冬の命令らしくない命令に対して表情を曇らせる。

 

「お前たちもそれで勘弁してくれないか?安心しろ、コイツはいつか必ず自分から謝る。信じてやってくれ。それに、反省文は嫌と言う程書かせる。コイツ1人にな」

 

 そんな千冬の言葉を聞いて、先程まで渋っていた鈴音も一先ず矛を収める。

 

 

 こうして今回のISバトルは一夏が介入するまでもなく、ラウラの自滅と言った形で幕を下ろした。

 

 

 

「一昨日の件と言いお前は本当に戦いが好きだな」

 

 昭弘が冗談交じりで皮肉を口にするも、ラウラは相変わらず口を閉ざしたままだ。

 

 しかしその皮肉の後、昭弘が中々口を開かなかったので自然とラウラはポツリポツリ言葉を紡ぎ出す。

 

「…なぁ昭弘。私はどうしたら良い?任務も、目的も、此処での生き方も、何もかもが中途半端な私は、一体“何”なんだ?」

 

 震えながらそんな言葉を絞り出したラウラに対し、昭弘も又力無く言葉を吐き出す。

 

「本当、難しいよな。此処で自分を保つってのは。周囲に合わせて本当の自分を偽るのも辛いし、かと言って本来のまま過ごすのもそれはそれで辛い」

 

 周囲の生き方や価値観に己を合わせ、尚且つ自分と言う存在を誇示し続ける。一見容易く思えるソレは、そう易々と出来る事ではない。風に従う草原だって、一枚一枚周囲と同じく揺れるしかない。

 

「けど織斑センセイも言ってたろ?唯一無二の居場所なんて無いって。それは逆に言えばどんなに居場所や価値観が変わっても、自分の中にある本質は変わらないって事なんじゃないか?」

 

 居場所に応じた仮面を付けても、仮面の内側にある素顔は変えようが無いと言う事だ。

 

「何も恐れる心配は無いと思うぞ?いくら織斑センセイを目指そうと、いくら友人を大切に想おうと、お前の本質は何も変わらない。不器用で口が悪くて優しい、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

 それが、人間と草木との決定的違いなのかもしれない。

 昭弘にそう諭され、ラウラは無言のまま曇天を見上げる。

 

 納得はしていない、安堵もしていない、悩みも残ったままだ。

 しかし昭弘が毎度言い残していく言葉は、ラウラの揺れ動く心に強い芯を残してくれる。その芯は揺れ動き悩む心を是正するのではなく肯定し、それでいて崩れない様に支える役割も果たしていた。

 

「…ありがとう昭弘」

 

 そう感謝の言葉を述べると、ラウラは静かな笑みを零した。

 

 

 一夏は未だフィールド上に残っている昭弘とラウラを、スタンドから見つめていた。鏡の様な潤いが一切無いにも係わらず、その瞳にはしっかりと2人の姿が映っていた。

 

「3人共無事で良かったな」

 

「ホントだよ。この時期に怪我なんてしちゃったら大会にも響くだろうし…」

 

 そんな箒とシャルロットの言葉は、今の一夏には入って来なかった。

 彼は一昨日からずっと、己の在り方について考えを巡らせていた。今この時も。

 

 突然言い渡された、幼馴染との婚約。その件について唯一相談出来る友人も、ここ最近ラウラと言う名の疫病神に付きっ切りだ。

 

 一夏は切望しているのだ。ラウラが来る前の、仲睦まじい3人の学園生活を。そうなれば昭弘はまた以前の様に接してくれるし、箒との婚約だってきっと的確なアドバイスをくれる筈だ。

 そこに何の根拠も無い事に気付いているのかどうかは、一夏本人にしか解らない。

 

―――ではどうしたらいい?どんな自分なら昭弘や箒と以前の様な関係に戻れる?……あ、そうか

 

 一夏はあっさりとその答えに辿り着いてしまった。

 

 今迄通り、明るくて快活な『織斑一夏』を演じれば良いのだ。箒との婚約も含めた全てを隠そう。大会が終わるその時までは。

 邪魔なラウラも、タッグトーナメントで徹底的に捻じ伏せる。その戦いで自分が一番『織斑千冬(ブリュンヒルデ)』に近しい存在だと思い知らせれば、心が折れて自分からIS学園を出て行くだろう。そうなればまた以前の様な3人に戻れるし、千冬も自身の事を見直してくれる。

 そんな上手く行くかも分からない浅はかな計画を、一夏は頭の中で勝手に押し進めていった。

 

 しかし解せない事が1つだけあった。それは、何故昭弘があれ程までにラウラを庇うのかと言う事だった。大切な友人が自身の忌み嫌う相手と親しく接するのは、確かに面白くないだろう。

 事実一夏は今の昭弘に対して、自分でも訳の分からない感情を抱く様になっていた。

 

「おい一夏。さっきから黙りこくりおって。言いたい事があるならハッキリ言わんか!」

 

 そう言って箒は一夏の背中に平手打ちを御見舞いする。

 しかしその頃には、もう一夏の切り換えは完了していた。

 

「ウゥオイッテェェッ!!」

 

 

 それから一夏は、大会でラウラと刃を交えるその時まで笑顔を絶やす事はなかった。

 

 

 

 

 




 その後、時はあっと言う間に過ぎ去り、学園最大の「一大イベント」が幕を開けようとしていた。

 この大会を通じて、ラウラは己に何を見出すのか。セシリアは昭弘を超えられるのか。一夏は何処まで堕ちるのか。箒は何を欲するのか。
 そして…昭弘は。


 夫々の想いはISによって具現化され、大空に無限の彩りを与えるのだろうか。

 それは葛藤を抱えている当事者たちにしか、見えないモノなのかもしれない。


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第一章 の3 IS学園~タッグトーナメント~
第24話 開幕(前編)


皆さん新年明けまして・・・ですね!
今年も今迄通りに行こうと思っている次第に御座います。
出来れば年末までに「この回」を投稿したかったのですが、中々上手く行かないものですね・・・。

と言うかタッグトーナメントに関して大分「オリ要素」詰め込んじゃってますが、まぁ気にせず読んで頂けたら幸いです。


―――――5月某日 IS学園屋上―――――

 

「んで?話って何だよ箒」

 

 中途半端にわた雲が掛かった夕焼け空のたもとで、一夏は屋上に呼び出した張本人である箒にそう訊ねる。勿論の事、張り付けた笑顔は絶やさない。

 

「私とお前との間に、前置きも糞もあるまい。単刀直入に言うぞ」

 

 そうは言ったものの、箒は今から口に出そうとしている己の言葉に、絶対の自信が持てなかった。

 

 

 

―――――更に日付は遡る 布仏本音の部屋(相方外出中)―――――

 

―――オリムーとアキヒーをね~

―――…本音、私は何をどうしたら?

―――う~~~ん……今は難しく考え込む時期じゃないと思うな~。だってシノノン、まだ自分の本心が全然解ってないんでしょ~?

―――…そう…だな

―――私もお馬鹿だから~、的確な助言とかは出来ないけど~…好きな人に告白するのって凄い勇気と言うか「力」が必要だと思うんだよね~

―――(…「力」か)

―――あっ!筋トレとかそっちの意味じゃないよ~。上手く説明出来ないけど~~、今は自分を見つめ直す事が重要じゃないかな~、好きな事に打ち込むとか~。そうすれば気持ちも整理出来ると思うし~

―――…そう…なのだろうか

―――あと、これだけは忘れないでねシノノン。もし告白してお付き合いするのなら、最終的には2人の内どちらかを選ばなきゃならない。それが私の自論かな~~

 

―――

 

 

 

 本音のそんな助言を、箒は「篠ノ之箒としてもっと強くなる事」と解釈した。

 一人の異性を選び抜き、「好きだ」と伝える簡単かつ難行を極める行為。それらを実行へ移すには、多大なる勇気と確固たる意思が必要だ。

 篠ノ之箒として強くなる。その答えは1つしかなかった。彼女が幼少の頃から、徹底的に刷り込まれてきた剣の道。自分を象徴するものであると同時に真っ直ぐで、潔くて、力強くて、そして単純にして深いソレを、箒はいつしか心の奥底から愛する様になっていた。

 それを極めれば、選び抜いた一人の異性に「好きだ」と言える様になるのだろうか。

 

 或いは無理なのかもしれない。剣で恋愛が成功するなんて、普通に考えれば馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、この状況でここまで言ったのならば最早伝えきるしかない。

 それは自分の答えが見つかるまで、一夏が他の誰かに靡かない為の言わば「釘」。それでも、ただ釘を刺すだけでは拘束力に欠ける。

 故に、条件と約束とを融合させるのだ。そうなると箒も条件を満たす必要があるが、それで構わない。条件が困難な程、達成すれば約束の拘束力は増す。

 

 だから箒はこう言う。

 

「もし今回のタッグトーナメントで私が優勝したら…卒業するまで他の誰とも付き合うな!」

 

 そう、人差指を一夏の眼前へと差し向ける箒。

 困難は百も承知だ。代表候補生でもない自身が優勝等と。

 だが人はそうした困難を乗り越える事でしか、己の強さを確認できない。

 

 問題はここからだ。それは朴念仁である一夏がこの約束をどう解釈したかだ。

 箒は眼力を強め、しかし瞳を小刻みに震わせながら一夏の返答を待つ。

 

 一夏は笑顔を絶やさぬまま数秒程固まった後、高らかに笑いながら言い放った。

 

「なんだそんな約束かぁ!大丈夫だってIS学園(ここ)じゃあどの道そんな余裕無いしさ!」

 

 しかし、箒は一夏のそんな返答を聞いて内心不安がる。本当に間違った解釈をしていないだろうかと。

 

 その満面の笑顔から、一夏の真意を垣間見る事は出来なかった。

 

 

 

 その後2人の噂は尾ひれを付けて拡大していき、終いには「優勝したら織斑くんとお付き合い出来る」と言うとんでもない解釈を生み出してしまったのだった。

 

 

 

 

 

―――――5月30日(月) 早朝―――――

 

 IS学園人工島の中心地点であるアリーナAスタンド席にて、生徒たちは真剣な面持ちでフィールドの中心を注視していた。

 彼女たちの視線の先には、水色のISを身に纏った髪まで水色の少女がマイクを携えて中空に佇んでいる。然れどまるで違和を感じさせないオーラは、流石国家代表且つ生徒会長と言った所か。

 

 彼女は自身を囲んでいるスタンドを得意げに見回した後、なりふり構わずに怒声を吐き出す。音割れ等一切気にも留めないその一声は、まるで楯無が普段溜め込んでる鬱憤を吐き出すが如くアリーナ全体のスピーカーから飛び出して来た。

 

《これよりぃッッ!!!『第7回 IS学園学年別タッグトーナメント』開催しまァァァァッスッッッ!!!》

 

 

 

 

・IS学園学年別タッグトーナメント 通称『ISTT』

 

 トーナメントと言う形式上、先ずはその本戦に到達するまでの予選だ。それを含めて本日より1週間、じっくりと時間を掛けて戦い抜く事がISTTの凡その概要である。

 1年生は操縦者志望・整備士志望問わず全員選手として強制参加となり、2年生・3年生も普通科は操縦者として整備科生は整備士として参加する事となっている。

 

 「より実戦的な集団戦術の育成」と言う趣旨の下、タッグマッチと言う形式を取っている。

 

 整備科生の場合は、30機と言う限られたISを如何に効率良く運用させるかが主に評価される。その30機の内、ISは打鉄とラファール・リヴァイヴの2種類のみ。搭乗する生徒に合わせて機体のセッティングも変えねばならず、その上エネルギーや銃弾の補充等も含めるとかなり急ピッチな作業が求められる。

 即ち整備科生にとっては主にそれら量産機を使用する1年生の予選こそが、寧ろ本番なのである。

 

 そんな中で教師陣は全ての生徒を戦術面整備面において事細かに評価せねばならず、この1週間は正に激務中の激務なのだ。

 

 評価を付けるのは教師陣だけではない。就職の控えている3年生に対しては各国IS関連企業の監査員が厳正に評価し、本大会でスカウトされてしまう事も。

 各国の重鎮や資産家、大企業の取締役クラスも顔を出しに来る。

 

 1年生の場合予選を勝ち抜いた少数のみが、2・3年生の場合は抑々選手自体が少ないのでそのままトーナメントに進む事となる。

 其々のトーナメントは5日目が1年生、6日目が2年生、最終日が3年生となっている。

 

 景品は優勝ペア、準優勝ペア、3位入賞ペアにのみ与えられる。準優勝3位入賞の景品は決まっているが、優勝ペアには本人たちの欲する物を何でも1つだけ贈呈される。

 当然限度はあり、男子とのお付き合い云々と言った願い事も残念ながら却下されるだろう。

 

 

 

 昭弘の試合はまだまだ先だ。4つ全てのアリーナで試合が行われているので、練習も出来ない。

 しかし少しでも情報を集めたい昭弘は、スタンドから試合を観戦していた。彼の周囲には箒、ラウラ、谷本らが座している。

 

 一定間隔で銃弾を撒き散らしながら淡々と試合を進めていく2機のラファールを、彼等は黙って見つめていた。

 

(…気不味っ)

 

 そう心の中で吐き捨てるは無言が苦手な谷本。

 基本的に口数の少ない3人に加え、試合も先程から単調だ。そんな中、谷本は何か話題を見つけるべく奮闘し始める。

 

「そ、そう言えばラウラと篠ノ之さんが組むって、何か以外だよねー!」

 

 谷本の何気ない一言に対し、ラウラは無言を貫くが箒は静かに答え始める。

 

「一夏は先にデュノアと組んでしまったのでな。セシリアも本音も昭弘も既に相方が埋まっていてな…」

 

「それで「ぼっち」のラウラを選んだと」

 

「い、いやそう言う訳では…」

 

 何ら悪びれもせずにすまし顔でそう言う谷本に対し、箒はラウラの顔色を伺いながらそう返す。実際谷本の言う通りなのだが。

 そんな反応を見て、ラウラは彼女たちに聞こえる様舌打ちを響かせる。

 

 そんな会話劇に、昭弘も参加する。

 

「スマンな箒。今のグシオンは、打鉄よりもラファールと組んだ方が色々としっくり来るんだ」

 

 基本的に近接抜刀術を得手とする箒は、今回の大会においても基本武装として近接ブレードが付いている打鉄を使うつもりでいる。

 防御型で性能的にも安定している打鉄だが、昭弘のグシオンリベイクとはどうも相性が悪いらしい。

 

「…フン、それは何よりだ」

 

 そんな予想以上に機嫌を損ねた箒に対し、昭弘は首を僅かに傾げる。確かに昭弘は組めば優勝も狙える程の実力者だが、それにしたって随分な態度だ。

 箒の事を良く知らない谷本も、自身と昭弘のどこに落ち度があったのか困惑しながらも考える。

 

 結局谷本の奮闘も虚しく、雰囲気はますます重苦しいものになってしまった。

 

 そんな雰囲気が数分程続くと、昭弘は徐に立ち上がる。

 

「一夏を探してくる」

 

()()か。ご苦労な事だ」

 

 ここ最近、昭弘は一夏の様子が気懸りだった。ラウラの発言通り、探しに行くのも今回が初めてではない。

 

(試合観戦で情報でも集めてりゃ、ちっとは気も紛れると思ったんだがそうも行かないか。…やはりオレがラウラを気に掛け過ぎたせいか?いやそれにしても…)

 

 決して一夏と接しなくなった訳ではないが、それでも昭弘は一夏から避けられている様な気がしてならない。確信こそないが、何か隠し事でもしている様な。

 それと反比例するように、一夏がシャルルと一緒に居る時間は増えていった。未だにシャルルへの警戒心を解いていない昭弘は、シャルルが一夏に何か良からぬ事を吹き込んでいるのではと不本意ながらも考えてしまう。

 

 若しくは自身の知らぬ所でずっと一夏と共に居るシャルルに対し、妬みにも似た感情を多少なりとも抱いているのかもしれない。親しい友人が自身を差し置いて他の知人と仲良くしているのは、男女問わず面白い光景ではないだろう。

 友人の友人とは面倒な存在だと、この時昭弘は思った。

 

 

 

「行っちゃったね。まさか篠ノ之さんまで付いて行くとは…」

 

 谷本が意味もなく状況の変遷を述べると、ラウラも谷本に訊ねる。何を隠そう谷本だって、数多くと言うか1学年の殆どを占める一夏ファンの一人だからだ。

 

「お前は行かなくて良かったのか?」

 

「うん、今は少しでも情報が欲しいし。ラウラは良いの?愛しのアルトランドさんにコンビの篠ノ之さんもほっぽいて」

 

「「愛しの」は余計だ。織斑一夏とはなるべく顔を合わせたくないのでな。それなら弱者の試合だろうと情報収集に勤しむ方がマシだ」

 

「ラウラってホント織斑くんと仲悪いよねー」

 

 谷本が呆れ気味にそう言うと、一夏の話から少しでも早く脱したいラウラは不自然に話題を逸らす。

 

「そんな事より谷本、昭弘に迷惑を掛けるなよ?」

 

「んえ?いやいや、常日頃からアルトランドさんに迷惑掛けまくっている君が言うかね?」

 

 そう言われるとラウラ自身面目無いと自覚があるのか、彼は冷や汗と共に口を閉じる。

 

 ああは言ったラウラだが、どの道谷本ならそこまで問題ないのかも知れない。

 実は初日の実技演習以外でも、彼女は度々ラウラの教鞭を受けていたのだ。

 お互いルームメイトでない事を鑑みると、やはりそれだけ初日におけるラウラの指導が好印象だったのだろうか。

 

 どんな事でも貪欲に吸収していき、純粋にISと言う存在を心から楽しんでいる谷本。

 そんな彼女はラウラにとって特別な感情を抱く程ではなくとも、一目置いた存在となっていた。

 

 後は試合を通じてどれだけ伸びるかだ。そう言う意味では、昭弘が谷本を戦力としてどう扱うかにも懸かっている。

 

 

 

 世界が誇るIS学園の一大イベントである本大会。

 当然の事、学園敷地内に散らばっている出店の数もそれに比例するが如く膨大だ。それらの放つ様々な焼き物の匂いが大気中で混ざりながら、生徒や一般来訪者の鼻腔から内部へと侵入し食欲を掻き立てる。

 

 昭弘は一夏を探すと言う明確な目的を持ちながらも、初めて目にする「催し物」と言う存在につい意識が行ってしまう。

 

「ちゃんと探しているのか?」

 

「ん?…ああ」

 

 未だに御機嫌斜めの箒は、斬伏せる様に昭弘を注意する。

 

 流石の昭弘も業を煮やしたのか、箒が不機嫌である理由を問い質す。

 

「なぁ箒。オレだって心を読める訳じゃないんだ。ちゃんと言葉で説明して貰わなけりゃ謝るにも謝れんだろうが」

 

 そう聞かれるも、やはり箒は答えることなく眉を八の字に曲げて視線を反らしてしまう。

 そんな箒を見てそろそろ苛立ちが募ってきた昭弘は、口調を強めて更に問い質そうとするが…。

 

 

 生徒たちの黄色い声に釣られて、その方角を見やる昭弘。

 そこに佇むは「2人の美女」。どちらもサングラスを掛けているが、それでも尚美人だと一目で判る程整った顔立ちをしていた。

 1人は長いアッシュブロンドの髪にウェーブをかけており、上質な白を基調とした少々露出度の高いドレスを身に纏っていた。豊満な胸部を存分に生かしたそのコーデは、性別問わず振り向いてしまう事だろう。

 もう1人は同じアッシュブロンドの髪を左胸に束ね、黒のデニムパンツは生脚に密着しており、上半身は袖無しの白いYシャツに青いネクタイ。胸部は男性の様に平たいが、それ以外のプロポーションは隣の美女に負けず劣らずと言えた。

 

 2人は“何か”を探しているのか、頻りに首を左右に振っていた。

 しかし『Yシャツ』の方は昭弘と視線が合うと、そのまま首の動きを止める。そしてゆっくりとサングラスを外し、深紅の瞳を覗かせると優和な笑みを浮かべて歩を進める。

 

 柔らかな微笑みと紅い瞳に魅入られていた昭弘は、目前まで近づいてくるハイヒールの音で漸く我に返る。しかし、その時にはもう昭弘の目と鼻の先に彼女?の顔があった。

 

「君に会いたかった」

 

 呆気に取られる周囲、呆気に取られる箒、未だ状況の把握が出来ていない昭弘。それら一切をまるで意に返さず、彼女?は己の右手を昭弘の右手と重ねる。

 

「あ、いや……アノ…?」

 

 余りにも突然過ぎるスキンシップに、昭弘はらしくも無く動揺する。

 しかし彼女?は尚も続ける。まるで紅茶を匂いから熱までゆっくりと堪能する様に。

 

「やはり映像と実物では大分違うな。鍛え抜かれた「肉の要塞」が、制服越しでも良く分かる」

 

 そう言いながら、今度はまるで品定めする様に昭弘の周囲を回り始める。

 しかし彼女?の独壇場も、思わぬ方角からの横槍で一旦幕を下ろす。

 

「箒?」

 

 昭弘を背にしながら割って入った箒は、彼女?を鋭く睨みつける。

 

「何か御用でしょうか?」

 

 箒は声にドスを含みながらそう威圧する。

 

 そんなタイミングを見計らってか、後ろに控えていたドレス女も前に出る。

 

「ごめんなさいアルトランドくん。コイツ君の大ファンで…マッチョに目が無いのよ」

 

「一言余計だぞスコ…リィア」

 

 胸の平たい彼女?は再び昭弘に近付くと少し遅れた自己紹介に入る。

 

「申し遅れてすまない。アタシの名は『ロイ・ローエン』、資産家…とでも言っておこうか。こっちが『リィア・ローエン』だ」

 

「ヨロシク♡」

 

「…『昭弘・アルトランド』です」

 

 昭弘が取り敢えずと言った調子で名乗り返すとロイは先程以上に昭弘に密着し、彼の屈強な左腕を制服越しに撫でながら返す。

 

「本当は君と2人で出店でも回りたかったのだが、連れも居る様だしな。歯痒いが今日の所はこれにて」

 

 そう言い、ロイは憎々し気に自身を凝視する箒に目をやる。今にも飛び掛かってきそうな彼女を子供をあしらう様に鼻で嗤った後、ロイは昭弘に激励の言葉を贈る。

 

「君には大いに期待している。誰よりも深く繋がれた君とグシオンが有象無象を薙ぎ払っていく姿、是非この目に焼き付けておきたい」

 

 その言葉を最後に、ロイとリィアはその場から堂々とした足取りで離れていった。

 未だに2人を激しく睨みつけている箒は、昭弘の武骨な右手が己の左肩に乗った事でどうにか意識を切り替える。

 

「さっきは助かったぜ箒。ありがとうよ」

 

 そう言われて、箒は赤面する。

 

 だが行動の発端は、困ってる昭弘を助けたいなんて高尚なモノとは少し違った。煮えたぎる嫉妬と凍てつく様な占有意識に突き動かされ、気が付けば自身の体を割り込ませていた。

 

「私の方こそ、さっきはすまなかった」

 

 ここぞとばかりに、箒は今までの不機嫌を謝罪する。

 昭弘も不機嫌の原因は気になったが、助けてくれた事への感謝の方が大きかった。

 

「もういいって。たこ焼き…とか言うモンでも食って一休みしたら、もう一度一夏を探そう」

 

「う、うむ!」

 

 箒の機嫌が直ったのを確認した昭弘は、静かに笑みを零す。

 

 しかし、その後直ぐ先程の2人について昭弘は考えを巡らす。

 確かに昭弘自身は、ニュースによって世界中の人間に知られてはいる。だが記者会見を受けたのはたった1度のみで、それ以降一切メディア等には顔を出していない。

 そんな中、しかもISが台頭している今の時代において、あそこまで自身に固執する理由が昭弘には解らなかった。

 

 ロイ・ローエンにリィア・ローエン。

 彼女らが偽名を使っている等と露程にも思っていない昭弘は、律儀にそれらの名前を脳内に刻んでおいた。

 

 

 その後2人は結局一夏に会う事叶わず、気が付けば箒の試合が迫っていた。

 

 

 

―――アリーナC ピット内

 

 既に打鉄のセッティングを整備科に完了して貰った箒は、ISスーツのままベンチ脇で正座していた。瞼を閉じて外界の情報を一切遮断し、頭を巡っている雑念を一切取り払う。

 そんな中、同じく準備万端のラウラが箒の頭上から声を掛ける。

 

「もう5分前だ。準備しろ」

 

「…了解」

 

 そう声を落ち着かせながら返答する箒だが、内心は不安一色であった。

 ISによるまともな試合を一度も経験していない彼女にとって、ここから先は全くの未知なる領域。

 

 そんな箒の心情を察したのか、ラウラは気分転換も兼ねて「ある事」を訊ねる。

 

「…篠ノ之よ。お前は今回の大会で“何”を得たい?」

 

 ラウラの静かなる嵐の如く唐突な問い掛けに一瞬戸惑う箒だが、特に考える素振りもせずに答える。

 

「…篠ノ之箒としての「強さ」を得たい。…お前は?」

 

 箒にそう訊き返されると、ラウラは返答にもなっていない言葉を自嘲気味に返答する。

 

「……何だろうな」

 

 その時、ラウラの瞳はフィールドよりさらに遠くの大空を見つめていた。手の届く筈の無いソレを、ただ寂しげに、ただ儚げに。

 

 しかしそんなラウラを見た箒は、少しだけ勇気が湧いてきた。不安なのは自分だけではないと、独りではないと。ラウラのどこか儚げな表情が、今の箒にとっては何より心強かった。

 ただ同時に、そんなラウラに何の言葉も掛けてやれない自分自身を酷く情けなく思ってしまった。

 

 こういう時、昭弘なら何と言うのだろうか。

 

 しかし時間は無情にも過ぎて行き、気が付けば既にラウラは『シュバルツェア・レーゲン』を展開していた。

 

《何してる急げ!》

 

 箒は慌てて打鉄に乗り込むと、頭にパッと思い浮かんだ言葉をラウラに包装もせず贈る。

 

「ボーデヴィッヒ!その…不安を抱えている者同士、全力を出し切ろうッ!」

 

《あぁ!?試合前に何訳の分からない事言っとるんだ!変なクスリでも飲んだか!》

 

「なっ!?貴様「変なクスリ」とは何だッ!」

 

《じゃかしいッ!兎に角足だけは引っ張るんじゃないぞ!?》

 

「貴様こそ!慢心しすぎて墜ちるなよ!?」

 

 そういがみ合いながらも、2機の似ている様で異なる黒のISはフィールドへと羽搏いて行った。

 

 

 

―――同時刻 アリーナB

 

 ピットの更に奥へと続く格納庫内では、多数の整備科生が端末を片手にあっちへこっちへと引っ切り無しに往来していた。PICやら後付武装やら量子変換やら何やら、ISに関する単語が様々な方角から怒号と共に飛んでくる。

 

 そんな彼女たちの奮闘を、教師たちは事細かに手持ちの液晶端末へと入力していく。

 

 すると、2年の整備科生が谷本に急ぎ足で近付く。

 

「お待たせ谷本さん!セッティング確認して貰える?」

 

「あ、はい!」

 

 そんな戸惑いながらも気合い十分の谷本を、昭弘は微笑ましく眺めていた。彼女をしっかり鍛え上げたラウラには、昭弘も頭が上がらない。

 

(あんだけ熱心に教えられたら、誰に言われずとも応えたくもなる…か。オレも負けていられんな)

 

(ニシシシシ!優勝したら織斑くんとおっ付きっ合い~♪)

 

 確かに気合いである事に変わりはないが、欲望を高密度に詰め込んだ様な谷本の動機を、昭弘は聞かないでおいて正解だったのかもしれない。

 

 

 

後編へ続く




男ラウラやトネードに関しては、完全に私の“性癖”です。なので、あまり小難しく考えなくて結構です。・・・と言うかBLタグ付けた方がいいのかな・・・?
一夏とシャルは単に昭弘と別行動してるだけなので、どうかご安心を。攫われたりとかしていませんので。
まだまだ描写したいシーンが沢山あるのですが、それは後編に持ち越そうと思います。


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第24話 開幕(後編)

予選の戦闘描写はなるべくカットし、とっとと決勝トーナメントまで行っちゃおうと思います。
簪も少しだけですが、出ます。大丈夫です、一夏・ラウラ・シャルのゴタゴタが片付いたら嫌と言う程出番がありますので。勿論楯無姉さんも。最近出てないゴーレムくんたちも、色々と片付いてから出そうかなと思ってます。


 セシリアと鈴音は出店で購入したクレープを片手に、パラソルの刺さった八角テーブルの席に座していた。

 そこで彼女たちは、観戦によって得た情報を互いに曝け出していく。

 

「…先ずは一番ヤバい奴らだけ言うわね?…『ボーデヴィッヒ・篠ノ之』ペアよ」

 

 そう少し得意気且つ忌々し気に言った後、鈴音はクレープに噛り付く。

 ラウラの実力は、彼女たちもその身を持って体感している。しかし箒の強さは予想外だった様だ。

 

「短期間でよくもまぁあそこ迄腕を上げたもんよ。剣術だけでも十分脅威だってのに」

「戦術…に関しては何とも言えないわね。だって抑、()()()()()()()()()()し」

 

「…成程」

 

 ラウラと箒の戦術は、『真耶・サブロ』の戦術を真似たモノであった。相手に連携を取らせず、互いに「1対1」の状況で戦うと言ったやり方だ。

 そうなると、余程の実力が無い限りラウラの突破は当然難しい。箒に対しても、例え射撃武器をふんだんに使った所で堅牢な打鉄を落とすには時間が掛かってしまう。そうこうしている内に接近されてしまえば、そのまま箒の剣捌きの餌食となる。

 

「…けど負けらんないわ、特に篠ノ之には(昭弘の事を含めてね)」

 

 先のレゾナンスにて鈴音は箒の昭弘への想いに気付いた時、内心酷く動揺していた。

 その正体は恐らく、心の深淵で生じてしまった自身の“卑しい感情”が発端であろう。「早く昭弘とくっついてくれないかな、一夏を狙うライバルが減るし」と。

 無論表面上は、その感情を否定した。しかし自身の恋愛を最優先し、昭弘と箒の心境も考えずにそんな事を思ってしまった自分自身を、鈴音は酷く恐怖し軽蔑した。

 

 それ以来鈴音は誓ったのだ。ISでも、恋愛でも、全て実力で捻じ伏せると。

 あの時の卑しい感情を、もう2度と味わいたくないから。どんなに頭を使おうとも、ソレだけは実行に移さない。例え負けようともそんな後悔だけは残したくない。それが鈴音の在り方となっていた。

 

 箒にISバトルで勝てたからと言って、それが直接恋愛の勝敗となる訳ではない。精々、精神的に優位に立てる程度だ。

 だがその精神面こそが、本来感覚的なタイプの人間である鈴音にとっては大事なのだ。恋のライバルに、何の卑怯も後悔も無く真正面から打ち勝つ事が出来た、と。

 

「…アンタはどうだったのよ?」

 

 今度は鈴音がセシリアに訊き返す。

 

 だが、セシリアは少し固まってしまう。クレープを齧る口を止めたその表情は、まるで鈴音の侮蔑を恐れている様であった。

 するとセシリアは、クレープを眺めながらゆっくりと語り始める。

 

「……鈴、私は本当にアルトランドに勝てるのでしょうか?」

 

「…はぁ?」

 

 普段の彼女からは懸け離れた弱気な発言に対し、鈴音は疑問を浮かべると同時に少しの憤りを覚える。

 

「奴の試合を観ましたわ。…「圧倒的」の一言でした。1分と掛からず、相手ペアのSEは底を尽きましたわ」

 

 確かにセシリアは、以前よりかは強くなった。しかしそれは昭弘とて同じだ。

 その点に気付いてしまったセシリアは、昭弘たちの戦術に触れる事無く更に続ける。

 

「…結局の所、奴が私より一歩勝っている状況が延々と続くだけなのでは?…そんな事を、考えてしまいましたの」

 

 鈴音とて、一端の代表候補生だ。セシリアの不安や悩みは解らない訳ではない。

 それでも昭弘とセシリア、どっちが強いかなんて鈴音には判らない。強い方が勝つとか勝った方が強いとか、正直彼女には余りピンと来ない。

 だからこそ鈴音は、セシリアに対してこう言うのだ。

 

「…絶対に勝てる勝負なんてこの世の何処にもありゃしないわよ。その一点だけは、昭弘も含めて全員等しく一緒なんじゃない?」

 

「…」

 

 1%でも負ける確率があるのなら、その勝負に絶対はない。昭弘も、先の試合でその1%を大いに恐れながら戦っていた筈なのだ。

 

 セシリアは思った、全く以てその通りだと。

 セシリアも昭弘も皆も、“絶対”を持っていないからこそ必死になるのだ。

 

「…ありがとうございます鈴。当たり前な事に気付けましたわ」

 

 

 その後、クレープを食べ終えた彼女たちは再び別の試合を観に行った。

 絶対の無い勝利の確率を、少しでも上げる為に。

 

 

 

―――午後 アリーナD

 

 本音はスタンド席から「そのIS」を恍惚とした眼差しで見つめていた。

 蒼くしなやかなボディを時に激しく時に麗しく動かすそのISは、四方八方から閃光の嵐を降らせていた。ペアである「紫色のIS」は、その閃光を上手い事掻い潜りながら敵機に斬り込んでいく。

 

 そんな本音を見て、彼女の相方であり親友でもある「眼鏡を掛けた水色髪の少女」はか細い声で呟く。

 

「…本音…何か静か、だね」

 

 日光によって白く彩られた眼鏡のせいか、少女の瞳までは良く見えない。

 本音はそんな彼女の呟きに遅れて気付き、少し慌てる。

 

「ごめんごめ~ん。セッシーとティアーズに見とれちゃってたかも~~」

 

 そう言う本音に対し、『更識簪』は自身の客観的な評価を述べる。

 

「確かに強い…よね。自身も動きながら、更には…ビット兵器も4機同時に…動かせるんだもの。今のブルー・ティアーズには弱点と言うものが…存在しない。おまけにビットを甲龍に付ければ…射撃面で簡易的なアシストも…可能」

 

 長々と自身の分析を述べた後、簪は本音の顔を軽く覗き込む。その時の本音の表情を目の当たりにして、簪は本音が「そんな一面」を見ていた訳ではないのだと気付く。

 

(やっぱり本音…オルコットさんと組みたかったんだよね…)

 

 セシリアに対する本音の表情を見ただけで、簪はその事実に気付かされる。

 互いの付き合いが長いと、言わずとも言われずとも解ってしまうのだろう。その結果として簪が「本当は自分と組みたくなかった」と考える様になるのは、仕方が無いと言えた。

 

「…ゴメンね本音。私なんかと…ペアで」

 

 ついそんな言葉を呟いてしまった簪。

 どうか自身のか細い声が、周囲の歓声で掻き消されているようにと彼女は切に願う。

 しかし、本音は簪の声をしっかりとその耳で拾っていた。

 

「けど、カンちゃんと組みたかったのも事実だよ~~?」

 

 1番ペアを組みたかったのはセシリア、けど駄目だったから簪にした。思考がマイナス寄りな簪は、本音のそんな言葉も「本当に組みたかったのはやはりセシリアなのだ」と解釈してしまう。

 しかし、簪の擦れた思考も本音の次の言葉によって消し飛ばされた。

 

「なるべくしてなったんだと思うんだよね~。セッシーがリンリンと組むのも、私がカンちゃんと組むのも。だって今のセッシーには…優勝(オリムー)しか見えていないから。そんなセッシーと組んだら、きっと私は本気を出せないんじゃないかな~」

 

 何処か遠い目をしながら、本音はそう言う。

 噂とは言え、セシリアの目的は優勝して一夏と付き合う事なのだ。そんなセシリアと組むと言う事は、本音がセシリアと2人で居れる時間を自ら手放すと言う事になる。セシリアに限らず、好きな人とは2人っきりで居たいに決まっているのだから。

 

(……本音、もしかしてオルコットさんの事…)

 

 簪の声無き言葉は、試合終了のブザー音によって途切れる。

 

 その時の本音は、親友である簪から見ても「形容しがたい表情」をしていた。セシリアたちの完封勝利を称える様な、セシリアが優勝に一歩近付いた事を嘆く様な。

 

 

 

―――同じく午後 アリーナA ピット内

 

 草臥れた様に息を吐き、白式を解除する一夏。

 そんな一夏に対し、同じくラファールを解除したシャルロットが自前のタオルを渡す。

 

「サンキュー」

 

 短く感謝の言葉を贈る一夏に対し、シャルロットは少し照れた様に視線をずらす。

 そうした2人の様子を、整備科の2・3年生は興奮気味に眺めていた。

 

 2人の様子からも解る様に一夏たちは今回の試合、かなりの余裕を残して勝利出来た。

 そんな幸先の良いスタートに、シャルロットは浮足立っていた。

 

「にしても凄いよ一夏。専用機持ちとは言え、4月時点では初心者同然だって聞いたのに。流石は『ブリュンヒルデの弟』だね!」

 

 シャルロットが何気なく言い放ったその単語を聞いて、一夏は笑顔のまま固まる。

 その時、一夏は切り裂かれる様な胸の痛みを堪えて彼女に言葉を返す。あんな相手じゃまるで話にならないと。

 

「もっと強くもっと倒し甲斐のある奴が相手じゃないと…」

 

 一夏のその言葉に一体どんな真意が隠されているのか、シャルロットに解る筈なかった。しかし「強く倒し甲斐のある奴」は凡そ見当が付いているので、彼女はその名前を述べる。

 

「…ボーデヴィッヒさん…の事だよね」

 

 不安気に、シャルロットはその名前を口にする。暴発寸前の火薬庫に銃弾を撃ち込むが如き言動だ。

 しかし、一夏は“あくまで”明るげに返答する。

 

「大丈夫だって!もうボーデヴィッヒの事は何とも思ってないしさ!」

 

 流石の彼女も、今の一夏の言葉には些か疑問を抱いた。あれだけ険悪で仲直りをした様子もないと言うのに、何故そんな風に言うのかと。

 先程から漠然とした疑問ばかりが浮かんでくるシャルロットは、一先ず今一番気になる事を一夏に訊ねる事にした。

 

「…一夏はどうして強くなりたいの?」

 

 そう自分から訊いておきながら、彼女は酷く後悔していた。何の確証も無いが、一夏の『触れてはならない一面』に触れてしまいそうな…そんな予感がしたのだ。

 しかし、返って来た言葉はシャルロットの想像とはまるで異なるものだった。

 

「そりゃあ千冬姉ぇに憧れてるからな。それに一応クラス代表だし、弱い訳にもいかねぇでしょ」

 

 ごく在り来たりで真っ当で、誰しもが抱いているような言葉を一夏は事も無げに「答え」として彼女に返す。

 未だ細かい疑問は残っているシャルロットだが、それを聞いて一先ず安心した。安心する事にした。

 

 

 そのやり取りの後、制服に着替えた彼等はピットから出ようとする。

 

ティロロロロロ……ティロロロロロ……ティロロロロロ……

 

 突然鳴り始める、一夏の液晶携帯。

 一夏は少し慌てながらそれをポケットから取り出す。液晶画面には『昭弘・アルトランド』と表示されていた。

 昭弘の名前を確認した一夏だが、何故か電話に出るのを躊躇ってしまう。その時の一夏は口角こそ普段通り釣り上げていたものの、目はまるで人形の様に大きく見開いていた。

 着信音と無機質に表示される名前が、一夏の聴覚と視覚を同時に支配する。

 

 しかし、8コール位経過して漸く一夏は電話に出る。

 

「オウ昭弘!どった?」

 

 昭弘に変な勘繰りをされぬ様、一夏はいつも以上に声に喜色を乗せる。

 

《スマン急に。先月の襲撃事件が、頭を過ってな。それでお前の身が気になって電話しただけなんだ。それに…最近オレたち顔合わせてないだろう?》

 

「流石に心配し過ぎじゃないか?詳しくは知らないけど、警備だって例年の2倍近く強化してんだろ?てか、教室でいっつも顔合わしてるじゃんか」

 

《それはそうなんだが…。それと一夏、デュノアの件で訊きたい事が…》

 

「あー悪い昭弘。オレ、今後の試合についてシャルと色々打ち合わせるからもう切るぞ?」

 

《あ、オイいち…》

 

プツッ

 

 逃げる様に、昭弘との通話を一方的に切る一夏。シャルロットの正体について、勘繰られると思ったのだろう。

 そんな一夏を案じたのか、シャルロットが声を掛ける。

 

「…最近一夏、アルトランドくんや篠ノ之さんとあんまり一緒に居ないよね」

 

「まぁあくまでオレはシャルとペアだし、しょうがないっしょ」

 

 無論それだけが理由ではない。一夏は今、昭弘と箒だけを意識的に避ける様にしている。

 シャルロットの正体、束に言い渡された箒との婚約。大会が終わるまでは試合に集中し、それらのゴタゴタはなるべく考えない様にしたいのだ。

 なのに昭弘や箒と一緒に居ては、嫌でもそれらのゴタゴタが頭の中で暴れ回るだろう。現に今、一夏はラウラとの試合しか頭にない。それによってラウラを打ち負かす事こそが、彼の目的なのだから。目的と言う崇高なものですらないのかもしれないが。

 ただ、露骨に避け過ぎては却って怪しまれるので向こうから話しかけて来た場合はしっかりと応対している。

 

「…本当に僕とペアで良かったの?一夏」

 

 やはり、彼女なりにその辺りが気掛かりな様だ。

 一夏は昭弘や箒との時間を割いてまで、相方として自分に付き合ってくれている。自分なんぞに果たしてそれだけの価値があるのかと、不安を感じているのだ。

 

「…シャルだから良いんだよ。ISの性能的にも相性的にもな」

 

 計20種にも及ぶ膨大な武装を保有している『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』は、近・中・遠距離共に隙がない。

 それを操るシャルロットの操縦技術も、代表候補生に登り詰める程のレベルだ。先ず、安定した戦績を叩き出せるのは間違いないだろう。

 

 しかし、シャルロットも男の姿に身を包んではいるが一応乙女だ。

 一夏の「シャルだから良いんだよ」という言葉の意味があくまで戦術的なものだと頭では解っていても、つい顔を赤らめてしまう。

 そんなシャルロットを見て、一夏は案の定首を傾げる。

 

(…良し!僕もやれるだけの事はやってみよう!今日まで僕の事を色々と助けてくれた恩も、一夏に返したいし)

 

 シャルロットもまた覚悟が固まった様だ。

 

 社内でただ命令通りの日々を過ごしてきた彼女は、今の今迄誰からも頼られた事がなかった。そんな今、彼女の中には感じた事の無い充実感が満ち溢れていた。

 

 そして、頼られているのならばそれに応えるべきだろう。きっとそうすれば、今己の心を満たしている充実感はもっと大きくなる筈だから。

 

 

 

 

 

 それから予選の4日間はあっと言う間に過ぎ去り、遂に1年生にとってのクライマックス「決勝トーナメント」の日がやって来た。

 

 泣いても笑っても、このトーナメントの頂に登り詰めた2人こそが学年最強と言う事になる。

 

 例え優勝した本人が望まなくとも。

 

 

 

 

 

―――――6月3日(金)―――――

 

 早朝から、アリーナAの電光掲示板前には多数の生徒が集まっていた。

 しかしこれから映し出されるトーナメント表に名前が載っている者は、この中でも極少数だろう。野次馬も含めて、皆唾を飲み込む音を大きく響かせながら予選を勝ち抜いてきた猛者たちの名前を目に焼き付けようとしていた。

 

 そして遂に、最初の対戦カードがトーナメント表の左端に表示される。

 

・Aブロック 篠ノ之箒&ラウラ・ボーデヴィッヒ

       織斑一夏&シャルル・デュノア

 

 いきなりの好カードに、生徒一同は大いに沸き立った。

 皆大好き一夏シャルルペアと、クラスから問題児扱いされているラウラが一体どんな試合をするのか楽しみでしょうがないのだ。「箒とラウラ」と言う意外過ぎる組み合わせも、注目を集めている要因の一つだ。

 

 

 そんな計4カード(8ペア)の発表が終了すると、一夏は笑顔を浮かべたままラウラへと近付く。

 

「お互い、全力を出し切ろうぜボーデヴィッヒ!」

 

 白々しくもそんな言葉を明るく投げ掛けてくる一夏に対し、ラウラは冷やかな視線を維持したまま答える。

 

「…いつまで持つか見物だな。その“薄っぺらい仮面”が」

 

 しかし一夏はラウラの冷気に凍える事無く、笑顔を絶やさずに返答する。

 

「“仮面”?ハハッ!何の事だよボーデヴィッヒ!」

 

 尚もラウラにとって胸糞の悪い笑顔の仮面を向けてくる一夏。

 

 千冬は「人は誰しも居場所に応じた仮面を付けている」と言っていた。しかし少なくともこの男のコレは、そんな奇麗なモノではない。もっと薄汚いもっと低俗な“何か”だと、ラウラは心中で毒づいた。

 

 

 そんな2人を、昭弘は仲裁に入ろうか迷いながら眺めていた。

 別に諍いを起こしている訳ではないが、昭弘から見ても一夏の「あの笑顔」は正直見るに耐えない謎の不気味さがあった。

 

「こんな時でも他者の心配ですの?」

 

 そう言いながら、セシリアはまるで行く手を遮るかの様に昭弘の眼前へと現れる。

 そんな彼女を押し退けるかの様に、昭弘は口調に若干の苛立ちを含みながら言い放つ。

 

「何の用だ?」

 

「掲示板を御覧なさいな」

 

 そう返され、昭弘は渋々としながら再び電光掲示板に目を遣る。相も変わらず、4組の対戦カードがA~Dブロックまで左から順に並んでいた。

 

「アルトランドと谷本さんはCブロック、私と鈴はBブロック。…何を意味するのかお解りでしょう?」

 

 そう言うと、セシリアは右掌を上に向けながら昭弘の発言を促す。

 

「…オレとお前は、決勝まで行かないと戦えない…か」

 

 トーナメントのセオリー通りとなると、彼と彼女は決勝戦まで進まない限り戦う事すら出来ない。

 そして、それを態々本人の口から言わせるという事は。

 

「宣戦布告…とでも言いたいのか?」

 

 そう言われると、セシリアは正解とも不正解とも取れる様に口角を釣り上げながら答える。

 

「どの様に捉えようとお前の勝手です事よアルトランド。ですが…これだけはハッキリと言わせて頂きましょうか」

 

 直後彼女の顔から笑みは消え失せ、猛禽類を彷彿とさせる様な無表情かつ鋭い眼光が表に現れる。

 

「勝たせて頂きますわよ」

 

 それを聞いた昭弘もまた、己が今感じているモノをそのまま言葉として吐き出した。

 

「勝つのはオレたちだ」

 

 昭弘の返事を聞いたセシリアは先程浮かべていた笑みを顔に引き戻しながら、その場を去って行った。

 

 その際チラリと一夏の方角に瞳を向けるが、彼がそれに気付いてくれる事は無かった。

 少しばかり幸先の悪さを感じ取ったセシリアは、俯き気味に視線を戻す。

 

 昭弘とセシリアの間には、賭け事も条件も約束すらも無かった。

 ただ「戦いたいから戦う」「勝ちたいから勝つ」と言う欲求だけが、2人を支配していた。

 

 

 

 そうして間も無く始まる。

 白と黒、己と言う名の全存在を賭けた大勝負が。




次回、遂に一夏対ラウラ、因縁の対決が始まります。毎度の通り、前編後編で別れるかと思われます。
原作とはまるで異なるラストになりますので、ご了承下さい。

後、めっちゃ今更なんですが、作品自体のタイトルを変えようと思います。もう少し分かりやすく、とっつきやすそうなタイトルにします。
いやね、まさかここまで続くとは思わなかったんですよ。だからタイトルも適当に考えた後、ずっとそのまんまで・・・。


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第25話 私は「何」 (前編)

只管に戦闘回です。ただ、やはり昭弘VSセシリア以上の戦闘描写は難しいですね・・・。
あと、ヴォーダン・オージェのとこ結構うろ覚えです。


―――――6月3日(金) 09:00 アリーナA―――――

 

 白・橙・黒・黒。

 無機質なフィールド上にて、互いの存在をアゲハ蝶よりも激しく主張するが如く堂々と中空に佇む4機のIS。

 それらを操る戦士たちは、相手を見据える眼に力を入れながら試合開始のブザーを今か今かと待ち侘びていた。

 

 スタンド席の観衆はその姿を目に焼き付けながら、各々が感じたものを心中で呟く。

 

 

 勝敗は兎も角、悔いだけは残さないで欲しい。

 どちらが勝って欲しいと言った気持ちはないが、そう思わずにはいられない昭弘。あわよくば、この試合を通じて一夏とラウラを遮る壁が無くなってくれればと、そんな甘い事を考えているのだろうか。

 

 

 管制塔に身を置く千冬は、己の昂りを抑えるのに必死だった。

 楽しみなのだ。『昭弘』と言う特異な存在が、ラウラにどんな影響を与えたのか。そして、一夏がどれ程腕を上げたのか。

 

 

 VIP専用の観戦エリアにて、リィアこと『スコール』は身を乗り出しながら白式を見つめる。

 目立つ行動を慎む様リィアを嗜めるロイもとい『トネード』も、妹と同じ様に身を乗り出していた。

 

 そんな2人に、他の富豪たちは困惑の眼差しを送っていた。

 

 

 そして、遂に「その時」は訪れる。

 

 

 

ヴーーーーーーーッッ!!!

 

 

 

 鳴り響くブザーと共に、4機はスラスターを勢い良く点火。

 

 先ず最初に鍔迫り合うは白式と打鉄。ブレード同士が互いの刃を押し付け合い、青白い火花が散っている。

 

 箒の打鉄は、通常の打鉄よりも装甲を大幅に増やしてある。これは敵の弾幕を容易に突破する為だが、無論装甲が増えた分機動力も下がる。

 それを補う為の追加ブースターによって、拡張領域を全て埋め尽くしてあるのだ。よって、箒の打鉄はグシオンリベイク並みにゴツい外見をしている。

 そうなると箒の武装は近接ブレード1本になるが、箒にとっては充分だった。重装甲のISが、超高速で、達人並の剣術を以て突っ込んでくるのだ。射撃武装を主軸としたISにとってこれ程恐ろしい事は無い。

 

 しかし白式との相性は最悪。

 打鉄も白式も至近距離での斬り合いが主軸となるが、全体的な性能では専用機である白式の方が上だ。

 

 様々な角度から刃を振り下ろし、突き出し、振り上げていく両者。時代劇における殺陣を彷彿とさせるその様は、スタンドを大いに沸き立たせる。

 しかしいくら装甲とブースターを増やした打鉄でも、機動力・反応速度で白式に後れを取る以上SEは少しずつ削れて行く。

 箒もシャルルのラファールを狙おうとしたのだが、それも一夏に読まれていた。一夏も、タッグマッチでラウラに勝つ為のプランは十全に練っているのだ。

 

(勝たせて貰うぜ箒!オレと箒と昭弘、「3人の安寧」の為なんだ!)

 

(負けられん!私は強くなるのだ!)

 

 互いにこの試合に対する想いを心中で叫ぶ両者。

 もし仮に想いの強さが試合に何らかの影響を及ぼすとするなら、やはりより“偽りのない”想いが勝敗を制するのだろうか。

 

 どの道2人がそんな事を考えた所で、現実に存在するSEは「技量・性能・時間」と言った要因によって着実に減っていく。

 

 

 

 ラウラも又、ラファール相手に苦戦を強いられていた。

 55口径アサルトライフル『ヴェント』を右手に、62口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を左手に夫々持ちながら、シャルルはレーゲンに銃弾の雨霰を降らせていた。これでは、有効範囲の狭いAICは使えない。

 又、AICの発動には多大な集中力が必要になる。例えAICで対象の銃弾を止めたとしても、ラファール以外に対して無防備になる。それでは白式に「どうぞ攻撃して下さい」と言ってる様なものだ。

 なのでラファール本体を停止させ、透かさず強力な一撃を加えたい所。

 

 しかしラウラも歴戦の代表候補生。

 機体を仰け反らせながら錐もみ回転させて銃弾を躱し、そのまま螺旋を描く様なロール軌道で急接近した後、ワイヤーブレードを2本叩き込む。

 

《ウグッ!》

 

 シャルルは苦悶の表情を浮かべるが、直ぐ様体勢を立て直す。

 

 ラウラは歯噛みしていた。AICの有効範囲までは接近出来ず、更には今の所ダメージも五分。

 このままの状況が続けば、一番最初に打鉄のSEが尽きる。そうなれば、ラウラは専用機2機を相手取る羽目になる。

 今現在のラウラと箒の状況は、正に「1対1戦法」を逆手に取られたようなものだ。

 

 打鉄の援護に回れば、ラファールの弾幕に押し潰されるだろう。

 ならば、打鉄が落ちるよりも先にラファールを潰すしかない。そうなれば2機がかりで白式を沈められる。

 

 ラウラは作戦を纏めると、早速行動に出た。

 彼はラファールの弾幕を躱しつつ、ワイヤーブレード6本を肌が露出している部分近くに展開。更には顔面を覆い隠す様に両腕を交差させる。

 そしてそのまま上下左右に伸びる複雑な曲線軌道を描きながら、ラファールに急接近。

 

 

 レーゲンが距離を縮めれば縮める程、弾丸はレーゲンのボディに吸い込まれSEを削り取っていく。しかしレーゲンが展開しているワイヤーブレードに阻まれ、絶対防御を発動させるには至らない。

 そして遂に、AICの射程圏内まで接近されてしまうシャルロット。高速切替でシールドを展開するが、案の定レーゲンが右手を掲げた途端動きを封じられてしまう。

 

(不味いッ!)

 

 シャルロットの心の叫びを間近で聞いていた様に、ラウラはほくそ笑む。

 そして装甲で覆われていない腹部を狙い、そこに『大口径レールカノン』をお見舞いする。

 

ダァゴォォンッッ!!!

 

 唯でさえ高威力なレールカノンの、近距離での直撃。露出部である腹部に命中した事による絶対防御の発動。ラファールのSEは、かつてない程大幅に減少してしまった。

 衝撃で吹き飛ぶラファールを必至に制御し、どうにか区画シールドにぶつかる前に体勢を立て直す。

 

 しかしラウラはレールカノンの爆風によるダメージも気に留めず追撃してくる。

 

 

 

 一夏は防戦一方の打鉄に刃を斬り込ませながら、吹っ飛ばされるラファールを見やる。

 しかし一夏はこれを好機と捉える。

 

(ボーデヴィッヒの奴は、恐らく「オレが先ず最初に打鉄を墜とす」と踏んでいる筈!)

 

 

 突如自身から距離を取る白式に、箒は目を見開く。

 白式が向かう先は、今正にラファールに対して追撃を行っているレーゲンであった。

 

「させるかッ!」

 

 見開いた目を剣幕へと変えた箒は、白式に追い縋るが…。

 

(…駄目だ速すぎるッ!)

 

 ここでも、白式と打鉄の性能差は如実に現れていた。

 

 

 

 ラウラは歯噛みしていた。

 AIC、ワイヤーブレード、レールカノン。千冬の戦闘スタイルから懸け離れたそれらを、やはりラウラは使いたくないらしい。

 しかし、それらを使わなければこの試合に勝つ事は出来ない。

 

―――勝つ?何故?どんな目的があって…?

 

 脳内を、何かグルグルとしたモノに侵食されるラウラ。

 この試合に勝って、この大会で優勝して、自分の望む物が手に入るのか。抑々、千冬のスタイルを無視している時点で、自分の望む物など自ら手放している様なものではないのか。

 いや抑々、自分の望む物は本当に千冬…

 

ガギャイィィィンッ!!

 

 自身のグルグルとした思考は、横薙ぎの一閃によって吹き飛ぶ。

 斬撃を食らった方向に目をやると、白式を纏った一夏が笑みを浮かべながら雪片弐型を構えていた。

 しかし、直ぐその場から離れて打鉄からの追撃をヒラリと躱す。

 

ダギンッ!!! ドドドドドドドドドドドゥン!!!

 

 憎しみの籠った瞳を白式へ向けた直後、ラファールの61口径アサルトカノン『ガルム』とマシンガン『ホッチキス Mle2022』が、仕返しとばかりにレーゲンのSEを奪い去る。

 再びラファールに意識を向けると、一度離れた白式がまたもや舞い戻って来る。そこで漸く、ラウラは一夏の戦法に気付く。

 

「ヒットアンドアウェイかァッ!!」

 

 

 

 予想通りの接戦により、スタンド席は宛らライブ会場の様な熱気に包まれていた。

 

 そんな中、昭弘だけはいつも通り腕を組みながら静かに座っていた。彼は一夏と箒の急激な成長っぷりを目の当たりにして、普段の仏頂面を別人の様に緩めていた。

 しかしそんな快晴の嬉しさの中に、不気味に佇む灰色のわた雲が1つ。先程白式の斬撃を食らったレーゲンから、“謎の紫色の漏電”が見えたのだ。その後ラファールからの反撃を受けた際も、同色の放電がチラリと見えた。

 

 よもや専用機に限って、整備不良と言う事もないだろう。

 

 ではレーゲンに纏わりつく様に迸った、あの電流は一体何なのか。

 そんなレーゲンの姿は、まるで“何か”を封じ込めているかの様な。少なくとも昭弘にはそう映ってしまった。

 

 

 

 箒も一夏の戦法に気付く。

 そこで、箒は急遽ターゲットをラファールに変更する。もし上手く行けば「打鉄対ラファール」「レーゲン対白式」と言う、箒とラウラにとって都合のいい状況を作り出せるかもしれない。

 

 しかし、それこそが一夏とシャルルの狙いだった。

 

《篠ノ之ォ!後ろだぁッ!!》

 

 ラウラからの一声で、箒は直ぐ後ろに迫っていた白式の存在に気付く。しかも零落白夜を発動している。今の打鉄のSE残量では、零落白夜に耐える事は出来ない。

 

―――どうする?白式を迎え撃つか?それともこのままラファールに突っ込むか!?

 

 打鉄の機動力では白式から逃れられない。かと言って、白式に近接戦を挑んでもジリ貧だ。レーゲンの援護も、ラファールが張り付いている限り期待は出来ない。

 ならば。

 

「瞬時加速ならァッッ!!」

 

 一か八か、瞬時加速を使ってラファールに突っ込む。しかしこれなら、さしもの白式も瞬時加速を使わない限り打鉄には追い付けない。

 それにラファールはレーゲンに集中している。当たるかもしれない。いや、当てる。

 

 一本線の軌道が、フィールド上に煌めく。

 

 

 

 打鉄の目標変更を察知したシャルロットは、高速切替によって右手にシールド、左手にヴェントを装備。そしてヴェントによってレーゲンを牽制しつつ、打鉄の斬撃に備える。

 しかし打鉄の取った行動は―――

 

(瞬時加速ゥ!?)

 

 彼女が驚愕した時には、もう打鉄のブレードがシールドに減り込んでいた。

 

ガゴォォォゥン!!!

 

 衝撃と同時に、大きく後方へと追いやられるラファール。シールドで防いだとは言え、瞬時加速の衝撃によるダメージは無視出来ないものであった。

 しかし、衝撃によるダメージは打鉄も同じ。今迄のダメージもあって、打鉄のSEは風前の灯となっていた。

 

 

 

《篠ノ之ォォッ!早く離れろォォ!!》

 

 ラウラはラファールのばら撒く銃弾を気にも留めずに、そう叫びながら突っ込む。

 しかし、今の打鉄は弾丸数発分程度しか耐えられない。離れた所でラファールに蜂の巣にされるか、今も尚向かって来ている白式に斬られてお釈迦だ。

 

「スマン!ボーデヴィッヒ!今の私にはこれ位しか…」

 

 そう言いながら箒はラファールのシールドを左手で掴み、右手に持った近接ブレードを素早く振り上げる。

 それでもシャルルは、未だにレーゲンへの牽制を続けている。一夏の刀を信じて。

 

《間に合えええぇぇぇぇ!!!》

 

 既に零落白夜を解除した一夏は、そう叫びながら打鉄に向けて刃を滑らせる。

 

ガギィィンッ!! ガシュゥゥッッ!!

 

 直後、まるでこれから試合が大きく動く事を示唆する様に、アナウンスがアリーナ中に響き渡る。

 

《打鉄!SEエンプティ!!》

 

 

 

 己の援護が間に合わず歯噛みを隠せないラウラに、安全圏迄退避した打鉄から通信が入る。

 

《…本当にすまない。私の力量不足だ》

 

 箒の力無い声を聞いたラウラは、自身の感想を正直に言い放つ。

 

「いや。最後まで諦めず、よくぞ戦い抜いてくれた。礼を言うぞ、誇り高き剣士よ」

 

《ボーデヴィッヒ…。ありがとう、健闘を祈る》

 

 僅かな可能性を捨て去らず、最後の最後でも残された自身の為にラファールのSEを削いでくれた事が、ラウラは純粋に嬉しかった。

 

(…私も全てを出し切ってみるか)

 

 勝つ為の目的が見つかった訳ではないが、どんな状況でも常に「本気で全力」な箒の姿を見て、ラウラはそう思わずには居られなかった。

 

 そして、左目を覆っている眼帯に触れる。その眼帯の奥には、今迄1度も使った事の無い禁じ手が封印されていた。

 

 全てを出し切ろうと誓ったばかりのラウラだが、やはり躊躇ってしまう。自分如きに扱える代物なのか、抑暴走しないのだろうか、使ったら自分はどうなってしまうのだろうか。

 

 そんな得体の知れない恐怖が自分を襲う時、ラウラは思い出す様にしていた。「あの男」の顔を、言葉を。

 何故ならそれらは、迷った自分の背中を優しく撫でてくれるからだ。

 

―――お前さんならモノに出来るさ。その“力”をな

 

 あの男“昭弘”ならそんな事を言うのだろうなと思った時には、ラウラは既に左目の眼帯を外していた。

 この先どんな絶望が待ち受けて居ようと、自身の心を昭弘の言葉が支える限り、必ず最後に胸を張ってみせる。

 

―――――擬似ハイパーセンサー『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』起動を確認。

 

 左目に映った外界の景色が引き金となり、レーゲンの機械音声がラウラを音速の世界へと誘う。

 

 

 

 今正に次なる一撃を加えようとしていた一夏とシャルロットは、レーゲンの変貌ぶりに目を奪われる。

 

 速い、途轍もなく疾い。

 

 狙えるとか狙えないとかそんな次元の話ではなく、ハイパーセンサーで捉える事すら困難なレベルの速さだ。

 レーゲンは瞬時加速にも匹敵する速度を維持したまま、複雑な軌道を描いて白式に迫る。

 

「こんのぉッ!」

 

 白式も激しく動き回りながら迎撃の構えを取るが、それより速くレーゲンのプラズマ手刀が擦れ違い様に横腹を斬る。

 

 一夏は悶絶の表情を浮かべながら、白式のSEが大きく減少するのを肌で感じ取る。

 

 

 

「グゥゥゥォオオォ!!?ア、頭が破裂するゥ…ッ!!」

 

 越界の瞳とは、一言で言い表すなら「ハイパーセンサーを備えた肉眼」。

 肉眼に擬似的なハイパーセンサーを生み出す為のナノマシンを移植し、ソレとIS本体のハイパーセンサーを同調させる事で、超高速戦闘下における「脳への視覚信号伝達」と「動体反射」を大幅に強化させるのだ。

 ブルー・ティアーズの高機動用バイザーも、肉眼への処置を除けばこれに近いシステムを用いている。

 尚、越界の瞳が発動されると同時に、レーゲン本体も自動的に超高速機動状態となる。

 

 そんな今、正にラウラは暴れ馬の手綱を引いた状態と言っても過言ではない。

 普段の何倍もの速度で移り変わる景色。それらは大量の情報として、ラウラの脳に殺到する。もし越界の瞳が無ければ、ラウラは何が起こっているかも解らず只管レーゲンに振り回されていただろう。

 しかし、それでも手綱を引くのでラウラは精一杯だった。今の彼にはAICもレールカノンも、ワイヤーブレードすらも使う余裕はなかった。

 

(な…何でも良い!兎に角…近くに居る方をッ!)

 

 辛うじてそんな事を考えるラウラは、再び白式に狙いを定める。

 

 しかし昭弘の目に映った紫色の電流は、先程以上に激しく迸っていた。

 

 

 

《一夏ッ!僕の後ろヘ!!》

 

 シャルロットは白式を庇う様に、レーゲンに対して弾幕を張る。ホッチキスで牽制している間に、シャルロットは器用にもヴェントのマガジンを交換。

 

《レーゲンに何が起こったかは解らないけど、多分向こうは今のレーゲンを扱いきれていない。ワイヤーブレードもAICも使わないのがその証拠だよ》

 

 事実、レーゲンの空中機動も今迄の精細さを維持しているとは言い難かった。どちらかと言うと、暴れる機体を押さえつけている感じさえ伝わって来る。

 

「…まだチャンスはあるって事だな?」

 

 2人は通信を専用回線に切り替えると、レーゲンからの猛攻をやり過ごしながら即興の作戦を練る。

 

 

 

 ラウラはレーゲンを懸命に制御しながらも、謎の悦を感じ取っていた。 

 

 近接武器を用い、疾さと純粋な戦闘能力だけで勝利を捥ぎ取る。今の彼は、今迄の中でも限り無く千冬に近いのかもしれない。

 

 しかしそれは所謂錯覚に過ぎない。

 何故なら彼は暴れるレーゲンを制御する為に、プラズマ手刀以外の武装を封じているだけなのだから。自分の為に武装を限定するのではなく、ISの為に武装を限定する。その時点で、ラウラはISを自由自在に支配する千冬から寧ろ遠ざかっているとも言える。

 

 すると、ラウラの視界に奇行を繰り返す白式が飛び込んで来る。区画シールドの付近を、まるでラウラを誘う様に飛行しているのだ。

 

 そんな白式に対し、ラウラは迷う事なく突っ込む。

 罠だと解っていても、今のラウラはそんな事にまで構っている余裕など無かった。織斑一夏を倒し、己の優位性をこの戦いで確立させる。今の悦に浸っているラウラにとって、それが「勝つ為の目的」だと信じているから。

 

 相も変わらずレーゲンから逃げるだけの白式に対し、ラウラは情け容赦なく背後からプラズマ手刀を叩き込もうとする。

 しかし、逃げながら白式はレーゲンの方に向き直る。

 

 すると、雪片弐型の刃体をまるでラウラに見せびらかす様に構える。

 

カッ!!!

 

「!!??」

 

 何とそのまま零落白夜を一瞬だけ発動させたのだ。

 

「グギィ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!」

 

 左目を覆いながら、ラウラは突如として発狂し出す。

 視覚信号伝達を大幅に強化している今のラウラにとって、零落白夜が放つ光は最早眩しいだけでは済まない。無論姿勢制御を行う事など叶わず、そのまま区画シールドに激突する。

 更にレーゲンを下後方から付けていたラファールが、区画シールドで悶えているレーゲンに組み付く。

 

「き、きき貴様ァァァ!!!」

 

《終わりだよボーデヴィッヒさん》

 

ズドオォンッッ!!!

 

 69口径パイルバンカー『灰色の麟殻(グレースケール)』通称:盾殺し(シールド・ピアース)が、火花と共に射出された。

その衝撃は凄まじく、絶対防御が発動しているにも関わらずラウラの腹部に突き刺さる様な鈍痛が残る。

 

 それらの衝撃と鈍痛によって、悦に彩られていたラウラの脳内に再び先程のグルグルが舞い戻って来る。

嫌なグルグル、自分が何の目的も無い人形だと言う事実を突きつけてくる冷たいグルグル。零落白夜による閃光も相まって、今のラウラの思考は最早グチャグチャになっていた。

 

―――教官

 

 しかも一発ではない。シャルロットは無慈悲に、相手のSEが切れるまで何発も穿ち続けた。

 

―――貴女の様になりたかっただけなのに…結局私は

 

 SEの減少に比例する様に、レーゲンがそこら中から放つ放電の勢いは増していく。

 

―――…いや、「織斑千冬の様に」って何だ?

 

《シャルッ!何かレーゲンの様子が変だッ!一旦離れろッ!!》

 

《え!?ウ、ウン!!》

 

―――スマン昭弘。もう答えを探すのも疲れた…。誰か教えてくれ…空っぽな私に

 

教えてあげようか?

昭弘の助言なんかより、よっぽど明確で解りやすい“答え”を

 

 

―――――SE残量、危険域に突入。搭乗者保護の為、これより『VTシステム(ヴァルキリー・トレース・システム)』を起動します。

 

 

 

 

 

 アリーナ中が一斉にどよめき出す。

 

 

 彼等の目が捉えたモノは…

 

 シュバルツェア・レーゲンから溢れ出す、真っ黒な泥。それらはやがてレーゲンを取り込み、搭乗者であるラウラをも静かに包んで行った。

 そしてレーゲンよりも一回り程大きくなったソレは、やがて「己があるべき姿」へと形を整えていく。

 ソレは人と同じ形状へと変貌し、右手と思しき部分には雪片と同形状の刀が握られていた。両脚部は太くどっしりとしていて、背部には2枚のウイングが伸びていた。ISを彷彿とさせるソレは、やがて頭部の形状も定めて行った。

 

 その姿は正しく。

 

「織斑…センセイ?」

 

 

 

後編へ続く




次回、遂に一夏が発狂します。
そして滅茶苦茶熱い展開になりますので、乞うご期待下さい。


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第25話 私は「何」 (後編)

【ヴァルキリー・トレース・システム】

 モンド・グロッソ部門受賞者の「動き」を模倣するシステム。搭乗者の精神状態や強い願望、ISが受けたダメージ量等、様々な条件が重なった時にだけ発動する。
 搭乗者の保護と言う名目で発動されるが、発動中はISコア側の主導権が著しく強まり搭乗者の意識が反映されにくくなる。

 未発達且つ制御不能な未知のシステムであり搭乗者やその周囲が受ける被害も考慮してか、アラスカ条約に於いては使用、研究、開発全てが禁止事項と定められている。
 但し、もしこのシステムを搭乗者が完全なる制御下に置いた場合は、功績として「特例措置」が認められる場合もあるとされている。


 突如シュバルツェア・レーゲンから滲み出て来た漆黒の泥。

 それは繭の様にラウラを包み込み、再度形状を再構築していった。

 

 しかしそんな過程は既に一夏の記憶から消え去り、彼はレーゲンの“今の姿”に意識の全てを集中させていた。

 

―――…千冬…姉?

 

 レーゲンの剣、レーゲンの構え。それらを見てその名を思い起こした瞬間、グツグツと煮え滾った何かが胸の奥から出口を求めて膨張して行く。

 

―――……メロ……やめろ

 

 駄目だ、このまま叫ばずにいたら胸が破裂する。

 そして遂に、熱湯の様なソレは言葉となって一夏の口から激流の如く放出された。

 

「ヤァァァメェェェロォォオオォォォオォォオオォォ!!!!!」

 

《一夏!?》

 

 叫んだ時には、無意識に白式のスラスターに火を付けていた。

 シャルロットの驚きに彩られた声も、今の脳を震わすことはない。

 

―――お前がッ!お前如きが「あの人」を真似るなッ!!ソレはオレノォォォッッ!!!

 

 一夏の顔面に張り付いていた“笑顔”は、荒れ狂う憎悪によって消し去られた。まるで最初から無かった様に。

 

 

 

 突如変貌したラウラとレーゲン、発狂しながらそれに突っ込む一夏。どう見ても異常な事態を目の当たりにした観客は、混乱とまでは行かずとも大なり小なりざわつき出す。

 

 そんな中、泥の中で何か光るモノを捉えた昭弘はレーゲンの「目と思しき部分」を凝視する。

 そこで煌めくモノが何なのか確認した途端、行動を起こすべく立ち上がろうとするが―――

 

ストン

 

 昭弘の右肩に謎の力が加わり、そのまま座席へと押し戻される。

 昭弘が歯軋りしながら後部座席に振り向くと、そこには今もなお昭弘を押さえつけている張本人が。

 

「何処へ行こうと言うのかな?」

 

 楯無はそう笑みを浮かべながらも、昭弘を押さえ付ける力を緩めてはくれなかった。

 

 例え昭弘でも、その道のプロである彼女の気配に労無く気付くなんて無理難題だ。

 だが昭弘はそんな楯無の忍者っぷりに感心する間もなく、激しく睨み返す。

 

「…放してくれないすか?(万力かよ動けねぇ)」

 

「一般生徒は危ないから教員部隊が到着するまで待っててね?」

 

 ぐうの音も出ない正論だ。不確定要素が多すぎる今、悪戯に乱入すればどんな事態になるか分かったものではない。

 加えて、楯無は昭弘に少なからず疑念を抱いている。この様な行動に出るのも必然だ。

 

 だがその間にも、フィールドの状況はどんどん変化していく。

 突っ込んで行った白式はレーゲンの猛反撃を食らい、遂にSEが切れてしまう。その光景は、昭弘の焦燥感を煽るには十分だった。

 

「…そんなにオレが信用出来ないすか?」

 

「アナタでなくとも、一生徒が出しゃばった所で状況が悪化するだけよ」

 

「…アンタにとっちゃ生徒の安全が第一じゃなかったんすか?」

 

「言い方を変えようかしら?一生徒が向かった所で犠牲が増えるだけよ。2人には悪いけど、部隊が来るまで耐えて貰うか上手いことピットに逃げ込んで貰うしかないわ」

 

 言論による奮闘も虚しく、楯無は一向に考えを改める気配など無い。

 

 昭弘が諦めかけたその時―――

 

ガシッ

 

 どよめく観客を掻き分けながら、その少女は辿り着くや否や楯無の右腕を掴む。

 楯無にとっても昭弘にとっても「意外過ぎる人物」に、2人は大小の差はあれど似た様に目を丸くする。

 

「簪…ちゃん?(な、何でぇ!?)」

 

 最愛の妹から久方ぶりの接触を受けて、困惑しつつも嬉しさで大いに浮き足立つ楯無。

 ゴーレム関係で少しばかり面識はあるものの、今この状況で簪が絡んで来る理由が解らない昭弘。

 

 そんな2人の反応を意に介さず、簪は楯無に告げる。

 

「お姉ちゃん…この手を放して…!」

 

 何と簪が付いたのはまさかの昭弘側。流石の楯無も「え?」と首を傾げる。

 しかしそこは生徒会長。「妹が自身の味方をしてくれない」と言う寂しさをどうにか心の奥へと追いやる。

 

「え…えーと簪ちゃん?彼は今あのフィールドに乱入しようとしているの。生徒会長として、一生徒にそんな危険な行為をさせる訳には…ね?」

 

 そんな態度を貫く楯無に対し、簪は心中で呟く。

 

(…完璧な貴女に私の気持ちなんて……どうせ解らない…!)

 

 他クラスである簪は、ラウラを詳しく知っている訳ではない。

 しかし、彼が何らかのコンプレックスで苦しんでいる事は何処と無く察していた。似た様なコンプレックスで苦しんでいる簪にとって、ラウラに何らかのシンパシーを感じても不思議ではない。

 そんな感傷が、彼女をこの様な行動に駆り立てたのだろうか。

 

 そうして簪は、自覚無き必殺の一言を楯無にぶつける。

 

「…もし放さないのなら…もう貴女とは一生口をきかない」

 

 その一言を聞いた楯無はガーンと言うグランドピアノみたいな効果音を頭に響かせ、ショックの余りつい右手への意識が疎かになってしまう。

 その一時の弛みを、昭弘は決して逃さなかった。

 

「あっ!コラ!!」

 

 スルリと楯無の手から逃れる昭弘。勿論、簪への感謝の言葉も忘れない。

 

「助かったぜ更識妹!借りが出来たな!」

 

 楯無がそんな逃走劇を許す筈も無く、自慢の身体能力を使って追おうとする。彼女に掛かれば、コバエだろうと隼だろうと逃げられはしな―――

 

「ヂョッ!!簪ちゃん!?」

 

 簪は楯無を真正面から腕ごとホールドし、その場に留めようとする。傍から見れば、少し微笑ましい光景だ。

 そんな素人程度のホールドなど、楯無なら意図も容易く抜けられる筈だが。

 

(?…何でこの人、少し鼻息荒いの?)

 

 今楯無の中では、「妹に抱き付かれる」と言う嬉しさと「生徒会長」としての責務がせめぎあっていた。

 

 

 

 管制塔から、既に千冬はピットへと指示を飛ばした。現状区画シールドとハッチへの異常は検知されてない故、待機を維持せよと。

 しかし、未だ観客スタンドには敢えて放送を流していない。今の所レーゲンの形状が変わっただけで、明確な脅威とは断定し難い。先に仕掛けたのも白式で、レーゲンは反撃したに過ぎない。

 それに、今回は各国のVIPも馳せ参じている。彼等に悪い心証を抱かせない様、穏便に済ませたいと言うのが千冬の本音だ。

 

 いや、本音はもっと別にあるのだろう。

 自身の姿に変貌したレーゲン、それを見た途端別人の様に怒り狂う一夏。今すぐ専用回線で2人に問い詰めたい気持ちを押し留め、千冬は事態収集の最適解を探る。

 

《織斑先生!到着しました!!》

 

「アリーナ外周からピットに続く導線は確保しておいた。道が狭いようなら多少破壊しても構わんッ!」

 

《了解!》

 

 管制塔から、千冬は現着した教員部隊に指示を飛ばす。万が一に備えて、ピット内まで部隊を派遣しておく。

 

 そんな中、千冬の視界が「ある人物」の姿をフィールド上に捉える。

 

 

 

―――数分前 ピット内にて

 

 丁度昭弘が駆け付けた時、待機を指示されたピット内では皆池を泳ぐ鯉の如く右往左往していた。

 

 そんな中今にも飛び出して一夏たちを助けたそうに拳を握っていた箒は、一早く昭弘の存在に気付く。

 

 それに釣られて、他の整備科生も昭弘を見やる。時間の惜しい昭弘は彼女たちを見渡した後、自身の考えを口にする。

 

「…「非常通用口」を使って、オレが生身で出ます」

 

「「「「「…はい?」」」」」

 

 入っていきなり突拍子もない事を主張し出す昭弘に対し、整備科生たちは上ずった声を漏らす。

 確かに、ピット内にはフィールドへと続く通用口がある。センサーが反応する事で通用口のシールドだけ一時解除され、通過すれば再びシールドが起動すると言うシステムだ。無論、フィールド側からは一切反応しない。

 しかしその通用口のスペースは精々「人」一人分。ISを纏った状態ではとても通過出来ないのだが…

 

「そうか!昭弘ならMPSをその場で展開できる!」

 

 次の試合に備えて別のピットで待機している鈴音とセシリアも、同じ事を考えているだろう。未だフィールドに飛び出して来ないのは、整備科の先輩方が必死に押さえているからだ。

 

 昭弘はそのまま通用口へと向かう。

 しかし、整備科生は勝手にやってきて勝手に進める昭弘を制しようとする。

 

「ちょっと待ちなさい!…アナタまさか「自分ならどうにか出来る」なんて思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 対し、少しだけ間を置いて昭弘は先程のレーゲンを思い返す。レーゲンの目と思しき部分。そこから、黒い泥とは異なる「透明の雫」が流れ出ていた。

 それが何なのか、どんな物質なのか昭弘には解らない。それでも直感したのだ。ラウラをあのままにしてはおけないと。

 

 だから昭弘は進みながら振り向かずに答える。

 

「オレはただ「御節介」を焼きたいだけなんですよ。所詮は「自分の為」にやっているんです」

 

(昭弘…)

 

 より多くの人を、より効率的に救う。この男『昭弘・アルトランド』には、それが出来ないのだ。

 自分の目に映った仲間をどうにかしてやりたい。それが全てで、名も知らぬその他大勢は後回しなのだ。

 

「センセイ方には「アルトランドに脅された」とでも伝えて下さい。では…」

 

 そう言って、昭弘は通用口の前に立つ。

 その時の昭弘は、箒の知るどの昭弘とも違っていた。目つきは憂いや後悔を抱いている様に生気が無く、しかし足取りは普段以上に堂々としていて、口元は覚悟でも決めた様に強く噛み締めていた。

 

 そしてシールドを抜け、フィールドに足を踏み入れた昭弘を見て箒は思わず戦慄してしまう。

 

(昭弘?…何故グシオンを纏わないんだ?……待て…駄目だ…!)

 

 駆け出そうとする箒を、整備科生たちは必死に止める。

 

「アンタは専用機持ってないでしょーが!?」

 

 そんな当たり前な事実を聞いて尚、箒は必死に藻掻いた。今彼女の脳裏には、肉塊と化した想い人の姿が鮮明に映し出されていた。

 

 

 

 既に地上に降りているレーゲンを、昭弘はフィールド端から注視する。

 

 昭弘の予想通り、どうやら危害を加えられない限りレーゲンは攻撃して来ない様だ。

 しかし、昭弘が生身で居る理由はそれだけではない。千冬の姿を模したアレは、未知数な点が多過ぎる。もし昭弘がMPSを展開すれば、その時点で攻撃対象と見なされるかもしれない。

 第一アレはラウラがレーゲンを操っているのか、レーゲンがラウラを操っているのかそれすら解らない。

 

 白式はSEこそ尽きたものの、まだ展開常態を保っていた。ラファールも今のところ無事な様だ。

 何やら専用回線を用いて話し合い…と言うよりも一夏が一方的に怒鳴り付けている様に見えるが。

 

 

 

《シャルロットォ!!ラファールのエネルギーを寄越せッ!!》

 

「!?」

 

 確かに、ISからISにエネルギーを送る事は可能ではある。しかし余りに突然で脈絡の無い要求に、シャルロットは思わず身を竦める。

 

《奴はオレと白式の「零落白夜」でしか倒せねぇッ!!》

 

 意味が解らない。一体何を根拠にそんな事を言い出すのかと、シャルロットは初めて一夏に懐疑心を抱く。

 それでも最終的に今まで培ってきた一夏への信頼が勝ってしまい、シャルロットは彼の要求を飲む。

 

 

 

 

 

 身体の芯から冷え込む、辺り一面暗黒の世界。そこでラウラは、今迄得た事の無い達成感を味わっていた。

 

 間も無く叶う、「千冬の様なブリュンヒルデ」になると言う夢。後は有象無象をこの力で圧倒すれば、自分は『織斑千冬』として完成する。

 

 そんなラウラに気になる事が一つ。それは、自分から相手を攻撃する事が出来ない点だ。

 

 しかし、ラウラ自身は既にその理由に辿り着いていた。

 

 程無くして、ラウラの眼前にその“不完全な答え”が現れる。

 何も見えない真っ暗な世界で、「その男」だけは何故かハッキリと姿を捉える事が出来た。

 

先ずは彼を消そう。君を迷わせて苦しめる元凶だ

君だってもう十分悩んだろう?正しい答えはもうすぐそこだ

 

 ラウラはレーゲンのコアが放つ言葉を素直に聞き取り、昭弘の下へと赴く。

 未だ迷いを抱いたまま。

 

 

 

 

 

 突如、昭弘に向かってゆっくりと移動するレーゲン。

 しかし、昭弘はあくまでその場を動かない。どの道逃げられないし、何より逃げたくはないのだろう。

 

 そして遂に千冬の姿を模した巨大なレーゲンは、昭弘の目と鼻の先に佇む。

 そんなレーゲンの顔を、昭弘は突っ立ったまま下から覗き込む。目の部分からは、やはり涙かどうかも解らない透明な液体が止めどなく流れ出ていた。

 

「……苦しいのか?ラウラ」

 

 昭弘は心配そうに、だがどこか申し訳なさそうにそう訊ねる。

 千冬の姿を模しているレーゲンを見て、先程から昭弘の中である考えが芽生え始めていた。

 

 結局ラウラは、千冬の様になりたかっただけなのではないのか。

 今迄自分が行ってきたお節介は、ただ単にラウラを悩ませ苦しめただけだったのではないか。

 

 今も尚流し続けている透明な雫と、自分からは攻撃しないと言うその行動原理は、昭弘からすれば今も悩んでいる事への裏返しとしか思えなかった。千冬の様でありたい、去れど学園の皆を傷つけたくはない、と。

 

 それでも、昭弘には彼を悩ませる事しか出来ない。

 

「…すまないラウラ。どうなりたいかはお前が決めるしかないんだ。だから…」

 

 そう言うと、昭弘は両腕を左右に大きく広げながらラウラに「究極の選択」を言い渡す。

 

「好きにしてくれ。これからお前が起こす行動に、オレは文句を言うつもりはねぇ」

 

 例え自分の命が朽ち果てようと、それがラウラの「本望」に繋がるのなら昭弘はそれでも構わなかった。

 

 そんな昭弘の真意が伝わったのか、レーゲンは巨大な機械刀「雪片」をゆっくりと振りかぶる。

 

 

 

 

「シャルロットまだか!?急げッ!!ボーデヴィッヒをぶっ飛ばすッ!!」

 

 

 

 

「昭弘オオォォォォォォォッッ!!!」

 

「篠ノ之さんッ!教員部隊が着いたから落ち着いて!」

 

 

 

 

「アンタたちいい加減退かないと中国拳法お見舞いするわよ!!?」

 

(アルトランド…)

 

 

 

 

 其々がどんな想いを胸に抱こうと言葉にしようと、ラウラの意思が変わらない限りその剣は振り下ろされる。

 昭弘の意思が変わらない限り、彼の鮮血はフィールドを濡らす。

 

 

 

 

 

 この一太刀を振り下ろせば、ラウラは織斑千冬として終われる。もしかしたら自身の命も終わるかもしれないが構うものか。例え一瞬でも、織斑千冬になれるのだから。

 

 昭弘が居る限り、自分は延々と悩み続ける。それだけ昭弘の「言葉」は大きい。昭弘の言葉により、これ以上悩みと迷いに苛まれる位なら…。

 

―――昭弘を殺したくなどない。だがお前を殺せば…きっと私の迷いは消える。「この居場所」を諦める事が出来る。どうせお前だって…私と居て楽しくなど無かったろう?

 

そうだよラウラ。さぁ夢を叶えよう

 

 レーゲンからの言葉に何ら抵抗感を覚える事無く、ラウラはその剣を無造作に振り下ろ―――

 

 

 

 

 

「今まで楽しかったぜ」

 

 

 

 

 

 

…君は何故、まだ迷うの?

 

 レーゲンの言葉は、今この瞬間だけはラウラに聞こえていなかった。ラウラをそんな常態に至らせた原因は、昭弘のそんな“ふとした言葉”にあった。

 今この場で死ぬと言うのに、今までラウラに聞かせてきた言葉が水泡に帰そうとしているのに、何の悔いもなしにそんな言葉を言ってのけたのだ。

 

―――楽しかった?いやそんな筈は無い!少なくとも私はずっと苦しかった!こんな「空っぽ」な私なんかと居て楽しい筈が…

 

 

 漸く、ラウラは“もう一つの答え”に行き着いた。そう、彼は空っぽなどではなかったのだ。

 

 互いの違いを確認し合い、それを日々の糧として楽しむ。時にそんな己と他者との違いに苦しみ、自分の在り方について見つめ直す。それが悩みや迷いを生み出す。

 ラウラの空っぽな中身は、昭弘たちと通じて得たそれらによってもう十分満たされていたのだ。更に言えば、自分の在り方について悩み考え苦しむ事こそラウラが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』である確たる証拠だった。

 

 それに行き着くや否やラウラの頭を侵していたグルグルは急速なる逆回転を始め、ラウラの心を支えてくれた言葉たちを蘇らせる。

 

 この世に唯一無二の居場所など存在しない。

 悪いか?友人の技量が気になって。

 お前の本質は何も変わらない。不器用で口が悪くて優しいラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

―――今なら解る。昭弘と教官が紡ぎ出した言葉の真意を

 

 昭弘も谷本も相川も鏡も箒も、此処でのラウラをラウラとして見てくれていたのだ。感じてくれていたのだ。

 それらの言葉を思い返した後、再びレーゲンの声がラウラの脳内に響く。

 

本当にそれで良いの?自分について、今後もずっと君は苦しむよ?

 

 それに対し、ラウラはいつまでもこれからも苦しみ藻掻く自身を笑う様に答える。

 

―――私の本質は変えようが無い。何処まで行ってもラウラ・ボーデヴィッヒであって、織斑千冬になどなれない。それに…

―――昭弘たち(アイツら)と一緒に悩むのは…苦しいが結構好きなんだ

 

 

 

私が何者なのか、気付かせてくれるから

 

 

 

 ラウラ自ら導き出した結論を聞いたレーゲンは、それ以上声を上げる事など無かった。

 レーゲンも気付いたのだろう。ラウラは織斑千冬にはなれないし、なってはならないのだ。

 何故なら、同じになれないからこそ人は憧れる事が出来るからだ。

 

 憧れが何なのか知ったラウラはその第一歩として試合を続行する為、昭弘の言葉を再度記憶から引っ張り出す。

 それはラウラを今迄で一番悩ませ、同時に一番心に痕を残した言葉であった。

 

 もう好きな様に戦ったらどうだ?ISってのは、自分の「好き」が許される存在だろう。

 

 この瞬間、ラウラはIS乗りとして再度スタートラインに立った。

 勝つ目的など、最初から必要無かったのだ。

 好きな様に思った様に戦いたい。そんな本当の自分としての限界を知りたい。

 

 それを実行する為に、ラウラは感じたままにレーゲンと言うISに自分を重ねて思い描く。

 

 

 

―――――VTシステム、「完全起動」を確認。「二次移行(セカンド・シフト)」開始。

 

 

 

 VTシステムの神髄とは、「モンド・グロッソ部門受賞者(ヴァルキリー)をトレースするシステム」ではなく、「自分の思い描く戦乙女(ヴァルキリー)をISにトレースするシステム」だったのだ。

 それは悩み抜き、悩み続ける者でしか辿り着く事は出来ない境地だろう。

 

 

 

 

 

「終わりだボーデヴィッヒィィィッ!!!」

 

 剣を振り被ったままのレーゲンに対し、一夏は叫びながら白式を突っ込ませる。

 

 

 

キュバァアッッ!!!

 

 

 

 レーゲンは白式が突っ込むよりも教員部隊が突入するよりも早く、異音と同時に纏っていた泥を周囲に撒き散らした。白式はソレを避ける様に距離を取り、昭弘は衝撃で尻餅をついてしまった。

 撒き散らされた泥は粒子となって中空へと消えて行った。しかし皆そんなモノには目もくれず、泥を撒き散らした張本人を注視していた。

 

 その「銀髪の美少年」は、両足を僅かにクロスさせながら腰に手を当てて物静かに佇んでいた。新しい朝を迎えた様な、得も言われぬ爽やかさを全身から放ちながら。

 纏っているソレは黒を基調とし、脚部も上半身も極めて装甲が薄く、一目見ただけでも異常な可動性が容易に想像できる程であった。その異形は、最早ISと言うよりも細身のサイボーグを彷彿とさせた。

 そして左目の瞳を彩る黄金色の輝きは、まるで初めて外界を目の当たりにしたかの様にアリーナ全体を見渡していた。

 

 訳が分からない昭弘は尻餅をついたまま、そんなラウラを見つめる。

 そんな昭弘に対し、ラウラは事も無げに手を差し伸べる。

 

 ラウラの右手を掴み、腕と腹筋に力を加えて起き上がる昭弘。

 立ち上がってみると、ラウラが纏っているISの小ささがより浮き彫りとなった。

 普段のラウラと身長はほぼ変わらず、先程のレーゲンとは打って変わって今度はラウラが昭弘を見上げている状態だった。

 更にはレールカノンやワイヤーブレード、プラズマ手刀等武装らしい武装も見当たらない。

 

 訊きたい事は山程ある昭弘であったが、一番最初に訊くべき事は既に決めていた。

 

「…もう苦しくはないのか?」

 

《…苦しいさ。左目もまだ少し痛む。…だがもういいんだ》

 

 何がいいのか、昭弘には何となくしか解らなかった。

 しかし今の胸を張ったラウラを見てしまえば、それが悪い事ではないと誰しもが気付くだろう。

 

「お前がそれでいいのなら、それでいいさ」

 

 そう言って、昭弘はラウラの頭に手を置く。するとラウラは気恥ずかしさからか、顔をしかめて昭弘の手を払う。

 

《おっとこんな事をしている場合ではなかったのだ。下がっていろ昭弘》

 

「あ?何言って…ッ!?」

 

 

 

 その光景は一夏にとって劇物に他ならなかった。

 

 いつも己の眼前で昭弘を独占し、更には身の程知らずにも千冬を模倣する。

 中でも一番許せないのは、千冬の姿を模倣しておきながらソレをあっさりと脱ぎ捨て、どこかサッパリとした表情をしているのだ。これが侮辱でなくて何だと言うのだ。

 それを機に一夏の脳内は完全にオーバーヒートし、憎悪に任せて白式のスラスターを爆発させた。

 

 今の彼にあるのは、ラウラに対する殺意のみ。

 

 

 

「オイ一夏!もういい!ラウラはもう大丈夫だ!」

 

 しかし一夏は昭弘の制止を見向きもせず、白式の出力をまるで緩めない。

 

 ラウラはまだ地面に足を着けたまま、迫り来る白式を静かに見据える。何かを待っているかの様に。

 

 速さと身軽さ。

 ラウラにとって己の戦闘スタイルを見つめ直すには、その2点さえ揃っていれば十分だった。それ以外の武装は、今の彼には寧ろ不純物。

 何故ならラウラには、どんな速さをもモノに出来る左目(ヴォーダン・オージェ)があるのだから。

 

 その左目でラウラは見極める。自身の短い腕が、迫る雪片弐型よりも早く白式に届く間合いを。

 そして、一夏が鬼の形相でソレを大きく真横に振りかぶる瞬間―――

 

―――ここッ!!!

 

 刃先が白式の後方を向いている、最も前面へのリーチが短い一瞬。

 ラウラは左足で地面を思い切り蹴り、それ