死の支配者と星の御子 (識神)
しおりを挟む

設定1

当小説の主人公の設定となります。
死なない事を目的に構成されたビルド・装備。
ソロ専て、どうしても器用貧乏な構成になりますよね。
魔法の位階は、公表されているもの以外は独自設定です。


 プレイヤー名:

 エン・シルキティアス・ギルバーティス

 

 カルマ値:0(中立)

 

 レベル:100

 種族レベル:

 水精霊=5

(ウォーター・エレメンタル)

 風精霊=5

(ウィンド・エレメンタル)

 古の光精霊=5

(エルダー・シャイン・エレメンタル)

 根源の虹精霊=10

(プライマル・プリズム・エレメンタル)

 星の子=5

(ガイアード・コア)

 

 職業レベル:

 テンプル・ナイト=5

 ロード・ナイト=10

 クレリック=5

 神官=5

 ビショップ=5

 召喚士=5

 パラディン=10

 パラディン・ロード=5

 星御子=10

 星の執行者=10

 

 ビルド構成:

 ソロで動く事が殆どであった為、防御・回復・バフに特化した構成になっている。低い攻撃力は召喚やバフで補っている。『ユグドラシル絶景天体観測スポット踏破イベント』にて、優勝した際に与えられたユニーク種族『星の子』と種族に依存するユニーククラス『星御子』・『星の執行者』がかなり強力だった為、よほどの局面でなければ、死ぬことは無くなった(但し、強くなったとは言えない)。

 

 主武装:

 星剣シリウス:神器級片手直剣。

 使用者の能力向上、炎・神聖属性の攻撃にボーナスがつく。斬りつけた相手に炎属性に対する強力な耐性低下を付与し、炎属性のスリップダメージを与える。第10位階魔法『フレアー・オブ・ザ・サン』を使用可能(リキャストタイムは300秒)。

 

 デュアル・ザ・サン:神器級重鎧。

 使用者の各種耐性強化。リジェネレーション付与。水・風・地属性に対する完全耐性。炎・光・神聖属性吸収(ダメージの5%)。1日に2回、HP全回復・ステータス異常回復・デバフ解除・装備中のアイテムに限り耐久値を回復する効果を使用可能(リキャストタイムは3時間)。

 

  他:その他諸々。本編で出てきたものから順次記述。

 

  《リング・オブ・ゲートキーパー/転移門の守護者の指輪》:伝説級指輪。

 《ゲート/転移門》、《グレーター・テレポーテーション/上位転移》が込められている指輪。リキャストタイムが長めに設定されている為、連続使用には向かない。前者のリキャストタイムは30分、後者は10分。

 

 トータルエクリプス:伝説級騎士盾。

 レベル50以下の攻撃を自身の防御力の数値分上乗せして反射する。レベル51以上89以下の攻撃に対し3%のダメージを軽減する。腐食効果に対する強い耐性を持つ。

 

 

 

 ※指輪の装備位置

 右手

 

 母指

 

 示指

 

 中指

 

 薬指

 

 小指

 

 

 左手

 

 母指

 

 示指

 

 中指

 

 薬指

 

 小指

 

 

 

 

 

 

 所持しているワールドアイテム:

 

 星喰い(ほしくい):指輪型のワールドアイテム。

 エンが(景観的な意味で)好んで探索していたダンジョンの隠し小部屋のギミックを抜けた先に安置してあった。

 

 成長型のワールドアイテム。

 装備者の取得経験値の10%を食らって成長する。

 最大レベルは50。転移時点でのレベルは23。

 所有者が変わるとレベルはリセットされる。

 

 レベル1毎に次に示す3つの効果から1つを選択する。

 

 ①任意のステータス1つを4%向上させる。

 ②習得魔法スロットを3枠拡張する。

 ③習得スキルスロットを1枠拡張する。

 

 1度選択すると変更はできない。

(リセットしてレベルを上げ直すしかない)

 

 レベルを最大まで上げると、特別な力が解放される。

 

 

 転移時点での振り分けは、能力10(HP・MPに5ずつ)、魔法スロット5、スキルスロット8。

 

 

 補足:

 ステータスの上昇値は加算。

(例:レベル50を全てHPに振り分けると、200%加算されて、元のHPの300%になる。)

 ステータスの上昇に関しては、他の装備品による上昇値の影響を受けない。

 

 魔法・スキルの拡張スロットには、前提条件を満たしていない魔法・スキルをセットできる。

 但し、取得している職業・種族が習得可能な魔法・スキルに限る。

(例1:職業レベルが1でも、職業レベルが10でなければ習得できないスキルをセットできる。)

 

 魔法・スキルの拡張スロットにセットした魔法やスキルは変更可能。

 但し、変更後24時間は再変更が不可能になる。

 

 

 

 

 種族特性:精霊種

 

 不老

 性別不明(外装設定は可能)

(男性用・女性用装備を装備可能)

 睡眠・飲食不要

 肉体疲労無効

 酸素不要

 感情値抑制(中)

 精神作用無効

 種族の司る属性耐性(強)

 種族の司る状態異常無効

 HP・MP看破無効

 装備可能防具の種類に制限

(星の子の人型アバターにて解消)

 種族の弱点属性のダメージ倍加

(ユニーククラスにより解消)

 MP枯渇時(5%以下)スリップダメージ

 

 ※種族が司る属性のデータ

 水・風

 光・神聖・正

 炎・雷・土・氷・毒

 闇

 

 

 

 スキル:(パッシブ=P、アクティブ=A)

 

 A 下位精霊創造:1日20体

 A 中位精霊創造:1日12体

 A 上位精霊創造:1日4体(経験値使用)

 ※触媒使用で固定化が可能。

 ※触媒は属性を同じくする自然物。

 

 A コール・エレメンタル/精霊召喚

 ※地形要素に合致する精霊を召喚。

 ※召喚する相手を選択不可。

 

 A サモン・ゾディアック/十二宮召喚

 ※12宮の1体を召喚する。

 ※選択可能

 ※1日3体まで。

 

 A 感覚同調

 ※レベルを有しない生物と感覚を同調させる。

 ※視覚・聴覚・嗅覚(動物>植物)

 ※感知されない。

 

 A 感覚共有

 ※レベルを有する生物の感覚を共有する。

 ※視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚

 ※感知される。

 

 P 上位物理無効化Ⅲ

 P 上位魔法無効化Ⅲ

 

 P 星霊のオーラⅠ〜Ⅴ

 ※効果範囲内の生物にバットステータス付与。

 ※格下にのみ有効。

 ※レベル調節可能。

 ※Ⅰ:怯み Ⅱ:恐怖 Ⅲ:混乱

 ※Ⅳ:虚脱 Ⅴ:錯乱or逃避

 

 P 属性攻撃強化Ⅲ

 P 属性防御強化Ⅲ

 

 P 執行者の強権

 ※星の執行者専用スキル。

 ※属性攻撃にボーナス(極大)。

 

 P 星の意思を継ぐ者

 ※星御子専用スキル。

 ※属性攻撃の基礎値強化(極大)。

 

 P 星精枯渇

 ※属性魔法の威力が上昇。

 ※MP消費量15%UP。

 ※MPが10%未満でスリップダメージ。

 

 A グランド・クロス/惑星直列

 ※星の子専用スキル。

 ※複合属性広範囲攻撃スキル。魔法ダメージ。

 ※1日1回の制限スキル。

 

 A 天地開闢(てんちかいびゃく)

 ※星の執行者専用スキル。

 ※指定範囲内の地形・天候を改変する。

 ※回数制限がない。

 

 P 星の導き

 ※幸運値上昇(極大)。

 ※罠不発の確率上昇(大)。

 ※デストラップ探知。

 

 P 星屑の守護

 ※中位探知妨害。

 

 P 精霊種強化

 P 精霊種支配

 

 A 星の調律者

 ※星の御子専用スキル。

 ※生物種モンスター懐柔。

 ※一時的に対象モンスターの指揮権を得る。

 ※レベルが同等以上の者の指揮下にある生物にはレジストされる。

 

 P 精霊魔法術式・初伝(第1〜第3)

 P 精霊魔法術式・中伝(第4〜第6)

 P 精霊魔法術式・奥伝(第7〜第9)

 P 精霊魔法術式・皆伝(第10)

 ※精霊種専用スキル。

 ※魔法習得数の拡張。

 

 A オートカウンター/自動迎撃Lv10

 ※確率で物理攻撃を無効、ダメージ反射。

 ※幸運値で確率に補正あり。

 

 A クリエイト・スタージェム/星魔石作成

 ※精霊種専用スキル。

 ※1日5回制限。

 ※MPを消費して星魔石を作成する。

 ※精度は精霊種レベルの合計に依存。

 

 A 属性付与・武器Ⅲ

 ※対象者1名の武器に属性を付与する。

 ※効果時間は1時間。

 

 A 属性付与・防具Ⅲ

 

 P エレメンタル・スラッシュ

 ※斬撃武器専用。

 ※武器に付与された属性の衝撃波を放つ。

 ※斬撃・物理・付与属性の複合ダメージ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法:

 

 

  外見:

  種族「星の子」の種族特性により人型をとる。18〜20歳くらいの細身の青年。群青色の髪に青い瞳。中性的な容姿をしている。精霊系の種族特性に引っ張られている為か、感情による表情の変化はやや少なめ。

  精霊型の外装時は、流動的なオーラ状の物質がひとまとまりになった様な姿になる。

 

  性格:

  大人数でワイワイやるよりは、1人で黙々と好きな事をするタイプ。社交的で知り合いは沢山いるが、本音で語れる親友を持たないタイプ。転移後は種族特性に引っ張られて、やや尊大な考えをする時がある。

 

  リアル事情:

  実年齢は転移時点で28歳。高卒まで行けるくらいには裕福である。職業はとある企業の研究助手。あまり自分に立ち入らせない性格が災いして、童貞である。




※1『星喰い』のステータス向上に関する記述で、4%が1レベル分ずつ乗算なのか、加算なのかに関わる修正提案を頂きましたが、あとの補足説明で加算である旨を説明しておりますので、このままとさせて頂きました。
※2『星喰い』のステータス向上については、素のステータスを参照とします。他の装備の影響は受けない設定とさせて頂いております。

上記の御提案を下さった方々、有難う御座いました。


H30.7.6:記述整理に伴い、『星喰い』の記述を一部変更。漏れていた設定を加筆修正致しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章:異世界転移 第1話:Prologue

 DMMORPG『ユグドラシル』

 

 此処には現実の世界(リアル)では手に入れることができない物が存在していた。

 

 自然、住居、食べ物、調度品、嗜好品……。この世界(ユグドラシル)で手に入る素材、通貨、時には現実の資産をつぎ込めば、望むものほぼ全てを再現する事ができた。

 

 無論、それらがまがい物である事を殆どのプレイヤーが十全に理解していた。

 

 だが、それでも自らの儘ならぬ欲をほんの少しでも満たしてくれるこの素晴らしき世界を、プレイヤー達は愛していた。

 

 そして『エン・シルキティアス・ギルバーティス』もまた、この世界に魅了され、この世界を愛し続けたプレイヤーの1人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……。終わっちゃうんだなー……」

 

 時刻は23時30分。

 

 精霊系の種族が多く集まる村、その外れにある、村を一望できる丘の上で、朝からやっていた作業の後始末をつけながら感慨深く呟いた。

 

 基本的にソロで行動していた自分には、物や人などのしがらみが比較的少ないのだが、それでも約10年の積み重ねは伊達ではなかった。

 

 最も時間が掛かったのは世話になったプレイヤー仲間への挨拶だったが、それはなんとか終わらせた。

 

 最終日だけあって、大概は早いうちからログインしていて捕まえるのに苦労がなかったが、それでも2、30人連絡がつかない奴らはいた。だがまぁ、それも仕方がないだろう。

 

 あれ程この世界で自然の再現に心血を注いでいたあのブルー・プラネット氏ですら、だいぶ前に引退していたのだから。

 

(そういえば、彼が作った夜空を模した天井…結局見ずに終わってしまうなぁ……)

 

 昔、見にこないかと誘われた事があったが、かの悪名高いアインズ・ウール・ゴウンの拠点にお呼ばれするのは中々に畏れ多く、また自分は割りかしと人間種とも友好的にやり取りしていた為、他のプレイヤーに妙な勘繰りをされるのも面倒だと、機会を先延ばしにしていたのだった。

 

 結局、一度もお邪魔する事なく終わりを迎えてしまった事に、誘ってくれた自然愛好仲間やギルド長さんに対する申し訳なさを感じてしまう。

 

 

 

 挨拶と同時進行で進めていたのは、所持アイテムの目録作りだ。

 

 まぁ、やっぱりこれだけのめり込んだゲームの証を残しておきたいという、タラタラな未練を少しでも慰める為に、画像データに残そうと思った訳だ。

 

 自分はアイテムボックスを課金で限界まで拡張しており、加えて《インフィニティ・ハヴァザック/無限の背負い袋》を重ね履きする手法ーーどこに何が入っているか判り難くなる為、上級者ほどやらないーーにより、相当数のアイテムを所持していた為、これまたかなりの時間を費やす事になった。

 

 もっとも、元々几帳面に整理整頓を心掛けていた為、目的のものを探す事よりも、いちいち取り出したアイテムに対する感傷に浸っていた事が時間浪費の主な原因なのだが。

 

 取り出していたアイテムの片付けを終えて時計を確認すると、残り時間は10分を切っていた。

 

 

 

「さて……と、あとやり残した事は……」

 

 指折り数えながら確認をし、最後にやると決めていた事以外を無事に済ませた事が分かると、《フライ/飛行》の呪文を唱えて大空に舞い上がる。

 

 グングンと高度を上げる。この世界が定める限界まで飛び上がると世界を見渡す。

 

 最期は憧れて止まなかった星空で…と決めていた。

 

「この星空も見納めか……。昔資料で見たやつに比べて、かなり適当なんだけど、それでも最初は感激したっけな……」

 

 様々な資料である程度本物の星空の知識を蓄えた今にしてみれば、お世辞にも素晴らしいとは言えない星空のエフェクトを見ながら、この世界にやってきた時の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 23時58分

 

 

「楽しかったなぁ……」

 

 

  呟いた言葉は静かに空に溶け込んでゆく。

 

 

  「ふふ……。これから先、ここまでのめり込む事は無くなるんだろうなぁ」

 

 

 自分はいい歳の大人だ。ここまで何かに夢中になる事も、無くなっていくだろう。

 

(さぁ、この世界の最期を感謝の気持ちで迎えよう)

 

 目を閉じてサービス終了による強制ログアウトを待つ。

 

 

 

 

 

 23:59:56、57、58、59

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 00:00:00、01、02、03……

 

(ん……? ログアウトのアナウンスが流れない……?)

 

 本来なら流れるずのアナウンスが流れてこない事に違和感を覚える。

 

 最後の最後にケチがついたような気がしたが、あの運営ならやりかねないと、なんとも締まらない気持ちで仕方なしに目を開く。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 目の前に広がるのは規則的に並ぶアプリケーションのタイトルなどではなく、満天の星であった。




始めてしまいました。

エタらぬ様に続けたいところです。

※オリ主情報を前に差し込めたので、次回投稿は第2話ですね。



スペッキオ様、誤字報告有難うございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:貴方の精神を沈静化

〜前回あらすじ〜

エン「締まらない終わり方しやが……ふぁっ!?」


  目の前に広がる満天の星。

 

  さっきまでのどこかチープなものじゃない。

 

 

  「これは……どういう事だ?」

 

 

  眼に映る限りなく本物に近いと言える光景はさることながら、そもそも何故自分がログアウトしていないのかが謎だ。

 

  (運営のサプライズ……?)

 

  いや、それはない。ユグドラシルの継続であろうが、ユグドラシル2の実装だろうが、顧客であるユーザーへ一切の情報を出さない意味がない。

 

  いくら客側の選択肢の狭い世の中であっても、商業的に宣伝をしないなんて選択はあり得ない。

 

  (やはり不具合か? 何か別ゲーのサーバーと混線した?)

 

  いずれにせよ自動でログアウトされないなら、コンソールからログアウトしなければならない。

 

 

  「あれ? コンソールが出ない……?」

 

 

  慣れた動作でコンソールの呼び出しを試みるが、何度試しても上手くいかない。

 

  一瞬途方にくれて、ハタ……と気付く。

 

 

  「そういや、さっきから視界にステータスバーも時計もマップも表示されてない……。やはり、システムエラーの類か?」

 

  これは最早いちプレイヤーで対処出来るトラブルではない。

 

  GMコールで運営にコンタクトを取るべきだと行動に移すが、その行動は無駄に終わる。

 

 

  「GMコールが通じない……だと? どう対処しろというのだ、このバカ運営!! ……って、むぅ?」

 

 

  あまりの事態に声が自然と怒気を含むが、怒りの沸点に差し掛かる直前、水を浴びせられた様に感情が萎んでしまった。

 

  (???)

 

  今までに感じた事がない感情の動きに戸惑ってしまうが、お陰で思考がクリアになった気がした。

 

  疑問は何一つ解決していないが、クリアになった思考が一度地上に降りるべきだと判断する。

 

  自分と同じ様に取り残されているプレイヤーがいるものと思われるし、空を飛んでいては不測の事態に対処しきれない場合もあるだろう。

 

  行動を起こす際、システムのエラー中にまともな動作が取れるか心配ではあったが、それは杞憂におわる。

 

  いやむしろ不自然な程自然に、身体と動作が滑らかに噛み合ったのだ。

 

  (操作性が向上している? いや、操作というより本当に自分の体の様な……)

 

  新たな疑問が湧き出た事に頭を抱えそうになるが、そうはならなかった。

 

  地上近くまで降りた自分の目に映ったものが、さっきまで作業をしていた精霊の村ではなかったからだ。

 

 

  「っっっ!! ……」

 

 

  一瞬驚きでパニックになりかけるが、また感情が何かに引っ張られるように萎んでいく。

 

  一体何なんだと釈然としないのだが、この異常事態のなか少しだけ有り難みも感じていた。再び冷静さを取り戻した頭で、もう一度足元を観察する。

 

  やはりさっきまでいた村ではない。建物の配置は違うし、建物の造りもだいぶ粗末に見える。何より地形が大きく違う。方角が定かではないが、村の向こう側に大きな山脈が横たわっている。山脈と村の間には森林が広がっているようだ。

 

  それに自分と同じ様に取り残されたプレイヤーがいるのなら騒ぎになっているはずだが、村はシーンと静まり返っている。

 

  村の中央にある他の建物より幾分か大きめの家の入り口に、小さな灯が点っているをみるに廃村という訳でもなさそうである。

 

 

  「俺以外の取り残された者はいなさそうだ……。静かなのは単純に夜中だから……という事か?」

 

 

  流石にこの状況にすぐさま慣れて、『さぁ、明日に備えて寝ましょう』なんて猛者が居るとは思いたくない。

 

 

  「今は情報が欲しい。夜闇に紛れて偵察をさせてもらおう」

 

 

  混迷極める状況の中、正しい判断をする為には生の情報が少しでも欲しい。この村に住むのがとてつもない化け物である可能性が無いわけではないが、現時点での情報だけで判断すれば、少なくとも夜は休息を必要とする種族であるはず。

 

  意を決して明かりの灯る家から1番離れた建物の側に着地する。念の為に《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》をかける。

 

 飛行魔法の効果が継続していたから、魔法は使えるはずと考えていたが、どうやら当たりのようだ。しかもコンソールを開けなくても、魔法を使う事に意識を集中させると、自分の残りMPや魔法に付随する情報が意識に流れ込んでくるではないか。

 

  (便利になってる)

 

  一体全体どういう仕組みなのか分からないけど、今は有り難い。

 

  村の中を慎重に見て回りながら情報を集める。家は木造、金属の使用は最低限、ガラスが濁っているうえ濁り方が均一じゃない、家畜を飼っているようで獣臭い…?

 

 

  「匂いを感じる? いや、ありえない……」

 

 

  最先端技術を使っても嗅覚の再現は不可能なはずだ。何千・何万にも及ぶ化学物質のパターンに加え、個人ごとの差異が大きい感覚。

 

  だが、今まさに自分の嗅覚は匂いを感じている。鼻に意識を集中させると、獣臭だけではなく草の青臭い匂いや、微かな煙の匂いを感じるのだ。

 

  匂いを感じるという情報から、1つの可能性が現実味を帯びて頭をもたげる。

 

  (間違いない。ここは仮想の世界ではない)

 

  そう。ここはきっと現実の世界。何がどうなったかは分からないが、どこか不明の場所に転移してしまったと考えるべきだろう。そう確信してしまえば、色々な事に合点がいく。

 

  そして何よりも自分にとって大事な事に気付き身震いする。

 

  (つまり、今空に散りばめられた星々の輝きは本物! ……ってあれ?)

 

  歓喜の感情が高ぶっていき、爆発寸前で3度めの沈静化が起こる。マイナスな感情だけでなくプラスな感情にも沈静化が働く事がわかり、何だか居た堪れなくなる。

 

  ともかく、ここが現実世界ならば尚更情報が大事だ。得るべき情報は山程あるが、まず確認するべきは自分に関する事だ。何ができて何ができないのか、アイテムは発動するのか、装備品の性能は十全に発揮できるのか。

 

  ともすれば、一先ず長居は無用だ。先程考えた様にここが化け物の集落である可能性もある訳だし、有無を言わさず戦闘になるなんてのは御免被りたい。

 

(モンスターの心配はあるが、1度山脈の裾に広がる森に身を隠すべきか。いざとなったら逃げ出せばいい。魔法は使える訳だから転移系でなんとかなるだろう)

 

  再び飛行魔法を発動させると、先程確認した山脈に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

  距離にして5キロ程だろうか。村から山脈に向かって数分で森の端に辿り着いた。単純にゆっくり下降していた時と違い、速度を上げて飛んでいる間に感じる風が気持ち良かった。

 

  飛行魔法を切り再び大地に足をつけると、今度は徒歩で森の中へ分け入っていく。

 

 

  「とりあえず、目立たない所に小さな小屋でも建て、仮の拠点としよう」

 

 

  森の外からは見えず、だからといってあまり奥にはいかない様するべきだろう。あまり奥に入り込んで、強いモンスターに出くわしたら目も当てられない。

 

  数分ほど進むとちょうど良さそうな場所を見つけた。こちらからは薄っすら森の外が見えるが、森の外からは見辛いはずだ。

 

 

  「さて、拠点作成用アイテムはっと……」

 

 

  徐に空中に手を伸ばすと、空間の裂け目に手がズブリと沈んでいく。少々面食らったが、ユグドラシルではウィンドウが開いてアイテムの選択画面が表示されたことを考えれば、現状の仕様はまだ納得のいくものだ。

 

  (基本的なシステムは生きてるけど、視覚に直接表示されるタイプのインターフェースは再現できないって事なんだろうな)

 

  手慣れた手順で拠点作成系アイテムが収められている《インフィニティ・ハヴァザック/無限の背負い袋》を取り出すと、中から《シークレット・ログハウス/秘密の丸太小屋》のカプセルを引っ張り出した。

 

  取り出したカプセルを平坦な地面に投げると、一瞬でシンプルな外観のログハウスが目の前に現れた。

 

  《シークレット・ログハウス/秘密の丸太小屋》はシンプルな見た目ながら、低位ではあるが認識阻害系の魔法がかけられていたり、室内が魔法的な作用によってかなり広くなっていたりと、中々使い勝手がいいアイテムだ。

 

  室内設備も簡素ではあるが、寝具や食料庫、風呂も付いており、食料庫には初めから飲み物や食べ物が少量ではあるが備え付けられている。

 

  (やれやれ……、これでようやく一息つけそうだ)

 

  中に入ろうと扉の取っ手に手をかけたその時。

 

 

  「ウガーーーっっっ!!!」

 

 

  森の奥の方からけたたましい雄叫びの様な声が聞こえた。




時を同じくして。

モモンガ「世界征服なんて面白いかもね」
デミウルゴス「!?」



さて、第2話です。
異世界認定早すぎね?って気持ちはよく分かる。
当小説の主人公は意外と割り切れるタイプなんでしょう。


スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:闇の小精霊

〜前回あらすじ〜

エン「っ!?異世界転移もの…だと?」


  「なんだ今の声………?」

 

 

  森の奥から聞こえたそれは、少なくとも自分の知る人間のものではない。また、ユグドラシルの魔物が放つそれよりも生々しい印象を受ける。

 

  こちらに向かって来る気配は感じないが、どう転ぶかは分からない。

 

  さて、どうするべきか。正直、今は積極的に動きたくない……。とはいえ下手に後手に回って、致命の事態に陥る事は避けるべきなのもわかってはいる。

 

 

  「そうだ……。今こそ色々試すべきだよな」

 

 

  これまでに魔法が使える事は確認できた。ならば今度はスキルを試してみなければならないだろう。それに、眷族の作成スキルが使える様なら、そいつを偵察にやればいいじゃないか。

 

  (さて、偵察に向いているのは風か闇か……。森の奥なら闇の方が紛れる事も容易だよな…)

 

 

  「下位精霊創造・闇の小精霊(ニルヴァ)!」

 

 

  頭の中に流れ込んでくる一覧から目的のスキルを見つけると、力を込めた声を発する。

 

  一呼吸の間を置いて、暗闇から真っ黒なエネルギーの塊が無数に集まりはじめる。集まったそれは1つに纏まりグニグニと蠢きながら形を成していく。

 

  その様子を眺めながら、先程使用したスキル以外の情報もつらつらと頭の中に流れ込んできた事を思い出し、いちいち確認したい気持ちになるが、後回しにするべきだと自制する。

 

  そしてうごめく真っ黒な塊は、ついに自分のよく知っている姿を形取る。

 

  闇の小精霊(ニルヴァ)はレベルにして25の精霊系のモンスターである。見た目は、50センチくらいの真っ黒な雫状の身体に大きな1つ目、崩れかけたコウモリの様な翼が1対生えている。時折雫のてっぺんの尖った部分をピョコピョコと伸縮させているが、正直不気味さの方が強い為に、なんともシュールな絵面を作り出している。

 

  ちなみに、夜の時間帯や光量の少ないダンジョンではステータスにボーナスがかかり、実質レベル30程度になる。一応闇に紛れて死角から攻撃したり偵察する能力を有しているが、カンストプレイヤーからすれば弱すぎる為、ほぼ使い道の無い産廃モンスターである。

 

  (どうしよう……不安しかない。しかし、あまり強い眷族を向かわせて藪を突く真似も控えるべきだろうし)

 

  呼び出したものの、踏ん切りをつけられ無いでいると、頭の中に声が響いてくるのを感じる。

 

 

  『ドウゾ、何ナリトゴ命ジクダサイ。我ガ主人』

  「(うわっ、喋れるんだ……。ちょっとびびった)そ、そうか……? で、では、ニルヴァ。これより小屋から1キロの範囲で森の探索を頼む。お前の特性を活かし、可能な限り隠密に遂行してくれ。戦闘は極力避けるべきだが、この小屋に向かおうとする魔物がいたら、囮になり反対方向へ誘導する事。探索が終わり次第、帰還して報告しろ」

  『カシコマリマシタ』

 

 

  闇の小精霊(ニルヴァ)に命じると、彼(?)は一度で内容を理解したらしく、真っ直ぐに森の奥に向かっていった。

 

  (おや? 姿は見えないのに何をしているかが何と無くわかるぞ?)

 

  どうやら、スキルで作成したモンスターとは不思議な繋がりで結ばれるようだ。これならば、異変があった時になんらかの形で知覚する事ができそうだ。

 

  (ようやく一息つける)

 

  小屋に入りながらふぅーっと長い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  結果から言えば、どうやら闇の小精霊(ニルヴァ)の偵察はうまくいったようだ。彼の報告によれば、ゴブリンやオーガなどが暮らしているようだが、いずれも彼の足元にも及ばぬレベルであるとの事。雄叫びの主はオーガのようで、例え集団で押し寄せてきても何も問題はないと思われる。

 

 

  「ふぅ……やれやれ。ここに拠点を構えた事は問題なさそうだ……」

  『主人ハ我々精霊ノ王デコザイマスレバ、ナニモ恐レル必要ナドナイト愚考イタシマス』

  「あ……はい………。えっと……、目的は達成したから、帰ってくれていいかな」

  『御意』

 

  なんだか盛大な思い違いをしているようだが、恐らく否定をしても無駄になると思われたので、適当に流して帰還を命じる。

 

  闇の小精霊(ニルヴァ)は黒い霧の様に散り散りに消えていった。

 

  彼が偵察から帰って来るまでの間、自分はというと一通りの確認を済ませていた。対象となる存在が居ないとわかりづらい効果のものもあったが、習得しているスキルはほぼほぼ機能しているようだ。

 

  しかし、改めて確認すると知覚スキルや探知スキルも持っていたのに、完全に失念しアワアワしていた事が酷く滑稽に思えた…。

 

  (流石に疲れたな……。いや体ではなくて心が……)

 

  とりあえず魔法やスキルに関しての大まかな確認は終わったし、あとはおいおいやってくしかないだろう。

 

  不思議と眠気は無いが、兎に角気疲れしてしまったので床に入ることにする。眠れずとも目を閉じてじっとしていれば、少しは疲れも癒されるはずだろう。

 

 

  「おやすみなさい……」

 

 

  誰に聞かせるでも無く、癖になっている言葉を呟いて、室内の照明を落とした。




時を同じくして

セバス「お一人で出ていかれるなど…クドクドクドクド」
モモンガ「ごめんなさい……」



さて、第3話ですね。
ニルヴァは何というか、『バハムートラグーン』のムニムニを真っ黒にしたイメージです。

エンがここまでスキルを使わなかったのは、完全に失念していたからです。

次回はじっくり「何ができて何ができないのか」の部分に焦点が当たっていきます。
彼が現地人と交流できるのは、あとどのくらい先になる事やら……。

mattaro様、誤字報告有難うございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:『エン・シルキティアス・ギルバーティス』

〜前回あらすじ〜

エン「しゃべったーー!?」


  「おはよ〜…………」

 

 

  眠気は全く無かったけど、寝る事自体は可能なようだ。床から起き上がり、何となく凝り固まっている気がする四肢をほぐすように伸びをする。

 

 

  「腹が減らないって、不思議な感覚だな……………」

 

 

  現実であれば必ず感じていた欲求を感じない事に違和感を覚えながら、部屋に備え付けられている姿見の前に立つ。昨晩からの出来事を思い返しながら、自分の体について確認を始める。

 

  まず、姿形はユグドラシルのアバターのままである。元々実体が曖昧な精霊種を選択していたが、『星の子』と言うユニーク種族を取得した後、人間の姿のアバターを設定できるようになった。

 

  異形種然としたアバターでいた頃はPKを狙われる事も多かったが、人型を設定してからはそれもだいぶ減ったので、大いに助かったのを覚えている。

 

  中性的な見た目は、精霊種には性別が無いと言う設定からそのようにした。現実の自分はモロ東洋人な顔立ちだし、鏡に映る端麗な姿とは似ても似つかない。

 

  (オフ会とかに出てたら、詐欺とか言われるのかな)

 

  次に精神的な作用だ。感情の起伏が最大値を振り切る前に沈静化される。昨日の様な状況では随分助かったわけだが、プラスの感情にも沈静化が働くという事は、安全装置として機能しているわけではない……という事だ。

 

  後は生理的な部分。眠気は感じないが睡眠は可能。身体的な疲労も感じないようだ。空腹も感じないのだが、飲食は可能。これについては備え付けの食料ですでに試した。

 

 

  「これってあれか? フレーバーテキストが現実になってるって事か……?」

 

 

  だとすれば納得がいく。確かユグドラシルの精霊種のフレーバーテキストは、精神異常無効、疲労無効、飲食不要、性別不明……とかだったかな。あと細かい部分はうろ覚えだ。

 

 

  「そういや、一応ついてる(・・・・)けど使えるんだろうか?」

 

 

  何の事かと言えばナニの事である。性欲は正直無いと言っていい。試しに現実世界でよくお世話になっていた絵面を思い出してもみたが、反応はかなり鈍かった。

 

  大体、飲食不要で排泄も多分必要無い状態で、そっちにも使えないとなれば完全にただの飾りである。

 

  (はぁ。不能ってのもなんか釈然としないんだけどな……)

 

  もっとも、使用可能であっても相手がいなければ意味がないわけだが。

 

  最後にスキルとして取得していない事はやろうとしても必ず失敗する、という事も確認できた。備え付けの食料に手を加えようとしたら、全く思った通りに行かなかった。現実ではそれなりに料理の腕があったのにもかかわらず……だ。

 

  (知っていても失敗するのは気持ちの良いものではないな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「……飽きた」

 

 

  あれからしばらく自分の身体について色々確かめてみたわけだが、流石に2時間も費やせば飽きがくるのも自然な事だろう。ナルシストでもあるまいし。

 

 

  「アイテムの確認は……後回しだな。ログハウスが機能してるわけだから、まぁ大丈夫だろう」

 

 

  そもそも目録作るためにほぼ全てのアイテムを出し入れしたのはつい昨日の話だ。好きな事なら黙々とこなす自信があるが、そうでもなければ精々90分がいいところだ。

 

  さて、何をしよう……と考えてみたが、スキルを実際に使ってみるくらいしか思いつかない。自分は案外、暇というものに弱いのかもしれないと、苦笑を浮かべる。

 

 

  「ま、とにかくやってみるか」

 

 

  昨日確認した頭の中にある一覧から、自分に害がなく、対価を必要とせず、面白そうな(これ重要)スキルを選び出す。

 

 

  「《コール・エレメンタル/精霊召喚》」

 

 

  精霊種の種族、召喚士の職業のレベルが一定以上あると習得できるスキル。その場の地形に適合する精霊系モンスターを1〜5体ランダムに召喚するスキルだ。

 

  召喚されるモンスターはプレイヤーの種族レベルに応じて強くなる。とはいえ、状況に応じた者が召喚されるわけでは無い為、ユグドラシルではネタスキルに挙げられる。更に、作成系のスキルと違い使用者の眷族強化スキルの対象外であり、あくまで野良にいる精霊を呼びつけた体になっている。

 

  目の前の空間が歪むと何処からともなく風が吹き込んでくる。風は歪んだ空間を中心に緑色の光を帯びながら渦を巻き始め、やがて渦の中から美しい容姿をした女性が現れた。

 

 

  「御用命に従い参上致しました。よろしくお願い申し上げます、我ら精霊の王たる御方よ」

  「え? ちょっ!? 王ってなんの事! ………………む……」

 

 

  現れたと思ったら急に跪いて臣下の礼をとり始めるとか、一体なんの冗談だろうか。びっくりし過ぎて沈静化も発動してるし。そういえばニルヴァも言ってたなと思い出し、昨日のうちに彼から聞いとけば良かったと後悔した。

 

 

  「我らは本来1つ、稀にあっても2つしか属性を司っておりません。しかし貴方様は精霊としてのお力を極め、全ての属性を司っておいでとお見受け致します。なれば、それは王たる者以外には考えられぬ事に御座います」

  (そういう事か!)

 

  跪いたままの美人さんの答を聞いていて、1つ思い当たる事に気が付いた。

 

  (ユニーククラスの『星御子』と『星の執行者』の事だ)

 

  どちらもユニーク種族『ガイアード・コア/星の子』を取得している者だけがとる事ができるクラスで、属性に対する絶大なアドバンテージを有している。

 

  そもそも精霊系種族には属性特化の特性があり、上位種族になればボーナス値が大きくなる。『星の子』だけでも全属性に対するボーナスが付くが、それ以上に『星御子』も『星の執行者』もアホかと思うくらいの属性ボーナスが付く。エレメンタリストとかが知ったら、匙を投げて踏み付けて踏み躙るぐらいの反応をすると思う。

 

 

  「して、御方。この度はいかなる御用向きに御座いましょうか……」

  「あっ……えと、済まないけど君の種族は何だっけ? ……風の上位精霊である事は分かるんだけど……」

 

 

  いくら何も考えてなかった故の時間稼ぎとは言え、これは流石に失礼だっただろうか。こちらを見上げて愕然とした表情をしているし。探知スキルのおかげでレベル50台くらいなのは分かるんだけど、実際こんな美人の精霊今まで見た事が無いのだからしょうがあるまい。

 

 

  「こ、これは大変失礼致しました。偉大なる王が、わたくしなどの矮小なる者をご存じ無いのは当然の事で御座いました。わたくしは御方の仰る通り、風を司っております風の上位精霊(シルフィード)の1柱で御座います」

 

 

  風の上位精霊(シルフィード)と言えばシルフの女性名称だよな……。でも、もとよりユグドラシルのシルフは女性型だった気がするけど、シルフとは別種族扱いなのだろうか。それともこの世界のシルフは男の姿なのだろうか? 尽きぬ疑問はさておき、思い付いたお願いを伝えなければ……。

 

 

  「んじゃシルフィード、悪いけどこの小屋を出て周辺50キロメートル内にある、人間の集落の位置を調べて欲しい。ちょっとばかり範囲が広いけど、風の上位精霊の君ならこなせると思う」

  「は、仰せのままに。お望みならば制圧もして参りますが……」

  「へ? ……いや、制圧は余計だ。位置のみ調べて報告してくれ」

  「ははっ。余計な口を挟み申し訳御座いませんでした。行って参ります」

  (制圧って……ねぇ……?)

 

  彼女は大げさに一礼すると、次の瞬間には風を纏って飛び出して行った。なんだかどっと疲れた気がする。どうせなら精神疲労無効とかあっても良いだろうにと、無い物ねだりしながらがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  彼女を見送った後、今後どうするかを考えた。

 

  元の世界に帰る方法は不明。もしかしたら存在しないかもしれない。

 

  リアルではそれなりに裕福な生活をしていたが、充実していたかと言われれば否と答えるだろう。

 

  一方で、此方には発達したテクノロジーはなさそうだが、リアルではとうに失われた色々が存在していて、技術はなくても魔法でなんとかなる。何より此方にはリアルでは望むべくもない星空がある。それも作り物、まがい物ではない本物だ。

 

  (あぁ……ブルー・プラネットさん、諸星キラリンさん、真夏の太陽さん、にっこり流星群さん……、貴方達に話したらきっと目を輝かせて飛びついてくるでしょうね)

 

  ふと、ユグドラシル大自然愛好会でよく情報交換した仲間達の事が思い出された。

 

 

  「決めた。この世界で精一杯生きよう。自然を守り、星空を守るために生きよう」

 

 

  そうと決まれば情報収集をしなければ。

 

  まずは風の上位精霊(シルフィード)が集めてくるであろう情報を元に、人間達の様子を伺いながら同時に森の調査だ。

 

  (これだけ立派な森林を無視する道理はない)

 

  化け物の可能性が消え去ったわけではないが、余程でなければスキルや魔法で対処可能だろう。いざとなれば切り札もある。

 

  可能であれば、現地種族とも交流を深めていきたい。環境保護は現地の協力なしにはなし得ないのだから。

 

  あとは自分以外のプレイヤーだが、カンストのガチ勢でなければ戦闘になって死ぬ事はないだろう。元々死なない事に重点を置いた構成をしているのだから。

 

 

  「よっしゃ、やるぞー」

 

 

 

 

 

 

  森の中の小屋の中に気合を入れる精霊の王が1人。

 

  だが、彼はまだ知らなかった。

 

  時を同じくして、世界征服を目論む最恐の集団が転移して来ている事を…………。




時を同じくして

モモンガ「これも使える、こっちも大丈夫…、ん?こんなもの持っていたか…?…ブツブツブツ……」
アルベド(流石は私の愛する至高の御方、モモンガ様。悩ましげに宝具を見つめるお姿もお美しい…)
モモンガ(なんか睨まれてる気がするんだけど…)



第4話ですよ!
だんだん文字数が増えていく……。
スキルを取っていないと出来ないというのも不便ですね。
精霊種は大自然からエネルギーを摂取しているという設定なので、飲食不要。飲食しても残らずエネルギーに変換出来るので排泄も無しという設定です。

ちなみに、シルフィードに関してはシルフの上位種と考えています。実際は表記の問題なんですが、字面が上位っぽいのでそのようにしてます(単純)。

さて、まだ主人公の戦闘描写が無く、本編では書く機会に恵まれていないので補足をば。
設定1で記載の通り、主人公は某厨二リーダーと同じく神官騎士スタイルです。集団戦では中衛を務め、回復・バフをかけつつ、遊撃・後衛の守りを行う忙しないスタイルです。ソロ戦ではスキル・魔法で召喚した僕とともに立ち回ります。
騎士系の職も取っている為、単純な肉弾戦も純粋な魔法職や生産職には圧勝できます。
扱える魔法は信仰系がメインですが、魔力系も属性魔法・バフ・防御系は扱えます。精神系は苦手で、特殊系はユニーククラスが習得可能な魔法がいくつか分類されます。
ちなみに、転移系は《リング・オブ・ゲートキーパー/転移門の守護者の指輪》を使っている為、素の習得魔法には入れていません。

次回から新章です。いよいようちの主人公が動き出します!!


スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章:生ける者達と死の支配者 第5話:狙いはシャルパト村

〜前回あらすじ〜

エン「子孫を残せぬのは生物として負けな気がする…」
???「ぐはっ…。いや私はすでに生きてないし…」



  シャルパト村。バハルス帝国領の西外れ、アゼルリシア山脈の麓に広がるトブの大森林の北限から北東に7キロ程離れた場所(拠点の小屋から10キロ程)に位置する村である。

 

 世帯にして約50、人口300人程度の小さな村で、村人の殆どが農業と牧羊による肉・乳・羊毛の生産に従事している。一応、鍛治を嗜んだ者も住んでいるようだが、どちらかと言えば大工仕事の方が需要があるようだ。

 

 村の中央を西から東へ山脈から流れてくる小川が横切り、上流側では水を汲む人が、下流側では洗濯をする人や体の汚れを落としている人がそれぞれ利用している。

 

 村の北側にある広い木の囲みの中では、革製の胸当てや木製の額当てなどを身に付けた男たちが、麦藁でできた人形相手に打ち込みの訓練をしていたり、走り込みをしていたりしている。

 

 年若い者達は大人達の手伝いをしたり、より幼い者達の面倒をみている。時折喧嘩をしているらしい様子も見られるが、周りの大人達の様子からしていつもの事なのだろうと思われる。

 

 村の真ん中に位置する1番大きな建物は村長の家らしく、書斎と思しき部屋の中で恰幅の良い中年の男が、羊皮紙を広げしばしば悩ましげに首を傾げながら何やら書き記している。

 

  (みんなのんびり暮らしてるな……)

 

  遠く離れた森の小屋の中で、偵察に向かわせている僕から送られてきた視覚情報を確認しながら、羨ましげな溜息を吐く。

 

 彼らからすればその日その日を懸命に生きているのであって、余暇時間に家庭菜園などをやるのとは訳が違うのだから、失礼極まりない感想ではある。

 

 

 

 

 

 風の上位精霊(シルフィード)から情報を貰ったのは2日前に遡る。その情報によれば、探索範囲内に人間の集落は大小合わせて10ヶ所との事。

 

 すぐさまその中でも比較的距離の近い4ヶ所に僕を送り込み情報を集める事を決めた。空気と一体化できる風の小精霊(エア)ならば、人々に見つからずに情報を集める事が可能と判断して送り込んだわけだが、中々どうして成果は上出来であった。

 

 ちなみに風の小精霊(エア)をスキルで作成する時に、目の前にある空気を触媒にする事で、この世界に存在を固定化させる事が出来ると判明した。

 

 自身は酸素不要の種族であるので、周囲の空気がごっそり減っても何も感じなかったが、よくよく考えれば普通の生き物の近くでこんな事をすれば、酸欠であっという間に死屍累々となる事に気付き、気を付けなければ何気ない事で沢山の命を奪ってしまうと反省したのだった。

 

 同じ様に他の眷族もその属性に関わる触媒を用いる事で固定化できる事も判明した。ゆくゆくは精霊の部隊を編成できるかもしれないと、さっきの反省とは別に浮かれていたのは内緒である。

 

 ともかく、そうして集めた情報を継ぎ接ぎして、この世界の事が少しずつ判明してきた。

 

 先ず、僕を送り込んだ4つの集落は近い方から順に、『ダート村』『トーメス村』『フルーネの町』『シャルパト村』と呼ばれている。そしてそのいずれもバハルス帝国なる国に属している。この帝国だが、近々隣接する王国なる国と戦争になるらしい。尤も、参加するのは帝国の専任の騎士団で平民は無関係との事らしいが。

 

 それから、転移直後に少しだけ様子を伺った村が『ダート村』と呼ばれる村で、4ヶ所の中では最も規模が小さな村だ。『フルーネの町』は他の3ヶ所より人口も多く建物もしっかりしている。なんでもこの地方を纏める領主が住む町らしい。

 

 また、『シャルパト村』以外は警備体制がしっかりしているようで、定期的に巡回の騎士団が見回りに来ているようだ。一方の『シャルパト村』は主要な街道から少し離れているため、巡回の騎士団ではなく村の自警団が治安の維持を行なっているようだ。とは言え2ヶ月に1度程、騎士達と警備の状況について情報のやり取りをしているとの事らしい。

 

 そんな訳で、他の場所も引き続き情報収集をさせるが、記念すべき初接触の目標としては、余所者が近づいた時に最もトラブルが小さく済みそうな『シャルパト村』が最適であると結論付けたのである。

 

 

 

 

(さて、どういった口実で近づくのが最も自然だろう)

 

 初接触の目標として狙いを定めたのは良いのだが、上手い口実が中々思い付かずにいた。この村の監視を重点的に行い始めて半日程経っているにもかかわらず……だ。いきなり訪問して『仲良くしましょう』とかやった日には、いくら平和な村であっても警戒され不審者と認定されるだけだろう。

 

  (ここはやはりシンプルに旅人を装うのが1番だろうか)

 

 何か困った事でもあるようなら、助けに来た風に装ってナチュラルにファーストコンタクトをとれるのに……などと身も蓋も無い事を考えるあたり、他者が困ることに対してあまり罪悪感が湧かなくなっているのかもしれない。

 

 あれこれ考えていると、森側に送り込んだ古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)からメッセージの魔法が繋がるのを感じた。

 

 

  『ご報告致します。現在のところ突出した強者は確認できませんでした。現地の木精霊(ドライアード)からも話を聞きましたが、主人の拠点辺りにいた者達が周囲に移動した為、押し出された者達が人間の集落を襲うかもしれないとの事です』

『なんだって? 俺の拠点の周りからってどういう事だ?』

『恐れながら、主人の発する強力なお力に耐えきれぬ者が逃げ出したので御座いましょう』

『もしかして、星霊のオーラの事か?』

『はっ。お力の仔細は分かり兼ねますが、周囲を威圧する効果があるのでしたら、その可能性が高いと愚考致します』

(やってしまった……)

 

 

 星霊のオーラは『星の子』が持つパッシブスキルで、レベルの低い生物に対して威圧効果を発する。レベルⅠ〜Ⅴまでの段階があり、Ⅰで怯み効果、Ⅱで恐怖効果と段々に効果が上がっていく。最終段階のVになると敵避け効果と錯乱効果を付与する。錯乱効果はこちらに敵対の意思を示す者に選択的に付与される為、敵避けの効果が主に働いているのだろう。

 

 

「しまったな……。スキルの確認をした時に虫除けにちょうど良いと思って有効にしたままだった。まさかここまで広範囲に効果が及ぶとは……」

 

 

 すぐにスキルのレベルを最低まで落とすが、恐らくあまり意味がないだろう。魔物達も馬鹿ではない。一度危険と判断したら暫くは近づいては来ないだろう。

 

 

『すぐに森の淵に移動し、森の外に出ようとする魔物の群れを見つけたら俺に報告してくれ。単独で出て行く者は無視して構わない』

『畏まりました』

 

 

 風の小精霊(エア)の偵察で分かった事だが、この世界の一般人の強さはレベル1〜3程度らしい。戦う事を仕事にしている者で5〜10程度。つまりユグドラシルの基準から見て極端に弱過ぎるのだ。

 

 初日にあれだけ警戒したのが馬鹿らしくなる程だ。もちろん、あくまで偵察した範囲内だけの事で、もっと強い存在がいないと決まった訳ではない。

 

 恐らくこの森の魔物……それも縄張り争いに敗れて押し出される程度……の1匹や2匹なら、村の連中でもどうにかなるだろう。だが流石に群れとなれば、被害を出さずに対処するのはどう見ても困難を極めるだろう。

 

(やらせを仕掛ける事になるかもしれないとか、コミュ障かよ……)

 

 積極的に仕掛ける訳じゃない。あくまで森からあぶれ、人里を襲おうとする群れを利用するだけだ。頭の中でいくつか都合の良い言い訳を述べつつ、自身を納得させるようにウンウンと何度か頷いてみる。

 

 

『主人、森から出て人里へ向かうゴブリンとオーガの群れを見付けました。位置は主人の元から北へ2キロ。主人が目をかけていらっしゃるシャルパト村の方角へ進行中です』

『分かった。お前は引き続き森の外縁で森を出る群れがいないかを見張ってくれ』

『御意のままに』

(おいおい……。考えていた通りに事が進んでいるんだが)

 

 

 都合の良い展開にドギマギしながら作戦を立てる。村に張り付いている風の小精霊(エア)の1体にゴブリンとオーガの群れへ向かうように指示を出す。数分後にはギャーギャーと騒がしい魔物の一団が風の小精霊(エア)の視覚を通して伝わってくる。

 

 連中の足だと村に到達するのは30分後ぐらいか。いきなり村の中に転移するのは不味いだろうから、やや離れたところにするべきだろう。連中と反対方向のからの方がいいな。万が一にも魔物をけしかけたとか言われたら心外だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵襲ー! 敵襲ー! 方角西方! オーガ10! ゴブリン20!」

 

 

 警報と共に50人程の男達が集まってくるのが見えた。誰も彼も貧相な装備だ。不味いかもしれない。ゴブリンはまだしもオーガは彼らの手に余る可能性が高い。少しばかり人間の戦力を贔屓目に見過ぎていたようだ。

 

 

  「予定変更だな。早々に介入しないと惨事になりそうだ」

 

 

 当初の予定では村の自警団と魔物達がぶつかり合い、ジリジリと戦線が下がり始めたタイミングで介入する筈だった。しかしそんな悠長な事態では無い事が一目でわかった。

 

(流石に何もかもが思い通りって訳にはいかんな)

 

 急ぎ前線に向かうと、既に自警団とゴブリン達が戦端を開いていた。まずはオーガ達を落とさねば、奴等の一撃は村人にとって致命的だ。

 

 混戦模様の戦場で人と人の隙間を縫う様に駆け抜ける。走り抜けながら、できる限りゴブリン達を間引いて行く。自警団の人達は後方から乱入して来た自分に驚いていたようだが、今はリアクションを返している時では無い。

 

 ふと前方に視線を向けると、オーガが盾を構える中年の男に無骨な棍棒を叩きつけようとしているところだった。

 

 速度を上げ急いでオーガと中年男性の間に身を滑り込ませ、左手に装備している盾『トータルエクリプス』で棍棒を受け止める。

 

 瞬間、オーガの右腕が爆発するように弾け飛んだ。

 

 

「グゥガーーー! ウ、ウデガーー!?」

 

 

 痛みと自らに起こった事象が理解できない事で生じた隙を逃す事なく、右手に持つ『星剣シリウス』で胴を払う。事も無げにオーガの肉体を切り裂いた刀身は一切の曇りもなく、青白い光を放っている。そして一瞬で事切れたオーガの死骸は、地面に転がると血を撒き散らす間も無く剣の放つ光と同じく青白い炎に包まれ、程なくして跡形も無く燃え尽きてしまった。

 

 

「ナ、ナンダオマエ!」

 

 

 オーガ達は突然現れた闖入者に身構えていた。斬られた者が燃え上がり跡形も無くなってしまうなど聞いた事もないのだ。

 

 闖入者は切っ先を声を発した者に向け、叫ぶ様に答える。

 

 

「我が名はエン! 旅の道中、貴様達に襲われている村に助太刀に参った者だ!」

 

 

 我ながら決まっているのではないだろうかと思う。短時間の間に考えた名乗りにしては、中々に格好が良い。そう満足しながら、次の獲物を仕留めにかかる。

 

 呆然としているオーガやゴブリンを次々に狩っていく。相手が弱過ぎて、全く楽しくもなんとも無いのだが、自警団の手前わざと逃す訳にはいかない。

 

 魔物達も流石に不味いと思ったのだろう。残りが1割になろうかと言う段階になり、漸く逃げ出そうと踵を返すが時既に遅し。難なく追いついてシリウスを突き立てる。

 

 最後の1体が燃え尽きるのを確認すると、剣を鞘に収めて自警団の方へ向き直る。そしてゆっくりと歩みよると、未だに何が起こったのか理解できず呆然としている彼らに声を掛ける。

 

 

「みなさん、ご無事ですか?」

 

 

 反応がない。もしかしたらやり過ぎたのだろうか? 星霊のオーラは切ってあるし、他に影響のありそうなものは思い付かない。

 

 

「あのー……。ご無事ですか?」

「はっ! はい。ご無事です!」

 

 

 意を決してもう一度声を掛けると今度は反応が返ってきた。そして分かってしまった……。やり過ぎてしまったのだと。




時を同じくして


パンドラ「んー!このアイテムは素晴らしいですねー!しかし、私はいつまでタブラ・スマラグディナ様のお姿でいれば良いのでしょうかね」
作者(時系列が曖昧で、もうネタがないとか言えない)


さてさて第5話で御座います。
このお話から新章となります。記念すべき現地人とのファーストコンタクトはしょっぱくなりそうな予感。

原作でも描写のあった触媒ありの作成スキル。精霊種なので属性に応じた物が必要とさせていただきました。高ランクの僕ほど要求値が高くなるのも原作仕様ですね。

初の戦闘シーンな訳ですが、基本的一方的な虐殺になってしまうので、簡単な描写になってしまいました。難しいね。

主武装の1つ目がお披露目でした。星剣シリウスの『炎属性のスリップダメージ』の部分を表現したらこんな感じになりました。これじゃ耳を持っていけないので、冒険者やワーカー達がいたら非難轟々でしょうね。

盾も出てきました。後で設定1の方に追記します。オーガの腕パァンは盾に込められたカウンター系の能力です。

次回はシャルパト村ともう少し打ち解けられるといいなってお話です。



スペッキオ様、いつも誤字報告有難う御座います。
HIGU.V様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:歓待の宴と守護者の手

〜前回あらすじ〜


エン「やらせじゃないよ!やらかしちゃったけど…」
村人「……(ジト目)」
オーガ&ゴブリンズ「解せぬ」


「いやーアンタ強すぎだろ! 一体何モンだい?」

「オーガが紙みたいに切れちまうなんて、初めて見たぞオイラ」

「んでも、お陰で俺らにゃほとんど被害が出なかったからな。本当に助かったわ」

 

 

 村の北側に位置する自警団の詰所、その食堂で無事に魔物の襲撃を乗り切った祝いの宴が行われている。その宴に同席しているのはもちろん、自警団として戦った彼らが誘ってくれたからに他ならない。

 

 出会って最初こそ警戒されていたが、自分が旅人で路銀や食料が心許無くなってきたところで襲撃騒ぎに気が付き、これ幸いと助太刀に入ったのだと説明すると、一気に警戒心が緩んだように感じ取れた。

 

 無償の善意より下心がある方が、目的がはっきりしている分安全と言う事なのだろう。只より高いものは無いなんて言葉や白紙の小切手なんて比喩もある訳だし。

 

 そんな訳で、『来て早々戦ったのでは腹も減っているだろうし、とりあえずの謝礼がわりに』と誘われて今に至る。『あと旅人がする話にも興味があるし』とボソッと付け加えられたが、宴会が始まってから代わる代わる引っ切り無しに話し掛けられている自分の様を鑑みるに、彼らにとってはむしろこちらがメインなのだろう。

 

 

「ちょっとちょっと! さっきから俺ばっか話してますけど!」

「なぁに、エンさんよ。このあたりゃ娯楽が少ねえ上、この村は街道から離れちまってるから、こうしてよその人が来ることも滅多にないんでさぁ」

「そうそう。ましてやアンタみたいな旅人なんて、10年くらい来た事ねぇよ」

「つーことは、俺……ツマミにされてるって事!?」

「「がはははは」」

 

 

 陽気なやり取りは心地よいが、何となく距離感が近いのはこの世界の人間だからだろうか? リアルでは必要以上に付き合いを持とうという人は稀だったし、ちょっとしたことですぐトラブルになるものだから、人との距離感は必然的に遠くなりがちだった。

 

 しかしまぁ、旅人を装ってはいるがこの世界にやって来て数日の自分には正直話せる事がほとんど無い。代わりにユグドラシルでの出来事をぼかしつつ話してみたのだが、そも娯楽の少ない彼らには冒険譚の受けが良かった。特にダンジョン攻略の末にお宝を手に入れる話なんかに食い付きがよく、『どんなお宝だ』とか『いくらになった』とか興味津々に聞いて来る。

 

 

「そういやエンさんよ、アンタの鎧何つーか寒気がするくらいスゲーもんに見受けられるがよー。一体どんな曰くのもんなんだ?」

「剣の方だってそうだろ! 斬りつけた相手が燃えちまうなんて、見たことねえもんよ」

「あぁ、この剣と鎧はですね……」

 

 彼らの話からすると、この世界の装備品はユグドラシルの基準からするとだいぶ低級で、簡単な魔法が付与されているだけでとんでもない高級品になるらしい。つまり神器級の主武装2つはこの世界基準ではありえないものと言う事になる。

 

 という訳で剣も鎧も、かつて潜り込んだダンジョンの奥で朽ちかけていた神様の、最期の願いを叶えた事で与えられた……と言う事にした。

 

 

「その神様の願いって何だったんだ?」

「それは話せないよ。神様との約束だからね」

「そんじゃ仕方ねぇか。しかしまぁ、神様が残したもんならすげー性能なのも頷けらー」

 

 

 

 

 

 

 

 宴は彼らが酔い潰れるまで続いた。こんな状態で再び襲撃があったらどうするのかと思ったが、予備隊がいるので平気だそうだ。

 

 

(しかし、俺も結構飲んだけど酔わないのは何の影響だ?)

 

 

 アルコールは肝臓で分解される訳だから、『毒』扱いになっているのかな。精霊種は属性によって無効になる状態異常が異なるから、取得した種族毎に対策を立てなければならない。しかし7つの属性を束ねるとされるプライマル・プリズム・エレメンタルの種族を取得してからは、殆どの状態異常に完全耐性を得られたので心配しなくて良くなった。

 

 さて、それにしても彼らとの話は色々有益だった。殆どこちら側が話してばかりだったが、時折『俺の国ではこうだったけど、こっちの国ではどうなんだい』と話を振ることで、風の小精霊(エア)で観察していた時より情報に厚みが出た。

 

 まず、この世界で魔法は才能に恵まれなければ習得できず、習得できても優秀な者が努力して第3位階が限度らしい。また、この国の宰相だかなんだかがすごい魔法使いで、第6位階まで使えるとの事である。

 

 それから通貨。基本的には国ごとに独自の硬貨使用しており、白金貨・金貨・銀貨・銅貨・黄銅板が存在する。この話をしている時に、助っ人代と言う事で金貨2枚と銀貨30枚を寄越してきたが、路銀の事は口実に過ぎなかったし、村の蓄えから出してもらうのも申し訳なかったので、金貨を1枚だけ受け取り後は突き返した。随分気まずそうにしていたが、すぐに稼げるから平気だと説明したら納得してくれた。

 

 次に、冒険者やワーカーといった職業があるが、一般的には魔物退治を主として採集や護衛などを行う戦闘前提の便利屋みたいなものらしい。もっとも帝国では騎士団が治安維持の殆どを請け負っているので、彼らの仕事はもっと込み入った内容になる事が多いそうだ。なんだか名前負けな仕事だなとも思った。

 

 

 

 

 

 

 

(さってと……今日はこのまま一泊して、朝になったら一度拠点に帰ろう)

 

 寝ている彼らを起こさぬように詰所の外へでる。見上げてみれば、空には星が燦然と輝いている。周りに余計な明かりがないため本当に綺麗に見える。

 

(やはり知っている星が無いな。完全に異世界。それも別の星である可能性も高い訳か……。月はよく似ているようだけど……、クレーターの位置が違うみたいだ)

 

 だが、今となってはどっちだっていい。こんなにも美しい星空を眺めることができたのだから。あとはどうこの環境を守っていくか……と言う事だ。

 

 文明のレベルは産業革命が起こる以前の中世といったところか。魔法の存在や生命を脅かす魔物の存在により、技術研究の矛先が生きる為に必要なことのみに向けられていて、まともに科学の研究を行える環境がない……と言う事か。このまま推移しているうちはいいのだが……な。

 

 自分達人間が発展と引き換えにしたリアルの自然の事を考えていると、頭の中に直接意識が繋がるような感覚を感じた。どうやら森に残してきた古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)からの連絡のようだ。

 

 

『主人、至急ご報告すべき事が』

『どうした?』

『主人の拠点より南に1キロ程の地点で、強大な魔物を発見しました』

『なんだと?』

 

 

 古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)はレベル40のモンスターだ。しかも眷族強化のスキルで能力は底上げしている。そいつをして強大なと言わしめるほどの魔物がいるなど想定外だ。

 

 

『それで、その魔物は?』

『はい。不甲斐なくも勝てるような相手ではないため、やり過ごしました。申し訳ご御座いません』

『いや、お前の対応で間違っていない。種別や大まかでいいのでレベルは分かったか?』

『いえ。なんらかの防御的な力が働いていたのか、はっきり確認できませんでした』

 

 

 高位の認識阻害……か。野生だとすれば森の主と言う事か。人の手のもの……だとするならプレイヤーが関わっていると見るべきか?いや、現地勢力の可能性も残されている。

 

 

『魔物が何をしていたかわかるか?』

『何かを探している……というより、散策するような動き方でした。縄張りの見回りでしょうか……』

『そうだと決めつけるには証拠がたりないな。今から一度戻る。お前も拠点へと撤収しておけ』

 

 

 人に見咎められぬように建物の陰にはいり、上位転移(グレーター・テレポーテーション)を発動させて拠点へと移動する。

 

 ログハウスに戻ると、一先ず落ち着く為に食料庫から飲み物を取り出し喉に流し込む。程なくして僕の古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)が戻り、詳しい話を聞いた。

 

 

「拠点には近づかなかったのか?」

「かの魔物は比較的深い場所を移動していたようで、見つかっていないのではないでしょうか?」

「いや、高レベル帯の魔物の索敵能力は高い。特に森の中をうろつくような輩はな。俺が留守だった為、興味を持たれなかったのだろう。もし、飼い主がいるとすれば怪しい小屋があったくらいの報告はされているかも知れないな」

「では、引き払うので?」

「いや、あえてこのまま残そう。引き払うと逆に怪しまれるだろう。ちょうどシャルパト村の者達とも上手く交流できたので、私はこのまま帝国領内を散策する」

 

 

 君子危うきに近寄らず。相手の意図が掴めぬうちに接触するのは避けるべきだ。何となく嫌な感じがしないでもないし、何より今はうまく溶け込めたシャルパト村を足がかりに、帝国の文明を調べておきたい。

 

 

「僕である我々はいかがいたしましょう?」

「あ、そうか……。んー風の小精霊(エア)は連れてけるけど、君らは難しいか……。引き続き森に残り、もし件の魔物が野生であれば無用に刺激せずやり過ごせ。飼い主らしき者がこの小屋にやってきたら、主人は何十年も前から留守だと伝えろ。精霊種には精神操作系の魔法は効かないから、無理やり情報を奪われる事もないだろう」

「御意」

「留守を頼むぞ」

「ははっ」

 

 

 古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)を残して、再びシャルパト村に転移をする。彼には悪いが代わりはいくらでも作れるから、最悪の場合には囮になってもらおう。村の中央を流れる川に渡された橋の1つ……その端に腰掛け、再び星を眺める。流れ星がひとすじスッと瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処は白亜の城。その主人が執務室。

 

 そこには豪奢なローブを身に纏う死の権化とも言うべき存在。そしてもう1人、絶世の美女と言うべき容姿、しかし頭には人である事を否定する角を持ち、腰元から鴉の濡羽の様な艶のある翼を生やす者が死の権化の横に控えている。

 

 彼こそがかのアインズ・ウール・ゴウンの盟主モモンガであり、彼女こそがナザリック地下大墳墓が守護者統括を務めるアルベドと名付けられた悪魔である。

 

「ふむ……。人が立ち入らぬ森に小屋。その近くには古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)か……。不自然だな……」

「アウラの報告では、その小屋に低位の認識阻害の魔法がかけられていたそうです」

 

 

 モモンガ改めアインズは配下からあげられてくる大量の報告書に目を通し、情報の共有を行うのが日課であった。そんな彼にトブの大森林の調査を行なっているダークエルフのアウラから、気になる情報があげられてきたのだ。

 

(これって間違いなくプレイヤーの痕跡だよなぁ……。わざわざ森に拠点をおくと言う事は異形種だったりするのかな……。いやいや、そう決めるのはまだ早いな。報告によればプレイヤーらしき存在は確認出来なかったみたいだけど、留守だったのかそれとも既に廃棄された拠点なのか……)

 

 しばしの沈黙を置き、隣に控えるアルベドに指示を出す。

 

 

「アルベド、アウラに僕を使い小屋を定期的に見回る様に伝えろ。プレイヤーらしき者を確認したら私に連絡をよこせ。私が直接出向き接触する。アウラや僕が誤って遭遇した場合はくれぐれも敵対する事がない様にしろ。その場は適当にごまかして構わないので撤退を優先しろ」

「お待ち下さい、アインズ様が直接出向くなど危険です」

「安心しろ。何も単独で行くとは言っていない。しかし、そうだな…………あまり大所帯では要らぬトラブルが生じかねない。出向く際はアルベドに護衛を頼もう」

「そ、それは初めての共同作業というものでしょうか!?」

「ん? いや、何の話をしている? 大体カルネ……」

「アインズ様!必ずや満足頂ける様な成果を挙げてみせます」

「お……いや、頼りにしている……」

 

 

 アインズはアルベドの様子に肩を落としながら、内心では気を引き締めた。そして痕跡の主が友好的な存在である事を切に願った。




時を同じくして

アウラ「あの古の森精霊(エルダー・フォレスト・エレメンタル)飼えないかなー。攫っちゃえばいいかな」
森精霊「……寒気だと?」




第6話です。
遂にアインズ様が登場。果たして我らが主人公はアインズ様と仲良くなれるのか。

ちなみに、早い段階でプレイヤーの痕跡を見つけたアインズ様は一部の計画を遅らせる事になります。
1つはセバスとソリュシャンの王都行き。もう1つはシャルティアの人狩り。ただし、モモンの冒険は計画通り(アインズ様の息抜きが最初の目的でしたからね)。

次回はちょっと寄り道。
6話のIFストーリーを箸休めがわりに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(IF)第6話:恥ずかしがり屋の神様

第6話のIFルート。現地人が舞い上がってエンを神様扱いしてしまうルート。なお、続きません。


(なぜこうなった!?)

 

 何度目かの沈静化を経ても心が落ち着く様子はない。

 

 ここは村長の家の隣に建てられた集会所。なぜか壇上の中央に鎮座する1人掛けのソファーに座らされている。壇上から見下ろす場には村人達が詰めかけており、口々に『生き神様だ』とか『火の神様だ』とか大いに見当違いな言葉を発している。中には手を合わせて拝み出す人までいて、(おいおい勘弁してくれ)と内心でがっくり肩を落とす。

 

(どう考えてもおかしい。自警団の話では単純にお礼がしたいからーぐらいのニュアンスだったのに、どこをどう間違ったらこんな状態になるんだよ。伝言ゲーム下手か!! ……また沈静化した……)

 

 どうしてこうなったか? それは極めて単純な話である。彼等から見れば、突然現れた男が……それも一目見て神々がもたらしたと思わされる武具を身につけた容姿端麗な男が、まるで砂でできた細工を打ち崩すかの様に魔物を滅ぼす様子など、最早人間の業と信じるにはあまりに無理があった。加えて、その救世主の戦いぶりに興奮した自警団のメンバー達が、それはそれは大げさに、尾ひれどころか背びれ胸びれ腹びれに至るまで脚色して村長に報告したからに他ならない。その中に『彼は神の使いだ』とか『いや、神様だ』とか真顔で言う者がいれば、村を救った者を無碍に扱い、不興を買うのは不味いと判断するのは仕方がない事だと思う。

 

 村を挙げての歓待(?)に辟易していると、身なりの整った恰幅の良い男が人の波をかき分けて向かってくる。村長である。この村の様子は隅々まで風の小精霊(エア)を通して確認しているから間違いない。

 

  村長は目の前までやって来るとこちらに深々とお辞儀をし、くるりと群衆の方へ向きを変え右手を軽く挙げて見せた。すると先程までとは打って変わりシーンと静かになる。

 

 再び村長はこちらへ向きを変え、村人達が固唾を呑んで見守る中、2度3度と深い呼吸を繰り返し、覚悟を決めた様に口を開いた。

 

 

「エン様、この度は村の窮地をお助け下さいまして、誠に……誠に有難う御座います。村を代表して厚く御礼申し上げます」

「あ、いや……どういたしまして? それより、怪我人とかはいなかった?」

「なんと慈悲深い…………。エン様のご慈悲により誰一人大きな怪我はしておりません。しかし、心苦しくもこの様などこにでもある村で御座いますれば、神たるエン様に差し出すべき供物にふさわしきものが御座いません」

 

 

  何というか、僕の精霊達といいこの人達といいもっと砕けた感じに話せないのだろうか? 確かにはっちゃけたのは悪かったと思う。でもそこは『アンタ強いんだねー』くらいでいいんじゃないかな?

 

 慇懃な態度も行き過ぎれば無礼になる。こんな肩が凝りそうな付き合いは望んだものではない。もうさっさと切り上げて一度拠点に引き上げるべきだ。大体この異様な雰囲気の中にいるのは精神衛生に非常によろしくない。

 

 

「礼など不要だ。それに俺は旅の道中にあると言ったはずだ。この様な仰々しい騒ぎに付き合うつもりは毛頭ない。最後に俺は断じて、だ・ん・じ・て! 神様などと言う存在では無い!」

 

 

 辟易していた分物言いがきつくなってしまった。しかもつい勢いで立ち上がってしまったものだから、さらに高い位置から村長を見下ろす格好になる。

 

 その村長はと言えば、神と担いだ男が苛立ちを隠しもせずに急に立ち上がるものだから、何が気に障ってしまっただろうかと気が気ではなく、顔を真っ青にしている。

 

 村長は恐怖に染まる頭で必死に考える。もしかしたらお忍びで下界に降りたところを騒がしくされ、腹をお立てになったのだろうか……。しきりに神である事を否定なさっているところを見るに間違いないだろう。だとすれば、なんと愚かな事をしてしまったのだろう……。そう考えるに至り、ますます顔色は蒼ざめていくのであった。

 

 村の代表として上位の者とやり取りをする村長ですらああなのだから、機会に恵まれない普通の村人達は言わずもがなだろう。彼ら、特に男の凄まじい力を直接見ていた者達は先程魔物に向いた矛先が、今度は自分達に向けられるのではないかと震え上がった。

 

 

「はぁ……。先を急ぐ旅なので失礼する。村長、あまり人を軽々しく王だの神だの持て囃すべきではないぞ」

 

 

 真っ青な顔をしてガクガクと震える人々の姿を見て、もー無理だと思った。もう、どう繕ってもフレンドリーな関係は無理だ。ため息混じりに、転移用に装備している指輪を起動し、《グレーター・テレポーテーション/上位転移》を発動する。

 

(失敗だ。大失敗だ。あーもーどうしてこうなった!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された人々はまたもや驚愕に染まっていた。つい先程までいたはずの人物が次の瞬間には跡形も無く消えてしまったのだから当然である。

 

 人々はやはり神様だったのだと確信した。何より村で1番学のある村長が『お忍びで天から降りてきた所を無用に騒ぎ立ててしまった事がお怒りに触れたのだろう』と、もっともらしく言い広めてしまった事がダメ押しになってしまった。更にその話を聞いた村の子供が、『神様は恥ずかしがり屋さんなんだねー』などと言ってしまったものだから、本気で怒っていたのでは無くあれは照れ隠しだったのだ、という事まで付け加わってしまった。

 

 以降シャルパト村には、『お忍びで下界に降り立っては困った人々を助ける恥ずかしがり屋の神様がおりました。神様は空の様な青い髪に宝石の様な青い瞳を持った美しい容姿で、燃え盛る炎の様な真紅の鎧に身を包み、青く輝く炎を宿した剣を振るって勇ましく戦います。しかし、神様に助けて頂いても決して崇め奉ってはいけません。恥ずかしがり屋の神様は照れて天上へと帰られてしまうから』と言う伝承が語り継がれる事になる。

 

 そして以後数百年、4大神信仰とは別に密かに信仰され続ける事になる。

 

 当の本人の預かり知らぬところで。

 

 




可能性の未来。でも、考えたらアインズ様もいるから、完全に隠れ宗教的な感じになりそうですけどね。

次回は本編に戻ります。



スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:生まれつきという不公平

〜前回あらすじ〜


エン「飲み会楽しいな〜」
アインズ「プレイヤーの痕跡発見!警戒!警戒!」


※若干ナーバスな内容を含みます。予めご了承下さい。


 オーガとゴブリンの襲撃から3日、既にシャルパト村はいつも通りの落ち着きを取り戻していた。ただ、変わった事が一つ……。

 

 

「おーい、エンさん。その材木を南のアニーさん所に運んでくれますかー?」

「あいよー。ウッドマークさん」

 

 

 村を救った凄腕の旅人はすっかり村に馴染んでしまっていた。本来はあの日、夜が明けたら村を出て、風の小精霊(エア)に情報を集めさせていた村や町に足を伸ばしてみるつもりであった。しかしその朝、自警団の団長の計らいで、自警団員の1人であるウッドマークの家で朝食をご馳走になっているうちに、何だか気が変わってしまった。

 

 

 

 

 

 ウッドマークは年若い青年で自警団員の中ではまだまだ使いっ走りだ。彼は1年前に結婚したばかりの妻と2人暮をしており、畑と村の土木工事で生計を立てている。最初は新婚のお宅に邪魔をするのは申し訳ない気持ちが強かったが、2人に是非にと言われて、そこまで言われたらと世話になったのだ。

 

 朝食には羊の乳を使った麦の粥と羊肉の干し肉を炙ったもの、それから干しリンゴを羊のヨーグルトで戻したものを出してくれた。リアルの食料事情を考えたらものすごい贅沢品だ。だが、食べていてなぜか懐かしさを感じた。すーっと、心が落ち着いたのだ。前の晩の宴会の飯も美味かったが、こんな気持ちにはならなかった。

 

 神妙な顔つきで食べていたせいか、ウッドマークと妻のセルマに心配そうな声色で『お口に合わなかったでしょうか?』と言われ、慌てて感じた事を素直に口に出して否定した。

 

 するとセルマはキョトンとした後、『そりゃ愛情込めてますから』と微笑んだのだ。普通だったら『このリア充め』とか言いたくなるが、セルマの表情に哀愁と言うか妙な悲しみを感じて、気になってしまったのだ。

 

 無論、言っておくが断じて人妻に惚れたわけではない。

 

 

 

 

 

 

「ウッドマークさん、運び終わったよ。まだなんか手伝う事はあるかい?」

「え、もう運び終わったんですか? やっぱり鍛え方が違うのでしょうね」

「ま、そこは否定しないけどさ。それより世話になってるからな。どんどん頼ってくれよ」

「いや、今日はもう大丈夫です。力が要る仕事はさっきので終わりですから。後はのんびり過ごして下さい」

 

 

 ウッドマークからすれば、一流の腕を持つ旅人に雑用をさせる事に抵抗があった。何やら妻の料理が気に入っている様子だが、身内びいきに見ても別段珍しい料理は作っていない。だから『10日ほど厄介になりたい。宿代がわりに仕事を手伝うから』と頼まれた時には驚いた。もちろん、世話をするのは問題ない。村の恩人だし、旅人の彼の話はとても面白いしワクワクする。しかし、仕事を手伝わせるのは本当に気が引けた。何度もそんな事はしなくていいと断ったが、彼が頑なに手伝うと言って聞かなかったので、仕方なく力仕事を手伝ってもらう事にしたのだ。

 

 

「そうか。でも、ちゃんと役立ててるか?」

「勿論ですよ。お陰で余裕ができたし、明日は昼前には仕事を切り上げてもお釣りがくる位です」

 

 

 ウッドマークからその言葉を聞いて、ようやく彼女の秘密に近づけるチャンスが巡って来たと、苦労(と呼べるほどの事はしてない)が報われた事に安堵した。そう、ウッドマークの反対を押し切ってまで手伝いをしたのは時間を作るためだったのだ。通年の仕事をしている者が、多少時間が空いても次の仕事を早めにやってしまおうとする事は分かっていたので、なるべく手間がかかりそうな力の要る作業を率先して手伝った。

 

 

「そりゃ良かった。じゃ……明日の昼飯の後にちょいと付き合って貰えないか?」

「え? エンさんにですか? そりゃ、構わないですけど……一体何するんです?」

「そう身構えなさんなって。話がしたいのさ」

 

 

 話? と疑問符を浮かべるウッドマーク。立ち入るべきではないのかも知れない。しかし身勝手な言い分だが、立ち入られたくなければ気取られちゃだめだ。現に気付いた者が立ち入ろうとしてしまっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、昨日の良い天気とは裏腹に空は重たい鉛色に覆われて、シトシトと時期にしては冷たい雨を降らしている。

 

 

「悪いな。でも、どうにも気になってさ」

 

 

 自警団の修練場に備え付けられている荷物部屋。悪天候のためか、今日は誰も利用していない。

 

 

「一体どうしたんですか?何か気に障るような事をしてしまったでしょうか?」

 

 

 ウッドマークは重い雰囲気を察したのか、先ずは自分に非があったのではないかと問うてくる。まったく、いくら恩人相手であっても気を遣い過ぎだ。

 

 

「いや、君ら夫婦は本当に良くしてくれて有難いと思っているよ」

「では……」

「だからこそ気になったんだ。奥さんは、セルマさんは何であんなに悲しそうなんだ……?」

「え……?」

 

 

 

 話があるから付き合ってくれ。そう言われた時には予感はしていたんだ。彼は一流の腕前を持つ旅人。幾多の冒険を乗り越えて来たのだから、洞察力だって人並みじゃないはず。そんな彼なら僕ら夫婦の秘密に気付いてしまうだろうと。

 

 

「立ち入るべきではないのは承知だ。だが、何が原因かは聞かねば分からないが、旅人の知識が役にたつかも知れない。話してはくれないだろうか?」

「いやそれは…………」

 

 

 軽々しく話せる内容ではないのだろう。ウッドマークの口はなおも鉛のように重そうに見えた。しかし、幾度か呻くように小さな声を挙げると、ポツリポツリと話し始めた。

 

 

「まず初めに、その…………この話は誰にも言わないで下さい」

「もちろんだ。口が軽い旅人など、それだけで罪と言えるだろうさ」

「ありがとうございます。実は、妻は……セルマは生まれつき子供を作れない体質なのだそうです。私と夫婦になって、その……えと……それなりに愛し合ったりもしたのですが、一向に授かる気配がなく…………。それで大きな町、領主様のいらっしゃる町の神殿で診てもらったら……」

 

 

 ウッドマークが『皆に知られればセルマがキツく当たられてしまうので……』と続けるのを聞き、納得がいった。

 

 リアルでも今でこそ多様な婚姻関係が認められていたし、子供のいない夫婦などそれこそ数え切れないくらいいた。しかし、昔は子供を作れないというだけで離婚されたり、酷く扱われたりという事が実際にあったと聞いた事がある。特に、子が年老いた親の面倒を見るのが当たり前になっている社会では、その風潮はより強いものになるだろう。

 

 そして、この世界ではそれがある種当たり前のことなんだろう。

 

(年金とかの概念は無いもんな……。まぁ、リアルでも大企業の役付きクラスにならなきゃ加入自体無理だったけど……。子がいないから他人に面倒見てくれとか、無理があるもんな)

 

 さて、それはともかくこの世界では先天性の障害はどういう扱いになるのだろうか? ユグドラシルはゲームの世界故、ダメージやステータス異常による行動制限は存在したが、生まれつきの病気や障害については想定されていなかった。精々、フレーバーテキストで雰囲気作りをするぐらいなものであった。

 

 ここで、「生まれつき」の「異常」を魔法が判別する事が可能であるかという疑問が生じる。もし、それを「正常」と判断するなら恐らく回復は不可能。それこそ《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》クラスの方法で根本的に作り変えなければ難しいだろう。

 

(ん? でも待てよ? 神殿とやらは異常があると判断したわけだよな…………?)

 

 確か神殿は医者がいる訳ではなく、回復魔法が使えるクレリックや神官が病や怪我の治癒を行なっているという話だった。つまり、医学的見地からの診断ではなく、何か魔法的な力で判断しているはずだ。魔法が異常だと判断している。だとした状態異常を完全に回復できる《ヒール/大治癒》でいけるんじゃないだろうか?

 

 

「なあ、ウッドマークさん。もしかしたら何とかなるかもしれない……」

「っ!? 神殿でも無理だと言われたのにですか!?」

(あ、しまった。《ヒール/大治癒》は第6位階魔法だ)

 

 

 重要な事に気がつくも、途中まで提案しておいて『ゴメン、やっぱり今のウソ』は流石に外聞が悪いと思い、覚悟を決める。だが、下手にこの世界で人間が使える最高位とされている位階の魔法が使えます……とか言えば厄介な事になるのは分かりきっている。だから…………。

 

 

「あぁ。俺は1人で旅をしてるから、もしもの時に備えて触媒を使った儀式魔法を修めているんだ。だからもし触媒を用意する事ができたら、奥さんの体質を治す事が出来るかもしれない……」

 

 

 という事にした。あとは適当な素材を触媒という事にすれば、なんとか誤魔化されてくれるだろう。

 

 

「そ、その触媒とはなんですかっ!? お願いします。俺に差し出せるものならなんだって、命と言われれば命だって差し出します。だから、セルマが悲しい思いをしなくていいなら、どうか……」

「ちょ、ちょっと落ち着け! まだ、完全に治るかは分からんし、ちゃんと発動するかも分からん。ともかく、まず落ち着け!」

 

 

 地に頭をくっつける、いわゆる土下座というやつをしながら懇願されるとは思いもしなかったので、気圧されてしまった。まさかここまで取り乱すとは……。

 

 彼はゆっくりと立ち上がり、真剣な……でもほんの少し羞恥を感じているような面持ちでこちらを真っ直ぐに見る。

 

「すみません……」

「いや、落ち着いたなら話を進めよう」

「はい。お願いします」

 

 

 ウッドマークの取り乱しようを見て少しだけ軌道修正。やはり価値観の相違が1番ネックになりそうだ。今後はもっと慎重にしないと厄介事に絶対巻き込まれる。

 

 

「まず、儀式魔法は魔力の消費が大きいので、そう気軽には使えません。だから、この事は奥さんと貴方の秘密にして下さい」

「はい。分かりました」

「触媒に関してはいざという時に魔法が使えないのは困るので、いくつかストックがあります。なので奥さんの了承が取れれば、いつでも発動ができます」

「はい。妻も反対する事はないと思います」

「結構。では最後に対価についてですが…………」

 

 

 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。目の前に立つ男は覚悟を決めるかの様に静かに目を閉じる。

 

 

「貴方が出来る範囲で結構です。この地の自然を守って下さい」

「え……と?」

「この先、もしかしたら何百年も先になるかもしれない。人の文明が発展していくにつれ、必ず森や草原や川や空が蔑ろにされていく。私は長い旅路の中でいくつも自然を失った国を見てきた。だから、貴方には自然を守って貰いたい。そして貴方の子や孫に伝えて欲しい。一度失われた自然は生半の事では戻らないのだと」

 

 

 恐らく目の前の彼には意味が分からないだろう。現にさっきまで閉じていた目を今度はパチクリと開閉している。まぁ、今現在において自然を破壊する程の発展は生じていないのだから、理解できなくても当然だ。だが、だからこそ種を撒く必要がある。

 

 私はまだ対価の意味を咀嚼できないでいる彼に、古びたしかし密度が高くズッシリとした木の枝を、懐から取り出して見せた。

 

 

「これは数千年を生きた古木の枝です。そしてこれが儀式魔法の触媒なのです」

「数千…………。そんな貴重なものを……使うのですか?」

「はい。しかし、これで私が示した対価の意味も理解できるのではないでしょうか?」

 

 

 そう言われてウッドマークは理解した。遠い未来、この旅人の様に儀式魔法を使う者が古木の枝を必要とするかも知れない。つまり、ここで自分達に使う分を未来の誰かに返してくれという事なのだと。

 

 

「分かりました。必ず、必ず自然が失われない様にいたします。妻が回復して子を成すことができたら、子にも孫にもそのまた先にも伝える様にいたします」

 

 

 ウッドマークが理解してくれたのを確認して、まずは良かったと胸をなで下ろす。もっとも、先ほど見せた木の枝はユグドラシルでは割とポピュラーなアイテム素材である。フレーバーテキストに『数千年生きた……』のくだりが書かれていたが、NPCの素材屋でも店売りしている中級の安物だ。まぁ、この世界基準でいけば間違いなく貴重品だろうけど。

 

 

「じゃあ、奥さんを説得してここに連れてきてくれるかい? それまでに俺は準備を済ましておくからさ」

「分かりました! すぐに行ってきます!」

 

 

 自宅へと向かうウッドマークの足取りはとても軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降り止む気配がない。シトシトと緑に覆われた大地を潤している。

 

 修練場の一角、死角になっていて周りからは見辛くなっている位置に3人分の人影があった。

 

 

「それじゃ始めようか」

 

 

 3人のうちの1人、濃い青の髪に青の瞳を持ち、燃え盛る炎の様な鎧に身を包む青年は、まるで遊びを始めるかのごとく軽い口調で残りの2人に告げる。

 

 青年は地に書かれた魔法陣の中心に古びた木の枝を突き刺すと、腰に下げた剣を抜き放ち木の枝を縦に切り割った。途端に切り口から青白い炎が湧き上がる様に現れ、古木の枝を灰へと変えていく。

 

 青年は、両手を胸の前で握り祈りを捧げる女の頭に手をかざすと、呪文を唱え始める。するとかざした手から神聖な光が溢れ、女の身体を柔らかく包み込む。

 

 やがて光は女の身体に吸い込まれて、最後の一瞬身体の全体が眩く輝いた。

 

 青年はかざしていた手をゆっくりと引っ込めて、同じ歳の頃の男女に声を掛けた。

 

 

「まだ本当に治ったのかは分からないけど、多分大丈夫だと思う。一応、以前に診てもらった神殿で確かめて貰って。お礼の言葉とかは、確認して貰ってからでいいからさ」

「わかりました。明日にでも神殿に向かいたいと思います。本当にありがとうございました」

「私のために貴重な物を使って頂いて、お礼の言葉もありません。ウッドマークから聞いた対価のお話だって、本当にそれでよろしいのか……」

「いやいや、さっきも言った様にまだ治ったかどうかは分かりませんから。それに対価だって十分ですよ。まぁでも、そうだな……。また俺がこの村へ寄った時は、飯を作って下さい」

 

 

 青年のあっけらかんとした言葉に夫婦は泣き笑いをうかべて、もう一度感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、夫婦は徒歩で1日かかる距離にある神殿のあるフルーネの町へと出かけていった。

 

 

 

 

 

 そして無事に神殿で治った事を確認でき、夫婦は涙を流しながら喜びに身を震わせた。

 

 この時夫婦は気付いていなかった。喜びのあまり細かな事まで気が回らなかったのだ。

 

 神殿に仕えるクレリックの『一体どんな治療を』との問いに、『旅人様の不思議なお力で』と答えてしまった事に。

 

 

 

 

 

 そして、その話があっという間に神殿のネットワークを通じて広がっていく事になろうとは、この時点では誰も予想していなかった。

 




時を同じくして


アウラ「今日もいないねー。やっぱり森精霊とっ捕まえて聞いた方が早いんじゃないかな?」
アインズ(なんでウチの子たちは短気なんだろう?)



ちょいと暗めな第7話でした。
タイトル通り、生まれつきでどうにもなんないのにって事で不公平な仕打ちを受けるって事はありますね。
今回は《ヒール/大治癒》で治す事ができましたが、生まれや環境なんかはそうはいかんですからね。ままならないものです。
さて、お気付きかと思いますが、エンという人間はゲームのプレイヤーとしては優秀でしたが、現実を生きる上では意外と不器用でやらかします。ケアレスミスが多いタイプの人間です。研究助手としてどうなのかと言われそうですが…。今回の話でも、エンとしては上手く『自然を守る』という目的の布石を打てて上出来…と言いたいところでしたが、情報が流出してしまいました。
でも、夫婦を責めないで下さいね。彼らは『儀式魔法』に関する事を秘密にしなければならないと思っているので。

ちなみに、エンがセルマの料理に懐かしさを感じたのは、リアルでは離れて暮らしている母親を感じさせたからです。セルマは自分に子が出来ない事を知っていたので、母になる事への願望が強くあったのでしょうね。

そういう訳で神殿を通じて法国や、ジルクニフや、アインズ様にもすぐに情報が伝わる事でしょう。はてさて、どうなる事やら。



スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:三者三様の食指

〜前回あらすじ〜

エン「秘密は暴かれた!!」
クレリックA「情報流出!!」


 帝都アーウィンタール。精緻に整備された石畳の通りは行き交う人々で活気にあふれている。通りに面した建物の外観は統一され、まるで巨大な一つの建物であるかの様に錯覚させる。

 

 この洗練された街並みのおよそ中央に皇城が鎮座している。この国の象徴でもある城の中に、ごく限られた者しか入室を許されない部屋があることを知る人物はかなり少ない。

 

 贅を尽くした造り、と表したら良いだろうか。足元は一面赤い絨毯が張られている。極上の柔らかさと手触りを持つそれは、行儀悪が許されるならば転がって全身でその感触を楽しみたいと思わせるほど。部屋の周りを飾る調度品の数々も、いかにも高級品であるという顔付きをしている。そのどれ1つをとっても、おいそれと手を出せるようなものではない。

 

 その部屋の中に置かれた落ち着いた色調の長椅子に、スラリと長い下肢を投げ出してくつろいだ姿をしている男が1人。

 

 眉目秀麗。男の容姿を一言で表すならば最も適当な言葉であろう。紫の瞳は知性と威厳を秘めており、ただ美しいだけの王者ではない事を示している。

 

 彼こそがバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスその人である。

 

「それで? その治癒に長けた旅人とやらは今どうしている?」

「はっ。我が国の領内の集落を転々としているとの事ですが、時折急に見失う事があるとの事です」

 

 

 ジルクニフは淀みなく口を動かす秘書官のロウネ・ヴァミリネンの報告を聞きながら思考を巡らす。

 

 

「ジイ……、お前はどう思う?」

「ふむ。生まれつきの異常を治癒できるならば、魔法で言うところの少なくとも《ヒール/大治癒》相当……第6位階の力を持っているという事ですな。それに、恐らくじゃが転移の魔法が使えるか、それに準じたマジックアイテムを持っているようじゃの。手練れの監視から逃れるとしたら、それしかないでしょうな」

 

 

 腰の高さまで伸ばされた真っ白な髭に同じ様に真っ白な髪。顔に刻まれた深いシワは長い年月を生きてきた証である。皇帝であるジルクニフに『じい』と親しみを込めた声で呼ばれ、またその彼に不敬にならない程度の言葉使いで意見を述べられる。それはつまり、それを許される立場にあるという事である。

 

 彼の名はフールーダ・パラダイン。帝国の首席宮廷魔法使いであり、この世界における人間の中での最高戦力の1人だ。普段は物腰柔らかく智慧に富んだ男であるが、今現在、妙に浮ついているように感じられる。

 

 

「じい、わかっていると思うが……、そやつがこちらの仕掛ける檻に囚われるまでは自重しろよ?」

 

 

 ジルクニフはフールーダの本質を知るだけに、念のために口頭でクギを刺す。『分かっておりますとも』と至極落ち着いた声が返ってくるが、本当に分かっているのかはジルクニフにも分からない。

 

 さて魔法狂いのフールーダはともかく、神殿に紛れ込ませている密偵から情報が上がってすぐに、ジルクニフはエンを監視する為の人員を向かわせている訳なのだが、状況はなかなか面白い事になってきている。

 

 

「カルネ村の一件といい我が領内の件といい、妙な事が続くものだ。アインズ・ウール・ゴウンなるマジックキャスターとエンなる旅人に繋がりがあると思うか?」

「可能性はありますな。エンという旅人、やはり魔法による覗き見は出来ませんでしたからな」

「ふん。同等の実力者、あるいはマジックアイテムを有している者が同時期に現れたのだからな。可能性があるとしたら、別働隊……。アインズ・ウール・ゴウンから視線を外させる為……と考えるべきか」

 

 

 小癪な手を……。とジルクニフは含み笑いを漏らした。

 

 

「よし、ここは奴らの手に乗ってやろう。単独行動をしているなら引き込むチャンスだ。上手くやれば、アインズ・ウール・ゴウンとも有利に交渉できるだろう」

「では、皇城へ招くべく使者を送りましょうか?」

「あぁ。じい、お前も使者に同行しよく見て(・・・・)来るがいい」

「もちろんですとも。いかなる力を秘めているのか、この目でしかと見て参ります」

「それから遺跡の方も同時進行だ。その方が気取られにくくなるだろうからな」

「畏まりました陛下」

 

 

 ジルクニフは諸々の支度のために部屋を後にする2人の背を見送り、ふぅ……っと長い息を吐き出し、不敵な笑みを口元に浮かべた。

 

 

「さてさて、鬼が出るが蛇が出るか。1つ知恵比べといこうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国。かつてこの地に降り立ち人類のために戦った6人の神が作った国。人類の守り手として、純粋な人間のみの栄華こそを是とする国。その国の中枢を司る最高機関、そこでは高級ではあるが華美ではない、きっちりとした司祭服に身を包む者達が荒げた声を口々に挙げていた。

 

 

「本来、病や怪我の治癒は神殿の占有事項だ。いくら旅人とはいえ、神殿の権利を侵害したのなら連行し聴取すべきだ」

「何を言う。強い治癒の力は非常に稀有だ。それは貴様も分かっているだろう。ならば、丁重に迎えて神殿に取り込めば良いではないか!」

「帝国がすでに接触を図ろうと画策している。先手を打たれる前に、まず連れて来る事を優先すべきではないか」

「だから、その口実を話し合っていたのだろう。耄碌したか」

 

 

 まさに喧喧囂囂。収拾はつきそうもない。しかし、陽光聖典が行方不明、様子を見ようとした土の巫女姫は不明の攻撃により死亡。漆黒聖典からは裏切り者が逃亡し、しかも裏切り者は闇の巫女姫から叡者の額冠を奪い去っている。その影響で闇の巫女姫は発狂して使い物にならない状態。ここに集っている全員が懸念している通り、破滅の竜王が復活するまで時間的猶予のない今、戦力の増強は急務でもある。

 

 

「ええい。仕方あるまい。破滅の竜王を調査している漆黒聖典を向かわせる事とする。抵抗されるようなら多少手荒になるが、力づくで連れて来させよ。説得だなんだは後からでもどうとでもなる!」

 

 

 最高神官長の一喝で静まり返る執行部。反対の意を示す者がいないのを確認すると、最高神官長は漆黒聖典へ指示を出す段取りを部下たちに命じる。

 

 

 

 

 だが、彼らは知らない。その相手が不倶戴天の敵である『異形種』である事を。

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

『アインズ様。例の小屋の主であろう人物と思しき者の情報が入って参りました』

 

 

 エ・ランテルの一角、先程までアンデッド騒ぎで混乱の様相を呈していた街は、魔獣を従えた漆黒の戦士の活躍により落ち着きを取り戻していた。もっとも、それなりの代償があった事はあったが、アインズからすれば特に気にもならない程度であった。

 

 アルベドからの連絡を受けアインズは気を引き締めた。と同時に(ようやくか……)と、思っていたより時間がかかったために安堵感にも似た感情が湧く。アウラの配下に見回りをさせていたが例の小屋の主は一向に現れず、待ちぼうけを食らった気分になっていたからだ。

 

 

「そうか。すぐにナザリックへ帰還する。守護者及びセバスとプレアデスを玉座の間に集めておけ。時間は……そうだな、3時間後だ。詳しい報告はそこで聞く」

『畏まりました、アインズ様』

 

 

 アインズはメッセージを切ると側に控えるナーベラルと、 薬師の青年の護衛任務の途中で支配下に置く事になった、ハムスケと名付けた巨大ハムスターの方へ体を向ける。

 

 

「ナーベ、一度ナザリックへ帰還する」

「は。このちくしょ……ハムスケはどう致しますか?」

「……連れて行く。ナーベ、お前は帰還後すぐにハムスケを連れてナザリックの者達に面通しをしておけ」

「はっ! 承知致しました……」

「殿? ナザリックとは宿の事ではないのでござるか?」

「あぁ、私やナーベの本来の拠点だ。まぁ、私の配下になったのだから、食われる様な事はないだろ」

「ひぇ、拙者は食べられてしまうでござるか?」

 

 

『食われる』と言う部分に過剰反応するハムスターから目をそらすと、「殿〜」と情けない声が聞こえてくる。ハムスケにはすでにオーバーロードとしての姿を見せている。迂闊に話す様な事はしないだろうし、見た目に反してこの世界では強大な魔物に分類される為、好き好んでハムスケに近づく者もいないだろうが、今後の事を考えて身内に知らせて置くべきだと判断したのだ。まぁ、大丈夫だと思う。いや、思いたい……。

 

 そしてナーベ……いやナーベラル・ガンマはあまり気がすすまない様子であるが、アインズは敢えてそれを無視する事にした。

 

(今はハムスケよりプレイヤーだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックへ帰還したアインズ一行は、それぞれのやるべき事を行う為に墳墓の入り口にて別行動に移った。アインズは地表部で受け取ったリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動させ、9階層のロイヤルスイートに転移すると、自室の前へと徒歩で向かう。

 

 

「プレイヤー対策か。考えたくないけど、万が一に備える必要があるな……。はぁー……行きたくない………………」

 

 

 自室の目の前でアインズは宝物殿のアレを思い出し、自分の心が羞恥に染まるのを感じていた。右往左往と扉の前を行ったり来たりしながら、うんうんと唸っている姿は完全に不審者だが、このナザリックにそれを指摘するものはいない。色々と葛藤はあるが、アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明こと『ぷにっと萌え』の教えを蔑ろにする訳にはいかない。十全な備えこそ何よりも武器になり得るのだ。己の黒歴史如きに負ける訳にはいかない……。

 

 

「悩んでも仕方ない。覚悟を決めるか」

 

 

 

 

 

 

 目の前にそびえるのは黄金の山。指輪で転移したのは宝物殿のエントランス部分。ここには『とりあえず』の名目で適当に放り込まれた資材や金貨、アイテムがうず高く積まれていた。しかもその山は1つではなくいくつも並んでいるのだから、それだけでもアインズ・ウール・ゴウンの財力がズバ抜けている事が窺い知れる。

 

 だが、その宝の山でさえここでは序の口だ。周囲に備え付けられた棚にも所狭しと宝が納められている。大粒の宝石をいくつもあしらった兜、見る角度によって七色に輝く全身鎧、豪華な装飾をされた魔道書、緻密な彫刻が刻まれた短杖……と挙げていけばキリがない。

 

 アインズは広大とも言えるエントランスを《フライ/飛行》を使い移動すると、扉の形をした真っ黒な闇の前に降り立った。

 

 

「奥に向かうのは久々だからな……。パスワードは……なんだったかな…………。……仕方ない、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

 

 闇の前でブツブツと呟くと、闇の中に文字が浮かび上がる。

 

 

「えーと、ラテン語だっけ? ほんと細かく設定したもんだよな」

 

 

 ナザリックのギミック作成の一翼を担っていた『タブラ・スマラグディナ』の凝り性ぶりが思い出されて微笑ましくなるが、今は思い出に浸っている訳にはいかない。

 

 

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう……だったか?」

 

 

 記憶の隅に置いやられていた言葉を思い出し徐に唱えると、真っ黒な闇の扉は形を歪め何かに吸い込まれる様に一点へ凝集していく。後に残されたのは扉の中央辺りに浮かぶ拳大の黒い球体だけだ。

 

 扉の先、左右に巨大な棚がいくつも並ぶ通路を進む。棚には様々な武器が綺麗に陳列されている。シンプルな造形のナイフ、トゲ状の突起をいくつも生やす禍々しい棍棒、貴重鉱石から削り出された杖、どれも仲間達と収集した大事な宝である。

 

 通路を抜けると少しひらけた場所に出る。中央には簡単なローテーブルとソファーがおかれており、そのソファーに腰掛ける者が1人。

 

(あれ? タブラさんの姿?)

 

 水死体の様なブヨブヨと膨れた身体にタコの様な頭部を持つ姿は、まさにアインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師、『タブラ・スマラグディナ』のものである。

 

 タブラの姿を借りるそれは、アインズに気がつくと徐に立ち上がり、首を傾げてみせた。

 

 

「児戯はやめよ、パンドラズ・アクター」

 

 

 言葉と同時にグニャリと身体が歪み、やがて先程とは別の姿が形を現す。現れた者を一言で示すなら軍服を着たハニワだ。

 

 パンドラズ・アクターは本来の自分の姿に戻ると、身につけた軍靴のかかと部分でカツンと音を響かせ、ビシッと敬礼をして見せる。

 

 

「これは我が創造主、ん〜モォモンガ様っ!」

「お、お前も元気そうで何よりだ……」

 

 

 アインズは内心で盛大に項垂れていた。いや、もはや精神の中のアインズは身体を支える気力すら失われ、屍の様な様相ですらある。

 

 

「はい、お陰様で元気にやらせて頂いてます。して、本日はどういった御用向きで?」

「…………」

「モモンガ様?」

「っは!? いや、何でもない。それよりも……だ。実は…………」

 

 

 一瞬、現実逃避のために意識を別次元に飛ばしていたアインズは、怪訝な顔(ハニワ顔でよく分からないが)をしているパンドラズ・アクターに事の経緯を話し、いくつかの課金アイテムを持ち出す事を告げた。

 

 経緯の説明中や課金アイテムを取り出している途中、何度かパンドラズ・アクターのドイツ語で精神的なHPをごっそり削られる目にも遭ったが、何とか1つ目の難所を乗り切る事ができた。

 

 

「さて、パンドラズ・アクター。これからはお前にも宝物殿の外の仕事に携わって貰う。いい機会なので、報告を聞く場にてお前の事を皆に紹介しよう」

「承知しました。アインズ様」

 

 

 アインズはパンドラズ・アクターにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡すと、連れ立って守護者達の待つ玉座の間へと向かうのであった。




時を同じくして


ブレイン「暇だな…。どこかに腕の立つ奴はいねぇもんかね」




第8話でございます。
動き始めましたね。スレイン法国だけは、漆黒聖典が主軸になるかと思うので、本国の描写が少なくなってしまいました。
果たしてエンのハートを射止めるのはどこの勢力になる事でしょうか?(違)

ちなみに当小説のアインズ様は、エンを警戒していたため原作以上に慎重に事を運んでおります。結果→エ・ランテルに忍ばせた僕からクレマン&カジットの動向が伝わる。ナーベを漆黒の剣とンフィーレアに付き従わせるも、ドジっ子ナーベの隙をつかれンフィーレアは攫われる。漆黒の剣は多少手傷を負うも命は無事。(なお、ナーベは失態に呆然自失なるも、モモンから多人数を守りながらでは仕方ない事だと慰められたとかなんとか…)
本文中のそれなりの犠牲は主に衛兵達の事になります。
番外編にてこの辺りの話を書けたらなぁと、画策中です。


次回もアインズ様のターンは終わらない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:我儘な支配者

〜前回あらすじ〜

ジルクニフ「さぁ、私と知恵比べだ!(ドヤァ)」
最高神官長「力づくでも構わん!!(キリッ)」
アインズ「パンドラが受け入れて貰えるだろうか(ハラハラ)」


 ナザリック地下大墳墓ー玉座の間。

 

 玉座に腰掛ける死の支配者の見下ろす先に、第4・第8を除く各階層の階層守護者、宝物殿の領域守護者、ナザリックのランドスチュワート、その配下に名を連ねるプレアデス、そして守護者達をまとめる統括が一堂に会し規則正しく跪いている。

 

 

「皆の者、面をあげよ!」

 

 

 支配者の声に一糸乱れぬ動きで全員がその顔を露わにする。

 

 

「まずは、それぞれに役目がある中でこうして集まってくれた事に感謝しよう」

「恐れながら。我々ナザリックに属する者にとって、アインズ様がお呼びとあらば即座にお応え致しますのは、至極当然の事で御座います」

 

 

 アルベドの言葉に皆がもっともだと頷く。アインズとしては、このブラック企業体質をどうにか変えたいと思っているが、意識改革はまだまだ難しそうだと頭を痛めている。

 

 

「そうか。……ではアルベド、報告をせよ」

「はっ」

 

 

 アルベドは短く返事をしスッと立ち上がると、前へ……アインズが座る玉座の右手側へと足を進め、アインズに一礼しくるりと身体を反転させた。そこは守護者統括としてアインズに仕える時の定位置だ。

 

 

「では、まず帝国へと潜ませた僕からの報告です。デミウルゴス」

 

 

 アルベドに名を呼ばれたデミウルゴスはその場で立ち上がると優雅な所作で一礼する。

 

 デミウルゴス……第7階層の守護者であり最上位の悪魔(アーチデヴィル)である。三つ揃えのスーツを着こなし、東洋系の顔立ちにオールバックの黒髪、丸眼鏡をかけている。一見すると人当たりの良さそうなインテリであるが、腰から生えたプレートメイルに覆われたトゲ付きの尾が悪魔である事を証明している。

 

 

「アインズ様、御報告申し上げます。帝国領内、特にトブの大森林に面した集落を中心に僕を潜ませたところ、次のような情報が上がって参りました」

 

 

 デミウルゴスの報告によれば、アウラの僕が小屋を発見した頃から、不思議な旅人が村々に出没するようになった。その旅人は自身を『エン』と名乗っている。ある町の神殿のクレリックの話によれば、第6位階の《ヒール/大治癒》に相当する不思議な力である村の女の身体を癒したらしいとのこと。また、ある村では魔物の襲撃にどこからともなく助太刀に現れ、鬼神の如き戦いをした。時折、一瞬で別の村に移動する事から、転移を使用しているらしい。割と頻繁に集落近くの雑木林を散策している。現在は帝国領内の中でも南に位置する『カサドラの村』に逗留中である。

 

 

「……といったところで御座います。強さを測れる僕も同行させましたが、装備品なのかスキルによるものかは不明ですが、測定はできませんでした。種族に関しては、人間種と共に行動する事が多い様ですが、紛れ込む為の偽装の線もあり得ますので判然とは致しません。そして最後になりますが、既にバハルス帝国とスレイン法国がかの者と接触する機を伺っているようです」

「そうか……。両国とも優れた癒し手を欲して……というところが有力か。他に報告すべき事はあるか?」

 

 

 この世界の住人達はとにかく弱い。稀にそこそこの強さを持つ者がいる事もあるが、それだってレベル100のプレイヤーにとっては雑魚である。噂に聞く真なる竜王の実力が本物であるならば、対等の戦いをする事ができるだろうが、いかんせん絶対数が少な過ぎるし、人間の国家とは一線を引いているらしい。そう言う理由から優秀な癒し手の存在は、国が生き延びる為の切り札になり得るのだ。

 

 

「恐れながらアインズ様。帝国はかの者と我々に繋がりがあるとみて動いている節がございます」

「なに? ……なぜだ?」

「はっ。アインズ様が御手ずから慈悲をお与えになったカルネ村について、既に帝国に情報が渡っております。そこにそれ程間を空けずに今度は帝国で目立つ行動をする者が現れれば……」

 

 

 アインズはアルベドの言葉を聞いて成る程と得心がいった。確かに同時期に立て続けに出自不明の強者が人助けをしたとなれば、否が応でも関連づけてしまうだろう。

 

 

「つまり帝国は我々との接触を見越して行動している可能性が高い……という事か。では、法国はどうだ?」

「はい。法国は恐らくアインズ様のお考えの通り、戦力増強の一環かと。なにせ特殊部隊の1つが消えてしまった訳ですから」

 

 法国に関しては人間以外の種族に敵対的だ。アルベドの言う通りカルネ村での陽光聖典の件もあり、ナザリックにとって最も敵対する可能性の高い国だ。と、そこで一つの考えを思いつく。

 

(法国に対する反応でわかる事が多いんじゃないか?もし異形種であれば法国の方針には拒否反応がある筈だし……。けど、他のNPC達の意見も聞いてから判断すべきだな……)

 

 アインズは少し考える素振りを見せてから、他の者達にも意見を求める事にした。

 

 

「では……我らがプレイヤーと接触するにあたり、帝国と法国の介入を考慮した場合、どの様な手段を用いるべきか、お前達の意見も聞かせて欲しい。それと……最初はなるべく敵対しない方向で、と言う条件もつけさせてもらおう」

 

 

 あくまでも自分の考えはあるけど敢えて……という風に演技をしてしまうのは、自分の悪い癖だな。アインズはそう考えながらNPCを見遣る。

 

 

「そうだな、シャルティア……お前はどう思う?」

「ひぇ!? わ、わらわでありんすか?」

 

 

 まさか自分に振られるとは思っていなかったのだろう。シャルティアと呼ばれた少女は狼狽えている。

 

 シャルティア・ブラッドフォールン。第1〜第3階層の守護者である吸血鬼の真祖(トゥルーヴァンパイア)だ。体つきこそ幼いが非常に整った容姿をしている。白蠟じみた肌をボールガウンやフィンガーレスグローブで包み隠してしまっている。

 

 1対1の戦闘において守護者最強を誇るが、その強さゆえに敵を侮るきらいがある。

 

 

「人間に遅れを取るのは宜しくないと思いんす。先手を打って、万が一抵抗されんしたら力で屈服させるのが宜しいかと思いんす」

「ちょっとシャルティア、アインズ様は最初は敵対しないようにって言ってるでしょ? ちゃんと話し聞いてた?」

「う、煩いでありんすチビスケ! アインズ様は『なるべく』と仰っていんした。なら、下手に小難しい事をするより確実でありんしょう」

 

 

 懸念した通りの短絡的な意見にアウラがツッコミを入れる。確かに簡単ではあるけど厄介ごとになるのは確実だ。

 

 

「ふむ。シャルティアよ、後半の力づくというのはいただけないが、先んじて動くべきだというのは貴重な意見だ。ではアウラ、お前はどうだ?」

「はい。私も人間より先に動くべきだと思いますが、どこかナザリック以外の場所に誘い込んで、私達守護者全員で話をすればいいんじゃないかと思います」

「ふむ。アウラは守護者全員でいくべきと考えるわけか……」

 

 

 アウラ・ベラ・フィオーラ。第6階層の守護者でダークエルフの女の子。同じく第6階層守護者であるマーレの双子の姉である。レンジャーやテイマーのクラスを持ち、100体もの僕を巧みに指揮する集団戦のエキスパートである。

 

 アウラもどちらかといえばナザリック以外の者へ威圧的な態度をとりがちであり、今回の意見も力を見せつける意図がありありと窺える。

 

 

「ふむ。実は接触の際は無用なトラブルを避ける為に、ごく少人数でと考えているのだ。また、やはりここは直接私が出向くべきだと思っている」

「「「!?」」」

(わかる。わかるぞー。俺が出向くなんて危険だとか、畏れ多いとか考えてるんだろうなぁ……。まぁ危険かも知れないのは確かにそうだけど、そこはちゃんと考えて課金アイテム……勿体無いけど……まで持ち出したんだからな)

 

 

 アルベドとパンドラズ・アクター以外が驚愕しているのを見ながら、アインズは先を続ける。

 

 

「そして、敢えて法国を先にぶつける。理想は法国、我々、帝国……の順だな。まぁ、帝国は何やら勘違いをしているらしいから順番にはあまり意味が無いが、上手く利用できればそれに越した事はない」

「成る程。そういう事でしたか……。アインズ様の御慧眼、本当に恐れ入ります」

(はい? あれ? デミウルゴスさん?)

 

 

 突如何かを悟った様に畏まり出すデミウルゴスにアインズは困惑した。それはそうだ。別に今回の件に大掛かりな意図はなく、単にプレイヤーだったら仲良くやりたい。なるべく第一印象を良くしたいから、下調べを入念にしておきたい。自分たち異形種に対する立ち位置が分からないから、法国をぶつけて反応を知りたい。人助けをしている様だから、上手く協力関係を築いて周りの国にアインズ・ウール・ゴウンは安全だと印象付けたい。そんな程度の思惑しかないのだから、一体どこに感心したのかわからないのだ。

 

 

「え?どういう事でありんすか?デミウルゴス」

(よくぞ聞いてくれた!えらいぞーシャルティア)

 

 

 臆する事なく疑問を口にするシャルティアに、アインズは心からの賞賛をおくる。

 

 

「うむ。デミウルゴス、どうやらお前には私の考えを読まれてしまったようだ。折角の機会だ。皆に説明してやってくれ」

「では僭越ながら……。まずアインズ様は件の人物を使い、法国の情報を丸裸にするおつもりなのです。他国の領土内とはいえ、功績ある者を迎え入れたいと考えるならば、それなりの地位にある者が使者になる筈です。逆に地位の低い者が使者としてやってきた場合、外交や交渉について明るい者がいないか、高位の者を使者に立てられない状態と判断できるでしょう。そして何より、人間以外を敵視している法国に対する態度で、我々の懸念の1つである種族についても判明しますね。もし、彼が人間であっても法国と反目するならば我々としても付け入る隙がありますし、賛同する様な者ならそもそも利用する価値がありません。いずれ法国と共にナザリックの力で滅ぼして仕舞えば良いと判断します。また彼が我々と同じ異形種であれば、法国は必然的に彼を滅ぼすべく動くでしょう。そうなれば法国の戦力について知る事ができますし、彼と共闘して恩を着せる事も出来るでしょう。…………ここまで宜しいですか?」

 

 

 嬉々として語るデミウルゴスの説明は分かり易かった。ここまで深く考えていなかったアインズとしては、感心するばかりではあるのだが……。

 

(なんとなく捨て駒として使ってやる感が……な)

 

 もっとも、先程とった態度のせいで今更修正させる事も憚られてしまう。

 

 デミウルゴスは周りが理解しているものと判断した(ある1名に関しては勘定に入れていないようだが)ようで、続きを話し出す。

 

 

「次に帝国についてだね。現在、帝国は愚かにも誤った推察に基づいて行動をしているわけなんだけどね、アインズ様はこれを足掛かりに帝国を飲み込んでしまおうとお考えなのだよ」

(な、なんだって? 帝国を飲み込む? なんの話をしているんだ?)

 

 

 デミウルゴスの言葉にアインズは先ほどよりも酷く困惑した。あわよくば印象操作……くらいにしか考えてなかったのだから、どうやったらそんな発想が出てくるのかが全く理解できないでいた。

 

 

(これは少しブレーキを掛けなければ、とんでもない事になる!)

「んんっ、ちょっといいか? デミウルゴス」

「は。如何なさいましたか? アインズ様」

「帝国に関しては事を急ぐつもりはない。そうだな、やはり時間を掛けて……だな。そ、そう……少しは楽しまねばな」

「おぉ、アインズ様。やはりその様なお考えでしたか。心得ておりますとも……」

「そ、そうか……。すまないな話の腰を折ってしまって」

「とんでも御座いません。未だアインズ様の知謀の足下にも及ばない私に御懸念がおありになるのは当然の事で御座います」

 

 

 既にアインズは思考の半分を何処か遠くに飛ばしていた。その飛ばした思考で、このナザリック随一の知恵者を作った大災厄に、貴方の子はこんなにも立派に働いていますと、シミジミと報告していた。

 

 結局その後もデミウルゴスは饒舌に話し続けた。

 

 

「我々が先に接触でき、協力関係を築く事ができれば、彼に帝国内での立ち回りを任せ、帝国が持つ価値観を根本的に覆してもらいます。どうやら彼はこの世界においては稀有な力をあまり出し惜しみをしていない様子ですしね。協力交渉が決裂したとしても、彼が帝国内で活動する限り、我々は不干渉を約束して傍観していても時間が掛かるというだけで結果は変わりません。そうなれば、個人で動いている彼に比べ、戦力も財力もはるかに上回る我々の価値は高まるでしょう。我々が直接手を下さずとも、最終的には帝国側から近付いてくる事でしょうね。そしてこれは仮に帝国に先を越されても、結果は大きく変わらないだろうと考えられるから、順番は重要では無いと仰ったのだよ」

 

 

 ここまで一気に話したデミウルゴスの表情は満足げである。周りの者達も感心した様に「成る程」とか、「流石アインズ様」と声を挙げる。しかし、そこへ意外な者から声が発せられる。

 

 

「素晴らしいご考察で御座いました。デミウルゴス様!」

 

 

 皆の視線が発言者へと向く。パンドラズ・アクターはデミウルゴスとは違ったベクトルでゆったりと一礼する。

 

 

「皆、紹介が遅れてしまったな。彼はパンドラズ・アクター。宝物殿の領域守護者として私自ら作り出した者だ。この異常事態に接し、宝物殿以外の任務にも関わらせようと思う」

 

 

『私自ら』の部分で周りの者達の纏う空気がにわかに嫉妬に染まるが、誰もそれを表には出さない。

 

 

「これはパンドラズ・アクター。こうして顔を合わせられたのは幸いです。できたら敬称などは不要に頼むよ。我々はこの映えあるナザリックに仕える同士なのだからね」

「おぉ! なんと素晴らしきかな。是非ともそうさせて頂きますよ、デミウルゴス。さて、デミウルゴスの見立てはまさしくアインズ様の狙い通りと言うところですが、ただ一点……アインズ様はかの御仁をこのナザリックにお迎えになりたいとお考えです。その証左に!! アインズ様はいくつかの『課金アイテム』と呼ばれるカテゴリーに属するアイテムを持ち出しておられます」

 

 

 パンドラズ・アクターの言葉に再び騒然となる。それはそうだろう。デミウルゴスの考えはあくまでも『利用』。そしてそれはナザリックに属する者には大変納得のいくものだ。対してパンドラズ・アクターはアインズが彼を『仲間』にしたいと考えていると言ってのけたのだから。ナザリック以外に対して排他的な考えの者には、信じられない言葉である。

 

 

「アインズ様は宝物殿よりアイテムを持ち出す際に仰られておりました。友誼を結んで話がしたい。もしかしたら、御隠れになった至高の御方々と繋がりがあるかもしれない。或いは、我々が知り得ないこの世界の理について、知っているかもしれない……と。そして、持ち出されたアイテムの内、大半は戦闘時に無傷で離脱する事を目的としている物でしたが、1つだけ違う目的の物が御座いました。それは『友誼の割符』と呼ばれるものです。つまり、アインズ様はかの御仁を……」

「そこまでで良い。パンドラズ・アクター……」

「は、これは失礼致しました……」

 

 

 アインズはなんだか秘めていた想いをバラされた学生のような羞恥を感じていた。そう。支配者然と振る舞う為に、残されたナザリックを守る為に隠す事が多くなってしまった偽らざる願望。しかし、有り難かった。自分が口に出せなくなっていた事を、代弁してくれたのだから。

 

(苦手意識を持っていた事が申し訳ないな……。いやだからと言って払拭できる訳じゃないが……)

 

 アインズはこの際だから正直に話してしまおうと決めた。もしかしたら愚か者の烙印を押されてしまうかも知れない。でも、みすみすこの機会を逃す手もない。

 

 

「皆、聞いて欲しい。私は『エン』と言うプレイヤーの種族が何であれ、こちらに敵対的でなければ仲間に迎え入れたかったのだ。無論デミウルゴスの言うように、副なる目的として法国や帝国の情報を上手く引き出し、利用する事も考えていた。……そしてそれを隠していたのは、私がお前達に失望されるのではないかと思ったからだ。このナザリックは41名で作り上げた大切な場所だ。そこに部外者を招き入れる事は、私の勝手が過ぎるかも知れないと……そう思ったのだ」

 

 

 アインズの言葉が止まると、しばらく玉座の間を静寂が満たす。すると隣に控えていたアルベドがアインズの目の前に歩み寄ってきていた。

 

 

「アインズ様。アインズ様の心中をお察しできなかった我々の愚かさをお許し下さい」

 

 

 アルベドは跪き許しを請う。そして、バッと上体を起こすとアインズの右手を両手で包み込んだ。

 

 

「アインズ様。確かにこのナザリックは至高の41人でお作りになられた場所で御座います。ですが、だからこそ慈悲深くも今なおこのナザリックを、我々の様な僕達をお護り下さろうと日々御心を砕かれているアインズ様には、もっと我儘になって頂きたいのです。私達は至高の御方のお望みを叶える為に存在しているのですから。例えどの様なお望みを抱かれてお出でだとしても、失望するなど絶対にあり得ません。ですから、アインズ様は思いの儘にして下さいませ」

「有難うアルベド。お前の、お前達の言葉を嬉しく思う。だが、お前達を大切に思っているのも事実なのだ。だから私の個人的な我儘を通す際は、関わった者に臨時ボーナスを出す事にしよう。私に出来る範囲で……と言う事になるがな。なお、畏れ多いから受け取れない……は無しだ。我儘を言い難くなってしまうからな……」

 

 

 アインズは心から目の前に並ぶ者達が誇らしかった。時に溢れんばかりの忠誠心故に暴走する事はあるが、それでもだ。

 

 アインズはスーっと息を吸い込むと強い口調で指示を飛ばし始める。

 

 

「我々はこれから『エン』と名乗るプレイヤーと接触する。まずは法国の使者とぶつけ情報を得る。事前の準備として、アウラ、デミウルゴス両名は相談の上、隠密性に長ける者達を多く配し、法国の使者の動きとエンの動きを注視せよ。可能であれば、帝国の使者の動きをそれとなく妨害しておけ。そしてエンと法国の接触時、どの様な展開になってもすぐに対応できるように万全の体制を敷く。アルベドはニグレドに接触時の様子を監視する準備を整えさせよ。特にカウンターの対策は万全にだ。シャルティアは万が一に備えニグレドのそばに控え、《ゲート/転移門》をいつでも発動可能にしておけ。この時点で彼が法国に賛同するならば接触は無しだ。しかし、法国と決裂した場合はそのまま我々が接触する。その際の共はアルベドとする。アルベドは当日フル装備にて共をせよ。プレイヤーがワールドアイテムを所持している可能性を考慮し、真なる無(ギンヌンガガプ)の所持も許す。ただし交渉は私が行う。私の指示が降るまでは守りに徹して待機せよ。アウラ、マーレ、パンドラズ・アクターは後詰としてナザリック内に待機。いつでも出撃できるように準備しておけ。コキュートスはシャルティア不在の第1階層に上がり侵入者に備えよ。セバスおよびプレアデス達はコキュートスと相談しナザリック内の警備に穴がない様に連携して事に当たれ。デミウルゴスはアルベドの代わりにナザリックの運営に当たれ。ただし、侵入者があった場合は指揮権を発動させ、コキュートス、セバス、プレアデス達に指示を出せ。以上だ。疑問や不満があるものは立ってそれを示せ」

「御尊命承りました。必ずや成功させてみせます」

 

 

 そこに立ち上がる者はおらず、アルベドの威厳ある声が響くのみ。アインズは満足そうに頷くと、玉座から立ち上がり大きく腕を広げた。

 

 

「お前達ならば、私の望みを必ず叶えてくれるだろう。では、皆行動に移せ!!」

 

 

 玉座の間に死の支配者の声が響くのであった。




時を同じくして


エン「へー。ここの林は広葉樹が多めだな〜。カブトムシとかいそうだな…」



と言うわけで第9話で御座います。
長くなってしまった……。詳細を説明できなかったマーレとコキュートス、ごめんなさい。

と言うわけで、現状エンと接触しようとしている3者の中で最も準備万端なのがナザリック勢です。アインズ様はどうにか我儘をそのまま通せそうです。その為に割りを食ってしまったのはデミウルゴスという…。デミウルゴスには挽回の機会を用意するつもりですが、暫くは落ち込む事でしょう。そしてちゃっかり株を上げるアルベド。原作通りモモンガを愛しちゃってる設定ですが、いやはやエンに対してどう対応するのか……。

さて『友誼の割符』についてですが、オリジナルです。効果はユグドラシルでは、他のギルドやパーティにいるプレイヤーに使用するとお互いの攻撃ダメージが無効になるという効果がありました。敵対ギルドなどにスパイを送り込む時などに使用する事が多かった設定です。
転移後世界ではフレンドリーファイヤが有効なので、更に使える場面が増えるかと思います。なお、ワールドアイテムだけは防げません。

ちょっと今回長くなってしまったので、次回は番外編を書く予定です。箸休めになればと思います。





スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編1:エ・ランテル薬師誘拐事件




カルネ村からエ・ランテルへ戻ってきた日、モモンは潜ませた僕から、ンフィーレアを拐おうとする者が居ると報告を受けていた。誘拐犯をナーベに捕らえさせて、更なる功績を挙げようと画策したモモンであったが………。


「おかえりなさ〜い。あんまり遅いから待ちくたびれちゃった〜」

 

 

 突然に店の奥から発せられたその声は、まるで客に媚びを売る娼婦のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜時間は少し遡る〜

 

 

「すみません。荷下ろしまで手伝って下さるなんて……」

 

 

 エ・ランテルの薬師、ンフィーレア・バレアレは冒険者組合から店舗兼自宅までの帰り道に、それは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「良いんですよ。今回、私達漆黒の剣はモモンさん達に比べてほとんど活躍できてないので」

「報酬をそのまま受け取るには忍びないのである」

 

 

 漆黒の剣のメンバーはそれぞれここ数日の事を思い出し苦笑を浮かべた。任務を共にした2人組の強さが桁外れで、自分達が足手纏いにならなかったという自信が無いからだ。

 

 

「しっかし、つえー人はいるもんだなー。階級もすぐ抜かれちまうだろーな。ねぇ、ナーベちゃん」

「黙りなさいフルホンシバンムシ」

「くーっ! キビシー!」

「もー、ルクルット。いい加減諦めたらどうです? ナーベさんもすみません。モモンさんに頼まれたからと言って僕たちに付き合わせてしまって」

 

 

 マジックキャスターであるニニャが詫びると、ナーベと呼ばれた黒髪の美人は「別に」と短く返事をした。

 

 何故、アインズ扮するモモンの護衛であるはずのナーベが漆黒の剣について来ているかと言えば、当然アインズに命じられたからだ。でなければこの様な有象無象と行動を共にする訳が無い。

 

 命令の内容は『バレアレの店でンフィーレアを拐おうと画策している者が潜んでいる。漆黒の剣とンフィーレアを守り襲撃者を生かして捕らえよ。わかっているとは思うが、第3位階を超える魔法は使うなよ? もし、不測の事態が生じたらメッセージで連絡しろ』と言うものだった。

 

(何故アインズ様はわざわざこの様な下等な虫に目をお掛けになるのかしら……)

 

 既に何度も説明は受けていたはずなのに、ナーベはいまいち理解できずにいた。興味のない事にはとことん頭が働かないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 モモン達の強さについてや、エ・ランテルいちの薬屋との縁ができた事について、話に花を咲かせる5人と、その輪に加わらず最後尾を進む1人の一行は、やがて目的地へと辿り着いた。

 

 

「まずは一服休憩しましょう。よく冷えた果実水があるんです」

「そりゃ有難い。皆、お言葉に甘えようか」

「お、珍しく気が利いた判断するじゃんリーダー」

 

 

 馬車を店の前に止め、一行は店の入り口へ向かう。1人を除いて店内の気配に気付いている者はいない。ナーベはアインズの命令を守るため、いつでも迎撃できる位置へと向かう。

 

(はぁ。どうせ襲撃者とやらもコイツらと大差ない虫ケラなんでしょう……。さっさと終わらせてアインズ様と合流したい)

 

 はっきり言えばナーベは油断しきっていた。ここまで出会った下等生物達の中に、敬愛するアインズはおろか自分にすら届き得る強者はいなかった。この世界で強大と評されるあの毛玉ですら容易く屈服したのだから、人間など言わずもがな……と思っていたのだ。

 

 

「あれ? 鍵があいてる?」

「どうしました? ンフィーレアさん」

 

 

 ンフィーレアは鍵がかかっていない事に首を傾げた。祖母が鍵をかけ忘れるはずはないし、家に居るとしても明かりが点いていないのはおかしい。

 

 

「ンフィーレアさん?」

「いや、鍵が開いているのに明かりが……。おばーちゃーん? いるのー?」

 

 

 ンフィーレアはペテルの問いへの返事もそこそこに、扉を開けて中に向けて呼びかけてみた。しかし返事はない。今度は店の中へ入って、奥に向かって呼びかける。

 

 

「おばーちゃーん?」

 

 

 漆黒の剣とナーベもンフィーレアに続いて店の中へと入る。と、その時奥から足音が聞こえ、声がかけられた……。

 

 

 

 

 

 

 

 奥からノラリと歩いて出てきた声の主は、明り採りの窓から射し込む月明かりに照らされその姿を顕にする。それは金髪の女だった。女は体に最低限の面積しかない露出の多い鎧を纏い、顔には獰猛な笑顔を貼り付けていた。そしてよく見ると鎧には冒険者のプレートが無数に縫い付けられている。

 

 女はンフィーレアやその後ろに続く漆黒の剣とナーベをしっかりと見据えると、軽く舌なめずりをして見せて、ンフィーレアに向かって突進を仕掛けてきた。

 

 

「危ないっ!!」

 

 

 咄嗟にチームの前衛を務めるペテルがンフィーレアの前に出ようとしたが、間に合わずにンフィーレアを掻っ攫われてしまう。同時に女から蹴りを貰ったペテルは、斜め後ろに吹っ飛ばされてしまった。しかもその刹那の合間にンフィーレアを気絶させているのだから、彼女の実力は相当のものだと思われる。

 

 

「ンフィーレアちゃんゲットー! んふふふ。……ん〜。まだ少し時間もあるし〜、おねぇさんが遊んであげよっかー?」

 

 

 女は気絶させたンフィーレアを床に転がすと、腰に下げていた先の尖った武器を抜き放ち、獲物を前にした肉食獣を思わせる表情を浮かべる。

 

 

「くそっ! ペテル! 大丈夫かっ?」

「いっつつ…………。みんな気をつけろ。その女強いぞ!」

 

 

 臨戦態勢の漆黒の剣。実力差がありすぎる事が先の動きで十分に理解できた彼らは、死を覚悟していた。

 

 と、次の瞬間、漆黒の剣の間を縫って、鋭い閃光が武器を構える女に向けて飛んで行った。しかし、直線的な軌道のそれは女に難なく避けられてしまう。女の後ろにある商品棚に焦げた穴が開いたが、この場でそれを気にする者はいない。当の女は「も〜いきなり危ないな〜」と相変わらず獰猛ににやけた顔を崩さないで、さも愉快そうに鼻を鳴らす。すると今度は苛立ちを全く隠す様子も無く、閃光を放った女が口を開く。

 

 

「いい気にならないで下さいキリウジガガンボ! それと、お前達はさっさと失せなさい」

「ちょ、ナーベちゃん何言ってんだよっ!」

「足手纏いのゴマダラカミキリムシが何を言っているんですか? 巻き添えで死にますよ」

 

 

 ルクルットは戸惑った。いつも辛辣なナーベが自分(達)を逃がそうとして居るのだから。もちろん、ナーベが漆黒の剣を逃がそうとしているのは、アインズから守れと命じられているからに他ならないのだが……。ちなみに、この時のやり取りのせいでルクルットに『まだチャンスがあるに違いない』と勘違いさせてしまったとは、ナーベには知る由もなかった。

 

 

「ペテル、ルクルット! ここはナーベさんを信じて、僕達はモモンさんを呼びに行きましょう!」

「ニニャの言う通りである。下手に我々が加勢すれば、マジックキャスターであるナーベ女史の射線を遮ってしまうのである」

 

 

 2人の声にペテルとルクルットは互いの顔を見て頷くと、すぐに撤退をはじめる。後衛のマジックキャスターを、しかも大の男が女性を1人残す事に若干後ろめたさを感じたが、彼女の実力は自分達の相当上である事は分かっていたので、この場を任せる判断を下した。

 

 

「すぐにモモンさんを呼んできます。どうにか持ちこたえて下さい!!」

「ナーベちゃん! すぐに戻ってくっから!!」

 

 

 4人が店の外へ出て行くと、残されたナーベはようやく邪魔者がいなくなったと溜息をついた。対する武器を構えた女は少しつまらなそうな顔をしてみせた。

 

 

「あ〜あ〜……。置いてかれちゃったね〜。まさかマジックキャスターが残るとは思わなかったな〜。これじゃ遊びにもならないじゃん」

「そのよく回る口を閉じなさいチャバネゴキブリ。大体、誰が誰で遊ぶと言うの? 己の分を弁えなさい!」

 

 

 人の目が無い分、ナーベの口も3割ほど悪くなっている。その悪どさを増したナーベの言葉に、目の前の女はこめかみに青筋を浮かべる。

 

 

「あぁ〜ん? マジックキャスターごときが舐めた口きいてんじゃねぇぞ! このクレマンティーヌ様にかかれば、テメェなんてスッと行ってドスッだっつぅんだよ!!」

「ふん。なら口なんか動かしていないで、さっさと攻撃したらいいじゃない。それとも本当は怖気付いて足が動かないのかしら?」

 

 

 両者の間には得体の知れない火花が散る。お互いに睨み合いながら、いつでも攻撃を出せる体制を整える。その場の緊張感が指数関数的に膨れ上がっていくのがわかる。もう一瞬……後ほんの一瞬で互いに仕掛けるまでのカウントが終わる。しかし、その直前にしわがれた声が店の中に響いた。

 

 

「遊びは終わりじゃクレマンティーヌ! さっさとそのガキを連れてこっちへ来い! 早くせねば、今日中の計画に遅れが出るではないか!」

 

 

 声と同時に店の中に異臭を放つ何かが投げ込まれ、その何かからゾンビが3体湧いて出てきた。

 

 ナーベは一瞬、ほんの一瞬臭いとゾンビに気を取られてしまった。そして気付いた時にはクレマンティーヌもンフィーレアも姿を消していた。

 

 

「しまった!」

 

 

 ナーベはゾンビを片付けると、店の外に飛び出した。すぐに《フライ/飛行》で屋根に登ってみたが、既に知覚できる範囲には彼らの姿は見当たらなかった。

 

(ど、どうしよう……。大変な失態だ。早く追いかけて、あの人間を取り返さなくては……)

 

 ナーベが上空から手当たり次第に探しに行こうとしたその時、意識が誰かと繋がるのを感じた。

 

 

『ナーベ、漆黒の剣から話は聞いた。首尾はどうだ?』

 

 

 声を聞いた途端、ナーベの体は緊張で硬直した。冷や汗が身体中を伝う感覚がよく分かる……。だが、至高なる主人に嘘を吐くなど以ての外である。ナーベは覚悟を決めると、状況を説明し始めた。

 

(ユリ姉さん、ルプー姉さん、ソリュシャン、エントマ、シズ、オーちゃん……失態により先立つ不名誉をお許しください…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズから言葉が返ってくるまでの時間は、それはもう耐え難いほど長く感じた。

 

 

『状況はよく分かった。ならば作戦は変更だ。ちょうど薬師のリジィ・バレアレと合流したところに漆黒の剣がこちらに来た。ここはリジィに恩を売って、ナザリックの現地研究員として引き入れる事にしよう。それに、たった今この街に潜ませている僕から、ンフィーレアと誘拐犯が墓地にいると報告が来た。一度バレアレの店で合流する』

『本当に申し訳御座いませんでした。この失態、かくなる上は死を以って……』

『ナーベ、いやナーベラル。私は許可無く死ぬ事を禁じた筈だ。それに、あの状況でよく漆黒の剣を守りきった。お前が他者を守る術に乏しい事を考えれば、十分な成果だ。ンフィーレアが拐われた事は、確かにお前に隙があったからだと言える。しかし結果的にはより多くを手にする可能性が高くなったのだ』

 

 

 ナーベはアインズの言葉に思わず涙しそうになった。なんと慈悲深い事だろうかと、ナーベは己が忠誠心のメーターを大きく振り切らせた。そして、あのニヤけた露出狂に目に物を見せてやると誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜後日〜

 

 

「あ、モモンさんナーベさん! ミスリル級への昇進おめでとうございます!」

「これはペテルさん。ありがとうございます」

 

 

 礼儀正しい爽やか系のペテル・モークは久し振りに漆黒のフルプレートを見かけ、なかなか会えなかっために言えてなかった言葉をかける。すると、出会った時と変わらず驕らず穏やかな口調で礼が返ってくる。全く、既に自分達を通り越して昇進したのに律儀な人だと、ペテルは苦笑する。

 

 すぐ隣では、顔をやや赤く染めたチームメイトのレンジャーが獲物に狙いを定め、ややぎこちなく言葉を投げかけている。

 

 

「さっすがナーベちゃん。おめでとう! 今度お祝いに2人で飯にでも行きませんか」

「行きませんよ、コメツキバッタ。あなたは1人で野っ原の草でもかじっていなさい」

 

 

 相変わらずの辛辣さに思わず同情の念も湧かなくもないのだが、『ナーベちゃんの心には女神にも勝る慈愛が隠されている!』とよく分からない事を熱弁して、全く諦める気配が無いので、もう放って置く事にした。

 

 

「ルクルットさんは相変わらずですね……」

「あははは……。ナーベさんも……ね」

 

 

 そんなルクルットの様子を見て呆れたようにモモンが呟き、ペテルもまた相変わらずのナーベを見ながら相槌を打つ。

 

 そして彼らのやり取りは、いつしかエ・ランテルの冒険者組合のお決まりになるのであった。




という訳で、エ・ランテルの騒動のンフィーレア誘拐の部分でした。モモンとナーベ合流後はほぼ原作通りなので、割愛いたします。漆黒の剣も組合の要請で防衛に出向きますが、大怪我をする事もなく無事に生還します。(危なくなると物陰からアインズの僕が密かに手助けをしていたとか、していないとか…)
そして、本文中にも書かれていますが、ルクルットは本当に一欠片くらいは可能性があるんじゃないかと思い込み、会う度にアピールしては玉砕します。全くナーベも罪な女です。以後、漆黒と漆黒の剣は良い関係を続けていく予定です。

はい。そんなこんなで番外編で御座いました。よい箸休めになってくれていたら幸いです。

次回は本編。いよいよ各国が主人公と接触だ!




スペッキオ様、誤字報告有難うございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:人間至上主義の逝き着く未来⑴

〜前回あらすじ〜


デミ「まさか、私がアインズ様の御心を読み違えるとは…。なんたる失態!」
アル「ふふふ。エンとか言う男は気に食わないけど、アインズ様からの覚えが良くなるなら、精々利用しましょう」
パン「私の創造主、ンーアインズ様!!真なる心の内を知り得るのは、当に!!私だけなのでしょうね〜」


 カサドラの村。帝国領の村々の中でも南部に位置し、忌地として恐れられるカッツェ平野へ赴く冒険者や、ワーカー達の補給地の1つである。人口はそれ程多くなく、街と呼ばれる程の規模でもないため、行政区分はあくまで『村』のままであるが、冒険者やワーカーを相手にする商人が多く出入りし賑わっている。

 

 その村の東にはそこそこの面積をもつ森が広がっており、村の人々は水、野ウサギやイノシシをふた回り程大きくした動物などの肉、木の実やキノコといった自然の恩恵を得ながら暮らしている。

 

 したがって森には人が入れるように、獣道に毛が生えた程度の生活道路が整備されている。もちろん、狼などの肉食獣も出たりもするが、無闇に縄張りに入り込まない限りは人を襲う事はほとんど無い。寧ろ人が適度に入り活動するため、ゴブリンやオーガなどの種族が住み着かず、適度な調和が維持されている。

 

 そんな森の最奥、狩や採集に慣れた村人でも滅多に近づかない湧水地に、エン・シルキティアス・ギルバーティスはやって来ていた。

 

 

「あー、ここは良いところだなぁ……」

 

 

 木々の密度がちょうど良く、風が適度に吹き抜けていく。頬を撫でる冷んやりした風に目を細め、グッと全身で伸びをする。湧き水はちょろちょろと静かにせせらぎ、水面に木漏れ日が反射して幻想的な風景を描き出している。

 

 2日ほど前にこの場所を見つけた時は、天国かと思った。リアルでは決して目にできなくなった風景。自分達ニンゲンの傲慢さ故、永遠に失われた聖地とも呼べるもの。二度と失ってはならない……、そんな気持ちが強くなるのを感じるが、今のところは大丈夫だろうとも思える。今の人間と森の関係が崩れなければ。

 

 エンはシャルパト村を出た後、帝国領の村や町を見て回ったり、そこらにある森を手当たり次第に散策した。改めてこの世界の文明や自然との関わり方について調べるためだ。結果として、特に自然破壊を引き起こすような存在や行為を見かける事もなく、概ね気分良く行動していた。

 

 そんな折、武装した者や商人の類が多く出入りする村を見つけ、何があるのかと興味本位でカサドラの村へやって来た訳だ。そして村を見て回ると、出入りする人の数に比べ畑が少ないような気がして、村人にどうやって食料を賄っているのか聞いてみたのだ。村人の『東の森』という答えに、興味を引かれて散策をした結果、この神聖な場所と出会ったのである。

 

 この森を探索していてわかったが、この森とカサドラの村の人間の関係は理想形の1つであった。人は森の恵みに生かされ、森は人の手が適度に入る事で調和を保つ。本当に良い関係を築いている事に感心した。

 

 エンは湧水地のすぐ側にそびえる大樹に、背を預けるようにして胡座をかくと、せせらぎの音とそよぐ風を味わうように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、本当にこの森にいるんですか?」

「村の常駐司祭が証言しているからな。間違いないだろう」

「でも、森に入ったのは2日前なんですよね? まだ森の中にいるとしたら、一体何のためなんでしょう?」

「さあな? 旅人だという話だが、何かを探しているのかもしれん。いずれにせよ話を聞いてみねばわからんさ」

 

 

 森の中を進む12の人影。純白の生地に龍が描かれたドレスを来た老婆以外は、重厚な装備に身を包み物々しい雰囲気を醸し出している。レイピアを装備した中性的な見た目の隊員と、隊長と呼ばれるまだ幼さがありありと残る青年が、先頭を進みながら言葉を交わす。

 

 彼らは漆黒聖典と呼ばれるスレイン法国の特殊部隊である。漆黒聖典は神官長直轄部隊・六色聖典の内で最も特殊任務に特化しており、その性質上戦闘や局面突破に長けた者で構成されている。まさに、この世界における人類最強の部隊と言って良いだろう。

 

 

「しかし隊長、何故私達が使者なんですか?破滅の竜王の探索のために出撃したはずなのに……」

「仕方ないだろ。我がスレイン法国の最高神官長直々の話だ。優れた癒し手というだけでなく、戦士としても優れているらしいからな。是が非でも引き入れたいのだろう」

 

 

 そう。漆黒聖典は本来機密部隊であるため、使者などという役割にはそぐわない。 更に本来の任務である、『破滅の竜王の探索、支配』を後回しにしてまで事に当たれというのだから、余程の事であると想像に難くない。

 

 

「ですが、最悪力づくでって……、本国は本気ですかね?」

「秘宝の力を使えという事なんだろう。だからこそ我々なんだろうな」

 

 

 あぁ、なるほど……と、レイピアの隊員は納得する。六大神の残した『ケイ・セケ・コゥク』ならば、ありとあらゆる者を支配し意のままに操る事ができる。もっとも、使う度に使用者は大きく疲弊してしまうため、使わずに済めばそれに越した事はない。話のわかる人物だといいなぁ……と、切に思うのであった。

 

 

 

 

 

 

「道が途切れたな……。占星千里、居場所は分かるか?」

 

 

 一行が道の突き当たりで足を止めると、隊長が大きな水晶の玉を装備したとんがり帽子の女性隊員に尋ねる。占星千里は水晶に手をかざして数刻の間集中すると、途切れた道の向こう側を指差した。

 

 

「何かに邪魔されてはっきりとは見えませんが、この奥に強い反応があります」

「お前の力でも見切れないなら、相当強い力で阻害されているということか……」

 

 

 占星千里は探知に特化した隊員である。かの破滅の竜王復活の兆しにも彼女が気づいてくれたからこそ、早めに対策する事が出来ていた。その彼女をして全てを見る事ができないとなれば、相当の実力者か、神が残した秘宝並みの装備を持っているという事になる。自然と全員の腕に力が入る。すると突然、占星千里が警戒の色合いが強い声を挙げる。

 

 

「た、隊長! 反応がこちらに向かって来ています!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー? 武装した集団?」

 

 

 エンは先程と同じく大樹に背を預けながら、星御子のスキル『感覚同調』を使用していた。警戒……というより、自然をもっと深く感じたいという欲求から使用したのだが、思わぬ情報が入ってきたものだ。

 

『感覚同調』は一定範囲内の生物の感覚を選択的に読み取る事が出来るアクティブスキルだ。生物とは言っても条件があり、レベルを有さない……つまりユグドラシルではオブジェクト扱いの生物、この世界では植物やモンスターに分類されないただの野生生物にしか効果が無いのだ。一応索敵スキルに分類されているが、生物密度の低い場所では効果が薄いし、数や見た目の大きさ、武装の種類ぐらいしか読み取れない。反面、直接対象を探る訳ではないため、感知されたりカウンターを仕掛けられる心配がない。

 

 

「ス……レ、……ン…………コク……。あぁ、スレイン法国の人らなんだ。えー……と? 会話の内容からすると……、んー……俺に用があるみたいだな」

 

 

 また聴覚を有する生き物を通じて、音情報が入ってくる事に気づいたのはつい最近の事である。どうやら転移後から少し効果が拡大したようだ。と言っても、言葉を音として捉えているからなのか、非常に聞き取り辛いので利便性はイマイチだ。

 

 エンは聖域とも言えるこの場所に、彼らを立ち入らせるのが何となく気にくわないと感じた。別に自分の所有物でも無いのだが、時折妙な独占欲のような感覚が行動を誘導する事がある。

 

 

「せっかく俺に用があって来たみたいだし、こっちから出向いてやるかー」

 

 

 立ち上がって、尻にくっ付いた苔や汚れをパンパンとはたき落とすと、集団のいる方へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えーと、俺に用があるんだと思ったのにな……)

 

 警戒感を露わにして武器を構える集団を前に、エンは戸惑っていた。自分に用があるならと、わざわざ出向いて「こんにちは。何かご用ですか?」と声を掛けたらこの有様だ。もしかして自分は空気の読めない事をしでかしたのだろうかと、少し不安になった。

 

 

「あの、貴方がたは俺に用があっていらしたのではないのですか?」

「っ! これは失礼しました。おい、武器を下げろ」

 

 

 不安から来る居たたまれなさに耐え兼ねて、もう一度……今度はさっきより丁寧な口調で声を掛けると、先頭に立って槍を構える、幼い顔立ちの青年がハッとしたように頭を下げ周囲に指示を出す。どうやらこの集団のリーダーのようだ。

 

 

「先程は御無礼を。なにぶん視界の効かない森の中でしたので、咄嗟に武器を構えてしまいました」

「いやいや。こちらこそ驚かしてしまったようで、すみませんでした」

 

 

 とりあえず警戒感が薄れた事にホッとしつつ、リーダーと思しき青年の丁寧な口調に感心もしていた。

 

(その辺の冒険者とかと違うな……。訓練された宮仕えって感じかな?)

 

 相手もまたこちらの応対に感心している様子だ。どうやら同じ事を感じたらしい。改めて集団を見回す。装備品が色々ちぐはぐな印象はあるが、この世界基準で相当な物である事が伺える。ふと、トブの大森林の魔獣の件を思い出したが、見たところレベルが最も高い者で80くらい、後の者達は精々30中盤といったところであり、飼い主プレイヤーでは無いだろうと判断した。何よりこちらの感知スキルを阻害する様子が見られないのだ、恐らく自分の判断は正しいだろう。

 

 もう少し詳しく見てやろうとすると、視界にとんでもないものが映り込んできた。どう表現すれば失礼に当たらないだろうか? しばしの間逡巡するも、無理だという結論に至る。どうにか柔らかく表現して、違和感しか感じないと評するべきなのだろうか? いや人の服の趣味に口を出すつもりはないが、いかんせん歳というものを考えるべきではないだろか……。

 

(チャイナドレス……。しかもスリット深目の……。まさかと思うが、似合うと思っているのだろうか……? ……と、いかんいかん。大事なのはそんな事じゃない)

 

 久しぶりに精神が抑制されるのを感じながら、なんとか思考を修正する。そしてリーダーの男に先程の質問をもう一度投げ掛ける。

 

 

「それで、この森には何をしに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。何かご用ですか?」

 

 

 男の声は妙に通る声だった。

 

 占星千里が強い反応の動きを察知して間もなく、その男が姿を現し声を掛けてきた。あまりに咄嗟の事で、つい武器を構えてしまった。全く……、習慣というものはどうしようもない。

 

 男は報告にあった通り、青髪に青い瞳の端正な顔立ちに、真っ赤な鎧に身を包んでいた。腰には立派な鞘に収められた剣が下げられていて、ある種の神々しさを放っている。

 

(鎧に剣、六大神様の遺産に匹敵するかも知れない)

 

 幸い向こうはこちらに敵意を持っていないようで、剣を抜き放つどころか気まずそうな表情をしている。隊長は自分の後ろにいる占星千里にハンドサインで合図を送る。遠距離からの探知は阻害されているようだが、直接目視する事で発動する、彼女のタレントなら強さを測ることができる。

 

 と、その時、再び男から声が掛けられる。こちらを急かすような声色ではなく、戸惑いがちな問い掛けだ。一瞬、指示を見抜かれたと思い反応が遅れたが、どうやら杞憂のようだった。ひとまず怪しまれないように隊の仲間に武器を下げさせると、物騒な反応を示した事を詫びる。

 

 丁寧な応対を心掛けると、相手も謙虚な話し方で返してくれる。どうやら話の分からない堅物ではなさそうだと、少しだけ肩の荷が軽くなる気がした。

 

 しかし今度は、男が何かに驚いたような反応をして固まってしまった。男の視線の先には秘宝を身に付けたカイレ様がいらっしゃる。

 

(まさか、秘宝のことを知っているのか?)

 

 警戒心がじわじわと高まるのを感じながら、男が固まっている隙にと、占星千里に結果を聞くために視線を向ける。が、視線の先にはあったのは真っ青な顔で首を横に振る占星千里の姿だった。

 

 

『そ、その男……、た、た……隊長より、強い……』

「「「!!!」」」

 

 

 唇の動きだけで驚愕の事実を伝えられ、一同は緊張に包まれる。

 

(慎重に事を運ばなければ……)

 

 隊長はケイ・セケ・コゥクの使用が現実味を帯びるのを感じながら息を呑む。

 

 と、いつの間にか再起動した男から三度目の声が掛けられた。ここはこちらの警戒心を悟られぬように努めねばならないと、隊長は気を引き締めながら言葉を発する。

 

 

「我々はスレイン法国の使者です。この森に優れた癒しの術を使う旅人がいると、聞き及んで参ったのですが、貴方様がその旅人に相違ないでしょうか?」

 

 

 リーダーの青年の問いにどう答えるべきか、エンは迷っていた。正直に答えて、『貴方に救って頂きたい人が……』とか言われても面倒だろうし。かと言って、嘘は恐らく通じないだろう。なにせ、この森までわざわざやってきたのだから。当然確証あっての事だと思われる。

 

(ウッドマークさん、『神殿で色々聞かれましたが、約束通り誤魔化しときました!』じゃないよ……。しっかりバレてるじゃないですか……)

 

 シャルパト村の好青年の幸せボケした笑顔を思い出して、思わず溜息が漏れる。

 

 エンは仕方なく正直に話す事に決め、口を開いた。

 

 

「えぇ。多分、俺の事だと思いますよ。それで、それが何か?」

「よかった、やはりそうなのですね。実は我がスレイン法国は、戦う力に優れた人を募っているのです。貴方様の噂を聞いた我が国の最高神官長様が、是非貴方様をお迎えしたいと申しているのです」

 

 

 成る程。戦力の増強を目的としたスカウト……という訳か。確かにこの世界での回復役の役割は、ユグドラシル以上に重要になる。なんせ、この世界の人々は脆弱だから。

 

 しかし……だ、毎年戦争をしているらしい帝国や王国ならその話も分からなくはないが、なぜ法国なのだろうか? 少なくとも、帝国内で聞いている法国の状態からすると、わざわざ使者をよこしてまで戦力の増強を図る程、ひっ迫した事情はないと思えるのだ。まぁ、考えてわからなければ聞くしかない。

 

 

「なぜ戦力を必要とするのですか?」

「我々スレイン法国は人類の守護者だからです。我々は弱い人間を守るため、残忍で凶暴な亜人種や異形種を滅ぼす戦いに身を投じております。奴らの力は強大で、傷つく者が絶える事がありません。だからこそ、貴方様のような優れた方が必要なのです!」

「………………………」

 

 

(今、なんて言った?亜人種や異形種を滅ぼす……? つまり、それは人間だけの世界を作るという事か?)

 

 リーダーの青年は真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。その表情はある種の自負をたたえており、冗談や嘘ではない事をはっきりと示していた。

 

 一方のエンは、何度沈静化されても込み上げる感情の渦を持て余し、一切の反応ができないでいた。当然である。人間の傲慢が故に滅びへと突き進んだ世界を知っているのだ。エンにはそれを許せるはずがない。まして、エン自身がこの世界では異形種なのだから。

 

 しばしの沈黙……。はたから見る者には、両者を包む緊張感が痛いほどに感じる。

 

 やがて、感情の激流が治まったエンは、先程までより明らかに冷めた声で青年に問い掛けた。

 

 

「1つ……聞いてもいいかな?」

「……ど、どうぞ」

 

 

 打って変わった声色に気圧されたのか、青年は返事につかえてしまう。さっきまでのやり取りに、何か失礼な事があっただろうかと、冷や汗が流れる。相手は自分より強い。その情報が手に汗を握らせる。

 

 

「君達の国……スレイン法国は人間のために、この世界の全ての亜人や異形を殺し尽くすのかい?例え、人間にとって無害の者でも?」

「い、今は無害でもいつ人間に害をなすともわかりません。絶対服従を誓うのであれば、エルフのように奴隷として生かす事も考えられますが、やはり人間の安寧のためには、滅ぼしてしまう事が最善なのです」

 

 

 正直に言えば、なぜ目の前の男がこんな質問をするのか理解ができないでいた。スレイン法国に生まれ、スレイン法国で育った隊長にとって、亜人や異形は人間にとって脅威であり、滅ぼすべき存在であるというのは当然の事だった。

 

 彼が旅人だから、人間がただ食われるために殺される現場を見た事がないから、こんな疑問を抱けるのだろうか? だとしたら、何と甘い事だろうか? 隊長は少なからず旅人に失望していた。

 

 一方エンは、青年の口から淀みなく吐き出された言葉に、再び怒りが湧き上がっては鎮まるというループ陥り、今にも吐き出してしまいそうな、怒りに任せた言葉を、必至に飲み込んでいた。

 

(駄目だ。その考え方では失うだけだ。スレイン法国……、それは遠くない未来に滅びを齎す……)

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 

 再び訪れる沈黙。先程と違うのは両者の決裂が濃厚である事。隊長はさっきとは違うハンドサインで、カイレを守る陣形を隊員にとらせる。例え相手が格上でも、秘宝で支配してしまえば関係ない。最早穏便な交渉は無理だ。

 

 エンは自身の冷静さが戻るのを待っていた。青年の後ろで隊列が変わっていくのにも気づいていたが、それでも慌てずに時を待った。この期に及んで、まだ話を最後までするべきと考えていたのは、伝えねばならないと思ったからだ。

 

 法国の使者一行が陣を整え終わる頃、ようやく感情の波が治まってくれた。エンは冷静である事を心掛けながら、伝えるべきを伝えるために口を開いた。

 

 

「悪いが、俺は君達の国の考えには賛同できない。なぜならば、君達のやり方ではいずれこの世界が滅びてしまうからだ」

 

 

旅人の男が発した言葉に隊長は激昂した。自分達が間違っていると言われ、そのために世界が滅びると言われたのだから当然だ。戯言だとしても度が過ぎている。最早隊長には躊躇はなかった。

 

 

「何をふざけた事を。こうなっては仕方ない。……使え!!」

 

 

 青年が声を挙げると、チャイナドレスの老婆の全身が光輝き、ドレスに描かれた5本爪の黄金の龍が浮かび上がった。そしてその龍は獲物に喰らい付かんとするがごとく、大口を開けてこちらに向かって飛んで来るのであった。

 




時を同じくして


アインズ「ふふふ。まさか筒抜けとは思うまい」





第10話で御座いました。
エンVS漆黒聖典!!まぁ、なるべくして……ですね。
しかし、カイレ様のイラスト…強烈ですよね。あれは、リアル出身の者なら卒倒レベルの凶器だと思います(失礼)。

さて、探知能力についてちょいと補足。我が小説の探知能力の序列としては、「探知特化プレイヤー>ニグレド>占星千里>フールーダ≒アウラ&デミウルゴスが仕掛けた僕>現地の位階魔法」といった感じで捉えています。
つまり、エンの隠蔽能力(装備込み)はニグレドと占星千里の間くらいと認識してます。

もういっちょ、スキル『感覚同調』について。説明は本文にある通りです。虫やら草木やらと感覚を同調します。範囲はめっぽう広く、今回の舞台になった森のほぼ全域をカバーできます。上位のスキルに『感覚共有』があり、こちらはレベルを有する生物にも効果が及びます。但し、こちらは感知やカウンターの対象になるので、使用前に対策が必要です。

次回は、もう少しVS漆黒聖典にお付き合い下さいませ。






スペッキオ様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:人間至上主義の逝き着く未来⑵

〜前回あらすじ〜



エン「怒りのボルテージが上がってゆく……」
隊長「ゆけカイレ!ケイ・セケ・コゥクだ!!」
カイレ「のじゃ!」


 放たれた黄金の龍は真っ赤な鎧の男に喰らい付こうと、その(アギト)を大きく開いて飛んでゆく。男は秘宝の放つ強大な力に臆したのか、逃げる素振りも見せない。

 

 しかし当に喰らい付こうという、その刹那…………。

 

 

 パシュン。

 

 

 あろう事か黄金の龍は何かに弾かれたように、小気味の良い音を立て消滅してしまった。

 

 

「な、何が起きた!?」

 

 

 隊長は初めて見る現象に動揺した。すぐに後ろを振り返り、疑問の答えを求めようとした。しかし答えを知り得るはずのカイレもまた、何が起きたのか理解ができず、あんぐりと口を開けて放心してしまっていた。

 

 

「カ、カイレ様! ケイ・セケ・コゥクは!? 支配はどうなったのですか?」

「っ!? し、失敗じゃ! そやつとは何の繋がりも感じぬ。こんな事は初めてじゃ」

 

 

 まさかの事態に漆黒聖典の全員に動揺が広がる。ケイ・セケ・コゥクは絶対不可避のはず。それがここに集う者の常識だった。そう、ただ1人を除いて。

 

 

「ケイ・セ……? そうか……、そのチャイナ……どーっかで見た事あると引っかかってたんだけど、あの『傾城傾国』だったのか。あまりに酷い絵面のせいでぶっ飛んでたよ」

 

 

 何か仕掛けてくるとは思っていたが、ワールドアイテムによる攻撃とは流石に予想だにしていなかった。もしワールドアイテムである『星喰い』を装備していなければ、精神支配されて良いようにされていた訳だ。エンはそうなった場合の事を思い浮かべ、小さく身震いをした。

 

 

「やれやれ……、随分と物騒な真似をしてくれたものだな……。しかし……成る程、確かに傾城傾国ならば、お前達の理想を叶える一助になり得るだろうな」

 

 

 そう。この世界で一番強い者を支配して、敵対者にけしかければ良い。そして敵対する全てをその力で屠ったのちに、支配された者に自害でもさせれば、見事に人間だけの世界のでき上がり……という訳だ。

 

 

「何故だ!? 何故貴様には秘宝が通じないっ?」

 

 

 漆黒聖典と老婆は、目の前で起こった事実を確かに認識していたが、頭が理解を阻む。あり得ない……という言葉ばかりが脳内を埋め尽くし、まともな思考回路を構築する事ができないのだ。

 

 そんな狼狽する憐れな人間達をよそに、男は淡々と答えを口にする。まるで「何をバカな事を言っているんだ」とでも言いたげに。

 

 

「何故かって? 簡単だよ。ワールドアイテムの効果はワールドアイテムによって打ち消される。お前達がその傾城傾国の価値をどの程度と認識しているかは、どうだって良い事だが……。単純な話、俺がそれと同等の価値を持つアイテムを所持しているという事さ」

 

 

 六大神の秘宝は唯一無二の価値を持つ。その秘宝と同等の価値を持つアイテムを有しているなど、彼らには信じられるはずもなかった。また、最大の切り札を破られたという事実は、彼らの精神を加速度的に追い詰めていく。しかも相手はこの場にいる誰よりも強い。その上、ケイ・セケ・コゥクの事を知っている。法国の機密中の機密であるはずなのに……だ。

 

 ここで隊長は気付いた。気付いてしまったのだ……。彼が、自分達が牙を剥いた相手が、ぷれいやーであるかも知れない事に。

 

 

「ま、まさか……、あ……なた様はぷれいやー様なのですか……?」

 

 

 隊長の言葉に先程まで浮き足立っていた者達が、頭から氷水をぶち撒けられたかのように静かになる。決して冷静さを取り戻したからではない。より深い絶望感が心を染め上げてしまったからだ。

 

 ぷれいやー。それは六大神や八欲王をはじめとする、世界の在り方を思うままに変えてしまえる、神に等しい存在。

 

 隊長の頬を冷や汗が伝う。神の遺した至宝に等しい鎧と剣、強大な癒しの力、同時に前線で戦う事ができるという出鱈目な能力、ケイ・セケ・コゥクを気にしていた素振り、占星千里の言葉……。ヒントはいくつもあったはずなのに、何故思い至らなかった? 己の馬鹿さ加減に奥歯を噛み締めた。

 

 

「プレイヤー……か。お前達こそ、それ(・・)を持っているという事は、プレイヤーと何かしらの縁があるという事だろう? まさかと思うが、殺して奪った訳ではないだろうな?」

 

 

 エンは沈静化の作用や、目の前で繰り広げられている人間の滑稽な振る舞いに、すっかり感情が落ち着いてしまった。じわじわと抑制されない程度の怒りは未だに感じているが、先程までのように制御ができないほどではない。

 

(あれかな? すっげーテンパってる人を見ると逆に落ち着くってやつか?)

 

 しかし改めて考えれば、恐らく現地人である彼らが、ワールドアイテムを持っているのは不思議な事だ。背後にプレイヤーがいるとして、簡単に貸し出すだろうか? いや、答えは否だろう。色々とリスクが高過ぎる。

 

 

「と、とんでも御座いません! これはスレイン法国を築いた六大神様が遺された、我が国の秘宝です」

(まぁ、そうだよな。ワールドアイテム所持者を殺して奪えるなら、わざわざ俺に迂遠な方法を取る必要はないもんな)

 

 

 それに彼らの口から出た六大神とやらに関しては、この世界で何度か耳にしていた。曰く、600年前に降臨した人類を救う神。曰く、いずれも人知を超える力を有していた。転移先の時代がバラバラであるとするなら、その神様達がプレイヤーである事に疑問はない。

 

 

「さて、傾城傾国の事は置いておくとして、お前達は俺がプレイヤーだとしたらどうするんだ? 効果がなかったとはいえ、既に俺は一撃貰っている訳だしな」

 

 

 隊長の顔色が益々蒼くなる。目の前の神に等しい存在の言葉に激昂し、先制攻撃を仕掛けたのは間違いなく自分達である。果たして自分の首1つで許されるだろうか? 思案してみるが、すぐに無理だろうと思い至る。大方、気が収まらず法国を滅ぼすと、いや…それどころか世界を滅ぼすと言われるのがいいところだろう。

 

(もはやここまでか……。恐らく彼の怒りを鎮める事は難しいだろう。ならば、何としても秘宝とカイレ様だけは守らなければ……。あとは、本国のあの方にお任せする他ない……か)

 

 

 隊長はエンを見据えたのち、静かに目を閉じた。大きく呼吸を2回。そして覚悟を決め、目をしっかと開き声を張りあげる。

 

 

「総員撤退!! カイレ様と秘宝を本国まで守り通せ!」

「た、隊長はっ!?」

「私は足止めをする!!」

 

 

 青年は部下と老婆に撤退を命じると、みすぼらしい槍を構えてこちらを見据える。その眼には、先程までの狼狽や絶望の色は無く、覚悟を決めた者特有の力強さが込もっている。そして命じられた者達は、一瞬青年を案じるような雰囲気を発したが、すぐにそれを抑え込み老婆を守る陣形を保ちつつ、こちらに最大限の警戒を向けながらジリジリと後退していく。

 

 正直、ここで傾城傾国を逃すつもりはなかった。もし他のプレイヤー……攻撃特化のカンストプレイヤーなんかを支配して、こちらにけしかけられたら堪らない。あれはあのまま奴らに持たせていてはダメだ。

 

 とはいえ、目の前には決死の覚悟の前衛職。レベル差があるし、汎用型ビルドの俺には特に弱点になるものがないから、苦戦はしないだろう。しかし、厄介な足止めスキルやアイテムを有している可能性は過分にして大だ。ここは駒を増やす以外の手はないだろう。

 

 

「話も終わらぬうちに、せっかちな事だ。だが、傾城傾国を持って逃げられるのは、かなわないな。《ツイン・マジック・サモン・エレメンタル・10th/魔法二重化・第10位階・精霊召喚》 来い! 《プライマル・ウォーターエレメンタル/根源の水精霊》」

 

 

 エンの背後に巨大な水球が2つ現れると、それらは激しく渦巻き、やがて2つの巨大な精霊の姿を象った。

 

 

「《プライマル・ウォーターエレメンタル/根源の水精霊》よ。逃げ出そうとする11名を捕らえろ!! 但し、殺すなよ?」

「な!?」

 

 

 2体の精霊は了解の意を示すと、当に流れるような動きで逃げる者を追っていった。目の前の青年は数瞬、精霊を目で追うと、すぐに苦々しく睨みつけてくる。

 

(まぁ、そうだよなぁ……。足止めの意味、ないもんな)

 

 ともあれ、あちらは時間の問題だろう。なんせ根源の水精霊は高位の精霊だ。レベルにして80。逃げた者達では手も足も出ない圧倒的なレベル差がある。

 

 

「向こうが心配か?」

「まさか召喚魔法まで扱えるとは……本当にデタラメですね」

「そう怒るな。条件を呑めば無事に帰してやるよ。だが、呑めないなら……」

 

 

 暗に命を奪うと脅しをかけると、青年の目つきが更に険しくなる。こちらの要求が何なのか、大体の察しはついているのだろう。なんだか大層な悪役になった気分だが、自分の目的の為に将来のリスクは減らしておきたい。

 

 

 

(要求は間違いなくケイ・セケ・コゥクだろう。くそ、足止めすらできないなんて、これが神との差……という訳か)

 

 隊長は自嘲気味に口を歪ませると、槍を持つ手に力を入れる。どういう訳か、エンは未だに武器を抜き放つ気配を見せない。油断している……。それとも自分ごときに警戒など必要ないという事だろうか。いずれにせよ、今ならば隙を突いて一矢報いる事ができるかも知れない。それに万が一でもダメージを負わせる事が出来れば、あの強大な力を感じさせる精霊を消せるかも知れない。そう思った瞬間には足が地を蹴り、腕が槍を突き出していた。

 

 槍の穂先は無防備な男の頭へ、真っ直ぐに向かっていく。とった……。直感的にそう感じたが、一瞬にしてそれが錯覚であったと思い知らされる。先程まで男を捉えていた視界が、急にくるりと回ったかと思えば、すぐに真っ暗になったのだ。

 

 どうやら避けると同時に、こちらの勢いを利用して投げられたようだ。腹這いに地面に叩きつけられた時に、木の根が剥き出しになっているところで腹部をぶつけたらしい。鎧越しとはいえ、鈍い痛みがせり上がってくる。

 

 

「ぐっ……このっ!」

「やれやれ、大人しくできんのかね?こっちは得物も抜いてないってのに、本当に血の気の多いガキだな。さて、もうじきあっちに向かわせた精霊も戻ってくるだろうし、変な真似はよしてくれよ? 上手く捌ききれず、思わぬ犠牲を出したくない」

 

 

 意識の奥で繋がる精霊達にこちらに連れてくるように指示を出すと、改めて青年を見下ろす。思いの外強く叩きつけてしまったが、生きているし問題ないだろう。

 

(それにしても、オートカウンターってあんな感じなんだな……。勝手に突っ込んできて勝手に反転して飛んでくとか、なかなかシュールな絵面だよな……)

 

 《オートカウンター/自動迎撃》は騎士系の職が習得できるアクティブスキルで、発動中に物理攻撃を受けた場合に、確率でダメージを無効にして弾き返す事ができる。10段階のレベルが設定されており、最大まで成長させておくと、格下相手であれば80%という高確率でカウンターが発動する。更にエンは精霊種特有の高い幸運値によってその確率を底上げしており、ほぼ100%の確率で発動させる事ができる。但し、発動後に約5秒のリキャストタイムが発生するため、多人数で畳み掛けられたりするとどうしようもないし、発動中は魔法に対するカウンタースキルが使用できないなど、デメリットも存在するため、使いどころを選ぶスキルでもある。

 

 這い蹲る青年が変な気を起こさないように睨みを利かせていると、水でできた体の内側に人を取り込んだ精霊が戻って来た。窒息対策なのだろう、捕らえた人間の首から上を体表面から露出させている。

 

(なんだか、人の首を生やした新種の生き物みたいだな……)

 

 もっとも、水の体は透けているので、中の様子もしっかり見える訳で、中ではどうにか抜け出そうと、手足が必死にもがいている。

 

 

「さて、役者も揃った事だし……。始めようか? あぁ、それと体力の無駄遣いはよした方がいいよ? 君達ではその子から抜け出すのは絶対無理だから」

 

 

 エンは冷淡なーー本人は別にそう思っていないのだがーー声で告げると、改めて全員の姿を見回していく。そして一通り確認すると、聞き取りやすいようにとゆっくり口を開く。

 

 

「んじゃ……改めまして、俺の名はエン・シルキティアス・ギルバーティス。君らの想像通り、ユグドラシルという世界から飛ばされて来たプレイヤー……というやつさ。まずは少し話をしようかな……」

 

 

 軽く自己紹介をして見せると、幾人かがゴクリと喉を鳴らす。何をされるか分からない恐怖は、歴戦の猛者にとっても恐怖たり得るようだ。

 

 

「君達スレイン法国の方針は、人間以外の種族を認めない……だったね?」

「その通りだ。亜人や異形は我々人にとって、敵だ」

 

 

 問いに答えたのは隊長。いくらかダメージから回復したのだろう。徐に立ち上がると、こちらと水精霊の方の両方を交互に睨み付けてくる。

 

(しかしまぁ、清々しい程ブレないね。それが原因でこの状況だというのに)

 

 

「成る程。では、質問を変えようか。例えば、人が近付かない森に生きる種族がいたとしよう。その種族は森の中では動物を狩る事で生きており、人間を襲う事はない。君達はそんな彼らも、人間の敵だと滅ぼすのかな?」

「その趣旨の質問には先程答えた。今は無害でもこの先も無害とは限らない。ならばそうなる前に潰すべきだ」

 

 

 やはり簡単には思い至るものではないか。エンは厄介だなぁ……と溜息を吐いた。

 

 

「それでは、君達はその種族を滅ぼしたあと、森をどう管理するつもりなのかな?」

「なに……? 森の管理だと?」

「そうさ。言っただろう? その種族は森の動物を狩り、生活をしていると。狩る者が居なくなれば、森の中の動物の数は爆発的に増えて、森の中のバランスは大きく崩れてしまうぞ? だから問うたのさ。森をどう管理するのかと」

 

 

 段々と質問を具体化していく。しかし問われる側の者達は変わらず怪訝な表情のままである。やはりこの世界では食物連鎖とか生態系だとかの知識は一般的ではないようだ。ますますもって難敵だと気が重くなる。

 

 

「森のバランスが崩れたらなんだと言うのだ。それが人類に何の影響がある」

「やれやれ、影響は過大だよ。だから言ったのだ。やがて世界が滅んでしまうと。では、更にその先の顛末を述べてやろう。狩る者がいなくなり増えすぎた動物達は、森を食い尽くす。食い尽くして餌が無くなれば、餌を求めて人里にも出てくるだろう。そうなれば君達……、今度は動物相手にその力を振るうのかい?」

「それは……」

 

 

 話の内容を少しは理解したのだろう。先程よりもトーンが下がった気がする。だがまだまだ足りない。もっと絶望してもらわねば、コイツらの考えは絶対に変わらない。もっとも、これだけ頑なだと徒労に終わる可能性の方が高いかも知れない。

 

 

「君らは人間の守り手だったね。ならば、まだまだ知らねばならない。そうだな……、もし水源のある森でこんな事が起きたらどうなるだろうね? 死んだ森から流れてきた水は果たして安全だろうか? そもそも食い尽くされた森は、動物たちの屎尿に覆われてしまっているだろうからね。それは毒や疫病の元になるだろう。更に、その水は大地に染み込み、流域の土地を汚染していく。地下の水脈が汚染されでもすれば、遠く離れた土地の井戸水だって安全ではなくなるだろうね。どうだい? 1つの森で起きた事は、こんなにも大きな影響を及ぼすんだよ。しかも、君達がやろうとしている事はこの世界全体に及ぶのだろう? 俺が君達を否定するのは至極当たり前じゃないか」

 

 

 話を進めるにつれ漆黒聖典の隊員達はわずかながら迷いを抱いていく。エンの話は順序立った、理屈の通る話しだ。しかし、人類が他の種族に脅かされているのも事実なのだ。頑なに滅ぼすべしと、そう働いてきた彼らの意識を変えるには至らない。

 

 

「では貴方は、罪も無い人々が亜人や異形どもに食われるのをただ見ていろというのか!」

「誰もそんな事は言っていないよ。食われたくないから抵抗する。それを決して否定しない。人間を襲う者がいるなら、襲われないように策を弄せばいい。俺が否定するのは全てを滅ぼすという考えだ。この世界は人のみで成り立っているのではない。故に、人しかいない世界で上手くやれるなどと考えるのは、人の傲慢なんだ。俺はね、そうやって滅びへの道を進んでしまった世界を知っている。だから止めるのさ。この世界が同じ道を辿らぬように……」

 

 

 通じてくれるだろうか?彼らはとても頑なだ。多分、そう教育されているからだと思われる。これでも無理なら国を根幹から変えねばならないだろう。それほどまでに根が深い。

 

(さて……と、どう転ぶかな……)

 

 

 隊長はエンの話を理解できない訳ではなかった。彼の話は今までに聞いた事がない視点であったが、納得のいくものである。しかし、しかしだ。納得はできたとしても、感情は首を縦に振らない。そうだ、もはや理屈ではないのだ。だから隊長は屁理屈であるとわかっていても、口に出さずにはおれなかった。

 

 

「貴方の意見だって、所詮は人の傲慢でしょう! 私たちはこれまで何千何万という同胞を失ったんだ。今更後戻りなど出来ない!」

 

 

 隊長の叫ぶ様な言葉をうけて、しばしの沈黙が場を支配する。隊長は次の句を継げないエンを見やり、してやったりと少々ばかり気分を良くした。

 

 しかし、エンはすぐに苦笑を浮かべて見せると、彼らにとって信じられない言葉を吐き出したのだ。

 

 

「あぁ、俺は人間じゃないよ。異形種である精霊さ。まぁ……なんだ、つまり君達にとっては滅ぼすべき敵……という事になるね」

「「「なっ!?」」」

 

 

 エンの言葉に全員が絶句した。眼に映る姿はどこをどう見ても人間のそれだ。幻術かもしれないと思ったが、少なくとも幻術看破の装備は反応を示さない。

 

 

「俺はね、ちょっと特殊な種族なのさ。人間の姿をとる事ができる。一応、精霊としての姿も見せられるけど、今はやめておこう……」

「なぜ異形種が人の村に出入りしていた!」

「おや、俺が異形だと言った途端に強気だね。悪いけどノーコメントだ。それと、君らの意思は思いの外堅いようだし、俺もこれ以上の説得はゴメンだ。さて、さっき言っていた条件に関してだけど…」

「黙れ! 異形の貴様と取引などしない!」

 

 

 いやはや、これはもうアレルギーの類じゃないかと思う。念のため、取り引きに応じそうな者がいないかと思い、根源の水精霊に囚われている奴らを見るが、全員が隊長と同じようにこちらをきつく睨んでいる。

 

(仕方ないな……。んー…でもメッセンジャーが1人欲しいな。スレイン法国に事実を伝える奴が……。……ま、いいや。別にこいつらじゃなくても……)

 

 エンは最初、1度全員を殺した後に武器や傾城傾国を回収し、適当に蘇生しようと思っていた。しかし先程の態度を鑑みて、情報が正確に伝わらない事を懸念して考えを改めた。メッセンジャーならいっそ、自分の僕にやらせた方が楽だしなにかと都合もいい。

 

「従わないなら仕方ない。お前達の命を奪わせて貰う」

「御託はいい。殺すならばさっさとやれ、化け物め」

「その覚悟やよし、せめて苦しまぬ様に終わらせてやる。《マキシマイズ・マジック・イスラシーデリアポーラス・ヴェンティ/魔法最強化・恒星の風》」

 

 

 エンの詠唱と共に一陣の風が漆黒聖典たちの周りを吹き抜ける。と同時に彼らは物言わぬ屍に成り果てた。

 

 第10位階魔法・恒星の風は、実体を持つ生物にのみ有効な範囲即死魔法である。フレーバーテキストによれば、『高密度の電磁波が生命としての機能を停止せしめる。対象として認識した生物に収束するため、環境への影響は無い』との事らしい。本当に魔法ならなんでもありだと、我ながら感心する。

 

 

「意外だな……。いっぺんに12人も殺したってのに、何とも思わねぇ……」

 

 

 異形種になった影響だろうと分析しながら、根源の水精霊に死体を吐き出すように命じる。

 

 

「ご苦労様。もう帰って構わないよ」

 

 

 帰還を命じると、根源の水精霊は頷くような仕草を見せて、歪む空間に吸い込まれるように消えていった。

 

 

「さて、傾城傾国を回収しないとな。んー……老婆の下着姿とか無理なんで、布系の素材でも掛けとくか……」

 

 

 無事に武器と傾城傾国を回収し終えると、死体の始末をどうしようかと思案する。このまま放っておいてもいいが、色々と騒ぎになるのは目に見えてる。狼どもの餌にする事も考えたが、人間の味を覚えて人を襲うようになれば本末転倒だ。

 

 

「さて、どうしよう……」

「お困りのようだな。良ければ我々が引き取ろう」

 

 

 悩ましげに呟いた声に応える声。慌てて声のする方を見上げると、そこには全身真っ黒の鎧と豪奢なローブを身に纏った骸骨が連れ立って浮かんでいる。

 

 そしてその骸骨は大きく両腕を広げて見せると、高らかにのたまった。

 

「初めまして、エン・シルキティアス・ギルバーティス殿。我が名は、アインズ・ウール・ゴウン!」

 

 

 




時を同じくして


フールーダ「行く先行く先、なぜこうも魔物が湧いて出るのだ!!騎士団の怠慢だと陛下に言いつけてやる!!」




第11話でございました。
漆黒聖典は生き延びる事より誇を選びました。と言うより、エンが意図せず彼らを追い詰めていたとも言えます。エンの話しの持っていき方次第では、漆黒聖典生存ルートもあり得たと思います。むしろ、さっさと婆様から傾城傾国を引っぺがしていれば、用は無い訳ですからね。(あ、いかん。IFルートのフラグがってしまう)

さて、現地人には現地人の正義があります。しかしエンの視点はあくまで自然を守っていく事であり、人間を守る事ではないため、どれだけ言葉を交わしても決裂する事に変わりはなかったでしょう。結局はエンも自分の目的第一の石頭という事です。しかも精霊種の精神構造に引っ張られ始めているので、だいぶ人間を突き放した感じになり始めています。先行きが心配ですね。

そしてついにアインズ様登場です。エンはナザリックとどう向き合うのか?忠誠じゃなくて友情が恋しいアインズ様とは、どうなっていくのか。楽しみにして頂ければ、幸いです。



スペッキオ様、誤字報告有難うございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:鏡越しの観察者

〜前回あらすじ〜



エン「この世界は人間だけのものじゃない」
漆黒聖典「「「それがどうした異形種」」」
アインズ「はーい。みんな恐れるアインズ・ウール・ゴウンだよ」


 ーーーー 漆黒聖典一行が森に足を踏み入れた頃 ーーーー

 

 

 

「アインズ様、アウラ配下の僕から、法国の使者と思われる者達が、例の者が滞在中の森に足を踏み入れたと連絡が入りました」

「そうか。では、ニグレド……」

 

 

 ここはナザリック地下大墳墓第5階層、氷結牢獄内にある一室。アルベドの姉として作り出された、探知特化型NPCのニグレドに与えられた部屋である。

 

 アルベドの報告を受け、アインズはいよいよだと気を引き締め、ニグレドに監視魔法を発動させる。すると水晶でできた直径1メートル程の円形のモニターが、アインズ達の眼前に浮かび上がる。そこには武装した11人とチャイナドレスを着た老婆が映し出されている。

 

 

「随分と人数が多いな。それに武装もしている。およそ交渉に向かうような集団には見えないな……」

「は。上がってきた情報によれば、トブの大森林方面から現れたようです。恐らく他の任務をこなしていた途中で、使者として交渉に向かう事になったのではないかと……」

 

 

 アインズには「他の任務」という言葉に心当たりがあった。彼の国はつい最近、特殊部隊の1つが謎の失踪を遂げており、そしてそれは紛れもなくアインズの仕業なのだから。

 

 

「ふん。成る程、恐らく奴らは陽光聖典を探しに来た部隊なのだろう。となれば、あのチャイナ服の老婆が使者という事か。しかし、随分と大胆な格好をするものだな」

 

 

 若い女性が着るならまだしも、枯れ木のような老婆が着ているのを見るのは、あまり気分の良いものではない。だからうっかり口をついて出てしまった。

 

 

「何というか、アルベドならともかく……あのような老婆が着るのはいただけんな」

「ま、まぁ、アインズ様!? お望みであればすぐに、す・ぐ・に!! 着替えて参ります!」

「なっ!? アインズ様、わたしはどうでありんすか? きっと着こなしてみせるでありんす!!」

「あ、いや……その、ンホンっ。つまらぬ事を言った。許せ。アルベド、シャルティア、今は任務に集中せよ」

 

 

 一時的にキャリオンベイビーにまみれた部屋が色めくが、アインズの一言ですぐに緊張感を取り戻す。

 

(ふー。危ない危ない。ついうっかり思った事が出ちゃったよ。こいつら冗談とか通じないからなー……。気を付けないと……)

 

 アインズは少し話をそらすように、もう1つ勢力についてアルベドに確認を取る。

 

 

「そうだ、帝国への妨害はどうなっている?」

「はい。アウラがスキルでテイムした現地の魔物を、怪しまれない程度にけしかけています。ただ、現地の魔物は弱く人間でも倒せるレベルなので、足止めが精一杯かと」

「十分だ。今日1日、或いは明日まで時間が稼げればよい」

 

 

 どうやらそちらは上手くやっているようだ。安心してこちらに集中できる事に、アインズは満足そうに頷いて見せた。

 

 

「ニグレド、奴らに気付かれた様子は?」

「今のところは全く。例のプレイヤーに関してもすでに監視可能範囲に捉えておりますが、勘付かれた様子はありません」

「そうか。まぁ、お前は探知に特化しているからな。それに相手はあまり用心深いタイプではないのだろう」

 

 

 思い返せば、帝国領内に僕を送り込んで様子を探らせていたが、気付かれたという報告は無かった。或いは、釣りを仕掛けるためにわざと無防備な振りをしているのか……。だがまぁ、最悪罠だとしても、戦闘回避の準備は万全に整えている。既に賽は投げられているのだ。あとは賽の出目次第……。

 

 

「ニグレド、音声は拾えるか?」

「はい。可能でございます、アインズ様。今、モニターに出力致します」

 

 

 ニグレドがモニターを操作すると、スレイン法国の使者達の会話が筒抜けになる。まさか盗聴されているとは思ってもいないのだろう。何やら重要なキーワードがちらほらと聞こえてくる。

 

(ふむ。破滅の竜王? 我々の仮称か? それにしては大袈裟な名前だな……。むっ? 力づくだと? 奴らはプレイヤーを屈服させる強さを有しているのか?)

 

 

「ニグレド、奴らの強さは測れるか?」

「容易く。……判明しました。先頭の男が81レベル。老婆が15レベル。あとの者達は30レベル中盤といったところです。例のプレイヤーも今測りますか?」

「いや、それには及ばない。しかし随分ばらつきがあるな。それに先頭の男だけ不自然に突出している……」

 

 

 不自然ではあるが、どのみちエンとぶつかれば情報が引き出せるはずと、今は思考をエンに集中させる。

 

 ところで、アインズはニグレドにレベルを測らせる事なく、エンの事をカンストプレイヤーだと予想していた。僕の報告に、断片的ではあるが戦闘に関する事項も含まれていた。情報量が少ないために確証はないものの、戦闘スタイルの当たりをつけていた。その当たりが正しければ、カンストしていなければ力を発揮しきれないはずなのだ。

 

(神官騎士。恐らくそれが奴の戦闘スタイル。継戦能力を重視するプレイヤーが好む、守備主体のスタイルだ。だとすれば、カンストさせてレベルを余す事なく使わねば、中途半端な強さになる)

 

 だとすれば、この集団が力づくでなんとかできるはずがない。法国は事前の情報収集能力はあまり高くないと見るべきか。

 

 アインズは自分の攻性防壁で爆死したのが、法国の情報収集の要の1つである事を知らない。当然、法国がその一件(厳密に言えばもう一件と合わせて)を期に、原因であると思われる破滅の竜王の始末が着くまで、大儀式によるオーバーマジックの発動を控える決定をした事など、知るはずもない。

 

(しかし随分と余裕があるな。切り札でも有しているのか? ん………秘宝だと? それが奴らの切り札か。……できれば使用するところを見ておきたいが……)

 

 格上の相手を抑え込む事ができるアイテムが存在する可能性に、コレクター魂が疼いてしまう場面もあったが、概ね法国の使者達の情報は出揃った。

 

 

「まぁ、スレイン法国についてはこんなものか。あとは連中が私の欲している情報を引き出せるか……だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ今の攻撃は……?どうやら弾かれて無効化されたようだが……」

 

 

 モニター越しに見えたのは、使者と思われた老婆が放った龍を象った黄金の光であった。両者の会話の流れから、これが切り札である秘宝であると思われるが、まさかあの老婆が着ているドレス自体がそれであるとは思わなかった。

 

(似合うと思って着ていた訳ではなかったんだな。それにしても、何の効果があったんだ? 有力なのは拘束系か?)

 

 この時アインズは、老婆が発動した秘宝をさほど重要視していなかった。打ち消されたのもエンのスキルか、或いはレベル差によるものと考えていた。

 

 しかし、それはすぐに改められる。

 

 

「あのチャイナドレスがワールドアイテムだと!? ではやはり、あの漆黒聖典の隊長とやらはプレイヤー……いや、落ち着け。あれは……ちがうな。奴はプレイヤーではない……」

 

 

 エンの口から出た言葉で、あの老婆の使ったアイテムがワールドアイテムである事が判明し、アインズは動揺した。だが、すぐに冷静さを取り戻すと、プレイヤーとして有るまじき反応に注目する。同時にその効果が打ち消された事により、エンもまたワールドアイテムの所持者である事も判明する。

 

 

「あの、アインズ様? どうしてタイチョーとかいう人間がプレイヤーではないと、わかったでありんすか?」

「うむ。シャルティアよ、あの男はエンがワールドアイテムを無効化した時に、『何故効かない』と口走っていた。ワールドアイテムはワールドアイテムによって打ち消されるという事は、ユグドラシルでは常識なのに……だ」

 

 

(つまり、その常識を知らない時点でプレイヤーである可能性は限りなく低いという事だ)

 

 だが、スレイン法国にワールドアイテムが存在していて、プレイヤーではない現地人が所持しているという事は、他の国にも同じようなケースがあり得ると考えるべきだろう。

 

 アインズ様はナザリックの外の任務に赴く守護者には、今後ワールドアイテムを持たせる事に決めた。

 

 

「やはり先に法国をぶつけて正解だったな」

「はい。スレイン法国がワールドアイテムを所有していたというだけでなく、あの男も所持者だとわかったのですから。流石はアインズ様です」

 

 

 アルベドは思う。至高の存在であるアインズが全て予測した上で、先に法国をぶつけたのだと。そして畏怖する。自らの主人の慧眼に見通せぬものなど、存在しないのではないだろうかと。

 

 途中エンが自らをプレイヤーだと名乗るなどのやりとりが続き、法国側が追い立てられるような形で後退を始める。しかし、それ許すまいとエンが動く。

 

 精霊種でも上位に位置する根源の水精霊の召喚、恐らく前衛特化であると思われる漆黒聖典隊長の攻撃を跳ね返すスキル。圧倒的な力を背景に、両者のやり取りは完全にエンが有利に進んでいた。

 

(んー成る程なぁ。自然を守る……か。リアルじゃとっくに失われているから、そういう話はあまりよく分からないんだよなー……。それこそブルー・プラネットさんとかだったら、わかるかもしれないけど)

 

 アインズはエンの話を聞きながら、在りし日の同胞の姿を思い出していた。と、同時にスレイン法国の徹底的な異形種に対する嫌悪を、不快と感じていた。

 

 

「スレイン法国とはやはり相入れそうもないな」

「人間風情が我々を嫌悪するとは不快ですね。早めに潰してしまうべきと、愚考致します」

 

 

 アルベドの意見も分からなくはないのだが、まだ表に出ていないワールドアイテムを所有している可能性もある。ここは先手を打たれぬように牽制しつつ、じっくり攻めることが望ましい。

 

 

「アルベドよ。そう焦るものではない。何よりまずは情報だ。丸裸にしてから総てを奪い尽くす事が肝要なのだ」

「失礼致しました」

「よい。お前の気持ちはよくわかる……。私の気持ちを慮ってくれた事を嬉しく思っているぞ。それより、奴らのやり取りもそろそろ終幕だ」

 

 

 モニターに視線を戻すと、エンが精霊種である事をあっさりバラしたところであった。アインズはようやく種族が判明した事に、安堵の息を小さく吐き出した。異形種ならば、ナザリックに招待した時の軋轢が小さくて済む。上手く友人となる事ができれば、よい話し相手になってくれるかも知れない。

 

 そしてスレイン法国の使者達がアッサリと殺されたのを見届けると、いよいよとばかりに僕達に指示を出す。

 

 

「では、これより私とアルベドでエン・シルキティアス・ギルバーティスに接触する。事前に述べた通りの手筈で動け。ニグレドは我々を監視し不測の事態に備えよ」

「はい。畏まりました、アインズ様」

「シャルティア、ゲートを開け」

「はい。畏まりましたえ。アインズ様」

 

 

 

 

 

 

 エンの後方、その上空にゲートが開く。気配を遮断する備えをしているとはいえ、こちらにすぐに気付かない事を見るに、やはり探知系の能力はあまり高くはないようだ。様子を伺いながら、声をかけるタイミングを探る。

 

 12体の全く傷の無い死体を前に何やら思案している様子である。どうやら殺したはいいが、始末の方法に悩んでいるようだ。

 

(あ、そうだ。なんとかしてあの死体を譲って貰えないかな? 蘇生して情報源にできれば有難い。それに、レベルもこの世界の住人にしては高いから、僕の作成の触媒にいいかも知れない)

 

 だが、ふと思い至る。そんな理由で死体をくれとか言ったら、ドン引きされるんじゃないかと。そうなったら、印象は最悪だ。

 

(けどなー、彼も困っているみたいだし……。そうだ。これは善意だ。決して邪悪な目的でそうするわけじゃない。互いにメリットのある提案なんだ)

 

 心の中でもっともらしい言い訳を並べて懸念を希釈すると、勇気を振り絞った。

 

 

「お困りのようだな。良ければ我々が引き取ろう」

 

 

 エンが素早くこちらを振り返り、見上げてくるのを確認する。アインズは、格好良く印象に残るようにローブを翻しながら両腕を大きく開いて、ハキハキと聞き取りやすいように大きな声で名乗りを挙げる。

 

 

「初めまして、エン・シルキティアス・ギルバーティス殿。我が名は、アインズ・ウール・ゴウン!」

 




時を同じくして


ツアー「なんか監視してた漆黒聖典がアッサリ殺されたと思ったら、物凄い雰囲気の骸骨がきたーーー」




はい。第12話で御座います。
焦らす真似してすいません。アインズ側が覗きをしているお話です。ちなみにアインズはエンに比べて、更に人間に対する感情が希薄なんで、死に急いだ漆黒聖典の事も「なんだそんなものか」程度にしか感じていません。



次回こそ、エンとアインズの交渉シーンとなります。よろしくどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:骸骨魔王の招待状

〜前回あらすじ〜


アインズ「これは覗きではない!ただの情報収集だ」


 見上げた先には、漆黒の鎧と魔王然とした骸骨。そして、聞き覚えのある名。いや、聞き覚えがある事に間違いはないが、自分の記憶と差異がある。

 

(『アインズ・ウール・ゴウン』はギルド名……だよな?)

 

 エンは自身の認識とのズレに戸惑いながら、アインズ・ウール・ゴウンと名乗る骸骨にどう返したものか迷っていた。だが、曲がりなりにも社会人であった自分にとって、挨拶をされて返さないなど、あり得ない。また自身の経験上、些細な疑問をそのままにしておくと、大抵の場合ろくな事にならないと知っていた。だから、いっそ返事のついでに聞いてしまえと考えた。

 

 

「これはご丁寧に。既に俺の名前はご存知のようですので、名乗りは省かせてもらいましょう。ところで、俺の知る『アインズ・ウール・ゴウン』はギルドの名前だったと思うのですが、貴方はかのギルドのメンバーの方ですか?」

 

 

(というか、十中八九ギルド長のモモンガさんだよな? すごいな、本物の魔王みたいだ。でもって、こっちの名前を知っている上にこのタイミングって事は、さっきのやり取りは見られていたな……)

 

 エン自身、ブルー・プラネット経由でメッセージのやりとりはした事があったが、直接の面識はない。とは言え、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の情報は全てとは言えないまでも、多くの情報が専用サイトで晒されており、ギルド長のモモンガの外見的特徴もその中に載せられていた。空に浮かぶ骸骨の姿はそこで知ったモモンガの情報とほぼ合致している。骸骨の後ろで控える全身鎧は知らないが、所作からしてメンバーの1人ではなく、護衛というところだろう。

 

 もっとも、対峙している骸骨がモモンガではなく、情報が出ていないメンバーである可能性もあるし、バレた時を考えると恐ろしいが、全く関係の無い誰かがなりすましを行なっている可能性もないわけじゃない。

 

 それにしても、いくら我を通すためとは言え12人もの人間を殺したのを知られているのは、少々バツが悪い気がする。

 

 

「成る程。貴方はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を知っているのですね?」

「えぇ。良くも悪くも有名でしたからね」

 

 

 骸骨は少し考えるような素振りをして見せると、後ろに控える全身鎧に耳打ちをする。全身鎧は何か抗議をするような様子を見せたが、更に骸骨が耳打ちをすると、渋々といった感じで更に後ろへと下がっていった。

 

(ん? 護衛の人、後ろに下げちゃったけどいいのかな? なんかすっげー渋々だったし、睨まれてる気がするんだけど……。別に襲いかかるつもりもないんだけどな……)

 

 骸骨は鎧が十分な距離をとった事を確認すると、それからゆっくり大地に降り立ち、サイレンスの魔法を発動させてから再び口を開いた。そうして発せられた声は先程までより随分と柔らかい。

 

 

「あの、やっぱりおかしいですかね? ギルドの名前を名乗るのって……」

「えっと……? なんか事情があるんですよね? というか、間違えていたらすみません。貴方はギルドマスターのモモンガさんですよね?」

 

 

 魔王のような声色から一転、人当たりの良さが滲み出るどこか頼りなさげな声に、親近感が湧いてくる気がした。骸骨だけど、彼が困り顔をしているんじゃないかなと、不思議と思えてしまう。そんな雰囲気で、彼がブルー・プラネットさんに聞いていたモモンガさんに違いないと確信する。そして、かつて自分をギルドホームに招待してくれた自然愛好家を思い出す。

 

 

『え、ブルー・プラネットさんが作った夜空を見に、ですか? でもギルマスさんとか、大丈夫なんですか?』

『大丈夫だよ。モモンガさんも是非にって言ってくれてるからさ。それに彼、意外と持て成したがりなんだよ』

『わかりました。ちょっと忙しい時期がくるんで、修羅場明けで予定が合う時にお願いします』

『オーケー。相変わらず忙しそうだけど程々にね』

 

 

(ブルー・プラネットさんの言う通り、優しそうな人だ。見た目骨だけど)

 

 結局、修羅場をくぐり抜けたはいいが中々時間が合わず、更に『アインズ・ウール・ゴウン』への1500人侵攻事件があったりで先延ばしになり、そうこうしているうちにブルー・プラネットさんが引退してしまい、約束は果たされる事はなかった。

 

 

「あ、やっぱり私の事もご存知でしたか。貴方の仰る通り実は色々事情があって……。それでですね……まず聞きたい事があるんですが、良いですか?」

「あ、構いませんよ。俺に答えられる事なら」

 

 

 聞きたい事。果たして何の事だろうか。考えられるのは、やはり自分が殺してしまった12人の使者について。万が一、モモンガと関係のある者達なら少々まずい事になるかも知れない。

 

(まずったな……。いや、いざとなれば言い訳はしない。第一、見られてた訳だし)

 

 エンが気まずそうにモモンガを見やると、彼は彼で少し言いにくそうに、何となく申し訳なさそうに、おずおずと話し始める。

 

 

「私、怖くないですか?」

「…………へっ?」

「いやだって、アインズ・ウール・ゴウンですよ? 自分で言うのもなんなんですが、結構色々やらかしてるので……」

「あー………」

 

 

 てっきりスレイン法国の事だと身構えていたため、一瞬何を言い出すんだと思ったが、成る程確かに重要な事だ。要はモモンガさんに恨み辛みを持っていないか、という事なんだろう。

 

 ユグドラシルにおいて、『アインズ・ウール・ゴウン』は悪を標榜し、徹底した悪のロールプレイを行い、遂には非公式ラスボスとまで言われていたのだ。彼らに辛酸を舐めさせられたプレイヤーは数知れずいただろうから、根に持っているプレイヤーの数など言わずもがなである。

 

(異世界にどれだけのプレイヤーが転移してきているかはわからないけど、できれば敵対なんかはしたくないもんな)

 

 エンは異形種ながら人間種プレイヤーとも交流があったため、特に人間種プレイヤーと敵対的だった彼らとは距離を置いていた時期もあった。しかしあくまでロールプレイである事も知っていたので、別段マイナスの感情を抱えている訳ではない。

 

 

「モモンガさん、俺は別にアインズ・ウール・ゴウンの皆さんにマイナスな感情は持ってないですよ。言ったら俺だって異形種ですし。それに、覚えてないかも知れないですけど、ブルー・プラネットさん経由でメッセージのやり取りもしてるんですよ、俺」

「えっ!? ブルー・プラネットさんとですか?」

「おわっ!?」

 

 

 かつての友人の事を口に出した途端に、全身で喜色を露わにするモモンガにビックリした。身を乗り出すようにして近付いてきた顔を見れば、心なしか目がキラキラと輝いている気がする。(骸骨なので)あくまで、気がする……だが。

 

 

「あ、すいません。つい……。エン・シルキティアス・ギルバーティスさんはブルー・プラネットさんとお知り合いだったんですか?」

「あ、長いんで俺の事は『エン』で構いませんよ。ブルー・プラネットさんとは、自然愛好家仲間なんですよ」

「成る程。だからエンさんは自然を守りたいと言っていたのですね。あ、すいません。その、情報収集のためにですね、スレイン法国とのやり取りを……」

 

 

 今になって覗き見を謝るとか、何というか律儀というか不器用というか……。彼の態度に思わず苦笑を浮かべそうになる。

 

 

「いや、構わないですよ。見られて困るようなものとかないですし」

「ありがとうございます。それで、エンさんはこれからどうするつもりですか?」

 

 

 これからどうするか……、モモンガが聞いているのはこの世界で何を目的に生きるか、という事だろう。もちろん、漠然とではあるが決まっている。

 

 

「俺はこの世界の自然環境を守るために生きるよ。まぁ、具体的な行動はもう少し情報を集めてからですかね」

「成る程、具体的な事は決まってない訳ですね?」

「ええ」

「とすれば、やはり情報は大事ですよ。情報はね!」

 

 

 モモンガはエンの両肩をガシリと掴むと、顔をズイっと近づける。そしてウンウンと何度か頭を頷かせると、再び口を開く。

 

 

「エンさん、せっかくこうして出会えたんですから、情報交換しませんか?」

「良いですね。あ、でもこの世界に来てあんまり日も経っていないので、大した情報はありませんよ?」

 

 

 モモンガの雰囲気からして、自分よりも早くにこの地にやってきた事が窺える。そんな彼に提供できるような有益な情報に心当たりがない。

 

 

「私もそうですよ。でも多分、エンさんの方が私より色々直接見てると思います。こっちはナザリックの中で確認する事が多かったので……」

「え? モモンガさんは拠点ごとこっちに来たんですか?」

 

 

 驚愕の事実である。ナザリックと言えば、かの1500人の大侵攻を退けた、『アインズ・ウール・ゴウン』が誇る難攻不落の拠点。そして友人が誇らしげに語った夜空のある場所。それがこの世界に同時に転移してきているなんて、一体どんな基準で転移したんだろうか。

 

 それにしても、モモンガ達も同時期に転移してきたらしいという事実も驚きだ。あの堂々たる魔王のソレがあまりに様になっていたから、てっきり既にどこかの国でも支配しているんじゃないかと思った程だ。

 

 

「はい。ですから、情報交換をするにあたって、ナザリックにご招待しようと思いまして。……いかがですかね?」

「是非。ブルー・プラネットさんからも、凝り性のメンバーが思う存分趣味を詰め込んだ自慢の城だって、そう聞いてましたから、大層すごい場所なんだろうと常々思っていました」

 

 

 はっきり言って即答だ。あのナザリック地下大墳墓に招待されるなんて、こんな機会が再び訪れる事はないだろう。そして、ユグドラシルで果たされる事のなかった約束を、ようやく果たす事ができるチャンスでもある。

 

(ブルー・プラネットさん、なんかとんでもない事態にはなっていますが、貴方との約束……モモンガさんのおかげで、果たせそうです)

 

 モモンガは返答を受けると、ほんの少し何かを確認するそぶりを見せ、そして話を再開させた。

 

 

「では、3日後の昼に迎えを寄越します。あと、すみませんがお願いしたい事があるんです」

 

 

 どうやらスケジュールの確認だったようだ。自分としたらすぐでも構わないのだが、招待に与る以上は相手の都合に合わせるのは当然である。

 

 そして招待する代わりに……なのかは、モモンガが申し訳なさそうなのでわからないが、条件があるらしい。こちらとしても、なんの手土産もなく伺うのも憚られるので、ここは快諾しておく。

 

 

「俺にできる事なら構いませんよ」

「ほんと、すみません。1つはエンさんが殺した者達の死体をこちらで引き取らせて下さい」

「死体を? 処分に困っていたくらいなんで構いませんが、良ければ理由を聞かせてもらっても?」

 

 

 モモンガの話す事には、アンデッドの彼からすると、生き物の死体はとても有用で、作成スキルの触媒にしたり、蘇生させて情報を得たり、そもそも蘇生に関する実験に使用したりと、用途に事欠かないとの事だ。

 

 彼の幅広い知恵に感心していると、気分は悪くないかと心配の声まで掛けてくれる。本当に気遣いの人(骨?)である。スレイン法国の連中を殺した時もそうだったが、どうにも自分の中の善悪の基準が大きく変わってしまっており、特に嫌悪感とかは感じなかった。だから、役に立つなら構わないと快諾する。

 

 

「2つ目は帝国です」

「帝国?」

「はい。実は帝国もエンさんに接触しようと、使者を向かわせているそうです。しかも彼らは、私達ナザリックの者とエンさんが同じ組織の仲間であると見ているようです」

「へ〜、そりゃまたなんで……。俺からしたら光栄な事なんだけどね」

 

 

 何がどうなってそういう判断をされているのか、モモンガ側のこれまでの行動を知らないエンにはわからない事であったが、モモンガが何を望んでいるかはわかる気がした。

 

 

「ですからエンさんには……」

「ナザリックに伺う前に使者と接触して、うまく真実をぼかしつつ、適当にあしらって欲しい。場合によっては内部に入り込めるよう、選択肢を残しておいて欲しいってところですか?」

「!! はい。話が早くて助かります。ナザリックの名前を出さずにある程度近付いてくれると有難いです。ただ、エンさんの行動に制限がかかってしまいそうなんで、嫌だったら断って下さって構いません」

 

 

 成る程、治癒の話や魔物退治の話なんかは広まってしまっているから、それを利用して帝国に近付き情報を集めて欲しいというところだろう。

 

 まぁ……今のところの情報では、帝国内に大規模な自然破壊をきたすような技術は無い。法国や王国も自然に対する基本的な考えに大きな変わりはないだろう。ならば1つの国に腰を落ち着けて、自然を蔑ろにする愚かしさを広めていくのも良いだろう。

 

 

「いいですよ。法国に行け……だったら断固お断りでしたけど、この世界の環境を守にあたって、帝国はまだ見所があるようですしね。ただまぁ、どっぷりってよりは程々の距離感でって感じになると思いますが、それで良ければ」

「はい! 有難うございます。使者と接触後にどうするかは、ナザリックで詳しく詰めましょう!!」

 

 

 色の良い返事を喜んでくれているのか、モモンガの声色はまるで遠足前に持っていくおやつの相談をする子供のようである。

 

(なんか、すごい喜びようだな……。あぁ、でもわかるかもな。協力して何かしようってのは、わくわくするもんだよな……。俺も、そう感じるのは久しぶりな気がする)

 

 

「あ、最後なんですけど、基本的には私の事はアインズ・ウール・ゴウン、アインズって呼んで下さい。私以外のメンバーが転移していたらすぐにわかるようにと、ギルド名を名乗る事にしたんですよ」

「あぁ、そういう事でしたか。わかりましたよ。アインズさん」

 

 

 アインズはふふふと笑いを零すと、右手をパチンと鳴らして展開していたサイレンスの魔法を解除する。

 

 

「ではエン・シルキティアス・ギルバーティス殿、3日後を楽しみにさせて貰おう。そしてくれぐれも約定の件、お忘れ無き事を願っている」

 

 

 再び魔王然とした口調に戻ったアインズは、《フライ/飛行》の呪文を唱え、下がっていた全身鎧を呼び戻す。どうやらあの護衛の前では魔王の役を貫いているようだ。

 

 

「こちらこそご丁寧な招待、痛み入ります。約定の件は任されましたとも。3日後を楽しみにさせて頂きます」

 

 

 こちらの返事に満足そうに頷くと、アインズと全身鎧は渦のように口を開いた空間の穴に吸い込まれていった。それを見送り一息つくと、エンはその場に腰を下ろした。

 

(あー……すげー緊張した。アインズさん、自分がどれだけ有名人か、あんま自覚ないんだな……)

 

 解けた緊張でボーとしていると、死体のすぐそばにゲートが開く。何事かと思い一瞬身構えるも、アインズに死体を譲る約束をしたのだと思い出して、すぐに脱力モードに戻る。

 

 ゲートの中から現れたのは、デス・ナイトと呼ばれるアンデッドであった。デス・ナイトは本来持っているはずのフランベルジュとタワーシールドを持っていない。その空いた腕で器用に死体を片側に2、3体抱えるとゲート中へと運んでいく。

 

 

「成る程、固定化したアンデッドも便利だな……」

 

 

 ユグドラシルではあり得ない行動をするアンデッドの姿に、エンはつくづくアインズの知恵の使い方に感心したのであった。

 

 運搬作業が終わるのを見届け、エンは再び湧水地の大樹の場所に場所を移した。

 

 

「さて、なんだか色々あり過ぎて疲れたな。しばらく野宿だったし、ちょっといい布団に寝たいな」

 

 

 森に差し込む光は少なくなり、森は早めの夜を迎え始めている。トブの大森林で使った物と同じ系統の拠点作成アイテムを取り出すと、大樹のそばに放り投げる。すぐに迷彩色にペイントされたログハウスが現れる。

 

 エンは中に入り備え付けのベッドにゴロンと横になると、情報の整理を始める。

 

 法国と決裂。使者を殺した以上敵対は止む無し。アインズとの約束を果たすために、しばらく帝国に留まらねばならないから、警告用の僕を送り込むのは一時保留だ。あとはアインズに迷惑が掛からないように、3日後に会う時に話しておいた方が良いだろう。

 

 手に入れた武器の鑑定はまた今度にしよう。傾城傾国については課金で拡張した金庫フォルダに仕舞っておく。窃盗スキルから完全に守られているから、ひとまず安心だ。

 

 とりあえず、もう1組の使者に会わねばならないので、ボロが出ないようにしなければ。自分1人ならいざ知らず、ここからはアインズも関わってくる。

 

 エンはそこまで考えると少し面倒になって、そのまま寝てしまう事にした。

 

(まぁ、なんとかなるだろ………)

 

 

 

 カサドラ村の東に広がる森の夜は、エンと漆黒聖典との諍いの影響で、いつも以上に静かに更けていくのであった。




時を同じくして

ハムスケ「なんだか殿の御家臣方がいつも以上にピリピリしてて怖いでござるよ〜」



という訳で第13話でした。

当小説のアインズ様は、シャルティア洗脳事件がなかったため、プレイヤーに対する警戒感が原作の半分程度です。また、ギルメンの名前を出された上、そこそこ常識的な対応をされるとコロッといっちゃいます。まさにチョロイン!

更にアインズとしては、モモンになって多少ストレスは発散はしていても、やはり対等に話せる相手に飢えています。そこに、プレイヤー・カンスト・異形種の3拍子揃った奴がいたら、そりゃ落としにかかるってもんです。

かくして、エンは一応ナザリックの協力者となりました。ただ、おそらくアインズは完全にナザリックに引き込みたいと考えているでしょうから、まだまだ色々策を練っていそうです。果たしてどんな接待を企んでいることやら。

そして次回は、ついにみんな大好き古田の爺様の出番です。お楽しみにして頂けたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:帝国主席魔法使い

〜前回あらすじ〜



アインズ「やった。やったぞ! 仲間をゲットだ」
エン「アインズさんって意外とチョロいんですが……」


 カサドラの村にある宿屋の1つ……緑の育み亭は、冒険者やワーカーに評判の良い宿屋である。まず何より飯が美味い。森の恵みが齎す上質な素材に、腕利きの料理人が惜しげも無く技術を注ぎ込んで作り上げる料理は、王侯貴族の食事にだって劣らない。

 

 次に看板娘のマーシェ。洗練された美人というよりは、愛嬌があると評される顔立ちであるが、常に明るく笑顔を絶やさないその姿に、元気を貰う男達は大変多い。

 

 そして、利用者にとって何よりも切実なポイントである値段。ぶっちゃけ安い。同じレベルの他の宿よりも2割程安いのだ。余裕があれば少しでも装備やアイテムに回したい、そんな冒険者やワーカーにとってこれほど有難い事はない。

 

 その人気宿屋に、皇命を担う使者一行からの先触れがやって来たのは、エンとアインズの接触の翌日、昼前の事であった。

 

 

「いきなり貸切にしてくれと言われてもね、こちとら他の客達から前金で代金を貰っちまってるんだ。それに使者様達がお使いになるってんなら、向かいの大樹の安らぎ亭の方が相応しいじゃないですかい?」

 

 

 宿屋の主人、クーマ・ゴローデッサは厳つい顔を更に厳つく顰めて、先触れの注文に文句を垂れる。本来、皇帝に関わる役人相手にこんな態度を取れば、不敬罪に処されてしまう。しかしこのカサドラ村や他のいくつかの村に関しては、事情が違っていた。

 

 この村はカッツェ平野にアンデッド退治に向かう冒険者やワーカーの補給拠点になっている。したがって、この村の経済や治安維持を支えているのは彼らである。結果として、政府からの援助をほとんど受けずに村の運営が成り立っている。

 

 そして帝国において、冒険者やワーカーは国に対してあまりいい感情を持っていない。無論、彼等は鮮血帝の政治手腕を大いに評価している。胸糞の悪い貴族共の権力を奪い、大人しくさせたのは他ならぬ現皇帝だから。しかし、その一方で騎士団を整備し、街道のモンスター退治などの仕事を奪ったのも現皇帝なのだ。

 

 優秀な人材は騎士団に登用するとは言われるが、そもそも自由を好む冒険者やワーカーにとって、規律の厳しい騎士団は肩身がせまいものでしかない。

 

 一方の帝国側も彼等を利用する事はあっても、表立って対立するような事は避けていた。規律こそ無いに等しい連中だが、義理や人情に厚い者も多く、以前の貴族達のように威圧的に物事を運べば、あっと言う間に反乱分子に変わってしまう。

 

 更に言えば、彼等は騎士団と違い戦術が強かだ。もっと分かり易く述べるならば、小賢しく、小癪で、汚いのである。組織だった支援など望めない環境で戦い、全てを自分で賄わなければならない彼等からすれば、至極当然の事である。そんな彼等と事を構えれば、数の優位で負ける事こそあり得ないが、被害がバカにならないのは明白だ。

 

 つまりこのカサドラの村のように、冒険者やワーカーで運営が成り立っている集落においては、中央の役人よりも冒険者やワーカーの方が発言権があるのだ。その彼等が贔屓にしている宿の都合を無視して貸し切るというのは、反乱の引き金を引き兼ねない無謀なのである。

 

 故に店主のある種横暴な態度も許される、という訳だ。

 

 しかし、そこは歴代最高の手腕を持つと言われた皇帝である。この事態を予め予想して、既に手を打っていた。

 

 

「ええ。ですから此方の部屋をとっている客には、向かいの大樹の安らぎ亭に泊まって頂くようにと、皇帝陛下から仰せつかっております。既に彼方の主人には話を通してありますので、お願いできませんか?」

「はぁ? ……おいおい、幾ら何でも気前が良すぎやしないか? まぁ、おらぁ客に損が出なけりゃ構わねぇけどよ……」

 

 

 クーマ・ゴローデッサは常識外れのあり得ない提案に当惑しながら、了承の意を返す。すぐに従業員達に命じて客達に事の次第と、この村の最高級宿である大樹の安らぎ亭が代わりの宿である事を知らせに向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パラダイン様、宿の手配が済みましたとの事です」

「そうかそうか。しかし魔物の奴らめ、余計な邪魔をしよってからに……」

 

 

 カサドラの村から北へ15キロ程離れた街道を、豪華な装飾を施された馬車が走る。その馬車に揺られているフールーダは、昨日までの度重なる魔物の襲撃に辟易していた。魔物自体はさして強くも無いためどうという事はなかったが、何よりそのタイミングが問題であった。カーブが少ない比較的直線的な街道で、速度を上げて距離を稼ごうという時に限って襲われるのだ。あまりのタイミングの良さに何者かが手引きしている可能性も考え、魔物が操られていた痕跡を探るが、全く見つからなかった。

 

 何者かの手引きを疑うフールーダとは反対に、護衛として同行している帝国四騎士の1人であるバジウッド・ペシュメルは、森の中の勢力争いに敗れた群が漏れ出てきたのだろうと、あまり危機感は持っていなかった。

 

 そもそも魔物の縄張り争いなどはしばしば起こるもので、他の群れに対して排他的な魔物が縄張りの主となると、そこそこの数があぶれ出てくる。今回もそんなものだろうと思っていたのだ。

 

 もちろん、そんな事で街道の安全が害されたとなれば、騎士団の評価が下り兼ねないため、同行した部下を1人騎士団の詰所に向かわせ、巡回強化の指令を伝えさせている。しかしそれでもフールーダは納得する事なく、ブチブチと小言を漏らし続けていた。

 

 

「フールーダ様、魔物の強さから見て計略はないと考えて良いでしょうよ。こっちを止める気ならもっと強い奴らをけしかけるでしょうし、足止めにしても見通しの利く所で襲わせるなんて、迎え撃って下さいと言ってるようなもんですぜ」

「お主の言う事もわからんでもない。だがな、時にして丸1日の遅れが出ているのだ。ワシに魔法の深淵を覗かせまいとする輩の仕業と言えん事もないだろう? ワシは早く確かめねばならんというのに……」

 

 

 バジウッドはフールーダの言葉で、何故こうも疑り深くなっているかを察した。要はいつもの病気が出かかっているのだ。

 

 

「勘弁して下さいよ。陛下も言ってたでしょう。あくまで皇城へ招待するための使者なんですから、自重するようにと。なんかありゃ、一応目付役も仰せつかってる俺の責任になっちまうんですからね」

「わかっておるわい。陛下にはワシの方から説明してやるから、安心しておれ」

 

 

(全くわかっていない)

 

 バジウッドは先が思いやられ、重くため息をつく。自重する気を微塵とも見せないフールーダに、自分の方がおかしいのかとさえ思えてしまう。しかし、隣に座る使者の文官が苦笑いを浮かべているのを見て、自分がおかしくなった訳ではないと、僅かながら心が軽くなる気がした。

 

 もう1時間もすれば目的地だ。バジウッドは、帝国の最高戦力が暴走してとんでもない事をしでかさなければいいが…と、神に祈る思いで車窓から遠くを見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エン様、帝国の使者達が村の宿屋に着いたようデス」

「うわっ! びっくりしたー。君、アインズさんのとこの子?」

「はっ。しかし、私ごときを至高の御方の『子』などと呼んで頂くのは、あまりに畏れ多い事で御座いマス」

 

 

 突然現れた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)

 正面に傅くと、帝国の使者達の来訪を告げる。アインズに丁寧な応対を命じられているらしく、彼の所作は貴族に仕える執事のような優雅さを感じさせる。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)ってこんな設定だっけ? いちモンスターでさえこんな調子だとしたら、なんだかアインズさん……すげぇな)

 

 拠点ごと転移して来たらしいアインズの擁する僕の数は相当だろう。その僕が全てこのように礼儀正しいとするなら、なんともすごい事だ。同時に少々堅苦しい気もしない訳ではないが、アインズがこちらを大切にしているらしい事が嬉しくもある。

 

 ただ、一方で礼儀正しい僕に囲まれて過ごしているアインズは、色々気苦労も絶えないのではないかと、心配でもある。

 

 

「んじゃ、俺は村の方へ行ってくるよ。ここにはあまり人を入れたくないしね」

「微力ながら護衛を務めるよう、至高の主人より命じられておりますので、付き従わせて頂きマス」

 

 

 護衛というより監視の意味合いの方が強い気がするが、アインズさんに限ってそれはないだろうと首を横に振る。その様子を見ていたのだろう、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が、少々不安の色を帯びた雰囲気で投げ掛けてきた。

 

 

「何か不都合が御座いますでしょうカ?」

「あ、いやいや。こっちの事。まぁ、目立たないようにしてくれるなら構わないよ」

 

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は不可視化を使えるし、何より蟲種モンスターなので壁などによじ登って隠れる事も容易い。成る程、こういう使い方もある訳だ。

 

 エンは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が「畏まりました」と頷くのを確認して、村の方角へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 森を出てカサドラの村へ入ると、様子がいつもと違っていた。なんと表現すれば良いか、リアルで例えるならば、和気藹々とした職場に突然親会社の重役が視察に来た……そんな感じだと言えばわかり易いだろうか?

 

 普段は己の力に自負を持っている猛者達が、揃いも揃って遠巻きから及び腰になりながら、宿の前で立ち話をしている一行を眺めている。

 

 そんな彼らの様子から、その目線の先にいる一行が自分に用がある者達だと推測する。このままストレートに会いに行ってもいいが、もう少し情報が欲しいところだ。

 

(ひとまず、適当な人から情報を集めよう)

 

 話を聞きやすそうな人を探していると、露天の店先で怪訝な顔をしながら会話をしている者達を見つけた。首に金属製のプレートを提げているから冒険者なのだろう。

 

(色は金……か。まぁまぁかな)

 

 エンが話を聞こうと近づいていくと、それに気付いた3人組がこちらを見る。小声でもじゅうぶん会話できる距離まで近づくと、リーダーらしき男に声を掛ける。

 

 

「やあ、これは一体何事だい? みんな随分窮屈そうにしているけど……」

「何って、フールーダ・パラダインが来てるんだよ。なんでも人探しらしいが、帝国の最高戦力がわざわざ出張ってくるなんてただ事じゃねぇ」

 

 

 いまいち名前にピンと来ずに首を傾げていると、男は「しらねぇのかよ!?」と驚いた様子で更に話を続ける。

 

 

「フールーダってのは、この帝国の主席宮廷魔法使いだ。あの爺さん、ああ見えて第6位階魔法まで使える化け物なんだよ。この村の冒険者やワーカー連中が束になっても、あの爺さん1人に勝てねぇんだ。それに何代も前から皇帝に仕えてる、言わば懐刀だ。いくら俺達が政治的に中立って言っても、面倒ごとに巻き込まれたくねぇからな」

 

 

 男は、「触らぬ神になんとやらって奴だ。あんたも気をつけな」と忠告までして、そのまま連れと共に村の外へ行ってしまった。

 

(成る程ね。一応、礼は尽くしてくれている訳だ)

 

 最高戦力を以って使者とするなど、なかなかの好待遇だ。しかし、一方でそれ程の人物が単純な強さだけである筈がない。要警戒であると気を引き締める。

 

(アインズさんの話じゃ、とりあえず皇帝に会わせるための招待って形だったよな。つまりこれは前哨戦で、皇帝との面会が本番って訳だ)

 

 今朝早く、わざわざメッセージで情報を知らせてくれたアインズに感謝しながら、即興で決めた約束事を思い出す。

 

(えーと、ナザリック……というか、アインズさんの名前は出さない。聞かれても知らないふり。まぁ、これは当たり前だな。そんで、俺の情報は俺の裁量に任せるってところだったかな)

 

 さてアインズの狙いを考えると、ナザリックの事を秘匿し、その上で情報を集めたい……つまり、エンを隠れ蓑にしたい狙いがあるのだろう。

 

 要するに……だ、ある程度は目立たなければならないって訳だ。もちろん目立ち過ぎてもいけない訳だが、最悪帝国と敵対するような事態にさえならなければ良いという事だ。

 

(むー、どのみちこの世界の情報看破に関する技術がわからん以上、情報を小出しにするのは難しいな。いっそ、相手がどの程度までこちらの情報を抜き出せるか、試してみるか)

 

 元々隠蔽系のスキルや装備にはあまり力を入れてなかったし、見破られて困る隠し球なんかも特にないので、情報を抜かれて困る事はない。

 

(んじゃ、試しに隠蔽の指輪は外しておくとするか)

 

 エンの全ての指には1つずつ指輪が装備されている。1つは転移魔法を込めた指輪。これは左手の小指。1つはワールドアイテムである星喰い。こっちは右の人差し指。

 

 そして、今回外すのは《リング・オブ・ハーミット/隠者の指輪》と名付けられた左手の薬指に嵌められたものだ。職業と魔法に関するデータを隠蔽する効果がある。

 

 神官騎士スタイルで戦う際に、相手が単純な騎士職であると騙されてくれる事を期待して装備している。実際、ユグドラシル時代はガチ勢以外は騙されてくれていたので、そこそこの効果はあったと思いたい。

 

 それから、中位の探知妨害の効果があるパッシブスキルを解除する。もっとも、これで隠せるのは精々ステータスの一部ぐらいであったし、元々HPやMPは種族特性で探知無効なので、発動させている意味はあまりない。

 

 外した指輪をアイテムボックスにしまい込むと、身嗜みに失礼がないかを一通りチェックしておく。上流階級の人ほどそういう所にうるさそうだ。

 

 

 

 

 

 

「それで、エンという旅人はどこにおるのだ?」

「いや、この村にいるのは間違い無いんですがね、どうも宿は取っていないらしいんですわ」

「なんじゃと? それでは、そやつは村にいながら野宿をしておるのか?」

「ちらっと聞いた話じゃ、それらしい人物が森に出入りしているらしいんで、恐らくそっちにいるんじゃないですかね?」

 

 

 いよいよ会ってやろうとフールーダ達に近づいてみると、何やら揉めているようだ。どうやら、こちらがこの村に出入りしている事までは掴んでいたらしいが、森の奥の湧水地を拠点にしている事までは掴んでいなかったようだ。

 

(あんな奥まで入る人はいないからな)

 

 こんな事で時間を費やすのもバカらしいので、さっさと終わりにしようと、更に足を前に進める。

 

 

「あの、俺を探しているらしい人達がいると、そう聞いてきたんですが、貴方がたの事で良いのでしょうか?」

 

 

 声を掛けて最初に反応したのは騎士風の男。男はこちらの姿を確認すると、懐から羊皮紙を取り出して、一つ一つ何かを確認するように、羊皮紙とこちらを交互に見ては、1回2回と頷いていく。

 

 4度ほど頷いた後に羊皮紙を元の場所にしまい込むと、ニカッと笑い顔を作って見せた。

 

 

「あんたが噂のエン殿ですね? 俺は帝国騎士のバジウッド=ペシュメルってもんです。わざわざそちらから出向いて貰って悪かったですね」

「いえ。それで一体どのよう「貴方に尋ねたい事がある!!」な………はい?」

 

 

 バジウッドと名乗る騎士に用件を尋ねようとした声は、妙に通りのよい張りのある絶叫に掻き消された。突然の事に呆気にとられてしまったエンを余所に、目の前の騎士は「あちゃー」と額に手を当てて大袈裟に項垂れた。

 

 すると今度は、見るからに老齢なゆったりしたローブで身を包む男が、物凄い勢いで跪き頭を地につけるような勢いで頭を垂れ、先程と同じ絶叫と言えるような大声で、信じられないような言葉を発する。

 

 

「どうか、どうかっ!! ワシを貴方様の弟子にして下されっ!!」

 

 

 一瞬、辺りの時間が凍り付いたような気がした……。




時を同じくして


ジルクニフ「なんだ?急に背筋がヒヤッと……?風邪か?」



第14話です。この場を借りて、ご評価・お気に入り登録をして下さった皆様に、御礼申し上げます。

フールーダじいちゃん、いきなりの暴走でございます。唯一のストッパーであるジルクニフがいないので、理性もへったくれもありません。お目付として付いてきたバジウッドさん、マジで御愁傷様です。そして使者として来たのに、他の濃ゆい人達に飲み込まれた文官さん、あんた達は悪くない。

次回もフールーダとエンのやりとりが続きます。宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:逸脱者と魔道書

〜前回あらすじ〜



フールーダ「神はいた、今こそワシのターン!」
エン「勘弁して下さい」


 逸脱者とまで呼ばれ、畏怖の対象であった男の奇行に世界は凍り付いた。しばらくの静寂ののち、その凍り付いた世界をいち早く抜け出したのはバジウッドであった。

 

 

「ちょっと、フールーダ様!? あれ程言ったのに何してんですか!」

「ええい、黙れ。このお方こそ魔法の深淵に立つ神とも言えるお方ぞ! ワシは何としても魔法の深淵を知りたいのだ。この機を逃せば次はないかもしれん」

 

 

 フールーダはバジウッドの制止を物ともせず、地に両の膝をつけたまま、エンの足元まで驚嘆すべき速度でにじり寄る。

 

 その段になりようやくエンはフリーズから回復した。しかし直後に、顔を涙でぐちゃぐちゃにした老人が、跪いたまま襲い掛かってくるという、あまりに凄惨な光景に上体を仰け反らせた。迫り来る化け物から逃れようと、すぐさま脚に力を込めるが、それより一瞬早くフールーダの両手が右足首を捉えてしまった。

 

 

「ちょ、何してるんですか!? まず、落ち着きましょう!? ね、話はちゃんと聞きますからっ!! 離して下さい!!」

「弟子にー! ワシを弟子にー! 何卒! 何卒ー!!」

 

 

 最早こちらの声など聞こえてなどいないフールーダの様子にドン引きした。一体この状況はなんなのだと、バジウッドの方を睨みつけてやる。既に何度も沈静化が働いているが、足元の老人に生理的な嫌悪が湧き上がり中々冷静になれない。

 

 

「ちょっ、これっ、どうにかなりませんか!?」

 

 

 指で下を指しながらバジウッドに尋ねるが、彼にもどうする事も出来ないのだろう。大層すまなさそうに顔色を暗くさせて、頭を下げるのみだ。

 

(おいおい、どうにもなんないのかよこれ……)

 

 いよいよどうしようもないと考えていると、後ろに控えている八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が俄かに殺気を昂らせ始めたのに気付き、慌てて手でそれを制する。そしてわざとらしく大きくため息をついて見せた。幸か不幸か、意識が他に移ったおかげで幾らか冷静さを取り戻す事ができた。

 

 

「フールーダ老、いい加減にしましょう。まずここは往来で人目につくという事を自覚して下さい。それから、いきなり弟子だ何だと言われても、何が何だかさっぱり分かりません。ちゃんと説明をしてもらわねば、返答のしようもありません。最後に、貴方がたの用件はフールーダ老が仰っている事でよろしいんですかね?」

 

 

 周りを見ればフールーダの奇行に人集りができていた。帝国中枢の重鎮がこんな状態なのだ、そりゃ人目を引くだろう。そも、帝国から使者が遣わされたのは、強い力を有しているが故。こんな天下の往来で衆目が集まる最中に、力について詳らかにするのは御免被りたい。

 

 力をある程度知られても構わないと思っている。だがそれはあくまで、その事実を御する事ができる理性がある者が対象で、一般大衆にまで広めるつもりはない。

 

(ウッドマークの時の《ヒール/大治癒》は不可抗力って奴で、ノーカンとしておこう)

 

 

「ともかく! このまま話を聞くのは御免なんで、失礼しますよ」

 

 

 自分の過去の迂闊さは棚上げして、矢継ぎ早に言葉を飛ばす。当然皇城へ招待する事が使命である文官とバジウッドは、慌ててフールーダの肩を掴み引き剥がしにかかる。

 

 

「待ってくれエン殿、申し訳なかった。フールーダ様がこのように取り乱すと、我々では手がつけられないため静観するより他なかったが、確かに失礼な事でした。さ、フールーダ様! まずは陛下の御意思を伝えなければならないのですから、宿に入りましょうや」

「ぐむむ………。致し方ない……。エン殿……失礼した。確かにまずは話を聞いて頂かなければならんかった」

 

 

 どうにかフールーダも落ち着きを取り戻したようで、立ち上がり頭を下げる。正直、先ほどのあの取り乱しようの後では、信用するのは無理があるが。

 

(不用意に近づくのは嫌だな……。つーか、帝国にいる限りこのジーさんの射程範囲内……いや、このジーさん国とかそっちのけで押しかけてきそうだ……。こりゃ、アインズさんに相談だな……)

 

 先行きが不安になる事を想像して、思わず寒気に身震いをさせる。しかしよくよく考えれば、いきなり『弟子にしてくれ』とはどういう事なのか。向こうが弟子……という事は、当然こちらが師と言う事になる。強さを図る手段があるという事だろうか? しかし、あの短い時間の中でレベルを測る魔法を使えるのか、或いはマジックアイテムの力なのか。いずれにしても要注意だ。

 

 ともかく今は、バジウッドに付き従い緑の恵み亭へと入っていく事にする。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……何というか、本来ならちゃんと手順があるんですがね、さっきのアレの後だと薄ら寒いんで、用件だけ伝えるようにしますわ」

「な、バジウッド様、それでは我々が来た意味が……」

 

 

 宿の食堂の長机を囲んで座ると、バジウッドは左手で頭を掻きながら説明し始める。そういえば宿に入ってから自分達以外の客を見かけなかったが、バジウッドが今回の交渉のために貸切にしたと教えてくれた。全く大層な事だ。

 

 

「いや……まぁ、そりゃ体面があるのは分からんでもないですがね、これで色々堅苦しい事まで強要しちまって、エン殿にいい返事を頂けなけりゃ、陛下に叱り飛ばされちまいますぜ? 身内の恥を見せちまってるんですから、いっそラフに行きましょうや」

「ぐ、分かりました。バジウッド様の言う事も最もです」

 

 

「エン殿もそれで良いですかね?」と尋ねてくるバジウッドに頷きながら、エンは感心していた。権力者側に立つ者は、得てして頭が固くなりがちだ。ステレオタイプに凝り固まった役人ではこうも柔軟な対応はできないだろう。それに異世界人の俺は正式な作法なんか知らないから、むしろこの機転に助けられた。

 

(バジウッドさんか。重鎮のフールーダ老を諌められる地位にあるなら、帝国内でも相当な地位だろう。少々砕けすぎかもしれないけど、状況対応能力はまずまずだな。レベルは20台後半ぐらいだが……、アインズさんに伝えておくか)

 

 2日後に控えたアインズとの会談にいい土産ができたかなと、先ほどまでの酷い気分はやや上向いた。ちなみに肝心のフールーダは2人の文官に挟まれて座らされている。次はきっちり抑えるという心構えなのだろうが、正直アレを抑えるには至らないだろうと思われる。暴走しない事を祈るばかりだ。

 

 

「さて、エン殿。早い話が、陛下が貴方と面会したいと言ってるんですよ。まぁ、優秀な力を持つ人材は幾らでも欲しいってのが本音です」

「成る程。単純明快で助かります。会うのは構わないですよ。ただ、俺は一匹狼が性に合ってるんで、配下になれって話は受け兼ねますよ」

 

 

 バジウッドはハハハと笑うと、再び口を開く。

 

 

「どんな返事をするんでも構いませんよ。ともかく、会って下されば陛下の人となりもわかるでしょうから」

「承知しましたよ。で、いつですか?」

「出来ればすぐと言いたいところですが、準備もあるでしょうし10日後でいかがですか?」

「分かりました。帝都に伺えば宜しいですか?」

「ええ。帝都に着いたら門兵にこの手紙を見せて下さい。通行証代わりになりますから、失くさんで下さいよ」

 

 

 バジウッドは文官から、帝国の紋章が刻まれた封蝋できっちりと綴じられた手紙を受け取ると、仰々しく両手で差し出した。

 

 こちらも両手でそれを受け取ると、失くさないように懐にそっとしまい込んだ。

 

 

「さて、これでこちらの用件は済んだ訳ですが、不明な点でもありますか?」

「いや、不明な点……というか………」

 

 

 フールーダをちらりと見遣ると、バジウッドは苦く笑って見せた。そして文官を食堂から追い出すと、真剣な表情で口を開く。その雰囲気は先程までの砕けた態度のそれではない。

 

 

「すみません。ここから先はフールーダ様から直接お話ししてもらいます。俺では、なんと言うか上手く説明できませんので」

 

 

 エンはフールーダと直接やり取りしなければならない事実に愕然としてしまうが、頼みの綱がこう言うのであれば仕方ないと諦めた。

 

 一方バジウッドは、フールーダのあの醜態を見てから今まで生きた心地がしなかった。よくもまあ平静を保ったまま仕事をこなす事ができたものだと、自分を褒めてやりたい。

 

 フールーダはその生まれながらの異能(タレント)により、その目に捉えた人物が使える魔法の位階上限値を知る事ができる。

 

 そしてフールーダは常々、己が扱う事ができる第6位階よりもより高位階の魔法を知り我が物とする事を、切望している。

 

 そのフールーダが跪き頭を下げてまで弟子入りを懇願した事実……。つまり、この年若い騎士風の旅人はそれだけの力を有している事に他ならない。最低でも第7位階以上。最早それは神話の中でしか語られる事がない領域。フールーダが口走った『神』と言う言葉もあながち出鱈目などではないのだ。

 

 もし、あのフールーダの行動がエンを不快にさせ、所構わず神話の魔法を発動されたらと思うと、今更ながら冷や汗が止まらない。今は彼が比較的温厚な人物であった事に感謝するしかない。

 

 バジウッドの思いを他所に、ようやく直接交渉の機会を得たフールーダの声は弾んでいた。積年の望みを叶え得る存在が目の前にいるのだから、当然だ。

 

 

「オホン。先程は失礼した。まずは詫びを受け取って欲しい」

「……はぁ。分かりました。貴方が理性的でいる限りは話を聞く事にしましょう」

 

 

 いつまたあの暴走状態になるかわからないため、念の為にクギを刺しておく。もっとも、そうなった時点でご破算にするつもりでいるのは、フールーダも承知しているだろうから、大丈夫だと思いたい。

 

 

「わかっております。では、エンど……様は第10位階魔法を扱える、相違はありませんかな?」

「その前に、どうして俺が第10位階魔法を使えると?」

 

 

 バジウッドから「げっ」という声が挙がるが、この際気にしない。どうやらフールーダはこちらの魔法に関する情報を看破できるようだ。

 

 

「ワシの目は、人が扱える魔法の位階上限を見抜く事ができますのじゃ」

「見間違える事は?」

「ふむ。高位の隠蔽をされたらあり得るでしょうが、少なくともこれまで見間違えた事は御座いませんな」

 

 

 成る程。噂に聞く生まれながらの異能(タレント)というやつか。魔法のように位階による優劣やレベル差でレジスト判定がされる……という訳ではないようなので、防御がしにくい。防ぐつもりなら常に最大限の隠蔽をするべきという事だ。

 

 

「成る程。特殊な力で見抜かれたなら、隠し立てするのは無意味ですね。ご質問の通り、私は第10位階魔法を習得しています」

「おお!! やはり貴方様は神というべき存在!! ワシは長年魔法の深淵、その真髄を知りたいと願っておりました。どうか貴方様のその叡智の一端をお授け下さい……」

 

 

 フールーダは暴走していた時と打って変わって、礼儀正しく頭を下げてみせる。最初からこうすれば、ドン引きされる事もないだろうにと、エンはあからさまに肩を落としてみせた。

 

 さて、そんな事より困ったものだ。まず、この国の重鎮の師匠になるなど厄介どころの話ではない。場合によっては懐柔して離反を促したと見られ兼ねない。

 

 そもそも、ユグドラシルではレベルが上がれば勝手に魔法を習得できたので、教えるノウハウなど持っているはずもない。

 

 更に、ユグドラシルの魔法習得ツリーはなかなか複雑で、前提条件や職業条件、場合によっては種族条件まで加味しなくてはならない。自身は職業看破のスキルや魔法は持っていないので、フールーダのそれを見る事はできない。星喰いにセットしようにも、そもそも習得可能な種族も職業も構成していないので無理だ。

 

(あー……、これもアインズさんに相談だな)

 

 色々とアインズを悩ませてしまうかもしれないが、1人で考えても答えが出ないなら相談する方が良い。散々悩んだ挙句、答えが出ないなんてのは時間の無駄だし、やっとの思いで出した答えが間違っていたら目も当てられない。だったら傷が浅く済むうちに色々話を聞いた方が余程効率的だ。

 

 そうとなれば一度この場をやり過ごす必要がある。一番ベタなのは、『お前には力が足りない。もっと強くなってから出直して来い』だろう。しかし、国の最高戦力捕まえてこんな台詞はあり得ないだろう。

 

(しかたない。数十冊分ストックあるし、使わせてみるか)

 

 エンは懐に(開いたアイテムボックスに)手を入れ、一冊の本を取り出した。そして、わざとらしく重い雰囲気を演出しながら、口を開く。

 

 

「フールーダ老、貴方の立場……というものもあるでしょうし、俺にも事情というものがあります。なので、返事は保留させて貰います」

「な、ワシは全てを貴方に捧げても構わない。だからどうか!」

「落ちついて下さい。何も貴方の願いを無碍にしようとは思っていません。そこで、貴方にこの魔道書をお貸しいたします」

「こ、これは……? 何という魔力……なのだ」

 

 

 差し出しされた本を恭しく受け取ると、フールーダは込められた尋常でない濃い魔力にクラクラと酔いそうになる。そんな自分に喝を入れ持ち直し、改めて魔道書を見ると、その緻密な作りに見惚れてしまう。青く澄んだ輝きを放つ金属が表装に使われている。その表装に刻まれている文字は異国のものだろうか? 彫り込んだ溝に金を埋め込んでいるようだ。要所要所に緻密な模様が刻まれ、魔力が込められた宝石がふんだんにはめ込まれている。この1冊で国の予算の何年分の価値があるだろうか。余りの美しさに、下手をすれば軽く数時間は眺めるだけで過ごせてしまいそうだ。

 

 

「よ、よろしいのですか? これは、この魔道書は世界の宝と言っても過言ではない代物とお見受け致しますが」

「はい。あくまで貸すだけですから、後でちゃんと返して貰いますよ。で、まずはこの魔道書を研究してみて下さい。その結果いかんで、改めてお返事致しますよ」

「おぉ……。感謝致します。我が師よ!!」

「いやだから、まだ師じゃないです」

 

 

 喜びに打ち震えるフールーダを見て、ひとまず時間稼ぎはできたかなと、胸を撫で下ろす。不安がない訳じゃないけど、後はアインズに相談してから考える事にする。

 

(じゃなきゃ、精神が持たない……)

 

 ちなみに今回渡した魔道書は、 魔法習得時のレベル条件を緩和するマジックアイテムシリーズの1つである。名前を『精霊魔法指南書・八』と言い、ナンバリング通り第8位階魔法の習得レベルの条件を緩和する。ユグドラシルでは、特定の魔法をその場で習得するタイプの魔道書より人気は無かったが、そちらはべらぼうに高い値段で取引されていたので、貧乏プレイヤーには有難いシリーズでもあった。余談であるが、名称の『精霊魔法』の部分は何の意味もなく、ほかに『暗黒魔法』シリーズや『古代魔法』シリーズなど色々存在していた。

 

 かくして、フールーダはひとまず納得をしたようで、そのままバジウッドに連れられて行ってしまった。心なしかバジウッドの顔色が悪かったのは、もうどうでも良い気がした。

 

 

 

 

 

 宿を出て森へ戻って来たエンは、護衛についていた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に労いの言葉を掛け別れると、全身で大きく伸びをする。

 

 

「疲れた。なんだかこの世界に来てから、精神的に疲れる事が増えた気がするな……」

 

 

 とりあえずこれでひと段落だ。しかし、まだ大きな山が控えている事を考えると、どうしたって気が重くなる。

 

 

「息抜きに行こう。湖がいいな。思い切り泳ぎたい!」

 

 

 アインズとの会談まで時間はある。ここらでストレスの発散をする事に決めた。

 

 

「下位精霊創造・風の小精霊(エア)

 

 

 周囲の空気を触媒にして固定化をし、この世界で8体目のエアを作り出す。以前偵察のために作った精霊は今も情報収集のために帝国領内を巡回させている。

 

 

「エア8号、悪いけどこの辺りに泳いでも平気そうな湖がないか探してくれる? 明日の昼までに見つからなかったら、一度帰還してくれ」

 

 

 8号は了承の意を示すと、風に乗ってあっという間に飛んでいった。

 

 

「よし、結果が出るまで拠点でのんびり作業でもしますか」

 

 

 拠点に帰りついたエンは、フールーダのタレントなどの件を元に、装備やスキルをもう1度見直す事にした。

 

 そして作業に夢中になっていると、辺りはすっかり暗くなっている。エアからの知らせはまだ来ないので、なかなか苦戦しているようだ。

 

 まだまだ時間はかかりそうなので、再び作業を始めたのだが、頭の中にあるスキルリストを確認していて、ふと思いつく。

 

 

「あ、このスキル………。そうだ、これはいい土産になるかも」

 

 

 アインズの驚く顔……もとい、アインズの驚く様を思い浮かべて、早速作業に取り掛かる事にした。結局、あまりに夢中になっていて、翌日の昼にエアが戻ってくるまでノンストップで作業し続ける事になるのであった。




時を同じくして


アインズ「そろそろ帝国の連中と出会っている頃か?」
アルベド「はい。お覗きになりますか?」
アインズ「いや、やめておこう」
アルベド「まぁ、てっきりいつものようになさるかと」
アインズ「うぉーい、ちょっとまてーい!それではまるで私が覗きが趣味みたいじゃないか!」



第15話でございました。

さて、アッサリ第10位階魔法が使える事をバラしてしまいました。ある意味実験は成功なんですが、問題はバジウッドさんですね。絶対、我らがジルクニフ陛下に報告しますからね。さぁ、ジルクニフの抜け毛との戦いがついに始まりますよ!(違

今回も登場しましたオリジナルアイテム。例のごとく、ユグドラシルでは大したことはありませんが、こちらの世界では大変貴重な物です。WEB版のやり取りを取り入れさせて貰いました。エンは純粋なマジックキャスターではないですから、フールーダの師匠にはなれない気がします。アインズはエンに押し付けそうな気がしますがね。

次回は番外編になるかと思います。IFストーリーも考えていますが、ちょいと推敲に時間がかかりそうです。

これからもお楽しみ頂けたら幸いです。


三輪車様、誤字報告、有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2:死を撒く剣団殲滅戦

エン・シルキティアス・ギルバーティスとの邂逅を果たしたアインズは、その翌日には歓迎の準備をする為にナザリックで陣頭指揮を執っていた。

昼を過ぎた頃、エ・ランテルに残しているナーベラルから、冒険者組合から呼び出しが掛ったとの連絡が入ってきたのであった。


「忙しいところ呼び出してしまって済まないね」

「いえ、大丈夫ですよ。アインザックさん」

 

 

 エ・ランテルの冒険者組合に設けられた会議室、組合長であるプルトン・アインザックは、ミスリル級冒険者のモモンの到着を嬉々として歓迎した。

 

 

「おや、ナーベ君は来なかったのかね?」

「ナーベには遣いを頼んでいましてね。それで呼び出しの内容はなんなのでしょうか? ナーベの話ではかなり緊急性の高い話だと………」

 

 

 アインザックはモモンを高く評価していた。その来歴こそ不明なものの、依頼を受ければ完璧にこなし、階級の上下関係無く礼儀を重んじ、無茶だと思われる要求も平然とやりのけてしまう。そんな英雄に街からの信頼は既に厚い。

 

 今回にしてもそうだ。単独の任務をこなしている最中の呼び出しにも関わらず、チームを組んでいるナーベを遣いに送るなどして、時間を作ってくれている。モモンという冒険者こそ他の規範となるべき存在だと言えるだろう。

 

 

「ああ、その通りだ。実は以前からこのエ・ランテル近くの森の中に、厄介な奴らが拠点を構えていてね。戦時には傭兵となってそこそこの働きをするらしいが、平時は道行く商人などを襲っているのだ」

「成る程。しかし、それなら何故早くに討伐隊を差し向けなかったのでしょうか?」

 

 

 アインザックはモモンの問いに渋い顔をして、大きくため息をついてみせる。深い事情があるとはいえ、罪も無い商人達が犠牲になっていたのを、見て見ぬふりをしていたも同然なのだから。

 

 

「モモン君、王国と帝国の戦争についてはしっているね?」

「はい」

「先も述べたが、奴等は戦時には傭兵として戦っている。………貴族の兵として、ね」

「あぁ。つまり貴族に睨まれないようにするために、手を出せずにいた……という事ですか」

 

 

 流石に優秀な男だ。今のやり取りで組合が抱えるジレンマを察してくれたのだろう。これが血気盛んな輩であれば、貴族がなんぼのもんじゃあ、と息巻いて考え無しに食って掛かってきたであろう。

 

 貴族の兵として働いていた実績のため、奴等は戦時におけるいち戦力とみなされている。実に下らない事だが、戦争の場は腐った貴族達の背比べの場でもあり、無法者でも戦力の水増し・カサ増しには重宝されている面がある。

 

 それを冒険者が討伐したとなれば、欲深い貴族が『冒険者は政治的に中立』という看板を盾に、組合に不当な圧力を掛けるのは必至だ。ましてエ・ランテルは国王の直轄領であるため、貴族派閥と王派閥が割れている今、貴族派閥にとって絶好の攻撃材料になり兼ねない。

 

 結局、冒険者組合ができる事は、定期的に斥候隊を差し向けて動向を監視する事と、行き交う商人達に護衛を雇う事を強く推奨する事だけだった。流石に悪事を行なっている現場であれば、撃退しても文句は言われる事もないからだ。

 

 

「それでいつものように斥候隊を向かわせたんだが……」

「最後方で待機していた、連絡役のレンジャー以外が全滅……と」

「あぁ。実力的には遅れをとるようなメンバーではなかったはずなのだがな……」

 

 

 冒険者は屈強なモンスター相手に戦う事が多い。戦う力を持っていない人間を襲う盗賊とはそもそも地力が違う。それが全滅させられたとするならば……。

 

 

「待ち伏せで一気に叩かれたか、突出した実力者がいたか………といったところですか」

「あぁ。だが、本隊にもレンジャーは配置していたから、待ち伏せなら看破できたはずなんだ」

「つまり組合長は後者だとお考えなのですね?」

「うむ。未確認情報だが、かの王国戦士長に並ぶと言われる男が与しているらしい……。間違いだと思いたいがね」

 

 

 漆黒の全身鎧に身を包んだ英雄は、『戦士長に並ぶ』という言葉を聞き、ピクリと肩を反応させた。やはり強者は強者に惹かれるという事なのだと、アインザックはモモンの中に戦士としての本能見てとった。

 

 もっとも、漆黒の英雄モモンが考えていたのが、『戦士としての本能』などという崇高なものではなく、自分の利益に関する事であるとは、アインザックは知る由もない。

 

 

「それで、肝心の依頼の内容は?」

「うむ。組合としては被害も看過できないものに膨らんできているし、何より所属の冒険者に手を出されたからな。これ以上は流石に捨て置けん。モモン君をはじめとしたミスリル級の連合チームを派遣して、一気に殲滅したい」

「貴族の方はよろしいのですか?」

「大丈夫だ。皮肉な事だが、今回派遣したチームが被害に遭った事で、攻め入る口実ができた訳だ。流石に貴族連中も今回ばかりは口出しはできないだろう」

「わかりました。そういう事なら、お引き受けしましょう」

 

 淀みなく返ってきた答えに上機嫌になるアインザックであったが、モモンの次の句を耳にして驚愕する事になる。

 

 

「但し、今回の依頼は私とナーベ、つまり我々のチーム単独で行いたいと思います」

「なっ!? いや、しかし!?」

「相手に相当の実力者が混ざっているとなれば、下手な包囲戦では、隙を突かれて被害が大きくなる可能性があります。であれば、実力者を私が抑えているうちに、ナーベの魔法やハムスケに暴れてもらった方が効率も良いし、被害も少なくて済むでしょう」

「ハムスケ……。成る程、森の賢王がいたのだったな……。勝算があるのなら、反対する理由は無い。しかし、十分に気を付けてくれたまえよ。今や君はエ・ランテルの宝なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組合からエ・ランテルの外へと向かう途中、アインズは心の中でガッツポーズをしていた。

 

(よしよしよーし! ガゼフに匹敵する実力者なら武技も使えるはずだ!! エンさんの件で止めていた計画を進められるぞー! しかも都合が良い事に犯罪者ときたもんだ。武技の研究のために、なんとしても捕まえるぞ)

 

 そうと決まれば迅速に事を運ぶ必要がある。ちんたらして、他の冒険者に横槍を入れられたくないし、何よりエンとの会談の予定も控えている。

 

 アインズは宿で留守番をしているナーベラル(組合に連れて行かなかったのは、何故か組合長に対する態度がキツイため)にメッセージで連絡を取ると、ハムスケを連れてエ・ランテルの外門に来るように命じる。

 

 しかし、すぐに別のアイデアが思い浮かび、ピタリとその場で足を止めた。

 

(そうだ。内政面であまり出番がなかったシャルティアやコキュートスも連れて行こう。ガゼフ級の奴以外は死体で十分だしな。部下のフラストレーションの発散を適度にさせてやらなくては、良い上司にはなれないもんな)

 

 アインズは再びナーベラルにメッセージを繋げると、命令に変更があるため、一時ナザリックに待機するようにと伝える。もちろん、できる上司を目指すアインズは、「急な変更で慌しくして済まない」と気遣いの言葉も忘れない。しかし、かえってナーベラルが恐縮してしまうのは、いつものお約束である。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックに戻ったアインズは、早速コキュートスとシャルティア、ナーベラルを執務室に呼び出した。程なくして、本日のアインズ様当番であるインクリメントが3人の来訪を告げる。アインズが鷹揚に頷くと、インクリメントはしずしずと訓練された所作で扉を開け、訪問者を招き入れる。

 

 

「階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン、参上仕りました」

「同ジク、階層守護者コキュートス、御用命ニ従イ参上仕リマシタ」

「プレアデス、ナーベラル・ガンマ、まかり越しました」

 

 

 相も変わらず仰々しい臣下の礼である。アインズとしてはもっと気安くして欲しいのだが、忠誠心が骨の髄まで染み込んでいる彼らの考えは、なかなか思うようには変えられない。

 

 仕方なく黙ってそれを受け入れ、3人に面を上げさせるとまずは労いの言葉をかける。

 

 

「まずは急に呼び出して済まなかったな」

「アインズ様ガオ呼ビニナレバ、即座ニ」

「コキュートスの言う通り、アインズ様の命は私達にとって、何よりも優先すべきもの。アインズ様が御心を痛められる事はないでありんすえ」

「守護者の皆様の仰る通りです」

 

 

 毎度毎度のやり取りが故、すっかり慣れてしまっているとはいえ、正直な話とても面倒臭い。しかしながら、支配者然とした応対をしなければ、やれ畏れ多いだの何だのとさらに面倒になるのも承知しているため、アインズはロールプレイから脱却できないのである。

 

 

「実はエ・ランテルの冒険者組合で盗賊の討伐依頼を受けてな……。確定ではないのだが、どうやら1人この世界では中々の実力者が混ざっているらしいのだ。そこで兼ねてより考えていた、武技の研究に役立てはしないかと考えている訳だ」

「ナルホド。シテ我々ノ役目ハドノヨウナ事ニ御座イマショウカ?」

 

 

 問われた事を説明して、実力者の捕獲と雑魚で運動不足の解消を目的としている事を説明する。

 

 

「あぁ、アインズ様!! 何と慈悲深い事でありんしょうか」

「マサニ!! 我々ヲオ気遣イ下サルトハ、感謝ノ念ニ絶エマセン」

「お前達は外敵を排除する事に特化して造られた。どうしても内政の手腕ではアルベドやデミウルゴスに活躍の場を譲る事が多くなるからな。偶にはこのような事があってもよかろう。では、あまり時間もないから行くとするか」

「「「はっ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組合で提供されたアジトの地図を元にアインズとナーベラルが先に現地へ向かい、アインズの連絡を受けたシャルティアがゲートを開く。

 

 4人が揃ったところで、アインズは予め伝えていた作戦を確認する。

 

 

「では、手筈通りに私とコキュートスが正面から侵入する。シャルティアとナーベラルは裏手に回り逃げ出す者を片っ端から始末しろ。但し、死体は再利用するから、なるべく綺麗に殺せ。そして組合への報告用に1、2体を残し、それ以外はナザリックへ運び込んでおけ」

「「「はい」」」

 

 

 アインズは揃った返事に機嫌良く頷くと、シャルティアとナーベラルを裏へ送り出す。

 

 

「ソウイエバ、アインズ様ハソノ御姿デ戦ワラレルノデスカ?」

「うむ。一応、組合の依頼だからな。何かおかしいか?」

 

 

 モモンとして活動している時の漆黒の全身鎧をみにつけているアインズは、キョロキョロと四肢を確認するように顔を動かす。

 

 

「イエ。マジックキャスターノアインズ様ガ、戦士トシテ戦ワレル御姿ガ珍シク感ジマシタノデ」

「そうか。純粋な戦士であるお前から見れば、遊びにしか見えんかも知れんが、これで中々新たな発見があるのだよ」

「マジックキャスタートシテノ御力ヲ極メルダケニ飽足ラズ、剣マデ極メントサレルトハ、我々モ見習ネバナリマセン」

 

 

 アインズからすれば、戦士職も一度やってみたいなぁ、位の理由なのだが、何でもかんでも『すごい事』にされてしまい、むず痒い思いがする。

 

 そこにナーベラルから配置についたと連絡が入る。

 

 

「よし、コキュートス。作戦開始だ」

「御意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。

 

 死を撒く剣団を構成するレンジャーの男は、アジトの洞窟の中を必死に逃げている。一心不乱に裏の出入り口を目指しながら、逃げる理由となったげに恐ろしい出来事をフラッシュバックさせては、何度も体をブルリと震わせる。

 

 それはつい先ほどの話だ。男が見張りの交代のために表の入り口に辿り着いた直後、それまで見張りをしていた仲間の首が血を吹き出しながら転がったのだ。

 

 何が起きたのか、そう疑問に思うまでもなく敵襲だと理解して、武器に手を掛けたその時、見てしまった。

 

 漆黒の鎧が巨大な剣を両の手に持ち、その剣をまるで小枝を扱うように軽々と振り下ろし、血糊を飛ばしている姿を。そしてそのすぐそばに白に近い青みがかった鎧……のように見える蟲の化け物を。

 

 男は次の瞬間、本能的に逃げ出していた。

 

(だめだ。あれは勝てない。漆黒の鎧だけならまだ立ち向かう気も起きた。だがあの蟲の化け物は無理だ。姿を見ただけで恐怖が込み上げてきたなんて、こんな事は初めてだ)

 

 途中、何人かにすれ違ったが、全員に同じ言葉を掛けた。

 

 

「蟲の化け物だ。逃げろ!」と。

 

 

 男のあまりの狼狽ぶりをからかう者もいたが、もはやそんなものに構うものではない。忠告を聞かない奴の尻拭いなどするつもりはない。

 

 アジトの最奥部で頭目と用心棒のブレイン・アングラウスに止められ、男は落ち着きのない口調で事情を話す。

 

 

「頭目、早く逃げやしょう! ありゃ化け物だ」

「落ち着け! 敵襲なのか?」

 

 

 慌てふためく男の頭の中は、一刻も早く逃げ出す事に占められているようで、必要な情報が全く入って来ない。頭目の男はやれやれと頭を掻き、隣に控える用心棒に声を掛ける。

 

 

「旦那。悪りぃが出てくれるかい?」

「はん。歯ごたえがありゃいいんだがな……」

 

 

 悪態をつく用心棒はのらりくらりと入り口の方へと歩いて行く。逃げて来た男が半狂乱で止める言葉に耳を塞いで。

 

 

「おらぁ、知らねえぞ!! いくらアイツがブレイン・アングラウスでも無理なもんは無理だ。頭目、悪りぃが俺は逃げる!! ここで死ぬのは勘弁だからな!!」

 

 

 男は叫ぶように告げると、そのまま裏口へと走り去っていった。頭目は逃げた男の背を見送ると、戻って来たら手討ちにしてやると、息巻くのであった。

 

 

 

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………。

 

 アジトの中をひた走り、ようやく外が見えてくる。男の心は、あの恐怖から逃れられるという、歓喜の念に満ちていた。

 

 残った奴らはどうなっただろうか? 用心棒は? 頭目は?

 

(知ったこっちゃねぇ。俺は忠告したんだ。化け物だと。勝てないと。俺を信じなかった奴らが悪いんだ。俺は生き延びるんだ)

 

 男は、洞窟から出たら森を抜けてエ・ランテルに逃がれる……。そんな事を考えていた。そんな男が違和感を感じたのは、月明かりをはっきりと確認した直後であった。

 

 一生懸命に走っているはずなのに、景色が全く変わらない。ふと気づくと、すぐ目の前にこの世のものとは思えぬ程の美貌。いつのまにか男の両頬には女のか細い手が添えられている。そしてその美貌の持ち主が真紅に染まる目を見開いて、囁くのだ。

 

 

「残念でありんした。おんしの身体はあっちでありんすよ」

 

 

 女が頬を包む両手で男の首をくるりと反転させると、そこには首から先を失った、まごう事なき自分の身体が血を吹き出して倒れていた。

 

 自分の死を認識したからだろうか? そこで男の意識はプツリと、スイッチが切れたかのように途切れた。

 

 

「おや? もう事切れてしまいんした。やはり人間は脆いでありんすねぇ。ナーベラルもそう思いんしょう?」

「はい。脆くて愚かな生き物かと。アインズ様から逃げ果せる気でいるなど、愚の極みであるとも知らないのですから」

「辛辣でありんすねぇ。だけどそんな愚かな生き物だからこそ、遊び甲斐もあるというのものでありんすよ」

 

 

 月明かりに照らされて、場違いな美女2人は逃げてくる者達の命を刈っていく。その様はまるで、悪人を誅す断罪の天使が如くであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コキュートス。やはりお前を満足させるのは難しいな」

「オ気遣イ感謝イタシマス。シカシ、コウシテ外ヘ連レ出シテ下サッタダケデモ光栄デス」

 

 

 弱いとは思っていたが、やはり強者を求めるコキュートスの無聊を慰める事は難しかった。来る者来る者、全てアインズまたはコキュートスに一刀の元に切り捨てられるか、その様を見て敵わぬと逃げ出す者ばかりだ。幸い、コキュートスが相手の立ち振る舞いから、凡そのレベルを測る事ができるため、ガゼフ級の男がうっかり混ざっていたなどという事はなかったが。

 

(まぁ、当然だよな。似非戦士状態の俺で圧倒できてるんだから、コキュートスには全然物足りないよなぁ……。かえってストレス溜めさせちゃったかも……。すまん、コキュートス)

 

 

「ム……、アインズ様ノ仰ッテイタ者カト……」

「何? あぁ、いるな。そこにいる者、出て来るがいい」

 

 

 アインズは予めかけてあった探知魔法が、反応している方向に向かい声を掛ける。すると岩陰からくすんだ青髪の男が臨戦体制のまま、ジリジリと姿を現した。

 

 

「流石に見つかるか……。お前らいったい何者だ?」

「私はモモン。こっちは私の腹心の1人、コキュートスだ。お前がかの王国戦士長に並ぶと言われている男か?」

「はっ! だから何だ。言っておくが、今は俺の方がつえぇ」

 

 

 男は鞘にしまったままの得物に手をかけると、グッと腰を落とした。足は踏ん張りが利き易いベタ足。そしてキリッとアインズらを睨みつけ、名乗りをあげる。

 

 

「ブレイン・アングラウスだ。悪りぃが、たとえ人間だろうと化け物だろうと、この先には通さん。そして、更なる高みへ登るための踏み台になって貰う」

「アインズ様、コノ者ニハ強者二ナリ得ル可能性ヲ感ジマス。私ガ参ッテモ宜シイデショウカ」

 

 

 ようやくコキュートスのお眼鏡に叶ったのだろう。先程までと違い、明らかにやる気を出している。

 

 

「良かろう。しかしそうは言ってもレベル差は如何ともし難い。なるべく生かして……と言いたいが、蘇生という手段もある。まぁ、お前の好きなようにやるがよい」

「ハ。御意ノママニ」

 

 

 コキュートスは一応レベル差を考慮したのだろう。本気の武装から数段落ちる(とは言っても伝説級の)武装、『迦具土』を取り出し右手に装備する。

 

 余談であるが、『迦具土』はコキュートスの創造主、武人建御雷が打倒たっち・みーを目標にして、試作した刀の内の一振りである。攻撃に特化しているが耐久値が低いため、硬度の高い物を切るとあっという間に刃がボロボロになる。

 

 コキュートスは迦具土を正面、上段に構えると、ゆっくりと間合いを詰めていく。

 

 

「臆ス事ナク立チ向カウ者二敬意ヲ払イ、先手ヲ譲ッテヤロウ。構エカラシテ、貴様ノ剣ハ居合。ソノ間合イ二入ッテヤルカラ、本気デ来イ」

「その余裕、後悔させてやる」

 

 

 コキュートスが告げると、ブレインは更に腰を落とし足に溜めを作る。一歩、また一歩とコキュートスは間合いを詰めていく。間合いが詰まる度に緊張感が高まっていく。

 

 

「ここだ!!秘剣・虎落笛!!」

 

 

 コキュートスがある距離を踏み越えた瞬間、ブレインは刀を抜き放った。刀は滑るようにコキュートスの肩の関節部へ吸い込まれていく。これが何処にでもいる有象無象であれば、腕を切り飛ばされて致命傷を負う事になるだろう。

 

 しかし相手はナザリックが誇る守護者、コキュートスなのである。相性の問題があるため、ナザリック最強とは言えないが、それでも完全装備時の物理攻撃力は他の追随を許さない。

 

 

 ぎいぃーーーーん…………。

 

 

 金属同士がぶつかる音が反響する。ブレインの放った斬撃は、コキュートスの迦具土に難なく受け止めらている。その刀身には刃こぼれ1つ無い。つまりブレインの刀はそこまでのものではないという事だ。

 

 

「馬鹿な……。神速の一撃を……こうも容易くだと……?」

「人間ニシテハ速イホウダロウ……。ダガ、私ニハ遅スギル。慢心ヲ捨テ、剣ニ命ヲ捧ゲル事ガデキレバ、マダ伸ビル余地ハアルカモ知レン。シカシ、ソノ前ニ」

 

 

 コキュートスは刀を押し弾くと、ショックを受けて呆然としているブレインに刀を向ける。

 

 

「今度ハ私ノ番ダ」

「ぐ、クソヤロウ!」

 

 

 再び距離を詰めるコキュートスに、なんとか意識を持ち直したブレインが雨霰と斬撃を飛ばす。明らかに先ほどより、速さも威力も落ちているのがわかる。難なく弾かれ、その度にジリジリと追い詰められていく。

 

 

「必殺ノ一撃ヲ誇ル者ハ、破ラレレバ途端ニ脆クナル。真ノ強者ナラバ、二ノ太刀、三ノ太刀ヲ想定シテオクモノダ。貴様ノ敗因ハ一撃ニ驕リ、ソノ先ヲ見イ出セナカッタ事ダ」

 

 

 コキュートスは素早く迦具土を袈裟斬りに振り下ろす。瞬間、ブレインは血飛沫を挙げて、そのまま前のめりに倒れこんだ。

 

 そして、絶え絶えの息で。

 

 

「ぐ……俺……は、やつ……よ……り……」

 

 

 悔しそうに吐き出すと、そのまま息を引き取った。

 

 

「コキュートス。見事であった。して、お前はこの男をどう見る?」

「恐レナガラ。コノ男ニハ慢心ガ見テ取レマシタ。シカシ、死ノ間際ノ言葉ニハ執念ガ感ジラレマシタ。鍛エレバ、戦士トシテ大成スルヤモ知レマセン」

 

 

 アインズにはコキュートスの価値観はあまり理解できなかったが、武技の研究をするついでに、現地人のレベリングの検証にも使う事を思い付き、大いに満足がいった。

 

 

「よし、ではナザリックへ運び蘇生した後に、コキュートスに預ける。武技の習得実験と、お前が鍛える事でどれだけ強くできるかの検証を行う事とする。期待しているぞ」

「ハッ!! 有リ難キ幸セ。コノコキュートス、必ズヤアインズ様ノ満足スル結果ヲ御覧ニ入レテ見セマス」

「よし、あとは残党狩りだ。さっさと済ませてしまおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、死を撒く剣団は蹂躙され壊滅した。

 

 死体は組合への報告用に残した2人分を除き、恙無くナザリックの資源となるために転送さた。ブレイン・アングラウスのそれは丁重に運ばれ、組合にはそんな強者はいなかったと報告する事になった。

 

 斥候隊が全滅したのは、盗賊団の1人が気配を遮断する外套を所持しており、急襲を受けて戦線が乱れたところを叩かれたためだと、辻褄を合わせる事にする。幸い、生き残りのレンジャーは何故全滅したかまでは確認できなかったとの事なので、バレる事はないだろう。

 

 また、この世界のレンジャーを騙眩かす程度の装備なら、ナザリックに山のように眠っている。今回はアインズの私物から提供する事にした。

 

 アジトの奥に囚われ、男達の慰み物になっていた女達は、急遽呼び出したルプスレギナ・ベータに応急措置を取らせ、組合に報告の後に救助隊を差し向けてもらう事にした。その間、ナーベラルを護衛としておく事にした。ナーベラルはやや不満そうにしていたが、仕方がない事だ。後で何か褒美を与える事にしようと、勝手に妥協しておく。

 

 最後に死体が残っていない件については、アンデッド化を防ぐために埋葬した事にした。アジトの前に大穴を開け、埋め直す事でそれらしく見せてある。掘り返されてもいいように、死体の一部を適当に埋めてある。それから、念の為に討伐の証として体の一部を切り取ってある。後は報告用の死体で事足りるだろう。

 

 

「よし、皆ご苦労であった。これより帰還する!!」

 

 

 シャルティアもコキュートスも満足してくれたようだし、アインズも目的の人材(今は死体だが)を確保できて満足のいく仕事だった。

 

(はぁ。毎回このくらい都合が良い内容だと良いんだけどなぁ)

 

 願わくば、次の仕事も実入りが良いものでありますようにと、アインズは思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして後日、今回の働きによりモモンは、エ・ランテルでは単独最高位となる、オリハルコン級に昇級する事になる。

 

 それに嫉妬したあるミスリル級の冒険者が藪を突いてしまうのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編で御座いました。

ブレインさんは人間のまま、コキュートスの鬼指導を受ける事になりました。まぁ、逃げる事なんて出来ませんがね。きっとガゼフより強くして貰えるよ。

死を撒く剣団については独自解釈をしてます。戦時の傭兵って事は貴族と繋がりがあるのでは?と、安直に考えた次第です。

そして、アインズ様はオリハルコン級に昇格です。ホニョペニョコ討伐が無い分、一気にアダマンタイト級に登る事が出来ませんので、ひとまずといったところです。

斥候隊に参加したブリタさんは死亡した事になっています。ポーションを使う間も無く……です。ちなみにポーションは価値を知らない盗賊が、血のような赤い色を気味悪がって捨ててしまいました。割れてしまっているので、よそに流れる事も無いでしょう。

漆黒の剣は参加してません。彼らはンフィーレア一家と共に、拠点をカルネ村に移したらしいです。アインズ様が直接やりとりする日も近いかもしれません。

それでは、次話もよろしくお願いします。




たこ焼き製造工場様、誤字報告有難う御座います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:三者三様の腹具合

〜前回あらすじ〜


フールーダ「さぁ、我を弟子に!!さもなくば、靴ペロの儀式を行うぞ」
エン「ぎゃー!! この本貸すから勘弁して!」
バジウッド「……(ガクブル)」


 帝国がエンと接した翌日、深夜。

 

 

 

 スレイン法国大神殿では神官長達が、連絡がつかなくなった漆黒聖典の動向について議論していた。エンの居場所については間違いがないはずで、怠慢をしていなければ既に接触を終えているはずである。にも関わらず、結果の報告はおろか定期連絡さえも途絶えてしまっていた。

 

 

「どういう事だ? 最後の定期連絡以降なんの音沙汰もないぞ?」

「ふむ。まさかと思うが、帰国の際に破滅の竜王に遭遇したのではなかろうか?」

「だとしても、カイレに秘宝を持たせておるのだ、よもや敗れるという事はないだろう?」

「消耗して動けない可能性は?」

「それならば連絡が途絶える事はないだろう」

「ならばその秘宝、既にエンとやらに使っていたら?」

「バカなっ!? それこそありえんだろ!! 我が国の最強部隊だぞ? 秘宝を使う事態になるとは思えん」

 

 

 幾ら議論を重ねても答えは出ない。まさか秘宝を破られ、国の教義を否定され、その上殺害されているなど、夢にも思っていない。いや、仮に可能性が存在していても、認められるはずがないのだ。人類の守り手たるスレイン法国の最強部隊、漆黒聖典とは簡単に敗れていい存在ではない。

 

 

「100年の揺り返し。件の旅人がぷれいやーだとすれば、どうだろうか?」

「それこそ、秘宝を使ってぷれいやーを破滅の竜王にぶつければ良いはずです。第一、仮にぷれいやーだとしても、漆黒聖典の隊長は神人の中でも別格の1人。勝てずとも負ける事はあり得ないでしょう」

「ぷれいやーが単独ではなく、漆黒聖典を全滅させたのではないだろうか?」

「であれば、敵対と同時に秘宝が使われ、同士討ちに持ち込んだはずだ。いかにぷれいやーと言えども、味方を支配されたら手も足も出ぬはず」

 

 

 長い伝承の間に失われたワールドアイテムの特性に纏わる知識。それを持たない彼らには正解を導く事ができない。あれこれと可能性を挙げては、「それは違う」「それは無理がある」と否定していく。

 

 

「こうなれば、今は控えている大儀式による遠見を行うべきでは?」

「だめだ。破滅の竜王による邪魔が入れば巫女姫が犠牲になる。叡者の額冠の適合者は多くない。今しばらくは控えるべきだ」

「では、どうするのだ!! あれも無理、これも無理では何もできんではないか! 漆黒聖典には六大神様の遺した武具も貸し与えているのだぞ!? もしクインティアの片割れのように裏切られているとしたら、どうするのだ!!」

 

 

 裏切り。その言葉で議論の場に剣呑な空気が漂い始める。

 もしこの世界における最高戦力である漆黒聖典が、完全武装で裏切りに走ったら、それは即ち人間世界の終わりを意味する。

 

 もちろん、スレイン法国には切り札が残っている。ただ、アーグランド評議国を治める竜王との盟約が枷となり、その札は簡単には切る事ができない。

 

 そんな暗澹たる空気を察してか、最高神官長たる男は残った駒の中から最善と思える選択をしてみせる。

 

「やむを得まい。火滅聖典の援軍に就いている一人師団を呼び戻し、風花聖典と共に漆黒聖典の捜索に当たらせる。一時的に対エルフの陣容が薄くなるが、背に腹は変えられん」

「そういえば、件の遺跡は怪しくはないか? 巫女姫の力でも見通す事ができなかった事を考えれば、隠れるには絶好の場だ」

「……藪を突き蛇が出てはかなわんが、確かに調べるべきか。アインズ・ウール・ゴウンなる者の件もある。辺りを捜索して漆黒聖典が見つけられなければ、最後に調べさせるとしよう」

 

 

 最高神官長は誰からも異議が無い事を確認し、部下に手配を命じると、心の中で祖たる神々に問いかける。

 

(なぜ神は、我々人類の未来に昏き闇を落とそうとするのか………。六大神様、我々は間違っているのでしょうか……?)

 

 しかし当然の事ながら、その問いかけに答えてくれる者は誰もいない。神は肝心な時には助けに来ないという現実に、流石の信仰心もブレそうになるが、首を横に振って邪念を追い払う。そして最高神官長はここが正念場であると、両の手をきつく握りしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国魔法省。

 

 フールーダ・パラダインは、護衛としてついてきていたバジウッドと共に、一足先に転移魔法で帝都へ戻ってきていた。そして帰国するやいなや、ジルクニフへの報告もそこそこに、与えられた自室に篭ってしまった。もちろん、前日にエンから貸し出された魔導書を読み耽るためである。

 

 当然、事の次第をバジウッドから聞かされたジルクニフに、再三再四呼び出しを受けていたが、自らの生涯の望みが叶う目前にある今、そんなものは何処吹く風である。

 

 記された文字は神話に伝えられる文字であり、翻訳の魔法をかけなければ読めない。フールーダは手慣れた手順で翻訳魔法を己にかけて、1ページ、また1ページと舐めるように文字を読み込んでいく。

 

 

「素晴らしい。なるほど、魔法とはそもそも自然に存在する現象を…………。これは!? 未だ嘗てない視点じゃ! そうか、つまりこの理論は………」

 

 

 貸し与えられた魔導書には、大自然と魔法との関連性と、その結びつきを強化する理論が延々と綴られている。そもそも魔法とは何なのか、属性とは何なのか、自然の摂理に介入するとはどういう事なのか、そんな事がフールーダの今まで持っていなかった視点で述べられている。

 

 

「くくくくく………。ふはははっ!! これは凄い!! 魔法への理解が深まってゆくのがわかる。これならば、魔法の深淵の一端に至る事もできるやもしれん! 必ず成果を挙げて、弟子にして頂きますからな! くははははは……」

 

 

 

 

 

 

 フールーダが自室で高笑いをしている頃、ジルクニフとバジウッドは苦々しい表情で、秘書官や他の四騎士達は困惑に染まった表情で、エン・シルキティアス・ギルバーティスとの会談の段取りを確認していた。

 

 

「くそ。まさかジイが懐柔されるとはな……。しかも第10位階魔法だと!? 一体何の冗談だと言うのだ!!」

「陛下。どうしましょうか?」

「どうもこうもあるか! 敵対など以ての外。引き入れるに決まっているだろう」

 

 

 ジルクニフは苛立ちを隠そうともせずに言葉を荒げる。幼少の頃より、誰よりも頼みにしていたフールーダがあの調子なのだ。エンとの反目は即ち、フールーダの離反に繋がる。目的こそ当初と変わらないが、ジルクニフを取り巻く事情が明らかに異なっている。

 

 

「しかし、しかしだ。引き入れるにしても、劇物を体内に取り込むようなものだ。扱いを間違えれば国が終わる」

 

 

 ジルクニフは憎らしげに顔を歪めて尚も続ける。引き入れるとなれば、良い面も悪い面も呑み込まなければならない。当然に相応のリスクが付いて回る。

 

 

「他国に押し付けては?」

「もし敵対国に流れ着いたら、お前達が戦うのだぞ? 勝つ見込みがあるのか?」

 

 

 四騎士の1人、ニンブル・アーク・デイル・アノックは自らの意見に返された、ジルクニフの問いに頭を抱えた。正直なところ、第10位階魔法など見た事も聞いた事もないのだから想像もつかない。判断の材料を得るために、同僚へ意見を求める。

 

 

「バジウッド、貴方は直接会っているのですよね? どうだったのですか?」

「……正直な話、判断がつかねぇんですよ。強いのは確かです。身のこなしなんかは相当なもんです。しかし……強い奴特有の雰囲気みたいなもんが、まるで感じられねぇんです。だから、フールーダ様があんな反応するまでは……」

「ジイのタレントは信用がおける。魔法に関する実力は間違いないだろう。つまりそういった気配を隠す事に長けてるという事か? バジウッド」

 

 

 ジルクニフは、イジャニーヤの技術に似たようなものがあると聞いた事があったので、そのように聞いてみたが、バジウッドは首を横に振る。

 

 

「陛下、なんつーか……隠すというより、でかすぎてわからないっつった方がしっくりくる気がしますね」

「それは……あまり嬉しくない情報だな。技術だと言うなら、それだけだ。初めから脅威と考えて警戒していれば取るに足らん。しかし、向こうが隠してもいないのに、こちらが捉えきれないというのは、警戒のしようがない分タチが悪い。……仕方がない。話は通じるようだから、会談の場で上手くやるしかないだろう」

 

 

 バジウッドの感覚もまた、経験に裏打ちされている確かなものだ。その感覚がまさしく正しいのであれば、武力では圧倒的に不利である。

 

 ならばこそ交渉の場に立てば、自分に分があるはずだと信じたい。ジルクニフは自分に言い聞かせるように言葉を続ける。

 

 

「人の話を理解できない蛮族であれば手の打ちようがないが、バジウッドの話を聞く限り、他人に対してある程度寛容であるようだ。ならば付け入る隙は必ずある筈……。そうだな……手始めに我が国の領民を治癒した件を札として切ってみるか」

 

 

 ジルクニフは内心で、旅人だと称するエンにどこまで帝国の法を押し付けるかを計算して、道筋を構築していく。絶妙な加減で、後ろめたさを感じさせる事ができたらこちらの勝ちだ。領民でない以上やり過ぎれば逃げられるし、押しが弱ければ何も得る事ができない。

 

 思案している最中、バジウッドが思い出したかのように、遺跡の調査について議題に挙げる。

 

 

「そういえば陛下、あの遺跡はどうしますかね?」

「そちらは継続だ。だが、ワーカーどもをけしかけるのは、エンとの会談の後にするべきだな。エンがアインズ・ウール・ゴウンと繋がっている可能性は現状でも否定されていない。会談で情報を引き出せれば良いが、まぁ……それはやってみねばわからんな」

 

 

 既に差し向けるワーカー達の目星は付いている。あとはタイミングを調整して依頼を出すだけだ。もちろん、足がつかないように依頼のルートを迂回させてだ。

 

 

「よし、ひとまず帝国の力の全てを以って歓待してやるぞ。どんな力を持っていようと、人間に変わりはないのだからな。歓待を受ければ脇も甘くなるだろう」

 

 

 ジルクニフは、あとはもてなしの内容を細かく決めるだけだと、会議を終了させる。

 

(化け物並の力は予想外だったが、知恵比べなら負けはせん。精々有益な情報を齎して貰うぞ)

 

 会談こそが帝国の未来を左右する決戦の場であると、ジルクニフは決意を新たにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様、当日のプランです。御あらためを」

「うむ。アルベド、手間を掛けさせたな」

「とんでも御座いません。アインズ様のお力になる事が僕たる私の存在意義ですから」

「ん……、そ、そうか」

 

 

 アインズは執務室で、エンを招待する日の計画案を受け取る。いつもながら、僕達の仕事はとても早い。ナザリックをホワイトな運営に変えていきたいアインズとしては、少々複雑な心境ではあるのだが……。

 

(ふむふむ。地表からミラー・オブ・ゲートで玉座の間に転移して、謁見をして……会食……ね。うーん、どうせならナザリックの造りを見て貰いたいな。あ、そういえばブルー・プラネットさんの友人だってまだ言ってなかったな……。そうだな、これはサプライズにしよう)

 

 実のところ、アインズはもてなし好きだ。いや、正確に言うのであれば、仲間達と作り上げたものを見て貰い、一緒に『凄い』という感覚を共有するのが好きなのだ。

 

 だからアインズは、どうせなら自慢のナザリックを余すところなく見せたいのだ。防衛上、止むを得ず秘匿しなければならない場所を除いて、しっかり見て貰って褒めて貰いたいのだ。

 

 アインズ自身に自覚はないのかもしれないが、そうする事で仲間達が確かに存在していたのだと、再認識する事が出来るのだろう。なんとも面倒な欲求である。

 

 

「アルベド、セバスに客人を第8、第9階層を除く全ての階層を案内させるように伝えよ。流石に第8階層は防衛上見せる訳にはいかないが、ナザリックの素晴らしさを見せつけるためにも、時間を惜しむべきではない」

「……っ! 畏まりました。流石はアインズ様。仰る通りに整えさせて頂きます」

「ん? どうかし……いや、宜しく頼む」

 

 

 一瞬アルベドが震えた気がしたが、了承の意を示すその姿に、気のせいだと思う事にする。

 

(ふふふ……。エンさんはきっと驚いてくれるだろうな。あぁ、早く腰を落ち着けて色々と語らいたいものだ)

 

 できればナザリックへ迎え入れたいが、帝国での情報収集の件もある。ひとまずは協力関係を築き、信頼を積み重ねる事が優先だろう。

 

 僕の話では帝国の魔法使いが頭を下げて弟子入り志願したらしいが、その辺りも上手く利用する計画も立てたい。

 

 アインズはエンとの共同作戦を思い描きながら、ギルドメンバー達とのあれこれを思い出していた。

 

(ギルドメンバーの転移の可能性を諦めた訳ではないが、新たな縁というものも大事にしたいものだ)

 

 アンデッドとしての特性に引っ張られているアインズにとって、エンの存在は鈴木悟の残滓を励起させる要素になり始めていた。そしてそれは、良い意味でも悪い意味でもナザリックの今後を変える要素になり得るだろう。

 

 といっても、この時はまだアインズにそんな自覚は無いのであるが……。

 

(さて……協力関係を築くためにも、まずはエンさんにナザリックに協力するメリットをプレゼンしなくては。リアルでは嫌だ嫌だと思っていた営業のノウハウが活きる事になるなんてなぁ……。誰かが言っていたけど、芸は身を助けるとは本当だな)

 

 アインズは来たるエンとの会談に備え、完璧なプレゼンをしてやると意気込むのであった。

 




時を同じくして


コキュートス「脇ガ甘イ!! ソレデハ反撃ヲ受ケル」
ブレイン「くそ、スパルタ過ぎるだろ!!」
コキュートス「邪念ヲ捨テヨ! 死ヌゾ!」
ブレイン「ぐはっ……」





はい、そんな訳で第16話です。
第8話の結果を受けた話という位置付けです。エンと初接触後の3勢力のお話でした。しかし、ここまで王国が空気という……。

さてさて、ジルクニフが良い具合にイラついてきていますね。これは会談が楽しみですが、頭皮へのダメージが心配です。ワカメやヒジキを差し上げたい。一方のアインズはウキウキワクワクで浮ついています。法国は……ズルズルとドツボに嵌りつつある気がします。長くはないかもしれません。

そう言えば、死体回収された漆黒聖典はどうなってしまったかを描きたいですね。しかしその前に会談編を終わらせてしまわねば!

いよいよ3期も始まりますので楽しみです。ワーカー編やジルクニフの苦悩が本当に楽しみです(下衆ですみません)。

次回はエンによる御宅訪問。ナザリックツアーの結果やいかに。お楽しみ頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:空回りする忖度

〜前回あらすじ〜


法国「漆黒聖典裏切りとか……あ、あり得ないし!」
帝国「交渉の場では負けないし!」
ナザリック(主にアインズ)「大歓迎!!」



 ナザリック地下大墳墓。

 

 かつてユグドラシルに様々な伝説を刻み込んだギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点である。

 

 全10階層からなるソレは、第1〜3階層を墳墓、第4階層を地底湖、第5階層を氷河、第6階層をジャングル、第7階層を溶岩地帯、第8階層を荒野、第9階層をロイヤルスイート、第10階層を玉座の間で構成しており、どの階層もメンバー達のこだわりにこだわり抜いた意匠が施されている。

 

 

 

 

 

 

 エン・シルキティアス・ギルバーティスは、アインズが使いとして派遣した執事セバス・チャンに案内され、ナザリックの表層部に辿り着いたところであった。

 

 

「へぇ〜、丘に偽装している訳かぁ」

「左様に御座います、ギルバーティス様。失礼ですが、もしやナザリックの本来の姿をご存知なのでしょうか?」

「あぁ、うん。ナザリックはユグドラシルでは名が轟いていましたからね。外観はあちこちの情報サイトに載っていましたよ」

「情報サイト……で御座いますか?」

「えーと、情報屋が善意で公開している、誰でも無料で閲覧できる情報ってところですかね。まぁ、流石に内部の情報は有料だったみたいでしたけど」

「成る程。疑問にお答え頂き有難う御座います」

 

 

 セバスは律儀に礼を述べると、エンの観察を続ける。正直なところ、セバスはエンという人物を測り兼ねていた。アインズからは同等の実力者だから、決して侮るなと言われている。勿論、アインズの言葉を疑うつもりも違えるつもりも毛頭ない。しかし、彼からはアインズが纏うような絶対者の風格を感じないのだ。本当に自分達が至高の主人と崇める存在と、同等の力を秘めているのかと思わされてしまう。そのくせその一方で、戦士としての身のこなしは上位者のもののように見受けられる。そのチグハグさが妙に気味悪く感じてならない。

 

 

「こちらがナザリック地下大墳墓の入り口で御座います。これより、アインズ様の元までご案内致しますが、侵入者対策の罠などは切って御座いませんので、逸れないようについて来て下さい」

「わかりました。宜しくお願いします」

 

 

 《ミラー・オブ・ゲート/転移門の鏡》を使わず、徒歩で案内しているのはアインズの計らいである。せっかくギルドメンバーの友人であるプレイヤーを招待するからには、各階層を見て貰わなければと考えたのである。無論、幾ら友好的だからとは言っても、機密に関わる場所は見せるつもりはないので、第8階層は飛ばすようにと、転移装置の管理者であるオーレオール・オメガへ指示してある。加えて、後で自分自身で案内するつもりである第9階層もだ。

 

 しかしながらアインズの歓迎の意図とは裏腹に、階層守護者に名を連ねる者達は、エンの弱点を引き出す作戦の一環であると考えていた。また、エンが各階層を見た時の反応を見て、ナザリックを侮るような真似をしないか、試すためだとも考えているのだ。

 

 そして案内役を務めるセバスもまた、アインズの『しっかりともてなせ』という言葉を、守護者統括の地位にある者の言葉によって誤解していた。

 

(流石は智謀の王であらせられるアインズ様。歓待をするように見せて、その実は各階層のフィールドエフェクトを利用して弱点を探るおつもりだとは……)

 

 墳墓の領域にはいたる所に罠が仕掛けてある。デストラップ、強制転移の魔法陣、負属性のダメージを与える床、次々湧き出すアンデッド、いちいち挙げていけばキリがない。

 

 セバスはわざと罠がある通路を進んでいく。事前に罠の位置と種類を完璧に暗記して、華麗な足捌きで起動スイッチを避けながら。

 

 一方のエンはそんな事などお構い無しに、スタスタとセバスの後ろをついて行く。しかし肝心の罠は1つとして発動する事がない。

 

(おかしいですね……? ギルバーティス様は確かに起動スイッチを踏んでいるはずなのに、罠が発動する気配がありません。不具合が起きたとも連絡はないですし……)

 

 試しに離れたところにある罠のスイッチに向けて、足元に転がっている石ころを投げてみる。

 

 

 プシューーーー………。

 

 

 起動した罠から毒霧が噴出する。後ろを歩くエンは、「うわっ! ビックリしたーー」と声を挙げている。

 

(罠は正常に作動していますか………。故障という訳ではなさそうですね。だとすれば、何かのスキルでしょうか?)

 

 考察に意識を持って行かれていると、エンが心配そうにセバスに声を掛けてきた。

 

 

「あのセバスさん? 何か問題がありましたか?」

「いえ、何も問題御座いませんとも。ギルバーティス様こそ、何か気になる事が御座いましたでしょうか?」

 

 

 恐らくわざと罠を発動させた事が気になったのだろう。答えに納得がいっていないようだ。セバスはエンの様子をそうとらえた。しかし、弱点を探るという意図に気付かせる訳にもいかないのだ。ここは茶を濁しておく。

 

 そんなセバスの腹積もりを知ってか知らずか、エンはここまでの感想を述べ始めた。

 

 

「しかし、どこもかしこも丁寧な作りですね。流石です。今のトラップにしても実に効果的な配置だし、罠にはめてやるって気概をすごく感じますね」

「っ!? ギルバーティス様は罠の位置がおわかりになるのですか?」

 

 

 はたから聞けばただの世辞にしか聞こえない言葉。しかし、セバスは急激に肝が冷えていくのを感じた。まさかこの男は、このナザリックの罠を全て看破しているというのか? だからトラップに1度もかからないと? だとしたらとんでもない頭脳の持ち主だ。

 

 ナザリックの罠の配置の基本は、『アインズ・ウール・ゴウン』の軍師、『ぷにっと萌え』が考案し残したものだ。思考の死角、考えの先の裏側を突くような罠の配置。それを完全に看破できるとすれば、尋常でない智謀の持ち主であるという事になる。

 

 

「いや? わかるのは一発アウトなデストラップだけですよ。あ、ほらあの道の奥にあるやつとか……。ちなみに今の毒ガスの罠……かな、あれ見てそう思っただけです。あの罠、曲がり角の壁きわきわにあるから、厭らしいですよね。曲がり角で出会い頭を警戒すると、壁際確かめながら進む事が多くなる訳なんですけど、あの位置だと大体は曲がり角の先に意識いっちゃって、確認が疎かになるポイントになるんですよ。普通の奴なら絶対見落としますね」

 

 

 セバスはエンの言葉の半分は嘘だと確信した。エンの言葉の裏に、こんな罠になどはかからない、との意思表示を感じたのだ。

 

(これは、罠は全て看破されていると見ていいでしょうね。わかっていながら素知らぬ振りでいらっしゃるとは、なんと豪胆な方でしょうか……)

 

 生半の策など踏み潰されてしまうだろうと、セバスは気合を入れ直す。

 

 

 

 

 

 セバスが盛大な勘違いを更に拗らせようとしている中、エンは実に呑気に構えていた。せっかくご招待に預かったのだから楽しまなければ損だと、物珍しげにあちこちに興味を向けていく。勿論、セバスがわざと罠が張り巡らされた道を歩いているなどとは思ってもいない。

 

 ちなみに、罠が発動しないのは単純にスキルの恩恵であり、エン自身の技量ではない。

 

『星の導き』。デストラップの位置看破、罠の不発率上昇、幸運値上昇の効果を持つパッシブスキルである。更に精霊種特有の幸運値の高さにより、不発率が更に高まっている。

 

 また罠に特別詳しい訳でもなく、ソロでダンジョンに潜る事が多かったぶん、ほんの少しだけ知識がある程度である。先ほど披露した賞賛の言葉も、何処かの誰かが口にしていたのが耳に残っていたに過ぎない。ただ、罠の位置が厭らしいと感じたのは紛れもなく本心である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー。ここは地底湖になっているんだ。何か生き物は生息しているのかい?」

 

 

 エンは生まれて初めて海にやってきた都会の子供のように、目を輝かせて地底湖を覗き込む。先程までの少々怪しい丁寧語はなりを潜めてしまっている。その様子をセバスは呆気にとられたように、目を見開いて眺めているが、すぐにエンの問いに答える。

 

 

「湖の中は階層守護者のガルガンチュア様の領域になっております。また、侵入者がガルガンチュア様に害を成さぬよう、水棲モンスターが多数警備をしております」

「ガルガンチュア? 戦略攻城ゴーレムの? やっぱり上位のギルドは所有してるんだ。流石にすげーな、ギルド『アインズ・ウール・ゴウンは』」

 

 

 セバスは純粋にナザリックを楽しみ賞賛をするエンに対して、少々の心苦しさを感じ始めていた。階層守護者の皆は弱点を探るための策だと確信していたし、自身もそうに違いないと考えていた。

 

 用心に用心を重ね、策を巡らすナザリックが至高の王の事、ただ案内をさせるだけとは思っていない。本来なら主人の命がいかに非情なものであろうと、完遂する覚悟は常に持っている。しかし、かの玉座の間で行われた話し合いで、『敵意が無ければ味方に』と言われた事も事実である。セバスはアインズのあの時の言葉に、搦め手を用いて無理矢理に味方に引き入れる、などという雰囲気は一切感じてはいなかった。

 

(これはもしや、我々は出過ぎた真似をしているのやもしれませんね……。ここは、アインズ様に確認を取る方が良い気がしてきました……)

 

 セバスは少し悩んだが、アインズに連絡する事に決める。案内の途中で主人にお伺いをたてるなど、執事失格の烙印を押されるかもしれないが、それでも曖昧な事を曖昧なままにしておくべきではないと考えた。

 

 

「ギルバーティス様、誠に申し訳御座いませんが、アインズ様に至急確認しなければならない事がありますので、少々お時間を頂きたく存じます」

「え? あ、分かりました。大丈夫ですよ」

「有難う御座います。すぐに戻りますので、少々お待ち下さい」

 

 

 セバスはエンを地底湖のほとりに残すと、少し離れた場所に移動し、連絡用に支給されている《メッセージ/伝言》のスクロールを発動させる。

 

 

『どうしたセバス。問題が生じたのか?』

「いえ。今のところは恙無く。実はアインズ様に確認致したい事があるのですが、よろしゅう御座いますか?」

『何だ? 言ってみよ』

「は。恐れながら………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょっと待った!? 何がどうなって弱点を引き出す事になっているんだ? 俺はただ、ブルー・プラネットさんの友人だったエンさんに、ナザリックを見て貰いたくて案内させたんだぞ?)

 

 セバスから話を聞いたアインズは、自分の与り知らぬところで進んでいた話に動揺した。もしアインズに肉体があれば、顔を真っ青にしていたところだろう。セバスの話を聞く限り、今のところ何も起きていないからいいようなものの、もし彼が気分を害し敵対する事態になれば、アインズにとって大きな損失である。

 

 精神の沈静化により冷静さを取り戻すと、すぐさまセバスに軌道修正を通達する。

 

 

「セバス、どうやら私とお前達の間に行き違いが生じていたようだ。予定を変更して、第4階層にある湖上楼閣で会見する。済まないが、客人をそちらに案内してくれ」

『は。アインズ様のお考えを勘違いして行動した事、誠に申し訳ございません。いかなる罰も厭わぬ所存に御座いますれば、この失態を払拭する機会を賜りたく存じます』

「セバス。お前の気持ちはわからないではないが、込み入った話は後にしろ。今は客人への応対が最優先事項だ」

『っ!? 申し訳御座いませんでした。至急御案内致します』

 

 

 通信を切るとアインズは、本来必要の無い息を大きく吐き出した。

 

(はぁ〜……。守護者達が色々先回りして考えてくれる事に依存していた、俺の失態だな……。ともかく、まずはエンさんに謝らなければ。こういう時は下手に誤魔化したり、時間を空ける方が悪化するからな)

 

 アインズはNPCに対するこれまでの接し方を後悔した。例えば、アルベドやデミウルゴス、或いはパンドラズ・アクターに頭脳で勝てないにもかかわらず、彼らからの過剰な評価に応えるために、知ったかぶりを通してしまっていたりした。どうしても聞かなければならない事がある時は、誰かをダシに聞き出したりしてやり過ごしてきた。だが、今回はそれが裏目に出てしまったわけだ。

 

(全く……。あの話し合いの場で少しは本音を話せると思ったのに、成長してないじゃないか。些細な事でも、後々に齟齬を出さないために情報共有の方法を強化するべきだな。あとは、NPC達の過大な評価も何とかしないといけないけど……、今は上手い方法が見つからない。後回しだ)

 

 アインズはひとしきり反省をすると、ユリ・アルファにメッセージを繋げる。

 

 

『アインズ様、いかが致しましたか?』

「ユリ、済まないが予定変更だ。客人とは第4階層の湖上楼閣で会見する事になった。プレアデスは数名の一般メイドを連れて、そちらに向かってくれ。くれぐれも失礼の無いように」

『畏まりました』

 

 

 待って貰う間に時間を潰すためのお茶の準備など、ユリに細かな指示を出し終えると、続いて玉座の間で出迎えのために待機しているアルベドにメッセージを繋げる。

 

 

「アルベド、詳しい事は後で話すが予定変更だ。当初の予定であった玉座の間での謁見は取りやめ、私が先立って第4階層の湖上楼閣で会見する。その後、私が自ら玉座の間まで案内する。お前達守護者は玉座の間で待機だ」

『それはいったいどういう事ですか……? まさかセバスが何か失態を犯したのですか?』

「そうではない。私の考えとお前達の考えに少し行き違いがあっただけだ。事態は深刻なものではない。大事をとって、私がまず会う事にしたに過ぎない」

『しかし、それではアインズ様の身に危険が!』

「セバスもいるし、プレアデスも向かわせている。それにいざとなれば、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンもある。それに何より彼に危険はない」

『………承知致しました。しかし、くれぐれも御身に危険の無いようにして下さいませ』

 

 

 セバスは守護者の地位にある訳ではないが、その実力は同等である。また、竜人としての本来の姿を顕せばガチ勢のカンストプレイヤーにも引けは取らない。足止めに徹すれば十分に撤退する時間を稼ぐ事が可能だ。

 

 セバス(護衛)プレアデス()がいて、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン(切り札)まであっては、アルベドもアインズの言葉に引き下がらざるを得なかった。

 

 アインズとしては、それほど時間を掛けずにアルベドを引かせられた事に安堵した。あまりごねられて、エンを待たせ過ぎては本末転倒である。

 

(やれやれ、ひとまずはこれで良い。さて、それでは向かうとするか……)

 

 アインズはギルドの指輪を発動させると、第4階層の地底湖に浮かぶ湖上楼閣へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4階層地底湖・湖上楼閣。

 

 元々はアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達が、和風の旅館を再現したいと建造したものである。あくまで雰囲気を楽しむための建造物であるため、防衛に関わるギミックは一切配置していない。そういった関係上、第4階層を抜ける最短ルートからは離れた場所に建てられている。

 

 

「すごいな。本当に湖面に浮かんでいるんだ」

「えぇ。普段はあまり使用されていないのですが、我々の主人だった御方達が、雰囲気を楽しむためにお造りになったと聞いております」

 

 

 エンは地底湖の辺に浮かんでいる3階建ての和風建造物を見上げて、感嘆の声を挙げる。普通に考えて、コレを建てようと考えた奴は頭がぶっ飛んでいる。イメージとしては大昔の、江戸時代とか言われていた時代の偉い人の私邸……といったところだろうか? 実際に見た事はないが歴史の教科書に載っていた気がする。

 

 

「水中に支柱も何も見えないなんて、構造的にどうなってるんだ? マジックアイテムにしても、これだけのデータ量がある建造物を浮かべるとか、相当な浪費だよコレ」

「構造について、私どもは存じ上げておりません。疑問にお答えできず、申し訳御座いません」

「いやいや、謝らないで下さい。説明されても、桁が違い過ぎて理解が追いつかないと思われますので……」

 

 

 相も変わらず律儀な執事に慌てていると、遠くからメイド服の一団がやってくるのが目に入った。全員で8人。最後尾の2人はワゴンを押している。

 

 

「来たようですね。さ、ギルバーティス様。立ち話もなんですので、アインズ様がいらっしゃるまで、湖上楼閣の応接室にてお寛ぎ下さい」

「あ、いやなんか、有難う御座います」

 

 

 セバスに促される形で、エンは楼閣の中へと入っていく。なんだか、先ほどに比べてやけに凄みを感じさせるセバスの勧めに、やや気圧されてしまう。

 

 

「はぁ〜……。中もすごいなぁ……」

 

 

 中に案内されたエンは感嘆のため息を漏らした。楼閣の中は外観と同じく純和風の設えで統一されている。主に木材で造られており、廊下の床は磨き抜かれた鏡のように光を反射する。各部屋は畳と呼ばれる床材が敷き詰められていて、畳の素材であるイグサ特有の匂いがする。

 

(考えてみたら、リアルではどんな金持ちでも再現不可能な建築だよな……。しかしまぁ、現存資料も少ないはずなのに、よくここまで作り込んだもんだよ)

 

 改めてアインズ・ウール・ゴウンのクリエイター陣のぶっ飛んだ技術力に感心しながら、応接室へと案内される。

 

 応接室は畳15枚分の広さがある。昔の部屋の広さの単位で言うところの15畳……というやつだ。部屋の入り口とは反対側には大きな窓がつけられており、そこからは地底湖を眺められる。窓を開ければ、今にも心地よい風が吹き込んできそうな、なんとも涼やかな景色が広がっている。

 

 部屋の両側には古木で造られた棚が置かれており、様々な調度品が鎮座している。絵皿、茶器、壺、刀……どれも雰囲気を重視したもので、レア度はそれほどでもないようだが、実に見事に調和している。

 

 部屋の中央には真紅の毛氈が広げられ、民俗調のローテーブルとそのローテーブルを挟むようにシックな色調の籐細工のソファが設えてある。

 

 エンが促されるままにソファに腰掛けると、案内役のセバスは先ほど見かけたメイド達を中に招き入れる。

 

 

「アインズ様がお見えになるまで、彼女達がギルバーティス様のお相手をさせて頂きます。さぁ、お客様にご挨拶を」

 

 

 セバスの言葉にメイド達は一糸乱れぬ所作でお辞儀をする。そして黒髪を夜会巻きに整えた知的なメイドが、一歩前に足を踏み出した。

 

 

「お初にお目に掛かります。プレアデスのユリ・アルファと申します。アインズ様よりギルバーティス様を歓待するよう仰せつかっております。宜しくお願いします」

 

 

 次に前に出るのは、赤毛を左右に三つ編みにした快活なメイド。たたえる笑顔がどこか薄ら寒いのは気のせいだろうか?

 

 

「ルプスレギナ・ベータっス。御用命があれば何なりと言って下さいっス」

「ルプスレギナ。言葉使いは丁寧になさい」

「おわっ。失礼致しました。宜しくお願いします」

 

 

 やや砕けた口調で話すルプスレギナをユリが嗜めると、戯けた様子で口調を変えて小さく舌を出してみせる。

 

(音に聞いた『テヘペロ』というやつか?)

 

 エンがルプスレギナのコロコロ変わる表情に感心していると、黒髪をポニーテールに纏めたクールな印象のメイドが前に出る。

 

 

「ナーベラル・ガンマです。宜しくお願いします」

 

 

 普段から無口なのだろうか? シンプルな挨拶である。表情に変化が乏しいところを見るに、あまり人と接するのは得意でないのだろう。

 

 次に前に出るメイドもまた表情が読めない。左眼に眼帯をしているが、愛らしい顔立ちをしている事がよくわかる。ストロベリーゴールドの髪はサラサラと動きに合わせて揺れている。

 

 

「シズ・デルタ。……宜しく、お願いします」

 

 

 どこか無機質な声であると感じたが、声色自体は容姿によく似合うものであると感じた。

 

 次に5人目のメイドが前に出る。一言で言えば隙がない。金髪に、出るところが出て引っ込むところは引っ込んだボディライン、しかし厭らしさを感じさせない。顔には柔らかく微笑をたたえている。ある種の完璧を詰め込まれた存在と感じさせる。

 

 

「ソリュシャン・イプシロンですわ。ギルバーティス様、お見知り置きを」

 

 

 最後に前に出たのは、ナーベラルやシズとはまた違う無表情。完全に作り物に見える。よく見れば腕の骨格が人間ではない。

 

 

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータですわぁ〜。宜しくお願い致しますぅ」

 

 

 声はするが口は動いていない。やはり顔は作り物のようである。しかし、言葉に合わせて髪の毛がヒョコヒョコ動いているのが、なんとなく微笑ましい。

 

 ここで、セバスがワゴンを押してきたメイド2人の方を見て口を開く。

 

 

「それからあちらの2人は一般メイドのリュミエールとフォアイルです」

 

 

 セバスの言葉に2人は深々とお辞儀をしてみせる。

 

 メイド達の挨拶が済んだところで、エンもまた社会人としてあるべき態度をとる。要は挨拶に対する返答である。

 

 

「こちらこそ宜しくお願いします。それにしても、皆さんお綺麗ですね。俺は1人で動く事が多かったので、皆さんのような方々がいらっしゃる事が羨ましく思えます」

「まぁ……お戯れを。今お飲み物をご用意致します。何かお好みは御座いますか?」

「いや、俺は精霊種だから飲食が必要という訳ではないんだ。どうぞお構いなく」

 

 

 互いに挨拶を終え、しばしの歓談。取り留めのない話を交わし、時間を潰していく。するとセバスが立ち上がる。

 

 

「アインズ様が第4階層にお着きになられたようですので、出迎えに参ります。ギルバーティス様、申し訳ありませんが少々席を外させて頂きます」

 

 

 そう言ってセバスはユリを従えて応接室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして応接室に残っていたメイド達が、応接室の入り口の両脇に整列する。どうやらアインズが湖上楼閣に到着したようだ。

 

 するとタイミングを見計らったように、ソリュシャン・イプシロンが声を挙げる。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン様の御入室で御座います」

 

 

 同時に、ルプスレギナ・ベータとナーベラル・ガンマにより扉が開かれ、3日前に会った時と寸分違わぬ姿のアインズが応接室へ入ってくる。

 

 そして開口一番、アインズはエンにお詫びの言葉を口にする。

 

 

「お待たせして申し訳ない。また、急な予定の変更でご迷惑をお掛けした。重ねて謝罪させて頂きたい」

「いえ。お呼ばれしているのはこちらですから、そちらの都合に合わせるのが道理です。どうかお気になさらず」

 

 

 そう。ここまで楽しく案内して貰っていたのだから、全く気にしてなどいない。エンは本心から述べたのだが、どうにもアインズはすっきりしていないようである。

 

 

「さて、話し合いをする前に、セバス、プレアデス及び一般メイドは一時席を外せ。私はエン殿と内密の話がある。とはいえ、警備上の問題があるだろうから、エントランスに待機せよ。問題があれば私からセバスにメッセージを飛ばす」

「畏まりました、アインズ様」

 

 

 アインズの命令にセバスが代表して返答し、ゾロゾロと退出していく。アインズは全員が出ていくのを確認すると、改めてエンに正対し、機敏な動きでガバッと頭を下げる。

 

 

「ほんっっとうに申し訳なかった!!」

「へっ?」

 

 

 エンは一体何を謝られたのかわからず、ただただ困惑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」




時を同じくして


???「ヤバイよヤバイよ。世界を滅ぼすとんでもないのが目覚めそうだよ〜」




第17話でございます。

第4階層に建造物を置かせて頂きました。ザ・サムライやザ・ニンジャの御方を始めとする、和風好きなメンバーが中心になって作った設定です。

さて、アインズ様の知らないところでエンを試してやろうとしていた守護者達&セバス。アインズを忖度したつもりが空回りしてしまいました。
アインズ様は基本NPCに対して甘いので、自分が依存していたせいだと、彼らを責める事はないでしょう。
どのみち、エンの方はそんな事には気付いていませんしね。

セバスも大概ですが、守護者達も先入観からくる早とちりが多い気がします。原作ではアインズ様の豪運で上手くいってしまうわけですが。

セバスが途中で確認しようと思えたのは、パンドラさんのお手柄ですね。あの話し合いの場で本音を引き出せていなければ、セバスのこの行動はありませんでしたから。
うん、パンドラはいい子だ。

次回はアインズとエンの会談からの、ナザリックとエンの在り方について話が進む予定です。お付き合い頂ければ幸いです。




ナタデココ0207様、誤字報告有難う御座います。
えりのる様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:エンとモモンガ

〜前回あらすじ〜


セバス「弱点を探ってやるぜ〜」
アインズ「ちょ、お前達なんて事を!!」
エン「メイドさん、綺麗だな〜」


 2人きりの応接室に沈黙が満ちていく。頭を下げ続けるアインズにエンは焦っていた。ともかく頭を上げて貰わなければ、居た堪れない。

 

 

「ちょ、頭を上げて下さい。予定の変更ぐらいで、そこまでする必要ないですから!!」

 

 

 しかしアインズに頭を上げる気配は見られない。どうしたものか困っていると、床に向けられたアインズの口から、か細い声が漏れ出した。

 

 

「………違うんです」

 

 

 その声は悪戯を叱られた時の子供の様な、そんな雰囲気を帯びている。一体何に対する「違う」なのか。エンが促すと、アインズはようやく頭を上げて躊躇いがちに話し始めた。

 

 

「実はNPC達が俺を物凄い優秀だと勘違いしてて……。本当は違うのに……、リアルじゃ何の才能もないただのサラリーマンなのに……。やれ智謀の王だの総てを見通す慧眼の持ち主だのと……」

「えっと……?」

 

 

 1度堰から溢れ出した言葉は勢いを増して、押し留めていた囲いを突き破る。エンが理解できずついてこれないでいるのも関係ないとばかりに、今まで溜め込んできた鬱憤を吐き出すアインズ。いや、この時ばかりは『鈴木悟』と言った方が適切なのだろう。

 

 

「今回の件だって、俺は純粋にエンさんにナザリックを楽しんで貰いたかっただけなのに、NPC達は俺がエンさんの弱点を探らせているとか勝手に勘違いしてるし……。俺がいないところで話を進めて、俺には総て知ってる筈だから……とかで、相談とか報告とかしてくれないし……。セバスからそれ聞いた時は、本当に心臓が止まるかと思いましたよ」

「……た、大変ですね………」

「そうなんですよ……。 本当に大変なんですよ……。彼らはギルドの皆の想いが詰まった存在なんです。だから、彼らが抱いているイメージを崩さないために、支配者らしく振舞っているんですけど、仕草なんかは何とかなっても頭の中身まではどうにもならないんですよ!それに……」

 

 

 相槌を打てば、それに被せるように言葉の波が押し寄せる。時々糸が切れるように流れが止まる事はあるが、それでも次から次へとアインズの言葉が溢れる。あまりの怒濤に、エンの心は此処に在らず……な状態である。

 

(えーと、やっぱりギルド長って大変なんだなぁ……。ってか、あの執事さんやメイドさんはNPCだったんだな。普通に自律的に動いているようだから、てっきり現地調達かと思ったよ……)

 

 エンはNPCが自我を持って動いている事に驚きながら、アインズの言葉を俯瞰して分析していく。

 

 曰く、アインズ自身は至って普通の能力しか持ち合わせてない。

 

 曰く、それなのにNPCからは過大な評価を受けている。

 

 曰く、そのために指示と結果に齟齬が生まれてしまい、困っている。

 

 曰く、しかしながらNPCの期待には応えたい。

 

 曰く、でもそれがものすごく大変で挫けそうである。

 

 極めて大雑把であるが、アインズの言いたい事は大体こんなものだろう。

 

(つまり、NPC達がアインズさんを忖度して、俺を試そうとしていたと。んで、墳墓エリアのトラップましましなルートをわざと案内していた……訳だね)

 

 謝罪の理由も言葉の奔流の中に見つかり、エンはようやく知りたい事を理解した。

 

 ちょうどアインズも溜め込んだ物を吐き切ったのだろう。言葉の洪水は治っていた。

 

 

「落ち着かれましたかね? アインズさん」

「………」

 

 

 声を掛けるも返事はない。どうやら今度は客人に溜め込んだ物を吐き出してしまった事に、罪悪感を抱いているようだ。話している時には上がっていた頭も、俯いてしまっている。

 

 

「アインズさん?」

「……重ね重ねすみません……」

「いやいや、ソロ専の俺では理解できないような苦労があるんだなと、それに素直にアインズさんは凄いなと思いました。あ、トラップはスキルのお陰で何ともないですから、気にしないで下さい。寧ろ普段のナザリックを見られて、大変光栄でした」

 

 

 実際その過剰な期待に応えてきたのだから、凄い事だ。エンは素直にそう思う。それにトラップの事も結局は自分になんの被害もなかったのだから、アインズがここまで悩む必要なんかないのだ。

 

 

「アインズさん。貴方の期待に応えたいという想いは優しさでしょう? そういう努力は好ましいものです。俺は地位に胡座をかいて堕落した者をたくさん知っていますから」

「優しさなんて良いものじゃないんです。失望されたら裏切られるんじゃないかという、打算が殆どなんです。それに俺はNPCに嘘をついているような気がして……」

「打算の何が悪いんですか? アインズさんが考えている事は行動のネガティブな面に過ぎない。しかし、その裏側にはポジティブな面もあるんです。物事には全て裏表があるんですから、1面ばかりを見て嘆く必要はありませんよ。それに……、確かに貴方の言うように、今はNPC達が考えている程の知恵はないのかも知れない。だったら、貴方も成長すれば良いだけです。学ぶ事はいつだってできますから」

 

 

 エンは現実世界(リアル)の権力者の盛衰を思い浮かべながら、アインズの支配者としての在り方に感心していた。彼の努力は全て、今はいない仲間の為にある。ユグドラシルでは野良でパーティを組む事はあったが、基本的にはソロでの活動を貫き、親しい友人を持たなかったエンには、アインズの行動はとても高尚なものに思えた。

 

 ただその一方で、彼の自己評価はあまりに低過ぎる。性格的なものだろうか? 謙虚というには卑屈が過ぎるのだ。下手をすれば、彼の良い部分を腐らせ兼ねない。

 

 そんな優しく卑屈な男に、何故だかエンは自分の持つ力を託してみたくなるのだ。もしかしたら、彼にここまで思われる彼の仲間に、羨望の念を抱いているのだろうか? 或いは、彼の自信なさげな考え方に庇護欲を刺激させられているのかも知れない。

 

(成る程。これが『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長か。一癖も二癖もあると聞き及ぶメンバーを纏めていたのは、強さでもなく、カリスマでもなく、人タラシが故……か)

 

 

「けど、俺は小卒です。圧倒的に基礎的な知識が足りないんです」

「なら、俺が手助けしますよ。NPC達に内緒で知識を高めたいなら、俺が力になります。こう見えて、学業は得意なんです。それに独学ではどうしても知識に偏りが生まれるし、知識は広く持っている方が応用が効き易い」

 

 

 アインズの言葉はやはり自己を低く評価するものであった。だからエンは「それがどうした」と、力を貸すと明言した。もしこれがアインズの作戦だとしたら、まんまと情に絆された事になる訳だ。尤も、アインズにそんなつもりはなかったようで、ハッとしたように俯き加減の頭を跳ね上げた。

 

 

「え、いやそんな………、本当にいいんですか?」

「いいですとも。それに、わざわざナザリックに招待してくれたのだって、ただ情報交換がしたかった訳じゃないのでしょう?」

「あ、いやー……。やっぱりわかり易かったですか?」

 

 

 エンがニヤリと笑みを浮かべて見せると、アインズは図星を突かれたと頬骨をカリカリと掻いた。

 

 

「なんだかエンさんには情けない所をお見せしてしまいましたね……」

「良いんじゃないですか? 支配者だってガス抜きしなきゃですよ。ストレスで奇行に走る権力者って、昔から多いみたいですし」

 

 

 アインズはハハハッと笑うと、つい先ほどまでの悲壮感など最初からなかったかのように、キリッと立ち直って見せる。切り替えの早さは元々なのか、それともアンデッドが故なのか……。

 

 

「それじゃあエンさん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。アインズさん」

「あ……もし、ややこしくなければ、NPCのいない時にはモモンガと呼んで下さい。せっかく同郷の方と知り合いになれたのですから」

 

 

 アインズ……いや、モモンガはそう言いながら右手を差し出した。握手を交わして、ここに協力をする事を確認する。そして2人で苦笑いしながら、話を次へと進める。

 

 

「それじゃ、とりあえず情報交換といきましょう。エンさんと協力関係になった事を、NPC達にも発表しなければならないので、先ずはうちの決まり事とかを教えときます……」

 

 

 モモンガはアイテムボックスから羊皮紙の束を取り出し、エンに差し出した。十数枚にも及ぶだろうか、その羊皮紙にはナザリックに関する決まり事や、モモンガがやりたい事、目標にしている事が書かれている。

 

 

「成る程。モモンガさんは他にも『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが転移してくる可能性があると、そう考えて行動している訳だね?」

「はい。可能性はかなり低いと考えていますけどね」

 

 

 スレイン法国の秘宝の件もある。あれは六大神の遺産と聞いていたから、過去にプレイヤーが転移してきているのは確実だろう。であるならば、未来に転移してくる者がいるのも道理である。

 

 

「エンさんはやはり自然環境を守る事が目的ですか?」

「そうですね。ただ、なるべく今の生態系を崩さずに、管理していきたいところです。分からず屋には、多少キツめのお仕置もやむなしと思いますがね」

 

 

 モモンガはエンの言葉を聞いてひとしきり考えを巡らすと、1つどうしても確認したい事に思い当たる。

 

 

「エンさんはこの世界の人間をどう思いますか?」

「人間……ですか?」

「はい。俺はアンデッドになった影響なのか、あまり関心が無いんです。借りがあったり、何がしかの交流がある人間にはそうでもないんですが、特に関係の無い人間は……。それに、ナザリックのNPCも基本的に人間を下に見ていますし……」

 

 

 モモンガが自分を不快にさせないよう言葉尻を濁している事を、エンは理解している。そしてここに至って、この世界の人間について考える機会は無かったと、気付いた。そこでエンは改めて考えてみる事にした。

 

(どうなんだろう? 確かに自分も精霊種になった影響なのか、人間に対する同族意識? とかは無いんだよな……)

 

 エンもモモンガ同様、自分に関係の無い人間に対しては特別な感情を持っていない。人間も魔物も家畜も思い入れでいえば平等である。むしろどちらかといえば、全ての生き物に対して理不尽な滅びが生じないよう、環境を保つべきだとの思いが強い。

 

(あぁ、そうか。精霊だから自分の中にある『こうあるべきだ』という部分が強くなっているんだ)

 

 精霊はこの世界の事象を司る力の具現。そして、エンにとっては転移してきた瞬間の状況こそが、この世界の原点。それ以前がどうであろう、現状の環境を保つ事がエンが持つ精霊としての本能である。

 

 従って、人間をどう思うかと問われれば、滅ぼすべきではないが手厚く保護するべきでもない存在だと答える。無論ミクロな視点で見れば、異種族間で戦争が生じても構わないし、好ましく思う特定の集団を優遇する事も構わない。

 

 あくまで将来的に現存する全ての種が、そのまま存在し続けるならば問題はない。尤も、自然の現象としての滅びにまで介入しようとは思わないし、存続を諦めた種の絶滅を防ごうとも思わないため、時には見捨てると判断する事もあるだろう。

 

「モモンガさん、俺も人間に特別好意的な感情を持っている訳ではないですよ。ただ、人間も自然の一部だと考えています。彼らが自然の枠組みの中で生きているなら、どうこうしようとは思いません。まぁ、お付き合いがあった人間を贔屓したい気持ちはありますけどね」

「成る程。他の生き物に対する考え方とあまり大差ないと。………うちのNPCに人間を食料と考えている種族もいますけど、そういうのは平気ですか?」

「それが食べ尽くしてしまおうと考えている訳じゃないなら、特に。要は、世界規模で特定の種を滅ぼす……とかいう考えでなければ、俺は文句はないですよ」

 

 

 エンは最後に「スレイン法国みたいにね」と付け加える。モモンガはエンの言葉に、ひとまず人間に対するスタンスの違いで争いになる可能性が低い事に安堵する。そういった価値観の違いは致命的な要因になりかねない。

 

 

 

 

 

 その後も双方にとって重要な情報の擦り合わせは恙無く行われ、十分な成果を挙げる事ができた。お互いに打ち解けてきた証拠に、エンの話し方はだいぶ砕け始めている。一方のモモンガも口調こそ丁寧だが、割とあけすけに聞きたい事を遠慮なく聞いている。

 

 さて、モモンガにとって帝国の要注意人物のタレントや、プレイヤー目線の文明情報は価値のある情報だと言えるだろう。前者については護衛に送り込んでいた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)から報告を受けていたが、実際エンから話を聞くと中々に凄まじく、肌が存在していたら鳥肌が立っていた事だろう。

 

 

「で、位階のレベルキャップ緩和アイテムを貸したんですか……」

「そう。ユグドラシルでは使い切りだったけど、どうなるかね? 効果が発動した途端に消えたら、返せなくなっちゃうね」

「まさか狙って?」

「いんや。後で気付いた。まぁ、あの手のアイテムは山程ストックあるし、消えても構わないかな」

 

 

 モモンガは現地人の魔法習得実験に役立つ情報だなと、心のメモに書き残しておく。同じようなアイテムが宝物殿や図書館にあったはずだ。カルネ村に拠点を移した漆黒の剣のニニャ辺りに、貸し出してみるのも一興かもしれない。

 

 

「そういえば、スレイン法国の連中が使っていた、ワールドアイテムはどんな効果だったんですか?」

「あぁ、やり取り見てたんだっけね。『傾城傾国』っつう、耐性貫通して精神支配するぶっ壊れだよ。まぁ、ワールドアイテムは大概ぶっ壊れだけどね」

「なっ!? じゃあスレイン法国はエンさんを精神支配して、無理やり従わせようとしてたんですか?」

「だね。連中はワールドアイテムで打ち消されるって情報は知らなかったみたいだけど」

 

 

 モモンガはスレイン法国のなりふり構わないやり方に憤りを覚えた。もしナザリックのNPCが支配されていたら、そう思うと堪らなく腹が立つ。

 

 

「エンさんは法国をどうするつもりですか?」

「上位の精霊でも送り込んで、警告をしようかと思ってたけど、もう一度ちょっかいを掛けられるのを待って、それを理由に攻めるのがいいかなと、勘案中だね」

「待ち……ですか?」

「まぁ、ほら。モモンガさんから頼まれてる帝国の件もあるし、大義名分も欲しいところだしね」

「あぁ。確かに理由は必要ですね」

 

 

 モモンガはスレイン法国は目下の敵と心のメモに書き込む。アルベドに性急な手は用いないと言ってしまっているので、すぐさま攻め入る事もできない。何より後々の事を考えれば、エンの言う通り理由は大事だ。そう言い聞かせて怒りを鎮めると、他に必要な情報はないと判断する。

 

(ブルー・プラネットさんの話もしたいけど、別の機会にするべきだな。絶対長くなるしなぁ)

 

 協力関係を築けた今、いつでも話をする事ができるだろう。

 

 

「めぼしいものはこんなところですか」

「そうですね、モモンガさん。ところで、NPCを集めて友誼を結ぶ式典……って、やっぱりやるんですか?」

「私も必要ないと思うんですけど、彼らはそういうのを大事にしてまして……。覚悟してくださいね」

 

 

 カラカラと笑うモモンガを見たエンは、普段過大な忠誠を向けられている彼のささやかなストレス発散なのだろうと、抵抗を諦める。

 

 

「それじゃ、そろそろセバスを呼び戻しますね。名残惜しいですが、色々気を付けて下さい」

「了解しました。アインズさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆聞け!!」

 

 

 アインズの言葉に、玉座の間に集った異形達は至高の主人の言葉を聞き逃すまいと、その身を緊張させた。

 

 

「今日は実にめでたい日となった。我々と同じく、ユグドラシルからこの世界へと転移してきたプレイヤー、エン・シルキティアス・ギルバーティス殿と協力関係を結ぶ事となったのだ」

 

 

 アインズの言葉に僕達の視線が、玉座に座るアインズの右前方に佇むエンに集中する。見た目が人間だからだろうか、一部の者からは驚愕の声も聞こえくる。

 

 

「騒々しい! 彼の見た目が人間だからと安易な判断をするな。彼は精霊の更に上位に位置する種族であるが故に、人の姿を取る事ができるのだ。ユグドラシルのプレイヤーの中にはこのような種族もいるのだ。見た目だけで判断をすると、致命的な失敗に繋がるものと知れ!」

 

 

 僕達はエンが人間でない事に驚きつつも、自分達の知識に無い人型を取れる精霊を知る、アインズの知識の深さに感嘆の声を挙げる。

 

 そんな中、デミウルゴスがスッと立ち上がり、アインズに疑問を投げかける。

 

 

「恐れながらアインズ様。お言葉の途中に発言をする無礼をお許し下さい」

「許す。申してみよ、デミウルゴス」

 

 

(なにこれ、アインズさんもNPCも凄い事になってる)

 

 普段から交わされていると思われる仰々しい言葉のやり取りに、エンは呆気にとられる。そしてアインズが嘆く理由に納得する。

 

 

「アインズ様はギルバーティス殿を特別に考えていらっしゃるご様子。先の会議にてアインズ様の御心については、お話頂き深く知る事が出来ましたが、愚かなる私には未だに至高の御方のお考えの全てを理解する事が叶いません。宜しければ、理由をお伺いしても?」

 

 

 デミウルゴスの言葉に多くの者が頷いたところをみるに、多かれ少なかれ同じ様な考えを持っているのだろう。

 

 アインズはその質問に、待っていましたと心を踊らせる。兼ねてより考えていたサプライズの時間だ。

 

 

「デミウルゴスよ。お前の疑問は尤もだ。しかし、ナザリックで随一の知恵者であるお前でも、わからないか?」

「幾つか心当たりは御座います。しかしそのどれもが、決め手に欠けるとも思っております」

 

 

 アインズはサプライズのために敢えて焦らしている。やはり知恵がある者でも、最初から想定していない答えには辿り着けないようだ。つまり先入観による弊害。

 

 だからこそこのサプライズには意味がある。思いがけない人物が、嘗ての仲間達と繋がっているかも知れない事実。NPC達にはそれを知って貰わねばならない。

 

 

「では、答えを教えてやろう。デミウルゴス、彼は……エン殿はな、至高の41人の1人であるブルー・プラネットさんの友人であるのだ」

「なっ、なんと!? アインズ様、アインズ様のお言葉を疑うつもりは御座いませんが、それは誠に御座いますか?」

 

 

 余程信じ難い事だったのだろう。僕達の多くが驚きに言葉を失う。そして殊更に守護者の地位にある者達の驚きは大きいように見受けられる。

 

 

「本当だとも。ブルー・プラネットさんは自然を愛する者の集いをナザリックの外で行なっていた。彼はその集いの仲間なのだ」

 

 

 アインズの肯定に驚きが更に大きくなる。と、再びデミウルゴスが言葉を発する。そこには色濃く慚愧の念が滲んでいる。

 

 

「アインズ様、申し訳御座いません。我々守護者は愚かにも、至高の御方の御友人であるギルバーティス様を試す真似を致しました。この失態は我々の死を以って償うべきもの。どうか、この罪を償う機会を!」

 

 

 アインズはセバスから事の次第を聞いた時、こうなる事は予測できていた。だがアインズの中では、あくまでも自身の甘えが招いた事なのである。従って、デミウルゴスの申し出を許すつもりはない。

 

 

「よい。此度の件、お前達守護者に罪は無い。私とお前達の間に認識の食い違いがあっただけだ。今後、同じ事が起きぬよう、意思の疎通を今まで以上に密にすればよい。それに何よりセバスが大事に至る前に報告をくれた。ただ盲目的に仕事をする事なく、違和感を感じた時点で確認をした事が最悪を防いだのだ。セバスよ!!」

「はっ」

「この度のお前の忠義を私は誇りに思う」

 

 

 名を呼ばれ、立ち上がったセバスは深々と頭を下げる。

 

 

「勿体ないお言葉です。アインズ様」

「他の者達も仕事を与えられた際には考えを巡らせよ! ただいたずらに従う事は忠義ではなく怠慢であると知れ。そして今回の件に関して、エン殿は既にこちらの謝罪を受け取ってくれている」

 

 

 アインズがエンに視線を移す。その視線にエンは頷き、アインズから渡された羊皮紙の束に書かれていたルールに基づき、威厳を込めて言葉を発する。

 

 

「アインズ殿の仰る通りです。俺は今回の事を特に不快に思っていません。ですからどうぞお気になさらず。ただ、でき得るならば、先々の教訓にして頂ければ幸いですね」

「うむ。エン殿の言う通り、意外な者が我々のナザリックにとって重要なキーパーソンである可能性があると、肝に命じておくのだ」

 

 

 NPC達は一様に頷きアインズの言葉を頭に刻み込む。するとデミウルゴスが何かに気付いたように、呟いた。そう、アインズが恐れるあの台詞である。

 

 

「成る程。そういう事だったのですね、アインズ様」

 

 

 

 

 




時を同じくして


ルクルット「最近ナーベちゃん不足だ……」
ニニャ「バカ言ってないで、仕事に行きますよ」



第18話で御座います。
アインズ様は最強の人タラシ。そういうお話でした(違

かくしてエンとナザリックの協力関係は樹立いたしました。少々イチャイチャさせ過ぎたようで、胸焼け気味で御座います。
ここでネタバレを少し。エンはナザリック入りはしません。あくまで外部協力者として行動します。次話ではその辺りに至る話が続きます。

そして、果たしてアインズはデミウルゴスの「成る程、そういう事だったのですね」をしっかり修正できるのか!?
その辺りも次話の眼目になるのでしょう。

最後にエンの用意したお土産。これも次話でお目見えするでしょう。ナザリック勢の反応やいかに。

それでは皆様、今後もお付き合いの程、宜しくお願い致します。




暇潰し程度の読者様、誤字報告有難うございました。
えりのる様、誤字報告有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:ナザリックとエン

〜前回あらすじ〜


アインズ「本当にすみませんでした」
エン「ええんやで」
デミウルゴス「なるほど」
アインズ「ひー……」


 来た!!

 

 アインズは反射的に身体を緊張させる。今度は一体どんなとんでもスケールの勘違いをしてくれるのか。しかし頭ごなしに否定しては、リアルの不条理な上司と変わらない。ここは上手く聞き出して、正しい認識ならば褒め、勘違いならば諭さねばならない。

 

 

「……デミウルゴスよ。どうやら気付かれてしまったようだな……」

「はい、アインズ様。このデミウルゴス、アインズ様の叡智と慈悲深き御心に震えるばかりで御座います」

 

 

 これが例の勘違いの元凶か……と、エンはしげしげと2人を眺める。しかしNPCを立てるためとはいえ、よくもまぁ……自ら茨の道に突っ込んでいけるものである。

 

 

「んんっ。さてデミウルゴス、雪辱の機会をやろう。お前が気付いた事を私や皆に説明して見せよ。どこまで正しく認識しているのか、私が採点してやろうではないか」

「アインズ様、大変光栄なのですが……よろしいのですか……?」

 

 

 デミウルゴスはちらりとエンの方を見て、再びアインズを正面に見据える。アインズは「あぁ」と短く発すると言葉を続ける。

 

 

「彼は既にナザリックの協力者だ。それに私の考えに、我々では思いつかないような視点で助言を貰えるやもしれん。そもそも、そういうメリットを得るための協力なのだ」

「畏まりました。それでは……、アインズ様を前に申し上げるのは大変恐縮ですが、これもアインズ様の叡智に一歩でも近づくため。挑ませて頂きたいと存じます」

 

 

 どうやらアインズは情報の擦り合わせという作業を、知恵比べ……のような方法で乗り切ろうとしているらしい。そしてエンをこの場に残し、早速力を借りるつもりのようだ。

 

(あぁ、これは困ったらこっちに振るつもりかな……? まぁ、力を貸すって約束したしな。それにしても……、んー……。やっぱりNPCの期待に応えたいから『フリ』をする……か。アインズさんに墓穴掘ってる自覚があるからなぁ。第一、アインズさんは頭ごなしに「それはお前の思い込みだ」とも言えないだろうし……。まぁ、後付けでも中身が追いつきゃいい訳だし、最悪手って訳でもないか。結局は今後のアインズさんの知識のレベルアップの結果次第……か)

 

 アインズ自身の選択とは言え、好き好んで茨の道に突っ込んだのではなく、そうせざるを得ないのだと改めて理解したエンは、アインズに同情の念を抱いた。相手がなまじ優秀なため、勘違いがそのまま事実として成立してしまう現状をなかなか打開できないのだろう。だがそれもいつかは解消しなければならない。エンはいつアインズからの無茶振りが来るかもわからない状況に備え、デミウルゴスの言葉に耳を傾ける。

 

 そのデミウルゴスは、平伏す他の僕達が鎮まるのを確認してから話し始める。自然と彼の声の調子に力がこもっていく。単純にアインズに自らの力を認められる事は喜びの極みであるのだが、一方でデミウルゴスは既に2度アインズの心を読み違えている。慈悲深い主人に雪辱の機会を与えられたのだから、否が応にも……というやつだ。

 

 

「さて……まず皆に言っておかねばなりません。恥ずかしながら我々は、アインズ様の御心を読み違えてしまっていました。これは僕としてあるまじき失態です。本来なら自害を以って償うべき事なのですが……、アインズ様の慈悲深い御心によってお許し頂きました。さて、なぜアインズ様は寛大にも我々をお許し下さったのか……。それはつまり、アインズ様はこうなる事を見越していながら、敢えて見守って下さっていたからに他ならないからなのです」

 

 

 デミウルゴスの言葉に多くの者がハッとし、そして次の瞬間には感激して打ち震える。中には嗚咽を漏らす者もいるのだから、随分と情緒が豊かな事だ。

 

 しかしその様子を目の当たりにして、焦る者が約1名。

 

(いやいやいやいや…デミウルゴスさん、見越してないから。セバスから報告受けて初めて気が付いたぐらいですから!!)

 

 相も変わらず厚い信頼を寄せる配下にビビるアインズ。そんなアインズを余所に、デミウルゴスは更に続けていく。

 

 

「もう皆気付いていると思うんだが、アインズ様は我々を試しておいでだ」

 

 

 己が試されている。その言葉に先程まで感激に震えていた肢体に緊張が走る。だが、ナザリックに所属する僕にとって、捧げる忠誠が疑われるのは如何ともしがたい感覚を産む。ここで、守護者の中でもはっきりと疑問を口にするアウラが口を挟む。

 

 

「でもさデミウルゴス。私達の忠誠が至高の御方に捧げられているのは間違いないでしょ? だったらアインズ様は何を試していらっしゃるの?」

 

 

 アウラの言葉に幾人かが頷いて同意を示す。デミウルゴスはその問いにニヤリと笑い、丁寧に答えていく。

 

 

「そうだねアウラ。我々の忠誠は揺るぎようがない。これはその通りだと思うよ。ヒントは先程のアインズ様のお言葉の中にある」

「え?」

(えー?)

 

 

 デミウルゴスが言うヒントという言葉に、多くの僕と支配者たる者が首を傾げる。尤も、支配者の男に限っては心の中でそうしているだけで、表向きは微動だにしていない。

 

 

「アインズ様は我々に考えろと言われました。そして、ただいたずらに命令に従うのは忠義ではなく怠慢だともね。これは我々に対する意識改革の一端なのです。最終的な結論だけを述べるとね、つまりアインズ様は世界征服ののち、将来的に我々に支配下した国の運営を担わせるおつもりなのだよ」

(えっ? は? なに? 世界征服?)

 

 

 デミウルゴスの発言は、アインズにとって訳がわからないものだった。あまりの衝撃の内容に幾たびも沈静化が発動する。アインズは今まさに助けを求めようとエンの方に視線を向けるのだが、そこには興味ありげな表情でデミウルゴスの話に耳を傾ける男がいた。《メッセージ/伝言》の魔法でコンタクトを取ろうと考えたのだが、彼はデミウルゴスの話に集中しているようなのでやめておく。頼りたい時に頼れないもどかしさを感じながら、アインズは静かに事の成り行きを見守る。

 

 アインズの(精神面での)窮地を知ってか知らずか、エンはデミウルゴスの言葉を噛み砕き分析する。

 

(アインズさんからやりたい事のリストを貰っていたから、『アインズ・ウール・ゴウン』の名を広めるという目的は知っていたけど、まさかNPC達が世界征服をすると思っていたとは……。しかもこの方針は割と早くに宣言していたって話だよね……? つまり、最初っからボタンは掛け違っていたって事じゃん!! アインズさん、意外と肝心な所が抜けてるな。……でもそうだな。上手くすればアインズさんのやりたい事を殆ど解決出来る。世界征服……、悪くないのかもな)

 

 アインズとエンの内心とは裏腹に、デミウルゴスの演説は尚も熱を帯びていく。聴き入る他の者達も高揚しているようだ。

 

 

「アインズ様は他の至高の御方がこの世界にお出でになった際に、すぐさまその御身を見つけられるように、ゆくゆくは支配地域に我々を送り込むつもりなのです。今回、アインズ様が試しておいでなのは、我々がナザリック以外を見下すあまり、至高の御方に繋がる情報をみすみす逃しはしないか……。それを試されていたのだよ」

 

 

 結局、我々は不合格という見苦しい結果を残してしまいましたが……と付け加えたデミウルゴスに、他の僕達はある者は得心した表情で、またある者は苦々しい表情で頷いた。

 

 話を聞きながら、アインズは何をどうすれば良いかわからない状態だ。そもそもなぜ世界征服をする事になっているのか、全く理解が追いつかない。

 

 すると頭の中に声が響く。エンからの《メッセージ/伝言》だ。

 

 

『世界征服……。なんだか大げさになってきてますね』

『いや、もう何が何だか……。これ、軌道修正は無理ですよね?』

 

 

 アインズはエンにすがる。もはや自分には事態を収拾する方法を見出す事ができない。一縷の望みをかけて問いかけてはみたが、帰ってきた答えはやはりというものであった。

 

 

『アインズさん、軌道修正は難しいと思うよ。多分ね、ギルドの名を広めるって時点でこうなったんだろうから、既に外堀は埋まってると思うべきだね』

『うぅ……、こんなはずじゃ』

『落ち着きましょうよ。世界征服だって、考えようによっちゃ悪い事じゃないと思いますよ。それにアインズさんの目的の大半はそれで達成できる』

 

 

 エンの言葉にアインズは少し冷静さを取り戻す。考えてみれば魅力がない訳ではない。が、しかし明確なデメリットも確かに存在する。アインズはそれが故に決断できないでいる。

 

 

『エンさん、もし我々ナザリックが世界征服をしていたら、今後転移して来るプレイヤーはどう思いますかね?』

『さぁ?』

『さぁって、なんですか! 俺は真面目に……って、すみません』

『構いませんよ、アインズさん。結局は他人の思うところは誰にもわからない、という事です。でも、もしナザリックがこの世界の者にとって良き政を行うならば、少なくとも即敵対ってプレイヤーは出てこないんじゃないかな。だから世界征服と一口に言っても、悪い事だと決め付ける事はできないね』

 

 

 どこか他人事な返答に怒りが湧いたが、後の話を聞いて納得する部分もあった。真剣に世界征服を考えても良いかもしれないと、悩み始めたアインズにエンはさらに続ける。

 

 

『アインズさんが防ぎたい事は、NPC達がアインズさんを絶対視するあまり、先走って取り返しのつかない失敗をしでかす事なんでしょう?』

『はい。だからNPCに、俺は思っている程凄い奴じゃないと、わからせたいんですけど……』

『過去を変える事はできません。だから今更彼等が抱いているものを、全て変えようとするのは無理でしょうね』

 

 

 アインズはエンの言葉にがっかりとする。少なくともアインズより頭脳面で優秀だと思われるエンに、はっきりと『無理』と言われてしまったからだ。それでもなお、エンはアインズに向けて《メッセージ/伝言》での話を続ける。

 

 

『だから、今日この時点からやり直しましょう』

『やりなおす?』

『そう。仕切り直すとも言えるかな。まず、現状の方針に関しては、NPCに乗っかってしまいましょう。世界征服しても善政を敷けばデメリットは少ないでしょう。そして、現時点で集まっている情報を整理します。文書化できるとなお良いですね。後は、彼等がやる事なす事考える事、全てに報告を義務付けて……、情報の共有を理由に迂遠な表現や比喩めいた言い回しは禁じればいい』

『成る程。でも、それでNPCが納得してくれますかね?』

『納得するさ。他でもない、アインズ・ウール・ゴウンの指示なんだから。ま、どうしてもな時は俺をダシにすればいいよ……と、デミウルゴスさん……だっけ? そろそろ話しが終わるようだよ』

 

 

 アインズはエンの提案を聞いて少しだけ肩の荷が降りた気がした。エンの言うように考えれば今の方針についてはメリットが大きい。勘違い防止に関しても、NPC達には少々窮屈な思いをさせるが、暴走されるよりは余程安心だ。ただ……目を通さなければならない報告書は確実に増えるだろう……。

 

 さて、今回のエンへの応対に纏わる勘違いに関しては、デミウルゴスに乗っかってしまおうという事にする。アインズその旨をエンに断ると、二つ返事で了承してくれた上、最初の接触の時に申し合わせた事にするよう助言をくれた。

 

(やはり、素の俺を知っている人がいるのは心強いな。このままナザリックの一員として留まってくれると、尚良いのだが……)

 

 アインズはエンを友人として、または自分の補佐として、或いは相談役として、そして教育者としてナザリックに迎え入れたいと、そう強く考え始めていた。

 

(ブルー・プラネットさんの友人だという事もあって、NPCからも受け入れてもらえそうだし、今ここで確認を取って仕舞えばいいよな。エンさんもいざという時の拠点があった方が安心だしな)

 

 手前勝手に決めてしまうと、アインズはデミウルゴスに視線を向ける。彼の考えに乗っかる事にしたのだから、まずは褒めてやらねばならない。そしてその勢いでエンのナザリック入りを決めてしまおうと考える。

 

 

「よくぞ見抜いた、デミウルゴス。失敗があったとは言え、私の意図を正しく理解したのだ。お前の知能は誇るべきと言えよう」

「滅相も御座いません。アインズ様がいくつもヒントを下さったからこそ辿り着けたのです。自らの底の浅さを恥じるばかりです」

 

 

 先ほどよりも気が軽くなったアインズは、快活にデミウルゴスを褒めて煽てる。デミウルゴスもまた口では謙虚な姿勢を崩さないが、尻尾がくねくねと喜びを表している。

 

 アインズはデミウルゴスの反応に満足気に頷くと、これからの行動指針について話を移す。

 

 

「では、お前達に今後の方針を言い渡す。ナザリックは世界征服に向けて、より多くの情報を必要とする。そうだな、ひとまずは王国、帝国、そして法国の情報だな。また、我々の統治能力が優れている事を示す上で、懐の深さや器の大きさを見せつける必要がある。具体的な方法は集めた情報を精査した上で、順序決めていくことににする。また、今回の件でよくわかったと思うが、意外な者が我が仲間達と繋がっている可能性がある。情報のやり取りをより密なものにするべきだな。そしてみだりに外の者を殺す事を禁じる。殺す必要がある場合には十分に情報を吐かせてからにする事。最後に、協力者となったエン殿についてだが……このナザリックの一員として迎え入れたいと思っている」

 

 

 アインズは頭の中で組み立てた事をスラスラと言葉にしていく。本人からすればいっぱいいっぱいの支配者ロールだが、なかなかどうして堂に入った大したものだ。

 

 その支配者然としたアインズを見ながらエンは考える。たった今アインズの口から出た、思ってもいなかった事……、つまり自分がナザリックの一員になる意味と損得を。

 

(聞いてないぞアインズさん……。そうだな、確かに自分の目的を考えるならありだ。アインズさん達が世界征服をする傍らで自然保護を粛々と進めれば良いのだから。だがしかし、アインズさんへの協力は違う立場にあるからこそ有効なものになり得る。同じ組織の中に入ればしがらみも出てくるだろうし、そうなれば違う視点でのアドバイスが難しくなるかもしれない。それに、いずれ『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが戻った時を考えると……って事もある。何より帝国や法国……彼らに対する選択肢が狭まる)

 

 アインズの提案にNPC達は特に文句をつける様子もない。ブルー・プラネットのナザリック外での逸話などを知れるかもしれないと、期待している者もいるようだ。

 

 僕達から反対の意見が出ない事にアインズは安堵し、エンをギルドの42人目に迎え入れる宣言をしようとしたその時、エンが声が挙げた。

 

 

「アインズ殿。申し出は大変光栄ですが、今はまだいち協力者に留めておくべきです」

 

 

 その言葉は玉座の間に集う者達にとって信じられないものであった。映えあるナザリックの一員になる事を拒む、しかも至高の主人たるアインズの誘いを断る行為。僕達の中に俄かに不穏な空気が流れ始める。

 

 

「訳を……聞こうか?」

「えぇ」

 

 

 断られるとは思わなかったアインズの声には、困惑と少しの苛立ちが混じる。アインズは骨の身体になってからというもの、ありとあらゆる生理的な欲求を失う代わりに、執着心が強くなっているようだ。これがアンデッドの特性であるのか、鈴木悟の残滓が必死にその存在を留めようと足掻いているが故なのかは定かではないが、時に抑制されがちな感情を強く励起させる。

 

 先程までの歓待の雰囲気は何処へやら、今や四方八方から剣呑な視線を向けられているエンだが、そんなものは御構い無しに飄々とその訳を話す。

 

 第1にアインズとの約束を守る為には、同じ組織の中に属するよりも、組織の外から客観的な立場で見た方が適切だという事。建設的な意見を担保するためには必要な事だ。

 

 第2に元々のギルドメンバーに対する義理立は必要である事。もしも、ギルドメンバーが転移してきた時、知らないプレイヤーが我が物顔でナザリックに居たら良い気はしないだろう。

 

 第3に法国への対策として。既に自分が法国との対立が決定的である以上、エン個人と法国の問題がナザリックと法国の問題になり、世界征服の障害になるであろう事。

 

 大まかに述べればこんなところだろうか。エンはアインズに説明し終わると、ナザリックの肩書きが無くとも友好を深める事には何の問題もないと付け加える。

 

 エンの説明に納得いくものがあったのだろう。デミウルゴスをはじめとする幾らかの者達からは、先程までの剣呑な空気が感じられなくなっている。

 

 

「成る程……。確かにエン殿の言う通りだな。私が早計であった」

 

 

 エンの話を聞いて、先程までの自分がついつい友好的なプレイヤーと仲良くなれた事に浮かれ、メリットしか考えていなかった事を、アインズは反省した。

 

 

「いいえ。俺の方こそ折角のお誘いを断る形になってしまい、申し訳ありません。しかしながら、俺はどこにいようと貴方がたの味方である事を誓いましょう。その証拠という訳ではありませんが、これをお納め下さい」

 

 

 冷静さを取り戻し軽率を詫びるアインズに、エンはお土産として持って来ていた包みを渡す。アインズが戸惑いがちにそれを受け取ると、エンは包みを開くようアインズを促す。

 

 

「これは……。調べても?」

「どうぞ」

 

 

 包みの中から姿を表したものはいくつもの宝石。一見するとただの宝石なのだが、わざわざ土産に持って来たものがただの宝石であるはずがない。アインズは何か仕掛けがあるはずだと、鑑定魔法を発動する。

 

 

「《オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定》!! なんだとっ………。んんっ……成る程、貴重な物を有難うございます」

「お役に立ちそうなら幸いです」

 

 

 エンから贈られたのは《スタージェム/星魔石》と呼ばれるレアアイテムだ。しかも5段階あるランクの内で最高ランクの物だ。

 

 ユグドラシルにおける宝石の扱いは、言ってしまえば外装データでしかない。それだけでは精々外装のアクセントにしか使い道が無い。いわゆるアーティファクトとして機能させるためには、データクリスタルを組み込まなければならない。

 

 しかし、この《スタージェム/星魔石》は特殊な方法により生成されるため、初めから魔法が付与されている。ランクが高くなれば付与される魔法も比例して高位階になる。更にデータクリスタルを組み込む事も可能であり、通常の宝石よりも強力なアイテムを作成できるのである。

 

 それだけ便利なものならば流通量もかなりあったのではないか。つまり『アインズ・ウール・ゴウン』の宝物庫にも備蓄されているのではないか。そう思われがちであるが、実際はそうでもなかった。《スタージェム/星魔石》の実装は、ユグドラシルの衰退期のテコ入れとして行われたので存在を知る者は限られていたし、また精霊種特有のスキルという特殊さも相まって、市場にも殆ど出回る事はなかったのだ。

 

 

「これはエン殿が作成したのですか?」

「ええ。精霊種のスキルで作りました。幸い、俺は精霊種オンリーの構成なんで、ランクの高い石を作成できます。まぁ、1日の使用制限があるので無尽蔵に、とはいきませんがね」

「これは《トゥルー・リザレクション/真なる蘇生》が込められているな。こっちは《フェイタル・プロミネンス/致死の紅炎》か……。他の宝石に込められているのも、どれも高位の魔法ばかりだ。素晴らしいな……。有り難く、友好の証とさせて貰おう」

 

 

 アインズは自身のアイテムボックスに大事にしまうと、改めてエンに礼を述べる。そして2、3度咳払いをしてから再び口を開く。

 

 

「では改めてお前達にエン殿の待遇について命じる。エン殿にはナザリックの協力者として力を振るってもらう。エン殿がナザリックに滞在する際は私の友人としての待遇をする。また、エン殿がナザリックに出入りする際は私の許可は要らないものとする」

 

 

 はっきり言えば、ほぼギルドに迎え入れるのと変わらない待遇である。ナザリックの僕や資材についての権利こそ与えられていないが、アインズを通せば貸し出しや譲渡は可能との事なので、実質自由になるも同然だ。

 

 

「それではこれにて解散とする。尚、私とエン殿はこれからの行動について打ち合わせるので、円卓の間に行く。その間誰も近付かぬ事。何かあれば《メッセージ/伝言》で伝えよ」

 

 

 まくし立てるように配下達に命じると、アインズとエンは玉座の間から退出し、早足で円卓の間へと移動する。

 

 

「ぶはぁ………。もう色々と勘弁してほしい……」

「お疲れ様でした。でも、いい形に収まったと思いますよ。あとはアインズさん……いえ、モモンガさんがイニシアティブをとっていけば、今回のような無い裏を読み過ぎて……という事は防げると思います」

 

 

 円卓の間に入るなりガックリと膝をつくモモンガをエンが労う。少々スパルタなエンの労いに、「それが簡単にできれば苦労はないんですがね」と、苦笑まじりにモモンガが返す。

 

 

「ともあれ、これでいつでもナザリックに来れますから、遠慮なく遊びに来てくださいね」

「有難うございます。ただ、色々と心中複雑な者もいるでしょうから、程々にしますよ」

 

 

 和やかなやり取りに、モモンガの心労が癒されていく。いつかはナザリックに迎えたいと、改めてアインズは決意する。

 

 

「それじゃエンさん、色々これからのことを話し合いましょう」

「切り替え早いですね」

「そりゃもう。転移して以来あんな感じですから」

 

 

 お互いに笑い合いながら話を始める。これからの事、ブルー・プラネットの逸話、モモンガの学習計画の事、尽きない話を続けていく。

 

 この日、円卓の間からは遅くまで楽しげな声が漏れ聞こえていたとは、ナザリックに仕えるメイド達の証言である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック第9階層、????の私室。

 

 

「まさか裏切り者に繋がっているなんて………。あの男、邪魔ね………」




時を同じくして


イグヴァルジ「くそ! なんで新入りがオリハルコンなんだよ!! 見てろよ、絶対化けの皮を剥がしてやる」
他のメンバー「「「………」」」




第19話で御座いました。少々リアルが立て込みまして、更新が遅くなってしまいました。お待ちくださった方々、すみませんでした。

デミウルゴスの深読み攻撃は、今後対処するとして今回は乗っかる事になりました。兎に角、情報の共有を密にする事が大事ですね。

さて、本来ならゲヘナの後になるはずだった世界征服への舵切りが早まったため、今後の展開に色々変化が生じそうです。冒険者モモンやらトカゲやらツアレやらの展開が変わっていくと思います。
まぁ、とは言ってもあくまでうちの主人公はエンなので、ナザリック側の描写をどこまで書いていくか、悩ましい所ですね。

最後に、3期面白いですね!! ルプーの駄犬ぶりが可愛くて仕方ありません。

それでは次話も宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。