北郷当代記 (KKS)
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一章 天の御遣い


どこかのタイミングで一章は書き直す予定です。(計画頓挫中)


 春も過ぎ去り、もうそろそろ夏を迎えようかという頃。

 水田には青々とした苗が風になびき、新たな芽吹きを感じさせている。順調そうな生育具合に、持ち主たる村の人々の表情も自然と明るくなっていた。

 そんな太陽に照らされる中、二人の男が水田とは区切られた位置にある畑で野良仕事をしている。なにか作物の種まきをするためなのか、うね立ての最中といったところであった。

 

「兄ちゃん、そろそろ一服しようや」

 

 ふーっと息を吐き、髭面の農夫が鍬を振るう手を止め、近くで作業をしていた青年に声をかける。

 青年は軽くうなずくと、首にかけている手ぬぐいで額の汗をぬぐった。ぱんぱんと手で叩いて衣服についた土埃を払っていると、彼に近づいていく人影がひとつあった。

 

「どうぞ、一刀(かずと)さん」

 

 腰のさきまで届く銀髪を持った少女が、水の入った筒を一刀と呼ばれた青年に手渡す。少女はいかにも快活そうな格好をしていて、その肌には幾筋の傷跡もうかがえる。

 その容貌からして寡黙で取っ付きにくそうな印象を受けるが、柔らかく微笑んだ姿を見れば誰もがその評価の間違いに気づくことだろう。

 一刀は人懐っこい笑みで筒を受け取ると、栓を抜いて口をつける。

 午前のうちの仕事とはいえ、暑さもはっきりとしてきている時期なので喉もよく乾く。うまそうに何度も喉を鳴らすと、彼は筒の中の水を飲み干していった。

 

「ありがとう(なぎ)、やっぱり仕事のあとに飲む水は最高だな。……ところで、道中変わりはなかった?」

 

 人心地ついた一刀は、笑いかけながら少女に筒を返す。少女は、凪と呼ばれていた。

 整備された街道をやってくるにしても、人気の少ない場所であれば怪しい空気が漂うものである。なかには野盗まがいの無宿人や、旅人を狙った不届き者すらいる場合も考えられよう。

 幸いなことに凪には体術の心得があるが、一刀が心配するのも当然であった。

 

「ふふっ、気にかけてくれるんですね。でも平気ですよ、このところは特におかしなこともありませんから」

 

「あ、当たり前だろう? 凪が強いことは俺もよく知ってるけど、なにかあってからだとさ……」

 

 一刀と親しげに会話を交わす度に、飾りでまとめた凪の長い髪が揺れる。それはまるで相手をしてもらって喜んでいる子犬のしっぽのようでもあり、無意識のうちに内面が表れているともいえよう。

 彼女は別の村から商いのためにこの村までやってきているのだが、実際こうして一刀と交流することも主な目的となってきている。一年ほど前に青年と凪は知り合ったのだが、いまでは武芸の修練もともに行う仲となっていた。

 

「それはそうと、お昼まだだよね? 俺たちも丁度これからだし、一緒に食べよう」

 

 先程の返礼とばかりに、一刀は凪を昼食に誘うことにする。

 

「えへへ……。そういっていただけるかと思い、まだなにも食べていません」

 

「兄ちゃん、こりゃあうまいこと乗っかられちまったな」

 

 ぺろりと舌をだす凪を見て、農夫は「がははっ」と大きく口を開けて笑う。そこから三人して雑談しながらしばらく歩いていると、木造の住居が並ぶ村の中心部に到着する。

 この集落には二百人ほどが暮らしており、土地の豊かさからそれなりに富んだ生活を送れていた。

 丁度どの家も昼時とあって、にわかに活気づいている。飯を炊いているのか、炊煙もいくつかあがっていた。

 

「お兄ちゃんおかえりー!」

 

 外で遊んでいた村の子供達が一刀の顔を見るや、さっと数人集まってくる。なかでも元気一杯といった感じの男の子が、追いかけっこをしようとせがんできた。

 

「おっと……。みんなもお腹空いてるだろうし、おっちゃんおばちゃんがウチで待ってるんじゃないか?」

 

 一刀はそういって子どもたちを家に帰そうとしたが、ちびっ子たちはまだまだ遊び足りないようである。

 気づけば反対側からは少女の幼い手が一刀の服の裾を遠慮気味に引き、無言の圧力をかけていた。

 結局、どうにかして相手をしてほしそうな子どもたちに根負けして、一刀は少し困ったような表情を浮かべつつも輪に入っていく。

 

「じゃあ、ほんとにちょっとだけだよ?」

 

 やったー、と喜ぶ小さな笑顔に、一刀の口元は思わずほころぶ。その様子を、凪は感心したように見つめていた。

 

「随分と人気者なんですね、あの方は。みんなとっても楽しそうで」

 

「あいつの周りには、自然と人が集まってくるんだ。よくわからねえけど、それも才能ってやつかね。……というわけで嬢ちゃん!」

 

 農夫が凪の背中をぽん、と押す。一刀を息子のように思う農夫にとって、二人のいまの関係はなんともむず痒い。バランスを崩した彼女は、そのまま遊びの輪の中へ入り込むかたちとなった。

 

「わっ、お姉ちゃんも遊んでくれるの?」

 

 凪に向けられる、いくつものきらきらとした眼差し。仕方ないといった仕草をとりながら、少女は後ろを振り返って農夫に軽く一礼する。その中から二人が解放されるまでそれなりの時間がかかったことは、いうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 農夫と一刀は同じ場所に住まいしていた。一刀自身は居候のようなものだと思ってはいるが、いまとなっては家族同然の付き合いとなっている。二人で生活を始めた頃はよそよそしさもあったが、いまでは農夫のことを「おやっさん」と呼んで慕っているくらいであった。

 妻に先立たれて子もなかった農夫であったが、近頃は同居人の世話をすることが生きがいになってきている。

 

「これはここでいいですか? あっ、そっちもかしてください」

 

 一刀らに凪も混じって、手際よく支度を整え卓に飯碗を並べていく。雑穀混じりの飯と汁物、それに小鉢に入った香の物。

 平時の昼餉ということもあって簡素そのものな食卓であったが、席につくとそれぞれうまそうに箸をすすめていった。

 農作業をしていた二人は特に腹が減っているのか、水も飲まずにとにかく飯を掻き込んでいる。

 

「んぐ……、ごほっ、ごほっ……!」

 

「むっ!? ぐぐっ……」

 

 同じようにむせる男どもに、少し呆れ顔をした凪が水の入った椀を差し出した。急いでそれを飲み干すと、誰からとなく笑いがこぼれる。

 

「まったく、お二人とも子供のようですね。こんな様子をあの子たちに見られたら、きっと大笑いされるんじゃないでしょうか」

 

 わざとそしるような視線を向ける凪。しかし知らぬ顔を決め込んだ一刀はひとつ咳払いをし、馴染み深いものが入っている小鉢に箸を伸ばした。

 

「――うんうん、この大根いい感じに漬かってるね。よかったら、凪もひとつどうぞ」

 

「それって、一刀さんの国のもので漬物……でしたよね?」

 

 ぱりっ、と一口大に切られたそれを咀嚼しながら、一刀は首を縦に振った。

 凪は漬物をひときれ箸で持ち上げると、それを興味深そうに見つめている。米ぬかからくる独特な香りに初めて口にしたときには戸惑ったが、すっかり馴染んでしまっている。

 

「これ、味も食べたことのない感じですけど、結構評判がいいんですよ。日持ちをするのもありがたいことですからね」

 

「そりゃあよかった。兄ちゃんとあーだこーだ言いながら工夫した甲斐があるってもんだ」

 

 近隣での好評を聞き、嬉しそうに農夫は破顔した。塩の加減や漬け込む期間など、上手くいかなかった頃を一刀は思い出す。

 失敗を繰り返しながら故郷の味にたどり着いたわけであるが、その時の感動と郷愁はひとしおのものであった。現在では村の新たな特産品となり、売出しにかかっている最中でもある。

 

「自分じゃ大したことねえと思ってるかもしれないけどよ、兄ちゃんは俺たちにとって充分ありがてえ天からの御遣(みつか)いさんだぜ」

 

 バシバシと農夫に肩を叩かれると、照れくさそうに一刀は手を横に振った。

 

「よしてよ、おやっさん。拾ってもらった恩くらい返さないと、バチが当たるって」

 

 農夫は一刀のことを、「天からの御遣いさん」と表現した。

 天というのは彼らの現在暮らしている地とは別の世界であり、一刀にとっての故郷である。ある日彼は突然に現れ、この大陸の住人となったのだ。

 正直なところ、一刀自身は表立って「天の御遣い」と呼ばれることをあまり好んではいない。ただの人にとっては大仰すぎるし、第一そのような自覚もなかった。

 壁を作られたくないという思いで凪にも当初そのことは黙っていたのであるが、彼女の大切なものを預かる際に決心して打ち明けている。 

 

(あれ、一刀さんの……)

 

 話を聞きながらふと、凪は部屋の一角に目をやった。そこには黒塗りの鞘に収められた一本の刀が壁に立てかけられている。

 事情を知らないものにはわからないことであるが、それは一刀が共にこの世界にやってきた相棒ともいえる存在だった。とはいえこちらに来てからは「あの時」のような輝きを見せることもなく、初めは一刀も困り果てたものである。

 少女はそれを一度抜いて見せてもらったことがあるが、その刀身の芸術的な美しさには目を見張るものがあった。精巧に鍛え上げられた地金は至高の域にまで達しており、余人を圧倒する迫力さえ纏う。

 いわゆる業物と称されるほどの一品であるが、所持する一刀にすらその由来は不明であった。

 

真桜(まおう)に見せたら、きっと喜ぶんだろうな)

 

 親友である技術屋の少女が面白そうなものを見つけたときの反応がすぐに思い浮かび、凪はついつい吹き出しそうになる。そんな友人たちのこともどこかで一刀に紹介したいと考えているのだが、なかなかその機会を作れずにいた。

 だいいち一刀とのことを変にからかわれて関係がギクシャクしてしまう恐れもあるし、女性としての魅力も友人たちに劣っていると凪は謙遜してしまっている。

 

「そいつも、もう使う機会が来なければいいんだけど……」

 

 凪の視線の先に気がついたのか、一刀は率直な思いを口にした。

 どんなに美しい形をしていても、最終的にそれは戦うための道具でしかない。そして、それを振るう痛みを一刀は知っていた。

 全てが変わり、全てが始まった日。斬ったことを後悔しているわけではないが、当時感じていた恐怖が日を追うごとに薄れていっている自覚がある。

 そのことが、彼の心の奥底に引っかかりを生んでいるのであった。

 

(みんな、元気にしているかな。(りん)も、病気なんてしていなければいいけど)

 

 脳裏に焼き付いた少女たちの姿が、目を閉じると鮮明に浮かんでは消えていく。誰しもが強烈な印象を残していっており、わずかに過ごした時間はいたく濃密であったように思える。

 関羽、張飛、そして……。思い出を振り返る一刀のなかで、当時の記憶が次々と蘇っていくのであった。



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2019/12/24 ほぼ全体を書き直しました。


 いまとなっては慣れてしまったことだが、やはり元いた世界に比べれば不便だと感じることは多い。夜間ともなれば火を灯さなくてはならないし、その火をつけるのだって手間がいる。

 たまに凪と急に話したくなり、もどかしい思いをしたこともあった。

 一刀は、その姓を北郷という。かつて薩摩に君臨していた、名門島津氏を始まりとする武門の家だ。

 そのためか、北郷の家では、いまに至っても男子は剣術を修めるのが慣例となっている。それは、一刀も例外ではなかった。

 なぜ、こうまでして実戦を意識した兵法を学ぶ必要があるのか。それを質問しなかったのは、どうせ家の伝統がどうとかで、濁されてしまうのがわかっていたからである。

 この地に辿り着いたのは、多分偶然なのだろう。自分のような男を誰かがわざわざ呼んだとすれば、それは相当物好きな奴による仕業だな、と思ったこともある。

 しかし、切欠についてはおおよそ見当がついている。夏季休暇の折に訪れていた、鹿児島の実家。古くからの武家であるその土地には、時代劇などでよく見かけられる蔵も存在していた。

 いつもの修練を終えてから、一刀は蔵の整理を祖父から頼まれたのである。そこで出会ったのが、ひと振りの刀だった。

 無造作に置いてあるものを抜いたからといって、怒られることはないだろう。ひどく湧いた興味に釣られ刀を抜いたことが、この奇異なる世界への扉を開いたのだと一刀は確信しているのだ。

 ある意味では忌々しい、かの業物。そうだとしても、武器としての出来栄えは抜群なのである。あの時も、二度、三度、と振ってみたものだ。

 刀を戻して作業に戻ろうとしたときには、もう手遅れだった。光を放つ刀身。それに飲み込まれるようにして、北郷一刀は異世界へと旅立ったのである。

 

 

 

 

 

 

 天がざわめく。数瞬の間、それまで光を放っていた太陽が雲にかき消された。

 雲を切り裂くようにして出現したのは、一筋の流星。それは凶兆か、あるいは吉兆の星なのだろうか。

 鼻先を、温めの風がくすぐっている。

 広々とした大地。高々とそびえる地肌の見えた山。北郷一刀が次に目覚めたのは、そんな場所だった。

 自分は、夢でも見ているというのか。目蓋を擦る。しかし、何度試してみても眼前の景色が変化することはなかった。

 

「俺、いつの間に着替えたんだろう」

 

 着慣れた学生服だ。化学繊維で形成された白を基調とした上着が、再びのぞいた陽光を反射している。

 

「あの刀は、蔵で抜いたものか」

 

 黒塗りの鞘が目に付いた。痛みでクラクラとしている頭を抑えながら、一刀はその場から動こうとした。

 

「なんだ? この地面、ふにってしていて柔らかいぞ」

 

 冷静になって考えてみれば、それがおかしいことくらいすぐに理解できるはずである。

 しかし、いまはとにかく脳内が混乱の只中にあったのだ。

 ゆっくりと、視線を下に向けてみる。すると、すぐに柔らかさの正体が判明した。

 

「女の子、だよな? ……俺、もしかしてヤバイことでもしてしまったのか?」

 

 さすがに、見知らぬ地で性犯罪者として捕まるのはよろしくない。全く身に覚えがないとはいえ、幼気な少女を押し倒してしまっているのは事実である。

 こんなことになるのであれば、まだ気を失っていたかった。一刀は、そう嘆かずにはいられなかった。

 

「それにしても、めちゃくちゃ可愛い子だな……。っと、そんなこと言ってる場合じゃないって」

 

 若紫色をした髪が、短く肩口で切り揃えられている。なにかのキャラクターでも模したようや髪留めが、なんとも微笑ましい。

 もしかすると、この子は自分の妹よりも年下なのだろうか。小さな身体。触れていた手のひらには、まだ僅かに温もりが残っていた。

 

「おーい、平気か?」

 

 一刀は声を掛け、少女を起こそうと試みた。

 こうして見ているだけでも、なんて際どい衣装を身に着けているのだろう、と思ってしまう。

 上などはほとんど下着同然であり、圧倒的に多い肌色の面積が目のやりどころを困らせている。それに、スカートの丈がやたらと短いせいで、時折中が見えてしまっているのである。

 

「ははっ。どこかで、コスプレイベントでもしてるっていうのか? こんな、どこも荒野の中で」

 

 口から洩れたのは、乾いた笑いだった。

 辺りの景色と見比べるほどに、強烈な違和感に脳内が苛まれていく。一体、自分はどこに来てしまったというのか。いまは、眠る少女に手掛かりを求めるしかなかった。

 

「こんなとこで人と会えるなんて、ラッキーなのかもしれない」

 

 砂を蹴るような足音。一刀の視線の先には、三人の男たちがいた。

 近寄ってくる。ひとりは中肉中背。あとのふたりは、巨漢と小柄という両極端な組み合わせだった。

 よく見れば、三人ともに腰に剣を備えている。やはり、なにかの撮影でもしているのだろうか、と一刀は思った。

 

「おうおう兄ちゃん、こんなところでこんな時間からお盛んだねえ。最近の若いモンなら、当たり前ってか?」

 

 どうやら、中肉中背の男が三人の中ではリーダー格らしい。なんとなく男の笑みに嫌なものを感じたが、一刀はここぞとばかりに立ち上がった。

 なんであれ、情報があまりにも不足しているのが現状なのである。多少怪し気な相手だろうと、選り好みしている余裕はないのである。

 

「違うんです。俺はこの子のことなんて、何一つ知らないんですから。それよりも、聞きたいことがあるんです。ここは一体、どの辺りなんですか? 目が覚めたらいきなり知らない場所にいて、本当に困っているんです」

 

 自分は、嘘をついていないはずである。それにいくら性欲盛んな年頃といっても、見ず知らずの少女に手を出すような外道になどなるものか。

 質問を投げ掛けたが、男はひどく怪訝そうな目をしている。一刀の中では、また一段と違和感が膨らんでいった。

 

「あん? どこって、ここは冀州だろうが。お前、そんなことも知らねえのか」

 

 なにを当たり前のことを、といった様子で男は返答した。仲間のふたりは、薄ら笑いを浮かべている。

 

「きしゅう? それって、和歌山の辺りってことですか?」

 

 尋ねてくる相手に対して、いまさら紀州というのもおかしな話ではある。それでも、一刀は自分の知っている言葉が出てきたことに、多少の安堵感を覚えていた。

 対照的にリーダー格の男は、一刀の言葉を聞いて呆れたような表情になっている。

 

「チビ、デク。こいつは当たりかもしれねえぞ。大方、どこかの貴族の坊っちゃんが、ふらふらと出歩いて迷子にでもなったんだろうな。こんなきらきらした服を着てるんだ、結構な金を持ってるかもしれねえ」

 

 貴族というのは、あの貴族のことなのか。

 確かに、言われてみればそうなのかもしれない。特別珍しい素材を使っているわけではないが、やたらと目立ちやすい制服ではある。

 地元に帰省したときには、武家のなんたるかをよく説かれたものだ。それに封建制度が崩壊してから長くなるが、北郷の家名を慕う声はまだ少しは残っている。祖父や先祖たちの頑張りがあってのことであろうが、それは一刀にとっても誇らしいことだった。

 凄みをきかせる男に対して、一刀は困惑を浮かべるばかりであった。

 

「あんたたち、なにが目的だ」

 

 睨みつける。明らかに、三人から出ている雰囲気が変わっていた。

 リーダー格の男が、チビとデクと呼ばれていたふたりに顎で指示を出した。取り囲まれる。そう思ったときには、もう身体が動いていた。

 地面に転がったままの刀。拾い上げ、鯉口を切る。

 

「間違いなく、真剣だな。でも、やるしかないんだ」

 

 刀を、鞘から解き放った。

 やはり、美しい。然るべきところにあれば、幾らでも鑑賞していられるほどの出来である。

 

「服と金目のもんだけいただいちまえば、その坊主はやっちまって構わねえ。女は金になるから、殺すんじゃねえぞ」

 

 リーダー格の男が、さらに物騒なことを言っている。このままでは、自分どころか見ず知らずの少女までもが危険に晒されてしまう。

 いまから行うのは正当防衛だ、と自らに言い聞かせた。緊張によって、喉が乾いてしまっている。

 

「いいだろう。そんなに味わいたければ、示現流の刃を思う存分味わわさせてやる」

 

 咄嗟に、口からハッタリじみた言葉が出た。

 それでも、言ったことで気持ちに僅かだが余裕が生まれたような気がしていた。

 闘え。そう叫んでいるのは、本能か細胞か。不思議と、冷や汗が引いていった。

 守るための戦であれば、全力を賭してもいい、と祖父や祖母からは教えられていた。もとより、示現流は実戦を潜り抜けるための兵法である。

 実際、人間に対して振るうことになろうなどとは考えたこともなかったが、ここではそれだけが頼りである。

 

「何流だか知らねえが、所詮はお遊びみてえなもんだろ? デク、この身の程知らずをちょいと揉んでやりな」

 

 デクと呼ばれた巨漢が、一刀に向けて一歩踏み出した。

 体格から繰り出される一撃は強力だろうが、動き自体は鈍そうである。自分も少し間合いを詰めつつ、一刀は得物を下段に構えていた。

 闘志を滾らせていても、振り抜くときには無心であれ。懐に飛び込み、一気に斬り上げる。すると、なにかを切断したような感触が手の中に生まれた。

 

「い、痛いんだな……!? アニキ、こいつ腕を……っ」

 

 吹き飛んだのは、剣を握ったままのデクの腕。断面からは、夥しい量の血が流れ出ている。

 この様子では、もう戦闘を続けることなどできないはずである。

 上手く行った、というべきなのだろうか。ひとを傷つけたというのに、意外と冷静でいられている自分がいる。だが、いまはそれでいい。もし後悔するとしても、それはこの場を乗り切ってからすればいい話しだ。

 

「デクめ、ドジ踏みやがって……。おい、なにしてやがる。こんなガキひとり、さっさと仕留めねえか!」

 

 リーダー格の男が、苛ついた表情を見せながら叫んだ。

 どうやら、闘いは配下に任せるつもりらしい。

 

「こいつらを叩っ斬る。それしか、考えるなよ」

 

 独りごちながら、一刀は次なる相手に目を向けた。

 顔の右側にまで、柄の部分を持ってくる。蜻蛉。示現流独特の、刀を天に向かって突き立てるような構えである。

 同時に一刀は息を深く吸い込んで、斬り込む機会をうかがった。

 

「ちっ、舐めやがって。デク、お前の仇は俺が取ってやるよ」

 

 威勢よく、チビが剣を中段に構えた。

 示現流は、とにかく攻めることを信条とする兵法でもある。相手がたとえ守りに入ろうとも、それごと叩き割ればいい。ある意味、至極単純な考えである。

 

「ちぃぇあああぁあああああ!」

 

 一刀が、猿叫を上げる。この特異な叫び方も、示現流の特徴である。

 さすがに、チビもこれには驚いたようだった。

 

「なっ、ひいっ……」

 

 大上段から振り下ろした刀身が、チビを左の肩口からばっさりと斬り裂いた。示現流は、ニノ太刀いらずの必殺の兵法。まさしく、それを体現するかのような一撃であった。

 ぶった斬られたチビは武器を取り落とし、どっと前方へ倒れ込んだ。血溜まりができている。

 赤黒い血を纏った刀は、活き活きとしているようにも見えた。これが、武器としての本来の役目なのだ。そう考えれば、納得もいく。

 

「ぐっ……、くそっ! こいつ、調子に乗るんじゃねえぞ」

 

 リーダー格の男が、口角から泡を飛ばして斬りかかってきた。何合か打ち合いが続く。いざ闘ってみてわかったが、大した腕を持っているようではなかった。

 

「さっきの威勢はどうした!」

 

 鍔迫り合い。怒りに歪んだ男の目が、血走っている。それも、そのはずである。楽に儲かる相手だと思ってやったことが、悉く裏目となってしまっているのだ。リーダー格の男は、このままでは終われない、と考えていることだろう。

 

「うおっ⁉」

 

 ここだ、と一刀は心のなかで叫んでいた。

 互いの武器が離れる瞬間を狙い、呼吸をする暇もなく攻撃を繰り出していった。

 金属がぶつかるような音。見れば、リーダー格の男の剣は弾き飛ばされていた。

 

「な、なんだってんだ」

 

 リーダー格の男が、痺れる右腕を擦りながら一刀のことを睨んだ。腕を斬られたデクは出血がひどいのか、ずっと座り込んだままだ。

 

「ここまでにしよう。俺だって、これ以上無闇にひとを殺したくなんてないんだ。どこかへ行くから、あんたたちも好きにすればいい」

 

 交渉を持ちかけるとすれば、いましかないと思った。相手の数はひとり減り、ひとりは重傷を負っている。それにリーダー格の男だって、戦意が挫けているはずである。

 実際のところ、これ以上戦うには体力的にも、精神的にも辛いものがあった。この興奮状態が、いつまで保ってくれるかすらわからないのである。

 しかし、その提案はこの場には不似合いなくらい明るい笑い声によってかき消されてしまう。なにやら、リーダー格の男にはまだ打つ手が残されているようだった。

 

「はっはっはっ。やっぱり貴族の坊っちゃんは、考えが甘いねえ。おい、てめえら出てこい!」

 

 リーダー格の男が、周りの岩場に声をかけた。

 かなり、嫌な予感がする。危険な雰囲気を察してか、一刀の背には冷や汗が再びじわりと滲み始めていた。



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「さすがにまずいな、これは……」

 

 どこに伏せていたのか、男どもがぞろぞろと現れる。頭目の合図で、五十を越える賊たちに一刀は包囲されようとしていた。

 このままでは絶体絶命。これ以上戦っても意味がないと考えた一刀は、刀を鞘に仕舞って少女を抱きかかえる。

 

「ちょっと乱暴になるかもしれないけど、ごめんな」

 

 せめて少女が意識を取り戻してくれれば行動が楽になるのだが、よほど図太いのか未だに口をむにゃむにゃとさせながら気持ちよさそうに眠っている。

 とんでもないくらいの度胸の持ち主ではあるのだが、そう感心している余裕は少しもありはしない。僅かでも守りの薄そうな場所に突っ込み、強引にでも血路を開く。ほとんど、玉砕覚悟の決断だった。

 一か八かの賭けであるが、こんなどことも知れない場所で人生を終えるのは、一刀としてもあまりに不本意なものである。

 じりじりと詰め寄ってくる賊たちに目をやり、どこかにつけ入る隙きはないかと集中して見渡す。銅鑼を叩いたかのような音があたりに鳴り響いたのは、そんな時だった。

 

「おおおおおおおおおっ!!!」

 

 同時に、唸りを上げるかのような雄叫びがこだまする。賊たちにも劣らないような数の男たちが、それぞれ武器を手に持ち、敵の軍勢を威嚇しているようであった。

 その新たに現れた勢力の中から少女が一人飛び出し、一刀らを囲む賊に相対する。賊は少女の女らしく発達した肉体に下卑た視線を送っており、中には薄汚く口角を上げている者までいた。

 少女は賊を一瞥すると、それを微塵も気にすることなく手にした得物を構える。九尺はあろうかという大物だ。

 長い柄の先に、青龍がいかめしく口を開けている。そこから伸びた幅広な刃が、冷たく煌めいていた。

 

「賊め、女だと思って侮るなよ」

 

 ひとりごち、身体に力をみなぎらせる。少女のもつ長く美しい黒髪が一瞬なびいたかと思えば、二人の賊から血煙が噴き上がる。

 斬られたことすら気づかせぬ、神速の技であった。ふっ、と息を吐いた少女は、賊に見せつけるかのように得物を振るい付着した血を払う。

 色めき立っていた賊たちの顔からは一瞬で血の気が引け、少女の後方では見事な腕前に歓声が起きていた。

 包囲に大きな隙きができる。一刀は咄嗟に動き、その新たな勢力に助けを求めるために動く。少女を落とさぬようしっかりと抱えて賊どもの間を駆け抜け、一角を切り開いてくれた少女に息を切らせながら礼を言った。

 

「ありがとう! おかげで死なずに済んだ!」

 

 黒髪の少女は、横を通り過ぎていく一刀に熱っぽい視線を送っている。彼女がここへ来たのはたまたまではない。同じく腕の立つ義姉妹と共に各地を荒らす賊などと戦ってはきたものの、その矛の拠り所が必要だと思うようになってきていた。

 そんな折に怪しげな占い師と出会い、天より舞い降りた白き御遣いが、大陸に平和をもたらすという予言を受けている。

 別にそれを真っ向から信じたというわけではなかったが、この状況はどうであろうか。

 流星が落ちた地点へ急いでみれば、そこには大勢に襲われている青年が一人。その身なりは変わっていて、占い通りともいえよう。

 危地に陥っても少女を助ける義心にも心を打たれ、少女はますますその気になってきていた。得物である青龍偃月刀を握る手にも、自然と力が込もる。その瞳には、確信を持った輝きが生まれていた。

 

 

 

 

 

 

「おーい。あんたらはあいつらと違って、強盗じゃないんだよな!」

 

 包囲を脱した一刀が、男たちとは少し距離をとって話しかける。男の一人が、そんなわけあるかといった風に首を左右に振る。

 

「安心しな、兄ちゃん。最近この辺りは物騒でな。なんでも星が落ちたっていうんで、村のみんなで大物見に来たってわけよ」

 

 髭面の男が、豪快に笑いながらそう答えた。男のいう村の人間と賊の数は同数ほどであったが、彼らに怯んだり恐れたりする様子は見受けられなかった。

 普段から自衛意識を持っている人達なのかな、と一刀は感心したように頷く。彼らが悪い人間ではないと判断した青年は、ひとまず信じて頼ることにした。

 

「助かります。全く知らない土地に来てしまったところを、いきなり襲われてしまって……」

 

 一刀たちが話している間にも、じりじりと賊軍が退いていく様が見えた。

 頭目からすれば、いざという時のための保険を切ってしまった上で損害を出したのでは、勘定が合わなくなってしまう。そんな事情もあり、大掛かりな戦いにはならず両勢力の邂逅は終わった。

 

「んっ……。お兄ちゃん、……だれ?」

 

 ようやく一刀が一息つけると思った時、腕の中で眠り姫が目を覚ましていた。

 彼女は地面に自分の足で立つと、まだ眠たそうに小さく欠伸をもらした。ぼんやりと青年を見つめるその表情は、小動物のようでなんとも愛らしい。

 

「どこから話せばいいものか……。とにかく、目が覚めたら俺の下できみが気絶していて、一緒に危ないひとたちに襲われたのがほんの少し前」

 

 少女はかわいらしく首を傾けながら、状況が飲み込めないという表情をしている。一刀自身、うまく説明をしてくれる人間がいるのならば変わってもらいたいのはやまやまであった。

 

「香風、無事ですか!」

 

 村人たちがやってきた方から女性の声がしている。見れば三人組の少女らであり、名前を呼んでいることからも一刀の助けた女の子の知り合いであることが理解できた。

 

「まあ、香風をどうにかできる賊がいるとも思えんがな。ずっと居眠りでもしていたのならば、そんなこともあるのかもしれないが」

 

「もー、ふたりとも早すぎるのですよお」

 

 槍を小脇に抱えた武人らしい女性を先頭に、眼鏡をかけた少女が駆け足で続いている。

 体力的なものなのか、それともそういう性格であるのか。金髪の少女はその長い髪を揺らしながら、最後にのんびりとやって来た。

 

「うん、シャンはへーき。このお兄ちゃんが、わるいひとたちから助けてくれた」

 

 そう言って、香風と呼ばれた少女はにっこりと一刀に微笑んでみせた。その表情を見れば、命がけで剣を振るった甲斐があるともいえよう。

 それでも早くいまの状況を確かめておきたい一刀は、香風の目線に合わせるように少しかがんで問いかけた。

 

「しゃんふーちゃん、でいいのかな? 気絶する前の事で、なにか覚えていたら教えてほしいんだけど」

 

 そうして一刀が香風の名を口にした瞬間、その場に殺気が走る。気づけば彼の眼前には、鋭く尖った真紅の槍先が突きつけられていた。

 香風の知人らしい少女は、その切れ長な目を怒らせ、一刀を強く糾弾している。反射的に彼も刀に手を伸ばしたが、あまりに唐突なことで間に合わなかった。

 

「貴殿。何者かは知らんが、他人の真名をいきなり呼ぶとはあまりに無礼ではないか」

 

 その声は冷たく、それ自体が刃のように一刀の耳に届いている。見れば、三人組の彼女以外の二人からも、厳しい視線が向けられていた。いきなり降って湧いた窮地の事態に、一刀の額には脂汗が浮かぶ。

 

「ちょ、ちょっと待った! それに真名って!?」

 

 ただごとではない雰囲気に、一刀はありのままの疑問をぶつけた。この場所に来てからというものずっと、彼の中の常識はほとんど通用しなくなっている。

 槍を下ろさぬまま、少女は真名について語った。

 それは魂をあらわす名であり、とても神聖なものであるという。だから、たとえ耳で知っていたとしても口にしていいものではなく、本人から直接許されるまでは呼んではいけないというルールが存在しているようであった。

 それがこの大陸の当たり前であり、少女が激昂した理由である。

 

「急にその真名ってやつを呼んでしまったことは謝る。だけど、俺は今いる場所すらよく知らないんだよ」

 

 一刀の返答に、一同は揃って呆れたような表情を浮かべた。

 

「実家の蔵掃除をしてたと思ったら、こんな荒野に放り出されてさ。言葉が通じてるのだけは助かるけど」

 

 自分の置かれた現状を説明してみたが、これではまるで苦し紛れの嘘か、頭のおかしな奴としか思われないなと一刀は心の中で苦笑した。

 彼はなかば諦めかけていたが、そこに助け舟を出してくれる人物たちが現れる。

 

「そこにいらっしゃる御方は、もしや天からの御遣い様ではありませぬか」

 

 そう言った少女の流れるような黒髪に、一刀の視線は釘付けになった。先程賊を斬ったような闘気は消え、真面目そうな口調からも実直な人物なことがわかる。

 もう一人の小柄な赤毛の少女は、身丈に似合わない武器を肩に担ぎながら、興味津々といった様子で青年のことを観察していた。

 

「天の、御遣い?」

 

「はい。賊が立ち去るのを確認しており挨拶が遅れましたが……我が名は関羽、字は雲長と申します。我らは占い師の予言を聞き、この地に来たるという御遣い様を探しに参った次第」

 

 関羽。そう名乗った少女は、一点の曇りもない瞳を一刀に向けていた。

 

「鈴々は張飛なのだ! よろしくね、御遣いのお兄ちゃん!」

 

 こちらは打って変わって元気一杯、飛び跳ねんばかりの名乗りである。赤毛の少女のいう鈴々というのが真名であることをなんとなく察し、一刀は気をつけようと肝に銘じる。

 しかし、関羽に張飛。歴史に興味がある人間であれば、嫌でもピンとくる名前である。

 二人の少女の素振りにはおちゃらけた感じや演技臭さもなく、至って自然そのもの。まして字を名乗る風習など、一刀の知る日本には存在していない。

 彼の頭の中ではいよいよ自分が暮らしていた世界と、今いるこの世界が別物なのではないかという考えが強くなってきている。

 所々に違和感はあるものの推論を重ねれば、ここは千年以上も前の中国であり、誰もが知る英雄の名を女の子が名乗っている世界でもあった。

 

「関、雲長さん……ね。そっちのきみに聞きたいんだけど、もしかして字は翼徳っていうのかな?」

 

「おー! なんでお兄ちゃん、鈴々の字を知ってるのだ!?」

 

 天の力ってすごい、というように張飛が興奮した様子を見せる。関羽たちの話をまるで蚊帳の外から聞いていた三人組の少女たちも、不審に思いつつも事情を飲み込み始めていた。

 

「盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないのですが、お兄さん、こちらのことを忘れていませんかー?」

 

 頭上に奇妙な人形を乗せた金髪の少女が、槍を突きつけられているという状況を一刀に思い出させる。

 彼女はどこから取り出したのか、棒についた飴を咥えていた。少女の丸く大きな目が、青年を値踏みするようにじっと見つめている。

 その関心は、真名をいきなり呼んだことへの憤慨から、彼の存在そのものへと移っているようである。

 

「さてさて、なにやらお兄さんは訳ありなようですし。星ちゃん、そろそろ槍を引いてあげてもよろしいのでは?」

 

「ふむ。なにやら毒気を抜かれてしまったようだ。香風はそれでよいか?」

 

 そう言って少女は、やれ仕方がないといった感じに切っ先を天に向けた。呼ばれた香風は、ぽけーっとした表情で小首をかしげている。

 

「お兄ちゃんは、シャンの命の恩人。だから……、真名をあずけるのはあたりまえ」

 

 香風のその言葉に、一刀はほっとした気持ちになる。知らないこととはいえ、見ず知らずの少女の気持ちを傷つけてしまったのでは立つ瀬がない。

 

「まあ、当人がそれでいいというのならば、これ以上それについてはなにも言いません。しかし……」

 

 少女が指で眼鏡の位置を直しながら、一刀を改めて観察する。目の前にいる青年が、夜話に出てくるような天の御遣いだといわれても、はいそうですかと簡単に納得できるものではない。

 

「なあ兄ちゃんたち、なにかの縁だし俺たちの村に寄っていかねえか?」

 

 難しい顔をして話し込んでいる一刀たちを見かねて、髭面の男がそんな提案をしてきた。

 一刀としても、この地で目覚めてから休む間もなく面倒事が起き続けているので、この申し出はありがたいことである。

 少女たちにも了承を得て、ここは一旦彼らの村に向かうこととなった。



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 村へ着くまでの数里の間、一刀と少女たちは軽く自己紹介を行っていた。関羽と張飛は既に先程のやり取りで知れていたので、一刀からになる。

 

「じゃあまずは俺から。北郷一刀、出身は日本って国だ」 

 

「ほんごう、かずとさま……。天の国には、真名はないという話しでしたが」

 

 関羽の頭の中では、すっかり一刀は天からの人ということになっている。興奮気味なのか、少し頬が紅潮して見えた。

 日本には真名の文化は存在していないが、古風な言い方をすれば一刀は諱である。彼がそう伝えると関羽は表情を青くし、その場で頭を勢いよく下ろした。

 

「も、申し訳ありません! 御遣い様の諱を軽々しく口にするなど……」

 

 ころころと顔色を変える関羽を見て、一刀は彼女も普通の人間なのだと思う。名前を聞いただけでは身構えてしまったが、目の前にいるのは生真面目な一人の少女であった。

 

「昔はどうか知らないけど、そんなの全然気にしてないから。俺だって知らずに、香風に失礼なことしちゃったからね。それよりさ」

 

 一刀が促すと、金髪の少女が右手を上げて続いた。

 

「ではではー。風は程立と申します。天のお兄さんは知ってるかもしれませんけど、字は仲徳ですねー」

 

 程立と名乗った少女はおどけるようにそう言ったが、その名に一刀はいまいちピンときていない。

 彼も三國志のざっくりとした流れや有名所の登場人物は把握しているものの、それ以外となると自信がなかった。

 

「……わたしのことは、戯志才とお呼びください。そちらのことは北郷殿でよろしいですか?」

 

「うん、それでよろしく。みんなも、俺のことは好きに呼んでくれればいいから。雲長さんも、ね?」

 

 一刀にもわかるほど、戯志才ははっきりとした警戒心を見せている。理知的な瞳が、眼鏡の奥から彼を覗いていた。

 

「稟は堅物ゆえ、まあお気に召されるな。我が名は趙雲。どうであろう北郷殿、試すようだが私の字も当ててみてはもらえぬか?」

 

 ついさっきまで肉薄していた槍の冷たさを忘れさせてしまうほど、趙雲は楽しげである。

 一刀はただ三國志の武将に当てはめて字を予想していただけなのだが、彼女たちからすれば不思議な力で読み取っているようにも思えてくる。

 

「子龍さん、でいいのかな? 常山の趙子龍といえば、俺の世界では有名人だよ」

 

「ほう。我が字だけでなく、生まれまで知られているとは……」

 

 そこまで当てられては信じるしかありませんな、と趙雲は長い着物の袖をひらひらと振って白旗を上げた。

 趙雲。その名は現代に置いて言わずと知れており、関羽や張飛らと並ぶ勇将である。一刀の知る歴史では彼らは劉備に仕え、その武勇は様々な媒体で語り草になっているほどだ。

 それが美少女の姿とはいえ、いまや手の届く範囲に勢揃いしている。形はどうあれ、なんだかすごいことになっているなと一刀は頭をかいた。

 

「お兄ちゃん」

 

 ちょんちょん、と不意に一刀の腕に遠慮がちな感触が生まれる。横を歩く香風が、こっちを向いてと言っているようだ。その指の感触に妹の小さな頃を思い出して、一刀の心中に哀愁の風が流れる。

 

「……ああ、そういえばまだ香風って真名しか知らないんだよな」

 

 遠くを見つめるような様相の一刀からなにか感じるものがあったのか、香風は眉を落として困ったような表情を浮かべた。

 一刀がなんでもないよ、と自然な仕草で彼女の髪を撫で付ける。気持ちよさそうに受け入れる香風を見ていると、一刀は胸の中に温もりがあふれるようであった。

 

「シャンの名前は、徐晃。字は公明っていうよ、お兄ちゃん」

 

 徐晃といえば、曹操の下で数多の武功を上げた将軍である。蜀との戦いにおいても活躍し、関羽とも激戦を繰り広げた武人であった。

 

「その斧すっごく大きいけど、鈴々の蛇矛だって負けないよ」

 

 一刀が香風、もとい徐晃の大斧を興味ありげに観察していると、張飛が薄い胸を誇らせて蛇矛を高く掲げている。

 勝負心に火がついたのか、それとも退屈を紛らわせるためか。徐晃は眼光を鋭くし、頭上で大斧を軽々と回し始めた。砂塵が舞い、路上に湧いたつむじ風さながらである。

 

「香風、それは危ないからやめてくださいと前にも言ったでしょう! だいたい今日だって――」

 

 戯志才が眉間にしわを作って叱りつけたかと思うと、徐晃が目を見開いてあっ、と声をもらした。大斧が少女の小さな手を離れ、自由に空を飛ぶ。

 高々と宙を舞ったそれは、運良く誰に当たることもなく丘の向こうへ消えていった。

 

「な、なんと……。鈴々の他にもこのような無茶をできる者がいようとは……」

 

 関羽はぽっかりと開けた口を、手で覆っている。張飛も時折手に負えないようなことをしでかすので、彼女には他人事とは思えなかった。

 何食わぬ顔をして、徐晃は飛んで行ってしまった大斧を取りにいこうとする。待ちなさい、と戯志才はそれを追いかける。

 すると一刀がこらえきれずに、声を出して笑いだした。つられて趙雲も、腹を抱えて白い歯を見せて笑っている。辺りはしばらくの間、明るい空気に包まれていた――。

 

 

 

 

 

 

 ひと悶着ありながら村へと到着した一行は、卓を囲んで席に着いている。村の者たちが寄り合いなどに使用している集会所を、好意で貸してもらっていた。

 一刀の隣の椅子に陣取った張飛は、こういった雰囲気が苦手なのかそわそわして落ち着かずにいる。咳払いを挟み、関羽が切り出した。

 

「先はにほん、と仰りましたがそれが天の国の名前なのですか?」

 

「天の国っていうか、俺の住んでた土地自体はこの世界にもあるとは思うんだけどね」

 

 一刀はそう言ったが、関羽を含め皆は釈然としない様子である。現代人の感覚ならば世界地図を思い浮かべればいいだけではあるが、渡海もしたことのない彼女たちにすればそこは未知の領域。

 話をするにも一筋縄ではいかないことがわかり、一刀は改めて難しさを感じるのだった。

 

「それでそれで! お兄ちゃんは、どうやってここに来たのだ?」

 

 かぶりつくように張飛が口を開く。日本がどこにあるかというのを考えるのは、すっぱりと諦めたようであった。

 その問いに対する答えを、一刀自身は擁していない。気づいたときにはあの場にいたのだから、その前になにがあったのかは闇の中である。

 彼が徐晃に視線をやると、それに応じて思い出すように静かに語り始めた。

 

「あのときも斧を放り投げちゃって、拾いに行ってた。うえからなにか落ちてくるなー、ってみにいったら……、お兄ちゃんがお空を飛んでた。そしたら……、ごちーんって」

 

「おいおい、冗談だろ……」

 

 その時のことを再現するように、徐晃がジェスチャーを行う。どのくらいの高さで、そして速度はどれほどでていたのか。下手をすれば徐晃共々死んでいたことに、一刀は背筋が凍る思いだった。

 

「それが、お兄さんと香風ちゃんの運命の出会いだったのですねー」

 

「風、ややこしくなることを言わないでください!」

 

 ちゃちゃを入れる程立を、戯志才がたしなめる。

 

「それにしても、これからどうするかねえ……」

 

 いくら占いに出て来る天の御遣いといわれようが、一刀本人にはその自覚が一切ない。旅をするにも路銀もないし、土地勘が無いゆえに行く宛もないのである。

 

「でしたら、我ら二人と行きませんか? わたしと鈴々はそもそも、御遣い様を探すために来たのですから歓迎いたします」

 

 関羽は待ってましたとばかりに誘いをかけるが、一刀はどうにも乗り気にならない。自身に救世主のような力は備わっていないと思うのは勿論、この大陸について知らないことが多すぎる。

 

「にゃー。愛紗、お兄ちゃん困ってるみたいなのだ」

 

 張飛はまだ幼い部分が残っている反面、人の気持ちには敏感なようであった。

 

「鈴々……」

 

 一刀が伏し目がちになっていることに関羽は気づく。張飛は気まずい雰囲気になってしまったのを察して、バツが悪そうに下を向いて足をぶらぶらさせている。

 

「ならお兄さん。なにかの縁ですから、風たちと一緒に仕官の口を探して放浪するというのもありですかねー。香風ちゃんはすでに懐いちゃっているようですし」

 

 旅仲間から意外な提案が出たことに、戯志才は怪訝そうに眉根を寄せた。のんびりとした口調で話す程立であるが、そこには複数の思惑が織り込まれている。数日前から夢に度々現れている太陽、それが程立の頭の片隅に引っかかっていた。

 大きく、優しげに世を照らす日輪が何を啓示しているのか。今しばらく、天の御遣いというのが如何様な人物なのか確かめてみたい、程立はそう考えていた。

 

「おう兄ちゃん。だからって、好意に付け込んでおイタはいけねえぜ?」

 

 程立が、さも頭の人形が喋っているというような演技をしている。目を細め、声も一応作ってはいるのだがほとんど元のままだ。ばればれを通り越した一人芝居に、先程まで渋面を作っていた一刀の口元が綻む。

 

「これ風、北郷殿が不審がっているではないか」

 

「おおっ。星ちゃんにとんとんされてしまいました」

 

 趙雲が、程立の頭に軽くツッコミを入れる。じゃれ合う二人をよそに、再び一刀は腕組みをして考え込んでいた。どちらと行くにせよ、また賊と戦うような危険はあるだろう。

 史上の英雄が女性になっているような世界で憶測を立てて意味があるのかわからない。しかし、関羽と張飛が劉備とまだ出会っていないのであれば、大規模な乱がこの先待ち受けている可能性はあるだろうと一刀は思う。

 

「ま、あとは北郷殿のお気持ち次第。……それにしても、腹が減りましたなあ」

 

 朝からなにも食べていないことを思い出し、趙雲は本音をもらした。それを知ってか知らずか、集会所の戸が開いて男の顔が覗いている。

 

「あんたら、腹は減ってねえか? 暗くなっちまう前に、飯にしようや」

 

 飯、という言葉に反応したのか張飛の腹がぐうと鳴った。それを返事と取って、男は髭面に豪快な笑みを浮かべる。

 窓から外を見渡すと、もう日がすっかり落ちかかっている。張飛と徐晃が、子猫のような視線を一刀に向けた。気分は完全に、食事に傾いているようである。

 

「北郷殿。あまり思い詰められても、結論はすぐに出ないでしょう。ここは恩情に預かっては?」

 

「……うん、そうだね。そうしよう」

 

 戯志才はそう言うと席を立った。一刀たちも続いて、集会所をあとにする。村の長が珍しい来客に対して、食事を用意してくれていた。数々の料理を目の前に、張飛の表情が輝いている。

 

「長老さん、ありがたくいただきます」

 

「どうぞ、ゆるりとしていってくだされ」

 

 一刀が感謝すると、長老は白髪頭をなでて好々爺然とした表情で目尻を下げた。食べてもいいことがわかるや否や、驚くようなペースで張飛は皿を空にしていく。

 

「鈴々、行儀が悪いぞ!」

 

 関羽の説教もどこ吹く風、小さな大食漢は箸を動かし続ける。

 

「これはこれは。張翼徳を肴に、酒が飲めそうなくらいですな」

 

 用意されていた徳利から、素焼きの杯に濁った酒を注ぐ。張飛の食べっぷりを横目に、趙雲は面白そうに酒杯を傾けた。

 

「あはは……。仲徳さんたちも、取って欲しいものとかあれば言ってね」

 

 反対側に座る程立らに向かって一刀が言った。集会所で会話している時には突き刺すような目つきなことが多かった戯志才も、旨いものを前に気が緩んでいるようである。

 賑やかな時間は、楽しげに過ぎ去っていくのであった。



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 皆が存分に飲んで食い、宴もそろそろお開きかといった頃。長老が、赤ら顔をぐっと一刀に近づけている。酔いはまわっているが、眼差しは真剣そのものであった。

 

「なあ御遣い殿、いや北郷殿か? そちらさえよければ、この村でしばらく暮らしてはみぬかね」

 

 御遣いと呼ばれることにいまだ慣れない一刀であったが、その申し出には驚いた。これまでどちらの組についていくかで頭を悩ませていたが、居候させてもらえるのならばありがたい話しではある。

 

「こんな変わり者がいても、迷惑じゃありませんか?」

 

 そんなことはないと長老は首を左右に振った。

 

「若い男手なら、いくらあっても歓迎というものじゃよ。それに、御遣い殿の天の知恵が、なにか我らの役に立つかもしれんしな」

 

 現代では一介の学生でしかない一刀だが、その立場もここでは全く違うものになる。どこまで適応できるかはわからないが、日本で学んだ知識がこの時代でも通用する部分があるかもしれない。

 

「まあ、一晩ゆっくりと寝て考えればいい。お嬢さんたちからの話しも、よく考えてあげるんだね」

 

「すみません、なにからなにまで」

 

 しばらくして、一刀たちは部屋に案内され寝付くことになった。長老の家は屋敷と形容できる立派な造りであり、母屋とは別に離れに客間がいくつか用意されている。

 本来は国の役人などが訪れた際に使用するものであり、家具や調度品も整えられていた。

 

「北郷殿、おやすみなさいませ」

 

 張飛の背中を押して部屋に入るすがら、関羽が振り向いた。件のやり取りを反省しているのか、神妙な顔つきである。一刀への呼び方も、御遣い様から北郷殿へ変わっていた。

 

「うん、おやすみ。今日はほんとうにありがとう」

 

 一刀は努めて明るい口調で返す。昼間襲われときに彼女が来ていなければ、いまここに存在できていないかもしれないという思いがある。彼の謝意が伝わったのか、関羽は安堵の表情を浮かべて室内に足を進めていった。

 

「我らは別々になるが、夜這いには気をつけるのだぞ?」

 

 趙雲はどこまでもマイペースな人である。誰とは言わないがと前置きながらも、横目で一刀を流し見ていた。

 

「飲み過ぎですよ。風、わたしたちはこちらへ」

 

 徐晃に手を引かれていく趙雲を苦笑いで見送りながら、一刀は自身に割り当てられた部屋の扉に手をかける。程立、戯志才とひとつふたつ言葉を交わし別れると、さすがに眠気が襲ってきた。

 暗い中で目を凝らすと、隅に寝台が置かれている。簡易なベッドのようであり、床より一段高くなっていた。どんなものかと触ってみると、竹でできた敷物がひんやりとしていて気持ちがいい。上着を脱いで椅子にかけ、壁に刀を立てかける。

 

「これで目が覚めたら爺ちゃんの家、なんて都合のいいことないよな」

 

 天井を向いてごろりと寝転び、一刀は故郷に思いを馳せた。平和な日本にいたことが、すでに遠いことのように感じられる。

 この地に放り出されてからといえば、仕方のない状況だったとはいえ賊を斬り、三国志の英雄の名を持つ少女たちと知り合ったのだ。

 

(半日前の自分にいまの状況を話したら、鼻で笑われて終わりだろうな……)

 

 両目を瞑ると、どっと疲れが押し寄せる。意識が彼方へ向かうには、時間はそう必要なかった――。

 

 

 

 

 

 

 それからどのくらい経ったのだろうか。ふと目が覚めた一刀は、身体を寝台から起こした。

 ――この地に唯一ともにやってきた刀を手に、屋敷の渡り廊下へ出る。

 辺りを見渡せば、電灯もビルの明かりもない闇の世界が広がっている。淡い月明かりだけが、世界をぼんやりと照らしていた。

 乾いた風が一刀の頬を撫でる。鼻孔をくすぐる大地の匂いすら、ここが異国であることを主張していた。孤独に立ちすくむ一刀の双眸からはいつしか、熱い雫がしたたり落ちている。

 

「なんだよ、天の御遣いって。三國志で、女の子って、漫画かよ……」

 

 嗚咽を噛み殺したような声がもれる。鞘を握りしめる左の拳からは、ぎりぎりという音が聞こえてきそうなほどであった。

 思い浮かぶのは、家族の顔。寮生活のため近頃会えていなかった父母に妹。厳しく剣術を叩き込まれた祖父母のことも今となっては恋しい。学園の友人と、もう馬鹿なやりとりをすることもできない。

 一刀には己の立つ空間が、どこまでも馬鹿馬鹿しく、虚無なように感じられた。

 

「北郷殿、どうかなさいましたか?」

 

 訝しむような声が一刀を呼ぶ。ゆっくりと振り向くと、そこには戯志才がいた。彼女は一刀のその姿を見るや、静かに歩みを進めそばに寄る。そしてなにも言わず、ただ両手を広げて抱擁するばかりであった。

 

(温かいな……)

 

 戯志才に泣き顔を見られまいと、一刀は彼女の肩に頭を擦り付けるようにしている。赤子をあやすように、戯志才はぽんぽんと一定の調子で背中をたたいた。鼻孔をくすぐる女性の香りも、一刀には心地よく届いている。

 

「――少し落ち着きましたか?」

 

「うん……。でも、どうして」

 

 ありったけ戯志才の腕の中で泣いた一刀の両目は、赤く充血している。

 

「実のところ、わたしにもわかりません。あなたが天の力とやらを使って、そう仕向けたのでは?」

 

 何度か視線を泳がせてから、彼女は答えを返した。らしくないなと、戯志才は自嘲する。呆気にとられた一刀の顔を見ていると、昼間小難しく考えていたことが滑稽に思えてきた。

 

「郭嘉です」

 

 一刀の口はまだぽかんと開いたままである。彼女が郭奉孝であると補足すると、それが戯志才の本当の名前だということが一刀にも理解できた。郭嘉といえば、曹操に仕えた天才的な参謀である。

 

「そっか。奉孝さんに情けないとこ見せちゃったね」

 

 悲しみに打ち震えていた先ほどとはうって変わり、一刀は人懐っこい笑顔を作ってみせた。不意を打たれてドキリとさせられてしまったことに郭嘉は(いささ)か動揺したが、構わず続ける。

 

「今しがたの反応を見るに、あなたはきっと郭奉孝という名も存じているのでしょう?」

 

 郭嘉の質問に、一刀が首肯する。そのことを確認すると彼女は短く目を閉じ、なにかを決意したような視線で青年を見つめた。

 そして耳元に口を近づけると、囁くように真名を預けることを伝えたのである。

 いきなりのことであったが、一刀の「いいの?」という質問にも郭嘉は首を縦に振った。

 彼女の心に少し触れたようで緊張してしまいそうになるが、頭の内で数度反駁させ、一刀は心を込めて音にする。

 

「――稟」

 

 まるで大切なものを抱きしめるように。できうる限りの優しげな声色で、一刀は郭嘉の真の名を呼ぶのであった――。

 

 

 

 

 

 

「天の御遣いが世を惑わす怪しげな術師であれば、迷わず官に具申して捕縛させるつもりでした」

 

 二人は横並びに、廊下の端に腰を下ろしている。一刀は、郭嘉がそこまで考えていたのかと肝を冷やした。

 

「しかし、あなたはとてもそんな悪人には見えませんから」

 

「稟にそう言ってもらえると助かるよ。俺はおとぎ話の仙人でもないし、術なんてとても」

 

 天の御遣いという名だけでそのようなイメージを持たれては敵わないなと一刀は思う。同時に、あまりそのことを表沙汰にしないようにしようと心に決めた。

 

「北郷殿は、やはりここに残るつもりですか?」

 

「色々考えたけど、そういう心積もりでいるよ。俺が着いていって、みんなの足を引っ張ってもいけないしね」

 

 自分がもし武略や知略に長けた、世を憂う聖人君子のような人物ならばすぐにでも関羽たちの考えに賛同しただろうと一刀は唇を噛む。ただ今は、明日どう生きていくかを考えるだけで精一杯であり、気持ちがそこまで及んでいないのが現実だ。 

 そうですか、と郭嘉は相槌を打つ。彼がどのような判断をするかはおおよそ見当がついていたが、今となっては寂しくもある。

 ジージーと虫が鳴き始めたのを境に、どちらともなく腰を上げ部屋へ戻っていく。

 

「真名を許したこと、風たちには内緒ですからね」

 

 別れ際に、郭嘉が人差し指を口に添えて言った。雰囲気に流されるようなまま許したことを恥じたのか、別の理由があるのかは一刀にはわからない。

 だが、その響きは確かに彼の胸の内に存在していて、深く刻まれていた。

 

「……わかった。おやすみ、稟」

 

 夜が明ければそう呼べなくなることに寂寥感を覚えながら、一刀は部屋へと戻った。再び身体を横にすると、夢と現実の境界線があやふやになっていく。

 ――もう、どうしたんですか。一刀さん。

 どこか遠くのほうから、一刀は名を呼ばれているようであった。その声は段々とはっきりしていき、ボリュームも大きくなっていく。

 

「一刀さん、聞いていますか?」

 

 凪の心配そうな声に、一刀は我に返った。なんだか短い夢を見ていたような感覚でもあり、頬を両掌ではたいて現実がどこにあるのか再確認する。

 

「ごめん。えーっと、なんだったかな」

 

 少女たちのことを回想していて心ここにあらずだったなどといえば、凪が不機嫌になるのは必定である。なんでもないように装い、一刀は姿勢を正した。

 

「今度来る時、嬢ちゃんが街のほうまで商売に行くから兄ちゃんも一緒にどうかって話してたんだよ」

 

「ああ、そうだった。俺も興味あるし、よろしくお願いしたいね」

 

 一刀にとって、国の都市部はまだ未知のところである。名門である袁家の領する冀州は強大で、豊かな土地であった。

 街には人口も多く、様々な商人や職人が集まり栄えている。風の便りでそう聞いており、一刀もそろそろ見物にいってみたいと考えていた。

 

「はい。馬はわたしのほうで用意するつもりですが、そちらのほうは?」

 

 街までは距離があるので馬で移動するつもりの凪であるが、一刀が乗れなければ意味がない。

 

「大丈夫。元々練習はしてたし、ここでもたまに乗ってるから」

 

 遊び半分ではあるが、現代でも乗馬の経験が一刀にはあった。そのおかげもあって、近頃は村の馬を借りての訓練も捗っている。

 

「そうですか! でしたら、荷物のほうもお願いできそうですね」

 

 凪の笑顔がぱっと咲く。さらっとそういうことを言えるあたり、彼女も意外としたたかであった。案内してもらう上に足まで用意してもらうのだから、それくらいは仕方ないかと一刀は観念する。

 

「わかったよ。それじゃあ今度、約束だ」

 

 一刀がぐっと握り拳を突き出すと、凪も同じようにしてこつんと合わせる。いつからかお決まりになったやり取りを交わし、一刀はぐっと背中の筋を伸ばした。

 窓から覗く広大な空の下のどこかで、あの少女たちも今日を懸命に過ごしているだろう。そう思うと、一刀にはもうひと頑張りしようという活力が生まれてきたのであった――。



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六(凪)

 凪との約束の日。空はすっきりと晴れ、いかにも遠出日よりである。二人は、村より北部にある街に向かう予定であった。朝の内には凪が村に到着するはずであるから、それに合わせて一刀も出発の準備を整えていた。

 愛用している鳶色の平服を纏い、帯に刀をしっかりと差す。街に着くまでなにが起こるかわからないので、武器はあるに越したことはない。道中の飲水や軽食を用意しようかと一刀がごそごそしていると、農夫が服を整理してある棚からなにか取り出していた。

 

「おやっさん、それって」

 

 見忘れようはずもない。その腕の中には、化学繊維特有の光沢を持った白の学生服があった。長期間しまいっぱなしであったために、少し埃っぽくなっている。畑仕事には向かないこともあって、居候をしてからというものの着てやる機会もなくなっていた。

 

「たまにはお日さんに当ててやらんと、虫に喰われちまうぞ。それに、前から嬢ちゃんも着てるとこを見てみたいって言ってたしな」

 

 でも、と一刀が反論しようとするのを手で制す。彼がなにを言わんとしているのかは、これまでのやり取りで農夫には口にしなくとも把握できる。

 

「心配すんなって。街のほうだと結構派手な着物を売ってるって話しも耳にするし、案外馴染むかもしれねえよ?」

 

 一刀はまだ不満そうであったが、――そこまで言うなら、着ていくよ、と根負けしたように帯を解いていった。久しぶりに着用してみると、やはり学生にとっての正装ということもあり気が引き締まるような感じがしてくる。

 以前より生活を通して身体が鍛えられたためか、肩まわりが少し窮屈に思えた。一刀が腕を前後に回して着心地を確かめていると、農夫は納得したように髭を撫でながらうんうんと唸っている。

 

「なんとかにも衣装っていうが、やっぱり見違えるねえ。それと、こいつも忘れちゃいけねえよ」

 

 農夫が一刀に手渡したのは、革製のベルトのようなものであった。形状からわかるように腰に巻きつけて使うもので、刀を装着するための固定具が左手に来るようになっている。

 帯に差す場合と違い鞘が宙をふらふらと動くので一刀はあまり好きではないが、何分贅沢は言っていられない。がっちりと結んで縛り、抜けることがないか確認する。そうこうしている間に、村に凪が到着していた。

 

「おはよう、凪。こっちは支度できているよ」

 

「おはようございます。あっ、その服って……」

 

 凪の目線がわかりやすいくらいに、一刀の頭の先から爪先まで動く。実物を見たことはあるものの、やはり人が身につけているのとでは印象が変わってくる。

 感嘆の声を上げる凪に、一刀はむず痒くなって手をぽんと打った。

 

「さあ、早く出発しないと日が暮れちゃうよ。おやっさん、行ってきます!」

 

 そう捲し立てると、一刀は駆け足でつないである馬のもとへ向かう。凪は農夫に一礼すると、慌ててその後を追っていった――。

 

 

 

 

 

 

 荷を背負った二人の尻が、馬が早足で進むたびに跳ねる。街道は整備されているので走らせやすくはあるのだが、じんわりと疲労が溜まってくる。

 途中に設営されている駅で小休止を挟みつつ、日の高い内の到着を目指す。荷物が多いのであまり速度を出すことができないが、それでも初夏の風を一刀たちは爽快に受けていた。

 

「一刀さん、見えてきましたよ」

 

 彼らの行く先に現れたのは、高く築かれた石の城壁。日本の城とは趣向の別れた威容に、一刀は思わず言葉を失った。

 鐙に踏ん張って視線を上げると二、三階建てのビルほどはあろうかという城壁の南側に、堅牢そうな門が見えている。非常時ではないので開け放たれてはいるが、そこには警固の兵の姿もあった。

 城壁をくぐると、見えてくるのは村では到底考えられないような人だかり。あちこちで喧騒が飛び交い、商売も活発なようであった。

 

「この盛況っぷりはすごいな。なんでも揃いそうだ」

 

 きょろきょろと辺りを見回す一刀。その様子を、凪はおかしそうに見つめていた。

 遥か天から来たというのに、北郷一刀という人はこの世界の様々なものに気を引かれたり、驚いたりしている。凪からすればその感覚は理解できないものであるが、そういうところが好ましくもあった。

 

「さあ、まずは日が落ちるまで商売ですよ。晩御飯はご馳走しますので」

 

「ここまで来たら乗りかかった船ってやつだ。なんでも手伝うさ」

 

 通りの空いている場所に、運んできた売り物を設置していく。凪の持ってくる竹製の籠は丈夫で長持ちし、村でも評判であった。

 飛ぶようにとは言わないが、客がちらほらやって来ては商品を買っていく。威勢のいい凪の掛け声と、一刀の変わった形もあってか上々の集客具合になっていた。

 夕暮れ時には半数ほど売れ、二人は撤収の作業に追われている。今夜はここで一泊し、早朝帰る段取りとなっていた。

 道行く人を呼び止め、安く泊まれる所はないかと凪が尋ねる。すると、通りを外れた路地に手頃な価格で提供してくれている宿があるという情報を得た。

 

「それでは荷物だけ預かってもらって、なにか食べに行きましょうか」

 

 凪がてきぱきと宿泊の手続きを進めるので口を挟む隙きがなかったが、押さえた部屋はひとつだけである。一刀が理由を聞いても、はぐらかすようで掴みどころがなかった。

 そのまま料理屋に足を運ぶと、刺激的な香りに疑問よりも食欲が勝る。

 凪の好みは辛いもの、特に激辛ともいえるようなものであった。卓に運ばれてきた皿に盛られた燃えるような赤に、一刀は目を瞬かせる。

 餡の中には白い豆腐が入ってるはずなのであるが、それがどこにも浮かんでいなかった。

 

「いい感じの辛さですね。あれ……、一刀さん、お腹すいてないんですか?」

 

 腹は減っているのだが、目の前の食事風景の凄まじさに一刀は圧倒されている。顔色ひとつ変えずに辛味成分の塊のようなものを口に運び続けているのだから、見ているだけでも汗が吹き出しそうだった。

 

「いや、そうでもないんだけどね。凪があんまり美味しそうに食べてるからさ」

 

 実際、嬉しそうに食べている凪を観察しているだけでも、それなりに満足できてしまう。自分もそろそろ食べようと、一刀は辛さ控えめで注文した麻婆豆腐をスプーンに似た食器で掬った。

 咀嚼して味わっていると、ほどよい辛さと旨味が広がる。現代のそれと同じく米との相性も抜群で、一刀はつい夢中になってしまっていた。

 彼が上目で対面の席を見やると、食事の手を止めていた凪がはっとしたような表情を浮かべる。

 

「なるほど、ちょっとわかった気がします」

 

 粗相を見つかってしまった子のように、凪は頬を赤くした。そしてふと、いつからか芽生えた好意はどこまで伝わっているのだろうかと思う。下らないことであっても、一刀と同じ気持ちになれたことが今の凪には幸せなのであった。

 

 

 

 

 

 

「――着替えたいので、少しだけ外で待っていてください」

 

 宿に帰って早々に言ったきり、部屋の中にいる凪から返事がない。どうなっているのかと思い一刀が扉をノックすると、――ど、どうぞ、お待たせしました、と上擦った凪の返答があった。

 ようやくか。そんな軽い気持ちで扉を開いた一刀を待っていたのは、全く予想外な光景であった。

 ほのかな灯りに照らされた彼女は入り口に背を向け、窓際の寝台に正座している。それはいいが、その格好といえば上着をはだけさせたままであり、肩から腰にかけての女性的なラインが丸見えになっていた。

 

「えっ……。凪、これってどういう」

 

 真っ白になった頭を数秒かけて再起動させ、一刀はしどろもどろな言葉を放つ。いけないとわかりながらも視線を反らすことができない。凪の突然の行動に、彼の心臓は早鐘を打っていた。

 

「そのっ! えっと、昼間汗をかいたので、一刀さんに拭いていただけないかと」

 

 凪のほうも、明らかに正常な様子ではない。普段の冷静そうな表情は崩れ、口元はわなわなと震えている。

 彼女は窓の方を向いたまま、左手で床に置かれている桶を指した。そこには水が張られており、汚れていない布も添えられている。動揺を押さえ込みながら一刀がそれを使って背中を拭けばいいのかと確認すると、無言のまま凪は羞恥に染まるうなじを差し出した。

 ――もう、どうにでもなれ。

 そんな一心で彼は水に浸した布をきつく絞る。生唾を飲み込みながら凪の背中にそれを当てると、強くしすぎないよう上下させていった。

 時折指が凪の肌へ触れてしまうが、そこは武芸者とは思えないほど柔らかく青年の興奮を誘う。少女の背に見える傷ですら、余計に劣情を駆り立てていった。

 

「ど、どうかな。勝手がわからないんだけど、痛くはない?」

 

「はいっ。その、もう少し力を入れていただいても大丈夫です」

 

 何度か続けていると、やり方にも慣れて緊張がほぐれていく。そうなってくると一刀も若い男である。凪が両腕を使って隠している、そのベールの奥がどうなっているのか俄然気になってきた。

 

「この辺、どうかな。汗はかいてない?」

 

「やあっ、そこは……違ってぇ」

 

 わざとらしく少女の腋のあたりを一刀の指がくすぐる。急な感覚に凪は肌を震わせ、困ったような声色を出した。安部屋の不思議な空気感が、淫靡な雰囲気をどことなく助長させている。

 それからしばらくは真面目に背中を拭きながら、合間にいたずらを仕掛けるということが続いた。一刀の股間に備わったモノは先程から硬くなりっぱなしであり、到底言い訳不可能な状態にある。

 既に拭く手が腹の辺りにまで達しているのだが、凪はそれを黙して受け入れていた。

 彼女が「そういうつもり」であるのはもう明らかで、一刀の遠慮も段々と薄れていく。ついには無意識なまま、硬いモノを凪の尻に押し付けてしまっているほどである。

 二人の吐く息が荒い。最早こうなると布を湿らすことも忘れ、一心不乱で肌へと指を這わせていた。

 

「やっぱり、ここも拭こうか?」

 

 一刀が耳元でそう囁くと、凪はゆっくりと腕を下げていった。恥ずかしさから戦慄く少女の肩を、優しく一刀が撫でる。改めて濡らした布を火照った乳房にあてがうと、ひんやりとした感触に凪の身体がびくりと跳ねた。

 

「ごくっ……。凪の身体、どこもすごく柔らかいよ。いつまででも、触れていたくなるくらいだ」

 

 怖がらせないように下から手のひらで触れると、少女の乳房は丁度そこにすっぽりと収まる。初めて触れる女性の弾力に、一刀は感動を覚えるほどであった。

 むにむにと痛めないようにしながらも凪の胸の感触を楽しみ、溜まった汗を拭っていく。うつむいたまま表情を見せない凪であるが、口からもれる声が昂ぶりをはっきりと証明していた。

 

「はあっ……、んっ……。か、一刀さんは、苦しくないですか?」

 

 赤く染まった凪の顔が、半分ほど一刀のほうを向く。実物を見たことはないが、耳年増な親友から押し付けられた雑誌で男がこういう時にどうなるかくらいは知っている。

 

「正直言って、結構きついかも。最近あまりそういうこともしていないし……」

 

 はちきれんばかりに膨張した股間のモノは、ズボン越しにでも激しく存在を主張していた。

 現代であれば、それこそ携帯端末を使用してネットの海からいくらでもそういう用途の画像なり動画なりを用意することができる。だがここにはそんな便利なものなどあるはずもなく、性欲旺盛な年頃である青年は悶々とした夜を過ごすこともあった。

 どうしても我慢できずに何度か凪をオカズに自慰に耽ったことすらあるのだが、それは口が裂けても言えない秘密である。

 

「ふ、拭いていただいたお礼に、わたしにもご奉仕させてください。男の人は、出さないと辛いって聞いたことがありますし……」

 

 これ以上ない魅力的な提案に、一刀は興奮気味に大きく頷く。

 寝台から降りてベルトを外し、いそいそとズボンを脱ぎ捨てる。そして数秒逡巡してから意を決すると、下着も思い切って脱ぎ去った。

 硬く尖った己のモノを、とろんとした凪の目が捉えている。それだけで、一刀はたまらない思いであった。

 

「そ、そんなにも大きくなるものなんですね……。さすがに、少し驚いてしまいました」

 

「ごめん……。凪とこんなことしてるって考えると、我慢がきかなくなってしまうんだ。どうしようもないくらい、興奮してしまってる」

 

 普段ならば冗談で済ませられる言葉に、凪は目眩がしてしまいそうになる。それが真実であるというのは、屹立した男の部分を見ればはっきりしているのだ。

 胸が露わになっていることも忘れて、一刀のほうに凪は向き直る。彼は寝台の傍に立ったままなので、膝立ちする彼女の顔の高さに丁度腰の辺りが来る。

 まじまじと見つめる視線を受けて、びくっとモノが脈打った。亀頭を濡らす先走りの匂いが、凪の鼻孔を通って脳内を刺激する。

 ためらいながらモノに伸ばす手を、一刀が握る場所を教えるように導いた。熱く焼けるような体温を、凪ははっきりと感じている。

 

「こんな感じで、気持ちいいですか?」

 

 凪の汗ばんだ手が、竿をやんわりと数回扱き上げた。大事な箇所だからと気を使ってくれているのであるが、快楽を求める男にとってはもどかしくもある。

 

「もうちょっと強くしても大丈夫だから、続けて」

 

 リクエストに応じた凪が圧力を増して手を動かすと、充血が一層高まってきた。流れた先走りが自然と垂れ、滑りを助けていく。

 自身で慰めるのとではここまで違うものなのかと、一刀はもれそうになる声を我慢しながら堪能していた。

 

(一刀さんのここが、わたしの手でこんな風になるなんて。なんだか面白いな)

 

 気分が乗ってきた凪の奉仕は、さらに継続していく。亀頭の出っ張りに指が擦れる度、溜まった精を吐き出したいという欲求は高まっていった。狙った動きではないので、不意に快感が走り抜ける。

 

「すごいです。先っぽからねばねばしたものが沢山溢れて……。こんなに腫れても痛くないんですか?」

 

「うん、そこもよければ優しく触ってもらえると嬉しいかな」

 

 従順な凪の五本の指が、色づく亀頭をふわりと包み込んだ。敏感な裏側を細い親指でこねられると、一刀がうっすら聞こえる程度の声をもらす。

 

「ここ、いいんですか? さっきより硬くなってて、破裂してしまいそう」

 

 竿と先端を同時に責められ、堪える一刀の限界が近くなってきていた。気を紛らわせるために、凪の顔に手を伸ばし、前髪で遊ぶ。

 

「凪……、凪……ッ」

 

 切なげな声で名を呼ばれ、凪の女陰はじんわりと湿り気を孕みだしている。外気に晒された乳頭はツンと立ち、淡く色づいていた。

 男は出せば終わりだと話しには伺っているが、一体どんなものが出るのかはよく知らない。ただそれがどんなものであろうとも、受け止める覚悟だけはしていた。

 

「ごめん、俺もう――」

 

 一刀が言い切る前に、門を打ち破った精液は奔流となって溢れ出した。溜まりに溜まった熱い液体が、凪の顔に勢いよく降り注ぐ。わけもわからぬまま、彼女は射精が落ち着くまでじっと待っていた。

 

「なんですか、これ……。熱くて、すごくべとべとしていて」

 

 反射的に目をつむった凪は、その手の中でドクドクと脈打つモノの熱さを感じている。

 少女の額も頬も、さらには唇までもねっちょりとした生臭い粘液に覆われており、ゆっくりと肌に浸透していっているようであった。

 

「凪、俺まだ……ッ」

 

 動きの止まってしまった凪の手を上から掴み、一刀は自らモノをごしごしと扱き始めている。そうすると精管の奥に溜まった濃度の高い汁が押し出され、さらに少女の麗しい顔を染め上げていった。

 

「んっ……、満足されましたか? 一刀さんが出したこれ、匂いも粘りもとてもすごくて……」

 

 まぶたの精液を拭った凪は、恐る恐るといった感じで目を開けて青年の様子をうかがっている。

 するとさっきまでの勢いはどこへ行ってしまったのか、一刀は本気ですまなそうな表情をして凪への謝罪を口にした。

 

「こんなに汚してしまって、ほんとにごめん! すぐ拭いてあげるから……!」

 

 一度射精したことによって頭が冷えてくると、やってしまったという思いが一刀の中に生まれていた。青年は処理もままならない内に下着を履き直すと温くなった桶の中で布を洗い、凪の身体に飛び散った己のものを落としていく。

 腹の辺りまで広がった汚れをきれいにすると、一刀は改めて凪に詫びた。

 

「そんなに謝ってもらわなくてもいいんですよ? びっくりはしましたけど、一刀さんに気持ちよくなってもらえて嬉しかったんですから」

 

 髪を撫でながら言う凪の仕草には、女の色気が宿っている。吹き消された油灯と情事の残り香に、一刀の心はかき乱されるようであった。

 

「――おやすみ、凪」

 

 手遊びのような行為を終え、二人は背中を向き合わせて狭い寝台に横たわっている。その間に生まれた僅かな空白は、いまのふたりの微妙な距離感を表しているようでもあった。



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七(凪)

「――くううっ、ふうっ……。はあっ」

 

 押し殺された少女の声が、やけに艶めいている。

 ――このままではまずいことになる。我慢仕切れない喘ぎを背中越しの一刀に気づかれないようにするため、凪は指をぐっと噛み締めた。いっそあの時一刀が勢いのまま全て奪い去っていれば、凪がこんな衝動を生むこともなかっただろう。

 大量の精液を浴びた身体が熱く火照っている。なんでもないような風を装って一刀には対応したが、芯の部分に火がついてしまっていた。こんなことを覚えたのも最近のことで、はしたないと思いつつどうしようもない日は自らを慰めている。

 

(すごかった、一刀さんの。でも、ちょっと可愛かったな)

 

 初めて目にした雄々しくそびえ立っていたモノを思い出し、下着の上から割れ目を擦る。吐き出された濃い精臭も、まだ記憶に新しい。

 

「だめなのに、気持ちいい……ッ。乳首までこんな……」

 

 勃った胸の先に指の腹を当ててこねると、じんわりとした感覚が広がっていく。いつか一刀と結ばれることを想像してしまい、指の動きにも自然と熱が入った。

 

「あっ、ぐう……。んっ……」

 

 痴態が見つかれば、一刀に淫乱な女だと思われてしまうかもしれない。そのようなことであっても、いまは興奮に変わってしまう。勇気を出して下着の隙間から直接粘膜に触れると、粘り気を帯びた愛液がさらに染み出した。

 しかし、早く終わらせてしまわなければ、本当に一刀を起こしてしまうかもしれない。耳を澄ませて彼が規則的な呼吸をしていることを確かめると、凪は自慰に耽る手を強める。いやらしくくねる指を束ねて一刀のものだと自ら言い聞かせると、感じ方がよりよくなっていく気がしていた。

 

(音、しちゃってる。一刀さんのおちんちん、もっと……)

 

 ぬちょぬちょとした淫らな音色を奏でる度、凪の身体は高まっていく。後少しで緩やかにいつもの感覚を味わうことができるという所で、急ぐ指が滑り肉粒に初めての刺激を与えてしまった。彼女の身体はびくびくと痙攣し、一瞬気をやってしまったのかと思うような快感の波が打ち寄せる。

 

「ふーっ、ふーっ」

 

 凪は達すると共に、上げそうになった声を必死で止めていた。目をぎゅっと瞑り、嵐が収まるのをじっと待つ。

 痛みに耐えることは得意だと少女は自負しているが、この快楽だけはどうしようもない。ひくつく膣口は切なく涙を流し、内腿を濡らしていくのだ。

 

「はあっ……。こんなところで、いつもより乱れてしまうなんて」

 

 唾液に塗れてふやけた指を見ながら、凪はため息を付いた。ぬかるんだ下腹部が、まだじんじんとしている。そのまま寝台に体重を任せると、気怠さが眠気に変化していった。

 

 

 

 

 

 

 ――日光が薄暗い部屋に差し込んでいる。鬱々とした夜を過ごした一刀は、寝不足気味な目蓋を重たげに開いた。まだ外はほとんど人が出歩いている気配がなく、日中の喧騒が嘘のようにひっそりとしていた。

 隣には、静かに寝息をたてている凪がいる。普通ならば幸せを噛みしめるような場面なのであるが、なにぶん昨晩の出来事の後ということもあってバツが悪い。

 

(どんな顔して起こせばいいんだろう? 怒ってはいなかったみたいだけど)

 

 彼が一人寝台の上で悩んでいると、朝日を浴びて忙しげに鳴く鳥の声に反応して銀髪がもぞもぞと動く。

 

「んっ……。もう、朝ですか」

 

 欠伸を噛み殺しながら、凪は起き上がった。彼女は鼻をすんすんと鳴らし、手に昨夜の精の匂いが残っていないか確認している。寝起きの生理現象がようやく収まりつつあった一刀には、その仕草は危険なものであった。

 気を逸らすために目をつむって同居人の髭面を脳内に描いていると、額にコツンとした硬いものが当たる。

 

「具合、よくないんですか? 以前、夏の病は長引くとも仰っていましたし……」

 

 一刀が目を開くと、そこには間近に迫った凪の顔があった。

 少しでも身体を動かせば、少女の可憐な唇をすぐに奪えてしまうだろう。一刀の心臓はバクバクと音を立てて暴れているが、そのせいで余計に肌が熱くなってしまう。

 これ以上おかしな心配をかけるわけにはいかないと、青年は素早く身を離すのだった。

 

「……し、心配してくれてありがと! でも、大丈夫だから!」

 

「そうですか? それなら安心しました」

 

 凪はあくまで純粋である。そんな彼女への邪心を散らすべく、寝台から降りた一刀は水の入った筒を急ぎ気味に手に持った。

 そうしてそれをぐいと呷ると、温くなった水が口から喉を経て身体の内側へと浸透していく。

 

「喉、そんなに乾いていたんですね。もっともらってきましょうか?」

 

 結局一本空にしてしまった青年のことを、少女は純真そうな瞳で見つめている。

 そんな彼女を手で制しながら、筒にわずかに残った水で一刀はもやもやとした気持ちを流し込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 宿を出て軽い食事を済ませると、二人は大通りを散策していた。

 なにか気の利いた小物でも凪にプレゼントできればいいと考えていた一刀であったが、いかんせん時間が早くそれらの商売人が表に顔を見せていない。

 それにしても、行き交う人の誰もが白い学生服に奇異な視線を送っている。街に来るまでは農夫の言ったようにもしかしたらという思いもあったが、さすがにここまで目立つ衣装を着ている者など一人もいなかった。

 ――そろそろ帰りかけようか。一刀がそう言いかけると、凪がなにやら通りの先に目を凝らしている。

 

「あちらの三人、こちらに手を振っているような……。一刀さんはご存知ですか?」

 

「んー? どれどれ」

 

 一刀が手を日除け代わりにして確認すると、そこには見知ったシルエットが並んでいた。

 そこにあるのは忘れもしない、あの日別れた以来の少女たちの姿。どうやら一人欠けてはいるようだが、郭嘉たちは壮健そうであった。大きく手を振り返す一刀に、徐晃は飛び上がるようにして返答している。

 

「みんなほんとに久しぶり。それにしても、俺だってよくわかったね」

 

 目の前まで来たところで、程立が相変わらず咥えていた飴を口から離した。少女は「それはー」と言いながら一刀の全身をじっと見ている。

 

「冀州広しと言えども、この国でそんな格好をしているのはお兄さんだけですからねー。朝日に照らされてきらきらとしていたので、とてもわかりやすかったのですよ」

 

 程立の言葉に、一刀はがっくりと肩を落とした。その背中を凪がよしよしというように擦っていると、郭嘉が気を取り直すように眼鏡に触れる。

 

「北郷殿も、あれからお元気そうでなによりです。そちらの方は?」

 

 郭嘉は再会に柔和な笑みを浮かべながら、凪のことを見た。彼女からしてみれば、密かに真名を許した男が親しげな女性を連れているのだから気になるのも当然である。

 彼女と視線の合った凪は、怪訝に思いながらもさり気なく目礼を返した。

 

「紹介するよ。この子は楽進、字は文謙っていう。村にもちょくちょく来てくれるから、仲良くさせてもらってるんだ」

 

 凪という少女は、またの名を楽進といった。それは曹魏に楽進ありとうたわれた闘将の名でもあるが、凪がこれだと思った人物に身も心も捧げようとするのはその一端であろうか。

 あの日郭嘉たちと別々の道を進んだ傍から彼女と出会ったのだから、なんの因果かと一刀は頭を抱えたものであった。

 それからこっちは、と一刀による紹介は続く。郭嘉、程立、徐晃の名は楽進も話の上で聞いていたから、この人達がそうかといった風に挨拶を交わしていく。

 

「よろしくお願いします。一刀さんから仕官先を探して旅をされていると伺いましたが、みなさんもなにか用向きがあってこちらへ?」

 

「……シャンたちは、陳留に行ってみようと思ってる。ちょうど道の途中だから、お兄ちゃんのところにも寄って行くつもりだった」

 

 以前と変わらずお兄ちゃんと呼んでくれることに喜びを覚えながら、一刀はねだる徐晃のふんわりとした髪を撫でた。

 彼女のいう陳留の地は冀州より南方の(えん)州にあり、現在は曹操が治めている。彼の人の政の噂は郭嘉らの耳にも入っており、一度見聞に行ってみることになった。

 

「陳留の曹孟徳さんがどのような方かはよく知りませんが、厳しくも公平な政治をされているということですからねー。あ、ちなみに稟ちゃんが真っ先にお兄さんのことを言い出したので、それはもう驚いたのですよお」

 

 程立の発言に一刀はドキッとしたが、当の本人である郭嘉はさらに手足を硬直させて固まっている。

 ――少女の中で真名を呼ばれたあの夜の感情が、どこまでも尾を引いていた。それ故に行き先を相談していたあの日も、ついその名を口にしてしまっていたのである。

 多くの言葉を交わし、時間を共にしたというわけでもないのに、北郷一刀という男の存在が郭嘉の胸中から消え去ることはなかった。ひと度気になってしまえば、離れるほどにその想いは強くなっていくばかりである。

 

「あー、そ、それはですね! ……ふと北郷殿が村の方々にご迷惑をかけていないかと、ただそう思っただけなのですから! あなたに会いたいと思ったなどと、おかしな勘違いはしないでいただきたい!」

 

 早口でまくしたてる郭嘉のことを、程立はにやにやしながら眺めていた。別に彼女とて天の御遣いがその後どうなったのか気にならなかったわけではないが、イジり甲斐のある友の反応が素直で面白くなる。

 

「まあ、迷惑はかけてないと自分じゃ思ってるんだけど。どうなのかな?」

 

 ぼんやりと楽進にそう尋ねる一刀はまるでわかっていないようであった。楽進は半分同情したくなるような思いで、大きなため息をわざとつく。

 

(本当に、朴念仁なんですから)

 

 俯きながら眉間を揉む楽進の姿を見て、一刀はショックを受けたようである。それは全くの勘違いではあるのだが、ある意味自業自得ともいえることであった。

 

「大体、風が意地の悪いことを言うからですね…………。って、寝るな!」

 

 郭嘉が発端の張本人を糾弾しようとするが、程立は立ったまま器用に鼻提灯をぷかぷかとさせている。その後頭部辺りに、バシッと慣れた手付きで郭嘉がツッコミを入れた。

 

「…………おおっ!? ……風としたことが、お日様のじんわりとした心地よさについうっかりと。とまあ、甲斐性なしのお兄さんのことはこれくらいにして、そろそろ行きましょうかー」

 

 程立は頭上の宝譿の位置を直しながら、一刀にウィンクを送る。それは「存分に楽しませてもらったのですよ」というようでもあり、久しぶりに彼女の流れる雲のような人となりを一刀は味わわされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 それから馬上の人となった一刀たちは、村へと続く街道を駆けている。資金を浮かせるためという程立の提案で、郭嘉の分だけ追加の馬を借りていた。程立は一刀、徐晃は楽進とそれぞれ同乗している。

 一刀は自身の前に跨る程立に気を遣りながら手綱を操りつつ、気になっていたことを問い掛けた。

 

「そういえば、子龍さんはどこかに仕官でもしたの? あの人も結構こだわりがありそうだったけど」

 

「ええ、星ちゃんなら幽州を回った辺りで路銀が尽きたとか言い出しまして。あれから変わりなければ、いまも公孫賛さんのところでお世話になっていると思うのですよー」

 

 公孫賛に対するその言い方は絶対にわざとだろうなと、一刀は苦笑いをする。

 趙雲に関する思い出といえばやはりいきなり殺気立った槍先を向けられたことであるが、話してみれば気さくな少女であったのでまたそんな機会もあればいいと青年は思う。

 

「星ちゃんと別れたあと風たちは洛陽に向かいまして、そこでチンケな雇われ文官をしていました。ですが耳に入ってくることは多かったので、糧になることもそれなりにありましたねー」

 

 つまらなさそうに程立は吐き捨てたが、やはり首都ともなれば知識の集まる量が違った。

 中心に近づくほど腐敗の様もよく見かけるが、志ある者も確かに残っている。そこで今後の役に立ちそうな情報を得たり、人脈を開拓するなどして彼女たちはしばらくの間過ごしていた。

 小金を稼ぐのは、あくまで二の次のことだったのである。

 

「なるほどね。それで、曹孟徳さんのいる陳留が良さそうだと」

 

「はい。興味があるのでしたら、お兄さんも着いてきてもいいのですよ? 稟ちゃんほどではありませんが、風もやぶさかじゃありませんし」

 

 程立からこのように誘われるのも、約一年ぶりのことであった。当時とは違って、今は気持ちに多少の余裕がある。大陸の行方を左右する可能性のある曹操がどういう人なのかは一刀にとっても知りたいことではあるし、そうしてみるのもありかと思えてきた。

 

「そうだなあ。村に帰ったら、そのことも少し相談してみようかな」

 

「ほうほう、これは兄ちゃんにも心境の変化ありってやつですかい」

 

 程立の頭に座す宝譿が言うように、一刀は世をもう少し広い視野で見てみたいという考えを持ち始めている。これはなにも、天の御遣いの使命に目覚めたからとかいう話しではない。

 時折普段の暮らしをしている中で、いつまでこの平和が続いてくれるのだろうと思ってしまうことがある。だから有事の際に判断できる材料を増やすためにも、少女の提案に前向きな姿勢で応じたのであった。

 一刀と程立がそんな会話をしている後ろで、徐晃は羨むように空を見上げていた。鳥のように青空を自由に往くことが、彼女の夢である。

 

「鳥さんたち、ちょっとざわざわしてる?」

 

 南方から飛来してくる一団はピーピーと口うるさく、まるで言い合いをしているようでもあった。

 その様子からなにか感じ取ったのか徐晃はぐいっと背を反らせて、馬を走らせる楽進の方を見る。

 

「ああ、今日もうるさいくらいに鳥は元気だな」

 

 その意図がわからず、楽進は小首をかしげながら鳥の集団を見上げていた。

 自分の気にし過ぎかと思い直した徐晃は体勢を戻し、揺れからやってくるゆるやかな眠気にしばし身を任せていくのである。



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 この有様を、なんと表現すればよいのであろう。まるでいつまでも続いてしまうような、そんな沈黙の時間が訪れている。

 今ならば、肌を流れる汗の音ですら聞こえてしまうのではないか。一刀だけでなく、他の四人もあまりのことに発する言葉を失っていた。

 初めて異変に気づいたのは、程立であった。進行方向に見える幾筋の黒煙。程立お気に入りの飴の味すらほろ苦くするどす黒いそれを、一刀は村の者がごみでも燃やしているのだろうと片付けた。彼女は反論しようとしたが、到着まで後少しということもありそれを喉の奥にしまい込んだ。

 やがて、完全に村の様子を目視できる距離にまで彼らは近づいた。そこに映し出された光景に一刀はたまらず力一杯手綱を引き、楽進は片手で目を覆う。その時にはもう、全てが手遅れのことであった。

 

 

 

 

 

 

 変わり果てた村の中を、一刀は必死の形相で駆ける。後ろを顧みる事なく飛び出すと、痛々しい家々の姿が散見された。

 焼かれ、略奪された家屋を通り過ぎる度に胸が苦しくなる。傷つき倒れている村人のことも、脳内にこびりついている。だがそれらをどうにか振り切って、彼はひたすらこの世界で得た家族の元へ向かっていた。

 

「おやっさん! なあ、しっかりしてくれ!」

 

 住み慣れた我が家の戸にもたれかかり、農夫は虫の息となっている。刃物で腹を突き刺されたのか、抑える手の下からは血が止めどなく溢れていた。

 農夫は曇りかけた瞳で一刀を見つけると、弱々しく何か言っている。一刀は耳をそばにやり、それを少しでもはっきりと聞き取ろうとした。

 

「ああ……、お前が、無事でよかった。最後にこうやって話せて、らっきー、ってやつだな……」

 

 咳き込みながら、農夫は一刀から聞いて覚えていた天の言葉を使ってみせる。あまりのやるせなさに、一刀の肩は打ち震えた。

 衰弱していく身体を抱きかかえながら、どうしてという思いが頭の中から尽きない。次々に湧いて出る記憶が、辛さを後押ししているようであった。

 

「そんな暗い顔するんじゃねえよ。上向いて、笑え」

 

「できるわけないだろう、そんなこと! もっと沢山、色んな事を一緒にやりたかった……」

 

 ようやく追いついた楽進らは、二人の最後の時を静かに見守ることしかできなかった。事情を深く知らない郭嘉達にも、邪魔をすることは(はばか)られるような雰囲気であることはわかる。

 

「馬鹿野郎、そんなしけた面すんな。お前には、力になってくれる人がいるじゃねえか。だから、死に土産にいい顔見せてくれや、一刀……」

 

 瀕死の状態で力を振り絞り、「おやっさん」は一刀の腕をぐっと掴んだ。死を目前とした男の凄絶な思いが、一刀にはっきりと伝わっていく。

 やがて肺を空にするほど大きく息を吐いてから、一刀はゆっくりと鼻で深呼吸をした。そうすることによりほんの少しだけ脳内が落ち着きを取り戻し、覚悟を決めるための理性が呼び起こされる。

 

「くっ、ああ……っ。おやっさん、今日までありがとう。俺、胸張って報告できるように、精一杯生きてみせるよ。だからまた、どこかで会おう」

 

「はは、言ってくれるじゃねえか……。それからな、慕ってくれる子を、無碍にしちゃあいけねえよ……?」

 

「せっかく格好良く決めたってのに、なんだよ……それ」

 

「心配してやってるのさ、俺なりにな。うぅ……、期待してるぜ、一刀」

 

「うん、任せてくれ」

 

 がくり、とおやっさんの身体の力が抜けていく。

 悲しみを胸の奥底にしまい込み、一刀は無理やり口元を笑った形にして誓った。そして事切れた農夫の安らかな死に顔に触れると、静かに黙祷を捧げたのである。

 やりきれない気持ちを抱きながらも、楽進は一刀の背に視線を落とした。そこにはこの惨状を乗り越え、新たな一歩を踏み出そうとする男の姿がある。

 物陰からの凶刃が一刀を襲ったのは、そんな折であった。

 

「危ない、一刀さんっ!」

 

 反射的に身体を投げだしていた楽進は、まさしくの盾となって一刀の身を護った。瞬間、彼女の切り裂かれた左腕から、ぴしゃっと血飛沫が舞った。

 あっ、と叫ぶ間もなく、一刀は楽進を引き寄せてニノ太刀をかわせるように横に倒れ込む。

 

「ちっ、浅かったか!」

 

 仕留めきれなかったことに賊は焦ってもう一度斬りかかろうとしたが、それは叶わぬことであった。凄まじい速さで飛び出していた徐晃の大斧が、文字通り賊の身体を叩き潰したのである。

 地面にめり込んだ大斧を引き抜きながら、徐晃は賊を捕縛しなかったことを僅かに悔やんだ。とはいえ、そうも言っていられない状況であったことも確かである。

 

「お兄ちゃん、これ使って。シャン、ほかにもいないか辺りを見回って来るね」

 

 徐晃は首に巻いていた布を外すと、半分ほど切り裂いて一刀に手渡した。

 (なり)は小さくとも、優れた武人なのである。平凡な賊をひとり始末した程度では、徐晃の息は微塵もあがっていない。

 

「ありがたく使わせてもらうよ。香風も、気をつけるんだぞ」

 

 一刀は痛みに顔をしかめる楽進の介抱をしながら、力強く頷いた。腹を括ってしまえば、やらなければならないことは山ほどあるのだ。

 怪我人が残っていれば治療する必要もあるし、できれば事の詳細も聞き出すべきであろう。

 悲しみを拭い去るように、思考だけは活発に働いていた。

 

「凪。痛いかもしれないけど、少し我慢してくれよ。それと、怪我させてしまってごめん」

 

「いえ、わたしがやりたくてしたことですから。でも、傷がまた増えてしまいましたね」

 

 止血をするために一刀が布を強めに結ぶと、さすがに痛みから楽進は口元を歪める。肌に傷跡が刻まれてしまうのは女の身としては辛いことではあるが、他でもない一刀のためにしたことであり誇らしくもあった。

 ふと握られた手から伝わる一刀の体温が、少女に安らぎを与えている。いまはそれだけに集中していればいいと思うと、多少は気が楽になった。

 

「お邪魔するようで、申し訳ありません。ですが、文謙ちゃんは風と稟ちゃんで見ていますので、お兄さんはどうぞ行ってきてください。こんな状況ですから、あまり期待はできないかもしれませんが」

 

 武の心得のない自分たちでは動き回ってはかえって足手まといになると考え、程立はそう提案した。

 楽進もそうするよう目で促すと、一刀から身を離した。名残り惜しくはあるが、そうすることが現状では最善である。

 

「凪を頼んだぞ、二人とも。なにかあれば、大きな声を出して呼んでくれ」

 

「はい、わかりました。北郷殿のほうも、どうかお気をつけて」

 

 すれ違いざまに目にした一刀の薄茶色の双眼に、程立ははっとさせられていた。

 その輝きの奥底には、ちりちりと燻っている種火がある。それを見出してしまった程立は、胸の高鳴りを偽ることができなかった。

 

「……お兄さんこそが、風が掲げるべき日輪なのでしょうか?」

 

「風? 北郷殿がどうかしたのですか?」

 

 程立はぼそりと耳に届かない程度の小ささで呟いたつもりであったが、一刀不在のほうが相談には丁度いいかもしれないと思案を固める。

 何拍か心音を数えるようにしてから、彼女は思い切って打ち明けた。

 

「ええっとですねえ……。これは、恋?」

 

「恋、だと? 風、いったいなにを言い出すかと思えば」

 

「そうツンケンしないでくださいよお、稟ちゃん。んんー、表現するのが難しいですねえ。けれども、風はあのお兄さんに惹かれているんだと思います。運命を感じた、とでも言ってしまいましょうか。むむぅ……、口にすればするほど、なんだか安っぽく聞こえてしまうようなー?」

 

 突拍子もない発言ではあるが、郭嘉にはそれがいつもの戯言ではないと判断することができた。郭嘉と楽進が素直に聞き役に回ると、程立はさらに続けた。

 

「とまあ、前置きはこのくらいにして。きっと、これよりお兄さんは悪党を討ち果たすために立ち上がられるでしょう。あっ、これはただの直感なのですけどねー。こほん……。そこを上手く乗り越えることさえできれば、あの方のもとには多くの人が馳せ参じることになるはずです」

 

「自分が何を言ってるのか、わかっているのだろうな? 北郷殿を王にでもするつもりなのか、風。仮にそうだとしても、なにもかもが不足しすぎている」

 

 郭嘉の口調は冷たく鋭利なものである。彼女も程立の才を認めその鑑定眼を信用してはいるが、これはさすがに飛躍しすぎているのではないかと疑うのも仕方がない。

 

「そこはほら、稟ちゃんの出番なのですよ。稟ちゃんも、気になるお兄さんのために才を発揮できると思えば、満更ではないのではー? それにしても、星ちゃんとあっさりお別れしたのは風たちの失態でしたねえ。香風ちゃんもすごく頼もしいのですが、星ちゃんのようにぐいぐい行く質ではありませんから」

 

 熱っぽい口調でまくし立てた程立は、乾いた口内を飴を舐めることで潤わせる。

 さすがの郭嘉も友人がこれまで見せたことのないほどの熱弁には感銘を受けざるを得なかったが、あくまでも冷静な立場を貫こうとしていた。

 

「今の世を変えていくためには、お兄さんのような変わり種が必要なのではないでしょうか。天から落っこちてきたひとなんて、そうそういませんからねー。これは以前から時折考えていたことなのですが、風もこんな形で披露することになるとは思っていませんでした」

 

 普段よりずっと饒舌な程立の言葉は、郭嘉にもしかと届いている。唇に指を当てて、少女は己の向かうべき先を熟考するようになっていた。

 

「くふふー。文謙ちゃんは、風の言ったことをどう思います? この場でお兄さんに最も親しい方の意見も、ぜひとも拝聴しておきたいのですが」

 

「自分、ですか……。一刀さんは、優しすぎるくらいの方です。そんな人に、あなたの仰るようなことができるのか、わたしにはわからない」

 

 目を閉じて話していた楽進は、なにか決心するように大きく刮目する。そうして「ですが」と言葉尻を繋いだ。

 

「あの方が、自らそうした道を歩まれるのであれば、わたしは命果てるまで側にありたい。ただそう願うだけなのです」

 

 痛む腕を掴みながら、楽進はそうきっぱりと応える。

 一刀にはできれば平穏な暮らしをしてもらいたいというのが本音ではあるが、どのような形になるにしろ寄り添って支えていきたい。それこそが、彼女の切なる願いであった。

 その返答を聞くや程立はにんまりと微笑み、またしても飴を口に運ぶ。だが、いまだ思い悩んだままの彼女の親友は、結局その場で返答することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 やがて三人の所へ、一刀と徐晃が揃って渋面を作って戻ってきた。結局、村中探しても見つかるのは息絶えた人間ばかりであり、襲撃者たちの残忍さが明るみになったくらいである。真っ先に狙われたためか長老の屋敷は特に酷い様であり、苦悶を浮かべながら生を絶たれた亡骸は見るに堪えないものであった。

 老若男女別け隔てなく訪れた不幸な暴風に、一刀は怒りを覚え奥歯を噛む。多少の希望となったのは、彼が見た限りでは全ての村人が亡くなってしまったわけではないということであった。

 

「村のみんなを休ませてあげたい。香風たちも、手伝ってくれないか?」

 

 死者をそのままにしておけば、やがて鳥獣に荒らされ、夏の暑さで腐敗し見苦しい姿になっていく。ならば、せめて安らかに眠らせてやりたい。そんな思いが、一刀には強くあった。

 数十人分の身体を収める穴を掘るのは骨が折れるが、どの道ここへ帰ってくる人たちのことを待つつもりでもあるので時間はある。ひとまず村の外れに死者たちを集め、空き地を墓所とすることを一刀は決めた。

 

「あっ、これって。そっか……」

 

 農夫の遺体を抱き上げた一刀は、その袂からなにかがこぼれ落ちているのを見つける。ころころとした小粒のそれらは、秋になったら蒔こうと約束していた作物の種であった。

 死んだ農夫のためにも感傷的にはなってはいけないと我慢していたが、平静でいられるのにも限界がある

 

「おやっさん、やっぱり辛いよ」

 

 頬を伝う雫が一筋。静かに、静かに一刀は涙した。外れまでの大したことのない距離が、とてつもなく長く思える。

 到着し、物言わぬ農夫を横たえてやると、大きな疲労感がやってきた。後ろから一人担いで来た徐晃はまだまだ元気そうで、頼もしい存在である。

 

「お兄ちゃん、つかれたのなら休憩しててもいいよ? もしお兄ちゃんまで倒れちゃったら、シャン……すごく悲しいから」

 

「ありがとうな、香風。うん、でも今は頑張りたいんだ。本当に疲れたら、ちゃんと休ませてもらうから」

 

 それから日が落ちるまで、一刀たちは埋葬のための作業に取り組んだ。

 さすがにこの状態の村の中で眠ったのでは気が滅入ってしまうということもあって、少し離れた場所で野営をしている。

 また、念のために夜間は交代で見張りを立てることにし、最初の番となった一刀と郭嘉は篝火を焚いて周辺を警戒していた。

 

「ああ、そうだ。いまは二人きりだから、真名を呼んでも構わないか」

 

「どうぞご勝手に。てっきりそんなこと、あなたは忘れてしまっているのかと思っていましたよ」

 

 そういう郭嘉はやけに不機嫌そうであった。

 本当であれば、なにか優しい慰めの言葉でもかけてやりたい気持ちもある。しかし程立から聞かされた決意や、それに関する自身の複雑な心境もあって、いつも以上に素直になれないでいたのだ。

 

「俺がここにやって来た日。稟の真名を初めて呼んだ夜も、こんな月夜だった」

 

 一刀にとっても、あのひと時は忘れようのない思い出となって記憶されている。

 見上げる夜空は変わらず美しく輝いているというのに、地上のなんと薄汚れたことか。そんな感情渦巻く一刀の手を、郭嘉は恐る恐る握った。

 

「どうして、なのでしょうね。あなたはそうやって、わたしの心を簡単に乱してしまう。……悪い御方です、一刀殿は」

 

 ここにいる誰よりも心を痛めているはずなのに、どうしてそんな優しい声色で包み込んでくれるのか。代わりに泣いてやりたくなるような気持ちで、郭嘉はさらに手にこめる力を強めていく。

 

「……あの時の俺は、ただ稟に甘えて泣きじゃくることしかできなかった」

 

「一刀、殿……?」

 

 少女を見つめる青年の瞳には、再び程立を動かしたほどの種火がパチパチと散りはじめている。

 それを直視してしまった郭嘉は思わず息をのみ、一刀の言葉の続きをじっと待った。

 

「だけど今度は、それじゃだめなんだ。おやっさんの思いや、みんなの悔しさ。それを背負って、俺は立ち上がらなくちゃいけない」

 

 そうすることがごく自然であるように、二人は向き合って視線を交わす。

 心に決意を結んだ一刀の顔を見上げながら、郭嘉は身体の内から熱いものが流れ出ようとしていることを感知していた。

 鼓動が高鳴り、少女の心臓はどうしようもないくらい跳ね回っている。

 

「俺ひとりの力なんてたかが知れている。だから、稟」

 

 一刀の力強い声音に押され、鼓動はさらに上昇していった。

 どれだけ止まるように念じても、ついに彼女の意志とは別に血流は走る。

 一刀が少女の頬に手を当てて顔を近づけた頃には、その小鼻からたらりと赤いものが流れ落ちていた。

 

「あっ、ん……。だめ、です、ふうっ……」

 

「気にするものか。これも、稟の味だから」

 

 流れる血をものともせず、一刀は赤く濡れた郭嘉の唇をついばんだ。鉄臭さが口内に広がっていくが、嫌な気はしていない。

 どこか変に興奮していることをおかしく思いながら、夢中で口付けていく。郭嘉も一刀のすることに毒されて来たのか、彼の唇を甘噛しながらも舌を使ってちょんちょんと触れている。

 

「ちゅ……、んんぅ……。ふうっ……ちゅう。一刀どの……ッ」

 

 負けじと一刀が舌先で郭嘉の唇のラインをなぞると、中へと招待するように少女の舌が出迎えた。そうしていると一刀の腕は自然と郭嘉の後背へと周り、抱き寄せるような形となっていく。

 口内でくちゅくちゅと唾液が混ざり合う度に、両人ともに頭がぼうっとしていくような感覚になる。ただ口同士で触れ合っているだけなのに、思考はとろけ気持ちよさが支配していった。

 

「あなたのことを、わたしにもっと感じさせてください……。あんっ……、はむっ、ふうっ」

 

 最早どちらが吸い上げて淫らな音を鳴らしているのかもわからないまま、二人は夢見心地で深く交歓していくのである。口腔で複雑に絡み合った舌は互いに離すまいともつれ、性的興奮を生み出していく。 

 

「稟、かわいいよ」

 

「かじゅ、と、んんっ……!」

 

 蕩けきった声で、郭嘉は青年の名を呼んでいる。いつの間にやら鼻血は収まり、少女本来の味を探るように一刀の舌が口腔を執拗に動く。

 それに応じてもっともっと、と催促するように郭嘉はより大胆な動きで一刀の体温を求めていった。

 

(決めましたよ、一刀殿。わたしは、わたしは……っ)

 

 熱の込められた舌の蠢きに感化されるものがあったのか、一刀は郭嘉の細い腰をぎゅっと強く抱き寄せる。

 

「もっと、稟……。んくっ、はあっ……」

 

 永遠に続くかのように感じられた口づけは、やがてどちらともなく唇を離したことによって一旦の終幕を迎えた。

 そしてそれは、次なる一歩への始まりでもあるといえるのだった。



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 白みかけてきた空を、程立は一人見上げていた。彼女と同じく見張り役でありながらも早々に居眠ってしまった徐晃は、座り込んだ身体を振り子のように揺らしている。その寝顔があまりにも幸せそうであるので、起こすのはもう少々待ってやろうと程立は見ぬふりをした。

 山の端から顔を覗かせる日輪に向けて、程立は両腕を伸ばす。しばらく日光を受けていると、全身に力が漲っていくような感覚が走る。これこそが命の根源を支えるものであると、本能が理解していた。

 

「なにが起ころうと、太陽は昇ることを止めたりはしません。お兄さんは、どうでしょうか?」

 

 変わって、今度は地べたに布一枚で眠る一刀に視線を落とす。こうして上辺を見ているだけでは、至って平凡な青年だと程立は評するだろう。

 そんな彼が郭嘉を惹きつけ、自身にも可能性を垣間見させたのだから、心中複雑なものである。

 少し経つと夢見が悪いのか、一刀の呼吸が苦しげに変わりだした。枕代わりにしている丸めた衣類の上を、辛そうに頭が動いている。

 すぐ近くにしゃがんだ程立は、その額に浮かんだ汗を服の裾で拭いてやった。

 

「よしよし。風がなでなでしてあげますから、ゆっくりとお休みくださいねー」

 

 汗で湿り気を帯びた一刀の頭部を、慈愛に満ちた程立の小さな手が梳くように触れる。

 少女の見立通りに流れが動けば、必ずこれから忙しくなる。それまでは、どうか傷ついた心を癒やしてほしい。

 そんな思いを込めて、程立はやんわりと手を動かしたのである。

 甲斐甲斐しくした成果もあって一刀の寝姿が穏やかになってくると、程立はまた日輪に目をやってふと思う。

 

「ねえ、宝譿。風もそろそろ、名を改めるべきでしょうか?」

 

 そう問われた宝譿は、普段通り寡黙に佇んでいる。くすりと独りでに笑った程立は、スカートを翻して立ち上がった。

 

「そろそろ、香風ちゃんを起こしちゃいましょうかー」

 

 本格的に眠りについている徐晃の首がだらんと垂れている。どんな風にして起こしてやろうかといたずらっ子になったような気分で、程立はそっと徐晃に近寄るのであった。

 

 

 

 

 

 

「――みんな、生きていてくれて本当によかった」

 

 早朝、一刀たちは村へ立ち入り作業を再開していた。携わる人数が少ないために思うような進捗は得られないのであるが、それぞれ黙々と身体を動かしている。

 そうしていると、周辺にある森林などに避難をしていた村人たちがぽつぽつと戻ってきた。賊を恐れてもっと遠くの集落へと逃れてしまった者もいたので、その数五十ほどである。

 彼らは互いに無事を喜んだが、住み慣れた土地が無残な姿に成り果てていることに総じて肩を落としている。

 

「この先、俺たちゃどうなっちまうんだ……」

 

「あの屑どもをぶっ殺さねえと、死んだ奴らが浮かばれねえよ」

 

 腹の底から湧いて出る、悲しみと怒り。誰しもが、そのぶつける先を求めていた。そのうちの何人かが、すがるような目で一刀のことを見ている。

 

「なあ北郷さん、あんただって悔しいだろう。州牧のちんたらした軍勢なんて当てにできねえし、天の御遣いの力ってやつを見せてくれよ……!」

 

 追い込まれ、窮地に立たされた彼らは、久しく口にしていなかった『天の御遣い』という特別な存在に救いを見出していた。

 北郷一刀が自分たちとなんら変わらない普通の人間であることを知っていながら、一方では彼ならばなんとかしてくれるのではないかという根拠の無い希望を抱いてしまっている。

 楽進と郭嘉は固唾を飲んで渦中の青年のことを見守り、程立は表情を崩さずにやり取りの様子をじっと静観していた。

 そして一刀はというと、ひとしきり話しに耳を通すと腕を組んで黙り込んでしまっている。その場の誰もが彼の発言を待つ中、慎重に思考を巡らせていた。

 村人の話していたことで気になったことがひとつある。襲撃してきた賊軍は百を越えていたらしいが、そのうちの半数ほどが頭に黄色く染めた頭巾を着けていたということであった。

 

(もうじき、俺の知っている黄巾の乱が起こるのかもしれない。そうなればこの村だけじゃなく、他の地方でもこんな悲しみが広がってしまう)

 

 一刀が例えここで生き残った者たちを突き放そうとも、どこかでその怒りが爆発してしまうのは目に見えている。だとすれば今は志を燃やし、共に立ち上がるのが正しいのではないのか。

 ぐるっと周りを見渡す一刀の視線が、計らずも程立とぶつかった。彼女はゆるりと首肯し、一刀がその身に宿す火をさらに焚き付けていく。

 

「……わかった、やってみるよ。俺にどんなことが成せるのかわからないけど、いまはみんなと一緒に戦っていこう」

 

 歓声に沸き立つ村人たちを前にして、一刀は血の滾りを熱く感じていた。代々受け継がれてきた薩摩隼人としての性分が、その立ったばかりの後背を支えている。

 

「君たちにも、少しの間だけでも手を貸してほしい。どうかな?」

 

 埋葬のことを聞かされた人々が散らばっていくのを背に、昨日の協議を知らない一刀はそう語りかけた。

 少女たちからは、無論(いな)という声は上がらない。徐晃にはあえて根回しをしていなかったのであるが、これまでのことから同調してくれることを程立は疑っていなかった。

 

「仕方がありませんね。ここまで巻き込まれてしまったのですし、北郷殿だけに任せて放り出すのは酷というものですから」

 

 協議の時には悩んでいる様子であった郭嘉は、(もや)が晴れたようにさばさばとしてる。生真面目な親友が土壇場で反対するのではないかと心配していた程立であったが、それが杞憂に終わり密かに安堵していた。

 さしもの彼女も、事情も分からぬままに一刀が郭嘉の心の鎖を解していたことなど知る由もない。

 

「それにしても、こちらの数が心もとないですね。いくら香風が強いといっても、一人では限界がありましょう」

 

「そうですねー。お兄さん、ちゃちゃっと天の力で兵でも湧かせてみせてくれませんか?」

 

 無茶を言う程立ではあったが、実際そこは性急になんとかしなければならない部分であった。一度名声を上げてしまえばなんとでもなると計算立ててはいるが、まずは現状をどうにかする必要がある。

 

「あれは……? 一刀さん、あちらを見てください!」

 

 原野の先を見つめていた楽進は、こちらに向かってくる集団があることに気づいた。昨日の今日のことであり、よもや再度の襲撃かと緊張が走る。

 しかし集団が近づいてくるにつれ、一刀にはそれが敵でないことがわかった。先頭を駆ける騎兵の風に棚引く美しい黒髪と、肩に担いだ長柄の得物。それは他の誰でもなく、関雲長の威風を備えたシルエットであった。

 

「北郷殿、お久しゅうございます。……到着して早々に不躾で申し訳ありませんが、これは如何なされたのですか?」

 

 率いる集団を停止させると、関羽は急ぎ下馬して一刀の前に現れた。彼女は村の変わり果てた光景に表情を曇らせながらも、やはり丁寧な語り口で言う。

 一刀から事の顛末(てんまつ)を聞かされると、関羽は義憤を滲ませながら唇をぐっと噛んだ。

 遅れてやって来た張飛も、今回のことが自身に起きたことのように悲しんでいる。数年前に張飛の両親も賊によってその命を奪われており、一刀の痛みはよく理解できるのだ。

 

「お兄ちゃん、元気出してほしいのだ……。そうだ、鈴々ぎゅーってしてあげる!」

 

 己の元気を分け与えようと、張飛は一刀の片腕に抱きつく。ついで上目遣いに鈴々と呼んでほしいことを伝えると、一刀は少女なりの目一杯の気遣いに感謝した。

 

「ありがとう、鈴々。大丈夫、俺たちにはこれからのこともあるから、へばってなんかいられないさ」

 

「これからとは、北郷殿にはなにかお考えがあるのでしょうか?」

 

 会話の中で、一刀が以前よりずっと逞しくなっていると関羽は直感している。彼女は緩みそうになる目元を引き締めると、かつて見知った顔が揃っていることにはっとした。

 

「その先は、風が引き継ぎましょう。それにしても雲長さんまでここに来てしまうなんて、お兄さんは持ってますねー」

 

 程立がすっと一刀の横に並び、関羽の再訪を喜ぶ。運のめぐりがいいというべきか、一刀を中心にあるいは流れが出来ようとしていた。

 のんびりとした口調の程立から一連の説明を受けると、関羽は青龍偃月刀の石突で大地を叩いて賛同の意を示す。

 

「我らとて、一宿一飯の恩義をいまだ返せてはおりません。この関雲長、北郷殿らに進んで助太刀いたしましょう」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。えーっと、それでなんだけど……」

 

 関羽との話がまとまったところで、一刀は駐留している集団のほうを指さした。あれらは一体なんなのか。いい加減、それが気になっている。

 

「お(かしら)お頭ー! この人が、天の御遣いってやつなんですかー?」

 

 いきなりの登場に一刀らがざわめく中、ツバの長い円形の帽子を被った少女は関羽のことをお頭と呼んだ。

 張飛と比べれば頭ひとつ分ほど背が高いのであるが、着用するには大きめな帽子とラフに着流した先から覗く日に焼けた肌が、子供っぽさを印象づけている。

 

「ええい、そのお頭というのはやめろというに! 周倉(しゅうそう)、失礼がないようにお前も挨拶をしておけ」

 

 関羽は困り果てたように、周倉と呼んだ少女に挨拶を促した。

 

「はいはーい。わたしは関雲長様の一の子分、周倉ってもんです! 方々もどうぞお気軽に、周倉とお呼びください!」

 

 ツバをくいっと上に持ち上げ、周倉はにこやかに名乗りを上げる。関羽の子分だという彼女の存在で、ようやく例の集団のことが一刀にも掴めてきた。

 

「よろしくね、周倉ちゃん。ということはあの人たち全部、雲長さんの配下ってことなのかな?」

 

「……はあ、一応そういうことにしておいてください。徐州にいた頃にたまたま義賊を名乗り盗みをしていた此奴(こやつ)を懲らしめてやったのですが、それから離れず付いてくるので我らも迷惑しているのです」

 

 関羽の話すところでは、彼女に敗れた周倉一味に気に入られ、不本意ながら軍勢のような体を成しているということであった。

 しかし一刀たちからすれば、関羽が軍勢を連れて来てくれた事実は非常にありがたいことである。

 

「なるほど。関雲長殿の私兵ですから、さしずめ"関家軍(かんかぐん)"とでも表現しておきましょう。確認をしておきたいのですが、周倉殿たちも我らと同道して下さるということでよろしいのですか?」

 

「おー。お姉さん、いい呼び名をありがとうございます。早速使わせてもらいますが、関家軍は当然お頭に付き従いますよ!」

 

 郭嘉が周倉らの軍勢に名付けてやると、彼女は嬉々として従軍することを誓う。周倉自身も無頼(ぶらい)(ともがら)ではあったのだが、無闇な殺しや弱者からの略奪だけは忌避していた。

 それが義賊を名乗った彼女なりの誇りであり、一党の掟でもあった。

 彼女ら関家軍の総数は百をいくらか越えるくらいではあるが、関羽と張飛の武勇を加味すればその戦力はさらに増大することになる。

 まさに、現状では最良の援軍を得たと言っても過言ではないだろう。

 

(ああは言いましたが、本当に兵を降って湧かせてしまうなんて、恐ろしいお兄さん。これは、風の考えていた以上かもしれませんね)

 

 軽く身震いした程立の全身を、陽光が暖かく照らす。

 この天の御遣いを芯として囲う輪を広げていけば、きっと上手く前進していける。そんな確信を、程立は抱いていた。

 関家軍の投入もあって、村落での準備は遥かに早く終わりが見えてきている。北郷一刀にとっての第二の故郷との別れは、すぐそこまでやって来ていた――。



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十(凪)

 賊軍討伐を決めたその夜。一刀は楽進を連れ、薄闇の中を出歩いていた。代表格として立ってしまったゆえに、あまり身勝手をするのは申し訳ない気もしたが、どうしてもしておきたいことがある。関家軍の連中との顔合わせを中座した時に、楽進がなにやら郭嘉に目配せをしていたが、女性たちの繋がりは一刀の知るところではない。

 その去っていく背中を見送りながら、郭嘉は安心と羨望の入り混じった複雑な気持ちを抱いていた。

 

「うん、もうこの辺でいいかな。まだ腕は痛む?」

 

「少し。ですが、無茶をしなければ生活には支障ありません。それより、こんなところまで来てどうしたんですか?」

 

 緩やかな小川が流れる側に、木々が茂っている。その辺りで立ち止まった一刀は、楽進の負傷した左腕を労った。彼女は体内の気を操ることに長けているので、常人と比して回復は格段に早い。

 それはそうとして、楽進の疑問は尤もである。迂闊なことは一刀も重々承知しているが、二人きりで語りたいことがあった。

 

「ああ、ちょっとね。凪に言っておきたいことがあるというか……」

 

 頬を爪で掻きながら、一刀は歯切れの悪い言葉を並べる。ここまでの道中楽進にどう切り出すべきかずっと思案していたのだが、結局纏まらず終いであった。

 

「苦しかったら、すまない」

 

 ここまで来て回りくどいことはもうやめようという考えに至った一刀は、楽進の細身を痛めないよう抱きしめる。楽進は急なことで戸惑ったが、彼に体重を預けてその胸に顔を埋めた。そこから伝わる心音のリズムで、一刀が緊張していることを楽進は悟る。

 

「……凪。ここで言うことを止めたら絶対後悔すると思うから、しっかり聞いてほしいんだ」

 

 楽進は頭の動きで、それを肯定した。彼女も、己の心臓が早鐘を打ち出していることを感じている。男の体温を幸せに受け止めながら、楽進は一刀が口を開くのを待っていた。

 

「――これから先、俺たちはどうなって行くのかわからない。それでも俺は、凪にずっと一緒にいてほしいと思う」

 

 戦いに向かうことや、郭嘉とのこと。いくつかの葛藤はあれど、一番に伝えたいのはそのことである。

 これまでは、彼女が側にいることがなにか当たり前のような感覚で、踏み込んだ関係には発展していなかった。友達以上の存在になってしまっていた故に、好きだという思いをなかなかはっきりと口にできなかった部分もある。

 

「え……、あっ、そのっ!?」

 

 ずっと聞きたくて、期待すらしていたはずの言葉なのに、楽進は嬉しさのあまり舌が回らずにいる。じっと返答を待つ一刀は、改めて口にしたことで楽進への愛しさが増していくようにも思えた。

 

「いきなりこんなこと、ずるいです。嬉しすぎて、頭がどうにかなってしまいそうで……」

 

 楽進の紅潮っぷりは、月明かりの下でもわかるほどである。その頬に一刀は手を当て、形を確かめるように顎のラインを触れていった。

 最後に親指で乾いた唇をそっと開かせると、楽進はそれをぺろりと健気に舐め返す。彼女の熱を帯びた視線が、早く早くと訴えかけている。

 

「前の続き、しよう。凪とひとつになりたくて、我慢できそうにない」

 

「はい、一刀さん……。んっ……」

 

 命がけの戦いを前にして気が高ぶりつつあるのか、一刀は多少強引に少女を求めた。餌を待つ小鳥のように出す楽進の舌を吸い上げ、空いた手で乳房を服の上からまさぐる。

 キスをしながら一刀が銀髪に隠れた耳を愛撫すると、彼女は未知の快感に目を潤ませていた。

 

「下、脱がすね」

 

 もっと楽進の内側に触れてみたいと思った一刀は、彼女の短パンに手をかける。一刀が指を掛けて下着諸共それをずり下ろすと、楽進は自ら片足を抜いて恥ずかしがりながらもおずおずと足を開いた。

 

「ここに、一刀さんのお、おちんちんを、挿れてしまうんですよね」

 

 真面目な楽進からいきなり飛び出した淫語に、一刀は興奮を隠しきれない。女性を抱くなどこれが初めてではあるが、現代で仕入れた知識を総動員する決意で望むのであった。

 

「そう、だね。でも、凪が苦しくならないようにしっかり準備しておかないと。男のほうは、なんとでもなっちゃうと思うから」

 

 自分から急かしてしまったようで、楽進は気恥ずかしくなる。口付けだけで少し濡らしてしまっているが、そのことが一刀に知られてしまうのもなんともいえない気分であった。

 

「指でするけど、痛かったりしたら教えてよ? 俺も、これで結構緊張してるから」

 

 しっとりとした楽進の陰部は、男の指の来訪を歓迎している。二本の指をそのまま形に沿うように前後させると、楽進は快感にきゅっと口を結んだ。

 

「あっ、それ……、いいですっ。一刀さんの指、温かくて気持ちいい……」

 

 擦るほどに染み出す粘液が、さらに滑りを良好にして愛撫を補助していく。気を良くした一刀は、貝のように閉じた入り口をそっと開かせると、人さし指をゆっくりと侵入させた。

 くにくにと敏感な粘膜を直接触れられ、楽進はたまらず一刀の肩を掴んでもたれかかる。熱っぽい吐息が首元にかかり、より興奮した一刀は指の動きを加速させていった。

 

「くうっ、やあ……。んっ、ふぁ……」

 

 指を二本に増やして入り口を拡張するようにすると、そこから粘り気ある分泌液がしたたり落ちる。恥ずかし気に気持ちよさそうな声を発する楽進は、さらに強く一刀の身体を掻き抱いた。

 

「ちゅう、はむっ……、ぷあっ」

 

 刺激に驚く楽進の口を、被さるように一刀は塞いでしまう。濡れた入り口で指を締め付けられていると、そこにモノを挿れてしまえばどうなるのだろうと想像を膨らませてしまうのが性である。

 楽進の甘えるような舌遣いが、愛おしさをさらに上昇させていく。――凪と早くひとつになりたい。その気持で一杯になった一刀は、片手でベルトを外すと生殺し状態にあるモノの拘束を解いていった。

 

「――こう、ですか? すごく、ドキドキしますね……」

 

 木の幹に右手を付き、楽進は下腹部を突き出すように一刀の方へ向けている。月明かりの下で、門が淫靡にてらてらと輝いていた。

 限界まで勃起したモノを持ち上げ、一刀は先をぐりぐりと押し付ける。指では感じたことのない熱に、楽進は思わず喘ぎを漏らす。いよいよ、その時が差し迫っていた。

 

「んっ……、この辺かな。痛かったらごめん、できるだけゆっくりやってみるから」

 

 膣口に狙いを定め、亀頭を固定する。ぐっと腰に力を入れて前に進めると、きつい締りで挿入を出迎えられた。

 

「あぐっ……! 一刀さんの形、はっきりわかってしまいます……!」

 

 通過の痛みによる悲鳴を堪え、楽進は一刀そのものを感じることに専念する。大切な人に初めてを捧げられたと思えば、いくらか苦しみも喜びに変わっていった。

 

「凪、もう少し力抜けるかな? 思ったより、ぎゅうぎゅうで」

 

「は、はい。がんばり、ます……。くうっ……」

 

 一刀の太いモノが、楽進の最奥を目指して中をかき分けていく。処女を失った証拠に、溢れ出す粘液に血が混ざっている。表しようのない感動に、彼女は薄っすらと涙を浮かべていた。

 反対に、断続的にやってくる強烈な締め付けに一刀は耐え忍んでいる。僅かにでも油断すればすぐに射精してしまいそうな中、眼下にある白い尻を揉んで気を紛らわす。好いた相手に情けないところを見せたくないという、男の意地であった。

 

「もうちょっと……、あと少しで、一番奥まで届きそうだ……」

 

 じりじりと押し進める内に、一刀はモノの先が壁に当たったような感触を覚える。腰をゆるりと前後させて確かめると、膣壁が蠢動(しゅんどう)してそこが子宮の入り口であることを教えているようであった。

 

「ふあっ……。お腹の奥、一刀さんので埋められてしまっています……」

 

「凪の中、あったかくて気持ちいいよ。軽く動くね」

 

 彼女が呼吸する毎に、ゆったりとした締め付けが行われる。それに合わせて抽送を開始すると、楽進は色っぽい声で応えた。

 

「んっ、はあっ……。すごい、さっきまでと全然違ってぇ……」

 

 膣内が馴染んできたことによる快楽の共有。愛液の量も増えたことで、スムーズに打ち付けられる腰がお互いを高めていく。

 

「中、こつこつってされると、ふわってなって……。一刀さんもそれ、いいんですか?」

 

 奥を小刻みに突かれながら、楽進は腹の内側を(うごめ)く一刀のそれが、びくびくと反応していることを感じ取っていた。

 

「すごくいいよ。凪のここ、俺のことを捕まえてくるみたいだ!」

 

 肌同士がぶつかり、乾いた音が静かな木々の間に響く。求め合う二人には、川のせせらぎの音すら届いてはいない。

 心のままに相手を愛し、快楽を貪る。ただただそれだけのために、男女の汗は宙に消えていった。

 

(ほんとはいけないことかもしれないけど、このまま凪の中で出してしまいたい。抜くことなんて、考えられない……!)

 

 絞るように膣がうねり、男に精を放ってほしいとせがんでいる。まだまだ、この心地よい時を終わらせたくはない。その一心で、一刀は彼女の奥を突いた。

 

「ひゃうっ……、やあっ……! これ、まだ太くなるんですか!?」

 

 挿入時より一回りほど膨れたモノに大きな動きで突き上げられ、楽進は快楽でどうにかなってしまいそうになる。あの夜自身を染め上げたどろどろの液体をぶちまけられることを想像しながら、最後のピストンを甘受していた。

 

「わたし、もうっ……! ひゃあっ……ううっ……!」

 

「まだまだっ……!」

 

 絶頂した楽進の中は、一際強くモノを包み込んでいる。一刀は抗うように下半身に力を込め、せり上がってくる精液を食い止めた。

 

「だめ、です……。いいっ……ぐううぅうううううう!?」

 

 甲高く鳴く楽進の腰をがっちりと掴んでその状態で数度出し入れし、いよいよ限界を迎えた一刀は尿道を緩めた。自由になった多量の精液が、目的地を目指してひたすら進軍を開始していく。

 

「あっ、ぐうっ……! なんだ、これっ」

 

 溢れかえるほどの精で膣内を満たしたにもかかわらず、彼女のそこはいまだ淫らに種を求め続けている。

 しばらく腰を密着させたまま楽進に覆いかぶさるような形で、一刀は息を整えていた。

 

「ああっ、すごいです……。お腹の中で、一刀さんのものがじんわりと広がって……。これほどの幸せを、自分は感じたことがないかもしれませんね……」

 

 愛しげに腹を撫で、半裸の楽進は笑顔を見せる。子宮は一刀の子種によって満ち満ちており、たぷたぷとした音がしてきそうなほどであった。

 彼女が少し身じろぎすると、結合部から収まりきらない精液がぽたりと地面に落ちたほどである。

 

「凪のなか、まだきゅうって俺のことをつかまえてくるね。このままずっと、ここにいたくなってしまうくらいだ」

 

「もう、そんなことはできませんよ。でももう少しだけ、あなたの体温を一番近い部分で感じさせていてください」

 

 楽進を背中から抱きしめ、一刀は頬や首筋に軽く口付けていく。甘くとろけてしまうような時間は、ゆっくりと流れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――余韻を楽しんだ後、落ち着きが戻ってきた二人は川の水を使って身綺麗にしていた。冷たい水が、火照った肌にほどよく心地いい。

 

「あはは……。ちょっと張り切りすぎたかな?」

 

「そうですよ。あなたの御身は、もう自身だけのものではないのですから。この意味、わかりますよね?」

 

 恋人の形をまだはっきりと記憶している下腹部に若干の違和感を覚えながら、楽進は下着を履き直している。行為の最中とは打って変わり、その物言いはどこか険を含んだものであった。

 のそのそとズボンを上げながら、一刀はその言葉の意味を重く受け止めている。皆を先導するリーダーとして。そして、自分以外にも愛する女性を持つ男として相応の覚悟を持てと、彼女の目が言っている。

 

「稟のこと、怒らないんだね」

 

「はい。その程度で嫌いになるような人に、自分は身体を預けたりはしませんから。先だって稟とも話しをしたのですが、こういう人を慕ってしまったのだから、そこはすっぱりと諦めましょうと」

 

 その時のことを思い出したのか、厳しくつんとしていた楽進の表情が少し崩れた。

 彼女と郭嘉が真名を預けるまでに打ち解けていることに、一刀はほっとする。同時に、彼女らには頭が上がらなくなるのも時間の問題かもしれないと心の中で自嘲したのであった。

 

「それは?」

 

 一刀がすっと差し出した左の拳に、楽進はきょとんとしながらも右手を丸めて突き合わせる。彼女の目をしっかりと見つめ、一刀はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「凪のこと、悲しませないって約束する」

 

「……絶対、守ってもらいますからね?」

 

 拳を何度か打ち合わせ、二人は生涯それを(たが)えないことを確認する。やがてどちらともなく開いた掌をぴたりと付け、離れてしまわぬよう指を絡ませあった。

 この日何度目かの口付けを欲しがる楽進の前髪を撫で、一刀は唇を重ねていく。

 ――今この瞬間は、凪だけに夢中になっているから。そんな気持ちを込めて、丹念に彼女の唇に愛情を刻み込んでいく。

 

「好きです、一刀さん……」

 

 重なる両者の影から、水音が響いている。二人の逢瀬は、まだまだ熱を帯び始めたばかりであった――。



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十一

 翌朝、一刀は主だった者を集めていた。珍しく目蓋(まぶた)を擦る楽進には、昨晩の疲れが幾ばくか見える。

 

「という訳で香風、周倉ちゃん、おじさんのことよろしくお願いするね」

 

「……うん。シャンに任せて、お兄ちゃん」

 

 今後の動きを郭嘉らと相談した一刀は、(えん)州方面に去っていく賊を見ていた村人の一人に、徐晃と周倉を付けて物見に出すことを決めた。相手の規模や布陣を見極め、戦いの指針を確定しようというのである。

 

「周倉も、油断なきようにな」

 

「わかってますって。わたしの健脚、ばっちり披露しちゃいますよ!」

 

 今にも走り出しそうな勢いで、周倉は関羽に応えた。彼女の韋駄天ぶりは関羽さえも驚いたほどで、今回のような伝令役には打って付けの役回りである。

 

「俺たちも、別れを済ませたらすぐに出発することにする。街道沿いに南へ行くつもりだから、どこかで落ち合おう」

 

「うん、わかった。……それじゃあ、行ってくるね」

 

 先行する三人を送り出し、一刀たちは埋葬地へと向かった。

 墓穴に僅かに残った思い出の品などを入れてやり、各々最後の時を過ごす。

 

「おやっさん。どうか俺たちのこと、天から見守っていてほしい。戦うのが正しいのかまだわからないけど、精一杯頑張ってくるよ」

 

 静かに眠る農夫から、返事があったわけではない。それでも一刀は報告したことで、少し心が軽くなったような気がしていた。

 盛り土をすっかり見えなくなるまで被せ、用意しておいた合同の墓碑を立てる。涙ぐむ生き残りの少年の肩を抱き、全員で厳かに祈りを捧げた。

 鳥の鳴く声に導かれて、一刀は空を見上げる。そこには晴れ渡った青空があり、まるで死者と生者、その両方の旅立ちを祝福しているかのようであった――。

 

 

 

 

 

 

 村を出立した一行は、急ごしらえの隊伍(たいご)を組んでゆっくりと?州の方へ向けて南下している。先陣は関羽率いる関家軍に任せ、一刀は村の男衆らと列の中頃を進んでいた。

 

「こうやって進軍しているとさ、やっぱり緊張するもんだね」

 

「初陣なのですから、それは仕方のないことでしょう。あなたはあなたなのですから、変に気取る必要などありませんよ」

 

 この纏まりの大将格ということで、一刀は乗馬させられている。側に侍る郭嘉は、前を見つめながらそう励ました。

 

「くふふ、お優しいことでー。ですが、稟ちゃんの言う通りですねー。なんなら、そこでお昼寝していても構わないのですよ?」

 

「そんな仲徳さんみたいな芸当、俺には無理だって。まあ、マイペースにやっていくしかないね」

 

 程立が気遣ってくれていることは、一刀にもわかっている。深呼吸して手綱を握り直すと、少しは肩の力も抜けていった。

 

「まいぺー、とはなんでしょうか?」

 

「自分に合ったようにやるってことだよ、稟」

 

 顎に手を当てて可愛らしく考え込んでいた郭嘉は、いきなり真名を呼ばれて驚いたように顔を上げる。一刀からすれば既に隠す必要もないように思えていたし、物事を進めるにはいい機会であるように感じていた。

 

「か、一刀殿ッ!? そ、そんな急に真名を呼ぶなんて……っ」

 

「ほうほう。一刀殿、ですか。へー」

 

 飴の付いた棒を片手に、程立は心底楽しそうな笑みを浮かべる。二人の関係については薄々わかっていたことであるが、そのことをおくびにも出さないのが彼女である。

 

「な、なんですか、その目はっ!? ああ、もうっ! わたしにとって、一刀殿は一刀殿なんです! どうですか、これがまいぺーすというものなのでしょう!?」

 

 発せられた大きな声に周囲にざわめきが起こるものの、それを気にしている余裕は郭嘉にはない。横腹を小突く程立の指を制しながら、彼女はそう高らかに宣言するのであった。

 

「――あれは、周倉が戻ってきたか」

 

 ひと騒ぎしている一刀らとは離れた先陣。砂煙(すなけむり)を上げて全力疾走する周倉の姿を、馬上の関羽は見つけていた。周倉は先陣にぐんぐん近づいてくると、関羽のもとに駆け寄ってくる。

 関羽がさっと右手を上げると、関家軍は前進を止める。彼女は息を切らせる周倉を腕力に任せて引き上げると、その背につかまるように言い馬を走らせた。

 

「どうやら、周倉ちゃんが戻ってきたようですね。こちらも一旦休憩にしちゃいましょうか」

 

 関家軍が停止する様子を見て、程立は一刀にそう進言する。それを受けて一刀が声を張り上げると、後続も同じように歩みを止めるのであった。

 

「北郷殿、先程帰還した周倉を連れて参りました」

 

「いやー、さすがに結構疲れましたよ! 早速、報告いたしますね」

 

 ぴょんと関羽の馬から飛び降りると、周倉は汗で張り付いた黒髪を額から剥がすようにしている。そして息もつかぬまま、彼女はその目で確かめてきたことを説明していった。

 それによると、賊軍はこの先十里ほどの地点で平野に野営しており、見積もったところその数はおよそ五百。あまり厳重に警戒をしている様子ではないので、徐晃たちはそのまま留まって監視を続行しているとのことである。

 

「なるほど。それならば、こちらに充分勝機があるといえるでしょう。襲撃を成功させたことで、賊は浮かれているのかもしれませんね」

 

 周倉の話が終わったところで、郭嘉はそう言い切った。素人の寄せ集めであるゆえに砦などに籠もられていては厄介だと考えていたが、これならば個人の武勇も存分に発揮することができる。

 

「一刀さん、この後はどうされますか? 速度を早めれば、今日中にも接敵することは可能とは思いますが」

 

「そうだな……。みんなも疲れているだろうし、明日早い内に一気に進んだほうがいいんじゃないか。稟はどう思う?」

 

 一刀は暑さや緊張による疲労を考慮してそう提案した。まだ皆の前で一刀に真名を呼ばれることに慣れない郭嘉は、赤面を隠すように眼鏡の位置を指で直している。

 

「こほん……。ええ、わたしもそれでいいと思います。士気が高いとはいえ、こちらは素人の集団といっていいものです。遭遇してから日が傾いては行動も難しくなりますから、大休止にしましょう」

 

「全く嬢ちゃんをこんな風にしちまうなんて、兄ちゃんは罪な男だねえ。……あうっ!?」

 

 すかさずいじりを加えた宝譿の胴を、郭嘉は中指でぴんと弾く。程立は落下寸前の宝譿を慌てて両手で保護し、いそいそと元へ戻した。

 

「ならば、わたしも先陣へ戻ってそのように伝えましょう。それでは」

 

 あくまで冷静な関羽は、颯爽と(きびす)を返して関家軍の中へ消えていく。その後を追う周倉は、まだまだ走る余力がありそうであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、まだ暗さの残る間に移動を開始した一刀たちは無事徐晃らを回収し、戦闘の準備を整えていた。

 

「雲長さん、鈴々。聞いての通りだけど、先鋒をよろしく頼む。俺たちも、援護が必要そうになったら動くから」

 

 いざ戦となると、彼女たちの存在は圧倒的に頼もしい。とにかく関家軍による初撃で敵の体勢を崩せるかどうかが、今回の戦の肝である。

 

「はい、お任せください。必ずや、賊軍の正面に風穴を開けてみせましょう」

 

「お兄ちゃん。鈴々も頑張るから、しっかり見ていてほしいのだ!」

 

 二人は力強く頷き、突撃の準備のため先陣へ帰っていった。

 

「……それで、シャンたちはどこかに隠れてればいいの?」

 

「そうですねー。香風ちゃんにはともかく、賊の頭目を斬るか捕らえてもらいたいのですよ。ですから機を窺いつつ、頃合いを見てやっちゃってください」

 

 関家軍の突撃に続くのは、徐晃による奇襲である。その人員には、腕に覚えのある村の男が十人ほど当てられた。

 普段とは違って鋭さのある目つきでそれを了承すると、徐晃は目星を付けておいた進路へ向かって部隊を引き連れて行く。いよいよ、戦の火蓋が切って落とされる。一刀はそれぞれが生きて帰ってきてくれることを信じながら、刀の鞘をぎゅっと握りしめた。

 

「――みなよく聞けい! 無残に殺された人々の悲しみを、この戦いにて僅かにでも(すす)がん。さらには、此度の結果は我らの行く末すらも左右する重要なものとなろう。そうであればこそ、決してぬかることは許されん。それを肝に命じ、ゆくぞ!」

 

 出陣を待つ関家軍を前に、青龍偃月刀を掲げた関羽が馬上で口角を飛ばしている。彼女に心酔している関家軍は、その熱の込もった檄を受けて激しく闘志を燃やす。この戦いには賊討伐以上の意味がある。関羽はそう考えていた。

 

「姉者と鈴々についてくれば、絶対勝てるよ! 突撃! 粉砕! 勝利なのだー!」

 

 鯨波の雄叫びを上げながら、関羽と張飛の後ろを関家軍はひた走る。特に周倉の速度は騎乗する関羽に張り付くほどで、人間離れしたものがあった。

 

「お、おい! ありゃあ敵だぞ!」

 

 自分たちのほうへ向かって突進してくる集団を発見し、賊の一人が血相を変えて他の者に知らせにいく。

 関家軍はその間も勢いを増し、一個の塊となって陣営の北面を突いた。

 

「いっくぞー!」

 

 戦闘を始めた関羽らを横目に、周倉もそれに加わっていく。

 彼女の手にした槍は、他のものと比べると随分と短い。それは以前関羽の攻撃を防いだ際に切断されてしまったことによるのだが、周倉はそれを未だ大切に使用していた。

 

「はあああっ! せいっ!」

 

「鈴々の蛇矛、受けてみろなのだー!」

 

 青龍偃月刀と丈八蛇矛が振るわれる度、賊の命は一瞬で狩られていく。奇襲に近い状態で仕掛けたとはいえ、関家軍は倍以上の敵をどんどん押し込んでいった。

 士気の差を表すかのように関家軍の兵が天幕を切り裂き、武器を手にしようとする賊を次々に討ち取っていく。

 

「攻め手を緩めるな。力を合わせ、確実に敵を討ち取ればよい」

 

 最も戦闘の激しい場所で武器を振るっていても、関羽の指示は的確に飛ぶ。賊軍からすれば彼女は死神そのものであり、その恐怖は死体が増えるほどに広がっていった。

 

「愛紗すっごく張り切ってるけど、鈴々も負けないよ」

 

 前方から振り下ろされる剣をあっさりと受け止め、張飛は蛇矛を横に払いその柄で賊の頭蓋を割る。張飛は荒々しくも自在に蛇矛を操り、敵を打ち倒していった。

 

「――みんな、ほんとにすごいよ。仲徳さん、俺たちは動かなくていいの?」

 

 キリのように敵陣に穴を開けていく関羽たちの働きの凄まじさに、後方に控えている一刀は感嘆を上げる。

 

「こちらはなにか問題があった場合の保険であって、無闇に動くことには賛成できませんねー。風たちを守りながらお兄さんが戦えるというのなら、それもいいのかもしれませんが」

 

 程立の返答は極めて冷静で、一刀の熱くなった心を平静に戻す役割を果たしている。思い直した一刀は正面を向き、再び鞘に手をやりながら戦況を見守ることに徹した。

 

「一刀殿、そろそろ香風も動き始めたようです」

 

 郭嘉が指差す雑木林からは、背を低くして野営地に接近する一団がある。戦場を観察していた徐晃は、賊の動きからその指揮官を発見したようであった。

 

「行くよ。……シャンにしっかり着いてきて」

 

 戦闘開始からまだ四刻(約一時間)ほどであるが、早くも賊軍は王手をかけられている。関家軍の猛攻を手当するだけで精一杯な指揮官は、横手からの急襲に気づく余裕などありはしなかった。

 

「こいつら、いつの間にこんなところまで!?」

 

 そう叫んだ賊の胸に、恨みのこもった刃が突き立てられる。口をあんぐりと開いたまま倒れ込む賊の影から飛び出し、徐晃は愛用の大斧ではなく両手を空けるために携行していた剣を抜き放つ。

 

「……どいて。邪魔するなら、斬るよ」

 

 徐晃は正確に急所へと刃を走らせ、数人瞬時に切り捨ててしまう。その後は辺りの敵にも目もくれず、真っ直ぐ標的目指して走り出す。味方が護衛を抑えてくれている少しの時間で、彼女は勝負をつけるつもりであった。

 

「ガキが! なめるんじゃねえ!」

 

 指揮官がいくら懸命に剣を振るおうとも、それが徐晃の身体を捉えることはついになかった。彼女は隙きをついて指揮官の鳩尾(みぞおち)に強烈な打撃を見舞うと、そのまま肩に抱えて脱出の指示を加える。

 

「シャンたちの仕事はこれでお終い。……退くよ」

 

 あっけにとられる賊軍を尻目に、悠々と徐晃は退却していく。彼女に付き従ってきた男たちは、その手際のそつのなさに感服するばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 徐晃によって統率者を失った賊軍は、さらなる混乱を引き起こしながら一人、また一人と地に伏せていった。この辺りが潮時だと感じた程立は、本陣を前進させながら一刀に停戦の進言を行う。

 

「お兄さん、もうそろそろよろしいのでは?」

 

 その声に、一刀は耳を貸さなかった。鞘を握る手に、はっきりと血管が浮いている。それが程立には、一刀が怒りを堪えているように思えていた。

 前線では、報復を代弁するかのように関家軍による苛烈な攻撃が続いている。

 

「お兄さん」

 

「むぐっ……!? あ、甘い」

 

 程立が今まで自分が舐めていたばかりの飴を、一刀の口へ無理やりに突っ込んでいる。普通この時代では考えられないくらいの甘さが舌を通して伝わり、一刀の復讐に染まりかけていた心が和らいでいくようでもあった。

 なにかムッとしたような視線を郭嘉と楽進から感じている一刀であるが、現状考えるべきことは他にある。

 

(そういえば、これって間接キスになっちゃうよな……。って、そんな場合じゃない!)

 

 飴を咥えたまま首を振り、一刀は思い直したように戦場を見つめる。逃げ惑う賊軍らは容赦なく叩き斬られ、その血を撒き散らすばかりである。

 これ以上事が進めば、最早これは虐殺。それは例え、いくら憎い相手であっても望むべきことではなかった。

 

「どうですか? 甘いものを摂ると、気持ちが落ち着くのですよ」

 

「ごめん、ありがとう。俺、雲長さんのところへちょっと行ってくるから!」

 

 そう言うと、一刀は断りも入れずに先陣へと疾駆する。

 ――穏やかそうに見えて、意外と激しい部分もある。お兄さんのそんなところに、稟ちゃんも惚れてしまったのでしょうか。

 そう思いつつ、程立は一刀から受け取った飴を見つめる。そうしてほのかに背徳の味が追加されたそれを、彼女は再び旨そうに舐め始めた。

 

「凪、そっちは鈴々の方へ頼む」

 

「はいっ!」

 

 いきなり陣を飛んで出た一刀であったが、楽進は遅れず追従している。全てを聞かずとも、楽進には今どんな行動をするべきかが理解できていた。二人は左右に別れて先陣へ向かい、関羽と張飛の元へ駆ける。

 

「――雲長さん! この戦い、ここまでにしよう」

 

 一刀の声に気づいた関羽は、得物をひと払いすると素早く下馬した。気が昂ぶっているためか、その顔は上気して赤らんでいる。

 

「本当に、よろしいのですね?」

 

「俺たちが獣になってはいけない。それじゃあ、きっと意味がないんだ」

 

 関羽にそう語りながら、一刀は襲い来る賊の剣を避けた。その刺突は、修練中に見た楽進の打撃に比べれば鈍く感じる程度である。流れのままに腕を取ってそのまま投げ飛ばすと、近くにいた関家軍の兵に取り押さえておくように一刀は頼む。

 

「剣士たる者、抜かざる勇気も持て。そう、爺ちゃんにも教えられたからね」

 

 実のところ、関羽は停戦の指示のない場合、徹底的に殲滅する覚悟を持って戦場に立っていた。禍根を断ち、村の衆の無念を晴らす。そのためには、それが最善の手ではある。

 しかし、それは彼女にとって仕えるべき人物に求めているものではなく、その時は一刀との決別もやむ無しと考えていた。

 

「北郷殿……。ええ、その通りですね。周倉はいるか!」

 

「はいっ! なんでございましょうか!」

 

 関羽は側で戦っていた周倉を呼ぶと、関家軍を停戦させるよう命を下す。そして賊軍に目を向けると、気迫の込もった大音声(だいおんじょう)で一喝した。

 

「賊徒ども、よく聞け。貴様らの頭目は我らの手に落ち、既に大勢は決している。武器を捨てれば命は取らぬゆえ、大人しく降伏せよ」

 

 関羽の降伏勧告を受けて、最後まで粘っていた賊たちがついに武器を地に落とす。討ち取られた者の他に、指揮官が絡め取られてから逃散していった者も多く、残ったのは五十ほどでしかなかった。

 残党の捕縛を済ませた一刀たちが本陣へと帰ると、そこには徐晃によって縛り上げられた指揮官の姿がある。

 その頭を覆うのは黄色い布。陰りゆく世の中に、嵐の吹く時が刻一刻と迫っていた。



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十二

「お待ちしておりました。一刀殿、この者が賊を束ねていた頭目です」

 

 周囲を見渡せるような丘陵地に置かれている本陣。そこへ戻った一刀が視線を向けると、男は後ろ手に縛られた腕をもがくように動かし抵抗の意思を見せていた。今にも一刀に食らいつきそうなその身体を、徐晃が大斧の柄で抑えつけている。

 

「おめえら、いったい俺になんの用があるってんだ……。くそっ……!」

 

 見下ろすように男の前に立ち、青年は刀の柄を叩いてかちゃりと鳴らす。すぐ手の届く範囲に憎き仇がいると思うと、抑え込んだはずの怒りが再び湧いて出てしまいそうになった。

 

「用か、それなら大有だな。お前達、少し前に村を襲っただろう。覚えてるか」

 

「村だあ? ああ、あそこはなかなかの蓄えがあって、いい収穫になったもんだぜ」

 

 そこまで話して頭目は、一刀の放つ怒りの視線の意味に気がついたようだ。そして嘲るように低く笑い、獰猛に表情を歪ませていく。

 

「ははあ、なるほどなあ。お前、あの村の住人か。こんなことになるんなら、もっと根こそぎ殺しておくんだったなあ」

 

「こいつ、この期に及んで……っ!」

 

 頭目のいけしゃあしゃあとした言葉に、さすがに我慢ができず楽進は怒りをあらわにする。楽進にとってもあの村落は大切な地であったし、それは一刀の内心を代弁しているようでもあった。

 

「文謙殿、ここは堪えられよ。北郷殿も辛いだろうが、気持ちを押し殺しておられるのだから……」

 

 関羽は楽進の肩に手を添え、首を横に振っている。この頭目の処遇をどうするかは代表格の一刀が決めるべきことだろうと思っているし、いまはその判断を見守ろうとしているのだ。

 

「なんであんなことをした、とは聞く意味がないんだろうな。でも、俺たちはただ平穏に暮らしていたいだけだった」

 

「日陰もんには日陰もんの暮らしってのがあるんだよ。たまたまその標的にあの村は選ばれた、それだけだっての」

 

 頭目は村を襲撃したことについて、なんら罪悪感をもっていない。ただ稼ぎのため、ただ明日を生きていくため、殺しを含めてそういうことだと簡単に言ってのける。

 確かにその言い分はある意味では正しく、筋が通ってもいるのであろう。しかしそれでは、ここに集った誰の憤りも収まるはずがない。

 

「……わかった、なら少し話題を変えようか」

 

「ちっ……、なんだよ」

 

 冷静に話しかける一刀の声色は、抜き身の刀身を思わせるものであった。ひんやりとした切っ先を首筋に当てられたような気分になった頭目は、苦い顔で唇を噛んでいる。

 

「あんたたち、その黄色い布にはなにか意味があるんだろう? 狙いは、国の転覆か」

 

 国の転覆、と一刀が口にしたことで、郭嘉たちも表情をかたくしてしまう。ただし驚いたのは頭目も同じだったようで、その様子から問が見当はずれではなかったことを一刀は確信した。

 

「まさか、そのようなことが……」

 

「お兄さんの言ったことが現実になれば、これはおおごとになりそうですねえ」

 

 眠たげな目をしているが、程昱の頭脳はぐるぐると目まぐるしく思考しはじめている。大規模な反乱となれば備えも早急に整える必要もでてくるし、なにより一刀が世に飛躍するための切欠にできる可能性も大きい。

 ほんわかとした雰囲気の裏には、そのような現実的な打算も隠されているのだった。

 

「知らねえ、俺はなにも知っちゃいねえ。てめえとの話しはここまでだ」

 

 できれば張角(ちょうかく)馬元義(ばげんぎ)といった歴史に名を残す黄巾側の人物についても当たりをつけておきたかったが、頭目の反応からそれ以上突いたところで有益な情報が得られるとは考えにくかった。

 

「北郷殿、いま仰っしゃったことは本当なのですか」

 

 関羽は深刻そうに眉間に皺を刻み、頭目を睨んだままの一刀に問いかける。

 正義感の強い少女だけに、心がそわそわして仕方がないというのがよく顔に表れていた。

 

「俺の知っている歴史の流れ、天の知識と言えば分かりやすいか」

 

「それって、お兄ちゃんが鈴々たちの字を当てたあれだよね!」

 

 かつての事を思い出している張飛に、「そうだよ」と相槌を打ち一刀は続けていった。

 

「俺の覚えている限りでは、この時代に大きな反乱が起きるんだ。そこで話に出てくるのが黄色い布を目印にした集団、黄巾党だ」

 

「なるほど。それで北郷殿は、この者らがその黄巾……とかいうものに関係していると」

 

 腑に落ちた様子で、関羽はそう応えた。

 そのやり取りをじっと見ていた男は、気味の悪いものを見るような目で一刀を見ている。

 

「なんなんだ、お前……。どこぞの預言者って奴、なのか……?」

 

 男のそんな質問を受けて、一刀は村を発ってから思案してきたことを明らかにするのは今だと感じていた。

 ずっと遠ざけていた「天の御遣い」という称号。それを、自ら宣言することで復活させようというのである。

 人々の力を集め、戦っていくにはただの北郷一刀では現状物足りないであろう。だがそこに、神秘性をもった称号を加えてやれば全く違ったものとなる。

 

「預言者なんかじゃない。俺は、天の御遣いだ」

 

 一刀が進んでそう名乗る姿を、楽進は口を真一文字にして見つめていた。その名を持ち出したことによる決断の重さが、彼女にはわかってしまうのである。 

 

「今回のケリは、俺自身の手でつけなくちゃならないと思っている。あれだけのことをしたんだ、ここであんたを斬らなければ、誰の納得も得られないだろう」

 

 頭目の横手に回り込み、一刀は得物の柄に手をやって鯉口を切る。その様子を少女たちだけでなく、村の者たちや関家軍までもが注視していた。

 こうなることをなんとなく予想していたのか、頭目は目を伏せてついに神妙な態度をとっている。

 

「せめて上手く斬ってやれればいいが、期待はしてくれるなよ」

 

 人を斬るために刃を抜くのは、一刀にとってこの世界に来た日以来のことであり、緊張のためその手の中には汗が滲んでいる。ある意味、これは岐路だと一刀は思った。毅然とした態度を保ったまま、この悪党を斬り伏せることができるのか。それができるかどうかで、これから自分の行く道は変わってくるのだろう、と直感してもいる。

 意を決して鞘から抜き放つと、三尺強(約70cm)の刀身に日光が反射してきらきらと光って見えた。その輝きはポリエステル製の上着と合わせて、まさに一刀が天の御遣いであることを示しているようでもある。

 

「わかりました、北郷殿。この関雲長、あなたのお覚悟をしかと見届けましょう」

 

 そう言った関羽に頷いて返すと、一刀は武器に目を落とす。

 戦うことを皆に誓った瞬間から覚悟をしてきたつもりであったが、いざ無抵抗の人間を殺すとなるとどうしても躊躇が生まれてしまう。

 

(どんな経緯のある刀かは知らない。だけどお前は今、俺と共にあるんだ。だから、少し力を貸してくれ)

 

 祈るように瞑目して刀に思いを込め、一刀は得物を頭上高くにかかげた。

 そして周囲の人々が息を呑んで見守る中、天の御遣いはかっと眼を開く。

 瞬時に腕へと力を込めると、刃は弦月(げんげつ)の軌道を描いて振り下ろされた。

 ぴゅっという風切り音と共に、刃は吸い込まれるように首筋を捉えていく。いとも容易く肉を切ったかと思うと、ごりっとした感触を一刀の手の中に残しながら骨をも断つ。

 頭目は「ぐえっ」という潰れた声を出すと同時に意識が途絶え、力の抜けた胴体は糸の切れた人形のように崩れ落ちていったのだ。

 

「お兄ちゃん、へーき?」

 

 徐晃ののんびりとした口調には悲哀が見え隠れしており、一刀の胸の痛みを認識しているようでもある。優しい男だと知っているだけに、その一撃には感化されるところがあった。

 

「大丈夫ですよ、香風ちゃん。こう見えて、お兄さんは強いお人です。そうでなくては、ここまでたどり着くことすらできなかったでしょうから」

 

 程昱の視線の先には、胴から離れた男の首がごろりと転がっている。村人たちの掲げた仇討ちという目的は達成されたが、程昱からすればこれは始まりなのであった。

 ともあれ仇の首魁が討ち取られたことで村衆からは歓声と嗚咽、そして事を成し遂げた一刀に対する称賛の声が大きく広がっている。

 

「賊の頭目は、いまここに天の御遣いが討ち果たした! みんな、勝どきをあげろ!」

 

 心をひとつにするのならばいましかない。そう確信をしている天の御遣いは、刀を握った腕を振り上げながらそう宣言した。

 

「北郷さん、よくやってくれた! 俺たちゃこれから、なにがあろうとあんたについていくからよ!」

 

「お頭ほどじゃないが、なかなか気骨のある大将だ。気に入ったぜ!」

 

 村人と関家軍の男たちが一緒になって拳を天に突き上げ、勝鬨(かちどき)を周囲に響き渡らせた。

 その熱気は凄まじく、これからの新たな未来を大いに照らしてくれることであろう。

 

(これでもう、後戻りは出来ないな)

 

 自らを呼ぶ声に誘われ、武者震いとはこういうことなのかと天の御遣いは実感していた。

 一刀にとって二度目となった殺しの味は、苦く胸の中に刻まれている。それはある意味、まだすんでのところで踏みとどまれている証拠ともいえよう。

 そんな血刀をぶら下げて熱に浮かされたようにしている一刀に対し、意を決したように関羽が布を差し出している。

 

「気迫が伝わってくるような一撃、お見事でした。よろしければ、こちらをお使いください、ご主人様」

 

「ご主人様? 雲長さん、その呼び方は……」

 

 短い言葉ではあったが、その中には関羽なりの多様な思いが折り重なっていた。

 今ここにいるのは、かつて一刀のことを「御遣い様」と呼んだ少女ではない。当時とは違って男が天の御遣いを自称しようとも、関羽が仕えたいと本心から思えるのは北郷一刀という一人の人間であった。

 手を伸ばしたまま関羽と視線を交わしている一刀は、彼女の確固たる意志をひしひしと感じている。一刀が布を手にしてそれを受け入れたことを表すと、関羽はおもむろに口を開いた。

 

「いまよりは、愛紗とお呼びください。どうか我が真名、ご主人様に受け取っていただきたい」

 

 この人に、真名を呼んでもらいたい。関羽の心が、そのことを強く求めている。

 

「そっか……。ああ、受け取った。愛紗、これからも頼りにさせてもらう」

 

 血を拭った刀を鞘に納めながら一刀が真名を呼んだことを皮切りに、関羽は拳を包み込んで恭しく拱手(きょうしゅ)の礼を取った。それはまるで厳かな儀式のようでもあり、がやがやとしていた周りさえもしんとさせる迫力がある。

 

「雲長さんに遅れを取ってしまいましたが、この程仲徳の真名もお兄さんにお預けしたいと思うのですよ。宝譿共々、風のすべてをお兄さんに捧げるつもりです」

 

「今日は、風にもよく助けられたね。こんな俺でよければ、側で支えてくれれば嬉しい限りだ」

 

 普段とは違い真面目な態度でもって事に臨んでいる程立は、関羽と同様に拱手をして一刀に深々と頭を下げている。それは外から見れば、紛れもなく臣下の礼をとっているようであった。

 程立の意図に気付いた郭嘉もそれに倣うと、楽進と徐晃、それに張飛も加わって一刀の前方を囲む。

 

「なんだ、みんなして。俺は別に、家臣がほしいわけじゃないんだ。ただ、同じ道を行く仲間になってくれればそれでいい」

 

「志を為すためには、分別すべきところはしっかりとするべきだ、と風は思うのですよ。お兄さんさえよろしければ、風もご主人様とお呼びしたいくらいなのですがー?」

 

 一刀の言わんとすることは、程立にもわかっている。しかし、この場で北郷一刀こそがこの集まりの筆頭であることをはっきりさせておかねば、後々になって齟齬(そご)が生まれる可能性があると程立は危ぶんでいた。

 なので、現状最も兵力を有している関羽が率先して忠誠を誓ってくれたことは、程立としても喜ばしいことだったのである。

 

「なるほどな、そういう考え方もあるか……。でも、風にご主人様って呼ばれるのは、ちょっとむず痒いかも」

 

 程立の提案をやんわりと断りながら、一刀は少女たちに楽にするように言う。例え正反対のことでも、よいと思ったことならば素直に受け入れる柔軟さがこの人にはあった。

 それは程立らを信頼している証でもあり、建前上は主従ということにしておいて、後は自身の裁量次第でやっていけばいいという考えを持っているからでもある。

 

「一刀殿。いえ、これからは一刀さまの方がよろしいのでしょうか。……凪はどう思います?」

 

「そうですね……。この部隊の長となられるわけですから、隊長というのはどうでしょう。自分は、そうお呼びするつもりです」

 

 いかにも真面目な二人らしいやり取りであり、一刀は微笑ましくそれを見ている。

 

「……お兄ちゃんは、お兄ちゃん?」

 

 人差し指を下唇に付けて徐晃が首を横にかしげると、肩先まである若紫色の髪がふわりと揺れる。その愛らしさに引き寄せられて、一刀はくしゃっと彼女の頭を撫でた。

 

「香風がこれからもそう呼んでくれるのなら、俺は嬉しく思うよ。立場がどう変わろうと、気なんて使ってくれなくていい。上に立ったせいで仲がぎくしゃくするなんて、そんなのは御免だ」

 

 一刀がそう言うと、徐晃は赤みを差した頬を隠すように「うん」と短く頷く。その様子を指をくわえるようにして見つめていた張飛であったが、一刀が手招きするとぱっと笑顔を咲かせて駆け寄った。

 

「ねえねえ、お兄ちゃん。それ、してほしい。鈴々も、徐晃みたいになでなでされたい、かも……」

 

「いいよ、もっとこっちにおいで。今日の勝利は、みんなのおかげだ」

 

 恥ずかしそうに見上げる張飛の願いを、一刀は存分に叶えてやる。

 さらっとした線の細い髪を指でかき分けられると、張飛は心地よさそうに表情を崩していった。

 

「なるほど、お兄さんは香風ちゃんや翼徳ちゃんくらいの年頃の子がお好みですかー」

 

「ご、ご主人様っ!?」

 

 義妹のことでもあり、関羽は上擦った声で今しがた主君と認めたばかり男を目線で非難する。このあたり、いくら関雲長といえども平静でいられない部分もあった。

 

「雲長殿も観念されたほうがよろしいですよ? この御方は、女性とあらば目がないのですから。ですよね、凪?」

 

 便乗するように、郭嘉は棘のある物言いをする。郭嘉に追従してしきりに頷く楽進はいたく真剣そうで、そちらの意味でもこれからのことを思案しているようであった。

 

「あっ、一刀さん!」

 

 楽進が叫ぶ。逃げ場をなくした一刀は、がむしゃらに丘を駆け下りていった。

 

「一年ちょっと前は単なる学生だったのに、今じゃ関雲長たちを従える天の御遣いか」

 

 走りながら、一刀は胸に湧き立つ思いを独白している。

 これ以上ないくらいの数奇な運命であるが、やってやろうという気持ちも大きい。

 

「これからだ、本当の闘いは。なにを為せるかは、きっと俺しだいだ。だから負けるなよ、俺」

 

 口を開きつつある乱世に飛び込んでいく覚悟は決まった。それでも何もかもが、まだまだ始まったばかりである。

 

 



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閑話 日輪は我とあり(風)

 カン、カン、と何か固いものを打つような音で関羽は目が覚めた。天幕の外へ出て、彼女はその音の出処を探す。しばし歩いていると、早朝の新鮮な空気が体に満ちていき、なんともいい気分であった。

 

「あれは、ご主人様……?」

 

 関羽の視線の先には、荒々しい姿そのままの木刀を幹に打ち付ける北郷一刀がいた。修練中にどうせ汗まみれになってしまうと思ったのか一刀は上着を全て脱ぎ去っており、引き締まった筋肉質な身体を日光の下にむき出しにしている。

 

(このまま、少しお待ちしようか)

 

 近くにまで寄っても一刀が自身の存在に気づくことがなかったので、関羽は木陰に腰を下ろしてしばらくその様子をじっくりと観察していた。

 

「ちぃえええええええええ!」

 

 一心に激しく木刀を振るう彼の修行方法は関羽も知らないものであったが、それ以上に驚いたのがその奇声にも似た叫びである。聞き慣れぬ内は彼女であっても背筋がびくっと反応してしまうほどであり、そういう効果も狙ってのことだろうかと密かに分析をして楽しんでいた。

 

「あれ? 愛紗、いつからそこにいたの」

 

 ようやく一息ついたところで、一刀は関羽が側に控えていたことを知る。

 

「今しがたです。ご主人様が、とても真剣なご様子でしたから」

 

 関羽は立ち上がって、尻についた汚れをぱんぱんと払った。身体を浄めるために近くの小川まで行くことを一刀が伝えると、関羽も後に従ってついて行く。

 

「ご主人様のされていた鍛錬、あれは天の国のものなのですか?」

 

 横に並ぶと、関羽は武芸者として気になっていた点を一刀に尋ねた。

 

「まあそんなところかな? 俺のやっている流派は示現流っていうんだけど、その中でも基本になる修行がさっきのやり方なんだ。尤も、元の世界でしていたのとは少し形が違うけどね」

 

 先刻一刀が行っていたのは、立ち木打ちと呼ばれる修練方法で、地面に木を突き立ててそれを打ち込むのが本来の方法である。この立ち木打ちこそが示現流兵法全ての基本であり、彼も日課として培ってきたものがあった。

 

「なるほど。臣下の身であるわたしが言うのもなんですが、よい太刀筋だと思いました」

 

「本当? お世辞でも愛紗に褒めてもらうと、いい自信になるよ。さて……」

 

 川の側に膝をつき、一刀は木刀を振り回したせいで熱を持っている掌を冷ます。関羽と一緒でなければそれこそ裸になって水に全身を浸したいくらいではあるが、何分そういうわけにはいかない。

 持ってきた布を絞って二の腕を拭いていると、見ているだけだった関羽がなにか思いついたようにぽんと胸を叩いた。

 

「ご主人様、よろしければお背中の方はわたしにお任せください」

 

 臣としての務めを果たそうとする関羽の表情は真剣そのもの。ともすれば周囲を圧倒する気迫すら溢れ、一刀はたじろぎながらも彼女に背中を預けるしかなかった。

 

「……んっ、しょっ。こんな感じで、いかがでしょうか」

 

「うんうん。それくらいで充分気持ちいいよ」

 

 濡れた布の感触も良いものであるが、少し体温の低めな関羽の手が触れる部分が心地良い。

 

「あっ、まず……」

 

「どうか、なさいましたか?」

 

 宿の時とは立場が逆ではあるが、あの時の楽進の身体を思い出して一刀の下腹部にじんわりと血流が集まる。雑念を払おうとしている間も関羽の奉仕は腕にまで達しており、夢中になっている彼女の豊満な胸が時折接触してきては一刀の煩悩を煽る。

 男として最上級の約得なのではあるが、このままでは身が持ちそうにない。一刀は咳払いすると、関羽に後は自分でやることを告げる。

 

「ありがとう、随分すっきりしたよ。残りはさっとやっちゃうから」

 

「そうですか? お役に立てたのなら、嬉しい限りです」

 

 その焦りを不審に思いながらも、関羽は一刀に布を返す。そのまま一刀は無心で身体を拭き上げると、シャツを着直して関羽と共にもと来た道を戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「――黄巾党の張角、ですか」

 

「ただ俺も自分の知識をどこまで当てにしていいものかわからないから、あんまり大っぴらには言いたくなくてね」

 

 水辺から帰って数刻後、一刀は自分の天幕に戻り郭嘉と今後について相談をしている。

 色々な箇所で自らの知る歴史とのズレを感じている一刀は、その迷いも含めて彼女に打ち明けていた。

 

「難しい問題ですね……。判断をそちらに寄せすぎては、いつか足元をすくわれることになるかもしれません。それでも、一刀さまがこれはと思ったことならば、わたしや風で噛み砕いて有効な手を打てることもあるかと」

 

 その返答を聞いて、一刀はやはり郭嘉に話しておいてよかったと思う。安堵した一刀が小さく息を吐くと、その眼前で床几(しょうぎ)に腰掛けている郭嘉が足を組み替えた。

 そうしたことでちらりと太腿の内側が見え、一刀が早朝抑え込んだ滾りが蘇っていく。

 

「……稟。あの、さ……」

 

 相手が心を通わせた郭嘉ということもあり、一刀の遠慮は遥かに薄い。

 

「か、一刀さまっ!? いけません、場所をお弁えください!」

 

 一刀が郭嘉の手を取ると、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。初々しい反応をする郭嘉は可愛らしく、一刀をよりその気にさせていった。

 いざ、郭嘉の柔肌を楽しまん。そう意気込んでいた一刀の目の端に、乱入者の金髪が映る。

 

「じー」

 

 入り口に立っていたのは、程立であった。彼女はわざとらしく擬音を口に出し、無表情で飴を握っている。

 

「ふっ、風……! これは、なんでも……」

 

「いいんですよー、稟ちゃん。そのままお兄さんと、しっぽりずっぽりやっちゃってください」

 

 程立の繰り出す言葉は、郭嘉にとってあまりに直球すぎた。郭嘉は上を向いて鼻をぎゅっとつまむと、すぐさま立ち上がる。

 

「ううっ……。し、失礼しますっ!」

 

 ここにいては鼻血を暴発させてしまうだけだと悟った郭嘉は、脱兎の如く程立の横を通り過ぎて天幕の外へ飛び出していく。知らぬ顔で飴を舐めている程立は、一人取り残された一刀に声を掛けた。

 

「稟ちゃんは妄想が激しくなってしまうと、鼻血が止まらなくなってしまうのですよー」

 

「あ、そうなの? 今度からは、気をつけないといけないな」

 

 以前口付けた際も少量の血を流していたことがあったが、一刀はまさかそのような体質であるとは思いもしなかった。

 郭嘉を抱く機会を逸してしまったことに一刀が落ち込んでいると、彼の目を覗き込むようにしながら程立が飴を咥えている。

 

「ん……。あう……、れろ……」

 

 その仕草は、明らかに挑発的であった。舌を使って側面を舐め上げ、先をちゅうちゅうと吸う。彼女の意図がわからないまま、一刀は消えかけた性欲にスイッチが入っていくようであった。

 

「ちゅっ……、ふふっ。おいおい兄ちゃん。そんなにそこをカチカチにさせてたら、外も歩けないんじゃねえのかい」

 

 程立の指が、ぱんぱんに膨れた男の象徴を差している。

 一刀の頭の中ではもう、彼女に己の熱い飴を咥えさせることしか考えられていない。ベルトを外しズボンに手をやっている間も彼女はその場に留まっており、一刀はそれを肯定の意として受け取った。

 

「おおっ!? これは、風の想像以上のものなのですよ」

 

 床几に座る程立の鼻先に、見せつけるようにして一刀は己の性器を近づける。程立はそれのあまりの猛々しさに喉をごくりと鳴らし、試しに匂いを確認する。

 

「……これはこれは。お兄さんの体臭が凝縮されているようで、とってもいやらしいですねえ」

 

 実際、朝は関羽が同行していたからというのもあり、一刀は下半身の汗を洗い流せていない。

 

「ごめん。普段より、ちょっときついかも。って……!」

 

 一刀が言い終わる前に、程立の小さな舌が竿の裏側を舐める。ぞくりとした感覚が走り、一刀は期待を高まらせていた。

 その一方で程立はあまりの味の濃さに渋面を作っていたのだが、なにかを思いついたように手に握ったままの飴を見る。

 

「初心者の風にはこのままでは厳しいので、申し訳ありませんが……」

 

 程立はそう言いながら、飴を口に含むと唾液で溶かすようにちゅうちゅうと吸う。そして口内が甘みで満たされたことを確認すると、肉飴の先に狙いをつけて唾をたらし根本へ向けてコーティングしていった。

 

「んっ、べえ……、あむ……。ではでは、乾かない内に塗っちゃいますねえ」

 

 彼女は肉飴についた唾液を、掌で伸ばすように塗りつけている。ぬるぬるとした感触と共にその行為は一刀の視覚をも刺激し、欲望によって膨らみがさらに増していった。

 

「ちゅう、ちゅっ……。思った通り、これならご奉仕もしやすいのですよ」

 

「ああ。風の好きなようにしてくれていい、だから……」

 

 一刻も早く彼女の口内を味わいたいと、甘い香りを発する肉飴がびくっと震える。程立はまた飴をひと舐めすると、今度は亀頭のてっぺんに口をつけて雁首のあたりまでぱっくりと咥え込んだ。

 

「じゅう……、ちゅぽっ、ん……。ほんなはんじ、れすかあ?」

 

 亀頭を内に含んだまま、もごもごと程立は口を動かす。それと同時に不規則に舌が裏筋に擦れ、甘美な痺れが生まれていく。

 

「風の口の中、あったかくてすごくいいよ。それに舌も、絡みついてくるみたいで……」

 

 褒められた程立は目を細めると、頭を前後に少しづつ動かして変化をつける。

 

「お兄さんのために、もうちょっと頑張っちゃいますね。んっ、もごっ、ちゅる……」

 

 不慣れなストロークが、逆に男の興奮を誘う。時折口直しのために程立は本物の飴の方をねぶるのだが、その時間さえ一刀にとってはもどかしく思えるほどであった。

 

「じゅる、じゅぷ……、ふぁふっ……。はあっ……、なんだか、凄いことになっちゃってますねー」

 

 程立の言うように、眼前の肉飴は彼女の涎と鈴口から流れ出た先走りで、異様なテカりを放っている。

 

「風も俺と同じで、興奮しちゃってるのかな? ほっぺた、赤くなってる」

 

 一刀は手を程立の頬にあてがう。彼女は小動物のようにそれにじゃれつきながら、耳にかかった毛髪をかき上げた。

 

「稟ちゃんでなくとも、これで発情するなというのは無理な話しなのですよお。本当に、お兄さんは変態さんなのですから」

 

 話しながらも、程立は左手で竿の根本をぐりぐりと刺激している。

 

「そんなお兄さんには、こういうのはどうでしょうか」

 

 程立は胸の高鳴りを感じながら、おずおずと肉飴に頬ずりをし始めた。肌でその熱さを直に感じとると、手に取るように一刀の昂ぶりがわかってしまうようである。

 

「これ……、エロすぎだって……、くう……っ!」

 

「えろい、というのはどういった意味なのでしょうか?」

 

 そのやり取りの間も、手と頬でサンドイッチされながら擦り上げられる肉飴は止めどなく汁をこぼす。すべすべとした白い肌の感触に混じって、こりっとした耳や柔らかな髪が程よくアクセントとなる。一刀はまさに、夢心地の中にあった。

 

「エロいっていうのは、いやらしいってことだよ……! 風っ……!」

 

「きゃっ! むぐ……、こほっ……」

 

 言葉の勢いのまま、一刀は程立の頭を両手で固定し驚く彼女の唇を割って肉飴を口内に侵入させる。

 眉間に皺を作りながらも程立が腰の動きに合わせて口をすぼめると、じゅるじゅると淫らな音が鳴り響いた。

 

「おっ……、ぐっ……、じゅぽ……んんんんおっ……!」

 

 火がついてしまった一刀は、射精に向かってラストスパートをかけていく。少女の口を膣内のように扱い、喉の奥に突き立てるように肉飴を前後させる。

 

「ああっ、イク……っ! 精液だすよ、風っ!」

 

 ちゅぽん、と音を立てながら、肉飴が程立の口内から抜け去っていく。ようやく一息つくことができる。そう思っていた程立であったが、びくびくと震える亀頭の先から、大量の粘液が彼女の顔に向かって発射された。

 

「ひゃあっ! んんっ……!? おちんちんの先からびゅるびゅるって、すごいのですよお……♡」

 

 反射的に、程立は握っている飴を壁代わりにしようとする。しかし、当然その程度では防げるはずはなく、顔も飴も精液でべっとりと染め上げられてしまっていた。

 

「はあっ、はあっ……、んふふっ……。風の飴までこんなにしてしまって、お兄さんはいけない人なのですから」

 

 そう言いながらも、程立は顔に付着した精液を興味津々に指ですくって口へ運ぶ。とても美味とはいえない存在であるはずなのに、彼女はそれをもっと欲しいと芯の部分で渇望してしまっている。

 

「あむ……、ぺちゃ……。喉に絡まって、とっても飲み込みにくくてぇ……、ちゅるう……。これが、お兄さんの精液……。ぺろ……、ちゅう……」

 

 子供っぽい見た目をした飴に降り掛かった精液を、程立の赤い舌がすくい取っていく。その舌使いはまるで、発情期の動物のように(おす)を求めているようである。

 

「苦くて、しょっぱくて。飴の味よりずっと濃いのがこんなに沢山出るなんて、風もびっくりなのですよ……」

 

 そのギャップの大きさに、一刀は頭がくらくらしそうな思いであった。

 あまりにも淫靡である光景に、だらんとしていた股間のモノはみるみる内に力を取り戻していく。

 

「おおっ! これはまた、見事にかちかちになっていますねー」

 

 さらなる快楽を求めているのは、彼女とて同じ。このまま別れることなど、端から考えてなどいなかった。

 邪魔な服を脱ぐ傍らも、程立の視線は反り返った肉飴を捉え続けている。

 

「風のことがほしくてたまらないから、こうなってるんだ。このまま、最後までいいか」

 

「くふふ、やる気満々ですねえ、お兄さん。いいですよ、いつか風も、お兄さんに美味しくいただかれてしまうと思っていましたから。それが遅いか早いか、ただそれだけのことなのですよ」

 

 程立の意思を確認すると、一刀は寝床代わりに敷いてある布に座って彼女を抱き寄せた。

 

「風の身体、すごく綺麗だ。こうしているだけでも、たまらなくなる」

 

「んっ、くすぐったいのですよ。それにしても、こうしてくっつくと、お兄さんに捕まえられてしまったみたいですねえ」

 

 程立は自身の背中と一刀の胸板が合わさっている状況を、そう評する。一刀は彼女のお腹の辺りに両腕を回し、温度を確かめるように力を込めた。

 

「うん、離したりしないよ。風のこと、俺のものにしたくて仕方ないだもん。……ん」

 

「嬉しいです、お兄さん……。ちゅっ、ちゅう……」

 

 程立に後ろを振り向かせ、口付ける。己の吐き出したものの青臭さと、飴の甘ったるさが綯い交ぜとなった口内を一刀は味わっていた。

 そして先程無理をさせたことを謝罪するように、優しく深いキスを続ける。

 

「胸の先っぽ、ぴんってなってるね」

 

 程立の控えめな胸を楽しみながら、一刀は乳首を指でころころと弄った。発情している身体には少し刺激が強いのか、彼女は背中を反らせて感じている。

 

「ぐう……」

 

 照れ隠しに狸寝入りをする間も、一刀による愛撫は途切れない。左右同時に可愛らしい突起をつまみ上げられたところで、降参するように程立は喘ぎをもらした。

 

「そんなの、ずるいのですよお。そこ、ぴりって……、ひゃう……!」

 

「風のここも、とろとろになってる。これなら、すぐに解れてしまいそうだ」

 

 一刀の指が、くるくると小さな入口をくすぐる。その言葉通り、彼女の綺麗な割れ目からは既に愛液が染み出していた。

 

「お兄さんだって風のお尻に熱々のおちんちん、すりすりってしてるじゃないですかあ……」

 

 いたずらがばれてしまった時の子供のように、双球に挟まれていたモノがびくんと跳ねる。

 

「悪い子には、お仕置きが必要なのですよ。ほんとに火傷しちゃいそうなくらい熱くて、きゅう……ん……」

 

 右手を後ろに回し、程立はモノを掴んでやわやわと刺激を与えた。一刀がお返しに乳頭を指の腹で転がしながら秘裂を割ると、喘ぎを発しながら彼女は四肢をぷるぷると痙攣させている。

 

「――そろそろ大丈夫、かな?」

 

「なんだか、抱っこされてるような気分ですねー」

 

 一刀は腋の下に手を入れ、脱力している少女の身体を持ち上げた。

 

「ちゃんと支えてるから、風のいいように挿れてみて?」

 

 その指示に膝立ちをした程立はこくりと頷くと、緊張で強ばる手でなんとか入り口に先端をあてがう。そして膝をゆっくりと折ると、小柄なそこが限界まで広がって男のモノを飲み込んでいった。

 

「絶対離したら()、ですからね? 風のお股、お兄さんの太いので一杯にされちゃって……、くうっ……」

 

 めりめりとした音のしそうなほど、彼女の女陰(ほと)は男根を必死に咥えこんでいる。

 少し進んでは、大きく息を吐いて呼吸を整える。一刀の方も負担を和らげようと、汗の浮かんだ程立の背中に何度もキスを降らせた。

 

「くうううっ、はああああっ……。あっ、来てます……お腹のなかにぃ……っ。熱いおちんちんがぐりって、んひゃう……っ!?」

 

 なにか膜のような引っ掛かりを抜けたかと思うと、すとんと程立の腰が落ちる。彼女の膣は奥まですっかりと一刀を迎え、純潔を散らした証がとろりと滴っていた。

 急な刺激に肩を震わせる程立の腹を、労るように一刀は撫でる。

 

「ああ……、わかるよ。風の中、俺のことを歓迎してくれてるみたいだ」

 

「んんっ……んくっ。お兄さん、ちゅってしてください。いま優しくされたら、きっと風はすごく喜ぶと思いますからあ」

 

 要望に応えて、一刀は朱色の唇を吸っていく。啄むような動きから徐々に舌を絡ませていくと、彼女は嬉しそうに目尻を下げた。

 

「はあっ、んぷっ、ちゅぷ……。風の初めて、ついにあげちゃいましたね。それにしてもお兄さんのこれ、ちょっと凶悪すぎませんかあ……? 風のここ、こんなに拡げられてしまって、んんっ……戻らなくなったらちゃんと責任とってくださいよお?」

 

「風にそんなこと言われたら、俺……っ。ああっ、めちゃくちゃ絡んできて……っ」

 

 奥にモノを挿れたまま落ち着いてくると、程立は一刀の足を仕返しとばかりに指でつねる。一刀にとってはそんな仕草さえとても愛おしく思え、意図せず膣内でモノをびくっと震わせてしまう。

 

「いいんですよ? 男の人は、動かないと苦しいままだと聞いたことがありますから」

 

「ほんとに辛い場合は、ちゃんと言うんだぞ? それじゃ、いくからな」

 

 一刀が下から突き上げると、少女の美しい金髪が揺れる。こつこつと亀頭で子宮の入り口を叩かれる度、程立は自身が彼のものにされていくような倒錯を味わっていた。

 

「んっ、ああっ、ふわあっ……っ。これ、おかしくなっちゃいそうで、ああああっ……!」

 

 程立の足を下から掴むと、角度を変化させて一刀は膣内を蹂躙していく。

 

「風……! もっと、俺を感じてくれっ!」

 

 狭いゆえ生じる強い締め付けの中にも、膣壁によるぞわぞわとした快楽が存在している。一刀は下腹部からぴりぴりとした痺れが波及していくことを感じながら、腰使いを激しくさせていく。

 程立が乗っかるような体勢であるために、性器同士がぶつかる毎に淫らな汁が股間の合わさりから飛ぶ。天幕の内部は、性交によって生まれた異質な香りで充満しつつあった。

 

「お兄さんの、風の色んなところをこりこりってしちゃってますっ! ふにゅうう、ふああああっ……!」

 

「風のアソコも、きゅうって締め付けてきてっ……」

 

 膣内を増大した男根で貪りながら、一刀は程立のうなじに鼻を埋めている。少女の匂いで肺を一杯にすると、剛直の硬度はさらに上がっていく。

 

「ここまですごいなんてえ、風は思ってもいませんでした……っ。風のここ、きっともうお兄さん専用の形になってしまってます……、やああああっ!」

 

 独占欲を煽るような程立の言い方は、一刀の(めす)を求める本能を燃え上がらせていった。

 少女の肢体を強く抱き、子宮口をこじ開けるように亀頭を押し付けていく。程立の脳内はもう、早く胎内で一刀の精液を受け止めてみたいという思いしかない。

 

「この体勢、すっごく、深くつながってしまいますよお」

 

「風のお腹、きゅうってなってる……。もうすぐ、イッちゃいそうなのかな?」

 

 程立の口の端からは、だらしなく涎が垂れている。知識とは別に幼さを残した少女の身体は、体験したことのない快感にわけのわからなくなるほど乱れてしまっていた。

 

「イッちゃう……ってえ? はあっ……今度はさっきみたいに、外に出したらだめなんですからね。風のちっちゃな下のお口に、全部、全部……っ!」

 

「ああ、わかってるよ。風の奥がさっきからずっと、離さないって抱きしめてきてるから……!」

 

 一刀は程立を再びぐいっと持ち上げると、膣口をくちゅくちゅと音をさせながら亀頭を出し入れさせる。そして腰に力を入れると一気に最奥まで貫いて、ぴったりと隙間をなくすと子宮へ向けて精を放った。

 多量の精子を含んだ熱塊が、次々と程立の中心へと注がれていく。彼女は恍惚とした表情でそれを甘受し、びくびくと痙攣する膣肉は、無意識に一刀を絞り上げている。

 

「ひゃあうううううう……! お兄さん、お兄さん……! 中、どくどくってえ……っ!」

 

「くうっ……! まだ、止まらない……!」

 

 種を吐き出し続ける一刀は、ぼうっとする目で天幕の入り口が揺れていることに気付いた。まずいと思った時にはもう手遅れであり、二人の痴態は目撃されてしまうこととなる。

 

「……えっ、ああ」

 

「へっ……、あ……ええっ⁉ ご、主人さまと、風が……?」

 

 その侵入者とは、関羽であった。彼女の放心してしまったかのように目を見開き、直立したまま微動だにしない。

 

「あはっ……。愛紗ちゃんに、見つかってしまいましたねえ。あっ、まだ……、出てますよお」

 

 関羽の眼に映っているのは、脈打ちながら少女を孕ませんと子種を注ぎ込む一刀の肉槍。見られているにも関わらず、程立は喜悦をもらしながら快楽に蕩かされた表情をさらけ出していた。

 

「あのー、愛紗さん?」

 

 それは彼女にとってあまりに現実味のない光景で、一刀が声をかけるまでしばらくの間意識があらぬ方へと旅立っていたようである。

 はっとしたように我に返ると、関羽は顔を真っ赤にしながらまくし立てた。

 

「ご、ご主人様が誰となにをされようが、我関せぬことですっ! ですが、ですがっ! せめて時と場所を考えていただきたいっ!」

 

「うっ……。ごめん、なさい」

 

 泣きそうな目をしながら責められると、さすがに一刀にも罪悪感が湧いてくる。反省する主人に従って、精液を出し尽くした男根もつぷりと音をさせて割れ目から抜け落ちていった。

 一刀の腕に抱かれた程立はまだどこか熱に浮かされているようであり、裸体を隠そうともせず垂れ落ちる子種を愛おしげに見つめている。

 

「水、汲んできますから。……睦言なら、その間に済ませておいてください。それでは……っ」

 

 関羽の視線は、凍てつくように冷たい。朝のいい雰囲気はどこへやら、彼女はふんっと鼻を鳴らして外へと出ていった。

 一刀が元気のない笑みを作りながら程立を抱き起こすと、彼女は身体をぴったりと寄せて言う。

 

「少々、バツの悪いことになってしまいましたねー。……こんな時にひとつお聞きしますが、お兄さんは、風のかかげる日輪となってくれますか? 天下を照らす日輪になり得るお方を支え、世に顕す。それこそが、風の野心なのですよ」

 

 少女の胸に期す想いに触れ、一刀はその野望の大きさを初めて知る。それでも尻込みせずに、程立を力強く見つめ返すと覚悟を語るのであった。

 

「乗ろう、その野心に。どういう形になるかはわからないけど、俺もこの世の中をよくしたいとは思ってる。未熟者だけど、俺には風やみんながいてくれる。だから、きっとやれることがあるはずだ」

 

 行くべき道は、まだ定まりきったわけではない。しかし、動きだしたことは確かだった。

 思いを伝えるように、一刀は程立の額に口付ける。嬉しげに微笑んだ彼女は、以前より考えていた改名のことを口にした。

 

「くふふ……、いまは朧気でもかまいません。そういうお兄さんですから、風もついていきたいと思うのですよ。でしたら風は、今より名を(いく)と改めようと思います」

 

「いく? それって、立の上に日って書くあの昱?」

 

 よくわかりましたね、と程立改め程昱は感心したように首肯する。

 

「これには、日輪であるお兄さんをお支えするという意味のほかに、ぴったりと寄り添っていきたいという思いが込められています。そのこと、お許しいただけるでしょうか」

 

 ここまで来てようやく、目の前の少女があの程昱であることを一刀は知る。だが最早、そんなことはどうでもいいように彼には思えていた。

 

「風の気持ち、ありがたく受け取らせてもらおう。こんな俺でよければ、どうか最後まで一緒に歩んでほしい」

 

「はい、もちろんなのですよー。稟ちゃん共々、これからもたくさんかわいがってくださいね、風のご主君さま」

 

 「お兄さん」から呼び名を変えた程昱は、子猫のように一刀の胸にじゃれついている。

 一刀はまたしても大仰な呼び方をされたものだと思ったが、少女の決意を受け取ったのだから反論するわけにもいかない。

 

「ご主君さまぁ……。んっ……、ちゅぷ、ちゅる……」

 

 その笑顔は、一刀の心を掴んで離さない。

 程昱の下顎をそっと持ち上げると、ほんのり甘めな口内を一刀は無心で貪った。

 やがて関羽の戻るぎりぎりの瞬間まで二人は触れ合い、熱を交換し合うのであった。

 



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二章 北郷十字の旗


「――ではでは、いってらっしゃいませ。風がとんとんしてあげられないので、稟ちゃんはくれぐれも無茶をしないでくださいね?」

 

「無茶などと……。風の方こそ、わたしや一刀さまがいないからといって、居眠りばかりしてはいけませんよ」

 

「香風もすぐ寝ちゃうから、周倉に頑張って見張ってもらわないといけないね!」

 

 わかってますよー、と程昱は釘を刺す郭嘉に対して素知らぬ顔で返す。あの戦いの後にそれぞれ真名を預けあっており、年頃の近い張飛と徐晃は意外と気が合うようで楽しそうにじゃれ合っていた。

 そのやり取りの横では、楽進がうつむき気味で申し訳なさそうにしている。

 

「すみません、隊長。自分の勝手だというのに、わざわざ出向いていただくなんて」

 

 そう楽進が謝罪するのには訳があった。この数日で今後の行動についていくつか議論を行ったのであるが、その中で楽進は、一度消息を伝えるためにも兗州へ戻りたい旨を一刀に伝えている。

 本来であれば自分一人で帰村するつもりであった楽進だったが、諸々の目的もあって一刀を含めた数人で行こうという話に発展していた。

 その目的というのは、以前計画していた陳留視察、そして曹操の人となりを知るための行脚である。一刀の他には郭嘉、そして護衛も兼ねて関羽と張飛が同行することになっていた。

 

「俺たちにも用があるんだから、そんなの気にしなくていいって。それに凪の友達にも、一度会ってみたいって思ってたし。……にしても、凪に隊長って呼ばれるのは、なんだか違和感があるね」

 

「そ、そうでしょうか? 一刀さんが隊長なのは事実なのですし、おかしな呼び方ではないとは思うのですが……」

 

「うーん。なんというか……、ちょっと遠くなったような感じ?」

 

 親しくなってからはずっと名前で呼ばれていただけに、一刀は隊長という呼び名には一抹の寂しさを覚える。

 だが決してそうではないと諭すように、楽進はそっと肩を寄せた。

 

「どういう立場になろうとも、わたしがあなたをお慕いする気持ちに変わりはありません。隊長……、一刀さんだって、それは同じですよね?」

 

「それは勿論。俺だって凪のこと、大好きだよ」

 

 そう言いながら彼が伸ばした手を、楽進はしっかりと握る。

 ――本当に、俺なんかには勿体無いようないい子だ。一刀はそんな思いを抱かずにはいられなかったが、楽進は忠犬じみた表情にハテナを浮かべている。

 

「あー! お兄ちゃんと凪、手を繋いでるのだ!」

 

「なっ……!? ご主人様っ、率先して風紀を乱すような行いは慎んでくださいとあれほど……」

 

 その様子を目敏く見つけた鈴々が声を上げると、関羽の機嫌はみるみる内に悪くなっていく。程昱とのまぐわいに出くわしたのが昨日の今日のことであるから、それも仕方のないことであった。

 

「愛紗……、あんまり怒るとやきもちやいてるみたいだよ……?」

 

 何気なくぼそっとこぼした徐晃の一言が、関羽の心に突き刺さる。原因のひとつであるはずの程昱などは、ころころと変化する彼女の顔色をにやりとしながら観察していた。

 その関羽はというと何かを振り払うように左右に大きく(かぶり)を振り、美麗な黒髪を乱しながらまくしたてている。

 

「わ、わたしはあくまでも臣として、ご主人様には襟を正してほしいのであってだな……! 決して、凪に妬いているなどと……」

 

「まったく、愛紗嬢ちゃんも素直じゃないねえ。ここはひとつ風の嬢ちゃんみたいにあんあん鳴かせてやりゃあ、すっきり解決するんじゃねえのかい?」

 

「こら宝譿。こんな公の場で、はしたないことを言うんじゃありません」

 

 ぽこっ、と程昱が頭上の宝譿を叩く。

 たまたま出くわしてしまった一刀と彼女による濃密な情事を思い出し、関羽は赤面して黙り込んでしまっている。別に、関羽も男性としての北郷一刀にまったく興味がないという訳ではない。しかし彼女は程昱のように飄々と懐に入り込む器用さは持ち合わせていないし、楽進のように真っ直ぐ正面から触れ合えるほど親密な間柄でもないのだ。

 そして、程昱の発言で火がついてしまったのは、関羽一人ではなかった。

 

「あ、あんあん……。一刀さまと、風が……。あ、ああ……」

 

 明らかに様子がおかしい郭嘉を見て、その場の全員がまずいことになると直感する。一刀が何ごとか発しようとした時にはもう手遅れであり、快晴の空に一筋の血飛沫が打ち上げられた。

 

「ぶはっ!?」

 

 大仰な仕草とともに地に臥した郭嘉は、うわ言をもらしながらひくひくと頬の筋肉を痙攣させている。そのあまりに恍惚とした表情に一刀はどう声をかけるべきかわからず、呆然としている関羽と顔を見合わせるのであった――。

 

 

 

 

 

 

「――さてさて、お兄さんたちも行ってしまったことですし、こちらはこちらの仕事を始めましょうか」

 

「……シャンも、なにか手伝ったほうがいい?」

 

 まだ少し青い顔をした郭嘉をなんとか馬に乗せると、一刀ら一行は兗州へと旅立って行った。こうなると数日は、親友や生真面目な美髪公をからかう楽しみもなくなってしまう。

 我が太陽と奉じ、主君とした男と肌を合わせることもできないのも、やはり寂しくもある。されど――。

 

「そうですねー。風はちょこっと書き物をしていますので、香風ちゃんには周倉ちゃんと一緒にみなさんの調練をお願いしたいかと」

 

 そう言うと、天幕の中で床几に腰掛ける程昱は、紙を数枚取り出して机の上に置いた。普通の用事であれば竹簡で済ませるのであるが、こと今回に関しては礼を尽くすためにも紙を選んでいる。

 

「……うん、わかった。周倉にも、そう伝えてくるね」

 

 とことこと外へ向かう徐晃の背中を見送り、程昱は筆を握った。

 天の御遣いが賊を討伐したという噂が広まりつつあるのか、ここ何日かで自分も仲間に加わりたいという者がぽつぽつと現れて来ている。怪しげな人間を迂闊に取り込まないようにするのも大事ではあるが、将来を見据えて部隊を率いることの出来そうな人材を選別しておくことも重要であった。

 その役目を主に担っていた関羽が現在陣地を空けているので、自ずと留守居の徐晃や周倉にそれが回ってくる。保有する兵が増えれば増えるほど優秀な指揮官が必要とはなってくるものの、それを確保できるかどうかは軍の長たる一刀にもかかってくる部分があった。

 

「それではまずは、袁本初どのからでしょうか」

 

 大義名分はこちらにあるとはいえ、袁紹の領地内で軍を興し賊を討ったのは消すことの出来ない事実なのである。なので何をおいても、彼の人には弁明をしておく必要があった。

 程昱は目をつむり、袁紹へ送るための文面を空で考えている。どういったものならば袁家と無用な諍いが起きないのか、そこが最重要であった。

 

(袁本初どのならば、都で幾度かお見かけしましたね。彼女の振る舞いといえば、尊大にしてわが道を往くといった感じでしょうか。あちらの自尊心をしっかりと満たしてあげられるよう、徹底的にへりくだっておきましょう。名家の令嬢というだけあってひねくれた人物ではない印象でしたし、あの高笑いを上げながら喜んでもらえるのではないでしょうか)

 

 方針を決めた程昱は、さらさらと筆を走らせる。

 ――今回の北郷一刀による挙兵は、ひとえに袁家の領国を荒らす不当なる賊を討ち果たすためである。現在も当地に留まり陣を構えていることも、全ては冀州の平穏を守りあなた様に不要な心配をおかけしないようにするため。

 捕縛した輩も全てそちらの仕置にお任せしようとは思いますが、行いを悔やんで反省している者もいるので器量の大きなあなた様であれば多少の温情を覗かせるものだと存じております。受け渡しの際に少しの恩でも賜れば、望外の喜びなことです――。

 そういった内容の手紙を一気に書き上げると、彼女は二本の指で眉間を揉んだ。不要なほどに下手に出るというのは、かえって疲労感を生み出してしまったようである。

 

(袁家は当主さえ納得させてしまえば、臣下は異論を唱えることなどできません。ご主君さまには不興を買う内容であるかもしれませんが、あのお方ならば笑って許してくださるのでしょうね)

 

 一刀の人懐っこい笑顔をふと脳裏に描いて、程昱はくすりと笑う。

 才のある人間に実務を任せ、よほどのことでなければその考えを採用したいというのが一刀の理念であった。外から見ればでくのぼうのような大将だと映るのかもしれないが、臣下の者からすればそれは大きく違ってくる。

 

(お兄さんの非凡なその器、風たちでまだまだ広げてみせましょう。それこそ、この漢土全てを覆ってしまえるほどに)

 

 時代の流れは、英雄の登場を待ち望んでいる。戦乱の世となることは決して良いことではないが、一度起こってしまったのならばそれを治めることのできる人物が必然的に求められるものだ。

 その地位まで一刀を押し上げたいというのが程昱の夢でもあり、大いなる野心でもあった。

 

「そういえば、星ちゃんに送った文がそろそろ届いている頃合いでしょうか。あの星ちゃんのことですから、公孫賛さんにお仕えしていてもふらふらと出歩いてお酒を飲んでいることでしょうねえ」

 

 気兼ねのない友として、あの槍の冴えを知るものとして、趙子龍がいまこの軍にいないことが程昱にとっては残念でならない。

 ――いつか再び、共に歩む日が来ることはあるのであろうか。そんな思いを巡らせながら、彼女はもう一度筆を手に取るのであった。

 

 

 

 

 

 ――幽州北平郡に置かれた公孫賛の本拠。仕事を終えた趙雲は自室に明かりを灯し、好みの肴で一杯やろうという算段を立てていた。

 だが不意に、部屋の扉の外から声がしてくる。楽しみの邪魔をされたようでもあり、興を削がれた趙雲はのろのろと立ち上がると来訪者を出迎えるのであった。

 

「……なんだ。急ぎの用でなければ、またにしてもらいたいが」

 

「申し訳ありません。趙将軍、文が届いておりますのでご確認ください。なにやら、将軍の友人と申す者からだそうで」

 

 雰囲気を察して恐縮してしまったのか、文を届けに来た兵士は身体を小さくして畏まっている。用件を聞いた趙雲は、それが私用であったため態度を改めて労うように兵士の肩をぽんぽんと叩く。

 

「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」

 

 兵士を帰した趙雲は、椅子に座って文を卓上に置き、なにはともあれ杯に酒をなみなみと注ぐ。それを一息にくっと飲み干すと、彼女は明かりの方に向けて先程の文を開いていった。

 

「差出人は程仲徳、か。風たちの顔も久しぶりに見たいものではあるが、さて……」

 

 液体で潤った杯をちびちびと呷りながら、趙雲は文を読み進めていく。最後に程昱から近況を知らせる文書が届いたのは彼女らが洛陽を立つ前であるから、その時から事態は大きく変化を遂げている。

 

「そうか、あのお人は自ら立つことを選ばれたか。くっくっ……」

 

 この世界のことをなにも知らず、趙雲自身も槍を突きつけたことのある青年。それが今や彼女の友人たちだけに留まらず、関羽や張飛をも巻き込んでひとつの勢力になろうとしている。

 そのことを、趙雲は可笑しく思わずにはいられなかった。

 

「やはり、北郷殿は面白い御仁だ。伯珪殿も悪くはないが、これはいささか早計であったのかもしれぬな」

 

 そう言う趙雲であったが、別段公孫賛のことを(けな)したいと思っているわけではない。彼女も主君としては飛び抜けたところがないぶん仕えやすいし、こうして新参の趙雲のことを取り立ててくれてもいる。

 ただ何分、歴史に大きな爪痕を残せるような器量を持っていないことは、趙雲にとって物足りなさを感じる原因のひとつでもあった。

 

「この幽州も、近頃きな臭くなってきているように思える。このあたりで、違う手を打っておくのもありといえるか」

 

 公孫賛は、このところ激しくなってきた烏丸(うがん)の攻勢には手を焼いている。最近は賊討伐の回数も増加傾向にあるし、なにか風向きを変える要素が幽州には必要だと趙雲は考えていた。

 

「期待させてもらいますぞ、天の御遣い殿」

 

 文を元の場所に置き、その手を箸に持ち替えると趙雲は上機嫌で好物のメンマをかじる。

 ――人生とは、面白きことがあってこそ映えるもの。趙雲の手釈は段々と間隔が短くなっていき、夜の深けるまでそれは続くのであった。



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二(鈴々)

 一刀たちが陳留に到着した頃には、とっぷりと日も暮れてしまっていた。これでは街をじっくりと見て回ることもできないので、ひとまず宿をとって一晩明かすことになる。

 

「それじゃ、みんなおやすみ」

 

「義妹がわがままを言って申し訳ありません。鈴々、ご主人様に迷惑を掛けぬよう大人しくしているのだぞ?」

 

 出発前のこともあって、一刀は気を使って今回はさすがに一人で寝ようと決めていた。しかし、張飛がどうしても一緒に眠りたいと瞳を潤ませながらお願いをするので、一刀は半ば押し切られるような形で了承してしまっている。

 

「もー。愛紗、心配のしすぎなのだ。鈴々、そんなに子供じゃないもん!」

 

 張飛はぷくっと頬を膨らませて、抗議するように義姉の方を向く。そういうところが子供っぽいのではあるが、本人にはその自覚はない。

 

「まあまあ、俺がいいって言ってるんだからさ。ね、愛紗」

 

 場を鎮めようと、一刀は張飛のことを引き寄せながら関羽に笑いかける。渋々矛を収めた関羽は、もう一度だけ注意をすると割り当てられた部屋に入っていった。

 

「鈴々、ちょっと先に入って待っていてくれるかな?」

 

「うん? それじゃあ稟、凪、また明日なのだ!」

 

 ぱたん、と扉が閉まったのを確認して、一刀は郭嘉と楽進を揃って抱き寄せる。

 

「あっ、隊長……。んっ……、こんな、いきなりなんて……」

 

「一刀さま、このようなところ……ちゅ、あむっ……、いけません……、ふう……」

 

 驚く二人に触れるだけのキスをし、一刀はゆっくりと身体を離した。少女らは名残惜しそうにしているのだが、今日は本当にそれ以上のことをする余裕はない。

 

「今度こそおやすみ、二人とも」

 

 短い挨拶だけを残し、一刀は張飛の待つ部屋へと消えていく。郭嘉と楽進は困り物の主君にため息をつくと、胸の高鳴りを感じたままそれぞれの部屋に別れる。

 そして奇しくも両名ともに扉へ背を預けると、唇にそっと指を当てて愛しい人の温もりを確かめるのであった――。

 

「お待たせ、鈴々」

 

 一刀が姿を見せると、退屈そうに寝台の端に座っていた張飛に笑顔の花が咲く。

 

「鈴々大人だから、ちょっとくらい待つのは平気なのだ。それより、はやくはやく!」

 

 自分からころんと横になって、張飛は一刀にもそうすることを促している。張飛がなにをそこまで楽しみにしているのか一刀にはわからなかったが、同衾を楽しみにされて悪い気はしない。

 

「一応聞いておきたいんだけどさ。鈴々、どうしてそんなに俺と一緒に寝たいと思ったの?」

 

 張飛と向かい合うようにして寝転び、一刀は小さな子と戯れる時のように柔らかな頬をふにふにとくすぐる。

 年相応の可愛らしい答えが返ってくることを一刀は期待していたのであるが、張飛の口から出たのはそれとはあまりにかけ離れたものであった。

 

「にゃ……、くすぐったいのだあ。……えっとね、ちょっと前に凪と風が話してるのを聞いちゃったんだけど」

 

「凪と風が? うん、それで?」

 

 その二名の組み合わせは、なんとなく一刀を不安にさせる。そんな感情を張飛は知るはずもなく、くりっとした丸い目を瞬きさせながら続きを話した。

 

「風がお兄ちゃんと寝るときもちーって言ってたの。凪もなんだか恥ずかしそうだったけど、ぎゅーってしてもらうと元気になれるって。それで鈴々も気になって、お兄ちゃんと寝てみたいって思ったの!」

 

 ほんの一瞬心臓が飛び跳ねそうになったことを、張飛に悟られなかっただろうか。一刀は荒ぶりそうになる鼓動をどうにか抑え、張飛の期待に輝く瞳を改めて見つめる。

 

(……さすがにびっくりしたけど、鈴々が求めているのって絶対そういうことじゃないよな。鈴々の純粋な視線が、ちょっと痛いくらいかも……)

 

 これからどうしたものか僅かの間考え、一刀は張飛の方へ右腕を差し出した。

 張飛はなにをすればよいかわからないようであったが、一刀が腕をぽんぽんと叩くと遠慮がちにそこへ頭をのせる。

 

「うんしょっ……。お兄ちゃん、重くない?」

 

「全然そんなことないよ。これだけ近くにいれば、鈴々のことぎゅーってしてあげられるね」

 

 左手を張飛の背中の方へと回し、頭を胸の中に抱き寄せるように一刀はしている。鼻孔を通して伝わる香りはまるで若草のようで、元気一杯の彼女らしいと一刀は思う。

 

「鈴々が寝ちゃうまでこうしてるから、ゆっくりおやすみ」

 

「うん……。お兄ちゃんの身体あったかくて、鈴々なんだかどきどきってしちゃうのだ……」

 

 なるべくいやらしい手つきにならないように気をつけ、一刀は張飛の背中を擦ってやる。初めは緊張のためか上半身をもぞもぞとさせていた張飛であったが、時間の経過と共に次第にとろんとした目が目蓋に閉ざされていくのであった。

 

(かわいい寝息、これでとりあえずは満足して貰えたかな。俺もそろそろ、寝てしまおう……)

 

 張飛高めの体温が、一刀の睡魔を少し前から呼び覚ましている。誰かと添い寝するというのはやはり安心できるものであり、彼はゆったりと意識を手放していく。ここまで穏やかな睡眠を取るのは、一刀にとって久しいことであった――。

 

 

 

 

 

 

 ごそごそと、何かが下腹部をまさぐっている。そんな感覚を受けてもなお、一刀の脳内では睡眠欲が勝っていた。

 思考の八割に靄がかかったままでは、いつの間にか腕にかかった重みがなくなっていることに彼が気づくことはない。事件が起こったのは、それからしばらくして一刀が気持ちよさそうに仰向けの体勢になった時であった。

 

「――よいしょっ、わわっ!?」

 

「んあっ……? って、え……、鈴々!?」

 

 ズボンを強引にずり下ろされ、睡眠中の生理現象でガチガチに勃起した男根が、ぶるっと身を震わせながら現れる。

 その猛々しさに張飛は口元を両手で覆いながら目をぱちくりとさせ、半覚醒状態の一刀は事態を飲み込めずにいた。

 

「えっと……。お兄ちゃんのこれ、こんなパンパンになってて痛くないの? もしかして鈴々、寝てる間におちんちんになにかしちゃったのかと思って……」

 

 張飛はそう言いながら恐る恐る手を伸ばし、赤黒い亀頭の表面をさする。汗ばんでしっとりとしている少女の掌の感触に反応し、モノ全体がびくりと動く。

 

「あっ……、鈴々」

 

 驚いた張飛は手をぱっと離す。一刀は無意識に自分が情けない声を上げてしまったことに赤面するが、張飛の柔らかな肌をもっと感じていたいと思ってしまったのは事実である。

 つい伸ばしてしまった手が、行き場所を見失って宙を彷徨う。張飛は両手でそれをふんわりと包み込むと、目を伏せがちに消え入りそうな声で一刀に尋ねた。

 

「――あのね、お兄ちゃん。鈴々にしてあげられることがあるなら、ちゃんと教えてほしいのだ。鈴々、がんばるから……」

 

 普段の元気印から一転、いじらしい張飛の姿に一刀は鼓動の高鳴りを抑えきれずにいる。

 汚れを知らない無垢な少女の指に、男への奉仕を教え込める機会。ひと度そんな風に考えてしまうと、細い理性の糸は焼き切れてしまった。

 

「ここ、握ってみてくれるかな? ちょっとくらい強くしても平気だから」

 

「わっ!? ちんちん、すっごく熱いのだ。お兄ちゃん、これでいい?」

 

 竿の部分をしっかりと掴んだ張飛は、素直な感想をもらす。一刀のそれは張飛の片手では余裕で手に余り、ぐつぐつと情欲の炎を燃えたぎらせている。

 

「うん、それでいいよ。そのまま、上下に動かしてみて」

 

「こ、こう? ちんちん、痛くないのだ?」

 

「くっ……。大丈夫、むしろ気持ちいいくらいだよ」

 

 自分がどういった行為をしているのかもよく知らずに、張飛は懸命に奉仕を続ける。夜明け前の薄暗い部屋に先走りをこねるニチニチとした音が響き、一層淫靡な雰囲気を醸し出していた。

 

「先っぽから、ぬるぬるしたお汁出てきてる……。これ、おしっこじゃないよね?」

 

「あー、なんというか。男は気持ちよくなっちゃうと、それが出てくるんだ」

 

「気持ちいい? 鈴々のお手て、気持ちいいの? えへへっ……」

 

 一刀に褒められて機嫌を良くした張飛は、ペースを上げてリズミカルに竿を扱く。その背徳感から生まれた異様な昂ぶりを感じて、一刀はぞくりと下半身を震わせた。

 

「鈴々、動かすのはそのままでいいから、先っぽもなでなでしてくれないか……?」

 

「うん、わかったのだ。……ぬるぬる、どんどん出てくるね」

 

 張飛が円を描くように亀頭の表皮の上で掌を滑らすと、粘着質な液体が隙間を埋めるように広がっていく。さすがの彼女も自身がいやらしいことをしていると理解してきており、その吐息に熱いものが混じりかかっている。

 触られているだけでは我慢できなくなった一刀がなだらかな膨らみに手を伸ばすと、服の上からでも刺激が強すぎたのか少女は嬌声を上げた。

 

「やあ、なのだ……。お兄ちゃん、鈴々のおむね触りたいの?」

 

「鈴々のかわいいおっぱい、見てもいいかな?」

 

 恥ずかしそうに竿の先をこねながら、張飛は一刀の方をちらりと見る。一刀があえてなにも言わずにじっと待つと、張飛は身体全体を真っ赤に染めながら胸の部分を覆いをたくし上げた。

 

「愛紗みたいにおっきくないけど、笑わないでね……」

 

「笑うわけないよ。おっぱいの先のところ、ツンってなってる」

 

 指の腹で桜色になった乳首を転がされ、張飛はいやいやと首を振る。

 

「鈴々のここ、感じすぎちゃうのかな。辛いなら、ちんちんぎゅーってしてていいから」

 

 平らに近い胸の中央で、敏感な突起は責められてぷっくりと腫れていった。

 張飛は胸先からぴりぴりと伝わる刺激を逸らすように、一刀の肉棒を激しく扱く。胸を愛撫される前に比べて遥かに雑な行為ではあるのだが、一刀にとってはそれが張飛の快感のシグナルのように思えている。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃ……ん」

 

 耳朶を打つ切なげな声が、興奮を高まらせている一刀にはたまらない。肉棒には太い血管が浮き上がり、亀頭もさらにパンパンに膨れ上がっている。

 

「鈴々、先っぽのところお口でぱくってできるかな……?」

 

「う、うん……。ちんちんのここ……、ん……あむっ……」

 

 分泌された先走りの味に僅かに眉根を寄せながら、張飛は甲斐甲斐しく亀頭の先端を咥えた。本能的に少女は尿道をちゅうちゅうと吸い上げ、男を喜ばせている。

 一刀は快楽に抗うように張飛の胸を愛撫し続けるが、せり上がる奔流をこれ以上止める術はない。

 

「ごめん、鈴々……! そのまま、口離さないで……っ」

 

「ふうっ? うん、れろっ……、ちゅう……」

 

「くううううっ……! 出すよ……、鈴々っ!」

 

 出す、と急に言われたところで、張飛にはその意味がわかるはずもなく。

 そんな無垢な口内に向かって、少女の乳頭を捻り上げながら一刀は容赦なく精液を放出させる。張飛は言いつけをしっかりと守り、絶え間なく流し込まれる精液を喉を鳴らしながら胃に溜め込んでいった。

 

「む……っ、ごくっ……、ふううううううっ!」

 

 鼻から抜ける精液独特の匂いと乳首から走る強い痺れで、張飛の思考は乱れっぱなしになっている。がくがくと肩を揺らしながら、小さな身体は精一杯快楽を受け止めていた。

 

「ああっ……、ぐっ、はあああああっ……」

 

 張飛が溺れる寸前で射精が打ち止めとなると、一刀はこれまでにないほど深く息を吐いて身体をぶるりと震わせている。それだけ彼女との行為にのめり込んでいたということでもあり、目の奥がじんじんとするような感覚が一刀を襲う。

 

「――んっ。止まった、かな。……よく我慢できたね、鈴々。気持ち悪かったら、吐き出してもいいよ?」

 

「うー! うー!」

 

 左右にぶんぶん首を振って、張飛は一刀の言葉を否定している。口を抑えながら時間をかけて残った精液を飲み込むと、張飛は解放感たっぷりに深呼吸をした。実際は相当耐えていたらしく、目の端には涙が浮かんでいる。

 

「無理させちゃってごめん。でも、鈴々に飲んでもらって嬉しかったかも」

 

 しっかりと張飛のことを抱きしめると、一刀は感謝を込めて頭をあやすように撫でる。

 

「おっぱいのとこくりくり、ってされるのもちょっぴり気持ちよかったけど、やっぱりぎゅってしてもらうのが一番だね。ふわっ……」

 

 抱かれながら甘える張飛は、まだ眠り足りないように欠伸をした。気の抜けたそれは、日常へと戻る合図のようでもある。

 

「鈴々……。まだ暗いし、このままもう一回寝よっか」

 

「うん」

 

 張飛が恥ずかしそうに頷くと、一刀は彼女を抱えたまま横になった。

 そのまま二人は部屋に日が差し込むようになるまで、ぐっすりと二度寝を楽しむのであった――。

 

 

 

 

 

 宿を出て、陳留の街に繰り出した一刀たち。やはり到着した時点とは違って日中ということで活気もあり、人々は思い思いに生活をしている。

 

「話に聞いていたように、さすがに整然とされていますね」

 

 郭嘉はざっと見て回りながら、街が業種によって区分けされているところに気がついていた。そういった部分からも、曹操の理論的な姿が垣間見えてくる。

 

「ご主人様の知識の中では、曹孟徳とはどのような人物なのですか?」

 

「そうだなあ。なんていうか、英雄って言葉がぴったり当てはまる人だと思うよ」

 

 なるほど、と関羽は納得していた。治世の能臣にして、乱世の奸雄。そう評されることもある曹操は、一刀からしてみれば最早おとぎ話の中のヒーローのような存在でもある。

 

「稟にひとつ聞き忘れてたけどさ、もしかして孟徳さんも女性だったりする?」

 

「た、隊長!? まさか……」

 

「いやいや、全然変な意味じゃなくってさ。単純にどうなのかなって」

 

 関羽や張飛に始まり、いまのところ一刀の周りには有名所で男性の将はいない。ここがそういう世界であるのか、たまたまそうなっているのか。一刀としてもそれなりに気になる点ではあった。

 

「曹孟徳殿は、確か女性のはずですよ。その祖父であられる大宦官さまは、当然殿方ではありますが」

 

 郭嘉のいう大宦官さまというのは曹操の義理の祖父であり、宮中で権勢を振るった曹騰のことである。

 宦官である曹騰は当然子孫を作ることができないので、親交のある夏侯家から養子を取って自らの家督を継がせていた。その夏侯家からやって来た曹嵩の子であるのが、曹操である。

 

「なるほど。それならあんまり背が高くなくても問題ないかもね」

 

 曹操は世に小男であったとも伝わっており、一刀はそのことを言っている。尤も、関羽などの猛将たちが講談のように堂々たる体躯をしていたのかも確かめようのないことではあった。

 

「お兄ちゃん」

 

 一刀たちはそんな下らない話をしていたのだが、突然張飛が目つきを鋭くし辺りを警戒するように見回している。気づけば、彼らは少し開けた広場のような場所に出ていた。不思議なほどに周囲に人はなく、誘い込まれてしまったようにも見える。

 

「――貴様ら、この辺では見ない顔だな。特に怪しい格好をしたそこの男。少しばかり、ツラを貸してもらおうか」

 

 そこに現れたのは長い黒髪を持つ一人の女性。その眼光は鋭く、明らかに殺気を放っている。

 女性は右手に持った大剣で一刀のことを指し示し、同行するように命じた。

 

「この御方は、我らのご主人様である。貴様のような誰とも知れぬ輩に、はいそうですかと渡せるものか」

 

 一刀と女性の間に割って入りながら、関羽は青龍偃月刀の切っ先を保護していた布を取り去る。こんなところで喧嘩沙汰を起こしてしまうのは非常にまずいことなのではあるが、主君を愚弄された怒りで関羽は止まりそうにもない。

 まさに一触即発。触れただけで斬れてしまいそうな空気を纏いながら、二人の武人は対峙するのであった――。



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 ――切っ先を向け合う青龍偃月刀と大剣。二人の周囲を圧倒するような気迫に、一刀は額の汗を指で拭った。

 関羽はいきなり切り込むような真似をせず、相手の出方を伺っている。それは状況を考えてのことでもあるし、こうして立ち合っているだけで眼前の女性の力量をひしひしと感じているからでもあった。

 

「夏侯元譲、参るぞ! はあああああああっ!」

 

「なっ……、夏侯元譲だって!?」

 

 切り込みながら女性が口にしたその名に、一刀は衝撃を受けている。夏侯元譲とは、曹操の右腕ともいえる夏侯惇その人であった。

 それがやはりというか女性となって目の前で剣を振り上げているのだから、一刀が動揺するのも無理はない。

 

「こちらは関雲長だ。ゆくぞっ!」

 

 相対(あいたい)していた夏侯惇が名乗りを上げると、関羽はそれに律儀に返す。関羽はすぐさま襲い来る刃に反応すると、青龍偃月刀の刃先でそれを受け止める。

 二人の力はほぼ拮抗しており、金属が擦れてぎりぎりとした音が鳴り響く。

 

「隊長、あの女性は何者なのですか? 愛紗さんほどの武人と打ち合って互角にやりあえるなんて」

 

 楽進が驚くのも無理はない。彼女とて関羽の鬼神の如き武勇をその目で見ているのだから、余計に夏侯惇の力量が恐ろしく思えてくる。

 

「さっきの名乗りからして、あの人は孟徳さんの腹心だよ。見ての通り、彼女も相当な腕前のようだね」

 

「腹心、ですか……? そうであれば、さらに厄介な状況ですね。まさか一刀さまの変わった身なりから、ここまでのことになってしまうとは……」

 

 楽進同様、一刀も夏侯惇の力には舌を巻いている。

 青年が周りからいくら浮いている格好をしているからといって、いきなり戦闘になるとは郭嘉ですら考えもしないことであった。

 

「そうですね。余程警備を厳重にされているのか、それとも……」

 

 その時、関羽と鍔迫り合っていた夏侯惇が腕にぐっと力を込めた。強敵と出会えたからなのか、その口には笑みすら浮かんでいる。 

 

「ほう、なかなかやるではないか。関……、なんとか!」

 

「雲長だ! ぬう……っ」

 

 夏侯惇は裂帛の気迫を放ちながら、関羽の得物を一瞬押し返す。一騎打ちで関羽が敗れるなどとは一刀は思ってもいないが、曹操の膝下でこれ以上の大事になればただでは済まないだろうという考えがあった。

 押され気味の関羽を見て、蛇矛を握った張飛が前のめりになりながら叫ぶ。

 

「愛紗ッ!」

 

「わたしは大丈夫だから、鈴々はご主人様たちを守れ! 時間はなんとか稼ぎますから、そちらは退却の準備を!」

 

 もはや辺りは戦さながらの緊張感に包まれている。騒ぎを聞いて駆けつけた警備の兵士は夏侯惇の姿を見つけて遠巻きに待機しているが、いつ突入してきてもおかしくはない状況であった。

 

「稟、この状況をどう見る?」

 

「さすがによろしくありませんね……。強引に押し通って城外に出られたとしても、追っ手を放たれてはこちらは無力です」

 

 さしもの郭嘉であっても、焦りの色がはっきりとしている。

 その側で関羽と夏侯惇は再度睨み合いを続けており、戦いの止める気配を見せてはいない。こうなってしまってはもう他に手立てはないと結論づけた一刀は、関羽の背中に向かって呼びかける。

 

「ここまでだ、愛紗。武器を引いてくれ」

 

 そう言い終わる一刀の目の端に、縦に巻かれた金髪が映った。その人物は、夏侯惇の後方からゆっくりと近づいている。

 

「春蘭、これ以上街を騒がせるのは感心しないわね。そこの者も、物騒なものを下ろしなさい」

 

 堂々たる声色を発したのは、庶人を圧倒する視線を備えた少女。体躯こそ小さく華奢(きゃしゃ)ではあるが、一刀はこの人物こそが曹操であると確信を抱いていた。

 主君に真名を呼ばれた夏侯惇は、対峙する関羽を気にしながらも半身の体勢で後ろを振り返る。

 

「しかし華琳さま、わたしの勘がこやつらは怪しいと言っているのです! なんとしてでも、捕らえなければ!」

 

「か、勘だと……? それだけで、ご主人様や我らに刃を向けてきたのか」

 

 夏侯惇の(げん)を聞いた関羽は、がっくりと肩を落とした。内心では、それだけの理由でこのようなぎりぎりの戦いをさせられたのでは堪らないといった風である。

 これには曹操も関羽と似たような反応を示し、片手で目を覆っていた。

 

「全く……。直情的なのはあなたのいいところでもあるけれど、もう少し落ちつきも身に着けなさい。それで?」

 

 食い下がる臣下を宥めると、曹操は鋭い眼差しをもって一刀のことを見やる。それに気付いた一刀が出方を探るように目を合わせると、曹操はふっと小さく笑った。

 眼の前の男は自身の姿に、萎縮することも侮ることもしない。なんとなく異質なものを感じた曹操は、あながち夏侯惇の見立も間違っていないように思う。

 

「あなたが、曹孟徳殿か」

 

「ええ、そうよ。それで、そういうあなたは何者なのかしら?」

 

 曹操の強い視線を浴びているだけで、一刀はじっとりと汗ばんでしまうようであった。それでも立ち合いから負けぬよう、丹田に力を入れて姿勢を正す。

 

「……ああ、それもそうだね。姓は北郷、名は一刀。これでも、この子たちの主君をやらせてもらってる」

 

 一刀がそう名乗ると、曹操は彼の周りにいる関羽らを値踏みするような目で観察する。

 自軍でも随一の武勇を誇る夏侯惇と打ち合った関羽はいうまでもなく、他の少女たちも劣らない雰囲気を持っているように見えた。

 

「いいでしょう。我が臣の非礼も詫びたいところだし、ついてきなさい」

 

 曹操の言葉には、有無を言わせない強さがあった。一刀が目配せすると関羽らは頷き、その後を追う。奇しくもこうして、一行は曹操と面識を持つことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――街を抜け、陳留城内に入った一行。ふと見れば兵士たちが慌ただしく動いており、なにやら出陣の準備でもしているかのようであった。曹操は門で待っていた青髪の女性に言付けると、彼女に謁見の間まで案内させると言って自身は足早に去っていく。

 

「それでは参ろうか。我が名は夏侯淵、字は妙才だ。そちらは北郷殿……でよいか?」

 

「うん、大丈夫。……もし違ってたら申し訳ないんだけど、妙才殿は元譲殿の妹さんでいいのかな」

 

 琥珀色の瞳を僅かに揺らしながら、夏侯淵は一刀の問を肯定する。夏侯淵に対して口調の丁寧さだけでなく、佇まいも美しい人だなという印象を一刀は持った。大胆に開いたスリットから覗くすらりと伸びた足が、まぶしいくらいである。

 一見すると姉である夏侯惇とはかけ離れているようでもあるが、両人の絆は強くしっかりとバランスが保たれていた。

 

「なにやら、姉者が迷惑をかけたようで済まなかった」

 

 謝罪する夏侯淵の仕草からなんとなく、こういうことがよくあるのではないかと一刀は思った。

 

「妙才殿が謝ることじゃないよ。それに、こちらの愛紗も無事だったからね」

 

 一刀がそう言うと、関羽は照れくさそうに少しうつむく。本人からしてみれば主君を守るという当然のことをしただけではあるが、心配してもらえることはやはり嬉しくもある。

 

「それにしても、姉者と剣を交えて無傷であるとはいい腕をしている。名を伺ってもよいか?」

 

「わたしの名は関羽、字は雲長だ。そちらも姉のように、剣を使われるのだろうか」

 

 関羽の質問に対して首を振ると、夏侯淵は両腕で弓を引く動作をやってみせた。実際に得物を持たずともそのしなやかな動きから、彼女が熟達した使い手であることが読み取れる。

 

「わたしの得意とするのは弓だよ。剣を握ったところで、姉者には到底及ばぬゆえな」

 

「なるほど弓か。イメージにぴったりだ」

 

「いめ……とはなんだ? 北郷殿は、よくわからぬ言葉を使うのだな」

 

 魏の夏侯淵といえば、弓を使う将という印象が一刀にはある。意味がわからずぽかんとしている夏侯淵に可愛らしいところもあると思いつつ、一刀は口を開く。

 

「華麗に弓を扱うのが、妙才殿には似合いそうだと思っただけだよ」

 

「む……。なぜだかそう表現されると、少しばかり恥ずかしいな」

 

 そのやりとりを見ながら、ため息をつく者が二人。目覚めてしまった一刀の性分を止める術などありはしないのだが、それでももどかしくはあった。

 

「本当に、隊長という人は……」

 

「ええ、全くですね。外にちょっかいを出すくらいなら、早くわたしに……」

 

「わたしに……なんなのだ?」

 

 ぼやきを聞いていた張飛が、つぶらな瞳で郭嘉を見上げている。内心が漏れていたことに郭嘉は顔を茹でダコのようにし、全力でそれを否定した。そこからさらにボロが出るのは、ご愛嬌というものである。

 

「な、なんでもありません! 昨晩一緒に寝た鈴々が羨ましいとか、そういうことはひとつも!」

 

「にゃ、稟もお兄ちゃんと寝たかったの? 凪の言ってたみたいに、ぎゅーってしてもらうの気持ちよかったのだ」

 

 後方から漂う刺々しいオーラを感じて、一刀は遠ざけるように速度を上げて歩く。夏侯淵はそれに合わせながらも、世の中には色々な主従の形があるのだなと改めて思う。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

 開かれた扉の先に、一際立派な玉座が見える。まだ曹操は到着していないようで、一刀たちは先に入り待っていることになった。

 

「おっと。これより先は、その腰の物を預からせてもらおうか」

 

 夏侯淵がそう促すと、一刀は装具から刀を外して彼女に手渡す。関羽と張飛もそれに続くと、厳粛な空気の漂う謁見の間に足を踏み入れるのであった――。

 

 

 

 

 

 

「――待たせたわね、北郷。そちらは客人なのだから、楽にしてちょうだい」

 

 遅れてやってきた曹操が、玉座に腰を下ろしながら言う。謁見の間には、夏侯姉妹の他に数人の姿がある。その内のひとりから、一刀は明らかに敵愾心(てきがいしん)のある視線を受けていた。

 

「まずはこちらの将の紹介をするわ。夏侯惇と夏侯淵のことはわかっているでしょうし、曹仁」

 

「あたしは曹子孝っす! みんなよろしくっすー!」

 

 呼ばれた曹仁は、元気よく手を上げる。曹操となんとなく似たシルエットを持つ彼女ではあるが、まだまだ将として熟していない部分が多い。

 曹操がその隣に視線を移すと、おっとりとした雰囲気の少女が物腰柔らかに礼をとった。

 

「みなさまはじめまして。わたしは曹純、字を子和と申します。以後、お見知りおきください」

 

 しっかりとした曹純の挨拶に、曹操は満足そうな表情で頷く。彼女はさらにその隣へと目をやったのだが、大きな兎のようなぬいぐるみを抱えた少女は憮然としたままで話そうとはしない。

 

「曹洪、あなたの番よ?」

 

「……お姉さま。わたくしはこのような、どこの馬の骨ともしれない男となどよろしくしたくはありませんわ」

 

 曹洪と呼ばれた少女は、一刀のことをきっと睨みつける。よろしくするといってもただの形式的なものなのであるが、それすら曹洪は嫌悪しているようであった。

 彼女の刺々しい発言に主君を慕う少女らは不満の色を明らかにするが、青年自身は黙って聞いているままであるのでそれ以上のことには発展しない。ここで怒りを見せたところでどうにかなるわけでもないし、一刀はこの程度のことで目くじらを立てるような狭量な人間ではなかった。

 

「栄華、あまりわがままを言って困らせないでちょうだい。なにも別に、真名を預けろと言っているわけではないのよ?」

 

 意地を張る曹洪に対して、曹操は真名を呼んで(たしな)める。彼女の男嫌いは承知していることではあったが、今はそれを露骨にしていい場所ではない。

 曹操も色々と身内のことで悩んでいるのかと思うと、一刀は不思議と親近感が湧いてくるようであった。

 

「……お姉さまがそこまで仰るのなら。わたくしは曹子廉。申し訳ありませんが、そちらの殿方にはあまり視界に入らないでもらえると助かりますわ」

 

 長い金髪をいじりながら、いらいらした様子の曹洪は下を向いてしまう。言葉遣いこそ丁寧であるが、その内容の辛辣さに一刀は愛想笑いで応えるしかなかった。

 曹操は男嫌いの従姉妹にやれやれと思いながら、気を取り直して一刀の方へと向き直る。

 

「悪いわね、あの子のことはあまり気にしないでもらえるかしら。こちらの主だった将は以上よ」

 

 曹洪の態度に苦笑しつつも、一刀は自身も改めて曹仁たちに向けて名乗る。そして曹操にならって関羽ら臣下のことを紹介し終えると、一旦唾を飲んで喉を湿らせるのであった。

 

 

 

 



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「ふうん。天の御遣い、か……」

 

 一刀が自身のことをそう表すと、曹操は顎に指をやり、過去のことを思い出す素振りをした。

 その響きに好奇心を揺さぶられたのか、曹仁は輝く眼差しを一刀に向けているが、他の曹家の人間は怪しげなものを見る目で男のことを訝しんでいる。

 

「あれは昨年のことだったかしら。そういう報告が確かあったような……。でしょう、秋蘭?」

 

「はっ。そういった類の占いがあったことと、冀州に流星が落ちたという話しがあったことはお耳にいれております。ただその後は、ぱったりと噂も途切れてしまったこともあり……」

 

 夏侯淵がそうまとめると、曹操はうんうんと思い出したように顎を上下させる。自領も近い兗州のことであればもう少し真剣に調査もしたのだろうが、眉唾物の話しに過度な人員を裂くのは曹操の嫌うことであった。

 

「あら、それは残念ね。陳留の近辺にあなたが落下していれば、さぞいいように扱ってあげたというのに」

 

 曹操はそう言うと、舐めるような視線を一刀に対して送る。

 姿形は幼い少女そのものなのに、どうして曹操の発する妖艶な雰囲気に一刀は飲み込まれてしまいそうになった。じっくり見るまでもなく、曹操自身の美しさというのは群を抜いているのだ。さらに、それを操るすべをよく知っているようでもある。

 

「ン……、そうだな。言われてみれば、そういう可能性だってあったのかもしれない。だけど、孟徳殿のところに落ちていれば、相当な苦労をしていたんだろうな」

 

 曹家の面々を見渡す。案外、曹操のもとにいる自分というのも、想像するに難くないと一刀には思えた。

 それは、現在進行形で夏侯惇や曹洪に射殺されそうな視線を飛ばされているからかもしれないし、また別の理由があるのかもしれない。

 

「ふふっ、でしょうね。我が軍では、大層なだけの肩書なんてなんの意味もなさないもの。でも、あなたにはその子たちを惹き付けるなにかがある」

 

 曹操の視線が一刀を跨ぎ、その先にいる関羽や郭嘉に向けられている。どうやら、少女らのことをひと目見て気に入ってしまったようであった。

 ぞくりとするような熱っぽい眼差しを受けたふたりは、その反応もそれぞれである。関羽は咄嗟に睨み返すような目つきで返答し、郭嘉はともすれば、見惚れてしまったように頬を少し赤らめていた。

 この曹操という人は、大変な人材好きでもあった。特にそれが容姿端麗とくれば、自分のものとしたくなるような性分を持ってすらいるのだ。

 夏侯姉妹などとは閨を共にするほどの関係であり、それがより強い絆を生むことにもなっている。

 

「どうしてしまったのですか。稟、あなたは隊長の参軍なのでしょう? だったら、しっかりしてください」

 

「うっ……。助かりました、凪。しかし、これが曹孟徳か……」

 

 さすがに、このままの郭嘉を放って置くわけにもいかない。楽進が思わず彼女を肘で小突くと、我に返ったように少女は眼鏡の位置を直すフリをして表情を隠したのであった。

 

「いいわ。北郷、ではあなたがその天の御遣いだとして、どうしていま再び立ち上がろうと思ったのかしら?」

 

 なぜ、一度は世に埋もれたはずの「天の御遣い」が目の前にいるのか。結局の所、曹操が知りたいのはそこである。

 

「そうだな……。あなたに納得してもらえるかどうかわからないが、これから世はさらに乱れていくだろう」

 

「へえ、それはなぜかしら。それならばわたしにとっても他人事ではないし、聞かせてもらいましょうか」

 

 曹操の双眸が、強い光を放っているように一刀には思えた。下手なことを言えば状況をまた悪くしてしまうかもしれないが、怖気づいている場合でもない。

 

「天の知識と俺は表現してるが、有り体に言えばそうなることを知っている。ただし、何もかもが正確とは限らないけどな」

 

「だからといって、なにも自ら軍を立ち上げることもないでしょうに。あまり派手に動けば、官軍だって黙ってはいないわよ?」

 

 そのような読みが自身にもあるのか、曹操は詳細を質したりはしない。逆に脅しとも助言とも取れるような言葉をぶつけ、彼女は青年の反応を待った。

 一刀は数秒の間目を伏せていたが、意を決したように小さな覇王の座す玉座を見つめる。その口から発せられる言葉には、様々な思いが込められていた。

 

「孟徳殿の言うように、戦は官軍に任せるべきなのかもしれない。でも現実に天の御遣いを求めてくれる人たちがいて、俺もそうするべきだと思ったんだ。されるがままにやられるくらいなら、多少の危険は冒しもするさ」

 

「一刀さん……」

 

 あの日のことを思い出し、楽進は臍を噛んだ。曹操に向けて話している一刀の横顔にも、少し陰りがみえている。

 曹操にも青年の覚悟が伝わったのか、彼女にそれ以上の追求をしようという動きは見られなかった

 

「――華琳さま」

 

 その時なにやら兵からの報告を受けていた夏侯淵が、曹操へ申し訳なさそうに声をかけた。曹操が手招きをすると、夏侯淵は一刀らには聞こえない音量で報告を耳打ちする。

 聞き終えると少女は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えると玉座から立ち上がった。

 

「北郷らには悪いのだけれど、会談はここまでとさせてもらうわ」

 

「これから出陣でもするの? ここへ来るまで、なんだか慌ただしかったけど」

 

「よく見ていたわね。まあ、そんなところだと言っておきましょう」

 

 一刀が指摘すると、曹操は楽しげに返す。短い時間であったが、この邂逅は意味があったように彼女には思えていた。

 

「来てもらったのを追い返すような形になったのではわたしも納得できないし、先ほどの春蘭のことを含めて詫びさせてもらうわ。特にそこの関雲長には、ね」

 

「は、はあ。わたしはご主人様がいいと仰るのであれば、それで」

 

 なにやら曹操には見せたいものがあるらしく、足早な彼女の後に一刀たちはついて行く。すると着いた先は軍の厩舎であり、曹操はその中の内から一頭をすっと指さした。

 

「この馬は先日我が軍にと献上されたのだけれど、誰も乗り手がいないのよ」

 

「乗り手が?」

 

 一刀はそう言いながら、その馬の姿に息を呑んだ。それは普通の軍馬よりずば抜けてよい体格をしており、派手ないななきが気性の荒さを表している。

 そしてなにより目を引くのが、燃え上がるように赤い体毛。その雄々しい体躯に、一刀は思い当たる節があった。

 

「ええ。試しに春蘭にも乗らせてみたのだけれど、どうにも呼吸が合わないみたいなのよね。良いものを手元で腐らせておくには惜しいし、よければあなたたちが持っていってちょうだい」

 

 こんな物言いひとつとっても、曹操がやると嫌味たらしくない。それは彼女が持って生まれた覇者たる気質から来るものであり、一刀と性質の異なる部分でもあった。

 

「乗ってみては、愛紗殿?」

 

 この中で試してみるのであれば関羽であろうと思い、郭嘉はそう勧める。関羽は逡巡した後に一刀の方へ顔を向けると、口を開いた。

 

「確かに見事な馬ではありますが……。よろしいのでしょうか、ご主人様」

 

 正直なところ、関羽も素晴らしい馬体を見た瞬間からそわそわする自分がいることを感じていた。それは、武人としての本能といえる感情であった。

 

「俺は構わないよ。ここで断っても、孟徳殿の気が済まないだろうしね」

 

「あら、よくわかっているじゃない。借りを作っておくのは嫌なのよ」

 

 一刀の了承を得ると、関羽は馬の身体を二、三度撫でて落ち着かせる。そして出来うる限りの平常心を保ち、その背に跨った。

 

「よしよし、少し駆け足が出来るか?」

 

 関羽が手綱を握って語りかけると、馬はぶるっとたてがみを震わせて応じる。夏侯惇が乗馬した時にはこのような状況に持っていくことすらできなかったため、これには曹操も感心していた。

 

「呼吸が合っているようね。相性というやつかしら」

 

「そうだね。それにしても愛紗が乗ると、絵になるなあ」

 

 駆け足から徐々にスピードを上げていき、馬場の中で円を描くように馬は走る。

 そうすると関羽の黒髪が優雅になびいて、まるで著名な絵画を見ているような気分に一刀はなっていた。

 

「愛紗、とっても楽しそうなのだ」

 

「馬の方も機嫌が良さそうですね。この短時間で人馬一体になれるなんて、なかなかありませんよ」

 

 張飛の言葉を継ぐように、楽進はそう付け足した。確かに馬は関羽の指示に自在に従い、驚くほどの早さで馴染みつつある。

 

「せっかくあれほど良い馬ですし、なにか呼び名がほしいところですね。一刀さま、案はありませんか?」

 

 郭嘉がそう言うと、視線を釘付けにして見惚れたように関羽のことを見つめていた一刀がぼそりと呟いた。

 

「赤兎馬……。うん、赤兎馬だ」

 

 史上で語られる伝説の名馬。この馬を初めて目にした時から、彼の脳裏にはその名が浮かんでいた。

 

「あら、なかなかいい響きね。あの赤兎馬もそうだけれど、才ある人間を輝かせられるかどうかも、主たる者の手腕にかかっているのよ」

 

 曹操の語ったことの後半が、自分に向けてのものであることに一刀は気付く。一刀は小さくも大きな覇王の立ち姿を目に焼き付けながら、その助言に感謝する。

 

「孟徳殿の言葉、しっかり肝に銘じておくよ」

 

「ええ、そうなさいな。北郷一刀、その名はしっかりと覚えておいてあげるわ」

 

 ひと通り赤兎馬を駆けさせた関羽が、一刀たちのところへ戻ってきた頃には、既に曹操はそこにはいなかった。彼女との出会いはほんの僅かな時間ではあったものの、一刀は多くを得たように思えている。

 必ず、曹操とはまた会う日が来るだろう。そんな予感めいた確信を抱きながら、一刀は陳留を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 陳留を出立した一刀たちは、そこからしばらく東へと馬を走らせていた。先導役の楽進と並んで走る、関羽を乗せた赤兎馬の威容はやはり圧倒的で、夕暮れの中でもなお際立った存在感を放っている。

 

「凪、あれに見える村がそうなのか?」

 

「はい。帰ることは一応知らせてあるので、知り合いが準備をしてくれていると思います」

 

 半月ほど見ていなかっただけで、楽進には故郷が随分と懐かしく思えていた。

 村の入り口に馬を繋いで後続を待っていると、二人の少女が楽進の真名を呼びながら駆け寄ってくる。

 

「凪ぃ! ほんまに心配しとったんやからな!」

 

「凪ちゃん! お帰りなさいなのー!」

 

 その二人の少女は楽進にがっちりと抱きつくと、彼女の無事を確かめるように全身を触りはじめた。

 

「ちょ……、こんなところでやめ……。でも、真桜と沙和にこうして会えて本当によかった。愛紗さん、この二人が話していた李典と于禁です」

 

 関羽の前ということもあって恥ずかしそうにする楽進であったが、その表情は満更でもないという感じである。気を許せる親友というのは、やはりいいものであると彼女は再確認していた。

 

「あーっ! 凪ちゃん、またここに傷が増えてるの。まだ痛むの?」

 

 于禁は目敏く楽進の腕に刻まれた真新しい傷を見つけ、悲しそうに瞳を潤ませている。楽進は彼女の手を取ると、穏やかな口調でその経緯を話す。

 

「その傷は、わたしの大切な人を守るためにできたものだからいいんだ」

 

 一刀を守るために負ったその傷を、楽進は見つめる。以前村を出た時には、彼のことをこんな風に言えるようになるなど考えもしないことだった。

 

「あかん……、あの凪がめっちゃ女の顔しとる……。なんか盛大に負けたような気分やで」

 

「なの! これは一大事なの!」

 

 がっくりと肩を落とす李典と、対照的に盛り上がりを見せる于禁。

 彼女らの勢いに押されて、会話に入っていくタイミングを見つけられず関羽はどうしたものかと考えていたのだが、そうこうしている間に一刀たちもその場へ到着した。

 

「あっ、隊長。ほら、二人も遊んでないでご挨拶を」

 

 李典と于禁は直感的に、今しがた現れたこの男こそ楽進のいう大切な人だということを悟る。二人の美少女にじろじろと見つめられて一刀はむず痒い気分であったが、大きな胸を隠す気もない李典の大胆な格好が目についていた。

 一刀の配下の中でいえば関羽も相当大きい部類に入るが、それに劣らず李典は素晴らしいものを備えている。しかもそこを覆っている布は縞模様をした水着状のものだけであり、豊満な谷間はいうまでもなく晒されていた。

 

「ウチは李典ていいます。どうぞよろしゅう」

 

「沙和は于禁、っていうの。よろしくね、隊長(たいちょー)さん!」

 

 彼女らが楽進から聞いていた二人であることを確認すると、一刀は自らも名乗る。彼から北郷一刀という名前が出たことで、やはりそうかというような表情を二人は浮かべた。

 

「やっぱりそうなんやあ。隊長(たいちょ)はん、よう見たら結構いい男やし。なあなあ、ウチのこと真桜って呼んでもええよ?」

 

 益々興味津々といった体で、李典は一刀に身を寄せる。女性特有の香りと腕に当たるむっちりとした胸の感触に、一刀は邪心が沸き起こりそうになるのをどうにか留めていた。

 

「真桜ちゃん、抜け駆けはずるいのー! 隊長さん、沙和のことも真名で呼んでくれるよね?」

 

 李典の反対側から一刀の腕を取り、于禁は上目遣いでねだるように言う。いきなり両手に花の状態となった一刀は、楽進らの視線を気にしつつも二人に順番に目をやった。

 

「まあ、ほどほどによろしくね。真桜、沙和」

 

 わざと聞こえるようにため息を吐く楽進を余所に、親友二人はにっこりと笑う。それから一行は出迎えのために用意されていた場所に移動し、積もる話をしながら休息を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――その夜。どうしても二人で少し話したいという李典に連れられ、一刀は村の外れまで足を伸ばしていた。

 

「真桜、用があるって言ってたけどどうかしたの?」

 

 快活な彼女にしては道中静かであり、どうしたものかと一刀は思う。すると李典はすっと顔を上げ、正面から一刀に抱きつくような姿勢になった。

 

「なあ、隊長はん隊長はん。さっきからずーっと、ウチの胸見てたやろ? ウチのここ使って、やらしーことしたいん?」

 

「真桜?」

 

 一刀の心拍数は、先ほどからどんどん上昇していっている。気にしていなかったといえば嘘になるし、今も接触している二つの球体に手を伸ばしたくて仕方ない。

 

「ウチ、ええよ? 凪のこと女にした隊長はんのこと、もっと教えて?」

 

 李典がぐっと両腕を寄せると、ふんわりとしていた巨乳がぐっと寄せられより谷間が強調される。男の欲望全てを飲み込んでくれそうな李典の谷間。それを見た一刀が、生唾を飲み込んだのは言うまでもない。

 彼女がおもむろに面積の少ない布を取り去ると、たっぷりと身の詰まった乳房がまろび出るのであった――。



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五(真桜、沙和)

「――隊長(たいちょ)はん、そんなウチのおっぱい赤ん坊みたいに吸って……。なあ、美味しいん?」

 

「ん……、そうだね。ついやっちゃうっていうか、こうしてると安心できるのかも」

 

 李典の手に余る乳房の片方を持ち上げながら、一刀は出るはずもない母乳を求めるように乳首をしゃぶっていた。

 若々しく張りのある表面と、簡単に指が埋もれてしまう中身の柔軟さ。その両方を兼ね備えた彼女の乳房に、一刀はすぐさま虜になっていた。

 

「くう……。そんな助平な舐め方されたら、ウチかって変な気分になってまう……」

 

「真桜が気持ちよくなってるの、よくわかるよ。かわいい先っぽも、舐めやすいようにコリコリになってきてる」

 

 一刀は唇をすぼめながら、主張をしつつある突起を吸い上げる。李典がかわいらしい反応を見せると、さらに口内に含んでじっくりと味わっていく。

 

「やあ……、隊長はんの歯あ当たって……。そこカリってされるん、気持ちええ……」

 

 日頃から胸には自信を持っている李典であるが、こんな風に男に愛撫されるのは初めてのことである。もっとしてほしいという代わりに、彼女は一刀の頭を抱いて胸に押し付けている。

 

「なんでだろ、吸ってるとちょっと甘く感じるかも」

 

「嘘やあ、ウチまだお乳もでえへんのに……っ!」

 

 一刀に乳首を吸い上げられ、李典は熱の込もった吐息をもらす。彼女が敏感な反応を見ている内に、一刀の中でひとつの欲望がむくむくと雁首をもたげつつある。

 むにむにと形を変える乳房を両手を使って堪能し、きめの細かな肌に舌を這わせる。それだけの行為でもかなりの満足感を得られているのではあるが、もっと直接的な快楽を味わってみたくもなっていた。

 

「真桜、そのまましゃがんでもらってもいいかな」

 

「え、しゃがむん? ウチのおっぱい、飽きてしもたんか?」

 

 李典のその言葉に、一刀はそんなことがあるはずはないといった風に大きく首を横に振る。

 

「まさか。せっかくだし、こっちでも使わせてもらおうかと思っただけだよ」

 

 こっちと言いつつ、一刀は自らの下腹部を指す。そこは胸への愛撫の最中から固くなりっぱなしであり、拘束から解放されたくてうずうずしているといった様子である。

 

「うわあ、すご……。隊長はんのチンコ、ほんまカッチカチやんか」

 

 目を丸くして驚きながら、李典はその感触をズボンの上から確かめていた。彼女にとって初めてのことばかりで、興奮から心臓はドクドクとうるさいくないに鳴っている。

 

「そのまま外に出してみてもいいよ。そのほうが、俺も嬉しいし」

 

 生唾をごくりと飲み込んだ李典は、恐る恐るジッパーを下ろす。そこからベルトを解いて邪魔なズボンを取り去り、いよいよ下着一枚となった。

 

「ほ、ほんなら、脱がすで……?」

 

「うん、お願い」

 

 李典は手前の部分に指をかけると、下着をゆっくりとおろしていく。やがて反り立ったモノの先端が顔を出し、その全体像が露わとなった。

 

「うわあ……、なんやこれ……。男の人のって、こんな風になるんやなあ。なあなあ、ちょっと触ってみてもええ?」

 

 その申し出を拒絶する理由など一刀にはない。持ち主に許可をもらった李典は、趣味である絡繰細工を品定めする時のようにまじまじとモノを観察している。

 指の一本で張り出した雁首の辺りをすりすりと触れると、彼女はその熱さに瞳を潤ませた。

 

「隊長はんのここ、ぱんぱんでなんや苦しそう。この先っちょから、子種出すんやんな?」

 

「まあ、そんなところかな。でも、楽しむには色々な方法があるからね」

 

 そう言いながらも一刀は、立膝をついた李典の胸を撫でる。そのまま彼女に胸を下から持ち上げるようにして固定するように伝えると、亀頭の先で乳首の感触を軽く楽しんだ。

 

「やあっ……もう、またおっぱいの先で遊んでるしい。……にしてもほんまそれ、すごい形してるなあ」

 

「反応してくれる真桜がかわいいからだよ。次はおっぱいの中に入れるから、ぎゅって閉じててよ?」

 

 形のいい双球がぴったりと合わさり、谷間が窮屈そうに(せば)まっている。一刀はそこに正面から先端を充てがうと、肌の吸い着きを感じながら奥へと挿入していった。

 

「真桜のおっぱいの中、すっごくいいね……。あそこの中とはまた違って、ゆったりしてるっていうか」

 

「んんっ……、そうなん……? ウチは胸の間にあっついチンコ直接当てられて、なんやすごいことしてる気分や……」

 

 みっちりと肉の詰まった感触を楽しむように一刀が腰を前後させると、乳肉は自在に形を適応させてモノを包み込む。

 李典も行為の要領を理解し、乳房を使って圧力を変化させて一刀の反応を見た。

 

「こんな感じでどない? 隊長はん、気持ちええ?」

 

「うん……。これ、かなり気持ちいいかも。柔らかいのに、しっかり張りもあって……」

 

 快楽によって溢れ出たカウパーが胸の間に染み込んでいき、ぬちょぬちょとした音を立てている。一刀が亀頭を突き入れるタイミングを見て入り口の圧力を強め、通過した後は動きやすいように全体を緩める。李典のそうした工夫もあって、谷間を膣内に見立てた遊びは熱を帯びていった。

 

「すごっ……! 隊長はんの動き、どんどん激しいなって……」

 

「こんなパイズリ味わったら、絶対忘れられないよ……! もっと、もっとしたくなる」

 

 李典は聞き慣れない言葉に一瞬気を取られたが、きっといましていることをそういうのだろうとなんとなく理解する。行為に昂ぶっているのは一刀だけではなく、彼女も必然的に息を乱していた。

 既に頭の中では胸の間を行き来する凶悪なモノに陰部を抉られており、妄想は段々とエスカレートしていく。

 

「はああああああ……くう……っ。もうそろそろ、子種出そうなんか? ウチの気持ちええとこの奥に、いっぱい出したいん?」

 

 まるで子宮への中出しをねだるように、李典はうっとりとした口調で言った。その気になった一刀は、本当に乳房に対して種付けを行うかのように激しく腰を打ち付ける。

 

「ああ……。真桜の一番深いところに、たっぷり出すからね……!」

 

 溜め込んだ精液を谷間の奥深くまで撃ち込みながら、一気に二つの乳首を捻り上げた。

 

「ちょ……、乳首い、今そんなされたらあ……!」

 

 脈打つモノを受け止めながら、李典は乳首からの強い刺激で絶頂を迎える。脳内を真っ白にしながら胸では留まらない精の熱を感じ、彼女は口をだらしなく開けて吐息を震わせていた。

 

「俺、まだまだ収まりそうになくって……。いいかな?」

 

 ひとしきり射精を終えた一刀は、李典に目の高さを合わせるとそう呟く。

 男の熱い視線に火のついた身体がぞくりとした感覚を覚え、李典はその申し入れを了承する。一刀の脱いだ上着のうえに背中を乗せると、彼女は切なそうに指で陰部をいじった。そして覆いかぶさるようにして一刀が顔を近づけると、恥ずかしそうに告白する。

 

「ウチ、さっきから股のとこがうずうずして仕方ないねん。きっと、隊長はんのチンコ欲しゅうてどうしようもなくなってると思う……。だから、な?」

 

李典の思いを聞き及んだ一刀は、逸る気持ちを抑えて陽根を陰門に擦りつけた。しっかりと濡れたそこは精液塗れの亀頭と馴染みあい、準備万端といった様相である。

 

「キス、してもいいかな。ダメだったら我慢するけど……」

 

「きす? なんやそれ?」

 

 首をかしげる李典は、それが口付けるという意味であると教えられるとおかしそうに笑った。

 

「そんなん、ウチのおっぱい散々使った人が聞くことちゃうで。ええよ、隊長はんの好きにして?」

 

「ありがと。それなら……、んっ」

 

 李典の唇を啄むようにしながら、一刀はぴたりとつけた亀頭を押し込んでいく。少女は自分の中を押し広げられていく感触に苦悶の声を上げそうになるも、それらは全て口移しに吸い取られていった。

 

「あむ……、ふうううう……。隊長はんの、一刀はんのすごいいいいいいい……」

 

 ねじ込まれていくモノの形を強烈に感じながら、李典は一刀の名を呼んだ。それはもう、落ちるところまで落ちてしまいたいという欲望の顕現でもある。

 

「くうっ、真桜……!」

 

「ちゅう……れろ……。ウチのことも、一刀はんのものにして? なあ、ええやろ?」

 

 感情の昂ぶりから、李典は舌でも激しく一刀のことを求めた。それに呼応するようにして、一刀も奥へと突き入れながら肉感たっぷりの乳房を揉みしだく。

 

「はあ、これやばいわ……。胸の奥突かれた時より、ずっと一刀はんのこと感じられてえ……」

 

「俺も真桜の体温、しっかりわかるよ。まんこの壁がきゅうって締め付けてきて、すごくかわいい」

 

 身体がことごとく性感帯になってしまったかのように、李典は鳥肌を立てて快楽を享受していた。

 しっとりと汗ばんだ乳房を搾られるように潰されると、連動して膣壁もモノをきつく締め付ける。

 

「もっと、もっとやらしいことして? 一刀はんのチンコで、ウチのことめちゃくちゃに……!」

 

「わかった……、よ!」

 

 淫らな雌の性質を開花させようとしている李典のささやきに、一刀は全霊で応えた。彼女の片足を持ち上げると、挿入しやすい体勢を取って全力で突き入れる。

 出っ張ったカリが中を出入りする度に、李典は壁をめくりあげられるような気分に浸っていた。

 

「やあああっ……! ウチのなかあ、チンコにごりごりって削られてる! 一刀はんのチンコ、ほんまやばいいいいい」

 

 だらしなく涎を垂らしながら、李典の乳房は抽出の衝撃でぶらぶらと揺れる。

 それを見つけた一刀が片手で力任せに掴むと、それすら彼女には気持ちいいこととして変換されていった。

 

「くふうううっ……。おまんこの中も、乳首もお、わけわからへんくらい気持ちよくって……!」

 

「真桜、もう飛んじゃいそう? 一緒にいこう……!」

 

 李典の様子を見て絶頂のタイミングを合わせるべく、一刀はさらに膣肉を貪る。

 臀部に打ち付けられた腰がパンパンと乾いた音を鳴らし、交尾をしているという実感を二人に与えていく。

 

「ああ、これ絶対あかんてえ……。もう、もういくううううううううううう!」

 

 一際甲高い声を上げて、李典は先程とは比べ物にならないオーガズムを味わっている。一刀は射精直前の膨らんだモノを最奥に突っ込み、溶け合ってしまいそうな快感を全て放出した。

 

「ひゃあっ! んんんんんんんんんんっ!」

 

 膣内を満たす精液の熱に、李典はさらに意識をやってしまう。本当に軽く気絶してしまったようで、締りのなくなった膣口からは新鮮な精液が次々と溢れ出していた。

 

「はあ、はあ……。これはちょっと、時間がかかりそうだな……」

 

 李典の頭を撫でながら彼女が呼吸していることを確認し、これからどうするべきかと一刀は考える。ようやく冷静になったその時、彼は近くに何者かの気配があることに気付いた。

 

「……誰?」

 

 一刀が声を発すると、意外にも潜んでいた人間は簡単に姿を現す。

 

「あはは……。のぞいちゃって、ごめんなさいなの……」

 

 潜んでいた人間の正体とは、于禁であった。一刀はそのことにほっとはしたものの、李典との情事をしっかりと出歯亀されていたことになる。

 

「まあ、こんなところでしてた俺たちが悪いよ。それより……」

 

 李典との情事を見られていたことがどうでもよくなるほど、于禁の格好は目につくものであった。華奢な下半身は丸出しで、のぞきながら自慰をしていたことが容易に想像できる。

 呼吸も平時より乱れており、その目は一刀のモノをしっかりと捉えていた。

 

「沙和……。隠れながらずっと、一人で慰めてたんだ?」

 

 一刀の言葉を聞いた于禁の肩が、びくりと震える。眼鏡の奥の瞳は期待に満ちており、陰部からは雌のフェロモンを放っていた。

 

「準備は……、する必要がなさそうだね」

 

 一刀が言うように、于禁の陰部からは愛液が溢れて太腿までべたべたにしてしまっている。彼女のはよりそのことをアピールするように、指で入り口をかき混ぜた。

 するとくちゅくちゅと水っぽい音がなり、于禁は僅かに口元を快楽で歪ませている。

 

隊長(たいちょー)さん、お願いなの……。沙和のことも、凪ちゃんや真桜ちゃんみたいに……」

 

 懇願する于禁を見ているだけで、射精したばかりだというのに一刀のモノは見事に再び立ち上がっていた。

 一刀の指示で于禁は木に手をついて下腹部をさらけ出す。まるで楽進を初めて抱いたときの再現のようでもあるが、その真下には眠る李典がいる。

 

「なんだかこの格好、変態さんみたいなの。真桜ちゃんが起きたら、きっとびっくりしちゃうの」

 

「沙和だって見てたんだから、おあいこでしょ? こんなにぬるぬるになって……」

 

 一刀は陰門を広げるように、二本の親指で亀裂を割った。于禁のそこは敏感に反応し、またしても新たな蜜をとろとろと垂れ流す。

 

「ほんとに沙和のここ、チンコが欲しくてたまらないって感じになってるね。ちゅ……」

 

 後ろから于禁に覆いかぶさり、一刀は竿で割れ目を擦る。彼女は感情の行き場を求めて、男の唇に自身のそれを重ねた。

 

「はむ……。ちゅる、んんっ……、はあっ」

 

 二人の間を繋ぐ唾液の橋。それがぷつりと切れると同時に、一刀は于禁の内部へと一気にモノを潜り込ませた。

 李典との交わりの残滓が潤滑液のような役割を果たし、ずるっと奥にまでそれは到達する。途中のわずかな引っ掛かりも、膣内の濡れ具合によって問題なく通過していく。

 

「あぐっ……、ふうっ……。あっ……、はあっ……」

 

 一瞬で処女を失った于禁は、歓喜の声をもらしながら全身を強張らせていた。その痴態を見た一刀の股間はさらにしっかりとした芯が通り、隙間なく陰部を埋めている。

 

「すごいね、沙和。身体も平気そうだし、このまま動くよ」

 

 最奥まで埋まっていたモノを于禁に感じさせるようゆっくりと引き抜き、またすぐに子宮まで貫く。ぞくぞくとした快楽が根本から走り抜け、一刀は堪えるように奥歯を噛んだ。

 

「はああああああっ……、くう……! 隊長さんと沙和って、きっと相性抜群なの。こんな風になっちゃったら、もう絶対離れられないよお!」

 

「そんなかわいいこと言われたら……」

 

 于禁のいじらしい言葉に、一刀の腰使いにも熱が入る。形のよい彼女の乳房を指で潰しながら、リズムよく抜き差しを繰り返す。

 

「おっぱいも、気持ちいいのっ……! もっと沙和の全部で、隊長さんのこと感じさせてえ!」

 

 やがて行為を続ける中で、一刀は于禁がより反応を示す場所を見つけていた。焦らすようにわざとそこを避けていると、于禁は自ら腰を擦り付けるようにして懇願する。

 

「そんなの、ずるいのお……! 隊長さんのおっきなおちんちんで、沙和の気持ちいいところもっと突いて欲しい……」

 

 その言葉を待っていた一刀は、打って変わって避けていた箇所を重点して突き上げていく。

 

「うん……! これ、これなの……! かず、一刀のおちんちん、ずんずんって来てるよお……!」

 

 衆人には決して見せることのできない呆けた表情をしながら、于禁は大きく声を出した。その音量のせいか、彼女の目下の眠り姫がついに目を覚ましてしまう。

 

「え、なんやこれっ? 一刀はんと、沙和?」

 

「おはよう、真桜。身体は大丈夫そうかな」

 

 于禁との交わりを続けながら、一刀は李典に声をかけた。彼女は始め目をぱちくりとさせて状況が理解できないような素振りを見せていたが、一刀からこれまであったことを聞かされると悪戯な笑顔を作ってみせる。

 

「なるほどなあ。そのうちこうなるとは思ってたけど、まさか沙和にのぞかれてるなんてなあ」

 

「やあっ……。真桜ちゃんの指、くすぐったいの」

 

 にやにやと笑いながら、李典は于禁を腹に指で円を描く。李曼成とは、こんな面白そうな状況を見過ごせるような人物ではなかった。

 

「こんなぎっちぎちに一刀はんのチンコ咥えこんで、沙和もめっちゃ気持ちええんやー?」

 

 親友の膣に出入りするモノを面白そうに観察しながら、彼女は于禁の敏感な突起をぴんと弾く。

 

「だめ、だめなのおっ! こんなの沙和、おかしくなっちゃうからあ!」

 

 二人から同時に責められ、于禁はさらに意識を乱れさせる。だが、その言葉の裏に期待が籠もっていることは、一刀と李典にはお見通しなことであった。

 

「真桜、沙和のおっぱい下から吸ってあげれば? 俺はこっちに集中したいし」

 

「了解や。沙和のここも、めっちゃ固くなってるなあ……、ちゅう……」

 

 李典は乳首の片方をつまんでしこりを確かめると、おもむろに口へ含む。もう片方は指でしっかりと愛撫し、自身が受けた快楽を于禁にも与えてやろうと記憶を辿った。

 

「そんな、真桜ちゃんに乳首たくさん吸われてるよお……。こんなの、気持ちよすぎなの」

 

「沙和、こっちも忘れちゃだめだよ?」

 

 新しく加わった刺激に意識を向けていた于禁だが、子宮まで貫くような快感で無理やり一刀のほうへ引っ張り戻される。

 

「一刀のおちんちん、沙和の大事なところめちゃくちゃにしてるよおおおおおおおおお! ちゅる……んんんんん……!」

 

 子宮の入り口に亀頭を押し付けながら、一刀は于禁の舌を絡め取った。彼女も思いの丈をぶつけるように男の舌を必死に吸い上げ、快楽を総身で楽しんでいる。

 

「ちゅぱっ、ちゅぱ……。やらしい表情してる沙和、めっちゃかわいいなあ。ウチも、こんな風になってたんやろか?」

 

「きっとそうなの。……ねえ一刀お、今度は凪ちゃんも入れて四人で楽しいことしよ?」

 

「そうだね。今晩以上にすごいことになってしまいそうだけど……!」

 

 三人同時に相手をするなど想像もつかないことではあるが、一刀はタイミングがあれば于禁の願いを叶えてやろうと心中で誓う。

 しかし今はとりあえず、この状況を楽しむことが先決である。

 

「あっ、また一刀のおちんちんが膨らんできたの……。一緒に、一緒にたくさん気持ちよくなろ……?」

 

「もちろんだよ、沙和。このまま全部、ぐちょぐちょの中に出しちゃうからね……っ」

 

 二人の行動に合わせて、李典も胸への愛撫をさらに激しくさせる。跡が残りそうなほど柔肌を吸い上げ、歯を使って絶妙な快楽を与えていく。

 

「ぐっ……! イクよ、沙和っ!」

 

「きて、きてええええええええええええええ!」

 

 この日三度目となる射精にも関わらず、その量と勢いは衰えるところを知らない。どくどくと脈打つそれは、簡単に于禁の内部を満たしていった。

 

「あはっ、一刀はんてほんまに絶倫なんやなあ。このタマのとこも、まだぷりぷりやし」

 

 李典はそう言いながら、股間にぶら下がる睾丸を優しくマッサージする。その刺激に釣られて、さらなる精液が于禁の子宮目掛けて飛び出していった。

 

「ふわあ……。なにこれえ、どれだけ出るのお? 沙和のお腹、もういっぱいだよお……」

 

「ほんじゃ、ウチが最後もらってもええ?」

 

 止まらない射精に、于禁はうっとりとした表情を浮かべている。そして李典はというといまだに脈打つモノを膣内から引き抜いて、精液の滲む亀頭をぱくりと咥え込むのであった。

 

「はむっ……、じゅる……。ほれほれ、もっと出してもええんやで?」

 

 李典は舌を使いながら竿をしごき上げ、もっともっとと精液を催促している。それに応じるように一刀の腰がぶるっと震えたかと思うと、ゼリー状の塊が尿道の先からこぼれ落ちた。

 

「一刀はんの味、癖になってまいそうやなあ。あむぅ、じゅる……」

 

 その奉仕によって、一刀のモノが再度固さを取り戻したのは語るまでもない。三人はそれから心ゆくまで情事を楽しみ、それは夜更けまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――それから一夜明け、北郷主従は村を出立する準備を整えている。そこには当たり前のように、李典と于禁の二人も参加していた。

 

「凪ちゃん、これからはまた三人一緒に頑張るの!」

 

「せやせや! ウチも隊長はんのためにこれから頑張らせてもらうさかい、みんなどうぞよろしゅう」

 

 楽進は苦笑しつつも、やはりこの二人が側にいるのは心強いと思う。これから戦っていく中で、呼吸の合った者が身近にいるといないのではその働きにも影響してくるであろう。

 

「さて、それじゃあ行こうか。風たちも帰りを待っているだろうし」

 

 賑やかな二人を加え、一行は冀州への道を行く。晴れやかな笑みを浮かべる楽進の姿を見て、一刀はやはり来てよかったなと改めて心の中で思うのであった――。



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 冀州への帰路の傍ら。一刀は郭嘉と横並びに馬を走らせている。始めとりとめもない雑談をしていた一刀であったが、少し表情を引き締めると気になっていたことについて切り出した。

 

「なあ、稟」

 

「なんですか? わたしの眼鏡の製造方法なら、先ほど教えられないと答えたばかりですが」

 

 レンズを陽光の反射で光らせながら、郭嘉はびしっとそう言い切る。脱力しそうになりながらも一刀がそうではないことを伝えると、彼女は姿勢を正して話しに耳を傾けるのだった。

 

「――曹孟徳殿のこと、稟はどう思ったのかなって。それがちょっと、気になっちゃってさ」

 

 前進する馬の振動に合わせて、一刀の愛刀が揺れる。郭嘉は宙を眺めて彼の人の印象を思い出し、ゆっくりと口を開いた。

 

「そうですね……。曹孟徳殿の振る舞いはまさに王たるに相応しく、今後一層の躍進を遂げられることでしょう」

 

 郭嘉が曹操についてざっくりと評すると、一刀はそうなるだろうねと頷いた。

 

「あの方の気質だけでなく、夏侯元譲殿を筆頭に家臣団も粒ぞろいのように思えました。確固とした地盤があるというのは、やはり強い」

 

 ぽっと出ともいえないような一刀の出自と比べて、曹操には代々の繋がりによって獲得している物も多くある。譜代の家臣団、ましてや親族間の絆など時代を越えてやって来た一刀には、得ようと思っても得られないものであった。

 

「一刀さまにこうして仕えていなければ、わたしは曹孟徳のもとへいずれ出仕していたのでしょうね。まあ、これは戯言なのですが」

 

「稟……」

 

 主君に申し訳なく思いながらも、郭嘉は曹操の美しく凛々しい姿に見惚れてしまった部分もある。それは彼女が郭奉孝である以上仕方のないことであるともいえるが、稟という少女の持つ性質の一部でもあった。

 一刀を気落ちさせる発言をしてしまったと思う一方で、普段言いにくいことを語るよい機会でもあると郭嘉は瞬時に考える。

 

「そんな顔をするものではありませんよ。そうであるからこそ配下をしかと愛し、その心を繋ぎ止めておくことこそ肝要なのです。それはわたしだけでなく、風も凪も同様に思っていることでしょう」

 

「ごめんね。そうやって進言してくれる稟の存在は、すごくありがたいよ」

 

「納得してもらえたのであればよいのです。もし出過ぎた真似の罰を与えると仰るのなら、帰ってからすぐにでも……」

 

 流れに任せて大胆な発言をした郭嘉は、今にも頭に血が昇ってきそうな思いであった。

 回り始めた妄想の中では、早くも彼女は一刀に愛を囁かれながらきつく抱擁をされている。口ではやめるように言いながらも、その身体は徐々に開かれていく。

 色づいていく女の花弁を妄想の中の一刀に触れられ、郭嘉は馬上ながら器用に腰をくねらせていた。

 

「ちょっとちょっと隊長はん、稟さん大丈夫なんかいな」

 

 自分の世界にトリップしてしまった郭嘉を心配して、後方から李典が声を掛ける。郭嘉の歪んだところを知らない彼女らからしてみれば、顔をヒクつかせながら桃色のオーラを放つその姿は奇妙そのものである。

 

「うーん……。まあ、そのうち慣れると思うよ。鼻血さえ出さなければ、そんな大事にはならないし」

 

「そうなの? 隊長さんがそう言うなら、きっと平気なんだろうけど……」

 

 于禁は心配そうな仕草を取りながらも、一刀の説明を聞いて一応は納得したようであった。

 

「はあ……。どうせまた、隊長がおかしなことでも稟に吹き込んだんでしょう?」

 

 こめかみを押さえながら楽進が呆れたような声を出すと、新参の二人も忌避するような目つきで一刀のことを見る。悪ノリであることは明らかであったが、これで親睦が深まるのであればそれもありかと半ば諦めるように一刀は苦笑した。

 

「頼みの凪にまでそんな風に言われると、逃げる場所がなくなっちゃうから困るよ」

 

 この場に程昱がいれば、さらにややこしい方向にかき回してくれたのだろうなと一刀は思う。数日離れている彼女の掴みどころのない雰囲気を思い出せば、愛しい気持ちから自然と笑みもこぼれる。

 先頭を駆ける関羽がなにかを見つけたような声を上げたのは、丁度そんな時であった。

 

「ご主人様、あちらをご覧ください。人が数人、それになにやら様子がおかしいような……」

 

 彼女が言うように、青龍偃月刀が指し示す先には慌てたように移動する人間の姿がある。それも何人かは後方を気にしているようで、理由があって逃亡しているようにも見えた。

 

「凪、稟のこと妄想から連れ戻しておいてね。……愛紗」

 

「はい。参りましょう」

 

 走り出した赤兎馬の背中を追いかけるように、一刀は乗馬に気合を入れる。嫌な胸騒ぎを覚えながら、その身体は風を切るのであった。

 

 

 

 

 

 

「――女の子を助けてあげてほしい? 落ち着いて、詳しく聞かせてもらえますか」

 

 近づいてくる一刀たちを見るやいなや、彼らの中でも最年長であろう男性がそう訴えてきた。その焦燥ぶりから事が逼迫していることは理解できるが、いきなりのことで関羽も面食らっている。

 

「あ、ああ……これは申し訳ない。……我らの村には時折侠客ヅラをしたごろつき共がやってくるのですが、それが普段守ってやっているからといって強引に物を奪っていくのです」

 

 そういう類の話しだったか、と一刀は臍を噛んだ。それ自体は別段珍しい話しではなく、官の目の届かない場所まで睨みをきかせるという役割がないこともない。独自に活動していた以前の関羽や張飛にも、やはりそういう側面はあったのであろう。

 しかし、そういった連中の内には乱暴狼藉を働く者も存在し、民たちは恐々と生活していることもあった。

 

「それで、今日がその日であったと?」

 

「ええ。奴らが来る日はおおよそ決まっているので、普段は皆で一斉に村を離れているのです。それがたまたま出発に手間取ってしまい……」

 

 その時一刀はふと、男性の後ろで辛そうに目を伏せている少女がいることに気がついた。

 

「出立が遅れたばかりに、奴ら我が娘に目をつけて……。件の女の子が身を盾にわたしたちを逃してくれたのは、その時なのです。あの子はたまたま行商に来ていて出くわしただけだというのに……」

 

「お願いします! どうか、どうかあの方を助けてあげてください!」

 

 顔を上げた娘が、悲痛な叫びを伴いながら一刀に頼み込んだ。無論、天の御遣いを名乗る者として、一刀はこれを捨て置くつもりはない。

 

「なんとか上手くやってみるよ。とにかく、その子のことは任せてください」

 

 一刀の返答に安心したのか、娘は僅かに涙ぐんでいる。男がまだ少し不安げに一刀のことを見つめると、彼は鯉口を鳴らして応えた。

 

「天の御遣いの力、悪党に見せてあげるよ。あんまりもたもたしていたら、本当に手遅れになってしまうからね」

 

 胸を張って言い切った一刀の姿に、男はようやく安堵の表情を見せた。天の御遣いというのがなにかよく知らない人間であっても、ここまで堂々と宣言されては信じようという気持ちにもなる。

 一刀は村への道筋と女性の特徴を確認すると、楽進たちと合流してすぐさま行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

「――さて。ああは言ったものの、実際のところどう出るか。……稟」

 

「はっ。まずはその女性が、まだこの村内にいるかどうかが問題ですね。そうであれば、助け出す算段も立てやすいというもの」

 

 冷静に戻った郭嘉は、状況をそう分析した。捕縛され連れ帰られたりしていたのならば、行方から追う必要が出てくるからである。

 

「それでは、人数を割って捜索に出ますか? 幸い、人手は増えていることですし」

 

 関羽はそう言いながら、李典と于禁のことを見た。一刀は二人からの進言を聞くと、短く思案する。一刻を争う事態だけに、悠長に悩んでいる暇はない。

 

「よし、それじゃあ愛紗と鈴々は外周を見回ってくれるか。危なそうな人たちが村に近づいてきたなら、難癖つけて追い払ってほしい」

 

「応なのだ!」

 

「承知いたしました。しかしそれならば、中の捜索に当たるのは……」

 

 関羽は主張の激しい胸を抱き、心配そうに一刀を見つめる。赤兎馬を駆る彼女の機動力は哨戒に向いているものの、本来であれば別の役目を仰せつかるつもりをしていたのだ。

 

「うん、俺が行くよ。小回りのきく凪にも一緒に来てほしい」

 

「わかりました、隊長」

 

 気合の入った返事をする楽進は、胴や手足を金属製の防具で(よろ)っている。それは帰郷した折に持ち出したもので、李典謹製の装備であった。

 割当を聞いて、やはりそうかといった表情を関羽はする。主君をわざわざ最も危険そうな地に送るのは、臣としてはどうにも気が引けるのだ。

 

「愛紗、そんな顔しないで。俺だって、こんなところでむざむざやられるつもりはないよ」

 

 関羽の腕を握り、一刀は真っ直ぐに視線を合わせる。

 そこに男の覚悟を感じた関羽は、主の考えに従うことを決めるとはっきりと頷いた。

 

「稟、上着を預かっておいてくれるかな。潜入するのに目立ってしまったら、元も子もないからね」

 

「わかりました。どうかお気をつけください、一刀さま」

 

 白く輝く天の御遣いの証を受け取りながら、郭嘉は一刀の身を案じる。臣として、彼を愛するひとりの女として。その想いは、しかと一刀にも伝わっている。

 

「わかってる。……行こうか、凪」

 

 徒歩(かち)姿で走り出す一刀を追従するように、楽進は駆ける。

 静かに村の外れまで近寄った二人は、辺りを警戒しながら中へと足を踏み入れていく。それほど規模の大きい村落ではないため、すぐに見通しはそれなりについた。

 

「あまり人の気配はありませんね。荒らすだけ荒らして、もう撤退してしまったのでしょうか」

 

 楽進の言うように、村には略奪の跡がある。しかし肝心の女性やごろつき共は見当たらず、寂れた雰囲気すら漂っていた。

 

「諦めるにはまだ早いよ。もう少し、よく探してみよう」

 

「はい。ここで見つかればいいのですが……」

 

 そうこうしている間に、二人は広場のような場所に出た。普段であれば子供たちが遊び場にしているであろうそこは、醜悪な笑みを浮かべるごろつき共に支配されている。

 

「ひい、ふう、みい……。全部で、五人ですか。隊長、あの女の人がそうなんですよね?」

 

「ああ、そうだろうね。あんな髪の色の子、なかなか見つからないとは思うけど」

 

 楽進の数えた五人の中でも、特に威張った男がいる。その男はまだ少女といっていい女性の肩を抱き、だらしなく目尻を下げていた。

 その少女は鮮やかな桃色の髪を持ち、豊かな身体つきをしている。一刀がここへ来る前に聞いた女性の特徴に当てはまっており、彼女こそがそうであると確信を持った。

 ごろつき共はいつも通りの略奪をしに来たつもりが、思いもよらぬ戦利品を獲得したのだ。その脳内では、彼女をどういたぶるかといった思考が巡っている。

 

「なあアニキ。親分に献上する前に、俺たちにも遊ばせてくれよな」

 

 アニキと呼ばれた威張った男は、得意げに考え込むような素振りをした。本来は自分より格上の人間に差し出す女であるだけに、あまり傷物にはしたくないという腹案がある。それでも、弟分の願いを無碍にしては人望に差し障りが発生しかねない。

 そして少女の初心そうな面持ちに加虐心を刺激されたこともあり、彼は弟分にも報酬を与えることに決めた。

 

「仕方のねえ奴らだ。上のもんには、絶対黙っておけよ?」

 

 アニキの言葉に、弟分たちは興奮を隠さず沸き立っている。気を良くした男は少女の大きく実った乳房を服の上からまさぐり、その感触に満足したのか首を上下に振った。少女は表情を歪ませて嫌がる仕草をしているが、その身体を自由にすることはできずにいる。

 外道そのものな行いである。一刀は心中が煮えくり返るような思いであったが、深呼吸をしてそれを内へと仕舞った。

 

「やるよ、凪。逃がせば村の厄介になるから、きっちり仕留めるぞ」

 

「はい。いきましょう」

 

 心を冷やし、一刀は戦闘の組み立てをイメージする。

 相手は逆らう者などいるはずもないと安心しきっており、そこにつけ込んでやろうと彼は考えを走らせる。

 

「――あ? なんか音がしなかったか」

 

 家屋を物色していた弟分のひとりが、そう呟く。特に報告するようなことでもないかと思った男は、仲間からは死角となっている民家の隙間に姿を消した。そこからは虫の鳴くようなうめき声が一瞬だけ聞こえ、ほどなくして静寂へと帰る。

 仲間はそれに気づくこともなく、下らない会話をしながら少女を舐めるように視姦していた。

 

(凪は上手くやってくれたみたいだな……。それなら)

 

 裏口のある民家に身体を滑り込ませると、一刀は小窓から外を見やる。側には男がひとり。誘い出すなら今しかないと直感した。

 目標を定めると、音もなく鯉口を切って刀身を露わにする。柄尻の部分で壁をこつこつと叩くと、聞こえる範囲にいた男が反応を見せた。

 

「まさか、まだ誰か残ってやがるのか? それとも、ただの鼠か……」

 

 そう言いつつ、男はじわじわと一刀の隠れる木戸に近づいていく。

 耳に神経を集中させ、柄を両手で絞るように握り込む。勝負は一撃で決める。一刀はその瞬間を、息を潜めて待った。

 

(この感じは、不味いな)

 

 足音が木戸の前で止まると、なにやら金属の擦れるような音がする。そのわずか後、本能でもって身体を捻った一刀の元いた位置を剣が貫いていた。

 

「ちっ、なんにもねえか……」

 

 男は予感が外れたと思い、のんびりと剣を引き抜こうとしている。一刀はというと回避から間髪いれずに、的がいるであろう箇所へ一気に刀身を突き入れてしまう。

 

「あっ」

 

 油断しきった男の目には、木戸を突き破る切っ先が映っている。避ける間もなく身体へ到達したそれは、肉を切り裂き男の心の臓を刺し貫いた。

 男の仲間たちは、ほとんど何が起きたのかすらわからずその光景を見つめている。ほどなくして、刀で磔にされた男ごと木戸を蹴り破り、幽鬼のような人影が現れた。

 

「な、なんだあ、てめえは!」

 

 声を発することなくゆらりと外へ出た一刀は、男を絶命させた得物を両手で引き抜く。ごろつき共の目からは性欲で濁った色は消え去り、正体のわからない人間に対する恐怖で染まりきっている。

 

「おい! てめえら、なんとかしやがれ!」

 

 弟分に発破をかけ、男は唇を舌で湿らした。これ以上の失態など、犯す訳にはいかないといった心境である。

 しかし、下っ端たちが抜剣しようとした時には一刀は既に次の行動を取っていた。動揺している隙を見逃す手はなく、立て続けに攻撃を加えることが優位を保つには必要である。

 一刀は抜き身を下段に構えると、そのまま足を素早く運んで手近な(まと)に接近していく。

 

「うおっ……!」

 

 刃を下にし、沈み込んだ姿勢から一息に斬撃を放つ。逆袈裟の形で斬りつけられた男は胴をばっさりと割られ、地面を血で汚した。

 

(まだまだ、もう一人)

 

 天を向く刀の柄をすぐさま握り直し、一刀は射抜くようにもう片方の男を見る。その男は恐ろしさから歯をがちがちと鳴らし、振り下ろされる刃からなんとか身を守ろうとしていた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 大木すら打ち砕く太刀筋をイメージし、一刀は大上段から一直線に切り下ろす。防御されることなどお構いなしの苛烈さであり、ニノ太刀を振るうことは頭にはない。

 金属同士の激しくぶつかる音が鳴り、攻防の決着がつくにはそう時間はかからなかった。

 

「――ひゃっ」

 

 目の前で起きたいきなりの襲撃に、腕をつかまれたままの少女は小さな悲鳴を上げる。見れば、男が防御のために頭上で構えた剣はざっくりと額に突き刺さっており、赤黒い血がそこから噴き上がっていた。安易な守りなど打ち崩して叩き斬る示現流の一太刀は、幕末においても恐れられたものである。

 自分はこれから一体どうなってしまうのだろう。少女は心の中で、そんな思いを抱いている。誰かを守りたいという思いに突き動かされての今回の行動であったが、あまりの無力さに泣きたくなるような気持ちすら生まれていた。

 

「ちくしょう……。もうやってられるかよ!」

 

 兄貴分の男は、次々と倒されていく部下の姿を見てこの場から逃亡することを選んだ。荷物になる少女のことを突き放し、一目散に馬のもとへ走る。

 殺された部下のことなど、適当にでっち上げて報告してしまえばいい。そんな風に男は考え、いかに自らを保身するかということしか頭にはなかった。

 

「大丈夫かい? 怪我とか、おかしなことをされてないのならいいんだけれど」

 

 斬り伏せた男の服の端で刀身を拭い、一刀は尻もちをついている少女に手を差し伸べる。

 

「ん……。怖がらなくてもいいよ」

 

 伸ばしかけた手を一旦引っ込めた少女に、一刀は穏やかな声を作って諭すように話しかける。少女はそれでもまた少し逡巡するような表情を見せるが、ついに決心して彼の手を取った。

 

「よしよし、もう平気だ」

 

 少女の衣服についた汚れを払ってやりながら、一刀はどことなく漂う桃のような香りを感じている。

 兄貴分が逃げた方向を見ると、その姿はもうどこにもない。

 

「はあっ……、はあっ。くそ、覚えてやがれ……」

 

 息を切らせて走る男は、襲撃者が追ってこないことを確認するとほくそ笑む。根城に帰れば、あとはこっちのものだという思いがある。

 その男に絶望を告げるように、建物の影から楽進はぬらりと拳を出現させるのであった。

 

「……ま、待て、てめえら一体なにが望みだ。金か? それなら持っていけ!?」

 

 楽進は怒りの宿った瞳で男を見据え、ゆっくりと接近していく。先ほどの安心から一転して、男は情けなく手持ちの金をばら撒いた。そのようなことで事が収まるなどと最早思ってもいないが、他に手立てが考えつかずにいる。

 

「くそっ……。死ね、女」

 

 たまらず抜剣し、男は楽進に切りかかった。その程度の反撃は予想するまでもないことであり、彼女は左腕の手甲でそれを受け止める。手甲の上で刃がぎりぎりと鳴り、男は必死の形相で腕を切り落とそうとしていた。

 

「終わりだ」

 

 短く言葉を発すると、楽進は剣を弾き飛ばす。そしてそのまま男の肩を掴んで身動きを取れないようにすると、右手を引きながら氣を込めていく。

 やがて放たれた拳は、空気を切り裂きながら男の腹めがけて打ち込まれていった。

 

「ぐ……、ごほっ……」

 

 潰れたような声をもらす男は、空を向いたまま力なく倒れ込む。楽進の氣を錬成した打撃は骨を砕き、その衝撃は内蔵まで蹂躙している。

 見た目以上の破壊力を味わわされた男は白目を剥き、その意識が戻ってくることはもうない。

 楽進はぐったりとした亡骸を一瞥すると、一刀らのいる広場へと向かうのであった――。



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七(風)

 少女は一刀が自らに危害を加える人間でないことがわかると、緊張の糸が切れたようにしなだれかかった。その小刻みに震える肩を撫でられると、ずっと堪えていたものが堰を切って流れ出していく。

 

「ううっ……、ぐすっ……。ありがとう、ございました。わたし、わたし……ッ」

 

 村の娘を救うために行動を起こしたことについては、なんの後悔もなかった。ただ、ごろつき共を前にして無力であったこと、そして己に向けられた暴威を恐れてしまったことが悔しかった。そんな感情が胸に渦巻いて、少女は嗚咽をあげているのだ。

 熱い涙を感じながら、一刀はこの世界にやって来た日の夜のことを思い出していた。

 

(あの時は、今のこの子みたいに稟に慰めてもらったんだよな……。抱きしめてもらうと温かくて、安心できて、すごく落ち着けたんだ)

 

 当時の郭嘉への感謝と、暴漢に立ち向かった少女への労りを胸に一刀は抱擁を強めた。柔らかな感触と、鼻先をくすぐるほのかに甘い香り。

 少女を落ち着かせてやろうとしているのに、かえって自身が戦闘によって得た興奮を癒やされていくようにさえ感じてしまっている。それは彼女が持つ天性の素質なのだろうなと思いつつ、一刀は嗚咽のおさまりを待った。

 

「む……。隊長、今がどのような状況なのかご説明いただけますか」

 

 戻ってきた楽進は、抱き合う二人を見てむっとした表情を作る。一刀はそうじゃない、と首を横に振ると、楽進に少し待つように目配せをした。

 

「――あの、本当にありがとうございました。えっと、お兄さんはとても優しい方なんですね」

 

 ひとしきり一刀の黒いシャツの端を濡らすと、少女はそんなことを言いながらゆっくりと身を離す。ほわっとしている、という表現がぴったりな雰囲気を持った少女である。

 

「そう……、なのかな。結局、俺は殺すことでしかこの状況を解決できなかった。もしかすれば、もっといいやり方があったのかもしれないのに」

 

 己の斬り殺したごろつき共を見つめながら、一刀は自戒するように低い声で話す。少女はそんなことはないと言うように彼の手を取ると、両手でそっと包み込んだ。

 

「いきなり出てきてあの人たちのことをばっさり切っちゃったときは、お兄さんも怖い人なのかなって思いました。でも、きっと違う。この大きくて温かい手を握ったら、そんなことすっかり忘れてしまえたんです」

 

 少女の穏やかな口調による感想を聞いて、一刀の口元に笑みが浮かんだ。そして心から、この少女を救うことができてよかったと思う。

 守ってやりたくなるようであって、その真っすぐな瞳には確固たる理想が宿っているようにも見える。少女のまとう不思議な魅力に、一刀はある予感をたてていた。

 

「そういえば、まだきみの名前を聞いていなかったね。俺の名は北郷一刀、こっちは楽文謙だ」

 

 紹介された楽進は、控えめに微笑んで少女に軽く会釈をする。かわって、少女は豊満な胸に手を当てながらその名を口にした。

 

「わたしは劉備、劉玄徳です。あっ……でもお兄さん、北郷さまたちは命の恩人なので、よければ桃香って呼んでください」

 

 劉玄徳。少女の名を知った一刀は、驚いたというよりこれで得心がいったというような反応を示した。

 世で論されるどの姿が、劉備の実像なのであるかは今となってはわからぬことである。しかし一刀には、自己を顧みず誰かのために立ち上がった桃香の行いが、書物の英傑のそれに重なって見えていたのだ。

 

「わかった。よろしく、桃香。それと……、きみが助けた人たちは無事だったから、安心していい」

 

「本当ですかっ!? よかったあ……。みんな、ちゃんと逃げてくれたんですね」

 

 先に出会った家族のことを聞いて、劉備はぱっと花のような笑顔を咲かせた。

 どこまでも、場を和ませる才能のある少女である。同時に、見ず知らずの人間の無事に喜ぶ彼女の気質を、一刀は好ましく思った。

 

「桃香。もしこれから家に帰るなら、途中まででも俺たちと一緒に行かないか? これでまた一人で襲われるようなことがあったら、俺も寝つきが悪くなってしまうからね」

 

 少し茶化すように、一刀は劉備のことを誘った。心配なのは本心であるが、もうしばらくこの少女と時間を共に過ごしてみたい、という感情も生じている。

 

「そうされるなら、わたしも歓迎しますよ。……しかし隊長、我らと桃香さんの帰る方向が違えば、それもできなくなってしまうと思うのですが」

 

「うーん、それは多分大丈夫じゃないかな。桃香の国は幽州、だよね?」

 

 なにも当てずっぽうで幽州といっているのではない。三国時代を代表する雄である劉備の出身地は有名であり、一刀もよく覚えている。

 

「すごーい! 北郷さま、どうしてわかったの!?」

 

 天の御遣いという存在を知らない劉備は、まん丸な目を見開いて驚く。

 

「隊長……、一刀さんは、この地に生まれた方ではないんです」

 

「ここの人じゃないってことは、遠方の異国からやって来られたんですか?」

 

「そうじゃないんだ、桃香。もっというと、俺はこの世界の住人ですらなかった。天の国から落ちてきた、らしいんだよね」

 

 ふわふわと長い桃色の髪を揺らしながら、劉備はなんとか一刀の話しを理解しようとしている。

 

「まあ、それはおいおいわかってくれればいいよ。ひとまず、この場を離れよう」

 

 そう言うと、一刀は楽進に声をかけてごろつき共の骸の処理にかかろうとした。このような物騒なものを、そのまま放置していけるものではない。

 

「待って、わたしにも手伝わせてください。良い人たちではなかったけど、埋葬はちゃんとしてあげたいんです」

 

「わかった。それなら手早くやるよ」

 

「はい、北郷さま。あっ……そうだ、わたしの剣は……」

 

 劉備は己の所持していた剣の行方を探す。代々伝わる大切なものであるが、抵抗した際に強引に取り上げられていた。

 

「よかったあ、ありました! お待たせしてすみません」

 

 周辺を捜索すると、それは兄貴分が座っていたあたりに鞘付きで転がっていた。劉備は大事そうに剣を両手で抱えると、腰の装具に佩く。

 村でも外れの方の目立たなさそうな場所に骸を埋め、三人は足早にそこを去った。劉備はどこか後ろ髪をひかれるような素振りを見せもしたが、黙って一刀の後についていくのであった。

 

「桃香は、いつもこんなことをしているのか?」

 

「いえ……。わたしくらいの剣の腕じゃ、虐げられている人を助けたくてもうまくいかないですから……。でも、今日は逃げたくないと思ったんです。逃げてばかりいたら、なにも変えられない。そんな風に、思えたんです」

 

 劉備の瞳に、強い意思の光が溢れている。今回のような無道な行いは、どの地方へ行ってもよくあることだった。腐り果てた役人たちは、賂さえもらえれば誰であろうと厚遇する。そのせいで痛い目にあうのは、きまって関係のない住民たちだった。

 

「偉いんだな、桃香は。こういう世の中だからって諦めたら、そこで終わりなんだ。誰かが、この状況をなんとかしないといけない」

 

「わたしは、一刀さんがこの国をいい方向に導いてくださることを期待していますよ。なんたって、天の御遣いなんですから」

 

 横を歩いていた楽進に手を握られ、一刀はひとつ頷いた。二人の仲睦まじい様子を見て、劉備はなんとなく羨望の眼差しを向けてしまっている。

 

「どうかした? ぼーっとしてたら、つまずくよ」

 

「あっ……、いえっ!? なんだか、いいなーって思ったんです。戦う力があって、支えてくれる文謙さんみたいな人がいる。それってすごく、素敵なことですよね」

 

 劉備はこれまで、散々もどかしい思いを味わってきたのだろう。いくら強い義心を持っていようとも、どうにもならない場面のほうが圧倒的に多かったのである。一刀との出会いは、劉備にとって大きな岐路になろうとしていた。

 

「支える者が多すぎるというのは、ある意味隊長の欠点かもしれませんね。この方は、誰かひとりを見ていることなど、到底できないようですから」

 

「え? ええっ? それって、文謙さん以外にも、そういう人がいる……ってことですよね!?」

 

「もうすぐ、わかることですよ。まったく、隊長ときたら油断も隙もないんですから……」

 

「う……、いてて……。凪、もう少し手を緩めてもらえない、かな……?」

 

「拒否します。隊長の護衛として、それでは任務を果たせません。だから、いまだけは」

 

 楽進から滲み出ているのは、嫉妬の炎だった。年頃の少女らしく、劉備は興味津々といった表情で一刀とのやり取りを見つめている。先程までの張り詰めたような空気は、いまではどこ吹く風である。

 この後、村周辺にはある噂話が流れることとなる。その内容というのは、悪事を働く者が天の御遣いによって神隠しにあうといったようなものであり、時が経つにつれて様々な尾ひれがついて語り継がれていくようになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「――それじゃあ愛紗ちゃん、よろしくお願いします」

 

 大柄な赤兎馬は、背中に劉備ひとり増えたところでびくともしない。尻の位置を調整すると、劉備は楽しそうに関羽の腹部に手を回した。

 

「桃香殿、振り落とされないようにしっかりつかまっておいてくださいね」

 

 関羽が腹を蹴るのを合図に、赤兎馬は抑え気味に走り出す。待機していた郭嘉らと合流した一刀たちは、再び冀州へ向けて道を歩み始めている。

 

(やっぱり、劉備と関羽ってことで気が合うんだろうか。すっかり頭から抜けてしまってたけど、こんな可能性もあったんだよなあ)

 

 一刀がそんな風に思いながら劉備の背中を見つめていると、張飛が馬を寄せてなにか話しているようだった。

 

「お姉ちゃん、姉者のところが嫌になったら鈴々のとこに移ってもいいよ?」

 

「あはは……。愛紗ちゃんとお馬さんが疲れてきたら、そうさせてもらうね」

 

 小さな子の相手は慣れているのか、劉備はそのちょっかいをいなす。元々の相性の良さもあるのだろうが、彼女自身に人を惹きつける天性の才能があるのであろう。

 

「それにしても一刀さま。あの桃香殿のことですが」

 

 劉姓を持つ上に、彼女の所持する伝来の剣。郭嘉には、もしやという思いがあった。

 

「どうなんだろうね。そんな感じのことを言われたりもするけど、眉唾ものだったりもするし」

 

 王朝が長く続いている中で、劉家の血脈は様々な地域に広がっている。荊州の劉表など、王族の分かれが地方において権勢を振るっていることも少なくはなかった。

 どこかで、自分は誰々の血を引くやんごとなき生まれなのだと騙る者がいてもおかしくはない。

 

「そう……、ですか。まあ、あの桃香殿を見ていればおかしな企みをするなど、わたしにも思えはしませんが」

 

 郭嘉はそう言いながら、ふっと笑う。

 

「うん、桃香は優しくて強い女の子だ。これは本当になんとなくだけど、同じ道を行く予感もしているよ」

 

 郭嘉から見て、一刀は何事か決心したような顔つきであった。

 

「全く、一刀さまが女性に関してそのように言われると、間違いないように思えて仕方がありませんね。風への土産話しも、膨らんでいくばかりです」

 

「もう、すぐそうやって意地悪な言い方をするんだから。稟のことだって、すぐにでもかわいがってあげたいくらいなんだよ?」

 

「はっ……、いや……!? そ、そんな、わたしは決して主君に対して淫らな関係など求めてなど……ッ」

 

 真っ赤になりながら否定する郭嘉であるが、鼻血のことがなければもっと深く繋がりたいと思うのは一刀からすれば当然のことである。

 

「まーた始まったで。隊長はん、もしかしてもう溜まってるんか?」

 

「沙和と真桜ちゃんにあれだけ出しまくってたのに? ちょっと規格外すぎるの!」

 

 少し離れてそのやり取りを見ていた李典と于禁は、白濁塗れにされた晩のことを思い出していた。今思い出しても芯がゾクゾクしてしまうほどで、一刀の果てしない欲望に飲まれてしまうのではないかと感じたものである。

 

「二人に出しまくった……だと? 沙和、時間もあることだろうし詳しく聞かせてもらおうか」

 

「な、凪ちゃんが怖いのー! 真桜ちゃん、どうしよ……」

 

 闘気を漲らせる楽進に、于禁は背筋を震え上がらせた。この状況ではどこにも逃げ場はない。観念したように項垂れると、李典は初夜のことを赤裸々に告白していくのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日ぶりに帰陣した一刀は、久しぶりに我が家へと帰ってきたような感覚に浸っていた。面々が出払っている間にも人は続々と増えていたようで、動かせる兵力は一千を数えるほどになっている。

 物資なども運び込まれているようであり、一刀は程昱の手腕に舌を巻いた。

 

「お帰りなさいませ、ご主君さま。いつ動いてもいいように、それなりの準備はしておいたのですよ」

 

「ああ、ただいま。そっちにも色々と話したいことがあると思うし、後で風には俺のところに来てほしい」

 

「はいー。それではひとまず、新たに引っ掛けてきた方々の紹介をお願いできますでしょうか」

 

 程昱は、出発前にはなかった見慣れない三つの顔を順番に見る。それぞれ真名を交わしあい、一旦の解散となる。

 言われていた通り程昱が一刀のところを尋ねると、示し合わせたわけでもないのに二人は静かな場所を求めて移動するのであった。

 

「んっ……。なぜでしょう、今日のご主君さまは一段と情熱的な感じがしますねえ」

 

 夕焼けの光が、青草の上に押し倒された程昱の顔を照らす。服を脱ぐことも忘れて、一刀は彼女の唇を貪っていた。

 

「……なんて言ったらいいんだろうね。ごろつきを斬ってから、神経が変に興奮してしまってるのかもしれない」

 

 それは無意識に脳が殺しのストレスから身体を守っているためなのか。そんなことは正直どうでもよく、ただ程昱のことを無性に抱きたいと一刀は思っている。

 

「風もお兄さんがいない間もやもやっとすることがあったので、一番に求められて嫌な気はしないのですよ」

 

 程昱の柔らかな金髪を撫でながら、一刀は唇を重ねた。空いた手は下着の上から陰部をまさぐり、彼女の性的興奮を引き出していく。

 

(こうしているだけで、風に挿れたくて仕方がない……。一度出さないことには、抑えが効きそうにもないな)

 

 手っ取り早く挿入にもっていくために、一刀は体勢を変えて口元を程昱の秘裂の前まで持っていった。薄緑の下着を横にずらすと、ぷっくりとした割れ目が顔を出す。

 

「風のここ、舐めちゃうからね。あむ……」

 

「ひゃ……う……。お兄さんの舌、ぬるって入ってきてえ……」

 

 濡れ始めたことによるねっとりとした感触を楽しみつつ、一刀は舌を大きく動かし全体を刺激していく。程昱も交わりを強く欲していたようで、飴のかわりに指を咥えて快感に喘いでいる。

 

「あうっ、んんんんっ……、はあっ……」

 

「しっかり濡れてきちゃってるね……。風のおまんこの中から、どんどんぬるぬるが出てくるよ」

 

 染み出した愛液を一刀がわざとらしく音を立てて吸うと、程昱は愛欲に潤んだ瞳で虚空を見つめていた。彼が出かけている間に身体の火照りを感じた時は密かに自らを慰めていたものの、やはり直接触れてもらうのでは満足感が違う。

 

「お兄さんのせいで、風はいやらしい子に変えられてしまっているのですよお。責任を取って、しっかりおちんちんで気持ちよくさせて欲しいのです……」

 

 貪欲に性欲を満たそうとする程昱の願いに、一刀は嬉しげに頷いた。着衣で寝かせたまま足を立たせてハの字に開かせると、まだまだ初心な秘裂がほんの僅かにサーモンピンクの中身を見せている。

 

「いきなり奥まで挿れちゃうからね。風も早くして欲しそうだし」

 

 下ろしたジッパーの隙間から、一刀はいきり立つ肉棒を取り出す。彼の精神状態に合わせてそこはこれでもかというほど太く反り返っており、程昱はごくりと喉を鳴らした。

 充血した亀頭を入り口に充てがったかと思うと、一刀は体重をかけて宣言通り最奥まで貫ききった。

 

「か……はっ……! ふうっ……、ふうっ……くうっ……」

 

 程昱の口から乾いた声がもれる。しっかりと前戯の時間を取ったわけではなかったため、奥に近い部分ほど裂き割るように肉棒が通過していく。だが今は、多少の痛みさえ程昱の脳は快楽のように感じ、一刀からはっきり見てわかるほどに彼女は絶頂してしまっている。

 

「ごめん、動くよ。文句なら後でいくらでも聞いてあげるから」

 

 オーガズムに震える程昱の膣内を、大きく張ったカリが無遠慮に蹂躙していく。絶頂中の敏感な壁をゴリゴリと削るように刺激されて、彼女は目の端に涙を浮かべながら悦びの声を上げる。

 

「これっ、おかしくなってしまいそうなのですよっ……! 風の中、ずっとぴりぴりしてしまってるのに、おちんちん止まらずに入ってきてえ!」

 

「もう何回イッたの? さっきまでちょっと乾いてたのに、子宮の入り口までぐちょぐちょになってるよ……!」

 

「知らない、知らないのですよお! お兄さんに奥突かれるだけで、風のおまんこびりってしちゃってますからぁ……!」

 

 挿入されてからずっと、程昱は快楽の波に煽られ続けていた。それでも膣は緩まずむしろ締め付ける強度を上げ、肉棒から精液を吐き出させようとしている。

 

「はあっ……! 俺も、おかしくなりそうなくらい気持ちいい……。風の中、最高だよ……!」

 

 叩きつけるように腰をぶつける度、スカートがひらひらと動く。程昱にそれを持っているように言うと、なんとも煽情的な光景となった。

 小柄な少女がスカートの裾を持ち上げて秘部を晒し、男に悲鳴を上げてしまいそうなほど強く突かれている。端からみれば強引に犯しているようにしか見えないだろうなと思うと、一刀は余計に肉棒が膨らんでいくような気がしていた。

 

「なんですか……、まだ大きくなるなんて……! おまんこのなか、動きやすいように拡げられ……ッ」

 

「風、俺だけの風っ……! ちゅ……ん」

 

 子宮口をごんごんと突き上げながら、一刀は再びちゅうちゅうと彼女の赤い舌を吸い上げる。新鮮な唾液を求めるように、舌は口内で激しく絡み合っていた。

 

「はむっ……ひゅう……! おにいさ……ふごっ……!」

 

 男の体重を全身で感じ、程昱は快楽に打ち震える。全てが愛おしく、全てが気持ちいい。

 膣と肉棒の隙間から溢れる汁は、ぶくぶくと泡立っている。ここまで来ると、愛液と先走りのどちらの比率が高いのかもはやわからなくなっていた。

 

「んっ……ぴちゃ……。そろそろ、一回目出すよ」

 

「ひゃいっ……! ください、風のお腹の中に……!」

 

 子種を欲する程昱の子宮が、あたかも降りてくるかのように亀頭を圧迫する。稲妻のようにほとばしる獣欲をぶつけ、肉棒は白く染まった液体を噴出させた。

 

「んぐうううううううううううっ………………!!!!! おちんちんに奥で射精されながら、またイッてしまうのですよお…………!!!!!」

 

 程昱の身体を押しつぶしてしまうほどに全体重をかけ、一刀はマグマのように熱い精液を注ぎ込んでいる。

 この日特段の快楽に彼女は首を反らせ、明後日の方向を見ながら達していた。

 

「ぐうっ……、このままもう一発……!」

 

 出し足りないように感じた一刀は、精汁でどろどろになった膣内をさらに往復する。異常ともいえるような昂ぶりのなか、またしても射精の波はせり上がっていく。

 

「え……っ。ふあっ……! きゃううううう…………!!!!!」

 

 一刀が尻を持ち上げながら突いているため、程昱の上半身がガクガクと揺れる。今は普段の彼女からは考えられないほど乱れ、一匹の雌として肉棒を受け入れていた。

 

「イクよっ、風……! おまんこの中で全部飲めっ……!」

 

「はいっ、はいいいいいいいいいい!!!!!」

 

 亀頭の先から吹き出す精液は、先ほどの射精で満タンになっている膣内をさらに溺れさせていく。子宮口は必死に一刀の種を吸い上げようとするが、入らないものはどうしようもないのである。

 

「ご主君さまの精液で、おかしく……おかしくなってしまうのですよお……!」

 

「いいよ。今だけは、好きなだけ狂ってしまおう」

 

 一刀がもう一度ゴツンと奥を突くと、程昱は嬌声を放ちながら外に出した舌をだらしなく震わせている。その仕草があまりに愛おしく、一刀は口づけながら小さな身体を抱きしめるのであった――。



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八(風)

今回冒頭のエロパートだけ一刀視点で描写しています。色々と探っている最中ですが多分またやります。





「――首筋まで真っ赤になってるね。気持ちよかったの?」

 

 先ほどの射精で激しい衝動を発散させた俺は、やんわりと風の中を行き来する。わざとらしく聞く俺に対し、風は少しむすっとした口調で応えた。

 

「むー。お兄さんがあれだけがんがん突いてくるのがいけないのですよお。風は繊細なのですから、もっともっと労っていただかないと」

 

「悪かったって。でも、たまにはああいうのだっていいでしょ?」

 

 桜色に染まった風の頬をぺたぺたと撫でていると、彼女も手を重ねてくる。こうして体温を身近に感じているだけで、愛しさが溢れてしまいそうだ。

 

「嫌いではないのですよお? ……でもやっぱり風は、このくらいのほうがお兄さんをしっかり感じられて……んんっ……好きですねえ」

 

 ほんの少し力を入れて奥を小突くと、風の声に艶が混じる。猫撫で声の彼女が感じる様は、いつ見てもそそられるものがあって。

 

「お兄さん、お兄さん」

 

「ん、どうしたの」

 

 風の小さな手が、シャツの襟元を掴む。表情から察するに、なにか言いたいことがあるように思える。

 

「せっかくなので、今度は風が上になってみてもよろしいでしょうか?」

 

 願ってもない彼女からの申し出に、俺は心を躍らせる。少し緊張しているのか、風のアソコはきゅっとペニスを締め付けてきていた。

 

「よいしょ……んんっ……」

 

 挿入はやめないまま、風が身体を起こす。僅かの間でも今は離れたくないのが自分だけではないとわかり、内心嬉しくなってしまう。

 そのまま彼女は俺の胸に手をつくと、やんわりと力を入れて押し倒してきたのだった。

 

「こんな……感じでどうでしょうか? ひゃう……!」

 

 腹の上に乗りながら、風は嬌声をもらす。きっと慣れない体勢ゆえに、思わぬ角度で入ってしまったのだろう。ぷるぷると身体を震わす風は、またしても軽くイッてしまったようだ。

 

「上になるというのも、なかなか難しいものですねえ。んしょ……」

 

 ようやく座りのいい場所を見つけたのか、風は安堵の息を吐いている。

 

「少し、このままお話しましょうか」

 

「うん。なにからがいいかな」

 

「そですねー。……真桜ちゃんといい桃香さんといい、お兄さんはお胸の大きい女性に飢えていたのでしょうか?」

 

 一体なにを言い出すのかと思えば、風は口を尖らせてそんな話しをする。そしていじけたように俺の胸にもたれかかると、指先でこちらの乳首をいじりだす始末だ。

 

「んっ……。そんなことないとは言わないけどさ、俺は大きさなんてあんまり気にしないよ?」

 

「ほんとうですかー? ……ちゅぱっ」

 

 こちらに疑いの目を向けながら、風はシャツを捲って俺の肌を露出させる。彼女の一寸ざらざらとした舌で乳先を舐められると、どうしても感じてしまう。

 髪をかき上げながら舌を使う風の仕草は色っぽく、俺は入れっぱなしのペニスを硬くしてしまった。そんな反応を楽しそうに伺いながら、風は乳首への奉仕を続ける。

 

「そうだって……。でなきゃ、風の身体でこんなに興奮するわけないだろ?」

 

「きゃう……! もう、お兄さんはずるいのですから」

 

 誠意を込めて、ねっとりした風の中を一突き。彼女が感じた反動で少し乳首を噛まれてしまい、強い刺激が俺の背を駆け巡る。

 

「……くっ。それよりさ、あの物資云々はどうやったの」

 

 名目上だけでも上に立つ人間として、あれについては聞いておかなくてはならない。風のことだから、汚い手で調達してきた物ではないだろうけど。

 

「あれはですねー、わたしの文通友達とでもいいましょうか。とにかく、その方々に根回しをしていただいたのですよ。れろぉ……」

 

「……根回し? 商人とかにってこと?」

 

 奉仕をやめようとはしない風の話しをかいつまんで理解すると、彼女には各地の名士とのネットワークがあるらしい。それを動員して、俺たちのいない間に人やら物資やらを収集したようだった。もちろん、俺の出世払いで。

 

「なるほどねえ。まあ、先立つものがなければなにも成し得ないし、それもいいのかも……ねっ!」

 

「はう……! いきなりなんて、ひどいのですよお……!」

 

 独断に対してちょっぴりお仕置きを加える気分で、風の腰を掴んで突き上げる。言葉とは裏腹に、彼女の声には悦びが混じりこんでいた。

 

「それでさ、そろそろここを離れようとも思うんだけど」

 

「はい。風もそろそろ頃合いかなー、と考えておりました」

 

 以前にもこの事について議題になりはしたものの、ひとまず保留ということになっていた。ここへ帰ってくる途中に桃香からも色々な話しをしてもらい、それも含めて俺の中でひとつの方針が固まりつつある。

 

「せっかくですし、同時に意見を披露しちゃいましょうか。これだけずっぽりと繋がっているのですから、合致すること間違いないのですよ」

 

 きゅうきゅうと膣内を収縮させながら、風はいつものように笑った。その顔には、「お兄さんの考えていることはお見通しです」とでも書いてあるようである。

 ぐりっと一度円を描くように腰を動かすと、風は俺の顔にぴたりと頬をくっつける。しっとりとした感触が、なんとも心地良い。

 動物のようにじゃれ合った後、俺と彼女は同時に息を吸い込み、心中に持つ方針を吐露していく。

 

「――幽州」

 

 風は満足気にくすりと笑うと、ゆっくりと唇を合わせてきて。

 俺はほんのりと甘い彼女の口内を存分に味わい、口伝いに降りてくる唾液を堪能する。

 

「あむっ…………ちゅる…………ちゅぱっ。ふふふー、やっぱり合ってしまいましたねー。お兄さんのおちんちんも、嬉しがっているのですよ」

 

 こちらに上半身をつけたままの風が腰を揺すると、男女の汁が混ざり合ってぬちょぬちょと音が鳴る。

 幽州の公孫賛ならば、風たちと別れて仕官している趙子龍から話を通してもらうこともできる。やはりというかなんというか、桃香も公孫賛とは旧知の仲のようだった。

 

「星ちゃんとも書簡のやり取りをしたのですが、お兄さんに会いたそうでしたよ? お兄さんが女性からのお誘いを断るとも思わなかったので、是非行きますと返事もしてあるのですよ」

 

 全く悪びれもせずに、風はそう言ってのける。

 俺はどこまでも先手を打ってくる風をなんとか困らせてやろうと思い、彼女の服の胸元をはだけさせた。

 

「きれいだね、風のおっぱい」

 

 風に身体をぐっと上げさせると、遠慮がちに膨らんだ胸がはっきりと見える。その中心はしっかりと充血しており、触れてほしそうに主張していた。

 

「そこっ……、いきなり……い」

 

 両手を使ってこりこりになった乳首を摘み上げると、風は気持ちよさそうに表情を蕩けさせる。シコっている芯を押しつぶすように愛撫してやると、その反応はより顕著になって。

 

「風のおっぱい、触って楽しいんですかあ? どうせなら、触りっこしちゃいましょう……あうぅ!」

 

 快楽に喘ぐ彼女が手を伸ばし、俺の胸部をまさぐる。いじられているところからじんじんとした甘い痺れが広がり、乳首で遊ぶ指にも自然に熱がこもっていく。

 

「くりくりってされるの……あうっ……、いいのですよお。おちんちんも、ぴくぴくって動いてえ……!」

 

「このままもう一回、最後までいってしまおうか」

 

 俺の言葉に、風はこくこくと首を縦に振る。そろそろ挿れたままで辛抱ができなくなってきたのだろう。胸への愛撫も加わって、白い肌が再び紅潮してきている。

 

「このまま戻ったら、おまんこの中に精液たっぷり隠してるの絶対バレちゃうね……!」

 

 実際、風の下着はどろどろに汚れ、膣からは収まりきらない俺の精が垂れていた。このまま歩いて帰ったのでは、それが股ぐらから滴ってしまうのは確実だろう。

 

「頑張って締めますからあ……! だから、風の中にまたびゅーってたくさん出してほしいのですよお……! こうしたら、気持ちいいんですよね……っ」

 

 はあはあと息を荒くさせて、風が懸命に腰を上下させる。俺が落ちてくるタイミングに合わせてペニスを突き出すと、風の反応は一層強くなった。

 

「ぎゅってされながらだと、当たるところがまた変わっちゃうのですよ……。ああああああああっ…………!」

 

 風の細い身体をかき抱いて、ラストスパートをかける。密着した乳首同士がころころと擦れ、射精感を増幅させていった。

 

「ふあああっ……! くうっ……あああああっ! ひゃううううううっ…………!」

 

 奥をごりごり亀頭の先で突いていると、風が何度も絶頂しているのが手に取るようにわかってしまう。彼女は唇を震わせながら俺の首元に舌を這わせ、早く射精しろとせがんでいる。

 

「風の中、すごくざわざわしてるね。もうすぐ、出してあげるから……っ」

 

「はい……、はいっ……! ご主君さまの精液で、風のおまんこ、もっとどろどろにしてえええええええええ……!」

 

 感極まったように、風は大きな声で叫ぶ。冷静な時であれば誰かに聞かれてしまうのではないかとドキドキもするのだろうが、今はひたすらに腰を打ち付けることしか頭にはない。

 

「ぐうううう……、ふううううっ……! また、いっちゃうのですよ……っ!」

 

 一段と大きな絶頂の波が、風に押し寄せているようだ。俺は出すならここだと思い、彼女の身体が浮き上がるほど腰をグラインドさせる。

 そしてねとねとの膣内の奥にある狭い壁に引っかかった瞬間、最後の時は訪れた。

 

「ひぃああああああっ……! どぷどぷ、どぷどぷってえ……! おっきいの、きちゃってますうううううう…………!」

 

 射精の熱に浮かされて、風はぐいっと背中を反らす。俺は尿道の中の一滴まで彼女の膣に注ぎ込んでやろうと、ぷりっとした尻を掴んでこちらに引き寄せる。

 その間も膣壁は竿を絞るようにぞわぞわと動き、俺はさらに子種を吐き出すべくキツい中でペニスを出し入れさせるのだった。

 

「はうっ……、んくっ……! ほんとに、これだけでお腹いっぱいになってしまうのですよお」

 

 俺の乳首で遊んでいた時の余裕はすっかり消え失せ、風は恍惚とした表情で息をしている。これでは、もうしばらくこのままでいる他ない。

 いじらしく指を絡ませてくる風の体重を感じながら、俺は互いの昂ぶりが冷めるのを待つのであった――。

 

 

 

 

 

 

 色々なものの後始末を終えて二人が陣地に戻ると、そこでは悲惨な光景が繰り広げられていた。

 

「あっ、お兄ちゃん! 鈴々、ちゃんとダメって言ったんだよ! それなのに周倉が食べちゃうから……」

 

「……周倉、ほんとに大丈夫?」

 

 見れば、徐晃に抱えられて周倉がぐったりと倒れている。張飛はおろおろとしながら何か口走っているが、帰ったばかりの一刀と程昱には状況がわからなかった。

 

「えーっと、誰かこれを説明してくれないかな。まさか、食中毒ってやつじゃないよね?」

 

「……食中毒というのはよくわかりませんが、周倉はただ愛紗さんの手料理を試食しただけなんです」

 

「愛紗ちゃんの?」

 

 楽進の話を聞いた一刀と程昱は、思わず顔を見合わせる。

 なにがどうなれば、これほどの事態に発展してしまうのか。一切の冗談なく苦しんでいる周倉を見ると、情事の余韻が全て吹き飛んでしまうようであった。

 

「実は、先ほど助けられた礼を返したいと桃香殿が夕食を作りにいったのです。客人だけにさせるのはなんだからと、愛紗殿がそこに加わってしまい……」

 

 思い出しただけでも辛くなるのか、話を引き継いだ郭嘉は頭を抑える。それほどまでに、関羽の料理の腕は壊滅的であった。

 

「愛紗はんの料理さっきちょろっと匂い嗅いでみたけど、あんなもん凪の作った唐辛子ビタビタの麻婆食べるほうが数倍ましやで」

 

「なんだと……?」

 

 郭嘉の話しに李典は何気なく相槌を打ったのであるが、それはいらぬ怒りを引き出してしまう。激辛料理を食べたわけでもないのに李典は額に汗し、楽進が肩に手を置くと軋んだ音を立てながら振り返った。

 

「とはいえ、せっかく作っていただいたものを無碍にするのも気が引けますねー。ここは、ご主君さまに盾となってもらうほかないのでは?」

 

 そんな漫才のようなやり取りを無視して、程昱は一刀に進言する。はっきり言ってしまえば遠慮したい気持ちが大きく勝っているのだが、調理者の気持ちを考えて一刀はうーんと唸りながら頭を悩ませていた。

 

「あ、北郷さまも帰ってたんだ! わたしの方も今作り終わったから、食べてほしいな……」

 

「ん……こほんっ。その……、ご主人様。もしよろしければ、どうかわたしの手料理もお召し上がりください」

 

 二人の差し出した皿を見て、一刀は思わず言葉を失ってしまう。

 

(なんだかよく分からない山の中に、少しだけ肉や魚のようなものが見える……。これは非常にまずいのでは……)

 

 一刀の眼前では、早くも劉備がにこにこ顔で皿を机に置いている。関羽も主君の様子をちらちらと横目で見ながら、料理のようなものが乗った皿を並べていく。残念なことにその目には、試食をして倒れた周倉のことは映っていなかった。

 

「一刀さま、ここはお覚悟を。誠心誠意、看病はいたしますので」

 

「隊長さん。骨は拾ってやるから安心しろ、なのー」

 

 冗談とも思えないような郭嘉と于禁

の言葉が、一刀には恐ろしくてたまらなかった。しかし、彼が食べるのを楽しみにしているであろう二人の姿を見ていると、ここは気合でなんとかするのが筋なようにも一刀には思えてくる。

 

「わかったよ……、薩摩男児の男気を見せてやる。……桃香、愛紗、他のみんなはあんまりお腹が空いてないみたいだから、俺が全部貰ってもいいかな」

 

 一刀の宣言を聞いて、それぞれ異なる様相を示した。劉備と関羽の二人は大いに喜び、早速席につくよう彼に促す。

 その一方で、郭嘉らは死地に飛び込まんとする男の背中を悲しみをたたえた表情で見送り、周倉は気力を振り絞ってなにかうわ言を発していた。

 

「それじゃ……、いただくね。はむっ……」

 

 意を決して、一刀は盛られた料理に手をつける。口にした途端襲い来るのは、言い表すことのできないような強烈な不快感。

 彼の意識は、そこでぷっつりと途切れてしまうこととなった。

 

 

 

 

 

 

「――さま。ご主人様」

 

 意識を取り戻した一刀は、ぼうっとする視界の中に黒髪の少女の姿を見る。その瞳は心配そうに揺れ、口では繰り返し「ご主人様」と呼び続けていた。

 

「…………ん。愛紗か」

 

「ご主人様!? よかった、本当に……」

 

 正座した膝の上に一刀の頭を乗せ、関羽は彼の額を大切そうに撫でている。そこからじんわりと広がる温もりに、一刀はふうっと溜まった息を吐いた。

 

「すっかり、暗くなってしまったみたいだね」

 

「そう、ですね。かえって皆に気を使わせてしまいましたし、ご主人様にはなんとお詫びすればよいのか……」

 

 一刀が首を動かして周囲を確認すると、天幕の内に灯りがたかれている。律儀な彼女のことだから、目覚めるまでずっとこうしていてくれたのだろうなと一刀は思う。

 

(それにしても、なくてほっとする記憶ってのもあるもんだな。はっきり覚えていたら、まだ悶えてたかも……)

 

 鮮烈な不快感を、彼の脳が記憶することを拒絶している。そうでなければ、関羽の顔を正面から見据えるのも辛くなっていたであろう。

 

「いいよ。上達したら、また食べさせてね。……こうして見るまでもないけど、愛紗ってほんと綺麗だね」

 

 少女の顔を見上げながら、一刀はぽつりと呟く。特に意識せずともそんな称賛が出てしまうほど、関羽は器量良しな女性である。もし程昱にたっぷりと欲望をぶつけていなければ、むっちりとした太腿の感触だけでも一刀の男の部分が高々と主張し始めていたことであろう。

 

「そんな……、よしてください」

 

 恥ずかしがる関羽のことが、一刀にはひときわ可愛く思えて仕方がない。それと同時に、かねてより気になっていたことが口をついた。

 

「――あの日さ、愛紗はどうして村に来てくれたの?」

 

 街で鉢合わせた程昱らはともかく、関羽の来訪はずっと引っかかっていたことでもあった。彼自身が最初は天の御遣いとなることを拒んで、関羽、張飛と別れたという経緯もある。

 

「――今まで黙っていたこと、どうかお許しください。おかしいと思われるかもしれませんが、また例の管輅と出会ったのです」

 

「管輅か。愛紗と鈴々に、天の御遣いの到来を教えた占い師だったよね」

 

 記憶を辿って、一刀はその名を思い出す。

 

「はい。周倉たちを打ち破ったわたしと鈴々に、管輅は二つの道があると言ったのです」

 

 額を撫でる手が止まっている。どこか寂しさを覚えつつも、一刀は「二つ?」と聞き返した。

 

「ええ。そのひとつというのが、大徳の翼となってその出世を助けること。もうひとつが、天の御遣いと共に新たな流れを生み出すこと。あの者は、そう言っておりました」

 

「そっか……。大徳、なあ」

 

 管輅が何者であるのかは、興味の尽きない部分である。しかし、結果的に関羽を自分のもとに遣わせてくれたのだから、あるいは敵意のある存在ではないのかもしれないと一刀は思う。

 

「……この数日、ふと思ってしまうのです。桃香殿が、劉玄徳殿こそが管輅のいう大徳だったのではないのかと」

 

 逡巡しながらも、関羽は劉備に対する思いを打ち明けた。頷きながら話しに耳を傾ける一刀に、はっとした表情で関羽は頭を振る。

 

「ですが、勘違いしないでいただきたいっ! 管輅の話しを聞いたわたしは、もう一度あなたの元を訪ねようと思いました。それはなにより、あの日ご主人様に感じた輝きが忘れられなかったからでもあるのです」

 

 関羽の言うあの日というのは、一刀がこの世界に出現した日のこと。管輅に出会ってその時の感情を再燃させた関羽は、彼と対話することを望んだのである。

 

「俺が愛紗のこと、信じないわけがないだろう? だいたいあの日きみが助けてくれていなければ、こうして体温を感じることすら叶わなくなっていたんだから」

 

 うつむく関羽の頬に、一刀が手のひらを当てる。心中で燻っていたことを吐き出してすっきりしたためか、彼女は優しげな笑みを浮かべていた。

 少女の澄んだ瞳を見つめる一刀は、鼓動の高鳴りを実感していた。

 

「愛しているよ。これからもずっと側にいてくれ、愛紗」

 

「我が身、我が魂は、ご主人様とお呼びした日よりあなたに捧げる覚悟をしております。もし仮に……嫌だと言われても、離れてなどあげませんから」

 

 一刀の招きに応じて、関羽はさらに身体を折る。すると双方の影が、惹き合うようにすんなりとひとつになっていく。

 パチパチと弾ける篝火の音の中に、二人の吐息の音だけが聞こえる。ひとつになった影は、そうなっているのが当たり前のように重なり続けるのであった――。



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閑話 美髪公は陰に咲く(愛紗、凪)

短いですが書きたかったものなのでどうぞ。
それと誤字報告へのお礼もこの場でさせていただきます。ありがとうございました。





 静かな林の中での鍛錬を終えた愛紗は、丸木に座って青龍偃月刀の手入れをしながら人心地ついていた。吹き付ける朝方の風が、しっとりと濡れた髪をそよがせている。

 ふとした瞬間に思い起こされるのは、あの晩のこと。

 

(愛していると、側にいてほしいとあの方は仰った。ご主人様との口づけは…………、ってわたしは何を考えている!)

 

 彼女の胸の内に刻まれたかの出来事は、当分薄まるような気配がない。手のひらで顔をぺちぺちと叩くと、少女は武人然としたいつもの表情に立ち戻った。

 

「……さてと、そろそろ引き返すか。……っと、あれは」

 

 愛紗の視線の先には、並んで歩く一刀と凪がいた。律儀な彼女はさっと立ち上がると、声をかけておこうと足を進める。

 だが、一刀たちもそれなりの速度で歩んでいたために、なかなか追いつくことができなかった。

 

「なっ……、ご主人様……ッ!?」

 

 声を上げそうになった愛紗は、反射的に手で口を塞ぐ。彼女の目には、凪の肩に手を回して抱擁をする一刀の姿が映っている。その格好からして、愛を囁きながら口をついばんでいるのは想像するに難くない。

 

「ふ……、ふふ……」

 

 そんな現場に居合わせて、なぜすぐ逃げなかったのだろうと愛紗は自問する。丁度彼女はいま、木の陰に身を隠して二人の睦み合いを確認できる位置にいるのだ。

 真っ赤になった顔をおかしな笑いをこぼしながら関羽は抑え、またしても二人の方を覗き見る。

 

「……凪とご主人様は、かねてより昵懇の間柄と聞いている。あの方のことだ、男女の交わりがあるのもなんらおかしくはない。だが、なんだこの気持は……?」

 

 愛紗は、胸の奥がじくじくと痛むような感覚に苛まれていた。そんなことは知らず、凪は少女らしさを全面に出して一刀に甘え続けている。小動物のように少女は肩口に頭を擦りつけ、その様はマーキングでもしているかのようであった。

 

「むむむ……、凪めあのように……」

 

 凪には、自身と似たような雰囲気があると愛紗は思っていた。しかし、現在の彼女は恋する乙女そのものな振る舞いであり、愛紗の焦燥感を強く駆り立てる。

 

「あっ……、あのように胸に触れられて……。わたしがされているわけでもないのに、こんなにドキドキしてしまう。やはりその、き、気持ちいいものなんだろうか……?」

 

 凪の乳房を撫でる一刀の手に合わせて、愛紗は自らそっと触れてみた。彼に優しく撫でてもらっていると思うと、無性に気が昂ぶってしまう。

 愛紗は二人の行為を覗いている背徳感と興奮に、押しつぶされそうになっていた。

 

「こんな外だというのに、直接触れてしまうのですね……」

 

 熱に浮かされたように、愛紗は服の留め具を外す。凪の震えるようなか細い声が耳に届く度に、もう我慢ならなくなってしまっている。

 

「わたしは……、どうしてしまったのだろう」

 

 そう呟いてる間も、手ではそそくさと下着を取り去っていた。誰が来るともわからない野外での露出というのも、愛紗の興奮を煽る。

 上向きで張りのある乳房は呼吸によって上下し、乳輪は鮮明に色づいていた。

 

「ふうっ……はあっ……。こ、こんな感じ、だろうか」

 

 たっぷりと柔らかな肉の詰まった塊を、持ち上げるように両手で揉む。そうすると、愛紗の全身になんともいえぬような快感が走り抜けた。

 

「やあ……、ご主人様……。わたしの胸を、そのようにぃ……。くううううっ……、ふわああああ…………っ!」

 

 存在感抜群の大きな乳を、愛紗は根本から搾る。彼女は「もっとしてください」と空想の一刀に懇願し、さらに力を込めて己の乳肉をいじめていく。

 

「乳首も、どうにかなってしまいそうなのです……。ご主人様に見られてこんなはしたなく勃起させてしまい……んんっ……」

 

 すっかり立ち上がってしまった色素の薄い乳首を指で転がし、愛紗はなんとか喘ぎ声を堪えた。すっかり出来上がってしまった彼女が再び二人のことを垣間見ると、一刀は凪による奉仕を受けていた。

 凪が肉棒をしゃぶる音に感化された愛紗は、その行為さえも真似てみようと試みる。

 

「んっ……。ご主人様のおちんちん、わたしの口に……。ちゅぱ…………じゅう」

 

 成年の男の屹立した肉棒など見たことのない愛紗には、その形状を正確に想像することはできない。なのでそれとなく凪の動きを模倣し、あとは猛る妄想で補っていくのであった。

 

「じゅぽっ……ちゅるっ……。ご主人様、わたしの奉仕でこんなに硬くされているのですね」

 

 嫉妬を重ねるごとに、身体の火照りも増していく。唾液でべとべとにした自分の指をうっとりと見つめる彼女には、普段の高潔さの欠片も感じられなかった。口内で指を扱きながら、もう片方の手では乳首をぎゅっとつねる。

 強い刺激が気に入ったのか、跡が残ってしまうほどに愛紗は尖る乳首をいじめ続けた。

 

「申し訳……、じゅるうう……ありません……。胸の先、気持ちよくてえ……! ひゃぁあああ……っ」

 

 疑似フェラと乳首への愛撫で、彼女は一度目の絶頂を迎える。味わったことのない快楽であり、愛紗は脳内が蕩けてしまいそうであった。そんな彼女を揺り起こすように「いやああぁあああ……、一刀さんのおっきいの……入ってきていますううぅうう……!」という凪の嬌声が耳朶を打つ。

 一刀の腕で持ち上げられた凪は、宙にいながら深くまで挿入されていた。いわゆる駅弁の体勢であり、上半身を固定するために一刀の首あたりに抱きついている。

 最早微塵も声を我慢することはなく、辺りにまで聞こえるような音量で彼女は鳴いていた。一刀の頭を抱いてよがり狂う凪のことを羨ましそうに見つめながら、愛紗は己の秘部に触れる。

 

「わたしの股、まるでもらしてしまったようではないか……。こんなにびちょびちょになってしまって……」

 

 何度かそこを指で往復させていると、愛液の滑りによって膣口に入りこんでしまう。またしても感じたことのない刺激に愛紗は唇を噛み、熱い息を吐きながらゆっくりと指を出し入れする。

 

「指だけでこんなっ……。ご主人様のおちんちんで埋められたら、どうなってしまうのだろう……?」

 

 人差し指で様子を見つつ、入り口の壁を愛紗は擦る。凪の声と同時に一刀の気持ちよさそうな声まで届き、愛紗の脳内を溶かしていく。

 

「ご主人様……、ご主人さまぁ……! きゃううううぅ…………ひゅううぅううう…………」

 

 場の盛り上がりに合わせて、愛紗の声の発し方も大胆になってきている。そこには、早く気づいて自身のことも抱いてほしいという願いも存在しているのであろう。

 

「ああっ……、すごいぃいいいい……! ご主人様のおちんちんが、凪のあそこを突き上げている……」

 

 激しく打ち上げられ、凪の尻がぶるんっ、と揺れている。休むことなく一刀は奥を突き続け、凪の快感を引き出していた。

 凪の方はもう限界が近いのか「一刀さん……。いっぱい、いっぱい自分の中にぃいいいい……、んぐうううぅううう…………!」と射精をせがみながら声を震わせている。

 

「出してしまう……! ご主人様が凪の中に、子種を……っ、ひゃああぁあああん!」

 

 愛紗は秘裂と胸をいじりながら、己に精液が注がれているところを想像していく。快楽に堕ちた頭の中では、愛しい人の精で孕むことしか考えられていない。

 やがて一刀の動きがさらに激しさを増し、凪が一段と大きな声で鳴いたところでぴたりと止む。

 

「ご主人……様……。わたし…………いぐっ……いぎますううううぅううううううう……!!!!!」

 

 女の汁が吹き出す膣口をぐちゅぐちゅとかき混ぜながら、螺旋の形に乳首を捻り上げる。火花の散った愛紗の脳内は、真っ白になったかと思うとすぐに快楽に塗り上げられていって。

 

「アソコもおっぱいも、きもひいいぃいいいれすぅううう……!!!!!!」

 

 愛紗の放った大きなイキ声は、それすら上回る凪の絶叫によって打ち消されていった。彼女は肩で息をしながら粘液でふやけてしまった指を見つめ、一刀の肉棒を清めるかのように付着したものを舐め取っていく。

 そんなさなかも、密着した一刀と凪は舌を絡ませあって余韻を楽しんでいる。

 

「ちゅる……んれろぉ……。ふう…………」

 

 愛していると言われ、口づけまで交わしたのだ。こんな淫らな花を咲かせてしまうほどに、愛紗の心はずっと温もりを求め続けている。

 

「はあっ……、ご主人様……。わたしのことも、早くあなたのもので満たしてください……。この気持ち、そうでなければ収まりそうにないのです……」

 

 平静に帰りつつある琥珀色の瞳に、寂しさが宿る。不器用な少女はいま、ただそれだけを願うのであった――。




次回はまた週末に更新すると思います。
聖水ゴクゴクする描写を入れることになると思うので、苦手な方はご注意あれ。


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九(鈴々、香風)

おしっこ回注意。


「――北郷さまっ! 昨日はほんとにごめんなさい!」

 

 まぶたを擦りながら天幕を出た一刀の眼前に、心底申し訳なさそうな様子の劉備が飛び込んできた。彼女は桃髪を柳のように垂らし、しかと頭を下げている。

 その反応の素早さからして、恐らく一刀が起き出してくるのを待っていたのであろう。

 実は昨晩関羽は共に介抱してはどうかと提案していたのであるが、劉備が気を使って固辞していたためにあのような形になっていたのである。

 知り合って間もない劉備から見ても、一刀のためにと調理をする関羽の仕草は微笑ましいものであった。そこに全く結果が伴わなかったのは悲しむべきことではあるが、二人の心がより深く結びついたのは劉備の助力のおかげともいえる。

 

「ああ……、うん……」

 

 消し去ったはずの記憶が瞬間的にフラッシュバックし、一刀は目眩がしそうになる。彼は頭を左右に動かしてそれをどうにか振り払うと、劉備に身体を起こさせた。

 

「あんなことになってしまったけど、桃香の気持ちはちゃんと受け取ったから」

 

「うう……、ありがとうございます……。それでそれで……、愛紗ちゃんとはどうでしたっ?」

 

 切り替えが早いのか、劉備はそんなことを耳元で囁いた。明るさの戻ってきた彼女に対して、一刀はわざとらしく考え込むような動作をとる。

 

「そうだなあ……。やっぱり秘密?」

 

「えーっ、そんなのずるいよお。……でも愛紗ちゃんに直接聞けば教えてくれるかも?」

 

 そんな他愛もない会話をしながら二人して歩いていると、既に他の皆が朝餉をとっているのが見えてきた。

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんもはやくはやく! 朝にしっかり力をつけておかないと、一日が大変なのだ!」

 

 ぶんぶんと手を振る張飛に、一刀は笑って応じる。彼は昨日程昱と個人的に交わした意見を公にし、改めて賛否を募るつもりであった。

 

「――食べながらでいいんだけど、少し聞いてもらえるかな。これは桃香にも関係のある話しなんだけど」

 

「わたしにも? なになに?」

 

 湯気の立つ粥をすくう手を止めて、劉備はまん丸な瞳を一刀の方へと向ける。本来であればここで彼女ともお別れになるはずだったが、幽州へ向かうとなれば事情は変わってくる。

 

「わたしたちも、幽州へ出向こうと思っているのですよー。あっ、ちなみにこのことについてはご主君さまが気を失っている間に、愛紗ちゃんと桃香さん以外には伝えてありますのでー」

 

「なんだ、みんな知ってたのか。……なにか意見があれば聞いておくけど、どうかな?」

 

 程昱にまたしても一杯食わされた一刀は、脱力感を身に受けながらも配下の顔を順番に見つめる。特に誰も異見はないようで、少女らを代表するようにして関羽が口を開いた。

 

「行きましょう、幽州へ。ご主人様のもと、我らの戦いを今こそ始める時です」

 

 関羽の面には、昨晩みせたような不安の色はない。むしろ以前よりも双眸の輝きは強くなり、食事中だというのに闘気すら沸き立っている。

 彼女の言葉に周りの少女たちが頷いて同意を示すと、一刀は席からおもむろに立ち上がった。

 

「よし、決まりだ。稟、出立はすぐにでもできそう?」

 

「一日だけお待ちください。今日中に搬入される物資がありますので、陣払いの準備だけは万全にしておきましょう」

 

「わかった、なら明日の午前中にはここを発とう。みんな、そのつもりでよろしく頼むよ」

 

 そんな方針を下知する一刀に向かって、「あのー?」と遠慮がちな声がかけられる。

 単なる客人である劉備は一人蚊帳の外といったような状態であり、行き先に関係あるとはいえどうすればいいのか迷っているようであった。

 

「わたしも、北郷さまたちに御一緒させてもらってもいいのかな?」

 

「もちろん。桃香のいいと思うところまで、同行してくれればいい」

 

 それがどこまでであるかとは、一刀は言わなかった。彼女の人柄、そして劉備という存在が与える影響力を考えれば、側に置いておきたいというのが本音ではある。

 だが、劉備がこのまま軍に同行しようと帰郷しようと、一刀は彼女に選択任せるつもりであった。

 

「やったっ! それなら北郷さまや愛紗ちゃんたちと、まだ一緒にいられるね! 鈴々ちゃんも改めてよろしくっ!」

 

 喜んだ勢いで、劉備は側にいた張飛のことを抱きしめる。なんだかんだ嬉しそうな張飛のことを横でじっと見ていた徐晃は、なにを思ったのか関羽目がけて抱きついてみせた。

 

「ど、どうしたのです、香風?」

 

「ん……。鈴々見てたら、おっぱい気持ちよさそうだなって……」

 

 郭嘉がいきなりの行動をただすと、徐晃はほんわりとした口調で理由を語る。それを聞いて関羽は呆れたものの、愛玩動物のようにかわいらしい徐晃はその心に響いたようでもある。

 

「ま、まあ、仕方がなかろう。香風がそうしたいというならば、しばらく付き合ってやらんこともないぞ」

 

「愛紗のおっぱい、ふかふかー」

 

 義姉に甘える徐晃を見て、対抗するように張飛は劉備の胸にすがりつくように甘えだす。それをなんとも眼福な光景だなあと思いつつ、一刀はしばらく箸を止めるのであった――。

 

 

 

 

 

 

「……川まで水遊びにいきたい? 随分急だね」

 

 陣内を歩いていた一刀を、小さな二つの手が捕まえる。張飛と徐晃は、出陣前のいましかないとばかりに彼と出かけることをねだっていた。

 張飛とは兗州にいる間もなにかとあったものの、よく考えれば徐晃とはスキンシップ不足なのではないか。そう結論づけた一刀は、二人の指通りのいい髪をそっと梳く。

 

「お兄ちゃん、シャンたちと遊んでくれるの?」

 

「うん、行こうか。香風と鈴々には、これからたくさん頑張ってもらうことになると思うからね」

 

 小さな二人を戦場に狩り出すことについて、現代人の感覚として酷なことだと一刀は思う。しかし、時勢が彼女ら武勇の士に安穏を許すはずもなく。

 ならばここは、お兄ちゃんらしく願いを叶えてやるのが筋であろうというものである。

 

「ならなら、早くいこ! 汗かいてから水浴びしたら、きっとすっごく気持ちいいのだ!」

 

 スイッチの入った張飛は、いまにも走り出しそうな勢いで一刀を促す。彼は徐晃の手をつかむと、駆け足になった張飛の後ろを汗を垂らしながらついていくのであった。

 

「――そういえば、水遊びって服はどうするの? 三人共手ぶらできてしまったけど……」

 

 緩やかに流れる小川を見ながら、一刀はそのことについて疑問に思う。現代であれば水着でも持ってくるのだろうが、そういった文化はここにはないはずである。

 一刀の質問に対し、張飛は「それがなにか?」といった風な表情をしている。

 

「鈴々、先に行ってるよ。お兄ちゃんも香風も、早く来てね!」

 

 そう言って彼女は次々に着ているものを取っ払っていくと、生まれたままの姿となって川へ飛び込んでいった。ぷりっとしたお尻も、薄い丘陵に咲いた桜の花も、全方位から丸見えの状態である。

 

「……えっと、香風も裸で水遊びするんだよね」

 

「うん。服を着たまま遊んじゃうと、帰る時に寒くなるよ? でも、今日は少し恥ずかしいかも……」

 

 普段から露出度高めの徐晃が、下着に手をかけながら一刀の方を見ている。その横顔に一刀はどきっとしてしまうものの、なんとか平静を装い自らも上着を脱いでいく。

 徐晃が大事な部分を覆っている布をゆっくりと脱ぎ去ると、毛の生えていない無垢そのものな恥丘が現れる。無意識にそこを凝視してしまった一刀を徐晃は不審そうに見つめるが、最後にはふくらみかけの胸まで太陽の下にさらけ出すのだった。

 

「んしょ……、ん……。あれ、お兄ちゃんどうしたの。すごく前かがみになってる……」

 

「い、いや、なんでも……。ちょっとここまで来るのに疲れちゃったから、先に二人で遊んでおいで」

 

 一刀の脳裏に、二人の幼い身体つきが焼き付いて離れない。若々しくてもっちりとしている肌が、手を伸ばせばすぐそこにあるのだ。

 男子性欲盛んな年頃とあって、興奮するなというほうが無理な状況であった。

 

「――香風、いっくよー! それっ」

 

 戦場さながらの掛け声を発して、張飛が両手で水をすくい上げる。まだ水の冷たさに身体の慣れていない徐晃は、それをもろに頭からかぶってしまう。肩先まで伸びた若紫色の髪先からはしずくがしたたり、なだらかなラインに沿って水面まで垂れていった。

 

「シャンだって、負けない。鈴々、覚悟して」

 

 眼光鋭く、徐晃は周りの水を持ち上げる。どうやら彼女は氣まで使っているようであり、その本気度が伺える。

 眼の前では子どもの遊びとは思えぬような激闘が繰り広げられているのだが、一刀は己の中の獣と戦い続けていた。収まりかけてきたかと思って白い肌を目に入れると、どうにも邪な部分がむくむくと主張を大きくしてしまう。

 このままでは、とても水遊びどころではない。一刀がそんな風に諦めかけていると、犬のように身体を震わせて水を払った張飛が駆け寄ってくる。

 

「お兄ちゃんも座ってないでこっちで遊ぼうよ。それっ!」

 

「ちょ……っ、鈴々!?」

 

 下着一枚になっていた一刀を、張飛がその身体つきからは想像できない膂力で引き上げる。

 

「ふえ……? これって……」

 

 張飛がはっとした表情を作ったのにはわけがある。その目に映るのは、堂々と下着を突いて隆起する一刀の逸物。彼女はもう、その意味を知らないわけではない。

 手と口を使って男のそれを愛し、幼い唇で精の奔流さえ受け止めた。雄々しい勃起を見せつけられた張飛は、またひとつ大人への道を進もうとしている。

 

「……お兄ちゃんのちんちん、前みたいにしてほしいの?」

 

「鈴々……」

 

 張飛の右手が、布の上からそっと肉棒に触れる。近頃倫理観というものがどこへいってしまったのだろうと一刀は密かに思うが、肉欲の前にそんな考えは吹き飛んでいく。

 もうどうにでもなれ。一刀の胸中にそんな感情すら芽生えた時、怪訝そうな表情をした徐晃と目が合った。

 

「お兄ちゃんと鈴々、なにしてるの?」

 

 裸の徐晃が視界に入り、一刀の肉棒はより硬さを増す。

 

「そうだ、香風も一緒にしてあげよ? お兄ちゃんのおちんちん、ペロペロってしてあげるのだ」

 

 張飛に手招きされ、徐晃は股間のふくらみをようやく認識する。徐晃には張飛の言う意味がよくわからなかったが、一刀のためならばやってみようかという気持ちになっていく。

 

「……わかった。シャン、どうすればいい?」

 

 徐晃は頬を赤らめながら、上目遣いに一刀のことを見上げた。その愛らしさに一刀の心臓が跳ね、下着の前がびくりとしゃくりを上げる。

 そして張飛に誘われ、徐晃は共同作業で男の下着を脱がしにかかった。上向いた竿の引っかかりを避けてなんとか下に引っ張ると、準備万端となった肉棒が少女たちの鼻先にまみえる。

 張飛には久しぶりの、そして徐晃にとっては初めての経験である。双方ともに「ふわあ……」という感嘆をもらし、これから行われるであろうやり取りに想像をふくらませていった。

 

「んっ……。これでいいんだよね、お兄ちゃん」

 

 二人からの奉仕を受けるべく、一刀はごろりと草の上に仰向けになっている。張飛と徐晃はその下腹部に顔を寄せ合い、幼い舌で肉棒の熱を感じていた。

 

「ちゅ……う……。……こんなこと知ってるなんて、鈴々はすごい。……おちんちん、ちょっと……しょっぱいかも?」

 

「えへへ……、そうかな。ここもぐりぐりってしてあげると、お兄ちゃん喜ぶんだよ?」

 

 褒められて上機嫌になった張飛は、亀頭の裏筋を指の腹で擦る。一刀が気持ちよさそうに息を吐き出すと、「シャンもやってみる」と徐晃も恐る恐る柔らかな部分をこねた。

 

「うぐっ……。二人とも、それ最高だよ……。もっと、色々遊んでみてもらえるかな……?」

 

 一刀がそう言うと、二枚の小さな舌は縦横無尽に亀頭の粘膜の上を走る。張飛が唇を使って赤く腫れたそこを吸い上げると、徐晃もそれに倣ってちゅうちゅうと音を立てていく。

 段々と立ち上る精の匂いに夢中となった幼き少女二人は、丹念に全体を舐めあげていった。

 

「ふにふにのこれ、なに? お兄ちゃん、ここも気持ちいいの?」

 

 徐晃の指が、繊細な睾丸をこりこりと転がす。一刀は甘美な痺れを感じながらも、さすがにそこは丁寧に扱うように指導していく。

 

「気持ちいいんだけど、そこは力加減を気にしてくれると助かるかな……。例えば、鈴々と左右から吸ってみてもらえるかな」

 

「うん……わかった。鈴々、やってみよう?」

 

「はむ…………ちゅる……、ぱくっ……。たまたまぷにぷにしてて、柔らかいね。おちんちんはかちかちなのに、なんだか面白いのだ」

 

 二人の奉仕に、一刀は天にも昇る心地であった。子どもらしい体温高めの口内でタマを抱擁され、さらには舌を使って磨き上げられる。このような快楽、得ようと思ってもとても得られるものではない。

 

「くっ……う。香風、先っぽまた舐めてくれないか……?」

 

「うん、やってみる……。あむっ……じゅ……ううううううう……れろ……。お兄ちゃんのおっきくて、シャンのお口だと……少し苦しいかも……。じゅぽ……」

 

 徐晃が口いっぱいに亀頭を頬張ると、時折硬い歯や歯茎に当たって強烈な刺激が生まれる。一刀は、今日一度目の射精が近づいていることを予感していた。

 

「ごめん……、ちょっと動くよ」

 

 少女に咥えさせたまま、軽くその喉奥を突いていく。そのままでも気持ちいいことには変わりないのだが、射精を求めるその身体には少々の物足りなさがある。

 徐晃は鼻でひゅうひゅうと息をしながら腰の動きを受け入れ、唇をきゅっとすぼめる。聡い少女だけに、男がどうすれば喜ぶのかがこの短時間でもわかるようになってきていたのである。

 

「ちゅぽ…………ちゅぽ……っ。お兄ちゃん、もう出そうなのだ?」

 

「うん……、出すよ……。二人で受け止めて……!」

 

 張飛が睾丸の動きで射精を察知すると、一刀は徐晃の口内からいきり立つ肉棒を引き抜いた。それは一瞬ぶるりと震えたかと思うと、熱を宿した白濁液を二人の方へ振りまいていく。

 

「うわっ……! 出たのだあ……、すんすん……。このべたべた、すごく濃い匂いしちゃってる……」

 

「お兄ちゃんのこれ、すごく熱い。シャン、火傷しちゃいそう……!」

 

 顔や手に降り注ぐ精液を受け止め、二人はうっとりとしたような声をあげる。

 かわいらしい顔を真っ白に染め上げたあたりで射精は止まり、一刀は満足そうに張飛と徐晃の姿を見つめた。

 

「鈴々のほっぺたも全部、お兄ちゃんのでとろとろになってる……」

 

「香風だって、おんなじなのだあ……。ちゅる……」

 

 顔に付着した精液を舐め合う様子を目の当たりにし、一刀の肉棒は衰えぬ威勢を放っている。

 彼女たちともっと深く繋がってみたい。そんな考えが、彼の脳内によぎっていた。

 

「鈴々、あのさ――」

 

 毛づくろいをするように身体についた精液の取り合いをしていた張飛が一刀の方を向く。彼女の秘裂は奉仕によってしっかりと濡れており、挿入するまでの時間はそれほどかからなかった。

 

「――ふにゃあ……! これ、痛いのだあ…………。んんんんんっ…………」

 

 一刀の股間に乗りかかった張飛が、苦痛に顔を歪めている。挿入口に対して、肉棒のほうが明らかに大きい。そこはまさに隙間なく埋められており、徐々に奥へと進めていくほかなかった。

 早く痛みがなくなるようにと、張飛の下腹部を一刀は(さす)る。手のひらからじんわりと伝わる温かさが、いまの彼女にはなによりの薬だった。

 

「鈴々、大丈夫? ちゅう……んんっ……!」

 

 苦しむ張飛のことを気遣って、徐晃は彼女の唇をついばんでいく。一刀の顔の上に乗っている徐晃の陰部はその間も責めを受け、ぴっちりと閉じた秘裂から初々しい愛液をにじませている。

 

「ちゅう……う……。はあっ……、しゃんふー……」

 

 胸の間で両手を絡め合い、二人の少女による熱の交換は続く。やがてどちらからともなく大胆になり、面積の狭い舌が互いの口内を犯していった。

 その様は名画の如く気品に溢れ、美しい肌に浮かぶ汗さえも極上の添え物となって映えている。そんな中にあって異物のような存在となってしまった一刀は、尖らせた舌を使って硬く閉じた徐晃の門を開いていった。

 

「ひゃ……っ……。お兄ちゃんの舌、にゅるって入ってくる……」

 

 まだ男を知らないそこは無垢そのものであり、したたる蜜を甘露とばかりに一刀は吸い取っていく。

 

「香風のここ、すごく美味しいよ……。じゅる…………」

 

 徐晃をかわいがりながらも、張飛の中を開発していくことも忘れない。一刀は挿入の深さを調整しながらじわりじわりと穴を拡げていき、未発達な最奥まで掘り進めていった。

 

「にゃ……あ……っ……。なんだか、お腹の奥にとんって……」

 

「鈴々の中、ちんちん全部入ったんだよ。よく頑張ったね」

 

 褒められたからか、それとも一刀のモノを受け入れることができたためか。ともかく張飛は目の端に涙を浮かべながらも、にっこりと笑ってみせる。

 

「手伝ってくれた香風にも、ちゃんとお礼をしないとね」

 

 そう言うと一刀は秘裂を割り拡げ、入り口をぐにぐにと指でかき混ぜていく。突き抜けるような快楽に身を震わせる徐晃に、さらに張飛が追撃を加える。

 

「そんな……。おっぱいもあそこもされたら……、きゅうううぅうううう!!!」

 

 張飛の指が、豆粒のような徐晃の乳首をつまんで揉んでいく。少女は上下からの刺激にたまらず嬌声をあげ、初めての絶頂を味わっていた。

 

「なにこれ……。シャン、お空を飛んでるみたいだった……。頭の中、ふわふわってなってて」

 

「まだまだ、もっと気持ちよくなれるよ。今度は鈴々も」

 

「きてえ……お兄ちゃん。鈴々にもたくさん、知らないこと教えてほしいの……」

 

 小さな二人をさらなる境地へ導くべく、一刀は行動を開始する。

 張飛の膣内を小刻みなストロークで突き上げ、徐晃の秘部を控えめな陰核を刺激しながら音を立てて吸引していく。

 

「ひゃうっ……! くぅうううう……、あああぁあああっ……」

 

「ふうぅうう……、ふわあああぁあああ……、ひううううぅうううんっ……」

 

 腹部を太い肉棒で圧迫される度に張飛が鳴き、徐晃は男の顔に臀部を押し付けるようにしながら歓声をもらす。

 二人の快楽に喘ぐ声はシンクロし、まるで淫らなハーモニーを奏でているかのようであった。

 

「気持ちいいのっ……、どんどん大きくなってくよお! お兄ちゃんのおちんちんで、もっとこんこんしてほしいのだ……っ!」

 

 口からだらしなくよだれを垂らす張飛は、朦朧となっていく意識の中で徐晃の突起をぐりぐりといじり倒している。

 真っ赤になった徐晃のそこは、ぷっくりと腫れ上がって一段と快感を生み出していった。その証左に彼女の膣内は獰猛に一刀の指へとしゃぶりつき、壁をざわめかせながら搾るような動きをとっている。

 そしてひくつく尻穴に一刀が舌を這わせると、それはより顕著なものへと変わっていった。

 

「やあっ……!? だめだよ、お兄ちゃん。そこ、汚い…………んんんんんんっ……!」

 

「大丈夫。香風の身体なら、どこだって舐められるよ。……れろ」

 

 ぬるぬるの愛液を菊門に塗りつけ、一刀はそこに舌をねじ込んでいく。張飛の膣内を突き上げながら、徐晃の肛門を犯すという極めて背徳的な行為。間違いなく、一刀はこの日一番の興奮をその身に感じていた。

 

「ずぽずぽ……、しゅごいいぃいいい……。ちんちんの先っぽ、お腹のなかにぐりって入ってきそうなのだ……ああぁああああっ!」

 

「お尻の……穴なのにっ……。お兄ちゃんにされると、なんでも気持ちよくなる…………、きゅううぅうう……!」

 

 股間も顔も少女の濃密な液体でべとべとにしながら、一刀は二度目の爆発に向かって猛進することを止めない。

 しとどに濡れそぼった張飛のキツい膣道をめくりあげながら、腸液のにじみだした可憐な尻穴をほじくり返す。ねちゃねちゃという粘り気を含んだ音が一刀の耳に届いているが、こうなるとどちらの穴が鳴らしているのかわからない状態である。

 

「すごいよ……! 鈴々も香風もきゅうきゅうに締め付けてきて、夢中になっちゃう……! くうっ……」

 

 僅かにでも気を抜くと、熱い種汁が漏れ出してしまいそうな気さえ一刀はしている。どうせなら三人同時に頂点へとたどり着くべく、一刀は攻め手をさらに強めた。

 

「はっ……、はっ……、はっ……。鈴々、もうわけわからないのだ……。お兄ちゃん、白いびゅるびゅる早くちょうだい……」

 

「シャンも、シャンにもいっぱいちょうだい……っ。お兄ちゃんのあったかいとろとろで、もっとお空飛ばせてえ……」

 

 虚ろな視線でやり取りする二人は、もう半分意識をどこかへやってしまっているようでもある。ならば、と一刀は片手で張飛の細い腰を掴み、精液の駆け上がりを加速させていく。

 

「また、出すよ……ッ! 鈴々と香風のかわいい顔も身体も全部、どろどろにしてあげる……から!!!」

 

 射精直前のパンパンになった亀頭に子宮を押し上げられ、張飛はがくんと背中を仰け反らせた。その反動によってずるりと肉棒が外へ飛び出し、濁った雨を降らせていく。 

 

「くううううぅううううう!!!! ひゃわああああああぁあああああああ!!!!!」

 

「お尻、おしりすごいいいいいいいぃいいいい!!!!!」

 

 最後のトドメとして肛内深くまで指を挿入された徐晃は、開発の悦びに身体をぶるぶると震わせながら大きな絶頂を迎えた。

 双方はびちゃびちゃと吹き出す精を浴びながら、最高の時間を味わっている。

 

「あっ……、だめ。だめっ……!」

 

 尻穴をひくつかせながら滑った精液を纏う徐晃は、急な尿意に一瞬で我に返った。しかし弛緩した身体は本人のいうことでさえ聞かず、下にいる一刀目がけて透明に近い流れをほとばしらせていく。

 

「うああああぁあああ…………! こんなのだめ、お兄ちゃんにかかっちゃう……のにい……!」

 

「んぐっ……。ごく……ごくっ……」

 

 羞恥に身を(よじ)る徐晃であったが、あろうことか一刀は尿道に口をつけた。そして彼女の内からから滾々(こんこん)と湧き出す聖水を、ゴクゴクと喉を鳴らして嚥下し始める。

 

「とま、らない……! お兄ちゃん……、ごめんなさい……!」

 

 川の水で身体が冷えてしまったために起きてしまった事態なのであろうが、徐晃の意思に反して尿はじょぼじょぼと出ては一刀の口の中へと消えていった。

 張飛はまだイッた余韻の中にいるのか、ぼーっとしながらも指で粘つく雄の汁の感触を楽しんでいる。

 

「じゅる…………、ごくっ……。ふうっ……。もっと出しちゃえ……!」

 

 一刀の指が緩んだ膣に入り込み、大きな動きでかき回していく。イッた直後のそこは鋭敏であり、彼女はまたしても身体を痙攣させて感じている。

 それと同時にまたしても小水がびしゃりと勢いよく吹き出し、一刀の顔面を濡らしていった。

 

「なにこれ……!? おしっこ飲んでもらって、気持ちいい……?」

 

「あむっ……ちゅう……。ずずっ……ぷはっ」

 

 ぷるっと痙攣しながら徐晃が最後の一滴まで出し終えると、一刀は満足気にそこから口を離す。こういった趣味はないものだと思っていたが、案外すんなりといけるものだ。タガが外れていると言ってしまえばそれまでであるが、一刀自身はそんな感想を抱いている。

 

「――少し休んだら、みんなで身体を洗おうか」

 

 三人共に、とてもこのままでは帰れないほどに粘液に塗れているのだ。ちょっとやそっとでは落ちないような感じでもあるが、そこは当人らの努力次第ではある。

 顔を濡らした一刀に対して徐晃は再び「ごめんなさい」と謝罪を口にしたが、その脳内には羞恥以外の感情が芽生えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 あれから正気に戻った張飛はどうやら疲れ果ててしまったようで、川で汚れを落としている間もずっと眠そうにしていた。そんな彼女を背中に乗せて、一刀は帰路についている。

 

「――お兄ちゃん、お手て、つないでもいい?」

 

「うん、どうぞ」

 

 遠慮気味に出された徐晃の手を、一刀はしっかりと握る。そこから伝わってくるものは、なにやら体温だけではないような気がしていた。

 

「……お兄ちゃん。また、たくさん教えてね」

 

 恥ずかしそうに、下を向きながら徐晃は言う。「もちろん、喜んで」と一刀が応えると、さらに彼女は地面に視線を落としてしまった。少々おかしな方向にばかり少女を開発してしまったが、それで喜んでくれるのならばまあいいだろうと一刀は思う。

 彼自身、今回いくつか目覚めてしまった性癖があるだけに、あまり人のことを言えないと胸中で自嘲している。

 

「――お帰りなさいませ、一刀さま。……これはまた、随分と楽しんでいらっしゃったようで」

 

「あはは……。ただいま」

 

 迎えに出てきた郭嘉の皮肉を込めた物言いに、一刀は苦笑する他ない。どうやら彼女は相談したいことがあったようで、一刀の帰りをずっと待っていたようであった。

 

「幽州へ出発するに当たって、一刀さまの大将旗も必要になってくるかと思いまして。天の国の作法などありましたら、ぜひお聞かせください」

 

 戦闘において、旗は敵味方を識別するという重要な働きをもつ。そしてそれ以上に、心の拠り所ともなるのが大将たる者の軍旗であった。

 

「なるほど、旗か。そうだね――」

 

 郭嘉の提案を聞いて、一刀はふと思いを巡らせていく。そういうことならば、打ち出す答えはひとつしかない。

 その頭には、早くもイメージが形作られているのであった――。



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十(風)

「愛紗、鈴々のことお願いできるかな。よっと」

 

 関羽に背中の眠り姫を預け、一刀は軍旗についての話を続ける。この時代であれば一般的にイメージされるのは姓や国名から取って記したものであるが、彼の思い描いているものはそうではない。

 古くは大八洲(おおやしま)の戦乱を駆け抜けた先祖伝来の十文字旗。それこそが、これからの自分たちの戦いを見守ってくれるにふさわしいものだと一刀は思っている。

 

「それでさ、俺の考えているのはこんな感じ。わかる?」

 

「これは……、なんでしょう? まさか落書きなどではないとは思いますが」

 

 落ちていた木の棒を手に取り、一刀は地面に丸と十字を組み合わせた紋様を描いてみせた。郭嘉と徐晃はそれにどういった意味があるのかわからず、揃って首をひねる。

 

(まる)十字(じゅうじ)。これが北郷家の代々使ってきた家の紋なんだ。こういうのが一家にひとつあるのが、俺の国では当たり前でね」

 

「……なんだか、かっこいいかも」

 

 自家の家紋を描いたことで、一刀は久しぶりに郷愁に心を揺らされていた。ふと長年使い慣れた部屋の間取りなどを想起してしまうだけでも、なんとなく鼻先がむず痒くなってしまいそうな気配でもあり。

 だが追いすがってくるそれらを振り払い、ここでのやるべきことに集中する。

 

徐公明(じょこうめい)にそう言ってもらえれば、うちのご先祖様たちも喜んでくれるんじゃないかな。……ま、それは置いといて軍旗にまつわる話しなんだけど、北郷の大本に島津って家があるんだ」

 

 十字紋といえば、有名所の最たるものに北郷家の分岐元でもある島津家がある。その始まりは鎌倉期までさかのぼり、日向(ひゅうが)国島津荘に領地を得たことに由来していた。そうして島津家は初代忠久(ただひさ)以来、深く薩摩一帯に根ざし続けることとなる。

 また、北郷家が誕生したのは島津家四代の時分で、その六男に資忠(すけただ)という男がいた。

 資忠が頭角を表したのは日本が南朝北朝に別れて争っていた頃でもあり、彼が足利尊氏(あしかがたかうじ)に従って武功を上げた結果与えられたのが北郷の地である。それより資忠は地名から取って北郷を名乗り、北郷家は九州の雄島津家の一翼を担うことになっていく。

 戦国期に入って、島津の十字紋の勇名はさらに天下へ轟いていくこととなる。領土の拡大を続けた彼らは、同じく九州の覇権を争っていた大友(おおとも)龍造寺(りゅうぞうじ)諸氏を破り、ついに九州制覇の念願は達成されるかと思われた。

 しかし、その前に立ちはだかったのが関白豊臣秀吉(とよとみひでよし)である。いかに精強で鳴らした島津軍とはいえ、秀吉が編成した未曾有(みぞう)の天下軍の前にやむなく旗を巻く結果となってしまったのであった。

 それでも前哨戦においては天下軍に大打撃を与えるなど、やはり島津は一筋縄ではいかないという印象を強く残す。

 北郷家はこの時特に秀吉に対して強く反抗の構えを見せ、根白坂(ねじろざか)の戦いでの奮戦やその後の籠城戦など、島津分家としての意地を強く示したのであった。

 そして太閤となった秀吉が敢行した唐入(からい)りにおいて、島津軍は退却戦の中で(みん)の大軍相手にも奮戦している。劣勢の最中島津軍七千の兵で数万を有する明軍を撃破したことは、十文字旗の勇猛さを大陸にまで轟かせるには充分といえる戦果なのであった。

 一刀がそのような話しをかいつまんで聞かせると、郭嘉と徐晃は合点がいったというようにしきりに頷く。途中戻ってきた関羽も興味津々といった有様であり、もう一度始めから聞きたそうにしていた。

 

「なるほど。その十字紋にそのような由来があるのはよいことですね。合わせて、いまの話しを喧伝していくのもありかもしれません」

 

 天の御遣いという不思議な存在に合わせて、様々な逸話をまことしやかに浸透させていく。そうすれば、今後なにかと上手く利用できるのではないかというのが郭嘉の考えである。

 

「その辺りについては任せるよ。旗を作るならもっと詳細を詰めておきたいし、中に戻ろうか」

 

 天幕に戻った一刀はその後、程昱や楽進たちを混じえて十字紋について語って聞かせる。彼女らはそれぞれ違った反応を見せたが、十文字旗を軍の象徴とすることで意見は一致したのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。どこか愛着すらでてきた陣を撤去し、一刀ら北郷軍は幽州へと移動を開始していた。

 先陣は以前のように、関羽と張飛を中心とした関家軍である。そこに幾らか新規の人員を加え、その数は三百五十となっている。

 関家軍の後方、北郷軍第二陣を率いるのは大斧の威容が光る徐晃。こちらも関家軍と同数の手勢となっており、この二つの部隊が戦いの折には主力として運用されることになる。

 さらに軍の最後方となる殿軍には、楽進の指揮する二百が控えていた。この部隊はいわば一刀の親衛隊であり、部隊を編成する上で楽進が望んで就任したものである。また、彼女は意気込みを示すためにもこの部隊のことを「天衛兵(てんえいへい)」と呼称する許しを得ていた。

 

「そこ、遅れているぞ。行軍中とはいえ、気を抜かずに励め!」

 

「……凪ちゃん、すごい気合の入りようなのー」

 

「せやなあ。隊長はんについて来た手前、ウチらも頑張らんと凪にどやされるで」

 

 隊を受け持った楽進はやる気に満ち溢れており、配下の兵たちもその気迫に同調していくように練度を高めていく。その姿は、長く友誼を結んだ仲である李典と于禁も感化されるほどであった。

 そして、中陣では大将たる一刀直属の百人が粛々と歩を進めている。最終防衛線ともなる直属部隊には村出身の人間も多く、それは一刀への忠誠心を買われてのことでもあった。

 そんな彼らは万を越す大軍ではないとはいえ、千人規模の軍勢である。冀州の南端から目標である北平まではおよそ二十日ほどかかるため、その道のりで軍旗の制作も進めていく。

 

「北郷さまは、あんまり緊張ってしないほうなのかな? これだけ兵隊さんに囲まれてると、なんだか関係ないわたしまで力んじゃって……」

 

「ん……? あ、ああ、そうだね。まだ平気だけど、規模の大きな敵と遭遇したらさすがに緊張するんじゃないかな」

 

 馬上で劉備と会話する一刀の様子は、どことなくぎこちない。彼女はそれを移動による疲労感のためかと思い、少し心配そうに見つめる。

 

「風が同乗したいなどと言うから、一刀さまがお疲れになっているのでは? この数日、ずっとそうではないですか」

 

「えー? 風は……んっ、……ご主君さまの参軍(さんぐん)なのですから、常にお側にいてお話相手になるのは当然だと思うのですよお」

 

 参軍とは、軍事においての参謀役のようなものであった。この場においては、程昱と郭嘉がその役職に当てはまる。

 郭嘉の言うように、馬上の一刀の膝上には程昱がちょこんと跨っているのだ。その行動について指摘されると、程昱はよりぴたりと背中を一刀に寄せた。

 明らかに郭嘉をからかってのことであるが、その吐息にはかすかに女の色香が混在している。それをごまかすように、彼女はわざとらしく口元を隠してにやついて見せた。

 

「あれあれー? 稟ちゃんもしかして羨ましいのですかあ? どうしてもと言われれば、お譲りしないこともありませんけどー」

 

「あなたという人はいつもいつも……! わたしをそうまでして怒らせたいのならば構いませんが、飴を買えなくなっても知りませんからね」

 

 まさに売り言葉に買い言葉である。今にも程昱から「えー。それはさすがにひどいのですよー」という泣き言が聞こえてくるようだ。

 

「……ほんと、稟ちゃんと風ちゃんってすごく仲がいいんだね。わたしから見ても、なんかいいなあって思えちゃうもん」

 

 劉備の言葉や雰囲気には、多少の刺々しい空気ですら打ち消してしまう力がある。郭嘉はやれやれと首を振ると、乗馬の手綱をぐっと握った。

 

「んんっ……。少し、先陣の様子でも見て参りましょう。一刀さまも、あまり無理はなされないようになさってください」

 

 郭嘉が馬腹を蹴ると、その背中がどんどん遠くなっていく。一刀はそれを見送ると、にこやかでいる劉備に目で礼を送った。

 

「風も、桃香のこういうところは見習ったほうがいいかもね。……っと」

 

 一刀が胸に抱いた程昱に声をかけようとしたところ、馬が足元の石を避けようとしたために大きめの振動が起きる。その反動で程昱の軽い身体はとすんと跳ね、どういうわけか彼女は口をハの形に開けて天を仰いだ。

 

「ひゃ……う……! いきなりこんなオイタをされたら……、ん……んっ……」

 

「ふ、風ちゃん……? 北郷さま、いまのそんなにすごかったの?」

 

 いきなり艶がかった声で鳴いた程昱に、劉備は驚いたようである。

 

「うーんどうだろ。すごかったといえばすごかったのかな、ねえ風?」

 

 一刀の意地悪な視線を受けてなお、程昱はぷるぷると身体を震わせていた。それはまるで、体内深くを一刀の肉棒で突かれた時の兆候のようでもある。

 彼女が尻の位置を直した時、かすかにねちょりとした音がする。勿論そこまで劉備に聞こえているわけではないが、一刀には程昱がどのような状態にあるか手に取るようにわかっていた。

 

「くうっ……ん……。なんでも、ないですからどうかご心配なく……う」

 

「……だってさ、桃香。ところで、公孫……伯珪殿っていうのはどんな人なの? まさか乱暴だったりしないよね」

 

 三国志演義などでは劉備の友人として描かれる公孫賛であるが、その実案外野心家で粗暴な人物であったともいわれている。一刀はあの趙雲が曲がりなりにも仕えているのだから大丈夫だと思っているが、その人となりを知るには劉備に尋ねてしまうのが最も確実だった。

 一刀からそう聞かれた劉備は、しかし「うーん」と何度か首を捻ってしまう。段々不安となってきた彼が声をかけようとしたところ、ぱっと顔を上げた劉備がどことなく申し訳なさそうな表情を作っていた。

 

「乱暴、なんてことは全然ないから安心していいよ! 白蓮ちゃん…………えっと、これは真名だからね?」

 

 わたわたとしながら劉備が断りを入れてくる。そんなところからも仲の深さがうかがえるようで、一刀は微笑ましく思う。

 その一方で腰の力が抜けたようにくったりとした程昱は、どうにも思考の足りない瞳を劉備にただ向けているだけのようでもあった。

 

「とにかく白蓮ちゃんはね、すっごく普通な人なの!」

 

「……おいおい姉ちゃん。……ひゃうっ…………、言うに事欠いて悪口はいけねえなあ……あぅ……」

 

 程昱は無理をして宝譿に喋らせようとするも、余計に余裕のなさが露呈するばかりである。一刀は幼子をあやすようにその頭を撫でると、視線を反論したげな劉備のほうに戻す。

 

「そ、そんなに悪口みたいだったかなあ……? わたしが言いたかったのは、白蓮ちゃんはなんでも普通にこなせてすごいなあってことで……」

 

「あはは……、始めからそう表現してくれるとわかりやすかったかな。伯珪殿がどんな人なのか、俺も実際会うのを楽しみにしておくよ…………って風」

 

 膝の上で程昱がなにをごそごそとしているのかと思い一刀が見てみると、彼女はなんと服の胸元をはだけだしている。その内に隠されていた肌は赤みを増しており、男をこれでもかというほどに誘う。

 

「さっきからそれはもう熱くなってしまってえ……。ご主君さまだって、それは同じなのではないのですかあ……?」

 

 その言葉尻には、どうにも力がない。先の嬌声と合わせて益々不安げになっていく劉備を横目に、一刀は死角から程昱の尻をそっと撫でる。

 なにかが這いずるような彼の指使いに、程昱の敏感になった肌はぞくりと鳥肌を立てた。一刀がそのまま股の内側まで食指を伸ばすと、結合部から漏れた愛液で指がぬめる。

 

「風のおまんこ、さっきからとろとろになってるね。このままだと、桃香にいやらしい子だってバレてしまうかも」

 

 程昱にだけ聞こえるように、一刀は耳元でぼそぼそと喋りかけていく。言葉責めをされた彼女は切なそうに膣内を締め上げ、頬をふくらませて一刀に抗議の意を示す。

 実はというと先ほどからここまで、馬に揺られながら程昱は挿入の快感に耐えていた。馬上で密かに交わった二人は、周囲を気にかけながらも後ろ暗い情欲を貪っている。

 これが真の騎乗位などと馬鹿馬鹿しいことを言うわけではないが、馬が前進する度に微妙な刺激が発生するのだから、挿れられている方にはたまらない。

 

(とんとん、とんとんっておちんちん当たると気持ちよくて……。風の頭のなか、ぐちゃぐちゃになってしまいそうなのですよお……)

 

 公衆の面前である手前、いくら欲しくとも口づけをねだるわけにもいかないのである。イキたくてもイケないような微妙なテンポで膣内を小突かれながら、程昱は薄い唇を噛み締めた。

 なにも辛いのは彼女だけではなく、一刀とて延々と焦らされているような感覚である。いつか理性の糸が焼き切れて、馬上でこれでもかというくらい少女の柔肉を抉ってしまうのではないかと冷や冷やしていた。

 

「風ちゃん、お顔真っ赤だけどほんとに平気なの? しんどいのなら、早めに休憩したほうが……」

 

 劉備が心配して、程昱の顔を覗き込む。その額にはじんわりと汗が浮き、紅色に染まった頬と合わせれば体調不良のようにも見えないことはない。

 

「……………………ぐう」

 

 快楽に歪む姿を見られまいと、程昱は下を向いて眠ったふりをしている。あまり近寄られては、肉棒との結合部からにじみ出る性臭で気づかれてしまうのではないかと程昱は危惧しているのだ。

 それほどまでに長時間交わり続けているそこは粘液に溢れており、強い刺激に飢え続けている。

 

「こんなところで寝たら危ないよ、風」

 

 座る位置を直す素振りをしながら、一刀は内部を亀頭でぐりっと持ち上げた。途端程昱は目を覚まし、驚いた反動で宝譿が落ちそうになる。

 

「くは……う……、はあっ…………。や、やはりそろそろ、一休み……んっ……入れたほうがよろしいかもしれませんねえ。兵の皆さんも、疲れが……ひゃうっ…………たまってきている頃でしょうし……」

 

「うんうん、そうしよ! わたし、凪ちゃんに知らせてくるね!」

 

 嬉々として馬を逆方向へと旋回させる劉備に、一刀はくぐもった声で「ああ」と返した。

 

「――ひゃあ……きゅううぅう…………!!!」

 

 二人して人気のない場所へ移動する間、一刀の片腕で支えられた程昱は腰を馬上で振りまくっている。あまりに無遠慮な腰使いに、一刀も馬もぐうぐうと低い声で唸りを上げてしまう始末であった。

 ぎゅうぎゅうに締め上げた膣壁で絞り上げられ、彼女の最奥で亀頭の尿道口がパクパクと喘ぐ。

 

「風のなか気持ちよすぎて、もう………………ぐううううううっ」

 

 射精と同時に一刀が手綱を引いたために、馬がいななきを上げる。そのいななきに負けないほどの量の熱塊をぶちまけられ、程昱は背を弓反りに仰け反らせた。

 

「きたあ……!!! お兄さんの精液、ずーっと欲しかったのですよお…………くひゅうううぅうう……!!!!!」

 

「すごっ……。おまんこの中ぞりぞりって、俺のちんこしゃぶってるみたいだ……くっ」

 

 貪欲に一刀の精を飲み干すと、程昱はふうっと息を吐きながら身体を弛緩させていく。蕩けて下がった眉は満足気であり、尻を小さく振って余韻を楽しむ程度の調子が戻ってきている。

 ようやく木陰に着くと、一刀は脇を抱えるようにして膝上の程昱のことを降ろしてやった。やはり騎乗の疲れもあったのか、彼女は腕を掴んでぐーっと伸びをしている。

 

「さてさて。それでは休憩ついでに、おちんちんのお掃除でもしてあげるのですよー」

 

 地面に降り立った一刀がぶら下げたままのモノを、程昱は腰を折ってぱくりと咥える。休憩ついでというのは冗談ではなかったようで、いつぞやの如く彼女は飴と肉棒の味を交互に楽しんでいた。

 残滓の浮いた亀頭の表面はもちろん、その奉仕の対象は彼女の愛液でべとべとになった竿やタマにまで至る。

 

「ふぉうれふかあー? ちゅぱ……っ……ちゅる……」

 

「舐めるの前よりずっと上手くなってるね……。いいよ、そのまま続けて」

 

 タマを丁寧に舐め回し、程昱は太い部分を伝って裏筋まで一筆書きに舌を這わす。溝に残った汚れを掻き取るようになぞった頃には、硬度を取り戻した肉棒が天を向いてそびえ立っていた。

 その姿をうっとりとした視線で観察しながら、彼女は飴を口に含む。そんな飴を食べる様子にすら妄想を膨らませ、一刀は奉仕の再開を待つのである。

 

「こうして、飴をぺろぺろしているときも……はむ。どうすればお兄さんに気持ちよくなっていただけるか……れろ……考えているのですよお」

 

 突然の告白に意識を奪われる一刀を尻目に、程昱はその口内で肉棒の先を包むこむ。凝り固まった肉竿を指でほぐしながら、亀頭を頬の裏側の粘膜に擦り付けるという行為。

 一刀が気持ちよさに膝を震わせると、程昱はにんまりと笑って喉の奥にまで張ったものを迎えた。

 

「こんなのはどうですかねー。んぐっ……ん…………じゅう…………こほっ……!」

 

「あんまり無理したら駄目だよ? 風の口のなかだけでも、めちゃくちゃ気持ちいいんだから」

 

「むー、そう言っていただけるのは嬉しいのですけどねえ。あむっ……ぺちゃ…………じゅうううぅうううううううう」

 

 慣れていないそのやり方には苦戦しているようであるが、挑戦的な瞳はまだ諦めたくないと言っているようでもある。そして楽な場所まで肉棒を引き抜くと、その先を音を立てながら下品に吸い上げていく。

 いきなりの強烈な吸引であり、亀頭の先からはぬるぬるのカウパーが染み出していた。

 髪を撫でる一刀の手がうなじをくすぐると、程昱はそれが射精をしたいというサインだと受け止める。

 

「ちゅぱっ……。お好きなところにどうぞと言ってあげたいのはやまやまなのですが、さすがにいま服を汚してしまうのはまずいのですよ。んれろ…………なので、このまま風のお口のなかにたくさんびゅるびゅるしちゃってください。じゅぽ…………ちゅうぅううううう…………じゅる」

 

 口内での吐精を求めて、程昱は奉仕のペースを早めていく。巻き付くような舌に、竿を根本から絞り上げる指使い。そのどれもが、一刀にとてつもない快楽を与えている。

 そして興奮しているのは彼女も同様であり、開いた陰部からは注ぎ込まれた精液が垂れだしているのであった。 

 

「風のしてくれること、全部気持ちいい……。そろそろ、出してもいいかな」

 

「ふぁい……、ろうぞ……。ちゅぽっ……じゅぽ……、わたしのお口…………とろとろにひてくらふぁい……」

 

 急ピッチで駆け上がっていく精液を、一刀は寸でのところで堰き止めている。我慢していることで亀頭のエラは限界まで張り出し、太い血管が竿に浮き出す。

 程昱はそれを指でぷにぷにとかわいがりながら、尿道口を集中的に舌先で責めた。するとカウパーに混じる精の味が一段と濃くなり、射精へのカウントダウンが近づいていく。

 

「いくよ風……! しっかり、受け止めて…………くうっ!!!」

 

「んぶっ……!? んううううううぅううううっ…………!!!」

 

 一刀本人ですら、どこにこれほどの量の精液を溜め込んでいるのだろうと疑問に思ってしまう。そのような粘る濁流を口内、そして喉の奥に直接びしゃびしゃとぶっかけられ、程昱は悶絶しそうになりながらも飲み下していく。

 

「んぐっ…………ごきゅっ……ちゅう…………けほっ……。こくっ……こくっ……」

 

 胃の中が孕んでしまうのではないかと錯覚するほどの多量の精液。それをどうにか捌き切った彼女は、なんとも息苦しそうに何度も喉を動かしている。

 一刀の精は量だけでなく粘度においても特筆すべきものがあり、程昱はゼリー状のそれをくちゅくちゅと歯で噛み切るようにして口内に残ったものを処理するのであった。

 

「ふうっ……、ごちそうさまでしたあ……」

 

「ああ、どういたしまして。すごくよかったよ、風。でも、そろそろ戻ろうか」

 

 手巾(しゅきん)で口元を拭う程昱には、どこか大人っぽい色気が見え隠れしている。またひとつ彼女の魅力を発見してしまったことに、一刀は密かに勝ち誇ったような気分を味わっていた。

 

「はいー。また稟ちゃんがご機嫌斜めになってはいけませんし、そうしましょうか」

 

 二人は来た時と同じく、身を寄せ合って馬に同乗する。一刀が何気なしに程昱を抱きしめて綺羅びやかな金髪に顔を埋めると、彼女はいやいやと身を捩って逃げるような動きをとった。

 

「風の髪の香り、なんだか癖になってしまいそうだよ」

 

「それってちょっと、変態さんみたいなのですよお」

 

 馬を走らせながら、一刀は胸元から来る華やいだような香りを楽しんでいる。そこから得られるのは安心、はたまた情愛の衝動であろうか。

 穏やかな波が去ったあと、大きな波乱が巻き起こるのはこの世の定めでもいうべきか。

 一刀たちにも、闘いのときが迫っていた。



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十一(凪)

 陣幕に薄っすらと透けて見える人影がふたつ。どうやら片方は上になっているようであり、しばしばそれらは重なり合うように揺れ動いている。まさに月光だけが大地を照らしている中で、上に乗った少女の銀髪が艶めいて波打っていた。

 ぼそぼそとした話し声の間に、なにかを啜るような音が聞こえる。それは少し水っぽくもあり、聞きようによっては淫靡な雰囲気を醸し出しているようでもあるのだ。

 

「凪、部隊の方はどうだ。俺から見ている分には、上手くいっているようだが」

 

「んっ……、ふぁい…………ずるるっ。いまのところは、なんとか。これが戦となればどうなるかわかりませんが……ちゅるっ……、任されたからには、やってみせましょう……じゅるぅうううう……」

 

 一刀からの質問に答えながらも、楽進は律儀に肉棒をしゃぶることを止めない。全裸となった二人の肉体は絡み合い、互いの熱を求めあっている。

 いま楽進の潤んだ割れ目は一刀の眼前にあり、ひくつきながら男を誘う。そこは引き寄せられた彼の指を水気のある肉で吸い付け、離そうとはしない。

 

「ちゅ……う……。やっぱり、凪に背中を守ってもらえるのは……んっ、安心できるからさ。だから、任せたよ」

 

 楽進のしっとりとした肌に興奮を覚えながら、一刀はその秘肉にむしゃぶりついた。幾度も交わったことによって、彼女のそこは男の愛撫を敏感に感じ取るようになってきている。いまも舌で壁をノックされただけだというのに、一刀の口へ淫らな蜜をたっぷりと滴らせているのだ。

 

「凪のここ、ちょっとしただけなのにもうぐちょぐちょだ。そんなに、気持ちいいんだ?」

 

「ふうっ……!? 一刀さんとこんなことをしているんですから……、当然でしょう……? ひゃ……、そこっ……!」

 

 彼女の忠犬ぶりに感謝の意を示すように、一刀は指で小ぶりな肉芽の包皮をめくりあげる。まだまだ未開発なそこを強く刺激された楽進は腰を震わせ、肉棒をぎゅっと握りしめた。

 

「ほんと、凪は嬉しくなるようなことを言ってくれるね。……色々な部分で、これからも頼らせてもらうよ」

 

「んんっ…………じゅぽっ……ずるるるっ……! はい…………はむっ、自分も…………れろぉ……努力しますからぁ……」

 

 濡れそぼった割れ目を舌でなぞりながら、一刀は楽進の言葉に耳を傾けている。やはり初めて交わった女体というのは特別なものであり、彼女の献身さと合わせて一刀には期するものがあった。

 早くもどこに触れられようが楽進の肉体は悦んでいるようで、ざわめき立つ獣心を一刀はなんとかセーブしている状態である。

 

「ふわぁ…………んっ、一刀さんのおちんちん、すごく硬くなっていますね……。いつ見ても、ここだけは必ず雄々しいんですから……ちゅぷ」

 

 進軍中の気疲れもあって一刀の身体には疲労が蓄積されているものの、下半身だけは別といわんばかりに猛り狂っている。そんな太い肉竿に頬ずりをしながらも、楽進は一刀の太腿を癒そうと揉みほぐす。

 しかし予想外に肌をくすぐるような微妙な刺激が生まれ、ほぐすどころか逸物はさらに硬度を増していくばかりである。

 

「すんすん……。あなたの、せいなんですから。このいやらしい匂いも、味も、全部大好きになってしまったんですよ? だからぬるぬるのお汁、たくさん…………ちゅぱ……わたしにくださいね…………ちゅううううぅううう」

 

 そう言うと楽進は、恥ずかしげもなく音を出しながら先走りを吸い上げていく。無論そのほうが一刀が喜ぶということがわかっているからであり、あくまでその姿勢は彼を優先してのことであった。

 

「ああっ……、すごいな凪。口の中が熱くて、溶けてしまいそうだ」

 

 性器に見立てた口内で肉棒を絞られ、一刀は苦悶するような声をもらす。その内部では舌が縦横に亀頭へ纏わりつき、表面をこそぎとって掃除するように舐められている。

 楽進の奉仕はどれも的確であり、一刀のよい部分をここぞとばかりに責めていく。さすがにされるがままでは情けないという意地がもたげ、一刀は尻を掴んで彼女の腰を引き寄せた。

 

「凪の肌、きれいで見ているだけで興奮してしまうな。んっ……」

 

「そんな……んっ……こと……。でも…………ふうっ……んんっ……ありがとうございます」

 

 陰部を指を使って愛撫しながら、一刀は尻肉を舌で味わっていく。それだけでも肌理の細かさが伝わってくるようでもあり、もっとしたいと思わせる魅力があった。

 楽進は傷があるからと普段謙遜しているものだが、その素晴らしさを知る彼からすればそれは大きな間違いであると断言できる。

 そして一刀は張りと柔らかさを兼ね備えた肉をたっぷりと己の唾液で濡らし、自分のものであることを主張するように甘噛していく。楽進はその行為に悦びを表し、より淫らになって肉棒を快楽で包み込むのである。

 

「一刀さん、もうすぐ出そうなんですか? もしそうなら、どこでもお好きなところへ……」

 

「ん……、よくわかったね……。それなら、飲んでもらおうか」

 

 射精の兆候すらばれてしまっているのでは、一刀も観念するほかない。彼は精管を戒めていた筋肉を段々と緩めていく傍らで、楽進の肉壺をじゅぽじゅぽと責め立てる。

 既にくらくらしそうになるほど雌の匂いを浴びてしまっているが、なおも快感を引きずり出す手を止めようとはしない。次第に楽進も限界が近づいて来たようで、子種を欲する動きが動物的になってきている。

 彼女の手はごしごしと竿をしごき、それと連動するように上下する口内が敏感な先を捻るようにしゃぶっていた。

 

「くうっ…………凪っ」

 

「んぶっ!? ふうぅうううう………んぐうぅううううううう…………!!!!!」

 

 精液を吐き出すと同時に、一刀は少女の勃起した肉芽を指で潰す。そのため楽進は絶頂と共に数度潮を吹き出し、恍惚に震えながら雄の汁を受け止めているのであった。

 そして煮えたぎった粘液を充分に口内で味わうと、彼女はゆっくりと喉の奥へとそれを運んでいく。

 楽進にとってはたまらない瞬間であり、至福の時であるともいえる。もっと言えば胎内で精液を受け止めたいというのが本音ではあるが、恋人をあの手この手で楽しませることは嫌いではない。

 

「ふふっ……、こんなにたくさん子種を出していただけて嬉しいです……。それなのにまだこんなにかちかちだなんて……素敵です、一刀さん」

 

 射精したばかりでさざめき立つ亀頭の先を、悪戯をするように楽進は一息に吸う。一刀の肉棒はびくびくと全体を震わせながらもいまだ勢いは健在なままであり、すぐにでも連戦ができそうなほどである。

 

「こんなに濡らして……。凪のおまんこも、入れてほしいって言ってるみたいだね……」

 

 弛緩して開いた膣口からは、次々に新しい愛液がにじみ出していた。それはまるで好物を前によだれを垂らしているようでもあり、一刀はぬかるんだ中を指でかき混ぜてねっとりとした感触を楽しんでいる。

 

「……ください。まだまだ、足りないんです」

 

 そう言って楽進は体勢を入れ替え、一刀と視線を交差させながら唇を重ねた。

 少々自分の出したもののしょっぱさを感じつつも、一刀は楽進の舌を迎え入れている。こうして交わりをねだる彼女は子犬ばりのかわいさであり、一刀の征服欲をより増大させているのだ。

 

「ああ……、俺もこんなもんじゃ物足りないよ。凪のかわいい姿、もっと見せてほしい」

 

 一刀の体内では新たな火種が燃え始め、女を強く求め出す。馬乗りになった楽進の内ももを、触れるか触れないかといったような微妙な力加減でくすぐり、肉竿を使って秘裂をぞりぞりとなぞる。

 挑発的に一刀が小さく笑うと、楽進は獲物を前にした肉食獣のように目を細めていく。そして柔らかでありながらも淫靡さを内包した微笑みを見せると、束ねていた銀髪を流れるようにほどいていった。

 夢の中とも思えてしまうような幻想的な光景。一刀は言葉では表しきれない美しさを前に、ただ息を呑んで期待をふくらませていく。

 

「愛しています、一刀さん」

 

 彼女の抱擁は熱く、そして切ないのだ。この瞬間だけは、他の誰にも割り込まれずに想いを遂げられる。

 楽進が繋がりを求めて腰を上下させると、一刀はさらに感情の奥深くを知りたいとばかりに突き返す。そんな熱に浮かされたような二人の交わりは、ひとまず開始線を割ったばかりであった――。

 

 

 

 

 

 

「――旗立てい! 我らが主、北郷一刀さまが十文字旗の初陣である、みな励め!」

 

 関羽の号令ひとつで、関家軍の旗持ちがこれまで伏せていた軍旗を掲げる。彼女の「(かん)」旗に並び立つそれは、「黒地(くろじ)(しろ)」の十文字旗。急ごしらえのものではあるが、なんとかここに間に合わせることができたのであった。

 漢土に姿を現したそれら十文字の旗は、まるで新たな戦場に高揚しているかのように長方形の全身をばたばたと翻している。その隣には一刀から聞いた天の英雄たちの勇姿すら浮かんでくるようであり、関羽は紅潮を隠せずにいた。

 

「おお、なんと心の踴ることか」

 

 丸に十字が染め抜かれた旗を見上げる関羽の表情は、いかにも嬉しげである。一度は別離した一刀にこうして先陣を任され、彼の人(ゆかり)の軍旗をその身近くに掲げられているのだ。そんな経緯もあって、彼女の喜びはひとしおのものであるといえよう。

 そうして関羽は歓声を上げる兵らに目をやりながら気力を高めると、おもむろに周倉の引いている赤兎馬に飛び乗った。

 

「いよいよですねー、雲長さま。御大将の先陣、わたしたちで見事果たしてみせましょう!」

 

 戦を前にして、帽子の少女は小さな身体に闘志を蓄えている。始めはただ鬱陶しいだけだと思っていた周倉が、いまでは欠かせぬ右腕となっていた。そのことを可笑しく思いながらも、関羽は「それも悪くない」と納得している。

 人と人との関係など、時間の経過や出来事によって良くも悪くも左右されてしまうもの。それを関羽は一刀や周倉とのことで、はっきりと実感しているのだ。

 

「応、周倉の働きにも期待しているぞ。北郷軍の中に関家軍ありと、存分に示してやろうではないか」

 

「はいっ! もちろんです!」

 

 嬉しそうに声を弾ませながら周倉は目庇をくいっと持ち上げ、関羽の勇壮たる姿を目に焼き付ける。彼女が手綱をぱっと放すと、駆け足になった赤兎馬は集団の先頭まで飛び出していく。

 その巨躯が跳ねるように走る姿を、兵たちは頼もしそうに見つめるのであった。

 

「往くぞ、まずは眼前の敵を我らの刃で分断してくれん。者共、今こそ吼えよ!」

 

 関羽の声を合図に、関家軍全体から大地を震わすような咆哮が発せられていく。

 そんな軍勢の中にあって張飛は突撃したくてたまらないようであり、しきりに馬上で蛇矛を振り回していた。

 

「愛紗、早く出陣しようよ! 一番槍は鈴々がもらっちゃってもいいよね!」

 

「ああ、好きにするがいい。あの分厚い壁に大穴を空けてやれ」

 

 一番槍を得ることは、武人にとってなによりの名誉でもある。関羽の了承をとった張飛は関家軍の最前列で、堂々と胸を張りながら出陣の下知を待つ。戦いに未だ不慣れな兵たちからしてみれば、張飛のような一騎当千の将が最初に槍を交えてくれることはありがたかった。

 いよいよ、北郷軍としての最初の戦が始まろうとしている。一体なぜ、このような仕儀に相成ったのか。それは、少し前にまで遡る――。

 

 

 

 

 

 

 北平へ向けての進軍を続ける北郷軍。ついに幽州が目と鼻の先のところとなるに従って、一刀は斥候を何組か選抜して先行させようとしていた。

 いまになって情報収集をするのには事情がある。そのひとつが、実際の任務を遂行させることによる練度の上昇。これは郭嘉と程昱が前々から考えていたことでもあり、特に逼迫(ひっぱく)したようなものではない。

 なので今回斥候を出そうとしているのは、主にもうひとつの理由からであった。

 

白蓮(ぱいれん)ちゃん、大丈夫なのかな……。烏丸(うがん)の人たちってすごく強いんでしょ?」

 

 そういう劉備の言葉には、珍しく元気がない。乗り手の気分を感じ取っているのか、その乗馬さえも足取りが重たげになっている。

 彼女のイメージする公孫賛はいつまでも私塾時代のままであり、民を守る責務を負っている現実から乖離(かいり)してしまっているのだ。

 

「そうですねー。星ちゃんからのお手紙によれば、今回の攻撃はそれほど大規模なものではないようです。なのでせいぜい、店先をうろちょろする冷やかしを追い払うといったようなものではないでしょうか」

 

 飴をひと舐めしながら独特な言い回しで表現をする程昱であったが、その裏には劉備への気遣いがあった。

 彼女が言うように、現在北平の主である公孫賛は烏丸退治のために城を留守にしている。そこで守将として置かれたのが趙雲であり、彼女からの知らせによって一刀たちは念のために警戒網を張ろうとしているのだ。

 烏丸というのは元々、始皇帝の築いた長城の外で暮らしていた騎馬民族である。彼らは馬を操ることを得意とし、騎乗しながらでも易々と弓を射ることができた。その戦闘力は漢からしてみれば脅威であり、過去には度々長城を越えて侵攻をしてきた歴史がある。

 いまその多くは幽州に居しているのだが、その態度は上辺だけ漢に従ったふりをしているといっても過言ではない。王朝の力の衰えとともにそうした勢力が伸長してきているのは、紛れもない事実。時として反抗を見せる烏丸は統治者にとって厄介であり、公孫賛も手を焼いているひとりであった。

 

「ありがとう、風ちゃん。白蓮ちゃんは頑張って太守のお仕事をしてるんだから、わたしも応援してあげないといけないよね!」

 

 友人が異民族との戦いに出張っているのだから、心配してしまうのは当然のことである。それは特に、劉備のような心根の優しい少女にとっては尚更のこと。

 

「ふふふー」

 

 相も変わらず同乗されている一刀だが、その心配りへの礼として程昱の頭をぽんぽんと撫でる。彼女は澄ました顔で旨そうに飴を咥え、特等席の居心地のよさを満喫しているようでもあった。

 

「星がそう言ってきているとはいえ、探りを入れておくことは必要でしょう。一刀さま、わたしのほうで何人か見繕(みつくろ)ってもよろしいでしょうか」

 

 郭嘉はあくまで冷静である。状況を分析するためには、核となる情報がなければ話にもならない。なにもなければそれでいいし、備える必要がある事態なのであればそれに当たる。彼女の思考というのは、そういうものであった。

 

「わかった、そのあたりは稟の好きなようにしてくれればいい。……そのうち俺たちの軍にも、細作(さいさく)みたいな人間が必要になってくるかもしれないな」

 

「さいさく、ですか」

 

 一刀は参軍のふたりと、ついでとばかりに聞き耳を立てている劉備に向けて説明をしていった。その脳裏にイメージするのはテレビや映画の世界を彩る忍者ではなく、もっと地に足の着いた泥臭いもの。

 かの足長坊主(あしながぼうず)と名高い武田信玄(たけだしんげん)は歩き巫女を調練し、日の本各地の情報を得ていたとされるほどである。全国を行脚していても怪しまれにくい宗教者を使うのは道理であり、先人の知恵は拝借するべきだと一刀は考えていた。

 

「細作っていうのは、忍び働きをする間者のことだよ。もっというと、修行僧や行商を装ったりして必要な情報を取ってくる人かな」

 

 そう言ってくれれば話は早いといわんばかりに、参軍の少女らは頷いて理解を見せる。ただの物見や偵察部隊ではなく、それを専門とした人材の養成。その重要性は郭嘉と程昱もわかっていることで、一刀の方から提案されたことで編成もやりやすくなる。

 現状では人材も乏しくすぐにとはいかないが、機会が訪れれば細作部隊を立ち上げることを三人は頭の片隅に置く。

 

「ご主君さまがそういうお考えを持ってくださっているのは、風たちにはありがたいことなのですよー。ねえ稟ちゃん?」

 

「まあ、そのことについては認めましょう。……それと風、今回派遣する兵の選定はあなたにも手伝ってもらいますからね?」

 

「……………………………………ぐう」

 

 いきなり舞い込んできた仕事を面倒に思ったのか、程昱はいつもの狸寝入りで誤魔化そうとする。当然そんなことで郭嘉の矛先はそれるはずもなく、進軍を大休止した後に引きずられるようにして程昱はどこかへと消えていった。

 

「あはは……、風ちゃん大丈夫なのかな……」

 

「やる時はやるのがあの子のいいところだよ。なんだかんだ言いながらでも、きっちりこなしてくれるんだから」

 

 見上げればちょうど日も高く、昼餉をとってしまうにはいい時間帯である。一刀は思い思いに身体を休める兵らに向けて、声を張り上げた。

 

「よーしみんな、兵糧を使っていいよ! もうすぐ幽州にも入ることだし、しっかり食べて体力をつけておくようにね。……ふらふらした足取りで北平に入城したんじゃ、あちらの人間に笑われちゃうよ!」

 

 下知をしながら一刀が軽口を叩くと、ざわざわと笑いが起きる。初めての進軍中ではあるが雰囲気は(おおむ)ね和やかであり、互いに助け合って動くことができているように一刀には見えていた。

 戦場では、普段からの信頼関係が勝敗に直結する。本能的にそのようなことがわかっているのか、一刀は努めて親しく振る舞っているのだ。

 

「ご飯はみんな楽しみだよねー。北郷さま、よければまた作ってあげちゃいますよ?」

 

「う……。そ、それはまた今度にしようかな……。俺だけ桃香の手料理を食べるわけにはいかないでしょ……!?」

 

 顔をさっと青くしながら、一刀は悪夢のような出来事の再来を阻止すべく劉備を言いくるめようとする。彼女は不満そうに「ちょっとは上達したんだよー?」などと恨めしそうに言ってみせるが、一刀はさすがにこの場で倒れるわけにはいかなかった。

 両手のひとさし指をこねていじけたような視線を送る桃香をなだめながら、一刀は目に映った制作途中の軍旗のことを思う。それは他のいわゆる幟旗とは違い、ひときわ大きな正方形をしている。

 その旗はまさしく大将の位置を示すものでもあり、存在を誇示するものでもあった。そしてそれが地から起きる時とは、すなわち自身が戦場に立つ時でもある。

 

「――どうか俺たちを導き、お守りくださいますよう」

 

 束の間の静寂は、さながら天よりの返答だったのであろうか。一刀は密かに北郷や島津の祖先に祈り、軍を守護してくれるように想いを捧げているのだ。

 果たして、その願いは聞き届けられたのであろうか。まさしくそれは天のみぞ知ることであった。

 

「北郷さま、早く行こっ!」

 

 聞こえぬ声をたどるよりも、いまは空腹に鳴く腹を満たすことの方が先決である。一刀は何事もなかったかのように笑顔の桃香が差し出す手を取り、食事へと向かう。

 北平が黄味(きみ)がかった軍勢に囲まれているとの報が入ったのは、その数日後のことであった――。



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十二(稟)

 ――日の照らすなかを駆けに駆けて戻ってきたのであろう。斥候の役目を果たした兵は水でもかぶったのかと思うほど汗だくで、地に伏せってぜえぜえと苦しそうに息をしている。このままではさすがに、会話をすることもままならない。

 その様子を見て他の兵が持ってきた筒の水を斥候は奪い取るように手にし、ぐびぐびと飲み干していく。そうしてなんとか一刀に向けて礼を正すと、目にしてきたことを語りだした。

 斥候が言うには、北平に到達した時点で城は既に所属不明の軍勢に囲われていたらしい。その規模はざっと見ても、五千は下らないほど。遠目からでも黄で統一された装いであったようで、なにか異様な感じがしたという。

 そして城方は門を硬く閉じて応戦をしていたといい、主将の公孫賛不在でも趙雲の采配によって持ちこたえてはいるようであった。

 

「ありがとう、慣れない中でよく見てきてくれた。細かいことを聞くことがあるかもしれないけど、後はゆっくり休んでおいてくれ」

 

 話し終えた斥候の肩に手を置きながら、一刀はそう労った。こういった場合、なによりも伝える早さが重要である。その役目を無事務めた彼は称賛に値するものであり、目をかけていい存在ともいえる。

 斥候は仲間の兵に支えられながらその場を後にし、残された一刀は参軍の少女らに真剣な眼差しを送った。

 

「これは一大事ですねー。他の皆さんにも集まってもらう必要もあるかと思いますが、お話を進めておいてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わない。愛紗たちには後から説明するよ」

 

 緊急事態とあって、程昱の目にも鋭さが宿っている。彼女の腹の内では大方針をさっさとこの場で決めてしまい、一刀の命として将たちに伝えるのが最も迅速に行動できるだろうという考えがあった。

 いちいち誰々に意見を聞いていたのでは初動が遅くなり、それだけ対応が遅くなってしまうのである。一刀の承認を得た程昱は、拱手して意見を汲み取ってもらえたことを謝した。

 彼女の提示した案とは、ともかく行軍の形を維持しつつも速度を上げて北平へと向かうこと。そしてその間も偵察の数を増やし、戦場の情報をより詳細に把握していかなければならないと付け加えた。

 

「北平を襲っているのは、一刀さまが以前仰っていた黄巾賊という者たちなのでしょうか。公孫賛殿が烏丸に気を取られている隙に本拠を襲うなど、気になるところも多いですね」

 

「このタイミング……時期に黄色い集団が暴れているとなると、黄巾賊の可能性は高いだろうね。烏丸と黄巾、もしかするとそのふたつが手を結んでいることもあるか……」

 

 なかなか厄介なことになるかもしれないと思う一刀ではあったが、その細部を調査している時間は与えられていない。

 軍の方針が程昱の案で決定したところで、そういえばと思い一刀は桃髪の少女のことを見た。これより先は、いつ戦闘状態になるかもわからない。劉備の身の安全を考慮すれば、ここで別れることが得策でもある。

 しかし彼女の口から出たのは、そのようなことではなかった。

 

「あの、北郷さま」

 

 心なしか、劉備の瞳には強い意思の力が宿ってきているかのようにも思える。いまの彼女は、いつものようにおっとりとした柔らかな雰囲気ではない。

 その意思に応じるように一刀は拳を握り、劉備の紡ぐ言葉を待つ。

 

「みんなの迷惑にならないように頑張るから、わたしも一緒に連れて行ってほしいんです」

 

「桃香、それって……」

 

 一刀の言葉を遮るように、劉備はぶんぶんと首を振った。その行動の意味するところは自分でもよくわかっている。しかし未だ、彼女の心中には確証がないのだ。

 

「……おかえりなさいって。白蓮ちゃんを、笑顔でそう迎えてあげたいなって思うから。それだけじゃだめ、かな……?」

 

 劉備の願いはあまりにも無垢で、純粋であった。それを達成するためには無論、道中で血を流す必要がある。そのことをわかっていながらなおそう言えてしまうのが、桃香たる劉備のなにか底知れない部分の一端でもあろうか。

 

「……わかった。改めて歓迎するよ、劉玄徳殿。ただし戦闘になった時は、俺の近くを離れないように」

 

 かの村で身体を張って少女を守ったように、劉備には暴走といってもおかしくない行動力が備わっている。次も以前のように助けてやれるとも限らないし、減らせるリスクは減らしておくのが鉄則なのだ。

 そのことにしっかりと釘を刺すと、一刀は彼女に向けて右手を差し出した。劉備はその意図がわからず、平素のおっとりとした感じで一刀に視線を送る。

 

「えーっと、これって……?」

 

「握手っていうんだよ。色んな意味があるんだけど、今回はこれからもよろしくってこと」

 

「あっ……、うん! こちらこそよろしくお願いします、北郷さま!」

 

 一刀がそのように説明すると、嬉しそうに劉備は自身の右手でその手を握りしめた。交差したそこを中心に熱が広がっていき、一刀はまるで劉備の思いを直に受け止めているような気分でもある。

 

「ご主君さま。桃香さんといい感じのところを申し訳ないのですが、みなさん集まられたようですので」

 

 からかうように、ふたりの間から顔を出した程昱がそう告げた。誰の表情にも恐れるところはなく、士気は高い。友の守る城の危機と知って、徐晃も珍しく色めき立っているようであった。

 一刀が先に決めておいたことを自らの考えとして命じると、そこからはあっという間であった。一本の槍の如く街道を走り抜けた北郷軍は、ついに北平を襲う軍勢をその視界に捉える。

 そして一刀のいる本陣では、「白地(しろじ)(くろ)十字(じゅうじ)」の大旗印が高々と掲げられていた。その堂々たる姿の現れこそが、戦闘を開始する合図でもある。

 十文字旗を背にした関羽と徐晃は黄巾らしき敵軍を睥睨(へいげい)しながら、配下の兵を走らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「かかれい! 敵は所詮賊軍だ、恐れずに切り込め!」

 

 まだ日の上がりきっていない時間帯。馬上から怒号を発する関羽に身体を押されるように、関家軍の兵士が城南方の敵めがけて突撃していく。相手に比べて関羽の手勢は少数であったが、蛇矛を唸らせながら突っ込む張飛に黄色い軍勢は明らかに気圧されている。

 それには城を攻略することばかりに気を取られていて、北郷軍の存在をここまで接近されるまで気づけなかったことも大きく影響していた。

 

「――初手に関しては、稟の読みどおりってところかな?」

 

 進軍中に斥候よりの報告を受けていた郭嘉は、敵軍の中に大した指揮官がいないことを見抜いていた。城攻めといってもほとんど数に任せた力押しをするばかりで、趙雲によって上手くかわされているという印象を持ったのだ。

 そういうことであれば、一騎当千の将を有する自分たちが優位に立てると彼女は確信している。この戦場でしなければいけないことというのは、なにより城の包囲を崩すことであった。

 そのために必要になってくるのは、敵を殺すことではなく敗走させること。すなわち、敵に恐怖を与えて持ち場を離れさせてやれば、それで目的を達成できるのである。

 

「なんだよあの旗の軍団は!? 公孫賛は出陣してるし、楽に城を奪えるって話しだったのによお……」

 

 馬から飛び降りた張飛は手始めに周りの兵を一掃し、枯れ木の枝を折るように次々と蛇矛に血を吸わせていく。その様子のあまりの凄惨さに、黄色い布を巻いた男は震える手で槍を握った。

 さらに張飛の後ろからは、赤兎馬を駆る関羽が炎の塊のように突進してくるのである。彼ら「黄巾軍」からしてみれば、この世にあるはずのない十文字旗と合わせて、彼女らは圧倒的な脅威となって映っていた。

 

「……行くぞお前ら。俺たちの手で汚え朝廷をぶっ潰してやるんだろうが。大方、数はこっちが上なんだからよ」

 

 周囲が及び腰になる中で、ひとりの黄巾兵が剣を抜きながら叫びを上げる。その声に感化され、そのまま潰走してしまいそうだった黄巾軍はなんとか踏みとどまることに成功した。

 彼ら黄巾軍の多くは、腐敗した朝廷や現地の官への怒りを爆発させた民衆である。不満を持つ民衆がいること自体は当たり前のことであり、大した脅威にはなりえない。

 しかしそれらがひとつの切欠によってあれよあれよと徒党をなし、こうして軍団を形成するほどとなっているのだ。ある意味空虚な戦いともいえるかもしれないが、その熱量は凄まじいものがある。

 そうして黄巾軍が反撃に転じようとした頃合いを見計らって、もうひとつの部隊が気炎を上げていた。

 

「――槍兵、構えて。そうだ、……先っぽで突くんじゃなくて、上から叩いてね」

 

 南方から攻め上がる関羽らを見ながら、徐晃は敵軍の側面へと回り込んでいく。そして「(じょ)」の旗が左右に振られると、槍兵が切っ先を天に向けて突撃を開始していった。

 徐晃がいうように素人がいくら格好をつけて槍を突いたところで、そう簡単に戦果を上げられるものではない。長くて細い槍先で急所を狙うよりは、安全な位置から柄で相手を打つほうがよほど勝つ確率も高いのだ。

 

「香風、ウチはいつでもいけるで! 螺旋槍(らせんそう)の調子もばっちりや」

 

 徐晃の隣で、李典は巨大な槍の絡繰を起動させている。今回の作戦にあたり、追い込み役に適任であろうということで彼女は徐晃の隊に配属となっていた。

 

「……うん、わかった。シャンたちも出るよ」

 

 李典自慢の「螺旋槍」は、その名の如く槍先がドリルのような形状をしている。それがこの時代にそぐわない絡繰によって駆動し、グルグルと回り出しているのだ。

 

「よっしゃ、死にたくないやつはさっさとどくんやで!? 作ったウチが言うのもなんやけど、これに挽かれたら死ぬほど痛いんやからなあ!」

 

 喚声鳴り響く戦場にあっても、けたたましく唸る螺旋槍は抜群の存在感を放つ。その姿を見た黄巾兵たちは恐れを露わにし、隙きを突いた槍兵隊によって地に伏せられていった。

 さらに最前線には徐晃自身も参戦し、敵軍を東へと押し込んでいく。子供ほどの体躯で大斧を操る彼女の働きは関羽や張飛にも劣らず、まさに鬼神さながらである。

 張飛を動と例えるならば徐晃は静であり、黙々としていながらも確実に敵兵を屠っていくのだ。

 

「くそっ……。馬鹿みてえにでかい馬に乗ってるやつといい、こうも化け物揃いじゃやってらんねえよ!」

 

 そんな愚痴を飛ばす間にも、徐晃は得物を奔らせ敵を斬り伏せている。いくら黄巾軍の結束が固いとはいえ、こうまでされては恐怖心を抑えきれるものではない。

 

「――稟ちゃんのお考えのように、敵は東の方へ押されているようですねー」

 

 参軍として戦略を示した郭嘉は、必ずどこか一方は逃げ道を作っておくように提言をしていた。それはどう工面しても包囲するほどの兵力を保持していないからでもあるが、同時に敵の性質を計るためでもある。

 攻城に対して執念を持つ黄巾軍指揮官がいるとすれば、逃げ道があっても構わず戦い続けるであろう。統率能力のある指揮官であれば余計にそうなるであろうし、整然と退却するのならばさらに警戒する必要すら出てくるのである。

 また、いかに弱卒であろうとも追い詰められることで死兵となり、強烈な反撃を行うことも考えられる。そうなっては元も子もないから、郭嘉は今回のような布陣を一刀に進言したのだった。軍としての初陣ということもあり、石橋を叩いてなんとやらといった感じである。

 そんな殺し合いの応酬が続く戦場を、劉備は目を離さずにじっと見ている。彼女なりに思うところがあるのだろう。気にはしても一刀はあえて口を出さず、戦の展開を考えることに徹していた。

 

「子龍さん、こっちの思っているように動いてくれるかな。もう一面攻めれば決定打になりそうなんだけど」

 

「あの星のことですから、戦場をいつまでも静観しているということはないでしょう。合わせて凪の部隊も動かしたいと思うのですが、よろしいですか?」

 

 趙雲が城門を開けて打って出ることを想定して、郭嘉はまだ戦闘をしておらず元気な天衛兵をぶつけることを願う。その頼みを、ふたつ返事で一刀は了承する。

 

「ああ、そうしよう。誰か楽進に伝言を」

 

 すぐさま側にいる兵を呼び、一刀は楽進への命令を伝えた。それには隊を動かすことは勿論だが、「張り切りすぎないように」との忠告も付随してある。

 普段の行動はもとより閨での姿勢を考えても、楽進が一刀のため一段と闘志を燃やすのは想像するに難くない。あまり前のめりになりすぎては視界が狭くなり、思わぬところで足元をすくわれる場合もある。

 この辺りの機微(きび)は日頃から親密に接しているからこそであり、楽進は伝令からの言葉に神妙に頷いたという。

 

 

 

 

 

 

「――北平の将兵よ、客人ばかりに手柄を持って行かれるのは面白くなかろう。……今こそ参るぞ!」

 

 城門が大きく開かれ、「(ちょう)」の旗を伴う軍勢がついに戦場に現れた。騎上で先導する趙雲はまるで白い流星であり、騎兵五百が従っている。

 彼女の振るう槍の穂先は真紅であり、鮮烈な軌道を描いては獲物を赤く染め上げていく。公孫賛の誇る騎馬兵は精強で、趙雲に続いて久しぶりの城外を活き活きと駆けている。

 

「ようやく出てきたか、趙子龍。ここが正念場だ、気合を入れろ!」

 

 敵兵の首を刎ねながら関羽は叫ぶ。後方からは楽進の隊がやって来ているのも確認できているので、もうひと踏ん張りといったところであった。張飛や周倉も檄を飛ばし、周囲の兵を鼓舞している。

 さすがに兵力の多寡の差から此度(こたび)は関家軍の兵も傷ついており、そろそろ勝負をつけてしまいたいところでもあった。その点趙雲は戦の流れが見えており、効果的な一撃を与えたといえる。

 

「――行くぞ、我らの一撃で勝負を決めるんだ。隊長の命に応えて見せろ!」

 

「おー、なの! きびきび動かないと、こわーい関将軍に赤兎馬で蹴られちゃうんだから!」

 

 もうもうと砂塵を上げながら、楽進率いる天衛兵が戦闘態勢をとっている。彼女の副将を務める于禁が活を入れると、兵らは引き締まった表情で「応」と返事をした。

 

「はあああぁああああっ! せいっ……!」

 

 気を乗せた楽進の拳は、雑兵の鎧など苦もなく打ち砕いてしまう。頭にもろに一撃を受けた兵などは、あらぬ方向を向いたまま絶命している始末である。

 そんな親友ほどではないものの、于禁も双剣を振るって懸命に戦う。趙雲隊と天衛兵の参戦によって、黄巾軍の戦線は完全に崩壊していくのであった。

 彼らは口々に「逃げろ逃げろ」と言いながら、蜘蛛の子を散らすように退散していく。最後まで抵抗を止めなかった兵もいたが、戦闘は昼過ぎには終了していた。

 

「――関雲長、久しいな。色々と積もる話しもあるが、まずは援軍を感謝しよう」

 

 東へと潰走していく黄巾軍を睨みながら、趙雲は関羽の隣に馬をつける。彼女が意外にも殊勝な態度であったため関羽はふっと笑ったが、闘志の抜けきっていない目はいまだ鋭い。

 

「礼ならばご主人様に伝えてくれ。本陣まで案内するか?」

 

「いや、それは遠慮しておこう。せっかく久方ぶりに北郷殿とまみえるのだ、身なりくらい小奇麗にしておきたいのでな」

 

 そう言うと趙雲は、少し待って入城するよう関羽に言伝てる。彼女は踵を返しながら「ご主人様、か……」と小さく呟くと、騎兵を連れて城内へ戻っていく。どうやら公孫賛から留守居を任されているだけに、客人である一刀たちをしっかりと迎えたいようであった。

 残された関羽は、兵たちに向き直ると勝どきを上げるように促す。

 

「応おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 関家軍に引き続いて、徐晃や楽進の部隊からも鬨の声が発せられていく。それは天をも衝かんほどの勢いであり、戦場に散った命に対する(はなむけ)のようでもあった――。

 

 

 

 

 

 

 城内に入った一刀たちは、案内の兵に連れられて謁見場まで足を運ぶ。そこには趙雲と数人の将らしき者の姿があり、少女以外は天の御遣いの出で立ちを興味深そうに観察している。

 彼らの主君である公孫賛が不在なので、これといってかしこまった様子はない。各自の紹介を終えて一言二言交わすと、将官らは趙雲を置いてその場を後にした。

 

「見違えられましたな、北郷殿」

 

「そうかな? 子龍さんも元気そうでよかった」

 

 趙雲が表情を緩めて一刀に微笑みかけると、程昱や郭嘉も旧交を温める輪に加わっていく。彼女らとこうして無事に再会できたことは趙雲にとっても喜びであり、徐晃の小さな頭をくしゃくしゃと撫でてはむずがられている。

 主君然としてきた振る舞いも板についてきた一刀であるが、この地にやって来た時のイメージが強い趙雲からしてみれば、どうしてこのように軍を率いるようになったのか不思議に思うところがあった。

 

「……して北郷殿。不躾で申し訳ないが、一体何人抱かれた?」

 

「は?」

 

 その自問への答えを、少女らとの直接的な繋がりに趙雲は求めた。それがあまりに唐突であったために、一刀は豆鉄砲を食らった鳩のようにポカンと口を開けてしまう。

 

「せ、星!? なにを言い出したかと思えばそのような……!」

 

 狼狽しながら交換したばかりの真名を呼ぶ関羽は、周囲の様子からついに察してしまった。顔を赤らめているのはなにも、たまたま遭遇し交わりを知ってしまった程昱や楽進ばかりではない。

 あろうことか義妹さえも「にゃはは……」と照れ笑いを浮かべており、一刀とそういった関係であることを暗に認めている。

 

「り、鈴々……!? まさか、そんなあ……」

 

 わかりやすくがっくりと肩を落としている関羽と、本気で落ち込んでいるような素振りを見せる郭嘉。この中にあってその二人が手を出されていないというのは、趙雲には意外なことであった。

 

「む……。これはどうやらいらぬツボを突いてしまったようですな。北郷殿、誠に申し訳ない」

 

 援軍への礼以上に、深々と頭を下げる趙雲。一刀は頬をかきながら、なんともいえない居心地の悪さを感じている。

 

「やれやれ。ほんとうに業の深い兄ちゃんだぜ……」

 

 飴を舐める程昱は、そんな空気感ですら楽しんでいるようであった。

 

「わたしは……、わたしは……」

 

 ――この時、落ち込んだ関羽が立ち直るまで数刻を要したことは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その数日後の夜。

 淡い灯火が、寝台に仰向けに横たわる女体を照らし出していた。

 

「ふぐっ……ふうっ……んっ」

 

 見れば女性は布で目隠しをされ、腹の前で両手首を拘束されている。部屋には誰が焚いたのか香の匂いが充満しており、より狂った雰囲気を強く演出していた。

 

「んぐっ……! んんっ……ふっ……」

 

 彼女は口にも布を噛まされており、くぐもった声でずっとなにかを主張しようとしている。だがそれらは全てもごもごとした音にしかならず、どこにも伝わることはないのだ。

 そして時折身を捩り、逃げるように腰を浮かす。その女の名を、郭嘉という。

 

「あぐうっ……ひゅう……んんんんっ……!!!」

 

 彼女の淫らに乱れる下腹部の先に、男の影がひとつある。下着を剥ぎ取られた郭嘉は、先ほどから舌によるねちっこい愛撫を受け続けており、もうどうにかなってしまいそうだのだ。

 郭嘉の心中には現在、恐怖心とこれが一刀によるものではないのかという希望的観測が同居している。もはや脳内は戦場を冷静に見渡していた時のそれではなく、二律背反の感情から様々なことが崩れかかっていた。

 その間にもぬるぬるとした舌の腹で陰核を責められ、郭嘉は首をいやいやと横に振る。しかしもう感じてしまっているのは明らかであり、男の唾液以上に愛液は湿りを発揮しているのだ。

 

「んぐううううぅううっ……。ふうっ……、ふうっ……」

 

 軽く絶頂したことによって、淫らに開いた花弁にはたっぷりと蜜が浮かんでいる。

 いけないと思いつつも快楽の波に押し流されてしまう。それもこれも、一刀が早く自分を抱かないのが悪いのだと郭嘉は考えるようになっていた。

 

「ひゅううぅうううう、あぐっ…………んんんんんん!!!!!」

 

 誰ともわからぬ者に、敏感な膣の中まで舌で探られている。そう想像するだけで嫌悪感と興奮が彼女の中で爆発しそうになり、鼻から流れた血が一筋の道を作っていく。

 この状態でも吹き散らさずに保っていられているのはひとえに恐ろしさからであり、身体が自分のものでなくなっていくような感覚を郭嘉は得ていた。

 吸い上げられ、またねぶられ。分泌液でべとべとになった彼女の秘裂は、肉棒を受け入れる体勢を整えてしまったといってもいい。

 どうにかこの場を切り抜けなくてはならないと思考を働かせようとするが、男の愛撫によってほとほとそれは中断させられてしまう。

 

「んんっ……? ふうううううぅううううっ…………!?」

 

 やがて舌技による責めがなくなり、ぽっかりと時間が空く瞬間があった。だがそれは、この淫靡な空間の終わりを告げるものではない。聡い郭嘉は、それがどういうことか理解してしまっているのだ。

 それゆえに身体を動かし逃げ出そうとするのだが、とうとう両足を掴まれM字にいやらしく開かれてしまう。悪夢ならどうか醒めてほしいという願望も届かず、男の肢体がぴったりと密着していくのが郭嘉にはわかる。

 熱い棒状のものが下腹部に触れ、割れ目から溢れる粘液をすくってその身に纏う。

 

「んんっ……! んんっ……! んふううううううううっ…………!」

 

 そしてとうとう、彼女にもその時が訪れたのであった――。



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十三(稟)

 ――ここまで守ってきた純潔。それだけは、愛する人に捧げたいと郭嘉は思っていた。

 それなのにいまの彼女は余りにも無力で、大した抵抗をすることもできない。最早言うことを聞いてくれない下腹部は淫靡に口を開け、男の欲棒の先を僅かに飲み込んでいく。

 

(いや……っ、だめです……! それだけは、一刀さまに……っ)

 

 郭嘉は半分錯乱したように、ふーっ、ふーっ、と荒い息を立てる。亀頭の熱は女の意識を奪い、我が物としようとしているかのよう。このような逸物を奥まで突き立てられては、いつまで正気を保っていられるか彼女にもわからない。

 するとそこで挿入の動きが止まり、男の顔が耳の側に近づいてきていることを少女は感じ取った。男も昂ぶっているのか、その鼻息が肌を撫でている。

 ――この期に及んでなにを言うつもりだ。憤りを覚えながら、郭嘉は奥歯で丸まった布を噛んだ。

 男の手が彼女の汗ばんだ額を覆っているが、その触れ方が妙に優しく暴漢らしくないことに気づいた様子はない。

 

「ふぐっ……! んおっ……、むうっ……!」

 

 無意味なことだとわかっていても、糾弾の言葉を発しようと郭嘉は必死に顎を動かしている。

 そんな彼女の鼓膜を震わせ、沸騰する脳内まで男の声が通り抜けた。

 

「かふっ……!? ふうううう…………、んぎゅううううぅうううううう…………!!!!!」

 

 その刹那、濡れそぼった膣内の最深部まで、男の肉棒がみっちりと貫いてしまう。郭嘉の淫肉は異物の来訪を悦んでおり、自ら竿に抱きつくように(ひだ)を絡ませている。

 そして処女喪失の余韻を感じる暇もやらないかの如く、肉棒は責めを開始していく。

 

「もごっ……! んおおっ……! ぷはあっ……!?」

 

 郭嘉の内にあった犯されることへの恐怖は消え、気でも違えたのかと思うほど快楽の波を受け入れていた。ようやく布を抜かれて舌が自由になったのだが、その口をつくのは呪詛ではなくて呂律の回らない喘ぎばかり。

 熱気の漂うそこに引き寄せられて男が口を吸うと、彼女は負けじと唇の形を確かめるのである。

 

「あむっ…………ちゅる、ちゅぱっ」

 

 恋人に甘える舌使いで郭嘉は男の歯列をなぞり、自ら内部へと入り込んでいくのだ。そうして流れ落ちてくる唾液を嬉しげに飲み下すと、自分のモノも口の動きで男の口内へと送っていく。

 そんな口での交わりを楽しんでいる間も、彼女に考える時間を与えないように激しく肉棒は出入りを繰り返す。事実女陰は数度感極まっているようで、愛液を分泌する様は涙を流しているようにも見える。

 

「じゅぷ……っ、ちゅうううぅうううう…………くうっ……!?」

 

 一旦唇を離した男は大きなストロークを維持しつつも、郭嘉の耳をねっとりとその舌で味わう。耳たぶを甘噛し、器官を形作る溝へ丁寧に唾液を塗り込んでいく。

 それは彼女が感じたことのないぞくぞくとした刺激を生み出しており、たまらないといった風に頭の動きに合わせて前髪が揺れた。

 

「ああ……、ああ……っ。わたし、わたしはっ…………」

 

 いまになって郭嘉は、目隠しをされていてよかったと思う。

 光を遮る薄布の先には、とても外部に晒したくないほど快楽の色に染まった瞳が鎮座しているのだ。そんなところを見つかってしまっては、参軍としての威厳もなにもあったものではない。

 

「んぐっ……おおおおおおっ!? はあっ……いやあああぁあああっ……」

 

 少女の体内を掻き回す肉棒が、そんな微塵の安堵を押しつぶす。入り口も奥もその道中さえも徹底的に擦り上げ、男は先端からにじみ出る雄の匂いを郭嘉へと染み込ませていく。

 そんな間接的に「お前は俺のものだ」と主張するかのような行為。いつの間にか耳を舐めあげていた舌は場所を変え、今度は彼女の首筋を標的としている。

 男はこのまま郭嘉の全身をマーキングしてしまうつもりであり、それをもってこの女体の征服を成し遂げようというのだ。それに対して彼女は嫌がる素振りを見せず、逆に自分から腰を押し付けては狂い咲いていく。

 

「きもちいい…………、全部きもちいいいぃいいいい…………!!! もっとお……、もっとしてください……あぐううぅううう!!!」

 

 手を縛られているため、男の身体を思い切り抱き寄せられない。もどかしがる郭嘉はそれならばと自由な足を動かし、ずんずんと子宮口を責め立てる男の腰をがっちりとロックする。

 すると自ら抱え込んだために肉棒による圧迫感が増し、気持ちよさも同時に増幅されていく。さらには早く精液を飲ませろと言うように膣の壁はざわめき立って動いており、まさに肉棒の味にのめり込みつつあった。

 

「あがっ…………、くうっ!? ……おくう、奥しゅごッ…………ああっ!!!」

 

 組み付く郭嘉の身体ごと強引に揺さぶり、男は最深部を獣のような腰使いで突く。

 視界を奪われている彼女にはわからないことではあるが、男の顔からも余裕の色が消えつつある。瞑目しながら歯を食いしばり、射精までの時を幾ばくか稼ぐ。男とて、この瞬間を待ちわびていたのだ。少しでも一度目の挿入を長く楽しみたいというのは真理である。

 ――ここ何日か女に隠れて密かに機会を伺い、実行のチャンスを探してきた。昼間から郭嘉を抱くことを考えてしまった時などは、いきり立ちそうになる股間を抑えるので苦労をしたものである。

 タイトな布地に包まれた彼女の手足が視界に入るだけで、妄想が働く脳内はたまらなくなる。じっくりと弄び、蒸れた中身を早く堪能したいと思ったが男は焦らなかった。そしてその成果が、いま解き放たれようとしている。

 

「ごんごん、すごっ……い……! やっ……、ああっ……、もういくっ、いくううううぅうううううう……!?」

 

 絶叫しながら郭嘉が万力のように足を絡めるので、男の腰は限界まで密着していく。そして肉棒の痙攣と同時に門を突き破った遺伝子の大軍は総力を上げ、女の本丸の攻略にかかる。

 その勢いはまさに烈火の如くであり、燃え上がるような熱さと共に彼女の理性を破壊し尽くしていった。

 

「はあっ……、あはっ……」

 

 精を受け入れながら力なく口を開いた郭嘉の様子は、快楽に屈服した証でもある。鼻血を吹くまでもなく赤く染まった肌には艶があり、まだまだ満足には達していないと受け取ることもできよう。

 

「あっ……」

 

 ――もう目隠しをしておく必要もないだろう。そう判断した男は、ゆっくりと結び目をほどき布を取り去っていく。

 郭嘉はそのことに少し緊張を覚えるが、とうに言い訳できない段階に来ていることは確かである。

 

「……さまあ」

 

 彼女の目に、灯火にぼんやりと照らされて男の輪郭が映し出されていく。じわりと合っていくピントは、朧気なこの逢瀬を表しているかのようでもある。

 見間違えようもない。そこには、北郷一刀その人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 衣服を脱ぎ去った郭嘉は、再び寝台の上に横たわっている。そして最後の砦となった手袋の指先を、一刀は一本ずつ丁寧に舌で愛撫をしていく。唾液に塗れる黒い生地は鈍く輝き、女はそれをうっとりと眺めていた。

 

「んっ……、一刀さま……」

 

 最後の一本が、先から根本まで彼女が思慕する主君の口内に飲み込まれていく。関節の溝を浮き彫りにするかのように舐める一刀の舌使いはねっとりとしており、郭嘉の性感をゆるやかに高める。

 存分に味わった(のち)に彼は惜しみつつも口を離し、肩から腕にかけての肌をまさぐりながら手袋を抜いていく。それがなにかとても恥ずかしい行為をしているように思えてきて、郭嘉は熱っぽい息をひとつ吐いた。

 

「稟の生まれたままの姿、ようやく見ることができたね」

 

 こちらもなにも纏っていない一刀が、彼女の横に寝て額を合わせる。郭嘉の心音はどんどんと大きな音を立てて鳴り響いているが、いつものように血しぶきが上がることはない。

 それは妄想ではなく目の前の一刀に集中できているからであり、それだけ一度抱かれたことによる効果は大きかった。

 

「うう……。それにしても、このやり口はいくらなんでも強引すぎるのでは? 始めは本当に恐ろしかったのですから」

 

 一刀の顔にフレームが当たってしまうことを気にして、郭嘉は眼鏡を外す。そうするとやはり視界にぼやけが発生してしまうのだが、いまはむしろ接近する口実として都合がいい。

 彼女にそういういじらしさもあることを知った一刀は嬉しくなり、望み通りに身体を近づけてやる。すると肌同士が擦れて気持ちがよかったのか、郭嘉は小さく声を漏らした。

 

「こんな方法しか思いつかなくて悪かったよ。でも、どうしても稟とこうしたかったから」

 

「……ずるいです、そんな言い方」

 

 そう言われては、郭嘉としては許すしかなくなってしまう。思い描いていた初めてとは随分違うものとなってしまったが、これはこれとして素直に喜ぼうと彼女は無理やり納得する。

 

「稟ってもしかすると、こういう感じがよかったりするの? 気持ちよさそうだったから俺もついつい遊びすぎちゃったよ」

 

 自分は決して夜這いされて嬉しがる変態ではないと言い切りたいが、彼女の内でその自信が揺らぎつつある。本気で楽しみ始めたのは相手が一刀だと確信してからであるが、視界と手の自由を奪われた中で快楽に堕落してしまった事実は消えるものではない。

 

「してほしいことがあるなら教えてほしい。これだけ時間がかかった分、しっかり稟のことを愛してあげたいから」

 

 唇をついばみながら発した一刀の言葉に、郭嘉の心は揺れ動く。その心中にふつふつと湧き上がるのは、彼にまた獣のように犯されてみたいという非倫理的な思い。

 先ほどの脳天まで響くような獰猛(どうもう)な腰使いを思い返すだけでも、純潔を失ったばかりの少女は下腹部がうずいてしまいそうなのである。それを別な形でもう一度。そう考えると、自然に口が動いてしまっていた。

 

「――後ろから、後ろからめちゃくちゃになるまで犯してください。一刀さまのこと以外、なにも考えられなくなるくらいに」

 

 手をもぞもぞとさせながらする郭嘉の嘆願に、一刀の征服欲は大きく煽られる。もう少しこのまま楽しんでみようと思った彼は、ぐちょぐちょになっている割れ目に沿わすように肉棒を差し入れた。

 柔らかな太腿にも挟まれる三角州は心地よく、竿にゆるやかな刺激を与えてくれる。一方郭嘉は強い刺激を欲しているところを外されたような形であり、その顔には不満の色がくすぶっていた。

 

「焦らさないでください……。一刀さまに、もっと奥まで愛してほしいのです…………んっ」

 

 胸を押し当てるようにしながら言う郭嘉には、普段の余裕が寸分もない。対照的に彼女の反応を伺う一刀は、竿で肉ビラをなぞりながら内腿を指先でそっと可愛がる。

 すると郭嘉の身体がびくりと震え、勃起した乳首が男の胸板にコリコリとした感触を残す。

 

「せっかくだし、もっといやらしくおねだりしてもらおうかと思ってさ。賢い稟ならわかるでしょ?」

 

 裸眼越しにも、一刀が不敵に笑っていることが彼女にはわかってしまう。郭嘉が黙り込む間、彼は全く責める気がないというように鎖骨の辺りで舌を動かすだけであった。

 普段ひねくれたところがないだけに、閨ではこうも主導権を握ってくるものなのかと少女は息を呑む。だがそれ以上にこのまま従属してしまいたいという思いがふくらんでいき、鋭利な智嚢を淫靡なおねだりのためにフル回転させるのである。

 

「あなたのお、おちんちんで、わたしの中をいっぱいにしてください……。一刀さまの子種が欲しくて欲しくて、もう我慢していられないのです……」

 

 真っ赤になりながら懸命にそう述べる郭嘉であったが、一刀の態度から察するにいまひとつという感じであった。彼は「そうだなあ」と一拍考えると、なにやら耳元で言葉を吹き込んでいく。

 そのせいで郭嘉はさらに顔を赤くしてしまうが、仕込んだ方の一刀は何食わぬ顔で乳房の弾力を確かめている。赤子のように乳首でもしゃぶりながら待っていようかと考えていた一刀であったが、彼女が折れるのは早かった。

 

「一刀さまの……、その……」

 

 弱々しく指を絡めながら、郭嘉は震えるような声で訴えかける。正気であれば、絶対にこんなことを口走ることはできない。一刀が念を込めて匂い消しにと置いた香が部屋に充満し、おかしな空気を助長させている。

 

「一刀さまのおチンポで稟のぬるぬるのおまんこ、頭が変になるくらいハメ倒してください…………! 早くチンポ…………ちゅる!?」

 

 叫ぶように郭嘉が言い切ると、よくできましたとばかりに一刀は激しく口を吸い上げた。羞恥から体温が上がった分口内は熱く、舌を絡ませているだけで溶け合ってしまいそうである。

 

「……優等生の稟には、しっかりご褒美をあげないとね」

 

 起き上がった一刀はうつ伏せた郭嘉の腰を持ち上げ、臀部を煽情的に突き出させた。そうして手触りのいい尻肉に手を遣りながら逸物を秘裂に当て、言葉責めを続ける。

 

「忘れないようにしっかりと俺のチンポのことを覚えるんだ。このぐちょぐちょでいやらしいおまんこ使って、ちゃんと歓迎するんだよ? ……余計な妄想なんて、したら許さないから」

 

 わざとらしく下品な表現で彼女を煽り、時間をかけて肉棒を挿入していく。荒々しい亀頭の出っ張りや、竿に浮かぶ太い血管ですら神経を集中させている郭嘉には読み取れてしまう。

 ねぶるように犯され、押し拡げられていく感覚。彼女の膣内にある襞のひとつひとつが性感帯になってしまったようであり、びりびりとした快楽を次々に脳へと運んでしまうのである。

 

「はあっ……、入って……来てますう……。一刀さまのおチンポすっごく硬くて、拡げられてしまってる……」

 

 肉棒の再訪に喜ぶ膣内は、さらに愛液の分泌を増して滑りをよくしていく。

 

「いいよ、稟の中。ちゅっちゅっ、ってチンポに吸い付いてくるみたいだ」

 

 郭嘉の内部はきつ過ぎず、かといって締りが緩いというわけでもない。まるで彼女の思いの内側を表すようにそこは肉棒に抱きつき、淫らな愛撫を加えて一刀のことを喜ばせるのだ。

 

「んっ……くうっ……。子宮の入り口に、チンポがくっついているのがわかります。…………はひぃ!」

 

 一刀が試しにぐいっと一突きしてやると、気の抜けたような嬌声を発して郭嘉は歓喜した。それこそがここまで待ちわびていた衝撃であり、彼に愛してもらっているという実感にも繋がっている。

 

「そんな恥ずかしい声出して……。そうまでしてここにチンポ入れて欲しいんだ?」

 

 亀頭で壁の天井を抉りながら、一刀は郭嘉の頭を撫でる。

 

「はいっ、はいいぃいいいいい……! ずっと…………あぐっ……こうしてもらいたかったのです…………お゛……お゛っ……!?」

 

 快楽に溺れる郭嘉は、喘ぎに混ぜて鬱屈した感情を吐き出していく。

 ――楽進(なぎ)が一番に抱かれたことが羨ましかった。しれっと間に入って一刀の側に居場所を作ってしまった程昱(ふう)のことをずるいと思ってしまった。なんの遠慮もなく懐に飛び込んでいける張飛(りんりん)徐晃(しゃんふー)が妬ましかった。

 

「あ゛ぐっ……ふうっ……んああぁああああああっ……!?」

 

 その心中を知ってか知らずか、一刀による責めは郭嘉を狂おしいほどに昂ぶらせていく。

 目下の尻を平手で打ち、小気味よい音を一刀は鳴らす。叩かれる毎に彼女は「お゛っ……!?お゛っ……!?」と言葉にならない声で応え、愛液を撒き散らすほどに感じていた。

 

「もっとおかしくなってしまえ……! どんなになってしまっても、俺が全部受け止めてやる……!」

 

 羽交い締めのような格好で郭嘉の上半身を抱え、一刀は際限なく腰をぶつけていく。肌がぶつかり合ってパンパンと音を鳴らし、聴覚からも交わっているということを教えてくれた。

 

「はひっ……はひぃいいいいいい……!? しゅご、しゅごいのおおおぉおおおおおお!」

 

 絶頂した郭嘉が意識を飛ばしそうになると、一刀は突き刺すようなピストンをして無理やりにでも引き戻す。膣内はここまでくると震えっぱなしであり、なにをされても極上の快感を得てしまうという状態である。

 

「かわいいよ、稟……! こんな稟は俺だけのものだ……!」

 

 そのまま胸を揉みしだかれると、郭嘉は身体を捻るようにして自ら腰をぶつけていった。彼女の行為はそれまであった空白を埋めるようでもあり、一刀の情念の炎にさらなる薪をくべるのである。

 

「ひゃああああぁあああっ……、あひぃいいいぃいいい……!?」

 

 子宮が降りてきているような感覚。郭嘉の膣内は先ほどより情熱的にうねり、一刀から精液を奪い取ろうとしているようだ。

 余りにも激しく求めあっているため、脳髄が焼き切れてしまいそうなほどの快楽が一刀にも波のように押し寄せている。

 

「おまんこ、チンポでいじめられてもうだめなんですうううぅうううう!!!!! かじゅとさま、かじゅとさまもはやくうううぅううう……!?」

 

 このまま二人して、どこまで行ってしまうのだろうか。そんな思いを持ちながら、名を呼ばれた一刀は最後の仕上げへと突入する。

 再び彼女を寝台に組み伏せ、極太の焼けた槍で最深部を何度も何度も貫いていった。白いうなじを舌で(なぶ)り、尖った胸の先を乳搾りをする要領で愛撫していく。

 

「イッてる、イッてますううぅうう……!?」

 

 様々なことから解放され、郭嘉は一刀との情事だけに没頭していた。はしたなく声を上げ、めくれ上がった陰部からは小便のように愛液を漏らしている。

 もうきっと元の自分には戻れないだろうが、それでも構わないと彼女は思う。

 

「しゅきぃ……、しゅきですうぅううううう……!!!」

 

 愛する人が、どうなっても受け止めると言ってくれている。であればこそ、好きなだけ快楽を享受することができているのだ。

 

「愛してるよ、稟……! くううっ……!」

 

 瞬間、鈴口を割って出た精液が行き場を探して彼女の体内を駆け巡る。一刀は射精しながら子宮口にぐりぐりと数度亀頭を押し付けると、さらに中を蹂躙していった。

 

「でてる……!? でてるのにまだおまんこずんずんってぇ……!?」

 

 敏感になった肉棒は腰が引けそうになるくらいの刺激を伝えてくるが、それでも一刀は動き続ける。中を染めた程度ではもう満足できない。彼女の全身に塗りたくるような射精をイメージし、感覚を研ぎ澄ます。

 

「出すぞ……っ! 受け止めて……!」

 

 にゅるっと膣から抜け出した肉棒を手に持ち、一刀はほとばしる熱波を尻から背中にかけて浴びせていく。まさに常人離れした精力であり、おびただしい量の白濁液に郭嘉の肌は(ひた)されていった。

 

「んんっ……、ああっ……! 熱いのがびゅるびゅるでてますう……」

 

 最後の一滴を尻の上に出し終えると、無我夢中といった様子で一刀はそれを塗り拡げる。胸の谷間からヘソの周り。果ては尻穴の中に至るまで、全て自分のものであるというようにマーキングしていった。

 

「すううぅうう…………はああぁああああ…………。ぬるぬるしていて、いい気持ちです……」

 

 郭嘉は己の身体から立ち上る精臭を、ゆっくりと深呼吸して肺に取り入れる。彼女にとってこれは他でもない愛情表現であり、その悦びは絶大であった。

 

「――少しはすっきりした?」

 

「はい、身体中から一刀さまの濃い匂いがしてきてたまりません……。でももっと、このおチンポでしてくださるのでしょう?」

 

 郭嘉は怪しげに微笑むと、連続発射によってしなだれた肉棒を握る。妄想によってこじれた彼女の性欲の沼は深く、抜け出したくなくなるような魅力があった。

 仰向けに寝る郭嘉に覆いかぶさるようになった一刀は、そっと唇を求める。狂おしいほどの情欲が冷めるには、まだまだ時がかかるであろう。

 

「朝起きたら、大変なことになってるかもね」

 

「望むところです。わたしの全ては、あなたのモノなのですから……」

 

 後先のことなど考えない、互いを貪るような情交をどちらともに欲している。しばらくすると寝台がぎっ、ぎっ、と軋む音がし、芯を穿たれて郭嘉は意識を朦朧とさせていく。

 

「稟……。稟……ッ」

 

 こうなれば、精根尽き果てるまで相手をしてやろうと一刀は決意する。二人の爛れた繋がりは鳥の鳴き始める頃まで続き、気力が途切れると折り重なって泥のように眠った。

 昼前になっても両名の姿が見えないことを心配した程昱が様子を見に行ったのだが、あまりに幸せそうな寝顔に呆れながらもふと呟いたという。

 

「――なんというか、いまの稟ちゃんは水を得た魚とでも例えるべきでしょうか」

 

 少し妬けてしまうが、親友の念願が叶ったことについては素直に祝福してあげようと程昱は思う。

 二人だけの時間というのはそう長く続くものではない。それがわかっているから、程昱は少し世話を焼いてやろうとする。

 

「ふわ……あふ。……あれだけ気持ちよさそうに休まれているところを見れば、風までうとうとしてしまうのも道理というものなのですよー」

 

 後ろ手に静かに扉を閉めた彼女は、まるで門番をするかのように自らも船を漕ぎ始めるのであった。






放置プレイ気味な稟ちゃんは自然とこうなってしまいました。
次回は愛紗ちゃん予定です。


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閑話 たとえ鞘のひとつであっても(愛紗)

 ――しゅるしゅる、しゅるしゅる。

 朝日の差す北平城の一角、武器庫として使われている建物からはなにか()るような音が聞こえている。

 

「ほんま隊長はんのこれすごいわあ……。いつ見ても、惚れ惚れしてまうくらいやで……」

 

 そこにいるのは、北郷一刀と李典のふたり。一刀の得物を握った李典は、瞳をきらきらと輝かせながらその全身に視線を走らせた。

 黒々とした(たい)は格別な硬度を誇りながらも、繊細なしなやかささえ内包している。鋭い先端は怪しく光を放っており、彼女はますます魅入られてしまうようであった。

 

「どうかな真桜? 俺の大事な相棒なんだから、しっかりと頼むよ」

 

 そんな李典の手付きを、一刀は真剣な眼差しで見守っている。彼女の腕前は軍内で早くも信頼を得ており、関羽たちも武器を預けて修理や調整を依頼するほどであった。

 

「わかってますやんかあ。せやからこれだけ丹念に、何度も何度も磨き上げてるんでっしゃろ?」

 

 数種類の目の荒さの違う砥石を駆使して、李典は刀身をより良い状態に仕上げていく。一刀の所有する一振りは至高の出来といってもよい代物で、日本刀の姿を初めて目にした彼女はいたく感激したものであった。

 これまで数度人を斬ってもそれはほとんど刃こぼれを見せず、はっきりとした傷みがわかるものではない。それでも緊急時になにかあったのでは困るので、こうして手入れを行っているのだ。

 

「この刀、鞘までめっちゃぴったりで作った職人には頭が下がるなあ。……あんたの持ち主の一刀はんは、専用の鞘をいくつも持ってはるみたいやけど」

 

 刃の仕上がりを確認しながら、ぼそりと李典は刀に語りかけた。

 一刀専用の鞘とは言うまでもなく李典を含む少女たちのことで、先日郭嘉もそこに加わったばかりである。少々品のない例えかもしれないが、言い得て妙ではあった。

 

「はい、終わったで。……なあなあ一刀はん?」

 

 一刀が李典から受け取った刀を鞘へと収めていると、なにやら物欲しげにアピールする彼女のにやついた表情が目についた。

 

「キスがいい? それとも……」

 

 無駄のない動きで少女を抱き寄せ、一刀は壁に押し付ける。彼女のふくよかな胸が身体の間でつぶれ、ふにふにとした感触が広がっていった。

 一方押し黙った李典はそっと目をつむり、男の来訪を待ち受ける。一刀は触れるだけの口づけで数度唇を()むと、ゆるやかな昂ぶりを残しながら顔を離した。

 

「はふぅ…………、しゃあないなあ。今日のところはこれで満足しといてあげるわ」

 

「続きは、また時間が空いた時にでもね」

 

 指で唇の湿りを確かめる李典は、普段の騒々しさからの隔たりで男の情欲をかき立てていく。

 そんな彼女に後ろ髪を引かれつつも、一刀は武器庫を後にする。軍の調練を見学に行くと趙雲に約束してある手前、さすがにすっぽかすわけにはいかなかった。

 ――そうして色々とやっている内にあたりはやがて夕暮れとなり、割り当てられた自室に帰った一刀はのんびりと書を開いていた。

 

「随分と暗くなったな」

 

 灯りを足そうと椅子から立った一刀は、とっぷりと日が落ちていることにようやく気がつく。碌に食事をとっていないが、いまから何か用意させるのも気が引けた。

 仕方なしに寝台へゴロンと背中を預けたのだが、扉の外から聞こえてくる声に思わず身体を起こしたのである。

 

「あのー、ご主人様? 愛紗です、まだ起きていらっしゃいますか?」

 

 こんな夜更けに関羽が訪ねてくること自体、珍しいといっていいだろう。その声が僅かに上擦っていることも、一刀には気になった。

 

「いいよ、まだ眠るところまではいってないから」

 

 いそいそと扉を開けて中へ入ってきた彼女の頬は、ほのかに色づいている。ふと漂うアルコールの香りからして、どこかで酒を飲んできたのであろう。

 

「なにかあったの、愛紗?」

 

 基本的に堅物な関羽にあって、酔を醒まさぬまま就寝前の主君のもとを訪れることなどありえない。心配した一刀は彼女の側に立ち、首を傾けてその表情を伺った。

 するとどうであろう。少女は秀麗な面をくしゃりと歪ませて、いまにも感情を爆発させそうになっている。

 

「なにもありません……! なにかなくとも、わたしはご主人様と同じ時を過ごしたい。ただ、それだけなのです……」

 

 そう言いながら自身の胸に顔を埋める関羽を、一刀はすぐに抱きしめてやることができなかった。近頃女性との間柄について思うように振る舞ってきた節があるが、誰かを愛せばその分のしわ寄せが他の誰かにいくのは当然である。

 

「ご主人様には、凪も風も稟も…………ましてや鈴々だっています」

 

 ですが……、と彼女は言葉を紡いでいく。一刀のシャツをつかんだ手が、ほんの少し震えていた。

 

「――わたしには、あなたしかいないのです。はしたない女だと思われてもいい。こんな気持ち、自分ではどうすることもできません……!」

 

 関羽の慟哭にも近い叫びは、一刀の心を強く打つ。先日の郭嘉といい彼女といい、どうしてもっと早く想いに応えてやらなかったのか。

 そんな己を情けなく思いながらも、一刀はようやく少女の小さくなった肩を抱き寄せる。

 

「寂しい思いをさせてごめん。愛紗にこんなこと言わせるなんて、俺はだめな君主だね」

 

 抱きしめられて体温が伝わるだけで、関羽は不安を抱えていた心中が溶かされていくようであった。すると酔っている勢いもあって、かねてよりしてほしいと願っていたことが簡単に言えてしまう。

 

「……だったら、いますぐわたしを愛してください。準備も覚悟も、とうにできているのですから」

 

 顔を上げた関羽の潤んだ瞳に、一刀は意識を縛られてしまうかのようであった。

 顎を持ち上げ、恋人の到来を待つ唇に口づける。彼女にとって久方ぶりの接吻であり、その動きには熱がこもっていた。

 

「んっ……はあっ……、ご主人様……ちゅう……」

 

「……ああ、かわいいよ愛紗」

 

 一刀とのふれあいは、何より関羽の心を軽くしていく。もっと早く素直に求めていればよかったとも思うが、そうすることができないのも彼女のいじらしいところである。

 ――初めて邂逅した折から、既にこうなる運命にあったのであろうか。

 それほどまでにふたりの相性はよく、夢中になって口づけをしていった。

 

「舌、出してみて」

 

「こう……、れふか? うふっ……!?」

 

 言うとおりにべろんと出された関羽の舌の腹に、一刀は自分の舌を重ねていく。

 重なった舌はねっとりとした感触を生み、さらなる興奮をも紡ぎ出していく。

 

「あう……、んっ……れお……ふあぁあ」

 

 とろりとした瞳と目が合う度、一刀の鼓動も高まっていく。

 一軍の部将たる関羽の鎧を脱ぎ捨てて、ひとりの女として抱擁されることを少女は望んでいた。「愛紗」と何度もその真名を呼ぶ一刀は、黒曜石のように美しい彼女の髪を柔らかな手付きで撫で付けている。

 

「ご主人様……。はふっ……ちゅる……!?」

 

 舌だけのキスでは、もう我慢できないところまできているのだ。関羽――愛紗の口内をじっくりと味わい、その形を記憶していく。

 そこは酒気に包まれており、唾液の交換によって飲酒していない一刀も少しづつ酔が回っていくようでもあった。

 

「あむっ……ん……ッ……。……んむっ……あの、ご主人様?」

 

 すっかりとろけた表情の愛紗が唇を離し、少女然とした仕草で一刀のことを見上げる。

 彼女の脳裏に浮かんでいるのは、いつか盗み見てしまったあの日のこと。自分も楽進のように逸物へ奉仕をするべきなのではないか。そんな思いが、ふとよぎったのであった。

 

「……ご主人様のここ、わたしにご奉仕させてください」

 

「いいの? 愛紗にそんなことしてもらえるなんて、夢みたいだな」

 

 事情を知らぬ一刀からしてみれば、その申し出は意外という他ない。口淫の知識などどこで手に入れたのだろうという疑問は残るものの、拒否するような理由にはならなかった。

 そして足元で縮こまってしまう愛紗に気を遣い、一刀は自ら男根を露出させていく。

 

「あ……、少し元気がないようですね。うなだれているようで、ふふっ」

 

 まだ半勃ちの男のそれを、愛紗はそんな風に表現した。実際肉棒はまだ剛直と呼ぶには程遠く、だらりと下を向いて垂れている。

 

「愛紗が大きくしてくれるんだよね? 期待しているよ」

 

「はいっ、ご主人様……。それては、失礼いたしますね」

 

 記憶を辿った愛紗は、太い幹を持ち上げながらおずおずと舌を伸ばす。一刀のモノからどのような味がするのか想像もつかないが、大切な場所を任せてもらえているということを嬉しく思っている。

 

「んっ……ぺちゃ……。ご主人様の味が、はっきりとわかりまふ、んむっ……。こうして、幹のところをしっかりと……、れろっ」

 

 一日共に過ごしたそこは、汗をかいたためか少々のしょっぱさがあった。しかし鼻をツンとつくような香りも、愛紗にとっては興奮の材料にしかならない。

 れろれろと滑る舌で汚れを浮かせていき、唇を使って根こそぎ落とそうとしていく。その献身的な動きに刺激され、ぼってりとした亀頭が段々と角度を上げていった。

 

「気持ちいいよ、愛紗」

 

「ちゃんと出来ていますか……? 足りないところがあれば、なんなりとお申し付けください。ご主人様の悦びは、わたしの悦びでもあるのですから」

 

 愛紗は瞳を潤ませながら、隆起した逸物に頬ずりをしている。どんな場面においても主君に対する礼をわきまえている少女であり、すりすりと擦れる柔肌が一刀の性欲を増大させていった。

 

「じゅる……くぽ……ッ。すごいです、ご主人様のこれ……っ。赤く腫れ上がって、うかつに触れてしまえば破裂してしまいそうです……、じゅぷぷ、んぐっ」

 

 剛直となった肉棒を先から中ほどまで口内に含み、愛紗は頭をストロークさせて全体をしゃぶっている。

 その姿にむらむらとする気分を抑えきれなくなった一刀は、身体をかがめるようにして彼女の豊かな胸をまさぐった。

 

「ふう……ッ、……ちゅうぅうううううううう」

 

 服の上からのゆるやかな愛撫であるが、気が昂ぶっている愛紗にとっては充分な効果がある。亀頭から排出されるカウパー液が、まるで媚薬のような役目を果たしていた。

 舌の上でしっかりと粘液をテイスティングし、愛紗は甘露な水のように飲み込んでいく。

 

「ちゅううぅううう……くぱっ……!」

 

 (すぼ)まった唇からちゅぽんと肉棒が抜け出ていき、唾液によってギラつく全身が明らかになる。それはまさに肉欲の象徴であって、愛紗にはいよいよ次の段階へ進む時が来たように思えていた。

 

「――おいで、愛紗」

 

 愛紗の物欲しげな視線を察した一刀は、彼女の手をとって寝台へと誘う。その途中で互いに衣服を脱がしあい、行為への準備を整えていく。

 

「間近でご主人様に肌を晒すなど、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 下着姿となった愛紗は、肌を腕で隠すようにしていた。そのまま一刀の胸へ頭を預ければ、彼のドクンドクンとした心音が聞こえる。

 緊張し興奮しているのは自分だけではない。そうはっきり実感できると、幸せな感覚が広がっていくようであった。

 

「愛紗の全てを見せてほしい。じゃないと俺たち、ひとつになれないから」

 

 一刀のその声に、愛紗は素直に従う。これまで武人としてかわいらしさなど必要ないと切り捨てていたが、今宵はわざわざ刺繍のついたものを選んで着用してきたのだ。

 恋人に価値観を変えられていくのは嬉しいことであるが、同時に弱さに繋がるのではないかという懸念もある。

 だが、いまはそんな不安すら振り払えるほどの希望が彼女の内から湧き出していた。

 

「こうしていると、ご主人様の温もりが直接伝わってきますね」

 

 愛紗から見て上になった一刀は、彼女と額をあわせながら胸の辺りで手を遊ばせている。時折見せるぴくんとした反応が初々しくて、ついもっといじめたくなってしまう。

 桜色をした乳首をころころと転がせば、くぐもった喘ぎが少女の口をつく。細すぎない身体は抱き心地も抜群であり、一刀が愛撫を楽しんでしまうのも無理はなかった。

 

「正直言って、あの時はきみとこんな関係になるなんて考えてもみなかった」

 

 乳房の形を指でぐにぐにと変化させながら、一刀はそう呟いた。彼の言うあの時というのは賊の包囲から救ってもらった時のことであり、一旦の別れまでを指している。

 ――刺すほどに美しい黒髪と、鮮烈な太刀筋が印象に残る少女だった。その志は崇高であり、元武家の出とはいえ庶人の感覚しか持たない己では到底力にはなれないと同行を断ったものだ。

 

「あの晩もう少し上手く誘惑していれば、御遣い様をわたしだけのものにできていたのかもしれませんね」

 

 目尻を下げて軽口を飛ばした愛紗は、一刀の手をぎゅっと握る。

 ――もう二度と離したくはない。そこにはそんな決意すら込められている。

 恋人に触れられると、それだけで肌が熱く火照っていく。透明な蜜を蓄えた割れ目を優しく開かれると、愛紗から「あっ……」というかわいらしい声を聞くことが出来た。

 

「手慣れた指使い……。きっと皆のことを、散々かわいがってこられたのでしょうね」

 

「そんなこと言わないで。いまは愛紗だけを見て、愛紗だけに興奮してるんだから」

 

 半分冗談であり、半分本気の愛紗の言葉。一刀は緊張した膣内を指でほぐす傍ら、物欲しそうに勃起している乳首を吸った。

 少女は強い刺激を与えられるほうが好みのようで、歯を使って突起を甘噛みされると膣内を収縮させて反応を示している。

 

「あっ……ご主人様!? それっ……、すご……ッ」

 

 大きめの乳輪ごと右手で乳首をつまみ上げながら、空いたほうを唇と歯でいじめていく。

 傷つけないように、しかし先ほどまでより大胆に二本の指で膣内をかき混ぜられると、愛紗は発情期の動物のような喘ぎ声を部屋中に響かせた。

 柔らかな脂肪の詰まった乳房は一刀の求めに応じて自在に形を変え、一点の赤みを増していく。責められている愛紗は夢心地であり、洪水のような愛液は一刀の腕まで飛散している。

 

「そろそろ……いいかな? 俺も結構、我慢の限界だったり」

 

 愛撫の手を止めた一刀は、仰向けになった少女の腹を撫でながら挿入の狙いを定めていく。ぱっかりと開かれた両足が、なんとも情欲をそそっていた。

 

「来て下さい、ご主人様。わたしの初めて、全て奪って…………くうっ……!?」

 

 奇襲気味に潜り込んだ亀頭が、矢尻のように中を割り拡げながら進む。ぴりっとした痛みが愛紗に走るが、それ以上に一刀とひとつになれたという嬉しさがこみ上げていく。

 彼女の内部は器官の保護のために分泌する量を増やした愛液でぬるぬるになっており、男根の侵入は容易であった。油断からおかしなタイミングで暴発してしまわぬように慎重に一刀が腰を進めると、竿の部分を幾らか余して最深部にこつんと肉棒の先が当たる。

 

「奥まで入ったよ、愛紗」

 

「ご主人様がわたしの中にいるのがよくわかります……。じんわりと温かくて、とても安心できてしまうようで」

 

 貪るような交わりよりかは、ひたすらに甘い時間を過ごしたい。そう考えた一刀は、愛紗の唇をついばみながらゆるやかに腰を動かし始めた。

 

「んっ……ちゅぱ……ちゅる……」

 

 初めての快楽を味わいながら、少女の脳内は幸福で満たされつつある。他の誰にも見せたことのない緩んだ顔で接吻を受け、下腹部ではいやらしく男の剛直を抱く。

 恋人としてのこの空間は幻想的であり、普段隠している内面をいくらでも曝け出してしまいそうであった。

 

「愛紗、痛くはない?」

 

「は……いっ……! 奥のところご主人様にこんこんってされると、もっともっと昂ぶってしまいそうで……ッ!」

 

 その様子に安心した一刀は、ずるりと亀頭が抜けてしまいそうなところまで腰を引く。もしやこのまま肉棒が出ていってしまうのではないか。そんな心配が愛紗の顔に表れるが、当然ながらそれは杞憂に終わる。

 くすりと笑った一刀は、ついて来た膣肉ごと杭を打ち込むように最奥を突いた。

 予想外の快感に、ほんの軽く愛紗は意識を彼方へ飛ばしてしまう。良い反応を得られた一刀は、断続的にこの動きを繰り返していく。

 悶えるような快感があるわけではないが、余裕のある交わりでなければ少女のことを存分にかわいがってやることもできない。

 頭を撫でられながら再度深い口づけをされると、愛紗は顎を突き出して一刀の舌を求めた。

 

「ふうっ……ちゅるっ……。ごひゅじんしゃまあ……んんっ……ふわあぁあ……!」

 

「ん……。愛紗、もっとかわいいところ俺だけに見せてくれ」

 

 弾力のある尻を揉みながら、円を描くように一刀は少女の媚肉を揺さぶる。どちらも唇と舌はとろけきっており、愛しさが最高潮に達していた。

 

「ふぁい……。ちゅぱ……、ごひゅりんひゃま、ごひゅりんひゃま……!!!」

 

 舌を絡めながら話そうとする愛紗は、まるで舌っ足らずの幼児のようである。

 厳格な普段とのギャップは、肉棒にさらなる興奮をもたらしていく。限界までふくらんだ怒張は、ぎっちりと愛紗の肉壺を埋めていった。

 

「はあっ……んくっ……、ご主人様のおっきくてすごいです……っ」

 

「大好きな愛紗とこうしているから、馬鹿みたいにチンコ勃起させちゃうんだ……!」

 

 大きなストロークで突かれると、弾みで豊満な双球がぷるぷると揺れる。一刀はそれを両手でがっしりと鷲掴みにし、少女がさらに気持ちよくなれるよう刺激していった。

 

「ふわっ……ふああぁああ……! アソコも胸も、ご主人様に……くうっ……!?」

 

 快感のツボをいくつも穿たれ、愛紗は腰をくねらせてよがってる。鎖骨周辺に浮かんだ彼女の汗を舐め取りながら、一刀はさらにひくつく内部を愛していった。

 

「乳首もだけど……、ここもぷっくりしてきてるね」

 

 そう言いながら、敏感なクリトリスを一刀は指で弾く。するときゅうきゅうと膣壁が狭まり、肉棒を甘く締め上げる。

 小さな絶頂を繰り返しているそこは子種が欲しくて堪らなくなっており、吸い取るような動きをして射精をせがむ。もしここで子を為してしまえば今後の編成にも影響を及ぼしてしまうのだが、それを考慮できるほどの冷静さはどちらにもない。

 

「おちんちん……、ご主人様のおちんちん気持ちいいんです……っ!」

 

「愛紗の中もすごくいいよ……! 腰、止まらない……!」

 

 男女の荒い息遣いだけが、この空間を支配している。ラストへ向けて必死になって肉をぶつけ合い、互いに高めあっていく。

 愛紗は手に温もりを求め、一刀が両手の指を絡ませると嬉しそうに微笑んだ。

 ぱくぱくと開く鈴口は、絶え間なく我慢汁を垂れ流している。愛しい女を孕ませたい。雄としての本能が燃え盛り、最適な捌け口を探していた。

 

「出る……! 出すよ……愛紗……ッ」

 

「ください……ご主人様……!」

 

 一刀が咆哮すると同時に、子宮に多量の精液が流れ込む。ぶるぶると震える幹はマグマのような濃密汁を吐き出して、少女の中を塗り替えていく。

 身体を痙攣させながら愛紗は強烈な熱を甘受し、初めての大きな絶頂に意識を預けていた。

 ――ほどなくして肉棒の震えが収まり、安らかな口づけが交わされる。入れられたままの肉棒からも体温が伝わり、少女は心地よさを感じていた。

 

「すごくよかったね」

 

 一刀は愛紗の隣に寝ると、右腕を差し出してそこに頭を置くように視線を送る。

 愛紗は「失礼します」と申し訳なさそうに頭を乗せるが、その喜びは隠しようがない。かけた寝具の内側がふたりの温度によって満たされると、なんともいえない幸せな気持ちで覆われていく。

 

「はい……。朝になったらこれまでのことが夢だった、なんてことがなければいいのですが」

 

 肩の力が抜けた愛紗は、これまでとはまた違った魅力を見せている。

 少女の頬に手をやり、一刀は瞳を覗き込むようにしながら口を動かした。

 

「だったら、もっとくっついて寝ないといけないね」

 

 身をさらに寄せていき、直接全身の体温を感じ取る。情事で濃くなった体臭が、逆に落ち着きすら与えてくれていた。

 まだまだこうして同衾の時を楽しみたいものであるが、襲ってくる睡魔には抗えそうにもない。

 

「……おやすみ、愛紗」

 

 最後にもう一度だけキスをして、一刀はまぶたを閉じる。

 そして少女は恋人の髪に触れ、その諱を消え入りそうな声で呼ぶ。

 

「おやすみなさいませ、一刀さま……」

 

 寝台から出たあとは、そう呼ぶことはないだろうと愛紗は思う。だが、それでいいのだ。

 ただの愛紗では、兵の前に出ることなどできはしない。少女は関雲長の鎧を身に纏い、武威をもって軍を統率しなければならないのだから。

 苦しくなったら、またこうして抱きしめてもらえばいい。そんな安心感を持ちながら、少女は深い眠りにつくのであった――。



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十四(桃香)

「――ふんふふーん」

 

 鼻歌と共に少女の明るい色の髪が揺れ、手に持った桶の水がチャポチャポと鳴る。機嫌の良さそうな彼女が目指しているのは、とりあえずの主君となっている北郷一刀の部屋。

 特に武に秀でているわけではない劉備では、武官の真似事をしても危ない目に遭うだけである。さもあれ、なにもせずに一日過ごしているのも気分がもやもやとするばかり。

 そこで少女が思いついたのが、一刀の身の回りを世話することであった。

 

「北郷さま、もう起きてるかな? そーっと……」

 

 一応このことに関する了承は取ってあるが、念には念をというやつである。

 色事には困らない一刀のことであるから、誰かが寝台にいないとも限らない。その場合は一時的に撤退し、頃合いを見計らって出直す算段だ。

 ――ともかくこっそりと中を覗いてみよう。

 水をこぼしてしまわないように注意しながら、劉備は開けた扉から首から上だけを入室させる。そうして寝台のふくらみを確認すると、どうやら本日は一刀だけのようであった。

 

「うんうん、これなら大丈夫だね。……失礼しまーす」

 

 一安心といった感じの劉備は、いつものようにニコニコとしながら部屋の中へと入っていく。彼女は洗顔用の水の入った桶を床に置くと、寝台の端に腰掛けて穏やかに眠る一刀の顔を観察し始める。

 

「こうして見てると、北郷さまってちょっとかわいいかも……」

 

 目鼻立ちはすっきりとしており、好青年という印象を誰もが受けるであろう。劉備の彼との出会いは少々血生臭さかったが、忘れられない思い出となったのは確かである。

 ――手を伸ばして少し色素の薄い黒髪に触れれば、煩わしそうに眉根が動く。

 いつまでも、こうして一刀を眠らせておくことはできないのである。今日という日は烏丸を追い払った公孫賛の帰城予定日でもあり、客分として恥ずかしくない対応を取る必要もあろう。

 

「ふふっ、そろそろ起きる時間ですよー」

 

 頭上から優しく声をかけながら、劉備は一刀の肩に手をかける。何度か揺すればさすがに彼も起きるだろうと思ってのことであったが、それがまさかの事態を呼んでしまう。

 

「えっ……!? ちょ……、わわっ……!?」

 

 なにを勘違いしたのか、はたまたそういった夢のなかにいるのか。一刀は無意識に劉備の柔らかな身体を抱き寄せ、急なことに固まる彼女の背をそっと撫でる。

 顔を真っ赤にした劉備は抜け出そうとするが、驚きのために全身に上手く力が入らない。そうしている間にも一刀の左手は剥き出しの太腿に到達し、肉付きのよいそこに指を食い込ませていった。

 しかも彼女の腹の辺りには朝勃ちによって元気になった逸物が当たっており、否が応でも思考がそういう方向に行ってしまう。

 

「こんなのって……。ふあぁあ……!?」

 

 太腿で遊んでいた手は少しずつ上へと進んでいき、敏感な付け根あたりを焦らすように触れている。

 劉備はそのせいで艶っぽい声をあげてしまい、はっとして両手で口を塞いだのであった。

 

(こんなことほんとはダメなはずなのに、わたし気持ちよくなっちゃってる……? あっ……、また……ッ!)

 

 下着で隠された土手の横を指が通り、劉備の中にもっとしっかり触れてほしいという欲が生まれつつある。

 これが歯牙にもかけない男であれば、すぐに悲鳴をあげて助けを呼んでいるところだろう。だが――。

 

「んん……、はうぅう……やあぁあ……。北郷さまの指、くにくにってぇ」

 

 卑猥なマッサージを受けながら、少女は自身にとって北郷一刀がどのような存在であるのかを考える。

 かの青年は天の御遣いであり、危機から救ってくれた恩人でもあった。劉備とてまだ年若く、衝撃的な出会いをした故に心惹かれるのも無理はない。

 だがこうして一時的にとはいえ仕えているのは、それだけが理由ではないのである。

 ――彼の持つ真っ直ぐさや優しさと、ふとした瞬間に見せる悲しみを湛えたような目。芽生えた感情は日に日に少女の中で成長していっており、一刀の側にいるべきだと囁いてくるようであった。

 

「うわっ……!? そこはだめ……ッ、ひゃうぅうう!?」

 

 くりっとした目を大きく見開き、劉備は脳内を走る快楽の信号に背を反らす。下着の隙間から侵入した一刀の指は的確に秘所を捉え、膣口をこねるように愛撫していった。

 ここまでしておいて本当に眠っているのかと疑いたくもなるが、穏やかな寝顔は当初からなにひとつ変わっていない。

 やがてぴたりと閉じた秘裂をくすぐるように割り、一刀の指がにゅるりと第一関節まで門をくぐる。

 

「北郷さまの指がどんどん入って……。あうっ……いやっ……、くはうぅうう……!」

 

 地を這う蛇のごとく一刀の指はぐりぐりと動き、潤みだした膣内をゆっくりとかき混ぜていく。するとくちゅくちゅとした音が次第に大きくなり、瑞々しい果実を割ったように少女は下着を濡らしていった。

 

(こんなのダメだよ……。もうなにも考えられなくなっちゃう……!)

 

 思考がぼんやりとしてきた劉備は、一刀の空いた方の手を取ると自らの頬に持っていく。それは無性に彼の熱を感じたかったからであり、そうしていると沸騰しかけた感情は少し落ち着きを取り戻していった。

 

「ふえっ……? あむ……っ……んぐっ……!?」

 

 目を閉じて手のひらの感触と熱を確かめていた劉備であったが、その唇をやんわりとこじ開けて一刀の人差し指が乱入する。驚いた少女はどうすることもできず、鼻ですーすーと息をしながら口腔で蠢く指を舌で追い出そうとした。

 しかしそのことで逆に気をよくしたのか、指は舌を弄ぶようにうねり始める。

 

「あむっ……ちゅるっ……ふうぅうう……こほっ……!? これぇ、なんなのぉ……、ちゅぱ……」

 

 まるで性器へ奉仕するかのような舌使いを強制され、劉備は咳き込みながらも指を唾液で染め上げていった。

 ――わたし、いやらしいことを楽しんでしまっている。

 少女の自制心は段々と薄らいでいき、眠っている一刀の指でオナニーをするように腰をゆらゆらとさせていった。未貫通な奥はまだぴったりと閉じており異物の侵入を許さないが、入口付近だけでも彼女は充分感じてしまっている。

 埋もれた胸の突起はもどかしく疼く。ましてや漏れ出る桃色の吐息は、発情の証拠としてこれ以上ないものであった。

 

(ドキドキ止まらないよお……。北郷さまのことが好きだから、こんな風になっちゃうのかな……?)

 

 口内で淫らにじゅぽじゅぽと指をしごきながら、自らも快楽を求めて劉備は腰を動かしている。少女の放つ雌の香りは甘く華やかであり、睡眠状態にある一刀の雄の本能を奮わせていった。

 膣口をほぐしながら、無垢な割れ目に点在する肉芽を一刀の親指が潰す。どうしようもない快楽の電流が少女を襲い、淫らに覆っていった。

 

「はあっ、ふわっ……、それらめえぇえええええ……ッ!? んぐうぅううううううううう!?」

 

 指を吸い上げながらびくびくと腰を震わす劉備は、鞠のように大きな胸を一刀に押し付けながら絶頂してしまっている。

 肉欲に支配された少女は、虚ろな目をしながらもさらに一刀を求めようとして顔を近づけた。――のだが。

 

「ふえぇええっ!? あ、あの……これはね!?」

 

 ここに来てさすがに目の覚めた一刀は、驚くべき光景を起きがけの視界に入れることとなる。

 至近距離には乱れた息遣いの劉備がおり、なぜか左手からは生温かい感触が伝わってきていた。慌てふためく彼女は尋常な様子ではなく、桃髪が青年の頬をくすぐっている。

 

「…………………………ぐう」

 

 考えることを止めた一刀はこれは夢だと己に言い聞かせ、程昱も斯くやいう眠りで現実逃避をし始めた。

 今頃になって行為の恥ずかしさがこみ上げてきた少女は、雰囲気をごまかすようにつとめて大きな声を上げる。

 

「寝ないでっ!?」

 

「………………おおっ!?」

 

 劉備の声にびくりと肩を震わせた一刀は、これまた程昱に倣って目をぱちくりとさせている。その反動で膣内を埋めていた指がつるんと抜け、外気にさらされた入り口は名残惜しそうに粘つく門扉を閉じた。

 なにがどうなってこの状況を生み出したのかはわからないが、寝ている間に自分の指が悪さをしていたらしいことは一刀にも察しがつく。

 

「あのー、桃香さん?」

 

 羞恥から泣き出してしまいそうな劉備を見上げながら、一刀は慎重に声を掛ける。少女に触れている部分全てが気持ちいいのであるが、もはやそれどころではなかった。

 ――これは事と次第によっては、一発思い切りはたかれても文句は言えないだろう。

 一刀はそんな風に覚悟を決めていたのであるが、当の劉備にはそういった様子はなかった。

 

「――せ……に……って……さい」

 

「え……?」

 

 そっぽを向いてボソボソと話す少女の言葉は、途切れ途切れにしか一刀には理解できない。

 

「いいのっ! それより早く起きないといけないんですよ!?」

 

 身体を離した劉備はずれた下着を素早く直すと、相変わらず寝そべったままの一刀を強引に引き上げた。少女の胸の柔らかさが遠のいていき、青年はなんとなく寂しい気分となる。

 

「どうぞ、北郷さまっ」

 

 気を取り直し、本来の目的を果たそうと劉備は水桶を手に持つ。そこには清潔な布も添えられており、彼女の気遣いを表している。

 胸になにかひっかかったようなままの一刀は、訝しげな表情を浮かべながらも愛液らしきものが付着した手から清めていく。

 

「あのさ…………って」

 

 一刀が話しをするために目を合わそうとすると、劉備は途端にあらぬ方を向いてしまう。なにやら小動物のようでかわいくも思えてくるのだが、これでは取り付く島もない。

 

(ひとまずそっとしておくしかないか……。詳しいことはわからないけど、とりあえず折を見て謝ろう)

 

 青年はそのように思考を切り替えると、少女の差し出す白い上着を羽織って今日も天の御遣いとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 烏丸を退けた公孫賛は、どこか腑に落ちないような面持ちで馬に揺られている。小勢でありながらも粘り強く抵抗を続けた烏丸の軍勢。それはまるで、足止めの意思を持って行動しているようでもあった。

 

「だめだだめだッ。こんな浮かない顔で帰ったら、みんなが不安になるって」

 

 そうひとりごちながら、彼女は数回頭をぶんぶんと振る。「白馬長史」と渾名されるように、その乗馬は見事な白い体毛を纏っていた。

 彼女自身は赤みがかった毛髪を頭の後ろでまとめており、簡素な鎧と相まって小ざっぱりとした印象を受ける。腰に佩いている剣はこれまた良くも悪くも平凡なつくりをしていて、質実剛健ととるか地味にすぎるととるかは見る人次第といえよう。

 見慣れた居城の城門が近づくにつれ、今度も無事に帰ってこられたという安心感が広がる。

 北平城が急襲を受けたと聞いた際には肝を冷やしたものであるが、趙雲の進言で呼び寄せた天の御遣いがよい働きをしてくれたらしい。

 公孫賛自体かの者については半信半疑であったのだが、いまは礼も言いたいしどんな男か早く会ってみたいと思うようになっていた。

 

「うん……? あれは……」

 

 門の付近でぴょこぴょこと跳ねる桃色の人影。そのシルエットに、公孫賛は見覚えがある。

 その人影が、なにやら大声で叫んでいるようだ。

 

「白蓮ちゃーん! おかえりなさーい!」

 

「桃香ァ!? なんであいつがこんなところに……」

 

 両手を振って自身の帰城を祝う劉備を視界に捉え、公孫賛は驚きのあまり声を裏返らせた。

 あのぽわぽわとした雰囲気と、周囲を和ませる笑顔は忘れもしない。公孫賛と劉備は、かつて同じ人物を師と仰ぎ学んだ仲であった。

 

「えへへっ、久しぶりだね。元気そうで安心したよ」

 

 駆け寄ってくる劉備はどこか危なっかしく、それでいて疎遠となっていた時間の壁を感じさせない真っ直ぐさがあった。

 それでも走る度にぷるぷると揺れる双球は成長の証を明確に刻んでおり、あれには到底かなわないなと公孫賛は内心ため息をつくのである。

 

「まあ、こっちはわたしなりになんとかやってるさ。ところで……」

 

 家臣には先に兵らと共に入城しておくように命じ、公孫賛はひとり旧友の傍へ白馬を走らせた。その瞳には、少女の後方で静かに佇む男の姿が映っている。

 

「紹介するね、この方は北郷一刀さま。わたしがいまお仕えしている、天の御遣いさまだよ」

 

 優しげな風貌をしているが、がっしりとした身体つきから軟な男ではないなと公孫賛は思う。

 北郷という名と「天の御遣い」の二つ名は、趙雲から聞いて彼女もしっかりと記憶している。

 「天の御遣い」というからにはどんな人間が出てくるのだろうと心配もしていたのだが、一刀が自分たちとなんら変わらない姿であることに公孫賛は安堵した。

 一応目にしたことのない素材の衣を纏ってはいるが、それくらいは些細な問題だろうと彼女は気に留めない。色々と尋ねてみたいこともあるのだが、まずは援軍を感謝しなければならないと彼女は思っていた。

 

「お前が子龍の呼び寄せた天の御遣いか。今回の戦では助けられたな、礼を言わせてくれ」

 

 下馬して歩み寄った公孫賛は、一刀に対して軽く頭を下げる。そこには漢から地方を預かる人間だという下らないプライドは存在せず、彼女の人当たりのよさに一刀は内心さすがに桃香の友人なことだけはあると感心していた。

 

「困った時はお互いさまってね。それでえーっと、なんて呼べばいいかな?」

 

「感謝と親睦の意味も込めて、白蓮って呼んでくれ。しばらく当てにさせてもらうぞ、北郷?」

 

 真名をあっさりと許した公孫賛は、溜めるようにニッと笑う。

 使えるとわかったからには、放って置くつもりはない。なによりこれから世情は忙しなくなりそうであり、動かせる手勢が多いに越したことはなかった。

 

「それじゃ白蓮、これからよろしく頼む。……俺は先に戻ってるから、桃香はゆっくりしてくるといいよ」

 

 一刀はまたひとつ預かることとなった真名を記憶するように呼ぶと、さっと城門の方へ踵を返す。

 旧交を温めるのに自分は不要であろうという心遣いがそこにはあった。

 

「あっ……北郷さまっ、ってもう行っちゃった」

 

「北郷も案外お人好しなのか? まあそんな奴じゃなければ、桃香が一緒にいようなんて思わないか」

 

 去りゆく一刀の背を見ながら、公孫賛は笑顔で旧友をからかっている。こうして劉備と言葉を交わすのはなんだか懐かしく、自然と表情もほころんでしまう。

 

「もー、それってなんだかひどいよう。でも、白蓮ちゃんが言うならそうなのかもしれないね」

 

 今朝の出来事から続くもやもやは、劉備の胸中でいまも燻っている。

 せっかくの再会でもあるし、思い切って公孫賛に相談してしまおうか。少女はそう考えて、手を身体の前で組むとぽつりともらした。

 

「――ほんとのこというとね、わたし少し迷ってるの」

 

 このまま一刀と一緒に戦うことを選ぶか、それとも村へ帰って別の道を初めから模索するのか。そのことは劉備にとって近頃悩みのタネであり、なかなか周りに打ち明けにくかったことでもある。

 こういう劉備の姿はいままで余り見なかったこともあり、公孫賛は意外だなと思った。

 一度これだと決めたらそこへ向かって邁進できるのが劉備という少女で、自分にはなかなか真似できないところであると彼女は分析している。

 

「――おかしなこと聞くけど、桃香は北郷のことが好きだったりして?」

 

「ふえっ……!? い、いきなりでびっくりしちゃった……」

 

「その反応は怪しいなあ。だってさ、ここまであいつについて来たってことは、桃香なりにそうすることが間違ってないって思ったからだろう?」

 

 私塾時代はその性格から振り回されることが多かったため、劉備に一泡吹かせられたことは公孫賛にとって密かに痛快事であった。

 だが突拍子もない発言をしたのには、なにも理由がないわけではない。

 爛漫であり真面目である友人なだけに、志に私情を挟んでしまうのが気になったのではないか。そう公孫賛は考えたのである。

 

「うん……。北郷さまはたまに怖いけど、それって色んなことを覚悟しているからだと思う。だからあの人を側で支えてあげたい。そう思った気持ちは、きっと嘘じゃない」

 

 劉備の心情を聞いた公孫賛は、うんうんと頷く。

 そこまで考えられているのなら、彼女から助言できることはひとつしかなかった。

 

「迷うなよ、桃香。お前らしくもないぞ」

 

 こういう場合ははっきりと背中を押してやったほうがいい。そのように感じた公孫賛は、迷いの渦の中にある友人に対してぐっと手を差し伸べた。

 

「白蓮ちゃん……、うん……! やっぱり持つべきものは友達だね!」

 

 それまで元気のなかった劉備の表情が、ぱっと花の咲いたように明るくなる。そこには新たに生まれてきた決意や意気込みが表れており、公孫賛には眩しいくらいであった。

 喜びのあまり劉備は公孫賛の諸手をつかみ、ニコニコとしたまま上下に振る。

 

「吹っ切れたみたいだな。それなら今度はわたしの話しを聞いてもらうぞ!」

 

 北平周辺を預かる領主として、公孫賛にもストレスのたまることはいくらでもあった。それを気兼ねなく吐き出せるのは、やはり彼女にとって劉備が良き友人だからといえよう。

 

「うん、白蓮ちゃんのお話もたくさん聞きたいな!」

 

 公孫賛の口からは、政治を行う上での小さな諍いのことや、中央の人間に対する不満が次々に飛び出していった。漢朝中央の腐敗は地方の政治にも影響し、統治に不安定さを与えているのである。

 それは戦場に出て剣を振るう機会が増えていることからも明らかであり、先行きの不透明さはまるで暗闇を灯りなしで歩くが如しなのだ。

 

「子龍の奴も能力があるんだから、もうちょっと積極的に手伝えって話しなんだよ。それでさー」

 

 馬を引きながら、公孫賛は至極ゆっくりと歩いている。ぷらぷらと揺れるポニーテールは、出てくる言葉とは裏腹にどこか機嫌が良さそうに見えなくもない。

 

「あはは……。わたしの知らない間に、白蓮ちゃんもたくさん苦労してたんだねえ」

 

 友誼の空白を埋めるように、城内に戻る道中劉備は愚痴を聞かされ続けたのであった。



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十五

 ――こんこんこん。

 公孫賛の執務室の扉を、なにかが三度叩いたようだ。なんだろうと思った彼女が椅子から立ち上がろうとした時、外からようやく男の声がする。

 

「白蓮、入ってもいいかな?」

 

 おそらく先ほどの扉の音は声の主によるものなのであろうが、公孫賛にはそれになんの意味があるのかがわからない。

 それに呼び寄せたのは自分であるだけに、さっさと入ってくれればいいのにと少女は無頓着に思った。

 公孫賛がどうぞ、と返事をすると、少し苦笑いを浮かべながら北郷一刀がその姿を見せる。

 

「なあなあ、さっき扉を叩いたのってなにか意味があるのか?」

 

「ああ、あれはね」

 

 閉まった扉を見ると、現代にいた時の癖でどうしてもノックをして確認してしまう。そのようなことを聞いて、赤毛の少女は改めて青年が天の御遣いであることを認識するのであった。

 

「――まっ、楽にしてくれよ。茶も用意させてあるからさ」

 

 公孫賛の言葉に従って、一刀は執務用の机を挟んで対面するように置かれた椅子に腰掛ける。

 彼女は気のいいお姉さんといった感じであり、青年もそのスタンスに合わせていた。

 

「それでさ、北郷は今回のことをどう思う? 烏丸と黄巾のやつら、どこかで繋がっているんじゃないかとわたしには思えるんだが。あいつら、いつも以上に粘り強くってかなわないよ」

 

 一刀らに倣い、北平城を襲った集団のことを公孫賛のほうでも黄巾軍と呼称している。ことが彼女の懸念通りであれば、幽州の情勢はより厄介な方向に進んでしまうであろう。

 

「実際に戦ってきた白蓮がそう感じたのなら、連携を考えて警戒したほうがいいだろうね。他の州ではどうなっているんだ?」

 

「聞いた限りだと、奴ら洛陽あたりにも出没しているみたいだな。黄巾軍を恐れた朝廷が、涼州から董なんとかって将を呼び寄せたって話しだ」

 

 各地で時を同じくして大規模な蜂起をみせた黄巾軍の牙は、漢の首都まで迫ろうとしていた。都が賊軍に侵されることなど許さないと躍起になった朝廷は、涼州で頭角を顕しつつある董卓をその守護に招いている。

 涼州から召喚された将があの董卓だということを察し、一刀の表情がいくばくか険しいものとなった。その名は三國志を知る者なら誰もが戦乱の発端として思い浮かべるものであり、これからの行く末に確実に影響を与える存在となろう。

 

(董卓か。そもそも男か女かすら知らないけど、ここの世界ではどんな人物なんだろう)

 

 暴虐の嵐をもたらす奸雄か、それとも豪胆であり強かでもある英雄か。しばし一刀の意識は、董卓の人となりを想像することに向かっていた。

 

「おーい、聞いてるのかー? 無視する奴にはこうだぞー?」

 

 身を乗り出した公孫賛は、手を伸ばしたかと思うと青年の片頬をつねる。

 驚いた一刀がきょとんとした目をしていると、彼女はかわいらしくぷっと吹き出した。

 

「なんだよ、北郷もこんな顔できるんだな。これは桃香にも教えてやらないと」

 

 おかしそうに笑う公孫賛の自然な表情に、一刀は少しどきりとしてしまう。肩口から腕にかけて大胆に肌をのぞかせる衣装も、いまはより魅力的に映っていた。

 この世界で出会う女性は本当に美人が多く、油断をすればすぐに惹き寄せられてしまいそうになる。その中で彼女のように主張の激しすぎないタイプはむしろ貴重であり、一刀は思わず櫛通りの良さそうな髪に手を伸ばしてしまいそうになった。

 

「――白蓮殿、茶をお持ちいたしましたぞ……と、おや? これはこれは、この趙子龍としたことが来る時期を読み違えましたかな」

 

 あらぬ方向に進みかけたその場へと、ふたりの闖入者があらわれる。接近している公孫賛と一刀の姿を見るや、茶杯を乗せた盆を手に持った趙雲がこれは面白そうだとばかりにニヤついた笑みを浮かべた。

 

「いい雰囲気に水ではなく、お湯をさしてしまいましたねー。それにしても、ご主君さまの手の早さには風もお手上げなのですよお」

 

 茶瓶をくるくると回しながら、程昱は口元を手で隠して笑っている。手の早いのは同時にそれだけ懐に飛び込めているということでもあり、彼天性の性質だと少女は思っていた。

 それぞれの主君をからかいながらも、ふたりは手際よく持ってきた茶を杯にそそいでいく。すると独特のよい香りが杯から立ち上っていき、直接飲まずとも場を和やかにしてくれるようであった。

 

「ま、まあせっかくだし飲んでくれよ! というかわたしは星に茶を頼んだ覚えはないぞ!?」

 

 赤面しながら身体を引っ込めた公孫賛は、動揺を悟られまいとして一刀に茶をすすめる。

 実際彼女が給仕を任せたのは侍女なのだが、ふと通りかかった趙雲がその役目をやや強引に引き受けてしまったのだ。

 そのようなことを程昱が説明すると、こういったことがよくあるのか公孫賛はげんなりとした表情で飲みごろになった茶をひとくち啜る。

 

「うん、美味しいよ。俺の国のものとは風味が違うけど、淹れた人が上手なんだろうな」

 

「くふふー。ご主君さま、もっと風のことを褒めてくださってもよろしいのですよー?」

 

「おっ? ならばこの趙子龍のことも、存分にお褒めになっても構いませぬぞ。なに、わたしはその程度で籠絡されたりはいたしませぬゆえ心配めされるな。ほれほれ」

 

 まさに旧知の間柄ならではのコンビネーションといったやつであり、ふたりは至極楽しそうである。

 これはどうツッコんでやればいいのだろうかと一刀が逡巡していると、机に突っ伏していた公孫賛がついに爆発した。

 

「お前らいい加減にしやがれー! これ以上ぐだぐだ言うなら、力づくでも追い出してやる!」

 

 気炎を上げた公孫賛は、いまにも飛びかからんとする勢いである。これには一刀もなだめようとして席を立ったが、この流れすらも心得ているのか趙雲は変わらず飄々としていた。

 

「おお怖い怖い。風、このままでは白蓮殿に無礼討ちにされてしまうぞ?」

 

「それは困ってしまうのですよお。ならば星ちゃん、ここは逃げるが勝ちというやつでしょうか」

 

 ころころと笑うふたりは、会談の場を荒らすだけ荒らして一瞬の間に去ってしまう。

 自分に対してはともかく公孫賛にもあのような態度をとってしまうのはどうなのかと一刀は思うが、これも彼女なりの主従のあり方なのだろうと納得する。

 普段いまのようにふらふらとしているようでも戦場では卓越した槍さばきを見せるのだから、やはり趙雲は侮れない存在であった。

 それだけに公孫賛もある程度の振る舞いは大目に見て、かの勇将を手元に置いているのである。

 

「あいつらまったくなんだってんだよー。参軍があれだと、北郷も苦労してそうだなあ」

 

「そうはいってもみんなあっての俺だからね。それに風にだっていじらしいところはたくさんあるし、すごくかわいいんだよ?」

 

 軽い冗談をのろけ話で返されるとは思ってもみなかったらしく、公孫賛はつい頭を抱えたくなってしまった。

 確かに少女らあっての北郷一刀ではあるが、その逆もまた然りであるといえよう。

 

「はあ……、もういいよ……。それでさ、北郷」

 

 会話を仕切り直すような公孫賛に、一刀はそういえばまだ本題を聞いていないことを思い出す。要件が緊急でないことくらいは少女の様子から読み取れるが、一刀には呼び出された理由がここまでピンときていなかった。

 

「明日の昼前からでいいから少し付き合えよ。一緒に街を見て回ってほしいんだ」

 

「ふたりして街へ行くの? まさかデートのお誘いではないだろうけど」

 

 青年の口から出た「デート」という単語の意味がわからず、公孫賛は首をかしげる。そういえば少女たちとまともにデートのひとつもしてあげられていないなと一刀はぼんやりと考えるが、赤毛の少女がそのことを言っているはずはないだろうとも思う。

 

「いや、別に変な意味じゃないからな!? ただ、民たちを慰撫してやろうと思ってだな……」

 

「ああ、そういうことか。それなら喜んで付き合うよ」

 

 公孫賛からはっきりとした目的を聞いて、一刀はようやく得心がいった。襲撃を受けて北平の民衆もなにかしら不安を抱いているであろうし、力になれることがあれば協力したい。

 すぐに快諾した一刀に今度は屈託のない笑顔で返すと、公孫賛は残った茶を一息に飲み干すのであった。

 

 

 

 

 

 

 ――翌日。空はよく晴れており、出かけるにはうってつけの気候である。

 待ち合わせ場所に先に到着していた一刀は服に汚れがついていないか確認し、髪に乱れがないか手で触って確かめていた。別段個人的な用で遊びに行くというわけではないが、多少意識してしまうのは無理もないことであろう。

 

「よっ、北郷。待たせたか?」

 

 そこに発案者である公孫賛が現れた。少女は普段どおりの格好をしているが、香で匂い付けをしてきたのかふと良い香りが一刀の鼻孔を抜ける。

 

「全然。それじゃ行こうか」

 

「おう。よろしく頼むぞ、天の御遣いさま」

 

 先行して歩きだした公孫賛に歩調を合わせ、一刀もすぐ隣でついていく。北平の街も現在は落ち着きを取り戻し、住民たちは平穏な日常を送っていた。

 

「こりゃあ御遣いさま! よろしければうちの店によっていってくださいな!」

 

 この地を治める公孫賛に負けぬほど、黄巾軍を撃退した天の御遣いの名声は高まっている。民たちは一刀の特徴的な装いを見つけるとこぞって声をかけ、感謝を述べる者も多かった。

 

「天の御遣いが人気になっているとは聞いていたけど、ここまでとはなあ。これじゃあわたしの影が薄くなってしまいそうだよ……」

 

「おいおい白蓮、慰撫に行こうっていった張本人がそんな風になってたらどうしようもないぞ。ほら、笑って笑って」

 

 公孫賛と一刀が並び歩いている様子は、民たちに大きな安堵感を与えている。青年にそう促されると、少女は笑顔を作り周囲によく見えるように高く手をふった。

 

「その調子で頑張ろう。みんな白蓮の元気な姿を見れば、きっと安心してくれるさ」

 

「おう! わたしだって北郷に負けないからな!」

 

 妙な対抗心を燃やした公孫賛は、それからしばらく張り切って民たちに声をかけて回った。普段からこういった接し方をしているためか、時には叱咤や激励の言葉をかける者すらいたほどである。

 それらの意見に耳を傾け真剣な表情で受け止めている少女を、一刀は尊敬の混じった眼差しで見つめていた。

 

「――なあ北郷、腹は空いてないか? 少し休憩しよう」

 

「ん、そうだね。そろそろいい時間か」

 

 言われてみれば、虫が鳴き出しそうな程度には腹が空いてしまっている。それではどうしようかとあたりの店を一刀が見回していると、ちょうど点心が蒸し上がったのか店主が蒸籠のフタを開けて確認をしているところと遭遇した。

 釣られるように覗き込んだふたりと目があい、店主のオヤジはニンマリと笑う。そして日頃のお礼にと肉餡の詰まった点心を包み、公孫賛に手渡したのであった。

 

「いやいやタダはだめだって。ここはわたしが払うから、北郷ちょっと持っててくれよ」

 

「オッケー、よっと……。それにしても、みんな元気そうでよかったな」

 

 生真面目に対価を払う少女に笑いかけながら、一刀は先までの光景を思い出した。手にした包からはうまそうな匂いが漂っており、それに反応してにじみ出た唾液を青年はごくりと飲み込んでいる。

 

「こうして近くに天からやってきた人間がいるんだ。そいつが自分たちを守ってくれたとなれば、おかしな方向に行くやつも少なくなるさ」

 

 そう言いつつも一刀から受け取った点心をひとくち齧り、公孫賛は幸せそうに頬を緩めていた。こうした当たり前のことを守るために戦っているのが、彼女という人である。

 

「あー、そのことなんだけどさ。ちょっと白蓮に相談しておきたいことがあって」

 

「ん? なんだよ?」

 

 実は北平を黄巾軍から守ってからこれまで、北郷軍として共に戦いたいという者がちらほら出てきていた。そのこと自体は一刀にとって誠にありがたい話ではあるのだが、まさか領主に無断で民を徴発などできようはずもない。

 これは郭嘉や程昱からも早急に折り合いをつけるべきだと念を押されていることでもあり、話の流れに乗って一刀は切り出したのである。

 

「うーん、そうかあ。まあそうなるのもおかしくはないよなあ」

 

「だめならしっかり話をつけて帰ってもらうから、そこは心配しないでくれていい。ただでさえ食料だったりを工面してもらっている分際だし」

 

 これにはさすがの公孫賛も悩んでいる様子であるが、こればかりは断られても仕方のない相談だとは一刀も思っていた。参軍たちからはなんとか話を通してほしいとは言われているが、簡単な問題ではない。

 そうして湯気の落ち着いた点心を咀嚼しながら、青年は回答を待っている。公孫賛は瞑目し、眉間に指を当てながら投げかけられたことについて思案していた。

 色々と問題があるようにも感じるが、一刀には恩もあるわけであり支援してやりたいという気持がある。

 話している限りでは国の転覆など狙っているようには思えないから、あとは自身の裁量にかかっていると公孫賛は思った。

 

「…………わかったよ。でも、あんまり無茶苦茶にはしてくれるなよ?」

 

「えっ、ほんとにいいの……?」

 

「ああ、後になって反故にしたりはしないから安心してくれ。黄巾軍に回られるならともかく、北郷のところなら要はわたしの味方だろ? それなら願いを叶えてやったほうが、反発も少ないだろうしさ」

 

 少々渋面を作りながらも、公孫賛は複雑な気持ちを点心と一緒に丸呑みしていく。一刀からすればありがたいの一言に尽きるのだが、厚遇してもらうからには働きで返さねばならない。

 

「恩に着るよ、白蓮。ありがとう」

 

「いいって。ほら、これ食ったらもうひと回りするぞ!」

 

 少女に急かされながら、一刀は残りの点心を頬張った。腹が満たされると、自然につぎの行動をするためのやる気が湧いて出てくるものである。

 

「よしっ、今度はあっちの方に行ってみるか。ほら、白蓮」

 

 無意識に一刀は少女の柔らかな手を掴み、そのままずかずかと歩きだした。急なことであり公孫賛は驚いたが、こうして先導されるのも悪くないと思ってしまっている。

 

「まったく、仕方のない奴だな……」

 

 なんとなく劉備が青年のことを慕う理由がわかってきたような反面、いま浮ついているわけにはいかないという自戒の思いも公孫賛のなかに浮かんでいた。

 ただそんな微妙な気持ちを知ることもなく、しばらく一刀は少女の手を握ったままでいたのである。



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十六(桃香)

 城壁の外で干戈を交えるふたつの部隊。ひとつは十文字旗を掲げており、もう一方は趙旗を揺らしていた。

 ――ちぇすとおおおおおおおおおおおお!!!!!

 十文字旗を掲げる部隊、すなわち楽進率いる天衛兵である。その集団が突撃を開始すると同時に、腹の底から絞り出すような声を発していた。

 

「おわっ……!? 北郷、いまのはなんだったんだ?」

 

 城壁の上からその様子を観ていた公孫賛は、思わず隣に立つ一刀のほうを振り返る。趙雲の指揮する公孫賛軍に比べれば天衛兵はまだまだ練度不足であるが、その気合だけは正規兵にも負けないものがあった。

 

「凪からなにかいい突撃用の掛け声はないかって尋ねられたんだけど、それならあれがいいかなって」

 

 それ自体に特別な意味があるわけではないが、発すればなんとなく感情が昂ぶってくるような不思議な言葉である。

 「ちぇすと、ちぇすとー?」と教わった言葉をかわいらしく反駁する楽進は微笑ましかったが、いまは声を荒げて兵らを鼓舞している最中であった。

 互いに殺傷力のない木製の武器を使用し、実戦さながらの打ち合いをしながら練度を高めていくことが目的である。特に北郷軍のほうは新規に入隊した者も多いので、こういった機会は貴重であった。

 

「お兄ちゃんの生国の言葉……なんだよね? うー、シャンよく見えない」

 

 壁の高さが邪魔をして、背の低い徐晃には戦闘をしているところがはっきりと見えていない。それならばと一刀は身体をかがめ、少女の足の間から頭を出すと肩車をして持ち上げてやった。

 

「わわっ……、お兄ちゃんに乗ってるとすごく背が伸びたみたい。それにシャン、ちょっと飛んでるみたいかも」

 

「おっと、暴れたらだめだからね。普段使ってる人って俺の地元でもほとんどいないとは思うけど、なんか特別感があっていいだろ?」

 

 興奮してぱたぱたと足を動かす徐晃のことを諌めながら、一刀は奮闘する天衛兵に目を移している。その首筋には下着の布越しにでもわかる少女のやわらかな部分が触れており、邪な思考が湧いては消えていくのであった。

 

「あっ……だめ、お兄ちゃん……。そんなところ、くにくにってされたら……」

 

 知ってか知らずか徐晃の方からも一刀の頭を抱えて密着度を増加させていくので、わざとでなくても時折敏感な部分を後頭部で刺激してしまうのである。

 

「そうですねー。いかにも天の御遣いの軍勢という感じがして、よろしいのではないでしょうかー。あ、稟ちゃん稟ちゃん」

 

 同じく訓練を観戦している程昱はそんな感想をもらした。そして肩車をされている徐晃のことを羨ましそうに見つめる親友の袖を引っ張ると、小さな声で忠告をしたのである。

 

「香風ちゃんの真似はさすがにやめておいたほうがいいと思いますよお? あのご主君さまのことですから、頼まれれば無理にでもされるのでしょうが」

 

「だ、誰がそのような……ッ!? ……って寝ないでください!」

 

 ものの数秒で鼻提灯をふくらませている程昱にツッコミを入れつつ、郭嘉は乱れかけた心の内をひと呼吸ついておさめていく。

 あの夜強引に抱かれてから、少女は以前にも増して一刀のことを意識してしまっている気がしてならなかった。そんな気持ちを発散するためにも早く肌を合わせたいと願っているが、いかんせん競争相手は多い。楽しげに肩車をされている徐晃も、まさにそのうちのひとりであった。

 

「稟ちゃんさえよければですけど、今度一緒にご主君さまにかわいがってもらいましょうか。普段と違ってきっと楽しいと思うのですよー」

 

「なっ……、風と一緒にですか……!? あんなところやこんなところを見せあって……ああ……」

 

 小声でささやく程昱の言葉に、郭嘉は思わず鼻の付け根をぐっと抑える。ふたりして一刀にあられもない姿を晒している場面を瞬時に想像してしまうと、普段の倍は興奮してしまうようであった。

 少女らがそんなやり取りをしている間にも模擬戦は進み、公孫賛の軍勢が最終的には押し切りつつある。敗戦濃厚なことで楽進は悔しそうであるが、ここから活かせることは多い。

 

「――ご主人様、白蓮殿! 黄巾軍が再び現れたようです、ただちに練兵を中断いたしましょう」

 

 城壁に続く階段を駆け上がってきた様子の関羽が、ふたりに敵軍出現の報告があったことを知らせる。

 すぐさま部下に出陣の用意をするように命じた公孫賛は、北郷軍からも兵を出してほしいと依頼した。前回の轍を踏まぬよう、今度はそれなりの兵力を城に残しておくつもりなのである。

 

「愛紗、俺たちも出るよ。香風は念のために城の防衛に回ってくれるか?」

 

 一刀の頭上にいる徐晃はうんと頷き、身軽に肩から飛び降りた。そんな少女の短いスカートからは、チラチラと縞模様の下着がのぞいている。

 城壁を下って兵たちのもとへ向かっている最中、一刀は近頃世話を焼いてくれている少女と出会った。彼女も軍が出撃することをわかっているらしく、どこか心配そうでもある。

 

「ちょっと行ってくるよ。桃香は城で待っていてほしい」

 

「うん……、わかりました。怪我、気をつけてくださいね」

 

 待機を命じられた劉備は、少し寂しそうな反応を見せた。自身が戦いで関羽や張飛のように働けないのは理解しているが、できることなら一刀の側に同行したいという思いがある。

 

「――誰かが帰るべき場所にいてくれるっていうのはありがたいことだよ。それが特別なひとなら、なおさらだ」

 

 少女の頬に手を当て、目線を合わせながら一刀はそう言い切った。何度見ても、劉備の大きな碧色の瞳には、他者を惹き付ける魅力が宿っていると一刀は思う。

 青年自身それに魅了されたからだというわけではないが、いまより強く彼女とつながりを持ちたいと心が求めはじめていた。

 

「ふえっ……!? あの……、それって……」

 

「ごめん、ほんとに急ぐから。香風のこと、よければ手伝ってあげて!」

 

 劉備の頭をぽんぽんと撫でると、一刀はそのまま走り出していく。ある意味告白をされたまま置いていかれてしまった少女は、徐晃が通り掛かるまで固まったままでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 その夜。単独で行動していた黄巾軍を撃破した一刀たちは、大きな損害もなくその日のうちに北平へと帰還したのであった。実戦をくぐり抜けることで兵士にも自信がついてきており、それが軍全体の統率にもつながっている。

 そして労いをして回っていた青年がようやく部屋へと戻ってくると、そこにはすでに明かりが灯されていた。

 誰かが気を利かせてくれたのだろうと考えた一刀が座って一息ついていたところ、夜目にも明るい桃髪が開いた扉から見せる。

 

「お帰りなさい、北郷さま。お腹空いてる……よね?」

 

「あ、ああ。それはもちろん」

 

 見れば劉備は、皿に乗った握り飯を持っていた。彼女と料理の組み合わせとなると背筋に嫌な汗が流れそうになる一刀であったが、少女はそれを全力で否定する。

 話を聞いてみると城の侍女にも準備を手伝ってもらったらしく、それならばいつぞやのことのようにはならないだろう。劉備は空いた手で椅子を一刀の隣にまで持っていくと、少し緊張した面持ちで握り飯をすすめた。

 

「お、うまいな、塩加減がいい具合だ。……桃香がこんなに頑張ってくれたのに、疑ったりしてごめんな」

 

「えへへ、許してあげちゃいます。北郷さまに喜んでもらえるのが、何よりだもん」

 

 ニコニコ顔を少女に癒やされながら、一刀は他のものにも手を伸ばす。その中には炒めた野菜などの具材が詰められており、ちょっとした驚きとともに幸せな感覚を青年にもたらしてくれるのである。

 やがて空腹も追い風となって、二個三個と一刀はあるだけの握り飯を平らげてしまったのであった。

 

「――ごちそうさま。また、作ってもらいたいな」

 

「ほんとにっ……!? それならもっともっと練習して、美味しいお料理作れるようにがんばりますね!」

 

 喜びのあまり、劉備はすぐ隣の一刀へ思わず抱きついてしまう。日中の話が中途半端なまま終わってしまっていることもあって、ここは思い切って甘えてみようかと少女は決心したのである。

 それをやんわりと受け止めた一刀は、少女の桃髪を撫でながら次の言葉を待った。

 

「北郷さま」

 

「ん……なにかな」

 

 青年の手の動きをくすぐったそうにしながら、劉備は思いを固めた瞳を向ける。もうどこにも、少女の気持ちを妨げるものはなかった。

 

「わたしの……、ご主人様になってください。北郷さまやみんなと一緒に、わたしも戦っていきたいんです」

 

 劉備への返答は言うまでもない。一刀は指で軽く顎をあげさせ、緊張で乾いた唇にそっと口づけた。

 少女はぎゅっと拳を握って飛び跳ねそうになる心臓を抑え、初めてとなる異性からの接吻を甘受している。一刀が食むようにして唇を求めると、劉備も懸命に真似をしてちゅうちゅうと吸い付いていく。

 しかし段々と息が苦しくなってきたのか、劉備はぱっと身体を離してしまった。

 

「俺の目指すべきところ、桃香も一緒に探してほしい。……それと、息なら鼻ですればいいよ」

 

「あ……、えへへ……。それならもう一回しよ、ご主人様……?」

 

 一刀からの願いと指摘に顔を赤くすると、少女は自分から唇を近づける。

 首の後ろから肩に手を回し、逸る気持ちをこらえながら唇を吸っていく。劉備の熱をしっかりと感じながら、一刀はそのむっちりとした肉体を抱き寄せた。

 

「ご主人様も、ちゅうってするの気持ちいいの……? わたし、夢中になっちゃいそうかも……」

 

「うん……、俺もすごく気持ちいいよ。桃香の身体もこんなにやわらかくて、もっとくっついていたくなる」

 

 すると青年は舌でちょんちょんと少女の唇をノックし、それを空いた隙間からするりと内部へ入り込ませる。同時に丸みを帯びたヒップを手のひらで撫で、彼女の驚くような反応を楽しんでいた。

 

「ご主人様の舌がにゅるってぇ……。はむっ……ちゅぷ……っ」

 

「もっとふたりで気持ちよくなろう、桃香」

 

 一刀から情熱的な視線を向けられて、劉備の鼓動はさらに高鳴りを増していく。誘われるように彼の膝の上に居場所を移すと、背中をぴったり胸に合わせるのであった。

 

「ちゅう、ちゅぱ……っ。はうぅ……、ちょっと恥ずかしいよお」

 

 キスを途切れることなく重ねながら、一刀は少女の胸のラインが浮かぶ衣服をまさぐる。そしてぷちぷちと留め具を外していくと、下着に包まれながらも存在感抜群の乳房が姿を現した。

 

「すごいな、こんなに手からはみだして……。これも脱がすからね?」

 

 少女の首筋に吸い付きつつも、一刀は下着をゆっくりと外していく。外気にさらされたそこは恥じらうようにしてわずかに赤らみ、露出されるはずの乳首もすっかり頭を隠してしまっていた。

 

「やっ……、そこはあんまり見ないで……」

 

 自らの陥没気味の乳首にコンプレックスを感じているのか、劉備はいやいやと首を振る。安心させるように一刀は強く舌を絡ませ、ぷっくりとふくらんだ乳輪を指で揉み込んでいった。

 外に突起が出ていなくともしっかりと感じてはいるようであり、時々爪でなかをいじるようにして一刀は愛撫を続ける。

 

「はうっ……、おっぱいコリコリってされるの気持ちいいの……。ご主人様の手付き、すごくいやらしいよお」

 

「いやらしいことしてるんだから当たり前でしょ? それにほら……」

 

 丹念に刺激を受けた乳輪からは、乳頭がちらりと先をのぞかせていた。劉備は感じているのが明らかになってしまうのが恥ずかしいようで、青年から顔を背けてしまう。

 

「桃香のよくなっているところ、俺にしっかりと見せてほしい。乳首も赤くなって、触ってほしそうにしてるね」

 

 そう言うと一刀は二本の指で出てきたばかりの突起を優しくつまんで、くりくりとねじるようにいじった。普段刺激を受けていないそこはかなり敏感になっており、その程度の愛撫だけでも劉備は肩を震わせている。

 

「ああ……っ、ああ……あ。ほんと、恥ずかしくて……おかしくなっちゃう……!」

 

 しっかりと勃起した乳首は、乳輪よりも赤く色づいてより主張を強くしていた。一刀は指に唾液をつけると、左右同時に弾くように擦っていく。

 唾液によるぬるっとした感触と、敏感な恥部を責めたてるような感触。そのふたつの刺激は神経を通り抜け、快楽となって少女の理性を犯していった。

 

「乳首だけでこんなに感じてしまうなんて、桃香はいやらしい子なのかな? もっとも、俺はそういう子も大歓迎だけどね」

 

 とろけるような劉備の痴態は、一刀の性的興奮を否応なしに駆り立てていく。

 やわらかな彼女の身体が触れている部分が全て気持ちいい。欲情した一刀の分身はズボンを突き破らんとするばかりに大きくなっており、無為な拘束からの解放を求めていた。

 

「ひゃっ……!? これ……、ご主人様のおちんちん……?」

 

 片手で乳首の刺激を続けながら、一刀はチャックの隙間から剛直をさらけ出している。篝火によるほのかな灯りで浮かび上がった男性器はどことなく不気味であり、劉備は目を白黒させながらその様子をうかがっていた。

 

「桃香の乳首が気持ちよくなって大きくなってるのと同じだよ。これでおあいこでしょ?」

 

「そうなんだ……。ご主人様もわたしと一緒……、えへへ」

 

 そう教えられた劉備は、嬉しげに指でちょんちょんと亀頭を揺らす。それに反応した肉棒がびくりと跳ね上がると、少女は小さく驚きの声を上げるのだった。

 一刀からすれば、もっと触れてほしくて仕方がないのである。乳頭への刺激を弱めながらも少女の耳を甘噛すると、青年は己の願いを直情した。

 

「桃香の指で、しっかり包み込むようにしごいてくれないか? 一度抜いておかないと、優しく抱いてあげられる自信がないんだ」

 

 ぞくりとするような感覚。声と舌によって少女の思考を絡め取り、一刀は自らの望むペースで情事のリードを続ける。

 恋人との甘くとろけるような初めては劉備にとっても憧れのひとつであり、そのためとあらば奉仕のひとつやふたつは望むところであった。少女はまるで自分の股の間から生えているような肉棒に両手を伸ばし、要望通りに亀頭と竿を覆う。

 そこは女性の肉体ではありえないほどゴツゴツとした形状をしており、興味深そうに彼女は形を確かめている。

 

「んっ……。このおちんちん、わたしのなかに入っちゃうんですよね? すごく大きいけど、大丈夫かなあ……」

 

 先走りで濡れはじめた亀頭に触れつつも、劉備はそんな心配をもらした。ほとんど周知の事実とはいえ、この場で幼い張飛の膣にも挿入できたから問題ないというわけにもいかない。

 一刀はこの日初めて乳房以外の部分に触れると、その濡れ具合からも情交に支障がないことを確信した。

 

「怖がらなくても大丈夫だよ。それにほら、桃香のここは胸だけでぐちょぐちょになってるくらいだし」

 

「これはその……、ご主人様の触り方がいやらしいからで……」

 

 眼前で指に粘つく愛液を見せつけられ、劉備は肉棒を握りながら赤面する。濡れやすい体質なのであろうが、本人にとっても知らなかったことであり羞恥の感情が湧き上がった。

 

「手、止めちゃだめだよ? 桃香の大好きな乳首と一緒におまんこもしてあげるから、ね」

 

 その言葉通り愛撫を再開させた一刀は、薄っすらとした陰毛の茂った恥丘をくすぐるように撫でる。

 敏感な濡れ方からして少女に才能があるのは明らかであり、青年は複数の指を入り口から侵入させていく。快感に震える劉備は、ぎこちない動きながら手に余る肉棒を懸命に上下に擦っていた。

 普段であれば弱すぎる程度の刺激であるが、感情が昂ぶっている一刀にしてみれば充分な気持ちよさである。蜜壺から流れ出る愛液が竿の上に垂れ落ちる感触が、より気分的な快感を高めていった。

 

「ご主人様……はあっ……。おちんちん、わたしの手の中でどんどん硬くなってるよお……」

 

「桃香だって、さっきよりもずっとぬるぬるが増えてるよ。おまんこの中、ちゃんと気持ちよくなれてる証拠だ」

 

 愛液の涙を垂らしながら、劉備はいやらしさと硬さの増した肉棒を射精へ導こうとしている。ぬめる亀頭の先の手のひらでぐりぐりと押しつぶしながら、竿に浮いた血管を刺激するように摩擦していく。

 

「上手にできてるよ、桃香……! どうせなら、ふたりで一緒にいこう……!」

 

 敏感な乳首と陰核、その両方を強く刺激されて少女は快楽に喘いでいる。先ほどから脳内は霧がかったように思考が薄れており、ただ一刀と気持ちよくなることしか頭にはない。

 一刀のほうは絶頂のタイミングを合わせようと、少女の与えてくる快楽を身体に力を入れてやり過ごしていた。

 

「ひゃう、んんっ……。わたし、わたしいぃいいいいい……!!!!!」

 

「そのままどんどん気持ちよくなればいい。桃香のことは俺がしっかり掴まえておいてあげるから」

 

 そのまま唇を奪い、一刀は濃厚に口内で唾液を絡ませていく。劉備の限界はもうすぐそこまでやって来ていて、ほんのわずかな切欠でも引き金となりそうなほどであった。

 

「熱い、ご主人様のおちんちん、すごく熱いの……。んんんんんぅううううううう!?」

 

 ガタガタと椅子を鳴らしながら射精直前の肉棒で秘裂を擦り上げられた劉備は、肉棒を無遠慮な力でしごきながらオーガズムを迎えていた。

 

「俺も出る……ッ。ぐうううぅううううう……!」

 

 それによって一刀もたまらず精液を高々と放ち、噴水のように舞ったそれは少女の衣服を汚していったのである。派手にイッた劉備はほとんど放心状態であり、熱い粘液が降り注ぐ様をただぼーっと見つめていることしかできなかった。

 しばらく彼女の身体は弱々しい痙攣を続け、イクという感覚を脳内に刻みつけていったのである。

 

「はあ……、はあぁあああああ。ご主人様ので、べとべとにされちゃったね。でも、とっても気持ちよかったの……」

 

「それならよかった。でも、まだこれで終わりじゃないから」

 

 息を整えた一刀は、ふっと笑うとイッたばかりの膣口を指を使って拡げていく。そしてどろどろになった性器同士を合わせると、緊張で口を真一文字に結ぶ少女へ向けて宣言した。

 

「入れるよ、桃香。もしも我慢できないくらい痛ければ教えて」

 

 彼女がうんとうなずいたことを確認すると、硬度を維持したままの亀頭が入り口をずるりと抜けていく。太いものが通り抜けていくから多少の痛みは存在しているが、しとどに濡れた膣内はむしろ男の来訪を歓迎しているようであった。

 

「こんなに出したのにまだカチカチだなんて、ご主人様ってすごいんだね……。わたしのアソコ、ぐいぐい拡げられて…………くうっ!?」

 

 閉じた膣壁をみちみちとこじ開けながら進まれ、劉備は時折表情を歪めてしまう。しかし青年とつながること自体への悦びは大きく、身体を愛撫されることで痛みは中和されていった。

 

「もう少しで一番奥まで入るよ。おまんこぬるぬるですごいね……っ」

 

「う……んっ! きっとご主人様が入ってきてくれるのが嬉しくて、わたしの身体反応しちゃってるんだよ……!」

 

 破瓜の血と、それ以上に分泌されていく愛液。それらが潤滑油の役割を果たし、一刀の太い肉棒をみっちりと飲み込んでいく。

 亀頭が最奥まで到達した頃には、すでに少女のなかで痛みより快感が勝っていた。

 

「ね、ご主人様もわたしのなか気持ちいいの? 手でしたときよりカチカチになってるような……?」

 

「桃香のなか、ふわふわなのにきゅって締め付けてきて最高だよ。そうだ、ちょっと体勢変えるね」

 

 一刀は軽く少女の頬にキスをすると、ぐいっと身体を持ち上げて立ち上がった。そうして机の上に手をつかせると、後ろから被さるようにつながっていく。

 

「この体勢、さっきよりおちんちん深くまで来てるよお……。はあっ、んんっ……」

 

 指での愛撫とは比べ物にならないほど奥までしっかり男根を埋められた劉備は、未知なる感覚にうっとりと目を細めた。一刀は重量に引かれてふらふらと揺れている乳房をぎゅっと握ると、腰を前後に引いて抽送をはじめる。

 

「これ、すごいよお……っ。男の人とまぐわうのって、こういうことなんだね……!」

 

 腰がぶつかる反動で尻肉が波打つたび、少女は歓喜に震えながら声をもらす。ぷっくりとなった乳首はもう真っ赤になっていて、乳肉と共に絞られてはびりびりとした甘い衝撃を少女にもたらしている。

 

「桃香がエッチなこと気に入ってくれて嬉しいよ」

 

「えっち……? それっていやらしいってことなのかな……、ひゃう!?」

 

 もっと劉備の花開く肉体を味わおうと、一刀は彼女の片足を持ち上げながら肉棒を打ち付けていく。強く擦られる箇所が変化し、油断していた少女は上ずった声で鳴いたのである。

 結合部では泡だったふたりの粘液がぐちゅぐちゅと淫靡に音を立てており、さらに興奮を増幅していった。

 

「胸とおまんこ、桃香はどっちが気持ちいいのかな?」

 

「へえ……? そんなの、もうわからないよ……っ! どっちも、どっちもとっても気持ちいいの! ……くううぅううっ!?」

 

 すっかり快楽に浸かりきった劉備は、自分からも腰を擦り付けるようにして楽しんでいる。鷲掴みにされた胸からも、どろどろに泥濘んだ蜜壺からも、絶頂してしまいそうなほどの悦楽が生み出されてしまっていた。

 

「桃香のおまんこ、さっきからきゅうきゅう締め付けてきてる。俺のちんこで、しっかり感じてくれてるみたいだな……っ!」

 

「うん……! だってご主人様の太いおちんちんすごいんだよお……!? ごりごりって奥こすられると、すごく幸せなの……!」

 

 ――嬉しいことを言ってくれる。

 少女の発言で火のついた一刀は、さらに速度を上げて激しく子宮の入り口を突いた。精液を求めて絡みつく膣襞をかきわけて動いていると、思わず苦悶してしまいそうになるほどの快感が駆け上ってくる。

 

「かわいいよ、桃香。子宮のなか、もうすぐいっぱいにしてあげるから……っ」

 

「あんっ、ふうっ、ひゃん……! ご主人様のとろとろ、はやくお腹の中にほしいよお……!」

 

「もう少し頑張って……! さっきみたいに一緒にイケば、きっとすごく気持ちよくなれるから!」

 

 掴んでいた足を離し、一刀は少女の腰を両手でしっかりと抑え込む。そして震える膣内を全力で動き回ると、下腹部の熱さが一層高まっていくようであった。

 半ばイッているような状態の鋭敏な膣を熱い肉棒で擦られ、劉備はガクガクとはしたなく腰を振動させている。

 

「イクぞ……桃香ッ! しっかり受け取ってくれ……!」

 

「はえ……、んんっ!? おちんちん奥でふくらんで……、ひゃうぅうううううううううううう!?」

 

 のしかかるようにぴったりと腰を合わせ、一刀は子種を勢いよく吐き出した。

 どくどくと熱い汁を直接子宮に注ぎ込まれ、少女はだらしなく口元をゆるませている。それでも膣内は断続的に収縮し、ねっとりと肉棒を絞り上げていた。

 

「んん……ああっ……、すごいよお……。ご主人様のおちんちんびくびくって脈打って、わたしのおまんこに熱い精液出しちゃってる……!」

 

 子宮に収まりきらない精液が膣内に溢れかえり、劉備は心地よさそうな吐息をもらす。一刀はその口を唇で塞ぐと、労るように舌を絡ませていった。

 

「ん……ちゅる……ちゅむ……ぷは……っ。気持ちよかったねえ、ご主人様……」

 

「ああ……。してる間に桃香からご主人様って呼ばれるのも慣れてしまったかな」

 

「もしかして変だったかな? 愛紗ちゃんがご主人様って呼んでるの、なんだかいいなあって思ったんだけど……」

 

 少し気落ちしたような劉備の頭を撫で、一刀はそういうわけではないと伝える。これからも「ご主人様」と呼んでいいことがわかると、彼女はぱっと笑顔になった。

 

「それじゃあ改めて……、ご主人様」

 

「よろしく頼むよ、桃香」

 

 身体を起こして向き合った劉備を抱きしめ、青年は少女の桃髪からほのかに漂う甘い香りで胸を満たしていた。誰かを愛し、その思いを受け入れることで強くなっていける気がする。そんな感情を抱きながら、一刀は少女をさらにきつく抱いたのであった。

 翌朝、恋人とまどろんでいた一刀のところへ、またしても黄巾軍が出現したとの報が入っる。しかも今度は烏丸の軍勢が同行しているようであり、その規模は数万であるという。

 急報に飛び起きた一刀は劉備に手伝われて身支度を整えると、程昱らを連れて公孫賛のもとへ向かったのである。天の御遣いの幽州における戦いは、ここに佳境を迎えようとしているのであった――。



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十七

 敵軍出現の報告から数日後。公孫賛軍と共に城から出陣した北郷軍は、北平からさらに東へ行った平地に陣を構えていた。数里離れた位置に陣取っている烏丸・黄巾連合と対面する形であり、どちらかが部隊を出せばすぐさま戦闘になることはいうまでもない。

 そこで本陣に将を集めた一刀は、迫る開戦を前にして軍議を行っていた。

 

「先陣は愛紗殿と香風にお願いします。白蓮殿にうかがった限りでは大した敵将ではないとはいえ、なにぶん大軍ですからくれぐれも注意してください」

 

 戦場の空気が合っているのだろうか、郭嘉は少し頬を赤らめながら流れるように言葉を発していく。その脳裏にはすでに開戦からの動きが描かれており、あとはそれを実行に移すだけであった。

 

「敵将というと、確か張純という者だったな。よもや土地の豪族までが、この乱に参加してしまうとは……」

 

 張純というのは幽州に根を張る豪族のひとりで、以前より漢王朝への不満が募っていたことにより黄巾軍として参戦している。公孫賛はかの者の実力を知っているので大した脅威と捉えてはいないのだが、民衆だけではなく諸豪族までもが乱に乗じて各地を荒らしているのは重大なことであった。

 

「ねえねえ稟! それで、鈴々はどうすればいいのだ?」

 

 頭の上まで手を上げながら、張飛は自身の動き方を郭嘉に問う。今回の戦で北郷軍は、募兵に応じて参加した者と、公孫賛から貸与された兵とを合わせて都合三千の軍勢となっている。そのため、これまで関羽の副将として戦ってきた張飛にも一軍が与えられることとなっていたのであった。

 

「鈴々の部隊には、なるべく自由に動き回ってもらおうと考えています。ですから、攻め時と感じたときにはそちらの判断で行動してもらっても構いません」

 

 張飛の部隊は三百と少数であるが、それは取り回しのよさを考慮してのものである。郭嘉も程昱も、行動を縛ってしまっては張飛の良い部分は発揮されないと考えていた。

 なので人数を絞る代わりに遊撃軍としての役割を与え、その武勇を存分に戦場で奮ってもらおうというのである。

 

「うん、わかったのだ。鈴々、愛紗よりすっごい戦果あげちゃうもんねー!」

 

 総身にやる気をみなぎらせている張飛に対し、義姉である関羽は心配でたまらないといった表情を浮かべていた。

 ただでさえ突撃癖がある性格をしているのに、兵の指揮を預けても問題がないのだろうか。不安げになる少女の肩に、一刀はぽんと手を置いて言う。

 

「妹のことを信じてあげるのも、お姉さんの大事な役割だと思うな。それに鈴々の嗅覚は、俺もアテにしているよ」

 

「ご主人様がそうまでおっしゃるのでしたら……。鈴々、油断なく励むのだぞ」

 

「もー、姉者は心配しすぎなのだあ。愛紗が苦戦してると思ったらちゃんと助けてあげるから、安心していいよ!」

 

 そのように胸を張って宣言する張飛の頭を、隣でやり取りを眺めていた徐晃が「えらいえらい」と褒めるように撫でる。あまりに微笑ましいその光景に、一瞬戦場であることを忘れて皆の緊張が解けた。

 劉備は相変わらずニコニコとしているが、気づけば関羽の顔を下から覗き込んで話しかけている。

 

「あんまり口には出さないけど、鈴々ちゃんも愛紗ちゃんのこと大切に思ってるんだね。姉妹の絆って感じがして、いいなあ」

 

「と、桃香殿……!? あまり茶化さないでください……」

 

「なの! 照れてる愛紗さんとってもかわいいの! 隊長さんが側に置きたくなる気持もわかっちゃうかも……」

 

 于禁までもがその輪に加わり、軍議の方向が大きく逸れていってしまう。このままではいつまで経っても先に進めないと判断した楽進は、全員に聞こえるようにわざとらしく咳払いをした。

 苦笑しながら一刀は、こういう場合にありがたい存在だと楽進のことを思う。持ちつ持たれつの関係であり、その信頼には篤いものがあった。

 

「それでは隊長、我らにはどのようなお役目を。隊長をお守りすることはもちろんですが、どのようなことでもお申し付けください」

 

「ああ、それなら凪の部隊には俺の本隊に同伴してもらおうと考えてる。全体の援護に回ろうと思えば、少しでも人数は多いほうがいい」

 

「はっ、承知いたしました。しっかりとお支えいたしましょう」

 

 楽進は一刀からそう命じられると恭しく拱手し、横目で朋友らのことを見つめる。他の隊に回されることも多い二人だけに、どうすればよいのか尋ねておく必要があった。

 

「指図する兵の数も以前より増えていることですし、沙和ちゃんには香風ちゃんのところへ回ってもらおうかとー。なかなかの教官ぶりだということですし、指揮を執っていただくにはおあつらえ向きではないでしょうか」

 

 程昱から指名された于禁は、半信半疑といった様子である。ただ実際、声を張り上げながら于禁が新兵を鼓舞する姿は近頃よく見られる光景であった。

 一刀も少女にそのような才能があるとは思わなかったようであり、そのかわいらしい見た目とのギャップがより効果を発揮しているようである。青年から天の国の鬼教官がしばしば使うとされるワードを授けられたことにより、さらに教導に磨きがかかっているというのがもっぱらの噂であった。

 

「風、ほんじゃウチは凪んとこで戦ったらええんかいな?」

 

「そうですねー。真桜ちゃんは今回凪ちゃんの方でお願いするのですよー」

 

 二人の所属場所が決まったことにより、北郷軍の陣容は固まった。あとは総大将格である公孫賛が、どのタイミングで戦端を開くかである。

 

「もうじき白蓮も攻撃を始めるだろうし、みんなそれぞれの隊で出撃の準備を整えておいてくれ。なにかあったら、また伝令を送って知らせる」

 

 一刀がそのように軍議を締めくくると、部隊を任された将らは足早に去っていった。

 賑やかだった時が終わると、開戦前独特の緊張感が再び本陣を支配する。青年は気合を入れ直すかのように、瞑目しつつ大きくゆっくりと深呼吸をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 陽光に照らされる大地を、公孫賛率いる騎馬兵が踏みしめながら駆けている。彼女の連れてきた一万五千の兵うち、二千ほどが騎兵であった。

 その中でも、取り分け精強である者を「白馬義従」と呼ぶ。彼らは公孫賛と同じく白馬に跨がり、各々が武勇に長ける存在である。対する黄巾烏丸連合が三万を越える軍勢であろうと、白馬義従に誰一人として恐れを抱く者はいなかった。

 

「いくぞ。烏丸の騎兵はわたしたちで相手をする。こっちには天の御遣いだって付いているんだ、この戦は勝てるぞ!」

 

 公孫賛が一刀のことを引き合いに出しながら配下を叱咤すると、鯨波のように応答が広がっていく。

 すでに目視できる距離にまで烏丸騎兵も接近してきており、あちらも劣らぬ速度で平原を疾走している。

 

「――始まったか。風、稟、俺たちも出よう」

 

 馬上で戦況を見つめていた一刀が参軍の両人に声をかけ、出陣の合図を送った。

 本陣にある十文字の大旗印が旗持ちによって大きく左右に振られると、北郷軍の兵が次々に陣を飛び出していく。軍の両翼を担う関羽と徐晃の兵数はそれぞれ千となっており、先頭だって進む少女らのあとに隊伍を組んで続いていったのであった。

 

「進め! 前方に見える黄巾どもをまずは蹴散らす。よいか、ひとりで多数の相手をしようとは思うな。力を合わせ敵を打ち倒すのだ!」

 

 関羽の激励が飛ぶと、関家軍の兵は武器を構えて敵軍に切り込みをかける。ここまでの大軍と戦うのは関羽にとっても初めてのことであり、その顔は興奮からか紅潮気味であった。

 いくら黄巾軍がまともな訓練を受けていない民衆の集まりだといえども、包囲されてしまっては不利は否めない状況となってしまう。少しでも味方の損害を減らすためには、各将の采配が重要なのである。

 

「……沙和。シャンが突撃して敵の気を引くから、その間に何人か連れて横手に回って」

 

「はいなの! 野郎ども、沙和に遅れずついてくるの! ちんたらしてたら、その股にぶらさがってる情けないモノを去勢してやる、なの!」

 

 徐晃が提案した策を了承し、于禁は百人ほど選抜して隊を離れていく。少女の罵声混じりの声に背筋を正しながら、兵たちは急ぎその後を追った。

 

「シャンの大斧、受けられるのなら受けてみろ。二人でも三人でも、相手をしてやる」

 

 真っ先に敵軍と戦いはじめた徐晃は、普段と比べて大げさなほど得物を振り回している。すると挑発に乗った何人かの黄巾兵が、無謀にも少女に戦いを挑んでいった。

 びゅうびゅうと空気を切り裂きながら唸る大斧は、その形からは想像できないほど徐晃によって素早く繰り出されていく。雑兵程度では隙きを突くことなどほとんど不可能に近い状態であり、一呼吸する間にも鮮血が舞い上がっていった。

 

「まだまだいく。はあっ……!」

 

 徐晃の活躍により混乱する黄巾軍を、彼女配下の兵たちが間髪を入れずに襲う。将の奮戦から勇気を得た兵たちはよく働いている。あっという間に前面を崩した徐晃の軍は、数に勝る敵軍をぐいぐいと押し返していった。

 

「香風のほうは順調に進んでいるようですね。一刀さま、我らは愛紗殿の援護に向かいましょうか?」

 

「ああ、そうしよう。弓兵は攻撃の準備を行え! 射撃をしたらすぐに離脱するから、みんなそのつもりでいてくれ!」

 

 関家軍を影にして敵軍の側面に移動しながら、一刀の本隊は射撃の準備を行っている。追従している楽進率いる天衛兵も、それにならって弓に矢を番えていった。

 

「いまだ、撃て!」

 

 白刃を天に向けながら一刀がそう叫ぶと、引き絞られた矢が勢いよく射出される。熟練した弓兵というわけではないために射撃による効果はほどほどであったが、敵軍の士気を削ぐには充分であった。

 一瞬の静寂の後、黄巾軍からいくつもの悲鳴があがる。意識の逸れた彼らを待っていたのは、関家軍による猛攻であった。

 

「ご主人様が作ってくだされた機を逃すな! お前達の力を存分に見せてやれ!」

 

 赤兎馬が巨大な馬体をしなやかに動かし、関羽と人馬一体の攻撃を行う。青龍偃月刀の刃先は敵兵の血で赤く染まり、その顎門(あぎと)は獲物を求めてぎらぎらと輝いていた。

 

「わたしたちも雲長さまに続くよ! はああああっ!」

 

 地上で短槍を振るう周倉は、素早い身のこなしで敵に接近しては葬っていく。彼女に続いて雄叫びを上げながら関家軍は勇猛に突撃を行い、黄巾兵を討ち取っていった。

 関羽の放つ闘気は次第に手勢にも伝播していき、苛烈に敵兵を飲み込んでいくのである。まさに十文字旗の軍勢は数倍の敵に対し序盤では優位に立つことに成功し、攻勢を緩めることなく進軍を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、遊撃軍を任されている張飛は、趙雲と協力して烏丸の徒士兵に攻撃を行っていた。いくら騎兵に優れる烏丸といっても軍勢全てに軍馬を行き渡らせるわけにもいかない。馬を増やせばその分糧食が多く必要になるのであって、軍全体のバランスが非常に難しくなるのである。

 

「鈴々め、猪突しているだけのように見えても以外と呼吸を心得ているな。どれ、こちらも負けておられんぞ! 皆、御遣い殿の軍に劣らず奮戦せよ!」

 

 別面から攻撃している張飛の動きを見ていた趙雲は、感心しながらも槍を動かす手を止めない。彼女の愛槍である龍牙は切裂のような左右の装飾を優美にはためかせ、迫りくる敵兵を貫くのであった。

 そしてどうやら張飛は天性によって戦の機微を感じ取ることができているのか、攻防の緩急をつけながら敵の戦力を減らしていっている。攻めるとなれば火の出るように攻め、守りに入れば味方をよく守り軍勢をまとめ上げていた。

 

「いけないっ、矢が飛んでくるのだー! みんな、盾を構えて!」

 

 敵軍が遠距離攻撃を仕掛けようとしていることに気がついた張飛は、兵にそう叫んだ。すぐさま彼らは盾板に身を隠し、攻撃が止んだのと同時に突撃を再開する。

 蛇矛で飛来する矢を打ち落としていた張飛は一足先に敵兵と切り結んでおり、あまりの武勇に震え上がる烏丸兵を地に臥せていった。

 

「これ以上はさすがに保たん。退け、退くのだっ」

 

 猛将二人からの攻撃を受けて戦線を支えきれなくなった烏丸の将が、悲痛な声を張り上げながら撤退の指示を出している。

 すかさず追撃の体勢に入ろうとしていた張飛に合流した趙雲は、このあたりでもうよいだろうと勇む少女をたしなめた。

 

「待て、鈴々。どうせあやつらはもう戦うことはできん。それよりも、我らも北郷殿の援軍に参ろうではないか。烏丸の兵は白蓮殿がなんとかしてくださるだろう」

 

「あっ……、うん! いこう、星。鈴々たちで、黄巾をやっつけるのだ!」

 

 張飛の了承を受けて、趙雲は公孫賛へ向けて伝令を飛ばす。趙雲の手勢二千と合流した張飛は戦意を高揚させつつ北に向かって進軍し、まだ多数の兵力を有している黄巾軍の攻略へと向かうのであった。



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十八

「――なに? 趙雲が北郷を援護するためにこっちの戦列を離れただと?」

 

「はっ。主への伺い立てもなしに勝手な行動をするあやつの気ままさ、我らも苦々しく思っておるのです。ましてや、あれは天の御遣いとも親しく……」

 

 古参の者たちからしてみれば、その時々でよいと感じた判断をする趙雲が、公孫賛を軽んじているのではないかという思いがあった。

 趙雲からしてみればそれはとんだ言いがかりではあるのだが、日頃から人を食ったような行いが多い少女である。それだけに、そういった目を向けられるのは別段不思議なことではなかった。

 最近では、趙雲がかつての親交を使って幽州へ天の御遣いを呼び寄せていることも大きい。

 北郷一刀という男は表面上人あたりもよく、北平へやって来た経緯もあって民衆からの人気もある。しかしこの頃は公孫賛に取り入って周辺から兵の徴発を行うなど、勢力の拡大に尽力している感もあるのではないか。

 実際公孫賛の配下にはそのように考えている者もおり、大ぴらに口に出さずともその存在を疑問視する声もあった。

 

「ばか野郎。いまは戦の真っ只中だろうが。そんな風に味方の愚痴を言ってる暇があるのなら、敵兵の一人でも倒すべきじゃないのか?」

 

 前方で戦う自軍から視線を外さないまま、公孫賛は家臣からの疑念を一蹴する。

 彼女自慢の騎馬兵と烏丸の軍勢がしのぎを削り合い、いまも激戦を繰り広げているのだ。そんな時であるからこそ、余計にこのような会話をしている場合ではない。

 

「も、申し訳ありませぬ。それがしも前に出ますゆえ、これにて」

 

 そそくさと引き下がった将は、自らの馬に飛び乗り部隊へと戻っていく。

 様々なもどかしさから小さなため息をついた公孫賛だったが、両ももに力を入れ直して馬上で背筋を伸ばしている。

 

「いかんいかん。ここで油断をしてたんじゃ、烏丸に隙きをつかれかねないって」

 

 戦いに意識を戻し、公孫賛は配下に指示を飛ばす。

 戦況は互角といっていい状態であり、双方傷を負いながらも闘志を奮い立たせていた。

 

「敵を押し返せ! 騎馬は足を止めずに相手を撹乱しろ!」

 

 なんとかして自軍優位の展開に持ち込もうと公孫賛が苦心している頃、件の趙雲は張飛と共に戦場を北西に駆けていた。

 北郷軍には優れた将がいるとはいえ、数の面では黄巾方に軍配があがる。味方の士気の旺盛なうちに黄巾軍を叩いておこうと趙雲が考えたのには、そんな事情も含まれていたのだ。

 

「鈴々! あの敵が見えるか!」

 

「うん! あそこに突撃するのだ?」

 

「そうだ。列の長さからして、数はこちらとそう変わらん。ならば負ける道理はあるまい」

 

 馬を並走させながら、張飛は目を細めて敵軍の姿を確認している。その進路と思しき先には「徐」の旗が揺れており、どうやら徐晃の軍を包囲するために移動をしているところのようであった。

 馬上で一度蛇矛をぶんと震わせた張飛は、手綱を巧みに操作しつつ後ろを振り返って叫ぶ。

 

「みんないくよ。突撃! 粉砕! 勝利なのだ!」

 

 ――おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 小さな猛将の号令に雄叫びを上げた張飛軍の兵たちは、つぎなる獲物を求めて戦闘態勢へと入る。負けじと気炎を上げる趙雲配下の兵の声と合わせて、一帯の空気がびりびりと振動するほどであった。

 

「別方向から新たに敵襲! 騎兵もいるようです! どういたしますか!?」

 

「仕方があるまい……。ならば我らはそちらに向かうぞ!」

 

 その部隊を率いていた黄巾軍の指揮官が声を張り上げる。

 隊を反転させている間にも、猛火の如き勢いのまま趙雲と張飛の手勢は迫った。

 剣を武器とする者は抜刀し、槍を持つ者は敵を打ち伏せるための構えをつくる。そうして敵軍と肉薄するや否や、それぞれの隊の将に続いて突撃を開始するのであった。

 

「いっくのだああああああぁあああああああ!!!!!」

 

「いざ、敵軍を切り裂かん。騎馬の者はわたしついて参れ!」

 

 黄巾兵をなぎ倒す二人の姿に押され、味方の士気はどこまでも上昇していく。そして当然、その武威は敵する者らに圧倒的な恐怖を与えることにもなるのである。

 

「う、うわああああぁああああ! だめだ、こいつら強すぎるぞ!」

 

「この前城攻めに行ったやつらがいってたのはこいつらのことかっ! なんとか囲め! 一対一じゃ相手にならねえぞ!」

 

 黄巾兵は互いに頷きあうと、決死の覚悟で張飛の四方から迫った。

 十数人で一度に攻めればどうにか一矢報いることができるだろうという考えのもとの行動であるが、それを受けてなお少女の表情に焦りはない。

 

「そんなんじゃこの燕人(えんひと)張飛は倒せないよ。――とりゃあああぁああああああ!」

 

 下馬して徒立ちになったかと思うと猛獣のような雄叫びをあげ、張飛は回転しながら包囲の一角へ向けて丈八蛇矛を投擲する。遠心力によって加速したそれは、元々の重量と合わせてぶつかった数人をなぎ倒した。

 少女自身もすぐさま弾丸ほどのスピードでそこに向かって突進し、万力を込めた素手でよろめく一人のみぞおちを打ち抜く。

 

「さあ、どんどんかかってくればいいのだ。もちろん勝つのは鈴々だけどね!」

 

 蛇矛を拾い上げてまた一人屠り、こうして張飛はいとも容易く包囲網を打ち破ってみせた。

 仲間を討たれた黄巾兵は、半ば狂乱しながら剣を振り上げる。ただしその反撃は、決して少女の身体を捉えることはできなかったのだった。

 そこから少し経ち、北郷軍本隊では、張飛と趙雲による働きで黄巾の別働隊を撃破したという報告を一刀らが受けていた。

 

「――鈴々ちゃんのようにかわいらしい女の子に言うのもなんですが、その武勇まさに万人(ばんにん)(てき)といったところですねえ」

 

「万人の敵、か。俺の世界での張飛もそう評されていたけど、鈴々もまったく引けを取っていないな」

 

 感嘆によりため息をもらした一刀は、視線鋭く戦場を見つめる郭嘉のほうを向く。

 

「ええ、そこに関しては当然わたしも信頼していますよ。それに趙旗も隣に見えていますし、星もこちらの援軍に来てくれたのでしょう。一刀さま、いまが好機です」

 

「あまり戦闘を長引かせてしまうと、今度はこっちが不利になりかねないか……。よし、どう動こう」

 

 現在北郷軍は、関羽をはじめとした将の勇猛さと兵卒の高い士気により黄巾軍を押し込んでいる。

 その優位さを保持しているうちに敵本陣まで潰走させてしまおうというのが、郭嘉の考えであった。

 

「このまま総攻撃を続け、黄巾兵を烏丸の戦場まで押しやります。敗残兵が無闇に動き回ってくれれば、それだけ白蓮殿が隙きを突きやすくもなるでしょう」

 

「なるほどー。それでは、急ぎそのように各隊へ伝令を送りましょう。ご主君さま、愛紗ちゃんの部隊が一番余裕がありそうですし、そこを中心として陣形を組み直してもよいでしょうかー?」

 

「風がそう見ているのなら、俺に異論はないよ。いこうみんな、ここが正念場だ!」

 

 一刀の号令が飛ぶと、兵たちが呼応して拳を突き上げる。

 各々疲労がないわけではないが、勝っているという状況だけに精神的には多少楽なものがあった。

 そして北郷軍は関家軍を中央に置き、魚鱗に近い陣形を組み直している。左翼に徐晃、右翼に張飛・趙雲による二部隊を据え、一気に敵陣を突き崩そうという構えであった。

 陣形が整うと、各将はそれぞれ部隊を前進させていく。

 戦の趨勢は、いよいよ決着を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「敵を左右から挟撃しろ! 馬の扱いならこっちも負けてはいないはずだ!」

 

 北郷軍がさらに攻勢を強めようとしている頃、公孫賛軍のほうではいまだ膠着した戦いが続いていた。

 なにぶん、敵も味方も同じく騎馬を得意としている集団なのである。それゆえどちらかが圧倒するということもなく、ほんの油断が優劣に繋がるという状態であった。

 公孫賛自身も前線に出ては剣を振るい、果敢に敵兵を討ち取ってもいるのである。

 

「ん……、なんだ? 北郷たちが戦っているほうに動きがでてきたのか」

 

 遠くに見える黄巾軍の旗が、押されるようにゆらゆらと揺れていた。

 その様子は味方を鼓舞するためのものではなく、戦闘の劣勢によるもののように公孫賛は受け止めている。となれば、ここで打つべき手はひとつ。

 

「後方に控えさせてある予備の軍勢もすべて前面に押し出せ! 矢もありったけ使って、敵を一気に仕留めるぞ!」

 

 公孫賛の下知を賜った伝令が駆け回り、全軍に総攻撃の準備をするように伝えていく。

 やがて万を越える兵力が集結すると、土煙を上げて烏丸の軍勢へと向かっていった。

 

「全員腹をくくって攻め抜け! いいか、一人でも多くの敵を倒すんだ!」

 

 平地を駆ける白馬の軍勢は勢いを増し、大きな一個の塊となって烏丸の軍勢に突撃をかける。中でも白馬義従による統制のとれた攻撃は圧巻であり、これには烏丸側に多くの死者が出たのであった。

 

「周倉、しばらく手勢の指揮を任せてもいいか。まずはわたし自身が切り込んで、敵の先陣を崩してこよう」

 

「お任せください、雲長さま。青龍偃月刀の冴え、わたしもここからしっかりと拝見していますから」

 

 公孫賛軍の戦っている場所から北西に行ったところでは、周倉の返答を聞いた関羽が兵の間を縫って愛馬を走らせている。

 赤兎馬の一歩は大きく、関羽はぐいぐいと敵との距離を詰めていった。

 その姿を恐れた敵の放った矢をこともなげに払い落とすと、関羽は戦闘を開始していったのである。

 

「沙和、お兄ちゃんが言ってたかけ声ってなんていうのか覚えてる?」

 

「ちぇすとだよ! ちぇすと!」

 

 左翼の徐晃軍。そこではぼんやりとマイペースなやり取りが続けられていた。

 徐晃の質問に大声で応えつつ、于禁はこうしていると緊張も多少は紛れるのかもしれないと思っている。

 

「そうだった……。うん……、シャンたちもそれを使おう。音頭は、沙和に任せる」

 

「ええーっ!? そこは香風ちゃんがやるんじゃないの!?」

 

 急に回ってきた役割に于禁は驚いているものの、徐晃はふるふると首を振ってそれを否定した。

 どうやら、なにがなんでも自分ではやらないつもりらしい。

 やれやれといった様子の于禁はようやく納得すると、兵らに向けて訓練時のような怒声を振りまいた。

 

「ちぇすとおおおおぉおおおおおおお!!!!!」

 

 兵らは于禁の「ちぇすと」を反駁し、気合たっぷりに声を張り上げる。

 それを見て小さく笑った徐晃は、大斧で攻撃の目標を指示するのであった。

 

「――休まず矢を放てっ! 敵に反撃する機会を与えるな!」

 

「ウチかてちっとはええとこ見せたる! どんどん矢ァ持ってき!」

 

 キリのように敵陣を穿っていく前衛を援護している後衛で楽進と李典は叫ぶ。

 少女ら自身も渾身の力で弓弦(ゆんづる)を引き絞り、次々に矢を敵陣目掛けて射掛けている。

 その楽進のもとに、報告を携えてやって来た兵がひざまずいた。兵はぱっと顔をあげると、はきはきとした声で詳細を語る。

 

「お味方、敵陣先鋒を破られた模様です!御遣いさまの御本陣も、このまま前進される様子!」

 

「そうか。ならば我らも隊長の後に続いて前へ進むぞ。全員移動の準備をとれ」

 

 首肯した少女は、ちらりと本隊の大旗印を見やった。そして弦にかけていた矢を外すと、兵たちに指示を出し始めたのである。

 その報告にあったように正面を突破した関羽らは、ごりごりと開けた穴を拡げていくように東進を続けた。

 郭嘉の狙い通り北郷軍によって崩された黄巾兵は助けを求め、奮戦中の烏丸の陣を目指して逃げる者も現れはじめている。

 時間の経過と共にその数は増加していくばかりであったが、黄巾軍主将である張純はそれを制止することができずにいた。

 

「なんだこのざまはっ……! このような弱腰で、奴らはほんとうに朝廷に勝てるとでも思っているのか!」

 

 本陣で歯ぎしりする張純は、怒りで口から飛沫(しぶき)を飛ばしている。

 男の中ではこんなはずではなかったという思いも大きく、公孫賛どころかよくも知らない天の御遣いの軍勢にいいようにやられているというのが怒りの中心であった。

 しかし周囲の黄巾兵も怒鳴り散らしているだけの張純には嫌気が差してきており、ただこのあたりで名のある豪族だからと総大将になっているのだと陰口を叩くものまで出始めている始末である。

 

「ええいっ、これ以上この者らに任せていては勝てる戦も勝てんわっ!」

 

 そう言って床几から立ち上がると、張純は自らの連れてきた手勢の内から一千に招集をかけた。そして出撃の態勢を取ると、近くにいた者に本陣を守っておくように命じてさっさと出ていってしまったのである。

 

「走れ走れ! 気取られる前に敵に槍をつけるのだ!」

 

 張純の軍勢は、大将に急かされるままに森の中を進む。

 その狙うところはただひとつ、天の御遣いである北郷一刀の首であった。



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十九

「かかれ、かかれい! 天の遣いなどと自称する、不遜な輩を討ち取ってしまえ!」

 

 雑木林を抜けた張純の軍は、大将とおぼしき軍旗を掲げた集団目掛けてひた走る。

 標的からはまだ気づかれている様子はなく、不意をつけたことを確信して張純はにやりと口角を上げた。

 敵の接近に兵のひとりが気づくと、奇襲部隊の登場に一刀配下の手勢は騒然となってしまう。だがその混乱を、郭嘉の怒声が一喝するのであった。

 

「落ち着きなさい! 見える限り敵は大軍ではありません、こちらは円陣を組んで攻撃を防ぐのです!」

 

 ざわざわと騒いでいた兵たちは少し落ち着きを取り戻し、一刀たちを中心として円形に迎撃態勢をとる。その間にも張純の部隊は迫っており、やがてこちらでも戦闘が始まった。

 

「へへっ。北郷さん、あんたのことは俺たちが盾になって守ってやる。ちっとは安心してくれていいぜ」

 

「ああ、頼りにしている。でもみんなだって、簡単に死んでくれるなよ」

 

 そう言ってのけたのは、一刀が冀州の村で生活していた頃からの知り合いの男である。何をおいても天の御遣いを守るというのは彼らなりのケジメであり、信念であった。

 頼もしい存在でもあるが、できればこれ以上知人の死を見たくないというのが一刀の本音でもある。しかし一軍を率いる身とあって、そのような甘えた考えが許されるものではなかった。

 

「申し訳ありません、一刀さま。こうなる前に、もう少し警戒を密にしておくべきでした」

 

「使える人員も限られているし、稟が気に病むことはないよ。そうだよね、風」

 

 奇襲を事前に察知できなかったことを郭嘉は詫びたが、一刀は冷静に首を横に振る。

 

「そうですねー。結局のところ、負けなければなんの問題もないわけですから。この状況、逆手に取って勢いとしてしまいましょう。ということでご主君さま、まずは守りのための号令を、かっこよくびしっと決めちゃってください」

 

 普段と同じ落ち着いた口調でいる程昱は、場に安心感すらもたらす存在であった。一刀はコクリと頷くと、肺いっぱいに空気を吸い込んで背筋を伸ばす。

 

「最初の攻勢を耐えてしまえば、敵の勢いだってそういつまでも続かないはずだ! だから、なんとか踏ん張ってくれ!」

 

 郭嘉と程昱を背にして敵軍を睨み、一刀は周囲を激励する。

 やがて楽進の隊も戦闘に参加してきたために、兵力においてはほぼ拮抗することとなった。

 北郷と黄巾のどちらの軍も、それを崩すための決め手を探しているところである。

 

「おっっっっっにいちゃあああぁあああああああん!!!!!」

 

 そんな時、一刀の後方、前衛部隊が戦っている方向から大声がこだまする。

 その声の主は一刀の横まで来ると勢いを殺してピタッと止まり、額に浮かんだ汗を二の腕でぐっと拭った。

 

「鈴々!?」

 

 現れた自身の姿に一刀が驚いたような表情で迎えると、張飛はいたずらが成功した子供のように満面の笑みを浮かべる。

 

「お兄ちゃんが困ってそうだから、援軍に来てあげたのだ。鈴々、えらいでしょ!」

 

「確かに来ていただいたことはありがたいのですが、隊はどうしたのです?」

 

 張飛の部隊が見えないことを不思議に思った郭嘉がそう質問をした。

 

「うーんとね。みんなを連れてくると時間がかかっちゃうから、鈴々だけでここまで来たのだ。でも、星に預けてきたから大丈夫だよ!」

 

 簡単に他人へ指揮権を預けることなど通常ではありえないことではあるが、このあたりの奔放さはさすがとしかいいようがない。

 だがそんな少女の果断さは愛するべきところでもあるし、なによりいまは均衡を破壊してしまえるような武勇を欲していたところである。一刀はよくやったというように張飛の頭をぽんぽんと撫でると、改めて戦場を見据えた。

 

「俺たちを襲ってきたあの部隊、他とは違って張の旗を使っている。もし、あの中に張純がいるとすれば……」

 

「大将を斬ってしまえば、敵軍は浮き足立つことでしょう。その役目を、鈴々にお任せになると?」

 

 郭嘉は当然そういうことだろうと一刀の話を引き継いだが、彼の意思はそうではなかった。

 青年はキンッ、と鯉口を鳴らすと、目を細めながら語気を強めていく。

 ――張純は俺が斬ろう。

 そういった発言が飛び出るとは想定していなかったのか、郭嘉は一瞬だけポカンと口を開けた。

 

「天の御遣いが一騎討ちで黄巾の大将を討ったとなれば、その効果は大きい。そうだろう?」

 

「ですが、それではあまりにも……」

 

 その提案は危険すぎると止めようとする郭嘉であったが、一刀の決心は固まっている。程昱は仕方ないといった仕草をしており、どうやら大手を振って反対をするつもりはないらしい。

 

「稟ちゃん、行かせてあげよう? ご主人様がそれが正しいって思うのなら、わたしたちにできることは、帰ってくる場所を守ってあげること。わたしはそう思うな」

 

 劉備からの意外な後押しを受け、一刀はさらに言葉を続けた。

 

「鈴々なら、必ず俺を守ってくれると信じている。だから、行かせてほしい」

 

「うん! そういうことなら鈴々にお任せなのだ!」

 

 闘志を燃やす二人に嘆息したものの、郭嘉は最終的にその考えを了承した。

 大きな危険と引き換えに、作戦が成功した時の見返りは絶大なものとなろう。そんな参軍としての観点から、少女は無理やり自分を納得させたかたちである。

 

「――それではご主君さま、充分お気をつけください。風たちはまだ、未亡人などになりたいとは思っていませんから」

 

「ああ、わかってるって。風と稟も抜かりなく指揮を頼む」

 

 正確にいえば婚姻をあげていない間柄であるため、仮に一刀に死なれたとしても少女らが未亡人となることはない。とはいえその契は深く根ざしてもいるし、一刀のほうもそういうつもりではあった。

 防戦する陣からいきなり突貫してきた二つの騎影に、張純の手勢はあっけにとられて侵入を許してしまう。

 敵兵を薙ぎ倒しながらぐいぐい進んでいく張飛になんとか離れないよう追従しながら、一刀は敵将の姿を探していた。

 

「鈴々、あの旗の固まっているところを目指そう」

 

「わかったのだ! 遅れないでね、お兄ちゃん!」

 

 馬首を一刀の言った方向に傾けながら、張飛はさらに乗馬を疾駆させていく。

 そうして敵兵の間を突き抜け続けていると、周囲を護衛の兵で固めている将らしき男の姿を発見したのであった。

 

「そこにいる方は張純殿か。俺は北郷一刀、天の御遣いだ」

 

「なに、天の御遣いだと!? なんだ、わざわざ首を差し出しに来たとでもいうのか」

 

 天の御遣いの名を聞いて張純はさすがに耳を疑ったが、獲物が自ら仕留められに来てくれたこともあり上機嫌に笑う。

 

「どうだろう、これ以上死人を増やすというのも心が痛む。だから大将同士戦って、決着をつけることにしてみないか」

 

「一騎討ちをしたいと申すか。はっ、面白い」

 

 一刀がこの場所に来た目的を語ると、張純は存外あっさりとそれに応じた。

 こうまでされて決闘を受けないというのも上に立つ者として風聞や士気に傷がつくし、なによりなにかあっても周りが味方ばかりという安心感がある。

 張純は肩を怒らせて一刀の前まで出てくると、腰の剣をゆっくりとした動作で抜き放った。

 

「いいだろう、相手になってやる。天の遣いの自称が本当かどうか、俺が直々に確かめてやろう」

 

 二人の男の対峙が始まると、周囲の兵たちの視線がおのずと集まっていく。もしものことがあれば救出に入らなければならないとも考えるが、張飛のあまりに恐ろしい闘気に必要以上に近づくことはできなかった。

 

「ふんっ! はあっ!」

 

 張純の繰り出す大振りな斬撃を、一刀はしっかりと視線で追いながら回避していく。敵の力量がはっきりしていないものの、手数をかけずに勝つことが肝要だと心得ていた。

 抜いたときには、必ず相手を殺す。いまは張飛が敵兵を抑えてくれているが、自分の戦況によってはそれが崩壊しかねないのである。張純とは対照的に、一刀は静かに殺気を練り上げている。

 鞘を握る左手の指を、刀の鍔にかける。一刀は、一撃を入れる瞬間をうかがっていた。

 その様子を怖気づいたと判断した張純は、これみよがしに攻勢を仕掛けるのであった。

 

「どうした、天の遣い! 剣を抜かずして、どうして俺を殺せると思うっ!」

 

 壮年期を越えている張純は、ぶんぶんと剣を振り回しているうちに息が上がってきてしまっている。

 それを感じた一刀はもう数回も受け流せば攻撃に移る時が来ると思い、さらに集中を高めていった。

 

「ははっ、どうかな。お前こそ、俺のようなガキの挑発に、簡単に乗ってしまっているとは思わないのか。見てみろ、兵たちの不安そうな表情を。自分たちの大将が、武器を抜いてすらいない相手に苦戦してしまっているんだ、そう思うのも当然だろうな」

 

「なんだと!? 貴様……っ」

 

 一刀の言葉によって頭に血が上り、張純は余計に冷静さを欠いた攻撃を続行していく。

 それにより身体に取り込んだ酸素を急激に消耗してしまい、ついに攻撃が止む時がきた。

 

「ちぃえああああぁあああああっ」

 

 ジャリッと小石の散らばった足元を蹴り、一刀は猿叫を上げながら距離を詰める。そして抜き放った刀を、張純の左肩から首筋にかけて振り下ろしていった。

 狙いをつけた箇所は、鎧に覆われていない首の側面。吸い込まれていくようにして首筋にピタリと当たった刃の冷たさに、張純はあっと声をもらす。

 

「あ、ああっ……」

 

 それは本当に一瞬のことであり、すぐさま手前に引かれた刃は首の肉をばっさりと斬り裂いたのであった。

 ぞくりとするような感覚。それは人を斬ったことによる嫌悪感からか、それとも高揚によるものなのか。ともかく、天の御遣いが一撃のもとに張純を斬ったことにより、黄巾軍に動揺が波及していったのであった。

 

「た、大将が切られちまった」

 

「そんなことより、俺たちはどうすればいいんだよ!?」

 

 血飛沫を上げながら空を向いて斃れた張純を見て、辺りの兵たちは恐慌状態に陥っている。

 これが深く忠義で結ばれている主君の死であれば、なんとか仇を取ろうと思う者が出てきたはずである。しかし張純主従にそこまでの信頼関係はなく、ほとんどが右往左往するばかりであった。

 

「お前たち、いますぐに武器を捨てろ。このままここで抗ったところで、賊軍の死体が増えるだけにすぎないぞ。投降すれば、命を助ける。志ある者がいれば、俺たちの軍に加わることも許そう」

 

「そうなのだー! それでも戦いたいっていうのなら、鈴々がいくらでも相手になってやるのだ!」

 

 一刀と張飛の呼びかけに、どうするか迷っていた兵たちが武器を置いていく。

 この情勢の変化を、本隊の指揮をしている郭嘉と程昱も感じ取っていた。

 

「風。あの様子では、どうやら……」

 

「はい。ご主君さまが勝負に勝たれた、そういうことですねー。この情報を、前線にも派手に喧伝しちゃいましょう」

 

 張純が天の御遣いとの一騎討ちの末に討ち取られたという報は、すぐさま戦場に広まっていった。

 仕方なしにとはいえ、張純のもとで幽州の黄巾軍はまとまっていたのである。それがいきなり死んでしまったとあれば、その衝撃は大きかった。

 

「貴様たちの総大将は、我らが天の御遣いによって成敗されたぞ! 死にたくない者は大人しく軍門に下れ!」

 

 関羽や趙雲の降伏を呼びかける声が前線ではこだましており、隊列もなにもなくなった黄巾軍は烏丸の陣へと雪崩を打って敗走していく。

 その悪循環は止まらず、烏丸兵に大きな混乱をもたらす結果となった。

 

 

 

 

 

 

 それから一時間ほどが経った頃には、両軍の戦闘はほぼ終結に向かっていた。

 統率の崩れた烏丸の陣を公孫賛は一気に突き破り、その多くを降伏させている。黄巾軍は逃げた人数もそれなりであったが、勇名を上げた天の御遣いに従いたいとする者もなかには存在していた。

 

「まったく、無茶をされるものだ……。ご主人様が一騎討ちをされたという報告を聞いた際には、さすがに肝を冷やしたのですよ?」

 

 本隊に顔を出してすぐ、関羽は少し怒ったようにして一刀に詰め寄った。

 

「でも、そのことで広く敵を崩せたことも事実です。ですから……」

 

 一刀の身体が無事であることを確かめるように、関羽はそっと全身に触れるようにして抱きついたのである。

 

「ごめん、心配かけたね」

 

 あやすように一刀は少女の頭をゆっくりと撫でたが、すぐに自身へ刺すような視線が集まっていることに気がついた。

 

「あかんあかん! 愛紗はんがご主人様命ってお人なんはここにいるみんなよう知ってるけど、それは抜け駆けってもんでっせ」

 

「ま、真桜!? た、確かにご主人様をお慕いしているのは事実だが、その……、えっと……」

 

 いい雰囲気になっていたところに突然割り込んできた李典に、関羽はしどろもどろになりながら対応をする。その仕草は一刀の保護欲を刺激し、もっと強く抱きしめてやりたいという気持にさせるのだ。しかし――。

 

「お兄ちゃん、鈴々も! 鈴々もぎゅーってしてほしい!」

 

 今回の戦で多大なる武功を上げた張飛は頑張った褒美が欲しいようで、両の手を精一杯広げて存在を誇示している。

 確かに、この場で関羽だけを気遣ったのでは後腐れにもなりかねない。一刀はそう考えるとまだ離れたくなさそうな関羽にフォローを入れ、まず第一声をあげた李典の名を呼ぶのであった。

 

「えへへー。ちょっとホコリっぽくても、隊長はんの匂い嗅いでると安心できるわあ。それで、ウチの研いだ武器はどないやった?」

 

「ああ、さすがの斬れ味だったよ。今日勝てたのは、真桜のおかげでもあるんだな」

 

 張純をあのように一太刀で討ち取ることができたのは、刀の手入れをしっかりと行っていたからともいえる。

 一刀に褒められた李典は嬉しそうに白い歯を見せているが、いつまでもそうしていることを黙っている周囲ではない。

 

「ほらほら真桜ちゃん、こんなに後ろがつっかえてるの! 交代交代! 行こっ、香風ちゃん?」

 

 この友人を調子づかせるといつまでも一刀を占拠されてしまうと予感し、于禁は徐晃の手を引きながら交代を迫る。

 徐晃の小動物のような視線に折れたのか、「しゃーないなあ」と捨て台詞を残して李典はさっと身を引いた。

 

「香風も沙和もお疲れさま。こうして無事に戻ってくれてなによりだ」

 

「……お兄ちゃんにぎゅーってされるの、シャンも好き。沙和も、気持ちいい?」

 

「うん! 隊長さんに撫でてもらってると、さっきまでの緊張が解けていくみたいなの」

 

 徐晃の副官を務めていたことで、于禁は相当気を張っていたのであろう。少女はしばしの間一刀に体重を預けると、目を閉じて勝利の余韻を味わっていた。

 対して徐晃は手綱の跡が残った一刀の手のひらを舌を使って慰めており、親愛の情を表しているようでもある。

 

「次はわたしたちだよ、ご主人様」

 

 まだ元気の見える劉備が率先して抱きつくと、弾力のある胸の感触により一刀は反対に癒やしをもらっているような気分になった。

 また、腰にしがみついている張飛の様子は戦場の勇姿とは別物で、思わず頭を撫でてしまうのは当然の反応といえるであろう。

 

「わたしがもっと強かったら、ご主人様を守ってあげられるのになあ。鈴々ちゃんや愛紗ちゃんに、少し教えてもらったほうがいいのかも?」

 

「お姉ちゃんに戦い方の先生をしてあげるから、どうしたらそんなにばいんばいんになれるのか教えてほしいのだ。お兄ちゃんも、おっきいおっぱい大好きでしょ?」

 

 いきなりそんなことを言い出す張飛に一刀は噴き出しそうになったのだが、彼は大小それぞれのよさがあることは重々承知している。

 巨乳の秘訣をせがまれた劉備は困り顔になっていたが、やがてなにやら名案が思い浮かんだという表情に変わった。

 

「お母さんになったら、赤ちゃんにお乳をあげるために胸も大きくなるんじゃないのかな? ねっ、ご主人様……?」

 

「それ、とっても楽しそうなのだ! お兄ちゃん、鈴々お母さんになりたいの!」

 

「お母さんか……。うん、いつかきっと、そういう日が来ればいいな」

 

 三者三様、それぞれにそう遠くないかもしれない未来を思い描く。

 父親になるということについてまだ少しピンとこないが、きっとそれはなってみないとわからないことなんだろうなと一刀は思う。

 ただひとつ確信できることといえば、間違いなくかわいい子が生まれてくるのだろうなという想像であった。

 

「赤ちゃんですかー、それは風たちも聞き逃がせませんねー。稟ちゃんなんて、早く子種を仕込んでほしいってお顔をしていますし」

 

「していません! それはともかく一刀さま、今度からは敵陣に単身乗り込むなどという策、絶対にさせませんからね」

 

 代わってやって来た程昱と郭嘉を懐に招き入れ、一刀はわかっているよと頷く。

 

「そのためにも、もっとみんなで訓練していかないとな。統率された軍勢になれば、稟の力もより発揮できるだろうし」

 

「さまざまな部分で未だ道半ばも来ていない、といったところでしょうか。ところで凪ちゃん、そんなに遠くにいてはご主君さまに構っていただけなくなるのですよ」

 

 程昱の視線の先には、一刀が少女らを抱擁していく様子を離れてちらちらと見ている楽進の姿があった。

 どうやら彼女は大勢の前でそういったことをしてもらうのが恥ずかしいらしく、どうすればいいのか迷っているようである。

 

「凪、こんなとこで萎縮してどないすんねん。あんたが大トリになるんやから、隊長、抱いてください! くらい言ってみたらええんや!」

 

 ここぞとばかりにはしゃいでいる李典に背中を押され、参軍二人が空けた懐中に楽進がぽすりと収まった。

 少女の戦いで乱れた銀髪を整えるように一刀は優しく触れている。

 

「あっ……、ふふっ……」

 

 顔を赤く染めた楽進は黙ったままただ愛しき人の背中をかき抱いて、その心音に耳を澄ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……隊長、ありがとうございました」

 

 そうして楽進との穏やかな抱擁を終えると、一刀はふと流れのままに合流していた趙雲と目が合った。

 趙雲も公孫賛への報告のためあまりのんびりもしていられないはずなのだが、口に指を当ててなにか考え込むような素振りをしている。

 

「えーっと、星もよければどうぞ?」

 

「これはこれは、北郷殿は己が囲っておられる女子(おなご)以外にもお優しいようで。では、遠慮なく」

 

 声をかけられることを待っていたのか、趙雲は流し目に一刀のことを見るとそばに寄って背中に手を回した。

 やはりこの少女も他の将と同じく、どこもかしこも柔らかくて男として滾ってしまう部分がある。このような場所でそうなってしまわぬように一刀は理性でなんとかこらえると、少女の青い髪を撫でて働きをねぎらった。

 

「ふふっ、これは案外気持ちの良いものですな。稟や風たちが、してもらって喜んでいるのもよくわかります」

 

「星には今回よく助けてもらったから、喜んでもらえると嬉しいよ」

 

 しばらく一刀に抱かれていた趙雲だったが、ずっとそうしているわけにもいかず、最後は名残惜しそうに抱擁する力を強めてからゆっくりと離れたのである。

 

「それでは北郷殿、わたしはこれにて」

 

「ああ、俺も後で行くって白蓮に伝えておいてほしい」

 

 趙雲が白い着物を翻して陣を去っていくと、一刀は戦の後処理をするための指揮に追われた。

 いくつかの危機はあったものの、こうして幽州に蔓延っていた戦乱の徒は打倒されたのである。

 そしてそれは、天の御遣いが次なる一歩を踏み出す切欠ともなっていくのであった。



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二十(風、稟)

 黄巾・烏丸連合との戦いから幾日か経ち、北平へと帰還した将らはしばし平穏な時を過ごしていた。

 今回の戦いでさらなる名声を得た天の御遣い、北郷一刀。骨休めをしているのは一刀も例外ではなく、朝は劉備がやって来るまでのんびりと睡眠を満喫しているのであった。

 

「おはよう、二人とも」

 

 起こされてから朝食を摂った後に、一刀はその日の予定を劉備と確認している。そうしていたところで、一刀は参軍二人の訪問を受けたのであった。

 特に彼女らに急ぎの用件があるようには見えなかったが、気を利かせた劉備はぺこりと頭を下げるとそそくさと退室してしまう。

 

「あっ……。これは、桃香ちゃんには悪いことをしてしまいましたねー。なんなら三人一緒でも、風としては構わなかったのですが」

 

 訪問とはいっても、なにも郭嘉と程昱は堅苦しい相談をやりに来たわけではない。

 立ち上がってどういった用があるのか尋ねる一刀に対して、二人はわずかに妖艶な視線を覗かせる。

 するとまずは生真面目そうな表情を崩さないままに、郭嘉が主君に口づけを行っていく。郭嘉の動きは改めて忠義の証を立てるかのようであり、丁寧に一刀の唇のラインをなぞっていくのであった。

 青年は少々面食らいながらも接吻を受け止めると、郭嘉に合わせてちょんちょんと唇を食んでいく。

 その間にベルトの留め具に手を伸ばしていた程昱は、撫でるような指遣いでズボンの内から肉の暗器を解放しようとしていたのだった。

 

「ちゅぷ……んっ……。一刀さま、どうぞそちらへ。そのまま楽になさっていて結構ですから」

 

「ん……、これでいいかな」

 

 二人にされるがままに一刀は下腹部を露出させ、どっしりと寝台に腰掛けている。そうして外気と視線にさらされて半立ち状態となったペニスを見ると、少女らはくすりと微笑むのであった。

 

「それでは一刀さま、失礼いたします」

 

「では風はこちらから。……まさか稟ちゃんとこのように同じ殿方にご奉仕する間柄になるとは、さすがに想像していませんでしたねー」

 

 二人はそれぞれ一刀の足に絡みつくかの如く身体を寄せると、挨拶代わりに竿先へ左右から口づけをしていくのである。

 

「ん……ちゅっ……、ふふふー。ご主君さまのここ、今日は珍しくかわいげのある形をしているのですよ。いつものように凶悪な形になって反り返る前に、仕返しをしておくべきなのでしょうか?」

 

「ちゅう……んっ……。風、いくら一刀さまが性欲に長けた雄とはいえ、なにもしないままに滾らされていたのではわたしたちの面目がないでしょう?」

 

 郭嘉がそう反論すると、「それはそうかもしれませんねー」と程昱はいつものように笑みを浮かべた。

 ひとしきり肉竿全体を唾液で濡らすと、二人は目線で合図をしあってさらに口による奉仕を続けていく。

 

「一刀さまのしっかりと硬くなって……、んちゅる……。ふふっ、嬉しいです」

 

「この反応の良さ、さすがは女たらしのご主君さまなのですよ。このくびれの部分もとってもいやらしい形をされていて、どきどきしてしまいます……」

 

 程昱は舌先を丸めると、それを使って裏筋へと押し付けていった。まだ限界まで勃起していない肉棒をふにふにと愛撫しながらの奉仕であり、緩めの刺激に一刀は興奮を高めていく。

 理由は不明であるが、金糸を揺らしながら口淫をする少女の虹彩には、どこか様子をうかがっているような色が見えた。

 それが気になった一刀は程昱の首元でくすぐるように指を動かし、少女の動揺を誘う。

 

「ぺろ……、ちゅ……。ふふっ、くすぐったいのですよお……」

 

 くぐもった笑い声と共にいやいやという動きをして、程昱は奉仕の動きを止める。そして上目遣いに一刀のことを見つめると、秘していた考えを打ち明けるのであった。

 

「このような最中につかぬことをお聞きしますが、ご主君さまは星ちゃんを口説かれるおつもりはないのでしょうかー?」

 

「星を? 本当にいきなりだな」

 

 少し集中がそれてしまって萎みかけた幹の部分を支え、郭嘉は舌の表面全体を使ってぬらりと舐めあげる。

 そんな少女の瞳には徐々に情欲の炎が宿りつつあり、口から漏れ出る吐息も熱いものとなり始めていた。

 

「れろ……、んはあっ……ちゅる……、ふう……。星が良き将であることは、一刀さまもご承知のはずです。それだけではなくあの子も、あなたさまのことは気にかかっているのではないでしょうか」

 

 性欲に押し流されそうになった心をつとめて落ち着け、郭嘉は友人について述べる。

 先の連合との戦いにあっても常山の昇り龍は称賛に値する働きをおさめ、その名にさらなる箔をつけていた。

 やはりどうにかして彼女の合力を得たいと考えた二人は、一刀による直接の説得を望んでいたのである。

 

「それに……じゅるっ、一刀さまのこのたくましいおチンポを味わえば星だって、うふふっ……」

 

「あのー稟ちゃん? ご主君さまのおちんちんさんは確かにものすごいですが、それはちょっとあまりにも……ねえ?」

 

 明らかにスイッチの入ってしまった様子で亀頭をしゃぶる郭嘉を心配そうに見やり、程昱は親友と目を合わせた。

 じゅぽじゅぽと唾液を絡ませながら夢中でフェラに耽る郭嘉はとても淫靡で、同性である程昱ですらドキリとしてしまうほどである。

 

「じゅう……ちゅぽっ……。この裏側の濃い味も匂いも、感じているだけでたまらなくなってしまうのです……。はあ……っ、一刀さまのおチンポ……わたしにもっと味わわせてください……」

 

「くっ……、稟……っ」

 

 あっけにとられたままの程昱を置き去りにして、郭嘉は血管の浮きでる肉棒を独占していった。

 口淫による興奮で、既に少女の下着は秘裂が透けて見えてしまうほどに濡れそぼっている。大胆に開かれた内股は一刀の目にも入っており、淫らな想像は性的衝動をふくらませていった。

 

「おいおい兄ちゃん、いったいこの嬢ちゃんにどんな調教をかましたっていうんだい」

 

「調教って……。稟のしたいだけ付き合っていたら、どんどんこうなってしまったというか……うん」

 

 これにはさすがの一刀も返す言葉が見つからない。それに郭嘉の熱心な口淫が気持ちよく、どうしても意識がそちらへ向いてしまうのであった。

 

「それで兄ちゃんは、星の嬢ちゃんもその恐ろしいチンコで躾けてしまおうっていうのかい?」

 

 宝譿の力を借りてどうにかそれてしまった話をもとに戻し、程昱は一刀の答えを待つ。

 乱れた頭を振り絞って一刀はそのことについて思案をしていたが、最終的には首を横に振った。

 

「やっぱり、俺はあんまり賛同できないかな。世話になっている白蓮にも不義理になるだろうし……ね……っ」

 

 郭嘉の激しい責めによって言葉尻はかき消されてしまったものの、一刀は参軍からの提案をきっぱりと断ったのである。

 残念ではあったが、一刀の性分を考えればこの選択は当然のように思える。程昱はそう思考を切り替えると、郭嘉に負けぬように肉棒への奉仕を再開していくのであった。

 

 

 

 

 

 

「あっ……こら、風っ。そこはいま、わたしが舐めて差し上げているのですからあ……」

 

「稟ちゃん、ケチケチしたこと言うのはなしなのですよお? こうして分け合ってぺろぺろしてあげれば、ご主君さまだってお喜びになるのですから」

 

 我慢汁の滲んだ先端を奪い合うようにして顔を寄せ、郭嘉と程昱は息荒く赤い舌を突き出していた。

 二人の舌は尿道口をぐにぐにと刺激し、粘っこい精液を早く出せとせがんでいるようにも見える。

 

「なんだかんだ言いながら、二人仲良く責めてくるんだよね……」

 

「ご主君さまの心地よさそうな顔を見るのは、こうしている時の楽しみのひとつでもありますからあ……。それはもう、頑張ってしまうのですよ」

 

 程昱の甘い息が、ふーっと亀頭の表皮をくすぐった。そのようなささいなことでも、鋭敏になった肉棒はぴくぴくと反応を見せてしまう。

 責められているばかりなのも嫌いではないが、先のこともあるしここは少し手綱を引いておくべきか。一刀はそう考えると、夢中で奉仕に浸る二人に声をかけた。

 

「風と……、稟はいまは聞いてくれそうにもないか」

 

「ふぁい……? なんでしょう、ご主君さま」

 

 いまだ涎を垂らしながら肉棒にむしゃぶりつく郭嘉を尻目に、程昱はすっと顔をあげる。とはいえ彼女も指ではころころと睾丸で遊んでおり、一刀の射精感を高めることに余念はなかった。

 

「ちょっとした戦術の話をしたいんだけれど、聞いてもらえるかな」

 

「えー、戦術ですかあ? それは閨でのもの、ということなのでしょうか」

 

 程昱の発言には否定を入れ、一刀は思考を纏めていく。

 黄巾との戦いでは、敵の奇襲部隊にさらなる奇襲を加えて打ち破ったようなものである。なるべくなら、そういった状況を作られる前に勝敗を決したいところであった。

 そこで思い起こされるのは、北郷家にとっても馴染み深い薩摩島津のお家芸。それこそが大小数多の戦場で敵軍を打ち破ったとされる、釣り野伏せである。

 

「俺のご先祖たちがよく使っていたもので、釣り野伏せっていう戦術があるんだ」

 

「釣り、野伏ですか。釣るという言葉が入っているということは、なにか奇襲作戦のようなものなのでしょうかー?」

 

 興奮状態にあっても、さすがに程昱は頭がよく働く。

 よくできましたというように少女の頭を撫でると、一刀はさらに説明を続けた。

 

「例えばいまのこの状況。風と稟は俺のチンコをいいように責めていて、完全に自分たちのほうが優位だと思っているんじゃないか?」

 

「はい、それはもう。ご主君さまのおちんちんさんはこんなにも嬉しそうにとろっとろのお(つゆ)を垂らしていますし、性欲暴走娘な稟ちゃんも頑張っていますから」

 

 程昱の回答にそうだろうなと頷くと、わずかに一刀は眼光を鋭くする。

 そうしていつの間にか二人の股下に潜り込ませていた足を動かすと、反撃を開始していくのであった。

 

「あうっ……そこお……っ!? んんっ……ああっ、……ご主君さま……ぁ!?」

 

「ん゛ぐっ……、ひゅう……んぐう……!? そんな……、いきなりされては……っ」

 

 一刀は足の指を器用に使い、下着越しに程昱と郭嘉の割れ目をぐちゅぐちゅと刺激していく。

 彼女たちのそこは一刀の読みどおり、優しく触れる必要のないほど濡れていた。

 蜜の滴る入り口は強引と思えるほどに抉られようとも淫らに形を変え、雄の愛撫を受け入れる。

 いきなりの愛撫によって程昱は膝を震わせ、肉棒をいじる勢いは急速に衰えていった。さらに内股に流れるほど愛液を潤滑させていた郭嘉には、その効果はより顕著に表れた。

 

「う……、ああ……っ。一刀さまの指ぃ、ぐりぐりってされると恐ろしいくらい気持よくてえ……」

 

 びくっ、びくっ、と肩を上下させ、郭嘉は小さいながらも連続で達しているようである。体温の上昇によって少女の眼鏡にはくもりが見え、情欲のこもった双眸を秘匿しているようでもあった。

 郭嘉と程昱からの攻勢が弱まるにつれ、一刀はみるみる内に余裕を取り戻していく。

 島津家自慢の戦術も、まさかこのような場所で使われるとは考えてもみなかったであろう。しかしこの北郷の名を継ぐ天の御遣いからすれば、これは至って真面目な話しである。

 言葉の端々にも興奮がうかがえるのは、まさにそのためでもあった。

 

「どうだろう、身をもって実感してもらえたかな? 標的を餌で釣っておいて油断を誘い、懐に入ったところで一気呵成に打ち破る。それこそが、この釣り野伏せの醍醐味ってやつなんだ」

 

 過去に読んだ史料や小説から思い描いていたものとは随分と違ってしまったが、かくして一刀による釣り野伏せの披露は成功したのである。

 

「あのー、ご主君さま……」

 

 快楽により頬を赤く染めながら、程昱は一刀のことを呼んだ。

 どうしたのかと青年は尋ねるが、少女からすればそれどころではない。痛撃を受けて火照った身体は、愛する人の精液を求めて発情を強くしているのだ。

 

「見事に釣られてしまった風と稟ちゃんは、このままどうされてしまうのでしょうかあ……? もしかするとこのまま生殺し、なんてことはありませんよね?」

 

 程昱は懇願するような視線のまま、一刀の脛を使って陰部からぬちゅぬちゅと粘っこい音を立てる。

 そこから溢れるねっとりとした愛液の感触は一刀にも充分に伝わっており、早く絶頂させてほしいという思考がストレートに表されているようでもあった。

 

「まさか。かわいい二人をこんな状態で放っておけるほど、俺も悪人じゃないさ。せっかくだから風と稟の気持いいところ、同時に感じさせてもらおうか」

 

 そう言うと一刀は少女たちを寝台にあげ、折り重なるように寝そべらせていく。

 動きの流れで下になった郭嘉の服をはだけさせると、程昱は貝合わせの要領で互いの秘裂を擦り合わせた。

 

「どっちのおまんこもぐしょぐしょになってて、待ちきれないって言ってるみたいだね。それじゃ、いくよ……」

 

 すっかり濡れてしまい役目を果たすことのできなくなった下着を剥ぎ取って、一刀は二人の割れ目の間に肉棒を挿入していく。

 たっぷりと潤った上下の壁をじっくりと味わいながらかき分けると、丁度郭嘉のクリトリスを押しつぶすような形となった。

 

「あ゛あ゛っ……、ぐうっ」

 

 急激に快楽をもたらされた郭嘉は、くぐもった声を喉奥から嗚咽するように響かせる。

 

「稟、とってもいやらしくてかわいいよ。でも、このくらいじゃ満足なんてできないよね」

 

 そのまま一刀は背後から程昱の唇を奪うと、腰を使って合わさった秘裂をぐにぐにとさらに強く擦っていくのである。

 

「ん……ちゅぱっ……。ご主君さまに口づけされながらおまんこいじめられると、お腹の奥がきゅうってなっちゃうのですよお」

 

「ああ……、そんな風ばかり……。一刀さま、どうかこちらにも……んっ……ちゅる……」

 

 唇を離されると程昱は一瞬さみしげにあっ、という表情となったが、キスができない代わりにと一刀は服の中に手を入れると胸をまさぐった。

 一刀はまだまだ成長途中といった胸をやんわりと揉み込みながら、興奮で勃起した乳首を指でいじってやるのである。

 そうして程昱のかわいらしい悲鳴を耳で受け止めながら、青年は郭嘉の縦横に動く触手のような舌を捕まえにかかったのであった。

 

「稟も風もすごいよ……っ。あれだけ濡れてたのに、いくらでも溢れてきて……!」

 

「一刀さまのおチンポ、こうして擦られているだけなのにすごく気持がいいのです……っ。それに風の身体もとても熱くて、これで感じないほうがどうかしています……、んんっ!」

 

「あはあ……っ、ほんとに稟ちゃんすごいですねえ。やあっ……ご主君さま、そんなに風の胸の先っぽで遊ばれてはぁ……」

 

 少女らの痴態によって充血した肉棒は、にじみ出る愛液を泡立てながらなおも責め立てることをやめはしない。

 亀頭からびりびりとした快楽の信号が走るたびに、一刀の内側でふつふつと欲望の種がふくらんでいく。

 ――早く二人のことを、煮えたぎった精液でどろどろに汚してしまいたい。

 そう決意した一刀はふるふると揺れる程昱の小ぶりな尻を両手で握り込むと、射精目掛けてラストスパートを開始していくのだった。

 

「んはあ……、んぐ……う。おチンポのごりっとした部分が、わたしの敏感なところを擦って……ひゃう……あああぁあああ!」

 

「おちんちんさんが熱くて、風はもう我慢できそうにありません……。はあっ……、稟ちゃん……、ちゅう、ちゅぷ」

 

 目の焦点を虚ろにさせて、程昱は倒れ込むように郭嘉と唇を合わせる。

 大切な友人である少女とのキスは、恋人同士のものとはまた違った興奮を呼び起こす。感極まったように二人は夢中で舌を吸い合って、絶頂へと突き進んでいくのであった。

 

「はあ……、風……。んむ……んんっ……」

 

「いいよ、二人とも……! 俺もこのまま……」

 

 郭嘉と程昱を絶頂へ導こうと意識的にコリッとした肉芽を突きながら、青年は込み上げてくる射精感をコントロールしている。

 しばらく一刀は寝台にほのかに咲いた百合の花を楽しげに眺めていたのだが、やがてそれも終わりの時を迎えるのであった。

 

「くうっ……、はああぁああああっ……。一刀さま、来てくださいっ。わたしは、もう……っ!」

 

「ご主君さまのとろとろの精液、風たちにかけてほしいのですよお……っ」

 

「ああ、俺もさすがに限界だ……っ。どうせなら、三人で一緒にっ!」

 

 一刀が最後の一撃を強烈に見舞うと、我慢の糸が切れた少女たちは嬌声を上げながら意識を快楽で染め上げていく。

 

「ぐうっ……。出るっ……!」

 

 痙攣してさらに気持ちよさの増した割れ目のサンドイッチから肉棒を引き抜き、一刀は二人の顔目掛けて射精を行った。

 洪水の如く飛び出した射精の波は郭嘉と程昱を襲い、その顔面を真っ白に変えていく。

 

「わぷっ……!? ひゃう……!?」

 

「もっと……、もっとたくさんわたしの顔にください……! 一刀さまの匂いで、全部染め上げてほしいのですうぅう!」

 

 顔中どろどろになるまで精液を受けてなお、郭嘉は悦楽の証を欲していた。

 眼鏡のレンズまで白濁で塗り上げられたその姿は非常に刺激的であり、一刀が竿をしごくスピードも加速していく。

 

「稟の好きなだけ出してあげるから、しっかり受け止めてくれよ……!」

 

 淫欲の権現と化した一刀の身体からは、どこにそれほど溜めていたのかと聞きたくなるような量の精液が放たれていった。

 二人は顔を受け皿にして精液を恍惚として浴び続け、いつ終わるとも知れない淫欲の波に身体を預けていたのである。

 

「――ふうっ……はあっ……。ご主君さまのこれ、相変わらずとんでもない量と粘りなのですよお」

 

「ほんとうですね……。ん、ちゅ……。ですが、そうでなくては我らの主君など務まりませんから」

 

 程昱はかわいらしい手のひらの中で出された精液を弄び、郭嘉は眼鏡に付着したものを美味そうに舐め取っていた。

 勢いのままに出し切った一刀は少々疲労を感じていたが、寝台で胡座をかいて少女二人の肌の感触を楽しんでいる。

 揃いも揃ってこのような状態であるため、三人共動き出すには多少の時間が必要であろう。当然参軍二人には、一刀に今日一日急ぎの用事がないことは計算済みであった。

 

「もうちょっと、このままのんびりとしていようか」

 

 そんな予想通りの言葉が一刀から出ると、郭嘉と程昱はしめしめと笑いあったのである。

 

 

 

 

 

 

 同日の夕刻。たまたま城壁の近くを通りがかった一刀は、階段を上がっていく人物の白い着物の一端を見た。

 その少女のことで今朝はわずかばかり気を揉んだのであるが、ふとその行方が気になった青年は影の跡を追うように自らも段を登っていったのである。

 

「おっ……、やっぱり星か。こんなところでどうしたんだ?」

 

「おや、これは北郷殿。いやはや、あなたも何気に素晴らしい嗅覚をしておられる。ですが、少しばかりお待ちいただきたい」

 

 一刀が追いかけた少女の正体は趙雲であった。

 普段は気さくできっぷの良い少女ではあるが、いまはなにやら考えごとをしているらしい。

 

「もしかして、お邪魔だったりする? それなら俺は、これで戻ることにするけれど」

 

「いえ、そうではないのです。ただし北郷殿の返答によっては、すぐにでも立ち去っていただくことになるやもしれません」

 

 瞬間、武人の顔となった趙雲に、一刀は思わず背筋をピンと伸ばす。

 人気のない城壁の上を、真剣を使った立ち合いさながらの雰囲気が包んでいる。

 ――趙雲からこのような闘気を向けられたのは、そういえばあの日以来になる。そんな思いが一刀のなかを過ぎったのであるが、いまは思い出に浸っている場合ではない。

 

「わかった。星の話を聞かせてくれ」

 

 ここに対峙する二人は、見事な夕日に照らされて赤く輝いていたのであった。



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二十一(星)

「風や稟から、何事か言い含められたのではありませんかな、北郷殿。たとえば、わたしを籠絡してこい……とか」

 

 趙雲のしなやかな指が、胸に軽く押し当てられた。表情からは、その意図までは読み取れなかった。魅力的な切れ長の目は、ふとしたときに威圧すら感じさせてくる。趙雲は飄々としているようで、やはり一本の芯が通っているのだ。

 であれば、こちらも誠意を持った対応をするべきだろう。やや口角を上げつつも、一刀は今朝あったことを話しだした。

 

「その通りだよ、星。キミのような将を得られて、白蓮は幸せものだ。稟たちが、誘ってこいという気持ちもよくわかる」

 

「ふふっ……、そうですかな。それで、臣に請われたあなたは、どうなさるおつもりなのです?」

 

 きっと、自分は試されている。一刀は、なんとなくそう感じていた。

 挑発的な表情。胸の上で止まっていた指が、くるくると円を描いていた。

 

「俺のものになれといったところで、どうにかなるようなものでもないだろう?」

 

「はて、それはわかりませぬな。佳き男と出逢えば、多少気が移ろうこともありましょう。それが、女の弱みというものです」

 

「ははっ、そういうものか? だったら……」

 

 不意を突き、細い腕を手繰り寄せる。これには、さしもの趙子龍も驚きを隠せなかったようだ。

 旅の中で、誰かに惹かれるようなこともあったのだろうか。なにがというわけではないが、身体の奥底に火がついていくような感覚が起こった。

 

「将としての趙雲のことは、綺麗サッパリ諦めよう。だけど星、ひとりの男としては、俺はキミのことを諦めたくはない。この我儘を、聞いてはくれないか」

 

「ほ、本当に、北郷殿は正直なお方だ……。よろしい、殿方にそこまで言わせておいて酒の一杯も付き合わないとなれば、こちらの沽券にも関わりましょう。では、続きはあちらのほうで」

 

 顔を赤らめた趙雲は、幾らか狼狽しているようにも見えた。それが気のせいでなければ、こういった男女のことをあまり経験したことがないようにも思える。これまで踏んできた場数から、一刀もそのくらいのことはわかるようになっていた。

 警戒を解いた趙雲に連れられ、一刀は辺りを広く見渡せる望楼へと登った。もし戦に敗れていれば、こんなことをしている余裕もなかったはずである。明かりの点きはじめた街並みを見下ろして、一刀はそんな風に思いを巡らせていた。

 ひんやりとした床板。その上に腰を下ろすと、先程とは打って変わって、趙雲は上機嫌そうに用意していたものを取り出してみせた。酒の入った徳利と、朱色に塗られた杯である。

 

「ではまず一献。無礼をしたお詫びに、ぐいっといってくださいませ」

 

 そもそも趙雲は、ここで夜景を肴に一杯やるつもりだったのだろう。望楼のなかは大して広くもないから、どうしても女の香りを間近くに感じてしまう。

 一刀は小ぶりな平杯を受け取ると、徳利からちょろちょろと注がれた澄んだ酒を一気に呷った。

 

「うん、いい香りもあって旨い酒だな。だけど、俺にはちょっとキツめなのかも」

 

 鼻を抜ける芳醇な香りを堪能しつつも、喉を流れていく酒の熱さに一刀は胸のあたりをさする。こちらに来てからも酒を飲むのは付き合い程度のことであったし、あまり度数の高いものには身体がまだ慣れていなかった。

 

「おや、酒はあまりお得意ではありませんでしたか。とはいえ、これほどの佳き肴を目にすれば、自然と酔いたくもなるというものでしょう」

 

「ああ、それは間違いないだろうな。飲みたくなったときには、またお願いしてもいいか」

 

 自身が口づけていた部分を指で拭い、一刀は趙雲へと酒杯を返す。

 趙雲が良き肴と表したのは北平の風景であったが、一刀にはそれ以外のものが映っている。床に垂れる美しい青髪。つい、伸びそうになった手を押し留めた。

 

「ん……、どうかされましたかな」

 

「綺麗だなって。景色以上に、星のことがね」

 

 趙雲の顔が、また赤く染まっていった。酒のせいではない。間違いなく、一刀の言葉によるものだった。

 先程の言われたばかりのことを、趙雲は思い出していた。いつかのように、下らない男に冗談で口説かれたのとはわけが違う。少女の心臓が、早鐘を打っていた。

 口に酒を含み、趙雲はなんとか平静を保とうとしているようだった。その仕草を、一刀は楽しげに見つめている。

 

「なんですか、そのようにじっと見つめて……。わたしのような者にも、恥じらいというものがあるのですから」

 

「ごめん、さっき飲んだ分の酒が回っているのかも。こんなにも、絵になるんだな。本当に、綺麗だ」

 

「うっ……。北郷殿こそ、ひとを煽てるのが上手すぎるのではないですかな。道理で、あの関雲長が恋い焦がれるわけです」

 

「もしかして、あの日愛紗の背中を押してくれたのって」

 

「左様、驚かれましたかな? どうにも、見ていられなかったのですよ。戦場での勇猛さを思えば、結ばれるのが遅すぎたくらいではありませんか」

 

 再び、趙雲は杯に唇を寄せた。そこは、一刀が飲むために触れた場所だ。また、鼓動が早くなった。

 動揺を隠そうとして、趙雲はさらに酒で胃を満たしていった。

 

 

 

 

 

 

「綺麗だな」

 

「むう……。またそのようにして、からかわれるのですから」

 

「違う違う。今度は間違いなく、夜景が綺麗だねってこと。騒々しくなくて、すごく落ち着ける世界だ」

 

 ペースが乱れたことで酔いの回ってしまった趙雲から杯を奪い、一刀は月明かりを受けてぼんやりと浮かびあがる街並みを見つめていた。

 高層ビルが立ち並び、そこらじゅうに電飾が存在している現代ではなかなかお目にかかれない景色であり、ちびりちびりと酒を飲むにはうってつけの肴である。

 

「天の国の夜とは、そんなに違ったものなのですか? それはそれで、興味をそそられますな」

 

 趙雲は、自身にとって当たり前な夜景に目をやりながら、自然と一刀のほうへ身を寄せた。

 ――火照りの緩やかになった肌に風が当たり、温もりが恋しくなってしまったのであろうか。

 趙雲は密かにそんな自己分析を重ねるも、結局はただの言い訳にしかならないことは言うまでもない。

 

「どこへいっても、この世界とは比べ物にならないくらい明かりがあるからね。それ自体は便利ですごくいいことなんだけど、こういうのが夜の本当の姿なんだろうな」

 

 話したことで口が乾いたのか、一刀はまたひとくち酒を含んだ。いつもよりよく舌が回るのは、気の所為ではないのであろう。

 

「北郷殿は、天の国が恋しいと思ったことはないのですか?」

 

 饒舌に話していた一刀であったが、趙雲がふと浮かんだ質問を投げかけるとその勢いは止まった。

 難しい質問ではあったが、一刀は月を見上げながら考えをまとめているようである。

 

「ないと言えば、きっと嘘になるんだろうな。ここには俺を慕ってくれる大切なひとが何人もいて、期待もいつの間にかこんなに背負ってしまっている。だけど故郷っていうのは、そう単純に忘れられるものでもない」

 

 胸の奥にちりちりとした痛みを感じながらも、一刀は杯に残った酒を飲み干すことでそれを覆っていく。

 北郷一刀として、天の御遣いとして。この世界に生きる理由は、既に両の手で数え切れないほどに積み上げられているのだから。

 

「そう……、ですか。詮無きことをお聞きしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 楽しむべき酒の場で、いらぬことを尋ねてしまったと趙雲は伏し目がちに謝罪した。その心の内側では、とある思いが強くふくらんでいる。

 

「ン……。温かいな、星の身体」

 

 そうして趙雲がさらに一刀の方へにじり寄ると、異性の髪の香りがふわりと青年の鼻孔をくすぐった。

 少女の体温が伝わってくることで、一刀も心拍数の上昇を感じている。趙雲のことを女として意識するほどに、一刀は大きく開かれた胸元に視線が釘付けになってしまいそうになっていた。

 勇気を持って手を伸ばせば、あらわになった肉付きのよい太腿にも直に触れることができるであろう。そう思えてしまうほどに、少女は一刀に身を委ねているのだから。

 

「……北郷殿がこの世界にいる理由。そのひとつに、このわたしを加えていただくことはできましょうか」

 

 指の付け根を噛み、趙雲はそうぼそりと呟く。少女がうつむき気味であるのは、きっと羞恥で赤らんだ表情を隠したいがためであった。それにこんな話し、とても当人に面と向かって言えたものではないというのが率直な感想だ。

 

「内心、そう言ってもらえることを期待していた。……なんてね」

 

「恐ろしいお方だ……。心を融かされるとは、まさにこういうことなのでしょうな」

 

 ここまで宣言してしまった手前、もう退くことなどできはしない。まして、相手は女たらしの天の御遣いなのである。

 趙雲は戦場でも味わったことのないほどの緊張に喉を乾かせ、一刀に杯を返すよう求めた。しかし、その願いが届くことはない。

 

「北郷殿、なにを……」

 

 趙雲の言葉を無視して、一刀は手に持った杯に酒を注いでいる。そこになんとなく予感めいたものを感じ、少女は期待と高揚で瞳を潤ませていった。

 

「こんなにいい酒なんだから、どうせなら星と一緒に楽しみたいと思ってね。だめかな」

 

「まったく、意地の悪い聞き方をされるものだ……。内心、断られるとは思っておられぬのでしょう?」

 

 趙雲の呆れたような発言に、一刀は小さな笑みを作って対応をする。そうして酒を口に含ませると、答えに蓋をするかの如く少女の乾いた唇に自らのそれを合わせるのであった。

 

「あっ……、ふむっ……ちゅう。んっ……、ふうっ……」

 

 一刀が口内で咀嚼した酒を、趙雲は少しづつ味わわされている。

 口内で一旦濾過された酒は角が取れたようで丸みがあり、興奮していることも相まって神秘的な味わいを醸し出していた。

 

(ああっ……、口づけるとはこのように身体が熱くなってしまうものなのか……。これでは、もっと飲みたくなってしまう……)

 

 アルコールに塗れた口内は熱く、互いに求め合っている。

 飲まされたのはさしたる量ではなかったというのに、趙雲はかつてないくらいの血の巡りを感じていた。彼女が興奮しているのは明らかであり、やがて飲ます酒がなくなった一刀が唇を遠ざけると、口惜しそうに僅かにあとを追ったほどである。

 

「そう焦らなくても大丈夫。俺だって、星のことをもっと知りたいんだから」

 

「ふあっ……、北郷殿……っ」

 

 もはや趙雲に、普段のような余裕ぶった衣をまとっている(いとま)はなかった。少女はただ男の熱を渇望し、愛されることだけを欲しているのである。

 段々と少量ずつ送り込むのが億劫になってきた一刀は、さらに深く口付けると舌を使って酒を撹拌していく。

 自由になった液体はぐちゅぐちゅと卑猥な音を立て、二人の性的興奮をより高めていった。

 

(酒を飲んでるってこともあるけど、星の口の中すごい熱さだ。それに酒に唾液が絡まって、甘みが増しているようで……)

 

 一刀と趙雲は双方の口腔で何度も酒を行き来させ、淫靡さと濃度を高めていく。

 甘美な味わいを強く備えた酒は二人にとって極上の一品となり、舌を絡ませてはこぞって出来を確かめていったのである。

 

「はあっ……、んっ……、星……」

 

「ちゅう……、ふわ……あ……。北郷殿……、わたしは、どうなってしまったのでしょうか……」

 

 眼前で小さく瞬きをする少女のことが、たまらないほど愛おしく思える。

 そんな感情でいっぱいになった一刀は、趙雲のことを強く抱きしめた。全力で疾走をした後であるように思えるほど少女の呼気は乱れ、熱気を含んでいる。

 一刀は趙雲の丸みを帯びた臀部に右手を忍ばせると、小手調べとばかりに形を確かめていくのであった。



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二十二(星)

 北郷殿に触れられているところが、切ないほどにうずいてしまっている。

 稟も風も香風でさえも、この方の手管に蕩かされてしまったのだろうか。そのようなくだらないことを考えてしまうほどに、わたしは昂ぶってしまっているのだろう。

 

「あの……、北郷殿……っ」

 

 星、星、と耳元で何度も真名をささやかれると、それだけでうっとりとした気分に浸ってしまえるようだった。

 このままでは、もうどうにかなってしまう。

 たまらなくなったわたしは北郷殿に懇願するような視線を向け、一時の休息を求めてしまった。

 

「ごめん、ちょっと急ぎすぎたみたいだね」

 

 わたしの様子に気づいた北郷殿は、手を止めるとバツが悪そうに苦笑している。

 ――そのような顔をされては、こちらも心苦しくなってしまうではないか。

 有無を言わせない強引さの裏側に、こうしたかわいげのある部分も存在している。そういうところが、このお方の魅力のひとつでもあるのだろう。

 

「はむ……、ちゅる……、ちゅう……」

 

 お詫びというわけではないが、今度はこちらから北郷殿の口を吸う。

 たどたどしい動きだと思われてもいい。いまはただ、湧き上がる感情をぶつけることが正しいことのように感じていた。

 

「不躾な話なのですが……」

 

 わたしが口づけを止めて言葉を発すると、北郷殿はきょとんとした表情で見つめ返してくる。

 そのように胸襟(きょうきん)を開ききられては、甘えてしまうのも仕方ないではないか。

 

「わたしだけ北郷殿などと呼ぶのも、なにやら他人行儀なようで」

 

「なんだ、そんなことか。うん、それで?」

 

 北郷殿は、わたしの話の意図がわかったのだろう。くすりと笑うと強ばるわたしをからかうかのように、鎖骨のあたりを舌でくすぐってきているのだ。

 

「一刀殿……と、そう諱で呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 天から来た北郷殿にとっては、真名と同じような役割を果たすその諱。胸の内で数度呟いてから発してみれば、それだけで高揚してしまえるようだった。

 

「そんなのいいに決まってるだろ? むしろそう呼んでもらったほうが、俺は嬉しいんだから」

 

 ゆっくりと顔を上げた一刀殿は、さも当然といった様子で呼び方を変えることをすんなりと受け入れてくれる。

 本当に、このお人は……。

 

「んっ……、一刀殿……」

 

 ぬらりと舌を絡め取られ、一刀殿の唾液をたっぷりと味わわされる。与えられるままに飲み下せば、媚薬混じりなのかと疑ってしまうほどに興奮を誘われ、さらに深いつながりを求めてしまうのだ。

 

「はあっ……ちゅぷ……んんっ……」

 

 口づけを続けている間に着物をはだけさせられ、夜のひんやりとした風がわたしの肌を撫でる。

 一刀殿に見られている。そう思うほどに身体が熱を持ち、ぼんやりとした霧が思考を覆っていくようだった。

 

 

 

 

 

 

「綺麗だよ、星。空に浮かんだ月にだって、少しも負けていない」

 

「また……お戯れを……っ」

 

 赤子のようにわたしの乳先に吸い付きながら、一刀殿はもう片方の胸を掬うようにして揉んでいる。

 話には聞いていたが、やはり男とは女性の乳房に惹かれる生き物なのだろうか。

 そこは一刀殿も例外ではないのだろう、先程からちゅうちゅうと音を立てながら乳頭を吸っており、その姿になんとなくわたしは保護欲を駆り立てられるかのようだった。

 

「ふふっ……。んっ……ふあ……っ」

 

 くすぐったさと気持ちよさ、その両方が同居した感覚が生み出されている。自分でも遊びで胸に触れてみたことはあったが、いまのような気分になるのは初めてだった。

 

「星の乳首、しっかり固くなってるね。ぷっくりしていてかわいいよ」

 

 二本の指でくりくりとこね回されて、不思議な痺れがわたしを支配しようとする。きっとこれが、感じているということなのだろう。

 

「一刀殿がそのようにされるからです……っ」

 

 わたしの羞恥しているところをもっと見たいというように、一刀殿は唇と指で巧みに快感を引き出しにかかってくる。強弱の緩急をつけてこねられるほどに、乳房の感度は上がっていくようだった。

 

「あっ……、いやっ……!?」

 

 なにやら股の部分から、もぞもぞとした感覚が伝播してくるようだ。

 よもや、このような場面で粗相をしてしまったのだろうか。一刀殿に悟られぬように恐る恐る下着を確かめてみると、小水とはまた違うねっとりとした水気でそこは湿っていた。

 

「そろそろ、そっちを触ってもいいかな。俺と星がつながる部分だから、よく濡らしておかないと」

 

「えっ……? ひゃっ」

 

 本当に、こういうところばかり目ざとい人なのだから……!

 生娘染みた情けのない声を上げてしまい、赤面してしまっていることが自分でもよくわかる。

 一刀殿はぬかるんでしまったそこを数回撫でると、わたしの耳元で小さく言葉を紡いだ。

 

「星、結構感じやすかったりして……? 下着の上からでも、濡れてるのがよくわかるくらいだ」

 

「知りませぬ、そのようなこと……」

 

 わたしがそう言ってそっぽを向くと、一刀殿はガサガサと自身の着衣をいじりだす。なにをされているのだろうと横目で観察していると、立ち上がった一刀殿はいきなり袴をずりおろされたのだった。

 

「な、なんと……」

 

 そこから現れた大きな逸物に、わたしはつい目を見開いてしまう。

 女人の細腕くらいはあるのではないか。そう錯覚してしまうほど反り立った幹は太く、たくましいのだ。それに先端は見たことのない形をしているが、大きく張り出した傘のような部分から、言葉に出来ない類の力強さをわたしは感じさせられていた。

 そんな息を呑んで硬直するわたしの顔に触れながら、一刀殿は興奮の入り混じった声で語りかけてくる。

 

「星のそこが興奮して濡れてしまったのと同じだよ。俺のここもはやくひとつになりたくて、うずうずしてしまってる」

 

「し、知っています、そのようなことくらい……。そんなにされたいのであれば、さっさと致されればよいでしょう。ほら……っ!」

 

 房事に関する知識の薄さを見透かされているようで、わたしはつい意地を張ってしまう。こんなことならば、愛紗あたりを焚き付けて詳細を聞き出しておくべきだったか……。

 

「ありがとう。でも、無理したらダメだからね。辛かったら、そこでやめるから」

 

 天の御遣いを表す羽織の上に寝かされたわたしは、捌かれる直前の魚となんら変わらぬのではないだろうか。そんな馬鹿らしいことを想起したくなるほどに、全身が緊張してしまっているのだろう。

 

「あっ……、一刀殿」

 

 月の光を遮って、筋肉質な身体が被さってくる。

 なぜだろうか。一刀殿の姿は普段よりも大きく、悠然としているようにわたしの目には映っていた。

 

「いくよ、星。なるべく力は抜いておいて」

 

 さすがのわたしにも、これからどういった行為が行われるかといった見当はついている。

 女陰に擦り付けられる逸物は熱く、一刀殿の欲情を明らかにしているかのようで。わたしのそこは、先からその求愛行動に本能的な反応を示してしまっていたのだった。

 

「は……いっ……。覚悟は……、できておりますから」

 

 わたしの言葉にうなずいた一刀殿は、ゆっくりと逸物の先端を入り口へと押し付けはじめる。

 あれほどまでに太い逸物が、わたしの中に入ってくる。本当に受け入れることができるのか心配になってしまうが、ここから先は一刀殿にお任せする他ない。

 

「ぐっ……、ああっ……これぇ……っ」

 

 あのふくれた先端が、股を割り裂くようにして入ってきている。

 戦場において、これほどまでの痛みを伴う傷はいまだ負ったことがない。そう断言してしまえるくらいに、貫かれた女陰からは痛みが走っていた。

 

「はっ……、ううっ……、()う……っ」

 

「星、平気か? 辛いなら一度……」

 

 当然、優しいこの方はわたしの様子から交わることを中断しようとする。

 だが痛みとは別に、好いた人に抱かれる悦びが少しずつ湧き出していることも確かなのだ。

 

「お願いです、一刀殿……っ! こんな時代にあって、我らはいつ離れ離れになるやもしれません。だからこそ、このうたかたの逢瀬を大切にしたいのです……」

 

 いまこの夜は平穏であっても、明日になればどう転ぶかわからないというのがこの国の真実だろう。幽州にあった大きな反乱の芽は摘んだといっても、いつまたどこで種が芽吹くとも限らない。

 それに、一刀殿はこの地にいつまでもいるようなお人ではない。そんな予感が、わたしの頭の片隅には存在しているのだ。

 

「……わかったよ、星。なるべく気が紛れるように頑張るから、ちょっとの間我慢してくれ」

 

「はい、お任せください。この程度の苦難を越えられぬようでは、趙子龍の名折れとなりますから」

 

 内に入り込もうとする逸物から来るびりびりとした痛みだけではなく、今度は口づけによる甘い痺れも加わっている。わたしは一刀殿の唇を深く吸い、そちらだけに意識を向けようとしていた。

 

「んっ……一刀……はむっ……殿っ。もっと、んちゅる……はうっ……」

 

「その調子だよ、星。いまは気持ちよくなることだけを考えてくれればいいから」

 

 わたしが呼吸をする間隔に合わせて、少しずつ一刀殿が腰を進めてくる。あまり見たいとは思わないが、広げられた入り口はみっちりと大きな逸物を咥えていることだろう。

 

「はあっ……。ほんとうに、容赦のない太さをしておられるのですから……っ。いま少し、手心を加えていただいても構わないのですがっ……」

 

「ごめん。星がかわいすぎて、小さくするのはちょっと無理かも……っ」

 

 そんな風に言われてしまったのでは、こちらとしては耐え忍ぶしかなくなってしまう。

 まったく、一刀殿はこともなげにこうしてわたしの急所を突いてくるのだから、瞬時も油断することができない。

 そうこう話しをしている間にも逸物は随分と深くまで侵入してきており、その熱さによってわたしは内部を収縮させてしまう。その動きがよかったのか、一刀殿は色めいた吐息をもらし、わたしの首元に顔を埋めている。

 甘えられているようで幾分嬉しく思えたというのは、内密にしておくべきだろう。

 

「星の中がきゅって締め付けてきて、俺のことを捕まえに来てるみたいだったよ。どうだろう、少しくらい慣れてきたんじゃないか?」

 

「む……? そう言われてみれば、あの泣き叫びたくなるような痛みはなくなりましたな。この短時間でわたしの身体を籠絡されるとは、さすがのご手腕」

 

 軽口を叩くわたしの頭を二、三度撫でると、一刀殿は再び口づけを所望される。

 その動きといえば口内の舌をたっぷりとかわいがられるようであり、ともすればそれだけで気をやってしまいそうな具合だった。

 愛のこもった情交とは、こういうことをいうのかもしれない。そんな市井の年頃の娘のようなことを考えてしまい、わたしはまたしても頬を熱くしてしまう。

 

「少しずつ動いてみるよ? 苦しかったら、すぐにやめるから」

 

「はい、どうぞ……。くっ……、はあ……っ。これ、すご……んんっ……!?」

 

 自分では触れることのできない身体の奥深くまで、一刀殿によって貫かれている。長い逸物を引き抜くような動きをされるだけでも、全身が総毛立ってしまうようだ。

 

「このような感覚、味わったことがありませぬ……。これが、男女の営みというもの……」

 

 一刀殿とつながるほどに、五感がすうっと研ぎ澄まされていく。一刀殿の興奮に染まった息遣いも、腰に備えた槍を突き出してくる筋肉の動きさえも、はっきりとわかってしまうのだ。

 

「星の中、さっきよりずっと濡れてきてる……。我慢してあげたいけど、勝手にスピードあがっちゃうかも……っ!」

 

 腰を擦りつけるように動かしている一刀殿は、辛そうに顔をしかめて歯を食いしばっている。

 気を遣ってくださっているが、すでに荒々しく逸物を打ち付けたくて仕方がないのだろう。

 

「はあっ……くっ……、星……っ」

 

 消え入りそうな声で真名を呼ばれると、頭の中がカッと熱されていくようだった。

 一刀殿のことを考えるほどに切なく中心が疼き、強く愛されることを願ってしまう。

 

「大丈夫です」

 

「あっ……、星?」

 

 一刀殿の顔を両手で捕まえ、しっかりと視線を交わす。

 どうであろう、いまのわたしは、上手く微笑むことができているのだろうか。

 

「平気ですから、どうか一刀殿のされたいように……。わたしもいい加減、じれったくなってきたのかもしれません」

 

 わたしがそう言うと、惚けたような表情で一刀殿が「いいの?」と聞き返してくる。ここにきてようやく一本取れた形となり、わずかな満足感が胸中に生じていた。

 

「ください。あなたの衝動も劣情も、すべて受け止めてみせますから……」

 

 瞬間、それまで優しげに揺れていた一刀殿の瞳に、獰猛な光が宿ったようにわたしには思えた。

 

「一刀殿……っ、あっ……!? ぐっ……、ああぁああっ……!」

 

 きっとそれは、勘違いや見間違いではなかったのだろう。

 ゆるゆるとした動きをやめ、大きく躍動し始めた一刀殿はいかにも楽しげなのだから。

 

「これはなんと……、はあっ……。無理やり奥までねじ込まれているようで……、くううっ!?」

 

 強弓から引き放たれた一撃を浴びるほどに、熱く、熱く、熱く身体を熱せられてしまう。

 肉欲に喘ぐ獣のように声をあげ、残った意識を使い一刀殿の手をわたしは握る。

 

「どうか離さないでくださいませ……。でなければ、真に狂ってしまうやもしれませぬ」

 

 ――心配ない。

 短く断言しながら、一刀殿はしっかりとわたしの手を掴んだ。

 

「星はちゃんと、ここにいるから。それに俺も……ね」

 

 手のひらがぴたりと合う。やはり温かい手だ。

 荒々しく責め立てられているというのに、こうしているだけで心がやわらいでしまう。

 

「はいっ……、一刀殿……っ。ああっ……またっ……!?」

 

 奥までずるりと滾った逸物を挿入され、そのままコツコツと中心部を何度も小刻みに突き上げられる。

 その度に脳内ではバチバチと火花が散り、これまで知ることのなかった快楽を呼び覚まされていった。

 

「たまらないな、星のなか……っ。さっきからチンコにおねだりするみたいに、きゅうきゅう締め付けてきて」

 

 自分ではよくわからないが、どうやらわたしの身体はより大きな快感を求めて一刀殿に食らいついてしまっているようだ。

 よくよく考えると恥じらいもなにもあったものではないが、肌を合わせているという状況がそうさせるのだろう。

 事実、鉄芯のような逸物が入り込んでいる内側だけでなく、一刀殿と触れ合っているところ全てが心地よいのだ。

 

「どこもかしこも、疼いてしまって仕方がないのです。佳き男と交わるというのは、こうも……っ!?」

 

 思考が爆ぜるような感覚に再度襲われ、わたしは背筋をつんのませてしまう。

 

「まだまだ、こんなもんじゃない」

 

 汗の滲んだ両の手を結んだままに、一刀殿が胸と胸を合わせるようにして体重をかけてくる。

 ぐっと身体が圧迫されてしまうが、決して嫌な重みではない。これはまるで征服されているようでもあり、手放さぬよう強く抱かれているようでもある。

 

「ふああっ、んっ、ううっ……!? 一刀殿のものが、ごりごりわたしの中をえぐって……!」

 

 体内で感じる一刀殿の逸物は、交わり始めた頃よりも明らかに太くなっていた。凄まじい密着感にわたしは喘ぎ、悦びの涙で目の端を濡らしている。

 

「一刀殿のものがすごすぎて、わたしも、もうわけがわからないほどで……っ」

 

 快楽に流されそうなわたしの耳に入るのは、肌のぶつかり合う乾いた音のみ。このまま最後の一本まで理性の糸を切ってしまえば、どこまでいけてしまうのだろうか。

 

「そのまま、俺のことをしっかり感じてくれればいい。星のことは、ずっと捕まえていてあげるから」

 

 なりふり構わずコクコクと首を動かし、わたしは一刀殿の言葉に甘える。

 先程から激しく擦られる度、すっかりわたしの中は弛緩と緊張を繰り返してしまっていた。それがどういった理由からなのかはわからないが、とにかく時折天にも昇る心地になってしまうのだ。

 

「んあっ、ひゃ……ううううぅううううう……あぁああっ!」

 

 言葉を知らない幼児のように声をあげながら、わたしは一刀殿の手をさらに強く握る。すると一刀殿はなにかを察したのか、さらに腰を素早く振り出した。

 

「こっちももうちょっとだから、少しだけ我慢してくれ……! 星の感触、しっかり覚えておきたいんだ……!」

 

「はあっ、はあっ……、くふうぅう……!?」

 

 恐ろしいことに、逸物はさらなるふくらみを見せているようだ。一刀殿の低い慟哭を聞くわたしは、すっかり逸物が与えてくる快楽の虜となってしまっているのだろう。

 

「あっ……!?」

 

 意識が弾けてしまうような感覚。わたしの表面を焼けたように熱い汁が覆ったのは、その瞬間だった。

 

「ぐうっ……、星……っ」

 

 まどろむような視界の中にあって、白く濁った汁が飛散していく様だけが見えている。そしてそこから漂う鼻をつく青臭さだけを、わたしは鮮明に記憶することができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――星。ねえ、星。

 誰かが、わたしの真名を何度も呼んでいる。そう連呼されなくても、充分に聞こえているというに。

 ――星、平気か。俺のことわかる?

 温かな声だ。気怠さを感じる身体に、その声がじんわりと染み渡っていくのは気のせいなのだろうか。

 

「んん……、一刀……殿」

 

「よかった、気がついてくれて。寒くないか?」

 

 目を擦ると、ぼんやりと視界が開けてくる。

 なんだ、わたしは気を失ってしまっていたのか。しかし、なにゆえ……。

 

「かわいかったけど、少し無理をさせちゃったね」

 

 その言葉を聞いて、わたしの意識はようやくはっきりとしていった。

 そうか、一刀殿に組み伏されて、あのままわたしは果ててしまっていたのか……。

 

「一刀殿。なにからなにまで、申し訳ありませぬ」

 

 見てみれば、はだけていたはずの着衣が元に戻っている。その前に身体も拭いてくれたのだろうから、後始末をすべて任せてしまった形だった。しかも、このように介抱までさせてしまうなどと。

 

「いいって。だいたい俺が加減できなかったせいなんだし、おあいこってことにしておいて」

 

「はい、ならばそういうことにしておきましょう。して、そういえばこの感触は……」

 

 よく確かめてみると、いま後頭部に感じているのは板張の硬さではない。となれば、たどり着く答えはひとつしかなかった。

 

「女の子みたいにやわらかくはないけど、そのまま寝かせておくよりはましだろうと思ってさ」

 

 半分ほど寝返りをうってみれば、筋肉のしっかりとついた太ももの形がよくわかる。男女反対の構図はよくあるが、こうされるのも悪くないものだ。

 

「滅相もない。とても、気持ちの良いものです」

 

 手を伸ばせば届く場所に、愛し合ったばかりの人がいる。ただそれだけのことが、これほどまでに喜ばしいこととはわたしは知らなかった。

 

「ん……、どうかしたの?」

 

 思わず指で、一刀殿の頬にそっと触れてしまう。返ってきたのはやはり優しげな声色で、ついわたしは小さく笑ってしまった。

 

「いいえ、なんでも」

 

 じゃれ合うように、わたしと一刀殿の指が交差している。絡まりそうで絡まない指は、もしかすればいまの心中を表しているのかもしれない。

 ――いつの日か、今日ここで結んだ契りをより深くする時が来るのであろうか。

 そんな遠きことを考えながら、わたしは逢瀬の最後のひとときを楽しんでいたのだった。



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閑話 隠れて候 その一

 午前の仕事も一段落がつき、公孫賛は休憩のため城の中庭を訪れていた。

 そこにはすでに先客がおり、その青年は公孫賛の姿が見えると小さく手を振り出迎えたのである。

 

「よっ、北郷。なにしてるんだ?」

 

 集中した様子で椅子に腰掛けている一刀は、机の上に布を敷いて得物を整備しているようであった。

 公孫賛にとってその作業は珍しく、どれどれといった表情で一刀の手元を覗き込んでいる。

 

「へえ、なかなか器用なもんだな。なるほど、それがそうなって刀身を固定してるのか」

 

「ああ、これは目釘(めくぎ)っていうんだ。この目釘が柄と刀身を固定する役割を持っていて……ハバキ、この刃の終わりについている金具がしっかり効くことで、鞘から抜けない仕組みになっている」

 

 一刀から日本刀の構造を説明されて、公孫賛はふむふむとしきりに頷いている。

 やはり彼女も武人なのであろう。これまで目に触れたことのない武器のことが気になるようで、ついには侍女の運んできた茶をすすりながら居座り始めたのだった。

 

「その刀は、もともと北郷が使っていたものなのか?」

 

「いいや、そうじゃないんだ。じいちゃんかばあちゃんか、はたまたもっと前のご先祖様のものなのか。ただ、こいつをあの時たまたま手にしていなければ、こうして白蓮と話していることもなかったんだと思う」

 

 久方ぶりに思い出すあの日の光景。刀身を布で拭き上げながら、一刀は蔵であった出来事を懐かしく思っていた。

 なんの因果があるのかは不明であるが、不思議な力を秘めている刀であることは確かであろう。

 

「家に代々伝わるなんとやら……、ってやつか? そう考えると、人生わからないものだよなあ」

 

 やけに年寄りじみた言葉を吐き、公孫賛はひとくち茶をすすった。一刀が幽州へ来てからここまで、劉備との再会や賊軍との決戦など話題には事欠かない。

 華々しいこととは自分は無縁であると嘆いていただけに、ついに風向きが変わってきたのだろうかと少女は遠い目で蒼空を見つめているのである。

 そんな公孫賛に苦笑しつつも、一刀は刀身の(なかご)にちらりと視線を移した。

 柄のなかに入る茎の部分には、よく製作者がわかるように銘が刻まれているものなのである。

 

「そこ、削れてよく見えなくなってるんだな。もともとなにが書いてあったんだろう」

 

「普通なら、ここに誰々って彫刻が入っているものなんだよ。でもこいつは、それがわからないようになっている。……このレベルの業物なら、誰か有名な鍛冶師の作品でもおかしくないっていうのに」

 

 優れた鑑定眼を持った人間であれば、造りや刃紋の施し方からその正体を推測することもできよう。しかし、一刀にはそれほどまでの見識は備わっておらず、この刀の出自についてこれっぽっちの見当もつかないという状態なのであった。

 指でそっと削れてしまった箇所に触れてみても、都合よくなにかがわかるわけではない。それでも想像を働かせ、いつしかその思いの一端でも汲み取ることができればいいと一刀はざらついた感触を確かめているのである。

 

「……やっぱり天の御遣いともなれば、こういう謎のひとつも持ってるんだなあ。……はあ」

 

「なんだよ、ため息なんかついてしまって」

 

 公孫賛の抱えるコンプレックスのことを、一刀はまだ知らずにいた。友達のような感覚で付き合ってくれている少女のことを気にかけ、一刀は作業の手を止めて憂いの浮かんだ顔をじっと見つめたのである。

 

「うっ……、そんなに見られたら恥ずかしいだろ!? ほんとに、なんでもないから!」

 

「そうか? ならいいけど。白蓮が困っているのなら、俺はいつでも力になるよ」

 

「ば、ばか……! そんなこと、簡単に言うなって!」

 

 一刀にそうさらりと言ってのけられ、公孫賛は赤面したまま空を見上げた。だめだ、だめだ、といくら自分を律しようとしていても、青年のおおらかな性分についつい心を惹かれてしまう。

 このところ趙雲も近しい関係になっているのではないかという噂も聞こえてきているし、そのことが無性に公孫賛に焦燥感を与えているのである。

 

(ちょっとずつ、ちょっとずつなら……)

 

 やはりあらぬ方向を向きながら、公孫賛はひとつの提案をしようとしていた。

 いきなり距離をつめるほどの勇気はないが、友人関係を深めるくらいならば内外に問題はないだろう。そんな言い訳を心の中で唱えつつ、少女は天の御遣いを街へ誘おうとしているのだ。

 

「え、えーっとな。あの……、その…………!」

 

 ――よかったら、午後から一緒にぶらぶらしてみないか。

 少女はただ、そう発したかっただけなのである。しかし、言い淀んだ一瞬の間がまずかった。

 

「ご主人さまー!? どちらにいらっしゃるのですかー!?」

 

 わずか数秒の差のことで、一刀の視線は公孫賛の後方へと移ってしまう。少女があっ、と思ったときにはすべてがもう遅かったのだ。

 

「あれ、愛紗か。おーい、こっちだよ」

 

 一刀の声に、彼のことを呼んだ声の主の肩がぴくりと震えた。その少女はひらりと丈の短いスカートを翻し、小走りに二人のもとへ近づいてくる。

 

「ご主人様、こちらにいらしたんですね。と……、これは白蓮殿もご一緒でしたか」

 

 眼前に現れた光沢の映える美しい黒髪は、まるで公孫賛には闇夜の到来を告げる帳のごとく感じられたであろう。がっくりと机に突っ伏した公孫賛は、おのれの運の無さを小声で悲嘆するばかりであった。

 

「どうかした? 俺のことを探していたみたいだけど」

 

「はい。あの……、なんというか……」

 

 公孫賛の姿を見ながら、一刀のそばに立った関羽はなんとなくバツが悪そうな面持ちを浮かべる。落胆真っ盛りである少女にそのことを悟られる心配はないとはいえ、一刀はなにか身内だけでの相談事があるのかと目を細めた。

 

「よし、ちゃちゃっとこれを片付けてしまうから、どこかで待っていてもらえるかな」

 

「あ、はい。それならば、香風の部屋まで来ていただけると助かるのですが」

 

 関羽から返ってきた答えに「なんで香風の部屋?」と聞き返しそうになるのを抑え、一刀はそれを了承した。そうして礼儀正しく腰を折って駆け足で帰る関羽を見送ると、一刀は急ぎばらしていた刀の組み立てにかかったのである。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ白蓮、またな」

 

「おーう、いってこーい!」

 

 刀を鞘にしまって立ち上がる一刀を、公孫賛は半ばヤケになった気分で送り出した。

 ――つぎはもっと、有無を言わせないくらいの強引さで迫ってやろう。うん、それしかない。

 少女の胸中にはそのような考えすら渦巻いているのだが、つくづく自身の恵まれなさにまたひとつ長いため息を吐いたのであった。

 

「……えーっと、愛紗はっと」

 

 中庭からダッシュをしたことであがった息を軽く整え、一刀は建物内で目的の人影を探している。やがて先程約束した徐晃の部屋近くまで来た一刀は、そこに関羽の姿を見つけたのであった。

 

「おっ、いたいた。ごめん、待たせたね」

 

「いえ。こちらこそ急に呼び立ててしまい、申し訳ありません」

 

 一刀が「それで?」とこの場に集まった理由を問うと、関羽は右手で片目を覆いながら話し始める。

 

「……ご主人様は、香風の悪癖のことをご存知だったのでしょうか」

 

「香風の悪癖? うーん、ちょっと思い当たらないな」

 

 いままでのことを思い返してみても、特段徐晃にこれといっておかしな点があったとは一刀には思えなかった。

 強いてあげれば空を飛んでみたいという熱意からくる無茶があるくらいで、それは純粋で微笑ましいものである。

 

「そうでしたか……。わたしも偶然あ奴が出てくるところに居合わせて気づいただけでしたから、無理もないのかもしれません。どうぞ、こちらへいらしてください」

 

 言葉重く徐晃の部屋の扉を開け、関羽は一刀を中へと招き入れた。いまだ要領を得ない一刀は怪訝そうに首を傾げていたのであるが、足を踏み入れた瞬間に表情がさっと変わる。

 

「な、なんじゃこりゃあ……」

 

 その視界に出現したのは、物でごった返した荒れ放題の室内であった。関羽が目を覆いたくなるのも納得の、まさしく純然たる汚部屋(おへや)である。

 

「これまで誰も気が付かなったのが恐ろしいくらいです。しかし香風め、よくもこうまで借り物の部屋をだらしなく使えたものだ……」

 

「それで、愛紗はこの惨状をどうにかしようと?」

 

「ええ、その通りです。このままでは白蓮殿に申し訳ないどころか、我らが軍の沽券にも関わりましょう。そのようなこと、決して捨て置けません」

 

 賊と対峙している時と同様に義憤を滾らせ、関羽は手振りも大きく言い放つ。

 

「凪にも声をかけてありますから、もうすぐ来てくれるものと思います。その前に二人で始めてしまいましょう」

 

 楽進を援軍に呼んであるというのは、いかにも関羽らしい人選である。

 一刀は両肩をぐるっと回して気合を入れると、強敵に立ち向かう気分でぐっと拳を握った。部屋の主に了解を取っていないとはいえ、主としてこれは放っておける問題ではない。

 どの道掃除をしている間に徐晃も帰ってくるであろうし、そのときに事情は説明すればいいと考えた。

 

「そうだね。一仕事になりそうだけど、頑張っちゃおうか!」

 

 こうして二人がまず取り掛かったのが、衣服からなにから放置されたままの床の掃除である。

 掛け値なしに足の踏み場もない床。そこに散らばったものを拾い上げて地道に歩ける範囲を拡大していく。

 中には食べかけの残飯なども転がっているため、油断して足を置くことも危険な状況であった。

 

「――隊長、愛紗さん、遅くなりました」

 

 楽進が部屋に到着したのは、二人が部屋の一角を空け終わった頃である。

 さらに、そこに来たのは彼女ひとりではなかった。

 

「……ええっと、おはよう、お兄ちゃん?」

 

 部屋に来る途中の楽進に捕まったのであろう。徐晃はなんとも挙動不審であり、視線もふらふらと泳いでしまっている。

 

「ちょうどよかった。少し勝手にやってしまったけど、香風も一緒に掃除しよう」

 

「あう……。シャンは、このままのほうが使いやすいのに……。ねっ、だめ……?」

 

 まだ汚部屋に未練があるのか、徐晃は食い下がるようにつぶらな瞳で一刀と関羽のことを見た。

 少女の愛らしさに関羽はくらっときてしまいそうになったのだが、頭を振ってそんな雑念を払いきったのである。

 

「はっ……、いかんいかん!? 香風、わたしが見つけたからには、徹底的にやってもらうぞ」

 

「むー……、めんどくさい……」

 

 関羽に叱られて嫌々作業に入ろうとする徐晃は、まるでぐずりかけの子供ようであった。そんな徐晃に、一刀は飴をつるしてやることを決める。

 

「頑張って掃除できたら、今度ふたりで遊びに行こう。どうだろう、香風?」

 

 遊び、という言葉を聞いて、ここまで曇りっぱなしであった徐晃の顔に少し元気の花が咲いた。

 

「まったく、隊長はそうやってすぐに甘やかしてしまうのですから……」

 

「こんなことでご主人様と二人きりになれるのであれば、いっそわたしもなにか起こしてしまおうか……」

 

 困った人だと言うように楽進は眉間を揉み、関羽はなにやら不穏なことを口にしている。

 二人からしてみれば甘やかしているようにとられるかもしれないが、普段の労に報いるためにもそのくらいのことはしてやってもいいだろう。そう判断した一刀は、徐晃に目線を合わせるとにっこりと微笑んだのである。

 

「……いいの? それなら、シャンもがんばってお掃除するね。えへへ……、お兄ちゃんと遊びにいくの、楽しみ」

 

「うん、その意気だ。愛紗と凪にも今度埋め合わせはするから、ね?」

 

 この女たらしの天の御遣いにとっては、この程度の気遣いなどもはや造作も無いことであった。

 

「はあ、仕方がありませんね……。だいたいご主人様を巻き込んだのはわたしですし、褒美などなくても無論手を抜くつもりなどありませんでしたが……」

 

「愛紗さん。隊長がくれると言うのですから、もらっておかないと損なだけですよ。そうですよね、隊長」

 

「そうそう。ほら香風、まずは籠に洗濯してない服を入れていくから、手伝ってもらえるか?」

 

 一刀が籠を片手にうながすと、今度は徐晃もしっかりとした返事でそれを了承したのである。

 四人がかりで再開した掃除作業は活気もあり、わいわいと進んでいく。

 

「……よいしょ、……よいしょ。あっ、愛紗……、そのへんに昨日の晩ごはんがまだ置いてあるから……、気をつけて」

 

「なにっ!? 香風、それを先に言わないか……」

 

 どうやら徐晃の忠告はわずかに遅かったようであり、関羽はしかめっ面で肩を震わせながら足元を見つめている。米粒を踏んでしまったのか、べっちゃりとした嫌な感触が少女の靴底には残っていた。

 

「これほど埃っぽいと、氣を使って一度に吹き飛ばしてしまいたくなってしまいますね。隊長、だめ……でしょうか?」

 

「いいわけないだろう!? ほら凪、気分転換にちょっと布団でも干してきてよ!」

 

 大いにまずいことをぽつりと漏らす楽進を、一刀は慌てて制止する。冗談に聞こえるようでも半分くらいは本気そうなのが、この少女の恐ろしいところであった。

 そんな悲喜こもごもの入り混じった賑やかな時間はあっという間に過ぎていき、夕方前にはゴミ出しもおおかた片付いたのである。

 大掃除の原因を作った張本人である徐晃は三人にぺこりと頭を下げると、しおらしく礼をいった。

 

「みんな、ありがとう……。がんばって……、汚さないように使うから」

 

「うむ、その心意気だ。わたしも時々見に来るから、気をつけるのだぞ?」

 

 すっきりとした部屋を見回して、関羽は満足そうに首肯している。長い黒髪の先についた埃が、少女の奮闘を物語っているようであった。

 

「あの……隊長、今晩はわたしが真桜と沙和に料理を作ってやる予定だったのですが、よければお越しになりませんか? その方が、きっと二人も喜ぶと思いますから」

 

「おっ、いいね。凪の手料理も最近食べていないし、そうさせてもらおう」

 

 よく考えれば、昼前から作業に没頭していたために相当に腹が減っている。そんな事情もあってか楽進得意の麻婆の味を思い浮かべただけでも、一刀は腹の虫が悲鳴をあげているように思えた。

 

「わかりました。愛紗さんと香風はどうします?」

 

「お邪魔してもよいのか? 食べるだけでは悪いし、それならばわたしも腕を振るってみせよう」

 

 そう言ってやる気をみせる関羽だったが、一刀は胃に汗をかくような衝撃に襲われる。このところ改善のみられる劉備はともかく、関羽の腕前はあれから成長しているのかまったく不明であった。

 

「シャンも、凪の料理食べたい。……愛紗のは、……お兄ちゃんにあげるね」

 

 その点、徐晃は正直なのである。

 避けがたい貧乏くじを前にして、一刀はいよいよ覚悟を決めるときかと腹をくくった。

 

「わたしが招待しているんですから、どうぞお気になさらず。愛紗さんも、ゆっくりしてもらって大丈夫ですから」

 

「む……、そうか? ならば、わたしも甘えさせてもらうとしよう」

 

 案外あっさりと鉾を引いた関羽に三人が安心するなか、本人だけは頭上にはてなマークを浮かべている。

 知らぬが仏ということわざがあるが、まさにそんなところであろう。

 

「決まりだ。それじゃ、あと少し残ったゴミを出してしまおうか」

 

 一刀の号令に、三人の少女たちが元気よく頷いた。

 すっかりきれいになった室内に、最初乗り気ではなかった徐晃も晴れやかな気持ちになっているようである。

 それは一刀も同様であり、四人の連携で得た達成感に心をたっぷりと満たされていたのであった。



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閑話 隠れて候 その二(香風)

おしっこ回注意。


 街へと続く門の柱に背を預け、少女は幼さの残る瞳で空を見上げていた。つがいなのであろうか、二羽の鳥が仲睦まじく軌跡を描いている。

 

「まだかな……お兄ちゃん……」

 

 思い出されるのは、あの日のこと。少女の待ち人は、最初「そこ」から現れたのである。

 別に、鳥のごとく優雅に飛んでいたわけではない。ただ重力に引かれて、為す術もなく落下してきただけなのではあるが。

 

「香風、お待たせ」

 

「……あ、お兄ちゃん」

 

 珍しくフランチェスカの制服以外の格好で現れた一刀を、徐晃は好奇心のつまった瞳で見つめている。一刀は少女の若紫色の髪をくしゃりと撫でると、腰を折って目線を下げた。

 

「たまにはいつもの格好以外もいいだろう? なにせ、今日は香風とデートに出かけるんだからな」

 

「でーと……? お兄ちゃん、なにそれ?」

 

 えんじ色の着物を袂を直しつつ、一刀はひとつ咳払いしてから小さな恋人の手をとる。

 徐晃は言葉の意味を不思議に思いながらも、一刀の手を嬉しげにきゅっと握り返したのだった。

 

「デートっていうのは、好きな人と楽しい時間を過ごしに行くって意味だよ」

 

「好きなひと……。お兄ちゃんは、シャンのこと……好き?」

 

 爛漫そうな視線で一刀を捉え、徐晃はゆっくりとした口調でそう尋ねる。

 端からすれば年の離れた兄妹にしか見えない二人ではあるが、芽生えた感情は大人のそれとなんら変わらない。だからこそ一刀も、濁すことなく正面から応えることができるのだ。

 

「もちろん。ご褒美って体裁はとってるけど、俺もこんな風にしていられるのは嬉しいんだから。いままでシャンと二人だけっていう機会はあんまりなかったし、今日は楽しもう」

 

 はっきりそうだとわかっていることでも、実際に口にするのとしないのとではやはり違う。

 

「えへへ……。シャンも、お兄ちゃんのこと、すきー」

 

 一刀の腕に小動物よろしく頬ずりをしながら、徐晃は胸を高鳴らせている。ずっとこの人と触れ合っていたい。そんな感情すら、少女の中には生まれつつあった。

 そうしてしばらく片腕に苦にならない重みを感じながら、一刀は店の立ち並んでいるほうへと歩きだしたのである。

 

 

 

 

 

 

 茶店での休憩などを挟みつつ何軒か店をのぞいて回っていた二人だったが、気づけばもう太陽が一番高い位置にあがっていた。

 隣を歩く少女からかわいらしい腹の虫の鳴き声を聞いた一刀は、昼食をとれそうな店がないか周辺を見回す。するとその場に、見知った顔があることに気がついたのである。

 

「あっ、お兄ちゃん! もしかして、これからお昼ご飯食べに行くの!? 鈴々、もうお腹ぺこぺこなのだ!」

 

 満面の笑みで一刀に抱きつく張飛のことを、徐晃は片腕を死守しながら少々むっとした表情で見やっていた。

 普段ならば気のおけない友人ではあるが、いまの張飛は一刀の独占権を侵略する強大な敵なのである。とはいえことさらに邪険にしたいわけでもないし、張飛は純粋に腹が減っているだけのようでもあった。

 

「そうだな……。じゃあ、あそこの店でラーメンでも食べよっか。香風も、それでいいか?」

 

 徐晃が質問にこくりと首を縦に振ると、一刀は苦笑しながら飯店のほうへ足を進める。

 店内はなかなか繁盛している雰囲気であり、扉を開けるとうまそうなスープの香りがすぐに食欲を刺激してくるほどであった。ちょうど空きがあったカウンターに一刀を中心にして三人で腰掛けると、張飛はさっそく片手を高く掲げて店主を呼ぶ。

 

「おっちゃんおっちゃん! 超特大ラーメンひとつちょうだい! チャーシューも大盛りね!」

 

 一瞬の迷いもなく注文を伝える赤毛の少女に、一刀は菜譜を見てから考えようとした自分がひどく浅はかであったように思えてしまう。店主は「あいよ!」と威勢よく張飛の注文を了承すると、連れである他の二人の顔色をうかがっている。

 

「えーっと、なら俺は……ラーメン普通の大きさで。香風はなにがいい?」

 

 急かされて我ながらつまらない注文をしたと一刀は心中で舌打ちしたが、後悔先に立たずというやつであった。

 対して徐晃は、なにやら菜譜の一部をじっと見つめながら思案をしている。そこにはどうやら、期間限定のメニューが記されているようであった。

 

「シャンは……、この激辛ラーメンでいい」

 

「香風、そんな辛そうなもの大丈夫なのか? いきなりそこまで攻めなくっても……」

 

「まえに、ここの激辛を凪がおいしいっていってたの思い出した。辛いけど、しっかりうまみがあるって」

 

 楽進の辛さの基準というのは、明らかに常人とはかけ離れている。そのことを承知しているだけに一刀は徐晃の判断を制止したくてたまらなかったが、少女はもう激辛ラーメンを食べる気満々な様子なのだ。

 心配そのものな一刀が小声で「小さめね」と念を押すと、店主のほうもわかっているようでにんまりと笑って鍋をお玉でカンっと打つ。

 こういう気配りができるからこそ人気を保っていられるのだろうなと一刀は感心し、手際よく作られていく料理の出来上がりを待つのであった。

 

「――ずるるるるっ! じゅる、ずずずずずっ!」

 

 豪快に音を立てながら麺をすすり上げ、張飛は山盛りの具材も口に運んでいく。巨大といっていい大きさの器に食らいつく姿はまさに圧巻であり、一刀はまたもや燕人張飛の凄まじさを見せつけられる格好となっている。

 

「ふー、ふー。あむっ……、ちゅるっ……」

 

 それとは対照的に、徐晃は赤く染まったスープから細い麺を持ち上げ、ちゅるちゅると少量ずつ飲み込んでいくのであった。

 

「ふうっ!? ん-! んー!」

 

 店主が気を利かせて控えめにしてくれたのはいいものの、それでも少女にとっては抜群な辛さなのであろう。

 徐晃は少し食べては水を飲むといったことを繰り返し、かわいらしい反面手助けしてやったほうがいいのだろうかと一刀は自分の麺をすすりながら思っていた。

 

「香風、大丈夫? きついなら、あんまり無理しないほうが……」

 

「けほっ、けほっ……。ううん……、シャンはへーき。ちょっと辛いけど、ちゃんとたべられるから」

 

 むしろそのように聞かれたことで闘争心に火がついたのか、徐晃は先程よりもペースをあげて食べ始めたのである。それに比例してどんどん水もおかわりしていき、器を空にする頃にはポッコリと腹部がふくらんでいるほどであった。

 

「はあ……、おいしかったのだあ……。ねえねえお兄ちゃん、肉まんも包んでもらってもいい?」

 

 とんでもない量のラーメンを平らげたというのに、張飛の胃袋はまだ満足していないようでお土産を一刀にねだる。多少財布の中身に余裕があるため一刀が追加の注文をしてやると、少女は心から嬉しそうに破顔したのであった。

 

「そういえば、なにか忘れているような気がするのだ……」

 

 店を出てすぐに、肉まんの入った袋を抱えた張飛がそのようなことを言い出した。そうは言っても一刀には思い当たる節はなく、徐晃もわからないといったように小首を傾げている。

 店内で忘れ物でもしたのかと思い一刀が中に戻ろうとしたところ、張飛は近づいてくる人影にびくりと肩を震わせた。

 

「鈴々! こんなところにいたのか!」

 

 現れた人影の正体は、武具を身に着けた楽進その人であった。声を荒らげていることから少女が怒っているのは明白であり、そのことで一刀にも段々と事情が飲み込めてきている。

 

「まったく、少し目を離しただけなのにこの有様だ……。隊長、鈴々を引き渡していただいてもよろしいでしょうか」

 

「どうぞお好きに、ってね。鈴々、今日は警邏の途中だったんだな」

 

 近頃公孫賛の統治への協力として、数日ごとにこうして北郷軍のほうからも見回りの将を派遣しているのだ。

 張飛は本日その任に当たっていたのであるが、なにも起こらないことが退屈であったためについ楽進に隠れて寄り道をしていたのである。

 

「鈴々……、お仕事はちゃんとがんばらないとだめ。がんばったら、お兄ちゃんからご褒美をもらってもいい」

 

 今日のデートへ至った経緯を遡ってみれば、徐晃も大して胸を張っていいような内訳ではない。しかしそれはそれ、と横に置いておけるのが徐公明の豪胆なところである。

 

「うーん、わかったのだ……。お兄ちゃん、香風、こんどは一緒に遊ぼうね!」

 

 どうやら張飛は気持ちを切り替えたようであり、お詫びの印にではないが楽進に肉まんを手渡すと警邏の任務に戻っていった。徐晃は手をひらひらとさせて友人を見送ると、再び一刀の手をとって顔を見上げる。

 

「いこう、お兄ちゃん……? シャン、でーとの続き……もっとしてみたい」

 

「よし、それじゃあ次はどこに行こうか。時間一杯まで、しっかり満喫しないとな」

 

 目的なくぶらぶらと歩いているだけでも、共に過ごす時間が心地いい。

 ポッコリふくれた水腹をさする徐晃は、いまだその過ちに気がついてはいなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 それからどのくらい時間が経ったのであろうか。賑やかな街の景色を眺めていた一刀は、隣を歩く少女の様子がどこかおかしいことに気がついた。

 

「香風、どうかしたのか? さっきから、なんだかおかしいけど」

 

 一刀が歩みを止めると、同じように徐晃もそこで留まる。そうしている間も徐晃は膝をもじもじと摺り合せており、その様子はどことなく落ち着かない。

 もしや具合悪くなったのではないかと一刀は心配したのであったが、どうやらそういった訳でもないらしい。

 

「シャン、うう……」

 

 徐晃の口から言葉が出かかって、恥ずかしそうにまた戻っていく。

 

「大丈夫。なんだって聞いてあげるから」

 

 一刀が膝に手を置いて目線の高さを合わせると、意を決したのか徐晃は耳もとに口を近づける。

 ――あのね。シャン……、おしっこ……したくなってきたかも。

 ようやく出てきたもじもじの理由に、一刀は「そういうことか」と溜飲を下した。

 徐晃からしてみれば一大事ではあったが、それはいわばただの生理現象でありなんらおかしくないことである。

 どうしようかと少し頭をひねったのち、一刀は少女を連れて人気のなさそうな路地裏へ入っていった。

 

「緊急だから、その辺で隠れてさせてもらおう。嫌だとは思うけど、ちょっとだけ我慢してくれ」

 

 野外で放尿するしかないという一刀の提案に、徐晃は下腹部をびくっと震わせる。そこにはとびっきりの羞恥心と、誰かに見られてしまうかもしれないという一種の興奮が入り混じっていた。

 

「あっ……」

 

 しかし困ったことに、たどり着いた行き止まりの先には一組の男女の姿があったのである。そちらはそちらでいかがわしいことを始めようとしているようであり、女のほうが男にすがるようにして唇を求めている最中であった。

 

「いいな……。あんな風にお兄ちゃんと、ちゅーって……してみたい」

 

 一刀が移動をしようとした矢先、徐晃はカップルの口づけを羨ましそうに見つめてそうぽつりと呟いた。

 男女は二人の存在を知ってからも、まるで見せつけるようにして濃厚にキスを交わしているのである。

 

「香風がしたいのなら、俺はかまわないよ。おしっこ、我慢できそう?」

 

「うん、できる。ちゅーのこと考えてたら、とまっちゃったのかも」

 

 徐晃を壁の方にして、一刀は潤った小さな唇を指で撫でる。一旦そちらの方向に舵が切られてしまえば、この色好みの英雄はどこまでも突っ走ってしまう(たち)であった。

 懸命に身長の差を埋めようとつま先立ちになった徐晃の身体を支え、一刀は唇を近寄せる。今日一番の胸の高鳴りを、徐晃は目を閉じながら感じていた。

 

「好きだよ、シャン」

 

「シャンも、大好き……。んっ、ちゅっ、ちゅう……」

 

 粘膜を重ね合わせれば、すぐに気持ちが昂ぶってしまう。知らない人間に見られているということも、ふたりの興奮を高めるスパイスとなっていることは言うまでもない。

 

「ねえ、あっちもすごいわね……」

 

 子供っぽい体型の徐晃が餌をほしがる小鳥のように一刀の唇にしゃぶりついている様子を見て、先客の男女も競争心を煽られているようである。

 ねっとりと舌を絡ませあう二人は見るからに背徳的であり、みるみるうちに路地裏の仄暗い世界を支配していく。

 

「お兄ちゃん……、もっとお……。ちゅうってしてると、頭がぼーっとしてくるみたい……」

 

「香風の口のなか、少しぴりぴりしてるね。そんなのなくなってしまうくらい、たくさん舐めてあげるから」

 

 たどたどしく動く徐晃の舌をつかまえて、強く吸い上げながらその口内を犯す。口の中を一刀の味で塗り替えられていくごとに、徐晃の敏感な身体は雄の子種を欲して疼きだしていた。

 

「ちゅぷ、ちゅぷ……っ、んっ、はあっ……」

 

 多少の恥じらいはまだ残ってはいるものの、少女の淫靡な部分が一刀のことを求めてやまない。

 幼い秘裂を覆った下着は、口づけだけでもうねっとりと湿り始めていたのである。

 

「お兄ちゃん、シャンのおまた、前みたいに気持ちよくして……?」

 

 二人の間を繋いでいた唾液の糸がぷつりと切れたのと同時に、徐晃は両手でスカートをまくると一刀に対してそう懇願した。

 少女の脳裏に蘇ったのは、いつかの川遊びで味わった快感。あの時の経験は、いまでも色濃く残っている。

 

「いいよ。シャンのいやらしいおまんこ、ぺろぺろってしてあげる」

 

 一刀は徐晃の足元にしゃがみ込むと、雌の匂いの染み付いた小さな下着をするすると脱がせていく。

 知らない男に少女の肌を見られるのは少々癪なことではあったが、己の口で塞ぎ隠してしまえばいい話である。そのように考えた一刀はいち早く形のきれいな秘裂に口づけると、襞をほぐすように舌を差し込んでいった。

 

「すごいな、香風。まだ口づけをしただけなのに、もうこんなにぐっしょり濡らして……」

 

「だって、お兄ちゃんが、すごいから……。シャンのからだ、さっきからぽわぽわってなってて……」

 

 奥からいくらでも溢れてくる甘い蜜を舌ですくい取り、一刀は徐晃の感度のよい身体をさらに高ぶらせていく。

 幼い膣内はまるで肉棒を受け入れているかのように舌をきゅうきゅうと締め付け、それと連動するように贅肉のない腹部が浮き沈みする。

 

「きもち……いい……! お兄ちゃんの舌が、シャンのおまたのなか……にゅるにゅるって動いて……!」

 

 目をぱちぱちとさせながら、徐晃は与えられる快楽を必死に受け止めていた。自身でも制御不能なほどに秘裂から愛液をしとどに垂らし、少女は絶頂の感覚を追い求めて男の頭を抱く。

 

「かわいいよ、香風。俺にもっと、気持ちよくなっているところを見せてくれ……!」

 

 一刀はべとべとになった膣口から舌を抜くと、代わりに指をずぶりと侵入させていった。そして口では、控えめながらぷっくりとした陰核を勢いよく吸い上げたのである。

 

「ふみゃあああああぁああああっ……!? ひあっ……、そこ……だめっ……!? お兄ちゃん、シャン……もう……!」

 

「好きなだけイッていいよ。時間はまだまだたくさんあるんだから」

 

 襲いかかる快感の波に抗えず、徐晃はあえなく身体をびくびくと震わせていく。

 忘れかけていた衝動が甦ったのは、ちょうどその時だったのである。

 

「ひゃわっ……んんっ!? いや……っ、おしっこ……でちゃうううぅうううう……!?」

 

 ぞわりと少女の肌が粟立ったかと思うと、恥ずかしさのこもった叫びが一刀の耳朶を打った。

 挿入された一刀の指をぐいぐいと締め上げる一方で、絶頂で緩んだ膀胱は限界までためこんでいた小水を堪えきれずついに吐き出してしまったのである。

 鉄砲水のごとく押し寄せた徐晃の噴水に驚いたものの、一刀は引き寄せられるように尿道に口づけていく。そしてそこから湧き出る甘露な液体を、余すことなく飲み干していくのであった。

 

「おしっこ、とまらない……!? でもこれ、すごくきもちいい……!」

 

 我慢に我慢を重ねた尿意を絶頂と共に発散させたことで、徐晃はその悦楽の虜となってしまっている。ごくごくと喉を鳴らして液体をとりこんでいく一刀もそれは同じことであり、興奮は最高潮に達しつつあった。

 

「すげえなあいつ……。小便まで飲んじまうのかよ」

 

「なによ、あんたもしてみたいっていうの?」

 

 一刀たちの痴態を横目にしながら、先客の男女は互いの身体を愛撫しあっている。こうなると羞恥よりもおかしな対抗心が生まれきており、負けてなるものかという思いで男は己の女の肌を吸った。

 

「んふわあっ……、ひああぁああっ……! んんっ、まだでちゃう……!」

 

 徐晃がぶるぶるっと大きく身体を震わせると、残留していた小水がぴゅるぴゅると一刀の口内を撃つ。

 飲尿を楽しみながらも一刀はひくついた膣内を指で責め続けており、徐晃はたまらないといった表情で快感に染まった喘ぎを発しているのである。

 

「んぐっ……こくっ……こくっ……」

 

「びくびく、とまらない!? お兄ちゃん……、お兄ちゃん……!」

 

 むせ返りそうなくらい女の匂いを顔中に浴び、一刀は袴の内側で剛直を痛いほどいきり立たせていた。

 とろとろに出来上がった徐晃の幼裂に、もうすぐ自身のものを突き入れることができる。そう考えただけでも、一刀は得も言われぬ性的興奮に脳内を牛耳られてしまうようであった。

 

「――ふうっ、はあっ、はふう……。お兄ちゃん、シャン……すごく気持ちよかった……」

 

「そうみたいだね。でもこれから、もっとすごいことしちゃうよ?」

 

 一刀は濡れた口元を袖で拭うと、焦点の定まらない徐晃の唇を再び塞ぐ。

 

「ちゅるっ……、ぺちょ……。もっと? シャン、もっと気持ちいいこと教えてほしい」

 

 この少女には、もとからこうした行為の素養が備わっていたのであろう。

 かわいらしい笑みのなかには淫らさが見え隠れしており、その視線は一刀の心を大きく乱していくのであった。

 

「俺のちんちん、香風のいやらしい穴のなかに入れるからね。こんなにおまんこぐしょぐしょになってるし、多少キツくても簡単に入ってしまいそうだ」

 

 一刀は緩慢な動作で袴から剛直を取り出し、亀頭に浮かんだ粘っこい先走りを徐晃の肌になすりつける。その様子を見つめる徐晃の瞳は色めき立っており、これから行われる情交に心を躍らせているのであった。



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閑話 隠れて候 その三(香風)

二次元世界のお尻はファンタジー。


「おちんちん、すごくかたい……。お兄ちゃん、シャンで興奮……してくれてる?」

 

「当然。一秒でも早く香風のおまんこの中かき混ぜたくて、もうこんなに勃起してしまってる」

 

 ちょうどいい高さにあった箱の上に徐晃を座らせ、はちきれんばかりに膨らんだ肉棒を一刀は狭い入り口にあてがった。

 愛液と小水でぐっしょりと濡れそぼったそこは独特な色気を放っており、ひくつく媚肉は雄を強く誘うのである。

 

「――やっ、はうっ、ううあぁああああ!?」

 

 一刀がぐっと腰を押し込めば、ほぐれた膣内は窮屈そうな見た目に反して意外なほどすんなりと肉棒を受け入れていく。

 初めての挿入にも関わらず徐晃はすでに感じ始めているようで、ぷるぷると内股を震わせながら乾いた声をもらしているのであった。

 

「すごいな、香風……。しっかり締め付けてくるのにねっとりしていて、最高の感触だよ」

 

 結合部から流れる破瓜の証を見て冷静さを保つ一刀であったが、うっかり気を抜けば欲望の赴くままに快楽を追い求めてしまうのは明白であろう。

 それほどまでに徐晃の膣内は具合がよく、切ない動きで精液を搾り取ろうとしてきているのであった。

 

「ひゃわっ、んくうっ……お兄ちゃんのおちんちん……すごい……! シャンのおまんこの奥まで……ぜんぶ埋められちゃってる」

 

「ちっちゃい身体でこんなにいやらしく咥えこんで、香風はおちんちんが好きなんだね」

 

 一刀がコリコリと竿の先で最奥を刺激すると、絡みつく襞はぬらりと蠢動し敏感に反応を示す。そして薄い布地の上から隆起した乳首を撫でられると、ひときわ甲高い声で徐晃は鳴いたのである。

 

「シャン、こんなにすごいこと……知らなかった。それにきっと、大好きなお兄ちゃんのおちんちんだから……ぽわぽわするくらい気持ちいい」

 

「そんな風に言われたら俺、我慢できなくなっちゃうよ……! 今だってシャンのとろとろになったおまんこ、思いっきりいじめたくて仕方ないんだから……!」

 

 熱い息を吐きながら、一刀は締まりのいい膣内で肉棒をゆったりと前後させた。徐晃の薄い胸を片手で覆うと、それでも女性らしいやわらかさがしっかりと伝わってくる。

 

「いいよ、お兄ちゃん。シャンはへーきだから、おまんこの中……くちゅくちゅってしてほしい……!」

 

 己の胸をゆるやかに愛撫している一刀の腕を掴みながら、徐晃は淫らなお願いをするのだ。

 少女からしてみればゆるゆるとした肉棒の動きは焦らされているのと同じであり、気づけば細い腰をくねらせて、自ら快感を生み出そうとしてさえいるのである。

 

「香風……、くうっ……!」

 

 コツを掴みだしている徐晃は、膣内をきゅうっと収縮させて一刀の逸物に甘えている。またたく間に才能を開花させていく少女に発破をかけられるように、一刀は蜜壺を鋭く穿ちはじめたのであった。

 

「きゃふっ……!? はわっ、これ……シャンの奥……ずんずんって!」

 

「気持ちいいよ、香風……! おまんこのなかぬるぬるになってるから、腰……止まらない!」

 

 桜色をしたふたつの乳首を指でつまみながら、一刀は大胆な腰使いで徐晃の膣肉を掻き分けていく。

 

「乳首ぃ、おっぱいのさきっぽも……気持ちいい……! やっ、はうっ……んあうっ!」

 

 徐晃はかわいらしく顔を歪め、甘ったるい声で鳴いている。その痴態をちらりとのぞき見た先客の女は、後背位で交わりながら最近耳にした噂話をぽつりともらした。

 

「ねえ、知ってる? 天の御遣いさまの噂」

 

 男のほうは女の身体をじっくりと楽しみたいのか、「なんだよ」とぶしつけな態度で返している。膣内を小突かれて女は艶かしく笑ったが、そのまま話を続けていく。

 

「御遣いさまって剣の腕はもちろんだけど、あっちのほうもすごいんだって……。もしかしてアソコにまで、天の力が宿っているのかしら」

 

 男はピストンを止めずに「なにを馬鹿馬鹿しいことを」と鼻を鳴らしたが、さすがに冷やりとした一刀の肉棒が膣内でびくんと大きく跳ねる。

 別に女のほうは、横で幼気な少女を犯しているのが、あの天の御遣いなのだと気づいているわけではない。そもそも当人の顔を知らないし、今日に至ってはトレードマークの白い上着すら身に着けていないのである。

 

「うあっ……ひゃううっ!? シャンのなかで、お兄ちゃんのおちんちん……びくびくってしてる……!」

 

 想定外の動きに、ガタガタと音を立てながら徐晃は箱を揺らす。いきなり肉棒をぎりぎりと締め上げられた一刀は、歯を食いしばって快楽を受け止めるのに必死であった。

 

「やばっ、俺……そろそろ出ちゃうかも……。香風、ちょっと強くするから……!」

 

「いいよ、お兄ちゃん。シャンにたくさん、せーえき……ちょうだい……」

 

 徐晃のとろけた最奥を押し上げつつ、一刀はもうひとつの弱点を狙う。彼は人差し指を唾で濡らすと手探りにすぼまった徐晃の菊門を見つけ、ずぶりと挿入していったのである。

 

「ふみゃあっ!? うあ……っ、そこお……!?」

 

「香風、お尻の穴いじられるのも好きだったよな? とっても気持ちいいって、顔にはっきり書いてあるよ」

 

 甘い痺れが、なんどもなんども徐晃の脳内を襲う。下半身をよじらせて軽く達する少女は、ふにゃりとした気持ち良さげな表情を浮かべていた。

 

「お漏らしまでしてしまって、まったく……!」

 

 すると体内にいくばくか残っていた小水がそれと同時に漏れ出し、一刀の股間を濡らしていたのである。

 

「お兄ちゃん、ふああっ……!? どっちもずぽずぽされるの、気持ちいい……!」

 

 じゅるじゅると一刀の肉棒を吸い上げる膣襞は、子種を求めて奥へ奥へと先端を導いていく。

 やがて一度目の射精へ向けて、一刀は歯を食いしばって獣のような叫びを放った。

 

「ぐうううっ! もう……出るっ……!」

 

「きて、お兄ちゃん……! はっ、はっ、ううっ……やううぅううううう!?」

 

 どろりとした熱の塊が溢れ、徐晃の膣内を埋め尽くしていく。絶頂で痙攣する子宮口はまるで精液を吸引しているようであり、一刀は夢中で奥に亀頭を擦りつけた。

 

「うお……っ。初めてなのに、香風のなか……すごすぎるよ……!」

 

 ゆったりと射精の余韻を感じるどころではなく、次々と精を搾り取られていくような感覚に一刀は包まれている。

 当の少女は大きな絶頂がかなり効いたのか、不規則に呼吸をしながら全身をひくつかせていた。

 

「おなかのおく、すごく熱い……! これがお兄ちゃんの、せーえき……なんだ……」

 

 うわ言のように感想を呟く徐晃を見ているだけでも、一刀の肉棒はじわじわと硬さを取り戻していく。

 もう一度ぬかるんだ膣肉を味わうのも魅力的ではあったが、一刀の興味は違う方向へと突っ走りはじめていた。

 

「ひゃうっ……! お兄……ちゃん?」

 

 なにかに取り憑かれたかのように指を前後させ、一刀は執拗なほどに徐晃の肛内を拡張する。ついには二本目の指まで挿入し、膣より締まりのいい入り口をぐにゅりと割り広げたのであった。

 

「あうっ、くうっ、ゆびぃ……またはいって、はあっ……」

 

「香風、苦しくない? 結構柔らかくなってるけど、もう少しほぐすよ」

 

「んんっ、気持ち……いい。ちょっと変な感じだけど、イヤじゃない……」

 

 徐晃は興奮で全身を淡く朱色に染め、一刀の愛撫をしっかりと受け入れていく。無垢な少女にしか見えないその姿からは想像もつかない乱れっぷりであり、淫猥な猫撫で声は数メートル離れた先で情交をしている男の下半身まで昂ぶらせてしまうのであった。

 

「そろそろいけるよな、ここ……。シャン、お尻にちんちん入れるから……ね」

 

 興奮に満ちた声を震わせ、噂に違わぬほどの好色ぶりをこの天の御遣いは発揮しようとしている。

 

「えっ……、お兄ちゃん? ふえっ、ううっ……!」

 

 互いの体液にまみれて滑りのよくなった剛直が、ぴたりと菊門の中心に据えられた。

 一刀は思い切って力を入れ、ひと息に尻穴を貫いてしまおうと機会をうかがう。だが身体を緊張させた徐晃が息を呑み込んだせいもあり、きゅっとしたすぼまりは異物の侵入を拒否していく。

 

「だめっ、乳首……いまクリクリってされたら……!」

 

 正門がダメならと、一刀は守りの薄い搦手を攻撃する。身体を走る快楽の信号に抗えず、少女は思わずふっと息を吐き出した。

 そのタイミングを見計らって、太く膨張した肉棒は一気に突き込まれたのである。

 

「ひゃわ……っ、ん゛ぐううぅううううっ……!? きちゃう、シャンのお尻に……うああああっ……!」

 

 本来のそこは交尾をするために存在しているわけではなく、身体に不要となったものの排泄を行うためだけの器官なのだ。

 指とは比べ物にならない大きさである肉棒の挿入を嫌がって、括約筋はぎゅうぎゅうと外へと押し出そうとする。しかし精液と愛液でコーティングされた肉棒はうまく隙間に身を入り込ませ、強烈な締め付けを誇る尻穴のなかを果敢に割っていった。

 

「はいっ……てる!? シャンのお尻のなか、おちんちんで……埋められて……んんっ!?」

 

 巨大な逸物で腸内をぴっちりと埋められ、愛らしい目を大きく見開き徐晃はぴくぴくと手足を震わせる。その姿に少女が快感を得ていることを確信していたのだが、一刀はあえて顔を近づけささやくようにして尋ねた。

 

「気分はどう、香風? もしお尻が辛ければ、すぐにでも抜いてあげるよ?」

 

「はあーっ、ふう……っ!? 抜かないで、お兄ちゃあ……ん……。むずむずするけど、おちんちんぬるぬるで……シャンは痛くないから……」

 

 期待通りの答えが徐晃から出てきたところで、一刀は自ら吐き出した精液でぐちょぐちょになった膣内を指で刺激してやる。肉棒の強烈な圧迫で感度が高まっている徐晃の身体は面白いように反応し、再び愛液を潤滑させ始めたのである。

 

「シャンはおまんことお尻、どっちが好きなのかな?」

 

「ひゃわっ、んあうっ! どっちもぐにぐにってされたら、シャン……わけわからない……!?」

 

 直腸内をずりずりと擦り上げる肉棒も、蜜で溢れる柔肉をかき分ける指も、いまの徐晃にとっては危険なほどに魅惑的な存在なのだ。

 

「お尻の入り口……きゅーって、なる……。とんとんってされると、おちんちんあったかくて……気持ちいい……。はあっ、ふあぅ、こんなのシャン……知らない……!」

 

 肉棒の味を覚えた腸内は粘液を分泌させ始め、異物の動きを補助しようとさえしている。

 いけないことだと思うほどに全身が火照り、一刀のことをさらに強く求めてしまう。徐晃のなかに残った理性は、為す術もなく音を立てて崩れていった。

 

「気持ちよさそうな香風、すごくかわいいよ……! こんな切なそうにお尻締められたら、俺もたまらなくなる……!」

 

 一刀からしてもアナルを使用しての性行為は初めてのことであり、狂おしいほどの高揚が神経を支配しているのである。

 

「しゅごっ、しゅごいぃ……! お兄ちゃんにお尻、ずんずんって突かれるの、シャン……好きぃ……!」

 

「いいよ、香風のお尻のなか……っ。キツキツなのに、柔らかいところもあって……!」

 

 一刀の逸物を愛するために体内が変わっていくことですら快楽に変え、徐晃はブレーキをかけることなく高みへと駆け抜けていく。短い間隔で紡ぎ出される喘ぎ声は艶っぽく、一刀は誘引されていくかのように唇に吸い付いた。

 

「シャン……はあっ、んむ……っ」

 

「あむっ、お兄ちゃん……ちゅ、ちゅぷ、ちゅる……っ」

 

 ただ口内で唾液を交換しているだけだというのに、互いに異様なほどの興奮を感じてしまっている。

 ちゅぷちゅぷという小気味のいい音が舌を吸うごとに鳴り、尻穴から伝ってくる快楽と合わさって徐晃の意識を桃色に染め上げていった。

 

「そろそろ……また出すよ……っ」

 

「うん、いいよ……お兄ちゃん。シャンのお尻に、せーえきたくさんだしてぇ……!」

 

 脳がとろけてしまいそうなほどに甘い徐晃の唾液をすすりながら、一刀は夢中で直腸内を滾る肉棒で犯す。激しく腰を動かすと竿全体を絞り上げられるような快感が突き抜け、急速に射精感が高まっていった。

 

「はあ、ああっ……! イク……、くうううぅうううううううっ……!」

 

「おっきい、んくうっ……、おちんちん……まだおっきくなって!? イクっ、お兄ちゃんと一緒に、シャンもイッちゃ……ひゃうっ、ひゃあっ、んみゃうううぅうううううううう……!?」

 

 肉竿にぶらさがった睾丸がきゅうっと収縮したかと思うと、最大限にまで膨張した亀頭からどくっ、どくっ、と大量の精液が放出される。

 解き放たれた激流は腸内を暴れまわり、徐晃は声を響かせながら背中を反らした。

 

「でる、でてる……っ!? シャンのお尻のなかで、お兄ちゃんの赤ちゃんの種……びゅるびゅるって……!」

 

 決して子を孕むことのない器官で焼けるような精液を飲み干しながら、幸福そうなうわ言は続く。狂乱状態の肛内は引き抜くことすら困難な締りを見せており、一刀は獣のように腰を揺らして止まらない絶頂感を享受していたのであった。

 

「ふう、んんっ……。香風、すごかったな」

 

「はあ……はあ……。もう、でない? お兄ちゃん、シャン……ちゅーしたい」

 

 どうやら徐晃は初体験につぐ初体験に疲れ切ったようで、ぼんやりとした視線でただ口づけだけをねだる。

 一刀は小さく微笑むと、汗で張り付いた前髪をはがしてやりながら「おつかれさま」と声をかけた。

 

「ちゅぷ、ん……ちゅう……。はあ、お兄ちゃんとちゅーしてると……ほわってなって気持ちいい」

 

 夢見心地の徐晃は、一刀の唇をついばみながら目を細めて相好を崩す。

 

「ん……? あははっ……」

 

 息継ぎのために顔を離した一刀がふと視線を横にずらすと、絶賛盛り上がり中の男女と目があった。男は拳を突き上げて一刀のほうを見ているが、それはどうやらこれまでの健闘をたたえているように推測できる。

 

(愛紗あたりにもしバレたら、こっぴどく叱られてしまいそうだ……)

 

 気分の落ち着いてきた一刀は手早く後処理を済ませ、一時の戦友たちに手を振ってその場を後にした。

 

「よっ……と。色々あったけど、デート……楽しかったな」

 

 ごしごしとまぶたを擦る徐晃は、一刀の背中に揺られていまにも眠ってしまいそうである。

 

「うん……。シャンも、たのし……かった」

 

 徐晃が最後の気力を振り絞って出した言葉に温かなものを感じながら、天の御遣いは茜空のしたをゆっくりと歩いて帰っていくのであった――。



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三章 西涼の麗人
一(星)


 すー、すー、と静かな寝息が聞こえる。

 外はいま少し薄暗く、活動している人間はまばらなほど。寝台で身体を横にしている一刀もまだ覚醒には至らず、密かに開けられた窓の音に気づく余地はなかった。

 優美な動きを見せる人影は素早く、瞬時にして天の御遣いが眠る寝台へと上る。その者はにやりと口もとを歪めると、切れ長な目を油断しきっている標的に向けたのだ。

 

「ふふっ。んっ……」

 

 これがどこかの勢力が差し向けた暗殺者であれば、一刀の命はとうに消えていたものであろう。しかし青みがかった長髪を揺らす侵入者は殺気を纏ってはおらず、後ろ暗い目的があってここに忍び込んだわけではなさそうだった。

 細い腕が布団の中に差し込まれ、しなやかな指は男の下腹部をゆるゆるとまさぐっている。青髪の侵入者はわずかに緊張した面持ちを見せると、そっと指を一刀の下着の内側に滑り込ませた。

 

「やはり、もうこれほどまでに硬くなって……。寝所での勇ましさでは、あなたさまに勝てる気がいたしませぬ……」

 

 別段興奮しているから男根を勃起させているわけではないが、男の生理現象を知らない侵入者は息を呑んでその熱さと対峙している。

 気温の低いときには、竿の部分を握って暖を取れてしまうのではないか。そんなことを考えてしまう程度にそこは熱く、侵入者のつたない愛撫を受けてさらに大きくふくらんでいった。

 

「はあっ、一刀殿……。ん、ちゅる、ちゅう……」

 

 侵入者は自身も寝台に横たわると、一刀の無防備な唇を奪う。色めいた吐息が時折男の頬を撫で、興奮により手付きは加速していった。

 さすがにこうまでされては、呑気に眠ってなどいられるはずもない。不思議なほどの心地よさでまぶたを持ち上げていく一刀は、無意識に侵入者のやわらかな身体を抱き寄せながら目を覚ました。

 

「――おはよう、星。どこから入ったのか知らないけど、今日はまたいきなりだな」

 

「いくさ場に生きる者として、朝駆けなど常套手段ですからな。昼間となるとなにぶん、一刀殿の守りが厳重になりすぎてしまいますから」

 

 侵入者である趙雲はぺろりと舌を出し、こともなげにそう断言する。趙雲のいう守りというのは、無論一刀の周囲に集まってくる麾下の者たちのことを指す。そうなってからでは取り付くのにも一苦労になるから、間隙(かんげき)を縫ってこの早朝に少女は攻め込んだのであった。

 

「そればっかりは……ね。どう頑張ったって、俺の身体はひとつしかないんだから」

 

「ええ、それは重々承知しておりますとも。ですからいまは、わたしのことをしっかりと感じていただければ……と」

 

 太くふくれた幹に指を絡ませ、むにむにと揉み込むように刺激する。加減を見計らいながらの優しい愛撫にふうっと息を吐きながら、一刀は趙雲の背中に触れた。

 露出した部分に直接指が触れ、趙雲は気持ちよさそうに目を細める。移動する指が脇腹あたりを撫でた頃には、その反応はより顕著なものとなった。

 

「んっ、はあっ……。一刀殿も、わたしの指で感じておられるのでしょうか? ねちゃねちゃとした汁が、先からにじみ出ていますな……」

 

 亀頭の先で指を遊ばせ、趙雲は瞳を輝かせる。前回肌を合わせたときにはじっくりと触れる余裕はなかったため、今日こそはと手の中で形を記憶させていく。

 ぬめった指で敏感なところを撫で回されるのは気持ちよく、一刀はさらに気分を高揚させていった。

 

「いいよ、星。先っぽの裏側のとこも、されるといい感じだから……」

 

「ええ、わかりました。一刀殿のおちんちん、始めたときよりもすごくカチカチになって、んっ……わたしも、興奮してしまいます」

 

 鈴口から溢れる先走りを手のひらに集め、趙雲はぐちゅぐちゅと亀頭全体を包み込んで扱いていく。やや強めの刺激に一刀は腰を浮き沈みさせ、趙雲にもう射精が近いことを告げる。

 

「くうっ、ああっ……。そろそろ俺、出てしまいそうになってるのかも……っ」

 

「どうぞ、一刀殿のお好きなときに楽になってくださいませ。いまはこの手の中で、あのどろどろの子種を感じたくて仕方がないのです……」

 

 にちゅにちゅとした音が断続的に響き、淫靡な雰囲気をより盛り上げていく。趙雲ははだけた着物の隙間から一刀の乳首をちろちろと舐めており、その微妙な刺激も相まって一刀は絶頂へ向かっていった。

 

「ああ、出る……っ。うう、くううっ……!」

 

「……っく!? すごい、勢いです……っ! はあっ……精液とは、こんなにも熱く粘っこいものなのですな……。もっとたくさん、感じさせてくださいませ……」

 

 ぶびゅっと勢いよく飛び出した一番搾りの精液を手の中でキャッチして、なおも趙雲は扱く動きを止めはしない。

 一刀は射精直後の震える男根を激しく愛撫されたことで、奥に残った残滓までひとつ残らず吐き出していったのである。

 

「うぐっ……、星……」

 

「これだけの量、よくも一度で出せるものです。さすがは天の御遣い殿、といったところなのでしょうか」

 

 艶やかに笑う趙雲の横顔が美しく、一刀はつい引き寄せられてしまうようだった。

 できることならば、つぎは彼女のなかに滾る欲望をぶちまけたい。そのようなことを考える一刀であったが、淫らな野望は意外にもあっさりと打ち崩されてしまう。

 

「ご主人様ー? 入るけど、いいかなー?」

 

 一刀がまだ寝ていると思いながらも、部屋の外から劉備は一応の確認を取る。一瞬にして潮時を悟った趙雲の切り替えは早く、手にこびりついたものを布で拭い去ると退室の礼をした。

 

「残念ですが、ここまでにしておきましょう。桃香殿の仕事を邪魔しては、わたしも心苦しいですからな」

 

「あっ、星……。って、こっちもなんとかしておかないと」

 

 部屋に来たときと同じく素早く窓を開けると、趙雲は颯爽と風のように去っていく。

 ひとり残された一刀は数秒呆然としたものだが、事後の処理をするまでは劉備を招き入れることすらできないのである。

 

「桃香、ちょっとだけ待ってて!」

 

「あれー? ご主人様、もう起きていらっしゃったんですね」

 

 特に知られてまずいことではないのだが、現状だけを見れば寝起きから自慰をして衣服を汚してしまったと受け取られかねない。

 さすがにそれでは恥ずかしいと思い、一刀は急いで付着した己の精液を拭き取っていくのである。

 

「いいよ桃香、入ってくれ」

 

 趙雲の残り香のせいか、一刀はどことなく寂しさを覚えてしまう。

 入室した劉備は少し違和感を覚えたものの、いつものように一刀に朝の挨拶をするのであった。

 

 

 

 

 

 

「はっ、ふっ、やあっ!」

 

「ぐっ、まだまだっ……!」

 

 開けた場所で組み手を行っている、一刀と楽進。互いに手の内をよく知っているだけに、その動きは演武さながらとなっている。

 一刀が身体を沈めこんで足を払いにかかると、楽進は身軽に跳ねてそれを回避していく。そこから続けざまに放った掌底を正面から拳で相殺されると、楽進は紅潮した頬をゆるませた。

 

「まったく、相変わらず凪は容赦ないんだから」

 

「当然です。手を抜いてしまっては、鍛錬になりませんから。それにそういう一刀さんだって、楽しそうじゃないですか」

 

 互いに相手の息遣いを間近に感じ、肉がぶつかり合うごとに闘争心を刺激される。

 どちらも武人としての本能が、ふつふつと湧き立ってきているのだろう。瞳にはぎらぎらとした光が宿り、相手の隙きをついて組み伏せてやろうという思考がうかがえるものだった。

 

「――ご主君さま。凪ちゃんとくんずほぐれつしているところを申し訳ありませんが、みなさん準備が整ったようです」

 

「そっか、うん……。凪、俺たちも行こう」

 

 拱手しながら報告を行う程昱に頷いて返し、一刀は筋肉の緊張を解いていく。

 

「わかりました。ですがその前に、汗くらい拭いていきましょう」

 

 一刀の額に浮かんだ汗を指さしながら、楽進は柔らかく微笑んだ。そして持ってきていた二人分の布を取り出すと、ひとつを一刀に手渡したのである。

 

「ありがと、凪。風、あとで背中を拭くの手伝ってもらってもいいかな」

 

「もちろんですよー。これはある意味、役得といってもよろしいのではないのでしょうか」

 

 くすくすと口もとを隠して笑う程昱は、そばに置かれた天の御遣いの上着を拾い上げながら一刀の近くに寄った。

 身だしなみを正し終えた一刀と楽進を加えて、程昱は城外へとつながる道をゆく。途中そういえばもう手持ちが乏しくなる頃合いだと思って飴を買い足し、少女は袋をぶらさげながらまた外へと向かっていった。

 

「あっ、隊長さんやっと来たの!」

 

「ほんまや。隊長はんのことやから、凪とやらしいことしてて時間かかってたんとちゃうやろなあ。……あたっ!?」

 

 冗談をいった李典の前まで進むと、「聞こえてるよ」と一刀は少女の額を軽く指で弾く。大仰に痛がるふりをしながらも李典はスキンシップを楽しんでいるようで、ちろりと舌を出していたずらっぽく笑った。

 

「なあ北郷、ほんとにいいのか? 行く宛だって、特に決まっていないらしいじゃないか」

 

「心配かけてごめん。でも、みんなで決めたことだから」

 

 門前に集結した自身の軍勢を見ながら、一刀は公孫賛に謝意を示す。

 彼らがこの地を離れることを決めたのには、いくつかの理由がある。ひとつは、先日行われた討伐戦により幽州の騒乱があらかた収まったこと。もうひとつは軍内において、反乱を引き起こした首魁を発見し、戦いに決着をつけるべきだという意見がでたこと。

 それに付け加え、いまの北平内における北郷軍の微妙な立ち位置もそこに影響を与えていた。

 

「このところどうにも、我々を見る目が以前から変わっているように思えていましたからね。白蓮殿や星はともかくとして、あまりいい風向きとはいえません」

 

「そうだな。黄巾軍を打ち破ってもわたしたちが新たな火種になってしまったのでは、なんの意味もない」

 

 主君らが話しているところを厳しい目で見つめながら、郭嘉と関羽は現在の心境を語る。

 さすがに直接やり合うレベルまではいっていないものの、公孫賛配下の将たちは日々天の御遣いに対し疑念を募らせているようであった。そういう意味においては、趙雲とあの夜懇意な関係となったのは少々迂闊であったといえよう。

 

「星ちゃん、風たちは……」

 

「変に気を回してくれずともよい。なにもわたしだって、意地を張るために白蓮殿のもとに残るわけではないのだからな。あの方にも、放っておけなくなるようなかわいいところがあるのだよ」

 

「んんー。……………………ぐう」

 

 趙雲と一刀が結ばれたことを知っているだけに、程昱もなにかと現状には気を揉んでいる。しかし当人がよいといっているのだから、これ以上無理強いをする意味はあまりなかった。

 

「寝るなっ!」

 

「おおっ。風としたことが、つい辛い現実から目を背けたくなってしまったのですよー。……またお別れなんですね、星ちゃん」

 

 これが初めてではないとはいえ、やはり友人との別離というのは悲しいものなのだ。

 趙雲も気丈に振る舞ってはいるが、内面では寂しさを押し殺している。だからこそ今朝は愛しい男の温もりを求めて部屋への侵入を試みたのだが、もう一歩のところでそれは不調に終わったのであった。

 

「湿っぽいことをいわなくてもいい。いずれまた、出会うこともあるだろう」

 

「そうですね。居場所が落ち着いたら、また風のほうから便りを出しますから」

 

 気持ちに区切りをつけた程昱は、未来に向けて思考を切り替える。

 ちょうどそこへ、公孫賛と話し終えた一刀がやって来て趙雲に声をかけた。

 

「星とも、しばらく会えなくなってしまうな」

 

「ええ、残念ですがこれも世の流れ。つぎに(まみ)えるときには、わたしの手管で一刀殿を悦ばせてみせましょう。ですからどうか、覚悟しておいてくださいませ」

 

「ふふっ、そうだな。俺も楽しみにしているよ。だからそれまでは」

 

 一刀の身体に体重を預け、小刻みな動きで趙雲は接吻をする。そこに様々な想いがこめられているのは誰もがわかることであり、誰も咎めることなくしばしの間戯れは続いた。

 そしていよいよ出発の時となり、一刀は公孫賛に言葉をかける。

 

「――白蓮、元気でな。それから、袁本初殿あたりにあんまり無理して突っかかっちゃだめだよ? こんな世の中だからこそ、命あっての物種なんだから」

 

「お、おう? よくわからんが、助言はありがたくもらっておくよ。北郷こそ、女に溺れて干からびるじゃないぞ!」

 

 正史において、袁紹と戦い続けた果てに戦死することとなった公孫賛。この世界でもそうなると決まっているわけではないが、一応念の為にと一刀は忠告をしているのである。

 

「大丈夫だよ、白蓮ちゃん。ご主人様のことは、しっかりとわたしたちでお世話してあげるんだから」

 

「くくっ、なんだよそれ。でも、桃香みたいな明るいやつがそばにいれば、北郷も心が休まるだろう。落ち着いたら、手紙くらい寄越せよ?」

 

「うん、約束だね。なんだかあっという間だったけど、白蓮ちゃんとまた会えてうれしかった」

 

 劉備が名残惜しさを隠そうともせず抱きつくと、公孫賛はその背中をぽんぽんと優しく叩く。

 再開を喜んだのも束の間にまた離れ離れになってしまうが、劉備が真っ直ぐに生きている限りまたいずれ道が交わることもあるだろうと公孫賛は思う。

 

「寂しくなるなんて言わないぞ? 北郷と一緒に名を上げて、この幽州にまで聞こえてくるくらい大きくなれ。先生だって、お前には期待されてるはずだからな」

 

「うーん、そうなのかなあ? でも、そう言ってくれる白蓮ちゃんのためにも頑張るね」

 

 きゅっと拳を固く握り、劉備は決意を新たにしたのである。

 

「いくぞ、進め!」

 

 先陣の関羽が叫び、配下の兵らが粛々と歩を進めていく。北郷軍の主だった将らも騎乗し、それぞれ部隊の兵たちに号令をかけている。

 北平で徴兵した者のなかには故郷に留まりたいという意思を持つ者もいたので、その全てを連れていくことはできなかった。しかし吸収した黄巾兵などを合わせて北郷軍は総勢三千ほどとなっており、当初から比べればその規模は格段に大きくなっている。

 

「せーいー、またねー」

 

「また、なのだ!」

 

 徐晃と張飛は大柄な武器を頭上でぶんぶんと振り、見送る二人に向けてアピールをした。

 始めは聞こえていた声も段々と遠ざかり、やがてはその姿も消え去っていく。

 

「これからもしっかり頼むぞ、星」

 

「それは白蓮殿次第というものですな。この趙子龍、タダではよい仕事はできませぬ」

 

 普段の調子に戻った趙雲に呆れながらも、ある意味それでこそ頼りがいがあるのかもしれないと公孫賛は思う。

 

「わたしも桃香にああいった手前、気合入れ直して頑張らないと」

 

 一刀たちが残した土煙だけを見つめながら、公孫賛は表情を引き締めたのであった。



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二(凪、真桜、沙和)

 ゆるやかな流れを育む川の岩陰で沐浴をしている四人の男女。その内の三人は女性であるためか、一応肌を隠すためであろう薄衣(うすごろも)を肩からかけている。

 どの娘も見るからに器量のいい身体つきをしており、水分を含んで吸い付いた薄衣がよりくっきりとボディラインを映し出す。その艶やかさはさながらおとぎ話に登場する天女のごとくで、世の男はさぞ垂涎することであろう。

 そんな極楽とも表現できる場にいる唯一の男、すなわち天の御遣いである。その御遣いは満更でもないといった感じに薄く笑みを浮かべ、下腹部に備えた宝具を殊更に主張させていた。

 

「ふふっ」

 

 三人の女たちの中でもとりわけ大きな乳房をもつひとりが、御遣いの左腕を取って自慢のやわらかな果実を押し当てる。自在に形を変化させる柔肉は見事というほかなく、御遣いの二の腕をむっちりと覆い隠していく。

 こうまでされても肉欲の猛るままに女のことを組み伏せないのだから、ある意味この御遣いは恐ろしい精神力の持ち主であるといえるのかもしれない。

 

「そんで一刀はん。ウチら結局このまま、どこに向かうんや? まさかずっと、根無し草ってわけにもいかんやろうし」

 

「ああ、そのあたりのことは協議してあるよ。一旦冀州に戻って袁本初殿に助力するか、それとも曹孟徳殿に渡りをつけるか。現状を考えればどこも兵はほしいだろうから、黄巾の主軍がどこにいるかで身の振り方を変えてもいいのかもな」

 

 北平を出て数日、北郷軍はひとまず南へと進路をとっている。いまだ張角の名が聞こえてこないのは気がかりであったが、最終的に洛陽陥落を狙うのであれば中原近辺に本隊が潜伏していると考えていいだろう。

 ちなみに一刀が候補として袁紹の名をあげたときに、少なからず彼女の人となりを知る程昱や郭嘉が露骨に顔をしかめたのは言うまでもない。

 

「ねえねえ一刀……。真桜ちゃんだけじゃなくって、わたしのこともさわってほしいなあ」

 

 軍内でも抜きん出た大きさを持つ李典ほどではないが、于禁は形のいいふくらみを男の右腕にむにゅりと当てる。

 ひんやりとした川の水を浴びて于禁の小ぶりな乳頭はかたくシコっており、コリコリとした感触を布越しに押しつけられた一刀はつい彼女の肩を抱き寄せてしまう。

 

「沙和お前、隊長の名をそんな軽々しく……!」

 

「だってえ、一刀は一刀なんだもん。ねっ、一刀?」

 

 怒りの形相を浮かべる楽進を無視して、于禁は挑発するかのように恋人の名を連呼する。

 少女の指が一刀の太腿をつうっと撫でると、反り返った逸物がぴくりと抗えず反応した。

 

「まあまあ、当の俺が嫌がってるわけじゃないんだから、凪も怒らないでやってくれないか。同年代の友達って感じでさ、こういうときくらい気楽にしていいと思うよ」

 

「えー、一刀はんから見たらウチらって友達なん? そんなこといったら、余計に凪怒るんとちがう?」

 

 言葉尻を拾った李典は、ニタニタと笑いながらわざとらしく声を張る。そこまでいって本当に大丈夫なのかと于禁は途端に慌てだし、一刀にフォローをするように求めるのだった。

 

「まさか、友達にここまでの感情は持たないって。凪も真桜も沙和も、俺にとって間違いなく特別で大切な女の子だ」

 

 一刀の返答に対して、少女たちは三者三様の反応を見せている。

 「そうまで言われたらしゃーないなあ」と李典は肉感たっぷりの身体をより密着させ、一刀の肩口から胸にかけてキスの雨を降らせていく。

 そんな李典に負けじと于禁は喜びの感情そのままに、男の太い指を自らの陰部へと誘導する。興奮によって割れ目にはじんわりと滑りを含んだ(つゆ)が浮かんできており、一刀が試しに中指で表面を撫でただけでも于禁はかわいらしく声をもらしたのであった。

 

「あ……ううっ!? 一刀さん、その……自分は……」

 

 そして肝心の楽進はといえば、激辛料理を食べても平然としているような表情を大きく崩して恥ずかしがっている。さらには真っ赤に染めた頬を隠そうと水面を向いて手をもじもじとさせているのだが、それによって強調された魅惑の谷間に一刀は股間をより熱くしてしまう。

 

「ほらほら凪ちゃん、一刀のおちんちんがさわってほしいって言ってるみたいだよ?」

 

「一刀はんのこういう正直なところ、ウチは大好きやで。これだけしてても凪の身体に一番反応してるんは、ちょっと妬いてまうけどなあ」

 

 愛する男にしなだれかかっている友人ふたりに気持ちを奮い立たされる形で、楽進はついに重い頭を上げた。そして一刀のことを照れた瞳で上目遣いに捉えながら、股の間にやる気充分の男根を招き入れていく。

 

「んんっ、あつ……い……。ふあ、ううっ……、一刀さんの身体が冷えてもいけませんから……、わたしがしっかりと……その……温めます」

 

 表皮についた傷跡は、楽進の乙女な本質を隠すベールとなっている。しっとりとした肌は男の敏感な部分を確実につかまえ、恥丘から滴る蜜は獣欲を昂ぶらせていく。

 楽進が肉づきのよい太ももをきゅうっと閉じながら腰を前後させると、一刀の下腹部を甘い鈍痛が襲った。

 

「凪、気持ちいいよ……。俺も我慢できなくて、腰……動いちゃうかも……!」

 

 一刀と楽進は、互いに快楽を生み出す粘膜を夢中で擦り合わせていく。ぴたりとつけた胸板で隆起した乳頭が刺激され、少女は淫靡に肌を朱色に変えていった。

 

「しっぽりやってるとこ悪いんやけど、こっちのこともかまってえな……。一刀はんにいじめてほしくて、ウチのおっぱいこんなになってるんやで?」

 

 李典がとった誘惑のポーズに、一刀は思わず「おおっ」と驚きの声をあげてしまう。

 それもそのはず。忍耐のきかなくなった李典は豊満な乳房を両手で持ち上げて、勃起した乳先を自らの舌で慰めていたのである。

 

「ん、ちゅぱ……んんっ……! ほら、一刀はんもおっぱい吸うの大好きやろ? だからぁ……」

 

 人並み外れた巨乳の持ち主であるからこそできる芸当に、一刀は生唾を飲んで熱い眼差しを送る。

 

「いやらしい子だな、真桜は……。このやわらかさと大きさ、一級品なんてもんじゃない」

 

 数回大きな乳房を鞠のように手の中で遊ばせると、一刀はその柔肌に舌を這わせていく。そうしている間も李典がぐいぐいと顔に向かって胸を押し付けていったため、この世のものとは思えないほどのふんわりとした気持ちよさが広がっていく。

 

「あむ、ちゅう……はあっ……。沙和のおまんこ、凪と真桜のこと見ながら濡らしてしまったのかな?」

 

「んひゃう!? やあっ、一刀の指……中でぐにぐにってえ……!」

 

 于禁のとろけた蜜壺は内部を強くかき回されて喜んでおり、ねっとりとした襞はすっかりほぐれてしまっている。

 何度か愛撫されただけでも一刀の手首までぐっしょりと濡らしてしまったほどで、さらに太いモノが欲しくてたまらないといった様子で于禁は肩によりかかった。

 

「あっ、ふうっ……。一刀さんの挟んでるだけなのに、なんでこんな……やう、うあっ……!」

 

 すっかり汁塗れとなった男根をずりずりと摩擦しながら、楽進は切なげに肌を震わせる。

 張り出した亀頭のエラに感じやすい陰核を弾かれると、少女は腰が抜けてしまいそうになった。

 

「いい……です……っ。もっと、あなたのことを……わたしに覚え込ませて……ください」

 

 楽進は赤く腫れた男根を秘裂でなぞり、その形を記憶していく。その度に相手を愛おしむ感情が溢れ、言葉が紡がれていくのである。

 

「お慕い……しています。ほかの誰よりも、あなたのことを……あうっ!?」

 

 快楽でかき消されていった言葉の残滓は、その場の誰しもの心に響いていく。

 代わりに楽進の女陰は高々と歓声をあげ、まさに情事を謳歌しているといえよう。

 

「もー、妬けちゃうの……! 凪ちゃん普段からかわいいのに、そんないじらしいこと言っちゃうんだから……!」

 

「ほんまになあ。もしウチが男やったら、絶対一刀はんみたいにちんこばっきばきにしてしまうわ」

 

 愛する男への思いをにじませる親友の姿を目にして、于禁と李典は一層興奮を高めている。

 一刀の怒張は言わずもがなであり、うっかり楽進の中へと入り込んでしまいそうなほどに硬く反り返っていた。

 

「はあ、ん……ちゅう……ちゅぱっ。三人とも……俺、そろそろ……っ」

 

 李典の巨乳に溺れながら、一刀は限界を感じている。三方から伝わってくる嬌声が、射精したいという衝動をより強くしていった。

 

「ひあっ、ううっ……、ください一刀さん……! わたしも、もう……イキ、そうですッ」

 

「一刀はんなら、ウチらぜんぶにぶっかけるくらい楽勝やろっ……!?」

 

「そうなの……っ! んっ、みんなで一緒に気持ちよく……ひゃあ……ッ!」

 

 ぐちょぐちょと腰を動かす楽進に合わせ、一刀は勢いよく恥丘を擦り上げる。

 一足早く絶頂した楽進がたまらず太ももにより圧力をかけたことで、男根もその巨体をびくびくと脈打たせて唸り始めるのだった。

 

「い……くッ! んん、くうぅうう……ッ!」

 

 ずるっと股の間から抜け出した男根は先端を大きくしゃくらせ、濃厚そのものな精液を少女たち目掛けてぶちまけていく。

 

「うああぁああっ……!? あ……くうっ、一刀さんの温かいのが、ひゃうぅうう……!」

 

 びちゃびちゃと女体に降り注いだ煩悩の塊は、胸や腹を汚してはさらに次弾で上書きしていくのである。

 正面に立っている楽進はへその周辺を特に粘液だらけにされてしまったのだが、頬を上気させて心底嬉しそうに微笑しているのだ。

 

「ほんま、一刀はんの精液すごすぎやでえ……。こんなに出されてしもたら、当分匂いもとれへんのとちゃうやろか……」

 

「どろどろにされると、一刀のものにされちゃってるって……すごく実感できるの……。それに……んんっ、あったかくて……気持ちいいかも」

 

 李典と于禁はおびただしい量の精液を浴びながら、心地よさそうに吐息をもらしていた。胸の谷間にたまった粘液を指ですくい舌で味わうと、その濃さに李典は淫靡に笑みを浮かべたのである。

 

「あっ……うあっ、ふうっ……」

 

 まだ快楽の抜けきっていない楽進は、視線を彷徨わせながら足下をふらふらとさせていた。そのことに気づいた友人に腰を支えられると、照れくさそうに頬をかく。

 

「あ、ありがとう。一刀さんのおちんちんがすごすぎて、その……」

 

 白く濁った精液は、凪の褐色の肌にあって一段と映える。一刀は再度下腹部に力がこもっていくのを感じながら、三人のことを抱きしめた。

 

「みんなすごくかわいかったよ。どうせならこのまま……さ」

 

 一刀がそう発するまでもなく、李典と于禁はふたりしてべとべとになった男根を撫で回している。

 そこから放出された熱を感じたばかりとはいえ、直接中に入って気持ちよくしてもらいたいというのが心情であろう。

 どのようにしてまぐわうのが最上であろうか、などと一刀は考えだしていたのだが、ぶるっと身体を震わせた楽進は「くしゅっ!」とかわいらしいくしゃみをする。いくら一枚羽織っているからといえども、濡れている分生地が体温を奪っているのだろう。

 

「もう、凪ちゃんてば勝ち逃げが上手なの! ほら、みんなで洗いっこしよ?」

 

「しゃーないなあ。凪が風邪ひいてもあかんし、今日のところはお開きにしよか。一刀はんも、そんでええ?」

 

 下腹部はまだまだ立派な状態にあるものの、一刀は素直にうんと頷いた。すると自分だけ熱いモノを独占した形となってしまった楽進は、申し訳なさそうに小さく呟いたのである。

 

「う……、すまない。一刀さんだってまだ満足されていないのに、わたしのせいで……」

 

「だからって、凪が体調を悪くしたら本末転倒だろう? 俺は全然気にしてないから、さっさと上がってしまうよ」

 

 それからはパシャパシャと互いに水をかけあい、沐浴本来の目的をこなしていく。幸いなことに大地を照らす日輪はご機嫌なようで、冷えてしまった四人の身体をじんわりと温めてくれたのである。

 着替え終わってからもしばらくそこで過ごしていた一刀たちであったが、遠くのほうから聞こえる呼び声が憩いの時間を終わらせていく。

 

「あれは……、愛紗さんですね。なにかあったんでしょうか」

 

 楽進は目を凝らし、関羽の急いでいるような雰囲気から問題でも発生したのではないかと推測する。

 走る少女の黒髪は風になびき、衣服越しにでも抜群の存在感を誇る大きな乳房が身体の上下にあわせて揺れていた。とはいえその表情から察するに、一刀もいつまでも鼻の下を伸ばしている場合ではなかろう。

 

「ご主人様、こちらでしたかっ! ついさきほど、なにやら使者だという女性が我らの陣に到着されたのですが」

 

「使者だって? いったい誰からの」

 

 関羽からの報告を聞いた一刀は立ち上がり、詳細を続けるよう促した。楽進らも会話の内容が気になるのか雑談をやめ、真剣な顔つきで二人のことを見守っている。

 

「董卓……、その字を仲穎(ちゅうえい)殿と。使者殿によれば、軍勢を預かる将の名はそう申されるようです。なんでも、都からの命を受けて賊軍の討伐に向かっている最中だとか」

 

 さすがに楽進たちは、「董卓」という名を聞いたところで反応を示すことはない。董卓がこの時点では大陸中に響き渡るような有名人でもないのだから、それは至極当然のことである。

 

「董、仲穎殿……か。俺の記憶している通りなら、きっとあの董卓のことなんだろうな。ま、こういうことだってある……よな」

 

 期せずして巡ってきた邂逅の機会。ざわめく胸中を鎮めようと、一刀はつとめて深く息を吸い込んだ。

 時代の寵児にして、後世においては暴君と名高いその人物。いつかは対峙することもあるだろうと覚悟をしていたが、まさか董卓のほうからお呼びがかかるとは一刀は考えもしていなかった。

 

「ご主人様は、その董仲穎殿をご存知で? それと少し、お顔の色が優れないようですが」

 

「ああごめん、平気だよ。なんといっても、俺の世界じゃ酒池肉林の代名詞のような人だからね……」

 

 一刀の口をついた董卓評を耳にして、関羽はやっかいな相手との折衝になるかもしれないと表情を引き締める。もしなにか間違いがあった場合は、一戦交えることにななるかもしれない。生真面目なこの少女はそこまで決心して、先方に向かうのであれば必ず自身を連れて行くよう主君に請うのであった。

 

「愛紗はんは心配性やなあ。そのなんとかって人が酒池肉林の権化なら、一刀はんは性欲の神さんみたいなお人やんか。それなら、案外すぐに馬が合うかもしれへんやろ?」

 

「はあ……真桜、つくづくお前というやつは……。ご主人様、ともかく一度陣幕までお戻りください」

 

 李典の軽口に目眩がしそうになったのか、関羽は額を抑えながら一刀に帰陣することを願う。

 

「わかってる。凪たちも一緒に来てくれ」

 

 北郷軍の総大将としての責務を果たさんがため、天の御遣いは武人らしい雰囲気をその身に纏いはじめる。腰に下げた刀をぐっと握りしめると、闘志がふつふつと湧いて出るようだった。

 

(曹操も見た目こそかわいらしかったけど、気後れしてしまいそうになるような空気感の持ち主だった。使者の出処があの董卓だというのなら、なおさら気を抜くことなんてできない)

 

 鬼が出るか蛇が出るか、はたまた転じて仏が出るか。ただその視線の先に、天の御遣いはまだ見ぬ英雄の姿を描いているのであった。



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 北郷軍の野営地では、董卓よりの使者と思われる女性がなぜか劉備と親しげに言葉を交わしている。

 使者は恐らく妙齢なのだろうが、おっとりとした風貌がどことなく子供っぽい。しかし色素の薄い毛髪は女性がこれまで多くの経験を培ってきたことを表しており、熟れた大きな果実とともに包容力を醸し出していた。

 

「まさか、こんなところで桃香ちゃんと再開できるなんてね。久しぶりに顔を見たけど、元気そうで安心したわ」

 

 使者は丸みのある頬を緩ませて、劉備のことをぎゅっと抱きしめる。劉備のほうも彼女と出会えたことが本当に嬉しいようで、いつも以上ににこやかに笑顔を振りまいているのだ。

 

「このまえ幽州で白蓮ちゃんと話しているときに、先生のことがでてきたんです。それでまた風鈴(ふうりん)先生に会いたいなーって思ってたら、ほんとにそうなっちゃったんだもん! だからわたしだって、すごくびっくりしてるんですから」

 

 風鈴と呼ばれた女性は、喜びを爆発させる劉備のことをしっかりと受け止めている。単にそうしたスキンシップをとっているだけでも、ふたりの間で四つの柔肉がむにゅむにゅと揺れ動く。

 その光景はまさに圧巻というほかなく、師弟の再開を傍観している内の何人かは無為な妬みを必死で押し殺しているのだった。

 

「白蓮ちゃん、こういう時期に領地をもって苦労をしているんじゃないかしら。でも、あの子はなんでも人並みにできてしまうから、先生はあまり心配していないけどね」

 

「そうですよね。白蓮ちゃんは飛び抜けたところがないことが悩みみたいですけど、なんでもできちゃうってすごいことだと思うんだけどなあ」

 

 風鈴の教え子のなかでも、劉備と公孫賛は特に期待をかけられてきた存在だったのである。

 そうして公孫賛は地道に出世していき、自らの力で現在の地位を掴んだといえよう。

 劉備については、いつか大人物になるような可能性もあるのではないか。風鈴はそのように踏んでいたのだが、こちらに関してはまだまだはじめの一歩を踏み出したところと評するべきであろう。

 

「お兄ちゃん、おかえりなさい! あっちでお姉ちゃんとしゃべってるのが、お姉ちゃんの先生らしいのだ!」

 

「桃香の先生? 劉玄徳の先生っていうと、確か……」

 

 三国志の登場人物を思い起こして、一刀はその名を発っしようとする。

 その白い上着姿にピンときたのか、風鈴は劉備の肩越しに天の御遣いのことを呼んだ。

 

「この国にはない輝きを放つその姿、あなたが天の御遣いくんなのね」

 

 風鈴は惜しみながらも劉備から手を放し、落ち着いた動きで一刀に対し礼をひとつする。

 その仕草にはいままであまり触れることのなかった大人の色気があり、広く露出された胸元は怖いほどに男を誘惑する効果があった。

 

「わたしは盧植(ろしょく)。字を子幹(しかん)というものです。天の御遣いがどういった方なのかあれこれ想像していたんだけれども、案外かわいらしい男の子なのね」

 

「あはは……盧、子幹殿ですね。天の御遣いの名のほうが通っているかもしれませんが、俺は北郷一刀といいます」

 

 盧植の触り心地のよさそうな肢体に目が釘付けにならなかったのは、さきほど川で一度煩悩を発散したからというのもあるだろう。そんなことを考えている一刀であったが、盧植は穏やかな口調で話を続けていく。

 

「教え子の桃香ちゃんがお世話になっているみたいだし、先生としてはお礼を言うべきかしら。そうね……、せっかくの機会だから、わたしの真名を預かってもらえる?」

 

「子幹殿の真名を……。いいんですか、そんな簡単に?」

 

「あなたは教え子のご主人様なんだし、そう固くならなくてもいいのよ? わたしの真名は風鈴、風に鈴で風鈴。呼んでみてくれるかしら、御遣いくん」

 

 こうして少し話しているだけでも、盧植が教え子に慕われる理由が一刀にはよくわかった。

 時には導いてくれるお姉さんのような存在でもあり、本人は気にしているものの童顔気味なところが逆に親しみやすくもある。ついつい心を許してしまいそうな優しさを、無意識にこの女性は有しているのだから。

 

「ありがとう、風鈴さん。それなら、俺も先生と呼ばせてもらってもいいかな」

 

「うふふ。わたしのことは好きに呼んでくれればいいわ。そうね、なら……わたしからは、一刀くんって呼んでもいいかしら」

 

「うん、勿論。改めてよろしく、風鈴先生」

 

 お茶目に笑う盧植のせいで、彼女が董卓からの使者だということを一刀は忘れてしまいそうになる。

 こういう人物が董卓のそばにいるということは、悪雄のイメージを先行させるのは間違ったことなのかもしれない。そういう考えが湧いてきた一刀は、使者の要件について自分から切り出していった。

 

「それで風鈴先生は、董仲穎殿の命でここまできたんだよね? そのこと、詳しく聞かせてもらいたいんだけど……」

 

「あらいけない! わたしったら、桃香ちゃんや一刀くんのことですっかり頭がいっぱいになってしまっていたわ」

 

「ええっ!? 先生、それじゃあなんのために来たのかわからなくなっちゃいますよお」

 

 教え子にツッコミを入れられつつ、盧植は表情を澄ませると一刀に改めて向き直す。

 

(ゆえ)ちゃん……董将軍は、うわさの天の御遣いくんにどうしても会ってみたいらしくって、わたしをこうして派遣されたのよ。明日にでも本隊がこの近くにまで来ると思うから、そのとき一緒に来てくれるかしら? 素直でかわいらしいお人だから、きっとみんなとも仲良くなれると思うわ」

 

 盧植がつい真名で董卓を呼んでしまったことからも、両者の関係が悪くないことがうかがえる。どの道もうそこまで軍勢が来ているのであれば、礼くらいしておくのが筋というものであろう。

 そういうこともあって、一刀はその申し出を快く承諾した。

 

「風鈴先生の口ぶりから、俺も早く仲穎殿に会ってみたくなったよ。それでどうだろう、今日のところはここでゆっくりしていってもらおうと思うんだけど」

 

「そうさせてもらえると助かるわね。桃香ちゃんとも久しぶりだし、まだお話したいことがたくさんあるもの」

 

 盧植は耳にかかった髪を払いながら、慈しみをもった表情で一刀に微笑みかける。

 

「そういえば、先生はどうして仲穎さんと一緒に行動されているんですか?」

 

 劉備の疑問はもっともであり、漢の将軍である盧植が董卓の使者をしているのは不思議なことであった。

 教え子の質問に少々バツが悪そうに苦笑すると、盧植は大きな胸を支えるように腕を組む。

 

「……わたしも朝廷からの命令で、はじめ単独で賊軍と戦っていたの。そのときにちょっとした不手際があったのだけれど、どこからかそれが内部まで伝わってしまってみたいなの」

 

「些細な失敗が、本人も知らない内に大きくなる。そのせいで、子幹殿は朝廷から軽んじられているというわけですね」

 

 いまの朝廷内部がどういった状態にあるのか、少女にはよくわかっているのであろう。郭嘉はやれやれといった風に頭を左右に振ると、複雑そうに目を伏せる盧植に対し名乗っていく。

 

「我が名は郭嘉、字を奉孝ともうします。子幹殿のご高名は前々よりお聞きしておりました、以後お見知りおきを」

 

「わたしはこちらの稟ちゃんとおなじく、ご主君さまの参軍で程昱というものです。ちなみにお固そうな稟ちゃんですが、夜はご主君さまの肉奴隷同然のお方なので、気安く話しかけてもらって平気なのですよー」

 

「ふ、風……っ!? 初対面の方にそんな紹介をするなんて……っ」

 

 程昱のあんまりな紹介に、郭嘉は全身を紅潮させて怒りをあらわにしている。

 そんなことすらこれまで幾人もの弟子を育て上げてきた盧植にとっては慣れたものなのか、「あらあら」とおかしそうに口もとを隠しながらちらりと一刀に目を移したのであった。

 

「うふふ、若いっていいことね。一刀くんの閨房の才能、先生も確かめておく必要があるのかしら。なんてね、桃香ちゃん?」

 

「あうっ、先生……!? ご主人様はとってもお優しい方だけど、いきなりなんて……そんな、はうぅうう」

 

 盧植はカマをかけてみたつもりだったが、やはりというか当たりだったことに眼鏡の奥で目じりを下げる。

 それと同時に多数の競争相手を抱えるかわいい教え子のことが心配になったりもしたのだが、そこまでいくと老婆心といえてしまうのかもしれない。

 

「ごめんね桃香ちゃん。冗談よ、いまのところは……ねっ」

 

「ん……、風鈴先生?」

 

 盧植から向けられた保護者然とした視線のなかに、ほんの一瞬だけ異質なものがあったように一刀には感じられた。

 けれどもいまの盧植は変わらずにこやかに微笑しているだけであり、やはり気のせいだったのかもしれないと一刀は思い直したのである。

 

 

 

 

 

 

 翌日。昼頃になると、物見の兵が接近してくる軍を発見したという報告を本陣にまでもってきた。

 その軍の中心となる位置には「董」の旗が多く掲げられており、董卓との会談に向けて一刀は身支度を整えてはじめている。

 

「それではご主人様、あちらの陣まで同行するのは……」

 

「ああ。愛紗と稟、それに風だけを連れて行くつもりだよ。あんまり大人数で出向いても、物々しくなってしまうだろ?」

 

 楽進や張飛もついて行きたそうにはしているものの、一刀のそういった考えもあって渋々ながら引き下がっていく。

 一刀の連れて行く面子が決まったところで、盧植はパンッと手を叩いてそれぞれの視線を集める。そういった手振りが自然なことも、彼女がいかにも先生らしいところだといえよう。

 

「同行する人数は決まったようね。それなら、行きましょうか、一刀くん」

 

「ええ、風鈴先生。陣までの案内、よろしくお願いします」

 

 盧植の乗る馬を先頭にして、四頭の騎馬が後に続く。正規の官軍である董卓らの軍は装備も行き渡っており、いかめしい男たちが物珍しそうに天の御遣いのことを観察している。

 

「むっ、盧植殿が戻られたか。ということは、その男が……」

 

「ええ、そうよ。華雄(かゆう)ちゃん、天の御遣いくんが到着されたことを董卓将軍の陣屋に伝えてきてくれないかしら」

 

 大きな天幕の付近で馬を止めた盧植は、近くで武器を振っていた女性に声をかけた。

 華雄と呼ばれたその人物はいかにも武一辺倒といった面構えをしており、短く切りそろえられた髪が快活な印象をより強くしている。

 

「ああ、少し待っていてもらえるか」

 

 華雄は鈍く光りを反射させる剣を鞘にしまうと、天幕のなかへと姿を消していく。またもや有名な人物を見知った一刀ではあったが、その相手が演義において関羽に斬られているためやや複雑な心境ではある。

 馬をつないでそのまま数分待機していると、天幕の入り口からひとりの少女が現れた。これまた美少女と形容していい容貌の持ち主ではあったが、幾分釣り気味の両目がややキツめであろう性格をにじませている。

 一刀のことをキッと見つめていることからも警戒心があるのは明らかであり、才気走った切れ長の眉は何者をも寄せ付けないと宣言しているようでもあった。

 

「おい。名乗りもせずにジロジロとご主人様のことを見ているなど、失礼ではないか」

 

 こういう場合において、黙って我慢していられないのが関羽という少女の気質なのである。

 しかし、普通の人間であればそれだけで震え上がってしまうような怒りの視線を受けてもなお、少女は翡翠色の髪をいじるばかりで態度を改めようとはしなかった。

 やや横柄であることに加え、自身の目的のためならば損得を考えない性格なのであろう。

 結局その場は盧植が間に入ることで収まりがついたのではあるが、お互いにいい初顔合わせとはいえない結果となってしまった。

 

「ごめんなさい、一刀くん。この子も悪い子ではないのだけれど、ちょっと周りが見えなくなってしまうときがあるの。ほら詠ちゃん、ご挨拶を」

 

 盧植に背中を押される形ではあったが、少女はかけた眼鏡を触りながらようやく閉ざされた口を開いていく。

 

「……ボクは賈駆(かく)賈文和(かぶんわ)よ。あんたが例の、天の御遣いとかいう男なんだよね?」

 

「北郷一刀だ。董仲穎殿に招かれてここまで足を運んで来たけど、文和殿にはあまり歓迎されていないようだ」

 

 天の御遣いの本名にはあまり興味がないのか、賈駆はふんと鼻を鳴らして腰に両手を当てている。

 郭嘉が後ろから袖を引いていなければ、またもや関羽の怒りに火がついていたのは必定であろう。

 

「そんなの当然でしょ。わたしは天から来た人間だなんて得体の知れないやつ、あの子に近づけたくなんてないんだもの」

 

 賈駆はよほど董卓に入れ込んでいるのか、その言葉ひとつひとつに敵対しているかのごとき刺々しさがある。強い絆で結ばれているのはよいことではあるが、それでとばっちりを受けたのでは一刀たちからしてみればたまったものではない。

 

「まあまあ、そうツンツンしなくてもいいんじゃないでしょうか。なにもご主君さまだって、出会ったばかりの女の子を取って食うほどの鬼畜ではありませんからー」

 

 飴を舐めつつ、やんわりと矛を収めるように程昱は言葉をかける。だがその程度で警戒を緩めるほど、この賈駆は穏やかな女性ではなかった。

 どうやら彼女なりに天の御遣いについての情報は集めていたようで、その口調は益々攻撃的になっていく。

 

「御遣いが色に溺れて女を多数侍らしているっていうのは、どうやら真実らしいわね。ボクからしてみれば、女の間をふらふらとしている男なんかに尽くせるのが不思議でならないわ」

 

「ちょっと、(えい)ちゃん……!?」

 

 今度は盧植が止める間もなく、賈駆による無遠慮な口撃(こうげき)が行われてしまう。これにはさすがの郭嘉も冷静ではいられないようであり、糾弾するような目つきで賈駆と視線をぶつけ合っていた。

 そんな一触即発の状態に陥った天幕前に、内側から小柄な少女がゆっくりと姿を現した。

 

「だめだよ、詠ちゃん。お客様との諍いは、そこまでにしておいて」

 

 鶴の一声というのは、まさにこういったことをいうのであろう。

 薄い(すみれ)色の髪をもつ少女の声に賈駆は一瞬で黙り込み、盧植はほっとしたような面持ちで胸を撫で下ろしていた。少女の後ろに控える華雄は直立して睨みを利かせているので、どこか仁王像のような迫力さえ有している。

 やがて、この出会いこそが彼らのその後に多大な影響を与えることとなっていくのだが、それはここにいる誰もがいまだ知りようのないことではあった。



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「――だめだよ、詠ちゃん」

 

 賈駆のことを真名で呼んでたしなめたことから、目の前のかわいらしい少女があの董卓なのだろうと一刀は察知した。赤紫の瞳には吸い込まれてしまいそうな魅力があり、佇まいにも堂々としたものがある。

 

「知り合ったばかりのひとをそんな風に侮辱するなんて、よくないことだよ? 申し訳ありません……、御遣いさま。こちらの勝手でお越しいただいたのに、気分を害してしまうようなことになって……」

 

 眼前の董卓は、一言で表せば可憐な人であった。軽装な着衣の所々からうかがえる白磁のような肌が、儚げな印象を余計に強く誘う。

 しかし優しげな人柄の奥には一本芯が通っているようで、ただの深窓の令嬢でないことは確かだと思わせるなにかがあったのだ。

 

「俺は平気だから、変に気を使ってくれなくてもいいよ。それよりあなたが董仲穎殿、でいいのかな? 北郷一刀だ、よろしく」

 

「はい……、わたしが董卓です。此の度は呼び出すような形になってしまい、申し訳ありませんでした。それで……ええっと、これはどうすればいいんでしょうか?」

 

 あまりに想像していた人物と違ったことで面食らってしまった部分もあるが、一刀は董卓に対して右手を差し出した。それはただ挨拶の一環として握手をしようとしただけなのであるが、そんな習慣を知らない董卓はじっと出された手を見つめている。

 そういえばそうか、と状況を理解した一刀がなにをしたいのか説明すると、少女は小さく笑みを浮かべてそっと手のひらを預けたのだった。

 

「ちょ……、月ぇ!?」

 

 すっかり黙り込んでしまっていた賈駆ではあったが、敬愛する主君が気軽に男と手を握りあっていることにショックを受けたのであろう。しかしかすれた声は弱々しく、眼鏡越しに一刀を睨む瞳はいまいち迫力に欠けている。

 やはり董卓に一旦勢いを遮られた影響は大きかったらしく、まるで母親にごねている駄々っ子のように一刀には見えていた。

 

「御遣いさまの手、とても大きくて温かくて……。お優しい方だというのが、ここからでも伝わってくるようです」

 

「なんだか照れるな……。仲穎殿、俺から言い出したことだけど……そろそろ」

 

 一刀が握る力を弱めたのにあわせて、董卓もゆっくりと結んだ手を緩めていく。ほのかに笑みをたたえる少女は暴君といった類のものとは真逆の存在であり、ある意味大いに天の御遣いの心中を惑わせているのだ。

 

「ふふっ、わかりました。では、行軍中でたいしたものはありませんが、なかに食事を用意してありますのでどうぞお入りください。でも、そのまえに……」

 

 それまでのにこやかなものとは打って変わり、董卓は厳しい目つきを配下でも幼馴染でもある少女へと向ける。

 わざわざ言葉に出されずとも、賈駆は董卓がなにを求めているのかくらい理解していた。

 あれだけ罵倒されたというのに、北郷一刀という男は怒りをあらわにするどころかただ悲しげな視線を送ってくるだけなのである。そのことが却って恐ろしくて賈駆は唇を噛み締めていたのだが、案外頑固気質な主君には逆らうすべもない。

 

「突っかかって悪かったわね、その……ボク」

 

「俺のことはどう言われようと構わないんだ。ただそうだな……、もし仲穎殿が侮辱されたとすれば、文和殿は我慢ならないだろ?」

 

 一刀の問に対して、「そんなのあたりまえでしょ!?」と賈駆は威勢よく答えた。それと同時にあっ、と声をもらして表情を曇らせたのは、この少女がただ横柄で自分勝手な人間でないことを証明しているともいえよう。

 胸中を滾々と語る一刀の姿勢に多少感じるところがあったのか、賈駆は関羽たちに向かって深々と頭をさげた。

 完全に信用しきったというわけではないが、少なくとも自分たちに危害を加えるような人間ではないだろう。そう思考を切り替えた賈駆は、董卓にも会談の邪魔をしてしまったことを謝罪したのである。

 

「わかってくれたのなら、それでいいんだ。それにしても、身近にこれだけ愛してくれてる人がいるなんて、仲穎殿は幸せ者だな」

 

「ちょ……愛って……!? 急になに言い出すのよ、あんた!?」

 

 一刀の言に顔を茹で上がった蛸のようにして、賈駆はひどく動揺しながら口角を飛ばしていた。ぷるぷると震える両腕はいまにも一刀の胸ぐらを掴んでしまいそうになっているが、さきのどうしようもないくらいの喧嘩腰を考えれば微笑ましい程度のものである。

 その様子を眺めている程昱がしたり顔で「あー、なるほど」としきりに頷いているものだから、賈駆の羞耻心はさらに逆撫でされていったのだ。

 

「ふふっ。まだ会ったばかりだというのに御遣いさま……、北郷さまは詠ちゃんの扱いがお上手ですね。風鈴さんも、そう思いませんか?」

 

「そうかもしれないわね。一刀くんたら、あんまり女の子を泣かせてはだめよ?」

 

 茶目っ気たっぷりにウィンクを送ってくる盧植にドキリとさせられながら、一刀とはなんとか賈駆を落ち着かせようとしている。

 やいのやいのと騒いでいるうちに険悪だったムードはすっかり消え去って、関羽と郭嘉もまた始まってしまったといった感じに主君のことを遠巻きに傍観していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ようやく天幕に入り腰を落ち着けた一同は、董卓と一刀を主座に置いて改めて姓名の交換を行っていた。配下たちは地面に直接ござのようなものを敷いて座っているのだが、上座だけは特別に一段高くしつらえてある。

 まるで時代劇で見る殿様のような扱いだなという感想を一刀は持っているのだが、事実そのことに相違はない。

 賈駆は天の御遣いに関する下世話なことだけでなく、その陣容についても調査をしていたようである。そのため北郷軍の主力を務める関羽については名を知っていたし、その挙動に目を光らせてどういった将なのか観察しているのだった。

 転じて董卓側の将が挨拶をする番となり、盧植に続いて賈駆は立ち上がって言上を述べていく。

 

「ボクからは、このくらいにしておくわ。つぎは華雄ね。ほら、さっさと挨拶しなさいよ」

 

 名乗りを終えた賈駆は、自身の左手に座している華雄のことを見る。時折頭にまで筋肉がつまっているのではないかと疑いたくなる瞬間こそあるものの、彼女の董卓への忠節は賈駆も疑うところがない。

 この華雄こそ、まごうことなき董卓軍における武の柱石であるといえよう。

 

「華雄だ。董卓さまのもとで将軍を務めさせていただいている」

 

 ぶっきらぼうにそう一言いい放つと、華雄はまたすぐに口を閉ざしてしまった。

 

「あんたねえ……。もうちょっとくらい、なにか言うことあるでしょうが」

 

 こればかりはどうしようもない部分だといえなくもないが、賈駆はずり落ちそうになった眼鏡をなんとか支えながら嘆息する。

 関羽などは武人らしい振る舞いだと感心してはいるものの、これでは事が前に進まない。

 そのとき、董卓の困ったような表情に気がついたのか、華雄は再び重い口を開いていった。

 

「馴れ合いはあまり好まん質なだけだ。賈駆のように、お前たちになにか思うところがあるわけではない」

 

「なるほど。考えばかりが先行してしまう人間より、よほどわかりやすい御仁のようですね」

 

 意趣返しのつもりであるのか、郭嘉はチクリと言葉で賈駆のことを刺す。

 天の御遣いの参軍として、また一刀を愛するひとりとしても、少しくらい言い返しておかなければやはり気が収まらないようである。隙きを突いた郭嘉からの反撃に顔をしかめる賈駆ではあったが、ここで面と向かって舌戦を繰り広げるわけにもいかない。

 それを含めての郭嘉の言動ではあったものの、冷や冷やした空気を感じて上座のすぐ下に座る盧植は苦笑するばかりであった。

 

「稟、そのくらいにしておけ」

 

「はっ……。わたしとしては特に他意があったわけではないのですが、そう聞こえたのであれば申し訳ありません。文和殿も、これよりなにとぞよろしくお願いいたします」

 

 さも何事もなかったかのように、けろりとした表情で郭嘉は賈駆に向かって軽く礼をする。

 食えない女だと賈駆は胸の内で呟いたが、そんなことはおくびにも出さず表では平静を装う。

 

「ふん、まあいいわ。郭奉孝、しっかりその名は覚えておいてあげる」

 

 参謀ふたりの一応の和解が済んだところで、董卓が隣の一刀へ話しかけた。かたわらの膳には何種類か料理が置かれており、そのうちの肉料理を董卓は指さしている。

 

「このお肉、今朝華雄がとってきてくれたものなんです。北郷さまは、鹿狩りなどをされたことはありますか?」

 

「へえ、華雄殿が。俺は狩りっていうのはまだしたことがないなあ。剣ならともかく、弓のほうはいまいちでさ」

 

 わずかに誇らしそうな華雄に見えるように箸で持ち上げてから、一刀は一口大の素焼きを頬張った。鹿肉は新鮮なだけあって噛みごたえがあり、シンプルに塩で味付けされているため咀嚼するほどにじんわりと旨味が広がっていくのである。

 

「どうでしょう北郷さま。わたしたちはここに数日留まって賊に関する情報を集めるつもりなのですが、どこかでご一緒されませんか?」

 

「仲穎殿と鹿狩りか……。なるほど、面白そうだ」

 

 鹿狩り以上に董卓への興味が勝っているのは当然として、一刀はその誘いに即答した。

 この世界の董卓は悪逆非道を行えるような人物には見えないし、つながりを深めておくのはありだろうと一刀は考えている。そのためには互いに知らないことばかりでもあるから、向こうからその機会を作り出してくれるのはありがたいことであった。

 

「いいよね、詠ちゃん?」

 

「はあ、どうせダメっていっても聞かないんでしょう? 行くのは結構なことだけど、護衛くらいは連れて行きなさいよね」

 

 強気な賈駆も、笑顔の主君によるお願いにはどうにも弱いらしい。ころころと表情が変わる少女のことを一刀は楽しげに観察していたのだが、鋭い眼光で一瞥されると何食わぬ顔で他に目線を移すのであった。

 

「あらあら詠ちゃん、そんなに一刀くんのことが気になるのかしら。いいわね、青春って感じがして」

 

 盧植は賈駆の反応がおかしくて、つい冗談混じりにからかってしまう。しかし、だからといってそれだけではない。

 朝廷から左遷にあって董卓軍に組み込まれたようなものではあるが、彼女はいまの立場を気に入っていた。当初はそのまま宮仕えを辞めて元の私塾の先生に立ち返ろうとしていたのだが、いまは翻意してよかったとさえ思う。

 董卓も賈駆も根が素直であり、国の将来のことを憂いてもいる。

 腐敗した朝廷が軌道を正すためにはそういった人材が必要だと感じているし、さらには天の御遣いという未知なる可能性を持った存在ともこうして知己を得たのだ。

 これはなにかの切欠になるかもしれないし、そのためには年長者である己が両者を取り持つべきだろう。そのような考えを、盧植は持ち始めている。

 

「そんなわけないでしょ!? なんでボクが、こんなやつのこと気にしなくちゃいけないのよ!」

 

「んんー、まあ……いやよいやよも好きのうちともいいますからねえ。文和ちゃんも、ご主君さまについて無関心というわけではないようですし」

 

 まくしたてた賈駆は一度大きく深呼吸すると、思慮の探りにくい程昱の平たい双眸を見つめた。なぜ会食をしているだけでこのように疲労を味わわなくてはならないのかと自問自答したくなっているが、賈駆は諦めまじりに言葉を投げかける。

 

「だいたい、あんたはそれでいいの? もし仮に、ほんとに仮にだからね!? ボクがこいつのことを好きになったとして、それでなんとも思わないってわけ?」

 

 一刀の顔をびしっと指差しながら、賈駆はもっとも疑問に感じている部分を程昱に問うた。

 

「ほかのみなさんがどう思っているかは知りませんが、風はご主君さまが見初められた方ならばいっこうにかまいませんよ? だいいちそのくらいの器量を持たずして、世を照らす日輪にはなれないでしょうから」

 

「なによそれ、意味わかんないわ……」

 

 程昱が日輪というかたちで一刀のことを表現すると、董卓はぴくりと眉を反応させる。

 まさに己が真名として使っている「月」という字とは正反対な存在であり、面白いこともあるものだと周囲に気づかれないようにくすりと笑いをこぼす。

 

「嬢ちゃんまだまだ青いねえ。荒波に揉まれて苦しくなったときには、おれっちのことでも思い出して気を強くもつんだぜい……」

 

「こら宝譿。揉まれるだなんて、こんな場所ではしたないことを言うんじゃありません」

 

 ぺしっと頭上の宝譿にツッコミをいれる程昱の様子を、賈駆は呆気にとられた表情で見ているしかなかった。

 

「面白い方なんですね、仲徳さんは。北郷さまの陣では、いつもこのようなことを?」

 

「仲穎殿が優しいひとで助かっているよ……。まったく、風らしいというかなんというか……」

 

 一刀がそう言うのも当然で、宝譿との漫才を見て楽しそうに笑っているのは董卓だけなのである。華雄は相変わらず沈黙したままだし、賈駆と盧植はなにが起きたのかいまいちわかっていないようであった。

 程昱本人は涼しい顔をしているが、郭嘉と関羽は同僚のマイペース過ぎる振る舞いに力なく首を横に振っている。

 

「おやおや、これでは風の独壇場になってしまいかねませんねえ。ここは稟ちゃん、ひさしぶりに強烈なやつを打ち上げてみてはいかがでしょうか?」

 

「するわけないでしょう!?」

 

 鼻血を吹いてみせろという無茶な要求を即座に却下され、程昱はとてつもなく残念そうに目を伏せた。一刀によるショック療法のおかげで決壊する頻度が減ってきているだけに、もとに戻ってたまるかといった決意が郭嘉のなかに存在しているのだ。

 そんなふたりによる軽妙なやり取りに、今度ばかりは盧植も笑いをこらえきれなくなったようである。

 

「うふふっ。ほら詠ちゃん、せっかくなんだから、もっとみなさんとお話しをしましょう?」

 

 笑顔の盧植に抗えずに、賈駆は北郷軍の女性陣のところへずいっと身体を押しやられた。最近では董卓くらいしか同年代の人間と関わる機会がなかったから、これは少女にとって貴重な機会であるともいえる。

 自身に尽くしてくれることは嬉しいが、董卓もそのあたりについては気がかりだった。だから二重の意味で、天の御遣いと今日このように面識をもててよかったと感じている。

 

「北郷さま、どうぞこれからもよろしくお願いしますね」

 

「ん……、どうかしたの?」

 

 純真な瞳で見つめ返してくる一刀に対し「いいえ、なんでも」と答えつつ、董卓は正面に向き直した。

 そしてなんだかんだといいながら輪の中で自然と軽口を叩く親友のことを、少女は目もとをほころばせながら見守っていたのである。



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閑話 先生として、女として(風鈴)

書き直す可能性あり。
2019/11/21 風鈴の口調を修正。


「周辺確認よし……、っと」

 

 兵のたむろしている陣から少し離れた雑木林の入り口で、北郷一刀はあたりをきょろきょろと見回している。そうして人の気配がないことを確信すると、ズボンのチャックをおろしてふにゃりとしたペニスを取り出した。

 とはいえ、なにもここまでわざわざ自慰をしにきたわけではない。この世界には公衆トイレといった便利なものが存在していないため、静かに用を足したければ相応の労力をかける必要がある。

 なので陣の近くでは落ち着くものも落ち着かないとあって、こうして距離をとっているのであった。

 

「はあぁあああ……、ふう……」

 

 筒先からじょろじょろと液体が流れ出し、木の表面を濡らしていく。目標物があったほうがしやすいのは心理的な問題なのかもしれないが、一刀は快調に排泄を行う相棒を見て爽快な気分に浸っていた。

 そんな明確に気の緩みがうかがえる一刀の背後に、気配を消して接近する女性の姿がある。実は本人の思っている以上に足音を立ててしまってはいるが、幸運なことに鼻歌交じりの天の御遣いの耳に届くことはない。

 やがて女性は必殺の間合いにまで入り込むと、一刀の背後からさっと腕を回したのである。

 

「うおっ、だ……誰だっ!?」

 

「うふふ、捕まえちゃった。あら、まだかわいいままだわ」

 

 排泄中のペニスをいきなり知らない手に奪われ、一刀の素っ頓狂な叫びが雑木林に木霊した。男としてもっとも危機的状況にあるというのに排尿を続ける下半身に一刀は脱帽するが、何者かに背中からぴったりとくっつかれているために身動きがとれないでいる。

 

「しっかりぜんぶ出してしまうのよ? そうしたら先生が、気持ちいいご褒美あげますからねえ」

 

 くにゅくにゅと竿を揉み込む手のやわらかさと同時に、後ろから押し付けられるバストの圧力を一刀はひしひしと感じていた。

 それが誰あろう盧植のものだと判明した途端、残りを吐き出したペニスはぶるっと震えて海綿体に力を込め始めたのである。

 

「ふ、風鈴先生、なんでこんな……くうっ」

 

 うなじにふうっと吐息を吹きかけられて、一刀は背中をゾクリとさせてしまう。

 盧植の意図はわからないが、膀胱のすっきりした下腹部はじつに明確に次なる意思を示しだす。小水で濡れた女の指がぬちゅぬちゅと膨張しかけた亀頭を撫で回すと、じゃれる子犬のようにひくひくと先端を持ち上げだしているのである。

 その反応に気を良くした盧植は、逸物全体をマッサージするかのごとく指を動かしていく。手慣れた愛撫によって臨戦態勢だったそこはすぐに硬化させられてしまい、否応なしに一刀はそういった気分にさせられていったのであった。

 

「月ちゃんとってもかわいいから、一刀くんがおかしな気持ちになったら困るでしょう? だから、先生がすっきりさせてあげますからねえ……」

 

「はあっ……、先生……っ。そんな……ことって……っ」

 

 性感帯を確実に刺激してくる盧植の指に翻弄され、一刀は熱い吐息を放っている。はやくも脳内では、彼女の手で射精させられたいという思いだけがぐるぐると回りかけていた。

 

「いいわ一刀くん、わたし素直な生徒って大好きよ。んんっ……、すううぅうううう、はあぁあああ……。おちんちんの匂い、ここまで漂ってくるみたいで、んはあっ……わたしまで興奮してきてしまうわ」

 

 すんすんと鼻を鳴らし、盧植は勃起したペニスから発せられる性臭を嗅いでいる。にちにちと尿道口を責める指遣いは巧みで、一刀が臀部の筋肉をぶるっと震わせてしまうほどであった。

 

「うふふっ……。どうしたの一刀くん、おちんちん気持ちいいのかしら? わたしの手の中で、ぴくっ、ぴくっ、てかわいらしく跳ねてしまっているわよ」

 

「そ、それは風鈴先生が、すごく上手いから……ん、ううっ。そこ、擦られると……っ」

 

 充血した肉竿を右手を使って入念にしごきあげつつ、盧植はもう片方の手をシャツの隙間へと侵入させる。そして指で腹筋をなぞると、一刀の背に頬ずりしながら満足気に笑みを浮かべるのだった。

 

「えらいえらい、男の子らしくしっかり身体も鍛えているみたいね。でも、こっちはどうかしら?」

 

 そのまま肌の上で指を走らせ、時折くすぐるような動作をしながら胸元へと向かっていく。あまりの倒錯的な快楽に、一刀のペニスは射精をしているわけでもないのにぴくんぴくんと心地よさそうに脈打ちをする始末である。

 

「あ……ああっ……。先生、くうっ……う、うああぁあ」

 

 亀頭を親指で潰す動きに合わせて、盧植は人差し指の腹を使って男の乳頭をくにくにと弄ぶ。普段であればそれほど感じることのできないそこも、淫靡な雰囲気と女のねっとりとした責めによって脳髄に気持ちいいと働きかけてくるのである。

 

「いけないわね、一刀くん……。そんな女の子みたいな声を出してしまう生徒には、少しお仕置きが必要かしら」

 

「うあっ!? あぐっ、これ……っ」

 

 性感帯となった乳首をつまみ上げられながら裏筋を強く愛撫され、一刀の射精への欲求はより高まっていく。

 先端から分泌された快楽の証を、盧植は実に楽しそうに全体へとまぶしている。童顔気味な相貌を淫猥に紅潮させていくさまを劉備あたりが目にすれば、いつもとのギャップに卒倒してしまうのではなかろうか。

 

「もっともっと、先生の手で気持ちよくなりなさい……。びゅーってたくさん射精するとこ、しっかり見ててあげますからねえ」

 

 豊満な胸を押し付けながら、盧植はなおもぬるぬるになった指先で敏感な部分を鋭く刺激していく。

 まだこの気持よさを味わっていたいとは思うが、睾丸からせり上がってくる奔流に一刀は抗えそうもない。

 

「先生、はあっ、俺……もう……イキそうかも……!」

 

「いいのよ、くすっ。一刀くんの出したいときに、いつでも精液出してくれて……。ぱんぱんにふくらんだおちんちん、もうとっても苦しそうなんだもの」

 

 パクパクと開く鈴口を重点的に責めたてながら、盧植は耳もとでそう優しく呟いた。

 五感全てが鋭敏となり、一刀のなかで甘い疼きとなって広がっていく。限界は、すぐそこまで迫ってきていた。

 

「ああっ、イク……っ! ふううっ……ああっ……先生っ!」

 

「うふふ、先っぽ真っ赤になって震えてるわ……。イッちゃうのね、一刀くん……!」

 

 射精直前となって、盧植は一刀の乳首と肉竿により激しく快感を与えていく。

 

「ううっ、出る……出るっ……!」

 

 ぎゅううっ、とひくついた竿を扱き上げられたことで、一刀の視界では火花がバチバチと弾けていった。

 それと同時に管を駆け上がった精液は唸りをあげ、尿道口を割って空中へと飛び出していったのである。

 

「ぐうっ……あああぁあああっ……! 先生、風鈴先生……ッ!」

 

「んっ、あははっ……ものすごい量の子種ね……! びゅるびゅるって、木の皮に飛び散ってしまっているわ。ほら、もっと射精してもいいのよ? 一刀くんの好きなだけ、気持ちいいお汁出しなさい」

 

 絶頂に震えるペニスをごしごしと搾りあげるように刺激され、声をあげながら一刀は木に向かって精液を噴出させていった。

 茶色い木の表面は汚濁した白に変わっていき、その様子を盧植は楽しげに観察している。射精が終わっても彼女はペニスを離すつもりがないようで、精液の匂いをうっとりとした表情で嗅ぎながらゆるゆると愛撫を続けていた。

 

「くっ……、はあっ……。そこ、イッたばかりだから……」

 

 過敏状態にある亀頭を精液でべとべとになった手でいじられて、一刀は腰が引けそうになる感覚に襲われている。しかしそれとは裏腹に、肉竿は猛りをまだ保った状態にあった。

 

「ん……ふふっ。素敵ね、一刀くん……。まだまだおちんちん元気みたいで、先生もうれしいんだから」

 

 盧植は怪しげな笑みを浮かべながら一刀の正面に移動すると、手のひらに付着した濃厚な精液を唇を使ってこそぎとっていく。

 眼の前でそのような痴態を見せつけられた一刀は下腹部をさらに熱くし、熟した肉体を眺める瞳はわずかに血走ってもいた。

 

「うふ……、一刀くん。先生のここで、いやらしいことがしたいのね。そんなに熱い視線を向けられたら、胸が高鳴ってしまうわ」

 

「あっ、ああ……。俺……風鈴先生のことが、ほしくてたまらないんだ。だから、先生のそこに……」

 

 自身の一点をまじまじと見つめる一刀に興奮したのか、盧植は軽く内股を擦り合わせる。

 その動きを了承のサインと受け取った一刀が身を寄せようとしたところ、胸をとんと押されてそれ以上の接近を妨げられてしまう。

 

「えっ……、先生?」

 

「こっちは……そうね、一刀くんのことをもっと教えてもらってからにしようかしら」

 

 残念がる一刀であったが、天の御遣いがここで力に訴えかけて女体を犯しにかかるような男であるならば、盧植はさぞ落胆したことであろう。

 劉備が懐いていることからもそのような人物ではないと見当をつけてはいたが、やはりそうであったことに盧植はやわらかく口角をあげる。

 

「くすっ、だから……今日はこっちで、ねっ?」

 

 たっぷりと柔肉のつまった乳房を両手で持ち上げ一刀の視線を誘導すると、盧植は前面を覆った布をゆっくりとずらしていく。

 母性と淫靡さという、二つの相反する要素を含んだ双球。そこはいましめから解放されたことで、たぷんっと音がしてきそうなほどたおやかに揺れている。

 

「先生、すごくきれいだよ……」

 

「うふふ、ありがとう。一刀くんの素敵なおちんちん、いまからここでたっぷり甘えさせてあげるわね」

 

 興奮によって微妙に上擦った声でそういうと、盧植は一刀の膝元で蹲踞の姿勢をとった。

 大胆に開かれた両ももはむっちりとしており、その奥の下着は先ほどの行為によって中心部が濡れてしまっている。

 一刀は引き寄せられるように女の長く美しい銀髪を撫で、これから行われるであろう淫事に心を躍らせていた。

 

「優しい触れかたね……。んっ、ちゅぽっ、じゅる……。それじゃあ……っ」

 

「うっ……はあっ、すごいよ……先生」

 

 亀頭の先にちょんちょんと口づけてから、盧植は乳房を寄せてペニスを包み込んでいく。

 平時であれば無駄に大きいだけだと感じている乳房も、男を喜ばせるということにおいては強力な武器となる。胸の間で一刀の熱を感じながら、盧植は数度上下に乳房を動かしていった。

 

「風鈴先生の胸、ふわふわで気持ちいい……」

 

「ふふっ。桃香ちゃんたちは、こういうことをしてくれるのかしら? あら……すごいわね、おっぱいのなかで……おちんちんがこんなに脈打って。先生も、ドキドキしてしまうわ」

 

 ふんわりとした刺激に興奮した亀頭はカウパーを吐き出しはじめ、それによって胸の動きはより潤滑されるのである。

 にちゅにちゅと音を立ててペニスを擦る乳房はいやらしくかたちを変え、男の欲望を包括していった。

 

「はあっ、先生……! ん……ふうっ……」

 

「やあん……!? 一刀くんのおちんちん大きすぎて、動かすと先っぽまで隠しきれないなんて……。それなら、こうしてみようかしら?」

 

 谷間から顔を覗かせる亀頭に視線を落とし、口内でためた唾をたらしていく。粘液によってねっとりとした光沢を放つ先端を、盧植はぱかっと口を開いて飲み込んでしまう。

 

「おっぱいも気持ちいいけど、先生の口のなかも温かくていいよ……。んんっ……」

 

「ん、じゅぶっ……ふふっ……。とっても濃い味で、先生に興奮してくれているのがとってもよくわかるの。このまま気持ちよくなって、一刀くん……?」

 

 わざとらしく水音をたてて亀頭を吸い上げられ、乳房に挟まれたままの竿がぶるっと震える。盧植はそのことに喜ぶと、口と連動させて一刀の快楽を引き出しにかかった。

 

「んふっ、じゅっ……れろ。おちんちん、じゅぷ……さっきよりかたくなってるわ……」

 

 手で感じていただけの時とは違い、いまは粘膜でその熱量を直接感じているということはある。しかしそれにしても際限を知らない一刀の逸物に対して、盧植は先を頬張りながら目を丸くしていた。

 

「こんなに先生がしてくれてるんだから、当たり前だろ……? これだったら……何回でも、射精できてしまうかも……ッ」

 

 とめどなく溢れてくる先走りを舌で味わい、盧植はつぎつぎと飲み下していく。そうするごとに脳髄を快楽の炎で焼かれていくようで、精液を求める本能がより表面化していくのである。

 

「そんなこと言われたら、わたし……っ! んっ、じゅるっ……ちゅう、ちゅううぅうう!」

 

 盧植は我を忘れたかのように、乳房を激しく動かしながら頭を上下させていく。尖らせた舌で鈴口を刺激し、溜まった先走りを吸い出すあたりよほどその味が気に入ったようであった。

 むにむにとした感触と、巻き付くようにうごめく舌のざらつきを一刀は感じている。最初遠慮がちであった腰使いも時が経つごとに思い切りがよくなっていき、柔軟な肉をかきわけて口腔を自らうかがっているのだった。

 

「ああっ、先生……すごいよ……っ」

 

「んぶっ……、ふうっ、じゅぶっ……じゅるるっ……!」

 

 自然と一刀の片手は盧植の頭部に据えられ、傍から見ればかしずく女が主のために奉公している光景ともとれるであろう。

 徐々にペースを取り戻しつつある一刀はきゅっと窄められた唇を存分に味わい、胸の抱擁感を堪能している。

 頭部を優しげに撫でられて盧植も悪い気はしないようで、うっとりと目を細めながらリズミカルに淫らな音を奏でていくのだ。

 

「ちょうらい、一刀くん……っ! ちゅる、ちゅぱ……ねっとりした、はあっ……とろっとろのせーえき、先生に飲ませてほしいの……!」

 

 胸を揺らして亀頭をぐにぐにと愛撫してくる盧植に対し、一刀は「ああ、もちろん」と息を荒げながら応えていく。

 興奮の度合いが違うためか、一度出したばかりだというのにむずむずとした痺れが脳内に早く射精しろと言わんばかりに信号を送っている。

 

「んっ、れろ、ちゅぱっ……。はあっ、じゅる……きてえ、一刀くん……!」

 

「ああっ……先生……! しっかり、受け止めてっ……!」

 

 盧植の後頭部をつかまえた一刀は、腰を送るペースを早めて乳肉を蹂躙していく。そして彼女の望み通り、亀頭が口内を突いたところで熱い滾りを発射したのだった。

 

「でる……っ、ああっ、ぐうぅううっ……風鈴……ッ!」

 

「うん……らひて、先生のお口にたくさん……! じゅるるっ、ちゅう……、んぶっ……!?」

 

 凄まじい一撃に口腔内を襲われ、盧植は頬をぷっくりとふくらませてしまっている。それでも口の端からはとろりとした精液が溢れ出しており、胸の谷間に白濁した雫を落としていく。

 

「ふうっ、じゅるっ……んんっ……!」

 

「風鈴先生、いまそんなにされたら……っ。くうぅうううっ……!?」

 

 必死で亀頭に吸い付かれたことで、一刀のペニスからは再び粘ついた汁が放たれている。

 盧植は驚きながらもなんとか精汁を舌で絡め取ると、濃い味わいに頬を上気させながらこくこくと飲み込んでいった。

 

「ふうっ、ちゅぱっ……ふわあっ……」

 

「平気、先生?」

 

 ちゅぷっ……、と名残惜しそうな音を立てて口内からペニスを解放され、一刀はようやく一息ついている。盧植のほうはまだ口に出されたものが残っているようで、もごもごとさせながら首を縦に振っていた。

 

「んくっ……こくっ、ふう……。先生、一刀くんに溺れさせられてしまうのかと思って、驚いてしまったわ……。とっても元気な男の子のお汁、これは合格ね、うふふっ」

 

 先生口調でにっこりと微笑む盧植は、粘つく胸の間で少し疲れた様子のペニスを遊ばせている。それでも一刀のモノはまだじんわりと硬さを保持したままであり、その気になればいつでも勢いを復活させられそうであった。

 

「うふふ……。このまま続けてしまったら、先生……きっと一刀くんの虜にされてしまうわ。だから、今日のところはここまで……ねっ?」

 

 谷間からペニスを抜いて立ち上がった盧植は、人差し指で一刀の唇をつんと突つく。ほのかに漂う青臭い吐息は、彼女が男のものをしっかりと受け取った証拠でもあった。

 その姿に我慢がならなかったのだろう。一刀は盧植の肩に手を置き、自身のモノを飲み込んだばかりの唇をそっと奪う。

 

「……っ! 風鈴、んっ……」

 

「あっ……。一刀、くん……んっ、ちゅぷ」

 

 一瞬だけのキスを交わし、一刀はゆっくりと顔を離していく。その真意に気づいてはいないものの、彼女のことを愛おしく感じてしまったことにはかわりはない。

 まさか雑木林に用を足しに来ただけで、このような結果を導いてしまうとは思いもよらないことであった。

 

「これもいけなかったのかな……? だったら、ごめん」

 

 どこか戸惑っているかのような盧植に、まずいことをしたかと一刀は謝罪した。

 

「あっ……そうじゃないの。いきなりのことで、少しびっくりしてしまっただけだから。一刀くんの気持ちは、ありがたく受け取っておくわね?」

 

 ふんわりと微笑んで、盧植は教え子たちにしてきたように一刀の頭を数度撫でる。その様子に安心した一刀は、童心に戻った気分で母性の宿った手のひらを受け入れたのであった。



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「――ふっ! ……っと、あれ?」

 

 馬上の一刀は下半身に力をこめ、弓の照準を定めたかと思うと目標に向けて矢を放つ。しかしその矢尻は狙い通りに命中することなく、ふらふらっと飛翔したのち地面へと落下した。

 

「ははっ、なんだ北郷。そのような腕前では、いつまでたっても獲物など取れんぞ」

 

 見事なまでに矢を外した一刀のことがおかしかったのか、華雄は腹を押さえながら大げさに笑っている。さりとてそのことに反論もできず、一刀は頭をかいて遠く離れていく鹿の尻を眺めているしかない。

 

「むー、なんかすっごく悔しいのだ。お兄ちゃん、つぎはぜったい当ててよね!」

 

「いくら鈴々のお願といっても、こればっかりはなあ」

 

 今回の鹿狩りのために一刀は張飛を、董卓は華雄をそれぞれ護衛として連れてきていた。どことなく波長の合いそうなふたりではあったが、一刀のことを馬鹿にされているように感じて張飛はぷんぷんと怒っている。

 張飛のためにもなんとか獲物を仕留めてやりたいものだが、付け焼き刃程度の弓術では思うようにいかないのも道理であろう。

 

「ふふっ、いまのは残念でしたね。北郷さま、もう一度やってみませんか?」

 

 董卓は手綱を引いた手で口もとを隠しているが、その目が笑っていることは明らかであった。

 このままいじけてしまってもいいのだろうかと考えつつも、一刀は両手でバツのマークを形成する。もしかすれば今後の戦場でも必要となる場面があるかもしれないが、一日や二日で上達するものでもない。

 

「それもいいけど、狩りにでてきて成果もなしに帰るのはあれだろ? せっかくだし、仲穎殿が手本を見せてくれないか」

 

 少々不貞腐れ気味の一刀が弓を差し出すと、「仕方がありませんね」と董卓はそれを受け取った。

 口ではそう言いつつも、彼女自身は狩りをすることが嫌いでないのだろう。周辺を見渡す眼差しは鋭く、凛々しい美しささえ感じさせる。

 一刀がその姿に見とれている間に董卓はどうやらつぎの獲物を発見したらしく、前傾姿勢となって乗馬を駆けさせていくのであった。

 

「馬の扱いも手慣れたものだ。身体が大きいわけでもないのに、悠々と操っている感じがする」

 

「当然だろう? 董卓さまは涼州育ちだ。あっちでは馬を自由にできなければ、一人前とは認められん」

 

 董卓の乗馬の後を追いながら、一刀は「なるほど」と納得顔でうなずいている。

 涼州は西涼ともいい、漢の西北端に位置する土地であった。涼州はその土地柄匈奴ら外敵と接触する機会も多く、それらに対抗するべく自然と騎馬の技術も熟成されていった。

 そんな環境のなかで豪族として力を有する董卓も例に漏れず、馬術に関しては幼少の頃より常々修練してきたものなのである。

 

「涼州っていうと、()家もそうだよね。もしかして、馬孟起(ばもうき)殿とも知り合いだったりするの?」

 

 一刀のいう馬孟起というのは、董卓と同じく涼州にその人ありと謳われた馬超(ばちょう)のことであった。その字を孟起といい、あまりに見事な武勇を誇ったことから錦馬超と渾名されてもいる。

 

「なんだ、馬超を知っているとは驚いたな。やはりあれか、賈駆のいっていたように天の御遣いは女のことならば……という」

 

 からかうように華雄は軽口を叩いたが、そういうことができるのは一刀に対して悪くない感情を持っているからともいえよう。

 主君が率先して打ち解けようとしているのだから、なにもわざわざ邪魔をする必要もない。華雄からしてみればそのくらいのことなのではあるが、こうして雑談に興じてみてはじめてそのひとの性格というのは理解できるものである。

 

「いや……、ほんとにそんなのじゃないから……。みんなのいうところの天の国の歴史書には、そのあたりの名前も出てくるってだけだよ」

 

 内心嬉しく思いながらも、一刀はそれを表に出さず返答した。

 華雄は未知なる世界の歴史書というものに興味があるのか、あごを撫でつつその内容について尋ねる。

 

「ほう、天の国の……。無論そこには、董卓さまの名は大々的に記してあるのだろうな?」

 

「大々的に、か……」

 

 董卓の事績について聞かれ、さすがに一刀は言葉を濁した。ありのままに教えてしまえば怒りを買うのは当然であるし、なによりここで颯爽と手綱を操っている董卓が史実に残る暴虐な人物になるとも考えたくない。

 しばしの間黙り込んでしまった一刀を見て、なにかよくない雰囲気であることを察してしまったのだろうか。それでも華雄は快活に笑い、主君の小さな背中を瞳の中におさめている。

 

「もとより、詳細など尋ねるつもりはないさ。いま歩んでいるのは我らの道。この先を作るのも、また我らだからな」

 

「おー。華雄、なんだかいいこといってる気がするのだ!」

 

 決意を豪語した華雄のことを、張飛はキラキラと輝く目で見つめていた。一刀もその点についてはその通りだと思いたいし、どうかそうあってほしいと願いたいくらいである。

 三人が雑談を交わしている間にも董卓は弓の射程にまで迫ったようで、「はっ!」という勇ましい掛け声と同時に矢を放つ。

 狙いすまされた一矢は力強く風を切り、追っていた鹿の胴体へ突き刺さった。

 

「すごいな、仲穎殿。獲物まで一直線……って感じだった」

 

 董卓に追いついた一刀は、ポンポンと手を叩いて賛辞を表している。少女のほうは狩りが上手くいったことに安心をしたのか、幾分か表情を和らげながらそれに会釈で返した。

 

「そうでしょうか? でもこれで外してしまっていたら、先生失格ですからね。さてと……」

 

 まるで盧植のような発言をしたかと思うと、董卓は再び馬に命令して息も絶え絶えといった様子の鹿に近づいていく。

 

「そうか。しっかり仕留めてあげないと、ただ苦しめるだけだもんな」

 

 鹿のそばで下馬した董卓は、懐から短刀を取り出すとなんの躊躇もなく刃を突き刺した。狩りをしている以上当然といえば当然であるが、少女のかわいらしい風貌からはなかなか想像できない姿だけに一刀の身体にも力が入る。

 

「命をいただくわけですから、手を抜くわけにはいきません。それは狩りだけじゃなくって、どんな場合も同じだと思うんです」

 

 観念的なものであろうか。董卓の言にはなにか重みのようなものがあるように感じられ、すっと細められた(まなこ)は別のどこかを遠望しているようでもある。

 

「はい、これでお終いです」

 

 動かなくなった鹿の胴体をそっと撫で、董卓は立ち上がった。短刀にこびりついた真新しい赤い血が、命を奪ったということを余計に実感させている。

 

「董卓さま、あとはわたしにお任せください。……いつもながら、よきお手並でした」

 

「ふふっ、ありがとう。帰るにはまだ早いでしょうから、わたしは北郷さまとこちらにいます。翼徳ちゃん、少し華雄と遊んでいてもらってもいいかな?」

 

 横目に視線を送ってくる董卓に対し、ここからが本番だと一刀は背筋を緊張させた。子供扱いをされたようで張飛は不満顔であったが、持ってきていた武器をぶんと一振りすると全身に闘気をみなぎらせていく。

 

「華雄、どうせだったら鈴々と勝負しよ! 香風の斧とどっちが強いのか、たしかめてあげるのだ!」

 

 鈴々が指さしているように、華雄の武器もまた長柄のついた斧であった。

 徐晃とはこれまで何度も仕合ってきたなかで、両者ともに実力を認めあっている。だがそれは裏を返せば相手の出方がわかっているということでもあり、新鮮な対戦相手をこの小さな豪傑は欲していたのだった。

 

「いいだろう。わたしの金剛爆斧、存分に堪能させてやる」

 

「よーっし、それならはやくしよ! 鈴々、うずうずしてきちゃったのだ!」

 

 獲物を運ぶ華雄を急かしている張飛はいたく楽しそうで、先ほどの不満はどこかに置いてきてしまったようである。

 配下らのやり取りを見終え、少し歩いたところの草原に腰をおろす一刀と董卓。しばらくどちらから口を開いたものか牽制しあっていたのだが、その状況に決着をつけたのは董卓のほうであった。

 

「こほん……。北郷さまは、現在起こっている乱についてどう思われますか?」

 

 憂いを含んだ双眸。しかし強靭な意思を孕んでもいる赤紫のそれを見つめ返し、一刀はおのれの考えを語っていく。

 

「いまの国のあり方に不満があって、暮らしにも不満がある。だから、それについて立ち上がりたくなった気持ちはわからなくもない」

 

 地方での蜂起から、国が崩れていった例もないわけでもない。

 どうせ下々の意見などは聞き入れられないから、直接的な手段に訴えかける。そういうことは、古今東西変わらないものなのだ。

 

「だからって、それがまったく正しいことだとも思わない。誰もがみんな、ひとつの願いを叶えるために行動しているようでもなさそうだからね」

 

 過激な手を選んだ場合、必ずどこかで被害を被る者たちがいる。

 一刀にしてもそうだったし、世の中を俯瞰すればさらに多くの事例も浮かび上がることであろう。寄り合い所帯が大きくなっていくほどに、純粋な思想は薄まってしまうものなのである。

 

「そう……ですね。ですから、この乱を主導している者を早く討ち倒さなければなりません。わたしや風鈴さんは、そういう考えをもって戦っています」

 

 できることならば、そこへ人心を集めつつある天の御遣いにも加わってもらいたい。そんな思惑を持った董卓の色白な肌にはほんのりと赤みがさし、口調も力強いものとなっていく。

 

「民が行動せざるを得なくなった状況を作ってしまったのは、わたしたちのような立場の人間の責任であるともいえるでしょう。だからこんな戦いは早急に終わらせて、国の内情を変えなくてはいけないんです。天の御遣いさまのお力も、それには必要となっていくのではないでしょうか」

 

 そうかもしれないな、と一刀は董卓に向かってうなずいた。

 世が乱れているだけに、異分子である天の御遣いが呼ばれたのであろうか。そういうこともふとした時に頭によぎるのだが、思い悩もうとも答えがでるものでもない。

 

「……仲穎殿は、戦の先のことまでよく考えているんだな。俺なんて、目の前のことをどうにかするのが精一杯でさ」

 

 自嘲気味に笑い、一刀は地面に視線を落とす。確固たる意思のもとに戦う董卓のことが、すこぶる眩しく感じられたせいかもしれなかった。

 

「そんな目先のことを解決しようにも、俺はなにかを殺すことでしか解決してこられなかった。……こんなやつが天の御遣いだなんて自称してるんだから、なんだか笑っちゃうよな」

 

 どれだけ正しいと信じた行いであろうとも、これまでにいくつもの命を途切れさせて来たことに違いはない。一刀はこんな弱音など吐くつもりもなかったのだが、董卓には話せてしまう包容力のようなものがあった。

 思いがけず天の御遣いの弱い部分に触れてしまい、董卓は一瞬の逡巡をみせる。それから気づけば、知り合ったばかりの男の身体を抱き寄せてしまっていた。

 

「北郷さまは、それでいいんだと思います」

 

 一刀の耳に、優しい声音が響いている。少女は香をつけているのだろうか。主張の激しすぎない匂いが、ふわりとした抱擁と相まって一刀のささくれ立ちそうな心を癒やしていく。

 

「この地に根ざしている諸侯なら、北郷さまのような悩みを持つことすらないでしょう。それは、わたしだって同じことです」

 

 穏やかにゆられつつ、少女の胸の中で一刀は頭を縦に動かした。

 この場に賈駆が居合わせていれば、大層機嫌を悪くしたことであろう。それは単に幼馴染が気に入らない男とベタベタしているからではなく、深く心を通じ合わせようとしていることに他ならない。

 

「だから、悩んで悩んで悩み抜いて……それでも歩みを止めないことが大切なんだと思います。それが天の御遣いさまの、北郷さまの道となっていくんですから」

 

 奇しくも董卓は、華雄と似た助言を苦悩する御遣いに与えた。

 進むことを止めてしまったのでは、それまでの全てが水泡に帰してしまう。散らしてきた命があるのならば、それに恥じない生き方をするべきだと董卓は心に決めていた。

 その胸元。一刀は唇を噛み締めて、溢れ出しそうになる感情を抑え込もうとしている。

 わずかに震えてしまう背を撫でる手は優しいが、これ以上弱いところを見せるわけにはいかない。なにより、そう言ってくれる董卓の想いに応えたいと、一刀の心は叫んでいた。

 

「敵わないな、仲穎殿には。だけど……うん、もう……大丈夫だ」

 

「そう、ですか……? えへへ……、もう少しこうしていたかったのは、わたしのほうなのかもしれませんね」

 

 上体を起こした一刀にそう告げると、やはり恥ずかしかったのか「へぅ……」と董卓は頬を両手で包む。

 そういうギャップが男心をくすぐるというのを、本人は知らずにやってしまっているのだから末恐ろしいものである。

 

「これからは、月と呼んでくださいませんか? この出会い、たとえ偶然であったとしても……大事にしていきたいんです」

 

 少女の長い睫毛(まつげ)はふるえ、両手はきゅっと胸の前で結ばれていた。緊張してしまうのは、きっと気のせいではない。意識し始めた相手であるからこそ、感情は振り子のように左右してしまうのであろう。

 

「ゆえ……、月……。うん、きれいな真名だね」

 

「うふふ、みなさんにもそう言われているんでしょう?」

 

 一刀に初めて真名を呼んでもらい、董卓は喜色を浮かべて朗らかに笑った。つい賈駆のように意地の悪い表現をしてしまうが、それは互いの距離が縮まった証拠ともいえるであろう。

 

「勘弁してよ……。それと月、今日はありがとう。個人としても軍の代表者としても、改めてよろしくお願いする」

 

「いえ、こちらこそ有意義な時間をいただけましたから。がんばりましょうね……北郷さま」

 

 董卓が気持ちを新たにした一刀の手を取ったことで、ここに両軍の同盟関係は成立した。

 ともかく彼らの目指すところは、国を分断しかねない騒乱の鎮圧である。それを成した先になにが待ち受けようと、この時はただ我武者羅に走り抜けるだけであった。

 

「そろそろ、華雄たちのほうも決着がついたころでしょうか」

 

「どうだろうな。……ふたりが呼びに来るまでは、俺は月とこうしていたいんだけど。嫌じゃなければだけど……さ」

 

 一刀は董卓のほうに肩を寄せ、遥々と広がる地平線へと手を伸ばす。

 対等な存在でありながらも、守ってやりたいと思わせる少女である。朱色をした唇が、やけに魅力的に映えていた。

 

「嬉しいです、北郷さま……」

 

 同じように手をかざし、董卓は雲の流れる青空を見上げる。いまがどれだけ曇天(どんてん)に覆われていようとも、いつか必ず国全体を晴らせてみせたい。そう誓うのと同じくして、異邦人を遣わせてくれた天に少女は感謝の祈りを捧げるのであった。



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 鹿狩りの翌日。天幕に集まった北郷軍の将たちは、一刀から董卓の軍勢と共同戦線を張ることについて聞かされていた。

 床几を並べてもよかったのだが、なにぶん全員揃ったとなれば少々手狭な程度のスペースしかない。なので各々好きなところに立ったままであり、一刀も報告は手短に済ませるつもりであった。 

 

「まったく一刀さまというお人は……。会談のときに風はあのように言いましたが、美しい女性からの誘いに目がないというのも考えものですね。ひとことくらい、わたしたちに相談があってもよろしいというのに……」

 

 ツンケンとした口調でもっともな意見を語る郭嘉ではあったが、その仕草は見ようによってはただすねているだけともとれなくはない。

 楽進から天の国の董卓について聞かされていただけに、このまま道を同じくしてよいものかという一抹の不安がある。たしかに実際に会った董卓からはそのような雰囲気は感ぜられなかったが、帷幕の臣として心配なものは心配なのであった。

 

「もう、稟ちゃんてば心配性なんだねえ。ご主人様が正しいと思ったんだから、きっと大丈夫! みんなで頑張って、それ以上に……大正解にしちゃえばいいんだよ!」

 

 劉備の勢い任せな天然の明るさがどうにも苦手なのか、郭嘉は少々気圧され気味に眼鏡をいじる。

 もとより食い下がろうとしていたわけではないのだろう。気勢を削がれた郭嘉は腕を組み直し、ちらりと片目で一刀のことを見た。

 

「桃香殿ではありませんが、主君の決定に最良の結果で応えることも我らの仕事といえるのでしょう」

 

「そうしてくれるとありがたいな。あちらの軍ともしっかり連携をとれるように、賈文和殿と協議しておいてほしい」

 

 一刀にそう頼まれた郭嘉は、配下の者らしく拱手をしながら「はっ」と短く返答する。

 

「隊長。自分たちもみなさまにご挨拶をと思うのですが、うかがってもよろしいでしょうか?」

 

「もちろん構わない。月も歓迎してくれるんじゃないかな」

 

「んー? それって向こうのお偉いさんの真名ちがうん? 隊長はん、ほんま隅に置けへん人なんやからあ」

 

 ぐふふ、と悪徳商人さながらの低い笑いをもらしつつ、李典は背後から関羽の肩を抱いた。

 

「もう、ご主人様ったらまたそうやってすぐに女を増やそうとするのですから」

 

「い、いえっ!? いまのはわたしが言ったのではありませんからね!?」

 

 関羽の声真似をする李典は、「よよよ……」と下手くそな泣き真似を交えつつ演技を続けていく。あたふたとする美髪公がかわいらしいからか、劉備などは「うんうん」と率先していい客ぶりを発揮していた。

 

「わたしにあんなことやこんなことをしておきながら、まだ女漁りをされるなんて……。愛紗、泣いちゃいます……!」

 

「うわあ……。愛紗ちゃんを泣かせるなんて、ひどいよご主人様ー」

 

 明らかに感情のこもっていない台詞に対し、「ひどいのはきみの棒読みだよ、桃香」と一刀は心の中で密かに呟いている。こうなってしまっては軍議もへったくれもなく、困り顔の関羽だけが視線をふらふらと彷徨わせているのであった。

 

「おっぱいなら、わたしだって負けませんから……! ほら、こうやって……」

 

 肩を抱いていた手を前方に回し、李典は関羽の見事な乳房を下から鷲掴みにしていく。柔肉によって構成されたそこは、衣服の上からでもわかるほど柔軟にかたちを変える。

 

「おお……、これは」

 

 彼女に触れたときのことを思い出したのであろう。一刀はごくりと生唾を飲み、手のひらの内に収まりきらぬ乳房の感触を復活させようと試みていた。

 

「愛紗のおっぱい、ばいんばいんでずるいのだ!」

 

「……ばいんばいん。愛紗のおっぱいは……ばいんばいん」

 

 ぐにぐにと揉まれる乳房を羨望の眼差しで見つめる張飛と徐晃。

 小さな胸には小さな胸なりのよさがある。そのように一刀は主張したいくらいであったが、如何せんそれではますますこの場をややこしくするだけであろう。

 

「んっ……ふあっ……あっ……。ご、ご主人様……、見ていないで、助けて……ください……!」

 

 関羽の胸をおふざけで揉みしだいているうちに、李典もおかしな気分になってきたのであろう。その指遣いは段々といやらしさを増してきており、きゅうっと柔肉を絞り上げては敏感な突起を弾いているのである。

 仲間の前で弱点を責められ、羞恥の色に染まりきった関羽の表情。さらに下着をしているためわからないはずではあるが、心持ちある一点が隆起しているようにすら思えてしまう。

 それらはいたく男の情欲を刺激するものであったが、ここはなんとか我慢しなければならないと一刀は頭を振って煩悩を払い飛ばした。

 

「あ、ああ、そうだな。ほら、真桜っ」

 

 関羽の胸を包んでいる李典の手を剥がそうと、一刀は両手を伸ばす。だがそのタイミングを狙っていたかのように、李典はさっと大きなカップを支えていた手を引いていく。

 「えっ」という気の抜けた声と共に、すかされた一刀の手のひらは空いたスペースに吸い込まれていった。

 

「やあっ……くうっ、ご主人様……そんな、あうっ……!?」

 

 一刀の指は柔らかな肉のつまったふくらみをむにむにと潰し、関羽の衣服にしわを作っていく。本人からしてみれば無意識にやってしまったのであろうが、絶妙な力加減で愛撫されて少女はたまらなさそうに黒髪を揺らす。

 

「す、すまん、愛紗! これはその……だな」

 

 離さなければならないと思えば思うほど、その意に反して指は乳房にめりこもうとしてしまうのだ。

 関羽としては顔から火が出るほどに恥ずかしいことではあったが、触れてもらえていること自体は純粋に嬉しかった。こんな場所でさえなければしっかりと甘えたいくらいではあったが、そのような想いはすぐにかき消されていってしまう。

 

「さすがというかなんというかー。ご主君さま、愛紗ちゃん相手に発情されるのはけっこうなことですが、ここまで大胆なことをされては……風はお餅を焼いてみたくなってしまうかもしれません」

 

 少々不機嫌そうに飴をくわえる程昱は、かわいらしく抗議の声をあげた。一刀の女関係を許容しているといえども、嫉妬心が微塵も存在していないというわけではない。

 恋人にもっとも愛されたいと願うのは人情であるし、当然のことであるともいえよう。

 

「お兄ちゃん。ばいんばいんじゃないけど、シャンのおっぱい……さわってもいーよ?」

 

「と香風ちゃんは申されていますが、どうされますか? お昼から乱痴気騒ぎをするというのは、あまりおすすめできませんがー」

 

「う……。ごめん、みんな……ほんとにこんなことするつもりじゃなかったんだけど……」

 

 毒気を抜かれた一刀が乳房から手を離すと、羞恥に耐えられなくなったのか関羽はしゅんとして小さくなってしまった。

 

「もとはといえば、待て……真桜……!」

 

「な、凪い!? ウチはちょっと、女同士のふれあいってもんをやな……!?」

 

「問答無用だ! お前は少し反省していろ!」

 

 楽進は何食わぬ顔で天幕を退出しようとしていた李典の後ろ首をつかまえ、その場で正座をさせている。事の発端が彼女だとはいえ、鬼気迫る表情で怒る楽進に凄まれているだけにいくぶんかわいそうにも見えてしまう。

 

「一件落着、でいいのかな……風ちゃん?」

 

「そうですねー。もとよりわたしはご主君さまの臣下ですので、そう強くはでられない立場なのですよ」

 

 劉備に対し口ではそういいながらも、薄目をあけて一刀を見上げている程昱は虫の居所がなおったようである。夜這いをする口実ができたというわけではないが、今度の機会には心ゆくまで楽しませてもらおう。そんなことも計算にいれながら、少女はいつものように「ふふふー」と密やかに笑ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「はあ……。なんでボクが、あんたなんかと一緒に行動しなくちゃいけないのよ。月のお願いでもなければこんなこと……」

 

 その日何度目であろうか。深くため息をつき、賈駆はいつもの不機嫌そうな目つきで一刀のことを睨む。晴れ晴れとした朝日はすっきりと大地を照らしているというのに、少女の態度はいかがなものであろうか。

 ならされた道を歩く二頭の馬は、乗り手たちの不和がわかっているのか互いに顔を見合わせているようでもあった。

 

「それだけ文句たらたらなのにこうして付き合ってくれるんだから、俺は文和殿のこと嫌いじゃないよ」

 

「は、はあっ!? 朝っぱらからなにいってんのよ、この……チンコの遣い!」

 

 あまりにもひどい形容の仕方をされ、一刀はショックを受けた風を装ってがっくりと肩を落とす。一方で不満をぶちまけた賈駆は言いすぎてしまったと思ったのか、きまりが悪そうに馬上で頬杖をついている。

 なぜこのようなことになっているのかというと、その始まりは数時間前のこと。あれから黄巾軍と小競り合いをしながら冀州北部を移動していた両軍は、その中程にある鉅鹿郡に大軍が集結しているとの情報を得ていた。総勢十万はくだらないという話でもあり、その規模と動きからみてそこに主犯格がいると彼らは判断したのだ。

 決戦に向けて準備を整えるなかにあり、物資を充分なものとしておくのはなによりも重要なことである。その一環として天の御遣い自ら街へ調達にでると聞き、董卓はあえて補佐として賈駆を遣わせたのであった。

 

「詠よ」

 

「えっ……?」

 

 賈駆があまりにも小さい声でぼそりと言ったからか、一刀には空耳かと思えたのであろう。それに彼女とは真名を許されるような仲になった覚えもないし、勘違いで呼んだ日には修復不可能なくらいの亀裂がはいってしまうことは必定であった。

 

「えっ……、じゃなくって……詠! ボクの真名、詠だってことくらい……知ってるでしょ!? ほんっと、あんたといるとどうにも調子が狂うわ……」

 

 いらついた様子で頭をがしがしと掻きむしる賈駆を見ながら、一刀は馬を近寄せていく。

 どうせならば、彼女のかわいらしいところをもっとそばで見ていたい。そんな心境になりながら、賈駆からほとんど投げやり気味に預けられた真名を呼ぶのである。

 

「詠」

 

「う……。あんたにそう呼ばれると、なんだか背中がぞわぞわするわね……。やっぱり、預けるのはやめたほうがよかったのかも」

 

 軽く身体を武者震いさせると、賈駆はそんなことを口走った。一刀はなぜいきなり真名を許されたのかを理解していないので、少女はひとりで懊悩してしまっていることになろう。

 

「聞くのもちょっと怖いけど、なんで真名を許してくれたんだ? いまだって、なんだか嫌そうだし」

 

「……いくらあんたが気に食わない男でも、あの子の大事な同盟者であることに変わりはないの。こうしてボクを一緒にいかせたのも、月のおせっかいのひとつでしょ? だったら、ボクはその思いに応えてあげたいっていうだけ」

 

「ほんとに、月のことが大切なんだな」

 

「そんな当たり前のこと、答えるまでもないわ。あの子のことを悲しませたりしたら、ボクはあんたのことを許さない。それだけは、しっかりと覚えておいて」

 

 曇りのない瞳で一刀のことをキッと見つめて、賈駆はそう宣言した。

 

「わかってるよ。詠からもちゃんと信頼してもらえるように、これから頑張るつもりだから。それに真名を預けてくれたのは月のためかもしれないけど、俺は詠のことをもっと知りたいと思う」

 

「あ、あんたは、またそういうことをさらっといって……。いいわ、だったら……陣に帰るまでボクのことちゃんと守ってよね。そうしたら、少しは認めてあげるかもしれないわよ?」

 

 わずかに照れを含んだ賈駆の言葉に「もちろん」と返し、一刀は鯉口を鳴らす。

 ツンツンとしているようであっても、少女は意外と守りの面で脆い部分がある。そうしたところはかわいらしく思えるし、もっと色々な表情をさせてみたいとさえ考えさせてしまう。

 

「それじゃ、ちょっと急ごうか。できることなら、日が落ちるまでには帰りたいからね」

 

「ええ、そうしましょ。あんまり遅くなったら、またあんたのとこの変な参軍におかしな勘ぐりをされてしまいそうだもの」

 

 それぞれの思惑を乗せて馬は走る。だが、先ほどよりかは乗り手たちの間にある雰囲気が和らいだことを、互いの乗馬はよくわかっていた。

 駆ける四足(よつあし)は快調であり、目指す街へでるまでそう時間はかからなかったのである。

 

 

 

 

 

 

「――はっ、はっ、はっ」

 

 ぜえぜえと辛そうに息をしているひとりを励ましながら、他のふたりは気力を振り絞ってただ前へと進んでいる。三人ともにかぶっている外套は泥に汚れ、ところどころなにかに引っかかったように破けていた。

 それも当然であろう。三人はあえてひと目のつきにくい森のなかを動き、なにかに怯えているように周囲を警戒している。

 

「ゆっくりしている暇はないわ。なるべく、遠くまでいきましょう」

 

 頭まで深々と隠した外套の隙間から、ちらりとその横顔がうかがえた。

 美しいというよりかは、かわいいと表現したほうが適当なその容姿。まだ三人は年も若いようで、なんとか強行軍にも身体がついてきてくれているようであった。

 

「がんばろう……。わたしたちはもう、あそこには戻らないって決めたんだから」

 

 疲労のために消え入りそうになってしまいそうな声ではあったが、そこには確かな力が宿っている。

 いつかまた、青空の下で人々に堂々と向かい合っていたい。それだけを希望に、少女たちは険しい道のりを歩み続けていくのであった。



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 薄暗い森の終着点までたどり着いた三人の少女らは、光を求めてひたすらに足を動かしていた。

 鬱蒼とした木々の間から抜け出れば、昼間の太陽に少々目がくらんでしまう。それでも外套をかぶりなおすと、三人はうなずきあって北へと向かっていく。

 どれだけ疲れていようと、どれだけ呼吸が苦しかろうと、ここで息つくことなど許されないのである。

 

「急いで……、姉さんたち。いまはとにかくどこでもいいから、安全な場所をみつけないと。もたもたしていたら、追っ手においつかれてしまいかねないわ」

 

 ふたりの姉を鼓舞するかたわら、末妹である少女はズレた眼鏡の位置を整えていた。

 彼女らには逃げ込めるような伝手がないだけに、精神的にも辛い状態ではある。

 しかし普段ならばすぐに音を上げてしまうであろう長姉も次姉も、自分たちに後先がないことをはっきりと自覚しているのであろう。だから厳しい道のりにも文句を言わず、粛々と歩を進めているのであった。

 

「ちぃたち、どうなっちゃうのかな……。もし保護してくれるところが見つかっても、あんな奴らに協力してたってことがバレちゃったら……」

 

「だめだよちーちゃん、ここでそんな暗いことを考えてもしょーがないじゃない。心機一転してがんばろうって、逃げるまえに約束したよね?」

 

「そうよ、ちぃ姉さん。わたしたちの素性なんて官軍は知らないはずだから、知らない土地にいってやり直すの。そのためにも、こんなところで死ぬわけにはいかないでしょ?」

 

 ふたりから励まされて多少勇気づけられたのか、次姉は口を一文字にして首を縦に振る。

 夢を叶えるためには、なによりもいまを生き抜くことが必要とされていた。

 

「うん……、ごめんね。ちぃだって、このまま終わりたくなんてない。三人ですっごく有名になって、自分たちの力でたくさんのお客さんを集められるようになりたいんだもん」

 

「その意気よ、姉さん。さっき汲んでおいた水も少し残っているから、これを飲んでがんばって……ねっ?」

 

 妹のそんな心遣いがじんと沁みたのか、次姉は水の入った竹筒を傾けながら鼻にツンとくるものを感じている。

 

「あっ……!? ね、ねえ、あれって……!?」

 

 長姉が慌てた様子で街道の南を指さしたのは、ちょうどそんなときであった。

 それにつられて他のふたりが視線をやってみると、そこにはおぼろげながら黄色い布を頭に巻いた男たちの姿がぽつりぽつりと見えている。

 

「まずいわね……。すぐに走りましょう。隠れられる場所を見つけて、あいつらをやり過ごさないと」

 

「うう……、怖いよお。どこかに助けてくれるような優しい人、転がっていないかなあ」

 

 三人はどういうわけか、黄巾の者に追われているようであった。

 弱音を口にする長姉の顔は青ざめており、走ることでふるふると揺れる乳房もどことなく元気がない。いつもならば明るいことが取り柄な少女なのであるが、こんな状況にあってはから元気も発揮することができないようである。

 

「はあっ、はあっ……! もう、いやあ……っ!」

 

 体力のすり減った女性の駆け足の速さなどはしれており、選り優られた追っ手との距離はどんどん縮まっていく。追っ手たちのほうも前方でこそこそと逃げるように走る三人のことを不審に感じたのか、邪悪な牙を研いで獲物へと接近していったのである。

 

 

 

 

 

 

「思ってたよりすんなりといってよかったな。詠が一緒に来てくれていて、助かったよ」

 

「ふんっ、そんなの当然でしょ。黄巾のやつらが起こしている乱は、結局のところ災害みたいなものよ。さっさとおさまってほしいと思っているのは街の人間だって同じ、だからすんなりと応じてくれるの」

 

 物資の買い付けが順調にいったことで、賈駆は上機嫌そうであった。商人らの態度がある程度好意的だったのは、もとより冀州において天の御遣いの伝聞が広まっていたことも関係していたのであろう。

 彼らも商売人であると同時に、この地に暮らす民衆なのである。だから地域の安寧を願うのは自然なことであるし、武器商人でもなければ争い事は歓迎するべきことではない。

 ふたりがその点をきっちりと突いて交渉を持ちかけたので、特に難航する場面もなくこうして帰路につけているのである。

 

「帰ったら、受け取りのための人員も選んでおかないと。荷駄を扱う部隊は重要だけど、あんまり多くを割くこともできないからなあ」

 

「糧食が滞りなく行き渡るかどうかで戦は左右されるものよ。そのあたりのことは、郭奉孝や程仲徳とよく相談することね」

 

 半日ともに仕事をこなしたことで、賈駆の態度も随分と軟化しつつあった。董卓の目論見があたったというべきであろうが、賈駆本人はまだまだ壁を崩してはいないつもりのようである。

 

「ん……。なあ詠、あれって……」

 

「はあ? いきなりなによ……」

 

 馬上から街道の先に目を凝らしつつ、一刀は少女に声をかけた。

 賈駆が同じようにして確認してみれば、そこにはあるのは逃げるようにこちらへ向かってきている外套を着た三人の姿。彼女も西涼出身ということもあり、中原の者よりかは遠目が効く。

 これはただ事ではないというのがわかったところで、このまま首を突っ込むのが正解かどうか数瞬迷いが生じてしまう。あくまで一刀は主君の同盟者であり、もし怪我でもされてみれば同行者として非難されることは確実である。

 それは董卓にとっても不利な材料となるであろうし、誰とも知らない者を助けるために大きなリスクを背負うべきではない。そんな現実的な思考が、賈駆の義心を鈍らせてしまっていた。

 

「いくぞ、詠。あのひとたち、なんだか様子が変だ。なにかから逃げているような、そんな感じがする」

 

「……っ! ええ、あんたの言う通りよ。早くいって、ともかく事情を聞いてみないと」

 

 一瞬のこととはいえ、くだらない考えを持ってしまったことが情けない。賈駆はそう思いながら、ふと隣を見る。

 天の御遣いというだけあってか、真横で馬を走らせている男は損得勘定などなしに誰かを助けようとしているのである。

 北郷一刀が元来そういう人間であるから、董卓ともいち早く通じ合えてしまったのだろうか。そんなことが賈駆の頭をよぎったが、視線を前方に戻して馬を駆けさせていく。

 

「おい、あんたたち!」

 

「ふえっ!? ご、ごめんなさい、わたしたちいま……すっごく急いでるところだから!」

 

 接触まで数メートルといったところで、馬上から一刀は呼びかけた。応えた長姉はいきなりのことに驚いて顔を上げたが、足だけは止めようとしない。

 なにせ、件の追っ手がもうすぐそこにまで迫っているのだ。だからこんな場所で、のんきに雑談している余裕など三人には少しもなかったのである。

 

「待って。ここからちょっと離れているけど、ボクたちの軍が陣を張っているの。もし必要だったら、あなたたちを保護することだってできるわ」

 

 賈駆の説明を聞いた三人は、ようやくそこで立ち止まった。

 彼女らからしてみれば、まさに地獄に仏といったところであろう。そして一筋の蜘蛛の糸を手繰り寄せるかのように、長姉は胸の前で両手を結ぶ。

 

「ほ、ほんとにっ!? どうしよ、れんほーちゃん!?」

 

 年齢順ではもっとも下に当たるが、末妹は姉ふたりから舵取り役として信頼されているらしい。そんな彼女も降って湧いた一縷の望みに、暗く沈みがちだった瞳を輝かせている。

 

「うん……、いまはつべこべ考えている場合じゃないのかも。ちぃ姉さんも、それでいい?」

 

「ちぃは助けてもらえるならなんでもいいよ! ねえ、あなたたちあいつらが見える!?」

 

 気力の戻ってきた次姉は一刀の左腕をとると、自分たちが来た方角を指さした。そこにはいくつかの黄色い人影があり、明確に彼らに向けて進軍してきていたのである。

 

「わかった、俺がなんとかしてみせよう。だから……怖がらないで」

 

 次姉の冷え切った手を何度か擦ると、一刀は下馬して微笑みかけた。

 男は天の御遣いらしくそう言い切ったが、賈駆からしてみれば不安で仕方がない。噂話に聞いてはいても、実際の腕前を見たわけではないからそう思うのも無理はないであろう。

 

「ちょっと、そんなこと言って平気なの? まさか、ボクの武力に期待しているんじゃないでしょうね!?」

 

「詠に戦ってもらおうなんて考えてもいないさ。それに約束しただろ、帰るまでしっかり守るって。こういうときくらい、いい格好させてもらうよ」

 

 それが冗談混じりの言葉だとわかっていても、賈駆の心はぐらぐらと揺れかけていた。

 どれだけ悪態をつこうとも、北郷一刀という男は真っ直ぐな視線を返してくるのである。そのたびに、賈駆の閉ざしているつもりの門戸は、じわりと隙間を拡げられているといってもいい。

 

「あっ……ちょっと!?」

 

 賈駆に三人のことを任せ、一刀は走り来る黄巾兵に向けて歩きだした。

 一度振り返ったあとには、先ほど見せていたような柔らかな笑みがあらわれることはない。代わりに、非情に満ちた表情が、能面のごとくぴたりと張り付いていた。

 

「――なんだおめえ? ガキはおとなしく横にどいていやがれ!」

 

 間合いに入るまでに、先頭を走る黄巾の男が一刀に怒声を飛ばす。その声を無視して、ひい、ふう、みい、と一刀は相手の人数を指折り数えていった。

 

「全部で五つか。死んでもらうぞ」

 

 刀に手をかけた時点で、容赦をする気などさらさらない。敵を全て叩き斬るという気概だけを持って、一刀は道の中央に立ちはだかった。

 

「なっ……、こいつ!?」

 

「構わねえ、やっちまえ!」

 

 黄巾兵のほうも、邪魔をしてくる人間は力ずくで排除するつもりである。双方顔がはっきりと認識できる距離にまできて、まず動いたのは一刀のほうであった。

 五人の敵は、バラけつつもおおよそ縦に並んでやって来ている。一刀は素早く得物を抜き放つと、横一文字に右から来るひとりの腹部を斬り裂いた。

 

「ぐ……っ、ああっ……!?」

 

 黄巾兵に油断があったとはいえ、目にも留まらぬ早業である。その後も横に振った刀を返す動きで、続けざまにふたり斬り殺していった。

 

「うわっ……、ぐうっ……!」

 

 血飛沫が舞い、痛みに苦悶するうめき声が次々とあがっていく。そして四人目を鋭い刺突によって貫くと、斬撃を繰り出しているときに比べわずかではあるが時間が生じた。

 刀を身体から引き抜くと、臓器を突き破ったせいかどろりとした血液が溢れ出る。そのような深紅に染まった刃を構え直し、一刀は左から振り下ろされる剣と鍔迫り合った。

 

「俺の仲間をぶっ殺しておいて、タダで済むと思うんじゃねえぞ……! あいつらもおめえの連れの女も、捕らえて女陰(ほと)が壊れるまで使い倒してやる!」

 

 斬り結んでいる男は多少剣の腕に自身があるのか、下品な言葉を発しながら両手に力を込めている。

 本来追ってきた三人に関しては、上の人間から傷つけることなく連れ帰るよう命じられていた。しかし仲間を斬り殺された怒りは思考を濁らせ、獰猛な本能を呼び覚ますばかりなのである。

 膠着状態にあって、一刀は相手を制する一手のことだけを考えていた。どれだけ神経を逆なでされるようなことを言われようが、ここで斬り倒してしまえば手の出しようもなかろう。

 それを念頭に置いて戦えば、おのずと心中は冷え切っていくというものである。

 

「うおっ……!? この野郎……ッ」

 

 手の内を知られていない相手ということもあり、一刀は隙きをついて左足で思い切り男の足元を蹴り払った。思ってもみない攻撃に男は転倒させられてしまい、唇を強く噛んでいる。

 足癖の悪い兵法といえば丸目蔵人(まるめくらんど)が開いたタイ(しゃ)流があるが、もとを辿れば示現流とは縁のある流派である。示現流開祖の東郷肥前守(とうごうひぜんのかみ)は始めタイ捨流を学んでいたし、その動きを自流派を築くうえでの参考にしてもいた。

 一刀は直接仕合ったことはないにせよ、知識としてタイ捨流のことを知っていた。それに楽進との組手をするなかで、近接戦闘において体術を絡めることは有効だと感じていたのであろう。そうして地道に積み上げた成果が、ここで実に役立っている。

 

「ああっ……、ぐぐ……う……」

 

 相手を地面に倒してからも間髪をいれず、一刀は迷いなく切先を突き立てた。男は数秒うめいていたものの、やがてそれもぴたりと止んでいく。

 地中にまで達していた刀を抜けば、先端からぽたぽたと真新しい血が滴り落ちている。絶命した男から頭部を覆っていた布を奪い取ると、一刀はそれを使い刀身の根本からぐいっと汚れを拭い去ったのであった。

 

「ねえ、平気なの? えっと……、北郷……」

 

「ああ、問題ない。それよりも、ようやく詠に名前で呼んでもらえたことのほうが嬉しいかな」

 

 物騒なものを鞘に仕舞い込み、一刀は駆け寄ってきた賈駆の顔を見て笑ってみせた。

 恐ろしくもあり、頼もしくもある。そんな複雑な感情を胸に抱きながら、少女は天の御遣いの名を初めて呼んだのであろう。

 

「あの……、ほんとうに助かりました」

 

「あなたすっごく強いんだね! ひとりで向かっていったときには、大丈夫かなあって心配しちゃったけど」

 

「ちぃたちもうへとへとなのに、あいつらったらしつこいんだから……。これでとりあえず、一安心なのかな?」

 

 女三人集まれば姦しいとは、よくいったものである。ぎりぎりの緊張から解放された三姉妹は、恩人を囲んでああだこうだと話し始めた。

 このままだと収集がつかなくなると思い、賈駆は両手を広げて会話を制止させていく。追っ手がいま倒した男たちだけだとは限らない。なので一刻も早く、安全な陣所に帰る必要があった。

 

「あなたたちの話は、戻ってからゆっくり聞かせてもらうわ。ひとまずここを離れるの、いいわね?」

 

 賈駆の提言に従い、彼らはすぐに帰陣の途についていく。

 幸いなことに、そこからの帰り道は誰にも襲撃されることはなかった。大勢の兵がガヤガヤと晩飯の支度をしている陣中に入ると、一刀は安堵のため息をもらす。

 

「おっ……大将、いま帰られたんですかい」

 

「うん、思っていたより色々とありはしたけどね」

 

 一刀と親しげに話している兵であるが、彼も幽州で黄巾軍に参加していた頃があった。最初は降兵ということもあってか馴染めない者も多いが、総大将たる一刀が気さくに話しかけてくるだけにそのうちに溶け込めてしまう。

 厳格な将が関羽と楽進くらいなこともあり、基本的には緩やかな上下関係で北郷軍はつながっていた。

 

「あっ」

 

 そのとき気まぐれな強風が、姉妹のひとりの顔を隠していた外套を吹き飛ばす。青みがかったサイドテールが色鮮やかであり、活発そうな目鼻立ちが印象的であった。

 いくら泥や埃が付着していようと、その輝きを覆い尽くせるものでもない。そしてその容貌に、元黄巾の兵は思い当たる節があるようであった。

 

「ん、あんた……? いや……そんなわけねえか」

 

 兵がなにか言おうとする前に、少女は慌てて外套をかぶりなおしてしまう。どう考えても不審そのものな行動であったが、一刀は会話を終わらせると姉妹を連れて天幕へと戻っていく。

 どんな事情があろうとも、彼女らが危機に瀕していたことには変わりはない。恐怖に怯えていた様子に偽りがなと感じていたからこそ、ああして刃を振るったのだ。

 

「桃香、ちょっといいか。ほら、みんなもこっちに来て」

 

「なになに、ご主人様? あれ、その子たちって?」

 

 かわいらしい顔が汚れたままでは不憫であろう。そう思った一刀は劉備を呼び、姉妹の身なりを整えてやるよう頼んだ。

 劉備は「はいっ!」と威勢よく返事をすると、三人を伴って水を使える場所まで移動していく。

 

「いいの、北郷? あの子たち、どうやら結構な訳ありなようだけど」

 

「かなり疲れているみたいだし、一晩くらいゆっくり休ませてあげるのが人情ってやつだろう? それに、特に危険そうな雰囲気もないしね」

 

 一刀がそう言うのであれば、賈駆にはそれ以上の異論はない。それにどうあっても黄巾軍とは戦うことになるのだから、誰を保護しようと情勢が変化するわけではないのである。

 

「今日のこと、月にも伝えておいてくれるか。上手くいけば、なにか情報を得られるかもしれない」

 

「ええ、そうさせてもらうわ。それじゃあボクは、もうあっちに戻るから。……せいぜい、甘い顔をして寝首をかかれないようにすることね」

 

 悪態づいた賈駆はぷらぷらと手を振りながら、自陣のほうへと歩いていく。

 そんな反応が嬉しくてつい小さくにやけてしまうのだが、一刀はなにも言わずに少女の背中を見送った。

 予想外なことで彼女との距離が縮まったことが、この日なによりの収穫ともいえよう。とはいえそんなことを面と向かっていえるはずもなく、天の御遣いは愛刀の手入れをしながら劉備たちのことを待ったのである。



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八(地和)

 逃避行の汚れを洗い落としてきた三姉妹は、一刀のいる天幕に戻るとかしこまって礼を述べていく。長姉は劉備にも似た明るい桃色の髪をたらりと垂らし、深々と腰を折っていた。

 彼女が頭をあげると、見事な大きさをした乳房が一刀の目に飛び込んでくる。いちいち興味を惹かれていてはキリがないという気もするが、性欲旺盛な天の御遣いとあっては無視できない存在なのであろう。

 

「わたしの名前は張角(ちょうかく)。それからこっちのちーちゃんが張宝(ちょうほう)で、れんほーちゃんが張梁(ちょうりょう)っていうよ」

 

「えっ、張角だって……!?」

 

 劉備が程昱と郭嘉を呼びに行っているために、天幕内には三姉妹のほかには一刀ひとりである。

 長姉が口にした名というのは、史実において黄巾党を率いた三名のそれで間違いないであろう。これには一刀も理解が追いつかなくなりそうになったが、天の御遣いという異分子がいる時点でこの世界は正常でないともいえる。

 それに、自身の幕下にはすでに蜀や魏の柱石となるはずの将たちが同居しているのだ。なので史実との差異に関してはこれからも出現するであろうし、これはただの一例にすぎないのかもしれない。

 

(どうりで、いままで張角たちの名を聞かなかったはずだ。しかも彼女たちがあんな奴らに追われれていたとなれば、別に首謀者がいるってことにもなる)

 

 小難しそうな顔をして黙り込んでいる一刀を見て、張宝は不安気に表情を曇らせている。

 まだなにも彼の口から聞いたわけではないが、この数日おかれていた環境のせいで思考がネガティブに寄ってしまっているのだろう。先ほどの兵に顔を知られているかもしれないという恐怖心が、そこへさらに拍車をかけてしまっている。

 

「ね、ねえっ……、どうかしたの?」

 

「ん、ああ……すまん。ちょっとばかし考え事をね」

 

 こわごわと様子をうかがう張宝だったが、一刀がはにかんで見せると少しほっとしたように息をもらした。

 それからはしばらく、あえて少女らの事情に踏み込むこともなく雑談が続く。

 

「そう、あなたが噂の天の御遣いだったのね。陣のあちこちに変わった旗が立っていたから、もしかしてとは思っていたのだけれど」

 

「天の御遣いっていうとあれだよね? なんでも、三度の飯より女の子が大好きっていう……」

 

「なんだよそりゃあ……。稟と風め、恨むぞ……」

 

 なにかと女性に関する伝聞ばかり広がっていくのは、郭嘉と程昱のどちらかの仕業によるところが大きいのであろう。それどころかむしろ両方のせいかとも一刀は思ったが、三姉妹にとってそのあたりは当然埒外のことであった。

 追っ手から庇護してくれた男が天の御遣いだったと知り、張梁は眼鏡の奥の視線をわずかに鋭くしている。

 この奇異なる男が自分たちの助けとなるか、それともその逆となってしまうのか。そのことだけが、いまの彼女にとっての関心事なのであった。

 

「ふわあ……あふ……っ」

 

「ちょっと、天和姉さん……」

 

 気の抜けてしまうような姉のあくび姿に、張梁は思わず頭を抱えてしまう。そのポーズがやけに堂に入っているのは、普段からこうしたことがよくあるからなのだろう。

 逃避行の最中は常に気を張っていたせいもあるが、張角は早くも気を許してしまっているらしい。姉のペースが戻ってきたこと自体は喜ばしいのだが、張梁はもう少し北郷一刀という人物を見定めたいと考えている。

 

「姉さんはこの通りだし、特に用がないんだったらちぃたち早く休みたいんだけど……」

 

 いらぬ詮索をされたくないという考えがあっての発言ではあったが、心底疲れているのもまた事実なのである。こうして立っているだけでも全身が鉛のように重く感じられてしまうし、平静を装っているが張梁もここに来てから何度かあくびをかみ殺していた。

 

「ん……、それもそうか。寝る場所は用意するように言ってあるから、少し待っていてもらえるかな。それまで、そのへんの空いてるところに座ってくれたらいいよ」

 

 一刀の言葉に従って楽な姿勢でいると、余計に眠気が三人を襲ってくる。

 なにはともあれ、ここまで逃げ切ることができたのは紛れもない事実なのだ。誰も欠くことなく、こうして姉妹揃ってうとうととすることができている。

 やがて案内された狭い天幕に身体を押し込めるように並んで寝転ぶと、誰からとなく「すうすう」というかわいらしい寝息が聞こえ始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 夜半。参軍のふたりと張角らについて軽く協議を交わした一刀は、戦闘を行ったせいもあってかすぐに眠りに落ちていた。

 そんな彼が寝息をたてている天幕の入り口に立つ影がひとつ。小さな影は一度周辺を確認すると、意を決したように拳を胸の前で握る。

 

「ふ……ふふ……。へーきよ、わたし。いくら天の御遣いっていったって、所詮は男に過ぎないんだから」

 

 するりと内部に入り込んだ人物は、ぶつぶつとそんなことを呟いていた。

 その様子から推測するに、どうやら一刀を害しに来たというわけではなさそうである。

 

「ねえ、起きてよ。ねえってば……ね……えっ!?」

 

 その人物は寝ている男の横で膝立ちになると、その身体を揺さぶろうとした。すると寝返りを打ち仰向けとなった一刀の身体から、黒い棒状のものがにゅっと飛び出していく。

 得物を抱いて眠っていたのは野営中という事情があってのことなのであろう。しかし黒鞘を首筋に当てられたほうは生きた心地がしないらしく、出てくる声もすっかりかすれてしまっている。

 

「わ、わたし……ちぃだよお。変なことしにきたんじゃないから、これ……どけてえ……」

 

「ごめんごめん。ほんとに寝首をかかれちゃ困るから、一応……ね」

 

 涙目になって本気で懇願する張宝からは、殺気の欠片すら感じることはできない。別れ際に賈駆が言っていたこともあってとりあえず警戒してみせたが、逆に悪いことをしてしまったようでもある。

 

「それで、どうしたんだ? 殺しに来たんじゃないにせよ、俺になにか用件があったんだろ?」

 

「ん……、こほんっ。どうかしたっていうかあ……、ふふっ」

 

 気を取り直して張宝はくすりと笑うと、身体を寄せて一刀の右肩にしなだれかかった。

 どうやらこうすることが当初の目的だったようで、どこか演技じみた感じはするが本人はいたって真剣そのものである。

 すりすりと肩に頬ずりをし、艶本の女のように男を魅力で惑わそうとしているのであろう。そうしていると、少女らしい甘い香りがふわりと男の嗅覚をくすぐるのである。

 

「えへへっ。命の恩人である御遣いさまに、ちぃ……お礼がしたいなーって。あなたもこういうことするの、好きなんでしょ……?」

 

 どうやら張宝は、昼間の礼を返すためにおのれの身体を使おうとしているようであった。肩にかかっていた腕は少しづつ下の方へと向かっていき、いまでは(もも)のあたりをゆっくりと撫でている。

 せっかく本人がそうさせてくれといっているのだから、普段であればこの好色の御遣いは受け入れたことであろう。しかし、このときばかりは彼もすぐには首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「……どうした、怖いのか? だったらなんで、こんな風に男を誘おうとする」

 

 自身の腿を撫でる手がわずかに震えていることを見逃す一刀ではない。

 ここ数日たまたま誰とも肌を合わせていないとはいえ、怯える女を抱いたところでいったいなにが満たされるというものか。

 張宝のひんやりとした右手を左の手で包んでやりながら、一刀はその瞳を覗き込んだ。

 

「な、なんでってそれは……。あっ、ひゃっ……!?」

 

 思わず逃げようとした少女の腰を抱き寄せたのは、離さないぞという意思表明でもある。

 張宝はそのせいで余計に恐怖をあらわにしてしまっているのだが、事情を聞くにはこうするほかにない。

 

「俺がきみたち姉妹のことをどうにかすると考えているのなら、それは思い違いだよ。だいたいそんなつもりだったら、こうやって陣内で自由にさせるはずがないだろう?」

 

「う……、たしかにそうかも……」

 

 少し落ち着いてきたのだろう。身じろぎをやめた張宝は、素直に一刀の言葉に耳を傾けている。

 

「だからそのために色を使おうっていうのなら、俺は遠慮しておくよ。地和(ちーほう)との個人的な付き合いであれば、もちろん歓迎させてもらうけどね」

 

 一刀はすでに、三姉妹たちから真名を許されていた。張角が天和(てんほう)、張宝が地和(ちーほう)、そして張梁は人和(れんほう)という。

 

「ふ、ふーん……、優しいんだね、あなた。ちぃ、なんだかほんとにドキドキしてきちゃったかも……」

 

「ん……、そうか? そうだったら、俺も嬉しいよ」

 

 自分たちの身を守るため、色仕掛をしようとしていたときには湧くことはなかった感情。それに触れ、張宝は鼓動を高鳴らせつつあった。

 

「ねっ……、一刀って呼んでもいい? だめ……かな?」

 

 すぐに呼び名のことを了承した一刀は、先ほどまでは張宝の腰を拘束していた右手でその頭を撫でている。

 張宝は手のひらの感触を気持ちよさげに受け入れると、小動物のようにかわいらしく声を出した。

 

「ちぃ、口づけ……してほしい……。あっ、んっ、ちゅ……ちゅっ」

 

 キスを強請る張宝の声音は、実に甘ったるい。こういう小悪魔的な要素は、彼女が元来有しているものなのであろう。

 求められるがままに可憐な唇に吸い付けば、控えめな動きではあるがなんとか応じようとしてくるのである。そうしたところにもまた、一刀は強く心を惹かれてしまうのであった。

 

「ふうっ……あ、一刀……ぉ。はむっ、ちゅる……んんっ!?」

 

 ちゅぱちゅぱと音を立てながら唇を吸う傍らで、一刀は細い腰に右手を回していく。すべやかな肌はさわり心地がよく、じっくりと撫で回すように体温を広げていった。

 

「ちゅぱっ、ふむっ……。一刀の手、あったかくて気持ちいいかも……」

 

「だったら、もう少し触れてもいいか? たとえば、こことかさ」

 

 腰を撫でる手はそのままに、一刀は左手を使って張宝の胸のかたちを確かめている。姉である張角のように見るからに大きな乳房をしているわけではないが、優しく触ってやればしっかりとした弾力が手のひらに伝わってくるのである。

 

「ふうっ、やあっ……!? んっ、はあっ……」

 

 手の中にすっぽりと収まってしまうサイズの乳房。それを服の上からむにむにと刺激しつつ、一刀は甘く蕩けた張宝の唇をついばむ。

 張宝からしてみれば、さぞかしこの逢瀬を運命的に感じていることだろう。なにせ日中助けられた相手が巷で噂になりつつある天の御遣いで、その彼がこうして未経験な女体をリードしてくれているのである。

 こうしたことに人並み以上の興味を持っていただけに、少女の気分は尻上がりに盛り上がりをみせていった。

 

「こうして、ちゅぷ……、舌を使ってえ……んむっ、んんっ……接吻するんでしょ……?」

 

 恐る恐るといった様子で舌を絡ませてくる張宝の動きは拙かったが、それが余計に興奮を駆り立てる。腰に触れていた手をスカート状になっている着物の下から差し入れると、一刀は火照りかけた臀部を揉みしだいた。

 

「よく知ってるね。だったら地和の舌、もっと味わわせてもらうよ」

 

「んっ、やだあ……お尻に……っ。こんな、ふうっ……ぷあっ、しゅご……んんっ……!」

 

 高揚していく感情のままに張宝の唇は唾液に塗れ、知らず知らずのうちに秘部にも染みが作られていく。

 どちらかといえば幼さを残した顔つきをしているだけに、痴態がより目立つ格好となっているのであろう。恋人にしているかのように髪を撫で、時折破裂音を交えながら互いの唾液をないまぜにしていけば、覚えのいい少女の身体は面白いくらいに反応を示してしまうのである。

 

「はあっ、はっ……。一刀、わたし……」

 

「かわいいよ、地和。疲れてきただろうし、少し横になろうか」

 

 そう言うと一刀は、少女を後ろから抱きかかえるようにして寝床へ背中から倒れ込んだ。小さく驚きの声を発した張宝であったが、それもすぐに別の声色へと変化していく。

 左手で愛液の滲んだ下着越しに敏感な部分を擦られて、どうしても快楽による喘ぎを我慢できなくなってしまう。そうしたこともあっていじらしく指を食んでいる張宝を見て、一刀は慈しむようにその頭を抱いた。

 

「気持ちいいって声、ちゃんと聞かせて? 地和の感じる場所、しっかり知っておきたいから」

 

「んっ、ふうっ……! ふあっ……んくっ、んんっ……!」

 

 服の上から乳房の突起を探り当てると、一刀はぐりぐりと押しつぶすように重点的に刺激していく。

 なにもかも張宝にとっては初めてのことであり、喜びと快楽は混じり合って昇華させられていくのである。

 

「乳首、気持ちいいんだね。こっちも一緒にすれば、もっとよくなれるかも」

 

 興奮気味に少女の耳もとでささやくと、ごつごつとした指が下着の隙間を縫っていやらしく濡れた肉へと到達した。

 彼女の入り口は体格通りの狭さをしているが、愛液の滑りもあってすんなりと指を内部に迎え入れていく。一刀が負担をかけない程度に膣壁をコリコリと引っかくと、張宝は下腹部を震わせて快感をあらわにしたのである。

 

「ひゃあ……っ、それ……すごいよお!? 一刀の指がちぃのおまたくにくにってしてるの、はっきりわかるの……っ!」

 

「入り口がきゅうって締め付けてきて、離したくないっていってるみたいだよ? ここ、そんなに好きなんだ」

 

 挿入をより深くしていくと、それと比例するかのように滲み出る愛液の量も増していく。ぬちゅぬちゅと内側をかき混ぜられる音を聞いて一段と気分を高揚させているのか、張宝は「ふうっ、ふうっ」と何度も腹で大きく息をする。

 

「あ、ああっ、うあああぁあああっ!? しょこ……きもひぃいい……。おっきなゆびでいじめられるの、ちぃ……しゅきなのお……!」

 

 呂律の怪しくなってきた少女をさらに狂わそうと、蜜壺を愛撫する手は激しさを強めていった。それに加えていつの間にやら侵入していた右手が、熱を持った乳房を直接握りつぶしていくのである。

 

「地和のおっぱい、やわらかくていい触り心地だ。肌もすべすべだし、吸い付いてくるみたいだよ」

 

「ほんと……? 一刀にいやらしく触ってもらうの、わたしも好き……! だから、もっと……もっとしてえ……!」

 

 秘所をいじられながら赤くなった乳首を摘まれ、張宝は感極まったような声で鳴いた。

 上下揃って口はだらしなく開かれており、漏れ出る液体はぬらりと淫靡に光を放つ。小刻みな絶頂はすでに数回続いているようで、身体のほうはいつでもイケる状態になっている。

 

「これまで色々あったんだろうけど、なにも気にしなくていい。いまは思いっきり気持ちよくなることだけを考えればいいから」

 

 コクコクと頭を振り、少女はさらに快楽に身を委ねていく

 言葉によって最後の障壁を取り除いた一刀は、仕上げとばかりに敏感な箇所に愛撫を集中させていった。

 

「んくっ!? ああっ、ふわああぁああああああ……ッ! 一刀、それ……それえ……ッ!?」

 

「いいぞ地和、その調子だ。かわいくイクところ、しっかり見ておいてあげるからな……!」

 

「うんっ、うんっ……! ちぃ、もう飛んじゃいそうなくらい気持ちいいの……っ。ううっ、ひあっ……くあああぁああああああっ……!?」

 

 びくんびくんと跳ねる身体を強く抱きとめながら、愛液のほとばしる膣内を指は走る。

 未熟だったそこは急速に開花を遂げていき、ついには全身へと快楽の信号を行き渡らせてしまったのだった。

 

「かずとぉ、わらひ……、うあっ、んあうぅうううううううう……っ!?」

 

 ぴゅるっ、ぴゅるっ、と数回愛液を噴出させながら、少女は甲高い声で美しく鳴いた。

 浮き沈みしている女の腹部を撫でる一刀の手は嬉しそうであり、苦しみから解放された張宝のことを労っているかのようでもある。

 

「んん、あうぅう……、ふうぅううう……」

 

「どうかな、すっきりできた?」

 

 絶頂の余韻でぼんやりとなってしまった頭を動かし、張宝はその質問を肯定した。どうやら全身が弛緩したせいか再び眠気がやってきたようで、受け答えはまばらなものとなっている。

 

「いいよ、このまま寝てしまっても」

 

「ん……すう、んん……かず、と……」

 

 ゆっくりと身体を動かし、一刀は張宝を寝かしつけていく。

 腕を枕として貸してやれば、かわいらしい寝顔が間近に見えている。そんな隙きだらけの額にちょこんと口づけると、くすぐったそうに彼女は小さく身じろぐのであった。

 

「……さて、こっちはどうしたものか」

 

 相手は眠りについしまったものの、一刀の屹立した剛直は収まるはずもない。とはいえ、いまから己の手を使って鎮めるというのはなんともいえない虚しさがある。

 

「はあ……、しかたない……。久しぶりに羊でも数えていよう」

 

 際限なく出現する脳内の羊は、それだけ煩悩が強力であることをあらわしているのだろうか。流れに任せて隣に寝かせてやったのだが、その後のことを考えれば大きな過ちだったのかもしれない。

 

「ううっ……、くそお……」

 

 そのままひとり悶々とし続ける一刀であったが、百数頭を数えたあたりでその光景に靄がかかり始める。

 そうして彼もまた、いつしか闇夜へと意識を落としていったのであった。



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 夜が明け、朝日が大地を照らしだした頃。北郷軍の陣内では、ふたりの少女がともに寝ていたはずの姉妹を探して歩いている。

 

「ちーほーちゃーん? どこにいっちゃったのー?」

 

 妹の名を呼ぶ張角の声には、焦燥感が混じっていた。ここに来てようやく安息を得ることができたというのに、張宝がいなくなったのではそれも意味がない。

 

「あっ、もしかしてっ!?」

 

「どうしたの、姉さん?」

 

 ひらめいた、というように声をあげる張角。なにか心当たりでもあるのかと張梁は尋ねたのであったが、返ってきた答えは彼女が期待しているようなものではなかった。

 

「ちーちゃん、抜け駆けして一刀のところにいっちゃったんじゃないのかなーって。むうー、わたしだって狙ってたのにい……」 

 

「姉さん、こんなときになにを……。でも、一度あのひとのところへ行ってみましょう。ひょっとして、なにか知っているかもしれないもの」

 

 姉のぼんやりとした分析にがっくりとうなだれる張梁だったが、あの天の御遣いには事情を説明しておく必要があると考えている。

 どのような人物なのか見定めたいとは思っていても、張梁もさすがに一刀に対し恩を感じていた。

 張角や張宝ほどではないにせよ、あの状態から救ってもらったのだから心が揺れ動いてしまうのも無理はない。

 

「よし、れんほーちゃん……いくよ」

 

「うん、姉さん」

 

 一刀が居所としている天幕の入り口に手をかけ、張角は一度妹のほうへ振り返った。そうして、垂れ下がった布をゆっくりとあげると中へと入っていく。

 

「あっ!」

 

 天幕内に立ったふたりは、目を疑うような光景を見せられて同時に驚きの声を出してしまう。

 そこに間違いなく探し人はいたのではあるが、その寝姿が問題なのである。

 

「ほらあ、やっぱりそうじゃないっ。うう、ちーちゃんだけずるいよお……」

 

 一刀に腕枕をされて熟睡している張宝は、いたく幸せそうであった。妹が初めどのような決心を持ってここを訪れたのかを知らない張角は、不機嫌そうに眉をひそめている。

 

「心配して損した、ってことね。姉さんが無事でよかったけど、まったくもう……」

 

 気を揉んでいたことが馬鹿馬鹿しい。そういうように張梁は指で額を押さえながら、寝息をたてている姉のところへ近づいていった。

 

「姉さん、ほら……起きて」

 

「うん……? んふふー、だめだってば……一刀お」

 

 身体を揺すられても張宝は、まだ夢の中といったところなのであろう。一刀にいたずらをされていると勘違いしているのか、ニタニタと笑いながら妹の手を払いのけようとしている。

 

「れんほーちゃんは優しすぎるんだから。こういうときは、こうするの!」

 

 すっと前に出た張角は、妹の両頬をぎゅうっとつまんだ。本気で痛みを与えようとしているわけではないものの、そこには多少の嫉妬心も込められている。

 むにむにとやわらかな頬を餅のようにこねる張角は楽しそうで、ストレス発散とばかりに上下左右に形を変えていった。

 

「ふえっ!? い、いひゃいって……!?」

 

 これにはさすがの張宝も驚き、バチンと開けた両の目をしばたかせている。状況がいまだ理解できていないために、その視線は右往左往してしまっていた。

 

「おはよう、姉さん。その様子だと、昨晩はお楽しみだったようね」

 

「れ、れんほー? それにお姉ちゃんまで……」

 

 ふたりの顔を交互に見ながら、張宝はわけがわからないといった表情を浮かべている。

 

「よっ、どうしたんだ?」

 

 そうこうしている間に目を覚ましたのであろう。寝床から身体を起こした一刀は、なにやら縮こまってしまっている少女の肩を後ろから抱いた。

 

「わたしたちはただ、ちぃ姉さんのことを捜していただけ。……なにがあったのか聞きたいのは、むしろこちらのほうね」

 

「そーだよー! ちーちゃん、一刀とあんなに仲良さそうに寝てたのはどうして?」

 

 妹に詰め寄る張角は、普段ののんびりとした感じではなく妙な迫力があった。

 しかし特に非があるわけでもないということもあって、張宝は正面きって応戦をしていった。

 

「ちぃ、一刀にとっても優しくしてもらったの。んふふ、その意味……わかるよね?」

 

 姉の不機嫌さの正体にいち早く気づいた張宝は、肩を抱く男の腕にキスをして親密さをアピールした。

 最後までつながったわけではないものの、彼女はすっかり恋人気分を漂わせている。そのために事の詳細を知らない張角は余計に不満をあらわにし、「むー!」と精一杯眉を怒らせながら胸の前で両手を握りしめていた。

 

「こら……地和、あんまりややこしくなるようなことを言わないの。意地の悪いことをするなら、あのことバラしちゃうよ?」

 

「えっ!? あ……、だめだめっ! あれだけは、秘密にしておいて!」

 

 一刀のいう「あのこと」というのは、無論全員の身の安全のために張宝が夜這いをかけようとしたことである。

 余裕ぶっていた姉の態度が一変したことを張梁は訝しんだが、さすがにその内容まではわからない。ただそれがどうであれ、張宝が天の御遣いに心を許しきっていることだけは理解できた。

 

「はあ、もういいわよ……。北郷さん、ちぃ姉さんのこと……本気なんだよね?」

 

「俺は冗談でこんなことはしないよ。こうやって巡り会えたからできた繋がりなんだ、大切にしなきゃ罰が当たる」

 

 あまりに真摯な態度でそう断言されたものだから、張梁としては一刀のことを信じるしかなくなってしまう。こういったある意味では強引なところも、天の御遣いであるためには重要な気質なのである。

 

「ねえねえ、一刀! それだったら、わたしだって……!」

 

 先ほどまで妹と目線で火花を散らせていた張角だったが、表情を一転させると一刀の隣にぺたんと座り込んだ。

 よくよく考えてみれば、なにも張宝と争い合う必要はないのである。彼女は目を閉じてちょこんと唇を突き出すと、妹たちの前にもかかわらず接吻をしてほしいと頼み込んだ。

 

「ちょっと、姉さん!?」

 

「いくら悔しいからって、それはどうなの……」

 

 妹ふたりは姉の気ままっぷりに呆れたのだが、お願いを受けた当人は数秒だけおくと、平然と少女の顔に手を伸ばしたのである。

 そしてわずかに震える(おとがい)をそっと指で撫でて落ち着けてやると、乾燥気味の唇を包み込むようにして覆っていった。

 

「あっ、ふふっ……んっ」

 

「うぐぐ……。これからは、わたしの魅力で一刀のことを独占しようと思ってたのにい……」

 

 気持ちよさそうに唇を合わせる姉の姿に、張宝はおのれの野望を霧散させられていくのを感じたのであろう。もとより無謀な野望だったのは明らかとはいえ、恋に落ちたばかりの一途さとは斯くの如しであった。

 

「姉さんったら、あんなに嬉しそうにしちゃって。あれって、そんなにいいのかな」

 

「だってだって、一刀とああするとすっごく気持ちいいんだよ? もしかして、人和もしたくなってきたりして?」

 

「えっ!? いえ、そんな……わたしは……」

 

 張宝にそう言われると、つい気になって口づけを交わすふたりのことを観察してしまう。見たこともないほどに蕩けさせられた姉の横顔に、無関心を決め込んでいた張梁もさすがに赤面してしまっていた。

 自分が同じようにされてしまったら、どうなってしまうんだろう。心の緩みはそういった思考を発生させ、好奇心に居座る隙きを与えていく。

 そこにトドメをさしたのは、すっかりキスを堪能した張角の言葉だった。

 

「れんほーちゃんも、してもらいたいの……? 三人一緒に一刀のものになれたら、お姉ちゃん嬉しいかも」

 

 固まって立ちすくんでいた張梁は、姉に手を引かれると抵抗もなく一刀のまえに膝をついた。

 ――もうすぐ、この人に唇を奪われてしまうんだ。状況を冷静に捉えてしまうほど、反対に体温は沸騰してしまいそうなほどに上昇を続けていった。

 

「ほら、一刀……優しくしてあげてね」

 

「こういうときは、天和もお姉ちゃんなんだ。……人和、緊張してる?」

 

「し、しかたないでしょ? こんなことするの、わたしだって初めてなんだから」

 

 どうしていればいいのかもわからないが、視線を合わせることも恥ずかしい。そのようにあたふたとしている張梁の腕をつかまえると、一刀はそっと抱き寄せる。

 普段は穏やかな好青年といった印象を受けるが、こと性事に関してはどこまでも貪欲な男だった。もし彼が普通の暮らしを送っていたのならば欠点にもなったのだろうが、人の上に立っているからにはそれは長所ともなるのだ。

 

「名前、呼んでほしいな。俺だけ人和のこと真名で呼ぶなんて、ズルいだろ?」

 

 耳元でそうささやかれ、少女は幾ばくか逡巡しているようだった。

 

「うん……。一刀……さん。あっ……」

 

 そこにタイミングを合わせて、一刀は張梁のファーストキスを奪った。

 一瞬のことで頭が真っ白になった彼女は、目を大きく見開きながら男の体温を感じている。

 想像していたものよりもずっと強引で、有無を言わせない行いだった。けれども心臓は脈を打ち、脳内は行為による甘酸っぱい痺れに侵されようとしている。

 

「ふわう……、ん……ちゅっ」

 

 繋がった互いの手のひらは熱く、じんわりと熱を帯びていく。思っていたよりも求められていることが嬉しくて、一刀のほうも動きがだんだん激しくなっていった。

 いままでは自身がしっかりしなくてはと張り詰めてきただけに、甘えさせてくれる存在を欲していたのかもしれない。隠していた内心を解放していくかのような張梁の口づけに興奮を呼び起こされ、一刀はするりと唇の間に舌を入り込ませていった。

 

「んんっ!? はむっ、ちゅぷっ、ちゅるっ……」

 

「いいなあ、人和。ねっ、一刀っ……つぎはちぃともしてよね?」

 

 ねっとりと舌を絡ませ合う姿を見せつけられ、張宝は自分も早くそうされたいと思っているのだろう。昨夜の出来事はあまりに夢心地であったがために、少々現実味に欠けていたともいえる。

 

「ちーちゃん、それでほんとは一刀とどこまでしたの?」

 

「秘密だってば! でも、一刀ってばすっごく激しかったんだから。あんなこととか、こんなこととか、それはもう……」

 

 ニヤけながら話す張宝は、わかりやすいくらいに勝ち誇っていた。

 得意気に言う割には詳細がなにもないことに張角は疑問をもったが、妹が気になる男と一夜を過ごしたのは紛れもない事実なのだ。一歩リードされていることは悔しいが、同じ土俵にあがったからには後塵を拝すつもりはない。

 

「ふーんだ。わたしだって、すぐに追いついちゃうからね。それにれんほーちゃんだって、ほら……」

 

 頬を上気させながら男の抱擁を受け入れている張梁は、姉たちから見てもどこかそそる部分があった。

 このままいっそ、雰囲気のまま乱れに乱れてしまおうか。ふたりが背筋を貫くような視線を感じたのは、ちょうどそんな時であった。

 

「び、びっくりしたあ……!」

 

 張宝が振り返って入り口のほうを確認してみると、そこにあったのはつい昨日見知った顔。

 これでもかというくらい不機嫌さをあらわにしている賈駆が、張梁と唇を重ねている一刀のことを睨みつけていたのだ。

 

「ね、ねえ一刀、あそこ……ほら」

 

「ん……? なんだ、詠か。集まる時間には、まだ早いはずだけど」

 

「なんだ詠か……、じゃないわよ! ほんっとあんたは、チンコが本体なんじゃないの?」

 

「どうかしたの詠ちゃん、言葉が汚いよ? わたしも、北郷さまに挨拶を……」

 

 賈駆と同じように、一緒に訪れていた董卓が中の様子を目にした。口づけを中断させられた張梁は、くてんと男の肩に頭を預け物足りなさそうな表情をしている。

 薄紫色をした短めの髪を撫でる一刀の手付きは慣れたもので、行いを察した董卓は恥ずかしそうにうつむいてしまっていた。

 

「おはよう、月。こんなところで申し訳ないけど、この子たちが昨日保護した三姉妹だ。張角、張宝、張梁っていってね」

 

「まったく、御遣いさまは手を出すのがお早いようで。月、これがこいつの本性なの。わかったら、あんまり深入りしたらいけないんだからね!」

 

「へう……。でも、英雄色を好むっていうくらいだよ? それに詠ちゃんだって、夜はあんなにたくさん北郷さまのお話しをしてくれたのに……」

 

「あ……、ちがっ……。あれはただ、月にあったことを報告しようとしただけでっ!」

 

 董卓を支える参謀であると自負している賈駆であるが、顔に出やすい性格だけは如何ともし難いものであった。

 賈駆が昨晩饒舌に道中のことを語ってくれたことから、一刀との関係が良化したのだと董卓は喜んでいた。基本的に他者に対して素直でない幼馴染であるから、いまのような言動も好意の裏返しなのではないかと思えてしまうのだ。

 だいたい、無関心な相手であれば、それがどんな関係を築こうが怒る必要はどこにもないはずである。

 なので、賈駆が苛立ちを見せて怒っているのは、一刀に興味が向いてきているからなんだ。董卓はそのように理解しているし、事実それは大きく外れてはいなかった。

 

「詠ちゃんはこんな調子ですけど、朝ごはんにご一緒させていただいてもよろしいですか? どうせ後から行くのであれば、お邪魔させていただこうと思っていたんです」

 

「ああ、それで構わない。外で少し待っていてくれないか、さすがに……このままではね」

 

 寝間着にしている衣からは胸板がのぞき、張宝が枕にしていたこともあって袖の部分はしわだらけになってしまっている。配下の者と急ぎの用件で会うならともかく、これで董卓と同席したのではいささか礼を欠いてしまうであろう。

 

「わかりました、お待ちしていますね。ほら詠ちゃん、行こう?」

 

「うう……。月がどんどん、北郷に毒されていってるようだわ……」

 

 董卓に手を引かれて出ていった賈駆は、呪詛を発するかのように口をわなわなと震わせていた。

 残された一刀は表情を引き締めると、ぼうっとしたままの張梁を張角に預けた。今日は三姉妹から、これまでのことを聴取するつもりでいる。

 

「軍議のときには呼ぶことになるだろうけど、ありのままを話してくれればいい。辛いかもしれないけれど、よろしく頼む」

 

 心を許した男にそう願われては、少女たちに断る理由などなかった。別に懐柔を狙ってしたわけではないが、それを自然にこなせるのがこの御遣いの強みでもあった。

 正装として着慣れた制服に身を包み、刀を持って天幕を出ていく。その背中を追うように、三姉妹は後に続くのであった。



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 開けた場所に机を置き、その周りに床几を人数分並べてある。

 くぐもった天幕の内部でやったのでは、三姉妹が怯えてしまうかもしれない。そういう一刀の配慮があってのことだ。

 天の御遣いと、官軍の大将である董卓が隣に座し、それぞれの参軍がその脇に控える。今朝はうろたえていた賈駆だったが、さすがに鋭い視線を取り戻していた。

 

「それではお願いしてもよろしいでしょうかー? ご主君さまとくんずほぐれつあったとも聞いていますが、それはひとまず横においておきますので」

 

 程昱が進行を務め、三姉妹に話を促す。多少の緊張はあるものの、厳粛な雰囲気であるわけではないから、いくらかやりやすくはあった。

 姉妹を代表して、張梁が立ち上がる。張角や張宝に任せたのでは、あるいは話がおかしな方向に流れてしまうかもしれない。姉たちも、末妹がすることには異論がないようで、静かにその立ち姿を見守っていた。

 

「まずはじめに。わたしたちは芸をして、生計を立てていたの」

 

「芸を?」

 

「ええ。芸といっても大道芸のようなものではなくて、歌なんだけどね」

 

 まだまだ知名度は低かったものの、三姉妹は歌声には自信があった。見ての通り容姿にも優れていたから、巡業地ではそこそこの人数を集めることができていた。

 大陸全土に名を知らしめることが夢であり、かわいらしさを出すために真名で活動を行っていた。ある男と出会ったのも、歌の興行をしていたときであった。

 その男の名を、馬元義(ばげんぎ)という。馬元義は、理知的な人物だった。弁が立ち、朝廷に不満がある者たちを徐々に引き込んでいくことができた。

 

「あの人……馬元義は、わたしたち姉妹の歌に、とんでもないくらいの可能性があるといったの。そのためには、やり方がよくないともね。世に出るためだから、多少の危ない橋なら渡るつもりでいたわ。だから、その誘いに乗ってしまった」

 

 馬元義が三姉妹の歌に感激したというのは、嘘ではなかった。だからこそ言葉にも説得力があったし、彼女らの心を動かすことができたのである。

 支援者を得た姉妹は、より計画的に興行をすることができるようになった。事前に告知を行い、馬元義は手の者を使って盛り上げ役も演じさせた。

 元々、その歌には人心に働きかけるような力があったのだ。それが開花し、伝播していくまでには多くの時間は必要なかったのである。

 

「なるほどな。ようするに馬元義は、人和たちのプロデューサーに就任していたのか。真名を芸名にしていたから、張角という名前も表には出ることがなかった」

 

「ぷろ……、ってなんだろう? 詠ちゃんは知ってる?」

 

「いいえ。あいつの言うことだから、どうせ天のなんとか……ってやつでしょ? それよりも北郷、あんた張角や、他のふたりのことを知っていたの?」

 

「ん……、そうだな。知らないといえば嘘になる、その程度のことだ。三人とも夢のためとはいえ、ここまでの騒動になるとは思っていなかっただろう」

 

 一刀の曖昧な返答に、賈駆は小さく舌打ちをする。よくわからない男だ。誰にでも胸襟を開いているようであるが、どこかで線を引いている感じもする。

 側近くに踏み込めば、いまの問への答えはまた変わったものになるのだろうか。詮無き考えであり、いまは引き下がるしかなかった。

 

「続けるけど、いい?」

 

「ええ、遮って悪かったわね。どうせボクには教える気がないんだろうし、もういいわ」

 

 それなら、と張梁はまた話題を戻していく。

 真面目な話の連続だから、張飛は椅子の上で船を漕いでしまっていた。時折眠気で意識が途切れてしまうのか、身体がガクンと前後左右のどれかに倒れてしまう。

 戦場では無双の豪傑も、軍議にはひどく弱かった。

 

「最初のうちは、なんの問題もなかったの。余計な口出しもしてこないし、お金をだしてくれるだけの最高の支援者だった。わたしも姉さんたちも、段々人気がでてきて、舞い上がりかけていたのかもしれない」

 

 民衆は三姉妹の歌声に酔いしれ、道中を追いかけだす者まで現われ始めていた。やがて姉妹それぞれのファンが生まれていき、熱量はさらに高まっていく。

 何度も同じ演目をしていたのでは、いつか飽きられてしまうのではないか。三人がそういう不安を抱いていた頃、馬元義はまた助け舟をだした。

 

「それまでのものとは違う雰囲気の歌詞だったから、一度は断ったわ。でも、それを歌えばもっと多くのひとを惹き付けることができる。そう諭されて、気づけば歌ってしまっていた」

 

 馬元義の用意した歌詞には、鬱屈とした世を憂うような詩が散りばめられていた。

 それまでの明るい曲調からは一転することになったが、三姉妹は見事に新曲を歌い上げた。悲哀の歌に民衆は涙し、腐った世の中をどうにかしなければならない、という感情が芽生えていった。もともと、種火はくすぶっていたのだ。そこに勇気と義務感を、歌が与えたようなものである。

 ただ楽しんでいたときに比べて熱狂度は明らかに増し、興行は一種の集会ともいえるような意味合いを持ち始めていく。馬元義の狙いは、そこにあった。

 

「そのあたりから、口先巧みに自らの賛同者を増やしていったのですね。それがこんな大規模な叛乱になるとは、恐れ入りました」

 

「それだけ、みなさんの歌が人心に響いたということですね。円滑な興行をしていくために、役人にお金も渡していたんでしょう。情けないことですが、いまはそれでほとんどのことがまかり通ってしまうんです」

 

「うん……。しかし馬元義というのはそういう男か、賢いな。自分は前に出ず、あくまで民衆の心を集める三姉妹を立て続けた」

 

 集団の規模は大きくなり、ついには各地に軍団のようなものを結成できるまでになった。姉妹らは、危険な男に手を貸してしまったことを嘆いたが、後悔先に立たずである。

 馬元義は決して強い言葉は使わなかったが、御輿から降りることだけは許さなかった。共犯者として抱き込み、象徴として祭り上げていくことで逃げ場をなくしていく。進軍中の隙きをうかがってこうして脱出できたのは、幸運だったとしかいいようがない。

 偶然天の御遣いに出会わなければ連れ戻されていただろうし、董卓以外の官軍の将であれば、彼女らを見せしめに処断したことであろう。

 

「そういう相手であれば、我らも心してかかる必要があるでしょう。有力な指揮官が他にもいるのならば、余さず教えてくれ。そやつらを斬り捨て、ひとまず群衆を解散させなければならない」

 

 関羽のいったことに、張梁はうなずいた。

 馬元義の操る黄巾軍の将軍には、張曼成や波才という男もいた。いってしまえば、賊あがりの男たちなのだ。叛乱成功の際の身分の約束と、鼻薬をかがせる代わりに金を握らせてある。

 それだけあれば、欲望塗れの人間は簡単に動いた。扱いやすいだけでなく、ためらいなく暴力を振るってくれる。馬元義はその小悪党どもと民衆を束ね、漢を飲み込むほどの大渦を作ろうとしていたのである。

 

「ありがとうございました、人和ちゃん。誰を討つべきかわかったというだけでも、僥倖といえるのではないでしょうか。ご主君さま、いかがしますか?」

 

「三人は、もう下がってくれてもいい。お疲れさま、人和」

 

 肺にためていた息を吐き出すと、張梁は疲労感が滲む額をぬぐった。あまり思い出したくはないのだろう。姉ふたりに左右から手を取られると、役目を終えた張梁は小さく会釈してその場を離れていった。

 残った者たちは軍議を続行し、出発は三日後と決まった。周辺の黄巾軍を抜きつつ、根拠地となっている鉅鹿を突く。馬元義の首を取れば、叛乱の勢いは止むはずだ。

 別れてから、一刀は兵の調練をしている将のところを見て回った。厳しい戦いになるだろうから、誰しも本番さながらの激しさで兵を鍛えている。

 

「周倉、愛紗はどこかな」

 

「あっ、御大将。雲長さまなら、あちらで馬に乗っておいでです」

 

 徒兵に檄を飛ばしていた周倉の帽子に、一刀がぽんと手のひらを置いた。背が小さいから、余計に帽子のほうが大きく見えてしまう。

 日に焼けた顔をさっと上げると、彼女は敬愛する将軍の位置を指し示した。

 

「あれか。周倉も、今度の戦ではしっかり愛紗を助けてやってほしい。もっとも、俺にいわれるまでもないだろうけど」

 

「よくご存知で。戦場では、御大将にかわってあの方をお支えいたします。それだけが、わたしの望みですから」

 

 健気なことをいう周倉の頭を撫でようとしたが、帽子が邪魔をしてそうもいかなかった。きまりが悪そうにひらひらと手を振ると、早足に関羽のところへ向かった。

 このところ、関羽は騎兵の訓練を熱心に行っている。おのれと赤兎という、圧倒的な一騎がある。それを槍の穂先と見立て、精強なる隊を形成していこうというのだ。

 そのためには、あまり数は多すぎないほうがいい。手足のように動く数百騎を、いずれ編成できればいいと考えていた。手勢を離れる間は周倉が臨時の指揮官となるが、堅実な采配ができる少女だった。忠義に篤く、関家軍との繋がりを考慮すれば彼女以上の適任者はいないといえる。

 

「走れ、もたもたするな!」

 

 現状では、約百騎。関家軍から選んだ優れた騎兵と、幽州で下した烏丸の混成軍である。彼らも馬術には秀でているが、馬中の赤兎とはよくいったものだ。

 関羽の意思を正確に受け止め、巨体をしなやかに操っている。その速度というのは、およそどんな馬も追従することができないであろう。胆力も抜群であり、敵軍に突っ込もうとも、少しの怯えすらみせないのだ。

 

「これは、ご主人様」

 

 主人を発見した関羽が手綱を引くと、赤兎馬の大きな身体がぴたりと止まる。普通下馬をすればどこかへ繋いでおくものだが、赤兎にはそれすら必要がなかった。

 付かず離れず騎乗者の側にいて、首もとを撫でられれば喜びもする。これほどの良馬には、二度と巡り合うことができないだろう。関羽のその思いは、ついで眼前の男にも向けられていた。

 

「順調そうだ。広大な土地で戦うのなら、優秀な騎兵を持つほうが有利になる。必要なことがあれば、なんでもいってほしい」

 

「ご主人様にそう褒めていただければ、兵らも喜びましょう。ですが、まだまだです。白蓮殿の白馬義従くらいまでとはいいませんが、強力な敵とぶつかるには、いま少し調練が必要かと」

 

 恐縮しながら返答し、関羽はまた赤兎の馬体を撫でた。公孫賛の組織している騎兵は見事であり、目指すべきはあれだと考えている。そのためには、よい軍馬を探し、勇敢な乗り手を集めることがなによりであった。

 原野を駆けていた騎兵たちが、指揮官につぎの命令を求めて近づいてきていた。これ以上話し込んでいては、妨げにしかならないだろう。用件だけを伝えて、一刀は去ろうと思った。

 

「今夜、来てほしい」

 

「は、はいっ。必ず、参ります」

 

 発したのはほんの一言だけであったが、関羽の気持ちを揺さぶるにはそれで充分だった。女としての自分を求められている。そう受け止めるのは当然だった。

 伽の相手をしろとは、いわれたことがない。ただ、こんな風に願われるだけなのである。主従という関係ではあるが、閨ではあくまで恋人になれた。

 一刀さま、と心の中でのみ呼んでみる。名で呼んでほしいと何度か請われたこともあるが、固辞する姿勢を崩さなかった。

 その線引だけは守らなくてはならない。真面目な美髪公は、そう誓っていたのだ。



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十一(愛紗)

 夜半。身体を磨き、髪を結い直した。周倉に全体を見てもらい、問題がないことを確認してある。関羽は、逸る気持ちを抑えながら、主の待つ天幕へと向かった。

 陣の中央にあるそこへ行くまで、特に誰とも会うことはなかった。義妹に見つかれば、自分も行きたいと駄々をこねられたかもしれない。

 来たことを外から伝え、おもむろに入っていく。中では、篝火が時折破裂音を奏でていた。

 

「遅くなりました。ご主人様、それで……」

 

「少し話がしたい。くつろいでくれていいから」

 

 夜間に誘われたのだからそうだろうと、勝手に意識しすぎていただけなのかと思った。一刀は床几に座しており、とりとめのないことを語っている。

 とりとめのない話しとはいうが、本来は大切にするべきことだった。どのようにして黄巾軍を追い詰めるのか、相手が攻めてきた場合にはどういった陣形を敷くのか。

 北郷軍にあって、関羽は将軍として一番の地位にいる。だから、軍事の相談をされてもなにもおかしくはない。

 

「敵が寄せてきたとすれば、矢を射掛けて勢いを削ぐべきでしょう。旗揚げから比べれば随分と兵の数も増えたものですが、やはりまだまだです。少数の利を活かすのであれば、縦横に敵陣を撹乱するべきではないでしょうか。わたしだけでなく、鈴々や香風でもかまいません。状況に応じて命令をくだされば、必ずや大軍であろうと打ち破ってみせます」

 

 自信はあった。赤兎馬に跨がれば、戦場を普段より広く見られるような気がしてくる。武人として、将として、この数ヶ月でこれまでにない経験を積んできた。

 それに女としても、心より信頼し、生涯をかけて愛したいと思えるような人と出会うことができたのだ。

 

「そうだな。うん、いい話ができた」

 

 適当な相槌を打つ主君を観察していて、気づいたことがある。最初は本当に、真面目な相談のために呼ばれたのかとも考えた。しかし、その目線は時々肉体のほうへ向いているようだった。

 そうなると、また別の考えが浮かんでくる。三姉妹の相手をしていたと聞いたから、いくらか性欲も発散されてしまったのだろうか。だから焦らすようにして話題を逸らし、いつもとは違う趣向で楽しもうとされているのではないか。

 だが、合点がいかない部分もあった。主君の逸物が凶悪な力を持っていることは、体感しているからよく知っている。それなのに、姉妹のうちの誰ひとりとして、辛そうに歩いている者はいなかった。

 張宝などは体躯が小さいから、巨大なそれに初めて貫かれたとなれば、負担が大きくなって当然である。それだけに、なんともないような顔をしているのが不思議だった。

 

「ふふっ。そんなにわたしのここが、気になるのですか?」

 

 座ったまま、わざとらしく谷間を作ってみる。すると、やはり主君は乗ってきた。子供のような笑顔だ。それを引き出せただけで、なにやら嬉しくなってしまう。

 閨でのことも、戦と同じように考えればいい。そうすると、いままでのように悩む必要もなくなった。押し引きが肝要なのであり、読みが当たればより戦果を上げることができるのだ。

 

「負けたよ。さすがは、天下の関雲長だ」

 

「よしてください。ご主人様のように、おかしなところから名声をあげたくはありません」

 

 茶化したところで、叱られることはない。むしろ、男は喜んでいるようだった。

 厳格な隔たりなど、この空間には無用の長物なのだろう。思うままに肌を擦り合わせ、互いの熱をぶつけ合う。そういうことが、なにより歓迎されることだった。

 一刀は立ち上がると、見せつけるようにして下腹部をあらわにした。隆々としている。これでもまだ、限界まで屹立してはいなかった。

 

「ご主人様の、濃い匂いがしてきます。これ以上ないくらいに、素敵な匂いです」

 

「身体は洗っておいたけど、そこだけはそのままにしてあるんだ。愛紗がきっと、手づから磨いてくれると思ったからね。違わないだろう?」

 

 こともなげに、そう言ってみせた。そのくらいのことで、関羽が嫌な顔をしないというのも知っている。

 任されるということに、喜びを感じているようでもあった。たっぷり汗をかいたから、そこは強烈に雄の匂いを発しているはずである。なのに関羽は、香木でも試しているかのように、鼻を至近距離にまで近づけている。

 

「この数日、お出しになっていないのですね」

 

「わかるのか」

 

 すん、と鼻が鳴る。辺りが暗いせいか、照らし出された顔が余計淫らに見えた。

 心の底から嬉しそうな顔をする、と思う。普段の姿が凛々しいほど、落差がついてたまらなくなるのだ。

 

「ええ。ほら、こんなに玉がずっしりとしています。それに匂いも、発情させられてしまいそうなほどに濃い。しっかりと、精液をためこんでおられる証拠です」

 

 また、嗅がれてしまう。よほど気に入ったのか、くびれの部分で深呼吸をしているようだった。玉を手のひらで転がされ、声を出しそうになってしまった。こらえ、つぎの動きを待った。

 充分に堪能したのだろう。一度軽く扱いた肉竿を、赤い唇が飲み込んでいった。温かい。昂ぶりと落ち着き、その両方を与えてくれる温かさだ。

 とにかく、キレイにするつもりなのだろう。口内に留められたまま、舌が何度も往復しているのを感じる。

 

「上手くなったな、愛紗。微妙な動かし方まで、できるようになっている」

 

「当然……、です。ご主人様に気持ちよくなっていただけると、わたしも嬉しいのですから。それに、遅れた分は挽回せねばなりません」

 

 唇による締め付けが、強くなった。遅れを取り戻したいというのは、本心なのだろう。だから、肌を重ねるたびに、求め方が激しくなった。

 いまだって、そうなのだ。水っぽい音を立ててすすりつつ、胸を束縛している留め具を外しにかかっている。

 ひとつ、またひとつと、外れていく。見るなという方が、無理があった。

 

「こちらでも、お楽しみください。とても大きなおちんちんですから、包み込めるのか不安ですが」

 

 上体を持ち上げ、唾液塗れのモノを挟み込んでいった。もっちりとしていて、抜群に居心地がいい。甘やかされているようで、虜にされているようでもあった。

 かわいい愛紗が、自分のために房事にいそしんでくれている。そう考えただけでも、とてつもない充足感に襲われた。

 

「いい感じだ。愛紗の優しさが、よくわかるよ」

 

「そう、でしょうか。でも、そう感じてくださっているなら、嬉しく思います。もし胸だけで物足りなければ、こういうことだって」

 

 胸から飛び出した先端を、ぱくりと咥えられてしまう。味わうような動きだ。唇をすぼめ、尿道を舌で突いているようだった。

 やわらかな感触と、追い立てるように激しい感触。その両方に、射精感を大きく刺激されていた。

 乳首が擦れて、気持ちいいのだろうか。素晴らしい肉感のなかに、コリッとしたものが混じっている。視線を合わせてみて、わかった。感じている。物欲しそうな瞳が、全てを教えてくれた。

 

「ここ、大好きだもんな。どうだ、強くしたほうがいいか」

 

「ご主人様の、指ですから。どのようにされても、気持ちいいに決まっています。ですが……、ああっ!」

 

 楽しむように揉みしだいてから、先を強めにねじってやった。彼女は、たまらないというように顔を歪めた。しゃぶる動きは、続けている。

 きれいな色をしている。明るい場所でないのが、残念なくらいだ。乳輪もついで引っ掻いてやると、きゅっと眉根を寄せて肩を震わせている。

 

「身体、震えてるな。でも口だけじゃ、出してあげられないよ」

 

「んっ……、そんなっ。ご主人様の特濃の精液、味わいたくてしかたがないのです。頑張りますから、だから……っ」

 

 乳首を引っ張るのは、やめてやらない。それでも奉仕をしてくれる彼女が、愛おしかった。

 精一杯、身体を上下に動かしているのだろう。快楽も強いのだろうが、尽くしたいという本能も負けていない。胸が疎かになりがちだから、口淫でなんとかしようとしていた。

 そろそろ、いいのかもしれない。昂ぶってしまっているのは確かだし、口内を汚すのが楽しみになってきていた。たっぷりと、舌で吟味してから飲み込んでくれるのだろう。想像しただけで、我慢汁が滲んでしまう。

 

「愛紗がかわいいから、つい意地悪してしまうんだ。そろそろ、イクからね。一滴残らず、しっかり飲むんだよ」

 

「はい、ご主人様。ください、わたしに……ッ」

 

 戒めを解くと、終わりまでは一瞬だった。指で乳首を愛撫してやりながら、口内へ思いっきり射精していく。

 亀頭には、舌が添えられていた。ガイドレールのようなそこを、精液がびちゃびちゃと跳ねているのだろうか。

 わずかに、関羽の顔が下品に歪んでいる。久しぶりだから、量が多かったのだろう。頬をぷくりとふくらませ、せわしなく舌を動かしている。溜めていたから、味も濃いのだろうか。さすがに、そこまではわからなかった。

 

「すごい、です。舌に絡んでしまって、なかなか飲み込めません。ほんとうに濃厚で、しばらく匂いが残ってしまいそう……」

 

「いやらしい子だって、みんなにバレてしまうな。それとも、もう知られているか」

 

 豊満な身体に、手を這わせる。どこも、触られて喜んでいるようだった。

 普通に暮らしていたままでは、手の届かない女性だったのだろう。気分が奮い立つ瞬間というのは、色々とある。だが、愛しい女を抱くというのは、格別だった。

 

「このような、姿勢でっ。恥ずかしいところを、ご主人様に全て見られているようです」

 

「暗いから、そうはっきりとは見えないさ。だから、間違えてしまうかも」

 

 わざとらしく、尻穴に指をあててみた。うつ伏せとなった関羽に、臀部を持ち上げさせている。煽情的な格好だ。いやでも、男の部分を熱くしてしまう。

 

「やっ、違います!? お戯れを、すぐにこうして……わたしをからかわれるのですから」

 

「あながち、冗談でもないよ。だけど、今日はやめておこう。愛紗のここが、ずぶ濡れになってしまっているからね」

 

 ふたり分の汁を纏ったモノを、膣口にあてがう。尻肉が震えている。期待しているのだろう。

 ならば、それ以上の快感で応えねばなるまい。

 

「わかるか、愛紗。俺のモノは、どこまで入っている」

 

「あ……、はいっ。中ほどで、熱さを感じています。とてもたくましくて、あぐっ……!?」

 

 言い終わる前に、一番深いところをドンと突いた。油断をしていたのか、快感は声にならないようだった。

 粘つく蜜が、次々に分泌されているようだ。奥までいれると、抱きしめられているようで気持ちがよかった。

 

「子宮の入り口に、おちんちんの先があたっています。いやらしい形が、はっきりとわかってしまうようで。でも、好きなんです。こうされると、隅々まで愛していただいているようですから」

 

「愛しているんだから、当然だろう? それに俺の形、しっかり覚えてくれたみたいだな。いつも以上に、深く繋がれている気がする」

 

「嬉しいです、ご主人様。深くまで受け入れられているのは、この体勢のおかげでもあるのでしょうか。抱き合ってするのとは、また別のところが擦れて……」

 

「そうかもしれないな。俺も、いい気持ちだ。愛紗のとろとろの襞が絡みついて、奥から離れられない」

 

 尻を撫で、軽く腰を揺さぶる。激しい動きなど、必要ないのかもしれない。気分は間違いなく高揚するが、このままでも果てることはできそうだった。

 察したのか、合わせるように膣肉が締め付けてくる。吐息がもれる。子宮口を擦り、お返しをしてみた。

 

「穏やかな繋がりというのも、いいものですね。ご主人様のお心に触れているようで、身体が悦んでしまっています。あうっ、そこ……ッ」

 

 休まず、擦り続ける。関羽の喜悦した様子を見ているのも、たまらなく好きだった。

 黒髪が、闇に溶け込んでいる。さらりとした手触りだった。吸い寄せられるように近づき、匂いを確かめた。

 甘い、というのだろうか。とにかく、男のものとはまるで違うのだ。房を手に取り、嗅ぎながら腰を揺する。倒錯が起こる。どういう仕組なのだろうか。

 気になったが、腰は止められなかった。収縮につられて、また吐き出したくなっている。余さず、子宮にそそぎたい。雄の劣情だけが、脳内を支配している。

 

「出したくなったら、いつでも出してください。わたしのお腹のなかを、ご主人様の熱いもので溢れさせてほしいのです」

 

 そう言いながら、甘噛をするように圧を強めてきた。口内に出されたものを、思い出しているのだろうか。ちらりと見えた赤い舌が、興奮を誘った。

 奥歯を食いしばって、締りのキツい膣内を動く。少しでも気を抜けば、いまにも射精してしまいそうなのだ。

 

「大きくなっていますね。凄まじいくらいです。ゆるやかに抱かれているというのに、こんなにも感じてしまう」

 

 限界のようだった。どうせなら、彼女を抱きしめて果てたかった。

 乳房を腕で抱き、子宮口を押し開いていった。もう無理だというところまでいって、解き放つ。こうしてやれば、精液の熱さもよくわかるだろう。

 

「直接、打ち込まれているようです。太い管を伝って、子種がびゅくびゅくって……!」

 

 快楽に溺れている身体を、さらにキツく抱いた。射精はまだ、終わりそうにもない。獣のごとき格好で交わり、最奥に精を泳がせる。

 残した理性で、また髪を嗅いだ。甘い香り。沸騰寸前の頭を、穏やかに癒してくれる。

 

「これで、何回目だ。久々だったから、張り切りすぎてしまった気がする」

 

「数えてなど、いるわけがありません……。もしそうだったとしても、気をやるたびに忘れてしまいます」

 

 あれから、何度交わったのだろうか。出せるだけ出し尽くし、それが終わると抱き合っている。夜が白んでいた。心地よい疲労感はいいが、眠気が振り払えそうにもない。

 口づけを交わしながら、衣服を整えてやる。股のほうは、どうしようもなかった。ありあわせの布で拭い、ひとまず下着を履かせた。

 

「いけませんよ、もう」

 

「ごめん。一緒に眠ろう」

 

 惜しくなって、胸を愛撫していた。抱かれながらそんなことを言うのだから、おかしくなってくる。

 衣装の前を留めてやり、寝転んだ。もう数日すれば、戦いは始まっているのだろう。そう思うと、手放すのが嫌になってしまう。

 

「すう、すう……」

 

 寝息すら、愛おしい。ぴったりと身体を合わせると、体温がじんわりと伝わってくる。

 散々、味わったはずなのだ。けれども、その時とはまた違った安らぎがあった。

 

 

 

 

 

 

 早暁の原野。騎馬の一群が、馬蹄を響かせながら進軍している。かかげる旗は、「曹」の一文字。その先頭に、曹操はいた。

 両脇を固めるのは、夏侯惇と夏侯淵である。堂々たる体躯の馬を駆り、周囲に睨みを利かせていた。

 

「斥候は、戻ってきているのかしら」

 

「はい。先程、報告を受けました。鉅鹿の黄巾軍を突こうとしている勢力は、我らだけではないようです」

 

「ほう、どこのどいつだ。もっとも、誰が来ようともわたしの戦功は譲らんがな」

 

 夏侯淵がそう言うと、夏侯惇は狩りに備える猛獣のように笑った。戦いに飢える配下とは違い、曹操は冷たい視線で前を見続けていた。

 自分のほかにも、大軍に向かおうとしている者がいる。それは誰か。なんとなく、予感はあった。

 

「涼州からでてきた董卓という将が、官軍を率いているそうです。以前の戦で失脚した、盧植もそこに加わっているといっておりました」

 

「それだけかしら。まだ、いるのでしょう?」

 

 主君の読みの鋭さに、夏侯淵は薄く笑う。曹操がそういう人間だから、仕え甲斐があり、敬愛したくもなるのだ。

 

「陳留で姉者が目をつけた、あの男でした。天の御遣い、北郷一刀。あの者の軍勢が、董卓の兵と並んでいるそうです」

 

「へえ、そうなの。面白いわね。幽州に行ったとは聞いていたけれど、久しぶりにまみえることになりそうじゃない。桂花(けいふぁ)は、どう思う?」

 

 桂花というのは、曹操軍の帷幕を支える荀彧(じゅんいく)のことであった。名門の出であった荀彧は、初め袁紹のもとに出仕していた。しかし結局、馬が合うことはなかったのである。袁紹の配下のままでは、己の才を充分に活かし切ることなど到底無理だろう。そう判断した荀彧は、隣国で評判のよい曹操をつぎの主として選んだのである。

 彼女の才能を買った曹操は、すぐさま側近として登用した。自らの見出した者に対しては、迷いなく重用する。そういう果断さを、曹操は持つべくして持っていた。

 

「華琳さまが、わざわざ気になさるほどの男なのでしょうか。それなりに兵を集めてはいるようですが、いまがそういう時勢だからともいえます。我らの戦の邪魔をしないのであれば、捨て置かれてもよろしいのでは?」

 

 荀彧は、極度の男嫌いでもあった。姿を想像するだけで、虫酸が走る。できることなら、関わりたくもない。それが本音だった。

 それに、愛する主君が顔も知らない男のことを気にするのが、面白くないのだ。荀彧も、夏侯姉妹と同じく曹操と寝ることがある。透けるような肌。しなやかで細い指。

 そのどれもが、荀彧の身体を熱くさせた。

 

「ふふっ。相変わらずね、桂花は。でも、あれを無視することは許さないわよ。いつの日か、矛を交える時が来るかもしれないのよ。だから、油断なくつとめておくことが、あなたの役割でしょう?」

 

「はい、華琳さま。命とあらば、多少のことなら我慢もできます」

 

 猫の耳のような装飾がついた頭巾が、風に揺れている。荀彧は少しだけ顔をしかめたが、反論をするつもりなどなかった。役目を受けたからには、必ず全うしてみせる。それが曹操という、覇王の器量を持つ者に仕えた荀彧の挟持なのだ。

 

「急ぐわよ」

 

 戦というのは、生き物のようなものである。なにかの要因で変貌し、情勢が変わることもある。

 後方では、許楮(きょちょ)典韋(てんい)が歩兵を叱咤していた。そのふたりも、黄巾軍との戦いの最中見つけた武勇の者である。遅れる兵がいる分だけ、全体の速度が落ちてしまう。曹操の兵は鍛えられているが、兗州から北上してきているために疲労していた。

 戦闘が始まってしまえば、いくらかの疲れなど吹き飛んでしまう。生きるか死ぬかのことであり、死ぬ者はそこまでの運というだけなのかもしれない。とにかく、曹操は全軍を走らせた。昇り来る太陽の日差しが、やけに眩しく感じられた。



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十二

 喚声が聞こえる。戟をぶつけ合い、剣で斬り結ぶ。どちらの兵も、一歩も引き下がろうとはしない。

 「董」の旗を背に連れて、華雄は戦斧を構えた。突撃をかける。騎乗したまま敵を蹴散らしていき、それを何度か繰り返した。金剛爆斧が唸りを上げるたび、数人の首が胴から飛ぶ。力に任せた戦い方だった。それだけに、兵は奮い立つ。

 

「これほどの大軍を相手にする機会など、そうそうあるまい。総員、気合を入れろ。腑抜けたやつがいれば、わたしがこの手で殺してやる。そうなりたくなければ、目の前の敵を殺せ」

 

 中原の兵であれば、怖気づいて役に立たなくなるかもしれない。だが、涼州の兵は違う。辺境の地で育った男たちだけに、肝が据わっている。華雄の檄に叫び、武器を振り上げる。そうして、突撃を開始した。

 再び、喚声があがった。華雄の指揮する軍勢は、董卓軍のうちの五千。総勢二万の軍であるから、四分の一を預けられているということになる。盧植の官軍一万と、天の御遣いに従う三千を合わせれば、都合三万三千の軍勢である。その三万三千が、およそ十万を擁する黄巾軍と鉅鹿郡内でぶつかり合っていた。

 

「詠ちゃん、華雄の隊の後方に後詰をだしてあげて。いまは押してるから平気だけど、息切れした時に支えきれなくなったら大変だと思うの」

 

「ええ、わかってるわ。ったく、突撃するのはいつものことだけど、たまには後先のことを考えなさいよね。ツケが回ってくるのは、たいがいこっちなんだから」

 

「きっと華雄も、詠ちゃんならしっかり援護してくれるって、信頼してるんじゃないかな。そうじゃないと、あそこまで前には出られないと思うよ」

 

 戦場に身を置いていても、董卓は朗らかな雰囲気を維持している。兵たちからすれば、それは泰然としているようにも見えた。大将が慌てずどっしりと構えてさえいれば、兵はそうそう崩れるものではない。

 董卓も、涼州にいる頃から何度も戦陣を経験している。黄巾軍の数は多いが、匈奴のような鋭さはない。自分が臆せず本陣にあり、華雄の勢いを維持させてやれば負けはしないはずだ。総勢が十万であろうと、一度に当たるのはせいぜい一万や二万くらいだろう。その壁を一枚ずつ剥がしていき、最後には馬元義の首を取ればいい。董卓は少しばかり厳しい視線を前線に向け、そう考えていたのだ。

 

「北郷さまのほうにも、気を配っておいてね。なにかあった場合には、すぐ援軍を送れるようにしておきたいから」

 

「そっちも了解よ。まっ、いまのところは心配なさそうだけど」

 

 賈駆が目を向けた先では、十文字の旗が威勢よく行き来していた。数の多い前面を董卓軍が受け持ち、北郷の兵は横撃を狙って左翼を行動している。多少甘い部分はあったが、いい動きをしていると賈駆は見ていた。

 将の質が、兵の練度を補っている。それを上手く取りまとめているのは、やっぱりあいつだ。小さく舌打ちをする。董卓には、聞こえていないようだ。

 おのれの肚のうちが、よくわからなくなる瞬間がある。嫌な男ではない。それは確かだった。誰彼構わずいい顔をするのは気に入らないが、他人の自分が腹を立てるようなことではない。ますます、わからなくなった。

 

「大丈夫、詠ちゃん?」

 

「ごめんなさい、なんでもないの。それより、風鈴さんにも動いてもらいましょう。左右から攻め込んで、ボクたちも中央を抜くわよ」

 

 いまは、くだらないことを考えている場合ではない。軍服の襟を正し、賈駆は伝令を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「前方の敵を分断するべきでしょう。まともに当たったのでは、こちらが不利になるだけです」

 

 郭嘉が言った。一刀は、馬上から敵軍を見つめている。一万はいるのだろうか。それだけでも、自軍の倍以上の敵だった。どう戦えば、味方の損失を少なくできるのか。全員で生きて帰るというのは、考えるだけ意味のないことなのだ。

 関羽の話しを思い出す。そこで、迷いは消えた。

 

「稟の言う通りだろう。愛紗の隊に、ここは働いてもらうぞ。縦横に騎馬を走らせて、敵のまとまりを潰す。タイミングを見て、俺たちも前に出る」

 

 宣言する。関羽はまだまだだと言っていたが、騎馬兵はよく訓練できているように見えた。他の将では、ああはいかないはずだと思った。

 すぐさま、使いの兵を飛ばす。平地だから、駆けていくのがよくわかる。

 

「たいみんぐ、というのは頃合いのことなのでしょうか? まあ、それはいいとしまして。愛紗ちゃんが敵を崩している間は、香風ちゃんに先鋒をお願いしましょうかー。こちらは全体に注意しつつ、前進に備える。そんなところでしょうか、ご主君さま」

 

「ああ、それで間違いないだろう。あの子なら、上手くやってくれるはずだ。誰かいるか、徐晃の隊まで走ってくれ!」

 

 攻守に優れた働きを求めるならば、徐晃だと考えていた。関羽のように激しい采配をするわけではないが、常に相手をよく観察できている。感情の起伏が表れにくい人物なだけに、守備をさせるにはうってつけであった。

 本陣からの命を受け、徐晃の部隊が前進していった。董卓軍による苛烈な攻撃をどうにかしようと、黄巾軍のほうはどんどん兵を前線に送っていた。それを左翼から押し込むように、一刀の兵が圧力をかける。

 

「無理はしなくていい。シャンたちの仕事は、近くの敵を引きつけておくこと。守るよ、槍隊前に出て」

 

 馬腹を蹴り、徐晃は敵軍を睨んだ。槍兵を壁のように配置し、自らは巨大な斧を振り回した。叩き潰し、豪快に切断していく。あたかも、嵐が通り過ぎたかのようだった。

 関羽。赤兎馬のたてがみを、そっと撫でた。闘志が湧く。大声を張り上げ、騎兵に出陣を知らせた。

 騎馬隊の先頭が、赤く染まっている。赤兎の馬体か。それもあるが、それだけではない。荒れ狂う青龍が、黄巾兵の身体を破り裂いているのだ。

 突撃を受けた敵兵は、悲惨というほかなかった。馬上の者は叩き落とされ、蹄に踏み潰されていった。幾人の血を吸ってもなお、青龍偃月刀はとどまるところを知らない。敵陣を荒らし回っているうちに、将らしき姿を見つけた。

 

「お前はこの者らの将か。いや、この際何者でもよい。斬ってしまえば、同じことだからな」

 

 猛進してくる赤兎馬に気づき、黄巾の将は剣を構えた。関羽は聞かなかったが、その男は張曼成といった。まともな馬では、赤兎馬から逃げることすらかなわない。打ち合えたのは、わずかに一合だけだった。

 関羽が武器を水平に薙ぐ。その動きをわかっていたのか、愛馬はさっと首を下げた。張曼成の胴が、ばっさりと割られている。どっ、と落ちていくその身体を、周りの兵たちは唖然として見ているだけだった。

 

「行くぞ。さらに敵を混乱させる。一塊となって、追い散らすぞ」

 

 騎馬隊が、さらに敵をかき分けて進んでいく。恐慌状態になった兵など、使い物にならなかった。たった百騎の集団が、大軍を浮足立たせている。ここが全軍を押し出す好機だ。十文字の大旗印が、総攻めの合図を送っていた。

 

「稟と風は、俺の兵の指揮を頼む。弓矢で向こうの動きを鈍らせてやってくれ」

 

「一刀さまも、出られるのですか」

 

「ああ、そのつもりだ。大将が先陣にいたほうが、士気も上がるだろうしな。何人か見繕ってくれ、凪の隊と合流して攻撃を仕掛ける」

 

 以前のように、張飛とふたりで斬り込もうというのではない。郭嘉は身を案じているようだったが、一刀はそうするべきだと思っていた。

 北郷の血が、熱く滾っている。寡兵で大軍を相手に立ち向かう、この上ない状況といえる。祖先たちだって、勇猛に戦い運命を切り開いてきたはずだ。だから、俺もやってみせる。深く深く、息を吸った。覚悟を決めて刃を抜けば、あとは勝つまで戦うだけだった。

 

「そうだ桃香、何人か指揮してみるか」

 

「えっ、わたしに? そんなこと、できるのかなあ」

 

 側仕えをしている主君が離れると、劉備の手は空いてしまう。最前線に連れていくわけにもいかないから、一刀はそう持ちかけた。

 優しい少女だったが、勇気がないわけではない。それに、兵たちからも慕われている。怪我人がいれば手当をしてやるし、雑事も率先してともにこなしてきていた。劉備のためならば、と力を発揮する兵もいることだろう。

 盧植の門下であったから、軍学についてまったくの素人ということでもない。本人は不安そうだったが、一刀は劉備なら大丈夫だろうと思っていた。

 

「桃香ちゃんがお手伝いしてくれるようになれば、風たちも楽ができるのですよ。その分、他のことに目を向けられますからねえ」

 

「さすがに放っておくようなことはしませんから、安心してください。一刀さまがお決めになられたことですから、しかと補佐しましょう」

 

「……うん、わかった。わたしも頑張るから、気をつけてね……ご主人様!」

 

「期待してるよ、桃香。それじゃ、行ってくる」

 

 騎乗した一刀は、十人ほどを引き連れて楽進のところへ向かった。すでに出撃の準備が整っていたから、部隊が進軍を始める。前方では、いまも徐晃の隊が奮戦を続けていた。隣では、精鋭を伴って張飛が攻撃に出ている。休む間もなく血飛沫が舞い、黄巾軍の伸びた陣形は崩壊しかけていた。

 右翼から行動を開始した盧植の兵は、巧みに敵兵を狩っていく。弓兵による斉射をかけたかと思うと、すぐさま槍兵を繰り出し白兵戦に持ち込んでいった。大将自体の武勇はないに等しいが、その分戦術は老獪だった。

 敵が逃げ腰になったとみるや、歩兵を包み込むように動かしていく。じわりじわりと締めるように包囲を狭めていき、黄巾軍に反撃を機会を与えようとはしなかった。

 「董」の旗が、中央で躍りに躍っている。華雄隊の突撃の勢いは、まだ消えてはいない。開戦してから、千や二千は討ち取ったのだろうか。華雄も兵も、返り血を大量に浴びていた。

 

「左翼の一刀くんも、突破に成功しているみたいね。こちらも遅れずについていきましょう」

 

 盧植が腕を上げ、兵らに前進することを伝える。右翼の戦いは、順調に進行していた。

 

 

 

 

 

 近くにいる敵兵を、手当たり次第斬っていく。天の御遣いが前線に現われたと知ると、北郷軍の兵の士気は俄然高まった。撹乱を終えた関羽も隊に戻り、千人の兵を操っている。敵軍は多いが、味方の死傷者はまだあまりでていない。それだけ、軍としての練度が上がってきている証拠だった。

 また一度、攻撃をしかけた。先を走る一刀の馬を追い、楽進も敵を倒していった。騎乗している敵を腕力に任せて打ち倒し、ついで武器を奪った。あまり得意ではなかったが、長物も使えないわけではない。槍で打ち据え、突き殺してしった。

 一刀のほうもよく刀を振るい、黄巾兵を馬上から叩き落としている。日は、まだまだ高い。できるならば、この日のうちに決着をつけてしまいたい。董卓と盧植も、そう考えているはずだった。

 

「押しているからといって、油断はするなよ。凪、斥候を出しておいてくれ。伏兵がないか、探っておきたい」

 

「承知いたしました。すぐにそうします」

 

 楽進が兵を数人呼び、周囲に向けて散らばらせていった。半時間ほど後、そのうちのひとりが当たりを引いて帰ってきた。存在がわかっている伏兵ならば、対処はできる。一刀は伝令を各隊に派遣し、戦闘に戻っていく。戦場のわきにある山から喚声が起こったのは、その少し後だった。

 二千の黄巾軍が、味方を救援しようと走っている。まず騎馬兵が、徐晃の部隊に噛み付いた。すぐさま徐晃は対応し、百人ほどを連れて防戦に向かう。前線は、于禁に委任した。

 伏兵を、誘い出した形となっている。張飛も隊を転進させ、そちらの迎撃に当たる。抜けた持ち場には、交代するように徐晃隊が入った。

 

「来ましたねー、稟ちゃん。風たちで、伏兵の横を突いちゃいましょうか」

 

「ええ、そのつもりよ。桃香殿も、お覚悟を」

 

「うん、行こう。みんな、徐晃ちゃんの部隊を助けにいくよ。きっとここが踏ん張りどころ、だから頑張っちゃおう!」

 

 劉備の願うような出陣の掛け声に、兵たちは沸き立った。芯の強い女性なのだ。任されたからには、なんとかやってやろうという気持ちで臨んでいる。

 郭嘉と程昱も、劉備の健気な姿勢に感銘を受けていた。だから、未完の大器を寄り添うようにして、両側から支えてやった。

 奇襲をかけたつもりだった黄巾軍は、予想外の防戦に戸惑っていた。山肌を駆け下りてきたから始めは勢いがあったが、それをいなされてしまうと攻め手が乏しくなってしまう。徐晃が守り、張飛が敵を揉む。将の気迫が、兵にまで乗り移っていた。

 中央の董卓軍本隊にも、その情報が届いていた。やはりそうか、という感じで賈駆はやってきた知らせを聞いていた。

 

「月、報告があったわ。黄巾のやつら、北郷たちのほうに兵を伏せていたみたい。苦戦している様子ではないけど、援護に二千ほど回してもいい?」

 

「うん、そうして。この後のこともあるから、もう少し多くてもいいんじゃないかな」

 

 董卓軍の本隊でも、出撃の準備が始まっている。鉅鹿での戦いは、決着のときが近づこうとしていた。



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十三

 戦場(いくさば)の音が、風に乗って聞こえている。誰しも、必死だった。武器を振り、血を流し、そして死んでいく者がいる。敵の屍を踏み越えた先にしか、勝利というものは存在しないのだ。

 董卓、盧植、そして北郷の軍旗が、盛んに揺れ動いていた。北郷軍へ援兵を派遣すると同時に、董卓は本隊を前進させていた。戦の潮目は、いまここにある。そう判断し、全軍に出撃を命じたのだった。

 董卓軍が黄巾の大軍を粘り強く突破し、隙間を開けていく。その様子を、張角は丘の上から見つめていた。この大戦の責任の一端は、自分たちにもあるのだ。そう思うと、いたたまれなくなった。

 さりとて、なにかができるわけでもない。だからこそ、もどかしいのだ。あの男、馬元義も、その視線の先のどこかにいるのだろう。再会したとしても、かける言葉はみつからないのかもしれない。口が上手い男なだけに、言いくるめられてしまうかもしれない。そこで、唇を噛んだ。

 

「姉さん、ここにいたんだ」

 

「心配かけちゃったかな。ごめんね」

 

 張宝と張梁が、隣に並んだ。どちらも、戦況が気になるようだった。妹たちには、弱気なところを見られたくない。だからいつものように、張角は明るく振る舞おうとした。

 

「……ッ」

 

 言葉が出なかった。いま、一刀たちが戦っている相手は、ほとんどが憂国の思いを抱いた民なのである。矛盾を抱えた戦場であったが、一刀も董卓もそれは承知の上なのだ。ここで叛乱の大もとを潰さなければ、待っているのはさらなる混乱でしかない。それだけは、避けなければならなかった。

 国の根幹は、いま激しく揺れている。中央にいる宦官や大将軍の何進(かしん)は、どこまで危機を感じ取れているのだろうか。

 民衆がこぞって立ち上がり、各地の豪族たちもそれに乗じているのだ。優秀な将軍が、ひとりでも多く必要な時なのである。それなのに、盧植のような将軍を、くだらない讒言により失脚させてしまっている。

 皇甫嵩(こうほすう)朱儁(しゅしゅん)といった将軍が、各地で善戦してはいた。曹操や孫堅といった、気骨のある人物がいないわけでもない。されども、その力の源たる朝廷が、腐りきっている。

 権力争いばかりに力を注ぎ、政が誰のためにあるのかが、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。後漢の命脈は、もういつ消えてもおかしくないところにまで来ているのだ。

 

「祈りましょう、姉さん」

 

「れんほー、ちゃん?」

 

 丘から、両軍の戦いを見守る三姉妹。その胸中には、様々な思いが交差している。そう言って張梁は、両手を身体の前で握った。目を閉じ、静かに祈りを捧げているようだった。うん、と頷くと、張角も妹にならって手を結んだ。

 

「わたしたちには、祈ることくらいしかできないわ。一刀さんや、みんなが無事に帰ってこられるように。なにより、この戦が少しでも早く終わるように。それしか、できないの」

 

「ちっぽけなんだね、わたしたちって」

 

「そうだよ、ちーちゃん。だから、もっともっと頑張らなくちゃ。この国のみんなに、笑顔になってもらえるように。今度こそ、ほんとうに」

 

 祈りながら、張角は歌を口ずさんでいた。穏やかで、癒やしを与えるような歌だった。妹たちも、それに続いていく。優しい歌声が、風に乗って広がっていった。

 ひとりでも多くの、悲しみを拭ってあげられますように。確かな思いを込めて、張角は歌うのだった。

 

 

 

 

 

 

 土煙があがる。原野を駆ける騎兵。その中心に、曹操の姿はあった。体躯こそ小柄であったが、そこから発せられる闘気は並のものではない。

 曹操の義理の祖父を、曹騰という。強大な権力を持つ、宦官だった。能力のある男で、朝廷内で辣腕を振るったものだった。それゆえ蓄えた財も膨大で、それが曹操軍の後ろからの支えともなっている。

 曹操のことを、宦官の家系だからと(あざけ)る者もいる。そういう者は、ひとを表面でしか見ることができないのだ。侮るのならば、侮ればいい。自分の目は、そんなところに向ける暇などありはしない。天下の行く末、それだけを見続けていなければならないのだから。曹操は、小さな身体に壮大な野心を宿していた。

 その両隣。夏侯惇と夏侯淵は、すでに戦闘態勢に入っている。曹操からの命令があれば、二人はすぐさま飛び出していくことだろう。

 三人のすぐ後ろ。荀彧が、わずらわしそうに腕で顔を隠している。時折砂埃が目に入ってしまうのか、辛そうにしながら馬を走らせていた。のんびりとしている余裕はない。騎乗したままの軍議となった。

 

「華琳さま、鉅鹿で戦が始まっているようです。董卓の軍勢が、盛んに黄巾どもを押している様子だとか」

 

「少し、遅れてしまっているようね。戦場まであとどのくらいかしら、秋蘭」

 

「はっ。多く見積もっても、十里(約四キロ)ほどかと。まだ充分に、間に合う距離でしょう。騎兵だけ先行させるというのも、ひとつの手ではありますが」

 

 夏侯淵の話しを聞き、曹操は打つべき手を考え始めた。野戦では、官軍のほうが優勢であるという。涼州の兵は精強だし、天の御遣いの兵もよく戦っているのだろう。黄巾軍が十万あるとはいえ、潰走させるまでそう時間はかからないのかもしれない。

 そうなると、この遅れがやはり響くことになりかねなかった。ただ追撃に加わっただけでは、あまり旨味もない。それでは世間の評も、董卓を中心としたものになるはずである。

 高みを目指すのであれば、名声は必ずや必要となってくるだろう。自然とついてくるものともいえようが、飛躍を望む現状を鑑みれば、目立った功をあげて損はないのである。

 

「近くに、城があったわね。桂花、そちらには兵がどのくらい残っているの」

 

「けほっ……、は、はいっ。黄巾軍は、董卓との決戦に重きをおいているようです。調べが確かならば、五千ほどしか守備兵はいないはずです」

 

 満足そうに、曹操はうなずいた。ならば、取るべき道はひとつだ。董卓らが野戦で黄巾軍を破ったとしても、数万で城に籠もられては、厄介なことになるかもしれなかった。

 鉅鹿城を急襲して攻め落としてしまえば、敵の戦意を挫くことにもなるだろう。曹操の軍は一万五千。城攻めをするには、守備側の十倍の兵が必要だと、一般的にはいわれている。だが、曹操は悠長に城を包囲する気などなかった。始めから攻め続け、勢いのままに敵城を呑み込んでしまおうとしているのである。

 

「華琳さま、我が兵に先鋒を御命じください。たとえ城攻めであろうと、勇猛に戦い門を打ち破ってみせます!」

 

「当然でしょう、春蘭。あなたの隊に、季衣(きい)も連れていきなさい。あの子も、夏侯元譲の戦から学べるものがあるはずよ」

 

 季衣、というのは許楮の真名だった。典韋のほうは、流琉(るる)という。その許楮は、いまも典韋と一緒に歩兵たちの尻を叩いて進軍をしている。この二人は、もともと陳留近辺の村で暮らしていた幼馴染だった。

 どちらも劣らず怪力を誇っており、その武勇をもって村を襲撃してくる賊軍と戦っていたのだ。救援にやってきた曹操は、未熟ながらも見どころのある者がいる、と感心したものだった。当然、すぐに許楮と典韋は召し抱えられた。

 曹操は、夏侯姉妹のつぎを担うのならば、その二人になるだろうと考えている。飛び出しがちな許楮を、典韋がよく抑えこんでいる。そのあたりも、夏侯惇と夏侯淵の関係に似ていた。二人も、近頃姉妹に懐いているようだった。

 

「姉者のほうに季衣をつけられるということは、こちらには流琉を?」

 

「ええ、そのつもりよ。秋蘭も、流琉の強さは頼もしいでしょう」

 

「そうですね。荒削りな部分はまだまだ多いのですが、磨けば必ずやよい将軍になってくれるでしょう。それに流琉の突破力があれば、わたしの弓兵がさらに輝けますから」

 

 曹操の軍は精強であったが、なかでも夏侯淵の兵が放つ弓には特筆すべきものがあった。弓矢といえども、強弓を引くものがいれば相当な距離まで攻撃を届かせることができた。

 夏侯淵の隊は統率も見事にされているから、敵軍は一度に凄まじい射撃を受けることになるのだ。その威力は、連携の取れた歩兵がいることによって何倍にもなるだろう。典韋であれば、いつしかその役割をこなしてくれるようになるはずだ。夏侯淵は、笑顔を浮かべながらそう期待していた。

 

「決まりね。誰かある!」

 

 曹操が伝令を呼ぶ。城攻めの段取りが決定した。夏侯姉妹の部隊を中心とし、曹純、曹仁、曹洪が搦め手を攻撃する。

 ひとを集める才能はあるが、戦に関してはそれほどではない。それが、黄巾軍の首魁に対する曹操の評価だった。ならば、敗れる道理などあるはずもなかった。

 夏侯惇が豪勇をもって鍛え、夏侯淵が理を説いて形作った軍勢なのである。緩みはない。どれだけ疲れていようが、開戦となれば力を発揮してくれるだろう。そう信じているからこそ、迷わず采配を振るえるのだ。

 

「いくわよ。総員、気合を入れなさい」

 

 ほどなくして、曹操軍は鉅鹿城に到達した。古い話をすれば、鉅鹿は(しん)軍と()軍が激闘を繰り広げた地でもあった。戦いの主役となったのは、かの項羽(こうう)である。項羽は、鉅鹿での戦いにおいて、寡兵で秦軍を大いに破ってみせた。名声を得た項羽のもとには、兵が次々に参集していった。

 そういう故事にあやかろうとは、曹操自身考えていることではない。だが、将兵たちは吉事だと、士気を高揚させているようだった。軍内随一の武をもつ夏侯惇を、項羽に重ねて楽しんでいるのかもしれなかった。

 あえて、締め付けるような真似はしない。勢いというのは、殺してしまえばそこまでのものになってしまう。ならば、そのまま敵にぶつけてしまえばいい。

 夏侯惇が、先陣をきった。愛剣である七星餓狼(しちせいがろう)を振り上げ、雄叫びを上げている。歩兵を主体とした隊だった。前を走る兵には矢除けの楯を持たせ、夏侯惇はともに前面に立った。

 巨大な丸木を数人で担がせ、門扉に打ち付けていくのである。同行している許楮も、鎖の先に結びつけた鉄球を振り回し、門に何度も叩きつけている。

 城兵がそれを傍観しているわけもなく、弓を頭上から振らせてきた。その矢のなかに、石も混じっている。防衛のために、城壁には落石用の石が積まれていた。弓に不慣れな兵であっても、それならば戦うことができる。ある意味、我慢くらべだった。

 南門を夏侯惇が激しく攻め立てていることで、ほかの門の守りは確実に薄くなった。頃合いを見ながら、曹操は曹純たちに命令を発した。

 

「柳琳たちは、春蘭と反対の門を攻めなさい。秋蘭は、南門の援護をしてちょうだい」

 

「承知いたしました。城壁の兵に、たっぷりと弓を味わわせてやりましょう」

 

「それと、全軍にこう伝えなさい。城壁に我が軍の旗を立てた者には、特別の褒賞を取らすとね。兵たちも、それでもっと励んでくれることでしょうよ」

 

 伝令が散り、夏侯淵も部隊を率いて城攻めに加わっていく。ここまでは、上手くいっている。このままいけば、日が落ちるまでに鉅鹿城を攻略することも可能であろう。それならば、もうひとつ手を打っておくことができる。曹操は、荀彧を手招きした。

 

「いいかしら、桂花」

 

「はい、華琳さま。足の早い兵が、入り用になりそうでしょうか」

 

「あら、冴えているわね。さすがはわたしの荀文若、といっておきましょうか」

 

 敬愛する主君に褒められて、荀彧は嬉しそうに小さく微笑んだ。もし荀彧が愛玩動物であれば、左右に尾が揺れていることであろう。そのくらい、喜びようがわかりやすかった。

 

「董卓たちの戦場に、鉅鹿城が落ちた、という伝聞を流しなさい。使う人数は、あなたに任せるわ。とにかく、広範囲に知れ渡ることが重要よ」

 

「はい、華琳さまの仰せのようにいたします。これでやつらも、足下をすくわれたような形になるんですね」

 

「いくら反朝廷の思いで結束していようと、所詮黄巾軍は烏合の衆よ。帰る場所がなくなったと聞けば、さぞ慌てることでしょうね。それじゃ、わたしたちも動くとしましょうか」

 

 曹操自身の隊は、どれかの門に集中して攻撃をかけるということはなかった。柔軟に配置を変え、敵が気になるような動きをする。

 数時間、曹操軍は休むことなく攻め続けた。やがて南門のほうで、情勢に変化が起きた。城壁には、長梯子がかかっていた。その先で、城兵が悲鳴を上げている。

 

「者ども、臆せず次々と昇ってこい! この辺りは、わたしが殲滅しておいてやる!」

 

 守備側の隙きを突いて、夏侯惇が駆け上がったようだ。すでにひと仕事終えているようで、その周囲には黄巾兵の死体がいくつも転がっていた。

 夏侯惇を討ち取ろうと、城壁の弓兵が狙いを定めている。掛け声と同時に、矢が放たれた。

 

「このような矢で、わたしを殺せるものか。そうだな、どうしてもというのなら、秋蘭でも連れてきてみるがいい」

 

 矢を躱しながら、夏侯惇は嗤っている。その次の瞬間には、弓兵の首が飛んでいた。七星餓狼が血を吸って、深紅の炎を纏っているようにも見えた。

 城内で、怒号が飛び交っている。夏侯惇に気を取られている間に、門の守備が疎かになってしまっていたのだ。すかさず、許楮たちは攻勢を強め、ついに城門を打ち破ったのだった。

 堅牢な門さえ突破してしまえば、黄巾側に兵力で勝る曹操軍を止める手立てはなかった。夏侯惇が兵と合流し、中の敵兵を掃討していった。夏侯淵が典韋を自由にさせているようだったから、許楮もそうさせていた。典韋もかわいがってはいたが、どうせなら許楮に功第一を取ってもらいたい。夏侯惇の、親心のようなものだった。

 

「おお! やったか、季衣!」

 

 掃討を続けながら、夏侯惇は城壁を見上げている。「曹」の旗が、雄々しくはためいている。旗の柄は、許楮が堂々と支えていた。

 夕陽が、赤々とその姿を照らしている。ひとつ大きくうなずいて、曹操は全軍に勝ち鬨をあげさせた。



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十四(桃香、華雄)

 敵軍のなかを、一刀たちはひたすらに突っ切っていた。一万か、それとも二万か。後ろには、目もくれない。馬腹を蹴り続け、進むことだけを考えた。

 かき乱すことができれば、それでよかった。かたまった部隊の間を駆け抜けると、すぐにまた馬首を来た方向へ返していく。立ち上る土煙が、騎兵たちの姿を隠してくれているようだった。

 

「とにかく、走るんだ。敵兵には構わなくていい。陣形を崩せば、あとは後ろの味方がやってくれる」

 

 先頭を駆けながら、一刀は叫んでいた。自軍の騎兵百に、援軍として遣わされた董卓の騎兵四百を加えている。

 董卓軍の騎兵は、涼州産の馬に跨っていた。さすがに、よく走る。感心している間もないが、一刀は心中で董卓に謝辞を述べた。

 乗馬が巧みな涼州兵に、側面を固めさせている。動きにバラつきが起きないようにするため、最後方は楽進に任せてあった。

 天の御遣いに働きで負けていられない、と涼州兵もよく頑張ってくれていた。陣形が崩壊したところから、関羽や徐晃の兵が雪崩込んでいっている。

 本隊の一部を預けた劉備は、うまく役目を果たしたようだった。心根の優しい少女だということは、一刀もよく知っている。あのとき関羽あたりが側にいれば、反対されたかもしれないと思った。

 劉備は、困難に立ち向かえる強さを兼ね備えている。初めて出会った日も、そうだった。

 自らの剣の力量くらいは、理解していたはずなのだ。それでも、悪漢たちに立ち向かえるくらいの勇気を持っていた。

 その行いを、無謀だという者がいるかもしれない。しかし一刀は、劉備の無垢な気高さを買っていたのだ。

 

「もう一度、敵陣を突っ切るぞ。抜けた後は、味方の動きに合わせて挟撃の体勢に入る」

 

 身体に疲労は溜まっていたが、気持ちの面ではまだまだ働けそうではある。

 黄巾軍十万といっても、その隅々にまで訓練が行き届いているわけではなかった。蜂起した民衆の集まりだから当然ともいえるが、そこが弱点でもあった。

 軍の中核をなす精鋭は、首魁たる馬元義の周りに配置されている。その分、分厚そうに見えていた外壁は、存外脆かったのである。

 

「華雄の部隊が抜け出したか。さすがに強いな」

 

 中央で暴れまくっていた華雄が、ここに来て黄巾軍の陣を貫いたようだった。華雄の勢いを落とさないために、董卓も次々と後詰の兵を送り込んでいっている。

 あの軍の動きを見ていれば、そのまま馬元義を討ち取ってしまえるのではないか、と一刀は思った。

 程昱などは、主君に今後のための武功をあげてほしい、と願っていることだろう。

 これだけ、世の中が乱れてしまっているのだ。徐々に任官などは形骸的なものとなっていき、力と名声を備えた者こそが、版図を広げていくことになるだろう。これは程昱だけでなく、郭嘉もそう考えていた。

 次代の、天下。それを意識して行動している群雄は、数えるほどしかいないはずである。

 風前の灯火とはいえ、漢王朝はいまだ確かに存続しているのである。漢による支配というのは、この地に生きる人々にとっては当たり前のことだった。

 そこに、新たな命脈を起こそうという者がいる。曹操も、そのひとりだった。

 

 

 

 

 

 

 終わってみれば、案外あっけなかったようにも感じられた。華雄が敵陣を突破した頃には、鉅鹿の城が落ちたという流言がかなり広がっていたようだ。

 その報は、馬元義の耳にも入っていたのだろう。明らかに、黄巾軍の動きが鈍り始めたのである。

 そんな好機を、董卓らが見逃すはずもなかった。盧植を黄巾本隊の後背に回り込ませると、董卓はさらに苛烈に敵陣を攻めた。

 黄巾の精鋭は三万ほどであったが、続々と屍を晒すことになった。最初はよく防いでいたのだが、北郷軍が参戦してからは、形勢が一気に傾いたのである。

 鮮血を浴びながら、華雄が戦斧で敵兵を切り潰していった。その近くでは、赤兎に乗った関羽が馬上から偃月刀を振り回していた。猛火の如き勢いである。

 その最中で、黄巾の精鋭と共に戦っていた波才も首を刎ねられていたのだ。

 これ以上耐えられないというところで、馬元義はついに逃げの一手を選んだ。

 南へ行けば、まだ再起の芽は残っている。青州にもかなりの数の仲間が残っているし、兵力さえあれば豪族どもを扇動することはそう難しいことではなかった。

 とにかく、一度体勢を立て直せればいいのだ。叛乱の期間が長引くほど、朝廷の威信には傷がついていくのである。

 だが、その願いが叶うことはなかった。馬元義が逃亡することを考えて、郭嘉が先手を打っていたのだ。

 郭嘉から命を与えられた張飛は、南方の街道を見張っていた。

 従う兵は騎馬ばかりが五十ほどであったが、それで構わなかった。最も重要なことは、逃げてくる敵を素早く見つけることなのである。

 馬元義の居場所さえ見つけてしまえば、強引に斬り込みをかけて討ち取ってしまえばいい。張飛はそのつもりだったし、郭嘉も好きなようにさせていた。

 張飛は大きな街道に到着すると、五十の騎馬を五つの組に分けた。郭嘉からの助言だった。それら全てを別の方角へと走らせ、一定の時間が経つと帰還させたのである。

 兵が帰還してくる毎に、送り出す方角を変えていった。そうしていると、段々と情報が集まってきた。

 どうやら馬元義は、一万の兵を囮に使おうとしているようだった。一万が敵軍の気を引いている間に、自身は間道を通って落ち延びようとしていたのだ。

 存在を目立たなくするために、護衛は最小限しか連れていなかった。百人程度では、どれだけ精強であろうと張飛の敵ではなかったのだ。

 手近な騎馬だけを率いて報告のあった地点に急行した張飛は、驚く敵軍に対して乗り崩しをかけていった。

 そのなかで、明らかに守りを固められている人物に目星をつけていた。そこを目掛けて、今度は蛇矛をひゅんひゅんと唸らせながら突っ込んだ。距離が詰まる。狙いすまされた一撃が、男の首を飛ばした。

 張飛は首を兵に拾わせると、念を込めてその場の掃討を行った。北郷軍のなかでは、張三姉妹くらいしか馬元義の顔を知らないので、そうするしかなかったのである。

 陣へと持ち帰られた首は、すぐさま検分されることになった。そうなることを覚悟していたのか、三姉妹は一刀の頼みを快く受け入れた。

 久方ぶりに対面した馬元義は、物言わぬ人となっていた。

 三姉妹は顔を確認すると、揃って深くため息をついた。三人にどのような感情が生まれたのかは、一刀にはわからないことだった。それでも、労りを込めて抱きしめてやることはできたのである。

 

「今日はよくやってくれた。みんな、楽しんでくれたらいい。ただし、羽目を外しすぎないようにな」

 

 夜になって、兵たちには酒と肉が振る舞われた。戦勝には祝いがつきものだろうと、程昱が賈駆と相談して準備していたらしい。

 一日中戦っていただけに、兵たちは大喜びで酒で喉を焼いた。

 

「あー、ご主人様だあっ。ねえねえ、一緒に飲もうよお」

 

「桃香、もうかなり酔ってるな。酒を飲んでも飲まれるな、とはよくいったものだ」

 

 身体に絡みついてくる劉備からは、いつもの甘い香りではなくアルコールの匂いがしていた。

 無理もない、と一刀は思った。劉備に慣れない指揮をさせたのは、自分なのである。

 そのせいでストレスを感じてしまったのなら、発散の相手になってやるべきなのだろう、とも思う。

 初めて兵の命を預かったときは、その重さに耐えられるのだろうかと悩んだこともある。それでも、こうして戦い続けることができている。たくさんの支えがあってのことだし、思いを背負うというのは悪いことばかりではないのだ。

 

「ええー? わたし酔ってなんていないよお? まだまだ、飲めちゃうもんねえ」

 

「酔ってる人は、みんなそう言うんだよ。よしよし、こっちにおいで。頭、撫でてあげるから」

 

 真っ赤になってなお酒を呷ろうとする劉備を制止し、一刀は木陰へと移動していく。

 兵たちの喧騒は聞こえているが、ふたりだけの世界のようにも感じられた。さっと吹く夜風が、心地いい。

 地面に座り、膝の上に劉備を寝かせてやった。視線が合うと、酔いの濁りのなかに迷いが見えたような気がした。

 額に触れると、やはり熱い。あまり飲み慣れてもいないだろうから、明日になればひどい頭痛に襲われているかもしれない。そんな風に想像していると、少しおかしくなってしまった。

 

「むうー。ご主人様、なんでニヤニヤしてるのお? わたしの顔、そんなにおもしろいのかなあ」

 

 酔っ払ったせいか、語尾がずっと伸びてしまっている。そんなことないよ、と鼻を突いてみると、さらに拗ねてしまったようだ。

 どう慰めようかと考えていると、劉備が指で股間を引っ掻いてきていた。散々に酔ったつぎは、どうやらそういう気分になったらしい。

 それならば、望むところだった。

 

「うへへー。おちんちん、もうおっきくなってるねー。つんつん、てしちゃうんだから」

 

 劉備の指が、亀頭の表面を押している。まるで知らない物体に触れるように、弱々しかった。

 これでは、子供の遊びとなんらかわらない。それなりには刺激があったが、気分のほうが乗ってこなかった。

 

「桃香のかわいいお口のなかは、どうなっているかな。ほら、開けてみて」

 

 劉備の口内に人さし指を入れると、滑った舌に出迎えられた。粘液の感触。熱く滾ったモノを咥えさせれば、最上の快楽を得られることだろう。

 劉備は、まだ楽しそうに笑っていた。こうして構ってもらえることを、喜んでいるようだった。甘えるような舌の動き。指は遊んでいた先ほどとは違い、しっかりと竿に絡みついていた。

 

「舐めてほしいな。桃香の出来上がった口のなか、すごく気持ちがよさそうだ」

 

「んふふー、いいよお。ご主人様のおっきなこれ、ぱくって食べちゃうね」

 

 ズボンのジッパーをおろす動きも、すっかり手慣れてきている。あれから何度か劉備を抱いてきたが、こういう状況でというのは初めてのことだった。

 正直にいって、外で行為に及ぶことには随分と慣れてしまったような気がしている。多少の緊張感はあったが、そのくらいだった。

 大らかな世界だから、自然とそうなってしまったのかもしれない。あるいは、理性の感覚が狂ってきているのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいいとすら思えてしまう。愛したい女性が側にいて、互いに求め合ってのことなのだ。それ以上、なにを考える必要があるというのか。

 

「んっ、じゅぽっ、じゅぷ……。かたくてあったかくて、おちんちん……すごいよお」

 

「それだけ、桃香のお口が気持ちいいんだ。酔ってるところも、かわいいよ」

 

 酩酊しかかった思考では、よく理解できていないのだろう。劉備はだらしなく笑うと、すぐにまた奉仕を再開した。

 頬の内側を、跳ねる亀頭が抉った。急速に昂ぶってきてしまっているのは、唾液に混ざったアルコールのせいだろうか。

 劉備のことを考えないのであれば、力任せに喉奥を犯したいくらいなのである。気を鎮めようと、耳を隠している桃髪を掬ってやった。

 

「えへへ、くすぐったいよお。じゅうっ……、いやらしいお汁、どんどんあふれてきてるねえ。ご主人様、きもちいいんだあ」

 

「ああ……。桃香が俺の好きなところ、しっかり舐めてくれているから……たまらない」

 

 ざらついた舌の裏側が、先端の表皮をねちっこく責めてきているのがわかる。思わず、少し腰を浮かせてしまった。酔いに支配されていても、奉仕に抜かりはなさそうだった。

 もう少しで、射精してしまえるかもしれない、と考え始めていた。その矢先である。

 足音。振り返った先には、華雄がいた。

 

「どこにいったのかと捜していたが、こんなところにいたか。北郷、お前もなかなかやるじゃないか」

 

 酒盃を片手に、華雄はくつくつと笑っている。

 別に、蔑んでいるわけではなさそうである。だから一刀も、劉備に口淫をやめさせようとはしなかった。

 

「あれだけの戦をしたんだ、お前も気が昂ぶって当たり前だろう。なかなか、いい戦いぶりだった」

 

 隣に腰を下ろした華雄は、残りの酒を全て飲み干したようだ。昂ぶっているというのは、自分もなのだろう。ぎらついた瞳が、闇に浮かんでいた。

 ならば、わざわざこうして出向いてきた理由は、ひとつしかないはずだった。

 

「張飛から、話は聞いているぞ。なんでも、すごいものを持っているらしいな」

 

 華雄の視線が、奉仕を受けたままの下腹部に向かっている。それで余計に興奮してしまうのは、少々申し訳なく感じてしまう。

 いま自分のためにしてくれているのは、あくまで劉備だったからだ。

 劉備の頭を、数回撫でた。思いを、いくらかは伝えることができたのだろうか。

 

「わかったよ。それなら、三人で楽しむとしようか」

 

「そう来なくてはな。吝嗇では、大将などつとまらんぞ」

 

 華雄の肩を抱き、顔を寄せた。直接触ってみると、案外ほっそりとしているように感じられた。唇は、女性らしく柔らかい。わずかに野生的な味がしているのは、華雄らしいといえるのかもしれない。

 飾るような動きは、やはり好みではないようだ。すぐに舌が絡んできて、口内を舐め尽くされていく。負けじと、劉備も唾液で水音を立てている。

 

「ふうっ……。そういえば、董卓さまとはどうなのだ? 賈駆がやかましくてかなわんだろうが、もう済ませたのか」

 

「いや、華雄が期待しているようなことはなにも」

 

「なんだ、つまらん。ならば明日にでも、さっさと抱いてさしあげればいいだろう。董卓さまも、待っておられるはずだ」

 

 雰囲気というのは、華雄にはほとんど必要ないのだろう。肉を貪り、火照りを昇華させる。それができれば、あとはどうでもいいのかもしれない。

 そういう華雄の、女の面を見たくなった。肉欲の発散以外で、男を使ったことがないのだろう。俄然、その先を教えてやりたくなった。

 

「桃香、華雄にも場所を空けてやってくれないか」

 

「んんー? もう、しょうがないんだからあ……よいしょっ」

 

 男への奉仕など、考えたこともないのだろう。不思議そうにこちらを見つめる華雄が、なぜだかおかしかった。

 怪しい笑みのまま、劉備は胸部を露出させていっている。服の上からでも、見るからに柔らかそうな乳房なのである。

 白い薄皮のような生地がめくれ、艶めかしい肌色の部分が覗いていた。

 

「おお、そのようにもするのか。なあ北郷、わたしにはどうしてほしいんだ」

 

 華雄の目には、好奇心があるように思えた。興味がないわけでは、なさそうなのである。

 あるいは、これまで対等に接してくれる男に巡り会えなかっただけなのかもしれない。慕ってくれる配下はいても、そこまでだったのだろう。

 男の愛し方というものを、自分が教え込んでやれるのだ。興奮はできるだけ隠しながら、口淫の方法を聞かせてやった。

 

「じゃあ、わたしはこっちで気持ちよくしてあげるねえ。ほらあ、ご主人様のだいすきな、おっぱいだよー」

 

 劉備がやりやすいようにと、地面に寝転んだ。少し冷たかったが、こうすれば乳房の温度をより感じることができるのだ。

 口で表せないほどに、柔らかい。どちらかといえば、関羽のほうは張りが強めなのである。劉備の乳房は、とにかく男を甘えさせてしまうようなとろけ具合だった。

 それだけに、本人が挟み込んでいるつもりでも、こちらには大した圧力はやってきていない。代わりに極上の感触が、股間を伝ってやってくるのである。

 

「華雄には、さっき教えたように口でしてもらいたいんだけど、できるか?」

 

「あ、ああ。もちろんだとも」

 

 もう一度、確認する。華雄の頬が赤くなっている。酒気のせいだけでは、ないはずだった。

 劉備の乳房から飛び出すような形になっている亀頭に、華雄が口をつけた。

 つい先程まで咥えられていたのだから、多少はきれいになっていると思う。初々しく唇が吸い付くと、華雄による奉仕が始まった。

 

「ん、ひゅ、ううっ……。こら、あまり動くんじゃない。どうだ、上手くできているか」

 

「悪くはないよ。そのまま、先全体に口づけをするようにやってみて」

 

「む、その言い方はなにか引っかかるな……。まあいい、ちゅ……ちゅっ」

 

「がんばってる華雄さん、ちょっとかわいいかも。んしょ、ほらほら、こっちはどうかなあ?」

 

 たどたどしい唇の動きと、乳房による大胆な磨り上げ。そのどちらも、手放し難い快楽を与えてくれていた。

 このままでもよかったが、華雄のかわいらしい様子をもっと見てみたくなった。峻厳とした武人の面は、じわりと剥がれつつあったのだ。

 

「華雄、尻をこっちに向けてみてくれないか」

 

「んっ、はあっ……。まったく、注文の多い男だ。ほら、これでいいのか」

 

 引き締まった尻が、顔のすぐそばまでやって来た。ゆっくりと撫で回しながら、下着越しに口づけてやった。

 口淫をしながら興奮していたのだろう、そこはわずかに湿っぽかった。

 

「なにをするんだ、あっ、くうっ……」

 

 抗議の声は無視して、下着をずらしていった。

 膣口にそっと触れる。予想外に、つるっとしていて綺麗だった。指で左右に広げながら、内側の味を確かめていく。僅かに、塩気を感じる。汗の味がしているようだった。

 

「どうしたんだ、華雄。口のほうが、お留守になってるぞ」

 

「ふっ……、くそっ。このまま、いいようにされてたまるか」

 

「がんばれー、がんばれー。ご主人様にせーえき、いっぱいだしてもらうんだからねー」

 

 乳房で竿を押し上げながら、劉備は華雄のことを応援していた。酔っているせいもあって、半分挑発をしているようにも聞こえる。

 本人には悪気はないのだが、華雄はそれで闘争心に火がついたようだった。

 

「劉備、といったな。貴様にも、わたしは負けんぞ。北郷の精は、わたしが吐き出させてみせよう」

 

 いきなり、亀頭が熱に包み込まれた。華雄の口内に、入り込んでしまったのだろう。

 劉備のようなねちっこい舌づかいはしてこないものの、なんとしてでも精液を出させようという信念が感じられた。

 

「むっ、けほっ、ごほっ……。まだまだ……ッ」

 

 つい喉奥にねじ込んでしまったのか、華雄が咳き込んだ。唇の収縮や、口内の粘膜を使って、快楽を与えようとしてくれているらしい。強引だったが、急なシフトチェンジに射精感が高まっていく。

 こちらも、舌先を膣内に潜り込ませていった。

 

「んっ!? くふっ、じゅぽっ、ふうぅううううううう……!」

 

「華雄のここ、もうべっとべとになってるな。俺の方も、もうそろそろイクよ」

 

「ご主人様、でちゃうのー? それじゃあもっと、おっぱいでごしごしってしてあげるね」

 

 口淫の動きが激しくなるのと同時に、乳房による奉仕も熱を増していった。柔軟に形状を変化させる肉が、ぴったりとあてがわれている。

 逃げ場など、どこにもなかった。一心に快楽を味わっていることで、男根は限界まで大きくなってしまっている。

 はちきれそうな亀頭をきつく責められ、根本は甘やかされているのだ。そのギャップが、狂おしいほどに心地よかった。

 

「あっ、きゃっ!? でたでたっ、びゅるびゅるって、音までしてるみたいだね」

 

「うおっ! んんっ、なんだ、これほどまでとは……。苦くて、しょっぱくて……わたしまで興奮してしまうようだ。あむ、ちゅぱ……。どこまで出すつもりだ、北郷め」

 

 華雄の口内から外れた先端から、大量の精液がぶちまけられていった。どちらの顔も髪も胸も、精液の濁った白で染められていった。

 まるで好物を食すかのように、劉備は指に付着した精液を舐め取っている。それを見ていた華雄まで、どういう風味がするのか気になったようだ。

 体の芯まで、発情しきっているのだろう。いやらしく口を開く華雄の陰部は、埋められることを願っているはずだ。雌の香りが、強くそのことを主張していたのである。

 

 

 

 

 

 

 一息ついた後、一刀の上に華雄が騎乗位の形で乗っていた。しかし、ただ入れさせたのではなにも変わらないだろう。そう考えた一刀は、劉備に挿入の手伝いをさせることに決めた。

 華雄の力を持ってすれば、劉備の細い腕を振り払うなど造作もないことのはずである。それでも、華雄がその選択を取ることはなかった。

 一刀の提案に従っていれば、もっと快楽を得ることができるのではないか。華雄の脳内は、そう甘くささやいていた。

 

「まだ、おちんちんの先も入ってないのになあ。それなのに華雄さん、すっごく期待しちゃってるんだもん」

 

「う、うるさいぞ。このような辱めを受けるなどと、わたしは虜囚ではないのだからな」

 

 全裸になった華雄の両腿を、劉備が手で下から支えている。それより深くは、まだ挿入することを許さなかった。扇情的な光景。一刀の男根が、びくんと大きく跳ねた。

 進行は、劉備に任せてあった。意外なくらい従順な華雄のことが、面白くなってきたのだろう。ひたすらに焦らし、時折言葉責めすら交えていたのである。

 

「うーん、しょうがないなあ。なら、ちょっとだけだよ。ほーらっ」

 

「うう……、ああっ……。これっ……、すご……ッ! まるで、北郷に貫かれていくようだ……!」

 

 艶めかしく微笑んで、劉備は少しだけ手を下におろした。ぐちゅり、という音と一緒に亀頭が膣内へ飲まれていく。それだけで、華雄は表情をとろけさせていた。

 より多くの快楽を欲して、膣肉が絡みついてきている。何重もの襞に、しゃぶり尽くされているような気分だった。

 

「こんなに濡らすなんて、華雄はいやらしいな。そんなに、これが好きなのか」

 

「あ……、うあっ……。そんな、ちがっ……」

 

「このまま一気に奥まで入れてしまったら、どうなるんだろうな。まあ、もうしばらく、こうしているつもりだけど」

 

 華雄の目が、一瞬だけ気色ばんだ。最後まで入れてもらえるかもしれない、そう思ったのだろう。

 ただし、別にこれは罰を与えているわけではない。この状況を続けられているのは、華雄がそう望んでいるからにほかならなかった。だから、少しばかり刺激を与えてやる。

 

「く……おおっ。そんなところばかり、この……ッ」

 

 陰核を指で潰してやると、気持ちよかったのか内部が小さく震えていた。華雄から垂れてきた愛液で、股間はさぞ淫靡な香りを放っていることだろう。

 

「いいなあ、華雄さん。ご主人様のおちんちんでいじめてもらって、こんなに気持ちよさそうにしてるんだもん。わたし、はやく欲しくなってきちゃったかも。そうだ、くすっ……」

 

 嫉妬の色を浮かべながら、劉備はいきなり支えていた腕を外した。その口が、ごめんね、と動いているように見えた。

 どん、という衝撃が下腹部に走る。重力に負けて、華雄の腰が滑り落ちていったのだ。

 膣内はすでに潤滑されきっていたから、なんの抵抗もなかった。これまで時間をかけてきた分、華雄の膣内は仕上がりきっていたのだ。

 そこに、一刀の太い軸がずるりと入り込んだのである。

 子宮口に、亀頭が勢いよくぶつかった。半開きになった華雄の口から、かすれた吐息がひゅうひゅうと漏れる。

 相当、いまのは効いたはずだ。内部が、痙攣すら起こしてしまっているようにも感じられた。望んでいた通り、華雄は強い快楽を享受しているようだった。

 

「ごめんねえ、華雄さん。ほんとは、もっとじっくりされたかったよねえ」

 

「あ゛あ゛……、ん゛く゛っ……、ん゛ん゛……ん゛っ!?」

 

 劉備の指が、華雄の乳首をころころとこね回していた。あまり膨らみのない乳房だけに、中心の隆起がはっきりと見て取れている。

 ぷっくりとした突起が、きゅうっと引っ張られる。劉備は、己の指が快楽を生み出していることを楽しんでいるようだった。

 膣内の痙攣は、まだ続いていた。乳首への愛撫も、こんな状態ではかなりの刺激となっているはずだ。

 軽く、円を描くように腰を動かしてみる。すると、華雄の表情がまた歪んだ。自分では、もうどうしようもなくなっているのだろう。愛液も、止めどなく溢れてしまっている。

 

「ねえねえご主人さまあ、わたしにも……してっ?」

 

「我慢、できなかったんだな。うん、一緒に気持ちよくなろう」

 

 ずっと、こうして欲しかったのだと思う。

 劉備が押し付けるように差し出してきた胸を、鷲掴みにしてやった。

 淡く広がった乳輪を丹念に舌で舐め、興奮を呼び起こしていく。舌先で隠れた乳頭に触れてやると、劉備の気持ちよさそうな声が聞こえてきた。

 

「ご主人様にぺろぺろってされるの、好きなんだもん……。あ……、うう、そこ……もっとお!」

 

 身体が、疼ききっているようだった。少々の刺激では、もう満足することはできないのだろう。

 二本の指で乳輪の割れ目を押し開き、軽く歯を添えながら乳首を露出させてやった。震えている。見るからに、敏感そうだった。

 唾液をまぶし、赤ん坊のように乳を求めて吸っていく。舌先では、なぜか甘味を感じてしまっていた。これも、きっと興奮によるものなのだろう。

 

「いい……、気持ちいいよお……ッ。乳首、もっとお……ご主人さまあ!」

 

 乳房の肉は、掴む度に面白いくらい形を変えていった。それこそ、いつまでも触っていたい、そういう代物だった。

 下腹部に、動きを感じた。劉備に集中している間に、どうやら華雄も意識がはっきりとしてきたらしい。腰を打ち付ける音が、辺りにまで響いている。

 劉備の果実を味わいながら、時々奥をついてやった。不規則な動きであるほうが、きっといまは華雄が楽しめると思ったからだった。

 

「はあ、ふうっ……、北郷、ほんごう……ッ」

 

「ご主人様、わたし……わたし……い」

 

 どちらも、限界が近そうだった。ならば、と身体に力を込めた。

 乳房の吸引を強めつつ、今度は華雄の動きと連動させて膣内を穿っていった。搾り取られてしまう。まさしく、そういう動きだった。

 快楽で、景色がぼんやりと歪んでいった。兵たちの喧騒も、いまはほとんど耳に入っていない。劉備と華雄、二人を愛することだけに、一刀は没頭していた。

 

「ぐ……ッ、おおっ」

 

 弾ける。尿道から溢れ出した精液が、華雄のなかを満たしていった。急激な締め上げが、絶頂の証左だったか。

 華雄の腹筋が、細かく律動している。一刀の胸に手を置いて、体内で感じる熱を耐えているようだった。これほどまでの快楽を味わったのは、華雄も初めてのことだった。

 

「よかったよ、華雄」

 

「ん、そうか……。やはり、お前は普通ではないみたいだ。こんなにも乱されるなんて、考えもしなかったからな」

 

「ご主人様ってば、ほんとにすごいよねえ。だからあ、つぎはわたしの番……だよね?」

 

 胸での絶頂くらいでは、劉備は満足していないようだった。

 どの道、一刀もそのつもりではいたのだ。乳房から口を離すと、今度は劉備の唇を吸う。それだけで、華雄のなかにいる男根は少し力を取り戻していった。

 今夜は、まだ昂ぶりが収まりそうにもなかった。

 華雄と場所を交代し、今度は劉備が上に乗っている。期待に振るえるしなやかな指が、男のものを陰部へと導いていった。

 

「あっ、いいっ……、うあ……っ」

 

 愛液が糸を引く劉備の媚肉を、一刀は貪欲に貫いていくのだった。



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十五

 馬の尾が、ゆらゆらと揺れている。馬蹄が順に土を叩き、小気味いい音を立てていた。

 駆けていても、戦の爪痕はよく見える。これが、叛乱を起こした人々の望みだったのだろうか。そう思うと、一刀の心は虚しくなった。

 気づけば、同乗している程昱の腿を撫でていた。柔らかく、温かい。スカートの内に少し手を入れてしまっても、程昱は何食わぬ顔で受け入れたままだった。

 

「どうなるかな、これから」

 

「どうにも、ならないかと。一度起きてしまった流れは、そうそう変わることはありませんから。ご主君さまの旺盛なすけべ心が衰えることがないのと、同じなのかもしれませんね」

 

 程昱は、いつものように笑っていた。

 スカートの内側で、手が重なる。小さな手だ。それでいて、懸命に包み込もうとしているのである。いじらしさで、胸が一杯になりそうになった。

 わかっている。馬元義を討ち取ったところで、全てが好転するはずもなかった。叛乱は下火になりはするだろうが、それだけなのである。

 そこから先、いったい自分になにができるのだろうか。そのことを、最近はよく考えてしまう。

 

「風はこれでも、ご主君さまに賭けているのですよ。その思いを、志を、もっと大きく広げていってほしいのです。この国は将来、さらに乱れていくことになるでしょう。ご主君さまだって、それがわかっているから悩んでおられるのではー?」

 

 厳しいことを平然と言ってのける、それが程昱でもあった。それゆえに、信頼することができる。

 天下。それを意識するのは、とてつもなく恐ろしいことのように思えてしまう。言葉にするのは簡単かもしれないが、その道中では夥しい量の血が流れることであろう。叛乱を鎮圧するのとは、わけが違うのだ。

 人々ためか。野心のためか。根底にある志がどうであれ、やることには大して変わりがない、と一刀は思った。

 

「お兄ちゃん、風、どうかしたの?」

 

 二人のやり取りを眺めていて、徐晃はなにか気になったようだ。ぼんやりと空を見つめているようでも、護衛として周囲には常に気を配っていた。

 

「ああ、なんでもないよ。少し……、ね」

 

「香風ちゃんも、気をつけたほうがいいですよお? ご主君さまは隙きあらば、このようにあらぬところをまさぐってこられるのですから」

 

 そう言って、程昱は握っていた一刀の手をさらに中へと誘い込んだ。すぐ隣に馬をつけているから、徐晃にも二人の状況がわかってしまう。

 見られたからといって、いまさらじたばたすることではない。そもそも、一刀はそういうつもりで触れたのではなかった。

 人肌に触れていると、心が落ち着くのである。愛する人の体温を、身近に感じることができる。それ以上の幸せなど、ありはしないだろう。

 

「お兄ちゃん、いけないよー。お外であんまりそういうことしてたら、愛紗に叱られる。このまえも、すごかった……」

 

「うっ……、そうだな。あんまり怒らせてしまうと、そのうち赤兎に乗って追い立てられるかもしれない」

 

「それは、考えただけでも恐ろしいのですよー。愛紗ちゃんがそういう現場に遭遇しやすいのも、困りものですねえ」

 

 星の巡り合わせとでもいえばいいのだろうか。とにかく、関羽は情事に出くわすことが多かった。生真面目な性格でもあったから、その度に注意をされていた。妬いてくれるのはありがたいことだが、青龍偃月刀を持ち出されたのではそうもいっていられなくなる。

 前回の体験を思い出して、徐晃は小さく身震いをしていた。

 

「あっ、あれかな」

 

 身震いをしていた徐晃が、前方を指さしている。どうやら、目的の場所に到着したようだった。

 鉅鹿城のすぐ側に、曹操は陣を構えていた。長居をするつもりもなかったから、あえて城には入っていなかったのだ。

 城内に蓄えてあった兵糧は必要な分だけ接収し、あとは周辺の民に分け与えられた。そのほとんどが、まともな手段で集められたものではなかったのだ。

 叛乱によって土地が荒れれば、それだけ収穫は減ってしまうことになる。曹操の配慮に、民たちは感謝していた。

 

「このあたりか。曹操殿の陣屋は……っと」

 

 曹操の陣を訪問するために、一刀はここまで足を伸ばしてきたのである。

 董卓も、あとから向かうと聞いている。普通であれば、朝廷から直に命を受けて戦っている董卓のほうに曹操が出向くべきであろう。そうしなかったところにも、董卓の人の良さが表れているのかもしれない。

 目の前で、長い金髪が左右に揺れている。程昱が、興味深そうに陣地を見回していた。曹操の兵は、装備がしっかりとしている。武具が端々にまで行き渡っており、調練の様子もきびきびとしていた。軍を率いる曹操の、性格が垣間見えるようでもあった。

 

「さすがに、きちんとされているようですねー。風たちの軍もそれなりにはなってきたかと思っていましたが、もっと頑張る必要があるのかもしれません」

 

「そのへんのことは、持ち帰って話し合うしかないな。稟や愛紗も、考えていることがあるだろうし。……香風、どうかしたのか?」

 

「なんだろう、だれかに見られてるような? ぴりぴりっ、てしてるわけじゃないけど、ちょっと気になる」

 

 武人の勘が働いているのか、徐晃は忙しなく周囲を見回していた。とはいえ、特段どこかから殺気を向けられているようには思えない。なにかと喧嘩腰だった夏侯惇の姿も見えないし、思い過ごしではないのかと一刀は言いかけた。

 陣の入り口で馬から降り、近くにあった木に繋いでおいた。しばらく歩いていると、徐晃の受けた視線の正体がはっきりとしてきた。

 

「はあっ、はあっ……。な、なんてかわいらしいお方ですの」

 

 見えてしまった。大きめの陣屋の影。そこから、少女の顔が半分ほど覗いている。長い金髪。曹操のものではなかった。記憶を探り、一刀は以前対面した将の顔を思い出そうとしていた。

 曹洪。あの日、夏侯惇とは別のベクトルで、敵愾心を向けてきた少女だった。とっつきにくい印象で、会話のきっかけすらもらえなかったことを覚えている。その曹洪が、なにやら恍惚とした表情で影から徐晃を見つめていた。

 

「ひゃっ……!? お兄ちゃん、シャン……こわい」

 

「ご主君さまは、あちらの発情美少女をご存知なのですか? ちょっと雰囲気が特殊すぎて、風では太刀打ちできそうにありません」

 

「あんまり、おかしなあだ名をつけたらいけないよ……。あの子は、確か曹洪殿だ。曹操殿の、従姉妹だったと思う」

 

 一度謁見したことがあるといっても、無断で曹操の陣屋に足を踏み入れるわけにもいかないだろう。行くということは伝えてあったから、北郷だということを確認してもらえればそれでよかった。

 曹洪とは面識があったし、さすがに取次くらいはしてくれるだろう、と一刀は考えたのである。

 

「な、なんてかわいらしいお方なんでしょう。わたくし、胸がときめいてしまって……、はあっ……」

 

「曹洪殿」

 

 陣屋の縁にしがみつきながら、曹洪は肩を震わせている。あまり近づきたくないのか、徐晃は一刀の背に身を隠していた。

 構わずかけた一刀の声は、少しも耳に届いていないようだった。曹洪は熱っぽい視線を徐晃に向け、物欲しそうに巻き髪をいじっている。

 

「あうう……。お兄ちゃん……」

 

「はっ!? え……、ええっ!?」

 

 徐晃の姿が完全に見えなくなったことで、曹洪はようやく一刀のことを認識したようであった。

 男嫌いなのは相変わらずのようで、気づいた途端に侮蔑を含んだ視線を向けられていた。それでも徐晃のことは気になっているようで、なんとかその影を追おうと一刀の周囲を回っているのである。

 

「どうしてですのっ!? あなたのような男のところに、どうしてそのようなかわいらしい……」

 

「むー、これは厄介な相手ですねえ。女たらしのご主君さまにも、こんな弱点がおありだったとはー。ならばここは、無理を承知で風がなんとかして差し上げるべきでしょうか」

 

 どうすれば、興奮しっぱなしの曹洪を止めることができるのだろうか、と程昱は思案する。考えがてら、指で宝譿を数回揺らした。そうすると、なんとなくいい考えが浮かんでくるような気がしていたのだ。

 

「……そこの嬢ちゃん。嬢ちゃんがご執心になってるその子だがねえ、そっちの兄ちゃんと……ごにょごにょ、……ってな具合なんだぜ」

 

「う、嘘っ……!? そのようなこと、断じて許せませんわ! くううっ、やはり男なんて……所詮ケダモノなんですっ!」

 

 宝譿から何事か耳打ちされ、曹洪はさらに怒りをあらわにしている。どう見ても、事態は悪化してしまっていた。

 一刀には、程昱が火に油を注いだようにしか思えなかったのである。

 

「なあ……風、さっきよりややこしくなっていないか。まさか俺の気のせい、ってことはないよな」

 

「あれれー、おかしいですねえ。風としては、あまりの衝撃に曹洪ちゃんが気絶してしまうことを狙ったのですが。ふむうぅうううう…………うううううぅうううう……、ぐう……」

 

「寝るなっ!」

 

 諦めの境地に達して眠る程昱を、一刀は強引に起こしにかかった。そういえば、こんな漫才のようなやり取りをするのも久しぶりな気がしていた。董卓と合流してからは戦続きだったから、くだらない会話をすることも少なくなっていたのだ。

 

「栄華、そこまでにしておけ。まさか、我らの陣に侵入してくる愚か者がいたわけではあるまい?」

 

「おやおやー? どなたか知りませんが、このお姉さんはお話を聞いてくれそうな感じがしますねえ」

 

 騒ぎを耳にしたのか、陣の奥から人がやって来た。夏侯淵。相貌は理知的で、ひんやりとした色の髪が特徴的である。

 助かった、と一刀は胸をなでおろした。夏侯淵とは言葉を交わしたことがあるし、なにより自分が来ることを把握しているはずだった。いまだ隠れたままの徐晃に出てくるよう促し、夏侯淵に声を掛ける。

 やはり来訪のことが伝わっていたのか、夏侯淵は合点がいったように一刀を見つめ返していた。

 

「久しいな、北郷殿。話は色々と聞いているぞ。あれから、随分と身代を大きくしたようだな」

 

「妙才殿も、息災そうでよかった。その話の内容は、あえて聞かないでおくよ。ところで、孟徳殿は御在陣かな?」

 

 夏侯淵にたしなめられ、ようやく曹洪は居住まいを正していた。それでも気に入らないのは同じなようで、苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向いていた。

 

「うむ。華琳さまは、ちょうど先ほど戻られたところだ。栄華、北郷殿が来たこと、伝えてきてはもらえないだろうか」

 

「ええ、そうさせていただきますわ。……それでは、わたくしはこれで」

 

 両者の不和が明らかだったので、夏侯淵が気を回した形になった。一刀も曹洪も、そのほうがよほどありがたかった。

 取り付く島もない、とはこのことを言うのだろうな、と一刀は思っていた。常に接しなければならない人物であれば、関係を改善する努力をするべきだろう。だが、曹洪の場合はそうではなかった。であれば、触らぬ神に祟りなし、ともいえるのだ。



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十六(風、香風)

「いやはや、なかなか強烈なお人でしたねー。香風ちゃん、大丈夫でしたか?」

 

「うん、シャンはへーきだよ。でも、ちょっと疲れちゃったかも……」

 

 去っていく曹洪の背を見送りながら、徐晃は大きく息を吐いた。よもや、同性からあのような熱意を向けられるとは考えてもいなかったのだろう。

 

「すまなかったな。普段はああではないのだが、その子がよほど気に入ったのだろう。許してやってくれないか」

 

「うん、いいよ。シャンはお兄ちゃんの後ろに隠れてたから、変なこともされてないし」

 

「香風をかわいい、って思う気持ちはわかるけど、あれにはさすがに驚いたな。俺なんて、男ってだけで相手にしてもらえないのに」

 

「ふふっ。なんだ、相手にしてもらえれば、ちょっかいでも出すつもりだったのか? 栄華もそうだが、そういう意味では桂花も危ないかもしれんな。噂をすれば、ほら……あれが荀彧だ」

 

 大将の陣屋らしき建物の前に、数人の姿が見えていた。曹操と夏侯惇のことは、覚えていたからすぐにわかった。その隣に、見知らぬ人物がいる。それが、夏侯淵のいう荀彧なのだろう、と一刀は結論づけた。

 以前陳留で謁見した折には、まだ仕官していなかったのかもしれない。

 曹操の参謀を挙げるとするならば、荀彧は外すことのできない存在である。その内の郭嘉と程昱は、時の運によって自身の側についているが、やはり歴史の流れに沿っていくのが基本的なパターンなのだろうか。一刀はそのようなことを考えていたが、夏侯淵の言ったことも多少気にかかっていた。

 

「孟徳殿」

 

「あら、来たのね。ここで立ち話というのもなんだから、中に入りましょうか」

 

 荀彧と、一瞬だけ目が合った。ちっ、という舌打ちが聞こえる。向けられた視線は、曹洪からのものより鋭かったように思える。荀彧も単純に男が嫌いなのだろうが、それ以上の含みがあるのではないか、と一刀は感じていた。

 

「それにしても、あの城を半日ほどで落とすなんて、曹軍の手際はすごいな。俺たちのほうにかなりの数が布陣していたといっても、楽な城攻めではなかっただろうに」

 

 陣屋に入り、一刀と曹操は床几に腰を下ろしていた。相も変わらず、荀彧からは刺すような視線が飛んできている。

 少々の居心地の悪さに頬をかきつつ、一刀は話し始めていた。

 

「わたし自身は、それほど働いたわけではないのよ。春蘭……、夏侯惇らが素晴らしい戦果を上げてくれたからこそ、ああして上手く事が運んだのだといえるわ」

 

「か、華琳さま……ッ。そのように褒めてくださるとは、ううっ……」

 

「事実なのだから、褒めるのは当然のことでしょう? 配下にいい働きをさせてあげることも、将としての務めよ。立場がどうであれ、それは変わらないことだと思っているわ」

 

 曹操が一刀に語りかける様子は、教え子を諭しているようにも見えなくはない。

 堂々としている曹操の姿からは、どこか余裕すら感じさせるものがあった。厳粛なようであったが、固すぎるということもない。組まれた足は美しく、男を見惚れさせてしまうような気品を漂わせていた。

 なるほど、これが曹操か、と程昱は心中で頷いていた。一刀に惹き寄せられていなければ、間違いなく郭嘉と程昱は曹操の才に(かしず)いたことだろう。

 飛び抜けた俊英が、最上級の白磁の如き美麗さを兼ね備えているのである。たとえそちらの気がなくとも、曹操を主君と仰いでみたくなるのは当然のことであった。

 

「見習えそうな部分は、見習わせてもらうさ。いまは俺にも、守らなければならない人たちがたくさんいるんだ」

 

 それはなにも、程昱たちに限った話ではなかった。一刀はいまや、一箇の軍を束ねる立場にあるのだ。放浪する義勇軍のようなものであるとはいえ、そこには確かな主従関係があった。

 旗揚げ当初から付き従ってきた者。天の御遣いの名声を聞いて集まってきた者。そして、武働きの場を求めてやって来た者。それぞれが、個々の思いを抱いて軍に参加しているのである。それらを取りまとめ、飢えさせないために立ち回ることも、大将たる一刀の責任といえよう。

 

「ふん。あんたが華琳さまの真似をするなんて、百年、いえ……千年は早いんじゃないかしら」

 

「桂花、慎みなさい。わたしはいま、北郷と話をしているの」

 

「……申し訳ありません、華琳さま。わたしとしたことが、つい口が滑ってしまったようです」

 

 荀彧は、どうにも一言多そうな性格をしていた。こうなるのではないかとなんとなく予想していただけに、一刀は特になにか反論しようとはしなかった。夏侯淵の言葉通り、厄介な相手であることに間違いはなさそうだった。

 平然としている一刀を見て、余計にいけ好かない奴だと荀彧は思ったのかもしれない。曹操が制止していなければ、他にも罵倒が口から飛び出ていたことであろう。

 程昱が、平たい目で荀彧の顔をじっと観察している。他勢力の参謀の性質は、把握しておいて損はないのである。

 

「悪かったわね、北郷。桂花には、あとで罰を与える必要があるのかしら?」

 

 この程度のことで、なにも配下を罰しなくてもいいだろう。それとも、この曹操にはそういった加虐的な一面があるのだろうか。そんなことを考えていた一刀だったが、荀彧は罰すると言われたにも関わらず、なぜだか瞳を輝かせてすらいた。

 思い違いでなければ、なにかを期待しているような表情だった。口から漏れ出た吐息が、僅かに艶めかしい。

 なにかに似ているな、という気がした。程昱が、耳元でささやいてくる。

 

「……まるで、ご主君さまにいじめられる前の稟ちゃんみたいですねえ。あの期待に震えている感じなんて、そっくりではありませんか?」

 

「ああ、いわれてみれば……、って何気に酷いぞ!」

 

「どうかしたの? あなたの従者は、やけに楽しそうだけど。くすっ……」

 

 意味有りげに笑う曹操の姿は、やけに絵になっている。唇につけられた人さし指が、女としての魅力を醸し出しているようだった。思わず、本能が刺激されてしまう。

 危険な女だ。一刀の脳内では、警鐘が鳴り響いていた。同時に、以前よりも興味が湧いてしまっていた。情けないが、男というのはそういう生き物でもあるのだ。

 徐晃の視線が、なんとなくじっとりとしている。内心を悟られたのかもしれない。恥ずかしくなって、咳払いをした。

 

「ともかく、そこまでしてもらわなくてもいいって。なんだろうな、このところ……こういう扱いに慣れてきてしまったのかもしれない」

 

 最近では普通に会話をする仲になった賈駆にも、当初ひどく嫌われていたことを思い出した。いまでは賈駆なりに、董卓を思ってのことだったのだと理解している。それに、素直でないところも含めて、好ましいと感じ始めている自分がいる。そのことを話せば、またしても機嫌を損ねてしまうのだろうが。

 

「そうかしら……? ふふっ、罰は与えなくていいそうよ。北郷が寛大な男で残念だったわね、桂花」

 

 曹操に加虐的な面があるというのは、間違いではなさそうだった。荀彧をからかいながら楽しげに笑う横顔に、一刀は一瞬ぞくりとさせられてしまった。

 やはりというか、曹操とのことを邪魔されて、荀彧は怒っているようだった。相性が悪い人間と、こうも連続して出会うことはそうあるまい。どの道なにを言おうが怒りを助長させるだけであるから、一刀は曹操のほうを向いて話題を変えることにした。

 

「孟徳殿は、この先どうするつもりなんだ?」

 

「この先、ねえ。ひとつ、例え話をしてもいいかしら」

 

 曹操の纏う雰囲気が、また変わった。

 視線は鋭く、全てを見通しているかのようでもあった。

 

「一度流れ落ちてしまった水は、決してもとへと帰ることはない。北郷、あなたにもそれは理解できるわね」

 

「ああ。……続けてくれ」

 

「いまこの国の根幹となるべき器には穴が空き、いたるところに欠落が見られるのよ。もはや、修繕するだけでは手遅れでしょう。誰かが、新しい器を用意する時が来ているのだと思うわ」

 

 ようするに、曹操は漢による支配体制が限界を迎えているのだ、と言っていた。朝廷内の腐敗は、既に誰もが知るところとなっていた。そこに来て、黄巾軍が大規模な叛乱を起こしたのである。その身に野心を秘めている者からすれば、これはまたとない好機にも見えているはずだった。

 

「あなたの言いたいことは、よくわかった。だけど、干からびかけた器に、再び水を注ごうとしている人だっている。そのやり方も、俺は間違っているとは思わない」

 

「それは、董卓のことをいっているのかしら」

 

「そうだ。現存している体制を崩してしまえば、間違いなく乱世になってしまうだろう。そうなれば、各地で戦が起こることになる。領土を巡った争いになるんだ、いまの叛乱よりも、ずっと激しい戦いになるのは目に見えている」

 

 曹操は、黙って一刀の考えを聞いていた。瞑目している。話しを聞き終えると、ゆっくりとその瞼が持ち上げられていった。

 覇王。そう表現するに、ふさわしい迫力を備えている。荀彧は、心酔しきった様子で曹操のことを見つめていた。

 

「甘いわね。そんな甘い覚悟では、この国は変えられない。でも、どうしてもというのならやってみなさいな。それ自体、邪魔をするつもりはないわ」

 

 いまはね、と曹操は言葉に付け足すことを忘れなかった。自分こそが、この国の次代を導くのだと強く決心している。そのためならば、どんな障壁であろうと打ち破る腹積もりなのだろう。

 恐ろしい人物だと思いはしたが、やはり大きい。いまは、曹操に飲まれないようにするだけで精一杯だった。

 

「少し、休憩にしましょうか。董卓はまだ着かないようだし、こんな話しばかりしているのは息が詰まるのよ。陣の中では自由にしてもらって構わないから、また後ほどね。行くわよ、三人とも」

 

「はい、華琳さま」

 

 息が詰まると曹操はいったが、最後に気を使われたようで悔しさが残った。しばらく床几に腰掛けたままだった一刀の身体を、徐晃が後ろから抱いた。自身の出番を奪われてしまったようで、なにやら程昱は不貞腐れている。

 

「お兄ちゃん、おつかれさま」

 

「ありがとう、香風」

 

 子供っぽいような、甘い香りがする。徐晃の細い髪が顔の側面に触れ、少しくすぐったかった。このまま抱かれて眠ってしまえれば、心地よい夢を見られるのだろうな、と一刀は思った。

 小さな舌が、右耳を軽く舐めているようだった。動物が、毛づくろいをしているような感覚なのだろうか。甘美な痺れ。癒そうとしてくれている徐晃には申し訳なかったが、その動きは官能を生み出してしまっている。自然と、下腹部には熱が籠もっていった。

 

「なるほどなるほどー、ならば風も参加しちゃいましょうか。んん……、れろっ」

 

 一刀の左耳を、今度は程昱が舐め始めた。その舌使いは徐晃よりも積極的であり、滑った先端が耳の内部を何度も刺激していった。自らの陣屋で情事に臨んでいるのとはわけが違う。ここは、あの曹操の陣屋なのだ。そう考えるほどに、身体の芯は熱く火照っていった。

 

「楽にしていてくださいね。わたしと香風ちゃんで、んんっ……、気持ちよくしてさしあげますから」

 

「お兄ちゃん、お耳ぺろぺろされてこーふんしてる? おちんちん、かちかちだね」

 

 徐晃の手が、ズボンの屹立している部分に触れた。小さな手のひらで、ころころと転がされてしまう。布越しの微妙な刺激が、焦らされているような感覚を発生させていた。

 始めは不思議そうな表現をしていた徐晃だったが、そういうことだとわかれば話は早かった。一刀に開花させられて以来、せがんで外で交わることが多かった。元々、そういう素質を備えてはいたのだろう。その乱れっぷりは、一刀も驚くほどであった。

 

「シャンできもちよくなって、お兄ちゃん……。もっと、がんばるから、ぺろっ……えう……」

 

「やりますねー、香風ちゃん。ご主君さま、風も負けてはいませんよお?」

 

 頭の両側から、ねちょっ、ねちょっ、という粘り気のある音が聞こえる。二枚の舌は不規則に動き、好き勝手に耳を蹂躙していった。

 ぞくぞくするような快楽を、脳に直接注ぎ込まれているかのような感覚。男根は、もう痛いくらいに勃起してしまっている。

 

「すごいよ、二人とも……。なにも、考えられなくなりそうだ……ッ」

 

「はい、是非ともそうなっちゃってください。いまは、風たちの舌だけに集中していいんです。おちんちんさんを大きくして、いやらしいことだけ考えていれば……あむっ、ちゅるっ……」

 

「おちんちん、どんどんおっきくなる……。すごいね、お兄ちゃん」

 

 頭の中が、快楽に染まっていく。程昱と徐晃の奏でる音だけが、淫らに耳朶を打っている。

 気持ちいい。二人に身を任せてしまえば、全てが融けてしまうようだった。

 

「あっ、んむっ、ちゅるっ……、ぴちゃっ……」

 

「れろっ、ぺろっ、じゅう、ちゅう……う」

 

 直接なにかをされなくとも、そのうち射精してしまうのではないか。恋人たちに耳を犯され、ただ熱い息を放っているだけの自分。

 客観的に見てしまえばおかしくもなるだろうが、いまはひらすらに浸っていた。程昱が、唇で耳の輪郭を食んでいる。少し、舌を休めたいようだった。

 

「ここなんて、どうなんでしょうかー? 気持ちいいですか、ご主君さま?」

 

 上着の隙間に手を入れ、程昱は一刀の胸元を弄っていた。その指先が、こりっとした突起を探り当てる。声が漏れる。いままでにないくらい、感じてしまっていた。

 

「んふふー、よろしいんですねえ。乳首で感じてしまうなんて、かわいいご主君さまなのですよお」

 

「お兄ちゃん、おっぱいきもちいいの? シャンも、やってみるね」

 

 耳を舌で愛撫されながら、乳首を責められているという異質な状態。それが他人の陣屋で行われているとあっては、強烈な倒錯感に襲われるのも当然のことであった。

 

「う、ああっ……うあっ」

 

「気持ちよさそうな声、でちゃってますよお? れろっ、乳首も、おちんちんに負けないくらいかたくなって……」

 

「これ、楽しいかも……。いつもはかっこいいけど、今日のお兄ちゃんはかわいいね」

 

 苦しそうな出っ張りを見かねて、徐晃はズボンから男根を解放していった。ぶるん、と全体が大きくしゃくり上げる。それを見て満足そうに微笑むと、徐晃は一刀と唇を重ねた。

 

「ふうっ、はむっ……。えへへ、お兄ちゃんとちゅーってするの、シャン……大好き。もっと、しよ」

 

 熱を持った舌が、口内を自由に暴れまわっている。絡ませようとしても、するりと逃げていってしまう。いまの徐晃は、そういう楽しみ方をしているようだった。

 不意に、左の胸に強い刺激が走った。程昱が、爪を使って乳首を抓りあげたためだった。

 徐晃の情熱的な口づけに、嫉妬してくれているのだろうか。耳元の水音が、また大きくなった。

 

「ああ……、すごく気持ちいいよ、二人とも」

 

「おちんちんさんの先っぽ、触れていないのにすごいことになっちゃってますねー。あっ、出てしまいそうなときはいってくださいね。陣屋にご主君さまのこってりとした精液が飛び散っていたら、荀彧ちゃんが卒倒してしまいかねませんので」

 

 もしそうなれば、言い逃れは不可能であった。曹操の陣屋には、男が出入りすることなどまずなかった。兵からの報告であれば、夏侯淵や荀彧が聞いてくるからである。

 興奮が、より高まっていった。普通であれば考えもしないことを、考えてしまう。床几に、壁に、自分の出したものが付着していれば曹操はどのような表情をするのだろう、と考えてしまった。

 あの整った顔を、どんな風に歪ませてくれるのだろうか。少し想像してしまっただけでも、怖いくらいの快楽が背筋を突き抜けた。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃ……ん」

 

 淫靡さをあらわにした徐晃が、一刀の乳首をこね回しながらじゅるじゅると唇を吸っている。送り込まれてくる唾液は甘く、意識を朦朧とさせられてしまうようだった。いくら飲んでも、まったく飽きる気配がないのである。

 

「香風ちゃんばっかり、ずるいのですよお。いけないご主君さまは、いたずらをされても文句はいえませんよね?」

 

 上着をめくり、程昱は腹のあたりを舐め回しているようだった。そこに、時々ぴりっとした刺激が起きる。どうやら、歯型をつけられているようだった。

 愛の形、と思えば痛みさえ快感に変わった。それに、噛んだ後には必ず優しく舌で痕を舐めてくれるのだ。

 

「風……。俺……もうっ、うあっ……」

 

「しっかり見ていてあげますから、射精しちゃっていいんですよ……ご主君さま。さっきからぴくんぴくん震えて、とっても切なそうなのですよお」

 

 徐晃による乳首責めが、先ほどよりも激しくなっていった。射精が近くなっていることを考えて、程昱は男根の付近を狙って愛撫している。

 快楽に、染め上げられていっている。

 出したい。出してしまいたい。その言葉だけが、脳内では延々とループしていた。

 

「うっ、あ……、ううっ……!?」

 

 その瞬間は、急に訪れた。尿道口がぱっくりと開き、いまにも精液を発射しようとしていた。そうなってしまってからでは、手遅れである。

 俊敏に反応した程昱が、素早く全体を口腔で覆った。爆発する。いつも以上に濁った精液が、瞬間的に小さな口内を満たしていった。

 

「ん……、んぶっ……。ごきゅ……、んんっ……ごくっ」

 

「お兄ちゃん、もっと……。ちゅ、はあっ、んむっ……」

 

 派手な音を立てながら、程昱は多量の精液を飲み下していった。竿には舌が巻きつけられ、貪欲に子種を絞っているようでもあった。

 止まらない。止めることができない。吸われるがままに、精液を吐き出してしまっていた。これまでずっと触れられていなかっただけに、亀頭もなにもかもが敏感になってしまっていた。

 

「ん……、あふ……んんっ、はふうっ」

 

「……お口のなか見せて、風」

 

 ようやく、出し切った感じがあった。言うまでもなく、程昱の口内は白濁に塗れているはずである。その光景を、無性に確かめてみたくなったのだ。

 

「あむっ、くちゅ……、んっ、ふむう、んべえ……」

 

 有り余った精液を口内で咀嚼し、程昱が口をゆっくりと開けていく。ねっとりと、唇に糸が引いていた。精液の白と口内の赤が入り混じり、なにやら幻想的ですらある。

 精液で粘つく口内を、徐晃も興味深そうに観察していた。歯茎にも舌にも、さらには喉の粘膜にさえも精液がべったりと付着してしてしまっている。

 

「零さずに飲めて、えらかったね。口、閉じたらだめだよ。……味はどうだった?」

 

「ふぁい……。とっても、おいひはった、れす……。んくっ」

 

 どうやら、喉奥に残った精液のせいで話しにくいらしい。正直にいって、かなりそそられる状態だった。

 程昱の愛らしい口元が、自分の放った青臭い汁で汚れてしまっている。ここにカメラがあれば、記念撮影をしたいくらいである。

 我慢できなくなったのだろうか。徐晃が、精液を求めるようにして程昱と唇を重ねている。美少女同士の接吻。それもまた、一刀の興奮を駆り立てていく。

 

「あむ、ん……、香風、ちゃん」

 

「シャンにも、お兄ちゃんのとろとろ……、ちょうだい。ちゅぷ、ちゅう……っ、風のお口、お兄ちゃんの味がするー」

 

 勢いを復活させた男根は、雄々しくそそり立っていた。もやもやとした気分も、二人のおかげで消えている。

 程昱と徐晃、どちらから先に礼をしてあげようか。一刀が陣屋の入り口に人気を感じたのは、そんな時だった。

 

「ふっ、なかなか出てこないから様子を見に来てみれば、まったく……そういうことか」

 

 三人がなにをしていたのか察したらしく、夏侯淵はおかしそうに笑っていた。

 これが曹洪や荀彧であれば、陣地をひっくり返すほどの騒ぎになっていたことだろう。その点だけ鑑みれば、まだ幸運なほうだったといえる。

 

「ほら、さっさと着衣を直さんか。華琳さまには、黙っておいてやる。それにしても、……くくっ」

 

 夏侯淵は、面白そうなものを見た、という風に腹を抱えて破顔している。まさか曹操の陣で、このような行為をする不届き者がでるとは考えもしなかったのだろう。

 

「くふふっ。やってしまいましたねー、ご主君さま」

 

 あとには、一刀の乾いた笑い声だけが建物内に残されていた。



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十七

 董卓を交えての会談の後、曹操は兗州へと帰還していった。曹操の言葉の端々に野心が見え隠れしていたのは、わざとだったのかもしれない。挑発、していたのだろう。董卓にも、そのことははっきりと伝わっていた。

 川に向かって、一刀は地面にあった石を投げた。二度三度と水面を跳ね、とぷん、と石は沈んでいった。

 真横に座っていた董卓は、一刀の琥珀色の瞳をじっと観察していた。触れようとすれば、すぐにでも触れられる。天の御遣いという大仰な名に反して、なんと近しい人なのだろうか。

 惹かれている。初めて会った頃よりも、その感情は確かに強くなっている。董卓は、恥ずかしくなって関係のない言葉を紡いだ。

 

「曹操さん、あのお方は、漢室に未来はないとお考えのようですね。その目は、すでに天下へ向いている、そう感じました」

 

「ああ、月の思っている通りだろうな。それに曹家は、必ずいまより大きくなるだろう。世の中が乱れれば、まず間違いなく頭角を現すはずだ」

 

 曹操が勢力を拡大し、いずれ天下へと打って出る。そのことは、一刀自身が最もよくわかっていた。

 いまはまだ、乱世の序章にすぎないのだ。これからの戦いでは、曹操の言っていたようにより覚悟を決める必要がでてくるだろう。そのためだろうか、程昱との会話を、一刀は思い返していた。

 

「月には、これまで言ってこなかったことなんだけどさ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「風や稟は、俺に天下を取ってほしいんだと思う。愛紗は……、どうかな。やると言えば、ついてきてくれることは確かだろう。ともかく、そういうことを話したことがある」

 

 董卓は、狐につままれたような顔で一刀の話しを聞いていた。その口ぶりに、まだ気持ちがついてきていないことが明白だったからだろう。

 いまの朝廷による乱れた政治を正し、漢王朝の権威を復興させる。董卓は、それこそが最も筋道が通ったやり方だと信じている。それは自らが、漢の臣たる立場にあるからの感覚でもあった。

 

「天下……ですか、北郷さまの」

 

「男として、考えたことがないっていえば嘘になる。だけど、どうしても実感が湧いてこなくて。それに、一地方すら治めたことのない俺が天下なんて……って、ごめん! 愚痴なんて、聞いても仕方がないよな」

 

「くすっ……。いいんですよ、北郷さまのお心の内を聞けて、わたしは嬉しいんですから」

 

 忌憚のない笑顔で、董卓は喜びを表にしていた。これまで考えてこなかったが、そういう道も確かに存在しているのだ。もしそうなれば、いずれ自分と一刀が敵対することもあるのだろうか。

 それだけは、絶対にしたくない。咄嗟に、董卓は首を振って浮かんできた考えを吹き飛ばした。どうかしたのか、という風に一刀は董卓のことを見つめていた。だから心配をかけないよう、精一杯笑ってみせた。

 

「えへへ、平気です。北郷さまがそんなお方だからこそ、風さんたちは天下を取らせたいと思えるんでしょうね」

 

「そう、なのかな」

 

「主従の関係で結ばれていても、北郷さまはみなさんと平等でありたいと思われています。そういった姿勢は、為政者にも必要なんではないでしょうか。自分ですべてを決めてしまうような支配者であれば、いずれどこかで綻びが見えてきます。北郷さまであれば迷ったとき、風さんたちを頼られますよね?」

 

「ああ、それだけは間違いない。俺ひとりにできることなんて、たかが知れている。みんなで力を合わせて来られたから、黄巾軍だって打ち負かすことができたんだ。もちろん、月たちの存在だって大きかった。だから、すごく感謝しているよ」

 

 温かい感情が、董卓のなかに広がっていった。同時に、その考えにも変化が起ころうとしていた。

 たとえ朝廷を完全に立て直すことができなくても、次代への道を切り開くことができればいい。新たな希望、それはすぐ側に見えていた。

 

「ありがとうございます。その言葉、できれば詠ちゃんにも言ってあげてくださいね。きっと、喜んでくれると思いますから」

 

「詠にも……、ね。うん、努力はしてみよう」

 

 双方ともに不機嫌そうな賈駆の表情を思い浮かべ、つい小さく吹き出してしまった。

 蒼空を、鳥が駆けている。鳥の鳴き声につられ、一刀と董卓は空を見上げていた。

 

「それでですが、一旦、わたしは洛陽へ戻ろうと考えています。黄巾軍討伐の報告もしなければなりませんし、つぎの動きにも備えなければいけないですから。北郷さまたちも、同道されますか?」

 

「つぎ……、か。わかった。すまないけれど、先に出発しておいてもらってもいいかな。冀州に戻ってきたことだし、寄っておきたいところがあるんだ」

 

「寄り道、ですか? わかりました。それでは、先に行ってお待ちしていますね」

 

 そう言って遠くに目をやる一刀のことを、董卓は不思議そうに見つめていた。

 この冀州には、かつて一刀の故郷だった場所があった。いまではそこに、大切だった人が眠っている。軍を興してから半年と少し、あっという間だったように思える。そのきっかけとなった黄巾軍の首魁を、ついに討ち果たした。一度顔を見せるには、いい機会だったのだ。

 

「月」

 

「はい、なんでしょう? んむっ……、んんっ……」

 

 衝動的に、一刀は董卓と唇を重ねてしまっていた。董卓の細い手首を取り、さらに抱き寄せる。肩口で整えられた髪から、太陽の香りがしていた。

 驚きによって開かれていた目が、徐々に細まり最後には閉じられていく。どうやら、受け入れてもらえたようだった。

 小刻みに振るえる董卓の手が、後頭部に触れている。たどたどしく、ぎこちなかったが、それでも懸命に口づけに応えようとしてくれているのだ。

 

「んふ……、ふあっ……、んっ……。いきなりでしたから、びっくり……、してしまいました」

 

「悪い。月があんまり、かわいかったから。一応確認しておくけど、嫌だったり……しなかったよね」

 

「ずるいです、そんな聞き方……。でも、こんな風に触れていただいて、嬉しい……、あふっ」

 

 もう一度、今度は思いを確かめるように。華雄の話していた通り、董卓が待っていてくれたのかどうかはわからない。ただ、行動は言葉より饒舌だった。

 かわいらしい鼻息が、時折肌をくすぐっている。これでも、遠慮してしまっているのだろう。試しに舌で唇の割れ目をからかってみると、すぐにさっと退かれてしまった。

 どうしていいのか、わからないようだった。董卓の親友といえば賈駆だったが、あの性分だから男女のことを話題にするとは思えなかった。

 むしろ、意図して遠ざけていたのだろう。年頃を考慮すれば、興味があって当然なのである。

 

「口づけには、舌も使うんだよ。恥ずかしがらないでいい、きっと気持ちよくなれるから」

 

「へう……、気持ちよく……? わかりました……、北郷さま。たくさん知らないこと、教えて……くださいね」

 

 小さな身体を持ち上げ、膝の上で抱えるようにする。先ほどの繰り返しということで、舌で唇をなぞった。粘膜の感触。迎えに出てきた董卓の舌と、ぶつかったようだった。

 すかさずその舌を吸い上げ、こちらに引き寄せていく。董卓の呼吸が、乱れている。体温も、上がっているようだった。

 触れ合っている音を聞かせたくて、わざと動きを大きくしていった。なにも知らない董卓からすれば、全てが未知の領域だった。いやらしく口内を這いずる舌も、下品なくらい大胆に立てられる水音も。

 

「はあっ、ふうっ……。北郷、さま……っ」

 

「平気か? 月がかわいくて、やりすぎてしまったかも」

 

 一刀の膝の上で、董卓は荒い呼吸を続けている。頬は朱に染まり、僅かに瞳も虚ろになっていた。触ってみなければわからないが、下着も濡らしてしまっているのかもしれない。

 薄紫色の髪を撫でる。急くようにして肉欲を貪るのは、この場では相応しくないように思えた。

 

「頭のなかが、くらくらしてしまっているようです。北郷さまの……、一刀さまのせいなんですからね」

 

 油断していたところで名を呼ばれ、愛おしさで目眩がしてしまいそうになった。

 董卓の身体を、きつく抱く。この小さな身体には、乱れた世をなんとかしたいという強い願いを宿している。その助けに、自分はなってやれるのだろうか。どんなことでもいい。とにかく、全てを董卓だけに背負わせてしまうよりはマシだろう、と一刀は思った。

 

「どうか、されましたか?」

 

「なんでもない。きっと月に、見惚れていたんだよ」

 

「もう、一刀さまったら……」

 

 穏やかな時間だ。ずっとこうした時を過ごすことができればいいのに。そう考えてしまうのは、いけないことなのだろうか。

 そうしてしばらく、一刀と董卓は木陰で抱き合っていた。川のせせらぎの音だけが、二人の耳に届いていた。

 

 

 

 

 

 

 翌早朝。昼過ぎには、董軍を始めとする官軍は、洛陽に向けて出発する手はずとなっている。早起きしていた劉備は、一刀の陣屋へと入っていく人影を見ていた。

 それから支度をしていると、ぽつぽつと将たちが起き始めてくる。そのなかには、一刀のところへ顔を出そうとする者もいる。関羽も、その一人であった。

 

「あのっ、愛紗ちゃん……だめだめっ! ご主人様、昨日は遅くまでお仕事されてたから、朝くらいゆっくり寝かせてあげようと思ってるの! だから、ねっ……!?」

 

「と、桃香殿……? わかりました。そうであれば、わたしもご主人様の眠りを妨げる輩を遠ざけてみせましょう」

 

 普段であれば、関羽の行動を止める理由などなかった。側仕えをする者として一番に会いたいという気持ちはあったものの、それはそれである。しかし、今日は特別な事情があるから通すわけにはいかなかった。

 あの賈駆が、隠れるようにしてひとりでやってきたのである。二言目には一刀にきつい言葉を浴びせるのが賈駆という人だったが、それも最近では随分とおとなしくなってきている。ツンツンとした態度は相変わらずだったが、そんなことをとやかく言う天の御遣いではなかった。

 これはきっと、そういうことだ。劉備のなかの女の勘が、確信を持って告げていたのだ。

 ならば、恋する乙女を憚るものなどあってなるものか。賈駆のことを応援したい一心で、劉備は人払いを買ってでたのである。

 なにも知らない関羽を加え、陣屋の守りは万全となった。

 なかでは上手くやっているのだろうか、と劉備は少し心配になる。だが、喧嘩にでもなっていれば、今頃どちらかが飛んで出て来ているはずであろう。

 

「あー、もうっ……! なんだか、わたしまでドキドキしてきちゃったよお!」

 

「ひゃあっ……!? いきなり抱きついてこられるなんて、どうかなさったのですか……!?」

 

「うーん、ごめんなさい! やっぱり愛紗ちゃんには、内緒にしておくね!」

 

 一刀と賈駆がくんずほぐれつとなっている様を想像し、劉備は身を悶えさせていた。そして、その衝動に突き動かされるがまま、すぐ隣にいた関羽に飛びついたのである。

 さしもの劉備も、真実を教えようとは思わなかった。それに、女同士のスキンシップに身体を強ばらせている関羽は、それどころではなさそうだったのである。

 時間を、少しさかのぼる。大地を照らす日光は、まだ弱々しかった。

 北郷軍の陣内に現われた賈駆は、誰から見ても挙動不審といえる動きをしていた。わざわざ人目を避けるようにして移動し、視線は辺りをちらちらと伺っていたのだ。

 目標としていた地点は、北郷一刀その人の眠る場所。

 賈駆の心は、自分ではどうにもならないくらいに揺れていた。その原因は、明らかだった。午後になってしまえば、董卓の軍勢は洛陽に向けて移動してしまう。数日経てばまた一刀と会う機会もあるはずだったが、気づけば先に足が動いてしまっていたのだ。

 

「なんでこうも、いらいらするのよ……ッ! 月は、あいつのことが好き。こうなるなんて、わかりきってたことなのに。ボク、ボクは……っ」

 

 付き合いの長い幼馴染であるだけに、賈駆は董卓になにがあったのかすぐにわかってしまっていた。そこまでは、まだよかった。大切な親友を奪われたと、怒りが湧いてくればまだよかったのだ。

 期待していた感情は、ついに生まれてはこなかった。代わりに賈駆の心を埋めた感情は、焦燥感だった。このままでは、置いていかれてしまう。それは董卓にか、それとも一刀にだったのだろうか。とにかく、昨晩はまともに寝ることすら叶わなかったのである。

 

「北郷……」

 

 結局、ここまで来てしまった。一刀に関係を迫ったところで、断られることはないないだろう。そのことが、より苛立ちを募らせていた。

 ふらふらとした足取りで、賈駆は陣屋の内部へと消えていった。そのことを劉備に見られていたことなど、知る由もなかったのである。

 

「ボク、どうすればいいの?」

 

 寝ている一刀の上に覆いかぶさり、しばらく顔を見つめていた。穏やかな寝息。それに安心してしまっている自分が、賈駆は嫌になった。

 

「呑気に寝てくれちゃって、ほんと……バカなんだから」

 

「聞こえてるぞ、詠。今日は朝っぱらから、ひどい言われようだな」

 

「へっ……!? 嘘っ、起きてたのっ!?」

 

 二人の眼と眼が、交差している。驚きを隠せなかったのは、侵入したはずの賈駆のほうだった。

 わずか数秒のうちに、賈駆の顔が赤く染まる。あたふたとしてバランスを崩したその身体を、一刀はゆるやかに迎えたのだった。



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十八(詠)

「か、勘違いしないでよねっ!」

 

「詠?」

 

「これは、そのっ……、そう! あの子の、月のためなんだからねッ。あんたが無茶苦茶なことをしないか……、えっと……、確認しに来ただけで……」

 

 一刀の陣屋に来たのは自分のためでなく、董卓のためだ、と賈駆は宣言した。

 唇には震えが見られ、両肩はすっかり萎縮してしまっている。身体の随所が、一刀と触れ合ってしまっている。思っていたよりも、ずっと分厚くて大きかった。

 こんなところにまで来て素直になれない自分が、ひどく滑稽に思えてしまう。これではそのうち、ほんとうに愛想を尽かされてしまうのではないか、という考えが賈駆の頭によぎった。

 恐る恐る、一刀の表情を伺ってみる。心底、楽しそうだった。きっと、なにもかも見透かされてしまっている。そう感じてしまい、賈駆は顔を背けた。

 

「月のためっていう割りには、緊張しているみたいだけど。そんなに力んでたら、確認するにも支障がでてしまうんじゃないか?」

 

「ちょっ、そんなとこ、やめ……、うあっ……!?」

 

 一刀の右手が、小手調べだというように太ももを撫でている。たったそれだけのことなのに、敏感に反応を示してしまう。

 本心では、触れてもらえることを期待していたのかもしれない。密着状態ではあったが、離れようと思えばいつでも離れられたのだ。

 また、一刀の手が動いた。ももの肉を、揉んでいるようだった。

 行き場をなくした頭を、仕方ないといった感じで胸の上に乗せてみる。温かい。耳をつけてみると、心臓の音がよく聞こえてきた。子守唄のように、感じてしまっているのかもしれない。

 ついつい、表情が綻んでしまった。密着して身体を熱くしてしまっているのは、なにも自分だけではない。それがわかっただけで、安堵することができたのだ。

 

「ね、ねえ。こういうときって、もっと色んな場所……、触るんじゃないの?」

 

「さて、どうだろうな。たとえば詠は、どこを触ってほしいんだ? 教えてもらわないと、よくわからないかもしれない」

 

「は、はあっ!? そんなの、なんでボクが……。あんたみたいに何人も女を囲ってる男なら、そんなの知らないはずないじゃない!」

 

「それは、心外な言い方だな。みんなそれぞれ、同じことを求めているわけじゃないだろう?」

 

 からかわれているとしか、思えなかった。いまもまた、足の肉で遊ばれてしまっている。なにも答えなければ、延々とそこばかり触れるつもりなのかもしれない。

 これまで意地の悪いことを言ってきただけに、その意趣返しのつもりでもあるのだろうか。そう考えかけたが、ありえないとも思ってしまった。そのくらい、人のいい男であるというのはよく知っていた。

 

「あ、あたま……」

 

「うん、頭?」

 

「うっ、えっと……、撫でて、ほしいかも……」

 

 ぽつりと呟いてしまったのは雰囲気のせいだ、と心中で言い訳をする。張飛や徐晃が頭を撫でられているところを、何度か見かけたことがあった。どちらも、とても幸せそうだったのだ。

 誰かに頭を撫でられたことくらい、賈駆にだってあった。最近でいえば、盧植にもされたことがある。生徒に教えていた頃の感覚が、そのまま残っているのだろう。優しい手のひらではあったが、張飛たちのような気分が味わえているのかはわからなかった。

 

「よしきた。詠のお願いを聞けるなんて、滅多にないことだろうな」

 

「馬鹿なこといってないで、さっさとやりなさいよね……っ」

 

「わかってるって。それなら、早速」

 

 手のひら。ゆったりとした、動きだった。髪を崩してしまわないように、気をつけてくれているのだろうか。

 心が、じわりと休まっていく。感触に集中したくて、瞼を閉じた。何回も、頭の上を流れていく。

 こんな提案をして、子供っぽいと思われているかもしれない。だが、そんなことがどうでもよくなるほど、夢中になってしまっていた。

 自分の顔を見ることはできないが、ニヤけてしまっていることだろう。それを見られたくなくて、胸に顔をさらに埋めさせた。

 

「撫でるの、上手なんだ」

 

「詠のことを、大切に思っているからだよ」

 

 ついつい出てしまった悪態は、その上をいく甘ったるい響きでかき消されてしまった。

 大切に、思われている。普段であれば、そんな言葉は鼻で笑い飛ばしたかもしれなかった。ここでは熱を、想いを、直に感じさせられてしまっている。そうだったから、なにも言い返すことができなかった。

 

「ばか……」

 

「褒め言葉だって、受け取っておくべきかな」

 

 しばらく、そのまま頭を撫でられていた。心地の良い状態のまま、二度寝をしてしまうのもありかと考えてしまうくらいだった。

 だけれども、気づいてしまった。腹のあたりに、なにか硬い棒状のものが当たっている。言うまでもなく、一刀の男根だった。

 

「ねえ……。我慢……、してくれてたんだ。あんたのチンコ、馬鹿みたいに硬くなってるわよ?」

 

「バレてしまったのなら、仕方ないか。詠がこれだけ近くにいてくれてるんだ。興奮しないほうが、おかしいだろう」

 

「そうなんだ。ふうん……」

 

 董卓のため。そう言って始めたことだったが、すっかり当初のことは抜け落ちてしまっている。

 顔を上げると、一刀と視線がぶつかった。よく見てみると、その頬には傷跡ができてしまっていた。先日の戦で、負った傷なのだろうか。

 身体を少し起こして、上の方にずれていく。なにをするつもりなんだ、と一刀の目が言っている。

 

「ちょっと、じっとしてなさいよね。はぁ、んっ……。ぺろっ、ちゅう……っ」

 

「くすぐったいよ、詠」

 

「いいから、あんたは動かないで」

 

 傷跡に、舌を這わせてしまっていた。そうすることが、自然なように感じられていたのだ。

 一刀が騎馬を率いて、敵軍の中を駆けていた、というのは賈駆も知っていた。大将自ら前線に出ることで、兵たちを鼓舞しているのだと思っていた。そういう果敢な戦い方は、賈駆も嫌いではないのだ。

 それとは別に、心の奥が疼いてしまっている。つけられた傷が、大して深いものでなくてよかった、と安心してしまっている自分がいる。

 唾液を塗り薬のようにして染み込ませ、丁寧に舐めあげていった。そのことを、一刀は喜んでいるようだった。

 

「詠にこんな風にしてもらえるのなら、たまには怪我もしてみるものだな」

 

「はむっ……。なに言ってんのよ、ばか……」

 

 腹に当たっている例のものが、また硬くなっているような気がしていた。舐められて、興奮してくれているのだろうか、と思う。昂ぶっているのは、賈駆も同じだった。

 一刀の右手が、するりとスカートの内側へと入り込んでいった。黒のタイツに包まれた尻を、形を確かめるように撫で回している。身を捩らせ、賈駆は切なそうに吐息をもらしていた。

 

「場所、交代しようか。つぎは俺が、詠にしてあげたいんだ」

 

「そんなにしたいのなら、好きにすればいいじゃない……。どうせボクの力じゃ、あんたからは逃げられないんだから」

 

「ふふっ、そうだね。それじゃ、遠慮なくそうさせてもらうよ……、っと」

 

 身体の上下を入れ替え、今度は一刀が覆い被さる番となった。賈駆の双眸が、緊張で揺れている。冷たい頬にそっと手を当てると、間髪を入れずに一刀は唇を塞いだ。

 数回唇を合わせた後、積極的に求め始めたのは賈駆の方だった。一刀はその動きに舌を同調させ、粘膜同士の触れ合いを楽しんでいた。

 

「詠、もっと……」

 

「ん、ふう……、こう……?」

 

 すんなりと、賈駆が頼みを聞き入れてくれている。普段厳しい態度を見せられることが多いから、これはとても貴重な機会でもあった。

 好きだという気持ちを織り交ぜて、ねちっこく舌を絡ませていく。賈駆も、同じように感じてくれているのだろうか。この場では、言葉よりも饒舌なものがいくらでもあった。

 

「服、脱がせてもいいかな」

 

「ボクが嫌っていっても、どうせあんたは勝手にやるんでしょうが……。ん……、ちゅぷ、れろ……」

 

「そうだね……んっ、そうして……しまうかも。俺も後で脱ぐから、お相子ってことにしておいて」

 

 キスをし続けながら、賈駆の上着に手をかけていく。すっぽりと頭から被って着るような構造になっていたから、脱がせる瞬間だけは唇が離れ離れになってしまう。ほんの数秒。それだけのことなのに、ひどく寂しく思えてしまった。

 布を取り去ると、無垢な肌が目の前にあらわれる。賈駆は下着も着用していたが、なにか言われてしまう前に素早く取り外すことに成功した。

 口づけをしたまま、手のひらサイズの乳房に触れていく。ほどよい弾力をしており、感度も上々のようだった。

 胸を愛撫されていることで、賈駆の口内はさらに熱く蕩けていった。羞恥に塗れた艶声は、一刀がすべて飲みこんでしまっている。

 

「あ……っ、ふうっ、らめ……え、ちゅく……、ちゅうっ」

 

 乳房に刺激を加えながら、一刀は賈駆の内股を膝で割っていった。タイツ越しに下着を撫で、隠された割れ目を挑発する。じっとりとした湿り気が、指にまとわりつくようだった。

 心の中で詫びをして、爪でぴっちりとした黒生地を切り裂いていく。直接下着に指が触れているのを感じ取ったのか、賈駆はぴくりと肩を震わせた。中心部を押し込んでみれば、秘裂から染み出た愛液が指を濡らしていた。

 そのことが恥ずかしかったのか、賈駆はより激しく舌を動かしている。一刀はそれに応えながらも、下着をずらして内部に指を侵入させていった。

 

「ふぐっ……!? んんっ、んふう……っ!?」

 

「大丈夫、まだ一本しか入れていないから。もっと太いものを入れるためにも、ほぐしておかないと」

 

「入っちゃうんだ。あんたのチンコ……、ボクのなかに……」

 

「詠と繋がれると思うと、すごく興奮してしまうんだ。わかるだろ?」

 

 そう言って、勃起したものを太ももに擦りつけてみる。顔を赤らめながら、賈駆は男根に指でそっと触れた。服の上からだというのに、形がくっきりと浮き出してしまっている。ごくり、と賈駆が唾を嚥下していた。

 反応を確かめたところで、一刀も肌を晒していった。腹に向かって反り返った逸物に、賈駆の視線が注がれている。期待と不安。二つの感情が、入り混じっている。

 

「無茶なことはしないから、心配しなくてもいい。俺だって、詠とするのは初めてなんだ。大事に、するつもりだよ」

 

「そ、そんなの、当たり前でしょ!? ボクだってこんなこと、あんた以外とするつもりなんてないんだから……」

 

 賈駆のいじらしい言葉に、一刀の心は突き動かされてしまう。一心不乱に口づけを交わし、互いの体温を混ぜあっていった。

 膣内をうごめく指は次第に本数を増やしていき、入り口を確実に広げていった。

 早く、賈駆とひとつになってしまいたい。頭の奥の方では、そのことばかり考えてしまっていた。

 

「いいんだよ……? きっとボク、もう平気だから。優しく……、してくれるんだよね、一刀?」

 

 理性のネジが飛ぶか飛ばないか、一刀はそんなぎりぎりの状態にあった。獣欲を押し殺すかのように、賈駆の唇を再び貪った。

 なんとか心の波が鎮まったところで、挿入を開始していく。先端が、柔らかな肉を押し開いていった。腰を押し込む。賈駆の表情が、少し歪んでいた。

 

「もう、結構入ったのよね?」

 

「まだまだ、先だけかな。辛いか、詠」

 

「平気よ。この賈文和が、チンコなんかに負けるはずがないじゃない。だからさっさと、続けなさいよねっ……!」

 

「了解。もうちょと、我慢しておいてくれ」

 

 眼鏡をしているせいでわかりにくかったが、目尻に僅かながら涙が浮かんでいた。

 だからといって、中断しようとは思わない。賈駆が最も、そんなことなど望んでいなかったからである。

 締め付けが激しい。初めて男を受け入れた膣が、拒絶反応でも示しているのだろうか。無理に突きこんでしまえば、賈駆を傷つけてしまうかもしれなかった。

 破瓜の血が、股を伝って流れ出ている。純血を奪った証拠。一刀の興奮は、より高まっていった。

 

「ちょっと、どこまで大きくすれば気が済むのよ……!? 一刀のチンコで、ボクのそこ広げられてくみたい……」

 

「自分の意思では、こればっかりはどうにもならないんだ。愚痴だったら、あとでいくらでも聞いてあげるからさ……っ」

 

 無遠慮に膨張してしまう下半身を、恨めしく思ってしまう。ただ、時間をかけて進んでいっている分、内部も潤滑してきているようだった。愛液によって、男根全体がコーティングされていく。滑りが良くなって、先程よりかは賈駆も身体が楽そうだった。

 気が紛れるようにと、乳房に舌を這わせてみる。思った通り、意識がこちらに向いていた。

 乳首。きれいな色をしている。初心な突起を口に含み、舌の上で転がしていった。時には音を立て、母乳を吸い出すつもりでむしゃぶりついた。

 賈駆の口から、気持ちよさそうな声が聞こえている。同時に挿入も続けていき、奥を目指して進んでいった。

 

「そんなに胸ばっかり……、はあっ……、しないでよお」

 

「でも、そのおかげでしっかり奥まで入れられたよ。ほら、わかる?」

 

 こりっ、とした子宮口に、亀頭の先で触れてみる。相変わらず締め付けは激しかったが、多少は緩んでいるような気もしていた。

 

「ん、やあっ……!? ボクのお腹のなか、一刀のでいっぱいにされちゃってる……?」

 

「ああ、そうだよ。キツめだけど、すごく気持ちいい。案外、詠の性格そのままかもね」

 

「そんなことで褒められても、んはあっ……、嬉しくなんか……っ」

 

 ぎっちりと自身の股間を埋められている様子を見て、賈駆は気分を高揚させているようだった。

 一刀が愛おしげに腹を撫でると、呼応した膣内が甘く男根を締め付ける。思わず笑ってしまい、賈駆の怪訝そうな視線に晒される。

 

「なんだか、よからぬことを考えてた、って顔してるわよ」

 

「二人でよからぬことをしてるんだから、言いっこなしだって。それより」

 

「ん、ああっ……、ボクのなかで、すごい……っ!? ふうっ、はあっ……、一刀、動きたいんだ……?」

 

「そりゃあ、ね。詠の中が気持ちいいから、ずっとお預けくらうのはキツイかも」

 

「ふ、ふーん。そんなにしたければ、動いても、いいわよ。そのかわり、痛くしないことッ」

 

 ぴしっ、と額に指弾が飛んでくる。賈駆なりの照れ隠し、だったのだろうか。

 動いていいと言われて、嬉しくないはずがない。お礼に首筋に口づけて、ゆっくりと腰を引き抜いていった。

 蕩けてしまうような感覚が、頭の奥深くまで達している。ぞりぞりとした肉壁が、次々に快楽を生み出してきている。

 賈駆も、いくらかは感じてくれているのだろうか。そう思って、じっと顔を見つめてみた。

 

「な、なによ、そんなに見つめちゃって。感じてなんか、んっ……、いないんだからね! こんな太くて、はあっ……硬いだけのものでえ……、感じて……なんか」

 

「そう? だったら、もっと頑張らないといけないな」

 

 一刀の瞳が、怪しい輝きを放っている。賈駆の雌の本能を刺激し、さらに引き出そうとしているようであった。

 ぶるり、と賈駆は背筋を震わせていた。それとは別に、膣肉は期待に沸き立っていた。

 隙間なく、体内で密着している。組み伏せるように賈駆の両手を掴み、肌と肌とで温度を感じあっている。一刀が身体を軽く揺すったことで、陰核を潰されてしまったのだろう。賈駆はあられもない表情で嬌声をあげ、頭を左右に振っていた。

 その様子を見て、一刀は抽送を開始した。しっかりと肌を合わせてしまっているから、大胆な動きをすることはできない。だからその分、最奥部を重点的にいじめ抜いてやるつもりだった。

 賈駆の身体に体重をかけ、押しつぶすくらいの気持ちで小刻みに突いていく。面白いくらいに膣内は収縮をみせ、熱く滾った男根を迎え入れていた。

 

「はあっ、はあっ、なんなのよ、これえ……っ!? 頭、ぐちゃぐちゃにされちゃう……! 一刀のチンコ、熱いよお!」

 

「詠の声、もっと聞かせてくれ。俺だけに、かわいい姿を見せてくれ……!」

 

 休まずに突き続けた。少し前まで初心そのものだった膣内は、一刀の男根の味を覚えようとしていた。溢れ出た愛液が、白く泡立っている。

 賈駆の口はだらしなく開かれ、顎のあたりまで唾液で汚れてしまっていた。

 心も身体も、堕ちてしまいつつあった。抑えられ、征服されているような感覚が、肉欲に火をつけていた。

 

「あっ、ぐうっ、うああっ……。一刀、一刀……ッ」

 

 覚束ない口振りで、何度も名を呼ばれていた。

 普段接している限りでは、想像もつかないような姿だった。それだけに、男根はより力を増していく。

 

「しゅごっ……、まだ大きくなってるっ!? これ、へえっ……だめっ。だめなの、ボク……、おかしくなっちゃってる……。一刀のチンコすごすぎて、ひゃう……っ、もうわけわかんないのお!」

 

 絶叫。下手をすれば、外にも聞かれてしまっているかもしれない。劉備が人払いをしていることなど、一刀は知る由もなかった。

 自分の風聞が落ちることに関しては、今更どうでもよかった。ただし、賈駆からすれば、それは本望なことではないだろう。

 

「詠、このまま中に出してしまってもいいか」

 

「うん、うんっ! 一刀の熱い子種で、ボクのお腹いっぱいにしていいから、だから……! んむっ、ちゅば……んんっ!?」

 

 まともな答えが返ってくるとは考えていなかったが、それでも了承は得られた形だった。

 ならば、と一刀は賈駆の腰を両手で掴み、唇を塞いだ。

 大きく力強いストロークで膣肉を抉られ、賈駆の脳内は急速に快楽で満たされていった。膨らむ。無垢な子袋を犯さんがために、男根は射精に向けて最大限の膨張を見せていた。

 強烈な圧迫感。荒々しい吐息を感じながら、一刀は締め付けに耐えていた。最奥に打ち付けるたびに、先走った汁を吸われているようだった。

 ぶつかり合う肌が、乾いた音を生み出している。動きそうになる賈駆の腰を、がっちりと押し留めている。逃さない。このまま、胎内を蹂躙してしまいたい。その思いだけを持って、極太の男根を打ち付けていった。

 

「んぐっ、ふうっ、んんんんんっ……!?」

 

 賈駆の身体が、これでもかというくらい快楽で震えている。

 絡み合った舌を、力の限り吸われているようだった。一刀のほうも、これ以上堪えることはできなかった。ぐっと締まった膣内を駆け抜け、子宮口に到達する。煮えたぎった精液が膣内を埋め尽くしたのは、実に一瞬の出来事だった。

 

「んぶっ、ふううぅううううううううう!?」

 

 嬉々とした表情で、賈駆は射精を受け止めていた。子宮で飲みきれなかった精液が、膣口で溢れかえっている。洪水そのものであり、賈駆の四肢はいまもびくりと痙攣の動きを見せていた。

 

「ああっ……、すごいよお……! 一刀の精液、こんなに出されちゃった……。熱くて、どろどろで、ボク、ボクっ……。あっ、へへっ……、ごめんね、ゆえぇ……」

 

 感極まって泣き出してしまった賈駆を、一刀が抱きしめる。これまでずっと董卓一筋でやってきただけに、心が混乱しているようだった。

 

「大丈夫、大丈夫だから。俺は詠のこと、独占しようなんて考えていない。それに月がこんなことで、詠を責めるはずもない。だから、大丈夫」

 

「うん、ぐすっ……、うんっ……」

 

「詠が落ち着くまで、ずっとこうしているから。嫌だって言われても、やめないよ」

 

「ばか……。一刀の、ばかあ……!」

 

 賈駆による嗚咽は、しばらくの間終わることはなかった。感情を吐き出し、再び収めなければならないのだから当然のことだった。

 瞳からこぼれ落ちた涙を、一刀が指で拭う。乱れてしまった心の内だけは、どうしてやることもできなかった。してやれるのは、頭を撫でてやることくらいだった。

 

「それじゃあね、一刀」

 

「ああ、またな、詠」

 

 賈駆は泣き止むと、別れを告げて出ていった。午後からの出発に備えて、やることはいくらでもあるのだろう。その表情は来た時と違って、さっぱりとしていた。

 

「ご主人様、それでどうだったのかなあ?」

 

「うん? どういうことだ?」

 

 代わりに入ってきた劉備が、なにやらニヤつきながら質問をしてきた。

 

「別にいいんだけどねー。詠ちゃん機嫌よさそうだったから、きっとそういうことだよねー」

 

「なんだよ、そりゃ。まあでも、仲良くなったのは確かかもしれないな」

 

 肝心な部分は濁して、一刀は劉備にそう伝えた。隠しておくようなことでもなかったが、いまは二人だけの秘密にしておきたい気分だった。

 

「一刀さま、ようやくご起床なされたようですね」

 

 陣屋の入り口から、郭嘉の顔が覗いている。どうやら、相談したいことがあるようだった。

 そうして、寝過ごしていたことにされていた分、慌ただしく朝は過ぎていったのだった。



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四章 千里行きて


「墓地が荒らされていないようで、安心しました。眠りについたあとくらいは、どうか静かな時を過ごしてほしい。自分はそう思います」

 

「うん、そうだな。あの辺りに残っていた人たちが、面倒を見てくれているようでよかった。つぎはいつ来られるかわからないけど、その時は世の中がもっと平和になっていればいいな」

 

 原野を行く騎馬の足取りは軽い。

 一刀と楽進は、馬上で在りし日を思いながら語らっていた。行きたい者だけを募って、墓参りは済ませてきた。戦うための気力を、再び養うことができたようだった。

 進軍の隊形を確認しつつ、北郷軍は洛陽に向けて進発している。いまのところさしたる妨害などもなく、一刀は軍の中ほどでのんびりと手綱を握っていた。

 しんみりとした雰囲気ではなく、どうせなら明るく思い出を蘇らせるべきだろう。そのほうが、いまは亡き人々も喜んでくれるはずである。そう思い、一刀は楽進に笑いかけていたのだ。

 

「くふふー。稟ちゃん、稟ちゃん、もしかして、お話に混ざりたいのではー?」

 

「えっ……!? そ、そんなことはないわよ! だいたい、わたしが割り込んでは邪魔になるだけだろうし……」

 

 二人が会話している様子を、少し後ろで程昱と郭嘉は見ていた。

 一刀たちがそういったわけではなかったが、郭嘉は勝手に遠慮してしまっている。

 

「稟たちも、もっと近くにくればいい。それに、まったく面識がないわけでもないだろう? だったら、あそこにおやっさんたちがいたこと、覚えていてほしいんだ」

 

「聞かれてしまいましたか……。わかりました、一刀さまがそう申されるのならば、お付き合いいたしましょう」

 

 真面目な表情で返答する郭嘉のことを、程昱は楽しげに観察している。露骨に世話を焼いてやるくらいが、丁度いいのである。

 郭嘉が呼ばれた流れに乗って、程昱も一刀の側に寄っていく。持ちつ持たれつ、そうやってこれまでやってきたのだ。

 思い返せば、あの場所での出会いが何もかもの始まりだった。別の世界からやってきたという男。興味を引かれはしていたが、まさかいまのような関係になるとは程昱も考えてはいなかった。

 予想外の出来事があるからこそ、この世は面白い。董卓との出会いと、曹操との再会。そのことで、間違いなく一刀は刺激を受けている。

 日輪が真なる輝きを放つためには、いま少し時が必要なのだろう。そう思いつつ、程昱は食べかけの飴をまた口に含んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 数日の間行軍を続け、一刀たちは冀州を抜けた。漢の首都である洛陽まで、もうそれほどの距離はない。

 この日先鋒を任されていたのは、楽進の一隊だった。

 丘を超えたあたりで、順調そうに街道を進んでいた先頭の兵たちが、なにやら留まり始めている。異変を感じた一刀が動こうとしていたところに、共に先鋒を走っていたはずの李典が転がり込んできた。

 

「隊長はん!」

 

「真桜、なにがあった」

 

「それが、そのう……。ええから、とりあえず来てもらえへんやろか? 凪も困ってもうてて、ウチに隊長呼んできてー、って」

 

「わかった、そうするよ。案内してくれ」

 

 困った様子の李典を見る限り、やはり先頭ではなにか問題が発生しているようだった。参軍の二人になにかあった場合には対処するように伝えておき、一刀は李典の後に続いた。

 軍の最先鋒では、楽進が仁王立ちをしていた。その威勢に感化され、兵らもにわかに殺気立っている。

 それらと真っ向から対峙するかのように、軍勢らしき集団が旗を掲げていた。

 数でいえば、おおよそ二百といったくらいであろうか。筒袖鎧を身に纏い、槍や剣で武装している。その出自不明な軍勢の先頭に、将らしき女性が佇んでいた。

 表情からは、その考えを読み取ることはできなかった。それに、まったく構えていない状態であるにも関わらず、隙きがないようにすら楽進には思えていた。道を譲る気は、微塵もないらしい。

 目にも鮮やかな真紅の地に、黒で「呂」の一字が染め抜かれている。見る者を圧倒する、そんな迫力が込められた旗だった。

 

「呂、か」

 

「んー? 隊長はん、どないしたん? もしかして、あの旗知ってたりするんか?」

 

「いや、さすがに呂の文字だけでは、なんともいえないな。ただ、ちょっと気になってね」

 

 嫌な予感を振り切って、一刀は馬を走らせていく。

 呂の姓を持つ将ならば、数人すぐに浮かんできた。時期と場所を考慮すれば、自ずと候補も絞られてしまう。

 無双の武勇を誇る飛将軍。仮にそうだとすれば、対応によってはただでは済まなくなる可能性もあった。

 どうか、当たってくれるな。それだけを願い、一刀は楽進のもとへと急いだ。

 

「凪、待たせた」

 

「隊長、申し訳ありません。あの軍勢にいきなり進路を遮られ、進むことができなくなってしまいました。それに……」

 

 闘志を宿した楽進の目が、対峙していた人物へと向けられる。強く警戒しているようだった。

 女の短めに切り揃えられた赤髪は、内に激情を秘めていることを示唆しているようでもある。

 飾りにも見える長い髪が二本、頭のてっぺんから飛び出ている。そのシルエットに、一刀は思わず固唾を飲んだ。

 

「……お前、だれ」

 

「俺は北郷一刀。この軍勢の、責任者でもある。そちらが何者かは知らないが、できればこのまま穏便に通してもらいたい」

 

 楽進の前に出て、一刀はひとまず話し合いでどうにかすることを考えた。だが、返ってきた視線は、冷ややかなものだった。感情が、あまり存在していないのだろうか。

 褐色の肌に浮かんだ深紅の瞳は、少しも動じる様子はない。右手を見てみれば、特徴のある戟が鈍く光を反射していた。方天戟。一刀の中で、予感が確信へと変化していた。

 

(れん)は、呂布(りょふ)。字は奉先(ほうせん)

 

「呂布……、殿」

 

 気の抜けるような声で、呂布は名乗りを上げた。一刀の相貌が、緊迫の色に変わっていく。やはり、そうだった。このような場所で会いたい人物ではなかったが、相手の目的がわからない。

 誰彼構わず斬りつけるような戦闘狂には見えなかったし、小首を傾げる動作には小動物の如き雰囲気さえあるのだ。だから余計に、わからなくなる。

 後ろに控えている兵たちは、よく鍛えられているようだった。呂布が一声かけてしまえば、すぐさま切り合いになることだろう。それだけは、避けたかった。

 

「……恋は、しっきん……ご?」

 

「し、失禁やて……!? ええっ、どないしよ」

 

「黙っていろ、真桜」

 

 微妙な部分に反応してしまった李典を、楽進が遮った。まさか呂布が、こんな状況で粗相の報告などするはずがあるまい。一刀もそう心中で突っ込みを入れていたが、眼前の呂布はなにやら困り果てた様子であった。

 すると後ろから、帽子を被った少女が進み出て、ぼそぼそと何事か呂布に耳打ちをしだした。従者なのだろうか。背丈は張飛や徐晃と同じくらいで、帽子についたパンダらしき絵柄は年相応といったところなのだろう。

 陳宮(ちんきゅう)

 放浪の途中出会った身寄りのない少女を、呂布は家族同然にかわいがっていた。行く宛もなかった自身を拾ってくれた呂布のことを、陳宮は誰よりも信奉していた。

 

執金吾(しっきんご)、ですぞ恋殿」

 

「………………そう、しっきんご」

 

 陳宮が教えた通りに、呂布は発音した。

 本当に、言葉の意味を理解しているのだろうか。そこにいる誰もがそう思いたくなるほどに、呂布の沈黙は長かった。

 執金吾というのは、朝廷が呂布に与えた官職のことである。

 都、すなわち洛陽城内を見回り、警備することが本来の役目である。

 黄巾軍襲来の折、偶然洛陽に滞在していた呂布は、その類稀なる武勇を発揮していた。どうあってもそれを我がものとしたい何進は、自らの権限で官職を与えたのだ。

 万一、呂布が宦官のほうに抱き込まれたのでは、おのれや太后である妹に危害が及ぶかもしれないと考えたのである。

 しかしながら、呂布はそのことに対してなんの恩も感じていなかった。

 ただ、家族である陳宮や動物たちに、苦しい思いだけはさせたくなかった。その一心で、こうしてやりたくもない執金吾の職をまっとうしているのである。

 地位を与えてやっても少しもへつらうことのない呂布を、何進は苦々しく思っていた。かといって、ぞんざいに扱い反旗を翻されたのでは、どうしようもないのである。

 そのためこうして、城外であっても自由に行動させていた。執金吾の役目を広げ、洛陽の郊外までをその範囲とさせたのである。広大な原野を駆け回っているほうが、呂布の性に合っていたのだ。

 

「こいつ、なんだか怪しくはありませんか? おかしな格好をしている上に、軍勢すら引き連れているのですぞ。ここは、恋殿のお力を見せつけてやるべきではありませんか?」

 

「んー、………………わかった。しっきんごは、都を守るのが仕事。だから」

 

 呂布の闘気が膨らんでいる。方天戟が動いたのは、一瞬のことだった。楽進も李典も、見ていることしかできなかった。

 

「うおっ!?」

 

 一刀の内の本能が、危機を察知していた。身体が動く。左に逸れ、呂布の一撃目を回避した。

 刃の風圧がはっきりと伝わってくる。前髪の先が、いくらか切り飛ばされている。

 抜刀。

 戦わせろと、刀が渇望しているかのようだった。

 なにもわからず、賊徒に襲われていた時の自分とは違う。戦もくぐり抜けてきた。相手があの呂布であろうと、やるしかない。

 火花が飛ぶ。一刀は振り下ろされる方天戟を受け止めていた。

 まだ、生きている。油断をしていれば、今頃首と胴が真っ二つになっていたことだろう。

 呂布の振るう武は、荒々しい獣そのものだった。女らしい身体つきに反して膂力は凄まじく、一刀の腕は早くも痺れ始めている。

 兵には命を出さず、自分ひとりで戦うつもりらしい。それだけ、呂布が闘いに自信を持っているということだった。

 

「呂布め。隊長に手を出すことは、わたしが許さん」

 

 左側面から突っ込んだ楽進が、渾身の力を込めて拳を繰り出していく。その一撃を、呂布はひらりと身体を捻って躱した。

 そうしたことで方天戟からの圧力がなくなり、一刀は嫌な汗をかきながらも死地を脱することに成功した。

 北郷軍の兵たちが、戦闘態勢に移ろうとしている。

 目の前で大将が襲われているのだから、当然の対応といえる。しかし戦うことを許せば、もう後戻りができなくなってしまう。このまま呂布の兵と戦いになれば、味方の損害は相当なものになるはずだ、と一刀は思った。

 なにがなんでも、それだけは止めなければなるまい。応戦し合う楽進と呂布に注視しながらも、一刀は兵たちに叫んだ。

 

「手を出すな。ここで戦うことに、意味なんてないんだ。呂布殿は、なにか思い違いをされているだけだ」

 

「といっても隊長はん、こんなんどうしたらええんよ! 呂布って子は滅茶苦茶な強さしてるし、当分落ち着いて話し聞いてくれそうにもないで!」

 

 呂布と戦っている楽進を、李典は肝を冷やしながら見つめている。自分程度の武力では、割って入ることすらままならない。そのように、感じているようだった。

 拮抗しているように見えて、その実楽進は押されていた。驚くほどの速さで突き出される方天戟を、避けきれない。腕に、足に、頬に、いくつもの小さな裂傷が刻まれていった。

 

「愛紗でも、鈴々でもいい。とにかく、真桜は誰か呼んできてくれるか。何人がかりになっても、呂布殿を止めるしかない。俺は、凪に加勢する」

 

「りょ、了解や! 隊長はんも凪も、絶対に無茶せんといてや! 約束やで!」

 

「わかってるよ。だから、大急ぎで頼んだ」

 

「はいな!」

 

 駆け去る李典を見送ると、一刀は武器を構えて呂布に挑みかかっていった。

 ほとんど時間が経っていないというのに、楽進はもう肩で息をしてしまっている。それだけ、呂布の攻勢が激しかったのだろう。

 ざわつく北郷軍の兵士たちとは打って変わって、呂布軍の兵は静かに将軍の戦いを見届けていた。負けるはずがない、と考えているのだろう。

 呂布は方天戟で一刀の斬撃を受け止めながら、もう片方の腕では楽進の蹴りを打ち払っている。化け物じみた強さだった。半端な腕では、かすり傷一つ付けられはしないだろう。

 天下無双。そう表現するに相応しい、桁違いの武力を呂布は備えていた。



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「凪、ここからどうする」

 

「正直に申し上げますと、自分では打つ手がありません。やはり隊長だけでも、後退されるべきかと」

 

「それだけは、だめだ。ひとりであの強さの敵を相手にするのは、無茶がすぎるだろう。時間稼ぎでもなんでもいい。力を合わせて切り抜けるんだ、凪」

 

 どうにか距離を取って会話をしている一刀と楽進のことを、呂布は冷え切った瞳で観察していた。興味がない、ただそれだけのことなのだろう。敵は敵であり、倒すためだけの存在に過ぎなかった。

 打つ手がないと楽進は言ったが、その通りだった。むしろ戦闘を続けるほどに、一刀たちのほうが不利になっていく。体力の面でも、呂布は数段上だったのである。

 じりっ、じりっ、と呂布が距離を詰めてくる。首に巻いた赤い布が、まるで血に染まっているかのように見えた。

 こうなってしまっては、捨て身の覚悟で一撃を入れるしかないのだろうか。後方から馬蹄の音が鳴ったのは、一刀がそう考え始めた頃だった。

 

「関雲長、推参! ご主人様、ここは一度お退きください!」

 

「愛紗か! それにしても、早い到着だったな」

 

 関羽の眉がつり上がっている。途中すれ違った李典の様子から、一刀の身になにかあったのだと直感していた。

 呂布の意識も、一刀らの後方から矢のような勢いで駆けてきた関羽に向けられていた。

 

「実は様子を見に行くようにと、稟に頼まれていたのです。鈴々と香風も、じきに到着することでしょう。ですから、どうかご安心ください」

 

「そうか、あとで稟には感謝しておかないとな。だったら愛紗、ここは任せる。呂布殿はかなりの使い手だ、それでもどうにかして止めてくれ。戦うことは、俺の本意じゃない」

 

 一刀の言葉を受けて、関羽が頷いた。

 なにかあるかもしれないと、郭嘉は殿を受け持っていた関羽に伝えていたようだった。そのことが、功を奏したかたちとなっていた。

 関羽であれば、そう簡単に呂布に遅れを取ることはないはずである。その間に張飛と徐晃が間に合えば、制止のための算段も格段に立てやすくなる。

 

「参るぞ、赤兎ッ!」

 

 馬腹を蹴る。

 愛馬にも気合を入れ、関羽は青龍偃月刀を構えた。相手が尋常ならざる使い手であることは、見ただけでなんとなく理解できている。それだけに、初手から全力でいくつもりだったのである。

 どうしたのだろうか。ふと、呂布の冷え冷えとしていた瞳に、生気が戻っていた。ぽかんと無防備に開かれた口が、何事かを呟いている。

 一瞬、赤兎が走りながら首を振り、戸惑いを浮かべた。呂布のまん丸で愛らしい瞳が、燃えるような毛並みを持つ関羽の乗馬を凝視していたからである。

 

「…………? せき……と?」

 

「はっ……? あやつめ、なにを口走っているのだ」

 

「セキト、どこ……?」

 

「れ、恋殿っ……!? いけません。いま気を抜かれては、危険ですぞー!?」

 

 焦ったような陳宮の声が飛ぶ。

 一刀たちには理由がわからなかったが、呂布の闘気が霧散してしまっている。武器を持った右腕はだらんと垂れ、純粋そのものな瞳がなにかを探しているようでもあった。

 

「くっ……! なんだというのだっ。まるで、戦う気が感じられないではないか」

 

 ぎりぎりのタイミングだった。

 横に薙ぐようにして斬りかかった偃月刀を腕力で押し留め、関羽は手綱を引いた。その動きが予想外だったのは赤兎も同じようで、小さな(いなな)きを繰り返しては盛んに身体を震えさせている。

 

「何が何だか分からないけど、とにかく終わったみたいだ。凪、傷は平気か」

 

「ええ、この程度。隊長を守るためですから、なんともありません。自分は、浮足立った兵たちを鎮めてきます」

 

「そうしてもらえると、助かるよ。でも、それが終わったら必ず治療はすること」

 

 真新しい数箇所の傷跡からは、いまも血が流れ出ているのだ。楽進は大したことではないように言ったが、多少の強がりはあったはずである。

 どうせなら有無を言わさないよう自ら手当してやりたいくらいだったが、一刀にはまだやるべきことが残っていた。

 この無為な衝突に、一体なんの意味があったのであろうか。それを確かめなくては、収まるものも収まるはずがなかった。

 戦意を失った呂布の横を通り、一刀は陳宮の前に出た。怯えている。右手には、いまも抜身がぶら下がったままなのである。そのことにようやく気づいた一刀は刃を鞘に納め、青い顔をしている陳宮に目線の高さを合わせた。

 

「聞いていたかもしれないけど、俺は北郷。よければ、キミの名前を教えてもらってもいいかな」

 

「な、なんですか、いきなりっ!? ねねを取って食おうなどとすれば、恋殿が許しませんぞ……!」

 

「いくらかわいらしい子が目の前にいるからって、そう焦ったりはしないさ。それに頼りの呂布殿は、心ここにあらず、って感じだけど」

 

「か、かわって……!? くうううっ……! そのような甘言で、この陳宮を惑わせるとは思わないことですぞ! お前のような男の一人や二人、恋殿がいなくたって……ッ」

 

 ねね、というのは陳宮の真名である。本来は音々音(ねねね)というが、本人もそれを縮めて使っていた。

 怒っているのか恥ずかしがっているのか、陳宮の顔色は忙しなく青から赤へと変わっていく。

 元気のいい跳ねっ返りだ、と一刀は笑みすら浮かべていた。いきなり襲われたことについては腑に落ちなかったが、どうやら悪気はないようなのである。

 

「陳宮殿、でいいか。俺たちは、洛陽へ向かっている途中なんだ。そちらが執金吾として街を警護しているのなら、董卓殿や盧植殿を知っているだろう?」

 

「え……、あっ! お前、董卓殿のことを知っているのですか?」

 

「知っているもなにも、冀州で一緒に黄巾軍と戦ってきたばかりだよ。だから誓って、俺たちは怪しい者ではない」

 

「あう……、そうなのですか……。ねねとしたことが、どうやら早とちりをしてしまったようなのです」

 

 小さな身体を余計に縮めて、陳宮は落胆しているようだった。

 呂布の武勇は、陳宮にとっても誇らしいものだった。何人たりとも寄せ付けない、圧倒的な武勇。見ているだけで胸がすく、とはこのことであろう。

 しかし、戦功を上げて出世するという欲を、呂布は持ち合わせていなかった。気の向くままに武を振るい、家族の食い扶持が稼げればそれでよかったのだ。

 もっと大きな戦場で戦う呂布の姿が見たい。陳宮は、時々そう考えることがあった。

 憧れであり、慕うべき存在。主君が出世に無頓着であるのならば、自分がどうにかするしかない、と陳宮は思っていたのだ。

 その焦りが、今回のような戦闘行為につながってしまった。

 

「その……、ごめんなさい。それから恋殿……、呂布殿には、なんの悪気もなかったのです。呂布殿は優しいお方ですから、ねねのためにと……」

 

「誤解がとけたのなら、それでいいんだ。幸い、どちらにも死人が出たわけでもないからな。もし兵を交えての戦いになっていたら、こうはいかなかっただろう」

 

 小さな子に殊勝な態度で謝罪をされたのでは、許さないわけにもいかなかった。傷を負った楽進には、自分でいくらでも埋め合わせはしてやれるのである。

 それに、呂布のような将とわだかまりを作っては、後々なにが起こるかわかったものではない。不利益を生む可能性を潰すためにも、一刀はあっさりと折れることを選んだ。

 戦闘をやめてしまった呂布は、まだ赤兎のことを気にしているようだった。

 下馬した関羽は呆れながらも、困惑中の馬体を撫でて落ち着かせている。探ってみても、呂布からは殺気が微塵も感じられなかった。まるで、人が変わったようである。怪異に化かされたような気分に、関羽は陥っていた。

 

「セキト……、馬になった?」

 

「言っている意味がよくわからんが、この赤兎は正真正銘初めから馬だ。兗州の曹操殿から、譲り受けたことにも相違はない。しかしその言いよう、お前も赤兎、と名のついたなにかを飼っているのか」

 

 関羽の質問に、呂布は首を縦に振って応えた。素直であり、純朴そうであった。動物のことが気になって戦いをやめる将など、関羽は聞いたことがなかった。

 

「恋のセキトは、もっと小さい。恋が家に帰ると……、いつもちゃんとまっててくれる」

 

 呂布のいうセキトというのは、洛陽にある邸で飼っている犬のことである。種類でいえば、ウェルシュ・コーギーに近かった。

 首もとには、飼い主とお揃いの赤い布を巻いている。名付け親である呂布が手づから巻いてやった布である。

 呂布が帰宅するくらいの時刻になると、決まってセキトは邸の門で待っていた。短い足を動かして必死に駆け寄ってくる姿に、いつも心を癒やされていた。陳宮に負けず劣らずの忠犬ぶりといえよう。

 

「……こっちのセキトも、かわいい」

 

「む、そうか? ふふっ……。なんだ赤兎め、嬉しそうではないか。珍しいことがあるものだな」

 

 戦っていた時とは別人のような呂布が、楽しそうに赤兎の体毛を撫でている。関羽以外にはほとんど懐かない馬だったが、いまは尾が左右に揺れている。赤兎は気持ちよさそうに手を受け入れたまま、ぶるるっ、と小さく鳴き声を発した。

 

「わたしは関羽、字は雲長。ご主人様に斬りかかったことは許しがたいが、不思議と憎めないやつだ。殺し合いではなく、いつか手合わせ願いたいな」

 

「恋は、呂布。……恋でいい」

 

「うむ。よろしくな、恋。ならばわたしのことも、愛紗と呼んでくれていい」

 

 少しの沈黙の後、呂布はこくり、と頷いてみせた。二人の会話を聞いている赤兎は、どこか楽しげだった。

 陳宮を伴って、一刀は二人のすぐ近くにやって来ていた。呂布と目が合う。恐ろしさのようなものは、さっぱり感じられなかった。

 

「ん……。愛紗の、ご主人様?」

 

「なんだ愛紗、もう呂布殿と仲良くなったんだな。それに、赤兎まで」

 

 関羽がもう真名を許していることに、一刀は少し驚いたようだった。

 どこかしら、波長の合う部分があったのだろう。赤兎を間に挟んで見つめてくるところなど、なんとも微笑ましい光景でもある。

 

「も、申し訳ありません! ご主人様が危険な目に遭われたというのに、わたしとしたことがつい……」

 

「まさか、責めてなんかいないって。陳宮殿の誤解はとけた。どうだろう呂布殿、俺とも仲良くしてもらえるかな」

 

「…………うん、わかった。迷惑かけたから、恋のことは、恋でいい。…………ん」

 

 自分の真名を呼ぶことは許可したが、相手のことをどう呼べばいいのか呂布はわからないようだった。赤兎の首に抱きつきながら、小さく眉根を寄せている。

 真名を預かったお返しに名前で呼ぶように伝えると、一刀は握手のために右手を差し出した。当然ながら、以前の董卓と同じように呂布の頭上には疑問符が浮かんでいる。

 

「仲直りの証、とでも思ってもらえればいい。お互いに、手を握り合うんだ。たったそれだけ、簡単だろ?」

 

「……ん、わかった。それだけなら、簡単」

 

 呂布の指先が、一刀の手を確かめるように触れてくる。くすぐったかったが、悪くない感触だった。

 本質的には、陳宮のいったように優しい少女なのだろう。無機質なほどに思えていた表情が、いまは愛らしく緩んでいた。そのあたりに関羽も惹かれてしまったのだろうか、と一刀は密かに胸の内で考えていた。

 

「ちんきゅうううぅううううう、きいいいぃいいいいっく!」

 

 戦闘後とは思えないくらい穏やかだった空間を、けたたましい叫び声が破壊していく。

 繋がりそうだった一刀と呂布の手を引き裂くかのように、陳宮が跳び蹴りをして割り込んだのである。

 

「…………あっ」

 

 反射的に、一刀は身体を引いてしまう。離れていく手を、呂布は少し残念そうに見つめていた。

 

「陳宮殿。俺はさっきので和解は済んだのだと思っていたのだけれど、もしかして違っていたのか?」

 

「勘違いをしてしまったことについては、その通りなのです。ですが、それとこれとではまったく別の問題でありましょう。いくら真名を許されたからといって、恋殿とべたべたしていいわけがないのです!」

 

「なんだ、要するに妬いているということか。言ってはなんだけど、俺の世界ではこれは挨拶みたいなものだ。そこに少しも、おかしな意味なんてないよ」

 

「俺の、世界……? むむっ……? もしやお前、天の御遣いとかいう……?」

 

 一刀の物言いで、陳宮は相手が天の御遣いであるということに気がついたようだった。呂布の参謀を自負しているだけに、そういった情報は掴んでいた。

 洛陽のあたりにも、天の御遣いの噂は広まっていた。世が荒んでいるいまだからこそ、民衆は御伽話のような風聞に心を躍らせていたのだろう。それに朝廷内部にも、天の御遣いに関する情報は入っている。

 

「陳宮殿が思っているように、俺が天の御遣いだ」

 

「な、ならば、不浄な輩から純粋な恋殿を守るのは、ねねの大事な役目なのです! おかしな振る舞いなど、絶対にさせませんからな! ……はっ、も、もしや」

 

「はあ、それでどうしたというのだ……」

 

 勇ましかった陳宮の声が、いきなり沈みだした。

 その次に出てくる言葉は、できれば別のものであってほしい。そう願いながらも、関羽は早くも目頭を押さえて俯いていた。

 

「さっきねねのことを、かわ……、かわいいと言ったのはもしやそういうことなのでは……!? いけません……、いけませんぞ……。お前は恋殿だけでなく、ねねの純潔まで犯そうというのですねッ……!?」

 

 陳宮は必死に表情を怒らせながら、両腕で身体を隠すようにしている。

 やはりこうなってしまったか、と関羽は天の御遣いの噂を呪った。嫌がる女を無理やり手篭めにしたことなど、これまで一度もないのである。それなのに、尾ひれや背びれがついた風聞というのはどこかしら広まりやすいようだった。

 面白おかしく話せるだけに、真っ当な武勇伝よりも好まれているのだろう。民衆というのは、なによりもまず楽しむことを優先しがちだった。

 

「ねねのきっくで、お前を矯正してやるのです。覚悟っ!」

 

 後ずさり、陳宮は再び跳び蹴りの構えをとっている。よほど不意を突かれない限り当たるものではなかったが、それはそれで怒らせてしまいそうでもあった。

 

「お兄ちゃんが危ないって聞いてきたのに、どうして遊んでるのだ?」

 

「だったらー、シャンもお兄ちゃんと遊びたいー」

 

 遅れて到着した張飛と徐晃は、揃って状況が飲み込めていないようだった。

 二人からしてみれば、一刀と陳宮がじゃれ合っているようにしか見えなかったのだろう。裏返してみれば、陳宮がどれだけ暴れようがその程度ということでもある。

 

「お兄ちゃん、まてー」

 

「鈴々も、追いかけっこするのだ! 誰だか知らないけど、負けないよ!」

 

 なぜか自軍の将らにまで追いかけられ、一刀はしばらく走りまわることを余儀なくされていた。関羽と呂布が、それをなんともいえない面持ちで見守っている。

 

「今度は、恋のセキトにも会ってみたいものだな」

 

 大っぴらにするつもりはなかったが、関羽はかわいらしいものが嫌いではなかった。というより、大好きなのである。

 そんな新たな友人の頼みを、呂布は控えめな笑顔とともに肯定した。

 洛陽近郊には、しばらく滞在することになるだろう。都はまだ、穏やかな波に揺られているだけだった。



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三(稟)

 北郷一刀を、涼州漢陽(かんよう)郡の太守に任ずる。

 洛陽近郊に滞在するようになってから、半月ほど経った頃の出来事だった。

 都からやってきた文官が、朝廷からの命だといって書簡を手渡してきたのである。文官の傍らには、呂布の姿もあった。

 よく知らない人間からしてみれば、天の御遣いというのは恐ろしかったのだろう。それに文官は呂布のことを、何進の飼い犬かなにかだと勘違いしているのかもしれない。表面的には従っているから、北郷の陣に行くには丁度いい用心棒になると考えたのだろう。

 朝廷が懐柔ともとれる動きを見せたのも、無理はない。ただの義勇軍が兵三千を擁し、董卓と共に十万の黄巾軍を打ち破ったのである。

 このまま放っておけば、手の届かない範囲でさらに力をつける可能性すらあるかもしれない。そのように一刀のことを危険視した朝廷は、地方の郡に封じ込めてしまうことを思いついた。

 いくら天の御遣いといえども、漢の支配下に組み込んでしまえばそれまでだろうと高をくくっているのである。

 それに涼州は、董卓の影響が色濃い地域でもあった。一刀がなにか間違いを起こせば、その責任のすべてを董卓に押し付けてやればいい。むしろ、そうなれば黄巾軍討伐の功績をなかったことにすらできる。打診する地域の選定については、そのような意図すら含まれてのことだった。

 

「少し、時間をいただきたい。いきなりのことですから、配下たちとも相談をしたいのです」

 

 横柄な態度で椅子に腰掛けていた文官に、一刀はそのように返答した。

 正直にいえば、いまこの時期に洛陽を離れたくはなかった。漢陽郡に赴任してしまえば、董卓との連携もすぐには取れなくなってしまうからだ。

 腐敗した朝廷を正し、まともな(まつりごと)を復活させる。董卓のその考えには賛同していたし、これからも協力していくつもりだった。それだけに、今回のことは一刀にとって寝耳に水だったのである。

 

「よいでしょう。しかし、あまり長引かせることはできませんぞ。こちらとしては、色よい返事を期待しておりますがね」

 

 二、三日で回答するようにと言い残し、文官は帰っていった。呂布もそれに同行していく。騎馬のあげる土煙を見ながら、一刀はどうするべきか思案を重ねていた。

 

「お兄ちゃん、国をもらえるのに嬉しくないのだ?」

 

「ちょっと、複雑な気分だな。せめて洛陽の近辺なら、悪い話ではないんだけど」

 

 腰に抱きついてくる張飛の頭を擦りながら、一刀は董卓の陣地のほうを見た。

 確かに土地を得られること自体は、歓迎すべきことだった。兵たちを真っ当に養うことができるようになるし、さらに数を増やすことも検討できるのである。

 これまで拠って立つ地がなかったことで、苦労してきた部分もある。だから張飛が不思議に感じるのも、当然のことではあった。

 

「沙和たちは、隊長さんが決めたことに従うだけなの。どっちを選んでも、文句は言わないよ」

 

「そうそう! 一刀の行くところに、ちぃたちも行くだけなんだから! だから、心配しなくってもいいよ」

 

「……あんたら、ほんまにずっと付いてくる気なんか?」

 

 背中に張宝の慎ましやかな胸の柔らかさを感じ、一刀は苦笑いを浮かべている。馬元義を討伐した後も、張三姉妹は変わらず北郷軍と行動していた。

 三人がいてくれるだけで、陣内の雰囲気は明るさを保つことができている。関羽らによる厳しい調練が鞭であれば、三姉妹の歌は兵たちにとっての飴のようなものなのだ。

 

「えー? そんなの当たり前だよー。あのとき一刀がいてくれなかったら、わたしたち今頃むちゃくちゃにされてたかもしれないんだもん。れんほーちゃんも、そうだよね?」

 

「わたし……? ま、まあ、そうかもしれないわね。一刀さんには、大きな借りがあるもの。だからできるだけ、力になりたいとは思っているわ。もちろん、芸のほうも頑張るつもりだけどね」

 

「もー、人和は素直じゃないんだから。とにかく、ちぃたちの考えはそういうこと!」

 

「あー、はいはい……。ほんまに、隊長はんは罪なお人やなあ」

 

 ストレートに好意を表す姉ふたりに比べれば、張梁は控えめに意見を述べただけだった。とはいえ、その気持に偽りはない。人前でそういうことを主張するのは、この末妹はあまり得意ではないのである。

 

「風と稟が、早く帰ってきてくれればいいのですが。まさか参軍の留守を狙って、使者を出したとは思えませんし」

 

「うん、さすがにそこまでの考えはないだろうな。まあ、遅くとも明日には戻ることだろうから」

 

 程昱と郭嘉のどちらも、いまは陣内にいなかった。都で情報収集をしてくるというので、朝から関羽と徐晃を連れて出ていったきりである。

 

「それじゃあー、ちぃと楽しいことしながら待ってようよー。一刀も、たまってるんじゃない?」

 

 魅力的な声色で、張宝はそう囁いた。身体が、さらに密着していく。肌の触れている部分が、熱くなっていくようだった。

 段々と一刀の下腹部に力が籠もっていくのを感じたのか、張飛は少し恥ずかしそうに下を向いている。こんな時でなければ、すぐさま臨戦態勢に入ったはずである。

 

「素晴らしい提案ではあるけど、それはまた今度にしよう。ごめんな、地和」

 

「むう……、しょうがないなあ……。それならちぃたち、歌の練習をしてくるね。行こう、お姉ちゃん、人和」

 

「うん。またあとでねっ、一刀!」

 

「あっ、待って……。一刀さん、わたしも失礼します」

 

 三人を見送ると、一刀は自分の陣屋へ引き返していった。

 しばらく、誰も交えずに考えを巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 夜。結局、まだ考えは纏まってはいなかった。

 日が落ちる直前の時刻となって、郭嘉と徐晃だけが帰ってきた。他の二人はどうしたのかと一刀が問うと、どうやら呂布の(やしき)に招かれているらしい。

 都に戻ったときに、たまたま出会ったのだろう。以前から時間が合えば(おとな)うという話しを関羽がしていたから、呂布のほうが誘ったようなのである。

 

「申し訳ありません、一刀さま。せめて風だけでも、連れて帰ってくるべきでした」

 

「ん……、構わないよ。どの道、明日には戻っていることだろうしね。それに、稟とこうしてくっついていれば、いい考えも浮かんでくるかもしれないだろ?」

 

「そうなるように、わたしも善処いたします。ですから今宵は、あまり昂ぶらせないでくださいね」

 

 そういって、郭嘉は両足をもぞもぞと動かした。肉付きのよい(もも)の間には、一刀の左腕が挟まれている。

 陣屋の寝床で横になり、二人は向かい合って会話していた。心身を交わらせるためには、衣服など邪魔でしかなかった。

 肌がしっかりと触れている分だけ、気持ちが透き通っていくのである。

 

「漢陽郡は、この洛陽から二千里(約八百キロ)ほど離れている土地です。朝廷は、一刀さまを中央から遠ざけようとしているのかもしれませんね。それだけ、我らと月殿が挙げた武功が大きかった、という話しでもありますが」

 

「二千里か、それは遠いな……。これからだっていう時だから、余計にもどかしい」

 

 相槌を打つ代わりに、郭嘉は指で一刀の耳に触れていた。閨を共にしているのは自分であるはずなのに、男の心は別のところへ向かってしまっている。

 相談の内容がそうである故に致し方ないことではあったが、もどかしいものはもどかしいのである。

 

「すまない、稟。俺にもっと力があれば、こんなことで悩む必要もないだろうに」

 

「軍の問題は、一刀さまだけの問題ではありません。我らも同じように悩みを背負い、乗り越えていかなくてはなりません。だから、こうして頼っていただけるのは、嬉しいことなのですよ?」

 

 目と目が合う。そこに引力が存在しているかのように、ふたりの唇は合わさっていった。舌は使わない。薄い表皮だけを撫でるように、唇で啄んだ。いまは、そのくらいが丁度よかったのである。

 

「いつもは激しく求められることが多いから、今日の稟は違った魅力があるよ」

 

「なんです? 普段のわたしはそれほどまでに淫乱だと、そう仰せになるのですか?」

 

「悪い意味で言ったんじゃないよ。それだけ俺の欲望を、稟がいつも受け入れてくれてるってことだろう? そういうことなら、(けな)す理由なんてないさ」

 

「ふふっ、そういうことにしておきましょうか。……話しを戻しても、よろしいですか?」

 

「ああ、続けてくれ」

 

「土地を得ることについては、どう思われているのでしょうか。風などであれば、すぐにでも賛成しそうではありますが」

 

「放浪軍のまま、三千の兵を抱え続けるのは厳しいかもしれない。そういう意味なら、俺も賛成だ。涼州に行けば、これまでよりいい馬も手に入るだろう。騎兵をよく養っておけば、中央に戻るときも進軍が楽になる」

 

 一刀の考えを、郭嘉は肯定した。遠ざけられるということは、それだけ自由に力をつけられるということでもあった。国の貧富によって限りはあったが、これから先を考えれば必要なことともいえよう。

 

「そうですね。そのようにお考えになるほうが、よろしいかと存じます。それにもしこの話を断れば、官軍に我らを攻める口実を与えかねません」

 

「そう、か……。黄巾にこれだけ苦労させられているんだ。邪魔な芽は早めに潰しておこう、そう考えるようになるのが当然か。そうなってしまえば、月たちにも大きな迷惑がかかるかもしれない」

 

「一刀さまのお考えになった通りかと。現状を鑑みれば、提案を受け入れることが我らに取って最上の策なのです。ましてや、あちらから郡ひとつをくれるというのですから、ここは乗ってやるべきでしょう」

 

 郭嘉は話を受けるべきだと断言した。確かに、そうなのである。洛陽には、数万の兵が駐屯している。漢室に対する謀反の恐れあり、と兵を差し向けられてしまえば、すり潰されることは目に見えていた。

 董卓と歩調を合わせることも大事ではあったが、一刀の持つ勢力を強くしていくべきである。なによりその一点を、郭嘉は重要視しているのだ。

 

「わかった、みんなにもそのように伝えよう。月にも直接、俺が会って話しをしてくる。……助かったよ、稟。気持ちが少し、軽くなった」

 

「一刀さまをお支えすることが、参軍であるわたしの役目ですから。それにしても……、ふふっ、こちらが固くなりだしたのは、お心が固まったせいなのですか?」

 

 呆れたように笑う郭嘉の指が、勃起した男根を突っついている。そのことでより血流が増し、逆に指を押し返していくほどであった。

 膨れ上がった剛直が、郭嘉の柔らかな腹肉を押し上げている。

 

「きっと、そこも稟に解されたがっているんじゃないかな。もう少し、触れてみて」

 

「はい……。こんな感じで、んっ……、よろしいでしょうか。熱いです……。熱くて、鉄のように硬い。一刀さまの芯が疼いてしまっているのを、強く感じてしまいます」

 

 一刀の言葉に従って、郭嘉の五本の指が熱く灼けた芯棒を包んでいった。浮き出た血管を指の腹で潰し、張り出た傘の部分をきゅうっ、と絞り上げていく。

 

「気持ちいいよ、稟」

 

「あっ……、一刀さまっ……。んむっ、ちゅっ、ううっ」

 

 唇を重ねる。相談事はもう終わった。いまからは、郭嘉を愛するために動くつもりなのである。

 むっちりとした抱き心地のいい尻に手をやる。弾力を確かめるように、指を沈み込ませていった。

 

「一刀さまに触れていただいて、ちゅぷ、身体が悦んでしまっているのです……。お願いですから……、もっと深いところまで……」

 

「稟がどうされたいのかは、よく知ってるよ。でも今夜は、あまり昂ぶらせるなと釘を差されている」

 

「あんなもの、言葉の綾ですから……。本当は一刀さまの指で、かき回されたくてしかたないんです……!」

 

「そこまでお願いされたんじゃ、断るわけにもいかないか。稟にも、たくさん気持ちよくなってもらいたいからな」

 

 尻肉を揉んでいた手を動かして、閉じられた膣口を開いていく。体温よりも、少し熱い。ねっとりとした媚肉が、指を歓迎してくれているようだった。

 要望通りに、強く大きくかき回していく。先程まで冷静に現況を語っていた郭嘉の口から、淫らに振るえる喘ぎ声がもれている。

 

「一刀さまの指、気持ちいい……っ。わたしのおまんこの壁、ぐりぐりっていじめてるのお……」

 

「興奮してくれてるんだね、稟。手の動きまで、激しくなってるよ」

 

「んっ、はあっ……。だって、自分ではどうすることもできないのです。愛するあなたさまに、このようにしてもらえて……、んああっ……」

 

「嬉しいんだよ、俺だって。こうして稟が、自分の手で乱れてくれている。だから、いくらでもいやらしくなってくれたっていい」

 

 互いの性器を責め立てながら、身体を擦り合わせていった。混ざり合う。分泌された汗と汁が、肌の上で躍っている。

 マーキングのようだ。亀頭から染み出る透明な液をすくい取り、郭嘉は自身の胸や腹に塗りつけていった。心身ともに一刀のものであるということを、強く表現したいのだろう。

 一刀を独占することなど、夢のまた夢であった。ならばこうして、自らを男の匂いで染め上げていくしかない。倒錯のなかで、郭嘉はそう思っていたのである。

 

「表面に塗るだけで、満足なんてできないだろ? 稟の奥深くにまで、しっかり証を残してあげるから」

 

「あうっ、んんっ……、一刀さまあ……! わたしの準備は、もう出来ていますから、だから……っ」

 

「声まで震わせて、いやらしい子だ。だけど、大好きだよ」

 

 大好きだ。一刀がそう耳打ちしただけで、郭嘉は僅かに達してしまったようである。濡れそぼった膣内から指を抜き、体勢を変えていく。

 郭嘉を持ち上げて自分が下になると、一刀は腰を動かして敏感になった陰核を刺激した。

 

「挿れてしまっても、よろしいのでしょうか……? このように逞しいおちんぽを見せつけられたのでは、我慢できそうにもありません」

 

「いいよ、稟の好きなようにすればいい。ぐちょぐちょになった俺だけのおまんこ、しっかり味わわせてもらうよ」

 

「はい……っ! それでは、くうっ……、あああぁああああぁあああっ……!」

 

 愛液で満たされた膣肉が、ずるりと大きな男根を呑み込んでいった。きつすぎることも、緩すぎることもない。膣内の感触は、自身のかたちにぴったりと馴染んでいる。

 そのことによって、弱い部分を的確に刺激されてしまっているのだろう。腰を落とした郭嘉は、しばらく身動きすることも出来ずに悶え続けていた。絶頂したことによって、襞のついた肉が微妙に震えを起こしている。それだけでも、かなりの気持ちよさがあった。

 俯いた郭嘉の胸を揉みしだきながら、一刀はゆるりと待ち続けた。篝火に照らされた女体は、見ているだけで興奮を誘うのである。

 

「稟、落ち着いた?」

 

「あ……、は……いい……。申し訳ありません、挿れただけだというのに、取り乱してしまって」

 

「そんなこと、気にしなくていい。稟がかわいくイッてるところなら、ずっと見ていられる自信があるよ」

 

「お戯れを……。ん……くっ、あっ、んんっ、うああっ……!」

 

「次は一緒に気持ちよくなる番だ。稟の奥に、たくさん精液だしてあげないとね。そうだろう?」

 

「ええ、ください……、一刀さまの精液。おまんこしっかり締めて、んくっ……、気持ちよくして差し上げますからあ……!」

 

 行き場を求めて、郭嘉の両手が彷徨っている。しっかりと握り、指を絡ませた。

 雌の匂いを放つ女体が、上下に動き出している。粘液を撹拌する音。少し漏らしてしまったのかと見間違うほど、陰部のまわりは濡れている。

 快楽によって、郭嘉の怜悧な眉が歪んでいく。汗ばんだ肌が、艶めかしい。

 

「いいぞ稟、その調子だ。俺もそろそろ、動いていこうか」

 

「んっ、はっ、はあっ……! すごいです、一刀さまっ。突き上げられるの、気持ちいい……っ。奥の奥まで、しっかり当たって……しまうのです……!」

 

「おまんこ全体が、ぐちょぐちょになってるみたいだな。最高の居心地だよ、稟」

 

「一刀さまがお悦びになられているのが、よくわかります。最初よりずっと硬くなっていて、くうっ……、子宮まで……、犯されているようで……っ」

 

 一心不乱に身体を動かし、郭嘉は精を搾り取ろうとしている。

 滑りを帯びた膣肉が、何層にも分かれて圧力をかけてきているようだった。自然と、体温が上昇していく。

 突き上げる度に、陰部からは愛液の飛沫があがっていた。

 宙空に揺れる乳房。房事の熱で曇るレンズ。そのなにもかもが、高揚感を与えてくれる。

 

「かわいいよ、稟……」

 

「ううっ、あうっ、すうう……、はあああぁあああっ!」

 

 淫靡に声が震えている。粟立つ肌は、絶頂の近づきを知らせているようでもあった。

 膣内を突くペースを加速させていく。下腹部からは、既に甘美な痺れが伝わってきていた。

 尿管を蠢く精液を押し留め、歯を食いしばって肉を抉る。

 

「そろそろ、限界みたいだ……っ。出すよ、稟のなかに……!」

 

「あっ、はあっ、はあっ、……。いつでも、平気です……。わたしも、もう……、イキそうですから……っ!」

 

「ああ、稟……。ぐっ、う……ああっ!」

 

 亀頭から精液を飛び散らせたまま、絡みつく膣内を進む。奥にあたったところで、一点に注ぎ込むように押し付けていった。

 

「出ています……! 一刀さまの精液、すごい勢いで……っ。んああぁああっ! わたしの子宮のなか、びゅるびゅるって射精されてえ……!」

 

「まだ……、止まらないっ! 稟の中が気持ちよすぎて、いくらでも出せそうだ」

 

「はあ……ううっ、すごいのお……! 一刀さまのせーえきで、おまんこ溺れてしまいます……ううぅうううううううぅううう……!?」

 

 

 

 

 

 

 心地よい倦怠感に身を任せて、一刀と郭嘉はしばらく折り重なるようにして抱き合っていた。

 満たされている。性欲はいくらか失ってしまったが、その分幸福な感情が心を占めている。

 

「きれいに、いたしますね……。はあ……、むうっ、んちゅ、れろ」

 

 雑多な匂いを放つ行為後の男根を、郭嘉は口内で清めていく。喉奥まで招き入れ、すかさず舌を巻きつける。再度膨張の姿勢を見せる雄の象徴を、実に美味そうに頬張っていた。

 上半身を起こした一刀は、労いを込めて忠臣の髪を撫でている。さすがに息が辛くなってきたのか、郭嘉は一度男根から口を離した。

 

「とても、いやらしいですね。一刀さまの濃い匂いがして、たまりません……」

 

「下の口からあれだけ飲んだっていうのに、稟は欲張りなんだな」

 

「誰だって、こうするに決まっています……。それに一度出したぐらいで、んむっ、ちゅばっ……、収まるようなモノをお持ちではないでしょう? いまだって、こんなに嬉しそうに大きくされているではありませんか」

 

「当然。稟にこうまでされて、大きくしないほうが失礼っていうもんだ」

 

 柔らかな微笑み。郭嘉の方も、いい具合に欲望を発散することができたのだろう。

 あまり間隔を空けすぎては、いつまた妄想が爆発するかわかったものではない。肝心なときにそうなってしまわぬよう気をつけてやるのも、ある意味では主君の仕事ともいえる。

 

「頼もしいですね、それは。どこまで続けられるか、試してみましょうか」

 

「稟が言うと、冗談に聞こえないって……。なにごとも、過ぎたるは猶及ばざるが如し、だろう?」

 

「論語ですか。まさかこのような房事の最中に言葉を使われてしまうとは、孔子(こうし)も思ってはいなかったでしょうね。こちらは、いかがでしょうか。一刀さまの熱い子種が、まだまだ詰まっているようです。柔らかなのに、こりっとしていて不思議な感触ですね。もっともっと、愛して差し上げたくなってしまう」

 

 睾丸をしゃぶられている。肉竿への愛撫も抜かりはない。ぬちゅぬちゅと音を立てながら、片手できっちりと扱かれている。

 こういう部分においてもさすがは郭奉考だな、と一刀は表情を崩した。

 

「む……、そこでどうして笑われるのです。どうせならば、蕩けた表情をお見せくださいませ。ちゅっ、ちゅっ……、んはあっ、んぶうっ……」

 

「気にしなくたっていい。こんなにも稟に尽くしてもらえて、幸せだなって思えただけだから」

 

「そ、そうですか……。ならばわたしも、油断なくご奉仕しなければなりませんね。んっ、ちゅる……、裏筋が、ぴくってしていますよ? ここが、よろしいのでしょうか」

 

「ああ、最高だな。稟のスケベな舌遣いで、俺のチンコも喜んでいるよ」

 

 他愛もない会話が重なっていく。深まりつつある夜を、人肌の温もりと共に過ごした。

 漢陽郡の、太守となる。そう決めたからには、全力であたるつもりだった。

 土地を治めることになるのだから、これまでとは違った苦労もあるはずである。それでも、自分には頼りになる仲間たちがいるのだ。

 

「これからも頼むぞ、稟」

 

「ふぁい? ……んっ、もちろんです」

 

 奉仕を中断して、郭嘉が返答した。なにを当たり前のことを。不審げな瞳が、そう語っている。

 大きく頷いた一刀は、また郭嘉の髪を撫で始めた。粘つくような口淫の音だけが、陣屋に響いている。



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四(愛紗、風)

 季節としては春を迎えているが、冷えた風が土煙を巻き上げている。街道を行く旅人が、思わず手を擦り合わせていた。

 その近く。三千余の軍勢が、粛々と進軍している。なびく旗は、北郷十字。その十文字の大旗印のもとに、北郷一刀はいた。

 

「稟たちは、涼州に行ったことはあるのか」

 

「いえ。機会があれば回ってみようかと考えていましたが、想像していたよりも早くあなたさまにお仕えしてしまったものですから」

 

「稟ちゃんたちって、曹操さんのところに行こうと思ってたんだよね?」

 

 確認するように発せられた劉備の言葉に、郭嘉は頷いた。寒風が気になったのだろうか、一刀は鼻の下あたりを手で擦っている。

 

「そうなのですよー。あのお方は、間違いなく当代の傑物として後世にまで語り継がれることでしょう。もっとも、ご主君さまが曹操さん以上の器になってくださることを、風は密かに期待しているのですけどねー」

 

 どこが密かになんだ、と一刀は苦笑してしまう。しかし、これより先も勢力を拡大していくのであれば、曹操が障壁となって立ちはだかるのは明らかなのである。

 それに董卓の理想を後押しするためには、さらに大きな力を持たなくてはならないだろう。

 

「だそうだよ、ご主人様? でもでも、稟ちゃんと風ちゃんがご主人様のお側にいないだなんて、わたし想像もつかないんだもん。凪ちゃんだって、そう思うよね?」

 

「わたし、ですか? でも……、そうかもしれませんね。あの場に風がいなければ、一刀さんが旗揚げをすることなんて、自分は考えることもなかったのでしょうね」

 

 かつての光景を思い返して、楽進は程昱のほうを向いた。

 指を一本口もとに立て、内緒だというように程昱は微笑する。あの折の会談については、一刀に知らせたことはなかった。結局、自然と天の御遣いは必要とされることになったのである。

 

「風?」

 

「いえいえ、ご主君さまはどうかお気になさらずー。ちょっとした決起集会をしていた、と思っていただければよろしいかと。ねっ、稟ちゃん?」

 

 少し釈然としていないようだったが、郭嘉の首肯を見て一刀はとりあえず納得したようだった。

 

「ところで稟、馬騰(ばとう)殿についてはどうなんだ? なんでも、迎えを出してくれるように月が頼んでくれているみたいだけど」

 

「元々、司隸右扶風(しれいゆうふふう)の出身とお聞きしております。もう少し行けば、我らもちょうどその辺りを通ることになりますね。いまでは涼州にあって、外敵との戦いにおいても優れた手腕を発揮されているそうです。涼州牧(りょうしゅうぼく)は別にいるわけですが、馬騰殿は誰もが一目置く存在、といって間違いないかと」

 

 州牧(しゅうぼく)。以前は州の長官として、刺史(しし)という地位が存在していた。ただし刺史には軍権がなかったこともあり、一度各国の太守に背かれてしまえばその権能が脅かされることさえあったのである。

 それにかわる役職として州牧を発案したのが、帝の縁者でもある劉焉(りゅうえん)だった。軍権を擁したことにより、州牧は強力な統治権を得ることとなったのだ。ただし、この変更はすべての地域において徹底されているわけではない。州によっては州牧と刺史が入り乱れている場合もあったし、そのことで余計な権力闘争が発生することすらあった。それもひとえに、朝廷の統率力が低下しているゆえに起きた事態なのだろう。

 また、自ら益州牧(えきしゅうぼく)を志願した劉焉は、赴任してからすぐに中央との繋がりを断っている。どうやら、腐敗して先の見えない朝廷とは距離を取り、漢から独立した勢力を益州に築こうとさえしているようなのである。

 

「へー、そんなにすごいお方なんだねえ。馬騰さんの軍と一緒に進んでいれば、ご主人様の後ろにはこんなすごい人がいるんだぞー、って周りに知らせることができる。そういうことでいいのかな?」

 

「はいー、桃香ちゃん大正解なのですよー。賞品として飴を進呈したいところなのですが、なにぶん手持ちがあまりないので今回はどうかご勘弁ください」

 

 長い旅路になるからと洛陽で大量に飴を購入していたようだったが、それすらもう心もとないようである。残念そうな劉備だったが、自身の考えが正しかったことについては素直に嬉しそうだった。

 現在の馬騰は、隴西(ろうせい)郡の周辺をその支配下に置いていた。馬騰麾下の騎馬軍団は強力無比であり、その機動力には特筆すべきものがあった。また、一軍を率いている娘の馬超も荒削りながら突出した武を持っており、異民族にまで恐れられる存在なのである。

 

「馬家の人たちと顔を合わせるのも、楽しみだな」

 

「それは、どういった意味合いなのでしょうか。女性に目がない隊長のことですから、自分としてはつい気になってしまいます」

 

「うう、最近手厳しいな、凪……。というか、そんなわけないだろう」

 

「えー、そうなのですかー? それはそれで、風としては嬉しいような、悲しいようなー?」

 

 馬上での会話は、賑やかに弾んでいた。

 号令。朝焼けと同時に動き出していたから、兵たちにも疲労の色がでてきている。別段、急ぐ必要があるわけでもない。太陽が高くなった頃を見計らい、一刀は全軍に小休止を命じた。

 渭水(いすい)のほとりで、兵たちが足をほぐしている。洛陽から出発して、もう何日が経過したことだろうか。この水流を辿って西進していけば、目指す漢陽郡に到着するはずである。

 潼関(どうかん)を抜けてさらに西に行くと、かつての都がそこには現存している。長安、さらには秦の都であった咸陽(かんよう)も、渭水を挟んで南北に存在しているのだ。

 ただし、いまでは帝が洛陽で暮らしているため、長安にかつてのような繁栄はなかった。

 歴史の流れを辿れば、いずれ董卓がここに行き着くことがあるのかもしれない。そんなことを考えていると、知らず知らずのうちに表情が険しくなってしまっていたのだろう。

 袖が引かれる。もはや安心感さえ与えてくれる、飴の甘い香りがしている。見上げる程昱の肩を抱き、平気だと一刀は告げた。

 

「そうですか。でしたら、せっかく渭水にいることですし、釣りでもしてみましょうかー?」

 

「この河で釣りといえば、かの呂尚(りょしょう)のことか。しかし……まあ、なんだな」

 

 呂尚。周の文王(ぶんおう)に仕え、権謀術数を駆使して勢力の拡大を助けた人物である。文王は渭水で釣りをしていた呂尚と出会い、その才を見出して帷幕に加えたとされている。参謀として迎えられた後、呂尚は太公望(たいこうぼう)を名乗ったという。

 一刀にとっての太公望に、自分はなってみせよう。そのように、程昱は意気込んでいるのかもしれない。

 

「むー、なんですか愛紗ちゃん。風の顔を見て、なんでにやにやされているのですかあ?」

 

「いや、すまない。なんというか……、ご主人様ならお分かりになるでしょう?」

 

 飴の棒を竿に見立てて、釣りの真似事をしている程昱。本人は、至って真剣そのものである。

 その様子を見た関羽は、なにやら笑いをこらえているようでもあった。

 

「ん……、そうだね。風が釣りなんてしていたら、きっとすぐに居眠りしてしまうんだろうな。……それはそれで、かわいいとは思うけど」

 

「あうう……。ふむう………………、ぐう……」

 

「おいおい。ここで寝てしまっては、ご主人様に素通りされてしまうのではないか? 文王だって、(おか)で船を漕いでいる者を陣営に誘おうとは思わないだろう」

 

「おおっ……!? それは、一大事なのですよー。風はもうご主君さまの肉奴隷同然ですから、そばでお仕えしないわけにはいきません。これはもう、宿命といってもよろしいかと」

 

 一刀の手を握り、程昱は不敵に微笑んでいる。

 持っていた飴をちろりと舐めあげる姿は、どこか挑発的でもあった。カラフルな表面が唾液で濡れ、舌の通った跡をあらわしている。

 

「んむー、れろ、ちゅぱ……」

 

 まるで恋人の肉竿に奉仕しているかのように、ざらつく舌が飴の上を行き来していた。握ったままの手が熱い。

 程昱の動きで察してしまったのだろう、関羽はスカートの端をつかんで居心地が悪そうにしている。しかし、気にはなっているらしい。咎めなければならないと思いながらも、女としての(さが)が勝りつつあるのだろう。

 

「んふふー。どうかされましたかあ、ご主君さま? それに愛紗ちゃんも……んむっ、ぺちょ……、風はただ、飴をぺろぺろしているだけなのですがー?」

 

「あ、あの……、ご主人様……、その……」

 

 関羽の目が、あなたから誘ってほしいと訴えてきている。この場で自分からそういったことをしたいとは、なかなか言いづらいのだろう。その手を取り、場所を変えることを一刀は提案した。

 

 

 

 

 

 

「んっ、ぷあっ、じゅるうっ……」

 

「愛紗ちゃんもお堅いようにみえて、おちんちんさんが大好きなんですねー。こんなにおいしそうに咥えてしまうなんて、風もびっくりなのですよ」

 

 じゅるる、じゅるる、と唾液の音が激しく鳴っている。関羽は口内をしっかりと潤わし、恥ずかしげもなく青空の下で男根をすすっている。長い黒髪が揺れ、上下に頭が律動する。一刀の下半身は、さらにいきり立っていった。

 木陰に移動したからといって、周囲すべてが覆われているわけではない。むしろそこに、関羽は興奮を感じているのではないか。欲望に塗れた口淫の様子をのんびりと傍観しつつ、程昱はそんなことを考えていた。

 

「なんだ、風は見ているだけで、してくれないのか?」

 

「いえいえー。ご主君さまの立派なものを見せつけられて、風が我慢できるとでもー? 先端のところは愛紗ちゃんにおまかせして、風はこっちのこりこりをいじめてみましょうか」

 

 木に背を預けている一刀の股ぐらにしゃがみこみ、程昱は張りのある陰嚢(いんのう)を指で揉んだ。丁寧に解していく傍ら、内包された睾丸の感触を楽しんでいるようでもある。

 

「ご主君さまの大切な子種がつまった袋ですから、優しく、優しく……。ん、ちゅる……、んんっ。味も濃くって、あむぅ……」

 

「じゅぷ……、じゅるっ……。ご主人様、気持ちよくなって……いただけているのでしょうか」

 

「きっと、愛紗ちゃんのお口ですごく感じておられるのだと思いますよー? 袋がぱんぱんになっていますから、それはもうおびただしい量の精液を準備されていることでしょうし」

 

 程昱の頭を、一刀は軽く撫でる。関羽によって与えられるダイレクトな快楽もたまらなかったが、程昱からのじんわりとした責めもまた心地よかった。

 口から引き抜かれた男根が、天を隆々と指している。それを関羽はうっとりとした視線で見つめ、自ら陰部を慰めているようだった。

 

「今日中にもう少し進んでおきたいのですが、愛紗ちゃんはお口だけで満足できそうですかあ?」

 

「んっ……!? も、もちろん、不満などあるはずがない……ッ。んはあっ……」

 

「そうですかー? くふふっ……、さすがに愛紗ちゃんも、おまんこに精液をためたまま、赤兎には乗りたくないですもんねえ」

 

 にやっと口角を上げた程昱が、衣服に包まれていても主張の激しい関羽の乳房を手で掴んだ。まさか、いきなり自分が愛撫される側になるとは考えていなかったはずである。

 服の上から乳首をかりかりと爪で引っかかれると、股間をいじる指の速度も上がっていく。羞恥と共に強烈な快感を得ることで、関羽の凛々しい面は淫欲に染まっていった。

 

「風におっぱい触られて、気持ちいいんだ?」

 

「い、いえ、そんな……っ。あっ、んんっ、くうっ……」

 

「いいよ、愛紗はそのままで。おまんこたくさんいじりながら、気持ちよくなってくれればいい。俺の方は、勝手にやらせてもらうから」

 

 関羽の背筋が、被虐的な感情でぞくりと震える。

 愛しい女の乱れた姿を見て、少しいじめてみたいという思いが顔を出してしまっているのだろう。受け身に回っていた一刀は剛直を握り、先端を使って関羽の頬をぐにぐにと突いている。

 自分はこれからどうされてしまうのだろう、という思いが、余計に関羽の興奮を高まらせていった。

 

「どうやら、ご主君さまのやる気に火がついてしまったようですねえ。おちんちんさんも、心なしかまた大きくなっているような気がします」

 

「やっ……、風、またそのように……!? うあっ、くうっ、感じさせられてしまう……、風の指で……え」

 

 数滴の雫が、背の低い草を濡らしている。かき混ぜられた膣口は涎を垂らし、間隙を埋められたがっているようだった。広がった媚肉が、切なげに赤く色づいている。

 

「愛紗、しっかり口を窄めておくんだ。いまからここに、挿れていくよ」

 

 唇を性器に見立て、粘つく潤滑液を塗りつけていく。僅かに緊張気味な関羽の視線に、思わず腰が震えてしまった。

 きつい窄まりを割り開き、挿入していく。出迎えに来た舌といくらか戯れ、抽送を開始していった。

 

「んっ、んぐっ……、けほっ……。じゅぷ、ずるっ、もごっ……!?」

 

「おおー。愛紗ちゃんのお口をおまんこみたいに扱うとは、さすがはご主君さまなのですよ。見ているだけで、風も興奮してしまいます」

 

 大きなストロークでゆっくりと、関羽の口腔を穿っていく。一突きするごとに相手を征服しているという実感が湧き出て、快感に変わっていった。

 乱雑に扱われて興奮する関羽を見ていて我慢ができなくなったのか、程昱は一刀に愛撫を求めて身体を擦り合わせている。

 

「あっ、んんっ……。ご主君さまの指、はいってますう……。風のおまんこも、気持ちいいって言っているのですよお」

 

「ふー、ふうっ、んむっ……じゅぷっ……」

 

 関羽の喉奥まで亀頭で責めながら、程昱の女陰を指で拡張していった。興奮で、脳髄が焼ききれそうになってしまいそうになる。苦しそうに鼻で呼吸しながらも、関羽は自慰の手を止めることができないようだった。ぐちゅぐちゅという粘液をかき混ぜる淫らな音が、耳に届いていた。

 

「最高だよ、愛紗。その様子だと、まだ足りないんだろう? もっと、早くしていくよ」

 

「んごっ……!? むうっ……、ん、んん……、んぐうっ……!?」

 

 後頭部を掴みながら、遠慮なく腰を打ち付けていった。目の端に浮かぶ歓喜の涙が、なによりも感じている証左なのである。赤みのさした頬が、もっとしてほしいと願っているように見えていた。

 愛液を次々に地面に零しながら、なお関羽の指は動き続けている。一刀に激しく突かれている様を想像してしまっているのだろう。ガクガクと、情けなく内股が揺れていた。

 

「風も、風にも……もっとしてください……! いやらしい指使いで、気持ちいいところコリコリってされたいのです……! ご主君さまの手で、もっと……!」

 

「可愛い声、俺もいっぱい聞きたいな。我慢しなくていい。いくらでも、いじってあげるよ」

 

「は……いぃいい……! んっ、あう……、すごいのです……よお。風の身体、どんどん熱くなってえ!」

 

 快楽が勝っているせいで、立っていることすら辛くなってきたのかもしれない。一刀の腕に掴まったまま、程昱は何度も嬌声を発していた。

 

「ごひゅ……じんしゃまあ……! んぶっ、くうっ、じゅるるっ……」

 

「あっ、ひあっ……。こんなの、もうだめなのです……!? イキます、イッてしまいますう……!?」

 

 どちらともに、もう限界が来ているようだった。

 その様子を見た一刀は口角をあげ、最後の仕上げに突入していった。射精が近づいてさらに大きくなった男根で口腔を犯し、我慢汁を飛び散らせていく。精液が欲しくてたまらないのか、関羽はその分泌液を必死に吸い上げていた。

 

「愛紗の奥に、種付けするからな……! いくぞ、ぐっ……ああッ、でる……ううっ……!」

 

 びゅくっ、びゅくっ、と口内で脈打つ男根が暴れまわっていた。強烈な濁流となって、精液が喉奥に直接注ぎ込まれていく。気をやるかどうかのギリギリのところで、関羽はそれを甘受していた。

 

「ふわっ……!? ん、んあう……、ひゃうぅうううううう……!?」

 

 射精すると同時に、程昱の充血した肉芽を摘み上げていく。ぐりぐりと磨り潰すように刺激したことで、相当な快楽が突き抜けているのだろう。手に感じる体温はかなり高く、絶頂でほとばしった愛液が手首にまでかかっている。

 

「ふおっ、ちゅばっ……、じゅるう……。んっ……!? んっ、んふううぅうううう……!?」

 

 男根で口内を制圧されたまま快楽の余韻に浸っていた関羽だったが、その表情が突然青くなった。何事か発しているようだったが、どれも言葉としては成立することはなかった。

 下腹部が震える。潤滑液ではないなにかが飛び出し、さっと地面を濡らしていった。

 

「ふふっ。なんだ愛紗、お漏らししてしまうくらい気持ちよかったのか」

 

「ふー、ふうっ……!? んぐっ……っ、んおっ……♡」

 

 じょぼじょぼ、と下品なくらい音を立てて、黄金色の液体はとどまることなく尿道から吹き出していく。

 止めたくとも、自分ではどうすることもできない。理性の栓が抜けてしまったのだろう。放尿によって、足下には水たまりができつつあった。

 

 

 

 

 

 

「愛紗、落ち着いた?」

 

「え、ええ……。申し訳ありません、あのような姿をお見せしてしまうなどと……」

 

「悶えまくる愛紗も、可愛いかったよ? でも、俺もやりすぎたかもな。悪かったよ」

 

 疲れ果てた様子の二人の頭を膝に乗せ、一刀は穏やかに笑った。興奮が高まりすぎると、どうにもやりすぎてしまう節がある。冷静になって思い返してみると、酷い行いをしてしまった、という反省の感情がふつふつと湧いてきたのである。

 

「そんな、ご主人様に謝罪していただくほどのことではありません。わたしだって、楽しんでいたことは事実ですし……」

 

「んー、愛紗ちゃんがこういっているのですから、別によろしいのではー? それにご主君さまはいつの日か天下を左右なされるお方なのですから、激情のひとつやふたつ、抱えていても当然だと思うのですよ。庶人に危害を加えてしまうのならともかく、こうして風たちに性欲をぶつけられるくらいどうってことありません」

 

「……風の言う通りです。ご主人様が獣欲に駆られたのであれば、それをどうにかして差し上げるのも我らの役目なのでしょう。……ですが、これからは郡を治められる立場となられるのですから、周囲の目には一層お気をつけください」

 

 外での行為を注意をする関羽の声は、弱々しいものだった。今回に関しては、おのれにも一因があることを自覚しているのだろう。

 

「できるだけ、気をつけるとしよう」

 

 それはきっと無理でしょうねー、と程昱が茶々を入れている。その脇腹をくすぐりながら、一刀は小さく息を吐いた。

 

「お兄ちゃーん、どこなのだー? 愛紗と風も、ごはん食べないのなら鈴々がもらっちゃうよー?」

 

「隊長、聞こえていたら返事をしてください。そろそろ、出発になりますから」

 

 張飛と楽進の声を聞いて、もうそこまで時間が経ってしまったのかと驚いてしまう。これにはのんびりとしていた関羽と程昱も身体を起こし、ぽんぽん、と衣服についた汚れを払っていた。

 

「こっちだよ、鈴々、凪。いま行くから、三人分残しておいてくれないか」

 

 つぎの休憩となると、日が没してからになってしまうだろう。腹になにか入れておかなければ、途中で辛い思いをすることは必定だった。

 あわよくば、余った分まで食べてしまおうとしていたようである。少しばかり残念そうな張飛と手をつないで、一刀は淫事の現場を後にしたのだった。

 



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番外編 お休み

劉旗プレイしてて書きたくなっただけのネタなので、雑の極みです。多少本筋と時間軸のズレがあります。


 夢と現実の境界。あまりにも朧気なものであり、ときに人々はそれに惑わされる。

 いま自分が見ている世界が現実なのか、それとも夢であるのか。そのことは、誰にも証明することなどできないのである。

 

「ん……、むにゃ……、んんっ」

 

 またしても、夢幻の境目に足を踏み入れてしまった者がいるようだった。

 ぼんやりとした意識のなか、周囲の声だけが頭に響いている。少しづつ、四肢に力が宿っていく。

 

「鈴々、どうしたというのだ! おい、しっかりしろ!」

 

 長い睫毛がぴくりと揺れる。意識が戻るまで、もう一歩のところまできていた。

 背中から地面に大の字で倒れている少女。自分の名が呼ばれている、そのことはわかっていた。

 痛む頭を無理矢理に再起動させ、上がらない瞼をこじ開けていく。もう一歩。開けた眼のなかに、艶やかな黒髪が陽光とともに映っている。

 

「平気か、鈴々!」

 

「ふえ……、愛紗?」

 

「愛紗、ではない。鍛錬中にいきなり眠ってしまうなんて、一体なにがあった」

 

 黒髪の持ち主のことは、よく知っていた。

 関雲長。張飛の義姉であり、ともに戦ってきた同志でもある。その関羽が、いまは鍛錬中だったという。

 言われて右手を動かしてみれば、指に棒状のものが当たる。つい先程まで、握っていたはずの蛇矛がそこにあった。

 

「りんりーん、だいじょーぶー? 急にばたん、って倒れたから、シャンもびっくりしたー」

 

 自分を見下ろしている人物がもうひとりいることに、張飛は気がついた。背丈は小さく、全体的に子どもっぽい印象を残している。知らない少女だった。

 ぼんやりとしていた脳内が、急激に沸騰していった。全く面識のない人間に真名を呼ばれ、怒りに火がついてしまったのだろう。転がる蛇矛を一瞬で手にして、張飛は飛び上がるついでに得物を振り下ろしていった。

 

「ひゃわっ……!? 鈴々、寝ぼけてる……?」

 

「また呼んだ! なんでお前、鈴々の真名を知ってるのだ!」

 

「え……? なんでって……、どういう意味……? 鈴々の真名は鈴々からあずかったのに、いまさら……なんで怒るのー!?」

 

 長大な蛇矛と戦斧が激突し、ビリビリとした衝撃が走る。受け止めた徐晃は珍しく慌てているようで、しきりに関羽の表情をうかがっていた。

 どうやら、寝ぼけて武器を振り回しているようではないらしい。そのことがわかるくらい、張飛の気迫が関羽にも伝わってきていた。

 

「だから、呼ぶなっていってるの! 愛紗も見てないで、訂正するようにいってほしいのだ!」

 

「お前、香風のことがわからないのか……? 昨日だって、一緒に遊んでいたではないか」

 

「愛紗まで、変なこといわないでよ。鈴々、こんなやつ見たことないのだ」

 

 本気で打ち掛かってくる張飛相手に、徐晃は防戦一方といった様子である。実力だけでいえば、ふたりは拮抗している存在だった。

 

「ううっ……! シャンのこと、忘れちゃうなんてひどいよー!?」

 

 戦う理由がないゆえに、全力で大斧を振るうことさえままならない。動揺の分だけ、張飛の攻勢は強まっていった。知らない人物に真名を何度も呼ばれた上に、頼りの関羽すらも自分のことを訝しんでいる。

 苛々を募らせる張飛の武は、とどまるところを知らなかった。蛇矛によって叩かれた地面には亀裂が入り、その力の強大さを誇示しているかのようである。

 この暴風をおさめることができるのは、あの方をおいて他にはいない。そのように確信した関羽は、徐晃に時間を稼ぐように伝えようとしていた。この時間であれば、その人物は政務室にいるはずだった。

 

「鈴々」

 

「こんどは、誰なのだ!」

 

 男の声に、張飛は振り返った。関羽の表情が、安堵に変わっている。

 よもや、一刀のことを忘れはしないだろう。これまで揃って武を捧げ、戦い抜いてきた仲なのである。

 もしや一刀が太守となったことで、遊んでもらえる時間が減ったことに拗ねているのかもしれない、と関羽は一瞬考えてしまった。しかし、徐晃との打ち合いで見せた気迫が本物だっただけに、理由は別にあるという気がしているのも事実なのである。

 

「どうした、そんなに怒って」

 

「お兄ちゃん!」

 

 一刀の姿を認めると、張飛はようやく蛇矛を振るうことをやめた。

 思わぬところで脅威に遭遇した徐晃は、腕で額の汗を拭っている。

 

「あのね、あいつが鈴々の真名を勝手に呼ぶの! だから、訂正させようと思って……」

 

「あいつって……、香風のことだよな? もしかして、喧嘩でもしたのか。だったら……」

 

「ううーっ! お兄ちゃんも、愛紗とおんなじこというのだ! 鈴々、ほんとに知らないんだもん! そうだ、お姉ちゃんはッ」

 

「お姉ちゃん? 桃香殿なら、今日は街へ出かける言っていましたが。ともかく、どちらも武器を降ろしてください。香風は、こちらへ」

 

 たまたま一刀に随伴していた郭嘉が、一旦の停戦を命じた。

 張飛の顔が、またしても不審なものを見つけたように変わっている。まじまじと穴が空くほどに見つめられては、さすがの郭嘉も困惑しているようだった。

 

「なんで、戯志才がここにいるのだ。公孫賛のお姉ちゃんのところで、分かれたはずでしょ?」

 

「はて、それはなんの話しでしょうか。確かに白蓮殿のところに行きはしましたが、わたしに一刀さまと離れる理由などありません。それに今更、戯志才などと」

 

「一刀……さま? 戯志才、お兄ちゃんのことそんなふうに呼んでなかったのに……?」

 

 益々、混乱は大きくなっているようだった。眉根を曲げて、張飛は首を傾げている。

 関羽は、全く話のかみ合わない義妹に、どのように声をかければいいのかわからないようだった。

 

「ふむ……、これはもしや……? 一刀さま、少しお耳を拝借いたします」

 

 張飛との会話から、郭嘉はひとつの推論を立てたようである。

 いま目の前にいる少女は、張飛であって張飛ではない。明らかに、別の記憶があらわれているのだ。そのようなことが果たして起こり得るのかは郭嘉の埒外のことだったが、この状況はそうとしか考えようがなかった。

 

「ここにいる鈴々は、別世界の鈴々の可能性があるっていうことか。俺がここにいること自体がイレギュラーなことなんだから、平行世界が存在してもおかしくはない、か……」

 

「別世界の鈴々……、ですか……? しかしこの鈴々は、つい先程までわたしたちと鍛錬をしていたのですよ? ご主人様のように天から落ちてきたのならともかく、まさかそのようなことが……」

 

「上手く説明できないけど、なにかの拍子に記憶だけが入れ替わってしまったのかもしれない。鈴々、心当たりはないのか?」

 

 一刀たちの議論を話半分に聞いていた張飛だったが、なんとか目を覚ます前のことを思い出そうとしているようだった。

 不可思議な力が働いた結果こうなったのであれば、もとに戻ることができるとは限らない。だとしても、どんなに小さなことであってもいいから取っ掛かりがほしかった。

 

「あっ……そうだ。鈴々、いつもみたいに木の上で寝ちゃってたのだ。それでそれで……、うーんと」

 

「いつもみたいに……か。どこにいようと、鈴々は鈴々なのだな」

 

 ようやく話を飲み込み始めた関羽は、ぐっと口元を押さえている。

 どこかへ行ってしまった義妹が、寂しくて泣いてはいないだろうか。違う世界で、迷子になっていないだろうか。どうしても、そんな考えばかりが浮かんでは消えていく。

 

「そうそう! お昼寝してたときに下から愛紗に怒鳴られて、鈴々落っこちちゃったのだ! そしたら目の前がまっくらになって、なって……」

 

 張飛のくりっとした瞳から、涙が一筋こぼれ落ちる。どうしようもないくらい、郷愁の気持ちが湧き出してしまったのだろう。

 反射的に小さな身体を抱きしめ、一刀は落ち着かせるように頭を撫でていった。記憶が異なっていること以外、少しも違わない。それにこの張飛も、異邦人である自分のことを知っているようなのだ。

 ひょっとしたら別の世界の北郷一刀だって、こうして迷いこんだ少女を慰めてくれているのかもしれない。そう思えば、多少は気が楽になった。

 

「鈴々、って呼んでも構わないかな?」

 

「うん……。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだもん。そう、だよね……?」

 

 揺れる瞳が見上げている。そうだよ、と返事をしながら抱擁を強めれば、張飛は安心したように腕で背中に抱きついてきた。

 赤い髪から漂ってくるのは、お日様のような香り。張飛は、確かにここにいる。自身にもそう言い聞かせるかのように、一刀はしばらくの間小さな身体を離さなかった。

 

 

 

 

 

 

「あっ、お姉ちゃん……」

 

「鈴々ちゃん、なんだよね? 愛紗ちゃんから聞いたよ。不安に思うことがあったら、なんでも相談してくれて大丈夫だからね」

 

「お姉ちゃんは、どこにいても優しいのだ。でも、鈴々もうへーきだよ。ここには、愛紗もお兄ちゃんもいるんだもん。だから、きっとなんとかなるのだ!」

 

 一刀の膝に座っていた張飛は飛び上がり、元気になったということをしきりにアピールしている。

 

「しかし、不謹慎なことかもしれませんが、鈴々の話しは大変興味深いですね。なんでも、あちら側では桃香殿が義勇軍を率いて立ち上がられているそうですよ」

 

「へっ……? わたしが、義勇軍を……?」

 

「そのようです。一刀さまは、そこでは桃香殿の補佐に回っておられるようですね。それにいまもまだ、黄巾の連中が猛威を振るっているのだとか」

 

 張飛に聞かされた話しを、振り返るようにして郭嘉は語った。僅かに顔が赤らんで見えるのは、その内容に思考を刺激されているためかもしれない。

 配下の面々は一様に驚きを見せていたが、劉備が勢力を築くというのは、一刀にしてみれば至極納得のいく流れではある。

 

「それにしても、どこにいようが女性に囲まれる運命なのですね、一刀さまは。いえ、むしろ引きつけている、と言ったほうが正しいのでしょうか」

 

「お兄ちゃんだから、それはしかたないー。でもー、シャンがいないのは……ざんねんかもー? お兄ちゃんも、そう思う?」

 

 空席となった一刀の膝に、徐晃が目敏く収まっていく。気持ちよさそうにぐりぐりと身体を擦り合わせており、はふう……、という快感混じりの声が口からは漏れていた。

 状況を理解した張飛とは和解も済んでおり、真名も再び交換しあっている。未知の世界の友人がひとまず落ち着いたことで、徐晃も張り詰めていた気が緩んでいるのかもしれない。

 

「なんというか、難しい質問だな。あっちの俺は香風のことを知らないだろうし、残念がることもできないというか」

 

「うー、そうだねー。でもきっと、鈴々の世界でもいつかは仲良しになれるんじゃないかなー。だってシャン、お兄ちゃんのこと大好きだからー」

 

 首を反らせて、徐晃は一刀のことを見つめている。その仕草があまりにも愛らしく、一刀はつい柔らかそうな頬に手を伸ばしてしまった。むにむにとした感触が心地いい。胸を揉むのとはまた違ったよさがあって、やめられなくなってしまう。

 

「しゃんふー、お兄ちゃんとくっつきすぎなのだ!」

 

「ふふっ、真っ赤になっちゃって鈴々ちゃん可愛いー。もしかして、向こうのご主人様とはまだそういうことはしてないのかな?」

 

「ふえっ? そういうこと、ってなんなのだ? お姉ちゃん、鈴々におしえて!」

 

「だったら、まだ内緒だね。元の世界で教えてもらうためにも、戻ることを諦めちゃだめだよ」

 

 劉備の発言に、張飛は表情を曇らせてしまう。

 どうすればいいかわからないというだけで、帰ることを諦めるべきではない。劉備は、そのように思っていた。

 ここにいる自分は、張飛が武勇を捧げた自分ではない。志を同じくして立ち上がったのならば、そこで戦うことを願い続けるべきである、とも思ったのだ。

 

「桃香殿、いまはそこまで言わなくとも……」

 

「いいのだ、愛紗。鈴々、みんなで誓ったんだもん。だから絶対、お姉ちゃんたちのところに帰らなきゃ」

 

 決意の込められた言葉だった。張飛の目には、諦観の色など少しもなかった。

 あの日、劉備と、関羽と、そして一刀と誓いを交わしたのである。それを果たすためには、いつまでもここで油を売っているわけにはいかないのである。

 

「うん、その意気だ。俺たちの世界の鈴々だって、きっと戻ってくることを強く願ってくれていると思う。ふたりがそうして同じ方向を向いていれば、すぐに天も間違いに気づくことだろう」

 

「なるほど、それはよいお考えです。天の御遣いである一刀さまがおっしゃることですから、必ずやそうなることでしょう」

 

「そうだよ! 案外、一晩ぐっすり眠ればもとに戻っちゃうかもしれないよ? だから今日は、いっぱい楽しんで、いっぱい疲れちゃおう!」

 

 劉備の元気に満ちた声が、鍛錬場に響き渡っている。

 そう決めたからには、善は急げともいう。一刀と劉備に手を繋がれ、張飛は街に連れられていった。

 腹いっぱいになるまで食べ歩いた後は、徐晃たちとくたくたになるまで鍛錬を行った。

 

「えへへ、お兄ちゃん」

 

 夜。一刀の寝台に潜り込み、張飛は楽しそうに布団をかぶっている。

 ただ眠るだけであれば、あちらの自分に対しても不義理にはならないだろう、と一刀は思う。それに今夜は、二人っきりではない。

 

「桃香、狭くないか?」

 

「うん、平気だよ。鈴々ちゃんは、間で苦しくないかな?」

 

「大丈夫なのだ。それにぴったりくっつけるほうが、鈴々うれしいかも」

 

「だったら、ぎゅーってしちゃおう。ほらほら、ご主人様さまも!」

 

 川の字に寝転んでいる様子は、いわば親子のようだった。一刀と劉備の体温を前後から感じて、張飛の目がとろんとなっていく。重たげな瞼が降りてしまえば、すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。

 

「とっても、幸せそう。鈴々ちゃん、いい夢見られたらいいな」

 

「そうだね。俺たちも、寝てしまおう」

 

「はい。おやすみなさい、ご主人様……」

 

 

 

 

 

 

 窓から、朝日が差し込んでいる。天から伸びた道。そのように、受け取ることができるのかもしれない。

 寝台の真ん中で、布団がもぞもぞと動き出している。一刀と劉備の間から顔を覗かせ、張飛は何度も瞬きをしている。

 小さな手が恐る恐る一刀の肩を揺らし、起床を促していった。

 

「ねっ……、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

 

「ん……、ああ、おはよう。鈴々、ゆっくり眠れたか?」

 

「うん!……ってそうじゃないのだ! お兄ちゃん、ここどこ!?」

 

 焦っているように、現在の居場所を尋ねる張飛。肩を握った手にも、段々と力が入っていく。

 その姿に、一刀はもしやと思った。

 

「ここは涼州だ。戻ったのか、鈴々……?」

 

「ほんとに、そうなんだ……! お兄ちゃん、鈴々のお兄ちゃんなのだ……っ」

 

 勢い任せに飛び込んできた張飛をキャッチすると、一刀は万感の思いをもって小さな背中を抱きしめた。

 もう、二度と離したくはない。その思いは、張飛も同じだったようである。

 

「ちゅっ、はむっ、おにいちゃ……んむっ……!」

 

 熱い唇がぶつかってくる。感情の高まるままに粘膜を絡め合い、体温を分け合っていく。

 強引に割り込んでくる舌を吸い取って、存分に味わっていった。

 

「鈴々ちゃん、帰ってこられたんだね。よかったよお……」

 

 すぐ隣では、目覚めた劉備が瞼を擦りながらも張飛の帰還を喜んでいる。夢中で口づけている張飛は、どうやらそのことに気がついていないらしい。

 

「もっと……、お兄ちゃん……。もっとしよ……?」

 

 天の気まぐれが起こした事件により、絆はより強まったといえる。そして、知らない世界の自分たちも、いまこの瞬間仲間が戻ってきたことに歓喜していることだろう、と一刀は思っていた。

 それぞれの道があり、それぞれの戦いがある。決して交わることがなくとも、なにか勇気をもらえたような気がしていた。

 

「鈴々が帰ってきたんだ、いくらでも付き合うさ。ほら、おいで」

 

 満点の笑みを浮かべ、張飛はさらに唇に吸い付いていった。やがては様子を見に来た関羽らとも再会を喜び合い、歓喜の輪は広がっていったのである。

 この日いちにち、城内は祝宴でもしているかのように、晴れやかな雰囲気につつまれていたのだった。



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 原野を疾駆する騎馬の軍団。風になびく旗には、「馬」の一字がはっきりと示されている。

 ざっくりと数えて、五百騎はいるようだった。そのなかでも、先頭を疾走(はし)る騎馬はよく目立っている。茶褐色のポニーテールは一筋の線の如くであり、凛々しい顔つきには自信が漲っているようだった。

 

「急げよ、お前ら。出迎えに遅れたなんて思われたら、母様の面子に泥を塗ることになるんだ。だから、この行軍は戦と同じだと思え」

 

 先頭を駆ける将らしき人物から、幾度も檄が飛んでいる。彼女こそが、涼州にその人ありと謳われる馬超だった。

 配下たちはそれに応じ、乗馬の速度を限界まであげていった。さすがに涼州馬家の麾下(きか)とあって、どの兵も巧みに馬を操っている。一糸乱れぬ行軍の様は見事としか言いようがなく、これこそが異民族をも恐れさせる力の源でもあった。

 いくつもの蹄跡を大地に残し、騎馬軍団は駆け続けている。休息もほどほどに、司隸と漢陽郡との州境を目指しひたすらに走っているのである。

 

「ねえー、お姉さまー」

 

「なんだよ、蒲公英(たんぽぽ)。喋ってる暇があるなら、しっかり馬を走らせるんだな」

 

 後方からお姉さま、と呼びかけられ、馬超は煩わしそうに振り返った。二人は従姉妹だった。本当の姉妹でこそなかったが、その繋がりは強い。

 蒲公英というのは、馬岱(ばたい)の真名のことである。馬岱は体格こそ小さかったが、涼州の人間らしく堂々と馬を乗りこなしている。

 

「ちょっとくらい、いいでしょー? 進軍をさぼったりしてるわけでもないんだしさー」

 

「ったく、なんだよ……」

 

「天の遣いって、どんな男の人なんだろうねー? お姉さまは、気にならない?」

 

 馬岱の明るい声が響く。風のうわさや董卓からの伝言によって、ある程度の人柄は掴めている。賊軍討伐をしながら力を強めていったことは馬岱も知っていたし、そこそこの将器をもっているのだろうとは思っている。

 

「さあ、な。でも、月殿がこれだけ入れ込んでいるってことは、それなりの人物なんじゃないか? ……だけど、それはそれだ。母様はああいってたけど、あたしにはそんなつもりなんてないんだからな。だいたい、おかしいだろ……。会ったこともない奴と、いきなり、その……」

 

「ええー、なにその反応ー? なんだかんだいって、やっぱりお姉さまも気になってるんでしょー!」

 

「う、うっせ! 顔も見たことない男のことなんて、気にしようがないっての! それよりほら、急ぐぞ!」

 

「あーっ、逃げるんだー? うふふっ、お姉さまってば、かわいいんだからー」

 

「だから、そんなんじゃないっての!」

 

 出立するにあたって、馬騰は娘にとある命を与えていた。その内容のせいで、馬超はこの数日やきもきさせられているのである。

 天の御遣いを見極め、可能であればそれとなく接近せよ。要するに、婿探しをしてこいというのである。

 馬超が次代の棟梁となることは確実だったが、いかんせん男っ気がなかった。周辺において誰もが恐れる錦馬超だということもあり、我こそがと立候補してくる者はこれまで一人もいなかった。

 それに加え、天の御遣いの血が入ったとなれば、涼州において馬家の存在は一段と大きくなることだろう。馬騰の腹の中には、そのような考えもあったのである。

 

「お姉さまがどうでもいいって言うんなら、たんぽぽがもらっちゃおうかなー。叔母様にも、ダメなんて言われてないからね」

 

「……勝手にしやがれ。それより蒲公英、あたしについて来られなかったら、晩飯は抜きにするからな!」

 

「えっ……!? なにそれ、聞いてないよ! 八つ当たり反対!」

 

 大将の加速に従って、「馬」の旗が揺れている。叫ぶ馬岱。しかし、馬超の背中はじわじわと遠のいていく。

 軍中随一の馬術を誇る従姉妹が、本気で馬を走らせているのだ。さしもの馬岱にも、追いつく術はない。

 

「もー、待ってよー! お姉さまってばー!」

 

 原野にはただ、虚しい呼び声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 屹立する十文字旗。その真ん前に、天の御遣いは立っている。

 日光を受け、ポリエステルでできた白い上着は一層輝いて見えている。その姿を初めて目にした馬超麾下の兵たちは、これが噂の天の御遣いか、とざわめいていた。

 集団の中から、進み出る一騎がある。

 見事な栗毛に跨った馬超。伸びた背筋には、馬家の誇りが宿っている。

 

「馬超殿か」

 

 一刀のほうが、先に声をかけた。馬超は少し手前で馬から下りると、肩にかかった長髪を払う。

 

「ああ、よくわかったな。あたしがその、馬超だ。それじゃあ逆に聞くけど、北郷殿だよな?」

 

「うん、北郷だ。出迎え感謝するよ、馬超殿」

 

「いいって。月殿からどうしてもって頼まれたんだ、断れるわけないだろう? それに任地も隣り合っていることだし、お互いのことをよく知っておくに越したことはないしな」

 

 馬超と対面してみて、さっぱりとしていて付き合いやすそうだ、という印象を一刀は抱いていた。

 

「そうだね。こっちのことが落ち着いたら、俺も馬騰殿のところへ挨拶にうかがいたい。その時はまた、よろしく頼むよ」

 

「おう、そういうことなら任せとけ」

 

「へえー、いいんだあ。叔母様のところに一緒に行ったら、絶対あの話になると思うんだけどなー」

 

 馬超の後ろからひょっこりと顔を出した馬岱は、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。紹介を受けていないため一刀には誰かわからなかったが、姿形が似ていることから馬家の人間であろうことは察しがついていた。

 

「えーっと、この子は?」

 

「ふえ……ッ!? んんっ、こほん……。っと、すまない。こいつはあたしの従姉妹で、馬岱っていうんだ。ほら、挨拶しろよ」

 

「にへへー、馬岱です。よろしくね、北郷さん」

 

「ん……、ああ。こちらこそよろしく、馬岱殿」

 

 馬岱の瞳は、好奇に満ちている。母から命じられたことを思い出した馬超は、たまらず赤面してしまっていた。

 

「そちらが、馬孟起殿ですか」

 

「そうだよ、愛紗。それと隣にいるのが、馬岱殿だ」

 

 騎兵を組織する将とあって、気になったのだろう。赤兎を引きつつ現われた関羽は、馬超麾下の騎兵に目をやっている。

 統率の取れた馬家の兵は、いまではぴたりと固まって邂逅を見守っている。どの馬も体格が優れており、さすがに違うな、と関羽は感心していた。

 

「我が名は関羽、字は雲長です。ご主人様のもと、兵を率いさせていただいております」

 

「そういう堅苦しいのはなしにしようぜ。そういう話し方をされると、あたしのほうが息が詰まるからさ。な、関羽殿」

 

「う、うむ……、そうか。ならば、そうさせてもらおう」

 

「関羽さんの馬、すっごく立派だよね。涼州でも、見たことないくらいかも」

 

「確かに、いい馬だ。毛並みもよく整っているし、なにより面構えがいい。……おっと、忠誠心も負けず劣らずってとこだな」

 

 燃えるような体毛に触れようとした馬超のことを、赤兎は身体を揺さぶって威嚇している。いつものこととはいえ、関羽も苦笑いする他なかった。

 

「すまない。どうにも赤兎は、気性が荒くてな。とはいえ、一度駆ければ何人の追随も許さない。わたしにとって、こいつは唯一無二の名馬だ」

 

「ふーん。いいな、そういうのって。あたしも、乗馬には自信があるほうなんだ。関羽殿、そいつの速さも見てみたいし、今度競走してみようぜ」

 

「ああ、いいだろう。せっかく涼州まできたんだ、わたしも馬術を磨きたいとは思っていたからな。問題がなければ、騎兵の運用についてもいろいろと教わりたいのだが」

 

「いいぜ。どうせ、一朝一夕で身に付くことでもないからな。聞きたいことがあったら、なんでも聞いてくれ」

 

「ありがたい。当てにさせてもらうぞ、馬超殿」

 

 簡潔に紹介を終えると、両軍はすぐに進発の体勢をとった。漢陽郡の中心となる治所へ至るには、まだ少々日にちがかかる予定だった。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうして馬岱殿はこちらへ?」

 

「うーんとね。たんぽぽ、もっと北郷さんとお話ししたいなーって思ったの。それに、こっちに来ることはお姉さまに許可してもらってるから、安心してくれていいよ」

 

 漢陽郡の治所である冀県(きけん)に向かう道中、馬岱は十文字の大旗印の近くで馬を走らせていた。

 郭嘉は一応警戒する素振りをみせたものの、馬岱からは言葉以上の意図を感じることはできなかった。

 

「まあ、いいんじゃないでしょうかー。なにもない旅路ですから、馬岱ちゃんのような子がいてくれると会話も弾みますしー。ね、ご主君さま?」

 

「俺は一向に構わないよ。それに馬岱殿が一緒にいてくれることで、兵にもいい緊張感が生まれるからね。いままで自分たちだけだったから、いい刺激になってると思うな」

 

「えへへー。そこまでいわれちゃうと、なんだか照れちゃうかも。向こうに戻ったら、お姉さまに自慢しちゃおーっと」

 

 馬岱は嬉しそうに笑っている。だが、気を抜いているようであっても、馬には適切な命令が送られていた。幼少期から染み付いた感覚、とでもいうべきなのだろうか。一刀直属の兵たちも、その技術には驚かされているようだった。

 

「馬岱ちゃん、馬岱ちゃん」

 

「ん? なあに、程昱さん?」

 

「快調に飛ばされているのはいいのですが、あまりご主君さまの前には出ないほうがよろしいかと」

 

「えっ、なんで……? もしかして北郷さん、客人のくせに俺の前には出るなー、って思っちゃう方だとか?」

 

 そうだとすれば、評価を変える必要があるのかもしれない、と馬岱は思った。天の御遣いだと名乗ってはいるが、少しも威張り散らしているようには見えなかった。気さくな部分は馬超にも通ずるものがあったし、だからこそこうして馬岱は出向いて来ているのである。

 

「いえいえー、そうではないのですよー。馬岱ちゃんのような美少女と知り合ったのですから、ご主君さまのいけない虫さんが疼いてしまっているはずなのです。なので、ほら」

 

「ふえっ……、嘘っ!? 北郷さま、もうたんぽぽのことそういう目で見ちゃってるの……!?」

 

「んん……、どういうことだ……? おい、風……」

 

「くふふー。はて、なんのことでしょうかー? 風はご主君さまの忠実なる家臣ですので、お尻を視姦されるなどとは口が裂けてもいえないのですよ」

 

「はあ……。毎度のことですが、一刀さまの評判を下げるようなことをよく簡単に思いつくものですね……」

 

 嘆息する郭嘉。それとは別に、馬岱は楽しそうにやり取りを眺めていた。

 

「あのさ、馬岱殿」

 

「きゃっ……! ……なんちゃって」

 

「どうやら、馬岱殿と風は馬が合うようですね……。冀県に到着するまでこれが続くのかと思うと、いまからどっと疲れが……」

 

「稟だけは、俺の味方でいてくれるよな……? 頼むから、そうだといってくれ……」

 

 無論そのつもりです、と郭嘉が返事をする。

 その間にも、馬岱と程昱はこそこそと会話を交わしている。こんなことになるのであれば、いつかのように程昱を同乗させていればよかった。そう後悔する一刀だったが、後悔先に立たず、である。

 

「ええーっ、そうなんだあ。北郷さんって、見かけによらず大胆だね!」

 

「それはもう、すごいのですよお。一度やる気になったご主君さまは、誰にも止めることなどできません。ちょっかいを出されるのであれば、馬岱ちゃんもどうかお覚悟をー」

 

「な、なんのことかな……? だいたいわたしたち、まだ知り合ったばかりだし……」

 

「あれー、そうなんですかー? 風はてっきり、そういう目的があってご主君さまに近づこうとされているのだとばかり」

 

 核心を突かれた馬岱は、少々言い淀んでしまっている。こうも早く、目論見を見抜かれてしまうとは考えていなかった。

 にやにやとしている程昱の表情が、馬岱には恐ろしく感じられていた。このような参謀を内に抱えているのだから、北郷一刀という男も決して侮るべきではない。馬岱の脳裏には、そんな考えすら浮かんでいた。

 

「馬岱殿を怖がらせてどうするつもりですか、風。馬家は涼州での、貴重な同盟者なんですよ? 我らの立場を確固たるものにするためにも、しっかりと協力してもらわなければなりません」

 

「あ、あはは……。郭嘉さんって、結構はっきり言うひとなんだね」

 

「ええ、それに隠すようなことではありませんから。そうでしょう、一刀さま?」

 

「端的に言えば、そうなるのかもしれないな。でも、俺はいい関係を築きたいと思っているよ。もちろん個人的な関係のほうも、ね?」

 

 小さく、一刀は微笑みかける。馬岱の心臓が、一瞬跳ね上がった。

 個人的な関係というのは、どこまでのことを指しているのだろうか。北郷一刀という人物のことを探りにきたというのに、馬岱は己のほうが絡め取られてしまったような気分に陥っている。

 

「こほん……。一刀さま、馬岱殿を口説かれるのであれば、別の場所でお願いします」

 

「いや、別にそんなつもりでは」

 

「兵は拙速を尊ぶとはいいますが、ご主君さまはそれを体現されているようですねー。ともあれ馬岱ちゃん、ほんとうにご注意くださいね」

 

 先程のように、程昱はにやりと口角をあげた。そこには特に、敵意のようなものはない。

 来る者は拒まず。一刀の方針は、基本的にそうだった。だから程昱も、釘を刺しつつもそれ以上のことをしようとは思わない。

 

「あはは、気をつけます……」

 

 そういうことがありながらも、軍勢は冀県まで順調に進んでいった。馬超の麾下に引っ張られるかたちで、それまでよりも進軍速度があがっていたのである。

 街道を行く道中で、新しい太守の姿は民たちの目にも入っていた。あの錦馬超を先導役にして、十文字旗の軍勢が駆け抜けていく。漢陽郡の各地は、天の御遣いに関する話題で持ち切りだった。

 

「あれが、都から遣わされたつぎの太守さまかあ」

 

「都どころか、天の国から来たってもっぱらの噂だぜ」

 

 新たな道が、ここ漢陽郡から始まろうとしていた。



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 冀県に到着すると、これまで蓄積された疲労がさすがに押し寄せてきたようだった。旅の経験がある郭嘉らも、洛陽からの行程はなにかと堪えたようである。当日は誰もが、泥のように眠っていた。

 それだけに、自前の寝床があるというのは喜ばしいことだった。公孫賛のところで戦っていた頃を除いて野営続きだったから、石の壁に囲まれた場所で眠るというのは、本当に久しぶりのことなのである。

 ここまで先導を務めてきた馬超たちにも、客室があてがわれていた。一晩しっかりと身体を休めたあとは、早速政務の段取りを相談する予定になっている。太守が変わったとあって、不安に思っている住民も多数いるはずだった。その不安を取り除くためにも、素早い行動が求められるだろう。

 

「ご主人様、みんな揃ったみたいだよ」

 

「ありがとう、桃香。それなら、すぐにでも始めよう」

 

 城内で最も大きな広間に全員を集め、一刀はおもむろに口を開いた。馬超と馬岱も、客人の立場ではあったが出席をしていた。馬家の二人は、まさか自分たちにまで出席要請が来るとは思っていなかったようだが、特に拒否をする理由もなかった。

 馬騰からは、しばらく漢陽郡に滞在してくるようにとも言付けられている。出発前は麾下の騎兵の調練でもやって暇をつぶそうかと考えていた馬超だったか、いきなり予定が狂わされたかたちであった。

 

「なあ、あたしたちも本当に混ざっていいのかよ? 別に敵対しているわけじゃないけど、こういうのって普通は嫌うものなんじゃないか?」

 

 馬超の表情は訝しげだった。この場に自陣営以外の者を出席させるということは、内々のことを外部に向けて自ら曝け出しているのと同じなのである。

 

「俺もみんなも、涼州の地は初めてなんだ。だから、馬超殿たちから見ておかしいな、と思ったことがあれば助言をしてもらいたいんだ。だめかな?」

 

「あ、あたしが? いいのかよ、そんなことを他勢力のやつに任せたりなんかして……」

 

「うん、是非お願いしたい。ここ何日か一緒に行動していて、馬超殿は信頼できる人だと俺は思っているよ。もちろん、馬岱殿もね」

 

 真っ直ぐな好意というやつに、馬超は弱いようだった。ぱっと顔を赤らめていく様は、純情な少女そのものである。

 母から言われたことなど、気にする必要はない。だいたい男勝りな自分のことを、天の御遣いが目に留めることはないだろう。馬超はずっと、おのれにそう言い聞かせてきた。

 

「えへへー。聞いたー? お姉さまー? 北郷さん、たんぽぽたちのこと信頼してくれてるんだって!」

 

「ば……、ばっか、そのくらい、聞こえてるっての!」

 

 勇猛で凛々しい錦馬超。その内側には、年頃の少女らしい一面も隠されていた。馬岱は当然、そのことを承知している。

 

「もう、嬉しそうにしちゃってえ。北郷さん、たんぽぽにもなんでも聞いてくれていいからね!」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。風、稟」

 

「はいはーい」

 

「はっ」

 

 一刀から名を呼ばれた程昱と郭嘉が、前に進み出て拱手する。広間の空気も、それに従い引き締まったものとなっていく。

 

「民政については、二人に一任したいと考えている。素人が手を出しても良い結果は得られないだろうし、住んでる人達のためにもそうするべきだと思う。もちろん俺も気になったことがあれば伝えるし、最終的な決定には関わるつもりだけどさ。それで、どうだろう」

 

「風としては、ご主君さまからのご信任に応えるだけなのですよ。稟ちゃんも、そうですよねー?」

 

「ええ、わたしにも異存はありません。……冀県までの旅路で思いましたが、もう少し道を整備する必要がありそうですね。人々の行き交いが楽になれば、経済も回りやすくなることでしょう」

 

 これまでいた冀州や司隸に比べれば、涼州は地方の色が濃い土地だった。街道の利便性が向上していけば、軍の出動も素早く行うことができる。一刀の参軍だけあって、郭嘉は軍事の面のことまで考慮して意見を述べていた。

 

「そうかもなー。あたしたちは馬を使えばいいって話だけど、商人からすればそうもいかないんだよなあ」

 

 自領のことを思い浮かべながら、馬超は腕組みをして唸っている。郡を治める馬騰もその箇所については問題には思っていたが、まだ手を付けきれていない現状があった。

 

「大規模な整備となれば、民を動員するだけでは足りないのではないでしょうか」

 

「現地の人達に働いてもらうことも大切だけど、やるなら軍からも人員を割くべきだろうな。そのことについては、俺にも腹案がある」

 

 疑問をぶつける関羽。一刀の目が、ひとりの将へと向けられている。見つめ返してきているのは、くりっとした大きな瞳。大きな胸が、たぷんと揺れている。

 本当であれば、議題が軍事方面のことになってから明かそうとしていたことだ。工作や土木といったことであれば、任せるべきはひとりしかいない。

 

「真桜」

 

「はいな! ウチになんかしてほしいん?」

 

「余裕がある間に、工作専門の部隊を組織しておいてもらいたい。軍の中からひとを見繕ってもいいし、必要なら外から集めてくれてもいい」

 

「ほえー、ついにウチも、自前の部隊を持つことになるんやな。よっしゃ、任されたで!」

 

「うん、頼んだよ。街道の整備なら、いい訓練になるだろう。そのあたりのことが落ち着いたら、陣の構築や築城についても調練しておいてもらいたいんだ」

 

「築城? なんや、いきなり話の規模がおおきなってるやないの。ここみたいなもんを作ろうと思ったら、資材も相当使うことになるで?」

 

 李典が頭で描いている城とは、うず高く石の壁が積まれた構造物のことである。

 一刀のいう城は、そういうものではなかった。自身の故郷である日本。中世から近世にかけての戦乱で、城塞も目まぐるしい進化を遂げていった。そして石垣や天守のある城が生まれる前、主流だった形がある。

 

「石の壁を作れるのが最上ではあるけど、そこまでのものは考えていないさ。堀切(ほりきり)……、要するに溝だな、ひとが簡単に渡れないくらいの幅を掘り上げれば、かなりの量の土が出るだろう?」

 

「……ははあ、なるほどなあ。その出た土をどんどん積み上げてって、防壁にするってことやな」

 

「そうそう。さすが真桜、理解が早くて助かるよ。その周囲に柵を巡らせたり、木製の壁を設置したりすれば、石組みの城を作るよりずっと早く防御施設を完成させられるだろう?」

 

「うんうん、了解や。でも、訓練のときはともかく、本番でそれやるなら工作兵以外にも人員貸してもらわな無理やで?」

 

「わかってるよ、そのへんはもう少し詰めて考えるべきだろうな。とにかく、頼んだよ。なにか聞きたいことがあれば、いつでも尋ねてくれればいい」

 

 うなずく李典は、早くそちらに取り掛かりたくて仕方がないようだった。脳内では、早速図面を描き始めてもいる。

 

「隊長がいま話されていた城の形式は、天の国のものなのですか?」

 

「そうだよ、凪。俺が生まれる四百年ほど前になるのかな。天の国にも、戦さ続きの時代があったんだ。俺のご先祖が活躍していたのも、ちょうどその頃だね」

 

 各地の大名が日の本の覇権を賭けて争い、国が麻のように乱れた時代。それでも、日本が完全に割れることはなかった。最終的に勝者となった徳川家康が幕府を開き天下を掌握することとなったが、京には依然として帝が存在していたのである。

 家康以前に台頭して天下の権を握った織田信長や羽柴秀吉も、古から続いた帝を蔑ろにすることはなかった。それには自勢力に箔を付けるという意味もあったのだろうが、日の本に生きる人間としての本能的な畏怖があったのかもしれない。

 いま、漢の帝は前後合わせて四百年間地上に君臨し続けている。それが千年、千五百年と続いていけば、或いは現代の日本のような形になることもありえるのかもしれない。一刀の脳裏には、そのような思考が()ぎっていた。

 

「隊長、どうかされましたか? なんだか、ぼーっとされて」

 

「ん……、なんでもない。稟、続けてくれ」

 

「はい、承知いたしました。それでは、軍事の話しに移りましょうか。軍を司るのは、いままで通り愛紗殿でよろしいですか?」

 

「ああ、そこはそのままでいい。愛紗を中心として、みんなで強い軍を作り上げていってもらいたい。兼務になって大変だろうけど、稟と風には軍事のことにも力を発揮してもらいたいと思う。それと、これからまた、新規の兵も増えることだろう。沙和、訓練についてはよろしく頼む。苦しい戦いも多くなってくるだろうし、少々厳し目にしてくれても構わない」

 

「はいなの! 凪ちゃんと一緒に、ビシバシしごいちゃうよ!」

 

 より実戦に近い訓練を施すというのは、兵のためでもあった。強度の低い訓練をしていたのでは、いざ実戦となったとき相手に呑まれてしまいかねないのだ。ひとりでも多く生還させてやるためにも、激しい訓練は必要なことなのである。

 

「だったら、馬超にも協力してもらったほうがいいと思うのだ」

 

「そうだねー。異民族が攻めてくるかもしれないしー、涼州の騎兵と模擬戦するのはシャンもいいことだと思うー」

 

「模擬戦か。それならこっちの兵も鍛えることができるし、望むところだぜ。北郷殿のところの将とも、個人的に戦ってみたいと思ってたところだしな」

 

 やはり戦いこそが、馬超の本分なのだろう。右腕をぐるっと回しながら張飛と徐晃のことを見つめ、瞳に闘志を滾らせてもいる。もし、その手に槍があれば、いますぐにでも模擬戦を始めてしまいそうなくらいの雰囲気があった。

 

「もう、お姉さまったら脳筋なんだからー。もうちょっと、お淑やかにできないものかなあ」

 

「あん? なにか言ったか、蒲公英……?」

 

「ひゃっ……!? 助けて、北郷さん!」

 

 馬超に睨みつけられた馬岱は、わざとらしく一刀の腕をつかんで背中に隠れている。

 どちらかといえば、スキンシップの多い少女だった。少し歳の離れた妹ができたようで、一刀もそれを楽しんでしまっている。

 小柄な体型に反して、馬岱の胸はしっかりと膨らんでいた。女性らしい感触が、腕や背中に触れている。

 直情そうな馬超と、ころころと表情を変えて、場を引っ掻き回してしまえる馬岱。この二人の組み合わせは、案外補完しあっているのかもしれない。

 強引に行くべきときは馬超が押し通し、それではどうにもならないと思えば馬岱が主導的に動く。凸凹(でこぼこ)そうに見えて、戦場では予想以上の力を発揮するのだろう。それにしても、気持ちのいい双丘だった。

 

「北郷殿を盾にするなんて失礼だろ! 離れろよ、蒲公英!」

 

「やだもんねー。それに北郷さんだって、楽しんでくれてるみたいだしー?」

 

 にかっと笑った馬岱は、さらに身体を密着させていく。さらにはっきりとしてくる乳房の感触。一刀の意識は、七割ほどがそちらに向けられていた。

 馬岱は、男の弄し方をよくわかっている。これぞ、小悪魔という存在なのだろう。

 しかし、そろそろ頃合いかもしれない。いい息抜きにはなっているが、いつまでも会議を中断させておくわけにはいかなかった。

 

「ほら、馬岱殿」

 

「ええー? もうやめちゃっていいのー?」

 

「名残惜しくはあるけどな。だけど、休憩はほどほどにしておかないと」

 

「はうぅ……。もう少し、慌てさせられるかと思ったんだけどなあ。ふふん、それじゃあお終いっ!」

 

 馬岱はさっと離れると、馬超に向けてちろりと赤い舌を見せる。会議の場とあって怒るに怒れず、馬超はこめかみを指で押さえて言葉を我慢しているようだった。

 

「よし、あとは細かい部分を詰めてしまおう。桃香、飲み物をお願いしてもいいかな」

 

「はーい。それじゃあちょっと行ってくるね、ご主人様」

 

 ぱたん、と劉備が扉を閉じる音がする。

 郡統治のための外郭は決まった。変えなくてはならないところは、動いてみなければわからない。土地にもとからいる文官らにも、支持を出してやる必要もあった。

 そろそろ眠そうにしていた張飛に徐晃をつけ、街の見回りに向かわせた。純粋な感覚を持っているだけに、様子を確認させてくるには適任だと思ったからだ。多少サボられてしまうのだろうが、それくらいでどうこう言うつもりはなかった。

 朝から開始した会議は、結局昼時を大幅に過ぎた頃まで続けられたのである。

 

「あたし、あんまり今回みたいなのには参加しないからさ。途中から、肩が凝りそうな気分だったよ」

 

「ですが、我らとすれば貴重な意見をいただけたのですから、感謝の言葉しかありません」

 

「よ、よしてくれよ! あたしはただ、普通のことを言っただけでさ……」

 

「そうそう。でも居眠りしちゃわなかっただけ、お姉さまにしては偉かったと思うよ。それでよく叔母様にも、怒られてるもんねー」

 

「……蒲公英、お前ってやつは! 今度の今度は、許してやらねえからなあ!」

 

 ついに怒りを露わにした馬超に追われ、馬岱は大急ぎで逃げていった。木霊のように響く馬岱の叫び声だけが、虚しく聞こえていた。

 なんとも騒がしい馬家の二人を見送って、一刀たちは昼食をとりに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「馬超殿」

 

「ん……? 北郷殿か……、ってあわわわっ……!?」

 

 夕刻。中庭でひとり槍を振るっていた馬超の姿を見つけ、一刀は声をかけた。

 日課である修練を行っていたから、荒々しい形をした木刀が右手には握られている。諸肌脱いだ姿がいけなかったのか、馬超は表情を慌てさせている。どうやら同年代の男に対してまったく免疫がないようであり、手からこぼれ落ちた槍がカラカラと音を立てて転がっていた。

 

「えっ……? ああ、すまん。近頃だと上くらい脱いでいても、なにも言われないものだからつい……。ちょっと、着てくるよ」

 

 庭木に掛けてある上着を取りに戻った一刀だったが、馬超の口はまだパクパクと開閉を繰り返している。

 意識してしまっている。普通に接すればいいと考えるほどに、母からの言葉を思い出してしまうのだ。

 天の御遣いは、既に多くの女性に囲まれている。そのことは理解できているはずなのに、意識することをやめられない。跳ね上がった心臓よ収まれ、と馬超は胸のあたりを押さえている。

 

「さっきはごめんな。女の子に声をかけるのに、配慮が足りなかった」

 

「い、いいって……。それよりその……、女の子って……」

 

 また、鼓動がうるさくなっている。一刀の優しげな声が、耳朶に染み渡っていく。緊張が、解けそうにない。この場に二人だけだというのも、それに輪をかけてしまっていた。

 

「もしかして、そう言われるのは嫌いだったりするのか? だったら、訂正させてもらうけど」

 

「ち、ちがうんだ。そうじゃなくて、その……。北郷殿は、あたしを女だって思ってくれてるのか……?」

 

 錦馬超の名を聞いて、周辺で恐れない男はいなかった。

 軍を率いるようになってからは、誰にも負けたことはない。馬超というのは、鬼神のような強さを持つ凄まじい女将軍だ。そんな風聞ばかりが、広まっていった。

 涼州に睨みをきかせる馬騰の娘として、それは嬉しい評判ではあった。それでも、時折考えてしまうことがある。自分はどうあっても、恋愛などすることはできないのではないか。

 読み物に書かれているような恋に、憧れはあった。しかし、いまとなっては自分を女扱いしてくれそうな男などいない。そんな風に、諦めていた。

 

「馬超殿みたいな魅力的な女の子は、そう見つかるものじゃないさ。馬を駆っているときの凛々しい姿も、いまみたいに真っ赤になっている姿も、俺は好きだな」

 

「すっ……!? ふえっ、うわわわわわっ……、!? す、好きって、いま好きって言ったのか……!?」

 

「気が多い上に惚れっぽいんだ、俺は。詠に知られたら、また叱られてしまうんだろうな」

 

「へっ……。そんなこと言って、どうせ冗談なんだろ……? やめてくれよ、そんなの」

 

 少々苛立ったような様子で、馬超は自分からそう断言してしまう。女扱いされることに慣れてもいない上、その心は頑なでもあった。

 

「どうすれば、信じてくれる」

 

「いいんだって、ほんとに……! あたしなんか、どうせ可愛くもなんともないんだからッ」

 

「だったら、勝手にさせてもらうからな。馬超殿は、自分を卑下しすぎだ」

 

 気づけば、予想外に強い力で身体を引き寄せられてしまっていた。ごつごつとした指の感触と、修練で浮き出た粒のような汗。そのどれもが、馬超に現実を知らしめている。

 

「ばっ……!? な、なにしてんだよ……!?」

 

「勝手にするって、言っただろう? こんなこと、可愛いと思ってない子にはしないよ。俺が馬超殿のことをどう思っているか、これではっきりしたはずだ」

 

「うそ、嘘だろ……っ? あたしだけこんなにドキドキしちゃって、馬鹿みたいじゃないか」

 

「ドキドキしてるのは、俺だって同じさ。馬超殿に本気で嫌われたらどうしようって、いまさら少し後悔してるのかも」

 

 恥ずかしがっているところをこれ以上見られたくなかったのか、馬超は一刀の胸に顔を埋めた。ポニーテールの伸びる後頭部をやんわりと撫で付けながら、背中をぐっと引きつける。

 目まぐるしく回った馬超の感情は、ついに着地点を見出そうとしていた。

 

「……(すい)。翠って呼んでみてくれないか、北郷殿」

 

「好きだよ、翠。俺のことも、一刀でいい」

 

 言葉にならない声が、いくつも馬超の口から漏れていく。

 微笑し、一刀は肩に手を置いた。混乱模様の馬超には、それがどういう意味なのかわかるはずもなかった。

 見るほどに、美しい顔立ちをしている。これで女扱いされなかったというのだから、正気の沙汰ではないな、と一刀は思った。

 

「ちょっ、一刀どの……っ、んむっ……!? ちゅる、んぷっ、はふ……、ちゅく……じゅぶ……」

 

 有無を言わさず、口づけた。自信がないというのであれば、いくらでも証明して見せてやろう。そういうつもりで、唇を貪っていく。

 しっとりとした感触。水気のある唇を、覆い隠すように吸っていった。馬超の鼻息が荒い。緊張の限界を越えてしまったせいで加減がわからず、為されるがままになっている。

 

「んんっ、ぺちょ、あふう……。もしかして、あたし夢でも見てるのか……?」

 

「夢なんかじゃない。俺はこうして、翠と口づけを交わしている。もう一回するよ、翠」

 

「ほんとに、ほんとに一刀殿と……。あっ……、んむっ、ちゅう……」

 

 潤んだ瞳。それに吸い寄せるようにして、またキスを再開していった。

 身体を強ばらせながらも、馬超は必死に動きについていこうとしている。うるさいくらいの心音が、いまは心地いいとさえ思えてしまう。

 一時の感情に流されてしまっているようだったが、それでもよかった。この抱擁は、きっと嘘ではない。馬超は、そう確信していたのだ。

 

「一刀どの、もっと……。口づけ、すごく気持ちいいんだ。だからあ……」

 

「俺も、翠の可愛いところもっと見たいな。唇も柔らかくて、たまらない」

 

 ひたすらに甘い少女の声色だけが、中庭の一角に響いている。

 離れるのも億劫になるくらい二人は熱を確かめ合い、思いを分け合ったのだった。



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閑話 貴方だけを見つめて(月)

 時は、北郷軍が洛陽を出立する前にまで遡る。

 董卓の陣を、一刀は訪れていた。涼州漢陽郡に赴任するということを、直接伝えるためである。朝廷でも立場のある董卓ならば、すでに知っていることかもしれなかった。しかし、自分から言わないのはなにか違う、と一刀は思っていた。

 陣中を歩いていると、眼鏡をかけた少女と遭遇した。賈駆。しばらく会えなくなると言っても、つれない態度で返されてしまうのかもしれない。ただし、内情がそうでないことはもう知っている。少しにやけてしまった顔を引き締めつつ、一刀は手を振り近づいていった。

 

「よっ、詠」

 

「あっ……、かず……北郷」

 

 一刀、と呼ぼうとして、やはり訂正してしまう。ぷいっと横を向いた顔が、愛しかった。

 

「名前で呼ぶことくらい、遠慮しなくたっていいのに。詠らしいといえば、詠らしいけどね」

 

「ふん、一回あんなことしたくらいで、調子に乗らないでよね。ボクはほんとに、あんたのことなんか……」

 

 口では否定的なことを述べているものの、賈駆の表情は満更でもなさそうだった。こうなってくると、強硬な態度は構ってほしいことのあらわれのように見えてきてしまう。

 文句を言われてしまう前に手を結び、そっと身体を寄せていく。嫌々受け入れているという体の賈駆の耳もとで、一刀は囁いた。

 

「それじゃ、もっと詠のことを知らないとな。……あのときの仕草、すごく可愛かったよ」

 

「ば、ばっかじゃないの……!? 真っ昼間から発情しちゃうなんて、どうしようもないくらいの変態色情魔ね!」

 

 顔を真っ赤に染めて、賈駆は早口でまくし立てた。動揺しているのは、明らかである。

 

「いいのか、そんなに大声出しても。まわりに聞こえてしまうよ?」

 

 その一言を聞き、賈駆はしまった、というような口の形を作った。

 董卓軍の陣内ということもあり、どこにでも兵がいるといった状態なのである。厳格で忠実な参謀として通っていることもあり、近くの兵たちは不思議そうに二人のやり取りを観察している。

 

「うっ……。あんた、狙ってやったのなら趣味が悪いわよ……」

 

「まさか。詠の評判を下げるようなことをして、俺になんの得があるっていうんだ」

 

「はあ……、もういいわ……。ほんっと、あんたといると調子が狂っちゃう。それで、今日はどんな用で来たのよ」

 

「そのことなんだけど、月はいるのか?」

 

「なんだろう、素直にいるって教えるのが癪な感じがするわね。まあいいわ、仕方ないから取り次いであげる」

 

 賈駆の言うように、董卓は陣屋に滞在していた。朝廷内の地位を戻した盧植や、繋がりのある文官たちから都の情報は得ることはできる。

 何進や十常侍の息のかかった人間が跋扈する洛陽とは、少し距離を取りたがっているようだった。いずれ、動くべきときはくるはずである。それまでは、董卓は泰然とここに勢力を維持しておくつもりなのだ。

 

「こんにちは、一刀さま。本日は、どうされたんですか?」

 

「ああ、月に話しておきたいことがあるんだ。詠も、よければ聞いておいてくれ」

 

「ボクも? なんだ、てっきり月にいやらしいことでもしに来たのかと思っちゃったじゃない。それなら遠慮なく、警備の兵を呼んでやれたっていうのに」

 

「もう、ダメだよ詠ちゃん。たまには素直にならないと、一刀さまだって嫌になっちゃうかもしれないよ?」

 

 友人であり、もっとも信頼のおける側近の言に、董卓はからかうように釘を差した。冀州から出立しようとしていた当日、それまで霧がかっていた賈駆の表情が晴れ晴れとしていたことはよく覚えている。

 頑なだった友人が本心を行動に移してくれたのだろうと、そのときは董卓も喜んだ。その反面、いまでは少し寂しさもある。もしくは、嫉妬してしまっているのかもしれない。賈駆はきっと、自分が受けた以上の愛し方をされたのだろう。なんとなく、そのことは理解していた。

 誰しも、ひと度与えられてしまえば、さらに多くのことを求めてしまうものなのである。いけない感情だとはわかっていながらも、捨て去ることはなかなかに難しかった。

 

「い、いいわよ、別にこいつに好かれようだなんて思ってないんだから……。それより、用件をね……」

 

 一刀と賈駆が、椅子に腰掛ける。ちょうど休憩時だったのか、机には茶をいれた容器が置かれていた。気を利かせた董卓が、二人の分の椀を用意しようと立ち上がろうとした。それを制し、賈駆は自分がやるといって再び席を立った。

 

「はい、あんたの分よ。月が淹れたお茶はすごく美味しいんだから、大事に飲みなさいよね」

 

「うん、詠もありがとう。それじゃあ、いただきながら話そうか」

 

 いい香りのする茶を口に含む。温度も飲み頃となっており、一刀はしばし喉を潤わせた。

 

「……涼州へ、行かれるのですね。そういう話しがあるかもしれないというのは、わたしも聞いていました」

 

「いいんじゃない? 北郷がいなくたって、こっちはこっちでやるだけよ。それだけの力は、蓄えてきたつもりだし」

 

「悪いな、俺たちの事情を優先するような形になって。もし、洛陽でなにかあればすぐにでも駆けつけるつもりだ」

 

「まあ、一応頼りにしておいてあげる。そういえば、漢陽郡なら、馬騰さんの任地とも接してるわね。馬超たちも、元気にしてるのかしら」

 

 董卓と馬騰は、友好的な関係にあった。涼州の防衛のことはもちろん、世の中のことについても意見を交わしたことがあった。馬騰も朝廷内の権力争いについては嘆いており、どうにかしなければならないという思いを持っていたのである。

 

「そうだ詠ちゃん、馬騰さんのところへ使者を出せないかな? 馬家のひとたちと一緒に郡に入れば、一刀さまも統治がやりやすくなると思うの」

 

「月がそうしたいのなら、ボクに異存はないわ。あんたも、感謝しなさいよ」

 

「助かるよ、月。こっちの手の者を何人か置いていくつもりだから、なにかあれば知らせてくれ」

 

「はい、わかりました。……あの、詠ちゃん」

 

 また、一刀と離れることになってしまう。そう考えると、思い切ったことをする機会は今しかないのかもしれない。机の下できゅっと手を握り、董卓は賈駆のほうを見た。意地の悪い行いのような気もしたが、心を抑えきれなかった。今日だけは、二人きりで過ごしたい。そんな我儘を、臣として友人として、賈駆は許してくれるのだろうか。

 

「北郷と二人だけで過ごしたいって……? うう……、それってつまり、そういうことなんだよね?」

 

「うん。ごめんね、詠ちゃんだって一刀さまといたいはずなのに、こんなお願いをしてしまうなんて」

 

「いいわよ、ボクはそんなことちっとも気にしてないから。それで、肝心のあんたはどうなのよ?」

 

「……月の気持ち、ありがたく受け取らせてもうらうよ。でも、つぎは詠も一緒に、ね」

 

「へう……、詠ちゃんと一緒にだなんて……。想像しただけで、すごくどきどきしてしまいます」

 

「まったく、あんたは変なところで優しいんだから……。それじゃ、ボクはこれで退室させてもらうからね。あとは二人で、好きにしなさいな」

 

 呆れたように首を振って、賈駆は陣屋をあとにした。

 沈黙。いましかないと人払いを願ったものの、いざそうなってみるとどうすればいいのかわからない。俯いたまま、自分で淹れた茶をすすってみる。少し冷めた液体が、口内を半分ほど満たしている。

 

「寝台、いこっか」

 

「へう……、一刀さま……。あっ、ひゃう……!?」

 

 直接的な物言いに、董卓は余計全身を固くしてしまっていた。だが、そうなることを見越していたのだろう。一刀はおもむろに小さな身体を持ち上げると、俗に言うお姫様抱っこをした状態で、整えられた寝台へと向かったのだった。

 

「んっ、ちゅく、ちゅぱ、んくっ……。一刀さま、んぷ、ちゅる、んうぅ」

 

 寝台に隣り合って腰を下ろすと、一刀はすぐさま董卓の唇を奪った。しっとりとした感触。前回教えたことをしっかりと記憶していたようで、控え目ではあるものの董卓の舌が接触を求めてきた。

 

「あっ、一刀……さま。ぴちゃ、んんっ……、こう、れふよね……?」

 

「優等生だね、月は。気持ちいいこと、今日はたくさんしよう」

 

「はい。ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします。……大好きです、一刀さま」

 

「俺も、同じ気持ちだよ。月のことが、可愛くてどうしようもないんだ」

 

 さらりとした手触りの髪を撫でる。思わず、口づけしたくなるほどの指通りのよさだった。

 心地よさそうに目を閉じた董卓の、肌理の細かい頬に手を当てる。二、三度動かすと、くすぐったそうに小さく口が笑っていた。

 

「服、脱がせてもいいか」

 

「んっ……、わかりました。一刀さまのされたいように、わたしのことを愛してください。せっかく、詠ちゃんが時間をくれたんですから」

 

「ははっ、そうだね」

 

 董卓の着物に手をかける。帯を緩め、前を少しずつ開いていった。

 

「きれいな肌だ。下着、こっちはつけてないんだね」

 

「へう……、恥ずかしいです……。わたしの胸、ほかのみなさんと違って大きくありませんから。一刀さま、がっかりされていませんか?」

 

 確かに、着物の隙間から見える乳房の丘陵は、とてもなだらかなものだった。せめて賈駆くらいの大きさを、と董卓は望んでいるのかもしれない。

 とはいえ、つん、と尖った乳首は淡い桜色をしており、白い肌と相まって気品さえ醸し出していた。

 

「大きさなんて関係ないよ。月のおっぱい、もっとしっかり見させてもらうぞ」

 

 襟を大きく開かせ、上半身を露出させていく。外気に晒された肌は、興奮のためかわずかに赤らんでいた。

 

「触るよ、月。もし痛ければ、言ってくれ」

 

「はい、一刀さま。あっ、んっ、わたしの胸、そんな風にされるなんて……」

 

 右の乳房に、口づけていった。ささやかな膨らみをしているだけに、無理に揉むことは避けたのである。

 

「美味しいよ、月のおっぱい。んっ、じゅる……、気持ちいいのかな、乳首も固くなってきたね」

 

「ひゃ……っ、んんっ……!? 胸の先っぽがぴりぴりって、しています。一刀さまの舌にいじめられて、わたし……。これが、感じている、ということなんでしょうか……?」

 

「うん、そうだよ。可愛い声、たくさん聞かせてほしいな。じゅる、ちゅう、じゅずずっ……」

 

「はあっ、んくっ……。すごいです、これぇ……。一刀さまにしていただけるのが、こんなに気持ちいいことなんて」

 

「喜んでもらえてるのなら、俺も嬉しいな。それなら、こっちはどうだろう」

 

 うっとりとした表情のまま、董卓は一刀に言われた通り右腕を上げていった。毛が少しも生えていない、無垢そのものな腋。しっとりと汗ばんでいるそこに、一刀は顔を近寄せていく。

 

「へう……!? か、一刀さま……、そんなところ、汚いからだめなんですよ……! んひゃ、くすぐった……、はうう……」

 

「好きにしていいって言ったのは、月だよ。それに、ちっとも汚くなんてないさ。むしろ、ずっとこうしていたいくらいで、んむっ」

 

 董卓の羞恥している姿が、余計に興奮を大きくしていった。少女の濃い匂いが、鼻孔を抜けて肺に到達していく。舌を使ってくすぐってやれば、初々しい反応で身体をよじらせてくれる。

 

「そんな、胸まで……っ。うあっ……、だめなのに、わたし感じてしまっています」

 

「可愛いよ、月。じゅる、乳首も、コリコリになってるね」

 

「だって、気持ちいいんです。いけないって思えば思うほど、一刀さまの舌を敏感に感じてしまって、んはあっ……」

 

 恥辱に塗れた弱々しい声。董卓の腋を唾液でべとべとにしながら、一刀は股間を熱くさせていた。普段凛としている姿を見慣れているだけに、否が応でも興奮は高まっていく。

 

「下の方も、触っていくよ。自分でしたこと、あるのかな」

 

「へう……? よく、わからないです。そこで、一刀さまと繋がるんですよね?」

 

「そうだね。優しくするつもりではいるけど、もしかしたら多少の痛みがあるかもしれない。だから、しっかり解しておかないと」

 

 腋を舐めることはそのままに、着物の裾から手を入れて秘部を探り当てていった。触れてみれば、下着が少し濡れているようだった。感度は上々なようで、気持ちよさそうに董卓は声をもらしている。

 

「指、入れていくよ。濡れてるみたいだから平気だとは思うけど、辛かったら止めてくれ」

 

「はい、んんっ……」

 

 入り口を人差し指でくすぐって、徐々に中へと潜り込ませていった。それだけでも、ねっとりとした膣肉の感触が伝わってくる。

 

「一刀さまの指のかたち、すごくよくわかります……。んんっ、やうっ、これいままでのとはまた違って……!?」

 

「俺の指、月の内側に入っちゃってるよ。温かくて、ぬるぬるしてる」

 

 董卓は、秘部を愛撫されながら、腋を舐められて快楽を得てしまっている。傍から見れば変態的なその格好に、理性が破壊されつつあるのだろう。

 自身ではいじったことのない秘唇からは愛液を垂れ流し、男の指を濡らしてしまっている。快楽の強い部分を同時に責められているせいか、腋からもじんわりとした刺激が断続的にのぼってきている。

 

「すごいです……。一刀さまにされてしまうと、どこでも気持ちよくなってしまって……。わたし、おかしくなってしまったんでしょうか……?」

 

「大丈夫。たとえおかしくなったとしても、俺は月のこと、ずっと愛しているから。だから、安心して身を任せてくれていい。ちゅる、れろっ……、じゅる」

 

「嬉しいです、一刀さま……! はあっ、お股がぴりぴりってしていて、なんだか、もう……」

 

「達してしまいそうなのかもしれないな。いいよ、そのまま力を抜いて」

 

 不乱に腋を舐め上げながら、激しく指を出し入れしていく。

 

「ふうっ、はあっ、んくっ……!? 一刀さま、一刀さま……っ、ああっ、くううぅうううう!?」

 

 不意に訪れた絶頂に驚いたのか、董卓は一刀にしがみつくようにして全身を震わせている。乱れた息が熱い。愛液を分泌し続ける陰部は、きゅうきゅうと指を締め上げていた。

 

「はあっ、はあっ、へうぅううう……。なんだか頭の中が真っ白になってしまったみたいで、わたし……」

 

「いまのが、イクってことなんだよ。指でこれだけ気持ちよくなれたんだから、つぎはもっとすごいことになってしまうかもしれないね」

 

「つぎ……ですかあ? それって、一刀さまの……」

 

「月の可愛いところを見てたせいで、俺も興奮しっぱなしでさ。ここも、こんなに」

 

 ベルトを外し、ズボンを下ろしていく。恥ずかしそうに顔を覆った手の隙間から、董卓はその様子を垣間見ていた。

 下着をさげると、はちきれんばかりに勃起した男根が姿を見せる。いますぐにでも、組み敷いてしまいたい気分ではあった。その気持をなんとか抑え、微笑んでみせる。緊張させてしまっては、前戯をしてきた意味がなくなってしまう。

 

「それが、おちんちんなんですか……? 想像していたものよりもすっごく大きくて、本当にわたしのなかに入るんでしょうか」

 

「きっと、平気だよ。月と俺が、繋がれないはずがないだろ?」

 

「くすっ、その自信は、どこから来るんでしょうか? あっ……、んむっ、ちゅく」

 

 再び寝台に座り、口づけを交わす。いくらか余裕が出てきたようで、董卓の舌遣いにも遊び心が感じられる。

 

「どうしてほしい? 散々やりたい放題させてもらったから、今度は月のお願いを聞くよ」

 

「いいんですか? それなら……、えっと」

 

 上目遣いに見上げてくる董卓の髪を撫で、言葉が発せられるのを待った。可憐な唇は、油断をすれば吸い付いてしまいたくなるような魔力を秘めている。

 

「抱っこ、してほしいです……。一刀さまにぎゅっとしてもらえたら、きっと痛くても平気ですから」

 

「わかった。おいで、月。ぴったりくっついて、二人で気持ちよくなろう」

 

「えへへ、こうですか? 一刀さまの温もりが、はっきりわかってしまいますね。あむっ、ちゅぱ、んくっ……」

 

 深く舌を絡ませながら、繋がる準備を開始していく。再度膣内を指で軽く拡張しておき、スムーズな挿入ができるように濡らしていった。

 

「ちょっとずつ、挿れていくよ。深呼吸して、身体は楽にするんだよ」

 

「すーっ、はーっ。とっても、ドキドキしてしまいます。わたしたち、一つになれるんですね」

 

「大好きな月の初めて、いまから貰うよ。ほら、肩につかまって」

 

 小ぶりな尻を持ち上げて、膣口に狙いを定めていく。粘膜同士が触れると、強い実感が湧いてくる。

 くちゅり。粘っこい音を立てながら、亀頭の先が内側に入り込んでいった。ぴりぴりと、合わさった部分から快楽の信号が広がっていく。

 

「すごいです……。一刀さまの太いおちんちんが、わたしのなか、ああっ……、入っていってえ……」

 

「キツキツだね、月のなか。少しでも気を抜いたら、暴発してしまうかも……っ」

 

「んくっ、はあっ……。わたしのなか、気持ちいいんですか? それなら、嬉しいです。ああっ、また……、お腹のなかぐいって、いっ……痛っ!?」

 

 愛液とは別の、ぬるりとした感触。結合部には、血が滲んでいた。さすがに痛むのか、董卓の表情がわずかに歪んでいる。

 処女を散らせた、という実感が、強く湧いてくる。背中に少々爪を立てられようと、気にするほどのことではなかった。細い身体を掻き抱き、唇を吸った。

 

「キス……、口づけに集中していればいい。しばらくして馴染めば、痛みも引くはずだから」

 

「は……、ああっ、いい……。んむ、ちゅぷ、じゅうっ、ちゅむ……。でも、痛みよりは喜びのほうが大きいのかもしれません。こんなにも、一刀さまのことを近くに感じることができているんです。あっ、またぴくって……」

 

「月がいじらしいこと言うから、俺もつい反応してしまうんだよ。んっ……」

 

 口づけに興じながら、董卓は腹のあたりを擦っている。一刀のものが、自身のなかにずっぽりと挿入されてしまっている。その感覚が嬉しくて、つい何度も確認してしまっていたようなのである。

 

「とっても熱くて、大きくて、これが、まぐわうということなんですね。ほんとうに、一刀さまのおちんちんが、おヘソの下くらいにまで来ているみたいです。なんでしょう、すごく満たされている気分で……」

 

「わかるよ、その気持ち。月とひとつになることができて、俺も幸せなんだ」

 

「ふふっ、また……ぴくん、ってしてますね。わたし、ちゃんとできているんでしょうか」

 

「ちゃんともなにも、最高の感触だって。いまだって余裕ぶってるけど、これで結構我慢してるんだから」

 

 董卓が笑顔になる。冗談だと受け取られたようだったが、実際は動きたくてたまらなかった。極小の膣が甘い痺れを生み出し、活性化しつつある肉襞が男根を余さず舐っている状態なのである。

 半ば生殺し。そういう状態で、一刀はなんとか留まっていた。

 

「……? 一刀さま、苦しいんですか? わたし、どうすれば……」

 

「いけそうなら、少しずつ動いてみてもいいかな。正直言って、月のおまんこを味わいたくて仕方なくってさ……」

 

「お、おま……? わたしは、大丈夫です。一刀さまに愛していただけているんですから、平気です」

 

 気丈な笑み。だが、無理はしていないようでもある。本当に辛ければ、もっと苦痛の色が濃く出ていても不思議ではない。

 首に腕を回させ、両手で尻を固定する。そうして互いの温度をしっかりと感じられる体勢で、潤んだ膣内を擦っていった。

 

「んっ、ふあっ、ひゃうん……! お腹のなかで、とんとん、って動いてます。擦られたところがぴりぴりって、んあうっ……!?」

 

「月のなか、ほんとに最高だ。きつく締め付けてくるのに、ぬるぬるだから腰が止まらない。気持ちよすぎて、加減するのが大変だ……!」

 

「そんなに……、うあっ、気持ちいいんですか……っ!? はあっ、んうっ……。そこ、おちんちんで奥をコツン、ってされるの、好きなんです……っ」

 

 腹の奥を抉られるたび、董卓の華奢な身体が跳ねる。漏れ出る嬌声には快楽が滲んでおり、その言葉が偽りではないことは明白だった。

 

「だったら、こういうのはどうかな。月の気持ちいい場所、いっぱいしてあげるよ」

 

「んくっ……!? あっ、うっ、ああっ……! しゅごいです……、小刻みにとんとん、気持ちいい奥のとこ、なんども……ひゃわっ……!?」

 

 小さな動きで最奥を擦りながら、掴んだ尻の感触を楽しんでいく。肩口は、すでに涎でベタベタにされてしまっている。

 

「はっ、はっ、はっ……。幸せです、一刀さまに抱っこしてもらいながら、こんなに気持ちよくしていただけているなんて……。ほんとうに、夢みたいです」

 

「くうっ……、はあっ……。すごいよ、月……ッ。月の熱で、チンコが溶かされてしまいそうだ」

 

「一刀さまのおちんちんが震えているの、よくわかります。お腹のなかで脈打って、ふふっ……、なんだか面白い」

 

 抽送し始めた頃は受動的だったが、いまでは動きに合わせて懸命に腰を振っている。そんな董卓が愛おしく、一刀は思わず乳房へと顔を寄せた。

 興奮で真っ赤になった乳首を、ちゅうちゅうと音を立てて吸い上げていく。

 

「やあっ、一刀さま……っ。胸までされてしまったら、わたし……んあぁあああっ……!」

 

「ちゅぷ、じゅうっ……。ははっ、顔もおっぱいも、とっても赤くなってるよ。もっと、してあげる」

 

 丹念に、乳首に唾液を馴染ませていく。強くしすぎないように注意しながらも甘噛してやれば、しっかりとした反応が返ってくる。

 

「カリってされると、頭の中までぴりってしてしまうんです……! おっぱい出ないのに、そんな乳首ばかり、あっ、んううぅう」

 

「男はみんな、こうするもんだよ。好きな子のおっぱいだったら、尚更こうしたくなるんだ」

 

「そんな、恥ずかしいです……。んぐ……っ、ああっ、もう、わたし……い」

 

「さっきみたいに、身体がふわってしてきたの? だったら、俺もそろそろ……!」

 

 必死に乳首へ吸い付きながら、大胆な腰使いで董卓の快感を引き出していく。

 結合部はもはや汁まみれで、にちゃにちゃと淫靡な音を発していた。

 

「ふわ……ああっ……。まだ、大きくなるんですか……っ!? 一刀さまのおちんちん、ぷくって……ふくらんで!?」

 

「そうだ。もうちょっとで、精液出すからな。月のおまんこに、俺の子種を全部出すよ」

 

「子種のこと、せーえき、っていうんですね。ください、一刀さま……、あうっ……。わたしのなかに、一刀さまの子種いっぱいください……!」

 

「ああ……、出すよ……! はあっ、ううっ……くうっ……!」

 

 腰を打ち付ける音が響く。尿道口が甘美に痺れ、精液を発射したがっているのだ。

 董卓が、不意にがくん、と背中を反らせた。膣内が、強烈に収縮していく。

 

「イッたんだな、月……っ。俺も、うあっ、ああぁあああっ」

 

 脳内が爆ぜるような感覚。限界まで溜め込んだ精液が、狭い膣内を暴れまわっている。

 

「熱いの……、びゅくびゅくって……!? ううっ、だめえ、こんなの、おかしくなってしまいます……!」

 

 搾り取られてしまう。ぎゅうぎゅうに締まった膣壁が、これでもかというくらいに男根を絞り上げているのだ。

 尿道の残滓まで、全て飲み干されてしまうようだった。そのくらい貪欲に、董卓の身体は一刀の精液を求めていた。

 

 

 

 

 

 

「……あの、一刀さま、今夜は泊まっていかれませんか?」

 

 あれから数時間、互いに性欲をぶつけ合った。周辺はすっかり日没を迎え、そろそろ篝火がほしくなってきたくらいだった。

 いまだに誰も様子を確かめに来ないことからも、賈駆の人払いが徹底していることがわかる。甘えているようで悪いと思いながらも、董卓は一刀に甘く囁いた。

 

「最初から、俺はそのつもりだよ。それにまだ、月のことを味わい足りないから」

 

「へう……、さすがです……。でも、もう少しだけ休憩しませんか?」

 

 寝台に寝そべった一刀の腕を枕代わりに、董卓はぴたりと寄り添っている。体内はすっかり精液で満たされており、いまも膣口からは余分が溢れ出している。

 大好きなひとの匂いに包まれるというのは、これほどに幸せなことだったのか。そんな風に思いつつ、董卓は額を身体に擦りつけていた。

 

「月、あまり急ぎすぎるなよ」

 

「急ぎすぎるな……、というのは? どうされたのですか、一刀さま」

 

「朝廷の舵取りを狙っているのは、月だけじゃない。袁紹や袁術だって、動きを見せていると聞いている。それに、あの曹操もいる」

 

「であれば、余計にのんびりとしているわけにはいきません。特に袁家の両人は、野心だけが先行しすぎているように思えます。もしどちらかが実権を握ってしまえば、漢の混乱は続くことでしょう」

 

 交合の熱に浮かされていた董卓の目が、すっと細くなっていく。将としての顔つきである。そして、そう断言されてしまったのでは、一刀にも反論の余地はなかった。

 

「天下……。一刀さまは、天下をお獲りになるおつもりはありませんか」

 

「月、この前も話したけどそれは……」

 

 董卓の声色は、恐ろしいくらいに平坦そのものだった。ふたつの丸い瞳が見つめてくる。気づけば、一刀は寝台に押し倒されていた。

 本気だと、そう感じていた。それでも、答えを出すことができないでいた。やがて、董卓はハッとしたような表情になり、謝罪の言葉を口にしたのである。

 

「すみません、一刀さま……。ですが、忘れてくださいとはいいません。天の御遣いとして、北郷一刀さまとして、あなたさまはたくさんの人心を集められています。そのことだけは、どうか心の片隅に置いたままでいてくださいませ」

 

 十文字旗を掲げ、闘ってきた日々。その意味を、もう一度考え直すときが来ているというのか。

 一刀は、改めて董卓の顔を見た。優しさと、儚さがそこには同居している。普段と変わらぬ董卓が、そこにはいた。

 

「愛してください、一刀さま。わたしの身体を、めちゃくちゃにしてくださってもかまいませんから」

 

「月……っ」

 

 それ以上、董卓は語ろうとはしなかった。ただ、熱を確かめるかのように身体を擦り合わせてきている。

 小さな身体の重みを感じる。董卓は腰の上に乗り、滑った秘部を使って男根を前後に刺激しはじめている。幼さの見え隠れする肢体とは別に、すっかり男の悦ばせ方を身につけたようだった。

 太ももを撫でる。少し曇りがちだった董卓の表情が、段々と淫靡さを帯びたものへと変わっていく。

 

「一刀さまっ、ああ……っ」

 

 精汁で滑りの良くなった膣内は、するりと男根を飲み込んでいった。

 しばらくすると、また陣屋内に嬌声が響きだした。いまはただ、愛しいひとのことだけを考えていたい。別れのときを惜しむかのように、身体の動く限りふたりは情欲をぶつけあったのである。



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 交差する二本の槍。実戦でないとはいえ、刃のついた得物を使用しての勝負である。そこに油断があれば、大きな怪我を負いかねないものでもあった。

 互いに相手との間合いを見極め、いざ飛び込まんとしている。鋼が打ち合う甲高い音が鳴り響き、両者の闘志が激突する、はずだった。

 

「えいっ!」

 

 片方の槍の柄が、相手の頭の天辺を叩いた。

 どうやら大して力がこめられているようではなく、ぽこん、という可愛らしい音が聞こえてきそうなほどである。

 

「いってえ……! なにすんだよ、蒲公英!」

 

「なにって、いまは鍛錬中だから攻撃するのは当たり前じゃない? だいたい、お姉さまがいけないんだよ。この三回とも、ずーっと腑抜けたままなんだもん」

 

 小突かれた頭を(さす)りながら文句を言ってくる馬超のことを、馬岱は訝しげに見つめていた。

 普通に戦ったのであれば、この二人の力量には歴然とした差が存在しているのだ。馬岱にはまだこれから伸び代があるとはいえ、錦とも評される武勇を有する従姉妹には、戦場で常に他を圧倒してきた実績があった。

 それなのに、である。三度の勝負のうち、馬超は少しもその名に相応しい覇気を見せることはなかった。気が散っているのは明白であり、これには馬岱も訓練にならないと首を横に振るばかりだった。

 

「よもや、具合でも悪いのではないか? わたしも相手をしてもらおうかと考えていたのだが、本調子でないようであれば遠慮しておこう」

 

「えー? 多分それはないと思うけどなあ。朝ごはんだって普通に食べてたし、元気だけが取り柄のお姉さまが体調を崩すなんてねえ……? でも、ほんとにどうかしたの?」

 

「なんでもないっての……! 関羽殿、戦いたければいくらでも相手をするぜ。さっきまでのは、その……あれだ! 蒲公英が相手だったから、気合が入ってなかっただけなんだよ!」

 

「あ、ああ、そうなのか……? それならば、いいのだが」

 

 早口で言い訳をする馬超。関羽はその様子から別の理由があるはずだ、と思ったものの、同輩でもない相手を問い質すわけにもいかなかった。

 しかしながら、戦ってみれば、その真意も見えてくるかもしれない。関羽は重い青龍偃月刀を手にして、整地された広場の中央へと進み出ていった。主人の真っ白い衣が目の端に映ったのは、そんなときである。

 

「これは、ご主人様」

 

「ああ、気にしないでくれ。たまたま、立ち寄っただけだから」

 

 きびきびとした動作で礼を取る関羽に対し、一刀はそこまでする必要はない、と言って手で制している。

 愛刀を持ち出してきていることから、関羽は主人がどこかへ出かけようとしているのだと察した。そうであれば、鍛錬を切り上げ供を願い出たほうがいいかもしれない。そんな風に考えていたとき、ふと馬超の反応がおかしいことに気がついた。

 

「あっ、えっ、うわわわわっ……」

 

 一刀の姿を見るや、馬超は瞬時に顔を真っ赤に染めてしまっていたのである。どうやら挨拶の言葉さえも上手く出てこないようで、瞳はしどろに泳いでしまっていた。

 そんな従姉妹の様子を観察していた馬岱は、そうだったのか、と不敵に小悪魔じみた笑みを作った。もし考えている通りなのであれば、なにもかも合点がいく。

 馬超が色恋に関心がないように豪語していた一方で、その実興味があることは知っていた。ここまで接してきて、馬岱も一刀に対して好意を抱いている。

 始めは単に尻の軽い男なのではないかと疑いもしたが、周囲の女性陣との関係は円滑そのものだった。誰に向けても素直であり、余所者である自分たちがすぐに融け込んでしまえたのも、一刀がそういう雰囲気を意識せずに作れているからだろう、と馬岱は思っている。

 

「ふーん、なるほどねえ。お姉さま、北郷さんとなにかあったんだあ……?」

 

「ひゃっ……!? いやいや、そんなわけ……、なあっ!?」

 

「なあって言われても、なあ……?」

 

「むむむ……。ここでわたしに振られても、困ってしまうだけなのですが……。ご主人様、ご自分で蒔かれた種なのであれば、どうにかしてください」

 

 困惑した様子の関羽に促され、一刀は苦笑しながら馬超のほうへと向き直った。

 ここで下手に茶を濁すよりかは、白黒はっきりさせてしまったほうがいいだろう。城内で会う度にこうなってしまったのではどうにもならないし、慣らすという意味でも必要なことのはずだ。

 目を合わせることもできずに、地面に視線を落としている馬超。一刀は、もはや熱すら発していそうなその頭をくしゃりと撫でた。

 

「ちょ、ちょっと……、一刀殿!?」

 

「いいから。翠、ゆっくり息をしてみて。ほら、すってー、はいてー」

 

「う、うん……、わかった」

 

 撫でられてすっかり小さくなってしまった馬超は、一刀の言ったように大きく深呼吸をしていく。それを見ていた馬岱は、感心したように声をもらした。

 

「ほえ~。お姉さま、わたしの知らない間に真名まで預けてたんだー。それに北郷さんのことも名前で呼んじゃうなんて、仲がいいんだねえ」

 

「うっ……、別にいいだろッ。あたしにだって、いろいろあったんだよ、いろいろ」

 

「いろいろ……!? うわあ、いろいろだってー! ねえねえ関羽さん、聞いた……!?」

 

「そのような大声で言われずとも、聞こえているというに……。ご主人様」

 

 意図的に不機嫌そうな声色を作り、関羽はじろりと一刀の顔を見た。

 

「うん、つまりはそういうことだ。翠とも、仲良くね」

 

「はあ……、承知いたしました……。馬超殿、我が主はこういうお人だ。苦労をするかもしれんが、諦めてくれ」

 

「あ、ああ……、うん……。なんとなく、あたしにもわかる気がするよ……」

 

 落ち着きを取り戻した馬超は、頭を撫でられている感触に目を細めている。

 好きだ、といってくれた人。垣根を少しも感じさせないところが、天の御遣いの大きさなのだろうか、と馬超は思う。

 

「ところで、ご主人様はどちらかに出向かれようとしていたのではありませんか?」

 

「おっ、そうだった。今日は郊外の土地で、凪たちが開墾の指揮をしてるんだ。そこにちょっとばかし、賑やかしに行こうかと思ってね」

 

「楽進さんが行ってるってことは、軍を動かして畑を耕してるってこと? そういえば、前の会議でそんなことも言ってたっけ」

 

「そうそう。糧食を確保できる土地を増やしておけば安定して兵を養えるし、新兵を鍛える場にすることもできる。それに、国を豊かにするためだったら、みんなやる気を出しやすいから」

 

 兵を動員しての農作業は、史実の曹操らも行っていることである。

 冀州での会談で、見習える部分は見習わせてもらう、と宣言してきた。ここでの曹操が既に屯田を行っているのかはわからないが、使えるものは使ってやる。そういう気持ちで、一刀は臨んでいる。

 

「ご主人様御自ら監督されることで、兵らも気合が入ることでしょう。よろしければ、そちらまでお供いたしますが」

 

「ありがとう、でも平気だ。愛紗だって、これから調練もあるんだろう? それなのに、ついてきてもらうわけにはいかないって」

 

「そうですか……。でしたら、お気をつけて」

 

 関羽が残念そうにしていたのは、誰の目にも明らかなことだった。

 そのやりとりを見ていた馬岱が、ちょんちょん、と従姉妹の背を突いている。せっかくの機会なのだから、代わりに名乗りを上げればいい。馬岱の表情は、そう言っているかのようである。もし自身が馬超の立場にあれば、ここにいるぞー!、と威勢よく挙手までしているところだった。

 

「あ、あたっ……!」

 

「あた……? どうかしたのか、翠」

 

「い、いやいや……、なんでもない……ッ! ほんとになんでもないから、また後でな、一刀殿!」

 

「おう、それじゃあまた後で。時間があったら、一緒に飯でも食おう」

 

 音のしそうなくらい左右に首を振って、馬超は言いかけた言葉を引っ込めた。やはりまだ、気恥ずかしさが残っているようだった。

 遠ざかっていく一刀の背中を見つめる瞳は、悔しさで満たされている。つぎこそは、上手く声をかけることができるのだろうか。小さな願いを胸に秘め、馬超はひとつため息をついた。

 

「ちぇー、情けないんだからー。お姉さま、それならこっちでお話し聞かせてもらうんだからね。たんぽぽだって、北郷さんともっと仲良しになりたいんだもん」

 

 頭の後ろで腕を組み、馬岱は口元をニヤつかせている。

 逃げられない。なんとなく、馬超はそう直感してしまっていた。

 

「うむ、調練までもう少し時間もある。わたしも後学のため、馬超殿の体験談を聞かせてもらうとしようか」

 

「なっ、関羽殿までなにいってんだよ!? ううっ……ちくしょう、覚えてろよお!」

 

 馬岱は、後にこの日のことを後悔することになる。

 吹っ切れた猛将は、鬼にも悪魔にでもなれる。そのことを、限界寸前まで鍛錬場でしごかれた馬岱は、嫌というほど思い知らされるのであった。

 

 

 

 

 

 

「凪、やってるな」

 

「これは隊長。ですが、出歩かれるのであれば護衛のひとりでもお付けください。自分たちは、もう義勇軍ではないのですから。あなたを狙う輩が、いないとも限りません」

 

 一刀から声をかけられた楽進は、きっちりと腰を折って礼をした。

 日に焼けた肌に汗が浮かんでいることからも、精力的に動き回っていることが窺える。

 

「悪いな、あんまりそういうのは慣れなくってさ。それで、屯田は順調にいってるのか」

 

「はい、そちらに関しては問題ありません。明日にはまた、別の人数を動かしてみる予定です」

 

 原野同然の荒れ果てた土地を、兵たちが盛んに開墾して回っている。ざっと数えて、千人ほどはいるようだった。

 ここから、農作物を収穫できるようになるまでは、まだまだ時間がかかることだろう。まともな収穫を得るためには、土壌を改良し、土自体にも栄養を含ませてやらなくてはならない。今はまさに、そのための第一歩といったところなのである。

 

「あー、ご主人様だー!」

 

「桃香……? 桃香もこっちに来ているのか?」

 

 聞き馴染んだ声。その出処を探し、一刀は周辺を見回している。

 はっきりとした明るい髪色をしているだけに、目に留まればすぐにわかるはずだった。しかし、見つからない。

 あたりに見えるのは、土と草とそこで作業をしている人員のみ。

 

「ご主人様ー? こっちだってばー! おーい!」

 

「あ、いた」

 

 劉備の呼ぶ声に導かれ、一刀はぐるっと身体の方向を転換した。

 道から見て、一段低くなっている田地。そこに、探し人の姿はあった。手も顔も泥に塗れているうえに、日差しを避けるために麦わら帽子までかぶっている。どうりで、見つからないはずだった。

 

「桃香さん、朝からずっとみんなに混じって作業してくれてるの。おかげでやる気も出てるみたいだし、沙和は助かるんだけどね」

 

 服についた汚れを払い、劉備が道のほうへとあがってくる。身体は疲れているようだったが、いつもの笑顔は少しも色あせていなかった。

 頬に飛んだ土を拭ってやると、嬉しそうに劉備は目尻を下げた。元来、こういう仕事が好きだったのだろう。血生臭い戦場などには似つかわしくない、素朴な性格なのだ。

 釣られて、一刀まで笑顔がこぼれてしまう。それを見て、楽進と于禁もまた笑った。

 

「幽州の村にいた頃は、畑でお仕事をするか、お家で(むしろ)を編むかくらいしかすることがなかったの。だから、つい勝手に身体が動いちゃって……」

 

「なんでもすごく楽しそうにされているのがいいんでしょうね。それが兵たちにも伝わっているのか、今日はいつになく順調で。我らとしては少々不甲斐ないことですが、桃香さんに来てもらってよかったと思います」

 

 作業を中断した劉備の姿を追って、屯田を行っている兵らも一刀の存在に気づいたようだった。

 わっ、と歓声があがる。いつになく士気が高いというのは、本当のようである。手を振り返すと、さらに鯨波は広がっていった。

 

「えへへ、凪ちゃんに褒められちゃった。ご主人様も、ほめてほめてー」

 

「よしよし、いい子いい子」

 

 帽子を脱いだ劉備の髪を、無造作にかき混ぜる。楽しげにはしゃぐ度に揺れる二つの果実が、いまは目に毒かもしれない。

 楽進、于禁の両人から発せられる視線が、いくらか羨まし気だった。同じようにしてやりたいところではあったが、劉備と違って二人は現場を預かる隊長格なのである。可愛がってやるのであれば、もっと相応しい場所があるはずだ。

 

「新兵が、こんな風にほわー、ってした空気でいられるのも今のうちなの。本格的な調練に入ったら、沙和の命令は絶対になるんだから。そのためにも隊長さん、またいろんな言葉を教えてほしいの」

 

「沙和は飲み込みが早いから、俺も教え甲斐があるんだよな。よかったら、凪も使ってみるか」

 

「い、いえ、自分は……。いくら天の国の言葉であろうと、あれはどうにも苦手です……」

 

 現代で見聞きした情報をもとに、于禁には調練用の単語を仕込んであった。

 華奢で可愛らしい少女が、意味はよくわからずとも口汚く罵ってくる。そのギャップに打ちのめされることが、北郷軍の兵としての真の始まりともいえるのだ。

 

「よーし。ご主人様になでなでもしてもらったし、これで夕方までがんばれちゃうよ。それじゃ、わたし戻るね」

 

「帰ったら、お湯を使ったらいいぞ。綺麗な髪まで、泥だらけだ」

 

「はーい! 凪ちゃんと沙和ちゃんも、お仕事がんばってねー」

 

 大きな日除けのついた帽子をかぶり直し、劉備は走り去っていった。微笑ましい。つい、応援したくなってしまうのは当然だろう、と一刀は心中で呟いた。

 

「全体を見て回りたい。案内してもらえるか」

 

「了解っ! 端っこのほうで怠けてる兵がいたらいけないし、沙和が着いていくの! 凪ちゃん、こっちはお願いね」

 

「むう……わかった、そっちは任せるぞ。隊長、気になったところがあれば後で教えてください。今後の参考にしたいので」

 

「ああ、わかった。なら、行こうか沙和」

 

 于禁の用意した馬に跨ると、広々とした景色が視界に広がった。

 まだまだ、開発不足な領地なのである。中央の情勢にもよることだが、いまは地盤を固めることを優先するべきだろう。

 既存の兵も、ここでさらに鍛え上げるつもりだった。幸いなことに、将の頭数は揃っている。あとは、どれだけその下に精兵を組み込めるかにかかっている。

 原野に馬を駆けさせていると、心地よい風に全身が包まれていった。道中、于禁は意外なほど真面目に仕事をこなしていた。多少のサボりであれば目を瞑ろうと思っていただけに、考えを改めさせられた形である。

 

「どうかしたの、隊長さん?」

 

「いいや、なんでも。ただ、沙和のそういうとこも、かっこいいなって」

 

「ええ~? どうせなら可愛い、っていってほしいんだけどなあ」

 

 小さく頬を膨らませて、于禁は抗議をしているようだ。こういった表情であれば、可愛いと評するのが妥当なのかもしれない。

 すぐに、また別の作業場が見えてくる。ふくれっ面もそこそこに、于禁は視線を鋭く変えている。

 

「みんな、しっかり畑を耕すの。そうすれば、それだけご飯もお腹いっぱい食べられるようになるんだから」

 

 上官としての姿勢を見せる于禁に、一刀は頼もしさを感じていた。

 その後も各地を監察して回り、もといた場所に帰ってきた頃にはかなり時間も経っていたようである。

 

「俺はそろそろ戻ることにするよ。それと二人にお願いなんだけど、団体行動をしている中で、統率力を発揮していそうな兵がいれば覚えていてもらえるか。段階を経て訓練していけば、何人か任せられるようになるかもしれないから」

 

 関羽や徐晃を大将としてざっくりと隊を割ることはできるが、細かな隊を率いる人材の育成もまた急務なのである。

 いまの三千から八千ほどには増やしたいと考えているから、それだけ小隊長は必要になってきている。参軍らの意見も取り入れるべきではあるが、まずは現場の楽進たちがこれは、と思った兵を見つけなければ始まらない。

 

「はい、わかりました。そのことに関しては、注意しておくことにします。それから、帰路には自分の隊の者を準備させてありますので、どうかお使いください」

 

 ひとしきり見分も終えたところで、一刀は街のほうへと戻っていった。

 楽進隊の兵は特に守りを重視して鍛えられているから、特級の要人にでもなった気分である。

 街の門をくぐった時点で、護衛には解散を命じた。物々しく武装した人間が近くにいては、ゆっくりと散策することすらままならない。

 

「さて、と。さすがに腹が減ったな」

 

 この後は急ぎの用事も入っていないから、市の状態を確かめるついでに腹ごしらえをするつもりだった。この冀県にやって来てから、張飛などはすぐに目ぼしい飲食店を食べ歩いているようなのである。その情報をもとに尋ねれば、まず間違いはないはずだった。

 夕刻前とあって、買い出しに来ている者も多い。人だかりができすぎるようであれば、上手く区割りをする必要があるのかもしれない。そんなことを考えていた一刀の耳に、かすかな歌声が聞こえていた。

 優しげな旋律。ひとりの少女のことが、すぐに脳裏に浮かび上がった。



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八(人和)

「この声、もしかして」

 

 まだ、聞こえている。今日は特に、そういった催事をするという報告を受けてはいない。それに、風にのって聞こえてくる声はひとり分だけのようなのだ。

 大々的に歌っているわけではないにも関わらず、そこにはいくらか群衆が集まってしまっていた。人混みをかき分け、そこにいるであろう少女の姿を一刀は探した。

 

「やっぱり、人和か」

 

「あっ……、一刀さん?」

 

 思った通り、そこには張梁がいた。見れば、幼い子供をあやしているようでもあった。

 どういう事情でこうなったのかは知らないが、放ってどこかに行ってしまうわけにもいかない。ひとまず人の輪から連れ出し、落ち着かせることが先決だろう。

 右手をのばすと、張梁がしっかりとそれを掴まえてくる。幼子(おさなご)はまだ不安そうだったが、張梁が行こう、と声をかけると小さく頷いたようにも見えた。

 

「助かったわ。この子が泣いていたから歌ってあげていたのだけど、気づいたらああなってしまっていて……」

 

「それだけ、人和の歌に魅力があるってことだよ。それで、迷子かなにかか」

 

 不安そうに見上げてくる幼子の目元には、ほんのりと赤みが差していた。泣き腫らしたのだろう。

 五つ、六つ、といったところか。寂しくてたまらないのか、張梁の手を必死に握っているようだった。

 

「うん、そうみたい。母親と買い物に来ていたそうなんだけど、はぐれてしまったらしくて」

 

「わかった。それならまだ、この近くにいるかもしれない。俺も、この子のお母さん探しを手伝うよ」

 

 幼子が、一刀のほうを見つめている。いきなり現われた知らない大人の男を、警戒するなというほうが無理があった。

 張梁が、くすりと微笑んだ。あまり、こういう表情は見たことがなかった。歌を聞きに来る客には笑顔を振りまいているのかもしれなかったが、それとは別のものだろう、と一刀は思う。

 

「安心して。このお兄さんは、天からやって来たえらーい御遣いさまなの。だから、きっとあなたのお母さんを見つけてくれるわ。ねっ?」

 

「みつかいさま? お兄ちゃん、すごいんだ」

 

 雲の浮かんだ空を指差しながら、張梁はそう言った。幼子の顔に、少し元気が戻ったようにも見える。

 大それた力を持っているわけではなかったが、やれることはやるつもりだった。それに、小さな子ひとりを助けられないで、なにが郡の太守だ、という気持ちもある。

 入れ違ってしまった場合のことを考え、まずは手近な屋台の主人たちに周知して回った。

 なるべく安心させてやろうと、幼子の左右からふたりで手をつないでやる。なにやら張梁のほうが恥ずかしがっているようだったが、いまはそれどころではなかった。

 

「よし、行こうか。とりあえず、市のあたりから尋ねてみよう。お兄ちゃんたちの手、離しちゃだめだからね」

 

 子供の歩幅に合わせているから、自然と歩く速度もゆったりとしたものになる。

 いつしか自分の子とも、こうして出歩く日が来るのだろうか。その幸せは、きっといま想像している以上のものなんだろうな、と一刀は思う。

 しかし、自身も愛するひとも、戦場に赴かなくてはならないのが現状なのである。戦いが起これば、敵を殺す。不運なことがあれば、逆に討ち取られることがあるのかもしれない。だからこそ、子孫を残さなくてはならない。戦乱の時代であるだけに、そういった考えも持つべきなのだろうか。

 

「一刀さん、難しいこと考えてる、って顔してる。だめよ、そんなことは後にしないと」

 

「ああ、そうだな。つぎは、あっちのほうを探してみよう。なんとか、日が暮れる前には親御さんのところへ帰してあげられればいいんだけれど」

 

 張梁の言葉にも促されて、意識を捜索へと集中させていく。こんな小さな子とはぐれてしまったのだから、母親のほうにも焦りはあるはずだった。そういう女性がいないか注視しながら歩いていると、角を曲がったあたりで幼子が声を上げた。

 

「お母さん!」

 

「あっ、待って……」

 

 手を振りほどくようにして走り出した幼子。その背中を追って、張梁も駆け出している。

 わずかな寂しさが、手のひらに残った。張梁も、そう感じてくれているのだろうか。走りかけながら、一刀は密かにそんなことを考えていた。

 

「ほんとうにすみません。この子ったら、ちょっと目を離した隙きにどこかへ行ってしまって……」

 

「いえ、いいんです。それに、このあたりにもっと番所があれば、こういう事案にも対応しやすくなるって思いましたから。今回はお互い、いい教訓になったということで」

 

 一刀がそこまで話したところで、母親がはっとしたように口へ手を当てた。まさか、郡の太守自らが、迷子を保護して捜索に当たっているなどどは思いもしなかったはずである。

 

「そういえば、そのお召し物は……!? も、申し訳ありません。太守様に、このようなことを……」

 

「ほんとに、いいんだって。困っている人を助けるのも、天の御遣いの仕事のうちなんだから」

 

 すっかり萎縮してしまった母親を、幼子は不思議そうに見上げていた。着物の裾をぎゅっと掴む仕草が愛らしい。これを見られただけでも、動いてよかったと思えてしまう。

 それから何度も頭を下げる母親をなだめ、一刀たちはようやくその場を離れた。特に目的地があるわけではなかったが、なんとなく並んで街を歩いてしまう。これまで張梁と二人でいたことはほとんどなかったから、新鮮といえば新鮮だった。

 

「よかったな、夜までにお母さんが見つかって」

 

「ええ、そうね。でも、あそこに一刀さんが来てくれて嬉しかった。正直、これからどうしようって思ってたから」

 

 張梁が足を止めた。はにかんだ顔が可愛らしい。気づかない内に、路地裏を歩いていたようだ。やはり、表の通りとは雰囲気が微妙に違う。

 

「……っ! あ、あの……それで、もし時間があればなんだけど……」

 

 なにか言いたげな張梁の視線を追う。宿屋の看板。そこから導き出される答えなど、ひとつしかなかった。意外な大胆さに、心臓が跳ねる。

 

「……そこで、休憩していかないかしら」

 

 勇気を振り絞ってくれたのだろう、と一刀は思った。逸らした顔は赤く色づいていて、唇は固く結ばれている。

 

「本来であれば、俺から誘うべきだったかな」

 

 握った手は、熱く火照っていた。緊張している張梁の手を引いて、少々怪しげな雰囲気のある宿の入口を素早く潜る。

 もしかすると、ここは情宿(なさけやど)のような役割を持った場所なのかもしれない。したり顔で接客をしてくる宿屋の番頭の対応に、一刀はそんな風に感じていた。

 日が沈むまでという約束で金を支払い、指定された部屋へと向かう。張梁を抱くためだけの、部屋である。そう考えてしまうと、脳内がおのずと興奮状態に移行していった。

 

「ここだな。人和、平気か」

 

「う、うん。わたしから言い出したことだし、大丈夫。こういう場所には来たことがないから、余計に緊張してしまっているんでしょうね」

 

 張梁の、口調だけは冷静だった。繋いだ手からは、かなり力んでいることが伝わってきていた。

 他の客と出くわしてしまう前に、扉を開けて中へと入る。二人っきりの空間になると、もう我慢することなどできなかった。

 

「それで、わたしどうすれば……。んっ……!? 一刀さ……んんっ、ちゅむ、はぷ……っ!?」

 

 後ろ手に扉を閉め、もう片方の腕で華奢な腰を抱き寄せる。ふわりと漂う女の香りが、興奮を掻き立てた。

 驚いたようだったが、嫌ではないらしい。被せるようにして唇を吸い上げると、その動きに懸命についてこようとするのだ。

 恐る恐る出てきた張梁の舌をつかまえ、口内に溜まった唾液をすすっていく。まるで、媚薬のようだ。どんどん、息が荒くなっていくのがわかる。

 ふと目を開けてみると、赤く染まった肌がすぐそこにあった。ぎゅっと目蓋を閉じて、口付けに興じてくれている。こうなることを、ずっと望んでいてくれたのだろうか。一刀は上機嫌に、張梁の短めな髪を撫でた。

 

「ぷはっ……。はあっ、ううっ、一刀さん……。ちょっと、いきなりすぎるんじゃない……?」

 

「だって俺たち、こういうことをするために、わざわざここに入ったんだぞ。だったら、全力で楽しまないと損だって。それにさっきのキス、気持ちよかっただろ?」

 

「キス……、というのは口付けのことかしら? 確かに、それは否定しないけど……、きゃっ」

 

 張梁の目線は整えられた寝台に向けられていたが、いまはそれすら煩わしく感じられた。

 体勢を変え、今度は背後から柔らかな肢体を抱きしめる。無防備なうなじに鼻先を埋ずめ、強くなった匂いを深く吸い込んでいく。恥ずかしそうによじる身体をまさぐり、初々しい反応を楽しんでいった。

 姉の張角に比べれば、かなり控えめな大きさの乳房だった。とはいえ張宝のことを考えれば、むしろひとり規格外なだけなような気もする。服の上から潰すように刺激していると、柔らかな肉がしっかりと押し返してきた。

 

「一刀さん、いやらしい触り方をするのね。んっ、なんだか……、変な気分」

 

「熱くなってきてるな、人和の身体。素肌を触ってなくても、よくわかる」

 

 胸をほぐすように愛撫してやると、反応した張梁の身体がもぞもぞと動く。すると、きゅっと引き締まった尻が左右に揺れ、男の敏感な部分を知らずしらずに昂ぶらせていくのだ。

 微妙な感触だったが、すっかり興奮してしまった脳内にはそれで充分だった。ズボンの前をぐいっと押し上げ、男根がテントを作っている。

 主張しすぎないように、くねる尻をついていく。幼気な少女に、いけない悪戯をしているような気分だった。それだけに、益々芯棒は高度を増していく。

 

「はあっ、ふうっ……。ね、一刀さん、もっと……して?」

 

「言われなくったって、そうするさ。可愛い人和のこと、もっとよくしてあげる」

 

「ん……、ああっ……!」

 

 服の内側に手を滑り込ませて、汗ばんだ肌を指で味わう。しっとりと吸い付くようで、いつまでも触っていたくなるような代物だった。

 張梁が、熱い息を吐いた。肌ばかり触れられているものだから、焦らされているように感じているのかもしれない。震える睫毛が、より強い性感を欲しているかのようだった。

 ほどよい大きさの乳房の下を、指でくすぐっていく。不満そうに膨らんだ頬が可愛らしい。ぷっくりとしたそこに舌を這わせながら、柔肉を持ち上げてみる。

 張梁から、小さく声がもれた。それほど強い刺激を与えたわけではなかったが、精神が高揚しているだけに、全身の感覚が鋭敏なものとなっているのかもしれない。

 もっと乱れた姿を見てみたい、と一刀は思った。乳輪の上、ぎりぎり触れるか触れないかの距離で指を走らせる。艶めかしい吐息。案外露出の多い普段着をはだけさせながら、音を立てて肩口を吸った。

 

「やあっ……。そんなにされたら、跡……、ついちゃうから」

 

「いけないか? 人和が俺のものだって、みんなに知ってもらえるじゃないか」

 

「だめ、恥ずかしいから……、うあっ!? んやあ……! そこ、気持ちいい……!」

 

 理性がまだ、残っているようだった。抗議の言葉を封じ込めるために、わざと放置していた乳頭をいきなり摘み上げた。背中を逸らせるくらいに張梁は感じており、可愛らしい嬌声が叫びとなって口から放出されている。

 まだまだ、壁を崩してやる必要があるのだろう。いい加減鬱陶しくなっていたズボンと下着を雑に脱ぎ捨て、天を向いてそそり立つ男根を露出させる。物音は気になっているようだったが、乳首からの快楽に表情を蕩けさせている張梁には見えてはいないはずだった。

 

「ひゃっ……!? あ、熱い……!? 一刀さん、これはなに……?」

 

「なにって、わからないのか。散々人和のお尻に擦られて、こんなに大きくされてしまったんだ。その責任、とってもらわないとな」

 

 初めて目にした男の勃起に、張梁は目を丸くしている。

 後ろから、太ももの間に男根を突きこんでいった。感じたのは、汗の湿り気だけではなかった。

 濡れた下着の表面から、じんわりと愛液が染み出している。試しに数回腰を揺すってみると、気持ちがよかったのか張梁は淫靡な声を発していた。

 

「これが、一刀さんのおちんちんなのね……? 指とは比べ物にならないくらいに熱くて……、んあっ……すごくいやらしい形をしてる」

 

「興奮してるのが、よくわかるよ。人和のおまんこから、やらしいお汁がどんどん溢れてくる。俺も、すごく気持ちいい」

 

 片方の手を乳房から離し、下着のなかを弄っていく。想像していた通り、そこはぬかるみになっていた。竿の部分で秘裂を擦り上げながら、指で敏感な箇所を探っていった。

 こりっ、とした感触。包皮に隠れた肉芽を爪の先で弾いてやると、張梁はもっとも強い反応を示した。

 

「ふっ、やああぁああああっ♡♡♡ な、なんなの、そこ……!? 頭のなかがびりびりって、わたしおかしくなってしまったの……?」

 

「そんなことないって。人和が可愛く感じてるところ、俺にもっと見せてほしいな」

 

 緩やかに腰を使いながら、秘唇の内部へと指を挿入していった。そうしている間にも、肩口には唇の跡がいくつも形成されていく。今ならば、動物がマーキングしたくなるのもよくわかる。愛しい人を、自分だけのものにしてしまいたい。膣内深くへの射精は、その最たる行為のような気がしてくる。

 滑った膣肉に、指をうまそうにしゃぶられてしまっている。時折びくん、と張梁の腰が動くのは、相当感じてしまっているからなのだろう。これだけ愛液を垂れ流してしまっているのだから、それも仕方のないことだった。

 

「ん、はあっ……。ほんとに、それだめ……っ。おちんちんも熱くて、もうなにも考えられない……!」

 

「うん、それでいいんだ。俺が受け止めていてあげるから、好きなだけ気持ちよくなればいい」

 

 頭を後ろに向けさせ、唇を貪った。熱っぽい口内を舌で蹂躙し、唾液を流し込んでいった。

 膣内に挿入しているときのように、尻に腰を打ち付けていく。乾いた音。防音構造などされていないだろうから、壁の向こう側にまで聞こえてしまうかもしれない。

 

「しゅ、しゅごい……っ♡ ぱんぱんって、わたしのお尻で、鳴らされちゃってる……!? ん、んぷっ♡、ぷはぁ、れろ……っ♡♡♡」

 

 興奮が最高潮にまで達している張梁は、少々呂律が怪しくなってしまっていた。それが嬉しくて、さらに快楽を引き出してやりたくなった。

 舌を絡ませながら乳首を転がし、固くなったクリトリスを愛撫しながら、男根で濡れそぼった割れ目を擦り上げた。それぞれが、女の快感を限界まで高めていっている。白かった肌は、どこも火照って夕焼けの如く赤く染まっている。美しい光景だった。

 

「綺麗だね、人和。いつでも、イッていいから」

 

「ほんと……? うれしい、うれしいの……! 一刀さん、ん……はあっ、一刀さん……」

 

「俺も、一緒にイクからな。人和のぐちょぐちょになったおまんこの感触で、射精するぞ……ッ」

 

 張梁は全身を硬直させたかと思うと、次の瞬間には大きく震わせてしまっていた。叫びにも似た甘い嬌声が、室内に鳴り響いた。

 膣内をかき混ぜていた指が、ぎりぎりと締め上げられている。相手が絶頂したことを確認してから、一刀は自身の欲望の欠片を解き放った。

 

「ううっ……、ひああぁあああああっ♡♡♡♡♡ なんなのこれ♡ 一刀さんのおちんちんから、どろどろした液体が飛び散って……!? これが、男の人の子種なの……!?」

 

 絶頂による疼きが残った張梁の腹部目掛けて、びちゃびちゃと精液を跳ねかけていった。淫靡な匂いを放つ精が、肌の火照りを促進しているかのようだった。

 ぎゅっと締め付けてくる太ももの圧力が丁度よくて、いくらでも射精してしまえそうである。一刀は荒く息を吐きながら、何度も腰を往復させている。自分の身体で気持ちよくなってもらえていることが嬉しいのか、張梁は腿の間を出入りする男根を恍惚とした表情で眺めていた。

 

「はあっ、はあ……っ。最高に、気持ちいい。人和の太ももの感触が、たまらないんだ」

 

「えへへ……。そっか、いいんだ。一刀さんが、わたしで気持ちよくなってくれているのね」

 

 後ろからはよく見えなかったが、張梁は身体に降り掛かった精液を指で確かめているようだった。濃厚な男女の匂いに包まれてる。床には精汁や愛液の染みができており、互いにどれだけ欲をぶつけあったのかが明確にわかってしまう。

 

「ん……、ふあっ……んくっ……♡ 挿れちゃうんだ、わたしのなか……。あれだけ子種を出したのに、一刀さんのこれ……、ちっとも小さくなっていないのね」

 

「当たり前さ。ここで萎えてたら、人和と最後まで繋がれないだろう? また次回、なんて言えるほど気が長くないよ、俺は」

 

 裸になった張梁の尻肉に男根を押し付けながら、膣口をさらにほぐしていく。挿入されることを期待しているためか、濡れ具合は充分そうだった。引き抜いた指には、ねっとりとした女の蜜が絡みついている。

 後ろから耳を甘噛みしてやると、張梁はぞくりと背中を震わせた。少しひんやりとした腹を撫で、手をさらに下へとやっていく。

 

「そんな、ひろげちゃ……、やあっ。そこ……くにくにってされると、すごく感じてしまうから……」

 

 可愛らしい抗議の声は無視して、愛液で潤んだ秘裂を左右に開いていく。粘液の音。感じるというそこを指の腹で擦りながら、股の間に男根の先を覗かせた。

 こちらの準備は、いつでも出来ている。むしろ、早く張梁の膣肉を味わいたくて表皮が疼き始めている。

 

「あっ、ほんとにすごく熱いのね……。これがいまから、わたしの中に入るんだって思うと、んんっ……♡♡♡」

 

「挿れちゃうよ、人和のおまんこに。とろっとろに愛液垂らして、こんなにチンコ欲しそうにしてるんだ。きっと、楽に入ってしまうはずだ」

 

 とはいえ、初めての交合には違いない。できるだけ、負担は軽くしてやりたかった。

 汗の浮かんだうなじを舌で愛撫しながら、開いた膣口に亀頭をぐっとハメてみる。想定していたよりも、遥かにすんなりと迎え入れてくれている。この調子であれば、変に痛がらせないまま奥まで到達できるかもしれない。

 

「ふ、太いのが入って……っ!? ああっ、はああぁああっ……。それに、おちんちん、こんなに硬かったんだ。なんだか、一刀さんの興奮が直に伝わってくるみたいで、んくっ……!?」

 

「気持ちよさそうだな、人和。喜んでもらえて、俺も嬉しいぞ……ッ」

 

 乳房を握る。すっかり勃起してしまった乳頭を指で転がし、乳肉と一緒に絞り上げていく。気持ちよさそうな反応を続ける張梁の様子を見ながら、男根をより奥へと進ませていった。

 奥をうかがうほどに、ぷりぷりとした肉襞が歓迎の意思を持って迎えてくれている。性事に慣れていない頃であれば、それだけで射精してしまえるような快感だった。

 臀部に力を込めることで、悦楽の波を強引に越えていく。ぬかるんだ内部を突き進むごとに、充足感が心に生まれていった。

 

「あ、んう……、いいっ……、来てる……っ! 奥、ごりって……!? ああっ、一刀さんのおちんちんに……、お腹の奥を無理やり押されてえ……!」

 

 きゅっ、きゅっ、と膣内が呼吸を繰り返すかのように蠢いている。張梁の表情は蕩けきっていて、体温の上昇からかトレードマークの眼鏡には曇りが見える。

 少し硬めの子宮口を、リラックスさせようと亀頭の先でノックしていった。未知の感覚に、身体がまだ馴染んでいないのだろう。張梁は時折うわ言のように甘く声をもらし、腰のあたりをひくつかせている。

 

「これ、なんなの……っ。さっき指でしてもらったのとは♡、全然違って……、ううあっ♡♡♡ 一刀さんにちょっと動かれただけでも♡、頭がおかしくなりそうなの……っ♡」

 

 感想を聞いた限り、どうやら痛みはなさそうだった。ならば、話が早い。

 張梁の片足を膝の裏から持ち上げ、男根に体重がかかりやすい状態にしていく。扇情的な体勢に興奮を高めているのか、開通したばかりの膣内は小さく痙攣を起こし始めていた。

 いやらしい子だ、と一刀は耳もとで囁いた。張梁はそれすらも、快感に変えているらしい。淫らに纏わりついた媚肉は自在に男根を絞り上げ、射精に導かんとしているのだ。気を良くした一刀は、下から突き上げるような動きで未熟な陰部を押し広げていく。

 快楽を得ていることが、ひと目でわかってしまう。わざとらしく音を鳴らして責め立ててやると、反応は一層よくなっていった。

 凹凸のある膣肉が、異物である男根を、愛おしむかのようにじっとりとねぶっている。思わず、腰が震えた。

 

「ふふっ、すごく楽しそうだな、人和。そんなに、これがいいのか」

 

 指で充血した陰核をこねる。白い部分がほとんどなくなった身体を力まかせに抱き、蜜壺を貪っていく。張梁が発すると、本能がむき出しになるはずのあえぎ声ですら美しかった。

 いまはただ、交わることの喜びを全身で覚えればいい。誰だって、はじめは快楽の大波にうっとりと酔いしれるだけだ。それがいつしか、相手を想いながら楽しむことに変わっていく。

 子を成したいとか、そういう堅苦しい思いはまだ不要なように感じられてしまう。無論、流れのなかでそうなったのであれば、責務を果たそうという覚悟はある。

 しかし、これはもっと単純な話しなのだ。愛したい女が、目の前にいる。交合に及ぶ理由など、それひとつあればいいではないか、と一刀は強く心で叫んだ。

 男根を奥深くに突き刺すと、官能的な痺れが下腹部を伝わって身体全体に拡がっていく。生きている。ここに、存在できている。血の昂りは、戦場で武器を振るっているとき以上かもしれなかった。

 

「もっと、人和の声を聞かせてくれ。俺の前なら、いくらでも乱れていい」

 

「うん、うん……っ! もう、なにも考えられないの……。んぐっ……、入口擦られるのも、奥たくさん突いてもらうのも、全部好きなの……!」

 

「俺も、人和のことが好きだ。もっともっと、一緒に気持ちよくなりたい」

 

「わたしも、大好き……! 一刀さんが、いまはわたしだけを見てくれてるって、そう思うと……んあっ!?」

 

 張梁からの、情熱を感じていた。

 体位を変える。正面から抱き合い、唇で愛を確かめあった。触れ心地のいい尻をぎゅっと揉み込みながら、膣の浅いところを何度も擦り上げた。疼きが拡がっていく。

 感じる箇所が擦れ合う度、張梁の声がうっとりとしたものに変わっていった。何度も、何度も名を呼ばれた。呼び返し、膣内を蹂躙する。絞り上げる力は、段々と強くなってきていた。

 この鞘は、きっと手放せなくなってしまう。突き上げを受け止めている膣肉が、男根に合わせて形を柔軟に変化させていく。日を開けてまた交われば、馴染みはさらに深くなっていることだろう。

 

「ほしい、ほしいの……。一刀さんの精液を、お腹の奥で感じたい。わたしの全部を、一刀さんで染めてほしいの」

 

「んっ、ちゅう……。いいよ……、また、イキそうなんだな。今度はたっぷり、人和のなかで射精するから」

 

 部屋の壁に背中を預けさせ、激しく腰を揺さぶっていく。飛沫のように舞う愛液で、下腹部はずぶ濡れになっている。

 子宮口。なんとなく、降りてきているような感覚があった。最奥にぶつけると亀頭を甘く吸われ、脳内が射精してしまいたいという欲望で溢れていく。

 だが、まだもう少しこの膣圧を味わっていたい。気合を入れ直し、丹田に力を込める。さながら、真剣を振るう気持ちだ。頭の中に蔓延る弱気を一掃し、蕩けた秘穴に全力で灼けたような男根をねじ込んでいった。

 見るからに、張梁は幾度も軽い絶頂を繰り返していた。乳房も相当敏感になっているようで、限界まで張った乳首を指で潰すとそれだけでも達してしまうくらいなのである。

 

「んっ♡ あうっ、また……奥ばかりそんなに突かれて!? やあっ♡ はうっ……、んんっ、ああっ♡」

 

 狂ったように頭を振る張梁。一段と大きく膣圧が痙攣し、男根に吐精をせがんでいるようだった。

 脳髄が灼ける。意識を飛ばしてしまいそうになる張梁の身体を強引に起こし、最後の最後まで快楽を与えていった。疼きはもう、限界を越えている。膣肉と溶け合い、混ざりあった亀頭にはぼんやりとした感覚が生まれている。

 

「イク、イッちゃう……! 一刀さん、一刀さん……ッ。ひゃあ……!? はひっ、もう……うう……ああぁああああぁあああ♡♡♡♡♡」

 

 がくん、と絶頂に至った張梁の腰が落ちてくる。押しつぶされるような形の中で、亀頭を子宮口に密着させる。

 ほとんど、叫びのようだった。女体を壁に追いやりながら、男根を思いっきり突き刺していく。溢れ出る精液に、感情のすべてが乗り移っていた。ひたすらに熱かった。灼けつく精液を浴びせられた張梁の子袋は、悦びに打ち震えていた。いつまでもやまない快感に、利発そうな眉が歪んでいる。

 唇を合わせ、唾液をたっぷりと口内に送り込んでいった。張梁は嫌がるどころか、嬉しそうにそれを飲み干していっている。体内のほうでも、そうなっているのだろう。絞るような動きをされ、射精したばかりの敏感な亀頭を吸われている。これでは、弛緩させている暇などない。もう一度子種の塊を送り込みながら、一刀は肌の熱さを楽しんでいる。

 ふと、整えられたままの寝台が目に映った。よく考えてみれば、ほとんど入り口でなにもかも済ませてしまっていた。床には染みを作ってしまっているから、寝台くらいは綺麗なままにしておいてやろうか、という思考がよぎる。

 

「あ、ああっ♡ わたし、わたし……い♡」

 

 頭を抱き寄せられる。まだまだ、口づけをしたいようだった。膣内に埋もれた男根は、完全に硬さを取り戻して余力を誇示している。とはいえ、多少はゆっくりと余韻を味わいたい気持ちもあった。

 

「やっぱり、使わせてもらおうか」

 

「ひゃっ、また違う場所が擦れて……っ」

 

 挿入したまま、張梁の軽い身体を持ち上げる。可愛らしく驚いている口を塞ぎながら、寝台のほうへと移動していった。結合部からこぼれた粘液が、新たな染みを作っている。

 寝台の端に腰を降ろし、膝の上に張梁を乗せた。深々と刺さった男根が、うねる媚肉によってにちにちと刺激されている。

 全身に気合が漲っていく。その気になれば、一晩中でも性交を続けることができるだろう。しかし、ここでは時間が限られている。

 

「きて、一刀さん。んっ、んちゅる……、ぷはっ……んむっ」

 

 上気した顔で見つめられると、どこまでもその気になってしまう。淫らに色づいた柔肌を求め、一刀は力強く頷くのだった。



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 闇が空間を覆っている。湿り気を含んだ風が、一迅通り抜けた。

 辺りに、人気はほとんどなかった。丁度、民家からは距離がある道だった。虚空の如き空間。その隙間から、時折なにかの姿が覗いていた。地面には、気を失った男が二人うずくまったままだ。それぞれ、額を赤く腫らしている。そばに転がっている(つぶて)を受け、気絶させられたようである。

 そしてもうひとり。北郷一刀は、闇夜に目を凝らしながら殺気を放っていた。

 

「何者だ。俺に、一体なんの用がある」

 

 愛刀を抜き放ち、一刀は虚空に向けて問いかけている。返答があれば、相手の位置をざっくりとでも知ることができる。それを見透かされたかのように、返事はどこからもなかった。

 荒い息遣い。鼻先から、血が一筋流れ落ちている。

 一瞬の邂逅だった。護衛が無力化されたかと思うと、すぐに飛び込んでくる影がひとつあった。そのとき、剣士としての本能が働いたのかもしれない。繰り出される刃をギリギリのタイミングでかわし、皮膚を一枚斬られただけで難を逃れることができたのである。

 

「ちっ」

 

 唇まで達した鮮血を、舌で拭う。苦味が走る。だが、それは(せい)の味でもあった。斬られた跡が、ちりちりと痛む。一瞬気を抜けば、すぐさま死がやってくる。肌がひりつくような感覚。一刀は腰を落とし、じっと周囲の暗闇に注意を向けた。地面に落ちた篝火は、弱々しく周囲を照らしているだけだった。

 これは、まともな闘いではない。襲撃者にとって、自分は恐らく獲物なのだろう、と一刀は直感的に悟っていた。肺にたまっていく空気すら、異様に重い。それに相手は、この暗さを物ともしていないようだった。そういう手合にも、とうとう狙われるようになったか。身に覚えはなかったが、太守の地位とはそういうものなのかもしれない。

 どこかの豪族が、新しい領主が気に食わないから、と刺客を差し向けてきた可能性すらあるのだ。これまで楽進からは散々、護衛をもっとつけろと言われてきた。せめて、夜道の移動くらいは気をつけるべきだったのか。だとすれば、人数を借り受けるためにも相談する必要がある。楽進と同じくらい、関羽に怒られてしまうかもしれない。性質上、人一倍責任感が強い女性である。最悪の場合、泣かれてしまうかもしれない。あまり情けない姿で対面するというのも、嫌だった。そのためにも、上手くこの場を切り抜ける必要がある。一刀は、なにひとつ諦めてはいなかった。

 

「どこからくる、狐め」

 

 鼻先を斬られた瞬間に、相手が狐の面をつけているのが見えていた。闇夜に浮かぶ、白い狐面。なんとも、不気味な存在でもある。

 いつまでも呼吸を止めているわけにもいかず、一刀は肺を緩ませて息を吐いた。その緩みを、待っていたのだろうか。じゃり、っとほんの僅かにだったが地面を蹴り上げるような音がした。

 身体の左方向からやってきた凶刃に反応し、愛刀で受けて立つ。狐面の襲撃者は、両刃の直剣を使っていた。鍔迫り合い。擦りあった刃が、不快な音を奏でていた。

 

「どうして、俺を狙った。誰かに頼まれでもしたのか」

 

 狐の面を睨みつけた。時間を稼ぎさえすれば、救援に駆けつけてもらえることもあるだろう。とにかく、ここは耐えて持ち堪えるべきだ。

 

「そうだな。天の御遣いを殺ってくれ、とだけ頼まれた。だからわたしは、ここにいる。殺しをするのに、それ以上の理由なんていらない」

 

 思いがけず、初めて返答が返ってきた。

 女の声。ひどく平坦で、感情はどこにもなかった。

 

「雇われの殺し屋、ってところか。悪いが、やられる気はないぞ」

 

 剣圧で押し、一刀は相手から距離をとろうとした。この女がその道の人間であれば、どんな手を使ってくるかわかったものではない。姿が見えなくなるのは厄介だったが、接近しすぎているのもそれはそれで危険だろう。

 だが、するりと押し合いを抜けた女は、巧みに身を縮めて下から斬撃を繰り出した。後ろに跳躍しようとしたが、間に合わない。右腕に痛みが走る。いつもの学生服を身にまとっていなくてよかった、と思ってしまうのはいささか呑気がすぎるのだろうか。袍はばっさりと切り裂かれ、そこから血が滴り落ちている。

 

「終わりだ」

 

 女の声が、冷淡に響く。どうやら、つぎで自分を仕留める気でいるらしい。

 痛みによって動きが鈍る腕で、どこまで対応できるのだろうか。神経を研ぎ澄ますが、相手の位置をつかめないままでいる。なんとか一撃でもいれなければ、このまま押し切られてしまうのは確実である。

 後方で、なにかが跳ねたような感覚があった。振り向き、刀で受けようとする。足もとにある篝火の明かりで、狐の面が一瞬だけ浮き上がった。

 

「くっ……」

 

 全身が総毛立つような殺気。このままでは、殺られてしまう。なんとなくだが、そう思わされてしまった。

 刃が飛び込んでくる寸前、別の方角から誰かがやってくるような気配を感じていた。味方か。ほとんど縋るような気持ちで、一刀は叫んでいた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 尋常ではない速度で、小さな体躯が女との間に割り込んできた。同時に、武器を打ち合う音が大きく鳴り響く。

 この危地に駆けつけてきたのは、大斧をかついだ徐晃だった。空間ごと斬り裂いてしまえそうな大きな得物が、暗殺者の刃を押し返している。これならば、なんとかなる。肺を震わせながら、一刀は深々と息を吐いた。

 冀県に来てからは、それぞれ屋敷を持つようになっていた。何人かでまとまって生活をしている屋敷もあったが、一刀は誰かと暮らすわけにはいかなかった。とはいえ、ほぼ毎日来客はある。

 干渉するようなことでもないので口は出さなかったが、女性陣のほうで不満がでないように訪問の順番を決めているようだった。いまやって来た徐晃とは、たまたまこの夜を過ごす予定だったのである。そのことが、今回はよい方向に働いていた。

 

「お兄ちゃん、平気? あっ……、血が……」

 

 一刀の痛々しい姿を確認した徐晃は、じんわりと瞳を潤わせてしまっている。さすがにこれでは不利だと判断したのか、数合打ち合っただけで女はこの場から消え去っていた。

 また来る。女によって残された言葉が、一刀の肩に重石のごとく乗りかかっていた。

 

「ごめんね、シャンが遅くなったから……」

 

「そんなことないって。香風には、感謝してもしきれないくらいだ。とにかく、屋敷に戻って防備を固めよう」

 

 未だに気絶したままの兵を一人ずつ担ぎ、太守の屋敷まで早足で向かっていく。緊張感はあったが、いまは徐晃が側にいてくれている。これではあちらも迂闊に手出しはできないだろう、と一刀は考えていた。

 屋敷に戻ると、使用人を伝令にして配下を招集した。あまり偉ぶりたくはないと初め一刀は思っていたのだが、郭嘉たちに雇用を生み出すことも太守としての仕事だと説得され、使用人を数人雇い入れていたのである。

 呼び出したのは、郭嘉と程昱。それに武官からは、関羽、楽進の両名である。普通であれば兵を動員して屋敷の周囲を守らせるのであろうが、それでは太守になにかあったのだと喧伝しているようなものである。

 

「お呼びとのことでしたので、楽文謙参上仕りました。隊長、入室してもよろしいでしょうか」

 

「ああ、よく来てくれた。入ってくれ」

 

「はい、それでは。あ……、え……? 一刀さん……?」

 

 呼び出しの際、使用人に余計なことは伝えるな、と釘を差してある。寝台に座って治療を受ける一刀の姿を見た楽進は、思わず絶句してしまう。

 

「屋敷までの帰り道に襲われたのだ、ご主人様は」

 

 先に到着して事情を聞かされていた関羽は、つとめて落ち着いた口調で経緯を説明した。関羽とて、決して心中穏やかなわけではない。それでも、武官を束ねる者としての自覚が、なんとか動揺を押し留めているのだろう。現在、徐晃は屋敷の外周を警備している。これ以上は、絶対になにもさせない。纏った闘気が、そういった覚悟を滲ませていた。

 

「凪につけてもらった兵たちは無事だ。俺も怪我はさせられたけど、この通りだから」

 

 蒼白として言葉を失ったままの楽進を案じて、一刀は手足を動かしてみせた。痛みはあったが、どうにでもなる範疇のものではある。それでも、楽進の表情は晴れなかった。

 

「隊長を守りきれなかったのは、自分の部下の失態でもあります。ですから如何様にでも、罰してください」

 

「……ははあ、やはりご主君さまの仰られていた通りになってしまいましたねえ」

 

「茶化さないの、風。それだけ凪は、一刀さまのことを大切に思っているのよ」

 

 一刀の傷を治療していたのは、参軍のふたりだった。趙雲たちと旅をしていた時の経験が、いまになって活きている。知識としても当然持ち合わせていることだったが、応急手当くらいはお手の物だった。

 傷口をきれいな水で洗って、止血用の布を巻いていく。主君のことを心配はしていても、この場で感情を表に出すことはない。それだけに、一刀も落ち着いて話しをすることができる。

 

「いいか、凪。今夜のことは、警備を甘くしていた俺にも原因がある。だから、あんまり自分のことを責めるな」

 

「はっ……、隊長。ならば、不意な襲撃にも備えられるよう、調練の内容にも変更を加えようと思います。自分にできることといえば、それくらいですから」

 

「うん、それでいい。いま考えるべきなのは、これからのことだ。そうだろ、稟」

 

「はい、一刀さま。……これは明朝ご報告しようとしていた案件なのですが、襲撃に関係があることかもしれません」

 

 腕の傷に布を巻き終わった郭嘉は、立ち上がってそういった。なにやら、内々につかんでいた情報があるらしい。

 民政などにあたらせる傍ら、郭嘉には諜報を取り仕切らせてもいた。使っている間者は両手の指に満たないほどであったが、郡ひとつだけの現状であるからなんとかなっている。

 

「ここ数日、何者かによって女が殺される、という事件が発生しています。二日前にも、天水において死体が発見されたようです。この城下ではそういったことはありませんが、時間の問題かもしれません。それに女が殺された村には、決まって天の御遣いが現れたというのです」

 

「なんだと。ご主人様が冀県を離れていないことなど、我らが一番よく知っている。天の御遣いを名乗る不敬者がいるというだけでも許しがたいが、殺しまでやってのけるとは」

 

 郭嘉の報告を聞き、関羽が真っ先に怒りの声をあげた。到底、捨て置いていい話しではない。郡全体に事が及んでしまう前に、下手人をなんとかする必要がある。

 

「そういうことか、稟。俺を襲った女は、どこかで殺されたひと、もしくはその関係者に会って依頼を受けた。あいつは豪族なんかの刺客ではなく、個人的な恨みを晴らそうとしてやっていた。だとすれば、いい迷惑ともいえるな」

 

「ある意味では、自業自得なのかもしれませんねー。これだけ美少女をお側に侍らせているのですから、間違われても仕方がないのかもしれません」

 

「冗談を言っている場合ではないでしょう、風。この件、早急にかたをつけなければなりません。わたしのほうでも犯人を追ってはみますが、愛紗殿たちにも協力をお願いしたいと思います」

 

「ああ、無論だ。ご主人様の御名を傷つけようとする輩など、放っておけるわけがなかろう。騎馬の調練という名目で、明日からは広く当たってみようと思う。なるべく、下手人には勘付かれぬようにな」

 

「自分のところには、方々から新人が多く入ってきています。そこからなにか掴めたことがあれば、すぐに知らせに上がりましょう」

 

 一刀は頷き、狐面の女のことを思い浮かべた。

 自分が探していた標的ではないとわかってもらうことさえできれば、協力し合うことだってできるのかもしれない。受けた剣には痛みを与えられたが、川底の泥のように薄汚れた粘っこさはなかったように思える。

 こちらに引き込んでしまうことができれば、あの隠密の技は心強いものとなるだろう。

 

「みんな、頼んだぞ。俺は明日から、軍の調練に出ようと思ってる。屋敷に閉じこもってたら、襲われて大怪我を負わされた、なんて変な噂が流れないとも限らないしな」

 

「それは良きお考えですが、出歩かれるときは必ず誰かお付けくださいねー。一度しくじったとあって、お相手も必死になってくることが考えられますので」

 

「わかってるよ、風。そっちの意味でも、ひと目が多い場所にいた方がいいだろうから」

 

 程昱の頭を、軽く撫でる。きゅっと握られた小さな拳から、思いは理解しているつもりだった。

 

「ならば方針も決まったことですし、ご主人様はそろそろお休みください。我らが近くにいる限り、指一本触れさせはしませんから、どうかご安心ください」

 

「助かるよ、愛紗。そうだ凪、香風になにか差し入れをしてやってもらえるか。帰ってきてから、ずっと気を張っているだろうから」

 

「わかりました。でしたら、少し厨房をお借りしますね」

 

 一刀から命を受けると、楽進は足早に厨房へと向かった。納得はしているが、やはり気に負うところがないわけではない。そういうときは、身体を動かすのがなによりの薬だった。

 

「お、撫でてくれるのか」

 

「ご気分はいかがでしょうか、ご主君さま」

 

「気持ちいいよ、風。しばらく、そうしておいてもらえるかな」

 

 程昱にこうしてもらうのは、初めてではないような気がしていた。ずっと穏やかに撫でられていると、それまで張り詰めていた心が解きほぐされていくようでもあった。



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 襲撃の翌朝。北郷一刀は、傷の痛みとは別の感触によって目を覚ました。

 左右から、じんわりとした温もりを感じている。ほのかに、自分のものとは違う香りも漂っている。首を振ってみれば、愛しい二人の顔がそこにあった。

 楽進と郭嘉。結局、昨晩は離れたくないという思いが勝ったようである。大きめの寝台ではあったが、三人で寝るには少々手狭でもあった。だから、余計に密着して眠ることになったのだろう。

 眼鏡を外し、髪を解いた無防備な姿。いまだ熟睡している郭嘉の頬に触れ、一刀は何度か指を動かした。肌には、その吐息すら感じている。

 

「ん……、一刀さま」

 

 しばらくすると眉根を寄せ、郭嘉は渋面を作りはじめた。なんだろう、と思いつつ一刀は耳を澄ませる。寝言に聞き耳を立てるというのは、あまりいい趣味だとはいえないのかもしれない。とはいえ、いまは真横にいるものだからどうすることもできなかった。

 

「あまり、御無理をされないでください……。あなたの傷つくところなどわたしは……、ううっ……。ですから、御身の大切さを、もっとよく……。ん……、っ……」

 

「ごめんな、稟。でも、ありがとう」

 

 思わず、頭を抱き寄せてしまう。苦悶しているかのように絞り出されていた声は消えていき、穏やかな呼吸が再開されていく。せめて、こんな朝くらいは穏やかな時間を過ごしていたい。そういった気分で、一刀は郭嘉の柔らかさを感じていた。

 

「一刀さん」

 

「起きていたのか、凪」

 

 背中に、ぐりぐりとなにかを擦り付けられているような感覚。日頃一歩引いていることの多い楽進にしては、珍しい行いだなと一刀は口元を緩ませた。

 

「斬られた箇所は、痛みますか」

 

「ン……、多少はな。凪と稟が側にいなければ、いまごろ涙で枕を濡らしていたところだ」

 

 冗談を言ってのける一刀。楽進はその声色に安堵したのか、さらに額を広い背に埋めていった。

 

「自分が傷を引き受けることができたらどんなにいいか、そんなことばかり考えてしまいます。それに、偽物の天の御遣いだって……。一刀さんのその名には、たくさんの覚悟や、みんなの志が込められているのだと思います。それを誰とも知らない者に使われて、あまつさえ命まで狙われてしまうとは。自分には、到底許せることではありません」

 

「凪……」

 

 楽進の腕に、じわりと力が込められていく。治りきっていない傷跡から、痛みがゆっくりと拡がっていった。

 天の御遣いを騙り罪を犯した人間には、相応の報いを受けさせる必要があるだろう。それは自分のためであり、慕ってくれる仲間のためでもある。ともかく、所在を突き止めることが先決だった。

 

「お兄ちゃん、入ってもいい?」

 

 部屋の外から、徐晃の声が聞こえていた。恐らく、一晩中警固の役目を果たしてくれていたのだろう。

 いまも関羽は屋敷の外周で目を光らせているのか、その姿は見えなかった。

 

「寝てないんだろう、香風。こっちにおいで」

 

「うん。愛紗には休憩しろっていわれたけど、眠れなかった……」

 

 普段しっかりと睡眠をとっている徐晃だけに、表情にも疲れがいくらか見えている。

 本当であれば、昨日は徐晃を伴ってのんびりと過ごすはずだったのだ。一刀は悪いと思いながらも郭嘉を起こすと、寝台に胡座をかいて小さく手招きをした。

 

「まだ時間は平気だから、少し寝ていけばいい。今日一日は、香風と鈴々についてほしいと思っているから、元気でいてもらわないとな」

 

「んー、それなら」

 

 徐晃は寝台に上がると、おもむろに一刀の膝へ頭を預けていった。どうやら、そのまま眠るつもりでいるらしい。

 

「シャン、お兄ちゃんのここで寝たいかも。だめ……?」

 

「いいよ、もちろん。凪、しばらくしたら鈴々を呼んできてもらえるか」

 

「わかりました、隊長。わたしも、愛紗さんと交代できるようにしておきます」

 

 しばらく髪を撫でていると、徐晃は可愛らしい寝息をたてはじめた。精神的な部分に疲労がたまっていたのだろう。見るからに気持ちよさそうな寝顔であり、釣られて飛び出しそうになった欠伸を一刀は必死になって飲み込んだ。

 

「わたしも一度、戻ろうと思います。いくらでも寝てしまう子ですから、キリのいい時間で起こしてやってください。それでは、一刀さま」

 

「わかってるよ、稟。それじゃ、またあとで」

 

 

 

 

 

 

 川の水流に剣を潜らせ、濡れた刀身を布で拭っていく。気持ちのいい朝日に照らされ、刃は煌めいていた。

 その持ち主たる女。名を、胡車児(こしゃじ)という。腰まで届く赤毛を後頭部で結び直し、得物のついでに冷えた水で顔を清めていっている。

 洗いながらに思い出しているのは、昨夜襲った天の御遣いのことだった。

 確かに、御遣いを殺してくれと頼まれはした。偶然とはいえ、出会ってしまった頼み人なのである。街道に横たわり、血を流して死にかけていた女。その口から、下手人の名を聞いていた。

 

「むう……」

 

 懐の中に手を入れると、チャリチャリと金属の音がする。受け取った頼み料。正直に言って、郡の太守を狙うには少なすぎる金額ではあった。それでも、恨みの込められた金には違いない。

 裏稼業をやりはじめてから、もう何年になるのだろうか。殺しても殺しても、悪人は雨後の竹の子のようにいくらでも湧いて出てくるのである。義憤から開始した裏の仕事だったが、いまではどうなのだろうか。食いっぱぐれがないことはありがたかったが、自分はそれでいいのだろうか。

 世の中が何も変化しないことに、嫌気が差してきているのかもしれない。日に焼けて浅黒くなった肌から、水滴が滴り落ちている。それを拭うことすら忘れ、胡車児は殺しの的のことを考えずにはいられなかった。

 

「少し、事を焦りすぎたのかもしれないな」

 

 胡車児の追う天の御遣いというのは、犯した女を何人も殺しているような男だった。その名を求めて、この冀県までやって来たのである。新たに漢陽郡に赴任した太守は、民草の間にすら様々な噂が立つほど女好きなようだった。

 

「向こうは相当、警備を厳重なものとしてくるのだろう。上手くやったとして、相討ちに持ち込むのが関の山か」

 

 そろそろ、年貢の納め時が来ているのだろうか。どうしても、考えが暗い方向へといってしまう。

 

「やめだやめだ。とにかく、監視は続けなくては」

 

 ようやく顔を拭き、胡車児は立ち上がった。黒い袍が翻ったかと思うと、あとには影すら残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 冀城から数里離れた原野では、北郷軍の兵たちが駆けずり回っていた。明らかに、隊列にも乱れが見えている。それというのも、将である張飛がいつも以上にやる気を出しているせいであった。

 感情が昂ぶっていくままに、調練も激しさを増していく。全力で駆けさせ続けたあとには、自ら相手になって兵を打ち据えていくのである。当然、誰も本気となった燕人張飛に敵うはずもない。そんな調子では、意味のある訓練ができようはずがなかった。精神的に少々幼い部分があるだけに、張飛は自身を律しきれていないようなのである。

 

「まずいな。あのままだと、兵が潰れてしまうだけだ。香風、ひとまず鈴々をなだめてきてもらえるか」

 

「……いいの、お兄ちゃん。シャンが離れたら、守れなくなっちゃう」

 

 小高い丘の上。そこからであれば、張飛軍の動きもよく観察することができている。床几に腰掛けた一刀は、隣りにいる徐晃に張飛を止めてくるように頼んでいた。

 

「すぐに戻ってきてくれるんだろう? どうせなら、鈴々もこっちに呼んできてくれたらいい。なにか食べてお腹がいっぱいになれば、鈴々も落ち着くだろうから」

 

「む~、わかった。お兄ちゃん、油断しないでね。シャンも、急いで帰ってくるようにするから」

 

 一応、周囲には兵が百ほど控えているのである。それだけの壁が存在していれば、おいそれと相手も仕掛けることができないことくらい徐晃だってわかっている。それでも、心配なものは心配なのである。

 一方で、護衛対象のはずである一刀には別の予感があった。間違いなく、あの狐の面の襲撃者は、この場にまで来ているのだろう。恐らく、徐晃が側にいたままでは出てこようとはしないはずだ。だからあえて、張飛を呼びに行かせたともいえる。

 

「いるんだろう、狐の。ちょっと、話したいことがあるんだ。手出しはさせないから、出てこいよ」

 

 まるで、虚空に向けて話しかけているような感覚だった。無視されても、当たり前な提案ではあるのだ。ただ、相手が応じてくればそれは大きな切欠にもなるだろう。

 ふと、後方で草を踏むような音がした。さすがに、無警戒でいるわけにはいかない。愛刀の鞘を地面に突き立て、すぐにでも抜刀できる状態で一刀は胡車児のことを待った。

 

「変わった男だな、お前は。これでは、むざむざ殺してくれと言っているようなものだぞ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう。そもそも、お前だって武器を抜いてないだろう? ようするに、気になることがあるってことだ」

 

 静かに現れた胡車児を見つめ、一刀は目を細めた。美しい女である。探るような鋭い目つきをしているが、それが気高さを増しているようだった。

 

「驚いたな。今日は、あの面はつけなくていいのか」

 

「ああ。いまは、お前を殺しに来たわけではないからな。だから、面などいらん」

 

 変わった暗殺者だ、と一刀は思う。口の部分だけは布で隠してはいたが、おかしな部分で誠実であろうとしているのである。

 周囲の兵が、段々とその姿に気づきだしたようである。一刀はざわつきを鎮めると、胡車児に向けて話しかけた。

 

「面をつけないっていうなら、呼び名を変えないといけないな。よければ、名前を聞きたい。俺は北郷、北郷一刀だ」

 

「ふっ、いいだろう。拙者は胡車児。姓は胡、名は車児だ」

 

「わかった。早速だけど胡車児、お前が狙うべき相手は俺じゃない。まだ足取りを掴めていないんだが、天の御遣いを騙っている奴がこの郡内にいる。そいつこそが、女殺しの犯人だと俺たちは見ている」

 

 一刀の言には、取り繕うような雰囲気は微塵もない。怪しげなところがあればすぐにでも剣を抜いてやろう、と胡車児は考えていたのだが、聞き入ってしまっている自分がいることに驚きを隠せなかった。

 

「それをこちらに教えて、お前はどうしたいというのだ。まさか、手を引けなどとは言うまいな」

 

「そうじゃない。ただ、何もしていないのに狙われるのは迷惑だからな。みんなにも、心配をかけてしまう」

 

 一呼吸置いて、胡車児の瞳を見つめ返す。濁りはない。しかし、迷いがある。そういう風に、一刀からは見えていた。

 

「俺たちに協力しろ、胡車児。お前の力があれば、偽物だって早く見つけることができるはずだ。形式にこだわりたいのなら、金を払ってもいい」

 

「……どこまでも、おかしな男だ。だが、その申し入れは拒否させてもらう。これはあくまでも、拙者が晴らしてやるべき恨みだ。お前のいうように別の天の御遣いがいるのであれば、調べ上げてそちらを殺す。いまいったことに偽りがあれば、お前を殺す。ただ、それだけのことだ」

 

「この国は、もっと根本から変わっていく必要がある。お前にだってそれはわかっているはずだ、胡車児。ひとりふたり消したところで、大勢が変わることはない。俺はそう思っている」

 

「その言葉は覚えておこう、北郷。今日のところは、これまでにしておく。ただし、邪魔立てはするな」

 

 胡車児の姿が、一瞬にして消えていく。丘の下。ちょうど徐晃が、張飛を連れて帰還してきているようだった。さすがに洞察力には優れているな、と一刀は女の顔を思い描きながら感服している。

 明らかに、手応えはあったといえるだろう。懐に引き込むためには、もうひと押しといったところか。額に一筋浮かんだ汗を指で拭いつつ、一刀は床几から立ち徐晃と張飛を出迎えにいった。



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十一(周倉)

 胡車児(こしゃじ)による襲撃から、さらに数日が経過していた。このところ、関羽の軍団は連日のように城を発っている。冀県周辺を駆けめぐり、なにか手がかりになるようなものはないかと方々を当たっていた。

 夜。屋敷を訪れてきたのは、周倉ひとりだった。内々の報告である。そういうことは、寝所で話すことが多くなっていた。

 

「俺によく似た姿の男がいた、か。それほどだったのか、周倉」

 

「はい、それはもう。んっ……、御大将(おんたいしょう)が天からいらしたお方でなければ、生き別れの兄弟なのではないかと勘ぐってしまうほどでした。雲長さまもご覧になられたのですが、あの方ですら驚かれるほどで」

 

 おかしな因果だな、と思いながらも一刀は周倉の小さな身体を抱え上げた。胡車児にやられた傷は多少痛むものの、こと女を抱くとあれば話は別である。

 肩にかかった周倉の黒髪を撫でる。これまで幾度か夜を共にしてきた仲ではあるが、周倉はいつまでも初心な反応を見せていた。たどたどしい唇の吸い方。弱々しく差し出された舌を絡め取ってやれば、可愛らしい喘ぎが小さな口から漏れ聞こえてくる。

 

「それで、人はつけてあるのか? まだそいつが犯人だって決めつけることはできないけど、怪しいのは確かだろう」

 

「はい、わたしの部下を何人か残してきてあります。こちらに来る前に奉孝さまにもお伝えしてあるので、諜報に長けた者も向かっていると思います」

 

「そうか、よくやってくれた。これだけ続けて殺しをやっているんだから、何日も我慢するなんてことはできないはずだ。明日からは、俺も出向くことにする。天の御遣いとして、放っておくわけにはいかない」

 

 不意に、小ぶりな乳房を握る手に力が入ってしまう。思わぬことに、大きな声をあげる周倉は鳴いた。

 

「悪かった。周倉、ほら」

 

「平気です……。んっ、はむっ、ちゅう……」

 

 謝罪の意思が込もった口づけを受け取り、周倉は甘く声を震わせる。

 脳内が興奮で満たされていくごとに、全身に活力が漲ってくるのである。それに呼応していくように、周倉の肌もまた赤く色づいていった。

 互いに服を脱ぎ捨て、抱き合ったまま横になり肌を擦り合わせていく。身体全体で熱を感じられる瞬間が、周倉は好きなようだった。

 

「できれば、この件は俺自身の手で決着をつけたいと思っている。胡車児、先日の襲撃者も黙ってはいないだろうけどな」

 

「こしゃじ……? ははあ……なるほど、わかってしまいましたよ、わたし。御大将は、その者すら懐柔してしまおうとお考えなのですね。その御目に留まったということは、かの者は女性でしたか」

 

「別に、それが基準なわけではないんだけどな……。間違いなく反対されるだろうから、稟や愛紗にはしばらく内緒だぞ」

 

 絡み合った男女の性器が、粘液によって怪しい光を放っている。

 そろそろ挿れても大丈夫だろう、と一刀は周倉の薄い臀部へと手を伸ばした。肉々しい触り心地ではなかったが、しっとりと汗ばんでいて指に吸い付いてくるのである。

 

「挿れるよ、周倉。力を抜いておいて」

 

「は、はいっ……。う、ああっ……ふと……いのが、ぁあああ」

 

 キツイ窄まりの中を、最大まで膨らんだ男根が駆け抜けていった。濡れ具合からすれば問題はない。それでも、周倉は初めての頃のように身体をよじって挿入を受け止めていた。

 初々しいその姿を見ているだけで、欲望に火がついていく気がしていた。己の形に馴染んで拡がっていく内部を、何度も何度も突き上げていく。

 騎乗位の体勢で荒々しく突き上げられ、周倉は半分気を失いかけていた。それでもなんとか手を握り、意識を留めようとしているのである。

 それから如何ほどの時が経ったのだろうか。室内に、女の嬌声が響き渡る。周倉の狭い体内は、すっかり濃厚な雄の汁で満たされているのだ。交合が始まってから、どちらも精神は高潮し続けていた。肉のぶつかり合う音。収まりきらない精液によって陰部は汚れ、粘っこい感覚を生み出している。

 

「はあっ、はあっ……。これ、すごいんです……! 御大将の御槍(おやり)が、いつまでも固いままで……!?」

 

「もう少し付き合ってもらうぞ、周倉。お前の中、どれだけしても締め付けが緩まなくて止められないんだ」

 

 周倉を抱きしめる。一刀はそのまま、密着した状態で腰を打ち付けていった。

 脳内が再び沸き立っていくようだった。劣情を受け止める側の周倉もそれは同じで、ぎゅうぎゅうと膣で男根を絞り上げていっている。

 いつまで、それが続いたのだろうか。気づけば二人して眠っており、朝日が上がってしまっていた。

 わずかに重みを感じる肉体とは裏腹に、思考はすっきりと定まっている。周倉を起こすと、一刀は袍を纏った。

 

 

 

 

 

 

 朝日の溢れる原野。周倉の報告にあった男のもとへと馬を駆けさせた。大事になって騒ぎにならないよう、供回りの人数はできる限り絞ってある。関羽、徐晃、郭嘉、それと実際に顔を見ている周倉である。

 城を出て、東へ三十里(約十二キロ)ほど移動していた。予定していた合流地点で郭嘉の配下と落ち合い、件の男が動きをみせていないことを知った。

 

「どうする。あちらが動きを見せるまで、見張りを続けてみるか」

 

「それもひとつの手ではありますが、時間がかかってしまうかもしれません。ここは、先手を打つのがよろしいかと」

 

「先手か。それではこちらの動きを気取られて、逃亡される恐れもあるのではないか」

 

 腕組みをしている関羽が、反論を唱えた。胸の下にいれられた腕によって、ふたつの大きな果実はより強調されてしまっている。

 

「そうなった場合は、追えば問題ないでしょう。街の出入り口にはこちらの手の者を配置してありますし、なにより愛紗殿と赤兎から逃れられる者などおりません。周倉の足も、頼りにさせてもらいますよ」

 

「はい、奉孝さま。赤兎も、やる気満々みたいです!」

 

 草の束で赤兎の馬体を擦っていた周倉が、歯を見せながら笑っていた。ぶるる、と嘶きで赤兎も応じている。

 方針は決まりだ。となれば、あとは誰が仕掛けるかが問題となってくる。

 

「囮となる役はわたしにお任せください、一刀さま。わたしのように見るからに武力がない女であれば、向こうもそれほど警戒してはこないでしょうから」

 

「大丈夫なのか、稟。俺が行って、挑発してみたっていいんだぞ」

 

「無論、油断はしないようにするつもりです。少しでも動きがあれば、すぐにでも捕らえてくださって結構ですから。捕らえることができれば、先日の襲撃者を誘い出す餌にすることもできるでしょう」

 

 結局、胡車児のことはまだ話せずにいた。徐晃はなんとなく察しているようだったが、一刀が話さないものだから静観しているである。

 

「シャンとお兄ちゃんで、稟を守ってあげればいい。周倉は、なにかあったら愛紗のところへ伝令に走る。これできっと、へーき」

 

 郭嘉の要望を叶える形で、徐晃は自らの見立てを語った。赤兎を街に連れ込んだのでは目立ちすぎるから、関羽の配置は自然と街の外周になってしまう。快速を誇る周倉であれば情報をすぐにでも伝えることができるだろうし、徐晃の案は理に適っている。

 

「わかった、わかったよ。だけど稟、やるならあまり深入りはするな。相手は、何人も殺している可能性が高いんだから」

 

「承知していますよ、一刀さま。上手く口車に乗せて、奴の本性を暴き出してみせましょう。ですから、しっかり見張っていてくださいね」

 

 頷いて、一刀は郭嘉を送り出した。捕らえろとは言われたものの、不審な動きを見せれば斬り倒すつもりでいた。それにきっと、どこかに潜んでいるであろう胡車児も同じことを考えているはずである。

 

 

 

 

 

 

「そこのキミ、ちょっといいかな」

 

「えーっと、それはわたしのことでしょうか」

 

「うん、そうそう。ちょっと、キミのことが気になってしまってね。話してみたいって、そう思ったんだ」

 

 声をかけてきたのは気のいい青年、といった感じの男だ。見ず知らずの人間、というべきなのだろうか。しかしその風貌は、郭嘉もよく知っている。

 周倉や関羽の話しから似ていることはわかっていたのだが、それでも郭嘉は驚かずにはいられなかった。まさしく、男は外見だけであれば北郷一刀そのものなのである。

 

「はあ……。それほど急いではいませんが、どういった用件なのでしょうか」

 

「一目惚れ、とでもいえばいいのかな。本当に、それだけなんだよ。俺のことは、天の御遣いっていえばわかってもらえるかな」

 

 やはり当たりだった、と郭嘉は気を引き締めた。一刀そっくりの声が耳朶を打つたびに、言いようもない不快感が全身を駆け巡っている。それだけに、この任務は成功させなければならないと意気込んだ。

 

「天の……? それはもしや、こちらの太守さまの。わたしのような者でも、噂だけはよく耳にしております」

 

「しっ、だめだよ、あまり大きな声で話しては。お付きの人間が煩くってね、あまり時間がないかもしれないんだ」

 

 そういって困った風を装いつつ、男は雑踏の方角を指差した。そこに目をやれば、ふたりの男が誰かを探している様子を見て取ることができる。

 こうやって、なにも知らない田舎娘を毒牙にかけてきたのか、と郭嘉は静かに心を憤らせていた。

 だが、そんな感情をおくびにも出さず、郭嘉は自らの役を演じ続けている。

 

「も、申し訳ありません。そのようなお立場の方に声をかけて頂けるなんて、とても光栄です。わたしでよければ、是非お付き合いさせてください」

 

「よかった、そう来なくっちゃ。それじゃあ、そこの茶店にでも入るとしようか。なるべく、目立たないようにね」

 

 偽物に連れられて、店内へと消えていった郭嘉。この段階であれば、まだおかしな真似をすることはないだろうと判断し、一刀たちは遠巻きに監視を続けていた。

 それにしても、不思議な感覚である。遠目であっても、自分そっくりなことがはっきりとわかるくらいだった。世の中には数人そういう存在がいるとまことしやかに囁かれたりもしているが、まさかそれとこのような場所で遭遇することになるとは誰が想像したであろうか。

 

「……同じだったね、お兄ちゃんと」

 

「ああ、怖いくらいにな。俺が涼州に来なければあいつも、自分が天の御遣いに瓜二つだなんて知ることはなかったんだろうな。まったく……」

 

「一連の事件は、決して御大将のせいではありません。結局、一線をこえてしまったのはあの者たち自身なのですから。そんなところまで気に病まれては、御大将の身が保ちませんよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ、周倉。ともかく、稟たちから目を離さないでおこう」

 

 店内では、どうやらふたりが談笑しているようだった。郭嘉が、自分と同じ顔をした男と楽しげに会話をしている。それが演技だということをわかってはいたが、どうしてもいい気分にはなれなかった。

 我ながら、浅ましいな。そうやって自身を侮蔑しながら、一刀は愛刀を握りしめていた。

 

「さ、おいでよ。戯志才さんに、見てもらいたい場所があるんだ」

 

「はい、御遣いさま。どこへ連れて行ってもらえるのか、楽しみでなりません」

 

 郭嘉は、かつて旅をしていた頃のように戯志才と名乗っているようだった。例え真名でなくとも、この男には名を呼ばれたくなどない。きっと、そういう気持ちが勝ったのだろう。

 偽物のほうは、すっかり郭嘉がその気になっていると思い込んでいた。このまま人気の薄い路地へと連れ込んで、知性の現れた顔を歪めてやろうという魂胆である。

 

「香風、周倉、こっちも行くぞ」

 

 もうすでに、ほとんど日は暮れかけていた。薄っすらと広まっていく闇のなか、一刀たちは尾行を続けた。

 じゃり、じゃり、と小石を擦る足音だけが聞こえている。神経を研ぎ澄まし、仕掛ける瞬間を計った。

 

「どうでしょう御遣いさま、もうこのあたりでよいのではないですか? あなたがなにを欲されているのかくらい、わたしにだってもうわかってしまいます」

 

「ふふっ……。なんだ、わかってるのなら話が早いな。いいだろう、戯志才。天の御遣いの希少な種をくれてやるんだ、ありがたく受け取ってくれるんだろうな」

 

 いきなり立ち止まった郭嘉。その挑発するかの如き物言いに、偽の御遣いはゆっくりと口角をあげた。その視線は、まるで獲物でも眺めているようである。これまで女を何人も同じ手口で犯してきたが、ここまでの上玉は初めてだった。

 仲間のひとりから自分が天の御遣いに似ていると教えられたときは、なんの冗談かと思ったものである。田舎暮らしにも飽き飽きしていたが、ついに天運が回ってきた。男は、そう確信したのである。

 偽の御遣いは、再び眼前の獲物へと視線を移した。豊かに膨らんだ胸。男を魅了する肉付きのよい太もも。気の強そうな目つきにも、そそられる部分があった。

 

「ほら、もっと近くに来いよ」

 

 己の肉体を弄ろうと伸びてきた手。だが郭嘉は、それを力いっぱいに払い除けた。

 

「な、なんだその態度は! 戯志才、俺は天の御遣いだ。その御遣いに無礼を働けば、天から罰が下されるんだぞ」

 

「罰ですって? ふん……、女に対する脅しすらつまらないとは……。いい加減、うんざりしていたんです。あの方と同じ顔で、そのような下卑た笑みなど浮かべないでいただきたい」

 

「なんだと。それはどういう意味だ、戯志才。おい、お前らも出てこい」

 

 常であればひとりで散々嬲ってから、仲間を呼んで輪姦してしまうのである。女の絶望に沈んだような表情を観察することも、偽の御遣いの楽しみのひとつだった。適当な空き家のなかで暇つぶしでもしていたのだろう、偽の御遣いの仲間のふたりが、のそのそと面倒くさそうに姿を見せた。

 緊張が高まっていく。偽の御遣いは、懐に忍ばせてある短刀の形を確かめていた。

 

「てめえ、待ちやがれ! おい、追うぞ」

 

 一目散に走り出した郭嘉。それを見て、偽の御遣いの仲間たちも動きだした。

 路地の入り口。三人の人影が見える。その内のひとりの胸に、郭嘉は飛び込んだ。

 

「一刀さまっ」

 

「無事だったか、稟。これでも、心配してたんだからな」

 

「申し訳ありません。ですが、わたしはこの通り。それよりも一刀さま、あの男を」

 

「わかってる。稟、お前はそこで待っていろ。ここからは、俺たちの仕事だ」

 

 郭嘉の表情が、少しだけ緩んだ。見紛うほど似ているようで、その実なにもかもが違っているのかもしれない。自分の帰るべき場所はやはりここだ、と抱擁されながら郭嘉は深々と息を吐いた。

 

「公明さま、あの両人はわたしたちで請け負いましょう」

 

「うん、わかった。お兄ちゃんは、偽物のほうをお願い」

 

 自らの相手を見定めつつ、周倉は棒状のものを二つ取り出していた。分かたれていたそれらを、ぴたりと組み合わせていく。

 長さにして、五尺(約一メートル)ほど。先端には、鋭利な刃が突き出ている。

 

「いい感じです。さすがは、曼成(まんせい)さまの腕前ですね」

 

 出来上がったのは、短槍だった。取り回しがしやすくなるように、周倉は愛用の武器を李典に頼んで改修してもらっていたのである。

 

「なんだ、ちびっ子が俺らの相手をしてくれるのかよ。へへっ、よく見りゃかわいい顔してやがるぜ。こいつはそそるなあ」

 

「ああ、今日はついてるな。俺はそっちのボサッとしてるほうをもらっていいか」

 

 丸腰の徐晃のことを、男は明らかに侮っていた。力勝負となれば、体格差からも負けるはずがない。そのくらいにしか、考えていなかったのである。

 

「いくよ、周倉」

 

 掛け声と同時に、土煙があがる。徐晃の小さな身体は、引き絞られた弓から放たれた矢ように飛び出していった。



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十二

「うぐっ……!? お、おおっ……」

 

 標的の懐へと飛び込んだ徐晃は、その鳩尾に痛烈な一撃を叩き込んだ。腹を抑え、前かがみになって崩れ落ちる男。その後背に回り込み、徐晃は首に巻いていた布を外して手に持った。

 

「お前を倒すだけなら、武器なんていらない。これで、おしまい」

 

 悶絶している男の首に、長い布が巻かれていく。地面に膝をついていた男は背中を足裏で押さえつけられ、さながら二つ折りとなっていた。布を持った腕を交差させる徐晃。それをぐっ、と一気に引き絞った。

 

「かはっ、ううっ、むううぅう……!」

 

 男の顔が、みるみるうちに青く変わっていく。首を締め付けている徐晃の表情は冷たく、そこに一切の容赦がないことは明白だった。

 きゅっ、という音がするほどだった。限界まで耐えていた男の頭が、がくんと力なく垂れ下がる。それを見た徐晃が布を身体から抜くと、魂の抜けた肉塊が砂利の上に横たわったのである。

 

「ひ、ひいっ! こんなの、なにがどうなってやがる」

 

「あなた達は、やりすぎたんです。その報いは、どこかで受けなければなりません」

 

 周倉と対峙していた男は、すでに恐怖によって腰が抜けてしまっている。這いずり、なんとか逃げ出そうとする小悪党を、鈍く光る切っ先が追い詰めていった。

 

「く、来るな、来るんじゃねえ!」

 

 男は手に持った短刀を振り回し、必死の形相で叫んでいる。まさしく、最後の抵抗だったのだろう。周倉はそれを難なく弾き飛ばすと、小さな体躯を上手く使って馬乗りの体勢となり短槍を両手で構えた。

 腕を押さえつけてくる足の柔らかな感触。死の間際にそれを味わえただけ、男は幸せだったといえるのかもしれない。

 

「が、ああっ……、うむむっ」

 

 短槍の鋭利な先端が、非情にも男の額に吸い込まれていった。痙攣する身体。恨めしいほどに眼孔を開きながら、男は絶命していた。

 ふーっ、と周倉が息を吐いた。引き抜いた短槍には、ドス黒い血がべっとりとこびり付いている。

 これで、残すは偽の御遣いだけである。

 

 

 

 

 

 

 夕日を背にゆっくりと近づいてくる一刀のことを、偽の御遣いは手で日除けを作って見つめていた。

 一歩、また一歩。段々とはっきりしてきたその姿に、偽の御遣いは苛立ちを隠すことができなかった。

 

「お前、まさか……」

 

「そう、そのまさかだよ。散々、俺の領地で好き勝手をしてくれたみたいだな」

 

 一刀の瞳は、怒りに燃えている。領民を無残に殺害されたこと。天の御遣いの名を騙られたこと。徐晃や楽進に一時でも後ろめたい気持ちを抱かせたことも、到底許せることではなかった。

 

「ふ、ふふっ……。そうか、あんたが天の御遣いのご領主さまか。なるほど、見れば見るほど俺たちはそっくりなようだな」

 

 偽の御遣いは、そう言って薄暗く笑った。

 

「あんたも俺と同じで、相当女が好きなようだ。さっきの戯志才だって、どうせあんたが囲ってる女なんだろ? なんとも、羨ましいことだ」

 

「お前からすれば、そうなのかもしれないな。だけど、みんな俺にとっては半身同然の存在なんだ。汚い手段を使って身体を手に入れたあとは、なんの愛情もかけずに殺していく。そんな外道の考えることなんて、俺は理解したくもない」

 

 聞いているだけでも、腸が煮えくり返ってしまいそうだ。そんな感情を抑え込みつつ、一刀は自分そっくりな男と対峙を続けていた。

 

「まあいい……。なあ、ご領主さま。俺にだって使い道はある、そうは思わないか」

 

「使い道……? お前が、俺に力を貸すとでもいうのか」

 

 よもや、この期に及んでそのような提案を受けることになるとは考えてもいなかったことだ。口だけは回る男だ。いままで何人もの女を騙してきた経験があるだけに、この状況からでもなんとか挽回できると考えているのかもしれない。

 腕を組み、一応話を聞く体勢をとってみる。すると偽の御遣いは、しめたとばかりに表情を明るくしたのだった。

 

「同じ顔、同じ声の人間を上手く使わないのは損ってもんだろう? これだけ世の中が乱れきっているんだ、きっと俺は役に立つと思うぜ。頼まれれば、影武者だって引き受けてやる。俺はまだまだこの世を楽しみたいだけなんだ。な、悪くない提案だろ?」

 

「そこまで考えているのか。ふん、なるほどな。確かに、そういう意味ではお前以上の男なんて、この世界にはいないんだろうな」

 

 考える素振りをしながら、一刀は男に背を向けた。

 いま、目の届く範囲に自分たち以外の人間はいない。それを踏まえてのことだったのだろう。偽の御遣いの眼光が、にわかに鋭さを増していった。目の前には、がら空きとなった天の御遣いの背中がある。

 右手に短刀を握る。この男さえ殺してしまえばあとはどうにでもできる、と偽の御遣いは判断したのである。真の意味で天の御遣いに成り代わり、その全てを自らのものとできる機会が転がっているのだ。

 これまで味わうことのできなかったような女も、もうすぐ思いの儘になる。漏れ出しそうになる笑い声を我慢し、偽の御遣いは短刀を握った手に力を込めた。

 瞬時、身体をぶつけるようにして偽の御遣いは行動を開始した。ずぶり、と刃が肉を貫いたような嫌な音がする。

 

「う、ぐうっ、ああっ……」

 

 苦渋に歪んだ声。痛みによって、まともに声を出すことすら叶わないのだろう。刃の突き立った部分から、滾滾と血が流れ出している。

 なぜだ、と刺された方の口が動いていた。

 

「どうだ、痛いか。お前のようなやつが、楽に死ねるなんて思うなよ。刃の痛み、存分に味わっていけ」

 

「は、はあっ、ううっ……てめ……え」

 

 自分で自分を殺そうとしている。言ってしまえば、そのような感覚だった。だが、一刀は不思議なほど冷静でいられている。

 男の腹に刺した愛刀を、わずかに押し込んでいく。痛みに歪んだ表情。これは、写し鏡なのだろうか。

 いずれ、この行いが我が身に返ってくる日があるのかもしれない。だとしても、心中から湧き出る衝動がそうさせているのだろう。

 

「かはっ……、ふうっ。わざと、だったのか」

 

「当たり前だろう。お前のような男に、俺が本当に気を許すとでも思ったのか。だとしたら、間の抜けたことだ」

 

「くそ……が……。早く、殺せ……ころせ……え」

 

 出血は続いていたが、まだ意識は残っているようだった。このままにしておけば、当分の間苦しみを与えてやることだってできる。郭嘉には悪いが、この男を初めから生かしておくつもりなどなかった。

 下手に情けをかけてしまえば、どんな災厄となって降りかかってくるかわかったものではない。数多くの恨みを買っている人間だ。ならば、その報いを受けさせてやるまでだ、と一刀は決意を固めていた。

 

「残念だけど、お前を殺すのは俺じゃないんだ」

 

 周辺を観察してみる。気配を感じることはできなかったが、胡車児ならば追ってきていると確信していた。

 自らの手で頼み人の恨みを晴らしてやることができなければ、胡車児はそれをいつまでも悔いることになるのだろう。そうなってしまえば、力を借りることなど夢のまた夢となる。

 

「……どこかで見ているんだろう、胡車児。こいつは、きっとお前が仕留めるべきだ」

 

 頭上。人影が落ちてくる。それに合わせて、一刀は偽の御遣いの身体を地面に向けて投げ捨てた。

 乾いた呼吸の音が聞こえる。ほとんど虫の息といっていい状態だったが、偽の御遣いは腹の傷を押さえながら立ち上がろうとしていた。降りてきた胡車児が、両刃の直刀をすらりと抜き放つ。その輝きだけが、偽の御遣いの目に映っていた。

 

「死んでもらうぞ。天などではなく、地の底を這いずり回っているくらいがお前にはお似合いだ」

 

 直刀が、見事な軌道で振り下ろされる。そうして恨みを乗せた刃が、偽の御遣いの首を豪快に斬り飛ばした。

 見つめ合う。胡車児の相貌には、これでやりきったという感慨のようなものが表れていた。

 

「かたじけない、北郷殿。……いや、今よりは殿(との)と呼ばせていただきたい。一度提案を跳ね除けておいて図々しいと思われるかもしれないが、そのことを許諾願えるだろうか」

 

「殿……、か。うん、それもいいだろう。俺のほうから誘っていたことなんだ、当然ノーとは言わないよ」

 

「の、のー? ううむ、よくわからないが、それは了承くださるということでよろしいのだな?」

 

 きょとん、とした胡車児の顔を見ていると、肩の力が抜けていくようだった。刀身についた血を払い、鯉口を鳴らす。その意味は、胡車児にもおおよそ伝わったみたいでもある。

 

「お兄ちゃんのほうも、終わったみたいだね」

 

「ああ。正真正銘、これで終わりだ。それと、この男の首は数日間晒すことにする。今回の事件が解決したことを、郡の隅々にまで知らしめたい」

 

「それはよろしいことだとは思いますが、一刀さま」

 

 徐晃と共に近づいてきた郭嘉の目が、胡車児のことを不審げに捉えている。それもそうだ、と一刀は苦笑するしかなかった。

 

「その者はなんです? よもや一刀さまを襲った当人、などどは仰らないでもらいたいものですが」

 

 状況から鑑みて、敏い郭嘉が勘付かないはずもない。わかっていて、あえてそう言っているのだろう。

 北郷軍において、諜報を司っているのは郭嘉である。一刀は、胡車児を配下に加えることができれば、当然その指揮下に入れるつもりでいた。そのためにも、この場で郭嘉の理解を得る必要があるのは間違いない。

 

「御名答だな、稟。この胡車児は、頼みを受けて天の御遣いの偽物を追っていたんだ。ただ、そこに手違いがあって、俺も襲われることになったんだが」

 

「あのとき殿を襲撃してしまったことについては、弁解の余地もございません。それでも、この方は拙者の力が欲しいといってくださったのです。頼み人の恨みについては、ケリをつけることができました。ですから……」

 

「殿、などと馴れ馴れしい……。率直に申し上げれば、わたしはその者を信用することなどできません。そばに置いておくことで、今後一刀さまに危害を加えないとも限りませんから」

 

 郭嘉の言うことがもっともであるだけに、胡車児としては反論することができなかった。どれだけ言葉を並べようとも、過去の行いを取り消すことなどできないのである。

 咳払いすることすら許されないような、重い空気が流れている。厳しい姿勢を崩そうとしない郭嘉に対し、胡車児は伏し目がちになりながら拳を震わせていた。

 そのまま、時間ばかりが過ぎていった。

 

「そのくらいにしておけ、稟。胡車児といったか、稟……郭嘉のことを悪く思わないでやってほしい。ご主人様の御身を心配するのは、我ら臣下にとっては当然のこと。ましてや、深く敬愛するお方とあれば尚更のことだ」

 

「それは承知しております。ですが、拙者はどうすればよいのでしょうか。殿にお仕えしたいという気持ちは本当なのです。しかし、それを証明しようにも……」

 

 周倉から報告を受けて到着した関羽が、まずい雰囲気を察して仲裁に入っていた。

 

「わかった。それならば、わたしに考えがある。稟、この件はこちらに預からせてはもらえないだろうか」

 

「はあ……、わかりました。よき案があるのであれば、愛紗殿にお任せいたします。一刀さまも、それでよろしいですか」

 

「みんなに納得してもらえるような方法があるんだったら、俺はそれでいいよ。そうなんだろ、愛紗」

 

「納得してもらえるかどうかは、胡車児次第でしょう。多少危険な目にあうことになるかもしれないが、構わんな?」

 

 どういったやり方を取ろうとしているのかは不明だったが、関羽には自信があるらしかった。ひとまず、郭嘉も矛を収めている。この場は、それでよしとするしかない。

 

「はい、それは覚悟の上です。それで、拙者はなにをすればいいのでしょうか」

 

「まあ、そう焦るな。一旦城に帰り、全員にこのことを知ってもらう必要がある。お前を試すのは、それからだ」

 

 冀城へ帰還すると、一刀は主だった配下を全て集めて事の経緯を説明した。反応はそれぞれであり、楽進などは明らかに警戒心を強めていた。

 練兵場の一角に、木製の人形が用意されている。どうやら関羽は、それを使用して胡車児のことを試そうとしているようだった。

 

「一刀殿も度量が大きいっていうか……。やっぱり、そういうところが天の御遣いって感じがするよな」

 

「いやー、どうなんやろなあ。でもそれくらいやないと、ウチらの大将なんか務まらんのかもしれへんな。翠さんみたいなお人だって、惚れさせてしまうくらいなんやし」

 

「ほれっ……!? た、確かに一刀殿のことを想ってはいるけど、いやいやいや……!」

 

 早口になって捲し立てる馬超。一刀と親密な関係になってからは、他の者とも真名で呼び合うようになっていた。

 

「翠、ここにいたのか。どうだろう、よければ今回のことに協力してはもらえないだろうか」

 

「あたしがか? 別にいいけど、どうすりゃいいんだよ」

 

「なに、簡単なことだ。わたしと翠、それから鈴々で、ご主人様に見立てた木偶人形を攻撃する。胡車児が身を挺してそれを守ることができれば、合格というわけだ」

 

 

 

 

 

 

 篝火に囲まれた中。胡車児が剣を構えて、関羽ら三人の敵と対峙している。

 

「うううぅうううううう……りゃりゃりゃりゃりゃ!!!!!」

 

「鈴々のやつ、すげえやる気じゃねえか……。でも……あたしだって引き受けた手前、やってやろうじゃねえか!」

 

 張飛と馬超、ふたりの繰り出す得物が胡車児に襲いかかった。手加減は一切なし。関羽が義妹らに求めたことは、その一点のみだった。

 

「ぐっ……! この程度……っ」

 

 どちらも、剛勇で鳴らす猛将なのである。少しでも気を抜けば、腕の一本や二本は簡単に斬り落とされてしまうだろう。それに、相手にするべきはこのふたりだけではない。

 

「どこを見ている。わたしのことを、忘れてもらっては困るな」

 

 青龍偃月刀が吼える。斬りかかる関羽の気迫は、戦場さながらである。斬撃。直刀を水平に払って必死に押し返し、胡車児は人形を守り通していた。

 端から、無理な試練だったのである。北郷軍きっての使い手に加えて、西涼の錦馬超までが相手となっているのだ。暗殺の技を得意とする胡車児では、どこかで必ずや限界がやってくることだろう。

 

「よろしいのですかー、ご主君さま? あれでは、とても」

 

「いいんだ、風。愛紗からあの方法を聞いても、胡車児はやるって言ったのだから。だったら、俺はそれを見守ってやるだけだ」

 

 一刀の左右には、程昱と郭嘉が控えている。関羽らの攻勢は凄まじく、これだけ保っていること自体が不思議なくらいだった。程昱が、横目で友人の表情を伺っている。眉ひとつ動かさない。郭嘉は、ただ静かに闘いの行方を見つめていた。

 

「どうした、もう音を上げるのか」

 

「誰がそんなこと……っ。まだまだ、拙者の剣は生きている」

 

「なかなか頑張るな、お前。そういうやつは、あたしも嫌いじゃないぜ」

 

「鈴々も、翠とおなじだよ! でもでも、いまは本気で闘うだけなのだ!」

 

 全身に切り傷ができている。飛び散る汗と血。それでも、木偶人形には傷一つ付けられてはいなかった。

 一刀のことを守る。胡車児は、そのことだけを意識して剣を振るっている。

 

「ご主人様……」

 

「だめだ、桃香。俺がここで止めてしまえば、胡車児の頑張りが無駄になってしまう。だからそれだけは、絶対にやるべきじゃない」

 

 そうは言ったものの、この闘いの果はどこにあるのか。胡車児が息絶えれば、終わることなのだろう。だがそれでは、なんのために闘っているのかわからなくなる。

 劉備がついに、目を覆ってしまった。誰しも、好んで見たくなる類のものではないのだ。

 

「……もういい、もういいでしょう。一刀さま、わたしの負けです。それにもし、このような状況を現実にしてしまったのであれば、それはわたしたち参軍の責任でもありますから。万全の戦をするためには、よい間諜がもっと必要となってくるのでしょう。胡車児の力は、得難いものです」

 

 郭嘉の叫びによって、戦闘が中断されていく。関羽、張飛、馬超の三人は、相手を殺さずに済んだことにさぞほっとしているはずである。

 ほとんど覆い被さるようにして木偶人形をかばっていた胡車児は、自分が生きているのかさえわからなくなっていることだろう。

 虚ろな目をして地にうずくまった胡車児。そこに、手が差し伸べられてきた。

 

「あ……、郭嘉殿」

 

「ぼろぼろになったあなたを、取って食おうなどとは思っていませんよ。ほら、来なさい。それだけの傷ですから、早く治療をしなくては」

 

 つい先程まで闘っていた三人にも付き添われ、胡車児は痛む身体をなんとか動かしながら郭嘉に連れられていった。

 その光景を見ていた一刀は、安堵のため息をついている。過程はともかく、見事なまでに忠義を示してみせた胡車児は今後受け入れられることになるだろう。これで、軍の編成もさらに進むはずである。

 膠着したままの洛陽の情勢にも、そろそろ動きが出てきてもおかしくはない頃合いだ。怪しげに揺れ動く篝火。それは、なにかを予感させうるものでもあった。



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閑話 慈愛大狂想(真桜)

 誰しも、休息の時は必要なのである。別離と移転。そこから始まったのは、統治に心を砕く日々。そして、快楽殺人者との暗闘だった。

 ようやく、一段落がついたといえるのだろうか。郭嘉、程昱らの働きにより、民政は滞りなく進められている。軍事に置いてもそれは同じことであり、様子を見に行くと常に将軍たちが盛んに兵を鼓舞しているのだった。

 微睡み。眠気を誘う温もりの中、身体を動かしてみる。掛かっている布団が、邪魔にすら思えた。払い除けた手に伝わってきたのは、もっちりとした感触。一刀はもう一度そこに手をやり、形をしっかりと確かめてみた。

 

「んっ……、あふっ……」

 

 覚醒を促してくるかのような、艶めかしい声。少し力を込めてみれば、指はたちまち飲み込まれてしまう。きっといま、自分の顔はにやけてしまっているのだろうな、と一刀は思う。

 上半身を動かす。温もりを発している柔肉に顔を寄せ、頬ずりをしてみた。気持ちがいい。それに、女性特有のいい香りもしている。

 最高の肌触りを阻害してくる着衣は、果実の皮と同様のものである。一刀はその袂に指を差し入れ、中身をあらわにしていった。ぼんやりとしたままの視界に、薄ピンクの突起が飛び込んでくる。喉が鳴る。なぜこうにも、むしゃぶりつきたくなってしまうのか。そうした無意味な問答を脳内で繰り広げながら、一刀はぷっくりとした乳輪までもを口に含んでしまった。

 

「あ……、ふふっ……。なんや、くすぐったいなあ」

 

 対する女の方はというと、まだどこか夢の中、といった感じであった。それをいいことに、一刀は行為を続行させていく。

 ほんとうに、ここから母乳がでてくればいいのに、などと吸いながら考えてしまう。性欲を満たすためというよりかは、いまは母性を求めてしまっているのかもしれない。無心で乳首を吸引しているだけだというのに、他では得られないような満足感があるのだ。

 このような状態となっているのは、ここ何日かの間特に張り詰めていたせいなのだろうか。なるべく、弱い部分は見せずに来たつもりだった。これまでの信頼を失うことを、恐れているわけではない。厳しくも優しい少女たちだということは、一刀自身がよく知っている。

 結局の所、意地を張っていただけなのだろう。趙雲などがこの場にいれば、チンケなことだと笑われてしまうかもしれないが、男というのはそんなものだ。

 

「ん、んん……っ。なんでか知らんけど、胸のところがあったかい……、って一刀はん?」

 

 こんな気分になったのは、いつぶりだったか。真桜と顔を合わせることさえ恥ずかしく思い、照れ隠しのためにさらに乳を吸った。

 

「なんや~、昨日の晩もあれだけウチのおっぱい吸ってたのに、まだ足りてなかったんやな」

 

「う……、すまん。なんて言えばいいのかわからないけど、気づいたらこうなってた」

 

 頭を撫でてきたのは、優しい手のひらだった。甘い。するはずがないというのに、ミルクの香りすらしてきているような気になっていた。

 自分が赤ん坊のときにも、こうして母にあやされながら乳房を吸っていたのだろうか。得も言われぬ幸福な感覚が、全身に拡がっていった。

 

「ええんよ、いくらでも吸ってくれて。最近色々あったことやし、一刀はんだって疲れてるんやろ? そりゃあ、凪とか愛紗はんとはこういうことしにくいかもしれへんけど、ウチは大将のいろんな顔見られて楽しいし」

 

 身体を抱きしめてくれながら、真桜はからからと笑った。案外、度量の大きい子なのである。だったら、今日はその優しさに素直に甘えてみよう、と一刀は顔をさらに密着させていった。

 

「真桜……。んむ、ちゅう……」

 

 普段頭の左右で結われている髪が、今朝は無防備にほどかれていた。それだけで、こうも雰囲気が変わるものなのだろうか。いつもはおてんば娘といった感じの真桜なのに、いまは妙に大人びて見える。穏やかな視線。きっと、真桜はいい母親になるのだろうな、と一刀は思った。

 

「そうそう、吸うの上手やね……。おっきな赤ちゃんやけど、こっちのほうはどうなってるんやろ。ん……、しょっと。ほら、ここおいで?」

 

「ン……、わかった」

 

 真桜の膝の上に、頭を置いて仰向けとなった。太ももの柔らかさが、後頭部を通じて伝わってくる。これ以上の枕なんて、誰にも用意することはできないだろうな、と一刀はしばらく目を閉じていた。

 

「一刀はん、こっちはいいん?」

 

「そんなことないって。ああ……真桜の匂いで、すごくリラックスできる」

 

 顔に当てられた乳房の感触。ゆっくりと呼吸をしていき、愛しい人の香りで体内を埋めていった。

 

「りら……っく?」

 

「ああ、気にしないで。とにかく、真桜にすっごく癒やされてるってことだから。んっ……、ほんと最高のおっぱいだよ」

 

 大ボリュームの乳房の熱量を肌近くで感じながら、唾液まみれとなった乳首を口内で転がし続けていく。ちゅうちゅうと恥ずかしげもなく音を立てて吸っていると、気分は段々と高揚していった。こんなことをしておいて、反応しないというのには無理があったのだろう。胸を撫で、腹を撫でながら下ってくる真桜の手のひら。それはやがて袍の内部へと侵入し、ある一点だけを目指して突き進んでいった。

 

「うん、しっかり元気になってるね。遠慮せんと、こっちも全部吐き出してしまったらええんよ? 一刀はんの心も身体も、ウチがしっかり癒やしてあげるから……」

 

「真桜……っ。うあ、ああっ、そこ……!」

 

「すごい、かっちかちになってるで。んふふ……、おちんちん、きもちーって言ってるみたいやなあ。こうやってシコシコしてあげるとぴくんってなって、めっちゃかわいいわあ……」

 

 思わず、声を漏らしてしまっていた。真桜は二本の指で輪っかを作り、男根を上下に扱いている。ほどよい力加減であり、うまい具合に快感が引き出されていく。

 

「く、ううっ、はあっ……。ん……、ちゅる、ちゅぱ」

 

 わざとなのだろうが、時折敏感な部分に強く指を引っ掛けてくるのである。ゆるゆるとした竿への刺激のせいで、亀頭周辺は油断しきっていた。そこをぐりっ、と持ち上げるように刺激されると、快楽が電流となって全身を走り抜けていくのである。

 

「真っ赤になった先のとこ、気持ちいいんやろお? あっ……、もうお汁でぬるぬるにするなんて、いやらしいんやから」

 

「それは、真桜の触り方が……くうっ」

 

「あかんでー、そんな言い訳なんてしたら。ウチにおちんちん擦られながらたくさんすけべな声だしてるのは、一刀はんなんやで? 色んなこと、いまは全部忘れていいんやから……なっ?」

 

 子どもをあやすような口調とは逆に、真桜の指使いはさらに淫らなものとなっていった。人差し指で滑った鈴口を責め立てながら、ゆるゆるとした速度で幹を上下に擦り上げてくるのである。その愛撫に情けなく腰を跳ねさせ、乳肉にむしゃぶりついた。

 ほんのりと甘みを感じる乳先をわずかに甘噛し、一応の抵抗を試みてみる。

 

「やあ……んんあ……。そんなおイタする子には、もっとわからせてあげんとなあ」

 

「う……、はあっ……。真桜……ッ」

 

 どうやら指だけではなく、手をしっかりと使った刺激に切り替えたようだ。頭の中がくらくらする。溢れ出したカウパーを巻き込んでいるせいか、淫靡な音がはっきりと聞こえてきてしまう。

 ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅ。慈愛に満ちた表情ながら行為に頬を紅潮させている真桜は、淫欲を満たしてくれる女神のようでもあった。しっとりと汗ばんできた乳房に舌を這わせ、母の温もりを求めて柔肉を揉んでいく。これは、現実すら忘れさせてくれる柔らかさだ。指を少々強めにめりこませても、真桜は嫌な顔ひとつしない。

 

「ええよ、一刀はんの好きにしてくれて。はあっ、うぐっ……、んあう……。こっちは、そろそろ限界やろか」

 

「ああ、そうかも……っ」

 

 こちらの反応を見つつ、真桜は手を動かす速度を調整しているようだった。そろそろ、イカせてほしい。そんな雰囲気を理解したのか、男根を握る手に力がこもっていく。

 

「熱々のおちんちん、ぷくうって膨らんでるなあ。我慢なんかせんでええんよ? 一刀はんが満足できるまで、ウチが責任持って射精させてあげるんやから……。だから朝一番のねばねばした子種、たくさんウチにぶっかけて……? いっぱい、いっぱいドロドロにしてえ……」

 

 聞いているだけで、男根の芯が熱く滾ってしまうような宣言だった。身体の全てが、喜びに打ち震えてしまう。

 無我夢中で乳房に吸い付き、尿道を駆け上がろうとする精液を押し留めた。それでも止めきれなかった分が先端より漏れ出し、真桜の手と指を汚していく。

 

「出して、出して……一刀はんっ。しっかりイクこと、はよウチに見せて……♡」

 

 トドメだと言わんばかりに、真桜は大きなストロークで男根を扱き上げた。強烈な快楽が襲う。管の中で順番待ちをしていた精液が、ドバドバと堰を切って溢れ出した。

 

「ん……ぐっ、ああぁああっ……!」

 

 下腹部が痙攣し、大量の精を空に向けて放っている。出したての精液を浴びせられて、心から幸せそうな真桜。うっとりとした表情が、印象的だった。

 

「すごい量……。昨日の晩もあれだけ出したのに、ほんま惚れ惚れしてまうわあ……。あんっ、まだ出てきて……っ。ウチの着物、真っ白にされてしまいそうやね」

 

「んぐっ……!? おおっ……!」

 

 絶頂により敏感になった男根を、真桜はなおも扱き続けていた。強すぎる快楽のせいで、声が裏返ってしまいそうになる。しかし下半身のほうはどこまでも貪欲だったようで、刺激を与えられたことにより硬度を保ちながら、残滓をさらに飛び散らせていった。

 

「すごい、すごい! 一刀はんのおちんぽ、震えながらびゅるびゅるって精液吐き出してるぅ……! やっ、あははっ……、ウチもめっちゃ気持ちいいわあ」

 

「はあっ、ああっ……、まだ……出るっ」

 

 最後のひと塊だ。きゅっと根本を絞り上げられながら、白い粘液を吐き出してしまう。

 全身が興奮によって熱を持っている。ぬるぬるになった亀頭の上で指を遊ばせながら、真桜は嬉しそうに目尻を下げている。

 

「頑張って射精できて、えらいえらい。ほんなら、つぎはこっちでもしよなあ?」

 

 淫靡な笑みに、思わず男根が脈打ってしまう。なにをするつもりだ、などと聞く必要はなかった。するりと体勢を変えた真桜に組み伏せられ、鼓動がさらに高まっていく。下腹部には、自分自身のものとは別の粘つきを感じていた。瞬間、ずるりと飲み込まれていくのがわかった。

 

「すげっ……、熱いな」

 

「んああっ……、ふううぅうう……。苦しくない、一刀はん?」

 

「ああ、大丈夫だ。それより、こんなに濡らしてたんだな、真桜」

 

 いい具合に濡れそぼった膣肉が、ぴっちりと男根を掴まえている。密着している肌の熱さからも、真桜が興奮していることはよくわかっていた。

 

「そんなん、当たり前……やろお? ん、んんっ、はあっ……。ウチに全部任せて、一刀はん。ぬるぬるのおまんこにも、たくさん甘えてくれていいからあ」

 

「真桜の中が、俺に絡みついてくるみたいだ。はあっ、もっとしてくれるか」

 

 頷き、真桜は密着したまま器用に腰を動かし始めた。すんなりと最奥まで迎え入れた男根を、子宮口にぴたりと当てて擦っていく。まるで膣全体を使っての愛撫のようであり、一刀は脳が蕩けるような快楽を味わわされていった。

 

「んちゅ……はむっ、んむうっ、れろお……。ふふっ、どないやろ」

 

「聞かなくたって、わかってるくせに」

 

 ついばむような口づけが、次第に深いものへと変化していく。一刀の舌を吸引し、真桜は自らの口内で犯していった。ずっとこうしていたら、本当に溶け合ってしまいそうだ。女の唾液を嚥下しながら、一刀はぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。

 

「ああっ、ウチも気持ちよくなってしまううぅうう……。一刀はんのガッチガチになったチンコにお腹の奥押されるの、好きぃ……はあぁあああ」

 

 気分が盛り上がってきたのか、真桜は身体を起こすと一刀の胸板に手をついた。髪の揺れる様が美しい。亀頭のエラが抜ける位置まで腰を浮かし、男根の熱さを堪能しながら再び膣内へと飲み込んでいく。溌剌とした瞳には、淫行によって怪しげな光が宿っていた。真桜は自らたわわな乳房を揉み、あえぎ声を上げている。手のやりどころがなくなった一刀が太ももを撫でていると、それに気がついたのか真桜は少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「あははっ、一刀はんともあろうお人がなにしてんの。ほら、こっちのほうが柔らかいやろ? いっぱい、気持ちようして?」

 

 ゆらゆらと腰を前後させつつ、乳房を愛撫されて喜びの声をあげる真桜。ざっくりとした素の性格の現れに、情事の最中ではあったが一刀も笑顔で応えた。

 

「やっぱり、真桜は真桜だ。でも、それがいいんだろうな」

 

「えー、なにが? それよかどう、ウチ気持ちよくできてる?」

 

「ああ、上手にできてるよ。う……、ああっ」

 

 喜んだ反動か、膣肉がきつく男根を締め付ける。律動を続ける真桜は恍惚とした表情を浮かべており、軽く絶頂しているようにも見て取れた。

 

「はあっ、熱い……っ。一刀はんのおちんちんが、どんどん熱ぅなってきてるみたい……」

 

 ぶるぶると乳肉を震わせて、真桜が嬌声を響かせている。粘つく膣壁の攻勢は激しく、精液をせがんで断続的に締め上げてきていた。

 唇をかみ、快楽の波をやり過ごす。芯はうずいてきていたが、まだ我慢できる程度のものであった。

 この奉仕を、もっと味わっていたい、と思いながら一刀は乳首をねじりあげた。そうされても感じているのか、愛液の量がさらに増していく。粘つく結合部。淫靡な糸が、互いを結んでいる。

 

「あっ、くうっ……。一刀はんにいっぱいしてあげたいのに、こんなん余裕なくなってしまうぅううう……。気持ちいい、一刀はんのチンコ、きもひぃいいいい……!」

 

「真桜のおまんこ、すごいことになってるな。乾く暇がないくらい、いやらしい液が溢れてきて」

 

 一刀の言葉に反応し、真桜はぷしゃっ、と愛液を一筋噴き出してしまう。これでは、当初の目的のように一刀のことを癒やしてやれなくなってしまう。そのように思ったからか、真桜は丹田に気合を入れ直して律動を続けていった。

 引き締められた膣内を、張り出した亀頭のエラが刺激していく。互いに、相当な快楽が発生しているに違いない。決意とは裏腹にだらしなく口を開いた真桜は、膣奥への射精を求めて健気に腰を振っている。

 

「きて、きてぇ、一刀はん……! ウチのぐちゅぐちゅになったおまんこの中に、えらしいせーえき溺れるくらいだしてえ!」

 

「すごいぞ、真桜……っ。こんな動き続けられたら、俺だって……!」

 

 動かすというよりは、ぶつけているといったほうが正しいのかもしれない。作法もなにもなく、真桜はただ腰をぶつけ男根を擦り上げているのである。動き自体は乱暴かもしれなかったが、それは一刀の心に確かに響いていた。早く一緒に絶頂を迎えたい。その一心で、下から腰を打ち付けていった。

 

「あかん、あかんてえ! いま一刀はんに突かれたら、ウチ……すぐにイッてまうからぁあああああ」

 

「いいから……っ! ふたりで一緒に気持ちよくなろう、真桜」

 

 否定を口にする真桜の思考を上書きしてやろうと、一刀は果敢に攻めの姿勢を作った。

 胸から離した手を太ももに回し、一番深くつけるタイミングで腰を突き上げていく。感じる箇所を強く責められた真桜は、大きく表情を歪ませ息を吐いた。

 

「ほんまに、ええんか……っ!? やあっ、すごっ……っ。んっ、お……、おおっ……おぐっ!? そ、そんならウチもがんばるから、一刀はんのチンコ、もっといっぱい感じさせてえ……!」

 

 突く、突く、突く。抉る、抉る、抉る。攻勢に入った極太の男根による猛攻を受け、真桜の意識は塗り替えられていく。

 ぷりっとした尻肉を跡がつきそうなくらい握って、熱く滾った刀身を一刀は突き込んでいったのである。狂おしいほどの快感。総身がざわめきたち、絶頂めがけて一直線に駆け抜けていく。真桜の絶叫に近い声が、寝室内で反響していた。

 

「あぐうぅううう、うはあっ……! もうイク、イクからあぁああああ! 一刀はんも、ちゃんと気持ちよくなってな……っ」

 

 その言葉通り、膣内はどんどん締め付けを強くしていっていた。

 

「好きっ、好きい……! 一刀はんのことも、ぶっといチンコのことも好きい! ウチ、ああっ……いっくううぅうううううう……♡」

 

 真桜の身体が跳ねる。全力の締め上げに合わせて、一刀の突き上げもラストスパートを迎える。

 

「うぐううっ……! 出すぞ、真桜の中に……っ。どろどろになったマンコしっかり締めて、全部飲み干せ……っ!」

 

「きて、きてえ、一刀はん……っ。孕んでしまうくらい、ウチに子種飲ませてえ!」

 

 雄々しい叫びをあげながら、一刀は子宮口に向けて大量の精液を放出していった。

 

「ああぁああっ……! しゅご、これしゅごいいぃいいいい!? おふっ、んやああああぁあああ……♡」

 

「う、おおっ……! 真桜、真桜……っ」

 

 離さないとばかりに、尻ごと手前に身体を引き寄せていく。膣内では、男根が激しく何度も何度も脈打っていた。精力に満ち溢れた男根は壊れた蛇口のように精液を吐き出し続け、女の身体を絶頂に導いている。真桜は規格外の量の精液を体内で受け止め、満足そうに身体を震わせていた。

 

「んん~! 気持ちよかったなあ、一刀はん」

 

「おう、最高だったな。真桜のおかげで、色々とすっきりできたよ」

 

 後始末を終え、どちらも裸にゆるりと袍を纏っている。

 

「えへへー、そりゃあよかったわ。おかげで、ウチはべっとべとやけどな」

 

 確かに、真桜は身体中汁まみれといった様子であった。膣内に受けた精液はともかく、肌にかかった分くらいは落としたいはずである。

 

「さすがに、湯がほしいくらいだな。あとで持ってこさせよう」

 

「うん、それがええなあ。拭きあいっこもできるし」

 

 抱きついてきた真桜の身体を撫で、一刀は笑みをこぼした。滅多に見られないであろう無造作に解かれた髪に手を伸ばし、指先で遊ぶ。汗に濡れた髪に触れていると、行為のことを鮮明に思い出してしまう。すると自然、下腹部は血の巡りが良くなっていった。

 

「あれえ、またチンコ大きくなってるでえ? 大将、そんなに欲求不満やったんか」

 

「真桜の身体をこんな近くで見てれば、そりゃあね」

 

 多少はぐらかした態度を取りつつ、口づけを交わす。まだまだこうしていたい気持ちはあったが、いまでさえのんびりしすぎているくらいなのだ。これ以上となっては、予定している政務の相談にも遅れてしまうことだろう。だからまた今度、という意味を込めて一刀は真桜の額に小さくキスをした。

 

「はあ、しゃーないなあ。まっ、あんまり独り占めしてたら凪に怒られてしまうし、今日はこのへんにしとこか。あ、でも朝ごはんくらいは一緒に食べてくれるんやろ?」

 

「ああ、それくらいなら問題ない」

 

 切り替えが早いのも、真桜のいい部分である。どうしてもとせがまれれば、流されてしまうこともあったのかもしれない。

 使用人に声をかけ、湯を用意するように一刀は命じた。まだまだ、一日は始まったばかりである。



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五章 狼煙
一(鈴々)


 馬家のふたりが逗留している屋敷。朝方、その厨房では馬超自らが食事の準備をしていた。昨日の当番は馬岱だったから、その次は自分。基本的には、馬家の食卓は日替わり当番制となっていた。

 鍋にたっぷりと張った湯のなかでは、米がぐつぐつと躍っている。いい具合になったところを匙ですくい、馬超はふたつの椀に分けてよそっていった。

 

「……っとと、危ない危ない。また、焦がしちまうところだったぜ」

 

 鍋の隣では、羊の干し肉が焼かれていた。いかにも香ばしく、食欲をそそるような匂いが厨房全体に漂っている。焦げる寸前であった肉を慌てて退避させると、馬超は身を裂いて湯気の立ち上る粥の上に盛り付けていった。

 

「これでよし……っと。さてと、蒲公英のやつは……」

 

「おはよー、お姉さま。わかってはいたけど、今朝もそれだよねえ」

 

 作ってもらえるのはありがたいことだったが、たまには別のものを食べさせてはもらえないだろうか。そんな風に微妙な心境で、馬岱は小さくため息をついた。とはいえ、武一辺倒である従姉妹の料理の腕がどのくらいなのかはよく知っている。だから、粥はもっとも安全な選択肢だともいえるのだ。下手に刺激をして、想像の斜め上を行く料理を出されたのでは朝からげんなりとしてしまうに違いない。

 

「なんだよ、蒲公英。文句があるのなら、あたしが全部食っちまうからな」

 

「えー、それはだめだってば!? はあ……、叔母様はともかく、(るお)くらい一緒に連れてくればよかったかもー」

 

 自分の椀を確保しつつ、馬岱はそうポツリと洩らした。

 (るお)、というのは馬超の妹である馬休(ばきゅう)のことである。真面目な性分をしており、なにかと奔放な姉妹たちの面倒をみていることも多かった。それだけに家事の才能には秀でており、馬休がいれば日々の献立に悩むことなどなかったはずなのだ。

 さすがに自領の備えが薄くなるからと馬騰は手元に末妹の馬鉄(ばてつ)共々置いているのだが、無理矢理にでも引っ張ってくればよかった、と馬岱はいまになって後悔しているのである。

 

「そういえばさ~」

 

「蒲公英、まだなにか言いたいことでもあるのか? 肉を箸で突っついてないで、さっさと食えっての」

 

 少々声を荒げながら、馬超は椀を傾けて粥をかきこんでいった。今日はこのあと、関羽の騎馬の調練に付き合う予定なのである。

 始めた頃から比べてみれば、見違えるような動きをするようになっていた。北郷軍が涼州産の良馬を買い入れたことも要因のひとつではあったが、広大な原野を連日駆け回っているだけに動きのキレもよくなってきているのである。

 だが、まだまだ自分の率いている騎馬兵には及ばないだろう、とも思っている。自軍の実力を過信しているわけではなかったが、それだけ馬超には自信があったのだ。

 連携ひとつとっても、馬超の麾下の兵は一糸乱れぬ動きをする。一本の槍のごとく突き進むときも、翼のように拡がって敵を包み込むときも、それは同じだったのである。

 

「くすくすっ。いやいや……お義兄(にい)さまとは、どこまで進んでるのかな~なんて」

 

「は、はあっ!? それになんだよ、そのおにいさま、ってのは……!?」

 

「うふふ、お姉さまったら動揺しちゃって可愛いんだからあ。だって北郷さんは、お姉さまにとっての良い人なんでしょー? そのうち結婚とかもするんだろうし、たんぽぽからしてみれば義理のお兄さんになる、ってことだよね。だからー、お慕いしてお義兄さま、ってお呼びしてるんだよ」

 

 結婚、という言葉を聞いて、馬超の顔が瞬時に赤くなっていく。

 確かに、馬岱のいっていることに間違いはない。まだ口づけを交わしただけの関係ではあったが、そのこと自体予想だにしなかったことなのである。出立の日に見た母の顔が、馬超の脳裏に浮かぶ。からかわれているだけだと思っていたが、半分は本気だったのだろう。

 やがては、あのひとの妻となる。これまで欠片ほども考えていなかったことが、いまは現実としてはっきりと存在していた。

 

「け、けけ……結婚って、あたしたち……まだそんな」

 

「この前聞いたんだけど、近いうちに叔母様と会談するつもりなんだって。お義兄さまってすごく甲斐性があるし、きっとそういう話しにもなると思うんだよねえ。お姉さまだって、そのへんはっきりしてもらえるほうが嬉しいでしょ?」

 

「はっきりって、ええ……だってそれって一刀殿と!? う……、ああああああ、あたし……っ、ごちそうさまっ!」

 

「え……、ちょっと、お姉さま……!?」

 

 馬超は朝食の残りを胃に流し込んだかと思うと、物凄い速さで屋敷を飛び出していった。その姿を呆然と見送るしかなかった馬岱は、やはり馬超は馬超のままか、と左右に首を振った。

 

「お姉さま、いつまでもあんな感じで大丈夫なのかなー? お義兄さまの周りには素敵な女の人がたくさんいるし、下手したら放ったらかしにされっちゃうかも」

 

 相変わらず、戦場以外では手のかかる従姉妹である。残った椀を渋々洗いながら、馬岱はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 城内の一角では、剣術の稽古が行われていた。師事するほうとされるほうでは、力量の差は火を見るより明らかである。

 

「え、ええいっ! たあっ!」

 

「だめだめ、そんなの当たりっこないって。ほら、一本だ」

 

 先祖伝来の大ぶりな剣を必死に振るう劉備。対する一刀は真剣ではなく、(いかめ)しい木刀を手にしていた。

 劉備による腰の入っていない弱々しい一撃を最小限の動きでかわし、頭頂部を木刀で軽く小突いてやる。これが戦場であれば、とっくに決着はついている。向き直った劉備の額には、汗の筋が何本もできていた。

 

「はあ、はあ……。ごめんなさい、ご主人様。せっかくこうやって教えてもらっているのに、ちっとも上手くならなくて……」

 

「こっちも好きでやってるんだから、気にしなくたっていいさ。これだって、剣を使ったことのない新兵に教える場合の参考にもなるしね」

 

「な、なんだか、それはそれで心に突き刺さるものがあるかも……?」

 

 全てを修めたわけではない自分が師範面をして指導するのもどうかとは思ったが、このところ旗本の兵たちに請われて示現流兵法を教えることもあった。

 もし、このことを祖父たちが知ればどう思うのだろう、とたまに考える。

 未熟者がしていいことではないと叱られるのか、それとも異国の地でよくやっていると認めてもらえるのだろうか。しかし、自分がいるべき世界はもはやここなのである。だから、一刀が故郷を脳裏に思い描くのは、恋しさからではない。

 

「もう一回お願いします、ご主人様。いきます……っ」

 

 戦場経験のある兵であれば、ある程度のかたちはそれほど時間をかけずに作ることはできた。それとは別に、真っサラな新兵を教えるときは、さらに丁寧に行う必要がある。

 劉備ほど指導に難義する生徒はなかなかいないが、それはそれでやり甲斐があるともいえよう。

 

「いたいたー、お義兄さま。鈴々、いまってなにしてるとこなの?」

 

「んー? なんでも、お姉ちゃんが剣を習いたいっていうから、お兄ちゃんが教えてあげてるところなのだ」

 

 鍛錬をしている二人の近くにいた張飛を見つけ、馬岱は声をかけながら駆け寄っていく。芝生に座っている張飛は、蛇矛を磨く手を止めずに振り向いた。

 

「へえ、桃香さんがねえ……? それで、上達しそうなの、鈴々?」

 

「にゃはは、ちょっと難しい……、かも? お兄ちゃんはがんばって教えようとしてるけど、さっきからずっと一緒なんだもん」

 

「あはは……、だよねえ。兵を動かすだけならともかく、桃香さんは自分で剣を振るう、って感じじゃないよ」

 

 再開されていく稽古に、馬岱は目を移す。

 斬り結ぶ前の段階から、勝敗は決しているようなものだった。一刀の木刀の切っ先は、ぴたりと天を向いて静かに佇んでいる。それとは対照的に、劉備の剣はふらふらと左右に揺れているのだ。

 これでは、振るった剣で自らを傷つけかねない。

 

「桃香は、どうしてもその剣で闘いたいんだよな」

 

「うん、これじゃなきゃ、きっとだめ。この剣には、ご先祖様たちの志も宿っていると思うから。そういうのも全部背負って、わたしは闘いたい。ご主人様の闘いだって、そうだよね?」

 

 優しいところに目が行きがちだが、ある部分では頑固なのが劉備だった。

 一刀の行く道が、平坦なものでないということは理解している。それでも、ついていきたいと決意した。あの日から、その思いは少しも変わっていない。

 

「そういうと思ったよ、桃香。だったら、もう少し基礎的な部分からやっていこうか。次までに訓練用の木刀を作っておくから、いまはこれでやってみよう」

 

「ありがとうございます、ご主人様。あ……、これ結構重いんだね」

 

 剣を鞘にしまった劉備は、一刀の使っていた木刀を受け取った。

 汗で張り付いた衣服が、艶かしさを放っている。本人がそのつもりでなかろうと、豊満な身体からは雌のフェロモンが漂っているようであった。

 

「ねえねえ、鈴々」

 

「なんなのだー? 鈴々、これでも武器のせいびに忙しいのだ」

 

 確かに、武人にとって愛用の武器の手入れは重要だ。馬岱だって、それはよくわかっている。

 

「鈴々も、お義兄さまに愛してもらうときがあるんだよね。それって、どんな感じなの?」

 

 唐突な質問だっただけに意味がよく通じなかったのか、張飛はしばらく困ったように眉根を寄せて考え込んでしまう。

 単に閨房の感想を求めるのであれば、程昱や于禁あたりに尋ねるのが早いのだろう。それでも張飛を選んだのは、より純粋な話しが聞きたかったからに他ならない。

 

「えっとね……。お兄ちゃん、すっごく優しくなでなでしてくれるのだ。にゃんにゃんしてるときはずっと、鈴々のことかわいー、って抱っこしながらたくさんちゅーまでしてくれて……えへへ」

 

 一刀との逢瀬を思い出してか、幼いながらも張飛は恥じらいを見せている。つい先日も、閨で抱きしめられながら一晩中愛されたばかりなのである。

 そのとき感じていた熱い吐息や、荒々しい男根の硬さ。生々しく蘇っていく感覚に、張飛はぶるっとつま先までを震わせてしまう。

 兄のようであり、父のようでもある男。普段は無邪気に触れ合える存在だというのに、閨に入るとそれはしばしば一変してしまう。

 未熟な窄まりを遠慮なく突き上げ、子供らしくない声を上げさせようとしてくる男根。小さな身体の中も外も、熱く煮えたぎった精液によって散々交合のよさを覚え込まされてしまっている。

 いま思い出すだけでも、腹の奥の部分が疼いてきてしまう。体験を語る張飛の頬は、うっすらと上気し始めていた。

 

「へええ……、そうなんだ。いいなあ、鈴々」

 

「だから鈴々も、にゃんにゃんがおわったら、ちゃんとお兄ちゃんのちんちんきれいにしてあげるのだ。お口のなかでもごもごーってしてあげると、お兄ちゃんすっごく喜ぶんだよ? こうして、ちゅぷ、じゅる……っ」

 

 交合の内容を包み隠さず話しつつ、張飛は自身の指を何本かまとめて咥えてみせた。それがなにを意味しているのかくらい、馬岱にもわかる。

 張飛からしてみれば遥かに物足りない太さではあったが、男根に見立てた指に唾液を絡めてじゅぷじゅぷと吸っていった。

 

「にゃあ……。お兄ちゃんのちんちんのおっきさは、このくらい……かも」

 

「ちょ……、あの……鈴々っ!?」

 

 本能に火がついてしまったのか、張飛は磨いていた蛇矛に跨ると満足そうに微笑んだ。

 水気の増したスパッツ越しの秘裂を、得物の太い幹がぐっと押し上げている。ぷっくりとしたそこからは、いまにも粘液の音が聞こえてきそうなくらいだった。

 張飛は自身の指に奉仕を加えながら、恐る恐る腰を前後させていく。

 いきなり始まってしまった、青空の下での自慰行為。成り行きによって見守っている馬岱も、そのような痴態を見せつけられて次第に感覚が麻痺していったのかもしれない。

 一刀にされている場面を想起しながら軽く胸を揉みしだくと、甘い痺れが心地よく拡がっていった。

 

「んっ、あふっ……。鈴々、そんなにお義兄さまのこと好きなんだ……」

 

「うん、大好き。んっ、にゃあっ、くふっ……。優しいところも、かっこいいところも、怖いところも……鈴々、ぜんぶ好きだもん……んやあっ」

 

「素敵だもんね、お義兄さま。わたしも、触ってもらったら鈴々みたいになっちゃうのかな」

 

「ぜったい、そうなっちゃうの……だあ……っ。はあっ、んくっ、あっ、んううぅうう」

 

 スパッツの擦れ合っている部分から、愛液が滲みだしている。張飛はいま、どれほどの快楽を得ているのだろう、と馬岱は羨ましく思った。

 いくら知識として知っていようが、所詮はそこまでのことなのである。

 愛するひとに触れられ、高みに導かれるという感覚。それがどういうものか、自分はまだよくわかっていない。一抹の寂しさが、馬岱の心中を過ぎっていく。

 

「鈴々、そこクニってされたら……、やああっ。お兄ちゃんにされてると思うと、とっても気持ちいいの……。いけないことなのに、もっと、もっとって……んんっ!?」

 

 蛇矛の硬い柄で、敏感なクリトリスを押しつぶしてしまったのだろう。自身では加減を知らないだけに、強い快楽を求めてぐいぐいと何度もそこに押し付けてしまう。

 張飛は指を咥えた口から唾液をこぼしながら、あられもない姿で自慰を続けていく。布地に隠れて幼気な乳首は強く隆起し、摩擦によって身体へ快感の波を送っていった。

 こうなることの切欠を作ってしまった馬岱は、ただその姿を見ているしかなかった。

 いや、それだけではない。年下の少女の色気にあてられて、女の部分がじんと熱くなってしまっている。一刀に力いっぱい抱かれたい。そのことだけを、馬岱の身体は求めかけていた。

 

「あっ、んぐっ、んぶうぅ……! じゅぱっ、れろ、はっ、んひぃ……っ!?」

 

「もしかしなくても、鈴々イッちゃいそうなんだ……? お義兄さまのこと想像しながら、たくさん気持ちよくなっちゃうんだね」

 

「うんっ、お兄ちゃんすきぃ……! 鈴々、お兄ちゃんにたくさん見てもらいたいのだあ……っ。お兄ちゃん、お兄ちゃん……んんっ……♡」

 

 腰を前後させる動きが、明らかに加速していった。

 絶頂を迎えようという張飛は、しきりに一刀の名を呼んでいる。その声は、当然本人にも届いていたのだ。

 

「なんだー、鈴々? 桃香の鍛錬も一旦終わったし、飯にでもするかー?」

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、んぐぐっ……お兄ちゃ……んあう、ううぅううう♡」

 

 絶妙な距離感だ。

 一刀のいる位置からでは、馬岱の身体が盾となって張飛の行為がはっきりとは見えていない。喘ぎ混じりの声を不審には思ったようだったが、馬岱がまたなにかイタズラでもしているのか、と笑いかけてくる程度だった。

 

「え、えへへっ、もうそんな時間なんだ。たんぽぽも、お腹空いちゃったかも」

 

 全身を突き抜けるような快楽に身を震わせる張飛のことを誤魔化すように抱きしめ、馬岱は苦笑いを浮かべた。

 思えば、別に隠す必要のないことなのである。ここで一刀がやる気になってくれるほうが、むしろ馬岱にとっては未知の経験をする好機でもあったのだ。

 

「あははっ、どうしたの鈴々ちゃん。すっごく汗かいてるけど、平気なの?」

 

「う……、うぅうう、ん……♡ 鈴々はへーきだよ、お姉ちゃん」

 

 幸せそうに声を絞り出す張飛の姿には、やけに艶めかしさがあった。絶頂の余韻は、まだその身体に残っている。

 

「そ、それならいいんだけど。今日の鈴々ちゃん、なんだかすごく色っぽいね……」

 

「は、はははー、それはきっと桃香さんの気のせいじゃないかなー? それよりお義兄さま、たんぽぽもお昼一緒に行っていい?」

 

「ああ、言われなくても誘うつもりだったからな。この前行った鈴々お気に入りのラーメン屋がうまかったから、またそこにしようと思うんだけど」

 

「うん! たんぽぽはなんだっていいよ! ほら鈴々、立てる? お義兄さまが、ラーメン奢ってくれるんだって」

 

 そう言って、馬岱は張飛の身体を引き起こしてやる。湿り気を含んだ熱っぽい息が、首元に吹きかけられた。馬岱は洩れそうになる声をなんとか我慢し、張飛の肩をぱんっと打った。

 

「お寛ぎのところ、申し訳ありません。殿、少しよろしいでしょうか」

 

「なんだ胡車児。こうやって出てきたっていうことは、急ぎの用件か」

 

「はい。我が手の者が、殿にご報告があるようでして」

 

 胡車児が相変わらず神出鬼没な登場の仕方をするので、それに慣れていない劉備などは驚きで目をパチクリとさせている。

 配下に加えてから、胡車児にはまず五人の間諜を鍛えさせていた。それらの者はこの涼州内部だけでなく、各地向けて放ってある。

 益州、荊州、兗州、そして洛陽のある司隸。今回報告に戻ってきたのは、司隸方面に潜ませていた間諜のようだった。

 

「そうか。都に、動きがあったのか」

 

「どうやら、そのようです。詳しいことは、当人よりお聞きください」

 

「わかった、それなら役所のほうに連れて来てくれるか。桃香、鈴々、蒲公英。今度また付き合うから、今日は俺抜きで行ってきてくれ」

 

 民政を担う役所には、外出していなければ郭嘉と程昱が詰めているはずである。

 中央の政治に関わる大きな報告であるだけに、この二人にもまず知らせるべきだと一刀は判断した。

 

「わたしたちのことは気にしないで、ご主人様。都のお話しっていうことは、きっと月ちゃんたちのことでもあるんだよね」

 

「助かるよ、桃香。みんなにも後で集まってもらうことになると思うから、そのつもりでいてくれるか」

 

「はーい、お義兄さま。それなら、今のうちに腹ごしらえしておかないとね」

 

 客将の立場ではあったが、董卓の行動の如何(いかん)は馬家にとっても気になることである。この場では、張飛ひとりだけが心ここにあらず、といった感じになっていた。

 いよいよ、時代が動く時がやってくる。晴天を真っ直ぐに見上げ、一刀は董卓たちの無事を祈るのだった。



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二(詠、月)

 吹き抜ける風に、冷気が含まれている。

 天の御遣いの軍勢と別れてから、もう半年以上が経過していた。

 あれから董卓は陣所を洛陽の西、河東(かとう)郡に移していた。将軍たちには連日のように兵を走らせ、常に気を引き締めさせている。それは軍馬についても同じことであり、日頃から駆けさせておかなければ、急事の際には使い物にならなくなってしまうものだ。

 現在の洛陽には、かの袁紹と袁術も駐留している。漢朝の名門を自負する袁家の両人は、宦官嫌いとしてもよく知られていた。

 大将軍何進は、宦官らを除きその手に権力を集中させることを狙っている。そのために、自身の力となりそうな者を都に招集していたのだ。董卓のところにも、その要請は度々来てもいる。

 袁家の姉妹は、太后の縁者として成り上がった何進のことも快く思ってはいなかったが、いまのところ協力の姿勢を保っていた。ふたつの勢力の均衡は、なにかのきっかけがあればすぐにでも崩壊してしまうだろう。そこに、付け入る隙があった。

 何進や宦官たちの動きは、この河東郡にいる董卓にも伝わっていた。洛陽にいる盧植が、なにか変化があればすぐに書簡を寄越してくるのである。しかし、この日は駆けてきた伝令の様子が違っていた。

 疾駆するのは、騎兵の集団。いくつもの土煙が上がっている。その先頭を、見事な手綱さばきで突っ走っている女がいた。

 

「どけ、どけえっ! ウチらは、都の盧植将軍からの急使や! 仕事を邪魔するやつがおったら、ぶった斬ってでも進ませてもらうからなあ!」

 

 女の気迫と荒々しい言葉遣いに、精強な涼州兵ですら腰が引けてしまっている。陣所の門番を任されている部将さえも、その進軍を憚ることはできそうにもなかった。

 女の後ろには、十頭ほどの騎馬が続いている。

 

「なんだろう、陣のなかが騒がしいわね。月、ボクちょっと見てくる」

 

「うん。お願いね、詠ちゃん」

 

 陣屋内で董卓と話していた賈駆は、そう言って立ち上がった。

 最近はそうでもなくなってきていたが、初めの一月くらいは胸にぽっかりと穴が空いてしまったような気分だった。むしゃくしゃする。それでも、言葉をぶつけたい相手が側にはいなかった。

 たまに自分だけになると、隠れて声に出してみることもあった。一刀。名を呼んでみると、不思議と安心することができた。こんな気持を、董卓も抱いているのだろうか。ぼんやりとそう思いながら、自らの指で火照る身体を慰めた夜もあった。

 

「……む、賈駆か。お前がいるなら丁度いい。こやつが董卓さまに用があるというのでな、後は任せていいか」

 

「はあ……、月にぃ? それで華雄、そっちの寒そうなのは誰だっていうのよ」

 

 賈駆が陣屋から出てみると、そこには華雄と先程の女の姿があった。引き締まった肉体が、露出の激しい装束からのぞいている。胸に至っては布のさらしを巻いているだけであり、締め付けられた柔肉が存在感たっぷりに鎮座していた。

 雰囲気を見ただけで、張遼がただ者でないことはわかった。警戒する賈駆に対し、張遼は表情を崩して話しかけた。

 

「寒そうなんて、ひょっとしてウチのことか? そんならウチは張遼、盧植将軍に頼まれて、ここまで馬を飛ばしてきたって次第や。書状も預かってるし、確かめるんなら確かめてや」

 

「あんたが、風鈴さんの? ちょっと貸して……。うん……、これなら間違いなさそうだね。ボクは賈駆、案内するからついてきて」

 

 董卓と挨拶をしてから一言二言交わすと、張遼はすぐに報告をはじめた。

 

「簡潔に伝えるけど、ええな? 今朝、大将軍が死んだ。それも、嘉徳殿の真ん前でな。何進め、散々宦官どもをどうにかしたるって意気込んでたくせに、まんまと罠にかかりよった」

 

「何進将軍が……!? それで、洛陽の様子はどうなっているんですか」

 

「さあなあ……。ウチはすぐに出立したから詳しいことはわからんけど、大混乱なのは間違いないとは思うで。呼ばれたときには盧植将軍も兵の準備しとるみたいやったし、なにより袁家の連中が黙っとらんやろ。せやから十中八九、闘いにはなってるやろなあ」

 

 何進が殺されたと聞いて、董卓の表情が変わった。ある意味、この時を待ちかねていたといってもいいのである。

 朝廷内部を浄化するのであれば、かねてからのさばる宦官だけでなく、太后たる妹の地位を利用して、権力を振りかざしている何進も除かなくてはならないと考えていた。その二つが潰し合ってくれているのであれば、これはまたとない機会だといえよう。

 

「こうなってくると、陛下がどうなされているのかが気になるわね。誰かが手に入れて囲ってしまう前に、ボクたちも動かないと。あの袁家に取られてしまえば、相当厄介なことになるわよ」

 

「そうだね……、うん。詠ちゃん、すぐに出陣の準備を始めて。動かせる兵から順次動かしていくけど、先陣は華雄の騎兵に任せようと思う。わたしたちも遅れないように、急いで洛陽へ向かうよ」

 

 陣所を構えているこの地から兵を全力で駆けさせれば、半日もかけずに都にまで到着できるはずだった。

 袁紹も袁術も、洛陽へは大した数の兵を連れてきてはいない。だから先手を取れば、事を上手く運べるはずなのである。反対に時間をかけてしまえば、他勢力の介入を許してしまう恐れもあった。

 

「張遼、だったわね? あんたは、これからどうするつもりなの。洛陽に帰還するっていうのなら、ボクたちに同行してくれてもいいけど」

 

「おっ、やっとこっちのこと聞いてくれたなあ。ふふん、そうやなあ。どや……、いっちょウチのこと使ってみるか、董卓将軍?」

 

 豪放な笑みを浮かべる張遼。堂々と伸びた背筋には、武人としての自信が現れている。

 

「それは、わたしたちに協力してもいい、ということですか張遼さん」

 

「おう、ええでええでぇ! ちょっとばかし前に盧植将軍から聞いたんやけど、あんたらは洛陽行ってやりたいことがあるんやろ? それになんやろな……。優しそうな顔してるっちゅうのに、なんでかあんたからは戦の匂いがプンプンする。そういうのは、嫌いやないで。闘うことは、ウチの大好物やからな」

 

「戦の匂いがするって、なによそれ? まあ、そっちにやる気があって月がいいっていうのなら、ボクに異論はないんだけどね。あんた、なかなかやれそうだし」

 

「それなら詠ちゃん、張遼さんにも騎兵を幾らかつけてあげて。どうでしょう、華雄と並んで都へ先行してもらえないでしょうか、張遼さん」

 

「よっしゃ、任された! そんなら、ウチのことは(しあ)でええ。やれそうやったら、どさくさ紛れに袁家の首まで獲ってきたるわ!」

 

「わかりました、霞さん。でしたら、わたしのことも月と呼んでくれますか」

 

 勇ましく気炎を上げる張遼を、董卓は真名を許してから送り出した。にわかに、陣全体が騒がしくなっていく。兵たちは慌ただしく武具をつけ、槍や戟などを持つと将に従って飛び出していった。

 ひとしきり編成の指示を出し終わると、また賈駆と董卓のふたりだけになった。洛陽に入れば、のんびりと話している余裕もなくなるはずである。だから賈駆には、出発前に聞いておきたいことがあった。

 

「いよいよなんだね、詠ちゃん」

 

「……月は、これでよかったんだよね? あいつが、一刀が側にいないまま事が起きて」

 

「そうだね。うん、きっとそうなんだと思う。一刀さまには、一刀さまにしか出来ないことがあるんじゃないかな。それは、わたしたちにだっていえることだもの」

 

「ボクたちが洛陽周辺の腐敗を一掃している間に、あいつがうまく力を蓄えることができればいいんだけどね。忙しくなってくるわよ、色々と」

 

 女としての願いを遂げた日のことを、董卓は思い返していた。温かくて、優しい感情が蘇っていく。だけれども、それはいま遠い遠いところにあるようにも思えた。

 この先、自分はおびただしい量の血を流すことになるのだろう。宦官を誅殺し、賄賂に身体を浸した役人たちを粛清しようというのだ。しかし、例え非難に晒されようと、次代の国造りのためになんとしてでもやってみせる。董卓は、そう決心していた。

 

「そうだね。必ず反発が起こるのだろうけど、これはいずれ誰かがやらなくちゃいけないことなんじゃないかな。けれども……、そんな重石を背負うのは、この董卓だけでいい。詠ちゃんたちを巻き込んでいることだって、わたしは……」

 

 自分が一度なだらかに戻した国の地盤を、別の相応しい誰かが引き継いでくれればそれでいい。それが一刀になるのか、はたまた曹操になるのかは当然董卓にもわからないことである。

 それでも、現状のまま国が緩やかに死を迎えていくよりはましなのだろう。それを考えれば、ここでやるしかないと思えた。

 

「あー、もう! ほんとに、月は優しすぎるんだよ。ボクひとりだったら、絶対そんな選択なんてできっこないと思う。……ねえ、月っ」

 

「なに、詠ちゃ……、んっ!? んむっ、ぷあ……っ、ちゅぱ、んくっ……」

 

 ほとんど、一瞬の出来事だった。

 董卓に抱きつきながら、賈駆はその柔らかな唇を奪ったのである。ほとばしりそうになる感情を相殺するには、こうするしかないという気がしていた。

 いきなり口づけをされた親友は、なにも言わずに全てを受け入れてくれている。

 

「んっ、月っ、はあっ……、ちゅむ……。もっと、んぷ、ちゅる……」

 

 瑞々しい唇を何度も啄んでいると、ふと舌に触れてしまった。いいんだよ、と言わんばかりに、董卓の舌が優しく唇に触れてくる。

 嬉しさと、恥ずかしさ。一刀としていたときとは、また別の高揚感があった。思えば、ずっとこうしてみたかったのかもしれない。

 

「あむっ、ず……っ、じゅう……、ん」

 

 壊さないように、丁寧に舌先から自身の口内へと迎え入れていく。吸うごとに感じるのは、唾液の甘さだった。

 どちらが先に求めたのだろうか。絡み合う指先が、身体をしっかりと引き寄せ合っている。それでも、決して荒々しい感じはしない。

 董卓の献身的な姿勢が、誇らしくもあったし、恐ろしくもあった。誰かがしっかりとつかまえていなくては、この子はきっとどこかで消えてしまう。賈駆には、そんな風に思えて仕方がなかったのだろう。

 つかまえることができるのは、ここでは自分しかいないはずである。だから、こうしてそのことを証明してみせている。

 

「ちゅ、ちゅっ、じゅぷっ……」

 

「はあっ、れろっ、ちゅうううう……っ。んんっ、詠……ちゃん」

 

 董卓の舌が口内で蠢き始めている。間違いなく、この動きは一刀に教えられたものなんだろうな、と賈駆は少し嫉妬に似た感情を覚えていた。とはいえ、それは自身にもいえることなのである。

 舌をもぞもぞと動かし、粘膜を必死になって擦り合わせていった。気持ちいい。これを続けてしまえば、脳内が溶けてしまうのではないか、と賈駆は背中をぞくりとさせた。

 

「これっ、やば……っ。んっ、じゅうっ、ちゅく……、月……っ」

 

 自分と董卓だけがいれば、他には誰もいらないと考えていた時期もあった。そこをこじ開けられた、と表現するべきなのだろうか。そのこじ開けた空間に、どっしりと収まってしまった男がいる。

 今度会ったときには、その男の額に、手痛い一撃を食らわせてやるつもりだった。

 

「ちゅく、んっ、ちゅぷ……、んんんっ……、はあっ」

 

 熱に染まった吐息が、互いの顔にかかっているのがよくわかった。

 ゆっくりと、繋がっていた唇が離れていく。それぞれの間にできた唾液の糸が切れていく様子を見つめながら、賈駆は董卓の頬を愛しげに触れた。

 

「……ボクと月が内緒でこんなことしてたって知ったら、一刀のやつ怒るかも?」

 

「どうなんだろう? 多分一刀さまのことだから、逆に喜んでくださるんじゃないかな? 女の子同士の仲良しなら、きっと気にはされないと思うの。それにほかでもない詠ちゃんとなら、わたしもっと色んなことしてみたっていいんだよ? なんてね、えへへ……」

 

 こんな状態でそう言われたのでは、冗談かどうなのか賈駆には判別をつけることができなかった。

 大切な親友の潤んだ瞳。こうして見ていると、一刀が惹かれるのも当然だと思えた。もう一度だけ、惜しむように口づけてみる。後味は、少しだけ寂しかった。

 董卓の微笑んだ表情を、いつまでも見ていたいと賈駆は切実に願った。しかし、すでに戦雲は辺りに拡がっているのである。

 軍馬の嘶きが聞こえる。

 董卓軍の首脳である二人には、悠長にしている時間などなかった。曳かれて来た馬に跨ると、董卓は総大将としての姿をすぐさま取り戻した。出陣の号令を下しているところなど、勇ましくさえある。

 

「行こっか、詠ちゃん。始めよう、わたしたちの闘いを」

 

「うん、行こう。風鈴さんだって、向こうで待っているだろうから」

 

 董の一字の旗が、原野にいくつも揺らめいている。ほどなくして、気合を入れるように鯨波の声が拡がっていく。

 土煙を上げながら、軍勢は洛陽を目指し進軍を開始した。



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三(風、稟)

 机を間に挟み、茶を喫している二人。何度か使用した茶葉のためか、少々味が薄く感じられていた。かといって、どちらもそのことを口にしようとはしない。

 この茶葉は、以前洛陽から来たという行商人から買い上げたものだった。わざわざ遠く涼州まで足を運んでくるとは、とその時は感心したものである。

 経済を回していこうと思えば、この狭い地域だけにこだわっていてはいけない。かといって、外部から来る人間ばかり優遇したのでは、土着している商人との軋轢が生まれてしまう。

 結局、なにごとも塩梅が大切なのである。そのことに悩んでか、まだ茶の残った湯呑を机にとんと置くと、郭嘉は眼鏡を外し指で眉間を揉んだ。

 

「お疲れですかー、稟ちゃん?」

 

「おう、それもそうだろうぜ。何日か前の晩だって、女泣かせの旦那のところに泊まってきたんだろう? まったく……、足腰がふらつくほどがっつくなんて若いねえ」

 

「こら宝譿、いくら本当のことだからって、言っていいことと悪いことの判別くらいつけられないのですか」

 

 素知らぬ顔をして頭上の宝譿に語らせる程昱は、普段どおり飄々としている。郭嘉の求め方が激しいのはよく知っていることだから、半分はカマをかけているようなものである。

 

「してないから! ……そこ、までは」

 

「あれえ、そうなんですかー? やっぱり稟ちゃん、どこか具合でもよくないのでは」

 

「風、あなたはわたしをなんだと思っているの……」

 

「えー? ほんとに言っちゃってもいいんですかー?」

 

「いや、もういいから! これ以上、わたしの頭痛の種を増やさないでください!」

 

 民政の責任者として漢陽郡の統治を気にかけるのは勿論のことだが、郭嘉の軍の参謀としての目は洛陽へ向いていた。

 董卓が、洛陽を制圧した。そこまでは、特になにも問題はなかったのである。董卓は一刀の同盟者であるし、個人的な関係が深まっていたことも知っていた。どのような形になるにせよ、世の中が落ち着きを取り戻すのであればそれもいいのだろう。郭嘉も、そう納得するようにはなっていたのだ。

 だが、それがどうにもきな臭くなってきている。初撃の優位さを保った董卓軍は、兵力で劣る袁家の勢力をいとも簡単に打ち払ってしまっていた。間諜が伝えてきた限りでは、なかでも華雄、張遼、そして呂布の働きは凄まじかったという。

 そんな武名高い将軍を抱える軍に、宦官たちが戦で敵うはずもなかった。どうにもならないと見た段珪(だんけい)らは、帝とその妹を連れて逃げようとしたが、その動きは盧植によって察知されることとなる。

 最終的には河水まで辿り着いた段珪たちだったが、あたりを囲まれどうにもならない状況となった。そこでついに生き延びることを諦め、董卓の軍に捕縛されるくらいなら、と深い水のなかに身を投げたのである。

 帝を保護したことにより、董卓の権力には箔が付くようになった。官兵を動員し、残った宦官らの捜索にあたらせた。呂布には引き続き執金吾の役職を遂行させると同時に、自らの軍から兵を五千与えた。そのことを最も喜んだのは他ならぬ陳宮ではあったが、陳宮の喜びは呂布にとっても大事なことなのである。

 それからというもの、深紅の呂旗は洛陽内を毎日のように警邏して回っている。そこに千単位の兵がついているのだから、誰も逆らうことなどできようはずもなかった。

 

「すごいことになってるみたいですねー、いまの都は。さすがの風もこう……、背中にぶるっときてしまうのですよ」

 

「ええ。宦官を殺し尽くしたかと思えば、つぎは役人の番だとか。あの穏やかだった月殿が、これほどまでに残虐な手段を取られるようになるだろうなどとは……」

 

 郭嘉の頭痛の原因は、それだけではなかった。強硬手段に出て粛清を続けているだけでなく、このところ董卓からの連絡が一切途絶えていたのである。始めは、混乱を鎮めるために奔走しているからだろう、と誰もが考えていた。

 さらにそこから一月が経過しても、結局はなんの音沙汰もなかった。間諜によって処刑の情報がもたらされた頃、劉備宛に盧植の書簡が届いたが、本当にそのくらいだったのである。

 

「月ちゃんの理想は、いまの世の中にとって高潔すぎたのかもしれませんねー。それを体現しようと思えば、汚れた水を徹底して除かなくてはなりませんから」

 

「そう、なのかもしれないか……。しかし、多少の汚れなしに生きていけないのは、魚もひとも同じことでしょう」

 

「はい。ですがそのくらいのこと、わからないような方たちではありません。それにあの風鈴さんが変わらず味方をされているというのも、引っかかる部分ではないでしょうかー?」

 

 盧植は漢の軍人であると同時に、儒家としても高名を馳せていた。いまの董卓による行いは、まともな儒学者であれば到底許せるものではないはずなのである。

 それなのになぜ、盧植はいまも政権に残り続けているのだろうか。程昱はそこに、強く疑問を抱いている。

 

「引っかかる部分、ですか……。確かに、それについてはわたしも気になってはいましたが」

 

「それだけではないのですよ。あれだけご主君さまと仲睦まじかった月ちゃんが、文ひとつ送ってこないなんて、これはもう異常事態としかいえません。それに詠ちゃんだって、なんだかんだといいつつも、ご主君さまのことを信頼されているようでしたから」

 

「つまり風は、一刀さまを遠ざけようとしている部分にこそ、月殿の真意があるのではないかと?」

 

 自らの意見を言い終えた程昱は、話し疲れたのかいつものように飴を舐めはじめた。そう考えれば、辻褄が合うような気がしてくる。

 董卓の強引としかいえない行動に、各地の諸侯は不満を洩らしているはずだった。日数が経過していく毎に、戦の機運は高まっていくはずである。

 それによって引き起こされるのは、洛陽と帝を賭けた大戦(おおいくさ)だろう。権力をほしいままにする董卓を討った者こそが、次の指導者となることは明白だった。

 

「まあ、これも推論でしかありませんけどねー。それにご主君さまに伝えようにも、いまは無理な話しですから」

 

「順調に進んでいれば、そろそろ馬騰殿のところに到着されていてもおかしくはない、か。そういえば、翠殿との関係をどう話されるかについて、風はなにか聞いていますか?」

 

「いえー。相談はされましたが、結論については風も知りません」

 

 一刀は現在、馬騰のいる隴西郡に向かっていた。

 涼州入りに際して馬家の軍勢をつけてもらったことについての礼もまだできていないし、娘の馬超のこともある。それに、董卓の動向についても情報を共有しておきたかった。

 

「なんだい嬢ちゃん。さては北郷の旦那が、この期に及んで翠の嬢ちゃんだけを正妻にするんじゃねえかって、内心びびってるんじゃないだろうねえ」

 

「ええー、まさかそんなことってー。長年連れ添ってきた女を簡単に捨てるだなんて、ご主君さまはいつからそんな鬼畜になってしまわれたのでしょうかー? 風は悲しみで、涙が止まりません。よよよー」

 

 宝譿の語ったことを真に受けた体で、程昱は袖で顔を覆っている。

 胡散臭さすぎる泣き声のする部屋に、特大のため息がひとつ響いた。騙す気すらうかがえないその演技力に、郭嘉はツッコミを入れる気力すら奪われてしまったようである。

 

「はあ……。しかし翠殿は、涼州に名高き馬騰殿の御嫡子、それを蔑ろにするわけにもいかないでしょう。ですが、一刀さまのあのご性分を考慮してみれば、自ずと答えは見えてくるのかもしれませんね」

 

「そうですねー。きっと風も、稟ちゃんと同じことを考えているんだと思います。どうでしょう、よければ同時に披露してみませんかー?」

 

 程昱はそう提案すると、指を使って三、二、一、とカウントダウンをし始めた。言うまでもなく、一刀に教わった方法である。

 互いの回答を聞き、ふたりはやはりそうか、と小さく笑い合った。

 

「くふふ、やはり稟ちゃんもそうきましたかー。これは、ご主君さまがお帰りになってからの答え合わせが楽しみになりましたねえ。正解していた場合には、どんなご褒美をいただきましょうか。ご主君さまと風の二人がかりで、ねっとりじっくり稟ちゃんを愉しませてあげるというのも、面白いかもしれません」

 

「わたしを愉しませるって、そんな、んっ……むぐっ!?」

 

「おおっ、稟ちゃんのこの様子はもしや……?」

 

 近頃では、すっかりご無沙汰となっていた反応である。急速に顔を赤らめていった郭嘉は、結んだ手をもじもじとさせながらうわ言のようになにかを呟いていた。

 

「い、いけません、一刀さま……っ。そのような場所を、何度もされるだなんてはしたないですっ。やっ、そんな……。風、待って……、あっ、うぅうあ……っ」

 

「ふむう……、これはなかなかの浸りっぷりですねえ。疲労に加えて、ご主君さまとお会いできていないことも影響しているのでしょうかー? 宝譿は、どう思います?」

 

「嬢ちゃんの言った通りじゃねえのかい。北郷の旦那と寝た夜だって、不完全燃焼に終わっちまったみたいだしなあ。稟の嬢ちゃんのためにも、早いとこ帰ってきてくれないものかねえ」

 

「はあっ、くうぅうあっ……♡ だめ、だめです一刀さま……っ。くっ……、そのように淫らなモノを見せつけないでいただきたい……っ」

 

 鼻血の堤防が決壊してしまうまで、あとどのくらいなのだろうか。郭嘉の口から洩れる桃色の吐息は、時が経つごとに熱を帯びていっている。

 

「困りましたねー。このままでは、お部屋の中が大惨事となってしまいそうなのですよお……。うーん、仕方がありません」

 

 程昱は立ち上がると、座ったまま妄想に耽る郭嘉の背後に回り込んだ。

 苦悶する親友のため、ここは自分がひと肌脱いでやろうではないか。そう決心すると、程昱は郭嘉の身体を抱きながら、わなわなと震える唇を吸ってみた。

 

「んむっ……!? んっ、ぴちゃっ、ちゅ、ちゅる、んううぅう」

 

「はあっ、んちゅううぅううう。稟ちゃん、さっさと妄想の世界から帰ってきてください」

 

 最初から舌をしっかりと絡め取り、現実にいる自分という存在と行為に及んでいることを自覚させてやった。虚ろだった郭嘉の瞳は、徐々にだが理性を取り戻しつつあるようだった。

 水音。恥ずかしがってなどいられない。口内に溜まった唾液を音を立てて吸い出していく傍ら、濡れているであろう下着に手を伸ばしていく。

 

「ちょっ、んんっ……、風……っ!? んぷっ、ああっ……。そこは、ああっ……、感じてしまうから……っ」

 

「いいんですよー、どんどん気持ちよくなってしまっても。それにしても、すごい濡れっぷりですねえ。参考までに聞きたいのですが、脳内ではご主君さまにどのような犯され方をしていたんですかー?」

 

 下着越しだというのに、指がもう愛液まみれになってしまっている。このような状況で、興奮するなというほうが無理があった。

 空いているほうの手で、自分のいやらしい部分を擦ってみる。内緒でいけないことをしているようで、甘い刺激の波が身体中に伝わっていった。

 

「そ、それは……、んんっ、あはあっ……」

 

「言ってくれないと、最後までしてあげませんよー? 稟ちゃんだって、しっかり気持ちよくなっておきたいですよねえ?」

 

 郭嘉の反応が、どうにも加虐心を煽り立ててくるのである。

 言葉で責め立てているだけだというのに、分泌される愛液の量はどんどん増してきている。充血した陰核の周りをそれらしく撫でてやると、郭嘉はたやすく首を縦に振った。

 袖の中を探ると、李典から預かっているとっておきの道具が指に触れた。これを使えば、もっと面白いことになるかもしれない。密やかに笑みをこぼしつつ、程昱は郭嘉の紅潮した横顔を見つめた。

 

「くっ……、ああっ……、ま、街の路地裏で、人の視線を感じながら……っ」

 

「いいですねえ、その調子で続けちゃってください」

 

「ううぁっ……、一刀さまに、強引に服を剥ぎ取られて、ひゃうっ……!」

 

 郭嘉を立ち上がらせ、窓際に連れて行く。無論、その間も愛撫の手は休めなかった。

 ぐっしょりと濡れてしまった下着を剥ぎ取り、淫靡な匂いを放つ下半身を露出させていく。

 

「ほ、ほんとにこんな、ああっ……っ♡」

 

「いやらしいお顔を見てもらいたいんでしょう、稟ちゃんは? だったら、そのお願いを叶えてさしあげるのがいいかと思いまして」

 

 再び袖の内部に手を入れると、程昱は棒状のものを取り出した。李典からの預かりものとは、男根のかたちを模した張形であった。

 散々一刀のそれを観察して作り上げたものだったから、形状はかなり再現できている。

 

「んっ、ふふっ……。これ……、すごいですねえ」

 

「ふ、風っ、なにをしているのですか!? んぐっ、う……おお、あはあっ……っ!? な、なんなのですかぁ……、これえ♡」

 

「んふふー。ご機嫌なようですねえ、稟ちゃん。しっかりとおまんこを動かせば、なにを挿れられているのかわかるかもしれませんよお?」

 

 郭嘉の反応は、やはり上々だった。奥深くまで特製の張形を咥え込んだ膣肉は、悦びに打ち震えているようにすら見える。数回焦らしながら動かしてやると、物足りなさそうに腰がくねった。

 

「んおっ、ああっ……、これぇ、この形ってぇ……。もしかして、うくはあっ……、一刀、さまの……!?」

 

「おおっ、さすがは稟ちゃんですねえ。こんなに早く答えにたどり着いてしまうなんて、風もびっくりなのですよ」

 

 見事な正解だけに、褒美を与えてやるべきだろう。程昱は張形の付け根をしっかりと握り、前後に大きく抽送させていく。

 真っ赤な花弁。心地よさに、さらに濡れ方が激しくなっている。気持ち本物よりか大きめに作られた張形の亀頭が、快楽に飢えた膣肉の窄まりを掻き出していった。

 

「ほおら、稟ちゃんの大好きな、ご主君さまのおちんちんですよお? ですから、しっかりと……んっ、味わってくださいねえ♡」

 

「ひゃ、あぐう……っ。んっ、お……あふうっ♡ こ、これ、ほんとに、一刀さまに突いていただいているみたいで……え」

 

「その名も、まけるな一刀くん壱号、だそうです。さすがにあの熱さまでは再現不可能だったみたいですが、寂しさを紛らわせるくらいにはちょうどよさそうですねえ。あっ、あそこに人が」

 

 郭嘉に見えるように、わざとらしく窓の外を指差してみる。すると、明らかに手応えが変化した。

 膣内では、張形を急速に締め上げてしまっているのだろう。息遣いも荒く、郭嘉は羞恥に肌を染め上げていった。

 

「あれえ、すごく感じているみたいですねえ、稟ちゃん? ちなみにいまのは冗談ですから、ご心配なくー」

 

「ふっ、うぐっ、ん……、そんなに強くなんて……っ!? わたし、ああ……、うあああっ」

 

「いいですよー、イッてしまわれても。稟ちゃんが可愛らしく達しているところ、風にもみせてください」

 

 程昱は背後から身体を密着させると、手首の動きで張形を素早く動かしていった。さらに空いている手でコリッとした陰核を責め上げていき、郭嘉の快楽を引き出そうとしている。

 吐息によって曇った窓には、ふたつの身の詰まった柔肉が押し付けられている。軋んだ音。程昱の容赦ない責めに抗えず、郭嘉はつま先立ちとなって快楽に震えている。

 

「くふふっ、いよいよ来てしまいそうなのですかあ? ほらっ、もっとおちんちんでいじめてあげますから、どうぞ気持ちよくなってください」

 

「ああっ、すごいっ……!? ごりごりって、おちんぽお腹の奥までぇ……っ。ああ、くる……来てしまう、わたし、わたし……っ」

 

「稟ちゃんのおまんこ、まさしく洪水状態になっちゃってますねえ。こんな姿を見せられては、風も……興奮してしまうのですよお」

 

 じゅぽっ、じゅぽっ、という下品な音を奏でながら、郭嘉の秘部は愛液を撒き散らしてしまっている。

 垂れ落ちて床を汚しているそれは、行為の激しさを表しているかのようでもあった。

 

「イキます、イキますからあっ……! もっと、もっと感じさせてください……っ。ああっ、一刀さま……、わたし飛んでしまいます、もう……だめえぇえええ♡」

 

「きゃっ、あうっ……! すごいのですよ、稟ちゃん……。ぬるぬるのお汁が、こんなにたくさん」

 

 身体をつんのめらせてイキよがる郭嘉。それと同時に吹き上げた潮が、程昱の衣服までもを濡らしている。

 

「だって、ああっ……、だってえ……♡ 気持ちよくなっていいっていったのは、風なんですからねえ……っ♡」

 

「言いますねえ、稟ちゃんも。それでは、もう少しコンコンしてみましょうか」

 

「うぐっ、んあああっ……。いい、それいいのお……っ。一刀さまがしてくれるみたいに、もっと飛ばしてえ……!」

 

 郭嘉は本能のままに叫びを上げ、自身にもっと快楽を与えるように懇願した。快感を得てはいるものの、やはりどこかで物足りなさを感じてしまっているのだろう。ひくついた入り口を円を描く動作で擦られると、郭嘉は心地よさそうに深く息を吐いた。

 二人きりだった室内に変化が訪れたのは、そのときだった。こういう場合、まずいと思った瞬間にはもう手遅れなことが多い。

 無遠慮に開かれていく扉。せめて郭嘉のあられもない肢体だけは隠さなくては、と程昱はとっさに動いた。

 

「……んー? なにしてるの、風?」

 

「ああー、そういう……。ぐう……」

 

 扉を開いて現れたのは、誰あろう徐晃だった。

 情事の現場で出くわしたのが顔見知りだったことに安心したのか気が抜けたのか、程昱は全身を弛緩させてすぐに寝息を立ててしまっていた。

 

「ちょ……、わたしに乗りかかったまま、寝ないでくださいっ」

 

「おおっ! 風としたことが、目まぐるしく変わる展開についていけず、現実逃避してしまいましたー。それで、香風ちゃんはここになにかご用があって?」

 

「……うん。ちょっと役所に来る用事があったんだけど、お部屋の中から飛ぶって聞こえてきたから、なんだろう……って」

 

 ああなるほど、と程昱は頷いた。将軍としての役目が忙しいためか最近は鳴りを潜めていたが、大空を飛ぶことこそが徐晃の夢なのである。

 

「……さっきの声って、稟だよね。もしかして、シャンに内緒でなにかしてたの」

 

「い、いえっ、決してそんなことなどっ」

 

「……むー、あやしい。稟、さっきから声が裏返ってる」

 

 徐晃の目が、きらりと光を放っている。気に止まったのは、後ろ手になにかを隠している程昱のことだった。

 一流の武人である徐晃に動かれては、腕力のないふたりでは静止のしようもない。簡単に防御の陣形を崩して入り込むと、徐晃は最後の抵抗を試みる程昱の腕をがっちりと掴んだ。

 

「あっ」

 

 その声は、三人同時に発したものだったのかもしれない。程昱の手には、すっかり愛液まみれとなってしまった張形が握られている。それに冷静になって観察してみれば、床に下着が一枚放置されたままになっていた。

 徐晃の脳内が活発に動き出し、状況を整理して組み合わせていく。そこから導き出される答えは、ひとつしかない。

 

「……こっちのアメって、おもしろいかたちしてるんだねー」

 

「そんなわけがあるかっ!」

 

 郭嘉渾身のツッコミが、室内に虚しく響き渡る。涼州はまだ、平和な時を過ごしていた。



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 草原を走り抜ける、二頭の騎馬。どちらの乗り手も年若いようであったが、巧みに馬首を巡らせている。

 風になびいて流れる茶褐色の髪。目的のものを見つけたのか、姉らしきほうが右手を上げて止まれの合図を送った。

 

(そう)、あの旗がきっと探しているものなんだよね」

 

「縦長の旗に、十字の紋……。うん、絶対あれしかないって。じゃあじゃあ、早速潜入しちゃう~?」

 

 揃って馬を止めたふたりの目には、北郷十字の陣旗が映っている。

 馬休と馬鉄。馬超の実の妹でもある両名がここまで出向いてきたのには、わけがあった。

 

「出発前はあれこれ言ってたのに結局ついてきちゃうんだから、(るお)ちゃんだって気になるんだよねー?」

 

「い、いいでしょ、別に……。だいたい、姉さんが男のひとを連れて来るだなんて、それだけでも前代未聞のことじゃない。男慣れしてない姉さんが遊ばれてるんじゃないかって、わたし心配で心配で……」

 

「鶸ちゃん、さすがにそれは考えすぎなんじゃないかなー?」

 

 唸りながら額を手で抑えている馬休は、本当に姉が心配で仕方がないようだった。対して末の妹である馬鉄は、そのことをからかうようにして声を弾ませている。

 そもそも、一刀が隴西郡に足を運んできた本来の目的とは、馬騰との会談を行うためなのである。

 

「ううー、蒼は楽観的すぎるのよお。天の御遣いさまのことだって、やっぱり直接会ってみなきゃわからないし」

 

「も~、鶸ちゃんは心配性だなあ。だから、こうやって偵察にでてきたんでしょ? ほらほら、ぼさっとしてたら置いてくよ~?」

 

 慣れた手付きで馬を木に留めると、馬鉄は背をかがめて前進し始めた。

 目の前の野営地のどこかに、北郷一刀がいるはずなのである。陣地の規模からして、随行している兵は一千程度であろうか。

 

「あっ、見て見て鶸ちゃん! あの丘のところなんて、怪しいんじゃない?」

 

「ちょっと、待ちなさいってば、蒼っ!」

 

 野営地の中央部にあたる丘を指差すと、馬鉄は了解を得る前に走り出した。

 確かに見立てとしては悪くないものだったが、我が妹ながらもう少し落ち着いてはくれないものか。そのようなことを考えながら、馬休は元気印の妹の後を追いかけたのであった。

 

 

 

 

 

 

 蒼空。無心で見上げている。なぜだろうか、今日は澄みきっていることが疎ましくさえ思えた。

 背中に受けているのは、柔らかな草の感触。頭を動かす。すると、包み込んでくるような温かさが、後頭部から伝わってきた。

 熟練の職人が手掛けた枕であろうと、この絶妙な加減を超えることは不可能だろう。そっと手を伸ばし、気まぐれに足を揉んでみる。

 遅れて聞こえてきたのは、恥ずかしがるような楽進の声。それが、無性に耳を心地よくさせてくれた。

 

「これ以上の幸せって、そうはないと思うな」

 

「ふふっ……、そうなんですか? わたしの膝枕くらいで喜んでいただけるのであれば、いくらでもそうさせてください」

 

 心の底から、あなたのことが愛おしい。悪戯の仕返しとばかりに一刀の顔に触れる楽進だったが、その指使いには深い慈しみが込められている。

 

「……月と会う前にさ、少し話したことがあっただろう? ほら、俺の世界での董卓のことだ」

 

「はい、そんなこともありましたね。あの時は、董卓殿が恐ろしい人だったらどうしようかと、気を揉んだものです」

 

 自分の知る歴史では、暴君だったとも伝承されている董卓。だが、この世界で巡り会った同名の人物からは、そのようなことになる気配を感じとることはできなかった。

 それが、どうだ。董卓はまたたく間に中枢の支配権を握ると、いまも洛陽に血の雨を降らせ続けている。ならばと思い、事情を確かめるための使者を送ってみても、ことごとく突き返されてしまっているのが現状だった。

 

「董卓は、自分の思うがままに政治を行って、多くの敵を作ることになる。それに対して反旗を翻したのが、袁紹、袁術、曹操、孫堅、それに……公孫賛も。他には、劉備だって反董卓の連合に参加していた」

 

「えっ、劉備さん……ですか? この話、稟や風には」

 

 諸侯と並んで、劉備の名前までもが挙げられたのは、楽進にとっても意外なことがったのだろう。きょとんと傾げた首が、可愛らしい。

 

「うん、まだしていない。でも、それとなく話してみたことはあるから、あの子たちならきっと理解していると思う」

 

「そう……、ですか。それで一刀さんは、いまの月さんがその状況に近づいているんじゃないか、と危惧されていると」

 

「最後、洛陽を捨てて長安まで下がった董卓は、配下にしていた呂布に殺されてしまう。これが、俺の知る董卓の結末だ。月がそうなると言いたいわけじゃないけど、俺は……」

 

 史実でのことを考えるほどに、胸の奥がキリキリと痛むようだった。

 やはり、董卓の側を離れるべきではなかったのかもしれない。目蓋を閉じると、いつも最初にそのことが頭に浮かんできてしまう。

 不意に、優しく触られていたはずの頬に痛みが走った。力の入れ間違いなどではなく、明らかに抓られている。見上げると、楽進は不機嫌そうに口をへの字に曲げている。

 

「自分に難しいことはよくわかりませんが、大切なのは一刀さんがどうされたいか、ではないのでしょうか。まさか、いまになって月さんを信じることができなくなったとでも?」

 

「……ははっ、凪の言う通りだな。なまじ別世界での歴史の動きを知っているせいで、考えが遠回りしてしまっていたのかもしれない。ありがとう、少しは目が覚めたよ、凪」

 

「はい、それはなによりです。隊長である限り、あなたは自分たちの支柱なんです。もしやめたいと仰るのであればわたしはそれでも構いませんが、そうではないのでしょう?」

 

 楽進の問には、首をしっかりと縦に振って返した。これまで、歩んできた道がある。戦のためとはいえ、奪ってきた命がある。だから、なにもかもを捨てて逃げ出すことなど、考えたくもなかった。

 暗く沈んでいた胸中が、かっと熱くなっていくようだった。未来を作るのは、自分でしかない。それは、いつの時代だろうと同じことだ。

 

「まずいな。凪に、惚れ直してしまったのかも」

 

「ご冗談を……、ふむっ……、んっ、ちゅう……っ」

 

 上半身を少し起こし、覆いかぶさるようにしてきた楽進と口づけを交わす。甘酸っぱい、というのは気のせいなのだろうか。

 あと半日も駆ければ、馬騰のいる城にも到着できることだろう。それだけに、雨降りの日のような気分を吹き飛ばしてくれた楽進には、感謝の思いしかなかった。

 

「……うわわわっ!? こんな明るい内から、しかも野営中にあんなことをするなんて、やっぱり天の御遣いさまってそういうお方なの!?」

 

「ちょっと鶸ちゃん、声が大きいって……。でもどうしよ、うへへ……もしかしたらこのまま、イケないことまでしちゃうかもよー?」

 

「い、イケないことって……!? というか蒼、なんであなたは口からよだれを垂らしているのよ!?」

 

 一刀と楽進の様子を、馬超の妹たちは草むらから観察していた。将軍が女性ばかりだということは知っていたから、自ずと目当ては付けやすかった。

 おどおどと慌てている馬休とは違って、そういったことに目がない馬鉄は興味津々といった感じである。さすがに会話の内容までは聞き取れなかったから、二人にはただ一刀と楽進が睦み合っているようにしか見えていない。

 

「ねえねえ、二人はここでなにしてるのー?」

 

「ええー、それは内緒だよー。あっ、ほら見てっ……すごいね、鶸ちゃん。ううっ、もっと近くで見てみたいなあ」

 

 目の前での出来事に夢中になっている馬鉄は、背後からかけられた声を無視するようにあしらった。

 

「ちょ、ちょっと蒼、いまのって」

 

 多少冷静さを保っていた馬休は、第三者の存在に気がついたようである。ともあれ、勝手に忍び込んだことについては謝罪するしかない。馬家の者だということがわかれば乱暴なことはされないだろうし、迷惑をかけることにはなるが馬超を呼んでもらえればそれで解決する話しでもある。

 

「ここにいるぞーっ!」

 

「ひゃわっ……! え、なになにっ!?」

 

「ごめんなさいごめんなさい! って、あれ……あなたは」

 

 二人の後ろで急に名乗りを上げたのは、馬岱だった。大声に驚いた馬鉄は飛び上がり、振り返った馬休はとっさに謝ろうとしたが、相手の顔を見て戸惑っている。

 

「なんで、蒲公英がここに……?」

 

「なんでって、それはこっちの台詞だってば。でもよかったねー、見つけたのが蒲公英で。これが愛紗さんとか鈴々だったら、いきなり斬りかかられてても文句はいえないよ?」

 

「うう……、ほんとにごめんなさい。ほら蒼、あなたも謝って」

 

「はーい。ごめんなさい、蒲公英さま」

 

 悪いということは認識していたのか、馬鉄も態度を正して素直に頭をさげた。騒ぎが聞こえてしまったのだろう、一刀たちが向かってきているのも見える。

 妹たちのいきなりの来訪を受けて、近くで馬を走らせていた馬超もすぐに帰陣してきた。当然というべきか、虫の居所はよくないようである。

 

「お前たち、来るなら来るで、あたしに知らせておくべきなんじゃないのか? それに蒲公英に聞いたぞ。その、一刀殿のことを、こそこそ隠れて観察してたって」

 

「えと……、あの、それはその……」

 

「怒らないであげて、お姉ちゃん。鶸ちゃんは、お姉ちゃんのことを心配してただけなんだから」

 

「心配? なんだそりゃ」

 

「えへへー、聞きたい? あのね、鶸ちゃんはお姉ちゃんが、天の御遣いさまに遊ばれてるんじゃないかって……むぐぐっ!?」

 

 今回のことを包み隠さず説明しようとした馬鉄の口を、馬休が後ろから組み付いて全力で塞ごうとしている。

 なにも、そこまで素直に話すことはないだろう。発言を聞いて馬休は大いに焦ったが、馬鉄の考えはどうやら別の場所にあるようでもあった。

 馬鉄のくりっとした大きな瞳が、義兄となるかもしれない男に向けられている。そのことに気づいてか、一刀は拘束を解くように諭した。

 

「なるほど、翠は妹たちにもよく慕われているみたいだな。ほら、そのくらいにしてあげなよ、馬休も。俺のことを疑いたくなるって気持ちは、わからなくもないからさ」

 

「あう……、申し訳ありません」

 

「へえー、優しいんだー? うんうん、それに御遣いさまって結構かっこいいし、蒼も気になってきちゃったかもー?」

 

「ちょ、なに言ってんだよ、蒼っ!? それに一刀殿も、にやにやすんなっての!」

 

「お姉さまったら、嫉妬しちゃって可愛いんだから~。ねえねえ、お近づきの印に、鶸たちもお義兄(にい)さまに真名を預けちゃいなよ」

 

 馬超と馬岱だけでもそれなりに賑やかだったが、やはり姉妹がすべて揃うと違うらしい。

 すらりとした印象の馬休と、出る部分のしっかりと出た馬鉄。時代が時代であれば、さぞ美人姉妹がいると持て囃されたことだろう。

 

「ええっと……、わたしの真名は鶸です、御遣いさま」

 

「蒼は蒼だよ、お義兄(にい)ちゃんっ!」

 

 馬岱の呼び方を真似して、馬鉄は一刀のことをお義兄ちゃんと呼んだ。飛びつくような動きによって、豊満なバストがぶるん、と揺れている。

 

「おっと。蒼は、蒲公英にも負けないくらいスキンシップが激しいんだな」

 

「すきんしっぷ……? えへへ、まあなんでもいっか!」

 

 直感的に心を許してもいい相手だと判断したのか、馬鉄は一刀に抱きついてしまっている。

 これは草原の香りなのだろうか、と一刀は肉付きのいい身体を抱き返しながら思っていた。

 柔らかい。大きさだけでいえば、関羽あたりと比べてみても遜色ないくらいだろう。ふにっとした膨らみを無邪気に当てつつ笑顔を振りまいてくるのだから、なかなか油断のならない子のようにも思える。

 しかし、これで心を乱されたのでは、義兄として失格であろう。本心がどこにあるのかはともかく、一応は家族としての触れ合いなのである。

 

「とても楽しそうですね、隊長。隊長にとってなにが一番の薬かというのを、自分はすっかり失念していたようです」

 

「あはは、凪……もしかして怒ってる? ごめんねー、いい雰囲気だったのに鶸たちが邪魔しちゃって」

 

「い、いやっ、そうじゃないんだ! 隊長が元気になられて嬉しいのは本当のことだし、……でもまあ、少しは残念だったかもしれない」

 

「うーん、そういうとこだよねー。凪のお淑やかさを、ウチのお姉さまがちょっとくらい見習ってくれたらなあ」

 

 触れ合っていた唇を指でなぞる楽進。ほんの少しの間ではあったが、受け取った熱はまだ胸の中で燻っている。

 

「だったら、お前も凪を見本にしてみたらどうなんだよ、蒲公英。いつもやかましいのが急に静かになれば、一刀殿の気を引けるかもしれないぞ?」

 

「うわ~、聞いた……鶸? あのお姉ちゃんが、こんなこと言えるようになるなんてびっくりだよー」

 

「う、うんっ。あの翠姉さんを、ここまで変えてしまわれるなんて……。それで、えっと……に、義兄(にい)さん、とお呼びしても?」

 

 見つめてくる馬休の表情は、薄っすらと朱に染まっている。無理して義兄(あに)と呼ばなくてもいいのにと思う反面、そう呼んでもらえて嬉しくないはずもなかった。

 

「隊長、鼻の下が伸び切っていますよ。いまはそれでもよろしいですが、兵たちの前に出る時までには直しておいてくださいね」

 

 呆れたように首を横に振ると、楽進はそのまま歩き出した。方角的に、配下たちのところへ指示を出しにいくつもりなのだろう。まだ日も高い。休憩を終えてすぐに出立すれば、距離を稼ぐことは可能だった。

 

「ほらほら、つぎは鶸ちゃんの番だよー」

 

「へっ、ひわわっ!? あう、ごめんなさい……義兄さん」

 

 静と動。姉妹のギャップには、心をくすぐられるものがあった。まだ羞恥心が勝る馬休の頭を、なだめるようにして一刀はゆっくりと撫でていた。

 妨げるものがなにもない草原に、楽しげな声がよく響いている。その中でかすかに聞こえてくるのは、張三姉妹たちの練習中の歌声だろうか。

 

「お義兄さま、ねえ……お義兄さまってば!」

 

「ん……。どうした、蒲公英」

 

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。腕の中でぐったりとしている馬休の赤くなった顔を扇いでやりつつ、一刀はきまりが悪そうに苦笑いを浮かべるのだった。



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 隴西(ろうせい)狄道(てきどう)。城郭のなかでは、天の御遣いを示す十文字旗が、『馬』の旗と並んで風に揺らめいている。

 街に到着すると、一刀たちは休憩場所として用意されていた屋敷に通された。関羽や楽進ら、将軍たちには会談に同席させるつもりである。

 営業先を増やしたいからと着いてきた張三姉妹には、後から何曲か披露してもらうのもありだろう。馬騰が堅苦しい類の軍人でないことは聞いているから、友好を深めるきっかけになるかもしれない、と一刀は思っていた。

 いよいよ、馬超の母と対面するときがきた。男としての緊張感が多少あるものの、同じく郡を預かる者として恥ずかしい振る舞いをすることはできない。

 なにより、落ち着かないのは馬超も同じなのだろう。久しく離れていた実家に帰ってきたというのに、ずっとそわそわしっぱなしなのである。ふたりの妹と従姉妹は馬騰のところへ報告にいったのであるが、馬超はこの屋敷から動こうとはしなかった。

 

「どうだ、翠。水でも飲んでみたら、気が紛れるんじゃないか」

 

「い、いいんだって。あんまり飲んだら、その……いきたくなるし」

 

 せめて喉くらい潤しておけばどうだ、と思って気を利かせたつもりだったのだが、馬超にはそれすらも受け取って貰うことができなかった。

 こんな調子で、会談までもつのだろうか。服装を整えながら、一刀は次なる一手を考えている。扉の外から声が聞こえてきたのは、そんなときだった。

 

「一刀、ちぃだけど入ってもいい? 美味しそうな物もらってきたんだけど、ちぃたちだけで食べるには多すぎるから、一刀にもあげようと思って」

 

「地和か。ああ、いいぞ」

 

 姉に扉を開けてもらい、張宝が部屋に入ってくる。両手で抱えた駕籠には、色味の良い果物が盛られていた。

 

「えへへっ、一刀の隣……もーらった!」

 

「あっ、ちーちゃんずるいー! それなら、お姉ちゃんはこっち側に座っちゃうもんね」

 

 馬超には目もくれず、張宝と張角は争うようにして一刀の両隣に椅子をつけた。右には張宝、左には張角、という構図である。

 遅れて入ってきた張梁は予感的中といった様子で、軽く一刀に対し目配せをすると馬超の横に腰を落ち着けた。

 

「ねっ一刀、この桃いい感じでしょ? ほら、ちぃが食べさせてあげるから」

 

 意外な器用さで切り分けた桃を、張宝はにこやかな笑みと一緒に差し出してきた。なるほど、確かに熟したような甘い香りが、じわじわと食欲をくすぐってくる。

 ちょうど、小腹も空いてきたところだったのである。向かいの席から飛んでくる馬超の視線が微妙に気にはなったが、一口かぶりついてみれば瑞々しい果汁が口内に拡がっていった。

 

「うん、ほんとにいい感じだな。地和も食べてみなよ」

 

「あはっ、一刀も食べさせてくれるんだ。それじゃ、いただきまーす」

 

 口元に近づけた桃を、張宝が半分ほどかじる。掛け値なしの笑顔は、見ていて気持ちがよくなるほどである。

 それにしても、距離が近い。肩などほとんど触れ合っているようなものだし、隙きあらば寄りかかってやろう、という気配すら感じられる。

 

「いいなあ、ちーちゃん。一刀、わたしにもちょうだい?」

 

 猫なで声につられて、一刀は身体を左に向けた。その瞬間を見計らっていた張角は、手に残った桃に素早く食い付いていく。

 

「んふふー、おいひー♡」

 

「ちょっとお姉ちゃん、それはないんじゃないの!?」

 

 桃を指ごと口に入れた張角は、してやったりといった表情で唇をもごもごと動かしている。

 潰れた果実と、ねっとりとした舌の感触が伝わってくる。

 

「あむ、んっ……じゅるっ、じゅるるっ」

 

「まったく、なにを考えているの、姉さん。わたしたちだけならともかく、翠さんだっているっていうのに」

 

「人和の言う通りだってば! お姉ちゃん、一刀から離れてよー!」

 

「ええー? 聞こえなーい。んむっ、くちゅ……ちゅるう」

 

 妹ふたりからの諫言(かんげん)は、どうやら姉には少しも届かなかったようである。

 歓喜の色に染まった瞳。見上げてくる。口腔内では、相変わらずいいように指を可愛がられてしまっていた。

 指先は唇によって扱かれ、関節は舌で丁寧になぞられている。咥えられているのがもっと別のなにかであれば、さぞ至福の時間を過ごせていることだろう。

 それに、押し付けられた大きな胸が、腕を挟み込んで不規則に躍っていた。

 

「うぐっ……、天和」

 

「んっ、くぷっ、ちゅるっ……。一刀、こーふんひてるの?」

 

 世に言う聖人君子というやつであれば、こんな状況であろうと平静を保っていられるのであろうか。だとすれば、自分はそんなものになってたまるものか、と一刀は独りでに思った。しかし、それはそれである。

 深呼吸。とっくに血流がよくなり始めている下腹部が、少しばかり鎮まったような気がしていた。

 馬超の冷ややかな眼差しが、槍の如く突き立てられている。内包しているのは、怒り、それとも呆れなのだろうか。

 

「ちゅぽっ……、終わってもいいの? 一刀だって、すごく嬉しそうだったのにー」

 

「ン……。それは否定しないけど、とにかくいまはここまで」

 

「はーい。いまは……ってことは、続きも期待していいんだよね?」

 

 ようやく解放された指は、ぬらぬらとした唾液で怪しい光を放っている。身体を離す直前、張角の手が半勃ちとなっている股間を密かに撫でていた。

 

「馬鹿なこといってないで、少しは反省してよね、姉さん。ごめんなさい一刀さん、手……汚れたでしょう?」

 

 張梁は立ち上がって一刀の側まで行くと、手をとって布で拭き始めた。表面を水で少し濡らしてあるのが、いかにも几帳面な張梁らしい。

 そうしているところを、馬超が食い入るようにして見つめてくる。先程からどうしたのだろう、と思い声をかけようとしたが、今度はそっぽを向かれてしまった。

 

「はい、おしまい。一刀さん、これで平気?」

 

「ああ、大丈夫だ。ありがとな、人和」

 

 馬超のことは気がかりだったが、この場は放っておくしかないだろうな、と一刀は思った。ただでさえ、恥ずかしがることの多い女性なのである。三姉妹が同席しているこの室内では、まともに理由を聞き出すことすら困難かもしれなかった。

 それに会談が終われば、どこかで二人だけの時間を作ることもできるはずである。

 

「ご主人様、こちらですか? どうやらあちらも準備が整ったようですので、そろそろ……」

 

「わかった。すぐに行くよ、愛紗」

 

 関羽に返事をすると、一刀は椅子から腰を上げた。馬超も、ゆっくりとだが行く姿勢を見せている。

 

「いってらっしゃい、一刀さん」

 

「うん、また後でな」

 

 微笑む張梁に小さく手を振り返し、一刀は部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 城郭内でも一際大きな建物。四方に張り出した瓦葺きの屋根が、権威を示しているようでもある。

 そこに、馬騰はいた。娘たちを彷彿とさせるような、長い栗色をした毛髪。それを少々乱雑気味に頭頂部でまとめ、背中めがけて垂らしてある。

 天の御遣いの来訪を、馬騰は内心楽しみにしていた。どうやら、つまらない男ではないらしい。董卓がいたく目にかけているようだったから、試しにそういったことと縁がない娘を焚き付けてみた。もしそこで錦馬超だから、と遠慮するような男では会う気にもならなかっただろう。ただ、事態は思っていた以上にとんとん拍子で進んでいっているようだった。

 

「おっ、あれが天の御遣いさまかい、蒲公英。見てくれは、その辺にいる男と大して変わらないようだが」

 

「ふふーん。それがいいんだって、叔母様。お義兄さまったら、優しそうに見えてるけど、すごいときはすごいらしいよ? そうじゃなきゃ、あのお姉さまがすぐに落とされちゃうわけないもん」

 

「ほう、そんなにか。ははっ、こいつは余計に楽しみになってきたねえ」

 

 戦場暮らしが長いためか、馬騰の声にはいくらかドスが効いている。それは時に敵を威圧し、味方を鼓舞することもあった。別に狙ってそうなったわけではないが、これも歴戦の軍人の証といえるのかもしれない。

 やがて、声の届く範囲にまで一刀たちが近づいてきた。天の御遣いの装束が、てらてらと日を反射している。

 

「馬騰殿、ですね。漢陽郡太守、北郷一刀です」

 

「ああ、わたしが馬騰だ。北郷、いや……一刀のほうがいいのか? とにかく、よく来たな」

 

 城外に広がる草原のように大らかそうな人だな、というのが馬騰に対する印象だった。それでも、その一挙手一投足に油断があるようには思えない。そのくらい、馬騰の佇まいには威厳があった。

 馬騰の鋭さのある目が、視線を合わせようとしない長女に向けられている。一刀の隣にいるという緊張のためか、馬超にはいつものような切れ味のよさがない。

 

「なんだ翠。そんなに落ち着きがないってことは、厠でも近いんじゃないのかい?」

 

「ばっ、そんなんじゃないってのっ!? はあっ……、ふうっ……。ただいま……、母様」

 

「ふん、それでいいんだよ、それで。で、どうなんだ、一刀とは」

 

 歩きながら、馬騰は母として気になっていることを単刀直入に尋ねた。

 開けた謁見の間より奥に行くと、そこには馬騰の私室がある。格下の相手と話すわけではないから、今回はそちらを使おうというのだ。

 

「ど、どうって……。そりゃあ、そのう……」

 

「なんだ、煮えきらないねえ。だったら一刀、お前から聞かせてもらおうじゃないか」

 

 馬騰はもとより、その場の全員の視線が一刀だけに集まっている。こそばゆさを感じながらも、一刀は思いを口にしていった。

 

「わかりました。だったら誤解が生まれないよう、シンプルにいいます。……俺は、娘さんのことを好いています。この先も、永くともに在ることができればいい。そう、考えています」

 

 顔を限界まで赤くしているが、馬超はしっかりと一刀による宣言に聞き耳を立てている。

 好きだと率直に言ってもらえたことが、なにより心に響いていた。同時に、帰ってきてからあれやこれやと考えてしまっていた自分が、少し恥ずかしくなってしまう。

 

「ははっ、よくぞ言い切った! ということは勿論、翠を正妻として迎えるつもりなんだろうな」

 

 部屋の前まで来たところで、馬騰が静かに足を止めた。

 後ろをついて歩いている関羽の眉が、ぴくりと跳ねる。一刀がどういった判断を下そうと、それに従うつもりではある。それでも、やはり心中がざわめき立つのだ。意味がよくわからずに表情をしかめている張飛のことが、羨ましいくらいだった。

 

「ええ、いつかはそうすることを、お約束します。ですが、俺は誰が正妻で、誰が(めかけ)だ、なんて決めるつもりは一切ありません」

 

 もしこれで、馬騰に殴りつけられるのであればそれでもいい、と一刀は決心していた。

 優柔不断だと周りから言われようと、これだけは譲ることはできない。そう思うと、自然と声も大きくなっていった。

 

「ここにいる楽進、関羽、張飛、それに残してきた他のみんなだってそう。彼女たちみんながいなければ、いまの俺が形作られることはなかったんです。そんな大切なひとたちを、甲乙つけるだなんてこと……俺にはできません」

 

 自分の考えは、これで全てぶつけたつもりである。このことを馬騰が応じなかった場合には、どれだけ時をかけても説得する腹積もりだった。

 

「くくっ……、お前の考えはよくわかったよ、一刀。この馬騰を目の前にしてそんなことをぶち上げるなんざ、いい度胸をしてるじゃないか。……でだ、お前はどう思った、翠」

 

 話を振られるとは思っていなかったのか、馬超は驚いたように顔を上げた。それでも、もう気持ちは固まっている。

 

「あたしは、一刀殿の考えに賛成するよ。だけど愛紗たちと違って、あたしはまだ付き合いだって短い。だから、だからさ……」

 

 馬騰は表情を柔らかくして、娘の告白を見守っていた。

 戦場の中では、決して得ることのできない成長。それが得られたことは、母として喜ばしかった。

 

「あたしが、みんなのようになることができたら……その時は、お……お嫁さんにしてほしい」

 

「ああ、きっとだ。翠をお嫁さんに出来る日のこと、俺も楽しみにしているよ」

 

 一言ずつ絞り出すようにしながら、馬超は自らの思いを一刀にぶつけた。

 今日という日のことを、生涯忘れることはないだろう。このような形でプロポーズをすることになるなど、元の世界にいたときには考えもしなかったのである。

 

「……とまあ、色々と勝手なことを言いましたが、よろしいですか馬騰殿」

 

「ああ、わたしに異論などないさ。ただし一刀、娘たちに悲し涙は流させるなよ。それだけは、相手が天の御遣いであろうと、この馬寿成(ばじゅせい)が許さん。ふふっ、わたしからは、それだけだ」

 

 寿成というのは、馬騰の字である。ほっとして力が抜けた馬超の身体を、一刀が支えている。

 馬騰はあえて娘たち、という表現をした。それに含まれているのは当然、馬岱のことだけではない。

 安堵していたのは、楽進たちも同じだった。一刀ならば必ずや上手くまとめてくれるだろうと信じてはいたが、やはり言葉にされると実感が違った。

 

「聞いたか、凪」

 

「はい、愛紗さん。隊長のお言葉を直接聞けなかったこと、稟たちはとても悔しがるでしょうね」

 

「うむ、そうだろうな。ふうっ……、ふふっ。やはり、ご主人様はご主人様だった。それが、これほどまでに嬉しいことだとは……」

 

「どうしたのだ、愛紗。お目々がかゆいのかー?」

 

「いやっ、なんでもない。なんでもないからあっちを向いていろ、鈴々……っ」

 

 昂ぶっていく感情を、関羽は抑えることができなかった。我慢しようと思うほどに、鼻の奥がつんと痛くなる。

 しばし双眸から溢れ出したのは、熱い奔流。肩を震わせる関羽の背中を、楽進はそっと擦るのであった。



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六(翠)

「それにしても、この世はままならんな。気負うことの多い子ではあったが、あの月ちゃんがねえ」

 

 馬騰の私室。やはりというか、飾り気はなかった。現在は、客人を迎えるための机と椅子が、部屋の大部分を占めている。

 形式的な礼を述べたあとは、董卓のことで話題は持ちきりとなっていた。

 

「これからどうするつもりなんだろうな、月殿は。あたしから見たって、いまのやり方で政権を続けていくのは無理だってわかるくらいなんだ」

 

「ああ。いくら朝廷内部を正したいとはいえ、このままでは敵が増えていくばかりだろうな。特に、追い出された格好の袁紹たちは相当怒っているに違いない」

 

 馬超の見立てに相槌を打ち、関羽は表情を曇らせた。袁紹や袁術が、対董卓のための兵を集めているであろうことなど、わざわざ報告を受けるまでもなく想像できることだ。

 もうじき、この国にも冬が来る。一度雪が積もってしまえば、諸侯の思うように兵を出すことはできなくなってしまう。だから、春になって軍勢を自由に動かせるようになったとき、まず間違いなく戦端は開かれるのだろう。

 

「わかっているんだろうね、一刀」

 

「それは、どういう意味でしょうか」

 

「お前がどういった態度を取るにせよ、戦となれば月ちゃんと対面する機会が訪れるやもしれん。だから、よくよく考えておくことだ」

 

「はい、それはもう。……そのことについてですが、馬騰殿ご自身はどうお考えなのです?」

 

「わたしか? ふむ、そうだな……」

 

 楽進に目を覚まされてからここまで、自分がどう動くべきかについてはずっと考えていることだった。

 思い描いているのは、近い将来のことだけではない。しかし現在は、眼前の問題に集中するべき時でもあった。

 きっと董卓は、わざと敵を作るような真似をしているのだろうな、と一刀は思うようになっていた。

 腐った役人の粛清をする傍らで、憎しみを自身だけに集中させていく。最終的に悪人となった董卓が斃れれば、残った土台は勝者に受け継がれていくことになるはずである。

 まさか、董卓は自分にそれを期待しているとでもいうのか。もしそうであるとすれば、面と向かって頼まれたとしても冗談じゃない、と跳ね除けるつもりだった。

 

「逆賊を討つは漢の臣下として当然の務めではあるが、それは中原の者に指図されてやるものではないよ。仮にもし、本当に月ちゃんを討つべき時が来れば、わたしは勝手にやらせてもらうさ。それが、涼州に根を張る軍人としての矜持ってやつだ」

 

「なるほど、それだけ聞くことができれば充分です」

 

 誇りを持って、馬騰はそう宣言してみせた。そして、今はまだその時ではない。わずかに覗く笑みが、一刀にはそう言っているように見えた。

 

「おー! 馬騰、すっごくカッコいいのだ!」

 

「こら鈴々、なんだその言葉遣いは。翠の母上に対して失礼だろうが」

 

「ははっ。そのくらいで怒るほど、わたしは気短ではないぞ? うむ、しかし翠の婿殿はあれだな」

 

「うえっ……!? ちょっと母様、その呼び方は気が早いんじゃないか!?」

 

「気が早いもなにも、お嫁さんにしてって言ったのはお姉さまのほうだよ? ねー、叔母様」

 

 慌てる娘を見るのが面白いのか、馬騰は声を大にして笑っている。言われた一刀のほうは、慣れない呼び方にむず痒さを感じていた。

 

「なあ張飛ちゃん、一刀のことは好きか」

 

「お兄ちゃん? うん、大好きだよっ。ほら、こーやって……、ぐりぐりーってしちゃうのだ!」

 

 腰に飛びついてきた張飛を、一刀は足を踏ん張って抱きとめた。腕に頬ずりをする張飛の様は、なんとも幸せそうでもある。

 

「くくっ、その顔を見て安心したよ。いやなに、婿殿が小さな子を騙しているんじゃないか、と少し心配になっただけさ」

 

「……風に留守番をさせていて正解でしたね、隊長」

 

「うん、確かにそうかもしれない……。今頃、風は城のどこかでくしゃみでもしているんじゃないか?」

 

 こういった話になったとき、敵か味方かわからなくなるのが程昱という人である。散々引っ掻き回して楽しんだ後、得意の居眠りで逃げようとしている姿を、一刀はすぐに思い描くことができた。

 とはいえ、その飄々とした面の裏側に隠れた、自らに対する期待というのもよくわかってはいる。

 自分の掲げるべき日輪となってほしい。そう言い放った程昱の熱っぽい瞳を、一刀はふと思い返していた。

 

「まあいい。湿っぽい用件はこのくらいにして、飯にでもしようじゃないか。おい蒲公英、鶸と蒼にも声をかけてきてやりな」

 

「はーい! それじゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 馬岱が駆け足で出ていったあと、少しの間静寂が室内を支配していた。

 僅かに鋭利さを含んだ、馬騰の視線。まるで、お前の本心はどこにある、と問い掛けられているようでもあった。それを真っ向から受け止めながら、一刀は張飛の柔らかな髪を撫でたのである。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、さっきから翠姉さんと義兄さんの姿が見えないんだけど、蒲公英はどこに行かれたのか知ってる?」

 

「蒲公英だって知らないけど、いまは探さないほうがいいと思うよ? ほら、よく言うでしょ。ひとの恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて地獄に落ちろ、って」

 

「え、ええ……? なんだか微妙に違う気がするけど、姉さんたちの邪魔をするつもりなんてわたしには……」

 

「もしかしてお姉ちゃんたち、逢い引きの真っ最中ってこと~? やだあ、想像したら蒼、興奮してきちゃったかも~?」

 

 夜。街の広場には、明々とした篝火が並べられていた。その中央に作られた即興の舞台では、張三姉妹が得意の曲を披露しているところである。

 愛嬌たっぷりに歌い舞う三人に、士卒も町人も関係なく歓声や拍手を送っている。普段こういった催し物に乏しい地域でもあるから、若者たちがこぞって見物にきているようであった。

 その喧騒をよそ目に、人気のない路地裏で抱き合っている男女が一組いた。額が擦れるほどの距離。赤らめた顔を背けようとした女の唇を、男のほうが強引に奪った。

 

「んっ、んむっ、ちゅぱ、ちゅう……。はあ……っ、あたし、一刀殿に謝らないといけないことがあるんだ」

 

「なんだよ、謝ることって。俺は、翠になにかされた覚えなんてないけど」

 

 馬超の手を握る。絡めた指が、少し冷たかった。

 こうしていることが嫌だ、という雰囲気ではない。頃合いを見てここまで手を引いてきたが、それならそうでもっと早く言っているはずだろう。

 

「今日さ、一刀殿が天和たちに囲まれているとき、思ってしまったんだ。女の子にチヤホヤされて喜んでる一刀殿と、あたしだけを真っ直ぐに見つめてくれた一刀殿。いったい、どっちが本当の一刀殿なんだろう、ってね」

 

「ああ、それであのとき元気がなかったってわけか。そのことは、俺も気になってはいたんだ」

 

 真剣な口調で話している馬超のことを、茶化してやるわけにもいかなかった。できることといえば、安心させてやるために強く手を握ることくらいである。

 

「母様にどう言おうかってことで、頭が一杯だったのかもしれない。だから、余計にみんなと仲良くしてる一刀殿のことが、気になってしまったんだろうな」

 

「そういう意味でなら、非は俺のほうある。悩んでいる翠のこと、もっとしっかり見ていてあげるべきだったんだから」

 

「い、いいんだ、ほんとに! そのあと、よくわかったんだよ。ああ、この人は本気で全員を愛するつもりなんだな、って。母様にああやって断言できる一刀殿、かっこよかったよ」

 

 本当に、自分はひとに恵まれている。誰か一人でも強く反発してしまえば、いまの関係など硝子を砕くよりも容易に崩壊してしまうはずである。

 心の広い女性たちと巡り会い、支えられてきた事実に一刀は感謝せずにはいられなかった。

 

「女の子にデレデレしてる一刀殿も、昼間みたいにキリッとした一刀殿も、全部ほんとのあなたなんだ。みんなに優しくってもいい、だけど時々こうしてあたしと……、ちゅ、んんっ……、一刀……どのっ」

 

「翠にこうまで言われて、我慢できるわけないだろっ」

 

 身体を押し付けていきながら、唇を強く吸った。

 頭の中は、馬超のことで溢れかえってしまいそうになっている。愛している、という言葉を口にすることすら煩わしく思えた。

 心でも、身体でも、なにもかもで繋がりたい。ぴったりと閉じられた内腿を撫でつつ、怖くないから、と耳もとで囁いた。

 薄緑色をした可愛らしい下着。指で秘裂を前後に擦ると、馬超は未知なる感覚に小さく声を洩らした。戸惑いを見せる瞳。それを手のひらで覆い隠し、一刀は丹念に唇を合わせた。

 そこから時間をかけて、一刀は初心な女体に少しずつ快楽を教えていった。そのおかげか未熟だった陰部はとろりとした蜜を垂らし、いまでは指を濡らしている。

 どうやら馬超も、男女の交わりについては一応の知識を備えていたようである。だからこの次に、自分がなにをされてしまうかということもわかってしまっている。身体に触れているだけで、一刀にも緊張が伝わってくるようだった。

 

「お、お嫁さんになれば、当然こういうことだってするんだよな」

 

「ン……、そうだな。勿論、翠が嫌じゃなければだけど」

 

 なにか言いたげな視線だ。愛撫の手を一旦休め、一刀は馬超の口元を注視することにした。

 

「練習……。うん、きっとこれは練習だ。一刀殿に、あたしの旦那さまに、愛してもらうための練習なんだ」

 

「おお……。旦那さまって、これはまた……」

 

「えっ、うあっ……、ご、ごめん!? まだそうなったわけじゃないっていうのに、あたしだけ勝手に盛り上がっちゃって……」

 

 中途半端な反応が、馬超には否定しているように聞こえてしまったらしい。こういった部分では、もっと仲を深めていく必要があるのだろう、と一刀は思った。

 

「ははっ、悪かった。好きな子にそんな風に呼んでもらえて、嫌なわけがないだろ? すごく嬉しいよ、翠」

 

「ほ、ほんとに? だったら、いまだけそう呼ばせてもらうからな……、んっ、旦那さま……?」

 

「ああ、喜んで。ひとつになろう、翠。俺のこと、最後まで受け入れてもらいたいんだ。いいな」

 

 決意を固めたような表情で、馬超はこくりと頷いた。

 身体を壁の方に向けさせ、尻をこちらに突き出すように言った。さすがに恥ずかしそうではあったが、外気に晒された肌を撫でてやると、少しは落ち着いたようである。

 チャックを下ろし、ぎちぎちにまで勃起した分身を取り出していく。愛撫をしながら興奮していたせいで、下着は我慢汁で汚れてしまっている。

 

「旦那さまの顔が見えなくて、ちょっとだけ不安かも……。やっ、すごっ……。ソレって、そんなに熱くなるものなんだな」

 

「それだけ、翠が可愛いんだって。はあっ……、楽にしていろよ。あんまり、苦しめるつもりはないけど……っ」

 

 これまで何人抱いていようとも、馬超の初めてはいまこの一度っきりなのである。

 強張った膣口に亀頭が入り込み、ゆっくりと押し拡げていった。締め付けの激しさを感じるが、そのうち馴染んでくるようにも思えた。

 

「うあっ、なんだこれ……っ!? 旦那さまのぶっといのが、にゅるってあたしの内側に入ってきて……っ。ああっ、そんなとこっ……!?」

 

「気持ちいいとこイジられてるほうが、翠だって楽だろ? ほら、もう半分くらい入ったよ」

 

「そうじゃなくって……。あたし、ほんとに力入らなく……っ。ああっ、旦那さまの指にコリコリってされて、だめなのに……ぃ」

 

 馬超がなにをそこまで焦っているのかがわからないまま、クリトリスへの刺激を続けていった。あえぎ声に比例して、力まかせに締め付けてくるだけだった膣内にも多少の余裕が出てきている。破瓜の血が見た目には痛々しかったが、本人はそれほど辛そうにはしていない。

 

「もっと、力を抜いたっていいんだぞ。翠の身体は、俺が支えておいてあげるから」

 

「ち、違うんだって。これ以上そこイジられたら、あたし……きっと出ちゃうからあ! んうっ、いや、だめ、だめえ……っ!」

 

 馬超の声色には、快楽とは別のものが確かに混じっていた。それが心配になってくる一方で、その正体を突き止めたくもなってくる。

 腰を進める。ゾリっとした膣壁が、亀頭の表面を甘く痺れさせていた。

 

「あ、ああっ……っ。でちゃう……、だしちゃうんだ。旦那さまの目の前なのに、あたし……もう駄目だ……っ。んっ、くうっ、うああぁああ……っ!?」

 

 男根が最奥部に到達したのと同時に、馬超の口から感極まったような声が放たれた。

 クリトリスを愛撫していた手が、一際温かくなっていく。なんだと思って見てみれば、馬超の陰部からは黄金色をした液体が止めどなく流れ出てしまっている。

 

「いやっ、見ないでくれ……、旦那さま……っ。あたし、恥ずかしくて死んじゃいそうなんだ……っ」

 

「なんだ、そういうことだったのか。翠には恥ずかしいことかもしれないけど、俺はこのくらいなんてことないさ。だって、お漏らししてしまうくらい、気持ちよくなってくれたってことだろう?」

 

 ここに来るまでに身体が冷えていたせいか、なかなか粗相を終えられないようである。しとどに濡れた足もとの土が、やけに生々しかった。それに少々ツンとした匂いが、不思議と興奮を誘うのである。

 

「うう、ああっ……。ほんと、ほんとに嫌わない……? あたし、旦那さまに呆れられてしまうんじゃないかって……っ」

 

「まさか。翠の色んな部分が見られて、俺は逆に嬉しいんだから」

 

 さすがに、そろそろ打ち止めのようだった。小水でぐっしょりと濡れた指を少し舐め、腰の動きを再開させていった。突き立てる毎に、形の良い尻の肉がふるふると揺れる。

 

「あっ、ひゃん……っ、うあ……っ。旦那さまのソレっ、さっきよりも太くなってないか!?」

 

「ソレじゃなくって、おちんちんだよ、翠」

 

「う、うんっ……♡ お、おちんちん、すごいんだ……っ。旦那さまに、あたしのなか……荒々しくかき混ぜられて」

 

 馬超も、気分が乗ってきているのだろう。それとなく言い方を躾けてやると、膣内がきゅうっと愛らしく抱きしめてくる。

 

「いい子だな、翠は」

 

 ご褒美だとばかりに、抽送に合わせて震えている乳肉を手で掴まえてやる。片手では余る乳房を存分に揉みほぐし、いじらしく膨らんだ乳首を指先を使って転がしていく。(かぶり)を振ったせいで跳ねるポニーテールが、なによりも馬超が感じている証拠だった。

 

「はあっ、んっ、うう……っ。旦那さまは、気持ちよくなってくれてるのか……? さっきからあたし、頭がぼーっとしてきて……え」

 

「ああ、めちゃくちゃ気持ちいいぞ。わかるだろ、俺がいまどうなっているのか」

 

「くうっ……!? ああっ、わかる……ぅ。旦那さまのぱんぱんに膨らんだおちんちんが、あたしのなかで暴れてるんだ……っ」

 

 大きさや形がよくわかるように、わざとらしくゆっくりと腰を前後させてやった。ねっとりと絡みついてくる膣肉をじわりと剥がしつつ、先端だけを咥えさせた状態にもっていく。

 そこからまた奥までじっくりと差し込んでいくと、馬超の口からはとろけたような声が洩れた。

 

「ひうぅん……っ!? 強くされるのもよかったけど、これもすごくいいんだ……っ。ふふっ、なんでこんなに嬉しいんだろ? 旦那さまのモノにしてもらえてるって、実感できてるせいなのかな」

 

「そうだったら、俺も嬉しいよ、翠。これから何度も何度も繋がって、お前を俺だけのモノに変えてやる。嫌だなんて、言わせないからな……っ」

 

「いいよ、旦那さま……っ! あたし、旦那さまだけのモノになるからあっ! だから、たくさんたくさん、愛してほしいんだ……っ。ひゃぅ、やあっ、ン……くあっ♡」

 

「翠、すい……っ! ああっ、そろそろ……出すからな。精液、たっぷりお前のなかに注ぐぞ……っ」

 

「うん、来てえ……! 旦那さまのものなら、あたしなんでも受け止めるからっ」

 

 子宮口をこじ開けるように、亀頭を全力で打ち付けていった。尿管に装填された精液は、いまにも溢れ出してしまうそうである。

 ぐちゅり、ぐちゅり、と泥濘んだ膣内を抉る音が淫靡に鳴り響いている。快楽に染まった馬超の嬌声が、耳朶を心地よく打った。

 

「くっ……、出る……っ。ううっ、翠……、ぐおぉ……っ!」

 

「あ……、あはっ、きてる……っ! びくびくって、おちんちんが震えてぇ!? んんっ、うう、うあっ……、ああぁああああっ♡」

 

 絶頂と共に身体を痙攣させ、馬超はまた少しお漏らしをしてしまっている。

 だが、いまはそんなことを気にしている暇はない。

 奔流。一刀は尻を両手で掴むと、馬超の子宮に直接精液を流し込むイメージで射精し続けていた。

 

「うあ……、なんだこれ……っ!? 熱いのがどくどくっていっぱい入ってきて、あたしのお腹……ぱんぱんにされちゃいそうだ……っ」

 

「まだまだ出すぞ、翠……っ。お前のなかも、搾り取ってくるみたいだ……っ」

 

「ああっ、出してくれ……っ。旦那さまに精液出してもらうと、あたしも気持ちよくなれるんだ。だから、もっと出して……っ!」

 

 腰を押し付ける動きに合わせて、いつの間にか馬超も尻をぐりぐりと突き出してきていた。熱く火照ったお互いの性器はドロドロになって溶け合い、沸々と快楽を生み出し続けている。

 きっと、今夜は長くなるのだろうな。美しい夜空を見上げながら、一刀は甘美な痺れに身体を預けるのだった。



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七(胡車児)

 董卓の次なる出方をうかがっている群雄は、なにも袁紹や袁術ばかりではない。

 荊州長沙郡。黄巾との戦で名を挙げた孫堅は、この地で太守となっていた。当人の勇猛さは、数多いる将のなかでも群を抜いている。かねてから従う部将に率いられた兵も精強であり、周辺の諸将からは一目置かれる存在となっていた。

 孫堅には、三人の娘たちがいた。孫策(そんさく)孫権(そんけん)、そして孫尚香(そんしょうこう)の三姉妹である。特に長女である孫策は武勇に優れていることから、母親である孫堅にその姿を重ねる者も多い。

 このまま、郡の太守などに甘んじていられるものか。配下たちは勿論、当主である孫堅も天下への野心を抱いていた。世が乱れることがあれば、それを足がかりとしてどこまでも伸びていってやろう。そういう気概を全体に備えているのが、この孫家なのである。

 活気に溢れている街。長い黒髪をたなびかせ、大路を歩いている女がいる。小脇に竹簡を抱えていたが、よくいる文官のような弱々しさはどこにもなかった。南方人らしい、褐色の肌。すらりと伸びる引き締まった脚が、リズムよく足音を刻んでいる。

 

「まったく、雪蓮(しぇれん)のやつめ……。こんな真っ昼間から、どこをほっつき歩いているのやら」

 

「あら、冥琳(めいりん)じゃないの。そんなにわたしのことを噂してくれるなんて、なんだか照れちゃうわね」

 

 頭上から不意に声をかけられて、冥琳がぴたりと足を止める。黒髪の束が、ふわりと拡がった。冥琳というのは、周瑜(しゅうゆ)の真名である。

 眼鏡を指で持ち上げる仕草をしながら、周瑜はやれやれと首を振った。探していた人物の声がしてきたのは、酒屋の屋根からだったのである。

 孫策の真名を、雪蓮という。周瑜と孫策は親友であったが、ある意味ではそれ以上の関係を築いていた。ときに果敢であり、直感に優れている。そんな孫策に、周瑜は自分の足らない部分を見つけたのかもしれない。

 

「お前は、またそんなところで酒を飲んでいるのか……。そのようなことでは、いつか孫家が侮られることになっても知らんからな」

 

「もー、冥琳はすぐそうやってイジワル言うんだからー。いいでしょ、休む時は休む。そうでなくっちゃ、仕事なんてやっていられないわよ」

 

「もっともらしく言ってみようが、お前はその休みが多すぎるのが問題なんだろうが。はあ……、まあいい」

 

 孫策にくどくどと説教をしたところで、とても効果があるとは思えない。考えを切り替えた周瑜は、杯に酒を注ごうとしている孫策に降りてくるよう手招きをした。

 軽やかな身のこなしだ。小さめの徳利を大事そうに手で持ち、孫策は周瑜の隣に降り立った。

 

「それで、どうしたのよ、冥琳。まさか、いきなり董卓のほうから攻めてきた、ってわけではないんでしょ?」

 

「戯言はやめて、まあ聞け。今朝方、間諜から報告があった。涼州にいる天の御遣いが、かの馬騰殿と接触したそうだ」

 

「天の御遣いですって? 本当なのかしらね、そいつが天から来た男だっていうのは」

 

 周瑜の話に耳を傾けつつ、孫策は今度こそ杯を酒で満たした。やはり、飲まずにはいられない。杯の端に口をつけて一息に飲み込めば、喉にほどよい熱さが宿った。

 

「さてな……。そんなことは、当人にしかわからないことだろう。だが、民の間には、確かにそれを信じている者がいる。それで、充分なんじゃないか」

 

「えー、なにそれつまんなーい。同じ国に落ちるんだったら、こっちの領地の近くに落ちてくれたらよかったのにねー。あなたもそう思わない、冥琳?」

 

「……子供のようにはしゃぎおって、もう酔ったとでもいうのか? とにかく、天の御遣いは董卓とも親しい関係だと聞いている。つまり、我らと敵対する可能性があるということだ。……もっとも、いますぐに都を攻めると決まったわけではないがな」

 

 周瑜は言葉尻を濁したが、既に何度か袁紹からの書簡が長沙にも届けられていた。当然、内容は打倒董卓についてのことである。

 端的に言ってしまえば、孫堅は乗り気だった。中央での大戦(おおいくさ)だ。それを、指を咥えて長沙から眺めているつもりなどあるはずもなかった。ただし、参戦するにはそれなりの大義名分が必要なのである。

 

「母様が言っていたものね。帝のおわす洛陽を、おいそれと攻めるわけにはいかない。それこそ、どこぞのバカが逸って動きでもしないかぎりはな、ってね。でも、洛陽を追い出された名族さまは、かなりやる気になっているんでしょう?」

 

「うむ、そうだな。お前の母上も、春先に出兵があると見込んでいるから、近頃盛んに兵の調練をされているのだろう。そのときには雪蓮、お前の力が必要となってくるぞ。向こうには、それなりの将がいるようだからな」

 

「ふふん、そうでしょう? どうせなら、天の御遣いの軍とも闘ってみたいわね。どうだったの、馬騰との会談の中身は?」

 

「……さすがに、話の内容までは探ることができなかったようだ。周泰が行っていればやり遂げたかもしれんが、相手もなかなか腕の立つ隠密を使っているらしい」

 

 孫家の間諜筆頭ともいえる周泰は、現在別の地域で活動を行っている。

 一刀と馬騰が会話している間、周辺は胡車児がしっかりと固めていた。あれでは、並の隠密では入り込むことなど不可能であろう。

 

「へえ、面白いじゃない。……とと、危ない危ない」

 

 杯のなかの酒が、ゆらゆらと波打っている。それを零すことなくぐいっと飲み干すと、孫策は楽しげに笑った。

 強者との命を懸けた闘いがなければ、戦に出る意味などないと孫策は考えている。血が沸騰するような感覚。剣を振るう場において、それはなくてはならないものだった。

 

「しゅ、周瑜さま、こちらでしたか。出来れば、ただちにお戻りを……あっ、あわわ」

 

 ふたりの振り返った先には、大きめの帽子を深々とかぶった少女がいた。どことなく視線は泳ぎ気味であり、緊張しているのが丸わかりである。

 

「冥琳、いつからこんな可愛らしい子をそばに置くようになったのよ。あなた、名前は?」

 

「は、はいっ、わたしは鳳統(ほうとう)といいましゅ! あっ……」

 

「やだっ、この子すっごく可愛いじゃない。鳳統、っていうのね、わたしは孫策よ」

 

 上背があって颯爽としている孫策や周瑜と比べて、鳳統は小柄で可愛らしい印象が勝っている。おどおどとした鳳統の姿に母性をくすぐられたのか、孫策はいつになく柔和な笑みを浮かべている。

 

「鳳統よ、そう固くなるな。こやつも一応孫家の娘ではあるが、無理にかしこまろうとはしなくていいからな。なにしろ、そんなものとは対極に位置するような女だ。簡単ではないかもしれんが、気楽に付き合えばいい」

 

 周瑜がそう言うと、孫策はぷっくりと頬を膨らませてふくれっ面を作った。どうやら、これでも怒っているつもりらしい。どうしたものかと両人の顔を見つめて、鳳統の頭が左右に動いている。

 この鳳統を孫家に推挙したのは、周瑜そのひとだった。荊州には多くの名士が暮らしており、交流も盛んに行われていた。なかでも、水鏡先生こと司馬徽(しばき)が主宰している私塾は評判であり、周瑜もこちらに来てから注目していたのである。

 司馬徽の弟子の中でも、飛び抜けた才媛だとされている者がふたりいた。ひとりは鳳統で、もうひとりを諸葛亮(しょかつりょう)という。鳳統と諸葛亮は年齢も近く、人見知りがちなところでも似ている部分があった。

 周瑜が噂を聞きつけて出向いてみたときには、すでに諸葛亮はどこかに士官したあとだった。そのせいか司馬徽はなかなか鳳統のことを手放したがらなかったのだが、何度かの説得の末に周瑜は了承を得ることができたのである。

 

「くくっ。見てみろ鳳統、これが孫策というやつだ。お前も、笑ってやってもいいんだぞ?」

 

「あ、あははっ……。楽しいお方なんですね、孫策さまは」

 

「ちょっとー、その反応は微妙じゃない? わたしだって、傷つくときは傷つくんだからねー」

 

「それを自業自得というのだよ、雪蓮。それで鳳統、わたしに何用だ? なにやら、呼ばれているようだが」

 

 いまのやり取りによって多少は緊張が解けたのか、鳳統は周瑜の目をしっかりと見ながら話しだした。

 なるべくなら、早く家中に溶け込んでほしいものだ。子を見守っているような気分になり、自然と周瑜の表情も和らいでいく。

 

「ええっと、黄蓋(こうがい)将軍が周瑜さまを呼んでくるようにと……。なんでも、頼んでおいた弓の数が足りていないらしく……」

 

「なんだ、そんなことか。あのお方のやることだ、また酒でも飲みながら数えたのではないだろうな……。わかった、すぐに戻ろう」

 

「だったら、残念だけどお別れね、冥琳。じゃっ、わたしはわたしで勝手にやってるから」

 

「……待て雪蓮、お前も一緒に帰るんだ。いい加減、仕事をする時間だろう」

 

 どこかへ去ろうとした孫策の肩を、すかさず周瑜は捕まえていた。肩肘をはらない親友同士のやり取りを、鳳統は興味深そうに観察している。

 やはり、こうなってしまったか。心底悔しがりつつも、孫策は半分引きずられるようにして周瑜に連れて行かれていったのである。

 

 

 

 

 

 

 数日の滞在を経て、一刀は隴西郡をあとにしていた。

 馬超はそのまま城に残り、連絡役として馬岱だけが再度同行することになった。さらに思いを深めあった馬超が、手の届く範囲にいなくなってしまうのは寂しいことではあったが、軍備のためとあっては文句のつけようがない。むしろ、馬岱だけでも連れて行くようにと気をかけてくれた馬騰には、感謝するべきなのだろう。

 冀県。城に戻ると、一刀は留守居を任せていた程昱たちからの出迎えを受けていた。駆け寄ってきた徐晃を引き上げ、乗馬の前に乗せて進んでいく。

 

「寒くないのか、香風」

 

「んー、そうかもー? お兄ちゃん、あたためてー」

 

 手綱を握っていないほうの手で、徐晃の腹を擦ってみる。いくら万夫不当の武人といっても、寒さだけはどうにもならないらしい。だったら、もう少し着込んではどうかと思ったが、それは言わない約束なのだろう。

 

「はふう……。お手々あったかくて、きもちいい……」

 

 徐晃の間延びした声を聞いていると、なんともいえないのんびりとした気分になってくる。それでも、気になっていることがあった。他の用件をこなしているだけかもしれないが、郭嘉の姿だけが見えなかったのである。

 屋敷に到着して馬を降りると、劉備が側に寄ってきた。手を引かれる。どうやら、旅の汚れを落とす準備をしてあるから、ということらしい。

 

「桃香、少しだけ待ってくれ。稟がいないようだけど、どうかしたのか」

 

「その質問には、風がお答えいたしましょう。稟ちゃんは少し、体調を崩されているのですよ。このところお疲れ気味でしたから、それが響いたのかもしれませんねー」

 

「体調を? 具合はどうなんだ、風」

 

「お医者さまに診ていただいてからは落ち着いていますから、ご主君さまのお顔を見れば安心されるのではないかと。よろしければ、お見舞いに行ってあげてください」

 

「わかった、そうしよう。そういうわけだから、急いで頼めるか、桃香」

 

「うん、ご主人様ならそう言うと思ってたんだ。軽いお食事も用意してあるから、ぱぱっと済ませちゃおう」

 

 不安になりかけていた心が、劉備の笑顔によって安らいでいくようだった。誰にも慌てた様子はなかったから、本当に大丈夫そうなのだろう、と一刀は胸を撫で下ろした。

 使者を出して知らせてくれてもよかったのにと思う反面、これも郭嘉なりの気の使いかたなのだろうな、と一刀は理解していた。自身のことで、いらぬ不安を与えたくなどはない。そういう性分をしているのが、郭嘉という人物なのである。

 見舞いには、関羽にもついてくるようにと伝えてあった。どうしても、その席で宣言しておきたいことがあったからである。

 程昱と郭嘉が内政面での責任者であれば、関羽は軍事面でのそれに該当する。この三人を呼び出して議論したとなれば物々しい感じがするから、見舞いをしに行くくらいで丁度いいのである。

 

「この辺りにも、いい医者がいたのか? あんまり、そういった話しを聞いたことはないけど」

 

「ご本人がおっしゃるには、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)で医術の修行をされていたようです。こちらを訪れていたのは、本当にたまたまとのことで」

 

五斗米道(ごとべいどう)だと? ということは、その医者は漢中から来たのか」

 

 一刀も、五斗米道の名は知っていた。漢中に拠点を置き、一郡を支配してすらいる宗教組織だ。教祖である張魯(ちょうろ)を頂点とした繋がりは強固であり、軍事力として信者を動員してもいる。その名称のゆかりは、信者に米を五斗寄進させたところによるものだ。

 

「違うのですよー、ご主君さま。五斗米道(ごとべいどう)ではなく、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)なのです。なんでも、現在漢中を抑えている勢力とお医者さまは微妙に違うそうで」

 

「ご、ごっと、なんだって……?」

 

「よくわかりませんが、その医師殿にもなにか事情があるのかもしれませんね。しかし、腕のほうは確かであったのだろうな、風」

 

「はい。(はり)を遣って治療をされるお医者さまだったのですが、それはそれは凄まじい迫力だったのですよ。ある意味、ご主君さまは見なくて正解だったのかもしれませんねー」

 

 程昱が、からからと笑っている。関羽もどういった施術風景だったのか想像がつかないらしく、数度小首をひねっていた。

 そうこうしていると、郭嘉の屋敷が見えてくる。

 

「入るぞ、稟」

 

「あ……、一刀さま?」

 

 屋敷に着くなり、一刀は早くその姿を見たいという気持ちに身体を突き動かされた。問題ないと聞かされていても、それは自分の目で確かめた事実ではないのである。

 

「ただいま、稟。どうだ、身体は辛くないか?」

 

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。それに我が君のお帰りだというのに、出迎えにも行けず……、こほっ、けほっ……」

 

「稟、無理をして起きなくてもいい。お前の元気になった姿を、ご主人様は所望されているはずだ。だからいまはとにかく、ゆっくりと休め」

 

 一刀の横に立ち、関羽はそう声をかけた。寝台に横になったまま、郭嘉は小さく頷いている。顔色はまだ少しよくないようだったが、鍼治療と薬のおかげで身体を苦しませていた高熱は引いたという。

 

「ごめんな。俺が稟に頼りっぱなしなせいで、負担がかかったんだろう」

 

「まさか、そのようなこと……。一刀さまに頼られることは、わたしにとっての喜びなのですから。ですから、どうかこれからも遠慮などしないでいただきたい」

 

 床に膝を付き、郭嘉の手を握る。熱い。発熱の残滓によるものなのか、普段よりも体温が高いような気がしていた。

 恐らく、これからも否応なしに郭嘉の手を借りることになるはずだ。天下。そのふたつの文字が、しばらく脳裏に張り付いたままになっている。

 董卓が、結果的に乱世への扉を開こうとしているのであれば、それもいいだろう。大切なのは、その潮流のなかで自分がなにを目指すか、ということである。

 

「ご主君さま?」

 

 程昱が、郭嘉の手を握ったままの一刀の顔を覗き込む。どくん、と心臓が大きく一度跳ね上がった。一刀は、なにか強い決意を秘めた目をしている。程昱は、そう確信していた。

 

「三人とも、聞いてくれ。俺はやるぞ。月たちが、時代の流れに呑まれようとしているのならば、その流れから断ち切ってやるだけだ。たとえ我儘だと言われようが、俺は天下を獲りにいく。そう決めたんだ」

 

 ある意味では、董卓の考えに乗る形となるのかもしれない。ただし、なんであろうと見殺しにするつもりはなかった。自分の思い描く天下には、董卓や賈駆の姿も必要なのである。それをむざむざ欠いてまで、ほしいと思えるものはなにひとつなかった。

 これを、私心からによる欲望に過ぎないと、断じてくる者がいるかもしれない。だったら、それがなんだというのだ。天下を獲って、なにを成したいのか。そんなもの、誰がやろうと所詮は勝手な野心によるものでしかないはずだ。

 一刀が、三人の顔を順に見る。程昱は、少し口の端を持ち上げていた。

 

「どうだろう。それでも、お前は俺を支えてくれるのか、風」

 

「はい。ご主君さまがそう望まれるかぎり、風はどこまででもお供いたします。天下への思いが個人的な感情からであろうと、ご主君さまの本質が変わってしまうわけではありませんから」

 

 程昱が、手を身体の前で組みながら、静かに(こうべ)を垂れた。

 ついに、願っていた瞬間がやってきたのである。そう考えると、柄にもなく神経が昂ぶってしまうようだった。これはきっと、郭嘉と関羽にもいえることなのだろうな、と程昱は思う。

 

「ご主人様のお考えは、よくわかりました。ならばこの関雲長の全力をもって、貴方様の道を切り開きましょう。風の言うように、どういったご判断から立たれようと、ご主人様は優しいお方です。わたしは、そのことをよく知っておりますから」

 

 続いて、関羽も賛同の言葉を述べていく。

 隴西郡への旅路に同行するかたわら、なんとなくこうなるような気がしていたのである。一刀のもつ雰囲気の変化には、関羽は誰よりも敏感でいるつもりだった。

 いよいよ、天下を目指す戦に乗り出すときがきた。勇躍する十文字旗を、関羽ははっきりと頭の中で描くことができている。

 

「お慶び申し上げます、一刀さま。この日の到来を、我ら臣下一同は心待ちにしておりました。……そうとなっては、余計に寝ている場合ではありませんね」

 

「ははっ、違いないな。早く身体を治せよ、稟。お前がいてくれないことには、俺の闘いは始まらない。それは、よくわかっているだろう?」

 

「承知、しておりますよ。一刀さまをお支えする役目だけは、誰にも譲りたくなどありませんから。意地でも、元気になってみせましょう」

 

「ああ、その意気だ」

 

 郭嘉の瞳が、充血によって少し赤くなっている。きっとそれは、発熱によるものだけではないのだろう。

 一刀のもとで築く、新たなる天下。それを早く見てみたい一心で、郭嘉の身体は熱を帯びてきているのである。

 

 

 

 

 

 

 夜半。あれから一刀はひとり部屋に残り、郭嘉が眠るまでずっと側に居続けていた。咳はたまにしていたのだが、程昱のいうように病状は回復に向かっているようだった。これならば、あと数日も安静にしておけば、普段の政務に復帰することも叶うだろう。

 部屋の隅。物音がしたような気がした。自分の屋敷に戻ると、一刀は灯火もつけずに胡車児のことを呼んでいたのである。

 

「なにか御用でしょうか、殿」

 

「洛陽で動きが出る前に、お前に一仕事してもらいたい。頼めるか」

 

「はい、なんなりと。殿のご命令とあらば、拙者はそれを遂行するまでです」

 

 寝台に腰掛けた一刀の足元に、胡車児が小さくひざまずいていた。僅かに明るい色をした双眸が、闇夜にうっすらと浮かんでいる。

 

「わかった。ならば、お前には洛陽への潜入をやってもらいたい。賈駆と盧植将軍の動向を探り、可能であれば接触しろ。ただし、董卓には悟られるな」

 

「あまり交渉事は得意ではありませんが、やってみせましょう。できれば、殿に一筆したためていただきたいのですが……」

 

「心配するな。苦労をかけるんだから、そのくらいのことはちゃんとやっておくさ。それから、なるべくなら盧植将軍のほうから近づくように心掛けろ。賈駆は、そう簡単に話せる相手ではないからな。いまのような状況では、尚更警戒心を強めていることだろう」

 

 賈駆の性格を考えての助言である。懐の深い盧植から先に根回ししてもらえれば、内部での行動も幾分かやりやすくはなるはずである。

 洛陽の警備は厳重だと聞いていたが、胡車児ならばやれるはずだと一刀は思っていた。隠密の技術は申し分ないし、剣もよく遣える女だ。

 賈駆も盧植も、董卓には死んでほしくないと考えているはずである。慎重を期すべきではあるが、この辺りで繋ぎを持っておくに越したことはないだろう、と一刀は考えていた。

 

「それでは、拙者はこれで失礼いたします。あっ……」

 

 闇に消えようとしていた胡車児の身体を、一刀は自分の方へと引き寄せた。胡車児は戸惑ってはいたが、嫌がるような素振りは見せてはいない。

 きつく抱擁していた腕を緩ませると、一刀は胡車児の着物を剥いでいった。今夜は、精神が昂ぶってとても寝つけそうにない。こういうときには、決まって強く情欲を満たしたくなるのである。

 

「うあっ……。殿、ああ……っ」

 

「可愛い声を出すんだな、お前も」

 

 首筋に這わせていた舌を、徐々に別の箇所へと移していく。手のひらに収まるくらいの小ぶりな乳房だったが、揉む楽しみをしっかりと備えている。コリコリとした固さを主張してくる乳頭も、愛らしく思えた。

 女体に触れている間は、どうすれば互いに快楽を得ることができるのか、という点だけを考えていればいい。胡車児の快感に歪んだ表情。それを見ているだけでも、飢えた男根は硬さを増してしまうのである。

 

「いけません、殿……っ」

 

 赤みがかった長髪が、艶かしく舞っている。蕩けたような美声に耳を傾けながら、一刀は胡車児の身体を寝台にゆっくりと横たわらせるのであった。



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番外編 年越し

 凍てついた風。原野の表面が白く色づいている。

 中原での打倒董卓の流れが、この涼州にも不穏な空気感を作り出していた。諸豪族たちのもとには、すでに調略の手が伸びているのかもしれない。郭嘉の配下に探らせてはいるが、これまで決定的な証拠はつかめていなかった。

 そんな暗い気分を吹き飛ばすように、地和の明るい声が響いた。

 

「明日で、今年も終わりだね」

 

「そうだな。文字通り、あっという間に過ぎた一年だったように思うよ。……寒いだろう、地和。もっと近くに来たらどうだ」

 

「うん、そうしよっかな。おおっ、一刀も結構冷えてるんじゃない?」

 

 地和とは、朝の散歩をしている途中だったのである。身体を寄せ合い、指を絡め合う。

 明るくはにかむ地和。この笑顔を守ることができてよかった、と一刀は胸中で思った。

 

「あー! 隊長さんと地和ちゃん、こんな朝早くからイチャイチャしちゃってるのー!」

 

「だったら、沙和も一緒にお散歩しようよ。ちょうど、一刀も片方空いてることなんだし」

 

 屋敷の近くに差し掛かったところで、沙和と遭遇した。地和の提案を喜んで受け入れた沙和が、左から腕をつかんでくる。

 腕だけでなく、柔らかな箇所がいくつも触れ合っている。それ自体は大歓迎なことだったが、一刀は少々歩きづらさを感じていた。

 

「おいおい、俺の意思を確認しなくてもいいのか。これでも一応、ここの太守なんだぞ?」

 

「えー、そんなの隊長さんには似合わないの。それにー、こういうの好きでしょ?」

 

「そうそう。どう頑張ってみたって、一刀は女の子を邪険になんてできないんだから。だから、観念して付き合いなさい」

 

「まったく、言いたい放題なやつらだな……。今度なにかあったら、覚悟しておけよ?」

 

 左右から、同時に笑い声がしてきた。こうしているのが、きっとなによりも自分らしいのだろう。天下を目指すといったところで、なにも変える必要などないのだ。支えてくれる皆も、そう望んでいるはずである。

 

「ねえねえ、かずとー。天の国だと、この時期ってどう過ごすものなの?」

 

「ン……、そうだなあ。その年の最終日を、大晦日っていうんだけど」

 

「おおみそか? それで、どんなことをするの?」

 

「そんな、大したことをした記憶はないんだけどさ。たとえば掃除できてない部屋があれば掃除したり、正月に食べる料理を作ったりね」

 

 二人とも、興味深そうに耳を傾けている。無意識に押し付けられている分、胸の感触がより心地よかった。

 

「あう……、凪ちゃんにお部屋を掃除しろって言われてたのを思い出したの」

 

「ちぃたちのとこも、人和がうるさいんだよね~。お姉ちゃんも、あんまり手伝ってくれないし」

 

 どちらにもお目付け役がいるあたり、似た者同士といえるのかもしれない。凪や人和からしてみれば、そういった部分に手を抜くなどありえないことなのだろう。

 掃除といえば、香風のことが心配になってくる。幽州で、部屋を借りていたときですら、大量のゴミを溜め込んでしまっていたのだ。あのときも、愛紗と凪とで苦労して綺麗にしたものである。

 

「考えてみれば、テレビも長いこと見ていないんだよな。もし向こうに帰ることがあったら、浦島太郎状態になってしまいそうだ」

 

「てれび? 一刀、それってなになに?」

 

「テレビっていうのはね、こう……四角い箱みたいなものがあってだな。そこに、遠くにいるひとが映ったりするものなんだよ」

 

「ええっ、それって妖術みたいなものなの? ちょっと、沙和には信じられないの」

 

「でもでも、それって楽しそうじゃない? そんなことがほんとに出来るのなら、ちぃたちみたいな芸人だって活動しやすくなるんだし」

 

 怪訝そうに眉をひそめる沙和とは対照的に、地和は笑顔を輝かせていた。

 確かに、この時代の人間からしてみれば、お伽話のような存在なのである。刀ではなくスマートフォンと一緒に来ていれば、と思ったこともあったが、電気や電波がなければテクノロジーの塊もただの箱に過ぎないのだ。

 

「そうそう、大晦日になるとテレビで決まってやっていた催し物があるんだけどさ。男女に分かれて、歌を披露し合うんだよ。俺のじいちゃんの若い頃は、だいたいみんなそれを見て過ごしていたみたいなんだ」

 

「うわ~、なにそれ楽しそう! 一刀、この国も平和になったら、そういうことやれるようにしようよ。ちぃたち、絶対一番盛り上げてみせるからさっ!」

 

「ははっ、違いない。そういえば、地和たちにもなにかグループ名が必要なんじゃないか」

 

「隊長さん、それってなんなの?」

 

「ああ。いうなれば、三姉妹合わせての芸名みたいなものかな。そういう芸名があれば、張三姉妹って名乗るよりも、印象に残るだろ?」

 

「だったら、言い出しっぺの一刀が名前考えてよ! お姉ちゃんと人和にも、そう伝えておくからさ」

 

 地和の瞳が、期待に満ちてしまっている。こうなってしまっては、恐らく後に引くことなどできないはずだ。

 

「わかったよ。時間がかかるかもしれないけど、考えておくことにするから」

 

「やたっ! 一刀のそういうとこ、ちぃ大好きだよ! お礼に、チューしてあげよっか?」

 

「おー、地和ちゃん大胆なのー。隊長さん、沙和も沙和もー!」

 

「……だめだっての。ほら、行くぞ」

 

 ぶーぶーと言いながらツバを飛ばし、不満気に振る舞う地和と沙和。こうして美少女ふたりと腕を絡ませながら歩いているだけでも、相当目立ってしまうのである。

 それに加えて通りで接吻までしていたとなれば、愛紗あたりからどんな小言をいわれてしまうかわかったものではない。

 そうして、時が過ぎていった。一刀の提案で、年越しそばならぬ年越しラーメンをみんなで食し、来年は食材を研究して本物を味わうことを誓った。

 いまはここにいない月や詠、それに星たちとも、いつか笑いながら年をまたげる日が来るのだろうか。そんなことに思いを馳せながら、一刀は朝を迎えたのである。

 

「あけましておめでとうございます、一刀さん。……これで、あっていますよね?」

 

「うん、それであってるよ。あけましておめでとう、凪」

 

 新年。真っ先に屋敷へと挨拶にやって来たのは、やはりというか凪だった。後ろには、愛紗や稟の姿も見えている。

 配下たちだけでなく、城下の豪族や商人たちも挨拶にやって来るはずである。そうこうしているだけで、今日一日は過ぎてしまうのではないだろうか。

 

「新年おめでとうございます、一刀さま。忙しくなりますね、今年も」

 

「おめでとう、稟。天下が欲しいと言い出したのは俺だからな、覚悟はできているよ」

 

 眼鏡を指で上げつつ、稟は小さく笑った。身体はすっかり元気になったようで、政務にも軍事にも精力的に動いているようだった。

 

「ねえねえお兄ちゃん、朝ごはんはまだなのだ?」

 

「鈴々ちゃんの食欲には、誰もかないませんねえ。キリがついたら、昨日準備したものをみんなで召し上がりましょうかー」

 

「ははっ、そうしようか。風、鈴々、今年もよろしく頼むぞ」

 

「こちらこそなのですよー、ご主君さま」

 

 新年は、確実に闘争の年となっていくのだろう。だとすれば、目の前に広がる平和な光景は、束の間のものなのかもしれない。

 しかし、いまはそれを楽しもう。可愛らしく腹の音を鳴らす鈴々を抱え上げながら、一刀はそう思うのだった。



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 三月になった頃には、情勢は一気に動き始めていた。諸侯が袁紹からの檄文に賛同するかたちで、足並みを揃えて兵を挙げたのである。

 曹操や孫堅も、手勢を率いて一路洛陽を目指している。これで形式としては、袁紹が全軍を取り仕切ることになるはずである。そのこと自体は面白くなかったが、戦闘さえ始まってしまえばあとはどうとでもなる、という気持ちが曹操らにはあった。

 涼州漢陽郡。太守である北郷一刀は、城壁の上にいた。両隣には、郭嘉と程昱の姿があった。眼下には、大勢の武装した士卒らが控えている。

 

「どうですかー、ご主君さま。緊張をほぐすために、あちらをほぐしてさしあげてもよろしいのですが」

 

「そのくらいにしておきなさい、風。いま一刀さまの気勢を削ぐのは、あまりよくないことだから」

 

「いや、いいんだ。おかげで、力みが少しとれたような気がするよ。よし……、始めようか」

 

 一刀が声を張り上げた。天下を目指す。全軍にそれを伝えるのは、今日が初めてのことなのである。

 

「聞けっ! みんな、これまで、厳しい調練によく耐えてくれた。その成果を、存分に発揮するときが来たぞ」

 

 中原の軍勢とも渡り合えるよう、激しい調練を重ねてきたつもりである。本当の殺し合いでないとはいえ、怪我をして闘いを続けられなくなった兵もいるくらいなのだ。

 関羽をはじめとする将軍たちは、本番でないからといって容赦をすることはしなかった。調練についてこられない兵は、遅かれ早かれ戦場で死ぬことになるのだろう。その見極めをしてやるのは、ある意味では優しさともいえた。

 

「洛陽に、諸侯が集まりつつあることを知っている者も多いだろう。その余波を受け、穏やかだったこの涼州も、ふたつに分断されようとしている。韓遂(かんすい)辺章(へんしょう)は、俺たちを董卓殿に連なる者だとして糾弾しているそうだ」

 

 一刀の言ったように、この涼州においても勢力に別れての争いが始まろうとしていた。涼州北部に影響力を持つ韓遂と辺章が、一刀のことを親董卓派だとして追討の号令をかけたのである。

 これは間違いなく、袁紹らの挙兵と連動したものであろう。郭嘉の調査から不穏な兆しがあることはわかっていたが、なにも起こらぬままに手を出すわけにもいかなかった。最終的な目標は、この国を統一することなのである。そのための初手であるだけに、動くにはそれなりの大義が必要なのだ。

 

「韓遂さんたちをそそのかしたのは、どなたなんでしょうねー。稟ちゃんは、そのあたりのことまでつかんでいるのですか?」

 

「さて、どうでしょうか。しかし、調略を仕掛けたのが袁紹であろうと曹操であろうと、こちらには関係のないことです。今回の叛乱によって、我らに敵する者たちの存在が浮き彫りになったのですから」

 

「おおー。稟ちゃん、とっても悪いお顔をされていますねえ。ご主君さまのためにどろどろとした情熱を燃やす稟ちゃんの姿、風も見習わなくてはなりません」

 

 郭嘉は、あえて叛乱という言葉を使用した。現状、帝を抱え朝廷を動かしているのは、董卓なのである。その董卓を非難し、あまつさえ私兵を遣って自分たちまで討とうというのだから、これは立派な叛乱行為だろうと郭嘉はいっているのだ。

 

「韓遂たちが闘いたいというのであれば、それを徹底的に利用してやればよいだけです。この戦に勝ちさえすれば、日和っている涼州の豪族らも、態度を明らかにせざるを得なくなるでしょう。それに、いまはあちらに靡いている者であっても、情勢が変わればこちらに鞍替えする可能性も出てくるはずですから」

 

「そうですねー。闘うことも大切ですが、常に調略のきっかけは探っておくべきでしょう。ここで時間をかけ過ぎるのは、よくありませんから」

 

 まだまだ先は長いですからねー、と程昱は付け足した。

 とにかく、素早く地盤固めをすることだ。一日二日で出来ることではないが、天下を獲るというのであれば尚更急ぐべきだろう、と郭嘉は周辺の景色に目を移した。

 参軍ふたりが話している間も、一刀による演説は進んでいる。

 

「俺は今回の闘いを期に、涼州をひとつに纏め上げようと考えている。夢物語だと思う者がいるかもしれないが、この涼州から乱れた天下をもう一度ひとつにしたいんだ」

 

 ざわめきが起こる。当然だろうな、と一刀は思った。それでも将軍たちが落ち着いて聞いている分、動揺が鎮まるまでそれほど時間はかからなかった。事前に知らされていたというのもあったが、郭嘉の言っていたように家中で意見が割れることはなかったのである。

 

「そして、世の中をよくしたいというのは、董卓殿の願いでもある。一緒に闘ったことのある者でなくとも、涼州の人間であればそのことをよく知っているだろう。董卓殿はいま、洛陽において孤立無援の闘いをされているところだ。朝廷内部にたまった膿を出しきるため、あえて苦難の道を選ばれたのだと俺はみている」

 

 古参の兵たちに同調するように、涼州に来てから加わった兵たちがその通りだと叫んだ。凛々しくも優しげだった、董卓の姿。ここにいる誰もが、董卓が憂国の士であることを知っていた。

 刀を鞘から抜く。一刀がそれを頭上高く掲げると、陽光を吸った刀身が強く輝きを放った。

 

「どれだけ暮らす地が離れていようと、心はともにあると信じている。だから、俺は董卓殿を見捨てたくはない。新たなる天下を創造するためには、董卓殿のようなお人が必要なんだ。全てを、この涼州から始めるぞ。天の御遣いとして、俺はこの国を安寧に導いてみせる。この闘いは、その第一歩だ」

 

 身体中の血が、熱く滾っている。韓遂と辺章を退け、諸侯の囲む洛陽までひた走るつもりなのだ。

 全員の視線が、自分だけに集まっている。程昱は、普段となんら変わらぬ飄々とした様子で飴をねぶっている。一刀は、瞑目しながら大きく息を吸い込むと、丹田に力を込めて全軍に向け声を発した。

 

「気合を入れろ! 友を守り、敵を打ち倒せ! 俺たちの行く道は、どこまでも開けているぞ!」

 

 ざわめきが、鯨波へと変化していく。楽進、関羽、張飛といった面々が、兵たちに混じって雄叫びを上げている。

 激しく振られる、十文字の大旗印。それを見つめながら、一刀は再び拳を天高く突き上げた。

 

 

 

 

 

 

「蒲公英」

 

「あっ、お義兄さま……。来てくれたんだ」

 

 出陣を前にして、一刀は馬岱の様子を伺いにいった。他家からの客将とあって、馬岱には最後まで真意が伏されたままだったのである。

 韓遂たちは、旗色を明確にしていない馬騰のことも、敵とみなしているはずである。それに元々、この両人には因縁があった。だから、それの清算までもを韓遂は狙っているのかもしれない。

 

「お義兄さま、涼州を獲るって本気なんだよね? だったら、馬家との関係はどうなっちゃうわけ? お義兄さまとお姉さまが戦場で喧嘩するとこなんて、たんぽぽ見たくないよ」

 

 元気いっぱいの笑顔が似合う可愛らしい顔が、ことさらに暗く沈んでいた。

 馬岱の懸念は、もっともなものである。一刀が涼州、そして天下を統べるということは、すなわち馬家をもその支配下に加えるということを意味している。

 そんなことを、果たしてあの馬騰が認めてくれるのだろうか、と馬岱は心配しているのである。馬騰には独立心があり、これまで外敵から漢を守護してきたという誇りも備えている。それにもし、一刀と馬騰までもが争う事態となれば、韓遂ら反董卓勢力を喜ばせてしまうだけなのだ。

 

「そんなこと、俺だって望むものか。蒲公英、お前には伝令を頼みたい。漢陽と隴西の郡境にまで、馬騰殿を連れてきてほしいんだ。そこで、俺が話してみよう」

 

「うん、わかったよ……。でも、ダメだったらそのときは……」

 

「やる前から弱気になるなよ、蒲公英。馬騰殿だって、月のことは気になっているはずだ。この国の在り方だって、決していまのままでいいとは思っていないだろう。だから、大丈夫」

 

「あはっ、自信満々なんだ。ねっ……お義兄さま、ぎゅってしてくれる……? そうしてくれたら、きっとわたし頑張れると思うから」

 

 いつになく小さく感じられた馬岱の身体を、力任せに一刀は抱きしめた。繊細な抱擁など、いまは求められていないはずである。

 衝動と熱意。抱きしめられながら、馬岱はそれを強く感じていた。

 

「ありがと、お義兄さま。ちゅっ……、えへへっ」

 

 軽い軽い口づけ。馬岱とこういったことをしたのは、今日が初めてのことだった。意識していたつもりがなくとも、なにか罪悪感のようなものがあったのかもしれない。避けていたわけではないが、どうしても最後まで踏み込むことは躊躇われていたのである。

 栗色の髪を撫で付けながら、一刀は少しだけ目を伏せた。馬岱は、その手を気持ちよさそうに受け入れている。

 

「ごめんな、蒲公英。本当なら、お前にも相談しておくべきだったのに」

 

「いいんだよ、そんなの。ほら、たんぽぽっておしゃべりだから、どこで洩らしちゃったかわかんないし。だから安心して? おば様は、きっちり連れてきてあげるから」

 

 

 

 

 

 

 数日して、両者は相見えることとなった。場所にして、隴西郡襄武(じょうぶ)県から東に五十里(約二十キロ)ほどいった地点である。

 安定郡から来る敵への備えも考えて、一刀は全軍一万のうち、兵四千を連れてあらわれた。対する馬騰は、全て騎兵で編成された精鋭二千だけを率いている。

 

「よう一刀、直接会うのはあのとき以来だったね」

 

「足を運んでいただけたこと、嬉しく思います。蒲公英から、事情はお聞きでしょうか」

 

 自らの考えを訴えるために、一刀は関羽だけを伴って馬騰の陣を訪問していた。この話し合いをしている間も、韓遂らの軍勢は南下してきているに違いない。そのこともあってか、陣内にはひりついた緊張感が漂っていた。

 

「ああ、聞いたさ。なんでもお前、涼州どころか天下が望みだっていうじゃないか」

 

「ええ、その通りです。俺は涼州の力を結集させ、やがては中原にまで打ってでるつもりです。韓遂たちの動きは厄介ですが、これは統一を早めるための好機ともいえるでしょう」

 

「それもこれも、月ちゃんのため……ってか。女を守るついでに天下を獲りに行くとは、婿殿はとんだ食わせ者だねえ」

 

 今頃、洛陽でも戦支度が行われているのかもしれない。そちらが陥落してしまうことがあれば、なにもかもが水泡に帰してしまう。一刀にも、まったく焦りがないわけではなかった。

 

「なるほど。そう言われてみれば、確かについでなのかもしれません。ですが、そのくらいの気持ちで臨むのが丁度いいと思うのです。天下なんてものは、常人の俺にとっては重すぎるものなんですから。だから、とても一人でなんて闘えません。俺には、馬騰殿たち馬家の力が必要なのです」

 

 一刀の発言を聞いて、馬騰は堪えきれず破顔してしまった。

 前回会った折になにかを感じたのはこのためか、と今更になって思う。だいたい、そのような大言をさらりと言ってのける常人が、一体どこにいるというのだ。馬騰の笑い声は、陣屋の外にまで響いている。

 

「くっ、うははっ……! いいねえ、その青さ。わたしも、若い頃は散々手下を連れて暴れ回ったもんだ。そんな女が、随分とつまらないことを考えるようになったもんだよ」

 

 先程とは打って変わって、馬騰は少し自嘲気味に笑った。

 いまは、自分ひとりだったときとは違う。槍をいくらか遣えるようになったといっても、娘たちはまだまだなのだろう。涼州で名を挙げてこそいるが、中原の戦は知らないままなのである。

 年は取るものではないな、と馬騰は思った。自領を焦がさんとする火の手は、すぐそこにまで迫っているのである。なのに、自分はなにを迷っているのか。

 槍を取り、広大な原野に馬を駆けさせる。軍人である自分にとって、それが全てではないのか、と馬騰は拳を握った。それに、娘をやると認めた男が、力を貸してくれと言ってきているのである。ならば、道はとうに決まっているはずだ。

 

「乗ってやろうじゃあないか、お前の博打に。わたしも馬家も、お前とはこれから一蓮托生だ。……だいたいわたしは、韓遂のやつとは昔っから反りが合わないのさ。ふん……、そうだ。あいつからやろうってんなら、受けて立ってやるのが筋ってもんだろう。やると決まれば、わたしは徹底的にやるよ。馬家の本気の戦、お前たちにもよく見せてやるから、楽しみにしておくんだね」

 

 馬騰の視線に、野性的な鋭さが戻っている。老練さを増す代わりに忘れかけていた獰猛な部分が、再び燃え上がろうとしているのかもしれない。

 

「戦の段取りは、決めてあるんだろうね。洛陽のほうでも、ぼちぼち争いが始まりかけているって聞いたよ?」

 

「洛陽に駆けつけたいのはやまやまですが、ひとまず韓遂たちの力を削がなくては、いずれ挟撃を受ける可能性もあります。ですから、まずは軍を北上させてそちらを叩くつもりです」

 

「そうか。だったらわたしは一度狄道に戻り、総力を上げて金城郡に攻め入ろう。……苦労するね、お前も」

 

「この程度の障害を乗り越えられなくては、覚悟をした意味がありません。洛陽に行ったら、引きずってでも月を連れ戻すつもりですから。頼りにしています、馬騰殿」

 

 金城郡で合流することを約束し、一刀は馬騰の陣屋を出た。誰かとぶつかる。戸口のそばで立ち尽くしていたのは、馬超だった。

 

「あっ、ごめっ……、一刀殿っ」

 

「ここにいたんだな。ずっと会いたかったよ、翠」

 

「うっ……、ほんとかっ!? そ、それよりも、母様との話し合いはどうなったんだよ!」

 

「安心するがいいぞ、翠。馬騰殿は、ご主人様へのご助力を約束してくだされた。よもや、お前が嫌だとは言うまいな?」

 

 関羽のからかうような口調に、馬超はぶんぶんと首を左右に振って応えた。馬岱から知らせを受けたときには戸惑ったが、ここに来るまでに腹はくくっていた。一刀が天下を狙うというのであれば、自分は全力でそれを支えよう。馬超は、そう心に決めていたのである。

 

「そんなわけないだろっ!? 一刀殿ならいい世の中を作ってくれるって、あたし信じてるんだからな。絶対、裏切ってくれるなよ?」

 

「そうなるように、努力はしてみるよ。俺には、分不相応なくらい優秀な配下がいるからな。みんなの力を合わせれば、やってやれないことはないさ。だろう、愛紗?」

 

「また、そうやってご謙遜を……。我らなど、束ねてくださるご主人様がいらっしゃらなければ、力を発揮できないのですから。ですが、ご主人様のご期待に応えられるよう、これからも精進を続けて参りましょう」

 

 馬家の旗本に預けていた青龍偃月刀を手に取ると、その石突きで関羽は地面を強かに叩いた。

 戦を目の前にして、気が昂ぶってきているのだろう。なにしろ、相手は涼州でも名の売れた将軍なのである。鍛えてきた騎兵の力を試すには、絶好の機会ともいえるのだ。

 

「油断するなよ、愛紗。韓遂殿は、母様と何度もやりあってきた古強者だからな。戦の腕は、確かなものだ」

 

「わかっているさ、翠。ご主人様から一軍を預けられている以上、わたしはそうそう負けるわけにはいかないのだ。十文字旗のあるところに、関雲長あり。此度の戦で、この涼州にもそう知らしめてやろう」

 

「おっ、言ってくれるじゃねえか。一刀殿、あたしの活躍にも期待しててくれよな。へへっ……」

 

「もちろんだ。模擬戦は何度かしていても、実戦で翠たちを見るのは初めてだからな。馬家による騎兵の動かし方を、しっかりと学ばせてもらうつもりだ」

 

 一刀に向かって、勇ましく宣言してみせた馬超。やはり、軍人としての血が騒ぐのだろう。

 そういえば、と一刀は周囲を見回した。馬岱。こちらの陣にやって来てから、まだ見かけていなかった。恐らく同行しているはずだから、共闘が決まったことを報告をしておきたいと一刀は思っていたのである。

 

「……ここにいるぞっ! なーんちゃって。お義兄さま、つっかまーえたー」

 

 背後からいきなり出現したかと思うと、馬岱は一刀の腰に飛びついた。大方、馬超との会話を聞いていて成り行きにも察しが付いているのだろう。その表情は明るく、悪戯っ子である本来の気質がよくあらわれている。

 

「蒲公英、お前はまたそうやって……!」

 

「いいでしょー、別にお姉さまには関係ないんだから。それに、お義兄さまに叱られたのなら、たんぽぽだってちゃんとやめるもんねー」

 

 注意をしてくる馬超を尻目に、馬岱はからからと笑っている。ふたりのやり取りを聞きつけてか、馬騰までもが陣屋から姿を見せた。

 

「おうおう、やってるねえ。翠も、久しぶりに婿殿と会えたからって、あんまりはしゃぐんじゃないよ。……ところで、蒲公英とはどこまでいったんだい?」

 

「それがねー、おば様。お義兄さまったら、たんぽぽにはなかなか手を出してくれないんだよ? たんぽぽなら、いつだって心の準備はできてるのに」

 

「蒲公英はこう言っているが、お前はどうなんだい、一刀」

 

「そんなにニヤニヤしながら聞かれても、困ってしまうのですが……。というか蒲公英、こういうのを意趣返しっていうんじゃないのか?」

 

「えー、なんのことー? たんぽぽは、純粋にお義兄さまに愛してもらいたいだけなんだけどなー」

 

 そう言いつつも、馬岱はおどけたように舌の腹を見せつけてくるのだ。これは、涼州制圧の真意を隠していたことに対する当てつけに違いない、と一刀は内心確信していた。とはいえ、馬岱だって本気で怒っているようには思えない。だとすれば、出陣前に交わした口づけの続きを、本気で望んでくれているのだろう。

 

「大変ですね、ご主人様も。これでは尚更、早急に事を片付けなければならないのではありませんか?」

 

「言ってくれるな、愛紗。だけど、その通りだと思うよ。俺たちが闘う意味って、結局はそこにあるはずなんだ。なんでもない日常を、大切な人と過ごしたい。それが出来る世の中が欲しいから、きっと闘えるんだ」

 

「お義兄さま……。えへへっ、だったら、たんぽぽも頑張らなきゃね」

 

「その意気だよ、蒲公英。涼州を騒がす奴らを黙らせりゃあ、いくらか暇だってできるはずさ。翠、兵を動かす用意はできてるんだろうね。すぐにでも、陣払いをするよ」

 

 馬騰による命令がくだると、馬家の将兵たちは粛々と移動のための陣形を構築していった。それを背にして、一刀と関羽は自陣へと帰還した。

 目指すは、韓遂らの勢力の掃討である。



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 漢陽、隴西以北の勢力は、ほぼ韓遂らに同調しているといってもいい状況である。そこに協力してきた(きょう)族の軍勢を加えると、総勢で五万を越えるほどであった。漢という国は、黄巾の乱の発生以降揺れに揺れている。この期に目障りな馬騰や天の御遣いを排除してしまえば、涼州は中原の威光を受け付けない独立した土地となれるのではないか。韓遂や辺章には、そういった考えもあるのだ。

 事実、他国ではあるが益州はそういった立場をこのところ強めている。山深い場所である上に、その入口にあたる漢中は実質的に五斗米道の支配地となっているのだ。蓋をされた状態にある益州は、漢の命令をほとんど無視するようになっていたのである。前年のうちに益州牧である劉焉(りゅうえん)は死去していたが、後継者である劉璋(りゅうしょう)も独立心を受け継いでいた。

 咆哮。大地が揺れる。金城郡南西部に展開していた韓遂の軍三万が、戦闘態勢に入っている。その先にいるのは、『馬』の旗を立てた軍勢。騎馬の行軍によって、土煙がもうもうと上がっていた。

 狄道に駆け戻った馬騰は、参集した二万を率いると素早く金城郡へと侵入した。小さな砦を焼き払いつつ、韓遂の居所を探った。兵力では多少劣っているが、どうとでもなる範囲の差だと馬騰は判断したのである。

 開戦より、少し遡る。馬騰は、軍の中心的な将軍でもある娘たちを集め、軍議を行っていた。

 

「翠、お前には三千騎を任せる。いいかい、わたしに遅れずついてくるんだ。韓遂の三万に対し、こっちは二万。初っ端の打ち合いに勝って、勢いをつけるよ」

 

「ああ、わかったよ。へへっ……母様、あたしが韓遂殿の首を獲っても、怒らないでくれよな」

 

「はっ、好きにしな。わたしたちの騎馬隊が突撃したら、鶸と蒼はすかさず歩兵を前進させて敵軍を崩すんだ。いいね」

 

「はい、母様。蒼、あなたもしっかり働くのよ?」

 

「そのくらい、わかってるってば~。今回の戦って、言ってみればお義兄さまとする初めての共同作業でしょ? うう~、考えただけでもゾクゾクしちゃうよね~?」

 

 出陣前の緊迫した空気感が、馬鉄の一言によって幾分和らいでいく。あえてそういった発言をしているのかと思わされる瞬間が、馬鉄にはあった。

 馬家一門の将は、色こそ違えど揃いの鉢金を額につけている。それを巻きなおしながら、自分の配置について馬岱は尋ねた。

 

「おば様おば様、たんぽぽはどうすればいいの?」

 

「蒲公英には、騎兵二千をつける。敵軍の動きを見ながら、鶸たちの援護をしてやってくれ。頼んだよ」

 

「えー、それってちょっと地味じゃない? でも、わかったよ。思いっきり、相手のことを撹乱してやるんだから」

 

「よーし、ならばそれぞれの持ち場に移れ。涼州に馬家ありと、一刀のやつにも知らしめてやろうじゃないか。くくっ、血が騒ぐねえ」

 

 宿敵の首を前にして、馬騰の顔は笑ってさえ見える。やはり、本質的には戦人なのだろう。愛用の槍を肩に担ぐ馬騰の姿は、なによりも様になっていた。

 

 

 

 

 

 

 馬騰、韓遂両軍ともに、先鋒に立てたのは騎兵である。押し寄せてくる馬軍の六千に対し、韓遂は配下の閻行(えんこう)に四千を与え迎撃を命じた。

 単純な兵力だけでいえば、勝っているのである。歩兵を左右に広がるように配置し、いわゆる鶴翼の陣を敷いて韓遂は馬騰のことを待ち構えた。

 

「来るがいい、馬騰め。若い頃のように血気に逸るのはよいが、お前さえ討てば馬家など恐れるに足らんわ」

 

 幾重にも兵で囲われた本陣のなかで、韓遂は指示を飛ばしていた。歳を重ねたからには、それ相応の闘い方がある。白髪交じりの頭に兜を乗せながら、この女将軍はそう考えていた。

 先陣に立って雑兵を叩き落としながら、馬騰は前進を続けている。大柄の槍を巧みに操り、一度の攻撃で三、四人は敵の数を減らしていった。前線を張れなくなったその時は、潔く娘に跡を譲ればいい。ただし、それはまだ当分先のことだと言わんばかりに、馬騰は手の甲で返り血を拭った。

 西に数里離れた先では、馬超の軍勢も突撃を始めている。二手に分かれた三千の騎兵が、(きり)の如く韓遂軍の前面を抉っている。縦に並んだ精強な騎兵が、次々と攻撃をしているのである。まるで二股の槍の穂先を押し込んでいるような形であり、馬騰たちは青々としていた原野を血で染めていった。

 

「怯むなっ! いかに強力な軍であろうと、この攻勢がいつまでも続くわけではないぞ」

 

 閻行。兵を叱咤しつつ、馬上から矛で敵兵を打ち払っていた。武勇には、自信を持っている女だった。馬超には、同じ女でありながらも惹かれるような部分がある、と閻行は感じている。直接ぶつかったことはないにせよ、その錦とも称される武を目にしたことは何度かあった。機会があれば、本気の闘いをしてみたい。主君の命を実直に守る傍ら、閻行はそのように願ってもいる。

 麾下の騎兵を円形に纏め、閻行は防御のための陣形をとった。馬騰の兵の強さは、涼州人であれば誰もが知っている。だから、なるべくその出足を制止し、両翼による包囲を待つ。攻めたい気持ちを抑え込むように、閻行は手綱を引いて馬を落ち着かせていた。

 

「ちっ、なかなかやってくれるっ。おい、誰か娘たちところへ伝令に走れ。このままわたしたちを足止めしておいて、左右から歩兵で包み込む。十中八九、それが韓遂のやつの狙いだ」

 

「将軍、どうされるおつもりなのですか?」

 

 軍勢の中ほどに戻り、馬騰は伝令を呼んでいた。思っていた以上に敵は冷静であり、戦術を見直す必要がありそうなのである。

 

「だったら、鶴の両翼を先にもいでやろうじゃないか。休と鉄の部隊には、わたしたちが抜けた中央を埋めさせる。超には、西の敵軍を攻めるように伝えな。こっちの動きを見て、向こうは攻めに転じてくるはずだ。岱には、それをよく観察させておけ」

 

「承知いたしました。早速、行って参ります」

 

 

 

 

 

 

 ひたすら前方目掛けて突進を行っていた馬軍の騎兵が、左右に進路を変更した。攻勢が止む。韓遂軍からしてみれば、これは反撃に移る好機でもあった。

 閻行は再び兵を纏め上げ、手勢を二つに分けた。幾らか数を減らされたものの、痛手と言うほどのものではない。後方からは、詰めの部隊も出てきている。閻行自身は分けた片方の二千を率い、馬超の後を追った。

 

「行くぞ、皆のもの。馬超の軍勢を破り、そのまま敵軍の包囲を完成させる」

 

 練度の高さ故か、馬超に従う騎兵はかなり俊敏な動きを見せている。それでも戦場が平地であるから、姿自体を見失うことはない。なんとか速度を上げて追いすがりながら、閻行は射撃を行うよう兵たちに命じた。

 

「いまぞ、矢を放て!」

 

 幼い頃から馬に親しんでいる兵たちならではの芸当である。太腿で馬体を掴んで体勢を整えつつ、弓の弦を引き絞る。放たれた矢は、背を向けている馬超の部隊へと吸い込まれていった。

 閻行の配下が射った矢によって、十数人が落馬させられている。後背を突かれたことに舌打ちをしながらも、馬超は兵たちに命令を下した。

 

「反転するぞ。まずは、鬱陶しいやつらを蹴散らすのが先だ。お前ら、あたしについてこい!」

 

 一糸乱れぬ動きで、馬超の騎兵が向きを変えた。直属の部隊であるだけに、それぞれが名うての乗り手とすらいえるのだ。毎日のように遠駆けをし、絆を深めあった仲間同士なのである。その連携は、他の部隊とは一味違う。

 先頭にいるのは、やはり馬超本人である。槍を片手に、堂々と手勢を引き連れていた。

 

「来るか、錦馬超。ふふっ……そうでなくては、面白くない」

 

 閻行が矛を構える。この間にも、両翼の軍勢は包囲のために動いているはずである。上手く闘いを引き延ばせば、その部隊との挟撃も可能なはずだった。しかし、手を伸ばせば届くようなところに馬超がいるのである。

 この機だけは、なんとしてでも逃したくはない。ここで馬超を討ち取ることこそが、韓遂への最大の奉公になるのではないか。そう自らに言い聞かせると、閻行は前線へと躍り出た。

 互いの率いる騎兵が交差する。駆け抜ける中で、馬超の目は閻行のことを認識していた。矛を振るう様は勇猛そのものであり、かなりの使い手のように思えた。あれを打ち倒すことで、形勢を一気に有利に傾けてみせる。敵兵をひとり突き殺しながら、馬超はそう決断していたのである。

 

「もう一回、突っ込むぞ! あたしが向こうの将と闘っている間、敵を近づけるな!」

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 馬家の兵が叫びを上げた。視線を一層鋭くした馬超は、馬首を上手く巡らせて糸を縫うように兵の間を抜けていく。槍を振り上げる。相手が並大抵の将であれば、それで勝負は決していただろう。

 

「っしゃおらあああぁああっ!」

 

「嬉しいぞ、錦馬超ッ! お前と闘えることを、ずっと心待ちにしていたのだからな!」

 

 馬超が繰り出した重い一撃を矛の柄で受け止め、閻行は笑っていた。そのまま槍が引かれた隙を見て、素早く矛を突き出していく。

 

「はんっ、この程度であたしをやれると思うなよ! あんた、名前はなんていう」

 

 個人の武だけが、馬超の強さではない。呼吸をするかのように乗馬を操り、身体の位置をずらして閻行の突きを避けた。周囲では、両軍の兵が入り乱れている。

 

「我が名は閻行(えんこう)、字は彦明(げんめい)という。お前をあの世に送る者の名だ、しかと覚えておけ!」

 

「ああ? 面白いことを言ってくれるじゃねえか、閻行。あたしには、添い遂げるべきひとがいるんだ。一刀殿のためにも、こんなところで死ねるかよッ!」

 

「添い遂げるべきひとがいるだと? はっ……笑わせてくれるなよ、馬超。うおおぉおおおっ!」

 

 闘気を爆発させながら、ふたりは得物を激しく打ち合わせていった。

 韓遂は馬騰にとって長年争ってきた相手ではあったが、一刀からしてみればこの闘いは緒戦に過ぎないのである。

 覇業を支えると誓ったからには、ここでもたもたしているわけにはいかなかった。閻行の力は驚異的ではあるが、自分がそれに劣っているとは思えない。だとすれば、必ずどこかに勝機があるはずだ。馬超は槍を大きく振り回しながら、そう考えていた。

 

「どうした馬超、さっさとわたしを殺してみろ! それとも、色ボケしたことで槍が鈍ったか!」

 

「そんなわけあるかよッ! うおぉおおらあっ!」

 

 両者の実力は、ほぼ拮抗しているといってもよい。一騎打ちの様相があまりにも見事であるせいか、殺し合いをしていた兵たちですら闘いを食い入るように見守っている。

 これまで、何合打ち合ったことだろう。馬超と閻行の息が上がる前に、乗馬のほうが音を上げてしまいそうなくらいだった。ぶるるっ、と馬が息苦しそうに鳴いている。

 どちらも数箇所に浅い傷を負っているが、動くにはなんら問題のない程度のものである。これでは、日が暮れても決着がつかないのではないか。見守る兵たちがそう思い始めたのも、無理はなかった。

 

「ちいっ、しゃらくせえな! 閻行め、いい加減くたばりやがれ!」

 

「なんの、まだまだ楽しもうではないか! 錦馬超、やはりお前は最高の相手だッ」

 

 閻行の矛先が、馬超の前髪を掠めていった。はらはらと舞う、栗色の毛髪。それを吹き飛ばす勢いで、馬超は全力で槍を叩きつけた。

 

「なっ、馬鹿な……っ!? やってくれるな、この怪力女め……」

 

 あまりにも強烈な一撃だったせいか、閻行の矛は中心部から真っ二つに叩き折られてしまっている。それを見ていた馬超麾下の兵たちが、ひときわ大きな喚声を上げた。

 

「あたしを怪力女だっていうなら、お前も同類だろうがっ。はあぁあああっ!」

 

 いくら臍を噛もうとしても、もう手遅れである。折れた矛を呆然と見つめる閻行の胸元に向けて、馬超は神速の突きを放った。

 具足を断ち割り、穂先が吸い込まれていく。鮮血。吹き出している。悔しさと満足感。綯い交ぜとなったそれらが、閻行の口から溢れ出た。

 

「ゴホッ……。ああ……くうっ、馬超……」

 

「あんたのことは忘れないぜ、閻行。これだけの勝負、なかなかできるもんじゃないからな」

 

「ははっ……、そうだろうな。お前のような相手に巡り会えて、よかった……」

 

 槍が抜ける。弛緩した閻行の身体は、どさりと地上へ崩れ落ちた。

 止まっていた戦場のときが、再び動き出していく。四方に充満していく殺気を、馬超は敏感に感じ取っていた。

 

「閻行さまの仇、俺たちで取るんだ」

 

 我に返った兵たちは、閻行の弔いのために馬超の首を挙げようと必死になって闘い始めた。

 兵数としては馬軍のほうが優位ではあったが、なにしろ死を賭して向かってくる兵たちである。斬れども斬れども、士気の落ちる気配がない。

 

「ああ、くそっ……! こいつら、厄介すぎるだろうが……っ。せめて、あと少しこっちにも兵があれば」

 

 馬超の呟きを待っていたかのように、『馬』の旗を掲げる軍勢が現れた。方角的には戦場の中央からやって来たようであり、将兵ともに騎乗している。

 

「ここにいるぞー! やっぱり、お姉さまにはたんぽぽがついてなきゃダメだよね?」

 

 戦場には似合わぬ笑顔を振りまきながら、馬岱は閻行の残した兵の背後を襲った。馬超麾下の兵と合わせれば、おおよそ四千五百の騎兵である。前後から突撃を受けてはさすがに為す術もなく、閻行の元手勢は敗走していった。

 

「えへへ~。助かったでしょ、お姉さま? たまには、ちゃんと感謝してよね」

 

「へっ、そんなことないっての。それより、鶸たちは平気なのか」

 

「もう、強がっちゃって。中央は無理に攻めてないから、大丈夫そうだよ。……あれ? お姉さまが怪我させられるなんて、そんなに強い相手だったんだ」

 

「おう、閻行っていってな。なんとか討ち取ることができたけど、かなりの武人だったぜ。蒲公英、お前が闘っていたら、きっと危なかったと思うぞ」

 

 浮足立ちかけた軍勢を再編し、馬超は韓遂軍の片翼を目指して進軍している。包囲の手を潰すことができれば、韓遂にとっては相当な打撃となるはずである。

 

「……おば様の血を濃く受け継いでるのが、お姉さまだけでよかったよ。もし鶸たちにも突撃癖があったら、絶対たんぽぽだけじゃ面倒見きれないもん」

 

 意気揚々と語る馬超をよそ目に、馬岱は小さく首をすくめるのであった。



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 冀城。近隣で戦闘が行われているというわけではないが、それでも城郭内には引き締まった空気が流れていた。

 関羽と張飛を引き連れて、一刀は出陣しているところである。大将不在とあって、留守居の将たちに指示を与えるのは、主に郭嘉と程昱の仕事であった。韓遂と辺章の勢力を削った後、洛陽に派兵することが決定付けられている。遠征となれば、兵糧の準備を充分にしておかなくてはならない。郡内の防備の増強を進めるのと同時に、将たちによってそれらの輸送も執り行われていた。

 漢陽郡の南方にある武都(ぶと)郡は、どうやら様子見を決め込んでいるらしい。調略の手を伸ばしつつも、いまは下手に刺激をするべきではないだろう。それが、参軍ふたりの見解だったのである。

 

「しっかしまあ、あんたの旦那もでっかいことぶち上げたもんやなあ、凪」

 

「うん、違いない。打って出るべきときは出る。そういうことができるお方だから、一刀さんは天の御遣いなんだろうな」

 

 楽進と李典。小さく笑いあった。

 昼時には、少し早いくらいだろうか。飾り気のない飯屋で、皿に盛られた料理をふたりして箸でつついている。丁度、互いに城へ戻った時間が同じくらいだったのである。于禁は、まだどこかで任務を行っているようだった。

 ふと、焼いた肉に、楽進が唐辛子の粉をかけようとした。真っ赤な色をしている。楽進のことだから、ビタビタと表現したくなるほど振りかけるつもりだったのだろう。

 

「ちょい待ちい、凪!」

 

「む……、旨いのに」

 

 李典は露骨に嫌そうな顔をし、それを手で強引に制してしまう。物足りないのはわかるが、やるならせめて自分の皿のなかでやってくれ。極めて常識人である楽進だったが、味覚という一点だけに限ればまったく理解することができない。李典はややげんなりとしながら、まともな色を保つことに成功した肉を口に運んだ。

 

「真桜」

 

「んー? なんやー、凪」

 

「確かに、一刀さんはわたしの旦那さまだ。だけど、真桜の旦那さまでもあるんだからな」

 

「ぶっ……!? な、なんや、いきなり真面目な顔してそないなこと……」

 

 あの日、一刀が馬騰に宣言した内容は、当然誰もが知るところとなっている。まだ正式に婚礼を行ったわけではないものの、それぞれのなかで差異はあれども意識は生まれていた。

 これまでも、実質的にはそうだったのかもしれない。とはいえ、心の内で密かに思っているだけなのと、言葉として発されるのではわけが違う。

 一刀の良き妻女となれるよう、いままで以上に背筋を正していかなければならない、と楽進は意気込んでいる。それに、今後また周囲に女性が増えることだってないとはいえないのである。一刀の女癖の悪さについては達観してしまっているものの、そのとき規範を示せるような人間が必要となってくるかもしれない。ならば、自分が率先してそうなるべきだろう。楽進は、そう考えてもいた。

 

「というか凪。自分からいうといて、顔真っ赤になってるし。ほんま、そういうとこがたまらんねんなあ」

 

「う……。こればっかりは、自分ではどうしようもないからな……」

 

 楽進の顔全体が、見事なまでに赤く色づいている。

 もし自分が男だったなら、こんな可愛げのある親友を放っておくわけがない。李典は、むず痒くなりそうな気持ちを抑えながらそう思っていた。

 

「……近くにいても、遠いところにいるような気がする。なんとなくだが、以前はそう感じるときもあった」

 

「やっぱり、それって一刀はんが天から降ってきたようなひとやから?」

 

 タレのついた箸をねぶりながら、李典は話を聞いている。その様子を、行儀が悪いと楽進が注意をした。

 

「そうかもしれないな。……でも、いまは違うんだ。一緒に寝食をともにして、一緒に闘って。そうして、一緒になると約束してくださった。あの方の全ては、きっとこの世界のほうを向いている」

 

「そうかあ。あんまり考えたこともなかったけど、一刀はんがずっといてくれるって保障なんかどこにもあらへんもんなあ。こっちにいるのが嫌やー、って帰られてしもうたら、ウチらではどうにもならへんし」

 

「ふふっ。そう思うのなら、真桜もしっかりあの方をくくりつけておくんだな」

 

「おー? いうてくれるやないの、凪。せやったら、今度閨でどれだけ大将イカせられるか、勝負してみるかあ?」

 

「また、お前はそうやって恥ずかしげもなく……。だが、わたしだって負ける気はないからな。一刀さんのことなら、これでもよくわかっているつもりだ」

 

 そう吹っかけあって、ふたりはまた笑った。そのためにも、まずは将としての働きをしなければならない。

 

「おっ、いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 

 調理場にいる店主が、新しく入ってきた客に声をかけた。その客は店主へ軽く会釈をすると、楽進たちのいる方へ真っ直ぐに向かって行く。

 深緑を基調とした軍服。きっちりと纏め上げられた髪が、規律に厳しそうな印象を醸し出している。靴が、少々油でテカった床をかつかつと鳴らしている。

 

「これは。誰かと思えば、稟でしたか」

 

「なんや、珍しい場所で会うもんやなあ。稟さんも、これからお昼かいな」

 

 楽進と李典は意外そうな顔をして、郭嘉のことを迎えた。

 

「ええ、そうよ。だけど、ふたり揃ってそんな顔をしなくてもよいのでは? こちらには、少し前に連れてきていただいたことがあっただけだから」

 

「ははあ、そういうことやったんやな。なんや、妬けてくるわ。凪も、そう思うやろ?」

 

 箸の先を向けて、李典はそういった。先程の場面を再生するかのように、楽進がそのことを注意する。

 なにも、郭嘉だって始めからここにしようと思って来たわけではないのである。休憩がてらに歩いていると、つい目に入ってしまったのだ。

 

「なんですか、妙にニヤニヤして……。それはそうと、資材の準備などは怠りないんでしょうね、真桜」

 

「はいな。そっちに関しては、順調に進んでるで」

 

「ふむ、ならばよいのですが。店主殿、わたしにはなにか軽いものを出してもらえますか」

 

 李典の応えに頷いて見せると、郭嘉は椅子に腰掛けながら店主に注文を伝えた。

 今頃一刀たちは、楡中(ゆちゅう)の攻略を狙って布陣しているはずである。漢陽郡から金城郡に入れば、楡中は目と鼻の先の位置にある。その援軍として、郭嘉も赴く手はずとなっていた。

 

「あちらのほうでは、もう戦が始まっているのでしょうか」

 

「凪の思っている通りかと。馬騰殿の手の内は、韓遂もよく知っているはずですからね。そういった意味では、臆する必要がない相手ともいえるでしょう。対して、我ら北郷軍とは、闘った経験がありません。間者の知らせを聞く限り、羌族との混成軍とぶつかりそうな気配がします。恐らく、様子見をするつもりなのでしょう」

 

「なるほどなー。敵さんからしてみれば、馬騰さんとこのほうが怖くてしゃーないってわけか。まあ、ウチらなんて涼州じゃほとんど無名みたいなもんやしなあ」

 

 李典のいうように、涼州に来てから北郷軍は戦らしい戦はしていない。たまに賊でも出れば、実戦に即した調練になると思えるくらいだったのである。

 そうであるだけに、韓遂も辺章も当面の敵は馬騰だと考えていた。いまでこそ争う間柄となってはいるが、ときを遡ってみれば仲の良かった時期もある。馬騰と韓遂は、似た者同士といえる部分もあったのだ。だから、余計に相手の考えていることがよくわかる。

 どちらも、羌や匈奴といった外敵との闘いで名を挙げ、領土を持つまでとなったのである。その名は、漢の西端となる敦煌(とんこう)の辺りにまで鳴り響いていた。

 

「一刀さんを、隊長のことをよろしくお願いします、稟。自分たちは、遠征の準備を万全にしておきますから」

 

「もちろん、そのつもりです。一刀さまの目指すところは、まだまだ先にあるのです。早急に敵軍を打ち払い、後顧の憂いを除いてみせましょう」

 

 力強く、郭嘉は言い放つ。眼鏡の奥の瞳。澄んだ色をしている。それが、どこまでも世を見通しているかの如く見えた。

 相手がこちらの実力を知りたいというのであれば、思う存分知らせてやろう。郭嘉はそう、静かに闘志を燃やしている。

 狼煙。まさしく、つぎの闘いは天下に向けて狼煙を上げる一戦ともなろう。最初はただの弱々しい一本に過ぎなくとも、それを必ずや強く大きくしてみせる。

 一刀に付き従うようになってから、郭嘉はずっとこうなることを願っていたのだ。やはり、自分がこれはと決めた男に、天下を治めてほしい。建前がどうであれ、切望していたことである。

 北郷一刀は、本質的には優しいひとだ。そのことは、郭嘉も重々承知していた。もし董卓が火種を起こしていなければ、一刀が腰を上げることはなかっただろう、とも思う。そういった意味では、董卓の決断に感謝してもいた。

 他方で、女としては董卓が羨ましく感じるときがあった。自分のことも、同じように思ってくれているのだろうか。考えるだけ、無駄なことだとはわかっている。なんの誤魔化しもなく、そうだと応えられるに決まっているからだ。

 どれだけ女の間を渡り歩こうと、いつかは自分のところへと帰ってきてくれる、という信頼感が存在していた。そのように、皆に忌憚なく愛情を振りまくことのできる一刀だからこそ、郭嘉は支えたいのだ。

 袁紹、袁術、曹操、孫堅。世の中に群雄は数あれど、真っサラな次代を築けるのは一刀ただひとりなのではないか、とも郭嘉は思う。

 曹操の覇気には魅了されるようなものがあったが、器量では一刀も劣っていないはずである。家柄と勢力だけで見れば袁紹が強かったが、気にかけるべきは曹操だろう。直近の戦を考えることは勿論大切だが、自分にはそれ以上のことが求められているはずである。そうして、郭嘉は日夜考えを巡らせているのだ。

 自分や程昱といった文官、そして関羽を始めとする優れた将軍たち。その力を遺憾なく発揮することさえできれば、やがては一刀の望むところにも辿り着くことが可能なはずである。自惚れではなく、確かにそう感じていた。

 新たなる潮流。それを、巻き起こすための闘い。全身の血が、熱くなっていくような感覚を受けた。郭嘉は、気がつけば拳を握ってしまっていた。

 

「稟さん、気合たっぷりって感じやな。よっしゃ、ウチもやったろうやないか! 凪も、はよ食べ!」

 

「言われなくとも、そうするさ」

 

 郭嘉に感化されたのか、李典は残った飯をかきこんでいく。

 調理場からは、鍋を振るう小気味の良い音が聞こえている。その音に耳を傾けながら、郭嘉は脳裏に戦場を思い描いていた。



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十一

 数十人の集団。人目を避けるように、移動していた。全員が、武具を身にまとっている。物音を立てることを嫌ってか、軽装で統一されている。それ故か、ほとんどの者が剣を携えていた。

 隊長らしき男から、手で合図が送られる。部下たちの行動は素早かった。散開。二人一組となって、一定の間隔を見張った。所属を示す旗指し物は、どこにも見当たらない。しかし、無駄のない動きは、幾度も調練を重ねている証だ。

 そんな男たちに混じって、強い存在感を放つ少女がいた。小さな体躯に見合わない、長大な得物を肩に担いでいる。燃え立つような赤髪。虎を模した髪飾りが、目を怒らせて警戒しているようにも見える。まん丸い、大きな瞳。見た目からは想像がつかないほどの、闘志が宿っている。

 どれだけ容貌が可愛らしくとも、侮る者はいない。周囲から、少女は将軍と呼ばれていた。

 丘陵を、駆け上がっていく。登った先で、男の背が見えた。筒袖鎧(とうしゅうがい)の上に、袍をまとっている。それほど上背があるというわけではなかったが、少女からしてみれば大きな背中だった。

 初めて会ったとき、北郷一刀の背中は、こうは見えなかったはずだ。天の御遣いという名から想像するには、普通の人間すぎはしないだろうか。そう思ったから張飛も、説得を続けようとする関羽を止めたのだ。

 再び出会ったときには、一刀はずっと前を見つめるようになっていた。同時に、包み込んでくれるような大きさを、張飛は感じていたのかもしれない。

 各地を放浪している間に、気づけば関係は深まっていった。

 家族というものに、憧れることがある。両親を失ってから、張飛はひたすらに武芸を磨いた。闘っていくなかで、関羽という義姉(あね)を得た。

 いまでは一刀という幹を中心に、考えられないほど多くの家族ができたような気がしている。まさしく、拠り所だといえよう。なにがあろうと、手放すものか。張飛が闘うための原動力。それは、至極単純なものなのだ。

 眼の前には、開けた原野がある。そこに、陣が敷かれていた。それをじっと見つめながら、一刀が呟いた。

 

「改めて言うまでもなく、広いな」

 

 一口に涼州といっても、その領域は広い。金城よりもさらに西の方、俗に言う西域に近づくほど、砂漠に覆われた土壌となっていく。現在地である楡中の辺りならば、森もあるし川もある。中原と比べれば辺鄙な土地ではあったが、涼州には涼州の暮らし方があった。

 流動的になるかもしれないが、構想というものはある。多様性のある涼州。それだけに、治めるのは容易いことでなかった。となれば、やはり羌族の血を引いてもいる、馬家の人間に任せるほうが最終的にはいいのだろうか。あの馬騰であれば、そのくらいのことは引き受けて当たり前だ、と笑って済ますのかもしれない。

 地平線の先。どこまで、拡がっているのだろうか。この涼州を制圧するだけでも、どれほどの時が必要なのかと一刀は息を呑んだ。半年で、というのはいくらなんでも皮算用が過ぎるか。洛陽での戦がどう転ぶにせよ、群雄による時代がやってくるのは確実だといえよう。その時、後ろ骨となる地を持っていない者は、揉み潰されるか併呑されるか、どちらかの道をたどるに違いない。

 名のある将のほとんどが、一族の故郷とも呼ぶべき地を持っている。故郷に帰って号令をかければ、纏まった人数を集めることも可能なのだ。袁家のように家名が強大であればあるほど、その効果は上がることになる。どう足掻こうと、それだけは自分で得ることができない。空の彼方へ視線をやって、一刀はそう思った。

 脈々と積み上げてきた名声。漢室の権威というのも、多分それと同じだ。太祖劉邦から数えれば、四百年近くこの国を治めてきたという実績がある。しかし現在、その実態はどうなっているのだろうか。

 敬う気持ちはあっても、屈することはない。そういったものに、漢室は変わってきているのではないか。洛陽を董卓から取り戻し、皇帝による治世を復活させる。袁紹を中心とした連合軍の諸将のなかに、そのような思想を持った者がいるのだろうか。恐らく、誰ひとりとしてそうは考えていないはずだ。

 衰弱した王朝は淘汰され、また別の誰かによって王朝が立てられる。そうやって、この国はこれまで続いてきたのだ。だから曹操のような傑物が、自分の国を興そうと決意するのは当然の流れだともいえる。だが、本当にそれしか道はないのだろうか。

 天下を得ることができようと、自分は帝に成り代わるつもりなどない。そう伝えたとき、郭嘉と程昱には反対をされた。ふたりは、朝廷の近くで仕事をしていた経験もある。その時の出来事も踏まえて、王朝を代替わりさせるべきだといっているのは理解できる。

 感覚の違い。簡単に説明しようと思えば、そう表現するしかなかった。

 いまや、思い出のなかにある故郷。歴史を遡れば、日本でも群雄同士で争っていた時代はいくらでもある。それでも、不可侵とされてきた領域があった。天下を平定した英雄でさえ頭を垂れ、無碍に扱うことの許されない存在があった。

 連綿と受け継がれきた血には、そういった尊さすら宿ることがある。そこになんとなく民衆の心は集まり、それによって国がひとつに纏まっていく。漢室も、早晩そのような存在になればいい。そのためには、血を絶やすわけにはいかないのだ。

 ここがきっと漢室の分岐点だと、一刀は考えるようになっている。

 

「どれだけ背伸びをしてみたって、涼州の全てすら見えてこない。この国はとてつもなく大きいんだな、鈴々」

 

「にゃっ? そんなの、当たり前のことなのだ。いろんな場所にいろんなひとが住んでて、いろんなおいしい食べ物があるのだ」

 

 張飛の答えは、単純明快だ。余計な気負いも悩みも、そこには入り込む余地がない。

 肩の力が抜けていく。一刀がうなずいて見せると、張飛は白い歯を見せて笑った。

 

「うん、違いない。そうだ、愛紗がこの前、新しく覚えた料理があるっていってたぞ。義妹(いもうと)として、鈴々も試食してやったらどうだ?」

 

「ええー? 鈴々にだって、好みというものがあるのだ、お兄ちゃん。それに、いまお腹が痛くて動けなくなったら、肝心なときに役に立てなくなっちゃうもん。お兄ちゃんだって、それは困るでしょ?」

 

「おいおい、その前提は結構ひどいんじゃないか。愛紗もこの頃は、幾らか腕を上げたと思うが」

 

「むむむ……。こういう場合は、言い出しっぺが真っ先にやるべきだ、って凪がいってた気がするのだ。それに愛紗だって、一番はじめに食べてほしいのはお兄ちゃんのはずだもん。でしょ、お兄ちゃん?」

 

「むう……。なかなか言うようになったな、鈴々。だったらここは、折衷案でいこう。戦を終えたら、愛紗の料理をふたりで食べる。ただし、一口目は絶対に俺のものだ」

 

「お兄ちゃんがそこまでいうなら、鈴々も覚悟を決めるのだ。あう……。なんだか食べ物のことばっかり考えてたら、ちょっとお腹が減ってきちゃったのだ」

 

「ははっ、約束だぞ。陣に戻ったら飯にするから、もう少しだけ我慢してくれるか。相手の方も、まだやる気にはなっていないように見える。気を抜いていいわけじゃないが、攻めてはこないだろうな」

 

「ううーっ、それじゃあつまらないのだ! ちょっとでも出てきてくれたら、やっつけられるのに。鈴々、身体がなまってしかたがないのだ」

 

 自由な心と、それを思う存分発揮できる自由な身体。そのふたつが、張飛の強さの源ともいえよう。

 張飛の小さな手。握り拳をつくっている。それを手の中に包んで、一刀はほぐしていく。少し汗ばんで、しっとりとしていた。

 眩しいくらいの笑顔だ。妹のようでもあったが、いまではひとりの女として愛していた。張飛の年相応な振る舞いを、義姉(あね)である関羽はもどかしく感じているのかもしれない。だが、それがあってこその張飛だろう、と一刀は思っている。

 子供っぽいものとは別の、自分にしか見せないような表情。それを、知っているせいなのかもしれない。この小さな恋人だって、いつかは自らの子を宿すことになるのだろうか。そう考えると、ちょっと感慨深くもあった。

 もう一度、陣へと視線を戻す。表現することは難しかったが、あえて言うならば闘気を感じられなかった。

 韓遂についた将を主体に、羌族を組み込んだ軍だという報告を受けている。兵力としては、一万ほど。やはり、騎馬が多いようだった。

 楡中の城からは、離れて野営している。城を拠点として闘うというのは羌族の流儀ではないから、それに合わせた戦略になっているのだろう。共同して兵を出しているといっても、それぞれの軍には士気の差があった。敵が弱ったところを楽に叩き、略奪できればそれでいい。羌族の目的というのは、その程度のものだ。

 多分、敵はこちらの出方をうかがっている。一刀は、そう感じていた。斥候には何度か探らせていたものの、自身の眼でも敵陣を確かめておきたかったのだ。

 関羽には、やめるように求められた。偵察などは、大将のすることではないという。言葉は厳しかったが、心配してくれていることを理解していた。

 どうしても行くというのであれば、自分もついていかせてくれと関羽はいった。しかし、関羽までもが陣を離れてしまっては、万が一の場合に判断を下せる将が不在となってしまう。適材適所。理論で押されると、どこか弱い節がある。張飛でも間違いはないだろうが、兵たちの関羽に対する信頼は篤いものがある。ずるい言い方だとは思ったが、一刀はそうやって言い含めて陣から出てきていた。

 

「明日になったら、稟も到着するのかな。鈴々、じっとしてるのはあんまり好きじゃないのだ。敵を無駄に刺激するなーって愛紗に怒られるから、調練もお城にいるときみたいにできないし」

 

「なるほど、愛紗の言いそうなことだ。そうだ、稟がついたら、軍議をすることになる。なにか考えはあるのか、鈴々」

 

 張飛のいったように、郭嘉の率いる援軍二千はもうすぐ到着することになっていた。援軍と合流すれば、兵力の差も少なくなる。それを待って、一刀は攻勢に出ようとしている。

 

「えへへ、なんにもっ! 難しいことを考えるのは、稟や風、それにお兄ちゃんの仕事なのだ。闘えっていわれたところで、鈴々は闘うよ。もし策がちょっぴり間違ってたとしても、そのときはそのときなのだ。だって鈴々たちが頑張って最後には勝つから、それが正解になるんだもん」

 

 普通であれば、たしなめるべきところなのだろう。それでも、張飛が言うと妙に納得させられてしまう。

 

「その豪胆ぷり、さすがは燕人張飛だと褒めておこう。だけど、愛紗には内緒にしておいたほうがいいぞ。絶対、そんなことを胸を張っていうやつがいるか、って怒ると思うからな」

 

「わわっ、内緒なのだ。お兄ちゃんも、言わないって約束してね!?」

 

 堂々としていた表情は崩れ、張飛はしまったという風に口を手のひらで蓋している。

 こういう場合には、指切りをして約束を誓うものだ。そう教えてやると、張飛は前のめりとなって小指を差し出してきた。

 

「これでよし……、っと。天の御遣いの名に賭けて、鈴々の秘密は守ろう」

 

「はあー、よかったのだあ……」

 

「今日のところは、これで帰ろうか。あんまり遅くなると、愛紗にそっちのことで叱られてしまうかも。鈴々も、それは嫌だろう?」

 

「うん、それはまずいのだ! 鈴々、みんなにも帰るって伝えてくるね」

 

「ああ、そうしてもらえると助かる。俺も、すぐに行くから」

 

 散らばっていた兵が、招集されていく。護衛の兵と丘陵を下りながら、一刀は指で鼻を擦る。吹き付ける風は、まだ冷たかった。




次回エロいやつに続く。


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十二(鈴々)

 夜更け。一刀がひとり陣屋で過ごしていると、訪ねてくる者がいた。昼間行動を共にしていた、張飛である。相談事でないのは、顔を見ればわかった。両手を身体の前で握り、いくらかソワソワとしている。床几に座ったまま手招きすると、張飛は嬉しそうに飛び込んできた。

 日光をたっぷりと吸ったせいか、髪からは干し草のような香りがしている。相変わらず指通りがよく、触っているだけでも幸せな気分に浸れてしまうくらいだ。張飛を左膝の上に乗せ、額を手の甲で撫でた。くすぐったそうに、口が僅かに動いている。

 

「どうした。眠れないのか、鈴々」

 

「んにゃあ……。だって、ドキドキおさまらないんだもん……。きっと、全然暴れてないせいなのだ」

 

「だったら、俺はどうすればいい?」

 

 眉根を寄せて唸る張飛。本当に、力が余ってどうにもならないのかもしれない。可愛らしい困りごとだ。こんな表情を見せられては、誰だって甘やかしたくもなる。

 小さな身体を抱きとめて、一刀はゆっくりと頭を撫で始めた。穏やかな吐息が、肩にあたっている。こういった時にどうしてほしいのかくらい、理解はしていた。それでも、どうせならば本人の口から聞いてみたい。

 張飛の吐く息には、穏やかさとは別のものが混じっている。

 

「んん……、ふわあ……。あたまナデナデされるのも気持ちいいけど、お兄ちゃあん……」

 

「頭だけだと、満足できないのか。それなら、この辺りはどうかな」

 

「やっ……、くすぐったいのぉ。お手々気持ちいいけど、もっと……」

 

 ヘソの窪み。敏感なそこを、傷つけないよう指で優しくほぐしていく。艶めかしさの増した声が、張飛の口から洩れている。

 

「ン……、こっちは違ったか。ごめんな、鈴々」

 

「いいの……、いいからあ……。鈴々の気持ちよくなれるところ、お兄ちゃんにたくさんさわってもらいたいの」

 

 声色が、明確に変わっている。まるで、懇願しているかのようだった。よく見れば、じれったさからか目の端に薄っすらと涙が溜まっていた。

 これ以上を求めるのは、酷というものだろう。なにも、張飛を壊したいわけではないのだ。簡素な寝台。その上に小さな身体を仰向けに寝かせ、両足をあられもなく開かせていく。

 ぴったりと肌に張り付いた薄手のスパッツ。子供っぽい大きさをした尻のかたちが、よくわかってしまう。ただし、浮き出ているのは、それだけではない。

 

「あう……、やうぅ……。お兄ちゃん、それ……いいのだぁ」

 

 内股。ぷっくりとした丘陵が、触ってほしそうに主張していた。芸術的ともいえる幼い縦筋に、指を一本這わせていく。ふにふにとした、柔らかな感触。欲していた部分を擦られて、張飛も満足しているようだ。

 この幼裂を通ったのは、ただひとり自分だけだ。そう思うと、否が応でも興奮が増してくる。指を前後させていると、汗とは違う水気を感じるようになっていた。鼻を近づけてみる。女の香りだったが、瑞々しさがやはりあった。熟していない割れ目が、健気に指を求めて動いている。多分、直接触れてほしくて仕方がないのだろう。中身を早く見たいと思ったのは、一刀も同じだった。

 スパッツと一緒に、シンプルな色をした下着をも剥ぎ取ってしまう。ねっちょりと、股間と下着の間に粘糸が引かれている。思わず、指でそれを掬い取った。

 

「すごいな、鈴々。こんなに濡らしてしまって、よっぽど気持ちよかったんだな。ほら、下着までベトベトになってるぞ」

 

「にゃう……、恥ずかしいのだ……。鈴々、いけない子なの?」

 

「ははっ。そんな言い方、どこで覚えたんだ。だいたい、イケナイのは俺の方だろう。ちっさな鈴々にこんなことを教えた上に、もっとすごいことをしたいと思ってしまっている。イケナイ、大人だよ」

 

 かたちの崩れていない、美しい丘だ。開いている部分は、ごくわずか。そこから、綺麗なピンクの膣肉がのぞいている。

 

「うぅ……。お兄ちゃんの舌、ぬるってしてるのだ。そこ、もっと舐めてぇ……」

 

 衝動的に、むしゃぶりついてしまう。汗と尿の混在したような、刺激のある味が舌に伝わってくる。イケナイ味。まさしく、そういった類のものなのだろう。

 もっと、この感覚を楽しみたい。そんな思いを持って、舌を奥に差し込んでいった。愛液のたっぷりつまった蜜壺。優しく、舌を迎え入れてくれる。

 

「んんっ、あうぅう……! 浅いとこ、気持ちいいの。お兄ちゃん、すごいよぉ……。鈴々、さっきよりドキドキ強くなってるのだ……っ」

 

「すごく熱くなってるな、鈴々のなか。どんどん溢れ出してきて、いいぞ鈴々」

 

「えへへ……、そうなのだあ? んあっ……きゅう……っ。でも、こうしてもらってると、どんどんほしくなってくるの。お兄ちゃんのおっきなちんちんで、お股の奥……ぐりぐりってしてもらいたくなるの……っ」

 

 膣襞が、切なそうに痙攣している。

 これまで、張飛とは何度も繋がってきた。小さな身体が知った、強烈な快楽。きっと、脳裏に焼き付いてしまっているのだろう。覚え込ませたのは、誰あろう自分だ。

 誘うような声。それが張飛の口から出たものだと思うと、余計に下半身は硬く大きく滾っていく。

 袍を脱ぎ、隆起した分身を外気に晒す。視線を感じる。それも、とびきり(ねつ)っぽいものだ。

 

「にゃはっ……。ちんちん、でてきたのだ。大好きなお兄ちゃんの、大好きなおちんちん。鈴々、それでたくさん気持ちよくしてほしいの」

 

「驚いたな……。ちゃんとお強請(ねだ)りできるなんて、偉いぞ鈴々。ぐっすり眠れるようにたくさんイカせてあげるから、自分でおまんこ開いてごらん」

 

 言葉にしてみただけでも、男根がびくっと上に跳ね上がった。本当は、狭い膣穴に早く突き入れたくて仕方がないのだ。その気持をなんとか押し留め、一刀は張飛の行動を見守った。

 多分、恥じらいがあるのだろう。戸惑うような表情。それでも、張飛は健気に指示に従おうとしている。

 

「ん……。これで、いいの……? お兄ちゃん、恥ずかしいから早くきてぇ……」

 

 張飛は僅かに尻を持ち上げ、濡れそぼった入り口を指で左右に開いている。言葉にし難いほどの、扇情的な光景だ。綺麗な中身。しかも、愛液がたっぷりと詰まっている。

 

「ごめんな、鈴々。焦らした分まで、たっぷり味わわせてあげるから」

 

「んにゃっ……!? んんっ、ふわっ、入ってきてるのだあ♡」

 

 粘ついた膣肉を剥がしながら、ぐりぐりと奥目掛けて先端を進めていく。ねじ込んでいく、といったほうが正しいのかもしれない。

 キツイながらも、柔軟な動きで責め立ててくる肉襞。気を抜いていると、すぐにでも搾り取られてしまいかねなかった。

 

「んんんんんんん~っ♡ ふ、深いところまで、ぴりぴりってするの。鈴々、きっとお腹の奥で、お兄ちゃんのちんちんとちゅーしちゃってるのだ」

 

「ン……、鈴々。ちゅーするのは、そっちだけでいいのか」

 

 蕩けっぱなしの声に耳を傾けながら、音を立てて唇付近を吸っていく。我慢できなくなっているのは、張飛ではなく自分のほうかもしれなかった。

 

「やっ、んんっ、だめなのだあ……。鈴々、お兄ちゃんといっぱいちゅーしたいんだもん。ちゅーしながらにゃんにゃんすると、大好きって気持ちがもっと大きくなるんだもん。だから、しよ……?」

 

 そんなのは嫌だ、というように身体をよじらせる張飛。

 これはもう、魔力が宿っているといってしまってもいいだろう。赤く色づいた唇。湿り気のあるそこを、少々乱雑に吸い上げていく。

 頭の中。するとじんわりと、快楽の波が波及していった。

 

「ん、ちゅむ、ちゅぱっ……。へへっ、気持ちいいね……お兄ちゃん」

 

「ああ、鈴々……。上も下も、トロトロになってしまいそうだ」

 

「あうっ……。いま鈴々のお腹のなかで、ちんちんビクってなったのだ」

 

「めちゃくちゃに動かさなくても、おまんこ気持ちいいんだよ。ほら、見てみなって」

 

 もう無理だ、というところにまで、男根を突き入れる。小さな膣内。さすがに、全てを挿入するのは不可能である。数度の動きで入り口はめくれ、隙間なく埋めた男根をなんとかもてなそうとしている。

 

「うあっ、すごいのだ……っ。ちんちんのかたち、ぽこって浮き出てえ……♡」

 

「鈴々、すっごくスケベな顔になってるな。どうだ、奥いじめられて気持ちいいか?」

 

 丁度、ヘソの下あたりだろうか。張飛の薄い腹の肉を押し出すようにして、男根のかたちがこんもりと浮き出てしまっている。

 締め付けは、ひたすらに甘かった。幼い子宮の入り口が、異性の遺伝子を求めて疼き始めている。

 

「すっごく、すっごく気持ちいいのだ。お腹の中がぽかぽかしてると、胸の中まであったかくなってくるの。こんな風になるのって、絶対お兄ちゃんにしてもらってるからだよ?」

 

「くっ……、鈴々」

 

 心の奥底が、カッと熱くなっていくような感覚。こうまで想われて、誰が冷静でいられようか。

 優しく口付けるのは、後になってもできることだ。いまは、張飛の想いに応えたい。そのことだけが、一刀の頭の中にある。

 細い腰。左右から、両手で固定する。動くと、ずるりと竿の部分が抜けていった。

 

「やっ、抜いちゃだめ……」

 

「わかってる。いくぞ、鈴々」

 

 上から一気に、滑った穴を突き刺すように穿った。杭を打つ。その要領で、一刀は止まらずに責め続けた。

 

「ふにゃっ……!? あっ、あっ、んくぅ……、ふにゃあ……っ♡ イク……っ。鈴々、イッちゃうのだ……っ♡ あっ、うあううぅううううう……っ♡」

 

「もう、イッたのか? いいぞ、俺に遠慮なんてしなくてもいい。鈴々の好きなだけ、気持ちよくなってくれ」

 

「うんっ、うんっ……! ひゃあ、んあうっ……!」

 

 軽い尻が、くいっと持ち上がっている。無意識に、挿入しやすい体勢を作ってくれているのだろうか。だとすれば、末恐ろしい才能の持ち主だともいえる。

 膣内の痙攣。まだ止まらない。ばたばたと動く、可愛らしい両脚。勢い余って、顎を蹴り上げられないように気をつけなければなるまい。

 

「身体のぴりぴり、止まらないのだ……っ。お兄ちゃんのもさっきより太くなってて、また……うあっ!?」

 

 打ち付ける腰の勢いを、緩めることなどできなかった。快感の波に身を任せている張飛は、ずっと(もだえ)っぱなしである。

 敏感になっていく箇所が、ちりちりと疼く。男根の半分から先の感覚が、おかしくなりそうだった。

 奥の奥。打ち付ける。これ以上は入らないというところまでは、案外すぐに到達してしまう。そこに、狂おしいほど疼いた先端を擦りつけた。

 

「くうっ、鈴々……っ」

 

「うにゃっ、んんっ……!? お兄ちゃんのおちんちん、びっくりしちゃうくらい熱いのだあ……。もっと、ぐりぐりってしてえ……♡」

 

 不意に、情けないくらいの声が洩れ出てしまう。張飛の幼い肢体。夢中にさせられてしまうだけの魅力を、確かに備えていた。

 暗がりの中だけにはっきりとはしなかったが、眼の前の肌が赤く色づいてきているように見えていた。

 しっかりと、自分のことを感じてくれている。そのことが、たまらなく嬉しかった。熱くうねった膣内。柔軟にかたちを変化させ、どんな動きにも対応してくれている。

 いい加減、精を吐き出せ。張飛自身がどう思っているかはともかくとして、身体は先よりそう激しく主張していた。

 

「可愛いぞ、鈴々。もっともっと、めちゃくちゃにしてやりたくなるくらいだ」

 

「あんっ、やっ……、んんんーっ!? いいよ、お兄ちゃんになら……。鈴々、へーきだから……。だから、たくさん、かわいがってもらいたいの……っ」

 

「そんな風に、鈴々……っ」

 

 細い腰を両手で抑え込み、容赦のない抽送を繰り返していく。時々、張飛の軽い身体が突き上げによって浮いた。漂っているのは、淫靡な匂い。先走りと愛液の混じったものが、じゅぷじゅぷと泡立っている。

 黒い欲望。身体の内側から、膨らんでいくようだった。もはや愛しているというよりは、犯していると表現するべきなのかもしれない。狭い膣内が、太い男根によって内から拡張されていっている。

 自分に愛されたいがゆえに、張飛は無茶を受け入れてくれているのだろうか。表情を、上から覗き込む。すると、そうではないことが、すぐにわかった。

 

「んあうっ、いいっ……、これっ、いいのだ……っ。お兄ちゃんに思いっきり突いてもらうの、鈴々大好きなの……っ。もっと、すっごく強くしてもいいから……っ♡」

 

「ああ、してやる。頭が真っ白になるくらい、鈴々のこと感じさせてやるからな」

 

「えへへっ、嬉しいのだ。あっ、ぐうっ……!? そこっ、気持ちいい……っ。お兄ちゃんのカタイの、とっても膨らんで大きくなってるのだ……♡ あっ、はあっ……。白いの、もうすぐでるの? 熱いベトベト、鈴々にいっぱいごちそうして……っ」

 

「まだまだ……っ。鈴々の最高に気持ちいいおまんこ、もっと味わってからじゃないと……っ」

 

 余裕の欠如を見抜いてくるあたりは、さすがだと思った。

 朦朧としているようでも、感覚のどこかに鋭さが残っている。そうでなくては、一流の武人とはいえないのだろう。

 

「うにゃあ……。鈴々のなか、気持ちいいんだね……。お兄ちゃんのお顔も、ちょっとトロってしてきてるのかも……?」

 

「当たり前だろ……っ。大好きな鈴々とこうして交わって、気持ちよくないはずがない」

 

「んぐっ、ひゃうぅうっ……! わかるよ、お兄ちゃん。おちんちんが、だいすきーっていってきてるみたいなのだ……っ。お股の奥ゴンゴンってされてても、ちょっぴり優しくって、お兄ちゃん……鈴々ね……っ」

 

 組み敷いた張飛の身体が、一瞬ぶるりと大きく震えた。行為を始めてから、何度絶頂を繰り返しているのだろうか。そのなかでも、今度の波は格別なように感じられた。

 執拗なくらいに、絡みついてくる膣肉。その蠢動が、明らかに激しいものへと変わってきている。掻き分ける度に、ゾクゾクとした刺激が脳幹にまで響いた。

 どうせならば、強烈な快楽を共に味わいたい。張飛は、きっとそう願っているに違いなかった。可愛らしいヘソの窄みを、親指で愛撫してやる。僅かに歪んだ表情に、欲望がさらに(そそ)られていった。

 

「イキたいんだな、鈴々。だったら俺のことも……、もっと気持ちよくしてくれ。そうしたら、一緒にイケると思うから……っ」

 

「うんっ、するのだ……っ。はっ、はっ……、んんっ……。ねっ、お股ぎゅーってされると気持ちいいの?」

 

「ああっ、たまらないな。ただでさえキツイおまんこだっていうのに、そうやって本気で締め付けられたら……っ」

 

「にゃっ、あうっ、ひゃう……っ♡ パンパンって、響いてくるのだ……っ♡」

 

 歯を食いしばる。そうでもしなければ、すぐにでも精液を暴発してしまいそうだった。

 ちゅく、ちゅく、と粘っこい音が連続して鳴っている。幼い子宮口との接吻は、あまりにも甘美だった。

 最大限の快楽を味わうために、張飛はイクことを我慢している。堪えきれなくなるところまで到達するには、多分あと少しかかるのだろう。それまで、こちらが先に音を上げるわけにはいかない。

 なんとか、気を紛らわせなくては。そう思って、一刀は張飛の唇に吸い付いた。愛情の交歓などではなく、快楽を貪るためだけの口づけ。だから、初めから舌を存分に絡め合い、口内を満たす唾液をはしたなく(すす)った。

 

「じゅぷっ、んじゅるうっ……。はあっ、きもひぃ……♡ れおっ……、んんっ……、ちゅぱっ」

 

 法悦に蕩けた声色が、あまりにも愛おしい。

 小さな舌。巻き付いてくる。たっぷりと唾液に塗れており、舌にぬるりとした感触が強く伝わってくる。またしても、快楽を引き出されてしまう。夢中で男根を扱っているときも、おそらくこういう動かし方をしているのだろう。

 本当に健気で、一刀は胸が詰まりそうになった。

 

「んうぅっ……! れろ、んちゅるっ、んぐぐっ……♡」

 

 膣壁が、ざわざわと戦慄く。それも、一際強い反応を示している。この分なら、あと数回抽送を行っただけで、張飛は限界に達するはずだ。

 次第に丸まっていく身体を、しっかりと掴まえてやる。上下で繋がったこの感覚を、手放したくはなかった。

 

「ン……。イキそうなのか、鈴々」

 

「うん、うん……っ♡ お兄ちゃん、イッてもいい? 鈴々、イッちゃってもいいのだ……?」

 

「いいぞ、いつだって。俺もそろそろ、我慢しきれなくなりそうだ……っ!」

 

 媚肉。痙攣を、し始めている。

 一旦抜けるギリギリのところまで男根を引き、全身の力を込めて突き上げる。刺激に堪えきれなくなった先端から、精液が濁流となって溢れ出た。

 

「ひゃふ、んあうっ……!? おにいひゃ、おにいひゃ……んんんんん……っ♡♡♡」

 

「うぐっ……。受け取れ、鈴々……っ」

 

 我慢に我慢を重ねていただけに、射精による快楽はとてつもなく大きかった。無意識に、身体が子宮口をこじ開けようとしているのかもしれない。ドクドクと精液を吐き出し続けるかたわら、亀頭が最奥部を力任せに擦っていた。

 

「グリグリ、強すぎるのだ……っ。うにゃっ……、ひゃうあぁああああっ……!?」

 

 力任せに快楽を求めているのは、張飛も同じだ。

 背中には、両脚がしっかりと絡みついてきていた。がっちりと固定されており、常人の力では動かすことすら叶わないだろう。

 女としての本能が、働いているのかもしれない。一滴残らず、胎内に吸収してやる。絶頂に意識を委ねている張飛とは口を聞くことすら難しかったが、身体はなによりも雄弁だったのである。

 

「んっ、んんっ……♡ んんぅ、お兄……ちゃん……?」

 

「おかえり、鈴々」

 

 意識が明瞭なものとなるまで、随分と長い時間がかかったような気がする。

 とろんとした瞼は、少々重たげだ。それだけ気持ちよくなってくれたのだから、男冥利に尽きるともいえよう。

 

「お兄ちゃん……。鈴々、もう一回ちゅーしたい……」

 

「あははっ。そのくらいだったら、何度だってしてやる」

 

 心地よいくらいの体温。眠気を誘われる。張飛の身体に布をかけてやりながら、交合中とは違う、情愛を込めた口づけをしていった。

 

「はふう……。好きぃ、お兄ちゃん……」

 

「俺もだよ、鈴々。もっと、ちゅーしようか?」

 

「んみゅ……、ふわあ……? なんだか、お兄ちゃんがふたりに見えてきたのだ……?」

 

「くくっ……。その様子なら、ぐっすり眠れそうだな。いいよ。もうおやすみ、鈴々」

 

 眠気に支配されつつある張飛。淫靡な気配など、すっかりどこかにいってしまっている。

 啄むようなキスでさえ、いまの状態であれば余計なことのように感じてしまうのかもしれない。頭をなで、小さな身体を抱き寄せる。後処理をしていない下半身は多少の不快感を生んでいたが、この微睡みを中断するほどの理由にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 どのくらい、眠りに落ちていたのだろうか。陣中にいるせいか、一刀も気配だけには敏感になっていた。

 目を覚まし、ひんやりとした得物の鞘に指で触れる。しかし、それだけだ。感じていたのは、よく知っている気配だった。

 

「申し訳ありません、殿。まだ、お休みのところでしたのに」

 

「いいんだ。それよりも、よく戻ってくれた。お前がここにいるということは、なにか成果があってのことなんだろう?」

 

「むにゅ……、お兄ちゃん……」

 

 一刀が身体を動かすと、温もりを離したくないというように張飛が両腕ですがった。

 あどけない寝顔だ。そんなところを見せられては、いかなる者であろうと表情が綻んでしまうはずである。

 

「ふふっ、可愛らしい寝言ですね」

 

「少しだけ、待ってくれないか。俺も鈴々も、見ての通りでさ」

 

 陣屋の入り口に、洛陽に派遣していた胡車児が控えている。少し早いのかもしれないが、もう日は昇っているのだろう。

 さすがに、よだれを垂らして眠る張飛を横に置いたままでは締まりがない。それに、自分の袍も昨晩から乱れたままだった。

 

「いえっ。どうか、拙者のことはお気になさらず。それに、張飛殿を起こすのは、いささか気の毒なようにも思えます。殿のお側で眠ることができて、とても幸せそうですから」

 

「寝た子は起こさないに限る、か。すまない。だったら、このまま聞かせてもらおうか」

 

「はい、それでは。これは別の者から報告があったやもしれませんが、郭嘉殿は昼までに到着されることになるかと」

 

「そうか。援軍が来れば、戦況も動く。俺たちの方も、忙しくなりそうだな」

 

 話をしているうちに、眠気を含んだ頭も段々とはっきりしていった。同時に、胡車児がそのことだけを伝えにくるはずがない、と一刀は思うようになっている。

 

「郭嘉殿が連れてこられたのは、援兵だけではありません。かの盧植将軍も、同行されています」

 

「なんだと、盧植将軍だって? 洛陽での接触は、上手くいっていたのか」

 

 盧植と聞いて、一刀の目つきが変わった。袁紹らが挙兵するとなっても、董卓と行動を共にしていたのである。それがこちらに来ているというのだから、驚くなというほうが無理があった。

 

「そちらに関しては、殿のご指示通りにこなしてきたつもりです。賈駆殿からの書簡も、盧植殿は携えておいでです。詳細については、ぜひ御当人からお聞きください」

 

「ン……、わかった。お前がそういうのであれば、そうしよう。援軍の接近を知って、敵軍にもなにか動きがあるかもしれない。来たばかりで悪いが、周辺を偵察してきてもらえないか」

 

「御意のままに。それでは、拙者はこれにて」

 

 相変わらず、消えるときはどうやっても目で追うことはできなかった。艶のある髪から発せられた残り香だけが、ほのかに感じられるくらいなのだ。

 盧植とも、長い間顔を合わせていなかった。だから、話したいことはいくらでもある。なにがあって、涼州に来ることになったのか。それに、董卓やほかの皆は、どうしているのか。

 焦れったい。ひとを待っていてそう思うのは、久しぶりのことだった。



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十三

 北郷軍の陣屋。物見から帰還した胡車児と、一刀は言葉を交わしていた。

 大きな動きは見られなかったものの、俄に兵たちには戦の準備をさせているようだった。自分たちが動くことがあれば、それに応じて迎撃をするつもりなのだろう、と一刀は思う。出来うることならば、初戦にて手痛い一撃を見舞っておきたいという思惑があった。

 なるべく早く楡中を抜き、韓遂と対峙を続ける馬騰の援軍に赴く。現時点では、敵の総大将を討ち取れるかどうかはさほど重視していることではなかった。ともかく自分たちと馬騰による連合軍が優位であることを知らしめることさえできれば、涼州の趨勢は一変することだってありえるのだ。

 涼州に暮らしているほとんどの人間にとって、漢朝による天下の行方というのはどうでもいいことでもあった。大切なのは、これまで連綿と続けてきた生活を、次なる指導者が許容してくれるのかどうかなのである。彼らにとってはどちらかといえば、西域との繋がりのほうが重要であるのかもしれない。

 

「失礼いたします。よろしいでしょうか、ご主人様」

 

「どうかしたのか、愛紗」

 

 陣屋の戸が開く。姿を見せたのは、関羽だった。

 滞陣中ではあるが、日頃と変わらぬ艶のある黒髪が美しかった。時間が許すのであれば、柔らかな肢体を抱きしめながら、その手触りを存分に確かめたいものだ、と考えてしまうのは男の性というものか。

 

「稟の率いる援兵が到着いたしましたので、ご確認いただけますでしょうか。それから、風鈴殿がご主人様にお目通りを、と」

 

「わかった、すぐに行こう。お前もついてきてくれるか、胡車児」

 

「承知いたしました、殿」

 

 足早に、一刀は開きっぱなしになっていた戸をくぐった。

 いつぶりかの対面なのである。盧植の優しげな風貌を、一刀は脳裏に思い起こした。

 

 

 

 

 

 柵で囲まれた本営から外へ出ると、見知った顔がすぐに側へと駆け寄ってくる。郭嘉だ。なにやら竹簡を手にしているから、行軍による消耗などを確認していたのかもしれない。

 見知った顔は、もうひとつ。こちらは、少しばかり申し訳無さそうに瞼を伏せている。肌の艶に陰りが見えるのは、気のせいではないのだろう。楡中の手前まで休まず移動を続けてきたのも要因のひとつではあろうが、それだけではないはずだった。

 そんな疲れを覗かせている盧植の手を両手で包み込み、一刀は労をねぎらう。深く情を交わらす機会がなかったとはいえ、気にかけている女であることは確かだった。

 盧植の表情が、ふっと緩む。それを見て、郭嘉も幾分安心しているようである。

 

「ごめんなさいね、せっかくの再開だっていうのに、こんな姿を見せてしまって。でも先生、一刀くんがすごく大きくなってくれたような気がしているわ。若い子の成長って、本当に早いものね」

 

「なるほど、風鈴殿のお見立ては、正しいものかと存じます。ですが、一刀さまの将器は、まだまだ大きなものとなっていくことでしょう。わたしも、それを楽しみとしている者のうちのひとりなのかもしれません」

 

「なんだ。こんな場所でおだてたって、なにもくれてやることはできないぞ、稟」

 

 そうですね、と郭嘉が笑みをこぼす。それにつられてか、盧植も小さく声を洩らした。

 

「わたしたちよりもずっと速く駆けていたのに、胡車児ちゃんはさすがに体力が違うわね。先生、羨ましいと思ってしまうかも」

 

「いいえ、拙者にはそのくらいしか能がありませんゆえ。殿にこうして使っていただかなければ、いまもどこかの片隅で燻っていたような女なのです。ですから、疲れさえも心地良い。そう、思えてしまうのです」

 

「あら……。うふふ、みんなにすごく愛されているのね、一刀くんは。さすがは、天の御遣いさまといったところなのかしら?」

 

「冗談はやめてくれよ、先生。それよりも、涼州まで来たのはどういう訳があってのことなんだ」

 

「月ちゃん打倒を掲げて、袁紹を中心とした連合軍が結成されたのは一刀くんも知っているわよね?」

 

「ああ、知っている。その状況をどうにかしたいと思ったから、俺はこうして闘うことを決めたんだ。月がこうなってしまう前に、俺にはもっとできることがあったのかもしれない。だけど、それを嘆いたってもう仕方がないんだ。月が苦しみながら切り拓いた道だ、その想いを無駄にしないためにも、乱れた天下をまとめ直す。俺はそれをやるつもりだ、風鈴先生」

 

「一刀くん……。ええ、その言葉を聞けば、きっと月ちゃんも喜んでくれるんじゃないかしら。自分が非道な行いをしていることを、あの子は充分すぎるくらい承知しているはずよ。けれども、決して手を緩めることはしない。それが、今後のためになると信じているのでしょうね」

 

 沈痛な面持ち。盧植の視線が、地面へと落ちている。

 

「変わってしまったように見えても、月ちゃんは優しい月ちゃんのままなのだと思うわ。そうでなければ、戦を前にしてわたしを追放したりしないはずだもの。連合軍のなかには、わたしの教え子だった白蓮ちゃんだっている。名目上は敵と通じる可能性があるからといっていたけれど、あの子なりにわたしに気を使ってくれたのでしょうね。一刀くん以上に、月ちゃんを見守ってあげる責任がわたしにはあったはずよ。腐敗した漢王朝を変えていけるのは、あの子たちのような若い力のはず。そう思って支援してきたのは、先生なんだもの」

 

 そこまで話し切った盧植の瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。

 生粋の儒教家として辛いことがあったとしても、耐えなければならない。そう覚悟して、これまで過ごしてきたのだろう。年長者として、なんとか支えになってやらなければ。それを全うできなかったことも、後悔として押し寄せているのかもしれない。

 

「泣かないでくれ、風鈴先生。先生は、俺にできなかったことをいくつもしてくれたのだろう? 月だって、心の中では絶対に感謝しているはずだ。だから、そんな悲しい顔をしないでほしい。風鈴先生の優しい笑顔が、俺は好きなんだから」

 

「ぐすっ、一刀くん……。そんな風に言われてしまったら、先生、本気にしちゃうんだから……?」

 

「うん、いくらでも本気にしてくれたっていい。だからさ……」

 

 肩を震わせたままの盧植を、一刀は抱き寄せた。

 規格外の大きさを誇る二つのかたまりが、身体の間でむにゅりと潰れている。しかしいまは、そのことを気にかけている場合ではない。疲労で少々ごわつく銀髪を、愛しげに撫でさする。そうして、一刀は言葉を投げかけた。

 

「行く宛がなければ、これからは俺の力になってくれないか、先生。先生がこれまで培ってきた経験を、どうか俺たちの軍で活かしてもらいたい」

 

「いいの……? わたしみたいなオバサンでも、一刀くんの力になってあげられるのかしら……」

 

「当然、そうに決まっている。むしろ、嫌だっていっても離してやるものか。あのときの続きだと思って、今度は俺に全てを委ねてくれないか、風鈴」

 

「あら、一刀くん……。うふふ、そんなことを言うなんて、イケナイ子なのだから」

 

 落ち着いた様子の盧植の頬に、ゆっくりと触れる。多分、口づけを欲している。あの日森でしたことを思い出すと、さすがに身体が熱くなっていった。

 

「はふ……、んぅ……。一刀くん、んっ……」

 

 しばしの間触れ合う二人を横目に、郭嘉は指で眼鏡をいじくっている。

 風に吹かれて、『盧』の旗がゆらめいていた。新たなる居場所。それを見つけてか、佇まいが勇壮としているようにも映っている。

 

「まったく、こうした抜け目のなさは恐ろしいくらいです。それでも、風鈴殿の力を得られることは喜ばしいことなのでしょうが」

 

「殿を必要とされているのは、盧植殿だけではありません。賈駆殿もそのおひとりなのだと、拙者はお会いして感じました」

 

「ええ、そうでしょうね。口ではどうあれ、あの詠殿も一刀さまのことを慕っている。そのためにもまずは、眼前の敵を除かなくては」

 

 郭嘉の言葉に、胡車児が頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 北郷軍の陣立てが変わっていく。郭嘉の立案を受けて、行動を開始したのである。

 こちらから迂闊な動きを見せてやれば、相手は主力である騎馬を投入してくるはず。それを誘い込み、一挙に壊滅させるというのが郭嘉の狙いだった。力の源である騎馬を失うこととなれば、羌族の戦意は喪失してしまうに決まっている。そちらさえ排除してしまえば、残った敵など所詮韓遂が手許に置かなかった程度の者たちなのだ。

 

「それでご主人様、詠のほうからはなんと?」

 

「うん、そうだな。洛陽の防御は固めているつもりだけど、なるべく早く来てほしいってさ。逆に、月は自分を討てといっていたそうだ。こういうときは、詠のほうがよっぽど素直だと思わないか、愛紗」

 

 追放した盧植が一刀のもとに向かうことは、董卓も予見していたのだろう。けれども、その願いを叶えてやるつもりなどさらさらなかった。

 ツンケンとしたなかに可愛げのある、賈駆の表情を思い出す。一刻も早く都に向かい、安心させてやりたいと一刀は思った。

 

「もう、惚気などを聞きたくて質問したのではありませんよ、わたしは。ですが、そうですね。あやつも、随分と変わったものです。初めて会った頃などは、ご主人様を刺し殺さんばかりに睨みつけていたというのに」

 

「ははっ。そういえば、そうだったな。あのときは、愛紗にも気を揉ませて悪かった。……早く会いたいものだな、詠にも、月にも」

 

「はい、それについては同意いたします。ご主人様の障害となる敵は、この関雲長が先手となって取り除いてご覧にいれましょう。鈴々……!」

 

「ほえー? なんなのだ、愛紗」

 

「なにをぼけーっとしているのだ、鈴々。わたしが出陣している間、ご主人様のことをしかとお護りせよ、よいな」

 

「合点承知なのだ。だから愛紗のほうも、しっかり敵を釣り上げてきてよね。鈴々、闘いたくてうずうずしちゃってるんだから」

 

 周倉の引いてきた赤兎馬に跨り、関羽が前方を見つめる。そのあとに、乗馬した兵たちが続いた。

 土埃が舞い上がる。その堂々たる姿を見送り、一刀は兵の配置の確認に向かった。



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十四

 次々と地面を叩く馬蹄。それによって、土煙が舞い上がっている。

 騎兵の集団。その先頭に、関羽はいた。他を圧倒する存在感を放つ赤兎馬。真紅の馬首が、自在に巡っている。

 

「突撃を開始する。それぞれ、油断なく働いてみせよ。重要なのは、退き際を誤らぬことだ。それだけは、しかと心得ておけ」

 

 掲げられる青龍偃月刀。鋭利な先端が、敵陣の方を向いている。関羽麾下の騎兵三百が、揃って気炎を上げている。

 後方には、周倉率いる関家軍の歩兵一千が続いていた。こちらは騎兵とは違い、いかにもゆっくりと進軍をしている。関羽から、あえて歩調を合わせず動くように命じられていたのだ。機動力のある少数の騎兵で敵軍の主力を釣り出し、自分たちの戦場へとおびき寄せる。どちらかといえば、歩兵は攻めの姿勢を示すための数合わせという意味合いのほうが強かったのである。

 北郷軍が動いたという報は、楡中城外に置かれた韓遂軍の陣へすぐにもたらされた。騎兵同士の戦であれば、遅れをとるはずもない。羌族を率いる将が、そう言い切って出陣を決めた。張飛がそうなっていたのと同じように、こちらでも睨み合うだけの滞陣に飽きが生じ始めていたのだ。

 初戦をとって勢いをつけることができれば、そのまま相手を飲み込むこともできよう。韓遂軍のほうも、そう考えていたのである。

 羌族を主体とした軍勢が、陣から飛び出していった。騎兵が三千。ほとんど、全ての馬をつぎ込んでいるようだった。

 

「おー、そろそろ戦が始まりそうですねえ。よいしょっと。せっかく見物に来たんだから、こうでなくっちゃ面白くないもの。えーっと、あっちが天の御遣いさんのほうかな?」

 

 ひとりの少女。足元に、荷物を下ろしている。どうやら、丘の上から戦闘の風景を見ているつもりらしい。小柄ではあるが、利発そうな顔つきをしていた。背負っていた荷から、巻かれた竹簡と筆を取り出している。ただ見るだけでなく、戦況を書き記す。それが、第一の目的なのだろう。

 

「それにしたって、天の御遣いさん……、北郷軍のほうは数が少ない。後ろから歩兵で支えるにしても、なかなか厳しいものがあるもんなあ。うむむ……。こんなとき、孔明先生だったらどうするんだろう」

 

 短髪を指でいじくる少女の口から、孔明先生という名がぽつりと出た。孔明というのは、司馬徽主催の水鏡塾で、鳳統と評判を分け合った諸葛亮の字である。

 数年前、益州牧であった劉焉に強く請われるかたちで、諸葛亮は荊州を離れた。益州の守りをさらに堅牢なものとし、経済的にも自立した土地としていきたい。そのためにも年若くして秀才と名高く、軍事と内政の両面に明るい諸葛亮のような人物の力が必要だと、劉焉は判断したのである。

 劉焉の死去に伴い劉璋へと代替わりしてからも、諸葛亮は益州の発展に尽力するつもりだった。しかし、国の状況がそうさせてはくれなかったのである。先代が重用してきた臣下たちのことを、劉璋は徐々に遠ざけていった。もともと、親子の仲があまりよくなかったということもある。自身の意をよく汲み取り、賛同してくれる者。劉璋の周りには、自然とそういった臣下たちが集まるようになっていった。

 これまで多忙だった生活が一転、諸葛亮は半ば隠棲をしているような格好となってしまっている。時折文面にて献策をしてみてはいるものの、それがどこまで届いているかすらわからないという状態なのである。司馬徽のもとへ帰ることも検討してみたが、真面目である性格が大いに災いした。益州をこのまま捨て置くのは、どうしても忍びない。なにか行動を起こすにしても、いまは時期尚早なはずだ。だから、空いた時間を活用するために、諸葛亮は師匠にならって私塾を開いてみることにしたのである。

 

「羌族の騎馬はさすがに連携が取れてるけど、北郷軍のほうだって負けていない。ううん……。むしろ少数な分、動きだけなら上回ってるくらいかも? あの指揮官、かなりやるもんだなあ。名前は、なんていうんだろう。よし、あとで調べておかなくっちゃ」

 

 益州にて、賢人が勉学の場を提供している。その噂を人伝いに聞きつけて、弟子入りしたのがこの少女だった。その名を、姜維という。姜維の出身は、一刀の統治下でもある天水だった。とはいえ、益州への出立は一刀の入郡と前後してしまっている。なので、実際にその姿を見たことはまだないのである。

 姜維には、確かに資質がある。そう感じたからこそ、諸葛亮は自らの側に置き、様々なことを教え込もうとしていた。今回の戦見物は姜維から願い出たことだったが、その修練の一環でもあるのだ。

 現在は離れて暮らしているといえども、やはり故郷のことは気になって当然といえよう。北郷一刀と韓遂。どちらが勝利することが涼州にとってよいのかは、姜維にはまだわからなかった。それでも、一刀は天水を領しているのである。だから、なんとなく気持ちではそちらのほうを応援するようにもなってしまう。

 

「うん、うん……。やっぱり、頭のなかで考えてるだけじゃわからないことって、たくさんあるんだ。すごいな、あの騎兵の動かし方。本当に手足になってるみたいで、わくわくしてきちゃう。あれだけ数で劣っているのに、少しも負けてないなんて」

 

 関羽を先頭とした騎兵の集団が、羌族の軍勢と激しく干戈を交えている。自軍の数を減らすような無理な攻撃は行っていないだけに、戦況は硬直しているともいえる。むしろ、推しているのは羌族ら韓遂軍のほうにも見える。

 韓遂軍から見て、じわじわと上がっていく戦線。その先には、なにが待ち受けているのか。姜維の思考が、巡っていく。

 

「北郷軍の狙いは、敵を懐に引き込むことにあるのかも……? この調子であと十里も下がれば、兵力の多い韓遂軍は隊形が伸び切ってしまうのかも。あっ、そうだ。あのあたりには、岩場があったはずだよね。そこで、騎馬の動きを封じ込めてしまえば」

 

 はっとした視線を戦場に向け、姜維は筆を走らせていく。諸葛亮からは、事細かに状況を記してくるだけでは意味がないと言付けられている。その場で、自身がどう感じたのか。それが一番大切なことだと、小さな賢人は弟子に諭したのである。

 

「単純なようでも、敵を引きつけるって大変なことだもんね。露骨にやる気がないような餌だと、誰も寄ってきてくれないし。その点、あの将軍は上手く部隊を操っているんだと思う。羌族のほうも、必死になって追っちゃってるくらいだし」

 

 関羽の采配によって、戦場が南方へと移行していく。姜維は慌てて荷物をまとめ直し、自身も移動をする準備をしている。

 

「天の御遣いさんのところにも、きっと孔明先生みたいな人がいるんだろうなあ。うーん、ちょっと会ってみたいのかも。おっと……。早く行かなくっちゃ、肝心な決着を見逃しちゃう!」

 

 好奇心に溢れている瞳だ。戦闘を続ける両軍を追って、姜維は丘を駆け下りていった。

 

 

 

 

 

 

 一刀の率いる本隊。郭嘉と盧植の連れてきた兵を含めると、五千ほどとなっていた。それを二つに分け、いつでも挟撃を行えるように伏せてある。

 

「愛紗のほうはどうなっている、胡車児。あまり時間をかけてしまうと、俺たちの動きまで悟られてしまいかねない」

 

「はっ。先程物見を行ってきた限りでは、順調でした。もうしばらくすれば、殿が敵影をご覧になることもできるでしょう」

 

「焦れないことが肝要ですよ、一刀さま。いま我らに出来ることといえば、愛紗殿を信じて待つことくらいなのですから。女を待つというのは、得意なことかと存じますが?」

 

「ははっ……。まったくもって、その通りかもな。愛紗なら、間違いなんてあるはずがない。そう信じてやるのが、俺の仕事か」

 

 一刀の言葉に、郭嘉が頷いて返した。物見の兵が飛び込んできたのは、そのすぐ後だ。

 

「関羽将軍の部隊が見えました。あと三里ほどで、こちらに到着なされます」

 

「よし、もうすぐだな。胡車児、鈴々のところへ行って釘を差してきてくれないか。お前の動くのは、俺たちの後だとな」

 

「承知いたしました、殿。それでは、すぐに行ってまいります」

 

 もし、張飛が我慢できず先に攻撃してしまえば、中途半端な状態の奇襲となってしまう。とにかく、騎馬だけは壊滅させておきたい、というのが一刀たちの思惑だった。

 

「風鈴先生には、俺たちの後詰を任せたい。急な話だが、頼りにさせてもらってもいいか」

 

「ええ、もちろんよ。だって、一刀くんはもう、わたしのご主人様なんだもの。ねっ、稟ちゃん?」

 

「はっ……? そこでわたしに同意を求められても、困ってしまうだけなのですが。しかし、風鈴殿の采配に期待しているのは、わたしも一刀さま同様です。ですから、布陣に穴などあれば、遠慮なく申していただきたい」

 

「うふふ。厳しいようで、稟ちゃんもすごくいい子なのね。そうやって言ってもらえると、先生すごく嬉しくなってしまうわ」

 

「う……。だからといって、抱きつくのはよしていただけませんか。ほら、兵たちも見ておりますし……」

 

「あらやだ……! ごめんなさいね、二人とも。こうして気を抜いておしゃべりできるのって、なんだか久しぶりなんだもの。わたしったら、つい浮かれてしまったみたい」

 

 反省している様子の廬植。そんな、しょんぼりとしてしまった肩を一刀は数度叩く。どうせならば、元気があるほうがいいに決まっている。締めるべきところはともかく、自分の軍を規律で縛りつけたいとは考えていなかった。

 

「気にすることなんてないさ。城に戻ったら、桃香ともゆっくり話してやってもらいたい。桃香も、風鈴先生のことをすごく心配していたから」

 

「ええ、そうね。きっと、そうするわ。本当に、一刀くんにはたくさん感謝しないといけないわね」

 

 三人で、小さく笑い合う。

 戦闘を目前に控えているとはいえ、心の余裕があるのは悪いことではなかった。

 

「周倉の歩兵が先に戻ってきたようだな。タイミングを、機を計らって、縦に伸びた敵軍を叩く。総員、攻撃の準備をしておけ」

 

 兵たちが、言葉を発さずに首肯している。

 岩場の陰から、まずは全力で駆け抜けていく歩兵を見送った。その次に来たのは、『関』の旗を掲げた騎兵の一団だ。前を駆ける関羽と、一瞬視線が交差したような気がしていた。その後ろには、羌族の騎兵が続々と迫っている。機敏に馬首を反転させる赤兎馬。関羽という穂先を中心にして、麾下の騎兵が急速に方向を転換させていく。

 

「矢を放て。射って射って、騎兵の足を止めてやれ」

 

 一刀が命令を下す。矢尻が、乾いた空気を切り裂きながら飛んだ。左右からいきなり射撃を受けたことにより、ひとも馬もぱたぱたと倒れ込んでいく。

 敵軍に息をつかせる間もなく、それを三度ほど繰り返した。伸び切った羌族の集団は足が止まり、狼狽えを見せている。攻め時はここだ。一刀がそう思った瞬間には、関羽が麾下を率いて突撃を開始していた。

 

「者どもいくぞ! 涼州に、我らの存在を大きく知らしめてやるのだ!」

 

 乗り手の意思がわかっているかの如く、赤兎馬が猛進していく。巨体であるにも関わらずその身のこなしは軽やかで、関羽は自由に青龍偃月刀を振るえている。二、三人は関羽にとっては当たり前で、多いときには一度で五人ほどを馬上から叩き落としている。その働きは凄まじく、さしもの羌族が震え上がるほどであった。

 

「俺たちもいくぞ。韓遂軍の歩兵も、そろそろこっちに着く頃合いだろう。それを抑えておくように、鈴々には伝えろ。稟、お前には弓兵の指揮を任せる」

 

「はい、一刀さま。どうか、無事にお戻りください」

 

 腰の刀を確かめる。配下の兵の戦意は、これ以上ないほどに高まっていた。

 

「わかっている。この勢いに乗って、楡中を一気に抜くぞ!」

 

 乗馬し、武器を抜き放つ。敵軍の姿は、すぐそこにまで見えている。

 まずひとり。不用意な敵兵を馬上から叩き落とすと、一刀は雄叫びを上げた。



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十五

 崩れた楡中駐屯軍。北郷軍は関羽の騎馬を中心に、逃げる軍勢を追い立てられるだけ追い立てた。結局、三十里(約十二キロ)くらいは追撃を続けたのだろうか。そのあたりで、一刀は全軍に攻撃の手を止めるよう通達した。散らばった敵兵は、韓遂軍本隊への合流を目指している。

 盛んに自軍の兵を追い込む張飛。行軍中だったが、合間をみて調練を行っているのだ。

 斬った兵は約二千、捕らえた兵は、三千ほどだった。張飛のような剛力無双の将ならばともかく、盧植は操る兵がいてこそ力を発揮する将なのである。そのためには、とにかく部隊を整えることが先決だった。捕らえた三千のうち二千を盧植の麾下に加える、というのが郭嘉の提案だった。残りは、一刀の直轄にすることが決まっている。

 降ったばかりの人員を、関羽や張飛の隊に分散させることは、あえて避けた。馴染みきれていない兵がいればいるいほど、突撃の鋭さが鈍ってしまうからだ。多少の数の差であれば、覆せるだけの力を両将は備えている。それは、北郷軍にとってなによりの強みでもある。

 張飛による厳しい調練。それが終わる頃には、降兵らのなかにあった反発心は叩き折られてしまっている。容赦なく振り回される蛇矛を、夢にまで見たという者すら出てきたくらいなのである。三日もすれば、誰もが粛々と従うようになっていた。

 張飛が扱き上げた兵は、つぎに盧植のもとで調練を受けていた。隊伍を組ませて、平地を駆け回らせている。太鼓の音が響く。それを合図に、兵たちは陣形を変化させていった。

 

「調子はどうかな、風鈴先生」

 

「ええ、順調よ。鈴々ちゃんがしっかり躾けてくれたおかげで、みんなわたしの言うことを素直に聞いてくれているわ。うふふ、よっぽどあの子が恐ろしかったようね」

 

「よくやってくれているよ、鈴々は。限度を知らないようで、ちゃんとギリギリのところがわかっているんだ。愛紗だと、ああはいかないだろう」

 

 先任に恐怖を与えられた分、兵たちは理路整然としている盧植のことを慕うようになる。涼州兵のような荒くれ者だろうと、それは変わらなかった。経験豊富なだけに、盧植は相手によって教え方を使い分けることができるのである。それに、西域に近いこの地のことも、よく知っているのだろう。

 盧植の手腕には、郭嘉も感心しきりだった。降した兵を百人ずつに分け、もともとの配下をその上につけていく。それで、軍勢としての体裁はほぼ整ったことになる。言うまでもなく、この待遇は一刀からの信頼の証なのである。それに応えるためには、働きで示すしかない。笑顔の裏で、盧植は静かに闘志を燃やしている。

 

「わたしの名をお呼びになりましたか、ご主人様?」

 

 関羽は手にまとめた手綱を持ち、赤兎を引いていた。赤兎の澄んだ眼差し。それが戦場では猛々しく燃え盛り、周囲を威圧するのである。一刀が首のあたりを撫でようとすると、赤兎は小さく身体を震わせた。この孤高さだけは逆立ちしても真似することができないな、と一刀は笑った。

 

「愛紗か。ははっ、なんでもないんだ。そうだ、この間の指揮のことだが、風鈴先生も褒めていたぞ。俺も、自分の軍に愛紗のような将がいてくれて、心からよかったと思っているところだ」

 

「ええっ? い、いえ、ご主人様にそこまで言っていただきますと、逆に恐縮してしまいます」

 

「うふふ。こういうときは、素直に喜んでおけばいいのよ? だってあの奇襲は、愛紗ちゃんの統率がなければ成功していなかったんだもの」

 

「わかってはいるのですが、こう……むず痒いとでもいいますか。しかし、ありがとうございます。歴戦の風鈴殿から見てそうだったのであれば、自信になるというもの。よろしければ、調練を見ていっても?」

 

「ええ、どうぞ。わたしの調練でいいのなら、いくらでも見学していって。それにしても、愛紗ちゃんは本当に律儀で可愛らしくて、一刀くんが夢中になってしまうのもすごくよくわかるわ」

 

「だろう、風鈴先生? 愛紗は自慢の将であり、奥さんだよ」

 

「ご、ご主人様まで、またそうやってわたしをからかわれるのですから」

 

 関羽の顔が、赤く染まっていく。真っ赤な赤兎と並んでいるから、それが余計におかしく思えた。

 

「愛紗殿で遊ぶのは、ほどほどにされてくださいよ、一刀さま」

 

 郭嘉の平坦な声が響く。そばには、数十騎が控えている。郭嘉には全軍の見回りを任せてあったから、その完了を報告しに来たのだろう。

 

「別に、遊んでいるわけではないんだぞ? ただまあ、稟が言うならこのくらいにしておこうか」

 

「あらあら。稟ちゃんは、さしずめ一刀くんのお目付け役といったところなのかしら?」

 

「む……、そう見えてしまいますか? あまり口やかましくしようとは思っていないのですが、つい」

 

「ふふっ。真に受けさせてしまったのなら、ごめんなさいね? けれど、稟ちゃんのように一刀くんに意見できる子がいるのって、大切なことなのだと思うの。ねっ、一刀くん?」

 

「そうだな。それに稟に対する信頼は、ちょっとの小言で揺らぐようなものじゃないよ。もしそう思ってもらえていないのだとすれば、身を以て示す必要があるのかもな?」

 

「か、一刀さま……っ。いけません、かような場所で……」

 

 身体を少し近づけただけだというのに、郭嘉は恥じらうような反応をみせた。凛々しい参謀としての顔が、崩れかかっている。

 

「ふっ。気をつけるのだぞ、稟。戦場で血を吹いて倒れたとあっては、兵たちの士気に関わるというものだ」

 

「それは平気ですから! ……多分」

 

 郭嘉の語尾が、小さくなっていく。戦場暮らしが続いているだけに、ゆっくりと抱いてやれる時間はそうもないのだ。それでも、着実に闘いは進んでいる。あと数日もすれば、馬騰たちの陣地に到着することができるはずだ。

 馬家の面々との再会を、一刀は心待ちにしている。

 

 

 

 

 

 護衛を百騎ほど引き連れて、一刀は騎行していた。同伴しているのは郭嘉と張飛、それに盧植の三人だった。

 『馬』の一字の旗。遠くにぽつんと見えていたそれが、段々と大きくなっていく。張り詰めた陣営のなかを、一刀たちは駆けていた。

 

「やっほー、お義兄さま! 思ってたより、こっちに来るの遅かったね。それに、知らないひとまで増えちゃってるし」

 

「久しぶりだな、蒲公英。こっちは、盧植将軍だ。楡中攻略のときから、俺のもとで闘ってくれている」

 

「はじめまして、盧植です。そちらは、馬岱ちゃんで合っているのかしら。一刀くんの言っていた通り、元気いっぱいな子ね」

 

「えへへー、でしょでしょー? お義兄さま、本営でみんなが待ってるよ。お姉さまなんて、お義兄さまが来るって聞いてからずっとそわそわしちゃってさあ」

 

 飛びついてきた馬岱の身体を受け止めて、一刀は軽い包容を交わした。屈託のない笑顔には、いつだって癒やされていた。

 

「だったら、急いで行ってやらないとな。ほら行くぞ、鈴々たちも」

 

「鈴々、かけっこだったら負けないよ? 蒲公英、勝負するのだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよー! 勝負するって言う前から走り出すなんて、蒲公英だって勝てるわけないじゃん!」

 

「これが、軍略ってやつなのだ! 悔しかったら、がんばって追いついてみればいいんだよー!」

 

 まっしぐらに駆け出していく、張飛と馬岱。

 馬騰のいる本営は、ひと目見てわかるくらいに大きかった。本営の前には、立派な体格をした馬がつながれている。そのなかには、馬超が好んで乗っている一頭の姿もあった。

 

「遅くなりました、馬騰殿」

 

「ああ、一刀かい。おや、今日は変わった女を連れているね」

 

 馬騰は床几に腰掛けて、付近一帯の絵図を見ていたようだった。ぱっと上がった顔が、盧植に向けられている。

 漢の将軍として、盧植は長年戦地を巡ってきている。そのなかでも、涼州は警戒するべき地域だったはずだ。そのなかで、両人が采配を闘わせていたとしても、なんら不思議はない。

 

「盧植です。戦場以外で馬騰殿と出会うのは、これがはじめてではないでしょうか」

 

「くくっ、だろうね。お互い、色々あってここまで生き延びてきた。だが、まだまだ枯れるような歳でもないのさ。楽しみっていうのは、案外いくらでもあるもんだね、盧植殿」

 

「もしや、馬騰殿も一刀くんのことを?」

 

「ははっ、まさか。わたしは、娘たちの世話を焼いてやるので手一杯さ。となると、あんたは……?」

 

「うふふ、それは秘密にしておきましょうか。ご息女の機嫌を損ねても、いけませんし」

 

 盧植が、ちらりと馬超の顔を見た。

 馬超は、びくりと肩を震わせている。一刀はその隣に立つと、耳もとで一言二言呟いた。

 

「うははっ! 翠、婿殿といちゃつくのはそのくらいにして、しゃきっとしな」

 

「い、いやいやいや! これは、別にそういうんじゃ!」

 

「ふーん、違うんだ? じゃあじゃあなんで、お姉ちゃんはそんなに真っ赤になってるのかな~?」

 

「こら! もうやめなさいってば、蒼! すみません、義兄さん。こちらには、軍議をされにきたというのに……」

 

 馬騰一家によるにぎやかなやり取りを眺めるのも、久しぶりのことだった。小さく頭を下げている馬休とは対照的に、馬鉄はまだ楽しそうに顔をにやつかせているのである。

 馬の尻尾にも似た、馬休の髪。それをやんわりと撫で付け、一刀は笑いかけた。馬超が、またむっとした表情を作っている。

 

「ほらほら、そこまでだよ。わたしたちがしなくちゃならないことは、ただひとつだけだ。わかってるね、翠」

 

「当たり前だっての。一刀殿を洛陽に送り出すためにも、せめて金城郡からは韓遂の兵を追い出さないとな」

 

 拳を握る馬超。武人の顔つきをしている、と一刀は思った。

 行軍中、郭嘉とは策を協議してあった。とにかく前線を一度破り、調略の手をのばす。なにもかもを、闘いに頼る必要はないのだ。敵軍には、馬騰の知り合いが何人もいるのである。天の御遣いか、韓遂か。結局は、それを天秤にかけているだけな部分があった。

 

「馬軍の突進力を活かすためにも、我らはその道を開けることに専念いたします。それから……」

 

 郭嘉が、軍の配置を提案していく。

 馬騰は、頷きながら話を聞いていた。その手のひらで、抱き寄せた張飛の頭を撫でている。小さい子ができたように、思っているのかもしれない。

 軍議が終わると、一刀たちはすぐさま自軍のもとへ帰還した。

 涼州の乾いた風。それが、泣いているような気がしていた。



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六章 上洛


 袁紹を総大将とする、反董卓連合軍。寄せ集めゆえ纏まりには欠けているが、諸侯が参集しているだけあってさすがの陣容をしていた。

 強大なる兵力。全軍で見れば、十万を有に越えている。その中でも軍勢の大きさでいえば、やはり袁家の二人が別格だった。だから、自然と軍内での態度も大きくなる。連合が成ることを願っていたとはいえ、曹操や孫堅がそのことを愉快に思うはずがなかった。

 自らの名声によって集めた兵力。それをもって威圧し続けていれば、董卓もやがて屈するしかなくなる。袁紹は、そのくらいに考えているのかもしれない。その方策自体は、決して的はずれなものではないのである。しかし、それは配下の軍勢の統率がとれていて、はじめて成り立つ戦法でもあるのだ。

 連合軍の構えを見て、賈駆は各所に防御を固めることを命じた。洛陽には、兵糧が豊富にある。籠城し、袁紹から諸侯の心が離れた隙きをつけば、勝機は充分にあると踏んでいた。ただし、賈駆にも不安がないわけではなかった。董卓が、なにを見据えて闘っているのか。時々それがわからなくなり、思い耽ることがあった。気兼ねする必要のない相談役であった盧植は、すでに洛陽を去ってしまっている。それだけに賈駆の心は、唯一気を許した男の到来を待ち続けていた。

 

華琳(かりん)さま」

 

「あら、桂花(けいふぁ)じゃないの。珍しいわね、あなたが視察にまで駆けつけてくるだなんて」

 

 現在、曹操は酸棗(さんそう)に置かれた本陣を離れ、司隸と并州の境目にまで軍を進めていた。こちらにやって来てからというもの、二日に一度はいまのように全軍を視察して回っているのである。付き従っているのは、許緒を筆頭とした親衛隊の五百。全員が、騎兵である。

 

季衣(きい)、騎馬を停止させなさい」

 

「はーい、華琳さま。親衛隊、進軍やめっ!」

 

 許緒の音声が響き渡る。選りすぐりの精鋭なだけあって、命令への対応は素早かった。その動きを見て、曹操は満足したようにうなずいている。

 誰にも侵されることのないような、気高さを身にまとった曹操。操る黒馬と相まって、その姿はより洗練されたものとなっている。曹操の信奉者ともいえる荀彧。言葉を発することすら忘れて、主君の美麗な容姿に数瞬の間見入っていた。

 

「それで、桂花。あなたは、このわたしに見惚れるために、わざわざここまで来たとでもいうのかしら?」

 

「はっ……!? い、いえ、申し訳ございません、華琳さま。ですが、あまりにも華琳さまのお姿が美しかったもので……」

 

「ふうん、そう? まあ、いいわ。季衣、視察は一時中断とするわよ。親衛隊を遊ばせているのも勿体ないから、調練代わりにその辺りを駆けさせてきなさい、いいわね」

 

「了解です、華琳さま! あっちの丘の近くを何周かさせたら戻ってきますから、それまでゆっくりしていてください!」

 

 土煙があがる。快活とした声で応えると、許緒は手勢を率いてその場を離れていった。親衛隊を側に置いていなくとも、ここは自陣の内部である。兵卒の端々にまで、曹操は敬意を持たれているといっていい。それは、夏侯惇らによる厳しい調練の成果でもあった。

 

「まずひとつ。孫堅が、焦れて出てきた董卓の一軍を撃破しました。江東の虎という異名の示す通り、あの者は恐ろしいくらい戦に強いようです。もっとも、将を討ち取るまでには至らなかったようでしたが」

 

「ふっ……。亀のように籠もっていた董卓軍の部将も、こちらの動きが気になって出てきたようね。まったく……、麗羽(れいは)の生温い締め上げ方では、いつまで経っても戦が終わりそうにないのだもの。やはり、動いて正解だったといえるのかしら」

 

「華琳さまのお考えになった策ですから、よもや間違いなどあるはずがございません。それに、袁家二人の馬鹿面を拝まなくて済むようになるとは、一矢で二兎を射止めたようなものではないでしょうか」

 

「うふふっ。褒めすぎよ、桂花」

 

 優雅に微笑む曹操。それを見て、また荀彧がうっとりとしたものに表情を変えている。

 董卓を攻めるのであれば、とにかくその力の供給源を断つべきだ。曹操は、連合軍に加わる以前からそう考えていた。もとより、煮え切らない袁紹のもとに、長くいるつもりなどなかったのである。

 

「鮑信がこちらになびいてくれて、助かっているわ。あれはなかなか勇猛でもあるし、使い所がありそうね」

 

「そうですね。あの場で袁紹ではなく華琳さまを選んだのですから、それなりに天運があるのでしょう。もっとも、鮑信が同盟者面をしているのは、わたしからしてみれば気に入らない点ではありますが」

 

 吐き捨てる荀彧。あいも変わらず、他者評には容赦がなかった。

 鮑信が同調していなければ、もう少し封鎖にも苦労したのかもしれない、と曹操は思う。やってみせる自信があるから出てきたのには違いないが、それでも鮑信率いる八千の存在は大きかった。

 一万五千。それが、今いる曹操の麾下である。そこに鮑信の手勢を加えれば、二万三千。それだけの兵がいれば、并州との繋がりを断つことは容易かった。小競り合いは何度かあったが、曹操の相手に足るだけの敵将は表れなかったのである。

 

「こちらでのお働きに加えて、涼州内部を仲違いさせたご手腕、さすがは華琳さまです」

 

 韓遂らの挙兵。それは、曹操の調略による賜物だった。并州は自力でどうにかすることができても、涼州は洛陽の裏口に位置しているだけあって、兵を送るには遠すぎる。そこで曹操は、涼州を二分するほどの勇名を持つ韓遂に目をつけたのだ。

 賛辞を連ねる荀彧ではあったが、わずかな変化を曹操は見逃さなかった。揺れる瞳。覗き込もうとすると、荀彧はびくりと身体を反応させる。

 

「涼州で、なにかあったのね。そういう顔をしているわよ、桂花」

 

「ひゃっ……。うあぁあっ、か、華琳さま……っ」

 

 荀彧の顎に手を当てる。真っ赤に染まっていく顔が、愛おしく思えた。

 

「そうね……。天の御遣いが、韓遂を破りでもしたのかしら?」

 

「やっ、んうぅっ……。はあっ、華琳さまぁ……」

 

 鼓動が高鳴る。ひとりの男の姿を、曹操は脳裏に描いていた。見えて久しい、天の御遣い。荀彧のうなじを指でもてあそびながら、曹操は熱い吐息を洩らしていた。闘うべき相手を、自分は求めているのか。厄介な本能ではあったが、それが覇者として行くべき道だとも感じている。

 馬騰。本当であれば、そちらに揺さぶりをかけたいと曹操は考えていた。馬騰当人だけでなく、その娘たちまでもが武人として名を馳せはじめているのだ。涼州の旗頭ともいうべき馬家が董卓に反旗を翻す事態になれば、相当な痛手となったはずである。しかしながら、馬騰の調略は道半ばで断念せざるを得なくなっていた。

 

「北郷一刀も、面倒なことをしてくれたものね。まさか、馬騰の娘と婚姻を結ぶだなんて。……桂花、そろそろ起きなさい。報告の本命は、孫堅のことではなくこちらなのでしょう?」

 

「んっ、はい……っ。こほんっ……、北郷と馬騰による連合軍は、韓遂らの軍勢を金城郡から北に追いやったようです。いまだ韓遂のもとに集う諸将は多いようですが、今回の敗戦によって涼州の流れは決定的になったといえるのではないでしょうか」

 

「ふっ……。やはり勝ったか、北郷一刀。桂花が北郷であれば、この(のち)どうする」

 

「ううっ……。考えることすらおぞましいですが、華琳さまのご命令とあらば従いましょう。もし……、絶対にありえないことですが、もしわたしが北郷であれば、そのまま畳み掛けてまずは韓遂を滅ぼします。そうして涼州一帯を手中に収め、地盤を固めようとするでしょう。その頃になれば、洛陽での闘いにも区切りがついているはずです。然る後、司隸に討ち入って帝を抑えるか、はたまた益州に手を伸ばしてみるか。その、どちらかを採ることになるかと存じます」

 

「ふふっ、なるほどね。桂花のいったように、わたしでも先に韓遂を討とうとするでしょうよ。でも、予感があるの。北郷は、必ず董卓の救援に動こうとする。予感というよりも、これは確信に近いのかもしれないわね」

 

「しかしながら、間者からの報告によりますと、北郷と董卓の間の音信は途絶えているといいます。それでも、やつは出てくると仰せになるのですか、華琳さま?」

 

 荀彧の言っていることは、曹操もよくわかっていた。

 両者の間にできた溝。董卓が洛陽を席巻するようになってから、それはより顕著になっている。どちらかといえば、董卓の側から一方的に接触を拒んでいるようでもあった。ただし、曹操もすべてを知り尽くしているわけではない。あれは、いつの頃からだったか。北郷の付近に潜り込ませていたいた間者が、帰還しなくなることが多くなっていたのである。恐らく、腕のいい隠密に斬られているのだろう。

 ひとつ息をついて、曹操は西の空を見つめた。風が、戦の匂いを運んできているような気がしていた。

 

「ええ、来るわね。北郷一刀というのは、きっとそういう男なのだと思うわ。あれは、苦しんでいる董卓を見捨てることなどできない。わたしは、そう踏んでいるの。ふっ……、もしこの読みが外れることがあったら、桂花のお願いをひとつきいてあげてもいいわよ? なんてね」

 

「むう……。楽しそうですね、華琳さま」

 

 荀彧が眉を曲げて、不機嫌さをあらわにしている。

 北郷が涼州から出てくることになれば、この停滞した戦場にも変化が訪れるかもしれない。孫堅の勝利からも、その兆しは現れ始めているといえよう。

 早く来い、北郷。曹操は、心の内でそう呟いている。

 

「拗ねないの、桂花。戦が終われば、いつでもたっぷりと可愛がってあげられるようになるのだから。それまで、励みなさい」

 

「ほ、ほんとうですかっ!? ああ……、いまからその時が待ち遠しくて仕方がありません……」

 

 丘を駆けていた騎兵。許緒を先頭にして、こちらに戻ってきているのが見えている。

 黒馬に跨がる。背をまっすぐに伸ばし、手を振る許緒に応えた。『曹』の一字の旗。それが映し出す勇壮な影が、幾筋も出来上がっている。



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二(風)

 薄暗い閨。足を踏み入れると、心が高揚してくるようだった。

 冀城に戻ったのはいいが、すぐに軍議を開き、洛陽遠征に向けて軍を再編成する必要があるのだ。それでも、身体が温もりを求めるのを抑えられなかった。急かしてくる郭嘉を抑え、一刀は一旦の解散を命じた。名目など、なんとでもなった。役所に人をやって呼び出すと、目当ての人物はすぐに屋敷へやって来た。

 女を抱き寄せる。小さな身体。かすかな震えは、緊張によるものなのだろうか。

 腰まで伸びた金髪。何度か指を通していると、安堵のため息が聞こえてくる。女の背は、自分より頭一つ分ほど小さかった。上を向かせ、少しふくれた頬を指で撫で付ける。しっとりとした肌。からかうようにして指の腹を押し込んでやると、不機嫌そうに口がへの字に曲がってしまう。こうして程昱の細い腰を抱くのも、久しぶりのことだった。

 

「んっ、んうっ……!? ン、ちゅぱ、ちゅく……、ちゅうぅう……」

 

 程昱はなにか言いたげにしていたが、無視して唇を塞いでしまった。甘みのある口内。思うままに舌で味わい、唾液を流し込んでいく。たどたどしく触れてくる両腕。緊張というより、興奮しているのかもしれない。互いに求めあっている分だけ、気持ちはずっと盛り上がっていく。

 

「ン……。ただいま、(ふう)

 

「ふぁう……。んっ、おかえりなさいませ、ご主君さま」

 

「急に呼び出したりして、悪かった。だけど、洛陽に行く前に、どうしても風を抱きたいと思ったんだ。許して、もらえるかな」

 

「あんっ……、んんっ……。許す、許さないという話しではありません。ご主君さまに命じられて、風が断れるはずなんてないでしょう? んはあっ……。けれども、ちょっとばかし引っかかる部分がありますねー。まあ、それはさておき」

 

 もっと、口づけをしたい。そう言わんばかりに、程昱はつま先立ちとなって、懇願するように目を閉じてしまう。いまは戦の話を聞きたくない。一連の所作には、そんな意味も込められているのだろうか。

 

「わかったよ」

 

「ご主君さま……。ちゅ、はむぅ……、んっ、こくっ」

 

 唇を合わせるかたわら、程昱の薄い身体を手でまさぐっていく。体格差だけで考えれば、小さな子にイケナイいたずらをしているようなものだ。比べられると張飛は怒るのだろうが、程昱の身体のあちらこちらにも幼さが残っている。なだらかな膨らみをみせる胸。つるっとしていて、どこか神秘的でさえある恥丘。その内側に秘めた柔らかさは、自分だけのものだった。

 

「んっ、んくっ、じゅうぅう……」

 

 顎から下を撫でていると、喉の動きで唾液を嚥下していることがよくわかる。深い口付け。長くそうしていると、ほかのことを考えるのが億劫になってくるほどだ。

 

「ちゅ……。ご主君さま、さっきの続きですけど、風はまたお留守番なのでしょうか?」

 

「留守番、といえばそうなってしまうのかも。だけど、風がウチで待っていてくれると思うと、ずっと頑張れるような気がしてくるな」

 

「むむむ……。ご主君さまはすぐにそうやって、ずるい言い方をされるのですから。ずるいご主君さまには、こうしてしまいます。はむっ、んっ……」

 

 服をめくりあげられる。甘美な刺激。程昱が、乳首に僅かだが歯を立てているようだった。しかし、嫌な感じではない。時折舐めあげてくる舌の感触が、妙に心地よく思えてくるのだ。

 

「拗ねるなよ、風。なにも、お前のことを遠ざけようとしているわけではないんだから。涼州は、まだまだ問題が山積だ。それは、わかっているだろう?」

 

 先の戦で、韓遂を破りはした。とはいえ、それで全てが終わったわけではないのだ。

 ここからは、血を流しすぎてはいけない。一刀は、そう考えている。馬騰には、別の腹積もりがあるのかもしれない。韓遂を強引にでも討ち取ってしまえば、長きにわたる闘いに決着をつけることができるのである。それでも、自身の主張を抑えて従ってくれているのだ。その姿勢が内外に伝われば、天の御遣いの名声は涼州において、さらに確固たるものになっていくのだろう。

 

「涼州を、ひとまとめにする。そのためには、腰を据えた調略が必要になってくるはずだ。それを任せられるのは、風しかいないと俺は思っている。どうかな、風」

 

「ふむう、そうですねー。どちらかといえば、(りん)ちゃんは戦場(いくさば)にあってこそ力を発揮するようなお人ですし。かといって、新参である風鈴(ふうりん)さんに丸投げするのも、ちょっと違う感じがしますからねえ」

 

「ははっ。そう言うと思って、風鈴先生には先回りして伝えてあるんだ。涼州に残って、風の手伝いをしてくれるかってね」

 

「おおう? 風は、ご主君さまの手のひらで転がされていたというわけですか。これは、一杯食わされてしまったようですねえ」

 

 乳首に与えられる刺激。それが、じんわりと強くなっていく。

 

「ん、んちゅう、れろっ……。くふふー、ご主君さまのここも、すっかり固くなっていますねえ」

 

 噛まれた部分。かすかな痛みの残るそこに、唾液が丁寧に塗り込まれていっている。あまり感じたことのない快楽に、下腹部をびくりと脈打たせてしまう。そのことに気がついたのか、程昱はいたく嬉しそうにしていた。

 

「はあっ……。風たちの他には、鈴々(りんりん)にも残ってもらうつもりだ。調略だけでは、どうにもならない場合だってあるだろう。それに、馬騰殿は鈴々を気に入っているみたいなんだ。だから、馬軍との連携を考えても、鈴々が軍を率いるのが一番だろう。代わりに、洛陽へは香風(しゃんふー)を連れて行く」

 

愛紗(あいしゃ)ちゃんは、どうあってもご主君さま率いる主軍からは外せませんからねえ。加えて、鈴々ちゃんは攻めの舞台が似合うお方ですし。どちらか一人を選べと言われたのであれば、わたしも香風ちゃんを洛陽行きの将軍にすると思います」

 

「そうか。風のお墨付きがあると、なんだか心強いな。よし、そろそろ寝台にいこうか。服、脱がせるよ」

 

「んっ……。はい、ご主君さま。ちょっと気恥ずかしいですけど、たっぷりじっくり、見つめちゃってください」

 

「言われずとも、そうさせてもらうよ。風の可愛いおっぱい、いつでも思い出せるようにしておかないとな」

 

「あんっ、やあっ……。ご主君さま、なんだか変態さんみたいです……。んんっ、そこペロペロってされると、感じてしまいますからあ……」

 

「さっき、風だって気持ちよくしてくれただろう? だったら、そのお返しをしてあげないとな」

 

 全裸に剥いた程昱を押し倒し、胸に舌を這わせていく。尖った乳頭。口に含んで転がしてみると、ほんのりと甘さが伝わってくるような気がしていた。

 

「んっ、ふあっ……。ご主君さま、居残りついでというわけではありませんが、風の要望を聞いていただいてもー?」

 

「乳首でこんなに感じていても、やっぱり風は風なんだな。ン……、言ってごらん」

 

 程昱が話しやすくなるようにと、胸への愛撫を一時的に弱めていった。

 たっぷりと唾液をまとった可憐な突起。指の腹で表面を撫でてやると、程昱は薄い胸を反らして喘ぎをもらす。

 

「やあっ、いじわるなんですからぁ……」

 

「風のおっぱいが魅力的すぎるのが、いけないんだよ。それで、要望っていうのは?」

 

「はうぅ、あぁあんっ……! はあっ……、ええと、ですねぇ……」

 

 乱れた息遣い。程昱は、それをなんとか整えようとしている。呼吸によって上下する胸。手のひらで包み込むようにしながら、待つことにした。

 

「涼州を獲得することは、もちろんご主君さまにとっての大事です。とはいえ、その先を早めに考えておいても、損はないですよねー?」

 

「ああ、それはその通りだろうな」

 

「洛陽での闘いがどうなるかにもよりますが、いずれ益州を獲ることができればいいと、風は考えているのですよ。そのためには、玄関口となっている漢中を、どうにかしなければなりません」

 

「漢中には、五斗米道の軍がいるんだったな。劉璋とは争っているそうだが、まさか軍勢を素通りなんてさせてくれるはずがないか」

 

「ふむう。五斗米道の首脳陣がそんな融通の利く人たちであれば、どれだけ助かるものやら。とはいえ、手をこまねいているつもりはありません。五斗米道軍の根幹にあるのは、宗教によって結ばれた強い絆です。その結束力を崩すためにも、いまから探りを入れておこうと考えているのですよ。そこで、協力を願いたい方々がいます」

 

「結束力を崩す、か。ン……、となると……」

 

 ここまで聞けば、大体想像がついてくる。麾下と呼べるような存在ではないが、身近にそういった類のことが得意な少女たちがいるのだ。しかし、調略の片棒を担ぐような真似をさせてもいいのだろうか、という思いがあるのも確かだった。

 

「風、天和(てんほー)たちは……」

 

「ご主君さまがお考えになられていることは、わかります。風だって、天和ちゃんたちに無理強いなどしたくはありませんから。それだけは、お約束いたしますので」

 

「その言葉、信じさせてもらうよ。なら、漢中の調略に関しては、風に一任するとしよう。俺の方からも、後で三人に話しはしてみるから」

 

「ありがとうございます、ご主君さま。あんっ、ひゃうぅ……!?」

 

 肌。与えた紅潮が、冷め始めているようだった。心に引っかかりがあるのは、程昱も同じなのだろう。それを解してやるのも、自分に課せられた役目のはずだ、と一刀は思っている。

 程昱の瞳。期待に、揺れている。さすがに、自分という男をよくわかっているのだ。湿り気のある膣口。そこを男根の幹の部分で擦り、愛液を滲ませていく。

 

「このまま、挿れてしまうよ。風のここも、待ちきれないって言ってるみたいだから」

 

「やあっ、そんなことないのですよお……。ああっ、ご主君さまの熱いおちんちんが擦れて……。んっ、んんっ、ふあぁあぁあ……ッ!?」

 

 思い切り乳首を吸い上げながら、滾った男根を奥まで一息に突き刺していく。嬌声をもらす程昱。刺激が強すぎたのか、挿れただけで軽く達してしまったようだ。

 

「そんなに、気持ちよかったんだ? 乳首いじられながらチンコ挿れられて、風のいやらしい身体、すごく喜んでるぞ」

 

「んんっ、ひゃうぅう!? そんな、あっ、うぅうっ、んあぁあっ……! ご主君さまのぶっといおちんちんに、風のおまんこ拡げられてしまって……ぇ」

 

「ははっ。また、イッちゃうんだ? ほら、ここのコリコリしたところ、気持ちいいんだろ? 風のなか、もうとろとろになって絡みついて来てるよ」

 

 男根の先に力を込め、引っ掻くようにして膣肉を刺激していく。桜色の乳頭。快楽にあおられて、鮮やかに色づいてしまっている。

 

「ひゃふうぅう……!? んんっ、んあぁあっ、気持ちいい、気持ちいいんです……っ。だって、だってこんなの我慢するなんて無理なのですよお……! 散々おあずけさせられたせいで、ン、風のおまんこ、疼いてしまっているんです……! 待ちに待った、あうっ……ご主君さまのおちんちんなんですから、んんっ……」

 

「悪かったよ。こんなになるまで、風のこと待たせてしまって。だけどその分、しっかりと感じさせてあげるから……ッ!」

 

「あんっ、きてますぅ……! ああっ、熱い……。こんなにぱんぱんに張っているのに、風の形にぴったりとはまってしまうおちんちんなんです……! んあぁあっ、またゾクゾクってぇ……!? ひゃあぁあ……っ、たくさんくる、きてしまいますよお……!」

 

「くうっ……!? 風のおまんこ、きつくチンコを締め付けてきてるぞ……っ。奥も、気持ちいいんだな」

 

 肉襞。まるで、男根に巻き付いてくるようだった。もとより、小さくて窄まりのある穴なのである。しかも、程昱が断続的にイッているものだから、気を抜ける瞬間がどこにもないのだ。

 収縮。程昱の呼吸に合わせて、締め付けの強弱が変化していく。ただでさえ気持ちのいい肉穴が、最高ともいえる挿れ心地になっている。気を紛らわそうと、また胸に吸い付いていく。交わりによって汗をかいているせいなのか、舌が少しだけしょっぱさを感じている。

 

「んんっ、ひゃうぅうう!? 風の赤ちゃんのお部屋の入口、ご主君さまのおちんちんがトントンってぇ……! んぐっ、ン、んあぁあぁあ……っ」

 

「風のおまんこ、また締まって……!? ああっ、ほんとに最高だ……!」

 

「んぐうっ、だめ、だめです! そんなに強く突かれたら、またイッてしまうのですよお……!」

 

「いいんだ、好きなだけ気持ちよくなってくれれば。それに、俺だって……っ!」

 

「ああっ、そこぉ……! 熱いの、気持ちいいのぉ……! もっと、もっとしてください、ご主君さまっ……!」

 

 華奢な身体を寝台に押し付けながら、腰を力強く打ち付けていく。きつい締付けによって、すぐにでも射精させられてしまいそうだった。

 

「風、いいか。くあっ……! ぐちょぐちょになったおまんこ、気持ちよすぎる……っ」

 

「ひゃふうぅうぅう、んあぁあっ……。何度だって、風は受け止めますからぁ……! ご主君さまのドロドロの子種、風にたくさん出してぇ……!」

 

「そうか、だったら……!」

 

「あんっ、やうぅうぅう……!? でてる、びゅうって……風のお腹の上にでてます……っ♡」

 

 男根。程昱の腹の上で、びくりと大きく脈打っている。

 吐き出される精液。透き通るような白い肌を、容赦なく染め上げていった。

 

「まだまだ、もう一度」

 

「んんっ……!? ご主君さまのおちんちん、また風のなかにぃ……!」

 

 絶頂の最中にある男根を、再び腟内へと潜り込ませていく。過剰なほどの快楽。比喩でもなんでもなく、それが頭の奥の奥の方にまで、響いてきているのだ。

 身体にかけられている途中ということもあって、程昱にも油断があったのだろう。膣内は驚きに満ちており、出し入れする度に愛液を噴出してしまっている。

 

「ああっ、すごいのですよぉ……! それに、ご主君さまのおちんちんが、おまんこの内側でずっと震えていて……っ」

 

「また、すぐに出すから……っ。もう一回、風も一緒に気持ちよくなろう」

 

「はい……、んあぅうぅううっ……!? これぇ、ずりずりってされるの感じすぎてしまいますから♡」

 

 快感の波が激しすぎて、辛くなっているのかもしれない。狂おしいほどの情欲に染まった瞳。それが、こちらをじっと見つめている。

 また、膣肉の締付けが強くなった。射精を促すような動き。淫靡な襞が、一枚一枚絡みついてきているようでもある。亀頭を狭い最奥部に押し付けると、また目の前で火花が散るような感覚に陥った。

 

「出る……! 今度は、風のなかに……っ」

 

「ください! 風もイキますから、おまんこのなかにいっぱい出してぇ……!」

 

 亀頭の先。一度目と同じか、それ以上の快感が、走り続けている。

 狭い膣内なのだ。程昱は懸命に閉めようとしているようだったが、溢れた精液が寝台を汚している。

 

「こんな、こんなの、気持ちよすぎますよぉ。んあっ……!? ご主君さまのおちんちん、まだ子種を出しています……! あんっ、そんなに出されても、風のお腹はとっくにいっぱいなんですからぁ♡」

 

 心底嬉しそうに、程昱は精液を受け止めている。美しい金髪。汗で額に張り付いたそれを剥がしてやると、程昱は妖艶に笑ってみせた。

 

「んんっ、あはあっ……♡ 幸せなんです、こうされていると。ご主君さま、ぎゅって……してくださいますか?」

 

「いいとも。それに、これ以上精液がもれないように、しっかりと蓋をしておかないとな」

 

「きゃうっ♡ そんなにされたら、風の奥つぶれてしまいますよぉ。でも、すごく安心してしまいます。なんだか、ご主君さまのおちんちんで、身体を支えていただいているみたいで……」

 

 程昱が、無邪気に微笑んでいる。

 それから、しばらくの間抱き合い続けていた。声をかけたのは、どちらからだったのだろうか。軽い口づけを交わす。程昱の身体と擦れあっているせいで、新たな情欲が生まれつつあるのだ。

 

「もう一度だけ、させてくれないか」

 

「くふふ、いいですよぉ? 風の身体に、ご主君さまの雄の匂いをたっぷりと染み込ませちゃってください」

 

 小さな身体。抱きあげて、下から突き上げていく。

 結局、そこからさらに三度出すまで、情交が終わることはなかった。



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三+報告

 今回、当作品の更新を楽しみにしていただいている方へ、ご報告をしようと思い更新してみた次第です。
 現状、続きをうまく思い描くことができないというのが正直なところです。なので作者の勝手で申し訳ありませんが、当作品は一旦未完とさせていただいております。
 ずっと作りかけになっていた回があったので、完成させるいい機会だと思い、同時にご報告とさせていただきました。
 ここまで読んでいただいたことには、ほんとうに感謝しています。ありがとうございました。


 洛陽に向けて、一刀は兵たちを駆けさせていた。

 渭水。その流れに沿って進むのは、涼州に来たとき以来のことである。

 あれから、多くのことが変わってしまった。董卓は孤独な闘いをはじめ、袁紹らに包囲されるに至っている。ただし、得たものがないわけではなかった。馬家とのつながりは、今後の情勢に大きな影響を与えるのだと思う。中央に対する興味が薄いだけで、涼州にはやはり小さくない力があるのだ。その力をまとめることさえできれば、中原に打って出ることも可能になっていくのだろう。

 

「本当によろしかったのですか、ご主人様? いくら、桃香(とうか)殿ご自身が望まれたこととはいえ」

「いいんだ、愛紗(あいしゃ)。桃香が自分にできることを見つけたいっていうのなら、俺にはそれを止める理由はないよ。それで白蓮(ぱいれん)と少しでも闘わなくて済むようになれば、軍全体にとってもプラスになるんだから」

「ぷ、ぷらす……ですか? しかし、出過ぎた真似をしてしまったことを、謝罪させてください。覚悟こそしておりますが、わたしだってできれば白蓮殿とは闘いたくないのです。それに、あそこには(せい)もいますから。白蓮殿とかねてからのご友人である桃香殿であれば、そのお気持ちはなおさら強いはず。そこに、わたしも期待したいと思います」

「それでいい。俺たちが(ゆえ)を助けたいと考えているように、白蓮には白蓮なりの事情があるんだろう。そればかりは、どうしようもないことだ。乱世だから、なんて簡単には言いたくないけど、避けられない戦は確かにあるんだろうな。それでも、俺は兵を退くわけにはいかない。月のことを、諦めたくはないんだ」

 

 関羽は、同行している劉備のことを心配しているようだった。心配する気持があるのは、一刀も同じなのである。盧植を涼州に残してきたのにも、そのあたりに事情があるのだ。盧植に心を痛めて欲しくないから、董卓は洛陽から追放することにしたのではないか。勝手な推測ではあったが、一刀にはそうとしか思えなかったのである。

 出立前に話をしてみたが、劉備は覚悟をかためているようだった。ならば、その手助けをしてやることが、軍をあずかる自分の責任でもあるのだろう、と一刀は思うのである。

 渭水の流れをたどり、北郷軍は進み続けた。

 途中、守備のために駐屯している董卓軍を見かけたことがあったが、攻撃を受けることはなかった。悠然とはためく、北郷十字の旗。守兵たちには、おそらく自分の意図が伝わっていたのだと思う。ほんとうは、一刀もちょっと不安だったのだ。董卓軍がしかけてくることがあれば、麾下のために闘うしかないのである。そうなった場合、洛陽行きはかなり厳しくなっていたのだろう。

 自分が駆けつけるのを、きっと董卓は待っている。どんな振る舞いをしていようが、一刀はそう思おうと心に決めていた。

 長安。『華』の一字の旗をかかげる軍勢が近づいてきたのは、そこを過ぎたあたりのことだった。騎兵が、五百ばかり。武器を構えて出ていこうとする関羽を押し留め、一刀は馬を走らせた。護衛が、あとから慌ててついてくる。

 

「久しいではないか、北郷。おまえも、董卓さまを討ちにきたのか? であれば、一戦馳走してやってもよいのだぞ」

「ははっ。本気で、俺がそんなことをできると思っているのか、華雄。だけど、その腕はどうしたんだ? 誰かに、斬られたりでもしたのか」

「まったく、おまえは少しも変わらないのだな。この腕は、不名誉の証とでもいうべきなのかもしれん。わたしは汜水関の守備をまかされていたのだが、持ちこたえきれず打ち破られてしまってな。その時闘ったのだが、孫堅というのはおそろしい女だよ。孫家の大将が率先して、突っ込んでくるのだからな。あの強さは、まさしく虎だった。運がなければ、わたしはあそこで死んでいたのだと思う。そのくらい、武人としては優れた女だった」

 

 折り曲げたまま固定されている左腕をさすりながら、華雄はそうもらした。

 孫堅。孫呉のいしずえを築いた勇将であることは、一刀も知っている。華雄が敗れたのだから、腕はかなりのものなのだろう。それに加えて、連合軍にはあの曹操がいる。厄介な敵になると考えて、まず間違いなかった。

 

「腕が使えないからと、わたしは使いっぱしりをさせられているのだ。そんな時に、十字の旗をかかげた軍勢が洛陽に向かっているという報告を受けてな。それで、飛んできたのだ」

「でも、華雄が生きていてくれてよかった。それだけで、俺は嬉しいんだ」

「ふっ。わたしには、必要のない言葉だ。そんなものは、董卓さまに会うまでとっておくのだな。口でなんと言っていようが、あの方が求めているのはおまえだけなのだ、北郷。たぶん、賈駆もそうなのだろうが」

「月は、ひとりでなにもかもを背負おうとし過ぎている。支え合って生きていけるから、人は人なんじゃないかな。俺は、そう思っているよ」

「だったら、さっさと洛陽の宮殿に乗り込んで、董卓さまを抱きしめて差し上げろ。そんな仕事をまかせられるのは、おまえただひとりなのだ、北郷」

「そっか。でもさ、華雄」

 

 手綱を引いて馬を操りながら、一刀は華雄の身体を抱き寄せた。

 乾いた唇。そこに、自分のそれを重ねていく。

 

「あっ、んむっ……。んっ、このっ、北郷……。やめろというに、ちゅむっ、ふあっ……」

 

 咳払い。それが何度か、後方から聞こえている。

 関羽か、それとも楽進のものだったのだろうか。嫌がる素振りを見せてはいるものの、華雄は力まかせに顔を離そうとはしなかった。行き交う唾液。互いに、生きている証を与えあっているようだった。這いつくばってでも生きていれば、いつかはこうして交わることができる。董卓とも、また同じ道を歩むことができる。

 

「ふっ、んんっ、ふあぁっ……。もう、いい加減にしないか、北郷。部下たちが、見ている前なのだぞ?」

「構わないさ。天の御遣いについて回っているおかしな風聞は、いまにはじまったことじゃない」

「たわけ者め。気分に火がついてしまったら、どうするつもりだと言っているのだ」

「ははっ。さすがに、俺もそれは自重していたかな。久しぶりに会えたんだ。どうせなら、静かな場所でじっくり愉しみたくはないか?」

「くくっ、違いない。とまあ、冗談はこのくらいでよかろう。とにかく、洛陽に急ぐぞ。賈駆は耐えに耐えるつもりなのだが、董卓さまがその気にならねば到底戦にはならんのだ。その状況を変えるためにも、天の御遣いの力が入り用でな」

「月が、こんなところで終わっていいはずがない。あの子のいない天下なんて、俺は欲しくないな」

 

 一刀の言葉を聞いて、華雄は笑っている。

 目指しているのは、それだけだった。次代は、愛する人と築かなければ意味がない。崇高な理想や理念などは、自分には必要ないものだった。こんな言葉、曹操が聞けばきっと腹を立てるに違いない。

 

「参りましょう、ご主人様。あなたさまの望みを叶えるためにも、いまは闘うべき時なのでしょう」

「自分が、どこまでもお供いたします。相手が誰であろうと、一刀さんを傷つけたりなんてさせません」

「行こう、愛紗、凪。戦場では、大いに頼らせてもらうよ」

 

 ほほえんでいる二人に、一刀は笑いかけている。

 華雄は、隊伍を整えるために戻っていったようだ。刀の鞘を握る。一刀が右手を差し上げると、進軍が再開されていく。

 一万の北郷軍。そのなかに、十文字の大旗が雄々しく立っている。一刀の見開いた瞳の先。そこには、懐かしい面々の姿が確かにあるのだった。



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