ガルパン日和 (アセルヤバイジャン)
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そのいち

リハビリ作品、病院のリハビリ中に友人が差し入れしてくれたガルパン、ガルパンはいいぞ(゚∀゚)


 

 

 

 

 

自分が死んだという認識を持つ事が出来る事に驚きを感じる。

 

二十数年の短い月日、その半分を病室で過ごした思い出だけが色濃く残る。

 

将棋、囲碁、チェス、麻雀、それこそ卓上競技と言われる物は何でも手を出した。

 

入院患者に経験者が多く、1から教えて貰える環境が整っていたのが救いだったと今でも思う。

 

教えてくれた先駆者達は、多くが俺より先に旅立ってしまったが。

 

病院のベッドの上で出来る事など高が知れている。

 

だがネットという便利な文明が、俺に世界の広さを教えてくれた。

 

宿直の看護師に怒られるくらい没頭した勝負、楽しかった。

 

ゲームと音楽に浸り、いつか病室の外へと出ていける、そんな淡い夢を懐きながら。

 

俺は、その生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分、と言うモノを取り戻すのに、約5年かかった。

 

物心が付く、そのタイミングで俺は前世の記憶を思い出していた。

 

鏡に映るのは、どこの少女向け漫画から抜け出してきたんだと言わんばかりのイケメンショタ。

 

何と言うか、某棄てられて反逆しちゃう皇子に似ていて草生える。

 

これはあれですわ、転生って奴ですわと一人落ち込む。

 

と同時に、健康な身体を得た事に歓喜する。

 

これで勉強も運動もやりたい放題ですわイヤッフゥゥゥゥ最高だぜぇ!と元気に走り回る。

 

突然アクティブになった息子、つまり俺に驚く両親だが、子供なんて何かしらのきっかけで突然変わるモノだ。

 

自由という言葉を武器に、勉強もスポーツも、そして歌も踊りも卓上競技も全部全部、全身で楽しんだ。

 

本当に、楽しかったんだ、嬉しかったんだ。

 

マスクも機械も要らない、裸足で野原を駆け抜ける事が出来る、そんな毎日が。

 

だから、だから神様。

 

ありがとう、そして――――

 

 

 

 

 

 

「優勝は、奇跡の男子!特別参加枠の長野叢真君13歳だーー!!」

 

『ワアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 

 

 

出来れば、助けて下さい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車道、と言う武道がある。

 

いや、この世界には、という方が正しいか。

 

健全な乙女を育成する為の武道と言われる、女性が行う戦車競技。

 

基本的に男性は戦車道をしない、が、絶対にやってはいけないと言う訳ではない。

 

薙刀や華道の様に、男性が関わる事が少なからずあるのだ。

 

とは言え、基本は女性の武道、スポーツ。

 

余程のことが無い限り男性が関わる事はない。

 

「驚きです、これで公式大会驚異の18連覇です!まさに天才、まさに風雲児!戦車道界に革命を起こしております!」

 

実況が興奮して鼻息荒く唾を飛ばしまくりながらマイクに叫んでいる。

 

戦車道と言っても、何も実物の戦車を乗り回す競技だけではない。

 

卓上演習と言われる、将棋やチェスのような部門もあるのだ。

 

主に指揮官の技量を向上させる目的がある競技だが、俺はそれに男性なのに参加し。

 

「大人を破っての優勝ですが、感想は!?やはり将来は戦車道を行うのですか!?」

 

「大変嬉しく思います。戦車道は乙女の嗜み、無骨な自分には似合いませんから」

 

もはやテンプレ化している返しを実況に返す、ただでさえ男子という事で目立ち、更に特別参加枠と言う立場で目立ち、その上将来戦車道をやるのかと期待されて目立つ。

 

目立ちの役満である、勘弁して欲しい。

 

そもそも卓上演習で勝てても実戦じゃこうは行かないのは俺もよく分かっている。

 

だからカメラさん、そんなに俺を写さないでくれ。

 

マスコミ各社、盤上のプリンス、実戦には興味なしか!?とか煽らないでくれ。

 

と言うか俺の顔写真が貼られたうちわを持った皆さん、目が血走ってて怖いです、ヤベーイとか聞こえます。

 

 

 

 

 

始まりは、父相手に将棋をやっていた事だった。

 

どこで覚えてきたんだと不思議がる父相手に、長い病院生活の前世で鍛えた腕前と、今世の肉体と頭脳が合わさり最強に見える実力で蹂躙劇を繰り広げていたら、母が戦車道の卓上演習を持ち出してきた。

 

昔は車長も務めたんだから~と、息子相手に本気で来る母親。

 

そしてそれをアッサリと撃破する俺。

 

5歳の頃から思うが、本当に桁外れな頭脳と勘をしている今世の身体。

 

勉強やスポーツが楽しくて仕方がないので、全力で取り組むのだが、その道のプロをあっさりと追い抜いてしまうのは流石に行き過ぎだと思うようになった。

 

母がムキになって何度も挑み、何度も返り討ちにしていたら、それを撮影していた父がテレビに投稿。

 

天才指揮官現る!?驚愕の男子!!と言うタイトルで投稿系番組に出演。

 

そして、前世の闘病でボロボロだった見た目とは似ても似つかない某絶対遵守な能力持ちばりの見た目が、視聴者の目に止まり。

 

ご近所でも有名な美少年、各方面でも天才的才能とか色々とりだたされ。

 

気付けば、母が戦車道卓上演習の部の小学生の部に俺をダイナミックエントリー。

 

大人の知識と図抜けた頭脳を持つ見た目は子供、中身は大人を地で行く俺に勝てる少女なんて居るわけ無く。

 

あっさり優勝、特別枠でその後もエントリーが続き、連戦連勝。

 

同年代で敵が居なくなり、段々と相手が年上になり。

 

最終的には大人相手に勝負である。

 

それでも勝つもんだから、負けた相手が実戦で戦わせろと喚く喚く。

 

俺自身が、実戦なら一溜りもありませんと公言しているから、実戦で負かしてやりたいんだろう。

 

だが俺は男子、そう男子なのだ。

 

だから戦車道はやれないのだ。

 

残念でした、またどうぞーと最初は余裕をくれていた。

 

が、神様は意地悪な様で。

 

「お好きな学校を選んで下さい、費用は戦車道連盟が出しますので」

 

なーぜーかー、実戦を行う事になり。

 

戦車道を行っている高校の戦車道部を指揮して、戦う事になった。

 

相手は聖グロリアーナ、サンダース付属、マジノ女学院。

 

そのOGだった俺に負けた人達が指揮官になり、現役高校生を指揮して戦うのだそうな。

 

連盟の役員は俺の元に、戦車道を行っている学校の資料と保有戦車、部員のプロフィールを持ってきて好きな学校を選べと言う。

 

参加した学校には連盟から補助金が出るらしく、どこも乗り気だと言う。

 

「……では、継続、アンツィオ、プラウダで」

 

資料を流し読みし、その中で拾ったデータから使えそうな…失礼、行けそうな学校をピックアップ。

 

相手は3校、ならばこちらも3校でお相手すれば、選んだ学校が強かったからだとか文句を言われる事も無い。

 

なお一番使いたかった黒森峰は現在大会連覇中で、余計な事をしている暇が無いと断られたそうだ。

 

「P1、P2北上しろ。P3、何をしている!?」

 

狭い戦車の中、絶え間なく入ってくる情報を頭の中で組み立てながら指示を飛ばす、これだから実戦は怖い、イレギュラーがあるし、卓上演習と違って考えさせてくれる時間を与えてくれない。

 

だからそう、仕方なく、本当に仕方なーく。

 

『崖が崩れ…きゃあああああ!?』

 

『そんな、建物が…!?』

 

『牛が、牛がぁぁぁぁ!?』

 

利用出来る物は全て使って勝ったよね。

 

使える物は全て使って勝ったよね。

 

継続指揮ではゲリラ戦と局地戦でまともには戦ってやらなかった、相手のプライドズッタズタだろう。

 

アンツィオ指揮ではノリと勢いで終始こちらのペースでやらせて貰った、相手のプライドガッタガタだろう。

 

プラウダ指揮では全力ですり潰してやった、相手のプライドボッロボロだろう。

 

楽しく卓上競技で満足してたのに、場外乱闘に持っていこうとする相手につい本気で対抗してしまった。

 

だがこれで煩い人も黙るだろうと安心した所で、予想外のレバーブローが俺を襲った。

 

「西住流のお嬢様と、お見合いする事になったわよ!」

 

嬉しそうな黒森峰卒業生の母の言葉に、呆然とするしかない俺、現在14歳。

 

西住流のお嬢様と言えば、戦車道の名家であるあの西住流のお嬢様である。

 

確か二人居て、どちらとも卓上演習の大会で戦った事がある。

 

姉は西住流の教えを体現した実に堅牢な布陣で攻撃を行ってくる強敵。

 

逆に妹の方は、西住流とは思えない奇抜な作戦を展開するある種の天才だった。

 

俺が頭脳をフル回転させて対応しないと行けない相手と言えば、その凄さがわかるだろう、まだ小学生だった相手にである。

 

俺も小学生だったが。

 

そんな凄い名家のお嬢様と、何がどうなってお見合いなんて話にハッテンしたのか、これが分からない。

 

あれよあれよと話は進み、俺は熊本まで遥々やってくる事になった。

 

熊本の少し田舎と言うか、日本の原風景的な景色の中、どどんと居を構える西住家。

 

出迎えたのは、大会で何度か挨拶をした西住流のしほさん。

 

その後ろに隠れている、確か妹の方のみほちゃん。

 

案内された部屋には、中学の制服を着たまほちゃんが、静かに待っていた。

 

付き添いの母は、憧れの西住流のしほさんに逢えた反動でテンションが高い。

 

お互いの自己紹介が終わると、それじゃ後は若い子同士で…と、速攻で二人にされてしまった。

 

「………あの、ご趣味は…」

 

「戦車道を少々…」

 

そんな会話をぽつぽつと続けてみるが、致命的に会話が弾まない。

 

元々俺は語る方ではないし、相手のまほちゃんも口数の多い方ではない。

 

無言の時間が過ぎていく、そしてまほちゃんの顔色が悪くなっていく、これはあれだ、お見合いの方が失敗してしまうと心配してるのだろう、恐らく、たぶん。

 

何せお見合いの話は西住家から来た話なのだから。

 

正直、ちょっと卓上競技が強い位で俺のような平凡な男子を家に入れたいと思うとは考えられないが(自分の美貌と能力をまだ見誤っている奴の思考である)

 

「あの…長野さんは…その…」

 

「……あの、少し外に行きませんか?」

 

「…え?」

 

「俺達はまだ子供です、なら子供は子供らしく、お互いの事を知るのが一番ですから」

 

そう言って俺はまほちゃんを部屋から連れ出した。

 

何か乗り物はあるかと聞くと、流石戦車道の名家、II号戦車があると言われて一瞬固まったのは内緒だ。

 

車庫の戦車のもとへ行くと、その戦車に座って寂しそうにしている妹のみほちゃんの姿。

 

あれか、大好きな姉が俺の様な男に取られてしまうからと寂しがっているのだろうか。

 

「西住さん、妹さんも一緒に連れて行きましょう」

 

「あ、はい…でも、どこへ?」

 

「お二人の思い出の場所、遊んでいる場所、何処でも良いんです」

 

「お姉ちゃん…?えと、長野さん…?」

 

「俺達はまだ子供です、子供は子供らしく、遊んで仲良くなりましょう」

 

そう言って、俺はII号戦車に登り、二人を誘う。

 

最初は戸惑い、姉妹で見つめ合った二人だが、やがてクスクスと笑いだし、そして戦車に乗り込み始める。

 

操縦はまほちゃん、装填手席にみほちゃん、そして俺が車長の場所に座らせて貰った。

 

生憎、戦車の操縦は経験無いんだ…。

 

そして熊本ののどかな田園風景をII号戦車で走り回るという若干俺の感覚からするとシュールな映像。

 

だが、車長の席から見る熊本の風景は最高だった。

 

戦車道が女性の競技である事を恨めしく思う位に。

 

途中、二人がよく寄ると言う駄菓子屋に寄り、お菓子とジュースを買い、二人がいつも遊ぶと言う小さな公園へ。

 

姉妹との会話はもっぱら戦術指揮の話だが、まぁ妙なお見合いを続けるよりは有意義な時間だった。

 

公園で他愛ない遊びに興じ、やっと二人の笑顔が見れた。

 

日が傾いてきたので西住家に戻ると、しほさんと母が苦笑して待っていた。

 

「すみません、自分はまだ子供なので、お見合いより遊ぶ方が楽しくて」

 

悪びれもせずそう言う俺に、母は頭を抱えたが、何がツボだったのかしほさんはクスクスと笑い、今はそれでいいでしょうと俺たちの行動を許してくれた。

 

また大会で会いましょうと姉妹に別れを惜しまれ、俺は母と自宅へ。

 

「西住家とのお見合いは終了…後は…」

 

と、手帳を片手に数え始める母に、戦慄する俺。

 

まさか、西住家だけじゃ…ない…?

 

そんな俺の問い掛けに、母はそれはそれは素敵な笑顔で頷いてくれた。

 

俺の人生、ヤベーイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数年、色々と…本当に色々とあった。

 

実戦指揮した関係で、プラウダやアンツィオから特待生として入学しないかという話が来るわ(女子校を理由に断ったが)

 

自称許嫁が出てくるわ、男から襲われそうになるわ、戦車道をやらないかと勧誘されるわ…。

 

いい加減うっとおしくなった俺は、進学先を戦車道をやっていない、かつ外の情報が入り難い、つまり俺を知らない人が多い学校…学園艦に決めた。

 

とは言え学園艦の殆どが戦車道をやっており、かつ男子校は背後が怖いので却下。

 

その中で残ったのが、現在俺が通う大洗学園だった。

 

元は女子校だったのだが、俺が進学する際に男女共学になったので、男子の数は少ない。

 

そして大洗と言う地理上、内陸地出身の俺の事を知る人は少ない、筈。

 

高校デビューとして地味なメガネとマスクを装備。

 

今までが目立ちに目立った人生だったので、そろそろ地味に生きたいのだ。

 

卓上競技も、街の片隅にあるお店で、暇な老人達と勝負する程度で良いのだ。

 

いざとなればネットもあるし。

 

そんな訳で、特にこれと言って目立つ事のない日々を…日々を…。

 

「送っていた筈なのに…何故こうなった…」

 

「なにブツブツ言ってるのよソーシャ!カチューシャの華麗な指揮をちゃんと見てなさいよね!」

 

俺は今、カチューシャと名乗る小さな女の子…信じられない事に一つ上の先輩でもある。

 

彼女が指揮するKV-2に同乗して、戦局を見守っている状態だった。

 

現在行われているプラウダ高校VS聖グロリアーナ女学院との親善試合、それに名誉監督という立場で参加していた。

 

ことの発端は、例の場外乱闘こと高校生指揮による学校対抗戦。

 

あれで俺は6個の学園と縁が出来てしまった。

 

そしてその内二つであるプラウダとグロリアーナから、是非観覧に来てくれと催促。

 

もう俺は戦車道とは縁がないのでと断ったのだが…カチューシャとその腹心であるノンナから何度も何度も電話とメールが。

 

更にグロリアーナのダージリンから格言が届くが、こちらはスルー。

 

アッサムさんから「あまり苛めないであげて下さい」とメールが来た、相変わらず苦労してるようだ。

 

「各員、ソーシャが見てるのよ、みっともない所を見せたりしたらシベリア送りよ!逆に活躍した子にはレーニン勲章よ!」

 

『暗い部屋で補習、活躍した場合は長野さんのプロマイド進呈だそうです』

 

『『『『『『Ураааааааа!!』』』』』』

 

戦車道の選手にとって、俺という存在はアイドル並に人気があるらしく、特に俺が指揮したプラウダ・アンツィオ・継続ではポスターやらプロマイドやらDVD(!?)やらが売られているらしい。

 

恐ろしい話だ。

 

盤上のプリンス・卓上の帝王・戦場の魔術師、そんな渾名が俺には付けられている。

 

どれも俺には不似合いな名前ばかりだ、と言うか卓上の帝王って馬鹿にされてる気もする。

 

カチューシャの激に気合を入れるプラウダのメンバー達だが、前者が嫌なのか後者が目的なのかで俺の中の評価が変わる所だ。

 

対するのはグロリアーナ、今のダージリンになってから強固な装甲と連携力を活かした浸透強襲戦術を得意とする学校だ。

 

戦況は五分…いや、少しプラウダが押されているか。

 

「カチューシャ、この地点に2両向かわせると良い」

 

「…なるほど、流石ソーシャね!ノンナ!」

 

『はい』

 

地図を見せながら告げた言葉に、即座に理解を示したカチューシャは副官であるノンナさんに指示を飛ばす。

 

西住姉妹と言いカチューシャと言い、子供とは思えない理解力なので助かる。

 

あぁ、カチューシャは年上だったか…。

 

親善試合の結果はプラウダの逆転勝利、これにはダージリンもハンカチ咥えて悔しそうにしている…優雅さは何処へ行ったんだお嬢様。

 

「ズルいですわ、長野さんを取られたら勝ち目なんてありませんわ!」

 

「ふっふーん、ソーシャはカチューシャの物なんだから、ズルくなんてないわ!」

 

「終わったなら帰っても良いかな、ノンナさんアッサムさん…」

 

言い合いをする二人を横目にそう告げるが、俺の両手をそれぞれ確保しているノンナさんとアッサムさんは涼しい顔で左右に頭を振る。

 

「この後プラウダでの歓迎会が待っていますよ」

 

「勿論、グロリアーナのお茶会もあります」

 

そう言って腕を更に絡ませてくる…やめてくれ、それは俺に効く。

 

あぁ、大洗に帰りたい、なんの柵も無い大洗で平和に学生生活を送りたい。

 

あんこう食べたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年生になった。

 

高校生デビューに成功した俺は毎日地味に生きている、時々街の将棋会館に行って老人相手に勝負したり、囲碁教室行ってなんかやたら強い少年相手に勝負したり、母からのお見合い話を断ったり。

 

地味な眼鏡君として生活しているので女子に騒がれる事も無い、これが大変ありがたい。

 

何せ前世は病院生活で同年代の女性と触れ合った経験が皆無なのだ。

 

特にアイドルよろしくキャーキャー言われるのは非常に胃にクる。

 

中学時代はファンクラブまで作られて、まぁ大変だった。

 

一度女性に襲われそうになり、誘拐されかけた事から俺は戦車道の卓上演習から離れた。

 

流石に身の危険を感じてまでやりたくない、そもそも母の勧めでやっていた競技だしな…。

 

大洗では一人暮らしだが、これもまた楽しい。

 

前世の病院生活では出来なかった炊事洗濯、面倒な時もあるが基本的に楽しくて仕方がない。

 

今夜のおかずは何を作るか…そんな事を考えていたら何やらふらふらしている女子を発見。

 

「………大丈夫か?」

 

「……つらい」

 

俺の問い掛けにぼそりと答えて、朝は何故来るんだと恨みがましい言葉を吐き出す少女。

 

どうやらかなりの低血圧らしい。

 

見ず知らずの少女を抱えて登校とか、地味な生徒イメージからは掛け離れている。

 

故に見捨てるのが正解なのだろうが…流石になぁ。

 

「肩を貸すのと背負うのとお姫様抱っこ、どれが良い?」

 

「………背負うので」

 

今更だが危機感足り無さ過ぎだろうこの子。

 

背中に背負うと、女の子特有の柔らかさと暖かさ、そして仄かにいい香り。

 

俺の知ってる女性って基本鉄と油と硝煙の香りだからな…初めての体験だ。

 

それにしても軽い、軽すぎる…ちゃんと食べてるのか不安になる軽さだ。

 

「…すまんな、恩に着る……ぐぅ」

 

「寝るな寝るな」

 

いきなり寝の態勢に入る、本当に危機感の足りない子だ。

 

それともそれだけ信用されているのだろうか、いや無いな、こんな地味眼鏡君を信用するとか。

 

「冷泉さん!貴女朝から何してるのよ!?」

 

校門前で風紀委員に止められた。

 

「…うるさいぞ、そど子」

 

「そど子言うな!男子に背負われて登校なんて風紀違反よ!貴方も、冷泉さんを甘やかしちゃ駄目じゃない!」

 

親切したら怒られたでござる。

 

聞けば背中の少女、冷泉さんはもう200日以上連続遅刻をしているらしい。

 

今日は俺のお蔭で間に合ったのだが風紀委員的には遅刻扱いらしい、可哀想に。

 

「助かった、また頼む…」

 

そう言って自分のクラスにふらふらと行く冷泉さんを見送り、後ろを振り返ると。

 

「あ…」

 

「ほぅわぁ!?」

 

西住妹ことみほちゃんと目が合った。

 

アイェェェェ、みほちゃんナンデ!?

 

思わず変な声が出てしまった。

 

「その声…やっぱり長野さん!?」

 

「み、みほちゃん…なんでここに!?」

 

母の話では黒森峰に入学したと聞いたのに。

 

「それは…その…あの、長野さんは、去年の戦車道大会、見てないんですか…?」

 

「大会…?プラウダが勝ったとしか知らないが…何かあったのか?」

 

「い、いえ!知らないなら良いんです!でも良かったぁ、私一人でこっちに引越して来たから、知り合いが居てくれて…」

 

俺は知り合いが突然やってきて焦ってるけどね!

 

「長野さん、そんな瓶底眼鏡するほど目が悪かったんですか…?」

 

「いや、これはその…視力矯正用と言う奴でね」

 

嘘です、本当は度の入ってないなんちゃって瓶底眼鏡です。

 

「そうなんですか…ふふ、素顔の長野さんしか知らないからなんだか不思議な感じです♪」

 

「ハハハハ…この事は内密に」

 

一年間のイメージと言う物が俺にはあるんだ。

 

そんな俺の心配を知ってか知らずか、みほちゃんはそのまま自分の教室に入っていった。

 

朝から疲れた…しかしみほちゃんがわざわざ転校する程とは…何かあったのか。

 

そう思って携帯を取り出して検索。

 

理由は一発で分かった。

 

プラウダ戦で味方戦車が激流に落ち、それを助けに行った為にフラッグ車が無防備になり、その結果黒森峰の連覇が途絶えたのだ。

 

大変だっただろう、転校する程の事態なのだから。

 

これは彼女の前で戦車道の話はご法度だなと思い、そもそも俺も戦車道からは離れたい生活なのを思い出し丁度いいと言う結論になった。

 

 

 

 

 

 




主人公はルルーシュの頭脳とスザクの肉体を足して割ったような化物です(´・ω・`)


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そのに

(´・ω・`)ガルパンはいいんだぞぉ(ねっとり


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みほちゃんとの予期せぬ再会から半日、食堂で昼食の時間。

 

元女子校と言う事で本当に女子が多く、男子は肩身が狭い思いを強いられている(集中線

 

まぁ女子が多い事で浮かれている1年生が多いが、一ヶ月もすれば今の2年生のように大人しくなるだろう。

 

今日も今日として隅の方で地味に食事を、と思っていたのだが。

 

「あ、長野さん!一緒にお昼食べませんか!」

 

いやん、目をキラキラさせたみほちゃんに捕捉されてしまった。

 

それだけならまだいい、相席しているクラスメイトらしき女子が2名居るではないか。

 

その2人は突然見知らぬ男子をお昼に誘うみほちゃんの姿に驚いているし。

 

「紹介しますね、今日お友達になった武部 沙織さんと五十鈴 華さんです」

 

「え、えっと、こんにちわ」

 

「こんにちわ、みほさんのお友達の方ですか?」

 

俺の返答を聞かずに、相席の女子2人を紹介してくるみほちゃん、君何時からそんなぐいぐい来る子になったの…?

 

武部さんの方は何やら慌て、逆に五十鈴さんの方は平然としている。

 

「初めまして…長野 叢真です」

 

「あ、あの!2人はどんな関係なのかな!?」

 

興奮気味に聞いてくる武部さん、恋愛事に飢えているのか鼻息が荒い。

 

「なんと言えば良いか…子供の頃からの顔見知りと言うか」

 

戦車道卓上演習の大会で顔を合わせる程度の関係…あと姉とお見合いした男と言うアレな関係か。

 

どちらも詳しく言うと俺の過去に直結するので濁すしかない。

 

「へー、幼馴染って奴かー」

 

「そこまで親しい訳じゃないんだけどね…」

 

武部の言葉に照れながら答えるみほちゃん、幼馴染と言うには関係が薄いしな。

 

「どうぞ、一緒にお昼にしませんか」

 

そう言ってみほちゃんの隣を示す五十鈴さん、迷ったが断ってみほちゃんを落胆させるのは避けたいので、恥を忍んで相席させて貰う事に。

 

「長野君って同級生だよね、あんまり印象無いけど何組なの?」

 

「沙織さん、失礼ですよ」

 

「そうだよ、今はこんな眼鏡してるけど長野さんの素顔って「みほちゃんストップ!」ほえ?」

 

俺の素顔のことを口走りそうになるみほちゃんを慌てて止める。

 

「みほちゃん、君がここに転校してきた様に、俺も理由があってこの眼鏡なんだ…どうか、内密に…ね?」

 

「あ…う、うん…知ってたんだ…?」

 

「気になって調べたら直ぐに出てきた、後は想像すれば…ね」

 

「ちょっとちょっとぉ!二人してなんの内緒話なの?あやしいんだけどー!」

 

急に内緒話を始めた俺達を、興奮気味に問いただしてくる武部さん。

 

五十鈴さんはあらあらと何やら楽しそうである。

 

「な、なんでもないの!ね、長野さん!」

 

「うんむ、何でも無い、何でも無いんだ」

 

「あやしいなーあやしいなー」

 

その後、食事が終わって俺がその場を離れるまで、武部さんの疑惑の視線に晒される俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

クラスの男子の会話から、女子の履修科目に戦車道が復活になったと聞こえて思わずむせる俺。

 

そんな馬鹿な、廃止されてから20年は経っているのになんで今更…。

 

とは言え戦車道が復活したからと言って、俺の事が知れ渡る訳ではない。

 

逆に心配なのは、俺と同じで戦車道から逃げてきたみほちゃんである。

 

どうやら生徒会が戦車道復活に並々ならぬ力を入れているらしく、経験者を大々的に募集しているとか。

 

もしみほちゃんの事が知られればスカウトに走るだろう、何かと無茶をやるここの生徒会の事だ、脅しくらい余裕で掛けてくる事は予想も簡単だ。

 

と、他人の心配をしていたら、その生徒会から呼び出しを受けた。

 

嫌な予感しかしないまま出頭したら、相変わらず干し芋食ってる会長がニンマリと笑って口を開いた。

 

「長野ちゃーん、ちょっと戦車道のコーチやってくれない?」

 

嫌な予感的中。

 

「意味が分からないのですが…」

 

「んー?なんでー?」

 

「俺は男ですよ?戦車道をやった事もない素人です、その素人にコーチとか…無理でしょう」

 

そう、普通の男なら戦車道をやる経験なんて無いのだ。

 

だから断れると思っていた。

 

だが、副会長の小山先輩が、封筒から何かを取り出し、デスクの上に広げた。

 

「ほぅわぁッ!?」

 

「ほっほー、その反応は珍しいねー、やっぱりこれ、長野ちゃんなんだー」

 

それは、俺の黒歴史。

 

例の6校で今だに販売されている、当時戦車指揮を行った俺の写真やDVD。

 

それが、デスクの上に広がっていた。

 

「な、何故これが大洗に…!?」

 

「んー、アンツィオ高校に行った時にお土産としてねー、いやー、同姓同名かと思ってたんだけど確信が持てたわー、かーしまー」

 

「はっ、失礼するぞ」

 

「ちょっ?!」

 

唖然としていると、広報の河嶋先輩に眼鏡を奪われた。

 

「ひゃー、写真通りの美形、なんで眼鏡なんかで隠せてるのか不思議だねー」

 

「わぁぁぁ、凄くカッコいい…勿体無いよぅ」

 

「貴様、本気でアイドルやった方が良いんじゃないか?」

 

三者三様の感想に、思わず片手で顔を隠す。

 

「と言うわけで、もし断るならこの写真を新聞部に掲載させて…DVDを全校放送しちゃおっかなー」

 

ねぇ、盤上のプリンスさん?と笑う、いや、嗤う会長。

 

そこまでバレているとなると、もう惚けるのは不可能。

 

「俺は男です…戦車道大会には参加出来ませんよ」

 

「大丈夫大丈夫、長野ちゃんには文字通り戦術指揮のコーチをお願いしたいだけだからさー。西住ちゃん、知ってるよね?西住ちゃん一人に全部任せるのも酷だと思ってさ~。彼女を助けると思ってお願いするよー」

 

ズルい話だ、ここで俺が断ればみほちゃんに負担が伸し掛かる。

 

俺とみほちゃんの関係がどこまで知られているのか不明だが、少なくとも俺が見捨てられない程度には親しい事は知られているらしい。

 

「俺が何かしたとして、勝てるとは限りませんよ」

 

「戦場の魔術師が言う言葉とは思えないねー、アンツィオの奇跡、あっちの学校で散々聞かされたんだけどなー」

 

「アンツィオは最低限の戦力が揃っていた、そして戦場と状況、相手の心理状態が合わさって導き出された結果です。だが今の大洗ではその最低限の戦力もない…そうでしょう?」

 

一年間通っているが、戦車のせの字も見たことがない。

 

いや、なんかやたら凄い自動車部の話は聞いたことがあるが。

 

「会長、ここまでして俺を引き入れようとしてるんです、当然理由があるんですよね」

 

「あるよー、全国大会優勝って言う理由がね」

 

「………優勝しなければ何かを失う、そう言う事ですか」

 

「…っ、何の事かなー、そんな大げさな話じゃないんだけど」

 

「なるほど、事は学校全体が関わる事と言う事ですか、それなら納得が行く」

 

「………なんで分かったのかな?」

 

理由は簡単である、言葉の端々に必死さが伺える事、河嶋先輩が苛立っている事、小山先輩の落ち着きの無さ。

 

それらを合わせて考えれば、生徒会、もしくは学校全体に不利益がかかる事態と言う事が予想出来る。

 

そして失うという単語を発した途端、全員の雰囲気が変わった。

 

これで確信を得た、それだけだ。

 

「……俺自身、この学校は気に入っています、やれるだけの事はやりましょう」

 

黒歴史を全校生徒にバラされる、それだけは避けないとならないし。

 

「その言葉が聞きたかったよ長野ちゃーん!」

 

そんな会長の言葉を背中に、俺は河嶋先輩から眼鏡を取り返し、生徒会室を後にした。

 

この分だとみほちゃん、既に巻き込まれてるな…心配である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、流石卓上の帝王、おっかないおっかない」

 

「私も、腰が抜けるかと思いましたよぉ~」

 

「下手なアイドル顔負けな美貌なだけに、余計に怖かったな…」

 

「よしよし、桃ちゃんよく耐えたね~」

 

「桃ちゃん言うな!」

 

「何にせよコーチと隊長の目処は立った、後は人数と戦車だねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車道の授業開始の日、今日もゾンビの如く歩く冷泉さんを背負い登校する羽目に。

 

憂鬱な気持ちで集合場所へ赴くと、そこそこの人数の少女達が集まっていた。

 

だが少ない、戦車の種類にも依るがこの人数では5両、多くて7両しか動かせないだろう。

 

そもそも、そんな数の戦車を今だに保有しているかも怪しいのだが。

 

「あれ…長野さん?どうしたんですか?」

 

「みほちゃんと同じで会長に脅されてな…」

 

俺に気付いたみほちゃんが話しかけてくる、すると他の女子も俺に気付いて男子がなんで?と言う視線で見てくる、ツラーイ。

 

「えー、長野さんも戦車道やるの?」

 

「いや、俺はコーチと言うか、マネージャー的な事をやらされると思う」

 

「コーチ…経験者なんですか?」

 

「経験者と言えば経験者なんだが…説明が難しいな」

 

「長野さんはね、卓上演習って戦車道の競技で何度も優勝してる凄い人なんだよ!」

 

武部さんや五十鈴さんの質問に困っていると、あっさりとみほちゃんが俺の事をバラす。

 

「へー、みほより凄いの?」

 

「私なんてもう何回も負けてるよー、勝てる人なんて私は知らないもの」

 

いかん、みほちゃんがどんどん俺のハードルを上げに上げて来ている。

 

そして何やらくせっ毛が愛らしい少女がキラキラした目で俺を見てくるのは、もしやバレているのだろうか。

 

やがて生徒会の3人がやってきて、戦車道を始める事を宣言。

 

例のくせっ毛の少女が戦車の種類を聞くが、そんな良い戦車が残っているとは考え難い。

 

倉庫の扉を開くと、案の定ボロボロな状態なIV号戦車が一台だけ。

 

だがみほちゃんはそんなIV号戦車に近づくと状態を確認し、行けそうだと判断したようだった。

 

しかしあれはD型か?ボロボロで良く分からんが。

 

一両だけでは話にならない、この人数では最低5両は必要だ。

 

「んじゃぁ皆で探そっか」

 

そんな生徒会長の言葉にざわつく面々、まぁ無いなら探すしか無いよな…。

 

武部さんが話が違うと落ち込んでいるが、会長にカッコいい教官を紹介すると言われて途端に元気になった。

 

教官って、戦車道なのだから女性では…いや、よそう、俺の勝手な予想で混乱させたくない。

 

飛び出していった武部さんと、その後を追う五十鈴さんとみほちゃん。

 

「長野さんも行こう?」

 

「あぁ…」

 

みほちゃんに誘われて俺も付いていく事に。

 

しかし会長、見事に俺の紹介をスルーしたな、1年生があの男の先輩なんだろうとチラチラ見てくるんだが。

 

まぁ良いか。

 

一路学園の駐車場へやってくるが、当然戦車なんて無い。

 

それより気になるのは木の陰からこちらをキラキラした目で見てくるくせっ毛の少女である。

 

移動すると付いてくるので、みほちゃんが意を決して話しかけ、一緒に行くことに。

 

秋山 優花里と名乗った彼女に、名乗り返すと、みほちゃんの事は知っているらしく嬉しそうに敬礼していた。

 

「俺は長野 叢真…「やっぱり!あの長野殿なんですね!?」――あ、あの?まさか…」

 

俺の事を知ってるのかと焦るが、彼女は目をキラキラさせて饒舌に話し始めた。

 

「5歳で卓上演習の大会に特別出場、優勝した上にその後も連覇を重ね、前人未到の公式戦20連覇を成し遂げた現代の孔明!そのあまりの強さと美貌から盤上のプリンス、卓上の帝王、戦場の魔術師と言う数々の異名を持つ不敗の天才!戦車道以外でもマルチな才能を発揮してギネス記録も多数持つまさに日本が生んだ奇跡!あぁ、まさか同じ学校に通えるなんて夢にも思いませんでした!」

 

「お、おう…」

 

俺の黒歴史を全部言われてしまった。

 

「えーっ、長野さんってそんな凄い人なのー!?」

 

「長野…長野…もしかして、将棋、囲碁、チェスの同時試合でプロ相手に勝利したあの長野さんなんですか?」

 

武部さんが驚いた様に叫び、五十鈴さんが俺の黒歴史をまた一つ穿り返した。

 

将棋と囲碁とチェスを同時に、それぞれのプロ相手に勝負するというテレビ企画で俺が勝利した事を言っているのだろう。

 

なんでそんな無茶な企画を受けた中学生の俺、そして勝ってる俺ェ。

 

「瓶底眼鏡なんてしてるから最初は分からなかったんですけど、やっぱり長野殿なんですねぇ!感激です、西住殿と長野殿、戦車道界の有名人にこうして会えてるなんて!」

 

秋山さんは好きな事になると止まらなくなる性格のようだ。

 

「ね、ねぇねぇ!長野さん、眼鏡取って見せて!私もテレビで見たことあるかも!?」

 

「いや、ちょ、やめ、やめてぇー!?」

 

抵抗虚しく眼鏡を奪われる。

 

いや、本気で抵抗すれば平気なんだが、女の子相手に乱暴な真似は出来ないので結局言葉での抵抗になるわけで。

 

「きゃーーーっ!すっごいイケメンっ!?なんでなんで、なんで隠してるの勿体無いー!!」

 

「あらぁ…確かに凄い美貌ですねぇ」

 

「でしょー、戦車道界隈じゃアイドル顔負けなんだよ長野さんって」

 

「あぁ、やっぱり私の目に狂いは無かった!感激です!」

 

あーもう滅茶苦茶だよ…俺は手早く武部さんから眼鏡を奪い返すと顔を隠す様に装着。

 

「アイドル扱いは苦手なんだ…察してくれ」

 

「あ…ご、ごめん…」

 

「すみません、はしゃいでしまって…」

 

「ごめんね、長野さん…」

 

「す、すみません!つい興奮してしまって…」

 

流石みほちゃんとその友人、俺が困っている事に気付いて直ぐに謝ってくれた。

 

「それより戦車を探そう」

 

「そ、そうだね、林の中とかかなぁ」

 

「行ってみましょう」

 

話を変える為に戦車探しへ。

 

林の中を進むと、五十鈴さんが鉄と油の匂いがすると言って歩き出す。

 

言われてみれば、確かに微かに鉄さびと機械油の匂いがするが…俺並の嗅覚とか凄いな五十鈴さん…。

 

進んだ先にあったのは38(t)…野ざらしの割には状態が良いな。

 

電話で生徒会に連絡、自動車部が回収するとのことだが…本当に何者だ大洗の自動車部…。

 

その後も無事に戦車が見つかり、5両が揃った。

 

しかしIV号戦車に38(t)戦車、八九式中戦車にIII号突撃砲F型、そしてM3中戦車リー…

 

「これ、売れ残りだな…」

 

「あ、あはは…」

 

見事に重戦車や使い勝手の良い戦車が無い、数も少ない。

 

これで戦車道をやれと言うのだから生徒会も無理難題を押し付けてくれる。

 

その後、教官がやってくるのに合わせ戦車の清掃が始まった。

 

全員が運動着に着替えて…失礼、約一名水着で、戦車を掃除する。

 

それをただ眺めていると非常に変態チックなので俺も掃除に参加する。

 

「ぶおっ!?」

 

が、突然の水が俺を襲う。

 

何かと思えば巫山戯た1年生が俺の方に水を向けてしまったらしい。

 

「あぁ!?」

 

「す、すみません先輩!」

 

「いや、気にしないでいい…」

 

だが顔面から浴びてしまった、眼鏡を外して髪を掻き上げ、水気を飛ばす。

 

「………ん?どうした?」

 

「せ、先輩…カッコいい…!」

 

「やだ、滅茶苦茶色っぽい…!」

 

「と言うかエロい、水に濡れてエロいよ先輩…!」

 

ハッ!?しまった、つい眼鏡を外してしまった!

 

素顔を見られた、慌てて眼鏡を付けて1年生の方を向くが…1年生だけじゃなく、バレー部や歴女チーム、と言うか全員が俺を見ていた。

 

「………見た?」

 

「「「「「見た」」」」」

 

「あははー、こうなったらもう長野ちゃんの事話しとくけど、実は長野ちゃんってねー」

 

そう言って、俺の改めての紹介が始まる。

 

数々の俺の黒歴史を語る会長と、恥ずかしさに悶て背中を向ける俺。

 

刺さる、歴女チームの「長野と言う事は、もしや長野業正の子孫!?」と言う言葉や、1年生の熱い視線。

 

バレー部の「スポーツも万能!?なら是非バレーのコーチも!」と言う期待。

 

背中にザクザク刺さりまくる!

 

「何をやってる、さっさと掃除を済ませないか!」

 

そんな状況を打破してくれる河嶋先輩の一言、助かった。

 

俺は視線から逃れるようにそそくさとIV号戦車の中に入り、掃除を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「散らかってるけど、どうぞー」

 

あの後、掃除が終わった戦車は夜通しで自動車部が直すらしいが…本当に何者なんだ自動車部。

 

そして帰り道、戦車くらぶなどに立ち寄りながら他愛もない会話をしながら気づく、なんで俺普通にみほちゃん達と居るんだと。

 

話題が丁度、みほちゃんの部屋に行くという話になったので、俺は遠慮させて貰おうとしたのだが。

 

何故か俺まで一緒に行く事になってしまった。

 

ボコられグマのボコだらけの部屋、女子の部屋に入るのって何気に初めて…あぁいや、何度かあったか。

 

入ったと言うより拉致された、と言うが、アレは。

 

部屋に入ってから早速夕飯の支度を始める、が、秋山さんは飯盒でご飯を炊こうとするわ、五十鈴さんは指を切るわと微妙に役に立たない。

 

自然と、コンタクトを仕舞う武部さんと目が合う。

 

「……長野さんは行ける?」

 

「任せろ、自炊歴は長い」

 

何せ1年以上自炊している上に料理は趣味だ。

 

お菓子作りだってお手の物である。

 

「それじゃ野菜の下処理お願い」

 

「肉じゃがで良いんだな、任せろ」

 

五十鈴さんから包丁とじゃがいもを受け取り、手早く皮むき。

 

コツは包丁の根本を使って剥くのだ。

 

「まぁ、お上手なんですね」

 

「一人暮らしが長いし、料理は趣味だからな」

 

「おー、これは予想外の戦力、よーし私も」

 

眼鏡を装着した武部さんが合流し、夕飯の支度を進める。

 

出来上がった料理を更に盛り付け、俺用の皿も用意してみほちゃんのデスクを借りる。

 

テーブルでは4人が限界だからな。

 

「と言うか、男子って本当に肉じゃが好きなんですかね?どうなんです長野殿」

 

「都市伝説じゃないんですか?ねぇ長野さん」

 

「あー、恐らく肉じゃがが好きってのは少ないだろうな。家庭料理で基本となる工程を殆ど含んだ料理が肉じゃがで、肉じゃがを美味しく作れる=家事が上手いって方程式が男の中に出来上がってるんだろう。一種の目安だな、肉じゃがを作れる女性なら他の料理も美味い筈だっていう考えが根底にあるんだろう」

 

実際俺は肉じゃがよりカレーが好きだと話すと、そっかぁと落ち込む武部さん。

 

いや、美味しいぞこの肉じゃが、自信を持つと良い。

 

「ほんと!?やったー、イケメン王子のお墨付きだー!」

 

「頼むから、イケメン王子とかは辞めてくれないか…」

 

1年生からの渾名が王子になっていると言う衝撃の事実に、俺はどこの野菜王子なんだと落胆。

 

そして料理を平らげ、どうでもいいが五十鈴さん俺並に食ってないか…?

 

マンションの前でみほちゃんと別れ、そして残りの3人を全員送っていく事に。

 

一応俺も男だ、遅い時間に女の子だけで帰す訳には行かないからな。

 

しかし、今日だけでかなりの人数に俺の素顔がバレたな…騒ぎにならなければいいが…特に1年生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




きっとたぶん主人公の化物並の体力は使われる事のない設定と化すな(確信


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そのさん

掲示板形式の書き方が一番難しかった…私の技量ではこれが限界でごわす(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……眠い」

 

「せめて起きろ、起きててくれ」

 

今日も今日とて冷泉さんを背負って学校へ向かう俺。

 

今日は少し遅れての登校、昨日遅くまで戦車道関連の資料を漁っていたから少々寝坊気味だ。

 

「あれ…どうしたの長野さん」

 

「みほちゃん…?いやその、これには訳が…」

 

ジーザス、知り合いに恥ずかしい場面を見られてしまった。

 

「……知り合いか」

 

「あ、初めまして、幼馴染の西住みほって言います」

 

冷泉の言葉にペコリと頭を下げて挨拶するみほちゃん、と言うかもうみほちゃんの中では俺は幼馴染枠なのね。

 

「……冷泉麻子だ…」

 

「どうしたんですか、冷泉さん、体調悪いんですか?」

 

「ただの低血圧だそうだ、ただ致命的に動きが悪いから俺が連れて行かないと遅刻する」

 

と言うか今日は遅刻だな、それを言ったらみほちゃんもだが。

 

「大変そうですね…あ、荷物持ちますよ」

 

「すまない…」

 

冷泉さんから荷物を受け取って一緒に歩き出すみほちゃん、放っておいて先に行けば間に合うだろうに、本当に困っている人を見捨てられない良い子だ。

 

だからこそ、戦車道でもチームメイトを助けに走り出してしまったのだろう。

 

俺の指揮官としての面は危険で勝手な事をと怒るが、長野叢真としての面はそれでこそみほちゃんだと褒めている。

 

だがどちらにせよ、ロープもなしに川に飛び込むとか心臓に悪い事この上ない。

 

校門前で案の定風紀委員に怒られる俺達、次から冷泉さんは置いて行けと言われるが、今更だしなぁ。

 

「…すまなかった、この借りは返す…」

 

そう言って教室へふらふらと歩いていく冷泉さんを見送って、俺とみほちゃんは戦車倉庫の方へ向かうのだった。

 

幸いにしてまだ教官は来ていない。

 

履修メンバーがそれぞれ待つ中、1年生チームが近づいてきて、おずおずと話しかけてきた。

 

「あ、あのぉ、長野先輩…」

 

「どうした?」

 

「ごめんなさいぃっ!」

 

「本当にどうした!?」

 

いきなり眼鏡の子に勢い良く頭を下げられて慌てる俺。

 

すると彼女は頭を下げたまま携帯を差し出してきた。

 

画面には、何やら掲示板の内容が書かれている。

 

何々…?

 

 

 

 

【長野】どんな人なの?【叢真】

 

1:名無しのあやや

なんか凄い人らしいけどどれだけ凄いの?

教えて下さい><

 

2:名無しの戦車乗り

長野さん知らないとかにわか乙

 

3:名無しの戦車乗り

俺も詳しく知らないけど何かテレビに出てたよな、どっかのアイドルかなんか?

 

4:名無しの戦車乗り

>>1 >>3

ウィキ見てこい、話はそれからだ

 

5:名無しの戦車乗り

ウィキとかww情弱乙ww

 

6:名無しの戦車乗り

>>5 お前が情弱である事はよく分かった

 

7:名無しの戦車乗り

見てきた。なんだこのバケモノ…

 

8:名無しのあやや

えーと、簡単に言うとどんな人なんですか?

 

9:名無しの戦車乗り

・今孔明の再来、盤上の支配者、戦場の魔王、他数々の異名を持つ現在高校二年生(ここ重要

・5歳で戦車道卓上競技で優勝、その後も連勝を重ねて前人未到の20勝、同時期に将棋・囲碁・チェスなどのアマチュア卓上競技で優勝

・あまりの強さに大人部門に特別参加、そして優勝。当時の全国大会優勝者や世界大会強化選手にすら勝利。

・卓上競技で負けた連中が実戦なら負けないと騒いだ為に、高校生を率いて戦車道の実戦で勝負する事に。

・継続・プラウダ・アンツィオを率いてマジノ女学院・サンダース付属・聖グロリアーナに完全勝利する。

・この為、この6校ではアイドル以上ネ申並の扱いを受けている。

・この前の戦車道大会でプラウダが勝てたのは長野氏の指導と助言があったからとも言われている。

・黒森峰のフラッグ車の車長が川に落ちた仲間を助けに行ったのが敗因と言われてるが、もうあの時点で黒森峰は追い込まれててどうしようもなかった。

・戦車道で神がかった強さを見せるが、将棋や囲碁、チェスでも神がかった強さを見せ、卓上競技では公式戦無敗。

・将棋・囲碁・チェスを同時にプロと対戦して全て勝利するというギネス記録を持っている。

・また、身体能力も優れていて、中学時代に日本記録を様々な競技で達成している。

・コツは朝起きて牛乳飲んで体操して牛乳飲んで全力で楽しんで牛乳飲んで確り休んで牛乳飲んで寝る事だと冗談交じりに発言。

・ちなみに10人中10人がイケメンと認める美貌の持ち主、中学時代にそれが原因でストーカーに誘拐されかけた。

 

10:名無しの戦車乗り

マジ物のバケモノじゃねーかw

 

11:名無しの戦車乗り

牛乳ってルーデルかよw

 

12:名無しの戦車乗り

なお最近は戦車道から離れていて、メディアへの露出も全然していない模様。

 

13:名無しの地吹雪

ソーsy…叢真なら名誉監督として偶にプラウダに顔を見せているわよ!

 

14:名無しの戦車乗り

まじかよ、プラウダ羨ましすぎるだろ…

 

15:名無しの戦車乗り

俺、彼女とアンツィオ行った時に戦車道の練習を指示してるイケメン見たぞ、何か鉄板ナポリタン美味そうに食ってたから記憶に残ってる

 

16:名無しの戦車乗り

テレビに出てないだけでまだ戦車道は続けてるんだな、男なのに凄いな長野…

 

17:名無しのブリザード

>>16 さんを付けろよデコスケ野郎

 

18:名無しのあやや

えーと、つまり…?

 

19:名無しの戦車乗り

生きる神話、戦車道やってる人間の王子様、深刻な人間離れ

 

20:名無しの戦車乗り

生写真とか高値で売り買いされてること考えると、本当に生きる伝説だよな…これでまだ高校二年生とか…

 

21:名無しのあやや

生写真…こんなのあるんだけど http://uploader.com/114514810931

 

22:名無しの戦車乗り

うおおおおおお!?長野叢真の生写真!?しかも体操着で水濡れとかどこの雑誌の袋とじだよこれ!?

 

23:名無しの地吹雪

良くやったわ>>21!レーニン勲章物よ!

 

24:名無しのブリザード

хорошо!!

 

25:名無しの紅茶

保存ですわ!即保存ですわ!

 

26:名無しの戦車乗り

しかしどこの学校の戦車道部だここ?なんかショボい戦車が写ってるけど

 

27:名無しの戦車乗り

>>26 屋上 IV号戦車を馬鹿にするとか許されざるよ

 

28:名無しの戦車乗り

>>26 屋上 八九式中戦車を馬鹿にするとか許せないであります!

 

29:名無しのブリザード

そんな事より、何故この様な写真が取れたのかが気になりますね

 

30:名無しの戦車乗り

それもそうだな、>>21の奴隠し撮りっぽいけど

 

31:名無しの戦車乗り

盗撮とか許されざるよ!いいぞもっとやれ!そしてうpするんだ!

 

32:名無しの戦車乗り

ハイクを読め。カイシャクしてやる

 

33:名無しのあやや

盗撮じゃないです!私長野先輩の後輩ですから!

 

34:名無しの戦車乗り

なんと、後輩とかうらやまけしからん

 

35:名無しの戦車乗り

おいは(疑って)恥ずかしか!

 

36:名無しの戦車乗り

>>35どん!

 

37:名無しの戦車乗り

介錯しもす!

 

38:名無しの戦車乗り

笑うたこと許せ

 

39:名無しの戦車乗り

合掌ばい!

 

 

 

 

 

 

………えーと、なんだこのスレ…

 

「先輩の写真、流出させちゃいましたぁ…」

 

泣いている眼鏡の後輩…確か大野 あやだったか。

 

いつの間に撮ったのか、俺が眼鏡を外して顔を拭っている写真、しかも腹筋チラ見え水濡れスケスケというアレな写真を、ネットにアップしてしまい、それが多数の人に流出してしまった事で泣いているようだ。

 

現在はアプロダから削除したが、複数の人が保存してしまったらしい。

 

まぁ…この程度なら軽い方か。

 

「一応プライバシーの侵害だが…まぁ、個人情報が特定される情報じゃないから良しとするか…」

 

全盛期(中学時代)はもっとガバガバだったしな、俺の個人情報…。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい先輩、処刑しないで下さいぃ!」

 

「するか!俺は何処の暴君だ!」

 

「ま、まぁまぁ長野さん、悪気があった訳じゃないんだし…ね?」

 

みほちゃんに宥められる、まぁ話の流でポロッと出してしまったのだろうしな、注意だけで済ませるが。

 

しかし、俺って今だに有名なのな…しかも戦車道続けてるように思われてるし。

 

俺に許された事で大野は他の1年生達から良かったねー、もう迂闊な事しちゃ駄目だよと澤 梓に注意されている。

 

「ね、ねぇねぇ、長野さんの写真、私の携帯に転送してくれない?」

 

「武部さんンンン!?」

 

「あ、あははー、記念、ちょっとした記念に、ね!」

 

ね!じゃないが。

 

そんな事を話していると、大洗の上空を輸送機が飛行していく。

 

嫌に低空飛行だと思ったら、輸送機から戦車が投下され…学園長の車に衝突。

 

しかもバックで出てきた戦車に踏み潰されて完全に潰されてしまった。

 

あれも連盟から補償金が出るのだろうか…。

 

そして戦車から顔を出したのは…何度か見たことがあるな、確か蝶野 亜美さんだ。

 

メンバーが整列する前に立つ蝶野さん、何度か卓上演習で戦った事があるが、西住流の戦い方をする人で戦い易かったのを覚えている。

 

挨拶もそこそこに、みほちゃんの事を見つけた蝶野さん…教官と呼ぶか、教官が親しげに話しかけるが、みほちゃんの表情は暗い。

 

そこで西住流が戦車道の家元で、有名な家系であることを説明する教官、当然他のメンバーからは驚きが上がるが。

 

「あの、西住流と長野叢真さんとじゃどっちが凄いんですか?」

 

宇津木君ンンンン!?

 

「それは勿論西住流よ!…と言いたい所なんだけど、長野君は個人で西住流を超える域に居る凄い子よ。でもどうして長野君が出てくるのかしら?」

 

その蝶野教官の問い掛けに、全員が後ろに並んでいた俺を見た。

 

「ん?んんん~?もしかして…長野君?」

 

「あ、あはははは…お久しぶりです蝶野さん…」

 

諦めて俺は眼鏡を外すと、蝶野さんはやっぱり長野君じゃない!と嬉しげにやってきて肩を叩いてくる。

 

「ここ最近全然話を聞かないから本当に海外留学してるのかと思ったわ、大洗に居たのねー」

 

「えぇ、まぁ…」

 

「それで、ここに居るって事は…コーチか監督役って事かしら?」

 

流石の教官、鋭い。

 

「あの、教官!教官って長野さんと親しいんですか!?」

 

武部さん、唐突に何を…?

 

「んー、親しいと言えば親しいわね、私が唯一落とせなかった相手だからね」

 

そう言って悪戯っぽく笑う教官、色めき立つ生徒達。

 

なんて事を言うんだこの人は…。

 

その後、秋山さんの質問に実戦練習を行うと宣言する教官。

 

まともな操縦方法を教えずにとは…相変わらず脳筋である。

 

戸惑いながら戦車へ乗り込んでいく生徒達。

 

みほちゃんたちのIV号戦車がバックして倉庫の扉に衝突しそうになるが、何とか進み始める。

 

せめて操縦方法位は教えた方が良いんじゃないかと思うが…俺も詳しい訳じゃないしなぁ。

 

「長野君は私と観戦よ。流石に初心者に貴方の指示は無理だからね」

 

「いえ、初心者にいきなり試合させるのも無理があると思いますが…」

 

「戦車道ってのは、ガーッと行ってバンと撃ってズガンと行くのが良いのよ!」

 

擬音ばかりでわかりません教官。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習試合は、見ている方がハラハラする展開だった。

 

途中、授業をボイコットしていた冷泉さんがIV号戦車に拾われるハプニングがあったり、五十鈴さんが気絶するアクシデントなどがあったが。

 

最終的にはみほちゃんの指示と、冷泉さんの活躍でバレー部チームと歴女チーム、生徒会チームを撃破。

 

1年生?自爆してたな。

 

こうしてみほちゃんチームの勝利で練習試合は終了した。

 

いやはやしかし、冷泉さんがあんな見事な操縦をするとはなぁ…しかもマニュアルを読んだだけで。

 

俺でも似たような事は出来るが、天才ってのは居るもんだ。

 

みほちゃん達は学校のお風呂に入ってから帰るそうなので、俺は先に帰宅。

 

河嶋先輩が近く練習試合を他校に申し込むと言っていたが、復活したばかりの大洗と試合をしてくれる学校が果たしてあるだろうか。

 

サンダースの第3軍か、アンツィオ辺りなら勝負を受けてくれるかもしれんな。

 

継続…は隊長が行方不明になるから連絡取れない事多いしなぁ…。

 

プラウダは俺がお願いすれば受けてくれるかもしれないが、初心者ばかりの大洗チームでいきなりプラウダはキツいしな。

 

俺が直接指揮出来れば…それじゃ意味がないか。

 

こうして改めて考えると、コーチや監督ってのは歯痒い立場だ。

 

試合中は外部と無線で連絡を取る事が禁止されているからなぁ、監督やコーチは見ているだけしか出来ない。

 

事前にどれだけ情報を得て作戦を立案出来るかが鍵か。

 

一応集めてある情報がある学校なら良いんだが…。

 

 

 

 

 

 

 

練習試合を前に頭の痛い事態が発生した。

 

各チームが、みほちゃんチームを除いて、戦車を派手派手しくカラーリングしてしまったのだ。

 

歴女チームに至っては旗まで立っていて、III号突撃砲の車高の低さを殺してしまっている。

 

何がどうしてこうなったと頭を抱える俺と、止められませんでしたと半泣きの秋山さん。

 

だが、みほちゃんは戦車を玩具状態にしてしまっているのに、逆に楽しそうだった。

 

まぁ、黒森峰出身のみほちゃんからしたら、派手な化粧をした戦車なんて逆に新鮮なのだろうな。

 

しかしこれで練習試合するのか…相手がカチューシャなら大笑いしてくれること請け合いだろう。

 

サンダースならケイさん辺りはユニークだと好評だろうな、あの人何かとおおらかだし。

 

聖グロなら…面白そうな相手だと逆にワクワクする可能性あるな、ダージリンって割と楽しいこと大好きだし。

 

え、練習試合の相手が決まった?聖グロ?

 

……まさかのダージリンが相手か…やりようによっては勝てるな…。

 

とは言えこちらは初心者が殆どだからなぁ…イレギュラーが怖い。

 

果たしてどうなることやら…。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の水濡れシーンは同性からもエロいと言われる色気がありまぁす(ねっとり


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そのよん

この小説はほのぼのです


ほのぼのです



ほのぼのです



ぼのぼのです   ハイヤハイヤハッハッハッ


 

 

 

 

 

 

 

 

戦車での練習を行いながら、俺が求められたコーチとしての仕事を果たす毎日。

 

聖グロリアーナの戦車データをみほちゃんと各チームの車長に渡し、データを頭に叩き込ませる。

 

それと同時に、練習試合の開催地である大洗の町のデータも手に入れ頭に叩き込む。

 

相手は聖グロリアーナ、戦車は当然の如くチャーチルとマチルダⅡを投入してくるだろう。

 

そう言えばクルセイダー部隊の体制が整ってきたとか何とか言っていた気がするが…流石に練習試合には投入してはこないだろう。

 

問題はチャーチル、あれの装甲を抜くのは大洗の戦車では非常に難しい。

 

その辺りは実際に指揮を取る人間の判断に任せるしかないのだが…歯痒い。

 

大洗に勝ち目があるとすれば、河嶋先輩が提唱するようにキルゾーンに誘き寄せて履帯破壊を優先、そしてIII号突撃砲の砲撃で確実に撃破していくのが定石だが…不安だ。

 

「みほちゃん、もし河嶋先輩の作戦が失敗したら、大洗の街中へ逃げ込むんだ。ゲリラ戦を仕掛けて一両ずつ確実に仕留めていくしかない」

 

「そう…ですね、それしか相手の装甲を抜けませんもんね」

 

練習試合の内容は殲滅戦、最悪1年生達を逃してIII号突撃砲とIV号戦車で連携すれば撃破を狙える。

 

その事もきちんと作戦会議の時に説明してあるのだが…果たして上手くいくやら。

 

聖グロリアーナの学園艦が大洗に寄港した、相変わらず大きな学園艦である。

 

大洗の街は久しぶりの戦車道の試合に街中でお祭り騒ぎだ。

 

そんな騒ぎを横目に、俺は各チームが集合するのを港で待つ。

 

唯一の懸念だった冷泉さんはみほちゃん達が迎えに行くと言うので安心だろう。

 

そして試合開始前の両チームの顔見せと挨拶が行われる。

 

案の定、大洗の戦車達を見て楽しげに笑うダージリン。

 

まぁこの派手派手な塗装と装飾じゃなぁ…。

 

「あら?そちらのチームには男性が……あら?」

 

ダージリンの視線が、俺を見つけて止まり、そして動き自体が止まる。

 

どうやら俺の正体に気付いたらしく、顔色が一気に悪くなる。

 

俺の眼鏡姿は初めて見た筈だが良く気付いたな。

 

「な、ななな何故、長野さんがおりますのっ?」

 

「ダージリン様?どうしたんですか?」

 

1年生らしき生徒がダージリンの様子に首を傾げている。

 

そう言えば今年の1年生とは顔合わせしてないから俺の事を知らないんだな。

 

「お久しぶりですねダージリン、今日はよろしくお願いします」

 

「や、やっぱり長野さん!どうして大洗に…!」

 

「どうしても何も、俺の所属校ですから」

 

眼鏡を外しながらダージリンに話しかけると、彼女は露骨に動揺して焦りだす。

 

優雅さは何処へ行ったお嬢様。

 

「ま、まさか作戦指揮は長野さんがおやりになりますの…?」

 

「いや、俺はコーチ、監督役だから戦車には乗らない。試合も見守るだけだ」

 

「そ、そうですの…では、みっともない試合は見せられませんわね」

 

俺が相手ではない事に露骨に安堵するダージリン、そんなに俺の相手が嫌か。

 

……嫌だろうなぁ、聖グロは俺にトラウマがあり過ぎるし。

 

互いに礼をして試合開始場所へと移動を始める面々を見送り、設置された指揮所(と言う名の監督席)へと移動する。

 

ここからならモニターからの情報がよく見える上に、無線機も設置されているので緊急時の連絡のみ許されている。

 

さて…どんな試合になるやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は一方的な展開かと思われたが、みほちゃんが機転を利かせてバレー部と歴女チーム、1年生チームを引き連れて大洗の街中へ。

 

事前に俺が指示しておいた通り、1年生チームはヤバいと思ったら速攻で逃げ出してくれた。

 

初心者なのだ、試合中に戦車から逃げ出されるよりはよっぽど良い。

 

履帯が外れた38(t)を放置して追撃する聖グロ、取り零すとはダージリンらしくないな…。

 

その後は地元である大洗の街中で、地の利を生かして歴女チームがマチルダⅡを1両撃破、バレー部が立体駐車場を利用して攻撃したのだが、撃破にはならず。

 

やはりIII号突撃砲とIV号戦車でないと撃破は難しいか…まぁ街中を逃げ回るIII号突撃砲を撃破するのは難しい…と思ったら、例の装飾の旗が目立ちに目立って壁越しに砲撃され走行不能に。

 

だから旗は外せとあれほど…!

 

囲まれたみほちゃんチームだが、1年生チームが聖グロの背後からやってきて果敢に攻撃、同時に生徒会チームが履帯を直して横道から突撃、挟撃を行ったのだが、38(t)は砲撃を外し、1年生チームはバラバラの相手を狙って砲撃してしまい、返り討ちに。

 

だがここからが凄かった、みほちゃんチームの反撃にマチルダⅡは全滅、チャーチルとの一騎打ちとなった。

 

だが試合結果は大洗の敗北、チャーチルの装甲を抜けず撃ち負けてしまった。

 

結果は敗北だが、いい勝負だった、特にみほちゃん達と1年生チーム、初心者ばかりなのによく頑張った。

 

だが歴女チーム、君たちには山程説教がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変面白い試合でしたわ、これで長野さんが指揮していたらと思うとぞっとしますけど」

 

「光栄ですね、しかし良く勝負を受けてくれましたね」

 

大洗なんて大昔に戦車道をやめた学校との練習試合、得るものは少ないと思うが。

 

いや、彼女からしたら得るものはあったのだろう。

 

波止場に急遽用意されたテーブルと椅子、ティーセットにお菓子。

 

俺は聖グロリアーナのお茶会に呼ばれていた。

 

みほちゃん達は今頃あんこう踊りか…見られたくなさそうだったのでどこかで時間を潰そうとしたら丁度いい具合にダージリンからお茶会の誘いがあった。

 

当初は俺まであんこう踊りを踊るという話で進んでいたのだが、衣装の用意が出来ないと言う事で許された。

 

当然武部さん達からは恨めしそうに見られたが。

 

「長野さんが居らっしゃると知っていたら、もっと完璧な布陣で挑んでいましたわ」

 

新生グロリアーナの力をお見せするチャンスでしたのに、と残念そうなダージリン。

 

確かに、クルセイダー部隊が居なかったしな今回。

 

居たら果たしてどうなっていたやら。

 

「しかし、どうして大洗でコーチをおやりに?他の学校からも引く手数多でしょうに。勿論、我が聖グロリアーナもですが」

 

「殆どが女子校ですよ、特別入学とか冗談じゃない」

 

プラウダやアンツィオは学校全体で本気らしいが。

 

あと何故か家にBC自由学園からのパンフレットが届いたが、アレはなんだったのだろうか…。

 

「しかし長野さんがコーチをするとなると、大洗は油断出来ない相手になりますわね、今日の勝利も正直ヒヤヒヤしましたわ」

 

「勝てたと思ったんだがな…あの旗さえ…旗さえ…」

 

思わず旗を振り回して無双したい気分だ。           カチドキ!

 

「ふふ、長野さんに勝利した貴重な体験をさせて頂きましたわ」

 

「よし、次は俺が指揮を「お止めになって!?」――むぅ」

 

「意外と負けず嫌いなんですね、長野さんって」

 

オレンジペコ…今年から装填手を務めている優秀な1年生。

 

ダージリンが重用している事からその優秀さがわかる。

 

俺が聖グロのトラウマ、魔王と言われている長野叢真であると知ると、最初はビクビクして近づいてこなかった。

 

が、俺が彼女の入れた紅茶を褒めた事で安心したのか今は席に座ってくれている。

 

「大洗のデータは得られました、次はこうは行かないですよ長野さん」

 

「ではそのデータを過去の物にしてみせますよアッサムさん」

 

と言うかアッサムさん、テーブルの影で俺の手を握るの止めて下さい恥ずかしいから。

 

ダージリンやオレンジペコから見えないからって恋人繋ぎはやめて、それは俺に効く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お茶会から開放されて、大洗の港をダージリンから預かったバスケット片手に歩く。

 

あの後オレンジペコ(呼び捨てで良いと言われた)と写真を撮ったり、便乗しようとしたダージリンから逃げたりと楽しいお茶会だった。

 

「……長野さんか、何処行ってたんだ?」

 

波止場には冷泉さんが一人佇んでいた、どうでも良いが格好いいなそのポーズ。

 

「少し聖グロリアーナの知り合いとお茶会をな」

 

「そうか…長野さんはプレイボーイなんだな」

 

「失敬な」

 

俺ほどのヘタレはそうは居ないぞ。

 

言ってて悲しくなるので言わないが。

 

「みほちゃん達は?」

 

「あんこう踊りが終わってから別れたから知らないぞ。待ってるんだが…遅い」

 

もうすぐ大洗学園艦の出港時間だが、まだ戻っていないらしい。

 

何かあったのだろうかと思っていたら、みほちゃん達が人力車で送られて波止場へと入ってくるのが見えた。

 

何か人力車の車夫が泣いてるんだが、何があったんだ…。

 

「遅い」

 

「おかえり」

 

「ただいまー、もう麻子ってば夜は元気なんだからー!」

 

やってきたみほちゃん達と共に船に乗り込むと風紀委員が注意してくる、申し訳ない。

 

最上階まで上がると、1年生チームが待っていて、真っ先に逃げ出してごめんなさいと謝ってくる。

 

「いや、謝る必要は無い、俺が事前にそうしろと言ってあった事に従ったまでだ」

 

試合そのものから逃げられる可能性を考えて、事前に危ないと思ったら逃げろと伝えてあった。

 

初の試合でパニックになって戦車から飛び出してしまう新人ってのは意外と多いからな。

 

そうなる前に逃げる判断をしてくれて助かった。

 

「長野先輩…ありがとうございます!」

 

『ありがとうございます!』

 

「次は頑張ります!」

 

「絶対絶対、頑張ります!」

 

「あぁ、次は撃破を目指そうな」

 

庇って貰えたと思ったのだろう、俺にお礼を言って決意を新たにする1年生チーム。

 

これなら次からは戦力として期待しても良いな。

 

「ありがとう長野さん」

 

「曲がりなりにも監督だからな…そうだ、これをみほちゃんに。ダージリンからだ」

 

彼女から預かったバスケットをみほちゃんに手渡す。

 

中身は紅茶とティーカップ。

 

みほちゃん達を好敵手として認めたと言う証拠。

 

武部さんが手紙を読み上げ、嬉しそうに微笑むみほちゃん。

 

公式戦では勝ちたいと気持ちを新たにするのだった。

 

しかし公式戦か…上手い具合に抽選で強豪校と逸れればいいが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国大会抽選日。

 

抽選会場に集まる参加校の生徒達、その人数はかなりの数になる。

 

会場内はほぼ女子だらけだ、大会関係者以外はほぼ女子高生だけになる。

 

引率の教師なんかが居る程度だろう。

 

よって、男の俺には非常に居心地が悪い。

 

そして例の6校も全部参加しているので、下手に俺だとバレると騒ぎになるのは目に見えている。

 

なので、俺は会場に入らず外で待つことにした。

 

のだが。

 

「いやー、旦那が居るとは思わなかったなー。ほい、特製鉄板ナポリタン!」

 

「俺は一発でバレるとは思わなかったがな…そんなに分かりやすいかこの眼鏡」

 

「自分は旦那を見慣れてるから、髪型と雰囲気で一発でしたよ!」

 

髪型、髪型か…いっそオールバックにでもするかな次から。

 

しかし相変わらず美味いな鉄板ナポリタン。

 

と言うか。

 

「なんで抽選会の会場で出店やってるんだ、ペパロニ」

 

「なんでも何も、こんだけ人が集まるんすよー、稼ぎ時じゃないっすかー!」

 

いやまぁ、それはそうなんだが。

 

プロのテキ屋に混ざって君が料理してるの見たときは思わず二度見したぞ。

 

しかも目が合った次の瞬間には「おー!旦那、旦那じゃないっすかー!」と大声で手を振ってきた。

 

俺の眼鏡、知り合いには効果薄いのか…みほちゃんにもダージリンにもバレたし。

 

「商魂逞しいのは結構だが、抽選会は良いのか?副隊長だろう」

 

「そっちは姐さんとカルパッチョが行ってるから平気っすよ、自分はこっちで稼いで貢献って訳っす」

 

相変わらず健気な子である。

 

アンツィオは大洗に負けず劣らずの貧乏だから、ペパロニはよくこうしてお金を稼いでいる。

 

俺が指揮して聖グロリアーナに勝利した時は連盟から報奨金が出てその時は潤ったらしいが。

 

しかし良くまぁ相手が慢心全開だったとは言え聖グロに勝てたよな当時の俺。

 

「そんで、なんで旦那はここに?観光っすか?」

 

「俺はまぁ…ちょっとな」

 

抽選の結果によってはアンツィオと当たる事を考えると、あまり俺の状況を話すのは良くないな。

 

とは言えアンツィオはアンチョビと一緒に立て直したと言っても良い学校なので心苦しいが。

 

「そのちょっとが非常に気になるね…」

 

「俺は唐突に湧いて出たその神出鬼没さが気になるよ、ミカさん」

 

唐突に俺の背中に寄り添うように現れて、カンテレを弾くのは継続の隊長のミカさん。

 

よく行方不明になる事で有名な彼女だが、なぜか俺と遭う(誤字にあらず)時は必ず俺の背中を取ろうとする。

 

何、アサシンなの、俺命狙われてるの?

 

「お、旦那の知り合いっすか?」

 

「継続高校の隊長だ。抽選はどうしたんですか、まだ終わってないでしょうに」

 

「抽選、それは私達の再会よりも大切な事なのかな」

 

大切だよ、少なくとも戦車道やってるならかなり大切だよ抽選。

 

さてはアキちゃん達に任せて逃げてきたなこの自由人。

 

「偶にはアキちゃん達の手を煩わせずに…こら、説教聞きたくないからって俺の鉄板ナポリタン食うな食うな!」

 

「ん…少し味が濃いかな」

 

「人のを食っておいて批評とか本当に自由人ですね!」

 

「あっはっはっは、旦那用特製ナポリタンだからな!旦那用の特別な味付けなんだよ!」

 

初耳だぞペパロニ!?

 

お前いつの間に俺の好みを把握したんだ、無駄に優秀だな…。

 

「なんかカルパッチョの奴がこの味が叢真さんの好みなんですって言って、何十回も試作させられてさー、やっとOKが出たんすよ!」

 

ヒェッ

 

相変わらずあの子は分からない、色々な意味で分からないと言うか分かりたくない。

 

「聞き捨てならないね、叢真はもっと繊細な味付けが好みの筈だよ」

 

「何で貴女が否定するんですか」

 

無駄な対抗意識燃やさないで下さい面倒くさい。

 

「今、面倒くさいって考えたかな?」

 

ヒェッ

 

相変わらずこの人怖い、色々な意味で怖い。

 

「そんな!?旦那、この味が嫌いなんすか!?」

 

「真に受けるな!美味いって何度も言ってるだろうが!」

 

「そ、そうっすよね、良かったー、またカルパッチョに作り直しさせられる所だったすよー」

 

カルパッチョさん、ペパロニに優しくしてあげて?

 

「同志長野、こんな所で何をしているんです?」

 

「そう言いながら自然と腕絡めないで下さいノンナさん」

 

何なの、唐突に皆なんで俺の周りに集まるの。

 

右手に鉄板ナポリタン、そしてその右腕に絡みつくようにしてカンテレ引きながらナポリタンを食べるミカさん、無駄に器用ですねってまた食ってる何やってんだミカァァァァァ!?

 

そして左手と言うか左腕には自然に腕を絡ませるノンナさん、貴女までミカさんみたいな登場するなんて…。

 

「お、また旦那の知り合いっすか?鉄板ナポリタンどうっすか!」

 

商魂頼もしいなペパロニ、君はそのままの君で居てくれ。

 

「美味しそうですね、では二つお願いします」

 

カチューシャの分ですね分かります。

 

「毎度あり、ちょっと待ってくれよなー!」

 

「それで、そんな変装眼鏡までして会場で何をしていたのですか同志長野。そちらは継続高校の方のようですが」

 

「へ、変装眼鏡…いや変装と言えば変装なのだが」

 

「もしや、カチューシャの応援に来てくださったのですか?心配せずとも“貴方”のプラウダは順当に勝ち進んで見せますよ」

 

なんで『貴方の』の部分を強調してるんですかねぇノンナさん。

 

「聞き捨てならないね…ソーマの育てた学校がプラウダだけだと思わない方がいいよ」

 

別に育てた覚えはないんですけどねミカさん。

 

「おぉっとぉ!旦那が育てたってんなら家も負けてないぜ!鉄板ナポリタン2人前お待ち!」

 

だから張り合うんじゃないペパロニ!

 

なんだこの嫌な囲いは、俺を中心に騒ぎを起こさないでくれないか!

 

抽選会が終わったのか人が増えてきた、これ以上目立つのは勘弁だ…。

 

「それじゃ俺はこれで。ご馳走さんペパロニ」

 

半分以上ミカさんに食われたけどな!すげぇよミカは。

 

「そんなに急いで行かなくても、風は君の背中に吹いているよ」

 

「同志長野、カチューシャに一目…」

 

「バイバイっすよ旦那ー!」

 

結論、ペパロニは癒やし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの長野さん、なんか疲れてる?」

 

「なんでもない…それで一回戦の相手は?」

 

武部さんの問い掛けに苦笑で答え、みほちゃんに問い掛ける。

 

「あ、はい。サンダース大学付属高校とになっちゃいました…」

 

ジーザス、またあの6校か!

 

 

 

 

 




戦車の戦闘シーンとか難しくて今の僕では表現出来ない(´・ω・`)




ルルーシュとスザクを足して割っても十分にバケモノだと思ったんですが、どうやら割らない方が良いみたいですねぇ(ねっとり



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そのご

何も考えずに自分が読みたい話を書く事で、リハビリとする


これが私のリハビリ道(´・ω・`)キリッ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抽選会場から場所を移し、戦車喫茶エクレールへとやってきた。

 

外装と言い呼び出しボタンが戦車の砲撃音なのと言い、気合の入った店である。

 

ドラゴンワゴンで運ばれてきたケーキも戦車の形をしていて細かい。

 

戦車道なんて武道がある世界だけに、客も殆どが女性な戦車喫茶。

 

「ごめんなさい、一回戦から強いところに当たっちゃって…」

 

「サンダース大付属って、そんなに強いんですか?」

 

「強いって言うか、すごくリッチな学校で、戦車の保有台数が全国一位なんです」

 

そう、サンダース付属の強みは、1軍から3軍まで組織可能な戦車の保有台数。

 

その戦車も殆どがM4シャーマンやシャーマン・ファイアフライという戦車などで構成されている。

 

実力も高く、統率力も現在の隊長の人柄も合わさって高い。

 

「俺も行ったことがあるが、あそこの車両と装備の充実さは大洗じゃ逆立ちしても勝てない」

 

大会になるとフード車やシャワー車、ヘアサロン車まで帯同すると言う超リッチ学校だ。

 

車両数10台、砲弾数も制限されるとは言え、大洗の倍の数である。

 

圧倒的に不利だ。

 

俺も流石にヤバいと思ってプラウダで挑んだからなぁ。

 

「それより、全国大会ってテレビ中継されるんだよね、ファンレターとか来ちゃったらどうしよう~」

 

「大変だぞファンレターの処理。本当に大変だぞ…」

 

「じ、実感こもってる…!あ、そっかぁ、長野さん一種のアイドル状態だからファンレターも…」

 

思い出したくもない、あの大量のファンレターと、それに混ざる嫉妬とやっかみの手紙…。

 

カミソリレターとか実在するとは思わなかったなぁ。

 

遠い目をしながらコーヒーゼリーを口に含む、妙に苦味が強いぜ…。

 

「副隊長…?」

 

「あ…」

 

「あぁ、元、でしたね」

 

声がした方を見れば、黒森峰の制服を着た二人組…って、片方はまほちゃ…まほさんじゃないか。

 

「お姉ちゃん…」

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

「お言葉ですが、あの試合の西住殿の判断は間違っていませんでした!」

 

我慢出来なくなったのか、秋山さんが意見を言うが、部外者は口出しするなの一言で抑え込まれてしまう。

 

「行こう」

 

「お姉ちゃん…」

 

「あ、はい、隊長…隊長?」

 

あの、まほさん?

 

「お姉ちゃん!」

 

「なんだみほ?」

 

「なんで長野さん連れて行こうとしてるの!?」

 

俺も聞きたい、なんで俺の腕掴んで連れて行こうとしてるんですか貴女。

 

ほら、お連れの子が面食らってるじゃないか。

 

「…?」

 

「何が問題か分からないって顔しないでよ!長野さんを返して!」

 

「みほ、叢真は私の婚約者だ、一緒するのになんの問題があるんだ?」

 

「婚約者!?隊長の!?これが!?」

 

これ言うな!初対面なのに失礼だな!

 

と言うかまほさん、何時からそんな話に!?

 

「ちょ、まほさん!?お見合いの話はお流れになった筈じゃ…!」

 

「お見合い!?」

 

反応するな武部さん!

 

「お流れ?そんな訳ないだろう、今後も親しい関係をと、お母様にも言われている」

 

「だから腕組んで連れて行こうとしないでよお姉ちゃん!」

 

「みほ、未来の義兄と仲が良いのは結構だが、私はもう一年以上叢真と話していないんだ、ここはお姉ちゃんに譲るべきだろう」

 

あ、分かった、この人ポンコツだ!

 

恋愛関係には完全にポンコツだこの人!

 

「た、たたた隊長!?こ、こんな男が婚約者なんですか!?」

 

「こんなとはなんだエリカ、こんなに良い男じゃないか」

 

そう言って俺の眼鏡を外すまほさん。

 

「え…まさか、長野叢真!?うそ、本物!?ふ、ファンです、サイン下さい!」

 

駄目だ、こっちも微妙にポンコツだ!

 

「さ、積もる話もある、ゆっくり話そう」

 

「あ、あの、先程は失礼しました、黒森峰の戦車道副隊長の逸見エリカと申します!是非お話を!」

 

いかん、両手を確保された!と言うか変わり身早いな逸見さんとやら!

 

「お姉ちゃん、エリカさんも!長野さんを返してよ!」

 

「みほ。義兄に甘えたい気持ちも分かるがここはお姉ちゃんに譲ってくれ」

 

「まだ結婚してないじゃない!長野さんも何とか言って下さい!」

 

「に、西住さ「まほだ」…まほさん、あの、今度改めて時間を取りますから今日は…」

 

「そうか…では今度改めてデートしよう。行くぞ、エリカ」

 

「あ、はい…あ、あの、サインを…」

 

残念そうな顔をしながらも腕を開放してくれるまほさんに対して、サインを強請る逸見さん。

 

君、最初のあの態度はどこ行ったの…?

 

どこから取り出したのかクリアファイルにサインを書くと、嬉しそうにまほさんの後を追いかけて行った。

 

「エリカさん、結構ミーハーだから…」

 

大丈夫か黒森峰…。

 

「な、なんか凄い人だったけど、あれがみほのお姉さん?」

 

「黒森峰、前回大会の準優勝校で、それまで9連覇していた学校ですよ…」

 

「えぇ!?あれが!?」

 

そう、あれが黒森峰です。

 

戦車道では有能なんだよ凄く。

 

ただ対人関係と言うか恋愛関係ではポンコツだと俺も今知ったけど!

 

「強豪校である程、長野さんって人気だから…」

 

「そーなんだぁ…まぁこの顔だもんねぇ、はい眼鏡」

 

「ありがとう…黒森峰は縁がないからあまり人気はないと思ってたんだがなぁ」

 

武部さんからテーブルに置かれていった眼鏡を受け取り、ため息をつく。

 

みほちゃんの話が本当なら俺の安住の地はやはり戦車道をやっていない学校と言う事になる。

 

「ご馳走様」

 

「あ!?俺のコーヒーゼリー!?」

 

席に戻ったら俺のコーヒーゼリーまで冷泉さんが食ってしまっていた。

 

「もう一つ頼みましょうか、ケーキ」

 

「あと二つ頼んで良いか」

 

「まだ食うんかい…」

 

俺のコーヒーゼリーまで食っておいて…意外と食いしん坊だな冷泉さん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想外の出会いはあったが、さて困った事になった。

 

サンダース大付属、初戦かつ相手は戦車道ほぼ未経験の大洗。

 

過剰な戦力は出してこないと思うが…。

 

んー、いっそ俺が偵察に行くか、サンダースなら…と言うか、ケイさんなら気軽にウェルカムとか言って受け入れてくれるだろうし。

 

いやしかし、あそこの学校は色々と開放的だからなぁ…疲れるんだよなぁ…。

 

そんな事を計画していたら、秋山さんが学校を休んだとみほちゃん達から聞いた。

 

珍しいな、あの戦車大好き秋山さんが戦車道の練習を休むなんて。

 

連絡も付かないらしく、全員で様子を見に行く事になった。

 

住所の先には秋山理髪店の文字、床屋だったのか…。

 

「あの、優花里さんは居ますか?」

 

「アンタ達は…」

 

「友達です」

 

「友達…と、ととと友達ぃ!?」

 

お店の中で休んでいた、秋山さんのご両親らしき人達、お父さんらしき人が友達と聞いて物凄く慌てている。

 

そんな慌てる事なのだろうか。

 

お世話になっておりますと土下座までしちゃったよ…。

 

肝心の秋山さんは朝早くに家を出てまだ帰っていないらしい。

 

部屋に通されるが、本人が居ないのに男の俺が部屋に入るのは流石に…と思ったので俺はお店の方で待たせて貰う事に。

 

「で。君は優花里の何なのかな?」

 

「同じ戦車道を履修しているだけの友人関係です」

 

疑惑の視線を向けてくる秋山のお父さんにきっぱり答えておく。

 

「あら、男の子なのに戦車道をやっているの?」

 

「コーチと言うか、マネージャーのようなものです。戦車に乗る訳ではありません」

 

「そうかそうか、ただの友人か!どうだね、待っている間散髪でも!今ならパンチパーマにしてあげるよ!」

 

「いえ、遠慮しておきます」

 

いや、本当に。

 

パンチパーマとか似合う気がしない…。

 

ん?

 

「秋山さんが帰ってきたみたいですね…」

 

「え?どこから?」

 

「いえ、直接部屋に行ったみたいです、音がしました」

 

二階から窓を開ける音と、みほちゃん達の声がした。

 

「長野さーん、ゆかりんが部屋に入って良いって!」

 

「どうぞどうぞ、遠慮しないで下さい長野殿!」

 

「優花里、いつの間に帰ってきたの?」

 

「あ、あははは…さ、長野殿!早く早く!」

 

二階から声だけだが武部さんと秋山さんに呼ばれる。

 

「では、失礼します」

 

ご両親に頭を下げて秋山さんの部屋へ。

 

部屋に入ると、何やらコンビニの制服を着た秋山さんがリュックを背負ってその場に居た。

 

妙に汚れているが、それで窓から入ってきたのか…ご両親が心配するもんな。

 

「長野殿にも是非見て頂きたい物があります!」

 

そう言って手に持ったUSBメモリを掲げる秋山さん。

 

まさかこの子…。

 

テレビに繋いだ映像には、実録、突撃!!サンダース大付属高校のテロップ。

 

やっぱりこの子、潜入してきたな!

 

トイレで着替えようとしているシーンが映ったので速攻で顔を反らす。

 

秋山さんも何やら恥ずかしげだ。

 

録画を一度切ったので、次の瞬間にはサンダースの制服を着た秋山さんが映っていた。

 

学校内や戦車倉庫内を撮影していく秋山さん、なんか随分手慣れているな…。

 

全体ブリーフィングにまで紛れ込み、出場車両や小隊編成などの情報を入手。

 

しかし相変わらずだなこの学校の雰囲気。

 

ケイさんも元気そうだ。

 

最後、秋山さんが正体を見抜かれて逃げ出したシーンで映像は終わった。

 

何と言うか、無茶をするなぁ。

 

「オフラインレベルの仮編集ですが、参考にして下さい!西住殿、長野殿」

 

「ありがとう秋山さん…秋山さんのおかげでフラッグ車も分かったし、私と長野さんで頑張って戦術立ててみる!」

 

問題は、潜入偵察がバレてサンダース側が編成やフラッグ車を変えてくる可能性だが…。

 

無いな。

 

何せ相手はケイさんだ。

 

舐めてるとかそういう次元ではなく、折角来てくれたんだから情報そのままで相手してあげる!的な意気込みで来るだろうな。

 

あの人はそういう人だ。

 

部下もそんなケイさんを慕っている人ばかりだから異論を挟む事は無いだろうし。

 

いや…居ないとも限らないな、念の為変更してきた場合の作戦も考えるか。

 

「朝練、始まるよ」

 

「え…」

 

無慈悲な朝練開始のお告げに、冷泉さんが死んだが。

 

さて、作戦作戦と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国大会に向けて、練習と準備の日々。

 

戦車を塗り直し、自分達で整備もし、操縦技術を磨く。

 

蝶野さんの指導もあり、何とか形にはなってきた。

 

これでサンダースが相手でなければいい勝負が出来ると確信出来るレベルだ。

 

パンツァージャケットも出来上がり、意気高揚する面々。

 

「俺も着ても良いものか…」

 

何故か俺の分までパンツァージャケットを発注されていた。

 

男子の分なんて基本無いので、デザインから特別発注したことになる。

 

「似合いますよ長野さん」

 

「長野さんはスタイルも良いからな、絵になるな」

 

五十鈴さんと冷泉さんの言葉に照れる、俺も大洗の戦車道のメンバーとして認められている気がして悪い気はしない。

 

「長野さん眼鏡取って、はいチーズ!きらめき!」

 

「キラッ☆って何をさせるか!」

 

「いやーん王子様スマイルいけてるー!」

 

思わず変なポーズ取って写真に撮られてしまった、中学時代に散々写真を撮られた時の癖が…!

 

「先輩目線くださーい!」

 

「いいよいいよー、ちょっとはだけてみようかー」

 

「せんぱい!そのまま仮面ライダーの変身ポーズ!」

 

「目線流し目してちょっとはだけて…変身!戦車キターって俺で遊ぶなー!」

 

「「「きゃー♪」」」

 

1年生にまでからかわれてしまった、もしかして俺ってマスコットポジに居ないか!?

 

弄られて終わるタイプの!

 

「長野さん、作戦の最終確認しましょう!」

 

「良かった、俺ちゃんと監督だった…良かった…」

 

みほちゃんだけが俺の救いだ。

 

全国大会一回戦、サンダースとの対決。

 

応援席の観客は、サンダース側は満員、大洗側はスカスカと言う状態。

 

あんまり大洗学園側じゃ宣伝してないもんな…応援に来る生徒も少ない。

 

しかしサンダース側は相変わらず豪華だな、チアリーダーまで動員とは。

 

各自準備を完了…1年生が砲弾積み忘れて笑っているが、気付かなかったら笑い事じゃないぞ…。

 

そこへサンダースの…確か副隊長のナオミと、アリサ。

 

試合前の食事の誘いに来たらしい、相変わらずのフレンドリーさだが、指示したのはケイさんだな、間違いない。

 

サンダース側に居並ぶフード車にサロン車、救護車。

 

リッチさだけはここの学校がダントツ優勝だな…。

 

「ヘイ!オットボール三等軍曹!」

 

「わっ、見つかっちゃった…!」

 

会長達と会話していたケイさんに秋山さんが見つかり、縮こまるみほちゃん達。

 

「また何時でも遊びに来て、ウチはいつだってオープンだからね!」

 

怒られるかと思ったら逆に大丈夫だったか心配され、何時でも来ていいと笑顔で告げるケイさん。

 

流石のフレンドリーさだ。

 

「あ、ダーリン!」

 

「げ…」

 

そのフレンドリーさがちょっと行き過ぎてる気がしないでもないのが俺への対応である。

 

「なぁにその眼鏡、全然似合わないわよ!ほら、外して外して!」

 

「ちょ、なんで分かったんですか…」

 

みほちゃんダージリン、ペパロニやミカさん、ノンナさんにまほさんと続いてケイさんまで…。

 

やはり知り合いには効果がないのかこの眼鏡…。

 

いやでも、ナオミさんやアリサさんにはバレなかったし。

 

「あ、やはり長野さんだ」

 

「あーやっぱり。趣味悪い眼鏡だと思ったら変装だったのね」

 

バレてたんかーい!

 

「でもどうしてダーリンがここに居るの?もしかして応援に来てくれたのっ?」

 

「いや、違くてですね…」

 

いかん、刺さる、みほちゃん達のダーリン呼びへの追求の視線が刺さる!

 

「長野さん…お姉ちゃんに連絡しときますね…」

 

みほちゃん!?

 

「ん?このジャケット…もしかして、ダーリンが大洗に!?」

 

「あー、実は現在大洗に通っておりまして…」

 

「なんで、なんで大洗なの!?ウチに来てって何度もお願いしたじゃなーい!」

 

急に駄々っ子みたいに俺の胸ぐら掴んでガックンガックン揺すってくるケイさん。

 

「長野さんが大洗に…!?」

 

「長野…サンダース…プラウダ…うっ、頭が…!」

 

「まさかまさか、試合に出るなんて言わないでしょうね!?ね!?」

 

「俺は監督です、試合には出ませんからっ」

 

だから離れて下さい柔らかい。

 

「それなら良いけど…いえ良くないわね、ダーリンが監督となると油断出来ないわ!全力で相手するわね!」

 

いかん、なんか勝手に気合を入れてしまった。

 

「それじゃ、私達の活躍、ちゃんと見ててね!ダーリン☆」

 

そう言って投げキッスを残して去って行くケイさん…。

 

「フレンドリーってレベルじゃないね…」

 

うん、それは俺も思うよ武部さん…。

 

みほちゃん?誤解だからその携帯は仕舞おう?ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始となり、俺は用意された監督席と言う名の隔離スペースへ。

 

ここは試合の状況がリアルタイムで分かる代わりに、試合中の選手への連絡が禁止されている場所。

 

サンダース側も数名の生徒と職員が待機しているが、俺の方は俺一人である、ちょっと寂しい。

 

大会実行委員じゃなければ蝶野さんがここに居てくれるんだけどなぁ。

 

大会序盤、偵察に出た1年生チームことうさぎさんチームだが、シャーマン6両に囲まれていきなりピンチに陥る。

 

妙だ、いくら何でも早すぎる。

 

応援に駆けつけようとしたみほちゃんチームことあんこうチームと、バレー部ことアヒルさんチームだが、その背後からもシャーマンが3両。

 

フラッグ車以外の全車両を森に投入…思い切りが良いのがケイさんの持ち味だが、いくら何でも妙だ。

 

まるで最初から分かっていたかのよう……まさか。

 

隔離スペースから身を乗り出し、双眼鏡で試合会場の森林地帯を見つめる。

 

ここからじゃ遠すぎて見えないか…だが恐らく、いや確実に通信傍受機が打ち上げられている。

 

何せ設備や装備が充実しているサンダースだ、持っていてもおかしくない。

 

うさぎさんチームと合流したみほちゃん達が逃げる方向を先回りで塞いできた、これは確実だな…。

 

戦車道全国大会のルールブックを調べてみるが、確かに通信傍受機を打ち上げてはいけないと言うルールはない。

 

単純にこの装備を持っている学校が少ない事もあるが、戦車道には無粋として使わない人が多いのもある。

 

それをケイさんが使う?

 

考えられん、一番そういうのから遠い場所に居る人だぞ。

 

となると…部下の独断か。

 

ケイさんに内緒でそれが可能かつ行いそうな人物……アリサさんかな、ナオミさんは無いな、あの人は勝負師タイプだし。

 

となると隠れているフラッグ車がアリサさんか…。

 

うーむ、流石に通信傍受機を使ってくる場合の作戦は考えて無かったな…。

 

みほちゃんが気付いてくれれば打破出来るんだが…。

 

みほちゃん達は包囲を何とか抜け出し、サンダースも深追いはせずに追撃を中止した。

 

何とか逃げ切ったか…。

 

その後、みほちゃん達はジャンクションに集結…するように見せかけ、アヒルさんチームの八九式中戦車に木や枝で作った箒を引かせ、土煙を盛大に上げさせて逃げる。

 

当然そこにみほちゃん達は居ない。

 

「…通信傍受を逆手に取った、気付いてくれたか…」

 

流石みほちゃん、通信傍受に気付いて直ぐに対策を立てた。

 

この辺りの機転の効きが、みほちゃんの優れている所だ。

 

全員がバラバラに逃げたように見せかけ、歴女チームことかばさんチームとうさぎさんチーム、あんこうチームで待ち伏せ、無線でフラッグ車の生徒会チームことカメさんチームがそこに逃げたと思わせ、相手の2両を誘き出した。

 

そして見事に1両撃破、もう1両には逃げられたが深追いは厳禁だ。

 

しかし上手く行ったのと同時に、ケイさんを本気にさせた事になる。

 

監督ってのは酷な仕事だ、分かっていても試合中は何も出来ない。

 

「頑張ってくれ…皆…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まほちゃんは恋愛ポンコツ、そんな風潮があってもいいと思うんだ(´・ω・`)


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そのろく

そろそろ…主人公に本気を出させてみようかと思う、肉体面で(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

白熱し始める試合、先手を取ったのは大洗学園。

 

サンダースはまだ通信傍受を続けているらしく、みほちゃんの偽の指示に釣られてフラッグ車以外の全車両で丘に向かって居る。

 

当然そこにみほちゃん達は居ない。

 

相手フラッグ車を探すみほちゃん達、偵察に出たアヒルさんチームだが、林の中で鉢合わせしてしまった。

 

八九式中戦車ではシャーマンを正面から撃破出来ない、故に車長の磯辺さんは瞬時に撤退を判断。

 

流石の判断力、下手に交戦を選んだら危なかった。

 

フラッグ車はアヒルさんチームを追いかけ始める、上手い具合に釣れたな…。

 

「後はみほちゃん達が合流すれば…」

 

カバさんチームかあんこうチームの前に引き摺り出せれば撃破出来る。

 

磯辺さんが発煙筒を使って煙幕を上手く使い、攻撃の命中性を下げているが、根性あるなぁ…そういや何時も根性言ってるなあの子。

 

森から出た所で正面からカバさんチームを主軸にうさぎさんチームとカメさんチーム。

 

横からはあんこうチーム。

 

それに気付いたフラッグ車は全力で停止し、逃げ始める。

 

戦車道大会でも珍しい、フラッグ車対全車両による盛大な鬼ごっこが始まった。

 

「追われている車両…アリサさんだろうが、生きた心地がしないだろうなぁ」

 

自分たちがやられたら即負けなのだ、通信傍受を逆手に取られて嵌められた事も合わさって相当焦っているだろう。

 

暫く追いかけっこが続いていたが、段々とサンダースの本体が迫ってきている。

 

その車両の中にはシャーマン・ファイアフライ…。

 

あの車両の砲撃を受ければ大洗の戦車は一溜りも無い。

 

合流される前に仕留めたかったが、逃げ切られたか…!

 

だが妙だな、本体が4両だけ…?残りは……別の場所で待機してる?

 

「うーむ……あれか、ケイさんのフェアプレー精神が出たか」

 

それしか考えられないな。

 

ケイさんらしいが、ファイアフライが居る以上はこちらが不利だ。

 

あぁもう、試合中回数制限で監督から指示が可能!ッていうルールならなぁ、昔はOKだったらしいけど。

 

フラッグ車を追いかけながらサンダースに挟まれる形になった大洗。

 

フラッグ車のカメさんチームを守りながら、あんこうチームとカバさんチームでフラッグ車を狙う。

 

だが、アヒルさんチームが被弾、戦闘不能に一撃で追い込まれる。

 

あれはファイアフライの砲撃か…!本当に洒落にならない威力と射程だな…。

 

そのファイアフライが次に狙うのは…うさぎさんチームか!

 

「砲手はナオミさんか…前にケイさんが自慢してたな」

 

サンダース1の砲撃の腕前を誇るナオミさん相手じゃ仕方がないか…。

 

カバさんチームがカメさんチームのガードに入り、何とか逃げ続けるがこのままでは時間の問題か…。

 

『当てさえすれば勝てるんです、諦めたら…負けなんです!』

 

みほちゃんの鼓舞する言葉が通信機から聞こえる、その言葉は、自分自身に言い聞かせている様に思えた。

 

あぁ歯痒い、何も言ってあげられない自分の立場が、ただ見守るしか出来ない立場が、歯痒い。

 

みほちゃんの言葉に奮起したあんこうチーム、稜線射撃でフラッグ車を狙うつもりか…。

 

姿を晒す事になるから相手から丸見え、ファイヤフライの餌食になる可能性が高いが…砲手勝負になるな。

 

丘の上へ移動を始めるあんこうチーム。

 

「いかん、ファイアフライの方が早い…!」

 

先に砲撃態勢に入ったのはファイアフライ、あんこうチームは無防備な背中を晒している。

 

だが、あんこうチームは見事なタイミングで停車、ファイアフライの砲撃を避けてみせた。

 

心臓に悪いな…。

 

丘の上に陣取ったあんこうチーム、後は砲手の五十鈴さんの腕にかかっている。

 

背後にはファイアフライ、先に撃つのは…どっちだ。

 

先に砲弾が放たれたのは…あんこうチーム!狙いそのままに逃げるフラッグ車の背中に見事に命中。

 

その直後、ファイアフライの一撃があんこうチームを襲った。

 

本当に僅差の勝負だったな…五十鈴さん、肝が座ってるなぁ…。

 

『大洗学園の、勝利!』

 

アナウンスが流れ、みほちゃん達の勝利が決まる。

 

綱渡りだったが、勝てたか…。

 

勝利し、あんこうチームの元に集まってくる大洗のメンバー達。

 

最後まで諦めなかったみほちゃん達の粘り勝ちだな…。

 

「さて…俺も行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダーリン!負けちゃったわ!」

 

「負けたのに嬉しそうですね、ケイさん」

 

そう、負けたのにケイさんは何だか嬉しそうだ。

 

「だって、こんなエキサイティングな勝負が出来るとは思わなかったんだもの!で、どうだった?」

 

「ナイスフェアプレイ。全車両で来られてたら負けてましたね…」

 

「でも勝ったのはあの子達よ。んー、流石ダーリンが教えてる子達ね」

 

「俺は何もしてないですよ…」

 

事前情報から作戦指針を立ててアドバイスをするだけ…俺自身、まだまだやれる事がある筈だ。

 

「2回戦も頑張ってね!あ、今度サンダースに来てよね、何時でもウェルカムだから!」

 

そう言ってケイさん達は去っていった。

 

アリサさんはお説教が確定しているのか、死んだ顔しているが。

 

片付けを終え、撤収していくサンダースを見送り、帰り支度をする俺達。

 

「ん?鳴ってるよ、麻子」

 

「……知らない番号だ。はい…」

 

冷泉さんの携帯が知らない番号から着信、何事かと見守る俺達。

 

電話を切ると、明らかに冷泉さんの顔色が悪い、携帯も落としてしまう。

 

「おばぁが…倒れたって…」

 

なん…だと…?

 

冷泉さんのお婆さん、確か大洗の街に住んでるとか言っていたな、今から大洗に…学園艦じゃ無理だ、時間が掛かり過ぎる。

 

「泳いで行く…!」

 

「無茶だよ麻子!長野さんが居るんだから脱いじゃ駄目だってば!」

 

泳いで行こうとする冷泉さんを武部さん達が必死に止める。

 

大会運営の飛行機を借りるか?蝶野さんが居れば使わせて貰える筈…!

 

「私達のヘリを使うと良い」

 

「お姉ちゃん…?」

 

そこには、逸見さんを伴ったまほさんの姿が。

 

「隊長っ、こんな子達にヘリを貸すなんて…!」

 

「これも戦車道よ。さ、早く」

 

「お姉ちゃん…」

 

黒森峰の所有するヘリへと案内してくれるまほさん、逸見さんがパイロットとして搭乗し、離陸準備を整える。

 

まほさんの言われて冷泉さんが乗り込み、武部さんが付き添いとして乗り込んでいく。

 

「お姉ちゃん……ありがとう」

 

歩き去るまほさんに小さくお礼を口にするみほちゃん。

 

離陸するヘリを見送る俺達。

 

本当に…無力な自分が嫌になるな…。

 

「……ん?まほさん?」

 

歩き去ったと思ったまほさんが戻ってきて、何やら手招きしている。

 

何だろうかと駆け寄ったら、腕を掴まれた。

 

何事?

 

「すまない、帰りの足がなくなってしまった。今夜泊めて貰えないだろうか?」

 

「ほぅわぁ!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

何言い出すのこの人!?

 

突然の事に変な声が出たよ!

 

「何言ってるの!?」

 

「帰りの足が無いんだ、今夜泊まる必要がある」

 

「それでなんで長野さんのお家なの!?ホテルとか、わ、私の部屋とかあるでしょ!?」

 

「叢真とは婚約者なんだ、お泊り位おかしい事じゃないだろう?」

 

おかしいから!そもそも婚約者って俺の同意無いんですけど!

 

もしかして母か!?母がまた勝手にやったのか!?

 

「だ、ダメだよ、長野さんの迷惑だよっ」

 

「そうなのか、叢真?」

 

「ぐ…そんな捨てられた子犬の目しないで下さいよ…!さ、流石に俺の家に泊めるのは問題なので、みほちゃんの家にですね…」

 

「心配しなくても、母の了承は得ている」

 

何してくれてんのしほさん!?

 

あぁもう、本当に恋愛方面はポンコツと言うか斜め上に行く人だな!

 

あーだこーだ揉めたが、結局黒森峰から迎えのヘリを呼んで帰る事になったまほさん…。

 

何で最初からそうしなかったんだ…。

 

考えつかなかったのか、それとも狙ってなのか…。

 

前者ならポンコツに加速がかかるし、後者なら肉食過ぎるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、大洗の病院を訪れた俺達。

 

冷泉さんのお婆さんが入院している病院だ。

 

健康な今の身体では縁がないが、前世では慣れ親しんだ空気に懐かしさが込み上げる。

 

結局、一度も病室から出ることは叶わなかったな…。

 

「どうしたんですか、長野殿?」

 

「いや、ちょっとな…」

 

「長野殿、時々何処か遠くを見ていますよね、ここじゃない何処かを」

 

やだ秋山さん鋭い。

 

まさか前世の情景を思い出してましたなんて言えないので、笑って誤魔化すのだが。

 

「ここですね」

 

冷泉と書かれた病室にたどり着き、ノックしようとすると中から元気な怒号が響いてきた。

 

あまりの剣幕に気圧されるみほちゃん達。

 

帰る事も考えたが、肝が座っている五十鈴さんを先頭に入室する事に。

 

中には冷泉さんと武部さんも居て、ベッドには冷泉さんのお婆さんが座っていた。

 

「なんだいアンタ達」

 

「戦車道一緒にやってる友達」

 

「戦車道…?アンタがかい?」

 

「ん」

 

当然の見知らぬ来訪者に怪訝そうな顔のお婆さん。

 

冷泉さんの説明にも顔を顰めたままだ。

 

「西住みほです」

 

「五十鈴華です」

 

「秋山優花里ですっ」

 

「長野叢真と申します」

 

それぞれ挨拶をすると、俺の時に何やら睨まれた気がする。

 

あれか、一人だけ男が居るから警戒されたか。

 

冷泉さんに付く悪い虫的な意味で。

 

その冷泉さんを心配して来てくれたんだと怒るお婆さん、冷泉さんにお礼を言わせるが言い方がお気に召さない様子。

 

あれじゃ血圧上がるぞ…。

 

なのに明日には退院すると息巻くお婆さん、何とも元気でアグレッシブだ。

 

良かった、前世で見送ってきた人達特有の空気が無い、この分なら心配要らないだろう。

 

「じゃあおばぁ、また来るよ」

 

「これ、良ければ食べて下さい」

 

お土産に持ってきたフルーツをテーブルに置いて、俺も退室しようとする。

 

「アンタ、あの子とはどういう関係なんだい?」

 

「戦車道の友人…ですが」

 

「の割にはあの子が懐いてるからね、まさか恋人じゃないだろうねっ?」

 

「違います違います!」

 

確かに登校時に背負って行く程度には親しい仲だが。

 

「まぁいいよ…あんな愛想のない子だけど、よろしく頼むよ」

 

「……はい」

 

何だかんだ言って、冷泉さんが可愛くて心配で仕方がないのだろう。

 

愛されているな、冷泉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの電車の中、冷泉さんは武部さんの膝枕で眠ってしまった。

 

昨日からあまり寝ていないのだろう、すっかり熟睡している。

 

電車から降りる際は、慣れている俺が背負い帰る事に。

 

帰りのバスの中、冷泉さんが両親を亡くしている事を武部さんの口から知る俺達。

 

そんな事情があったとはな…。

 

学園艦への連絡船に乗り込むと、移動の疲れで五十鈴さんと秋山さんも眠ってしまう。

 

両親か…前世の両親には心配と苦労ばかり掛けて、何一つ恩返しが出来なかった。

 

元気で過ごしてくれればいい、そう言った母の言葉も、叶える事が出来なかった。

 

だからこの世界では、俺を生んでくれた両親に精一杯親孝行をしようと決めていたのだが。

 

「何か言い訳はあるか、母さん…」

 

『だってだってだって、西住さん家と親戚になれるとか戦車道経験者なら喉から手が出るほどに名誉な事なのよ~!』

 

「だからって勝手に婚約者にする事はないだろう!おかげで俺、後輩から各学園艦に嫁が居る、なんて事言われてるんだぞ!?」

 

『強ち間違ってないかな~、結構お見合いした子、色々な学園艦に居るし~』

 

手当たり次第にお見合いさせた貴女のせいですけどね…!

 

「兎に角、今後はこういう事は控えてくれよ、うん、うん、それじゃ、また」

 

電話を切って甲板で項垂れる。

 

どうしてこう、戦車道やってる女性ってのはいい意味でも悪い意味でもアグレッシブなのか…。

 

困ったものだ。

 

次の日、偶々通学中にみほちゃんと出会ったので一緒に歩いていると、武部さんが冷泉さんを背負ってフラフラと歩いていた。

 

何とか起こしてここまで連れてきたらしい。

 

背負うのを交代して学園まで連れて行くと、案の定風紀委員に捕まる。

 

「そど子~」

 

「ちょ、何するのよ、離しなさいよっ」

 

ゾンビの如く風紀委員の園さんに襲いかかる冷泉さん。

 

ふと学校を見れば、デカデカと戦車道一回戦突破の文字。

 

おぉ、学園全体で応援する事にしたのか。

 

生徒会が勝手にやっているらしいが、知名度向上には良いことだ。

 

これで寄付金などが集まれば今ある戦車をアップグレード出来るしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼休み、なんだか朝から妙に視線を感じて居心地が悪い。

 

視線は女子ではなく、顔も知らない男子からだ。

 

なんだか嫌な感じなので、学食でパンを買ってどこか静かな場所で食べる事にした。

 

静かな場所はたくさんあるが…そうだな、戦車倉庫にでも行くか。

 

そう思って倉庫へ行くと、既に先客が。

 

みほちゃん達が既にやってきていた。

 

秋山さんは偶に戦車の上で食事をするのが好きらしく、今日もその予定だった模様。

 

そして姿が見えないみほちゃんを探して、学食でパンを買ってきた武部さんと五十鈴さんが合流。

 

更に戦車の中で授業をサボっていた冷泉さんも加わり、あんこうチームが集結する事になった。

 

「ほら、長野さんも食べよ食べよ」

 

「あぁ、お邪魔させて貰う」

 

昼食を食べながら、他愛もない会話を交わす面々。

 

やがて話題は、戦車道の話題へ。

 

勝たなきゃ意味がないと呟いたみほちゃんに、そんな事はない、楽しかったじゃないですかと笑顔で答える秋山さん。

 

武部さんも五十鈴さんも冷泉さんも、戦車道が楽しいと感じていると口にする。

 

そして、みほちゃん自身、大洗での戦車道を楽しいと感じていたと吐露する。

 

「私、あの試合テレビで見てました!」

 

みほちゃんが戦車道から逃げる切っ掛けとなった、前回全国大会の決勝戦。

 

天候が悪い中、プラウダに包囲されて前にも後ろにも進めなくなった黒森峰。

 

そんな時、フラッグ車護衛の戦車が砲撃の衝撃で崖から落ちて、下の川へと水没してしまうというアクシデントが起きたと言う。

 

それを見ていたフラッグ車の車長であるみほちゃんは、咄嗟に飛び出して単身救助へ向かってしまった。

 

水没した戦車の乗員は、全員無事みほちゃんが救出したが、無防備になったフラッグ車が狙われ、黒森峰は敗退。

 

みほちゃんは、人として正しいことをしたが、その結果が10連覇を逃すと言う結果になった。

 

それを今も引きずっているのだろう。

 

「みほちゃん、指揮官として言わせて貰うが、あの時の判断は確かに軽率だった」

 

「ちょ、長野さん!?」

 

「命綱も無しに川に飛び込むとか、何を考えてるんだ」

 

「あ、そっち…」

 

俺の叱咤の言葉に武部さんが反応するが、みほちゃんの身を案じての言葉と分かり肩を落とす。

 

確かに西住流としたら失格の行動だろう、だが、みほちゃんの、みほちゃん自身の戦車道では何も間違っていない。

 

「私達の歩いた道が、私達の戦車道になるんだよ!」

 

「良いこと言うな、武部さん。その通り、みほちゃんはみほちゃんの戦車道をやればいい、俺を苦戦させたのは、いつだって奇抜な作戦で裏をかいてきたみほちゃんだって忘れたのか?」

 

「え、えへへ、ありがとう長野さん…」

 

礼を言われる事じゃない、冷泉さんに照れてるのかと突っ込まれるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車の練習を終え、倉庫に集結するメンバー達。

 

すると次々とみほちゃんに色々な人が集まって質問してくる。

 

対応に慌てるみほちゃんだが、秋山さんや五十鈴さん達が自分達が代わりにと手を挙げる。

 

作戦会議は俺の仕事だからな、少しでもみほちゃんに楽をさせてやらないと…。

 

生徒会室で作戦を練っていると、五十鈴さんが戦車の数が合わない事に気付いた。

 

つまり、まだ未発見の戦車が学園艦内に残っている可能性がある。

 

急遽、チームを編成して捜索に向かう事に。

 

俺も向かおうとしたが、みほちゃんに作戦を考えておいて下さいと言われてしまった。

 

暫くすると、秋山さんと歴女チームがルノーB1bisを発見、みほちゃん達も古い部室棟で戦車の砲身を見つけたらしい。

 

ただ、問題が発生して武部さんと1年生チームが戻ってこない。

 

冷泉さんの携帯には、遭難したと救助要請が。

 

「ほい、救助チームよろしくね」

 

「はいはい…みほちゃん、行こう」

 

「あ、はい!」

 

会長から地図を手渡され、武部さん達を探しに行くことに。

 

暗い船内を歩いていくが、物音に怯えるみほちゃんと秋山さん、冷泉さんはお化けは早起きよりダメらしく、すっかり俺の背中にしがみついて離れてくれない。

 

一方でずんずん進んでいく五十鈴さん、本当に肝が座っていらっしゃる…。

 

暫く進むと、歴女チームのカエサルから秋山さんが連絡を受けて、西を探せと指示される。

 

卦で調べたらしいが、それで戦車見つけてるのだから馬鹿にできないな…。

 

見つかった武部さんと1年生達、すっかり怯えていた1年生達は武部さんに縋り付いて泣き出してしまう。

 

「希望してたモテ方と違うようだがな」

 

「まぁ平和な人気だから良いじゃないか」

 

俺なんて誘拐寸前まで行ったからな!

 

「あ…長野さん、あれ!」

 

「ん?」

 

みほちゃんに言われ、指さされた方に懐中電灯を向けると、そこには巨大な砲身が。

 

こんな所にあったのか…何という幸運。

 

遭難者も無事救助し、戦車まで見つかるのだから幸先が良い。

 

しかし次の対戦相手はアンツィオか…アンツィオかぁ…あそこは色々と大変だったから手助けした学校なんだよなぁ…。

 

2回連続で例の6校に当たるとは…数奇な運命だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




肉食ぽんこつまほさん!いっぱいちゅき(´・ω・`)


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そのなな

ほのぼの(純愛)が大好きです(´・ω・`)


ほのぼの(肉食)もしゅき(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラウダ、黒森峰も順当に勝ち上がっていく全国大会。

 

次のアンツィオ戦に向けて入念な準備を続ける大洗学園。

 

そんな大洗で俺は監督として……

 

「次!近藤!」

 

「はい、お願いしますっ!」

 

何故か、バレーをやっていた。

 

いや、本当になんでだ、その監督じゃないぞ俺。

 

「根性ー!」

 

「根性も良いが相手をよく見ろ!」

 

「はいコーチ!」

 

もうすっかり磯辺さんからコーチ呼びだよ俺。

 

おかしい、俺は一応戦車道の監督役の筈なのに、何故バレーを…。

 

あれはそう、確か戦車道の練習が終わって…。

 

「コーチ!バレーの指導も是非お願いします!」

 

「は?ば、バレー?」

 

「はい!運動神経抜群と噂のコーチなら、きっと私達をもっと上の段階まで引っ張り上げてくれると信じています!」

 

何その無駄に厚い信頼。

 

俺別にプロじゃないよ、ちょっと卓上競技が得意なだけの男の子だよ?

 

そう説明しても、磯辺さんの熱意は曲がらず、そしてその後ろで熱い視線を向けてくる残りのバレー部のキラキラとした視線も止まらない。

 

ま、まぁ、練習を見るだけなら…そう折れたのが俺である、情けない。

 

だが逆に考えよう、これも一種の監督と隊員とのコミュニケーションだと。

 

試合中俺に出来る事はなにもない、だからこそ、試合前や試合後のコミュニケーションが大切になるんじゃないかと。

 

俺への信頼が生まれれば、俺が立てた行動指針にも従ってくれるだろう。

 

そんな事を考えながら、バレー部の練習するコートにお邪魔し。

 

「河西!そんなアタックで相手のブロックを通せると思うのか!こうだ、手首のしなりを生かして鞭のように撃つんだ!」

 

「なんて強いアタック…勉強になります、コーチ!」

 

「ブロックは相手の予兆を見逃すな、必ず動作の切っ掛けが出る、それを見逃さずに飛べ!」

 

「はいっ、もう一回お願いしますっ!」

 

気付いたらなんか熱血コーチをやっていた。

 

これで良いのか俺、確かにバレー部の信頼得てるけどなんか違うんじゃないのか俺。

 

「これで良いのだろうか…」

 

「コーチ、もう一本お願いします!」

 

「よし、行くぞ!」

 

とりあえず終わってから考えよう。

 

「思うに、監督はコミュニケーションが足りない」

 

「ぐっ、痛い所を…」

 

「よって、今度は我々と語り合おうじゃないか!」

 

バレー部の指導を終えた俺を待っていたのは、歴女チームのエルヴィン。

 

左右を左衛門佐とおりょう、背後をカエサルに囲まれた。

 

歴女包囲網…!逃げられない…!

 

「それで、長野殿はどの偉人が好きなのだ?ん?」

 

「やはり長野殿は長野業正の子孫なのか?」

 

「イタリア語やラテン語には興味は無いか?」

 

「幕末史について語り合うぜよ」

 

あ、違う、こいつら俺とのコミュニケーションじゃなくて自分達の趣味に染めたいだけだ。

 

怪しいオーラを放ちながらジリジリと近づいてきているのがその証拠だ。

 

やめろ、やめてくれ、俺はそっちの世界には行きたくないんだ、ソウルネームなんて要らないんだ!

 

黄金の獣とか俺には到底似合わないんだ、だからこれ以上変な渾名は増やさないでくれ、アッアッア!

 

 

 

 

 

 

「あれ?長野さんは?」

 

「なんか、ちょっと旅に出るとか言って今日はお休みなんだって。麻子届けてそのまま消えちゃったよ」

 

「旅ぃっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗でみほちゃんが驚いている気がする。

 

早朝に冷泉さんを届けて、その足で大洗学園艦の飛行場へ。

 

昨日の内にチャーターしておいた飛行機に乗り込み、俺は大洗の学園艦を飛び出した。

 

いや、別に本当に逃げ出した訳じゃない。

 

丁度いいので偵察代わりにアンツィオへ顔を出しに行くことにしたのだ。

 

何だかんだでアンツィオには縁がある、低迷していた戦車道を盛り返す為に、中学時代から何度も招かれているからだ。

 

アンツィオは大洗と同じで戦車道が衰退し、現在やっとアンチョビが立て直しに成功した所だ。

 

俺がアンツィオを率いた中学時代なんて、履修生が少なくて本当にギリギリの車両数で勝負する事になっていた。

 

聖グロが慢心全開で、同じ車両数で勝負すると言い出さなければ危なかっただろう。

 

その後、アンチョビが入学して立て直しを開始し、2年生のペパロニとカルパッチョの助けを借りて、現在は1年生だらけだが42人にまで履修生が増えたと聞いた。

 

一回戦の相手のマジノ女学院にも苦戦しつつも勝利した事から、その練度も高くなっている事が伺える。

 

「間もなくアンツィオ高校学園艦上空です」

 

「ありがとう」

 

パイロットの言葉に答えながら、パラシュートの準備をする。

 

着陸?しないしない、お金がかかるからな。

 

それに何処からの飛行機か記録が残るから、俺が大洗に住んでいる事がバレてしまう。

 

故に俺が他の学園艦に移動する時は何時も上空までチャーターした飛行機で飛んで後はパラシュートである。

 

船で入るとそっちも追跡されてしまうから、これが一番確実なのだ。

 

まぁ……馬鹿な方法だとは俺も思う。

 

だが父親に相談した結果、推奨されたのがこの方法で他に良い方法も無かったので…。

 

中学時代はこの移動方法で良く全国各地の大会に赴いていたものだ、無駄にお金かかってるって?知ってる(震え声

 

ストーカーに付け狙われていた時は有効な手だったんだよ…。

 

「お気をつけて」

 

「行ってくる」

 

パイロットの見送りの言葉に片手を上げて答え、大空へ飛び出す。

 

眼下にはアンツィオの学園艦。

 

もう何度も降下しているので着地地点は見慣れている。

 

コロッセオ近くの大通り、生徒や観光客が行き交うそこに、狙いを定めて滑空。

 

限界高度に達した所でパラシュートを開いて着地に備える。

 

丁度人気がない場所を選び、衝撃を殺すようにして着地。

 

風に流されるパラシュートを、手早く回収していく。

 

観光客が何だ何だと騒ぐが、逆に生徒は俺の事を知っているので手を振ってくる。

 

「きゃー!長野さーん!」

 

「来てくれたんですねー!」

 

「やぁ、お邪魔するよ」

 

外行き100%の笑顔で生徒に手を振る、中学時代散々鍛えられた営業スマイルだ。

 

当然眼鏡はしていない、だから知っている生徒からは熱い歓声が、知らない生徒は釣られてキャーキャー言っている。

 

相変わらずノリと勢いが良い、戦車道履修生は更にノリと勢いが良い。

 

「アンチョビはコロッセオかな?」

 

「はい、丁度今集会やってますよ!」

 

アンツィオでアンチョビ、ドゥーチェと言えば一発で通る。

 

それ位彼女は有名で人気だ。

 

パラシュートを手早く畳み、アンチョビ達が何時も練習しているコロッセオへ足を向ける。

 

「あ!長野さーん!」

 

「え、本物!?」

 

街中を走り回るCV33から生徒が手を振ってくるのに振り返したり、屋台の料理に釣られたりしながらコロッセオに辿り着くと、丁度アンチョビが見覚えのない戦車の上でポーズを取っている所だった。

 

あの戦車が、購入したって言うP40か…。

 

アンツィオ初の重戦車、そりゃ嬉しくてポーズも取りたくもなるか。

 

「ん?お、おぉお!叢真じゃないかっ!」

 

「久しぶり、アンチョビ」

 

「何だ何だ、来てくれるなら連絡の一つでも寄越せば良いのに!よく来てくれた、歓迎するぞぉっ!」

 

戦車の上から俺に気付いたアンチョビが、生徒達を掻き分けて俺に抱きついてくる。

 

イタリア式の挨拶だと分かっていても照れる。

 

「うそ、長野さん!?」

 

「長野さんだー!長野さんが来てくれたぞーっ!!」

 

俺に気付いた生徒達で、沸き立つコロッセオ。

 

この歓迎ぶりは相変わらずである。

 

「見ろ、叢真!これが我が校の新しい切り札!P40重戦車だーっ!」

 

「良く買えたな、大変だっただろう」

 

「あぁ、叢真が起こしたアンツィオの奇跡で、連盟から出た報奨金が無ければ足りなかった所だ。本当に、感謝しているぞ!」

 

俺が中学時代、聖グロにたった4両の戦車で勝った試合はアンツィオの奇跡と呼ばれ、今の1年生どころか全校生徒に知られているらしい。

 

だからアンツィオに来ると、戦車道履修者じゃなくても俺の事を知っている。

 

と言うか、学園艦が俺の当時のプロマイドやDVD(!?)を公式販売している。

 

俺は拒否したのだが、母の言葉には勝てなかったよ…。

 

「そう言えば、遅くなったが一回戦突破おめでとう」

 

「ありがとう、いや、だが我々の快進撃はまだまだ続くぞ!次の大洗にも勝って、アンツィオは弱く…じゃない、強いって事を証明するのだ!」

 

「「「「「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」」」」

 

アンチョビの言葉に、唱和されるドゥーチェ。

 

本当に、ノリと勢いだけは何処にも負けないな…。

 

しかしそのノリと勢いを利用した作戦を立てれば、この上なく強力な力になる。

 

折角来たのだ、俺も偵察らしく、一つアンツィオ側の作戦でも引き抜いてみよう。

 

すまんなアンチョビ、今の俺は大洗の人間なんだ…。

 

「それで、次の試合はどんな作戦を――「叢真さん」ヒェッ!?」

 

作戦を聞こうとしたら、背後から語尾にハートマークが付きそうな熱いねっとりとした声で名前を呼ばれ、思わず悲鳴が漏れた。

 

あぁ、居る、背中に、俺の背中に張り付くようにして、彼女が、彼女が居る…!

 

「来てくださったんですね…私、とっても嬉しい…」

 

「か、かかか、カルパッチョ…い、いつの間に…」

 

背後に、と言うか背中に張り付いて指先で背中をクリクリと弄ってくるのは、アンチョビの片腕、カルパッチョ。

 

幼い頃から戦車道をやっていて、その為に俺についても一番詳しいと自負している少女。

 

そして、何故か俺の好みを把握している謎多き女の子。

 

「おぉカルパッチョ、丁度良かった、これから叢真の歓迎会を開こうと思うんだが、どうだ?」

 

「名案ですドゥーチェ。それなら、これが必要ですね♪」

 

え?ガチャって、何、何か腕に冷たい感触が…まさか、これ、手錠!?

 

「な、何をするのだカルパッチョ!何故叢真に手錠を掛ける!?と言うか何処から出したんだそれ!」

 

「か、カルパッチョさん?な、何故俺に手錠を…?」

 

両手に手早く掛けられたのは、ピンク色した手錠。

 

プラスチック製だが、結構本格的な作りをしている。

 

「だって、逃げられたら困るじゃないですか。ね?大洗学園の長野叢真さん?」

 

ヒェッ

 

な、何故、何故バレてる!?

 

「お、大洗…だと?」

 

「…何のことかなカルパッチョ、冗談がキツいぞ」

 

愕然とするアンチョビと、努めて冷静に振る舞う俺。

 

だが内心冷や汗でダラダラである。

 

「私、大洗に親友が通ってるんです。たかちゃん、て言うんですけど、そのたかちゃんからの写真に、叢真さんが写り込んでたんですよ…」

 

誰だよ。

 

俺の写真を撮った奴にたかちゃんなんて渾名で呼ばれるような子は居ない……あ。

 

まさか、歴女チームの事か!?

 

そう言えば昨日、何か写真撮られたけどあれか!?

 

「試合前の相手校への諜報活動は禁じられてません。でも、もし見つかって捕まった場合、その生徒は試合終了まで捕虜として相手校で過ごすと言う暗黙のルールがあります」

 

「う、うむ、確かにそう言う形にはなっているな…所属校を教えてくれないから気にはなっていたが、まさか大洗学園に居たとは…叢真、信じていたのに…!」

 

「す、すまんアンチョビ、だが分かってくれ、俺はもう大洗の人間なんだ…!」

 

別に好き好んでアンツィオと敵対したい訳じゃない。

 

ただ、俺ももっと大洗の戦車道の一員として出来ることがあるんじゃないかと思ってだな。

 

つい、偵察に来ちゃった訳で。

 

「で・す・の・で♪叢真さんには今日から大洗との試合終了までここで私達と過ごして頂きます!」

 

それはそれは素敵な笑顔で言い切るカルパッチョさん、でも俺は見た、彼女の瞳の奥で輝く、ハートマークを…。

 

いかん、喰われる…!

 

「叢真が、アンツィオで…!そんな、夢にまで見たあの小説の様な学園生活が出来るのか…!?」

 

「そうですよドゥーチェ、毎日叢真さんと会って、毎日同じ学校に通って、毎日一緒に過ごせるんですよ♪」

 

あぁ、アンチョビが、アンチョビがカルパッチョに洗脳されていく…!

 

毎日一緒にって、学年違うじゃないかアンチョビ…あと俺男子だからアンツィオには通えないだろ…。

 

「長野さんがアンツィオに通う…!?」

 

「つまり長野さんと、先輩と夢のスクールライフを…!?」

 

「漲ってきたぁぁぁぁっ!」

 

ヒィッ、他の生徒まで!?

 

これは不味い…まさかバレるとは思ってなかったが…仕方がない。

 

「アンチョビ、カルパッチョ」

 

「な、なんだ叢真、お弁当ならちゃんと私が作ってあげるぞ!?」

 

「お部屋は私がちゃーんと準備しますから、心配ないですよ?」

 

アンチョビは兎も角カルパッチョさん怖いです。

 

「すまないがそろそろ帰らないとなんだ、だから……ふんッ!」

 

バキリと音を立てて手錠が壊れる。

 

金属製なら危なかった…。

 

「な…!」

 

「え…!」

 

「また試合で会おう!」

 

呆然とする2人の隙をついて、その場から走り出す。

 

ハハハハ、サラダバー!もとい、サラバだ!

 

「お、追えー!叢真を逃がすなーっ!なんとしても捕まえるんだーっ!」

 

「逃げたぞー!追え追えー!」

 

「逃がすなーっ」

 

「ナニをしてでも捕まえるんだーっ!」

 

おいこら、誰か不穏な事叫んだだろう!?

 

そんなツッコミを入れる暇も無く、俺はコロッセオの壁を駆け上がり、そのまま通路へと飛び込む。

 

その後を、カルパッチョを先頭にアンツィオの1年生達が追いかけてくる。

 

くぅぅ、まさかこんな事態になるとはー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ行ったー!」

 

「あっちだ、あっちを探せ!」

 

狭い裏路地を走り抜けていく生徒達を眼下に、両足を開脚して通路の壁と壁の間に蜘蛛の様に張り付いて息を潜める。

 

人気が無くなったのを確認して、ツツツツーと壁から降りてくる。

 

「この分だと港は危ないな…飛行場も抑えられたかもしれん…」

 

帰りは何時も陸地行きの船に乗って帰ってたからなぁ。

 

そっちが抑えられたら逃げ場が無い。

 

どうしたものか…そう思案していたら迫る気配に気付けなかった。

 

「タックルーっ!」

 

「ぐふぉっ!?」

 

体重の乗った見事なタックルで倒される俺、慌てて起きようとすれば迫る両手。

 

咄嗟に両手をかざし、ガッチリ組み合う状態になる。

 

「うひひ、長野先輩見つけたー♪」

 

「ちょ、近い、近い近いっ!」

 

顔をぐぐぐっと近づけてくる生徒に対して、反射的に顔を反らすが、仰向けの状態ではそれ以上顔を反らせない。

 

「暴れんなよ…暴れんなよぉ…♪」

 

「ちょ、いやっ、やめてぇッ!」

 

言葉だけ聞くとあれだが、襲われているのは俺である。

 

「アンチョビ姐さんからは、ナニをしてでも捕らえろって言われてるんスよー♪」

 

「言ってない、絶対そんな意味深な事言ってないぞアンチョビは!」

 

あの乙女なアンチョビがそんな事言う訳がない!

 

「はぁはぁ、憧れだった長野先輩とデキるなんて…!」

 

「待て、冷静に話し合おう、な!畜生、力強いなっ!」

 

両手を押し返そうとするが、全力で体重を掛けて押し倒しに掛かってくる。

 

その顔には見覚えがある、確かえーと、ペパロニの相方で操縦手の…!

 

「アマレット、イきまーす♪」

 

「のおおおおお!?」

 

目の奥にハートマークを浮かび上がらせた子、アマレットが顔面を突き出して来る。

 

「おんどりゃーっ!」

 

「へぶぅっ!?」

 

が、その時勇ましい声と共に、アマレットが吹き飛んだ。

 

「ぺ、ペパロニ…!?」

 

「大丈夫っすか旦那!?おいこらアマレット、お前何考えてんだ旦那を襲うなんてっ!」

 

そこに居たのは、コックの格好をしたペパロニだった。

 

「きゅ~……」

 

「ちっ、気絶してやがる。大丈夫っすか旦那、何か騒がしいから来てみりゃアマレットが襲いかかってたんでビックリしたっすよー」

 

「あ、ありがとうペパロニ…ペパロニは俺を捕まえないのか?」

 

「え?なんで旦那を捕まえないとなんすか?鬼ごっこっすか?」

 

「いや、知らないなら良いんだ、助かった、本当に…」

 

ストーカーに攫われた時並にピンチだった、大洗で平和な時間を過ごしたからか、俺を肉食獣の如く狙っている人も居ると言う事実を忘れかけていた…。

 

まさかアンツィオにも居るとは…。

 

「何か知らないけど、旦那が困ってるなら自分が力になるっすよ!」

 

「ペパロニ…!」

 

お前は天使か。

 

あぁもう本当に、俺の癒やしはお前とみほちゃんだよ。

 

「見つけましたよ叢真さん!」

 

げぇ、カルパッチョ!(ジャーンジャーンジャーン

 

だが慌てる俺の前に、ペパロニが立ち塞がる。

 

「おいおいカルパッチョ、旦那を追い回すなんて何考えてやがる!事と次第によっちゃぁ私が相手になるぜ!」

 

いかん、ペパロニに惚れそうだ。

 

って何で俺がヒロインみたいな扱いになっているんだ…。

 

「あの場に居なかったのねペパロニ。いい、叢真さんは大洗学園の生徒だったの、今日は諜報活動の為に、このアンツィオに来たのよ!」

 

「な、なんだってー!?」

 

あ、あれ、ペパロニ?

 

そんな一瞬で信じちゃうの?

 

「そして、諜報活動で捕らえられた生徒は、試合終了まで捕虜として過ごす事になるの。つまり、叢真さんと学校生活が送れるのよペパロニ!」

 

「なん…だと…!?」

 

あ、これアカン奴だわ。

 

絶対アカン奴だわ。

 

「既にドゥーチェから捕縛命令が出てるわ、どんな手を使ってでも叢真さんを捕らえろと…」

 

ヒィッ、カルパッチョの瞳の奥でハートマークが燃えてるよ…!

 

どろどろに燃えてて怖いよ…!

 

「旦那との学校生活…毎日私の料理を食べて貰える…毎日…毎日…」

 

ブツブツと呟くペパロニ、ダメみたいですねぇ…。

 

こっそり逃げようとしたら、背後を別の生徒に塞がれる。

 

「今よ、捕らえて!」

 

「っ、どりゃーっ!!」

 

「きゃーっ!?」

 

ペパロニ!?

 

俺の退路を塞いでいた生徒を、ペパロニが押し倒した。

 

「行って下さい旦那!自分に構わず!」

 

「ペパロニ、お前…!」

 

俺を優先して…アンチョビの命令に背いてまで…!?

 

「へへっ、旦那との学校生活も良いけど、やっぱり旦那には自由に生きて欲しいっすからね!」

 

ペパロニ…!

 

「くっ、愛してるぞペパロニーっ!」

 

「自分もっすよ旦那ー!また会いましょーっ!」

 

思わず本音をぶち撒けながら走り出す俺と、手を振るペパロニ。

 

すまんペパロニ、散々アホの子だなんて思ってた俺が悪かった!

 

お前は俺の天使だ!

 

「待ちなさーい!」

 

「ここからの俺は…本気だッ!!」

 

ペパロニがくれたチャンス、無くしてなるものか!

 

「そんな!?壁を走って…!?」

 

「ちょ、すごっ!?」

 

「ニンジャだ、ジャパニーズニンジャだ!」

 

「ジッサイ凄い!」

 

壁を駆け上り、屋根に飛び移り、そのまま建物の反対へ消える俺。

 

ペパロニ、また会おう…!

 

 

 

 

 

「えへへ…愛してるって言われちった…♪」

 

「いたたたた…あれ、長野先輩は?私の夢の時間は!?」

 

「あ?ねぇよそんなもん」

 

「ちょ、ペパロニ姐さん痛い痛い痛いー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルパッチョ達を撒いたのは良いが、アンツィオから脱出する方法を考えないと。

 

ここじゃ俺の顔は知られてるから、戦車道履修者以外からも追われる可能性があるし、油断出来ない。

 

「長野殿、長野殿、こっちこっち!こっちですよー!」

 

「あ、秋山さん…?」

 

聞き慣れた声に顔を向ければ、建物の影から顔を出す秋山さんの姿が。

 

その服装はアンツィオの制服姿。

 

「秋山さん、また潜入してたのか…」

 

「ビックリしましたよ、長野殿が空からパラシュートで降りてきたと思ったらこの騒ぎですもん」

 

カメラ片手に安堵している秋山さん、サンダースに続いてアンツィオにまで潜入するとは。

 

この子、本当に何者なの。

 

「情報は入手しました、早く大洗に帰還しましょう」

 

「だがどうやって…」

 

「私が使った、コンビニ船を使いましょう、長野殿なら簡単に忍び込めますよね?」

 

そりゃ出来るけど。

 

コンビニ船か、盲点だったな。

 

あれは普通の船と違って、各学園艦を巡る船だ、途中港に寄港して荷物を積み込むからその時降りれば良いか。

 

「では参りましょう!」

 

「あぁ、さっさと帰ろう…」

 

とんだ訪問になってしまった、次からは気をつけなくてはな…。

 

その後、秋山さんの誘導でコンビニ船に忍び込み、彼女と一緒に大洗まで戻った。

 

密航する事になるとは…身体能力が高くて助かったな本当に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに試合は大洗学園が勝った。

 

 

 

 




本編アンツィオの省略芸しゅき(´・ω・`)


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そのはち

アンツィオの子は良い子(´・ω・`)



アマレットちゃんに襲われたい(´・ω・`)



そう思う私はペパロニ派(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すんませんでしたっ!!」

 

「自分からも、すいません旦那!」

 

「あぁ…まぁ、未遂だし…」

 

試合後、アンツィオによる盛大なお持て成しが行われている場所で。

 

俺は、アマレットから謝罪を受けていた。

 

アマレットの頭を掴んで一緒に頭を下げるのは大天使ペパロニ。

 

「長野先輩を思う気持ちがついノリに乗っちゃって…本当にすんませんでしたぁっ!」

 

「本人も反省してますし、許してやって下さい旦那…!」

 

「分かった、分かったから泣くな、ほら、綺麗な顔が台無しだぞ」

 

俺を勢いで襲いそうになったアマレットは、あの後反省してペパロニに付き添われて謝りにやってきた。

 

うん、ノリと勢いが良いだけで根は本当に良い子なんだよな、アマレット含めて。

 

涙でグシャグシャになっているアマレットの顔をハンカチで拭いて綺麗にしてやる。

 

パーティーをやっている会場の裏、人気が無いとは言えあまり見られたい場面ではない。

 

と言うか、俺が泣かせていると思われる。

 

「うぅ、優しいっす長野先輩……やっぱり好きぃぃ痛い痛い姐さん痛いっす!?」

 

「お・ま・え・はっ、反省したんじゃなかったのかぁっ!?」

 

俺の胸に飛び込んできたアマレットの後頭部を掴んでギリギリと握るペパロニ。

 

戦車道やってる子って握力とか腕力とか強いのよね…。

 

「そーうーまーさん♪」

 

「ヒェッ!?」

 

突然耳元で甘い声で囁かれて思わず悲鳴が漏れる。

 

こんな登場をするのは彼女しかいない、カルパッチョだ。

 

「お話は終わりました?」

 

「あ、あぁ…カルパッチョこそ良いのか、たかちゃん…カエサルとの会話は」

 

カルパッチョの親友、俺がアンツィオで大洗所属である事を知られる原因となったたかちゃんは、案の定歴女チームの一人、カエサルだった。

 

試合前にカルパッチョと再会して嬉しそうにしているカエサルと言う珍しい光景が見れたものだ。

 

「はい。所で、ドゥーチェが呼んでいましたよ?」

 

「そうか…あの、カルパッチョ…?」

 

なんで手を握ってその手をニギニギしてくるの…?

 

「本当は試合に勝ったらにしようと思ってたんですけど…負けちゃいましたから」

 

「あ、あぁ…」

 

何を?何をしようと思ったの?

 

そんな顔を赤く染めてモジモジするような事をしようとしてたの?

 

「また次の機会にまでとっておきますね…ふふ♪」

 

「は、ははは…そうしてくれると助かるかな…」

 

何をされるの俺…?

 

カルパッチョの笑顔が怖い、握った手の握力が怖い。

 

「おいカルパッチョ、旦那に変な事すんじゃねーぞ!」

 

「大丈夫よ、変な事じゃないから…」

 

ほんとぅ?

 

「カルパッチョ姐さんずるいっす、私もしたいっす!」

 

「あらぁ、でもダメよ、アマレットは抜け駆けしようとした罰で私の後ね?」

 

何の?何の順番なの!?

 

したいって何をする気なんだアマレット…!

 

えぇい、こんな場所に居られるか!

 

「アンチョビが呼んでるんだったな!それじゃまたなッ!」

 

長居すると取り返しの付かない事になりそうなので急いでその場を離れる。

 

笑顔で手を振るカルパッチョと、指を咥えて物欲しそうなアマレット、頭をかくペパロニを残し、アンチョビの元へ。

 

大洗アンツィオ両校の生徒がお祭り騒ぎをする中、アンチョビの姿を探す。

 

居た、こういう時アンチョビのあの髪型は目立って良い。

 

「アンチョビ、呼んだか?」

 

「おぉ、叢真、どうだ食べているか?」

 

「あ、長野さん、お疲れ様~」

 

アンチョビの隣にはみほちゃんが居て、アンチョビと楽しそうに会話していた。

 

こういう交流を行う経験が無かった大洗にはいい経験になる。

 

「いやー、改めてお疲れ様だ、負けたが気持ちが良い敗北だった、行けるとは思ったんだがまだまだ私も甘かった」

 

「そんな事は無いさ、欺瞞作戦が成功していたらどうなっていたか分からなかったしな」

 

「はい、気が抜けない戦いでした」

 

反省をするアンチョビに、言葉を返す俺とみほちゃん。

 

実際、欺瞞作戦が成功していたら、アンツィオのノリに乗られて危なかっただろう。

 

ペパロニのうっかりとアヒルさん、ウサギさんチームの冷静な対応で助かった所だ。

 

そう言えばどちらのチームも初撃破だったな、後でうんと褒めておこう。

 

「次に来るのはきっとプラウダだ、我々も全力で応援するから頑張るんだぞ、叢真、西住!」

 

「あぁ、努力するよ」

 

「頑張ります!」

 

アンチョビの気持ちのいい声援に、握手をしながら返す俺達。

 

本当に、アンツィオは気持ちがいい選手が多くて気分がいい。

 

若干、身の危険を感じるが…。

 

しかし次はプラウダか…またあの6校とは、まぁ出場校の総数を考えると当たるのは仕方のない事なんだが。

 

今度は小細工が通用するような相手じゃない、辛い戦いになるな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロが黒森峰に敗北した。

 

その情報を聞いた俺の感想は、やっぱりか…と言う物だった。

 

聖グロは決して弱くない、だがOG会なる集団によって所有戦車に大幅な制限が掛けられている聖グロと、一切の制限のない黒森峰。

 

保有戦力の差で、ダージリンはまほさんに敗北した。

 

俺がアンツィオで叩きのめした時にOG会も考え直して、ダージリンの代でやっとクルセイダー隊を組織できたのだ。

 

逆を言えば、まーだOG会が頭の悪いこと言っているのである、ダージリンの苦労が伺える。

 

「長砲身にしたついでに、外観も変えておいたよ」

 

「F2ぽく見えますね!」

 

アンツィオとの試合も終わり、大洗は戦力の拡充に専念していた。

 

あんこうチームのIV号が長砲身に変更になり、見た目も秋山さんが言う様にF2型の様になった。

 

口径が大幅に上がり、長砲身なので射程と命中性も格段に向上した。

 

そしてルノーの修理が完了し、その搭乗者として風紀委員チームが新たに戦車道履修者に加わってくれた。

 

念願の重戦車、1両とは言えこれで選択肢の幅が増える。

 

戦力が増えた事で気合を入れ直す激を飛ばす河嶋先輩。

 

だが、1年生チームから相手は去年の優勝校、負けても次があると意見が出る。

 

「負けたら駄目なんだっ!」

 

「河嶋先輩…落ち着いて」

 

「っ…すまん」

 

事情を知るだけに熱くなる河嶋先輩を止める。

 

生徒会以外は、皆知らないのだ、敗北の先にある喪失を。

 

「勝たなきゃダメなんだよね…」

 

会長の呟いた言葉に、全員が黙り込む。

 

「みほちゃん、指揮を。練習を開始しよう」

 

「あ…はい、練習を開始します!」

 

「「「「「はいっ」」」」」

 

走り出すメンバー、会長に視線を向けると、小さく頷いて口を開いた。

 

「西住ちゃん、長野ちゃんも、後で大事な話があるから生徒会室に来て」

 

「あ…はい」

 

話す気になったか…。

 

練習を終え、武部さん達を見送った俺とみほちゃんは揃って生徒会室へ。

 

そこには、会長特製のあんこう鍋が準備されていた。

 

北緯50度を超えてすっかり寒くなってきたから鍋はありがたい。

 

河嶋先輩が会場をルーレットで決めるのは止めてもらいたいと苦言を呈するが、それは同意だ。

 

ただ、ルーレットで決まるからこそ、お互い見知らぬ土地での戦いをする事になる。

 

その点に関しては公平だ。

 

ただ、今回の会場は北、プラウダの得意とする寒冷地戦になる。

 

ルーレットでの決定が仇になった形だ。

 

用意されたテーブルがコタツなので、みほちゃんと並んで足を入れる。

 

どうしてこう、コタツには抗えない魅力があるのか…。

 

思い出話に華を咲かせる生徒会チーム、様々な行事の写真を見せてくれる。

 

どの写真も奇抜な事をやっているが、会長達は全員楽しそうだ。

 

だが、その言葉も止まる。

 

みほちゃんがどうしたのかと視線を彷徨わせると、鍋が煮えたと河嶋先輩が口にし、あんこう鍋を頂く事に。

 

……話せない、か。

 

あんこう鍋を頂き、みほちゃんと2人帰路に付く。

 

結局会長が言っていた話は聞けなかった、言えなかったのだろう、転校してきたばかりのみほちゃんの、これ以上の重荷になる事を。

 

大凡を推測している俺に何も言わないと言う事は、俺にも責任を負わせたくないのだろう。

 

全く、そんなに優しいなら無理してみほちゃんを引き込まなければ良いだろうに。

 

結局生徒会も、一杯一杯だったのだろう。

 

学校全体に関わる事、大きな喪失…廃校、か。

 

学園艦の維持運用には莫大なお金がかかる。

 

特に秀でた成績のない学園艦を廃校にして、その分のお金を他の学園艦やイベント運営管理に当てる…。

 

道理と言えば道理だが、それではいそうですかと納得出来るほど、会長達は大人じゃない。

 

そして…俺も、そこまで割り切れない。

 

「みほちゃん」

 

「はい?」

 

「俺は、自分が思っていた以上に、ここが好きらしい」

 

「……」

 

「世の中が嫌になって、逃げ出してきた先だが、案外居心地が良かった様だ」

 

「えっと…?」

 

「…何でも無い、ただの感想だ。帰ろう」

 

「あ、待って下さいよぅ」

 

帰り道で、みほちゃんに胸の内を明かす。

 

何だかんだで、皆に囲まれた今の生活を、俺は好きになっていたらしい。

 

だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、俺に出来る事を。

 

そう思って、やってきましたプラウダ高校学園艦。

 

いやー、寒空の下のスカイダイビングは冷えるねー。

 

アンツィオでは身内のまさかのうっかりで大変な事になったが、今回は大丈夫だろう。

 

広場に降り立った俺を、偶々通りかかった戦車道履修者のニーナとアリーナが見つけ、カチューシャの元へ案内してくれている。

 

プラウダは厳格な部分があるから、アンツィオの様に熱狂的な歓迎は無いが。

 

それでも、ニーナ達は嬉しそうに俺を迎えてくれた。

 

こうも嬉しそうに出迎えられると、偵察で来た事が心苦しくなる。

 

だが俺は今は大洗の生徒、心を鬼にして情報を得なければ。

 

「ちびっ子隊長はこの先ずら」

 

「ありがとうニーナ」

 

小柄なのでついカチューシャにするように頭を撫でてしまうが、キャーキャー嬉しそうなので良しとしよう。

 

2人が案内してくれた通路の先にはカチューシャが来客を迎える部屋がある。

 

何度かお茶会をしている部屋だ。

 

その部屋に入ろうとして…背筋を通り抜ける悪寒に従い、コートを翻してバックステップ。

 

「ち…っ流石ですね、同志長野」

 

「何のつもりですか、ノンナさん…」

 

扉を開け、その右手にスタンガンを持って現れるノンナさん。

 

危な、なんて物を用意してるんだこの人。

 

「の、ノンナ!?何をしているのっ?ソーシャに失礼じゃない!」

 

「やぁカチューシャ、今日の歓迎は随分手荒いじゃないか」

 

「ち、違うのよソーシャ!?ノンナ!説明しなさいっ!」

 

扉の向こうで突然のノンナさんの行動にプリプリと怒るカチューシャ。

 

この様子だと、ノンナさんの独断らしいな。

 

「カチューシャ、同志長野は大洗からの偵察です。捕縛すれば、試合終了までこのプラウダで過ごす事になるんですよ?」

 

「え、そうなの?ソーシャ、大洗なんて聞いたことも無いような学校に行ってたの!?」

 

バレテーラ。

 

えー、なんでー、なんでもうバレてるのー…。

 

そしてノンナさんの発想がカルパッチョと同じだ。

 

「ダージリンが先のお茶会で教えて下さったじゃないですか」

 

「聞いてないわよっ!?」

 

「何度も説明しました」

 

おのれ、犯人はあの格言淑女か!

 

なんてタイミングでバラしてくれてんだ!

 

「ま、まぁいいわ、そう言う事なら仕方ないわね!ソーシャ、カチューシャを裏切った罪は重いのよ、罰として永遠のシベリア送りなんだからっ!」

 

「プラウダで卒業まで過ごす権利を与えるとの事です、良かったですね同志長野」

 

良くねぇです。

 

それって転校させられるって事じゃないですかやだー。

 

「すまないカチューシャ…だが許してくれ、俺はもう大洗の人間なんだ」

 

「ソーシャ…!」

 

「逃しませんよ、同志長野」

 

ノンナさんが指を鳴らすと、背後に人の気配。

 

最初から誘い込む気だったのか。

 

スタンガンまで用意している辺り、逃がす気がないらしい。

 

「あまり手荒な事はしたくありません…大人しくして下さい同志長野」

 

そう言って微笑むノンナさん…あの、貴女、なんでそんな嬉しそうなんですか?

 

凄い笑顔ですよね今。

 

「そうよ、ソーシャ、怪我したら危ないじゃない、大人しく捕まりなさい!」

 

相変わらず偉そうなのに良い子であるカチューシャ。

 

心配してくれてありがとうなカチューシャ。

 

でも大丈夫。

 

「逢えてよかったよ、カチューシャ…サラバだッ!」

 

「同志長野!?」

 

「ソーシャ!?いやぁぁぁっ!?」

 

窓を開いてその窓から身を投げる、3階の窓だから高いな。

 

背後からノンナさんとカチューシャ達の悲鳴が聞こえるが、構わず雨樋を掴んで滑り降りる。

 

手袋してて良かったー。

 

「ちっ、流石の身体能力ですね同志長野…追いなさい!」

 

「Понятно!」

 

「ソーシャ…ソーシャぁぁぁっ!」

 

元気でな、カチューシャ!

 

また試合で会おう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で、プラウダの戦車の写真と情報」

 

「盗ってきたんですかっ!?」

 

「長野殿、私より無茶してるじゃないですかー!」

 

「あらまぁ、こんなにボロボロに…」

 

「ちょっとちょっと、怪我してないでしょうねー?」

 

「……映画のスパイみたいだな」

 

大洗に辿り着いて盗ってきた情報をみほちゃんに渡したら、驚かれた。

 

いやはや大変だった、あの後戦車倉庫に忍び込んで、資料を漁って、写真撮って逃げてきた。

 

久々に本気出して逃げたが、いやぁ戦車道履修者って何であんなにパワフルなんだろうね?

 

アンツィオの生徒もだけど結構人間離れしてる子居るよね。

 

バケモノ言われてる俺が言うのもアレだけど。

 

そう言えばみほちゃんも、荒れ狂う川に水没した戦車から何人も助けてるんだよね…。

 

あれ、それ考えると俺別に普通じゃないか?

 

「コートがボロボロじゃない、ほらかして、綺麗にしてあげるから」

 

「ありがとう武部さん」

 

「あ、あれ、今の流れってなんだか良妻賢母って感じじゃなかった!?」

 

うん、言わなければ良妻だったね。

 

「あ、擦り剥いてますよ、ここ」

 

「痛…、擦ったかな」

 

五十鈴さんに突かれてじんわりとした痛みが走る、狭いダクトの中這いずったりしたからなぁ。

 

「あ、私医療キット持ってますよぉ!」

 

「手当しましょう、はいこちらに座って下さい」

 

秋山さんが愛用の鞄から医療キットを取り出し、五十鈴さんが手当してくれる。

 

「何にせよ無事で良かったぞ」

 

「何度か身の危険を感じたけどね…」

 

別の意味で。ノンナさんとかノンナさんとかノンナさんから。

 

俺の本能が言っている、ノンナさんはカルパッチョと同じカテゴリーだと。

 

逆にカチューシャはペパロニと同じだ。

 

「うん…これだけ詳細な情報があれば…ありがとう長野さん!」

 

「試合になったら俺は何も出来ないからな…この位何てことはない」

 

少しでも試合の助けになるなら、俺も派手な潜入作戦を決行した意味がある。

 

しかし試合の日が怖いなぁ…カチューシャ泣いてなければ良いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日、会場は雪が降りしきる雪原地帯。

 

あまりの寒さに凍える生徒も居れば、元気に遊び回る生徒もいる。

 

こらこら1年生チーム、雪合戦は良いがちゃんと補充済ませたんだろうな。

 

歴女チームも雪像作ってないでちゃんと準備…どうやって作ったその信玄像!?

 

「小山先輩、これも各車両に積んでおいて下さい」

 

「はい?なにかなこれ」

 

「簡単なサンドイッチと、シチューです。長期戦になったら食べて下さい」

 

視界の悪い雪原での戦い、長期戦になる事も予想される。

 

いや、戦力差を考えると長期戦に陥る可能性のほうが高い。

 

「ありがとう、助かるよぉ!」

 

「人数分たっぷりあります、シチューは温めて食べて下さい」

 

「分かったわ、みんなー、長野くんが手料理作ってくれたわよー!」

 

「えっ、先輩の手料理!?」

 

「食べたい食べたい!」

 

「ダメよ、試合が長引いたら食べる分よ!」

 

「長野殿の手料理か、これはクるものがあるな」

 

「愛を感じるぜよ」

 

「コーチの手料理!これは気合が入ります!」

 

「いいから積み込んでくれ」

 

何だか妙に人気だが、ただのサンドイッチとシチューだぞ、シチューは鶏肉とジャガイモたっぷりの普通のだし。

 

そんな準備を進めていると、プラウダの車両がやってきた。

 

試合前の挨拶か、こういう所は確りしてるからなぁカチューシャも。

 

車を降りてきたのは案の定カチューシャとノンナさん。

 

2人とも俺に何か言いたそうだが、その視線を会長が遮ってくれる。

 

「やぁやぁカチューシャ、会長の角谷だ」

 

「……ノンナ!」

 

「はい」

 

手を差し出す会長に対して、カチューシャは見下されるのを嫌ってノンナさんに肩車してもらう。

 

「あなた達はね、全てがカチューシャより下なの、戦車も技術も身長もね!」

 

流石に身長は無理があるぞカチューシャ…そんな肩車状態で言っても。

 

「唯一上な点を挙げれば、それはソーシャが居るって事だけよ。でもね、ソーシャはカチューシャの物なの、そうでしょノンナ!」

 

「はい、その通りです」

 

いや、俺は俺の物であってカチューシャの物じゃない。

 

あぁほら、誤解した1年生が先輩ロリコン…!?って目で見てくるじゃないか、違うんだ澤君、俺にそんな趣味はないから裏切られた!って顔しないでくれ!

 

逆に何で阪口と宇津木と大野は嬉しそうなんだ、もしかして自分達がロリ枠だと自覚してるのか…?

 

「試合に勝ったら、ソーシャは返して貰うからね!行くわよノンナ!」

 

「はい。同志長野、お部屋を用意しておきますね」

 

何の部屋。

 

やっぱりカルパッチョと同じ匂いがするぞノンナさん…信じてたのに…。

 

カチューシャ達が去った後、最後のミーティングを行うが、みほちゃんの慎重に行くと言う作戦に対して、一気に攻めようと言う意見が全員から出てくる。

 

これは…不味いな。

 

サンダース、アンツィオに勝ってきた事で、自信が付いたのは良いが、余計な驕りまで付いて来てしまった。

 

こうなると指揮が機能しなくなる、だが否定すると士気が下がる。

 

こういう時は、俺が嗜めるしかないな。

 

「全員待て、いくら相手が舐めているとは言え、それは実力が裏付けした強者の特権だ。舐めているからと言って迂闊に飛び込めば、どんな罠が待っているか分からないんだぞ」

 

「ですがコーチ!」

 

「勢いは大切だってアンツィオの人達も言ってました!」

 

それは何時もノリと勢いで突き進むアンツィオ生徒だから許される事であって、俺達が真似したら怪我じゃ済まないんだぞ…。

 

「……分かりました、一気に攻めます」

 

「みほちゃん…?」

 

「長野さんの懸念も尤もですが、勢いは大切です、皆が勢いに乗っている間に勝負を決めます…長引けば雪上での戦いに慣れた向こうのほうが有利になりますから…」

 

それはそうだが…いや、隊長であるみほちゃんが決めたならこれ以上俺が口を挟む事が出来ないか…。

 

会長達の後押しもあり、一気に勝負に出る事に決まった。

 

「全員、勢いも良いが決して前に出過ぎるなよ、プラウダは引いてからの攻防が強い、誘い込まれたら終わりだと思うんだ」

 

「分かってますコーチ!」

 

「大丈夫ですよ先輩、見ていて下さいね!」

 

「長野殿はどっしり構えて私達の勝利を待っていればいい、安心しろ、あんなちびっ子には渡したりしないからな」

 

念押しするが、通じてるのかいないのか…。

 

何にせよ、後は俺には待つしか出来ないな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、長野さん。会いに来て下さったの…あの、長野さん?」

 

「長野さん…え?これを私に?良いんですか?わぁ、美味しそうなサンドイッチ…」

 

「あの、長野さん、私の分は…あの、どうして視線を合わせて下さらないの?ねぇ長野さん?ちょっと?」

 

「ありがとうございます、頂きますね」

 

「どうしてペコにだけ…長野さん、私何か貴方を怒らせる事したかしら?え、自分の胸に聞け?ちょ、本当に怒ってますの長野さん!?」

 

「ダージリン様…一体何をしたんですか、長野さん怒ってましたよ?」

 

「ご、誤解よペコ、私何も怒らせるような事なんて…あぁ、何てことなの、一体何が…長野さん、どうしてなのぉぉぉ…!」

 

 

 

 

 

人の秘密をペラペラ話す人には差し入れはあげません。

 

 

 

 

 

 

 

 




ダージリン様は弄られてこそ輝く、そんな風潮(´・ω・`)ハヤレ


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そのきゅう

調子が良いので連続投稿(´・ω・`)



書ける時に書かないとね(´・ω・`)







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な予感が当たった。

 

プラウダの2両を最初に撃破したのに浮かれて、そのまま逃げる車両を追跡。

 

まんまとカチューシャの策にハマってしまい、相手フラッグ車に気を取られている隙に包囲されてしまった。

 

みほちゃんが咄嗟の判断で、大きな建物に立て籠もったが…これは不味いな。

 

暫くするとプラウダ側から降伏勧告の使者が送られ、全員土下座したら許してやると伝えられた。

 

本当に身長に関してコンプレックスなんだなカチューシャ…。

 

俺としては膝に乗られる関係で今の大きさが丁度いいんだが。

 

それは兎も角、このままでは怪我人が出かねない状況に、降伏も考えるみほちゃん。

 

通信の許可さえあれば、作戦に口出しが出来ると言うのに…!

 

隔離スペースに置かれた無線機から聞こえる会話に、ギリギリと手を握り込む。

 

監督やコーチをやる人が少ない筈だ、試合中無力な自分に耐えなければならないのだから。

 

そして、終に、河嶋先輩の口から、廃校の言葉が出てきてしまった。

 

あぁ、やっぱり廃校なのか…統廃合の可能性も考えいてたが、完全な廃校か…。

 

学園艦の廃校は、つまり学園艦自体の廃棄を意味する。

 

学園艦は解体され、生徒は文部科学省が割り振った学校へと移る事になる。

 

多少の都合は受け入れて貰えるが、皆が離れ離れになる事は確実だ。

 

諦めムードとなり、泣き出す生徒も居る中、みほちゃんの声が響く。

 

まだ終わった訳じゃない、来年も皆と戦車道をやりたいからと。

 

「みほちゃん…」

 

戦車道が辛くて、本当に辛くて逃げてきたのに。

 

逃げた先で無理矢理戦車道をやらされて辛かっただろうに。

 

だが今は、戦車道が楽しいと彼女は笑っている。

 

あぁくそ、本当に彼女は強いな…。

 

みほちゃんの言葉に従って、修理や作戦会議を始める生徒達。

 

だが天候は悪くなる一方だ。

 

吹雪いてくる中、競技を続行するかどうか審判団でも協議が始まる。

 

「長野君、プラウダ側の降伏勧告に対して、どう答えるか判断する為に、無線通信を許可します。ただし、降伏するかしないかの判断だけです、作戦を伝えたりするのは認められません」

 

「蝶野さん……分かりました」

 

戦況が停戦状態に陥った為、審判団が続行するのか降伏するのかの確認の為に俺の元へ蝶野さんがやってきた。

 

監督役だからか、こういう時に判断する為に俺は居る。

 

「全員、聞こえるか」

 

『長野さん…?』

 

「今、審判団から降伏するのか続行するかの判断をしてくれと通達があった」

 

『…っ!』

 

「完全包囲された状況、安全のことも考えて監督として降伏を決める必要がある…」

 

『長野さん…』

 

「……監督として、降伏する事を勧める」

 

『そんな…!』

 

「だが!」

 

『っ!?』

 

「だが、長野叢真として、大洗の生徒の一人として、言わせてくれ…降伏はしない、君達は…お前達はまだ負けちゃいない!必ず突破口がある、だから…諦めるな!」

 

『長野さん…!』

 

「こんな、こんな事しか出来ない情けない監督だが…戦ってくれ、そして、全員無事に帰って来てくれ。頼む…」

 

『…はい、必ず、無事に!戦います、私達は諦めません!』

 

「以上だ…身体に気をつけて」

 

『はいっ』

 

「……続行、で良いのね?」

 

通信機を置くと、蝶野さんが念押ししてくる。

 

「まだみほちゃん達の心は折れてません…俺に出来る事は、そんな彼女達を信じて待つ事です」

 

「分かったわ。貴方も頑張ってね」

 

そう言って蝶野さんは審判団の元へ帰っていく。

 

「………糞がッ!」

 

テーブルに拳を叩きつけると、テーブルが真っ二つに割れる。

 

こんな身体をしていても、卓上競技で勝てる頭を持っていても。

 

俺には何も出来ない。

 

ただ無事と勝利を祈る事しか、俺には出来ない。

 

それが無性に……情けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…皆さん、聞きましたね、長野さんが、叢真さんが見守ってくれています!私達は、帰りを待つ叢真さんの為にも、学園の為にも、勝たなきゃならないんです!」

 

「はいっ!長野殿が、あの長野殿が信じて待っていてくれるんですから!」

 

「そうだよ、長野さんが見守ってくれてるんだから!」

 

「こうして美味しい食事も用意して下さって…私達は、長野さんに見守って頂いているんですから」

 

「……美味い」

 

「コーチのパンとシチューで根性100倍です!」

 

「まだまだやれますっ」

 

「諦めるのは早いですっ」

 

「まだマッチポイントじゃないです!」

 

「試合を見守るしか出来ないのだ、きっと歯痒い思いをしているだろう…」

 

「長野殿がまだ戦えると判断したのだ、我々はまだやれる!」

 

「料理を食べて、決戦に備えるぜよ」

 

「プラウダの生徒、ボルシチとか食べてるらしいけど、こっちは長野先輩手作りのシチューとサンドイッチだもんねー!」

 

「先輩ってプラウダとかじゃアイドル並の人気なんでしょぉ?その手料理なんだからきっと羨ましがるよ~」

 

「むぐむぐ…おかわり!」

 

「……………」

 

「紗希、お肉ばっかりじゃなくて野菜も食べなきゃ」

 

「にひひー、あんなに熱い台詞言われたんじゃ、落ち込んでなんて居られないねー」

 

「そうですね…西住、もっと士気を上げるんだ、隊長だろう!」

 

「え、えっと、そうですね……う~んと…お、踊りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信機から、いや、会場のモニター列車のスピーカーから聞こえる歌声に、思わず力が抜ける。

 

モニター画面では、みほちゃん達が、全員であんこう踊りを踊る姿が。

 

何がどうしてそうなったのか、だが、見る限り全員元気そうだ。

 

良かった、士気は折れていない。

 

若干、斜め上の元気さだが。

 

やがて降伏勧告の制限時間となるが、みほちゃん達は降伏はしないと告げる。

 

その言葉はカチューシャに伝えられ、吹雪の中戦いが始まる。

 

包囲網に薄い場所があるが、あれは罠だな…。

 

そうなると…敢えて厚い場所を抜ければ、勝機はある。

 

カメさんチームを先頭に、突撃していく大洗学園チーム。

 

カチューシャの目論見通り包囲の薄い方を突くと見せかけて、包囲の分厚い方へ向かっていくみほちゃん達。

 

カメさんチームの見事な一撃で包囲の第一陣を突破するが……あぁ、あれ河嶋先輩じゃなくて会長か。

 

河嶋先輩が当てたのかと思って思わず身を乗り出してしまった。

 

カメさんチームが後方の包囲車両を受け持ち、離脱していくみほちゃん達本隊。

 

4両相手に散々暴れまわるカメさんチーム。会長、そんなに上手いならもっと最初から本気出して下さいよ…。

 

みほちゃん達が抜けるのを確認し、撤収するカメさんチームだが…帰還叶わず撃破された。

 

ノンナさんが乗る車両か…伊達にプラウダの副隊長をやっていないな。

 

プラウダの追撃から逃げ続けるみほちゃん達。やがて窪地を抜けると、あんこうチームとカバさんチームは窪地の入り口に身を隠し、敵をやり過ごす。

 

その間にフラッグ車のアヒルさんチームを守りながら逃げるウサギさんチームとカモさんチーム。

 

さて、相手フラッグ車だが…カチューシャの事だ、罠を張りながらどこかに身を隠している筈。

 

そうなると窪地内の街跡か…えぇい、こういう時通信で伝えられたらどんなに良いか…!

 

追撃部隊をやり過ごし、窪地に戻るみほちゃん達。

 

カチューシャは2両消えた事に気付いて…ノンナさんが居るんだ、気付いている。

 

が、たぶんカチューシャが構わず追えと指示飛ばしてるんだろうなぁ、あの子はそういう所がある。

 

ノンナさんだけだったら探されていたな…って不味い、追撃部隊にIS-2が追いついた!

 

あれの射程と威力は一発で大洗側の装甲を抜いてくる…!

 

自分達の事は構わず、アヒルさんチームのガードに出たウサギさんチームが、IS-2の一撃に走行不能になる。

 

あの正確無比な砲撃…ノンナさんか!

 

「だがこちらもフラッグ車を見つけた…みほちゃん…」

 

街跡を逃げ回るフラッグ車、下手に雪原に出ると的になると判断して逃げ回ってるのか。

 

護衛のKV-2が出てくるが…あれは主砲の発射速度に難がある、一発躱せば後はあんこうとカバさんなら装甲を抜ける。

 

撃破するが、同時にカモさんチームがやられた…敵に回すと本当に怖いなノンナさんは…。

 

砲撃の雨に晒されるアヒルさんチーム、だがその砲撃を次々に避けて逃げ続ける。

 

最初はあんなに拙かったのに…成長したな、アヒルさんチーム。

 

バレー部の練習、もっと熱心に協力してやろう、あれだけ頑張っているのだから。

 

だがその逃走も、ノンナさんの一撃の前に呆気なく終わってしまう。

 

当たったか…!

 

「だが、こちらも当てたぞ…!」

 

画面には、雪の中から砲身だけを露出させたⅢ突の姿。

 

その前には、黒煙を上げるプラウダのフラッグ車。

 

カバさんの主砲の至近距離砲撃、当たれば確実に装甲を抜く、後はアヒルさんチームが生きていれば…。

 

「………いよしっ!」

 

思わず両手を握って立ち上がってしまう、画面の中、履帯をやられながらも走り続けるアヒルさんチームの姿が。

 

『大洗学園の勝利!』

 

アナウンスと同時に、俺は隔離スペースから飛び出して走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みほちゃん!」

 

「叢真さんっ!」

 

雪原を走り、みほちゃん達が集まる場所へ。

 

そこにはカチューシャとノンナさんも居て、みほちゃんと握手している所だった。

 

あれ、みほちゃん俺の事名前で…?まぁ良いか。

 

「やったなみほちゃん、よくやった!」

 

「きゃっ、そ、叢真さん…!」

 

思わずみほちゃんの両脇に手を入れて思いっきり持ち上げてグルグルと回ってしまう。

 

この時眼鏡が落ちてしまうが、構わない。

 

待つのが俺の仕事なら、こうして称えるのも俺の仕事だ。

 

「むー!ソーシャ、カチューシャの事忘れてない!?」

 

「はははは、ははははは…お、おっと、すまんすまん」

 

「もー、ビックリしましたよ叢真さん…」

 

足元でむくれるカチューシャと、降ろされて胸を撫で下ろすみほちゃん。

 

「カチューシャも良くやった、見事な戦術だったよ」

 

「当然よ、なんてったってカチューシャですもの!高い高いしてもいいのよっ?」

 

「分かった分かった、ほら!」

 

気分が良いのでカチューシャを抱き上げ、グルグルと回る。

 

こうしていると幼女で遊ぶ危ない人に見えるのは気の所為だろうか。

 

まぁいいか、今はとても気分が良い。

 

「せんぱい!桂利奈もっ!」

 

「よーし良いぞ、どんと来い!」

 

やってきたウサギさんチームから阪口が飛びついてくるのを片手でキャッチ、カチューシャを降ろして今度は阪口をグルグルしてやる。

 

「楽しそう、先輩私もー!」

 

「あー、じゃぁ私もぉ!」

 

「じゃぁじゃぁ私も!」

 

「…………」

 

「分かった分かった、順番な」

 

1年生達を順番にグルグルしてやると、最後に残ったのは澤君。

 

「あ、わ、私はいいです…いいですってばぁ!きゃぁっ!?」

 

「はははは、遠慮するな!」

 

今日は何時になくハイって奴だー!

 

「あ、あははは、黙って待つのって凄いストレスになるもんね…」

 

「長野殿、珍しくハイテンションでありますな」

 

「でも顔が良いから超似合う~、写メ撮っとこ」

 

「……おい長野さん、私も行けるだろう」

 

「麻子さんたら」

 

「あぁもう面倒だ、全員やってやる!」

 

俺の宣言に、数名が恥ずかしさから逃げの姿勢になるが、逃さんよ。

 

結局全員高い高いグールグルした。

 

ノンナさんもした。

 

凄い笑顔でキラキラしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決勝戦へと駒を進め、相手は黒森峰。

 

今日は戦車の整備と黒森峰対策。

 

黒森峰の保有戦力は、元黒森峰の生徒だったみほちゃんがよく知っている。

 

助かったな、俺は黒森峰と縁がないし、流石に秋山さんを投入するのは気が引ける。

 

色々な部活が義援金を出してくれたが、戦車を買うには足りない。

 

河嶋先輩が言う通り、今ある戦車をアップグレードするしかないだろう。

 

しかし20対7か…絶望的な差だな。

 

あー、流石に黒森峰じゃ橋落としや崖崩しに引っかかってくれそうにないしなぁ。

 

そもそもあれ、危険過ぎるってんで俺がやってから禁止になったんだよな…。

 

まぁ危険と言うか、救助に時間が掛かり過ぎるって理由が主だが。

 

相談していると小山先輩の携帯が鳴り、自動車部からレストア終了との連絡が来た。

 

アレが使えるようになるか…。

 

広場を走るのは、レストアが完了したポルシェティーガー。

 

秋山さんがキラッキラするほどのレア戦車であり。

 

「まぁ地面にめり込んだりー」

 

履帯が土を掘り上げ、その場で沈下していくポルシェティーガー。

 

「加熱して、炎上したりー」

 

背部から黒煙を上げ、遂には出火するポルシェティーガー。

 

「壊れやすいのが難点ですけど」

 

「まともに運用出来んな…いや、大洗以外じゃ、運用出来んな」

 

テキパキと消火し修理を始める自動車部。

 

この自動車部以外じゃ運用なんて出来ないだろうなぁ、ポルシェティーガー。

 

それ考えると如何に異常かが分かるな、大洗の人材。

 

……なんだ、俺ってあんまり大した事ないじゃん。

 

「いえ、長野殿がそれ言いますか…」

 

「あれ、声に出てた?」

 

「はい、バッチリ…」

 

いかんいかん、ちょっと気が緩んでるな。

 

ポルシェティーガーは兎も角、ヘッツァー改造キットを購入し、カメさんチームの38(t)を改造する事に。

 

かなり無理矢理な改造だが、まぁなんとかなるだろう、自動車部が居るし。

 

「に、西住さん…」

 

「あ、猫田さん」

 

声がする方を見ると、瓶底眼鏡に猫のカチューシャをした猫背の女性が立っていた。

 

あの瓶底眼鏡……デキる。

 

「ぼ、ボクも今から戦車道って、取れないかな…」

 

「え」

 

「是非とも協力したいんだ…操縦はね、慣れてるから」

 

とてもそうは見えないが…いや、人材の宝庫な大洗だ、まだまだ眠っている人材が居るかもしれん。

 

「ありがとう、あ、でももう戦車がどこを探してもなくって…」

 

「あの戦車は試合には出ないの…?」

 

「あの戦車?」

 

「うん、こっち…」

 

猫田さん、ねこにゃーで良いですと言われたのでねこにゃーと呼ぶが、彼女の案内で着いた先は駐車場。

 

そこに、三式中戦車が鎮座していた。

 

おかしい、ここは1年生達が既に調べて…。

 

「あれ、この戦車使えるんですか?」

 

「ずっと置いてあったから使えないのかと思ってました」

 

知ってたんかーい!

 

例え壊れてても自動車部が直してくれるから、今度からはちゃんと教えなさい。

 

「はーい、先輩」

 

返事だけは良いんだからなぁもう。

 

とりあえず三式中戦車にねこにゃーさんを乗せるとして…メンバーか。

 

「あ、もう仲間を呼んであります」

 

「仲間?」

 

指さした先には、2人の生徒。

 

戦車を見て興奮している。

 

聞けば、ネットゲームの戦車ゲームでのフレンドらしい。

 

リアルでは初めましてだそうな。

 

慣れてるってゲームかーい!

 

いや、だが、貴重な戦力だ…しかし今からで間に合うか…?

 

「あ、あははは…」

 

みほちゃん、もう笑うしか無いって顔に出てるよ。

 

「と、所で、長野さんってあの長野叢真さんなのかな…?」

 

「どの長野叢真か分からんが、まぁ俺が長野叢真だ」

 

「ふぉぉぉぉ、あの盤上のプリンスとリアルで会えるなんて…!」

 

またそれか。

 

一番恥ずかしい渾名なんだよそれ。

 

中学時代に調子に乗った母のススメで、一時アイドルの真似事をさせられていた時の渾名だ。

 

いやー、今思い出しても恥ずかしい、歌に踊りに戦車にと、勉強せずに俺何してるんだろうと本気で思った時だ。

 

「デビュー曲のパンツァーダイブ、今も聞いてます…握手して下さい…!」

 

「的確に俺の黒歴史を抉ってくるな…」

 

「叢真さん、歌も歌ってたんですか?」

 

「オリコンチャート3位に入りました」

 

何の悪夢だと今でも思う。

 

歌手名はソーマだから俺と結び付く人は少ないのが救いか。

 

その後、着々と整備と補強を勧める戦車道履修生一同。

 

最初は動かすのも苦労していたのに、今ではもう一端の戦車乗りである。

 

本当に、人材の宝庫だな大洗。

 

………やっぱり俺、大した事ないよね?

 

「人外筆頭の長野さんが言う台詞じゃないな…」

 

「冷泉さん…声に出てた?」

 

「いや」

 

じゃぁなんで分かったの俺が考えてる事。

 

やだ、まるであの子みたい…!

 

「おばぁが退院した…これ、お土産のおはぎ」

 

何か風呂敷包みを背負っていると思えば、そうか、退院したのかお婆さん。

 

冷泉さんも心なしか嬉しそうだ。

 

決勝戦も見に来ると言うし、気合が入っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

土曜日から生花の展示会があり、五十鈴さんの作品が出るという事で皆で行くことに。

 

生花か…毎日病院に母が花を差し入れてくれたのを思い出すな。

 

前世の母に苦労を掛けたから、つい今の母の言うことを聞いてしまう。

 

それがあの大量の黒歴史の生産につながった訳だが。

 

「自慢の息子を自慢して何が悪いのよぅ!」が口癖だしな、母さん…。

 

金儲けとかじゃなくて、本当に俺の自慢がしたくて色々やってるから怒るに怒れないんだよなぁ…。

 

流石に行き過ぎたら怒るが。

 

色とりどりの生花が並ぶ中、五十鈴さんの作品は戦車を象った花瓶に生けられていた。

 

あまり美術的なセンスはないが、これが見事な作品だと言うことは俺でも分かる。

 

「来てくれてありがとう」

 

着物姿の五十鈴さんが出迎えてくれる、前々から思ってたが本当に和風美人だな五十鈴さん。

 

そりゃやっかみも来るよなぁ…。

 

随分前から、見知らぬ男子から感じていた視線。

 

アレは、俺に向けられた嫉妬の視線だった。

 

女子しか本来履修出来ない戦車道を、生徒会の指示とは言え特別に履修し、みほちゃんを始め美少女が多い中で一人だけ居る男子。

 

そりゃ他の男子からすれば羨ましく映るのだろう。

 

実際に戦車を動かす訳でもなく、女の子に囲まれて楽しそうにしている、と言うのが他の男子から見た俺らしい。

 

五十鈴さんとか、小山先輩とか、バレー部の近藤とか、男子人気が高い。

 

で、そんな彼女達と親しくしている冴えない瓶底眼鏡男子が居る。

 

当然嫉妬されてやっかまれる訳で。

 

この前校舎裏に呼び出されたので、両手にそれぞれ砲弾を持って行ったら、何故か全員が腰を抜かしてへたりこんだ。

 

おかしいなー、俺はただぶんぶんと砲弾を振り回して、ちょっと地面を砕いただけなのになー。

 

おかしいなー。

 

まぁ幸いにもお話で事は済んだのだが、今度は畏怖の視線に晒される事になった。

 

やだなぁ、ちょっと小石を素手で砕いた位で大げさな。

 

あと、最近知らない女子生徒からもキラキラした目で見られるのだが…。

 

どうも、戦車道の試合を見ていた生徒が、俺の素顔をバッチリ目撃していたらしい。

 

プラウダに勝った時かなぁ、あの後眼鏡が無い事に気付いて皆に見つけて貰うまで素顔のままだったもんなぁ。

 

「貴女の新境地ね…」

 

「お母様…!」

 

気付いたら五十鈴さんの母親が来ていて、何やら五十鈴さんの事を認めているようだった。

 

何があったのか知らない俺と冷泉さんは、揃って首を傾げるだけだったが。

 

まぁ、みほちゃんと五十鈴さんが嬉しそうなので良しとしよう。

 

週末が明け、全国大会を翌日に控えたこの日。

 

みほちゃんの掛け声に、全員が声を上げる。

 

「長野ちゃーん、長野ちゃんも監督として一言」

 

「みほちゃんの言葉で纏まったでしょうに…全く。えぇっと、正直ここまでこれたのは奇跡に近い。それも全て、みほちゃんを筆頭に、一人一人が努力した結果だ。きっと、みほちゃんだからこそ皆をここまで連れてきて、皆だからこそ、みほちゃんをここまで連れてきたんだと思っている。普段偉そうな事を言っておいて、試合じゃ何もしてやれない駄目な監督だが、最後の最後まで応援している、頑張ってくれ」

 

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、解散!」

 

河嶋先輩の言葉に従って、それぞれチーム毎に別れて行くメンバー達。

 

「ねぇみぽりん、みぽりんの家でご飯会やらない?」

 

「沙織さんの料理、食べたいです!」

 

「前夜祭ですねっ!」

 

「祭りじゃないだろ…」

 

「いいね、叢真さんも来ますよね?」

 

え、ナチュラルに俺も含めてくれるの?

 

時々思うけど、みほちゃんちょっと危機感足りなくない?俺一応男だよ?

 

それともあれか、まほさんの婚約者だから兄みたいな物として見られているのだろうか。

 

妹か…あの子を思い出すなぁ。

 

みほちゃん家に行く前にお店に寄り、お肉や野菜を買っていく。

 

武部さんの手元を見るに、今日はカツか…縁起を担いでいるのだろう。

 

「あー、長野さん自分だけヒレ肉買ってるー!」

 

「ぎくっ、良いじゃないか好きなんだから…」

 

「もー、変な所で子供なんだからー。…あれ、今の会話ちょっと夫婦っぽかった?」

 

そういう事は言わなくて良いから。

 

食材を買い込み、みほちゃんの家に。

 

俺が居る為、みほちゃんが新たに買った小さなテーブルを元からあるテーブルにくっつけて、6人が座れる様にする。

 

揚げ物も得意なのか、武部さんが揚げたカツは良い揚がり具合だ。

 

本当に女子力高いのに、何でこれでモテないんだろうな…。

 

例の嫉妬団からも、武部さんと秋山さんと一緒なのが羨ましくてと言う台詞は出なかった。

 

圧倒的に多かったのが五十鈴さんと小山先輩、次に多かったのが近藤やみほちゃん、そして冷泉さんと会長。

 

冷泉さんと会長の名前を口にした奴は念入りに脅しておいた。絶対ロが付くヤベー性癖だ。

 

食事をしていると、武部さんが重大発表があると言われ、思わず身構える。

 

婚約とか出てくる辺り、武部さんのキャラが伺えるな。

 

「アマチュア無線に合格しましたー!」

 

しかも2級である、これは確かに重大発表だ。

 

凄いな、その勉強を教えた冷泉さんも凄いが。

 

「分かった、試合に勝ったら私、婚約してみせる!長野さんと!」

 

「ぶっ!」

 

「汚いな…」

 

思わず咽て冷泉さんに口元を拭われる、ありがとう。

 

「なんで俺なんだ…」

 

「だって私の周りで親しい男子なんて長野さんだけだし、噂じゃ長野さん婚約者たくさんいるらしいじゃない!だから私も!」

 

「どーいう理屈だ…」

 

冷泉さんのツッコミが頼もしい。

 

と言うか俺、そんな噂になってたんかい。

 

いや、確かに自称許嫁とか居るけどさ…。

 

「そう言うみぽりんはどうなのっ?お姉さんが婚約してるんだし、長野さんと婚約したいとか思わないのっ?」

 

飛び火した。

 

と言うか何度も言うけど、まほさんは自称婚約者であって、俺認めてないからね?

 

ここ重要だからね?

 

「私は…皆と一緒に居るのが、今凄く楽しいから…沙織さん、華さん、麻子さん、優花里さん、そして叢真さん、皆の事が、大好きだから…」

 

「わー!西住殿に告られましたー!」

 

「嬉しいけど、みぽりん欲張りだねぇ長野さんまで好きだなんて…」

 

「あ、ち、違くて、そうじゃなくてね!」

 

「分かってる、分かってるからみほちゃん」

 

兄とか友達として好きって事だよね、うん、俺もそうだから。

 

「違うと思うぞ」

 

冷泉さん、お願い心を読まないで?

 

笑い声が響く部屋の中、夜は過ぎていく。

 

皆それぞれの思いを抱え、それぞれの決意と共に、明日に向かって。

 

そして、夜明けと共に、大洗戦車道のメンバーは、電車で目的地へと向かう。

 

決勝戦、最終試合のステージは富士総合演習場。

 

戦車道の聖地と言われており、全国の戦車道乙女達が目指す場所。

 

そして、大洗学園と黒森峰との、決戦の地。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富士総合演習場は、朝から人で溢れていた。

 

戦車道全国大会の決勝戦を見る為に、全国のファンや戦車道乙女が集う。

 

出店や連盟の戦車が並び、見に来る人を楽しませている。

 

今年は大洗からも生徒達が駆けつけ、例年よりも人が多いと大会運営が言っていた。

 

「あれ長野さん、眼鏡はどうしたの?」

 

「あぁ…あれはもう要らないんだ」

 

「えー、どうして?長野さん目立ちたくないからって…」

 

「何時までも俺だけ逃げてたら格好悪いじゃないか」

 

武部さんの言葉に答えて、苦笑を浮かべる。

 

既に大洗の生徒にまで知られ始めている、ならこれ以上自分を隠していても意味がない。

 

だから眼鏡は置いてきた、もう俺には必要ない。

 

戦車道で目立つのが嫌で、アイドルみたいな自分が嫌で、本当に欲しいものが手に入らない自分が嫌で…。

 

それで逃げていた俺だが、みほちゃんが前を向いて、自分の道と向き合っているのだ。

 

何時までも、俺ばかり逃げていられない。

 

それに、会長からも言われている。

 

大洗にあの長野叢真が居ると知られれば、廃校なんて言い出さないだろうと。

 

そこまで有名な訳じゃないが、少しでも廃校撤回の役に立つなら…俺はアイドルでも踊り子でもなんでもやってやる。

 

気付けば好きになっていた場所が、今では全力で守りたい場所になっていた。

 

本当に、人生ってのは分からないもんだなぁ。

 

準備を進める俺達の元へ、ダージリンがオレンジペコを伴って現れた。

 

最初に練習試合をした時からは信じられない成長ぶりだと褒めるダージリン。

 

「あの、長野さん?その、私、何か失礼な事をしてしまったのよね?本当に、心からお詫びするわ、だから許して貰えないかしら…?」

 

「………ま、良いですよ。半分は意地悪でしたし」

 

「良かったですね、ダージリン様」

 

恐る恐る俺に話しかけてきたダージリンに、許しを出す。

 

まぁ、タイミングの悪さからちょっと意地悪してやろうと思っただけだし…。

 

「みほ、ダーリン!」

 

そこへジープに乗ってケイさんが現れる。

 

エキサイティングな試合を期待しているとみほちゃんを元気づけ、俺に投げキッスを向けてくる。

 

相変わらずだなぁこの人も…。

 

「ミホーシャ、ソーシャ」

 

ノンナさんに肩車されたカチューシャも応援に駆けつけた、しかしミホーシャか、カチューシャに渾名を呼ばれるとは、みほちゃんも随分気に入られたらしい。

 

アンツィオの姿が見えないが…どっかで宴会やって熟睡でもしているのだろう。

 

戦った相手とも仲良くなる、そんなみほちゃんに感嘆するダージリン。

 

それに対して、皆が素敵な人だからだと答えるみほちゃん。

 

本当に、みほちゃんはたらしだ。

 

人誑しだ、みほちゃんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が始まった。

 

決勝戦、隔離スペースは少しだけ今までと違う所がある。

 

それは、隔離スペースに審判団の人が常駐し、俺の行動を見張っている。

 

正確には、俺がズルをしないか監視している。

 

今回、決勝にあたり、連盟が一つのルールを提示してきた。

 

大昔のルールだが、双方の戦車保有台数に隔たりがある場合に限り、保有戦力の劣る側に、監督からの指示権が与えられる。

 

回数は3回、時間は3分のみ。

 

その代り、隔離スペースには観客とは違うモニターが設置され、自校の様子だけが映される。

 

情報を制限される代わりに、作戦指揮を伝える事が可能になったのだ。

 

それが今回に限り、許可される事になった。

 

何故かと思っていたら、蝶野さんが連盟に通してくれたらしい。

 

そして連盟は、長野叢真と言う一種の偶像が居る事に目をつけた。

 

俺の様子も観客のモニターに小さくだが映されている。

 

今更になってだが、本当に監督としての仕事が出来るようになるとは…蝶野さんには感謝してもしきれない。

 

順調に移動するみほちゃん達。

 

武部さんの通信が全車両に届いている。

 

このまま目標地点まで…そう思っていた俺の背筋を、嫌な予感が駆け上がる。

 

「無線使います!全車警戒ッ、黒森峰が森を抜けてくるぞ!落ち着いて、蛇行しながら前方の森を目指せ!」

 

貴重な回数だが、出し惜しみは出来ない。

 

俺の通信が聞こえた全車両が、蛇行しつつスピードを上げる。

 

『…来た、全車叢真さんの指示通りジグザグに動きながら森へ!』

 

みほちゃんの指示が飛んだ直後に、砲弾の雨がみほちゃん達を襲う。

 

森の中をショートカットか…流石まほさん、やることが抜かり無い。

 

全車両がジグザグに逃げる中、突然三式中戦車…ねこにゃー達のチーム、アリクイさんチームがバックし始める。

 

なんだ、何が起きた…まさか操縦ミスか?

 

そんなアリクイさんチームがあんこうチームの前を横切った瞬間、砲弾がアリクイさんチームに命中してしまう。

 

いや、今の砲弾…確実にあんこうチームを、フラッグ車を狙っていた砲弾…。

 

「怪我の功名か…アリクイさんチーム良くやった、怪我は無いか!?」

 

『ごめんね長野さん、西住さん…もうゲームオーバーになっちゃった』

 

「いや、お前達がブロックに入らなければフラッグ車がやられていた、良くやった」

 

『えへへ、偶然だけど良かったナリ』

 

偶然だったのか、悪運が強いな大洗は。

 

「3分です」

 

「はい…」

 

咄嗟に森に逃げろとは指示出来たが、あまり有効な作戦を指示出来なかったな…。

 

やはり保有戦力に差があり過ぎる…やはり崖崩しを…いや駄目だ、あれは連盟に禁止されている…。

 

俺が考えている間に、黒森峰からの追撃を逃れる為、もくもく作戦が開始される。

 

全車両に自動車部が搭載した発煙装置、その煙に紛れて目的地を目指す。

 

重いポルシェティーガーを、他の車両に繋いで引っ張り上げる事で時間を短縮。

 

同時にアヒルさんカモさんチームで継続して煙幕を撒き続け、姿を隠す。

 

と同時に、カメさんチームが森の中から黒森峰の側面を攻撃、足止めをする。

 

危険な任務だが、会長達なら大丈夫だろう。

 

しかしこちらの作戦に乗ってこないな、流石まほさん、統率が取れている。

 

なんか機銃で攻撃しているのが居るが。あれもしかしてあの逸見って子か?

 

カメさんチームの足止めもあり、予定通り陣地を構築出来た。

 

後はどれだけこの状況で相手の数を減らせるか…。

 

あぁ、崖崩しが使えればなぁ…絶好のポイントなのになぁ…!

 

砲撃戦が始まり、黒森峰の車両を撃破する大洗チーム。

 

だが。

 

「ヤークトティーガーか…重戦車を盾に使う、西住流らしいやり方だ…」

 

下手な小細工は弄さない、正面から打ち破り押し潰す、それが西住流。

 

今更だが、なんでしほさんは俺へ見合いを申し込んだのだろう? 俺の戦術って西住流より、島田流の方が近いぞ。

 

相手によって戦術をガラリと変え、全く別物にして対応する、千変万化と言われた俺のやり方は、西住流とは程遠い。

 

いや、西住流みたいに出来ない訳じゃないが。

 

ジワジワと進行してくる黒森峰。

 

ここらが潮時か…。

 

みほちゃんも感じ取ったのか、撤退を指示。

 

それと同時に、事前に打ち合わせてあった作戦をカメさんチームが実行に移す。

 

プラウダの時からそうだが、カメさんチームには苦労をさせる。

 

だがみほちゃんと俺を引き込んだのだ、その位の苦労はして貰おう。

 

隊列の中に堂々と混ざるカメさんチームのヘッツァー。

 

色も合わさってまるで黒森峰側のようだ。

 

気付いた黒森峰の車両が対応しようとするが、密集した陣形、同士討ちになるから迂闊に撃てない。

 

そして離れた位置に居る車両が対応しようとするが、側面を晒した瞬間カバさんチームの餌食だ。

 

みほちゃん達本体と、陣形の中を動き回るカメさんチームに挟まれ、大混乱に陥る黒森峰。

 

ハッハッハッ、如何にまほさんが優れていようと、その部下全てが手足の様に従う訳じゃないからな。

 

車両が多ければ多いほど、この作戦は有効なのだ。

 

隊列が崩れた、後はポルシェティーガーのレオポンチームを盾に突破すればいい。

 

伊達にティーガーの名前を冠していない、黒森峰の砲弾を弾きながら突破していくみほちゃん達。

 

後は最後尾のカモさんチームが煙幕を張りながら逃げるだけだ。

 

順調に逃げるのだが、途中でレオポンがグズりだしたと無線が入る。

 

またかあの我が儘兵器め…。

 

だが流石は自動車部、走りながら直している。

 

…やっぱり俺、対して凄くないな、うん。

 

『いや、それはない』

 

冷泉さん、なんで無線機越しにツッコミ入れてくるの?

 

やっぱりあの子並なの貴女。

 

逃げるみほちゃん達を執拗に追いかけてくる車両が1両居たが、途中で勝手に履帯損傷して操縦不能に陥った。

 

よーしよし、プラウダが勝ち上がってくると思って運用していた重戦車なのが裏目に出たな。

 

みほちゃんの情報で、黒森峰の重戦車は足回りが悪い事は想定済み。

 

重い車体で動き回るのだ、燃料も何時まで持つかな?

 

とは言え、それで脱落するのは少数だろうな、まほさんがそんなに甘い訳がない。

 

追手を振り切り、川の前に辿り着くみほちゃん達。

 

後はレオポンを壁にして川を渡れば逃げ切れるだろう。

 

だが、ここで予想外のアクシデントが起きた。

 

『みぽりんっ、ウサギさんチームが!』

 

無線機から聞こえる武部さんの声、ウサギさんチームがエンストし、動けなくなってしまった。

 

川にゆっくりと流され始めるウサギさんチーム、だが気丈にも1年生達は自分達に構わず先に行ってくれと叫ぶ。

 

確かにこのままでは黒森峰に追いつかれる…。

 

だが隊長はみほちゃんだ。

 

みほちゃんが仲間を見捨てる?

 

ハハ、冗談がキツい。

 

『皆、少し待っていて下さい!』

 

ワイヤーとロープを結び、自分の身体にロープを巻きつけるみほちゃん。

 

あぁ、そうだ、それでこそみほちゃんだ。

 

俺が何か言う必要は無かったな…そっと無線機から手を離し、監視員に首を振る。

 

残り2回の指揮、有効に使わないとな…。

 

助走も付けずに、戦車から戦車へと飛び移るみほちゃん。

 

やっぱり戦車道乙女って人間離れしてる…俺も同じこと出来るけど。

 

逆に考えよう、みほちゃんも出来ると言う事は、俺はそんなにバケモノでもない…?

 

『それはないよ』

 

武部さんンンン!?

 

黒森峰が迫る中、ワイヤーを引っ張り繋いでいくみほちゃんとウサギさんチーム。

 

そんなみほちゃん達を援護すべく、砲撃を行う大洗チーム。

 

カバさんチームはなんだ、その、落ち込むな、Ⅲ突にはⅢ突の役割があるから…。

 

カメさんチームが足止めしようとするが、直ぐに対処されてしまう。

 

流石に三度目はないですって会長…。

 

ウサギさんチームを引っ張りながら川を渡り始める大洗チーム。

 

懸命な復帰作業で、何とかエンジンがかかる。

 

川を渡りきると、黒森峰からの砲撃が始まる。

 

ギリギリだったな…何とか黒森峰から逃げ遂せる大洗チーム。

 

さて、次は市街地での局地戦だが…まほさんには読まれているだろうなぁ。

 

別ルートから合流してきたカメさんチームを加え、橋を渡る。

 

そして最後尾に渡ったレオポンが、自動車部の腕前を遺憾なく発揮。

 

見事に橋を落としてみせた。

 

いいねぇ、これから毎日橋を落とそうぜ(橋ごと戦車を落とすのが得意な奴

 

市街地へと到達するみほちゃん達。

 

その進行方向に、黒森峰のⅢ号戦車の姿。

 

……1両だけ?妙だな…偵察にしては堂々としている。

 

足止めに使うにもⅢ号では突破される………何か隠し玉が居るのか?

 

重戦車か?いやでもただの重戦車ならこんな市街地に伏せておく理由がない……。

 

猛烈な嫌な予感がする、無線使うか!?

 

突破しようとしてⅢ号を追いかけるみほちゃん達…不味い、誘い込まれてる!

 

「使いま――遅かったか!」

 

無線使用を宣言する前に、Ⅲ号が止まり、その前を立ち塞がる様に遮る巨体。

 

史上最大の超重戦車…噂には聞いていたが、本当に運用している学校があるなんて…。

 

「マウス…!」

 

「無線使用しますか?」

 

「……いいえ」

 

もう遅い、誘い込まれた以上、いや、マウスを市街地に配置されていた以上、もう対策は倒すしか無いのだ。

 

みほちゃんが考える最終作戦の為には、市街地に居るマウスはどうしても邪魔だ。

 

そうこうしている間にカモさんチームが吹き飛ばされる。

 

大洗側の攻撃は、全てその装甲に弾かれていく。

 

レオポンの主砲すら弾くとか、本当にどんな装甲してるんだよ…!

 

カバさんチームも撃破され、これで残りは5両…。

 

ビル崩しで…あぁ駄目だ、これも俺がやって連盟から禁止されたんだった。

 

あぁもう、恨むぞ中学時代の俺ぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの表情、過去の自分の行動を後悔している顔ですね」

 

「そうなの?よく分かるわねノンナ」

 

「はい、よく分かります…」

 

 

 

 

 




主人公の思考が読まれているのは、主人公が心を開いてきたからです(´・ω・`)


つまり攻略されている(´・ω・`)


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そのじゅう

私の表現で誤解が生まれているようですが、主人公は別にルルーシュとスザクの継承とかそのままの性能とかじゃありません。
単にわかりやすく説明する為にルルーシュとスザクを足して割ったと表現しただけで、そのものではありません。
個人的にルルとスザク足して割っても十分超人だと思っているのでそういった表現を使っただけで、主人公は当然頭ではルルには勝てませんし、スザクほど人間離れしていません。
そもそもルルの頭の良さもスザクの身体能力も、幼い頃から壮絶な人生を送ったからこそ身についたものだと思っています。
逆にこの主人公は、持って生まれた身体能力を持て余し、前世が病人だったから加減が分からずやり過ぎてしまい、結果目立ってしまって大洗に逃げてきたと言うヘタレです。
あくまで主人公は応援者、もしルルそのままの頭脳を持って使えていたらみほちゃんが要らない子になってしまいます。
応援して支えると言う立場にしたいので、控えめな表現を目指しました。




そして私としては色々とさせてきたつもりでしたが、主人公が何もしていない、居ても居なくても関係ない要らない子と断言されてしまったのはお恥ずかしい限りです。
やはりリハビリとは言えプロット無しに書くものじゃないですね、この作品は完結したら折を見て削除か公開設定を変更して封印したいと思います。
見て下さった方はありがとうございました、感想もありがとうございます。
また別の作品でお会い出来たら嬉しいです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウスの登場に、大洗学園側は防戦一方に陥った。

 

その装甲と重量の前に、大洗学園側の攻撃は一発も通らない。

 

いや、なんかマウスの後ろをうろうろしていたⅢ号に流れ弾が被弾して撃破になったが。

 

「今がこの場所だから……無線使います!みほちゃん、聞こえるか?そこから南へ抜けた所に川がある、小さな川だが通るには橋を渡るしかない」

 

ビル崩し、崖崩しは禁止されているが、橋落としは禁止されてない。

 

とは言え川が小さい、この大きさじゃ落としきれない。

 

だが落として撃破出来なくていい、上部をこちらに晒してくれれば後は…。

 

『了解しました…カメさんチーム、アヒルさんチーム、協力して下さい!』

 

指示に従い、南へマウスを引き付けながら移動するみほちゃん達。

 

マウスは誰彼構わず撃ってくる、フラッグ車だけを狙っている訳じゃないのが助かる。

 

『橋の手前でウサギさんチームとレオポンチームは左右へ、カメさんアヒルさん、マウスを引き付けて下さい』

 

『分かりました!』

 

『本当に大丈夫なんだろうな…!』

 

橋を渡りきったカメさんとアヒルさんチームが、執拗に攻撃してマウスの注意を引く。

 

マウスは一瞬迷ったが、橋を渡り始める。

 

そして橋の真ん中で反撃を開始する。

 

やはりでかい、橋が完全に隠れてしまっている。

 

だが。

 

『今です、後輪の下辺りを狙って下さい!』

 

みほちゃんの合図に合わせて、左右に展開していたレオポンチームとウサギさんチームの砲撃が、後輪の下、橋の接合部に着弾する。

 

マウスの重みと衝撃で、橋が折れて片側が落下。

 

『ダメだよみぽりんっ、あれじゃ上がってきちゃう!』

 

武部さんの叫び通り、マウスの後方部分が落ちただけで、斜めになった橋の上にマウスは健在。

 

巨体を唸らせながら、坂道になった橋を登り始めている。

 

『いえ、これで行けます!カメさん、アヒルさん!』

 

『了解~!』

 

『バレー部ファイトぉっ!』

 

カメさんチームが砲撃を行い、マウスの主砲を横に向かせる為に注意を引く。

 

首を振った所に、マウスの前方部を乗り越えたアヒルさんチームが、そのままマウスの上に伸し掛かり、砲塔を無理矢理横に向かせる。

 

『おいどけ!軽戦車!』

 

『いやです、それに八九式は中戦車だし』

 

『軽戦車じゃないしぃ』

 

マウスの車長が叫ぶが、斜めになった車体に、中戦車とは言え戦車の重さと車体が伸し掛かり、砲塔を正面に向ける事が出来なくなる。

 

『今です、麻子さん、華さん!』

 

『任せろ』

 

『決めてみせます…!』

 

そこへ橋の反対側からあんこうチームが来て、折れた橋のギリギリで停止。

 

車体が重さで前のめりになっていき…主砲がマウスの露出したスリットを捉える。

 

『撃て!』

 

みほちゃんの声と共に主砲が放たれ、砲撃の衝撃であんこうの車体は上に持ち上がりすかさず冷泉さんが車体をバックさせる。

 

あんこうチームのテクニックが無ければ出来ない芸当だよな…。

 

脆いスリット部分を砲撃されたマウスからは白旗が上がり、無事撃破。

 

会場の歓声がこちらにまで響いてくる。

 

マウスが油断して橋を渡ってくれて良かったな…これがダメなら無理矢理足止めしてアヒルさんチームが上り、高い場所に陣取った攻撃で狙うしかなかったかな…。

 

マウスを撃破し、後続の黒森峰が到着する前にポイントに移動する大洗チーム。

 

そして最後のみほちゃんの作戦、フラフラ作戦が開始される。

 

これはみほちゃんが試合前から提案していた作戦であり、黒森峰のフラッグ車との1対1の状況を作り出し勝機を狙うというもの。

 

まだ相手は10両以上、対してこちらは5両。

 

まともにやりあったら撃ち負ける、如何に相手をバラけさせ、相手のフラッグ車を誘い込むかが鍵だ。

 

住宅地を逃げ回るウサギさんチームを除いた大洗チーム。

 

最後尾のアヒルさんチームが相手を挑発し、狭い路地へと誘い込んでいく。

 

そして狭い路地を利用し、段々と別れていく大洗学園チーム。

 

それに釣られて、バラバラになっていく黒森峰。

 

最後尾を行く重戦車を、隠れて追いかけてきたウサギさんチームが捉えた。

 

任せてくれと言っていたが、何をする気だ…?

 

最後尾のエレファントの前に飛び出し、砲撃を浴びせるウサギさんチーム。

 

当然相手のエレファントは怒り、執拗に追いかけ始める。

 

黒森峰でもここまでおちょくられると、まほさんの指示から離れるのが出てくるんだなぁ…。

 

狭い路地に誘い込み、何度も角を曲がっていくウサギさんチーム。

 

戦略大作戦とか叫んでたが、考えたなぁ…。

 

回り込まれたエレファントが旋回しようとするが、狭い路地で重戦車のエレファントが旋回なんて出来る訳がなく。

 

おまけに砲塔も回転しない。

 

だが、流石重戦車、ゼロ距離の砲撃でも貫通しない。

 

『……薬莢、捨てるとこ』

 

……え、誰今の声?

 

え、丸山?喋った!?

 

俺がどうでもいい事に驚いていると、丸山が指摘した場所を同時攻撃し、見事にエレファントを撃破してみせた。

 

あの子、あんな声してたんだ…。

 

フラッグ車を執拗に狙う黒森峰かと思われたが、カメさんアヒルさんチームの車体の小ささを活かしたおちょくり攻撃に、どんどん隊列から離脱していく。

 

あ、またあの車両会長に履帯破壊されてる。

 

しかしアヒルさんチームの挑発、見事なもんだなぁ…。

 

後続を行く今度はヤークトティーガーを捉えるウサギさんチーム。

 

逃げるヤークトを追いかけるウサギさんチームだが…その先は大通りだ!

 

『停止ぃっ!!』

 

咄嗟に澤君が叫び、急停止するウサギさんチーム。

 

案の定、大通りで旋回したヤークトが待ち構えていた。

 

良く気付いたな…本当に成長したよ1年生チーム。

 

だがヤークトに迫られ、逃げ回る羽目になるウサギさんチーム。

 

機転を利かせ、ヤークトに張り付くことで主砲を回避するウサギさんチームだが、このままだと危ない…。

 

『ヤークト、西住隊長の所に向かわせちゃいけない、ここでやっつけよう!』

 

立派に成長した澤君の指示で、決意を固めるウサギさんチーム。

 

『一か八かだけど…長野先輩直伝、崖落としだよ!』

 

『あいあいあいっ!』

 

崖落としって…俺が昔、重戦車を始末するのに山岳地帯で使ったアレか?

 

なんで知ってるんだ澤君。

 

背後に迫るのは崖…ではなく、水の流れていない川。

 

そこに出た瞬間、合図と共に砲撃して急旋回。

 

砲撃の衝撃とウサギさんチームが邪魔になり、視界が悪かったヤークトはそのままガードレールを突き破って川へ落下。

 

見事にひっくり返って白旗判定が出た。

 

だがウサギさんチームもひっくり返り、白旗判定。

 

重戦車2両撃破、それもM3で。

 

大金星だな、後でたっぷり褒めておこう。高い高いグールグルで良いかな、阪口とか喜ぶし。

 

ウサギさんチームの無事を確認し、最終段階に入るあんこうチーム。

 

廃校跡に入り、そのままあんこうチームは校舎の中へ。

 

その後を黒森峰のフラッグ車…まほさんが追いかけ、校舎の中へ入った所で横合いからレオポンチームが校舎の入り口を塞ぐ様に現れる。

 

まほさんに付き従って来た車両は3両、残りはアヒルさんとカメさん相手に追いかけっこの真っ最中。

 

ここでレオポンが足止めを出来れば、黒森峰側は増援を送れない。

 

この為に、エレファントとヤークト、そしてマウスが邪魔だった。

 

流石のレオポンも、あいつら相手では分が悪いからな…。

 

校舎の中庭を走るあんこうチームと黒森峰フラッグ車。

 

後退はしない…西住流だもんな、まほさんに逃げるという選択肢は無いか。

 

1対1の勝負に出るみほちゃんとまほさん。

 

後は純粋な力量勝負か…みほちゃんが思い描いた通りになったな。

 

後続はレオポンが足止め中、まほさんが仕掛け、校舎の中庭の中を逃げ回るあんこうチーム。

 

途中、榴弾で校舎を破壊、あんこうチームの足止めを行ってきたが、みほちゃんの機転で追撃を避ける。

 

その間も、街中を逃げ回るアヒルさんチームとカメさんチーム。

 

物陰からの奇襲で相手の履帯をまた破壊する事に成功したカメさんチームだが、反撃に放たれた砲撃で電信柱が折れて道を塞がれてしまった。

 

そこに追撃が加えられ、白旗判定。

 

『西住ちゃーん、ごめん、後は頼んだよー!』

 

会長の履帯破壊のおかげで、レオポンに殺到する車両の数が減らせた。

 

まだ耐えられる。

 

だが街中を逃げ回っていたアヒルさんチームが撃破されてしまい、これで残り2両。

 

アヒルさんを追いかけていた3両が増援に駆けつけるまで…3分って所か。

 

高速で砲撃戦を行うあんこうチームと黒森峰フラッグ車。

 

その時、遂にレオポンチームが戦闘不能に陥った。

 

だが、校舎の入り口は破壊されたレオポンが仁王立ちしていて通れない。

 

これでまだ時間が稼げる。

 

だが時間がない、後はもうみほちゃん達の技量に頼るしかない。

 

勝負に出るみほちゃん達。

 

大きく回り込みながら砲撃するあんこう、反撃してくる黒森峰フラッグ車。

 

被弾しても構わず回り込み、火花を上げながら側面から後方へと回り込んでいく。

 

聖グロのダージリン相手にやったあの方法か…!

 

履帯が破損し、車輪が壊れるのも構わず回り込んでいくあんこう。

 

冷泉さんの見事な操縦で、黒森峰フラッグ車の後ろを取った。

 

轟音。

 

互いの砲撃が命中し、巨大な黒煙が上がる。

 

煙が晴れると、そこには車体側面を掠める様に破壊されたあんこうと、車体後部を完全に撃ち抜かれた黒森峰フラッグ車の姿が。

 

「――――よしッ!」

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能。よって、大洗学園の勝利!!』

 

蝶野さんの声が響く中、ガッツポーズをする俺。

 

みほちゃんの、いや、みほちゃん達全員の努力の結果が、今目の前に大きく表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回収車で運ばれ、ピットへと戻ってくるあんこうチーム。

 

それを出迎える大洗学園チームのメンバー達。

 

戦車を降りようとするみほちゃんだが、まだ勝利が信じられないのか、それとも気が抜けたのか、力が入らなくて降りられないと言う。

 

「みほちゃん、お疲れ様」

 

「叢真さん…はい、お疲れ様です!あ…きゃっ」

 

戦車に登り、車長席からみほちゃんを引っ張り出す。

 

そしてそのままお姫様抱っこの状態で戦車を降りる。

 

軽いな…こんなか弱い女の子に、廃校の危機を背負わせてたのか…。

 

地面にそっと下ろすと、まだフラフラしているみほちゃんを武部さんと秋山さんが支える。

 

頑張ったあんこう事IV号戦車を労うみほちゃん達。

 

性能で勝るティーガー相手に、よく頑張ったもんだ…。

 

河嶋先輩がお礼の言葉を述べようとするが、感極まって大泣きし始めてしまう。

 

結構泣き虫なんだなぁ、河嶋先輩。

 

「私達の学校、守れたよ…ありがとうね」

 

「いえ、私の方こそ…ありがとうございました」

 

会長がみほちゃんに抱きつき、互いにお礼を言い合う。

 

思えば最初は脅す側と脅される側だったのに…これもみほちゃんの人誑しの効果かねぇ。

 

「ありがとうそど子ぉぉぉぉ!」

 

「ちょ、離れてよっ!?」

 

なんかあっちでは冷泉さんが園さんに抱きついている。

 

あれか、例の遅刻欠席免除とか言う約束の件か。

 

今までのが消えたのは良いが、今後も遅刻欠席しないようにしないと意味がないぞ冷泉さん。

 

「大丈夫だ、長野さんが居るからな。今後も朝頼むぞ」

 

俺かい。

 

もう冷泉さんが俺の心読んでも驚かなくなったわ。

 

来年も戦車道をやるぞと気合を入れるバレー部。

 

次こそは頑張ると気合を入れるアリクイさんチーム、君達は先ず体力付けようか、トレーニングメニュー考えて上げるから。

 

同じく重戦車キラー目指して頑張るという1年生達。

 

頼もしいが、あんまり無茶しないでくれよ。

 

そして、破壊された戦車を徹夜で直して明日には自走出来るようにすると宣言する自動車部。

 

やっぱり人間離れしてる…彼女達に比べたら俺なんて大した事ないなぁ。

 

「それはありませんよ」

 

五十鈴さん…貴女まで…。

 

「勝鬨でござる、ほら長野殿も!」

 

「はいはい…」

 

「「「「「えいえい、おー!」」」」」

 

歴女チームの勝鬨の声が響く中、黒森峰側へと走っていくみほちゃん。

 

……俺も一応、挨拶しておくか。

 

優勝を讃え、手を差し出すまほさん。

 

その瞳には、妹の成長を見られて喜ぶ、優しい姉としての彼女が見て取れた。

 

…なんだ、結局まほさんも、みほちゃんが大好きなんじゃないか。

 

西住流とはまるで違う、みほちゃんの戦車道を、一番評価していたのはまほさんだったって事か。

 

「叢真も、よくみほを支えてくれた…ありがとう」

 

「俺は何もしてませんよ…全部、みほちゃんの頑張りです」

 

差し出された手をそっと握る。

 

こうしてると本当に頼れる人なのになぁ。

 

「ところで、何時黒森峰に来てくれるんだ?短期留学という形もあるが…」

 

「女子校でしょうが。まほさんまで何考えてるんですか」

 

頼れる人の筈なのになぁ!

 

ダージリンと言い、アンチョビと言い、カチューシャと言い、なんで俺を転校させたがるかな。

 

全部女子校じゃないか、無理だっての。

 

「もー、お姉ちゃん。ほら、叢真さん行こう?」

 

「あぁ…それじゃ、また」

 

「あぁ。デートは何時でも待っているからな」

 

お願い、最後まで頼れるお姉ちゃんで居て?恋愛ポンコツは要らないの。

 

みほちゃんに連れられ、少し歩くと、みほちゃんがまほさんの方を振り向いた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「ん?」

 

「やっと見つけたよ、私の戦車道!」

 

そう言って俺の手を握るみほちゃん。

 

そっか、みほちゃんも見つけたか…自分だけの戦車道を。

 

ただ、なんでまほさんに見せつける様に手を握るのみほちゃん?

 

ほら、若干お姉さんの目が怖いんだけど。

 

「つ、次は、負けないわよ…」

 

あぁほら、まほさんの雰囲気に気圧されて逸見さんが決め台詞言えないじゃないか。

 

「私も負けません、恋も、戦車道も!」

 

「み、みほ…?」

 

「みほちゃん…?」

 

「行きましょう、叢真さん!」

 

笑顔のみほちゃんに連れられていく俺、今気の所為じゃなければみほちゃん…。

 

いや、そんな、まさかな。

 

大勢の観客の前、ステージの上に並ぶ大洗学園チーム。

 

優勝旗を手にして、少しふらつくみほちゃんを後ろから支えてあげる。

 

『優勝、大洗学園!』

 

観客の盛大な拍手、応援に来てくれたライバル達の称賛の声。

 

優勝したというその証明。

 

しかし、名ばかりの監督である俺が一緒に並んでいいのだろうか。

 

辞退しようとしたら、みほちゃん達に引っ張られて並ばされてしまった。

 

皆握力強くなったなぁ。

 

その後は一泊して翌日、電車で大洗の街まで戻ってきた。

 

昨日は大変だった、母からどうして戦車道に復帰したことを教えてくれなかったのと怒られるわ、いや別に復帰した訳じゃないし。

 

マスコミに俺が長野叢真であると気付かれて質問責めに遭うわ。

 

全て隊長であるみほちゃんと、頑張った生徒達の功績ですと褒めちぎって俺は何もしていない事をアピールしたが。

 

マスコミ取材を俺に押し付けた罰だ、全員褒めちぎってやったわ。

 

輸送車両から戦車を降ろし、一息つくメンバー達。

 

自動車部、本当に一晩で全部直しちゃったよ。

 

やっぱりちょっと頭が良いだけの俺なんて大した事ないんだな…世界は広い。

 

「それはないですよ叢真さん」

 

み、みほちゃんまで…?

 

もう俺、あんこうチームに思考ダダ漏れなの?サトラレなの?

 

「隊長、なんか言え」

 

帰ってきてそうそうの会長の無茶振り。

 

皆がみほちゃんを見つめる中、注目されて困ったみほちゃんはわたわたした後、元気にパンツァーフォーと叫んだ。

 

それに唱和するメンバー達の声が、大洗の駅前に元気に響き渡った。

 

大洗の街中を戦車で凱旋する大洗学園チーム。

 

俺はあんこうチームの戦車に乗せてもらい、優勝旗を手にして軽く振る。

 

風に靡く優勝旗の重さが、今は心地いい。

 

中学時代、戦車指揮をした時には味わえなかった、清々しい気持ち。

 

やっぱりあれかな、みほちゃん達とだからこう感じるのかな。

 

信号を曲がると、そこには沿道に詰め掛けた大洗の人達。

 

皆がおめでとうと叫び、手を振ってくれている。

 

その中には五十鈴さんの母親やあの時の車夫がまた号泣してる。

 

秋山さんの両親や、冷泉さんのお婆さんの姿もある、なんかお婆さんが凄い巧みなステップ踏んでる、元気過ぎる。

 

武部さんが街のお年寄り達に笑顔で手を振っている、本当に同年代以外にはモテモテなんだよな武部さん。

 

俺が手にした優勝旗を振ると、歓声が一層大きくなる。

 

「ねぇ、帰ったら何しようか?」

 

「お風呂入って…」

 

「アイス食べて…」

 

「それからぁ…」

 

「戦車乗ろうか!」

 

「うん…!」

 

みほちゃん達の会話に、思わず笑みが溢れる。

 

本当に、ここは居心地が良い…。

 

今ここに居られる事を、改めて俺は、神に感謝した。

 

「叢真さん、今度は叢真さんも戦車に乗りましょう?」

 

「俺は良いよ…俺は、みほちゃん達の戦車道を見ているのが、一番好きだから…」

 

そう、俺は、みほちゃん達の優しく暖かく清々しい戦車道を見るのが、大好きになっていた。

 

これからも、見守っていけたら……何も言うことはないな。

 

大洗の学園艦が正面に見える。

 

あぁ、帰ってきた。

 

守れた場所に、帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳で本編完結です。
オリジナル日常編、劇場版、最終章と書く予定でしたがこれで終わらせて頂きます。
最後まで見て下さってありがとうございました。


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あんこうのいち

本当は一週間で削除しようと考えていたのですが、応援の声が想像以上に多く、続編を期待して下さっている方もいらっしゃるようなので、とりあえず執筆を続ける事にしました。
本編は終了していますので、個別の日常編がメインになります。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フラッグ車走行不能!篠原重工業の勝利!』

 

アナウンスが流れる中、車長の席から立ち上がりハッチを開いて外へと身を乗り出す。

 

眼下に広がる草原に、敵味方入り混じった戦車が、黒煙を上げて止まっている。

 

「やりましたね隊長!」

 

「お疲れ様です!」

 

「えぇ、お疲れ様です」

 

砲手と装填手の女性の言葉に笑顔を浮かべて答える。

 

社会人チームの指揮官として呼ばれ、エキシビジョンだが何とか勝利出来た。

 

上手い具合に橋落としと挟撃が成功したが、流石社会人チーム、練度も装備も高校生とは比べ物にならない。

 

しかし急な話だったな、連盟から報奨金出すから社会人チーム同士のエキシビジョンで戦車指揮してくれなんて。

 

高校生戦車道全国大会で俺が大洗に居ることが判明したら、直ぐに連盟がコンタクトを取ってきた。

 

そして提示されたのはもう一度戦車指揮をやってくれというお願い。

 

報奨金に惹かれて受けたが、勝てて良かった。

 

これで大洗の戦車道の備品や装備を充実させられる。

 

「しかし…」

 

なんだろうな、何か物足りない。

 

相手は強敵だったし、試合は白熱した。

 

ただ、何かが足りない、そんな気がしている。

 

あぁ…なんだか大洗が恋しいな。

 

「早く帰ろう…」

 

皆が居る、あの場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武部さんの場合

 

 

 

 

 

 

「長野さーん、一緒に帰ろう」

 

「あぁ…あれ、他の皆は?」

 

武部さんに呼ばれて鞄を手にしながら返事をするが、みほちゃん達の姿が見えない。

 

「あー、みぽりん達は皆用事があるんだって」

 

「そうなのか…まぁそんな日もあるか」

 

武部さんと並んで廊下を歩く、考えてみると、彼女と二人だけと言うのは初めてかもしれない。

 

いつもみほちゃんや五十鈴さん、秋山さんや冷泉さんが居るからな。

 

特に冷泉さんは武部さんと幼馴染だからよく一緒に居るし。

 

「いやー、長野さんと二人っきりとかなんだか照れるねー」

 

「改めて言わんでくれ、こっちまで照れる」

 

あまり意識しないようにしていたのに、同い年の女の子と二人っきりと言うシチュエーションに、少し気恥ずかしさを覚える。

 

前は女性と二人っきりなんて、恐怖しか感じなかったのになぁ、ストーカーに襲われたせいで。

 

だが大洗に来てから、と言うかみほちゃん達と触れ合ったからか、軽い女性恐怖症が治った気がする。

 

今もこうして武部さんと並んで歩いても、恐怖を感じないし。

 

……これがカルパッチョやノンナさんなら恐怖を感じていたかもしれない。

 

いや、彼女達も良い子なのは十分理解してるんだけどね、何て言うか、その、あれだ、重い。

 

「あー、今他の女の子の事考えてたでしょー」

 

「…なんで分かったの」

 

鋭い。

 

「ふっふーん、女の子はそう言うのに敏感なんだよ?油断しちゃダメなんだから」

 

「気をつけます…」

 

特に最近、あんこうチームの子には何かと悟られているからな…冷泉さんなんてナチュラルに俺の心読んでくるし。

 

「ほら、また誰かの事考えてる」

 

「うぐ…」

 

本当に鋭い。

 

「ダメだよー、こんな可愛い女の子が隣に居るのに、他の子の事考えるなんて。そんなんじゃアイドルとして失格だよ長野さん」

 

「いや別にアイドルじゃないから…」

 

可愛い子は否定しない、実際武部さんは可愛い女の子だから。

 

ちょっと恋愛方面で暴走しがちだが。

 

冷泉さんがゼクシィ沙織なんて言ってたが、本当に読んでるのだろうかゼクシィ…。

 

「あ、帰りに何か食べてく?」

 

「そうだな、何か甘い物でも食べに行くか」

 

「……あれ、もしかしてこれってデート!?」

 

「ち、違うんじゃないかな…」

 

これである、直ぐに食いついてくる。

 

このガツガツした所が無ければ、直ぐにモテモテになると思うんだが…。

 

「長野せんぱーい!」

 

「長野くーん!」

 

「あはは…」

 

下校中に見知らぬ女子生徒に名前を呼ばれて、愛想笑いを返す。

 

最近多くなったなぁこれ。

 

「もうすっかり有名人だよね長野さん、全国大会で報じられてから大洗以外からも問い合わせが来てるんでしょう?」

 

「あぁ、戦車道をやっている学校から何度もね…まぁ有名税だと思って受け入れるしかないさ」

 

今まで所在不明だった俺の情報が全国大会という大舞台で公になり、戦車道連盟や戦車道をやっている学校、企業などから問い合わせが多数来た。

 

海外留学していると思われていただけに、大洗と言う平凡な学校に居たことが驚きだったのだろう。

 

戦車道全国大会優勝に合わせて、新聞部からも取材を受けたりしたしな、お蔭で学園でも注目されてちょっと困る。

 

「私もねー、クラスメイトとかから長野さんとはどんな関係なんだーとか、彼女は居るのか―とか聞かれて大変なんだよー」

 

「戦車道の子には色々と迷惑を掛けてるのは自覚してる…」

 

今まで眼鏡で隠していたが、俺の顔が知られてから俺の事を戦車道履修者に聞いてくる生徒が増えに増えた。

 

バレー部は自慢のコーチですとか答えてるらしいが、俺目当てで入部した子はバレー部の過酷な練習について行けずに一週間持たずに辞めてしまったらしい、磯辺達が泣いていた。

 

だから最初は控えめな練習で行けと言ったのに…嬉しかったのか全力で練習してしまったそうな。

 

ウチのバレー部の練習、間違いなく過酷だ、その上で戦車道の練習も人並み以上にやるのだから本当に根性がある。

 

歴女チームはあまり聞かれないらしい、まぁ俺の事より自分達が好きな歴史を語るからな、彼女達は大丈夫だろう。

 

逆に1年生チームは楽しそうに俺の事を自慢している、隠し撮り写真とか見せびらかしているらしく、澤君に何度も謝られた。

 

あまり変な写真じゃなければ良いが、俺なんかの写真を撮って何が楽しいのか…。

 

生徒会が本格的にグッズの販売を検討しているらしいが、俺よりも戦車道履修者のグッズを売れと言いたい。

 

五十鈴さんとか小山先輩とかのグッズなら完売間違いなしだぞ。

 

その生徒会チームや風紀委員チームに俺の事を聞きに行く子はほぼ居ない、前者は恐れ多い、後者は風紀違反だと言われてしまうからな。

 

ネトゲチームは友達が少ない、自動車部はのらりくらりと避けていると聞いた。

 

そしてみほちゃん達だが、大体が武部さんが対応するので特別大きな事態は起きていない。

 

逆にみほちゃんは全国大会優勝した戦車道の隊長と言う事で、彼女の事をよく知らない生徒からは恐れられているらしい。

 

実際は全然怖くないのに、可哀想な話である。

 

「長野さんは、結局誰が本命なの?やっぱりみぽりんのお姉さん?」

 

「……どう、なんだろうな…」

 

武部さんの何気ない質問に、思わず立ち止まって考え込む。

 

別にまほさんの事は嫌いではない、ポンコツだが彼女なりに俺の事を想ってくれているのは理解出来る。

 

だが、それが西住流の為、と言う理由なのではと疑ってしまい、素直に受け止める事が出来ない。

 

異性を好きになる、という経験は俺には無い。

 

前世では闘病生活で、憧れの看護師は居たが恋愛感情なんて抱けなかった。

 

今世では目まぐるしい卓上競技生活とアイドルじみた生活、そしてストーカー襲撃で異性を好きになる前に軽い女性恐怖症になってしまっていた。

 

いや、男性に肉体的に狙われた経験も合わさって、軽い対人恐怖症だったのかもしれない。

 

だから瓶底眼鏡で顔を隠して、誰も知り合いの居ない大洗という僻地へと逃げてきた。

 

それがみほちゃんとの再会や、戦車道の監督なんて立場で人と関わる様になっていって…。

 

今じゃすっかり、女性恐怖症も治った。

 

だが、今だに俺は異性を好きになるという気持ちになれていない。

 

「や、やだなー、そんなに真面目に考え込まないでよ」

 

「………武部さんで良かったと改めて思うよ」

 

「え?」

 

「俺やみほちゃんを立ち直らせてくれたのは、間違いなく武部さん達だ。だから、感謝してる」

 

もしかしたら、この気持が、好きという感情なのかもしれない。

 

今はまだ、よく分からないが。

 

「……やだもー、なんかよく分からないけど、照れちゃうよー!」

 

顔を赤くしてバシバシと俺の肩を叩いてくる武部さん。

 

こんなやり取りも楽しいと思えるのは、やはり彼女の人柄だろう。

 

本当に、なんで同年代からはモテないんだろうな、武部さん。

 

おっと。

 

「武部さん」

 

「え…ひゃっ!?」

 

ドンッと彼女の背後にある壁を叩く。

 

彼女を壁に押し付ける形になってしまったが、仕方ない。

 

「あ、あわわわわ…!?(こ、こここっ、これって噂の壁ドン…!?そんな、待って、いきなりなんて…あああ、長野さんの顔が、顔が超近くにあるよぅっ、背丈高いよぅっ、格好いいよぅ…!!)」

 

「武部さん…」

 

「だ、だだだ…だめぇっ!こういうのはまだ早いのっ!」

 

「え…おわっ!?」

 

「や、やだもーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

「た、武部さん?武部さーん!?」

 

突然真っ赤になった武部さんが俺を押し退けて、そのまま走り出してしまった。

 

「……何か、失礼な事をしてしまったのだろうか…」

 

俺は右手…その手の中の虫を逃しながら、走り去る武部さんの姿を見送る。

 

虫が武部さんの頭に止まりそうになったので取っただけなんだが…。

 

「もしかして、迫った様に思われたのだろうか…」

 

壁に押し付けちゃったしなぁ…咄嗟のことでそこまで頭が回らなかった。

 

男に迫られたらそりゃ逃げるよな、俺だって逃げたもの。

 

明日謝らないとなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだもーーーっ、明日からどんな顔して長野さんと会えばいいのーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷泉さんの場合

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーンとチャイムの音が鳴る。

 

もう日課となった行動だ。

 

早朝の登校時間、あくびを噛み殺してもう一度チャイムを鳴らす。

 

何度か鳴らしていると、ガチャリと鍵が開く。

 

「…………おはよう」

 

「おはよう、ほら顔洗って来い」

 

顔を出したのはまだ半分眠っている冷泉さん。

 

俺の言葉に従ってフラフラと洗面所へ歩いていく。

 

その間に俺は台所へとお邪魔し、簡単な朝食を準備する。

 

最初は登校中の彼女を回収して運ぶだけだったのだが、気がついたら彼女の家まで迎えに行く様になり、今では朝食の準備までするようになってしまっていた。

 

武部さんから通い妻じゃない!と言われてしまったが、否定できない。

 

何せ気が付いたら冷泉さんが俺の分の食器や箸を購入していて、朝ごはんは冷泉さんの家で食べるのが習慣になってしまっていた。

 

うーん、恐るべし、冷泉さんの低血圧…。

 

「………洗ってきたぞ…」

 

洗面所から戻ってきた冷泉さん、まだ寝間着のままだ。

 

この子は本当に危機感が足りないが、それだけ俺の事を信用してくれているという事だろうか。

 

「ん、目玉焼きは?」

 

「……今日は半熟…ぐぅ…」

 

目玉焼きの焼き加減を尋ねると、そのままテーブルに突っ伏して寝てしまう。

 

…まぁ、出来るまで寝かせておこう。

 

今でこそこうして起きてきてくれるが、迎えに来始めた時は何度チャイムを鳴らしても起きてこなかった。

 

武部さんを呼んで鍵を開けてもらい、ついでに起こしてもらっていたのが今では懐かしい。

 

ご飯は冷泉さんが昨日の内にタイマーをセットしているので炊きあがっている、冷蔵庫に入れてある漬物などを取り出し、出来立ての味噌汁を注ぐ。

 

テーブルの上に二人分用意し、俺も冷泉さんの対面に座る。

 

「冷泉さん、準備出来たぞ、ほら食べよう」

 

「………んが……」

 

浅い眠りから覚めた冷泉さんがのろのろと箸を掴んで、茶碗を手にする。

 

「………いただきます」

 

「頂きます」

 

眠そうな冷泉さんの言葉に続いて俺も手を合わせ、朝食を口に運ぶ。

 

半熟の目玉焼きと厚切りベーコン、ほうれん草のお浸しに漬物、ご飯のお供各種に玉ねぎと油揚げの味噌汁。

 

簡単な物で悪いが、まぁ時間が無いので我慢してもらう。

 

「……美味い」

 

「ん、良かった」

 

味噌汁を啜る、本当は出汁から取りたいのだが、時間がないので出汁入りの味噌を使っている。

 

大洗に来た時は、こうして誰かと朝食を食べるなんて考えてもみなかったな…。

 

黙々と朝食を口にする、俺はこの静かな空気が嫌いではない。

 

「………長野さんは、本当に美味そうに食事をするな…」

 

「そうか?まぁ美味いものが食えるのは嬉しい事だからな」

 

前世の苦い記憶、お世辞にも美味しいとは言えなかった病院食、末期の時は固形物すら口にする事が出来なかった。

 

だからだろうか、自分で作った料理を自分で食べれるという事に、喜びを感じるのは。

 

「……むぅ、今度は私が作る…」

 

「無理しなくていいぞ、料理をするのは嫌いじゃないからな」

 

自分が作った料理を誰かに食べて貰えるなんて、前世じゃ考える事すら出来なかったからな。

 

人に食べてもらって、美味しいと言ってもらえるのはとても嬉しい。

 

それに冷泉さん、自炊するタイプじゃないし…。

 

食器も料理器具も、全部武部さんが揃えたと言っていたしな…。

 

よく一人暮らし出来たものである、今まで掃除とか洗濯とかどうしてたんだろう、やはり武部さん頼りか?

 

「……簡単な料理と掃除洗濯くらいできる…あむ…」

 

また心を読まれた。

 

「…ごちそうさま」

 

「お粗末様。食器片付けるから学校行く準備しな」

 

食器を下げて、今洗う物は洗ってしまう。

 

その間にふらふらしながら鞄などを用意する冷泉さん。

 

こうして俺が食事を作らなければ、朝は食べずに登校していたと言うのだから、そりゃ低血圧も合わさって動けなくなる筈だ。

 

「………できたぞ」

 

「ん、分かった」

 

洗い物を終えると制服に着替えた冷泉さんがノロノロと靴を履いていた。

 

揃って玄関から出て、冷泉さんが鍵を掛けるのを確認し、彼女の前で背を向けてしゃがむ。

 

「……今日も頼むぞ…」

 

「はいはい…こら速攻寝るな」

 

背中に乗り掛かった彼女を背負い上げると、速攻で寝の態勢に入る冷泉さん。

 

「…ん~、美味しい朝ごはん食べて広くて温かい背中なんだぞ、寝てしまうだろう……ぐぅ…」

 

「なんだそれは…全く、また園さんに怒られるぞ」

 

ため息混じり言うが、もう寝てしまって聞いていない。

 

毎日こんな状態で登校するもんだから、園さんも今では呆れてため息しか出てこない。

 

「やれやれ…今日も戦車日和だな…」

 

青空の下を行く学園艦の片隅で、冷泉さんを背負いながら空を見上げる。

 

今日も良い一日になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十鈴さんの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、長野さん…折り入ってお願いがあるのですが…」

 

「お願い?俺に?」

 

放課後、戦車道の練習を終えて、帰宅しようとしていたら五十鈴さんが改まって声を掛けてきた。

 

「華ー、私達先に帰るねー」

 

「叢真さん、また明日ー」

 

帰宅するみほちゃん達を見送る、珍しいな、五十鈴さんが一緒に帰らないなんて。

 

「ここではなんですから、帰りながらで宜しいでしょうか?」

 

「構わないけど…」

 

改まってなんだろうか、何か言い難そうな感じだが。

 

人気も疎らな校舎を出て、住宅地を歩く俺と五十鈴さん。

 

「実は、どうしても長野さんじゃないと出来ないお願いがありまして…」

 

「俺で力に成れるなら…何か困り事か?」

 

あの五十鈴さんが俺を頼るなんて珍しい、普通はみほちゃん達を頼るのに。

 

はて、男の俺を頼らないといけない事態……まさかあれか?男子から告白されてとかそういう話か?

 

五十鈴さん男子の人気あるからなぁ、親しいからって嫉妬されて校舎裏に呼び出されたもんなぁ俺。

 

告白されて困っているから、断る為に俺に何かして欲しいのだろうか。

 

それとも、告白を受け入れるという相談だろうか。

 

うぅむ、恋愛経験なんて無い俺には難題過ぎるぞ…!

 

こういう時は武部さんの方が……駄目か。

 

「この後私と…大食いに挑戦して欲しいんですっ」

 

「は?」

 

どっちでもなかった。

 

大食いと申したか。

 

「ど、どういう…?」

 

「実は、この先の商店街に大盛り料理を出すお店があるらしいのですが…それが男性限定なんです」

 

五十鈴さんの話を詳しく聞くと、美味いと評判のお店が、去年から共学になった学園の男子生徒をターゲットにしたデカ盛り料理を考案、チャレンジメニューとしてお店に出したらしい。

 

ただ、量が量なので男性限定、女性は同伴の人のみという謎のルールがあるとの事。

 

カップルを狙ってのルールだろうか、それとも残されるのを回避する為の同伴ルールなのだろうか。

 

どちらにせよ、女性だけでは注文が出来ないらしく、一度は食べてみたい五十鈴さんは悩んだ末に、俺にお願いする事にしたらしい。

 

「私には、他に頼れる殿方はおりませんし…恥を忍んでお願いします、どうか協力をして頂けませんでしょうか?」

 

「そんな事で良いなら…」

 

そんな程度の事なら、改まってお願いされなくても引き受けるんだが。

 

五十鈴さんらしいと言えばらしいか。

 

しかしデカ盛り料理ねぇ…五十鈴さんが健啖家なのは知っているが、食べ切れるのだろうか。

 

「あ、勿論、料理は長野さんも頂いて下さって結構ですよ、失敗した時のお金も私が払いますし」

 

「いや、まぁ、料金は割り勘にしよう…」

 

「ですが…」

 

「良いから良いから」

 

五十鈴さんに払わせるとか心苦し過ぎる。

 

辿り着いたのは一軒のレストラン。

 

夕方という事もあり、そこそこお客さんが入っている。

 

洋食屋さんか。

 

「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

 

「はい、テーブル席をお願い出来ますか」

 

「かしこまりましたー、こちらへどうぞー」

 

デミグラスソースのいい香りがするお店を、店員の案内でテーブル席へ。

 

席に座ると、早速五十鈴さんがメニューを取り出す。

 

「あ、ありました、こちらですね」

 

そう言って彼女が差し出したのは、カップル限定デカ盛りメニューと書かれたメニュー表。

 

カップル限定?男性限定じゃないのか?

 

何々、男の意地を彼女に見せろ?カップル限定洋食デカ盛りプレート?失敗したら7800円!?

 

1ページを埋め尽くす大きさの写真には、巨大なオムライスの上にハンバーグやエビフライ、サラダやデミグラスソースなどが彩られた料理、その横には通常サイズのオムライスが。

 

デカイ、何倍だこの料理。

 

CV33とマウスってレベルじゃないぞ。

 

「ここのオムライスとハンバーグ、絶品だそうですよ。美味しそうですね~」

 

「そ、そうですね…」

 

え、五十鈴さんこのモンスター料理食べる気なの…?

 

いくら健啖家な五十鈴さんでも、これは…明らかにラグビー部が数人がかりで食べる様な量だぞ…。

 

あぁ、だから俺を頼ったのか?

 

食べ切れそうにないから、そこそこ健啖家な俺を頼ったということか。

 

「すみません、この洋食デカ盛りプレートを一つ」

 

「はい、カップル限定洋食デカ盛りプレートですね!」

 

店員さん、カップル限定の言葉を強調しないで良いですから!

 

あぁほら、周りのお客さんがアレを頼むのかと注目してる!

 

「楽しみですねぇ、ハンバーグが3個、エビフライは4本も乗ってますよ~」

 

本当に楽しみにしている五十鈴さん、それだけ美味しいのだろう。

 

「しかし、男性限定って話じゃなかったんですか?」

 

最初に確かにそう言っていた。

 

「だ、だって…カップル限定だなんて、恥ずかしくて言えませんもの…」

 

左様ですか。

 

五十鈴さん、お嬢様だもんな…ちょっとズレてるだけだよな。

 

調理に時間が掛るのか、中々料理が出てこない。

 

待つ間、お互い他愛のない会話をして時間を潰す。

 

五十鈴さんの話は大抵が戦車道か華道の話だ、本当に大好きなのだろう、活き活きとしている。

 

こんなお嬢様な五十鈴さんだが、今では大洗1の砲撃手だ。

 

人間、何が長じるか分からない物である。

 

「大変おまたせしました、カップル限定洋食デカ盛りプレートです!」

 

「デカッ!」

 

店員が二人がかりで運んできた、テーブルを埋め尽くす巨大な洋食プレート。

 

オムライスだけで一升超えてるだろこれ…ハンバーグも一個がデカい、300…いや、500g位無いかこれ。

 

これ、普通のカップルじゃ無理だろ…体育会系カップルでも行けるのか…?

 

「美味しそう…頂きましょう、長野さん」

 

「は、はい…」

 

本当に嬉しそうにスプーンを手にする五十鈴さん、ここまで来たのだ、俺も覚悟を決めて食べよう。

 

約4000円なんて払わせない為に。

 

「ん~、美味しい、濃厚なデミグラスソースと、チキンライスが良く合いますね~」

 

「ハンバーグもジューシーですよ…エビフライもデカいな…何エビだこれ」

 

そそり立つ4本のエビフライ、まるで旗である。

 

他の客がデカ盛り料理を見て唖然としている、そりゃそうなるよ、食べてるこっちも唖然としてるもの。

 

そんな中、どんどん食べ進んでいく五十鈴さん。

 

明らかに俺より早い、と言うか早すぎる。

 

「止まりませんねぇ~」

 

パクパクパクパクと、食べ進んでいく五十鈴さん。

 

俺は巨大ハンバーグに苦戦しているというのに…。

 

しかし何故だろう、ハンバーグを食べる度に、黒森峰の逸見さんの顔が脳裏を過る。

 

なんでだ。

 

「む、長野さん。他の女性のことを考える暇があったら食べて下さい、冷めてしまったら折角の料理が台無しですよ」

 

「はい…」

 

鋭い。

 

武部さんと言い五十鈴さんと言い、なんで分かるんだ…。

 

10分経過する頃には、五十鈴さん側のハンバーグは彼女の胃袋に消え、今2本目のエビフライが彼女の口の中に消えていった。

 

本気で早いんですけど…他のお客さんが五十鈴さんを見て驚いている。

 

そうだよな、普通は俺の方が食うと思うもんな。

 

でも実際は五十鈴さんが7割、俺が3割である。

 

「あら、まぁ…オムライスの中から大きな鶏肉が…」

 

「げ…タンドリーチキン入りか…」

 

大量のチキンライスの中から、巨大な鶏肉が出てきた。

 

この手のデカ盛り料理によくある、サプライズ演出だろう。

 

「ん~、味が染みてて美味しいです~」

 

そのチキンを殆ど一人で食べ尽くす五十鈴さん。

 

どんだけー…。

 

「あ…はい、長野さん、あ~ん」

 

「え、いや、それは…」

 

残ったチキンをスプーンで差し出す五十鈴さん、流石にそれは…恥ずかしい。

 

「カップルなんですから、これくらい当たり前ですよ、はいどうぞ」

 

「そ、それじゃ…」

 

笑顔の五十鈴さんの言葉に何も言えず、口にチキンを入れてもらう。

 

恥ずかしくて味なんて分からん!

 

畜生、他のお客のニヤニヤとした視線がむず痒い!

 

20分が経つ頃には、チキンライスは殆どが五十鈴さんのお腹の中に消えていった。

 

俺なんて彼女の半分も食ってないぞ…。

 

「残りは頂いてしまって宜しいでしょうか?」

 

「ど、どうぞどうぞ…」

 

正直限界です、ハンバーグ1個とエビフライ2個、オムライス2杯分は食ったぞ…。

 

だがその倍の量を食べている筈の五十鈴さんは、涼しい顔でお皿に残ったチキンライスを食べ尽くした。

 

7割近くを食べきった五十鈴さんに、見ていたお客から拍手が、俺には彼氏なのに情けないぞとヤジが飛んできた。

 

俺が情けないんじゃない、五十鈴さんが凄いんだよ!

 

「ご馳走様でした~」

 

だがまぁ、彼女の満足そうな笑顔に、まぁいいかと苦笑する俺。

 

初の完食者だったらしく、店員さんに写真を撮られ、お店に飾られる事になった。

 

……あれ、これ不味くないか?俺と五十鈴さんがカップルと思われてしまうんだが。

 

「……宜しいんじゃないでしょうか?」

 

「え」

 

「私は、嫌ではありませんし。宜しいのではないでしょうか」

 

「あ、はい…」

 

彼女の宜しいんではないしょうかという言葉に、何故か逆らえる気がしなかった。

 

「美味しかったですねぇ、またお願いしますね、長野さん」

 

「は、はは…俺で良ければ…」

 

また食べるつもりなのか…まぁ、恋人役をやればいいだけなので別に構わないが。

 

しかし食べたなぁ…明日はちょっと運動増やそう、バレー部の練習に付き合うのが丁度いいか。

 

「んー、甘いものが食べたくなりましたねぇ…アイス屋さんに行きましょうか?」

 

まだ食べる気ですか!?

 

甘いものは別腹と言うが…五十鈴さん、半端ないです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、滅茶苦茶アイスを食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いっぱい食べる君が好き(意味深



こんな感じの日常編を各チーム毎、そして劇場版と続く予定です。




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あんこうのに

秋山さんかわいい(´・ω・`)



みほちゃんはもっとかわいい(´・ω・`)



そんなかわいさを表現したい…したい…したい…(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、ですから、そういった仕事は…」

 

連盟からの電話に断りを入れているが、一向に諦めてくれない。

 

もうアイドルのマネごとは勘弁して欲しいのだが。

 

「はい…はい…いえ、別にそういう理由では…」

 

連盟側も色々と提示してくるが、地位や名誉が欲しい訳じゃない。

 

「え、戦車道の備品…?それは…」

 

消耗品や燃料、その他雑品など戦車道はお金がかかる。

 

だから大洗も20年前に一度戦車道を止めている。

 

今は連盟からの助成金と色々な部活からの義援金で回しているが…。

 

毎日の練習で消耗品は消えていくし、弾も安くない、だが練習を控えろなんて言える訳がない。

 

そんな事をしたら、努力と根性で今のレベルまで到達出来た履修生達に申し訳が立たない。

 

「わ、分かりました…ですが、あまり派手な事は…えぇ、はい、ではまた後日…」

 

電話では話が詰められないと言われ、連盟に顔を出すことになった。

 

上手いことノセられた形だが、備品の提供は正直美味しすぎる…。

 

「まぁ…ちょっと俺が我慢すれば良いだけだしな…」

 

それで少しでも大洗学園の戦車道が潤えば…。

 

はぁ、サンダースやプラウダ、聖グロが羨ましい、こんな事で悩まなくて済むのだから。

 

アンツィオや継続なら分かってくれる悩みだな…。

 

「いっそ戦車くれとでも言ってみるか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋山さんの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポロロンとギターを奏でる。

 

眼の前では焚き火が燃え、そこに翳してある飯盒と鍋からは湯気が吹き出している。

 

「もうすぐ出来ますからねぇ~」

 

その鍋の中身をかき混ぜながら、鼻歌を歌うのはラフな私服姿の秋山さん。

 

同じく私服姿の俺と違い、エプロンを装備している。

 

「いやー、長野殿とこうして野営出来るなんて夢のようであります!」

 

「ははは……」

 

はて、なんでこんな事になったのだろうか。

 

ギターを奏でながら今日あったことを反芻してみる。

 

今日は朝から冷泉さんを起こし、授業を受け、戦車道の練習を監督し。

 

それで帰ろうとしたら、明日は休みだから野営しませんかと秋山さんに誘われて。

 

ホイホイついて行ってしまった。

 

なんでも何も俺が流されただけじゃないか。

 

焚き火の傍らには、秋山さんが用意した野営装備にテント、寝袋もある。

 

飯盒やコッヘル、金属製食器は全て秋山さんの自前のもの。

 

この中で俺が持ってきた物なんて食材とギター、蚊取り線香位である。

 

完全に秋山さんにおんぶ抱っこだ、料理も手伝おうとしたが任せて下さい!と輝く笑顔で言われて、俺は大人しく座ってギターを奏でるしか出来なくなった。

 

と言うか、今更だが秋山さん、二人っきりで野営とか不味いと思うんだ。

 

ご両親が心配するぞ。

 

「あ、両親には友達と野営すると言ってありますから心配いりません!」

 

男友達の部分が抜けてますぞ秋山殿!

 

みほちゃんと言い冷泉さんと言い、危機感が足りなくて困る。

 

俺だって男なんだぞ、ヘタレだけど。

 

それとも信頼されているのだろうか、だとしたら少し嬉しい。

 

「さぁ、出来ましたよ!秋山特製野営料理です!」

 

飯盒で炊いたご飯、野菜とウィンナーたっぷりのスープ、それに俺が買ってきた魚の塩焼き。

 

野営と言うには豪華な食事だ。

 

プラウダでは良く演習中にボルシチなどをご馳走になったが、それらと比べても引けを取らない。

 

戦車道やってる乙女って、料理の腕前高いよな…アンツィオとかアンツィオとかアンツィオとか。

 

聖グロ…?

 

イギリス…英国…うなぎ…うっ、頭が!

 

「さぁどうぞ、召し上がって下さい長野殿!」

 

「あぁ…頂きます」

 

秋山さんから食器を受け取り、スープに口をつける。

 

コンソメ味が効いた、体の中から温まる味だ。

 

野菜もゴロゴロ入っており、いい味がウィンナーから出ている、いやこれソーセージか?

 

「いやぁ、感激であります、長野殿とこうして野営出来るなんて、夢のようであります!」

 

「大げさな…」

 

初めて会った時から思っていたんだが、秋山さんの俺への好感度と言うか尊敬度は少々度が過ぎている。

 

みほちゃんに対しても崇拝に近い感情が見えるが、何故か俺に対しても似たような物を感じる。

 

だが、俺のファンクラブのような、ドロドロとした物は感じない。

 

なんだろうな、不思議な感じだ。

 

「秋山さんは俺の事を昔から知っている口ぶりだが…やはり男が戦車道に関わっている物珍しさからか?」

 

「いえ、そんなんじゃありませんよ。そうですね……長野殿は覚えておりませんよね」

 

何気なく訪ねたら、少し寂しそうに微笑まれてしまった。

 

え、俺、秋山さんと昔会ったことあったっけ…?

 

記憶力は良い方なんだが、秋山さんみたいな子に会った記憶は無いぞ…?

 

「小学生の時です、母に連れられて戦車道の卓上演習の大会に連れて行って貰った事があります」

 

戦車道が大好きな秋山さんだ、戦車道に関連する大会やイベント毎にはよく連れて行って貰っていたらしい。

 

「その大会会場で、私は母とはぐれて途方に暮れていました。大きな大会で人も多くて、どうしようかと泣きそうになっていたら…」

 

大丈夫か?と長野殿が声を掛けてくれたであります!と笑顔で告げる秋山さん。

 

はて、大会で…?

 

迷子を保護した経験は…一度ある、だがあれは男の子だ。

 

戦車道の卓上演習の大会に、同い年位の男の子が居たことに珍しさを覚え、つい声をかけた記憶がある。

 

懐かしい、試合時間まで彼の母親を探しながら、戦車道の事を話し合ったのを覚えている。

 

戦車道は女性の競技だ、卓上演習では偶に男性も居るが、殆ど女性なのでつい嬉しくてその男の子と友達になった。

 

名前は交わさなかったが、短い間で仲良くなれたのは嬉しかったのを覚えている。

 

「そして長野さんは、私の母を見つけるとそのまま試合に赴いて、優勝し、こう言ってくれたのであります!『今日の勝利は、今日出来た名も知らぬ友人に捧げます』と…私、感動のあまり母に縋り付いて大泣きしてしまったでありますよ!」

 

え。

 

あ。

 

言った。

 

確かに言った。

 

会場の何処かで応援してくれている、名も知らぬ友人の為にと。

 

いやだが、あれは確かに男の子だった。

 

だって、パンチパーマだったし!

 

「これ、その時の写真であります!」

 

そう言って秋山さんが取り出したスマホに取り込まれた写真、そこには大会モニュメントの戦車の前で、並んで肩を組んで笑う、幼い頃の俺と、パンチパーマの男の子の写真。

 

……覚えてる、あの子だ。

 

あの時の男の子だ。

 

え……。

 

この写真を秋山さんが持っていると言うことは…あの時の男の子は……秋山さんンンン!?

 

「あ、この頃の私、父に憧れてパンチパーマにしてたんですよぉ。中学からはパーマ禁止だったので、止めちゃいましたけど」

 

「うぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

あの戦車大好き少年が、秋山さん…!?

 

た、確かに、顔立ちに面影があるし、秋山さんのお母さんどっかで見た覚えがあるなと思っていたけど…。

 

そんな…俺の名も知らぬ友人は…男の子だと思ってたのは……秋山さんだったのか…。

 

「お、俺、てっきり男の子だとばかり…」

 

「あぁ、それは仕方ないであります、武部殿にも男の子にしか見えないと言われましたし」

 

なんてこった。

 

まさかあの時の子が秋山さんだったなんて……分かるかい!

 

「だから長野殿と同じ学校と知った時は嬉しかったであります。でも、長野殿はその時戦車道会から離れて、メディアへの露出も一切していなかったので、何か訳があるのかと思って…」

 

声を掛けられずにいた、と。

 

世間は狭いとはよく言うが、まさかあの時の子が秋山さんだったとは…。

 

「そんな長野殿と一緒に戦車道を出来て、こうして野営まで出来るなんて、私感激です!今日はいっぱい戦車やミリタリーについて語り合いましょうね!」

 

そう言って笑顔で笑う秋山さん、その笑顔は、母親が見つかって、別れる時のあの子の笑顔と同じだった。

 

なんで気付かなかったんだろう…こんなにも近くに居たのに。

 

黒歴史として、昔を思い出さないようにしていたからだろうか。

 

秋山さんは覚えていてくれて、瓶底眼鏡をしていても俺だと分かってくれたのに。

 

……最低だな、俺は。

 

「長野殿?どうしたでありますか?」

 

「いや……秋山さんが好きな戦車ってなんだったかな」

 

「私ですか?7TP双砲塔型やナヒュール中戦車ですね、長野殿はどの戦車なんですか?」

 

「俺は…そうだな…」

 

戦車の話をしている秋山さんは本当に生き生きしている。

 

記憶の中にある、あの日のあの子と同じで。

 

だからだろうか、俺は懐かしい気持ちになりながら、秋山さんとの戦車談義を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むにゃ…にしずみどのぉ~……えへへ…」

 

「………眠れん」

 

狭いテントで並んで寝袋に収まり、熟睡している秋山さんの横で、俺は無駄に意識してしまい眠れずにいた。

 

本当に、みほちゃんと言い冷泉さんと言い、危機感が無さ過ぎる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みほちゃんの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん………まいりました」

 

「ありがとうございました」

 

みほちゃんが敗北宣言をし、俺の勝利が決まった。

 

卓上演習とは言え、戦車道大会を制して、自分の戦車道を見つけたみほちゃんはひと皮もふた皮も剥けていた。

 

局地戦に持ち込まれたら負ける事も多い。

 

本当に、相手の隙を突くのが上手い。

 

卓上演習で敗北したのは、あの娘以来か…成長したなぁ、みほちゃん。

 

「あ、もうこんな時間…どうします叢真さん、夕ご飯どこかで食べて行きます?」

 

「そうだな…五十鈴さんに聞いたお店だが、美味しい海鮮丼のお店があるらしい。行ってみようか」

 

「いいですね、そうしましょう!」

 

戦車倉庫の2階、休憩や作戦立案などに使われる部屋を出ながら、今夜の夕飯を考える。

 

五十鈴さんの紹介だ、先ずハズレはないだろう。

 

「先に上がります」

 

「お疲れ様です~」

 

「あ、おつかれー」

 

「気をつけてな」

 

まだ戦車の整備を続けている自動車部に声を掛けると、汗を拭いながらナカジマさんとホシノさんが答える。

 

残りの2人は…戦車の中か。

 

毎日楽しそうに戦車を弄っているが、彼女達の協力が無ければ大洗戦車道は殆ど何も出来なかっただろうな。

 

本当に助かった。

 

後で差し入れを持っていこう。

 

「自動車部の人達、本当に頼りになりますね」

 

「そうだな、ナカジマさんはマイペースと言うか冷静沈着だから小隊規模の指揮を任せられるし、あの我が儘兵器のポルシェティーガーを主戦力として使えるんだ、もう大洗戦車道に無くてはならない存在だな」

 

走行中のポルシェティーガーを走らせながら直すなんて、果たしてどれだけの整備士が可能な技なのだろうか。

 

「でも、今の大洗には、皆さん全員が必要ですよ。そうじゃなければ、お姉ちゃん…黒森峰に、うぅん、そもそも大会で勝てませんでした」

 

「そうだな…」

 

ギリギリの綱渡り、常に背水の陣で戦ってきた大洗戦車道チーム。

 

どのチームが欠けても勝てなかった、それくらいの厳しい戦いだった。

 

「アヒルさんチームは今じゃ大洗で一番の練度だからな、戦車が戦車なら立派な撃墜王になれるレベルだ」

 

「そうですね、でも御本人達は八九式が大好きみたいですし」

 

宴会でも八九式を馬鹿にするなと叫んでたしな。

 

陽動、索敵をやらせたら大洗1だろう。

 

本音を言えば、もっと良い戦車に乗せてあげたいのだが…やはり連盟にお願いして…いやしかし、本人たちが今の戦車を5人目のバレー部員と明言する程気に入っているからなぁ。

 

「カバさんチームは、やはり三突の火力が頼りになりますよね」

 

「己の役割を言わずとも理解してくれるからな、機動防御戦術では外せない要になる」

 

歴女だけあって戦争や戦車にも詳しいカエサルやエルヴィンのお蔭で、カバさんチームは実に頼りになる。

 

最近ではアンツィオの戦術や操作技術を勉強しているらしく、猛特訓中だ。

 

……後は、俺にソウルネームを付けようとするのさえ止めてくれれば言うことはないのだが。

 

「ウサギさんチームは……本当に成長したな、今じゃ立派な戦車乗りだ」

 

「あはは、澤さんが確り皆を纏めてくれてますからね。大会じゃまさか重戦車2両も撃破するなんて思いませんでしたし」

 

みほちゃんも予想外だったウサギさんチームの活躍。

 

あれで自信を付けたのか、重戦車キラーを自称しているが…うーん、自信がある事は良いことだしな…。

 

ちょっとトラブルメーカーなメンバーが多いだけに、心配でもあるが。

 

「お、ここか」

 

「ちょっと隠れ家的なお店ですね」

 

商店街から外れた住宅地の中に、目当てのお店はあった。

 

こじんまりとしたお店だが、学園艦にあるお店は大抵こんな物だ。

 

外縁部にお店を構えている所は結構大きなお店が多いが。

 

「らっしゃい!」

 

「2人、カウンターで良いかな?」

 

「はい、構いませんよ」

 

「それじゃカウンターで」

 

「あいよ!」

 

威勢の良い板前さんに2名だと告げ、カウンター席に座る。

 

お寿司屋さんか、学園艦のお寿司屋に外れ無しと言われている、腕利きの職人じゃないとお店が出せないと言う謎の決まりがあるらしい。

 

「海鮮丼が美味しいと聞いたんですが」

 

「私もそれを」

 

「あいよ、海鮮丼二人前ですね!ウチのはネタが新鮮だから美味しいよ!」

 

学園艦だからな、海産物だけは豊富だ。

 

逆に野菜が限定されるので、珍しい野菜などは港に寄港しないと手に入らない。

 

学園艦によっては農業科が広大な船内で野菜を育てているのだが、大洗は小さい方だからな。

 

聖グロはあれだけ大きいのに野菜の栽培に力を居れてないので青物が少ない。

 

だから料理が……止めよう、悲しくなる。

 

「カメさんチームは頼りになるんだが…会長の気分屋さえ無ければなぁ」

 

「あ、あははは…でも、河嶋先輩や小山先輩も頼りになりますし」

 

カメさんチームはムラが強い。

 

何故なら会長が働く時と働かない時で戦闘力が大幅に上下するからだ、乱高下と言っても良いレベルで変わる。

 

会長が最初から本気出してくれていれば、サンダースやアンツィオで苦戦しなかったろうに…。

 

まぁ、あまり会長にばかり頼るのは良くないというあの人なりの意思表示と言うか、教えなんだろう。

 

ただ、河嶋先輩のあの謎砲撃だけは悩み所だ。

 

何故あぁも砲弾が明後日の方向に行くのだろうか…。

 

「カモさんチームは命令に忠実、的確に行動してくれますから隊長として心強いですね」

 

「風紀委員だからなぁ、命令は決まり事として遵守してくれるから」

 

部隊指揮をする上で最も頼りになるのが命令を遵守し遂行してくれる存在だ。

 

急な作戦変更や撤退指示にも素直に従ってくれる戦力と言うのはこの上なくありがたい。

 

あの黒森峰ですら、隊長のまほさんの指示を聞かずに目先の獲物を追いかけてしまう車両が出る位だ。

 

そう言った意味では、カモさんチームは安心出来る。

 

車両が重戦車なのもあってレオポンと並んで守りの要になる。

 

「アリクイさんチームは……たぶん、センスは抜群にあるんだよ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「圧倒的に体力がない」

 

「あ~…」

 

戦車道は体力勝負な面が強い、武道だからな。

 

どのポジションも一定の体力と筋力、そして判断力を要求される。

 

ねこにゃー達はネットゲームではトップランカー、恐らくセンスは人一倍高い。

 

だが圧倒的に筋力体力が足りていない。

 

そこが改善されれば、恐らくかなりの戦力に化ける筈。

 

今後に期待だな。

 

「へいお待ち!」

 

「お、美味しそうだ」

 

「わー、綺麗な海鮮丼」

 

みほちゃんの言う通り、綺麗に盛り付けられた海鮮丼。

 

中央のイクラとウニが輝いている。

 

他に白身魚にマグロ、イカにエビに卵焼き、オーソドックスだが逆にこういうのは料理人の腕前がもろに出る。

 

五十鈴さんがお勧めするだけあってこれは美味しそうだ。

 

「頂きます」

 

「いただきまーす」

 

手を合わせ海鮮丼を食す、うん、思った通り美味い。

 

「美味しい~、美味しいですね叢真さん」

 

「あぁ、五十鈴さんがお勧めするだけはあるな」

 

セットの味噌汁も、カニが入っていていい出汁が出ている。

 

これで値段が千円ちょっとなのだからかなり当たりの店だ。

 

まぁ学園艦のお店だからな、学生が手を出せない値段じゃ商売出来ないか。

 

「あの……叢真さんから見て、私達はどうでしょうか…?」

 

「…あんこうチーム?それなら、間違いなくトップエースだ。戦力の要、部隊の大黒柱。無くちゃならない存在だな」

 

「あぅ…改めて言われると恥ずかしいですね…」

 

何を言うか、純然たる事実だ。

 

みほちゃんの指揮能力、冷泉さんの操作能力、五十鈴さんの砲撃の腕前、秋山さんの的確な情報と、それに負けない装填手としての腕前。

 

武部さんの情報伝達能力も欠かせない。

 

あんこうチームが居なければ、大洗の戦車道は立ち行かなくなる事は確実だ。

 

それだけ重要なチームであり、同時に弱点でもある。

 

みほちゃん達が落ちたら、一気に部隊が崩壊するからなぁ。

 

「まぁ、偉そうな事を言えば、どのチームも欠けちゃいけない存在だよ。今の部隊だからこそ、優勝する事が出来た、それは間違いない」

 

お飾りな監督の俺が言うことではないが。

 

「……でも、長野さんが居なければ、私達はここまで頑張れませんでしたよ。応援して、激励して、見守って、帰りを待ってくれている存在が居る、それだけで、気持ちが強くなれるんです」

 

みほちゃん……。

 

いかん、不意打ち気味な言葉に、思わず顔が赤くなるのが分かる。

 

本当に、みほちゃんは不意打ちが得意だ…。

 

「さて、帰ろうか。送っていくよ」

 

学園艦内とは言え、女性を一人帰らせるのは心苦しい。

 

「ありがとうございます……あ、それじゃぁ…あの…その…」

 

「ん?」

 

「手…繋いでも良いですか…?」

 

モジモジと恥ずかしそうにしながら、みほちゃんがそんな事を口にした。

 

俺の手でいいならいくらでも貸してあげるのに。

 

何せ持ち主である俺の許可なく手や腕を取っていく人が居るからな、アッサムさんとかノンナさんとかカルパッチョとか!

 

ミカさんなんか背中を取るからな、毎度毎度怖くて仕方がない。

 

「あぁ……行こうか」

 

「あ…はい!」

 

みほちゃんの小さな手をそっと握り、歩き出す。

 

こんな小さな手で、学園廃校と言う危機を乗り越えてきたみほちゃん。

 

本当に、みほちゃんには敵わないな…。

 

「えへへ…こうしてると、なんだか恋人みたいですね」

 

「う…改めて言われると…なんだか恥ずかしいから止めていいか?」

 

「ダメですダメですっ、もう少しだけ…」

 

「分かりました、お嬢様」

 

みほちゃんのお願いを、断る術を俺は持たない。

 

彼女の笑顔が、とても眩しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断る術を持たない、脅されているから(違





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アヒルさん

今回はサービスシーンと主人公の面倒臭い面をお送りします(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カーット!いい絵が撮れた!」

 

「………お疲れ様です」

 

「おつかれ、長野君。君、なかなか演技も行けるじゃないか、どうだい、僕の所属してる劇団に来ないかい?」

 

「あ、あはは…学業に専念したいので、ありがたい話ですが」

 

「そうか…残念だなぁ」

 

大洗の学園艦…ではなく、内陸地にある廃工場でそんな会話を交わす。

 

周りには撮影スタッフ、そして役者の方々。

 

俺は今、戦車道連盟の依頼により、とある特別番組の撮影を行っていた。

 

黒歴史とは言え、昔散々テレビに出た経験のお蔭で撮影はスムーズに進んだ。

 

まぁ……台詞が若干恥ずかしかったが。

 

「お疲れ様です長野君。残りはアテレコになるので撮影はこれで終了です」

 

「お疲れ様です…まさか、こんな依頼だとは思ってませんでしたよ…」

 

またどこかのチームの臨時指揮官とか、戦車道をやっている学園巡りとか、そういった仕事だと思っていたので最初聞いた時は面食らったものだ。

 

まぁ…番組が番組だし、みほちゃん達に見られる事はないだろうから良いか。

 

「これで約束した物は…」

 

「えぇ、連盟からの助成金とは別に、消耗品と各種材料を大洗学園にお届けします。……所で、戦車のパーツじゃなくて材料で良いんですか?」

 

「えぇ、材料があればこっちで加工して作りますから」

 

「え、加工…作る?」

 

「作るんです」

 

自動車部が。

 

自前の旋盤とか持ってて戦車のパーツとか自分達で加工して作ってしまう。

 

もう部活じゃない、そういうレベルじゃないよ自動車部…。

 

「それじゃ、失礼します。お先に上がります!」

 

「おうお疲れ!また出演する時はよろしく頼むよ!」

 

監督に頭を下げて、撮影場所を後にする。

 

さて、皆へのお土産を買って大洗へ帰ろう。

 

……その前に、両親に会いに行くか、折角内陸に来たんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アヒルさんチームの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「練習終了!」

 

「「「「お疲れ様でした!」」」」

 

笛を吹いて全員を集め、今日の練習を終了させる。

 

一列に並んだアヒルさんチームが、頭を下げながら唱和する。

 

そう、戦車道の練習…ではなく、バレーの練習を終了。

 

夕方まで戦車道の練習をし、それが終わったら丁度体育館が空くのでバレーの練習をするのがいつもの日課なバレー部。

 

本当に根性の塊である。

 

「今日もありがとうございました、コーチ!」

 

「いや、まぁ、あんな指導で良いなら…」

 

何度も言うが、俺はバレーの選手ではない。

 

なので指導も大したことは出来ない。

 

一応、バレーの試合映像や資料を読み漁って勉強しているが。

 

だが、練習を監督したり、トスやレシーブの練習に付き合うだけでもバレー部は嬉しいそうだ。

 

「コーチも入れて6人、これで何時でも試合が出来ますね!」

 

「ナチュラルに八九式を人数に入れるんじゃありません、あと俺は男だからバレーの試合には出れないから」

 

毎日練習練習練習で、試合に飢えている感がある磯辺、ナチュラルに八九式と俺をメンバーに入れてくるから油断ならない。

 

「コーチ、どうぞ、タオルです」

 

「ありがとう、近藤も身体を冷やすんじゃないぞ」

 

近藤からタオルを受け取り、額の汗を拭いながら汗だくの近藤に注意する。

 

「お腹空いたわね」

 

「なにかガッツリ食べたいね~」

 

河西と佐々木の会話が耳に入る。

 

ふむ、丁度いいか。

 

「皆、汗を流したら一緒に帰ろう、夕飯ご馳走するぞ」

 

「え、良いんですか!?」

 

「あぁ、臨時収入があったからな。何が良い、何でも良いぞ」

 

「じゃぁ、焼き肉行きましょう!食べ放題があるお店があるんです!」

 

「良いですねキャプテン!」

 

「焼き肉、根性が付きますね!」

 

「わーい!」

 

やだ、肉食女子。

 

元気があって大変よろしい。

 

「それじゃ汗を流したら校門で合流な」

 

「はい、急いで行ってきます!」

 

「いや、急がなくて良いぞ、俺も汗流すし」

 

この度、目出度く男子用のシャワールームが建設された。

 

女子用のお風呂程じゃないが、大変ありがたい。

 

もうすぐ夏本番、汗を流せるのは非常に助かるからな。

 

片付けを終え、お風呂へ走るバレー部を見送って体育館を閉じる。

 

男子用シャワールームへ足を運ぶと、数名の生徒が使用していた。

 

男子部が設立された運動部の連中か。

 

「お疲れー」

 

「あぁ、お疲れ様」

 

「……うぉっ」

 

「…ん?どうかしたか?」

 

シャワールームの謎のルール、相手が誰でもお疲れと言うを返したら、何故か驚かれた。

 

「い、いや、何でも無いんだ…!」

 

「そうか…」

 

どうかしたのかと問い掛けたら、何故か挙動不審に首を振られた。

 

なんだろう、俺何かしただろうか。

 

校舎裏に呼び出してきた嫉妬団…じゃないよな。

 

まぁ良いか。

 

「……おい、長野だぜ(ヒソヒソ」

 

「マジか!?…本当だ、長野だ…(ヒソヒソ」

 

なんか内緒話をされているが…この距離じゃ聞こえんな。

 

構わずジャージを脱ぎ、腰にタオルを巻く。

 

はて、シャンプーは何処へやったか…。

 

「…ゴクリ、あいつ本当に同級生かよ…なんて筋肉してやがる…(ヒソヒソ」

 

「あぁ…やべぇな…ムッキリマッスルって感じだよな…細いのにマッチョだ…(ヒソヒソ」

 

「腰がエロい(ヒソヒソ」

 

「同意(ヒソヒソ」

 

あったあった、鞄の下の方に行ってた。

 

なんか視線を感じて後ろを見ると、数人が集まって何やら会話していた。

 

……なんだ?

 

そんな視線を向けると、全員が明後日の方向を見て口笛を吹き始める。

 

一名、全く音が出てないぞ。

 

「………まぁ良いか」

 

空いているシャワーボックスに入ってシャワーの蛇口をひねる。

 

最初に冷たい水が、やがて温かいお湯が勢いよく噴き出してくる。

 

あー、この瞬間が堪らない。

 

顔を洗いながら髪をかき上げる、今日もよく汗をかいたから念入りに洗わないとな…。

 

「……なんだろ、洋画のシャワーシーン見てる気分だ(ヒソヒソ」

 

「あぁ、主演男優がやたらセクシーな奴だろ、分かる(ヒソヒソ」

 

「これ、売れんじゃね?女子とかに高く売れんじゃね?(ヒソヒソ」

 

「正直興奮する」

 

「「「声が大きいっ!」」」

 

「ん?」

 

「「「なんでもないぞ!」」」

 

何か声がするから振り向いたら、三人くらいが組体操しながら首を振っていた。

 

見事な扇だが、全裸でやるなよ…。

 

仲が良いのは結構だが。

 

……考えてみたら、俺、男子の親しい友人居ないんだよな…地味に生活してたから。

 

眼鏡を止めたら話しかけてくる男子が増えたけど。

 

「お先ー」

 

「「「お、おう…」」」

 

手早くシャワーを済ませ、身体を拭きながら着替えを済ませる。

 

髪は乾かしながら行けば良いか。

 

「なんで髪タオルで拭いてるだけなのに色気があるんだよ…反則だろ…」

 

「あれで頭も良くて運動神経も抜群なんだろ…どこの完璧超人だよ…」

 

「でもヘタレらしいぞ。童貞だって噂だ…」

 

「至高の童貞か……イケる」

 

「「「ちょ、おま」」」

 

なんか勝手なことを色々言われている気がするが、黒歴史時代色々言われたから対して気にならない。

 

嫉妬した人間からの言葉って本当にドロドロしていて汚いからなぁ。

 

「あ、コーチ!お待たせしました!」

 

「早かったな…って、髪乾いてないぞ磯辺」

 

「キャプテン、だから言ったじゃないですかー」

 

「ドライヤー使う時間すら惜しむからですよ」

 

「お待たせしましたコーチ~」

 

まだ髪が乾ききっていない磯辺の後ろから、近藤達がやってくる。

 

こちらはドライヤーを使ったのか、ちゃんと乾いている。

 

「ほら、ちゃんと乾かせ、風邪引くぞ」

 

「わぷっ、あ、ありがとうございます…コーチ…」

 

予備のタオルを取り出して磯辺の髪を軽く拭いてやる、すると何時も根性根性元気な磯辺が、急にしおらしくなった。

 

はて、どうしたのだろうか?

 

「キャプテン、ズルい…」

 

「あざとい、流石キャプテンあざとい」

 

「良いな~、私もして貰えば良かったー」

 

髪も乾いたのでアヒルさんチームを伴って焼肉屋を目指す。

 

しかし、制服姿のバレー部は見慣れないから新鮮だな。

 

「なんだか新鮮だな、磯辺達の制服姿」

 

「そうですか?まぁ、私達いつもバレー部のユニフォームですから仕方ないのかな」

 

「なんだか制服より落ち着くんですよね、パンツァージャケットの下もこのユニフォームじゃないと落ち着かなくて」

 

一度河嶋先輩に注意されたが、落ち着かないと言う事でバレー部だけ許可になったんだよな。

 

「正直、私達はスカートとか似合いませんからね」

 

「正直落ち着かないんですよね~」

 

「そんな事無いだろう、お前達だって可愛い女の子なんだから似合わないとか無いぞ」

 

バレー部は危機感と言うか、もうちょっと自分達の容姿をよく認識しろと言いたい。

 

近藤なんて男子が作った校内可愛い子ランキングのTOP10に入ってるんだぞ、知らんだろうけど。

 

「う……正直キた…コーチ、女ったらしとか言われません?」

 

「いきなり酷いな」

 

河西が酷い、こんなヘタレな俺に対して女ったらしだなんて。

 

「コーチ、私達にどうこう言う前に、自分がどれだけ目を引くか理解して下さい」

 

「何を言うか近藤、ちゃんと理解してるぞ」

 

「足りないんです、もっとちゃんと理解して下さい」

 

近藤も酷い、自分の容姿が視線を集める事位分かってるのに…。

 

「分かってたらそんな気軽に口説くような事は言いませんから」

 

「口説いてなんてないぞ…!?」

 

「無自覚ですか~余計に質が悪いですねー」

 

佐々木まで酷い…。

 

えー、容姿を褒めると口説いている事になるのか…。

 

「あ、ありましたよコーチ!」

 

「おー、下町にありそうなお店だな」

 

磯辺が指さした先には、焼き肉・ホルモンと書かれたシンプルな看板。

 

お店もそんなに大きくない、だが食べ放題ののぼりが出ている。

 

こんな規模でも食べ放題が出来るのか…。

 

お店の前に来ると、肉が焼けるいい匂いが漂う。

 

隣から、くきゅーと可愛い音がした。

 

「あ、あはは…お腹空いちゃって…」

 

そう言ってお腹を擦りながら恥ずかしそうに頬をかく磯辺。

 

気持ちは分かる、正直俺も腹が鳴ってもおかしくないレベルで胃が刺激されている。

 

今日はガッツリ食おう。

 

「いらっしゃいませー、何名様ですか?」

 

「5名です」

 

「5名様ですね、こちらへどうぞー」

 

案内されたのはテーブル席。

 

お座敷は既に満杯か。

 

対面に河西と佐々木。

 

近藤、俺、そして磯辺と座る事になった。

 

……俺、端で良いんだけど。

 

近藤に進められるがままに座ったらこうなった。

 

なんだか落ち着かない…。

 

「食べ放題、5人で!」

 

「はい、食べ放題メニューですね、こちらの中からお選び下さい」

 

店員が持ってきたメニュー、食べ放題用メニューにはそこそこ豊富なラインナップ。

 

普通、食べ放題だと選べる品が限定されるんだが…ここは希少部位でも乗ってるのか、珍しいな。

 

「とりあえずライス大盛り5つ、烏龍茶5つと、カルビ5人前、ロース5人前!」

 

「あ、ハラミも食べ放題なんだ、ハラミ2人前で!あと卵スープ1つ!」

 

「う…骨付きカルビは食べ放題じゃないのか…じゃぁカルビスープ1つ」

 

「河西、別に頼んでも良いぞ、俺も上タン塩頼むから。すみません、骨付きカルビ2人前と上タン塩5人前で。あとわかめスープ1つ」

 

「あ、わかめスープは2つで~。ホルモンは…後で良いですね~」

 

「はい、ライス大5つ、烏龍茶5つ、カルビ5人前、ロース5人前、ハラミ2人前、卵スープ1つ、カルビスープ1つ、骨付きカルビ2人前に上タン塩5人前、わかめスープ2つで宜しいですね。火をお点けしますね」

 

注文を繰り返し、手早くコンロの火を点ける店員さん。

 

磯辺が配ってくれたおしぼりを受け取り、手を拭く。

 

「焼き肉なんて久しぶりですね」

 

「めったに来れないもんね~」

 

「折角のコーチの奢りなんだ、根性入れて食べるよ皆!」

 

「食べ過ぎちゃいますよキャプテン」

 

「支払いは心配せず好きなだけ食ってくれ。アヒルさんチームにはお世話になってるからな」

 

八九式という圧倒的に劣る戦車で、最後の最後まで使命を全うしてくれたアヒルさんチーム。

 

今では練度も大洗で1番、本当に助かっている。

 

「いえ、お世話になっているのは私達の方ですよ!戦車道のコーチだけじゃなく、私達の我が儘に応えてバレーのコーチまでしてくれてるんですから!」

 

「コーチがバレーの資料や映像を読み漁って勉強してくれてるの、ちゃんと知ってるんですよ?」

 

「本当にお世話になります、コーチ」

 

「それに比べたら、戦車道での苦労なんて全然ですよ~」

 

「お前達…」

 

やだ、本当に良い子達。

 

なんで大洗の戦車道履修者って良い子しか居ないのだろう。

 

ある意味奇跡だな。

 

「はいお先に烏龍茶5つです」

 

「よし、乾杯するか」

 

丁度飲み物が来たのでそれぞれが持ったのを確認してジョッキを掲げる。

 

「何に乾杯します?」

 

「そうだな…バレー部の今後と、改めて全国大会お疲れ様って事で。乾杯」

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

ジョッキがガチャリと音を鳴らし、烏龍茶を口に含む。

 

「お待たせしました、ライス5つとお先に上タン塩5人前です」

 

「………この店、出来る…!」

 

「急にどうしたんですかコーチ…?」

 

最初に運ばれてきた品に、この店の厨房の方を見て戦慄する俺。

 

近藤がキョトンとして問い掛けてきた。

 

「焼き肉の定石として最初にタン塩、これを好む客が多い。それを考えて最初にタン塩を持ってきてくれる…この店、出来るぞ」

 

「あ、レモン掛けますねー」

 

「お願い聞いて」

 

冷静な俺の分析をスルーしてレモンを絞る近藤、君本当に冷静ね。

 

十分に熱された網の上に、先鋒の大定番、上タン塩を乗せる。

 

上タン塩、カルビ、ロース、そして希少部位、俺の完璧な布陣…正に西住流のような、真正面から相手を迎え撃ち、撃破する布陣。

 

「お待たせしました、カルビ5人前とロース5人前です」

 

「きたきたー!スパイク行くよ!」

 

な――――!?待て磯辺、早まるな!?

 

だが俺の手が伸びる前に、磯辺は上タン塩が並ぶ網に、カルビとロースを投入してしまう。

 

戦力の過剰投入…!圧倒的連携不足…!

 

「キャプテン、まだカルビとロースは早いですよ…」

 

「そう?でもじゃんじゃん焼かないとテーブル一杯になっちゃうし」

 

河西が諌めるが、磯辺は合理的判断で肉を投入していく。

 

俺の理想的な肉焼き計画が…!まさかの味方の行動で序盤から破綻するとは…!

 

――――叢真さんって、イレギュラーに弱いですよね――――

 

何故か脳裏にみほちゃんの天使のような声で俺の弱点を突いてくる声が聞こえた。

 

そうね、そのイレギュラーに付け込んで突破するのがみほちゃん得意だもんね。

 

「はい、焼けましたよコーチ」

 

「ありがとう…」

 

近藤が焼けたタン塩をレモン汁の入った小皿に入れてくれる。

 

まぁいい、今は上タン塩だ、程よく焼けたプリプリの上タン塩を口に頬張る。

 

「……美味い!」

 

程よく柔らかくプリプリとしたタン塩が口の中で暴れる、これは良いタンを使っている。

 

やはり出来るな、この店…!

 

「ん~、上タン塩なんて久しぶり~」

 

「普段はタン塩も食べないもんね…はふはふ」

 

「キャプテン、焼いてばかり居ないで食べて下さい~」

 

「私、一口目はカルビって決めてるんだ」

 

なん…だと…?

 

ではカルビ・ロースの戦力過剰投入はワザと…?

 

磯辺、恐ろしい子…!

 

――――こんな格言を知っていて?長野さ…――――

 

今忙しいんでまた今度なダージリン。

 

「キャプテンはカルビ大好きですからね」

 

「……一口目は上タン塩、そんな俺の作戦は傲慢だったのか…不覚!」

 

「なんで焼き肉でそんな難しい事考えてるんですか、ほらどんどん食べましょう?」

 

「そうですよ~、ほら、カルビ焼けましたよ、あ~ん」

 

「ちょ、佐々木それ私が育ててたカルビ!?」

 

タレに付けたカルビを対面から差し出してくる佐々木。

 

いや、俺は最初に上タン塩で前方平原を制圧し、その後でカルビによる浸透突破をだな…。

 

そうじゃない、その前に人前であ~んとか恥ずかし過ぎて無理だ、死ねる。

 

五十鈴さんにされた時も死にそうだったんだぞ、それなのにバレー部全員が居る前でなんて…!

 

「あ~ん♪」

 

「………あ、あ~ん…」

 

佐々木の笑顔には勝てなかったよ…。

 

口に入れて貰った熱々のカルビ、甘めのタレと合わさって程よい肉汁が口の中を蹂躙する。

 

ただのカルビでこの味…やはりこの店、出来る…!

 

……五十鈴さんので耐性が出来たかな、味が分かる。

 

「む……はいコーチ、まだ上タン塩残ってますよ、あ~ん」

 

「こ、近藤…?」

 

「……骨付きカルビで…いえ、ダメね、骨が邪魔だわ…ここはロースで…」

 

「コーチ、私が焼いて育てたロースです、どうぞ!」

 

「あ、キャプテンズルい!」

 

近藤から上タン塩、磯辺からはロースが差し出される。

 

待ってくれ、俺には俺の考えた完璧な焼き肉制圧作戦があるんだ、それの順番を無視して食べたら折角の肉の味を味わう作戦の真意が…!

 

「あちち…はふはふ…」

 

「はい、ロースもどうぞ!」

 

近藤の笑顔の圧力と、磯辺の純真無垢な好意には勝てなかったよ…。

 

と言うかそんな次々に口に入れられたら火傷するわ!

 

「お待たせしました、ハラミ2人前と骨付きカルビ2人前です」

 

「骨付きカルビ来た、これで…!」

 

あぁ、河西が上タン塩を焼いていた場所に骨付きカルビを投入してしまった…!

 

もう上タン塩を焼けるスペースが近藤と佐々木の前しかない…!

 

「ハラミも焼いちゃいますねー」

 

が…!ダメ…!

 

近藤が上タン塩を退かし、ハラミを焼き始めてしまう。

 

なんて事だ…俺の布陣がこうもあっさり崩壊するだなんて…。

 

アヒルさんチーム…流石は撹乱陽動の要、見事な腕前だ…。

 

「心配しなくても、網を交換して貰えばいいじゃないですか~」

 

そうなんだけど、そうなんだけどね佐々木!

 

こう、流れというものがあってね!

 

「お待たせしました、わかめスープ2つ、カルビスープ、卵スープになります」

 

待っていたぞわかめスープ!

 

これで口の中を一度リセットし、再び上タン塩・カルビロース連合、希少部位と攻略する事が出来る!。

 

あっさりとしたわかめスープ、たっぷりのわかめがありがたい。

 

「コーチ!骨付きカルビです、どうぞ!」

 

が…!ダメ…!パートツー…!

 

河西が焼き上がった骨付きカルビを差し出してくる…そんな、河西…信じていたのにお前まで…!?

 

「あち、あちち…骨があつぅい…!」

 

「す、すみませんコーチ!」

 

たたでさえ骨付きカルビってデカいのに…!

 

濃厚なカルビの肉汁で再び口の中が蹂躙された…まるでヤークトティーガーに進撃された気分だ。

 

「コーチ、ご飯どうします?私おかわり頼むんですけど」

 

「行こうじゃないか」

 

まだだ、まだ終わらんよ…!

 

少なくなったご飯を補充し、もう一度戦線の立て直しを…!

 

「ハラミもっと食べますよね、追加で2人前」

 

「イチボとかザブトンとかありますね、どんな味なんでしょう」

 

「そろそろホルモン行きましょうか~」

 

「すみません、牛テールスープ追加で!」

 

………ムリダナ。

 

攻略作戦を放棄して、もう目の前の肉を食べる事に集中する事にした。

 

一人焼肉の時にしよう、そうしよう…。

 

「コーチって、食事の時本当に美味しそうに食べますよね」

 

「……なんか、他の人にも言われたが、そんなに目立つか俺?」

 

「はい、見てるこっちが幸せになりそうな位美味しそうに食べますから、こう…ついつい手が出ちゃうんですよね、あ~ん」

 

そんな理由であ~んされてたの俺!?

 

「分かります~、もぐもぐ食べるのが凄く可愛いんですよねコーチ」

 

「和みます」

 

「凄く可愛いですよコーチ!」

 

ヤメテ!俺に変な属性を追加しないで!?

 

だが俺の願い虚しく、その後も近藤と佐々木を中心としたあーん攻撃は止むことはなかった。

 

ハハ、もう恥ずかしいなんて思わなくなったぞぉ…ハハ…。

 

追加された肉や希少部位をどんどん食べる。

 

うおォン、俺はまるで人間火力発電所だ!

 

「ご馳走様でした、コーチ!」

 

「「「ご馳走様でした!」」」

 

支払いを済ませて店を出ると、磯辺を先頭に感謝の言葉を叫ぶアヒルさんチーム。

 

「この位なら安いもんだ。さて、もう遅いし全員送っていくよ」

 

「ありがとうございます!それじゃお言葉に甘えて…!」

 

「行きましょうコーチ!」

 

「お腹いっぱい、明日からの練習も頑張れるわ」

 

「そうだね~、またコーチと一緒に来ようねー」

 

俺の右手を磯辺が、左腕には近藤が。

 

……あの、なんで手を握ったり腕を組んだり…?

 

「良いじゃないですか、冷泉先輩なんて毎日おんぶして貰って登校してるんですよね?」

 

「コーチとの触れ合いも大切な練習ですよ~」

 

なんの練習。

 

「えへへ、根性ですよコーチ!」

 

「そうですよ、コーチ」

 

「まるで意味が分からんぞ…」

 

いや、アッサムさんとかノンナさんで慣れてるから別に良いけど…。

 

いや良くないな、こんな姿学園の男子に見られたらまた嫉妬団が…。

 

だが楽しそうな磯辺と幸せそうな近藤を振り解くのは…良心が痛む。

 

あ、でもちょっと近藤からは腕を離す、大変立派なものが二の腕に当たるので。

 

「む…えいっ」

 

「ちょ」

 

少し距離を置いたのに気付かれて余計にしがみつかれた。

 

止めてくれ、それは俺に効く。

 

「いいなぁ、キャプテ~ン、もう少ししたら交代ですからね~」

 

「分かってる分かってる」

 

「え…交代制…?」

 

「コーチの腕は2本、私達は4人ですからね」

 

近藤の無慈悲な肯定。

 

この後滅茶苦茶腕を組まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叢真さん…バレー部の皆さんを取っ替え引っ替えしていたって噂が…」

 

「誤解だみほちゃん!?お願いハイライト消さないで怖い!」

 

 

 

 

 

 




(主人公の)サービスシーンと、焼き肉に対しての面倒臭い面をお送りしました(´・ω・`)

誰得?(´・ω・`)


んー、らんらん得かな(´・ω・`)


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カバさんカメさん

お昼寝回とプロレス回(嘘


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北関東のとある県、そこが俺の生まれ故郷。

 

のどかな自然と、人情味溢れる人々に囲まれて、幼少期の俺は育った。

 

幼い頃、裸足で駆け抜けた原っぱ、父と虫取りに入った森。

 

祖父に連れられて冒険した山々。

 

一年を通して海の上である学園艦の生活に慣れた今の俺には、何もかもが懐かしく感じる。

 

車が一家に一台どころか、一人一台レベルで溢れている県だが、生憎俺は車を持っていない。

 

バスを乗り継いで辿り着いた実家。

 

祖父の代から住んでいる家が、変わらずそこにあった。

 

「ワンワン!」

 

「ただいま、豆太」

 

豆柴の豆太の歓迎を受けながら、庭を通って玄関へと向かう。

 

「あら、おかえり叢真」

 

「ただいま、母さん」

 

玄関を開けて出迎えてくれたのは、相変わらずどこか子供っぽい自分の母の姿。

 

童顔なのも合わさって、今だに姉弟と間違われる事がある、恐ろしい話だ。

 

「お父さん、叢真が帰ってきたわよ~」

 

「……やぁ、おかえり、叢真」

 

奥から顔を出したのは、柔和な笑顔を浮かべた父、こちらは年相応の見た目をしている。

 

俺の容姿が良いのは、主に母の影響なのだろうなと思う。

 

体格は父似なのだが。

 

「お爺ちゃん達呼んでくるわね、荷物置いてゆっくりしてて」

 

「今日は泊まっていくんだろう?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

離れに暮らしている祖父と祖母を呼びに行く母を見送り、荷物とお土産を置いて居間に父と座る。

 

久しぶりの我が家、空気が懐かしい。

 

「色々と大変だったみたいだけど、元気そうで良かったよ」

 

「あぁ、うん…でも俺は見守るしか出来なかったから…」

 

父の言葉に、大洗での出来事を振り返る。

 

今でも綱渡りだったなと思う戦車道での一連の出来事。

 

逃げ込んだ先で、まさかあんな事になるなんて思いもしなかったな…。

 

「おう、帰ったな叢真」

 

「爺さん、ただいま」

 

「まーまーまー、元気そうね叢ちゃん」

 

「婆ちゃんも元気そうで安心したよ」

 

母に連れられて、離れに暮らしている祖父と祖母もやってきた。

 

二人共、冷泉さんのお婆さんに負けず劣らずの元気な姿に安心する。

 

「よし、行くぞ叢真」

 

「爺さん…行くって何処へ?」

 

嫌な予感。

 

「山だ。久しぶりに訓練を怠ってないか見てやる」

 

「………ですよねー」

 

今でも筋骨隆々な祖父。

 

何せ元陸自の自衛官で、富士教導隊の出身。

 

長年教官も務めた、生粋の武闘派。

 

戦車道をやっていてそのまま陸自へ入った母を自分の息子と見合いさせた、俺が生まれる切っ掛けを作った人でもある。

 

昔から、何かと俺を鍛えようとしてくれた人であり、何度も近所の山でサバイバルを行ってきた。

 

父がどちらかと言うとインドアな事もあり、自分の訓練に付いてこれる俺を大変気に入っているらしい。

 

他の孫にはしないからな、訓練…。

 

「父さん、長旅で疲れてるんだから今日位良いじゃないか」

 

「そうですよアナタ、叢ちゃんが帰ってきて嬉しいからって山は無いですよ」

 

「叢真、今夜は好きな物用意しておくから頑張ってね!」

 

父と祖母は折角俺が帰ってきたのだからと山行きを引き止めてくれるが、祖父の頑固かつ某ハートマン軍曹っぷりをよく知る母は最初から引き止める気ゼロだ。

 

「五月蝿い、俺には叢真を立派な男児に育てる義務があるんだ、黙ってろ。行くぞ叢真」

 

「了解、爺さん…行ってくるよ」

 

言葉はキツいが、不器用な祖父なりの愛だと思って大人しく祖父に付いていく。

 

祖父の車に乗り、いつもキャンプや訓練で使っている山へ。

 

道中、祖父が重い口を開いた。

 

「……どうだ、彼女でも出来たか」

 

「出来ないよ、そういう人も居ない」

 

「お前は俺に似ずに見た目は良いんだ、そろそろ彼女の一人や二人出来ても良い頃だろ」

 

2人も出来ちゃ駄目でしょう。

 

ひ孫を期待しているのだろうが、生憎俺にそういう相手は居ないんだよ爺さん。

 

「戦車道、また始めたんだろう、戦車道乙女にいい相手は居ないのか」

 

「居ないって。皆良い子だけどそういう目じゃ見れないよ」

 

真剣に戦車道に打ち込んでいる彼女達に失礼だ。

 

「それじゃ、見合いした相手とはどうなった。西住流の娘や島田流の娘と見合いしただろ」

 

「どっちとも見合いしただけで進展はないって。そもそも島田流のは流石に不味いし…」

 

あの子、まだ12…いや、13だったか。

 

どちらにせよまだ幼い女の子だ。

 

いやまぁ、まほさんと見合いしたのも似たような年齢の時だったけど…。

 

でもあの子と見合いした時、まだあの子は10歳だぞ…。

 

そう言えば、最後にあの子に会ったのはもう二年も前か…。

 

あの頃はお兄ちゃんお兄ちゃんと慕われていたが、今はもう駄目だろうな。

 

案外、学校で好きな子でも出来てるかもしれないし。

 

……ちょっと寂しいな、妹が巣立っていった気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後滅茶苦茶祖父と訓練した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カバさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

「………んん…?」

 

微睡みの中からぼんやりと意識が覚醒する。

 

視界を遮る何か…顔の上に乗っているそれを、頭を動かして退ける。

 

……なんだ、本か。

 

顔の横に落ちた本、その向こうにはスヤスヤと眠るたかちゃん…違う、カエサルの姿。

 

「………………ゑ」

 

なんで、至近距離にカエサルの顔が…。

 

腕に伝わる感触は、丁度人の頭の重み。

 

……俺の腕枕で、カエサルが寝てる…?

 

「なん……え?」

 

起き上がろうとして反対の腕を上げようとするが、そちらにも何かが乗っている感触と重み。

 

顔を向けると、そこには帽子をしてないエルヴィンがすやすやと眠っていた。

 

「なんで……はぁ…!?」

 

段々と体の感覚がハッキリしてくると、両足と言うか太もも辺りにも何か重みがある。

 

頭を上げて下半身を見れば、そこには左衛門佐とおりょうの頭が。

 

腕枕で寝ているカエサルとエルヴィンを避ける形で、2人が足を枕に寝ていた。

 

「………なんでだ」

 

なんだこの状況。

 

見上げれば見覚えのない天井、古い日本家屋のそれが見える。

 

俺の家じゃない。

 

………あぁ、ここ、カエサル達のシェアハウスだ。

 

段々と記憶がハッキリしてきた、寝起きの突然の事態に頭が一瞬真っ白になったが。

 

そうだ、確か今日は休みなのを利用して、カエサル達に借りていた歴史書を返しに来たんだ。

 

歴女チーム4人が暮らす和風2階建ての家、表札までソウルネームの念の入り。

 

そこに、夏も近づいてきた事もあってスイカを土産に訪れて…。

 

休みということもあり、全員が私服姿で出迎えてくれた。

 

それぞれに借りていた歴史書を返し、新たに戦車道で役立ちそうなのを見繕って貰い…。

 

話が脱線して俺のソウルネームが何が良いかになり、ラインハルトが提案され、「それだっ!」のユニゾン唱和が出たので「絶対にノゥ!」と拒否した。

 

俺の何処が黄金の獣殿と似ていると言うのだろうか、真逆だろ…。

 

それでその後、カエサルが切ってくれたスイカを5人で頂いて、新しく貸してもらう歴史書を見ながら他愛ない会話をしていて…それで俺が寝てしまったのか。

 

風通しの良い縁側に畳と言う立地条件が仇となり、俺は睡魔に襲われて…。

 

本をアイマスクに、寝てしまったのだろう。

 

だが、それで何故、歴女チームの枕にされている状態になるのか。

 

これが分からない。

 

恐らく、俺が寝てしまって暇を持て余したのだとは思うが…なんで俺を枕にお昼寝になるのか。

 

左を見る。

 

カエサルが俺の方を向いて横向きに眠っている。

 

右を見る。

 

エルヴィンが仰向けで眠っている。

 

右足はおりょうが、左足には左衛門佐がそれぞれ枕にして眠っている…。

 

……凄く気持ちよさそうに眠っているので、なんだか起こすのが心苦しいが。

 

年頃の女の子に、と言うか同年代に枕にされてじっとしているなんて無理な訳で。

 

「おい、カエサル、エルヴィン、左衛門佐、おりょう、起きてくれ、おーい!」

 

声を掛けながら腕や足を揺らす、微妙に痺れている…どの位枕にされていたのだろうか。

 

「ん……んん…」

 

「ん~…ふぅ……」

 

「……やぁ…」

 

「むぅ……ん…」

 

「おいこら、起きろ、起きてくれ、特に左衛門佐起きろ、それ以上上に上がるな!」

 

熟睡しているのか中々起きない、左衛門佐が寝返りをうって頭が腿から股関節に移動してしまった。

 

「おーい、起きてくれ、こらたかちゃん起きろ!」

 

「んー…たかちゃんじゃない……カエサルだ…」

 

反応出来るなら起きてくれ。

 

「んん……あれ…?」

 

やっとカエサルの目が開いた。

 

そしてしょぼしょぼと目を擦ってから、やがてパッチリと目が開く。

 

「あ………」

 

「……おはよう」

 

「……わあああああああっ!?」

 

暫く俺の顔を眺めていたカエサルだったが、突然真っ赤になって叫びながら飛び起きた。

 

「んん~~~……なんだ…?」

 

「…なんだ、どうした…?」

 

「んー、なんぜよ…?」

 

カエサルの声に、残りの3人が目を覚ます。

 

「あ、いや、そのっ、違うんだこれは!?」

 

「うるさいぞカエサル……って、しまった、長野殿が起きてる!」

 

「うわぁっ、熟睡してしまった…!」

 

「やってしまったぜよ…!」

 

慌てるカエサルと、俺が起きている事に気付いて次々と飛び起きるエルヴィン達。

 

「お前達……」

 

「あ~、その、これはだな…」

 

「なんだ、その…あまりにも長野殿が気持ちよく寝ているものだから…」

 

「その、つい…魔が差してな…」

 

「ちょっとした好奇心ぜよ…」

 

ジト目で見つめると、恥ずかしそうに言い訳を口にする4人。

 

ほほう、つまり好奇心から俺の腕枕や腿枕を堪能したと。

 

「お前達な……少しは女の子だって自覚を持たんか!」

 

いくら寝ているとは言え、それに添い寝するとか、少しは危機感を持たんかい!

 

「いやその、むしろ女の子だからこそ興味があったと言うか…」

 

「うむ、抗えない魅力だった…」

 

「そうだそうだ、あんな魅力的なのが悪い!」

 

「そうぜよ」

 

人のせいにするな!?

 

何が魅力的なんだよ、ただ野郎が寝てるだけだぞ!?

 

「長野殿はもう少し危機感を持った方がいいな、あまりにも無防備過ぎる!」

 

「そうだ、女しか居ない家で無防備に昼寝するとか、間違いがあったらどうする気だ!」

 

「長野殿はもっと自分が狙われているという事を意識した方が良いぞ!」

 

「あんまりにも無防備だから誘っているのかと思ったぜよ!」

 

あれ、なんか俺が悪いみたいな流れになってる…?

 

いや、確かに女の子の家で眠ってしまった俺も悪いけど…えー。

 

「そんなだからヒナちゃ…カルパッチョから「叢真さんは誘い受けね、間違いないわ」なんて言われるんだぞ!」

 

「あんまり我々を誘惑しないでくれ、女にだって我慢の限界というものがあるんだ」

 

「長野殿は自分からまな板の上に乗りに行く鴨状態なんだぞ、分かってるのか」

 

「自分がどれだけ美味しい存在か、もう一度理解し直すぜよ」

 

「ア、ハイ…スミマセン…」

 

逆に俺が4人から怒られる流れになってしまった…。

 

おかしい…確かに寝落ちした俺も悪いが、そんなに言われる程の事じゃない筈…。

 

寝てる男の腕や足を枕に熟睡してる、女の子としての危機感が足りない彼女達の方が危ないから悪い筈なのに…。

 

「全く、我々だから良かったものの、これがカルパッチョ達ならどうなっていたか…今頃大変な事になっていたぞ」

 

カルパッチョさん、貴女親友からこんな風に思われてますよ、ちょっと自重しましょうね。

 

「まぁ、寝落ちする程我々に警戒心を解いてくれてると考えれば、嬉しいんだけどな」

 

「そうだな、だがそれとこれとは別だ」

 

「正座するぜよ長野殿、一度じっくりと自分が如何に無防備かよ~く分からせてあげるぜよ」

 

か、勘弁してくれませんか皆さん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後滅茶苦茶お説教された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう女の子の家じゃ寝落ちなんてしないよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カメさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

「会長、俺ってそんなに無防備ですかね…」

 

「突然なんだ長野」

 

「ん~、なんかあったの長野ちゃん」

 

生徒会室で、小山先輩から出されたお茶をひと口頂いてから、相変わらず干し芋を食べている会長に聞いてみる。

 

あまりにも唐突な質問に、河嶋先輩が目を丸くしている。

 

「いや、カエサル達にもうちょっと危機感を持てとか、無防備なのを理解しろとか、誘い受けで誘惑するのは止めてくれとか言われまして…」

 

「お前、何やったんだ…」

 

「カバさんチームに注意されるとか、よっぽどだよね~」

 

「長野くん、本当に何をしたの?」

 

いや、ちょっと寝落ちしただけなんですけどね。

 

「女しか居ない家で無防備に寝落ちしただぁ!?貴様、自分が何をやったか分かってるのか!?」

 

そこまで言われる程!?

 

「ま~長野ちゃんが悪いねー、うん、そりゃ悪いよ、有罪」

 

酷い!

 

「あははは…長野くん、カバさんチームが真面目な子ばかりで良かったわね」

 

カバさんチームが真面目なのは同意しますけど、そんな危機だったんですか俺…。

 

「貴様、確か前にストーカーに襲われたと聞いたが、そんな無防備だから襲われるんだぞ!」

 

「失敬な!あの時はちゃんと対策もしてましたよ!」

 

だから未遂で済んだ。

 

いや、誘拐されかけたから未遂じゃないか…。

 

「対策ってどんな~?」

 

「実家に帰らずにホテル住まい、移動は基本的に飛行機、ボディガードが24時間警戒」

 

「ガチじゃないか!それでも襲われたって逆にそのストーカーが凄いわ!?」

 

ですよね。

 

「それで女性恐怖症になって、大洗に逃げてきたんでしょ」

 

「なんで知ってるんですか会長」

 

「分かるって、長野ちゃん最初の頃は常に異性と距離を取って絶対に触れ合わない様にしてたもん。瓶底眼鏡なんて用意して顔を隠してさ~」

 

「そうだったのか…」

 

「流石会長、鋭いですね~」

 

気付いてたのは会長だけのようですけど。

 

「まぁ、西住ちゃん達のお蔭で治ったみたいだけど…逆にそれで戦車道履修者に対して無防備になっちゃったっぽいね~」

 

「0か100かしかないのか貴様は」

 

「まぁまぁ桃ちゃん」

 

「桃ちゃん言うな!」

 

まぁまぁ桃ちゃん先輩。

 

「貴様、今頭の中で桃ちゃん言っただろ、顔で分かるぞ顔で!」

 

やだ河嶋先輩鋭い。

 

「ん~、でも確かに長野ちゃんが無防備過ぎると戦車道にとって良くないよね~。年頃の子ばっかりな訳だし、よいしょっと」

 

「あの、会長…」

 

「大洗でまた襲われても困るし、ここは1つ、長野ちゃんの無防備誘い受けを直した方がいいねぇ」

 

「か、会長ぉ!?」

 

「あらぁ~…」

 

あの、会長…。

 

「それと、俺の膝に座るのと、何の因果関係が?」

 

「いやー、だから長野ちゃんが無防備なんだって」

 

いや、そういう話ではないと思うんですけど…。

 

「会長っ、なにやってるんですか!破廉恥ですよ!」

 

「だってプラウダの隊長が、長野ちゃんの膝の上は最高だって言ってたからさー」

 

犯人はカチューシャか。

 

いやまぁ、確かにカチューシャをよく膝の上に乗せてたけどさ…戦車に同乗させて貰った時とか。

 

彼女はあの通り小柄も小柄なので、俺が間に収まると丁度いいらしい。

 

俺が居ない時?知ってるか、カチューシャの戦車は車長席が上げ底なんだ。

 

「いやー、確かにこれは癖になる座り心地だねぇ、長野ちゃん私の椅子になるバイトしない?干し芋食べ放題だよはい」

 

「もが…!やりませんて…あむ」

 

口の中に突っ込まれた干し芋を一度手に取り、丁重に断るが干し芋は食べる。

 

カチューシャならまだしも、会長だと流石に恥ずかしい。

 

「恥ずかしい、程度で済んじゃうんだから、長野ちゃんの私達への無防備っぷりが分かるよね~」

 

え、恥ずかしい以外に拒む理由なんてあるの…?

 

「そういう所だよ長野ちゃん」

 

「そういう所だぞ長野」

 

「そういう所だよ~長野くん」

 

なんか生徒会総攻撃に晒された。

 

解せぬ。

 

「普通の男の子なら興奮しちゃう事も恥ずかしいで済んじゃうんだから、長野ちゃんの無警戒無防備っぷりも根深いね~」

 

「あの、会長が女性として意識されてないって可能性は…」

 

「かーしま、それって私が魅力がないって事?」

 

あ、ちょっと会長怒ってる。

 

「いえ!そんな事はありません!ですが、長野が小山のようなスタイルにしか興味がないと言う可能性もあります」

 

「えぇぇぇ~!」

 

勝手なことを言う河嶋先輩と、頬を染めていやんいやんと照れる小山先輩。

 

あの、人を勝手にグラマラス好きにしないでくれません?

 

「そこん所どうなの長野ちゃん、小山みたいな猛烈ボディじゃないと女として認めないの?それとも私とかカチューシャみたいな子でも興奮するの?」

 

「それどっちを答えても俺の評価が最低野郎になるじゃないですか…ちょ、なんでこっち向くんですか!あぁっ、足でホールドしないで下さいよ!?」

 

「会長ぉぉぉ!?やりすぎですよ!」

 

「あらら~…」

 

「にひひ、だいしゅきホールド攻撃~。長野ちゃんが無防備だから悪いんだぞー」

 

理不尽!

 

カチューシャと違って会長は確信犯だから余計に恥ずかしい。

 

くそ、腕力強いな!ガッチリホールドされて退かす事が出来ない。

 

「失礼します、あの会長、今度の部隊内紅白戦のことなん…です……けど………」

 

「あ、やべ」

 

みほちゃん!?

 

「……………失礼しました」

 

「みほちゃん待って!?誤解、誤解だから!」

 

「あちゃー、ばっちり見られちゃったね長野ちゃん」

 

何を呑気に!

 

「退いて下さい会長っ、みほちゃん待ってくれ、誤解なんだ!」

 

慌てて会長を膝から降ろして生徒会室を飛び出す。

 

待ってくれみほちゃん!あぁもう居ない、足速いな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで少しは危機感とか警戒心持ってくれるかねぇ~」

 

「無理なんじゃないですか」

 

「ですねぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公は異性に対する感覚がお子ちゃまです(´・ω・`)


だから何でもかんでも恥ずかしいで済んじゃいます(´・ω・`)


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カモさんアリクイさん

主人公の制服は学ランです(´・ω・`)


あ、どうでもいいですね、はい(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ないですが、自分は今の生活に満足しています。この話は無かった事に…では失礼します!」

 

「ま、待ちたまえ長野君!これは君のためを思っての…!」

 

まだしつこく言葉を繋げようとする男性の声を背中に、俺は面会のために通された部屋を出た。

 

多少失礼になってしまうが、思わず力が入ってしまい、重厚な扉がバタンと大きなを音を立てる。

 

全く…文部科学省教育学部なんて妙な所から呼び出されたかと思えば…。

 

「あら長野くん、もうお話は良いの?」

 

「えぇ…最初から聞く必要もない話でしたよ」

 

「そう…貴方が怒るのだから、相当面白くない話だったのね、お疲れ様」

 

戦車道連盟からの人間として、蝶野教官が随行してくれた。

 

通路のソファで待っていた教官と合流し、お金のかかった建物の中を帰る為に歩く。

 

連盟からどうしてもとお願いされてアポを取ったのが今回の相手なのだが、まさかあんな下らない話だとは…。

 

「俺なんかにかまけるよりも、大事な仕事が他にもあるでしょうに…暇な官僚ほど邪魔な存在はありませんね」

 

「こら、まだ施設の中なんだから口には気をつけなさい?まぁ、言いたいことは私も同意だけどね」

 

大人として窘めてくれる教官だが、俺の言うことには同意だと笑ってみせる。

 

全く、大人が皆教官達のような人達なら平和なのにな…。

 

いや、皆が皆、教官みたいだと困るか…。

 

「今、何か失礼な事を考えたかしら?」

 

「滅相もありません」

 

やだこの人も鋭い。

 

「そう言えば、連盟に戦車を手配してくれとお願いしたんですって?」

 

「譲渡は特定対象への贔屓になるので勘弁してくれと言われました、散々人のことを看板にしておいてケチ臭いと思いませんか?」

 

「流石に戦車は無理よ、購入なら良いけど譲渡では贔屓だわ」

 

残念な話である、アヒルさんチームに良い戦車を与えられると思ったんだがな。

 

購入なら良い戦車を優先して回すと言われたが、そんなお金は大洗には無いのだ。

 

「それで、連盟からの報奨金で偵察オートを買うことにしたの?」

 

「えぇ、間近で戦車道の監督が出来るようになりますからね。それに合わせた装備も注文済みです」

 

「まぁ戦車を買うよりは安いわね、私物として使用する分には何も問題無いのだし」

 

これで戦車道の授業も捗るというものだ。

 

「所で、免許は?」

 

「持ってますよ…ちゃんと」

 

抜かりはない、ちゃんと取得済みである。

 

学園艦発行の免許だけど。

 

「ただ帰るだけじゃつまらないわね、どう、飲みに行かない?」

 

「教官、自分未成年です…」

 

残念と本当に残念そうな教官…どんだけ飲みたかったんだこの人…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カモさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

「こら、そこの女子!服装が乱れてるわよ!そこの男子、シャツが出てる!そっちの子は化粧のし過ぎよ、化粧は最低限にしなさい!」

 

「……………」

 

「長野君、何をボケっとしてるの、貴方もちゃんと取り締まりなさい!」

 

俺の前で朝から元気な園さんが叫ぶ。

 

……なんで俺、朝から風紀委員に混ざって、風紀チェックなんてしてるんだろう…。

 

「おはようございま…叢真さん!?」

 

「やぁ、おはようみほちゃん…」

 

登校してきたみほちゃんが俺を見て驚く。

 

そうだろうね、一日風紀委員なんて腕章付けて校門で立ってるんだもんね、驚くよね…。

 

「どうしたんですか…その腕章……と言うか、麻子さんは…?」

 

「俺も何がなにやら…冷泉さんは武部さんにお願いしといた」

 

今頃苦労しながら連れてきている事だろう。

 

「おはよう西住隊長、悪いけど長野君は今日一日、私達風紀委員の一員よ。仕事中だから無駄話は控えてくれる?」

 

「あ、はい、わかりました園さん…が、頑張ってね叢真さん?」

 

「あぁうん、まぁ頑張るよ…」

 

何をどう頑張れば良いか分からないが。

 

教室へ向かうみほちゃんを見送る、段々と生徒が増えてくるに従って、生徒からのざわめきの声が大きくなる。

 

「長野だ、何してんだろ…」

 

「え、あいつ風紀委員だったっけ…?」

 

「長野先輩だー、やだ朝からラッキー!」

 

「長野くーん、握手して~♪」

 

男子からは戸惑いと物珍しさの声、女子からは同じく戸惑いと歓声。

 

やだ、凄く恥ずかしい。

 

「ちょっと貴方達!長野君の前で集まるんじゃないわよ、取り締まりの邪魔よ!あぁもう、ここは良いから他の仕事をしてなさい長野君!」

 

言われた通りに立っていたのに園さんに仕事の邪魔だと怒られた。

 

理不尽過ぎない?

 

「そど子、それは理不尽だよぉ~…長野さん、こっちで一緒にお仕事しましょう…?」

 

後藤さんが相変わらずオドオドしながら俺を誘導してくれる。

 

そうだよね、俺何も悪いことしてないのに理不尽だよね…?

 

「……長野さんを目立たせたら騒ぎになるの位分かるよね…」

 

金春さんのボソリと呟いた鋭いツッコミ。

 

「うるさいわね!目立つんだからこうして立たせとけば良い取り締まり看板になると思ったのよ!」

 

俺は警察の警告文か何かか…。

 

「おや、おはよう長野殿。ん?なんだその腕章は」

 

「おはよう、一日風紀委員…?」

 

「長野殿、何時から風紀委員に所属など」

 

「権力に取り込まれたぜよ?」

 

登校してきた歴女チームに捕まる。

 

いや、俺の意思じゃないんだよ…。

 

「おはよう、まぁ俺も何が何やらという状態でな…」

 

「なんだ、また無防備にしていて巻き込まれたのか」

 

「長野殿は我々の注意を忘れたのか?」

 

「全く、あれだけ私達が言い聞かせたと言うのに…」

 

「もう一度正座するぜよ?」

 

勘弁してくれませんか?

 

「貴方達!何風紀委員に絡んでるのよ、と言うか制服はちゃんと着なさい!何度も言ってるけどその変な仮装は風紀違反なんだからね!?」

 

「ふ…自分の生き方は、自分で決める」

 

「何カッコつけてるのよっ、良いから服装を正しなさい!」

 

相変わらず歴女チームに食って掛かる園さん、まぁ1番風紀違反な格好してるからな…。

 

言ってどうにかなる歴女チームではないが。

 

真面目なんだが、自分達のポリシーだけは絶対に曲げないからなぁ。

 

「ほら、長野君からも言ってやりなさいよ、貴方も今は風紀委員なんだから!」

 

流れ弾が来たで工藤。

 

「あー……偶にはちゃんとした制服姿のカエサル達を見てみたいな」

 

「「「「うっ」」」」

 

「良いわよ、もっとそのイケボを活かした甘い言い方で攻めるのよ!」

 

園さん注文が無理過ぎません?と言うか貴女イケボて…。

 

「コホン……お前達の制服姿、ちゃんと俺に見せろよ…?」

 

………ただの変態じゃね俺?

 

「わ、わかった、分かったからその無駄にイケメンな声をやめろっ」

 

「こ、今回だけ、今回だけだからな!?」

 

やだ、チョロい。

 

いそいそと仮装を止めて制服姿になる歴女チーム、珍しいがバレー部程の新鮮さはないな…。

 

「良いわよ良いわよ長野君、その調子でどんどん取り締まるのよ!」

 

「えぇ…俺こんな事何度もしないとなの…?」

 

顔見知り相手にでも恥ずかしいのに、見ず知らずの生徒にまでこんな事言うの…?

 

「風紀を守るのが風紀委員の仕事よ、その為には多少の犠牲も厭わないわ!」

 

主に犠牲になるのは俺の羞恥心なんですがそれは。

 

「…女の子相手にあんなイケボで注意したら、逆に風紀が乱れると思う……」

 

「うるさいわよパゾ美!良いから行きなさい長野君!」

 

「はいはい…」

 

「はいは一回!」

 

ハーイ。

 

 

 

 

 

この後滅茶苦茶イケボで注意した。

 

 

 

 

 

後日、風紀を乱すと長野に男女問わずイケボと甘い言葉で注意されると噂が広がり、風紀が乱れに乱れた。

 

「貴方のせいで余計に仕事が大変になったじゃない!どうしてくれるのよ!?」

 

園さんに怒られた。

 

理不尽過ぎない?

 

 

 

 

 

 

「なんで迎えに来ないでそど子と遊んでるんだ…ちゃんと私の世話をしろ長野さん」

 

冷泉さんにも怒られた。

 

理不尽過ぎない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリクイさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉ、敵撃破にゃ~」

 

「ゲームなら負け無しナリー」

 

「次行ってみるぴよ」

 

「戦車に乗ってまでゲームしてるんじゃないよお前達」

 

「「「わぁっ!?」」」

 

三式中戦車の中から楽しそうな声がするかと思えば、またアリクイさんチームの3人がゲーム機を持ち込んで遊んでいた。

 

戦車の練習中でも暇が出来れば直ぐに遊び出すのだから、根っからのゲーマーである。

 

この情熱がもうちょっと戦車道の方に向いてくれればなぁ。

 

キューポラから上半身を突っ込んで注意すると3人が同時に驚くが、ゲーム機は手放さない。

 

「長野さんいつの間に…」

 

「気付かなかったモモ」

 

「びっくりしたぴよ…」

 

「それだけお前達がゲームに熱中してたって事だよ、ほらみほちゃん達もう練習場まで移動してるぞ」

 

今日は砲撃練習の為に射撃場まで移動する予定だったのに、何時まで経ってもアリクイさんチームが移動しないから見に来てみればこれである。

 

「あぅ、気付かなかった…ごめんだにゃ~…」

 

「急ぐモモ!」

 

「練習開始ぴよ」

 

まぁ、暇じゃなければちゃんと真面目に練習してくれるのでその点は1年生チームよりはマシか。

 

あっちは練習中でも調子に乗ると遊び出すからな…澤君が止めてくれるけどあんまり効果無いし…。

 

丁度良いのでそのまま三式中戦車に乗ったまま練習場まで移動する。

 

既に移動していたみほちゃん達が車両を砲撃位置に移動させている所だった。

 

『アリクイさんチーム、どうかしましたか?』

 

「ごめんね西住さん、号令に気付かなかったにゃ~…」

 

『そうでしたか、私も気付かなくてすみません…』

 

アリクイさんチームが遅れて到着した事に気付いたみほちゃんが無線機越しに問いかけてくると、素直に気付かなったと謝罪するねこにゃー。

 

ゲームに熱中していて気付かなった事は……まぁ言わなくて良いか、みほちゃんも薄々気付いているだろうし。

 

『最初にあんこう、カバさん、アヒルさん、ウサギさんの砲撃訓練を行います、残りのチームは見学しながら待っていて下さい』

 

「了解だにゃ~……それじゃゲームの続きを」

 

「こら」

 

「痛いにゃ!?」

 

いそいそをゲーム機を取り出そうとするねこにゃーの額に、腕を突っ込んでデコピン。

 

「見学って言われただろ、当て方とか戦車ごとの癖とか学ぶ時なんだから遊ぶんじゃない」

 

「ご、ごめんなさいだにゃ~……そ、それじゃこれ、長野さんやってていいよ…?」

 

「え」

 

手渡されたゲーム機。

 

ねこにゃー達がトップを誇っていると言う戦車ゲームだ。

 

いや、俺あんまりこういうゲームやらないんだけど…。

 

「あ、操作が分からない…?これはね…」

 

そう言ってキューポラから顔を出して俺の手の中にあるゲーム機の操作方法を教えてくるねこにゃー。

 

普段はチキンハートを自称する程おどおどしているのに、ゲームの話になるとこの積極性である。

 

瓶底眼鏡の奥には、パッチリとした美麗な素顔、俺と同じで眼鏡を外すと美形の典型である。

 

少しドキリとしたのは内緒だ。

 

「意外と……難しいな…」

 

ゲームだが、実際の戦車道や卓上演習に通じるものがあって中々やりごたえがある。

 

なるほど、ねこにゃー達が熱中するのも頷ける。

 

「おぉ、長野さん流石だにゃ、初心者なのに難易度ベリーハードでもクリア出来るなんて…」

 

「人に勧めといて高難易度モードやらしたんかい…」

 

道理で敵がやたら的確な行動すると思ったよ、難しい筈だよ全く。

 

「ねこにゃーばっかりずるい、私達ともゲームしてほしいナリ」

 

「次は対戦モードで私達と勝負だっちゃ」

 

戦車の中からももがーとぴよたんの声がする。

 

そう言えば俺もこの2人の名前知らないんだよな…ねこにゃーは猫田だけど。

 

『あの、叢真さん、アリクイさんチーム…砲撃練習の番なんですけど…』

 

「にゃっ!?」

 

「あ、すまんみほちゃん…」

 

無駄に熱中していたらしく、みほちゃん達の砲撃練習が終わっている事に気付かなかった。

 

慌てて移動を始める三式中戦車から飛び降りて、後退してきたあんこうチームのIV号に登り、砲撃を眺める。

 

レオポン、カメさん、カモさん、アリクイさんと並んで的に向かって砲撃を開始。

 

レオポン命中、カメさん大外れ、カモさんちょい外れ、アリクイさん同じくちょい外れ…。

 

カメさんの河嶋先輩は論外として、レオポンチームは流石の安定性。

 

カモさんアリクイさんは練度不足だが、よく考えると短期間で的に命中させられる様になったあんこう・アヒルさんチームの方が異常なんだよな…。

 

あんこうの五十鈴さんは言うに及ばず、アヒルさんも何気に凄い砲撃命中率を誇るし。

 

だがしかし、悲しいかな八九式。

 

当たっても貫通するのはCV33位と言う悲しみを背負っている。

 

一通りの砲撃訓練を終え、次は隊列維持の訓練。

 

俺は邪魔になるのでその場で降りて平原が見渡せる場所へと歩く。

 

「……あ、ねこにゃーのゲーム機持ってきてしまった…」

 

返すのを忘れていた。

 

丁度いいので、隊列変更の訓練を見下ろしながらゲームを進めてみる。

 

このゲームみたいな戦車なら作戦も楽なんだがなぁ…パーシングとかセンチュリオンとか。

 

まぁ高価な機体だ、大学とかじゃないと持ってる学校なんて無いけど。

 

難易度ベリーハードだけあって中々やりごたえがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、長野さん…ボクのゲーム機…」

 

「待ってくれ、これ終わったら、これ終わったら返すから」

 

今いい所なんだ。

 

「それ返してくれないフラグ…返してにゃ~」

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!あとちょっとだけだから!」

 

「ダメにゃ~…!」

 

もうちょっとだけ!もうちょっとだけだから!

 

「ちょっと!長野君変なことしてるんじゃないでしょうね!?」

 

「え?」

 

「にゃ?」

 

「……………紛らわしいのよ!と言うかゲーム機は校則違反、没収よ!!」

 

「にゃーーー!?」

 

戦車の影から現れた、顔を真赤にした園さんに怒られ、ゲーム機が没収されてしまった。

 

「す、すまんねこにゃー…」

 

「……大丈夫にゃ、あれは布教用だからやりこみ用があるにゃ…」

 

そう言って同じゲーム機を取り出すねこにゃー。

 

ふ、布教用…?

 

「長野さんもハマったみたいだから、この新規用をプレゼントするにゃ~」

 

新規用…!?

 

「さぁレッツゲームにゃー」

 

「対戦するモモ!」

 

「先ずは私からだっちゃ」

 

背後からももがーとぴよたんが現れ、3方向を囲まれた。

 

ゲーム包囲網…!逃げられない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後滅茶苦茶ゲームした。

 

結構勉強になるなこのゲーム…戦車道の授業で導入するか…?

 

「やめとけ、そど子がうるさいぞ」

 

ですよね冷泉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先っちょだけだから!(違



大洗の話が終わったら各学園艦でのお話になります(´・ω・`)


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レオポンさんウサギさん

親しいからこそ恥ずかしい、そういう感情ってあるよね(´・ω・`)





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖グロリアーナ…サンダース大付属…アンツィオ…プラウダ……継続に…黒森峰まで…?」

 

郵便で届いた連盟からの案内状入りの封筒。

 

そこには、やたら縁のある学校からの招待状が山のように入っていた。

 

いやまぁ、アンツィオとかサンダースとかは事ある毎に招待状送ってくるから別に良いんだが。

 

黒森峰からも来るとは思わなかったな…。

 

「……ん?」

 

黒森峰の招待状の後ろに、まだ一通……BC自由学園?

 

「なんでだ…」

 

縁も所縁も無いぞあそこ。

 

連盟には関わりのない学校からの話は、一度電話で連絡をしてからと伝えてあるのに。

 

それを言ったら黒森峰も縁が無いのだが、こちらはまほさんと親しいから送られてきたらしい。

 

はて、誰か知り合いでも進学したのだろうか、BC自由学園。

 

「まぁとりあえず…お世話になった学校位は顔を出すか…」

 

聖グロやサンダースは全部の試合応援に来てくれたし、黒森峰で一度まほさんと婚約者云々の話をなんとかしないとと思ってたし…。

 

継続は……気が重いが、行かないとあの人ふらりと大洗に現れそうだからなぁ。

 

みほちゃん達の前であの人に遭うのは…その……不安しかねぇ…!

 

「夏休み前までに巡る計画を立てるか…」

 

こういう時、連盟からの依頼という形なのはありがたい、何せ授業が公欠になる。

 

さて、先ずはどこから顔を出すかな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオポンさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車道で使用している広大な土地を、今朝届いたばかりの車両で疾走する。

 

唸りを上げるエンジン、土煙が上り、風を切る感覚。

 

戦車とは違う、剥き出しの疾走感とパワー。

 

キャタピラが地面を踏み締めながら前に突き進む、抜群の安定感。

 

「キャッホウ、最高だぜッ!」

 

思わず某蝶野師匠の様に叫ぶ、教官の事ではない、あまり乗り物には興味が無かったが、これは癖になる。

 

運転席が剥き出しなので戦車道では使えないが、まぁその為の物ではないので問題ない。

 

俺が戦車道の授業に参加する時は、戦車倉庫横の見張り台から双眼鏡で見るか、適当な車両の上に乗せてもらってとかで対応してきたが、こうして自分で自由に移動出来る車両が手に入ったので今後は楽になる。

 

監督用としてそれ専用の装備も搭載して貰った。

 

無線機一式に大学戦車道などで使われているタブレット端末を、運転席の前に設置。

 

これで状況確認を行いながら、各車両に指示が出せる。

 

「連盟からお勧めされた時はどうかと思ったが…乗ってみると良い車両じゃないか」

 

本当は自衛隊が使ってるようなオフロードバイクで良かったのだが、戦車道連盟ゆえのプライドと言うかこだわりなのか、この車両を猛烈プッシュされてしまった。

 

料金も勉強させてもらうから是非にと言われて購入してしまったが、これはいい買い物だった。

 

後日、これに乗った写真と映像を撮影させてくれと言われたが、まぁ良いか。

 

「と、そろそろ戻るか…」

 

一頻り走り回り、操作のコツも掴めたので戦車倉庫へと戻る。

 

一応俺の私物だが、学園にはもう許可を取ってあるのでこれを戦車倉庫で保管しても問題ない。

 

むしろこれで通学も可能だ、そう考えるといい買い物だな、後ろに冷泉さんを乗せて登校する事が出来るし。

 

「おやおやぁ、面白い乗り物に乗ってるねぇ」

 

「あぁ、ナカジマさん、おはようございます」

 

朝からツナギ姿で、もう整備に入っていたのかナカジマさんが工具片手に立っていた。

 

「おはよう、どうしたんだいそれ」

 

「臨時収入とまぁ取引で割り引いてもらったので、思い切って購入してみました」

 

「へー、戦車道の監督用にかな?前から足が欲しいって言ってたもんねぇ」

 

「えぇ、ですから今後はこれで指示が出せて楽になりますよ」

 

「なんて言う戦車なんだいこれ」

 

「いえ、戦車じゃなくて半装軌車と言うそうです。ケッテンクラートって言うんですよ」

 

そう言って、バイクの前方部と戦車のキャタピラが合体したような車両、ドイツのケッテンクラートを撫でる。

 

かなりマニアックな車両だが、性能は良かった。

 

「マニアックな車両だねぇ、いいねぇ大好きだよこういうの」

 

「見た目の割に使い勝手が良いですよ、走破性も戦車と同じで高いですから戦車道の授業にもついて行けますし……コラ」

 

工具を取り出して早速バラそうとするナカジマさんのツナギの襟を引っ張る。

 

「あちゃぁ、バレちゃった?」

 

「眼の前で作業始めようとしておいてバレちゃったは無いでしょう。来たばかりの新車で整備は必要ありませんから」

 

「分かってないなぁ、車も戦車も毎日の点検整備が大切なんだよ?」

 

「本当は?」

 

「珍しい車両を弄り回したい」

 

お、欲望に忠実ぅ!

 

「今日の授業で使うんですから!」

 

「大丈夫だって、それまでにちゃんと組み上げて動かせる様にしておくから」

 

「今日初めて見た車両でしょう!?」

 

…あ、自動車部ならそこは問題ないか、いきなり戦車の整備してちゃんと動かせるようにしちゃった人達だし。

 

「ね~お願い、ちょっとで良いからさ、整備させてよ」

 

「本当に整備だけで済むんでしょうね…」

 

この人達に任せると、安心ではあるけど何か余計な事をされてしまうのではという一抹の不安がある。

 

「大丈夫だって、ちょっとエンジンと足回り改造してスピード出せる様にするだけだから!戦車道の試合で使う訳じゃないからどんな無茶な改造しても大丈夫でしょ?」

 

お、自分に素直ぅ!

 

「俺の私物ですからねこれ!変な魔改造しようとするの止めてくれません!?」

 

「そう言わずに、勿論改造代は自動車部でやりくりするからさぁ~」

 

勝手に魔改造されて費用まで取られたら溜まったもんじゃないんですけど!

 

あーダメダメダメ、そんな可愛く上目使いしてもダメですー!

 

「おーいナカジマ、何してるのさ」

 

「ホシノ、ほら見てよ、長野くんが面白い車両持ってきたんだよ」

 

歩いてくるのはいつものタンクトップ姿のホシノさん。

 

そんな彼女に自慢げに俺のケッテンクラートを見せるナカジマさん。

 

「へぇー、これはまた面白そうな車両だね…どこまで弄って良いの?」

 

「駄目ですよ!?何弄るのが当たり前みたいな感じで聞いてくるんですか」

 

「え、ダメなの?」

 

駄目です。

 

……まぁ、整備位なら…俺も覚えないとだし。

 

「ん~、前輪は簡単に取り外し可能、元からそうやって運用する事も考えての設計かな?足回りはキャタピラだから問題なし、えーとエンジンは」

 

「ちょいちょいちょい、何ナチュラルに弄り始めてるんですかスズキさん」

 

いつの間にかケッテンクラートの前輪を外したりエンジンを見たりしているスズキさんがそこに居た。

 

油断ならねぇ…!

 

「諦めなって長野っち、私達に目を付けられたのが運の尽きって事で」

 

「何の慰めにもならないじゃないか!」

 

こちらもいつの間に来たのか、ツチヤに肩を叩かれ慰められたが、慰めになってない。

 

ヤメロォ!俺のケッテンクラートに、俺の新しい相棒に触れるんじゃない!

 

「まーまーまー、良いから良いからぁ、私達に任せて任せてー」

 

「そーそー、任せちゃいなって、見た目はちゃんと元に戻すから」

 

見た目“は”!?中身は保証してくれないの!?

 

ナカジマさんスズキさんホシノさん!!困ります!!あーっ!!!ツチヤ!!困ります!!あーっ!!!困ります!!あーっ!!!!困ります!自動車部!!困ります!!あーっ!!!あーっ自動車部様!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと車検とか通る仕様でお願いしますよ…」

 

「お、フリかい?」

 

フリじゃないですホシノさん。

 

結局自動車部4人に押し切られ、俺のケッテンクラートは自動車部の玩具になった。

 

あぁ…もうエンジンまでバラされてる…仕事無駄にハエーイ…。

 

「安心しなって、ちゃんと走るようにするから」

 

そっちの心配じゃなくてなツチヤ。

 

「どうする、ニトロとか行ってみる?」

 

「いいねぇ」

 

早速不穏な単語が聞こえたんですけど!?

 

「ホシノ~、暑いのは分かるけどちゃんと服着なよ?」

 

「ん~?別にいいじゃん!誰が見てる訳でもないし」

 

「長野っちが見てるよ~」

 

見てませんけど!?言い掛かりなんですけど!

 

「…………(サッ」

 

「だから見てませんよ!?」

 

と言うか、頬染めて胸元隠す位ならちゃんとツナギ着て下さいよ、ホシノさん一応共学になったって事分かってます!?

 

「あはは、ホシノも最初はちゃんとしてたんだけど、結局自動車部に男子が入らなくて、戦車道でも長野くんしか居ないから気が抜けちゃったんだよねぇ」

 

「う、うるさいな……そもそも、別に長野になら見られても問題ないし、別に気にする必要ないじゃん」

 

いや、気にして下さいよ何で俺なら問題ないんですか。

 

「今年も新入生が見学には来てくれたんだけど、私達の活動見てたらなんか『自信がないです…』とか『自分には無理そうなんで…』とか言って去ってっちゃったんだよねぇ」

 

「部員が増えれば部費も増額だったのになぁ」

 

そりゃ貴女達の作業スピード見たら誰だってそうなる、俺だってそうなる。

 

「ねぇ、後部座席の部分改造したらもっと大きな補助モーター積めるんじゃないかな」

 

「いいねぇ、やっちゃおうか!」

 

「良くない良くない良くない!見た目まで変える気ですか!?」

 

「スズキ、ツチヤ、流石にそこまでは長野くんが可哀想だから止めたげなって」

 

そう思うなら最初から改造とか止めてくれませんナカジマさん?

 

「カラーリングはどうする?軍用車なんだし迷彩とか行ってみる?」

 

「いや、別に今のままで……ホシノさん滅茶苦茶意識してるじゃないですか」

 

振り向いたらちゃんとツナギを着たホシノさんが居た、滅茶苦茶気にしてるじゃないですか貴女。

 

「意識したら結構恥ずかしかったんだろうねぇ」

 

「うるさいよナカジマ!」

 

「まぁ、私達にそんな視線を向ける男子なんて居ないだろうしね」

 

「女らしさとか欠片もないからねぇウチら」

 

肩を竦めるナカジマさんに、頬染めるホシノさん、苦笑するスズキさんにケラケラと笑うツチヤ。

 

この人達は本当にもう…。

 

「あのですね、皆ちゃんとした可愛い女の子なんですから、もうちょっと周りの目をですね…」

 

本当にもう、みほちゃん達とは別の意味で危機感が足りない。

 

まぁナカジマさん達は女子校だった時代に入学した人だからしょうがないのかもしれないが。

 

今では共学になり、少ないとは言え男子の目があるのだ、その辺をちゃんと意識して貰いたい。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「…ど、どうかしました?」

 

突然黙って俺の方を見つめてくる4人に、ちょっとビビる。

 

「いやぁ、改めて長野くんに女の子扱いされると、ちょっとなんか……クるね」

 

「なるほど、これが噂の無自覚誘い受けか…これはダメだね、うんダメだ反則だ」

 

「ちょっとイケるかもとか思っちゃうからね…魔性だね」

 

「長野っち、あんまり外でそういう態度取らない方が良いよ、また襲われちゃうよ」

 

「あれ、また俺が悪いって流れこれ?」

 

なんかツチヤにやれやれと肩を竦めながら肩を叩かれたんだけど。

 

なんで俺が真面目に注意しようとすると、俺が怒られるの?

 

理不尽だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く調子が良い上に何か性能が上がってる…どんな改造したんだあの人達…」

 

その日の戦車道の授業では、俺のケッテンクラートは快調なスピードで時速60キロをマークした。

 

あれ、連盟から聞いたスペックだと騒音が酷いから時速50キロが限度とか聞いたんだけど…。

 

自動車部、恐るべし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウサギさんの場合

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱい!なんで教えてくれなかったんですか!?」

 

「は?突然どうした阪口」

 

戦車道の授業を終え、戦車倉庫に戻ってきてお茶を飲んでいたら、阪口がやってきて何やらプンプンしている。

 

「せんぱいが仮面ライダーになったこむぐっ!」

 

「はーい阪口ちゃん、ちょっと向こうでお話しようねー」

 

素早く阪口の口を塞いで物陰に連れ込む、傍から見ると犯罪者だが構っていられん。

 

「むー!むー!むー!」

 

「静かにしろ阪口…ど、どこで知ったんだ…?」

 

「ぷはっ、番組を見たらせんぱいが出てました!なんで教えてくれなかったんですか!?」

 

あちゃー、そっかぁ、番組見てるのかぁ、そうだよね、なんか前にアニメとか特撮大好きって言ってたもんね…。

 

迂闊だった、元女子校とは言え、見てる生徒も居るよな、大人気子供番組だし…。

 

「ほら、ちゃんと持ってきましたよ!せんぱいが出てる『仮面ライダー対仮面ライダー 友情のトリプルライダー』の録画したDVD!」

 

そっかぁ、録画したのわざわざDVDに焼いて持ってきちゃったかぁ、そういうのは出来るんだね阪口ちゃん…。

 

「みんなにもちゃんと教えたんですよ!せんぱいのカッコいいシーン満載だって!」

 

そうかぁ、もう皆に教えちゃったのかぁ……ハハ、オワタ。

 

い、いや、まだだ、阪口の言う皆がウサギさんチームだけならまだ救いはある。

 

「阪口、皆ってウサギさんチームのメンバーだけかな…?」

 

「あい、今から他のチームの人にも教えて、鑑賞会をやろうと思ったんです!」

 

わぁ可愛い笑顔。

 

悪意含有量0%なのに的確に俺の精神を削ってくるよこの子。

 

鑑賞会、だからDVDなんて持ってきたのね…。

 

「そ、それは勘弁してくれないかなぁ、流石に俺も恥ずかしいからさ…お願いだ阪口」

 

「?……あい、じゃぁせんぱいも一緒に鑑賞会に出てくれたら言いません!」

 

まぁ、なんて綺麗な笑顔で脅しを掛けてくるんでしょうこの子ったら。

 

阪口に手を引かれて、戦車倉庫の2階へ。

 

作戦立案や休憩に使う部屋に入ると、既にそこにはウサギさんチームの姿が。

 

ハハ、もう鑑賞会の準備整えてやがる…こういう事だけは仕事早いね君達…。

 

「あ、先輩…あの、大丈夫ですか、なんか魂抜けてますけど…」

 

「ハハ…大丈夫、まだ大丈夫…」

 

澤君の気遣いが今は心地よい。

 

「センパイキターー、ほらほら座って座って!」

 

「特等席用意しときましたよー」

 

そう言って、テレビの正面のソファの中心に座らされる。

 

そして隣に山郷と大野が座り、右のソファに宇津木と澤君。

 

左の一人がけ用の椅子には既にちょこんと丸山が座っおり、DVDをセットしている阪口が座る場所が無い。

 

「席が足りないだろ、俺は折り畳み椅子で良いから…」

 

「まーまーまー!」

 

「大丈夫ですから座ってて下さい先輩!」

 

立ち上がろうとするが、大野と山郷に腕を掴まれ体重を掛けて引っ張られ座らされる。

 

「せんぱい、しつれいしますっ!」

 

「ちょ」

 

両手を掴まれた俺の膝の上に、ちょこんと座る阪口。

 

「や、やっぱり不味いよ、先輩に失礼だよ桂利奈!」

 

「大丈夫!せんぱいはプラウダの隊長とか会長とか膝に座らせてるって言ってたから!」

 

誰が!?ねぇ誰がそれ言い触らしてるの!?

 

別に俺が望んでそうしてる訳じゃないんだよ阪口!?

 

澤君の言葉も虚しく、阪口は楽しそうに俺の膝の上でリモコンを操作し始めた。

 

両手は相変わらず山郷と大野に掴まれたままだし……こんな姿、みほちゃんに見せられない…!

 

「本当は生徒会室借りようと思ったんですけど、梓に止められたのでここでやることになりました!」

 

「先輩が私達に何も言わずに出演したから、もしかしたら知られたくなかったのかもと思って…」

 

澤君!信じてたよ澤君!

 

ありがとう、後で美味しいもの奢ってあげるからね、お兄さん財布の紐解いちゃうよ!

 

「せんぱいのカッコいい姿が見られるんだから、全校放送しちゃおうよって言ったんですけどねぇ」

 

宇津木…うん、君ならそう言うだろうと思ったよ…やめてね天然なんだろうけど俺を精神的に殺しにかかるの…。

 

「お菓子も準備ばっちり~」

 

「飲み物もあるよー、はい先輩」

 

「この手の状態じゃ持てないんだが……」

 

「ストローあるよセンパイ」

 

炭酸飲料の缶にストローを刺され、差し出される。

 

この状態で飲めと申すか。

 

「ほらみんな始まるよ!」

 

CMが終わり、番組が始まる。

 

現在放送中の仮面ライダーの特別番組であり、一作前の仮面ライダーとの対決が描かれる一時間の番組。

 

勿論、対とか言ってるが、最後は共闘して終わるパターンである、特撮ヒーローのお約束だ。

 

番組の最初は、現在放送中のライダーが主役で、普段相手している怪人とは違う怪人、一作前の仮面ライダーの怪人が現れ、普段とは違う相手に苦戦しつつも勝利するという流れ。

 

そこに一作前のライダーが現れ、誤解の末に戦う事に。

 

「ねぇ、この神とか言ってる人面白いね、ブゥンとか言って変身してるし」

 

「こっちの人も面白いよね、今夜は焼き肉っしょだって~」

 

大野と山郷の感想、確かにキャラが濃い。

 

撮影現場で挨拶した時は凄く紳士的な人だったのに、いざ撮影に入るとこの演技である。

 

プロの俳優って凄い。

 

中盤、双方のライダーが入り混じり、敵も混ざって乱戦になる。

 

ここで誤解が解けて、共闘に入るライダー達。

 

そこへ現れる今回の話のラスボス。

 

その強大な力で吹き飛ばされ、変身が解けてしまうライダー達。

 

雑魚敵に囲まれ、絶体絶命のピンチ。

 

「あぁ、囲まれちゃった…!」

 

「とってもあぶなぁいぃ…!」

 

澤君と宇津木のハラハラとした様子、すっかりこの作品にのめり込んでいる。

 

膝の上の阪口は終始ハイテンションでライダーを応援している、既に一度見ているのに、本当に好きなんだな…。

 

丸山は…見てるのか見てないのか…この子テンポが独特だからなぁ、凄く良い子なんだけど。

 

確か台本だと……あぁ、来てしまった…。

 

「みんな来るよ!」

 

ラスボスが姿を消し、雑魚敵に囲まれピンチのライダー達。

 

そこに、足音を響かせて歩いてくる一人の影。

 

足元だけを映した映像や、手だけを映した場面、そして横顔だけを映した場面などがゆっくりと流れる。

 

無駄に凝った登場演出がされてる…!

 

『だ…誰だ…!?』

 

ライダーの一人の戸惑いの声、それに答えるようにカメラが正面からその人物を捉え、そして表情がアップになる。

 

『ただの…仮面ライダーさ』

 

ぐわあああああああああっ!?

 

「せんぱいきたーーーー!」

 

「きゃー!」

 

「超クール!」

 

膝の上で阪口が両手を突き上げて叫び、大野が黄色い声を上げ、山郷が俺の腕を揺すりながら感想を口にする。

 

恥ずかしかったから見てなかったけど、改めて出来上がった番組見ると恥ずかしいぃぃぃぃぃ!

 

画面の中の俺は、どこか軍服っぽく見える衣装を身に纏っている。

 

無駄に重厚でベルトとか多い衣装だ、改めて見るとなんて厨二病…!

 

『はッ!』

 

画面の中の俺は、襲ってくる雑魚敵を生身で往なしたり避けたりして戦い始める。

 

ここは祖父の訓練が役立ったな、生身なのでスタント無し、全部俺がやった。

 

「せんぱいカッコいいー!」

 

「センパイ超強いじゃん!」

 

「いけいけー!」

 

ノリノリな阪口達。

 

「わぁ……」

 

澤君!その反応はどっちなんだ澤君!?

 

「やっぱり全校放送しようよこれぇ…超しびれるぅ!」

 

宇津木、その考えは今すぐ捨てるんだ。

 

暫く雑魚敵相手に生身で格闘する俺、やがて雑魚敵が一度引いた所で、態勢を立て直した俺が懐から何かを取り出す。

 

「みんな見て、この番組の為にだけ作られた特別なベルトなんだよ!」

 

阪口が指差すのは、戦車側面の履帯をモチーフにし、その上に砲塔のようなパーツが付いた変身ベルト。

 

それを腹の前に翳すと、履帯のようなベルトが腰に周り、キュラキュラという音を立てて腰に装着される。

 

無駄に凝ってるな…。

 

そして次に取り出したのは、砲弾のような形のパーツ。

 

顔の横にそれを翳し、砲弾がアップになるとそこにはIV号の刻印。

 

それの弾底部分から飛び出したスイッチのような部分を親指で押し込むと、渋い声が響き渡る。

 

【IV号】

 

そしてベルトの砲塔部分の上、キューポラを模した部分の蓋を開ける。

 

『踏破するぜ……変身!』

 

意味のわからない言葉と共に変身と口にし、手を数回翳す動きをしてから、真上からキューポラの穴に砲弾状のパーツを装填。

 

【IV号 装填完了 パンツァー・フォー!】

 

渋い声と共に体の周りに装甲のような物が浮かび上がり、次々に身体に装着され、そして全身を黒いスーツが覆う。

 

黒いスーツの上から戦車の装甲を身に纏った、戦車を擬人化したようなその姿。

 

『仮面ライダー、パンツァー!どんな未来も、俺に通れぬ道はない!』

 

謎の台詞と共に、変身後のポーズを決める仮面ライダーパンツァー。

 

は、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?

 

「パンツァーきたーーーーー!」

 

「キターーーーー!」

 

「きたーーーーー!」

 

大絶叫する阪口と、ノリに乗って叫ぶ大野と山郷。

 

君達ノリがアンツィオだよね、あっちの学校に居ても違和感ないよね。

 

「わぁ………」

 

澤君!だからそれはどっちの反応なんだい澤君!?

 

「先輩が変身したライダー、なんだか西住隊長達の戦車みたぁい」

 

正解だ宇津木、この仮面ライダーパンツァーのモチーフは戦車、それも大洗学園のあんこうことIV号戦車がモデルだ。

 

俺が大洗学園の戦車道部の監督をやっていると知った連盟が、特別にデザインを発注。

 

この特別番組に合わせて超特急で作成されたスーツである。

 

そう、この特別番組、日本戦車道連盟がスポンサーになって作成された番組。

 

二年後のプロリーグ発足や世界大会の誘致に先駆けて、低迷気味の戦車道を広く知ってもらう為に企画された物。

 

当初は戦車道の宣伝なのだからと、女性選手の有名な人にやってもらう計画だった。

 

すると高校戦車道大会で、無名だった学校がまさかの優勝、そこには数年前から姿を消していた俺の姿が。

 

昔散々戦車道のアイドルとして使ってきた長野叢真が居ると知った連盟は、電撃的にキャストを男性に変更。

 

出演料の代わりに戦車道の消耗品や材料を融通する事で俺の出演を取り付け、撮影。

 

出演するのが俺ということもあり、急遽生身での殺陣のシーンを大幅追加、本来は女性だったので生身での殺陣のシーンは無く、突然現れて変身して戦い消える謎の女性ライダーは、ガッツリ活躍していく今回限りの限定ライダーとなった。

 

『さぁ…突き進むぜ!パンツァー・フォー!』

 

台詞と共に走り出す仮面ライダーパンツァー。

 

よく見ると足の踵にはキャタピラ、右手は横から見ると砲身のように見えるデザインがされている。

 

「いけー!せんぱい、いけー!」

 

「ぶっころせー!」

 

「いけいけー!」

 

ノリノリの阪口達。

 

すまんな阪口、その仮面ライダーの中身、俺じゃなくてスーツアクターなんだ…。

 

『はぁッ!』

 

パンツァーの右手ストレートがヒットする度に、砲弾の着弾音が響く。

 

その攻撃に、次々とやられていく雑魚敵。

 

仮面ライダーパンツァーの右手の攻撃力は、IV号戦車の主砲に匹敵するという無茶苦茶な設定がされている。

 

なのでヒットすると砲弾の着弾音が響くという無駄に凝った設定だ。

 

まぁ…設定に関しては昭和ライダーの無茶苦茶加減を考えればまだマシ…なのだろうか。

 

『見ているだけか?仮面ライダーなら立ち上がれ…どんな障害も乗り越えていく、それが仮面ライダーだろう!』

 

見ているだけだった他の仮面ライダー達にそう告げる仮面ライダーパンツァー。

 

アテレコで台詞を言っている時は偉そうだなぁとか思ったが、演出で他のライダーを奮起させようとしている様に感じられた。

 

パンツァーの台詞に立ち上がった仮面ライダー達。

 

そして全員が並んで一斉に変身。

 

「音が混ざって聞きにくぅい…」

 

言うな宇津木、俺も思ったが同時変身の宿命なんだ…。

 

全員が変身し、残った雑魚を一掃すると、再びラスボスが現れる。

 

そして再び雑魚と、中ボスクラスを召喚。

 

激突するライダー軍団と敵軍団。

 

『ここは俺達に任せて、奴を…!』

 

『分かった…皆任せた!』

 

パンツァーの台詞に促され、ラスボスを追いかける主役ライダー2人。

 

残った雑魚は他のライダーが、そして中ボスを仮面ライダーパンツァーが。

 

『ここから先は行かせない…』

 

この時の身体の姿勢が、ちゃんと昼飯の角度な仮面ライダーパンツァー。

 

何でも、大洗対黒森峰戦を見た監督が、急遽演出に加えたらしい。

 

多分、レオポンチームの仁王立ちシーンのオマージュなのだろう。

 

中ボスと組み合うと、踵のキャタピラが高速回転。

 

地面を火花を上げながら進み、壁を破壊して中ボスごと廃工場の外へ飛び出す。

 

工場内に残った他の仮面ライダーが次々に最強フォームへ変身、雑魚をどんどん撃破していく。

 

ちゃんと全ライダーの見せ場を演出する辺り、脚本と監督は分かってる。

 

「うげぇ、このゾンビみたいな人こわぁい…」

 

「キャラ濃いよねぇ…」

 

神だからね、仕方ないね。

 

サブライダー達の活躍が終わると、ラスボスを追っていった主役ライダー2人とラスボスの対決。

 

しかし歯が立たない為、中盤フォームとも言われる二段階目の姿に変身する主役ライダー。

 

いきなり最強フォームにならない辺り、こだわってる。

 

劇場版みたいな豪華な脚本だ、連盟がガッツリお金を出したらしいからなぁ。

 

場面は代わり、工場の外へと飛び出した中ボスとパンツァー。

 

中ボスが地面を転がりながら吹き飛ばされ、立ち上がってパンツァーと対峙する。

 

『硬いな…なら浸透突破と行こうか』

 

そう言って右手を翳すパンツァーの右手には、変身に使用した砲弾とは別の色の砲弾。

 

親指でスイッチ部分を押し込むと、やはり渋い声が響いた。

 

【ティーガー!】

 

そしてキューポラ部分に同じ様にセットすると、IV号モチーフの装甲が消滅、代わりにより重厚な装甲が出現。

 

「パンツァーはね、2つのフォームを使って戦うライダーなんだよ!」

 

阪口の嬉しそうな解説。

 

彼女が言う通り、画面の中の仮面ライダーパンツァーは、ティーガーモチーフの姿に変わっていた。

 

これも監督が急遽考えた事であり、本来は一個だけだったフォームを増やした。

 

その理由は、大洗対黒森峰の戦車道優勝決定戦のあのみほちゃんとまほちゃんの熾烈な一騎打ち。

 

あれを見て、監督は脚本とスポンサーの戦車道連盟に準優勝である黒森峰のフラッグ車、ティーガーⅠをモチーフにした強化フォームを提案。

 

脚本とスポンサーの承諾を受け、急遽スーツを追加発注。

 

なんと撮影日の一週間前に完成したと言うのだから本当にギリギリだったらしい。

 

IV号フォームよりも装甲とパワーで勝るティーガーフォーム。

 

それに変身した仮面ライダーパンツァーは、IV号フォームの時とは異なり、悠然とした歩みで中ボスに近づく。

 

殴りかかる中ボス、その攻撃を装甲で受け止め、反撃の右ストレート。

 

「かたぁい…」

 

「まるで黒森峰の重戦車みたい…」

 

宇津木と澤君の感想、その通りである。

 

装甲とパワーが増した代わりに、細かい動きが苦手になるというデメリットも一応存在する。

 

だが一時間の特番でそこまで表現は出来ないので、中ボスを装甲とパワーで圧倒するシーンが描かれている。

 

ここで場面は移り変わり、ラスボス対主役ライダーの戦いに。

 

中盤フォームと連携で戦う主役ライダーだが、ラスボスが本気を出すと一蹴されてしまう。

 

しかし諦めないライダー達。

 

『どんな障害も…乗り越えていくのがライダーだ!』

 

パンツァーの台詞を口に、遂に最強フォームへ同時変身する主役ライダー2人。

 

ここで再び場面が移ると、吹き飛ばされて壁を突き破る中ボス。

 

そして現れたパンツァーは、IV号の姿に戻っていた。

 

「あれぇ、IV号に戻っちゃってるぅ…」

 

「そういう演出なんだよ!」

 

阪口が宇津木の残念そうな言葉に反応するが、まぁ間違っていない。

 

『トドメだ…!』

 

パンツァーが身体を斜めに構え、キューポラに刺さっている砲弾のスイッチを押し込む。

 

【装・填・完・了】

 

渋い声で区切った言葉が流れる。

 

するとパンツァーの視線にカメラが移り、そこに普段五十鈴さんが見慣れているだろう照準器の画面が映る。

 

ちゃんとIV号戦車の照準器と同じな辺り、監督のこだわりが感じられる。

 

照準器が狙いを合わせると、パンツァーが右の拳を大きく引いて構える。

 

するとパンツァーの後ろに戦車の幻影がCGで現れ、主砲をパンツァーの背中に向ける。

 

そして発射された砲弾型のエネルギーはパンツァーの背中を押し、その勢いで火花を散らして地面を滑るパンツァー。

 

『ハァァァァァ!!』

 

気合の入った声と共に拳が突き出され、中ボスの身体に当たると、主砲の発射音が鳴り響いて砲弾型のエネルギーが右の拳から中ボスの身体を貫いて飛んでいく。

 

爆発する中ボス、炎に巻き込まれるパンツァー。

 

だが、その炎の中から悠然と歩いて出てくるパンツァーの姿。

 

戦車に通れない場所は無いというのを表現しているらしい。

 

「かっこいぃぃぃ!」

 

「渋いー!」

 

「音がちゃんとIV号の主砲の音だったよねー」

 

大興奮の阪口と大野、山郷は砲手らしくちゃんと主砲の発射音がIV号戦車の物と気付いた。

 

『状況終了。後は任せたぞ、仮面ライダー…』

 

そう言って空を見上げるパンツァー。

 

視線の先では、ラスボスが召喚した巨大な岩の上で戦う主役ライダー2人。

 

この後は主役ライダー2人とラスボスの壮絶な戦いが描かれ、最後はダブルライダーキックでラスボスを撃破。

 

廃工場の広場で集合する仮面ライダー達。

 

そこに、登場した時と同じように現れるパンツァー。

 

『ありがとう、仮面ライダーパンツァー。君の言葉が、凄く響いたよ』

 

『言葉は時に砲撃の様に心を震わせる。奮い立つ力になったなら何よりだ』

 

握手を交わす主役ライダーとパンツァー。

 

その状態で変身が解除され、握手する俺の姿が映る。

 

恥ずかしさアゲイン!

 

『君は何処へ行くんだい?』

 

『歩いた道が俺の道になる…またいつか、道が交わる事があるさ…』

 

『そうだね…またね』

 

そして別れる仮面ライダー達。

 

エンディング曲が流れだし、それぞれの日常に戻ったライダー達の姿が描かれ、最後に道を歩く俺の姿が映る。

 

すると前から来る男性とすれ違い、一瞬だけパンツァーと、次の新ライダーの姿が現れ、そして消える。

 

『……道はいつか交わる…そう、いつの日か…』

 

そう言って歩き出す俺の背中をカメラが段々と離れて行き、最後に青空を映して終わった。

 

終わった…長い俺の羞恥拷問時間がやっと終わった…。

 

「終わっちゃった…」

 

「もうちょっと続けばいいのに」

 

「それじゃ映画になっちゃうよ」

 

残念そうな阪口と、素直な感想を口にする大野と突っ込む山郷。

 

「先輩、格好良かったですよ!」

 

「本当に俳優かアイドルみたぁい~」

 

ハハハハ…そう言って貰えるとちょっと気持ちが楽になる…。

 

演技してる時、ずっと演技下手だったらどうしようって考えてたしな…。

 

「もっかい見よう!」

 

「勘弁してくれ!?」

 

もう俺の羞恥心は限界よ!?

 

えぇい大野も山郷もいい加減HA・NA・SE!

 

「………………」

 

なんか言ってくれ丸山!

 

「………………えへ」

 

あら可愛い。

 

いやそうじゃない、それはどういう意味での微笑みなんだ丸山!?

 

「皆、今日は遅いし鑑賞会はまた今度にしよう?ほら、片付けて片付けて」

 

澤君!信じていたよ澤君!

 

「じゃぁ明日見よう!せんぱいも一緒に!」

 

「うん、先輩も一緒にね」

 

澤君!?信じてたのに澤君!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った…あれ、授業報告書出してなかったな…」

 

戦車道は必修選択授業だ、本来なら教師が必要なのだが、戦車道を教えられる教師が居ないので生徒会が代行、俺が監督として授業報告書を書いている。

 

蝶野教官が来る時はこれに教官の報告書もプラスされる。

 

阪口達に連れられて戦車倉庫2階に強制連行されたから、小山先輩に提出するのを忘れていた。

 

戦車倉庫には誰も、いつも遅くまで楽しく整備している自動車部すら居なかったので、もしかしたらもう生徒会も居ないかもなぁ。

 

「失礼します、小山先輩、授業報告書を『……道はいつか交わる…そう、いつの日か…』――へ?」

 

生徒会室の扉を開けて耳に入ってきた台詞に、ビキリと硬直する俺。

 

「やー長野ちゃ~ん、おつかれー」

 

「噂をすればなんとやらだな、話題の主役が来たぞ」

 

「お疲れ様~、書類預かるわね」

 

相変わらず干し芋食ってる会長と、やれやれと肩を竦める河嶋先輩。

 

そして俺が持つ報告書を受け取りにくる小山先輩。

 

ここまでは良い、生徒会のメンバーだから居て当たり前だ。

 

だが。

 

「あはは…お疲れ様、叢真さん…」

 

「見たよー、長野さん。もう、テレビ出るなら言ってくれれば良いのにぃ」

 

「恥ずかしかったんですよ、長野さんは照れ屋さんですから」

 

「長野殿、特別番組の監督と脚本家、かなりの戦車好きでありますな!いくつも戦車や戦車道をオマージュした演出が入っていて私感動したでありますよ!」

 

「………演技してるとヘタレ要素なくてただのイケメンだな長野さんは」

 

苦笑しているみほちゃん、イケメン俳優と知り合いになれるチャンスだったのにと悔しがる武部さん、相変わらず微笑んでいる五十鈴さん、興奮している秋山さんと、さらりと失礼な冷泉さん。

 

「コーチ、見事な格闘シーンでした!やはり根性ですね!」

 

「演技も格好良かったですよ、周りのイケメン俳優に全然引けを取らないです!」

 

「普段のコーチとは違った面が見れて良かったです」

 

「あぁいうコーチも素敵で良いですね~」

 

テレビの前でガッツポーズする磯辺に、元気づけるように言う近藤、しみじみと呟く河西に、おっとりと感想を口にする佐々木。

 

「見事な演技だった、やはり長野殿にはもう一人の自分を表現する力がある…」

 

「あぁ、変身シーンも決まっていたな」

 

「今回限りというのが惜しい位だな」

 

「勿体無いぜよ、次のライダーは長野殿が主役で良いくらいだ」

 

ソファにもたれ掛かる様にして並ぶ、カエサル、エルヴィン、左衛門佐、おりょう。

 

「これの出演料として戦車道の備品とか消耗品とか連盟から融通して貰ったそうだから、みんな感謝してね~、はい感謝」

 

「大洗戦車道の為に身を粉にして働く、見上げた精神だぞ長野」

 

「撮影期間中のお休みは、連盟からの依頼だから公欠になるから安心してね長野くん」

 

感謝してるのかいまいち分からない会長と、うんうんと頷く河嶋先輩、にっこりと何時も通り微笑む小山先輩。

 

「格好良かったけど、あの服装とか変身ベルトとか校則違反だからね!持ってきたら没収なんだから!」

 

「あれは撮影用の衣装と小物だから長野さんの私物じゃないよぅそど子~…」

 

「……長野さんなら本当に変身できそう…」

 

注意してくる園さん、やんわりとツッコむ後藤さんと、無茶な事を言う金春さん。

 

「放送後から、長野さんのスレが伸びに伸びてるにゃ~…これはお祭りですぞ」

 

「Blu-rayとDVDの発売も決まったって公式に書いてあるナリ、これは買わないとだモモ」

 

「ゲーム以外で予約するのは初めてぴよ、取扱店調べないとだっちゃ」

 

携帯を見ながら楽しそうなねこにゃー、同じく携帯で番組の公式HPを見ているらしいももがー、もう予約する気でいる気が早いぴよたん。

 

「仮面ライダーなんだから、バイクが必要だよね。長野くんのクラートを弄ってそれっぽくしてみる?」

 

「いいね、うちのIV号っぽくシュルツェンも装備させようか」

 

「公道をバイクみたいに走れる様に足回りもチューンしないとね」

 

「クラートならドリフトも出来るし、それで敵を轢殺!なんて出来るかもね!」

 

余計なアイディアを出すナカジマさん、それに乗るホシノさん、改造意欲を燃やすスズキさん、物騒な事を言ってるツチヤ。

 

1年生チームを除いた、大洗戦車道履修生が勢揃いしている生徒会室のテレビ前……狭い。

 

テレビに繋がれたDVDプレイヤーからは、表面に何も書かれていないDVDが吐き出されている。

 

「み、みほちゃん…さ、作戦会議だよね……戦車道の、勉強とかだよね…?」

 

一抹の望みにかけてみほちゃんに問い掛けるが、帰ってきたのはみほちゃんの苦笑い。

 

「実は…会長さんが、長野さんの出演する番組を録画してきたと聞いて…皆で拝見してました」

 

――――ジーザス。

 

「と言うか、戦車道連盟のHPに、長野叢真出演、仮面ライダー特別番組って大きく出てましたよ?長野殿」

 

――――オーマイゴット。

 

「長野ちゃんが撮影期間中休んでた時、連盟からちゃんと連絡来てたよ?その時放送日もちゃんと教えてもらったし~」

 

――――Я такой идиот.

 

「仮面ライダーとか男の子向けだと思ってたけど、イケメンいっぱいで話も凄く面白かったねぇ、長野さんが主演で出るなら毎週見るんだけどな~」

 

「止めてやれ沙織、長野さんがもう限界だ」

 

「へ?」

 

――――我、最早限界ナリ。

 

「実家に帰らせて頂きますッ!!」

 

「あっ、叢真さん!?叢真さーん!」

 

みほちゃんの声が聞こえるが、構わず走って生徒会室を飛び出す。

 

顔が真っ赤なのが分かる、ああああ恥ずかしいいいい!

 

よりにもよって、戦車道履修者全員に見られたああああ!

 

もう駄目だぁおしまいだぁ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長さん、やっぱり叢真さんが秘密にしていた事を皆で見るなんて良くなかったんじゃ…」

 

「そう言いながら西住ちゃんが1番テレビの中の長野ちゃん応援してたじゃん、頑張れ叢真さーん!て」

 

「あぅ…それは…」

 

「まぁ恥ずかしがってるだけだから、落ち着いたら登校してくるって、大丈夫大丈夫」

 

「会長、今学園艦飛行場から、長野が飛行機をチャーターして他の学園艦に向かったと報告が…」

 

「え、えぇぇぇ!?」

 

「あちゃー…そんな他の学園に逃げちゃう位恥ずかしかったのか…格好良かったのにねぇ」

 

「むしろ、親しい我々に見られるのが恥ずかしいからこそ黙っていたのでは?あの通り、長野はヘタレの照れ屋ですから」

 

「かーしまにヘタレと言われちゃったらもうおしまいだよねぇ長野ちゃん。ま、そのうち帰ってくるでしょ、しばらく1人にさせてあげなよ」

 

「か、会長さんが原因なのに…放っておくんですか…?」

 

「今追いかけても逃げるだけだって、陸地じゃなくて他の学園艦に行ったんだよ?元々他の学園艦から招かれてるって言ってたからついでにそれを消化しに行ったんだろうし。小山~、長野ちゃんの欠席公欠にしておいてやって、連盟からの依頼だから」

 

「は~い」

 

「叢真さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から番組内容をぶらり主人公の学園艦放浪記に変更してお送りします(´・ω・`)


仮面ライダーの映画を見たからついやっちゃった(´・ω・`)


劇中の仮面ライダーがどれか分かっても内緒だよ?(´・ω・`)


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せんとグロリアーナのいち

こんな言葉を知っていて?(´・ω・`)


豚に真珠(´・ω・`)


v(´・ω・`)v










あ、今回はシリアスです(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何時間が経過したのか…酸素が薄くなり、もう声を出す気力もありません…。

 

後輩達の啜り泣きが響くチャーチルの中、ただひたすらに救助を待つ永遠とも思えるこの暗い時間。

 

戦車道をやっていて、一度も感じたことのなかった、死という恐怖。

 

泣いている後輩達を叱咤する気力ももう湧いてこない。

 

聖グロリアーナの選手らしく、正々堂々と、誇り高く、優雅に。

 

そんな言葉を口にしていた、最初の頃の自分を殴り殺したい。

 

どうしてこんな事に…そんな自問自答の答えは1つしかない。

 

寝ている虎の尾を踏んで、無理矢理巣穴から連れ出した。

 

その愚かな行為の代償こそが、今の自分。

 

最初は勝利を確信していた、卓上演習でしか戦車道を行った事のない素人の、しかも殿方。

 

自分達の領域を荒らされたと義憤に駆られ、相手を無理矢理実戦へと連れ出した。

 

相手が指揮するのが、戦車道が衰退し、ぎりぎり4両しか動員出来ないという弱小校のアンツィオ高校。

 

それに対して、自分が指揮するのは母校であり強豪校の一角である聖グロリアーナ。

 

戦車の質、乗員の数、そして私の指揮。

 

それら全てが相手よりも上だと確信し、迎えた勝負。

 

最初は逃げ回るCV33を追いかけ回す、狐狩りの様な試合。

 

無様に逃げ回るしかない相手フラッグ車、連携もろくに取れず、逃げ回るしかない他の車両。

 

やはり卓上演習で勝てても、所詮は男、その程度なのだと身の程を教える為にフラッグ車を追い詰め…。

 

CV33の上で仁王立ちをするあの男を見た時、一瞬だけ寒気が走った。

 

乗員が身を乗り出している時は極力狙わない、それが戦車道のルール。

 

それを逆手に取った小賢しい悪足掻きだと思い、ならば多少の怪我は我慢して貰いましょうと悠然とチャーチルとマチルダⅡを前進させた時、それは起きた。

 

『奇跡とは、起きるのを待つものではない…己が起こす物だ。やれッ!』

 

あの男の言葉と共に、隠れていたセモヴェンテ2両による砲撃、それは私が乗るチャーチルや、周りを守るマチルダⅡを狙った物ではなかった。

 

隊列を組んで進める程度に広い道、その横に建てられた趣味の悪いホテルが、無防備に進撃した私達の車両に轟音を上げながら倒れてきた。

 

気付いた時には最早逃げられず、大量の瓦礫に押し潰され、戦車ごと生き埋めにされてしまった。

 

瓦礫に押し潰される瞬間、微かに聞こえた相手からの言葉。

 

『貴様には、瓦礫の中がお似合いだ…』

 

今思い出しても背筋が凍る、冷たい冷たい言葉。

 

戦車の中から一瞬だけ合った視線、いっそ芸術とも言える美貌と、それに比例する冷たい視線。

 

まるで、明日には出荷される豚を見るような、冷たい冷たいあの視線。

 

聖グロリアーナの生徒として、そして卒業生として、称賛と羨望の視線でしか見られたことのなかった私には、その視線があまりにも強烈で、あれから何時間も経つと言うのに脳裏に何度も蘇ってくる。

 

「なんという化物を呼び込んでしまったの…私達は…」

 

乾いた口から溢れる後悔の言葉。

 

それが聞こえた乗員の後輩達からの視線は、私を責める物だった。

 

OGである私や、先に対戦して敗北したマジノ女学院のOG、そして私の後に戦う事になっているサンダースのOG…。

 

あの化物…戦車道卓上演習の大会を荒らし、絶対王者として君臨しているあの美麗の魔王から、私達の戦車道を取り戻すと息巻き、代表として勝負を挑んだ3人。

 

集めた署名を持って連盟を動かし、高校戦車道会を巻き込んだこの聖戦…。

 

しかし結果は今の私…瓦礫に埋もれ、無様に救助を待つだけの情けない姿。

 

後輩達からは、こんな事に巻き込んだ張本人として槍玉に挙げられ、最早OGとしての権威など何処にも無かった。

 

一瞬で、たった1手で全てを奪われた。

 

フラッグ車の姿を晒し、無様に逃げ回っていたのも、散発的な攻撃しかしてこなかったのも、途中からセモヴェンテの姿が見えなかったのも、全てはこの為…。

 

一瞬にして、全ての車両を行動不能に追い込む奇策。

 

それを成功させる手腕。

 

そして短い間にそれを成功させる程に高校生達を纏め上げたカリスマ…。

 

全てが規格外。

 

ただの、卓上演習で勝利して良い気になっているだけの男ではなかった。

 

アレは正に魔王だった、誇張でも何でも無い、紛れもない事実…。

 

『車体が見えました、もう少し我慢して下さい!』

 

無線機から大会運営の声が響く、その声に車内に歓喜の声が上がる。

 

やっと助かる…やっと出られる…!

 

その言葉が嬉しくて、私は流れる涙を拭う事すらしなかった。

 

そしてチャーチルが瓦礫の中から掘り出され、やっと外に出る事が出来た。

 

眩しい夕日に照らされた、崩壊した瓦礫の山。

 

その山を救助の人に支えられて降りてきた時、あの男の姿が見えた。

 

救助作業の邪魔にならない場所で、椅子に座り、アンツィオの生徒達に歓待されている魔王の姿。

 

私の姿に気付いた魔王は、口にしていた飲み物を副官らしき生徒に渡し、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

肩に掛けられた、連盟が用意した特製のパンツァージャケットを風に揺らしながら。

 

それがまるで、魔王のマントの様に私には思えた。

 

そして私の前にまでやってくると、その顔に見惚れるような微笑を浮かべ…私の顔に顔を近づけて口を開いた。

 

「次は、どんな奇跡が見たいかな…?」

 

「ひっ…!?」

 

脳髄を甘く蕩けさせるような声に、明確な敵意を乗せ、囁かれた言葉。

 

その言葉に、私の中の何かが、音を立てて――――折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、この試合は聖グロリアーナの悪夢と言われ、魔王長野叢真の名前を知らしめる一端となった。

 

この事件によって署名に協力し、眠っていた魔王を無理矢理目覚めさせたOG会の権威は失墜し、それによって聖グロリアーナの現役生徒からは逆に感謝されるという皮肉な事件。

 

救助活動の難航と、被害にあった選手の精神的ダメージの大きさから、戦車道大会で明確に、意図的な高層建造物破壊による戦車埋没作戦の禁止が決定した事件。

 

中学生時代の長野叢真の、魔王全盛期の事件の1つである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナの場合

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく聖グロリアーナ学園艦上空です」

 

「ありがとう」

 

飛行機の操縦手の言葉に頷きながら、窓から外を眺める。

 

勢い余って大洗を飛び出してしまったが、丁度お世話になった他校に顔を出す予定があったので、それを消化してしまおうと思い、進路を1番近い聖グロへと向けて貰った。

 

聖グロとの縁は、例の戦車道実戦指揮で戦った時からである。

 

あの頃の俺は、卓上演習だけで満足していたのに、そこから無理矢理連れ出され、その理由が男が戦車道をやっている事に対する反発と、実戦で恥をかかせてやるという自己満足の為の行為と知って、猛烈に怒っていた時期だ。

 

年下の、しかも男に負けていると言う屈辱を実戦で晴らしてやるという大人気ない行為、それに母校である高校を巻き込むという暴挙。

 

大量の署名を無理矢理集め、戦車道連盟を動かし、俺を無理矢理場外乱闘へ連れ出した。

 

当時の俺は、丁度ストーカーに生活を侵略されていたストレスも相まって、完全プッツン。

 

そっちがその気なら、こっちも手段も方法も選ばないと大人気なく対応。

 

その結果、対戦相手の指揮官に強烈なトラウマを刻み、マジノ女学院は一年間程の活動自粛に、聖グロはOG会の権威失墜、サンダースは指揮したOGが二度と母校に足を踏み入れる事が出来なくなった。

 

巻き込まれた形の各学校はいい迷惑だったと思うが、現役生徒からは逆に感謝された。

 

特にOG会があれこれ口出しするから毎年苦労している聖グロは、一時的とは言えOG会が黙る事になった俺にそれはもう感謝しており、どんだけOG会が邪魔な存在だったかが伺える。

 

まぁ、時が経ってまた口出ししてくるようになったらしく、ダージリンが愚痴っていたが。

 

あまりに度が過ぎると俺の名前を出して黙らせるらしいが。

 

ダージリンが俺と友好を結んだ理由も、俺と仲良くしておけばOG会を黙らせ、聖グロを動かすのに有用だと考えての事。

 

お茶会の席で最初にそれを伝えられた俺は、変に利用されるよりは全然マシだと素直に受け入れた。

 

これには気分を害され、怒ると思っていたダージリンも、呆気に取られたようだが。

 

今思うと、少々やり過ぎたかなとは思う。

 

相手を街中に誘い込み、フラッグ車のCV33を囮に逃げ回り、その間にセモヴェンテに丁度いい建造物を探させ、下準備をさせた。

 

戦車が2列で並んで進める程度の道に、隣接するラブホテル。

 

1階が駐車場になっているお誂え向きな設計、その1階の柱をセモヴェンテに破壊させ、倒壊するギリギリの状態まで追い込み、そこに相手を誘き寄せて建物の倒壊に巻き込んだ。

 

これが他の学校なら上手く行かなかった、騎士道精神に則った対戦を尊ぶのが伝統である聖グロだからこそ出来た方法だ。

 

アンツィオの奇跡・聖グロの悪夢、対戦した高校同士で全く逆の評価がされるこの試合。

 

救助活動の困難さと生き埋めにされる選手のメンタルを考慮して、5階建て以上の建造物による意図的な埋没が大会ルールで禁止されたのは俺のせいである。

 

あの頃は情け容赦なんて一切無かった上に、戦車道のセオリーも暗黙の了解も完全無視だからなぁ俺…全部ストーカーとOGが悪い、俺は悪くねぇ!

 

そんな事を考えていると、飛行機が聖グロの学園艦に着陸。

 

もう俺の所在は公になっているので、パラシュート降下の必要はない。

 

「お待ちしておりました、長野様」

 

「あぁ、久しぶりだなルクリリ」

 

「はい、長野様もお元気そうで何よりです」

 

タラップを降りると、そこには焦げ茶色のロングヘアーを三つ編みにしたお嬢様…ルクリリが待っていた。

 

ダージリンから出迎えを言いつけられたのだろう、彼女は紅茶の名前が付けられている通り、ダージリンからの信用も厚い優秀な生徒だ。

 

俺が聖グロを訪れた時は、大抵彼女かアッサムさんが俺の世話を引き受けてくれる。

 

ただアッサムさんは隙きあらば俺の手を握り恋人繋ぎをしたり寄り添ったりし、それをワザと他の生徒に見せつけてあらぬ誤解を植え付けようとしてくるので油断出来ない。

 

だがルクリリは違う、常に半歩後ろに控え、差し出がましい事は一切行わず、忠実に自分の職務をこなしてくれる。

 

聖グロの知り合いの中で1番気が許せる子だ、同年代なのもあって気が休まる。

 

「お荷物はそれだけですか?」

 

「あぁ、長期滞在する訳じゃないからな、自分で持つから構わない」

 

手荷物を持とうとするのをやんわりと断る、着替えしか入っていない鞄だ、わざわざ女性に持たせる物でもない。

 

「ルクリリさま~~~~!!」

 

「ん?」

 

「あちゃぁ…」

 

突然滑走路の入口の方から大きな声がした。

 

ルクリリを呼ぶ声だが、呼ばれた本人は額に手をやってげんなりしている。

 

声の方を見れば、見覚えのない女子生徒が、聖グロとは思えぬ全力疾走でこちらにやってくる。

 

「ダージリンさまに言われた事をすっかり忘れてたでございますわーーー!ルクリリさまーーー!」

 

「あの子ったらまた…しかも長野様の前で…!」

 

元気よく手を振りながら全力疾走してくる女の子、スカートが捲れる事なんて一切考えていない、それ位の全力疾走だ。

 

聖グロであんなアンツィオみたいなノリの子を見るとは思わなかった。

 

「ローズヒップ!止まれはしたないぞ!」

 

ルクリリの言葉、彼女は見た目の割に気持ちが上がると男言葉を使う、彼女も聖グロでは珍しいタイプだ。

 

「おととととと…ののののののっ!?」

 

ルクリリの言葉に急停止しようとするが、あまりの勢いに止まれず足を縺れさせて転びそうになる。

 

「おっと」

 

「ですわっ!?……助かったのですわ~」

 

素早く彼女の前に出て腕を差し入れて倒れるのを防ぐ。

 

小柄だな…1年生か?

 

「ローズヒップ、お客様の前でなんてはしたない真似を…!」

 

「す、すみませんですわルクリリさま!遅刻しちゃいけないと思って全速力でリミッター解除して走ってきたんですわ!」

 

「それで転んで長野様の手を煩わせていたら意味がないだろう!大丈夫ですか長野様?」

 

「俺は何とも無いさ、女の子1人軽い位だ」

 

そのまま右手だけでローズヒップと呼ばれた少女を持ち上げてみる。

 

「すげーですわ!高いですわー!」

 

「ローズヒップ!調子に乗るな!」

 

俺に腹を下から持たれて持ち上げられたローズヒップだが、高い高いと大はしゃぎだ。

 

本当に聖グロの生徒とは思えない…アンツィオのスパイじゃないだろうなこの子。

 

「長野様も、あまりローズヒップで遊ばないで下さい」

 

「すまんすまんルクリリ、彼女があまりにも聖グロらしくないんでな…」

 

「照れちゃいますわー!」

 

「褒められてないっ」

 

元気いっぱいなローズヒップとそれを叱るルクリリ。

 

何と言うか、随分風変わりな子が入ってきたもんだ。

 

だが彼女も紅茶の名前で呼ばれていると言うことは、戦車道の選手であり、かつダージリンからの評価が高いという事になる。

 

しかし何と言うか…下町系お嬢様とはまた強烈なキャラクターだな…。

 

「ほら、遅刻した事は許すから長野様のお荷物を持たないか」

 

「了解ですわ!」

 

「いや、荷物位自分で…」

 

「ご安心をですわ!このローズヒップがお客様のお荷物を迅速丁寧にお運びしちゃいますわ!」

 

そう言って俺の鞄を両手で抱きしめるローズヒップ。

 

うん、先ずこの時点で丁寧じゃないね…別に良いけど。

 

「ではでは、ダージリンさまのところまで全速力でご案内しますわー!」

 

「待てローズヒップ!走るんじゃない!こらー!」

 

バタバタと走り出すローズヒップと、慌てて追いかけるルクリリ。

 

ダージリン、何故この凸凹コンビを迎えに寄越したんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変失礼しました長野様…」

 

「ごめんなさいですわー…」

 

「いや、大洗じゃ珍しくもないから気にしなくていい」

 

ペコペコと頭を下げながら歩く2人に、苦笑して返す。

 

大洗じゃ1年生チームを中心に色々な騒ぎが起きるからな、見ていて飽きない。

 

まぁ、巻き込まれると高確率で俺が恥ずかしい思いをするか、俺が怒られるんだが……理不尽だ。

 

「こちらでダージリン様がお待ちです、では我々はこれで」

 

「お荷物は本日宿泊するお部屋にキッチリお届けしますわ!」

 

「ありがとう、頼むよ」

 

ダージリン達がいつもお茶会で使う部屋の前に通され、案内を終えた2人が立ち去るのを見送って部屋の扉をノックする。

 

『どうぞ』

 

「失礼します、ダージリ……」

 

「おかえりなさいませご主人様、こんな言葉をご存知?お食事にする?お風呂にする?そ・れ・と・も……ダージリン?」

 

 

 

――――――――――――――――。

 

 

 

「アッサム様、長野さんの、長野さんの眼が死んでます!」

 

「やはり長野さんであってもダージリンのあの姿には勝てないようね…貴重なデータだわ…」

 

なぁにこれぇ。

 

バタンと扉を閉めて深呼吸する。

 

おかしいな、扉を開けたらメイド服を着たダージリンの姿が見えたぞ。

 

何の超常現象だろう。

 

明らかにおかしい、異常事態だ。

 

俺の知ってるダージリンは、かなり格言淑女だが、あんなトンチキな格好で意味不明な事を言う人じゃなかった。

 

なんだろう俺、疲れてるのかな…。

 

「いやだわ長野さん、照れなくてもよろしいのに!さぁお入り下さいな!」

 

夢じゃなかったかぁ…。

 

メイド姿のダージリンという反応に困るのに背中を押されて部屋に入ると、目が死んでるアッサムさんとオレンジペコの姿が。

 

あぁ、俺の他にも犠牲者が居た。

 

「さぁお座りになって、今特製の紅茶を入れて差し上げますわ」

 

「…………宴会芸か何かかなアレ…」

 

「私達にもよく分からないんですが、何かに感化されたらしくて…」

 

「お恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません…」

 

ルンタッタと鼻歌を歌いながら紅茶を淹れに行くダージリンを見送り、オレンジペコとアッサムさんに問い掛けるが、どちらも戸惑っているらしく答えはない。

 

何がどうして何に感化されたらメイド服に辿り着くのだろう…いや、似合ってたけどさ…。

 

いつも優雅なダージリンからは想像出来ないハジケっぷりだ。

 

ダージリンと出会ったのは俺が戦車道卓上演習から身を引いた時だ。

 

OGのしでかした不始末の為に、謝罪を申し込まれ、渋々俺が受けたのが初めての対面だった。

 

当時既にダージリンの名前を世襲していた彼女は、優雅に、しかし卑屈になる事無くOGのやった事を謝罪し、その顛末を俺に告げた。

 

そして同時に聖グロ代表として感謝している事を伝え、是非今後も友好的な対話をと申し込まれた。

 

その際に、俺と友好を結べれば、OG会からの束縛から逃れられるかもしれない、それを狙っての友好の申し出だと正直に話された。

 

そんな彼女の姿に、俺は正しい戦車道乙女としての、気品と美学を持った淑女としての理想の姿を見た。

 

俺が戦車道から離れる一因になったOG達とは違う、正しい戦車道乙女としての姿。

 

彼女となら、理想的な信頼関係を築き、対話出来ると思った。

 

「お待たせしましたわ、ダージリン特製紅茶と、フィッシュ&チップスですわ!」

 

思ったんだけどなぁ……思ったんだけどなぁぁ…。

 

テーブルの上に置かれた、美味しそうな紅茶と、ギットギトのフィッシュ&チップス。

 

ここは日本なのに、なんで本場のフィッシュ&チップスを再現して持ってきちゃうかなぁ。

 

アッサムさんとかルクリリが歓待してくれた時は、ちゃんと日本風フィッシュ&チップスだったのになぁ…。

 

おかしいなぁ、不思議だなぁ…。

 

「あぁ、長野さんの眼が光りを失って…」

 

「見たくなかったわ、あの方のあんなお労しい姿…」

 

「さぁどうぞ、召し上がれ♪」

 

「い、頂きます……ぶぇふっ、おっふ…」

 

口に含んだ瞬間、洪水の様に溢れる油と魚の生臭さ。

 

おかしい、俺の知ってるフィッシュ&チップスじゃない…。

 

ルクリリの作ってくれたフィッシュ&チップスは、もっとシットリサクサクで、魚の旨味が味わえる料理だったのに…。

 

と言うか、紅茶にはスコーンじゃないのか、なんでトップバッターでフィッシュ&チップスが出てくるんだ、おかしいですよダージリンさん!

 

「………ゴフッ」

 

口直しに口にした紅茶、その高級な味とフィッシュ&チップスのアレな味が合わさって、口の中が絶妙にアレでアレなアレのアレになる。

 

率直に言えば、死ぬほどエグい。

 

水を、水をくれ、それが駄目なら顔を突っ込めるバケツをくれ…!

 

「マズいですよアッサム様、長野さんが死にそうな表情を浮かべてます…!」

 

「長野さんは食には強いこだわりがある御方、そんな御方に本場のフィッシュ&チップスをお出しするなんて…」

 

揚げたてなのにモッソモソしてて食べ難いこのポテト…なのに油だけはジュワジュワと噛む度に溢れてくる…。

 

洗い流そうと紅茶を口にすれば、紅茶の高級な味と油が合わさって口の中が大騒ぎである。

 

だ、だが、折角ダージリンが出してくれた料理を、食べ物を粗末にするのは俺の矜持が許さない…。

 

「えっふ……うぇっふ………」

 

「あぁ、完食するお積もりですよ長野さん…」

 

「出された食事を残すのは、彼の矜持が許さないのよ……素敵」

 

「アッサム様?」

 

「お、おほん…けれどこのままではマズいわオレンジペコ、こうなったらダージリンの暴挙を止めるわよ」

 

「ダージリン様のあの行動はもう暴挙なんですね…お供します」

 

何かアッサムさん達が言ってるが、料理を平らげるのに集中しているので頭に入ってこない。

 

今のうちに…ダージリンが次の料理を出そうと下がっている今のうちに処理しなければ…。

 

「お待たせしましたわ長野さん、ダージリン特製濃い口マーマイトたっぷりのトーストを…あら、ペコ、アッサム、どうして私の両手を持ち上げるの、長野さんにお料理がお出し出来ないわ、どうして引きずっていくの、ちょ、待って下さる、あの…」

 

なんか不穏な台詞が聞こえたが、顔を上げたらダージリンが両脇を抱えるオレンジペコとアッサムさんに連れられて隣の部屋に連行されていく姿だけが見えた。

 

今、マーマイトとか聞こえたんだが、まさかアレを出してくるなんて事はないよな…?

 

流石の俺でも、アレは無理だぞ…?

 

「うっぷす…」

 

何とか食べ終え、少し冷めた紅茶を啜っていたら、後ろに人の気配が。

 

「長野さん、おかわりの紅茶は如何ですか?」

 

「オレンジペコ…その格好は…」

 

「一応私達の分も用意していたそうで…ダージリン様に…」

 

メイド服姿のオレンジペコが居た。

 

似合ってるけど…似合ってるけど。

 

知り合いの子のこういう姿を見るのは、妙な気分になる…。

 

「どうぞ、おかわりの紅茶です」

 

「ありがとう…ふぅ、やっと口の中が落ち着いてきた…」

 

「油ものが続いて申し訳ないですが、スコーンでお口直しをどうぞ」

 

そう言って、こちらもメイド服に着替えたアッサムさんが、美味しそうなスコーンを出してくれた。

 

良かった、スコーンなら例え本場のでも食べられる…。

 

今日のお茶会の為に用意していたらしく、アッサムさん手作りのスコーンは大変美味だった。

 

先陣をきってきたフィッシュ&チップスが嘘のようだ、本来の正しいお茶会の姿にちょっと感動する。

 

「しかし、ダージリンは何でまたあんな格好を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と長野さんが出会ったのは、私がダージリンの名前を襲名が決定した時。

 

OG会のメンバーの1人が発起人となり、大多数のOG会の人間が関わった聖グロリアーナの悪夢。

 

その罪の清算の為。

 

私がダージリンの名前を継ぐ為に申し付けられた、重要な任務。

 

それに成功した時、私は正式にダージリンを名乗れる様になる。

 

相手はあの魔王、長野叢真。

 

盤上のプリンス・卓上の帝王・戦場の魔術師、数々の異名を持つ彼の最新の渾名は非道の魔王。

 

戦車道のセオリーや暗黙の了解、それらを一切合切無視して効率と確実さを最大限に求めた、敵対するものに圧倒的な恐怖を与えるその恐ろしいまでに冷酷な手腕。

 

戦車道は戦争ではない、礼と伝統を重んじる武道だと非難した人に、彼は笑ってこう答えた。

 

「嫌がる相手を無理矢理に引きずり出す様な人間を、俺は戦車道乙女とは認めない」

 

その迫力と言葉に含まれる怒りに、誰もが反論を飲み込んだ。

 

卓上演習で収まっていた彼を、無理矢理に引き摺り出したのは彼に負けたOG達。

 

彼の怒りの結末は、試合を行った学校における戦車道の一時的な停滞と、OG達からの開放。

 

我が聖グロリアーナでも、一時的に全ての対外試合を断る程にダメージを受けた。

 

けれど、そのおかげで聖グロリアーナ現役生徒の悩みであったOG会からの口出しが弱まった。

 

我が聖グロリアーナは、卒業生で構成されるOG会が多大な影響力を持つ。

 

その影響は学園艦の運営にまで及び、戦車道でも使用する戦車に大幅な制限が掛けられている。

 

時には試合にまで口出しし、特に全国大会の試合では必ずと言っていい程、余計な口出しが来る。

 

現場に居るわけでもない人間からの口出しに足を取られ、聖グロリアーナは優勝の経験が無い。

 

そんなOG会からの呪縛を、少しとは言え解いてくれたのが長野叢真という魔王。

 

魔王に呪いを解いてもらうなんて、何という皮肉。

 

けれど、現役生徒達が感謝しているのは事実。

 

そして私にこの任務を与えた当時の隊長は言った、彼と友好を結べれば、OG会の支配からの脱却が出来るかもしれないと。

 

OG会にとって、魔王は恥と罪の象徴。

 

まだ中学生だった彼を、無理矢理実戦試合に連れ出す為、その為にOG会といういい歳した大人が寄って集って署名を集めて連盟を無理矢理動かし、彼を引きずり出した。

 

その結果は、OG達の全敗、継続、プラウダに負けたのなら兎も角、衰退の一途を辿っていたアンツィオに負けてしまった聖グロリアーナとOG会は、その名前に泥を塗った形になる。

 

おまけに事の次第と顛末をマスコミに報じられた為、OG会は大きく衰退する事になった。

 

それはそうでしょう、いい歳した大人が、子供を無理矢理戦わせ、挙げ句負けたのだから。

 

発起人であり、実際に試合を行ったOGは、心が折れたらしく、OG会からも姿を消したと言う。

 

頻繁に口出しをするOGだったので、現役生徒達からは感謝されたけれど。

 

兎も角、そんな魔王と友好を結ぶと言う大役を任された私。

 

まぁ、当時の隊長は失敗したら私ごと切り捨てる算段だったのでしょうけど。

 

申し出は意外にもすんなり受け入れられ、彼は聖グロリアーナへと降り立った。

 

「長野叢真です…初めまして」

 

そう言って頭を下げるのは、美麗な容姿に、寂しげな瞳をした、純粋そうな男の子だった。

 

信じられなかった、聖グロリアーナOG会の恐怖の代名詞であり、魔王と呼ばれる人物にしては、あまりにも純朴。

 

歓迎のお茶会でも、彼はどこか居心地が悪そうにして、終始俯いていた。

 

それを見ていて理解した、彼は、魔王は、何処にでもいるような普通の少年なのだと。

 

けれど、その才覚が普通でいる事を許さず、そして周りの嫉妬が、彼を魔王へと変貌させたのだと。

 

「……美味しい、初めてこんな美味しい紅茶を飲みました」

 

私の淹れた紅茶を、初めて笑みを浮かべて飲む少年の姿。

 

これが魔王の本当の姿。

 

OG会が余計な事をしなければ、魔王に成らずに済んだ、少年の姿。

 

それを見て、私は下手な小細工や、口先の話術で彼を弄するのは止めることにした。

 

正直に、OG会のやった事の謝罪とOGの顛末、友好を結びたいその目的を話した。

 

付き人として同席していたアッサム、当時はまだアッサムではなかったけれど、彼女が止めようとするのも構わず、全部正直に話した。

 

怒られると思っていた、紅茶を頭から掛けられる事も覚悟していた。

 

けれど、彼の反応は1番予想外だった。

 

「その正直な所、俺は好ましいです。変に利用されるよりは、正直に言われた方がずっといい。それに、利用されるだけの価値がこの紅茶にはありますからね」

 

そう言って、彼は紅茶を飲んで微笑んだ。

 

後日、彼にどうしてあんな申し出で友好を結んでくれたのかと訪ねた。

 

彼は言った、「ダージリンさんに、本当の騎士道精神と、戦車道乙女としての正しい姿を見たから」と…。

 

自分でも顔が赤くなるのが分かった。

 

あんな、脳髄が蕩けるような声で、真っ直ぐに言葉を告げられたら、誰だってそうなる。

 

それから、彼との友好の関係が始まった。

 

彼と友好を結んだ事で、聖グロリアーナ戦車道の中で私の地位は確固とした物になり、OG会からの束縛も狙い通り軽減された。

 

口出しをされても、彼の事を持ち出せば黙る。

 

どうしてそこまでOG会が彼のことを恐れるのかと思えば、聖グロリアーナの悪夢の際に、彼が言い放ったからだ。

 

「さぁ次の相手は誰だ?皆俺が邪魔なんだろう?なら誰でも良いから立て、立って俺に向かって来い。丁寧に、効率的に、確実に、プライドも、矜持も、尊厳も、全て粉々にして……埋めてやる」

 

対戦したOGがどうなったかを知っているOG会は、誰も彼の顔を見ることが出来ずに、黙りこんだそうな。

 

それはそうでしょう、OG会の1番の実力者が、あんな無残な姿を晒したのだから。

 

あの時は頭に血が上ってて言い過ぎちゃいましたよと照れ臭そうに笑う今の彼からは想像も出来ないけれど。

 

友好を結んだ証に、彼は頻繁に聖グロリアーナへと訪れてくれた。

 

戦車道の事を語り合ったり、格言や名言を教えあったり…。

 

夢のような時間だった。

 

けれどその時間は長くは続かなかった。

 

彼がストーカーに襲われ、傷心し、戦車道からも完全に離れてしまった。

 

それからは、聖グロリアーナへと訪れる事も減り、戦車道の試合観戦にも来てくれなくなった。

 

カチューシャやノンナ達の協力があれば、なんとか来てくれるけれど。

 

彼との楽しい時間は、確実に減っていた。

 

けれど、大洗が…みほさんが、彼を戦車道へと戻してくれた。

 

久しぶりに会った彼は、何故か瓶底眼鏡で顔を隠していたけれど、元気そうにしていた。

 

そして初心者だらけの大洗を精神的支柱として支え、みほさんの頑張りも合わさって、全国大会優勝を勝ち取った。

 

きっと、みほさんのあの対戦相手とも仲良くなれる不思議な空気が、彼を癒やしたのだろう。

 

……それを思うと、ちょっと…いえ、かなり悔しい。

 

彼を癒やすのは、友好を結んだ自分だと思っていたから。

 

みほさんに先手を取られて悔しいけれど、それで諦めるような私ではない。

 

大洗学園が優勝し、その祝勝も兼ねてのお茶会に誘ったら、予定を前倒しして来艦してくれた。

 

これは気合を入れておもてなししなくては…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、こんなトンチキな事を始めたんですね…ダージリン様…」

 

「あら、何か間違ったかしら?」

 

「普通、知り合いが突然メイド服で出迎えたりしたら、唖然としますよ…」

 

ペコが苦笑いし、アッサムが頭を抱えている。

 

おかしいわね、書物では殿方はメイド服が大好きとあったのに…。

 

私には似合わなかったのかしら?

 

「そういう問題じゃないです…あと何でいきなりフィッシュ&チップスをお出しするんですか、長野さん面食らってましたよ…」

 

「ルクリリが以前お出ししたフィッシュ&チップスを美味しそうに食べていたから、てっきり好物かと思って…」

 

「あれはルクリリのだからですよ、本場のを出したら誰だってあぁなります…」

 

ルクリリったら、いつの間に彼の好みを掴んでいたのかしら…。

 

仕方がないわ、こうなったら私特製の…

 

「この、うなぎゼリーで!」

 

「「やめてください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シリアスな空気を全て吹き飛ばす、ダージリン様のメイド服姿が見れるのはガールズ&パンツァーもっとらぶらぶ作戦です!だけ!(´・ω・`)


今すぐ書店にGo!!(´・ω・`)9m




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せんとグロリアーナのに

こんな言葉をご存知?(´・ω・`)


らんらんがデレる(´・ω・`)



らんデレ(´・ω・`)



v(´・ω・`)vどやぁ










 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「お疲れ様ー!」」」

 

ガチャリとジョッキ同士が打つかる音が響き、黄金の液体と白い泡が踊る。

 

お疲れ様と口にした口にそれを勢いよく持っていき、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干していく。

 

「ぷはーっ、練習の後はこれよねー!」

 

三分の一を飲み干した眼鏡の女性…ルミが口元に付いた泡を手で拭いながら楽しそうに声を上げる。

 

「それは同意だけど、ちょっと親父臭いわよルミ」

 

「硬いこと言いっこなしだってメグミ、この為に生きてるってもんでしょ実際」

 

「年頃の女とは思えない台詞ねそれ…」

 

苦言を呈するメグミだが、ルミはその言葉をサラリと流してケラケラと笑う。

 

「まぁ、大学選抜に選ばれて毎日充実してるし、練習後のお酒は美味しいし」

 

「これで後は出会いがあればねぇ……」

 

「それは言わないのが花よルミ」

 

最後の1人、色気を振りまくアズミの言葉に、急にテンションを下げて呟くルミ。

 

戦車道を長く続けていると誰もがぶつかる壁、出会いの少なさ。

 

何せ戦車道は女性の武道だ、選手も関係者も殆どが女性である。

 

高校生まではまだいい、だが大学生にもなるとそろそろ本気で出会いの無さを悩み始める。

 

このまま行くと、出会いが無いと嘆くどこかの審判団のようになってしまう。

 

合コンなどを画策するのだが、戦車道の選手というのは下手な武術の選手より力強く逞しい。

 

鋼鉄の獣を乗りこなす選手達を、一般男性はかなり距離を取って見てくるのだ。

 

そのため、出会いの少なさも合わさって異性に飢えている女性が多いのが大学以降の戦車道である。

 

「あ~~~、やっぱりあの時ツバ付けとくんだったぁ…長野く~ん…」

 

テーブルに突っ伏して恋しげにここには居ない青年の名前を呟くルミ。

 

「またそれ?良いわよねルミは、長野君の指揮下で戦えたんだから。私なんて敵だったのよ?」

 

グビリとビールを口にしながら肩を竦めるメグミ。

 

「全く縁のない私の前でそれ言えるの?」

 

こちらもビールを飲みながら嘆息するアズミ。

 

「いやー、今思い出しても背筋がゾクゾクするわ、怖い位に整った顔と、冷酷な瞳…いっそ残酷なまでの作戦と淡々と敵を屠り、その戦果を手放しで褒め称えてくれるカリスマ性…隊長とは違う魅力があったわー…」

 

「その魔王に淡々と殲滅された私に一言」

 

「ご愁傷さま」

 

思い出してうっとりとしているルミと、ジト目のメグミに、アズミがメグミの肩を叩きながら慰めの言葉を口にした。

 

「凄かったんだよぉ?マジノ女学院の車両を1両1両丁寧に誘い込んで、確実に仕留めていく手腕。相手が作戦を変更しても直ぐにそれに対処して淡々と獲物を狩るみたいに追い詰めていくんだから~」

 

「相手にしてみればとんでもない恐怖よね、仲間が1両また1両と消えていくんだから」

 

「しかも全部ゲリラ戦でまともに戦ってあげなかったんでしょう?マジノ女学院側の指揮官には同情はしないけど、戦わされた生徒は可哀想ね」

 

たった一度の試合を思い出して楽しそうにしているルミに、焼き鳥を頬張りながら肩を竦めるメグミ、枝豆を摘みながら巻き込まれた側の生徒に同情するアズミ。

 

「最後に一応撃ち合ったけど、ほぼ一方的だったからねぇ、しかも言われた通りの場所に榴弾を撃ち込むだけの簡単なお仕事」

 

「後は崖が崩れて試合終了、魔王長野の有名な戦法よね」

 

「被害が大規模過ぎて、連盟が禁止しちゃう位ですものねぇ…」

 

「恐ろしいのがそれを可能にする才覚だよ、前日に雨が降っていた事なんかを計算に入れて、地図を見ただけで崩すポイントを導き出したのよ?あとは数を擦り減らして相手をその場所に追い込んで一網打尽。一方的過ぎる戦果を見て、長野くんどうしたと思う?」

 

「自画自賛したとか?」

 

「『やはり貴女達は最高だ、卓越している』ってアタシ達の事を称賛して、笑ったのよ」

 

「あら、謙虚なのね」

 

「その時の長野くん、戦車の上で腕を組んでたんだけど、崩れた崖を見下ろしながら、こう、ニィィィ…って冷たく笑ったのよ…もう、ゾクゾクしちゃったわぁ…」

 

「本当に魔王ね…その魔王に磨り潰された私の気持ちが分かる?ねぇ分かる?」

 

「はいはい、怖かったわねぇ~よしよし」

 

思い出して背筋を震わせるルミに対して、やさぐれているメグミ、そんな彼女の頭を撫でて慰めるアズミ。

 

「隊長に同じことが出来ますかって聞いたら、時間をかけて下準備をすれば可能とだけ言われたわ」

 

「長野君の恐ろしさは、それを即興で思いついて実行する行動力と決定力よね…」

 

「変幻自在な作戦対応力と型に嵌まらない作戦立案力、加えてあのルックスとなれば、そりゃ周りが放っておかないわよねぇ…本人は迷惑だったんでしょうけど」

 

「ストーカーに襲われたせいで戦車道から離れて所在不明になっちゃって…アタシが側に居れば守ってあげられたのに!そしてそのままめくるめく大人の関係に…!」

 

「「妄想乙」」

 

「なによー!ちょっとくらい良いじゃない、貴重な戦車道に理解のある男子よ!?縁があったらそれを取っ掛かりに関係を進めたいと思うじゃない!」

 

「相手は年下よ?年齢考えなさいよ」

 

「年下と言ってもそんなに離れてないじゃない、今頃確か高校生の筈だし許容範囲よ許容範囲!」

 

「長野くん本人が年上を許容範囲にしてくれれば良いわね」

 

「ぐふっ…」

 

アズミの言葉に胸を抑えてテーブルに突っ伏すルミ。

 

何時の時代も、女性の年齢問題は鬼門だ。

 

「その長野君だけど、最近また戦車道に関わる様になったらしいわね」

 

「え、嘘!?初耳なんだけど!」

 

「あぁ、あの記事ね。どこかの無名高校の監督として戦車道に復帰して、見事優勝に導いたって書いてあったわね」

 

「そうなのよ、サンダースが1回戦敗退したって聞いて驚いたら、その長野君が居る学校が相手だったのよ、驚いちゃったわ」

 

長野君が居ることを知ったのはその学校が優勝してからだけど、と補足してキムチを頬張るメグミ。

 

全然知らなかったルミは、頬を膨らませてテーブルを叩いた。

 

「なんでそんな無名校に居るのよー、どうせなら縁があるウチの母校に来てくれればいいのに…!」

 

「ウチの母校も今の隊長が熱心に誘ったらしいけど来てくれなかったのよね、どうやってその無名校は長野君を戦車道に戻したのかしら」

 

「案外脅迫だったりして…」

 

「まっさかー、そんな恐ろしい真似長野くんの事知ってたら出来ないって」

 

どんな報復が待ってるか分かったもんじゃないと爆笑するルミとメグミ。

 

冗談で口にしたアズミもそうよねーと笑う。

 

まさか本当に脅迫されてとは誰も思うまい。

 

お酒とツマミの追加を注文し、運ばれてきたビールを口にする3人。

 

「そう言えば、その無名校の優勝記事を隊長が熱心に見ていたわね」

 

「高校の大会でしょう?無名校が勝った物珍しさからじゃないの」

 

「長野くんの事を見ていたのかもしれないわね、噂だけど、島田流家元が長野くんを手に入れる事を画策していたって話だし…」

 

メグミの言葉にタコの唐揚げを齧りながら答えるルミ、そこに声を潜ませてアズミが自分達のボスとも言える大学戦車道連盟の理事長の話題を出す。

 

島田流があの長野叢真を取り込もうとしている。

 

「……否定できない」

 

「島田流と長野君のやり方、似てるものね…長野君の方は島田流よりもっと破天荒と言うか奇抜と言うか、型のない戦い方するけど」

 

「戦車道のセオリーも暗黙の了解も全部無視したやり方だものねぇ…けど、独学でそれが可能な程の才覚なら欲しがるでしょうね、家元なら…」

 

沈痛な表情になるルミ、自分達が学ぶ島田流と似た面が多い長野叢真のやり方を思い出して頷くメグミ、あの家元なら…と否定出来ないアズミ。

 

謎の沈黙が3人が座るテーブルに訪れる。

 

「そうなると、隊長が長野くんと…?」

 

「だ、駄目よ、隊長はまだ13歳なのよ!?そんなのお姉さん許しません!」

 

「なんでメグミが姉面してるのよ…」

 

「そうだよ、ここは1つ既に大人な私が長野くんと…!」

 

「長野くんが年増を選んでくれるといいわね…」

 

「なにをー!?アズミも年同じでしょうが!?」

 

ギャーギャーと騒がしいテーブル、今夜も酔っ払いの時間は過ぎて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ジョキ…ジョキ…ジョキ…――――

 

暗い部屋の中、月明かりに照らされた部屋で、静かにハサミの音だけが響いていた。

 

「………………」

 

部屋の主は、無言で手にした雑誌から、一枚の写真を切り抜いていく。

 

――――ジョキ…ジョキ…ジョキ…――――

 

記事から写真を切り抜き、更にその写真を切り抜いていく。

 

ぱさりと床に落ちた写真には、戦車の上に集合して写真に写る少女達の姿。

 

その中央で、本来写っている筈の青年の姿が、綺麗に切り取られていた。

 

「………………」

 

床に落ちた写真には目もくれず、切り抜かれた青年の写真。

 

それを窓から差し込む月明かりにかざし、部屋の主は小さく微笑んだ。

 

「……………お兄ちゃん…」

 

小さくこぼれた言葉に含まれた感情は、聞くものが居ない為に誰にも分からなかった。

 

ただ、ベッド脇の人形たちだけが、その光景を静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナの場合2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………あぁ、聖グロかここ…」

 

寝ぼけ眼で見覚えのない天井を暫く眺め、自分が聖グロに泊まった事を思い出す。

 

流石のお嬢様学校、客人用の宿舎まであるのだから羨ましい限りだ。

 

昨日は結局最後までメイド服姿のダージリン達の歓待を受け、精神的に疲れた状態で客室に通された。

 

夕食に出された……何故だろう、夕食のことを思い出そうとすると頭痛がする。

 

魚…パイ…うっ、頭がッ!

 

「目が…魚と目が…目が合って…」

 

あぁ、パイに、パイに!

 

…イア…イア…

 

――――コンコン――――

 

「クトゥル…ハッ!?ど、どうぞ」

 

何かを口にしかけ、扉をノックする音で正気に戻る。

 

なんだったのだろう、名状しがたいあの感覚は…。

 

「失礼します。おはようございます長野様」

 

扉を開けて入ってきたのはルクリリだった。

 

良い匂いのするカートを押して部屋に入ってくる。

 

「朝食をお持ちしました」

 

「ありがとう、頂くよ」

 

一瞬食事という行為に拒絶反応が出るが、持ってきてくれたのはルクリリだ。

 

まさか、そんな、大丈夫だよなと平静を装いながら胸を抑える。

 

脳裏にこちらを見る大量の魚の頭が過る、胃の辺りがグルグルする謎の感覚。

 

「大した物は用意できませんでしたが…」

 

そう言って照れ臭そうに朝食を並べてくれるルクリリ。

 

どれもこれも丁寧に作られた、美味しそうな朝食だった。

 

ルクリリ、結婚してくれ。

 

…違う、そうじゃないだろ俺。

 

疲れてるのだろうか、美味しそうな手料理とそれを用意してくれたルクリリの微笑みに思わず心の中で求婚していた。

 

「頂きます……うん、美味い」

 

口にして自然と感想が出てくる、特別美味しい訳ではないが、丁寧に作られた優しい味だった。

 

俺の言葉にパァァ…と笑顔になるルクリリ、可愛い。

 

ペパロニといいルクリリといい、料理を褒めると喜んでくれる女性はとても可愛らしく見える。

 

……料理が出来る女性に飢えているのだろうか?

 

「ルクリリは良いお嫁さんになるな…」

 

あれ、これセクハラになるのだろうか…?

 

「お、お戯れを……(///」

 

嬉しそうなので良いか。

 

イギリス料理とは思えない美味しい朝食を頂き、食後の紅茶を口にする。

 

「ダージリン様やオレンジペコほどの腕ではありませんが…」

 

「いや、十分美味しいよルクリリ」

 

そんな上等な舌をしている訳ではない、ルクリリが淹れてくれた紅茶も十分美味しかった。

 

まったりとした、昨日の騒動が嘘のような緩やかな時間を味わっていると、廊下をドドドドと走ってくる音が耳に入る。

 

「あの子はまた…!」

 

ルクリリが頭を抱える、彼女がこんな反応をすると言うことは…。

 

「おはようございますですわー!」

 

バーンと扉を開いてローズヒップが入ってきた、今日も元気そうだね君。

 

「ローズヒップ!お客様のお部屋に入るのにノックもせずにいきなり開くのがあるか!」

 

「も、申し訳ありませんですわルクリリさま!ではもう一度…!」

 

「いいさルクリリ、おはようローズヒップ」

 

「おはようございますですわ長野さま!先程は失礼しましたですの!」

 

うん、元気で良い子だな、もうちょっと落ち着きがあれば最高なんだけど。

 

まぁこれも彼女の美点なんだろう、ダージリンが重用しているんだし。

 

…アッサムさん辺りは頭を抱えてそうだけど。

 

「本日のご予定は、戦車道の紅白試合の指揮監督とお勉強会の講師となっておりますわ!」

 

………そう言えば昨日そんな事を言われたな。

 

夕食時だったので記憶ごと封印してたみたいだけど…。

 

うなぎ……ゼリー……うっ、頭が…!

 

「如何なさいました長野様?」

 

「お調子が悪いんですのっ?」

 

「いや、何か忘れていた方が良い事を思い出しそうになっただけだ…よし、着替えるから少し待っていて貰えるか」

 

「はい」

 

「お手伝いしますの!…あら、ルクリリさま、なんで私の襟を掴むんですの、お手伝いが出来ませんわ、出来ませんわー!?」

 

手伝う気満々のローズヒップはルクリリに引き摺られて部屋を出ていった。

 

元気が良いのも考えものだなぁ…。

 

ウチの1年生達とかアンツィオの子達とか…。

 

寝巻き代わりの服から制服に着替えを済ませる。

 

一応連盟からの依頼という形で各学園艦を巡るので、基本的に制服だ。

 

おかげで何処の生徒だろうと視線が集まる、前までは私服で訪れてたからなぁ。

 

着替え終わり、部屋を出ると廊下の壁沿いに並んで立つルクリリとローズヒップ。

 

「お待たせ、行こうか」

 

「はい」

 

「ちょっぱやでご案内しますわ―――ぐぇっ!」

 

早速走り出そうとしたローズヒップの襟をルクリリが素早く掴んで止める。

 

遂に実力行使に出たかルクリリ…。

 

その後、走り出そうとしてウズウズしているローズヒップと、襟を掴んで制御するルクリリと言う、やんちゃ犬の散歩をするような光景を見ながら聖グロの戦車道倉庫へと辿り着く。

 

流石聖グロ、大洗の3倍はありそうな戦車倉庫だ。

 

「おはようございます長野さん」

 

「おはようございますダージリン……良かったメイドじゃない…」

 

「何かしら?」

 

「いえ何でも」

 

優雅に紅茶を飲んで待っていたダージリン、その服装は聖グロのパンツァージャケット。

 

良かった、メイド姿のダージリンは居なかったんだね…。

 

「おはようございます長野さん、こちらをどうぞ」

 

「おはようオレンジペコ。……これは?」

 

挨拶と共に俺に赤い物を差し出すオレンジペコ、受け取ってみるとそれは服だった。

 

「我が聖グロリアーナ伝統のタンクジャケット、その男性用ですわ。デザイナーに特注した長野さん専用ですけど」

 

「わざわざ作ったんですか…」

 

パンツァージャケットって高いのに…しかも特注。

 

と言うかサイズとかどうやって調べたのだろうか…?

 

「………………(ニコ」

 

顔を上げるとニッコリ笑うアッサムさんが居た。

 

貴女ですね間違いない。

 

案内された更衣室で着替える、着慣れないが…ピッタリなのが怖い。

 

「まぁ、想像以上に似合ってますわね、このままウチの生徒になっても問題ない位に」

 

「外堀埋めにかからないで貰えます?」

 

油断ならない、流石ダージリン、さすダジ。

 

紅白戦を行う事になり、俺はルクリリ・ローズヒップを有する紅組。

 

ダージリンが白組の指揮をする事になった。

 

ズルいなダージリン、自分はちゃっかりチャーチルなんだから。

 

さぁて、マチルダⅡとクルセイダーでどこまでやれるか…。

 

あんまり奇抜な事をするとダージリンにうちの子に野蛮な事を教えないで下さいましと怒られるからなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルクリリ、側面に回れ。ローズヒップ、出番だ、暴れてこい!」

 

『了解しました!』

 

『了解ですわー!リミッター外しちゃいますわよー!!』

 

堅実な戦い方が得意なルクリリを主軸に、暴れ馬なローズヒップを好きなだけ暴れさせる。

 

彼女は下手に制御するより好きにさせた方が良い戦果を上げる。

 

まぁ、暴れ過ぎて自爆したが。

 

「チェックメイトだ、ダージリン」

 

如何に堅牢なチャーチルとはいえ、同じ場所に連続で当てられたら撃破判定が出る。

 

みほちゃんが練習試合で狙った手である。

 

『ローズヒップに気を取られ過ぎましたわね…まさか無制御で好きなだけ暴れさせるだなんて…』

 

『ごめんなさい長野さま、突っ込んで行動不能になっちゃいましたですの!』

 

「いや、良くやったローズヒップ、ルクリリも流石だ」

 

『ありがとうございます長野様』

 

ルクリリが味方で良かった、ローズヒップだけならこうはいかなかっただろうし、逆でも危なかっただろう。

 

『丁度いい時間ですわね、反省会ついでにお茶会にしましょう』

 

ダージリンの言葉に反応してお茶会の準備を素早く整える聖グロの生徒達。

 

この辺りの統率と熱意は見習いたい。

 

お茶会をしながらの反省会。

 

ダージリンの敗因は、ローズヒップの意外性を侮った事。

 

そして堅牢な戦い方を得意とするルクリリが、大胆に攻めた事に反応出来なかった事だろうか。

 

普段は理性的な戦い方をするルクリリだが、彼女は結構頭に血が上りやすい。

 

淑女という姿の内に闘志を秘めたのがルクリリという少女だ。

 

「ほんと、長野さんは人を使うのがお上手ね」

 

「ダージリンの人心掌握には敵いませんよ」

 

「データではこちらの方が有利でしたのに…まさかチャーチルの砲身に自ら突っ込んでくるとは、ローズヒップの行動力を甘く見てましたね…」

 

パソコンを膝の上に置いて頭を抱えるアッサムさん。

 

ローズヒップやペパロニみたいなタイプは下手に考えさせるより、好きなだけ暴れさせた方が意外な戦果を上げるものだ。

 

勿論、ある程度どんな動きをするか見定める必要はあるが。

 

失敗すると道連れ全滅の可能性があるので、慣れない人にはお勧め出来ない。

 

俺?俺はほら…アンツィオで慣れてるから…。

 

やっぱりローズヒップはアンツィオの子だろう、あそこから誘拐してきたんじゃないでしょうねダージリン…。

 

「こんな格言をご存知?」

 

また今度で良いです。

 

ダージリンの格言をのらりくらりと避けてオレンジペコに後処理を頼み、紅組になった生徒達を1人1人労う。

 

「長野さまは好きなだけ走らせてくれるから大好きですわー!」

 

「こらローズヒップ!失礼だろう!」

 

「ははは…」

 

ローズヒップを褒めたら飛び付かれた、本当に聖グロの生徒とは思えない。

 

だが行動力と突破力に優れた彼女が居れば、聖グロの戦い方の幅が増える。

 

これは強敵が増えたな…後でみほちゃんに教えなくては。

 

その後、昼食を聖グロの食堂で頂き、中庭で食後のお茶を頂く。

 

本当に紅茶を欠かさない生活だな聖グロ…。

 

「すぴー…すぴー……ですわぁ…」

 

「全くこの子は…申し訳ありません長野様…」

 

「いいさ、今日は頑張ってくれたからな」

 

中庭の木陰で、ローズヒップを膝枕してあげながら何度も頭を下げるルクリリに笑顔を返す。

 

紅茶を飲みながらうつらうつらしていたと思ったら、ぽすんと俺の膝に倒れ込んできたローズヒップ。

 

ルクリリが慌てて起こそうとしたが、あまりにも気持ち良さそうに寝ているのでそのまま寝かせる事にした。

 

冷泉さんとか阪口とかで慣れてるのであまり気にならない。

 

冷泉さんは隙あらば俺の膝で寝ようとするし、阪口は突然電池切れになって寝てしまう。

 

最初は武部さんや山郷に渡していたが、もう最近では慣れてしまった。

 

男の膝なんかで寝て気持ちいいのかどうか分からないが、まぁ重くもないし。

 

ただ問題があるとすれば…。

 

「この視線だけは慣れないな…」

 

「長野様は目立ちますから…」

 

聖グロの中庭だけあって、かなりの数の生徒の視線がある。

 

主にダージリンのせいで、俺は妙な認知度があるからな…。

 

アンツィオみたいに学園艦全体で有名という訳ではないが、聖グロの憧れのお姉様であるダージリンが親しい男という事でかなり注目される。

 

そのダージリンは午後の準備の為に食堂から去ったが、何の準備なのか…。

 

勉強会とか言っていたが…作戦指揮の勉強とかだろうか。

 

「そろそろ時間か…起きろローズヒップ、時間だぞ」

 

「むにゃ……はむっ」

 

膝の上のローズヒップを起こそうとしたら、肩を揺らした手に噛みつかれたでござる。

 

「こらローズヒップ!なんて事を…!」

 

「甘噛だから痛くないが…凄い反応速度だな…」

 

「ほれはわたふひのふぇんたっひーでふわー…あむあむ…」

 

誰がカーネル軍曹のチキンか。

 

「起きないかローズヒップ!」

 

「あいたぁっ!?な、なんですの、頭が、頭が殴られたように痛いですの!?」

 

ルクリリの拳骨が落ちた。

 

うん、やっぱりルクリリは血が上りやすいね…。

 

起きたローズヒップと、ガミガミと注意するルクリリを連れて、午前中に言われた講堂を目指す。

 

いつものお茶会の部屋や戦車道の倉庫とかじゃなくて講堂か…初めて入るな。

 

「こちらが大講堂です」

 

ルクリリが重厚な扉を開く。

 

中には聖グロの戦車道の選手たち…よりも多くない?

 

なんか軽く数百人が居るんだけど…?

 

あれここサンダースだっけ?聖グロの戦車道選手ってこんなに居たっけ?

 

「お待ちしてましたわ長野さん」

 

「ダージリン……ちょ、なんで腕を組むんですか」

 

いきなりダージリンに腕を組まれた、しかも両手でガッシリと、まるで俺を逃さないと言わんばかりに。

 

「こちらへどうぞ、長野さん」

 

「アッサムさん!?ちょ、腕を…腕を離してくれません…!?」

 

左手をアッサムさんに掴まれ、こちらもガッシリと組まれた。

 

「すみません長野さん……えいっ」

 

「オレンジペコぉぉぉ…!?」

 

顔を真赤にしたオレンジペコに正面から抱き着かれた、あれ、君こんな事する子だったっけ…!?

 

澤君と同じで聖グロの安全弁だと思ってたのに…!

 

「楽しそうですわー!」

 

ぐふっ。

 

背中にローズヒップが突撃してきた。

 

なんだこの聖グロ包囲網。

 

あぁ、周りの生徒達の視線が痛い、めっちゃ注目されてる…!

 

る、ルクリリ、助けてくれ、君だけが頼りだ…!

 

「し、失礼します長野様…」

 

ローズヒップの隣にルクリリが入ってきた。

 

ルクリリ!?信じてたのにルクリリ!?

 

「長野さん、あちらを御覧なさい?」

 

「いやそんな事より離れて………は?」

 

ダージリンが示した先には、本日の授業内容と書かれた張り紙。

 

そこには「教材:仮面ライダー対仮面ライダー~友情のトリプルライダー~」と書かれていた。

 

どういうことなの…?

 

「先日放送されたあの特別番組、戦車道に大切な事やとても素晴らしい人生論などが子供にも分かりやすく織り込まれた素晴らしい作品でしたわ。そこで、あの番組を教材に、お勉強会を開いてますの」

 

ぱーどぅん?

 

「最初は子供向け番組だと馬鹿にしていた人も多かったけれど、視聴する内に夢中になった子が多くて、今回はこんな大人数になりましたわ。これも出演した長野さんのお力かしら?」

 

え、待って、え…?

 

あの番組を使って勉強会…?

 

今回は…?

 

それって…。

 

「本日で3回目ですの」

 

さんかい…さんかいもしちょうされてる…?

 

うそだろう…。

 

こんな大勢に…?

 

「さ、こちらにお座りになって?視聴後に解説や質疑応答がございますの」

 

そう言って、巨大プロジェクターの真ん前に座らされる。

 

周りには、俺を見つめる何百という目。

 

こんな状態で、あの番組を見ろと…?

 

しかも終わったら解説や質問に答えろと…?

 

なんだその拷問。

 

「逃げようだなんて思わないで下さいまし?まだまだ長野さんには我が聖グロリアーナでめくるめく夢の時間を過ごして頂きますから」

 

夢は夢でも悪夢ですぞダジ殿。

 

両手はそれぞれ隣に座るダージリンとアッサムさんに掴まれ、前には巨大なテーブル。

 

周りにはオレンジペコ、ローズヒップ、ルクリリ。

 

…………うん、逃げよう。

 

「ダージリン…」

 

「はい?」

 

「俺、旅に出ようと思うんだ」

 

「……逃しませんわよ?」

 

そう言ってギュッと手を握るダージリンとアッサムさん。

 

これだけはやりたくなかったが仕方がない…。

 

コチョコチョ

 

「ひゃんっ!」

 

「やんっ!?」

 

腰の横辺りを擽られた2人が一瞬ビクンと反応し、手の力が緩む。

 

その隙きに一気に腕を引き抜くと、椅子ごと後ろに倒れる。

 

頭を上げながら受け身を取りつつそのまま後転、お茶会包囲網から脱出。

 

「お邪魔しましたッ!」

 

「っ、ローズヒップ!」

 

「合点承知ですわーっ!」

 

ダージリンの言葉に反応したローズヒップが飛び付いてくる。

 

「さようならッ!」

 

「ちょ、あららららららららっ!?」

 

腰にしがみついたローズヒップをそのままに全速力で騒然とする講堂を駆け抜け、扉から飛び出す。

 

こんな羞恥拷問に耐えられるか、俺は聖グロを出るぞジョジョ!

 

……ジョジョって誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げられてしまいましたわね…流石長野さん、ローズヒップがくっついたままであのスピードだなんて」

 

「まさかあんな悪戯をしてくるなんて…以前の長野さんなら恥ずかしがって絶対に自分からは女性に触るなんて事しなかったのに…」

 

「大洗で、何か気持ちの変化でもあったのでしょう……意外とテクニシャンですのね…」

 

「やはり、勝手に番組を教材にするのは良くなかったのでは…長野さん死んだ目をしてましたよ…」

 

「だって、折角長野さんが出演なさった番組なのよ?より多くの人に見て知ってもらいたいと思うのは自然な事でしょうペコ?」

 

「はぁ…自慢したかったんですね…」

 

「ダージリンさま~、逃げられてしまったですのー」

 

「あらお帰りなさいローズヒップ、長野さんは何処へ?」

 

「たぶん空港ですわ、私が追いつけない速度で走って行ってしまったんですの」

 

「そう…イケズな御方、手に入れようとすると風のようにするりするりと逃げてしまいますわ」

 

「こんな事をしなければ逃げないと思うんですけど…」

 

「………こんな言葉を知っていて?「誤魔化さないで下さい」―――ペコのイケズ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと君、この飛行機は陸地行きの貨物機だよ!?」

 

「金なら払う、頼むから乗せてくれ!俺がどうなっても良いのか!?」

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日だけの主が学園艦を飛び出した客室。

 

その部屋の扉が静かに開き、1人の少女が足音も立てずに部屋に入り、扉を締める。

 

ガチャリと後ろ手で鍵を閉めると、静かに扉に背中を付けて深呼吸。

 

「……………」

 

主の居ない部屋を細めた目で見つめ、ベッド脇のテーブルに置かれた脱いで畳まれた衣服。

 

仮初の部屋の主が置いて行ってしまった、寝間着代わりの私服。

 

それを見つめ、そしてゆっくりとした足取りでその前まで進むと、優しく衣服を持ち上げ…。

 

「ふふ……っ」

 

微笑みを浮かべて、その衣服に顔を突っ込んだ。

 

何度も何度も深呼吸をし、衣服に残された今はもう空の上の人の残り香を肺に行き渡らせる。

 

脳髄が蕩け、神経が痺れる麻薬にも似た中毒性と快感。

 

少女は衣服を胸に抱いたままベッドへと身体を投げ出し、存分にその香りを楽しむ。

 

ヘタレで恥ずかしがり屋の青年に恋に恋する乙女は、誰も知らない秘密の儀式を、心ゆくまで堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長野様……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きな子ほどいじわるしたくなるダージリン様(´・ω・`)



なお相手は全力で逃げるヘタレな模様(´・ω・`)



ドン☆マイ!(´・ω・`)


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サンダース

おちゃけはほどほどに(´・ω・`)










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「かんぱーい!」」」

 

港に程近い高架下で、楽しそうな女性達の声が響く。

 

戦車を象った屋台で、戦車道審判団のジャケットを着た3人組が、お酒の入ったグラスを勢いよく口にする。

 

「いい仕事した後はやっぱりこれよねー!」

 

「今日も良いジャッジしたもんねぇ」

 

「そんな事言いながらアンタ達仕事中に今夜何食べるかを手旗信号でやり取りしてたでしょ、真面目に仕事しなさいよね」

 

髪型をポニーテルにした高島レミ、副審を担当している彼女はお酒の美味しさをしみじみ感じながら笑う。

 

それに答えながらおでんを頬張るのは同じく副審の稲富ひびき、セミロングの髪型をした女性である。

 

今日も良い仕事をしたと感想を漏らす2人に、主審であり3人の纏め役でもある眼鏡にショートヘアーの篠川香音が今日の試合中の事を持ち出して注意する。

 

3人は日本戦車道連盟に所属するプロの審判、戦車道の試合や大会で対戦を安全かつ公正に執り行う重要な仕事をしているプロフェッショナルである。

 

そんな彼女達は、本日行われた練習試合の審判を務め、この屋台で一杯やっていた。

 

しばらくあれこれ言い合いながらお酒を楽しみ、3杯目を頼んだ辺りで香音が深くため息をついた。

 

「出逢いが無い…」

 

「「ぶはっ」」

 

深刻そうな声色で呟いた言葉にレミとひびきがお酒を吹く。

 

「またそれぶっこむ…?」

 

「この前もそれ言ってたよね」

 

レミが口を拭いながら苦笑いし、ひびきが香音の肩を叩きながら笑う。

 

どこぞの大学選抜同様の悩み、特に彼女達は既に社会人、仕事場は女性ばかりの戦車道連盟。

 

一応男性も居るには居るが、理事長のような中年の男性や既婚者ばかり。

 

仕事先である戦車道の試合の審判も、彼女達は高校戦車道が担当なので出逢いが無い。

 

あったとしても、顧問の先生とかそういう限られた人であり、大抵が既婚者だ。

 

戦車道に深く理解のある男性というのは貴重だ、それ故直ぐに取り合いになり上手くやった者だけが勝者になる。

 

ではそのチャンスすら無い女性はどうなるか。

 

「戦車道やっててもモテませーん!一部の女子にしか人気がありませーん!」

 

「落ち着こう香音!ほら飲んで飲んで!」

 

「おじちゃんお酒追加!」

 

こうなる。

 

それもこれも戦車道という競技そのものが日本で低迷しつつあるからだ。

 

その為、戦車道連盟も文科省も2年後の世界大会の誘致、その為のプロリーグ開設に力を入れている。

 

戦車道が盛り返せば、戦車道選手や関係者への理解も深まり、彼女達の深刻な悩みも解決出来るだろうと理事長は考えている。

 

「毎日真面目に仕事して、清く正しく慎ましく生きてるんだから、出逢い位あってもいいじゃない!!」

 

「そーだそーだ!ぎぶみー出逢い!」

 

「ひびきまで…まぁ私も出逢いが欲しいけど…」

 

良い感じにお酒が回ってきた3人。

 

屋台のおじさんはどこも女性は大変だなぁと苦笑しつつおでんを仕込むのだった。

 

そんな屋台を見つけ、コツコツと靴を鳴らしてやってくる人影が1つ。

 

「すみません、食事だけでも良いですか?」

 

「へい、どうぞどうぞ!」

 

暖簾を上げて、食事だけでも良いかと確認を取る若い青年。

 

一度聞けば忘れられない甘いイケメンボイスに、ピタリと笑い声が止まる3人。

 

「ふぅ………ん?」

 

屋台のおじさんに迎え入れられた青年は安堵しつつ椅子に座り、自分に向けられた視線に気付いて顔を向けた。

 

「おや……審判団の皆さん…?」

 

「「「(出逢いきたーーーーーーーーーー!?)」」」

 

青年の顔を見て、内心でシンクロした言葉を叫ぶ3人。

 

そこに居たのは、彼女達もよく知る人物…長野叢真だった。

 

「お久しぶりですね、こんな所で会うなんて…今日はお仕事ですか?」

 

「は、はひ!」

 

「と言うか、私達の事覚えてて…?」

 

微笑みながら問い掛けてくる叢真に、思わず声が裏返るレミと、自分を指さしながら聞き返すひびき。

 

「勿論ですよ、皆さんにはお世話になってますからね。忘れる訳がありません」

 

「「はぅっ!」」

 

耳に心地よいイケメンボイスで、非常に嬉しいことを告げる叢真に、胸を抑えて仰け反るレミとひびき。

 

「あ、おじさん、おでんを適当に。あとお茶ありますか」

 

「へい、烏龍茶と緑茶がありますが」

 

「では烏龍茶で」

 

美味しそうなおでんをお任せで注文し、お酒は飲めないのでお茶を頼む叢真。

 

「(ど、どうしよう!まさか長野くんとこんな所で会うなんて…!)」

 

「(私ちゃんと化粧してるよね!?髪型変じゃないよね!?)」

 

あわあわと慌てるレミと、身嗜みを確認するひびき。

 

色気もなにもあったもんじゃない審判団のジャケット姿なのを見て、終わった…と頭の上に白旗が上がるひびき。

 

「(不味いわ…審判と戦車道関係者が仲良く食事だなんて姿を見られたら、スキャンダルになる…!)」

 

「(えぇ…?だ、大丈夫よ食事位なら…)」

 

「(何言ってるの、相手は長野君よ!?戦車道でアイドル級の人気を誇る子よ!?何処にファンの目があるか分かったもんじゃないのよ…!?)」

 

「(それは、そうだけど…ここで席を立つのは失礼だし、かと言って長野くんを追い返すのはもっと可哀想だし…!)」

 

内緒話をしながらチラリと叢真の方を伺う3人。

 

当の本人は、屋台のおじさんに選んでもらったおでんを美味しそうに頬張っていた。

 

「(あ^~、美味しそうに食べてるんじゃ^~…)」

 

「(食べてるのおでんなのに絵になるぅ~…)」

 

「(アンタ達ね……)こほん、長野君、どうしてこんな所に?もう遅い時間だし、帰りは大丈夫なの?」

 

レミとひびきが役に立たないと見切りをつけ、咳払いを1つして叢真に問い掛ける。

 

問われた叢真は口にしていたちくわをもぐもぐと食べて飲み込むと、口を開いた。

 

「連盟と戦車道履修学校からのお願いで学園艦巡りをしてまして…今日はそこのビジネスホテルに泊まって明日飛行機で次の学園艦へ向かう予定なんです」

 

飲食店が時間で閉まってて、ここが駄目だったらコンビニご飯でしたよと苦笑する叢真。

 

そう、聖グロリアーナから逃げ出し、この土地に辿り着いた叢真。

 

次の学園艦に行くには明日のフライトの飛行機に乗るしかないので、本日はこの街で一泊する事になった。

 

着替えを聖グロリアーナに置いてきてしまったので、量販店で適当に衣服を購入し、制服から着替えて夕飯を求めて街に出た叢真。

 

だがホテルにチェックインする時間が遅かったので、飲食店は軒並み営業時間が終わっていた。

 

遅くまでやっているチェーン店などは見当たらず、最悪コンビニで夕食かと思っていたら美味しそうなおでんの香りがする戦車屋台を発見。

 

未成年なので入店を断られるかなと思いながら入ってみたら、屋台のおじさんは気にせず迎え入れてくれた。

 

「そうなの…」

 

事情を聞いた香音は、大人として、そして戦車道連盟の審判として、まだ子供である叢真を帰す事を考えていたが、夕飯を求めて彷徨っていた彼を追い返すのは気が引けた。

 

かと言ってこのまま仲良く同席する事は出来ない、これがただの学生なら問題なかったが、彼は大洗の監督役だ。

 

無名校でありながら電撃的に全国大会へ出場、優勝を勝ち取った話題校。

 

そんな学校の戦車道関係者と審判団が食事。

 

わかり易い程のスキャンダルのネタである。

 

しかも場所が屋台のおでん、叢真の未成年飲酒ネタまで付いて来てしまう。

 

ここは大人として自分達が去ろう、そう考えて立ち上がろうとした香音の両手が掴まれた。

 

「………(フルフル」

 

「………(フルフル」

 

何かと思えば、両隣のレミとひびきが、涙目で自分の腕を掴んで首を振っていた。

 

まるで拾ってきた子犬を返してきなさいと言われて、親に縋り付く子供のようである。

 

「(あ、アンタ達ね…分かってんの、これは長野君のためであって…!)」

 

「(でも勿体無いよ…折角の出逢いだよ…!?)」

 

「(ここで去ったら長野くんが逆に可哀想だよ香音、ちょっとだけ、ちょっとだけだから…!)」

 

出逢いが無い事に悩む戦車道乙女の、悲痛な叫びだった。

 

乙女と言っていい年齢なのかは問わない事とする。

 

「どうかしましたか…?篠川さん」

 

「い、いえ、ちょっと…え、私の名前…」

 

「はい、篠川香音さん、高島レミさん、稲富ひびきさんですよね、練習試合の時からずっと審判を務めてもらってたので、ちゃんと覚えてますよ」

 

そう言っていつもありがとうございますと頭を下げる叢真。

 

自分達の事なんてただの連盟から派遣された審判としか見てくれていない、そう思っていた3人が思わず赤くなる。

 

「(どうしようどうしようっ、反則だよルール違反だよ大会規定違反だよあんなの!)」

 

「(イケメンでアイドルでその上良い子とかもうなんなの、なんなのこの、なんなの!)」

 

「(神様ありがとう!真面目に審判の仕事してきてよかったぁ!)」

 

いやんいやんと頭を振ってポニーテールが大暴れなレミ、赤くなった顔を隠すように両手で顔を抑える香音、神に感謝してしまうひびき。

 

突然の3人の奇行に、首を傾げつつ切り分けた味の染みた大根を頬張る叢真。

 

自分が誘い受けをしている自覚がないどうしょうもない男である。

 

これでいざ相手が釣れると逃げるヘタレである、釣られた相手が可哀想になる。

 

とは言え叢真としては、本当にお世話になっている人、と言う認識でしかない。

 

大洗戦車道が始動した時からの審判であり、全国大会も毎回お世話になった。

 

そして全国大会決勝で、大洗が勝利した時に泣いて喜んでくれた人達だ。

 

本人たちは隠そうと必死だったが、叢真は確り見ていた。

 

特定のチームに情が移るのは公平性を旨とする審判として本当は良くないのだろうが、大洗の優勝を泣いて喜んでくれた人達だ、悪い人の筈がない。

 

そんな考えなので、大洗の戦車道履修者達と同じ様な無防備な態度でいる叢真。

 

「(もういいよね、一応ちゃんと距離を取ろうとしたし!決まり守ろうとしたし!)」

 

「(お酒が…お酒と長野君のフェロモンが悪いのよ…、出逢いが無いのが全部悪いのよ…!)」

 

「(清い交際なら、清い交際ならセーフ!圧倒的セーフ…!)」

 

当然アウトである。

 

お忘れの方は居ないとは思うが、長野叢真、まだ高校2年生の未成年である。

 

対して審判団のお姉さん、年齢はあえて言わないが歴とした社会人である。

 

圧倒的アウトである。

 

だが、出逢いの無さと極上過ぎる素材(叢真)が自分からまな板の上に乗ってきて「……いいよ」と両手を開いている、そんな風に見えるのだ、3人には、これはもう美味しく料理するしかないと意気込む3人。

 

普通ならこんな事にはならない、だが彼女達は叢真が来る前からお酒で出来上がっていたのだ。

 

思考が鈍り、善悪の判断のハードルが下がる下がる。

 

結果は、肉食獣お姉さまの降臨である。

 

「長野く~ん、この玉子も美味しいよ、ほらほらお姉さんがあ~んしてあげる…♪」

 

「え、いや、あの…」

 

素早く自分の皿を持って叢真の左隣へと移動し、半分に切った卵を口に運ぼうとするひびき。

 

「お酒…はダメだから、お茶だよね、おじちゃん烏龍茶お代わり!」

 

「あの、まだ残ってますから…」

 

レミがずずいと身体を寄せておじさんにお茶のお代わりを頼む、まだ半分近く残っているので戸惑う叢真。

 

「ここで会ったのも何かの縁、お姉さん達が奢ってあげるから楽しく飲んで食べましょう、ね!」

 

そして叢真の後ろに移動して肩を掴んで揉む香音。

 

審判団包囲、逃さないという気持ちが溢れ出る姿である。

 

それを見ながら、未成年者うんぬんの事案かなぁと思いながら携帯に手を伸ばすおじさん、常識的な対応である。

 

お酒のせいでピンチな3人と、肉食獣に狙われてピンチな叢真だが、本当の危険は後ろから迫っていた。

 

「大丈夫、遅くなってもお姉さん達が送っていってあげるから…!」

 

「なんなら明日の学園艦行きも送ってあげようか?私明日休みなのよ~」

 

「あ、ずるい!私も明日暇だから付き添ってあげ―――」

 

「おじさ~ん、お酒追加で!」

 

「「「ヒェッ!?」」」

 

「ちょ、蝶野教官…?」

 

スリスリと叢真に擦り寄る3人、そんな3人の、レミの右肩に手、ひびきの左肩にも手、そして香音の顔の横に、ぬっと現れるのは、蝶野亜美教官。

 

大雑把で豪快な女傑だが、決まりや礼節には厳しい人である。

 

そんな人の前で、現役高校生を口説こうとしている仮にも決まりを守る審判の仕事をしている3人。

 

レミとひびきが慌てて逃げ出そうとするが、蝶野教官の手がガッシリとジャケットを掴んで離さない。

 

香音は自分達がこの後どうなるか予想が出来たので真っ白になっている。

 

「えーと…どうしたんですか…?」

 

逃げようとしてもがくレミとひびき、自分の肩に手を置いたままカタカタと震えている香音。

 

そんな3人の姿に困惑する叢真。

 

自分が捕食されそうになっていた事に気付いていない、そんなだから歴女チームから怒られるのである。

 

「安心して長野君、私が居るから何の問題もないわ」

 

レミとひびきを猫のように片手で持ち上げて笑う蝶野教官、凄い腕力である。

 

蝶野教官は戦車道連盟の役員だが、大洗の特別講師でもある。

 

なので彼女が居れば講師と生徒が食事しているだけになる、審判団3人は同席しただけ、違法性はない、いいね?

 

「さ、お酒はダメだけど乾杯しましょ、かんぱ~い!」

 

「か、乾杯…あの、大丈夫ですか皆さん…」

 

「「「オワタ…オワタ…」」」

 

お酒片手にハイテンションな蝶野教官と、絶望する3人。

 

叢真が心配するが、焼け石に水である。

 

そんな様子を見ながら、屋台のおじさんは罪深き叢真におでんを出すのであった。

 

肉食獣も、怪獣には勝てないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

全部出逢いが無いのが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダースの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずここの空港は豪華だな…」

 

飛行機のタラップから滑走路に降り立った俺の視界一面に映る、サンダース大付属の学園艦。

 

大洗の飛行場なんて田舎の滑走路並に小さくて1個しか滑走路がないのに、サンダースのは3個もある。

 

まぁ、スーパーギャラクシーなんて超巨大輸送機を所有してる学校だからなぁ。

 

その上生徒の私物であるセスナや大戦時の複葉機もあるのだ、そりゃ空港も豪華になる。

 

滑走路を歩いていると、車のクラクションが聞こえた。

 

視線を向けると、滑走路内に車が入ってきた。

 

オープンカーの助手席には、立って両手を振るケイさんの姿。

 

となると運転してるのはナオミさんか…。

 

「ハーイダーリン!久しぶり!」

 

「おっとと…お久しぶりですケイさん」

 

止まった車からケイさんがジャンプして抱きついてくるのを両手を広げてキャッチする。

 

相変わらずオープンな性格である。

 

「…………?」

 

「どうしました?」

 

俺の腕の中で不思議そうに俺を見上げるケイさん、はてどうしたのだろうか。

 

「うぅん…なんでもないわ。それよりよく来てくれたわね!最近は何度パーティーのお誘いをしても来てくれなかったのに!」

 

「あはは…まぁ、サンダースには大洗の応援とかでお世話になりましたからね」

 

一回戦で負けてから、その後の試合は全部応援に来てくれたケイさん達。

 

決勝戦ではみほちゃんの応援に来てくれて、間違いなく大洗の後押しになってくれた。

 

その御礼も兼ねての訪問である。

 

「相変わらず義理堅いわねーダーリンは。さ、乗って乗って!もう歓迎パーティーの準備は済んでるのよ」

 

「あの、あんまり派手なパーティーは勘弁して下さいね…」

 

ケイさんに背中を押されながら車に乗り込む、運転はやはりナオミさんだった。

 

「久しぶり、長野さん」

 

「えぇ、お久しぶりですナオミさん」

 

相変わらずガムを噛んでいる、砲手として集中力を高める為の大切なルーティーンなのだろう。

 

車は滑走路を横切りそのまま空港の外へ。

 

大洗とは違う、アメリカっぽい街並みを眺めていると、車が学校ではなく住宅地へ向かっている事に気付いた。

 

「ケイさん、学校へ行くんじゃ…?」

 

「アハハ、折角ダーリンが来てくれたのに学校で歓迎パーティーじゃ味気ないでしょ?」

 

そう言って豪快に笑うケイさん。

 

いや、俺一応戦車道の授業の一環で訪れてるんですけど…。

 

車が辿り着いたのは、庭にプールのある豪華な一軒家が並ぶ地区。

 

信じられるか?これ…全部学生寮なんだぜ…?

 

ルームシェアして暮らしてる生徒が大半だが、中には1人でこの一軒家に暮らしてる生徒も居る程だ。

 

リッチってレベルじゃないな。

 

ブルジョワだブルジョワ。

 

車が止まったのは、白い壁が眩しい一軒家。

 

何度か訪れたことがある、ここはケイさんの家だ。

 

「さ、行きましょうダーリン、皆待ってるわよ!」

 

「荷物持つよ。…これだけ?少な過ぎないかい?」

 

ケイさんに腕を組まれ、持ってきた手荷物はナオミさんが持っていってしまう。

 

少ないのは昨日急遽買った私服だからだ、鞄を買うのもアレだったのでお店の袋に入れてある。

 

門を通ると広い庭とプールがあり、そこにバーベキューセットや飲み物が置かれたテーブル、バルーンやクラッカーなどのパーティーグッズがあちこちに置いてある。

 

そして、私服姿で寛いでいる生徒達。

 

サンダースの戦車道の選手達だ。

 

「みんなー、ダーリンが来たわよ!」

 

ケイさんの言葉に反応して、口笛や歓声が響く。

 

相変わらず開放的な生徒が多いなぁ…。

 

しかし…ちょっと…と言うかかなり、目に困る格好の生徒が多いんだが…。

 

ラフと言うレベルじゃない、上半身が水着の子とか、完全に水着の子とか、下着なんじゃないかと思うような服装の子とか、ちょっと、いやかなり刺激が強い。

 

そんな所まで開放的じゃなくても良いんじゃないですかねサンダースの皆さん。

 

「んー、ダーリンだけ制服じゃ良くないわね、アリサ!」

 

「イエス・マム!用意してあります」

 

パーティー会場でせっせと準備していたアリサさんにケイさんが声を掛けると、敬礼して答える。

 

アリサさんに案内されて家の中へ入り、2階の部屋へ。

 

「この部屋で着替えて下さい、衣装は用意してありますから」

 

「あ、はい…」

 

なんか着替える流れになっているが、確かにあのパーティー会場で制服姿は浮くし…。

 

客室と思われる部屋に通される、学生の一人暮らしになら十分な広さの部屋だが、信じられない事にこの広さでも狭いらしい。

 

本当に色々とアメリカサイズだよな。

 

「………って、これに着替えるのか…?」

 

ベッドの上に広げられてあった衣服を手に取る。

 

えぇ……に、似合うかなこれ…。

 

俺が普段着ている服と180度方向性が違う…。

 

いやでも折角用意してくれたんだし…。

 

もそもそと着替え、部屋の姿見で自分の姿を見る。

 

派手な半袖Yシャツみたいなのに、明るい色のハーフパンツ。

 

おまけにテンガロンハット。

 

サングラスもある。

 

「………靴下脱ぐか」

 

致命的に靴下が似合わない。

 

改めて姿見を見る。

 

………に、似合わない気がする…。

 

夏場の寝巻きより露出が多い。

 

胸元とか腹筋とかチラ見えだし。

 

元々俺は肌を晒す姿が得意じゃない、夏場も長袖のシャツを着ているくらいだ。

 

まぁ元を辿れば祖父とのキャンプ訓練で、肌を晒していると小枝や小石で怪我をするから、自然と肌を守る格好が癖になったのだが。

 

その為、無性に恥ずかしい。

 

特にハーフパンツ、ハーフパンツなんて中学の体操着以来だぞ…。

 

「おーい、ケイさん…本当にこの格好じゃないとダメですか…?」

 

部屋を出て階段を降り、キッチンで何かを取り出しているケイさんに声を掛ける。

 

「ワオ!似合ってるわよダーリン、ダーリンの薄着姿なんて凄く貴重ね、みんなに見てもらいましょ!」

 

「え、ちょ、押さないで…!」

 

ケイさんにグイグイ押されて庭へ。

 

「みんなー、ちゅうもーく!」

 

ケイさんの大声、戦車道をやっているだけあって物凄い声量だ。

 

庭に居た参加者全員が振り向く、そして俺の姿を見るとワァオ!と声を上げる。

 

いやぁぁぁぁ、見ないでぇぇぇぇ…!

 

「ほらほらダーリン、そんな恥ずかしがらないで堂々として!綺麗な肌と腹筋してるじゃない!ワァオ、グレイトなシックスパック…!」

 

「ちょ、やめ、擽ったい…!」

 

シャツの隙間から見える腹筋を触られる。

 

こそばゆい…!

 

「長野さん写真いいですか!」

 

「長野さんこっち向いて―!」

 

「スマイルスマイルー!」

 

聞きながら撮るんじゃないよ!

 

ちょ、なんで俺の生足なんて何でそんな熱心に撮るの!?

 

「さ、主役も来たしパーティーを始めるわよ―!」

 

『イエー!』

 

ケイさんの言葉に片手を振り上げて叫ぶ選手達。

 

この辺りのノリはアンツィオにも通じる。

 

バーベキューセットで大量の肉が焼かれ、パーティー料理が選手達の口に運ばれていく。

 

もう何度目かわからないが…本当に野菜が少ないなサンダース。

 

でもこれでもマシになった方だ、アリサさんが来る前のサンダースは肉一色である。

 

サンダースとの縁は例の試合のしばらく後。

 

俺の頭が冷えた辺りで、招待状が届いた。

 

今更何の用だろうと思いつつ、一応顔を出したら、戦車道選手達から盛大な歓迎を受けた。

 

当時の隊長に理由を聞いたら、指揮をしたOGの支配から開放してくれた英雄だからと言われた。

 

聖グロと違い、OGにあれこれ言われる事の無いサンダースだったのだが、1人のOGがサンダース大学を卒業した事で悪夢が始まった。

 

そのOGがサンダース大学の理事の娘で、その立場を使って好き勝手していたらしい。

 

OGだからと後輩を無闇に扱き、その有様は汚いハートマン軍曹と言われる程。

 

戦車道は戦争ではない、武道である。

 

その為、そのOGへは反発が大きかったのだが、母体である大学の理事の娘という立場とOGという立場からサンダースの戦車道を自分勝手にしようとした。

 

あまりの酷さに戦車道の履修者が減ってしまう程。

 

だがそんなOGを、俺がトラウマになる程に追い詰めて敗北に追い込み、その上娘がやった事をマスコミが根掘り葉掘り掘り起こし、その手は父親である理事にまで及び、癒着や汚職の証拠が出てきたために理事の職を追われ、OGは二度とサンダースに足を踏み入れる事が出来なくなった。

 

OGの支配から開放されたサンダースは履修者も戻り、平穏が戻った事で俺に感謝し、招待してくれたのが事の真相。

 

とは言え、俺が磨り潰した為に軽くトラウマになっている生徒も多く、俺が本格的にサンダースと関わったのはその主要メンバーだった3年生が卒業してからだが。

 

試合に出なかった2年生や1年生には非常に感謝されていた。

 

この辺りは聖グロでも同じだが。

 

そしてケイさんが入学し、俺と出会った。

 

そのフランクな性格と聡明な頭脳で1年生にして頭角を表していたケイさんは、あっと言う間に1年生のリーダーに昇格。

 

サンダースでの俺の世話役に抜擢された。

 

ダーリン呼びはこの時からである。

 

ケイさんのそのオープンな性格と人の良さからすっかり心を許した俺は、色々と意見を交わしたりアドバイスしたりと友好的な関係を築いてきた。

 

年下と言う事もあり、弟のように俺の事を可愛がってくれたケイさんに、俺は頭が上がらない。

 

ダージリンとは友好的な同盟、アンチョビとは友人と言った関係を築いたが、ケイさんとは姉と弟が1番似合うだろうと思っている。

 

カチューシャとは……兄と妹…かな。

 

言ったら粛清されるけど。

 

そんな関係を続けていたが、俺がストーカーに襲われ、戦車道を離れる時も、ケイさんは今はゆっくり休んでいいわと慰めてくれたのを覚えている。

 

俺が完全に戦車道から縁を切らずにいられたのは、恐らくケイさんとアンチョビのお陰だ。

 

ケイさんは俺をサンダースに招いても、こうしてホームパーティーに招待するだけで戦車道の授業には巻き込まなかった。

 

彼女なりの気遣いだったのだろう。

 

アンチョビはアンツィオの戦車道を立て直そうと必死で、放っておけなかったのが理由だが。

 

いや、本当に大変だったんだよ、アンチョビが入学した時点で履修生は数人。

 

その数人も卒業してしまい、遂にはアンチョビ1人になってしまった。

 

この時に1年生としてペパロニとカルパッチョが入ってきて、アンチョビの副官として抜擢された。

 

同時期にサンダースにはナオミさんとアリサさんが入学し、2年生になり副隊長になっていたケイさんの目に止まり、将来の副官として抜擢された。

 

人数が兎に角多いサンダースの戦車道で頭角を表すのは大変だ。

 

そういう意味では、選ばれたナオミさんとアリサさんがどれだけ凄いかが分かるし、その2人を選んだケイさんの目が確かなのも分かるというもの。

 

凄い人なんだよケイさんは…凄い人なんだけど…。

 

「ヘーイダーリン、楽しんでる~?」

 

「た、楽しんでますはい…」

 

このスキンシップ過多な所が無ければ…ね…。

 

制服から着替えたケイさんは、ビキニみたいな水着にシャツと短パンを履いた姿。

 

そんな格好で俺に抱きついてくるのだ。

 

昔からスキンシップが過剰な人だったけど、今日は何時になくアグレッシブだぞ…どうなってる…。

 

「ん~…」

 

「ど、どうしたんですかケイさん…」

 

口元に指を当てて何か考え込んでいるケイさん。

 

「ダーリン、何かあった?」

 

「何か…って何が?」

 

別に何か特別な事があった訳ではない…いや、大洗とか聖グロで強制羞恥プレイが行われたが。

 

「だってダーリン、今日はこんなに大胆に迫っても逃げないじゃない」

 

迫ってる自覚あったんですか。

 

自覚なしにスキンシップしてきてるのかと思ってましたよ。

 

「前まではハグですら逃げ腰だったのに、今日は自分から私を抱き止めたり、私が用意した衣装に着替えてくれたり、こうやって甘えても逃げないじゃない」

 

いえ、正直言えば逃げたいですアッアッやめてスリスリしないで。

 

「なにか心変わりするような事があったの?」

 

そう言って俺に伸し掛かる様にして、顔を近づけ頬を撫でてくる。

 

近い、凄く近いが、ケイさんの瞳は真剣だ。

 

「………特別何かあった訳じゃないです…ただ」

 

「ただ?」

 

「みほちゃん達と一緒に、大洗で過ごした時間が……俺に前に進む勇気をくれたんだと思います」

 

眼鏡を止めたあの時から、俺は何かが変わった気がする。

 

対人恐怖症の症状が、あの時から出ていないから。

 

「………Shit!出遅れたわ、あーもう悔しい悔しい悔しい!」

 

「ちょ、痛い痛い苦しいですケイさん!」

 

俺の胸の上にダイブし、バタバタと暴れるケイさん、手が当たって痛いがそれ以上にぐにゅりと潰れたケイさんの胸部装甲の感触がヤバい。

 

この人自分のダイナマイトバディ理解してるのか…!

 

俺じゃなかったら勘違いしてるぞ全く!

 

「ミホに負けたのも悔しいけど、アンジーに負けたのも悔しい!ダーリンは私が立ち直らせるつもりだったのにぃ!」

 

なんでそこで会長が出てくるのだろうか。

 

「ダーリンに必要だったのは逃げ場じゃなかったのね…アンジーがどうやって戦車道に誘ったのか知らないけど、ただダーリンの傷が癒えるのを待つだけじゃダメだったのね…Oh my God!」

 

俺の上に馬乗りになって頭を抱えて叫ぶケイさん。

 

アッアッやめてそこの生徒写真に撮らないで恥ずかしくて俺死んじゃう。

 

俺をどうやって戦車道に誘ったかって?脅しだよ。

 

逃げてきた先である大洗で脅されたらもう逃げられないじゃないか…畜生会長め。

 

まぁ今は感謝してるけど。

 

「あー悔しい、悔しいけど感謝しなくちゃか…ダーリンが立ち直って、昔みたいにスキンシップとっても平気になったんだし♪」

 

いえ、平気じゃないです恥ずかしいです勘弁して下さい何でもしまむら。

 

「Hey、ケイ。アリサが呼んでいたよ」

 

「あら、何かしら。良いところなのに…ちょっとごめんねダーリン、すぐ戻ってくるから」

 

いえごゆっくりどうぞ。

 

俺の上からケイさんがどいたのでやっと自由になった。

 

あの我が儘ボディは心臓に悪い…。

 

「お疲れ。これでも食べな」

 

「ありがとうございますナオミさん…」

 

ケイさんと入れ替わりに隣に座ったナオミさんから骨付き肉を受け取る。

 

流石アメリカ風、肉もダイナミックだ。

 

齧り付くとソースの味と肉汁が口の中に溢れる。

 

肉を食っているという気分になる、うんこれは美味い。

 

「今更だけど、私のことはナオミでいいよ、喋り方ももっとフランクに、同い年だろう?」

 

「そ、そうか…?それじゃお言葉に甘えて」

 

ナオミさ…ナオミとはそれなりに顔馴染みだが、彼女と出会った時既に俺はストーカーに襲われた後で対人恐怖症。

 

キリッとしたイケメン女子であるナオミには、ちょっと苦手意識があってあまり話した事がなかった。

 

1番長く話したのは、彼女をファイアフライの砲手に推薦した時か。

 

偶々サンダースで部隊編成ブリーフィングをしていた時に訪れたので、相談役として参加し、その時にケイさんと一緒に彼女をファイアフライの砲手に推薦したのだ。

 

ケイさんから良い砲手がいると言われ、注目したのが当時1年生だったナオミ。

 

まだ入ったばかりなのに、既に頭角を表していたので推薦した。

 

当時の隊長は俺の試合を生で見た1人だったので、俺の推薦はすんなり通った。

 

ケイさんに、私だけじゃ却下されたかもしれないと感謝されたな、ナオミの実力を考えれば放っておいても選ばれたと思うけど。

 

サンダースにとってファイアフライは保有戦車で随一の火力を誇る火力の要だ。

 

配備数もシャーマンに対して少なく、砲手として乗れるのは腕利きの選手だけ。

 

そんなファイアフライに1年生で抜擢される、大抜擢である。

 

副隊長とサンダースの救世主(当時の選手達からの俺への呼び名)からの推薦だ、当時の隊長もメンバーも異議を唱える事無くナオミの搭乗が決定した。

 

その際にお礼を言われ、ファイアフライ運用のアドバイスなどを求められて会話したのが最長だったな。

 

その後のナオミはメキメキと実力を付けてサンダース1の砲手になり、副隊長に抜擢された。

 

いや本当に、大洗との試合で彼女が出てきた時は冷や汗物だった、ファイアフライと彼女の腕をよく知っているだけに。

 

あの状況で勝てたんだから、五十鈴さんの胆力半端ない。

 

そんな事を考えながら肉を齧り取る。

 

すると、ナオミが俺の顔に手を伸ばしてきた。

 

「ソース、付いてるよ」

 

そう言って俺の口元のソースを拭い、ぺろりと舐めた。

 

ウィンク付きで。

 

トゥンク…

 

やだ、イケメン…!

 

「夢中で齧り付いて、可愛い所があるじゃないか…」

 

「え…あの…ちょ…」

 

クイッと顎を持ち上げられ、ナオミの方を向かされる。

 

「長野、じゃ他人行儀だね…ソーマって呼んでもいいかい?」

 

「あ……あぁ…」

 

真っ直ぐに瞳を見つめられる、目が離せない。

 

やだ、俺なんかよりずっとイケメン的仕草が似合う…!

 

そう言えば、アリサさんがナオミが後輩を口説きまわって困ってるとか愚痴ってた気がしたが…あれマジだったのか、凄い手慣れてるぞこの人!

 

「コラーーー!何やってるのよナオミーー!」

 

「おっと、怖いお姉ちゃんがやってきた。またね、ソーマ」

 

両手を突き上げながらやってくるケイさん、その声にウィンクを残して去って行くナオミ。

 

「大丈夫ダーリン!?ナオミは手癖が悪いから注意しないとダメじゃない!」

 

「は…ははは…助かりました…」

 

いや本当に。

 

迫られる経験はあるが、まさか口説かれるとは思わなかった。

 

俺なんかを口説いて何が楽しいのやら…。

 

「ちょっとお手洗いに…」

 

「は~い、口説いてくる子に気をつけてねー」

 

え、他にも居るの…?

 

トイレを借りて戻ろうとしたら、キッチンで忙しそうにしているアリサさんを見つける。

 

彼女だけは一般的な私服姿で、テキパキと料理を盛り付けたりしている。

 

彼女がケイさんのホームパーティーに参加する前は、肉肉肉の肉一色だったが、彼女が来るようになってからはサラダやパンなどが料理に並ぶようになった。

 

それ以来、俺に好評という事でケイさんのホームパーティーはアリサさんが取り仕切っているらしい。

 

「お疲れ様、少しは食べた方が良いんじゃないですか」

 

「え…あぁ、長野さん、いえ仕事がありますから」

 

そう言って苦笑を浮かべながらデザートを用意するアリサさん。

 

サンダースの参謀役であり、何かとフランクでオープンなサンダースでは苦労している苦労人である。

 

大洗での試合では彼女が無線傍受を行っていた犯人だと思ったが、正解だった。

 

「手伝いますよ、これを切れば良いんですね」

 

「あ、ちょ、良いですよそんな…!」

 

まぁまぁと彼女を宥めながらホールで購入されたケーキを切り分ける。

 

流石サンダース、ケーキもデカい。

 

「あの……試合ではすみませんでした、傍受気球で無線傍受を行っていたのは私です…」

 

「なんで謝るんです?」

 

「え…だ、だって卑怯な手段を…」

 

「確かに戦車道では無粋な方法だけど…別に禁止されてる訳じゃないし」

 

ケイさんとかは怒るけどね。

 

「怒らないんですか?あれで私は大洗を追い詰めたのに…」

 

「大会規定に何個も禁止事項を追加させた俺が怒ると思います?」

 

「……あ~…」

 

崖崩し、ビル崩しに始まる危険行為で試合後に連盟からこっ酷く怒られた俺である。

 

無線傍受位で怒るとでも?

 

俺だって必要ならやる、使える物はなんでも使う。

 

みほちゃん達に怒られちゃうからやれともやろうとも言わないけど。

 

まぁ敢えて言うことがあるとすれば…。

 

「むしろ何で使ったんです?バレたらケイさんに怒られる事確実なのに」

 

使わなくてもまともにやりあえばサンダースの勝ちだっただろう。

 

無線傍受にこだわった為に招いた敗北だ。

 

「それは…その……長野さんが…」

 

「俺が?」

 

「長野さんが関わっていると分かったので、一応用意しておいた傍受気球と傍受装置を戦車に積み込みました。長野さんの指揮で1番怖いのは、何をしてくるか分からないっていう不気味さですから…」

 

それで無線傍受で指揮を聞いてしまえば怖くないと思った訳か…。

 

参謀役として俺の指揮も勉強しているらしいアリサさんが、俺の事前指示を警戒して無線傍受を行ったのか…。

 

うーん、それを聞くと俺が原因と言うことになるな、みほちゃん達には申し訳ない事をしたな…。

 

だが逆にそれで勝てたのだから結果オーライか…?

 

恐縮してすっかり縮こまっているアリサさん。

 

本来気が強い彼女には似合わない姿である。

 

「ほいアリサさん」

 

「へ…もがっ」

 

置いてあったスプーンでケーキを抉り取り、顔を上げた彼女の口に突っ込む。

 

「俺には叱る資格がないし、ケイさんがもう解決した事だから蒸し返すのはなしで。それにアリサさんが勝利のために努力した事なら俺は評価しますよ。まぁ、今後はケイさんにちゃんと許可取ってやりましょうって事で、ね?」

 

そう言って笑ってみると、暫くを俺の事を見上げていたが、突然アリサさんの顔が真っ赤になって頭から湯気が吹き上がった……気がする。

 

「わ、私には、私にはたかしが…たかしが居るんですぅーーーー!」

 

「ちょ、アリサさ…たかしって誰…?」

 

顔を抑えて走り去ってしまった。

 

たかしって誰?

 

「副隊長、ケーキまだですかー?」

 

「車長、デザートは…あれ、長野さん!?」

 

そこへ見覚えのある2人組…確かアリサさんの車両の砲手と装填手の子かな。

 

水着姿でペタペタと歩いて来た。

 

アリサさんどっか行っちゃったんだよな…仕方ない。

 

「これとこれは持って行っちゃって、ケーキは今切ってるから待ってくれるか」

 

「さ、サーイエッサー!」

 

「運びます、なんでも運んじゃいます!」

 

俺の指示に、急に元気になって敬礼して用意が終わっているデザートを運んでくれる2人。

 

俺別に上官じゃないんだけどな…。

 

2人の協力もあってデザートの準備も終わる。

 

バケツサイズのティラミスを持っていこうとしたら、2人が慌てて受け取ろうとする。

 

「俺が運ぶから良いよ、デザート待ちきれなかったんだろう?」

 

「い、いえいえ、お客様にそんな事させたら隊長に怒られちゃいますから!」

 

「あ~…逞しい腕…」

 

「ちょ、何してるのよ羨ましい!」

 

なんかロングヘアーの子に腕を組まれていた、ティラミス受け取ろうとしたんじゃなかったの?

 

「ズルい、私も!」

 

「ちょ、動き難いんだけど…」

 

もう1人も腕に絡みついてきた。

 

……ケイさん程じゃないのでちょっとホッとした。

 

いやそうじゃないだろ俺、最近スキンシップに慣れてきたせいで色々とおかしい。

 

カエサル達にも無防備誘い受けをどうにかしろと言われてるし、ちょっと気を付けないと…。

 

水着美少女を2人も腕に絡めたままティラミス運ぶとか、なんの羞恥プレイだろう。

 

「あー!長野さんと腕組んでる!」

 

「ズルい、ケイ隊長が怖いから我慢してたのに!」

 

「次私、次私ね!」

 

「5分交代にしよう、そうしよう!」

 

「待って、腕は埋まってるけど…まだ胸板と背中が残ってる…!」

 

「お前天才か…!」

 

ヒェッ!

 

庭に出たら一瞬にして注目され、集まってきた。

 

やだ、この子達肉食過ぎ…!?

 

「ばっかもーーーん!なにやってるのよ!」

 

「「「「「きゃー!」」」」」

 

そんな騒ぎになれば当然ケイさんが黙っている訳も無く、雷が落ちた。

 

なんか一瞬部長という単語が脳裏を過ったが何の部長だろう…。

 

集まっていた選手達が散らされ、ケイさんの周りが空白地帯になる。

 

苦笑してティラミスをテーブルに置いてソファに座ると隣にケイさんが移動してくる。

 

「全くあの子達も油断も隙もないんだから…ダーリンも何でデザート運んでるのよ、お客様なんだからゆっくりしていていいのよ」

 

「いや、アリサさんが大変そうだったんでつい…」

 

「またぁ?あの子ったら本当にもう…なんでも1人でやろうとするんだから。もっと部下や同僚を上手く使えるようにならないと私も安心して後が譲れないじゃない」

 

「あぁ、やっぱりアリサさんが1人で張り切ってやってたんですね」

 

ケイさんがアリサさん1人に仕事を押し付けて自分だけ楽しむなんて想像出来ないからな。

 

「そうよ~、初めて私のホームパーティーに誘ってから『こんなんじゃいけません、私に全て任せて下さい!』って言って、何でも自分でやろうとするの。ちゃんとアリサも楽しみなさいって言ってるんだけどね~」

 

「自分の仕事を全うしようと必死なんですよ、アリサさんもケイさんを思っての事なんですから」

 

「分かってるわよ、注意はするけど怒りはしないわ。大事な副隊長だしね」

 

そう言ってHAHAHAと豪快に笑うケイさん。

 

こういう人柄だからサンダースという大所帯でも統率が保たれてるんだろうな。

 

大部隊の指揮で彼女に勝てるのって、まほさん位だよなぁ…。

 

少数精鋭の指揮ならみほちゃんが最強だろうけど。

 

「ちょっとダーリン、私が目の前にいるのに他のガールフレンドの事考えてるでしょ」

 

鋭い、なんで皆こんなに鋭いんだ…。

 

「今は私のことだけ考えないとNoなんだから…ね?」

 

そう言ってティラミスをスプーンですくい、俺の口に入れてくる。

 

「パーティーはまだ序盤よ?最後まで楽しんでいってね…ダーリン♪」

 

そう言って、スプーンをペロッと舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

訂正、みほちゃんでも彼女に勝てそうにない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれだけ露出の多い可愛い子集めて酒池肉林にしたのに、ダーリンったら全然主砲を奮い立たせないわね……Erectile Dysfunctionかしら?」

 

「なんでそこだけ流暢な英語なんですか…というかその為に参加者全員に水着か薄着を命令したんですか隊長…」

 

「私にときめいていたからもしかして同性愛者の可能性が…?」

 

「やめたげなさいよ、掲示板とかで長野さんホモ説とか流れてるんだから」

 

「ゲイはダメよ、生産性が無いわ。かと言って無理に迫ると逃げちゃうし、それでトラウマを刺激しちゃったら最悪だわ…ここはジワジワと戦線を引き上げる方向で行くしかないわね」

 

「そう言いながら露出増やさないで下さい、長野さんが直視出来なくなりますよ」

 

「男を口説き落とした経験はないけど、ソーマは是非とも落としたいね…」

 

「だからやめたげなさいってば……長野さん逃げて、超逃げて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アリサちゃんマジ苦労人(´・ω・`)



たかし、彼女に振り向いてあげて?(´・ω・`)





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アン…ツィオ…?

みなさんお待ちかねのあの人が登場です(´・ω・`)





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼を最初に見たのは、娘達が参加した戦車道卓上演習大会。

 

母親らしき女性に手を引かれ、興味深げに周囲を見渡していた恐ろしく整った容姿をした少年。

 

特別珍しい訳ではなかった、思春期前の男女の感覚の隔絶が無い状態だと男子でも戦車道に興味を示す。

 

そんな子が偶に大会に参加してくるので、注目はされるが物珍しさが大半だ。

 

年齢が上がれば自然と戦車道から離れるか、応援する側に回るか。

 

彼もその内そうなると、最初は思っていた。

 

ただの興味本位の参加、または親の意向による記念参加。

 

そう思っていた周囲の予想を、彼は覆した。

 

初参加で幼年部優勝。

 

様々な流派や名家の子女が参加している中、子供とは思えない実力で優勝した。

 

偶然では、偶々だ、そんな大人たちの声を他所に、彼はその後も優勝を続けた。

 

何処かの流派に属している訳でもなく、名家の生まれでもない。

 

母親が戦車道の元選手で、祖父が自衛隊員、その程度しか戦車道に関わっていない。

 

その母親も、選手としては優秀だったかもしれないが、指導者としては決して優秀とは言えない。

 

なのに彼は、他を寄せ付けない強さで優勝を重ねた。

 

あまりに実力が隔絶している為、彼は特別措置として上の部に参加する事になった。

 

悔しい話だが、自慢の娘達も彼には勝てなかった。

 

年上ばかりの部でも彼の快進撃は止まらなかった。

 

遂には大人の部に参加する様になり、大人の、それも国際強化選手にまで勝利してしまった。

 

こうなると周りも彼を放っておかない。

 

元々容姿端麗で礼儀正しい彼は、連盟の思惑も後押しし、あっと言う間に戦車道のアイドルと化していた。

 

戦車道があまり男性に縁がない武道であり、物珍しさも合わさってその人気は下手な国際強化選手よりも上になった。

 

変幻自在な戦術、型に囚われない作戦、西住流とは真逆の存在。

 

それ故私は、彼を娘達の最大の敵として認識していた。

 

公式大会前人未到の20連覇を成し遂げた彼、中学生になり初めてみた時から随分大人になっていた。

 

だが私の娘達も負けていない、彼に苦戦を強いる事が出来るまでに成長した。

 

今は無理でもいずれ…そう思っていたある時、彼が戦車道の実戦試合に参加すると耳にした。

 

今までどれだけ期待されても卓上演習から出てくる事がなかった彼が、何故今になって…。

 

そう思って調べてみたら、なんとも下らない理由が原因だった。

 

彼に負けた大会参加者の数人が発起人となり、それぞれの伝手を使って強引に署名を集め、連盟に直談判して無理矢理彼を実戦に引きずり出した。

 

その理由が、実戦なら負けない、負かして恥をかかせてやるという、戦車道選手としてあまりにも情けない理由。

 

彼は確かに天才的な指揮官だが、卓上演習でしか腕を磨いていないのだ。

 

戦車に乗った経験すら無い。

 

そんな素人同然の子供を無理矢理引き摺り出して戦わせる?

 

大人の、真っ当な戦車道選手のやる事ではない。

 

戦車道全体の恥になる、だが発起人達も署名を行った者達も西住流とは縁のない者達。

 

私の権限では止めることが出来なかった。

 

如何に卓上演習で優れていても、実戦、しかも殆ど練習すら出来ないぶっつけ本番で高校生を率いての試合。

 

しかも率いる学校は、プラウダは兎も角、貧乏で有名な継続と戦車道が衰退してしまったアンツィオ。

 

とてもまともな勝負にはならない、誰もがそう思った。

 

卑劣にも程がある、弱小校ばかり、練習期間も無い、指揮訓練の時間も無い、不利な条件ばかりを彼に押し付けた。

 

これで勝っても誰が評価すると言うのか、下らない自尊心を慰める為の愚劣な行為。

 

観戦する人々の大半が彼への同情を募らせる中、彼はまたも予想を覆した。

 

防御戦術を得意とするマジノ女学院、伝統に倣って指揮するOG。

 

その防御陣を、1枚1枚丁寧に引き剥がす様に局地戦を仕掛ける継続高校。

 

巧みな戦術で、まるで森が襲ってくるかのようにマジノ女学院側の戦車が1両、また1両と消えていく。

 

追い詰められた指揮官は追い立てられる様に山間部へ。

 

ここでも局地戦を仕掛けられ、次々に戦力が減っていく。

 

継続高校の優れた操縦技術、崖に重戦車を誘い込み、崖から転落させた技量は見事だった。

 

瞬時にそれを指揮した彼、それを可能にさせた継続の技量、継続高校が貧乏で無ければもっと一方的な試合になっていただろう。

 

そして護衛の車両だけになった指揮官。

 

次はどんな手を…そんな観衆の度肝を抜く大胆過ぎる戦法。

 

マジノ女学院が追い詰められた場所の後ろにある崖を意図的に崩し、一網打尽にしてしまった。

 

狙って山を崩すという手腕、それを実行に移せる胆力。

 

結局彼が乗ったフラッグ車は一度もマジノ女学院側に姿を見せる事無く、試合は終了した。

 

試合後、彼は連盟に注意されていた、崖を大規模に崩すという被害規模が大き過ぎる戦法を取ったのが理由。

 

だがそれに対して、彼は「禁止されてなかった、勝つために必要だった」と平然としていた。

 

嘘だ、彼なら他にいくらでも方法を思いついただろうし、あの時点でマジノ女学院側は虫の息だった。

 

では何故わざわざ崖を崩すなんて方法を取ったか。

 

彼なりの報復だったのだろう、無礼には無礼で、セオリーや暗黙の了解を一切無視して確実に、大胆に、相手に恐怖を与える方法を選んだ。

 

彼に、魔王の名前が付いた瞬間だった。

 

続く聖グロリアーナ戦、彼が率いるのは弱小校であり戦車道履修者が激減してギリギリ4両、それもセモヴェンテ2両にCV33が2両という目を覆いたくなる戦力しかないアンツィオ。

 

対する聖グロリアーナはチャーチルとマチルダⅡという鉄壁の布陣。

 

聖グロリアーナ側の指揮官が慢心か自信なのか判断が付かないが、同数で勝負すると言い出し、少数での戦いになった。

 

試合は終始、フラッグ車のCV33がチャーチルとマチルダⅡに追い回されるという展開。

 

セモヴェンテやCV33は散発的な攻撃をするだけで、反撃されると直ぐに逃げてしまう。

 

やはりアンツィオの戦車と選手では駄目か、観衆の誰もがそう思っていた時だった。

 

逃げ回っていたCV33が止まり、彼が姿を現した。

 

乗員が身を乗り出している時は極力狙わない、そんな戦車道の暗黙の了解を逆手に取った苦し紛れの抵抗かと思ったが、違った。

 

勝利を確信したが故の、行動だった。

 

隠れていたセモヴェンテが道に隣接するホテルの最後の柱を破壊し、建物が隊列を組んで進軍してきたチャーチルとマチルダⅡに襲いかかった。

 

回避など不可能なタイミング、瓦礫に埋もれる聖グロリアーナの戦車達。

 

たった1手で相手を全滅させた彼。

 

試合後、また彼は連盟に注意された、崖崩しほどではないがやはり被害が大きい。

 

生き埋めにされる選手の精神的ダメージを考慮し、急遽崖崩しビル崩しの禁止が大会規定に追加された。

 

それに対して、彼は平然としていた。

 

他にやり方はいくらでもあると言う事なのだろう。

 

サンダース戦では、彼は強豪校であるプラウダを率いた。

 

また局地戦や奇抜な作戦で戦うのかと思っていた観衆の期待を裏切る彼。

 

今度は正面から、圧倒的戦力と連携でサンダースを磨り潰していった。

 

その戦い方は、継続でのコソコソとした物でもなく、アンツィオの博打勝負でもなく、堂々とした王者の戦い方だった。

 

「驚いたわね…彼があそこまで堂々と戦うなんて」

 

「はい…まるで西住流のようです…」

 

観戦に連れてきたまほは驚きながら自分達のようだと評した。

 

みほは…手に汗握って彼の応援をしている。

 

継続、アンツィオでは圧倒的に劣る戦力故に局地戦と奇抜な作戦に終始しただけで、プラウダのような充実した戦力があれば西住流と同じ戦い方が出来る。

 

変幻自在な作戦立案力…型に嵌らない行動力。

 

考えてみれば当然である、彼は卓上演習だけで満足していたのだ。

 

実戦を知らない、故にセオリーや暗黙の了解を知らない。

 

知っていても無視する、相手に情けをかける必要がないから、一切の手加減を行わない。

 

「……面白いわね」

 

「お母様…?」

 

彼が、正式にどこかの流派を習ったら。

 

足りない経験や知識を補い、正道の戦い方を教える。

 

そうすれば、彼は王者として完成するだろう。

 

今のままでは駄目だ、無法と暴力を振り撒く魔王になってしまう。

 

今も逃げるフラッグ車を、執拗に駆り立てて追い詰めている。

 

嬲り殺しにも見える、あれもワザとやっているのだろう。

 

今のままではいけない、あれでは戦車道という道を壊してしまう、破壊者になってしまう。

 

彼に道を、王者としての道を教えなければ…。

 

今回の1件で彼に注目する流派や名家が増えるだろう。

 

下手な所に取り込まれたら西住流を脅かす存在になり得る。

 

特に彼の戦法に似ている島田流…あそこに渡すのだけは阻止しないとならない。

 

あの親馬鹿な島田流が娘を差し出すとは思えないが…方法はいくらでもある。

 

そう、方法はいくらでも……。

 

彼の母親は黒森峰のOG、伝手はある。

 

取り込む事が出来なくても、縁を結んでおいて損はない。

 

まほが丁度いい、彼の事を好意的に見ているし、私の後の後継者としての資格も才覚も十分。

 

彼と結ばれれば、西住流を繁栄させ、彼に正道を教える事が出来る。

 

顔も頭も性格も合格――家柄だけがネックだが、西住流は他の名家と違って実力主義、拘らないので問題ない。

 

娘の幸せを勝手に決めるようで心苦しいが…お見合いして駄目なら他の方法を考えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、まさか彼の母親が手当たり次第にお見合いの話を受けて、息子自慢をする親馬鹿だとは知る由もない西住しほ。

 

彼女の最大の懸念だった島田流まで彼にお見合いを申し込んでそこそこいい関係を結んでしまった事を知ると、頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンツィオ?知らない子ですねの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンダースの学園艦をケイさん達に見送られて旅立った俺は、熊本県熊本市に来ていた。

 

…………なんでだ。

 

次の目的地はアンツィオなんだけど、なんで俺はみほちゃん達の実家に居るんだ。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、どっしり構えてなさい」

 

そう言って笑う蝶野教官。

 

うん、原因が居たね、隣に。

 

サンダースは長崎県佐世保市を母港とする学園艦である。

 

その為、サンダースが寄港したのに合わせて陸地行きの飛行機に乗った。

 

そして福岡空港で一度降りて、アンツィオに行くのに1番早い方法を探していたら、ぽんと肩を叩かれた。

 

振り向いたら笑顔の蝶野教官。

 

「こんな所で奇遇ね、ちょっとお姉さんに付き合わない?」

 

と言いながらずるずると引き摺られて熊本行きの飛行機に乗せられた。

 

俺に拒否権はなかった。

 

奇遇も何も、俺の行動予定は連盟に電話で伝えているので役員である教官は全部知っている。

 

わざわざ空港で待ち構えて俺をどこに連れて行くのかと思えば、西住流本家。

 

みほちゃんの実家である。

 

お見合いで来た時以来だが、相変わらず立派な家だ。

 

お手伝いさんに部屋に通され、家主を待つ俺と教官。

 

教官の隣にはお土産の地酒、俺も一応明太子を持ってきた、自分のお土産として空港で買った奴だけど。

 

なんで教官が西住流本家を訪れたかと思ったら、何でもしほさんが家元を襲名するそうで、そのお祝いを告げに来たと言う。

 

それになんで俺を付き合わせるのかが分からない。

 

まぁ…俺も一度、まほさんとの関係について話さないとと思っていたので丁度いいかな…。

 

しほさんの指示であんな肉食ポンコツ行動取ってるみたいだし、まほさん。

 

「待たせたわね」

 

襖を開けてしほさんが入ってくる。

 

相変わらずビシッとした人だ、何人かの家元や流派の師範とは会ったことがあるが、1番格好いいのはしほさんだな。

 

自分にも他人にも厳しい人で、その厳しさがみほちゃんを追い詰めた。

 

その事に思うことは色々あるが、家庭の事なので下手に口出し出来ない。

 

「この度は、家元襲名おめでとうございます」

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとう、わざわざ来てもらって申し訳ないわね」

 

教官の言葉に続いて頭を下げる。

 

暫く教官としほさんの会話を黙って聞いていたら、話が終わったのかこちらに顔を向けてきた。

 

「長野君もわざわざありがとう、戦車道視察の最中だったのでしょう」

 

「いえ、期限は設けられてませんから」

 

大雑把な期限、いついつまでに着て下さい、来る際は連絡をお願いしますとしか言われてない。

 

その期日もかなり先に設定されているので急ぐ事はない。

 

「まほが、やっと黒森峰に来てもらえると喜んでいたわ。いい関係が続いている様で安心しました」

 

「あの、その事なんですけど…自分とまほさんが婚約者って、どこから出てきたんですか」

 

俺の記憶が確かなら、俺とまほさんはお見合いをしただけで婚約者でも許嫁でもない。

 

なのにまほさんはすっかり婚約者気分であり、これには俺も困っている。

 

自称許嫁のあの子よりはマシなんだけど…。

 

俺の母にも一応確認したが、知らないと言われたし。

 

「…?お見合いも成功したのだし、婚約者で間違ってないのでは?」

 

すっごい不思議そうな顔をされた。

 

「い、いえ、お見合いの結果はひとまず保留的なニュアンスだったかと…」

 

「そうだったかしら。まほが乗り気だから良かれと思って婚約者としたのだけれど」

 

乗り気だったのかまほさん…。

 

「あの、一応俺の意思という物もありまして…」

 

「まほに何か問題でも?」

 

キッと睨まれた、やだ怖い。

 

「い、いえ、まほさんに文句なんて無いんですが…」

 

「そうでしょう、まほは西住流後継者として立派に育っています、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘です」

 

面倒臭いなこの人…親馬鹿が滲み出してるぞ…。

 

横を盗み見ると教官が楽しそうに笑ってるし。

 

「ただその、自分自身が婚約者とか、そもそも結婚とかまだ考えられないんです。まほさんの気持ちは嬉しいんですが、自分のこんな気持ちではまほさんに失礼かと思って…」

 

「そうですか…ですが長野君、貴方はもう少し自分の立場という物を考えた方が良いわ」

 

「立場…?」

 

立場と言われても…俺はただの学生だ。

 

名家の生まれでもなければ、何処かの流派の人間という訳でもない。

 

「貴方は、戦車道卓上演習で前人未到の記録を打ち立て、さらに実戦試合でも大会規定が改定される程の戦果と結果を残した。その才覚と美貌を、他の流派や名家が放っておく事はないわ」

 

えぇ…放って置いて欲しいんですけど…。

 

「貴方が傷害事件に巻き込まれ、戦車道から身を引いた事で一時沈静化したけれど、今でも貴方を狙う流派や名家は多いのよ。それは西住流でも同じ、貴方を手に入れ身内にしたいと考えているわ」

 

家柄の為、名声の為、そして次に生まれる子に期待する為に、俺が欲しいって事か…。

 

その為に娘を差し出しても構わないと…。

 

今までお見合いをした子達を思い出す、どの子も家の期待を背負っているからか、積極的に俺に気に入られようとしていた。

 

それに、俺はただただ困惑していた。

 

恋や愛、恋愛経験が無いので偉そうな事は言えないが、女の子としてそれで良いのかと思ってしまう。

 

だが、家の期待に応えようと努力する彼女達を否定する事は出来ない。

 

「とは言え、私も人の親…まほが嫌だと言うなら無理強いをするつもりはないわ。そんな状態で交際を続けても双方の破滅しか待っていないですからね」

 

まほさんが嫌だと……言うのだろうか、西住流を守り、西住流であろうとする彼女が、西住流の為になる事を拒否するのだろうか。

 

こればかりは本人に聞かないと分からないな…。

 

「では、もしまほさんが本心では嫌だと、少しでも俺との婚約者である事に拒否感があるならこの話は無かった事にして貰えるんですね?」

 

「そうですね、まほがもしそう言うのなら考え直しましょう。無いと思いますが」

 

いや分からない、本当は嫌だが母の言うことだからと従い、無理しているからあんなポンコツな行動を取ってしまった可能性が高い。

 

嫌われている…とは思いたくないが、婚約者である事に拒否感を持っていないとは言えないからな。

 

黒森峰に行った際にちゃんと話をしよう、全てはまほさんの本心を聞かないと始まらない。

 

「まぁ…まほが駄目ならみほに任せるだけですが」

 

「ちょ」

 

なんでそうなるんですか。

 

だいたい、みほちゃんを放っておいて今更そんな事させるなんて虫が良すぎる。

 

「聞く所によると、貴方はみほと非常に仲が良いそうね…」

 

鋭い瞳で射抜かれる。

 

誰がそんな事を…と視線を横に向けると、蝶野教官が顔ごと視線を逸した。

 

犯人は貴女ですか!

 

「一度は勘当を考えた娘ですが、自分の戦車道を見つけ胸を張るあの子はもう西住流を汚す存在ではない。貴方の相手としてはみほでも問題ないでしょう」

 

「い、いえ、みほちゃんとは別にそんな…」

 

「ではみほとは遊びだったと?」

 

「違います違いますッ」

 

なんでそうなるんですか、勘当まで考えてたのにやっぱり娘が可愛いんじゃないですか親馬鹿じゃないですか。

 

「まさか…まほとみほ、両方をだなんて考えてるんじゃないでしょうね?」

 

「駄目よ長野くん、二股は良くないわ」

 

「考えてませんよ!?」

 

なんでここぞとばかりに口を挟んでくるんですか教官、味方が、味方が居ない…!

 

「確かにまほもみほも可愛い子よ、どこに出しても恥ずかしくないわ。英雄色を好むとも言いますし、貴方は若い、欲望が暴走してしまう事もあるでしょう…けれど、姉妹揃ってなんて駄目よお母さん許しません」

 

「だから考えてませんって!」

 

この人もうただの親馬鹿じゃないか!

 

本音ダダ漏れだよ!

 

「丁度いいです、貴方が無差別にお見合いを受けていた事も含めて話し合いましょうか。時間はたっぷりありますから」

 

「師範、丁度良い物がありますよ、お土産の地酒です」

 

なんか恐ろしいことを言い出すしほさんと地酒を差し出す教官。

 

教官ただ飲みたいだけでしょう!?あとお見合いを受けてたのは母であって俺の意思じゃありませんからね!?

 

「良いわね、私も秘蔵のお酒を出すとしましょう…長野君、今夜は泊まっていきなさい、いいですね?」

 

拒否権無いのに聞くとか鬼ですか貴女は…。

 

みほちゃん、みほちゃん助けて、この際まほさんでも良い、誰かタスケテ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンツィオの訪問は一応無事終了した。

 

カルパッチョは強敵。

 

アンチョビは可愛い。

 

ペパロニはマジ天使。

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョビ…何か悪いことしたかな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大人気のしぽりん登場です(´・ω・`)


え、誰も待ってない?(´・ω・`)



そんなー(´・ω・`)


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プラウ…

しょうがないにゃぁのび太くんは(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳のおりた島田邸。

 

島田流の本家であり、家元を襲名した島田千代の座する場所である。

 

その家主である島田千代は、今日の仕事を終えて自室へと戻ってきていた。

 

大学戦車道連盟の理事長と大学選抜強化チームの役員を務める彼女の仕事は激務だ。

 

それに加えて家元としての仕事や勉強もある。

 

だが家元としてその苦労をお首にも出さずに日々こなしている。

 

愛する娘に、恥ずかしい姿など見せられない彼女のプライドだ。

 

その愛する娘は、現在大学の選抜合宿で不在。

 

寂しい夜を過ごしている。

 

「今日は特別忙しかったわね…こういう時は…」

 

自室に入り、肩を解しながらタンスへと近づく。

 

そして入念に隠してある引き出しの奥から、細長い棒状の道具を取り出す。

 

電池を確認し、使える事を確かめると今度はテレビ台へと近づいて戦車道関連の資料の中に隠した秘蔵のDVDを取り出してセットする。

 

「娘にはとても見せられないわね…」

 

頬を染めながら、衣類を脱ぎ捨てるとクローゼットの奥からこの後の秘め事の為に使う衣装を取り出して羽織る。

 

そしてセットしたDVDを起動し、ベッドの横に座ると大事に持っていた棒状の道具のスイッチを入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『回れ無限軌道!響け砲音!全て踏破し突き進むんだ!』

 

 

 

 

「きゃーっ!叢真くーん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビ画面に流れる、どこぞの青年のライブ映像。

 

ファンクラブ限定法被を着込み、棒状の道具…七色に光るペンライトを振り回す島田流家元。

 

まるで韓流スターに熱狂する中年女性のような姿。

 

とても愛娘には見せられない姿だった。

 

「はぁ~、やっぱりドーム公演の時の叢真くんは格別ね~」

 

テレビ画面を見つめてうっとりする島田流家元。

 

とても愛娘には見せられない姿だった。

 

どこぞの青年の中学時代、戦車道イベントの生ライブの映像を楽しむ島田流家元…いや、この姿はただのちよきちである。

 

「あの事件さえなければ今もアイドル活動を続けて、歌ももっと出してくれてたでしょうに…思い出すだけで腸が煮えくり返すわ…!」

 

ギリギリとペンライトを握り締めるちよきち、お高い七色ペンライトが悲鳴を上げている。

 

「事件以来訪ねて来てくれなくなって、愛里寿にも会ってくれなくて…その上戦車道から身を引いて音信不通…叢真くんの居場所を聞いて回る愛里寿が不憫でならなかったわ…」

 

よよよ…と涙をハンカチで拭うちよきち。

 

自分の娘が唯一心を許した人物が突然遠くに行ってしまい、消沈する愛娘の姿に心を痛めた。

 

何とか所在を調べようとしたが、青年の両親の反発、戦車道連盟の妨害で調べる事が出来なかった。

 

心を病んで入院している、海外で新しい生活を始めている、何処かに監禁されている、様々な憶測が流れたが、まさか大洗なんてど田舎学園艦に居たとは思わなかったちよきち。

 

戦車道を復活させた大洗の監督役として活動し、今も少しずつ戦車道に復帰し始めている。

 

「この調子なら、そのうちアイドル活動も再開してくれる筈…!復帰ライブとか開いてもらえる様に連盟本部に進言しなくちゃいけないわね…!」

 

職権乱用である。

 

愛娘にはとても見せられない姿である。

 

「でもその前に愛里寿に会いに来て欲しいわねぇ…」

 

あの事件さえなければ、自分が彼の義理母になれていたのに…と勝手な妄想を口にするちよきち。

 

娘は現在13歳、犯罪である。

 

「今頃何してるのかしら、叢真くん…」

 

窓の外の月を見上げながら、嘆息するちよきち。

 

まさか、ライバル視している西住流本家で、酔った西住流2人に絡まれているとは思うまい。

 

10回を超えた西住流の教えを聞かされ、内心泣きながら助けを求めているとは思うまい。

 

「次はエキシビジョン応援ライブにしましょう、ライブ衣装が素敵なのよね~」

 

いそいそと次のDVDをセットするちよきちが気付くなんて奇跡は起こらない。

 

島田流家元の人には言えない秘密の遊びは、夜が更けるまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラウ…何、アンツィオだと!?の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二日酔いじゃないのに頭が痛い…」

 

飛行機の中、座席に深く座りながら頭を押さえる。

 

結局日付が変わるまで何度も何度も西住流の教えやらなんやらを説かれた昨日。

 

蝶野教官は相変わらずの擬音だらけの説明で何を言っているのか全く分からない。

 

そして酔いが回ったしほさんは西住流の鉄の掟を何度も俺に説いてくる。

 

お手伝いさんはニコニコと笑顔でお酒を追加するだけで助けてくれない。

 

結局俺は2人が満足するまでお茶を飲みながら耐えるしかなかった。

 

帰宅したみほちゃんのお父さんは、部屋の惨状を見るなり引っ込んでしまった。

 

一瞬で状況を判断して逃げた、流石はしほさんの旦那さんである。

 

「酒臭くないよな…」

 

スンスンと腕や胸元の匂いを嗅いでみる。

 

真横という至近距離でお酒臭い息を吐かれ続けたのでなんだかまだ酒の匂いがする気がする。

 

アルハラ怖い…。

 

『間もなくアンツィオ学園艦、アンツィオ学園艦です』

 

機内アナウンスが流れる、熊本からなので時間がかかったがやっと到着出来たか…。

 

既に時間は学校終了を示している、連絡はしてあるが遅くなってしまった。

 

飛行機は滑走路へと着陸。

 

こうして飛行機で着陸して訪れるのは随分久しぶりだ、いつもはパラシュート降下で訪問してたからなぁ。

 

減速していく飛行機の窓から外を眺める。

 

「――――は?」

 

ビキリと硬直する俺。

 

滑走路の横に、横断幕や巨大な旗が風に靡き、見知った顔が勢揃い。

 

歓迎!長野叢真!と書かれた横断幕で一発で俺の歓迎と分かる。

 

振り回される旗には俺の似顔絵がリアルに描かれている、それがブンブンと振り回されている。

 

「何かしらあれ…」

 

「なんだ、アイドルでも乗ってるのかこの飛行機…?」

 

観光客らしいカップルや俺を知らない一般人が不思議そうにしている。

 

いやあああああ恥ずかしいいいいい!

 

思わず顔を押さえて座席に蹲る。

 

他の乗客が降りたのを確認し、最後に搭乗口へ。

 

俺が姿を現すと歓声が上がった。

 

「よく来たな叢真!アンツィオをあげて歓迎するぞ!」

 

嬉しそうなアンチョビの声、戦車道履修者の大歓声と旗を振り回すペパロニ、ニッコリ微笑むカルパッチョ…。

 

俺は無言でタラップを降り、滑走路にちょんと足を付けたら、そのままタラップを登って機内へ。

 

「すみません、帰りの飛行機ってこれで良いんですよね」

 

「え、あのお客様…?」

 

「う”わ”あ”あ”あ”あ”あ”!!なんで帰るんだ叢真ぁぁぁ!?」

 

アンチョビが叫び声を上げながらタラップを駆け登り、俺の腰に抱きついて来た。

 

「あんな派手な歓迎されたら誰だって逃げるわ!一般のお客さんの視線が恥ずかしくて堪らんがな!」

 

「そんなことを言うなよぉぉぉ!皆お前が来るのを楽しみにしてたんだぞぉぉぉ!」

 

「そうですよ叢真さん、帰るなんて酷いです」

 

ヒェッ!

 

背後にいつの間にかカルパッチョが居た、そして背中に張り付いてくる。

 

「旦那ー!なんで逃げるんすかー!酷いっすよー!」

 

更にペパロニが来て俺の腰にタックルしてくる。

 

「お前達、絶対に叢真を逃がすんじゃないぞ!」

 

「はい、逃しません!…絶対に」

 

「了解っすよドゥーチェ!」

 

「何するだー!離せ!?」

 

そう言って俺を逃すまいと全力で抱きついてくる3人、苦しい苦しい痛気持ちいい!

 

すると、ポンポンと肩を叩かれた。

 

「お客様。……外でやれ」

 

青筋浮かべたスチュワーデスさんが親指をクイッとしながら立っていた。

 

ゴメンナサイ…。

 

外に追い出され、周りにアンツィオの選手達が群がってくる。

 

相変わらずのノリと勢いだ。

 

「ほら見ろ叢真、皆お前を待っていたんだぞ、帰るなんて言わないよな!?」

 

「分かった、分かったからその恥ずかしい横断幕や旗はしまってくれ…」

 

空港のお客さん達に滅茶苦茶見られてる…カップルに撮影されてる…。

 

「さぁ叢真さん、歓迎パーティーの準備は出来てますよ、行きましょう」

 

そう言って俺の腕を組んで連れて行こうとするカルパッチョ。

 

「ちょい待ち!会場はそっちじゃないだろカルパッチョ!」

 

そんなカルパッチョをガシッと掴んで止めてくれるペパロニ。

 

え、俺何処に連れて行かれようとしてたの…?

 

「チェ…あらいけない、私ったら間違えちゃいました♪」

 

テヘペロと笑うカルパッチョ。

 

あの、今舌打ちしたよね…?

 

その後、アンチョビを先頭に俺の歓迎会の会場へと移動する面々。

 

大人数での移動だったので凄い見られた…。

 

案内されたのは戦車道の授業でも使われるコロッセオ。

 

そこに試合後の宴会同様豪華な料理が並んでいる。

 

戦車道履修者達による手作りだ。

 

…この熱量を他に回したら…いや、何も言うまい…。

 

「さぁ!叢真の来艦を祝って!いただきまーす!」

 

『いただきまーす!』

 

乾杯じゃなくて頂きますな辺りがアンツィオらしい。

 

「叢真さん、どうぞ」

 

「ありがとうカルパッチョ……何も入ってないよな?」

 

冗談でそんな事を言ったら、ふいっと視線を逸らされた。

 

オイィィィィィ!?

 

「冗談ですよ、そんな事する訳ないじゃないですか」

 

ほんとぅ…?

 

「料理を作ったのも盛り付けたのもペパロニですよ」

 

「頂きます」

 

うん、美味い。

 

流石ペパロニだ。

 

「ペパロニなら良いんですね…酷いです差別です」

 

君は今まで俺に何をしてきたかを思い出してみようか?

 

「愛情表現です」

 

ストレートに重いよ!重戦車ばりに重いよ!

 

「楽しんでいるか叢真!」

 

「まぁそれなりに…」

 

アンチョビがパスタとピザを両手にやってきた。

 

しかし良いのだろうか、一応戦車道の授業の一環として訪れているのだが。

 

まともな活動なんて聖グロの紅白戦しかやってないぞ…。

 

サンダースでもケイさんの家でホームパーティーして泊まっただけだし…。

 

「遠慮なんてするなよ、アンツィオはお前の第二の故郷でもあるんだからな!」

 

そう言ってバンバンと肩を叩いてくるアンチョビ。

 

その気持ちは嬉しいが、そんな風に言われる程来てたっけな俺…。

 

聖グロ、サンダース、プラウダに比べたら遥かに多く訪れてるけど。

 

何せ他の学校は戦車道の活動の一環で呼ばれていたが、アンツィオだけは学校全体をあげての来訪要請である。

 

アンツィオの奇跡で連盟からの報奨金が出た事で、少しとは言え潤ったアンツィオ。

 

そのために学校全体で俺を歓迎する状態だった。

 

学園長に戦車道の立て直しを相談され、有能な生徒をスカウトする事を提案。

 

その結果入学したのがアンチョビだった。

 

いや、俺は多数の生徒と言う意味で提案したのだが、アンツィオはお金が無かったのかアンチョビ1人しかスカウト出来なかった。

 

その結果、アンチョビ1人にアンツィオの戦車道立て直しの責任が伸し掛かった。

 

俺がストーカーに襲われて戦車道から離れても、アンツィオにだけは訪れた理由が、俺の迂闊な提案で苦労しているアンチョビを放っておけなかった、と言うのがある。

 

立て直しに尽力するアンチョビの姿を見て、感化されたのもあるが。

 

彼女の戦車道に対する真っ直ぐな姿勢に、彼女相手なら大丈夫だと安心していたのも理由の1つか。

 

ペパロニとカルパッチョが入学するまで、あーでもないこーでもないと2人で話し合ったのが懐かしい。

 

年上なのだが、お前とは対等な関係で居たいと言われて俺も敬語を止めた。

 

高飛車な所もあるが、明るくさばけた性格の彼女とは、異性の友人という関係を結んでいる。

 

ダージリンみたいな突飛なポンコツ行動や、ケイさんみたいな過剰なスキンシップ、ノンナさんみたいな盲信が無いから安心出来る。

 

何せ乙女の中の乙女だしアンチョビ。

 

彼女が恋愛小説を愛読している事を俺は知っている…。

 

「今日は泊まっていってくれるんだろう叢真、旅の疲れを癒やして明日戦車道の様子を見てくれ」

 

「あぁ、ありがとうアンチョビ」

 

良かった、ちゃんと連盟からの仕事が出来そうだ…。

 

宴会は暗くなるまで続き、ちゃんと片付けに入る面々。

 

この辺りはアンチョビの教育の賜物だ。

 

「叢真さん、こちらへどうぞ。学校の大浴場を戦車道関係者で貸し切ってありますから入って行って下さい」

 

「な、なんだか悪いな…」

 

どの学園艦も、何故か学校内に大浴場を持っている。

 

部活動などで流した汗を流す為なのだろうけど、豪勢な事だ。

 

大洗もスーパー銭湯ばりの大浴場があるしな、入った事無いけど。

 

あぁ…継続だけは無いんだよな大浴場、サウナはあったけど。

 

カルパッチョに案内されてアンツィオの大浴場へ。

 

既に授業は終わっているので学校に人気は無く、節電のためかあちこち明かりが落ちている。

 

大浴場の入り口には、戦車道関係者貸し切り・一般生徒入浴禁止と書かれていた。

 

わざわざ俺の為に貸し切ってくれるとは…なんだか悪いことをしている気分になる。

 

「それじゃ私はこれで。入浴が終わったらまたコロッセオに来て下さい」

 

「ありがとうカルパッチョ」

 

一瞬、彼女も入ろうとするのではないかと警戒したが、素直に戻るようだ。

 

「私は今は入りませんよ、片付けが残ってますから」

 

俺の考えを見透かしたのか微笑んで安心して下さいと言うカルパッチョ。

 

そうだよな、いくら何でもカルパッチョでもそこまで直接的な事はしてこないよな。

 

そんなどこぞのカンテレ使いのような真似しないよな。

 

安心してカルパッチョから手渡されたタオル片手に大浴場へ。

 

学校の生徒達が使うだけあって脱衣所も広い。

 

手早く制服を脱いでカゴに畳んで入れ、タオルを腰に巻いて大浴場へ。

 

「………何このローマ感…」

 

大理石柄の床に巨大な石柱が並ぶ湯船。

 

凄い、ローマよりローマっぽい大浴場だ。

 

あ、でも壁際にシャワーとか風呂桶とか置いてある、この辺は日本風だ。

 

「こんな大きな風呂に入るのなんて、何年ぶりだ…」

 

大洗学園ではシャワーか自室の狭い湯船だからな…。

 

祖父とのキャンプ訓練で帰りによく温泉に入るが、あそこは小さいからな…。

 

シャワーの前に座り、身体を洗う。

 

汗を流したら巨大な湯船へ。

 

これも初代学園長のアイディアなんだろうなぁ、きっと。

 

丁度いい温度の湯船に入る、タオルは頭の上、湯船につけない。

 

「はぁ…極楽極楽…」

 

手足を伸ばせる湯船って良いな…こんなお風呂を使えるんだから女子は羨ましい。

 

そう言えば自動車部が戦車倉庫の裏にドラム缶風呂を設置したとか言ってたな…。

 

どこで男子が見ているか分からないんだから使用禁止!と園さんに怒られたので使っていないらしいが。

 

ちょっと板か何かで囲ってやれば使えそうだよな…ナカジマさんにお願いして使わせて貰うか。

 

「ふ~…アンツィオが終わったらプラウダ行って、気が進まないが継続行って…黒森峰か」

 

プラウダはノンナさんだけ注意すれば良いが、継続はなぁ…ミカさんが居るんだよなぁ…。

 

丁度良く行方不明にならないかな…アキちゃんか最悪ミッコが居れば良いんだし…。

 

嫌いじゃないけど苦手なんだよなあのカンテレ使い…。

 

黒森峰に行ったらまほさんとちゃんと話し合わないとな…。

 

「ん…?」

 

何だか脱衣所のほうが騒がしい…?

 

「いちばーん!」

 

「私にばーん!」

 

「ちょっと、ちゃんと身体洗いなさいよね?」

 

「貸し切りだ―!ひゃっはー!」

 

げぇ!生徒が入ってきた!?

 

なんで…貸し切りって…!

 

慌てて巨大な柱の影に隠れる、湯船の奥の方に居たので幸い気付かれてない。

 

急いでタオルを腰に巻く、大変な事になったぞこれは…。

 

「全員見覚えがある…戦車道の選手全員じゃないか…」

 

あれはジェラート、あっちはパネトーネ…間違いない、戦車道履修者だ。

 

あれか、戦車道関係者だから入ってきちゃったのか…!?

 

カルパッチョ、俺が入ってるって伝えなかったのか?

 

俺が入っている事を知らない生徒達は、手早く身体を洗うとどんどん湯船に入ってくる。

 

湯気が濃くて良かった、何故か顔以外が覆われて見えない、何者かの意思で見せられないよ!とガードしているかの様だ。

 

困った、今更声を掛けて出ていって貰うのは…無理だな、覗きとか痴漢と思われるだけだ。

 

慕ってくる選手達に痴漢と思われるとか何それ死ねる。

 

な、何とかこの場から逃げないと…。

 

「――――あ」

 

「……………」

 

巨大な柱の影から静かに離れて後ろを振り向いたら、真顔で立つアマレットの姿。

 

「あ、アマ――――むぐっ!」

 

「ん~?どーしたアマレット?」

 

「なんでもなーい……ふふふ」

 

言い訳を口にしようとする俺の口をアマレットの手が塞ぎ、その勢いで柱に押し付けられる。

 

その水音に気付いた、声からしてジェラートの言葉に、アマレットはシレッと答えて…笑った。

 

アマレットのお蔭でジェラートに気付かれなかったが…これは…。

 

「なぁ~にやってるんすか長野さ~ん」

 

小声で問い掛けながらにじり寄るアマレット。

 

その表情は非常に楽しそうな…三日月笑い。

 

口が三日月みたいにニヤァァァ…と開いている。

 

「あ、アマレット、これは違う、誤解なんだ…!」

 

「誤解も何も無いっしょ~、女湯に入るなんてもうそう言う事っしょ~?」

 

小声で弁明をするが、アマレットはニヤニヤと笑って顔を近づけてくる。

 

「騒がないで欲しいっすね~、困るのは長野さんの方なんすから~」

 

そう言いながら身体に巻いていたタオルを片手で脱ぎ、もう片方の手で俺の背後にある柱をドンと叩く。

 

「ちょ、アマレット!見える、見えてしまうから…!」

 

慌てて目を逸らす、年頃の女の子がなんて事を…!

 

「いいんすよ見て。長野さんだけ特別っすから」

 

そう言って俺の顎を掴んでグイッと正面を向かせてくる。

 

戦車道選手だけあって凄い握力と腕力。

 

眼前にはアマレットの顔と、彼女の瑞々しい肢体。

 

ど、どうすれば…!

 

 

 

――――そうだ、目をつぶっちゃえばいいんだっ!――――

 

 

 

それだ!ナイスだ脳内阪口!

 

桂利奈ちゃんかしこ~い!帰ったらアイスを奢ってやろう!

 

「いいんすか目瞑っちゃって…アタシに好き放題されちゃいますよ~」

 

「ヒェッ!?」

 

ツツツーと胸板を指でなぞられた。

 

目を瞑ると何をされるか分からなくて恐怖倍増なんですけど!

 

慌てて目を開けると、アマレットが楽しそうに笑っていた。

 

「そうそう、ちゃ~んとアタシの事見てくれないと寂しいじゃないっすか~」

 

そう言いながら俺の顎をクイッと掴んで視線を下に下げてくる。

 

見えてしまう!と思ったら、湯気が濃くてよく見えなかった。

 

グッジョブ!ベリーナイス!良くやった湯気!

 

思わず蝶野教官みたいに脳内で叫んでしまったが、よかったこれなら大丈夫…大丈夫じゃない依然としてピンチだ。

 

「あ、アマレット、反省したんじゃなかったのか…!」

 

ペパロニに連れられてちゃんと謝りに来たじゃないか、お前はそんな事をする悪い子じゃないだろう?

 

「そんな事言われても、長野さんが悪いんじゃないっすか~。女湯に侵入して、アタシ達の裸見てたんだから…」

 

「誤解だ…!俺は最初から入ってて…!」

 

「ふ~ん、つまり入ってアタシ達を待ってたと…誘ってるんすね?」

 

どうしてそうなる。

 

事故である、神に誓って事故なのである。

 

「まぁどっちでもいいんすよ…他の連中にバレたくないっすよね…?」

 

「……た、助けてくれるのか…?」

 

一抹の望みに賭けて聞いてみる。

 

するとアマレットはニィィィ…と口を釣り上げて笑い、目を見開いた。

 

「ちょ~っと声を我慢して大人しくしててくれたら…助けてあげるっすよ長野さん…♪」

 

そう言ってペロリと舌舐めずりするアマレット、その見開かれた瞳にはドロドロに燃えるハートマーク。

 

ヒェッ!?

 

喰われる、そう思った次の瞬間だった。

 

「はぅっ!?」

 

呻き声を上げて崩れ落ち、湯船に沈むアマレット。

 

その後ろには、笑顔を浮かべたカルパッチョの姿。

 

 

――――おそろしく速い手刀、オレでなきゃ見逃しちゃうね――――

 

 

誰だお前。

 

「ご無事ですか叢真さん」

 

「か、カルパッチョ…」

 

手刀の構えのままで問い掛けてくるカルパッチョ。

 

ちゃんとタオルを巻いている、良かった。

 

「全くもう…懲りない子ねアマレットも」

 

そう言って、お湯にぷかりと浮かぶ気絶したアマレットを仰向けにして、柱の陰から連れ出すカルパッチョ。

 

「ごめんねみんな、アマレットがのぼせたみたいなの、連れて行って休ませてもらえる?」

 

「了解っすカルパッチョ姐さん、大丈夫かアマレット」

 

「しょうがねぇなぁ、ほら行くぞー」

 

近くに居た子達にアマレットを差し出し、連れて行かせるカルパッチョ。

 

君達、もうちょっと優しく丁寧に連れて行ってあげなさい…そんなおっぴろげ状態で連れて行ったら可哀想でしょう…。

 

湯気で全く見えないが、かなり恥ずかしい格好で連れて行かれるアマレットにちょっと同情する。

 

「さ、今の内ですよ叢真さん、こっちへ」

 

「か、カルパッチョ、何処へ…?」

 

視線がアマレットに集まっている隙に、俺を湯船の奥へと誘導するカルパッチョ。

 

そっちは脱衣所とは反対側なんだが…。

 

だがこのままここに居ると大変な事になる、俺は見つからない様にカルパッチョの後を追う。

 

うぅ、なんでこんな事に…これじゃまるで週間少年跳躍のお色気漫画じゃないか…。

 

湯気で全然見えないからあの手の漫画よりはマシだけど…。

 

カルパッチョに連れられて辿り着いた先は、大浴場の外れにある洞窟風の風呂だった。

 

メインの湯船からは遠く、人が来る気配はない。

 

「ここ、外れにあるせいで殆どの生徒が知らないんですよ」

 

なるほど、ここならあの子達が来る事も無いか…。

 

「湯冷めしちゃいますよ、ちゃんとお湯に浸からないと…」

 

そう言いながら俺の肩を掴んでお湯に入る様に押してくる。

 

考えてみれば俺はほぼ全裸なのだ、身を護るのは腰のタオルだけ、あまりにも防御が薄い。

 

八九式の装甲よりも頼りない。

 

カルパッチョの言う通り湯船に入る、タオルをお湯に漬けてしまったが許されるだろう。

 

「お隣失礼しますね」

 

カルパッチョが俺の隣に静かに座る、長い髪を纏め、タオルで包んでいる。

 

剥き出しになったうなじが、妙に色っぽい……ハッ!俺は何を考えてるんだ…!?

 

慌てて視線を天井に向ける、剥き出しの岩盤が一面に広がっている。

 

「ごめんなさい叢真さん、あの子達に叢真さんが入ってる事伝え忘れちゃって…」

 

忘れてただけか、それなら仕方ない…の…だろう…か…?

 

と言うか、何故知っている貴女は平然と入ってきているのか、そこが知りたい。

 

「ちゃんと言ったじゃないですか、今“は”入らないと…」

 

やだカルパッチョズルい。

 

表には大勢の選手達、隣にはカルパッチョ。

 

依然として俺のピンチは継続中だった。

 

 

 

――――風はね、いつも君の隣に居るのさ――――

 

 

 

その継続じゃないから、帰ってどうぞミカさん。

 

「心配しなくても、何もしませんよ?」

 

ほんとぅ…?

 

「だって、こんな声が響く場所でなんて…あの子達に気付かれちゃいますから」

 

よしこの話は終了!閉廷!解散!

 

追求すると危ないので黙って上を見上げる。

 

「叢真さん、何かありました?」

 

「何かって…何が?」

 

なんかサンダースでも同じ様なやりとりがあったぞ。

 

「だって、いつも以上に無警戒ですよ?こうやって寄り添っても、逃げないじゃないですか」

 

違います逃げ場が無いんです。

 

逃げられるなら逃げてます。

 

「悔しいですね…私達じゃ、ドゥーチェじゃ変えられなかった貴方を、大洗の人達は変えた…悔しい、凄く悔しい…!」

 

「カルパッチョ…?」

 

俯いて、肩を震わせるカルパッチョ。

 

珍しい、彼女のこんな姿なんて見たことがない。

 

「私、幼い頃から戦車道をやっていました。勿論叢真さんの事はよく知ってます、何度も貴方の試合を見ました、貴方の指揮下で戦えたら、そんな想像をして練習に励みました…」

 

「カルパッチョ…」

 

「ファンクラブに入って、試合の応援にも行って、ずっと見てきました…ずっとずっとずっと…ずぅぅっと…」

 

ヒェッ!?

 

な、何か怖いよカルパッチョ…?

 

「貴方が事件に巻き込まれて入院したと聞いた時は心が張り裂けそうでした…犯人を八つ裂きにしてやりたいと何度も思いました…」

 

胸の前で手を組んで悔やむように呟くカルパッチョ。

 

「戦車道から離れて、音信不通になった叢真さん……そんな貴方がアンツィオにだけはよく顔を出すと知って、私はここに来たんですよ?」

 

初耳だ、なんでアンツィオに来たのか訪ねた時は内緒と言われたが俺が理由だったのか…。

 

「アンツィオに来る叢真さんと触れ合う度に、ドゥーチェと語り合う貴方の姿を見る度に、尊い、守らないとと思いました。傷ついた貴方を、ドゥーチェなら癒せる、アンツィオなら立ち直らせられる、そう思っていました」

 

けれど、と言葉を切って彼女は顔を上げた。

 

思わず鼓動が早くなる微笑みだった。

 

「貴方を癒やしたのは、貴方を知る人が居ない大洗でした。たかちゃんに聞きました、大洗には、叢真さんの事を知っている人は、西住さんと会長さん達だけ、あとの人達は叢真さんの昔を知らない初心者ばかりだと」

 

彼女の言う通り、大洗に俺の過去を詳しく知るのはみほちゃんと秋山さんだけ。

 

会長達も、アンツィオ経由で知ったに過ぎない。

 

その会長から触りだけ聞かされただけの戦車道履修者達。

 

「そんな環境だから、貴方を癒やす事が出来たんでしょうね…悔しい、本当に悔しい…」

 

「カルパッチョ…」

 

「でも――――」

 

小さく呟くと同時に、肩を押された。

 

装填手らしい腕力で強引に湯船の端に押し付けられる。

 

「感謝してます…だって叢真さんが、こんなに無防備に、私の前に居てくれるんだから…♪」

 

「ヒェッ!?」

 

伸し掛かるように俺の肩に手を置いて、上から見下ろすカルパッチョ。

 

その瞳には、ドロドロと燃えるハートマーク。

 

ピンク色の唇を、ペロリと舐める赤い舌。

 

結局こうなるの!?良い話だったのにこうなるの!?

 

「ダメです、ダメですよ叢真さん、こんな無防備に、私の前に居るなんて…我慢なんて、出来るわけないじゃないですか…!」

 

「そこは我慢しよう!?」

 

欲望に流されるのよくない!

 

 

 

――――だから無防備誘い受けをどうにかしろと言ったのだ長野殿――――

 

 

 

うん、どうにか出来るならどうにかしたよ、でも忠告ありがとうなカエサル!

 

でも今は君の幼馴染をどうにかして欲しいな!

 

「安心して下さい叢真さん、私も経験はありませんけど、2人で手探りで頑張りましょう…?」

 

私“も”ってなんだ“も”って、なんで俺が経験無い事知ってるんだ!

 

「さぁ叢真さん…力を抜いて…ね…?」

 

「た…た…助けてペパロニ!」

 

「合点承知ぃ!」

 

「え――――はぅっ!?」

 

思わず溢れた言葉に、電光石火で応えるのは、頼りになるアホの子、ペパロニだった。

 

見事な回し蹴りでカルパッチョの意識を刈り取るペパロニ…ちょ、いくらなんでも乱暴過ぎないか!?

 

大丈夫かカルパッチョ!?

 

「きゅ~~……」

 

……気絶してるだけか。

 

戦車道乙女って頑丈な子多いな…。

 

「大丈夫っすか旦那、自分が来たからにはもう安心っすよ!」

 

あぁうん、安心なんだけどさ…。

 

「前を隠せお馬鹿!仁王立ちをするな!」

 

湯気が無ければ即死だった、俺が。

 

「あ、いっけねぇ、急いで来たからタオル外れちった…貧相な身体見せちゃって申し訳ないっす旦那」

 

お前の何処が貧相なんだ、色々な人に謝れ。

 

可愛い女の子なのにこれである、ペパロニの将来が不安になる。

 

「しかしどうして俺が危ないと分かったんだペパロニ」

 

カルパッチョが溺れない様に気を付けながら、顔を壁の方に向けて問い掛ける。

 

「いや~、アンチョビ姐さんが旦那を探してたのと、カルパッチョの姿が無かったんでもしやと思って来てみたら、脱衣所に旦那の服があったんで」

 

それだけでここに駆け付けてくれたのか、野生の勘だな…。

 

その後、ペパロニの号令で大浴場に居た選手たちは上がり、俺は無事に大浴場を脱出出来た。

 

カルパッチョはペパロニが連れて行ってくれた。

 

いやはや…過去最高に危なかった…。

 

嫌だぞ、痴漢で明日の新聞に載るのも、カルパッチョに襲われるのも。

 

いや、カルパッチョの気持ちは嬉しい、嬉しいんだが、やっぱりその、そういう事はお互いの事をもっとよく知り合って、お互い合意の上でちゃんとムードとかそういうのを整えてから…。

 

ちゃんと告白とかしてからと言うか…。

 

 

 

 

――――乙女か――――

 

 

 

 

うるさいよ冷泉さん。

 

仕方ないだろ、こちとら恋愛経験ゼロなんだから。

 

迫られてもどうしたら良いか分からんのだ、前は対人恐怖症が出るから全力で逃げてたけど。

 

「おぉ、叢真、どこ行ってたんだ?」

 

「大浴場だけど」

 

「え”…大浴場って、さっきまでうちの子達が入ってたぞ…?」

 

危なかったよ、本気で社会的な意味での命の危機と貞操の危機だったよ。

 

「ペパロニが来てくれて助かった」

 

「そ、そうか…無事だったなら良かった。それで、今日泊まる宿なんだが…」

 

市街地にあるホテルだろうか、観光客が多いからアンツィオにはホテルが多数ある。

 

大洗だと民宿しかないんだよな…。

 

「ペパロニがホテルの予約を忘れててな…部屋が取れなかった…」

 

なん…だと…?

 

ペパロニ…お前…上げて落とすとか…お前…。

 

まぁ仕方ないか…今から部屋探しか、見つかるだろうか…。

 

「それで学生寮として貸し出されてる一軒家になってしまったんだが…」

 

「なんだ、部屋があるならそう言ってくれよアンチョビ」

 

泊まれるなら何の問題もない。

 

ビックリさせて、アンチョビも人が悪いな。

 

「と、と言う訳で案内するぞ……ごめんな叢真…」

 

「なんで謝るんだアンチョビ」

 

妙にアンチョビがソワソワしている。

 

彼女の案内で辿り着いたのは、住宅街の一角にあるイタリア風の一軒家。

 

石造りのガッシリとした家だが、鍵を開けて入った部屋の中は一般的な家の作りだった。

 

アンツィオの雰囲気に合わせる為にこんな見た目になってるのか…。

 

「遠慮しないで上がってくれ。えぇっとスリッパはどこだ…」

 

「それじゃお言葉に甘えて」

 

部屋の中は綺麗に掃除されていて、お洒落な小物や植物が置かれていてセンスが良い。

 

「今飲み物を用意する、座って待っててくれ」

 

「あぁ……」

 

アンチョビに言われるがままソファに座る、サンダースみたいに生徒が暮らす為の家なのだろうか。

 

小物とか色々揃えられてて、まるで誰かが住んでいるかのよう……。

 

いや、待て、これ間違いなく誰か暮らしてるだろ!?

 

なんか部屋中に良い匂いがしてるし、生活感があるし!

 

「たっだいまーっす!」

 

俺が口を開こうとしたら、玄関からペパロニの元気な声が響いた。

 

ただいまって事は…。

 

「あ、旦那いらっしゃいっ!狭い家だけど自由にして欲しいっす!」

 

やっぱりここ、ペパロニの家か!?

 

「アンチョビ、どういう事だ、なんでペパロニの家に…!」

 

「いや、ペパロニが自分の責任だから自分の家で面倒見ると言って聞かなくて…部屋も余ってるって言うからそれなら良いかなと思って…」

 

「そうっすよ、気にしないで泊まっていって下さい、今から部屋探したら大変っすから!」

 

いや、そうだけど、でも女の子の家に泊まるなんて………。

 

………俺、ケイさんの家に泊まってたわ。

 

部屋があるなら良いか…。

 

ペパロニだし。

 

彼女なら安心だ。

 

「それじゃお世話になる…」

 

「まっかせて下さい、早速夜食作りますね!」

 

いや、それは良い、お腹いっぱいだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――コンコン――――

 

「………?どうぞ」

 

ペパロニの家に泊まる事になり、案内された部屋で寛いでいたら、控えめなノックの音が響いた。

 

「お、お邪魔するぞ…」

 

「アンチョビ…どうした、何か用か?」

 

扉を開けておずおずと入ってきたのは、寝間着のパジャマに着替えたアンチョビだった。

 

髪型もいつものウィッグ疑惑のあるドリルツインテールではなく、一纏めにされた三つ編み。

 

そこそこな付き合いだが見たことがない姿だった。

 

ペパロニだけだと不安だと言って、彼女も今日はこの家に泊まる。

 

「その…だな…あの…」

 

言い難い事なのか顔を赤くしてモジモジしている。

 

なんだかみほちゃんを連想する姿だ。

 

しばらくモジモジモゴモゴしていたアンチョビだが、後ろ手に隠していた物を取り出した。

 

………耳かき?

 

「み、耳掃除してやる!ありがたく思え!」

 

何を唐突に。

 

なんで耳掃除なんて…。

 

もしかして横から見える位汚いのだろうか、思わず小指を突っ込んでしまう。

 

……あんまり汚れてないと思うんだが。

 

「ほら、いいからここに座って横になれ」

 

そう言って、顔を赤くしながらベッドに座り、膝の上をぽんぽんと叩くアンチョビ。

 

え…耳掃除って、膝枕で…?

 

それは…流石に恥ずかしいんだが…。

 

「アンチョビ、それは流石に…」

 

「………嫌なのか?」

 

「う…」

 

うるうるした瞳で見つめられて言葉に詰まる。

 

年上の癖にこれである、卑怯だ。

 

「………お邪魔します…」

 

「うむ…」

 

大人しく従ってアンチョビの膝に頭を乗せる。

 

せめて端っこの方で…と思ってちょこんと頭を乗せたら、頭を抱えられてぐいっと真ん中まで動かされた。

 

顔の側面全体にアンチョビの温もりが伝わり、お風呂上がりなのかシャンプーのいい香りが胸いっぱいに広がる。

 

いかん、これは無性に恥ずかしい…!

 

やっぱり止めて…と思ったら頭をガシッと掴まれた。

 

「動くなよ…」

 

「ハイ……」

 

既に耳かきが穴の前でステンバーイ…動くと危ないので大人しくする。

 

あぁ恥ずかしい……せめて早く終わってくれ…。

 

耳に入ってくる耳かきの感覚、人にやってもらう経験なんて無いからちょっと緊張する…。

 

コリコリと穴を擦られる感覚、アンチョビの優しく丁寧な動きに少し緊張が解れる。

 

「痛くないか…?」

 

「いや…結構気持ちいい…」

 

いつもは綿棒で済ませてるから、耳かきの感覚は初体験だ。

 

膝枕の温もりと耳を綺麗にされているという実感から、なんだか力が抜けてくる。

 

なるほど、耳掃除や膝枕を望む男が多いのはこれが理由か…。

 

確かにこれは癖になる…。

 

「なぁ叢真…大洗での生活は楽しいか?」

 

「なんだ唐突に……あぁ、楽しいよ」

 

眼鏡をして暮らしていた時は、いつも他人に怯えて暮らしていた。

 

でも今は、眼鏡が無くても胸を張って暮らせる。

 

みほちゃん達戦車道の仲間たちが居るから。

 

あんこうチームと放課後遊んだり、バレー部に混ざって練習したり、歴女チームと歴史考察したり、1年生チームの面倒を見たり、生徒会に振り回されたり、風紀委員の手伝いをさせられたり、ネトゲチームの面倒を見たり、自動車部を手伝ったり…。

 

恥ずかしい目にも理不尽な事もあるが、毎日が楽しいと胸を張って言える。

 

「そうか……見つけたんだな、お前の居場所を」

 

「……アンチョビ?」

 

「ずっとな…お前に恩返しがしたいと思ってたんだ。アンツィオを立て直す為に呼ばれ、その重圧に押し潰されそうな私を、お前は無理して支えてくれただろう?」

 

「無理なんて別に…」

 

「対人恐怖症で人と関わるのが苦痛だったのにか?」

 

――――ッ。

 

なんで…。

 

「なんで知って…」

 

「私を誰だと思っている、ドゥーチェアンチョビだぞ。その程度の事、直ぐに分かった」

 

そう言って、耳かきを退かし、俺の頭を抱えるアンチョビ。

 

「あ、アンチョビ…!?」

 

「お前が、吐いているのを見た。震えるのを必死に抑えているのを見た。辛いのに無理して笑っているのを見た。……全部全部、見てきた」

 

……あの事件の直後、俺は軽度の対人恐怖症になった。

 

少しなら大丈夫だが、長時間知らない人と一緒に居たり、大勢に囲まれたりすると気分が悪くなってしまう。

 

だから戦車道から離れて、静かに暮すようにしていた。

 

アンツィオは学校全体で俺の事を知っている。

 

グッズが販売され、俺の復帰を望む声や、応援する声も多い。

 

だから俺が訪れると、戦車道履修者以外の生徒に囲まれる事も多かった。

 

戦車道履修者が増えればと思って、中学時代散々鍛えられた営業スマイルとトークで対応した。

 

その時に無理し過ぎて、吐き戻したりした時があった。

 

見られてたのか…。

 

「だからな、お前が大洗の戦車道に参加していると聞いた時は本当にビックリしたんだ。同時に、また無理をしているのではないかと凄く心配した…でも、大洗のチームと居る時のお前は、楽しそうだった。私達と居る時のお前と同じ…いやそれ以上…うぅん、私達と一緒の方が絶対楽しそうだが!」

 

お、おう…。

 

「全国大会優勝後に、お前が戦車道に復帰した事を記事で知って、嬉しかったのと同時に悔しかった。お前が辛い思いをしているのに気付きながら、アンツィオの都合に付き合わせて、傷を癒やす事が出来なかったからな…」

 

それは違うぞアンチョビ、元はと言えば俺の不用意な提案でお前に苦労を押し付けたから、せめて手助けをと思っただけで…。

 

俺の意思で、ここに来てたんだ。

 

「だから大洗には、西住達には感謝してる。そして後悔している…アンツィオの立て直しを優先して、お前を後回しにしてしまった事を…すまなかった叢真、私はお前の友失格だ…!」

 

そう言って瞳をギュッと閉じるアンチョビ。

 

……馬鹿だな、アンチョビは。

 

自分だって大変だったのに、俺なんかの事を気にして。

 

だがこんな彼女だから、ペパロニやカルパッチョは支えようとし、選手達は慕うんだろうな。

 

これが彼女の魅力、彼女のカリスマ。

 

俺には無い、彼女だけの力。

 

「……ありがとうアンチョビ。俺は最高の友達を持った」

 

「叢真…私を、まだ友と言ってくれるのか…?」

 

「当たり前だろう?俺の友は、統帥はアンチョビしか居ないんだからな」

 

身体を捻って彼女の頭を撫でる。

 

俺を見つめる彼女の瞳には、じわりじわりと涙が溜まっていく。

 

「泣くなよ、統帥だろ?」

 

「な、泣いてなんてない…!」

 

そう言ってゴシゴシと目を擦るアンチョビ、そんな乱暴にしたら傷つくぞ。

 

拗ねたように顔をしかめるアンチョビだが、何を思ったのか一点に俺の事を見下ろしてきた。

 

仰向けの状態になったので、彼女の顔が視界一杯に映る。

 

真っ直ぐなアンチョビの瞳、こんな風に彼女の瞳を覗き込んだ経験はない。

 

吸い込まれそうな感覚を感じていたら、アンチョビが静かに口を開いた。

 

「叢真、私は友なんだよな…」

 

「…?あぁ、友(総統)だぞ…」

 

「……そ、それ以上先の関係には……な、なれないのかな…?」

 

え…えぇっとそれは…どういう意味で…?

 

「た、例えばだな!お、お互いを支え合う、理想的な関係というか…その……」

 

顔を真赤に染めてモジモジするアンチョビ。

 

えぇっと…それは、もしかしてそういう意味なんでしょうか…。

 

顔が赤くなるのが分かる、視線が意味もなくあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてしまう。

 

「もっと…お互いを解り合える関係に……」

 

「あ、アンチョビ…」

 

瞳をうるませながら、ゆっくりと頭を下げてくるアンチョビ。

 

やがて瞼をゆっくり閉じる。

 

あ、アンチョビ、俺は…俺は…

 

 

 

 

 

 

 

「旦那ー!姐さんー!トランプしましょう!……ん?どうしたんすか姐さんベッドの上で正座なんてして。旦那もなんで床で寝てるんすか?」

 

 

 

 

 

 

扉をバーンと開けてペパロニが入ってきた。

 

彼女が言う通りアンチョビはベッドの上で壁の方を向いて正座し、真っ赤な顔を見せないようにしている。

 

俺もベッドから落ちた状態で顔を隠している。

 

あ、危なかった、俺もアンチョビも人間を超えた動きをしてたな…。

 

「な、なんでもないぞペパロニ!」

 

「ちょっと腹筋をな…トランプか、いいぞ何をやる」

 

1年生チームに連れ込まれてトランプゲームはやりこんだからな。

 

「ふーん……まぁいいや、そんじゃ定番のババ抜きからやりましょう!」

 

首を傾げていたペパロニだが、深く考えないのが彼女の長所であり短所である。

 

直ぐに興味を失ってトランプを配り始める。

 

チラリと隣を見ると、アンチョビと目が合う。

 

お互い顔を赤くして目を逸してしまう。

 

うぅむ…何時も通りの態度になるには時間がかかるぞこれ…。

 

しかしペパロニには感謝しないとな…あんな流されるままにというのは…良くないしな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……朝か…?」

 

窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。

 

見覚えのない天井…あぁ、ペパロニの家かと昨日泊まったことを思い出す。

 

なんか妙に身体が重い…それに何か温かいし柔らかくて気持ちがいい。

 

身体のあちこちにムニュムニュと柔らかい何かが当たる感触が…。

 

「…………は?」

 

「すぴー…すぴー……うぅん、それはわたしのぱすただぁ…すぴー…」

 

顔を横に向けたらペパロニの幸せそうな寝顔がドアップであった。

 

思考が止まる。

 

なんで、ペパロニが隣に…?

 

瞬間的に、自分の体とペパロニの身体を確認する。

 

俺、寝巻き代わりの私服、ペパロニ、キャミソールに短パンという非常に視線に困る格好の寝巻き。

 

「良かった…」

 

過ちは犯してない…。

 

………。

 

「…良かった…」

 

布団を捲り、シーツを確認するが赤い跡は無い。

 

そういう事は無かった、無かったのだが…なんで俺のベッドにペパロニが居るんだ…。

 

「ペパロニ、起きろペパロニ…」

 

幸せそうに寝ているペパロニの肩を揺すると、徐々に覚醒していくペパロニ。

 

「ん……ん~~?なんすか旦那……へ?旦那?」

 

俺に気付いて目をパチパチとするペパロニ。

 

おはよう。

 

「な!なんで旦那が!?え、もしかして旦那…だ、ダメっすよ旦那!そういう事は先ず姐さんから先に…!」

 

「正気に戻れ」

 

必殺チョップ。

 

なんだアンチョビを先にって。

 

「あてっ、あれ…ここ私の部屋じゃない…?」

 

「俺が貸してもらった部屋だよ…なんで俺の横で寝てたんだお前」

 

「え…えぇっと……あ!もしかして!」

 

お、なんだ、理由を思い出したか?

 

「夜中にトイレに起きて、そんで寝ぼけてこの部屋に入った…ような…」

 

胸の前で人差し指同士をちょんちょんとつつきながら顔を赤くして答えるペパロニ。

 

「それで?」

 

「旦那が気持ち良さそうに寝てるのを見て……つい…」

 

ついじゃないが。

 

「お前は全くもう、俺だから良かったものの…女の子なんだからその無防備な所を直しなさい」

 

なんかお前が言うなと言われそうな気がする。

 

 

 

 

――――今日のお前が言うなはここかぐぅ…――――

 

 

 

 

大人しく寝てなさい冷泉さん。

 

「申し訳ないっす…」

 

「分かればいいんだ、まぁ普段ペパロニしか居ない家に俺が上がり込んだのも原因だし、この話はお互い他言無用って事で…」

 

ふと、視線を感じて顔を上げる。

 

「……………」

 

顔を真赤にしたアンチョビと目が合った。

 

「?どうしたんすか…あ」

 

俺の様子を見て振り返ったペパロニ、そこには驚愕の表情で顔を赤く染めるアンチョビが。

 

「お、お、お前達…!」

 

声を震わせるアンチョビ。

 

首を振る俺と、口をあんぐりと開けて冷や汗を流すペパロニ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、誤解を解くのに数時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アマレットはカルパッチョの手刀で記憶が飛んでいた。

 

そのカルパッチョは確り覚えていて「次に無防備にしていたら…ふふ」と言われた。

 

うん、気をつけよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちよきち!ちよきち!(´・ω・`)



なおDVDでは湯気が消えますが謎の光が活躍します(´・ω・`)



BDなら謎の光も消えますが私が見せられないよ!します(´・ω・`)



残念だったな!(´・ω・`)


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ぷらうだ

Ph'nglui mglw'nafh Cthulhu R'lyeh wgah'nagl fhtagn(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、当初の予定を繰り上げて進めるように」

 

「はぁ…しかし大洗学園は戦車道全国大会で優勝し、約束を果たしましたが」

 

「口約束などを一々守る必要などない、偶々優勝出来ただけで歴史も伝統も無い学校に価値など無いだろう?」

 

「……しかし、折角全国でも勝ち抜ける程の地力のある学校を廃校にするのは…」

 

「考え方を変えたまえ。勝てる地力があるなら他の学校で活躍させればいい、全国に散らせれば戦車道全体の引き上げになるじゃないか」

 

「それは素晴らしい考えですな」

 

「プロリーグの発足、世界大会の誘致、それらの下準備として妥当な考えですな」

 

広い会議室の中、身勝手な考えをさも名案だとばかりに口にする官僚。

 

それに胡麻を擂る別の官僚。

 

そんな連中を見渡し、眼鏡の男性は小さく息を吐くと眼鏡を直して前を向いた。

 

「…分かりました、ではそのように」

 

「あぁ、例の彼は予定通りの学校へ入学させるように。他の生徒は適当で良いが奴だけは確実にな…全く、子供の分際で生意気な。折角こちらがいい条件を提示してやったのに話もろくに聞かずに帰りよった。天才だの神童だの言われても所詮子供だな、先のことを考えてない、愚かしい限りだ」

 

「………どちらが愚かなのか(ボソリ」

 

「何か言ったかね?」

 

「いいえ、何も。では私はこれで失礼します、計画を進めないといけないので」

 

「期待しているよ、責任は私が取るから多少強引でも良いから確実に進めるように」

 

「はい…では失礼します」

 

資料を脇に抱え、会議室を後にする眼鏡の男性。

 

残された官僚達は、もう計画が成功すると確信しており、今度のゴルフの話に花を咲かせていた。

 

「………愚劣な」

 

扉を閉めて吐き捨てる。

 

持ち出した資料、その一番上にある1人の青年の資料を見て、眼鏡の男性は皮肉げに笑う。

 

「目立ちすぎるのも問題だな…恨むなら、目を引きすぎた自分を恨んでくれたまえ」

 

そう言ってその場を後にする男性。

 

 

 

 

 

再び動き出した計画、今度は止める手段など無い。

 

 

 

 

青年と乙女たちに、再び魔の手が迫っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラ/ウダの場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………?ここは…」

 

気が付いたら、見覚えのある場所に立っていた。

 

青い海と、吹き抜ける潮風。

 

整備された地面に、設置されているベンチ。

 

見覚えがある、確か大洗海岸公園だ。

 

「なんでこんな所に……俺は確かアンツォイを出て…」

 

アンチョビ達に見送られてアンツィオを出発して、それから…。

 

「ん…?」

 

思い出そうとしていたら、背後の人の気配がした。

 

「え……み、みほちゃん…?」

 

振り返ったら、そこに居たのはみほちゃんだった。

 

ただし、ピンクの全身タイツ姿、申し訳程度にあんこうのモチーフが取り入れられたそれは、色々な意味で有名なあんこう踊りの衣装。

 

それを着たみほちゃんが立っていた。

 

「み、みほちゃんどうしてそんな格好で…え、武部さん?五十鈴さん、秋山さん…冷泉さんまで…?」

 

ぞろぞろと、どこからともなく現れる武部さん達、やはりあんこう踊りの衣装。

 

全員真顔なのが凄く怖い。

 

「え、なんか音楽流れ始めた…!?」

 

アアアンアンって、これあんこう音頭か…!?

 

どこから流れてるのか不明な音楽に合わせて、踊り始めるみほちゃん達。

 

真顔で。

 

「何が一体どうなって…」

 

ただただ困惑するしかない俺。

 

「み、みほちゃん、皆、あの、何がどうして……ヒィッ、なんで真顔で踊りながら迫ってくるの!?」

 

ジリジリと踊りながら迫ってくるみほちゃん達、真顔なのが余計に怖い。

 

「ちょ、怖い怖い怖い…!」

 

思わずその場から逃げ出してしまう、だって凄い真顔で怖いんだもの!

 

何処をどう走ったのか、気が付いたらアクアワールド・大洗に居た。

 

音楽はいまだ鳴り続けている、なんだか気分が不安定になってくるぞ…。

 

「ん…?げ…!?磯辺、近藤、河西、佐々木…お前達まで…!?」

 

ジャリっと言う地面を踏みしめる音に顔を向ければ、みほちゃん達と同じくあんこうスーツに身を包んだ磯辺達アヒルさんチームの姿が。

 

やっぱり真顔で踊りながら近づいてくる。

 

「だから怖いって!なんで真顔なんだ、なんで誰も何も言わないんだ!?」

 

ジリジリ近づいてくる磯辺達。

 

慌ててその場から逃げ出す。

 

「ここは…アウトレットか…?」

 

大洗リゾートアウトレット、武部さんに連れられて買い物に来た場所だ。

 

やはりここでも音楽が鳴り響いている。

 

「なんで誰も居ないんだ…誰か、誰か他に居ないのか…?」

 

アウトレットの中を走り回るが、誰も居ない。

 

「ん…?あれは…会長?」

 

アウトレットの遊具エリアに、制服姿の会長が見えた。

 

良かった、まともな格好をした人が居た…あ、もしかしてまた会長が何か企んで、みほちゃん達にあんこう踊りを強制させたのか?

 

全く、驚かせるなんて人が悪い、ちょっと一言言ってやらないと…。

 

「会長!みほちゃん達に何をやらせて……えぇ!?」

 

俺が声を上げながら近づいたら、突然会長が振り向いて、真顔で制服に手をかけた。

 

そして勢いよく制服を引っ張ると、まるでマントように制服が脱げて、あんこうスーツ姿の会長が。

 

なんでぇぇぇぇぇ!?

 

「ちょ、一瞬でどうやって…げ、河嶋先輩に小山先輩まで!?」

 

いつの間にか2人が会長の隣に現れ、やはり踊り始める。

 

真顔で。

 

いやぁぁぁぁ近づいて来ないでぇぇぇぇ…!

 

「ヒィ!?園さん達まで…!?」

 

神社の階段前で道を塞ぐようにして踊る風紀委員チーム。

 

「お前達まで…!?」

 

お店の前で輪になって踊る1年生チーム。

 

「カエサル…お前達もか…!」

 

ビーチ前で踊るカエサル達歴女チーム。

 

「お前達あんこう踊り踊れる体力あったのか…!?」

 

大洗駅前で踊るネトゲチームには別の意味で驚愕し。

 

「ナカジマ先輩達まで…!?」

 

橋を封鎖するようにして踊る自動車部チーム。

 

それらから逃げて辿り着いた先は、最初の公園。

 

音楽はまだ鳴り響いている。

 

「あ……囲まれた…!?」

 

気付けば、周囲をみほちゃん達に囲まれていた。

 

踊りながら囲いの円を縮めて行くみほちゃん達。

 

360度真顔のあんこう踊り。

 

「ちょ、待ってくれ、冷静に、冷静になって話し合おう!?」

 

誰も答えない、皆真顔で踊りながら迫るだけ。

 

「よ、よせ、やめろ、来るな、来ないで……おああああああああああ!?」

 

迫る真顔のみほちゃん達に、押し潰される。

 

意識があんこう音頭に侵食され、もう何も考えられなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

――――■■■■■■――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああ!?……あ、あれ…?」

 

何か、見てはいけない何かを見てしまった。

 

その強烈な感覚に弾き飛ばされるかのように意識が覚醒し、叫び声を上げながら目覚めれば、そこは暗い部屋の中。

 

「………フェリーの客室…?」

 

見渡せば、狭いベッドが並んでいる。

 

「……夢…?」

 

あの光景は全部夢…?

 

そ、そうだよな、あんな非現実的な光景、夢じゃないとありえないよな…。

 

「は、ははは……良かった、そうだよな、みほちゃん達があんな事する訳ないよな…」

 

あぁビックリした…魘されてたのか寝汗が酷い。

 

幸い他にお客さんも居ないので迷惑を掛ける心配も無い。

 

「気持ち悪いし風呂入ってくるか…」

 

着替えと貴重品を持って部屋を出る。

 

遅い時間なので船内に人気はない。

 

「変な夢だったな…疲れてるのかな…」

 

連日移動と歓迎パーティーだのハプニングだので、精神的に疲れているのかもしれない。

 

特に西住流本家でのアレは精神的に疲弊したし。

 

 

 

 

 

――――Ia! Ia! Cthulhu fhtagn!――――

 

 

 

 

 

「ん……?気の所為…か…?」

 

フェリーの外縁部通路から海を見る、何か海の方から声がした気がしたんだが…。

 

視界の先は真っ暗な海、船なんて見当たらない。

 

「…………早く風呂入ってもう一度寝よう…」

 

ゾクリと、背筋を駆け上がる感覚が襲ってきたので、俺は足早に風呂場を目指した。

 

あの声……確か聖グロで一度聞いたような…気の所為かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

カリカリとシャープペンが紙を引っ掻く音だけが響く室内。

 

今日の分のカチューシャ日記を書き終え、一息つく。

 

「同志長野がやっと来て下さる…」

 

ダメ元で送った招待状、それにすんなり応えて来艦してくれる彼。

 

以前は招待状に電話、メール、そしてカチューシャの半泣きのお願いまで行かないと承諾してくれなかった。

 

しかし今回は招待状だけで了解してくれた。

 

今までの彼ではあり得ない対応だった。

 

何か有ったに違いない。

 

同志長野叢真、プラウダの栄光の立役者であり、カチューシャの恩人。

 

彼が居たから、カチューシャはプラウダの偉大な指導者になれた。

 

カチューシャは素晴らしい人物だ、ウラル山脈より高い理想とバイカル湖より深い思慮を持つ指導者に相応しい方。

 

それなのに小さく愛らしく、そして可愛らしい。

 

初めてみた時から、私の心を掴んで離さないお方。

 

そんなカチューシャの魅力と秘められた才能を、上級生達は理解しなかった。

 

カチューシャが頑張って夜更かししてまで考えた作戦を、子供が考えた案だと一蹴。

 

隊長に上申する事も許されず、闇に葬られていた。

 

上級生とはいえ許せない、粛清してやろうかと思っていた時だった。

 

『ちゃんと見て下さい!この作戦で我が校に必ずや勝利を…!』

 

『はいはい分かったわよおチビちゃん』

 

次の練習試合の為にカチューシャがお昼寝も我慢して考えた作戦。

 

それをろくに見もせずに受け取るだけの上級生。

 

カチューシャが隊長に見せてくれとお願いするが、あの上級生は見せる事もせずに作戦書を処分するだろう。

 

やはり粛清して…そう思って懐に手を入れた時だった。

 

『へぇ…面白い作戦だね』

 

『な、長野君…!?』

 

『ひっ…!』

 

音もなく現れ、上級生の手からファイルをスリ取り、眺めている彼。

 

この時彼は中学3年生、特別相談役として戦車道の活動に顔を出していた。

 

校外の、しかも中学生の、男子。

 

しかしながら、プラウダでの彼の発言力は強い。

 

対サンダースとの正面戦闘で、見事に相手を打ち破った功績と、彼が打ち立てた数々の記録。

 

そして、魔王という名前のままに圧倒的なカリスマを振り撒く姿。

 

やり過ぎとも言える戦法に、彼を畏怖する選手も多い。

 

カチューシャもその1人、彼の恐ろしく整った美貌と脳髄を蕩けさせる甘い声に、本能的に恐怖を感じているように見える。

 

その彼が、カチューシャの考えた作戦を見て、ニヤリとその美貌を歪めて嗤った。

 

『相手の戦力とこちらの戦力を考慮し、地形も織り込まれてる…その上でこの行動…いいね、面白い』

 

『な、長野君、それは…』

 

『俺の方から隊長には提出しておくよ、何も問題無いだろう?』

 

そう言ってファイルを脇に挟む彼。

 

上級生達が途端に慌てる、それはそうだろう、彼が評価した作戦なら隊長が採用する可能性が非常に高い。

 

それが面白くない上級生達は何とか止めようとする。

 

だが、目を見開いた彼に見つめられ、硬直する上級生達。

 

『有能な人材を取り立てるのに何の問題がある…?』

 

『ひっ…だ、だけど…』

 

『使える人間は使う、そこに人種性別体格、何が問題になる?ん?何が…問題になる?』

 

壁にドンと手を叩きつけられ、彼と壁に挟まれる上級生。

 

間近に迫る彼の美貌、だが目を見開いて迫るその表情と平坦な声からは感情が読み取れない。

 

これ以上の恐怖はないだろう。

 

『何も、問題は、ない…そうだろう?』

 

『は、はひ…!な、なにも問題ありません…!』

 

『分かってもらえて嬉しいよ……行け』

 

『は、はいっ、失礼します!』

 

最後にニッコリと笑い、上級生を解放する彼。

 

解放された上級生は、他の生徒と共に大急ぎで去って行く。

 

その顔は涙目で頬は真っ赤だ。

 

あれが魔王…サンダース戦の前、瞬く間に部隊を掌握した彼の暴力的なカリスマ。

 

カチューシャが本能的に恐れている力。

 

危険だ、危険過ぎる、カチューシャに危害が及ぶのでは…。

 

そう思っていた時だった、突然の出来事に驚き、涙目でオロオロする可愛いカチューシャに、彼はそっと手を出して、カチューシャの頭を優しく撫でた。

 

ギリィ…!

 

『へ…?あ、あの…』

 

『試合、頑張ってな』

 

そう言って微笑む彼、先程までの魔王然とした笑みではない、優しい微笑みだった。

 

そして彼はそのままファイル片手にその場を去った。

 

残されたのは、呆然と彼の背中を見送るカチューシャと、その様子を廊下の影から見ていた私。

 

その後、カチューシャの作戦はそのまま承認され、試合はプラウダの完全勝利。

 

カチューシャの才能が認められ、広まった瞬間だった。

 

『ノンナ!同志長野は良い奴よ!』

 

そう言って楽しそうに笑うカチューシャ。

 

純粋な彼女はすっかり彼に取り込まれていた。

 

あれだけ恐れていたのに…。

 

その後、カチューシャは作戦を考えては彼に提出して意見を求め、作戦を修正して隊長に提出して貰うという行動を取るようになった。

 

彼の携帯番号を聞き出し、彼が居ない時でも意見を求める程。

 

これに上級生を中心にズルい、贔屓だと不満が上がった。ついでにロリコン疑惑が上がった。カチューシャは彼より年上なのに。

 

それに対して彼は不思議そうな顔をして肩を竦めた。

 

『作戦案があるなら自分から出して欲しい、カチューシャは自分から積極的に意見を求めてきている。俺は相談役だから請われれば誰でも相談を受けるし、有用と思えば支持も推薦もする』

 

文句があるなら自分達もカチューシャの様に作戦を出せ、自分は誰でも受け入れると表明。

 

今まで遠慮していた生徒達が、我先にと殺到したが、彼はちゃんと1人1人の意見や作戦に目を通して対応した。

 

カチューシャがそれを見て叢真を取られた!と怒っていた、可愛い。

 

だがこの時も私は彼を危険視していた、魔王然とした彼が、カチューシャを害するのではないかと。

 

そんな漠然とした不安を抱いていた。

 

ある時、カチューシャの姿が見えなくて探し回った。

 

すると、校舎の外れで歌声が聞こえてきた。

 

耳に心地よい、優しい歌声、その声に引き込まれる様に足を向ければ、そこにはベンチに座って歌う彼の姿。

 

その膝の上には、幸せそうに眠るカチューシャの姿。

 

危機感が一気に上がった。

 

思わず物陰から飛び出し、彼の前に立つ。

 

『………シー』

 

歌を止めた彼は、静かに口元に指を持っていき、静かにとジェスチャーをした。

 

彼の膝の上のカチューシャは、熟睡しているのか起きる気配はない。

 

『……貴方は、なんなのですか』

 

『…何、とは?』

 

思わず口が開いた、自分でもよく分からない問い掛けを口にしていた。

 

それに対して、彼はキョトンとした顔で問い返した。

 

……魔王とは思えない、あどけない少年の表情だった。

 

『分からないんです…魔王の様に振る舞っている貴方と、カチューシャに対して見せる姿…どちらが貴方なのですか』

 

カチューシャを見守っていて気付いた事、他の生徒の前での振る舞いと、カチューシャに対しての態度が明らかに違う事に。

 

やはりロリコンかと危機感が増す、カチューシャを汚すなら私が許さない。

 

『あぁ、あれは演技ですよ。正確には、ブチギレしてた時の態度を演じてるだけです』

 

あっさり答えられた。

 

演技?あれが?

 

何のために?

 

『プラウダを指揮した時の俺を知っている人が多いんで、無理して振る舞ってるんですよね。その方が話が早いので』

 

そう言ってカチューシャの頭を撫でる。

 

嫌に手慣れているのが気に障った。

 

『カチューシャには、あの態度を続けるのがどうにも無理で…知り合いに10歳位の子が居るんですけど、こんな俺を兄として慕ってくれるんですよ。カチューシャを見てるとどうしてもその子が思い出されちゃって…』

 

気付いたら素が出ちゃってたんですよねと苦笑する彼。

 

それで嫌にカチューシャの機嫌を取るのが手慣れているのか。

 

……やはりロリコンだろうか、静かに懐に手をやる。

 

『では何故それを私に…?』

 

『ノンナさんなら別に良いかなって。カチューシャの腹心ですし』

 

懐から取り出そうとしながら問い掛けた問の答えに、動きが止まる。

 

私が、カチューシャの腹心…?

 

『いつもカチューシャが言ってますよ、ノンナは凄い、ノンナは優秀だ、ノンナこそカチューシャの右手に相応しいって。だからノンナさんなら平気かなって』

 

カチューシャがそんな事を…。

 

私は呆然として懐から手を離す。

 

カチューシャの世話を焼くのを、迷惑に思われてないか、邪魔だと思われてないか、そう不安に思っていた。

 

私より彼の方が良いのでは、そう思って何度彼の写真を貫いた事か。

 

『作戦の相談を受けてたのに、気が付いたらノンナさん自慢になってるんだから参りますよ。それだけノンナさんが大好きなんでしょうね』

 

思わず顔が赤くなる。

 

カチューシャにそんなに思われていたなんて…。

 

『羨ましいですよ、そんな風に思ってくれる人が居る事が。思わず嫉妬しちゃいますね』

 

そう言って悪戯っぽく笑う彼。

 

嫉妬…そう、嫉妬。

 

私が彼を危険視していたのは、カチューシャが取られてしまうという嫉妬。

 

カチューシャを笑顔にさせる彼に、嫉妬していた。

 

カチューシャは、ちゃんと私の事を見てくれていたのに。

 

嬉しいと思う反面、勝手に危険視し、敵視していた彼に申し訳ないという気持ちが湧き出てくる。

 

魔王としての演技をしていない彼は、ただの純朴な少年だった。

 

カチューシャが懐くのも分かる、それ位優しくて純粋な少年。

 

私は、そんな少年を一方的に危険視して、カチューシャを害する存在と思っていたのか…。

 

途端に恥ずかしくなる、カチューシャの事になるとどうにも自分を制御出来ない。

 

偉大なカチューシャが心を開いて、懐いているのだ、悪い人の筈がない。

 

それを嫉妬して危険視して、排除まで考えていた…。

 

気付かれていないとは思う、けれど黙って胸に仕舞い込むのは私のプライドが許さない。

 

何かお詫びをしないと…。

 

そう考えていたらカチューシャが目を覚ました。

 

『ん~…?どうしたのソーシャ…』

 

『おはようカチューシャ。ノンナさんが迎えに来てるぞ』

 

ソーシャ…カチューシャから愛称で呼ばれるなんて、もうそこまで仲が深まっているのかと改めて驚く。

 

やはり彼はカチューシャに必要な大事な人…。

 

『ノンナ…?あ、ち、違うのよノンナ!これは別に…!』

 

彼に膝枕をしてもらって寝ていたのを見られて恥ずかしいのか、起き上がって弁明を口にするカチューシャ、可愛い。

 

『おはようございますカチューシャ。そろそろ練習の時間ですよ』

 

『わ、分かったわ。それじゃ行ってくるわねソーシャ!』

 

『行ってらっしゃい』

 

『行くわよノンナ!』

 

『はい』

 

立ち上がったカチューシャを肩車してその場を後にする、彼は微笑ましそうに笑ってそれを見送ってくれる。

 

『ノンナ、ソーシャと何を話していたの?』

 

『世間話ですよカチューシャ』

 

シレっと誤魔化す、話していた内容を聞いたら、きっとカチューシャは恥ずかしがって怒ってしまうから。

 

カチューシャの信頼に応える為にも、何としても彼をカチューシャの物にしなければ…。

 

そう思っていた私の計画を、根底から崩す事件が起きた。

 

彼がストーカーに襲われて入院し、戦車道から離れてしまった。

 

プラウダに訪れる事も減り、カチューシャと連絡を取る事も減ってしまった。

 

何とかしようと彼の電話番号を入手し、説得したが彼は受け入れてくれなかった。

 

すっかり覇気が消えてしまった彼、彼の魔王時代を知る生徒は別人を見ているようだと口にした。

 

それだけ心に傷を負ったのだろう、カチューシャも心を痛めている。

 

何とか戦車道に復帰して貰いたかった、けれど無理強いをして彼を傷つけては意味がない。

 

どうすれば彼を癒せるか…それを考えていた時、ふと姿見に映る自分を見た。

 

同年代と比べてもメリハリのある身体、身長が高すぎるのがネックな自分の身体。

 

そうだ、これだ、これしかない。

 

彼も男だ、異性に興味がある筈。

 

女の身体は怖くない、柔らかくて温かくて気持ちのいいものだと分かって貰えれば、きっと心の傷も癒せる筈。

 

幼い身体のカチューシャにやらせる訳にはいかない、彼女の身体が壊れてしまう。

 

だから成熟している自分がうってつけだ。

 

彼にはカチューシャを副隊長に推薦してもらった事も含めて色々な恩がある、恩返しにも丁度いい。

 

手始めに、プラウダを久しぶりに訪れてくれた彼の手を握る。

 

最初は驚いて、そして照れているのか顔を赤くして逃げてしまった。

 

その表情にゾクゾクした、可愛い。

 

何度か試していると慣れてくれたのかされるがままになった、次は腕を組んで胸を押し付けてみる。

 

やはり顔を赤くして逃げてしまった、あぁ可愛い…。

 

カチューシャの世話を焼くように、彼の世話を焼く。

 

あぁ、凄く楽しい、凄く嬉しい、彼を自分のモノにして、私がカチューシャのモノになる、最高だ。

 

ライバルは多い、けれど負ける気などない。

 

カチューシャの為に、カチューシャの幸せの為に。

 

「安心して下さい同志長野…女としてのノンナは、ちゃんと貴方の物になります」

 

同志長野攻略計画と書かれたノートを開く。

 

あぁ、今夜は眠れないかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事にプラウダ学園艦に到着した。

 

フェリーから学園艦に乗り込み、階段を登る。

 

船でプラウダに訪れるのは何気に初めてだ、最初の頃は飛行機で、事件以降はパラシュートだし。

 

帰る時は良く船で帰るので迷う事はないけど。

 

「……ん?」

 

上部デッキまで登った所で、1人の女性が通路の真ん中でボードを持って待っているのに気付く。

 

胸の前に掲げられたボードには、歓迎!同志長野叢真と書かれている。

 

俺の迎えなんだろうけど……見覚えがない。

 

金髪碧眼で色白の、あちこちの学校に居るなんちゃって外国人風の生徒と違って、完全に外国人だ。

 

『同志長野ですね、ようこそプラウダへ。お待ちしておりました』

 

流暢なロシア語で出迎えられた、うん完全に外国人だ。

 

『出迎え ありがとう 貴方は?』

 

「クラーラと申します。日本語分かりますから大丈夫ですよ」

 

ならなんでロシア語で出迎えたし。

 

意外と茶目っ気のある人だな…。

 

「お車を用意してあります、どうぞこちらへ」

 

「ありがとうございます」

 

クラーラさんの後を追いかける。

 

途中、通路の影に隠れたニーナとアリーナを見つけた。

 

なんだ、何か言ってる…?

 

何々、に・げ・て…?

 

はて、何から逃げろと言うのだろうか…?

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ、何でも無いです」

 

まさか彼女から…?

 

そんな訳無いか、初対面で何で逃げなきゃならないんだ。

 

多少茶目っ気はあるが礼儀正しいし良い人っぽいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~、長野さん行っちまっただ…」

 

「ノンナ副隊長が朝から見たこともない程上機嫌だし、クラーラさんも妙にテンション高くて…大丈夫だべか長野さん…」

 

「もうオラ達には無事を祈るしかできねぇべよアリーナ…」

 

「んだなニーナ…」

 

 

 

 

 

 




あばばばばばばば(´・ω・`)

ぶいーんぎゅーんばぶーん(´・ω・`)

おぎゃあああああああああああああ(´・ω・`)










ネタバレ、ラスボス出現(´・ω・`)


さぁだーれだ(´・ω・`)


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Правда

ロシア語も東北弁もわからねぇだよ(´・ω・`)




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは本日の練習を終了する!」

 

『お疲れ様でしたー!』

 

河嶋桃の号令の元、挨拶を叫ぶ戦車道履修者達。

 

夕暮れの戦車倉庫前、それぞれのチーム毎に集まってこの後どうするか話し合う。

 

バレー部はこのままバレーの練習へ、自動車部は本日使用した戦車の整備。

 

1年生チームは映画鑑賞会、ネトゲチームは勿論ネトゲ。

 

風紀委員は下校時の見回りである。

 

「お腹空いたねー、何か食べて行こうか」

 

「うん、お腹ぺこぺこ」

 

「食べる」

 

「今日は何処に行きましょうか」

 

武部沙織の提案に、お腹を擦って答える西住みほ。

 

戦車の操縦席から顔を出して賛同する冷泉麻子に、食べる気満々な五十鈴華。

 

「長野殿は何が食べた……あ」

 

秋山優花里がいつもの調子で振り向きながら問い掛けるが、そこに目当ての青年は居ない。

 

「もー、ゆかりんたら…」

 

「ついいつもの調子で…お恥ずかしいです」

 

苦笑する沙織が肩を叩き、顔を赤くして萎縮する優花里。

 

「今頃どうしてるでしょうねぇ、長野さん」

 

「どうせ何時も通り恥ずかしい目に遭って逃げてるだろう」

 

夕日を見つめながら、学園艦巡りをしている青年を思う華。

 

嘆息して答える麻子、正解な辺り青年の事をよく分かっている。

 

「今朝の連絡だと、今頃プラウダじゃないかな」

 

「あれ、沙織さん叢真さんと連絡取ってるの?」

 

愛用の携帯を取り出して呟く沙織に、驚くみほ。

 

出演番組を全員で鑑賞されてその恥ずかしさから逃げ出した叢真、会長からしばらく放置しておけば良いと言われて連絡も控えているのがみほ達の現状。

 

「うん、やっぱり何処で何してるか心配だからねー」

 

「流石、コミュ力おばけ…」

 

周りが連絡を控えてる中、そんなの関係ないとばかりに連絡を取れる沙織。

 

麻子が言う通りのコミュ力おばけである。

 

「プラウダですか、それじゃ今頃北の方ですねぇ」

 

「長野殿も大変ですね、軽く日本縦断してますよ距離的に」

 

華の言葉に、苦笑して答える優花里、サンダースが沖縄近辺だった事も考えると、既に日本を縦断する位の距離を移動している。

 

「なんだ、長野殿がどうかしたのか?」

 

「所在が分かったぜよ?」

 

そこへ、カバさんチームが話に入ってきた、叢真の名前が聞こえたのでやってきたのだろう。

 

「今プラウダだって、長野さん」

 

「ほー、プラウダか。それは遠いな」

 

「ひなちゃ…カルパッチョが朝に、既にアンツィオを出たと言ってたから、もう到着している頃かな」

 

「勢いで飛び出していった割には、計画的に行動してるな」

 

「生真面目ぜよ」

 

沙織の言葉に、北の方を見るエルヴィン。

 

カエサルが連絡を取っているカルパッチョからの情報で、既に到着しているだろうと予想。

 

「おー、なになに、長野ちゃんの話?」

 

「あ、会長さん。叢真さんが今、プラウダについた頃かなって話です」

 

相変わらず干し芋を食べている会長と、小山柚子もやってくる。

 

桃は本日使った機材の片付けをやっている模様。

 

「あー、今日は船で移動してるらしいから今頃かもねー。小山、長野ちゃんの行動履歴ってどうなってんの?」

 

「えっと、既に聖グロリアーナ、サンダース、アンツィオの訪問を終えて、残りはプラウダ、継続、黒森峰の予定ですね。本当はもうプラウダを終えている予定だったんですけど…何故か、西住さんのご実家を訪問して一泊してるんですよね…」

 

「え!?うちに!?」

 

柚子の説明に、驚きの声を上げるみほ。

 

それはそうだ、意中の相手が突然自分の実家を訪問し、しかも泊まっているのだから。

 

「叢真さん、なんでうちに行ったんだろ…おかーさんが何かしたのかな…」

 

「と言うか、何で小山副会長は長野殿の行動を把握しているのだ?」

 

「長野くんが、毎日本日の行動予定をメールしてくれるの。公欠にするのに、詳細な行動予定が必要だから」

 

「生真面目ぜよ」

 

悩むみほを尻目に、疑問を口にするカエサル。

 

授業を公欠にする為に、ちゃんと行動予定を提出している辺り、叢真の生真面目さが伺える。

 

「そうそう、その長野ちゃんがあちこちのお土産を送ってくれたから、明日あたり食事会を開くよー」

 

「ご当地名物とか食材とか送ってくれたから、お鍋にしようと思うの。楽しみにしててね」

 

「まぁ、流石長野さん」

 

「抜かり無いな」

 

会長と柚子の言葉に、目を輝かせる華と麻子。

 

「恥ずかしさから逃げ出した割には、そういう事は抜け目ないな長野殿…」

 

「まぁ長野殿ですからね、気配り上手ですし」

 

「その気配りをもうちょっと、異性への注意に向けれくれればな…アンツィオでもまたやらかしたらしいぞ、カルパッチョが言ってた」

 

「懲りないねぇ長野さんも…」

 

「釣った魚からは逃げる癖に餌は忘れない……天然ジゴロと言う奴か」

 

「ジゴロじゃないと思うぜよ、天然なのは同意だが」

 

帽子を弄りながら嘆息するエルヴィン、叢真が学園艦巡りを始めた理由を知っているだけに苦笑しか出てこない。

 

優花里が苦笑してフォローするのだが、カエサルに一刀両断される。

 

肩を竦める沙織、左衛門佐が何気に酷いことを言っているが、おりょうが訂正する。

 

別に女性にたかって生きている訳ではないのでジゴロではないだろう。

 

天然誑しがこの場合正解だ。

 

「もしかしてお姉ちゃんとの婚約を進めるって話なのかな…もしそうなったらどうしよう…うぅ…」

 

「みぽりーん、そんな1人であわあわしてないで行くよー?」

 

一頻り叢真の事を話して満足したのだろう、再び解散となり散っていくメンバー。

 

1人だけ混乱中のみほを、沙織が苦笑しながら連れて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Правда の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れのプラウダの街並みを、クラーラさんの運転する車両で移動する。

 

各学園艦には免許センターが設置されて、学生でも免許が取れる。

 

学校によっては飛行機や特殊車両、船舶の免許も取れるので結構な数の生徒が免許を持っている。

 

まぁ戦車を乗り回す生徒も居るのだ、珍しくもない。

 

「クラーラさんは、ロシアの…?」

 

「はい、ロシアからの短期留学で、カチューシャ様の元で戦車道を学ばせて頂いてます」

 

流暢な日本語で返答してくれるクラーラさん。

 

生粋の外国人と知り合うのは久しぶりだ、なんちゃって外国人風の子とならよく知り合うが。

 

ダージリンもケイさんもアンチョビもカチューシャも日本人だからなぁ…。

 

うちの佐々木とかエルヴィンも、地毛で金髪だしな…。

 

「同志長野の事はカチューシャ様からよくお聞きしてます、プラウダの栄光の立役者であり、カチューシャ様が隊長に任命されたのも同志長野のおかげだと」

 

「いや、カチューシャが隊長に任命されたのは彼女の実力ですよ…」

 

去年の全国大会、黒森峰戦でみほちゃんが乗るフラッグ車と護衛の車両をまほさん達本体から分断、山道に追い込んだのはカチューシャの作戦。

 

それをアドバイスしたのが俺、というのがプラウダでの認識らしい。

 

確かにカチューシャに黒森峰相手への作戦のアドバイスはしたが、作戦を立てたのも指揮をしたのもカチューシャだ。

 

カチューシャの能力があったからこそ可能だった。

 

その功績でカチューシャは隊長に任命されたのだが、それを俺のお陰、俺が居なければ何も出来ないと揶揄するのが居るらしい。

 

ノンナさん曰く極一部らしいが。

 

ケイさんやダージリンと違って、カチューシャのカリスマは先鋭的だ。

 

一見すると暴君とも思える行動が多い。

 

それ故、彼女に反発する勢力も一定数存在する。

 

だが逆に、ノンナさんのような心酔する人も多いのがカチューシャだ。

 

まぁ…ノンナさんは色々と例外だが。

 

あの人は怖い、カチューシャの為なら何でもする。

 

だがそれがカチューシャの為にならないなら逆らう事も厭わない。

 

典型的なイエスマンではなく、常にカチューシャを支える事を自分に課している。

 

その為、カチューシャの為になる事ならどんな事であっても達成しようとする…。

 

大抵のことが出来てしまい、頭も良い。

 

スタイル身体能力全てが平均以上。

 

敵に回すと恐ろしいことこの上ない。

 

「そう言えば、ノンナさんは?」

 

プラウダを訪れた時、俺の世話をするのは大抵彼女だ。

 

カチューシャの世話をして俺の世話までするのだから恐れ入る。

 

まぁ…世話の大半が腕組んだり擦り寄ったりのスキンシップなんですけどね…。

 

最初はなぁ、カチューシャ思いの優しい人だと思ってたんだけどなぁ…。

 

何がどうしてあんな行動を取るようになったのか…。

 

「ノンナは同志長野の歓迎の準備をしています、お料理に時間がかかっているようなので、私が代理で参りました」

 

「そうですか…」

 

ちょっと安堵する、ノンナさんと二人っきりとか身の危険を感じてしまう。

 

カルパッチョが情熱的に迫るタイプなら、ノンナさんは冷静に迫るタイプだ。

 

しかし料理か、プラウダで料理となると自分で作るか学校外のお店で買うしかない。

 

実はプラウダ高校、お昼は配給制である。

 

正確には給食スタイルなのだ。

 

毎日決まったメニューが提供されるので、栄養はバッチリなのだが好きな物が食べられない。

 

お菓子などは購買で買えるが、ロシアっぽいお菓子がメインで品揃えが悪い。

 

アンツィオの生徒が転校してきたら、一日でアンツィオに帰りたくなる事が容易に想像出来る。

 

そういう学校なのだ。

 

恐らく今頃、ノンナさんが料理を頑張ってくれているのだろう。

 

「ただ、急な来訪だったので会場が押さえられず、普段とは違う場所になってしまいますが…」

 

「構いませんよ、元々予定を前倒しして訪問したのはこっちですから」

 

本来は時間をかけて訪問する予定だったが、つい勢いで大洗を飛び出してしまったので急遽各学校に連絡を取った。

 

どの学校も急な訪問に快く応じてくれたので助かったな。

 

聖グロ、サンダースは日本近海に居たので近かったが、黒森峰は外洋に居る為後回しに。

 

継続も日本海側に居るので、後回し。

 

1番近かった聖グロ、サンダース、アンツィオと周り、やっとプラウダだ。

 

西住家での一泊がなければ、今頃プラウダを出てたんだけどね…。

 

クラーラさんの運転する車両は、学校の北側校舎へとやってきた。

 

ここは古い校舎で、木造になっている。

 

プラウダ名物、シベリア送り25ルーブルの舞台でもある。

 

「どうぞこちらへ」

 

車両から降りてクラーラさんの後を付いていく。

 

この校舎に来るのはいつ以来だろう…。

 

「今日は随分人気がないですね…」

 

「皆さん、買い出しや歓迎会の準備で出ていまして…」

 

なるほど、あの場所にニーナやアリーナが居たのも買い出しにでも出ていたのかもしれないな。

 

クラーラさんの後に続いて階段を降りる、はてこの先は行ったことがないが…地下か。

 

あれかな、歓迎会で騒がしくなると周りに迷惑だから、音が響かない場所でするのか。

 

これがノンナさんなら怪しくて警戒しなきゃだが、初対面のクラーラさんを疑うなんて馬鹿出来ない。

 

真面目で温和そうな人だし、心配するだけ無駄だな。

 

「こちらです」

 

「ありがとうございます。やぁカチューシャ、久しぶ…り…ん?」

 

クラーラさんが開けてくれた扉を潜り、薄暗い部屋の中へ。

 

部屋の中央に立つ、カチューシャに声をかけ…カチューシャじゃない!?

 

「なんだこれ、銅像…!?」

 

そこにあったのはカチューシャそっくりの銅像。

 

なんだこの無駄にクオリティが高いのは…。

 

 

 

――――カチャ――――

 

 

 

…………はて、今の音、俺の耳が確かなら扉の鍵を掛けた音だと思うんだが。

 

背筋を駆け上る、猛烈な嫌な予感。

 

この感覚…ノンナさん!?

 

「……クラーラ…さん…?」

 

まさかと思って後ろを振り返るが、そこに居たのは扉の前に立つクラーラさんだけ。

 

だが、彼女の手は後ろに回され、扉の鍵の辺りにある。

 

え…なんで…。

 

「申し訳ありません同志長野…ですがこれもカチューシャ様の為なんです」

 

そう言って後ろ手に回していた手を胸の前に持ってくる、その手には扉の鍵が。

 

え、この部屋内側からも鍵で閉めるタイプなの…?

 

その鍵を、制服を引っ張って胸元に入れるクラーラさん。

 

巨乳スパイとかがよくやる奴だ!不〇子ちゃんとか!

 

『偉大なるカチューシャ様の為、同志長野…貴方を捕らえさせて頂きます』

 

なんでそこでロシア語になるかな、俺簡単な会話しか分からないんだけど!

 

『大人しくして下さい、乱暴はしたくありません。大丈夫、直ぐに気持ちよくなります』

 

よく分からないけど凄い不穏な事を言ってるのは分かる!

 

笑顔のまま近づいてくるクラーラさん、ヤバい、なんで気が付かなかった…。

 

この人、ノンナさんと同じ匂いがする!

 

擬態してたのか…!?

 

ニーナやアリーナが逃げろと言ってたのは、クラーラさんの事だったのか…!

 

周りを見渡す、窓は無く、廊下に出るにはクラーラさんの後ろの扉だけ。

 

天井は高くて、屋根裏に逃げる事も叶わない…。

 

こうなったら仕方がない…女性に乱暴するのは死ぬほど嫌だが、当て身で気絶させて…。

 

『情事の前に運動がご所望ですか?分かりました、お相手しましょう』

 

「………嘘だろ…」

 

俺が構えたのに合わせて構えるクラーラさん。

 

祖父に鍛えられたお蔭で分かる、クラーラさんの構えに隙が無い。

 

訓練を積んだ軍人みたいな威圧感がある。

 

『父に鍛えられまして。これでも白兵戦は自信があります』

 

父とかは聞き取れた、何、クラーラさんのお父さん何者なの…?

 

『シッ!』

 

「チッ!?」

 

クラーラさんの拳を往なし、避けて、後ろに下がる。

 

『はっ!』

 

「ちょ、スカートなの考えて!?」

 

鋭い回し蹴りを両手で受け止め、なるべく白い布を見ないようにしながらクラーラさんを押し返す。

 

「クラーラさん、なんでこんな事を…!」

 

『カチューシャ様の為です。私は日本に来て、プラウダの素晴らしさ、カチューシャ様の偉大さを感じました。そのカチューシャ様が恋い焦がれる同志長野、貴方を手に入れればプラウダの栄光は完全なモノになります。プラウダの為、そしてカチューシャ様の為に、大人しくその身を捧げて下さい同志長野、その代価として私の身を捧げましょう』

 

「日本語でおけ!」

 

長文はやめろぉ!そこまでロシア語堪能じゃないんだよぉ!

 

「カチューシャ様の代わりに私が抱きますから人生をカチューシャ様の為に捧げて下さい」

 

肉食ぅ!抱きますって何だ!?

 

なんだカチューシャの為って!

 

カチューシャが知ったら絶対怒るぞ、ぷんすか怒るぞ!

 

「カチューシャとノンナさんは知ってるのか!?」

 

『カチューシャ様もノンナも知りません、私の独断です。大丈夫です、ロシアも暮せば良い土地ですよ?』

 

ロシア?今ロシアって言った!?

 

連れて帰る気満々!?カチューシャと俺を連れて帰る気かこの人!?

 

ある意味ノンナさんより怖いよこの人!

 

『抵抗しないで下さい同志長野、貴方が女性には手が上げられない事は調査済みです』

 

「だから日本語でおけ!?」

 

「ヘタレの童貞なのは知ってますから大人しくして下さい」

 

「すっごい失礼!?」

 

ヘタレなのは良いけど何で童貞の事まで知ってるのこの人!

 

「父が調べてくれました」

 

「何者なんだよお父さん!?」

 

親子揃って怖いわ!

 

ジリジリと迫ってくるクラーラさん、美人なだけに恐怖感倍増である。

 

 

 

 

――――ガチャ!ガチャガチャガチャ…ドンドンドン!――――

 

 

 

 

「「!?」」

 

その時、突然扉を開けようとする音と、乱暴に扉を叩く音が部屋中に響いた。

 

誰か来た…?クラーラさんも驚いていると言う事は、彼女も想定外の人物か?

 

 

 

 

――――ガンガンガン!――――

 

 

 

 

物凄い勢いで扉が叩かれている、今にも扉が壊れそうだ。

 

『そんな…ここを利用してる事は誰も知らない筈なのに…!』

 

焦っている様子のクラーラさん、どうやら助けが来たらしい。

 

 

 

 

――――バキィッ!!――――

 

 

 

 

遂に扉が破られた、ベキベキと穴が空いた場所から扉が割られていく。

 

「同志長野…!」

 

「ヒェッ!?」

 

扉の穴から顔を覗かせたのは、長い黒髪にギラリと光る目、口からカハァァと白い息を吐き出す女性…。

 

ノンナさんだった。

 

あまりの衝撃映像に悲鳴が漏れた。

 

俺の姿を確認すると、そのまま扉の鍵の部分を蹴り砕き、扉を開けて入ってくる。

 

『同志クラーラ、これは何の真似ですか…』

 

『どうしてここが分かったのノンナ、偽装工作は完璧だったのに…』

 

『ニーナとアリーナが教えてくれました、貴女に同志長野が連れて行かれたと。私が迎えを頼んだ2人から、強引に迎えの役目を奪われたと…』

 

『そう…口止めをしておくべきだったわね』

 

「同志長野、こちらへ。もう大丈夫ですよ」

 

クラーラさんと睨み合いながら俺を庇う為に身構えるノンナさん。

 

完全には聞き取れなかったが、ニーナとアリーナという単語は聞こえた、あの2人がノンナさんに連絡してくれたらしい。

 

助かった…。

 

『いいわ、計画のためには貴女が1番の障害だと思っていたもの。手間が省けたと思えばいいだけ』

 

『クラーラ…諦める気はないのですね』

 

身構えるクラーラさん、その手には何処から取り出したのかアーミーナイフが。

 

ガチじゃないですかクラーラさん…!

 

「同志長野、逃げますよ。クラーラの白兵戦能力は私よりも上です」

 

むしろ普通の女子高生の筈のノンナさんの戦闘力の高さが謎だよね。

 

とは言え本気のクラーラさん相手は俺も自信が無いので大人しくノンナさんの方へ走る。

 

「こちらです同志長野」

 

俺の手を握り、全力で走り出すノンナさん。

 

『待ちなさい!』

 

後を追いかけてくるクラーラさん、俺達に負けず劣らずの足の速さ。

 

やっぱりあの人も人間離れしてる戦車道乙女か…。

 

「急いで下さい同志長野!」

 

ノンナさんに手を引かれながら階段を駆け上る、人気がない校舎、あまり詳しくないので今どこに居るのか分からなくなってくる。

 

「こちらへ!」

 

通路の途中で小さな部屋に入る。

 

「静かに」

 

「むぐっ!?」

 

中に入ると扉を閉める、そして俺を胸元に引き寄せるノンナさん。

 

ちょ、苦しい!なんで俺の頭を胸の中に抱き入れる必要があるんですか!

 

無理矢理黙らされて息を潜めると、扉の前をクラーラさんが走っていく。

 

そして足音が聞こえなくなった所で、ノンナさんが静かに息を吐いた。

 

「申し訳ありません同志長野、まさかクラーラがあんな手に出るとは…」

 

「むー!むー!」

 

「あ、すみません」

 

窒息するわ!?

 

俺の状態に気付いたノンナさんがやっと離してくれる、下手に呼吸するとノンナさんの良い匂いがするので必死で息止めたよ…。

 

狭い小部屋、物置みたいだな…。

 

「兎に角、カチューシャに言ってクラーラさんを止めて貰わないと…」

 

「カチューシャはお昼寝中です」

 

マジか…いやもう夕方なんだけど、どんだけ寝てるんだカチューシャ…。

 

携帯を確認………ん?

 

「同志長野、ご安心下さい、貴方は私が守ります…えぇ、この身に変えてでも…」

 

そう言いながらそっと俺の肩に触れてくるノンナさん。

 

その手を、身を捩る形で避ける。

 

「同志長野…?」

 

「ノンナさん…カチューシャは起きているようですが?」

 

驚くノンナさんに、携帯の画面を見せる。

 

そこには、カチューシャからのメールが表示されている。

 

内容は『ソーシャ遅い!カチューシャがずっと待ってるのに待たせるなんてシベリア送りなんだからね!』というお怒りのメール。

 

ずっと待ってる、つまりお昼寝からはとうの昔に起きて俺を待っているという事になる。

 

その事にノンナさんが気付かない?ありえない、あのカチューシャ命のノンナさんが、カチューシャの目覚めに気付かないとか。

 

そもそも、ノンナさんはカチューシャがお昼寝に入って起きるまで、絶対に側を離れない。

 

そして、クラーラさんが独断で俺を襲おうとしたのなら、その事をカチューシャに伝えるだろう。

 

クラーラさんを止める事が出来るのがカチューシャだけだと、分かっているのだから。

 

いや、そもそもおかしい。

 

初対面であるクラーラさんが俺を襲う?

 

カチューシャの為に?俺を襲う事がなんでカチューシャの為になる?

 

クラーラさんからはノンナさんと同じ匂いがしたが、いくらなんでも短い間でそこまで心酔するとは思えない。

 

「居るんでしょう?クラーラさん」

 

『………どうしてバレたのでしょう』

 

扉を開けて入ってくるクラーラさん、俺が部屋から逃げ出そうとしたら捕まえる役目か。

 

「………貴方の直感を見縊ってました、流石ですね同志長野」

 

「カチューシャからの連絡が無ければ信じてましたよ…」

 

『どうするのノンナ、同志長野には乱暴な事はしたくないのでしょう?』

 

『当然です、同志長野には傷一つ付けてはいけません、彼を傷つける事はカチューシャを傷つける事と同じです』

 

『それじゃ、これは不要ね』

 

何かしら会話して、クラーラさんがナイフを捨てる。

 

カランカランと軽い音…本物じゃなくてよく出来た玩具かアレ。

 

『暴れないで下さい同志長野…この日のためにちゃんと勉強をしました、安心して下さい』

 

『何も心配いりません、安心して身を委ねて下さい』

 

ロシア語で話しながらにじり寄って来る2人。

 

目がギラギラと光り、口からは白い吐息がカハァァァ…と漏れる。

 

うーん、恐怖映像。

 

何を言ってるか半分もわからないが、捕まったらえらい事になるのは確定。

 

なので。

 

「ふんっ!」

 

『『っ!』』

 

側にあったダンボール箱の山を彼女達の方へ倒す。

 

素早く反応して後ろに下がる2人を尻目に、窓の方へ。

 

素早く窓を開けて外へと飛び出す、1階で助かった。

 

『同志長野!』

 

『逃さないわよ!…ちょ、ノンナ、狭いわ!』

 

『同志クラーラ、胸を押し付けないで下さい、苦しいです!』

 

後ろを見たら狭い窓を2人同時に出ようとして引っ掛かっている2人が居た。

 

どっちも凄いスタイルしてるからね、引っ掛かるだろうね…。

 

2人がまごついている内に、全速力でその場から離れる。

 

目指すはカチューシャの居る場所。

 

カチューシャにさえ辿り着ければ、俺の勝ちだ。

 

「長野さん!」

 

「こっちだべ!」

 

「ニーナ、アリーナ!」

 

呼び声の方を見れば、ニーナとアリーナが両手をぶんぶんと振っている。

 

「無事で良かっただよ」

 

「こっちだべ、ちびっ子隊長が居る部屋に案内するだよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

案内を買って出てくれる2人の後を付いていく、一瞬この2人も…と脳裏を過るが、2人共カチューシャの我が儘に振り回される側なので、そこまでカチューシャに心酔していない。

 

隊長としては慕っているが、ちびっ子隊長とか呼んでいる位だ、心配はないだろう。

 

木造校舎から本校舎へ。

 

カチューシャはいつものお茶会の部屋で俺を待っているらしい。

 

「うわっ、追ってきただよ!」

 

「急ぐべ!」

 

後ろを見れば、まるで某ターミネーターのように真顔で追ってくるノンナさんとクラーラさんが。

 

走る姿勢がまるで機械のように綺麗なので恐怖倍増である。

 

「ニーナ、もっと早く走るだよ!」

 

「これが限界だっちゃ!」

 

足のコンパスの関係で遅れ始めるニーナ。

 

仕方ない。

 

「ちょっと我慢してくれニーナ」

 

「へ…うわわっ!?」

 

「わ~、羨ましいっぺよ…」

 

ニーナを素早く抱え上げ、階段を駆け上る。

 

腕の中のニーナが真っ赤になってあわあわしているが、構っている暇がないので我慢してもらう。

 

階段を駆け登り、後は部屋までの直線の廊下。

 

だが階段を全力で段飛ばしをしながら上がってきた2人に追いつかれてしまう。

 

「長野さん、先に行けじゃー!」

 

「アリーナ!?」

 

「オラも行くだ、長野さん急ぐんじゃ!」

 

「ニーナ!」

 

急転換してノンナさんに飛びかかるアリーナと、腕の中から飛び出してクラーラさんに挑むニーナ。

 

「ふぎゅ!?」

 

「ぐべっ!?」

 

「弱ッ!?」

 

一瞬で無力化された。

 

いや、2人が弱いんじゃないな、あの2人が規格外なだけだ。

 

ニーナとアリーナの尊い犠牲を背に、全速力を出して廊下を走る。

 

『速い…!』

 

『追いつけない…!?』

 

俺1人なので全力が出せる、扉を突き破る様に部屋に転がり込む。

 

「ふわっ!?そ、ソーシャ!?どうしたのそんなに急いで…!?」

 

「カチューシャ…会いたかったよカチューシャ!」

 

「ちょ、なに、なんなの!?苦しい、苦しいわよソーシャ!?」

 

部屋で1人寂しそうに待っていたカチューシャが、転がり込んできた俺に驚くが、俺は構わず駆け寄ってカチューシャを抱きしめる。

 

会いたかったぞカチューシャ!

 

「も、もう!そんなにカチューシャさまに会いたかったの?甘えん坊なんだからソーシャは。いいわ、好きなだけカチューシャに甘えるのを許してあげる!」

 

そう言って俺の頭を抱えて、良い子良い子と頭を撫でてくるカチューシャ。

 

…………あれ、冷静に考えると、俺、今凄く恥ずかしい事してないか?

 

『素晴らしい光景です…』

 

『これが…これが尊いという感情…ハラショー…』

 

なんか、ビデオカメラとデジカメ片手に撮影してる追跡者が居た。

 

何してんの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく!ノンナもクラーラもソーシャを騙すなんて何を考えてるの!?」

 

『カチューシャへの愛が暴走してしまいました、反省はしますが後悔はありません』

 

『全てはカチューシャ様への愛が招いた事です、微塵も後悔はありません』

 

「だから日本語で話しなさいよ!?反省してるの!?」

 

あの後、カチューシャに事の経緯を説明し、お説教をして貰っている。

 

しかし、2人は弁明をロシア語で話すので内容が分からなくてカチューシャはぷんすかするばかり。

 

2人はカチューシャの前で正座しているが、全く反省している様には見えない。

 

むしろ怒ったカチューシャを見つめてテカテカしている。

 

ダメだあの2人、どうにかしないと…。

 

「申し訳ねぇだよ長野さん…逆に足を引っ張っちまっただ…」

 

「いや、助けに来てくれて嬉しかったよニーナ」

 

自分達が逆に足を引っ張った事に気付いたニーナ達がしゅんとして謝りに来た。

 

俺1人ならノンナさん達から逃げ切れた事に気付いたらしい。

 

「2人がカチューシャの場所を教えてくれたから無事に済んだんだ、感謝こそしても怒りなんてしないよ」

 

「え、えへへ、そう言って貰えると嬉しいべ…」

 

「んだんだ…」

 

2人の頭を感謝を込めて撫でる、顔を赤くしてモジモジする2人。

 

「まったくもう…ソーシャ!ニーナ達にかまってないでカチューシャを労いなさいよ!」

 

「はいはい…」

 

「2人はそのまま正座!良いって言うまで動いちゃダメなんだからね!」

 

『『はい、喜んで』』

 

まるで堪えてない、ダメだこりゃ…。

 

「まったくもう…ソーシャも、ほいほいついて行っちゃダメじゃない、遅いから心配したんだからね!」

 

「ごめんよカチューシャ」

 

ぷんすか怒るカチューシャの頭を撫でる、途端にむふふ~と笑顔になる。

 

膝の上に乗った小さな暴君、だが俺に取っては可愛い妹分である、言ったら怒られるけど。

 

「まぁいいわ、カチューシャは優しいから許してあげる!その代わり、今日はカチューシャと一緒に寝るのよ!」

 

えぇ…全然許されてないんですけどそれは…。

 

恥ずかしいけど、でもカチューシャだしなぁ…助けてもらった恩もあるし…。

 

「分かった、分かったから大声で言わないでくれ…」

 

ほら、ニーナとアリーナが顔を赤くしてひそひそ話してるから…。

 

チラリとノンナさん達の方を見る。

 

『…………』

 

『…………』

 

無表情で俺とカチューシャを見つめていた、かなり怖い。

 

下手に1人で寝るとこの2人が何をしてくるか分からないし…情けないがカチューシャに居てもらおう…。

 

いのち大事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これで良かったのノンナ』

 

『えぇ、私達に襲われた同志長野は高確率でカチューシャを頼ります。そして私達を警戒するあまりに、カチューシャに対して無防備になります。普段なら拒否される添い寝を承諾してしまう程に…』

 

『なるほど、明確な危機を置く事で、保護者に対して依存させる…考えましたねノンナ』

 

『プラウダから逃亡されてしまう危険性もありましたが、同志長野の中で何かが変わったのでしょう、迷うこと無くカチューシャを頼りました。これは良い傾向です』

 

『でも…もし同志長野が私や、貴女を受け入れていたらどうしたの?彼も男性、その可能性もあったでしょう』

 

『その時は…彼に身を任せるだけです。彼も手に入る、こちらも女として満たされる、そしてカチューシャの為になる』

 

『なるほど…どっちに転んでも得になるのね、流石ねノンナ』

 

『貴女の協力で上手く行きました、まさかあんなに早く気付かれるとは思いませんでしたが』

 

『そうね…でも今は、目の前の至上の光景を堪能しましょう』

 

『撮影は順調ですかクラーラ』

 

『当然よノンナ』

 

2人並んで正座したまま、椅子に座る叢真とその膝に座って甘えるカチューシャを見つめて微笑を浮かべる2人。

 

その襟元や袖の中には、小型カメラの姿が。

 

この2人、全く反省していない。

 

『でも…その結果、同志長野に嫌われたらどうするつもりだったの?』

 

『………悲しいですが、それでカチューシャとの仲が進むなら、私はそれで…』

 

『ノンナ……素晴らしい決意だわ、やはり貴女は素晴らしい』

 

『ありがとうございます同志クラーラ』

 

ガッチリと握手を交わす2人、流石似ているだけはある。

 

『ところでノンナ?』

 

『なんですかクラーラ』

 

『私、そろそろ足が限界なのだけれど…』

 

『我慢ですクラーラ、私も既に限界です』

 

微笑を浮かべたままの2人、だがその両足は既に限界だった。

 

この後、しびれた足をカチューシャにツンツンされて悶える2人という珍しい光景が見られた。

 

だが、それすらも2人にとってはご褒美だった。

 

この2人、既に手遅れである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上手く行っただなアリーナ」

 

「んだなニーナ」

 

「これでオラ達の好感度はうなぎ登りだべ」

 

「ノンナ副隊長とクラーラさんを敵に回すのは怖いけんれど、長野さんの為なら頑張れるべよ」

 

「頑張って好感度稼いで、ちびっ子隊長みたいに添い寝してもらうだよ」

 

「オラはもっと先の事も……きゃっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むにゃ……そーしゃぁ……」

 

「………おやすみ、カチューシャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラウダの本当の脅威が誰なのかは、誰にも分からない…。

 

 

 

 

 

 




1番の勝ち組はだーれーだ(´・ω・`)












更新に関してですが、書ける時に書くという状態なので更新しない時もあります。
リアルやリハビリの都合がありますので、ご了承下さい。
コメ待ちとかは一切考えておりません。
長期に更新が停止する場合はアナウンス致します。


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けいぞく

クラーラの口調はもっとらぶらぶ作戦です!を参考にしております。
ノンナにだけは口調を崩す形です、その方が仲良し加減が出るかと思ったので。








 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~、なにこれ凄いよ…」

 

「これなんてすっごいキマってるよね~」

 

「わたしはこっちが好きかなぁ~」

 

夕暮れの戦車倉庫、その一角で何かを囲んで会話するウサギさんチームの山郷あゆみ、大野あや、宇津木優季の3人。

 

木箱に囲まれた隅っこで、周りから隠れる様にしている姿に、戦車から降りてきた澤梓が首を傾げながら近づいてく。

 

「何見てるのみんな」

 

「あ、梓。梓も見てみなよこれ」

 

「もうすっごいんだからぁ~」

 

声を掛けてきた梓を呼び込むあゆみと、頬を押さえて興奮気味の優季。

 

「何が凄いの……こ、これって!」

 

「じゃ~ん、長野センパイの写真集~」

 

梓が覗き込んだそれ、あやが持つのは見知った青年の写真が乗った本。

 

中学時代の長野叢真の写真集であった。

 

戦車道連盟販売の今では絶版となった叢真にとってモノホンの黒歴史である。

 

本人が居たら発狂間違いなしの一品でもある。

 

「ま、まずいよ、そんな本学校に持ってきちゃ…!園先輩に見つかったら大変だよ!」

 

「えー、大丈夫だよ、ただの写真集だよ?」

 

「そうそう、ちょ~っと露出が多いだけの健全な写真集だよぉ~」

 

「水着写真とか半裸の写真とかあるけどセーフセーフ」

 

慌てる梓に対して、ケラケラ笑う3人。

 

勿論そど子に見られたらアウトである。

 

「ねぇねぇ梓はどの写真が好きぃ~?」

 

「えぇ…そんな急に言われても…」

 

良くないと思いつつも、好奇心は抑えられない梓。

 

つい優季から本を受け取ってペラペラと1枚1枚吟味しながら見ていく。

 

「梓ってばもう夢中じゃなぁい~」

 

「いやいや、しょうがないって、センパイの写真だもん、夢中になるよ」

 

優季がくすくすと笑い、あやが肩を竦める。

 

「う~ん…こ、これとか…かな」

 

そう言って頬を染めて指さしたのは、コメット巡航戦車のキューポラから上半身を出した叢真の写真。

 

戦車道連盟が出した写真集だけに、ほぼ全編戦車や関連車両と写った写真である。

 

「おー、半脱ぎ軍服とか梓も通だねー」

 

「胸元がセクシィ~、中学生の頃からこんなに色気があるんだからせんぱいってば悪いんだぁ~」

 

「いや別にセンパイ悪くないでしょ…」

 

あゆみが言う通り、イギリス陸軍風の制服を着た叢真が、それを半脱ぎ状態にして撮られた写真。

 

優季に胸元がセクシーと指摘され、赤くなる梓。

 

「わたしはこっちかな、ポーズがイケてるんだよねー」

 

あゆみが開いたページには、ヤークトティーガーの上に立って、ライフル片手に佇む叢真。

 

ドイツ軍風の軍服姿で、何故か眼帯を付けている写真だった。

 

「わたしは断然これぇ~♪」

 

そう言って優季が開いたページを見て、思わず梓が吹き出して鼻を押さえる。

 

M24軽戦車の上にワイルドに座り、何故か上半身裸でチョコを齧っている叢真の姿。

 

アンニュイな表情と鋭い視線、そして中学生ながらに鍛えられた上半身。

 

かなり攻めた写真だった、中学生にこんな写真撮らせて良いのだろうか戦車道連盟が心配になる。

 

「優季ちゃん欲望に忠実過ぎ…」

 

「え~、じゃぁあやはどれがいいのぉ」

 

「私は勿論これ!」

 

開かれたページには、ホチキス軽戦車の写真。

 

戦車に寄り掛かる様にして立つ叢真、何故かお洒落眼鏡をしていてツルの部分を持って位置調整をしているような姿だ。

 

「皆、自分の好きな戦車と先輩が写ってる写真じゃない…」

 

「だって先輩と戦車だよ?2倍お得じゃん!」

 

苦笑する梓の言葉に、2倍2倍とピースしながら笑うあゆみ。

 

戦車と中学生という組み合わせなのに、販売当初は売り切れが出ている程の人気である。

 

戦車と叢真、どっちを目的に買っていく客が多いのかは謎だが。

 

まぁ戦車道関係者は両方だろう…。

 

「あれ、紗希…?」

 

「紗希はこれが良いの?」

 

ひょこっと、丸山紗希が顔を出し、ペラペラとページを捲ったかと思えば、1枚の写真を指さした。

 

その写真は、M36ジャクソンの上で胡座をかいた叢真が、指先に蝶を乗せて眺めている写真。

 

「ちょうちょ……」

 

「紗希…先輩じゃなくてちょうちょが良いの…?」

 

「………先輩も素敵だって」

 

思わず梓が聞き返すと、紗希に変わってあゆみが答える。

 

それに頷いているので、蝶は切っ掛けなのだろう。

 

「みんな何してるのー?」

 

「リーの整備に入ってもいいかなー?」

 

「桂利奈、それにツチヤ先輩も」

 

そこへ阪口桂利奈がツチヤを伴って現れた。

 

先輩であるツチヤに見られるのは不味いと思った梓だったが、隠そうとする前に桂利奈に見られてしまう。

 

「あー!せんぱいの写真だ!」

 

「どれどれ…あー、これは不味いよ、うん不味い。ダメだよ学校にこんな刺激の強いの持ってきちゃー」

 

きゃっきゃっと騒ぐ桂利奈と、写真集を見てこれは不味いと頷くツチヤ。

 

「そーですか?」

 

「これなんてほぼ全裸じゃない、これ長野っちが中学の時でしょ?攻めすぎだよ戦車道連盟…」

 

あやの言葉に、見開きページの写真を見せる。

 

戦車の履帯が下半身を隠しているが、隙間から肌色が見えている。

 

上半身は裸で、履帯交換に使う道具を手にし、何故かアーミーナイフを口に咥えて睨んでいる写真。

 

攻めすぎである。

 

なおこの写真を撮っている時の叢真の心境は、『いっそ殺せ』、である。

 

その他の写真も、あ~だめだめエッチすぎますと言いながら眺めるツチヤ。

 

ダメとか言いながら夢中である。

 

「あの、センパイ、私達にも…」

 

「ダメダメ、子供には刺激が強いから」

 

「先輩とは1つしか違わないじゃないですかー!」

 

写真集を独占するツチヤに、あやが袖を掴んで揺するがツチヤはお姉さん許しませんと見せてくれない。

 

それに対して頬を膨らませるあゆみ。

 

「おーいツチヤ、なにしてんの」

 

「リーの整備ほったらかして何遊んでるのさ」

 

「随分楽しそうだね」

 

そこへ、工具片手にナカジマ達がやってくる。

 

「見てよこれ、ウサギさんチームがこんなの持ってきてたんだよ」

 

「何これ、写真集…?」

 

「ちょ、長野のじゃん。何、アイツこんなの出してたの?」

 

「戦車道連盟…秋山さんが言ってたアイドル時代の奴かな、写真の長野君今より若いし」

 

ツチヤが差し出した本を見て首を傾げるナカジマ、タイトルを見て目を見開くホシノと、出版元を見て納得するスズキ。

 

そしてパラパラと中身を確認するナカジマ達。

 

「これは…ちょっと刺激が強いねぇ」

 

「ダメじゃないか子供がこんなの見ちゃ」

 

「武部ママに見られたら怒られるよ?」

 

叢真の水着写真を見て頬を染めるナカジマと、めっと怒るホシノ。

 

沙織に見られたら怒られるよと笑うスズキ、ウサギさんチームが時々沙織の事をママと呼ぶネタを出してる辺り、本気では怒ってはいないのだろう。

 

「だから、私達もう高校生ですってばぁー!」

 

「そ~ですよぉ~」

 

3年生にからかわれて、不満なあやと優季。

 

真面目な梓はすみませんすみませんと謝っている。

 

「まぁ、皆もお年頃って事で。でもこういうのはよくないって思う人も居るからあんまりひけらかしちゃダメだよ?園さんに見つかったら一発でアウトだからね」

 

「「「「は~い」」」」

 

流石の貫禄のナカジマの言葉に、素直に返事する梓達。

 

桂利奈だけは、よく分かってない様子で首を傾げているが。

 

「それでぇ~、ナカジマせんぱい達の推しはどの写真ですかぁ~」

 

「え…えぇっと…」

 

「結構あるから迷うな…」

 

「これなんて良いね、戦車のエンジン弄ってる写真」

 

優季に言われてつい写真集を見てしまうナカジマ達。

 

注意しておいてかなり真面目に選ぶホシノと、戦車のエンジンを弄っている写真を指差すスズキ。

 

当然写真の叢真は半裸である、半裸で修理とか危ないので注意しよう。

 

「わたしはこれがいい!」

 

元気よく写真を指差す桂利奈、その写真は露出が無く、KV-2の上でライダーのような変身ポーズを取っている。

 

桂利奈ちゃんらしい…と周りがほんわかする一方で、ナカジマが気に入ったのは一切露出の無い写真。

 

「この中学生らしい笑顔が良いね」

 

その写真の叢真は、操縦席から顔だけ出して、笑顔でピースをしている写真。

 

ヘルメットも被っており、露出は無いが、他の写真と違って楽しそうな写真だった。

 

「こうやって笑ってる長野くんって、つい甘やかしたくなるんだよねぇ」

 

そう言って笑うナカジマ、それを見て「バブみ…」「バブみだ…」「バブみのナカジマ…」と内緒話をするホシノ、スズキ、ツチヤの3人。

 

バブみが分からないウサギさんチームは揃って首を傾げている。

 

「アタシはこれかな」

 

ホシノが指さしたのは、海辺で撮られた写真。

 

波間に揺れる特二式内火艇というまた珍しい車両の上で、背中を向けて水平線を眺めている姿の叢真。

 

しかも水着である。

 

「やっぱり露出が好きなんですねぇ~」

 

「ちょっと待って、やっぱりって何、アタシどういう風に思われてるの、ねぇ」

 

優季の言葉に、1年生達からどういう風に思われているのかと不安になるホシノ。

 

「お、10式じゃん。いいなぁ私も乗りたいな~」

 

ツチヤが気に入った写真は、自身が好きな10式戦車との写真。

 

キューポラから上半身を出し、ヘルメットに内蔵されたマイクに何かを叫んでいる緊張感のある写真。

 

「それにしても、よくこれだけの戦車を集められましたよね」

 

「奥付に撮影協力で、色々な学校の名前が書いてあるねぇ。ほら、陸上自衛隊とかも書いてある」

 

梓の言葉に、奥付を開くナカジマ。

 

そこには戦車道をやっている学校の名前が並んでいた。

 

聖グロやサンダース、プラウダの名前もある。

 

「いいなぁ、せんぱいまた写真集出さないかなぁ…そしたらウチの学校も名前が乗るのにぃ」

 

「あー、Ⅳ号の外見仕様とかポルシェティーガーとかウチだけだろうしねぇ」

 

優季のナチュラルに叢真の精神を削る提案に、ホシノが同意する。

 

Ⅳ号は大洗特別仕様、ポルシェティーガーは非常に珍しい世界でたった数台しかないレア戦車。

 

全国大会優勝校の戦車であり、どちらも決勝戦で壮絶な戦闘を繰り広げた事で戦車道界隈では有名な車両だ。

 

特に弁慶の仁王立ちを彷彿とさせるポルシェティーガーの壮絶な最期は、男性視聴者の感動を呼んだ。

 

自分達の戦車と写真を撮ってもらいたいという話から、叢真にどんな格好やポーズをしてもらうかで盛り上がる面々。

 

この場に本人が居ない為に、皆言いたい放題である。

 

「なに盛り上がってるの?」

 

「長野くんにどんな写真を撮ってもらおうかって話を……あ」

 

背後から声をかけられて振り向きながら説明するナカジマ。

 

その視線の先には、そど子、ゴモヨ、パゾ美の3人。

 

思わず固まる面々。

 

「なによ、私達が来たからって急に黙り込んで……って、な、なによその破廉恥な写真集は!?」

 

訝しんでその場で固まる面々を見回すそど子だが、ホシノとあゆみが持って開いていた写真集を見て真っ赤になって叫ぶ。

 

開いていたページが、丁度叢真が戦車に寝転がって猫を抱いて居る写真。

 

当然の如く半裸である、誰が考えたんだこんなニッチな構図。

 

「な、長野君の写真集じゃない!い、違反よ、校則違反よ!これは没収します!」

 

「あぁ!そんなぁ!」

 

「あれ?写真集を持ってきちゃいけない校則ってあったっけ?」

 

「ないんじゃないかな?」

 

写真集が奪われて悲鳴を上げる梓と、素朴な疑問を口にする桂利奈と、それに答えるスズキ。

 

「うるさいわね!風紀違反よ、こんな破廉恥な写真集なんだから!全くもう!」

 

そう言って、写真集を持って行ってしまうそど子。

 

ゴモヨがすみませんと頭を下げ、パゾ美が後で引き取りに来て下さいと一言告げてそど子の後を追う。

 

「あちゃ~、つい夢中になっちゃったねぇ」

 

「ごめんねあや、折角持ってきたのに」

 

失敗失敗と頭をかくナカジマと、持ち主であるあやに謝る梓。

 

「へ?あれ私のじゃないよ?」

 

「え、じゃぁあゆみ…?」

 

「違うよ?」

 

「わたしでもないよぉ~」

 

持ち主だと思っていたあやが手を振り、次に向けられたあゆみも否定。

 

優季に視線が行くがこちらも首を振る。

 

梓とナカジマ達の視線が桂利奈に向かうが、向けられた桂利奈ちゃんは?を浮かべている。

 

「じゃぁ…」

 

「誰が…」

 

梓とナカジマが視線を彷徨わせると、1人明後日の方を見ている少女が。

 

「もしかして…」

 

「紗希の…?」

 

ナカジマと梓の言葉に、顔を向けると、こくんと頷く紗希。

 

『えぇーーー!?』

 

まさかの予想外の持ち主に、驚きの声を上げる面々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風紀委員室にて。

 

「なによこれ…違反よ、反則よ、校則違反なんだから…!」

 

「そど子、ページ捲るの速いよぅ…」

 

「……今の写真良い…」

 

「お前達、エロ本読んでる中学生みたいだぞ」

 

「「「冷泉さん!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

継続の場合(ポロロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

水平線に沈む夕日を眺める。

 

人気のないフェリーの甲板の隅で、体育座りをして潮風に身を任せる。

 

「…………ダージリンなんて嫌いだ…」

 

呟いて膝に顔を埋める。

 

思わず零れ出た本心だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐふぅっ!」

 

「あぁ!?ダージリン様が突然紅茶を吐血しましたですわ!?」

 

「紅茶なら吐血じゃないです…」

 

 

 

 

 

 

 

なんかどっかで誰かがダメージ受けてるけど気にしていられる精神状態じゃない。

 

プラウダで一晩泊まり、戦車道の授業を見学した午前中。

 

給食をご馳走になり、カチューシャのお昼寝に付き合い、この時なんだか物凄く写真とか撮られた気がするが。

 

カチューシャが目覚めて午後の授業となり、集められたのは講堂。

 

プロジェクターなどを用意するニーナとアリーナ達を見ながら、カチューシャに言われるがままソファに座り。

 

膝の上にカチューシャが乗り、ノンナさんとクラーラさんに左右を挟まれる。

 

この時点で逃げ場が無かった。

 

そして始まったのは、俺が大洗から逃げ出す切っ掛けとなった番組。

 

「ダージリンがね、すっごく素敵で面白い作品だって言うから、彼女が勧める通りに戦車道履修者全員で見る事にしたの!」

 

嬉しそうに話すカチューシャ、番組内容を知らないのかワクワクしている。

 

「大変素敵な番組です、是非大音響で見ましょう」

 

中身を知っているのか、微笑んで俺の腕を抱きしめるノンナさん。

 

『日本のヒーロー作品、大変興味深いです』

 

そっちの方面でも日本が好きなのか、こちらも楽しそうなクラーラさん、その腕は俺の腕を掴んで離さない。

 

「サンダースやアンツィオにもダージリンが勧めたらしいわ、プラウダも負けてられないもの」

 

この時点で俺の精神は限界だった。

 

その後、逃げる事も出来ずにはしゃぐカチューシャと擦り寄るノンナさんクラーラさんにされるがままに、番組を視聴する羽目に。

 

仮面ライダーパンツァーが活躍する度に、ニーナやアリーナ達から声援が飛ぶのがまた恥ずかしい。

 

「ちょっとソーシャ!なんで変身するのがミホーシャのⅣ号や黒森峰のティーガーなのよ!プラウダのは無いの!?かーべーたんとか!」

 

「次の撮影の時に出してもらえるように連盟にお願いしましょうかカチューシャ」

 

「それ良いわね、流石ノンナ!かーべーたんに変身したソーシャなら敵が何百人来ようとも負けはしないわ!」

 

次なんてありません勘弁して下さい死んでしまいます。

 

そして視聴が終わり、ざわざわと感想を言い合うプラウダの戦車道履修者達。

 

拷問である。

 

カチューシャにお手洗いと告げて退いて貰う。

 

「案内しましょう」

 

『お手伝いします』

 

腕を組んだまま付いてこようとする2人。

 

それに対して丁寧に断って腕を解放して貰い、少し歩いて全力疾走。

 

「ソーシャ!?ソーシャぁぁぁ!?」

 

突然走り出した俺に思わずカチューシャが叫び、戦車道履修者の視線が集まるが、構わず講堂を飛び出し、昨日泊まった部屋へ。

 

着替えを回収し、部屋を出ようと扉を開けたら真顔のノンナさんが立っていたので迷わず閉めて鍵を掛ける。

 

そして窓から脱出し、連絡船と接舷する場所へ。

 

途中クラーラさんが乗る車両に追いかけられるが、建物の上を行く事で撒く事に成功。

 

ちょっと寄り道してタイミングをずらし、この時にカチューシャに急用で帰るとメール。

 

そんなのダメとお怒りのメールが来るが、なんとか宥める。

 

連絡船が接舷する時間になると同時に移動開始し、連絡通路で見張るノンナさんとクラーラさんを確認。

 

連絡船から搬入される荷物と入れ替えに搬出される荷物に紛れて連絡通路を通過し、船に乗り込む。

 

気分はイーサン・ハントである。

 

そして客室に身を隠し、船が出発したのを確認して甲板へ。

 

接舷口から俺に気付いたノンナさんとクラーラさんが何か叫んでいるが、俺は手を振ってその場を後にする。

 

すると、携帯にメールが届く。

 

『次は逃しません』

 

怖いよノンナさん。

 

そして知らない人からもメールが届く。

 

『Я не пропущу следующий』

 

どうやって俺のアドレス知ったの、怖いよクラーラさん。

 

メールを見なかった事にして、甲板に座り込み、体育座りになる。

 

ダージリンの奸計によって、俺の出演番組が大洗だけじゃなく、サンダースやアンツィオにまで広がってしまった。

 

あのお祭り大好きなケイさんと、ノリと勢いのアンツィオである。

 

当然中身を知ったら大々的に知らせるだろう、と言うか見せるだろう。

 

メールが来た。

 

『ねぇなんでウチのシャーマンは無いの?』

 

『P40とか、無理ならCV33とかどうかな…?』

 

タイトル見ただけで携帯を仕舞うの余裕でした。

 

もう見られた、恥ずかしくて生きていけない…。

 

いざとなったらの逃げ場のサンダースやアンツィオでも見られてしまった、もう逃げ場が無い。

 

「俺の安住の地は無いのか…」

 

「孤独はね、とても大切なものだけど、心を癒やすのは人の温もりなんだよ」

 

ポロロンとカンテレが鳴いた。

 

「どっから現れたんですかミカさん…」

 

そこに、と言うか俺の背中に寄り掛かる形でカンテレを奏でるのは、継続のミカさんだった。

 

相変わらず神出鬼没な上に、俺の背中を取りに来る、アサシンかこの人は。

 

「風が教えてくれたのさ、大切な友と逢えるってね」

 

「友達でしたっけ…」

 

「………………」

 

「嘘です嘘、冗談ですって痛い痛い痛い!」

 

俺の返答に拗ねて背中を抓ってくる。

 

相変わらず打たれ弱い人だ。

 

その癖ズバズバ人の弱点を突いてくるのだからたちが悪い。

 

「で、なんで居るんですか。またプラウダから物資をくすねてたんですか」

 

そう言いながら、ミカさんの後ろ、台車に積み上げられたダンボール箱を見る。

 

こんな大荷物持って俺に気付かれずに来たのか、本当にアサシンだなこの人。

 

「違う、この食料達が私に囁いたのさ。僕たちを連れ出して、美味しく食べてって」

 

「カチューシャに伝えときますね」

 

「叢真、私と君の仲だろう?そんな無粋な事は…待って待って、本当にやめて」

 

俺が携帯を取り出すと途端に慌てて俺を止めようとしてくる、おいやめろ背中に胸を押し付けるんじゃない。

 

「賞味期限が近い食料を貰ってきただけだよ、盗んだ訳じゃないんだ」

 

「本当でしょうね…」

 

KV-1や試合の時に配られる連盟印の戦闘糧食の事があるので、疑うなという方が難しい。

 

「君との友情に誓ってもいいよ」

 

「友情なんてありましたっけ…いてててててて!」

 

シレっと返したら耳に噛みつかれた、小動物かこの人は!

 

「全く君は…どうしてそう私には捻くれた事を言うんだい?アキやミッコには好青年面するくせに」

 

「好青年面とか言わないでくれます?態度に関しては自業自得でしょう、散々俺の事好き勝手言ってたのは誰でしたっけ?」

 

「生きる為に必要なのは、過去を振り返る事じゃない、明日を思う事さ」

 

「誤魔化すな」

 

相変わらず都合が悪くなるとカンテレ弾いてそれっぽい事言って逃げるんだから…。

 

俺とミカさんの出逢いは、そんなに昔ではない。

 

ストーカーに襲われて戦車道から身を引いてからしばらくして、出会った。

 

出会いは最悪だった。

 

当時の継続の隊長に、記念パーティーをやるから顔を出して欲しいと言われて、渋々継続に顔を出した時。

 

その席で、突然現れたミカさんは、カンテレを奏でながら静かに呟いた。

 

『逃げるだけの人生に、意味はあるのかな』

 

『逃げる事も大切だけど、そればかりに夢中になると、大切なモノからも逃げる事になってしまうよ』

 

『時には、前に進む事も大切なんじゃないかな』

 

知ったような事を勝手に言うミカさんを、俺は最初警戒…いや、敵視していた。

 

俺の気持ちも知らずに勝手にべらべらと…そう思って俺が取った行動は、無視。

 

だがミカさんはそんな俺の態度に構わずに、好き放題に言葉を投げてくる。

 

いい加減我慢の限界になって言い返したら、ミカさんは微笑んでカンテレを奏でた。

 

『ほら、前に一歩進んだ』

 

その言葉と笑顔に毒気を抜かれた俺は、もう好きにしてくれと放置する事にした。

 

するとミカさんは、俺が構わない事を良いことにやりたい放題。

 

俺の分の料理を食うわ、俺の背中を背凭れにして演奏を始めるわ。

 

隊長が注意しても『彼とは心でつながっているんだ、彼の心が、私にこうして欲しいと訴えているのさ』と全く聞かない。

 

むしろこの反論に隊長が『お、おう…』となってしまった。誰だってそうなる、俺だってそうなった。

 

その後もミカさんは俺が継続を訪れる度に、グイグイ来ては好き勝手言ってやりたい放題やっていった。

 

行動がエスカレートして、俺が入っているサウナに入ってきたり、俺が寝ている部屋で寝ていたりと過激になっていったので。

 

流石に隊長が鉄拳制裁したが、本人は『ちょっと風に急かされ過ぎたね…』と、反省しているのかしてないのか…。

 

いい加減俺が慣れてきて、捻くれた回答や対応をすると打たれ弱い事を知った。

 

とは言え、あまり過激に対応すると押し倒してくるわキスマークを付けようとするわ、俺の方が致命傷になるので加減が難しいが。

 

で?それで?それに何の意味が?ほうほう、で?結論は?などなど、ミカさんが言う事を正面から迎え撃つと、黙り込み、そして拗ねる。

 

これはこれで面倒臭い。

 

飄々としてる癖に、変に構ってちゃんなので始末に負えない。

 

アキちゃんやミッコも苦労している。

 

そう言えば、いつも一緒の2人が居ないな…。

 

「アキちゃんとミッコは?」

 

「おや、私よりあの2人の方が良いのかい?幼女趣味は感心しないね」

 

「歳大して変わらないがな。2人が聞いたら怒られますよ」

 

「2人なら学校があるからお留守番だよ。今回は食料だけの予定だったから私1人でも事足りるからね」

 

今回は食料だけ…近々戦車を狙って動く気だなこの人…。

 

継続高校は貧乏だ、大洗やアンツィオもビックリの貧乏っぷりだ。

 

先ず学園艦の規模が小さい、戦車道は盛んだが、保有戦車の殆どが他校が廃棄したスクラップ寸前の車両や、勝ったほうが戦車を貰える「鹵獲ルール」で勝ち取った戦車など、自前の戦車が殆ど無い。

 

他にも大洗の様に過去に戦車道をやっていた学校などで放置されている車両などを持ってきたりして、車両を調達している。

 

そして、大洗の自動車部にも負けない整備能力と改造でスペック以上の性能を引き出している。

 

更には操縦する生徒の能力が異様に高く、貧乏高校と甘く見ると尻の毛まで毟られる。

 

そのいい例がプラウダである、度々継続にカモにされて戦車を持ってかれている。

 

あの黒森峰相手にあと一歩まで追い込んだりと、ある意味1番怖い学校だ。

 

なお1番怖いのは、試合後に戦闘糧食や備品がごっそり無くなる継続ショックだが。

 

そんな学校なので、生徒1人1人のサバイバル能力がやたら高い。

 

遭難してもひょっこり帰ってくる程度に高い。

 

なのでミカさんが行方不明になっても、誰も心配しない。

 

継続の良心であるアキちゃんは心配するが、探しに行く事はしない、探しに行ったらひょっこり帰ってきて入れ違いになって自分が遭難するからだと言っていた。

 

経験者は語るという事だろう。

 

因みに貧乏ネタで共に弄られるアンツィオだが、実際はそこまで貧乏ではない。

 

アンツィオは規模がデカい学園艦なので運営維持にお金が持っていかれるのと、戦車道以外の部活や委員会にも公平にお金を分配しているので、他の部活に比べて格段にお金のかかる戦車道が貧乏になってしまうという訳だ。

 

諸々の経費を考えると、学園艦としては大洗よりお金持ちである。

 

中学生が進学したい高校№1は伊達じゃない、制服は可愛いし料理は美味い、そして観光客が来る程にお洒落な校舎と街並み。

 

主におやつ代とか食費に金掛けすぎなんだよなアンツィオは…それが原動力だから制限したらガチ泣きするのでアンチョビも出来ないのだが。

 

それに対して継続は、自前のパンツァージャケットが用意出来ず、学校のジャージで試合を行う程の貧乏っぷりである。

 

用意出来なくはないのだが、用意すると車両の整備や改造に回せるお金が無くなる。

 

なので経費削減として昔からジャージで代用していると、俺が指揮した時に…確かルミさんだったか、愚痴っていた。

 

マジノ学園に勝った際の報奨金をジャケット購入に充ててはどうかと提案したが、結果は屋根の有る戦車倉庫が出来ただけ。

 

あとはパーティーと戦車の整備改造代で消えたと言われた。

 

どんだけ自分に無頓着なんだ継続…。

 

髪型もリーゼントにしてたりして、ちょっと…いや、かなり変わっているのが継続高校の戦車道履修者である。

 

その隊長がミカさんなのだ、言うまでもなく彼女も変わり者である。

 

まともなのって、アキちゃん以外居なくないか…ミッコも良い子なんだが走り屋と言うか、暴走族的な気質があるし。

 

夕日も沈み、冷えてきたので船内に入る。

 

学園艦連絡船の良い所は、船の中で乗船券を買える事だな。

 

接舷部分に発券所を設けている所もあるが、多くは連絡船に乗り込んで乗船券を買うスタイルだ。

 

プラウダでお金を下ろせたので今回は1等部屋、通称個室である。

 

アンツィオから出た時はお金を下ろすのを忘れて、2等部屋と言われる半個室の2段ベッドだった。

 

連絡船は継続まで行かないので、一度青森で降りてそこから別の連絡船に乗るか、石川県まで移動してからか…。

 

予定を立てながら部屋に入ると、背後でガラガラと音が鳴った。

 

「なんで付いてくるんですかミカさん」

 

「つれないね…君と私の仲じゃないか」

 

後ろを見れば、台車にダンボールを満載したミカさんが素知らぬ顔で俺が借りた部屋に入ろうとしていた。

 

「ここ、俺が借りた部屋ですから。1人部屋で・す・か・ら」

 

「そうだね、君の部屋なら安心してカンテレが弾けるよ」

 

入ってこようとするミカさんの肩を押して追い出そうとするが、彼女は涼しい顔でぐぐぐ…と押し返してくる。

 

えぇい、戦車道選手だけあって体幹が確りしてやがる…。

 

「そんなに照れなくても、一緒に身体を温めあった仲じゃないか」

 

「サウナに勝手に入ってきて入り口で座り込んで邪魔しただけでしょうが…!」

 

あの時はのぼせて死ぬかと思った。

 

「雑魚寝部屋が空いてますよミカさん…!」

 

「そんな場所で寝て、私に何かあったら責任取ってくれるのかな」

 

む…確かにミカさんは美人だ、スタイルも抜群に良い。

 

そういう考えに及ぶ男性が居ないとも限らない…が。

 

「そんな相手、片手で捻り潰せるでしょうが…!」

 

俺は知っている、彼女の異様に高いサバイバル能力と戦車道乙女特有のパワーを。

 

「良いのかい、アキに『部屋から追い出されて不特定多数の男性が居る場所で震えて眠る事になった』って伝えるよ」

 

悪質ぅ!

 

言い方悪過ぎだろそれ…。

 

しかも勝手に部屋に上がり込もうとしてるのに、俺が追い出した様に聞こえるとかタチが悪い。

 

「えぇい…変な事をしたら今度こそ叩き出しますからね」

 

「それは女性側の台詞じゃないかな」

 

「やかましい」

 

諦めてミカさんを部屋に入れる、彼女のダンボールで部屋が狭くなる…。

 

どんだけ持ってきたんだ賞味期限が近い食材…。

 

学園艦で賞味期限が近い保存食の処理方法は、入れ替え時期に生徒や関係者に振る舞って消費する事だ。

 

物によってはパーティー形式で消費してしまう、アンツィオで言うならパスタだ。

 

サンダースなら大抵が冷凍肉なので学校全体でバーベキューパーティーになる。

 

聖グロ?…知らなくていい事もある、いいね?

 

プラウダは給食制なのもあって消費する機会が少ないらしく、生徒や街の人に配るとかノンナさんが言ってたな。

 

それを貰ってきたのだろうとは思う。思うんだが。

 

これがアキちゃん達なら素直に信じられたんだが、ミカさんだと持ち前の胡散臭さのせいでどうも信じきれない。

 

これだけ大量のダンボールだ、配っている奴の倉庫から勝手に持ってきた可能性も捨てきれない。

 

「そろそろ夕飯の時間だね。食堂へ行こうか」

 

「…………奢りませんよ?」

 

「………………」

 

ポロロ~ンとカンテレが鳴った。

 

奢らせる気満々かこやつめ。

 

「奢りませんからね」

 

「大丈夫?おっぱい揉むかい?」

 

「揉まないよ身体で払おうとするな年頃の女の子でしょうが!」

 

ガシッと俺の手を掴んで胸に持っていこうとするのを必死に抵抗する。

 

これだから継続に行くのは嫌なんだ、俺が手を出せないと分かってて下ネタやセクハラをしてくるんだから!

 

「心配しなくても君以外にはやらないよ、安心して」

 

「何の安心だよ、別に気にしてないで痛だだだっ、何で握る力を強めるの!?」

 

「女心を理解しない無自覚無防備誘い受け色男には、ちょっとお仕置きが必要だからね…」

 

この上なく心外だ、俺の何処が無自覚無防備誘い受け色男なんだ。

 

 

 

 

――――叢真さん、そろそろ自覚した方が良いかと…――――

 

――――長野さん、こんな格言をご存j――――

 

――――ダーリン、そのギャグは笑えないわ――――

 

――――叢真、鈍感主人公は恋愛小説だから許されるんだぞ――――

 

――――ソーシャ、何でもう帰っちゃったの…――――

 

 

 

 

なんか多国籍総攻撃を受けた。

 

特にカチューシャの言葉が胸に突き刺さった、ごめんよカチューシャ…。

 

全部ダージリンって奴の仕業なんだ。

 

「なんだって、それは本当かい?」

 

「ノるなよ、なんで俺の考えてる事分かるんですか」

 

「君と私の仲じゃないか、君の心がね、私に伝えてくるんだよ…」

 

「赤の他人なのに?」

 

「……………」

 

「冗談冗談だからやめろ口に手を運ぶな舐めるな噛むなしゃぶるなぁぁぁぁ!?」

 

滅茶苦茶手を洗った。

 

結局奢る羽目になり、しかもガッツリ食われた。

 

食後、ミカさんを1度追い出して着替え、拗ねる彼女を部屋に入れてから、電話で小山先輩に急遽プラウダを出たことを連絡。

 

聖グロの時も同じことをしたので「またぁ?大変ね長野くんも」と苦笑された。

 

同時に「早く帰ってきてね、皆寂しがってるから」と囁かれた、耳が幸せになった。

 

小山先輩みたいな姉が欲しいだけの人生だった。

 

「叢真?良いんだよ…?」

 

「あ、間に合ってます」

 

両手を広げて微笑むミカさんに、顔をそむけて手を振る。

 

無言で押し倒されそうになった。

 

こんな人を姉と思うとか胃が死ぬわ!

 

抵抗していると携帯に着信が、ぱっと離れるミカさん。

 

この人電話とか持ってないらしくて、妙に携帯を怖がるんだよな…。

 

画面には武部さんの名前が。

 

「はいもしもし?」

 

『あ、こんばんわ長野さん、今大丈夫?』

 

「あぁ、平気だよ」

 

武部さんは毎晩連絡をくれる、どこで何をしてるか心配だからと言われた。

 

他の人が連絡してこないのは、恥ずかしい目にあって逃げ出した俺を気遣って連絡を控えているからと教えられたが、武部さんだけはこうして毎晩連絡してくる。

 

最初は恥ずかしさがあったが、彼女の気遣いを無駄にしては失礼だと思って俺も平常心で対応している。

 

流石コミュ力おばけと冷泉さんに言われる武部さんだ。気遣いが半端ない。

 

今日何をしたかや、大洗で何があったか、戦車道の授業はどうだったか等を話すと、ちょっと待ってねと言われる。

 

『も、もしもし…?叢真さん…?』

 

「みほちゃん?あれ、まだ武部さんと一緒に居たの?」

 

時計を見れば、もう直ぐ8時を過ぎる。

 

『あ、今日は会長さんの提案で皆でご飯を食べてるんです、叢真さんが送ってくれたお土産とかを使ってお鍋とか』

 

「あぁ、アレか。無事届いて良かったよ」

 

巡った学園艦の特産物、各学園艦では特色ある食品や製品を作っている。

 

それらを買ったり、移動中で立ち寄った港や空港でお土産を買っては郵送で送った。

 

急遽熊本に行ったりしたので、更にお土産が増える形になった。

 

耳を澄ますと、電話の向こうでお祭り騒ぎをしている声が聞こえる。

 

あいーとか根性とか、食事中でも騒がしいのは相変わらずか。

 

『小山先輩の携帯に叢真さんから連絡があったから、今なら大丈夫かもって沙織さんが…あの、忙しくないですか?』

 

「全然、今フェリーで移動中だから暇だったんだよ…ヒッ!?」

 

『叢真さん?ど、どうしました?』

 

「な、なんでもないよ…(何するんですか!)」

 

突然俺を襲ったのは、スベスベとした手の感触。

 

それが、俺の首筋を撫でたのだ。

 

犯人は当然彼女しか居ない。

 

俺が小声で問いただしても、彼女は微笑むだけで答えない。

 

『それでですね、叢真さん…』

 

「あぁ、何かな…ヒェッ!?」

 

『そ、叢真さん?』

 

「なんでもない、ちょっとシャックリが出ただけだから…!」

 

今度はシャツの裾から手を入れられ、背中を直に撫でられた。

 

こ、この…!人が話し中になんて事を…!

 

『えっと、聞きたい事があったんですけど、叢真さん私の家に行ったんですよね…?』

 

「あ、あぁ、ちょっと蝶野教官と会って、そのまま連れて行かれちゃ――うひっ!?」

 

『うひ?』

 

「シャックリが、シャックリがね!?」

 

背中を撫でていた手が脇を撫でたので思わず声が出た。

 

やめて、脇は、脇は弱いの!?

 

空いている手で止めさせようと手を掴むが、もう片方の手で撫でられる、おのれぇぇ…!

 

『蝶野教官と、一緒にですか…』

 

「う、うん、みほちゃんのお母さんがくひっ、家元を襲名するって事で、おふっ、そのお祝いに…くぅっ!?」

 

『そうでしたかぁ…なぁんだ、お姉ちゃんの事じゃなかったんですね!良かったぁ…』

 

「う、うん、別に大した用じゃなかったヨホホホ!?」

 

『よほほほ…?あの、本当に大丈夫ですか叢真さん』

 

「だ、大丈夫、大丈夫だから…!」

 

嘘です大丈夫じゃないです、背中に張り付いて胸を押し付ける人が、俺の胸板に手を回して擽ってきます助けて!

 

だ、だが、みほちゃんにミカさんの存在がバレたらどんな事になるか…想像が出来ない位怖い。

 

た、耐えるしか…!

 

『西住殿ー、そろそろ代わって下さいよー』

 

『あ、うん、今代わるね。それじゃ叢真さん、身体に気を付けて下さいね。今優花里さんに代わりますから』

 

「え、みほちゃ、ちょっと待って!?」

 

電話切れないよ!?

 

『お元気ですか長野殿、秋山です!美味しい食材のお土産、ありがとうございますぅ!』

 

「あはは、喜んでくれたならぁ!?お、俺も嬉しいよ…んぐっ!」

 

『…?長野殿、何かやってるんですか?苦しそうですが…』

 

「ちょ、ちょっと日課の筋トレを…ねぇぇぇ!」

 

『そうでありましたか、毎日欠かさずトレーニング、私も見習わないと!』

 

こんなトレーニングしたくないけどな!

 

「…………ふ~…」

 

「ひぃっ!?」

 

『ど、どうしました長野殿?』

 

「だ、大丈夫だ、何でも無い!」

 

耳に息吹きかけきた…本格的に悪戯し始めたなこの人…!

 

で、電話を、電話を切らないと…!

 

『優花里さん、次は私が…』

 

『あ、はい、それでは長野殿、お体に気を付けて!今次の人に代わりますね!』

 

「え、ちょ、待って!?」

 

『もしもし、お電話代わりました、五十鈴華です』

 

ひぎぃぃぃ、静止する間もなく五十鈴さんに代わっちゃったよぉぉ…!

 

『大変美味しい食材を、しかも沢山送って頂いて、ありがとうございます長野さん』

 

「い、五十鈴さんの事を考えて、多めに送りましたから…うごご…!」

 

『はい、大変美味しくて、私何度もお代わりしてしまいました…ちょっとお恥ずかしいです』

 

「一杯食べる君がすきぃっ!?」

 

『えっ…そ、そんな、好きだなんて突然…!』

 

「ち、違うんです!素敵って言おうとしたんです!」

 

『そ、そうでしたか…ちょっと残念です』

 

激しい言い間違いをしてしまった、それもこれも、人の乳首を抓りあげる後ろのカンテレ使いが悪い。

 

『あ、シメのご飯が来たみたいです』

 

「そ、そうですか、それじゃゆっくり食べて…く、下さいね…!」

 

『はい、それでは麻子さんに代わりますね』

 

「のぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

『もしもし…長野さん』

 

「や、やぁ冷泉さんん…」

 

『はやく依頼を終わらせて帰ってこい…朝起こす人が沙織だと寝起きが悪いんだ、朝食も長野さんのが良い…』

 

『ちょっと麻子ー!?私が起こしたり料理作ったりするのが不満なの!?』

 

『うるさいぞ沙織、今長野さんと話してるんだ…あ、あと、身体には気をつけろよ…』

 

今身体がピンチだよ助けて冷泉さん。

 

「叢真の朝食…なんだいそれは羨ましい…」

 

ボソボソと呟きながら耳を噛んでくる、やめろぉぉぉぉぉ!?

 

『ん……?今、誰か人の声がしなかったか?』

 

「き、気の所為じゃないかな!?」

 

『そうか?なんだか浮世離れしたウィスパーボイスが聞こえた気がしたんだが』

 

的確ぅ!

 

『まぁいい、変な事になる前に帰ってこいよ』

 

もう既に変な事になってるであります冷泉隊長!

 

『それじゃ…『冷泉先輩、誰とお話ししてるんですか?』『お友だちですかー?』…長野さんだ、代わるか?』

 

ちょ、冷泉さん!?今の声は、河西と阪口か!?

 

『えー、何々ー?』

 

『どうしたのー?』

 

『ちょっと皆、先輩が電話中じゃない…!』

 

『もしかして長野せんぱいですかぁ?』

 

『え、コーチから電話?』

 

『わー、今どこなんでしょうねコーチ』

 

『おい、シメのうどんは何処だ?こっちラーメンしか無いぞ』

 

『カエサル、うどんはアリクイさんチームの方だ、あと鍋のシメはご飯だろう』

 

『いやいや、とんこつ味なのだからラーメンであろう』

 

『もうご飯入れてしまったぜよ…』

 

『俺のエビチャーハンどこだよ!?』

 

『薬味こっちにありますからねー』

 

『今変なおじさん居なかった?』

 

『えぇー、こわぁい~』

 

ひぃぃ、なんか電話口にどんどん戦車道履修生が集まってきてる!?

 

「ん…ふぅ…はむ……ちゅ…」

 

背後の人は俺が抵抗出来ないからと調子に乗って耳を舐め始めている。

 

この…調子に乗ってからに…!

 

『コーチ、お元気ですか?忍です、コーチが出発してから練習に張り合いがなくて寂しいです…』

 

『せんぱい元気ですかー!?桂利奈ぜっこうちょうです!』

 

「ははは、元気そうで良かったぁはぁん!?」

 

『こ、コーチ?どうしました?あの、近藤ですけど、大丈夫ですか?』

 

『先輩どうしたんですかー、あゆみですけど分かりますー?』

 

「ふ、2人ずつ話してるのか、器用だなあばばばばば!」

 

み、耳に!耳の穴に舌が!舌が!

 

『佐々木です~、コーチ、いつ帰ってくるんですか~?』

 

『寂しいでーす、遊んで欲しいでーす、あやでーす!』

 

「あ、あと2校の予定だからぁん!す、すぐ帰るよぉぉぉぉ…!」

 

『せんぱぁい、優季でぇす…寂しいのぉ、はやく帰ってきてくださぁい~』

 

のおおおおお!電話でも甘いふわとろボイスがぁぁぁ!?

 

『コーチ!こっちは根性で頑張ってますからコーチも頑張って下さい!』

 

『あ、あの、先輩!お体に気を付けて頑張って下さい、ずっと待ってますから!』

 

「磯辺、澤君、が、頑張るよ、俺頑張るから…!」

 

絶対にカンテレ使いになんて負けない!

 

『………………』

 

「ま、丸山か?丸山なんだな!?心配するな、近い内に帰るからな!」

 

『…………はい』

 

やっぱり丸山だった、良かった合ってた。

 

『やはりうどんだろう!?そうだよな長野殿!?』

 

『いいやご飯だ!シメは卵で絡めた雑炊一択!だよね長野殿!』

 

『もうご飯入れちゃったんだから我慢しろぉ!あ、長野殿も実はラーメン派でござろう?』

 

『美味しいぜよぉ~…んぐ、長野殿、無事帰ってくるぜよー』

 

「俺は美味しければどれでも良い派だ!お前達ちょっと自重しろぉぉぉん!」

 

魚介ならご飯、味噌味ならうどん、とんこつならラーメン派だけどな!

 

「私はチーズ入れてリゾットにする派だよ…」

 

「トマト鍋ならそれで良いが…違う、そうじゃない、いい加減離れないと怒るぞ…!」

 

『何か言ったか?長野殿』

 

「い、いや!?何でもないぞエルヴィン」

 

『そうか?耳に心地よいけど童話とか歌わせると怖いと感じる声が聞こえた気がしたんだが』

 

具体的ぃ!

 

『まぁいい、お土産は皆でありがたく頂いたから、体に気をつけて残りを消化するんだぞ』

 

『やっと戻ってきた、私の携帯。もしもし長野さん?ごめんねー、皆長野さんの声が聞きたいって大騒ぎになっちゃって』

 

「い、いや、皆元気そうで良かったよほぉん!」

 

『よほん?』

 

「シャックリが酷くてねぇ!すまんねぇ!」

 

『そっかー、会長達も声が聞きたいみたいだけど、それならまた今度って事にしとこうか?』

 

「そ、そうしてくれるとたすかぁぁぁるぅぅぅぅ!」

 

『凄い巻き舌声!?ほ、本当に大丈夫なの!?』

 

「だ、大丈夫、大丈夫だからぁぁん!」

 

『ちょっと、そんな艶めかしい声出さないでよ、1年生の教育に悪いでしょ!?』

 

流石武部ママ、心配するのはそこか。

 

ちょ、やめて、ベルト外さないで!?

 

『それじゃまた明日ね、おやすみ長野さん』

 

「おやすみぃ…………さて」

 

「ハァ…ハァ…ハァ…おや?」

 

荒い息で俺のズボンのベルトを外そうとしていた手を両方掴む。

 

それで俺が電話を終えた事に気付いた背後の人物は、手を引き抜こうとするが俺の握力がそれを許さない。

 

グリンと首を後ろに回し、目を見開いて真顔で口を開く。

 

「……………覚悟ハ出来テルカ?」

 

「……………風が、囁いたんだ…今なら、悪戯し放題だと…」

 

 

 

 

 

 

――――ゴンッ☆――――

 

 

 

 

 

 

「お、女の子に、拳骨は酷いんじゃ、ないかな…」

 

「鉄拳制裁は暴力じゃない、教育的指導だ」

 

プシューと頭から漫画みたいなたんこぶと湯気を上げてベッドに崩れ落ちるミカさん。

 

全く…人が電話中なのを良いことに好き勝手しよってからに…。

 

ケイさんも似たような事をしてくるが、あっちははしゃいで巫山戯ている空気なので笑って流せ…ると思う、たぶん。

 

だがこの人はダメだ、どこからどこまでが冗談なのか分からない上に、途中からガチになるから。

 

「………叢真、何か気持ちの変化でもあったかい?」

 

「……なんです突然」

 

「いや、以前までの君なら、悲鳴を上げて一目散に逃げただろうと思ってね…」

 

出来るならそうしたかったよ、切実に。

 

「これも大洗での生活のお陰かな。私としては悔しくもあるが、嬉しくもある…堪能させてもらったよ」

 

畜生、ツヤツヤテカテカしやがって…。

 

「何処へ行くんだい?」

 

「風呂です。ついて来ないで下さい…本当に来るな公共施設なんだから他の人も居るっての!」

 

「残念だね…スイートなら部屋にシャワーがあるらしいじゃないか、次からそっちでどうだい?」

 

どうだい?じゃないが。

 

そんな無駄な出費はしません。

 

風呂から上がると部屋にはミカさんの姿は無かった、彼女もお風呂だろう。

 

「しかし参ったな…ベッド1つしかないんだが…」

 

一緒に寝る?ハハ、冗談がキツい。

 

仕方ない、床に毛布敷いて寝るか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てっきり雑魚寝部屋に逃げると思ったのに、同じ部屋で寝てくれるなんて…誘っているんだね」

 

「何かしたら拳骨と部屋から追い出してアキちゃんに細部まで説明する」

 

「………………」

 

ポロロ~ンとカンテレの音が寂しげに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうしてミカがこんなになるまで放っておいたんだ!(´・ω・`)









盛大に筆が滑りました、ミカが暴走してるけど許して?(´・ω・`)













重要な情報:(´・ω・`)は鍋のシメはご飯派(´・ω・`)


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けいぞくぅ…

なんで鍋ネタが多いかって?(´・ω・`)

らんらんが食べたいから(´・ω・`)

ぐぎゅるるるるるるるる(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また負けたにゃー…」

 

「強すぎぴよ…」

 

「絶対パラメーター設定ミスってるナリ、そうじゃないとおかしいモモ!」

 

今日も今日とて戦車道の授業後にゲームに興じるアリクイさんチーム。

 

だが今日は珍しく負けているのか、落ち込んでいたり憤怒していたりしている。

 

「どーしたの?」

 

「磯辺さん…ちょっとゲームのアップデートで追加されたボスが倒せなくて…」

 

そこへ、バレーボールを手にして現れたのはアヒルさんチームの磯辺。

 

その後ろには、やはりバレーボールを持った近藤達の姿がある。

 

「磯辺さん達は…バレーの練習じゃなかったの…?」

 

「それが、バスケ部の練習が長引いてて体育館が使えなくて」

 

ねこにゃーの問い掛けに、残念そうに答える磯辺。

 

彼女達はバレー部が廃部になっている為、部活として体育館が使えない。

 

その為、他の体育館使用の部活が終わるまで待たないといけない。

 

普段は戦車道の練習があるので、それが終わると丁度体育館が空くのだが、今日は空いていなかったらしい。

 

「それで、倉庫前で練習しようと思って」

 

「練習しないって選択肢がない辺り、筋金入りぴよ」

 

練習しないなんて選択肢、バレー部には存在しない。

 

これにはぴよたんも苦笑するしかない。

 

「また負けたモモ!難易度設定狂ってるよこれ!」

 

「ももがーちゃんが負けるなんてそんなに強いボスなの?」

 

ももがーが嘆くので、近藤が気になって画面を覗き込む。

 

「………ん~?これ…コーチに似てません?」

 

「どれどれ?」

 

「あ~、確かにコーチに似てるね~」

 

河西と佐々木も画面を覗き込む、その画面にはYOU LOSEと表示され、その後ろには軍服を肩に羽織り、マントの様に靡かせる黒髪長髪の美丈夫のイラスト。

 

髪型は違うが、その顔立ちは彼女達がよく知る人物にそっくりだった。

 

「そのキャラ、長野さんナリよ」

 

「「「えー!?」」」

 

ももがーの言葉に、驚いて画面をよく見る3人。

 

凶悪な顔つきをしているが、叢真によく似ているキャラのイラスト。

 

「?どういう事?」

 

ゲームとかさっぱりな磯辺がねこにゃーに問い掛けると、ねこにゃーが自分のゲーム機を操作して違う画面を表示させる。

 

「昨日から配信された、戦車道全国大会優秀選手コラボイベントなんだけど…それに隠しボスとして長野さんが追加されたんだにゃー…」

 

「……確かに似てるけど、コーチこんなに悪人面してたっけ…」

 

イベントミッション選択画面に映る叢真のイラストは、牙を剥き出しにして笑う凶悪な表情。

 

おまけに長髪になっていて、豪華な軍服を着ている。

 

「それはゲーム会社がアレンジしたイラストぴよ、長野くんの戦歴や逸話を元にした、架空の姿だっちゃ」

 

「それでなんでこんな禍々しいイメージになるんですか…」

 

確かに練習の時とかは厳しいが、基本的に温和で純朴な雰囲気の叢真からは想像が出来ない姿に、近藤がツッコむ。

 

アヒルさんチームは叢真の昔を知らないので、イラストからは想像出来ないのだろう。

 

「このゲームの特徴で、ちょっと印象を盛るんだモモ。だからほら、西住隊長とかこんなイラストになってるナリ」

 

そう言って画面の選択ミッションを変えると、磯辺達も愛用しているパンツァージャケットを身に纏った女の子のイラストが表示される。

 

「え、これ西住隊長!?」

 

「うわー、凛々しすぎてなんか…」

 

「普段の西住隊長を知っているから、違和感が凄いね…」

 

イラストのみほに驚く磯辺と、ちょっと引く近藤と河西。

 

そのイラストのみほは、右手でどこかを指差しながら左手で咽頭マイクを押さえ、キューポラの上に仁王立ちをしている姿。

 

表情が凛々しすぎて、一瞬誰?となる。

 

「こっちは隊長のお姉さんだにゃー」

 

「こっちは…うん、なんかイメージ通りだね…」

 

磯辺の感想、まほのイラストはキューポラから上半身を出して、右手で咽頭マイクを押さえ、左手をこちらに向かって伸ばしているイラストなのだが、その顔半分が影に覆われ、目が赤く光って残光が出ている。

 

凄く恐ろしいイラストに仕上がっているのだが、まほの事をよく知らない、黒森峰戦での対戦でしか印象が無い磯辺はまほのイメージ通りだと感じた模様。

 

「覇王西住まほ、軍神西住みほ、そしてこの2人を倒すと出てくるのが、魔王長野叢真だにゃー」

 

「何その物騒な二つ名…」

 

ねこにゃーの言葉に、顔を引くつかせる磯辺。

 

「ネットで有名な二つ名ぴよ、常勝軍団黒森峰を率いる覇王西住まほ、無名校を優勝まで導いた軍神西住みほ、そして数々の記録と伝説を残した魔王長野叢真」

 

「そんな人達が敵として実装されたから今ゲームはお祭り騒ぎモモ」

 

「へ、へー…凄いんだね…」

 

ゲームとか詳しくない磯辺は、ちょっと引き気味に笑うしかない。

 

「ゲームが配信された時からやってるコラボイベントだけど、今回は過去最高難度って評判だにゃー」

 

「普通、1日経てば全クリする人が出てくるけど、今回はまだ誰もクリアしたって報告が無いぴよ」

 

「ただでさえ覇王まほと軍神みほが強いのに、その後に魔王叢真が控えてるから攻略組も苦戦してるナリ。ネットじゃ公式チート、公式バグとか言われる位に理不尽な強さに設定されてるし」

 

「それ、ゲームとして成立してるんですか…?」

 

アリクイさんチーム3人の感想に、至極真っ当な事をツッコむ近藤。

 

そんな超難易度じゃコラボイベントとして成立しないのでは…とゲームは詳しくないが思うバレー部。

 

「普通にクリアするだけなら難易度を落とせばいいんだにゃー。でも、最高難易度でクリアしないと手に入らないパーツや戦車があるんだ…」

 

「ゲーマーとして、コレクターとして見逃せないぴよ!」

 

「特に魔王叢真を倒すと、超性能の戦車が手に入るって公式でアナウンスされてるモモ、逃せないナリ!」

 

「なるほど~、クリアだけなら下の難易度で、アイテムが欲しい人は高難易度に挑戦って形なんですね~」

 

納得する佐々木、クリア称号やアイテムは低難易度でも手に入るが、最高難易度ではそれぞれのキャラに由来した戦車やパーツが手に入る。

 

「ほ、ほら、これなんて軍神みほを倒すと手に入るんだけど…大洗仕様のⅣ号戦車…」

 

「おー、本当だ、あんこうチームのⅣ号だ」

 

「いいなー、ウチの八九式も入れて欲しかったなぁ…」

 

「八九式は流石に…」

 

「普通のは実装されてるけど使うのは本当に趣味の人か舐めプの人位モモ…」

 

画面に映る大洗仕様のⅣ号に声を上げる磯辺と、羨ましそうに感想を口にする近藤。

 

ゲームでもその性能は残念なのか、ぴよたんとももがーが冷や汗を流す。

 

因みに覇王まほを倒すとマウスかまほ仕様ティーガーが手に入る。

 

軍神みほを倒すと大洗仕様のⅣ号、他のⅣ号に比べてやたら旋回性能が高くてドリフトする上に、異様に砲撃精度が高い軍神仕様である。

 

Ⅳ号の他にポルシェティーガーレオポンカスタムも実装されており、ポルシェティーガーの癖に異様に足回りが良くて手に入れたプレイヤーからは「こんなのポルシェティーガーじゃない、見た目の違うティーガーⅠだよ!」と盛大に突っ込まれている。

 

「あ!最速攻略掲示板にクリアした人の報告が上がってるぴよ!」

 

「おぉ!遂にクリアした人が!」

 

「悔しいモモ、先を越されたー!」

 

携帯で確認していたぴよたんの言葉に、興奮するねこにゃーと悔しそうなももがー。

 

その熱狂ぶりにアヒルさんチームはちょっと引き気味である。

 

「ふむふむ、クリアすると異様にステルス性能が高いBT-42、異常に速度と旋回速度が速いCV33、設定ミスを疑う程に命中精度の高いKV-2が確認されてるみたいぴよ」

 

「どれもこれもコラボ景品だけあって突飛な性能だにゃー…」

 

「流石コラボラスボス、なんとしても手に入れないと…コレクターの血が騒ぐモモ!」

 

「あの車体と車高でステルス性能が高いBT-42…?」

 

「確かにアンツィオのCV33は凄い旋回性能してましたけど…」

 

「命中精度が高いカーベーとか反則じゃないかな…」

 

「流石ゲームですね~」

 

確認された情報を読み上げるぴよたん、その情報にときめくねこにゃーと、ゲーマー魂が刺激されているももがー。

 

みほと優花里による戦車勉強会でそこそこ戦車に詳しくなった磯辺や近藤、河西はその異様な性能設定に冷や汗。

 

佐々木だけはのほほんと笑っているが。

 

因みにこれらの景品、全て魔王全盛期の叢真の伝説から設定された物である。

 

一度も相手に発見されずに終わった継続指揮時の搭乗車両であるBT-42、チャーチルとマチルダⅡの合計4両を挑発しながら一度も被弾せずに逃げ切ったCV33、密集するシャーマン相手にピンポイントで砲弾を撃ち込んで吹っ飛ばすわ橋を渡るファイアフライごと橋を吹っ飛ばすわと異様な命中精度を発揮したKV-2。

 

本当に凄いのは叢真の指示通りに車両を動かした当時の高校生達なのだが。

 

まぁ佐々木が言う通り、そこはゲームという事で。

 

「よーし、頑張ってクリアするにゃー!」

 

「先駆者が出たんだからクリア出来るってことぴよ!」

 

「がんばるナリ!」

 

気合を入れてゲームを始める3人に、頑張って下さいと苦笑する近藤達。

 

「よーし、私達もアリクイさんチームに負けないように根性だよ!」

 

「「「はい!」」」

 

よく分からないが触発されたのか、バレーボールを片手にいつもの根性を口にする磯辺。

 

それに唱和し、戦車倉庫の外で練習を開始するバレー部だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、みぽりんゲームに出るんだ」

 

「うん、連盟とゲーム会社から依頼されて…恥ずかしかったけど、お姉ちゃんと叢真さんも出るって言うから…」

 

「いいなー、私もゲームに登場したいな~。そしたら全国のゲーマーから人気になっちゃったりして~!」

 

「通信手が出れる訳無いだろ」

 

「麻子ってばひどーい!」

 

「あはは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「隊長?どうしました?」

 

「エリカ……私はこういうイメージなんだろうか…」

 

「え…こ、これは、いわゆる漫画的表現なだけで、別に隊長がこう見られてる訳ではないと…!」

 

「だと良いんだが…しかし叢真の画像、禍々し過ぎないか、叢真はもっと純朴で少年のような愛らしさがあるんだぞ」

 

「は、はぁ、そうなんですか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

継続がけいぞく中(どやぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと着いた…」

 

プラウダを出てから2日、やっと継続高校の学園艦に到着した。

 

「やれやれ、少々時間がかかってしまったね…」

 

「誰のせいだと思ってるんですか!」

 

主にカンテレ使いの胡散臭い人が駅とか港で立ち食い買い食いして代金を奢らせるわ、荷物置いてどっか行ったかと思えばカンテレ演奏しておひねり稼いでるわ、ラブが付くホテルに入ろうとするわ…。

 

お蔭で余計な時間がかかったわ!

 

「大丈夫?結婚する?」

 

「しないよ!全く…」

 

「心配しなくてもお金なら学校に着いたら払うさ…アキが」

 

「後輩に払わせるんじゃないよ!?」

 

「仕方ないじゃないか、私のお小遣いはアキが管理してるんだから」

 

うっそだろおい…アキちゃんに依存し過ぎだろこの人…。

 

連絡船…と言うより殆ど貨物船から降りて継続の学園艦に乗り込む。

 

観光客なんて殆ど来ないから、連絡船も物資搬入の仕事が大半なのだろう。

 

上部甲板まで登ってくると、継続のマークが書かれた車が丁度来て止まった。

 

「長野さん!いらっしゃいませ!」

 

「おっと、久しぶりアキちゃん。元気そうだね」

 

「はい!長野さんも元気そうで安心しました!」

 

輝く笑顔で俺に抱きついて来たのは、継続の良心にして癒やし、大天使アキエルならぬアキちゃん。

 

あぁ、思わず浄化される気分で癒やされる…。

 

「アキ、私には何もないのかな」

 

「あ、おかえりミカ」

 

「…………冷たくないかな」

 

「何も言わずにふらふらと出ていく人には当然の対応かなって思うんだ」

 

「ぷっ…」m9(^Д^)プギャー

 

「おや、急に唇が寂しくなってしまったよ、丁度いい所に美味しそうな唇があるね…」

 

「おい馬鹿やめろ止せ顔を近づけるな!?」

 

「もー!なにしてるのよミカ!」

 

つい煽ったら真顔で唇を狙ってきた、本当に俺からの煽り耐性が無いなこの人!

 

アキちゃんが俺から離れてミカさんを引き剥がしてくれる、流石アキちゃん頼りになる。

 

「おーっす!アニキ!」

 

「おっと、久しぶりだなミッコ」

 

背中に飛び込んできたのは、車の運転をしていたミッコ。

 

腕を回して頭をガシガシ撫でてやるとニシシと嬉しそうに笑う。

 

運転が絡まなければ良い子なんだよなぁこの子も…。

 

「なんかお土産ないの、お土産!」

 

「お前は親戚の子か…ちゃんと持ってきたよ」

 

「いえーい!」

 

俺の言葉に両手を上げて喜ぶミッコ、本当に親戚の子みたいで癒やされる。

 

「あの大量のダンボールがそう?」

 

「いや、アレはミカさんの成果。俺のは隣の発泡スチロールの方」

 

中身は鴨とカニである、石川県と言えばこれだろう。

 

「おー!鴨とカニだー!やったー!」

 

大はしゃぎのミッコ、継続は石川県が所在地だが、学校で食べられる訳じゃないからな…。

 

大洗だとあんこうは食べられるけど。

 

「えー!そんな高級食材買ってきてくれたんですか長野さん!?」

 

「俺が食べたかったのもあるから安心していいよアキちゃん」

 

割と本音である、途中で食べてきても良かったのだが、どこぞのカンテレ使いが目につくモノを片っ端から手を出すもんだからお腹が一杯で…。

 

2・3口食べると満足して残りを俺に押し付けてくるのだ、あのカンテレ使いは。

 

ちゃんと完食する五十鈴さんを見習えと言いたい。

 

「アキ、私もたくさん持ってきたよ」

 

「ふーん、そう、ありがとうミカ」

 

「………………」

 

「黙って居なくなるからそうなるんです、自業自得。拗ねて俺に擦り寄らないでくれます?」

 

背中で頭をグリグリしないで下さい、こそばゆい。

 

「ほら長野さんに迷惑かけてないで、荷物積み込んでよミカ」

 

アキちゃんに言われ、渋々荷物を車に積み始めるミカさん。

 

4人でテキパキと積込み、車に乗り込もうとしたら、トラックタイプなので3人しか座れない。

 

「俺が荷台に行こうか?」

 

「大丈夫です、ミカは真ん中座って、長野さんは助手席に」

 

運転はミッコ、言われるがままに座ると、アキちゃんが「失礼します」と言って俺の膝の上に。

 

「えへへ、重くないですか?」

 

「あぁ、軽い軽い」

 

「一度してみたかったんです!」

 

そう言ってニパーと笑うアキちゃん、癒やされる。

 

「アキ、そこは私の特等席だよ」

 

「違います」

 

「ミカじゃ重いし邪魔になるだけだよ、私くらいが丁度いいんだから」

 

確かにアキちゃんなら膝に座っても頭頂部が俺の顎位だから邪魔にならない。

 

ミカさんだと身長があるし、何よりカンテレを持ち込むので余計に邪魔である。

 

「…………」

 

「拗ねても乗せませんよ、乗せないから痛てててて抓るな!?」

 

拗ねて俺の太ももを抓ってきた、太ももは痛いんだぞ!?

 

「もー、長野さんに迷惑かけないの!」

 

「私と叢真は心でつながってるからね、こんな些細な事も気心が知れた友情が為せる事なんだよ」

 

「………気心?友情?」

 

「………………」

 

「冗談冗談嘘だからやめろ耳を舐めるな!?」

 

「ちょっとミカ!?」

 

「運転してるんだから静かにしててよ!邪魔!」

 

ミッコに怒られて全員黙る。

 

真面目に運転してる時にミッコは怒らせてはいけない。

 

学校に到着すると、車をそのまま戦車倉庫へ。

 

倉庫内では継続の戦車道履修者達が戦車の整備や練習に励んでいた。

 

「ただいまー、みんな、長野さんがお土産持ってきてくれたよー!」

 

アキちゃんの言葉に、歓声が上がる倉庫内。

 

俺の事を美味しいモノをお土産にしてくれる人、という認識が強い気がするのは気のせいか…。

 

「アキ、私もちゃんと食料を持ってきたんだけど」

 

「はいはい、それで何を持ってきてくれたの?」

 

車から荷物を降ろしながら中身を確認していくアキちゃん。

 

「なによこれぇ、調味料とかドレッシングとかばっかりじゃない」

 

「まぁ、賞味期限が近いモノってなったらそうなるよな…」

 

ダンボールの中身は、簡単調味料とか業務用調味料が殆ど。

 

一応ソーセージとか燻製製品もあったが。

 

「あ、よかった、小麦粉とかもある」

 

「こっちはお米入ってるよ!」

 

食材になりそうな物が入っていて安心するアキちゃんと、お米を発見して喜ぶミッコ。

 

はて、お米に賞味期限…?

 

「……………」

 

視線をミカさんに向けると明後日の方向を見ながらカンテレを奏でていた。

 

オイ。

 

「ふふ、大丈夫?子作りする?」

 

「するか馬鹿」

 

「………だんだん、私に対して遠慮が無くなってないかな」

 

「遠慮するとエスカレートすると学習したので」

 

「長野さん、ミカの言うことは聞き流していいですよ」

 

うん、基本的にそうしてるよ安心してアキちゃん。

 

「野菜とか無しかぁ、買ってこないとだなぁ」

 

「そうだねぇ…ねぇ、誰かお買い物行ってきてくれる?」

 

ミッコの言葉に頷いて、適当な子に声をかけるアキちゃん。

 

すると3人程がやってきて、アキちゃんが言う材料をメモして、お金を預かってその足で戦車に乗り込んで出ていく。

 

すっかり継続の保護者だなぁアキちゃん…。

 

本来その役目をやらないといけない人は…。

 

「人にはね、向き不向きがあるんだよ」

 

ならなんで隊長やってるの…。

 

「長野さんが鴨とカニとか多めに買ってきてくれて良かったよぉ…」

 

「そんな気がしたから奮発したけど無駄にならなくて良かった」

 

安堵するアキちゃんの頭を撫でながら苦笑する。

 

「お、お菓子の箱発見!」

 

「じゃぁ夕飯が出来るまでそれ摘んでてもらおう、ミッコ配って」

 

「りょうかいー!」

 

プラウダでよく売られている、売れ残りのお菓子。

 

こうした物でも彼女達にはご馳走なのだから健気だ。

 

お土産奮発して良かった。

 

かなりお金使ったけど、まぁ印税とか色々あってそこそこお金はあるので痛くはない。

 

母が俺の稼いだ金なのだからと、全部俺の口座に入れて、自分達では使わない。

 

賞金が出る大会なども参加してたので、そこそこ余裕がある。

 

でなければ飛行機チャーターして移動なんて事出来ない。

 

なおそんな俺よりお金持ちなのがサンダースの上流階級組である。

 

あと聖グロのお嬢様組。

 

「3人くらいお米研いでー、残りは椅子とテーブル借りてきて。お鍋とコンロは遠征用のを出してね!」

 

テキパキとアキちゃんが指示して、生徒達がそれぞれ散っていく。

 

なお本来それを行う筈の人物は、ミッコが配ったお菓子を食べながらカンテレをひいている。

 

それでいいのか継続隊長…。

 

買い出しに出た生徒が戻る頃には、戦車倉庫の一角にテーブルと椅子が並べられ、コンロと鍋がセットされる。

 

「丁度鍋の素が入ってたから使っちゃおう、ミッコ入れ過ぎないでね」

 

「りょうかーい」

 

プラウダから貰ってきた調味料の中に鍋の素が入っていたので、使い切ってしまう事にしたアキちゃん。

 

何種類か味があるのでそれぞれ好きな味の鍋をつついて貰うようだ。

 

手分けして野菜を切り、鴨とカニをそれぞれ分けてカニ鍋と鴨鍋を作る生徒達。

 

ご飯は飯盒で生徒達が手早く用意している、本当にサバイバル能力が高い。

 

秋山さん並の能力を持っているな。

 

それに引き換え隊長は…。

 

「私が本気を出すのは、明日の戦車指揮の時だからいいんだよ」

 

「本当に本気出すんでしょうね…」

 

この人が本気出してる所とか、全然見たこと無いんだけど…。

 

「安心して、私が本気を出すのは君を堕とす時だからね」

 

「永遠に出さないでいいです」

 

「ふふ、そう言われると逆に本気を出したくなってしまうね…」

 

「だから抱き着かないでやめろ首筋に吸い付くな痕が付く!」

 

「もー!長野さんで遊んでないでミカも手伝ってよ!ほらお皿並べて!」

 

アキちゃんに怒られて渋々お皿を並べるミカさん、これが継続の隊長である。

 

指揮官、戦術家としてはみほちゃん並に凄い人なんだけど…普段がこの調子だからなぁ。

 

まぁみほちゃんも戦車乗ってないとドジだしな…そこが可愛いんだけど。

 

ご飯ができあがり、鍋も良い感じに煮えた。

 

生徒達もそれぞれ好きな鍋の前に座り、号令を待つ。

 

「それじゃ、長野さんに感謝を込めて、いただきます!」

 

『いただきまーす!!』

 

アキちゃんの号令の元、元気に叫んで鍋をつつく生徒達。

 

普段食べられないカニや鴨に、嬉しそうだ。

 

「はい、長野さんの分」

 

「ありがとう、頂きます」

 

アキちゃんがよそってくれたお椀を受け取り、汁を1口。

 

鴨の出汁が出て美味い。

 

「カニの方も貰ってきたよー」

 

ミッコが他の鍋からカニや白身魚が入ったお椀を持ってきてくれた。

 

「ちょっと出費が痛いけど、折角長野さんが来てくれたんだし良いよね」

 

「ごめんなアキちゃん、余計な気を使わせたみたいで」

 

「うぅん、長野さんがこうして来てくれるだけで嬉しいから気にしないで!」

 

本当に良い子だ…大天使ミホエル・大天使ペパロニ・大天使アキエルの3天使が居る限り俺は生きていける。

 

小悪魔ダジリンから受けた傷が癒えていくようだ…。

 

「明日は私達の練習風景をお見せしますから、今日はゆっくりしていって下さいね!」

 

「ありがとう。ミッコ、ほら鴨肉食べな」

 

「ありがとアニキ!あむ!」

 

ガツガツとお椀の中身をかき込むミッコに、プリプリの鴨肉を差し出したら箸ごと食われた。

 

お椀に入れようとしたんだけど…まぁいいか。

 

「……あの、長野さん、私にも…」

 

それを見ていたアキちゃんが、俺の袖をちょいちょいと引っ張りながらもじもじとおねだり。

 

アキちゃんは可愛いなぁ…。

 

彼女みたいな娘が欲しいだけの人生だった。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ~…あれ?」

 

「うん、美味しいよ叢真。君の愛を感じるね」

 

「………何してんの貴女」

 

「もー!邪魔しないでよミカぁ!」

 

鴨肉を差し出したら、途中で後ろから顔を出したミカさんに食われた。

 

ドヤ顔で咀嚼するミカさんを、アキちゃんがポカポカと叩く。

 

全くこの人は…。

 

鍋のシメの雑炊まで頂き、生徒達も満足そうだ。

 

大洗で鍋を食べたと聞いて、つい食べたくなって材料を買ったが、皆満足してくれたようで安心する。

 

「長野さん、サウナですけど汗を流してきて下さい」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ」

 

継続に大浴場はない。

 

代わりに、学園艦のあちこちにサウナが設置されている。

 

サウナで汗を流して、併設されている水風呂で身体を洗うのが継続流だ。

 

因みに本当の継続流は、雪が降ってから出来る。

 

サウナで温まったら、積もった雪にダイブして転がるのが本当の継続流だと言う。

 

戦車倉庫から程近いが、少し離れた場所にあるサウナへ。

 

倉庫に近い方は戦車道の生徒達が使うので、俺は人が居ない方へ。

 

サウナの横に併設された脱衣所で脱いで、腰にタオルを巻いてサウナの中へ。

 

「あんまりサウナは得意じゃないんだけど…」

 

祖父が好きでよく付き合わされた、最低でも15分は入ってないと駄目だと言われて大変だったなぁ。

 

継続の生徒は1時間程度なら楽勝で入る、慣れって凄い。

 

ベンチ状の場所に座り、汗を流す。

 

これでお風呂があれば最高なんだけどなぁ…。

 

お風呂は学生寮などの建物じゃないと設置されていないから、我慢するしかない。

 

「下手に入って、生徒と鉢合わせしたらたまったもんじゃないしな…」

 

アンツィオみたいに。

 

あの時は本当に危なかった…。

 

大天使ペパロニに感謝だな。

 

「お邪魔ー!」

 

「おわっ!み、ミッコ!?」

 

寛いでいたらミッコが勢いよく入ってきた。

 

確りとタオルを巻いているが、予想外の乱入者に思わず足を閉じて両手で身体を隠す仕草をしてしまう。

 

「片付け終わったから汗流しに来たんだ、よいしょっと」

 

「お、おいおい、男が入ってるのに…」

 

「んー?大丈夫大丈夫、フィンランドじゃ男女一緒に入るのが当たり前なんだし!」

 

そう言ってケラケラ笑って俺の隣に座り、気持ち良さそうに背中を壁に預けるミッコ。

 

……まぁ、ミッコだし良いか。

 

親戚の子供みたいな感じだし、セーフだよなセーフ。

 

ミッコなら変な事はしてこないし。

 

「明日はアタシの操縦テクニックを存分に見せてやるから楽しみにしててくれよ、アニキー」

 

「あぁ、期待してる」

 

ミッコの操縦テクニックは、下手をすると冷泉さんを超えている。

 

特に悪路や狭い場所などでは冷泉さんを超えるだろう。

 

あと曲芸走行。

 

「あー、やっぱりここに居た。ミッコ、先に行くなんてズルいよ」

 

「あ、アキちゃん!?」

 

扉を開けて入ってきたのは、確りタオルを巻いたアキちゃん。

 

「お邪魔しますね長野さん。もう1個の方が満員で入れなかったので」

 

「あ、はい…」

 

笑顔で平然と入ってくるアキちゃん、満員なら仕方がない…いや、駄目だろ。

 

「えへへ、ミカが長野さんと一緒にサウナに入ったって聞いて、やってみたかったんですよねー」

 

「いや、あれは無理矢理押し入られてそのまま居座られただけで…」

 

決して同意ではない。

 

「わー、長野さん凄い筋肉、鍛えてるんですねー」

 

「アニキならあれ出来そうだよね、ほら腕にぶら下がる奴」

 

「出来るけど…今はやらないぞ、後でな後で」

 

ペタペタと俺の腕や肩を触ってくるアキちゃんとミッコ。

 

物珍しさからだろう、不埒な気持ちが一切感じられないので抵抗感はない。

 

これがアッサムさんやカルパッチョ、ノンナさんなら逃げてたな。

 

ケイさん?あの人は普段からペタペタ触ってくるからもう諦めた。

 

「どんな訓練してるんですか?」

 

「特別な事はしてないよ、ジョギングとか腕立て、腹筋とか…」

 

砲弾をダンベル代わりにしたり、主砲で懸垂したり。

 

祖父が教えてくれたメニューをやってたらこんな肉体になった。

 

「私ももっと鍛えないとかなぁ…二の腕なんてぷにぷになんですよー」

 

「女の子だから多少は仕方ないさ……ん?……うお!?」

 

「え…わぁ!?」

 

「うわぁ!?」

 

ふと視線を感じて扉の方を見たら、扉にある窓からミカさんがこちらを見ていた。

 

<●><●>

 

こんな視線で。

 

率直に言って怖い、腰が抜けるかと思った。

 

「な、なにしてんのミカ!?」

 

「ビビったぁ…」

 

慌てて叫ぶアキちゃんと、胸を押さえて呟くミッコ、2人共俺の腕にしがみついている、それだけ驚いたのだろう。

 

「…………私の時は必死に逃げたのに、アキとミッコとは一緒に入るんだね…」

 

「いや、だって2人は下心とか無いし…親戚の子とか娘とかと同じ感覚だし…」

 

「親戚の子!?」

 

「娘!?」

 

扉をギィィィィ…と無駄にホラーに開けて入ってきたバスタオル姿のミカさんの言葉に、正直に話す。

 

なんかミッコとアキちゃんがショック受けてる気がする。

 

「私だって純粋な想いしかないよ」

 

「俺の身体を舐めるように見てたのは純粋なんですかねぇ」

 

忘れないぞ、ガン見して俺の腕とか胸板とか腹筋とか足とか見てきた視線を。

 

よく女性は視線に敏感だと言うが、男だって気付くもんは気付く。

 

「…………その質問に意味があるとは思えない」

 

「いや答えろよ」

 

ポロロンじゃないよ全く。

 

答えずにそのまま俺の対面に座るミカさん、出ていく気が無いなこの人…。

 

まぁアキちゃんとミッコが居るのだ、変な事はしないだろう。

 

「娘…娘…うぅ、娘かぁ…」

 

「親戚の子…妹ですらないのかよぉ…」

 

その頼りの2人は、何やらショックを受けて落ち込んでいた。

 

はて、どうしたのだろうか…。

 

「鈍感であることは、時に自分の身を守る為に必要なんだよ」

 

「なんですかそれ…」

 

ポロロンとカンテレをひいてドヤ顔するミカさん。

 

誰が鈍感だって言うんだか、全く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このお部屋を使って下さい!狭いですけど…」

 

「ありがとうアキちゃん、それじゃまた明日…ちょ、ミッコ!?」

 

「親戚の子なんだよね?ならアニキと寝ても問題ないよね!」

 

「ミッコ!?」

 

「私も娘なんだから平気ですよね!」

 

「アキちゃんまで!?いや、あれはものの例えであって…!」

 

「2人が子供なら、私は伴侶だね…さ、家族のように並んで寝ようか」

 

「出てけぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アリクイさんチームがやってるゲームはドリームタンクマッチのオンライン版みたいな奴です(´・ω・`)

アプデ配信でコラボイベントとか追加ミッションとか出る奴って妄想です(´・ω・`)

そんなゲームやりたいにゃぁ(´・ω・`)










ソーマの書に記されし天使、大天使ミホエル、大天使ペパロニ、大天使アキエル
他に、守護天使ルクリリ、幼天使カチュエル、愛天使サオリンなどが記されている。

なお特に意味はない。


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くろもりみねeins

いよいよラストの黒森峰編でざますよ(´・ω・`)


いくでがんす(´・ω・`)


ピギィィィ!(´・ω・`)






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦車道全国大会優勝校特集ですか…」

 

「そ、優勝後のインタビューと違って、こっちは写真と戦車がメインなんだけどねー」

 

生徒会室へと呼び出されたみほ達、各チームの車長達に、干し芋を齧りながら説明する会長。

 

その隣にはお茶を飲む蝶野教官の姿。

 

先に会長達に説明したのだろう、会長の言葉に教官は静かに頷く。

 

「優勝校は代々受けている事だから、承諾して欲しいの」

 

「はぁ…そういえば確かに毎年特集してましたね…」

 

「文章より写真の方が多いですね」

 

「大会に出た車両とその操縦手が1枚に収まる感じか…」

 

蝶野教官の言葉に、月刊戦車道で確かに毎年そんな特集していたなと思い出すみほ。

 

資料として教官が持参した過去の特集号には、去年のプラウダやその前の黒森峰が特集されている。

 

それを見ながら感想を言う磯辺とカエサル。

 

因みにカエサルは車長ではないが歴女チームのリーダーなので、会議や作戦立案には彼女が参加する。

 

「まぁ各チームの写真と、メンバーの優勝後の感想とか今後の意気込みとかを載せる感じだねぇ」

 

「去年の奴以外はずっと黒森峰特集ですね…」

 

前もって説明されている会長は既に承諾しているのだろう、説明側に回っている。

 

過去号を見ていた梓だが、去年のプラウダは兎も角、それまで大会9連覇していたのが黒森峰なので、過去9年分は全て黒森峰特集である。

 

なので月刊戦車道編集部は、プラウダに続いて今度は無名校だった大洗が優勝したので取材と撮影に気合が入っているらしい。

 

黒森峰は代々真面目で堅実、西住流の色が濃い学校なので、取材や撮影も基本真面目な物になってしまい、面白みがないのだ。

 

編集部としては、もっと高校生らしいはっちゃけとか弾ける若々しさが欲しいのである。

 

一応水着撮影とか真面目なので受けてくれるのだが、どうにも高校生らしさが無くてここ数年特集担当が悩んでいたりする。

 

去年はプラウダが優勝して、女子高生らしい写真や記事を期待したのだが。

 

「プラウダも結構真面目な学校らしいからねぇ、固くなっちゃうのは仕方がないのかな」

 

「これはむしろ、緊張してるようにも見えるにゃー…」

 

去年の特集号を見て苦笑するナカジマと、写真撮影なんて慣れてないのだろう、ガチガチになっている生徒を指差すねこにゃー。

 

「その点、貴女達は実に女子高生らしくて良いわ、色々な所で教官をしてきた私が保証する。是非受けて欲しいわ」

 

「えっと、皆さんはいいですか?」

 

「構いません!」

 

「問題ない」

 

「学校としては是非受けたいからねー」

 

「ちょっと恥ずかしいけど大丈夫です」

 

「問題ないよ」

 

「恥ずかしいけど頑張るにゃー」

 

「……………」

 

みほの問い掛けに、元気に答える磯辺、マフラーを掻き上げて答えるカエサル。

 

会長はむしろ受けて欲しい側、真面目な梓は恥ずかしいが光栄な事だと承諾、ナカジマは笑顔で頷き、ねこにゃーも気合を入れる。

 

だが、そど子だけは答えない。

 

「園さん…?」

 

「西住隊長…これ、水着写真もあるんだけど…」

 

そう言ってそど子が開いたページは、1ページまるまる水着の生徒と戦車が写った写真。

 

みほは見覚えがあった、まほの前の隊長だ。

 

「安心して、水着撮影があるのは隊長とその車両の搭乗選手だけだから」

 

「え、えぇ!?」

 

「なら良いです、了解しました」

 

「園さん!?」

 

教官の説明に、聞いてないとばかりに慌てるみほだが、自分達が水着撮影をしないと分かってあっさり承諾するそど子。

 

「みんなやってる事だから、ね!」

 

「そーそー、あの真面目な黒森峰だって何年もやってきたんだから頑張って西住ちゃん」

 

「そ、そんなぁ…」

 

「西住隊長、根性ですよ!」

 

「これも優勝校の責務だ」

 

「頑張って下さい隊長!」

 

「どうせ読者は女性が殆どだから大丈夫だよたぶん」

 

肩を叩いて念押ししてくる教官と、あの黒森峰がやってたんだからと追い詰める会長。

 

磯辺はいつもの根性理論、優勝校の隊長なんだからと頷くカエサル、純粋に応援する梓と、一応フォローしてくれるナカジマ。

 

そど子とねこにゃーは、過去の隊長や搭乗生徒達のスタイルを見て、自分達じゃなくて良かったと心底安堵していた。

 

「わ、分かりました…沙織さん達にもお願いしておきます…」

 

親友達が何と言うか、今から不安なみほ。

 

まぁ沙織辺りは「水着写真で読者からファンレター来ちゃうかも!」とむしろ乗り気になると思われるが。

 

「で、ここからが本題なんだけど」

 

「え、取材と撮影が本題じゃないんですか…」

 

みほが承諾したので席に戻って話を切り出す教官に、嫌な予感を覚えるみほ。

 

他の車長達も姿勢を正し、会長だけが干し芋を食う。

 

「優勝校特集と並行して、長野君の特集も行うんだけど、彼に拒否されちゃったのよね。優勝したのはみほちゃんと選手達全員の努力の結果だから、自分がしゃしゃり出るのは良くないからって」

 

「叢真さんらしいですね…」

 

叢真は謙遜しているが、みほに代わって隊列維持の練習や作戦遂行のコツ、各対戦校の特徴や弱点など、叢真が指導した内容は多い。

 

みほとしては、色々な雑務や自分では教えられない部分を代わりに教えてくれた、縁の下の力持ちという重要な役目を担ってくれたと思っている。

 

叢真が手助けしてくれるから、自分は作戦立案や対戦校の勉強に時間を使えたのだと。

 

黒森峰戦ではマウス撃退の作戦を瞬時に授けてくれた。

 

とはいえ叢真としては、みほ達の頑張りを間近で見てきたので、彼女達の努力を、長野叢真が居たから優勝出来たという風評で塗り潰したくないのだ。

 

だから優勝後のインタビューでもみほ達の努力の結果だと猛プッシュし、自分は裏方に徹していたと主張した。

 

そのため、みほはネットで軍神西住みほとして畏怖される事になったのだが…。

 

なので叢真は戦車道特集を断ったのだが、戦車道連盟がそれではいそうですかと諦める訳がない。

 

過去に戦車道を盛り上げてくれたアイドルが復活したのだ、逃がすなんてありえない訳で。

 

「なので、是非貴女達からも長野君を説得して欲しいのよね」

 

「はぁ…でも、叢真さんが嫌がっているのに…」

 

「コーチ、恥ずかしがり屋ですからね」

 

「本人が嫌がっているのに無理強いするのはよくないわ!」

 

乗り気じゃないみほや、苦笑する磯辺。

 

真面目なそど子は拒否の構えだ。

 

なお嫌がっているのに一日風紀委員として働かせたのはこの人である。

 

本人曰く、それはそれ、これはこれ、だそうな。

 

他の車長陣も乗り気ではない、ナカジマなどは本人の意思が1番だよねと笑っている。

 

この反応に、みほと叢真、両方を脅迫紛いの方法で…叢真に関しては完全に脅迫だが、無理矢理戦車道に引き入れた会長は、窓の方を向いて冷や汗を流している。

 

会長も罪悪感があったのだろう。

 

「勿論タダじゃないわ!長野君を説得してくれた子は…なんと!長野君とツーショット写真が撮れます!しかも長野君にお姫様抱っこしてもらう形で!」

 

「「「「「「「ガタッ!」」」」」」」

 

「え、ちょ、皆さん…!?」

 

イイ笑顔で叢真本人が承諾していない事を勝手に決定事項として話す教官。

 

その言葉に思わず立ち上がる車長陣。会長も干し芋を咥えながら身を乗り出している。

 

周りの反応に慌てるみほ、冷静なのは彼女だけである。

 

「今ならおまけで長野君との水着写真撮影タイムと、更に過去に出版された写真集も付けちゃうわよ!」

 

「そんな、通販番組じゃないんですから…」

 

教官の言葉に、冷や汗を流しながらツッコむみほ。

 

だが蝶野教官は止まらない。

 

そしてその言葉に煽られた面子も止まらない。

 

「コーチと写真…これは根性だ!」

 

「撮影の時にひなちゃ…カルパッチョも呼んだら喜ぶかな…」

 

「いやー、燃えるねぇ…」

 

「先輩と写真…先輩と写真…先輩のお姫様抱っこ…!」

 

「これは、そうよ、風紀違反しないように私が見張る必要があるからよ、そうなのよ…!」

 

「甘やかすのも良いけど、甘やかされるのも……良いかも」

 

「お姫様抱っこで写真だにゃんて、そんなリア充みたいな事が本当に…夢じゃないにゃー」

 

何が根性なのか不明だが気合を入れてる磯辺、カルパッチョも呼んで2人でお姫様抱っこという欲張りな事を考えるカエサル、いつもの調子だが唇をペロリと舐める妙に色気のある会長に、目がグルグルしている状態で呟く梓。

 

変な言い訳を自分に言い聞かせるそど子に、想像して頬を緩ませるナカジマ。

 

そして自分には無縁だと思っていたリア充イベントに胸をときめかせるねこにゃー。

 

素晴らしいほどに欲望に忠実な姿だった。

 

これには提案した蝶野教官も「ちょっと燃料投入し過ぎたかしら…」と笑顔のまま冷や汗たらり。

 

「み、皆さん!叢真さんの気持ちもあるので、あまり乱暴な事は…!」

 

「大丈夫です!根性ですから!」

 

「そうです!梓大丈夫です!?」

 

「あ、もしもしひなちゃん?あのね、今…」

 

みほが慌てて止めようとするが、こういう時1番に反応する磯辺は意味不明な根性魂に火が着いている。

 

梓は目がグルグルに顔が真っ赤で全然大丈夫には見えないし、カエサルはカルパッチョに電話して相談を始める。

 

他の面子も火が着いていて止められそうにない。

 

「そ、それじゃ、撮影と取材は長野君が帰ってきてからの予定だから、なるべく早く説得をお願いね」

 

冷や汗を浮かべながら、持ってきた資料を回収して笑顔で出ていく教官。

 

残されたのは、謎の原動力に突き動かされる戦車道乙女達だけ。

 

「……叢真さん、帰ってきたら危ないかも…」

 

ただ1人だけ、みほは叢真の身を案じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついにやって来たわに!戦車道の名門黒森峰女学園!」

 

………わに?

 

わにって何だ。

 

と言うか俺は何を叫んでるんだ、まるっきり変質者じゃないか。

 

連絡船の甲板には俺しか居ないから良いけど…。

 

何故か叫ばないといけないという使命感に駆られてしまった、そして何故か逸見さんの顔が過った。

 

俺彼女と全然親しくないんだけど何でだ…。

 

日本海を航行する継続高校から船と飛行機を乗り継いで、やってきました黒森峰女学園の学園艦。

 

噂には聞いていたが、巨大な学園艦だ、大洗の何倍あるんだか…。

 

継続では平穏無事に戦車道の授業を視察し、平穏無事に学園艦を後にした。

 

それもこれも大天使アキエルのおかげである、彼女のお蔭でカンテレ使いのミカさんからの被害が減った。

 

学園艦を去る時にミカさんが付いてこようとしたのでミッコと協力して簀巻きにして、後のことはアキちゃんに任せて船を降りた。

 

あの人を連れて黒森峰なんて行ったらどんな惨劇が起きるか…、想像もしたくない。

 

黒森峰を訪れるのは初めてだ、西住流の影響が絶大でドイツ風の学園艦であり、戦車道の強豪。

 

そしてまほさんが居る場所、みほちゃんが去った場所、その程度の認識しかない。

 

初めて行く場所だけに、どんな歓迎があるか分からない。

 

俺の所属が大洗という事もあって、下手をすると生卵で歓迎を受ける可能性もある…。

 

懐かしいな、黒歴史時代に俺の過激な戦法に異議を唱える連中が俺の遠征先で生卵ぶつけてきたっけ。

 

全部受け止めてお手玉して遊んでたらドン引きされたけど。

 

戦車の砲弾に比べたら、人が投げた卵なんて止まってるも同然である。

 

冗談で映画で有名な箸でハエを捕まえるのをやったら出来ちゃって、どうしようとハエを摘んだまま1人慌てた経験もある。

 

箸が割り箸で良かったな、アレ。

 

たぶんみほちゃん達も出来るんじゃないかなぁ。

 

連絡船が接舷し、観光客に紛れて乗り込む。

 

流石名門、戦車道のファンが多いな。

 

「なにあれ…」

 

「誰か偉い人でも来てるのかしら…」

 

最上部の甲板まで登ってきたら、何やら観光客が騒がしい。

 

人混みから顔を出してそちらを見ると。

 

「ブッ!?」

 

思わず吹いた。

 

「総員、気を付けぇ!!」

 

ザッ!と音を立てて休めの姿勢から気を付けの姿勢になるのは、黒森峰女学園の戦車道履修者達。

 

パンツァージャケットに身を包み、見事な気を付けの姿勢になる。

 

上部甲板の出入り口前の広い道路、その左右に並ぶのは黒森峰の保有戦車。

 

その前に乗員達が整列し、1本の道になっている。

 

その道の中央に立つのは、黒森峰で唯一見知った顔の…まほさんと、副官の逸見さん。

 

俺の姿に気付いた逸見さんが号令を叫び、生徒達が気を付けの姿勢になった。

 

その光景に、驚く観光客。あと俺。

 

え、何この状況…まさか、俺の歓迎なのこれ…?

 

アンツィオ以上に恥ずかしいんですけど!?

 

「総員、長野さんに敬礼!!」

 

ザッ!と見事な敬礼を群衆…の中に居る俺に向ける生徒達。

 

困惑する群衆がざわざわと誰に対して敬礼してるのかと視線を彷徨わせる。

 

に、逃げてぇ…!超逃げてぇ…!

 

逃げていいかな、大天使ミホエル様。

 

 

 

 

――――ダメです♪――――

 

 

 

 

ミホエル様はスパルタだった、厳しぃ!

 

俺がどうしようかと群衆に紛れて悩んでいると、カツカツと靴を鳴らしてまほさんがやってきて。

 

「よく来たな叢真、歓迎するぞ」

 

と言って、俺に真っ直ぐに視線を向けた。

 

その視線と迫力に、俺の周りに居た人は自然と左右に分かれ、モーゼのあのシーンみたいに群衆が割れた。

 

その中に取り残される俺、もう逃げられない。

 

「お、お久しぶりですまほさん…」

 

「あぁ、全国大会以来だな。よく来てくれた、歓迎するぞ」

 

 

 

 

 

――――盛大にな!――――

 

 

 

 

 

誰だ今の。

 

「さぁ、車を用意してある。行こうか」

 

「あ、はい…」

 

するりと俺の腕を組んで歩き始めるまほさん。

 

群衆と、俺に敬礼する生徒達の視線が刺さる。

 

群衆はあの男子は何者だという視線、生徒はあの西住隊長が腕を組んだ!?という驚愕の視線。

 

あと逸見さんの羨ましそうな視線、あの視線は見たことがある、俺がみほちゃんと居ると時々秋山さんが向けてくる視線だ!

 

一列に綺麗に並び、見事な敬礼をする生徒達の中を歩いていく。

 

なんだこれ軍隊か!?

 

礼節でも生活でも厳しいとはみほちゃんに聞いてたが、こんな軍隊みたいな教育してるのか黒森峰!?

 

そりゃ黒森峰卒業生に陸自へ行く人が多い筈だよな!

 

母が卒業生だが、基本自慢話しかしないので聞き流してたからなぁ…。

 

用意されていた車はオープンカー。

 

俺はまほさんと共に後部座席へ。

 

俺が乗り込むと、逸見さんが「総員搭乗!!」と叫び、生徒達が敬礼をやめて素早く戦車に乗り込んでいく。

 

そして逸見さんが運転席に乗り込むと、ゆっくりと進み始める。

 

その後を隊列を組んで進む戦車隊。

 

車長がラッパを取り出し、行進曲みたいなのを演奏し始める。

 

その様子を写真に収める観光客達。あと住民。

 

「ほら叢真、皆に手を振って。笑顔も忘れずにな」

 

「あははははははは………」

 

アハハハハハハハハいっそ殺せぇぇぇぇぇ!!

 

俺は外国の要人でも、皇族でもないぞやめてぇ写真に撮らないでぇぇいやぁぁぁぁぁ!?

 

「隊長、やはり少し派手だったのでは…長野さんが困惑しておりますし…」

 

運転席から苦言を呈する逸見さん、いいぞもっと言ってやって!

 

「何を言うエリカ、これは叢真の為でもある。叢真は大洗の生徒であり、みほ達を導いた存在だ。いわば黒森峰の優勝を遮った存在とも言える。こうして派手に出迎え、私自ら歓待する事で黒森峰は長野叢真に敵意は無く、友好的な存在であるとアピールする狙いがあるのだ。叢真を敵視する存在を抑える事も出来る」

 

「な、なるほど…流石です隊長!」

 

あっさり丸め込まれた。

 

確かに言っている事は尤もなのだが、俺の腕にしがみついて手を恋人握りしているのは必要なんですかねぇ…。

 

学園艦の大通りをゆっくりと進行する車列。

 

校舎に着くまで盛大な羞恥プレイを受ける羽目になった。

 

「流石は戦車道会のプリンス、急なパレードなのに堂々として素敵な笑顔だったぞ」

 

昔散々鍛えられた営業スマイルが無意識に出てたらしい。

 

母に徹夜で覚えさせられたからな…歩き方とか手の振り方まで。

 

車列は校門から入場し、校舎前を横切って進んでいく。

 

校舎の前を通る時に、履修者じゃない生徒達が凄い見てきて恥ずか死するかと思った。

 

車は一際大きな校舎の前で停車し、まほさんが降りる。

 

「学園長が挨拶をしたいと申してな、頼めるか」

 

「えぇ、それ位なら別に…」

 

アンツィオでもちゃんと帰る前に学園長に挨拶した。

 

聖グロとプラウダはしなかったが。

 

何故かって?聖グロは理事長もOG、プラウダは戦車道履修者の権限が強いので。

 

サンダースに至っては学校に行ってない、ケイさんは問題ナッシングとか言ってたけど。

 

継続?うん、鍋食ってる時にひょっこり来て鍋食って帰ったおっさんが学園長です。

 

ちゃんとした学園長って俺、アンツィオでしか会ったことないんだけど…。

 

大洗の学園長に至っては生徒会長の方が権限強いとか言われてるし…。

 

「エリカ、後は頼んだ」

 

「はい、隊長!」

 

まほさんに後のことを頼まれた逸見さんは凄く嬉しそうだ、秋山さんを連想する。

 

案内されて校内を進む、校舎もドイツ風なんだな…。

 

途中に優勝トロフィーや表彰楯、写真などが飾られている場所を通過する。

 

「今年こそはここに新しいトロフィーを追加出来ると思ったんだがな」

 

そう言って苦笑するまほさん。

 

1番目立つ場所に並んでいるのは戦車道の大会9連覇中のトロフィーか。

 

戦車道の強豪らしいな、他のスポーツとかでも活躍してるけど扱いが違う。

 

案内された理事長室に居たのは、初老の女性。

 

黒森峰の元教官で、西住流の師範で、なんと俺の母の事を知っていた。

 

「昔からやんちゃで自慢が好きな子でねぇ、何かが出来る様になると直ぐに自慢しに来て、褒めると大喜びで走り回るのよ」

 

ついた渾名が黒森峰の暴走特急。

 

車長としては優れていたのだが、無茶な突撃や暴走が多くて教官や当時の隊長も手を焼いたらしい。

 

お恥ずかしい限りです…。

 

「その息子が、まさか盤上のプリンスと呼ばれるようになるとは…世の中分からないものねぇ」

 

俺の事をよくご存知で…。

 

その後簡単な話をして、理事長室を後にする。

 

てっきりチョビ髭の男性かと思っていたが、聖グロと同じで女性だったのか。

 

「さぁ、それでは戦車道の校舎と戦車倉庫を案内しよう」

 

それは良いんだけど、何で腕を組むかな…理事長の前では自重してくれてたのに…。

 

黒森峰はなんと機甲科が存在し、戦車道履修者は全員この学科に所属している。

 

流石西住流の本拠地、戦車道への力の入れ具合が段違いだ。

 

そりゃ常勝にもなるよな…。

 

授業でも戦車道を優先して教えるのだ、生徒の習熟具合が段違いで高くなる。

 

そのせいで、軍隊っぽくなって、女子高生らしさが無いんだろうな、黒森峰…。

 

プラウダも結構真面目で形式的なのだが、隊長の性格で結構変わる。

 

カチューシャが隊長になってからは結構砕けたとニーナとアリーナが言っていた。

 

なお真逆なのがアンツィオと大洗である。

 

サンダースはおおらかだが規律とかは結構確りしてたりする。

 

しかし廊下を歩いていると生徒達、恐らく先程の車列に参加してない選手だとは思うが、視線が痛い。

 

殆どがあの西住まほ隊長と腕組んでる!?という驚愕の視線である。

 

みほちゃん曰く、毎年バレンタインとか大騒ぎになる位人気らしいし…俺刺されるんじゃなかろうか。

 

嫌だなぁまた刺されるの…。

 

傷跡こそ残ってないけど雨の日とかちょっと痛くなるんだよなぁ…。

 

「この先が戦車倉庫だ」

 

校舎から出て舗装された通路を歩く。

 

流石黒森峰、広大な敷地に戦車倉庫や演習場、射撃場などが整備されている。

 

……あの遠くに見えるの、飛行船か…?

 

戦車倉庫の前に来ると、倉庫前に整列して並ぶ戦車の数々。

 

黒森峰が保有する、ティーガーやパンター、エレファントなどだ。

 

ウサギさんチームが刺し違えて倒したヤークトティーガーもあるな。

 

マウスは…並んでないか。

 

しかし充実した戦力だな、車両数も多い、サンダースやプラウダみたいに校内紅白戦が毎日出来るんだろうなぁ。

 

大洗でも紅白戦はやるが、毎回俺とみほちゃんでどのチームを自軍に入れるかで壮絶なじゃんけんになる。

 

アヒルさんカバさんレオポンさんを取った方が勝つと会長に言われたりする。

 

上手い具合に別れると、俺とみほちゃんで奇策合戦になって大騒ぎになるんだよな…。

 

ただ、俺が負ける場合は大抵みほちゃんの殺伐薩摩スタイルな特攻でやられる。

 

みほちゃんってそれが最善と思えば、進んで特攻して相打ち狙うから怖いんだよなぁ…。

 

あの辺の思い切りの良さと覚悟決まりっぷりは流石西住流である。

 

なお、俺指揮でみほちゃん隊長というチームを組んだ場合、相手が泣く。

 

レオポンさんカバさんカメさんアリクイさんという火力重視のチームでも、泣く。

 

それだけみほちゃんとあんこうチームがヤバい。

 

そんな事を考えていると、逸見さんが号令をかけて生徒達を整列させる。

 

見事な動き、流石軍隊じみた教育をしているだけはある。

 

「休め。事前に通達した通り、戦車道連盟からの依頼で、長野叢真殿が視察に来て下さった。彼を知らない者も居ると思うが、彼は男性ながら優れた指揮と発想で戦車道会でも一目を置かれ、様々な流派が引き込みたいと思う程の人物だ。今回の視察も、我が黒森峰が授業の一環としてお願いしたから実現した事だ。全員失礼の無いように!」

 

『はい!』

 

まほさんの言葉に綺麗に揃って唱和する生徒達。

 

うーん、真面目だ。

 

大洗やアンツィオならここで質問とかが飛んでくるぞ、しかも戦車道関係ない質問が。

 

「そして私の婚約者でもある、手を出すなよ?」

 

「ちょ!?」

 

『え…!?』

 

まさかのまほさんの大暴投。

 

なんでわざわざ言うかなそれ!?

 

しかも俺が手を出される方かよ…。

 

この発言に生徒達が一斉にざわつく、そうだよね普通そうなるよね。

 

真面目で堅物なまほさんからのまさかの爆弾発言だものね!

 

「ではこれより、特別紅白戦を開始する!呼ばれた者は組分け表を取りに来い、赤星!」

 

「はい!」

 

「長野さん、こちらをどうぞ」

 

まほさんが生徒、恐らく車長の子を呼び出しているのを横目に見ていると、やってきた逸見さんに黒いものを手渡される。

 

「………パンツァージャケット?」

 

「はい、長野さん専用です。あちらで着替えて下さい」

 

「……サイズとかどうしたのこれ」

 

「隊長が、ダージリンに聞いたと…」

 

おのれダージリン、略しておのダ。

 

俺の個人情報漏れすぎじゃない…?

 

逸見さんに案内されて、戦車倉庫の隅に作られた簡易更衣室で着替える。

 

「うーむ、色々コスプレしたけど着心地が違うな」

 

当たり前と言えば当たり前だが、色々な国の軍服のコスプレと、戦車道専用のジャケットとでは着心地が違う。

 

聖グロのタンクジャケットとは作りは違うが、着心地は良い。

 

着慣れた大洗のジャケットの方が良いけど。

 

黒森峰のジャケットを男性化した見た目と、男性用の帽子。

 

なんだか武装親衛隊みたいだが、良いのだろうか…。

 

「大変お似合いです」

 

「ありがとう、他校に専用のジャケットを作って貰うのはなんだか変な気分だよ…」

 

褒めてくれる逸見さんにお礼を言いつつ、ちょっと軽口を口にする。

 

逸見さんは苦笑するだけだった、真面目だなぁ軽口返してもイインダヨ?

 

「着替えたか、似合うぞ叢真。ついでに黒森峰の制服も作らせようとしたんだがエリカ達に止められてな…すまない」

 

「いえいえ…逸見さんグッジョブ」

 

「あはは…」

 

小声とハンドサインで逸見さんを褒める、よくぞ止めてくれた。

 

「では叢真は紅組の指揮を頼む、副官は赤星が担当してくれる。行くぞエリカ」

 

「はい!」

 

「着替えさせられたからそんな気はしたが、いきなり実戦指揮とはまほさんも人が悪いな…」

 

まほさんから手渡された地図と書類を眺めながら苦笑する。

 

「長野さんを知らない生徒に、分からせるのに1番効率的だからと仰ってました…あ、失礼しました、本日副官を務めさせて頂く、赤星小梅と申します」

 

そう言って頭を下げるのは、温和そうな雰囲気の女の子。

 

はて、赤星…どこかで聞いたことがあるな。

 

「みほさんはお元気ですか?」

 

「……あぁ、君が小梅さんか。みほちゃんから聞いてるよ、中等部からの友達だって」

 

そうだ、みほちゃんとの話題で出てきた子だ。

 

全国大会で再会して、自分が戦車道に復帰したことを喜んでくれたって言っていた。

 

あれがこの子の事だったのか。

 

臨時の副官に指名されるのだ、恐らく逸見さんに次いで優秀な人か、皆の纏め役のような人なのだろう。

 

「未熟な身ですが、精一杯支えさせて頂きます」

 

「こちらこそよろしく、頼りにしてるよ」

 

同級生だとみほちゃんが言っていたから、多少フランクでも良いよな…。

 

彼女に案内されて、まほさん達が集まる場所とは反対の、戦車が並ぶ方へ。

 

………うん?こっちの戦車、気のせいか…いや、確実に向こうより劣るな。

 

あっちがティーガーⅠやⅡを主体にエレファントやヤークトティーガーを含めているのに対して、こちらはパンターは居るもののⅢ号戦車が主体。

 

一応ヤークトパンターは居るが1両のみ。

 

あ~…これは……そういう事か。

 

まほさんも人が悪いなぁ。

 

「総員整列!車長前へ!」

 

赤星さんの号令に、準備をしていた生徒達が整列し、その先頭に車長が立つ。

 

「気を付け!敬礼!」

 

確りとした敬礼に、俺も敬礼を返す。

 

母に仕込まれて良かった…。

 

「休め。さて…突然見ず知らずの男に指揮をされる事になった訳だが……」

 

俺の号令に休めの態勢になった生徒達を見渡す。

 

う~ん、やっぱりか…。

 

「赤星さん、失礼を承知で聞くが…ここに居る生徒全員、レギュラーじゃないね?」

 

「………はい、その通りです」

 

俺の質問に、言い難そうにしていた赤星さんだが、頷いて答えた。

 

並んでいる生徒は、どの生徒も何処か初々しい…悪く言えば精強さに欠ける印象が強い。

 

今も不安そうにしていて、どこか落ち着きがない。

 

「この中でレギュラーなのは私と私が車長を務める車両の搭乗者だけです。残りは準レギュラーの2年生と、今年から主力戦車の搭乗者に任命された1年生です」

 

『……………』

 

赤星さんの説明に、休めの態勢のままだが、視線を下に向けたり、表情を落ち込ませたりする生徒達。

 

なるほどなぁ。

 

「来年のレギュラーと準レギュラー候補か、これだけ揃ってるんだから来年も安泰だな黒森峰は」

 

「え…」

 

『………!?』

 

俺の言葉に、思わず声を漏らす赤星さんと、声こそ出さないが動揺する生徒達。

 

「まほさんが率いるのは3年生と現レギュラーだろう?それも全国大会出場選手のみの」

 

「は、はい…よく分かりますね…」

 

「車両と顔ぶれを見ればね…なるほどなるほど、まほさんも改革に乗り出したか」

 

1人納得する俺に、怪訝そうな顔をする生徒達。

 

まぁそうだよね。

 

「なんで俺の指揮下に、自分達が選ばれたと思う?そこの君」

 

「え、えっと、その…あの…」

 

俺に指名されて突然のことで口籠る生徒、たぶん2年生だな。

 

「構わない、好きな通りに意見を述べてくれ」

 

「は、はい……経験も技術も未熟な私達を指揮させて、その…大洗の監督である長野さんに勝つため…でしょうか」

 

「うん、普通はそう思うよね。で、君達の隊長はそんな事をして喜ぶ人間かな?」

 

「そ、そんな事ありません!隊長はいつも真面目で正々堂々とした、卑怯な事はしない立派な方です!」

 

俺の問い掛けに、思わず両手を握って否定する生徒。

 

うん、俺もそう思う。

 

あのまほさんがそんな小細工をする訳がない。

 

「そう、まほさんはそんな小細工はしない。つまりは他に理由があって君達は選ばれた訳だ」

 

「理由…ですか?」

 

赤星さんが首を傾げる。

 

他の生徒達も首を傾げている。

 

う~ん、思ったよりも重症だなこりゃ…。

 

大洗ならガンガン意見が出て、ウサギさんチームや歴女チームが珍回答連発するんだけどなぁ。

 

これも長年の教えの弊害か…。

 

「落ち込むことも、怖気づく事も、ましてや悲観する事もない。君達は選ばれた、王者黒森峰の、新たなる姿への先駆者として」

 

「長野…さん…?」

 

「全くもってまほさんも人が悪い、こんな役目を校外の、しかも弱体化した男にやらせようって言うのだから。あぁだが…」

 

受けて立とうじゃないか、西住まほ。

 

貴女が踏み出した、改革への第1歩、その勇気を称賛して!

 

久しぶりに血が滾る…何年ぶりだろうこの感覚。

 

あれはそう…あの愚か者共を駆逐した時以来の感覚だ。

 

「君達に見せよう、新しい黒森峰の、その勝利を…!」

 

さぁ、改革を始めよう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に赤星小梅はただ一言だけ語った、『魔王再誕』と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公のヤル気スイッチ・オン!(´・ω・`)


なお弱体化した魔王化の模様(´・ω・`)


怒ってないので全盛期みたいに魔王100%ではない残念仕様(´・ω・`)



ドラクエで例えろって?昔がゾーマならバラモスかな、ヤマタノオロチでもいいかな(´・ω・`)



TKGで例えると醤油のないTKGかな(´・ω・`)



専用のダシ醤油も良いけど、らんらんは醤油と味の素に鰹節とネギのシンプルなのがちゅき(´・ω・`)




ネタバレ:小梅ちゃん大勝利


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くろもりみねzwei

鶏がらスープの素&ゴマ油のTKG…(´・ω・`)


もぐもぐ…ピキーン!(´・ω・`)


ガツガツガツガツガツガツ…うまーい!(´・ω・`)テーレッテレー



げふぅ、ごっつぁんです(´・ω・`)










Aパートの登場人物に共通点があります、正解者には114514点です(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、小山先輩どこ行くんですか?」

 

「あ、武部さんにおりょうさん?珍しい組み合わせね」

 

「武部殿にちょっと幕末の恋愛事情を聞かれてたぜよ」

 

「いやー、やっぱり昔の人がどうやって恋をしてたのとか聞くのも勉強になるかなって思って~」

 

「相変わらず貪欲ね…」

 

学園の廊下で、どこかへ行こうとしていた柚子に声をかけるのは沙織とおりょう。

 

珍しい組み合わせに疑問を口にする柚子だが、相変わらず恋愛ごとに貪欲な沙織に苦笑する。

 

「私は、これから長野くんのお家に行くの」

 

「え!?長野さんの!?」

 

「何しに行くぜよ?」

 

柚子の言葉に驚く沙織とおりょう。

 

まだ叢真は帰ってきていないのに、家に行くと言うのだから疑問は最も。

 

沙織の恋愛脳は、まさか先輩と叢真はそういう関係なのでは…!?と素早く誤解する。

 

「長野くん、急に出ていったでしょう?そのせいで冷蔵庫の中身とかそのままらしいの。そろそろ危ない食材があるから処分して欲しいって電話報告の時にお願いされたから」

 

そう言って、学園で管理している学生寮や家の鍵を見せる柚子。

 

大洗学園では、生徒の意思で学園に鍵を預けるか預けないか選択出来る、万が一の為に学園に鍵を預ける生徒も多い。

 

鍵は厳重に管理されていて、一般生徒は勿論教師でも簡単には手が出せない。

 

が、そこは生徒会、普通に取り出せる辺り権力の強さが分かる。

 

「あ~、なるほど」

 

「帰ってきて冷蔵庫が腐海になっていたら嫌ぜよ…」

 

「あとついでにお部屋のお掃除してあげようかなって」

 

そう言って微笑む柚子、おっとりお姉さんキャラは伊達ではない。

 

「あ、なら私も手伝います!男の子の部屋って興味あるし!」

 

「武部殿はそっちが本音でしょう…まぁ私も興味あるし手伝うぜよ」

 

「ありがとう~、でもあんまり部屋の中漁っちゃダメよ?」

 

「大丈夫ですよ、ちゃんとお掃除しますから!」

 

まぁこの2人なら大丈夫か…と思い、同行を許可する柚子。

 

冷蔵庫の片付けなら1人で事足りるが、部屋の掃除までとなると1人では時間がかかる。

 

なお部屋の掃除は柚子達の完全な善意だ、叢真も冷蔵庫の中身の処理しか頼んでいない。

 

「ふんふんふ~ん♪ぴよ?小山さん達何処へ行くの?」

 

「あ、ぴよたんさん。これから長野くんのお部屋の掃除に行くの。今日はゲームは良いの?」

 

「ねこにゃーとももがーが用事があるから今日は無しだっちゃ。長野くんのお部屋かぁ、私も行ってもいいぴよ?」

 

「大歓迎です、行きましょうぴよたんさん!」

 

「う~ん、なんだかどんどん増えていくなぁ…」

 

沙織のウェルカムでぴよたんが仲間になった。

 

同行者が増えていく事に苦笑する柚子。

 

今日の練習の事を話ながら校門を出て、通学路を進んでいく4人。

 

「あ、掃除道具あった方がいいよね?先輩、お店寄って行きましょう」

 

「そうね、雑巾とかあった方が良いもんね」

 

叢真の家に掃除道具があるか不明なので、100円均一のお店で買っていこうと提案する沙織。

 

流石のおかん力、よく気がつく。

 

「あれー?沙織先輩達もお買い物ですか?」

 

「奇遇ですね~」

 

雑巾やゴミ袋を購入していると、小物や日用品を籠に入れているあゆみとあけびの2人が現れた。

 

誤解されがちだが、あけびは列記とした1年生である、桂利奈ちゃんと比べてはいけない、いいね?

 

「うん、これから長野さんのお家行ってお掃除するんだよ」

 

「へー!先輩のお家かぁ…」

 

「楽しそうですね、私達も行っていいですか~」

 

「勿論いいよ、その代わりちゃんとお掃除するんだよ?」

 

「「は~い!」」

 

沙織、いや沙織ママの言葉に元気に返事をする2人。

 

一応補足するが高校1年生である。

 

「6人…お部屋入れるのかな…」

 

大所帯となったパーティーに、心配になる柚子。

 

「佐々木さんは今日の練習は良いの?」

 

「はい~、今日は遅くまで卓球部が練習する日なので。その代わり戦車道の授業中に練習しましたし」

 

勿論休憩時間中にである。

 

相変わらずのバレー部に逞しいなぁと苦笑する面々。

 

「あゆみちゃんは今日は別行動なの?」

 

「消耗品が切れちゃったんで、買いに来たんです。梓達は今頃桂利奈に付き合って仮面ライダー鑑賞会だと思います」

 

沙織の質問に、買った消耗品を掲げながら笑うあゆみ。

 

梓達は、例の叢真出演の特別番組で仮面ライダーに興味を持ったらしく、桂利奈の部屋で鑑賞会だと言う。

 

「えーと、ここかな?」

 

「一軒家なんだ…」

 

柚子が地図を片手に確認すると、住宅地にポツンと立つ平屋に辿り着いた。

 

てっきりアパートか学生寮の部屋だと思っていた沙織は意外そうに呟く。

 

「結構新しいお家ですね、壁とかコンクリート製だし」

 

「お庭もあって良いですね~、練習とか出来そう」

 

壁を触るあゆみと、建物の横にある庭を覗き込んで羨ましそうなあけび。

 

庭には、ベンチプレスみたいな物や雲梯のような物が置かれている。

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす!」

 

柚子が鍵を使って玄関を開け、それに沙織が続く。

 

後に続く面々。

 

「結構広いぜよ…」

 

「でも整理整頓されてて綺麗ぴよ」

 

玄関を入って先ずあるのが廊下、右手には脱衣所とお風呂場。

 

その隣にはトイレがあり、その先にはリビングとキッチンが1つになった部屋。

 

「こっちが…長野さんの寝室かな」

 

「こっちは…わぁ、和室だぁ」

 

リビングの隣には寝室として使われている部屋、その部屋と廊下から繋がる扉の先は、6畳程の小さな和室。

 

こちらは書斎として使っているのか、座椅子とローテーブルが置かれ、その上にデスクトップPC。

 

「歴史書に戦術指南書、戦車道関連書籍にバレー関係の書籍…あともっとらぶらぶ作戦です!なる漫画…」

 

「学校の教科書とかもあるし、お勉強部屋ですね~」

 

和室に入ったおりょうとあけびが、置かれた本などを眺めて感嘆する。

 

「それじゃ、私は冷蔵庫の中身を処分するから、手分けしてお掃除お願いね」

 

「はーい、それじゃ私はキッチン回りを担当するね。終わったら他を手伝うから」

 

「では書斎を担当するぜよ。自分の部屋で慣れているので」

 

「なら私、廊下とトイレやっときます」

 

「私はお風呂を掃除しておくぴよ」

 

「なら私はコーチの寝室ですね~」

 

テキパキと担当を決めて掃除に入る面々。

 

床や家具の埃を取るだけなので手間ではないし、叢真が定期的に掃除しているから汚れてもいない。

 

「わ、結構食材とか作り置きの品が多いなぁ…勿体無いけど処分しないと…」

 

冷蔵庫の中はタッパーやラップされた作り置きの食材が多い。

 

毎日丁寧に料理しているのだろう、使いかけの食材や調味料なども多い。

 

「キッチンはあんまり汚れてないなぁ…小山先輩、終わったら手伝いますね」

 

「うん、お願い~」

 

手早くシンクやキッチン台を雑巾で掃除し、水切りの為にカゴの中に置かれたままの食器を拭いて食器棚へ戻す沙織。

 

「わぁ、チャーシューとか手作りしてるのね…後で作り方聞いてみよう」

 

「そう言えば料理好きって言ってましたよ長野さん」

 

味が染みたチャーシューを見て感想を漏らす柚子。

 

何度か一緒に料理を作った事がある沙織は、主夫力高いなと改めて感じた。

 

しばらく掃除していると、おりょうとあけびが部屋の掃除を終わらせてやってくる。

 

次にあゆみ、そしてぴよたんが掃除を終わらせて使った雑巾などを袋に入れる。

 

「全然汚れてなかったねー、ちょっと水跡とか埃が付いてた位だし」

 

「コーチ結構綺麗好きですからね~、バレーの練習後とか率先して掃除してますし」

 

あゆみとあけびがゴミ箱のゴミを回収しながら談笑する。

 

「お風呂結構広くて羨ましいだっちゃ。私の部屋アパートだから狭くて…」

 

「ウチは一軒家だけど古いからお風呂は結構狭いぜよ…」

 

掃除の為に脱いでいた羽織を着るおりょうと、水を使ったので脱いでいた靴下を履くぴよたん。

 

「よし、後は冷蔵庫に入れておけば大丈夫かな。皆ありがとう、手早く終わったわ~」

 

「生ゴミは帰る時に捨てれば良いし、これで完了ですね」

 

冷蔵庫の中身の処理も終わる。

 

柚子1人なら冷蔵庫の中身の処分だけで時間が掛かっていただろう。

 

「沙織先輩、長野先輩の寝室にある洗濯物どうします?」

 

「あー、寝間着の服かな…う~ん、洗っても干して取り込むのが必要だし…洗濯機の前に置いておけば長野さんが洗濯するでしょ」

 

「はーい、持って行っちゃいまーす!」

 

沙織の確認を取ってからベッドの上に置かれた、叢真が寝巻きに使っていると思われるシャツとズボンを脱衣所に持っていくあゆみ。

 

「あけびちゃん、ベッドの下も掃除した?」

 

「あ、忘れてました~、すみません…」

 

「良いの良いの、そんなに汚れていないし…あれ、なんだろこれ…紙袋…?」

 

「ちょ、ちょっと武部さん!ベッドの下は弄らない方が…!」

 

「そこはダメぜよ!男子の秘密の花園ぜよ!」

 

ベッド下を確認する沙織に気付いた柚子とおりょうが慌てて止める。

 

2人は男性の部屋のベッド下に何があるのがお約束なのか分かっている様子。

 

「紙袋に入った…なんだろ、重さからして本…かな?」

 

「結構入ってますね~」

 

出てきた大きな紙袋、その中身を確認する沙織とあけび。

 

柚子とおりょうが真っ赤になってそれを止める。

 

「小山先輩?おりょうさんもどうしたのそんなに慌てて」

 

「武部さん、これはあれだよ…その、男性向けの…!」

 

「男子用解体新書ぜよ、見てはダメぜよ、武士の情けぜよ…!」

 

「まさか…夜の攻略本ぴよ!?」

 

「夜の…?」

 

「え~っと……え、まさか…これ…えぇ!?」

 

「戻りましたー…え、どうしたんです?」

 

慌てて止めてくる柚子とおりょうに不思議そうにする沙織だったが、彼女達の言葉に段々とソレが何であるか理解し始める沙織。

 

戻ってきたあゆみが不思議そうに首を傾げる中、徐々に真っ赤になる沙織。

 

「そ、そんな!長野さんがそんな…!嘘よ、お母さんそんなの許しませんよ!?」

 

「武部殿落ち着くぜよ、長野殿は息子じゃないぜよ」

 

「そ、それに、長野くんだって健全な男の子なんだし、こういう本を持っていても、その、おかしくないし…!」

 

「むしろ長野くんが女性に興味を持っていた事が驚きぴよ…」

 

「えっと……もしかしてそれ、エッチな本ですか…?」

 

「うそ、先輩も持ってるんだ…この前クラスの男子が持ってきてて凄い騒ぎになったよ」

 

真っ赤になって大混乱の沙織に対して、比較的落ち着いているおりょうと柚子。

 

ぴよたんはあの叢真が異性に興味があった事に純粋に驚き、やっと沙織が持つ袋の中身を理解したあけびが恐る恐る確認。

 

あゆみが驚きながら、同級生がエロ本を学校に持ってきた事を話す。

 

どこの学校にも居るのである、自慢する為か貸す為か、クラスに女子が居るのに持ってくる男子というのは。

 

今後その男子がどんな生活を送るのか考えると泣けてくるが、それは兎も角。

 

「ど、どどどどど、どうしようこれ…!?」

 

「落ち着いて、そっと元に戻して、私達は何も見てない、そうしましょう?」

 

「長野殿も健全な男子、それが分かっただけでも良いことぜよ」

 

顔を真赤にして目をグルグルさせている沙織に対して、流石は柚子、叢真の事を思って見なかった事にする事を提案。

 

貴重な情報が手に入っただけでも僥倖と賛同するおりょう。

 

「勝手に掃除したのは私達なんだから、問い詰めたりしたら可哀想ぴよ」

 

「そ、そうですよ~、コーチだって年頃の男性なんですし…」

 

ぴよたんが苦笑し、あけびも顔を赤くしつつも同意する。

 

「…………でもこれ、中身見れば先輩の好みが分かるんですよね…」

 

「「「「「……………」」」」」

 

あゆみの、ふとした言葉に沈黙して、沙織の手の中にある紙袋を見つめる全員。

 

ゴクリと、誰かの、いやもしかしたら全員の、喉が鳴る。

 

あの、あの恥ずかしがり屋でヘタレで奥手な叢真の女性の好み。

 

それが今、手の中にある。

 

それは、年頃の乙女であり、現役女子高生には耐え難い誘惑。

 

お忘れか、彼女達も青春真っ盛りの女の子である。

 

当然、そちらへの興味は強い。

 

ふらふらと紙袋の口へと手が伸びる沙織。

 

「だ、ダメよ武部さん!長野くんにもプライバシーが…!」

 

「そう言いながら副会長の手も口に伸びてるぜよ…」

 

「だ、大丈夫、大丈夫よ…まだえ、エッチな本と決まった訳じゃないし!もしかしたら古い参考書かもしれないもの!」

 

「夜の参考書じゃない事を祈るぜよ…」

 

「「「(ドキドキ、ワクワク)」」」

 

眼の前の甘美な誘惑に抗えない沙織と柚子、もはやこれまでと心の中で叢真に詫びて、見守るおりょう。

 

自分も興味津々じゃないかと言ってはいけない、歴女とはいえ彼女もお年頃の女子高生である。

 

内心のドキドキを抑えられずに、沙織と柚子の行動を見守るぴよたん、あけび、あゆみの3人。

 

ガサリと音を立てて、袋から中身が取り出される。

 

蛍光灯の光の下に照らし出された本、そのタイトルは――

 

 

 

 

『完熟乙女~畳と線香の香り、孫には内緒の夏の秘め事~』。

 

 

 

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

ビキリと音を立てて固まる6人、地獄のような沈黙が部屋に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰ぇ…ですかね…の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰女学園の誇る、広大な戦車演習場。

 

その中にある森林と山岳エリアを、まほ達白組の戦車が一列になって進んでいく。

 

「厄介な場所に逃げ込まれましたね…」

 

「あぁ、この先は森が深い上に高低差もある。全車周囲に警戒しろ、迂闊に飛び出すなよ」

 

エリカの言葉に頷きながら、部下に指示を出すまほ。

 

開始早々に、叢真は「あばよとっつぁ~ん」と叫んでこのエリアへと逃げ込んだ。

 

誰がとっつぁんだとツッコミながら追撃するまほ達。

 

だが相手はⅢ号戦車を主軸にした機動力に優れた編成。

 

対してまほ達はヤークトティーガーとエレファントを含む重戦車陣営。

 

接敵する事叶わず叢真達に逃げられてしまった。

 

だがそこは黒森峰、焦ること無く陣形を維持したまま進軍し、狭い山道へ突入していく。

 

叢真の戦法を知るまほは、待ち伏せと強襲に十分に注意しろと厳命。

 

「相手がいくらあの長野叢真とは言え、車両の性能差はこっちが上、その上このフィールドを知り尽くしてる西住隊長が指揮するんだから、恐れる事はないわ」

 

ヤークトパンターに乗る車長が、自分の車両のメンバーに言い聞かせる様に口を開く。

 

そう、彼女達は西住まほを信頼している、彼女が指揮するのだから自分達は負けるわけがない。

 

相手が車両も劣り、操縦するのは準レギュラーと新人の1年生達。

 

恐れることはない、いつもの王者の戦いをしようと考えていた時だった。

 

「っ!?3時の方向、砲撃あり!あれは…ラングです!」

 

突然の砲撃、山道を上りきった所で横合いからの一撃は装甲に弾かれた。

 

咄嗟に確認すると、木々の間からこちらを狙うラングの姿。

 

その車体には、フラッグ車を意味する旗が見える。

 

「フラッグ車が単身出てくるだと…全車警戒しつつ発砲、他の方向からの強襲に注意しろ」

 

砲塔が回転出来る車両が一斉にラングに向けて砲身を合わせ、発砲。

 

その砲弾を後退しつつ装甲で受けるラング、反撃の一撃が、ヤークトパンターの履帯に直撃する。

 

「あぁ!?履帯が…なんで私の車両ばっかりぃ!」

 

全国大会で散々ヘッツァーにやられた苦い記憶が蘇る車長達。

 

黒森峰は重戦車が主体、その履帯も当然のごとく重い。

 

「ちょっと、そんな所で止まらないでよ!」

 

「仕方ないでしょ履帯切られちゃったんだから!」

 

後続のエレファントとヤークトティーガーが、山道の坂で立ち往生してしまう。

 

その様子を確認したラングは、そのまま後退して森の中へ消えていく。

 

「全車追撃!」

 

「待て。迂闊に追うな、奴の思う壺だ」

 

追撃を指示するエリカを、冷静に止めるまほ。

 

何の考えも無く姿を現す叢真ではない、その事を知っているまほは冷静に回りを見渡し…叢真の狙いに気付く。

 

「全車反転!別働隊が崖向こうに居るぞ!」

 

まほの視線の先、自分達が登る山道の脇を通る崖、その対岸の森の中に隠れていたⅢ号戦車が4両。

 

『さぁ牙を剥け!全車砲撃ッ!』

 

「「「「撃てー!」」」」

 

叢真からの通信に、発砲を命じる車長達。

 

その砲撃は、全て山道の途中で立ち往生していたエレファントとヤークトティーガー。

 

その足元へ着弾した。

 

「次弾装填急いで!」

 

「ほ、本当に狙いこれでいいの!?」

 

「隊長が狙えって言うんだから良いの!良いから撃って!」

 

砲手からの疑問に、自分でも疑問に思っているが命令だからと従う車長。

 

続けて放たれた砲弾は、数発はヤークトティーガーに命中するが装甲で弾かれる。

 

「はは、焦ったけど所詮1年生ね、てんで狙いが甘いわ…そんなんじゃ履帯すら切れないわよ~」

 

「回転する砲塔が欲しいぃ~」

 

狙われた事で肝を冷やしたヤークトティーガーとエレファントの車長達だが、相手が1年生のⅢ号戦車だけだと分かって安堵する。

 

「撃て!」

 

砲塔や車体の旋回を完了したまほ達が射撃を開始。

 

「撃ってきた!?」

 

「きゃー!?」

 

『はい撤収!急げ!』

 

「は、はいぃ!」

 

反撃されてパニックになる1年生達だが、叢真の素早い指示に悲鳴を上げながら従い、車両を後退させる。

 

「あ、あの、失敗しちゃったんですけどこれからどうすれば…」

 

『失敗?何が失敗したんだ?』

 

「え、あの、エレファントもヤークトも倒せなくて…履帯すら…」

 

『あぁ、心配要らん。ヤークトは時間が倒してくれる。良くやった、次のエリアへ移動しろ』

 

「へ…?」

 

叢真へ報告したら、失敗を咎められるどころか褒められた。

 

これには1年生達も唖然とする。

 

「こちらの機動力を削ぐのが狙いでしょうか…」

 

「それならパンターも使うだろう…各車被害を知らせろ」

 

「こちらヤークトパンター、履帯の修理に入ります…うぅ、重いのに…」

 

被害は山道を上りきった位置に居たヤークトパンターの履帯だけ。

 

エレファントとヤークトティーガーの側面を狙ったにしては、待ち伏せしていたのはⅢ号戦車だけ。

 

「………いかん、後続衝突してもいい、そこを離れろ!」

 

「「え?」」

 

まほが叢真の狙いに気付いた時に、それは起こった。

 

突然揺れる地面、踏み固められた筈の山道に亀裂が走る。

 

「登れ!ぶつけても構わん!ヤークトは下がれ!」

 

「は、はい!」

 

「全速後退!急いで!」

 

まほの指示に慌てて坂を登るエレファントと逆に降りるヤークトティーガー。

 

だがその移動の振動が止めとなった。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!?」

 

ヤークトティーガーの足元が砕け、崩れていく。

 

土砂に流されるヤークトティーガーは、そのまま横の崖へと滑り落ちて、見事に直立して土砂に埋まる。

 

崩落はエレファントが居た場所まで及んだが、衝突覚悟で前進した結果、ヤークトパンターに衝突したが落下は免れた。

 

「最初からこれが狙いか…だがこれで退路は無くなったぞ叢真」

 

「魔王長野の十八番…崖崩し…!で、ですが、崖を崩すのは大会規定で禁止されて…!」

 

「よく見ろエリカ、奴らは足場を崩して落としただけだ、大会で禁止されている崖を崩して生き埋めにするのとは違う」

 

実に細かい違いだが、大会で明確に禁止されているのは、崖を崩して下に居る車両を生き埋めにする方法。

 

今回の、山道の上に居る車両を足場を崩して落とすのは禁止されていない。

 

まぁ、禁止されてないからと言ってやるのがどれだけ居るかだが。

 

残念ながら、まほ達が対戦している相手はやる、むしろ十八番である。

 

実行するのに一切の躊躇いが無い。

 

『ハーハハハハハ!禁止事項に追加させたのが誰だと思っている、ルールの細かい隙を突くのは卑怯ではない、戦法だ』

 

「うそ…先輩達のヤークト倒しちゃった…しかもあんなにあっさり…」

 

紅白戦を監視している審判役の生徒からのヤークトティーガー行動不能の報告に、嗤う叢真と、自分達の戦果を信じられない1年生達。

 

ヤークトティーガーと言えば、黒森峰保有の戦車の中で、マウスに次いで最強と言われている車両だ。

 

機動性が劣悪なのを除けば、だが。

 

今回はそれが裏目に出た、重戦車特有の車体の重さと、機動性の悪さが山道の崩落から逃れられず餌食になった。

 

「また落ちたぁぁぁぁ!」

 

垂直に立ったまま土砂に半分埋まったヤークトティーガーから出てきた車長が叫んでいる。

 

全国大会でもウサギさんチームにやられた子である。

 

『さぁ邪魔なヤークトは退場した、後は正面切っての戦闘だ。準備は良いか?』

 

『こちら赤星、別働隊配置に付きました』

 

「こちら本隊、隊長車と合流するポイントに向かってます!」

 

『宜しい、さぁここからが本番だ、全員考えろ、思考を止めるな、1人1人が頭を使え!何も考えずに命令に従うだけで勝てる相手じゃないぞ!ここからが始まりだ…!』

 

叢真の言葉に、自然と力が入る紅組の生徒達。

 

全体的な作戦は説明された、だが各々の役目は自分で最善を考えろと言われてしまった。

 

大洗では1年生でも作戦を考えて実行するぞ?同じ1年生だろう、負けたくないだろう?さぁ今までの努力と知識と知恵で考えろ、お前達の最善を!

 

そう言い放った叢真の姿を思い出す1年生達。

 

「自分達に出来る事…自分達の最善…」

 

「い、いいのかな、そんな事して…そんな動き方なんて習ってないよ…?」

 

「習った事だけやっているんじゃ、ダメって事じゃないかな…」

 

「わかんない、わかんないけど…考えよう、だって同じ1年生なのに大洗は出来たんだよ?なら私達だって…!」

 

不安そうにする1年生達、だが先程の光景から、少しずつ変化が生まれ始めている。

 

その様子を無線から聞こえる声で判断し、笑みを浮かべる叢真。

 

「さぁ…お客様を会場に案内するぞ」

 

「はい!」

 

ラングの操縦手に命じて森から出る。

 

叢真が乗っているのが、フラッグ車であるラングだった。

 

「正面、フラッグ車のラングです!」

 

「全車前進、深追いだけはするな!」

 

「隊長、履帯の修理が…!」

 

「後から来い、森の中からの砲撃に注意しろ、行くぞ」

 

ラングが見えた方へ向けて進軍するまほ達。

 

先頭を行くのはエリカのティーガーⅡ。

 

置いて行かれる形になったヤークトパンター車長は、なんかデジャブ…と呟いて修理に戻るのだった。

 

「この先は…採掘場か」

 

地図を確認するまほ、山岳エリアの奥に再現された、採掘場のような拓けた場所。

 

複数の山道と広場で構成され、防御陣形を組むと攻略が難しくなる場所だ。

 

「全国大会の再現と言う訳か…ならば捻り潰すまで」

 

叢真の意図を読んで、あえて前進する事を選ぶまほ。

 

森の中をラングを追いながら砲撃するが中々当たらない。

 

やがて、ラングの姿を見失う先頭のエリカ。

 

「隊長、ラングが消えました、待ち伏せの可能性が…正面から砲撃!」

 

後続のまほに知らせるエリカだが、その時全方の森を突き抜けるように砲撃が飛来、咄嗟にキューポラの中へ入る。

 

「榴弾か…全車前進、消えたラングに注意しろ」

 

砲撃が飛んでくる方へ前進するまほ達。

 

やがて森が拓けて、広い場所へ出る。

 

「正面崖の上、パンター2両とヤークトパンター、Ⅲ号戦車2両が陣取っています!」

 

「こちらを足止めしている間に赤星達に陣地を構築させたか…隊列を組め、すり潰すぞ」

 

崖の上に陣取る紅組5両に対して、8両で囲むまほ達。

 

そして始まる壮絶な砲撃戦。

 

「フラッグ車を狙って!落ち着いて冷静に!装甲がダメでも履帯を狙えばいいの!」

 

指揮を任された赤星が、周りの車両に指示を飛ばす。

 

「この為にヤークトを最初に狙ったか…だがヤークトだけが主力ではないぞ叢真。エリカ、頼む」

 

「はい!」

 

まほの指示で、エリカが車両を前進させる。

 

彼女の車両はティーガーⅡ、ヤークトほどではないが攻守ともに優れる重戦車である。

 

「赤星副隊長!ティーガーⅡが来ます!」

 

「大丈夫、登り切るには時間がかかるから落ち着いて履帯を狙って」

 

仲間からの報告に、落ち着かせるように指示をする赤星。

 

「長野さん…お願いします…」

 

火力をティーガーⅡに集中させながら、自分達にこの陣地を任せた叢真に願う赤星。

 

「さて、そろそろか…」

 

「行きますか?」

 

「その前に、もう一度お約束をやっておこう」

 

「はいぃ?」

 

見上げてくる装填手に、叢真は嗤った。

 

凄く意地の悪い笑顔だった。

 

「ふぅ~、なんとか間に合ったぁ……あれ、なんか凄く嫌な予感が…」

 

森の中を走るヤークトパンター、履帯の修理を大急ぎて終わらせて合流を急いでいる。

 

ふと、自分が言った言葉で嫌な予感を覚える車長。

 

慌てて後ろを見ると、そこにヘッツァーの姿が。

 

あるわけない。

 

安堵して前を見る車長、その時妙に茂った木々の前を通ったら、そこから砲身が伸びてきた。

 

「え”」

 

口をあんぐりと開けて横を見れば、そこには枝や木で姿を隠したラングの姿。

 

その上で足を伸ばして座る叢真と目が合うと、彼はニッコリと笑った。

 

轟音が響き、ラングの砲身から飛び出した砲弾がまた履帯に直撃。

 

「いやぁぁぁぁぁ!?また履帯がぁぁぁぁ!?」

 

「頑張って直してまたおいで、また壊してあげるから」

 

「鬼ー!悪魔ー!魔王ー!!」

 

笑いながら後退していくラングと叢真に、両手を振って叫ぶ車長。

 

ラングの乗員達は「エゲツない…」と叢真の嫌がらせにドン引きしていた。

 

撃破も出来ただろうに履帯を狙って逃げる辺りが実にエゲツない。

 

「さぁ、おちょくり作戦長野式行くぞぉッ!!」

 

森を突っ切り、砲撃陣を敷くまほ達の中へ突っ込んでいくラング。

 

「フラッグ車で敵陣に突撃するなんて…!」

 

「包囲されたら終わりますよ!?」

 

「何事もノリと勢いだ、さぁ行くぞ!」

 

砲手と装填手の言葉に、アンツィオみたいな事を言って突撃させる叢真。

 

キューポラから身体を出して、砲撃が続く中獰猛に嗤う。

 

そして砲撃して進軍するエリカのティーガーⅡとエレファントを援護している車両の隙間にすっぽり収まるラング。

 

横に現れたラングと、そこから身体を出してこちらへ手を振る叢真に気付く隣の車長。

 

「ん…?なぁ!?6号車!7号車!脇にヘッツァーが居るぞ!?」

 

「いたたたたっ、車長!ヘッツァーなんて居ません!」

 

「落ち着いて、ラングです!ヘッツァーじゃなくてラングですよ!」

 

どっかで見たことがある事態に、ヘッツァーの幻影を見る車長。

 

相当インパクトが強かったらしい、すっかりトラウマである。

 

「キングタイガーの重い尻を押してやれ!」

 

「はい!」

 

ラングが狙うのは、こちらに後ろを見せているエリカのティーガーⅡ。

 

周りがあまりに近すぎて撃てずに居るのを良いことに、じっくり狙わせる。

 

確り狙って放たれた砲弾は、ティーガーⅡの後部に直撃。

 

しかし撃破には至らず。

 

「次弾急いで!?」

 

「いやいい、前進だ!」

 

砲手が叫ぶが叢真は前進を指示、慌てて操縦手が前進させると居た場所に砲弾が着弾する。

 

「二度も同じ手を食うと思うなよ叢真」

 

まほだ。

 

叢真が現れると同時に後退し、ラングの後退を遮る様に位置して狙ってきた。

 

「ジグザグに走れ!多少ぶつけてもラングなら問題ない!」

 

「こんな…不良みたいな…!」

 

「ひぃぃぃぃ!?」

 

叢真の指示で滅茶苦茶に走るラング、こんな動かし方なんて黒森峰では練習しないだろう。

 

揺れる車体に装填手が涙目で砲弾を装填する。

 

「基礎は出来てるなら後は応用だ!実地で掴め、今までやってきた事は裏切らん!さぁ踊れ踊れ踊れぇぇぇ!!」

 

「もうどうにでもなれーーー!!はいだらぁぁぁぁ!!」

 

叢真の鼓舞なのか扇動なのか分からない言葉に、自棄になってラングを動かす操縦手。

 

お忘れかもしれないが、叢真はアンツィオで長年戦車道に関わってきた人間だ。

 

当然、アンツィオの生徒達をノセるノリと勢いはお手の物である。

 

今回はそれに黒森峰の生徒を無理矢理引きずり込んだ。

 

包囲しようとするまほ達の車両の隙間を縫って暴れ回るラング。

 

「撃てッ!」

 

すれ違いざまに砲撃して履帯を切る、そして動けなくなったその車両を盾にする。

 

まほの車両だけは正確に砲撃してくるが、ラングの装甲がそれを弾く。

 

「凄いよこのラング!流石ヘッツァーのお兄ちゃん!!」

 

「あの!ラングとヘッツァーは兄弟じゃないんですけど!?」

 

「知ってる」

 

でもヘッツァーのお兄ちゃんで通る、それが大洗クオリティ。

 

「ラングが…!隊長を援護するわよ!」

 

「副隊長!崖の上の車両が降りてきてます!」

 

下の方で大暴れするラングに、まほを援護しようとするエリカ。

 

だがその前に赤星達が陣地を放棄して迫ってきていた。

 

「エレファント!下がりなさい!迎え撃つわよ、勝負よ小梅!」

 

「長野さんの援護をしつつ山道を下って下さい、この場所を放棄します!」

 

火力をティーガーⅡとエレファントに集中させつつ、Ⅲ号戦車にラングの援護をさせる赤星。

 

恐ろしいのがこの乱戦状態で、ラングのキューポラから身体を出している叢真だろう。

 

「慌てるな、崖を利用して囲い込め」

 

まほの冷静な指示に、動ける車両でラングを崖の方へ追い詰める白組。

 

「Let's show time!ルーキーの登場だ!」

 

無駄にカッコつけながら叫ぶ叢真。

 

その言葉にハッとしたまほが森の方を見ると、森を突き破って一列で突撃してくるⅢ号戦車が4両。

 

ヤークトティーガーを倒した1年生達だ。

 

「「「「突撃ぃぃぃ!!」」」」

 

初々しい叫びと共に、包囲陣に突撃してくる1年生達。

 

砲塔や車両を崖の方に向けていたまほ達は対応が出来ない。

 

「二段構えか…!」

 

「お前達に足りないものは、それは!情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなによりもォォォオオオオッ!!大胆さが足りない!!」

 

「誰に向けて言ってるんですか!?」

 

舌打ちするまほ、それに対してなのか誰に対してなのか、早口で謎の言葉を叫ぶ叢真。

 

思わず装填手ちゃんが渾身のツッコミである。

 

「いけー!」

 

「撃て撃てー!」

 

「隊長と赤星先輩を助けるんだー!」

 

「おどりゃーーー!」

 

一列になって周囲に砲撃しながら包囲陣に横から喰い付く1年生達。

 

ラング乱入からようやく立ち直った所で間を開けずにまさかの1年生の総突撃である。

 

1年生達の勢いと突然の事態に浮足立つ白組、それを見逃す叢真ではない。

 

「右側面を突破して1年生と合流するぞ、さぁ牙を剥け!食い破れ!」

 

「ヒーーーハーーー!!」

 

「操縦手がおかしくなりましたー!」

 

黒森峰じゃ考えられない作戦ややり方、勢いについにラングの操縦手が壊れて装填手がガチ泣きしている。

 

1年生の突撃で隙きが出来た場所へ突撃し、1年生と合流する叢真。

 

「オープン・セサミぃぃぃぃ!!包囲陣を抉じ開けろぉ!!」

 

「浮足立つな、一度後退して陣形を組み直せ!相手はこちらの前面装甲を抜けない、側面を晒すな!」

 

叫ぶ叢真と冷静に指示を出すまほ。

 

「スネーク作戦開始!着いて来い、遅れた奴は死ぬだけだ、安心しろ!!」

 

「「「「Jawohl!!」」」」

 

叢真のラングを先頭に、その後に続く1年生達。

 

浮足立つ包囲陣の中と外を、蛇が這いずる様にすり抜けて行く。

 

「好きに狙って好きに撃て!ここがお前達の魂の場所だ!!」

 

「履帯を狙って!Ⅲ号の主砲でもいける!」

 

「側面撃ち放題!撃て撃てー!」

 

「他に負けるな撃てー!」

 

「先輩達相手にこんな好き放題…ん!ふぅ…あ、撃っていいよ」

 

同士討ちなんて気にせずに撃ちまくるラングとⅢ号戦車達に、後退するまほ達。

 

2両がすれ違いざまに近距離で撃たれて行動不能、1両が履帯をやられて動けなくなる。

 

「きゃぁ!?す、すみません、9号車行動不能です!」

 

「同じく8号車やられましたー!」

 

「良くやったぞ、最後の言葉は撃った車両と『後はお願いします』だ、仇はとってやる!」

 

「ティーガーⅠにやられました、後はお願いします!」

 

「ヤークトパンターです、後はお願いします皆さん!」

 

だが流石のまほ、冷静に反撃して最後尾のⅢ号戦車とその前を行く車両を撃破してくる。

 

「隊長!正面にエレファントが!」

 

「赤星!助けろぉぉ!」

 

「はい!」

 

スタイリッシュ援護要請にすぐさま応える赤星。

 

1両で奮戦するエリカのティーガーⅡを無視して崖を下り、こちらに尻を向けているエレファントに突撃。

 

正面をラング、後方を赤星のパンターに挟まれたエレファントは対応に困りとりあえずラングを狙ってくる。

 

「ユニヴァァァァス!!」

 

「おかーさーん!?」

 

エレファントの砲撃を前進しながら紙一重で避けるラングの上で叫ぶ叢真と、砲弾を抱えながらガン泣きの装填手ちゃん。

 

「廃棄ハッチを狙って!」

 

エレファントの背後に着いた赤星のパンターが放った一撃で、行動不能になるエレファント。

 

「対戦相手の1年生が考えた方法を使うなんて…敵に教えられてしまいましたね」

 

「敗北から糧を得る、それが敗者の特権だ、それが出来るのが人間だ。さぁ次へ行くぞ!」

 

「はい!」

 

苦笑する赤星に檄を飛ばし、赤星と着いてきたパンターとⅢ号戦車が蛇の胴体に合流して森を目指す。

 

「残り2両どうした!?何故逃げない!」

 

「行って下さい隊長!ティーガーⅡは引き受けました!」

 

「ここが私達の正念場です!自分達で考えて自分達で決めました、ここでティーガーⅡは倒します!」

 

崖の上で、エリカを足止めしていたヤークトパンターとⅢ号戦車が降りてこない。

 

「お前達……分かった、任せる!後のことは考えずに全力を尽くせ!」

 

崖下ではまほ達が態勢を立て直している。

 

もう脱出は叶わないだろう。

 

正面からやりあえば地力で劣る叢真側がピンチになる。

 

それに無茶な行動で1年生達が限界だ。

 

何よりも、あの黒森峰の、命令を受けてただ動くだけだった生徒達の、自ら示した行動を無駄には出来ない。

 

ラングを先頭に森へと入っていく紅組の車両。

 

「私達じゃこれ以上隊長達について行けない…!」

 

「未熟な自分達が恨めしいね…でも!」

 

「ここが私達の正念場ぁぁぁ!逸見副隊長覚悟ぉぉぉぉ!」

 

果敢にエリカへと挑むヤークトパンターの生徒達。

 

彼女達は準レギュラー、まだ未熟と言われて公式大会にも出たことがない。

 

一応レギュラーのヤークトパンターが出れない場合の控えだが、中々機会など巡ってこない。

 

だからこそ、ここが彼女達の正念場。

 

レギュラー陣への下剋上の時。

 

「上等じゃない!かかってきなさい!」

 

それを迎え撃つエリカ、彼女にも副隊長として、まほの右腕としてのプライドがある。

 

「西住隊長が来るよ!」

 

「先輩たちを守るんだ、ここで止め…きゃぁぁ!?」

 

「こ、行動不能…でも、これなら登ってこれないね…えへへ、私達役に立てたかな…」

 

崖を登る山道の1つで陣取る1年生達のⅢ号、崖を登ってきたまほ達に撃破されてしまうが、車両が道を塞いでそれ以上登ってはこれない。

 

これでヤークトパンターが奮戦する時間が稼げたと笑いながら、涙を流す1年生達。

 

「まほさん相手に完全勝利は無理と分かっていたが…情けないな俺は」

 

「隊長…」

 

森を進むラングの上で、呟く叢真。

 

そんな叢真を見上げて瞳を細める装填手。

 

「エレファントとヤークトは葬った、後は地力での勝負になる。各員、思考を止めるな、命令に従うだけの人形に、勝利を掴む事は出来んぞ!心配するな、これまでの経験も練習も努力も、全て己の糧になっている、それらは決して裏切らない」

 

『紅組ヤークトパンター、行動不能』

 

「………散っていった仲間のためにも、各員の奮戦を期待する」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「死んでないですよ…」

 

「ノリだよノリ。雰囲気って大事だろう?」

 

「はぁ…」

 

無線で鼓舞していると、最後まで残ったヤークトパンターが撃破された報告が審判団から流れる。

 

奮戦した彼女達の事を思いながら、言葉を締める。

 

装填手から冷静なツッコミが入るが、叢真は笑って答える。

 

たぶん紅組で1番冷静なのはこの子である。

 

「これより、深き森の呼び声作戦を開始する!」

 

「「「「「Jawohl!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は叢真と言った所か…みほより大胆で奇抜な作戦をしかけてくる…」

 

「隊長、態勢の立て直し完了しまいした」

 

「うむ、ヤークトパンターはどうした?」

 

「遅れてすみませぇぇん!また履帯破壊されて修理に手間取りましたぁ!」

 

「何やってるのよ!」

 

「ひぃ!」

 

採掘場(っぽい場所)で態勢を立て直すまほ達。

 

そこに履帯を修理したヤークトパンターが合流、エリカに怒鳴られている。

 

「頑張って履帯直してきたのに怒ることないじゃないですか副隊長…」

 

「よせエリカ。これで6両、数の上では互角だ」

 

「しかし1年生と準レギュラーだけでここまでやるとは…特に1年生です、2両もやられました」

 

「わざわざ全国大会の再現をした上で、な…」

 

悔しそうなエリカの言葉に、ため息を小さくつくまほ。

 

「隊長…?」

 

「叢真が本気なら、森の中で確実にこちらを狙ってくる。アイツはゲリラじみた局地戦も得意だ、継続高校を指揮した時なんて一度も自分の姿を晒す事無くマジノ女学院を殲滅する程にな」

 

「……聞いた事があります、マジノ女学院の悲劇…」

 

「それをやらないのは継続ほど部下の練度が高くない事と、奇策慣れしていないからだ。そして大洗との戦いや戦法を再現する事で、大きな印象を与えたいんだろう……私の思惑通りにな」

 

「隊長?」

 

「何でも無い、追撃に入るぞ」

 

「はっ!」

 

最後の言葉だけはエリカに聞こえないように呟いたまほ、エリカ達に指示して叢真達の追撃に入る。

 

第二ラウンドの開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所で、長野さんってあんな性格なんですか?凄いハイテンションで叫びまくってましたけど」

 

「………ストレス溜まっていたのかもしれないな、色々な学園艦を巡ってきたから」

 

「はぁ……ストレス…」

 

叢真には優しくしてあげよう、そう思うエリカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公…酸素欠乏症で…(´・ω・`)



怒ってないのでひたすらテンションが高い状態、全部ストレスって奴が悪いんや(´・ω・`)




小梅ちゃん大勝利はどこ行ったかって?(´・ω・`)



ふ~ふ~ふ~、次回とは言ってないじゃないかのび太くん(´・ω・`)ねっとり











ネタバレ:エロ本ネタは次回も続く模様(´・ω・`)テデドン


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くろもりみねdrei

粗塩でTKG…らんらん醤油派なんだけどなぁ…もぐもぐんほぉぉぉぉぉぉ!(´・ω・`)即落ち一行











今回グロ描写があります、ご注意下さい(´・ω・`)やんやん


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄のような沈黙が続く叢真の寝室の中。

 

誰もが言葉を失う、それ程の衝撃が沙織の持つ本にはあった。

 

「よ、予想外ぜよ…」

 

「変な性癖よりよっぽどインパクトあるぴよ…」

 

比較的そっち方面に耐性のあるおりょうとぴよたんが何とか口を開く。

 

だが一切耐性のないあけびとあゆみは完全に固まっている。

 

「な、なによこれ……なんなのよこれぇ!?」

 

「ながのくん…さすがにこれはだめよながのくん…」

 

再起動する沙織と、壊れたように呟く柚子。

 

「よりにもよって老婆!?熟女通り越して老婆なの!?お婆ちゃん大勝利!?麻子のおばぁの1人勝ちなの!?ピチピチの女の子じゃダメなのぉ!?」

 

「もちつく、じゃない落ち着くぜよ武部殿!」

 

大混乱する沙織の肩を掴んでなんとか抑え込むおりょう。

 

無理もない、異性として意識して非常に気になっている存在である叢真が、まさかの趣味なのだから。

 

「ぎゃくにかんがえるのよ…ちゃんといせいにきょうみをもってるんだから…」

 

「異性ってレベルじゃないぴよ、確りするぴよ副会長!」

 

まだ壊れたままの柚子、ぴよたんが肩を揺するが中々直らない。

 

「…………せんぱい、こどもにはきょうみないのかな…」

 

「だから胸とか押し当てても喜ばないんだ…」

 

暗黒面に落ちそうな位に落ち込むあゆみと、自分の胸を触りながら呟くあけび。

 

天然かと思ったら狙ってやっていたらしい、あけびちゃん怖い。

 

「こんなにいっぱい老婆本持ってるなんて許せないぃぃ!こんなに……え」

 

紙袋から他の本を取り出す沙織、だがそのタイトルを見て再び固まる。

 

その声に視線が集中する、そのタイトルは――

 

 

 

 

『つるぺたロリロリぱらだいす~合法ロリって最高だな!~』

 

 

 

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

再び地獄のような沈黙が部屋を支配した。

 

家の前を通る車の音だけが虚しく部屋に響く。

 

時刻はそろそろ夕方である。

 

「な…なぁ…なによこれぇぇぇぇ!?」

 

「ろうばのつぎはようじょ……ながのくん、おねえちゃんさすがにこれはだめだとおもうな…」

 

「ストライクゾーン広いってレベルじゃないぜよ…!」

 

「合法ってついてる辺り、逆にリアルぴよ…」

 

叫ぶ沙織にまだ壊れている柚子、戦慄するおりょうとぴよたん。

 

「…………先輩が桂利奈とかに甘いのってまさか…!」

 

「キャプテンには妙に気軽な態度だと思ってたけどそんな…!」

 

心当たりがあるのかショックを受ける1年生コンビ。

 

あけびからすると典子はロリ枠な模様、大変失礼である。

 

「そ、そう言えば麻子のお世話を嫌がりもせずにしてるし…そんな、麻子ぉぉぉ!?」

 

「会長にちょっと甘いと思ってたけど…そうだったの長野くん…!?」

 

「そう言えばプラウダの隊長にも凄い甘いと聞いたぜよ…」

 

「ガチだったぴよ、長野くん…」

 

毎日朝一緒に登校してくる幼馴染を思い出して叫ぶ沙織に、直ったけど誤解を深める柚子。

 

カチューシャの事を思い出して戦慄するおりょうに、両肩を抱きしめて震えるぴよたん。

 

信じたくはない、だが明確な証拠が出てきてしまった。

 

身近に対象になりそうな人が多く、実際に仲も良いだけに現実味が増すロリコン疑惑。

 

ババコンでロリコン、ある意味最強生物である。

 

「これ…どっちが本命ぜよ…?」

 

おりょうの疑問、ババコンなら自分達ではどうする事も出来ない、ロリコンなら仲間の数名が勝ち組である。

 

「ほ、他の、他のを見れば分かるわきっと…!」

 

ガサガサと袋を漁る沙織、もう見ないという選択肢はない。

 

ここまで来たら確り確認しないとならない、恋する乙女の意地である。

 

「さぁどっち!?」

 

取り出された物が蛍光灯の光の下で輝く。

 

 

 

 

『劇場版ガチムチパンツレスリング~俺とお前のホイホイチャーハン~』

 

 

 

 

DVDだった。パッケージの男性の筋肉が素晴らしい。

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

地獄のような沈黙の部屋3度目。

 

セガールでもこれにはお手上げである。

 

「お、おとこ…おとこまで守備範囲なの長野さん…!?」

 

「しかもDVD…本だけじゃ我慢出来なくてDVDなの…?」

 

ガタガタと震える沙織と、レイプ目になる柚子。

 

「しゅ、衆道が上流階級の嗜みだった時代はあったけど…これは…さ、左衛門佐の専門ぜよ」

 

「リアルホモ…実在したぴよ…?」

 

顔を真赤にして勝手に左衛門佐の領域だと決めつけるおりょう、確かに戦国時代の嗜みだがもんざが怒ると思われる。

 

ある意味リアルファンタジーなジャンルに唖然とするぴよたん。

 

ネットゲームを趣味にしているだけに、その手のジャンルに触れる機会は多いが、まさか身近に存在していたとは思わない。

 

「こ、これ、BLって奴かな…」

 

「ホモとBLは別ジャンルだよ、これはホモだよぉ!」

 

頬を引きつらせるあゆみに、何故か力説するあけび。

 

意外と詳しい模様。

 

「どうなってるの、なんでこんなジャンルがバラバラなの!?無節操なの長野さん!?」

 

「ほ、他のも確認しましょう…!」

 

袋から一気に中身を取り出す沙織と柚子。

 

並べられたタイトルに、目を見開く一同。

 

 

『けだものフレンズ~ケモナーパークへようこそ~』本

 

『鉄尻の掘るフェンズ~オルガダイナミック~』BD

 

『中学生以上はババァなんだよ!俺の幼女道!』本

 

『老婆戦記~くっ、殺すがいい!盲た老いぼれじゃ!~』本

 

『信じて送り出した妻が田舎のクソレズに手篭めにされてトロ顔ダブルピースを決めるなんて』DVD

 

『ゆきゆきて戦車道ディレクターズカット版』本+DVD

 

『温和なオークの村に黒ギャル姫騎士が!絶対ギャル騎士になんて負けない!』本

 

『ボーイズラブノススメ~覚悟完了~』本

 

『ちっぱいバスケ~弾まない乳ドリブル~』DVD

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

地獄のような沈黙<お、出番?

 

沈黙先輩が頑張って部屋を支配する中、肩を震わせて笑い出す沙織。

 

「ふ、ふふふ…あははははははは!なによこのラインナップ!?無節操ってレベルじゃないわよこれぇ!?」

 

「どうして…どうしてこんなに雑多ジャンルなのにお姉ちゃん本や先輩本がないの…?」

 

「と言うか、こんなニッチなジャンルの本やDVDが出てる事が驚きぜよ…日本って怖いぜよ…」

 

「とらの〇でもヒットしないぴよ、この商品群…」

 

「なんで…なんでバスケなんですかコーチ!?バレーじゃないなんて酷いですぅ!!」

 

「そっち!?問題なのそっちなの!?」

 

発狂する沙織に、ピンポイントでメジャージャンルの筈の自分の属性が無い事に落ち込む柚子。

 

自分が生まれた国とはいえ、納得の変態国家っぷりに戦慄するおりょう。

 

携帯で検索してみるがヒットしない商品に、こちらも戦慄するぴよたん。

 

バスケ物がある事に憤慨するあけび、流石バレーラブ。

 

思わずあゆみが素に戻ってツッコむ。

 

「まだ入ってるぜよ…これは…同人誌ぜよ…?」

 

「あはははははは!もう何が出てきても驚かないわよぉ!」

 

まだ紙袋に入っている事に気付いたおりょうが袋を逆さまにして中身を出す。

 

壊れた沙織が笑いながらその薄い本を見る。

 

 

 

 

『ボコ姦~ボコをボコォボコォにしてやんよぉ(意味深』

 

 

 

 

「oh……」

 

思わず英語になっちゃう沙織。

 

予想の斜めトリプルアクセルからのトリプルルッツ下だった。

 

「ボコってみぽりんが好きなぬいぐるみ!?ぬいぐるみとしちゃうの!?人間ですらないの!?もう悪趣味ってレベルじゃないよ長野さん!!?」

 

「ぬいぐるみにすら…ぬいぐるみにすら負けてるの私…」

 

「副会長確りするぴよ!まだ致命傷だぴよ!課金すれば復活できるから!」

 

頭を抱えて激しくヘッドバンギングする沙織と、遂には崩れ落ちる柚子。

 

ぴよたんが慌てて抱えるが、彼女も混乱している模様。

 

「こんな本を作る作者が居ることが先ず異常ぜよ…」

 

冷や汗を流しながら薄い本を手にするおりょう、その手にあるのは『らぶらぶるるいえ~夜のいあいあくとぅるぅ~』『くじらックス~ザトウクジラとの熱い夜~』『らめぇもう砲弾入らないのぉ!ひぎぃ!砲身レイプ!野獣と化した装填手!イラスト集』などなど。

 

既に狂気の産物である、SAN値ピンチ。うーにゃー。

 

日本終わってんな。

 

「私、もう先輩にどんな顔して甘えればいいか分からないよ…」

 

「バレーの良さを…バレーの良さを教えないと…おっぱいとバレー…これで!」

 

ダークサイドに落ちろ、落ちたな。なあゆみと、それ以上はいけない!レベルで開眼するあけび。

 

叢真の寝室は家主が居ないのに阿鼻叫喚である。

 

「もぉぉぉぉぉぉぉ!!長野さんは老婆趣味なの!?ロリコンなの!?それともホモなのぉ!?はっきりしてよぉぉぉ!!」

 

叢真のベッドにダイブしてじたばたと暴れる沙織、スカートが捲れるが知ったことではない。

 

「そうよ、そうだわ…ここに変わりにお姉ちゃん本とか先輩本を入れれば…全部巨乳の…」

 

「戻ってくるぴよ副会長、それは犯罪だっちゃ!」

 

危ないことを呟き始めた柚子の肩を掴んでガックンガックン揺するぴよたん。

 

なお体力がないので直ぐに疲れて肩で息をする模様。

 

「他人の趣味をとやかく言う気はないが…これはいくらなんでも雑食過ぎるぜよ…特にホモはダメぜよ…」

 

左衛門佐なら兎も角、と友人を勝手に衆道容認派に入れるおりょう、何気に酷い。

 

「先輩、胸がない方がいいのかな…桂利奈とかあやの方がいいのかな…ぐす…」

 

自分の胸を持ち上げながら涙するあゆみ、大好きな先輩の知りたくなかった一面を知ってしまってダークサイドに染まっている。

 

「バレーとおっぱいの良さを教えるんです…バレーとおっぱいが合わされば無敵なんです…炎になるんです!」

 

謎の決意を燃やすあけび、バレーとおっぱいで炎、そうはならんやろ。

 

「………それよ!あけびちゃん!」

 

「はい?」

 

「長野さんに、一般的な、同い年の、胸が大きくて料理が上手で可愛くて時々眼鏡で結婚も考えてる女の子が良いって教えればいいのよ!」

 

「武部殿、それピンポイントで自分の属性言ってるぜよ」

 

「老婆にも幼女にも男にも動物にもましてやぬいぐるみにも負けてない魅力があるって事を、長野さんに教えればいいのよ!そして長野さんを真っ当な道に戻すの!!それしかないわ!!」

 

ザバーンと無駄に波打ち際の背景を背負って宣言する沙織、パンツ見えてますよ。

 

「なるほど…長野くんに年上で胸が大きくておっとりしていて優しい先輩でお姉さん属性が良いって教えるのね…!」

 

「背は小さいけど胸は大きくて幕末が好きで眼鏡が良いと教えるぜよ…」

 

「胸が大きくて語尾が可愛くてネトゲ好きな属性ぴよ…」

 

「胸が大きくて後輩でボーイッシュで気さくだけど甘えてくる感じを…」

 

「おっぱい大きくてバレー好きで…」

 

沙織の言葉にぶつぶつと呟いて笑う乙女達。

 

全員レイプ目である、ハイライトさん仕事放棄中。

 

「とりあえず最初は長野さんを巨乳好きにする事から始めましょう…私達にある圧倒的アドバンテージなんだし!」

 

沙織の宣言に深く頷く面々。

 

因みにここには居ないが桃ちゃんや妙子に華、そしてみほちゃんも結構なモノをお持ちである。

 

そして他の学園艦の叢真を狙う乙女達も、大半が巨乳である。

 

自分達でライバルにも有利になる属性を植え付けようとしているが、今の彼女達にそんな事を考える余裕はない。

 

少なくとも、床に置かれた書籍やDVDの属性に比べたらマシなのだから。

 

「長野さんが帰ってきたら、アタック開始だよ!がんばろー!!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

ここに、大洗戦車道巨乳連合が発足された。

 

彼女達の奮闘により、叢真は巨乳好きになるのか。

 

それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ン黒森峰ゥ…の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

採掘場大乱闘から態勢を立て直したまほ達。

 

森の中での襲撃を警戒して、車両を3:3に分けて森を挟んで2列で走行する。

 

先頭を固定砲身の車両、二番目にまほのフラッグ車とエリカの車両。

 

そして最後尾をパンターが進む。

 

「こちら隊長車、そちらはどうだ?」

 

『こちらエリカ、敵影は見えません』

 

「用心しろ、相手はアンブッシュを得意としている。見つけても迂闊に攻撃するな」

 

深い森の中で叢真が姿を現した時は、何か仕掛けてくる時だ。

 

生徒達の練度と技術の差がある以上、正面からの戦いは避けるだろう。

 

そう考えて強襲や待ち伏せに最大限に警戒するまほ。

 

『前方に3両!フラッグ車を先頭に1列で進んでいます!』

 

「了解した、こちらが合流するまで無闇な攻撃は避けろ」

 

森の中を進む叢真達を発見したエリカ側の先頭車両からの報告に、合流を急ぐまほ。

 

彼女の肉眼では、森の中を進むエリカ達の車両が木々の隙間から辛うじて見える程度。

 

「この先の道で合流出来るな…挟み込むか」

 

地図と記憶を頼りに作戦を立てるまほ。

 

その頃エリカ側の先頭車両は最後尾のⅢ号戦車を射程に収めているのだが、道が狭い為に撃てないでいた。

 

「あぁもう邪魔よ…!」

 

下手に最後尾を撃つとその車両が邪魔になり追撃が出来なくなる。

 

フラッグ車を倒さないと勝ちにならないルールなので、迂闊に倒す事が出来ない。

 

『全速力で追い立てて、相手を隊長達の居る方へ誘導するわよ!』

 

「了解、最後尾のⅢ号を突いて煽ってやりなさい!」

 

エリカからの指示に速度を上げる先頭車。

 

徐々に最後尾に迫り、砲身で相手の戦車を突こうとした時、突然右側から砲撃が飛んでくる。

 

「ちょ、3時方向から砲撃!」

 

『パンター2両とⅢ号…小梅達ね!反撃急いで!先頭車はそのまま追い立てなさい!』

 

エリカと最後尾のパンターが停止し、森の中から砲撃してくる赤星達のパンターへ反撃を開始する。

 

砲塔が固定であり、道が狭いので旋回が出来ない先頭車両はそのまま叢真達の車列を追う。

 

「広い場所に出たら速攻で撃破してやる…!」

 

中々攻撃出来ずにやきもきする車長、最後尾のⅢ号は煽る様に蛇行するわ撃ってくるわキューポラから手を振るわとやりたい放題。

 

先頭車の全員が頭に青筋を浮かべている。

 

やがて森が薄くなり、少し拓けた場所に出る。

 

「あ!また森の中に!?」

 

さぁ攻撃!と思った所で車列は右の森の中へ急カーブして入って行ってしまう。

 

この場所で挟み撃ちにする予定だったが、相手の行動の方が早かった。

 

「待てぇぇ1年坊主があああ!」

 

『よせ!深追いするな!』

 

逃してなるものかと森の中へ入る、その様子を左側から来たまほが目撃して叫ぶ。

 

「え…真横!?」

 

だが遅かった、森に入った途端、その脇にちょこんと鎮座したラングの姿。

 

後続のⅢ号戦車を壁にして見えないように木の陰にバックで突っ込んだラングが、迂闊にも森に踏み込んできた車両の側面に砲身を合わせる。

 

「こんにちは、撃て!」

 

キューポラから身体を出している叢真の声に反応して放たれる砲弾。

 

側面を至近距離で撃たれた車両は当然行動不能に。

 

「ちょっと通りますよっと」

 

「ごめんあっさっせー!」

 

「元に戻ってよぉぉぉ…」

 

撃破された車両を押し退けて森の奥へと消えていくラング。

 

操縦者が完全に壊れており、装填手ちゃんの悲痛な叫びが森に消えていった。

 

「エリカ、今どこだ」

 

『小梅達のパンターと交戦中…あ、逃げる…!』

 

「追うな、叢真の思う壺だ。心理戦までしかけてくるか…これが魔王か…」

 

撃ちたいのに撃てない状態を強いて、咄嗟の判断を狂わせる。

 

これが普段ならまほの指示が届いただろう、だが目の前に獲物が居るのに攻撃出来ず、しかも1年生に煽られる状態。

 

みほも言っていた、頭に血が上りやすい戦車乗りの精神を手玉に取った方法。

 

マジノ女学院の防御陣を1枚1枚剥がしていった時に使った、心理戦の応用だった。

 

「この先は……迂回して進むぞ、段差と沼地に注意しろ!エリカ合流しろ」

 

『はい!』

 

叢真達が逃げた道は撃破された車両が塞いでいる、通れなくはないが通るのに時間がかかる。

 

地図を見て迂回し、相手の鼻を抑える事を決めたまほの指示に、別の森の道を進む白組。

 

やがて小高い丘と森で構成された場所に出るが、そこに叢真達の姿はない。

 

「森に潜んだままか…偵察車両を出そう、エリカ」

 

『はい、パンター1両偵察に出なさい、発見しても攻撃せずに様子を見るのよ、発見された場合は直ぐに撤退しなさい』

 

『了解!』

 

相手の出方を探る為に1両偵察に出す白組。

 

本当ならⅢ号戦車などの機動性が高い車両を出したいのだが、採石場大乱闘で撃破されてしまっている。

 

「これを見越して狙ったか…?」

 

叢真の事だ、あり得ると警戒するまほ。

 

今の内に進行の為に準備と部下達の休憩を言い渡す、既に試合開始から随分時間が経っている。

 

森の中を音を立てないように静かに進むパンター。

 

本当ならⅢ号戦車などが最適な役目なのだが、居ないので重戦車に匹敵するパンターで頑張るしかない。

 

「確かこの先に沼と広場があった筈…」

 

眼鏡を直しながら、地図を確認する車長。

 

周囲に十分に警戒しながら沼へ続く道を進むと、沼の向こうの広場にラングとパンター2両の姿が見える。

 

「ゆっくり静かに…!音を立てずにギリギリまで…!」

 

森の暗闇に紛れるようにして前進し、砲撃可能な位置まで進むパンター。

 

周りの木々や草が濃くて周りが良く見えないが、代わりに叢真達からもパンターが見えない。

 

「こちら偵察車、敵フラッグ車および護衛のパンター2両を発見……位置は…」

 

無線で隊長達に連絡する車長、双眼鏡にはラングの上に足を投げ出して叢真が座り、周りに操縦手や装填手、砲手達が座っているのが見える。

 

完全に休憩中だ。

 

パンターの方も乗員が外に出て背伸びや体操、中にはきゃっきゃうふふしているのも居る。

 

Ⅲ号戦車3両の姿は見えない、偵察に出ている可能性が高い。

 

「おんのれぇぇぇ…イチャイチャしてるぅぅぅ…!」

 

双眼鏡で覗き見る叢真は、装填手の子にお茶を入れてもらい、戦闘糧食のビスケットやチョコバーを齧っている。

 

そのビスケットを、隣に座る装填手の子に差し出すと、恥ずかしそうにキョロキョロしてからおずおずと口を開いてあーんして貰っている。

 

その様子を見て、ヒューヒューと捲し立てる周りの生徒達。

 

「イケメンのあ~んだとぉぉぉ…準レギュラーのくせにぃぃぃぃぃ…!」

 

「車長、落ち着いて…!」

 

ギリギリと歯軋りしてガンガンと座席を蹴る車長に、砲手が慌てて宥める。

 

「試合中に余裕くれちゃって…!隊長達が来たらぎったんぎったんに殲滅してやるぅぅ…!」

 

「折れちゃう、双眼鏡折れちゃうぅぅ!」

 

ミリミリと嫌な音がする双眼鏡を心配する砲手。

 

戦車道乙女は握力が強い。

 

「いつでも撃てる様にラングに狙いを合わせなさい、奇襲をかける時は私達が一番槍よ」

 

「はい」

 

それでも黒森峰レギュラー、頭を冷やして砲身の狙いをラングに合わせる。

 

「命令が下った時がそのイケメンスマイルの終わりよ…!」

 

そう呟いてもう一度双眼鏡を覗き込む車長、レンズの向こうの叢真がチョコバーを齧り…ギロリと視線をこちらに向けて嗤った。

 

「―――!?バレてる!?」

 

そんなまさかと思う車長だが、叢真はそのままこちらに手を向けて、ちょいちょいと手招きした。

 

完全にバレている、背筋を凍らせる車長だったが咄嗟に操縦手を蹴る。

 

「全速後退!」

 

車長の指示に車両を後退させる操縦手だったが、その時突然茂みの中からⅢ号戦車が飛び出してくる。

 

衝突するパンターとⅢ号戦車、重量差はパンターが勝るが、動き始めだった為に押し退ける事は出来ない。

 

「後ろ!?いつの間に…!」

 

驚愕するパンター車長、現れたⅢ号は枝や葉っぱなどを前面に装飾してカモフラージュしていた。

 

「こんにちは先輩♪」

 

枝を持ってニコニコ笑う1年生の車長。

 

そのⅢ号戦車の砲身はパンターの背後を完全に捉えている。

 

「ほ、砲塔旋回!え…えぇ!?」

 

慌てて砲塔を回そうとするが、ガサリと大きな音がして車両の横の木々が左右に分かれて、そこから1年生が顔を出す。

 

「こんにちは先輩!」

 

「こんにちはです先輩♪」

 

「え…えぇ……な、なんで…!?」

 

左右に現れたのはやはり1年生の車長、手には葉っぱが生い茂る枝を持っている。

 

そしてエンジン音が左右からして、ガサリと茂み全体が揺れて動く。

 

「意外と気づかれないモノなんですねぇ、勉強になりました♪」

 

「先輩が前しか見てなかったから余計にですねぇ、ダメですよ偵察車が周囲の警戒を怠っちゃ!」

 

「隊長達のイチャイチャ見て悔しがる先輩可愛かったですよぉ~♪」

 

ニッコニコ笑いながら枝をフリフリする1年生車長達。

 

彼女達の口ぶりから考えると、最初から居たのだ、そこに。

 

エンジンまで切って完全に息を殺して。

 

よくよく見れば、Ⅲ号戦車の車体がチラチラ見える。

 

だがフラッグ車の姿に気を取られた上に薄暗い森の中、パンター車長は全く気付かなかった。

 

「そんな…それじゃあの姿は囮…!?」

 

「そういう事です、それじゃ先輩?」

 

「「「お疲れ様です♪撃て!!」」」

 

「ぎゃー!?」

 

3方向からの至近距離砲撃。

 

いくらパンターとはいえ流石に耐えられない。

 

白旗があがり、1年生に騙された事でガックリと倒れ伏すパンター車長。

 

「「「イェーイ!大成功~!」」」

 

戦車の上で飛び上がって喜ぶ1年生達。

 

その様子を無線で聞いていた叢真は、満足そうに頷いてチョコバーを齧る。

 

「あの、もし他の場所に偵察車両が来たらどうしたんですか…?」

 

「その時はまた別の方法で引っ掛けるだけさ。まほさんの性格と黒森峰の戦術、このエリアの地形から考えてあの場所に高確率で来るのは分かってたしね」

 

「えぇ……」

 

思わず質問した装填手の言葉に、何でも無いとばかりに答える叢真。

 

これには装填手ちゃんもドン引きである。

 

「隊長、黒森峰に来るの初めてですよね…?なんでこんな正確に地形把握出来るんですか?」

 

「地図を見て、実際に現場を見れば全部把握出来るでしょ?」

 

「えぇー………えぇ…」

 

当たり前だよなぁ?とばかりに答える叢真に、再びドン引きの装填手ちゃん。

 

叢真が何気なく行っている地形把握、祖父に教え込まれた技術である。

 

元々地図を見て地形を把握する能力にずば抜けて優れている叢真は、祖父の教えもあって地形把握能力が高い。

 

その為、どこを突けばどう崩れるかを見ただけで理解してしまう。

 

継続高校の選手達を戦慄させた叢真の地味だが恐ろしい能力の1つである。

 

地図さえあれば、叢真に地形でのアドバンテージは無効化されてしまうのだ。

 

「さぁこれでまほさんも取れる手段が限られて来たぞぉ、次は何をしようか」

 

「そんな、遊びみたいな……むぐっ!?」

 

「戦車道ってのは、全力を出して楽しんだ奴が1番の勝者なのさ。全員搭乗!1年生は合流だ!」

 

『はい!』

 

叢真の言葉にツッコむ装填手ちゃんだが、口にチョコバーを入れられてしまう。

 

目を白黒させる彼女に、叢真は楽しそうに笑いながら語り、無線で連絡を入れる。

 

「…………あ、間接キス…」

 

モゴモゴとチョコバーを咀嚼した装填手は、ふと気付いて唇を押さえ、頬を赤くするのだった。

 

魔王モード時の悪い癖である、普段なら恥ずかしがってやらない事もやってしまうのだ。

 

継続、アンツィオ、プラウダでも似たような事をやって同乗していた選手に年下趣味を植え付けた。

 

叢真達が動き出した時に、森の方から砲撃が飛んでくる。

 

位置を聞いたまほ達がやってきたのだ。

 

「撤収!ほら急げ急げ!」

 

「「あらほらさっさー!」」

 

「ねぇおかしいの私?私がおかしいのかな?」

 

叢真の言葉にノリノリに答える操縦手と砲手に、まだ顔が赤い装填手ちゃんが疑問を口にする。

 

大丈夫君が正しい。

 

順応してしまった方がおかしいのだ。

 

「隊長、どうしますか?」

 

「追撃する、叢真に奇策を用意する時間を与えてはならない」

 

沼向こうで撃破されているパンターを遠目に、時間を与えてはダメだと判断するまほ。

 

実に正しい、叢真に時間を与える事はそれだけ彼を有利にする。

 

叢真を倒すなら奇策や強襲を突き抜けて逆に強襲するのが効果的である。

 

みほ達あんこうチームが得意とする攻撃スタイルが1番効果的なのである。

 

「森を抜けて山岳地帯に追い込むぞ、ここから蹴り出してやる…」

 

「了解、全車前進!」

 

叢真達の後を追って追撃を開始する白組。

 

まほの視線の先には、森を越えた山岳地帯が広がっていた。

 

なおこれらのエリアは全て学園艦の中にある、どれだけ学園艦が…いや、黒森峰が大きいかよく分かる。

 

『白組、砲撃しながら追撃してきます!』

 

「木を盾にしながら進め、森に潜ませないようにか…仕方ない、このまま抜けるぞ」

 

『隊長!あの、やってみたい事があるんですけど!』

 

『別行動、良いですか!?』

 

「お、良いぞ良いぞ、遠慮するなガンガンやれ。知恵を絞ってどんどん試せ、俺が許す」

 

『『ありがとうございます!』』

 

『宜しいんですか?こちらの戦力が低下しますが…』

 

森を抜ける指示をする叢真に、1年生の車長が2人、やりたい事があると進言してきた。

 

それに笑みを浮かべて許可する叢真、お礼を言った2人の車両が戦列から離れて森へ消えていく。

 

戦力が低下する事を危惧する赤星の言葉に、キューポラから身体を出す叢真。

 

「戦車道は度胸と愛嬌、なんでもやってみるものさ」

 

『はぁ…変わってますね、隊長って』

 

「よく言われる、今じゃ褒め言葉だ」

 

苦笑する赤星の言葉に、無駄にドヤ顔する叢真。

 

それを見上げていた装填手は、顔は最高なんだけどなぁ…と唇を触りながらため息をつくのだった。

 

『隊長、2両消えました、また奇襲作戦では…』

 

「捨て置け、森に入らなければ問題ない」

 

森に消えていったⅢ号戦車は気になるが、フラッグ車を狙う事を優先するまほ。

 

4両まで減ってしまったが、まだこちらにはヤークトパンターとティーガーⅡが居る。

 

最悪Ⅲ号戦車は無視出来る。

 

「もう奇策は使わせんぞ叢真…!」

 

森を抜けて、山岳地帯に入る両組。

 

緩やかな山岳地帯を進んでいく叢真達は、ラングとパンター、パンターとⅢ号戦車の2組に別れる。

 

ラング側は山の方へ、パンター側は山を下って下に広がる草原を目指している。

 

「パンター側は無視しろ、ラングだけ狙え」

 

フラッグ車狙いを厳命するまほ。

 

決勝戦で大洗の分断作戦に乗ってしまい、戦力を分散させられた為に今日まで訓練で厳命してきたことだ。

 

「まぁ対策はするよな…このまま山を回るぞ」

 

分裂せずに追ってくるまほ達を見ながら、山をぐるりと廻る様に逃げる叢真達。

 

「そろそろだ、準備は良いか」

 

『配置完了しました』

 

無線で赤星に伝えると、準備完了だと返ってくる。

 

「本当に行くんですか!?」

 

「馬でも出来た事だ、戦車だって出来る!」

 

「そんな無茶苦茶な!?」

 

装填手の言葉に、ニヤリと笑って答える叢真。

 

その言葉に半泣きの装填手ちゃん可愛い。

 

「楽しい鵯越、行くぞ!」

 

「んほぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「もうやだこのラングぅぅ!」

 

叢真の言葉に相変わらずぶっ壊れている操縦手が恍惚の表情で叫ぶ。

 

当然装填手ちゃんは泣く。

 

「崖を…ラングとパンターでなんて無茶をする…だがお前に出来て私に出来ないとは思わない事だ、叢真」

 

『隊長!危ない!』

 

なんと比較的緩やかとはいえ崖の斜面を下り始めるラングとパンター、それに一瞬躊躇するまほだが、直ぐに追うために斜面の方を向く。

 

その瞬間、晒された側面に砲撃が飛来するが、間一髪エリカのティーガーⅡが横に出て砲弾を弾く。

 

「分かれたパンターとⅢ号…待ち伏せか」

 

『隊長行って下さい、ここは私が引き受けました!』

 

「頼んだ、残りは私に続け!」

 

エリカのティーガーⅡが、途中で分かれて草原を突っ切り、反対側から登ってきたパンターとⅢ号戦車に相対する。

 

彼女のティーガーⅡは装甲も火力も高いのだが、足回りが悪いという欠点を抱えている、崖に近い斜面を降りたら足回りがどうなることか…それを考えての提案だった。

 

その場をエリカに任せて斜面を下り始めるまほ達。

 

パンター達が砲撃するが、ティーガーⅡの反撃に応戦する事になる。

 

「あれは小梅のパンターね…ここで叩くわよ!」

 

「勝負です、エリカさん…!」

 

山岳地帯で砲撃戦を始めるエリカと赤星達。

 

叢真達は斜面を下りながら次の手を考えている。

 

「あんまり鵯越じゃなかったな…緩い緩い」

 

「緩くありませーん!」

 

揺れる車体の中で呟く叢真の言葉に、砲弾を抱えながら叫ぶ装填手。

 

まほ達からの砲撃を浴びながらの走行だけに、揺れに揺れる。

 

やがて斜面から平面になり、来た道を戻るように走るラングと護衛のパンター。

 

その時パンターの履帯に砲弾が直撃し、動けなくなる。

 

『行って下さい隊長、ここは自分達が!』

 

「すまん!任せた!」

 

ラングを先に行かせ、砲塔を回転させながら強引に車体を旋回させるパンター。

 

追ってくるまほのティーガーⅠへ狙いを定めるが、放たれた砲撃は正面装甲に弾かれる。

 

『まだまだぁ!』

 

奮戦するパンター、だが3両に囲まれて撃破される。

 

「追え、逃がすな」

 

白旗が上がるパンターを冷徹に見つめ、追撃を指示するまほ。

 

パンターが先行し、まほのティーガーⅠ、そしてヤークトパンターが続く。

 

山岳地帯を大きく回るように逃げるラングと、追いかけるまほ達。

 

その頃山道ではエリカのティーガーⅡと赤星のパンター、1年生のⅢ号戦車が壮絶な砲撃戦を繰り広げていた。

 

2対1だが、ティーガーⅡはその圧倒的な火力と装甲で押している。

 

「このままじゃ撃ち負ける…!」

 

『赤星副隊長、私達が囮になります!』

 

「あ、ちょっと…!もう、無茶して…!」

 

岩陰から出て突撃をかける1年生達、それに続いて前に出る赤星。

 

『隊長が教えてくれた魔法の言葉!1年なめんなー!!』

 

「邪魔よ!」

 

だが相手はエリカ、叫びながらも冷静に砲塔を向けてくる。

 

『きゃああああ!?』

 

「ちっ、次で仕留めなさい!」

 

放たれた砲撃は履帯に直撃し、転輪ごと吹き飛ばされる。

 

だが撃破には至らない。

 

確実な撃破の為にもう一度狙うエリカだが、その横を赤星のパンターが通り過ぎていく。

 

「小梅!?そうはいかないわよ、パンターを狙いなさい!」

 

赤星の狙いが、ラングが一度傷つけた砲塔後部だと気付いて素早く狙いをパンターに変更するエリカ。

 

旋回と合わせて砲塔を回転させて、パンターを狙うエリカ。

 

当然赤星もそれを分かっている、車体を横滑りさせながら砲塔を向けてくる。

 

ほぼ同時に発砲、砲弾がお互いの砲塔の装甲で炸裂する。

 

「ティーガーⅡがその程度で沈むもんですか!」

 

「くっ…」

 

装甲で弾かれたティーガーⅡと違い、赤星のパンターは砲身がダメージを受けている。

 

『1年――なめんなぁぁぁぁ!!』

 

「なっ!?」

 

その時だった、動けないと思っていたⅢ号戦車が片側だけの履帯で無理矢理前進し、ティーガーⅡに衝突。

 

そして赤星が斜めに位置取りをした事でⅢ号側に後部を晒す事になったエリカ。

 

「謀ったわね小梅ぇぇぇぇ!?」

 

『撃てぇぇぇぇ!!』

 

叫ぶエリカと同時に1年生の渾身の叫びと砲撃が、ラングが抉った装甲を至近距離で直撃。

 

白旗がティーガーⅡから上がる。

 

「ギリギリでしたね…無事ですか?」

 

『ばい!やりまじだ赤星副隊長!』

 

「大金星です、大変良く出来ました」

 

無線で1年生に無事を確認すると、涙声で返事が返ってくる。

 

あのギリギリの状態でよくやったものである、まだ未熟な1年生なのに。

 

「でも、これで援護が出来なくなりましたね…長野さん…」

 

砲身がダメージを受けたので戦闘続行が出来ない赤星のパンターと、転輪が吹っ飛んだので履帯を修理しても動けないⅢ号。

 

赤星はキューポラから顔を出して叢真の無事を祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小梅ちゃん大勝利(序章)(´・ω・`)




まだ彼女は変身を残している(´・ω・`)





エロ本とDVDのタイトル考えてる時が1番楽しかったコナミ(´・ω・`)



グロ?ボコをボコォプレイしちゃうんだよ?グロいでしょ?褒めていいのよ?(´・ω・`)



なおらんらんは純愛派です、ロリはいけない(戒め(´・ω・`)


ホモは許す、通れ(´・ω・`)


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くろもりみねvier

うぃーひっく、ちょっとらんらん酔っちゃったわ…(´・ω・`)





なので今回は凄く内容が酷い可能性が否定できません、ご注意下さい(´・ω・`)






グロ注意法発令中(´・ω・`)みょんみょんみょん


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話をしよう、あれは今から36万…いや、1万4000年前という事もなく、今の事である。

 

大洗学園で、長野叢真は同性の友人の居ない同性ぼっちと思われているが、実はそんな事はない。

 

眼鏡装着時代はあまり親しい人が居なかったが、眼鏡を止めてからはそれなりの友人関係を築けている。

 

休み時間に談笑したり、体育の時間にグループやペアになったり、休日に遊びに行ったり。

 

親友と呼べる人こそ居ないが、友人と呼ぶには差し支えのない関係を数人と築いている。

 

その中に、1人の少年が居る。

 

叢真と同じ2年生であり、大洗学園で1番可愛いと言われているショタ系少年である。

 

ふわふわの栗毛にパッチリとした瞳、ちょっと低い身長に温和な雰囲気。

 

その手の女性からしたら生唾モノな少年である。

 

叢真がどちかと言うと美丈夫系のイケメンなのに対して、こちらは守ってあげたい系美少年である。

 

女子からの人気を叢真と割っている存在でもある。

 

叢真ですら戦車道履修者と親しいという事で嫉妬されて嫉妬団を組まれる位なのだ、当然彼も嫉妬の対象になる。

 

だが、直接何かされる事はない。

 

何故か?

 

腕っぷしが強い?いや普通の少年である。

 

親が権力者?いや普通の家庭である。

 

叢真がバックに居るから?いや多少は関係あるが直接は関係ない。

 

では何故か?

 

理由は簡単である。

 

「やっぱり男は大胸筋と上腕二頭筋だよね…ビリー様の筋肉は素晴らしく美味しそうだなぁ…」

 

ジュルリと舌舐めずりして男性のヌードが写った写真集を見る少年。

 

目がヤベーイ。

 

彼の名前は斎藤。

 

天使のような見た目をした淫獣。

 

大洗の悪食王。

 

スケベテロリスト。

 

性的メガロドン。

 

男子から数々の異名で呼ばれる、大洗学園で絶対に敵に回してはいけない四天王の1人である。

 

そのストライクゾーンは下は3歳上は無制限、ちっぱいからどたぷん、ガリガリからでっぷり、同性ならショタから爺さん、ヒョロヒョロからマッチョ、鬼ババァも汚ッサンも平気でイケる上に動物や人形だって平気でイケちゃう最強性癖。

 

あらゆるエロジャンルに対応してドSでもドMでもどっちでもイケるハイブリッド仕様。

 

TS擬人化萌えキャラ化?必要ないねそのままパックンの性豪っぷり。

 

原作に忠実な這い寄る混沌の絵を見て「腰がセクシーだね…うん、美味そう(ねっとり」と発言する驚異的な感性の持ち主である。

 

その癖見た目だけはふわふわショタ天使である。

 

その事を知らない馬鹿が彼を校舎裏に呼び出して痛い目に合わせようとしたら、ガチ泣きで半裸の状態で逃げ出してきたという事件があった。

 

その後に続いて出てきた斎藤は一言「もうちょっとだったのに…残念」と舌舐めずりをして残念そうにしていたという。

 

この事件から彼に手出しをする人は消滅、当たり前である、何でも性的に食ってしまう存在相手に喧嘩なんて売れる訳がない。

 

当然友達も減ったが、そこは外面だけは天使、直ぐに回復する。

 

手出しさえしなければ、あらゆるジャンルのエロ本やDVDを網羅している、思春期の少年からは神のような存在である。

 

彼の財宝目当てに友人関係を続ける男子が多いのだ。

 

当然女子にも知られているが、顔が良いのはそれだけで印象をプラスにする。

 

斎藤が無闇に女性に手出しをしない対人関係は紳士なのが彼の印象を良くしている。

 

なお同性に対してはボディタッチが多い、友達ならこの位当たり前だよね?と笑顔で触ってくる。

 

実に性質が悪い。

 

なんで女子に手を出さないのかと聞いた友人に、斎藤は笑顔で答えた。

 

「純粋で素朴な子が多いから、手を出しちゃうと勿体無いかなって。綺麗なモノは綺麗なままの方が良いでしょう?性欲なら本とか映像とか想像でいくらでも発散できるし…」

 

流石の変態紳士、思わず感動をする男子も居た。

 

この発言が曲解され、女子に手を出すと斎藤に性的に喰われると男子全体に伝わったらしい。

 

沙織がモテない遠因の1つである。

 

さてそんなある種の無敵災害生物が、顔も肉体もパーフェクトな叢真の友人。

 

被害は無いのかって?

 

直接的な被害はない、だが別の意味での被害は既に出ている。

 

「新作がたくさん手に入ったし、長野くんにも分けてあげないと…♪」

 

通販で届いた書籍やDVDを確認している斎藤、彼の部屋には壁一面に本棚が並び、ギッシリとエロ本やDVDが詰め込まれている。

 

未成年、普通にいけない事なのだが、エロスは誰にも止められないとは彼の座右の銘。

 

用事で学園艦を離れている叢真、彼がその生活上女子と触れ合う機会が多い事は斎藤もよく知っている。

 

きっと発散出来なくて溜まっているだろう、自分が発散させてあげたいけど…今はオカズを提供して喜んでもらおう。

 

そんな事を考えながら叢真用の本を選ぶ斎藤。

 

彼に悪気はない。

 

だが、叢真の性癖を知らないので、自分の性癖でビビっと来る奴…率直に言ってしまえばまたぐらがいきり立つ!!モノを厳選して叢真に渡したのである。

 

今も『大乱交スプラッシュブラザアッー!ズ~朝まで白濁友情ファイト~』とか『ちっぱいパラダイス~ブラが無くても恥ずかしくないもん!~』などを選り分けている。

 

そう、叢真の部屋にあるあのSAN値直撃シリーズは斎藤厳選の提供品なのだ。

 

斎藤に友情の印にと言われて中身が分からない状態で渡され、同性の友人に恵まれなかった叢真は初めて同性の友人から貰った物なので喜んで持ち帰り…家で中身を見て発狂した。

 

SAN値チェックに失敗した模様。\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!

 

あまりの衝撃物に捨てることも考えた叢真だが、折角友人が友情の印としてくれた物である。

 

その辺良い子である叢真は捨てることも出来ず、ベッドの下に封印した。

 

真面目なので一応中身を確認したが、精神的に死にそうになったので途中で断念した模様。

 

ある意味精神的テロであるが、斎藤は好意でやった事である。

 

男はエロで強くなり、エロで仲間になれるが彼の格言である。

 

世界がエロで満たされれば戦争は無くなると本気で考えている、いっそ立派ですらある。

 

「長野くんともっともぉっと仲良くなって、朝までアダルトビデオ鑑賞会とかヤリたいなぁ…えへへ…♪」

 

見た目だけは男の娘でも通るショタ系美少年である、見た目だけなら愛らしい。

 

だがその中身はマーラ様もビックリな性欲魔神である。

 

叢真の無防備化が斎藤達にまで及んだら、大変な事になるだろう。

 

卒業までに恋人が出来なければ、僕たち永遠に友達(意味深)だよね、エンドである、無論バッドエンドだ。

 

頑張れヒロインズ、最強最悪な敵は舌舐めずりして獲物(叢真)を待っているぞ。

 

斎藤の必殺技「飲み込んで僕のガトチュ・エロスタイム」が発動したら叢真は死ぬ。

 

今後の展開に希望を残したい所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、長野くんは戦車道やってるんだよね…戦車物かぁ……うん、興奮してきた」

 

ありのままの戦車で興奮出来る斎藤、無機物でも彼には性的な対象である。

 

ゴ〇ラだって裸足で逃げ出すおっそろしい生物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお今後斎藤の出番はない(無慈悲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰ぇぇぇ!の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰学園艦の山岳地帯エリア。

 

緩やかな山の裾に広がる草原を、叢真が乗るラングが爆走する。

 

「さぁて、どうしたもんかねこれは!」

 

後ろからは飛来する砲弾、正面からの風と横からの爆風で飛びそうになる帽子を押さえながらキューポラから上半身を出して前を見る叢真。

 

「もう一度森に入って逃げますか!?」

 

「逃してくれないだろうな、まほさんはここで勝負を決める気だ!」

 

装填手からの言葉に、それは無理だなと判断する叢真。

 

操縦者の差か、徐々に追い付かれてくるラング。

 

さてどうしたものかと視線を彷徨わせる叢真だが、その時無線が届いた。

 

「………良いな、それは良いぞ、よし前方の岩山を右に迂回しつつ直進だ!」

 

「やってやる、やってやるぞぉぉぉ!」

 

「いい加減元に戻ってよぉ…」

 

まだ壊れてる操縦手に、装填手が諦め半分で呟いた。

 

ラングは前方の草原にポツンとある岩山を反時計回りに迂回する様に直進、まほのティーガーⅠとパンターがその後を追い、ヤークトパンターが岩山を時計回りに回って追撃する。

 

「岩山を抜けたら隊長達と列を合わせて砲撃よ!今度は逆にこっちが履帯を切って…え」

 

岩山の影に踏み込んだ瞬間、その岩山の影にすっぽり収まっていたⅢ号戦車の姿。

 

「撃てぇ!」

 

「ぎゃーーーー!?また履帯がぁぁぁぁ!?」

 

真横からの砲撃が履帯にヒット、また履帯が切れて悲鳴を上げるヤークトパンターの車長。

 

叢真に2回も履帯を切られたあの車長である。

 

「撃てー!」

 

「ひぎゃーーーー!!?反対側までぇぇぇ!?!」

 

更に、後ろから現れた別のⅢ号戦車に、逆の履帯を切られるヤークトパンター。

 

山岳地帯に逃げ込む時に別行動を取った1年生達である。

 

「待ち伏せ攻撃大成功!西住隊長達を追撃するよー!」

 

「了解ー!」

 

「こらーーー!?いっそ撃破していきなさいよーーー!!ちょっと聞いてるのーーー!?生殺しとかそんなやり方誰に教わったのよ先輩許しませんからねーーー!!!」

 

履帯を両側切られて動けなくなったヤークトパンター、固定砲身なので攻撃も出来ない。

 

でも修理出来るので行動不能にはならない。

 

また履帯修理、しかも両側、地獄である。

 

生殺しのまま放置するというエゲツないやり方、黒森峰では教えないやり方だ。

 

叢真の悪い影響である。

 

「先輩ってばあんなに泣き叫んで…可愛い…♪」

 

「ゾクゾクしちゃった…直して追ってきたらまた履帯切ってあげようね♪」

 

「うん、切っちゃお切っちゃお♪」

 

まほ達を追撃しながら危ない事を話し合う1年生、イケナイ扉を開いてしまった模様。

 

だいたい全部叢真が悪い。

 

Ⅲ号戦車を無視してラングを追撃するまほ達。

 

暫く斜面沿いに走ると、ラングの姿が消える。

 

『隊長!ラングの姿が!』

 

「起伏に紛れただけだ、この先は地形の隆起が激しい。履帯跡を追え」

 

まほの指示に、起伏の激しい場所へ入っていくパンターとティーガーⅠ。

 

ラングの履帯跡を追うパンターだったが。

 

「なによこれ!?履帯跡だらけじゃない!」

 

隆起地帯は履帯の跡だらけ。

 

これではどれがラングの履帯跡なのか分からない。

 

「なんでこんなに履帯跡が…前の試合の時の?でもそれにしては新しい…あ!あの別働隊のⅢ号戦車か!?」

 

履帯跡が大量にある理由を思いつくパンター車長。

 

その時だった。

 

「きゃぁ!?」

 

突然の真横からの衝撃、車体が大きく揺れて白旗が上がり、行動不能になる。

 

「真横にラング!?カモフラージュする時間なんて無かった筈なのになんで!?」

 

そこに居たのは、枝を貼り付けたラングの姿。

 

隆起した地面と斜面の影に隠れる形で、潜んでいた。

 

「大成功だ、準備良くやったぞ!」

 

『『ありがとうございまーす!』』

 

枝を振り払いながらその場を脱出するラング、パンターが邪魔でまほは撃てない。

 

「事前に指示していたのか…?いや、そんな素振りはなかった…まさか、さっきの1年生達が…?」

 

隆起地帯に履帯跡を残したり、枝で組んだカモフラージュを用意したり。

 

叢真が事前に用意したにしては仕事が雑だと感じるまほ、そうなると立案実行したのは1年生達の独断となる。

 

そう、途中で森に消えていったⅢ号戦車の1年生達が、自分達で考えて自分達で実行した作戦。

 

森の中で枝を集め、先回りしてこの辺りの地形を見て、隠れるのに良い場所を探し、メモし、下準備をして叢真に誘導して貰ったのだ。

 

後は待ち伏せして後ろから自分達で追い立てながら、先行して隠れた叢真に攻撃して貰うという作戦。

 

ヤークトパンターが隠れている方に来てしまったので咄嗟に履帯を攻撃したが、本当はやり過ごして後ろから追う予定だったのだ。

 

この辺りはまだ甘いが、よく考えられている。

 

「1年生がまさか……いや、1年生だからか。3年生やレギュラーなら考えつかなかっただろうな…」

 

まだ黒森峰の教えに染まりきっておらず、柔軟性を持っている1年生だからこそ叢真のやり方を学習し、自分達で考えて実行出来た。

 

その事を嬉しく思って頬を緩めるまほだが、気合を入れ直して逃げるラングを追撃する。

 

「この先は逃げ場はないぞ叢真…」

 

「うっわヤバい、これは逃げられん」

 

まほの呟きと同時に、叢真が珍しく焦りを口にする。

 

ラングが逃げ込んだ先は、横は山の斜面、正面は崖、そして森の手前に池。

 

地図には池なんて書いてない。

 

「この前の雨で水が溜まったみたいで…あそこ地形が低いんで水がすぐ貯まるんです」

 

「早く言って欲しかったなその情報…」

 

装填手の言葉に、アチャーと額を押さえる叢真。

 

ここで発動、叢真のイレギュラーに弱い。

 

「追い詰めたぞ叢真…」

 

「参ったねこれは…」

 

袋小路の入り口部分はまほのティーガーⅠが陣取る。

 

斜面を登る、側面を狙われて終わり、池を渡る、速度が落ちて撃たれる。

 

逃げ場はない、迎え撃つしか無い。

 

「うーん、パンターにするべきだったかなこれは…」

 

「散々ラングの事好き勝手しておいて捨てないで下さい!責任取って下さいよね!」

 

叢真の軽口に頬を膨らませて怒る装填手ちゃん可愛い。

 

旋回してティーガーⅠの方を向くラング、固定砲塔なので行進間射撃は出来ない。

 

かと言って正面からの撃ち合いは分が悪い。

 

「やっと二人っきりになれたな…もう逃さんぞ」

 

「わぁお、情熱的…これは受けて立つしかないな」

 

まほの言葉に覚悟を決める叢真。

 

「さぁ正念場だ!覚悟を決めろォォッ!!」

 

「「ヤーーハーーー!!」」

 

「や、やーはー…うぅ…」

 

叢真の叫びに気合の叫びを上げる操縦手と砲手、同調圧力で声を出すけど恥ずかしい装填手。

 

砲撃して突撃するラング、砲弾はティーガーⅠの手前の地面に着弾して土砂を巻き上げる。

 

「捻じ伏せろ!」

 

舞い上がる土砂を気にせずに命令するまほ、ティーガーⅠの砲撃がラングの車体を掠める。

 

正面からの撃ち合い、こうなると車両の選手達の腕の差が明確になる。

 

「頑張れ頑張れ出来る出来るやれるって諦めるな頑張って回り込め!」

 

「気合だー―――――!!」

 

「至近距離で撃ちたいぃぃ!」

 

「頑張って当てて!頑張って装填するから!」

 

大騒ぎでうるさいが、ティーガーⅠの砲撃を避けたり装甲で受け流してなんとかジグザグに進むラング。

 

だがまほのティーガーⅠは流石の練度、ラングに対して常に昼飯の角度を維持しつつ砲撃を当ててくる。

 

Ⅲ号戦車ならやられていただろう、ラングで良かったと内心思う叢真。

 

「隊長ーーー!」

 

「今助けます!」

 

そこへ1年生達のⅢ号戦車が突撃してくる。

 

果敢に砲撃しながらティーガーⅠの後部を狙うが、まほは冷静に命令。

 

砲塔の旋回と超信地旋回で回転し、砲塔をⅢ号戦車へ向ける。

 

「ぷぎゃっ!?」

 

正面から撃たれて撃破されるⅢ号戦車、残ったⅢ号戦車がまほのティーガーⅠの右側に回り込んで接射しようとするが、近づいた瞬間砲塔が向けられて撃たれる。

 

「装填早すぎぃぃっ!?みぎゃーーー!!」

 

「これで残りはラングだけだ」

 

ティーガーⅠの側まで近づけたが撃破される1年生の叫び。

 

流石黒森峰の最精鋭、恐ろしい練度と速度だ。

 

このティーガーⅠ相手に勝ったのだからあんこうチームの技量の高さが分かる。

 

特に高速ドリフトする中超速度で装填した優花里とか。

 

「だから正面からはやり合いたくなかったんだ…!」

 

「回り込ませるな、履帯を狙え」

 

斜面に沿う様に回り込んでくるラングに、砲塔と車体を向けるティーガーⅠ。

 

これはダメか…何か手は…高速で思考しながら周囲を見渡す叢真。

 

だがラングが回り込むより先に砲塔がラングを捉える。

 

撃たれる、そう思った瞬間だった。

 

「Los!!Los!!Los!!(///」

 

真っ赤になって叫びながら、崖の斜面を赤星のパンターが落ちるように下ってきた。

 

斜面の木々や岩を薙ぎ倒しながら現れたパンターに、一瞬思考が止まるまほ。

 

だが直ぐに撃てと命令するが、砲弾はラングの前に飛び出したパンターに弾かれる。

 

「攻撃出来なくても、盾になる事は出来ます!」

 

「赤星か!くっ!」

 

落ちるように下ってきた勢いのまま、まほのティーガーⅠに突撃してくるパンター。

 

ティーガーⅠの側面に側面を衝突させるように体当たりし、ティーガーⅠの砲塔を無理矢理パンターの砲塔部分で押してラングを狙わせないようにする。

 

「全速後退!」

 

「Ⅲ号が邪魔で出来ません!」

 

咄嗟に下がろうとするまほだが、その先には先程撃破したⅢ号戦車が。

 

砲塔を向けようにもパンターが邪魔、超信地旋回も側面に張り付いているパンターが邪魔。

 

ならば前進を、そう思った瞬間再びの衝撃。

 

「超近距離…とったぞ!!西住まほッ!!」

 

「くっ…叢真…!」

 

ラングが、前進しようとするティーガーⅠに砲塔を突き刺す様にそこに居た。

 

「外しようがないね!」

 

「いいからちゃんと狙って!」

 

「撃て…!」

 

喜びの接射にはしゃぐ砲手と冷静にツッコむ装填手、叢真の言葉と同時に砲弾が放たれ、爆発。

 

接射だった為にラングの砲身先が吹っ飛ぶが、まほのティーガーⅠからは白旗が。

 

『ティーガーⅠ行動不能、フラッグ車撃破の為、紅組の勝利!』

 

全車両とモニターが置かれた観戦場所に、生徒審判団からの通達が走る。

 

「「「「「や…やったぁぁぁ勝ったぁぁぁ!!」」」」」

 

撃破されたⅢ号戦車から出てきた1年生達が、抱き合いながら叫ぶ。

 

山道でエリカ達と待つ1年生達も抱き合って喜び、足止めの為に採掘場で奮戦した準レギュラーと1年生達が抱き合ったり固い握手をしたり。

 

途中で脱落したパンターの上では車長が胴上げされ、落ちそうになったり。

 

紅組の全員が喜んでいた。

 

「ふぅ……危なかったなぁ…」

 

これだからまほさんもみほちゃんも怖いんだよなぁと思いながら、キューポラに背中を預けて天を見上げる叢真。

 

帽子のツバを右手で押さえると、陽の光を遮る人影。

 

「お疲れ様です、長野隊長」

 

「…お疲れ様、赤星さん。助かったよ、君が来てくれて」

 

「はい、自分で考えて自分で行動しました。長野隊長の教えの通りに」

 

そう言って笑って手を差し出す赤星に、叢真は笑って手を握る。

 

そのままキューポラから出て、ラングの上で周りを見渡す。

 

1年生達が抱き合ったり走り回ったりして喜び、赤星のパンターの乗員達が微笑ましそうに眺めている。

 

赤星とその乗車であるパンターの乗員は全員レギュラー、黒森峰の教えと考えに染まっている生徒なのに、自分達に何が出来るか考え、無茶苦茶な方法で駆け付けてくれた。

 

その行動に、叢真もまほも、黒森峰の未来を見た。

 

「これで満足ですか、まほさん」

 

「……あぁ、ありがとう叢真。私の意図を汲んでくれて感謝する」

 

ティーガーⅠの上で選手達の姿を静かに眺めていたまほに、ラングから移動してきた叢真と赤星が近づく。

 

叢真の言葉に、静かに微笑むと手を差し出すまほ。

 

その手を見て、叢真も微笑んで手を握る。

 

その様子を、赤星は目を細めて見つめていた。

 

「完全に手の平の上で遊ばれたわ…やっぱり私は………。……うるさいわね!いい加減泣くか走るかどっちかにしなさいよ!?」

 

撃破されたティーガーⅡの前で落ち込んでいたエリカだが、側で自分達を撃破した1年生が泣きながら走り回っている。

 

「うえぇぇぇぇ、だってだって、逸見副隊長に勝てるなんて思わなくでぇぇぇぇ!」

 

「あぁもう、勝った方がそんな姿見せるんじゃないわよ!黒森峰の生徒なら最後までビシっとしなさい!」

 

Ⅲ号戦車でティーガーⅡ撃破、間違いなく大金星である。

 

赤星のサポートがあったとはいえ、間違いなく1年生達の努力の結果だ。

 

「まったくもう…まぁ自信もなくオドオドしてる姿よりはマシね」

 

「逸見せんぱぁぁぁいぃぃぃぃ!」

 

「ちょ、なに抱きついて…やめて鼻水がつくでしょ!?こら群がるんじゃないわよ!?なんなのよアンタ達っ、私の事怖がってたんじゃないの!?」

 

「ぜんばぁぁぁいぃぃぃぃ!」

 

「だから鼻水が…!?た、助けて下さい隊長ーーー!!」

 

嘆息して頭を撫でたら抱き着かれ、そこに他の1年生が群がってきて抱き着かれるエリカ。

 

思わずまほに助けを求めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達、履帯修理しかしてないぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「車長、そっち持って下さいよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員整列!!」

 

エリカの号令で戦車倉庫前に整列する白組紅組の選手達。

 

遠くでは機甲科の整備班が車両を回収し、移動させている光景が広がっている。

 

全員ビシッと整列して立つのだが、先頭に立っている生徒は笑いを堪えるのに必死である。

 

「笑うんじゃないわよ!?」

 

叫ぶエリカ、そのジャケットはヨレヨレで涙と鼻水でグショグショである。

 

横に立つまほもちょっと笑いを堪えているという珍しい姿が見られた。

 

「まったく…隊長の総評である、心して聞くように!」

 

「全員楽にしろ。紅白戦ご苦労だった、特に勝利した紅組、見事だったぞ」

 

まほの言葉に笑顔を浮かべる紅組の1年生達。

 

だが準レギュラーは浮かない顔だ。

 

勝利出来たのは指揮をした叢真の力、自分達は命令に従っただけ…そんな思いを抱いているのだろう。

 

「今回の試合、ヘリを飛ばして全校放送を行っている、中等部も含めてな。今の言葉も放送で流れている。これから言う事は、今後の黒森峰戦車道の方針を決める大事な事だ」

 

「………え」

 

まほの言葉で、思わず隣のまほを見る叢真。

 

叢真は思った、全校放送?何それ聞いてないんだけど。

 

え、俺のあのハイテンション指揮全部流れてたの?

 

そんな事を考えている叢真を他所に、言葉を続けるまほ。

 

「黒森峰の、ひいては西住流の教え、これは黒森峰の戦車道の根本であり大切な物だ。だがその教えだけを実践し、ただ行うだけではいけない時代に我々は立ち会っている。先人達が築き、積み上げてきたやり方、それが崩れ始めている」

 

まほの言葉に動揺する選手達。

 

絶対の教えであり、何より西住流の後継者であるまほが、西住流を否定するような事を言っているのだから。

 

「私は西住流であり、今後もそれは変わらない。だが、黒森峰全体がそうある必要はない…黒森峰は王者だ。これからも王者であり続ける必要がある。その為にも…我々は変化を受け入れなければならない」

 

西住流としての黒森峰ではなく、黒森峰としての王者の形。

 

それが重要だと説くまほ。

 

では変化とは何か。

 

それを説明する為に、まほは隣に顔を向けた。

 

「これは、私よりも部外者であり、今の黒森峰を2度も破った長野叢真殿の言葉の方が良いだろう。全国大会での大洗学園との戦い、そして今回の紅白戦、どちらも彼は関わっている」

 

まほの言葉に、えぇ…ここでパスしてくるの…と内心泣きそうな叢真。

 

選手全員が、いや、放送を聞いている生徒全員が叢真の言葉を待っている。

 

内心の泣きそうな気持ちを押さえて、前を見る叢真。

 

戦車を降りると途端にヘタレである、戦車を降りるとドジになるみほと似ている。

 

「えー、今回の紅白戦、そして大洗学園との試合で、黒森峰が負けた理由、先ずこれを理解して貰うのが大切だろう。戦車の性能、選手の練度、どちらも勝っていた筈の黒森峰が負けた大洗との戦い、そして今回の紅白戦も戦車の性能差があり、選手の練度も大きく違った」

 

大洗は寄せ集めの戦車、しかもたった8両。

 

戦車道を復活させたばかりで経験者は1人だけ、選手の殆どが初心者。

 

にも関わらず、黒森峰は負けた。

 

油断した?そんな事はない、マウスまで投入しての本気の布陣だった。

 

今回の紅白戦も、戦車の数こそ同じだが、戦車の性能は白組が上、そして操縦する選手もレギュラーと3年生なのに対して殆どが準レギュラーと1年生だけ。

 

条件は非常に似ている。

 

そしてどちらも黒森峰は敗北した。

 

「何故負けたか?理由は簡単だ。黒森峰の戦法は保有する強力な戦車による隊列を組んでの電撃戦が主体、西住流の教えを体現する真正面からの迎撃と、火力による制圧で相手をねじ伏せる…正に王者だ。だが…その王者故の弱点がある。全国大会でも、そして今回でもそれが大きな敗因となった」

 

叢真の言葉に動揺する選手達。

 

自分達の戦い方が、西住流の体現が、王者の戦法が。

 

王者であるが故に、弱点であると明言された。

 

「酷いことを言うが、純然たる事実だ。黒森峰は…搦手に弱く、想定外の事態や突発的なアクシデントで慌て、混乱する隊員が多い…いや、殆どの選手がその傾向にあると断言しよう。その上、トップダウンの面が強いから多くの選手、車長すら指示待ち人間…人形化している。自分で考えて行動できないから分断されると動けなくなり、撃破される」

 

叢真の率直な言葉に、ムッとする選手達、だが中には思い当たるのか表情を暗くさせる選手も多い。

 

「これまでは戦車の性能と隊長の的確な指示と作戦で勝利してきた…だが、今回の全国大会決勝で先の弱点が露呈した。君達の弱点は、既に多くの学校に知られ、対策を構築されている。聖グロリアーナ、サンダース、アンツィオ、プラウダ、継続…この5校は既に作戦を考え、練習に入っている…対黒森峰作戦としてな。ここを訪れるまでに巡ってきたからな、他校の情報を流す様で彼女達には悪いが、純然たる事実だ。他の学校も対策を考えているだろう」

 

叢真の言葉にざわめきが大きくなる。

 

他校の弱点を調べて対策を練る事は当たり前の事だ、だが自分達が自覚していない弱点を突かれたら、どうしようもない。

 

「今回の紅白戦、俺のとった指揮はほぼ奇策だ。搦め手だらけで卑怯だと感じた生徒も多いだろう…当たり前だ、そう思わせる為にやったんだからな。だが卑怯と思っても批難は出来ない、何故ならどんな犠牲を出しても勝利するのが西住流だ、そうだろう?」

 

言葉を聞いた多くの生徒が、確かにそうだ…と納得する。

 

「西住流を批難する気持ちはない、何故なら俺自身が、勝利のためならどんな事でもやる人間だからだ。知っている生徒も居るだろう、マジノ女学院の悲劇、聖グロリアーナの悪夢、サンダースの失墜…詳しくは語らないが、それらの試合で俺は勝つために作戦を考え、実行した。おかげで戦車道連盟からはこっ酷く叱られ、大会規定に禁止事項を追加させてしまった」

 

肩を竦める叢真、知っている生徒が「崖崩し…」「ビル崩しの事だ…」「至近弾嬲りの事かな…」とボソボソと口にする。

 

意外と知っている生徒が多い事に、内心冷や汗を流す叢真。

 

黒歴史の目撃者が多い事を喜べる訳がないので。

 

「そんな訳で、俺は搦め手や奇策なら自信がある。その為に今回の紅白戦の指揮官に選ばれた。君達に…自分達の弱点と、そして今後の課題を教える為に。実を言うとな、もっとエグい方法やもっと外道な作戦もあったんだが、やるとトラウマになりそうだったので止めておいた。今回はあくまで教育だからな」

 

そう言って笑う…いや、嗤う叢真に、ゾッとする選手達。

 

あれだけの奇策を使いながら、まだ他にもあったと言うのだから。

 

しかもトラウマになると言われる方法。

 

叢真の戦歴を知る生徒は、その結果対戦相手がどうなったかも知っている。

 

自分達が同じ目に遭わされる可能性があった事に、震える白組の選手達。

 

他人事な紅組だが、実はやる方がトラウマになる方法もあるので、彼女達も助かっていたりする。

 

余談だが、やらなかった本当の理由は叢真がやりたくないからだ。

 

思いつくからと言ってやりたい事ではないのだ、別に怒っている訳でもないし。

 

黒歴史での魔王状態だって相手にガチギレしていたからやっただけで、本来叢真はフェアプレーが好きな人間である。

 

だからケイのフェアプレー精神が好きだし、みほの仲間が1番という考えも大好きである。

 

「大洗との試合、そして今回の紅白戦、そのどちらの作戦も先に挙げた弱点を狙った物だ。その効果は身を以て体験してもらった通りだ。しかも念入りに対策をして行った訳じゃない、今日急に指揮される事になった準レギュラーと1年生にやられた訳だ」

 

そう、大洗は兎も角、今回の相手は準レギュラーと1年生、しかもろくな作戦会議も出来ない状態で、初見である指揮官に指揮された練度に劣る相手。

 

なのに負けた、しかもヤークトティーガーは崖から落っことされ、数両は1年生の滅茶苦茶な攻撃で、ティーガーⅡに至ってはⅢ号戦車に負けたのである。

 

これが練度が同じだったり戦車の性能が同じ、もしくは上なら…そこまで考えられる生徒は顔色を青くしている。

 

「本人が知らない弱点が、どれだけ大きいか分かって貰えたと思う。その弱点が、多くの学校、ライバルである強豪校に広まった訳だ……さぁどうする?どうなる?どうなって行く?」

 

叢真が両手を開きながら問い掛ける、ちょっと調子に乗って魔王モードが顔を出している模様。

 

テンションが上がったり調子に乗ると直ぐ魔王(愉悦)モードになるのだから困り物だ。

 

まぁガチギレしないとならない魔王(外道)モードよりはマシだが。

 

「想像しろ、強豪校達の攻撃を。奇策で分断され、各個撃破される自分を。隊長の指示も届かない状態で囲まれた状況を。罠に嵌められて作戦が崩壊した時を。黒森峰が―――王者が朽ちる様を」

 

叢真に言われて想像する、プラウダ、サンダース、聖グロリアーナ、継続…その他の強豪校に蹂躙される自分達を。

 

そして最大のライバルである大洗に、また負ける様を。

 

アンツィオだけは誰も頭に思い浮かべなかったが、置いておく。

 

王者から転落する黒森峰の姿を想像して、恐怖を覚える選手達。

 

中には隊長が居れば負けない!そう考える選手も多い。

 

だが、その隊長は…まほはもう3年生。

 

来年には、居ないのである。

 

その事実に辿り着いた選手は、肩を落とす。

 

王者である黒森峰が、常勝軍団である自分達が……狩る側が、狩られる側になる。

 

黒森峰を愛し、黒森峰を信じる生徒達の中には、突きつけられた事実と現実に、崩れ落ちる者まで出てくる。

 

「だが!!」

 

叢真の大声に、ビクリとする選手達。

 

そして伏せていた視線を、足元を見つめていた視線を叢真に戻す。

 

そこに居たのは、獰猛な笑みを浮かべた美丈夫。

 

笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である。

 

こんな名言がある、知らない人が殆どだが、本能的にそれを理解する選手達。

 

「だが君達は見て、戦って、そして知っただろう?今回の勝者は誰だ?黒森峰の、次世代の選手達だろう?次の世代を担う者達が、今の黒森峰に勝ったんだぞ?この意味が…分かるか?」

 

囁くような問い掛け、準レギュラーと1年生、つまり今の3年生やレギュラーが去ればその座に入る者達。

 

その選手達が、奇策を使って戦い、勝った。

 

「最初の方や全体の作戦は俺が考えて教えた。だが、細かい事は指示していない、自分達で考え、自分達でやれと命じた。自分の考えで、自分の知識と経験で、自分自身の行動として、最善を尽くせと命じた。その結果どうだ?多くの選手が奮闘し、中には仲間の為に自ら捨て石になる者や、敵わないと分かっていても挑む者も居た。愚かだと断じる者も居るだろう、無駄な事だと他人事で言う者も居るだろう、だが!その有り様は、その姿は、自分の戦車道を貫こうとするその意思は!何よりも美しく素晴らしい!」

 

断言する叢真に、目を見開く選手達。

 

特に、採石場で残って叢真達本隊の脱出を手助けした選手達は、自分達の奮闘を最大限に評価してくれる叢真に湧き上がる感情が抑えられなかった。

 

「戦車道は戦争ではない、無駄死にはない。倒されても後の者に情報と思いを託せる。そして託された者は負けられない理由を背負う。それが士気を高め、決意を固める。見ただろう?準レギュラーが、1年生が、未熟な筈の選手が相手を倒していく姿を。特にティーガーⅡを倒した選手達と、自分達で作戦を考えて実行した1年生達を」

 

ヘリの映像でも確り捉えていた、囮に出たⅢ号戦車が、動けなくなっても無理矢理動いてティーガーⅡを撃破した姿や、自分達で考えた作戦を実行する為に別行動を取り、場所を探し、下準備をして、備えた姿を。

 

さらには、紅組唯一のレギュラーだが、大人しくていつも温和な赤星のパンターによる崖下りと特攻。

 

黒森峰の生徒とは思えない大胆かつ壮絶な戦い方だった。

 

「たった数時間で、未熟な準レギュラーと経験が浅い1年生がここまで行けた。黒森峰の選手であっても、奇策や個人の作戦で戦えると証明した。これこそが俺が…西住まほ隊長が伝えたかった事だ!」

 

そう言い切る叢真に、視線は黙って目を閉じているまほに向かう。

 

否定をしない、つまり叢真が言う事は隊長が言いたい事だという証明。

 

「王者である黒森峰が奇策や個人の判断で動く事を情けないと、そう思う者も居るだろう…だがな!」

 

再びの叢真の大声に、まほに視線を向けていた選手は再び彼を見る。

 

「清濁併せ呑めずして何が王者か!常勝軍団を名乗るなら、王者として君臨したいのなら!奇策も邪道も呑み込んで正道にしてしまえ!それが出来る者が王者だ、絶対者だ!!それが出来ない程黒森峰は弱いのか?違うだろう!変化を恐れるな、変わらぬ者は退化するだけだ、進み変化すると書いて進化だ、停滞した王者に未来はない、変わり続け、進化し続ける者が王者で居られる」

 

停滞して朽ちるのを待つ王者か、清濁併せて進む進化する王者か。

 

「君達は、どちらだ?」

 

叢真の言葉に、自然と胸の前に手を持ってく選手達。

 

「王者です…私達は王者です!進化する王者でありたいです!」

 

「常勝軍団黒森峰は、負けません!奇策や罠になんて負けません!」

 

「勝ってみせます!どんな相手にも、勝ってみせます!」

 

叫ぶ選手達。

 

特に、準レギュラーや1年生が叫んでいる。

 

それに対して笑みを見せる叢真、そしてまほ。

 

「ならば変化を恐れるな!手段を恐れるな!大事なのは己の中にある戦車道の心、それだけは抱えて進化しろ!戦車道への思いさえあれば、外道に堕ちる事はない、強者として、王者として胸を張れるぞ!」

 

叢真の言葉に、腕を振り上げて叫ぶ選手達。

 

「……まぁ、一度外道に堕ちた俺が言う事でもないが…」

 

「いや、お前の言葉だからこそ、胸に響いたよ…」

 

苦笑して呟く叢真に、まほはそっと手を握って囁いた。

 

そして選手達の方を見ると、まほは息を吸って口を開く。

 

「変わる事は困難を極めるだろう、だが!我が黒森峰は、代々受け継がれた精神と思いと共に、変わらねばならない!私に残された時間は短い…後のことはこれからの黒森峰を担う者に任せる事になる…だが、私は変われると信じている。お前達ならば、黒森峰を変え、再び王者黒森峰の姿を全国に知らしめる事が出来ると!皆…私に力を貸してくれ」

 

まほの言葉、願いにも似たそれに、選手達は大きな声と拍手で応えた。

 

その姿を見ながら、叢真は内心冷や汗を流していた。

 

 

 

 

――――どうしよう、黒森峰が更に強くなっちゃいそう…ごめんよみほちゃん…――――

 

 

 

 

見上げた空に、ハイライトが消えたみほの顔が浮かんだ。

 

怖かった。

 

他にも笑顔に青筋を浮かべるケイや、涙目のアンチョビ、ぷんすか怒るカチューシャと笑顔だけど青筋が浮かぶノンナ、荒縄と首輪を持つミカなどが浮かんでは消えていく。

 

自分達の所は来てくれただけなのに、黒森峰は意識改革に手を出すなんて…と怒っている模様。

 

紅茶を持ったダージリンが浮かんできた所で視線を戻す叢真。

 

決意を固めている様子の、拍手を続ける選手達。

 

そして放送を聞いていた生徒達。

 

中等部にも放送してると言っていたのも思い出す。

 

 

 

 

――――あ、俺、明日思い出して恥ずか死するな――――

 

 

 

 

確信した。

 

魔王テンションで偉そうな演説ぶっぱしていた自分を、冷静になってから思い出す。

 

死ねますね、間違いない。

 

「叢真?どうした…?叢真?」

 

まほが肩を揺らすが、叢真は答えずに硬直している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死んでる…?」

 

「いえ、気絶してるだけです隊長…って何で突然気絶!?」

 

「叢真!?叢真ーー!?」

 

 




酔った勢いで無差別性欲生物を生み出した上に、主人公に偉そうな事を延々言わせるプレイをやらせて悦に浸る作者が居るらしいわ、らんらん怖い(´・ω・`)



これでも三回書き直したの、ゆるして?(´・ω・`)







次回は小梅ちゃんが本気を出します(´・ω・`)



主人公が遂に……みなさんティッシュを用意してお待ち下さい(´・ω・`)


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くろもりみねfünf

遂に伝説のあのキャラが登場します(´・ω・`)

OPでも存在感を出していたあのキャラです(´・ω・`)









今回はらんらんの趣味が丸出しです、ご注意くださいらんらん♪(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗学園戦車倉庫、戦車道の授業のために使われる専用の倉庫で、一応それなりの広さがある。

 

昔は一応戦車道が盛んだった頃の名残であり、レンガ造りの確りとした倉庫だ。

 

実は2階建てであり、倉庫内の2階部分は現在作戦立案、休憩、軽食の調理などに使われている。

 

その部屋の中で、のそりと起き上がる影が1つ。

 

「――――っ!」

 

ぐいーーーっと伸びをして、それから大きな欠伸を1つ。

 

くしくしと顔を前足で撫でてから、眠っていた場所から降りる。

 

「ぶにゃー」

 

ちょっと野太い鳴き声を鳴らし、部屋の扉へ。

 

ドアの下に設けられた専用の扉を頭で押して開けて、部屋の外へ。

 

階段をのそのそと降りて、倉庫内をぽてぽてと歩いていく。

 

朝のひんやりとした倉庫内の空気を感じながら、尻尾をふりふり。

 

倉庫の扉の前に来ると、丁度ガコンと音がして扉が開いていく。

 

「おや、おはよう~お猫先輩」

 

「んなー」

 

扉を開けたのはツナギを着たナカジマ、朝練代わりの戦車の整備に来た様子。

 

毎朝、学校がある日は大抵自動車部が戦車倉庫の扉を開けている。

 

時々倉庫前で朝練をするバレー部が開ける事もある。

 

扉を開けているナカジマの隣をすり抜けてぽてぽてと外へ出る。

 

彼は猫である、名前はお猫先輩。

 

何処から来たのか、誰が飼っていたのか不明なちょっとぽっちゃりとした猫である。

 

ナカジマ達の話では、彼女達が入学した時には既に戦車倉庫の辺りを縄張りにしていたとの事。

 

見た目通りの肝の据わった猫で、戦車が動いてようが砲弾をぶっ放してようが逃げる素振りが無い。

 

見知らぬ生徒が来ても逃げない、触ってきても逃げない。

 

でも怒ると猫パンチしてくる、気安くはない様子。

 

戦車道の授業が始まるまでは、誰が世話していたのか不明だが、野生で生きていたにしてはちょっと…太い。

 

ナカジマ達もよく見かけていたが、特に世話していた訳でもないと言う。

 

そもそも本来ナカジマ達は自動車部、部室も別の場所である。

 

つい最近まで名前もなかった謎の猫。

 

学園の風紀に関わるからとそど子が校舎の外に連れ出したが、そど子が戻ってきたら既に倉庫前で丸くなっていた。

 

何度か同じことを繰り返し、遂にはそど子が折れた。

 

それ以来、お猫先輩は戦車道のペット兼マスコット兼最終兵器として君臨している。

 

最初は色々な名前が提案されたが、どれもお猫先輩は無反応。

 

沙織と呼ばれた時は少し反応したが、沙織本人から却下された。

 

この時、叢真が「ナカジマさん達より前から居たんだから、お猫先輩で」と冗談で口にしたら、お猫先輩が反応。

 

満場一致でお猫先輩と呼ばれるようになった。

 

それまで何処で寝ていて何処で餌を手に入れていたのか不明なお猫先輩だが、現在は戦車倉庫2階の部屋を根城にしている。

 

叢真が作った寝床で寝て、自動車部が作ってくれたお猫先輩専用出入り口で出入りする。

 

学園でペットを飼うのはどうなのかとそど子が会長に聞いたが、会長は「ネズミとか取ってくれるかもしれないし良いんじゃない」と呑気に笑っていた。

 

後日、巨大なネズミの死体を叢真に献上するお猫先輩、褒めれとドヤ顔だった。

 

当然履修生達は悲鳴を上げた。

 

ぽっちゃりぶにぶにスタイルなのによく狩れたものである。

 

さて、そんなペット兼マスコット兼最終兵器なお猫先輩。

 

毎日の日課がある。

 

朝起きたら戦車倉庫から出て、倉庫から程近い水道へ。

 

「あ、お猫先輩おはようございます!」

 

「「「おはようございます!」」」

 

そこに丁度、朝練中のバレー部が水を水筒に入れて粉を混ぜていた、熱中症対策だろう。

 

「んなー」

 

「あ、はい、お水ですね」

 

近藤の足元でひと鳴き、お猫先輩が何を求めているか何となく理解した近藤が水道の蛇口をひねると、ぽよんと跳ねる様にお猫先輩が飛び上がり、水道の前に着地。

 

流れる冷たい水に顔ごと近づいてピチャピチャと水を飲む。

 

「ぶなー」

 

「もう良いですか?」

 

ご馳走様と言いたげに鳴いて、水道から降りるお猫先輩。

 

近藤はそれを見て水道を止める。

 

誰も居ない時は戦車倉庫横に置いてあるバケツから水を飲むが、こうしてバレー部が居る時は水を飲ませてもらうお猫先輩。

 

練習を再開するバレー部に見送られ、校舎の方へ。

 

まだ朝早いので生徒の姿は疎ら、朝練の生徒や交代明けの船舶科の生徒などが居る程度だ。

 

ぽてぽてと優雅に通学路を歩くお猫先輩、すれ違う生徒が猫ちゃんおはようとかぶーちゃんやっほーとか声を掛けると、尻尾を振って答える、地味に対応が大人だ。

 

お猫先輩という名前は戦車道履修者しか知らないので、他の生徒からは猫ちゃんとかぶーちゃんとか呼ばれている。

 

登校する生徒達の流れを逆走し、校門に辿り着くお猫先輩。

 

ぽよぽよした体型の癖に、やはり猫は猫なのかぴょんぴょんと校門に飛び乗ってしまう。

 

「あら、お猫先輩おはよう」

 

「んなー」

 

校門前で登校チェックをしていたそど子がお猫先輩に気付いて挨拶すると、お猫先輩も鳴いて返す。

 

そして校門の上で丸まって登校してくる生徒を眺める。

 

お猫先輩と呼ばれる様になってから日課としている行動だ。

 

「おはようお猫先輩殿」

 

「チーカマ食べるぜよ?」

 

家が一緒なので揃って登校してくるカバさんチーム、おりょうがオヤツとして持ってきたチーカマを貰ってご機嫌なお猫先輩。

 

「おはようございます!お猫せんぱい!」

 

今日も元気だ桂利奈ちゃん、彼女は校門上のお猫先輩に手を上げて元気に挨拶。

 

「んなー」

 

お猫先輩も鳴いて挨拶、実は桂利奈ちゃん、普通の猫だと逃げられるので逃げないお猫先輩が大好きである。

 

その後も戦車道履修生がそど子とお猫先輩に挨拶して校門を通っていく。

 

「おはようございます園さん、お猫先輩もおはよう」

 

「ぶなー」

 

みほちゃん登校、背伸びして校門の上のお猫先輩の頭を撫でると目を細めて撫でられるお猫先輩。

 

「相変わらず西住隊長と長野さんにだけは甘えるのよね、お猫先輩…」

 

「あはは、何ででしょうね…」

 

そど子の呆れの混ざった言葉に、苦笑しながら喉をこちょこちょするみほ。

 

お猫先輩渾身のゴロゴロを披露。

 

みほが立ち去ると、またふてぶてしい態度に戻って登校してくる生徒を眺める。

 

そして校門が閉まる時間が近づくと、ここ最近見る2人組がやってくる。

 

「も~!自分で歩きなさいよ麻子ぉ~!」

 

「……んぐぅ…」

 

沙織と麻子である。

 

現在、麻子を普段連れてきている叢真が不在なので、沙織が代わりに彼女を起こして連れてきている。

 

「冷泉さん、長野くんが居ないからってだらけ過ぎよ…ちょ、抱き着かないでよ!?」

 

「んお~…そど子ぉ~…」

 

「まったくもう、麻子ってば…あ、おはようお猫先輩」

 

「ぶなー」

 

そど子に襲いかかる麻子を呆れ半分で見ていた沙織の言葉に、大変そうだねと言わんばかりに鳴くお猫先輩。

 

猫にすら同情されている。

 

その後、麻子と沙織が校門をくぐったのを確認すると、校門から降りて校舎の方へ歩き出すお猫先輩。

 

「長野くんが居ないと、さっさと行っちゃうのよね…」

 

校門を閉めながら、お猫先輩を見送るそど子。

 

叢真が居る時は、叢真の足にまとわりつきながら校舎の方に付いていき、朝ごはんを貰うのだ。

 

だが現在叢真は不在。

 

では誰がお猫先輩のご飯を用意するのか?

 

「んなー」

 

「あ、用意してありますよお猫先輩」

 

鳴きながらやってきたのは戦車倉庫横の日陰。

 

そこに、猫用餌をお猫先輩と書かれた皿に入れている梓の姿。

 

真面目な梓が、叢真の代わりに餌を出していたりする。

 

なお餌代は戦車道の経費から出ている、そこそこ良い餌を貰っていたりするお猫先輩。

 

「ふふ、今日はブラッシングしてあげますからねー」

 

ガツガツと餌を食べるお猫先輩の背中を撫でながら、楽しそうな梓。

 

戦車道の授業の時に、お猫先輩の蚤取りとブラッシングをする予定なのだろう。

 

予鈴が鳴ったので教室に戻る梓を見送り、戦車倉庫の前に移動するお猫先輩。

 

朝出た時と違い、扉が全部開かれ、戦車が外に出されている。

 

自動車部がやったのだろう、本日の授業で使うので用意しておくのだ。

 

その中の1両に飛び乗り、日当たりの良い場所で丸くなるお猫先輩。

 

戦車道の授業が始まるまで、こうして昼寝しながら戦車の警備をするのがお猫先輩の仕事である。

 

時々、お猫先輩を慕う野良猫や飼い猫がやってきて、猫団子になっていたりするがご愛嬌である。

 

時間は進んで本日の戦車道の授業時間。

 

足早にやってきた生徒達が乗車前の点検などを始め、全員が揃ったとろこで桃が号令して整列、今日の練習内容を発表する。

 

みほの指示で全員が演習場へ移動を開始する。

 

「お猫先輩、ちょっとごめんなさい」

 

謝りながらみほがお猫先輩を抱き上げ、もふもふしつつ倉庫の扉横に叢真が設置したお猫先輩専用ベンチに座らせる。

 

「なんで毎回操縦席の前で寝てるんだお猫先輩…」

 

「寝心地が宜しいのではないですか?」

 

「猫が寝る所って、温かい場所か涼しい場所ですからねー、きっと良い寝心地なんですよ」

 

麻子の疑問に、華と優花里が笑って答える。

 

あんこうことⅣ号だと、お猫先輩はほぼ必ず麻子が乗り込む操縦席ハッチの前で寝ている。

 

戦車によって寝る場所が異なり、Ⅲ突だとカエサルの出入りするハッチ前、ヘッツァーだと砲塔基部の辺り、八九式だと背部、リーに至ってはキューポラの上である。

 

他の車両でも寝る場所が決まっているので、履修生達は今日はここかーと確認するのが点検の一環となっている。

 

一度、お猫先輩が乗ったまま練習に出てしまい、練習中に気付いてパニックになった事がある。

 

戦車が全速力で走っていても砲撃していても逃げないお猫先輩、肝が据わっているというレベルじゃない。

 

そんなお猫先輩、ベンチの上で練習に出撃する戦車を見送ると、くしくしと顔を洗って、散歩に出かける。

 

暫く誰も来ないと分かっているからだ。

 

「あら猫ちゃん、また来たの?」

 

栄養科の校舎までやってきたお猫先輩、栄養科の生徒が実習を行っている調理室前までくると、窓の縁に飛び乗って室内を眺める。

 

するとエプロンを付けた1人の生徒がお猫先輩に気付いて、長い三つ編みを揺らしてやってくる。

 

「ぶなー」

 

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

お猫先輩の鳴き声に、微笑んでから何かを取りに行く生徒。

 

戻ってくると、その手にはササミを茹でた物や白身魚を焼いた物などが入った小皿。

 

勿論猫用の味付けなしである。

 

「おいしい?」

 

「んなー」

 

窓の縁に置かれた小皿に顔を突っ込んでガツガツ食べるお猫先輩、生徒の言葉に鳴いて返事する。

 

「ごめんね、調理中だから撫でてあげられないの」

 

本当なら撫でたり遊んだりしてあげたい生徒だが、今は料理の最中、調理室は動物厳禁である。

 

だがそこはお猫先輩、入ったりはしない。

 

生徒達も賢い猫だと分かっているので、追い出したりはしない。

 

「ぶなー」

 

「またね」

 

ご飯をご馳走になったお猫先輩、ご馳走様代わりに鳴いて窓の縁から飛び降りる。

 

手を振る生徒に尻尾を振りながら散歩を再開するお猫先輩。

 

学園長の車に登って足跡残したり、農業科の畑を散歩したり、喧嘩している野良猫を喧嘩両成敗したり。

 

猫らしい散歩を終えて戦車倉庫に戻ってくる頃には、練習が終わって履修生が戦車と一緒に帰ってくる。

 

それを出迎えるのもお猫先輩の仕事である。

 

「お猫センパーイ、負けちゃったよぉー」

 

「慰めてよお猫先輩ー」

 

「肉球でぷにぷにしてぇ~」

 

練習で負けたのか、あやとあゆみ、優季がやってきてお猫先輩を抱き上げる。

 

背中やお腹に顔を埋めてすりすりするあやとあゆみ、優季は前足を持ってほっぺに当ててぷにぷにしている。

 

されるがままのお猫先輩、どっしりとした態度で貫禄がある。

 

「ちょっと、お猫先輩に甘えてないで整備と使った砲弾の計算!掃除もあるんだからね!」

 

キューポラから顔を出して怒る梓に、はーいと返事して戻っていく3人。

 

「いやー、ごめんねお猫先輩。今長野ちゃんが居ないから甘える相手に飢えてるみたいでさー」

 

そこへ干し芋を食べながらやってくる会長、お猫先輩はかまわんよと短く鳴く。

 

「お猫先輩も長野ちゃんが居なくて寂しいでしょ、はい干し芋」

 

差し出される干し芋を咥えて、かみかみするお猫先輩。

 

戦車道履修生で1番お猫先輩が懐いているのは叢真である。

 

練習中一緒に待っていたり、ご飯を用意して貰ったり、お猫先輩用トイレの掃除も叢真が普段やっている。

 

それ故か、お猫先輩は叢真の言うことはよく聞く。

 

「でも、流石にお猫先輩を攻撃に使うのは反則だよねー」

 

お猫先輩の隣に座って苦笑する会長。

 

叢真とお猫先輩の合体攻撃、必殺おねこ爆弾の事である。

 

接近した相手車両に叢真がお猫先輩を抱えて飛び乗り、キューポラからお猫先輩を投入。

 

ぽよぽよ猫とは思えない機敏で獰猛な動きで戦車の中を暴れまわるお猫先輩に、搭乗者は大パニック。

 

戦車が自滅するまでお猫先輩は暴れ続け、操縦者が操縦不能になると自分でハッチから出てくる。

 

ひと仕事終えて満足そうなお猫先輩を叢真が回収し、次の獲物に狙いを定める。

 

これには歴女チームも「この外道があああああ!」と叫ぶが、叢真とお猫先輩は「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」「ぶなーッ!!」と笑うだけ。

 

勿論試合が終わったら軍神モードのみほちゃんに怒られて正座させられた、お猫先輩もごめん寝スタイルで謝罪するが許して貰えず。

 

大会規定に、相手戦車に猫を入れてはいけないって無いからつい…と供述する容疑者に、みほちゃんは笑顔で被害者チームにおやつをご馳走する事、お猫先輩に3日間おやつ禁止を言い渡した。

 

この事件により、ペット兼マスコットだったお猫先輩に最終兵器という立場が追加された。

 

なお、合体攻撃のお礼は叢真が買ってきた高級猫缶とチャオチュール3日分である。

 

味を占めたお猫先輩が、自分から戦車に乗り込んで暴れる事もあって、叢真は余計に怒られた。

 

勿論、必殺技時にはお猫先輩の安全は最大限に保たれ、危険はない。たぶん。

 

「長野ちゃんって時々凄くおバカというか、子供だよねぇ、まぁそこが可愛いんだけど」

 

「んなー」

 

会長の言葉にそれなと同意するかのように鳴くお猫先輩。

 

「まぁ近い内帰ってくるから。そしたらたくさん甘えないとねー」

 

ぽふぽふとお猫先輩の頭を優しく叩いて、その場を後にする会長。

 

入れ替わりに、ブラシを持った梓がやってきて、お猫先輩を抱き上げるとブラッシングを始める。

 

休憩になり、何人かがやってきてはブラッシングされるお猫先輩を撫でたりして梓と雑談する。

 

「全く、良い身分だなお猫」

 

そこへやってきたのは桃、饗されるお猫先輩に呆れ顔である。

 

「お前また太ったんじゃないか?今は戦車道で飼われているとは言え、少しは猫としての体面を保ったらどうだ」

 

そう言ってお猫先輩の脇に手を入れて持ち上げる桃、その瞬間お猫先輩の目が光り、勢いの乗ったチョッピングライトな猫パンチが炸裂。

 

「おぶっ!?」

 

「おっとっとぜよ」

 

突然の攻撃に頬を打ち抜かれた桃ちゃんが崩れ落ち、慌てておりょうがお猫先輩をキャッチする。

 

「な、なにをする貴様ぁ!?」

 

叩かれた頬を押さえて叫ぶ桃ちゃん、それに対してお猫先輩はおりょうの胸の中に埋まりながらふ…と鼻で笑った。気がする。

 

「なんで私にはいつも反抗的なんだ!?猫のくせに生意気だぞ!!」

 

「ま、まぁまぁ河嶋先輩…!」

 

「完璧に舐められてるね…」

 

「……河嶋先輩の立場が良く分かる…」

 

「ペットより下とは悲しいぜよ…」

 

喚く桃ちゃんを梓が宥める、そんな様子を見て苦笑するホシノと、呟くパゾ美。

 

お猫先輩を胸に抱きながら、哀れむおりょう。

 

お猫先輩の中でのヒエラルキーが良く分かる瞬間だった。

 

「本日の練習は終了!解散!」

 

『お疲れ様でしたー!』

 

ほっぺたに肉球マークの赤い跡を付けた桃ちゃんの号令で、本日の練習は終了。

 

戦車や備品を片付けたり、整備の為に移動させたりしてから、解散する履修生達。

 

居残り練習をする生徒や、整備の為に残る自動車部、これから練習に入るバレー部を除いて帰り支度をする面々。

 

倉庫の扉前で座るお猫先輩に声をかけてから帰っていくのを、尻尾を揺らして見送るお猫先輩。

 

「ほーれほれほれ~」

 

「ツチヤ、あんまり遊ぶのに夢中にならないでね」

 

整備の途中で手が空いたツチヤがお猫先輩用の玩具で遊び、それに付き合うお猫先輩。

 

なお桃ちゃんだと鼻で笑って無視する。

 

スズキの言葉にもうちょっとだけーと答えるツチヤに付き合って遊ぶお猫先輩。

 

やがていつも最後まで残る自動車部が片付けと戸締まりを行い、帰宅の準備に入る。

 

なお整備に夢中になって泊まり込む事もあり、2階の休憩室が仮眠室になる。

 

その時はお猫先輩も一緒に寝る。

 

だが今日は全員帰宅するので、夜はお猫先輩だけになる。

 

「また明日ねお猫先輩」

 

手を振って帰っていくナカジマ達を見送ると、お猫先輩は専用扉を通って倉庫の中へ。

 

非常灯だけが点いた倉庫内をするすると歩いて階段を登り、寝床にしている休憩室へ。

 

休憩室の隅にはお猫先輩用トイレ、机の上にはお猫先輩用の寝床と水、今晩のご飯が入ったお皿。

 

みほが帰り際に用意していったご飯である。

 

それを食べると、寝床に入って布団代わりのタオルをぐにぐにして寝心地を調整。

 

タオルは叢真が持ってきた物で、彼が使っていたバスタオルだ。

 

お中元に貰ったそこそこいい値段の物らしく、お猫先輩お気に入りの品である。

 

その上に丸まると、静かに目を閉じるお猫先輩。

 

鼻をぴすぴすさせながら、眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰幻人め、氏ねぇ!の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰女学園の、機甲科の校舎にある講堂。

 

戦車道履修生が集会や全体会議をする時に使われる広い場所である。

 

その場所で俺は、ノンアルコールビール片手に頬を引き攣らせていた。

 

「長野隊長ーー!飲んでますかーーー!?」

 

「の、飲んでる、飲んでるよ、うん…」

 

「ぐいっとイッちゃって下さいよぉ、長野隊長のいいところみてみたーい!」

 

ビールジョッキ片手にハイテンションな生徒達に囲まれている俺。

 

やだ、テンションがおっさん。

 

黒森峰女学院の学園艦では、自前の工場を持っており、そこで生産科という大洗で言う栄養科の生徒がノンアルコールビールを作っている。

 

黒森峰の黄金という名前で売られており、ノンアルコールビールながらかなりの売上らしい。

 

生徒達も愛飲しているらしく、校舎の自販機には必ずノンアルコールビールが売られているとか。

 

流石ドイツ風、徹底している。

 

用意された料理もソーセージなどを代表にドイツ料理が多い。

 

そのためか、花の女子高生の宴会が、おっさんの懇親会のような姿になっている。

 

ノンアルコールビールをがぶ飲みする女子高生…何故だろう、涙が出そうになる。

 

「長野隊長ぉ~、私のソーセージ食べて下さいよぉ~、あちゅあちゅでとろとろですよぉー」

 

「あーん、私のも、私のカッチカチでギンギンなソーセージ食べて下さいぃー」

 

「ワザとか!?ワザとなのかその台詞!?熱いっ、頬に押し付けるな熱い!?」

 

意味深な台詞と共に左右から巨大なソーセージを差し出してくる生徒達、熱い熱い、だちょうクラブのネタじゃないんだからやめい!

 

ハイテンションな生徒達…俺が指揮した紅組の生徒が去ると、今度は白組の生徒がやってくる。

 

「長野さん、奇策を行う上で大事な事はなんでしょうか」

 

「奇策や搦め手が大事なことは理解したんですが、それに集中しないといけないのでしょうか…」

 

「いやいや、奇策や搦め手だけで勝負しろって事じゃないんだ。奇策や搦め手を知り、自分で使える様になれば、いざ相手に使われた時に対処がしやすい、対応が思い付きやすい。そういう意味で、黒森峰でも奇策や搦め手を学んで、柔軟性を高め、同時にネックである機動性も確保していこうっていうのがまほさんの考えなんだよ」

 

今度は真面目な質問をしてくる白組の生徒、負けた事で学ぶべき事があると感じてくれたのだろう。

 

まほさんの描いている計画は、今の黒森峰の強みを保持したまま、各車長の柔軟性と全体の機動力の向上を目指していると俺は理解している。

 

黒森峰が得意とする整然と隊列を組んでの電撃戦、それを主軸にしつつ、機動力を高める事も考えている。

 

これまでの黒森峰の主力はティーガーやパンター、そしてヤークト系やエレファントなどの重戦車。

 

強力な火力と装甲で真正面から相手を迎撃して火力で制圧するスタイルだ。

 

これにまともにやり合える相手なんて、同じく重戦車を多数保有するプラウダくらい、サンダースも正面からの撃ち合いは避ける。

 

その為これまでは正面から叩き潰せたのだが、搦め手に弱い事が発覚。

 

プラウダが勝った大会も、カチューシャの作戦によりみほちゃん達フラッグ車が本隊から分断されて山岳地帯に追い込まれた事が敗因の1つだ。

 

まほさんは、その窮地でもみほちゃんなら切り抜けられると判断してフラッグ車を任せたのだが、あの事故で対応が出来ずに撃破された。

 

この事からも、黒森峰全体での柔軟性の無さ、生徒1人1人の指示待ち人間化が深刻であると分かる。

 

おまけに機動力がない事も弱点となってきた、相手に全力で逃げられるとなかなか追撃が出来ないのだ。

 

全国大会が良い例だろう、何度も追い詰めているのにその都度逃げられている。

 

速度に難がある重戦車や、足回りが弱いドイツ戦車が主体なのが仇になった形だ。

 

そのため、逃げ回って罠に嵌めてくる相手に弱い、それが黒森峰の弱点。

 

そういう戦いが得意な大洗や継続に負けたり追い詰められたりしているのがその証拠である。

 

そのために、機動力の高いⅢ号戦車や軽戦車の使用も選択に上がっており、低下する火力を奇策と搦め手で補う。

 

紅組が行った、Ⅲ号戦車での奇襲・撹乱・偵察・罠の準備など、全て火力を補って相手を倒す為の方法である。

 

この辺りを実例を出しながら説明すると、なるほどと頷く生徒達。

 

「つまり我々に、臨機応変な判断力をつける為の、奇策や搦め手の勉強が必要という事ですね…」

 

「今まで、隊長に指示に従う事が大前提で練習してきたものね…」

 

「それが悪いとは言わない、命令に忠実である事は全体指揮の立場から言えばこの上なくやりやすい。だが、車長までその状態だと隊長にかかる負担まで増えてしまう。突発的な事態に対応出来る人間が少なければ、それだけ相手につけ入る隙を与える事になる」

 

その辺りを考えての、みほちゃんの副隊長抜擢だったのだろう。

 

西住流を知りながら、西住流とは違う才覚を持つみほちゃん。

 

彼女なら、黒森峰の足りない部分を補ってくれると思っていたからまほさんは副隊長に抜擢した。

 

だがみほちゃんは黒森峰を去った。

 

ではどうするか。

 

逸見さんを鍛えて彼女に託す。

 

全国大会や今回の紅白戦でもそうだが、彼女だけは他の車長達と違って独自の対応や判断を下せている。

 

副隊長という立場もあるが、咄嗟の判断力や対応力は申し分ない。

 

彼女のティーガーⅡが怖いので山岳地帯に誘い込んで、弱点である足回りを刺激する方法で逃げたのだが、彼女はそれを看破してその場に留まってこちらの戦力を削る事を選択した。

 

赤星さんの機転と1年生達の必死の行動で撃破されたが、それが無ければこちらは2両失っていただろう。

 

みほちゃんが逸見さんは凄いと褒めていたが、確かにみほちゃんが認めるだけの実力がある。

 

後は自信と自分のやり方を確立させたら…化けるだろうなぁ…おぉ怖い怖い。

 

彼女が隊長になって、赤星さん辺りが副隊長に……うわぁ、来年が大変だぞこれ。

 

「なるほど、そこまで考えての改革なのですね…勉強になります」

 

「来年で卒業なのが惜しいです、もっとこの改革に携わりたかった…」

 

俺の説明で納得してくれたのか、深く頷いたり自分の立場を嘆いたり…あぁ、3年生か…。

 

しかし俺の周りにビールジョッキ片手に集まって正座して説明聞いてと…これじゃ懇親会とか会社の飲み会の上司が部下にやる説教みたいじゃないか…。

 

いや、俺経験ないけど。何度か黒歴史時代に連盟とかスポンサーの懇談会に呼ばれた経験ならあるけど。

 

勿論お酒は飲んでないけど、お酒に酔ったおっさんおばさんに囲まれて大変だった。

 

そんな感じだぞ今…皆さん女子高生ですよね?花の乙女ですよね?

 

もっとこう、アンツィオみたい…なのは無理だとして、大洗とかサンダースみたいな女子高生らしい打ち上げしないの?

 

ほら、趣味とか食べ物の事とか、アイドルとかドラマとか歌とかのエンタメ、写真撮ったりパーティーゲームしたりさ。

 

どこの席も今日の紅白戦の感想とか、改革の事とか、まほさんの事とか、戦車道の事しか話してないよ?

 

話しかしてないよ?パーティーゲームとかイベントとかやってないよ?

 

本当に女子高生のパーティーなのこれ?

 

大洗なら隠し芸大会とかカラオケ大会とか始まるんだよ?

 

聖グロだとダージリンの格言披露とかアッサムさんのブラックジョークとかルクリリ3分クッキングとか始まるんだよ?

 

サンダースならダンスとかゲーム大会が行われるし、アンツィオだともう大騒ぎだよ?

 

プラウダは…あそこも真面目だからなぁ…でも結構女子高生らしい姿で遊んだりしてるし…。

 

継続?あそこは…何故かサウナ我慢大会とか雪中我慢大会とか始めるんだよな、なんだろうあのノリ…。

 

でも、今の黒森峰の、年寄りの懇親会みたいな空気よりは遥かにマシな女子高生のイベントだ。

 

「皆さんは、もっとこう、パーティーゲームしたり、カラオケとか特技を披露したりとかしないんですか?」

 

「パーティー…ゲーム…?」

 

「カラオケ…やったことがないです…」

 

「特技……砲弾の装填とかですか?」

 

マジか。

 

マジなのか黒森峰。

 

駄目だろ…これはちょっと駄目だろう…花の女子高生だぞ。

 

青春真っ盛りの乙女だぞ。

 

どこの軍隊だよ、自衛隊だってもっと青春してるぞ。

 

いや自衛隊は比べちゃ駄目か、あそこ下手な場所だとオタクの巣窟らしいから…(母談

 

「そもそもこういった打ち上げパーティーとかも、つい最近から始めたんですよ」

 

「それまでは反省会をやって終了って感じで…」

 

「西住隊長が、大洗を参考にって言って、ノンアルコールビール祭りとか始めたんですけどね…」

 

oh…。

 

軍隊っぽいとは思っていたけど、ここまでとは…。

 

確か黒森峰は中等部からの進学が大半。

 

きっと中等部からこういった生活してるんだろうな…みほちゃんがよく「普通の女子高生みたい!」って武部さん達と遊んだりイベントやったりする度に喜ぶから気になっていたけど…。

 

闇が深すぎるだろう黒森峰…。

 

『盛り上がっている所悪いが、これよりカラオケ大会を行う。探してみたらカラオケセットがあったので皆で順番に歌おう』

 

マイク片手に宣言するまほさん。

 

逸見さんがカラオケの機械を押してきて、赤星さんが配線を繋いだりしている。

 

よく有ったなカラオケセット…黒森峰でカラオケセットとか凄い違和感を覚える…。

 

そしてカラオケ大会が始まるのに、生徒達の反応は「オー」とか「カラオケかぁ…」という控えめな物。

 

おかしい、カラオケ大会だぞ、普通はアンツィオみたいに「わああああ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」と大騒ぎしてアンチョビが1番に歌わされたり、サンダースみたいに「ヒャッハー!」と叫んでマイクの取り合いになったり。

 

大洗でもリモコンの取り合いになって、ジャンケンに勝ったチームから順番に曲を入れたりするんだぞ。

 

プラウダ?先ずカチューシャの曲を全員で歌います。当然マイクはノンナさんが持ちます。

 

継続?継続にカラオケセットがあるとでも…?

 

『ではここは私から行こう。だが私も最近の曲は知らないので…』

 

そう言って選曲するまほさん。

 

画面に表示されたのは『黒森峰女学園校歌』

 

それで良いのかまほさん!?

 

『皆も好きに入れてくれ』

 

リモコンを手渡すまほさん、受け取った逸見さんは悲痛な表情で画面を操作し…『黒森峰女学園校歌』

 

君もか、君もなのか逸見さん!

 

続く人もネタなのか本気なのか、入力されるのは『黒森峰女学園校歌』

 

プラウダより酷い。

 

流石にこの事態にハイライトがオフになるまほさんと、沈む入力者達。

 

赤星さんがオロオロしている。

 

俺?見てられなくて顔を覆ってしまったよハハハ…笑えないよノッブ…。

 

順番に歌い、最後の人が歌い切ると、拍手こそされるが講堂内の空気は非常に暗い。

 

助けてみほちゃん、空気が重くて死にそうなの…。

 

流行りの歌を歌える生徒が1人も居ないとかありえないだろ、1人くらい居るだろ、あぁでもこの空気じゃ歌えないよねうん分かる。

 

その辺まだ黒森峰カラーが薄そうな1年生を見てみる。

 

折り重なって寝ているかビールジョッキ片手にケラケラ笑っている。

 

駄目だあの1年生達役に立たない、と言うか本当にあれノンアルコールビールか?本物混ざってるんじゃないのか!?顔真っ赤だぞオイ!

 

『そうだ、実は叢真は歌手活動もしていた事もあるプロだ、是非歌声を皆で聞こう』

 

唐突にそんな事を言い出すまほさん、やだここに来て俺へのキラーパス!?

 

「どうそ長野さん……貴方だけが頼りです」

 

マイクを持ってきた逸見さん、この空気を打破できるのは俺だけだと涙目で頼まれてしまった。

 

やだ、あの逸見さんが心折れかかってる…。

 

「順番に入れておきますね」

 

笑顔で俺の曲をリモコンで次々に入れる赤星さん、なんで俺の歌を全部知ってるの…。

 

と言うかよく入ってたな俺の曲…ジャンル的には戦車道応援歌だから入ってないカラオケも多いのに。

 

アップテンポのデビュー曲、バラードのセカンド、アニソン感丸出しのサード。

 

この地獄のような重い雰囲気の中で歌うとか拷問なんですけど…。

 

「すまない叢真、お前だけが頼りなんだ…」

 

やめてそんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでまほさん。

 

わかったよ、歌えば良いんでしょ歌えば!

 

「えー、では、聞いて下さい、『パンツァーダイブ』」

 

ギターの主旋律が激しいアップテンポのバンド系サウンド、歌詞は戦車をモチーフにした物。

 

よくこの歌でオリコンチャート3位に入ったよな、戦車道応援歌なのに。

 

物珍しさからか、それとも作詞作曲した人の効果か。

 

最初は面食らっている様子だったが、1年生を筆頭に声を出して腕を振り始め、やがて2年生3年生と広がっていく。

 

ギターソロに入る頃には大多数が手を振り上げていた。

 

良かった、誰でもノリやすいアップテンポな曲で。

 

1曲目が終わると拍手が来る、良かったウケたようだ。

 

そのまま2曲目のバラードへ。

 

こちらはしっとりとした戦車道への愛を歌った曲、俺自身愛なんて全く分からないが、兎に角誰かへの気持ちを込めて歌う。

 

静かな曲だが、やはり1年生達が手拍子を入れてくれる、君達実は歌えたよね?流行りの曲とか知ってるよね?

 

あれか?まほさんとかレギュラー陣に恥かかせないように名乗り出なかったのかな?

 

そして3曲目、こちらは激しいギターにバイオリンや管楽器などが入ったアニソン感がとても強い曲。

 

当たり前である、作詞作曲がかの有名なアニソン界のスーパーユニットが担当しているのだから。

 

ユニットの1人が戦車道のファンで、コラボとして楽曲提供された歌だ。

 

なんでアイドルモドキの俺にそんな話が回ってきたのか、今でも不思議である。

 

ただあのユニットの歌だけあって、キーは高いわシャウトは激しいわ歌詞は熱いわで大変である。

 

なお阪口が大興奮する曲でもある。

 

「「「「「砲身を燃やせ!フー!」」」」」

 

コーラスの歌詞を叫ぶ生徒が多数、知ってる人が多いのかノッてくれて助かる。

 

大多数の生徒は1曲目2曲目と印象がガラリと代わって面食らっている人が多いが。

 

歌い切ると最初より大きな拍手、頭に血が上りやすい選手が多いだけに、こういう熱血ソングが地味にウケる。

 

大洗でも宴会の時にウケた。

 

「良い歌声だったぞ叢真…この調子で頼む」

 

「え”」

 

「はいどうそ、長野さん」

 

まほさんに肩を叩かれ、赤星さんにリモコンを渡される。

 

あの、俺の持ち歌もう無いんですけど…まだ歌えと?

 

「……………」

 

救いを求めて視線を逸見さんに向けるが、冷や汗流しながら逸らされる。

 

生徒達に視線を向けると、大多数がワクワクドキドキ、少数がねっとりとした視線を向けてくる。

 

後者の視線は、あれだ、アマレットとかサンダースの子が向けてくる視線だ、これの上位がカルパッチョの視線になる。

 

逃げられませんねぇこれは…。

 

俺は無言でリモコンを受け取り、覚えている限りの歌を入力していく。

 

舐めるなよ、こちとら伊達に阪口とアニソンメドレー勝負や宇津木と恋愛ソング勝負、エルヴィンやカエサルと洋楽勝負してないんだからな!

 

俺の好きな曲、Take My Handや~Outgrow~、IMAGINARY LIKE THE JUSTICEやニブンノイチにwimp ft. Lil' Fangなどを入力。

 

更に阪口厳選のアニソンと宇津木が骨抜きになった恋愛ソング、そしてエルヴィン達が鼻血を噴いた洋楽を入力。

 

HAHAHA、もう小っ恥ずかしい演説かました後だからな、失う物など何も無いさ!

 

半ば自棄になって曲を入れていたら、横から手が伸びてきてリモコンを操作された。

 

「是非歌って下さい♪」

 

笑顔の赤星さんが入力したのはJINGO JUNGLEという曲…。

 

阪口が歌ってた曲だけど、これ女性曲…。

 

「歌えますよね?お願いします♪」

 

ア、ハイ。

 

一通り入力が終わったので1曲目スタート。

 

喉が枯れるまで歌ってやろうじゃねぇか野郎オブクラッシャー!!(精神崩壊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌い過ぎたし飲み過ぎた…」

 

何曲歌ったんだ俺は…喉が乾く度にジュースやノンアルコールビールを口にしたから催してしまった。

 

あの後赤星さんや1年生から次々リクエストが入って延々歌わされたし…。

 

しかも女性曲が多かった、キー高くて辛いねん…。

 

逸見さんもこっそり入力してたし…大洗でカラオケ行って無ければ危なかったな…。

 

歌は嫌いじゃない、前世の入院生活で病室で出来る事は卓上競技と歌位だったから。

 

ギターの上手なお兄さんが同室になった時に、その人が退院するまでギターや歌を教えてもらった。

 

それが楽しくて、個室に移ってからは暇さえあれば歌うかギターを奏でるか、歌の勉強をするか。

 

だから連盟から歌の仕事を依頼された時は、結構乗り気だった。

 

試合を見に来た人達の前で前座として歌った時は、恥ずかしくて死にそうだったけどな!

 

カラオケとかで歌うのは良いんだよ、良いストレス発散になるし。

 

でもライブとかで歌う時は踊りとか振り付けとかしないとだし、衣装が恥ずかしいし…。

 

レコーディングとかは楽しかったんだけどね。

 

「絶対自分達で歌えただろ赤星さんとか…」

 

流行り曲とか普通に入力してたし。

 

と言うか入力が手慣れてたし。

 

まぁ最後はテンション上がって踊ったりしちゃったけど…。

 

俺も酔ってたのかな…ノンアルコールの筈なんだけどなぁ。

 

雰囲気酔いって奴だろうか。

 

まほさんのリクエストで歌った、お見合いの時に遊んだ公園で口ずさんだ歌、あの日のタイムマシンを口遊みながらトイレへ向かう。

 

何処もそうだけど女子校だから男子用トイレが遠いし少ない。

 

大洗は一応増やしたけど、男子が在籍してる普通科だけだ。

 

他の学科はトイレが職員用の場所しかない。

 

大洗の戦車倉庫脇のトイレは男女あって助かっている。

 

困るのが聖グロだ、校舎の外観と内装の関係か男子用トイレが職員室の側にしか無い。

 

なのに紅茶をガンガン飲ませる。トイレから離れた紅茶の園で。

 

何度トイレダッシュをした事か…。

 

他の学校は、ペパロニとかケイさんは気にせず女子トイレを使えと言うが、そんな事は出来ない。

 

誰かに鉢合わせしたら俺は舌を噛み切って死ぬ。

 

まぁアンツィオは観光客対策で男女別トイレが多いから良いんだけどね。

 

プラウダではカチューシャが隊長専用トイレがあるから使えと言うが、ノンナさんの視線が怖かったので遠慮した。

 

舌打ちされたのはどっちの理由でなのだろう、思い出すだけで背筋が怖い。

 

継続?男女共用トイレが多いんだよね、経費削減なのか謎だが。

 

まぁ女子しか居ないから別に良いんだろうけど。

 

「お、あったあった」

 

辿り着いた男子用トイレ。

 

1階の下駄箱近くにある男子トイレに入る。

 

この先に機甲科の職員室があるらしく、教師用なのだろう。

 

しかし生徒が居ないから暗い、節電なのだろうけど廊下も非常灯しか点いてない。

 

まぁ選手は殆ど講堂だし、もう遅い時間だから帰宅してる生徒が殆どだろう。

 

明かりを付けてトイレを使わせてもらう、流石名門校、トイレも綺麗と言うか自動の奴だ。

 

大洗は押して流すタイプである、サンダースは自動、この辺りに学園艦の貧富の差が出る。

 

「個室は全部洋式温水便座か…羨ましい」

 

大洗の戦車倉庫横は和式なんだよなぁ…。

 

祖父は男なら和式だとか言うけど、温水便座に慣れたらそんな事言えなくなる。

 

用を足して水道で手を念入りに洗う、異性と触れ合う立場なので身嗜みやエチケットには気を使っている。

 

汗臭いとか言われない様に制汗スプレーとか纏め買いしたよ。

 

洗濯も毎日するし、身体も念入りに洗う。

 

コロンとか香水とかその辺は分からないので手を出してないが。

 

そう言えばダージリンに香水、ケイさんにコロン貰ったっけ…勿体なくて使ってないけど。

 

「ん……?停電か?」

 

突然明かりが消えたので天井を見上げる、天井のダウンライトが完全に消えていた。

 

トイレにダウンライトとかお洒落だなと思いながら視線を前に戻したら、鏡には薄暗い中に映る俺。

 

そして、その背後で笑う赤星さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………赤星さん!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動かないで下さい」

 

俺が行動するよりも早く彼女は俺に近づいて、背中に何か…ゴリっと、硬いものを押し当ててきた。

 

え…なにこの冷たくて硬い感触。

 

「手を上げて…これからする質問に正直に答えてください。さもないと…」

 

背中に突きつけた何かをグリグリと押し付けてくる。

 

え……そんな、軍隊っぽいと思ってたけど、黒森峰って、そんな物も手に入るの?

 

俺の背中に突き刺さってるのって、銃口ぅ…ですかねぇ…。

 

とりあえず大人しく両手を上げる。

 

「あ、赤星さん、なんで…」

 

「質問するのは私ですよ?長野さん」

 

そう言って俺の肩に頬を寄せる赤星さん、鏡に映る表情は笑顔なのだが、うっすら開いた眼光はハイライトさんがお留守。

 

やべぇよ…やべぇよ…。

 

「長野さん、みほさんとは大洗で大変仲良くしているそうですね?」

 

「は、はい…仲良くさせて頂いております…」

 

「ありがとうございます、私…ずっと心配だったんです、みほさんが見知らぬ土地で一人ぼっちで苦労しているんじゃないか、寂しい思いをしているんじゃないかって…ずっとずっと」

 

そう言って視線を伏せる赤星さん。

 

みほちゃんが黒森峰を去る原因になってしまったからか、ずっと気に病んでいたのだろうな。

 

仲が良い友人だっただけに、余計にだろう。

 

でもなんで、それで俺が銃口突き付けられる事になるのか、コレガワカラナイ。

 

「でもみほさんは戦車道に復帰してくれて、大洗でたくさんの人に囲まれて凄く幸せそうで…悔しいけど、安心したんです」

 

彼女が言う通り、みほちゃんは戦車道の仲間や、武部さん達親友に囲まれて幸せに暮らしている。

 

自分の戦車道を見つけ、自分の足で歩き出している。

 

その姿に、赤星さんは感じるものがあったのだろう。

 

「でも1つ、どうしても気になる事があるんです……長野さん?みほさんと…大変仲がよろしいんですね?」

 

「ふ、普通じゃないかな、と思うんだけど…」

 

そんな念押しされる程じゃないと思います、はい。

 

「帰り道で手を繋いだり、夕飯を一緒したり、休日に一緒に出掛けたりしているのに…普通ですか?」

 

「そ、それは、その…!」

 

ゴリゴリと銃口を押し付けられた、痛い痛い。

 

と言うかなんで知ってるんですかね赤星=サン…。

 

「私、大会後からみほさんとよく連絡を取り合ってるんですよ。その中で、高頻度で長野さんの事が出てくるんです…今日は長野さんと2人で帰って、手を繋いじゃったとか、長野さんと食べた夕食が美味しかったとか、一緒にお出かけしてボコのぬいぐるみを買って貰って、これデートかなと聞かれたり……仲がよろしいんですねぇ…」

 

「いだだだだだ!」

 

ゴリゴリはやめてそこ内蔵だから痛い痛い痛い!

 

「でもそれは良いんです、みほさんが幸せそうなんですから、むしろ喜ばしい事です…」

 

あ、そうなの?それじゃ何が理由でこんな事を…?

 

「ですが。長野さん……隊長の婚約者ってどういう事ですか?」

 

そっちかー、そっちの方かー!

 

「そ、それはですね…」

 

「みほさんと良い仲なのに、隊長とは婚約者……二股ですか?」

 

「違います違います!」

 

決してそんなのじゃありません!

 

と言うかそもそも付き合ってません!

 

「婚約者が居るのにみほさんに手を出したんですか…?」

 

「出してません!?そもそもまほさんとの婚約云々も、まほさんのお母さんが勝手に決めた事なんです!」

 

誤解を解くには正直に話すのが1番、別に隠す事でもないし、黒森峰に来たのもまほさんとの話し合いが理由だし。

 

「つまり、隊長の意思ではないと?隊長は凄く嬉しそうでしたけど…」

 

「こ、好意を持たれてるのは理解してます、けど俺の方はそれに応えられる状態じゃないし、やっぱり婚約者とか双方の理解と了解があって成立するものだと思うんですよね!俺もつい最近聞いて驚いた所なんですよ、いや本当に!」

 

「………怪しいですね、特に早口になる所が」

 

正直に話したら逆に疑われたでござる。

 

早口になるのは俺の焦った時の癖なんです、違うんです誤解なんです。

 

「神に誓って、俺からまほさんに手を出したとか婚約を申し込んだとかじゃないです!勿論みほちゃんにも手を出したりはしてません!」

 

「は?みほさんに手を出さないとか何考えてるんですか?」

 

「えぇ…」

 

潔白を証明しようとしたら逆に怒られたでござる。

 

普通みほちゃんに悪い虫が付こうとしてるから怒る所じゃないの!?

 

「では、本当に隊長とは深い関係ではないと…?」

 

「こ、今回の訪問で時間を作って、婚約者云々の話を解決しようと思ってました」

 

既に母親であるしほさんには了解をとって、まほさんが少しでも嫌だと思っているなら婚約者云々は無かった事にすると言質は取ってある。

 

その事を説明したら、赤星さんのハイライトが戻ってくれた。

 

「分かりました、信じましょう…ですが」

 

「な、なんでしょう…?」

 

グイッと背中に張り付かれ、銃口の感触の上に柔らかい感触が。

 

そして首筋には赤星さんの顔が。髪の毛がこそばゆい。

 

「もし……みほさんを不幸にしたら……」

 

「はうっ!?」

 

赤星さんの手が、手が、俺の…俺の股の間に…!?

 

ガッチリ掴まれた。

 

「長野さんの長砲身……とっちゃいますからね♪」

 

「ヒギィッ!?」

 

甘い声で囁かれた物騒な言葉に、背筋が凍る。

 

それと同時に、ぐにゅっと鷲掴みにされて色々と竦む。

 

「それでは失礼しました…先に講堂に戻ってますね」

 

笑顔を浮かべてその場を後にする赤星さん、手には黒光りするルガーみたいなの。

 

彼女がトイレから出ていくと明かりが点いた。

 

「…………トイレ行った後で良かった……」

 

漏らすかと思った。

 

まほさんと真摯に話し合おう…うん、絶対に話し合おう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとはしたなかったかな…でも、みほさんの為だし」

 

月明かりが照らす廊下で、赤くなった頬を押さえながら呟く赤星。

 

その手にあるのはルガーP08。

 

「でも意外とバレないものなんですね…」

 

そう言って引き金を引くと、カチャンという音と共に銃口から黒い物体が彼女の左手にコロリと出てくる。

 

「ん、美味しい♪」

 

それを口に入れると、もぐもぐと咀嚼する赤星。

 

なんとこれ、拳銃型のチョコボールケースである。

 

時々売られている玩具で、拳銃型のタイプ。

 

しかも無駄に作りが良い奴で、引き金を引くと銃口からチョコボールが出てくる。

 

黒森峰の雑貨店で売られているなんちゃってグッズである。

 

「みほさん、喜んでくれるかしら…ふふ♪」

 

遠い場所に居る友人にして恩人の姿を月に重ねながら微笑む赤星。

 

彼女の表情には、一切の後悔はない。

 

みほの為、その言葉の前には倫理や常識なんて塵に消えるのだ。

 

「みほさんと長野さんの結婚式の時に、友人代表でスピーチしたいなぁ…」

 

そう言って微笑む彼女を、月だけが静かに見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めて触ったけど……大きかった…長野さんの長砲身……(///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




OPの謎猫登場と生活、主人公の羞恥絶唱シンフォギアーッ!、小梅ちゃんの本気(ガチ)の3本をお送りしました(´・ω・`)





え、用意したティッシュの使い道?(´・ω・`)



鼻をかむのよ、らんらんは賢いから知ってるわ(´・ω・`)







歌詞は駄目だけど曲名ならセーフなのよね?らんらんちょっと心配(´・ω・`)

出てきた歌はらんらんが執筆中に聞いてる好きな歌の中の一部なの、オススメ(´・ω・`)


書かれた歌で知ってる、同じくちゅきって人にはらんらんの愛をあげるわうっふん(´・ω・`)




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くろもりm「ハンバァァァァグッ!」

オススメされた、君の神様になりたいを聞きながら書いたらこうなった(´・ω・`)


でも途中でブリキノダンスとボコのテーマとフニクリ・フニクラとくるみぽんちお(激熱)も聞いたからたぶんこれが原因(´・ω・`)



ちゅっぱっぱ☆(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一回長野さん攻略会議!!」

 

「「「「………はいぃ?」」」」

 

ドドンと効果音を背負いながら宣言する沙織に、思わずあんこうチームがペコちゃんみたいな返事を返してしまう。

 

同時刻に聖グロでペコちゃんがくしゃみをしているが置いておく。

 

「沙織さん…今度はどうしたの?」

 

「またいつもの発作か…」

 

「沙織さん、そんなに飢えて…」

 

「武部殿、遂に毒牙を長野殿にまで向けるように…」

 

苦笑してまたいつもの病気かなと質問するみほ、ため息の麻子、悲しむ華に戦慄する優花里。

 

どうやらいつもの恋愛病の発作と思われている模様。

 

「今度は違うの!これは長野さんの為なのよ!」

 

バンバンとテーブルを叩く沙織、本日彼女達が集まっているのは沙織の部屋である。

 

夕飯を一緒しようと提案され、ホイホイ着いてきたら突然こんな事を宣言されたのだ、そりゃ困惑するか呆れるかだろう。

 

「何が叢真さんの為なの?」

 

「このままじゃ長野さんがイケナイ道に進んじゃうの!だからその前に真っ当な道に戻してあげないといけないの!」

 

「沙織、妄想は大概にしろよ」

 

「麻子ってばひどぉい!本当なのよぉ!」

 

バッサリの麻子の言葉に半泣きになりながら力説する沙織。

 

「まぁまぁ麻子さん。沙織さんがこんなに言うんですから、理由を聞きましょう?」

 

「そうですね、何やら今回は明確な危機感があるみたいですし」

 

華と優花里の言葉で、仕方ないなと矛を収める麻子。

 

「詳しくは話せないんだけど、長野さんが危ない道に足を踏み出してる証拠を掴んじゃったの…!」

 

「エロ本でも見つけたか」

 

「なんで分かるの!?」

 

麻子のズバリの指摘に、エスパー!?と驚く沙織。

 

「沙織さん…何してるの…」

 

「あらあら、いけませんよ男性の秘密を覗き見るなんて…」

 

「長野殿の秘蔵の書物ですか、興味深いですね…」

 

「あれ、みんなそんなアッサリなの?普通、エッチな本とか持ってたら怒らない!?」

 

アッサリした態度のみほ達に、逆に驚く沙織。

 

「それは、叢真さんだって健全な男子だから…」

 

「むしろ男として正常って証拠だろう、良いことじゃないか」

 

「そうですねぇ、むしろ長野さんに異性への興味があったことが驚きですね」

 

「長野殿、度を超えた紳士ですからね。小山先輩の水着とか見ても、そっと視線を逸してましたし」

 

サバイバルウォー参照。

 

あの刺激的な水着姿の波を、視線を逸したりして回避しつつ褒めるという高等テクニックで凌いだ叢真。

 

大多数は紳士だと思って感心したのだが、一部はもしや興味がない…?と疑念を抱いていたりする。

 

だが沙織がエロ本を見つけたというなら、その疑念も払拭された事になる、これは逆に喜ばしい事だと感じる面々。

 

「えぇ~、普通怒るもんじゃないの~?」

 

「お前は彼女か。怒れるのは親か恋人だけだろう」

 

麻子の至極真っ当な言葉にガックリと崩れる沙織。

 

確かに怒れる立場ではない。

 

だが。

 

「その本の中身が問題なのよー!」

 

「えっと……もしかして沙織さんとは180度違うタイプだったとか?」

 

「沙織の逆…清楚でお淑やかで貧乳でスレンダーで男を立てるタイプか…」

 

「あと眼鏡じゃなくて恋愛には消極的でしょうか」

 

「うーん、我々の周りには居ませんねぇ…」

 

「みんなひどーい!確かに巨乳物は無かったけどそういうレベルじゃないのー!」

 

親友達の総口撃(誤字ではない)に憤慨する沙織。

 

「長野さんのプライバシーだから詳しくは言えないけど、このままだと私達みんな、勝負すら出来ずに終わる可能性が高いの!」

 

「え、えぇっと…つまり、私達だと長野さんの好みじゃない…?」

 

「下手すると眼中に無い可能性すらあるよ!」

 

「それは……困るな…」

 

沙織の力説に、視線を伏せる麻子。

 

「勝負すら出来ないというのは、困りますねぇ…」

 

「ライバルがただでさえ多いのに、その上勝負すら出来ない…あの、まさか、長野殿…そっちなのでありますか?」

 

優花里恐る恐るの質問に、視線を明後日の方向に向ける沙織。

 

麻子と華と優花里が「あっ(察し」となった、みほちゃんだけは首を傾げていた。

 

「いけません!華は咲かせるもの、散らすだけの行為はいけませんわ!」

 

「散らすとか抽象的だけど具体的な事言わないでよ華!?」

 

「それでか…それで私には何もしないのかあの男……人が散々甘えていたのに…」

 

「あんたの場合はもう介護レベルだからそれ以前の問題よ麻子!」

 

「長野殿…道理で二人っきりでの野営にあっさり来てくれた訳ですね…うぅ、意識すらされてなかったとは…」

 

「ちょっとゆかりん、その二人っきりの野営について詳しく!」

 

「沙織さん、落ち着いて、落ち着いて、ね?」

 

キレッキレのツッコミを披露する沙織に、みほが慌てて抑え込む。

 

「とにかく!このままだと長野さんがイケナイ道に入っちゃうから、なんとかしないと!みんなも嫌でしょう!?勝負すら出来ずに奪われて行っちゃうのなんて!」

 

沙織の言葉に、脳内でそれぞれ勝手な対象を想像して叢真が奪われる姿を想像する面々。

 

みほちゃんだけは、思い浮かべた相手がまほだったりするが置いておく。

 

「そんな訳で!長野さんを悩殺して私達に興味を持ってもらう作戦を考えるのよ!」

 

テーブルを叩いて宣言する沙織に、おー…と声をあげる面々。みほちゃんだけは苦笑。

 

「で、具体的にはどうするんだ。あのヘタレ紳士、下着を見ても速攻で目を逸らして謝罪するだけだぞ」

 

「う”…1番近道かなと思ってた方法なのに…って!麻子下着見せたの!?」

 

「寝ぼけて下着のまま長野さんの前に出ていったら、顔を真赤にして背けて、謝罪された。可愛かったぞ」

 

「あんた何してんのよー!?」

 

まさかの麻子の行動に、ギャースと怒る沙織。

 

無防備にも程があるが、麻子なりのアピールだとすると見事に空振りである。

 

「そうですねぇ、胸を当てたりするのは皆さんやってますけどそれも恥ずかしがって逃げてしまいますし…」

 

「サンダースのケイさんとか、プラウダのノンナさんとか、胸が大きい人達も良く押し付けてますけど、長野殿恥ずかしがるだけで喜んでませんもんね」

 

叢真の日常を思い浮かべて嘆息する華、自分を含めて胸が大きな子がやるスキンシップだが、基本的には逃げられる。

 

世の男性からしたら血涙物なスキンシップすら逃げる、流石ヘタレ魔王である。

 

「いっそ一緒に寝るか…」

 

「野営で一緒に寝ましたけど効果ありませんでしたよ」

 

「ゆかりん、後で詳しく」

 

「武部殿、目が怖いであります…」

 

麻子の提案に、効果無かったと報告する優花里。

 

実際は滅茶苦茶意識してて叢真は殆ど寝てないのだが、気付いてなかった様子。

 

「あのぉ、あんまり過激な事をして叢真さんを困らせないでね…?」

 

「分かってるわよみぽりん、長野さんには、周りに魅力的な美少女が居るって事に気付いてもらうだけよ!そこからが本当のスタートなんだから!」

 

みほの控えめな静止、だが沙織は止まらない。

 

「叢真さん、大丈夫かなぁ…」

 

特集記事の事もあるのに、沙織が変なスイッチが入っている状態。

 

それが伝播して冷静な麻子や華までその気になっている、優花里は純粋に楽しそうだ。

 

「私がなんとかしないと…」

 

なんとか穏便に事が済むようにしないと、そう考えるみほちゃん。

 

彼女は知らない、他の巨乳連合加盟者により、戦車道履修者全体に話が広がっている事を。

 

叢真がどうなるか、全てはみほの手腕にかかっている…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンバーグの場合(ペロ、これは…デミグラス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く戻り辛い…」

 

先程の光景がフラッシュバックして、赤星さんの事を考えると勝手に股間がヒュッとする。

 

自然と腰が引けて中腰になってしまう、それ位インパクトがあった。

 

温和で良い子だと思ってたのに…そう言えばカルパッチョも最初は温和で良い子って印象だったなぁ…。

 

赤星さんもあぁなるの?やだ考えたくない。

 

どうしようかと講堂前でウロウロしていたら、廊下の窓の外、道の脇に設置されているベンチに人影が見えた。

 

街路灯に照らされているのは…逸見さん?

 

講堂脇の階段、その先にある外へ出る扉から外へ出てベンチへ足を向ける。

 

ベンチの上で項垂れているのはやはり逸見さんだ。

 

「どうかしたんですか、逸見さん」

 

「……え………あ、長野さん…」

 

俺が声をかけると、ビクリとして顔を上げる逸見さん、その表情は落ち込んでいる様に見えた。

 

「いえ、ちょっと…酔冷ましに」

 

「雰囲気酔いって奴ですか」

 

ノンアルコールビールだからね、お酒じゃないからね。

 

どう見ても酔っ払ってる生徒居るけど。

 

「今日はありがとうございました、とても勉強になりました」

 

「こちらこそ。逸見さんにはしてやられたよ」

 

「え……私は別に、何も…」

 

「何度かこっちの作戦に乗らずに対処してきたでしょう?もうちょっと上手く乗ってくれるかと思ったんですけどね」

 

そう言いながらベンチに座る、勿論逸見さんからは距離を空けて。

 

「そんな、あれは咄嗟にそうしただけで…結局撃破されてしまって…」

 

「咄嗟に対応出来るだけ、逸見さんが優れてるって証拠じゃないですか。言い方が悪いですけど、他の車長に比べたら格段に良い対応してましたよ」

 

「………でも、副隊長ならもっと上手く対応した筈です」

 

副隊長?副隊長は逸見さんじゃ……あぁ、みほちゃんか。

 

そう言えば逸見さん、みほちゃんや大洗の生徒にはキツい態度してたっけ。

 

まほさんのポンコツ暴走と俺にサインを強請る姿で上書きされてたけど。

 

「副隊長なら、もっと隊長の意図を汲んで、もっと最適で的確な行動を取った筈なんです…彼女にはそれだけの才能がある…私とは違って…」

 

……逸見さんと違って、か…。

 

確かにみほちゃんの才覚は凄い、西住流でありながら全く違うやり方を構築し、実践している。

 

西住流に足りなかった部分を、見事に埋めて新しい姿にしている。

 

だが、逸見さんだって彼女なりの才能がある。

 

無ければまほさんが自分の後継者として抜擢し、育てたりしない。

 

「本当なら、本当なら今頃、西住隊長の元で、副隊長が支えて、黒森峰の足りない所を補って、そして私が…私が、そんな副隊長を支えている筈だったんです…!」

 

膝の上の手をぎゅっと握り、俯く逸見さん。

 

彼女が描いていた未来、まほさんが率いて、みほちゃんが支えて、そんなみほちゃんを自分が助けて支える。

 

そしてまほさんが居なくなっても、みほちゃんが率いて、彼女が支える。

 

そんな未来を描いていたのだろう。

 

「なのに副隊長は、黒森峰を去った…西住隊長が、戦車道の立て直しに大変な時に学園を去って…それだけでも許せないのに、大洗なんて聞いたこともない学校で逃げた筈の戦車道をまた始めて…!全国大会にまで出てきて、しかもあんな脳天気なメンバーと楽しそうにして…!隊長や小梅が……私がどんな思いで…!」

 

「逸見さん…」

 

「あの時だって…なんで1人で飛び出して…私達が傍に居たのに!フォローするように指示してくれれば、私だって…私だって…!」

 

あの時…赤星さんの車両が水没し、みほちゃんが飛び出した時か…。

 

あの局面でみほちゃんの傍に居たのは、護衛の赤星さんの車両と…同じく護衛だった逸見さんの車両。

 

咄嗟に飛び出してしまったみほちゃん、動けなくなるフラッグ車。

 

そんな中、フラッグ車を守ろうとして動いていたのが、逸見さんの車両なのだろう。

 

だが間に合わずに撃破されてしまった。

 

赤星さんと同じで、みほちゃんの助けになれなかった事を、逸見さんも悔やんでいたのだろう。

 

仲間なのに、支える立場なのに、自分を頼ってくれなかったみほちゃん。

 

そしてみほちゃんは黒森峰を去った。

 

やはり自分達を頼ってくれずに。

 

そして大洗で逃げた筈の戦車道を始めた姿に、怒りが湧いたのだろう。

 

みほちゃんが何故戦車道をまた始める事になったのか、知らない彼女からしたら当然の怒りだ。

 

自分達を放っておいて、何も知らないような脳天気なメンバーと楽しそうにする姿。

 

ある意味正当な怒りだけに、下手なフォローは出来ない。

 

「分かってるんです、自分の実力がない事を副隊長へ八つ当たりしてるだけだって…でも、でも!副隊長の実力は本物だった、リーダーとしての才能は私より上だった…だから私は、副隊長を支えて、黒森峰で一緒に…一緒にやっていきたかった…!」

 

自分の実力とみほちゃんの才能、それを理解しているから、みほちゃんを支える事を選んだ。

 

だがみほちゃんは居なくなってしまった。

 

残されたのは、敗北の余波で揺れる黒森峰と、それを立て直そうと必死なまほさんだけ。

 

だから彼女は全力でまほさんを支える事を選び、みほちゃんの事を諦めた。

 

だがそのみほちゃんが、敵として立ち塞がった。

 

そして彼女が選んだ、彼女の戦車道が、黒森峰を倒した。

 

だから逸見さんは、複雑な感情を溜め込み、みほちゃんへのコンプレックスも合わさって…今の状態って事か。

 

初めて会った時の皮肉げな態度も、まほさんのポンコツ凶行に面食らっていた態度も、俺へのミーハーな態度も違う。

 

彼女が抱え込んでいる、積み重なった闇を発露している姿。

 

……似合わないな。

 

彼女にはこんな姿、似合わない。

 

彼女は、みほちゃんが認めている、優秀な存在だ。

 

まほさんだって彼女を認め、後継者として育てている。

 

確かに指揮官としてはまだ足りない、だが劣っている訳ではない。

 

まだ彼女が、彼女自身が自分と、自分の戦車道に向き合えていないから。

 

自分が作る道を見つけられていないから。

 

「……すみません、急にこんな、訳の分からない事を…」

 

「みほちゃんが言ってたんだ」

 

「………?」

 

「逸見さんは凄い人だ、私にないモノを持っている。逸見さんが自分を引っ張ったり、背中を押してくれたから黒森峰でも頑張れたって」

 

みほちゃんと大洗アウトレットモールで買い物をした時に、俺が買ったボコを抱きながら教えてくれた。

 

黒森峰での生活は大変だったけど、中等部の時から逸見さんに背中を押されて頑張れた事。

 

自信がない自分を、叱咤しながら腕を引いてくれた事。

 

その事を思い出しながら、楽しそうに、そして寂しそうに語るみほちゃん。

 

そこに、一切の悪感情は無かった。

 

何度もエリカと言い掛けてから逸見と言い直した事を考えると、みほちゃんは親しい友人として逸見さんを見ていたのだろう。

 

赤星さん達と同じ様に。

 

「そんな、嘘です!私なんかにそんな…!」

 

「俺が嘘つきだと?それともみほちゃんが嘘つきだと?」

 

「どっちも有り得ません!長野さんも、副隊長も、嘘なんて……嘘なんて…」

 

みほちゃんは兎も角、俺への信頼は何なんだ。

 

俺結構嘘つきだよ?奇策搦め手騙し討、その為ならどんな嘘でもつくよ?

 

いや、対人関係で嘘は言わないけどさ…。

 

「副隊長が嘘なんて……あのふわふわボケボケのお人好しでドジで情けなくて泣き虫で隊長に甘やかされてて手がかかってどうしょうもない副隊長が…嘘なんて言うわけない…」

 

凄いみほちゃんの印象…長年一緒だっただけあってみほちゃんの良い面も悪い面も知ってるんだなぁ…。

 

「みほちゃんが色々大変だったって事も、逸見さんなら言わなくても理解してるよね?」

 

「……はい。副隊長は、強い人です…そんな彼女が黒森峰から、戦車道から逃げる位辛い目にあった事は…理解してます」

 

助けられなかった他ならぬ自分だから、悔しそうに手を握り込む逸見さん。

 

「でも、大洗なんてど田舎の無名校で戦車道を始めたのが許せないんです…どうして、戻ってきてくれなかったのか…!」

 

「………実はハッキリ言っちゃうとね」

 

「…?」

 

「脅されたんだよ、みほちゃん」

 

「――は?」

 

「俺も脅されたの、戦車道やらないと秘密をバラすよって」

 

「はぁ!?」

 

「みほちゃんは確か、戦車道やらないとこの場所に居られなくなるとか、庇ってくれた友達も退学にさせるとかそんな感じで」

 

「はあぁぁぁぁ!?」

 

逸見さん大絶叫、それはそうである、まさか逃げた先で脅されて無理矢理戦車道をやらされてたとは思わなかったのだから。

 

武部さん達に囲まれて楽しそうにしているみほちゃんの姿しか見てないもんなぁ。

 

「逃げた先で脅されて居場所が奪われるなんてなったら、そりゃ頑張るしかないよね。しかも友達になってくれて庇ってくれた友達まで退学になる所だったんだから」

 

まぁ会長達も本気でそんな事はしないだろうけど。

 

……いや分からないな、暴走してやる可能性もあったか…主に河嶋先輩が。

 

あ、でもあの人広報だからそんな権限無いか。

 

「…………ちょっと大洗行ってきます」

 

「まぁまぁまぁ落ち着いて。気持ちは分かるけどもう終わった事だから」

 

目をギラリと光らせながら立ち上がる逸見さんを引き止めて座らせる。

 

やだこの子実はみほちゃん大好きでしょ絶対。

 

好きじゃなければ支えたり感情を拗らせたりしないか。

 

みほちゃんの人誑しは昔からか…。

 

「主犯と仲間の情報をください、確実に仕留めてみせます」

 

「大丈夫、ちゃんと本人たちで話し合って解決してるから。だからそのヒットマンな目は止めよう、な?」

 

タマとったる的な視線が怖い、喜んで鉄砲玉になっちゃうタイプだこの子。

 

会長達はちゃんとみほちゃんに謝罪してるし、今後みほちゃんが困ったら全力で支援すると言っていた。

 

俺?俺は会長に「私の事好きにしていいよ」と言われたのでウメボシグリグリの刑に処した。

 

女の子が軽々しく身体を差し出すんじゃありません全く。

 

春日部の一家も言っている、拳骨、ウメボシ、足の臭いは暴力や虐待ではない、教育的指導だと。

 

「……副隊長にも深い事情があったことは理解しました…」

 

「それは良かった。それに逸見さん全国大会で言ってたじゃないか、次は負けないって」

 

あれは俺が聞いた限りでは、みほちゃんの事を、みほちゃんの戦車道と大洗の選手達を認めたから。

 

だからこそ、次は負けない、ライバルとして勝つという宣言だと俺は感じた。

 

まほさんのポンコツ奇行でちゃんと言えてなかったけど…。

 

あの人余計なことしかしてないな…。

 

「あれは、その…副隊長が、やっぱり凄いって証明されたのが嬉しくてつい…」

 

嬉しくてか…自分が負けを認めた相手を敬える、やっぱり逸見さんは凄い人だ。

 

問題はまほさんみほちゃんへのコンプレックスと、そこから来る自信の無さか…。

 

時々見られる彼女の突撃思考と言うか、焦りはそこが原因なんだろうな。

 

結果を残そうとする事から焦り、気持ちが逸ってしまう。

 

「でも、今の私が副隊長の相手が出来るかどうか…来年はもう、隊長も…」

 

今日話された改革、それを実行していくのは他ならぬ逸見さん達だ。

 

精神的大黒柱であるまほさんは来年には居ない。

 

みほちゃん達に挑むのは、逸見さん達になる。

 

再び王者黒森峰が君臨する為に。

 

負けられない大事な戦い、その重圧を感じているのだろう。

 

「まぁ…ぶっちゃけてしまうと、みほちゃん達来年の大洗の最大のライバルは逸見さん、君なんだよ」

 

「………へ?」

 

俺の言葉に、鳩が豆鉄砲を撃ったような顔になる。

 

そんな顔見たこと無いけど。

 

「わ、私が!?」

 

「いや、だって他に居ないし。君レベルの指揮官」

 

聖グロ、ダージリンとアッサムさんが卒業したら次の指揮官はルクリリ、その補佐をオレンジペコとニルギリとなるだろう。

 

ローズヒップ?彼女は指揮官より小隊指揮で暴れ回らせた方が輝く。

 

下手するとオレンジペコが指揮官になる可能性もあるが…。

 

だが経験不足だ、才能に経験が追い付いていない。

 

サンダースはナオミとアリサさんだが、ナオミは勝負師タイプで指揮官に向いていない、そうなるとアリサさんが指揮官候補なのだが、ケイさん曰くまだまだ甘くて安心して後を任せられないという事でこちらも経験不足。

 

アンツィオはどっちが次のドゥーチェになるか不明だが、順当に行けばペパロニだろうな、そうなるとノリと勢いは維持出来るが作戦指揮がな…小隊指揮させれば有能なんだけどなペパロニは、ローズヒップと同じで暴れさせた方が良いタイプだし。

 

プラウダはニーナとアリーナが後を継ぐだろう、こちらはまだカチューシャの教育中だが、形になれば強力になる。

 

継続は…ここが1番分からないな、ミカさんがあの通りの人なので誰を指名するか…。

 

一応部隊を掌握してるのはアキちゃんだが、彼女もまだオレンジペコと同じで経験不足だしなぁ。

 

他の学校は…あんまりパッとした選手が2年生に居ない。

 

知波単が大会後に2年生が隊長に就任したとか月刊戦車道にあったけど、未知数…と言うか知波単は先ず突撃ありきなのをどうにかしろ。

 

突撃は数じゃない、質とタイミングだ。ただ突っ込めば良い訳じゃない。

 

そんな訳で、俺が知る限りだと指揮官として突出しているのがみほちゃんと逸見さんしか居ないのである。

 

逸見さんに関しては今回の紅白戦で判明した能力を加味しての評価である。

 

その辺りを詳しく説明すると、逸見さんはあんぐりと口を開いて呆然としている。

 

まぁ綺麗な歯並び。でも女の子がやるとはしたないから口を閉じようね。

 

「わ、私なんかがそんな…!」

 

「各学校を回った第3者による公平な分析です。自信を持ちなよ、君が副隊長になった時に反対の声はあったかい?」

 

「………無かったと、思います」

 

思い出しながら答える逸見さん。

 

まぁ裏では3年生とかから反対の声が出てたかもしれないが、まほさんが握り潰しただろう。

 

プラウダへの敗北とみほちゃんの離脱で揺れた黒森峰の立て直しに、逸見さんは必要不可欠。

 

まほさんからしたら逃さん、お前だけは…と強い気持ちで抜擢したのだろう。

 

「それだけ信頼されて期待されてるんだから、そろそろ自分を許してあげよう。みほちゃんは待ってるよ、君が自分の道を見つけて立ち塞がってくる事を」

 

みほちゃんは言っていた、逸見さんが私と同じで自分の戦車道を見つけたら、絶対に強敵になる。そんな逸見さんと戦って…もう一度、友達になりたい、と。

 

昨日の敵は今日の友、戦った相手と友達になれる、みほちゃんの戦車道。

 

そんな事せずとも普通に仲直りすれば良いのに…とは思うが、みほちゃんなりの贖罪なのだろう。

 

黙って黒森峰を去ってしまった事への。

 

「副隊長が……みほが…私を……」

 

「あ、この事は内緒で。俺が言ったと分かったら怒られちゃうから」

 

なんで教えちゃうんですか、内緒にって言ったじゃないですかってポカポカ叩かれて怒られる、うん絶対怒られる。

 

「あの……長野さん…失礼だと、思うんですけど………胸を、貸して下さい…!」

 

「こんな胸で良ければ」

 

両手を広げると、逸見さんが静かに頭を預けてくる。

 

そして静かに肩を震わせて、嗚咽を漏らす。

 

それを優しく、壊れ物を扱うように抱き締めて、頭を撫でる。

 

これ位は許してくれるよね、みほちゃん。

 

ライバルの背中を押したことを、みほちゃんなら許してくれると思って空を見上げる。

 

空に浮かぶ月に、笑顔のみほちゃんの顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ありがとう叢真さん…でも、それはそれ、これはこれです♪――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Nooooooooooo!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば逸見さん、俺のファンとか言ってたけどどこで知ったの?」

 

ガッチガチの西住ファンと言うか、まほさん命って感じで他の人に興味持たなそうなのに。

 

「えっと…あの、実は昔、大会で会ったことがありまして…」

 

泣き止んだ逸見さんが照れ臭そうに笑う。

 

はて、逸見さんみたいな子に会ったことあったか…?

 

まさか、秋山さんみたいに男の子だと思ってたオチか!?

 

逸見さん性格キツいと言うか気が強いから、あり得る…!

 

「熊本大会で、私が落としたうさぎのぬいぐるみを、長野さんが拾ってくれたんです…覚えないかもしれないですけど」

 

「うさぎ…?」

 

うさぎ…うさぎのぬいぐるみ……熊本大会でぬいぐるみ?

 

あ………。

 

「あの時のフリフリロリータファッションのお姫様!?」

 

「は、はい…お恥ずかしいです…」

 

覚えてる覚えてる、物凄いフリフリで可愛らしいお姫様みたいな格好して、うさぎのぬいぐるみを抱いた女の子。

 

俺が拾ったうさぎのぬいぐるみを、涙目で抱きしめていた。

 

あのお姫様がこうなっちゃうのか…意外!それはロリータ趣味ッ!

 

そう言えばみほちゃんが、逸見さんは私服が可愛いとか言ってたけど…今もなのだろうか。

 

うぅん、逆に見てみたいぞ、逸見さん美少女だし似合わないって事はないし。

 

逆にまほさんの私服についてみほちゃんが言葉を濁したのが謎だが。

 

しかし世間は狭いな、まぁ戦車道という枠組みの中だから仕方ないか。

 

「実は長野さんの試合を見るまで、戦車とか嫌いだったんですが…長野さんの正面から圧倒して倒していく王者の戦いに感銘を受けて、戦車道を始めたんです…」

 

意外!それは俺が切掛ッ!

 

まほさんとかじゃなかったのか…戦車が嫌いとか何があったのだろう。

 

まぁ今こうして戦車道に邁進しているから良いか。

 

王者の戦い…俺が搦め手を覚える前かな、最初の頃は俺も母に倣って西住流みたいな戦略してたし。

 

搦め手覚えてからは今みたいなスタイルになったけど。

 

そんな昔話に花を咲かせていたから気付かなかった。

 

何時まで経っても俺が戻らない事で、探しに出た人の存在に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………叢真」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしい、Bパートを書き始める時は「ぐへへ、ハンバーグネタで責めて責めて責めまくって主人公にハンバァァァァグッ!と叫ばせてエリカに胸キュンさせてやるぜごべべべべ」と笑っていたのに、気付いたらハンバーグネタが出ない上に半端に真面目な話になってしまった…(´・ω・`)


おかしい、こんな事は許されない…エリカはハンバーグとワニネタで弄られるキャラの筈…こんな未来は見えなかったぞ!(´・ω・`)



まさか、ネタの為に見たみほ☓エリ本の影響だと言うのか…あの尊さに負けたというのか…このらんらんが!このらんらんがぁぁぁぁ(´・ω・`)


(´・ω・`)



(´・ω:;.:…



(´:;….::;.:. :::;.. …..


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くろもりみね おわり

キャラ崩壊はっじまっるよー(´・ω・`)



主人公のテーマソングを選んでいたらこんな話になったわ(´・ω・`)



魔王時代「JINGO JUNGLE」(´・ω・`)

大洗戦車道復活編「ニブンノイチ」(´・ω・`)

大会優勝後「wimp ft. Lil' Fang 」(´・ω・`)

仮面ライダーパンツァー主題歌「stone cold」(´・ω・`)




はい、ガルパンMAD見て選びました、テーマソングとか考えながら書くと捗るの、らんらん(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、連盟本部の頭の硬さも困ったものね…」

 

夜の島田邸、その書斎で頭を悩ませているのは、この家の主である島田千代。

 

本日あった連盟会合での議題について、散々話し合ったのだが却下された事で連盟本部に呆れている模様。

 

「2年後の世界大会、そしてプロリーグ発足…今が大事な時だと言うのに…」

 

忌々しげに呟く千代、彼女は大学戦車道連盟の理事、今後発足されるプロリーグにも、世界大会にも関係が深い。

 

何せプロリーグが発足されれば、現在大学生の選手達がその道に進む事になる。

 

そして世界大会へ出場する事を目標とする。

 

だからこそ、今が大切な時期だと言うのに。

 

連盟本部は、彼女の言葉に耳を貸さない。

 

その事が、普段から冷静沈着で淑女然とした彼女を苛立たせていた。

 

彼女の愛娘が見たら、驚くであろう姿。

 

「しほさんは戦車道プロリーグ設置委員会の委員長を打診されて調子に乗ってるし…何とかしないと島田流の名が泣くわ…」

 

彼女がライバル視している西住流、その家元襲名が決定した西住しほが、文科省から設立予定のプロリーグ、その設置委員会の委員長になってほしいと熱望されている。

 

何故島田流の自分ではなく西住流のしほなのかと、当然ライバル視している千代は憤慨している。

 

これは文科省が、国際強化選手に選ばれているまほ、大洗を優勝に導いたみほ、その母親であり西住流の家元になったしほ、それらを総合的に判断して依頼した事だ。

 

あと千代が大学戦車道理事長と大学選抜強化チームの役員も務めていて、大変だろうという配慮もあっての選出だったりする。

 

だが自分を差し置いてしほが選ばれたのが悔しい千代は、今回の会合でもしほに自分の提案を却下されて怒りを燃やしていた。

 

「何故誰も理解してくれないの……この、長野くん主演仮面ライダースピンオフ作品、仮面ライダーパンツァー~エピソード・ゼロ、鋼鉄の戦士爆誕~に盛り込むアイディアを!」

 

ガッデェェェムとばかりに机を叩く、その衝撃で飛び上がるのは彼女が興奮しつつ書いた企画書。

 

先ず名前が不明だったパンツァーの変身者である青年の名前を「島田叢夜」とする。

 

戦車道の名家である島田家の生まれで、優しくて美人で魅力的な母と可愛くて愛らしくてお兄ちゃん子な妹との3人暮らし。

 

パンツァーになった事で力の重圧と責任に潰されそうになる主人公、それを母の愛が救い、戦士として成長する。

 

そんな設定を織り込んだシナリオにして、主題歌は勿論長野叢真に歌ってもらう。

 

しかもOPとEDと劇中歌の3曲。

 

撮影は群馬で行い、島田流が全面バックアップ。

 

最初の敵はズミニシ流という外道集団。

 

その他色々な要素と設定を盛り込んだ、欲望200%の企画書。

 

これを会合で大々的に発表した。

 

連盟本部理事長の、SAN値直葬な表情と、真顔で固まるしほさんの表情。

 

沈痛な他の参加者達。

 

誰もが思った。

 

 

 

『駄目だこのちよきち、早くなんとかしないと…』

 

 

 

普段の彼女は仕事が出来る淑女である。

 

だが乙女のような気持ちも忘れてはいないのである、こらそこ、うわキッツとか言わない。

 

「おかしいわ、私の案は却下されたのに各学校が提案した強化フォーム案は通るなんて!」

 

とってもガッデェェェム!と机を叩く、机先輩頑張って下さい。

 

自分の(欲望まみれの)提案は主にしほと理事長に却下されたのに、各学校…強豪校である聖グロリアーナ・サンダース・プラウダの提案というか要望書が通った。

 

会合に参加した番組スタッフ、監督と脚本家が優勝した大洗との縁も強いし、実に子供受けする内容だからという理由で。

 

なお、強豪校ではないのにアンツィオの要望も通った、他の提案書と一緒に届いた事と大洗と仲が良いという理由からの完全なごっつぁん通過である。

 

それなら自分の提案も採用してくれても…!と粘るちよきちだったが、その都度しほさんが正論で却下していった。

 

お蔭で主人公にマザコンのシスコンで職業アイドルで島田で戦車道の跡取りで群馬在住という設定が追加されるのを防ぐ結果となった。

 

しほさんGJである、理事長もこの人呼んで良かったと安堵した。

 

芸能関係に全く興味がないしほさんが、仮面ライダーパンツァーの映像作品制作会合に来てくれるとは思わなかった理事長だが。

 

ナイス判断理事長。

 

「おのれしぽりんめぇぇぇ…!しかも携帯の待ち受け、叢真くんとのツーショットだったのが1番許せないぃぃぃぃ!!」

 

ダムダムダムと机先輩を叩くちよきち。

 

休憩時間にしほの携帯にまほから電話があったのだが、その時に盗み見た待ち受けが、悟りを開いたような顔の叢真と、酔ってご機嫌なしほのツーショット写真。

 

これにはちよきちも激おこである。

 

「私だってツーショット写真なんて持ってないのにぃぃぃぃ!」

 

ムキー!とハンカチを咥えて悔しがるちよきち、娘にはとても見せられない姿である。

 

「結局監督さんと脚本家は、しぽりんの案を採用しちゃうし…覚えてなさいよ西住流、この借りは絶対に返させてやるんだから…!」

 

人、それを逆恨みと言う。

 

いい歳して娘と近い年齢の青年にハマっている人妻の狂乱は、怒りが収まるまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんの場合(みほぉ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、急に時間を作って欲しいなんてお願いして…」

 

「気にするな、私も叢真との時間が欲しいと思っていたしな」

 

夜の黒森峰学園艦の街を歩きながら謝罪すると、男前な返事が帰ってくる。

 

こうしていると格好いい出来る女なのになぁ。

 

「ふふ、惚れ直したか?」

 

「いえ、別に」

 

「(´・ω・`)」

 

中身ぽんこつ過ぎませんかね。

 

打ち上げも終了し、負けた白組選手が片付けを行う講堂を後にした。

 

なんか選手の1人が「履帯に比べれば軽い軽い軽いあはははは!」と笑ってテーブルとか担いでいたけど、元気だなぁ。

 

雰囲気酔いして熟睡している1年生達は準レギュラー組が家まで運んでくれると言っていたし、安心だろう。

 

「戦車倉庫はまだ明るいんですね…」

 

通学路から見える校庭を挟んだ先にある戦車倉庫は、まだ明かりが煌々と輝いている。

 

「明日の授業でも使うし、なによりお前が原因なんだぞ叢真」

 

「俺が?」

 

「森林地帯で逃げ回る、採掘場で暴れまわる、山岳地帯で崖を下る…白組も紅組も車両の足回りのダメージが甚大なんだが」

 

まほさんのジト目に、思わず視線を逸らす。

 

「特にお前のラングと赤星のパンター、そして私のティーガーⅠは損傷が激しすぎてオーバーホールだ」

 

「あれま…でもそれ位なら今晩中には終わりますよね」

 

「は?」

 

「え?」

 

「……叢真、その台詞を整備科の前で言うなよ、押し倒されて整備科の慰み者コースだぞ」

 

ヒェッ!?なにそれこわい。

 

「えぇ…でも大洗なら一晩で…」

 

「ポルシェティーガーを移動しながら直すなんて規格外と一緒にするな、整備科の生徒が泣くぞ」

 

そうか…言われてみればそうだよな。

 

ウチの自動車部がおかしいんだよな、普通ならオーバーホールになれば大騒ぎだもんな…。

 

いかんいかん、大洗の異常っぷりに慣れてしまって常識を失いかけていた。

 

「全く、お前とみほが居るだけでも異常なのに、各戦車の操縦手や砲手も異常者揃い…どうして大洗なんて無名の学校で埋もれていたのか…」

 

黒森峰に来てくれれば1軍間違いなしだと嘆息するまほさん。

 

それは俺も同意だ、大洗は埋もれた才能が多すぎる。

 

特に練度の鬼であるバレー部とチート過ぎる自動車部、異能者の集まりとか言われてるあんこうチーム。

 

重戦車2両を喰った大洗の首刈りウサギ、雪中の大乱闘のカメさんチーム。

 

そして戦車以上に他の能力が高すぎるカバさんチーム…。

 

目立たないけどカバさんチーム、地味に超人の集まりなんだよな…。

 

短時間でⅢ突を雪にたった3人で埋めるわ、色々な忍術使うわ。

 

特に左衛門佐とおりょう、弓道が得意だったり剣術に精通してたりするし。

 

エルヴィンも拳銃での射撃が得意だったりするし、1番対人戦闘力が高いんじゃないかあのチーム。

 

残りのチームは目立たないが、初めて数ヶ月で戦車を動かして大会に参加してる時点で異常なのである。

 

普通は戦車を動かすだけでも半年はかかる、紅組の1年生だって中等部から戦車道を学んでいるエリートなのだ。

 

逸見さんではないが、戦車道を復活させて直ぐに全国大会に出場とか、そりゃ舐められてるか能天気かと思われても仕方ない。

 

「最初は無名で復活させたばかりの大洗に負けたとあって、マスコミやOGから叩かれたものだ。だが次第に黒森峰や負けていったプラウダ、アンツィオ、サンダースが弱かったのではなく、大洗が異常だったと知れ渡ってからは手の平を返してきた」

 

苦笑するまほさん、連盟が発行している月刊戦車道などは兎も角、スポーツ紙や週刊誌は大洗の電撃的勝利よりも負けた王者黒森峰や他の学校を叩く事に熱を入れていた。

 

だが、調べれば調べる程に大洗の異常っぷりが顕になり、そして負けた学校が他の学校よりも数段優れている事も判明。

 

更にはネットで監督があの非道の魔王長野叢真、隊長は西住流の次女、履修生は異常者揃い。

 

そういった情報が広がり、マスコミは逆に大洗の能力をまともに理解していない無能と叩かれ、連盟からも抗議される始末。

 

特に一部のマスコミが発行した、大洗学園勝利の真実~少年少女達の努力と苦悩~と題された雑誌記事が出たことで完全に、敗北した学校叩きをするマスコミが悪という流れになった。

 

廃校という現実から抗う為に戦車道を復活させ、一致団結して素人集団が強豪校に挑む。

 

そして戦った相手と堅い友情で結ばれる少女達、戦った少女達は負けても大洗の応援に駆け付け、その優勝までの道を見守った。

 

王者黒森峰でもそれは同じで、戦った後はお互いを認め合って握手をした。

 

正に努力・友情・勝利の王道ストーリー。

 

大衆には的外れな批判と叩きをするマスコミよりも、美しい物語の主役の方が受け入れられた。

 

正に戦車道の、武道としての立派な姿として。

 

ネットでも同じであり、一部の捻くれた性格破綻者以外は大洗と、戦った学校を称賛。

 

結果みほちゃんの軍神化が進行し、あんこうチームや自動車部の異常っぷりが伝説として語られる事に。

 

更には、お昼のワイドショーでネタなのかウケ狙いなのか、若手1発屋芸人が「まぐれで優勝できるくらい簡単な競技なんすねwww」と発言、お茶の間と司会者、そして出演していた黒のカリスマと呼ばれる人の怒りを買い、胸ぐらを掴まれる騒動に発展。

 

黒のカリスマの「お前、戦車動かせんのか?動かして戦えんのか?出来もしない癖に偉そうに馬鹿にすんじゃねぇぞ」と一喝。

 

芸人の司会者も「流石に擁護できんぞ、勉強し直してこい」と呆れ顔。

 

他の出演者も駄目だこりゃと誰も擁護せず、若手芸人は番組が終わるまで黒のカリスマに怯えて震えるという姿をお茶の間に晒す事に。

 

以後、その芸人の姿をテレビで見る事は無くなった。

 

まぁ元々ギリギリなネタで下品な笑いを取って出てきた芸人だけに、ネットじゃ嫌われていたのもあるが。

 

因みに黒のカリスマの行動は称賛された、流石俺達のカリスマだとネットでは大絶賛である。

 

そんな騒動も合わさって、黒森峰叩きは手の平を返した対応になったそうな。

 

「ある意味大洗に救われたな、王者黒森峰が2年連続準優勝で、OGもうるさかったんだ」

 

「どこも口だけのOGが害悪なのは変わらないんですねぇ」

 

聖グロとか聖グロとか聖グロとか。

 

アンツィオのOGを見習えと言いたい、義援金を送ったり試合の応援に来たり、食材を差し入れしたりと理想的なOGだぞ。

 

まぁ、練習を見に来る度に1年生をナンパしたり俺を口説きにきたりと別の意味で大変だが。

 

アンツィオの生徒って、1年生はノリと勢いが良いだけなのに学年が上がっていくとどんどんナンパが上手くなっていくんだよな…しかも同性に対しての。

 

大学戦車道で異性にモテない原因の1つが、アンツィオ卒業生による同性ナンパだとか言われてるし…。

 

下手な男子よりイケメンだからな、アンツィオのOGは…。

 

「ここが私の寮だ」

 

「自分でお願いしておいてアレなんですけど、男子が立ち入って良いんですか…?」

 

黒森峰の学生寮に辿り着いた俺達、まほさんは気にせず建物に入っていくが、俺はちょっと戸惑う。

 

こんな遅い時間に、女性の部屋に入るのはちょっと…いやかなり勇気が要る。

 

「別に男子を連れ込んではいけないという校則はないぞ」

 

「いやそりゃそうですけど」

 

女子校だしね、中高一貫の。

 

「そうやって遠慮している方が騒ぎになる、ほら早く入れ。大丈夫だ、何もしない」

 

「それ男が言う台詞…。それじゃ…お邪魔します」

 

まほさんに先導されて寮の中へ。

 

寮と言っても、普通のマンションでも通用する作りだ。

 

入った部屋は、寮としては広い方だ。

 

一人部屋らしく、小さなキッチンとバス・トイレ、そして部屋には備え付けのベッド。

 

勉強机の横には本棚があり、戦術指南書や戦車の本、教材などが詰められている。

 

ベッドの上には、ボコのぬいぐるみ…たぶんみほちゃんのプレゼントだな。

 

「適当に座っていてくれ、着替えてくる」

 

着替えを持って、風呂場の方へ行くまほさんを見送る。

 

何度か女の子の部屋には入った事があるが………凄い、さっぱりしている。

 

女の子らしい点が、ボコしかない…布団も清潔感優先って感じだし、小物も…戦車とかそういうのばかり。

 

まほさん…ちょっと男らし過ぎませんかね…。

 

武部さんの部屋とか見た後だととても女の子の部屋とは思えないんですけど…。

 

ペパロニの家なんてあちこち花とか飾ってあるし、可愛い小物とかお洒落な雑貨とか置いてあるんですよ。

 

自称女らしくないと豪語するペパロニに負けてるって、ちょっと…ヤバくない?

 

「待たせたな、アイスティーで良いか?」

 

「あ、はい……ぶっほ!?」

 

「ぶっほ?」

 

「い、いえ、なんでもないです…」

 

アイスティー両手に入ってきたまほさん、その胸に輝く『今夜もパンツァー・フォー』の文字。

 

なにそのTシャツ…なにその…なに?

 

え、部屋着?それ部屋着…?

 

俺あんまりお洒落とか分からないけど……ダサくね?

 

それダサくないですかまほさん?

 

「ん?このシャツか?これは母が送ってくれた物なんだが…」

 

まさかのしほさんの趣味。

 

やだ、あの人親馬鹿な上に趣味悪いの…?西住流のイメージがガッツリ崩れていったんですけど。

 

「洋服とか何を買えばいいか分からなくてな…親が買った服を着ててすまん…」

 

「い、いやいや、俺も母親が買った服とか着てますから…」

 

ここまでダサくないけどな!

 

でも年頃の女子としてかなり致命的じゃないかなそれ!

 

普通高校生って休日には友達と一緒に服買いに行って何時間もきゃっきゃするもんじゃないの?大洗ではそうなんだけど。

 

あんこうチームやウサギさんチームに連れて行かれるから俺は詳しいんだ。

 

「以前はみほや、家に居た時はお手伝いの菊代さんが選んでくれたんだ」

 

家を出て菊代さんが選べなくなり、頼みの綱だったみほちゃんも黒森峰を去った…。

 

残されたのは、母親が送ってくるクソダサTシャツだけと…。

 

「あの、まほさん、まさかその格好で出歩いたりしてませんよね…?」

 

「あぁ、これは部屋着だ。外出する時は菊代さんが選んでくれた服かみほが買ってくれた服を着ている」

 

GJ菊代さんとみほちゃん!でもそれしか着ないってのもそれはそれで問題じゃないかな!

 

「下着はエリカが選んでくれる」

 

逸見さん…苦労してるんだね…。

 

でもまほさん大好きな逸見さんだから逆にご褒美か?

 

カチューシャの服とか下着選んでるノンナさんなんて直視出来ない位の輝く笑顔してるし。

 

「お腹空いてないか?直ぐに用意出来るぞ」

 

「いや、今から料理していたら時間が…」

 

「何、3分で出来る」

 

ちょ、おま。

 

まほさんが冷蔵庫…ではなく、その隣の棚から取り出したのは、日本が誇る最強の保存食、カップヌードル。

 

しかもシーフード。

 

まほさん違う、それ料理言わない。

 

「カレー味が良いか?醤油味は切らしてしまっていてな、また買い溜めないと…」

 

悲報、まほさんカップヌードルを常食疑惑。

 

「ま、まほさん、あの、料理…しますよね?冷蔵庫あるし…」

 

「?何を当たり前の事を。ちゃんと自炊しているぞ、ほら」

 

自信満々なまほさん、そうだよね、今はたまたま簡単に食べられるカップヌードルを勧めただけで、ちゃんと料理出来るよね。

 

何せ良い所のお嬢様なんだし。

 

学園艦生活も長い訳だし。

 

「見てみろ、全国から選りすぐったカレーだ」

 

うわああああああああああああああ!?

 

レトルトカレーだああああああああ!?

 

しかもご当地物だああああああああ!!

 

「ほら、たらばカニカレーとか会津地鶏カレー、ツェッペリンカレーによこすか海軍カレー、これも外せないな、もつカレーに松坂牛カレー。かきカレーと土佐くじらカレーもイケるぞ、博多明太子カレーと地元のばってんこだわりカレーもあるぞ」

 

箱に入ったレトルトカレーを勧めてくるまほさん。

 

そう言えばみほちゃんが、まほさんの好物はカレーとか言ってたけどこういう事か!こういう事なのか!?

 

棚にギッチリ詰められたレトルトカレーの数々、棚の上にはエゾ鹿カレーとかアザラシカレーとかトドカレーとかの珍妙な物まで。

 

「カレーも直ぐに出来るぞ、ご飯もあるからな」

 

サ〇ウのご飯だあああああああああああああ!?

 

玄関開けたら2分でご飯だああああああああ!!

 

保存食として優れていてキャンプでも使える!!

 

災害時にも大活躍なサト〇のご飯だああああ!!

 

「ま、まほさん…あの、もしかしてご飯はいつもそれ…?自分で炊かない…?」

 

「炊く…?」

 

わああああああ凄い無垢な瞳いいいいいいい!!

 

よく見たら炊飯器自体が無いいいいいいいい!?

 

「まさか……!うわあああああああ!?」

 

「叢真!?どうしたんだ叢真っ!?」

 

冷蔵庫を開けたら、ノンアルコールビールの缶がギッチリ詰められてる。

 

うわあああああ牛乳すら無いいいいいいいい!!

 

なのにカレーのトッピング用と思われる温泉卵とチーズと福神漬だけはある。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉ……」

 

「叢真!?泣いているのか叢真!?何が悲しいんだ!?」

 

思わず両手で顔を覆って座り込んでしまう。

 

ポンコツだとか、戦車道に人生捧げてるとか思ってたけど…。

 

ここまで…ここまで女子力が死んでるとは思わなかった…!

 

黒森峰の生徒の女子力の低さに驚愕していたら、その代表のこの死にっぷりだよ!

 

そりゃみほちゃんが普通の女子高生らしい生活とか日常に憧れる筈だよ!

 

武部さんが女子力高いんじゃない、黒森峰が全体で低いんだこれ!

 

い、いや、まだだ、まだ逸見さんとか赤星さんとか、女子力高そうな子が残ってる。

 

まだ希望はあるぞ、確りしろ俺…!

 

「レトルトカレーは嫌か?だが手作りのカレーはエリカが居ないと用意して貰えないんだ、今からお願いすると時間がかかってしまう…そうだ、寮の前にあるお弁当屋はどうだ?私がいつも使っているお店なんだが、ご飯と揚げ物が美味しいんだ、ノンアルコールビールによく合うぞ」

 

やめてぇぇぇぇ俺の中のまほさんの像を壊さないでぇぇぇぇ!?

 

ポンコツな上に女子力崩壊とかもうやめたげてよおおおお!!

 

そして逸見さんの女子力が保証された、良かった信じてたよ逸見さん…!

 

「寮生の殆どが愛用しているお店だからな、味は保証するぞ。何弁当が良い?私のオススメは唐揚げとカツがトッピングされた勝利カレーなんだが」

 

カツとカレーで勝利ってか、やかましいわ!

 

「他のオススメは…焼き肉弁当と生姜焼き弁当、あとソーセージ弁当なんだが」

 

女子力崩壊からのおっさん化があああああ!

 

選択肢が漢らし過ぎるぅぅぅ!

 

「あとエリカがハンバーグ弁当を一押ししていたな」

 

\デェェェェェェェン/

 ハンバァァァァグッ!

 

いや叫んでる場合じゃない、何故か叫びたくなったけどそんな場合じゃない。

 

「夜食はいいです、それよりちょっと真面目な話をしましょう…」

 

まほさんの肩を押して部屋の方へ。

 

「そうか?叢真がそう言うなら…」

 

残念そうなまほさん、彼女なりの気遣いだとは思うが、俺の精神力と俺の中の頼れる指揮官というまほさんの像が削れる。

 

既にぽんこつという砲弾を受けた上に、女子力崩壊という履帯で粉々にされてるけどな!

 

みほちゃんが見事な女子力を見せていたから勘違いしていた、まほさんは武道の家元のお嬢様。

 

お手伝いさんが居るような家で、母親のしほさんは家の仕事で忙しい立場。

 

そしてその後を継ぐ為に英才教育をされてきたまほさん。

 

女子力が低くても仕方ない…のかも…しれない…。

 

下手するとしほさんの女子力も…いや、今更か、あの酒豪でおっさん臭い絡み方とか考えれば…。

 

西住流の女子力死んでる問題、戦車道って淑女の嗜みで礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育てる武道の筈。

 

あれか、凛々しいの部分が突出してしまって女子力を駆逐してしまっているのか?

 

西住流が原因なら、その西住流の門下と言える黒森峰で女子力が低下してるのも納得出来る。

 

西住流と全く関係ない学校の生徒は女子力高いし、サンダースとかアンツィオとか。

 

聖グロ?紅茶とルクリリは女子力高いね、でもダージリン、貴女は駄目だ。

 

まほさんを座布団がある方へ、俺はローテーブルを挟んで反対側、ベッドを背にして座る。

 

「座布団を…」

 

「大丈夫です、それよりですね…ここに来る前に、西住家本家に行ってきました」

 

「聞いている、お母様から連絡があった」

 

聞いているなら話は早い。

 

「その時に、俺とまほさんの婚約者問題について言質を取ってきました」

 

「……問題?私と叢真の間に問題なんてあったのか?」

 

わぁ一切心当たりがないって顔で首かしげてるぅ…。

 

「いや、婚約者ってのは双方の了解があって成立する物だと思うんですよね、でも俺は初耳だった訳で…」

 

「2年近く音信不通だったからな、寂しかったし心配したぞ。お前がみほと一緒に居た時は、みほが私の為に探し出して来てくれたと思ってみほに感謝していた」

 

嘘ん、あの時そんな事考えてたの、その割には貴女みほちゃんを突き放すような事言ってましたよね。

 

「そんな2年も音信不通だった相手と婚約者なんて嫌でしょう?お互いを詳しく知らない訳ですし…」

 

「何故嫌になるんだ?叢真が大変だった事は理解している、気持ちの整理をつける為にも必要な期間だったと思っているからな。それにお互いを詳しく知らない?何を言っている、もう十分お互いを知り合っているじゃないか」

 

やだ漢らしい。

 

いやその前に、お互いを知り合っている…?

 

え、そんなに親しくしてたっけ…?

 

俺とまほさんの接点て、お見合いの後は大会で会うだけだし、それも例の事件で俺が大会に参加しなくなったから無くなった訳だし。

 

「お見合いの時に、みほと一緒に遊んだじゃないか。あれで私は叢真の本当の姿を知った、これ以上ない位にお互いを知り合えただろう?」

 

「えぇ……」

 

うわ自信満々、ドヤ顔までしてる…。

 

たった半日の交友でそこまで俺の事信頼しちゃう…?

 

「それに叢真の事はもっと前から知っているからな。お前が戦車道卓上演習に出場し始めた時から」

 

そう言って懐かしそうに目を閉じるまほさん。

 

まぁ確かに、幼い頃からの対戦相手だけど…。

 

「最初は物珍しさから参加している男子だと思っていた、だが西住流の教えを受けている私やみほを簡単に破り、優勝した姿。鮮烈だった。その後の快進撃も、私は憧れの目で見ていた。知っているか?みほは昔からお前のファンで、ボコグッズの他にお前のグッズも大事にしてるんだぞ」

 

何それ初耳、みほちゃんまでファンとか超照れるんですけど。

 

「中学になり、お前の戦車実践指揮の時は流石に眉を顰めた、お前らしくない戦い方だったからな。母もお前の事を「破壊者」と呼んでいたよ」

 

 

 

 

――――おのれディケイド!――――

 

 

 

 

今真面目な話してるんで帰って下さい鳴滝さん。

 

「だが母はお前がプラウダを指揮して、西住流のように戦う姿に考えを改めた。お前を西住流に引き入れて、ちゃんとした道を学ばせる…そうすればお前は、破壊者から王者として生まれ変われると」

 

それでお見合いの話が来たのか…。

 

勝手な話だな…まぁ大人と言うか名門なんてそんなもんか。

 

他の流派に「お前の才能を役立ててやるんだから光栄に思え」と言われてその場で帰った事もあるし。

 

どこの流派だっけな…マイナー過ぎて覚えてない。

 

俺の意思を尊重してくれたのは…一応西住流と、あと島田流だけか。

 

あそこはお見合い相手の母親がやたら気合入ってたんだよなぁ…娘じゃなくて自分がお見合いする気かってレベルで。

 

10歳の女の子とのお見合いも、その母親とのお見合いも、どっちにしてもハードル高いけど。

 

流石に断ろうとしたら、せめて娘の遊び相手になって欲しいと懇願されて、受けちゃったんだよなぁ。

 

まほさんみほちゃんと同じで天才的な才能と教育を受けてきた子だから同年代に友達が居なくて、人見知り。

 

だからせめて俺に、同じ領域に立つ者として仲良くして欲しいと言われて。

 

元気にしてるかな…人見知り直ってると良いんだけど。

 

優しくて良い子だから、ちょっと頑張れば直ぐに友達が出来ると思うんだよな。

 

まぁそれは兎も角、俺を王者にねぇ…。

 

奇策搦め手騙し討、使える物は何でも使うな俺に西住流は似合わないと思うんだけどなぁ。

 

「お前を引き入れる為にお見合いをする事になった時は、本当に嬉しかった。憧れでありライバルであり、そして初恋の相手だ。柄にもなく舞い上がって、お見合いで着る服を選ぶのに夢中になった。何故かみほと菊代さんに必死に説得されて学校の制服になってしまったが…」

 

あ(察し

 

みほちゃん菊代さんGJ。

 

まぁまほさんがどんな服装を選んだのか興味はあるが。

 

「お見合いの席で、なんとかお前への気持ちを伝えたかったんだが…この通り口下手でな。緊張と嬉しい気持ちでろくに喋る事が出来なかった。だから…お前が私の手を取って、外へ連れ出してくれた時は本当に嬉しかった」

 

「まほさん…」

 

「1人寂しそうなみほも一緒に連れて行ってくれた時は感動した、お前はやはり破壊者などではない、みほが言う王子様なんだとな」

 

みほちゃん俺の事そんな風に思ってたの!?

 

道理でなんか俺への評価が高いと思ったよ!

 

「3人で戦車に乗り、駄菓子を買い、公園で遊んだ時は本当に楽しかった。お前が歌ってくれた歌は今でも記憶に残っている」

 

そりゃ名曲ですから。

 

でもあれ歌うと何故か聞いてた子が抱き着いてくるから迂闊に歌えない。

 

恋愛ソングを歌うと「せんぱいぃ、女の子をよろこばせすぎぃ…」と宇津木が腰砕けになってトロ顔になるんだよな…解せぬ。

 

「だからお見合いが終わった後に、お母様に婚約者という立場で構わないか聞かれた時は喜んで答えたよ、私が叢真を幸せにしてみせますとな」

 

やだ漢らしい…いや俺が養われる方なの!?

 

そりゃ西住流の後継者だからまほさんが働くのは分かるけど、俺一応働くつもりだよ?

 

「心配いらない、お前は私が養ってやる。仕事は私が、みほが家事を、そしてお前は私を満たしてくれればいいんだ」

 

わぁい、自宅警備員を勧められてるぞぉ、そしてナチュラルにみほちゃんをぶっ込んでくるよこのお姉ちゃん。

 

「あ、あの、しほさんからまほさんが少しでも嫌だと思っているなら婚約者を解消しても良いと…」

 

「……?何故嫌だと思わないといけないんだ?」

 

うわぁ全く分からないって顔してるよこの人。

 

えぇ…覚悟ガンギマリ過ぎない…?

 

俺そんな好かれる事したか?まほさん純粋過ぎない…?

 

戦車道か、西住流が悪いのか?まほさん無垢過ぎる問題の責任は誰に問えばいい!?教えてくれ五飛、ゼロは何も教えてくれない…。

 

「そうか…私のアピールが足りないんだな」

 

「なんでそうなるの」

 

俺、真顔の言葉である。

 

「2年近く離ればなれ、再会出来ても大会で忙しくて約束したデートも出来ていない…うむ、触れ合いが足りないな、だから叢真も不安になってしまったんだな」

 

やだ、なんか自己完結してる。

 

そして立ち上がるまほさん、胸の『今夜もパンツァー・フォー』がそういう意味に思えてしまう不具合。

 

「過去には戻れない、だが時間は取り戻す事が出来る。叢真…」

 

「ちょ、待って、落ち着いてまほさん!?話を、話をしよう!?」

 

あれは今から…違うその話じゃない!

 

ローテーブルを回り込んでくるまほさん、その目は…慈愛に満ちた優しい目をしている。

 

あれ、カルパッチョとかノンナさんみたいな目じゃない…?

 

もしかして大丈夫か?

 

そう思っていたら、勢いよく両手を開いて、そしてまるで熊が抱き締めてくるように勢いよく閉じてくる。

 

「ちょおぉぉぉぉぉ!?」

 

「む。何故止めるんだ叢真、抱き締めてやろうとしたのに」

 

「違うこれ!抱き締めるって勢いじゃない!」

 

鯖折りだよ、ベアハックだよって勢いだよ!

 

咄嗟に腕で手首を掴まなかったら今頃ジークブリーカー!死ねぇ!状態だよ。

 

「抵抗するな叢真、お姉ちゃんが抱き締めてやるから」

 

「無理だよ俺壊れちゃうよお姉ちゃん!」

 

「ん…叢真にお姉ちゃんと呼ばれるのも中々良いな…」

 

駄目だこのお姉ちゃん、早くなんとかしないと…。

 

こういう時頼りになる俺の身体能力、まほさんの手を押さえたまま立ち上がる。

 

「叢真…そうか、恋人らしく正面から抱き合いたかったんだな。ふふ、初で可愛いぞ」

 

「なんでそうなるの」

 

俺、真顔の言葉2回目。

 

立ち上がって力が入る態勢になったのに、さらに力を入れて腕を曲げて来るまほさん。

 

どうして戦車道乙女って力強いかな!?

 

あ、砲弾とか扱うし体力使うもんね、みほちゃんもあぁ見えて力強いもんね!

 

「むんっ!」

 

「おわっ!?」

 

まほさんが気合を入れて前進、踏ん張ろうとしたが足が滑って後ろへ。

 

ボスンと良い匂いがするベッドに倒れ込む事に。

 

不味い、そう思った瞬間、迫る両手。

 

「ちょ、とぉ!?」

 

「良い反応だ。だが無意味だ」

 

咄嗟に手を出してガッチリ組み合う形になる、だがまほさんはそのまま体重をかけて迫ってくる。

 

下半身は完全に馬乗りになっている、抜け出せそうにない。

 

あれ俺アンツィオでもこんな事になってたぞ。

 

「さぁ…大人しくするんだ叢真…」

 

「ちょ、まほさ…力強いな…!?」

 

まほさん装填手じゃないのに何この腕力!?

 

腕相撲勝負した秋山さんとかカエサルより強くない!?

 

「何もしないと約束したな」

 

「そ、そうだよまほさ…!」

 

「あれは嘘だ」

 

うわあああああああ!?

 

迫るまほさんの顔、なんとかしようと視線を彷徨わせる。

 

ベッド上のボコ、その表情が「諦めな童貞野郎、ここでお前は人生の墓場行きさ」と笑っている気がした、うるせぇみほちゃんけしかけるぞ。

 

天井には蛍光灯、窓には赤星さん、迫るまほさん、もう逃げ場が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓に赤星さん!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、まほさん!窓に!窓に! 」

 

「…窓?窓がなんだと言うんだ」

 

慌ててまほさんに窓を見てもらう。

 

「何も無いぞ?私の意識を逸らすならもっと上手い手を考えるんだな」

 

「いや、さっき本当に赤星さんが!」

 

「馬鹿を言うな、ここは3階だぞ。赤星が居るわけないだろう」

 

そ、それもそうか。

 

窓を見ても赤星さんは居ない。

 

幻覚か…うん、インパクトあったもんな赤星さん…。

 

「さぁ叢真…目を瞑れ」

 

「ちょ、まほさん、やめ、やめて…!」

 

再び迫るまほさん、その時赤星さんの笑顔が脳裏を過る。

 

『みほさんを不幸にしたら…とっちゃいますからね♪』

 

そしてあの言葉が再生される、とられて溜まるかぁ!?

 

みほちゃん、俺に力を貸して…あ、駄目だ間に合わない。

 

俺が全力を出す前にまほさんの顔が俺の顔へ到達し――

 

 

 

 

 

「ん…」

 

「………へ?」

 

 

 

 

温かく、そして湿った柔らかい感触。

 

それが、俺のおでこに。

 

チュ…と音を立てて離れる感触。

 

そして手からまほさんの手が離れて、右手を唇へ。

 

「ふふ、これで一層仲が深まったな…可愛かったぞ叢真」

 

「は……はいぃ…?」

 

「もっと仲が深まったら頬に、そして結婚式でお互いのファーストキスを交換しような、叢真」

 

そう言って微笑むまほさん…。

 

ぽ……ぽんこつバンザーイ!

 

いや、純情無垢な乙女思考のまほさんバンザーイ!

 

良かった、まほさんは肉食じゃなかったんだね!

 

純情ポンコツ乙女だったんだね!

 

勝訴!圧倒的勝訴!

 

流れ変わったな、風呂入ってくるわ。

 

「どうした叢真。何故私を拝むんだ?」

 

「いや、今時珍しい純粋っぷりなのでつい…」

 

ありがたやありがたや、おかげで助かった。

 

いや、まほさんの事は嫌いじゃない、あれだけ真っ直ぐに気持ちを伝えられたらそりゃ俺だって嬉しい。

 

ただその、やっぱりこういう事はお互いをよく知り合って、気持ちを確かめ合ってから、ちゃんとした手順で…

 

 

 

 

 

 

 

――――乙女かい君は――――

 

 

 

 

 

お黙りカンテレ使い。

 

 

 

 

 

 

――――おやおや…まぁ、君の初めてが無事で良かったよ、私のだからね――――

 

 

 

 

 

俺のだゾ!

 

いつからアンタの物になったんだ失礼な。

 

もう脳内から帰ってくれ、忙しいんだから。

 

「叢真、今妙な楽器の音がしなかったか?」

 

「妖怪カンテレ弾きです、放置しておけばイジケて帰りますから無視して下さい」

 

「う、うむ?」

 

「それより今夜泊まる場所を教えて欲しいんですけど」

 

「……?ここだが?」

 

「は?」

 

「ここだぞ」

 

pardon?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pardon?

 

 




ちよきちリターンズ、純情ぽんこつ乙女まほりん、黒森峰の女子力の謎に辿り着いてしまった主人公(´・ω・`)



ね、キャラ崩壊だったでしょ、らんらん嘘は言わないわ(´・ω・`)




レトルトカレー調べててお腹空いたの、らんらんもカレー食べたいわ(´・ω・`)







次回!大洗!(´・ω・`)



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えくすとらすてーじ

今回はらんらんが何を見ながら書いたかが良く分かる話(´・ω・`)






ふああああああああああ!!(´・ω・`)





らんらんがオネェだって?とんでもねぇわたしゃらんらんだよ(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、島田流家元にも困ったものだな…」

 

「筋金入りの長野くんファンですからね…仕方がないかと」

 

戦車道連盟本部の理事長室で、扇子を仰ぎながらため息をつくのは、戦車道連盟本部の理事長。

 

恰幅のいい中年男性である。

 

そんな理事長の言葉に苦笑するのは、連盟役員である蝶野教官。

 

2人が話題に出しているのは、昨日の会合での島田流家元の暴走。

 

ぽんこつちよきち大妄想の事である。

 

「そもそも、彼女は会合に呼んでないんだけどなぁ…」

 

「流石島田流ですね、耳が早い」

 

そう、昨日の会合、仮面ライダーパンツァー人気の結果、スピンオフ作品制作が決定し、その相談と予算案の為に開かれた。

 

通常は制作側が主導で進めるのだが、仮面ライダーパンツァーは戦車道連盟がスポンサーになって誕生した戦車道のキャンペーンキャラクターでもある。

 

利権も戦車道連盟が持っている珍しい仮面ライダーなのだ。

 

そのスピンオフ作品という事で、当然話は連盟に。

 

連盟側も戦車道の話題作りになるし、演者である長野叢真のアイドル活動の一環にもなる。

 

その代りまたお金を出す事になるが、作品の売上やグッズの売上が入ってくるので問題にならない。

 

因みに完全限定生産であるパンツァーの変身ベルトは予定数の予約が埋まった状態である。

 

桂利奈ちゃんは予約出来なくて泣いてイジケてふて寝した。

 

まぁそんなパンツァーのスピンオフ作品制作会合に、何故か呼んでない島田流家元ことちよきちが参加表明。

 

彼女の参加に嫌な予感を覚えた理事長は、蝶野教官に命じて島田流家元に対抗できる存在…西住しほを参加させた。

 

芸能関係に疎く、キャンペーンとかも全然興味がない無骨なしほは最初参加を断ったのだが、蝶野教官に長野叢真の主演作品である事、島田流家元が強引に参加してきた事を聞いたら即断で受けてくれた上にヘリで駆け付けてくれた。

 

結果は理事長の判断GJであり、ちよきちの欲望全開の提案を正論で却下してくれた。

 

連盟本部理事長とはいえ、彼の立場は地味に弱い。

 

家元という立場であるちよきちに押されたら断るのが難しいのだ。

 

「まぁこれで無事に制作が決定したし、後は長野君の出演交渉だけかな」

 

「受けてくれますかね、まだ彼には月刊戦車道の特集すら承諾して貰ってないのですが…」

 

「大丈夫だろう、撮影してた時は結構楽しそうだと報告を受けているし。今度はちゃんと出演料も払うから」

 

前回の時は叢真の希望もあって現物支給だった。

 

今回は主演という事もあり、ちゃんと出演料を支払うと意気込む理事長。

 

それなりに叢真と親しい蝶野教官は、あの異様に恥ずかしがり屋になってしまった叢真がまた受けてくれるかしら…と危惧しているが。

 

「しかし、本人の承諾無しにアイドル活動復活に向かわせるのは…」

 

「それは勿論考慮しているよ、無理強いをするつもりはない。見返りはちゃんと用意するし、バックアップも万全にする」

 

「………あの事件があったからですか?」

 

蝶野教官の言葉に、視線を伏せて、扇子を閉じる理事長。

 

手にしていたカンカン帽を被ると、深くため息をついて窓の外を見る。

 

「連盟としても1人の大人としても申し訳がたたない事件だったよ…まさか彼を追い詰めていた犯人が、身内に居たなんてね…」

 

「単独犯ではなく複数犯…しかも理由が逆恨みによる怨恨…長野くんが戦車道から完全に離れなかったのが奇跡ですね」

 

「彼を引き止めてくれた学校の生徒には感謝するしかないよ、彼が受けた傷は肉体的にも精神的に酷いものだ」

 

空を見上げながら思い出す、現場に駆けつけた時の、叢真の姿を。

 

刃物で切り裂かれ、血を流しながら絶望に沈み、壊れた人形のようになって……犯人を半殺しにしていた姿を。

 

幸い傷は痕が残らなかったが、犯人につけられた心の傷はそうはいかなかった。

 

軽度とはいえ対人恐怖症を発症し、戦車道から逃げた叢真。

 

そんな彼を守ってくれた学校、特にサンダースとアンツィオの隊長には感謝してもしきれない。

 

叢真を守る為に情報規制したり彼の意思を尊重して、彼の所在を探ろうとする勢力を抑え込んだり…島田流とか。

 

1番大変だったのが、殺されそうだった叢真が反撃したのを、過剰防衛だとして訴えようとした女性利権団体だが。

 

そこは各流派、特に西住流と島田流が珍しく手を組んで撃退してくれた。

 

まぁ島田流は見返りに叢真の所在を聞いてきたが。安定の島田流である。

 

「そんな長野君が戦車道に復帰して、連盟からのお願いも聞いてくれる……これはもう一度アイドルとして活躍して貰わないと!勿論安全には最大限に考慮して!」

 

ザッバーンと波を背負って気合を入れる理事長。

 

なんでそうなる、という言葉を飲み込む蝶野教官。

 

理事長の考えも分かるからだ、日本での戦車道は低迷中、2年後の世界大会誘致やプロリーグ発足、そして深刻な戦車道関係者の喪女化。

 

もう一度叢真にアイドルとして活動して貰って戦車道を盛り上げて、戦車道に興味を持つ男子を増やし、喪女化を解消する計画。

 

先ず西住流による女子力低下をどうにかする方が先だと思われるが。

 

流石の理事長も、戦車道筆頭流派である西住流がそんな事になっているとは知らないから仕方ないか。

 

そう上手く行くかしら…長野くんも大変ね…と苦笑して、肩を竦める蝶野教官。

 

叢真が知らない所で、色々と大変な計画が進行しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショートコーナー、今日の大洗~大洗男子高校生の日常~

 

 

 

 

 

「よっしゃぁぁぁ!気合入れていくぞお前ら!」

 

暑苦しい声が響く、大洗学園の運動場。

 

ここは戦車倉庫前の運動場ではなく、体育の授業とソフトボール部が使う野球のコートがある方の運動場である。

 

近くには体育館もある。

 

その運動場で、1人気合の声をあげる男子。

 

周りの男子はまた始まった…と言いたげな雰囲気である。

 

「気合入ってるね~原田くん」

 

「当たり前だろ斎藤、お前今がどんな時間か分かってるのか!?」

 

大洗の最恐生物、歩く性欲、ドスケベショタ、微笑みのエロリスト、斎藤くんの言葉にくわっと目を見開いて叫ぶ、原田と呼ばれた男子。

 

見た目通りの熱血高校生である。

 

別名暑苦しい勘違い野郎。

 

自分をイケメンだと信じている思春期真っ盛りの2年生である。

 

「どんなって、全学年合同体育の時間だよ?」

 

「そう!3年生から1年生までの生徒が集まっての合同体育!2時間も続く体育の時間!男子は2年と1年しか男子いないけど!その時間、男子は集まって野球、女子は体育館で卓球とかバスケとかバレーとか!」

 

ズビシと体育館の方を指差す原田、その先には体育館の中で楽しそうに卓球とバスケに興じる女子高生の瑞々しい姿。

 

なおバレーはバレー部が大興奮で大暴れするので、ドン引きして参加者が居なくて今もバレー部が泣きながら参加者を集めている。

 

そして競技の面積が限られるので、体育館から出てきて運動場を囲むように出来ている小さな傾斜に、座って男子の野球を眺める女子も多い。

 

「今こそ!長野が居ない今こそ!俺がスポーツ万能のイケメンであると証明するチャンス!」

 

「長野くん居ないのにどうして証明できるの」

 

斎藤の正論、だが原田は聞かない、都合の悪いことはシャットアウトする。

 

「見ろ!あの五十鈴さんが!俺の五十鈴さんが俺の事を見ている!今がチャンスなのだ!!」

 

「たぶん見てないし、五十鈴さん原田くんのじゃないから言わない方がいいよ、痛いから」

 

変態性欲テロリストに正論を言われる原田、別名熱血バカ。

 

原田が指さした先には、斜面に座っている華の姿が。

 

その膝の上には麻子が寝ている。

 

大洗学園はそこそこ規模が大きいので、生徒数が多く、こうして合同授業をしないと中々カリキュラムを消化出来ないのだ。

 

特に体育、校庭と体育館を使う都合上、合同授業にしないと場所の取り合いになる。

 

「華さん、何見てるの?」

 

「みほさん、ほらあそこ、あの雲。なんだかアイスみたいじゃありません?」

 

麻子を撫でながらどこかを見つめていた華に、みほが近づいてきて声をかける。

 

すると五十鈴は視線の先の原田…ではなく、その遥か向こう、青空に浮かぶ雲を指差す。

 

「あ~、確かに、3段重ねのアイスみたい~」

 

「美味しそうですよねぇ、今日の帰りはアイスにしましょうか」

 

「むにゃ…アイス……たべる…」

 

みほの感想、雲の中に、3段重ねになったアイスのような雲が浮かんでいた。

 

練習終わりのオヤツを決める華と、夢の中でもアイスを食べたがる麻子。

 

苦笑してみほも隣に座り、一緒に空を眺める。

 

悲しいことに、誰も原田を見ていない。

 

男子を応援している女子も居るが、誰1人原田の名前を呼ばない。

 

つまりそういう事である。

 

「よっしゃぁぁぁ!五十鈴さんに良いところ見せるぞコラァ!」

 

「無駄だと思うけど頑張って」

 

斎藤の辛辣な応援を受けてバッターボックスに進む原田。

 

相手チームは1年生である。

 

右で打とうとする原田、するとピッチャーの1年生が口を開いた。

 

「原田、左で打てや」

 

「なんだよなんだよ、1年生がお前」

 

1年生の名前は松原、運動部に所属していて原田とも知り合いである。

 

特徴は小憎たらしい笑みと舐めた態度。

 

「左で打てや」

 

「やってやろうじゃねえかよ!この野郎!」

 

後輩の挑発に見事に乗る原田に、2年生チームからブーイングが飛ぶ。

 

「ちょっと原田くん、ちゃんと右で打ってよ。真面目にやらないと五十鈴さんに見てもらえないよ?見てないだろうけど」

 

「そ、そうだな…残念だったな1年生、熱くなってるのは身体だけなんでな!俺の頭は冷静なんだよ、右で打つぞお前、さぁこいや!」

 

「左で打てや」

 

だが尚も挑発する松原、相変わらずの皮肉げな笑みである。

 

「長野先輩は左でも打ったで、左で打てや」

 

「なんだよ2回目の挑発かお前!そんな2回目の挑発なんて乗らないからな!五十鈴さんに良いところ見せないとなんだから!」

 

「…………ぷっ」

 

「やってやろうじゃねえかよォォォォォ!!」

 

松原の失笑に、ガチギレする熱血バカ原田。

 

結果?プロ野球選手じゃないんだから当然スリーアウトである。

 

「俺のバカぁぁぁぁぁん!!」

 

「原田くん、おしおきが必要だね」

 

「いやああああああ許してええええええん!!」

 

叢真が居ても居なくても、男子はだいたいこんな感じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ッ……っ……ッ!(言えよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……まさかこんな事になるなんて…」

 

着替えの入ったリュックを地面に降ろし、ベンチに座る。

 

連絡船乗り場の休憩所に腰を降ろして、ここに至るまでの経緯を思い出す。

 

黒森峰で、まさかのまほさんの部屋が宿泊場所と聞いて、当然拒否した俺。

 

だがまほさんに、他に部屋は用意してないし今からではホテルも無理だぞと言われ、悩む俺。

 

サバイバル慣れしているので、最悪どこか屋根がある場所で…と思っていたらまほさんに腕を捕まれ。

 

『……そんなに私と一緒は嫌か?』

 

と上目使いで聞かれた。

 

これで拒否ったら俺が完全に悪者である。

 

仕方ないのでローテーブルを片付けて床に布団を用意してもらい、就寝する事に。

 

秋山さんと野営した時よりはマシだと自分に言い聞かせてなんとか寝たのだが、朝起きたらまほさんが隣で寝ていた。

 

口から心臓が飛び出すかと思った。

 

硬直する俺を他所に、目覚めたまほさんは一言『気持ちよかったぞ…』と囁いた。

 

全身を確認したのは言うまでもない。

 

勿論そんな痕跡も着衣の乱れもなかった。

 

結婚するまでキスはしないとか宣言した癖に、同衾は良いとかガバガバ過ぎるまほさん。

 

この日の午前中は、昨日使った車両のオーバーホールが終わらないという事で休みに。

 

やっぱり自動車部がおかしいんだなと改めて理解した。

 

予定が空いたので、約束していたデートをした。

 

黒森峰の学園艦の中でだが、まほさんが喜んでくれたので良しとしよう。

 

ただ、デート中ずっと背後で逸見さんと赤星さんが見張っていた。

 

心配しなくても何もしません、腕だってまほさんが勝手に組んでくるだけで俺は何もしてません。

 

だからやめて赤星さん、笑顔でハイライト消さないで。

 

どこからそのバナナ出したの、バナナを掴んで…グシャって潰し、潰し……(ヒュン

 

握り潰したバナナをペロペロと舐める赤星さんと、友人の奇行にドン引きする逸見さん。

 

そんな2人に見張られながらのデート。

 

生きた心地がしなかった。

 

そしてお昼時にお洒落なお店でランチ。

 

こういうお店は自分では入ったことがないというまほさん、普段どんなお店入っているんですか貴女…。

 

普段は逸見さんが選んで連れて行ってくれるとの事、逸見さんがやる前はみほちゃんがこれをやっていたらしい。

 

日常生活ポンコツ過ぎませんかまほさんや…。

 

因みにこの時も俺の背後の席に逸見さんと赤星さんが居た。

 

全く気付かないまほさん、やっぱり西住家は戦車から降りるとぽんこつ化するのか…。

 

みほちゃんも戦車から降りるとボケボケだし、そこが可愛いんだが。

 

なお軍神モードの時は除く、ごめんなさいもうお猫先輩使わないから許して下さい(トラウマ

 

本場仕込みだというドイツ料理を食べて、学校へ戻る俺達。

 

と言うか逸見さんや、君副隊長だから学校に居なくて良いの?

 

戦車道選手は全員午前中は自由時間?結構その辺おおらかなんだね黒森峰。

 

プラウダもカチューシャのお昼寝が終わるまで休憩してるし、アンツィオはお昼とオヤツ優先だから似たような物か…。

 

その辺り考えると、結構大洗って厳しいよな。

 

主な理由が全体の予定を統括してる河嶋先輩だけど。

 

学校に戻って、集合した各車長と共に改革の為の会議。

 

みんな積極的に意見を出して考えている、いい傾向だ。

 

ただ1年生組?履帯を狙って履帯修理責めにして泣かせようって案は自重しような?

 

レギュラーの車長の1人が怯えてるから。

 

なお俺はやる。

 

履帯を壊す→わざと放置して修理させる→また壊す→また放置して修理→また壊すを繰り返して相手をギブアップさせたのは俺である。

 

サンダース相手でのやり過ぎた思い出である、この行為で鬼畜眼鏡とか言われた、俺その時眼鏡じゃなかったのに。

 

その後も新しい陣形案や戦車運用案を会議し、3時間程で終了。

 

今日の案を精査討論して実際に運用してみて、訓練していくと言う。

 

形になったら見に来てくれと言われた、俺が口出しした事だしちゃんと責任は持とう。

 

しかし黒森峰が1番仕事したなと感じる。

 

1番仕事しなかったのがサンダース、ケイさんのホームパーティーで肉喰って言い寄られて玩具にされただけだし。

 

また後で行かないとな…。

 

その後、選手たちに敬礼で見送られて車で黒森峰の校舎を後にする。

 

今回は戦車の隊列は勘弁してもらった、流石に恥ずかしすぎる。

 

そして行きの時も利用した接舷部分への出入り口へと来たら、ゲート前に大量の生徒。

 

運転手の逸見さんが言うには、中等部の子らしい。

 

まほさんの出待ちかな?と思ったら、俺へサインや握手を強請る生徒達だった。

 

見事な指揮でしたとか、素敵な演説でしたとか言われた。

 

ハッハ、思い出死しそう。

 

まほさんもサインや写真をお願いされ、逸見さんが頑張って列整理して何とか捌いた。

 

なおそんな逸見さんもサインをお願いされ、四苦八苦しながらサインを書いていた姿が可愛かった。

 

みほちゃんもサイン頼まれると凄くあわあわするからな…まほさんは幼い頃から何かと有名で慣れてるけど。

 

中等部の生徒とまほさん逸見さんに見送られて連絡船へ。

 

今夜は船で一泊して明日陸地に、その足で飛行機を使って茨城県へ。

 

そんな計画を立てていたら、連盟から電話が。

 

何かなと思いながら電話に出たら、連盟の担当者が、ある学園から何時頃来艦予定なのか教えて欲しいざますと言われたとの事。

 

これには俺も素で「え?」である。

 

当然担当も「え?」である。

 

と言うかざますってなんだ。

 

調べてみたら、俺が大洗を飛び出す時に連盟に送った書類、その中に今回行った学校に混ざって行くと返信してしまった学校があったとの事。

 

既に案内状は相手の学校に届いている。

 

担当から申し訳ないが行って欲しいと言われて、急遽行き先を変更。

 

問題の学園艦へ連絡船が出る港へと、今辿り着いた。

 

まぁ、よく確認しなかった俺が悪い訳だし…。

 

予定が伸びた事を小山先輩に連絡したら、呆れながら笑われた。

 

そして『身体に気を付けて早く帰ってきてね、お姉ちゃん待ってるから』と言われた。

 

何故お姉ちゃん。

 

流行ってるのか、俺の姉になるの。

 

小山先輩が姉とかなにそれご褒美?

 

先程入港した連絡船への乗船時間を待ちながらそんな事を考えていたら、隣に女性が座った。

 

見た感じ、お洒落な女子大生って印象だ。

 

俺の周りには居ないタイプだ、ブーツにタイトなスカート、胸元が大胆に開いた服に格好いいジャケット。

 

アクセサリーも大人っぽい。

 

あまりジロジロ見るのも失礼なのでベンチに背中を預けて、接岸して荷物や車両を降ろしている連絡船を見る。

 

車に混ざって戦車が出てくるとか、この世界ならではだよな…。

 

軽戦車か…壊れてるようには見えないし下取りにでも出すのだろうか。

 

この後物資の積み込みなどが終われば乗客の乗船になる。

 

「観光かしら?」

 

「え……あ、はい、そんな感じです」

 

突然話しかけられた、顔を向ければ隣に座った女性が微笑みながらこちらを見ている。

 

「いけない子ね、学生服で観光だなんて。補導されちゃうわよ?」

 

そう言ってクスクス笑う女性、ご尤もな指摘である。

 

何せ大洗を出てから3回も補導されかけてるからな、俺。

 

大きな駅やお土産を買いに立ち寄った場所でな…多くの土地では中高生は皆学園艦で生活している。

 

陸地に居る学生は小学生と大学生、そして私立の中高か学園艦を持たない学校の生徒だけ。

 

そのため、制服で彷徨く生徒はかなり目立つ。

 

連盟からの書類が無ければ危なかったぜ…。

 

いや私服で行動すれば良かったんだけどね。

 

「あの船に乗るの?あれは学園艦行きよ?」

 

「えぇ、ちょっと学園艦に用があって」

 

本当は無いんだけど。

 

返事を出したからには一応尋ねないと相手にも連盟にも失礼になるし。

 

「私の母校だけど、あそこ女子校よ?誰か知り合いでも居るの?」

 

「居る…らしいんですけど…」

 

連盟からは、俺の関係者が居るから案内状を送付したと言われた。

 

と言われても、心当たりがないんだよな…。

 

「なんだか複雑な事情がありそうね…でも気を付けてね?今あの学校、凄く荒れてるから」

 

「荒れてるんですか…」

 

荒れてると言われて、ヤンキーが闊歩する学校を連想する。

 

大洗でも、学園艦最下層を素行が良くない生徒が根城にしてると園さんが言ってたしな…。

 

今まで行ったことがある学園艦は、どこも名門の女子校だったり規律に厳しい学校だったり。

 

アンツィオはちょっとアレだが、観光客を受け入れているだけあって治安は良い。

 

可愛い女の子へのナンパ被害が多発してるが。アンツィオ生徒による女性観光客への。

 

荒れてる学校か…行く気が失せるなぁ…。

 

「あぁ、ヤンキーがとかそういう荒れ方じゃないわよ?ウチの学園、元々はある学園の分校だった学校2つが、学園艦の老朽化で統廃合されてね?その結果生まれた学園なんだけど、2つの学校が統合されたから学校同士での対立が酷かったのよ」

 

「なるほど…」

 

統廃合された学校だったのか…マジノ女学院の分校って事しか知らなかったな。

 

「私が卒業した時も対立してたんだけど、今は学校同士の対立から変化して、高校からの受験組と中等部から上がってきたエスカレーター組で争っててねぇ…困ったものだわ」

 

頬に手を当ててため息をつく女性。

 

母校に愛着があるのか、かなり悩んでいる様子だった。

 

学校同士の対立は、元の学校を知る生徒が居なくなれば自然と消える。

 

だが何かしらの火種が残ったままだったので、別の対立に発展したって事か。

 

その辺りは珍しい話ではない、大洗ですら学科間で対立がある。

 

大きいのだと水産科と船舶科の対立か。

 

学園艦内での養殖や漁をする水産科と、学園艦を運営する船舶科、どちらも学園艦深部で作業をするので、色々と騒動が絶えないらしい。

 

最近あった事件だと、輸送用エレベーターをどちらが専有するかで争ったとか。

 

最下層ではそんな争いがしょっちゅうらしく、普通科の、特に男子には注意が風紀委員から出ている。

 

そんな争い、俺の魅力で止めてやるぜ!と突撃した男子の1人が、パンツ1丁で簀巻きにされて送り返されてきたとか。

 

バカな男子が居たものである。

 

園さんから、長野くんが立ち入ったら一瞬で身包み剥がれて性的に襲われるから1人で入らないようにと言われた。

 

どこの後進国なのか。

 

しかし受験組とエスカレーター組ねぇ…そういうので争ってる学校は行ったことがないな。

 

縁がある学校はどこも受験・エスカレーター関係なく仲が良いし。

 

黒森峰は、高校からの入学者って外からスカウトされた実力者とか、中等部から上がるより難しい試験を突破した人間だから逆に尊敬されるとか聞いたな、逸見さんに。

 

「温室育ちと言われるくらい世間を知らないエスカレーター組と、逆に外で受験戦争を勝ち抜いてきた闘争本能丸出しの受験組…水と油状態で学校全体で争ってるのよ」

 

「それはそれは…」

 

分からなくもない話だ、とは言え学校全体でとは穏やかじゃないな。

 

「私、戦車道やってるんだけどね?戦車道でもその争いが分校対立時代から続いてて、かつては全国大会ベスト4常連だったのに、ここ何年も1回戦敗退が続いてるの…」

 

おかげで大学のスポーツ特待を取るの大変だったわと苦笑する女性。

 

なるほど、戦車道の選手なのか。

 

道理でスタイルが良いと思った、戦車道やってると自然とスタイルが良くなるらしいからな。

 

今カチューシャとかを連想した人、悪いことは言わないから忘れるんだ、ノンナさんに粛清されるゾ。

 

「今回も大学で休みが出来たから顔を見せに行ったんだけど、相変わらず部隊内で争ってたわ」

 

「隊長は止めないんですか?そういうのを止めるのが役目だと思うんですが」

 

「止めれる…とは思うんだけどね…止める気がないのよ」

 

「あれま」

 

女性の言葉に思わず額を押さえる。

 

そんな状態で全国大会とか、無理に決まってるだろうに。

 

「前の隊長は改革に尽力して何とか分校時代の対立は解消したんだけど…今の隊長になったら今度は受験組とエスカレーター組の争いが広がって、頼りの隊長は止める気がなし。折角お揃いのパンツァージャケットになったのに残念な話だわ」

 

昔はジャケットすら元の学校で違ったのよと笑う女性に、思わず頬が引きつる。

 

そんな状態で良くまぁ戦車道続けられたな…。

 

その手の対立があると、大抵は主導権を握った側が無茶振りして、片方を捨て石にしたり責任を押し付けたりして余計に対立が酷くなるんだよな…歴史が証明してる。

 

「だから気を付けてね?貴方素敵だから奪い合いとか起きちゃうかもしれないわよ?」

 

そう言って俺の頬を指先で突く女性、なにそれこわい。

 

「そうならない様に気をつけます…」

 

いざとなったら全力で逃げよう、顔さえ出せば義理は果たせるし。

 

「そろそろ乗船時間ね、私も合宿場に戻らないと…。あ、そうだわ、折角出会ったんだし、写真良いかしら?」

 

「え…はぁ…別に構いませんが…」

 

急に話しかけてきたり、色々教えてくれたり、気さくな女性だとは思ったが急にグイグイ来たな。

 

まぁ写真位なら良いけど。

 

「はい、チーズ」

 

「写真ってツーショットですか…チーズ」

 

俺の隣まで移動して寄り添うと、携帯のカメラを起動して自撮りモードで写真を撮る女性。

 

一応笑顔を浮かべておく、アイドル時代の癖と言うか、写真は笑顔でと言われた名残だ。

 

「うん、いい写真が撮れたわ。ありがとうね、お姉さんの無駄話に付き合ってもらって」

 

「いえ、色々聞けて良かったですよ」

 

「そう言って貰えると嬉しいわ。それじゃ私はこれで。また何処かで会いましょう、長野くん」

 

「えぇ……あれ?」

 

荷物を持ってウィンクを残して去って行く女性。

 

あの人俺の名前知ってたな…戦車道の選手だからか。

 

なんだ、だから話しかけてきたのか、逆ナンパの人かと思って警戒して損したな。

 

乗船アナウンスが流れたので、リュックを背負って連絡船へ足を向ける。

 

因みにこのリュック、逸見さんがプレゼントしてくれた物だ。

 

俺が着替えとかを洋服の量販店の袋に入れているのに気付いて用意してくれた。

 

黒森峰のロゴが入った丈夫な奴だ、かなり格好いい。

 

お礼に今度何か送らないと…。

 

ボコのぬいぐるみ…じゃ駄目だよな、みほちゃんやあの子じゃないんだし。

 

連絡船に乗り込み、借りた部屋へ入る。

 

ベッドに横になって天井を見上げながら、大きく息を吐く。

 

「ふぅ……しかしBC自由学園か…誰が俺の関係者を名乗ったんだ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頻繁に顔を出すものねぇ、まさか長野くんと出会えるなんて。でもメグミが言うような外道でもないし、ルミが言うみたいに怖くもない、普通のイケメン高校生じゃない。全く、何が魔王長野よ、可愛い男の子じゃないの」

 

ガラガラとキャスターが音を立てるバックを引きながら、携帯を見る女性。

 

「写真でもこんなに綺麗に笑ってるし。何処が非道の魔王なんだか、噂なんて当てにならないわね、うふふ、待ち受けにして2人に自慢しちゃおう」

 

楽しそうに笑いながら駅までの道を歩く女性。

 

なお見せられた片方は羨ましがり、もう片方は怯えたらしい。

 

「それにしても、戦車道での訪問だと思うけど…誰がやったのかしら。そんなコネがある子居たかしら…?」

 

叢真の訪問理由は察しているが、誰がそれを可能にさせたのかが分からない女性。

 

そんな呟きを残しながら、彼女は宿舎がある大学選抜チームの本拠地に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




斎藤の封印が…解かれた…!?(´・ω・`)



なお基本的に斎藤くんは常識人です、ただエロ方面に無節操なだけで(´・ω・`)




ヒダリデウテヤ(´・ω・`)






リクエストあったのでBC自由学園編に突入(´・ω・`)



でも情報が少ないから書くの大変(´・ω・`)



最終章第二話まーだー?(´・ω・`)


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びーしーじゆうがくえん

うんしょ、うんしょ、うんしょ、うんしょ、うんしょ(´・ω・`)



働くらんらん細胞(´・ω・`)



prprしてもいいのよ?(´・ω・`)








原田たち男子とヒロインズが付き合う可能性?あるよ!(´・ω・`)



ガルパン最終章が一度も延期せずに次々に発表されて、はんたーはんたーが一度も休載せずに完結して、アインズ様が平和に心穏やかに暮らせてイビルアイと子供作って、らんらんが世界中で流行る位の確率で!(´・ω・`)


原田と華さんがくっつく可能性?(´・ω・`)


皇国の守護者の連載が再開されて実写版デビルマンの続編が作られてパヤオさんがガルパン制作に参加する位の確率であるかもしれないね、違う世界線で(´・ω・`)





そんな事より白血球さんprprしたい(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長…?何をなさっているのですか?」

 

「エリカか、見ての通りだが」

 

代々黒森峰の隊長が使っている、戦車倉庫脇にある小屋。

 

その小屋の中で、入ってきたエリカがまほの奇行を目撃しての一言。

 

それに対して、何をおかしな事をと言いたげな態度で返すまほ。

 

「あの…私には、パンツァージャケットに顔を埋めて深呼吸しているようにしか見えないんですけど…」

 

「なんだ、ちゃんと認識しているじゃないか。その通りだ」

 

その通りだ。じゃねーよとツッコミたいエリカ。

 

だが相手は敬愛する隊長であるまほ、そんな事は出来ない。

 

「しかもそれ…長野さんのジャケットじゃ…」

 

エリカが引きつった顔で指さしたそれは、叢真用に作られた特注のジャケット。

 

折角作ったので本当は叢真にプレゼントされる筈だったのだが、叢真が脱いだのをまほが回収。

 

そして現在はそのまほによって顔を埋めて深呼吸の対象である。

 

「そうだぞ。みほのジャケットに見えるか?」

 

「いえ見えませんけど…」

 

なんでそこで副隊長が出てくるの、とツッコミたいけどツッコめないエリカ。

 

「こうしているとな、叢真の温もりや香りを感じられて安心出来て、胸がぽかぽかするんだ…お前も体験してみるか?」

 

「い、いえ、遠慮しておきます…」

 

戻れなくなりそうなので、と心の中で付け足して遠慮するエリカ。

 

「そうか。さて、堪能したしもう香りも薄くなったから洗濯に出して保管しないとな」

 

「でしたらそれは私が…」

 

「私がクリーニングに出しておきますよ」

 

「きゃぁっ!?居たの小梅!?」

 

「はい、ずっと後ろに」

 

「声かけなさいよ怖いわね!?」

 

叢真が使ったジャケットを綺麗にして次に使う時まで保管する事にしたまほ、そんな雑用は自分が…と名乗り出たエリカだが、背後から突然赤星が名乗り出たので思わず悲鳴を上げるエリカ。

 

まほの姿にインパクトあり過ぎて気付かなかったからか、赤星の気配遮断が高いのか。

 

「備品の買い出しがありますから、一緒にクリーニング屋さんに出してきますよ」

 

「そうか、なら頼む。代金は戦車道で出す」

 

「はい、では行ってきます」

 

まほからジャケットと帽子を受け取り、小屋を出ていく赤星。

 

それを見送るエリカが振り返ると、名残惜しそうにしているまほ。

 

「もう少し堪能してからにするべきだったか…」

 

「はぁ……」

 

憧れの隊長の見たくなかった姿に、ハイライトが仕事放棄しそうになるエリカ。

 

これも長野さんが悪いのかな…いやいや本人が知らない責任まで押し付けるのは可哀想…と悩むエリカ。

 

叢真効果でぽんこつ化しているまほを元の頼れる隊長に戻すのが、エリカの今後の課題である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ…みほさんに真空パックで送ったら喜んでくれるかしら…ふふふ」

 

クリーニング店までの道を歩きながら、ジャケットに顔を埋めて深呼吸する赤星。

 

その目のハイライト先輩は、転校しちゃった模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショートコーナー、今日の大洗~一般女子生徒の日常~

 

 

 

 

 

 

「ねぇ今日どこ寄ってく?」

 

「たまには外縁部のお店行こうか」

 

「いいねー」

 

女子高生の放課後らしい会話をして歩く女子生徒達。

 

これが黒森峰なら今日の練習どうする?たまには体力作りを重点的にやろうか。いいねーとなる、悲しい。

 

校門への道を歩いていると、遠くの方で轟音が響いた。

 

「あ、戦車道の練習かな。毎日大変だよね、戦車の練習したり整備したり。作戦とかも全部自分達で考えてるんでしょ?」

 

「西住さん格好いいよねー、プラウダ戦での姿、すっかりファンになっちゃったよ」

 

「自動車部の先輩達も格好いいよね、下手な男子より素敵だもん」

 

きゃっきゃっと笑いながら自分達の学校が誇る戦車道履修生達の事を話す生徒達。

 

全校生徒(最下層の連中は除く)が戦車道履修生達の活躍は知っているし、その結果自分達の学校が廃校の憂いから解放された事も伝わっている。

 

決勝戦は大勢の生徒が応援に駆け付けたし、現地に行けない生徒の為に学園内に特設ステージまで用意した。

 

その為に、優勝した戦車道チームはアイドル状態である。

 

おまけに可愛い子も多いので、男子もファンが多いのだが…。

 

「長野くんも、今戦車道の活動の一環で他の強豪校に視察に行ってるんだってね」

 

「やっぱり有名人だとそういう仕事があるんだ…あ、私長野くんのプロマイド買っちゃった~、アンツィオ版だけど」

 

「いいなー、私も通販で買っちゃおうかな、サンダース版の奴」

 

話題に登る叢真、戦車道の生徒達が人気になっても全然男子と接点がない理由が、彼である。

 

戦車道の元アイドルで大会連覇記録保持者、おまけにイケメンで性格は紳士、そして砲弾を振り回す。

 

そんなのが傍に居ては、みほ達に手出し出来る男子など居ない訳で。

 

あと叢真の友人である斎藤が怖いという理由もある。

 

中には原田のように叢真をライバル視して勝負を挑むのも居るが、残念ながらみほ達からは名前どころか存在すら認識されていない。

 

まさか叢真(と斎藤)のせいでモテるチャンスが消滅してるとは、沙織も思うまい。

 

まぁその代り、同性の後輩や同級生からは人気(モテて)なのだが、沙織は。

 

「でも流石に今から戦車道を選ぶのは…ねぇ…」

 

「ついて行ける気がしないよね…戦車も無いらしいし」

 

「長野くんと仲良くなれるチャンスだけど…バレー部の事もあるしねぇ」

 

苦笑して肩を落とす生徒達。

 

彼女達もみほ達の活躍を見て戦車道に興味を持ったのだが、桃の罵声が飛ぶ隊列訓練や傍から見て過酷と分かる操縦訓練、自動車部のとんでも整備能力、その他いろいろな練習。

 

それらを見ていると、とてもじゃないが今から入るのは無理だと思う生徒達。

 

叢真が練習を手伝っているバレー部なら…と思って参加した生徒達が、過酷過ぎるバレー部の練習に逃げ出した噂も広がっている。

 

男子生徒でも「無理ゲー」と言う程の訓練なのだ、そりゃ逃げても仕方ない。

 

戦車の練習した後にそんな練習をするバレー部がおかしいのである。

 

「あと西住さん…戦車に乗ると性格変わるらしいし…」

 

「うん、軍神って呼ばれてるんだってね…」

 

「私この前、なんか凄い怖い雰囲気の西住さんが、長野くんを正座させて説教してる姿見たよ…」

 

声のトーンを落として会話する生徒達、戦車に乗ると性格が変わる人が居る(優花里)、軍神と呼ばれている(ネット)、あの長野叢真を正座させて説教が出来る(おねこ爆弾事件)。

 

それらの情報が混ざって、みほは彼女をよく知らない生徒からは「一見優しそうだけど戦車に乗ると性格が代わって軍神として君臨している凄い人」と思われている。

 

悲しい連想ゲームの結果である。

 

「あれだね、遠くから応援するのが1番だね…」

 

「うん、間違っても敵に回しちゃダメだね」

 

「自動的に戦車道履修生と長野くんも敵に回るもんね…」

 

冷や汗を流す生徒達、実に正しい対応である。

 

なお叢真を敵に回した男子が一部居るが、どうなったかはあえて語るまい。

 

こうして今日も、みほは自分が知らない所で恐れ敬われ、噂されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BC自由学園の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…やってきたは良いが迎えは無しか…」

 

BC自由学園の学園艦、その最上部のゲートに立つが、見渡す限りでは迎えの姿はない。

 

一応今日到着する事は伝えてあるが…学園に直接来て欲しいとあるし、迎えは居ない模様。

 

まぁその方がこっちとしてはありがたい。

 

アンツィオとか黒森峰みたいな歓迎はもう勘弁して欲しいから。いや本当に。

 

1番理想的なのが聖グロだったな、顔見知りの子1人だけってのが安心出来る。

 

いやその後初対面の下町系お嬢様が追加されたけど。

 

プラウダは初対面でその上ロシア語が基本な人来ちゃったし。

 

ゲートから出て街を歩いていく、基本的に学園艦の中で1番大きな建物が校舎なので一発で分かる。

 

学園艦によっては工場とか大きな建物があったりするけど、サンダースみたいに。

 

「フランス風か…本校がマジノ女学院なんだから当たり前か」

 

フランス風の建物や街並みを眺めながら歩く、いやフランス行ったこと無いけど。

 

そもそも俺海外行ったこと無い。

 

世界大会だけは出場辞退してたからな、俺。

 

他所の学園艦行けばそのモチーフにした国の文化や料理は体験出来るしなぁ…。

 

アンツィオとか。ローマよりローマしてるし。

 

あと言葉が100%通じるのが安心出来る。

 

プラウダだけはロシア人が住んでる事もあって何とか覚えたけど。

 

あとイタリア語も一応行ける、英語も日常会話レベルなら大丈夫だし。

 

でも東北弁は勘弁な!

 

ニーナとアリーナの会話に一切入れなかった苦い思い出がある…。

 

「特産品はワインか…そういやマジノもワインが自慢だったな…」

 

お店で売られているワインやぶどうジュースの瓶を眺める。

 

名産と書かれており、BC自由学園でぶどうを生産し、マジノに送ってワインにしていると書かれている。

 

そういやマジノじゃ授業でワインとぶどうジュース作りをしてるんだよな、しかも律儀に伝統製法である足踏みワイン。

 

その為だけに女子校として設立されたらしいし。

 

女子中高生が作る足踏みワインとして、大人気らしい。

 

これだけ聞くと変態くさいが、まぁ伝統製法らしいから味がいいんだろ。

 

そうだと思いたい、女子中高生の足踏みだからって理由だと世の酒飲みの印象が変態一直線である。

 

で、分校であるBC自由学園でもマジノに倣って足踏みワインやジュースを作っているとの事。

 

後はフランス風なだけあって、それに倣ったお土産や名産が多い。

 

あんまりフランス料理って縁がないからなぁ…俺高級料理より屋台とか下町の味の方が好きだし。

 

たぶんアンツィオが原因だな、あとサンダース。

 

街中をヘリが飛んでいたり、スクーターで走る生徒が居たり。

 

日傘さしてたりフランスパンを持っていたりと、全体的に優雅な印象が強い。

 

「あのお姉さんが言ってたような荒れてる印象は無いな…」

 

実に平和だ。

 

そんな感想を懐きながら学園に近づくと、何やら大声が聞こえてくる。

 

「なんだ…?」

 

1人2人が騒いでいる声じゃない、大勢が叫んでいる声だ。

 

少し足早に街を駆け抜け、十字路を曲がると、その原因が目に入る。

 

「定食ーーー!定食ーーー!!」

 

「学食に定食を!うどんを!蕎麦を!!」

 

「ノーモアエスカルゴ定食!ノーモアフォアグラ定食!!」

 

プラカードや横断幕を持って叫んでいる、生徒達。

 

「そんなモノを入れたら品が下がるわ」

 

「これだから外部生は…」

 

「ナイフやフォークが使えるようになってから口を開いて下さる?」

 

そんな生徒達と対立するようにして立つ生徒達。

 

前者は気が強そうな…けどぱっと見普通な感じの女子生徒達。

 

対して後者は、日傘や豪華な扇子などを持った、いかにもお嬢様という雰囲気の生徒達。

 

髪型もそんな感じである。

 

「もうカタツムリや脂っこいフォアグラは飽き飽きなのよ!」

 

「日本なんだからうどんやご飯があるべきでしょう!」

 

「カタツムリじゃないわ、エスカルゴよ!」

 

「なんて横暴な、BC自由学園の生徒としての誇りはないのかしら」

 

先頭に立つ生徒達が言い合う。

 

前者の生徒達は一致団結して抗議しているが、後者の生徒達は一部が対抗しているだけで後は冷めた目で見ているだけ。

 

「あー……対立ってこういう事ね…」

 

食文化の対立かぁ…これは根が深い問題だぞぉ…。

 

恐らくだが、前者が高校から入ってきた受験組、後者のお嬢様達がエスカレーター組なんだろうな。

 

長年フランス風の校風に慣れてきたエスカレーター組と、途中から来た受験組じゃ、その辺の感覚が噛み合わないのだろう。

 

と言うかエスカルゴ定食とかフォアグラ定食とか、凄いの出してるなBC自由学園の食堂。

 

エスカルゴ定食というパワーワード、フォアグラ定食はどっかで聞いたけど。フォアグラハンバーグ定食だっけか。

 

受験組のプラカードには「食卓に醤油を」とか書かれてる。

 

え、無いの醤油?日本人には致命傷じゃないかそれ?

 

よく平気だなエスカレーター組…中学生の時からそれだから慣れてしまったのだろうか。

 

しかし徹底しているなBC自由学園…他の学校じゃモチーフの国の料理以外にちゃんとうどん蕎麦ラーメンあったのに。

 

黒森峰でもちゃんと食堂のメニューにあったぞ、カレーうどんとか。

 

因みにアンツィオの料理はイタリア“風”料理が主である、屋台で本格イタリア料理とか学生には無理だからな…。

 

普通にたらこパスタとか売ってる、俺も大好物だ、ペパロニが自分のパスタ以外が良いんスか…って泣きそうになるからこっそり食べてるけど。

 

意外と思われがちだが、聖グロだってちゃんと日本食が提供されてる。

 

ダージリンだって夏にはそうめん食べるんだゾ。

 

しかも流しそうめんでな!自分達で竹切って作るんだぞ、戦車道乙女のあの行動力と熱意は何なんだろうな。

 

オレンジペコとローズヒップ、ニルギリは1年生だから未経験か、今年もやりそうだな…。

 

去年はダージリンがザルごとひっくり返して全部流したから途中で詰まって、大変な事になった。

 

アッサムさんに怒られてその後はルクリリが丁寧にやってくれたけど。

 

大洗でもやるかな…どっかに竹藪あったかなと考えながら、言い争いを続ける群衆に近づく。

 

いや、近付きたくないけど、学園の中への道がここしか見当たらないんだよね…。

 

邪魔にならないように通り過ぎようとしたら、睨み合っていた視線が突然俺に向いた。

 

え、何、俺何かした…?

 

「貴方…ここは女子校よ?何堂々と入ろうとしてるの?」

 

「そうですわ、この先は観光地ではないのですよ」

 

双方の代表っぽい子に咎められた、言われてみれば当然である。

 

今まで巡った学校は案内が居るか、何度も訪れた学校だから特に咎められなかったけど。

 

先に守衛とか探せば…でもそんなの見当たらなかったしな。

 

「えぇっと、俺は用事で戦車道関係者に会いに来たんだけど…」

 

「はぁ?戦車道?男なのに?」

 

「ちょっと貴女、お止しなさい。怯えているじゃありませんの。大丈夫ですか?あちらの生徒達は野蛮で下品ですので近づかない方がよろしいですわよ」

 

「ちょ!何突然良い子ちゃんぶってるのよ!?」

 

素直に戦車道の人に用があると伝えたら、余計に俺を睨む受験組、対してエスカレーター組の人が俺の手を引いて受験組から遠ざけながら笑う。

 

その対応に当然怒る受験組。

 

「まぁ失礼な。用があって訪れた殿方に牙を剥くなんて下品なんですから。それで、素敵なお方、何か証明になる物はございますかしら?」

 

「ちょっとアンタ!相手がイケメンだからって何色目使ってるのよ!?」

 

「失礼な!淑女として正しい対応をしているだけですわ!お黙りなさい!」

 

「えぇっと……一応連盟からの視察依頼で、こちらの学園の戦車道から招かれたんだけど…はいこれその書類」

 

リュックから書類を取り出して見せる、ちゃんと俺の名前と連盟のサインが入っている。

 

警察も納得して解放してくれるちゃんとした書類である。

 

「確かに…日本戦車道連盟のサインもありますわね。失礼しましたわ、ようこそBC自由学園へ、歓迎いたしますわ素敵なお方」

 

「は、はぁ…ありがとうございます…」

 

それは良いんだけど、なんで寄り添ってくるの。

 

「ちょっと!何盛ってるのよ、その人が困ってるでしょ!」

 

「失礼な!誰が興奮した雌猫ですの!?」

 

「何が雌猫よ、アンタなんか盛りのついた犬よ犬!雌犬よ!」

 

わぁお、口が悪い。

 

雌犬言われた方は顔を真赤にして閉じた扇子をギリギリ言わせている。

 

「いやー、大変失礼しました、ちゃんとした訪問ならそう言って下さいよお兄さん。それで、戦車道でしたね、それならこの先の場所に戦車倉庫があるんですけど、道が分かりにくいから案内しますよ」

 

「い、いや、別にそこまで…」

 

「まぁまぁ良いから良いから!」

 

先程まで不審者を見ている目だったのに、急に好意的になった。

 

ちょっと女子~、態度急変過ぎない?

 

「まぁなんてはしたない!相手が素敵な殿方と分かった途端にこの態度の変わり様…これだから外様は」

 

「最初から色目全開の淑女(笑)には言われたくないわね!なぁにが素敵なお方(ぽっ)よ!この温室育ちのなんちゃって外国人が!」

 

「失礼な!列記とした日本人ですわよ!」

 

「ならうどんやご飯を認めなさいよ!日本人のソウルフードでしょうが!」

 

「それとこれとは別問題ですわ!なんでもかんでも食べ物につなげて、浅ましいったらありはしないわ!」

 

「あの、もう行っていいかな…」

 

俺を挟んで喧嘩しないでくれます?なんで2人共俺の腕を引っ張りながら喧嘩するの?ねぇなんで?

 

「お兄さんもそう思いますよね!?日本の学校なのにうどんとかご飯とか醤油が無いなんてあり得ないですよね!?」

 

「そんな事ございませんわよね!?伝統と気品、その為に必要な料理なのだから守るのは当然ですわよね!?」

 

わぁい飛び火したぞぉ。

 

食に関しては根深い問題だから触れたくないんだけどなぁ、俺部外者だし。

 

でも仕方ないからそれっぽい事を口にする。

 

「双方の言うことも分かるけど、食ってのは生きる上で大事な事だ。お互い譲れない物があるだろうけど、そこは冷静に話し合いの場を設けて、ちゃんと理由を添えて話すべきだと思う。食べる事は生きる事だ、そして色々なモノを食べるのは人生を豊かにする、ここは一度、冷静になって双方の主張を考えるべきじゃないかな。戦争してるんじゃないんだ、譲歩する事だって可能な筈だから。それに、こんな事で争ってたら、折角の可愛い顔が台無しだよ?」

 

「「か、可愛い…!?」」

 

どうだ!?俺必殺のそれっぽい事を言ってお互いに考えさせる作戦!

 

最後に容姿を褒めておけば大抵の女性は矛を収めてくれる!アイドル時代の苦い経験からの方法だ!

 

なんで容姿を褒めると矛が収まるかは知らんけど!(口説いている事を理解してない

 

「………こ、今回はお兄さんに免じて引き下がってあげるわ…」

 

「……こ、こちらも、少しは考えて差し上げますわ…」

 

顔を赤くしながら双方俺を引っ張るのを止めてくれる。

 

良かった助かった…。

 

後ろに並んでいた生徒、特に受験組がブーブー言っているが、代表だったらしい生徒が宥めて解散させている。

 

食の問題は根深いからなぁ、これで解決するとは思えないし。

 

と言うか、食堂を運営している所が納得しないと駄目な訳だし。

 

学園なら要望を集めて出せば通るだろうけど、生徒が運営してると生徒会とかの管轄かな…。

 

大洗だと水産科・農業科・栄養科で学校の食堂は運営されている。

 

食堂のおばさんこと免許持ちの職員が居るが、作っているのは大半が生徒である。

 

「さて、素敵なお方。戦車道でしたわね、それでしたらこの先の倉庫で練習を行っておりますわ、ささ、私が案内を…」

 

「ちょっと待ったぁ!何さらっと人の役目奪ってるのよ!?これだからエスカレーター組は…!」

 

「なんですの、私の親切心を侮辱する気ですの!?」

 

まーた始まったよ…本当は仲良しだろ君ら…。

 

「この先ですね、1人で行けますから結構です。では失礼します」

 

「「あぁ!そんなぁ…!」」

 

もう付き合っていられないので睨み合う2人の間を抜けて校舎の先へ。

 

周りの生徒、特に受験組に写真撮られてるけど、まぁいいか。

 

全く、学園に着いたと思ったら変な騒ぎに巻き込まれた。

 

あのお姉さんが注意するだけはあるな…。

 

暫く通路沿いに進んだら、校舎から隣接する大きな倉庫が見えてきた。

 

あれが戦車倉庫か…規模はそれなりに大きいな、サンダーズやプラウダ、黒森峰ほどじゃないけど。

 

おっと、また何か言われないように書類を出しておくか。

 

書類と言っても、戦車道連盟が発行した身分証みたいな物だ。

 

連盟のサインと俺の名前と写真、そして訪問理由が書かれている。

 

そんなに大きくないので折って財布に入れておいた。

 

なので聖グロを飛び出した時も置いて行かずに済んだ。

 

これが無かったら補導からの学園と連盟への連絡コースだったな…危ない危ない。

 

後で聖グロに置いてきた荷物回収しないとなぁ…でも行きたくないなぁ恥ずかしいから。

 

書類片手に歩き出すと、戦車倉庫前に並ぶ戦車が目に入る。

 

「えーと、あれなんて戦車だっけ…」

 

急な訪問なので、保有戦車の資料が無い。

 

マジノと同じでフランス製戦車を配備してるらしいけど、俺フランス戦車はルノー系しか知らんし。

 

えーとなんだっけ、マジノ相手にした時に見た…ソミュアだっけアレ。

 

あっちのデカいのはマジノでも見なかったな…。

 

仕方ないので携帯を取り出して写真を撮って、情報求むと書いたメールに添付して送る。

 

すると直ぐに返信が来る、やけに早いな。

 

『ごめん!砲撃戦中でゆかりん手が離せないの!by沙織』

 

ありゃ、今紅白戦中か。

 

秋山さんと武部さんには悪いことをしたな、謝罪のメールに返信不要と書いて送っておく。

 

タイミングが悪かったな…そうなると…ちょっと気が進まないがあの人にお願いするか。

 

同じメールを送信すると、今度は電話が来る。

 

「もしもし」

 

『貴方の夜の諜報員、アッサムよ』

 

ハハ、開幕下ネタジョーク、飛ばしてるなこの人。

 

冷静沈着なお嬢様な癖に、ブラックジョークとか下ネタ大好きだからなこの人、油断ならない。

 

『メール見ましたわ、フランス製戦車ですね。何が聞きたいのかしら?』

 

「性能と特徴、あと弱点があれば」

 

『了解ですわ。先ずは1枚目の写真の戦車、ソミュアS35騎兵戦車。機動力が高くて航続距離も長い、火力はまずまず。弱点としては火力が頼りないって所かしら。八九式に比べたら格段に上ですけど』

 

おいやめろ、八九式を虐めるんじゃない。

 

『2枚目の戦車はARL44でしょうね、大洗でも使っているルノーB1bisを参考にして作られた、厚い装甲と強力な主砲を持つ重戦車…なのですけど、B1bisを参考にしたからか足回りが悪くて機動性に欠けるのが弱点ですね。校章からみてBC自由学園かしら、我が聖グロリアーナを飛び出してそんな所にまで渡るなんて…浮気症な人ですね』

 

流石のデータ主義のアッサムさん、すらすらとデータが出てくる、たぶん愛用のパソコンを操作しているのだろうけど。

 

因みに秋山さんはパソコンなんて使わずに全部暗記している、性能からスペックデータ、使われた戦争から逸話まで全部。

 

やっぱり大洗の生徒はおかしい(確信

 

膨大な知識に加えて、高速装填が出来る身体能力に高いサバイバル能力、偵察としての能力に加えてみほちゃんに助言や進言も出来る戦術理解度と発想、更に砲手も通信手も操縦手も出来て車長もたぶん出来る。

 

あれ、あんこうで1番凄いのって秋山さんじゃね?

 

他の4人はそれぞれ一芸特化型だけど、秋山さんだけオールマイティーな上に全能力が高いという…。

 

この事が知れたら、みほちゃんに次いで引き抜きの話が殺到するな、秋山さん…。

 

因みにみほちゃんは操縦が下手である、俺より下手である。

 

「情報ありがとうございます、助かりました」

 

『この程度ならいつでも。それより長野さん、また仮面ライダーに出演なさるんですって?恥ずかしがる割には意欲的なんですね、完成を楽しみにしてますわ』

 

「え……」

 

なにそれ俺知らない。

 

『あらやだ、ダージリンが呼んでるわ。それじゃ長野さん、またお会いしましょう。あぁ、置いていった荷物はルクリリが管理していますからご安心を。では』

 

そう言って電話が切れる、切れる直前にダージリンの『こんな言葉を知ってる?』と聞こえたが丁度切れた。

 

「えぇー……」

 

呆然と携帯を見る、俺また仮面ライダーやるの?聞いてないんだけど。

 

アッサムさんも何でそんな事を知って…あぁ、そう言えば聖グロには情報処理学部とかいう諜報組織があって戦車道のバックアップしてるんだっけ…。

 

道理でアッサムさんが俺のプライベートよく知ってる筈だよ…こわいなー、とづまりすとこ。

 

予想外の情報で俺の精神力が削られたが、BC自由学園の戦車の特徴と性能は知れた。

 

本人達に聞けば良いだろって?

 

それがね、他所から見た情報って大事なんだよね。

 

何せ戦車道の選手にとって、戦車は大事な相棒。

 

だから良い所はとことん褒める、けど弱点は言わないか誤魔化す。

 

なので客観的な情報は重要なのだ、戦車道の実戦指揮に関わるようになってから学んだ。

 

さて、情報も得られたし責任者に会って最低限の仕事はするかな。

 

サンダースみたいにパーティーして帰って許されるような仲じゃないし。

 

初めての学校だし、教師とか学園長に挨拶も必要になるかもしれないな…。

 

「そこの君、何をしているんだ」

 

さて誰に声をかけようかと探してたら、逆に声を掛けられた。

 

視線を向けると、金髪でセミロング風の、美人だが可愛いより格好いいという容姿の女子生徒が立っていた。

 

後ろには同じ格好をした生徒が多数、何となくお嬢様っぽい印象が強い。

 

校門の所で争っていた生徒達、そのどちらとも違う服装…パンツァージャケットかな?

 

となると戦車道の選手か、丁度いいな。

 

「困るな、部外者の、しかも男性が勝手に立ち入っては。ここは女子校なんだぞ」

 

「突然失礼します、自分はこういう者なのですが…」

 

警戒している様子の生徒に、書類を見せようとする。

 

「ふむ…なるほど。そういう事か」

 

「え?」

 

だが相手は書類を見ずに、俺の肩に手を置いて上目使いで挑発的に見つめてくる。

 

「この押田のファンなんだろう?私に会いたいあまりに学園にまで潜入するとは…いけない子だ」

 

「は?」

 

何この人、突然妙な事を言いだしたぞ。

 

「男性のファンは初めてだが、そうか私もそこまで有名になったか…ふふ、歓迎しようじゃないか、私の可愛い子犬ちゃん」

 

「は?」

 

何この人、急に馴れ馴れしく肩組んできたぞ、え、そっち系の人?

 

ヅカなの?タカラなヅカ系なの?

 

なんだよ子犬ちゃんって、俺そういうイメージないよ、みほちゃんに犬で例えたらシェパードとか言われたよ。

 

なおケイさんからはシベリアンハスキーとか言われた、眼力が似てるとか何とか。

 

「おい押田、何をしてるんだ、その男子はなんだ?」

 

俺が押田という女性に困惑していると、別の方からやはり同じパンツァージャケットを着て帽子を被った女子生徒を先頭に、選手達が歩いてくる。

 

こちらの選手達は、お嬢様っぽい雰囲気がない、受験組と似た雰囲気だ。

 

「ふん、君には関係ないだろう安藤。あぁいや、紹介して上げてもいいかな?私の可愛いファンだからね」

 

「は?」

 

「はぁ?」

 

俺の声と安藤と呼ばれた、浅黒い肌に三白眼っぽい目をした女性の声がシンクロする。

 

「見たまえ、私の男性ファン第1号だよ」

 

そう言って俺を安藤と呼ばれた生徒の方に向ける、凄い勝手な事を言われてるんですけど何なのこの、何なの。

 

「お前のファンだと……?ん……?どっかで見たような…?」

 

「ふふん、悔しいかい?そうだろうそうだろう、こんな極上の男子が私のファンとしてわざわざ学園に侵入してまで会いに来たんだからね!」

 

俺の顔を見て何やら思い出そうとしている安藤という女子に対して、芝居がかった動作で勝手な事を言う押田という女子。

 

やっぱりヅカなの?タカラのヅカなの?月組なの?

 

「…………いや、違うね」

 

「なに?」

 

「この安藤のファンなんだろう?青年!」

 

「は?」

 

グイッと手を引かれて安藤という女子の方に引っ張られた、そして勝手な事を言われた。

 

だからなんでそうなるの?飢えてるの?ファンに飢えてるのここの人達?

 

「貴様!安藤、その手を離すんだ、美麗な花が怯えているじゃないか!」

 

「分からないか押田?彼は歓喜に震えているのさ、この安藤の前にな!」

 

「いや、意味がわからないよ」

 

助けて魔法少女、あ、駄目だそんなの居ないわこの世界。

 

魔法少女マジカル☆パンツァーとか言う企画はあったらしいけど。

 

戦車召喚して戦う魔法少女、エグいと言われてお蔵入り。

 

なおモデルが西住流と島田流の家元だったので捻り潰されたという噂がある。

 

しほさんとあの人の魔法少女姿か……何故だろう、豚みたいな顔した生物が「見せられないよ!ウワキッツ」とか書かれたプラカード持って遮ってくる。

 

そんな下らない事を考えている俺を挟んで、言い合いを続ける女子2人。

 

周りの生徒はそんな俺達を囲んでそうだそうだーと煽っている。

 

何この状況…。

 

「汚い手で高嶺の花を汚すのはやめてもらおうか!」

 

誰が高嶺の花だよ、そんな扱い受けたこと無いわ。と言うか男に向ける言葉じゃないぞ。

 

「お前こそ、温室育ちの世間知らずの癖に勝手な事を言うな!青年とは世界が違うと理解しろ!」

 

これ案に俺が庶民って言われてる?いや確かに庶民だけどさ。

 

「こんなに美麗な美貌が貴様ら外様と同じだと?バカを言うな、彼はこちら側だ!」

 

「いいや違うね!青年から感じるオーラはお前達バカ貴族とは違う、こちら側の物だ!」

 

なんでそんな事分かるんですかね…俺無意識で庶民オーラ出してるの?

 

俺の前で拳の応酬を始める、押田と安藤。

 

このやり取り知ってる、進研ゼ…違う、さっき見たやつだ。

 

2人の言い合いから察するに、押田という生徒側がエスカレーター組、安藤という生徒側が受験組か。

 

本当に戦車道内でも争ってるのか…よく続いたな戦車道。

 

「この分からず屋が!」

 

「お前こそ!」

 

片や蟷螂拳みたいなの、片やよく分からない構え。

 

なんだこのキャットファイト。

 

あれ俺何しに来たんだっけ?

 

あぁそうか、名産のぶどうジュース買いに来たんだった、早く買って郵送してもらって帰らないと。

 

アライッペが俺を待っている(錯乱

 

「すと~~~~~っぷ!!」

 

「「!?」」

 

「大洗に帰ろう…そうしよう……ん?」

 

帰ろうとしたら、突然聞き覚えのある声が響いた。

 

掴み合ったまま止まった2人と同じ方向を見ると、人垣の上に掲げられたファー付きの扇子が。

 

すると人垣が割れて、その先には扇子を掲げている少女と、それに付き従う様に立つ生徒が2人。

 

全員パンツァージャケットを着ている。

 

また増えるのかとげんなりしていると、先頭の少女は優雅に扇子で自分を仰ぎながらやってきて俺の前で掴みかかった状態の2人の前に立つ。

 

「押田、安藤。どいてちょうだい」

 

「「は、はい!」」

 

慌てて組み合いをやめて姿勢を正し、後ろに下がる2人。

 

それに満足そうに頷くと、扇子を閉じて後ろに控えていた1人に手渡す。

 

「さて…Mon cheri!叢真様!」

 

「うお――ッ!?」

 

そして突然俺に向かってダイブ。

 

頭突きかと思ったが、手が腰に回されたので抱きついて来たのだと理解。

 

なんだなんだ突然!?

 

「お会いしたかったわ、叢真様。貴方のマリーよ、忘れてないわよね?」

 

「ま、マリー…?マリーって……マリーか!?」

 

「そうよ、マリーよ!ようやく会えたわ、もう、許嫁をこんなにも放置するなんて酷い旦那様ね!」

 

「「い、許嫁!?マリー様の!?」」

 

突然の事に驚く、俺と周りの生徒達。

 

驚いてないのは俺の胸の中に居る少女…マリーとそのお付きの生徒2人だけ。

 

1番驚いているのが先程まで喧嘩していた2人。

 

「ようこそわたくしの学園に、歓迎しますわ叢真様!」

 

そう言って笑うのは、あの日の笑顔のままのマリーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ざますさんが居ない?ごめんなさい、それ次回作からなんですよ(´・ω・`)




どうしてこうなったまほりんと小梅さま、黒森峰の天使枠はエリカチャン!(´・ω・`)


なお苦労人というポジも付いてくる模様(´・ω・`)




クソ雑伏線回収(´・ω・`)




BC自由学園組は資料が少ないから妄想で補っております(´・ω・`)


エスカルゴ定食というパワーワード(´・ω・`)


大洗パークホテルで食べられるそうです(´・ω・`)



らんらんはそれより鉄板ナポリタン食べたいわ(´・ω・`)ズビズバ



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BCじゆうがくえん

主人公強化案!(´・ω・`)


はたらくアマゾン細胞を入れる!(´・ω・`)





ケケーーー!!(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇみぽりん、長野さんのお母さんってどんな人?」

 

「え、叢真さんのお母さん?」

 

お昼の戦車倉庫、相棒であるⅣ号戦車の上に、購買のパンやお惣菜、お弁当を広げて食事をするみほ達。

 

週に一度はこうして戦車の上で食事をするあんこうチーム。

 

真似をしてカバさんチームやレオポンさんチーム、ウサギさんチームもやっている。

 

定番の焼きそばパンやサンドイッチ、メロンパン、変わり種のあん肝パンやしらすパン、そして優花里の戦車デコ弁当。

 

今日は沙織が作ってきた唐揚げとポテトもある。

 

「んなー」

 

沙織の質問に興味がないお猫先輩は、用意されたキャットフードをもりもり食べている。

 

唐突な沙織の質問に、面食らうみほだが、唇に指を当てて思い出す。

 

「んー、私もお姉ちゃんのお見合いの時と、後は大会で挨拶した時くらいしか接点がないから…」

 

「それでもいいよ、こう、印象とか性格とか。やっぱり相手の両親って重要なファクターじゃん?恋愛でどうしても避けられない壁でもある訳だし!」

 

「恋人ですらないのにもう親への挨拶考えてるのか」

 

「沙織さんたら、意識されてるかも分からないのに…」

 

苦笑するみほに、熱弁する沙織。

 

呆れ顔の麻子と笑顔の華の言葉に頬を膨らませるが、みほにそれでも良いから教えてと強請る。

 

「えっと…性格は明るくて元気な人って感じで…あ、ケイさんとアンチョビさんが近いかな、2人を足すと1番近いかも」

 

「ふむふむ、明るくてフレンドリーで、それでいて気さくな人って事か…」

 

「人見知りだった私にも、笑顔で挨拶してくれる人だったよ。ただ、ウチのお母さんが落ち着きがないって言ってたかな…」

 

「子供っぽいって事か…」

 

メモをとる沙織と、メロンパンを齧りながら想像する麻子。

 

「そういえば、黒森峰の卒業生で陸上自衛隊の出身、現役時代は戦車10両抜きや相手フラッグ車を1両で12時間も追いかけ続けたから、黒森峰の暴走特急って渾名があるらしいですね、長野殿が言ってました」

 

「うわぁ、蝶野教官みたい…陸上自衛隊に行く人ってみんなそんな感じなのかな」

 

「逃げた方も凄いな」

 

陸自への酷い誤解である。

 

優花里からの情報で、叢真の母親像に余計な修正が入る。

 

「見た目はどんな方なんですか?長野さんがあの顔ですから、かなり美人と思うんですけど」

 

「うん、綺麗な人だよ。どっちかって言うと可愛いって感じで、麻子さんや華さんみたいな長い髪をしてて」

 

「まぁ」

 

「ほぅ…」

 

「ちょっと麻子、なんで私に向かってドヤ顔するのよ」

 

華の質問に、彼女や麻子の髪を指さしながら説明するみほ。

 

その事に頬を押さえてちょっと嬉しい華と、沙織に向かってドヤ顔する麻子。

 

「でも、背は小さくて…」

 

「ふ…」

 

「だからなんでドヤ顔するのよ!」

 

「おりょうさんみたいなスタイルしてたよ」

 

「…………」

 

「冷泉殿、ドンマイです」

 

最後のオチに、自分の胸を触りながら肩を落とす麻子、優花里が優しく肩を叩いた。

 

おりょう、背は小さいのにボンキュボンのトランジスタグラマーである。

 

麻子とは180度方向性が違う。

 

「童顔だから体型も相まって、私初めてみた時は叢真さんのお姉さんだと思ってたんだよね」

 

「へ~、そりゃ長野さんもイケメンに生まれる訳だわ」

 

「長野殿が卓上演習や戦車道でのアイドルをやる切掛も、お母さんだって話ですよね」

 

「らしいね、私もお母さんから聞いた話だから詳しくないけど…特にアイドルの話と、お見合いの話は叢真さんのお母さんが主導したって」

 

「なんでだろうね?お金目当てとか?」

 

沙織の当然な疑問に、普通ならそう考えるよねと苦笑するみほ。

 

「お金は違うみたい、アイドル活動とかの収入は全部叢真さんの口座に入るって言ってたし、お見合いも…ウチのお母さんが言うには仕方がない事だったみたい、相手が名家や色々な流派の人間だから…」

 

「なんで?断ったっていいじゃん」

 

「あぁ…そういう事ですか…」

 

「名家の面子って奴か」

 

「え、どういう事?」

 

みほの困ったような口ぶりに、事情を察するのは同じく華道の家元の娘である華と、頭のいい麻子。

 

「普通なら縁のない話ですが…名家、特に家元や流派の重要な位置に居る家ともなると、面子というのを大事にするんです。お見合いを申し込んで断られると、その面子が潰された事になってしまうんですよ…」

 

「名家のプライドって奴だな、由緒正しい自分の家が申し込んだのに、断るなんて許せないってな…」

 

「なにそれ!?勝手に申し込んできてそんなの理不尽じゃん!?」

 

華と麻子の説明に、憤慨する沙織。

 

一般家庭の子である沙織や優花里からは理不尽だと思う事だが、名家や流派というのはそういうモノだ。

 

断られた事を他の家に知られれば、笑いものにされる、だからまさか断らないよな?と脅し付きで申し込んでくるのだ。

 

「当時の長野殿はアイドルもやっていた事もあって、それはもう有名人でしたから…どこの流派も欲しがったと聞きますし」

 

「うん…ウチも真っ先に申し込んだんだ…お母さんは断られたら別の方法を考えてたみたいだけど」

 

脅し付きの申込みをしなかったのは西住流と島田流、後は小さな力のない名家だけである。

 

なお、戦車道最大流派である西住流と島田流である、申し込まれただけでも断ることが出来ないのは言うまでもない。

 

なにせ叢真の家は、何の後ろ盾もない一般家庭だ。

 

名家や流派の人間に目の敵にされたら太刀打ちが出来ない。

 

「そんな…それじゃ長野さんがたくさんお見合いしたのって…」

 

「申し込まれたら断れなかったから、だと思うんだ」

 

叢真がそんな事情があってお見合いをしていたなんて思わなかった沙織。

 

知らないのは無理もない、何せ叢真自身知らない事なのだから。

 

母が、自慢する為にお見合いを受けた!と堂々と言い放ったから。

 

ただでさえ、ストーカーに生活を脅かされていたのにこれ以上大人の汚い世界を見せて、折角頑張っている卓上演習から離れる事にならないようにと、母が気遣っての行動。

 

アイドル活動もそうである、本来女性の武道である戦車道に、男性である叢真が居る事を快く思わない人間は一定数居た。

 

その連中からの風当たりを緩和する為に、戦車道を盛り上げる為のアイドルである、という立場を作り、大多数に受け入れられ認められる事で、少数派になった反叢真派を抑え込む為のアイドル活動。

 

アイドルになってしまえば、迂闊に批難や文句も言えない、周りに叩かれるから、それを狙ってのアイドル活動。

 

しかも愛する息子の自慢にもなるし戦車道も盛り上がる、1石3鳥である。

 

なお叢真はその裏を知らない。

 

母が、折角カッコよく生まれたんだから自慢しなきゃ!と笑顔で宣言しているから。

 

「ただ、流石は叢真さんのお母さんと言うか、申し込んでくるのを逆手に取って、どんな家からのお見合いも受けたんだって」

 

「……それの何処が凄いの?いや、全部のお見合いを受けたのは凄いと思うけど」

 

「…………そういう事か」

 

「あぁ…相手の面子を潰さず、それでいて何処にも長野さんを渡さない、そういう事ですか」

 

「ちょっと、華と麻子ばっかり納得しないで教えてよ~!」

 

みほの言葉に、勘のいい麻子と、同じく家元の娘でありその辺りの仕組を理解している華だけは察した。

 

「えっとね、ウチのお母さんの予想なんだけど…断ると面子を潰されたって怒るでしょ?だからあえて受けて、お見合いはしたけど上手く行きませんでしたって形にしちゃうの」

 

「門前払いされるのとお見合いを一応したじゃ、全然周りからの評価が違うからな」

 

「ですねぇ、お見合いの中身は長野さんと相手の問題ですから、余計な口出しは出来ませんし…」

 

「あぁ、余計な口出ししたら、自分で自分の家の面子を潰すって事になるんですね!」

 

華の言葉に、そういう事かと理解する優花里。

 

お見合いを受ける事で申し込んだ相手の面子を立てて、お見合い自体は上手く行きませんでしたで終わらせる。

 

ここで下手に脅したり口出しすれば、お見合い相手を怒らせたと周りから笑い者。

 

叢真が早々に席を立ったどこぞの流派のようになる。

 

「お母さんも頭を抱えてたけど、片っ端からお見合いの話を受けるからどの家もお見合いに失敗してる、お見合いを申し込むだけ無駄だって流れになるようにしたみたい、叢真さんのお母さん」

 

おかげでウチも、お姉ちゃんとのお見合いが失敗したって思われてるんだよねと苦笑するみほ。

 

それだけに、まほが自称婚約者を名乗っていたのは驚いた。

 

実際は保留だったのだが。

 

叢真の母も、黒森峰の卒業生なので西住流との縁を切ることは出来なかった模様。

 

とは言え周りには、あの西住流の長女でも駄目だったから仕方ない…という流れが出来た。

 

その上、お見合いはどんな家でも受ける、論外な家は除いて。

 

なので、長野叢真には家柄や流派の立場が効かないと思われ、お見合いの数はガッツリ減少。

 

叢真の母の目論見通り、現在ではお見合いの話は来ていない。

 

叢真が戦車道から離れたのも原因ではあるが。

 

なお母が叢真にしょっちゅう「大丈夫?お見合いする?」と言うのは軽いネタである。

 

もし叢真がするよと答えたら、あ、そう言えば来てなかったわテヘペロと答えるだけだ。

 

親子の軽いスキンシップである。

 

「西住流もその流れにする為に利用されたって事か…そりゃ西住さんのお母さんも頭を抱えるな」

 

「お姉ちゃんが凄い乗り気だったから余計にね…」

 

麻子の言葉に苦笑するみほ。

 

普通はお見合いした後はデートなりなんなりを重ねるのだが、そんな事になった相手はほぼ居ない。

 

叢真にはお見合いを受けさせるだけ、後の事は母が丁寧に断っていたりする。

 

勿論、叢真が乗り気な相手は話を通すが。

 

そうなった相手は、デートではなく遊び相手として会ってくれと頼まれた島田流だけだが。

 

西住流であるまほですら、デートらしいデートはしておらず、大会で会った時に会話する程度だ。

 

みほは知らないが、1人だけデートらしい行為まで行った相手が居るが、置いておく。

 

「あれ、じゃぁみぽりんのお姉さんも、許嫁って言ってる子も…」

 

「うん、本当に自称。叢真さんが認めてる人は居ないらしいよ…」

 

これには全員苦笑である。

 

因みに許嫁を自称しているのは1人だけ、他は全員叢真を諦めている。

 

それはそうだ、お見合いをしてもその後進展がない上に、叢真が戦車道から離れてしまったのだから。

 

色々な学園艦に進学しているお見合い相手も、昔長野叢真とお見合いしたことあるんだー程度の思い出である。

 

連絡を取ってないので、叢真の母も、どの家のどの娘がどの学園艦に居るかなんて知るわけない。

 

恋人ですらないのだ、離れていて募る恋なんて彼女達には無い。

 

まほ達が特別なのである。

 

「なんて言うか、蝶野教官ばりに無茶苦茶なお母さんだね…」

 

「うん、お母さんももっと他に方法があったでしょうにって愚痴ってた…」

 

沙織の言葉に苦笑して愚痴るしほの姿を思い出すみほ。

 

珍しくみほにお酌をさせて飲んでいたのだが、その時愚痴ったのだ、この時まほは不在。

 

散々愚痴った後で、明確に断られた訳じゃないから婚約者を自称させて認めさせようと思いついたしほ。

 

これがまほの自称婚約者の切掛である。

 

人、これを済し崩しと言う。

 

因みにしほが言う他の方法とは、まほとの仲を認めて他のお見合い話を西住流と上手く行っているからと断る方法だ。

 

そうすれば戦車道最大流派である西住流が相手じゃ…と他の木っ端な流派は諦める。

 

島田流は逆にヒートアップする。

 

下手にどんな家でも受けるから、「あそこの家も受けたんだからウチも受けるよな?」と言われるのである。

 

無茶苦茶で甘いと、しほは酷評。

 

しかし仕方がない、叢真の母は選手としては優れているが、勘に頼って勝負を仕掛けるタイプの人間、指揮官適正が全く無くてフラッグ車を任されても「向いてないっぽい」とアッサリ辞退して、暴れまわれる一般車長に成りたがる。

 

家も一般家庭の生まれなので、謀略や策略は一切出来ないタイプなのだ。

 

そんな母が、息子を守りつつ息子が築いてきた立場を壊さないように、自分の我が儘に振り回す形で話を進めた。

 

優しい叢真の事だ、裏を知れば戦車道を辞めると言うのは簡単に想像出来る。

 

だから全部自分の、自慢の息子を自慢したいという欲求の為の行動として振る舞ってきた。

 

母親としての意地である。

 

とは言え勘で生きてる脳筋タイプ、しほや千代から見たらバレバレである。

 

当然叢真にも薄っすらバレている、具体的な事はバレていないが、母の行動には何か理由があるんだなと察して、文句を言いつつも受け入れている。

 

勿論度を超えたら怒るが、母からすればそれも織り込み済みなのだろう。

 

叢真が怒れば、温厚な息子が怒る位嫌がってるのでこの話は無かった事に♪と出来るから。

 

因みにストーカー事件以降、叢真にアイドル再開の話はそれとなく聞くだけだ。

 

もし叢真が希望するならバックアップはするが、叢真が望まない限りは連盟からのお願いも叢真が決める事ですからと断っている。

 

だから連盟も直接叢真にお願いするのだ、母親に話を持っていくと笑顔で断られるので。

 

「滅茶苦茶だけど…いいお母さんなんだね」

 

「うん、叢真さんもよく連絡してるし…羨ましいな」

 

沙織の言葉に寂しそうに微笑むみほ。

 

母親とほぼ絶縁状態であるみほからすると、羨ましい親子関係なのだろう。

 

「写真とかあったら見てみたいですね!長野殿が帰ってきたら聞いてみましょう」

 

「いいですねぇ、ついでに長野さんの幼い頃の写真とか無いか聞いてみましょうか」

 

「長野さんの幼い頃か…ショタコンが大量発生しそうだな」

 

みほの雰囲気を察して、声を張って別の話題を切り出す優花里。

 

それに乗って、ついでに自分の欲望を口にする華と、想像を口にする麻子。

 

「みぽりんはそういうの持ってないの?」

 

「あ、あるよ。大会での写真とかだけど、昔の叢真さんって可愛いんだよ~」

 

楽しそうに会話を続けるみほ達。

 

知らないところで、過去の自分の姿を晒される事になる叢真であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぷちんっ!うぃ~…」

 

「風邪かい?」

 

「うぅん、この感じ……美少女5人が私の事を噂してるっぽい」

 

「なんでそんな正確に分かるんだい…?」

 

「勘」

 

「勘」

 

夫の言葉に真顔で答える母、流石脳筋族勘属性である。

 

叢真の勘の良さもこの母譲りだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えーしー…もといびーしー自由学園の場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、私が凶暴な野獣に襲われそうになった時に、叢真様が颯爽と現れてこう言ったの、『凶悪な魔獣め!我の愛する姫に手出しはさせぬ!颯爽登場、銀河美少年!長野叢真ッ!!』と…そして野獣に腕を噛み付かれながらも強力な一撃で、見事に野獣を倒して、恐怖で震えていた私の前に跪き、微笑みならが手を差し出してくれたのよ、『もう大丈夫だよ、我のプリンセス…』って!」

 

「「へ、へぇ~…」」

 

「……………」

 

ドヤ顔で話すマリーと、頬を引きつかせながら相槌を打つ押田と安藤。

 

全て嘘である。

 

凶暴な野獣ではなくただの野良犬、そんな妙な台詞は言ってない、なんだ銀河美少年って。

 

腰抜かしてへたりこんでいたマリーに手を差し伸べたけど、そんなくさい台詞言ってないぞ。

 

あぁほら、安藤の視線が「この人やっぱりプリンス系か…」という疑惑の視線になってるじゃないか。

 

昼前の戦車倉庫前、用意された椅子とテーブルに座ってマリーの捏造過去話を聞く俺達。

 

あの後は大変だった、マリーに抱き着かれて許嫁と言われた俺を警戒する押田と、俺のことを少し知っていたらしい安藤が俺が長野叢真だと分かって大慌て。

 

マリーの「静かに!」の一言で一応静まったが。

 

そしてマリーのお付きの生徒が用意した椅子とテーブルに座って、俺とマリーの関係を説明したのだが。

 

途中からマリーの捏造話が始まったので、俺は遠くを見ながらげんなりしている。

 

俺とマリーの関係は、お見合い騒動の時からである。

 

30件ほどお見合いの話を消化して、母から「だいぶ噂も広がって落ち着いてきたし、もう平気かな」と言われた頃だ。

 

あの頃は何のことか理解出来なかったが、俺とお見合いをしても無駄だという噂が広がったって事だろうか。

 

いくらお見合いをしても、その後は2度と会う事がない人ばかりだったからな。

 

大会で会うまほさん達や、遊びに行ってたあの子位だ。

 

そんな、お見合いも一段落してまた大会とアイドル活動に専念しようかって時に、急にお見合いの話が入った。

 

戦車道の名家でも、流派の人間でも、便乗した行き遅れでもない。

 

何度かお見合いしたら、全然関係ない行き遅れの女性が申し込んできたんだよな…流石に母が断ったけど。

 

俺中学生なのに30代とか母より年上とかは勘弁してもらいたい。

 

そういったのではなく、申し込んできたのはなんと俺の大会でのスポンサー。

 

その親族の家らしい。

 

移動費や足の手配、ホテルやボディーガードの配備までお世話になっているスポンサーだけに断れないので、相手の顔を立てる為にもお見合いを受けた俺。

 

お見合い会場は、とある避暑地にある洋風の高級ホテル。

 

そのホテルのレストランにあるテラスでお見合いの予定だったのだが…。

 

そこに居たのは、お姫様みたいなドレスを着た、ケーキをドカ食いするマリーの姿。

 

うん、面食らったね、今までのお見合い相手は皆緊張してるか気合を漲らせていたのに、マリーは完全リラックスで優雅にケーキを食べていたのだから。

 

しかも大量に。

 

俺が到着しても、一瞥しただけでケーキを食べるのを止めない。

 

お見合いを申し込んできた相手であるマリーのお爺さんが声をかけて、やっと俺を見て挨拶するというレベルだ。

 

その後は相変わらずケーキを食べ続け、口を開いたかと思えば紅茶のお代わり。

 

これには俺もお爺さんも困惑である、母は美味しそうなケーキを見て食べたそうにしていたが。

 

マリーのお爺さんは財界にも政界にも顔が利くお金持ち。

 

本当かどうか不明だがフランス貴族の血を引いているらしい。

 

だから孫娘にマリーなんて名前を付けたのだろう。

 

その後いつもの早々に2人っきりにされる、この時席を外した両者の親も話し合いをするのだが、母がちゃんと話し合いをしているのか不安になる。

 

島田流の時は、俺と娘のお見合いが終わるまで延々俺の自慢話をされたと千代さんが苦笑していたし。

 

いつものお見合い後は交流が無くなるパターンだと思うが、一応話をしようとする俺。

 

だがマリーは聞いちゃいない。

 

そしてケーキを食べ終えると、「退屈だわ~」と言ってクレープ片手に席を立ち、そのままテラスからホテルの外に出ていってしまう。

 

初めて遭遇するフリーダムなマリーの行動に、唖然とする俺。

 

とりあえず紅茶を飲みながら素数を数えてみたが、意味はなかった。

 

マリーの姿がない事に気付いたお爺さん、心なしかゲッソリしていたが、孫娘の勝手な振る舞いに謝罪しつつも、お付きの子らしい女の子達に直ぐに探しに行かせる。

 

母もやってきて、女の子1人を出歩かせちゃダメでしょと正論を言われたので、急いで探しに行くことに。

 

あんなふわふわお姫様が山道や森の中に入るとは思えないので、ホテルから伸びる遊歩道を進むと、犬の鳴き声が。

 

急いで駆けつけると、野良犬に襲われているマリーの姿。

 

腰を抜かして座り込みながら、後退るマリーと、吠えながらにじり寄る野良犬。

 

たぶん目的は、マリーが持っているクレープだろう。

 

咄嗟に着ていたチョッキを脱いで、右手に巻く。

 

今回はお金持ちが相手という事で、中学の制服ではなくオーダーメイドのスーツだったりする。

 

そして今にも飛び掛かりそうな野良犬の前に割り込み、噛み付いてきた口に右手を突っ込む。

 

チョッキの厚みで牙は届かないので、そのまま右手で思いっきり野良犬の舌を掴んで引き上げる。

 

そして思い切り持ち上げて「失せろ」と頑張って殺気を叩きつけてから、野良犬を解放すると、キャインキャインと悲鳴を上げて逃げていった。

 

完全に見えなくなるまで逃げていったのを確認してから、犬の唾液が付いた手をチョッキで拭く。

 

野良犬の牙で切れてしまっている、これはもう駄目だな、高いのに、母に謝らないと、そんな事を考えながら震えて涙を流すマリーの前に。

 

俺にも怯えるマリーだが、極力怖がらせないように笑顔を浮かべて手を差し伸べ、帰ろう、と一言。

 

立ち上がらせようとしたが、腰が抜けたらしく動けないマリー、仕方ないので背負ってホテルまで帰った。

 

勝手にお見合いを抜け出して、その上野良犬に襲われたと聞いてマリーのお爺さんは激おこだったが、何とか宥める。

 

何度も俺にお礼を言うお爺さんと、泣きながら頭を下げさせられるマリー。

 

大した事をした訳でもないので、お孫さんが無事で良かったで終わらせましょうと伝え、お見合いを続けられる状態でもないので解散に。

 

予想外なお見合いだったが、まぁ、もう会うことも無いし…と思っていたら。

 

母から、お見合いのやり直しと改めてのお礼をしたいと申し出があったと言われた。

 

今度はマリーの両親も来るらしく、お見合いのやり直しは何とマリー本人が希望したとの事。

 

スポンサーからも是非にとお願いされたので、お見合いのやり直しとなった。

 

今度は都市部の高級ホテル、またケーキ喰ってるのかなと思ったら、今度はそわそわして笑顔で待っていたマリーの姿。

 

最初の時のあの態度はなんだったのかと思う位、積極的に話しかけてくるので面食らった。

 

その様子に満足げなお爺さんと、微笑ましそうなご両親。

 

母の提案でホテルの庭園を歩いたりしたが、腕を組んだり頭を預けてきたりと、最初の時の態度はなんだったのかと…。

 

そのままお見合いは終了し、帰りの車の中で母にどうだったか聞かれた。

 

ここで俺が良い返事をしなければ、今までの家のように会うこともなくなる、その位は察せれる。

 

何せ、遊ぶために今後も顔を出さないとかなと答えた島田流の時だけは、その後も連絡が来たのだから。

 

マリーの好意は嬉しかったが、やはりマジモノの貴族のお嬢様と俺では立場が釣り合わない。

 

それに、マリーのあの好意は野良犬に襲われた恐怖とそれから助けられた安堵感からくる、吊り橋効果だと理解していた。

 

だから母には色良い返事はしなかった。

 

母も叢真がそう言うならそうしましょうと、受け入れて貰えた。

 

これでマリーとの関係も終わりだな、そう思っていた。

 

 

 

 

 

ところがどっこい。

 

 

 

 

 

大会のスポンサー席には、満面の笑顔のマリーの姿が。

 

大会だけでなく、俺の宿泊するホテルや移動先にも現れた。

 

そりゃそうである、マリーはスポンサーの親族、そして俺のホテルや移動の足を用意するのはスポンサー。

 

他のお見合い相手と違って、簡単に俺と接触出来るのだ。

 

しかもこの時すでに俺の許嫁だと自称しており、他のスポンサーや大会関係者を驚愕させた。

 

母に聞いてみるが知らないと言われた、つまり完全な自称なのである。

 

婚約者もそうだが、許嫁は双方の両親の同意でなるモノだ。

 

だがマリーのは完全な一方的なモノ。

 

当然否定したが、お見合いの席で平気でケーキを食ってお散歩に出かけるような自由人であるマリーである。

 

照れなくてもよろしいのよと笑顔で言われた、そういう問題じゃない。

 

母もこの事態は想定外だったようで、珍しく慌てていた。

 

まぁ自称許嫁になったとはいえ、やることは俺の応援や押し掛けデート程度なので別に害は無かった。

 

むしろマリーが居る事で警備が更に厳重になり、ストーカーからの被害が減った位だが。

 

いや、被害があったか、大会でまほさんやみほちゃんと挨拶したらその姿を見られいていたらしく、控室で「浮気はダメよ!」と叱られた。

 

浮気も何も付き合ってませんがな…。

 

そんな関係は俺が事件に巻き込まれて入院するまで続いた。

 

俺が入院していた病院にも来たらしいが、母が面会謝絶にしていたので会うことはなかった。

 

そのまま俺が戦車道の公式大会から離れる事になると、スポンサーとの契約は解約に。

 

マリーとの繋がりが消えたので、その後は会うことがなかった。

 

まさかBC自由学園で、戦車道をやっていて、しかも隊長で、まーだ自称許嫁を続けているとは、このリハクの目をもってしても見抜けぬとは!!

 

リハクって誰だ、普通見抜けるかいこんな展開。

 

「今も忘れないわ、恐怖で震える私を優しく抱き上げ、お姫様抱っこで木漏れ日の中を歩いていくあのお姿を…!」

 

まーだトリップしてらっしゃる。

 

これも捏造である、腰が抜けたマリーをおんぶして移動しただけだ。

 

「まさかマリー様にそのような許嫁が居たとは、この押田、己の知識の無さを恥じるばかりです…!」

 

なんか押田って人は感涙してるし。

 

この人マリーの親衛隊かなんか?

 

「あの長野叢真が許嫁…凄かったんだな隊長…」

 

どの長野叢真ですかね、どの。

 

安藤という人も感心したように頷いている。

 

周りの生徒達は、マリーの捏造だらけの思い出話をきゃーきゃー言いながら聞いている。

 

そうね、乙女受けの良さそうな話になってるもんね、一部捏造が激しいのと俺が意味不明なキャラになってる事を除けば。

 

なんだ一人称が我って、なんだ銀河美少年って、ただの野良犬が赤カブト並の怪物みたいな表現してるし。

 

訂正する気力も無く、隣に座ったマリーに腕を組まれたまま遠くを見る俺。

 

別の意味で羞恥プレイだよこれ…。

 

俺に残されたのは、砂糖を入れてないのに甘い気がする紅茶を飲むだけ。

 

空になるとマリーのお付きの子…あのお見合いの時にも居た子だと今更気付いたが、その子がさり気なく紅茶を注いでくれる。

 

聖グロの生徒にも負けない見事な紅茶入れだった、マリーの家に仕えてる家の子らしいし、プロなんだろうなぁ。

 

「ふぅ~、たくさん話たらお腹が空いてしまったわ。叢真様、食堂へ参りましょう!」

 

「え、あ、終わった?俺の羞恥プレイ終わった?」

 

「もう、私の話を聞いていなかったの?相変わらずイケズなお方!」

 

ぷんぷんしながら俺の腕を抱き締めるマリーに、唖然とする押田と安藤のコンビ。

 

お付きの子はすました笑顔で立っているだけ、やはりプロだ。

 

その後、マリーに連れられて学園の食堂へ。

 

マリーと腕を組みながらなので超目立った、俺達の後ろを付いてくる押田と安藤も女子生徒からキャーキャー言われている、やはりヅカか、タカラのヅカか。

 

「好きな定食をお選びになって」

 

「………うどんとかカレーとか無いんだな」

 

「そんなお下品な物はありませんわ」

 

本当に、エスカルゴ定食とかフォアグラ定食とかテリーヌ定食とかポトフ定食とかクロックムッシュ定食とか…。

 

セットのメニューもフランスパンやバゲットにスープ、ご飯や味噌汁は存在しない。

 

うん、こりゃぁ受験組がデモ起こす筈だわ。

 

馴染みの料理が一切無いんだから。

 

「諦めてください長野さん、これがここの現実なんです…」

 

「苦労してるんだな安藤さん…」

 

「安藤でいいっすよ」

 

俺のショックを理解して肩を叩いてくる安藤、受験組だけあって結構気軽な子だ。

 

「おい安藤!マリー様の許嫁に何を気安く話しかけている!失礼だぞ!」

 

「うるさいぞ押田!長野さんの凄さを知らない温室育ちの箱入り娘が!」

 

「喧嘩なら他所でやってちょうだい、お昼が不味くなるわ。私は今日はこれにしようかしら」

 

喧嘩を始める押田と安藤を他所に、メニューを選ぶマリー。

 

流石マリー、ゴーイングマイウェイである。

 

俺は…無難にフォアグラ定食にしておこう、エスカルゴ定食は勇気が出ない…。

 

なおそんなメニューしてる癖に、食堂なので自分で食券買ってカウンターで受け取るスタイルである。

 

配膳の女子、恐らく栄養科みたいな学科の生徒だと思うが、その女子が俺の姿を見て驚いていた。

 

そりゃそうだよな、女子校に男が、しかも見覚えのない奴が居るんだから。

 

「ど、どうぞ…!」

 

「ありがとう」

 

差し出されたフォアグラの皿を受け取りながら、微笑んでお礼を言う。

 

お礼を言う時は微笑む事、それが母から受けた教育である。

 

理由は知らんが。

 

「すげぇ、お礼だけで落とした…!」

 

「何がだ安藤?」

 

「いえ、何でも無いです!」

 

俺の後ろに並んでいた安藤が何やら驚愕していたが、なんだろうか。

 

マリー達が別のレーンに並んでいるので、同じメニューを選んだ安藤と待つ。

 

「あれ、量が違うな…」

 

「サービスだと思います」

 

安藤と俺でフォアグラの量が違う、俺の方は2切れ入っている。

 

なんのサービスだろう、謎だ。

 

マリー達も来たので空いているテーブルを探すが、こっちだと言われて付いていく。

 

「戦車道の選手が専有しているテーブルがあるんですよ」

 

「ほー、ここでもそういう扱いか」

 

聖グロとかプラウダは強豪校だからか、戦車道の選手が座る席が決まっている。

 

アンツィオと継続は早いもの勝ちである、つまり戦争。

 

そう考えると大洗は平和だな、食堂の席が空いてなかったら購買でパンとかおにぎり買って好きな場所で食べられるし。

 

男子が学園から抜け出してラーメン食べてきたらしく、園さん達に捕まって校門前で正座させられてお説教されていたが、あれは論外だな。

 

案内された席は、他が混んでいるのに誰も座っていない。

 

本当に戦車道専用なんだな。

 

「いただきます」

 

席に座って手を合わせる、俺の右隣には安藤、左にはマリー、安藤の正面に押田、俺とマリーの正面にはマリーのお付きの子達。

 

「ふん、相変わらず箸か、ナイフとフォークもろくに使えないとは…これだから外様は」

 

「お前、その言葉長野さんにも刺さってるの理解してるか?」

 

「…………箸じゃ駄目なのか」

 

「い、いえ、今のは安藤に言ったのであって別にそんな!?」

 

「押田、叢真様を侮辱したら許さないわよ」

 

「ま、マリー様ぁ!?」

 

安定の押田、安藤に喧嘩を売ろうとしたら俺にも流れ弾がヒット。

 

すまねぇ、フランス式テーブルマナーはさっぱりなんだ。

 

箸でフォアグラを食べるとか違和感凄いな、付け合せがバゲットとスープだし。

 

「受験組が行動しなければ、箸すら無かったんですよここ…」

 

「徹底し過ぎだな…」

 

安藤の言葉に心底同情する。

 

聖グロだってちゃんとあるぞ、割り箸。

 

「叢真様、安藤とばかり仲良くして…浮気はダメよ?」

 

「だから付き合ってないから…浮気にならんだろ…」

 

「もう、照れちゃって!」

 

駄目だこのマリー、話を受け入れてくれない。

 

安藤に教えてもらいながらフォアグラ定食を食べる、味は普通に美味しかった。

 

ただメニューにバリエーションがないし、やはり米や味噌、醤油がないのは辛いだろう。

 

これは受験組を応援したくなる、頑張れ受験組、エスカレーター組に食わせておはだけさせれば勝ちだ。

 

食戟で勝てば…それあの学校だけか。

 

「叢真様、デザートはいかが?はい、あ~ん!」

 

「いや、こんな人が多い場所で……あ、あー…」

 

いつの間に持ってきたのか、ケーキを俺に差し出すマリー。

 

周りの目があるので拒否したいが、眼前に迫るケーキ、口を開けなければだちょうクラブ確実である。

 

ケーキを咀嚼する俺と、美味しいでしょうとニコニコのマリー、そしてそんな俺達を見て驚愕している押田と安藤。

 

「ま、マリー様が…!」

 

「自分のケーキを、人に食べさせる…だと…!」

 

驚いてるのそっちかーい!

 

確かにマリー、自分が食べてる物は人にあげないタイプだからな…。

 

だからか、戦車道の選手だけでなく、周りで様子を覗っていた生徒達も驚いている。

 

平然としているのはマリーのお付きの子達だけ、本当にプロですね、と言うか学生ですか本当に?

 

「ご安心下さい」

 

「高校生です」

 

ア、ハイ。

 

「デザートを食べたら、戦車道の様子を見学しましょうね」

 

「あ、一応俺の仕事させてくれるのね…」

 

このままマリーに付き合わされて終わるのかと思ってたよ、安心した。

 

「ふん、マリー様の許嫁とはいえ、我々の戦いが理解出来るかな?」

 

「お前、長野さん相手によくそんな事言えるな!?無知は罪って言葉知ってるか!?」

 

ドヤ顔の押田にツッコむ安藤、君達本当に仲いいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、なんで誰も居ないざます?お客様が来るから待機って言ってあった筈なのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




急遽Aパートを変更、原田の汚いHOT LIMIT、斎藤のグルメ、新キャラ登場はお蔵入りとなりました(´・ω・`)


本当は劇場版のストーリーの中でしほと主人公母の会話で明らかにする予定でしたが、感想で母親は火種ばかり、作者いいかげんにしろと言われてしまったので急遽変更してお送りしました(´・ω・`)

急な変更なので文が変だけど勘弁してね(´・ω・`)










婚約者や許嫁を名乗った人?(´・ω・`)


自称婚約者:まほ

自称許嫁:マリー

他の子:名乗ってないor名乗ったけど主人公は知らない、そしてもう過去の事にされている



こんな感じ(´・ω・`)



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