深海棲艦提督は動かない (深海棲艦大好き棲姫)
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プロローグ ①

 深海棲艦が世界に現れて久しい。

 

 深海棲艦は人と同じサイズでありながら、船と同じ強さを持っている。

 巨大な船の力を、人という小さな器に詰め込めばどうなるか――子供でも容易に想像できる。

 深海棲艦は強すぎた。

 世界中の軍隊は蹂躙され、人類が滅びかけるほどに、深海棲艦は強かった。

 それに待ったをかけたのが艦娘だ。

 

 艦娘は深海棲艦と同じような性能を持っている。

 それでいて人に友好的だ。

 艦娘の協力もあり、人類は一旦危機を脱した。

 

 そんな強力な兵器である艦娘だが、一人では十全に力を引き出す事ができない。

 提督と呼ばれる、妖精さんが見える人と協力する事で、初めて全力が出せる。

 しかし提督は非常に希少な存在であり、

 またどういった人間が提督になるのかなど、詳しいメカニズムも解明されていない。

 ある一説によると、提督になる者は、ある日艦娘から()()()()らしい。

 大体は夢の中で海の上にいて、艦娘と思わしき存在に呼びかけられる。そして眼が覚めると、妖精さんが見えるようになっている――という流れが多いそうだ。

 

 実を言うと、俺もそうだった。

 俺も夢の中で呼ばれた。

 ただし俺は海の上ではなく、暗い海底の奥底にいた。

 

 深海棲艦と艦娘は非常に近い存在だ。

 それなら深海棲艦にも提督がいておかしくない。

 ――というのが通説だ。

 そしてそれは、正しい。

 

 俺を呼んだのは艦娘ではなく、深海棲艦だったのだ。

 

 

   ◇

 

 

 俺は深海棲艦の提督だ。

 しかし、俺はその事を秘密にしている。

 理由は言わなくとも分かると思うが、深海棲艦が人類の敵だからだ。もし俺の存在を海軍が知ったら敵として排除してきたり、捕まって実験されるかもしれない。

 だから隠して生きて来た。

 気分的には、地球生まれのエイリアンみたいな感じだ。

 

「提督。そろそろ学校に向かう時間だ。準備なさい」

 

 リビングでゆっくりしていると、一人の女性が声をかけて来た。

 彼女の名前は『戦艦水鬼』。

 俺が深海棲艦の提督として目覚めた日、突然家にやって来た。それ以来世話を焼いてくれている。

 深海棲艦は人類の敵ではあるが、深海棲艦の提督であるせいか、拒否感はなかった。俺が天涯孤独で、家族に憧れていた部分があるからかもしれない。

 

 戦艦水鬼を皮切りに、一人また一人と、深海棲艦達はやって来た。

 今では40隻近い深海棲艦が俺の家には在籍しており、バルカン半島もかくやというほどの火薬庫と化している。

 実際この家の存在が知られたら、第三次世界大戦が始まるだろう。

 

 一緒に暮らして分かったのだが、深海棲艦にも序列や年齢がある。

 戦艦水鬼はどちらも上の部類だ。

 それ故か、彼女は母親の様に家事を一手に引き受けている。

 今もエプロンを着けて全員分の朝食を作っており、その姿はあまりにも堂に入っていた。少なくとも、この前まで人類を滅ぼそうとしていたとは思えない。

 

 戦艦水鬼の言葉からも分かる通り、俺は学校に通っている。

 ……と言っても、普通の学校ではない。

 軍が作った、提督養成用の学校だ。

 

 提督の力は、ある日突然覚醒する。

 赤子の頃に覚醒することもあれば、寿命間際に覚醒した、なんて話もあるくらいだ。

 また人によっては、覚醒したことにすら気がつかないケースさえあるという。

 それ故に年に二回、国民は提督審査と呼ばれる審査を受ける。そこで提督の資格あり、とみなされた者は、年齢や身分に関係なく、次の日から提督用の学校に通うことになる。

 随分強引な措置だと思うが、それだけ提督という存在が希少で、戦況が切羽詰まってるということなのだろう。

 

 まあそんなことは俺に関係のない話――と思っていたのは昔のことで、実は今、俺もその学校に通っている。

 どんな技術を使って提督の適性を調べてるのかは分からないが、深海棲艦の提督である俺も、なんと提督審査に引っかかってしまったのだ。

 

「てーとくっ! おっはよ!」

「おはよう、空母棲姫」

 

 アホっぽい挨拶をして来たのは、空母棲姫。

 彼女には、俺と一緒に学校に通ってもらってる。

 提督学校に提督候補生には、一人につき一隻、専属の艦娘がいる。大体は集団お見合い的な団欒会で相性の良い艦娘を見つけるのだが――俺は深海棲艦の提督である。当然艦娘は指揮できないので、仕方なく空母棲姫に艦娘として潜入してもらった、というわけだ。

 

 お付きの艦娘として空母棲姫を選んだ理由だが、性能は無視して、完全に性格だけで選んだ。

 こいつはアホだが、性格はマトモな部類に入る。

 他は大概、性格が破綻してる。俺と出会う前は、人類を滅ぼそうとしてたくらいだ。破綻し過ぎだろ。

 

 ちなみに外に出る時、空母棲姫には変装してもらっている。

 黒いウィッグをつけて、黒目のカラコンをすれば、まあ艦娘に見えないこともない。

 海軍はまだ深い海域には到達出来ていないため、空母棲姫の存在を知らないが、念のためだ。

 

 朝食を食べ終えた後、俺達は学校に向かった。

 他の深海棲艦はまだ寝ている。

 イメージ通り、彼女達は朝に弱い。

 昔は無理して見送ったりもしてくれてたが、寝ぼけた重巡棲姫がくしゃみと一緒に主砲をぶっ放して以来、止めるように言った。偶然前にいた中間棲姫に当たったから良かったが、うっかりこの街が地図から消えてたところだ。

 

「今日一限なんだっけ?」

「航海史だよ」

「うげー。私、歴史嫌いなんだよね。それにあの先生、顔がきしょい。イカの塩辛みたいな顔してるじゃん」

「どんな表現だよ。つかやめてやれ。あの人、最近娘に嫌われ始めたって悩んでんだから。生徒にも嫌われたら、可哀想だろ」

「先生の娘さんは、きっとイカが嫌いなんだよ!」

「先生のこと完全にイカとして認識してるな、お前。その理論で言ったら娘もイカだろ」

「まだイカじゃないんじゃない? カエルで言うおたまじゃくしみたいな!」

「成長過程でめっちゃ足生えてくるじゃねえか」

 

 ちょっと足が生えてるイカとか、絶対に食卓に並べたくない。

 漁師の人もそんなもの釣りたくないだろう。

 

「でもさあ、イカもそうだけど、エビとかカニとか地上の生き物じゃなくて良かったよね。タンスの裏からカニが出て来たら、もうテロじゃん」

「たしかに」

 

 ちょっと前まで本当にテロ起こしてたお前が言うなって感じだが、その通りだと思った。

 木の上からエビとか降ってきたら、泣く自信がある。

 

 下らない話をしている間に、学校に着いた。

 教室に入ると、それまで賑やかだった教室の空気が、少し凍った。

 

 繰り返しになるが、俺は深海棲艦の提督だ。

 提督は大体の場合無条件で艦娘に好かれるのだが、深海棲艦の提督だからか、反対に俺は艦娘に嫌われやすい。

 同じ人間――提督には何の効果もないはずだが、やはりパートナーである艦娘が良い顔をしないと、近寄りがたいのだろう。

 そのため俺は、提督学校では少し腫れ物の様に扱われている。

 

 それに正直、成績も悪い。

 提督は妖精さんの力を使ったり、言葉を発さなくとも艦娘に指示が出来るが、俺にはそれが出来ない。

 なので必然的に上手く連携が取れず、集団戦の成績は万年最下位だ。

 

 しかし実戦形式の演習は、集団戦だけでなく、個人戦――お付きの艦娘同士を戦わせる模擬戦形式のものもある。

 こっちなら出来るんじゃ、と思ったこともあった。

 実際、そこらの艦娘とは比べ物にならない力を持つ空母棲姫が本気を出せば、ぶっちぎりでトップの成績を叩き出すだろう。だがそんな事をすれば、俺達が普通の提督と艦娘じゃないことが発覚する可能性が高くなる。

 

 トップを取らない程度に加減してやらせるのも、空母棲姫がアホ過ぎるせいで無理だ。

 あいつには“やる”か“やらない”かの二つしかない。

 当然いつも“やらない”を選択させているので、個人成績の方も低い。

 他の深海棲艦は“やる”しかないから、まともな方だが。

 

 座学の方は下位ではないが、トップ連中と比べると一歩も二歩も劣る。よく言って中の上程度だ。

 総合成績だと、下の中から下の下と言ったところか。

 成績の悪い浮いてるやつ――それが俺だ。

 最悪だな。

 

 しかし正直なところ、良い成績が取れなくても、俺は構わない。

 良い成績を取れば、それだけ前線に送られる可能性も高くなる。

 だが俺にとって、深海棲艦は敵じゃない。

 艦娘と提督にも相性がある様に、全ての深海棲艦が俺の味方というわけじゃないが、それでも間違いなく他の奴らより深海棲艦()()なのは確かだ。

 だからといって人類の敵、というわけでもないが。

 ともかく俺には、深海棲艦と戦う気はあまりない。

 

「よう、落ちこぼれ! 今日も浮いてるわね!」

「ほっとけ」

 

 バシン! と背中を叩かれた。

 浮いてるとは言ったものの、普通に接してくれる奴も何人かはいる。

 こいつ――赤松(あかまつ)(しのぶ)はその一人だ。

 

「おはようございます、東條さん。提督の失言は、許して下さい」

「おはよう、加賀。別に気にしてねーよ」

 

 お付きの艦娘は加賀。彼女は感情で人を判断しない。そのため、俺の事を嫌ってない数少ない艦娘の一隻だ。その辺が、仲良くしてくれる理由の一つかもしれない。

 

「しっかし、今日も暑いわねえ。これも深海棲艦のせいかしら?」

「普通に夏のせいだと思うぞ。むしろあいつら海の生き物だから、涼しそうまである」

「海の生き物ってあんた……魚じゃないんだから。でもこうして私達がクソ暑い中学校来てんのに、深海棲艦の連中が海の中で涼んでると思うと、腹立つわ」

 

 それには同意する。

 海の中とは言わずとも、クーラーの効いた部屋で涼んでる奴らもいるしな。主に俺の家海域の連中とか。

 

「しかも一限はあのタコ教師と来てるじゃない。愉快よね、まったく」

「忍から見るとタコなのか……」

 

 先生もイカだったりタコだったり大変だ。

 そろそろ軟体動物から卒業させてやって欲しい。

 その後先生がやって来て、授業を受けたが……俺にはやっぱり、先生の顔は人に見えた。

 

 

   ◇

 

 

 ――――放課後。

 俺と忍は、先生に呼び出された。

 先生、と言っても航海史の様な普通の先生とは違い、提督の仕事を教える軍事教官だ。

 しかし、何故俺達なんだろうか。

 俺の成績が瑞鶴の胸くらい低い一方で、忍の成績は武蔵級だ。お付きの艦娘も空母系で最強とも言われる加賀だし。

 この二人を同時に呼び出すなんて、今までなかった事だ。

 

「義一、あんたも呼ばれてたのね」

「……ん、なんだ。お前達もか」

 

 教務室に行く最中、よく見知った顔に出会った。

 名前は西尾(にしお)義一(ぎいち)

 俺のクラスで一番成績がいいのは忍だが、学年1は義一だろう。お付きの艦娘も、戦艦系の中ではかなり強い長門だ。

 長門が規律に厳しく、公平な性格だからか、義一は俺にも普通に接してくれる。

 俺と忍と義一。放課後はいつも三人でつるんでいる。

 

 しかしこうなってくると、益々俺がいる意味が分からなくなった。

 成績一、二位の二人は分かる。

 そこになんで俺?

 

「なんで私達と、落ちこぼれのあんたがセットで呼ばれたのかしら?」

「おい。はっきり言うな。傷ついちゃうだろ」

「忍、そういう事を言うのは良くない。謝りなさい」

「お父さんか、あんたは」

「やーい! 怒られてやんの!」

「あ? 喧嘩売ってんの?」

「お、やんのか?」

「いいわよ。次の集団演習であんただけ集中狙いしてやるわ」

「おま、そういう陰湿なの止めろよ。また俺が最下位になっちゃうだろ」

「いつものことじゃない」

「安心しろ。そうなったら、僕が守ってやる」

「ぎ、義一さん……」

 

 胸がキュンと高鳴った。

 俺が乙女だったら、ラブコメの始まりである。

 しかし少女漫画の王道的展開だと、最初は頼りになる義一に惹かれてたものの、最後にはガサツな忍とくっついて終わりそうだ。

 

「忍」

「なによ」

「優しくしてくれ」

「はあ? なによ、急にきしょいわね」

 

 やっぱりそれはないな、うん。

 

 三人で話していると、いつの間にか教務室に着いていた。

 義一を先頭に、三人で入る。

 そこにいたのは教官――ではなく、この学校の学園長だった。

 この人は滅多に人前に出ない。それ以前に、普段は学校にもいないはずだ。

 益々分からない……というより、きな臭くなって来た。

 

「座りなさい」

「失礼します」

 

 促されるまま、席に着いた。

 

「西尾義一くん、赤松忍くん。そして――東條宗一郎君だね?」

 

 東條宗一郎とは、俺のことだ。

 全員が頷いたのを確認した後、学園長は話を再開した。

 

「急なことだが、君達には『卒業』して貰おうと思う」

 

 ――卒業。

 この学校の卒業は、普通のそれとは少し違う。

 もちろん普通の学校の様に年齢で卒業することもあるが、大体は今の様に、在学中に突然言い渡される。

 理由は簡単で、人手が不足だ。

 だから即戦力になると判断された者は卒業し、鎮守府に配属される。

 

「西尾くんと赤松くんは横須賀鎮守府に、東條くんはショートランド泊地に着任することが決まった」

 

 それを聞いた時「ああ、やっぱりか」と思った。

 

 横須賀鎮守府は設備が一番充実している鎮守府だ。二人はエリートとして、出世コースに乗ったのだろう。

 一方ショートランド泊地の方は、最悪と言っていい。

 ショートランド泊地は、深海棲艦の侵攻が最も激しい場所の一つとしてとして有名だ。少なくとも、卒業したての新人を送り込む様な場所ではない。

 だが最近、ショートランド泊地の提督が戦死してしまった。

 このままいけば、もうすぐショートランド泊地は深海棲艦の手に落ちるだろう。

 

 もちろん、海軍だって黙ってない。軍備を整え、向かい打とうとしてるはずだ。

 しかし今のままいけば、軍備が整う前にショートランド泊地は落ちる。

 当然だ。

 提督がいなければ、艦娘は力が出せないのだから。

 

 拠点を防衛するのと攻めるのでは、圧倒的に注ぎ込む戦力が違う。

 海軍としては、居てくれるだけでもいいから、だれか提督をショートランド泊地に送り込みたい。

 しかし戦死する可能性が高く、有能な人材は送りたくない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、俺というわけだ。

 これ以上学校に置いても金と時間の無駄、それなら今使い潰すべき――というところだろうか。

 

「なによ、それ……なによそれ!」

 

 忍が大声を上げて立ち上がった。

 上官にその態度は不味いだろ。

 

「おい、忍。俺は別に――」

「あんたは黙ってなさい! それともなに、あんた死にたいの!? 少なくとも、私は納得できないわよ、こんなクソみたいな決定!」

 

 一緒に止めてくれ、と義一を見ると、義一もまた立ち上がっていた。

 

「学園長。意図は分かりますが、犠牲が出ないならそれが一番ではないでしょうか。ですので、僕が代わりにショートランド泊地に行きます。優秀な僕なら、犠牲を出さずに時間を稼げるかと。自信もあります」

 

 噛み付く忍と、冷静に説得しようとする義一。

 二人を見て、学園長は駄々をこねる幼稚園児を見た時の様な、困った笑顔を浮かべた。

 

「君たちの友情は美しいね。けっこう、けっこう。三人の様な学生が僕の学校から出て、嬉しく思うよ。でも、ごめんね。もう決まったことなんだ。それじゃあ、君たちの一層の活躍を願ってるよ」

 

 それだけだった。

 たったそれだけで、この人が俺たちの事をなんとも思ってないことが、ひしひしと伝わってくる。

 話は打ち切られ、俺達は外に放り出された。

 

「くそったれ!」

 

 閉まった教務室の扉を、忍が蹴っ飛ばす。

 いつも注意する義一も、今日ばかりは黙認していた。

 忍は何か考えた後、ケータイを取り出して何処かに電話した。

 

「――もしもし加賀? 今から教務室を爆撃して」

「うぉい!」

 

 慌てて止めた。

 それは流石に洒落にならない。

 

「離しなさいよ!」

 

 暴れた忍の肘が、俺の腹に突き刺さった。

 い、痛みで涙が……。

 涙目になっていると、忍が俺の顔を見て、はっとした顔をした。

 

「そう、よね。私より、あんたの方が辛いわよね……」

「いや、俺は別に気にしてない」

 

 普通に言ったつもりだったが、肘打ちのせいで肺に空気がなく、喘ぐ様な声になってしまった。

 側から聞いたら、自分の感情を押し殺していたのに、感情が溢れ出してしまった様に聞こえたかもしれない。

 二人の顔が曇る。

 違う、そういうことじゃない。

 そう言いたかったが、そんな事を言える空気でもなかった。

 

「こふっ!」

 

 忍にタックルされた。

 いや、抱きしめられた。

 

「宗一郎! 安心しなさい! 私達は友達、ううん、親友よ! ピンチになったら直ぐに駆けつけてあげるわ!」

 

 有り難い言葉だった。

 泣きそうだ。

 痛みで。

 小さい身体のどこにそんなパワーがあるのか。あまりの締め付けの強さに、俺は産まれて初めて骨の位置を感じた。

 

「忍、宗一郎が戦死する前に死ぬぞ」

 

 義一が助けてくれた。

 クールだ。

 偉大な司令官だ。

 頼りになる男だ。

 きっと義一なら、どこでも上手くやっていけるだろう。

 

「宗一郎」

「ん?」

「帰りにラーメンでも食べに行こう。奢ってやる」

 

 いや本当に、カッコよすぎる。

 女性ホルモンが分泌されまくりだ。義一の近くにいれば、将来ハゲることはないだろう。

 

 しかし嬉しい反面、いいんだろうか、という気持ちもある。

 二人だって栄転が決まったんだから、お祝いをするべきだ。

 まあ今日は、お言葉に甘えさせていただくことにしよう。二人の祝い品は、後でこっそり用意しておくことにする。



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プロローグ ②

 学園長に転勤を命じられてから僅か二日後、俺はこの街を発つことになった。

 状況はそれだけ切羽詰まってるということだろう。

 

 旅立つことに、さして後悔や緊張はない。

 両親が残してくれた家を空けるのには抵抗があるが、それだけだ。

 準備と言える様な準備もなかった。

 家具や家電なんかは最初から向こうにあるし、必要な物があったら空輸してもらうこともできる。だから自前で用意する必要があるのは、服程度しかなかった。

 

 引っ越す事を伝えると、深海棲艦達も当然のように付いて行くと言ってくれた。

 むしろ俺よりもウキウキしてたくらいだ。

 空母棲姫曰く……。

 

「提督の所に行く前、みんなでショートランドにバカンスしに行かない? って話してたんだよねー。だからちょうどいいって感じ?」

 

 その後。

 

「しかもさあー。私達がいなくなった後、バカンスの件がなぁんか間違って雑魚連中に伝わったみたいで、残った下っ端達がショートランドに集まってるぽいんだよね。久しぶりに殺し合いが出来て、ちょー上がるって感じ!」

 

 とのことだ。

 ショートランド泊地への大規模侵攻は、こいつらが原因だった。こいつらの馬鹿さが原因だった。

 それならある意味、俺がショートランド泊地に行くのは、責任を取るという意味で相応しいのかもしれない。

 空母棲姫を除いて、他の深海棲艦には個別で現地に行ってもらうことにした。現地集合である。子供の遠足とは違うのだ。

 

「おはよう、宗一郎。いい朝だな。出発日和だ」

「もっと早く出なさいよ。待ちくたびれたじゃない」

 

 家を出ると、忍と義一がいた。

 お付きの加賀と長門もいる。

 こいつらだって準備が忙しいはずなのに……。

 

「ああ、いい朝だ。こんな天候の日に戦死出来たらいいな」

 

 忍に頭を引っ叩かれた。

 

「流石にそれは笑えないぞ」

 

 義一にまでこう言われてしまう始末。

 流石にちょっと反省した。

 

「ほら、これやるわ。大事にしなさい」

「おっと! 投げるなよ。俺が運動神経抜群の男じゃなかったら落としてたぞ」

「いや、顔面に当たってるじゃない」

 

 忍が投げてよこしたのは、桐箱だった。

 あまりの豪速球に反応さえ出来ず顔面に炸裂してしまったが、落としはしなかったからセーフ。

 早速開けてみると、中には刀が入っていた。

 

「自決用よ」

「おい」

 

 さっきまでの戦死ジョークは禁止って風潮はなんだったんだよ。

 

「深海棲艦に捕まると、手足を喰い千切りながら殺されるっていうじゃない。それなら直ぐに死ねるわ」

「腹を切るのも結構痛いだろ。誰が介錯するんだよ」

「うっさいわね。ちょっとした冗談よ」

 

 色々言いたいことはあったが、忍に冗談のセンスがないことは確かだ。

 

「加賀、説明してあげなさい」

「はい。

 素材には島根県出雲町で採れた最高純度の砂鉄を、同じく出雲町の職人に依頼して製鉄していただきました。

 製法ですが、刀鍛冶の技術が最も栄えていた、と言われている鎌倉時代の製造法を真似した、たたら吹きという製法を用いたそうです。

 製作者は刀剣界の最高賞である『政宗賞』を受賞し、同時に人間国宝でもある天谷沖継様です。

 本来なら忍さんが使用する予定でしたが、深く悩んだ末に、お譲りすることをお決めになりました。どうか忍さんの代わりと思って、お使い下さい」

「余計なことまで言わなくていいのよ!」

 

 加賀が言ったことの半分も理解出来なかったが、この刀がとにかく凄い物だと言うのは分かった。

 きっとめちゃくちゃ高いに違いない。

 忍の実家は超のつくお金持ちらしいが、それでも出費は出費だ。

 とはいえ今日ばかりは、無粋なことは言うまい。

 

「銘は『宗一郎』です」

 

 えっ。

 いや確かに、自分でも「刀っぽい名前だなあ」なんて思ったことはあるが。

 しかもこれは、忍が自分用に作らせたオーダーメイドだ。それが俺の名前……いや、何も言うまい。

 これは御守りとして、有り難く受け取ろう。

 

「せっかくだから、振ってみなさいよ。一応学校で刀の扱い方くらいは習ってるでしょ」

 

 言われるがままに、刀を振ってみた。

 一太刀で分かった。

 この刀は、いい。

 斬れ味が違う。空気を切るのが、これほどまでに楽しいとは思わなかった。素振りをしただけなのに、鳥肌が立つくらいだ。

 

「うん! これなら介錯人は必要なさそうね!」

「おい止めろ。せっかくのいい気分が台無しだろ」

 

 別の意味で鳥肌が立つわ。

 

「僕からはこれだ」

 

 義一から渡されたのは、日本酒だった。

 酒のことなんか刀以上に知らないが、これも凄く高価な感じがする。

 

「死んだら墓にかけてやろうと思ってな」

「ああ、よく映画とかであるやつな――っておい。やっぱり俺死んでるじゃねえか」

「冗談だ。いつか酒が飲める歳になったら、一緒に飲もう」

 

 それまで取っておけ、と言って渡された。

 本当に、一々やることがかっこいいな、こいつは。

 しかしこの分だと、俺が用意した二人へのお祝い品が貧弱に見えそうだ。

 

「ありがとう、二人とも。それで、えっと、これは俺からのお祝い品だ。こんな高価な物を貰った後で悪いけど……喜んでくれたら嬉しい」

 

 ちょっと緊張したせいで、気持ち悪い話し方になってしまった。

 二人に渡したのは、深海棲艦に採ってきてもらった海底の鉱石を加工した御守りだ。祈祷してもらってないから、ご利益があるのかは知らないが。

 一応俺も持っているから、三人でお揃いだ。

 

「へえ、いいじゃない。あんたにしてはいいセンスだわ」

「一言余計だ」

「センスだわ」

「省略し過ぎだろ。扇子になっちゃってるじゃねえか」

「見たことない鉱石だな……どこで買ってきたんだ?」

「浜辺に落ちてたやつを、俺が削って作った」

「なるほど。帰ったら図鑑で調べてみよう」

 

 嘘をついた手前、調べてみようって言葉に少し緊張した。

 まあ大丈夫だろうとは思うが。

 例え深海にしかない石だと分かったとしても、深海棲艦に頼んで採ってきてもらった――なんて結論にはなるまい。

 

「宗一郎」

 

 最後に、長門に呼ばれた。

 長門は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、耳元に顔を寄せて囁いた。

 あんっ、ダメ。

 耳は弱いの。みんなの前でなんて……。

 

「貴殿の父と母は立派な軍人だった。宗一郎も、立派な提督になるだろう。ビッグセブンの名にかけて、約束する」

「……」

「湿っぽくなってしまったな。さあ、もう時間だろう」

 

 その言葉を最後に、俺は出発した。

 二人と二隻は最後まで見送ってくれた――忍の「いってらっしゃい」の声がデカ過ぎたせいで、また重巡棲姫が主砲を撃ったのかと勘違いしそうになった。

 いつかあいつらとは、また会えるだろう。

 地獄と評判のショートランド泊地も、地獄を作ってる連中のボス級と一緒なら、容易いもんだ。

 

 こうして俺は、ショートランド泊地に着任した。

 

 

   ◇

 

 

 直ぐに旅立った宗一郎と違い、二人が横須賀鎮守府に向かうのは一ヶ月後であった。

 宗一郎が異例であっただけで、普通はこのくらいの準備期間が用意されている。

 二人は準備を進めながらも、ショートランド泊地に関する情報を集めていた。

 

 宗一郎がショートランド泊地に着任してから僅か一週間後。

 二人は信じられないニュースを聞いた。

 

 ――ショートランド泊地に、近年稀に見るほどの深海棲艦が侵攻を開始した。

 

 死んだ、と思った。

 そんなはずがない、と現実から目をそらすには、二人は賢過ぎた。

 ショートランド泊地の艦娘は、宗一郎が着任する前に大半が戦死か、あるいは戦闘不能になっている。資材も少なく、また一週間という僅かな期間では、現状を把握するだけで手一杯だっただろう。

 そこに宗一郎のお付きの艦娘が加わったとしても、正に焼け石に水だ。

 実際大本営も、ショートランド泊地を防衛する構えから、奪還の方向にシフトしていた。つまり、増援も見込めない。

 落ちこぼれの宗一郎を助ける気など、元々大本営にはなかったかもしれないが。それでも何処かで期待していた二人を、このニュースは粉々に打ち砕いた。

 

 宗一郎が深海棲艦の群れを打ち破ったと聞いたのは、それから僅か1日後の話だ。

 

 ありえない話だった。

 深海棲艦の規模を聞く限り、日本中の艦娘を集めたとしても、一掃するまでにどう見積もっても一ヶ月はかかる。

 それを僅か1日――しかも艦娘も資材もない状況で。

 本当にありえない。

 

 報告を受けて、大本営はしっちゃかめっちゃかになっているそうだ。

 宗一郎の身元の洗い出しや、事情聴取を大慌てで始めているらしい。

 本当は深海棲艦の大群なんていなかったのでは? なんて馬鹿な話が出ているあたり、どのくらい混乱しているのかよく分かる。

 

「宗一郎、やったわね」

「ああ。流石だ」

 

 夜。

 忍と義一は電話していた。

 

「ま、私は元から信じてけどね。深海棲艦ごときに殺されるわきゃないのよ」

「嘘はつかなくていい。加賀からメールで聞いたぞ。昨日泣いてたらしいな」

「ちょ、あんたらいつのまにメールのやり取りなんてしてたわけ!? つーかあいつ、また余計なことを……」

「そう言ってやるな。お前のことを心配してるのだろう。それに僕も、昨日は少し……堪えた」

 

 二人の間に、暫し沈黙が流れた。

 

「……ま、なんにせよよかったわ」

「それは間違いない。しかし、どうやって宗一郎は深海棲艦を倒したんだろうな」

「さあ? 大本営でも分からないのに、私が分かるわけないじゃない」

 

 それから少し話した後、二人は電話を切った。

 元々忙しい身だ。

 あまり悠長に話している暇もない。

 

(……ふん。気にくわないわね。みんな宗一郎がどうやって深海棲艦を倒したのかばっかで、誰もあいつの無事だけを喜んでないじゃない)

 

 部屋で一人、忍はそう思った。



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第1話 初手蹂躙

 ショートランド泊地には、主力となる艦娘はほとんどいなかった。

 ――否。

 正確にはいなくなった、と言った方が正しいだろう。

 

 連日に渡る深海棲艦の大規模侵攻により、戦死したのだ。

 生き残りもいたが、高速修理剤では完治しない致命的な傷を負い、大本営へと移送された。

 現在残っているのは、遠征を主としていた駆逐艦や軽巡洋艦のみである。

 

 そんな状況にあって、提督は良く戦ったと言えるだろう。

 少ない資材で上手くやり繰りし、地形や深海棲艦の習性を利用して、僅かな戦力で持ち堪えていたのだ。

 大本営も決して無能ではない。

 むしろ合理性の塊といえる。

 彼らは大規模作戦に備えて資材を貯める一方で、ショートランド泊地がギリギリ存続できるだけの資材を渡してくれていた。

 しかしそれも、一週間前までの話。

 

 一週間前――提督が戦死した。

 

 その日、遂に戦線が突破された。

 そこで提督が打ち出した作戦は、鎮守府まで敵を引きつけ、陸上兵器を用いて迎撃。艦娘は裏手から回り込み、奇襲を仕掛ける――というものだった。

 結論から言えば、作戦は上手くいった。

 僅かな可能性を手繰り寄せ、氷上の勝利を勝ち取ったのだ。

 ――代償として、提督が死んだ。

 陸上兵器を使用していた彼は、深海棲艦の砲撃に運悪く当たってしまった。陸上兵器が誘爆し、ほぼ即死だったという。

 本来なら艦娘が護衛に付いていたはずだが、無論、最早そんな余裕はなかった。

 

 提督は戦時中とは思えないほど、艦娘達によって手厚く葬られた。

 その後艦娘達は、大本営にこのことを連絡した。

 返って来た返事は、無情にも「支援を打ち切る」というものだった。

 艦娘達は反論した。

 

 それでは生きていけない。

 今まで国の為に戦って来た自分達を見殺しにするつもりか。

 

 憤る艦娘達に、

 大本営は淡々と支援を打ち切る理由を話した。

 

 提督がいなければ艦娘は力が出せない。

 深海棲艦に負けるのは必然。

 ならば支援をするだけ資材の無駄。

 

 あまりにも合理的な判断。

 大本営の目的は、艦娘の保護ではない。

 国を守ることだ。

 その為には、艦娘を見捨てることもある。

 分かっていたはずだった。

 だがいざ自分の身に降りかかると、上手く呑み込めない。

 なんて理不尽な話だろう、と思ってしまう。

 

 大本営からの指示は、それでは終わらなかった。

 ショートランド泊地を奪還するに足りる戦力が整うまで、そこで持ち堪えろというのだ。

 無理だ。

 指示を聞いた艦娘はすぐにそう思った。

 提督がいなければ、艦娘は本来の力の一割程度しか引き出せない。

 いや、仮に提督がいたとしても無理だろう。

 資材も、戦える艦娘もいないのだから。

 

 更に大本営は言った。

 ショートランド泊地に新しい提督を送り込む。

 彼は提督養成学校でしっかりと学んだ、優秀な人材だ。彼の指示を仰げばどうにかなる、と。

 

 ショートランド泊地の艦娘達は分かっていた。

 新しく来る提督は贄だ。

 “何も手を打たず艦娘を見殺しにした”というのは体裁が悪い。それなら“新しい提督を送ったが戦死した、弔い合戦をしよう”とした方が都合がいい。

 新しく送られて来る提督は、そのストーリーを完成させるための人柱である。

 きっと大本営では既に感動的なストーリーが作られていることだろう。ショートランド泊地が堕ちた次の日には、大々的に報道されるに違いない。

 

 そこには艦娘達が思いつきもしない、色々な思惑があるだろうが……。

 たった一つの、明確な事実がある。

 大本営はショートランド泊地を見放した。

 本当に助ける気があるなら、例えどれだけ優秀だったとしても、学生など送り込むはずがない。

 いや、そもそも優秀な人材というのも嘘だろう。

 送られて来るのは、恐らくは最低限、提督の資格しか無い人間。誰を生贄にしても一緒なら、無能を生贄にした方がいい。

 実に合理的な判断。

 人を人と見ず、数字としてみるなら、それはきっと最適解なのだろう。

 

 それが分かっているからこそ、ショートランド泊地にいる艦娘達は逃げ出さない。

 腹は立つものの、逃げない。

 一度は国に忠誠を誓った身だ。

 自分達の死が国の為になるなら、そこにどれだけの理不尽があろうと、理屈が通ってるなら、逃げない。

 

 そうして、新しい提督がやって来た。

 彼を見る艦娘達の目は、何処か同情的だ。

 彼はまだ若かった。

 それなのにこんな死地に送られて――同情もするというものだ。

 

 彼の特徴を上げるなら、若いという他に、多くの艦娘を引き連れて来た、という点がある。

 海軍学校を卒業したならお付きの艦娘の一隻も連れていて当然だが、それにしても多い。

 どれも見たことない艦娘ばかりだが――結局は同じことだ。

 彼女達全員が大和級と同じくらいの力を持っているなら話は変わるかもしれないが、そんなわけもない。

 それ以前に資材がない以上、満足に戦うことも出来ないだろう。

 

 そしてもう一つ。

 彼には、提督としての資質を全く感じられなかった。

 艦娘と提督には不思議な繋がりのようなものがある。

 その繋がりの強さが、艦娘の能力を引き出す能力に直結する。

 それが彼には、決定的に欠けていた。

 本当に微量にしか、彼から提督の力が感じられないのだ。

 それどころか普通、提督には無条件で好意印象を抱くのだが、彼は深海棲艦を前にした時のような、得体の知れない不快感さえ感じる。

 

「ここの責任者は誰かな?」

 

 彼の言葉に、艦娘達は顔を見合わせた。

 そして一隻の艦娘が、代表して前に出て来る。

 

「曙よ。一応、第一艦隊の旗艦をしているわ。本来の旗艦が死んじゃったから、代理でやってるだけだけど」

「自己紹介ありがとう。俺は東条宗一郎。戦死していった艦娘達と提督には、心よりお悔やみの言葉を申し上げる」

「別にいいわよ、そんなの」

 

 これは本心だった。

 会ったことすら無い人の死に、心から悲しむことなど出来はしない。

 それならそんな余計なことは省いて、話を進めた方が得だ。

 

「執務室に案内するわ。付いて来て」

 

 曙は一直線に、執務室を目指した。

 鎮守府には様々な施設があるが、まともに機能しているものは一つとしてない。だから直接見て回ったとしても使えないなら意味がないし、何より今は時間がない。

 何せ見てもらわなければならない資料が、山のようにあるのだ。

 故に曙は提督を執務室に連れて行き、資料の束を渡した。

 

「……なるほど。とりあえず、やばいのは分かった」

 

 資料を一枚か二枚めくった所で、提督はそう言った。

 同時に、曙も「やばい」と思った。

 思った以上に、この男はとんでもない無能だ。

 資料を読むのをめんどくさがり、一番重要な現状把握を疎かにしている。それは指揮官として、一番やってはいけないことだ。

 

「大きな問題点は二つ。深海棲艦が攻めて来てることと、資材がないこと。そうだな?」

 

 そんなの見ればわかるでしょ!

 ――と怒鳴りかけたのをぐっとこらえて、曙はうなずいた。

 その問題を解決するのが提督の仕事で、解決するには方法を見つければならず、その為には資料を読むしかない。

 だがそれを直ぐにこなすのは、新人では不可能だ。

 だから仕方ない。

 曙は言葉を呑み込んだ。

 しかし提督の次の言葉を聞いた時……流石に我慢出来なくなった。

 

「離島棲姫、近くの深海棲艦を排除して来てくれ」

「はあ!?」

 

 こいつはどこまで馬鹿なのだろうか。

 たった一隻で、しかもゴスロリ衣装を着たいかにも弱っちそうなこの艦娘に、あれ程の深海棲艦の群れを任せるなど正気の沙汰ではない。

 無能を超えて、まるで白痴だ。

 

「あら、提督様。記念すべき初陣に、わたくしを選んでくれるなんて。嬉しいわ……うふふっ。ご覧になってちょうだい、きっとあなた様の期待に応えるわ」

 

 離島棲姫と呼ばれたその子は、本当に海へと抜錨してしまった。

 

「ちょ、ちょっとあんた! 今自分が何したか、分かってるわけ!?」

「ああ、分かってるよ。後で説明するから、ちょっと待っててくれ。集積地棲姫、お前は物資の収集を頼む」

「オッケー! 夜にはパーティーを開けるくらいにしてあげるよ」

 

 そう言ってまた、その子も行ってしまった。

 物資の調達ということは、遠征に行くのだろう。

 遠征に行くのに、たった一人?

 護衛も付けずに?

 聞いたことがない。

 

「あのな、曙。実は――」

 

 提督の言葉を聞く前に、曙は外に飛び出た。

 今海に出てしまった二隻を、呼び戻さなくては。

 今ならまだ間に合う。

 そう思って、曙は海に出た。

 

(い、いない……!? なんて速力!)

 

 信じられないことに、二隻はもう水平線の彼方に消えていた。

 海には二人が進んだことを示す航跡が、白い泡となって浮かんでいる。

 航跡は右と左、二手に分かれていた。

 右か、左か――曙は右に進んだ。

 理由はない。

 直感だ。

 

 右に進むと、暫くして、ようやく人影が見えて来た。

 遠くからでも分かる、黒を基調としたゴスロリファッション。離島棲姫と呼ばれていた方だ。

 彼女は海の上で、静かに立っていた。

 曙のが近づくと気配に気づいたのか、振り向いて、薄く笑いながら話しかけて来た。

 

「あら。あなたはさっき、執務室にいた子よね。どうしてここに? 迷子?」

「なに悠長なこと言ってんの! 早く逃げるわよ!」

「どうして? まだ提督様のご命令を遂行出来てないわ」

「この――!」

 

 この馬鹿!

 この分からず屋!

 そんな事を言おうとしたのだと思う。

 しかし、曙の言葉は続かなかった。

 突如海底から現れた深海棲艦――駆逐艦『イ級』が、曙の目の前で、離島棲姫を呑み込んだのだ。

 

 これに似た光景を、曙は何度も見たことがあった。

 こうなってはまず助からない。

 イ級の顎の力は強い。

 最低でも重巡洋艦級の力がなければ、脱出は不可能である。

 しかも最悪なことに、このイ級はただのイ級ではなく、elite級だ。

 elite級のパワーともなると、駆逐艦や軽巡洋艦はもちろん、時には重巡洋艦までをも沈めることがある。

 離島棲姫も、また同じように……。

 

「嫌だわ。お洋服が汚れちゃう」

 

 ……声が聞こえた。

 次の瞬間、駆逐艦『イ級』の顎が不自然に開いた。

 ――離島棲姫だ。

 信じられないことに。

 彼女の小さな細腕が、イ級の顎を無理矢理こじ開けていた。

 

 そのまま離島棲姫は腕を広げ、イ級を引き裂いた。

 

 信じられない腕力だ。

 長門型でも、練度が高くなければここまでの力は出せない。

 彼女は一体……?

 小柄な容姿を見て駆逐艦と思っていたが、違うのだろうか?

 

「ああ、やっと来てくれたのね。来るのが遅かったせいで、わたくし、心配だったわ……。索敵能力がお粗末過ぎるせいで、わたくしの事を見つけてくれないんじゃないかって……心配だったの。だってそしたら、提督様のご命令の達成が遅れちゃうじゃない? だからわたくし、とっても心配で……。でも良かったわ。これで問題なく、ご命令を遂行出来るもの」

 

 離島棲姫の言葉を聞いて、曙も漸く気がついた。

 ――囲まれている。

 いつの間にか二人は、深海棲艦に囲まれていた。

 今はまだ10隻程度しかいない様だが、その数は増え続けている。しかも中には、戦艦『タ級』や正規空母『ヲ級』も混じっている様だ。

 早く脱出しないと不味い。

 曙はそう考え、離島棲姫の手を引こうとした。

 

 その手を、離島棲姫が振り払う。

 彼女はスカートの端をちょんと摘んで、優雅にお辞儀をした。

 

「我々の提督であり、至高の御方であらせられる東条宗一郎様の命により、あなた方のお相手をさせていただきます。離島棲姫と申します。以後、よろしくお願いいたしますね」

 

 ゴスロリ調の服から、無数の艦載機が出てくる。

 一目見て「邪悪だ」と断言できる程の禍々しさを持ったそれは、瞬く間に空を覆い尽くした。

 その数もさることながら、艦載機ひとつひとつの性能があり得ないほど高い。対抗しようと飛ばしたヲ級の艦載機を容易く蹴散らす程の制空能力。そしてタ級の装甲を軽々と消し飛ばす爆撃能力。どれを取っても、性能が良すぎる。

 

「沈メ――!」

 

 重雷装巡洋艦『チ級』が、魚雷を放った。

 それだけではない。

 ヲ級の爆撃、タ級の砲撃。

 離島棲姫の存在は危険だと、深海棲艦達は判断したのだろう。深海棲艦は一切の防御をせず、離島棲姫に決死の集中砲火を浴びせた。

 空気が振動し、海が震える。近くにいただけで、曙は吹き飛びそうになった。

 

 ――無傷。

 

 攻撃が止んだ後、離島棲姫は前と少しも変わらず、そこに立っていた。

 あまりにも厚すぎる装甲。

 大和型の何倍――いや、何十倍。

 正確なところは分からないが、とにかく途方もないことだけは確かだ。

 呆気にとられていた曙だが、それは他の深海棲艦も同じだった。

 

「これで終わり? 品がないのね。リコリスならもう帰ってるところよ、まったく。でもわたくしは優しいから、手本を見せてあげる」

 

 離島棲姫が手を前にかざした。

 袖の下から砲台が出てくる。

 離島棲姫の砲台に、熱が集まる。大和型の主砲を軽々上回る熱量。威力もまた、比例して高いだろう。

 

 離島棲姫は、躊躇なく砲撃した。

 

 海が割れ、深海棲艦の群れが消える。

 曙の常識を軽々と超えた威力。

 このレベルの主砲を持っていながら、加賀を超える艦載機能力も持っているですって?

 目の前の出来事を、曙は中々受け入れられなかった。

 

 それも無理からぬ話だろう。

 離島棲姫の力は“船”という枠組みを超えているのだ。

 

 船の力を持った人型の兵器。

 それが艦娘と深海棲艦だ。

 だが“船”の常識を逸脱した存在が、深海棲艦には存在する。

 例えば駆逐艦でありながら戦艦と同じ火力や装甲を有していたり、その船の艦種では決して持てない装備を使って来たり――そういう実例があるのは、海軍とて把握している。

 だが離島棲姫は、そんなレベルではない。

 

 確かに、船が持つ力は途方もないだろう。

 例えば長門の馬力は八万二千馬力。

 最新式の戦車でさえ千五百馬力程度な事を考えれば、文字通り桁が違う。

 故に、艦娘は最強の兵器と呼ばれているのだ。

 離島棲姫は更にその上、“軍事拠点島”としての力を有している。

 

 人間が作った兵器と、自然が作り出した土地。

 どちらの方が強いかなど、考えるまでもない。

 

 そんなことがあっていいわけがない。

 そんな存在など、いないはずだ。

 そんな常識を嘲笑うかの様に、離島棲姫は己の力を振るう。

 

 離島棲姫の攻撃により、海は灼け爛れた。

 深海棲艦どころか、生物一ついない。

 ショートランド泊地をあれ程苦しめた深海棲艦は、離島棲姫の攻撃により、1時間もせずに全滅した。



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第2話 深海棲艦の悪性

 離島棲姫の力を見て呆然とする曙。

 それを見た離島棲姫は……薄く嗤った。

 彼女の目には、曙が格好のおもちゃに見えたのだ。

 離島棲姫の性質は、間違いなく悪である。

 宗一郎が命令すればその通りにするが、命令外の部分であれば、彼女は人類の敵だ。無論、艦娘の敵でもある。

 

「曙さん……でしたっけ?」

「えっ? え、ええ。そうよ」

「一つ、質問をさせていただいても?」

「な、なに?」

「そう緊張しなくとも大丈夫ですよ。実に簡単な、はいかいいえで答えられる問いですから」

 

 離島棲姫は曙にグッと顔を近づけた。

 

「深海棲艦は憎いかしら?」

「当たり前じゃない!」

 

 曙は即答した。

 憎くないわけがなかった。

 提督も、艦娘の仲間達も、みな奴等に殺されたのだ。

 そもそも深海棲艦がいなければ、こんな戦争もなかった。

 深海棲艦は全ての元凶だ。

 憎くないわけがない。

 

 曙の返答を聞いた離島棲姫は悲しげに顔を歪ませた。

 

「そうよね……。深海棲艦に、あなたの提督を殺されたのでしょう? 悲劇よね……。だって提督は、何も悪いことをしてないのに殺されたのでしょう? きっと無念だったと思うわ。でも、良かった。あなたが深海棲艦を憎くないと言っていたら、どうしようかと思ったの。だってそうしたら、提督の無念を晴らせる人がいなくなってしまうじゃない?」

 

 離島棲姫の言葉で、蓋をしていた憎しみが再び湧いてくるのを、曙は感じた。

 そうだ。

 他の誰が忘れたとしても、自分達だけは、あの人がされたことを忘れてはならない。

 

「だから、ね。復讐しましょう?」

 

 離島棲姫がそう言うと、上からリ級が降ってきた。

 彼女の艦載機が捕らえてきたのだろう。

 離島棲姫は落ちてきたリ級を捕まえ――四肢をへし折った。

 

「さあ曙さん。今、あなたの目の前に抵抗の出来ない深海棲艦をご用意いたしました。どうしますか?」

 

 艦娘は兵器だ。

 それもただの兵器ではない。

 深海棲艦を殺すためだけに造られた兵器。深海棲艦を殺すのが、生きる理由。加えて提督や仲間達を殺された恨みもある。

 殺すべきだろう。

 だが――リ級は怯えていた。

 明らかに戦意を失っている。

 加えて今の彼女に、戦えるだけの力は残っていない。

 いかに深海棲艦といえど、目の前の彼女を殺すのは……。

 

「判断が遅い」

 

 離島棲姫が、リ級のクビをへし折った。

 あっけなく彼女は死に、海へと沈んだ。

 

「考えるのが遅すぎます。そんなんだからほら、復讐の機会を逃してしまうんですよ? もしかして提督が死んだのも、そのせいじゃないですか?」

 

 ギリッ――。

 曙は奥歯を噛み締めた。

 離島棲姫の言葉は、あまりにも無遠慮だった。

 何も知らないお前に、そんなこと言われたくない。

 そう思うとのと同時に、しかし、正論でもあった。

 現実として今、曙は確かに、復讐の機会を失ったのだから。

 

「敵を見たら攻撃する。憎い者を見たら殺す。これをパターン化して、頭の中にインプットするんですよ」

 

 離島棲姫は曙のこめかみに指を当て、グリグリと押した。

 

「さあ、もう一回です」

 

 そしてまた、艦載機が新たな深海棲艦を連れてくる。

 まさか、自分が深海棲艦を殺すまで、この悪趣味な遊びは続くのだろうか……。

 曙の予感を裏付けるように、離島棲姫は再び深海棲艦の手足を折った。

 

「今度はわたくしが手伝ってあげましょう」

 

 離島棲姫は曙の背後に回り、自分の手を曙の腕に絡めた。

 駆逐艦とはいえ、曙とて艦娘である。よって力も相当に強い。

 しかし離島棲姫はその遥か上にいる。

 拘束された曙は、一切の自由を奪われた。

 

「ほら、よく狙って下さい」

 

 単装砲を握った手が、ゆっくり持ち上げられる。

 狙う先はもちろん、瀕死の深海棲艦だ。

 

「ちょ、ちょっと待ち――」

 

 曙の言葉は続かなかった。

 離島棲姫の指が、曙の口の中に入り込んで来たのだ。

 舌や歯ぐきを、離島棲姫の指が撫で回す。そのまま離島棲姫は、耳元で囁いた。

 

「いきなり頭を撃ってはつまらないでしょう? 先ずは手足から。その後はお腹か、あるいは直接殴りつけてもいいかもしれません。大丈夫ですよ。深海棲艦は丈夫なので、直ぐに死ぬことはありませんから」

 

 そんなこと出来るわけがない。

 いかに敵とはいえ、生きているのだ。

 そんな残虐なことをしていい道理はない。

 

「何を躊躇しているのですか? 弱者を一方的に痛めつけるのは愉快よ? 今ならほら、提督の復讐という大義名分があるじゃない」

 

 単装砲の引き金に指がかかる。

 ここに至って、曙は理解した。

 離島棲姫は――違う。

 根本から違う。

 彼女は悪だ。

 深海棲艦よりもずっと深い悪。

 

「さあほら、何をもたついてるんですか? 早く撃ってしまいなさい。はやく、はやく。深海棲艦が憎いのでしょう? それともあなたの中にある提督へのお気持ちはその程度なのですか?」

 

 曙は、離島棲姫が怖くてたまらなくなった。

 病的なまでに白い肌も、そこから感じる熱がほとんどないのも。

 血に飢えた様な赤い目が狂った羅針盤のようにせわしなく動いているのも、何もかもが怖かった。

 

 ――離島棲姫から解放されるなら。

 

 そんな気持ちが芽生えた。

 思えば深海棲艦を殺す様に言われただけだ。

 何もこれが初めてなわけじゃない。遠征が主な任務だった曙とて、深海棲艦を殺したことくらいはある。

 提督を殺した深海棲艦が憎いのも事実だった。

 

 一発撃てば、解放される。

 

 それは簡単なことの様に思えた。

 敵は動けない。

 後はただ、引き金を引けばいいのだ。

 

「キヒッ――!」

 

 離島棲姫の口から、とても少女のものとは思えない、邪悪な笑い声が聞こえた。

 そのあまりの不快感に、曙はとうとう引き金を――はたして、引けなかった。

 曙が迷ったのではない。

 離島棲姫が深海棲艦を沈めたのだ。

 

「提督様から通信が来たので、お静かに」

 

 先ほどの狂気は、最早消え失せていた。

 同時に、曙への興味も消えている様だ。

 

 離島棲姫はうっとりした顔で通信に出た。

 

「はい、提督様。あなたの離島棲姫ですよぉ。はい、はい……まあ。うふふっ。お褒めのお言葉、ありがとうございます。一層身が引き締まる思いですわ。

 曙さんですか? ええ、わたくしの所にいらっしゃいますよ。悪さ? まさか、してませんよ。ちょうど楽しくお話ししていたところです。ええ、はい。直ぐにあなた様の元へお戻りしますわね」

 

 通信が切れると、離島棲姫は曙の首根っこを掴んだ。

 先ほどのそれとは違い、おぞましさは感じなかったが、とにかく雑だ。

 

「曙さんの速度に付き合ってると提督様をお待たせしてしまいますので、わたくしが運びますね」

 

 ぱしゃ。

 軽い水音がした。

 次の瞬間、曙は鎮守府前にいた。

 先ほど居た位置からでは、鎮守府は影も形も見えなかった。

 どれだけの速力か、考えるのも馬鹿らしい。曙が一切の衝撃を感じなかったのも、信じられないことだ。一体どれだけの技量があれば、あんな動きが出来るのだろうか。

 

「提督様ぁ、あなた様の離島棲姫が戻りましたよ」

「ああ、おかえり離島棲姫。お疲れさま」

「はい! 勿体ないお言葉でございます」

 

 離島棲姫は顔を紅潮させながら、嬉しさを押し込める様に両頬に手を当てた。目も蕩けている。ついさっきまであれ程の悪性を見せた少女と同一人物だとは、とても思えなかった。

 

「曙は? 無事か?」

「ええ、ええ。もちろんでございます。さあ、曙さん。こちらへ」

 

 言われるがまま、前へ出る。

 

「曙、ただ今帰投しました」

「ん。報告ありがとう」

 

 表面上だけ見れば、普通の会話だ。

 しかし、状況を考えれば異常と言える。

 提督は深海棲艦の巨大な群れの中に、離島棲姫ただ一隻を送り込んだ。

 それでなお平然としている。

 どう考えてもおかしい。

 

「さて、曙。君に一つ、頼みがある」

 

 嫌な予感がした。

 あれ程の強さを持った離島棲姫を部下に持つ提督の望みなど、叶えられる気がしない。

 

「離島棲姫の手柄を、君の手柄として大本営に報告して欲しいんだ」

「……えっ?」

「いや実は、離島棲姫はシャイな性格なんだ。だから表彰されたりするのは苦手でね。頼むよ」

 

 明らかな嘘だった。

 その言葉の裏に、どんな意味があるのか考える。

 

 離島棲姫は強い。

 あり得ない強さだ。

 彼女ほどの強さを持つ艦娘が、今まで話題にならないわけがない。それなのに誰一人として、彼女の存在を知らなかった。

 どう考えてもおかしい。

 曙には一つ、思い当たることがあった。

 

 昔提督に連れ添って大本営に向かったとき。

 偶然にも、元帥に出くわしたことがあった。

 元帥は最強の提督である。

 お付きの艦娘も、極限まで練度が練り上げられていた。あれこそまさに、艦娘の頂点だろう。

 だが、元帥の艦娘について知る者は少ない。

 情報規制がかけられているのだ。

 国の最終兵器の詳しいスペックを公開する様なことは、自殺行為にも等しい。

 

 雲の上のこと過ぎて、曙には詳しいことは分からないが。

 離島棲姫の強さを仮に、元帥の艦娘と同じかそれより少し下くらいの強さだとする。

 それならば離島棲姫もまた、元帥の艦娘と同じように秘匿されて当然だ。

 つまり離島棲姫は、海軍秘蔵の兵器ということになる。

 ショートランド泊地を救うために、海軍から秘密裏に送られてきたのだろう。

 

 それならば必然的に、提督もただの新米ではないだろう。

 よく見れば腰に刺した剣は、一目で一流だと分かる逸品であった。卒業したての学生が持てる様なものではない。

 

 それならば色々と合点がいく。

 書類をほとんど見なかったのも、予め大本営から情報が渡されていたから。

 集積地棲姫と呼ばれた艦娘一隻に遠征を任せたのも、実は遠征に行ったのではなく、予め大本営に用意されていた資材を取りに行っただけ。

 なるほど、筋は通る。

 

 この提督は無能ではなく、むしろその逆。

 大本営からこの窮地を任された、大将クラスの提督だったのだ。

 あれほど強い狂気を持った離島棲姫を手懐けているのも、流石の一言である。

 

 提督としての能力があまり感じられないのも――これはむしろ、曙側に問題がある気がした。

 離島棲姫や元帥の艦娘の強さが正確に分からない様に、提督の能力が高すぎるあまり、知覚することが出来ないのだろう。

 事実曙の遥か格上にいる離島棲姫は、提督の指揮能力を高く信頼している。

 

 とにかく、提督は凄い人だ。

 曙はそう結論づけた。

 

「交渉は、私の部下がほとんど済ませている」

 

 その考えを裏付ける様な、この発言。

 提督と大本営との間では、既に話し合いが終わっているのだろう。

 後は離島棲姫の情報を漏らさない様に気をつけながら、軽く報告するだけ。

 

「わかったわ!」

 

 曙は元気いっぱいに答えた。

 

 

   ◇

 

 

 ――――一方その頃。

 

 四隻の深海棲艦が、大本営を目指していた。

 『上手いこと離島棲姫の手柄を曙の手柄にしてくんね?』という宗一郎の命を受けた彼女達は『大本営を脅して従わせればいい』と考えたのである。

 

 宗一郎は自分達が深海棲艦であることを隠したくて、

 また見捨てられたショートランド泊地の艦娘の地位を上げるために、手柄を譲るつもりでそう言ったのだが。

 悪意の塊である深海棲艦達にその発想はなかった。

 

 大本営を視認できる距離まで近づいた三隻は、少し驚いた。

 海軍は――艦娘は雑魚だ。

 それが彼女達の共通認識であった。

 海軍最強と謳われる元帥もどうせ大したことはない、有象無象だろうと思っていたのだ。

 

 だが、彼女達の索敵能力が告げていた。

 大本営の中に、今まで対峙した艦娘とはひと味もふた味も違う者達がいる。

 なるほど、これが元帥……。

 明らかに今まで沈めてきた艦娘や提督達とは違う。

 

 ――宗一郎の命令は絶対である。

 

 彼女達に撤退の考えはない。

 大本営を――元帥を目指して、彼女達は跳んだ。



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第3話 元帥との戦い

 大本営は日本で最も安全な場所と言われている。

 それ何故か?

 答えは単純、元帥がいるからである。

 家柄や政府からの圧力。何かと拘束が多い海軍だが、元帥のみは単純に能力の高さだけで選ばれる。この場合の能力の高さというのは、艦娘を扱う指揮能力のことを指す。

 つまり、元帥は海軍の中で最強の存在と言えるだろう。

 

 元帥の下には大将がいる。

 大将の下には中将がいる。

 中将の下には少将が――とにかく、下を見ればキリがない。それほど多くの人間が海軍には所属している。

 

 大将以下全ての海軍と元帥が戦争をした場合元帥側が勝つ――といえば分かりやすいだろうか。

 元帥はそれほど、圧倒的な強さを持っていた。

 

 もっとも、どの時代の元帥も彼ほど強かったのか聞かれると、そうではない。

 彼は産まれた時から特別だった。

 一般に、提督としての能力が高ければ高いほど妖精さんに好かれるとされている。

 大将クラスであれば30は妖精さんを使役出来るだろう。

 使役出来る妖精さんの数が50を越えれば、元帥になれるとされている。

 

 平凡な家庭に産まれた彼だが、彼が産まれた時――100を超える妖精さんが集まり彼の誕生を祝った。

 

 また一般的に、提督の力は成長しないと言われている。

 もちろん指揮能力や艦娘との絆は上昇するが、妖精さんに関する能力は覚醒した瞬間にピークを迎えるのだ。

 だが、彼は違った。

 彼は歳を重ねるごとに、使役出来る妖精さんの数を増やしていった。

 

 成人する頃には1000を超える妖精さんが彼の元に集まっていた。

 そして現在、彼は未だに成長し続けている。

 

 艦娘が提督を見た時、提督の持つ力の大きさによってその印象は変わる。

 練度の低い艦娘が元帥を見たなら、特に何の印象を抱くこともないだろう。彼の力が大きいのか、小さいのか。何も分からない。例えるならそう、蟻が地球の大きさを感じられないように。

 だが少し練度が高い艦娘であれば――彼はきっと、太陽のように見えるだろう。

 彼が持つあまりのエネルギー量に、直視することさえ出来ないかもしれない。

 

 人々は言う。

 彼こそまさに、深海棲艦を滅ぼすために妖精さんが選んだ救世主である、と。

 

「次の議題ですが、ショートランド泊地についてです」

 

 司会の女性がそう言った。

 一斉に書類をめくる音が聞こえてくる。

 

 大本営の会議室には元帥と大将、そしてそれぞれのお付きの艦娘が集まっていた。

 彼らは週に一度こうして集まり、会議を開いているのだ。

 

 大将は元帥の独断で決められる。

 そのため、時代によって人数も性別もバラバラである。今代では、五人の大将がいた。

 五人、というのは平均より少し多い。

 しかしいずれの人物も、元帥その人が選んだ人間だ。

 元帥はもちろんのこと、大将達もまた歴代最強と称されている。

 

「先ほど受けた報告ですが……ショートランド泊地を襲っていた深海棲艦を全て迎撃した、という趣旨の物でした」

「嘘だろう?」

 

 思わず、と言った感じで大将の一人が口を出した。

 彼の名前は日高参道(ひだかさんどう)。海軍一の穏健派とされる人物である。

 参道の発言は会議を中断したが、意義を唱える者はいない。

 大将全員が同じことを思っていたのだ。

 

「報告書の偽装か、あるいは偶然深海棲艦が引いたかのどちらかだろうな」

 

 別の大将――村上下縁(むらかみかえん)がそう言った。

 下縁は海軍の財政を一手に引き受けている。その為彼は、報告書の偽装など腐る程見てきた。

 そんな彼はいつしか、「下縁さんが報告書を見れば真偽が分かる」などと言われるようになっていた。

 その彼が、報告書を疑っている。

 益々ショートランド泊地の提督への疑念が高まった。

 もっともこの場合は彼だけでなく、大体の人間が疑っただろう。

 駆逐艦――それも大して強くない曙ただ一隻で深海棲艦達を退けたとなれば、どう考えても報告書の偽装だ。

 少なくとも、実力による戦果ではない。

 

「そうね……とりあえず、これからどうするかを話し合いましょう」

 

 話題を変えたのは、当代唯一の女性大将である遠野火憐(とおのかれん)だ。

 彼女は他国との外交を担当しており、ショートランド泊地の現状にも一番精通している。

 話術に長けている彼女が会議を回すのが常だ。

 

「前者なら他の提督――それこそ、私達の誰かを送り込むことになりそうね。それくらいショートランドの深海棲艦は厄介だわ。

 後者なら、ショートランド泊地の現提督に勲章でも渡して、栄転という形で本土に戻しましょうか。確か繋ぎ役でしょう、彼? これから先、鎮守府を運営する程の能力はないわ。だれか他の人を見繕わないと」

「もしまだそこに深海棲艦がいるというなら、俺が行こう」

 

 この場にいる最後の大将山本征四郎(やまもとせいしろう)がそう締めくくった。

 発言からも分かる通り、彼は大将きっての武闘派である。

 恐らく単純な武力だけで言えば、元帥の次が彼だろう。

 

 本来ならもう一人大将がいるが、彼は会議に出席しない。

 更に言えば、彼は常に行方不明だ。

 規律の厳しい軍において、本来はそんな自由は許されるはずがない。

 しかし海軍にとって必要不可欠な人物なため、籍だけは置かれていた。

 

「元帥、俺を行かせてくれ」

 

 征四郎がぐっと身を乗り出す。

 それを火憐がたしなめた。

 

「下がりなさい。元帥閣下に無礼よ」

「無礼なのは貴様だ。女が俺に指図するな」

「なんですって!? あんたねえ、同じ大将の癖に!」

「落ち着け、二人とも。だれの前だと思っている」

 

 大将も、決して一枚岩というわけではない。

 むしろ個々人の能力が高い分、意見が合致することは稀だ。

 だが、しかし。

 彼らは特定の条件でのみ、志を同じくする。

 

「――少し、静かにしようか」

 

 ピタリと、言い争いが止まった。

 特定の条件とはこれだ。

 元帥の命令には、彼らは絶対服従である。

 力もあるが、彼の圧倒的なカリスマが、逆らうことを許さなかった。

 ――否。

 逆らう気さえ起こさせなかった。

 

「僕から話をさせてもらってもいいかな?」

「もちろんです。愚かな私どもに、元帥閣下のお考えを是非お聞かせ下さい」

「ありがとう、下縁。それじゃあ、少しだけ。先ず、僕の艦娘からの報告がある。ショートランド泊地の深海棲艦は、本当に死んでいたみたいだ」

「誠ですか?」

「僕の言葉が信用できないかい、征四郎」

「……滅相もございません」

 

 信じがたいことだった。

 しかし元帥が言うのなら、そうなのだろう。

 

「ショートランド泊地の提督――名を宗一郎と言ったかな。彼がどうやってこれだけの戦果を挙げてくれたのか。僕はとても興味がある。是非知りたいんだ。だれか、行って来てくれるかな?」

 

 大将全員の手が上がった。

 

「うん、ありがとう。みんなやる気があって、とても好ましいよ。それじゃあ、そうだな。この役目は――うん?」

 

 最初に違和感に気がついたのは、やはり元帥であった。

 力の強い提督は、言葉を発さなくともある程度艦娘と意思疎通が出来る。

 元帥ともなれば、艦娘の体験はほとんど実体験のように感じられる。

 

 元帥の艦娘の内一隻が、その存在に気がついた。

 故に、同時に元帥もそれを感じたのだ。

 

「みんな、下がってくれ。君達では相手出来そうもない」

 

 元帥の言葉と同時に天井が崩れ――四隻の深海棲艦が飛来した。

 

 

   ◇

 

 

 乱入した四隻の深海棲艦。

 そのどれもが、未だ発見されていない個体だった。

 

「摩耶!」

「おう!」

 

 一番早く動いたのは、やはり武闘派とされる征四郎だった。

 自身の艦娘の中で最も強い摩耶改二を呼び、攻撃を命じる。

 未確認の深海棲艦とはいえ、そこに躊躇いはない。

 角が二つ生えた深海棲艦に向かい、真っ直ぐに向かって行った。

 

「神通、摩耶と征四郎を止めなさい」

「御意」

 

 次に動いたのが元帥だ。

 元帥に命令された神通はその場からかき消え――次に現れた時には、両脇に摩耶と征四郎を抱えていた。

 何故――!?

 征四郎は不思議に思ったが、それも一瞬のことだった。

 深海棲艦と目が合った瞬間、分かってしまった。

 

「(死んでいた……元帥が助けてくれなかったら、死んでいた)」

 

 全身から嫌な汗が噴き出る。

 なんだ……なんだ、こいつらは!

 本能で分かる。

 この四隻は、今まで対峙して来たどの深海棲艦とも違う。

 ――否、違いすぎる。

 同じ深海棲艦とは思えないほど、この四隻は隔絶していた。

 強いだとか厄介そうだとか以前に「戦おう」という気すら起きない。

 

「落ち着くんだ、征四郎。しっかり息をして」

 

 元帥に言われ、自分が息さえしていないことに気がついた。

 息すら上手く出来ていなかった、まるで赤子のような自分を征四郎は恥じた。

 しかし同時に、強い安心感が征四郎を包む。

 そうだ、ここには元帥がいる。

 元帥の庇護下にいれば、恐るものなど一つもない。元帥の圧倒的な存在感が、征四郎にそう思わせた。

 

「お前が元帥か?」

「うん、そうだよ。僕が元帥だ。君達はだれかな?」

 

 深海棲艦が流暢に話している。

 征四郎はそのことに驚いたが、元帥は特に動揺した様子もなく返していた。

 

「あの方の教えでは自己紹介は大事……だったな。私は戦艦水鬼。右から空母棲姫、深海海月姫、南方棲鬼だ」

「やっほー!」

 

 空母棲姫と呼ばれた深海棲艦だけが、元気に手を振っていた。それ以外は不機嫌そうにしているだけだ。

 元帥は笑って、空母棲姫に手を振り返した。

 

「さて。君達は何の用でここに来たのかな?」

「ああ、元帥。お前に用事があるのだ。私達の言うことに従え」

 

 元帥の問いに、戦艦水鬼が返す。

 

「それは出来ない。僕は人類の守り手だ。例えなんであろうと、深海棲艦の言うことは聞けないな」

「そうか。では力づくできかせてやろう」

「戦いは僕も望むところだ。これでも僕は、少し怒っていてね。ほら、それ」

 

 元帥が指差した先。

 そこには壊れた天井があった。

 

「気に入ったデザインだったんだ。弁償してもらわないと」

 

 元帥がそう言い終えたと同時に、五隻の艦娘が現れた。

 ここに神通を合わせた六隻こそ、最強と謳われる元帥の艦娘達の中でも、頂点に君臨する者達である。

 

 艦娘の強さを測る練度は、今まで99が最高だと言われていた。

 しかし、元帥の艦娘はそれを超える。

 妖精さんに愛された元帥にのみ造ることを許された『指輪』と呼ばれる艤装。それが艦娘の練度を、極限を超えて引き上げるのだ。

 

 大和。

 武蔵。

 神通。

 川内。

 赤城。

 大鳳。

 六隻の練度は、全員が165。

 他の艦娘とは、文字通り桁が違う。

 

 目の前の深海棲艦達は確かに強い。

 しかし元帥の艦娘達もまた、極限レベルまで鍛えられた艦娘達だ。

 どちらが強いのか、征四郎には分からない。

 ただ確かなことが、一つあった。

 ――戦いが始まる。

 恐らくは人類と深海棲艦の、頂点同士の戦いが。

 

「――武蔵」

 

 元帥が呼びかけたと同時に、武蔵が跳んだ。

 武蔵は、最強の火力を誇る大和型の二番艦である。

 艦娘において二番艦とは、後発に製造されたことを意味する。つまり武蔵の方が、大和よりも最新型であり、性能も高い。

 つまり彼女は、艦娘の中で最強の火力を誇ることになる。

 

 ――武蔵の拳が戦艦水鬼に突き刺さった。

 

 二隻を中心に、あまりにも強い余波が生まれる。

 人間である征四郎はもちろん、艦娘である摩耶までもが吹き飛びそうになった。実際元帥が妖精さんの力で守っていなければ、大破していただろう。

 これで、少なくとも戦艦水鬼は戦闘不能になった。

 その場にいた者は、全員そう確信した。

 あの元帥でさえも、戦艦水鬼を倒したと思っていた。

 

 ――ただ一人、武蔵を除いて。

 

 腕から伝わる感触が告げていた。

 戦艦水鬼はまったくの無傷!

 いや、それどころか……!

 

「(馬鹿な!? 攻撃した方である私の腕が、折れて――)」

 

 戦艦水鬼の右腕がぶれた。

 同時に、武蔵の姿がそこから消える。

 数瞬遅れて、遥か彼方で巨大な衝突音が聞こえた。

 武蔵が脱落した。

 

「この――!」

 

 大和が巨大な艤装を展開し、戦艦水鬼に主砲を撃ち込んだ。

 それだけでは終わらない。

 副砲も同時に放ち、大和が持てる全ての武装を戦艦水鬼にぶつける。

 

「弱い。なんだ、こんなものか」

 

 戦艦水鬼の背後に、巨大なモンスターが二匹現れた。

 ――否。

 モンスターではない。

 これが彼女の艤装なのだ。

 その証拠に怪物の口から、大和とは比較にならないほど巨大な砲弾が飛び出てきた。

 

「本物の砲撃とはどういうものか、教えてやろう」

 

 戦艦水鬼の主砲が火を噴く。

 大和の砲撃を消し飛ばしてなお、勢いは少しも止まることなく――大和を消し飛ばした。

 たった一発の砲撃。

 それだけで、戦艦水鬼は全てを焦土に変えた。

 

 

 

 赤城は弓を射ようとした。

 少しの無駄もない洗練された動作で弓を番え、戦艦水鬼に向けて放つ。

 しかし、その矢が戦艦水鬼に当たることはなかった。

 何故か矢が、いきなり空中で消えたのだ。

 

「残念、外れぇ〜」

 

 声のした方を見ると、そこには南方棲鬼がいた。

 手には赤城の矢が握られている。

 赤城は一瞬、南方棲鬼を睨み付けると、再び矢筒に手を伸ばした。

 

 ――ない。

 

 矢筒には、一本も矢が入っていなかった。

 

「探し物はこれかしらぁ?」

 

 南方棲鬼の手には、赤城の矢が握られていた。

 馬鹿な、あり得ない!

 南方棲鬼から目は離していなかった!

 矢を盗むことなど出来るはずがない!

 

「赤城さん!」

 

 赤城の反対側で、大鳳がボウガンを構えていた。

 大鳳の指がボウガンのトリガーを弾こうとする。

 指先を動かすほんの小さな時間の中で――南方棲鬼はまたしても、大鳳の手からボウガンを奪い去った。

 そこにはタネも仕掛けもない。

 南方棲鬼は赤城と大鳳に近づき、武器を奪い取った。ただその動きが早すぎるあまり、二人には見えなかっただけだ。

 

「遅いわねえ。あくびが出ちゃうわ」

 

 南方棲鬼は本当に、その場であくびをした。

 隙だらけだが、赤城と大鳳には攻撃する手段がない。南方棲鬼は完全に、二人を舐めきっていた。

 

「ほらまた。あんまり遅いからそ・こ、撃ち抜いちゃった。いやん!」

 

 南方棲鬼が指差したのは、赤城と大鳳の足だ。

 そこには何本もの矢が刺さり――赤城と大鳳を地面に縫いつけていた。

 それに気がついた途端、焼けるような痛みが足を襲う。

 

「痛い? ねえ痛い? ククク……痛いわよねえ? でもほら、言うじゃない。撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけって」

 

 南方棲鬼はその気になれば、赤城では視認出来ない速度で動ける。

 しかし今度はわざと、ゆっくりと赤城に歩み寄った。

 動けない赤城の髪を、南方棲鬼が人外の力で掴む。

 

「ね〜え、次は何して遊ぶ?」

 

 南方棲鬼の口が、とろけたチーズのように裂けた。

 

 

 

 神通と川内が動く。

 二隻は最速の船だ。

 他の艦娘では、戦うどころか見ることすら出来ない。

 

 狙うは空母棲姫。

 静かに、そして疾く――二隻は小刀を空母棲姫の首目掛けて振るった。

 

「危なっ!」

 

 甲高い金属音が響き、二人の刀が弾かれる。

 弾かれること自体は、二人は予測していた。

 即座に次の攻撃をする。

 

「わっ、とと」

 

 弾かれる。

 

「ひゃあ!」

 

 弾かれる。

 

「うわっ!」

 

 弾かれる。

 

 二人は筋肉の繊維が切れかけるほど疾く動いていた。

 それなのに、全ての攻撃が弾かれる。

 ――否。

 ただ弾かれるだけではい。

 二人は両手に小刀を持って切りかかっている。

 つまり、一度の攻撃で手数は四つだ。

 一方空母棲姫は片手――それも小指の爪のみで全ての攻撃を防いでいた。

 

「(そんな、嘘――!)」

 

 そんなことがあっていいはずがない。

 血の滲むような鍛錬に、人類最強の提督からの支援。

 そこまでしてなお、深海棲艦の性能に及ばない時もあった。艦娘と深海棲艦では、どうしても元々のスペックに才能がある。軽巡である二人では、戦艦や重巡洋艦の火力にはどうしても及ばない。

 それでも――ここまで遠くはなかった。

 こんなことがあっていいはずがない。

 二人は必死に、最早その場に足を止めて、刀を振るい続けた。

 

 それでも空母棲姫は、全ての攻撃を容易に弾き返す。

 

「へっくしょい!」

「!?」

 

 それは、千載一遇のチャンスだった。

 この極限レベルの戦いの中で、空母棲姫はくしゃみをしたのだ。

 最初の攻撃を弾いた時、空母棲姫は「危なっ!」と言っていた。

 つまり、攻撃が当たりさえすれば、ダメージは通るのだ。

 二人は渾身の力を込めて、空母棲姫の首に刀を叩きつけた。

 

 ――二人の刀は、空母棲姫の首に弾かれた。

 

 髪の毛を数本斬り落としたが、それだけだ。

 ――最初から、勝負になっていなかった。

 装甲の厚さが違い過ぎる。

 空母棲姫はただ髪を斬られるのを嫌がっていただけ。それ以下でもそれ以上でもない。

 それなのに自分達は、あんなに必死になって切りかかって……。

 なんて滑稽なことだろう。

 

「もう! 遊ぶのはいいけど、髪を切るのはダメだよ! 髪は! それで、えっと……次は何する?」

 

 空母棲姫の言葉を聞いて、二人は崩折れた。

 

 

 

「馬鹿な奴らだ。愚かなことさ……あの方に逆らうからこうなる」

 

 最後に、深海海月姫が浮かび上がった。

 その姿はまるで月の様に美しい。

 彼女は両腕を広げ、無数の艦載機を解き放った。

 

 大本営中に広がったそれは、破壊を撒き散らした。

 

 最高練度を誇る六隻に劣るとはいえ、元帥の艦娘はまだまだ多数いる。

 大本営で待機していた彼女達は、深海海月姫の艦載機を迎撃しようと動いた。

 同じく艦載機を飛ばしたり、単純に対空射撃をしたり。中には高い対空能力を持った秋月型もいた。

 だが彼女達は艦載機の一つも落とすことなく、無力化されていった。

 一つの艦載機が、一隻の艦娘の性能を凌駕している。

 信じられないことだった。

 しかし艦娘から伝わってくる情報が――元帥に真実を突きつけていた。

 

「なんだよ、これ。なんだよこれ! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な――こんな馬鹿なことがあるか! なんなんだよお前達! 僕は――」

 

 咆哮する元帥の首を戦艦水鬼が掴む。

 

「私の言うことを聞く気になったか?」

「――ッ!?」

「まだ答えなくていい。その前に、いいことを教えてやろう」

 

 その“いいこと”は、間違いなく元帥にとって“いいこと”ではないだろう。

 

「艦娘は『練度』で強さを測っているだろう? 実を言うと、深海棲艦にも似たような基準がある。

 さて、そこで質問だ。

 普段貴様らが必死に倒している下位型深海棲艦、奴らの練度は幾つだと思う?」

 

 戦艦水鬼は人差し指を立てた。

 その意味するところは――

 

「――1だ。

 貴様らが必死に倒している奴らは、たった1しか練度がない雑魚なのだよ。

 そんな雑魚相手に貴様らは、勝った負けたと一喜一憂している。マヌケなことだ。

 私達が本気を出せば、直ぐにこの戦争も終わるというのに。

 私達は産まれた瞬間から、下位型深海棲艦とは隔絶された力を持っている。

 加えて今は練度も高い。

 私の言ってる意味、分かるな?」

 

 分からない。

 意味が分からない。

 元帥は本当に分からなかった。

 脳が理解することを拒否していたのだ。

 

「私達がお前達を殺すことはない。殺傷許可が降りてないからな。

 だが、苦しめることは禁止されていない。

 しかしアリを踏みつぶさないように踏むのは難しいだろう? 万が一ということもある」

 

 戦艦水鬼は一息置いた。

 

「さて、答えを聞こう。私達の言うことを聞くか?」

 

 元帥は何度も首を縦に振った。

 戦艦水鬼は頷き、元帥を放す。

 

「それでいい。まったく、最初からそうしてればいいものを――人間というのは愚かな生き物だ」

 

 ――あの方を除いて。

 ふっ、これでまた褒めてもらえるかもしれないな。

 戦艦水鬼は満足気な顔をした。

 

「……ん?」

 

 そういえば、受けた任務はなんだったか……。

 途中からすっかり忘れてしまっていた。

 確か『曙に手柄を譲る』とかなんとか。

 

 戦艦水鬼はその場にうずくまった。

 このままでは任務が達成できない。

 それでは褒めてもらえない。

 いや褒めるどころか、怒られてしまう可能性すらある。

 提督に怒られる自分を想像して、戦艦水鬼は震えた。

 

「(い、いや……まだ修正は効く! 曙? とかいうやつに手柄を譲ればいいのだ!)」

 

 戦艦水鬼は再び、元帥を持ち上げた。

 

「それでは、会ってもらうぞ。私達の主人――曙様にな!」

 

 これで良し!

 戦艦水鬼は己の機転の良さに自分を褒めたくなった。



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第4話 ショートランド泊地は「ほうれんそう」が出来ていない

 戦艦水鬼は一旦、他の深海棲艦を集めた。

 ことのあらましを説明しよう、というわけである。

 

「――というわけだ。私達の主人は曙、ということにしておいてくれ」

 

 説明を聞き終えた深海棲艦達はいい顔をしなかった。

 当然である。

 彼女達の提督は宗一郎ただ一人なのだ。

 例え演技だとしても、他の者に傅くなど虫酸が走る。

 

「言いたいことは分かる。私も同じ気持ちだ。だが、今回だけは――」

「戦艦水鬼ちゃん。そこから先は言葉を気をつけた方がいいよ。私、これでも結構“きちゃってる”から」

 

 空母棲姫の艤装が戦艦水鬼に向く。

 いつもの彼女とは違い、その声は冷たく静かだった。

 ……最悪、殺し合いになるかもしれないな。

 戦艦水鬼はそのことを少しだけ覚悟しながら、話を続けた。

 

「今回だけは見逃してくれ。私の発言は、確かに少し迂闊だった。しかし提督からの命令を遂行するには必要だと判断した結果なのだ」

「ふ〜ん……私馬鹿だから分からないけど、提督からの命令なら仕方ないかな」

「……感謝する」

「次はないよ?」

「ああ」

「じゃあ今回は許してあげる!」

 

 その言葉を聞いた後、空母棲姫の顔が無表情からいつもの明るい笑顔に戻った。

 

「それで、何したらいいのー?」

「元帥と大将をショートランド泊地に送ってくれ。後は向こうの奴らがなんとかする」

「分かった! ってあれ? 戦艦水鬼ちゃんは一緒に来ないの?」

「私は一足先に鎮守府に戻る。もう五時半だ。夕食の用意をしなくてはいけない」

 

 宗一郎の家にいた時から、夕食の用意は戦艦水鬼の当番だ。

 それはショートランド泊地に引っ越してからも変わらない。

 

「それではな。鎮守府で会おう」

 

 戦艦水鬼は足に力を込めた。

 武蔵を吹き飛ばした時の軽いものとは違い、本気のそれだ。

 向かう先はスーパーである。

 

「(今日の献立は何にしようか……。

 引っ越したばかりでほとんど食材がない。買い足さねばならないな)」

 

 提督の食事を作るのは、戦艦水鬼にとって最も大事な仕事の一つだ。実際のところ今日元帥を襲撃したのも、内地にある品揃えの多いスーパーに行くついでという側面が強い。

 

 戦艦水鬼は溜めた力を解放し、スーパー目掛けて全力の飛翔をした。

 

 

   ◇

 

 

 ――――元帥は考える。

 

 深海棲艦は何かを話し合うために、今この場を空けている。

 そのおかげで、元帥はいくらか冷静になることが出来た。

 この僅かな猶予の間に何ができるだろうか?

 

 逃げる、という選択肢はない。

 あの悪魔じみた索敵能力と速力を持つ奴らなら、例えどこに逃げても一瞬で追いついて来る。

 それならば、と。

 元帥は己の艦娘で最も怪我が軽い吹雪に無線を飛ばした。妖精さんの力があれば、無線機がなくとも電波そのものを創り出すことが出来る。

 

『吹雪、聞こえるか?』

『! ――は、はい。司令官!』

『時間がないから手短に言う。僕達は拉致された。行き先はショートランドだ』

『分かりました! 助けに行けばいいんですね? 吹雪、頑張ります!』

『違う。僕達の救出は不可能だ。戦力を無駄に消費することはない。僕達が戻らなかったら、その時は見捨てて欲しい』

『し、司令官!?』

 

 司令官が合理主義なのは知っていた。

 しかし自分の命でさえも、合理の為なら捨てるとは思わなかった。

 吹雪は少なくない衝撃を受けた。

 

『それからもう一つ。僕が戻らなかっなら、あの男を元帥に据えてくれないか』

 

 あの男――というのは、行方不明の大将だ。

 元帥は常日頃から、後継者を選ぶなら彼だと考えていた。

 

『分かりました。司令官の言う通りにします。ただ一つ、いいでしょうか?』

『なんだい』

『全ての仕事が終わった後で……私一人でもいいんです。だから、司令官を助けに行かせて下さい!』

 

 元帥には艦娘の気持ちが分かる。

 大本営にいる艦娘のほとんどは深海棲艦の圧倒的な力を目の当たりにして、心が折れていた。

 無理からぬ話だ。

 元帥とて一度は絶望した。

 しかしそんな中で、吹雪の心だけは折れていなかった。

 ――否。

 少しの歪みさえ見当たらない。

 吹雪だけは、ずっと前を向いている。

 

『駄目だ』

 

 だからこそ、少しの迷いもなく元帥は吹雪の提案を断った。

 吹雪が来たところで、元帥を助け出すなど不可能だろう。

 擦り傷の一つも負わせられればいい方――いや、それさえ難しいかもしれない。

 今吹雪を失うことは、今度こそ海軍に立ち直れない傷を与えることになる。

 

 また元帥の個人的な感情で、吹雪を沈めるようなことはしたくなかった。

 まだ学生だった頃。

 吹雪は元帥のお付きの艦娘だった。

 一番付き合いが長い艦娘だ。

 一番愛着のある船だ。

 最初に指輪を捧げたのも吹雪だ。

 彼女を地獄に連れて行くわけにはいかない。

 

『司令官! でも、私は――』

『深海棲艦が戻って来た。通信を切るよ』

秋人(あきひと)くん!』

 

 吹雪が元帥の名前を呼んだ。

 元帥は学校を卒業すると同時に、名前を捨てた。

 家族や親しかった友人を人質に取られることを恐れて、全ての経歴を抹消したのだ。

 今ではもう、元帥の名前を知っているのは吹雪だけだ。

 名前を呼ばれるのは、これで最後かもしれないな……。

 元帥はそう思った。

 

 しかし同時に、元帥は冷静さを完全に取り戻していた。

 吹雪に名前を呼んでもらったことで“自分”というものを再認識出来たのだ。

 

「さあ、深海棲艦。僕は覚悟を決めた。何処へなりとも連れて行ってくれ」

 

 決意に満ちた顔で、元帥が言った。

 反対に空母棲姫は、驚いた顔をしている。

 

「へっ? 覚悟ってなんの覚悟? 曙ち――様とお話しするだけだよ?」

 

 なんだ、話をするだけか。

 などとは思わない。

 恐らく曙が空母棲姫に真意を話していないだけだ。

 むしろ元帥は空母棲姫の言葉を聞いて――心底恐ろしいと思った。

 

 最初に力を見せてから交渉に臨むのは、確かによくある手だ。実際元帥自身も何度かしたことがある。

 しかし、いきなり本丸を吹き飛ばすような交渉術はしたことがないし、聞いたこともない。

 これだけのことをしておいて、目的は対話だと嘯く――深海棲艦の主人である『曙』は一体どれだけ残虐な性格なのだろうか。

 元帥は奥歯を強く噛み締めた。

 

 しかし同時に、こうも思う。

 曙の戦術は非常に理に適っていた。

 現実として元帥は、曙がどのような要求をして来たとしても断れない。

 

 目的のためならば容赦なく武力を行使する高い残虐性、

 と同時に、

 指揮官としても高い能力を有している。

 元帥は曙のことをそうプロファイルした。

 きっと送り込んだ新人提督も、曙の制御下に置かれていることだろう。最悪、殺されているかもしれない。

 そもそも深海棲艦ひしめくショートランド泊地にいて、正気を保てるとは思えないが。

 

「じゃ、いっくよー!」

 

 空母棲姫はフロアの床をひっぺがし、元帥達ごと担ぎ上げた。

 

「あっ、まず! 天井気に入ってたんだよね? もしかして、床のデザインも気に入ってた?」

「……いや。大丈夫だ」

「よかったあ! てゆーかさ、深海海月姫ちゃんの艦載機に乗せて貰えばよかったね」

「断る。私はあの方以外に身体を許す気は無いんでね」

「うわっ。その言い方、なんかいやらしいね」

「いやっ!? いやらしくないわい!」

「あははは。ごめんごめん」

 

 ……二隻の会話を聞いてると、覚悟を決めた自分が阿呆らしくなってくる。

 元帥は頭を抱えた。

 こんな奴らが強いなんて、世の中間違っている。

 

「それじゃあ改めて、出発進行ー!」

 

 空母棲姫が床をぶん投げた。

 方向はもちろん、ショートランド泊地である。

 超高速で飛ぶ床の上で、元帥はやっぱり死を覚悟して正解だったと思った。

 

 

   ◇

 

 

「いやぁ、ごめんね! ほんっとごめん!」

 

 空母棲姫は両手を合わせて謝った。

 人間の弱さを、彼女はすっかり忘れていたのだ。

 床ごとぶん投げられた元帥達は、一瞬で風圧に負けて落下した。慌てて空母棲姫がキャッチしたが、うっかり死んでいたところだ。

 

「それじゃあ気をとりなおして、行こっか!」

 

 空母棲姫を先頭に歩き出す。

 ショートランド泊地自体は、意外にも普通の鎮守府だった。

 深海棲艦の手により改造され、悪魔城の様になっていると思っていたのだが……変な言い方だが少し拍子抜けだ。

 ――と思っているところに。とんでもない光景が飛び込んで来た。

 食堂の側を通りかかった時、元帥は確かに見た。

 

 海軍が誇る最強の二隻を一蹴したあの戦艦水鬼が、料理を作っているのを。

 

 まさかとは思うが、あの馬鹿げた戦闘能力を持つ戦艦水鬼を間宮代わりに使っているとでも言うのだろうか……。

 そんな馬鹿な――と思うが、現実として目の前で戦艦水鬼はオムライスを作っている。

 

 元帥は心のどこかで、こんなことを思っていた。

 自分達の主人は曙だと、深海棲艦は言った。

 しかしそれは嘘であり――何故嘘をつくのかは分からないが――実際は深海棲艦がこの鎮守府を支配しているのではないか、と。

 だがそれも、ああしてオムライスの出来栄えに満足そうにしている戦艦水鬼を見ると、間違いだったと言わざるを得ない。

 この鎮守府内では、あくまで深海棲艦は曙の部下なのだ。

 

「元帥閣下、あれ……」

 

 火憐が指差した先には、空母ヲ級がいた。

 ただのヲ級ではない。

 flagship級と呼ばれるヲ級の最上位個体だ。

 

 かつて海軍は、たった一隻のヲ級flagshipに壊滅寸前まで追い詰められたことがある。

 その時は元帥自らが迎え撃ったが、死闘の末なんとか撃退した。

 

 そのヲ級が、花に水を上げていた。

 まさか趣味でガーデニングしているわけではないだろう。

 ヲ級でさえ、ここでは庭師……。

 

「は、はは……」

 

 乾いた笑い声が出た。

 ――吹雪、秋人くんはもうダメかもしれないよ。

 元帥はそう思った。

 

「着いたよ!」

 

 連れて来られたのは執務室――ではなく、どこかの小部屋だった。

 曙の姿はなく、二隻の深海棲艦がいるだけだ。

 二隻とも、まだ確認されていない深海棲艦だった。

 まさか……あの二隻も空母棲姫と同じくらい強いのだろうか?

 元帥は心の中で首を振った。

 そんなことあるわけがない。

 精々ヲ級flagshipと同じか、それ以下だろう。

 大本営を攻めさせるくらいだ。あの四隻が深海棲艦の頂点と見て間違いない。

 

「それじゃあ離島棲姫ちゃん! 後はお願いね!」

 

 そう言って空母棲姫は去っていった。

 深海海月姫、南方棲鬼もそれに続く。

 彼女達さえいなければ、あるいはどうにかなるかもしれない……元帥はそう思ったが、騒ぎが起こればすぐさま奴らが戻ってくるだろうと考え、結局やめた。

 

「ごめんなさい、遅れたわ!」

 

 ややあってから、曙が遅れてやって来た。

 

 海軍では上下関係が絶対だ。

 下の者が遅刻することは許されないが、上の者は許される。

 曙はわざと遅刻して、自分が上だと示したのだろう。

 ――残虐性・指揮能力・交渉術だけでなく、海軍のやり方にまで精通しているとはな。

 元帥は曙への評価をまた一つ上げた。

 

 曙は元帥と大将達を見ると、にっこりと笑った。

 それだけ見ると普通の駆逐艦のそれだが、元帥達は曙がどれだけ恐ろしい存在か知っている。

 詳しいところは分からないが、これから元帥達にさせる“何か”を想像して笑ったのだろう、と元帥は予想した。

 

 また元帥は、己の考えが正しかったことを確信した。

 元帥は謂わば、突然変異で生まれた特別な提督である。

 同じように艦娘にも、ごく稀に一際強い力を持った個体が産まれる。

 

 例えばアメリカにいる戦艦『Iowa』がそれだ。

 普通提督一人で何十人もの艦娘を指揮するのだが、それとは真逆。何人もの提督が交代で彼女の指揮を務めているそうだ。

 Iowaは力が強すぎるあまり、提督の力を吸い尽くしてしまう。これはその為の措置だ。

 

 他にもイギリスの豪華客船『タイタニック』やドイツの正規空母『グラーフ・ツェッペリン』などがこれに該当する。

 過去元帥は何度かそうした特別な艦娘にあったことがあるが、己でも御しきれるか分からない、強い力を持っていた。

 

 目の前の曙を見る。

 何も感じない。

 そう、何もだ。

 それは曙の力が弱すぎるため――ではないだろう。

 彼女もまた、突然変異した艦娘なのだ。

 その力が強すぎるあまり、元帥でさえ力を感じ取る事ができないのだろう。

 

 この仮説が正しいとするなら、深海棲艦を部下に持っているのも納得がいく。

 先ほど言った通り、突然変異した艦娘は複数の提督を必要とする。

 率直に言って燃費が悪いのだ。

 だがタイタニックなどは豪華客船としての性質上か、提督の力を持たない者からでも力をもらう事が出来る。

 

 曙は恐らく、前提督が戦死した時覚醒したのだろう。

 ――強い無念と怨嗟によって覚醒したのだ。

 それ故に、海に沈んだ悪意で出来ている深海棲艦から力をもらう事が出来るのだろう。

 だから深海棲艦を手元に置いているのだ。

 

 覚醒するほどの怒りを持つ曙の目的は何か?

 考えるまでもない。

 間違い無く、大本営への復讐だ。

 前提督の死は仕方がない事だった。

 ショートランド泊地を救う余力は大本営にはなかったんだ。

 そう言っても、曙は納得しないだろう。

 

 これはいよいよ、死んだかもしれないな。

 元帥は改めて覚悟を決めた。

 

「先ずは、ありがとう。あの提督を送ってもらえて、嬉しかったわ」

 

 あの提督――ショートランド泊地に送り込んだ新米提督のことだ。

 彼の存在は、大本営がショートランド泊地を見捨てた証拠になる。曙はそのことを言っているのだろう。

 

「話は聞いてるから、とっとと済ませちゃいましょう」

 

 空母棲姫からの報告は、既に受けているらしい。

 済ます、というと元帥達を殺すという意味だろうか。

 

「確認よ。ショートランド泊地に攻め込んで来た深海棲艦を倒したのは私達。提督は関係ないわ」

 

 最初に曙の口から出たのは、予想外の報告だった。

 ――どういう意味だろうか。

 今更そんな分かりきった事を言って、何を求めている?

 

「じゃあ、話し合いはこれで終わりね!」

「……は?」

 

 終わり?

 本当にただ元帥をここに呼び出して、報告をしたかっただけ?

 たったそれだけのために、あれだけの蹂躙を……?

 いや確かに、普通元帥といち駆逐艦である曙が直接話すことは難しい。

 しかしだからと言って、その為だけにあんな事をするとは思えなかった。

 

「あっ! 一応、勲章か何かを送ってよね!」

 

 ……待て、今なんと言った。

 勲章が欲しい?

 なんの為に?

 今や曙は――ショートランドは大本営より立場が上だと言うのに。

 その理由に、元帥は直ぐに思い当たった。

 勲章を贈るということは、ショートランド泊地の功績を大々的に認めるということだ。

 つまり大本営を滅ぼしかけた深海棲艦を褒め称えろと、そう言っているのだ。

 

 ここに来て、やっと元帥は曙の真意を理解した。

 曙は海軍を直ぐに殺さず、いたぶろうとしているのだ。

 最初に「お前らなんかいつでも殺せるんだぞ?」と武力で示しておいて、目的を告げずにショートランド泊地に呼んだり、勲章を渡せと言ってきたり――これまでのことを考えると、そうとしか思えなかった。

 

 これからずっと、いつ殺されるかも分からないまま、命令を聞きながら生きろ。

 要約するとこんな感じだろうか。

 最悪の発想だった。

 彼女は正しく――深海棲艦の主人だ。

 改めて曙の恐ろしさを感じながら、元帥はショートランド泊地を後にした。

 

 

   ◇

 

 

「ふう……」

 

 元帥達がいなくなった後で、曙はため息をついた。

 海軍のお偉いさんが来るとは思っていたが、まさか元帥と大将数人が来るとは思いもしなかった。

 全員、曙では手が届かない存在だ。

 それなのにこうして向こうから出向いてくれるなんて、提督は一体どれだけ偉い人なのかしら?

 曙は疑問に思った。

 

 同時に、嬉しく思う。

 やはり大本営は、ショートランド泊地を見捨ててはいなかった。

 有能な提督を送るだけでなく、元帥自らが来てくれた。海軍では最高に名誉なことだ。

 その上勲章をくれることまで約束してくれた。

 ……まあこれは、曙自身が要求したことだが。

 だってしょうがないじゃない。戦死した前提督の名誉のために、何か残しておきたかったのだから。

 向こうもすぐに了承してくれたし、もしかして最初から贈るつもりだったのかもしれないし……うん、私は悪くない。

 

「でも、遅刻したのはちょっとまずったわね」

 

 曙は反省した。

 元帥が訪問して来るのがあまりに早かった。

 しかも誰も事前に連絡してくれないものだから、遅刻してしまったのだ。

 しかし元帥は許してくれた。

 寛大な人だ。

 あんなに来るのが速かったのも、それだけ急いでくれたということだろう。

 思っていたよりずっと、大本営は優しかった。

 

 話し合いもスムーズに終わった。

 予め決められていた通り、提督のことは出さず、ショートランド泊地防衛を艦娘の手柄として報告した。

 向こうも決められた通り、特に疑問を挟むことなく受け入れた。

 普通に考えれば駆逐艦や軽巡洋艦しか残っていないショートランド泊地があれだけの深海棲艦を退けるなんてことはあり得ない。それなのにあの対応ということは、やはり大本営と提督は繋がっていたのだ。

 自分の考えが正しかったことを確信して、曙はまた少し嬉しくなった。

 

「キヒヒッ! 滑稽ねえ……」

 

 後ろで離島棲姫が下品なあの笑い方で笑った。

 最後の方はよく聞き取れなかったが……なんとなく、つられて曙も笑った。

 

 

   ◇

 

 

 大本営に戻った元帥は、改めてその惨状を知った。

 人や艦娘もそうだが、建物が崩壊し尽くしている。

 復興にいつまでかかるのか見当もつかない。

 

「元帥閣下……」

 

 大将達がすがるような目つきで見てくる。

 そんな風に見られても、元帥にだってどうしていいか分からない。

 元帥の艦娘達はあの深海棲艦と真正面から戦った。『指輪』と同じく元帥にのみ造る事が出来る装備――『応急修理女神』の効果で身体は治っているが、心の傷が深い。

 今すぐに復興を、というのは無理だ。

 

「司令官! ご無事だったんですね!」

 

 そんな中、吹雪が駆け寄って来た。

 顔が煤に塗れている。

 瓦礫の撤去作業をしていたのだろう。

 

「うん。なんとかね」

「よかったです! 本当に!」

 

 吹雪は向日葵のような満開の笑顔を見せた。

 この惨状の中でそんな風に笑えるのは、奇跡と言っていい。

 

「それじゃあ早速、今から復興を頑張りましょう!」

「えっ」

「えっ、じゃないですよ! やることは山積みです! それなら、動くのは早ければ早いほどいいに決まってます!」

 

 吹雪が元帥の手を引く。

 その手は力強い。

 彼女が艦娘だから――ではないだろう。

 心が強いのだ。

 

 自分の手を引く吹雪を見て、元帥は昔を思い出した。

 

 そうだ。

 僕の力は成長し続けている。

 昔――最初に吹雪と出会った時と比べれば、今の僕は凄く強くなった。

 五年後か、十年後か――もっと先になるかもしれない。

 だけどいつか、きっと深海棲艦を倒してみせる。

 諦めないことを誓おう。

 今ここで、吹雪に。

 

「復興、頑張ろうか」

「はい!」

 

 吹雪の元気な返事が、廃墟と化した大本営に響いた。







【補足説明】
実際のゲームでも深海棲艦の練度は全て1で搭載されています。
例外として、潜水艦型だけで50に統一されています。


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第5話 深海棲艦提督は動かない

 戦艦水鬼から上がってきた報告書を、やっと読み終えた。

 

『大本営との交渉をしたついでに、大本営をぶっ潰した。

 その時つい深海棲艦であることバラしちゃった。

 ごめんごめん!

 でも安心して!

 途中で任務は思い出したから!

 ちゃんと全部の責任を曙に押し付けておいたよ!』

 

 要約するとこんな感じだ。

 うん、なるほど。

 大本営をぶっ潰しちゃったのか。

 曙のせいにしちゃったのか……。

 

 なにしてんだろうなぁ。

 

 あいつら本当に、なにしてんだよ。

 艦娘に対する大本営の評価を上げる為にショートランド防衛を曙の手柄にして、って頼んで、どうして大本営潰すことになるんだよ。

 しかもなんで曙を深海棲艦のボスにしてるんだよ。

 馬鹿なの?

 ……馬鹿だったわ。

 あいつら練度が上がっても、頭の練度は1のまんまだ。

 イ級並みだ。

 もう本当に、ばかっ!

 

「……はぁ」

 

 いや、これも全部の俺のせいだ。

 俺の命令が正確じゃなかったのが悪い。

 監督不行届きだ。

 あいつらは元々悪意の塊、こうなることは予想できたはずだ。

 

 昔、あいつらに道徳や良心って物を教えようとしたことがある。

 感動系の映画を見せたらいいんじゃないかと思って「フランダースの犬」とか「火垂るの墓」を見せた。

 そしたらあいつら、パトラッシュとネロが死んだ時ゲラゲラ笑ってやがった。

 節子が死んだ時なんか、外人4コマみたいな盛り上がり方をしてたくらいだ。

 普通に最悪だと思う。

 一回怒られた方がいい。

 

「戦艦水鬼、南方棲鬼、深海海月姫、空母棲姫。お前ら執務室に集合」

 

 放送をかけて、あいつらを呼ぶ。

 あいつらを怒るのは俺の役目だ。

 ものの五秒もしない間に、あいつらはやって来た。

 

「提督、呼んだか」

「ああ、呼んだよ。お前ら、ちょっとそこ座れ」

「……?」

 

 不思議そうな顔をして、戦艦水鬼達は座った。

 

「うん。そんな不思議そうな顔すんな。ちょっと腹立つから」

「も、申し訳ない。提督を不快にさせるつもりはなかったのだ。ただ私は、提督にその、褒めて貰えると思っていたものでな。任務だってこなしたし、オムライスも美味しかっただろう」

「確かにオムライスは美味しかった。それについてはありがとう」

「だ、だろう! やはり都心に近いスーパーはいい。品揃えがまるで違う! 私の腕も、満足に振るえるというものだ。

 ふっ、提督よ。私をもっと褒めてもいいのだぞ」

「よくやった、戦艦水鬼」

 

 まるで喉を撫でられた猫のような顔を、戦艦水鬼はした。

 他の深海棲艦達がそんな戦艦水鬼の様子を見て、ぴんと手を挙げる。

 

「はいはいはーい! 私も頑張ったよ!」

「私の功績も、もっと讃えられて然るべきだと思うけどな」

「あらぁ。そういうことなら、私もよね?」

「うんうん。みんなよく頑張ったな――って違う!」

 

 深海棲艦達はなにを言ってるか分からない、という顔をした。

 

「お前ら全然! ぜんっぜん任務達成できてないから!」

「な、何故だ!? しっかり大本営は潰したぞ!」

「それだよ! 俺がいつ大本営さんを潰せって言ったよ!」

「……あっ」

「ばかっ!」

 

 俺は立ち上がって、大声を出した。

 こいつらに教育をしなければならない。

 

「『大本営さんを攻撃しません!』はい復唱!」

『大本営さんを攻撃しません!』

「人類を傷つけません!」

『人類を傷つけません!』

「艦娘にも優しくします!」

『艦娘にも優しくします!』

「分かったな?」

『はい!』

 

 声が揃ったいい返事だった。

 ただこいつらは、いつも返事だけはいい。

 実際は全然理解してない事がよくある。

 

「だれか質問あるやつ」

 

 俺の問いかけに、南方棲鬼が手を挙げる。

 

「優しく艦娘を殺すのは大丈夫よねぇ?」

「『優しい』の意味を辞書で100回読み直してから同じ質問をしろ。次」

「傷をつけず……ということは、毒殺や絞殺を推奨してるのか?」

「お前の馬鹿さ加減で俺が傷ついたわ。次」

「提督、オムライスの感想を詳しく聞かせてくれないか?」

「それはまた後で。次」

「私はちゃんと艦娘に優しくしたよ? 攻撃もしてないし、遊びにも付き合ってあげたもん!」

「そう、それだよ! 空母棲姫、よくやった。徹夜で一緒に道徳の教科書を読んだ甲斐があったな」

 

 あの時は地獄だったなあ。

 我ながらよく頑張ったと思う。

 最初「お婆さんが道路を渡れなくて困っています。どうしますか?」って問いに「お婆さんを殺して三途の川を渡らせてあげる!」って答えた時はどうしようかと思った。

 もう本当に、わざとボケてんのかと思ったくらいだ。

 それが今じゃ「道路を壊して通行止めにする!」と答えるくらいには成長してる。

 空母棲姫の成長には涙が止まらない。

 

「やったぁー! 提督、ご褒美ちょーだい!」

「分かった、何か考えておく。空母棲姫はもう下がってよろしい」

「うん! 楽しみにしてるね!」

 

 他の深海棲艦が羨ましそうに見ている中で、空母棲姫は執務室を出て行った。

 出て行く時、振り向いてこんなことを言った。

 

「あっ! 曙ちゃんに全部の責任押し付けたのは、戦艦水鬼だから」

「なっ!? 何故それを言うんだ!」

 

 空母棲姫はあっかんべーして、今度こそ執務室を出て行った。

 ……さて。

 この中に隠し事をしている奴がいるようだ。

 

「戦艦水鬼」

「う、うむ」

「俺は言ったな。嘘をついちゃダメだよ、って」

「言ったかもしれない」

「言いました」

「はい」

「お前、嘘をついたな?」

「ついてない。黙ってただけだ。け、見解の相違だな」

「屁理屈を言うな。お仕置きだ。南方棲鬼、深海海月姫、戦艦水鬼をとりおさえろ」

「や、やめろ! 離せ!」

 

 二隻が両脇から戦艦水鬼を取り押さえる。

 戦艦水鬼はもがいていたが、流石に二対一では分が悪い。

 俺は戦艦水鬼に近づき――デコピンした。

 

「あうっ」

 

 デコが赤く腫れる。

 戦艦水鬼は叩かれた所をさすりながら、涙目で謝った。

 

「ううぅ……すまない」

 

 何故かはよくわかないが、装甲が厚いこいつらにも俺の攻撃だけは効く。

 普段ダメージを受けないせいか、こうしてちょっとデコピンするだけで立派なお仕置きになる。

 

「南方棲鬼、深海海月姫。終わった感じ出してるけど、お前らにも罰則はあるからな」

「あらぁ、お姉さんにお仕置きしたいの?」

「南方棲鬼は反省の色が見られないからこれから一週間、海沿いの掃除な」

「? ビーチにいる人間を殺せばいいのかしら?」

「違う。そういう意味深な掃除じゃない。ゴミ拾いだ」

「艦娘を拾うの?」

「艦娘はゴミじゃありません。普通のゴミを拾ってきなさい」

「艤装の使用許可は――」

「降りないに決まってんだろ。ゴミどころかビーチも消えるわ」

 

 こいつらは何でもかんでも悪い方に解釈しようとする。ゴミ拾いを命じたつもりが、うっかり地形を変える所だ。

 

「深海海月姫、お前はなんだかんだで一番大本営さんに迷惑をかけたな。そこで一番の罰則を与えようと思う」

「何かな? 例えなんであろうと、あなた様からの罰則であれば私は喜んで受けようとも」

「一週間便所掃除」

「ちょ、待っ――」

「それと、戦艦水鬼。お前は大本営さんに謝って来い。曙にもだ。分かったな?」

「……くっ。この私が人間や艦娘ごときに謝る羽目になるとはな。だが、いいだろう。言う通りにする」

「それじゃあ解散」

 

 深海海月姫はまだ何か言いたそうにしていたが、他の二隻に促されて出て行った。

 これで三隻への罰は終わった。

 残る仕事は、ショートランド泊地に在籍する艦娘達への褒美だ。

 ずっと戦い続け、仲間も多く失った。そんな彼女達には長期休暇と報酬が必要だと思う。

 

「集積地棲姫、執務室に来て欲しい」

「呼んだかい!」

 

 放送したとほぼ同時に、集積地棲姫が執務室に入って来た。相変わらずこいつらの速力はどうなってるんだ。

 

「資材はどの程度集まった?」

「この鎮守府の倉庫くらいは軽く満杯にしたよ。今は溢れ出しちゃってるレベル」

「流石だな」

「だろう?」

「ああ。その資材の――そうだな、四割くらいを売って金にして欲しい」

「オッケー、任せて下さいな!」

 

 今、どこの国も資材不足だ。

 きっとそれなりに纏まった金になるだろう。

 その金を艦娘達に分配しようと思う。少し遅いが、艦娘達への特別ボーナスだ。

 ……いや待て。

 

「金になったら、それを大本営名義で艦娘に上げてくれ。特別戦果ボーナスとかなんとかの名目で」

「……なんで?」

 

 さっきまでとは一転、集積地棲姫が冷たい声を出した。

 

「それはおかしいよ。

 あの資材は僕が集めて来たものだ。その僕は提督の所有物だ。だから提督からの報酬だ。

 ただでさえ提督のことを少しも理解できないガラクタ共に何かあげるのも我慢ならないのに、他の奴の手柄にするだって?

 提督のお考えとはいえ、ちょっと理解しかねるな」

 

 集積地棲姫は少し怒っていた。

 

「言いたいことは分かる。

 でもな、俺は提督としての責務で艦娘達にボーナスを出すんじゃない。彼女達のことを思いやってお金を渡すんだ。

 もしあの子達が大本営さんに見捨てられたことに気がつけば、絶対に傷つく。だから俺は、大本営さんの名義で報酬を与えるんだ。その方が彼女達にとって嬉しいだろうから。

 相手のことを本当に思い遣るのなら、自分を基準に置かず、相手が一番喜ぶことをやるべきだ。そうだろう?」

「それは……そうかもしれない。だけど提督があのガラクタ共を思い遣ってるように、僕も提督を思い遣ってるんだ。だから提督の働きが正当に評価されないのは、傷つくな」

「ありがとう。俺の働きは十分評価されてるよ」

「――はぁ。これ以上は何を言っても無駄そうだね。

 もうこれ以上は何も言わない、と言いたいところだけど。一つだけ言わせてくれ」

「なんだ?」

「人間滅ぼす気になったら、直ぐに教えてね」

 

 その言葉を最後に、集積地棲姫は去って行った。

 ウチの奴らはなんでこう、どいつもこいつも俺を世界の敵にしたがるんだろうか。

 俺めっちゃ優しいのに。本当は俺だって艦娘にちやほやされたい所を、大本営さんに手柄譲っちゃうくらい紳士的な男なのに。

 ……でもちょっと悔しいから、長期休暇は俺からのご褒美ってことにしとこ。

 このくらいの茶目っ気は許されるだろう。

 代わりに大本営さんには、集めた資材を匿名で送っておくことにする。向こうも復興が大変だろうから。ウチの馬鹿が本当にすみません。

 ペンネームは『謎の提督X』とかでいいかな。

 

 

   ◇

 

 

 ――――一方その頃大本営では。

 元帥と吹雪を筆頭にして、復興作業が進んでいた。

 艦娘の圧倒的な力により、瓦礫の撤去はスムーズに進んだ。整地も終えたところで、いよいよ建物を建てる段階である。

 

 元帥は赤城が出した艦載機に乗り、上空から見回していた。

 自分が見ている光景を、そのまま艦娘達に送る。

 多角的に見ることで作業の効率はぐっと良くなる。

 ――とはいえ、建築自体は素人だ。

 苦労もした。

 しかし、それももう終わりが近い。

 

 ――元帥は自分の艦娘達を誇りに思った。

 

 自分達が最強、という自負があった。

 深海棲艦の上位個体にも決して引けを取らない自信があったのだ。

 それが思い上がりだったと、心底思い知らされた。

 

 自信に満ちた心は、粉々に砕け散った。

 PTSDを発症し、部屋で震え続けていた者もいる。

 それが今は、こうして明るく前を向いて復興に励んでいた。

 無論、それは吹雪という折れない柱があったからではあるが。それでも立ち直れたことには変わりない。

 

「司令官!」

 

 吹雪の呼び声が聞こえた。

 大本営復興の第一歩、いよいよ最初の建物が建つのだ。

 流石にみんなも手を止めて集まってきた。

 

「やっとここまで来ましたね!」

「……まだまだスタートラインだ。だろう、吹雪?」

「! ――はい!」

 

 二人は笑い合った。

 

「それじゃあ、行きますよ」

 

 吹雪が釘とトンカチを掲げた。

 最後にこれを打ち込めば完成だ。

 みんなが見守る中、吹雪が釘を打ち込もうとした正にその瞬間!

 

 ――絶望(戦艦水鬼)が降って来た。

 

 建物が粉々に壊れる。

 着地の衝撃で、せっかく整地した地面にも大きな亀裂が入った。

 戦艦水鬼は瓦礫と成り果てた建物の上に立ち、元帥を思いっきり見下した。

 

「すまんな」

 

 それだけ言って、戦艦水鬼は再び飛び上がった。

 その瞬間余波で、一部無事だった建物や材料も吹き飛んでいく。

 後に残ったのは、ただ瓦礫ばかり。

 一瞬の間元帥は呆然とした後、怒りがこみ上げて来た。

 

「くっ――くそったれえええええ! あの悪魔、僕達が復興しかけた瞬間全部ぶっ壊しやがった! クソがぁ! こんなことが許されるのか、なあ!? おい!」

 

 元帥の怒声がこだました。

 

「(――ふっ。今回は誰も攻撃しなかったし、しっかり謝れた。今度こそ褒めてもらえるだろう)」

 

 戦艦水鬼はウキウキしながら、ショートランド泊地へ戻っていった。



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