最強冒険者コンビの大活劇~パートナー居るのに協力する必要が生まれない~ (イリーム)
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1話 異国の地 アーカーシャ

「なにか食べないの?」

「ちょっと酔ってきてるし、今はいい」

 

 酒場では二人の男女がテーブルで談笑をしていた。テーブルを挟んで男の方は高宮 春人(タカミヤ ハルト)、その前に座る少女はアメリア・ランドルフである。二人はアーカーシャの街の酒場「海鳴り」にて酒盛りに興じていたのだ。

 

「私とこうやって組んで1か月になるけどさ、どういう事情で、酒場に下宿することになったの? よく考えたらあんまり聞いてなかった」

「あれ? 異世界から来たっていうのは何回か言っただろ」

「それは聞いたけど、詳しい話は聞いてないし。ま、この際だし改めて教えてよ」

 

 目の前の少女は春人が異世界からの住人であることを本気で信用している。もちろんそれは真実であり、彼は地球から転生されて来たのだ。本人も理由まではわからず、こちらに過ごして1か月になる。

 春人は自分がこちらの世界に脚を踏み入れた時のことを思い出した。あれは、雨の日……。春人は高校2年生であり、東京の学校に通っていた。傘を差しながら歩いていたのが地球での最後の光景……。

 

 

 

 春人が目覚めたのは、見慣れぬ崖付近だった。特に怪我をしていた様子はないが、傘は持っておらず、鞄も無くなっていた。自分はどうしてしまったのか……春人はなにが起きているのか全く思い出せず、わからないでいたのだ。

 その時、彼に声をかける男が居た。

 

「おい、こんなところで何してやがる!?」

 

 現れたのは日本人には見えない外国風の男。生やしている髭も濃く、色黒でかなり筋肉質な男だった。しかし、言葉は普通に通じている……見知らぬ場所、異国の大地に自分が居ることを知らされたのは、それからすぐのことだった。

 

「おい、春人! 酒が足りなくなってるぞ! 裏から持ってこい!」

「はい!」

 

 異国の地に飛ばされた春人は、最初に出会った男、バーモンドに連れられて、アーカーシャの街を訪れた。それなりの規模の街であり、そこの酒場の店主をしているのがバーモンドである。行くところもない春人を彼は自分の店で寝泊まりすることを許したのだ。

 

 ただし、商品の品出しから買い物まで、様々な仕事を行う対価としてだが。最初の春人はわけもわからず働かされ、慣れない仕事に戸惑っていた。異国の地で言葉が通じるのが不思議と感じる間もなく、彼は酒場での仕事は忙しかった。そして、日本に居た頃は運動もろくに出来なかった自分が、そこよりもはるかに忙しい仕事をこなせていることに気付いたのはそれから数日経ってのことだった。バーモンドからの言葉が原因だ。

 

「おめぇ、冒険者やった方がいいんじゃねぇか?」

「冒険者……ですか?」

 

 汗だくになりながらも休むことなく薪割りをこなしていた春人に、バーモンドが放った言葉だ。聞き慣れない単語に春人は意味がわかっていない様子だった。だが、名称からより肉体的な仕事だろうとは推測できた。それと同時に自分の肉体の変化も。

 

 冒険者はモンスターの討伐などを引き受ける仕事となる。傭兵などの仕事も含まれているが、このアーカーシャでは少し意味合いが変わってくる。アーカーシャの街のギルドはほとんどが遺跡の探索要員で構成されているのだ。

 

 過去の英雄の遺した遺産。その発見を夢見て、一攫千金を狙った冒険者がこの地に集まる。そして、地域に存在する洞窟や遺跡に脚を踏み入れるのだ。つまり、トレジャーハンターの色合いが濃い地域となっていた。

 

「おめぇ、冒険者で稼いだ方が生活できるんじゃねぇか? とりあえず登録してやってみな。宿代はツケにしといてやるからよ」

 

 そして、半ば強引に決定したバーモンドの提案で、春人はその日の内に冒険者となってしまったのである。

 

 

 

「へえ、そんな経緯で冒険者になったの、春人」

「うん、まあそんなところ」

 

 春人は酒場のテーブルで向かいに座っているアメリアに、自らが冒険者になった経緯を話していた。アメリアは端正な表情を崩して大きく笑っている。

 

「あははははっ! おまけに異世界から来たとか……面白すぎでしょ、春人」

「俺としては何がどうなってるのかわからないんだが……1か月経過してやっとこの街を本物だと思い込んだほどだぞ?」

「まあ、気持ちはわからないでもないけど」

 

 アメリアは春人を見ながら、酒に手をつける。彼女は17歳だが、この世界では特に酒の年齢制限はないのだ。

 

「でも、バーモンドさんもそうだけど、俺の話を信じてくれたのは驚いたよ」

「まあ、普通なら信じないけどね。春人の場合は別って気もするし」

 

 アメリアは屈託のない笑顔を春人に見せていた。彼ら二人の出会いは、春人が冒険者になった日の翌日。かの英雄の遺した遺跡の1つに、春人が最初の冒険として脚を踏み入れたのがきっかけだ。

 

 その遺跡は街から比較的近くのエリアで、岩などに阻まれた平原の奥地。サイトル遺跡と呼ばれた場所である。そこで出くわしたのは、本来であれば死を覚悟しなければならないモンスター。最初の冒険に派遣される、探索され尽くした遺跡に出現することなど到底考えられないモンスター。この世に未練が残った冒険者の馴れの果て……亡霊剣士がそこには居たのだ。

 

「亡霊剣士を見た時は、あんたは確実に死んだと思ったわ」

「レベル41の化け物だっけ……」

 

 春人が踏み入れた遺跡のモンスターレベルは高くても10程度。レベル41のモンスターが現れることなど考えられなかったのだ。冒険者になったばかりの新米は、運が悪ければレベル5程度のモンスターにも殺される可能性があった。

 近くでその遭遇を見ていたアメリアは、春人が死んでしまうと判断したのだろう。だが、そうはならなかった。彼は、店で売られている平凡な鉄の剣を片手に亡霊剣士との死闘を繰り広げ、見事に打ち破ったのだ。

 

「正直驚いた。あんな光景、7年間で初めてだったし」

「そういえば、アメリアは10歳から冒険者やってるんだっけ」

 

 アメリアは幼少の頃からアーカーシャで冒険者として活躍している。幼少の頃より鍛えられた彼女は、非常に強力な冒険者として名を轟かせていた。そして、運命的な出会いを果たした二人。アメリアはそれまでは単独で遺跡の探索を行っていたが、春人とは組むことになったのだ。

 

 それから数週間が経過し、春人は驚くほどの成長を遂げていた。いや、才能を開花させたといった方が正しいだろうか。たった1か月という時間で、春人の名前は街中に知れ渡り、二人のコンビは最強クラスの冒険者として、ギルドでも認知されるに至っている。

 

「正直ありえないわよ。たった1か月で、オルランド遺跡の6層まで行ける人なんて」

「自分でも信じられないよ……こんな俺が」

「だからかな、異世界の住人って言われても納得できたのは」

 

 アメリアは語る。日本という国に住んでいた春人からすればアーカーシャの街は、まさに剣と魔法の世界を体現したような所であったのだ。広大過ぎる宇宙全域で考えればあり得る話かもしれないが、超能力のような世界が実在したわけだ。

 

その場所に転生し、向こうでは具現化されなかった武力という才能が開花している。春人自身、最初は信じられないでいたが、1か月が経過した今となっては理屈ではないことを実感として持っていた。

 

 春人は現在では実感しているのだ。自らの強さがこの世界の基準と比較して相当に高レベルであることと、おそらくもう以前の世界には戻れないということを。まさに理屈ではなく、理解という言葉で彼は悟っていたのだ。なぜこのようなことになったのか、まったくわからない状況ではあるが、彼はそれを理解し、享受する余裕も兼ね備えていた。

 

 

「この世界は異世界からのワープみたいなことはあり得るの?」

 

 春人はアメリアにそんな質問をかけてみた。春人も予想はしていたが、彼女は首を横に振る。

 

「まさか、そんなのあり得ないわよ。ただ、春人のそんな才能見せられたら、納得もいくかもってだけ。過去の文献の中には大量の人間が一晩でモンスター化した現象や、直径数十キロメートルの大穴が一瞬の内にできた現象なんかもあるらしいし。そういった本当かどうかわからないお伽話のレベルだけどね」

 

 アメリアは平然とした口調ではあるが、述べている例えは非常に大きなことであった。言い換えれば、春人の存在そのものがお伽話のレベルであり得ないということだ。最強クラスの冒険者である彼女にそこまで言わせるということが、春人の中で自信にも変わっていた。

 

 

「バーモンドさん! 酒場の前で喧嘩ですよ!」

 

 と、その時バーモンドの酒場に現れたのは一人の青年であった。焦った表情でバーモンドの名前を連呼している。

 

「おう、相手は誰だ? 冒険者か、モンスターか?」

 

 荒くれの店主バーモンド。焦った青年とは違い度量が大きく余裕の表情で尋ねる。青年も彼の態度に冷静さが戻って来たようだ。

 

「冒険者です……まだ、ここに来たばかりの奴みたいですけど」

「他国の冒険者ってのは始末に負えねぇな、で? やられてるのは仲間か?」

「はい、すんません」

 

 青年はバーモンドに謝るが、彼は青年を責めるようなことはしない。

 

「おい、春人。行ってくれるか?」

「ええ、わかりました」

 

 

 

 バーモンドよりもさらに冷静な春人はゆっくりと立ち上がる。こんな事態、まだここに来て1か月だが何度目になるのかわからない。周囲の客も春人が立ち上がったのを見て、軽い歓声が上がった。黄色い声援すらチラホラと聞こえてくる。

 

「すいません、春人さん。迷惑かけますっ!」

「いえ、そんな……」

 

 自らより年上の冒険者の青年。春人は名前の知らない相手だが、相手としては尊敬の対象になっていることに恐縮してしまう。アーカーシャは実力主義世界の側面も持ち合わせているのだ。青年の態度はある意味自然とも言える。

 

「まあ、冒険者ってのは荒くれ者の巣窟みたいなところあるしね。喧嘩が日常茶飯事な方が健全なのかも」

「まだ1か月だけど、こうも喧嘩が多いと納得できるよ」

 

 アメリアの言葉に苦笑いをしつつ、春人は酒場の外へと歩いて行った。そして、喧嘩を吹っかけた相手であるよそ者は、春人の言葉に耳を傾けることがなかった為、その場でしばらく倒れ込むことになってしまった。

 




「アルファポリス」にも投稿しております。読んでいただければ光栄です。


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2話 パートナー

トレジャーハントによる一攫千金の街、アーカーシャ。英雄の遺した遺産が各地に点在しており、それを見つけて一生を過ごすことを夢見る者達も後を絶たない。見つけた宝石などの種類によっては生活の心配がない程の高値になることもあるが、それと付随するのはモンスターやトラップなどによる死のリスクである。

 

 冒険者は常に死と隣り合わせの職種であり、昨日酒を交わした仲間が既にあの世に行っている可能性もあるのだ。その為に、冒険者はリスクを減らす目的でコンビやパーティを組む方向に流れる。

 

「まあそんなわけで、パートナーっていうのは大事なわけ」

「話はわかったけど、アメリアは今まで組んでなかったんだろ?」

 

 春人がアーカーシャの街に来て1か月。アメリアと組んでから3週間程度ではあるが、実力は高くとも、まだまだ冒険者の心構えを体得していない春人に、本日も座談会が行われていた。といっても、アメリアと酒盛りをしているだけだが。

 

「春人に会うまで、実力的に釣り合う相手がいなくてさ。……まあなんていうの? 一人で十分だったし」

「そう言えるアメリアはやっぱりすごいな」

 

 春人とアメリアは、現在はオルランド遺跡と呼ばれる迷宮を探索している。2年前に見つかったばかりの新しい遺跡ではあるが、出現するモンスターのレベルは非常に高く、現段階では熟練の冒険者以外は侵入を許されていない。春人とアメリアはそんな遺跡の6階層まで既に向かっていた。

 熟練の冒険者ですら命を落とす危険のある遺跡。アメリアはともかく、新人の春人が侵入を許可されている時点で彼の能力の高さは疑いようがない。

 

「でも今後、オルランド遺跡のさらに奥に行く場合は、私でも危険になるかもしれない。そんな時にびっくりするくらいの掘り出し物だったわ」

「人を物みたいに言うのはやめてくれよ」

 

 アメリアの冗談と言える言葉に、春人は笑った。自分と同じ歳の少女。金髪のショートカットに端整な顔立ちをしている彼女と何気ない会話を楽しんでいる。こんなこと、日本では考えられないことだった。

 

常に日陰者で高校に通っており、時にはいじめの対象にすらされていた現実。それが、一流の冒険者であるアメリアと話せているのだ。人生というものはなにが起きるかわからない……春人はそんな考えを持っていた。

 

「アメリアは10歳から冒険者になったんだろ? なんでそんな歳から」

「私、両親を盗賊に殺されたからさ。冒険者やるしかなかったのよ、身寄りがないから」

 

 思ったよりもシリアスな理由に、彼も言葉を詰まらせた。

 

「バーモンドさんの所でしばらく下宿させてもらってたから、今の春人と似てるかも」

「なるほど、バーモンドさん経由で冒険者になったのか」

「うん、そういうこと。もう7年も経つのよね……私はまだ17歳だけど、多分遺跡を攻略した数は誰にも負けないんじゃないかな」

 

 アメリアは両手の指ではとても数えられない程の遺跡数を大雑把に数えて見せた。春人にも分かるように大げさにしているのだろう。

 

「去年の今頃にはギルド長から冒険名誉勲章を授与されたわ。非常に大きな功績を残した人への勲章だけど」

 

 冒険名誉勲章……この勲章を授与された者は、現役の冒険者ではアメリアのみとなっている。この事実だけで彼女を名実共に最強の冒険者と呼ぶ者も多い。オルランド遺跡を発見したのも彼女なのである。

 

「でもさ、結構心配なんだけど」

「なにが?」

「あなたの存在よ。今は最強の冒険者とかって言われてるけど、春人に抜かれて行くかもしれない。うかうかしてられないわ、あなたをパートナーに選んだのはそういう側面が大きいわね」

 

 自らの近くに置いておくことで、常に実力差を把握しておく。彼女はそう付け加えた。勝気な側面もあることを知った春人は少し笑ってしまった。

 

 

「なに笑ってるのよ? あなたの才能には感服するけど、そう簡単に私に追いつけるなんて思わないでよね」

「わかってるよ、この前の亡霊剣士やバジリスクを倒した動きを見たときに、アメリアの強さを再確認させられた」

 

 春人はその時の情景を思い浮かべていた。場所はオルランド遺跡6階層、その場所はレベル40以上のモンスターも普通に発生する危険地帯であった。

 

冒険初日に春人がなんとか倒した亡霊剣士も出現している。彼女はその程度のモンスターであれば危なげなく倒せる実力を秘めていたのだ。春人もこの3週間の間に急速な成長、いや戦闘馴れをしており、亡霊剣士であればたやすく仕留められるようにはなっていた。

 

「まったく、春人はまだ冒険者になって1か月経ってないでしょ? それで亡霊剣士を簡単に倒せるようになるなんて……信じられないことよ」

 

 アメリアは春人の賞賛の言葉に対して、特に喜んではいなかった。7年間の経験値から換算すれば、容易いのは当然という見解なのだろう。

 

「まあいいわ。それより、今日もオルランド遺跡に行く?」

 

 アメリアはそこで話を打ち切った。最近はオルランド遺跡攻略が、二人の日課になっていたのだ。

 

「そうだね、そうしようか」

 

 春人もそう言って彼女の意見に賛同した。バーモンドの酒場「海鳴り」での仕事は最近はしていない。

バーモンドとしても冒険者になった彼に頼むことも少なくなってきており、代わりにいくらかの宿泊費を取ることに変更したのだ。オルランド遺跡を攻略している彼にもいくらか金銭に余裕が出てきたためだ。そして二人は本日もオルランド遺跡へと向かう。

 

 

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「ただの丘だと思ってたのに、まさか地下に迷宮が広がってるなんてね」

 

 アーカーシャの郊外のテロス丘陵、その一区画にオルランド遺跡の入り口はそびえ立っていた。といっても2年前に発見されるまでは素通りされていたので、ただの地面に階段が見つかっている状態だ。見た目には迷宮になっているとは信じられない。

 

「この周辺地域も、今は立入制限されてるんだな」

「うん、遺跡が見つかってからは外にもレベル30程度のモンスターが出るときあるからね」

 

 オルランド遺跡が発見されてから、モンスターの徘徊が入り口周辺にも及ぶようになった。これは魔法の作用による一種のトラップのようなものだ。その為、テロス丘陵の一区画は現在、熟練冒険者以外の侵入を禁止している。

 

「英雄の遺した遺跡か……」

「フィアゼスの遺跡、これもその1つね」

 

 英雄フィアゼス……この大地の全てを手に入れたとされる人物。1000年前の偉人であり、文献によれば、フィアゼスは手に入れた宝を宝物殿に格納したとされている。そして、強力なモンスターにそれらを守らせた。

それが、1000年の時を経て次々と遺跡という形で発見されているのだ。フィアゼスの遺した宝物殿、それが各地で発見されている遺跡の正体でもあった。

 

「フィアゼスはこの大地の全てを支配下に置いたとされているけど、拠点はアーカーシャ周辺、つまりはバンデール地方とされているわ。だから、アーカーシャという街が作られ、トレジャーハントの稼業が活発になった」

「遺跡の多くがバンデール地方から出現するのもそういうわけか」

「そういうこと」

 

 春人とアメリアは話しをしながら、オルランド遺跡へと脚を踏み入れた。目指すは6層になる。

 

「1000年前の全てを手に入れた英雄か、そんな人物は実在したのかな?」

「さあ? あくまで文献の中の話だし。ただ、北に位置するアルトクリファ神聖国はフィアゼスを神として信奉している。フィアゼスの配下、若しくは遺志を継ぐ者が建国した国家と言われているわ」

 

 春人はアメリアの話を聞きながら、この世界に関する知識を知る為に、耳を過敏に傾けていた。まだここに来て1か月の春人には知らないことが多すぎた為だ。

 

 

「まあ、それが色々と不味いことになってるみたいだけど」

「まずいこと?」

 

 少し込み入った話になってきたが、春人としては興味が湧いてきた。先の話が気になり彼女に急かすように問いかけた。しかし、アメリアは話をそこで中断させた。春人も彼女が中断させた理由は瞬時に理解した。二人の会話に水を差すように客人のお持て成しがあったのだ。

 

「来たわね」

「ああ、みたいだね」

 

 前方にモンスターの気配を感じた二人はそれぞれ戦闘態勢へと入った。春人は鉄の剣、アメリアは魔導士が持つ杖を手にしている。白いシンプルな形だ。

 

「ゴブリン達ね。レベルは15ってところかしら? まあ余裕だと思うけど、気を抜かないようにね」

「わかってるよ、正直、まだまだ余裕出せる精神なんて持ってない」

 

 鉄の剣を持った春人は、前方から現れたゴブリンに視線を向けた。自分よりもやや小柄な体格をした獣人が同じく剣と盾を持っている。その数は10体が確認された。

 

「じゃあ、行くぞ!」

 

 春人はそのまま走り出し、10体のゴブリンの中心を抉り取るように剣を振りぬく。振りぬいた鉄の剣は3体のゴブリンの胴体を切り裂きあの世へと連れて行った。他のゴブリンは春人に警戒するが、すぐに態勢を立て直して春人に向けて剣を突き出した。

 

「残念、春人にそんな攻撃は効かないわ」

 

 ゴブリンの攻撃は確かに春人に命中していたが、彼は痛がる様子も見せずに即座に反撃を開始した。2撃目でさらに2体のゴブリンを葬った。

 

「あれが春人の実力。魔法は現段階では使えないようだけど、それを補って余りあるほどの身体能力の高さ。単純に剣を振り回すだけで、防御の高さと相まって誰も進撃を止められない重戦車みたいになる。あれで剣技とか覚えたらどうなるのかしらね」

 

 

 春人の無双状態を遠目から観察しながら、アメリアは満足そうに語っていた。そんな状況でも戦闘は続けられていくが、アメリアは加勢する様子は見せない。二人で協力しなければならない敵など未だに現れていないからだ。

 

 気付いた時には、残ったゴブリンは1体。完全に戦意を喪失しており、持っていた武器を捨ててアメリアの方向に猛ダッシュを開始した。

 

「ちょっと、仕留めそこなってるじゃない」

「ごめん、アメリア。任せる」

 

 アメリアは軽く溜息をつくと、手に持つホワイトスタッフを掲げる。その瞬間、生み出された業火はゴブリンを瞬時に飲みこみ、絶命の悲鳴を上げさせる間も無く黒焦げにした。

 

「う、臭い……ゴブリンって変な臭いするし」

「自分でやっておいて何言ってるんだ。ところでありがとう。さすが大魔導士さま」

「それ、ちゃんと褒めてる?」

「もちろん」

 

 二人はモンスターが全員死んだことを確認してから、軽く言葉を交わしハイタッチで締めくくった。二人が倒したモンスターはそれからすぐに液体状に溶けて行き、いくつかの結晶が残った。

 

「結晶石……これがお金に換えられるわけか」

「色々なエネルギーの原石に使えるからね。強いモンスター程、残す結晶体も高価だわ。勲章代わりに持つ人もいるくらいだし」

「モンスターの身体が消えて無くなるのも変な気分だ」

 

 生き物が死んだ場合は年月をかけて骨になっていく。一種の常識ではあるが、春人はここへ来て、何体ものモンスターがその場で溶けていく光景を目の当たりにしている。

 

「魔法生命体だから……だっけ」

「うん。モンスターは基本的には魔法の能力で作り出されたの。そこから繁殖して独自の生態系などは築いている場合もあるけど、基本は変わらない。そこが通常の動物とは違うところね、死ねば骨が残らずその場で消え去るのよ」

 

 以前にも聞かされた言葉ではあるが、春人は改めて感心させられた。こんなモンスターを生み出す能力や技術に。

 

「凄い能力だね……生き物を創造するなんて」

「ま、そうよね。遺跡のモンスター達はフィアゼスが遺した物だろうけど、モンスターを作り出す技術自体はさらに以前からあったみたいだし。それこそ何千年も前からね」

 

 はるか太古から現代まで語り継がれる技術の歴史。アメリアは倒したゴブリンの結晶体を拾いながら、ある種の尊敬の念を込めてそれらを眺めていた。春人からすれば、まだ驚きの方が勝っているといった表情だ。

 

「モンスターは迷惑極まりないけど、私達冒険者の食い扶ちになっているのは間違いないわ。そう考えると不思議な感じよね」

「素直には喜べないけど、モンスターが完全にいなくなっても困るってことかな」

「生活の面で困ることは増えるわね。それもすぐにわかると思うわ、それじゃ行きましょう、パートナーさん」

 

 アメリアの言葉に春人も頷く。そして、二人はオルランド遺跡の6階層を目指して奥へと消えて行った。

 



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3話 冒険者ギルド

 

「さてと、今日も大量収穫だったわね」

「7階層の階段も見つかったし、よかったな」

 

 時刻は夕刻過ぎを迎えていた。オルランド遺跡の探索を本日も終えた二人は袋にギッシリと詰まった結晶石を手にアーカーシャの街を大手を振って歩く。袋に詰まった結晶石は傍から見るだけでも現金の塊くらいの価値があるものだ。

 

 無防備に持ち歩いていれば、ならず者に狙われてもおかしくはない。特にアーカーシャの街の治安は悪いことで有名だからだ。だが、そんなことを考える者は誰一人としていない。なにせその袋を持ち歩いているのは、現在最も有名な冒険者と言える者達だからだ。

 

「さ~て、いくらくらいになるのかしらねっ」

「アメリア……もうちょっと清楚にしてたらいいのに」

 

 アメリアの勝気で明るい性格は時に守銭奴のように狡猾な笑みを作っていた。春人は苦笑いをしつつそれを見送る。二人が向かっている場所は、アーカーシャの冒険者組合「ギルド」と呼ばれる所である。

 

 冒険者に遺跡の探索や住民の護衛などの仕事を斡旋する場所である。他の街にあるギルドとは違い、大半が遺跡に関係する仕事ではあるが。冒険者のレベルに応じて、行ける遺跡も厳しく管理されている。

また、遺跡で発見した宝や結晶石の換金、鑑定などもギルドが行っているのだ。まさに冒険者の仕事を全体的にサポートする役割を担っていると言える。

 

 アーカーシャの街は中央に位置する巨大な時計塔を中心に街並みが整えられている。冒険者ギルドの場所もそんな時計塔のすぐ傍に位置していた。

 

 ギルドは石造りの堅牢な建物で、中へ入ると幾つかのソファーが並んでいる。受付には役人と思われる人々が、それぞれ冒険者の対応をしているようだ。

 

「ホテルのロビーと市役所が合体した所って感じかな」

「ん? なんか言った?」

「いや、なにも」

 

 春人は日本の家屋で近い物を適当に考えていた。デザインこそ中世ヨーロッパを思わせる雰囲気ではあるが、その堅牢さは現代の日本の家屋と比較してもなんら変わらない印象を受ける。魔法の技術が進んでいるこの世界は、単純な文明の造りとは比較できない何かが多分にある。

 

「やっほー、ローラ。今日も結晶石の鑑定おねが~い」

「あら、アメリアこんにちは。今日も随分と大量ね」

「ま~ね」

 

 ギルドの受付の女性の一人にアメリアは声をかける。この三週間の間、この光景は春人も何度か見てきた。アメリアが鑑定などを依頼する相手は決まってローラと呼ばれた女性である。

 

 二人は旧知の間柄であり、ローラはアメリアの4歳年上の為、姉妹のような印象を春人は感じていた。実際、アメリアとしてもそういった頼りがいをローラに感じているのだろう。

 

「高宮くんも大変ね。アメリアについて行くのは大変でしょ?」

「まあちょっと大変な時も……慣れて行きます」

 

 ローラは受付嬢の立場を厳守しているのか、春人のことを苗字で呼ぶ。高宮 春人という聞き慣れないイントネーションの名前を聞いた時はかなり驚いていたが、現在では慣れてきたようだ。

 

「全く勝手なこと言うんじゃないわよ。春人は私のパートナーとしてふさわしい働きをすればいいの」

「わかってるっての」

「まあ、アメリアはこう言ってるけど、自分の背中を預けられる子が見つかって喜んでるから。仲良くしてあげてね」

 

 言葉のひとつを取ってもアメリアへの心配の念が伝わってくる。春人にもそれが感じられた。アメリアも若干口を尖らせてはいるが、図星なのかローラには頭が上がらないようだ。

 

 

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「今回の結晶石は……合計で25000ゴールドね」

 

 ゴールドと呼ばれる単位が、この世界での通貨の単位となっている。春人としては元の世界ではゲームなどでよく耳にする通貨ではあったのですぐに受け入れることができた。日本で言うところの1万円や5千円、千円札に該当するであろう金貨や銀貨で手渡しをされる。

 

「25000って言ったら……どんなくらいだっけ?」

「25000ゴールドって言えばそうね……3人家族で1か月以上は過ごせる額じゃない?」

「3人家族で1か月以上か……なるほど」

 

 オルランド遺跡の6層までの1往復で25000ゴールドを稼ぎ出した。往復に費やした時間は8時間程度だ。1日に稼いだ額としては大きいのかもしれないが、命の危険を考えると果たしてどうだろうか。6階層ではレベル44のバジリスクとの戦闘もあったのだから。

 

「ま、今回は不作だったかしらね。新しい宝の発見がなかったのが痛いわね」

「俺としては驚きだけどね……前が32000ゴールドで……俺がこんな稼げていることが信じられない」

 

 まだ高校生だったこともあり、働いたことがない春人だったが、普通の社会人であったとしても、1日の稼ぎとしては多すぎるくらいだ。1日で1か月分の給料を稼いでしまっている計算になる。

 

「前回も32000ゴールドを稼いでいたわね。十分な額だけれど、あなた達だからそれも可能なのよ? 普通の冒険者はオルランド遺跡になんて入れないわ。通常は5000ゴールドも稼げれば十分なんだから」

 

 冒険者という職業は全ての人間が食べれるというわけではない。一攫千金という意味合いでは夢のある職種ではあるが、どうしても貧富の差というものは発生している。最高峰の冒険者である二人で30000ゴールドといった印象なのだ。

 

 通常の数倍の稼ぎだが、彼らは常にこのくらいの額を稼げる実力を有してはいる。本気を出せば2倍以上は稼げるだろうと目されている。

 

「でも、健康体であれば一度は冒険者をしてもいいと思うわ。それだけ鍛えられるし、経験にもなるしね」

 

 

 アメリアの体験を思い出したのか、物思いにふけているようだった。そんな彼女をローラも静かに見送る。10歳の少女が冒険者の世界に参入したことで、現在のアメリアがあるのだ。ローラも以前から彼女のことは知っている為、過去の苦労なども承知していた。

 

「ところで、そろそろパーティの名称を考えてくれない? あなた達ほどの有名な冒険者で、名前を付けてないのは非常に困るのよ」

「え~? パーティ名とかどうでもいいと思うけど……う~ん、じゃあ「ソード&メイジ」で」

「うわ……安直……」

 

 アメリアの安直なネーミングに思わず頭を抱える春人。それぞれの武器をそのままパーティ名にしただけだ。アメリアはそんな春人に不機嫌な視線を送っている。

 

「ソード&メイジね……うん、悪くないわ」

「え……?」

 

 予想外のローラの反応に思わず彼女を凝視する春人。

 

「さっすが私の親友! よくわかってるわね!」

「他の冒険者が「イリュージョニスト」とか「ネオエクスデス」といった名前だから。シンプルな方が返って目立つと思うわ」

 

 無駄に凝った名称……春人の世界で言えば中二的な名前に該当する。ソード&メイジというシンプルな名称は逆に最強の冒険者パーティとして目立つという考えだ。

 

「じゃあ、ソード&メイジで決まりね」

「ええ、これで紹介もしやすくなると思うわ」

「紹介ですか?」

「あなた達のことを教えてほしいっていう人も増えて来ているわ。単純なファンから依頼を考えている人まで幅広くね。パーティの名称があれば、そういうのを処理しやすくなるの」

 

 ローラは春人に笑顔を向ける。本日を持って正式に「ソード&メイジ」というパーティでの活動が決まった。まだまだ冒険者として心構えが成熟していない春人にとって、パーティ名が決まったというだけでも重荷にならないか……一抹の不安が拭えないでいた。

 

 彼はまだまだ現在の自分の実力と、過去の苛められていた自分とを別々に考えられる状態にはなっていなかった。

 



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4話 少女の依頼 その1

 パーティ名が決定し、結晶石をゴールドに換金してから、二人はギルドを後にした。空は星が徐々に見えるほど暗くなっている。

 

「アメリア、今日は早めに解散するか?」

「そうね……あ、春人、教会寄って行かない?」

 

 ギルドから時計塔を挟んで向かい側、そこにはステンドグラスが綺麗な教会の建物がそびえ立っていた。定期的に清掃がされているのか、白色の建物はその色を見事に保っている。

 

「今朝も話したけど、アルトクリファ神聖国の建物よ」

「アーカーシャは中立の街じゃなかったっけ?」

「うん、そうだけど。実際は複数の国家の分割統治にされているわけ」

 

 遺跡が集中しているバンデール地方は、エネルギーの源である結晶石の宝庫になっている。なにせ出現するモンスターから無限に採取できるのだ。だからこそ、この地方が一つの国家の権力下におかれることは避けなければならなかった。また、英雄の遺した様々な宝も独占されることを周囲の国家も警戒していた。

 

 そこで、レジール王国、アルトクリファ神聖国、トネ共和国の周辺3国は分割統治ということで、バンデール地方をそれぞれ平等に統治するということで意見を一致させた。その為に、それぞれの権力を維持するための建物がいくつかアーカーシャにも存在している。

 

 実際の管理は中立機関であるギルドが担い、宝などは冒険者に還元されるシステムを採用した。そうなれば有事の際に、強力な冒険者を加担させやすくなるという考えもあった為だ。

 

「でもね、アルトクリファ神聖国はフィアゼスを信奉している国家。フィアゼスの遺した遺跡群は自分たちが統治することが自然だという意見が多いみたい」

「なるほど、まあ意見としては間違ってないと思うな」

「でも、この地方は何百年もの間、国家による干渉を防いでいた地域。ギルドによる遺跡の発掘がされ始めたのが、ほんの50年前よ。その歴史を無視して、干渉していい地域ではないの、いくら神聖国でも」

 

 自らも育った地域であるバンデール地方。アメリアはそんな場所を他国により占拠などされたくはないのだろう。春人も日本がもし、他国に侵略された時のことを考えると、アメリアのような気持ちになるだろうと理解した。

 

「しかし、50年前からようやく英雄の遺跡がわかったのか。随分と最近だな」

「この地域は長らく開拓が届いていなかったところだしね。文献でフィアゼスが拠点としていた場所と認知されたのが50年くらい前らしいわ。各国の分割統治もその頃から始まったわけ。もちろんアーカーシャの街も、その時に作られた」

 

 そして50年が経過した現代では、3国の利益の中心を担う地域へと変貌を遂げていた。春人とアメリアは教会の扉を開けて、中へと入って行く。中には数人の一般人とシスターと思しき人物の姿もあった。

 

 建物自体はギルドに比べると小さいが、内部の造りは決して負けていない。統治をする上で権力を見せつけるという意図が垣間見える建物ということだろう。アメリアは入り口から少し離れたところにある長椅子に腰をかけた。そして、シスターの背後に立つ石像に目を向ける。

 

「あれが、フィアゼスの像ね。相当お金かかってそう」

 

 春人も眺めるその像は通常、想像する石造りではなかった。銀色に輝く像がそこにあったのだ。素材はわからないが、銀で作られている可能性もあった。1000年も前の人物を正確に形作っているとは考えにくいが、春人の驚きはもう一つあった。

 

「あの像……」

「どうかした、春人?」

 

 アメリアは怪訝な様子を春人に見せた。像を見て不思議な表情をしている春人に疑問を持ったのだろう。その像は、華奢な体格をしており、おまけに胸が出ていたのだ。

 

「もしかしてフィアゼスって……女?」

「ああ、そういうこと。そうよ、フィアゼスって言われることが多いから、勘違いするよね。確かフルネームは……ジェシカ・フィアゼスだったかな」

 

 

 ジェシカ・フィアゼス……春人は改めて驚いた。実際問題として、1000年前の人間が男か女かなど大した違いはないのだが、今まで感じていたイメージが覆されたからだ。

 

「まあ、そういうことよ。そのジェシカ・フィアゼスの宝を管理するのは自分たち……神聖国の意見は好きじゃないわ。あんな像まで作って信奉して、住んでいる人間を傷つけようとしているのよ」

 

 アメリアの言葉は前に立っているシスターには聞こえないように小声だ。春人はジェシカ・フィアゼスの像を見上げた。彼女自身は崇められることを許容しているのだろうか、また遺言でも残しているのか。

 

 遺跡の管理をし、彼女の手に入れた宝も自分たちが管理する。神聖国の主張が果たして正しいものなのか……アメリアの感情と比較すると、とても答えは出せなかった。

 

「あ、あの……!」

 

と、そんな時だった。一人の女性が、春人とアメリアの前に現れ声をかけてきたのだ。頭にスカーフを巻き、青い長髪をなびかせた少女であった。膝が見えるくらいの丈のスカートを穿いている。冒険者という風貌ではなかった。

 

「え、あ、あの……俺?」

「なにか用?」

 

 いきなり知らない女性に話しかけられた春人は緊張していたが、アメリアは平然とした様子で、その少女に言葉を返した。

 

 

 

「申し訳ありません。私はエミル・クレンと申します。アーカーシャの街で暮らしている者です」

 

 少女は深々と頭を下げて二人に挨拶をした。そのしぐさだけで、彼女が礼儀正しい人となりをしていることが伺い知れた。春人としても緊張が少し和らぐ。

 

「もしも間違っていたらすみません。アメリアさんと春人さん……ですか?」

 

 少し自信なさ気な質問をエミルは投げかける。そんな彼女にアメリアは優しく笑いかけた。

 

「正解よ。その感じからすると、依頼関係かしら?」

「あ、はい! こんな場所での依頼はお受けしていませんでしょうか?」

 

 アメリアの予想は見事的中したのか、エミルの表情が一気に明るくなった。アメリアは首を横に振ってエミルを安心させる。

 

「まあ、教会の中での依頼っていうのも神聖でいいかもね。話だけでも聞かせて」

「はい、ありがとうございます!」

 

 春人を半ば置き去りにしたように進められたが、彼は特に不満はなかった。冒険者には直接の依頼が来るということも聞かされていたからだ。よくわかっていない自分が割り込むことは最小限にした方がいいと春人は考えた。

 そして、エミルは長椅子に腰かけ、アメリアと春人に依頼内容を話し始めた。

 



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5話 少女の依頼 その2

「ええっと、私の父は鉱山で発掘の作業員として働いていたんですが……その、大けがをしてしまって……」

「それは大変ね」

「怪我の度合いもひどく、このままだともう作業員として戻ることができないんです。賢者の森の特効薬を使えば完治させることができるんですが」

 

 アメリアも春人もエミルの依頼内容を真剣に聞いていた。春人でも簡単に理解できる内容であったのはラッキーと言えるのかもしれない。つまり、特効薬を取ってくればいいわけだ。

 

「あそこにはシュレン遺跡があるからね。既に最深部までの地図も作成されたけど、出てくるモンスターのレベルは最大で30代……まあ、一般人が行っても100%死ぬでしょうね」

 

 アメリアの言葉にエミルは委縮する。自らの力では絶対に手に入らない薬ということを改めて実感したのだろう。

 

「アメリア、その特効薬があれば、彼女のお父さんの傷は治るのか?」

「特効薬「信義の花」は自己の生命力を向上させる能力があるわ。大けがや病気などにも効果的な特効薬として非常に価値ある物よ。まあ、普通なら後遺症が残る怪我も治る可能性は高いわね」

「なら、話が早いな。明日にでも取りに行けば……」

 

 春人の言葉を遮るように、アメリアは自らの言葉を続けた。

 

「私達を雇う場合、お金もそれなりにかかるわよ? 払えるのかしら?」

 

 アメリアの言葉にエミルの表情は暗くなった。春人も思わず言葉を失う。

 

「おいくらになるんでしょうか……?」

「信義の花は希少な薬草になるから、10万ゴールドはするわね。それから私たちの手間賃も足して、ざっと15万くらいね」

 

 アメリアの提示した金額にエミルは青ざめていた。それは提示された金額を出すことができないということを物語っている。

 

通常、依頼される場合は手に入れる物の換金時の価格に+して冒険者ごとのランクにより、手間賃が発生する。入手する物の金額の1.5倍の依頼料は妥当なところであり、アメリアクラスの冒険者であれば2倍が妥当なところである。それを考えれば、彼女の提示した金額は相当良心的と言えるだろう。

 

 春人はアメリアの提示した金額が大きいかどうかの判断はできないでいたが、彼女を信じなにも語ることはなかった。命がけの仕事だからこそ、それなりの対価を貰うことは当然なのだろう。春人にもそれは理解できていた。

 

 

「ま、無理よね。お父さんが大けがで働けない現状だと特に」

「も、申し訳ありません……! 今すぐは難しいですが……必ずお金は用意しますから……!」

「……」

 

 エミルの言葉にアメリアは返事をしなかった。春人も含めてしばらくの間、沈黙が流れる。

 

「アメリア、なんとかならないのか?」

「じゃあ、こうしましょう。あなたは店で働いてもらうわ。そこで身体で返してもらう。私と春人は特効薬を取ってくる。それでいいでしょ?」

「お、おい……アメリア、店って……何やらせるつもりだよ?」

 

 春人はアメリアが意外にも裏の稼業に精通しているのではないかという疑念から、驚きを隠せないでいた。つまりエミルを売り飛ばそうということだ。

 

「は、はい、わかりました! それで特効薬を取って来ていただけるのでしたら……」

 

 エミルの覚悟を決めた表情と言葉。春人は一瞬言葉が出なかった。

 

「じゃあ、決まりね。早速行きましょう」

 

 そして、アメリアはエミルをいかがわしいお店に連れて行った……。

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

「あの……変じゃないでしょうか?」

「うんうん、すっごい可愛いじゃない。これなら看板娘にもなれるし絶対」

 

 アメリアがエミルを連れて行った先……それは「海鳴り」の酒場だった。バーモンドに簡単に事情を話して従業員として働くことを承諾してもらったのだ。少し考えればわかることだったが、勘違いをしてしまった春人はしばらく言葉を出せないでいた。

 

 エミルは全体的に黒い衣装を着ており、スカートの長さは膝くらいとなっている。白いソックスとの対比が美しく、頭のスカーフもチャームポイントになっていた。

 

 

 夜になったばかりの店内は盛況しており、見慣れない少女の姿に注目が集まっている。

 

「ほらほら、春人も可愛いと思うでしょ?」

「ま、まあ……そうだな。美人だと思う」

「いえ……そんな、私なんか……」

 

 春人の言葉に少し照れたように視線を逸らすエミル。清楚な印象を受ける彼女に思わず春人も視線を逸らしてしまった。

 

「エミルって何歳なの?」

「16歳です」

「あ、じゃあ1つ下か」

 

 アメリアはまじまじと彼女を見つめながら、制服に乱れがないかをチェックしていた。バーモンドもその場に現れる。

 

「ほう、なかなか似合うじゃねぇか。ただし、ビシバシ鍛えるからな。覚悟しとけよ」

「は、はい。よろしくお願いします」

「まあ、ここの店主、顔は怖いけど人はいいから心配しないで」

「アメリア、てめぇ変なこと吹き込んでんじゃねぇぞ!」

 

 バーモンドに対してこのような態度が許されるのはアメリアのみだ。バーモンドとしてもとりあえず彼女に鉄拳制裁を加えるが、もちろん簡単にいなされてしまうというなんともシュールな構図が出来上がっていた。

 

「いててて、化物女め……ところで春人、お前も森へ行くのか?」

「はい、そのつもりですが」

「そうか、まあ気を付けてな。エミルのことは任せろや。セクハラの被害は起きないようにしてやる」

 

 春人は思わず苦笑してしまった。バーモンドは40歳を超える年齢か、はたまた結婚を経験しているからか、十分に伝わる面倒見の良さを持っていた。

決してストレートには言わないが優しさも持ち合わせており、正体不明の自分を助けてくれたことに対しては感謝してもしきれない。春人は改めて感じ取った。

 

 

 そして次の日、酒場がまだ開店していない早朝に春人とアメリアは賢者の森へと出発した。アーカーシャの街から東へ10キロ地点、そこが目的地となっている。

 

「昨日のアメリアには少し驚いたよ。依頼ってあんなに高額なのか」

「私が一人の時は、色々と嫌な目に遭ってるからね。あからさまに値切ってきたりとか。まあ、依頼自体は相手を見極める必要もあるのよ」

 

 エミルには従業員として仕事を紹介し、支払いも後払いでOKということになったが、それもエミルの人柄を見抜いたからだろう。実際の15万の支払いを免除したわけではない。エミルの家族に負債が入ってしまったことは紛れもない事実なのだから。

 

「それより、確実に信義の花を見つけないと。これで見つかりませんでしただったら、ソード&メイジの名に傷がつくわ。気合入れて行くわよ、春人」

「ああ、わかってる」

 

 目指すは賢者の森。春人にとっては初めての地となるその場所へ、二人は気を取り直して力強く歩き出した。

 



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6話 賢者の森にて その1

 

 賢者の森……その場所はシュレン遺跡と呼ばれる遺跡があることでも有名な森林地帯となっている。それほど広大な森というわけではないが、数年前に「ガーディアン」と呼ばれる冒険者パーティに遺跡が発見されてからは、モンスターの徘徊する危険地帯と化した。しかし信義の花と呼ばれる希少な花が咲くことでも知られ、シュレン遺跡とは別に探索をされることも珍しくない。

 

「森自体はそれほど広大でもないし、迷うこともないと思うけどね」

「シュレン遺跡も探索は完了してるんだろ?」

「オルランド遺跡に比べたら大した遺跡ではなかったわ。そっちはいいんだけど、花の探索は面倒かも」

 

 春人は頭に疑問符が浮かんだ。それほど広くない森であれば、しらみつぶしに探索をすれば、いずれは見つかるはず。

 

 

「花は2週間周期で咲くのよ。咲いた後は、すぐに摘まないと消えてしまうから……最悪は2週間、この森に滞在しないといけなくなる」

 

 春人はアメリアの言葉に納得した。2週間もの間森に入っている必要がある場合、並みの者達では対応しきれなくなる。おまけにレベル30程度のモンスターまで出てくるのだ。

 

「とにかく中へ入ってどこかでキャンプをしましょう」

「そうだな」

 

 春人はアメリアの提案に頷き、見えてきた賢者の森に視線を向けた。深い森ではないと聞いていたが、それはアマゾンを思わせるように鬱蒼と生い茂っており、容易に人の感覚を狂わせることを想像させた。

 

 

「花自体の発見は簡単よ、強烈な光を放つし。適当な場所で野宿しながら様子を見れば、発見自体は容易なはず」

「問題はモンスターか」

 

 春人の心配にアメリアも頷いた。

 

「まあね。30程度のモンスターが来るくらいなら余裕だけど」

「ん? 最高でそのくらいなんだろ?」

 

 賢者の森に入ってしばらく歩いた所に、火を起こした後を見つけた二人はそこでキャンプをすることにした。話しをしながらキャンプの用意を開始している。

 

「噂ではさらに上のレベルのモンスターも出てきたとか聞いたからね。ほら、春人がいきなり亡霊剣士に遭遇したみたいに、偶にレベルが違うモンスターも出現するようになってるのかもしれないわ」

「ああいうイレギュラーはごめんだな。じゃあ、いつも以上に警戒していた方がいいか」

「そうね、念の為、全力でいつでも戦えるようにしておいた方がいいかも」

 

 春人とアメリアはお互いに顔を見合わせ頷いた。お互いが背中を任せるに値する実力者とわかっているからこその信頼がそこには現れていた。

 

 

---------------------------------------

 

 

 そして、1日目は何事もなく夜を迎えることになってしまった。実際は2回ほどモンスターに襲われていたが、二人からすれば何事もなかったのと同義だ。

 真ん中に火を灯し、お互いに火を挟んで眠っていた。といっても春人は目を覚ましている状態だったが。

 

「ホント、変な感じだな。森で野宿してるとか。しかもそれを苦に感じないとか……」

 

 こういった一人の時は、まだ日本に居たころを思い出す時が多かった。日陰者の高校生が全くの異世界に転生されてきた……そこまでは理解できるとしても、最初こそ慣れない仕事にバーモンドに怒られはしたが、驚くほどの早さで慣れて行った。

 

「一番怖いのが……亡霊剣士倒したことか」

 

 冒険者になった初日に亡霊剣士と死闘を繰り広げた。死を覚悟していたが、驚くことに相手の動きは目で捉えることができ、こちらの攻撃も確実に通っていた。

 

さらに、臨戦態勢時の春人は亡霊剣士の攻撃を弾くほどの防御力を誇っていたのだ。自分の信じられない動きに感動する間も無く、駆け寄ってきたのはアメリアだ。非常に驚いた表情で、疲れ果てていた春人を遺跡の外まで運んだのだ。

 

 自分の身体はどうなってしまったのか……それからしばらくの間、春人は悪夢のように自問自答していた。だが、答えは当然出ることはなく、才能が開花したということで理解することになってしまった。おそらくそれ以外は何もない単純な答えだったのだろう。

 

「……それで、アメリアと組んで冒険者をすることになったか」

 

 年頃の少年でもある春人。隣で眠るアメリアに視線を向けた。彼女と遺跡を巡ることになったのは、驚きもあり嬉しくもあることなのだ。

 

「美人だよな……スタイルもいいし」

「ありがと」

 

 突然目を開けてこちらに視線を合わせてきたアメリア。春人は言葉にならずにその場から飛び起きた。

 

 

「あ、アメリア……! 起きてたのか!?」

「あはははははっ、春人驚き過ぎだって」

 

 飛び起きた春人に対して、アメリアは大笑いをしていた。自分の独り言を聞かれていた春人からすれば、とてつもなく恥ずかしい状態だ。

 

「そ~う? 私って美人?」

「く……ま、まあ……可愛いと思う」

「面と向かって言われると照れるわね」

 

 春人は顔を真っ赤にしていたが、言われたアメリアも顔を紅潮させていた。金髪の髪を弄りながら少し顔を逸らしている。

 

「全部聞いてたのか? あんまりいい趣味じゃないぞ」

「元々、春人が勝手に話してたんでしょ。この距離で聞くなって方が無理ね」

 

 まさに正論。春人はそれ以上言い返せなくなった。

 

「でも、春人って色々悩んでるのね。前の世界では一般人だったんだ」

「日陰者でいじめられっ子だった」

「そこまで言わなくてもいい気がするけど……信じられないわね」

 

 この世界で才能が開花したからか、見た目の肉体も筋肉質になっている。今の春人からは、見た目だけでも日陰者という印象は少ない。顔は決して二枚目とは言えないが、余裕を感じさせる表情と強さが、それを補って余りあると言えるだろう。

 

「俺だって驚いてるさ。ほんの2か月前は学校に通ってたのに」

「原因は不明だけど、こっちに飛ばされてきて、元々秘めていた才能が開花した。まさにそんな所でしょうね」

 

 アメリアは平然と言ってのけた。彼女としても転生されてきた者など、前例を見たわけではなく、文献ですら見たことがない。状況を整理し、飲みこめる度量も彼女は持ち合わせていただけだ。それは冒険者として最強と呼ばれる所以の1つにすらなっているのかもしれない。

 

「なんだかアメリアと話してると、一人で悩んでるのがバカらしくなってくるよ」

「まあ、考えても仕方ないってことよ。それともなに? やっぱり元の世界には未練とかあるの? まあ、ご両親は健在なんだろうけど」

 

 春人は静かに首を振る。両親との関係も良好ではなかった彼にとって、再び会いたいという気持ちは生まれて来ない。

 

「別に両親に会いたいわけじゃない。まあ、それはいいとして、これは根拠のない実感だけど、もう俺は向こうの世界には戻れない。いや、死亡しているんじゃないかって思う」

「へえ、じゃあここは死後の世界ってこと?」

「いや、そういうことではなくて……」

 

 春人はそれ以上は彼女に言うことはなかったが、死後の世界というより、宇宙空間に無数に存在している世界のどこかに、死後に転生したのではと考えていた。地球でも死後の世界は死んでみないとわからないと言われており、存在がないとは言い切れていない。

 

 無数にある生命体の星のどこかに転生されても不思議ではない。過去に死んだ何十億という人々ももしかしたら様々な星に転生しているのかもしれない。しかし、この宇宙には兆という単位では到底収まらない程の星があるはず。宇宙自体がどこまで続いているのかわからないことも含めると、生命体の数はまさに無限に上る。

 

 お互いすれ違うことなど絶対にない。ただ、それだけのこと……輪廻転生は存在している。春人は驚くほど非科学的な考えを纏めていたが、意外にも的を射ている実感は持っていた。それは自分の身に起こっていることが何よりの証明となっているからだろう。

 

「空を見上げれば地球となんら変わらない……この世界も球体の星であることは間違いなさそうだ」

 

 春人は星空を見上げて言った。昼間に太陽が照らすことからも、地球に似た星であることは間違いないが、改めて再確認した形だ。

 例えばここがアンドロメダ銀河の中にある星だとしても、地球からは200万光年以上離れている。永久にこちらに干渉できない距離だろう。宇宙全体で人間レベルの生命体が存在する星は何億あるか分からない。そのうちの1つがこの世界だ。春人はそこで考えることをやめた。

 

「寝るか、明日も早いし」

「なんかスッキリしたの? まあいいけど、じゃあね」

 

 そして二人は、それぞれの寝床についた。春人はすぐに睡魔に襲われた。

 

 



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7話 賢者の森にて その2

 2日目、春人が目を覚ました時には既にアメリアは寝床も片づけて体操をしていた。柔らかくしなる筋肉が悠然と折れ曲がっていた。

 

「あ、春人。おはよう」

「ああ、おはよう」

 

 ヨガを思わせるほど折れ曲がった膝を見ながら、彼はアメリアに挨拶をする。冒険者としては基本的な装備をしているので、アメリアはそれほど露出は大きくないが、その上からでも良くわかる程に彼女のスタイルは目立っていた。春人も少し直視を避けた。

 

「あ~やっぱ朝は準備体操よね。一気に目が覚めるわ」

 

アメリアは近くに置いたホワイトスタッフを手に持ち、彼女の準備は完了したようだ。その間、春人も基本的な準備を整える。

 

「アメリア、1つ忘れていたことがある」

「うん、私も言いたかった」

「風呂をどうしようか……」

「最悪、2週間はかかるしね……」

 

 アメリアは冒険者とはいえ17歳の少女でもある。春人としても、彼女には綺麗に入ってもらえる風呂を用意したいところだろう。

 

「まあ、下着の替えはあるし、なんとかなるけどね」

「さすがに用意がいいな……俺は今後の課題にします。川とか探すか」

「確か、向こうの方に小さな池があったかな」

 

 キャンプをした場所はまた使用することを考え覚えておき、二人は池を探して歩き出した。遺跡が近いのか、その直後にはジャガーのような獣……フランケンドッグの群れが現れた。

 

「レベルってどのくらいかな」

「なんとなくわからない?」

「20……25くらい?」

「そんなところね、余裕でしょ」

 

 

 ゾンビの類と同じなのか、所々腐っており、悪臭も健在のモンスターだ。強力な牙で冒険者を何人も血祭りに上げることで有名であった。低ランクの冒険者では歯が立たないレベルだ。

 

「ガッ!?」

 

 しかし、春人相手となるとそうはいかない。勢いよく噛みついたフランケンドッグだが、噛みついた春人の腕に牙が刺さらないのだ。まさに春人の身体は鋼鉄を宿しているに等しかった。

 

「悪いけど死んでくれ、こっちもモンスターに情けをかける余裕はないからな」

 

 春人は鉄の剣を振りぬき、噛みついてきたフランケンドッグの首を斬り飛ばした。さらに、他の群れにも向かって行き、次々と切り裂いて行く。

 

「春人が終わらせてくれるから暇ね」

 

 あくびをしながら一方的な戦闘を眺めているアメリア。時折飛び出してくる数体の個体は自動追尾される火球によって焼き尽くされていた。アメリア自身は微動だにすらしていない。

 

「アメリアっ! 楽をし過ぎだ!」

「二人で戦うほどの敵じゃないでしょ? 春人は戦闘経験だと思いなさいって」

 

 まさに正論。格下の相手は主に春人の経験値を高める意味合いで、彼が全滅させている。話し合いで決まったわけでもないが、自然とそうなっているようだ。同時に彼女は春人の力も観察しているのだった。

 

「春人は接近戦でフル活躍できるわね。剣技を覚えたら凄いことになりそう」

 

 アメリアはライバルとして、今後背中を預けていくパートナーとして真剣な表情で春人を眺めていた。

 

「ご苦労様、春人がいると旅も探索も楽でいいわ」

 

 戦闘終了後、フランケンドッグが落とした結晶石を拾いながらアメリアは上機嫌で話した。

 

「まあ、これも俺の経験だと思えばいいかな。なんか良いように使われてるような」

「まあまあ、色々還元してあげるからさ」

「ところで、これは何かな? 色が違うものがあるけど」

 

 結晶石に混じって落ちていた鉱石のような物に春人は気づいた。相当な硬度を誇っているようだ。

 

「レアメタルね……結晶石以外に稀に落とす金属だけど……運がいいわ」

「なら高額な物か」

「売るなんて勿体ないわよ。これで新しい武器を加工すれば戦力UPになるわ。特に春人なんて、鉄の剣でしょ?」

 

 アメリアは春人の武器を見てありえないような表情をしていた。通常、賢者の森レベルの場所に訪れる段階でも、鉄の剣では弱すぎるのだ。オルランド遺跡の6階層まで行けているのは常軌を逸しているとさえ言われるだろう。

 

「ああ……つまり、この森に来る段階でももっと強い武器にしているのが普通なのか」

「そういうこと。そんな低レベルな剣で来れている段階で、自分がどれだけ強いかわかるでしょ」

 

 アメリアに軽く叱責され、彼の中での認識がまた少し変わった。だが、最強クラスの冒険者のアメリアにこれだけ言われていることがどういうことなのかまでは、考えが及んでいないところがある。まだ、彼の中の評価と実際の強さには隔たりがある。

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

「あ、見えてきたわね」

 

 それから少し時間が経過し、二人の前に中程度の大きさの池が姿を現した。それなりの深さがありそうなもので、アメリアの表現からは離れて大きな池だった。近くには小屋があった。

 

 

 

 

「あれ? あんな小屋あったかしら……誰か居るの?」

 

 アメリアは怪訝な表情をしながら、扉の前に立つとノックをした。しかし、気配は感じない。

 

「留守なんじゃないか?」

「賢者の森に住むなんて相当な命知らずよ、なに考えてんのかしら」

 

 アメリアはそう言いながら、なんとなく扉を引いてみた。鍵はかかっていないのか開いた。

 

「誰か居る?」

 

 扉を開けた彼女はそのまま中へと入り……彼女を出迎えたのは、ボウガンの矢だ。

 

「アメリア!」

 

 前方から気配を感じない何者かの攻撃。無防備な彼女に向かって高速の矢が目の前まで迫って来たのだ。春人がその動きを先に感知したのは偶然だった。

 誰もが彼女に命中したと思ったことだろうが、そうはならなかった。アメリアは手に持った刃でボウガンを切り裂いたからだ。まさに超高速の一撃だった。

 

「仕込み杖……?」

「正解、ホワイトスタッフは仕込み杖にもなってるのよ。中は剣ってことね」

「ば、バカな……今の一撃を捌くなんて……!」

 

 春人も彼女の見事な動きには驚いていたが、さらに驚愕していたのは中にいた黒づくめの男だ。見た目は暗殺者のような格好をしている。

 

「多分、狙ってたのはここの住人よね? 偶然、私が来たから勘違いしたってこと?」

「くそう! 何者だ貴様ら! 俺を見た以上は生かしておけねぇ!」

 

 暗殺者のような男は刀を抜き、アメリア目がけて突進を試みた。完全に殺意に満ちた攻撃。その渾身の一撃もアメリアは平然と避け、春人ですら見切るのが難しい速度で暗殺者に一撃を喰らわせる。その一撃で暗殺者はその場に倒れ込んだ。

 

 

「みね打ちだから安心してね。それにしても、私に向かってくるとか……まあ、その勇気には素直に称賛の念を送るわ」

 

 途切れかけた暗殺者の意識の中で微かにアメリアの声は届いていた。

 

「うぐ……!?」

「おはよう、いい目覚めね」

 

 暗殺者が次に目を覚ましたのは外の池の近くだった。顔に着けていた覆面は外され、両腕は拘束されている。

 

「あんた暗殺者ギルドの人間でしょ?」

「くっ……!」

 

 暗殺者はなにも話さないが、目の前のアメリアにはそんなことは意味を成さないということが理解できているのか、静かに頷いた。

 

「暗殺者ギルド?」

「春人は知らないか。トネ共和国領にある暗殺を生業としている裏の稼業のことよ。基本的にかなりの実力者が選ばれるはずだけど」

「俺を……どうするつもりだ?」

 

 暗殺者はアメリアに質問をした。春人としても、彼女がどういう答えを出すのか気になっていた。このまま拷問でもするのではないかと。

 

「まあ、人違いみたいだし? 正直に話せば帰してあげる。私が誰かはもうわかったでしょ?」

「ついてねぇ……まさか、アメリア・ランドルフに遭遇するとは……! そっちの男はパートナーか?」

「まあね。ソード&メイジの切り込み隊長よ。言っとくけど、私が認めた相手だからね」

 

 暗殺者は脅えた表情で春人の顔を見た。アメリアにこれほど言われた男であるがゆえに、その強さも察しがついたのだろう。暗殺者の表情には諦めの雰囲気が出ていた。

 

「誰を狙ってたの?」

「ミルドレア・スタンアークだ」

 

 暗殺者が述べた人物の名前。春人は当然聞き覚えがないが、アメリアは違ったようだ。

 

「どっかで聞いたことあるわね」

「スタンアークは神聖国の神官長の一人だ」

「あ~思い出した。ていうか、なんで神官長がこんなところにいんのよ?」

 

 アメリアの質問に暗殺者は続ける。

 

「……アルトクリファ神聖国は本格的に遺跡の管理を開始している。神官長が直々に動いているのはその為だ……ここにある遺跡を含め、フィアゼスの宝を持ち帰る。ミルドレア・スタンアークがここに小屋を建てて住んでいるのも、遺跡の宝を持ち帰るのが目的だ」

「それを阻止する為に暗殺者ギルドが動いているってこと?」

「……そういうことだ」

 

 そこまでの話を聞いて、腑に落ちない感情を持ったのはアメリアだけではない。春人も同じ感情を持っていた。

 

「シュレン遺跡は既に地図が完成したんだろ? もうめぼしい宝はないんじゃないのか?」

「そうね、考えられるとすれば……隠し扉」

 

 暗殺者の男はアメリアの推理に対して頷きで返した。

 

「そうだ、奴らは隠し扉の位置が記された地図を持っている。フィアゼスの宝の中でもより希少な宝が封じられた場所だ。非常に強力なモンスターが守っていることを想定し、神官長が出向いているというわけだ……」

「つまりは、その宝を独占して神聖国に持ち帰るって寸法ね。神聖国に存在する大聖堂にでも封印して、フィアゼス神を崇め奉るってことか」

「奴らは本気だ……今度の円卓会議での宣誓が引き金になる」

 

 円卓会議……春人にとっては聞き慣れない言葉だが、アメリアにとっては定期的に行われる3国間のトップの話し合いとして理解していた。今年もその季節がやってきたのだ。この時期はアーカーシャの街にそれぞれの最高権力者が集中する。事件なども考慮される為、各国の最強の護衛が用意されることになる。

 

 

「円卓会議は近年は平和的なものだったけど……そっか、いよいよ神聖国は動き出すんだ」

「ああ、アメリア・ランドルフ……俺を釈放してくれないか? 無礼を働いたことは謝罪する。ミルドレアはもうここには現れないだろう……ボスに報告が必要だ」

「あんたって幹部なの? 結構洗練された動きだったけど」

「リガイン・ハーヴェストだ。ボスの懐刀として、共和国元首の護衛も俺たちがする手筈だ」

 

 暗殺者の言葉を聞いてアメリアの表情が変わる。春人としては、意外なほど男の地位が高いくらいしか理解はできていなかったが。そのままアメリアは無言で男の拘束を解いた。

 

「ありがとう、この恩は忘れない」

 

 自由の身になった男からは攻撃の意志は全く感じられなかった。今度攻撃をすれば確実にアメリアは息の根を止めるとの判断だろうが、春人としても少し警戒を和らげることができた。

 

「暗殺者ギルドに狙われたらたまったもんじゃないから、私達を標的になんかするんじゃないわよ」

「わかっている。俺たちはあくまでアーカーシャの街の味方だ。トネ共和国にはあの街をどうこうしようとする意志はない」

 

 それだけ言うと、リガインは最後に一礼してその場から高速で消え去った。

 

「まあ、ミルドレア・スタンアークを暗殺しようと考えるわけだし、あのランクの奴を派遣するわよね」

 

 ほんの10分前にはリガインのボウガンを捌き、彼を気絶させたアメリア。彼を賞賛してはいるが、あまり説得力は感じられなかった。

 

「あのアメリア……イマイチ、リガインという男の強さがわからないんだけど」

「ボスの懐刀って肩書きである程度想像はできるでしょ?」

「でも君が一瞬で倒し過ぎて伝わりにくいな」

「まあ、私と比べたら駄目だって話よ」

 

 ピースサインを春人に見せて自慢をしているアメリア。春人も先ほどの超高速の彼女の動きと併せて賞賛の拍手を彼女に送っていた。

 



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8話 強大な魔物 その1

 

「……戻ってくる気配はないわね。私達の存在に気付いたのか、それともたまたま居ないだけか」

 

 暗殺者のリガインを退けてから3日が経過していた。春人とアメリアは小屋の近くで信義の花が咲くタイミングを見計らっている。それと同時に、小屋の住人であるミルドレアが来ないかを警戒していた。

 

「ね、春人もそう思うでしょ? 人が近くに来た気配もないし」

「ま、まあそうだけど……そう思う……」

「なに? はっきり答えてよ」

「そんなこと言われてもな……。アメリア……早く水浴び終わらせてくれないか? 目のやり場に困るんだけど」

 

 先ほどから話しているアメリアは小屋の近くの池で水浴びをしていたのだ。もちろん服が濡れると困るので、何も着ていない状態で。

 

「見ようとしないのはポイント高いわよ、春人」

「からかわないでくれよ。そんなことしたら殺されるだろ」

「大丈夫よ、大切なパートナーだし」

「え? 見ても許してくれるのか?」

 

 アメリアの無防備な姿と安心の言葉に少し期待感を持った春人。これは見ても許してくれる流れかもしれない。

 

「まあ、半殺し程度で許してあげる」

 

 春人は見ることを諦めたそうな。

 

 

 

「しかし、そろそろ反応があってもいいと思うんだけど……ホントに2週間も待たないとダメなのかしら」

「2週間経ったら、円卓会議始まらないか?」

 

 一通り春人をからかって満足をしたアメリアは池から出て、旅の服に着替えた。そして荷物も方から下げ、準備を終える。春人の心配は円卓会議の日程であったが、そこはアメリアからの返答があった。

 

「円卓会議は今から20日後よ。最悪、今回のエミルの依頼がギリギリまでかかっても間に合うわね。そろそろアーカーシャの街には要人達が集まり始める頃かもね」

 

 アメリアは意外にも真剣な眼差しで言った。円卓会議は基本的に年に1回は必ず行われる各国の会議となっている。それぞれの利害を確認し、時には牽制をする場でもあるのだが、リガインの話が本当であれば、緊張状態の糸は一気に切れることになる。

 

「そっちも気になるけど、まずは信義の花だな。エミルの依頼をこなしてあげないと」

「当然よ、ソード&メイジの名に傷つけるわけにいかないし。……来たわね」

 

 アメリアは突然小屋の方向に目をやった。いや、正確には小屋の奥から続いている獣道といった方が正しい。春人もそちらに目をやった、相当な距離を感じたが、確かにその方向からは強烈な光が灯っていた。

 

「光っている時間は1時間もないわ。早速行きましょう」

「向こうでも強く光ってる所があるけど?」

 

 春人はいくつかの方向から同じように光を放つ地点があることを見つけた。アメリアもそれには気付いていたのか、すぐに返答が返ってくる。

 

「大体、同時に複数の場所で花は開くのよ。2週間、この森で生き残れるなら、入手自体はそう難しいものではないわ」

 

 モンスターの襲撃に耐えきれる精神力と武力が何よりも大事と、付け加えた。二人はその後、最初に観測した光の地点へと走った。そして数分でその場所に辿りついた。

 

「これが信義の花?」

「うん、まあ見た目は普通の白いバラって感じだけどね」

 

 アメリアは春人に話しかけながら、その地点に咲いていたバラのような花を摘み取った。強烈な光を放つ花。超常現象的な花にも見えるが、目の前に来ても眩しさはそこまで感じることはない。

 

「すごいな……どういう原理かわからないが、あんなに光っていたのに」

「結晶石の輝きと同じく、人間の眼を傷つけない輝きを放ってるらしいわ。この花で電灯を作れば、結晶石と同じく重宝するかもね。まあ、勿体ないけど」

 

 摘み取った花の輝きを見ながら、どこかうっとりとした表情でアメリアは冗談を言った。春人もその花の輝きは目を奪われそうになる。眩しさを感じない輝き……結晶石はそういったことにも供給されているのだ。

 

「これで依頼は完了か。良かったよ、上手く行って」

「そうね、あとはこの花をケースに入れて持って帰るだけね」

 

 

 魔法瓶のように保存状態を確保するものだ。ケースに鍵をかけて依頼は完了、後は戻って報告をするだけである。

 

「そういえば、エミルと正式な依頼の契約結んでたっけ?」

「いいえ、口約束だけだけど、まあ15万の債務は背負ってもらわないとね」

「あ、そこは本気なのか」

 

 アメリアはニヤリと口を歪ませて春人の顔を見る。

 

「バーモンドさんのところで働いてもらうことにはなってるけど、もっと早く返せる方法もあるよね~?」

「え?」

「春人と同じく2階で寝泊まりしてるだろうし、春人がチンピラ風に押し掛ければいいのよ」

 

 アメリアのとんでもない発言に春人は驚きの表情へと変わった。具体的なことを言わずともアメリアが何を言いたいのか、容易に想像がついたのだろう。

 

「な、何言い出すんだよ! アメリア!」

「冗談よ、冗談。もう、春人ってば予想通りの慌てようで面白いわ。強さの割に、感情のふり幅が大きいし」

 

 アメリアは笑顔になって春人を見ていた。そこには、誰もが振り返るであろう程の美少女の顔があった。これほどの美少女にからかわれて、気分が悪くなる男はほとんどいないだろう。むしろ、相手にされて喜ぶ男の方が多いくらいだ。春人もそんな男の一人であったのか、悪い気はしていないことを少し恥じていた。

 

 

「あ、ごめんね。春人はこういう冗談あんまり好きじゃない?」

「いや、そんなことないよ。別に謝る必要はない」

 

 

 春人はアメリアにそう言って、怒っていないことを伝えた。今後も色々とからかわれるだろうと頭を抱えながら。

 

 と、その時だった。冗談めいた会話の一瞬、力が抜け周囲への警戒が弱まった瞬間を狙うかのような凶器。強大なモンスターの爪による一撃が春人の背後から襲ってきたのだ

 

「春人!」

 

 アメリアが咄嗟に声を上げた時には、既に春人はその一撃を受けた後だった。そのまま勢いよく飛ばされ木に激突しなぎ倒した。

 

「このモンスターは……!?」

 

 アメリアの前に現れたのは、木々に同化した魔物。全身が緑の鎧に覆われたグリーンドラゴンであった。

 

「ドラゴン……」

 

 アメリアの態度からも、賢者の森に通常現れるはずのない化け物だ。巨躯を前面に押し出したドラゴンは轟音の叫び声を上げた。思わずアメリアも耳を塞ぐ。

 

「いててて……! くそっ!」

 

 木に激突した春人はなんとか立ち上がり、アメリアの近くまで歩いて出てきた。彼を覆っている鋼体の闘気を貫通されたのか、出血を負っている。

 

「意外と元気ね。安心したわ」

「おかげ様で……でも、ドラゴンか。当然今までとは比べ物にならない相手だろ?」

 

 アメリアは目の前のドラゴンを見上げながら、何やら計算をしていた。強さを測っているのだろうか。

 

「レベルは……110ってところね」

「110か……一気にジャンプアップした敵だ……なんでこんな奴がいるんだろう」

「さあ、原因は今考えても仕方ないわ。どうする? 二人でやる?」

 

 アメリアは春人に尋ねるが、春人は首を横に振った。

 

「いや……いきなり不意打ちされたしね。俺が行くよ」

 

 春人の真剣な表情にアメリアは軽く笑いながら、彼の前から離れた。そして、春人はグリーンドラゴンを見据えた。

 



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9話 強大な魔物 その2

「緑の竜ね……また凄いのが出現したわね」

 

 春人がグリーンドラゴンとにらみ合っている中、アメリアはドラゴンのスペックについて考察をしていた。ドラゴンの外郭は鋼鉄の肉体とされており、大砲の一撃すら弾き返す。また、自動回復の能力も備わっており、傷が自動的に修復されていくのだ。

 

「春人に外郭を破壊し、回復を妨げるほどの能力があるかが鍵ね」

 

 春人の防御は不意打ちとはいえ、先ほどの一撃で貫通されることがわかっている。長期戦は不利になるとアメリアは呼んでいた。

 

「グオオオオオオオッ!」

 

 鼓膜を破りかねない程のドラゴンの咆哮。周囲の木々はそれだけでなぎ倒されそうな勢いだ。そして、間髪入れずにその巨体を振り回し、尻尾の一撃が春人を襲った。

 

「くそっ! 速い!」

 

 春人は咄嗟に地面に這うように体を下げて、尻尾の一撃を回避した。尻尾は春人の後方の樹木をなぎ倒し、そのまま更地に変化させた。

 その攻撃で一瞬だが、ドラゴンの動きが止まる。その隙を春人は見逃さなかった。すぐに態勢を立て直し、先ほどの不意打ちのお返しとばかりに鉄の剣をグリーンドラゴンに突き立てた。

 

「ガアアアア!」

 

 大砲の爆発をも防ぐとされるドラゴンだが、春人の一撃はそのままドラゴンの外郭を貫通し、深手を与えることに成功した。

 

「よし、もう一発だ!」

 

 剣を抜きさらに春人はドラゴンの首筋辺りを切り裂く。そちらもそれなりの傷を与えた。

ドラゴンは春人に反撃は出来ず、その場でよろめくだけになっていた。その段階で春人はドラゴンから離れ、少し間合いを取った。

 

「やっぱり回復してる。でも、そこまで回復力は高くないタイプかしら?」

 

 春人がつけた傷の修復をされていることに気付いたのはアメリアだ。しかし、その速度は大したものではない。春人が優勢の状態だ。

 

 

 

「よし、行ける! でも……」

 

 春人はドラゴンの傷が回復していることにも感付いた。しかし、このまま攻撃を続ければ、それ以上のダメージを与え続けられることも予測した。

 だが、春人の持つ鉄の剣も刃こぼれを起こしていた。今までバジリスクや亡霊剣士を斬ってきた剣ではあったが、ここに来てドラゴンの外郭には適わなかったようだ。いかに春人が振りぬく一撃とはいえ、大砲も防ぐ外郭では分が悪かったということだろう。

 

「短期決戦で一気に勝負を決めるしかないか……なんだ!?」

 

 春人は短期決戦を想定し、追撃を仕掛けようとした。しかし、その時、グリーンドラゴンの身体が青く発光し始めた。明らかに先ほどまでとは雰囲気が変わっている。

 

「ハイパーチャージ……まさか、そんな能力もあるなんてっ!」

 

 ハイパーチャージは30秒~1分程度、対象の攻撃力や防御力、速度などを2倍に増強する魔法である。単純に2倍になる為、素の能力が高い方がより効果は大きい。強靭なドラゴンがハイパーチャージを行えばどうなるか……それは容易に想像できた。

 

 そして放たれる先ほどと同じ一撃。しかし、速度と破壊力は比べ物にならなかった。

 

「春人っ!!」

 

 強烈な尾撃は春人を捉え、天高く彼を吹き飛ばした。思わず我を忘れるアメリア。その表情は今まで見たことがないほどに飛ばされた春人を心配していた。

 

「春人! ちょっと、嘘でしょ!?」

 

 7年間の間の経験はこの瞬間は消失していた。彼女は傍目には一人の少女としか映らない。それほど無防備な叫び。

 しかし、吹き飛ばされた春人は地面に叩きつけられることはなく、そのまま態勢を立て直し、近くの木の上に着地した。

 

「アメリア、取り乱し過ぎじゃないか? 君らしくないぞ……いててっ!」

「なっ!? バカ言わないでよ! 別に取り乱してなんかないって!」

 

 自分の恥ずかしい部分を見られたかのように、アメリアは明らかに焦っていた。春人はそんなアメリアににこやかな笑顔を向ける。しかし、ダメージは大きいようだ。彼の表情には余裕がない。グリーンドラゴンは木の上に立つ春人を見据え、強烈な咆哮を繰り返していた。

 

「ハイパーチャージは1分が限界よ! それまでの勝負ね!」

「……1分か、わかった!」

 

 木から飛び降りた春人はそのままハイパーチャージ中のグリーンドラゴンと交戦を再開した。春人も本気を出しているのか、先ほどまでとは纏っている気配が変化している。そして、身体能力が2倍になっているドラゴンと互角の打ち合いを披露したのだ。

 

「……すごいっ」

 

 さすがのアメリアもこの時の春人の動きには、加勢という言葉も忘れて見惚れていた。今の彼であれば、ハイパーチャージ中のドラゴンですら打ち倒せる。そう確信させるほどの速度。

 

 倍加したドラゴンの攻撃を受けたのは最初の一撃だけであり、それ以後はギリギリのところで躱している。だが、防御も2倍になっているのでドラゴンに致命傷は与えられず、鉄の剣は確実に刃こぼれが進んでいた。

 

 ある意味では根気の勝負……その戦いを敢えてアメリアは加勢せずに見守った。そして、1分という時間……相当に長く感じたその時間は過ぎ去った。

 

 

「光が……消えた!」

「いけぇぇぇぇ春人!!」

 

 

 ドラゴンを包む光が解除され、ハイパーチャージが解かれた。明らかにドラゴンの身体能力が減退している。春人はその瞬間を見逃さず、刃こぼれをきたした鉄の剣を強く握りしめ

そのまま全力でドラゴンを切り裂いた。

 

「ギャァァァァァァ!!」

 

 賢者の森全体に響き渡りそうな断末魔を上げ、グリーンドラゴンは地面に崩れ落ちた。首筋を深く抉り取ったことが致命傷になり、大量の返り血を春人も浴びることになってしまったが、その返り血はドラゴンの肉体と共にすぐに消滅していった。

 

 

「いてててっ!……返り血も消えるのは変な感じだ……当たり前なんだろうけど」

 

 鉄の剣は最後の渾身の一撃でとうとう限界を迎えたのか、刀身は折れ曲がり春人が握っているのは柄の部分のみになっていた。

 春人自身も疲れ果てたのか、その場に座り込んだ。身体中に痛みは走っていたが、強敵を単騎で撃破した達成感が心地よく彼の全身を駆け巡った。

 

「お疲れ様、春人」

「うわ……アメリア……!」

 

 座り込んでいた春人の後ろからアメリアは抱きついてきたのだ。背中に走る感触に思わず彼は我を忘れる。

 

「ドラゴン退治のご褒美よ、悪くないでしょ?」

「う、うんまあ……そうだな……いいと思う」

 

 素直な春人の反応に笑いながらも満足気なアメリアだった。彼女なりの賞賛なのだろうか。

 

「二人がかりでさっさと仕留めた方が良かったわね。まさか、ハイパーチャージを使えるなんて思わなかったし」

 

 春人にアメリアはハイパーチャージについてそれとなく語る。この魔法は身体能力を2倍にするが、相当に高レベルの魔法に該当するのだ。それがモンスターであるドラゴンが使えたことに、彼女は驚いていた。

 

「そんなに凄い魔法だったのか……ドラゴンの身体能力が2倍になるだけでも恐ろしい。1分間の期限付きとはいえ。しかし、俺たちコンビなのに二人で戦ったことないな、そういえば」

「そりゃ、本気で二人がかりなんてしたら無敵だしね。必要がないっていうか。ただ、春人の装備は舐めすぎ、なんでドラゴンに鉄の剣なのよ」

 

 アメリアは春人の折れた剣を見ながら、軽く彼の頭を小突く。春人もそれには苦笑いをしていた。

 

「わかってる……帰ったら、装備は新調するさ」

「当たり前でしょ。前に取ったレアメタルで強力な武器作るわよ」

「ああ、わかった……って、いててててっ! さっきから左腕に激痛が走るよ……!」

「左腕? どれどれ……あ~あ、折れているわね、これ」

 

 アメリアに指摘され、春人も左腕を見る。見事に腫れ上がっており、容易に骨折していることが理解できた。ハイパーチャージ状態のドラゴンの一撃を受けた際の怪我である。

 

「私は回復魔法は使えないし、回復薬持ってきた方が良かったわね。まさかこんな怪物出てくるなんて予想してなかったから。信義の花使う?」

「いや、さすがに依頼の品に手を出すわけにはいかないだろ?」

「まあ、それはそうなんだけど。ま、あんたなら自然回復早いだろうし、とりあえず添え木でも作って応急処置しましょうか」

 

 アメリアは手際よく周囲の木々で添え木を作り、巻きつける布は自分の服を破いて用意した。

 

「……」

「どこ見てんのよ?」

 

 アメリアの肌が露出したことでなんとなく春人はそこに視線を集中させていた。すぐに気づかれてデコピンを受ける。もちろん、アメリアは怒っている素振りはない。すぐに春人の腕に添え木を設置し、応急処置を完了させた。

 

「改めてお疲れ様、春人。その装備でドラゴン単騎討伐は自慢できるわよ。また出現しても面倒だし、さっさと戻りましょ」

「でも、なんであんなレベルの違うモンスターが現れたのかな?」

 

 春人の素朴な疑問にアメリアは考える。

 

「断定はできないけど、可能性として高いのは隠し扉ね。ミルドレア・スタンアークが既にシュレン遺跡の隠し扉を開けたのであれば……より強力なモンスターが自然発生してもおかしくはないかも。このトラップは遺跡発見時に周囲にモンスターが発生するものと同じ要領だろうし」

「なるほど……じゃあ、スタンアークが小屋に居ないのも、遺跡の隠し扉の探索に行ったからか」

「多分だけどね。さすがに確認している時間はないわ。私達も依頼の途中なんだし」

 

 春人は彼女の言葉に頷いた。春人自身も怪我をしている以上、これ以上の探索は危険との配慮もあるのだろう。二人はアーカーシャの街へと戻る。その手に信義の花を携えながら。

 



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10話 酒場にて その1

 バーモンドが店主を務めるアーカーシャでも有名な酒場「海鳴り」。名称の由来は不明だが、街の南には大海が存在しているので、そこからのネーミングではないかと言われている。

 冒険者という名のならず者が日夜集まる場所となっているが、元冒険者でもあるバーモンド自身の豪快さと恐ろしい人柄から、店内でもめ事を起こす者は少ない。

 

「いでぇ! 折れるって! 勘弁してくれ!」

 

 店内の看板娘として売り出し中のエミルに手を出しかけた新米冒険者が一人、腕を極められて叫んでいた。エミルが店で働きだしてから10日程になるが、そのしぐさと容姿から相当な人気者となりつつあったのだ。

 厳しいながらも一生懸命働くエミルの姿に感動する者も多い。しかし、それと同じくして、素行の悪い者はエミルにセクハラを働くことが多くなっていた。

 

「もう一度、彼女になんて言ったのか復唱してみろ」

 

 新米冒険者の腕を極めているのは、左腕が現在折れている春人だ。片腕の男に簡単にやられている人間を見て、周りの客からは乾いた笑いが出ている。

 

「す、スカートめくって言っただけだよ!」

「ここはそういう店じゃないからな? そういう店って近くでありましたっけ?」

「確か5軒ほど先にあったかと思うぞ」

 

 春人の言葉にバーモンドが答えた。その言葉を聞いた春人は新米冒険者の腕を離す。

 

「ということだから、そっちへ行ってくれ。まあ、料金はかかると思うけど」

 

 解放された男は、春人が片腕しか使えないことと、片腕の男に簡単にやられたことで自尊心が傷つけられていた。春人としても手を出すつもりはなかったが、男のセクハラ発言は1度や2度ではなかったのだ。

 バーモンドが動くよりも早く、彼は行動を開始してしまった。

 

「へへっ、彼氏いたのかよ……。ぜひエミルちゃんをそういう店で働かせてくれよ。俺、すげぇ投資するぜ? そういう店に興味があるんじゃなくて、その子がいいんだよな」

 

 同じ男として言いたいことは理解できた春人。いかがわしい店に通う場合、自分のお気に入りの子がいない店にわざわざ行こうとは思わないということも理解できた。しかし、それとは別に、エミルへの侮辱に該当すると感じた彼は、無言で男を睨み付ける。あと一言でも余計な言葉が飛べばどうなるかわからない程の怒気を放っていた。

 

「ひ、ひいっ……!」

 

 冒険者になったのも春人よりも後と思われる新米冒険者は危険を察知し、そのまま店を出て行った。

 

「さすがはソード&メイジだなっ! こりゃ酒が進むぜ!」

「片腕だろうと関係なしか。ドラゴン討伐の戦士……超新星の誕生ってところだな」

「しかし、エミルちゃん売約済みかよっ。はあ……今日はヤケ酒だな」

 

 新米冒険者が去った後、酒場の常連であり、ギルドでもすれ違うことのある冒険者たちが各々盛り上がっていた。春人はそんな彼らの言葉を背にエミルに目線を合わせる。

 

「大丈夫? エミル」

「は、はい……春人さんも大丈夫ですか?」

 

 エミルは主に春人の左腕の心配をしていた。自らの依頼で負った怪我ということを依頼達成の報告時に知らされ、その時からエミルは春人の身の回りの世話を手伝っているのだ。

 

「俺の腕は問題ないよ」

「なら安心しました。春人さん、助けていただいてありがとうございました」

 

 深々と礼儀正しく頭を下げるエミル。まだ仕事中の為、そのまま申し訳なさそうにしながらも、奥の厨房へと姿を消した。春人はそれを見てから、アメリアの座る席へと戻った。

 

「ひゅ~、さすが春人。絵に描いた正義の味方って感じね」

「そんなつもりはないけど……エミル、大丈夫かな」

「まあ、あんなに可愛いもんね。酒場の衣装はそんなに露出大きいわけでもないけど、逆に良いとか思う奴もいるんじゃない?」

 

 膝が隠れるかどうかの長さのスカートなのでそこは問題ないと春人も考えていた。しかし、彼女の魅力はそれだけでは隠しきれないほどなのも事実。働き始めて10日ほどで彼女目当ての客が増えているのもそれを物語っていた。

 

「おう、春人。すまねぇな」

「バーモンドさん」

 

 春人とアメリアの席にほどなくして現れたのがバーモンドだ。エミルへの対応が遅れたことに対して、春人に謝罪した。

 

「セクハラの被害にあわねぇようにしてやるって言ったそばからこれだ。常連は問題ねぇんだが、普段ここに来ない連中がな。まさかここまでエミルが人気出るとは予想外だったぜ」

「バーモンドさん、言い訳に聞こえるし」

「ああ、わかってる。今度からは、常連の冒険者にも頼んでおくぜ。店内は安全なはずだ。ただな……外になるとな」

 

 バーモンドはそこで頭を抱えた。春人としてもそこは心配している。常に一緒に行動するというのも難しい。あの新米冒険者も諦めたわけではないだろう。

エミルとは依頼主以上の関係ではないのだが、偶然だが泊まっている部屋は隣同士である。左腕が使えない自分を世話してくれていることも考慮すると、なんとか力になりたいという感情があった。

 

「いままでのように、一人の住民ってわけでもないしね。ここで働くと嫌でも目立つし、女の子の店員は今はエミルだけだし」

「そういえば、エミルだけですよね。でも、制服はありましたね」

「ま、昔は居たのよ。私もヘルプで入った時もあったし」

 

 現在のエミルの制服は、昔アメリアも着たことのある服だったのだ。基本的に男が多くやってくる酒場の為、店員も男のみで賄っていた。そこにエミルのような美少女が住む込みで入ったのだ。一種の名物にさえ現在はなっている。

 

「ホントなんとかしたいけど。なんか妙案ないの? 店長」

「そうだな……まあ、1ついい案はあるが」

 

 バーモンドの言葉に春人とアメリアは目つきが変わった。

 

「本当ですか?」

「店長、冴えてる! さすが既婚者! 別れたけど」

「うるせぇ! ま、しかし当人同士の問題になるんだがな……」

 

 バーモンドはあまり話したがらない。それ以上に春人とアメリアの表情を交互に眺めている。

 

「俺としては乗り気ではないというか……いや、そういうのも余計なお世話か」

「なに? 店長。話が見えないんだけど?」

「店が終わってから話す。それまで適当に時間を潰しててくれ。ちょいとまだ忙しいんでな」

 

 バーモンドはそれだけ言うと、店のカウンターに戻って行った。

 

「バーモンドさんにしては覇気がなかったわね。私のこと見てた気がするし」

「なんだろう? ちょっと不安なんだけど……」

 

 アメリア、春人共に不安感は拭えないでいた。

 

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

 それからしばらくして、酒場は閉店の時間を迎えた。酔いつぶれたグループがあるが、バーモンドはそのままにして、店自体は閉じた。改めて彼は春人たちの席へと戻って来た。隣にはエミルの姿もある。春人と目が合うと顔を赤くして目を逸らしている。

 

「おう、待たせたな。既にエミルには伝えてるんだが」

「早く聞かせてよ。飲みすぎて辛いんだけど……うい~」

「アメリア、飲みすぎだろ……大丈夫か?」

「平気平気、いざとなったらここに泊めてもらうし」

 

 二人の会話にバーモンドは頭を抱えている。エミルもなんとなく手持無沙汰な感じを出していた。

 

 

「俺が提案する案ってのはな、春人とエミルが恋人関係になるってことだ」

「え……?」

「はい……?」

 

 春人とアメリアはなにを言われたのか分からずバーモンドに聞き返した。そこには真剣な表情のバーモンドと紅潮した表情のエミルが立っているだけだった。

 



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11話 酒場にて その2

 

「話が見えてこないんだけど」

 

 アメリアの声のトーンが下がっているように聞こえるのは春人だけではなかった。バーモンドもエミルも、彼女の態度の変化に敏感になっており、顔から汗を流している。

 

「恋人って言っても振りだけどな。春人と恋人関係ってのいうのが世間に認知されれば、エミルの安全も幾分かマシになるだろ」

 

 バーモンドの提案。アメリアと春人も自然と納得していた。確かに、その状態が認知されれば手を出そうとする者は減るだろう。

 

「ま、恋人の振りくらいならいいんじゃない? 春人もいいんでしょ?」

「え、そりゃね……うん」

 

 春人としても嫌ではない。むしろエミルが相手であれば嬉しいと思える部分すらあるだろう。

 

「ただし、デートなどはしないとな。あと浸透させやすくする為に、時計塔の前とか目立つところでキスくらいはしろよ。あそこはカップルがじゃれ合う所でも有名だからな。丁度いいだろ」

 

 バーモンドのその発言は導火線に火を付けた形になったのか……酒場にグラスがひび割れる音がこだました。アメリアの持つグラスだ、明らかに亀裂が走っている。

 

「ふ、ふ~ん、なるほどね」

「あ、アメリア……酔ってるんじゃないのか? グラスを握り過ぎだぞ?」

 

 雰囲気的に危険だと判断した春人はアメリアの持つグラスをそっと取り出した。

 

「ごめん。ちょっと力入ったみたい、やっぱり酔ってるのかな」

「あ、ああ」

 

 春人はなんとなくアメリアの顔を直視できないでいた。

 

「エミルはどうなの? 恋人でもないのにそんなことしたくないでしょ?」

「え……? 私は……えっと」

 

 アメリアの問いかけに、少し言葉を選んでいるエミル。彼女もアメリアの雰囲気に押されているのだろう。

 

「むしろ、春人さんが嫌じゃなければ……相手が私なんかで……」

 

 顔を真っ赤にしながら、満更でもないということをアピールしていた。

 

「へ、へえ……。だってさ、春人。よかったわね」

「うん……あはははは」

 

 なんとも気まずい雰囲気の中、春人とエミルの恋人の振り作戦は決定された。デートは早速、次の日という早さだった。本日の事柄があるので、早い方がいいというバーモンドの考えだ。春人とエミルもそれで承諾する。アメリアだけは微妙な表情をしていたが。

 

 

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 その後、夜中の1時を迎えた酒場の2階ではさきほど解散した春人とエミルが鉢合わせた。お互い2階の自分の部屋に戻るところだったのだ。

 

「あ、春人さん……!」

「エミル……お風呂は終わったの?」

 

 パジャマに着替えているエミルの格好を見て春人は言ったが、彼女はその言葉に頷いた。緊張しているのかこの表情は赤い。

 

「はい、先ほど入って来ました。……あ、あの」

「う、うん……」

 

 そして沈黙。二人の明日のスケジュールや今後を考えれば当然かもしれないが、二人とも相当意識してしまっているようだ。疑似的にとはいえ明日二人はデートをするわけなので、当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 

「も、申し訳ありません春人さん。私なんかの為に、お手を煩わせてしまって」

「あ、いや……別にそんな……」

 

 春人に伝わってくる本当に相手を想う態度。

 

春人は何時もの如く自虐を入れていくスタイルをしようと考えていたが、今それをするのは、相手に対して失礼であると考えを改めた。彼女はなし崩し的に自分が助けられていることを申し訳なく思い、非常に感謝しているのだから。

 

「気にしないでよ。俺が勝手にやってることだからさ。エミルの為になるなら、煩わしいなんて微塵も思ってないさ」

「春人さん……ありがとうございます。本当にすみません」

 

 春人にしては前向きな言葉を彼女に送った。その真っ直ぐな気持ちはエミルにもストレートに届いたようだ。彼女も真っ直ぐなお礼を返してきた。お互い、遠慮する気持ちが和らいだ感覚に襲われたのか、正直な言葉を言い合った後、どこかすっきりした表情になっていた。

 

「あと、お話は変わりますが、本当に良かったんですか?」

「だから言ってるだろ? 気にしないでって」

「いえ、そういうわけではなくて……私とデートをして」

 

 春人はエミルの言った言葉の意味が理解できないでいた。それはエミルにも伝わっていたのか、彼女はさらに続けた。

 

「その、アメリアさんが……機嫌を悪くされていたようなので」

「え……あ、いやでも、別にアメリアとは仲間ってだけだし」

 

 先ほどのアメリアの態度を思い出してしまい、急に背筋が凍ったように寒くなる春人であった。

 

「そうなんですか? その、噂ではお付き合いされているのではと伺ったこともありますが」

 

 エミルは心配そうな表情で言ったがそれは間違いだと春人は思った。春人自身もそういう噂があることは知っていた。なにせ今まで単独で行動していたアメリアが男とパーティを組んだのだから。孤高の美少女冒険者として信奉していた彼女のファンは非常に悲しんだらしい。そこから生まれたのが恋人説だ。酒場でも仲のいい姿を見かけることも多い為、そういった噂が人口8万の街全体に広がったのだろう。

 

 

「付き合ってはいないよ。もちろん仲間としては大切だけどさ。アメリアとしても俺とそういう噂が立つのは気分が良くないだろうし」

「そうでしょうか?」

「え?」

 

 エミルの言葉につい春人は聞き返してしまう。

 

「いえ、なんでもないです。でも、それなら私もすこし安心しました。明日はよろしくお願いします、春人さん」

「うん、俺でよければ。よろしくエミル」

 

 春人とエミルはそれぞれ笑顔を作り握手を交わした。それから隣同士ではあるが、それぞれの部屋に帰って行く。

 

 

 

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「あ~あ、春人はきっと浮かれてるんだろうな」

 

 酔いつぶれているグループが近くに居る中、アメリアも一人酒場の1階で酒を飲んでいた。その様子をバーモンドも頭をかきながら見ている。

 

「おいおい、アメリア。もうとっくに閉店してるんだが……」

「なによぉ、もう外は暗いのにか弱い女一人で帰れっての?」

「か弱い……? どの口が言ってやがる」

 

 見た目は均整の取れた華奢な肉体のアメリア。もちろん内面は超戦士と呼べる強さを有しているが。バーモンドもそれがわかっているからか、苦笑いが止まらなかった。

 

「春人に送ってもらおっかな~」

「なに言ってやがる。ごろつき100人襲ってきても息一つ切れることなく返り討ちだろうが」

「ふんだ、店長は冗談がわかってないよね」

 

 バーモンドとしてはアメリアの機嫌が悪いことの原因も把握している為、強くは出れない節があった。元々、アメリアには頭は上がらないのだが。

 

「お前も案外、青春してるんじゃねぇか。俺は安心したぜ」

「どういう意味よ?」

「冒険者になったお前は誰の力も必要としなかったからな。今は少し違うだろ?」

 

 バーモンドの言葉の意味をある程度理解しているのか、アメリアは無言になっている。

 

「ご両親も娘が強く成長して喜んでるだろ。子供でも生んでくれたら喜ぶかもな」

「もう……話が飛躍し過ぎ。まあ、今度お墓参りに行って来るけどさ」

「気になる人も出来ましたって報告しとけよ」

「なっ!? べ、別にそういうんじゃ……!」

 

 父親代わりなのか慌てふためくアメリアにバーモンドはいつまでも笑っていた。

 

「しかし、エミルはなかなか強敵だな。明日はデートだしな、お前の今後の行動にかかってるぜ?」

「だ、だからそういうんじゃないってば……!」

 

 アメリアは必死に否定をするが、バーモンドには一切通じる様子はなかったそうな。それでも、アメリアは顔を真っ赤にして、しかし決して主語が春人であることは語らずに否定し続けていた。

 



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12話 エミルとのデート その1

 春人はその日、敢えて酒場の入り口でエミルと待ち合わせをした。しかも、時間は10時からと、普通に人目につく時間帯だ。

 もちろんこれには理由があり、彼女との仲を噂する者を増やす為だ。二人が過ごしているシーンを目撃すれば付き合いについても尾ひれが付くだろうとバーモンドも考えていた。

 

「いつも通りの服装だ……代わり映えしないな」

 

 突然決まった疑似デートということもあり、服を用意できなかった春人は冒険に行くいつもの服装で代用してしまった。そこへ遅れてエミルが現れた。小さめのバッグを持っている。

 彼女は突然決まったデートにも関わらず、ホットパンツを着用し、少し涼しさの感じる服装での登場だ。もちろん彼女のむき出しになった脚にも目線は行くが、それ以上に見慣れない格好をしてきたエミルに申し訳なさが浮かんだ。

 

「おはようございます、遅れて申し訳ありません」

「いや、時間よりまだ前だし……それより、なんかごめん」

 

 春人としてもいつもの服装に恥ずかしさを感じていた。デートなどしたことがない男の癖が出ているのか。

 

「どうしたんですか?」

「俺は何時もの格好で……ごめん」

 

 思わず、自らを卑下してエミルに謝ってしまう春人。しかし、エミルは全く気にしている素振りはなかった。

 

「いえ、春人さんにとてもよくお似合いですし。私はその格好の春人さんが好きです」

 

 「好き」という言葉に過剰な反応をしてしまう春人だった。エミルの表情から、おそらく深い意味で言ったのではないだろうとは予想は付いたが、それでも恥ずかしい気持ちはでてしまう。

 

「そ、そうか……ありがとう。とりあえず、行こうか」

「はい」

 

 まだ心臓の鼓動が早くなっていた春人だが、必死で平静を装いながら、エミルを連れて歩き出した。17年の人生で初めてのデートである。

 

 

------------------------------------------------

 

 

「あの……どこへ行きましょうか?」

「そうだな……」

 

 デートなどしたことがない春人である為、特に場所を決めず歩いていた。そして、自然と二人は時計塔の前まで来ていたのだ。大通りを歩くと必ずこの広場に差し掛かるようになっている。

 周囲にはカップルと思わしき男女が歩いていた。エミルは服装自体はそこまで目立たないが、春人は左腕をギプスで覆っている状態の為、少し目立つ格好と言える。

 

「私達も恋人に見えているでしょうか?」

「どうかな……つり合い的な問題で……俺じゃエミルの恋人としては不十分かも」

 

 春人は本心からそう思っていたが、エミルは首を傾げる。

 

「どういうことでしょう? 私が春人さんの恋人役には不十分なのは承知ですが……逆なんてあり得るでしょうか?」

「ええ? 本気で言ってないよね?」

「いえ、正直、春人さんにご迷惑なのではと考えていますので……」

 

 元の世界でいじめられていた反動なのか、春人は自分を卑下する言葉が多い。彼は、現在の自分の立場をわかっていないのだ。春人の持つ圧倒的な強さは、本人の謙虚な態度と相まって好評価に繋がっており、エミルを恋人にするには十分であるという認識が出ている。これは周囲の反応であり、むしろ特別な力を持たないエミルに春人は勿体ないという見解すら出ている。

 こういった見解をするのは女性陣だが、春人は二枚目ではないが、自信に溢れた顔つきは評判も良く、彼の外見を気に入る者も多かったりするのだ。

 

 

「以前居た場所では日陰者だったからな、俺は」

「それが信じられませんけど……でも、今が重要なんですし、もっと春人さんは自信を持っていいと思います」

 

 屈託のないエミルの視線と励まし。彼女の言葉に嘘はない……春人もそれは信じられた。今の彼女にできること、彼女の為になることはしっかりと恋人になることだ。春人はそのように考えた。

 

「ありがとう、エミル。ところで、行きたいところあるんだけど、いいかな?」

「はい、もちろんです。どちらですか?」

「あそこ」

 

 春人が指差す方向。そこには武具の製作所があった。時計塔から北に位置する場所で、冒険者の装備を作っている場所だ。

 

「レアメタルを材料にして、新しい装備の新調をお願いしていたんだ。ちょっと見てみようと思って」

「それでは行ってみましょう」

 

 春人の提案だが、エミルも新しい装備に興味があるのか思いの外、乗り気であった。そのまま、二人は武具工房に入った。

 

 

「あれ、春人さんじゃないすか!」

 

 中で声をかけてきたのは、目の細い優男。年齢は23歳になるが、比較的軽い口調からもっと若く見られることもあるらしい。

 

「ケビンさん、おはようございます。武器の制作どうなってるかなって思って」

「嫌だな、春人さん! 俺のことは呼び捨てでいいのに! 春人さんに敬語なんて使われたら恐縮っす!」

 

 同じ歳や下であればともかく、春人に歳上を呼び捨てにする度胸は持ち合わせていなかった。しかも、それほど親しい間柄でもない場合は余計にだ。

 

「すいません、俺の国の風習でもあるので。歳上の人は基本的に敬語になります」

 

 ケビンは残念そうにしていたが、春人に言われれば納得するしかなかった。隣にいるエミルも納得していたが、嘘というわけでもないのでそのまま話を続けた。

 

「俺の武器って出来てます?」

「はい、バッチリですよ! 受け取ります?」

「左腕はまだ使えないですけど、貰ってもいいですかね」

 

 春人は受け取りを希望し、ケビンも快くそれに応じた。すぐに奥から、荘厳な鞘に納められた剣を出してくる。

 

「レアメタルの質も良かったんで、かなりの良品が出来ましたよ」

「これが……」

 

 鞘から取り出した剣は軽く弧を描いており、鉄の剣よりもはるかに透明感のある銀色をしていた。剣先には黒い文様が描かれた造りになっている。手になじむ印象は、鉄の剣とは比較にならない。

 

「どうですか?」

「はい、想像以上です。料金は前の額でいいんですか? 正直、足りないんじゃ?」

 

 春人は依頼の際に、前金で5万ゴールドを渡している。額としては十分なのだが、春人はその剣の出来栄えはさらに上のような感じがしたのだ。

 

「5万ゴールドも頂ければ十分っす。春人さんが利用されてる店ってだけで集客率が上がりますからね」

 

 ケビンはピースサインをしながら春人に言った。事実なのだろうが、春人としては喜んでいいのかわからないことだ。自分の影響力が強いというのは、春人の性格的には緊張してしまう為だ。

 

「あと、これはサービスっす」

「これは?」

「闘気を収束させる籠手ですよ。春人さん、これすら装備してないのが凄すぎですけど、これからは必要になりますよ」

 

 ケビンはそう言って、小さな籠手を春人に渡した。その籠手は本人の闘気の流れを収束させ、攻撃力と防御力を上げる性能がある。強くなるほど呼応する形で上昇していくので、冒険者の基本装備の1つだ。

 

 春人は籠手を手に持っているだけだが、確かに自らの闘気の流れを鮮明に感じていた。この籠手と剣を装備すれば、グリーンドラゴンとはいえもはや自分の敵ではない。そんな理解に近い自信が、春人の心に植え付けられた。

 

「……春人さん、今怖いですよ……」

 

 ケビンは春人から放たれる強者の雰囲気に気圧されていた。彼の元には、当然腕利きの冒険者も訪れるが、彼が感じた恐怖心はいままでで一番と言えるかもしれない。それほど、彼の表情は強張っていたのだ。

 

「あ、すみません。籠手、ありがたくいただきます」

「ええ、そうしてくださいっす! 剣の名前どうします?」

「名前……そうだな」

 

 自分が吸い込まれそうになる銀色の弧を描く刃。その美しくも底の見えない刀身を眺め、春人は考えた。

 

「ユニバースソード……かな」

「おお、なんか神秘的な名前っすね!」

「それにしても、美しい剣ですね。春人さんにぴったりだと思います」

 

 剣を眺めていた春人だが、近くで笑顔になったエミルも同じく剣に見惚れているようだった。

 

「さっきから気になってたんすけど、そっちの御嬢さんは彼女っすか?」

「う……」

 

 春人もケビンの口からその言葉が出てくることは予期していたが、いざ言われると口籠ってしまう春人であった。エミルも顔を赤くしている。

 

「まあ……そうなるかな」

「ほほう、なるほど。綺麗なお嬢さんっすね。俺はケビン・コースターって言います」

「あ、エミル・クレンです。春人さんとは、お付き合いしています」

 

 ケビンとエミルはそれぞれ自己紹介をした。エミルの初々しい態度にケビンも笑っていた。

 

「春人さんも、意外と恋愛は初めてっすか?」

「慣れてないです、はい」

「いや~、17歳くらいの慣れない恋愛っていいですね~。がんばってくださいっす! 応援してますよ!」

「あ、ありがとう」

 

 春人とエミルはケビンに言われることが恥ずかしくなってしまい、すぐに武具工房を出ることにした。ケビンに挨拶をして、二人はその場を後にした。

 

 

「エミル」

「は、はい」

「まあ、これで多少は噂は流れるんじゃないかな」

「そ、そうですね。よかったです……」

 

 お互いまともに顔は合わせずに言葉だけで会話をする。なんとも初々しい二人である。ケビンには応援するとしか言われていないが、これほどまでに恥ずかしくなるとは想定外なのだろう。

 

「あ、あの……春人さん」

「な、なに?」

「手を繋ぎませんか?」

 

 エミルは顔を真っ赤にしながらも大胆な言葉を口にする。春人は腰に装備した剣を落としそうになった。

 

「ええ?」

「だ、ダメでしょうか? こ、恋人ですし……えと」

「あ、うん。そうだね……繋ごうか」

 

 時計塔には腕を組み合っているカップルが集まっていた。それを見ての意見なのだろう。エミルは手を差し伸べている。

 春人も彼女の差し出している手に、自分の手をかけた。もちろん、初めての経験ではあるが意外にも気持ちが落ち着く自分がそこには居た。

 

「こんな感じかな?」

「はい、そうですね。では、今度は向こうに行きませんか?」

 

 エミルは笑顔で春人に言った。春人も少し緊張がほぐれる。彼も笑顔で頷きながら、そのままの状態で歩き出した。

 



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13話 エミルとのデート その2

「そういえば、この辺りは池になってたっけ」

「はい、春人さん」

 

 春人とエミルはアーカーシャ西部の郊外に位置する、大きな池まで歩いて来ていた。この辺りはいわゆる観光地とでも呼べばいいのか。巨大な池で泳ぐ者も多い為、宿屋などが併設されているのだ。また、雑貨屋や飲食店も軒並み揃えられている。その池の大きさは、賢者の森のそれとは比べるべくもない。

 

 基本は遊泳がメインの場所ではあるが、端には釣堀も設けられており、彼らは現在、そこで釣りを楽しんでいた。

 

「春人さん、大丈夫ですか?」

「いや、これ気持ち悪くない?」

 

 日本でも釣りはほとんど経験がない春人にとって、虫の類を針で刺す行為は慣れていなかった。遺跡で出会う、そういった虫とは雰囲気が違うのだ。意外にもアウトドアの趣味を持つのか、エミルは瞬く間に餌の準備をし、一切無駄なく自分の竿は池に投げ込んでいた。

 

 つまり、現在はエミルだけが釣りを開始している状況だ。

 

「あの、よろしければ、私が用意いたしましょうか?」

「いえ、それは遠慮します。自分でやります」

 

 エミルは気を遣って言ってくれた。しかし、虫を針の先に刺せないのは男としてまずい。春人は微妙に譲れないプライドを表に出して、彼女の提案を断った。エミルはそんな春人の意外な一面を見れたことが嬉しいのか笑顔になっている。

 

「ふふ、意外です。春人さんも苦手なことがあるんですね」

「結構苦手なことだらけだよ」

「そうなんですか?」

 

 なんとか気持ちの悪い虫を針に刺すことに成功した春人は、釣りを開始することが出来た。エミルの隣に座って会話をする。

 

「ここに来る前は、いじめられているくらいだったし。正直、運動だって出来るわけじゃなかった。料理とかも当然のようにできないし」

「料理もですか……なるほど、あ、かかったみたいです」

 

 エミルは春人の話を聞きながらも、釣りにはしっかりと意識を集中させている。獲物がかかった瞬間を見逃さなかった。そして慣れた手つきで竿を振り上げ、ブラックバスのような魚を釣り上げることに成功した。

 

「やりましたっ」

「釣りが趣味なんて意外だったよ」

 

 もちろんいい意味での発言だ。家庭的な少女がアウトドア系の趣味も持ち合わせていれば、ギャップになり魅力の向上に繋がるケースが多いと春人も判断した。

 

「はい、小さい頃から父に教わっていまして。いつの間にか趣味になっていました」

「なるほど、お父さんの影響か。そういえば、お父さんの容態は大丈夫なのか?」

 

 話の中で突如出てきた彼女の父の話。元々、エミルと知り合ったのも、鉱山作業員として働いていた父の怪我が原因だ。エミルから、簡単な話は聞いていたが、信義の花の使用後の詳しい容態は聞いていない春人だった。

 

「ええ、お医者様の見立てでも、傷の後遺症は残らないみたいです。あの特効薬の花すごいんですね。春人さんとアメリアさんには感謝しかありません」

 

 エミルは何度目か分からないが、礼儀正しいお礼を春人に交わす。春人もこれがエミルの性格なのだと思っており、敢えて止めることはしなかった。

 

「うん、後遺症が出ないようで良かったよ。お父さんは仕事には復帰できるの?」

「はい、近く復帰の手続きが完了する予定です」

 

 春人はそれを聞いて安心した。これで、エミルの家の収入もいくからマシになると思ったからだ。酒場の収入のみでは家族の暮らしまでは難しいだろうと、春人も感じていた。

 

「エミルはお母さんは……」

 

 春人はそこまで言って後悔する。父と二人暮らしとそれとなく聞いていた彼であった為、母親はいない可能性が高かった為だ。アメリアと同じ失態をしてしまったのではないか。

 

「ご、ごめん」

「いえ、母は健在ですよ。現在は別の場所に住んでいますが……」

「そ、そうなんだ」

 

 エミルの気にしていない素振りと、彼女の母親が生きていることを確認でき、春人は安心した。しかし、自分はまだまだ会話がへたであることを再確認し、相手の立場に立つ必要があることを感じる。これ以上は聞かない方がいいだろう、春人はそこで話を終えた。

 

「あの……春人さんのご家族の方は……お元気なんでしょうか?」

 

 今度はエミルからの春人の家族に対する質問。お互いを知る上ではセオリーと言えるだろう。まだ知り合って間もない二人だ、こういう会話が必要なことは春人にもわかっていた。

 

「う~ん、元気だとは思うけど」

「……?」

 

 正直、春人は困惑していた。異世界からの転生者であることを隠す必要は特にない。アメリアやバーモンドにも言っていることだし、エミルに話したからといって、なにか不都合があるわけでもない。

 

「実は……俺は転生してきた者でさ……」

「えっ? 転生?」

 

 特に隠す必要もないので、春人はできるだけ簡単に自分が飛ばされてきた経緯について彼女に説明した。話を一通り聞いたエミルだが、特に動揺している様子はない。

 

「……そういうことだったんですね。だから、春人さんは日陰者という言葉や苛められていたという言葉を多用されていらっしゃると」

「まあ、そういうことかな。俺自身、才能が開花したという実感はあるけど、つい何か月か前までは一般人だったから」

「ふふ、おかしいと思いました。春人さんみたいに強い人が、こんなに優しく、それでいて自信がないなんて」

 

 エミルは驚くほど早く春人の内情を理解したようだ。春人ほどの実力者であれば、多少は傲慢になる。優しさは持っていても自分に自信がない者など皆無だろう。その考えは正しく、本来であれば、豊富な富を活かして女性経験などに時間を費やすことを考える者が大半と言える。

 だが、春人はそんな珍しい希少種に該当していた。強さと優しさ、そして自信の無さを兼ね備えている。傲慢さはほとんど表に出てくることはない。エミルは短時間の内にそこまで理解したのかいつまでも笑っていた。

 

「エミル、そんなに変かな?」

「いえ、春人さんのことを少し知れたから嬉しく思っているだけです。その、ほら……恋人関係ですし」

 

 反則だ、と春人は思った。表情を赤らめて話すエミルは可愛すぎる。清楚な印象と相まって破壊力はより増している感じだ。許されるのであれば、思わず抱き締めたくなる衝動になる。しかも、春人を気遣っているのか決して「偽物」といった言葉を口にしない。春人としてもこれは非常に嬉しくなってしまう。

 

「まあ……俺もエミルのことを少し知れて良かったよ」

「そ、そうですか? 嬉しいです」

 

 エミルから感じる好意的な視線。春人としても、それが偽りではないのではないかという感情を持ってしまうが、油断は禁物だ。あくまでも「偽」の恋人……過剰な期待は避けた方がいい。過去の苛められていた経験が抜け切らない事実を持っている春人は、そういった考えに落ち着いた。

 

「春人さんは、元の世界では亡くなっているのではないかとおっしゃいますが、ご両親に会いたいという気持ちはないのですか?」

「それは……」

 

 エミルの質問に考えてしまう春人。正直な話を言えば、全く会いたくないというわけではない。仲はそれほど良くはなかったが、血の繋がった家族だったのだから。しかし、それ以上に、彼の中にある二度と戻れないという実感の方がはるかに強いだけだ。

 

 また、今の生活を放棄して、また元の世界に戻りたいかと言われれば考え込んでしまう。まだまだ慣れない生活ではあるが、自分の今の立場は春人自身も恵まれているという感覚は持っていた。おそらく、今後も金銭の心配をしなくても良い人生……そして、なによりアメリアやエミル、バーモンド達とのふれあいがある。彼は今の人生が17年の間で間違いなく、生きているということを実感できる生活であると考えていた。

 

「会いたいという気持ちはあるけど……でも、あまり良好な関係ではなかったしね」

「あ、そうでしたか……」

 

 エミルも少し踏み込み過ぎたと感じたのか、表情を暗くし、俯いてしまった。春人も雰囲気がネガティブな方向に差し掛かっていると感じ取った。

 

「あれ、俺の釣竿にも食いついてる?」

「あ、本当ですねっ」

 

 竿が少し動いているのを敏感に感じ取った春人。ある意味ナイスなタイミングだと感じた春人は右腕一本でたやすく魚をすくい上げた。エミルの魚よりも大きなものであったが、春人からすれば、全く力を入れる必要がないレベルだ。

 

「すごいです、春人さん! かなりの大物ですよ!」

 

 釣りのことになると、感情のふり幅が大きいのか、エミルは相当にはしゃいでいた。春人の釣った魚がエミルの目から見ても大きいのだろう。

 

「はは、ありがとう。なんとかSランク冒険者の面目が保たれたかな?」

「あはは、そうですねっ」

 

 春人の冗談に、満面の笑みで答えるエミル。春人としてもそれは嬉しかった。先ほどの微妙な空気が一気に晴れた気がしたからだ。

春人にとって、今回のデートはコミュニケーションの勉強も多分に含んでいると言えるだろう。お互いの距離感や、相手の感情を伺ういい機会と彼も考えていた。

 

「あ、いつの間にか、けっこう時間経ってるね」

「そうですね、もうお昼です」

 

 エミルは時計を確認しながらそう言った。既にエミルとのデートを開始してから3時間近く経過していることになる。

 

「お昼どうしようか?」

「あ、春人さん。私、お弁当作ってきていますので、よろしければいかがですか?」

 

 そう言ってエミルは小さなバッグから、お弁当と思しき物を取り出した。春人も感心する。デート自体は昨日決定したことだ。それなのにも関わらず、服装もお洒落なものを用意し、事前にお弁当まで作っているとは。

 

 春人は日本の高校生を思い出していた。その高校生には自分も含まれるが、こんなにしっかりした子が居たのだろうか? 多くの高校生は基本的には母親の弁当を持参したり、購買でのパンの購入だった。

 女子についてはよくわかっていないが、彼女の16歳という年齢を考慮しても、現代日本ではめずらしい部類に入るのではないだろうか。

 もちろん、ロクに女性の友達がいなかった春人にとっては予想の範囲でしかないのだが。育った環境の違いだろうか、エミルには強力な自立心のようなものが感じられた。

 

 それは、父親の為に、自らの身体も顧みなかった依頼時の態度からも伺える。アメリカの女性であれば、こういう自立心は芽生えているのかもしれない。春人はそんな風に考えた。

 

 そして、少し離れたところにレジャーシートを敷いて、お昼のランチタイムになった。エミルが出した昼食は、春人の目から見ても相当に豪華な印象があった。

 

「こんな物を昨日の今日で作れるのか? す、すごい……」

「い、いえ……それほどでも」

 

 食材は卵焼きなど、日本にもありそうな物ではあるが、見た目の配慮や並べる時の色合いなど、プロのそれに感じてしまう春人であった。

少なくとも、自分の通っていた学校で、ここまでの芸当ができた女子生徒は居ないはず。そう確信できるほど、エミルのお弁当は完成していたのだ。

 

 

「あ……春人さんに、そこまで言われると……」

 

 エミルは恥ずかしいのか、真っ赤な顔をして俯いてしまった。春人も褒めすぎたのかと反省してしまう。

 

「あ、ごめんエミル」

「いえ、嬉しいことですので、気になさらないでください」

「あ、そ、そう? えと……食べてもいいのかな?」

「はい、お召し上がりください」

 

 エミルに促される形で、春人は彼女の弁当に手を付けた。味は……もはや、見た目の素晴らしさ以上と言えるかもしれない。

 

「旨い……こんなおいしい弁当、初めてかも」

「本当ですか? よかった……」

 

 冗談抜きにおいしい弁当に春人は感動していた。もちろん、母親の作ってくれた弁当よりも上だ。普通に飲食店のレジピとして使えるのではと思ってしまう。春人はバーモンドに提案することを考えた。

 

「ああ、本当においしいよ。素晴らしい」

「あ、ありがとうございます。あの、こういうので良ければいつでも作りますので……」

「へっ?」

 

 春人は聞き返してしまったが、もちろんちゃんと聞こえていた。エミルのその言葉は、どういう意味合いがあるのか。春人は偽の恋人関係以上のなにかを言葉に汲み取ったが、あくまでも偽の恋人関係から来る言葉であると結論付けた。

 

「あ、ああ……うん……こ、恋人だしね…あはは」

「はい、恋人ですから私たちは。春人さんも遠慮なさらないでくださいねっ」

 

 春人は少し疑問に感じた。先ほどから思っていたが、エミルの言葉には、どう考えても、「偽物」の恋人という括りが消えている感じがする。それはそれで嬉しいことではあるが、少し違和感が拭えなかった。

 

 と、その時、池の周囲を警報音のようなものがこだまする。春人は聞き慣れない音に何事かと周囲を見渡した。どうやら、警報を鳴らしているのは近くの街灯に似た建造物のようだ。

 

「あれって確か」

「モンスターの接近を告げる警報機ですね。アーカーシャの街の近くにもモンスターが来ることもありますから」

 

 アーカーシャの街は基本的に軍はいないので、街の出口付近には警報機と、モンスター避けの灯篭が設置されている。どちらも結晶石をエネルギー源としており、モンスター避けの灯篭は人間に影響が無く、モンスターのみ近づきにくい周波数のようなもので加工されている。

 

 だが、高レベルのモンスターにはほとんど効果はないようだ。その場合、警報により、モンスターの接近を知らせるシステムを取っている。

 

「確か、専門の冒険者が常駐していると思うけど」

「春人さん、大丈夫でしょうか?」

「まあ、エミルを守る自信ならあるけど」

 

 他の人々までとなるとわからない。春人は本日新調したばかりの装備を眺めながら考えていた。だが、エミルだけであればどんなモンスターが来ようとも倒せる自信が彼の中では巡っていたのだ。

 

「あれ? 春人さん?」

「え、アルマークと……イオか?」

 

 そして、警報音に合わせてやってきたと思われる冒険者。それは、ギルド本部でも何度か話したことのある相手だった。

 

 春人の前に現れた人物は二人。線の細い印象のある二枚目と言って差し支えのない人物であるアルマーク・フィグマ。青い髪をお洒落なセンター分けにしており、外見にも気を遣っている印象が伺えた。年齢は16歳であり、春人の1つ歳下になるBランク冒険者だ。

 

 その後ろに居る少女はアルマークの幼なじみでもある、イオ・アルファード。年齢はアルマークと同じく16歳になり、白い髪をボーイッシュにポニーテールにしている。性格自体も素直なボーイッシュといった印象だ。二人共、戦士系の冒険者として1年くらい前からコンビを組んでいた。

 

「あれ、春人さんじゃん! こんな所でなにしてるの? んん、はは~ん」

 

 健康的な身体で仁王立ちのように立つイオ。太ももが出ているスパッツを着用している。特に問題はないはずだが、春人としては下半身は見にくい。イオは春人とエミルの関係を察知したのか、いたずらっぽく笑い出した。

「そっか、そうだよね~。春人さんに彼女が居ないわけないもんね」

「え? イオ、つまりそっちの人は春人さんの彼女?」

「おい、イオ……! なに言って……!」

 

 思わず否定しそうになる春人だが、その言葉を言い終わる前にエミルが春人の言葉を遮った。

 

「春人さんのお知り合いの方ですか? エミル・クレンと申します。春人さんとは……えと、お付き合いさせていただいています」

 

 と、全く否定すらせずに全肯定でエミルは二人に挨拶をした。

 

「か、かわいい……エミルさんか。私はイオって言うんだ、よろしくね!」

「僕はアルマークです。僕たちはBランク冒険者で、春人さんは僕たちの目指すところですね」

 

 イオとアルマークも第一印象でエミルを気に入ったのか、明るく挨拶を交わした。

 

「私は16歳になりますが……お二人は?」

「僕たちも16歳だよ」

「ていうことは同じ歳じゃん! 仲良くしよーね!」

 

 ポニーテールを揺らしながら、イオはエミルの両腕を持って上下に大きく揺らした。彼女なりの握手のつもりなのだろう。エミルも悪い気は一切しておらず、二人に礼儀正しく、再び挨拶を交わす。

 

「ところで、二人はなんでここ居るんだ?」

「僕たちは、本日はギルドの専属員なんだ」

「ああ、そういうことか」

 

 春人もアメリアからしか聞いていないが、専属員という言葉を思い出していた。街でモンスター警戒の警報が鳴った場合に、対処する者がいないとまずいため、ギルドでは交代で専属の討伐係を常駐させている。

 1週間単位での常駐となり、基本的にはA~Cランクの冒険者、若しくは他国に在籍している冒険者がその任に当たる。ただし、Sランク冒険者は現在3組存在しているが、彼らは基本的には除外されている。

 

「専属員は大変だな」

「ま~ね、でも給金も貰えるしさ。今日はレベル28の玄武コウモリらしいから、サクっと始末してくるね」

「気を付けてな」

「はい、では行ってきます」

 

 16歳という少年少女の印象を多分に含んだ二人はそのまま街の外へと走って行った。レベル28のモンスターであれば彼らが苦労することはないはず。Bランク冒険者は基本的にはレベル40程度までのモンスターは狩れるからである。

 

「なんだか楽しげなお二人でしたね」

「うん、正直こっちが元気もらえるくらい明るいと思う、彼らは」

 

 アルマークやイオと知り合ったのは、春人はつい最近のことだ。それほど話した間柄でもないが、春人の中の好感度は非常に高かった。また、自らを尊敬の対象として見てくれる二人の為、余計にその念は強くなる。

 

「玄武コウモリの群れなら、多分彼らだけで大丈夫だと思うよ」

 

 以前にレベル25のフランケンドッグを倒したことを思い出しながら春人は考えた。春人からすれば傷1つ負うことなく、鉄の剣で倒せるモンスターだったのだ。

 

「それならいいのですが」

「うん、昼食を食べ終えたらどうしようか? 釣りの続きでもやる?」

「ええ、そうですね」

 

 警報音はまだ鳴っているが、彼ら二人は平常運転でデートを満喫した。その後は釣りをしばらく続けたあと、近くのアクセサリーショップなどを適当に周り時間を潰したのだ。そして、いつの間にか警報音はなくなり、時間も夕暮れに差し掛かっていた。

 

 

「春人さん、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。少し早いけど、解散しようか」

「はい、宜しければまた誘っていただけますか?」

「う、うん……エミルが嫌じゃなければ」

「はい……では、お願いいたします」

 

 場所を時計塔に移し、彼ら二人は甘酸っぱい会話に勤しんでいた。周りも既に春人とエミルであることは気付いている様子だ。視線が二人に降り注いでいるが、彼らは特に気にしていない。

 

「あの、春人さん……」

「な、なに?」

 

 二人の距離は縮まる。単純に時計塔の雰囲気に飲みこまれているとも言えなくはないが、それ以上のなにかも間違いなく感じさせていた。

 

「えっと……」

「エミル……」

「は、はい……」

 

 それから、春人の方から顔を近づける。エミルは想像をしていたのか、一切抵抗の様子を見せなかった。そして、彼らの唇は少しの間触れることになる。春人は17年の人生の中で初めてのキスを完了させた瞬間であった。

 

「……しちゃいましたね」

「……その言葉は色々誤解生むからやめようか」

「何言ってるんですか、キスしたのは間違いないです」

 

 バーモンドの言葉がきっかけだったこともある。周りのカップルたちも黄色い歓声を上げていた。しかし、春人はおそらくその衝動が我慢できなかったのだろう。夕暮れにエミルと時計塔で二人きり……なにもしないというのは沽券に関わることだった。

 

「い、一応確認だけど……俺たちは偽物の恋人だよね?」

「はい、そうなりますね。対外的には」

 

 そう言いながら、エミルは「海鳴り」の方向に向かって歩き出した。その後、春人が言葉の意味を問いかけても、彼女は上手くはぐらかしていたそうな。

 



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14話 同じ頃 その1

 春人とエミルがデートを満喫している間、アメリアはバーモンドから言われていた両親の墓参りへとやって来た。春人たちのことは気にはなっていたが、さすがに水を差すほど愚かなことはしない。丁度、時間もあったので、なんとなく立ち寄ったことになる。

 

「母さん、久しぶりね。あ、父さんも。二人の命日ではないけど大丈夫よね」

 

 アメリアは盗賊団に襲われた日を克明に覚えている。だからこそ、その命日に墓参りはできないでいた。どうしてもあの頃の情景を思い出すからだ。

 

「前から言っているけどさ。盗賊団は私が滅ぼしたから心配しないで。全員殺したから」

 

 同じ人間を殺害……彼女が15歳の時だ。既に相当な実力者として知れ渡っていたアメリアにとって、ただの盗賊団など敵ではない。捕まれば死刑は免れない連中、そう言い聞かせ彼女は復讐を実行したのだ。そのあとは5日は眠れない日々を送った……罪人とはいえ人の命……彼女が初めて人殺しをした瞬間であったのだ。

 

「そういえばさ、パートナーが出来たよ。運命的って言うのかしら? 初めて背中預けられる奴に出会ったかも。他にも強い人はさ、レナとかジラークさんとか居るけど……パートナーとは少し違うかな。信頼はしてるけどね」

「それは残念だ」

 

 墓場でのアメリアの独り言。それを聞いていたのか、彼女に話しかける人物が居た。アメリアは声で既にわかっていたが、後ろを振り返った。

 

「ジラークさん」

 

 現れた男は黒い甲冑に身を包んでいた。角刈りのような黒い髪を整髪料で適度に固めている。表情はバーモンドを超える武骨なものであり、モミアゲから口元に髭が揃えられていた。背中には巨大な斧を背負った、ジラーク・ヴェノム 36歳がそこには居たのだ。

 

 アメリアと同じくSランク冒険者であり「ブラッドインパルス」を率いている。そして、その背後からは白い鎧をつけた者も居た。

 

「アメリアちゃ~ん、今日もイケてるね~~!」

 

 金髪の髪をキザに掻き上げながらアメリアに声をかける男。ブラッドインパルスのメンバーであるロイド・シュターク 27歳だ。長身の二枚目という印象だが、やや軽い雰囲気を持つ。

 

「ロイドさんも……それに老師まで」

「フォッフォッフォッ、ワシらも丁度墓参りでな。奇遇じゃの」

 

 そしてもう一人、冒険者の中での最年長、オルゲン・バルサークがそこに居た。今年で78歳を迎える彼ではあるが、未だに現役の頃の力を有している。現役時代は単独で行動をしており、アメリア以外で冒険名誉勲章を得た人物でもある。

 現在は引退しているが、たまにブラッドインパルスに加入しては、各地の依頼をこなしているので、まだまだ現役との見方が強い。

 

「悪かったな、お前の墓参りを邪魔する気はなかったが」

「別にいいですけど。ジラークさんも墓参り?」

「ああ、10年前のメンバーのな」

「そっか」

 

 そう言いながら、ジラークは少し離れた墓に向かった。それに続くようにロイドも歩いて行く。ブラッドインパルスは10年前に死者を出している。現在は2人の団体だが、老師も入ることがある為、その人数は固定ではない。

 

「ふむ、ご両親の命日だったかの」

「いいえ、違うわ。今日はたまたま墓参りに来ただけ。あんまり命日に来たくないし」

「ふむ……そうかもしれんな」

 

 老師は冒険者歴50年にもなるベテランだ。アーカーシャの街が生まれる前から生きている為、街の者で知らない人間はいないほどだ。当然、彼女の両親も面識はあった。

 

「お主は一人じゃったからの……だが、今はどうじゃ? 少しは変わってきているか?」

「うん……バーモンドさんとかレナ達も、心配してくれたし。今は、春人がいるし」

「あの少年じゃな。恐ろしい才能の持ち主じゃて、若き天才が出てきているようで安心じゃわい」

 

 オルゲン老師は春人とはまだ話したことはないが、彼に対しての感想を口にした。遠目からでも分かる恐ろしい才能というところだろう。同じSランク冒険者間でも春人は既に知られている存在だ。

 

 

「アメリアよ、お主もまだ17歳じゃ。あまり思い詰めずに人生を楽しむようにな。春人くんと仲良くしなさい」

「うん、ありがとう老師」

 

 

 アメリアは単独で様々な遺跡を回り、多くの功績を短期間であげてきた。しかし、思春期の時期をそういったことに費やすのは老師としてもあまり気乗りはしない。アメリアもそれを理解しているのか、老師に対して笑顔で返した。

 

「そういえば、アクアエルス遺跡の調査って終わったの?」

「アクアエルス遺跡か? ……ふむ」

 

 

 そして、話は一変する。

 アクアエルス遺跡……アメリアが口にした遺跡は南の海岸地帯に存在する遺跡だ。全4階層と言われており、そこまで強いモンスターが登場しないことから、比較的ランクの低い冒険者でも挑戦しやすい遺跡になっている。また、観光地のような外壁や内部の荘厳かつ美麗な壁画からも、モンスターがいなければ確実に観光スポットになっていたであろう造りをしている。

 そしてアクアエルスという名称、この星の名称と同じことから、フィアゼスの遺した遺跡の中でも特別な宝が眠っているのではないかとされている。

 

 

「そう言えば、お前は嫌な予感がすると言っていたな」

 

 アメリアの質問に老師より先に答えたのが、墓参りを終えたジラークだ。手に持ったお供え物はなくなっていた。

 

「まあ、予感ってだけだけどさ」

「お前の予感ならば用心するに越したことはない。お前の心配はより強力な魔物の存在か?」

「そう、ちょっとした情報で各遺跡には隠し扉……つまり隠されたエリアがあって、さらに強いモンスターが希少な宝を守ってるって聞いたから」

「どういうことだ?」

 

 ジラークは意味がわかっていなかった為、アメリアは賢者の森でリガインから聞いた情報を話した。

 

「ほう、アルトクリファ神聖国が……それにお前達が襲われたグリーンドラゴンの存在。確かにシュレン遺跡の隠しエリアが開放された可能性は高いな」

「でしょ? さすがにレベル110のモンスターの出現はタイミングが良すぎるし、神官長のミルドレア・スタンアークはシュレン遺跡の隠しエリアの攻略を終えた可能性が高いわよね」

「そうなると、お前たちが攻略中のオルランド遺跡、俺たちが主に攻略を進めているアクアエルス遺跡……この二つにも、当然隠しエリアはあるな」

 

 アメリアは頷く。ジラークだけでなく、老師とロイドも彼らの話を理解した。

 

「ふむ、そうなるとワシらも注意せねばならんの。アクアエルス遺跡は既に4階層を探索中じゃ。その荘厳さは明らかに他の遺跡を上回っておるしな。なにか、得体の知れない物が潜んでいるかもしれぬ」

「アクアエルス遺跡は4階層でレベル50程度のモンスターだね、正直Aランク冒険者でも踏破できそうな感じだよ」

 

 オルゲン老師とロイドも各々感想を述べた。老師に比べて、ロイドはやや緊張感に欠ける意見だ。

 

「オルランド遺跡は現在7階層よ。春人が怪我してるから、単独で様子見に行っているけど……レベルは60~70程度のモンスターってところかしら」

「60~70か……」

 

 ジラークはアメリアの言葉を聞いてなにやら考え事にふけていた。アクアエルス遺跡は事前の魔法での調査から、4階層が最深層と言われている。その段階でレベル50。

 一方、オルランド遺跡は8階層構造になっており、あと1階層残っているのだ。そう考えると、オルランド遺跡のレベルは相当に高いことになる。

 

「まあ、単騎の撃破もできるレベルだから、まだまだ余裕だけど」

「さすがアメリアちゃんだ。レベル70のモンスターも全く相手にならずか」

 

 アメリアのオルランド遺跡7階層を攻略中にもかかわらず、その余裕な表情に、ロイドは素直に驚いていた。

 

「アクアエルス遺跡は、俺とロイド、オルゲン老師の3人での攻略だ。アメリアも念の為、単騎での攻略は控えるようにな。高宮春人に背中を任せた方がいいだろう」

「春人と二人で戦う時も、もしかしたら来るかもね」

 

 アメリアはジラークの忠告に感謝しつつも、余裕の語りを展開した。春人とアメリアは協力が必要ないのだ。各々の能力が非常に高いことが原因ではあるが。

 だが、もしも協力して戦えばどうなるか……どのくらいの強さを発揮するのか、アメリアはその力も楽しみではあった。

 

 と、そんな時、街中に響く警報音があった。

 



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15話 同じ頃 その2

「専属員は、もう行ったの?」

「ええ、行っているけど……西はアルマーク君とイオちゃんで問題ないけど、北の方は亡霊剣士などが徘徊しているみたいで」

 

 時間はお昼過ぎ、街中に響いた警報音の為、アメリアやジラーク達はどういうモンスターかを確認するためにギルド本部に来ていた。アメリアが現状をローラに尋ねている。

 

「レベル40超えの化け物か。ちょうどいい、俺たちが向かうとしよう」

「え? ジラークさんいいんですか?」

「どの道、街に来た場合は迎え撃つ必要があるだろう? 構わんさ」

 

 ジラークたちは専属員ではない為、モンスターを倒してもただ働きになるとローラは言いたかったのだ。しかし、ジラークはそんなことを気にする男ではない。それはロイドや老師も同じである。

 

「ふむ、イレギュラーの戦闘ではあるが、少し運動と行くかの」

「いや~、ここで格好よく討伐したら、また人気が上がるかな? まいったね」

 

 老師もロイドもどちらも戦う準備は万端といった表情をしていた。これではローラも断り辛い。

 

「すみません、ご迷惑おかけします」

「気にするな、この街があるからこその冒険者だ」

 

 まさに男気溢れるセリフと言えるだろう。ローラも思わず見惚れてしまう。ジラーク、ロイド、オルゲン老師の3人は、北のモンスターを討伐するためにギルドを出て行った。

 

「じゃあ、私も行ってくるわね」

「はあ、ジラークさん……素敵」

「聞いてないわね、これは」

 

 乙女の表情になっているローラをその場に残し、アメリアもギルドから出て行った。

 

 

--------------------------------------------------

 

 

「レベル41の亡霊剣士に、レベル47のアイアンゾンビか……なかなかの面子だな」

 

 アーカーシャの街の北より2キロ地点に亡霊剣士が4体、アイアンゾンビが5体徘徊していた。街の入り口からは2キロしか離れていない為に、抹殺対象になる。

 

「めずらしいよな、この数は」

 

 通常はアーカーシャより、5キロ圏内にモンスターが発生した場合は、そのレベルによっては抹殺になる。だが、街の近くでレベル40以上のモンスターが出てくることは稀であった。

 

「これももしかして、隠しエリア開放の反動? いや、考え過ぎかな。それにしては弱いし」

 

 ジラーク達が戦闘体勢に入る中、遅れて追ってきたアメリアは彼らの背後でホワイトスタッフを片手に暇を持て余していた。

 

「ゲロゲロゲロ~~! ゲエエエエエエ!」

 

 アイアンゾンビ達とは別に出現していた、レベル4のお化けガエルを捕まえて舌を引っ張りながらアメリアは遊んでいた。カエルは痛そうに叫んでおり、他にも7体ほど出現していたが、痛がっているカエル以外はとっくに倒されていた。

 

「ジラークさん、加勢入ります?」

「お前は何を遊んでいるんだ……? 加勢はいらん。こいつらはブラッドインパルスが倒すさ」

 

 カエルで遊んでいるアメリアを見て、なんとも言えない感情になるジラーク。彼女の加勢は断った。元々、加勢を頼むつもりはなかったが。

 

そしてSランク冒険者パーティ「ブラッドインパルス」は3人それぞれが目の前の敵を見据えた。

 まず最初に飛び出したのはジラークだ。彼は大斧を武器としており、背中に携えたそれを両腕に持ちながら、亡霊剣士に飛び込んでいく。戦闘スタイルは春人に近いところがあり、魔法は使わないが、圧倒的な攻撃と防御で敵を寸断するのだ。

 

「ふんっ!」

 

 ジラークは構えたブラッドアックスを上段から一気に亡霊剣士目がけて振り下ろした。亡霊剣士もその大振りを手に持つ剣でガードするが、もちろんそんなことでガードができるはずはなかった。ガードした剣は砕け散り、そのまま亡霊剣士の顔面にアックスは命中した。一刀両断のようにジラークのブラッドアックスは亡霊剣士を縦に切り裂いた。

 誰の目から見ても分かる完璧な一撃により亡霊剣士の1体は絶命したが、まだ周囲には亡霊剣士が3体徘徊している。危険を察知したのか、他の亡霊剣士たちはジラークに一斉に飛びかかってきた。

 

「俺の存在を忘れてもらっては困るぜ!」

 

 ロイドの持つ武器は美しい弓。そこから放たれる闘気の矢は、彼が作り出す弾数無制限の矢であり、高速で亡霊剣士の1体を射抜いた。だが、まだ仕留めていないため、彼はすぐに2撃目、3撃目の矢を放つ。闘気の矢のため、全て手元から瞬時に作り出されるようだ。

 

 ロイドの連続の弓矢攻撃により、2体目の亡霊剣士も沈んで行った。残りの亡霊剣士は2体。……のはずだが、ジラークがその間に1体を粉砕していた。彼の持つ赤い文様の入ったブラッドアックスはモンスターを攻撃した時の威力に応じて、体力が回復するエンドレスに戦える構造になっている。相手が死霊系であろうが、体力は回復するため非常に高性能な武器の一つだ。

 

「アイアンゾンビの相手はワシか」

 

 そして5体のアイアンゾンビの前に老師は立ちはだかる。彼は風属性の魔法を得意としており、素手から発生した風の塊はそのままアイアンゾンビ目掛けて飛んでいく。

 

「ぐるるるっ!」

 

 アイアンゾンビの強靭な皮膚を切り裂く風の弾丸……命中したアイアンゾンビは相当なダメージを負ったのかよろめいた。しかし、倒すには至らない。反撃とばかりに、アイアンゾンビは老師目掛けて徒党を組んで迫ってきた。

 

「ふむ、さすがはアイアンゾンビ。あの程度の攻撃では倒せぬか。ではワシも本気で行くとしよう」

 

 目の前に迫るアイアンゾンビを前に、オルゲン老師は目つきを一変させる。現在の彼は本来の攻撃スタイルである格闘術へとパターンを移行させていた。そこに普段の穏やかな彼の姿はなく、鬼の形相が存在していた。

 

「ふんっ!」

 

 アイアンゾンビの顔面にめり込む強力な掌底。その一撃は強烈であり、アイアンゾンビの顔面を粉々に吹き飛ばしたのだ。いくら死霊系とはいえ、顔面を破壊されて動くことは叶わない。そのまま身体は溶けて行った。

 

「すごい、さすが老師。腕が衰えてないというのは本当ね」

「ゲエエエエ……!」

 

 相変わらずお化けガエルで遊んでいるアメリアは、老師の戦いを後方から見ていた。彼の動きはその場所からでもわかる程に洗練されており、50年の大ベテランという風格すら漂わせていた。

 一撃ごとにアイアンゾンビの頭数は確実に減って行く。

 

「アメリアよ、1体欲しいかの? 暇であろう」

「あ、さすが老師。こっちにいただいてもいいですか?」

 

 アメリアの声が明るくなる、どうやら本当に暇だったようだ。お化けガエルの長い舌を蝶々結びにして遊んでいた彼女は、カエルの舌を元に戻してやった。老師は彼女の言葉を聞いて、1体だけアイアンゾンビを残し、うまく彼女のところへ誘導する。

 

「あんたは行きなよ。きまぐれで助けてあげる」

「ゲロロ……?」

 

 そして、今まで遊んでいたお化けガエルを解放した。カエルは一瞬戸惑っていたが、老師が敢えてアメリアの方向に行くように誘導したアイアンゾンビが近づいて来た為に、解放されたお化けガエルは一目散に逃げて行った。

 

「さ~て、悪いけどあんたは死んでもらうわ」

 

 そう言いながらアメリアはホワイトスタッフを構える。そして中に仕込まれている剣を取り出した。

 そして、彼女は仕込み杖を超高速で振り抜き、一瞬の内にアイアンゾンビの首を切り飛ばす。同時に両腕も切り落としていた。その剣速は老師ですら追いきれない程に速い。

 

「見事じゃの、フォッフォッフォッ」

 

 成長した孫を見るような表情で老師はアメリアの戦闘を賞賛した。既に戦闘を終えていたからか、彼はいつの間にか穏やかな老師へと戻っている。

 

「完了っと。向こうも終わったみたいですね」

「そのようじゃな」

 

 アメリアと老師の視線を向ける先、ジラークとロイドの二人も既に戦闘を終了させていた。彼らの前には大量の結晶石が散乱している。これをもってアーカーシャの北に出現したモンスター討伐は終わりを迎えた。

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

「ジラークのメンバーと一緒に専属員として戦ったのか?」

「うん、まあね」

 

 時間は夕刻過ぎ。いつも通り「海鳴り」にてバーモンドと話しをしているアメリア。昼間の警報音の鎮静化に出向いたことを彼に話した。アメリア含め、4人のSランク冒険者が一同に参加していたことが何よりの驚きのようだ。

 

「敵もけっこうな強敵だが、こっちの面子ははるかに上だな」

「まあね、お化けガエルは勿論、亡霊剣士なんかも大したレベルにならないわね」

「ジラークの奴は元気だったか?」

 

 バーモンドの優しげな質問にアメリアは静かに頷いた。一回り近く年齢は離れてはいるが、バーモンドが現役の頃はジラークと親しかったのだ。それはアメリアも聞かされていた。

 

「あの野郎、最近は酒場に来ないからな」

「照れくさいんじゃない? あれでジラークさん照れ屋っぽいし。実力はまた上昇してるかもよ、ブラッドアックスのエンドレス攻撃も健在だし」

「マジか……俺は、結局はAランクには行けなかったからな。当時からあいつとの差は感じていたが……さらにとんでもない差ができてるんだろうな」

 

 バーモンドは現役時代はBランクの冒険者であり、当時のジラークもAランクの冒険者として活躍していた。10年以上前の話にはなるが。

 

「そういえば、もうすぐ三国の会談か……」

「そうだな、要人の方々も集まってきてるはずだぜ。また、例の如くぴりぴりした状況になりそうだな」

「うん、それに今回はもっと色々起こりそうだし」

 

 賢者の森での暗殺者リガインの言葉を再び思い出すアメリア。アルトクリファ神聖国がどのように出てくるのか……それに他の二国も黙ってはいないだろう。比較的平和だった去年までの会議とは違い、緊張の糸が一気に切れる可能性すらあるのだ。アメリアはその辺りを若干危惧していた。

 

「あれ、アメリア?」

「ん? 春人じゃない。それにエミルも」

「こ、こんばんは」

 

 そんな時、「海鳴り」の入り口から入って来たのは、デートを終えたばかりの二人であった。アメリアの姿を見て、どこか緊張している印象だ。

 

「そういえばデートだったっけ? 楽しかった?」

「う、うん。もちろん」

「はい、とても楽しかったです」

 

 アメリアは昨日のように二人を見ただけでは機嫌は悪くならなかったが、どこか二人の雰囲気に違和感を感じた。なにか達成した時のような余裕が感じられたからだ。

 

「それでは、春人さん。私は先に部屋に戻りますね。また後ほど」

「わかった。またね」

 

 おかしい……なにか今朝までとは違う雰囲気を二人の間で共有している。アメリアの心の中にはそういった感情が渦巻いていた。

 

「アメリア……? どうした?」

「べっつに」

 

 アメリアは昨日の再燃というわけではないが、声のトーンが下がっていた。春人もそれを感じ取ったのか、若干脅えている。

 

「で、春人? キスは済ませたの?」

「な、なんでそれを……!? 見てたのか?」

 

 カマをかけただけのアメリアだが、どうやら図星だったようだ。春人は顔を真っ赤にしてアメリアに聞き返している。

 

「初デートでいきなりキスとかやるわね、ホント」

「あ、いや……雰囲気でさ……ほら」

 

 春人はもはや隠しきれないと思ったのか、明後日の方向を見てアメリアには視線を合わせなかった。通常のデートであればそれくらいは普通かもしれないが、偽のデートである。アメリアの表情は明らかに強張っていた。

 

「どういうつもりよ? 偽物の恋人関係なわけでしょ? もしかして本気で好きになったの?」

「い、いや、その……なんとなく、時計塔の前だし雰囲気がそういう雰囲気かなって……!」

 

 今にも羽交い絞めにしそうな勢いでアメリアは春人に迫って来ていた。そんな様子をバーモンドはカウンター越しに見ている。

 

「はっはっは、やるじゃねぇか春人。まあ、そんくらいした方が目立つしな。これでエミルの安全も多少は向上しただろ」

 

 春人への助け舟なのか、バーモンドは彼をフォローするような形で発言した。アメリアとしても、バーモンドの的を射た発言内容を聞いて少し冷静になる。

 

「あ、まあ……エミルは安全になったかもしれないけど」

「元々はエミルの安全を守る上でのデートだしさ」

「う、うん……」

 

 アメリアは少しずつしぼんでいった。思わず勢いを出してしまった為に、どうしたらいいのかわからなくなったのだろう。

 

「な、納得してくれた?」

「え、ま、まあ……そういうことなら」

 

 アメリアは素直に春人に言った。今の彼女からはしおらしさすら感じる。

 

「春人、お前も本当に罪な奴だな。まあ、提案した俺が言うのもなんだが……ま、これからも楽しめよ。はっはっは、こんな態度のアメリアはマジでめずらしいからな」

「バーモンドさん……」

 

 春人たちの関係性を理解しているのか、バーモンドは大笑いをしていた。そんなバーモンドにアメリアは心中を見抜かれた恥ずかしさを感じ取り、近くにある小物を投げ込んだそうな。

 



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16話 円卓会議 その1

 

 バーモンドの酒場「海鳴り」……毎年のことではあるが、この時期は酒場の内部もその話題で持ちきりになるのである。いわゆる円卓会議と呼ばれるアーカーシャの街の周辺三国のトップが集う会議だ。

 

 お互いがアーカーシャに権力の象徴となる建物を建て、資金提供を行い冒険者の支援などを行う。分割統治となっているアーカーシャではあるが、今は結晶石の重要性などからも少しでも優位に立ちたいと思うのが三国それぞれの考えでもあった。

 

 

 円卓会議は最高権力者の集う場となる為、その護衛として出てくる者達もいずれも実力者揃いとなる。襲撃などが起こる可能性が高く警戒が必要な時期となるが、それ以上に実力者が集まることで安全性の方が増しているのが現状だ。

 

 

 

「え? アーカーシャの独立?」

「まあ、そんな話は以前から出ていたが、今回の会議で本格的に持ち出すつもりらしいぞ。アメリアの方が詳しいだろ、そういうのは」

 

 アメリアとしてもローラなどからの話でそういう情報は仕入れてはいるが、個人的には乗り気ではない。彼女は生まれ育った地が戦火に巻き込まれるのは好まないのだ。

 

 

「円卓会議で独立の発表か……なんだか情勢がものすごく動きそうだけど」

「はい……私も少し不安かもしれません」

 

 ここにきて間もない春人はともかく、エミルも会談の結果どのようになるのかを心配していた。彼女からすれば、父親の働き先である鉱山がどうなるかという不安が大きいのだろう。

 春人も日本のことを考えていた。日本も海を隔てた国との争い紛いのことは良く起こしている。1つの島を巡っての主張などがそれに該当するが、今回の円卓会議はまさに、それに当てはまると言えるだろう。

 

 

「といってもまだ1週間あるし。春人、良かったらギルドに様子を見に行かない?」

「そうだね、行こうか」

 

 

 そう言って、彼はすっかり治った左腕を適度に振り回した。腰にはユニバースソードを装備し、腕には例の闘気を収束させる籠手を付けている。

 

 

「春人さん、アメリアさんもお気を付けて」

「大丈夫よ、エミル。ギルド本部に行くだけだし」

「じゃあ、行ってきます」

「おう、気を付けろよ、今は殺気立ってるからな」

 

 

 春人とアメリアの二人は、バーモンドとエミルの二人に見送られて酒場を後にした。

 

 

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 円卓会議まで1週間となっており、各国の権力者も集い始めた今日。冒険者ギルドもそれに併せて殺気立っていた。

 

 

「あらら、去年以上に殺気立ってるわね、今年は」

「すれ違ったことがある冒険者もいるけど……知らない冒険者も多いな」

 

 ギルドの扉を抜け、ソード&メイジの二人は入った。いつも以上に多い冒険者の視線が春人たちに集中する。

 

「要人の護衛をしている連中はここには来ないからね。あとは遠征メンバーとか。国のお抱えなんかもいるでしょ」

「めちゃくちゃ視線感じるんだけど……」

「堂々としてればいいのよ。畏怖の視線と、円卓会議で殺気立ってるから、敵意の視線の両方が入り乱れてるだけ」

 

 春人とは違い、アメリアはすっかり慣れている様子だ。春人も少し冷静になり周囲の視線を感じ取る。確かに、敵意ばかりではなく、畏怖している者もいるようだ。少し前に達成したグリーンドラゴン討伐も明らかに含まれているのだろう。

 

 春人がグリーンドラゴンを討伐して2週間ほどになるが、彼の腕はそれだけの期間で完全に治っており、これも彼の自己治癒力の高さと言えるだろう。新たに手に入れたユニバースソードを腰に下げ、春人は颯爽と歩く。

 

 グリーンドラゴン討伐の噂は冒険者の間に広く駆け巡っており、その功績は高く評価されていた。3つ存在するSランクパーティの中でも総合能力は最強との噂もあるくらいだ。

 

「私達はSランク冒険者。今、敵意の視線を向けているのはCランクくらいの冒険者よ。相手するだけ無駄だから、春人に傷1つ付けられないって」

 

 アメリアは全く視線を気にしている素振りは見せない。近くの空いているソファーに腰かけながらそう言った。春人も隣に座る。強者ほど、単純な敵意は見せないということだろう。

 

「Cランク冒険者って、どのくらいなんだ?」

「オルランド遺跡の入り口も入れないわよ。別にそれを見下すつもりはないけど、意味もなく敵意の視線を向けてくる奴らは別ね」

 

 アメリアはわざと大げさに脚を組んで見せた。気にしていない素振りはしていたが、気分は良くないようだ。

 

「春人は自分の実力の高さに優越感を感じていればいいのよ。それが上位者の務めだし」

「本気では言ってないと思うけど、敵が多かったんだな」

「まーね」

 

 春人は改めてアメリアの7年間の苦労を想った。年若い少女一人での探索……危険なものはモンスターばかりではなかったはずだ。

 

「危険もたくさんあったんだな」

「もちろん、涙なくしては語れないこととか色々ね」

 

 アメリアは笑顔を絶やさずに言った。その表情が春人にとっては辛さの裏返しと映ってしまう。

 

「年若い彼女は、男の魔の手にやられてしまい……同情致しますわ」

 

 そんな時、春人の隣から艶やかな女性の声が聞こえた。

 

「誰かと思ったら……レナじゃない」

 

 アメリアは現れた女性の名前を口にする。春人も振り返って女性に目をやった。その女性はどこかのお店でダンスでもしているかのような踊り子の服を着ていた。腹は大きく出ているので露出度は高い方だが、下に穿いている物は比較的厚手の物だ。

 

 砂漠にでも住んでいるのか、頭にはターバンを巻いている。適度に日に焼けた健康的な肌をしていた。そしてもう一人、彼女の後ろには瓜二つの顔をした女性の姿もあった。服装も似ているので見分けがつかない。髪の長さで判断するしかない状況だ。

 

「うふふ、お初にお目にかかりますわ。わたくしはレナ・イングウェイと申します。こっちは双子の妹のルナ・イングウェイ。高宮春人さま、お噂は聞いております」

 

 レナは春人に深々と頭を下げた。春人は思わず恐縮してしまい、慌てて頭を下げる。名前を知られていたことに驚いたが、自分の名前は知れ渡っていることを遅れて理解した。

 

「ど、どうもご丁寧に……レナさんと、ルナさんですかね?」

「……ん」

 

 春人はルナの方にも目をやったが、彼女はほとんど無言でなにを言ったのか聞き取れなかった。

 

「申し訳ありません、ルナは少し人見知りでして。もう私達も19歳になりますのに恥ずかしいですわ。一応、Sランクの称号は頂いているのですが」

「レナとルナはコンビよ。「ビーストテイマー」というパーティでSランク冒険者よ」

 

 アメリアが彼女たちの紹介を捕捉した。レナもアメリアに向き直る。

 

「久しぶりですわね、アメリア」

「レナもね。最近見てなかったけど、遠征でもしてたの?」

「いえ、故郷に帰っておりましたわ。すこしのんびりさせていただきました」

 

 二人の会話を見て、旧知の間柄ということを悟った春人。彼の記憶でも彼女たちを見たことがなかったが、休暇を取っていたとのことで納得がいった。

 

「で、円卓会議で戻って来たと。ホントこの時期は面倒よね」

「うふふ、そうですわね」

「あ、あとさっきの話だけど、襲われてないから! 全部叩き潰してるわよ、間違えないでよね」

 

 春人はアメリアがなんのことを言ったのかわからなかったが、過去の7年間の話だったことを理解した。彼女の発言から、襲われかけたが全て倒しているということだろう。貞操は守られているということを聞いて、少し春人も安心する。

 

「春人さまに誤解を与えたままというのが嫌なんでしょうけど、そんなに素早く否定しなくても冗談でしてよ」

「べ、別に春人は関係ないし……」

 

 少しアメリアは口ごもったが、春人は聞き流していた。

 

「そういうことにしておきましょうか。ところで春人さま」

「は、はい……なんです?」

 

 ターバンを巻いた美しい女性の顔が近くまで来る。年上の女性ということもあり、すこし緊張してしまう春人であった。ターバンから出ている髪はやや茶色がかっており、後ろ側に全て髪を下していた。ちなみに、ルナは髪が肩にかからないくらいの短さになっている。

 

「先ほども話題になっておりましたが、春人さまはグリーンドラゴンを単騎で倒されたとか」

 

 レナはそれほど大きな声で話しているわけではないが、Sランク冒険者の話。聞き耳を立てている者も多かったのか、彼女の話に合わせてどよめきが鳴った。

 

「ええ、まあそうですね……強敵でしたが」

「レベル100を超えるモンスターを……しかも鉄の剣で倒されたとお伺いしましたわ」

「はい……ただ、アメリアと二人がかりで討伐するべきした。100%倒せる手段があったのにそれを怠ってやられてしまっては意味がないと学びました」

 

 レナの眼には春人の言葉は謙虚に映ったのか、感銘を受けているような素振りを見せた。ドラゴン討伐自体は既に周囲にも知られていることだが、本人から改めて言われると、周囲の印象も違うようだ。相当にざわついている。

 

「感動致しますわ。それだけの偉業を成し遂げても決して奢らない態度。わたくしも学びたく存じます」

「春人の性格だと思うけどね。ところで、グリーンドラゴンってレナ達は召喚できないの?」

 

 アメリアの言葉で話題は双子の姉妹へと移った。

 

「まさか……グリーンドラゴンはできませんわ。基本的に、モンスターを召喚したり創り出す場合は、自分よりも弱いモンスターしか生み出せませんのよ」

「あれ? あんたってグリーンドラゴンより弱かったっけ?」

「さて、どうでしょうか? あまり買い被られても困ってしまいますわ」

 

 レナはアメリアの質問に対して、スタイルの良さを強調するかのように大げさにポーズを取って答えた。かなりはぐらかしている回答ではあるが。アメリアはレナのことをわかっているのか、とくに深い突っ込みは入れない。

 

 

「まあ、グリーンドラゴンは召喚できないということね。でも召喚士としての能力でレナ達より上の人なんて知らないけど」

「わたくし自身も存じませんわ。まあ、グリーンドラゴンの召喚はできませんわね。グリーンドラゴンは」

 

 少し含みのある笑みを彼女はアメリアに向け、敢えて強調するように「グリーンドラゴン」という単語を2回使った。これがどういう意味なのかは、春人にはわからなかったが、アメリア自身は気付いているようだ。

 

「……あんたって案外、秘密主義よね」

「それはお互い様な気がしますわ。アメリアも実力の底を見せないという意味では」

 

 レナとアメリアは両者とも自信に満ちた笑みを浮かべていた。春人は気付かなかったが、底を見せない二人の腹の探り合いといった様相が伺えた。

 



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17話 円卓会議 その2

 ギルドの内部は殺気立っていたかと思ったが、先ほど語られていたSランク冒険者の会話で話題は変化していた。ドラゴン討伐の話が先行していき、殺伐とした空気は少し和らいだと言える。だが、それは必ずしも全てにあてはまるわけではない。

 

 

「やはりドラゴン討伐は事実だったか」

「ああ、高宮春人って奴はいよいよ危険ですな~ほほほほほっ」

 

 春人たちには聞こえないギルドの奥。その場所では何人かの冒険者が不穏な雰囲気を流していた。春人について話しているのは「ハインツベルン」と呼ばれるパーティである。

 

3人パーティであり、リーダーの男はゴイシュ・ダールトンと呼ばれる男である。武骨な表情はしているが、ジラークとは違い、全く誠実さのかけらもなく品性も感じられない。

 

「アルゼルさん、奴らの会話聞きましたか?」

「お前らの声が五月蠅いからな、嫌でも聞こえてくる」

 

 まだ若いが、鋭い目つきに荒んだ頬骨をした男が立ちあがった。纏っている雰囲気は周囲の冒険者とは明らかに異質だ。

 男の名前はアルゼル・ミューラー。Aランク冒険者に該当するソロの冒険者である。先ほどまで騒いでいたゴイシュ率いる男たちはCランク冒険者パーティである為、組んでいるというわけではない。

 

「例の計画がうまく発動すれば、俺たちがアーカーシャを牛耳れるかもしれないってことですよね?」

「はは、女にも困らなくなるな」

「へへへ、それは願ったりですな。正直、寄宿舎のトップってだけでは飽きてますんで。女に不自由しなくなるだけでも願ったりですわ」

 

 上機嫌にゴイシュはアルゼルにすり寄るように話しかける。年齢で言えば30歳のゴイシュはアルゼルよりも歳上になるが、そんなところを気にしている素振りはない。

周囲の男たちが下衆な会話をしている最中、アルゼルはソファーに座って話している春人たちを見据えていた。

 

「アメリアにレナ、ルナか……全員いい女だな」

「へへへ、あれだけの上玉グループ。なかなか居ないと思いますぜ」

「召喚士のイングウェイ姉妹……健全な踊り子としても活躍はしているみたいですが、ああいう女はぜひ同じ召喚士として楽しみたいですな。健全ではない踊りをさせるというのもよろしいかと」

 

 アルゼル、ゴイシュの会話に割って入って来たのは、ゴイシュと同じパーティの召喚士を務めている男だった。名はジスパ・ナドールと言う。33歳にはなるが、Cランク冒険者として召喚魔法を駆使して戦う男である。

 

「ジスパか、まあお前でもあのイングウェイ姉妹の相手は無理だ。お前が呼び出せるのはせいぜいレベル15のゴブリンの群れくらいだろ」

「ほほほ、ゴイシュ殿。レベル20の首長イタチの召喚も可能ですぞ」

 

 

 ゴイシュとジスパ、二人の会話が嫌でも耳に入ってくるアルゼルは思わずため息をついた。

 

「わざと言っているのか? レベルが低すぎる話だ。あそこに座っている者達の実力を分かっていないのか?」

「これは失礼。しかし、Cランク冒険者の我々はこういった会話が限界でしてな。あなたや、向こうの者達とは違いますよ」

 

 アルゼルの煽りとも取れる挑発にゴイシュが一歩も下がる気配はなかった。強さの差こそあれど、肝のすわり方は一流ということか。

 

「それに、そう言った実力差を覆す為に、名のある賞金首や犯罪者で構成された私設軍があるんでしょう?」

「声がでけぇよ、誰かに聞かれたら殺すぞ」

 

 アルゼル・ミューラーは常に周囲を警戒していた。誰も聞いていないことはわかっていたが、敢えてゴイシュに忠告する。さすがのゴイシュも黙らざるを得なかった。

 

「では、最後に確認致しますが……計画が上手く行けば俺たちも女に困らない、そういうことですな?」

「ああ、そういうことだ」

 

 アルゼルの返答を聞いて、再びゴイシュやジスパはソファーに座っているアメリア達を見据えた。心なしか舌なめずりをしているようにも見える。

 

「ま、お前らは使い捨てだがな」

 

 ゴイシュ達には聞こえないようにアルゼルは最後にそう言った。

 

 

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「やっぱり、アーカーシャが独立するって話は今回の議題にもなるわけね」

 

 レナとルナも春人とアメリアの対面に座り、彼女らの会話は盛り上がっていた。

 

「その通りですわ。会場には私達か、ソード&メイジの方々に護衛を頼みたいという意見も出ております。ギルド長のローレンス様直々の頼みですわ」

「まあ、会談に参加するなら護衛も必要だし、ローレンスさんになるわよね」

「ちょっと待って。それって凄い名誉なことなんじゃ?」

 

 護衛の話についていけない春人は話を整理する意味でもアメリア達に問いかけた。

 

「……とても名誉なこと」

 

 意外にも彼の問いかけに答えたのはルナだった。

 

「まあ、名誉だけど……独立か」

「あなたは昔から賛成派ではありませんでしたね。独立というのはいい案ではあります。冒険者の戦力を考えれば可能ですし、結晶石も豊富。中途半端な中立の立場では何時、他国に侵略されるかわかりません」

 

 春人やアメリアは敢えて口にしなかったが、二人の脳裏には暗殺者のリガインの言葉が浮かんでいた。アルトクリファ神聖国も宣戦布告をする可能性がある……。

 

「色々気になることもあるし、1週間後の会談に出てから決めればいいか」

 

 アメリアもそう言って、特に結論を急ぐ様子はなかった。彼女としても考えがあるようだ。

 

 

 

「独立、中立それぞれ問題がありそうだな」

「あんたは……」

 

 

 アメリア達の会話に突然、割って入ってきたのは、アルゼル・ミューラーだ。黒く長い髪を掻きあげながら、アメリアを見下ろす。その鋭い視線に嫌悪感を感じたのかアメリアは少し引いていた。

 

「盗み聞きとは感心が行きませんね、ミューラー」

「美しい娘には名前で呼んでほしいもんだな、レナ。しかし、これほどの上玉を3人もギルドではべらすとは大した身分だな、高宮? ん? 新人冒険者風情が何様のつもりだ?」

 

 これでもかと言わんばかりの煽り……春人もすぐに理解できた。春人はアルゼル・ミューラーから高校時代の理不尽な連中の面影を感じた。自分には完全に合わない男……それが春人の答えだった。

 

「羨ましいか?」

「あ? 喧嘩売ってんのか、クソ餓鬼が」

 

 冷静に返した一言だったが、アルゼルもまた冷静ではあった。しかし、神経を逆なでするような口調。おそらく意識的にそのような口調をしていることに春人は気付いた。

 

「はっはっは、冗談だよ。ビビるなよ、ぼくちゃん。おめぇが怒ったりしたら、この毒ガスの瓶を誤って落としてしまうかもしれないだろ? 大参事じゃねーか」

「あんた、いい加減にしときなさいよ。こんなところで毒ガス云々、しばらく意識飛ばしてあげようか?」

 

 アメリアはこの時、普段は見せない怒気を飛ばしていた。それほどに、アルゼルの言葉が不快であったと言えるだろう。パートナーの春人も感じたことがない。春人やレナ達もその怒気には少し委縮してしまったが、それはアルゼルも同じだった。

 

「はっ、少し調子に乗り過ぎたか。アメリアを怒らせる気はなかったんだが……じゃあな、ぼくちゃん」

 

 アメリアの態度に驚いたのか、アルゼルは素直に引き下がって行った。

 

「アメリア、今の奴は? なんというか……不快な奴だ」

「アルゼル・ミューラー 24歳くらいだっけ? 性格が最悪なのよ、冒険者の中でも。平気で一般人も傷つけるし」

「……何度か声をかけられたことがある。本当に……最低」

 

 無口なルナもアルゼルに対する不満はあるようだ。去って行った彼を見送りながら、睨みつけていた。

 

「実力が伴っているのが始末に負えません。Aランク冒険者で単騎での行動をしている程ですから」

「オルランド遺跡にも行けるのよね、あいつ。出会いたくないけど……春人も気にしないでよ? 私達と話してるのは、あんたの才能なんだし誇っていいんだから」

「そうですわね、春人さまは聡明な印象を受けます。今度デートなどいかがですか?」

 

 突然のレナの誘いに思わず顔を赤くする春人。社交辞令かもしれないが、そのように言われるのは悪い気はしないようだ。春人の脳裏にはこの2週間で3回程デートを交わしたエミルの乾いた笑いが頭をよぎっていた。彼は雑念を振り払う。

 

「申し訳ありません、レナさんにお誘いを受けるのはとても光栄なんですが」

「あらら、振られてしまいましたわ。そうですわね、春人さまにはもっと素敵な方がいらっしゃるようですし」

「……エミル・クレン。「海鳴り」の看板娘。すごく美人で性格もいい」

 

 知られている……春人としては一瞬は驚いたが、それもそのはずだった。元々は街に噂を流すために行ったデートなのである。時計塔でのキスも実行したのだ……。知れ渡っていなければ意味がないとさえ言えるだろう。

 

「よかったわね、春人。可愛い彼女出来て」

「アメリア……わかってるだろ?」

「知らない、満更でもないくせに」

 

 満更でもないのは事実だが、あくまでも恋人同士を装ってるに過ぎない。それはアメリアも知っているが、彼女の機嫌はあまり良くないようだった。

 彼ら二人の会話を見て、レナは何かを悟ったのか怪しげに笑い出した。

 

「なにやら事情がありそうですわね。アメリア、がんばってね」

「なにを?」

「うふふ」

 

 レナの怪しげな言葉に怪訝そうな顔を見せるアメリア。レナは笑うだけでそれ以上深く突っ込んで行くことはなかった。

 

 



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18話 円卓会議 その3

 時計塔近くに位置するアルトクリファ神聖国の教会。円卓会議の当日になった本日、神聖国の最高権力者である大神官ヨハネスはその場所に滞在していた。当然、この期間は教会内に一般人が立ち入ることはできない。護衛である神官たちが列を作っている為だ。

 

「本日は記念すべき日になりましょう、我らがフィアゼス神よ」

 

 

 ヨハネスは教会内部に配置されている銀の女神像の前でそうつぶやき跪いた。英雄フィアゼスへの敬意を込めたものであり、神聖国ではごく一般的に見られる光景だ。彼の隣では同じく跪いた男の姿があった。

 

「首尾はどうだ? ミルよ」

「はい、賢者の森の遺跡の隠し扉の先の宝は回収完了です。至高の杖と法衣を獲得致しました。フィアゼスの宝の中でも一段階高い希少性、強さを発揮する物と思われます」

 

 大神官の質問に的確な回答をしたのはミルドレア・スタンアーク。シュレン遺跡の隠し扉を開放した男である。大神官の下の階級の神官長の一人であり、事実上神聖国最強の人間と呼ばれている。白く短めの髪を適度にすいており、どこか気だるげな瞳をしている。教会の法衣を身に着けている為、余計に分かり辛いが相当な筋肉質な男である。

 

「隠し扉内にて、ミノタウロスと交戦になりました。打倒しましたが、例のトラップも発動したようなので、周辺にそのクラスの魔物が出現する可能性はあるかと」

「さすがだミルよ。レベル99のミノタウロスを一蹴するとは。だが、隠し扉内はやはり危険なモンスターが守っているようだな。それだけでも収穫だ」

 

 実際にミルドレア自身は確認していないが、彼も隠し扉を開けたことにより周辺にミノタウロス前後のモンスターが出現するようになることは予期していた。レベル110のグリーンドラゴンがまさにそれに該当するが、今後も現れる可能性はあるだろう。

 

「サイトル遺跡、オルランド遺跡の隠し扉の探索も進めよ。我らがフィアゼス神に報いる為にな」

「……フィアゼス神ですか。彼女は一介の冒険者であったと聞きます。もちろんその才覚は天地神明以上と聞いておりますが、フィアゼスは神ではないかと」

 

 ミルドレアは大神官にそう告げると、そのまま立ち上がりその場を後にした。

 

「フィアゼスは人間だと言いたいのか? ミルよ、お前の信仰の希薄さは自らが最強であるという自負の裏返しだろうな」

 

 大神官は去って行く最強戦力を温かい目で眺めていた。通常このような態度は許されないが、何事にも例外はある。ミルドレアはそんな数少ない例外に該当していた。

 

 

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「ミル! ヨハネス様に失礼じゃない! あなたは思ったことを言い過ぎよ!」

「エスメラルダ……そうかりかりするな。美人が台無しだぞ」

 

 教会の外に出るや、同じ外套を纏った女性に叱責を受けるミルドレア。彼女はエスメラルダ・オーフェン。ミルドレアと同じく神官長の地位に立つ人物である。宝石のような瞳を持ち、ヘアバンドで飾られた緑の髪は、彼女の愛くるしさを強調している。ミルドレアのお目付け役のしっかり者で、神聖国でも彼女を慕う者は非常に多い。

 

「どうして大神官様にもああいうこと言ったの?」

「ジェシカ・フィアゼスが神だと? 彼女は人間だぞ? 歳を取らぬ人ならざる者になっていたのかもいれないが作り自体は人間だ。神と崇め奉るのは彼女に対しても失礼ではないか? 神聖国の信仰など彼女にとっては余計なことだろうな」

 

 ミルドレアは独自の見解を述べるが、エスメラルダには届かない。

 

「フィアゼスが人間なのか、そんなことはどうでもいいのよ! 要は彼女が世界を手に入れて英雄と呼ばれた事実が重要なんだから。それから、彼女の意志を継いだ私達の先祖が神聖国を作ったんでしょ? フィアゼスを信奉するのは自然の流れじゃない!」

「フィアゼスは死亡したのかもわかっていない。姿を消した彼女を都合の良いように解釈した者たちが神と奉り国を建国、市民から寄付金を奪い至福を肥やしたのだろう。1000年も経過しているのだ、事実など誰もわからんさ」

 

 エスメラルダは21歳であるが、22歳になるミルドレアの歪曲した考えには以前から賛同できないでいた。ある種、才能が有り過ぎる者の屈折した考えなのかもしれない。

 

「ミル、私はあなたのこと尊敬しているけど、その考えは神官長失格よ」

「過去の偉人をいつまでも信奉し続ける方が余程異常だ。過去の偉人に対して失礼だし、未来を見据えていない」

「言いたいことはわかるけど……つまり、ミルは自分が一番強いって言いたいのよね? 自分を崇めろと……あなたにしか言えないセリフね、それは」

 

ミルドレアの考え自体はエスメラルダもわかっていた。過去の英雄を奉ったところで現代には影響がない。ミルドレアは現代を見据えることを強く願っているのだ。

 

「隠し扉のミノタウロスも本気を出すには値しなかった。俺が本気を出せる日々は何時になるのか……」

「あなたの自尊心には本当に敬服するわ。自分を奉れなんて誰も言えないわよ……」

 

 気怠い印象とは正反対の内に秘めた闘争心。それがミルドレア・スタンアークだ。超が付くほどの唯我独尊とも言える。

ミルドレアは自分こそが崇め奉られるべきであると理解している。エスメラルダもそう感じていた。彼は強すぎる為に本気を出す機会がなかったのだ。神聖国最強の肩書きは、彼を歪んだ考えに至らしめたと言えるだろう。

 

「もしかして、隠し扉の探索を率先して願い出たのもそういうわけ?」

「ああ、そういうことだ。まだまだ隠された強敵がいることを願っている。隠し扉を暴いていけば、必ず凶悪な魔物にも遭遇できるだろう」

 

 神聖国にはフィアゼスに関する書物が多く埋蔵されている。その中にはモンスター図鑑なる書物も存在し、そのモンスターの特徴などが描かれたものもある。図鑑に記載された強敵、未だ発見されていないモンスターも含めて、ミルドレアは楽しみにしていた。

 

「隠し扉はまだまだ存在する、私の本気を引き出してくれる存在がいることを期待しておこう」

 

 ミルドレアは長身の優男といったイメージではあるが、かなりの二枚目である。彼の髪を掻きあげるしぐさでも周りの神官の女性はうっとりとした表情をしていた。

 

エスメラルダは少し引いていたが。ミルドレア・スタンアークは自らのポテンシャルの高さを十分理解しており、それを隠すこともしない人物である。だが、それが傲慢であると批判をされないのは彼の圧倒的な強さ故であろう。誰しもが認める才能、ミルドレアという人物はそういった才能を持ち合わせていた。

 

「はあ……まあ、いいわ。ところでヨハネス様の護衛はしっかりね。余計なお世話だと思うけど」

「心配するな」

 

 ミルドレアの表情が変化する。彼の任務への一途さは神官長たちを含め誰もが信頼していた。個人の思想はどうあれ、彼は与えられた任務は完璧にこなす。それが全幅の信頼へと繋がり、彼の自由な発言を許される根拠にもなっていた。

 

 

 

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 時を同じくして、アーカーシャ内の郊外。その場所には1つの豪華な建物がそびえていた。墓地の近くということもあり、あまり人気のないところではあるが、その建物はレジール王国の権力の象徴。

 

「もう会談当日になりましたか。早いのか遅いのか……それでは陛下。向かいましょうか」

「うむ」

 

 ハインリッヒ国王陛下に付き従うは、王国最強の従者イスルギ。古来より受け継がれた抜刀術の技術を活かした剣捌きで有名な剣豪である。イスルギに諭されるように立ち上がったハインリッヒは、そのまま別荘としても活用している豪邸を後にした。

 

 

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「早いものね。歴史が動きかねない会談というのは」

 

 また別の場所にてトネ共和国の元首であるニーナ・ヴァレンチノが言った。その両サイドに立つのは暗殺者ギルドのトップである。

 

「ほんま面倒なことになりそうでんな。俺としては遠慮したいんやけど」

「ボス、冗談でもそのセリフは……」

「リガイン、冗談や冗談。元首なら気にせず流してくれるんや」

 

 クライブ・メージェント……今年で26歳になる人物こそが暗殺者を束ねるボスである。春人の世界で言う関西弁を話している陽気な男だが、その実力は超人とも称されている。

 元首であるニーナも苦笑いではあるが、クライブのことはよくわかっているのか気を悪くしている様子はない。その空間はおおよそ暗殺者が居る空気ではなかった。

 

 彼らが居る場所は、トネ共和国の権利の象徴でもある巨大な宿屋「アプリコット」。アーカーシャ最大規模の宿屋であり、そこを利用する旅人は非常に多い。共和国元首もそこに滞在しており、いよいよ円卓会議の当日になったのだ。

 

「行きましょうか。どのような会議になるとしても……時間は待ってはくれないわ」

 

 35歳の貴婦人の雰囲気を持つニーナはそう言って立ち上がった。クライブとリガインも彼女に続くように部屋を出る。三つの国のトップが集結する会談……本日、その火ぶたは切って落とされた。

 



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19話 円卓会議 その4

 

 アーカーシャのシンボルである中央時計塔。その広場から北へと向かった先に中央会場が建てられている。普段はサーカスの一団のショーや各国のパーティなどに利用されている場所であるが、この日は各国の円卓会議に利用される。会場の周辺や内部は王国軍や神聖国神官たちに守られている。暗殺者ギルドの者達もいるが、さすがに王国軍たちと一緒のところには居ないようだ。

 

「さて、今年もこの季節がやってきましたな」

 

 中央会場の一室を貸切り、円卓のテーブルの前にそれぞれの最高権力者が座っていた。まず、最初に話し出したのはアルトクリファ神聖国の大神官ヨハネス・バークレーである。今年で50歳を迎える為、初老に差し掛かった年齢と言えるだろう。

 

「そうですわね、もう来てしまったというのが正解かしら?」

 

 続いて話を切り出したのは、トネ共和国の元首、ニーナ・ヴァレンチノである。サイドテールの美女は真剣な眼差しでヨハネスを見据える。

 

「……ゴホ、今回はもう一人、客人が居りますな」

 

 クルガー・ハインリッヒが言葉を発した。年齢76歳の彼は既に杖がなければ歩けないほど衰弱が見て取れた。本来であれば、この場所に来れる身体ではなかったのだ。護衛であるイスルギに支えられて来たことは明白だ。

 

「あ、あの……ええっと」

「ま、そんなわけだから、私たちが代表ね」

 

 円卓のテーブルに座った3人の首脳陣。そこにはもう1グループ、新進気鋭の冒険者「ソード&メイジ」のアメリアと春人の二人が居た。

 

「ギルド長がおられないようだけど?」

「平気よ、用件だけ伝えるだけだから。ここまでの護衛も面倒だしね」

 

 ニーナに対してアメリアは平然と言ってのけた。共和国元首にする態度ではないことは明らかだ。

 

「最強の冒険者さんは基本的な礼儀作法も知らないようね」

「必要かしら? 元々、ここは腹の探り合いの場でしょ。一触即発、言葉を間違えれば首脳陣の後ろに控える各国の精鋭が牙をむくわ」

 

 アメリアはそう言いながら、ニーナ、ハインリッヒ、ヨハネスの背後に陣取る者達に挑発とも取れる視線を投げた。それぞれ空気は一変する。

 

「春人、どうかしら?」

「ミルドレア・スタンアークが一歩前に踏み出した。彼はこの場でも平然と襲うかもね」

 

 アメリアの挑発に乗った者を春人は的確に割り出した。ほんの一瞬の動きを正確に感じ取った春人の眼力に、空気はまた少し変化する。

 

「……お前たちの用件はなんだ?」

 

 顔色1つ変えないミルドレアからの質問。春人に動きを見抜かれたが、全く気にしている素振りを見せない。

 

「想像は付くでしょ? アーカーシャ周辺に干渉するのはやめて、分割統治を解消して。今後、アーカーシャは1つの独立した地域としてやっていくわ。もちろん、交易なんかはするから安心していいわよ」

 

 まさに宣戦布告。クライブ、イスルギも目を見開いた。リガインは以前アメリアに敗れているからか、おとなしく様子を見ている。万が一、襲いかかってきた時のことを考えて春人は万全の態勢を取っていた。

 

「独立……なるほど」

「言いよったな。しかもギルド長も連れんで「ソード&メイジ」が直接言うとは……どういうつもりや?」

 

 イスルギ、クライブ両者共に比較的落ち着いた口調だった。やはり予想はしていたということだろう。

 

「言葉の通りよ。私達は独立の準備を進めるわ。あんた達の権力の象徴も移動してよね。まあ、残していくなら使ってあげるけど」

 

 明らかな挑発……3国の反応を見ているのは明らかだ。それはニーナ、ハインリッヒ、ヨハネスだけでなく、ミルドレア、イスルギ、クライブ、リガインにも感じ取れた。宣戦布告と取る者、融和の道を選ぶ者、なにも干渉しない者……それらをアメリアは見極めようとしているのではないか。彼らはそう感じていた。

 

 少しの間、沈黙が流れた。皆、先に言葉を発することを躊躇っている。アメリアからの独立宣言……ここまではっきりと言われるとは思わなかったのだろう。

 

「では私の方からも宣言させていただきましょうか」

 

 

 そんな沈黙を破り話し始めたのはヨハネス大神官だ。

 

「遺跡の管理及び、遺跡内の宝は我らが管理させていただこう。元々、あの宝は全てフィアゼス神の物。あの方の意志を受け継ぐ我らにこそ、所有権がある」

 

 ヨハネスは高らかに宣言した。こちらも予想されていたことだが、室内の雰囲気はまた一段と変化した。

 

「あんたらが遺跡を開放しているのは、本当なんだ」

「これは滑稽だ。我らが大聖堂には古来より、隠し扉が記された書物が格納されていた。これは我らが所有すべき物に該当すると言う何よりの証拠。冒険者たちが行っていることはただの墓荒らしに過ぎぬ」

 

 アメリアの問いにヨハネスはさらに笑いながら答えた。彼は冒険者そのものをバカにしているといった様子だ。神聖国の隠し扉の開放は管理上致し方ないということだろう。

 

「勝手なこと言ってくれるわ」

「シュレン遺跡の隠し扉は既に探索は終了している。今後、オルランド遺跡やサイトル遺跡にも向かう予定だ」

 

 ミルドレアは無表情ながらも挑戦的な口調で、アメリアと春人を見据えて言った。

 

「オルランド遺跡は現在7階層を攻略中なのよ。まだ最下層ではないけど、敵のレベルは60~70はあったわ」

「ちょうどいい。オルランド遺跡の隠し扉は8階層にあるとされている。俺も近いうちに向かうとしよう。シュレン遺跡のミノタウロスは狩り応えがなくてな」

 

 アメリアの表情が変化する。ミノタウロスのレベルは99、そのモンスターを楽に狩れる者であれば8階層まで来ることは容易だろう。この場に居る時点でアルトクリファ神聖国の中でも最強の手練れであることは間違いない。それだけの力を有している国家ということになる。

 この事実に王国と共和国の最高戦力たちはどのように感じているのか……春人はなんとなく視線を送ったが、表情からは読み取れなかった。

 

 

「……あなた方の意志はわかりました。本日は失礼させていただきますわ」

「そうやな、これ以上、手の内は出さん方がええな」

 

 ニーナとクライブはそれぞれ悟り難い表情になっていた。リガインも彼らに合わせて瞳を閉じる。

 

「円卓会議はここまでと致しましょう」

「……うむ、それが良い」

 

 イスルギ、ハインリッヒもトネ共和国の首脳に合わせるように言葉を選んだ。まだ、開始して数分の出来事だったが、円卓会議はこれをもって終了となった。

 

 

 

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「いや~、緊張したわ」

「アメリア……絶対うそだろ」

 

 円卓会議はいままでの中でも最も短い時間で完了し、お互い早々に席を立つことになってしまった。しかしその内容は今までの中でも一番重要なことだったと言えるだろう。へたをすれば戦争という事態になりかねない。

 

 アメリアと春人は王国軍や神官たちが見送る中、堂々と正面の扉から出ていき中央会場を後にした。今日中には各国の精鋭たちも帰国をするはずだ。

 

「なあ、アメリア。ギルド長たちから許可はもらっていたけど、あそこまで言ってよかったのか?」

 

 アーカーシャ中央の時計塔の辺りまで春人は移動し、アメリアに質問した。念のため尾行がいないかも警戒しながら。

 

「大丈夫よ、多分ね。神聖国の布告は予想通りだったし、あとの二国はどう出るかはわからないけど、まあ牽制という意味では成功じゃないかな」

 

 独立宣言をして相手の出方を伺う。その第一段階は終了した。しかし、今後各国がどう動くかについては、アメリアですら読めていない。だが、彼女にはそれに対応するだけの自信がある。春人はアメリアの言葉やしぐさからそれを読み取っていた。

 



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20話 王国の動き

 

「ずいぶんとおもしれぇ話になったな」

「本当にね。個人的には独立って好きでもないけど」

 

 酒場「海鳴り」にていつものようにアメリアは飲んでいた。彼女の前方には春人が、そしてバーモンドも近くで立っている。

 

「あんなに挑戦的な発言しておいてよく言うよ」

「まあ、このままじゃどこかの国に攻められるというのはわかってたからさ、今のままじゃ駄目だとは思ってたの。だから承諾したのよ」

 

 円卓会議の翌日、酒場はその話で盛り上がっていた。ギルド長ローレンスが当初は向かう手筈でアメリアと春人は護衛という役割だったが、よりインパクトを与える意味合いで彼らだけで乗り込んだのだ。インパクトは相当与える結果になっただろう。

 

「神聖国はある程度予想が付くけど……他の国はどう出るかな」

「そうねぇ……」

 

 アルトクリファ神聖国は、アーカーシャと同じく宣戦布告をした。彼らの目的はわかっている為、ある程度行動は予見できる。

 

「王国はおそらく穏健派が協力的ですわ」

「え……? レナさん」

「ごきげんよう、春人さま」

 

 春人たちが話している席に突如現れたのは、「ビーストテイマー」の片割れのレナだった。細く適度に筋肉の付いた腹を大きく出した衣装と彼女の程よく焼けた全身は、「海鳴り」に来ていた客の視線を一瞬で集めた。もちろん、賢明な客は彼女に手出しなどするわけがない。

 

「ど、どうも……本日もご機嫌麗しく……」

「春人、あんた言いなれない言葉使わなくてもいいのに」

「いや、なんとなくレナさんの前だと使いたくならないか?」

「まあ、言いたいことはわかるけど」

 

 レナはアメリアと春人の会話を聞いて悪戯っぽく笑った。彼らのやり取りが面白かったのだろう。

 

「お二人にそう言われるのは光栄ですが、本題に入ってもよろしくて?」

「え、ええ。そういえば、穏健派がどうとかいってませんでした?」

 

 レナも真面目な表情に変わる。

 

「実はハインリッヒ国王陛下はまだ郊外の別荘に滞在しておりますわ。イスルギ様たちは協力していただけるとか」

「レナさん? なんでそんなことわかるんですか?」

 

 まだこの世界には疎い春人は疑問が絶えないことが多い。レナの国王のことを知っている風なところや穏健派という言葉……彼には全くわかっていないのだ。

 

「春人さまのお名前から察するに、この辺りの方ではありませんのね」

「春人は遠くから来たのよ。ま、それはともかくレナはレジール王国での依頼もこなす遠征組だから、比較的向こうの情勢に詳しいのよ」

「そういうことか、なら国王陛下とも親しいんですか?」

 

 春人の質問にレナは笑顔で頷いた。さすがはSランク冒険者といったところだろう。春人自身もそんなレナに感心した。

 

「簡単に申し上げますと、王国は穏健派と強硬派に分かれておりまして……」

 

 レナは春人にも分かるように王国の現状を掻い摘んで話した。王国は現在、ハインリッヒやイスルギを中心とする穏健派、ハインリッヒの息子であるラグア・ハインリッヒを中心とした強硬派に分かれていた。

 

 長年、王族の世襲制が続いていた国家ではあるが、現国王は息子のラグアの性格などを危険視し、また、最近の政治情勢も鑑み王政を廃止する流れを汲んだ。それに反発しているのが息子のラグアとそれを支持する貴族達である。現在、レジール王国は2つの勢力に分断されているといっても過言ではない。

 

「……父親と息子の争いか。なかなか難しい問題ですね」

「そうですわね。父上は民あっての国家、ご子息様は力こそが民のためになるという主張ですわ。その為に、この大地の結晶石の独占を考えておいでですの」

 

 レナも難しい問題であることは理解しているのか、息子のラグアの考えも一方的に否定することはしない。王族の廃止が確実に良い方国へ向かうかはわからないからだ。

「結局、ラグアの奴は今の地位を失いたくないだけでしょ? 事実、私設兵として盗賊や賞金首なんかも雇ってるらしいし」

「あら、さすがはアメリア。情報が早いですわね」

「ま、一応ね。その勢力のおかげで、穏健派の勢力はかなり押し込まれてるとか」

「実際は盗賊団などの私設軍は巧妙に隠されておりますの。公式では居ないはずの部隊、これがどういう意味を持つかはおわかりでして?」

 

 春人、アメリア共にレナの問いかけに対して、答えを考える。公式には存在しない部隊の編成……それがどういう意味を持つのか。レナは声を落とし、周囲の者達が誰も聞いていないことを確認していた。バーモンドも周囲に注意を向けている。

 

 

 

「非公式の部隊を使っての強襲。例えアーカーシャに攻めて来たとしても犯罪集団の計画にできるわ」

「その通りですわ。ラグア・ハインリッヒは労せずに結晶石のルートを確保できます」

「……しかし、それは今回急に決まったわけじゃないですよね?」

 

 以前からの計画、部隊を集めていたのがいつからかはわからないが、今回の円卓会議よりはるか以前なのは間違いない。レナも春人の質問に頷きで返した。

 

「ええ、以前からの計画ですわ。おそらく、春人様がここに来られる以前からの。闇夜を狙っての強襲、今回の会談の結果で近い内に決行されることでしょう」

「そんな……」

 

 春人はレナの言葉に恐れたのか、顔色を変える。アーカーシャへの私設軍の強襲……聞き慣れない言葉に春人は焦っていた。

 

「つっても、私たちが居るんだしそう簡単に達成できるわけないのよね」

「ですわね、「ソード&メイジ」「ビーストテイマー」「ブラッドインパルス」3つも存在しているSランクパーティですから。このメンバーを凌ぐ為にどれだけの戦力が必要になるのか、想像もつきませんわ」

「あと老師もいるしね……ま、私達だけで、国の1つは余裕で壊滅可能ね」

 

 政治情勢に疎い春人とは違い、アメリアやレナは余裕の表情だ。今すぐ強襲が行われたとしても対応するだけの余裕があるのだろう。単純に彼女らを殺すだけであれば、寝込みを襲うなど色々な手は考えられるが、そういった状況も想定しての判断なのだろう。

 

「まあ、元々人口8万の国を作るって宣言してるわけだしね。それだけの戦力がないと、どの道、どうしようもないわ」

「そういえば、国の件は街の人の承認は得たんだよね?」

「はい、春人さま。そちらは問題ございませんわ。目安箱にて多くの同意を得ましたし」

 

 目安箱での街の人々の承認の有無、話には聞いていた春人だが、改めて確認をし、そして安心した形だ。一つの国が生まれる……その礎に自分も加わることになるのだ。

 

「国か……改めて考えると大きなイベントだな」

 

 バーモンドも首を捻りながら言った。一国の政治を冒険者たちで行えるのか……不安は残るのだろう。

 

「あくまで国っていう体裁なだけだからね。大きくは今までと変わらないし。元首はギルド長に丸投げだし、冒険者ギルドが細かいことはやってくれるでしょ」

「いざとなれば、わたくしやルナが召喚を駆使して調整致しますわ。農作物の製造などで人手もいるでしょうし」

「召喚術って便利よね……私も欲しい。前のお化けガエルペットにしてこき使ってもよかったかな?」

 

 と、アメリア達の発言はどこまでも余裕が感じられる。おそらく不安なのは春人だけだ。適当な考えも垣間見えるが、基本的にアメリアやレナには国を作ることへの不安はないようだ。春人もその精神力は見習うべきとして考えた。毎日、命のやりとりをしている者の余裕とでも言うべきか。

 

「で、今回のことだが、なんも不安はないのか?」

「そうね、あるとすれば内通者……」

 

 バーモンドの問いかけに、アメリアは内通者の不安を語った。春人としてもそれは考えていたことだ。真っ向勝負では絶対有利のアーカーシャ。各地の犯罪者や賞金首を集めた程度では歯が立たないのであれば、手引きをする者を用意するはず。

 

「ここからはもう少し慎重に……場所を変えましょうか」

 

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

 

 

「なるほど、ここが春人さまのお部屋ですね。綺麗にされてますわね」

「いや、まだそんなに経ってないので、物を置いてないだけです」

 

 場所を変える為に移動した春人、アメリア、レナの3人は2階の春人の部屋へと移動した。バーモンドは仕事があるので、そのまま1階に残ったが、冒険者の彼らは依頼がなければ時間に縛られる必要はない。特に1回の探索で相当な金額を稼げる彼らにとってみれば時間を有効活用することは容易だ。

 

「ベッド借りたっと」

 

 気持ちよさそうにそのまま寝転がるアメリア。自分の普段寝ているベッドに警戒心もなく寝てくれるというのは嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。

 

「アメリア、俺のベッドなんだけど……」

「ダメなわけ? エミルは何回呼んだんだか」

「いや、呼んでないし……」

 

 隣の部屋同士ではあるが、本当に付き合っているならともかく、疑似の恋人関係でさすがにそれをする勇気は春人にはなかった。しかもこの部屋は下宿させてもらってるだけなのだ。

 

「なるほど、エミル様とは本当は恋人関係ではないのですね?」

 

 レナもある程度予想はしていたが、春人に確認の意味も込めて問いかけた。

 

「はい、まあ……。エミルの安全の為にそういうことにしているんです」

「なるほど、確かにこの店で働く以上はその方がいいかもしれませんわね。あれだけ可愛らしい方ですし」

 

 相当な美人であるレナから見ても、エミルはそのように映るようだ。春人としては嬉しいことだが、疑似の恋人という事実はなんとなく微妙に感じてしまう。

 

「といっても、エミルだって誰でもいいわけじゃないでしょ。あんたが相手だから、そういう噂が立っても良いって思ってるのよ」

 

 春人の内面を読み取ったのか、アメリアはベストタイミングでフォローとも取れる言葉を彼に投げかけた。レナもそれに頷いている。

 

「うふふふ、そうですわね。ただ、偶然とはいえ別の女を二人もご自分の部屋に連れ込むなんて……春人さまは悪い方ですわね」

「結構、天然たらしの才能もあるかもね。あんたが影でなんて言われてるか知ってる?」

 

 春人は考えるまでもなく想像がついた。その為、敢えてアメリアの回答は拒否した。他の冒険者からは、彼の今の境遇を妬む声は多い。

 

「いや、想像はできるけど聞かないでおくよ。そ、それよりさっきの話の続きがしたいんだけど……」

 

 春人はそれ以上、この方面の話は聞かない方がいいと判断し、本題へと話題を戻した。アメリアたちも特にそれ以上は追及することなく彼に従う。

 

「内通者の話でしょ。確かに内通者が居るとまずいのよね」

「ええ、主力の方々が街を離れている時などに襲撃をかけられますしね」

 

 Sランク冒険者を初めとした主力部隊。彼らが遺跡に出向いている間を利用しての襲撃は内通者がいれば容易に可能だ。彼らも常に街に滞在しているわけではないからだ。

 

「誰が内通者かはわかってるのか?」

「いいえ、でもメリットで考えれば多少は。可能性で言えばレナかも」

「あら? それだとアメリアの可能性もありましてよ」

 

 二人の美少女は春人を前にして冗談を言い合い笑い出した。可能性の話であれば、彼女らが内通者ということも十分に考えられるだろう。

 

「まあ、メリットから考えてありえないわね」

「そうだろうけど、冗談にしても笑えないな」

「申し訳ありません春人さま。不快にさせるつもりはございませんでした」

 

 レナは深々と頭を下げて謝った。丁寧なお辞儀に春人は恐縮してしまう。

 

「いえ、そんな……そんなに謝らなくてもいいですよ」

「とにかくメリットの問題。私達やレナにはそのメリットが薄いのよ。内通者として協力して手に入る物は?」

 

 春人へのアメリアからの問題。内通者としての見返り……裏切り者のレッテルを貼られてもなお得られることを欲するもの。

 

「お金や名声、地位はレナさん達が得る物としては薄い……」

 

 アメリアやレナがその為に裏切りを行うとは考えにくかった。そもそも、冒険者として生きていくだけで、今後も確実に名声は向上する。

お金についても、既に一生を暮らせる額に到達して、オーバーペースになってきているはずだ。アメリアやレナが金銭的に相当余裕があることなど春人にもわかっていた。

 

「そうなると……肉欲?」

 

 春人は1つの答えに辿りついた気がした。アメリアとレナも頷き笑っている。

 

「正解。この街を占領する見返りは地位の確保に結晶石の入手、それから娼館を初めとした女性の確保じゃない?」

 

 男としては非常に大きな見返りと言えるかもしれない。生活の心配をすることなく、綺麗な女性を好きな時に抱ける。内通者はそれくらいの好待遇を約束されているのだろう。春人の出会ったことのある人物の中で、まさにイメージ通りの者が一人居た。

 

「もしかして、アルゼル・ミューラーみたいな奴が、内通者?」

「おそらくミューラー自身で間違いないかと。王国での目撃情報もありますので」

 

 レナはそう言った。彼女は既にいくつかの情報でアルゼル・ミューラーが内通者だという確信は得ていたのだろう。

 

「もちろん、ミューラー自身、冒険者としては優秀です。金銭的に余裕がないとは考えられません」

「ま、腐ってもAランクだしね。普通に15000ゴールドは1日で稼ぎ出せるでしょ。まあ、あの男がそれだけしか稼いでないとは思えないけど」

 

 レナとアメリアの発言は、釈然とはしないという様子だったが、アルゼルを認めている内容であった。1日に15000ゴールドというのは「最低でも」という意味だ。日本円に換算すれば18万円程度、2~3日続ければ1か月間、余裕で生活できるだけの金額に相当する。

 

「まあ、アルゼルの場合、使う額が多そうだしね。女好きだし、娼館などに通っているペースも相当でしょ」

 

 そういった額を冒険者の収入で賄っている。モンスター討伐と宝の売却を合わせれば十分に可能な範囲だ。特に春人としても、その行為自体は軽蔑に値しない。むしろ、男の場合は正しい使い道だろう。

 

「ただし、証拠はありません。あくまで推測になりますわ」

「てっとり早く強硬派の占領作戦を暴くには、内部に潜入なんだけど……まあ、そう簡単に潜入はできないだろうし」

「じゃあ、どうするの?」

 

 レナの話を聞いていたアメリアは、春人のベッドに寝転びながら言った。特に春人の期待するものが見えるわけではないが、脚をバタつかせている。そんな彼女に春人は問いかける

 

「ま、アルゼルの阿呆を監視するしかないわね」

 

 至極真っ当な、そして恐ろしくシンプルな答えが返ってきた。

 

「わたくしもそれが良いと思いますわ」

「ま、いざとなったら「ソード&メイジ」と「ビーストテイマー」がゴリ押しするから」

「それは粗暴ですわね。わたくしなんて、ミューラー1人にも手籠めにされてしまいかねないのに……」

「どの口が言ってるのよ?」

 

 周りから見てもレナの態度は冗談と分かるものではあったが、彼女を信頼する態度の表れなのか、アメリアの言葉はアルゼル・ミューラー如きにSランク冒険者である彼女が敗れるわけがないということを物語っているようだった。SランクとAランク……そこまでの差があるのだろうか? 春人は少し疑問を感じていた。

 

「ねえ、SランクとAランクは1つしか階級は違わないと思うけど……そんな圧倒的と言えるの?」

「うふふふ、春人さまのおっしゃる通りでございますわ。それなのに、単細胞のアメリアときたら……友人として悲しく思います」

「レナは黙ってなさいよ。まあ、その辺りは追々分かると思うわ」

 

 アメリアはレナを軽く小突きながら、春人の質問への回答は敢えて行わなかった。

 

「ま、とりあえずはあの阿呆への警戒ね。レナの情報からも関わっているのは間違いないけれど、詳細な目的までは合ってるかはわからないし」

 

 春人もまだまだ分からないことだらけではあったが、この場は頷いて終了した。

 

「そういえばさ、レジール王国の王様には会えるの?」

「もちろんですわ。明日にでも一度、訪ねてみましょうか」

「王様か……会談の時には会っているけど、緊張するな」

 

 春人としても直接会うことに緊張は隠せないでいた。総理大臣に会うようなものだからだ。実際に王様を訪ねるのは明日ということになり、今は解散することになった。そして、3人は部屋を出たが……部屋の外には偶然、エミルが通りがかっていた。

 

「あ、エミル……!」

「春人さん……え? アメリアさんと……えと、レナさんですか?」

 

 エミルは春人の部屋から、二人の女性が出てきたことに驚いていた。レナのことも知っているようだ。

 

「ごきげんよう、エミル様。少しお邪魔していました、こうしてお話させていただくのは初めてでございますね。お噂は聞いております、以後お見知りおきを」

「い、いえ……こちらこそよろしくお願いします」

 

 お互い初めての顔合わせ、エミルも噂や遠目でしかレナのことは知らなかったのだ。二人は深々と頭を下げ合って挨拶をした。

 

「ちょっと仕事の話してたのよ、あんまり聞かれるわけにも行かないし。別に3人で怪しいことしてたわけじゃないわよ?」

 

 アメリアは完全なる真実を述べて、春人の名誉を守っていた。しかし、ここは悪戯心の表われなのか、これ見よがしに春人の腕に自分の手を回しながら。

 

「ね、春人?」

「アメリア……腕組みながらだと、本当の事が嘘に聞こえるだろ?」

 

 春人としても苦笑いを隠せず、すぐにアメリアから離れた。レナもにこにこと笑顔になっている。エミル自身にも十分冗談であることは伝わっているはず……彼はエミルの方向に目をやった。

 

「……エミル?」

 

 エミルはいつも通り笑って……はいなかった。すこしむくれているような表情になっている。

 

「あ……じょ、冗談だよ? アメリアの言ったことは真実だから……」

「わかっています。3人で部屋に入られたのは、お仕事の話なんですよね?」

「う、うん」

 

 エミルもそれはわかっている表情だ。彼女も全く攻める様子はない。

 

「春人さんは、アメリアさんだけでなく、レナさんとも仲が良いんですね……」

 

 話が見えてこない……春人としてもどうすればいいのか、悩んでいた。

 

「あの、だから二人と部屋で話したのは偶然で……」

「はい……」

 

 エミルとしても仕事で部屋に入って話していたことが分かっている以上、あまり突っ込んだ話ができないでいた。いや、彼女としても自分が不機嫌になっている明確な理由まではわからないのかもしれない。

 

 ただ、今の現状がなんとなく不満なだけだ。形だけとはいえ、恋人であるはずの春人がアメリアとレナの二人を連れて、部屋から出てきた……。

彼女の目線は春人を射抜くように注がれていた。春人は犯罪をおかした罪人のような気持ちを味わっている。

 

「エミル……うまく言えないけど、ごめん」

「あ……いえ、私の方こそすみません。変な空気にしてしまって」

 

 最初に謝ったのは春人だ。なにに対してかは彼もわかりかねていたが、まず謝罪から入るのも彼の性格の1つとなっていた。エミルもすぐに謝罪を返す。

 

「あ、あはは……なにか、変だね」

「は、はい。そうですね……ふふ」

 

 そして、たったそれだけにも関わらず、先ほどの空気は和らいでいる。彼ら二人の親愛の証と言えるかもしれない。

 

「なんで良い雰囲気になってるのよ、春人っ」

「いてっ!」

 

 二人だけの空間を作っていることに苛立ちを覚えたアメリアが、彼に肘打ちをくらわせた。そんなやり取りをレナは笑顔で見ている。

 

 

「アメリア……とても楽しそうですわね。本当に、嬉しいですわ」

「どういう意味よ?」

「うふふ、以前のあなたから比べて、本当に人生を謳歌している。そのように感じますわ」

「……レナ。ええ、楽しいわよ、自分でも驚くくらい」

 

 

 レナの言葉にアメリアは即答した。運命的な出会い……それは実在し、彼女の心の中を少しずつ変えていってるのかもしれない。レナの心にはそんな思いが生まれた。

 もちろん、二人の会話の内容の意味は春人やエミルはよくわかっていない。なんとなく質問はしない方がいいと二人は感じていた。

 

 

「うふふ、でも春人さまを巡るこの関係……どのように進んで行くのでしょうか? とても楽しみですわ」

 

 

 レナはその後も続いた、アメリア、春人、エミルの3人の戯れをいつまでも眺めていた。

 



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21話 アルゼルの動き その1

「済まない、レナ殿。王は体調が優れない為、本日はお会いできない」

「左様でございましたか。わたくたちも急に訪ねてしまいまして、申し訳ありませんでしたわ。ハインリッヒ様にどうぞお伝えくださいませ」

 

 

 墓地の近くの大きな別荘に滞在しているレジーナ王国の国王。春人、アメリア、レナの3人は国王に会うために訪ねてはみたが、体調不良のため会えないとのことだった。

 

 レナと話す人物は、王国最強の剣客と称されるイスルギ・オータム 25歳

歳古風な袴のような衣装を身に着けたまさに剣客といった出で立ちをしており、青い髪を腰辺りまで伸ばしている。それを後ろで縛り、ちょうどポニーテールのような髪型になっていた。

 

 顔の線は細いながらも研ぎ澄まされており、閉じた口元からは最強の剣士たる風貌が伺えた。腰には鉄ごしらえの刀が装備されており、そこから抜刀を披露するのだろうと容易に想像できる。

 

「こっちの世界にも、侍っているんだな……」

 

 春人はレナと話すイスルギの格好を見ながらそんなことを考えていた。まさに古来から伝わる侍の格好をしているのだ。唯一、違うのは髪の長さなどが西洋風というところだろうか。

艶のある髪の毛は女性のそれにも相当しており、彼の二枚目な顔を合わせて人気は高い。

 

「えっと、イスルギ様ってお呼びした方がよろしいですか?」

 

 レナとの会話に割って入って来たのはアメリアだ。いつもとは違い、それなりに礼儀正しい話し方をしている。

 

「いえ、アメリア殿にそのように畏まられても困ってしまいます。どうぞ、イスルギとお呼びください」

「じゃあ、お言葉に甘えて。イスルギさんは強硬派の進撃をどこまで把握しています?」

「はい、国王陛下も含め、ラグア様の進撃を読むことは出来ておりません……。ですが、先日の円卓会議で緊張の糸は切れたと見ています。必ずや、近い内に強硬派の攻撃はあるでしょう」

 

 この別荘に尾行が居ないことを確認しているアメリア。だからこそ、入り口でこのような会話が可能なのだ。イスルギ自身も攻めてくることは確信している。彼女としてはそれが聞ければ十分だった。

 

 

「わかりました。私たちは常に万全の態勢で待ち構えています」

「お願いいたします。私も可能な限り協力させていただきたく思います。私設部隊の強行を討伐できれば、強硬派の勢力は一気に減るでしょう」

 

 イスルギはそう言って、アメリアに深々と頭を下げる。目の前の人物はレジール王国最強の剣客。そんな者にここまでさせるアメリアに、春人は改めて感心させられた。

 

 

 

 

 

「結局、王様には会えなかったね」

「ま、イスルギさんと話せたしいいでしょ」

「少し残念ですが、良しと致しましょう。それより、今後の方針ですが……」

 

 イスルギと別れ、春人、アメリア、レナの3人は歩きながら今後の方針を話し合っていた。この間も尾行が居ないかどうかは常に警戒している。

 

「あいつを監視だけど……まあ、直接関わらない方がいいわね。警戒されてもやりにくいし。煽られても無視ね、無視」

「その方がいいかもしれませんね。ミューラーはあれで賢い男ですから。こちらからの接触は可能な限り控えましょう」

「……わかりました」

 

 アメリアとレナの提案に春人も承諾した。春人としても、あの不快な男に近づきたいとは思っていない。少し様子を見るのであれば、それに越したことはなかった。

 

 

「あれって……?」

「あら、ルナですわね」

 

 そして、彼ら3人はアーカーシャの中心部までやって来た。

時計塔の広場では少し人だかりが出来ていた。いつもカップルなどで賑わっている場所ではあるが、今回は老若男女の人々が集まっている。なにかのイベントを思わせる集まりでもあり、その先にはルナ・イングウェイの姿があった。彼女は無表情ながら、均整の取れたスタイルを誇示するかのようにお腹が大きく開いた服装をしている。

 

それでいて、遠目からは厚手に見えるズボンを穿いている為、脚は一切露出していない。そのギャップが彼女の魅力にも繋がっているようだ。観客の中には男も大勢いた。

 

 彼女は手の平サイズの銀色のボールのような物を両手に合計8個持っていた。肘まで使って器用に持っており落とす気配がない。

「大道芸でも始まるのかな?」

「春人さま、まさにその通りですわ」

 

 場所や人だかりからも容易に想像はついたことではあるが、レナは彼の言葉に頷く。そして、視線の先のルナは言葉を発することなく、そのボールを一気に天に投げた。始まったのはボール8個を使用したお手玉だ。

 

「すごいですね、ルナさん」

「いえいえ、あの程度は当然ですわ。わたくし達はああいったショーのようなものも各地で開催しておりますから」

 

 彼女らの衣装からもそれは納得がいった。レナとルナ、この美人姉妹は衣装がいやらし過ぎない絶妙のラインを攻めている。大道芸を行う場合の衣装としては最適な印象を受けた。彼女らのショーであれば、大勢の観客を呼べることは間違いない。

 

 そして、ルナのお手玉は通常のそれとは一線を画していた。普通にお手玉をするのはもちろん、脚も使い、ボールをリフティングのように跳ね上げている。それらのコンビネーションを平然とルナはやってのけていた。全く失敗する様子を見せない。

 

「あれって鉄の玉ですよね?」

「鋼流球(コウリュウキュウ)と呼ばれるアイテムになりますわ。スライム合金で出来ており、変幻自在に形を変えることができますの。ボール状はあくまでも基本の形ですわ。わたくしが8個、ルナも8個持っており、合計16個になります。硬度は鉄以上でございますね」

 

 そう言いながら、いつの間にかレナの両手には鋼流球が8個用意されていた。急に出てきた球に春人は驚く。

 

「それって、何時出したんですか?」

「わたくしの魔空間から自由に出し入れが可能です。ルナも同じですが、これはわたくし達の武器でございましてよ」

「レナとルナは魔力でその球を自在に操れるのよ。刃状に変化させて敵を攻撃したりとか、縦横無尽に攻撃が可能ってわけ」

 

 レナの説明を補足する形でアメリアが話した。そうなると自在に操れる球が全部で16個飛び交うことも可能である。相当な武器になることを春人は感じ取った。

 

「なんだか凄いですね……レナさんとルナさんは召喚士と聞いてましたが」

「うふふ、本業はそっちですのよ? 鋼流球はあくまでもオプションの武器になりますわ」

 

 レナは怪しげに笑みを浮かべるが、春人としてもこの球がサブの性能であるとはとても信じられない。これをサブウェポンと言ってのけるレナに少し驚きを感じた。

 

「それにしても、春人さまの武器も素晴らしい性能がありそうですわね」

 

 レナが見据えるのは春人の腰に掛けられた黒い鞘。その中には上質なレアメタルで造られたユニバースソードが眠っている。春人が左手に着けている籠手と併せて、装備の性能を彼女は見破っていた。

 

「これは最近、武具工房で造った物です」

「武具屋「アルトヴァイエルン」でしょうか? あそこのケビン様はとても腕の良い職人でございますものね。なるほど……合点がいきましたわ。春人さまがそれを使えばどれほどの強さを発揮するのか、とても楽しみでございます」

 

 近々、春人のユニバースソードを振るう姿を見ることができる。レナは今後の戦闘も想定し、ほぼ確信めいた言葉を使った。春人もレナ達に、その有志を披露することがあるとは感じているのか、彼女に同調するように頷いた。

 そして、そんな話の間に広場のショーは続いていた。

 

「ねね、ルナのあれって魔力使ってないでしょ?」

「ええ、あれは物理的に披露していますわ。本来は魔力で空中を疾走させてこその武器ですので、あのような使い方は致しませんが。あくまでショーの為の披露になります」

 

 魔力を使っているかどうかは春人には判断できないでいたが、ルナのお手玉はさらに加速していった。お手玉、、リフティング、そして華麗な踊りを披露しながら1つも落とすことなく8個のボールを自在に空中へ飛ばしている。

魔力を使えば容易なことだが、それを物理的にやっているのだから相当な技術だ。彼女たちは、例えスーパーボールのような小さなボールであっても同じことが可能なほどの技量を持っていた。

 

「凄い映えますね……なんて言うのか、ルナさん」

 

 無口な印象のルナが無言であのような芸当を披露している。男であれば、女性とは違うなにかを感じても不思議ではない。当然、春人もそれを感じていた。

 

「つまり見惚れてるってことね」

「ち、ちが……いや、そういうことかな?」

「ま、わからなくもないけど。単純な格好良さとか可愛さとは違う魅力もあるよね」

 

 春人はアメリアの言葉に頷いた。今のルナはそういった魅力で周囲の人達を湧かせていたのだ。そして、ショーが終わると同時に大きな拍手がルナに向けられて一斉に開始された。ルナの名前を連呼する者達もいるほどだ。ルナは人見知りをしているのか、冷静に手を軽く振っている。なにもしゃべることはなく、鋼流球も消していた。

 

「あ、あのルナさん!」

「……?」

 

 そんな歓声が広がる中、一人の少年が彼女の前まで来ていた。年齢は12~13歳くらいだろうか。

 

「こ、これ……ぼ、僕、ずっとファンでした! よかったら受け取ってください!」

 

 少年の手には花屋で購入したであろう、綺麗な花束があった。ルナは少し戸惑っていたが、その花束を快く受け取った。

 

「……ありがとう、また見に来てくれると、嬉しい」

「は、はい!」

 

 無口なルナの感謝の言葉。少年は目を輝かせてそれ以上はなにも言わずに走り去って行った。

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

「うふふ、ルナもやりますわね」

「いや、恋愛対象ではない気がしますけど……お互いに」

 

 春人はレナに冷静に返す。さすがに年齢差もある。ファンとアイドルといった関係だろうか。

 

「どうするの、レナ? ルナのショーの成功を労う?」

「そうですわね、といっても今回は無料の見世物でしたが……参りましょうか」

 

 そして、春人たち3人はルナと合流すべく、広場の人だかりへと入った。

 しかし、その時である。時計塔の広場に悲鳴が轟いたのだ。

 

「きゃああああ! 誰か! 助けて!」

 

 観客の中の一人だろうか、若い女性が叫んでいた。そして……その女性の腕をつかむのは

冒険者パーティ「ハインツベルン」のゴイシュであった。春人たちも叫び声を上げた女性の方向に向き直る。ルナもその方向を向いていた。

 

「人を変質者呼ばわりしやがって……俺の宝を壊したんだ。責任を取ってもらうぜ」

「い、いや……! あなたが私のお尻を触ってきたから、腕を払っただけでしょ?」

 

 広場でのショーとは別に、もう一つ同じ場所で大きな出来事が動いていた。ゴイシュの傍らには……アルゼル・ミューラーの姿もあったのだ。

 



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22話 アルゼルの動き その2

 

「あの男……!」

 

 春人はアルゼルの姿を目にし、少し頭に血が上ってしまった。どうしても思い出す光景というものがあるのだ。アルゼル自体はなにもしていないが、その傍らのゴイシュが女性に手を出していることは明らかだ。

 

 

「ストップ、春人」

「アメリア?」

 

 向かって行こうとする春人を制止したのはアメリアだ。頭に血が上り出している春人を止めたとも言える。

 

「アルゼル・ミューラーも近くに居るし、私達は行かない方がいいわ」

「でも、俺たちが行かないと……」

 

 春人はそう言いながら、再び女性の方向に目をやった。

 

「ひひひ、まあ話は向こうでゆっくりな?」

「い、いや……!」

「人の宝壊してそりゃねぇよ。けっこう高い代物なんだぜ?」

 

 ゴイシュは宝玉のような物が壊れていることをアピールする。本当に高価な物かも判断させないまま、一般人の女性を連れて行こうとしているのだ。しかも、元々は痴漢を働いたのはゴイシュの方である。

 そんな理不尽な状況でも、周囲の人々はなかなか言い出せないでいた。明らかに怖がっている。ゴイシュはCランク冒険者とはいえ、一般人よりもはるかに強いことは明白だったからだ。

 

「まずいですわね。人ごみのおかげでこちらには気付いていないようですけれど、このままではあの方は酷い目に遭ってしまいますわ」

「だから、俺たちが行けば大丈夫ですよ」

「大丈夫よ、ほら」

 

 アメリアは指を差して春人に声をかけた。その先にはギルドのメンバーが何人かやって来てきていた。

 

「ゴイシュさん、どういうつもりですか?」

「ちっ!」

 

 ギルド本部から出てきたのはBランク冒険者のアルマークである。その隣にはイオの姿もあった。倍ほども歳下の彼らではあるが、ゴイシュの表情は曇っている。

 

「ゴイシュさん、いい加減にしてよね! 全部見てたけど、どう見てもその宝玉大したものじゃないし! 冒険者の面汚し! 痴漢!」

「てめぇ……!」

 

 16歳のイオに叱責され、ゴイシュはかなり怒りを露わにしていた。だが、各上の相手でもある為、武力に訴えることはできないでいた。本日も専属員として働いている彼らは、街の治安を守ることも任務としている。警察的な働きもあるのだ。

 

「ゴイシュ、その辺にしておけ。もう行くぞ」

「アルゼルさん! だが、あの野郎……!」

「放っておけ」

 

 アルゼルの有無を言わせない言葉と目線に、ゴイシュも黙ってしまった。そしてそのまま二人は去って行った。正直、アルゼルに動かれれば、アルマーク達は危険であったのだ。少年少女二人はその場で汗を拭って安心した。

 

「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、無事でよかったです」

「お怪我はないですか?」

 

 続いてアルマークとイオは解放された女性の気遣いを始めた。それを見た春人は自分よりも歳下ながら、彼らに尊敬の念を浮かべていた。

 

「よかったですわね、あの方も無事みたいですわ」

「ええ、そうですね。アルマークとイオはさすがだな」

「う~ん、アルゼルの奴、やけに簡単に引き下がったわね。こんなところでなにやってんのかしら?」

 

 女性が助かったことに嬉しさを感じながらもアメリアはアルゼルの行動について、不穏ななにかを感じていた。

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

「わかっただろ、ギルドの行動は早い。制圧はギルドとその周辺ということになる。そうすれば、アーカーシャの心臓部を抑えたも同然だ」

「そうですね……しかし、あいつら……ぶっ殺してやりてぇ」

 

「目立つ行動は避けろよ。とにかく、お前らは、レジール王国の私設部隊と合流すればいいんだ」

「わかってますよ、私設部隊と協力すれば、あんな奴ら……あのくそ餓鬼の前でイオの野郎を犯してやるのも楽しそうですね~」

 

 少し離れた場所で、ゴイシュは先ほどのアルマークとイオの姿を思い浮かべながら舌なめずりをする。どこまでも底辺の考えを巡らせていた。

 

「それは自由だが、時間の確認は怠るなよ」

「へへへ、わかってますよ」

 

 ゴイシュは近々、訪れるであろう楽しみに心を震わせている。先ほどの一般人の女性を解放してしまったことは既にどうでもよくなっていた。

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

 それから、アルゼルはゴイシュと別れ、アーカーシャの裏路地の辺りで待機していた。誰かを待っているようだ。そして、すぐにその人物は現れた。

 

「よう、待ってたぜ」

 

 アルゼルが見据える先、そこには緑の髪をヘアバンドで留めた女性の姿があった。いつもの教会の礼服を着ていないため分かり辛いが、彼女はアルトクリファ神聖国の神官長の1人であるエスメラルダ・オーフェンである。彼女はアルゼルの前まで来ると、葉巻に火をつけた。

 

「依頼の件で来ただけよ」

「わかっている、なにも要求なんてしねぇよ。で、どうなんだ? 引き受けてくれるのか?」

「グリフォンを5体、貸してあげるわ。料金は前払いで100万ゴールド。どうかしら?」

 

 それなりの金額と思える額を申し出るエスメラルダ。しかし、アルゼルはにやりと笑みを浮かべて承諾した。

 

「わかった。ならば、ドルネ金貨1枚でいいな」

「ええ、そうなるわね」

 

 アルゼルは懐から金色に輝く通貨を取り出す。そして、そのまま彼女に手渡した。この1枚で100万ゴールドに相当する。通貨の金貨は3種類あり、それぞれドルネ金貨、ネバータ金貨、トリオス金貨と別れている。それぞれ純度に応じて希少性が変わり、その下に銀貨や銅貨があるのだ。日本で言えば、1万円札の上に10万円札、100万円札が作られているようなものである。

 

「毎度あり。言っておくけど大切に使いなさい」

「くくく、もちろんだ。しかし、レベル90のグリフォンを5体も召喚できるとは。さすがは神聖国最高の召喚士様だな」

 

 アルゼルはそう言いながら、普段着に身を包んでいるエスメラルダの身体を舐めまわすように観察した。神聖国で最も優秀な召喚士の身体を品定めしているようだ。

 

「そんなことはどうでもいいわ。それよりも、このことは他言無用。私もあなたの目的まで問わないわ」

「ああ、全てが終われば俺は神聖国の人間だ。俺の力は役に立つだろう」

 

 無表情のエスメラルダとは違い、アルゼルは不気味に笑っていた。彼の真の目的が垣間見られる瞬間と言えるのかもしれない。

 

「しかし、本当に召喚術は便利だな。術者より高位のモンスターは呼び出せないとはいえ」

「例外もあるけど、基本はその通りね。召喚術は単純に数の暴力で攻めることも可能よ」

 

 モンスターを召喚するということは、それだけ戦闘力がプラスされることを意味する。そう言った意味でも召喚能力は非常に重宝されるのだ。

 

「興味はないけれど、あなたは何がしたいのかしら? 亡命を考えるのであれば、すぐに神聖国を目指せばいいだけ……」

「目くらましは多いに越したことはないからな。万が一のためだよ」

 

 アルゼルは笑いながらも、彼女に真意を伝えることはなかった。

 

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

 

 それから、約1週間が経過した。春人とアメリアは、警戒をしながらもオルランド遺跡へは何度か向かっていた。

 

「春人、がんばってね~応援しちゃうっ!」

「アメリア……」

 

 アメリアは冗談っぽく投げキッスを仕掛けながら、遺跡の7階層でモンスターと戦う春人を応援していた。

敵はレベル82のマッドゴーレムだ。スライムのような柔らかい身体は、内部の核を破壊しない限り、再生し続ける強敵となっている。さらにゴーレムの割にかなり素早い行動も特徴となっている。

 

「レベル82……かなり高いレベルになってきたかな」

 

 マッドゴーレムの掴むような両腕の攻撃を避けながら、春人はレベル帯について考えていた。レベル80を超えるモンスターも登場し出しているのだ。あまりにも連戦になると、体力は確実に減らされて行くだろう。

 

「春人~~! 余裕見せすぎ! さっさとユニバースソード抜けば~?」

「だったら、手伝ってほしいな……」

 

 春人は闘気を収束させる籠手は装備しているものの、ユニバースソードを抜く気配はない。抜けばすぐに勝負が着いてしまうという確信があるからだ。それよりも、彼は籠手を装備した状態での自分の動きの向上を学習していた。

 

「やっぱり、グリーンドラゴンを倒した時より断然動きが良い。これなら、レベル110のモンスターまでは素手でも行けそうだ」

 

 普段はネガティブに考える傾向のある春人だが、いざ戦闘を行う際は自信家へと変貌する時がある。戦闘が終われば、また元に戻って行くといった感じだ。

 

「ゴアアアアアア……」

 

 避け続ける春人に、マッドゴーレムは痺れを切らしたのか、さらに速度を上げて殴りかかって来た。しかし、それでも春人には届かない。例え、命中したとしても彼の現在の防御を貫通することはできないが。

 

「そろそろ仕留めるか……核の位置は……」

 

 マッドゴーレムとの戦いで自分の強さを測り終えたのか、彼は攻勢に転じた。そして、左腕をマッドゴーレムの胸に突き立てる。

 

「ガオオオオオ……!」

 

 マッドゴーレムは苦しいそうな低いうなり声を上げた。春人は見事に核を取り出しており、すぐさま破壊する。

 マッドゴーレムはその瞬間、身体の形成を維持できなくなり地面に溶けて行くように崩れて行った。大きな結晶石がその場には残され、併せて黒い正方形の箱も出てきた。

 

「ふう」

「お疲れ様、春人」

 

 遺跡の壁にもたれて観戦していたアメリアが春人に近づいてきた。アメリアもただ観戦していたわけではなく、他のモンスターを彼女は蹴散らしてはいたのだ。手には結晶石を大量に抱えている。

 

 

「今日の稼ぎはバッチリね。マッドゴーレムの結晶石だけで5万ゴールドはありそうだし」

 

 春人が手にした結晶石を見ながら、アメリアは独自に鑑定した。基本的にレベルの高いモンスターほど、その結晶石は高価になる。もちろん、残す結晶石にも幅はあるが。

 

「これはなんだろ? 黒いケースみたいだけど……開かないや」

「私も分からないわね。かなりのレアアイテムかもしれないわ、鑑定すればわかるでしょ」

 

 アメリアに促され、一旦そのケースは春人が懐にしまった。

 

「ところで、あれって8階層への階段かな?」

 

 マッドゴーレムと戦ったエリアの先……そこには地下へと続く階段が用意されていた。

 

「そうみたいね。いよいよ、このオルランド遺跡も終わりが見えそう。こんなに早く探索できるのも春人が組んでくれたおかげよ。感謝しかないわ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 アメリアの感謝の言葉に春人は頷く。アメリアはオルランド遺跡を彼と攻略しきった際の達成感を早く味わいたいと考えていた。

 

「でも、8階層はさらにレベルは上がるでしょうね。ミルドレアは隠しエリアもあると言っていたし」

「どの程度のモンスターが眠っているのか気になるね」

 

 7階層で最大の敵はレベル82のマッドゴーレム。さらに上の存在が出てくる場合はグリーンドラゴン以上の存在も考えられた。

 

「確か……アルトクリファ神聖国の本に書いてある魔物で、最大の脅威は「鉄巨人」だったはず」

「鉄巨人……?」

 

 アメリアは真剣な眼差しとなっていた。鉄巨人は全身を鎧のようなもので纏ったモンスターであり、巨大な剣を振るう。神聖国で残されている書物の中では最大のレベルを誇り、その数値は400と記されている。

 

「確か、フィアゼスの直属の配下の1体で各地の制圧には鉄巨人は猛威を振るったとか記されていたわ」

「そんな化け物が……? この奥にも、もしかしたら……」

「うん、可能性は否定できないわね」

 

 アメリアと春人は改めて8階層への階段に目を向けた。さきほどの話を聞いた後ではその階段の先が底なし沼のように感じてしまう。果たして戻って来られるのか。

 

「とりあえず探索はここまでにしましょう。戻るのも疲れるし、今日はここで休もうか」

「え……? いや、もうすでに20時間以上潜ってるよ?」

 

 既に彼らは日付が変わるほどの時間を探索している。その間、アーカーシャには戻っていないのだ。

 

「いや、ほら……また泊まると色々と」

「なによ? なんか問題でもあるの?」

 

 アメリアは乗り気ではない春人に口を尖らせて抗議した。泊まりの探索は賢者の森でも経験はしているが、今はアルゼルの問題など色々と立て込んでいる。また、余りにも酒場を空けると不味い状況になりかねないと、春人は感じていた。

 

「問題はないけどさ……」

「春人は私と噂になるのは嫌?」

 

 アメリアの突然の質問。この場所が各遺跡の中でも指折りの危険地帯ということを彼ら二人は忘れているようだ。とても会話の内容が釣り合っていない。

 

「嫌なわけはないけど……」

 

 春人としてもアメリアとは色々と噂が流れていることは知っている。単純にそれは嬉しいと感じる彼であったが、脳裏にはエミルの顔が浮かんでいた。

 

「なら、いいじゃない。ね?」

「う、うん……そうしようか」

「よしよし、決まりね」

「でも、アルゼルの件は大丈夫かな?」

 

 春人は最も心配している目下の最大の脅威についてアメリアに言った。しかし、アメリアの表情は変わらない。

 

 

「そうね、レナ達にも言ってあるし、ブラッドインパルスも今はアーカーシャに居ると思うし。私としては、アルゼルの奴がなにを考えているのかの方が心配だわ。あいつは本当に私設部隊で鎮圧できるなんて考えてるのかしら」

 

 いまいちアルゼルの思考が読めないでいる現状をアメリアは心配していた。なにか別の目的がある……彼女の脳裏にはそういった言葉が駆け巡っている。

 

 アルゼル・ミューラーの件は心配な二人ではあるが、今は疲れを癒す意味も込めて7階層でキャンプを張ることにした。

 



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23話 デスシャドー「サキア」

 

 オルランド遺跡7階層……かなり広大な階層であり、出現するモンスターのレベルは60~80以上にもなる。もはや、Sランク冒険者以外の立入りができない危険地帯。出現する宝も売れば100万ゴールド以上になる物も多い。

 一度、取り尽くされた宝も運が良ければ再設置という形で出てくる可能性がある。まさに一攫千金と言えるだろう。

 

「すやすや……」

「う~ん、寝にくい……」

 

 春人とアメリアの二人はそんな危険地帯で眠っていた。アイテムで敵の出現は制限しているが、完璧ではない。アメリアは春人と少し離れた場所で寝ていた。なぜか、春人とくっついて寝ることを進言していたが、さすがに春人は断ったのだ。

 

「まあ、厳密には断る必要はないと言うか……アメリアがそんなこと言ってくれるなんてな」

 

 未だにアメリアみたいな美人が自分と一緒に寝てくれることが信じられない。春人はそんな考えを巡らせていた。顔だけで言えば、釣り合いは取れていないと本人は感じている。

 

 アメリアを見ているといけない一歩を踏み出す衝動に駆られることも事実だ。健全な17歳であれば、普通の反応。エミルとの関係も偽であることを考慮すれば、彼がその感情を抑制する意味合いは低いと言える。

 

「はあ……アメリアの服装がもっと大胆だったら、多分、襲ってるだろうな……」

 

 アメリアが今回は聞いていないことを確認しながら、春人は話す。彼女の旅の服装はほとんど露出はない。おまけに鉄ごしらえの胸当ても付けているので余計にだ。それでも魅力を隠しきれていないが。

 

「……あれ?」

 

 そんな時、自分の懐から光が出ていることに気付いた春人。懐に手をやると、先ほど入手した黒のケースが光を放っていた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 春人は驚いて、思わずケースを投げる。地面に落ちたケースはさらに光を放ち続け、中から影のようなものが現れた。

 

「か、影……どうなって……!?」

 

 そして、その影はみるみる形を形成し始めた。その形は……少女の形。黒い艶のある長髪であり、大和撫子のそれを思わせる。服装は、ボロボロのバスローブのような物を纏っていた。浮浪者と間違えそうな格好だ。

 

「え? え?」

 

 目の前で起きた光景に春人は驚きを隠せない。と、言うよりなぜ少女が現れたのか意味がわからなかった。

 

「マスター、ご命令を」

 

 人間の少女と全く変わらない見た目と声……耳が尖っているなども見当たらない。外見は14~5歳くらいに見える少女は春人をマスターと呼んだ。

 

「なにかご命令はないですか?」

「命令って……君はなんだ?」

 

 春人は「誰だ?」とは聞かない。明らかに人間ではないことは分かるからだ。マッドゴーレムから出てきたアイテム……フィアゼスの宝の1つと考えるのが妥当だろう。

 

「私はデスシャドーです。「サキア」という名前もあります」

「……デスシャドーってなに?」

 

 またわからない単語が出てきた。彼女は春人の質問も命令と捉えているのか、淡々と答える。

 

「デスシャドーはマスターの影に潜み、お守りする存在。ですので、私の全てはマスターの為にあります。マスター、以後お見知りおきを」

 

 有無を言わせないサキアの言葉。春人はなんとなく理解した気になっていた。つまりは、そういうアイテム……若しくは魔法生命体ということだろう。

 

「サキアか……」

「はい、そのように呼んでいただければうれしいです」

「君はモンスターなのか?」

「……デスシャドーはアイテム扱いかと。基本の形は人間の肉体ですので、意志を持った道具です」

 

 そう言いながら、サキアは服を下からめくり出した。身体を見せたのだが、春人は思わず顔を背ける。

 

「わかったから、服は戻して」

「……はい。人間の形から、すぐにマスターの影にも潜めます」

 

 サキアは今度は、瞬時に影の形になり、春人の足元に姿を消した。見た目的には地面に吸い込まれたような形だ。

 

「ご理解いただけましたか?」

「う、うん……大体……」

 

 サキアは春人の足元から人の姿になって現れた。間近に見る黒髪の少女。瞳は黒で染められており、吸い込まれそうになる。かなりの美少女であったために、春人は思わず目を背けた。

 

「私はあなた様にお仕えいたします。これから永遠に」

 

 そして、サキアは春人と唇を重ねた。春人はもはや、何をされたのかすらわかっていなかったが、驚くほど気持ちのいい感触に包まれた。そして、サキアの舌も無造作に侵入してくる。一瞬、抵抗することも春人は忘れていた。

 

「……なにやってんの、春人?」

「ぷはっ……! あ、アメリア……! こ、これは……!」

 

 春人はアメリアの存在も忘れていた。

 

 

「へぇ~、デスシャドーなんて初めて見た」

「知ってるの?」

 

 とりあえず事の顛末をアメリアに話した春人。意外にもアメリアはそこまで驚いてはいない。

 

「神聖国の文献で見たことあるわ。影のモンスターって感じで、主人の半分のレベルを発揮できるとか。使いように寄っては相当便利よね」

「はい、私はマスターの2分の1の強さになります。マスターが強い程、私の力も上がります。

「ほほう、どれどれ……」

 

 アメリアはサキアの力を感じようと、彼女に近づいた。そして……

 

「……え?」

「アメリア……どうしたの?」

「え、な、なんでもないわ」

 

 アメリアは何を思ったのか、サキアからすぐに離れた。不思議な行動に春人は疑問に思ったが、アメリアからその後の返答はない。

 

「……まあいいわ。でも、春人とキスしていたのはどういうわけ?」

「はい、親愛の証です。舌も入れた方がいいと思いまして」

 

 恥ずかしげもなく、サキアはアメリアに語った。彼女は春人に向き直る。

 

「ふ~ん、舌まで入れたんだ。春人どうだった?」

「あ……うん、まあ……」

 

 エミルとさえしていないディープキス。非常に気持ちは良かったが、アメリアの冷たい視線に、春人は何も言えないでいた。

 

「えっと、サキアだっけ?」

「はい」

「私はアメリア。よろしくね」

「アメリア……覚えました。よろしくお願いします」

 

 サキアは頭を下げ、アメリアに挨拶をした。アメリアもサキアの頭を撫でていた。

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

「そ、それで俺に付いてくるの?」

「いけませんでしょうか?」

 

 先ほどまでのサキアとは違い、かなり寂しそうな表情になるサキア。見た目がいくつか下の少女にこんな表情をされては春人の性格からNOとは言えなかった。

 

「ま、まあ……いいか。よろしく、サキア」

「はい、マスター。よろしくお願いします」

 

 サキアは急に明るくなり、春人に抱きついた。影とは思えないぬくもりに春人は思わず顔を赤らめる。今までの女の子の中でも、積極的という意味合いではトップである。厳密には人間ではないが。

 

「春人、デレデレじゃない……なに? こういう引っ付いてなんでもしてくれる子とか大好物なわけ?」

「い、いや……別にそういうわけじゃ……」

 

 春人はアメリアに否定の言葉を出したが、内心はすこし図星を突かれて戸惑っていた。男であればこういうシチュエーションには憧れる。それを言おうかとも思った春人だが、別の突っ込みが入ると感じやめておいた。

 

「でもさ、サキアってどんな存在なんだ? フィアゼスの宝だろ?」

 

 フィアゼスの名前を聞いたサキア。少し、その表情は変化した。

 

「ジェシカ・フィアゼスのことですね? はい、私の生みの親になるかと」

「ずいぶん抽象的ね、当時のこと覚えてないの?」

 

 淡泊なサキアの回答に、アメリアが突っ込む。

 

「記憶は曖昧です。当時、私はまだ起動していませんでしたから」

「色々と話聞いてみたけど、それは後でいっか。とりあえず、戻りましょ」

 

 フィアゼスの宝で意志のあるサキア。当時の話など、文献ではわからないことも聞けるかもしれない。それを考えれば超レアアイテムと言えるだろう。

 

 

「戻るのか……この状況、エミルになんて説明しよう……」

 

 つい漏れてしまった春人の心の声。それを聞いたアメリアの表情が変わった。

 

「春人って、エミルに言い訳するのが最優先なんだ」

「言い訳? ……別に最優先ってわけでは」

「……」

 

 アメリアは春人の言葉を聞いていない。いや、聞こえてはいるが、敢えて無視をしたのだろう。

彼女は春人に顔を近づけ、彼の顔を覗き込んだ。春人は思わず顔を背けるが、彼女はそれを許さなかった。そして、アメリアの唇が春人のそれを塞いだ。

 

 

「………!!?」

 

 

 長い……長い時間だった。あまりの出来事、こちらの世界に来て一番の驚きの瞬間かもしれない。それほどに春人は驚いた。ものすごい力で春人を拘束するように動かさないアメリア。春人も抵抗はできないでいた。

 

「……あ、アメリア……?」

「じゃあ、行きましょ」

 

 

 解放された春人は唇の感触が生々しく残っていることなど忘れてしまっていた。アメリアの表情を見るのに精一杯のためだ。しかし、彼女は特に気にすることなく、先に出発の準備を進め始めた。

 

 

 春人は呆然と立ち尽くしており、そんな彼女を後ろから眺めている。サキアもまた、首をかしげて冷静な表情をしていた。本日は春人にとって、かなりの変化と言えるのかもしれない。1つはサキアの存在、そして1つは……アメリアとの関係である。

 



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24話 二人の距離

 

 その日、バーモンドの酒場「海鳴り」は相当に繁盛していた。いつも客自体は絶えないのだが、本日はその中でも多い方だと言えるだろう。

 

「エミル! 料理のメニューが遅れてるぞ! 急げ!」

「は、はい!」

 

 厨房ではエミルが大忙しで料理の盛り付けなどを行っていた。他の従業員もフル稼働で働いている。

 春人達は48時間近く、酒場には戻って来ていない。特に遠くの依頼を受けに行ったなどとも聞いていないので、エミルは相当に心配していた。だが、そういった心配もできないほど、現在は忙しい状況が続いている。

 

 

「かなり混雑してるな」

「席、空いてそう?」

「いや、多分埋まってるな」

 

 酒場の外では春人とアメリアが「海鳴り」の中の状態を確認していた。極めて普通に話し合っている二人だが……その目線は、各々全く別の所に向けている。

 

「あ……!」

「うっ!」

 

 つい顔を合わせる角度になってしまうと、お互いリンゴのように顔を赤くして明後日の方向を見てしまう。平然としていると思われたアメリアだが、蓋を開けてみれば、春人とまともに顔が合わせられない程、照れていたのだ。

 店の外でのそんな光景。当然、人目についてしまい、ソード&メイジの二人であることはすぐにわかってしまった。

 

「よお、春人さんたち。こっちに座りな」

「す、すみません……」

 

 酒場大盛況の中でもさすがの有名人と言えるだろう。「海鳴り」の常連客の冒険者たちが席を空けてくれた。こういった周囲の態度は日常茶飯事だ。そして、春人とアメリアは酒場の一角に座ることができた。

 

「なんか泊まりで探索言ってたって?」

「え、ええ……まあ、そうですね」

「……」

 

 席の対面側には、バーモンドの旧友でもある「ガーディアン」というBランクパーティの面々が座っているので、アメリアは春人の隣だ。嫌でも意識がそちらに向いてしまう二人。

 

「ん? ……なんか様子が変じゃねぇか?」

「え? な、なに言ってんのよ。そんなことないわよ、ほら今回の収入は30万ゴールド以上だったし! もうウハウハでさっ!」

 

 およそ24時間の戦闘でそれだけの結晶石換算となったのだ。手に入れた宝石の類も売れば倍以上の稼ぎにはなる。オルランド遺跡7階層ともなれば、それだけの稼ぎが保証されると言うことだ。

 その金額には「ガーディアン」の面子も度肝を抜かされた。24時間ほど潜っていたとはいえ、とてつもない金額と言える。日本で換算すれば、1年分を1日の稼ぎとして受け取ったみたいなものだ。春人はアメリアとの雰囲気にドキドキしながらも、しっかりと換算していた。

 

「相変わらず、ぶっ飛んだ稼ぎしてるな……今までの物も含めれば一体、いくらあるんだ」

 

「ガーディアン」のメンバーは自分より20歳も若い二人に驚きながらも賞賛の言葉を送っていた。彼らでは、同じ時間潜っていたとしても10分の1くらいの稼ぎが精一杯なのだ。もちろん、オルランド遺跡7階層などにはとても行けないからもあるが。

 

「しかし、二人の様子の違いはそれだけじゃないな? 春人さん、とうとう一線超えたか?」

「んなっ!?」

「な、なななななに言ってんのよ!」

 

「ガーディアン」のリーダー、セドランはとっくに二人の様子を看破していた。48時間帰ってこず、この状況では誰もが想像するだろう。予想通り、二人の態度は非常に焦った態度であり、セドラン達の酒はどんどん進んで行く。まるで自分の子供たちを見ているような表情だ。この辺りはバーモンドと変わらない。

 

「二人がパーティ組んで2か月だろ? やっとゴールインしたか。いや、俺たちも少し心配してたんだよ」

「あ、あの……勘違いしてるんですが……!」

 

 春人は必死で平静を装っているが、セドラン達には通じない。もはや決めつけている。彼らはエミルが偽の恋人であることも知っているのだ。

 

「おいおい春人さん。そこは否定しない方がいいぜ? で、アメリアの身体はどうだったんだ? めちゃくちゃいい女だろ、こいつは」

「え……そ、それは、確かに……」

 

 セドランの言葉に頷きながら、自然と春人は隣に目をやった。特に露出はしていない肌をアメリアは庇っている。

 

「な、なに見てんのよ、あんたは!」

「あ、ごめん!」

 

 アメリアに叱責され、春人は慌てて目を背けた。そんなやりとりをセドラン達は大笑いしながら眺めている。非常に楽しい雰囲気ではあるが、このままではまずい……春人はそう考えた。

 

「……まだ、俺たちはそういう関係じゃありませんよ。まあ……キスくらいはしてますけど」

「……ほほう」

 

 一旦冷静な口調に戻り、春人は静かにそう言った。先ほどまでの騒ぎは、かなり鎮静化する。しかし、春人のキス発言にアメリアは顔を真っ赤にしていた。

 

「どうやら、キスは本当みたいだな。これはすまなかった、勝手に勘違いしていたみたいだ」

「いえ……気にしないでください」

 

 セドラン達は春人に謝罪し、それ以上追求することはなかった。

 

「まあ、エミルちゃんへの言い訳は考えた方がいいかもな。俺たちが騒ぎ過ぎた、すまん」

「え? ああ……はははは……」

 

 冷たい視線とでも言えばいいのか。忙しい店の中にも関わらず、エミルはこちらをじっと見つめていた。セドラン達の大声からも内容も聞かれているかもしれない。戦士や魔導士でもないエミルであるが、その冷たいオーラは戦闘員を思わせる。

 

「春人はたらし確定ね」

「今回のは俺のせいなのか……?」

「なんて言うわけ? 全部話すの?」

「エミルに嘘付くのは……なんだか良心が咎める……」

 

 エミルに嘘は付けない。その思いには一定の理解は示しつつも、アメリアはとりあえず春人の頬をつねる。

 

「痛い、アメリア……」

「あんまり痛くしてないわよ」

「怒ってる?」

「……知らない」

 

 アメリアは春人に目線を合わせなかった。思わず春人は苦笑いをしてしまう。修羅場といえるのだろうか。しかし、こんな状況も彼は心のどこかでは楽しんでいた。

転生前には考えられなかった状態。自分に関心を持つ女子などほとんどいない状態であった彼にとっては、まさに新鮮な状況と言えるからだ。戸惑いながらも楽しんでいる様子の春人にアメリアも気付いたのか、彼女も少しだけ笑顔になった。

 

 今回の件で、二人の距離は飛躍的に縮まることになる。春人の恋愛はこれからどのような状態になっていくのか……。

 

 

「マスター、敵意を感じます」

「え?」

 

 春人たちの席の下からの声。姿は見えないが、春人の影に潜んでいるサキアからの言葉だ。

 

「敵意? どこからだ?」

「多分、あれかな」

 

 大賑わいの酒場。エミルが接客をしている中、彼女の近くのテーブルにはアルゼルの姿があった。こちらにも視線を送り、そしてエミルにも視線を向けている。

 「ガーディアン」のメンバーも遅れてアルゼル・ミューラーの姿に気付いた。

 

「あいつ……アルゼルか? こんな所でなにやってるんだ?」

 

 アルゼルは冒険者の中でも評判は悪い。セドランも彼の姿を見るなり顔をしかめた。アルゼル・ミューラーは春人を見据えた状態で、エミルを標的にしようとしているのか……彼はわざとこちらにも見えるようにエミルを呼び出した。

 

「おい、こちらも追加で注文したいんだが」

「はい、今参ります」

 

 アルゼルに呼び出されたエミルは無防備に彼に近づく。そして、アルゼルはエミルの全身を見回し、大きく歯を出して笑った。

 



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25話 強襲? その1

 

 王国軍強硬派の襲撃。それは予見されていたこと……ギルド本部にもその情報は伝えられており、警戒は秘密裏に行われていた。アーカーシャが襲撃された際、中央時計塔を中心とした場所を攻め落とすのは定石。それはギルドもわかっていることだ。いつでも強襲には対応できるようにしていた。

 

 しかし、何事も予定通りには行かないこともある。それはいつの時代でも変わらないこと。子供の喧嘩であろうと、国家の戦闘であろうと、モンスターの戦闘であろうとそれは変わらない。本日はアルゼルの強襲が予定されていた日ではあるのだが……

 

 

「あの、ご注文は、なんでしょう?」

「いや……やはり注文はいい。ところで……」

「……はい?」

 

 春人はエミルがアルゼルに触れられる距離まで近づいていることに、警戒していた。先ほどのアルゼルの反応……あれは、春人の怒りを煽る表情だった。春人はいつアルゼルがエミルに手を出さないか監視し続けていた。

 

 だが、アルゼルは一向にエミルを襲う気配を見せない。

 

「ほう、16歳かよ。かなりの美人だな……噂には聞いていたが」

「いえ、そんなこと……あの、御用がないのであればこれで」

「まあ、待てよ。客を楽しませるのも店員の仕事だろ?」

「は、はあ……」

 

 多少の絡み酒のようなことはしているが、アルゼルはそれ以上突っ込む気配がない。あの程度であれば、他の客もしている。春人たちは彼の考えが読めないでいた。

 

「なに、あいつ……ホント読めないわ……」

「マスターに対する敵意は感じます。殺しましょう」

「サキア、案外怖いこと言うな……」

 

 

 すぐ手を伸ばせば届いてしまう距離……春人はアルゼルとエミルの微妙な距離感にもやもやした気持ちが出ていた。

 

「春人が怖い顔してるから、そろそろアルゼルとっちめてやりましょうか」

「よし、それがいい」

「俺のエミルに手を出すなって大声で言うのよ?」

 

 茶化してくるアメリアに春人はどうしたらいいのかわからなくなっていた。とにかく、アルゼル・ミューラーだ。あの男の目的がなんであれ、エミルが困っているなら助けないわけには行かない。春人は立ち上がり、アルゼルの下へと向かった。

 

「アルゼル、いい加減にしてくれ」

「……」

「あ、春人さん! このお客さん、少し酔ってるみたいで……!」

 

 春人はアルゼルの席の前まで歩を進めた。春人に気付いたエミルはすぐにアルゼルから離れ、彼の下に駆け寄る。そして、もう一度、春人はアルゼルを見た。先ほどから反応が薄い。

 

「おい、アルゼル……!?」

 

 様子がおかしい。アルゼル・ミューラーのことはほとんど知らない春人ではあるが、酒に酔って泥酔してしまうような人間には見えなかった。評判は相当に悪かったが、単騎でAランクになった実力者……それが今はどうだ? 春人もさすがに目を見張った。

 

「……うう……」

「お、おい……アルゼル?」

 

 麻薬でもしているのか……春人の中にそんな考えが過った。いや、これはそれ以上だ。彼の顔色はみるみる内に青くなっていったのだから。

 

「マスター、離れてください。この男は死んでいます」

「!」

 

 春人の前に現れたサキア。それとほぼ同時であった、席に座っていたアルゼルの左腕が伸びて、周囲を大きく薙ぎ払ったのだ。バーモンドの酒場の壁や窓ガラスはその腕により、破壊された。周囲にいた多くの冒険者がその攻撃の巻き添えを喰らってしまったのだ。

 

「な、なにをするんだ!」

 

 攻撃を避けていた春人。エミルを庇うように一緒に地面に張り付いていた。酒場内はいきなり起きた騒乱により、一気に騒がしくなってしまった。

 アルゼルの一撃は強力であり、大けがをした者もいるからだ。

 

「て、てめぇ! なんのつもりだ!」

「おい、トーラ! しっかりしろ!」

 

 周囲の客はアルゼルに対して大きな罵声を浴びせ始めた。数人の客は動くことが出来なくなっている為、当然かもしれない。しかし、全身を青い肌に変えたアルゼルにはそんな言葉は届いていなかった。

 

「アメリア! あれは、まさか……」

「ネクロマンサーの能力……」

 

 セドランとアメリアは、アルゼルの姿や攻撃方法を見ながらそのように結論付けた。

 ネクロマンサーは召喚士などと同じく特殊な能力者である。自らが殺した相手を一定の条件で自在に操れる能力である。正常な身体を偽り、言葉などを話させることも可能だ。

 

 

「この力はネクロマンサーの能力です、マスター。何者かがこの男を殺し、死体を操っていたのでしょう」

「アルゼルを殺した? 一体誰が……?」

 

 地面に伏せていた春人は、エミルをまだ伏せさせた状態のまま自分は立ち上がった。目の前には人ならざる者になったアルゼル・ミューラーが居る。酒場の危険度は最大級になっていると言えるだろう。

 

 

「グリフォンだ! グリフォンが!」

 

 そして、同時に酒場の外からはそんな叫び声がこだました。

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

 

「どうなの、ジャミル? アーカーシャの街は」

 

 その頃、アーカーシャの郊外にて、二人の人物が話をしていた。最初に口を開いたのはピンクのパーマをかけたようにウェーブがかかっている髪をした人物。ウェーブした髪で実際の長さは分かり辛いが、肩を少し超えるくらいか。

 ガタイは非常によく、身長もかなり高い。それでいて服装はスリット付きのスカートというなんともアンバランスな格好だ。口髭を生やした男がそこに居た。

 

「ふむ、アルゼル・ミューラーは大した相手ではないよ。グリフォンの方がよほどマシだったね」

 

 ガタイの良い女言葉を話す男にジャミルと呼ばれた男はそう返した。銀縁のメガネをかけた男でやや眼は細く鋭いながらも、顔つきは神経質な印象を拭えない。髪型は見事に真っ黒でオールバックだが、一本だけ前に垂らしていた。

 

「さすが私のジャミルねんっ。痺れちゃうわ。まさかネクロマンサーの力をそこまで行使できるなんて」

「私は君のではないがね……だが、私にかかればこの程度は朝飯前だ」

 

 オカマの人物はやや冗談気味ではあるが、ジャミルは至って真剣な表情だ。そんな彼の人物をオカマの男は優しい笑みで見つめている。

 

「ところでアンジー、残りの二人にも声をかけておいてくれよ。落ち着いたらいよいよ向かうことになるからね」

「いやだわ、私達まだ冒険者にすらなっていないのに。気が早いんだから」

「……まあ、それはともかく……む? アルゼル・ミューラーが勝手なことをしているみたいだ。ああ、グリフォンも勝手に暴走しているね……やれやれ、自動行動に設定しているといつもこれだ」

 

 ジャミルは自らが操った者達が勝手に動き出していることにため息をついていた。

 

「まあ、アーカーシャの街の戦力が高いなら、あの程度はどうにでもなるだろう。さて、オルガとメドゥの二人はどうしているかな?」

 

 アーカーシャ郊外から、ジャミルは南の方向へと視線を合わせた。その先に仲間が居るということだろうか。始まるはずの襲撃……アーカーシャの街は悲鳴で轟かされるはず……しかし、事態は予定通りにはならなかった。

 

 



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26話 強襲? その2

 南の海岸地帯付近、その場所には王国のラグア・ハインリッヒの私設部隊が待機していた。それぞれ名のある賞金首や盗賊団で構成された犯罪集団。その数は軽く100人を超えており、南と東……両方からの攻撃を予定されていた。

 

「はいはいはい、正確に答えればよろしっ、OK?」

「へ、へい……襲撃の時間は、あと1時間後でした……げほっ。時計塔を破壊して、ギルド本部を占拠して……それで拠点は確保できたも同然って感じで……」

「ほほう、それはなかなかエキサイト。で? お前らは内通者のアルゼル・ミューラーに手引きされてたんだな?」

「は、はい……」

 

 赤髪で耳を覆うくらいの長さの男が、盗賊の一人を尋問していた。赤い髪をつんつんに立てている。他の強盗団はほとんどが死亡しているが、生きている者も重症者が多い。

 

「オ~ル~ガ~、ど~う~?」

「メドゥ、相変わらず妙ちくりんな話し方だぜ。語尾が長いっての、ドゥーユーアンダースタン?」

「オ~ル~ガ~には言われた~くな~い~」

 

 妙なイントネーションで滑舌は良いながらも、とても早口なオルガ。それとは逆にテープをスローにしてるように話すのはメドゥだ。メドゥは美しい銀髪を背中の辺りまで伸ばしており、前髪は7:3くらいに分けていた。おでこの真ん中に黒い斑点があるのも特徴で、目は焦点が定まっていない。

 

「しかし、アルゼル・ミューラーはグリフォン、私設部隊の襲撃に乗じて逃げようといていたぜ! 街でお気に入りの女を何人か攫ってな! 全く、油断も隙もないぜ!」

「で~も~計画は潰~し~た。私たちは、Aランク冒険者~は~か~た~い~」

 

 

 オルガとメドゥ、彼らの目的は冒険者になることだ。彼らの話からもそれは想像できる範囲だった。てっとり早く功績を上げようとしているわけだ。

 

 

「つ、強すぎる……あんたらは、一体……?」

「ノンノンノン、正体は隠すから意味があるんだぜ? 人間、隠し事がある方が魅力的に映るだろ?」

 

 オルガは先ほどまで尋問をしていた強盗団の一人に諭すように話す。格好は赤髪のつんつん頭。服装も赤を基調とした闘牛士のような格好だ。英国紳士も兼ね備えているのか、意外にもきっちりと服装は整えている。

 そして、話し方は早口な男だが、諭した内容はまともであった。言われた盗賊団の一人もなぜか納得してしまっている。

 

「オル~ガ~、そ~ろ~そ~ろ~」

「OKOK、ジャミル達と合流するとしようかっ」

 

 オルガとメドゥは盗賊団に興味がなくなったのか、そのまま背を向けてアーカーシャの街の方向へと歩いて行った。

 

「なんなんだよ……なんなんだよ、あいつらは……ありえないだろ……!」

 

 有名な強盗団の一員……先ほどまで尋問を受けていた男は自らの自信が全て否定されたような感覚になっていた。違う……自分達の力は本物だ。オルガとメドゥがそれ以上に強いだけ。残された男は周囲の200体はあろうかという死体を前に戦意を完全に失っていた。

 

 

-----------------------------------------------

 

 

「グリフォン? やばいんじゃないか?」

「すぐに向かうなら、この男は殺しましょう、もう死んでいますが」

 

 グリフォンが街のすぐ近くに現れた。酒場の外の人々の叫び声から、春人達もそれは理解した。グリフォンのレベルは90になり、Aランク冒険者のアルゼル以上の強さである。目の前のかつてアルゼルであった者。サキアはアルゼルの強さをすぐに看破した。

 

 

「ぐううう……」

 

 アルゼルの二撃目はその後、すぐに繰り出された。アンデット化した両腕を高速で振り抜く攻撃、しかし、その攻撃はすぐにサキアによって受け止められてしまう。今度の攻撃は誰も傷つけることはできなかった。

 

「ぐぬっ!?」

「その程度の攻撃では私には届きません。もちろん、我がマスターには尚更です」

 

 サキアはそう言いながら、アルゼルの両腕を握りつぶした。細い腕での行為とは思えない程その光景は異常だった。しかし、アルゼルの腕は地面へと鈍く落ちた。まさしく彼女は、アルゼルの腕を握りつぶしたのだ。

 

「サキア……」

「この男は既に死んでいます。これ以上の放置は被害が大きくなるだけですよ、マスター」

 

 咎めたわけではないが、サキアはそうように忠告をした。春人はこの時、まだ気付いていなかったが、サキアは主人である春人に危害を加える存在は容赦しない。そのまま、春人の指示を待たずしてアルゼルの首を飛ばした。

 そして、彼の亡骸はその場に倒れ込み、二度と起き上がることはなかった。

 

「す、すごい……! あのアルゼルを、いとも簡単に! なんだあの少女は?」

 

 その一連の行動を遠目で見ていたセドランは驚きを隠せないでいた。セドラン自身ではもちろんあんな芸当はできないことからくる賞賛の言葉だ。周囲の人間の大半も同じ感想を持っている。

 

「確かにすごいけど……でも、サキアは春人の半分の実力確定なのよね」

 

 サキアに対する賞賛より、アメリアだけは春人に対して賞賛の念が勝っていた。

 

「マスター、申し訳ありません。勝手な行動をしてしまいました」

 

 アルゼルを殺したあと、サキアは春人に謝った。この時は普通の少女に戻っている。しおらしさも普通の少女のそれだ。

 

「いや、構わないさ。結果的にエミルたち、皆が助かったんだから。俺はまだまだ人殺しを躊躇ってしまうし。躊躇っていたら、エミルが無事だったかも保証できないしね」

 

 春人は全くサキアを責めることはせず、彼女の頭を優しく撫でる。サキアは少し嬉しそうにしていた。そして、地面に這っていたエミルを起こす。

 

「大丈夫? エミル」

「は、はい……大丈夫です。春人さんは大丈夫ですか?」

「俺は平気、よし、俺は外の様子を見てくるから、エミルは出来るだけ安全に隠れててくれ」

「はいっ! 気を付けてくださいね!」

 

 そう言って、エミルは周囲の散乱した机を片づけ始めた。他の冒険者たちも春人に歓声を上げながらも、周囲の大けがをした者達の看護へと移った。街の冒険者が1つになっている。アーカーシャに迫る危機に対して、街の結束は非常に重要なものだ。

 今回の騒動が街の危機になるほどのものとは思えないが、春人の中で今回のことはいずれ訪れるかもしれない、真のアーカーシャの危機の際に、必ず役立つだろうという確信があった。

 

「春人、グリフォン討伐行くでしょ?」

「もちろん、サキアも行くか?」

「同行いたします、マスター」

 

 春人は近づいて来たアメリアとハイタッチで呼吸を合わせた。そして、二人は酒場の外へと出て行った。

 



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27話 グリフォン討伐

 

「状況はどうなっている?」

「街の西からはグリフォンが攻めて来てるみたいだね、そちらには「ビーストテイマー」と「ソード&メイジ」が向かっているよ」

 

 場所はアーカーシャの中央時計塔付近。「ブラッドインパルス」のジラークとロイドが会話をしていた。その隣にはオルゲン老師の姿もある。彼らは、アーカーシャの周囲の地形的な観点から、南の海岸付近からの侵攻を読んでいた。

 

 

 彼らの読みはまさに的中していたが、グリフォンの侵攻情報があるにも関わらず、全く私設部隊が攻めてこない状況に疑問が浮かんだ。

 

「おかしいの、グリフォンの襲撃も侵攻作戦の1つであるなら、私設軍の侵攻も同時刻に来るはずじゃが……」

「老師、アルゼルは先ほど「海鳴り」にてアンデッドになってたみたいっすよ。春人が倒したみたいですけど」

 

 ロイドは仕入れてきた情報をオルゲン老師に伝えた。性格にはアルゼルを倒したのはデスシャドーのサキアではあるが。

 

「ふむ、これはどういうわけじゃ?」

「おそらく……第三者の介入により、アルゼル・ミューラーの計画は未然に防がれた、というところでしょうな」

 

 そう言いながら、ジラークは南の方向に目をやっていた。その方向からは二人の人物が余裕の表情で歩いて来ている。特に敵意は感じられないのか、ジラークは武器を構えない。

 

「へいへいへい! あんたはSランク冒険者じゃねーかい? いきなり会えたぜ!」

「う~んが~い~い~」

 

 オルガとメドゥの二人はジラーク達と時計塔で邂逅を果たした。

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

「これが……グリフォンか!」

 

 春人とアメリアは街の西口に辿りついた。入り口の目の前には、グリフォンが5体配備されている。だが、既に死亡しているのか、目はモンスターのそれではなく、肌の色も紫がかっていた。

 

「こいつらもアンデッド化してるわね……ネクロマンサーによる仕業でしょうね」

「ええ、その通りですわ。しかし、レベル90のグリフォン5体を始末してアンデッド化させる程の者……相応の実力者ということになりましょう」

 

 アメリアの隣には「ビーストテイマー」の二人も配置されていた。そのほかにも冒険者はいるが、空気を読んでか後ろに下がっている。

 

「……どうしよう?」

「そうですわね、ルナ。わたくし達が先に参りましたので、先に行かせていただきますわ」

 

 そして、春人達の承諾を得ずにレナとルナは前に出て行く。意外と戦闘狂の二人を前にアメリアは頭を抱えていた。その表情は「しまった」と言っている。

 

「さて、参りますわよ。ブルードラゴン」

「……来て、アサルトバスター……」

 

 レナとルナ、それぞれモンスター名を告げた段階で、前方には魔法陣が展開され瞬時に巨大な物体が姿を現した。

 青き翼竜と黒き機械人形の出現である。

 

「あ、あんなモンスターを瞬時に召喚するなんて……! うそだろ!?」

「さすがはSランク冒険者だな……」

「いや、オレはAランクだぞ? 差があり過ぎじゃねーか?」

 

 春人の背後から聞こえる驚きの言葉の数々。彼らの中にはAランクの者もいるようだが、それでもレナ達との差を痛感しているようだった。

 ブルードラゴンのレベルは155、アサルトバスターも145に相当する。2体共、春人が賢者の森で仕留めたグリーンドラゴンの強さを超えていた。それを使役している為、Aランク冒険者ですら驚愕してしまうわけだ。

 

「行きますわよ、ルナ。といっても、わたくし達がなにかする必要はないけれど」

「………暇」

 

 レナとルナはグリフォンを前にしても高みの見物といった状態になっていた。ブルードラゴンとアサルトバスターはそれぞれ、自立行動でグリフォンに向かって行くためだ。レナ達に向かってくる者が居れば彼女らも反撃をするが、そんな心配は皆無だった。

 

「レナさん達……あんなに強いんだね」

「Aランク冒険者はある程度上限が決まってるわ。最大でもレベル60程度。それ以上は全てSランクの領域になるから……SとAで差が出るのは必然なの」

「なるほど」

 

 以前、春人の部屋で語っていた内容にも付随している。Aランク冒険者は通常はレベル50~60程度のモンスターを討伐することを考えられている。ただし、Sランクに上限はなく、レベル60~となっているだけである。文献上でもレベル400の鉄巨人が居ることを考えると、Sランク冒険者が担う幅は非常に大きい。

 同じSランクの中でも当然、差は生まれるわけだがAランクを脱していないアルゼルにSランク冒険者が負けるはずがないという原理はまさにそこにあったのだ。

 

「でもさ、レナとルナだけにやらせるのも癪だし。私達も仕留めましょうか」

 

 ブルードラゴンはハイパーチャージを使っていた。1分間は全能力が2倍になる。それは実質、レベルが2倍になることと同義だ。このままではグリフォンは全滅してしまう。アサルトバスターもミサイルを撃ち、グリフォンの1体を圧倒している。

 

「では、マスター。私が参ります」

「サキアはグリフォン以上……か。ま、わかっていたけど。春人、あんた凄いわね」

「う、うん?」

 

 アメリアは軽く小突きながら春人を称えた。春人自身はその意味を理解していない。

 

「あ、サキア。君は待機しててくれ。グリフォンは俺が行くよ」

「畏まりました。それでは、敵の攻撃は私が防ぎます」

 

 サキアは素直に春人の影に戻って行った。デスシャドーは主人の身を守る盾の役割を果たすこともできる。春人の防御をグリフォンが貫通できるはずはないが、サキアにとってそんなことは関係がなかった。

 

「ギュイイイイイ!」

 

 大きな甲高い声から発せられる竜巻は、春人目掛けて高速で走り出した。さらに、同時にグリフォンが2体、春人目掛けて物理攻撃を仕掛けてくる。

 

「やっぱり俺、強くなってるかな。このレベルのモンスターに恐怖を感じない」

 

 竜巻に巻き込まれた春人ではあるが、その突風は影になったサキアが全て弾き返した。そして、竜巻がかき消されたところに迫るグリフォンの爪。

 サキアは敢えて、その爪はガードすることはなかった。春人に命中した爪攻撃は、彼に少しのダメージも与えることはできない。

 

 あまりの事態に、アンデッド化をしていなければ、グリフォンは本能で逃げ去っていたかもしれない。それほどの事態だ、グリフォンの攻撃を受けてノーダメージなのだから。後方に待機している冒険者は開いた口が塞がらない。

 

「今度はこちらから行くぞ!」

 

 そして、抜き出されるユニバースソード。霞仕上げを思わせる美しい銀の刀身は春人の腕力により、超高速でグリフォン2体を切り裂いた。アンデッド化などまるで関係がないように、グリフォンの胴体は切断され、その場に崩れ去った。

 

「さっすが春人! ヤバいわよ、アンタ! 格好いいんじゃない?」

 

 2体のアンデッド化グリフォンを仕留めた春人に、上機嫌でアメリアは近づき彼の背中を強く叩いた。満面の笑みを浮かべながら。

 

「ああ、ありがとう、アメリア」

「うん。……あ、」

「ああ……」

 

 思わず目が合ってしまい、気まずい状態が蘇った。二人とも赤面しながら目を背ける。

 

「マスター、この状態はなにか駄目です」

「え? 駄目ですって? そんなこと言われても……」

「ダメったら、ダメです」

 

 サキアは急に駄々をこねる子供のようになり、人間の姿で春人に抱きついた。アメリアから離すように。アメリアはそんな光景に思わず笑い出してしまった。

 

「サキアって人間みたい」

「人間ではありません。ただし、マスターの欲求を、マスターが望む通りに叶えることができます。子供は産めませんが……歳も取らず、学習することも可能です。マスターの理想の格好なることも容易です。アメリアにはできないことをたくさんできます」

「ほほう、言ってくれるわね……」

 

 宣戦布告……神聖国や王国とは違う意味での言葉だが……一瞬だが、その場は凍り付いていた。

 

「なんか、俺が変態呼ばわりされている気がするんだけど……反論した方がいいのか?」

「何言ってんのよ、変態でしょ、春人は」

「待て待て、何も見て変態なんだ!? 俺は至ってノーマル……」

 

 春人はそれ以上言っても墓穴を掘るかもしれないので、敢えて言葉を止めた。女性の前でする話でもないし、どこまでをノーマルとするかは人に寄るからだ。

 

 

「とても素晴らしいですわ、春人さま」

「……すごい」

 

 残りのグリフォン討伐も完了したのか、レナとルナも春人の前に現れた。傍らにはブルードラゴンとアサルトバスターの2体も立っていた。

 

「その美しい剣から繰り出される一閃。わたくし、つい見惚れてしまいましたわ」

「そ、それはどうも……あはは」

 

 冗談半分なのか、本気なのかといった微妙なラインでの言葉に春人は苦笑いになる。レナは冗談を言って、こちらの反応を試す可能性があるからだ。

 

「レナとルナも力隠し過ぎよ。なにが「グリーンドラゴンは召喚できない」よ? それ以上の怪物召喚してるじゃない」

 

 アメリアはブルードラゴンを見上げながら言った。

 

「うふふ、ですのでグリーンドラゴンを召喚できないのは事実ですのよ? ブルードラゴンは可能でございますが」

「屁理屈ね」

「いいえ、事実ですわ」

「ルナはどう? どっちが正しい?」

 

 

 自分の非を認めないレナに対して、アメリアはルナに善悪の是非を委ねた。ルナは少し困っている。

 

 

「………レナが正しい、と思う。ごめん、アメリア」

「さすが、わたくしの妹ですわね。あの時の言葉だけを取れば、わたくしに非は全くなくてよ? アメリア、お分かりいただけまして?」

「はあ、もうわかったわよ……」

 

 

 レナの勝利宣言に、アメリアもため息をつきながらも認めざるを得なかった。そして、周囲はSランク冒険者によって達成された5体のグリフォン討伐に歓喜の声が広がっていた。街の住民も強力な魔物が中に侵入しなかったことを涙を流して喜んでいる。

 

 

「さすがは冒険者たちだ! アーカーシャ万歳! ソード&メイジ万歳!」

「ビーストテイマーのお二人も素敵すぎます!」

「はーるーと! はーるーと!」

 

 ソード&メイジとビーストテイマー。二つの冒険者パーティによって、グリフォンは討伐された。アーカーシャの守備態勢が万全であることを街の人々の心にも大きく刻まれる瞬間でもあった。春人はそんな大歓声の中を、生来の臆病な心を表に出しながら、恐縮した様子で帰って行った。

 



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28話 思い出

 

 

 アーカーシャの街の危機。グリフォンの進撃は未然に春人達によって防がれた。そして、アルゼル・ミューラーの計画の根幹を排除した者達。

 

「もう2週間以上経つけど、相変わらず「シンドローム」の連中はよくわからないわね」

「個性的な人達のような気がします」

 

 2週間前にアルゼルによって被害を被った「海鳴り」は冒険者たちの力もあり、すぐに元の状態に戻すことができた。割れた窓ガラスや壁なども魔法の力により、修復は完了していた。

 

 アメリアとエミルがテーブルに座りながら話をしているが、「シンドローム」と呼ばれるのは、最近になって誕生した冒険者パーティである。

 

「ラグア・ハインリッヒの強盗団を事前に殲滅。同時にグリフォンとアルゼルも殺害。ネクロマンサーの能力は、「シンドローム」のリーダーの能力だろうけど。そこは黙秘、と」

 

 最初こそ、彼らは敵兵であると疑われた。しかし、実際にアーカーシャにもたらされた利益や彼らのメリットなどを考慮し、功績として認められたのである。グリフォンたちの暴走に関しても死者がいない以上、現在は保留になっている。

 

「暫定Aランク冒険者。春人さんと同じように短期間での昇格ですね」

「まあ、4人パーティだけどさ。実力的にはSランク冒険者よ、彼らは」

 

 構成された面子はリーダーのジャミル・ドロシー 25歳。巨大なオカマのアンジー・スピカ 22歳。早口のオルガ・デマート 19歳 スローテンポのメドゥ・ワーナビー 17歳となっている。

 冒険者登録も終え、彼らは「シンドローム」として活動を開始。まだ完全攻略されていない遺跡の探索を始めている。

 

「オルランド遺跡8階層、アクアエルス遺跡4階層にも来る予定らしいわ。うかうかしれられない」

「ライバル……ということでしょうか?」

「うん、そういうことね。ま、色々腑に落ちない連中だし、目的は不明なのが気になるけど、冒険者仲間なのは事実ね」

 

 アメリアは意外にも「シンドローム」のメンバーに対して悪い感情は持っていなかった。彼女の過去には色々な危険な人間がいたわけだが、それらと比較した上での直感だ。

 

 

また、アルゼルは街娘を攫う計画を練っていたが、そこにはエミルの名前も入っていた。もしも、彼らがおらず、計画通りにことが運んだ場合はもぬけの殻になった酒場でエミルを守りぬける者はいなかっただろう。

 

 

「案外、あの連中には感謝かもね」

「……そうなんですか?」

「ううん、こっちの話。あ、春人遅いわよ!」

 

 昼間の太陽が最も上っている時刻、春人は遅れて酒場の2階から姿を現した。そして、二人の少女の前に立つ。

 

 

「ごめん、ごめん。遅れた」

「ったく、女の子待たせるとか。なにやってんのよ」

「おはようございます……ではないかもしれませんね。こんにちは、春人さん」

「うん、エミル」

 

 本日は3人で出かける予定だった。すこし春人が遅れた形になっていたのだ。

 

「おはようございます、お二人共」

 

 そして、春人の影から出てきたのはサキアだ。エミルは話には聞いているが、まだ彼女に慣れていない。

 

「お、おはようございます。また春人さんと寝たんですか?」

「はい、マスターのお側に居るのが私の務めですから」

 

 その話を聞いてエミルの顔には青筋が出ている。この2週間で少しマシにはなったが。まだまだ、彼女は納得をしていない。

 

「春人さん」

「は、はい」

「こんなに可愛らしい方が添い寝してくれるなんて、悪い気しないですよね?」

「あ、いや……確かに可愛いけど、別に添い寝してるわけじゃ……」

 

 春人はエミルの圧力にたじたじになってしまった。サキアを紹介してから、エミルの様子は変わっている。バーモンドは「3人目か、春人。ハーレムじゃねぇか」と茶化しており、その関係性を楽しんでいる節がある。

 

「マスター、そろそろ私を使っていただいて構わないのですよ?」

「その「使う」というのはとてもいやらしい気がするから、今はやめようか」

 

 これ以上、そっちの話になるとまずい。春人はすぐに中断させた。アメリアも笑顔ではあるが、明らかに不機嫌になっている。彼女とのキスはエミルには内緒にしているのだ。このままではそれも漏れかねない。

 

「そ、それにしても、またすごい冒険者が誕生したなっ」

 

 やや不自然ではあるが、春人は話題を切り替えた。

 

「そうよね、シンドローム。3か月前には春人が来るし……最近、色々変わってるわね」

「春人さんが、こちらに来られてもう3か月なんですね」

 

 3か月ほど前に春人は転生してきた。最近はそのことを考えていなかったが、以前は思い出すことも多かった。

 

 思い出すのは、同じクラスの男子……何人かに苛められていた嫌な思い出でもあるが、茶髪のピアスを開けた男をその時は思い出していた。

 

 彼の高校には不良はいなかったが、茶色い髪を肩にかかるくらいまで伸ばしたその男は、学年でも目立つ存在ではあった。春人に目をつけていじめていたのだ。あまり好ましい思い出ではないが、命のやりとりをしている彼にとって印象は薄くなっていた

 

 それに、嫌な思い出ばかりでもない。クラスの委員長を務めていた青色の長い髪をした女性。瞳の色も青く、スタイルは抜群と言われていた。特に胸は90センチ以上と言われており、水泳の時間などはなんとか覗こうとしていた者も居たほどだ。学年でも1位と称されていた美少女で、成績も優秀、運動能力も高い。

 

委員長と言うこともあり、日陰者の春人にも優しく接してくれていた。義務感からきていたのかもしれないが、それでも春人は彼女に対して、ほのかな恋心を抱いていた。初恋の相手でもある。

 

「どうしたの、春人?」

「大河内 悟(オオコウチ サトル)と天音 美由紀(アマネ ミユキ)さん……。ああ、俺は委員長って呼んでたっけ、懐かしいな」

 

 聞き慣れない言葉を話す春人にアメリアは訝しげな表情をしていた。

 

「ところで、レジール王国の方はどうなったの?」

「えっと、イスルギさん達も一旦帰国してって流れにはなったけど。詳しい話は聞いてないわね、そういえば。まあ、おそらくグリフォン討伐や海岸線の強盗団殺害の件で、周辺国家への牽制はできたと思うけどね」

 

 アメリアは自信あり気に話した。海岸線の強盗団の襲撃阻止やアルゼルの殺害、ほとんどの功績を「シンドローム」に持って行かれたのが癪ではあるが、アーカーシャが中立国として認められる可能性が高まったのは、素直に喜んでいた。

 

「あの、お話は歩きながらでも可能ですし、そろそろ行きませんか?」

「そうだね、行こうか」

「りょ~かい」

 

 春人、アメリア、エミルの3人はそのまま酒場を後にする。サキアは春人の影に隠れて付いてくることになった。

 

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

 そして、同じ日の夜……アーカーシャの外れの崖付近にて……

 

「……え? ここは、どこだ?」

 

 見知らぬ男が、見慣れぬ光景に戸惑いながら周囲を見渡していた。茶色い髪を肩近くまで伸ばし、両耳にピアスを付けた男。比較的二枚目で筋肉質の男は非常に焦った表情となっていた。

 

 新たなる転生者の誕生である……。

 



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29話 転生者 大河内 悟 その1

 

 男は崖の下に立っていた……時刻は既に夜になっており星が見える……ここはどこだ? 茶色い髪を少し長めに伸ばした少年は辺りを見渡した。

 

「あれ……? 東京に居たよな? ここは?」

 

 少年の名前は大河内 悟(オオコウチ サトル) 17歳。日本の東京に住んでいる男子高校生である。特に不良という印象は受けない彼ではあるが、それなりに遊びを楽しんでいる雰囲気は、外見にもそれなりに出ていた。

 

 しかし、この状況は彼にとっても予想外過ぎる……明らかに、自分が居た場所とは違う。外国の荒野のような場所。

 

「どうなってんだよ……あれは、街か?」

 

 彼の見た先には比較的大きな規模の街があった。だが、街並みは日本のそれとは明らかに違う……ヨーロッパなどで見かけるような街並み。

 

「行ってみるしかないのか? 俺のバッグとかもなくなってるし……」

 

 記憶の最後は繁華街をバッグを持って歩いていた。日曜日だったので、買い物をしていたのだ。その後の記憶は消えている。気づいたらこの場所に来ていた。転生……彼としても少し頭をよぎったことだが、とても信じられない。

 

 クラスの人間でもそういう話が好きな者はいたが、自分はどちらかと言うとそういう連中を見下す側だった為だ。校内でも一番目立つグループに所属はしていた。もちろん今時の不良といったグループではないが、お洒落な集団で文化祭などでもライブとかをして盛り上がる集団だ。

 

 悟はとても信じられなかったが、自然と頭には異世界への転生という言葉が生まれて来た。そういえば、何か月か前に同じクラスの孤立してた奴が車の衝突事故で死亡したが……いや、まさか……彼はそこで考えをやめた。

 

 

「よ、よし……行くか」

 

 そして彼は街へ向かう決心をした。とりあえず悩んでいても仕方がない。荒野のような場所に立つ街並み……人がそれなりに住んでいることは間違いないだろう。言葉が通じるとは思えないが、英語なら少しは話せる。念のため、彼は近くにあった手ごろな角材を持って街の方へと歩き出した。

 

 日本で見ると確実にヤンキーの類だ。誰も角材を持つ人間に近づきたいとは思わない。見知らぬ場所である為、妙な連中に絡まれた時の護身用として持ったのだ。

 そして、街の入り口が近づいて来た頃、初めて住人と思しき人物に出会った。自分と同じ歳くらいの少女だろうか? 悟はそのように思った。

 

 

 ホワイトスタッフを片手に持ち、肩にかかるくらいの金髪の髪を有している美しい女性、アメリア・ランドルフがそこには居たのだ。

 

「ん? あんた向こうから来たの?」

 

 彼女はモンスターを討伐していたのか、ホワイトスタッフを肩にかけながら、結晶石を持っている。悟は彼女の顔立ちに思わず見惚れていた。

 

「あ、ああ。そうだけど」

 

 言葉が通じることに疑問を抱きつつも、悟はいきなり話しかけてきた少女に言葉を返した。

 

「あんた……あんまり見かけない格好だけど。アーカーシャの住人?」

「アーカーシャ? ああ、あの街のことか。いや、違うな。俺もなぜこんなところにいるのかわからない……」

 

 悟はアメリアの背後にそびえる街を見ながらそう言った。目の前の街がアーカーシャという街であろうと予見しての発言だったが、的を射ていたのだ。

 

「ふ~ん、私はアメリア・ランドルフって言うんだけど。あんた、名前は?」

「あ……大河内 悟って言うんだが……」

「大河内 悟……?」

 

 アメリアは何を思ったのか悟の顔や体をマジマジと見始めた。悟としては外見にはそれなりに自信はあるが、アメリアに見られるのは少し照れていた。なにを見ているのか良くわからなかったからだ。

 

「悟って呼ぶわね。あんたもアメリアって呼んでくれていいから」

「あ、ああ。わかった」

 

 いきなりの名前呼び。アメリアほどの美少女に名前で呼んでもらうのは悪い気はしない。いままで何人かの女性と付き合ったこともある悟だが、彼女ほどの美人はいなかった。一目惚れをしたわけではないが、彼女と親密になった気がして気分は少し高揚した。

 

 

「もしかして、何処も行くところがない系?」

「そ、そうなるかな……? 本当になぜこんなところにいるのかわからないんだ。一文無しだし」

 

 アメリアは片手に持つホワイトスタッフを顎に当てて何かを考えていた。そのしぐさが妙に可愛い。悟は出会ったばかりの少女を気に入り出していた。

 

「ま、いいわ。こうして会ったのも何かの縁だし、街まで案内してあげる」

「あ、ありがとう」

 

 そして、アメリアはそのまま悟と並んで歩き出した。

 

 

「アメリアは何歳だい?」

「私? 17歳だけど」

「17歳? 奇遇だね、俺もだよ」

「へえ、そうなんだ」

 

 悟は少し彼女との仲を縮めようと考えた。何気ない会話をアーカーシャの街まで案内されている間にしていた。もちろん、話をし過ぎるのも良くないことだとわかっているので適度な距離を保ちつつ。アメリアも特に嫌がる様子は見せていなかった。

 

「ここに来るまでの記憶がないってのは、本当なの?」

「ああ、そうなんだよ……どうなってるのか、マジでわからないよ」

 

 多少、大げさに悟は悩んで見せた。特にアメリアに心配してもらおうという意図があったわけではないが。

 

「ニホンから来たんだっけ? それは本当に?」

「ああ、嘘を言っても仕方ないだろ」

「まあ、そうだけど……ふ~ん」

 

 そして、再びアメリアは悟の顔や身体をマジマジと見た。現在は彼女の居ない悟としては非常に嬉しいしぐさではあるが、やはり少し照れくさい。しかし、自分の外見を気に入ってくれているのではないかという期待も出てしまう。

 

「ま、まずいんじゃないか? 彼氏が見たら怒られるんじゃないか?」

 

 彼女ほどの見た目で彼氏はいないなんてことはないだろうと考え、悟は言葉を発した。少し話した感じでも性格は明るい感じで、気に入る男性は多いだろう。

 

「彼氏? ……まあ、彼氏自体は居ないし」

 

 悟の顔色が変わる。彼氏がいない? まだ会ったばかりの彼女だが、なんとなく期待してしまう悟であった。以前、合コンでも知り合った少女と一夜を共にできたこともある為だ。

 

 この国の風習がどうなっているかはわからないが、アメリアに対する好感度は、見知らぬ自分を案内してくれる優しさなど含めて、相当に上がっていた。

 

「……なんとなくわかったわ。ありがと」

「……? ああ、どういたしまして」

 

 アメリアのお礼の意味がよくわかっていなかった悟だが、自然と彼女に言葉を返した。

 

「とにかくついて来て。働くところとかないでしょ? 案内してあげる」

「わかった……」

 

 アーカーシャの入り口まで来ていた二人だが、そこからはさらに足早になり街の中を移動した。

 

 

「おっす、アメリア~? あれ、見ない顔だな、そっちのは」

「まあ、ちょっとした知り合いよ」

 

 悟はなかなか大きなアーカーシャに於いて、目的地へ向かうまででも、アメリアが男たちに声をかけられていることに驚きを隠せないでいた。有名人……もそうだが、人気者といった雰囲気があったからだ。みんな楽しそうに話しかけてくる。

 

 

 

「アメリアさん、彼氏さんですか? ていうことは、今フリーなんじゃないの?」

「本当だ! でも、酒場の子とか、レナさん達も居るし……」

「アメリアさんが居なくても、まだまだ前途多難ね……」

 

「別にこの人は彼氏じゃないわよ、全く勝手なこと言ってくれて……!」

 

 悟はなんのことを言っているのかわからなかったが、自分とアメリアが恋人同士だと勘違いされているということはわかった。

 

 正直、悪い気がしないどころか、かなり優越感に浸れる状態だ。熊を討伐できる実力からか、それとも美人だからかはわからないが、アメリアはこの街でも相当に有名人ということはすぐに理解できた。

 

 悟の通っていた学校でも、人気のある彼女を作った場合、それが自慢の種になることは多くあった。悟としてもそこまで狙っていたわけではないが、比較的可愛い女の子をゲットしたこともある。

 その時に感じた周りの視線や雰囲気は、一度味わうと病みつきになるほど気持ちのいいものであった。一種の、売れ出した芸能人のような感覚を味わうことができる。

 

 しかし、学校の人気者とのレッテルは非常に気持ちのいいものだが、転落した時の情けなさも相当に大きくなってしまう。

 だからこそ、彼は転落しないことに必死であった。時には、他人をバカにし、はぐれ者を切り、いじめに加担したことさえある。器の小さいことではあったが、悟は自分が登ることができた地位からの転落をなによりも恐れていたのだ。

 

「ここよ」

 

 そして、案内された場所は悟の眼から見てもわかるほどの典型的な酒場。あらくれの巣窟と呼んでも差し支えない「海鳴り」であった。

 



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30話 転生者 大河内 悟 その2

 

「ここに入るのか……?」

 

 悟は思わず尻込みしてしまった。陸上経験のある悟だが、自分よりも明らかに体格のいい輩も多かったからだ。絡まれたりしたらひとたまりもない。彼は不良ではないので、日本でもカツアゲなどの犯罪まがいの経験はなかった。

 

「大丈夫よ、意外と良い連中も多いし。見た目より怖くないから」

 

 さすがの度胸でアメリアは酒場の中へと入って行く。悟もそんな彼女に気圧されるようについて行く。さきほどの優越感は少し薄らいでいた。今のアメリアに抱いている感情は安心感の方が強い。

 

 そして、二人は適当なテーブルに腰をかけた。それまでの間にも何人かに見られていたが、席に付いた瞬間に興味がなくなったのか、視線は消えた。

 

「なんかお酒でも飲む? 奢ってあげるわよ?」

「え……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 悟は未成年であることなどを考えたが、日本でも飲酒の経験くらいはある。それに異国の地でそんなことを考えても仕方ない。彼は自然に酒を注文していた。

 

「バーモンドさん、春人知らない?」

 

 アメリアが酒を持ってきた男に声をかけた。酒場の店主のバーモンドだ。筋骨隆々のその男に悟は思わず委縮してしまった。

 

「ああん? 部屋に居たと思うけどな。ん~、そっちのは見ない顔だな」

「ちょっと暇だったから、近くのモンスターで結晶石狩りしてた時に出会ったの。春人と同じ転生者よ、多分」

「なに?」

 

 悟は二人の会話の意味は理解できないでいた。しかし、その中で聞き覚えのある単語があったのだ。

 

「ハルト……?」

「ん? 春人のこと知ってる? 多分、同じところから来てるはずだけど。高宮春人よ」

 

 アメリアは悟に念を押すように質問をした。高宮 春人……自分のクラスで孤立気味だった男の名前と同じだ。いじめの対象になっていた時期もあり、悟も笑いものにしていた。少し異様な雰囲気もあったが、悟自身は気にしたことはない。

 

「俺のクラスに同じ名前の奴がいた……同じ奴とは思えないけど」

 

 アメリアは悟に春人の見た目を伝える。悟は驚愕した……どう考えても自分の知っているその男と同じだったからだ。アメリアが親しそうに呼ぶ「春人」という言葉にも少し苛立ちを覚えていた。

 

「ありえない……だってそいつは……数か月前に、事故で死んでる……葬式にも出席してるし。火葬されたのも見てる」

「そういうことか。やっぱり、春人が言ってたことは本当だったのね。流れている時間軸も多分、同じね」

 

 死亡したことがきっかけで始まる転生。別の星へと転移され、そこで生を授かるということ。アメリアは以前に春人から聞いた言葉を考えていた。目の前の悟の転移で納得が行ったといったような気持ちだろう。

 

「ほう、で、こいつは俺のところで働かせるのか? 春人みたく才能に溢れてるのか?」

「ううん、さっき観察したけど、そんな才能は感じられなかった。多分、転生者だからって才能が目覚めるってわけじゃないんでしょ。春人が特別だっただけよ」

「まあ、あんな才能の持ち主、溢れかえってたら大変だからな」

 

 アメリアとバーモンドの会話を聞いていて、自分が転生したことをますます信じなくてはならなくなった。

自分は元の日本では、事故か何かで春人と同じく死んでいる可能性も強い……それ自体はともかく、さきほどアメリアが自分を見ていたのは才能があるかどうかという意味合いが強いわけだ。ますます苛立ちは募って行く。

 

「ねえ、春人って向こうではどんな感じだったの?」

 

 高宮 春人が死んでから3か月ほど経過している。その段階で彼女と知り合っているのなら、今日会ったばかりの自分などに興味を示さないのは当然かもしれない。彼は、苛立ちを抑えながら話し出した。

 

「いじめられてたな。マジでうざい奴で、孤立してたし。クラスの中の最底辺だった」

 

 アメリアに最低な奴だったと印象付ける為に、少し誇張した言い回しで答える。アメリアと春人が仲がいいかもしれないというのが、なんとなく気に入らなかったのだ。

 

「あ~やっぱりね~。春人の奴正直に言ってたし。これで裏付けも取れたわね。あいつはいじめられてたっと」

「あいつが、妙に自分を卑下してるのも、その反動か」

「そういうことね。それでずっと生きてきたんなら、これからも変わらないでしょうね」

 

 悟はアメリアが屈託のない笑顔で楽しそうに話していることに驚いた。隣のバーモンドも、完全に自分の言葉を信じている。

 いや、悟の言葉は嘘ではないが、そんな情けない男に対して、卑下する感情が微塵もないところに驚いているのだ。それどころか、春人の過去を知れたことを楽しんでいる節さえある。

 

「高宮 春人ってそんなすごいのかよ? 信じられないな」

「はっはっは、なかなかすげぇこと言うな」

 

 悟の言葉に、バーモンドは恐れ多いといった表情をしていた。悟としてはよくわからない苛立ちを覚える。

 

「なんだか、賑やかですね」

 

 酒場の奥から現れたウェイトレス、エミルに悟は心を奪われそうになった。アメリアとはまた違った魅力のある少女、おそらく同じ歳くらいだろうとは認識したが、清楚な印象を受ける美少女だった為だ。髪はツインテールにしており、スカーフも被っている。

 

 あらくれの男たちにも人気があるのか、エミルを名指しで呼ぶ者もいる。確実に売り上げに貢献しているだろう。

 彼女は昼間は春人やアメリアと出かけていたが、夕方以降はいつも通り酒場で働いていた。

 

「アメリアさん、そちらの方は?」

「春人の知り合いの大河内 悟よ。同じ地域出身みたい」

「まあっ」

 

 と春人の知り合いとわかると、エミルは口に手を当てて驚いた。それから満面の笑顔と深々とした挨拶を悟に見せた。思わず彼も見惚れてしまう。非常に礼儀正しい印象を感じたのも大きい。

 

「春人さんのお知り合いの方でしたか」

「あ、ああ……一応は」

 

 彼女の態度に悟は春人を卑下する言葉が出てこなかった。ついつい、彼女に同意する形になってしまった。悟としては、見下していた春人程度を知り合いと言うには好ましくなかったが、それ以上に気になったのはエミルの態度だ。

 

 非常に親しい情が出ている。明らかに春人の名前を呼ぶイントネーションが違うことに悟も気付いた。

 

「まさか……君って」

「あ……は、はい。春人さんとは……お付き合いさせてもらってます」

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。異世界と呼べるところに来ており、日本で確かに死んだはずの高宮 春人が生きている……そんな信じがたいことが起きている現状だったが、悟は不思議と受け入れていた。

 

 しかし、今のエミルの言葉は信じられないでいた。端整な顔を赤らめながら少し悟から視線を逸らしているエミル。

悟はそんなエミルの表情と、彼の知る春人の表情や態度を思い浮かべ、心の中に誹謗中傷が駆け巡った。ありえない……つり合いが取れないというレベルではない。

 

 悟の知る春人はクラスはもちろん、学年でも孤立気味のいじめ対象者。一人者として笑い者にされるか、すれ違った時に肘打ちをかまされる程度の存在。

 女性経験もない孤独な人間で文化祭なども楽しめない……クラスの人気者からはストレス発散の為に利用されるか優越感を抱く為に苛められるか……そんな人間だった。

 

 悟の中に生まれたのは嫉妬……それも低レベルな人間特有のものと言えるのかもしれない。彼は苛立ちを抑えられないでいた。この感情に追い打ちをかける事柄がさらに続く。

 

「エミル、恋人じゃないでしょ~? 男共から守る為の偽物の恋人関係でしょ」

「アメリアさん、そういう言い方はないと思います。春人さんとも何度もデートしていますし」

 

 一触即発を感じる二人のやり取り。女性経験もある悟はすぐに理解した。エミルと春人は仮の恋人関係のようだが、周囲には恋人で通っている。エミル自身も全く嫌ではない……そして、アメリアはそれに対して不満があるのだ。

 ありえない……こんな美少女二人に好意を抱かれている状況がありえなかった。あの春人が……悟の中では不満が今にも爆発しそうだったのだ。

 

 だが、それを爆発させるのは駄目だ。春人に対してはともかく、この二人に不遜な態度を取って自分の印象を下げるのは避けるべきだ。彼の中でそういった感情が湧いた。それに、バーモンドにも小さな男と見られるのも避けた方がいい。彼は日本の学生生活で上位のグループに居た時の経験を活かして考えていた。

 

 アーカーシャの街で生活する必要が出てくる可能性が高い現状で、目の前のアメリア、酒場の店主バーモンドは少なくとも、それなりの権力を有している。エミルについても看板娘の可能性が高い。

 

 かなり高い地位に付いている者達が目の前にいるのだ。悟は彼らとの仲は保ちたいと考えていた。同時になんとか春人の地位を確認し、自分が上に行く方法も試案する。彼らとの仲を保つことが、その目的達成の近道だと判断した。

 

 幸い、自分は二枚目でスタイルだって悪くない。自分の魅力を見せて、彼女たちを手に入れることも可能かもしれない。そうなれば、どれだけ楽しいだろう。春人の悔しがる顔を見て、お前の居場所はどこにもないんだぞと言ってやりたい。

 

 日陰者はどこに行っても日陰者でなくてはならない、その地位が変わることなんてない。例え異世界であったとしても。

 彼は苛立ちを全て春人にぶつけることで、平静になっていった。

 

「春人って2階にいるの?」

「いえ、春人さんでしたら、買い出しに出かけられましたよ」

「あ、そうなんだ」

 

 アメリアとエミルの会話から、悟は酒場の2階に春人が居ないことがわかった。今、会わないのは正解かもしれない。

腹立たしさが爆発するだろうからだ。同姓同名の別人の可能性も考えていた悟だったが、今までの話からも自分と同じ高校の春人に間違いないだろうという確信はあった。

 現実的に考えて、現在起こっていること自体が夢のようなことだが、現実なのだという奇妙な確信……理屈ではないなにかがそこにはあった。

 

「悟としても不安だろうし、春人と会っといた方がいいわよね?」

 

 アメリアからそんな言葉が飛んでくる。もちろん善意の言葉だというのはすぐに理解できたが、彼は首を横に振っていた。

 

「いや……あんな奴には会いたくないな。俺よりはるかに底辺を這いずってた奴だ……そんな奴に助けられた気になられると死にたくなる」

 

 悟はついつい本音を漏らしてしまったが、後悔はしていなかった。アメリア達と仲良くすることと、春人と仲良くすることは別問題だ。そこだけは譲れなかった。

 

 

 エミルはなにか不満そうな表情をしていた。アメリアとバーモンドの表情は特に変わらない。

 

「ま、春人と仲良くできないのは仕方ないかもね。人間そんな完璧じゃないし」

「そうだな。この街だって春人に好意的な人間ばかりじゃねぇしな。嫌いな人間なんて絶対出てくるもんだ」

 

 意外にも普通の対応……悟としても意外なことであった。

 

「しかし、春人みたくここで生活する必要あるんなら……冒険者が手っ取り早いか」

「冒険者?」

 

 バーモンドの提案に悟は無意識に聞き返していた。アメリアや春人もおそらくその仕事をしているのだろうと考えたからだ。

 

「冒険者ギルドがこの街にあってな。登録が終了すれば、その日から冒険者だ。南の鉱山の鉱石採掘とか近くの森の薬草採取とか、仕事は色々あるが、この街は遺跡の調査が主な仕事だな」

 

 1000年前の英雄フィアゼスの遺した遺跡群の話もバーモンドは彼に話した。日本に居たころではとても信じられないフィクションの話ではあったが、自分が異世界に飛ばされている事実から、信じざるを得なかった。

 

「つまり、冒険者になって怪物倒しながら、宝を見つけ出せってことか……どこのジョーンズだよ……」

「まあ、そんなところね。春人はここの2階で下宿してるけど、あんたもここは嫌でしょ」

「……ああ」

 

 アメリアは悟の寝床を心配していた。気温の問題で、野宿は可能であるが、野盗に襲われたりとあまりおすすめできないからである。

 

「なら、冒険者になれば下宿する部屋も提供してくれるわ。トイレとお風呂もちゃんとあるわよ。まあ、お風呂は共同風呂らしいけど」

「へえ、俺の居たところで言えば寮みたいなものかな。それだけ提供してくれれば、とりあえずはいいや」

 

 アメリアは冒険者の仕事をこなしてから7年になるが、下宿先を利用したことはなかった。単純に家があったことが大きいからだが、柄があまり良くないと言われているからだ。

特に女性の利用などほとんどないので、アメリアが利用していれば、どういう目にあっていたかわからない。もちろん男たちの方がやられ役になるのだが。

 

「でも、私の見立てだと……結構、苦労するかも。冒険者って夢のある仕事だけど、意外と大変よ」

「でも、君だってやって行けてるんだろ? 愛しの「春人くん」も。俺だって体力には自信があるさ、陸上でも全国大会に行ったことだってある」

 

 中学の頃とはいえ、全国大会にまで行った経験を持つ陸上。体力で目の前のアメリアに負けるなど微塵も考えてはいなかった。武器を持てば、動物も倒せる自身がある。

 

 なによりも高宮 春人ができている仕事。才能の開花かなにか知らないがあんな冴えない男に可能なことが自分にできないはずがない。

アメリアやエミルと仲の良い事実が気に入らない悟は、すぐに彼に追いついて、いじめてやりたい衝動に溺れていた。最低でも彼らの仲を引き裂くことは誓っている様子だ。

 

「バーモンドさんの店でしばらく働いたら? 体力に自信あるなら、こなせるでしょ」

「いや、冒険者に興味もあるし。これ以上、迷惑や世話をかけるのも本意じゃない」

 

 これは悟の本音だ。心の中の感情とは別にアメリア達には感謝していた。しかも、仕事の斡旋までしてくれたのだ。これ以上、世話になるのは本意ではない。

 

「そう? じゃあ、案内してあげる」

「ありがとう」

 

 アメリアは当然のように悟に言った。偶然出会った因果からなのか、彼女の性格からなのか、世話好きの性格をしているのだろう、と悟も考える。もしかしたら、自分の顔を気に入りキープなどを考えているのかもしれない。

 

 悟は店に入ったばかりではあるが、善は急げということか、すぐに冒険者になるべくアメリアに連れて行かれた。

 



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31話 転生者 大河内 悟 その3

 

 アーカーシャの名物の時計塔の近く、冒険者ギルドに二人が入った時間帯は夜の9時過ぎ。といっても、冒険者ギルドは基本的に明かりが消える時はない。夜中に帰ってくる冒険者もいるからだ。24時間体制で動いているのでコンビニみたいなものであった。

 

「ここが冒険者の組合か……大きい建物だね」

「ええ、24時間営業してるし、冒険者の情報交換や雑談なんかも日常茶飯事だしね」

 そう言いながら、アメリアは見慣れたギルドの内部を見渡す。直接の知り合いの冒険者はいなかったが、何組かのグループが雑談をしていた。中にはアメリアに気付いてなにやら話す者もいる

 

「ちょうど、ローラがいるわね。ローラ!」

 

 受付の奥にローラが居ることに気付いたアメリアは大声で彼女の名前を呼んだ。その大声に気付いたのか、アメリアの方向をローラは見た。

 

「あら、アメリア」

「ごめんね、こんな夜遅くに」

 

 二人は近づきながら、カウンターを挟んで話し出した。そのすぐ後ろに悟はついている。

 

「ギルドはずっと開いているし、気にしないで。あら、見ない顔の人を連れているわね」

「まあね」

「春人くんとは喧嘩でもしたの?」

 

 ローラは年上の余裕なのか、落ち着いた雰囲気で話していた。アメリアはそんな彼女に不満そうに言い返す。

 

「あのね、春人と一緒じゃないからって、喧嘩してるの? とかよく聞かれるけど……意味わかんないし」

「春人くんを狙ってる子が多いのよ。ほら、あなたがパートナーだと、誰も手が出せないでしょ?」

 

 悟はこの二人の会話にも非常に違和感を持っていた。また春人の話になっている。そこまで彼は有名なのか? 悟の心は負の感情で渦巻いていた。

 

「レナなんかは平気でちょっかい掛けてくるけど」

「あの子はSランクじゃない。他の子は、あなたが怖いのよ」

「春人貸してあげる商売とか、けっこう儲かるかな?」

「冗談抜きでかなり稼げるわよ。多方面に需要あるし、彼」

 

 Sランク冒険者であるアメリアに今更稼げる話もなにもないのだが、二人は笑いながら春人で稼ぐ方法を話していた。

 

「ところで、そちらの人は?」

「うん、冒険者希望の新人」

「あ、大河内 悟です」

「ローラ・エンブレスよ、よろしくね。名前からして春人くんと同じ地域から来ているの?」

 

 同じ地域という言葉に違和感はあるが、間違っていないので彼は頷いた。異世界がどうこうという話は周囲にはあまり広めていないのだろうと、悟は推測する。

 

「筋肉質な身体ね。年齢は?」

「17歳です」

「なるほど。じゃあ、手続きを始めます。少しお時間いただきますね」

 

 ローラはすぐに仕事をするときの態度へと変わり、書類などを用意し始めた。そして、この地域に来たばかりなのにも関わらず、書類に記入が可能な悟。春人の時も現象としては同じであった。

 

「転生……その時に、こっちの世界に順応できるように変換されてるのかな? 転生とかって眉唾の話を普通に感じてる私も変になっているわね……」

 

 言葉や文字に苦労しない状態を、アメリアは変に思いつつも、転生してきた事実と比べると大したことはない現象だと納得していた。

 

 

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「はい、手続き完了。これであなたも冒険者の仲間入りよ」

 

 手続きが完了し、提出用の書類のチェックも完了したようだ。ローラは悟の肩を力強く叩きながら言った。

 

「これで、俺も冒険者か……」

「アメリアからの紹介だし、基本的な旅装と武器についてはギルドで用意するわ。あと下宿先の用意ね」

 

 悟としても基本的な準備をしてくれることに感謝した。遺跡の探索であれば、それ相応の装備が必要になるだろう。まだ17歳だが、単発の工事現場での仕事をこなしたことのある悟には容易に理解できた。

 また、おそらくアメリアの紹介でなければ自分で用意する必要があることを考えると、また彼女に世話になってしまったことになる。

 

「下宿先は月に1万ゴールドかかるから。コンスタントに稼いでね」

 

 悟は首を捻る。今自分は一文無しだが、この世界の金銭の状態がわかっていない。1万ゴールドとはどのくらいの量なのか? 悟はアメリアにそれとなく質問をした。

 

「10万ゴールドで普通に生活して半年くらいかしら? 1万ゴールドだと1か月は無理かしらね」

 

 アメリアは悟に簡単に説明した。

 

 そんなアメリアの言葉を聞いて、悟は考えた。1万ゴールドは日本円にして10万~15万円程度ではないか……この街の物価などはわからないが、日本では所得の関係もあるが、1か月間を15万~30万円くらいで生活している人が多いことからの推測だ。月に50万円を超えてくる家庭は比較的裕福な部類になってくる。

 

「1万ゴールド……広さにもよるけど、少し高い気がしますね……」

「そんなことないって、1か月で1万ゴールドなら余裕よ。1度の探索で3~8万稼げたりするし」

 

 アメリアは金銭感覚が鈍っているのかわざとなのか、悟の背中を力強く叩きながら言った。悟も強く叩かれ、思わず痛がる。

 

 

「あのね、アメリア……あなたと春人くんのコンビだから1日でそれだけ稼げるのよ? 他の冒険者が皆、できるわけじゃないの」

 

 コンスタントに払えるのかどうかというのは非常に重要であった。一度住まわせてしまうと、未払いでも退去を断る冒険者が居る為である。この下宿先の収入もギルド運営の資金になっている為、安易に安くはできない。

 

 そして、現在は1つの序列が組み上がっており、月に1万ゴールドの支払いが可能な者が権力を利かせている。 具体的にはCランク冒険者がトップになっており、Bランク以上の者はいない。

 

 現在、独立国として歩み始めているアーカーシャだが、各地に点在している物件の管理は冒険者ギルドとギルドが依頼している不動産組合が管理している。中古が大半を占めるが、その価格は100万~500万ゴールドくらいという価格になっている。

 不動産組合が利益を上げる為に、値を吊り上げているのが原因だが、その是正まではできていないのが現状だ。冒険者は別に正義の味方というわけではないのだから、異論を唱える者も少なかったりする。

 

 新しくこの地に住まう者は、冒険者に依頼して新しく建てることを考える。魔法の力を駆使して建てられることになるが、その価格も安くはないので、実質、アーカーシャの人口は伸び悩んでいた。

 

 Bランク以上の者は、知り合いの冒険者に協力してもらったりしながら、安く新築を建てる場合も多い。経済力がついてくる為、下宿先は必要ない者が多くなってくるのだ。

 

 Sランク冒険者のジラークなどは、トネ共和国が管理している高級な宿屋の一室を借りきった生活をしている。冒険者経験の長い、彼ならではの生活と言えなくもない。

 

 

「月に1万ゴールド……か。まあ、やるしかないな」

「そうそう、その意気よ。あと、これ」

 

 そう言いながら、アメリアが渡したのはお金の入った袋であった。この世界の通貨だ。

 

「これは?」

「支度金の1000ゴールドよ。ま、こうして会ったのもなにかの縁だし、受け取っておきなさいよ」

「……わかった、ありがとう」

 

 断ることもできた悟だが、彼女の好意を無駄にする気はなかったため、感謝しながら受け取った。なんだかんだ、彼女も応援してくれているという雰囲気が伝わってくる。それから悟は他の係りの者に連れられて下宿先へと向かって行った。

 

「アメリア、ギルドの下宿先紹介するなんて……彼のこと嫌いなの?」

「別に? バーモンドさんの所で働けば? って言ったのに、悟が断ったのよ。それだと、あとはギルドの下宿先になるでしょ」

「でも、バーモンドさんのところ、春人くんとエミルちゃん、あとはあなたが泊まってるから部屋がもうないでしょ。結局はここしかないのね」

「一応、もう1部屋あるけどね。でも、悟は春人の近くは毛嫌いするし」

 

 ローラは去って行った悟の方向を眺めながら、少し心配そうな表情をしていた。現在、アメリアはバーモンドの酒場で泊まっていた。名目上はエミルを守るというのが理由だが、真の目的は別にある。恋は盲目とはよく言ったものである。

 

 アメリアは春人の向かいの部屋に入っており、その隣が倉庫だが、整理をすれば普通に使える状態にはなっていた。ちなみに、春人とアメリアは部屋代として月に2万ゴールドずつ、バーモンドに収めている。彼ら二人からすれば大した額ではないのはわかり切っているが、バーモンドとしては出し過ぎだと何度も忠告していた。

 

 

 しかし、春人ですらこの3か月で楽に100万ゴールド以上を稼ぎ出している。アメリアと2分の1という稼ぎの計算にしても、軽く100万は超える。

 

 ではアメリアの稼ぎはどうなのか……桁が2つくらい上がってしまうかもしれない。さらに、アメリアは春人との共同財産という思いも強いので、2人で4万ゴールドを払っているという認識だ。日本円で50万円近くになる金額だ。バーモンドにも世話になっていることが多い為、春人たちも特に高いとは考えていない。

 

 

「春人に対抗意識もあるみたいだし、冒険者はちょうどいいと思うわ」

「……でも、彼は大変かもしれないわよ。強くないでしょ?」

 

 ローラはさきほどは筋肉質と悟を誉めたが、その実力は見抜いていた。ローラ自身に特別な能力があるわけではないが、受付として数々の冒険者を見ている関係上、相手の強さはなんとなくわかる。アメリアは彼女に頷いていた。

 

「うん、なにも持っていないわ。その上でプライドは高い……自信に溢れてる、とりあえず現実を知って丸くなればいいけどね」

 

 アメリアは悟に対して良い印象は感じていなかった。酒場での春人に対する言葉も彼女の中では許しがたいものだったのだ。

 

「春人に対して言い過ぎたわね。私、大して心広くないし」

「あら、大切なパートナーをバカにされたの?」

「……さあ、もう忘れた」

 

 アメリアはその辺りは言葉を濁してそれ以上は答えなかった。そして、ローラと別れてギルドを後にする。彼女の機嫌は元に戻っていた。

 

 



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32話 断章 神官長の進撃

 

「サイトル遺跡のドラゴンゾンビ……レベルは150といったところか。こんなものか」

 

 ミルドレアはため息をつきながら、ドラゴンゾンビの亡骸に目をやった。神聖国の図鑑には記されていたが、レベルの表記はない。ミルドレアがサーチの魔法で大体の戦力を初めて計測したことになる。

 レベルは基本的に魔法やその者の勘で計測していくが、多少ずれることもある。ただし強者に近づくほど、その精度も上昇するようだ。

 レベル150……通常状態のグリーンドラゴンを上回る程の能力だが、ミルドレアの御眼鏡には適わなかったようだ。

 

「ミル、終わった?」

「ああ、エスメラルダ。俺の防御はこのモンスターも貫通できなかったがな」

「信じられない……レベル150のモンスターを相手に」

 

 ミルドレアは自らの周囲に張っているバリアを解いてドラゴンゾンビを見ていた。エスメラルダも消えていくドラゴンゾンビを見ていたが、ミルドレアはどこか悲しげな表情をしている。

 

「そういえば、あなたは全力を出せない日々を送っていたんだっけ。羨ましい才能ね、一度でいいからそんなことを言ってみたいわ」

 

 同じ神官長という任についているエスメラルダだが、彼との実力差は以前から感じと取っていた。圧倒的な能力から、フィアゼス信仰には否定的な神官長。アルトクリファ神聖国としてはミルドレアの考えは許されることではない。

 

 しかし、彼の能力はそんな国家の基本理念すら打ち破るほどであった。大神官を守る護衛としてこれほど安心できる存在はいない。さらに、与えられた任務を忠実かつ完璧にこなす技術も兼ね備えており、ミルドレアは現在の地位を各個たるものにしていた。

 

「さて、次は……サイトル遺跡の最下層の隠し扉だな。その次は、いよいよオルランド遺跡だ」

 

 ミルドレアは隠し扉が記された古い地図を広げた。現在のサイトル遺跡にはあと1つ、誰も入っていないエリアがある。だが、サイトル遺跡のレベルを考えても残る1つの隠しエリアに自らの本気を引き出せるモンスターがいることは考えられない。彼はそのように思っていた。

 

そう考えると現在、最下層を攻略中とされているオルランド遺跡に興味が出てきた。Aランク以上の冒険者でないと立ち入りを許されない危険地帯。最下層である8階層には強力なモンスターが居る可能性が高いのだ。

 

「そして、その最深部にそびえる隠しエリア……今までとは一線を画すエリアだな」

「オルランド遺跡の隠しエリア……確かに、広さも相当あるみたいだしね」

 

 エスメラルダは、ミルドレアの広げる地図を見ながら、自分が居る隠しエリアと比べた。ドラゴンゾンビのいたエリアも相応の広さはあるが、オルランド遺跡のエリアはその数倍はあるようだ。

 

「どんな宝が封印されているのかしらね。不適切だけど、楽しみね」

「ドラゴンゾンビの守っていた腕輪はフィジカルアップの魔法をかけ続ける効果のある「剛腕の腕輪」……なかなかの宝だな。しかし、これらは過去の英雄の持ち物だ。本来なら、これはただの盗人の行為……墓荒らしと変わらん」

「冒険者の行動を完全否定よね、それ」

 

 ミルドレアはこの宝の奪取に関しても否定的だ。1000年前の物とはいえ、個人の持ち物である。彼としては、墓荒らしをしたいわけではないのだ。

 

彼は本気で戦える相手を望んでいた。とはいっても殺人者になりたいわけでもない、そういう意味合いではモンスターというカテゴリを相手にするのは非常に彼の望みと符合するものだった。

 

「ミル、戦いたいなら賞金首を倒すというのもあると思うけど」

「そこらの賞金首など、モンスターよりさらに弱い。かといって、Sランク冒険者を理由もなく襲うわけにも行くまい」

 

 賞金首の多くはミルドレアからすれば、ただの犯罪者程度でしかない。強さが保証されているアーカーシャの上位冒険者を襲うというのも彼は考えない。彼は基本的には善人の立場だからだ。

 

「さて、もう一つの隠しエリアに行くとするか」

 

 ミルドレアは剛腕の腕輪を取り、ドラゴンゾンビのエリアから出て行った。エスメラルダも慌てて彼に付いて行く。

 

 

「私たちの図書館に収められている書物にも出ているけど、あのモンスターを探しているの?」

「どういうことだ?」

「フィアゼスの直属の配下として活動していたモンスター「鉄巨人」。それを複数体使役して、各地を滅ぼしたとされているでしょ」

 

 ミルドレアはその事実に頷きで答える。現在の神聖国に存在する図鑑の中で、鉄巨人と呼ばれるモンスターはフィアゼスの直属の配下として認識されている。一説には、片腕ではないかとの憶測も出ているのだ。

 

 表記されているレベルは驚きの400。ハイパーチャージを行っている状態のグリーンドラゴンですら全く及んでいない強さを誇る。確かに、ミルドレアはその存在との戦いを待ちわびているところがあった。ドラゴンゾンビなどとのバトルはあくまでも肩慣らしに過ぎない。もちろん、出会えるかどうかなどは、予想がつかないが。

 

「鉄巨人……そのクラスであれば、俺の本気も引き出してくれるかもな」

 

 鉄巨人を想定しても怯む様子を見せないミルドレアには、さすがのエスメラルダも頭を抱えた。しかし、その背後からでも感じ取れる、裏打ちされた強者の雰囲気に、彼女の心には恋にも似た感情が芽生えていた。

 

「はあ……恋は盲目なんてね。パートナーってやっぱりこうなるのかしら?」

「なにか言ったか?」

「いいえ、なんでも」

 

 ミルドレアの質問を軽くいなしたエスメラルダ。歩幅を早め、ミルドレアと並んで歩き出した。彼女は緑色の髪をヘアバンドで整えており、その部分を少し強調して歩いてみたが、ミルドレアは特に気にしている素振りはなかった。

 

 

----------------------------------------------------

 

 

「それにしても、グリフォンの件は驚きだ」

「そうね、私が貸してあげた時点では生きていたはずだけど……あの後、アルゼル・ミューラーは死んだのよね。私のグリフォンも含めて」

 

 

 その後、彼らはサイトル遺跡の最深部を目指して歩いていた。時間軸としては、丁度この時は大河内 悟が転生されて来た頃に該当している。あのグリフォン騒動から2週間、彼らもその間に台頭した「シンドローム」という冒険者パーティを警戒していた。

 

「未だに素性は不明の連中……か」

「わかっているのは、アルゼルを殺し、私のグリフォン5体を倒せるだけの実力があるということね」

 

 彼らの情報網にも、「シンドローム」のパーティは入っていたが、素性まではまだわかっていないようだ。

 

 

 

「さて、開けるぞエスメラルダ」

「いいわよ」

 

 そんな会話をしている中、サイトル遺跡の最深部に到着した。特殊な手順をこなし、サイトル遺跡第5階層の隠し扉は開かれて行く。その先は石造りの外壁をした空間。いくつかの柱は見て取れるが、なにもない広い空間となっていた。

 

 隠し扉の前のエリアと比較すると、天井が数メートル高くなっている。特に今までの隠しエリアと比較しても変わった様子の部屋ではない。

 

「あ、宝箱あるわね」

「まあ、迂闊に近づくのは危険だな」

 

 隠しエリアは例外なく、トラップとしてモンスターが出現している。隠しエリアでなくても、宝を守るモンスターは遺跡の定石だ。

 

 そして、隠しエリアの宝箱の前、その定石トラップは発動したのだ。なにもいなかったはずの場所に突如として現れた二つの影。獅子のような顔に羽、トカゲのようにしなやかな尻尾を纏ったモンスター、キメラがそこには居た。

 

「キメラ……たしか、レベルは140…。しかし、2体同時か」

 

 1体としてのレベルはドラゴンゾンビにわずかに劣るが2体同時出現になると、危険度はさきほどよりも高い。単純に2倍の能力になるわけではないが、ドラゴンゾンビにぎりぎり勝てる程度では、勝ち目は薄いと言えるだろう。

 しかし、ミルドレアは無表情、というより生気の抜けたような表情になっていた。

 

「通常の冒険者であれば、死は確定だっただろうが……やはり、この遺跡には期待できなかったな」

 

 ため息をつくミルドレアを前に、2体のキメラはそれぞれ鋭い爪を振るってきた。その速度と破壊力は、多くの冒険者が死を覚悟する一撃だった。

 しかし、当然の如くミルドレアには届かなかった。背後に立つエスメラルダはわかってはいても冷や汗を流してしまう。彼を包むバリアはキメラの攻撃を完全に防いでいたのだ。

 

「やはりこの程度か……それとも、もう少し待てばお前たちは俺の防御を貫いてくれるのか?」

 

 静かな物言い。言葉は通じないであろうキメラに敢えてミルドレアは話しかけたのだ。キメラのその後の連続攻撃も、全くバリアを貫く様子を見せない。キメラ自身、驚き慄いている様子さえ見せていた。

 

 

「やはり無駄だったか。それでは倒すとしよう」

 

 ミルドレアは手にオーラを集中させた。そして生み出された光の玉は一体のキメラに向かって飛び出した。

 

「ガアアアア!」

 

 高速の光の玉はキメラに衝突と同時に爆発を起こし、キメラを吹き飛ばす。そして、もう一体のキメラは、ミルドレアが生み出した氷の槍によって貫かれていた。槍で貫かれたキメラはその場で絶命した。

 もう一体のキメラはなんとか起き上がるが、もはや瀕死の状態だ。だが、その状態でもキメラは果敢に攻めてくる。

 

「モンスターにしては大したものだ。死んでも宝は守ると言うことか」

 

 そして、キメラは今度は鋭い牙でミルドレアを攻撃した。当然バリアを貫通することはできない。ミルドレアは、先ほどのキメラを殺した氷の槍で串刺しにしようと試みた。だが、

 

「ん? エスメラルダ、離れろ!」

 

 ミルドレアの怒号が飛ぶ。背後にいたエスメラルダはすぐにその場から退避した。そして、キメラを中心に大爆発が周囲を襲った。渾身のモンスターの自爆だ。かなりのエネルギー量なのか、周囲の外壁が音をたてて崩れて行った。

 

「ミル! ミル!」

 

 煙によって視界が効かない状態は、すぐには晴れなかった。エスメラルダに心配の気持ちが出てくる。相当な爆発……いくらミルドレアといえ、至近距離で受け過ぎたのだから。

 

「宝の中身は短剣だったぞ。なかなか、レアな品かもしれん」

 

 そんなエスメラルダの心配をかき消すかのように、ミルドレアはまだ晴れぬ煙の中から姿を現した。その様子には、さすがのエスメラルダも度肝を抜かされた。傷はもちろん負っていない。それどころか、彼を覆うバリアは無傷で残されているのだ。さらに、宝の奪取も終えているようだ。

 

 

「ミル……無事なの? あの規模の爆発の直撃を受けて……!?」

「ああ、敵ながら天晴れだ。忠誠心の高さとでも言えばいいのか、自爆攻撃をしてくるとはな。しかし、俺のガードを貫通するには足りなかったようだ」

 

 キメラに一定の評価を下しながらも、ミルドレアは平然と言ってのけた。自らの全力を引き出せない相手への不満と、自らの力への自負。相反する感情を彼は持ち合わせている。

 

 同じ神官長であるエスメラルダも、今日ほど彼を怖いと思ったことはなかった。規模としてはそこそこの爆発ではあるが、明らかに収束された大爆発だ。その収束された威力がどの程度のものかというのは、彼女にもよくわかっていた。

 

 そんな爆発を受けても無傷の強さ。それどころか、本気をすら出していないミルドレア。彼の持つ強さが、どれほどのものなのか……エスメラルダの予想をはるかに超えていると言えるのかもしれない。

 

「ミル……あなたって、怖いわ……」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

 ミルドレアは不敵に笑いながら、腰を抜かしているエスメラルダに手を差し伸べる。その手を持って、彼女は立ち上がった。爆発の衝撃で付いたほこりを簡単に払い落としながら。

 

「この短剣は相当な能力が込められているかもしれん。国に戻って解析するか」

「そうね、ところで今回はここまででしょ?」

「ああ、その前にサイトル遺跡の隠しエリアを開放したこともアーカーシャの冒険者ギルドに言っておいてやるか」

「律儀ね、あなたって」

 

 エスメラルダはミルドレアを見つめながら笑っていた。彼にはこのように律儀な部分もある。自らが解放したことで、強力なモンスターが周囲に発生する可能性を考慮しているのだ。二人はまだ爆炎の煙が収まらない中、その隠しエリアを後にした。

 



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33話 探索と調査

 

「え? 大河内 悟?」

 

 酒場「海鳴り」に戻ったアメリアは帰宅していた春人に、今までの経緯を話していた。やはり彼とは知り合いで、この世界に地球の住人が来たことに驚きを隠せないでいた。

 

 

「やっぱり知り合いだったのね。なんか色々言ってたわよ」

「……だろうね。あっちの学校でもクラスメイトだったけど、俺のことは嫌いだったみたいだし」

 

 春人は当時のことを思い出しながら、悟のことを考える。口での罵倒以外にもすれ違い様に小突かれたことも多くある。

 

「冷静ね、春人」

「さすがに客観的になれるというか……こっちで命のやりとりしてるとさ」

 

 春人自身が強すぎるため、命の危険に晒されるほどの苦戦はあり得ない。だが、通常の冒険者であれば死を覚悟するほどのモンスターは数多く倒していた。そういった経験が知らず知らず彼を成長させていたのか、遠い過去……ただの思い出という枠組みになっていた。

 

「なんか、当の本人がこんなだと、私が大人げない感じ……ちょっと殴ろうかなって思ってたのに」

「やめろ、アメリア。お前がそれをしたら大けがですまねぇ」

 

 アメリアの怖い発言にバーモンドは慌てた様子で言った。彼女としても手加減は当然するが、怒りに任せた場合、どこまで抑えられるかということだろう。バーモンドもそれを心配していた。

 

「私もあまり好ましくありませんでした……春人さんに対して酷すぎます」

 

 エミルはあからさまに敵意の感情を向けていただけに、バーモンドとしても彼女の発言は予想通りだった。

 

「まあ、春人がそんなに気にしてないならいいのよ」

 

 アメリアも他人を悪く言い続けるのは好きではない。春人本人も気にしていない素振りがあったので、話を一旦打ち切った。

 

「で、アメリア。悟の奴はどうなんだ? そこまで強くは見えなかったが」

 

 話の流れが一度終わったのを感じ取ったのか、バーモンドが話題を悟の強さへと切り替える。問いかけられたアメリアは、首を横に振って答えた。

 

「大したレベルじゃないわ。筋力はそこそこありそうだけど、戦士特有の闘気も感じられなかったし、魔法力も感じられない」

 

 アメリアの話を聞いた春人は、こちらに転生した者すべてが力を持つわけではないと改めて知った。

 

 冒険者になった者は戦士や魔導士が持つ独特の闘気や魔法力を有する者が多い。自らの身体を敵の攻撃から守ったり、攻撃の際に魔法を使用したりする必要があるからだ。闘気や魔法力がない一般人は基本的に戦いには向かず、レベル5程度のモンスターにも殺されてしまうほどである。

 

「ただの筋力なんざ、モンスターの戦いでは役にたたねぇからな。あいつは剣術指南を受けた方がいいかもな」

「ま、その辺りはパーティ組むようになったらわかるでしょ」

「あの……」

 

 そんな時、割って入るようにアメリア達の会話を聞いていたエミルが突如質問をした。

 

「あの、私は冒険者の方のシステムには疎いんですけど……お話を少し聞いている限り、やはり春人さんは普通ではないんですね」

「そうね、春人なんて前代未聞レベルよ。新人のFランク冒険者から、レベル41の亡霊剣士を討伐して、暫定Aランクに昇格。それから、私とパーティ組んですぐに名実共にSランク冒険者よ。その期間、なんと1か月ちょっと……あり得ないわね」

 

 アメリアの賞賛の言葉についつい照れてしまう春人は頭を掻きながら、明後日の方向に目をやっていた。事実とはいえ、改めて彼女の口から言われると恥ずかしいのだ。彼らはSランクになってから3か月近くが経過しているが、現状、最もモンスターレベルの高いオルランド遺跡の8階層を攻略している。

 

 オルランド遺跡の8階層はこれまでよりも圧倒的にモンスターレベルが高く、レベル100以上のモンスターも徘徊していた。

 

 実際に8階層に向かったのは、この2週間の間ということになり、二人がペースを上げたというのもあるが、相当な速度で攻略をしているのだ。「シンドローム」が台頭したというのも理由の1つとなっている。

 

「オルランド遺跡の8階層はさすがに面倒ね。徘徊するモンスターが強いせいで、時間がかかるし」

「うん……レベル100超えのモンスター10連戦はしんどかったよ……」

「あはは、あったわね、そんなこと。特にレベル130のポイズンリザードの猛毒は鬱陶しいから」

 

 レベル130の強敵ポイズンリザード、口から散布される毒霧は、春人たちも回避しきるのが難しく、少なからず毒の影響を受けてしまう。弱い冒険者の場合は絶命を免れない程強力な毒の為、春人たちと言えど身体能力の低下は起きてしまうのだ。

 

「ま、二人で協力して戦えば余裕なんだけど……まだまだ、大丈夫よね」

「ええっ? コンビなのに協力してないんですか!?」

 

 強すぎる二人の為、協力する必要性が生まれていない。8階層にて戯れで二人で戦ったこともあるが、レベル160のストーンゴーレムを一瞬で消し炭にしたことがあった。それを聞いて驚いたのはエミルだけではない。バーモンドも何気ない二人の会話を聞いて驚きを隠せないでいる。

 

「お前ら……あまり冒険内容聞いていなかったが、そんなことしてたのか? ポイズンリザードの毒霧は死を招く強力無比の一撃のはずだぞ?」

 

 元冒険者でもあるバーモンドは現役時代を思い出していた。彼が冒険者の時代は、アメリア達が生まれたころの時代……当然、オルランド遺跡などは発見されてはいなかった。

 

しかし、フィアゼスの遺した遺跡や建物、住処は各地にあり、トネ共和国領ではポイズンリザードが何体か出現したことがある。その時のことをバーモンドは思い出す。

 

「数体のポイズンリザードが村を襲い、何千という人々を殺したんだよ。トネ共和国の冒険者も討伐に乗り出したが……毒霧で、半分以上の者は死んだらしい」

 

 何千という村人と何十という冒険者が犠牲になり、倒したポイズンリザードは3体……それ以上の被害は経済的損失という意味合いで危険と判断され、トネ共和国はその地域を放棄し、現在に至っている。

 

「トネ共和国の端だったのが幸いだったが……17年くらい経過した現在でも、ポイズンリザードの群れの住処になってるらしいぞ。噂ではさらにボス格のリザードも居るらしい」

 

 まさに危険極まりない領域と言えるだろう。アメリアはその噂は聞いたことがあった。バーモンド以外からだ。

 

 

「ジラークさんや老師が話してるの聞いたことがあるわ。あと、トネ共和国の依頼でも、放棄した地域の奪還ていうのがあったはず。Sランク冒険者専用だったけど」

「あ、そういえば……報酬が1000万ゴールド~2000万ゴールドってなってたな」

「確か、そうだったわね。ボス格のリザードも倒せば、2000万ゴールドよ」

 

 まさに破格の報酬であるが、国単位の依頼の場合はそれだけ規模も大きくなるため、そういった額になることもあるのだ。

 

「レベル130のモンスターを延々と倒してボスまでだしね。ま、考えてみる? 春人」

「最低でも、1000万ゴールドか……アメリアがしたいなら」

 

 1000万ゴールド以上の報酬。一般人であれば、一生をかけても届かないかもしれない金額。それでも、17年経過した今でも成功させた者はいなかった。しかし、リザードの毒霧を受けても能力低下程度で済ませる二人にとっては狙い目の依頼なのかもしれない。

 

「そういえば、神聖国のミルドレアが引き受けようとしたことがあるらしいぞ。冒険者じゃないから断られたらしいが」

 

 バーモンドは思い出したかのように言った。その名前を聞いて、春人とアメリアは苦笑いをする。ミルドレアは現在、各遺跡の隠し扉の封印を解いて、中のモンスターを倒して宝を奪取している。強力なモンスターが周囲に展開される可能性があるため、アーカーシャに報告しているのだ。

 

 アルトクリファ神聖国は2週間前のレジール王国強硬派の進撃の阻止、さらにグリフォン討伐を受けて、牽制にもなっているのか、アーカーシャに対して様子見をしている。

 

少なくとも、問答無用で遺跡自体を奪うことはしないだろうというのが、ギルドでの見解だ。もちろん、隠しエリアの宝は別の話だが。

 

「あの戦闘狂の男ね……まあ、人間は襲わないみたいだから性質は悪くないけど……しかもちゃんと報告するし……」

「でも、ミルドレアならリザード討伐も引き受けようとするだろうね」

 

 ミルドレアはこの短期間の間に、ギルドでも有名になっていた。その理由は報告にくる姿が目撃されているからだ。また、本気を出せる存在を探しているとも言っていた、という声も聞いている。

 

「まあ、強いからいいけど。オルランド遺跡を先に攻略されたらたまったもんじゃないわ」

 

 オルランド遺跡は現在、春人たちが主に攻略を進めている。以前、8階層に隠し扉があると言っていたことを思い出し、ミルドレアが来ることを、アメリアは懸念していた。

 

「しかし、オルランド遺跡はポイスンリザードよりも強いモンスターがいるんだろ? ストーンゴーレムもそうだが。さらに奥地には、現在神聖国でわかっている中では最強の存在とされる、鉄巨人が眠っているかもしれないと言ってた奴もいるぞ」

 

 バーモンドは何時だったかは定かではないが、酒場の冒険者が語っていたことを思い出していた。レベル400の伝説のモンスター「鉄巨人」……1000年前にも英雄の親衛隊として活動していたとされる存在だ。

 その存在がオルランド遺跡に居るのではないかという噂は冒険者の間にも広がっていた。攻略をしている春人たちも感じていることだが。

 

「確かに……レベル130のポイズンリザードやレベル160のストーンゴーレムが出てくる8階層ならあり得るかも……隠しエリアもあるって言われているし」

 

 もし、1体でも地上に出てくればどうなるか……それは想像したくない光景でもあった。まず、そんな化け物を倒せる存在がどれだけ居るのかという不安も出てくる。

 

「アメリア……遺跡の調査は慎重にした方がいいね」

「そうね……でも、私は戦闘狂じゃないけど、苦戦するような敵がいることは期待したいわ」

 

 春人は思わず冷や汗に苦笑いをしてしまった。アメリアの表情は明らかに戦闘狂のそれだったからだ。苦戦するほどのモンスターの存在……春人も望んでいないと言えば嘘になってしまう。既に単騎であろうと、160のストーンゴーレムすら倒しているのだ。

 

 しかし……春人は一抹の不安をよぎらせる……この不安はなんだろうか? オルランド遺跡の奥地にはとてつもない魔物が潜んでいる。そんな直感、これは以前から感じていたことでもあるが。

 

「ねえ、アメリア。モンスターは最強が鉄巨人ということなんだよね?」

 

 春人からの予期せぬ質問。バーモンドは「はあ?」と小さく声を上げた。アメリアはなんとなく春人の心中を察したようだ。彼女としても同じ疑念はあったのだから。

 

「サキアに聞いた方が正確かも。どうなの、サキア」

「私は当時の記憶はあまりありませんので……難しいです。しかし、ジェシカ・フィアゼスの親衛隊が「鉄巨人」だけというのは考えられません」

 

 なんとなく出てきたサキアからの言葉。おそらく、どの文献にも載っていない内容だ。親衛隊という名称からも他のモンスターが存在しても全く不思議ではない。むしろ、複数から構成されるからの「親衛隊」なのだろう。

 

「確か、半年くらい前に見つかった塔……神聖国領にはなると思うけど、山岳部のその塔には、新たな文献があるって言われてたような」

「そんなこともあったな。瘴気とモンスターのレベルから、まだ調査は行き渡ってないらしいが」

 

 アメリアはそう言いながら、塔について考えていた。バーモンドも同じく頷いている。神聖国領のマルレーネ山脈にて、フィアゼスの作ったとされる廃墟と化した塔が見つかった。

 神聖国は当然、調査に乗り出したが、モンスターレベルが高すぎること、さらに毒の瘴気が蔓延していることからも、あまり調査は進んでいない。

 

「多分、そこでの文献が一番新しいだろうけど……現在まで発見された中では「鉄巨人」以上の存在は確認されていないわ。でも、新たな文献が見つかってるみたいだし、一度その塔にも行った方がいいかもね」

 

 その塔はアシッドタワーと名付けられた。瘴気が蔓延していることからの名称というわけだ。フィアゼスの新たな情報……サキアの記憶とは別に、更なる発見があるかもしれない。

 

「確か、モンスターのレベルは80~90前後なはずだ。お前らなら余裕だろうけどな、気を付けろよ」

 

 バーモンドも止めはしなかったが、瘴気の問題や塔の奥にはさらに危険なモンスターが居るかもしれないとの判断だ。春人とアメリアは頷きで答えた。

 

 

 

 

「春人さん、あまり無茶はしないでくださいね」

「うん。大丈夫、無理はしないさ」

 

 エミルは本気で心配しているのか、震えながら言った。想像以上にモンスターのレベルが高いことに驚いているのだ。通常レベル50程度のモンスターであればSランク冒険者なら大したことはない。

 

 しかし、レベル100を大きく超えてくるとそうはいかない。彼女も普段酒場で冒険者の話を聞くことが多いので、レベルの脅威はわかってきたのだ。春人は彼女を安心させる為に、エミルの頭を優しく撫でる。エミルは一瞬戸惑うが、特に何も言うことなく流れに任せた。

 

「春人、見せつけるわね」

「え? あ、いや……!」

 

 アメリアは一人、笑顔で怒っていたそうな。その後、春人はつねられて責め立てられることになる。

 



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34話 悟のパーティ その1

 

 悟がこの地に転生されてから、数日が経過した。悟は冒険者ギルドの者に連れられて、ギルド本部から北にしばらく歩いたところにある寄宿舎に案内されていた。

 そこで部屋を割り当てられ、その寄宿舎の間取りなどは、別の者から説明を受けた。それから数日……彼は割り当てられた2階の角部屋に一人眠っていた。

 

「組んだパーティは「フェアリーブースト」……はっ、どこの中二だよ」

 

 まさか自分がそんな恥ずかしい組織に所属するなんて思わなかった。悟は恥ずかしさに打ちひしがれている。まだ、冒険には出かけていない彼ではあるが、「フェアリーブースト」はDランク冒険者パーティに該当する。

 

結成自体は3か月くらい前なので、春人とアメリアのパーティと同じくらいの時期だ。悟を除けば3人居て、リーダーのヘルグ、紅一点のラムネ、剛腕のレンガートの3人である。

 ヘルグは21歳、ラムネは18歳、レンガートは23歳と比較的若い面子であり、17歳の悟がそこに加わる。

 

 悟は物思いにふけながら自分の部屋を見渡す。8畳のワンルームの部屋と言えるだろう。トイレは各部屋にもあるが、共同風呂は1階にあるだけだ。相当な広さを有するが、どうも序列により入れるタイミングが決まっているらしい。

正直、この広さで1万ゴールドは高いと言える。しかし、冒険者として波に乗ることができれば簡単に払える額なのだろう。悟はそう考えていた。

 

 そして、彼の部屋の扉をノックする音が鳴る。悟はノックをした人物の察しがついたのか、特に確認するまでもなく扉を開けた。

 

「ヘルグさん」

「おう、悟。談話室に来てくれるか」

「はい」

 

 ノックをした人物はパーティのリーダーを務める男、ヘルグ。金髪の髪を後ろに長く伸ばした髪型の男で、丸い形のサングラスをしている。顔にある古傷から、日本でいうところのチンピラ風の人物だが、人はいいらしい。

 

 悟は頷くと、彼の後ろを静かについて行った。そして、1階の談話室に入る二人。中には他の冒険者の姿もあったが、「フェアリーブースト」のラムネとレンガートの姿もあった。

 

レンガートは剛腕と聞いて、誰もが想像するような格好をした人物だ。鉄の鎧に身を包み、短い黒髪は敢えて立たせていた。表情も武骨で四角い形状の男である。

 

ラムネは紅一点と称されるだけあり、青い髪を三つ編みにした美人であった。気の強そうな鋭い目つきをしている。基本的な旅の格好だが、ホットパンツを穿いている為、比較的露出は大きい。

 

「悟も適当に座ってくれよ」

 

 ヘルグに言われて、悟も彼らの近くの椅子に腰を掛ける。周囲の冒険者は新人がめずらしいのか、悟を見ていた。

 

「よし、「フェアリーブースト」も新しいメンバーを獲得したな」

「がははははっ、結成してから新しい面子は初めてだな。よろしくな、坊主!」

 

 3人は結成当初のメンバーであり、新しく加入するのは悟が初めてなのだ。歓迎の意志が感じられた悟であった。レンガートの大声に悟は小さく頷く。

 

「はい、こちらこそ」

 

 悟は内心ではうるさい奴だという感情が出ていたが、それを出すのは自分の首を絞めることになると判断し、愛想よく挨拶をした。

 

「よろしくね、悟……と呼べばいいかしら?」

 

 レンガートとラムネとは今回が実質の初顔合わせである。悟が寄宿舎に住んだ次の日にパーティが決まったが、その時はヘルグのみとの顔合わせだったからだ。

 メンバーは聞かされていた悟だが、レンガートは予想通り、ラムネは予想以上に美人だった。アメリアほどではないが、十分美人と呼べる体型をしていた。

 

「さて、面子も増え4人になった。俺たちの目的は忘れてないな?」

「ええ、早急なCランクへの昇格ね」

「おう、目指すはCランクだな!」

 

 悟の前にそれぞれ座るパーティは各々言葉を発した。現在のランクはDランク……1ランク上に行くだけだ。悟はあまりに弱い目標ではないかと思えた。アメリアの人気の程から

も彼女はさらに上だと思えたからだ。

 

「あの、少し聞きたいんですけど」

 

 空気読みには長けている悟。アメリア達の前では春人の件で失態を負ったが、日本ではリア充グループに居た。その経験を思い出しながら話す。

 

「Cランクへの道はそんなに遠いんですか?」

「ああ、お前はこの前冒険者になったばかりなんだったな。よし、すこし話してやろう」

 

 さきほど、悟が鬱陶しいと感じたレンガートが自信満々に話し出す。悟はお前には聞いていないと思いつつも素直に聞き耳を立てた。

 

「冒険者ギルドはモンスターを倒せる強さでランク分けされているわけだ。悟のFランクはレベル1~5程度、俺たちDランクならレベル15程度のモンスターを相手にできるな」

 

 大柄な男特有の声なのか、若干野太くも響く声を轟かせていた。談話室にいる他の冒険者も彼の声には迷惑そうにしている。

 

「Cランクはもちろんさらに上よ。この寄宿舎のトップを務めてる「ハインツベルン」の人達ならレベル25のフランケンドッグも倒せるレベルでしょうね」

 

 レンガートの説明を補足するようにラムネは語った。悟としてみれば、彼女の言葉の方が余程、耳に入ってくる情報だ。

 

「いまいち、基準がわからないですが……」

 

 悟はまだ戦闘に出ていない為、感覚として理解できないでいた。彼は、戦闘経験がない為、レベルの意味合いもよくわかっていない。ただ、手に持つ鉄の剣や、鉄の盾をもってすれば熊などであれば、倒せるだろうという曖昧な自信があるだけだ。

 

 ちなみにフランケンドッグは以前、春人が賢者の森で退治したことのあるモンスターである。当然、その程度のモンスターでは春人に傷を負わせることなどできない。

 

「よし、じゃあ早速、悟の力量試しも兼ねて回廊遺跡に行くとするか」

 

 ヘルグは立ち上がり、皆を扇動するようにそう言った。彼の言った回廊遺跡は10年以上前に発見された遺跡である。しかし、37階層まで進んでも終わりが見えてこない為、現在でも攻略中の遺跡である。周辺でもっとも深い遺跡として知られている。

 

「回廊遺跡だな。どうだ? 小便ちびるなよ、新人」

「大丈夫ですよ。これでも体力には自信があります。少しくらいなら、戦力にはなると思いますよ」

「大した自信ね。期待しているわ」

 

 レンガートの大声にイラつきながらも、悟は笑顔でそう言った。ラムネも期待してくれているということで喜びは大きい。

 

「まあ、回廊遺跡の1階層は最初期の冒険者にはぴったりの難易度だ。悟の実力を見極めながら進めば問題ないさ」

 

 ヘルグの指示の元、談話室を出た4人は基本的なアイテムを買い終えてから北の回廊遺跡を目指した。

 

 

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 回廊遺跡……春人が最初に踏む込んだサイトル遺跡と同じく、初心者用のダンジョンだ。まさに回廊のように折れ曲がった通路が続く遺跡で、下へと下る階段は螺旋階段になっている。形状的に、地下数百メートル以上の大遺跡であるが、一説には埋もれているわけではなく、異次元空間になっているのではないかとされている。

 

 ヘルグたち4人はアーカーシャの北、山岳地帯の麓にあるその遺跡に到着した。距離で言えば15キロは離れている。距離が多少あったので、今回は馬車で来たのだ。運賃は片道1000ゴールドはするので、決して安くはない。

 

「よ~し、期待してるぜ、悟!」

「は、はい」

 

 レンガートに背中を叩かれてハードルが上がってしまう。彼は初めての戦闘に、内心は震えていた。しかし、この状況で言い出すわけにもいかない。余裕を見せてしまったのだから。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。鉄の剣と盾があれば、おそらくレベル8程度までのモンスターはいけるはずよ。1階層はレベル5以下しか出てこないから」

 

 緊張している悟を落ち着けるようにラムネは話した。おそらく、フォローするというのも含まれているのだろう。悟も少し緊張を解く。そして、先頭を切ったヘルグに続く形で、悟は2番手で遺跡に侵入を試みた。

 

「内部は明るいんですね……」

 

 石造りの堅牢な建物……王家の古墳を悟は見たことがあり、それに近い印象を受けていた。しかし、1000年前とは思えない程、内部は原型を留めている……超能力の力とでも言えばいいのだろうか。

 

「結晶石の明かりが各ポイントにあるからね」

 

 

 ラムネは悟の背後から明かりを見つめていた。そして、最後尾を歩くのはレンガートだが、彼はいきなり再設置された宝を発見した。

 

「おいおい、いきなりラッキーじゃねーか?」

 

 レンガートが見据えた先には、荘厳な宝箱が置かれていた。稀にある宝の再出現。原理は不明だが、その再設置にありつけた者は、なかなか運がいいとされる。レンガートはわき道を逸れ、その宝箱を開けた。

 

「あ、おい……いきなり開けるなよ。トラップかもしれないぞ?」

 

 ヘルグは無警戒のレンガートを叱責する。腕に自信があるからこその行動ではあるが、レンガートはため息をついた。

 

「はあ、再設置だが、なにも入ってないぜ」

 

 レンガートは空っぽの宝箱をがっかりした様子で閉めた。再設置がされた宝箱でも、中身があるとは限らないのだ。

 

「しかし、ここはアルマーク達が金の首飾りを見つけた所だ。うまく再設置が行われれば、かなりの値打ち物も取れるかもしれないぞ」

 

 悟はヘルグの言葉を意味も分からず聞いていた。かろうじて分かるのは金の首飾りは高価な印象があるというくらいだ。金の首飾りは売れば相当な値段になるが、「パーマネンス」の魔法が使えることの方が有用である。

 

「パーマネンス……強化効果を永続化させる魔法ね。本人の意思で自由に解除も可能になる……フィジカルアップやマインドアップが永続化されるのは非常に有用だわ」

「現状、パーマネンスを使える人間はいないからな。アクセサリーの補強で使えるのはとてつもなく便利だよな」

 

 ラムネの言葉に同意するようにレンガートも頷いていた。パーマネンスは現在、人間で使える者はいないと言われている。モンスターの中では、魔導士のような衣を纏ったパラサイトと呼ばれる人型モンスターが使えるが、レベルは16なのでそこまで脅威にはならない。

 

 

 フィジカルアップは5分間、自身の攻撃力を1.4倍にできる。マインドアップは魔法力、スピードアップやガードアップもそれぞれ掛け率や時間は同じ。ドラゴンなどが使うハイパーチャージは全ての能力が2倍という凄まじい性能だが、1分という時間制限になっている。それぞれ元の能力が高い程、より効果が大きいのは共通だ。

 

「実際、フィジカルアップを永続化できれば、格上の遺跡探索もできるようになりそうだけど……」

「あとは、ステータスロックの永続化とかな」

 

 ラムネの話に付け加えたのはヘルグだ。ステータスロックは10分間、猛毒などの異常攻撃の耐性を上げる魔法だ。これにパーマネンスを組み合わせれば、耐性上昇効果が何時間でも持続する。実際、状態異常の耐性は個人ごとに異なる為、必ず同じ効力というわけではないが。

 

 そんな有用なレアアイテムの「金の首飾り」はBランク冒険者パーティ「センチネル」ことアルマークとイオのコンビが所有していた。一時期、そのアイテムを巡って、襲われたこともあるが、返り討ちにしている二人であった。

 

「まあ、運が良ければまた金の首飾りクラスが取れるかもしれん。とにかく先へ進むぞ」

「はい」

「わかったわ」

「仕方ねぇか」

 

 ヘルグに促され、レンガートもため息混じりに立ち上がった。まだ1階層に入ったばかりだ。先へ進む必要があった。だが、その歩みを阻む者が居た……悟にとっては初めてのモンスターの登場である。

 

 モンスターの数は10体以上になるが……悟以外はとくに焦っている様子はない。そのモンスターはレベル4のお化けガエルであった。高さは約1メートルの巨大なカエルだ。伸縮自在の長い舌を持ち、その下は二股に分かれている。同時に2か所に舌を伸ばして攻撃も可能だ。木製の盾では貫通されるほど、その舌の威力は大きい。

 

「悟、まあ大丈夫だと思うけど、鉄の盾で確実に攻撃を弾くようにね」

「わ、わかりました」

「念のために、ガードアップをかけておくわ」

 

 ラムネは魔導士であるため、補助魔法も得意としている。ガードアップをかけられた悟は黄色い光に包まれた。5分間は防御力が1.4倍になる。

 

「来るぞっ!」

 

 お化けガエルは「ゲロロ」という特有の声から、一斉に舌を伸ばしてきた。先陣を切っていたヘルグとレンガートは臆することなく突っ込んで行く。レンガートは大剣、ヘルグは槍を携えている。二人とも戦士系の人間だが、お化けガエルの舌の直撃を受けてもダメージを負っている気配はない。

 

「来るわ! 悟!」

「わかってますよ!」

 

 二股に伸びてきた強力な舌攻撃は、悟とラムネにも飛んで来た。ラムネは風を呼び出し風神障壁を展開、ガードする。悟は手に持つ鉄の盾で、飛んで来た舌攻撃をガードした。

 そして、間髪入れずにその舌を鉄の剣で斬り飛ばす。

 

「ゲロッ!」

 

 斬られたカエルは痛そうな叫び声を上げ、後ろへと後退した。さらに追撃を加えようとする悟だが、さらに2発の舌攻撃が飛んできた。

 

「ぐわぁぁ!」

 

 1発目は盾でガードに成功したが、2発目は盾を外れ、胴体に命中してしまった。

 

「悟! 平気か!?」

「ち、さっさと倒すぜ! ヘルグ!」

 

 ヘルグもレンガートの意見に賛成したのか、二人は近くのカエルを次々と斬り飛ばし始めた。悟はその場でダウンをしてしまい、激痛で意識が遠のいている。ガードアップの効果により、致命傷は避けていたが、それでも軽くはない。

 

「悟! しっかりしなさい!」

 

 

 悟に攻撃を喰らわせたお化けガエルは、ラムネが風の魔法で仕留めていた。彼女はすぐに悟に駆け寄り、ヒールの魔法をかけた。回復魔法により傷は癒えていくが、意識は遠のいて行く。悟は少し考えを巡らせた。レベル4のモンスターでもこれだけ強いのだ。

 

 地球の肉食生物と比較しても全くひけをとらないレベルではない……あんな長距離の攻撃をしてくる奴なんていない……鉄の剣と盾を持てば、運動神経の良い自分なら、ライオンでも追い払うことくらいはできるし、上手く命中すれば殺せるかもしれない……そんな化け物が一気に10体以上出てきた……それをたやすく倒せる彼ら。

 

 この世界はおかしい……。

 

 悟はそこまで考えた時点で気を失ってしまった。

 



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35話 悟のパーティ その2

 

 場所は寄宿舎の談話室……。

 

「迷惑かけました……すみません」

「あんまり気にしない方がいいわよ。自信からはちょっと意外だったけど」

 

 悟は回廊遺跡での失態に、さらにあまり責められない事態に恥ずかしさでどうしようもない状態になっていた。ヘルグとレンガートも悟からは自信が感じられたので期待はしていたというのが本音だ。しかし、予想以上の弱さに彼を責めることもしなかった。

 

「まあ、まだ17歳だしな。そう落ち込む必要もねぇよ。体力は最低限はあるみたいだしな」

 

 回廊遺跡の1階層を回った段階での引き返し……彼らのレベルであれば本来は10階層までは行ける。回廊遺跡の10階層のモンスターレベルが15程度だからだ。しかし、悟の強さを考えると彼が死にかねない為、急遽引き返したと言うわけである。

 

 悟は思い出していた……自分に迫ってくるレベル4のお化けガエルの群れ……1体も倒すことなく敗れた。ラムネが助けに入らなければ、確実に死亡していただろう状況だった。 

悟は恐怖心もそうだが、自分が戦力外なことにひどく落ち込んでいた。

 

 彼の傷はヒールにより、ほぼ完治していた。ガードアップの効果もあり、骨が折れていることもなかったのだ。だが、精神へのダメージは回復していない。

 

「まあ、レベル4のカエルに苦戦っていうのは驚いたが、まだ若いんだ。あまり後悔していても仕方がないぞ?」

 

 ヘルグの気を遣うような発言は、彼をさらに追い詰めることになる。冒険者という職業は、日本の陸上で活躍した程度では、全く歯が立たないものなのではないかと、悟は感じ始めていた。

 

「で、ヘルグ。今日の収穫はどのくらいだ?」

「収穫もなにもお化けガエルしか倒していない。500ゴールド程度だ、運賃が2000ゴールドなんでかなりマイナスだな」

 

 レンガート達の話を聞いて、悟はさらに驚いた。お化けガエルを15体は倒したはずだ。その時に生み出された結晶石と呼ばれるアイテム。モンスターのレベルが高いほど、より希少な結晶石が生み出される。また、モンスターごとに生み出す結晶石は異なる。

さらに、さまざまなエネルギーに転用できる為、かなりの需要が見込めるアイテムということを悟も聞かされていた。

 

「500ゴールド……?」

「ああ、今日は不漁だな。まあ、悟の力量がわかっただけでも良しとするか」

 

 あれだけのモンスターを倒しても500ゴールドにしかならない……日本円で6000円程度だ。寄宿舎は月に1万ゴールドの家賃がかかる……1か月の生活費も考えると、相当に厳しいと言わざるを得なかった。

 

「ここって、月1万ゴールドかかるんですよね?」

「そうね、まあ私達ならなんとかなるけど、あなたは相当厳しいんじゃない?」

 

 Dランク冒険者である、「フェアリーブースト」の1日あたりの稼ぎは4000ゴールド。20日として計算すれば8万ゴールドになる。4等分すれば一人2万ゴールになり家賃は払えるが、ろくに活躍していない悟が2万ゴールドも貰えるはずはなかった。もちろん、誰もそのようなことは言わないが、悟としてもそれはわかっていた。

 

 

「ま、悟は強くなるしかないな。この寄宿舎も治安がいいとは言えないが、街の外で寝泊まりするよりはマシだろ」

 

 アーカーシャは実力主義の街になっている為、ごろつきも多い。街の外での野宿など格好の餌のようなものだ。悟もそれは感じていた。

 

「しかし、この街は本当に実力主義だな。確か、3か月くらい前に強力な冒険者が来ただろ?」

「高宮 春人だな。本来なら、この寄宿舎に来るはずの人間だったが」

 

 悟が自信をなくしている間に、いつの間にか話題が移っていた。レンガートとヘルグの二人は春人のことを話し始めた。当然、彼のことは寄宿舎でも有名だ。

 

「いきなりレベル41の亡霊剣士を倒してAランクになったからな。寄宿舎に来る必要もないってことかよ」

「それからすぐにSランク冒険者になったのよ。あのアメリアと組んでるし」

 

 ここに来て数日の悟だが、春人の明確な位置はわからないでいた。しかし、彼らの話で春人の位置を確認することができた。レベル41のモンスターを討伐? 聞き間違いではないだろうか、悟はそのように考えていた。

 

「春人がレベル41のモンスターを討伐? 本当ですか?」

「知らないのか? けっこう有名な話だが……しかもその後、レベル110のグリーンドラゴンも倒しているんだろ」

「まさに天上の冒険者ね。私達とは持ってるものが違うと言うか」

 

 聞き間違いではなかった……悟は驚愕する。レベル4のカエルに苦戦していた自分……もはや比べることがおこがましいレベルではないか? さらに最高位のSランク冒険者という事実……。

 

「それに、グリフォン襲撃以降に台頭してきた「シンドローム」の4人組だ。もうすぐSランク冒険者に昇格らしいぞ」

 

 ヘルグの言葉にレンガートとラムネは驚きの声を上げていたが、悟は落ち込んでおり、それどころではなかった。そして、そんな時、談話室の入り口から入ってくる人物が居た。

 

 

「あ、これはゴイシュさん、お疲れ様です!」

 

 リーダーのヘルグは談話室に入って来た人物の姿を見るや、話を中断させ、直立不動の挨拶をした。悟たちは特に動く気配はない。悟は知らされていなかったが、「ハインツベルン」のリーダーのゴイシュには、各パーティの代表者が挨拶をする決まりになっている。

 この寄宿舎が大枠でのパーティということにもなる。その大枠のリーダーが「ハインツベルン」というわけだ。

Aランク冒険者のアルゼル・ミューラーの腰巾着であり、例の襲撃事件の片棒を担いでいたパーティではあるが、アルゼルが死に運よく露見することはなかった。日本で言うところの証拠不十分で釈放みたいなものだ。

 

 

「お、そいつが例の新入りか」

「ええ、そうです」

 

 ヘルグの合図に合わせる形で悟は立ち上がった。自信を無くしている悟にとって、現状は逆らわないほうがいいことくらい、容易に想像がついた。

 

「おめぇ、めずらしい名前だな。確か、高宮 春人と同郷とか聞いたがマジなのか?」

「え、ええ。まあ……」

 

 高宮 春人と同郷など認めたくはない彼だったが、そうも言ってられない状況はなんとなく察していた。ラムネもなにかあるのか、自信なさ気にゴイシュを見ている。ハインツベルンとフェアリーブーストの立場の差といったところだろうか。

 

「はははははっ! マジかよ! こんな弱い奴と同郷なんて、高宮 春人も迷惑だろうな!」

「あっ!? もう一辺言ってみろよ、おっさん!」

 

 悟は思わずそんな言葉を口にしていた。春人のことになると熱くなるのは悟の悪い癖でもある。だが、今回はそれが裏目に出てしまう。

 

「誰に向かって口聞いてんだ? 三下が」

「がっ!?」

 

 ほとんど反応できない速度で、ゴイシュは悟に接近し、腕を極めた。少し力を入れたら折れる程に、彼は腕を極められている。

 

「あがが……! ああ……!」

 

 骨を折られるという恐怖とかかってくる痛みに、悟は声にならない声を上げる。

 

「ゴイシュさん! 勘弁してやってくれませんか!? まだここに来たばかりなんですよ!」

「あ、お前も俺に逆らうのか? ヘルグ」

「いえ……そういうわけでは……」

 

 リーダーであるヘルグはゴイシュの迫力に圧倒されてしまい、それ以上なにも言えないでいた。入ったばかりの新人を助けるよりも、フェアリーブーストの立ち位置を守る方が重要ということだろうか。

 

「……ゴイシュさん、離してあげてくれませんか?」

「じゃあラムネ、今夜は俺の部屋に来い。それでどうだ?」

 

 悟はさきほどの二人の目配せなどから感じてはいたが、この二人はそういう関係でもあった。今、自分は人質になっているようなものだ。ラムネが断れば、自分の腕は折られてしまうかもしれない……そんな恐怖心が悟を包んでいた。

 

「……わかりました」

「へへへ、なら今回だけは見逃してやるか」

 

 ゴイシュはラムネの返答を聞くと、満足そうな表情で悟の腕を離した。それから、ラムネの身体を舐めまわすように観察する。

 

「久しぶりだな、そういえば。まあいい、今夜は寝られると思うなよ。じゃあな悟、仲間連中にしっかりここの序列について教えてもらうんだな」

 

 ゴイシュは薄汚いたれ目をラムネに向け続けた後、そのまま部屋から去って行った。

 

「あ、あの……すみませんでした……」

「あ~もう! ……最悪……」

 

 ラムネの心底嫌がっている表情。それはゴイシュや悟に向けられたものだった。

 

「まあ、ゴイシュに抱かれるのは初めてじゃないけど……はあ」

「申し訳ありません……俺なんかの為に……!」

 

 悟は決して上辺だけの謝罪をしたつもりはなかった。寄宿舎のトップにいきなり不遜な態度を見せてしまったことによる謝罪や、助けてくれたお礼など、全てを含めた状態で誠心誠意、謝罪をしたつもりではあった。だが、

 

「この寄宿舎じゃあよ、お礼や謝罪だけじゃ通らねぇことも多いんだよ」

 

 レンガートによる一言で、悟の謝罪は一蹴されてしまった。日本の高校のグループではもちろんこんなことは起こらない。その時の経験で考えていた悟としては失態だったのかもしれない。

 

 ラムネは今夜、好きでもない男と寝ることになる。その原因を作ったのは悟自身だ。それに対して謝罪だけで済ませるというのは確かに割に合わないだろう。この世界……いや、この寄宿舎内部の序列と規定、それを彼は学ぶ必要があった。

 

「お、俺はどうしたらいいでしょうか?」

「しょうがない、お前には少し教えることがある。場所を変えるか」

 

 ヘルグはそう言いながら、寄宿舎を出ることを促した。ゴイシュやそのメンバーが聞き耳を立てている可能性を考慮しての場所移動なのかもしれない。悟は素直に従い、その場を後にした。

 



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36話 悟のパーティ その3

 

「ここなら、大丈夫だろう」

「ここは……」

 

 悟も予想はしていたことだが、4人が入った場所は酒場「海鳴り」。バーモンドが店主を務める酒場だ。寄宿舎の冒険者間でも人気は高く、通っている者は多いらしい。

 

「私たちの所の男共はエミルちゃん目当てだろうけどね」

「あの子か、可愛いよな、本当に」

 

 ラムネの言葉に反応するようにレンガートは大きな身体をエミルの方向へと向けた。悟もそちらに目をやると、先日、春人の話で不快な思いをさせてしまったエミルの姿があった。

彼女はこちらには気づかず精力的に働いている。そんな姿を見ていると、少し微妙な感情が出てしまっていた。

 

 

 

「確かに、彼女は可愛いな。既に高宮春人と付き合っているらしいが」

「ヘルグまで……確か、あれって不埒な冒険者からエミルちゃんを守る偽装だって聞いたことあるけど?」

 

 その話はアメリアが同じようなことを言っていた。悟は数日前の酒場での会話を思い返していた。

 

「偽装だってんなら、俺がアタックしてもいいのか?」

「やめとけレンガート。2階には春人とアメリアの二人が泊まっている。誰も手出しなど出来んよ」

「マジか……高宮春人……羨ましいぜ」

 

 レンガートは冗談交じりに舌打ちをしながら、エミルの仕事振りを観察していた。ヘルグも自然とそちらに視線が向いている。

 

「高宮春人をラムネが手に入れるという手段はあるな」

「そう言えば、憧れてるとか言ってたよな?」

「え、本当に?」

 

 ヘルグとレンガートの思わぬ発言に、悟は素で聞き返してしまった。言われたラムネ本人は三つ編みの髪の毛を弄っている。

 

「憧れてるだけよっ、顔が好みとかそういうのも、ないわけじゃないけど……」

 

 ラムネ自身は決して認めているわけではないだろうが、周りからすれば気があることは明白の態度であった。

 

「……なんてこった、はははっ」

 

 悟は乾いた笑い声をあげた。とくにラムネに気があるわけではないが、この数日だけで春人の話題と人気ぶりを相当に堪能していたからだ……さらに、本日は失態の連続で精神的にまいっている。さすがに反論する気にはなれなかった。

 

「おい、当の本人が出て来たぞ」

「え? 何処?」

 

 さきほどまで、認めていなかったラムネだが、ヘルグの言葉に反応してその方向を探した。悟も転生してから初めてとなる。

 黒い髪を短く切っており、腰にはスマートだが荘厳な黒い鞘に納められた長剣を携えている。服装も下は黒のズボンに、白のシャツというシンプルなものだったが、纏っている闘気は只者ではないことを連想させた。それは、素人の悟にもわかるほどであった。

 

「………さすがに、雰囲気が違い過ぎるな」

「ああ、歩いているだけであれか。Sランク冒険者は本当に化け物だぜ」

 

 ヘルグとレンガート、悟よりもはるかに強い二人が、春人の姿を見ただけで声を震わせている。彼の佇まいに絶句しているようだ。それは、ラムネも同じだった。

 

「どうだよ、ラムネ。狙ってみないのか? お前さんの美貌ならあるいはって感じだぜ? 確か春人って17歳だろ」

「無理よ……。私なんかじゃ隣は歩けないわ、見なさいよ」

 

 ラムネは指差しをする。その先、春人が立ち止まったところにはアメリアの姿があった。露出はほとんどしていない彼女ではあるが、ラムネ以上の美貌とスタイル、さらに放つオーラはラムネのそれとは比較にすらならなかったのだ。

 

「彼女がパートナーじゃなきゃあるいはって感じだけれど……いいえ、それでも無理ね。エミルちゃんにレナ、ルナといった面子もいるんだし」

「レナ、ルナってあのSランク冒険者の召喚士姉妹か。この前のグリフォン襲撃ではレベル155のブルードラゴンと145のアサルトバスターを召喚したとか聞いたが」

 

 悟がこの世界に来る2~3週間前に起こった事件のことだ。あの時、寄宿舎の冒険者は出る幕はなかったが、レナが召喚でドラゴンを生み出したことは有名な話となっていた。

また、ゴイシュ達「ハインツベルン」は釈放こそされたが、内通者の仲間ではないのかという噂も蔓延していた。

 

「レベル155……!?」

 

 悟は頭がおかしくなりそうだった。自分の相手にしたモンスターのレベルは4だ……レベル155のモンスターを「召喚」してしまう女性。真実だとしたらこの差はどれだけのものなのか。

 

「Sランク冒険者は人間を辞めてる連中と考えな。俺たちには関係のない世界だ」

 

 レンガートは考えるだけ無駄という趣旨の発言を悟に語る。彼もすぐに理解して、考えをそこで中断した。

 

「でもさ、悟って春人……くんと知り合いなのよね?」

 

 しおらしい雰囲気のラムネからの言葉。悟は彼女にすぐに向き直った。

 

「それは、まあ……同じ学校でしたし」

 

 彼は内心では苛立ちが募っていたが、もはや春人を中傷したところで意味がないことは理解できていた。

 

「なら、今度紹介してくれると嬉しいんだけど」

 

 ラムネは恋する乙女の表情になっていた。17歳にしてはある程度経験している悟。すぐに彼女の心情を読むことができた。

だが、今はこの読める能力が煩わしく感じていた。前々から春人という存在に憧れは持っていたが、間近に彼を見て、そして同郷が同じチームに居るからこその依頼というわけだ。

 

「わかりました。今度でよければ」

「それでいいわ。これで、今夜の嫌なことは忘れられるわね」

 

 ラムネは今夜、ゴイシュに抱かれることを心底嫌悪している様子だ。少しでも紛らわせたいということだろう。悟としては内心穏やかではないが、自分を助けてくれたラムネの頼みを断るわけにもいかなかった。

 

「さて、じゃあ本題だけどな」

 

の表情へと切り替わる。あまりの速度に悟は一瞬たじろいだ。目つきが先ほどまでとは明らかに違うからだ。

 

「悟」

「は、はい」

 

 思わず緊張した声を上げてしまう悟。茶化した態度は許されない空気のようだ。同じ酒場と言う空間だが、「フェアリーブースト」の周辺の空気だけは違っていた。

 

「寄宿舎は現在はCランク冒険者の「ハインツベルン」の寄宿舎と言っても過言じゃない。俺たちの寄宿舎は家族みたいな関係だが、上の者は絶対だ。わかるな?」

「……はい」

 

 ヘルグからの言葉。さきほどのやり取りだけでもそれは嫌と言う程、理解ができた。ゴイシュは簡単に他チームのラムネを自室に誘い、悟の腕をへし折りかけたのだから。

 

「現在、数百人があの寄宿舎には居るが、そのトップがゴイシュさん率いるパーティの3人だな。風呂についても、新入りはゴイシュさんらの背中を流すのが習わしだ」

 

 レンガートが悟を見据えて話し出した。彼としてはあんなことをされた相手の背中を流すなど死んでもやりたくはない。だが、そのことに関して誰も助けてくれる様子はなかった。どうしようもないと言うことだろう。

 

「……俺たちはCランク冒険者を目指してるんですよね?」

「ええ、そうよ。もしもCランク、Bランクに行ければ資金面ではるかに潤う。あそこを出てもいいし、トップの権力者として君臨することも可能ね」

 

 悟は袋小路から差す光を目の当たりにした感覚を覚えた。彼らは皆、トップを引きずり下ろすことを考えていたのだ。悟としても明確な目標と言える。

 

「ま、そううまく行くといいがな。今まで、他の連中だって同じようにレベルアップを考えたが、1年経っても2年経っても達成できなかった奴も多い。寄宿舎の連中は多くは気の良い奴らだが、偶に底辺で威張り散らす奴もいるんだよ」

 

 それがハインツベルンのメンバーということになる。実力主義世界ならではの現象と言えるのだろう。

 

「というわけで、お前には強くなってもらわないとな。これから言うことをよく聞いておけよ」

「わかりました……」

 

 ヘルグ達4人の会話はその後もしばらく続いた。悟の今後の強化方針が話されたのだ。

 

 



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37話 マニアックなお店 その1

 

「なんか、暇よね」

「なんで昼間からだらけてられるんだ、俺たちは……」

 

 時間は13時、春人とアメリアの二人は昼間の日差しがこれでもかと昇っている段階から、酒場でくつろいでいた。とはいっても、春人達だけではない。何人かの冒険者も同じように飲んでいる。

 

「あんまり急いでの探索は危険だし。お金は全く心配いらないし」

「まあ、正しいんだろうけどさ……」

 

 彼らの仕事はオルランド遺跡の踏破ということになる。しかし、それは与えられた仕事というわけではない。春人はこんな風にだらけながら、時間を使うことを許される環境に恐縮しながらも、考えていた。お金は偉大だ、と。

 

「でも、アメリア。盗人が来て、アメリアの部屋を荒らしたらどうするんだ?」

 

 春人は稼いだお金は全てアメリアに託している。良く考えると保管方法を聞いていなかった。

今更になって聞く春人は基本、バカなのかもしれない。アメリアが「心配ない」と言っていたので気にしていなかったのだ。これも春人の強さ所以だろう。一文無しになったとしても、すぐに稼ぐことができるのだから。

 

「100万ゴールドの金貨や10万ゴールドの金貨にして金庫に保管してるわ。私の部屋にあるけど、とてつもなく頑丈な障壁を3重に渡って展開してるから大丈夫よ。例え、「海鳴り」が大爆発起こしたとしても、その障壁内部だけ傷1つ付かないわ」

 

 アメリアは自信満々に話した。その表情に、春人も安心する。これまでの付き合いから、とんでもない自信を持つ時の彼女のしぐさだったからだ。

 アメリアの部屋には大きな金庫が設置してあり、中には日本円で億単位の金額が入っている。金庫自体が頑丈な鋼鉄製であり、そう簡単に開けられないが、その周囲には特殊な系統の違う結界が3重になって展開されていた。物理的な衝撃には、ほぼ無敵と言えるほどの頑丈さだ。

 

「しかし、障壁を解除されたら危ないんだろ?」

「どれだけ時間かかるかわからないわよ? レナクラスなら出来そうだけど……その前に警報で私に知らせが入るわ」

「なるほど……ほとんど完璧なんだね。レナさんなら、解除できそうと言うのが凄いけど」

「魔導の能力で、レナやルナ、私クラスの人なんて他にいないくらいだしね。ま、つまりは解除できる人なんてほぼ居ないってこと」

 

 冒険者に限った話ではないが、アーカーシャの人々はお金を仕舞う時は金庫に入れるのが通例である。若しくは冒険者ギルドに預けるという方法も取られていた。一般的にはそれで安全は確保されるが、高位の冒険者は魔法の力による結界も付与する。

 

 ソード&メイジの金庫は現状、最高レベルの安全度を誇っていた。国として独立する為、各国のように銀行システムの導入もされるらしいということは、春人も聞いていた。銀行を襲う輩が増えないように、冒険者の仕事がまた1つ増すことになる。

 

 

「たまにはパーっと使ったらどうだ?」

「バーモンドさん」

 

 そんな暇を持て余している二人の前に現れたのはバーモンドだ。どことなくにやけている印象を春人はもった。

 

「と言ってもさ~、別に大金使うことなんて……なにかあるっけ?」

「さあ?」

 

 二人は特に大金を使うイベントなどは起こしていない。大河内 悟がここに飛ばされてきて10日ほどになり、春人自身が飛ばされて来てからは3か月以上が経過している。

 

「春人はあるだろ? ほら、なあ?」

「ん?」

 

 バーモンドとしては珍しい笑い方だ。アメリアもそれに気付いて訝しげな表情をした。春人としても、意味がわかっていない。

 

「こっからは俺たちだけで話すか。アメリア、少し春人を借りて行くぞ」

「え? 何でよ? 私には内緒?」

「男だけの会話が必要な時もあるんだよ、よし行くぞ」

 

 そう言いながら、バーモンドは春人を半ば強引に酒場の外へと連れ出した。当然、影状態のサキアもついて来ている。バーモンドは彼女も話すように合図した。

 

「ごめん、サキア。俺の部屋で待機しててくれないか?」

「……それは、ご命令でしょうか?」

「すまない、命令させてくれ。風呂の時なんかも同じだろ? 離れてくれるじゃないか」

 

 当然、サキアは風呂に入る時までは同行させていない。その場合は部屋で待機するように命令している。サキアは全く気にせずについて来るのだが、その辺りを許すとエミルやアメリアがどんな表情をするかわからない為である。

 

「……ご命令でしたら従います。ただ、オートガードだけ残しておきます」

「うん、ありがとう」

 

 サキアは人間の姿になり、少し寂しそうにしながら春人から離れた。しかし、影の一部は春人に残している。これは、敵意ある攻撃からマスターを守る盾の役割を果たしているのだ。通称「オートガード」と言われている。

 

 サキアは春人に挨拶をしてアメリアの下へと歩いて行った。春人は少しだけ罪悪感が出てしまう。

 

「そ、それで……どこに行くんですか?」

「まあ着いてこい。もう一人呼んでるからよ」

 

 春人はもう一人というのもよくわからないでいた。誰かを尋ねる間もなくバーモンドは歩いて行った。

 

「……怪しい、絶対怪しいわ……なにするつもりかしら」

 

 酒場を出て行った二人をアメリアは不審な人物を見るような眼でいつまでも見ていた。

 

 

 

「ええっと……どういうことでしょうか?」

「いや、俺もわからないんだけど」

 

 そして、バーモンドは春人を「海鳴り」から少し離れた、裏路地の場所まで誘導していた。なぜかそこには、アルマークの姿もあったのだ。バーモンドが呼んだもう一人とは彼のことであった。

 

「まあ、お前らは強さの割に経験が少ないみたいだからな」

「はあ……?」

 

 バーモンドは勝手に話を進めており、肝心な主語がない。アルマークも頭にクエスチョンマークがいくつも出ている。春人も言葉は発していないが同じ気持ちだ。

 

「あん? この路地にどういう店があるかわかるだろ?」

 

 バーモンドに言われて、初めて彼ら二人は周囲を見渡す。色々と怪しいネオンが昼間にも関わらず灯っている。結晶石の光ではあるが、そっち系のお店の宝庫というわけだ。

 

「俺も若いころは色々世話になったもんだ。ぼったくりバーもあってな、けっこう取られたこともあるが、いい経験だったな」

 

 バーモンドは大笑いしながら楽しそうに語っていた。彼はBランク冒険者に該当するため、力に訴えればなんとかなった可能性は高いが、そのぼったくりも楽しんだのだろう。

 

「え……? つまり、そういう店で金を使えと?」

「そういうことだ、春人。お前も好きなんだろ?」

「そ、それはまあ……」

 

 ここに来て3か月以上経過している。春人としても憧れはあったが、エミルやアメリアの手前来ることは避けていた。彼女たちとは付き合っているわけではないので、遠慮するのも変な話ではあるが。サキアも離れるのは相当不満そうにしていたが、現在は春人の部屋で待機しているだろう。

念のため、エミルの護衛をお願いしていた春人であった。アルゼルの件もあった為、エミルを単独で行動させるのは避けたいという思いからだ。

 

「さすが、春人さん。やっぱり、こっちも結構凄いんだ……」

「え?」

 

 アルマークからの純粋な尊敬の眼差し。日本では皆無だった現象だけに、春人はこの状態を嬉しく感じていた。

それと同時にがっかりさせた時のアルマークの気持ちも考えている。自分はどのように振る舞えばいいのか? 強さであれば、ある程度わかるが、エッチ系の話では本当に経験なしだ。16歳のアルマークもどうやら経験はないようなのが救いと言えるのかもしれない。

 

「いえ、春人さん、すごく強いですし……ほら、エミルさんとも……あはは」

「あははははは」

 

 笑うしかなかった。アルマークは春人がエミルと色々経験していると勘違いをしていた。飛躍する前にバラした方がいいのは確かだが、そうも行かない。全くなにもないというわけではないし、彼ほどの強さがあれば、そういう経験はしていても普通だ。

 

 一般的に見れば17歳ならば、未経験でも特に恥ということはないかもしれない。特に、このアクアエルス世界では、比較的初体験の年齢層は高い。20歳以上とも言われているのだ。

 

 春人はまだ知らないが、信義の花などの特殊なアイテムがある為に、長生きする者が多いことが原因の1つとされてはいる。長生きという点は、70歳を超えても現役の老師などから想像が可能だ。

 

「ま、とにかくおススメの店があるから、二人で行って来い。お前らなら歓迎されるぞ、きっと。まあ、価格はそれなりだが、ただでサービスしてくれることもあるかもな」

「ほ、本当に行くんですか……?」

「でも、春人さん。僕は行ってみたいです……あはは」

 

 意外にもノリノリのアルマーク。初めての経験と好奇心が強い性格から、新たなことへの挑戦を躊躇わないのだ。歳下の彼にそれを言われては断るわけにはいかない。

青いセンター分けの2枚目。優しい目つきと程よく引き締まった唇。体格はスマートながらも、春人に迫る筋肉質の外見をしている。もちろん、実力差は天と地ほどの差があるが。

 

 明らかに人気の出る外見をしている。そういった店で、自分が放っておかれたらどうしようという不安を残しながら、春人は頷いた。彼は戦闘関連ではそれなりの自信を持つようになってきたが、こっち方面ではまだまだなのだった。

 

 

「まあ、アメリアやエミルにはうまく言っておいてやるから、とにかく楽しんでこい。春人なら、50万ゴールド使おうが屁でもないだろ」

「ええ? 春人さんすご過ぎです……」

 

 アルマークからはこれ以上ない目線が痛い……確かに春人からすれば出せる範囲だが、50万ゴールドは日本円で600万円に相当する。アメリアならばともかく、春人では、一度に出す料金としては多い。全力を出せば、1日で回収できる程度の額ではあるが……。

 

「まあ、アルマークの分も出すけど……行こうか」

「は、はい、ごちそうさまです! 春人さんに奢ってもらえるとか……自慢になります!」

 

 視線が痛い……春人はアルマークに申し訳ない気持ちが出ていた。アルマークとしては、春人の好意を無駄にするのは失礼との判断だ。だからこそ、奢ってもらうのを断らない。

 

 驚くほど彼は純粋で礼儀正しい。自分の自慢は言わずに相手をひたすら立てる。春人はむしろ立てられる功績が多すぎるわけだが、それでもアルマークの性格は春人としては見習いたかった。

 

 そして、バーモンドと別れ彼ら二人は紹介された店に向かう。店の名前は「ドルトリン」という名称だ。酒場の一種とのことだが、どういう店かは詳しくは聞いていない。少し緊張しながら春人はアルマークを連れて歩く。

もはや腹をくくるしかない。実力は圧倒的な二人だ。この二人に詐欺を働くことは死を意味する。比較的まともな店であることを願いつつ、春人はその店に辿りつき、思い切って扉を開けた。

 

「うわ~~~~!」

 

 中の光景にアルマークが感嘆の声を上げる。中はクラブのような印象を受ける場所だった。客は昼間だが、それなりに多い。そして……店員さんは美女揃いであり、全員バニーガールの姿をしている。舞台上では、妖艶な踊りを見せているバニーガールの姿もあった。バーモンドの紹介店はそれなりのマニアックなお店であった。

 

 

 

 同時刻、アメリアは……

 

「つまり、アルマークもバーモンドさんに呼ばれたわけね?」

「うん、そうなんだ。何処に行ったのかはわかんないけどさ」

 

 春人をそれとなく探していたアメリアは冒険者ギルドに来ていた。そこで、イオと出会い話をしている。彼女の相棒のアルマークもバーモンドに連れて行かれたことを聞きだし、ますます怪しんでいる様子だ。

 

「バーモンドさんが考えそうなこと……なんとなく読めて来たわね」

「え? 本当に?」

「アルマークは浮気してるかも」

「う、浮気って……! べ、別にアルマークとはそういう関係じゃないよ……!」

 

 アメリアはいたずらっぽく笑いながらイオに話した。アルマークとイオの関係は冒険者の中でも有名だからだ。

白い髪のポニーテールを揺らしながら、イオは真っ赤になって否定した。否定はしているが、意外にもその態度は弱々しい。いつも元気いっぱいのイオらしくない表情だった。

 

「でも、アルマークが他の女性にデレデレしてたら? それでもいいわけ?」

 

 アメリアの危険な発言……「他の女性にデレデレ」という言葉に反応するように、 急にイオの雰囲気が変わった。先ほどの態度から180度回転したような感じだ。

 

「……アメリアさん、アルマーク何処行ったのかな?」

 

 イオは目つきは鋭く、赤面していた顔も姿を消している。アメリアはにっこりと笑いながら続けた。

 

「ちょっと裏通りの方に行ってみない? きっと会えると思うわ。春人にもね」

 

 アメリアは非常に笑顔ではあるが、その眼差しはイオと同じく笑ってはいなかった。春人とアルマークの運命やいかに……。

 



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38話 マニアックなお店 その2

「! あの男は……!」

 

 店内に居た一人の男が春人の存在に気付いた。その男はトネ共和国のリガイン・ハーヴェストだ。隣には暗殺者ギルドのボスであるクライブ・メージェントの姿もあった。金色の髪を短く刈っており、目は異様なほどに細い。口元も何やら不気味な笑みを作っていた。

 

「高宮春人くんやないけ。こうして見るんは円卓会議以来やな」

 

 クライブは店員のバニーガールに席に案内されている春人を観察していた。この店はトネ共和国の裏の組織が経営をしている店であり、クライブはそのトップに当たる。春人の存在を知り、周囲の黒服を着た連中に殺気が集中した。

 

「やめとけ、やめとけ。どの道、お前らでは傷1つ与えることなく返り討ちや。あいつの闘気の凄まじさはわかるやろ? 通常状態であれや」

「うっ……!」

 

 円卓会議での宣言により、暗殺者ギルドでも春人に良い感情を持たない者は多かった。クライブの部下たちも同じである。改めて彼らは春人を見る。例え不意打ちで狙いを定めたとしても、彼ら程度では春人を倒すことはできない。そう確信させるほど、春人の雰囲気は別格であった。クライブの部下たちは悔しそうにしながらも、集中させた殺気を消した。

 

「まあ、防御を貫通できる可能性あるんは……俺だけやな」

「ボス……彼らには手出しはしないはずでは?」

 

 クライブの殺気に、汗を流しながらリガインは言った。彼としては、賢者の森で協力的な発言をした手前、春人たちと対立することは避けたかったのだ。

 

 

「わかってる、命の取り合いをする気はないんや。ただ……殴り合いはしてみたいな」

 

 彼らの周囲が沈黙で覆われた。超人「クライブ」の異名を持つ男……リガインの目の前のボスは暗殺者ギルド最強にして歴代最強の人物でもある。

彼の前では懐刀のリガインですら遠く及ばない。彼は単純に肉弾戦を春人に申込みたいと考えていた。クライブは笑いながら、春人達をただ見つめていた。

 

 

「高宮春人さんが来てくれるなんて思いませんでした」

「は、はあ……どうも」

 

 春人とアルマークは名が知られているのか、VIPルームと思しき個室に招かれた。その場所のソファーにて、二人のバニーガールが彼らの隣に座ってお酒を注いでいる。

 

 春人達の隣に座るバニーガールは明らかに、店の中でも人気のある娘だと春人にもわかった。しぐさやスタイルからしても、他とは一線を画している。

 

さらに、ハイレグのバニースーツに生脚を出している。もう一人は網タイツを付けているので、両方を楽しんでもらおうという配慮だろうか。

 

「よ、よろしくお願いします!」

「よ~ろ~し~く~」

 

 礼儀正しいアルマークは深々と頭を下げて、目の前の網タイツを付けているバニーガールに挨拶をする。これからベッドに行きそうな勢いだが、さすがにそれはない。……それはないと春人は信じたかった。

 

「あ、あの……手の位置が変な気がするんですが……」

「そうですか? うふふ」

 

 ピンクの髪を長く伸ばした美女。春人の隣に座る女性は髪で片目を隠した髪型をしており、うさみみバンドを付けている。

 

 網タイツは付けずに直接ハイレグのバニースーツを身に着けている為、肌の露出も大きい。美人なのはもちろん、全体的に肌は白く、胸も非常に大きかった。そしてサービスなのか、指で怪しく春人の太もも辺りをさすっていた。

 

「本来なら追加料金が発生しますが、高宮さんにならサービス致しますよ?」

 

 営業用のスマイルを春人に見せる彼女。無料にしてくれるのは事実ではあるが、春人は敢えてそれを断った。

 

「無料ほど高いものもないので、払います。いくらですか?」

「あら、意外でした。今日はそういうサービスは無しとおっしゃるかと思いましたが」

 

 本来なら目の前のバニーガールの言っていることは正しい。春人が単独で来たなら、追加サービスはなしにしていただろう。しかし、今日はアルマークが一緒なのだ。

 

 アルマークの期待に胸を膨らませている視線を見ると、さすがに追加サービスをなしにしてほしいとは言えない春人であった。

 

「本来ならいくらなんですか?」

「追加料金は5000ゴールドですよ。でも、本番はありませんので気軽にしていてくださいな」

 

 そう言って、春人の隣のバニーガールは笑った。5000ゴールドは、6万円相当だ。追加料金としてはそこそこの価格と言えるだろう。つまりは、この追加サービスでバニーガールに対してのお触りが解禁されるということになる。

 

「ま、まあ……とにかく出します。無料だと悪いので」

「ありがとうございます」

 

 隣のバニーガールは春人の提案に対して、それ以上なにも言うことはなかった。春人としても、いくら自分が有名人といっても、こんな美人に無料で追加サービスさせるのは悪いという感情が大きかったのだ。

 

 春人の隣に座るのは、「ドルトリン」でもトップのバニーガールのルクレツィア。年齢は22歳であり、美貌とスタイルで数々の男から金を巻き上げている。ただし、本番行為は全て断っている。

 

 そしてアルマークの隣の女性は……かなりスローテンポに話す女性だが……銀髪の美しい少女、焦点が合ってない瞳だが童顔で可愛らしい顔をしている。

額の斑点がトレードマークなのだろう、非常に良いアクセントをしており、胸の大きさもルクレツィアに迫る勢いだ。

 

「あれ? 君は……?」

 

 春人はその少女に見覚えがあった。とくに話した経験はなかったが。向こうも春人の存在に気付く、いや最初から気付いてはいたような雰囲気をしていた。

 

「お~そ~い~。ひさしぶり~? メドゥだよ~~」

 

「シンドローム」のメンバーの一人、メドゥ・ワーナビーがそこには居たのだ。1度くらいしか会ったことはないが、意外な人物がバニーガールをしており、春人は相当に驚いていた。

 



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39話 マニアックなお店 その3

39話 マニアックなお店 その3

 

 

「シンドロームの……なんでここに?」

「趣味~可愛い、衣装が~~好きだから~~~」

 

 相変わらずの語尾でメドゥは春人にVサインで答えた。春人としても、初めて話した相手ではあるが、独特の雰囲気に意外にも普通に話せていた。

 

「あ、そういえば、シンドロームのメンバーに居たような……」

 

 メドゥの隣に座るアルマークも思い出したように話し出した。メドゥは春人とアルマークの態度が楽しいのか上機嫌になっている。

 

「で~~も~~きょうは~~二人に手籠めに~~されて~しまう~~」

VIPルームに響くメドゥの心無い発言。春人は必死に言い訳をするように否定した。

 

「いやいや! 君が嫌なことをわざわざしないし!」

「じょうだん~~、それに~おかねもらってるから~~~平気~~」

 

 春人の態度は予想通りだったのか、メドゥは無表情でそう言った。からかわれた形になり、春人はうつむいてしまう。

 

「ふふ、高宮さんは、こういうお店は初めてですか?」

「え? い、いやそんなことないですよ?」

 

 春人はルクレツィアに対して強がって見せる。もちろん、単独で来ていたら強がる必要はないが。ルクレツィアは大人の余裕なのかくすくすと笑い出した。

 

「高宮さんも大変ですね。私も昔、同じようなことはありましたので、お気持ちはわかります」

「あ、あははは……」

 

 ルクレツィアには一発でバレていた。彼の態度から女性経験がないことも見抜いている可能性は高い。そもそも、春人が経験豊富な彼女を欺けるはずはないが、ルクレツィアはアルマークの手前それ以上突っ込むことはなかった。

 

「とりあえず、飲みましょうか?」

「は、はい。そうしてくれると助かります」

 

 ルクレツィアの気遣いとリードに春人は感謝しながら、彼女が開ける高そうな酒に手をつける。それなりの金額はする物だが、春人が出せないわけはなかった。

 

「さすがにおしいしいですね……バーモンドさんの所も良いですけど。これって1本いくらですか?」

「2万ゴールドですわ」

「ま、まあそれくらいなら」

 

 日本円で24万円程のお酒。高校生の春人からすれば、目玉が飛び出るほどの価格ではあるが、今の春人は金銭感覚がマヒしているのかそこまでの驚きはない。。隣ではアルマークも同じ酒を飲んでいるので、これだけで48万円が飛んでいる。

 

 

「冒険者やってると、金銭感覚がおかしくなってまして……」

「どのくらいお稼ぎになるんですか?」

 

 ルクレツィアとしてもSランク冒険者の稼ぎというのは興味があったのか、かなりの喰いつきであった。春人としても金額を言うのはどうかと思ったが、VIPルームであることも考え、正直に述べる。

 

「最低で1回3万くらいかと……最高は1回100万超えもあります」

「まあ……! まさに一攫千金ですね。高宮さんからしてみれば、2万ゴールドは本当に少ない額なんですね。安心しました、こういうお店に嵌って破産する方もいますので」

 

 ルクレツィアの経験上、破産をした客は何人も見てきた印象だ。相手が春人達で良かったといったところだろうか。

 

春人の稼ぎはオルランド遺跡の8階層を攻略するようになって飛躍的に上がったと言える。8階層での稼ぎはとてつもなく、それほどに良質な結晶石や宝石の類が取れることを意味する。

 

 もちろんレベル100超えのモンスターとの連戦になるので、それが可能な者は非常に限られてしまうが。しかし、その分1日で100万以上の稼ぎも容易になりつつあるのだった。

 

「まあ、なんとかなるのは事実ですけど」

「そういう謙虚なところは、女性であれば放っておかないでしょうね」

 

 ルクレツィアは、また春人の太ももを怪しくなぞりながら、顔を近づけてきた。春人としては、こういった行為は非常に嬉しいが、恥ずかしさもそれと同じくらい出てしまう。

 

「高宮さん? お好きに触っていただいて結構ですよ? 5000ゴールドもいただいて何もされないのでは、プライドが傷つきます」

「あ、そ、そういうことなら……」

 

 ルクレツィアの妖艶な誘いに応えるかのように、春人は彼女の脚に腕を這わせる。彼女は演技なのか本当なのか、彼の行為に喘いでみせた。

 

「高宮さんはお上手ですね……」

「いや、あの……すみません……」

 

 生来の臆病さが前面に出てきている為、それ以上の攻めをできないでいる春人。それとは逆にアルマークは好奇心旺盛な性格が表に出ていた。

 

「し、失礼します!」

「ん~~……結構、はげしいいいいい~~!」

 

 アルマークは丁寧に断りを入れながらも、メドゥの大きな胸に興奮したのか、両腕で鷲掴みにしていた。メドゥもそれなりに声を漏らしている。

 

「アルマーク……やるな……」

「高宮さん? 負けてられませんね、先輩としては」

「え?」

 

 ルクレツィアは春人の心情を察したのか、春人に対してディープキスを試みた。気持ちのいい唇が彼を襲い、天国へと向かわせた。アルマークの行為に対抗しなければ、春人の面目が保たれないかもしれないとの配慮である。

 

しかし、このルクレツィアの行為はある意味で裏目に出る。春人が理性を失いつつあったのだ。酒の力もあるが、ルクレツィアを相当に攻めていく春人。意外にも男らしい攻勢に彼女も少しだけ乙女になってしまっていた。

 

「た、高宮さん……! そこは!」

 

 そんないやらしい言葉がVIPルームに響いたそうな。

 

 

 

「春人さんにこんなにされて……もうお嫁にいけませんわ……」

 

 冗談交じりだが、一通りの行為が終了した時点でルクレツィアは言った。春人は流れに任せてしまったことを後悔している。

 

「す、すみませんでした」

「いえ、お気になさらないでください」

 

 ルクレツィアはいつの間にか春人を名前で呼んでいる。それだけ春人の行為が予想外だったことの証だ。彼女としては嬉しくはあったが、春人の性格からは考えづらいほど攻めてきたので、少し驚いているといった印象なのだろう。

 

 

 アルマークはというと、その好奇心からメドゥと楽しくじゃれ合っていた。春人がついついルクレツィアを攻めていた時はしっかりと覗きながら。

 

「やっぱり春人さんは凄いです。あんな大胆なこと僕にはできません」

「え? あはははは、ま、まあね」

 

 アルマークの勘違いではあるが、春人の行為そのものは彼が赤面するほど激しいものだった。もちろんそれを言葉に出すのは憚られるので、具体的な行為の内容はアルマークも口にしないが。春人の面目は保たれたと言えるだろう。

 

「面目保たれましたね。ここの支払いも春人さんなのでしょう?」

「そうですね。まあ、よかったのかな? 大丈夫、バレはしないはず……」

 

 彼も口にするのは恥ずかしくなる行為……アメリア達の姿が思い浮かんだ。しかし、バーモンドも上手く話すと言っていたので、彼はバレるということを考えていなかった。実際、アメリアとイオが近づいているとは夢にも思わないだろう。

 

「見つかるとまずいお相手がいらっしゃいますの? 春人さんはいけないお人ですね」

 

 ルクレツィアは今までの経験からか、春人の内面を見透かすかのような口調で話した。春人としては、これ以上話すのは墓穴を掘ると考え敢えて受け流す。そして、話題をメドゥのことへと切り替える。

 

「メドゥはここに居るのは趣味と言ったけど……冒険者の活動はいいのか?」

 

 春人は無理やり切り替えたが、言葉の意味がおかしいことに気付く。自分やアルマークも同じように活動してないからだ。春人は説得力がないことに気付いたが、遅かった。

 

「君たちもおなじ~~だよ~~」

 

 メドゥはスローテンポながら、適格な回答をした。春人はなにも言い返せず、アルマークは彼女に膝枕をされており、聞いていない様子だった。

 

「まあ、確かに……それを言われると痛いけど」

「そ~れ~に、わ~た~し~たちは~、アクアエルス遺跡を~~踏破した~~」

「えっ? アクアエルス遺跡を? 本当に?」

 

 春人は思わず乗り出して聞き返す。メドゥも頷いており、どうやら嘘と言うわけではないようだ。アクアエルス遺跡は「ブラッドインパルス」が攻略していた遺跡である。それを先に「シンドローム」が最深部攻略を成功させたということになる。

 

「今、しんせいずみ~~。最深部のボスは~~レベル、137のイビルビーストだった~~4体出てきた~~」

「レベル137のモンスターも倒せるほどか……」

「う~ん~。これでSランク冒険者は確実~~」

 

 ブラッドインパルスとしては先を越されたことは悔しいだろう。しかし、レベル137のモンスターを倒せる実力は見事と言わざるを得ない。今回の功績でSランクは確実だろうと春人も考えた。

 

「隠しエリアが最後のところに~~あるっぽい~~。そこを攻略して完了~~」

 

 アクアエルス遺跡の隠し扉……以前、アメリアから聞いた話ではアクアエルス遺跡にも隠し扉はあるということだった。

 

「レベル137……そんな化け物を倒せるなんて、メドゥさんすごいです!」

「ありがと~~~」

 

 賞賛の言葉を送るアルマークに、メドゥはお礼のつもりなのか、膝枕状態で耳かきを開始した。彼女の膝で寝ているアルマークはとんでもないほどに、感激している。

 

 そんな二人を見ていると、春人は緊張が解けていくのを感じた。少し、構え過ぎたかもしれない。アルマークは初めてなのにも関わらず、驚くほど自然体だ。

 

「ささ、春人さん? 飲みましょうか」

「あ、はい。いただきます」

 

 緊張の解れた春人は、すこし気分が高揚し始め、3本目4本目の酒も開けることになった。楽しい一時、彼は初めての経験を相当に楽しむことになった

 

 だが……そう上手く行かないのは世の常でもあるのだ。

 

 

「ここだよね、アメリアさん」

「ええ、目撃情報から、春人達が、「ドルトリン」に居るのは間違いないわ」

「バニーガールのお店か……アルマークは何してるのかな?」

「さあ? 男なら、とても健全なことをしてるんじゃない?」

「へ、へえ……なるほど、なるほど……」

 

 とても笑顔ながら、周囲の人を寄せ付けない二人の少女が「ドルトリン」の前に存在していた。周りを歩く人々はおそろしい雰囲気に足早で通り過ぎていく。春人たちの運命は……ここまでかもしれない……。

 



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40話 マニアックなお店 その4

 

 

 バニーガールのお店「ドルトリン」。安い酒から高い酒までを千差万別に取り揃えており、会員や名のある冒険者はVIPルームという、特別な個室に招かれる。バニーガールの年齢は10代から20代であり、かなりレベルの高い女の子が多いと評判の店でもある。

 

 その中でもルクレツィアは美貌とスタイルの良さからトップに君臨しており、メドゥは働き始めて間もないが、期待の新生として人気が上昇していた。そして、そんな二人は現在、春人とアルマークをVIPルームに招いて、楽しんでいるのだった。

 

「す、すごいですよね、二人とも」

「ああ、エロい。すごく、いい」

 

 春人とアルマークはほろ酔い気分でソファに座っている。ルクレツィアとメドゥの二人は、VIPルームに設置してあるポールでダンスを踊っていた。大胆に脚を上げたりといった行動もするので、春人もアルマークもすっかり釘づけになってしまっている。

 

「あ、そういえば、僕の剣術道場に大河内 悟っていう人が来てるんですけど……」

「大河内 悟?」

 

 アルマークはグラスに入っている酒を飲み干しながら、思い出したかのように言った。春人も来ていることは知っているが、この10日間まだ話したことはない。バーモンドの酒場で、それらしい人物は見かけているが。

 

「もしかして、春人さんのお知り合いなのかなって」

「ん? まあ、知り合いだよ」

「やっぱりそうなんですか? 同郷って聞きましたけど」

 

 アルマークは興味津々といった表情を春人に見せている。春人としても転生の話は隠す必要もないが、ややこしくなる為、その辺りはぼかしたままにしておいた。

 

「同郷で合ってるよ。それで? 悟は元気だった?」

「ええ、身体の方は元気みたいです。「フェアリーブースト」っていう冒険者パーティに入ってますけど」

 

 春人もよく知らなかったが、悟が寄宿舎でパーティを組めたことには素直に喜んだ。探索の際の危険が減るからだ。

アルマークはギルドで専属員などもしているので、情報が早い。

 

「ただ、あの寄宿舎はゴイシュのパーティが牛耳ってまして。悟さん含む「フェアリーブースト」も肩身が狭くなってるみたいです。この数日だけでも、何度かトラブルになったとか」

 

 春人はゴイシュの姿を思い出す。時計塔でルナがショーをしていた時に、アルゼルの傍らに居た男だ。直接の面識はないが、Cランク冒険者で、襲撃事件の際の協力者の一人だった可能性が非常に高い人物だ。

 

 礼儀正しいアルマークですら、ゴイシュに敬語は使わない。「ハインツベルン」は冒険者の名を汚すほどに素行が悪いことで有名だからだ。あの事件を経て、とうとうアルマークも堪忍袋の緒が切れたようだ。釈放はされているが、加担していたのはほぼ100%だからだ。

 

「これは同じパーティのヘルグさんから聞いたんですけど、悟さんゴイシュに腕を折られかけたとか……」

「腕を……?」

 

 春人の酔いが醒めてしまう。二人は何気なく始まった会話で、ポールダンスを見ている余裕がなくなってしまった。悟のことは、春人としても好きにはなれないが、それにしても知り合いがそんな仕打ちを受けたと聞いて、無表情でいられるわけはなかった。

 

「やり返さなかったのかな?」

「春人さん……悟さんの実力はご存知ないんですね」

 

 非常に申し訳なさそうな態度を取るアルマーク。彼なりのフォローなのだろうか。春人はやらかしていることに気付いていない。

 

「? ゴイシュはアルゼルよりもはるかに弱いと聞いたけど……」

 

 春人はアルマークの態度の意味がわからず、また見当違いの発言をしてしまう。もちろん悪気があるわけではないが。アルマークもそれがわかっているのか、少し話しづらそうにしていた。

 

「春人さん、春人さんはご自分が強いということを認識された方がいいですよ? そうじゃないと、反感を買う恐れがあります」

 

 アルマークなりの精一杯の言葉。彼は春人に不快な思いをさせないようにしていた。春人もなんとなく、空気を察する。「しまった」、彼は小声でそう言った。

 

「ゴイシュと悟には、明確な実力差がある。要はそういうことかな?」

「はい、そういうことです。アルゼルがレベル60程度。ゴイシュは半分以下の25程度のモンスターを狩れます。この二人だけでもかなりの差です」

 

 人間にはレベルという表記はないので、明確に強さを測定することが難しい。大抵はどのレベルのモンスターを狩れるかで、レベル換算が行われている。

 

「それから、悟さんはレベル8くらいです。春人さんからすれば、この3人の差は微々たるものかもしれませんが、当事者からすると大きな壁です」

 

 いきなり、亡霊剣士やグリーンドラゴンを倒した春人では、その値を感じることはできない。これは才能あるものの弱点と言えるのかもしれない。アルマークとしては、春人には周囲から反感を持たれないように、超然として多少傲慢になってほしいという気持ちがあった。

 

 自ら才能あるものを自称していれば、それだけ反感は薄らいでいく。実際はそうはいかないが、変に恐縮することによる反感は消えていくだろう。

 

「なるほど……ちなみに、アルマークは?」

「僕は、40~50の間くらいです、あはは」

 

 照れたように話すアルマーク。彼は自慢することが苦手なため、言いなれていないのだ。近い内にAランクへの昇格も決定している。

 

「すごいじゃないか。もうすぐAランクだしね」

「ありがとうございます。春人さんの足下にも及びませんけど、少しでも追いつけるように頑張ります」

 

 春人の賛辞にアルマークはとても感激している様子だった。春人の半分の能力のサキアがレベル90のグリフォン以上の段階で、春人の強さはまだまだ上限が見えず、アルマークとの実力差はとてつもないということになる。アルマークは決して追いつけない壁だとは知りつつも、努力を怠ることは考えていない。

 

「まあ、僕のことはともかくとして……悟さんはやっと闘気を収束して、戦士として活動できるようにはなっています」

「冒険者として、活動できてるならいいことだと思うよ」

「ええ。ただ、最近のゴイシュの行動は目に余ります。寄宿舎自体が「ハインツベルン」によって私物化されているようなもので……今度、是正を兼ねて様子見に行く予定なんです」

 

 悟が住んでいる寄宿舎は「オムドリア」と呼ばれている。そこに、専属員として「センチネル」のアルマークとイオが是正勧告に向かう手筈になっていた。独立する上で、危険因子は排除するという狙いもある。

 アルマークとイオを向かわせるのは経験の為という意味合いも大きい。彼らも喜んで承諾した。

 

「お仕事の話もいいですけど、私たちの踊りも見てほしかったです」

「途中から~~~~ぜ~ん~ぜ~ん~見てない~~~」

 

 少し不満そうなメドゥはアルマークに抱きつく。春人を後ろから羽交い絞めにするのはルクレツィアだ。二人とも背中にかかる胸の圧力にとても照れていた。

 

「す、すみません……! 謝りますから……!」

「行けません。お詫びとして、一緒にポールダンスはいかが?」

「ええ?」

 

 とても魅力的な誘いを受ける春人。正直言って断る理由はなかった。アルマークもメドゥに顔を胸に押し付けられて悶えている。

 

「どうですか? 春人さん」

「ま、まあ……踊るだけでしたら……」

「おほほほほ、それなら後で私とも踊ってくれないかしら?」

 

 春人がルクレツィアの踊りの誘いを承諾した瞬間……とても聞き覚えのある声がこだました。春人がそちらの方向を見ると、VIPルームの扉の前にはバニースーツに身を包んだ、アメリアとイオの姿があった。二人ともとても綺麗……だが、笑い方が常軌を逸している。

 

「あ、アメリア……あはは、偶然だね」

「ええ、春人さま~。今宵は私がお相手いたしますわっ」

 

 とても優しい口調のアメリア。笑顔も絶やさない表情に春人は戦慄する。とても怒っていらっしゃる……春人は直感的に感じた。

 

「ゲスト参戦してもらったわ。今宵は楽しい話でもしましょか」

 

 そして、最後に扉から現れた人物。黒服に身を包んだ、クライブ・メージェントだった。

 



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41話 トネ共和国の依頼 

 

 

「春人~~、ずいぶん楽しそうね? ね?」

「あ、いや……あの、その……」

 

 VIPルームのソファーにはバニーガール姿のアメリアも座っていた。丁度、春人の隣にはなっているが、ルクレツィアとは逆の隣だ。彼女と同じく生脚を大胆に出しているため、普段からは想像できない程、露出が大きい。

 

 彼女のそんな大胆な格好は、ほとんど見たことがない春人にとって、今のアメリアは目の保養以外のなにものでもなかったが、それ以上に現在の状況は緊迫していた。

 

 どうしよう? 春人は考える。自分の左隣には人気ナンバーワンの呼び声高いルクレツィア、右隣りにはそんな彼女に勝るとも劣らない美貌の持ち主のアメリアがいる。

 

 ルクレツィアは仕事上、春人から離れることはしない。アメリアはもっとしないだろう。現にぴったりと彼に寄り添い、とても素晴らしい笑顔を向けている。

 

「春人、なにか言うこととかある?」

「いや……言い訳になっちゃうしね。探しに来てくれたのは、素直に嬉しく思うよ」

 

 春人は率直な意見を述べた。ここにいること自体はなんら問題はないはずだ。春人は無理やり自分の中で言い聞かせる。しかし、アメリアには通じなかった。

 

「ったく、あんたはぁ……!」

「痛いって、アメリア……! つねるなよ……!」

 

 アメリアもそれほど怒ってはいないのか、つねる動作は意外にも優しい。春人も大して痛くなかったが、とりあえず空気に合わせて大げさに言ってみた。

 

「ふんだ……エミルやサキアにも言うからっ」

「ええ……そ、それは……!」

「なによ? あの二人には知られたくないっての?」

 

 アメリアは端整な顔を春人に近づけてくる。これには春人もたじたじになるが、彼は怯まずに続けた。

 

「違うよ、アメリアとは一番近い間柄だろ? ぱ、パートナーだし……知られても良いっていうのは、つまり近しい間柄だと思ってるからで」

「な……! なに言ってんのよ……!」

 

 春人に近づいていたアメリアは、急に恥ずかしくなったのか、すぐに彼から離れた。顔は真っ赤になっているが。

 

「だ、だからまあ……ここまで来てくれたのは嬉しいよ。あ、あと……ごめん」

「別に春人は悪いことしてないでしょ……なんか、私もパートナーの領分、越えてたかなって不安だったの……」

「い、いや、そんなことないよ。アメリアに気にかけてもらえるのは嬉しいし」

「あ、そう?……わかった……そういうことなら……」

 

 かなり良い雰囲気になっている春人とアメリア。ルクレツィアは彼ら二人を見て、自らの甘酸っぱい時代を思い出していた。彼女からすれば数年前の出来事になるだろう。

 いつの間にか、アメリアの心に渦巻いていた怒りの炎は消えて、春人を責める感情もどこかへと行っていた。

 

 そして、その隣のソファーでは……アルマークとイオが向かい合っている。

 

「アルマーク、どういうつもり? 幼なじみの私にも内緒でこんな店に来たりしてさ」

「ご、ごめんイオ……バーモンドさんに連れられた時は本当に知らなくて……そのあと、春人さんと合流して、この店に来たんだ」

「じゃあ無理矢理、連れて来られたの?」

 

 イオは半ば安心したいかのような口調でアルマークに問い詰める。しかし、彼は首を横に振った。

 

「いや……僕もちょっと興味あって……」

「アルマーク~~~!」

「痛い! 痛いって、イオ~~!」

 

 アメリアと同じくバニースーツ姿のイオはアルマークの頬を左右から力いっぱい引っ張った。アルマークは相当、痛そうにしており、彼女に許しを請うように何度も謝り続けていた。

 

「私~~は~胸さわら~~れ~た~。意外に上手~~」

 

 メドゥはわざとなのか、そんなイオとアルマークのやり取りの間でも、彼らに聞こえるように言ってのける。アルマークの顔面は蒼白になり、イオはさらに般若の顔へと変貌した。

 

「アルマーク、後で全部聞かせてもらうからね?」

「え? ぜ、全部!?」

「そう! 全部!」

 

 イオはそこまで言うと、明後日の方向を見てアルマークと視線を合わせようとしなかった。しかし、落ち込んでいるアルマークに厳しくし過ぎることができないのか、時折彼の様子を伺っている。非常に微笑ましい光景となっていた。

 

「いや~、あの二人の絆も強くなってるみたいで安心したよ」

「なにが絆よ、スケベ春人くせに」

「いたいっ!」

 

 春人はいい感じにまとめられるかと思っての発言だったが、すぐにアメリアに否定された。彼女に耳を引っ張られたのだ。

 

「ほんじゃ、そろそろええか? 話はまとまったんやろ?」

 

 春人やアルマーク達の向かいのソファーに一人で座るクライブ。にやにやと笑いながら、先ほどのやり取りを見ていたが、ここに来て本題へと舵を切り替えた。春人達もその雰囲気に気付き、VIPルームは真面目な雰囲気へと変化した。

 

「で? 私達に話したいことってなによ?」

 

 アメリアはVIPルームへ来る前に、話があることをクライブから告げられていた。春人にはまだそのことを伝えてはいなかったが、春人もクライブが前に座っている状況で気づかないはずはない。話の本題、トネ共和国の最強の人物が話したい内容。春人とアメリアもクライブの言葉を待った。

 

「共和国の依頼で最大2000万ゴールドの依頼があるやろ? あれに関してや」

 

 クライブの話の内容とは、以前に春人たちの間でも話題になった依頼の件だった。ポイズンリザードの軍勢の討伐だ。

 

「あの17年間放置されている依頼でしょ?」

「そうや、この間、暗殺者ギルドで討伐する話が出たんやけどな……無理やわ。レベル130のリザードが多すぎてどうにもならん。さらに、独自の生態系を築いているみたいでな、ボス格のリザードロードも複数体確認されとる」

 

 トネ共和国の暗殺者部隊が匙を投げた依頼……それが何を意味するかは春人にも理解ができた。トネ共和国では既に完了することができない案件ということになる。

 

「どのくらいの数かはわかるの?」

「ポイズンリザードは少なくとも100体は居るな。リザードロードも10体は居るかもしれん。あくまでも予想や、正確には分からん。リザードロードのレベルが明確には不明な上にその数や。そもそも、ポイズンリザードの相手ができるんが、共和国で俺しか居らん」

 

 その話を聞いて、アメリアは唸る。トネ共和国ではどのようにしたところで、リザード軍団の討伐は不可能だ。クライブのみが対抗できるというのでは話にならない。

 

「最近、その手の依頼、金額も上がってるわよね?」

「ああ、リザード軍団の壊滅は3000万ゴールドになったわ。あと、余談やけど北の砂漠地帯のグリモワール王国でもスコーピオンの軍勢が襲来しててな。4000万ゴールドの依頼になってるで」

「3000万と4000万……?」

 

 

 破格の報酬額にアルマークとイオは驚愕した。春人も驚いてはいるが、敵のレベルを考えれば妥当、むしろ安いくらいかもしれない。

 

「グリモワールの方は、ヘルスコーピオンの軍勢ね……レベルは180で、猛毒の尻尾の一撃が強烈……偶然だけど、また毒ね。それから、メガスコーピオン、ギガスコーピオンという上位種の存在も確認されている。おそらく、現在出ている依頼の中では最高レベルの難易度じゃないかしら」

「アメリア、グリモワール王国って?」

「うん、春人は知らないよね。魔法の発祥地とも言われててさ、5000年以上の歴史を持つ大国よ。レナ、ルナの故郷でもあるんだけど。国家規模で対抗してるみたいだけど、かなりピンチとか聞いたことあるわ」

 

 グリモワール王国は5000年以上の歴史は持つが、1000年前には一度、フィアゼスにより統治された国とされている。その後は独立を果たしたが、スコーピオンの軍勢に現在は押されているのだ。4000万ゴールドの依頼という時点でそれは容易に想像ができる。

 

 また、レナとルナの故郷でもあり、彼女たちも偶に帰国はしている。最も、彼女たちは辺境の村出身である為、戦闘地である首都周辺に向かうことはあまりないが。

 

「レナとルナが今度、その依頼を引き受けるって言ってたわ」

「だ、大丈夫なのか? いくらレナさんたちでも……」

 

 春人は相手の戦力を鑑み、アメリアに質問した。彼女は特に焦る素振りは見せない。

 

「大丈夫でしょ」

 

 絶対の信頼……春人はアメリアからそんな雰囲気を感じ取った。自分には見えていないものがアメリアには見えている。

それは、以前から彼女たちを知っているアメリアだからこそ見えてくるものなのだろう。春人はそのように考え、レナを信頼するアメリアの言葉を信じた。

 

「さすがはアメリア・ランドルフや。イングウェイ姉妹に対する信頼……大したもんやで。それから、「ブラッドインパルス」と「シンドローム」。俺は好きやないけど、ミルドレア・スタンアークも遺跡に集中しとる。この地の守りは歴代最高やろな」

 

「なにが言いたいわけ?」

 

 アメリアとしては彼の言葉の意図は理解できていた。しかし、敢えて質問をしたのだ。

 

「オルランド遺跡からの気配は相当増大しとる。それはお前らやったら感じ取れるやろ? それからアクアエルス遺跡からも、強烈な気配が漏れ出てるんや。俺の国には優秀な占い師が居ってな」

「強烈な気配……? 確かにオルランド遺跡にはそういう雰囲気はあったけど」

 

 春人は以前から考えていた強大な魔物の存在を思い出していた。そういった気配をクライブも感じているのであれば、より信憑性は高くなる。

 

「アクアエルス遺跡は~~~残りは~~隠し~~エリアだけ~~」

 

 メドゥの緊張感のない遅れた言葉がこだまする。その内部に何かが存在するということか。アメリアも嫌な予感を以前から持っていた遺跡ではあるが。

 

「あそこは壁画とかが、他と全く異なるからな。その隠しエリアの中には何があるんか……単純に強力なモンスターや宝……そんな単純なことならええんやけどな」

「オルランド遺跡も残りは、最深部と隠しエリアだけだわ。やはり真っ先に思い浮かぶのは鉄巨人かしら?」

「そうやな、その化け物が眠ってる。そう考えるのが妥当や。まあ、そんなわけで、アーカーシャに危険が迫っても万全の態勢で守れるようにしておかなあかんと言うわけや。結晶石の確保ルートが途絶えると、周辺三国も大ダメージやからな」

 

 クライブはそう締めくくった。

彼としては、アーカーシャの街が危険に晒されるのは好ましい事態ではない。この街での収入と結晶石のルートからも、かなり重要な拠点だからだ。

 そのルートの確保を最優先にするために、彼はアメリアたちと話しをしていた。単純にリザード達を放っておいても、共和国が滅ぼされかねないということも大きいが。

 

「ま、そんなわけで高宮春人。お前には宣戦布告や」

「は?」

「は? やないぞ。こんな美人をはべらしおってからに。お前の性根は叩きなおさないとあかん! お兄ちゃんは許さへんで!」

 

 クライブは話題を一気に変えただけではなく、雰囲気すらも冗談交じりの状態に強引に持って行った。春人もアメリアも付いていけずに、苦笑いすら出来ないでいる。しかし、クライブとはこういった人物なのだ。

 ルクレツィアはある程度分かっているのか、ため息をついていた。

 

「お前の強さも知っておきたいしな。どうや? 共和国最強の俺と殴りあう勇気はあるか?」

 

 わかりやすい率直な挑発。

クライブはこの状態での春人の返答で、リザード討伐を頼むに値するかを計算していた。春人としては、そこまで考えが及んだわけではないが、本能が告げていたのか、

 

「わかりました、勝負しましょう」

 

 と、あっさりと彼の挑発に乗ることになった。意図がわかっているアメリアも特に止めることはしない。

 

「ええ? この二人が戦うの? うそ……」

「うわ、どうなるんだろ。凄い楽しみですよ、春人さん! 頑張ってくださいね!」

 

 イオやアルマークも各々驚いた口調で言葉を漏らした。またまた、春人はアルマークからの熱い視線を受ける。しかし、今度は戦闘だ……彼の真骨頂と言えるだろう。そこに震えはなかった。

 

 クライブは上機嫌でVIPルームを出て行った。それに続くように春人も歩き出す。彼の後ろからは、それぞれアメリア、アルマーク、イオ、メドゥ、ルクレツィアと続いていた。

 



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42話 トネ共和国の依頼

 

「ここら辺やったら邪魔は入らんやろ」

 

 クライブに連れて来られた場所。それは春人のイメージ通りというわけではなかったが、河川敷でないことに彼は安心した。それだと完全に番長対決になってしまう。

 

「ドルトリン」の店から少し路地を入ったところにある通路で勝負は始められることになった。周囲は怪しい建物が並び、一般人が通る勇気は出ない雰囲気をしていた。クライブの部下によりあらかじめ人払いをされているのか、誰かが通る気配はない。

 

 春人とクライブはそれぞれ、ほどよい距離を取り互いに見据える形となった。アメリア達は着替えて、彼らの近くに集合している。なぜかついて来たルクレツィアとメドゥはバニーガールのままだが、アメリアとイオは何時もの服装になっている。露出が減り、残念に思う春人であった。

 

「勝負は素手でやろか。あ、魔法の使用はOKやで」

「素手……どのみち、俺は魔法は使えないし」

 

 闘気を操っているので、厳密には魔法に該当しているが、敢えてクライブは突っ込まなかった。闘気を使える者が魔導士と言ってしまえば、戦士と魔導士の区別はなくなってしまうからだ。

 

 

「さて、高宮春人……どんなもんや?」

 

 クライブは表ではまだまだ、冗談を言いながらも春人の観察を開始していた。店の中でも観察はしていたが、戦いを前に春人の闘気がより収束していることに気付いている。お互い武器の使用はしないとはいえ条件は同じ。

 

 クライブは以前の円卓会議での彼と比較して、現在の春人はさらに向上していることを見抜いていた。単純な能力の向上もそうだが、より戦闘経験を積んだことによる能力の上昇が大きい。

 

「んじゃ、早速やろか。別に命の取り合いやない。気楽に行けばええやろ」

「殺気が凄い気がするけど……気のせいじゃないよね?」

 

 春人からの挑発……クライブは意外な彼の一面に一瞬驚いていた。こういう態度も可能なのか……クライブの中で春人の印象が変化する。だが、所詮は17歳の戦闘経験も少ない少年。クライブは負けることなど微塵も思ってはいない。

 

「じゃあ、殺気を見抜いた春人くんに免じて先手で言ったるわ」

「普通は先手を譲るものなんじゃ……」

 

 春人の突っ込みを無視するかのように、クライブは間合いを詰めてきた。そして、右ストレートが春人を襲う。

 

「うっ!?」

 

 相当な速度で繰り出されたその攻撃は、春人の肩辺りにヒットした。しかし、ダメージを受けている様子はない。

 

「さすがに……堅いな」

 

 春人の防御は常時発動している「オートガード」と同じである。相手の殺気に反応して、よりその闘気は収束していく。つまり、害意の意志がない攻撃は素通りすることになるが、殺気の籠らない攻撃は存在しないので、通常の攻撃と呼ばれるものは常時ガードが可能となっている。

 

 アメリア達の冗談の攻撃はそれには含まれていない。殺気が籠っているか否か……その認証制度はおそろしいほど高いのだ。

 

「サキアのオートガードが発動していない……大した攻撃じゃないってことかな?」

「ほう、言ってくれるやないけ」

 

 クライブは10歳近く若い春人の言葉に、少し苛立ちを覚えた。こんな屈辱的な言葉を受けたのは何時以来か……。かつて戦った、ミルドレア・スタンアーク以来か……。

 

「ほんなら、本気で行くで!」

 

 クライブはさらに加速して春人の眼前に迫って行った。そして、彼が構えるよりも先に両腕を駆使した連続攻撃を繰り出す。先ほどの攻撃は受けた春人だが、今度の攻撃は全て腕でガードをした。ダメージはまたしても与えられない。

 

「……嘘やろ? かなり全力なんやが……」

 

 おかしい……クライブは戦慄する。自分は持てる力を相当に出している。それでも、春人は平然と自らの攻撃を捌いて行く……。これほどの実力者……? リガインはアメリアに一瞬の内に敗れたというのは聞いていた。

 

だが、この目の前の春人はそれ以上……リガインよりもはるかに強いクライブを手玉に取っているのだ。接近戦であれば、アメリアすら春人には及ばない……クライブの中にそのような言葉がこだました。

 

 そして、同時に響き渡る、かつてのミルドレアとの戦闘……クライブは彼の本気を出させることは適わなかったのだ。

 

『トネ共和国、最強の人間でもこの程度か……興が削がれた』

 

 クライブの内面にこびりついている、ミルドレアの言葉……今更になって彼は鮮明にその時のことを思い出していた。

 

「はっ、ほんま嫌な奴やわ、あの男は……リガインを暗殺に向かわせたんも嫌がらせやってんけどな」

 

 クライブは賢者の森に懐刀のリガインを向かわせたが、暗殺は失敗に終わることはわかっていた。リガインでは不意打ちでもミルドレアに勝てないことはわかっていたからだ。彼なりの大人げない行動でもあった。

 

 クライブがそのような、考えを巡らせている間も春人への攻撃は続いていた。春人はオートガードを敢えて発動させずに、クライブの攻撃を無傷で凌いでいる。無傷ではあるが、その攻撃の重さはグリフォンの一撃を凌ぐ程ではあった。春人もその考えには至っている。

 

 

「春人っ! いけいけ~!」

「春人さん、ファイトだよ~~!」

「春人さん、負けないでください!」

 

 

 アメリア、イオ、アルマークのそれぞれの声援が春人の耳に響いた。パートナーのアメリアから声援を受け、後輩のイオからも応援されている。アルマークからは純粋な尊敬の念を感じる。

ここで全力を出さないのは彼らの応援に報いていない……また、クライブに対しても失礼に当たると考えた。

 

 このわずかな肉弾戦で、春人は全力を出さずともクライブに打ち勝てると判断していた。しかし、敢えて彼は攻勢に出たのだ。

 

「なっ!?」

 

 クライブが驚くのも無理はない。春人の攻勢に転じた時の速度は、彼の速度を軽く凌駕していたからだ。クライブは春人の打撃を防戦一方で何とか防ぐ形になってしまった。

だが、防戦一方でも、クライブに春人の攻撃を完全にガードすることはできない。彼は思わず春人から距離を取った。

 

「化け物か、おのれは……こんな人間、いままで1人しか見たことないわ……ほんまに」

 

 クライブはそう言いながら、頭の中では例の人物を思い浮かべていた。このままでは勝てない……トネ共和国最強の自負がここに来て最高潮に達する。

 

 

「どうします? まだするんですか?」

 

 春人としては勝負が着いたと感じたのか、いつもの敬語に戻っていた。

 

「は、どこまでもバカにしてくれるわ。でも、悪あがきはさせてもらうで……」

 

 クライブは実力差を感じながらも負けを認めていない。春人としても、なにか奥の手があることを察知していた。春人は、強力な攻撃に備えて構えを取る。

 

「まさかこれを使うことになるとはな……。現状の人間では使えるのは俺くらいやろ」

 

 そして、彼の周囲は青い光で包まれる。春人はその光に見覚えがあった。以前、賢者の森で見た眩い光に酷似していたのだ。

「行くで……ハイパーチャージや!」

 

 そして、彼の周囲で青い光が一気に放出された。1分間は全能力が2倍になる高レベルの強化魔法。使用時間は他の強化効果と比較して短く、自分自身にしか使用できないが、それを補って余りあるほどの強化効果を付与する。

 

 パーマネンスと組み合わせれば、まさに無敵の能力と言えるが、パーマネンスの魔法を使用できる金の首飾りはアルマークの首に掛けられていた。

 ある意味では不幸中の幸いと言えるのかもしれない。もちろん、アルマークが今、パーマネンスをクライブにかければ、理想の組み合わせは実現するわけではあるが。

 

「俺自身がパーマネンス使えれば永続化も容易やけど……世の中、そう上手くは行かんな。まあ、戦闘の最中、1分間とはいえ全能力が2倍になるのは強力過ぎるわ」

「確かに……そうですね」

 

 春人もクライブの言葉には同意した。元々の基礎能力が高いクライブがハイパーチャージを使えばどうなるか……春人としても容易に想像ができる。

 

「じゃあ行くで。なんせ1分しか持続せんからな」

 

 そして、クライブは間髪入れずに春人に接近を試みた。先ほどとは比べものにならない速度から繰り出される、威力が2倍増しの攻撃……春人としても、さすがにその攻撃はひとたまりもなかった……はずだった。

 

「……おいおい、冗談やろ?」

 

 クライブの渾身の打撃は春人には届かず……彼の腕で受け止められていた。どの程度のガードなのかは、春人の余裕の表情で読み取ることができる。つまりは、容易にガードされたことを意味する。

 

 彼はまたしてもミルドレアを思い出していた。彼の防御はハイパーチャージを使用しても貫通することはできなかった。そして目の前の春人に対してもそれは同じだ。春人の受け止めた腕には微塵のダメージも見てとれないからだ。

 

「俺の方が強かったみたいですね」

「そうやな……はは、好きにしてくれ……まさか、ここまでの差があるなんてな」

 

 ハイパーチャージ状態の一撃すら、春人には通じない……クライブはその光景を見て、素直に負けを認めることができた。そして、繰り出される春の拳、クライブは顔面にその一撃を受け、大きく後ろに吹き飛ばされた。春人の完全勝利の瞬間であった。

 



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43話 アメリアとのデート その1

 

「いて~~! 歳よりになんてことすんねん! これやから若い者は……」

 

 吹き飛ばされたクライブは顔を抑えながら立ち上がった。まだまだ元気そうで安心する春人。口では春人を責めているクライブだが、その表情は晴れやかだった。

 

「ここまでか……まあ、殺し合いでも結果は変わらんやろ」

「殺し合いって……」

「しかし、お前も大概、ミルドレアみたいな性格しとるかもな」

 

 クライブは春人の表情を伺いながらそう言った。「興が削がれた」と春人が思っているように感じたのか。

 

「俺はあの人の性格は良く知りませんけど……一緒にしないでほしいです。俺は戦闘狂じゃないし」

「いやいや、同じやで? 戦力的に強すぎる才能を持ってるっていう意味では同じや」

 

 クライブは春人の不満そうな発言をすぐに否定した。圧倒的な才能の持ち主……両者に敗北した経験のあるクライブからすれば、果たして二人が戦えばどうなるのか。非常に楽しみなところではあった。お互いに本気を出していないのも共通している。

 

「春人、お疲れ様。やっぱ、あんたって格好いいわよ? そろそろ格好つけてもいいんじゃない?」

「あ、ありがとう……ははっ」

 

 アメリアの言葉は春人がもっと自信を表に出して、服装なども完璧にすればいいという意味合いが含まれている。春人としては、ファッションに手を出すのは勇気のいる行為だ。高校時代の嫌な思い出などもあるからだ。

 

「凄すぎ……春人さん、やばいって! わ、私もアルマークがね……いなかったら……ほら、ね……うん……」

「……うん?」

 

 イオも春人に賞賛の言葉を送るが、最後の方のセリフが聞き取れない春人だった。

 

「春人さん! お疲れ様です!」

「ありがとう、アルマーク。少しは先輩らしかったかな?」

「はい! もうびっくりし過ぎて、今日は寝られそうにありません!」

 

 冒険者の年月的には春人の方が後輩ではあるが、自分を尊敬してくれるアルマークに良いところを見せられて、春人としても嬉しさが込み上げていた。

 

「春人さん、すごいのね。ボスをあっさり倒すなんて……」

 

 ルクレツィアも春人の前には来ていないが、彼を遠目から賞賛していた。

 

「ありえない……こんなことが……!」

 

 

 彼ら二人の戦いを観察していたリガイン以下、クライブの部下たちは目の前の光景を信じられないでいた。

 

 肉弾戦で「超人」クライブがあっさりとやられた。これが一体どういうことなのか、春人はまだ知らない。リガインはアメリアにやられた時のことを思い出す。彼女でもここまで簡単にボスであるクライブを倒すことはできないだろう……そのような確信が渦巻いていた。

 

 

「ところでさ、あんたってミルドレアと戦ったことあるの?」

 

 突如、繰り出されたアメリアからの質問。彼女としても、クライブとミルドレアに接点があったことは興味深かった。

 

「まあな……春人と同じように勝負したんやが、やられてもうたわ」

「やっぱり、あの男って相当に強いのね」

「ああ、本気すら出してないわ。あの男の真の攻撃パターンは誰も見れてないのが現状や。それを繰り出す間も無く、勝負は決するみたいやからな。それは隠しエリアのモンスターを相手にしても同じらしいぞ」

 

 戦闘を生業にする者ならば、一度は言ってみたいセリフだ。自らが最も得意とする攻撃スタイルを見せる必要がない……これが一体どれほどのことなのかは、春人にも想像がついた。鉄の剣といった貧弱装備でグリーンドラゴンに挑むのと、ある意味では似ている。

 

「ま、今度会ったら適当に言っておいてくれや。あいつは遺跡の隠しエリアを開放してるんやろ。残りはオルランド遺跡、アクアエルス遺跡、回廊遺跡の3つらしいぞ」

 

 それ以外の遺跡は全て探索を終えたと言うことだろう。クライブの情報網は相当とも言える。

 アクアエルス遺跡は最深部までの調査は完了しているが、オルランド遺跡と回廊遺跡はまだ最深部までは到達していない。まずは、最深部への到達を目指すことになるだろう。

 

「でも、ミルドレアとは個人的には対立してないよね? 積極的に、邪魔をする大義名分がないような気がするけど」

「そうなのよね……」

 

 冒険者ではないミルドレアであるが、やっていることは隠しエリアのモンスター討伐と宝の奪取だ。開放した扉をわざわざ報告しているので、性質も悪くない。

 冒険者も好き勝手に遺跡を探索して、周辺にモンスターを散らばらせていることを考えると、彼の行為自体を咎めるのは難しかった。

 

「オマケに白髪の紳士とか言われてるし。男って顔だけじゃないと思うけどね」

「アメリアもミルドレアは二枚目だと思う?」

「なに、春人? 妬いてる?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 

 アメリアにいたずらっぽく指摘された春人は顔を赤くしながらそっぽ向いてしまった。春人としては意識をしたわけではないが、アメリアが二枚目に弱いのは嫌だという感情は持っていた。その感情は、自らの外見は大したことないと確信しているゆえの反動なのかもしれない。

 

「なによ~? 春人って結構、独占欲強くない?」

「べ、別に妬いてるとかそんなんじゃ……!」

「はいはい」

 

 アメリアは上機嫌で春人の腕に絡みついた。ますます彼は顔を赤くする。周囲はそんな光景に頭を抱えていた。「見せつけるな」という意志表示なのだろう。

 

「俺と戦った直後やのに随分余裕やな……なんか阿呆らしくなってきたわ。ほんなら、依頼の件はまた今度話そうか」

「ええ、そうしてくれる?」

 

 クライブは苦笑いをしながら承諾した。そして、軽く手を振りながら、春人の前から立ち去った。彼の部下もその後に続くように去って行く。

 

「それでは春人さん。私も行きますけど、先ほどの試合はとても興奮しました。よろしければ、また来てくださいね?」

 

 ルクレツィアはそう言って引き返そうとする。しかし、春人は支払いをしていないことに気付いた。

 

「待ってください。お支払いをしないと」

「あら、春人さんならいくらでもツケがききますよ?」

「そういうわけにはいきませんよ。いくらです?」

「ふふ、真面目なんですね。お酒とおつまみ、VIPルーム使用料、あとは追加料金込みで8万ゴールドです」

 

 ルクレツィアは明細を見せながら話した。彼女を信じている春人としては、それがぼったくりとは考えていないが、普通に考えればかなりの金額だ。円に換算すると100万円ほどにもなるのだから。

 

「じゃあ、これで」

「毎度ありがとうございます。ふふ、こんな金額をすぐに出せる春人さんには驚きしかありません」

 

 彼女は春人から、ネバータ金貨を受け取り、おつりを返却した。こんな芸当はSランク冒険者でもなければ、簡単にはできないだろう。ルクレツィアの中で春人の評価が上がった瞬間だった。

 

「それでは」

「はい、ありがとうございました」

 

 深々と頭を下げて、ルクレツィアはお店へと戻って行った。彼女は春人の中で、レナやルナ、アメリア達と比較しても全くひけを取らない美人として確立されつつあった。むしろ、ルクレツィアと比較できる、春人の周りが異常とも言えるが。

 

「いつまで見惚れてんのよ、春人」

「いや、でも美人だろ?」

「まあ、それはわかるけど……ちょっと悔しい」

 

 アメリアも彼女の美しさには嫉妬しているようだ。さすがは1つの店の頂点に立つ人物である。残ったメドゥも相当に人気はあるが、まだルクレツィアには及んでいない。

 

「くら~~い~ぶ~をた~お~す~の~は~凄い~~」

「あ、ありがとう……」

 

 一人残ったメドゥからも春人は褒められた。バニーガール姿の美しい少女から言われるのは悪い気はしない。照れている春人に、アメリアはすかさず肘打ちを喰らわせる。そういったアメリアの行為も楽しみながら、すぐに春人は正気に戻った。

 

「と、とりあえず、君も戻った方がよくないか? 仕事中だろ?」

「う~~ん~~もどる~~」

 

 そして、春人に指摘されたメドゥはそこに残っている者達に挨拶をして店の方へと歩いて行った。

 

「でも~~くらい~~ぶ~を~倒した~~くらいで~~いい気に~~ならない~~方が~~いいかも~~」

 

 メドゥは皆には聞こえない位置で、静かに声を漏らしていた。自らの、そして「シンドローム」のメンバーとしての圧倒的な自信の裏返しとも言えるのかもしれない。彼女はそのまま振り返ることなく店へと帰って行った。

 

「はあ……メドゥさん」

「アルマーク、なにデレデレしてるの!? バカ!」

 

 イオからの直接的な嫉妬の炎がアルマークを襲った。彼は耳をこれでもかと言わんばかりに引っ張られ、とても痛そうな表情で彼女に謝っている。しかし、イオの怒りは収まらないようだ。

 

「大変だな、あの二人……アルマークは尻に敷かれそうだ」

「何、他人事みたいに言ってるのよ」

 

 同じく耳をつねられる春人。アルマークのそれと比較すれば、痛みはないが。

 

「アメリア……」

「ちょっとこれから付き合ってよ。いいでしょ?」

「え? いいけど……」

 

 春人は先ほどのこともあってか、断りにくい状況であると察知した。それに、特に断る理由もない。彼女の頼みを、特に深く考えることもなく引き受けた春人であった。

 

「あ、春人さん。それじゃあ、僕たちも失礼しますね。今日は色々とありがとうございました!」

 

 

 アルマークの混ざり気のない気持ちの良い挨拶。春人も恐縮しながらも、その挨拶に答えた。

 

「ああ、それじゃあここで解散しようか。あ、そうだ。二人とも、ゴイシュの寄宿舎に行く時は気を付けてね。万が一もあるかもだし」

「大丈夫だよ、春人さん! 私とアルマークが、あんな奴に負けるはずないじゃん!」

 

 スパッツに白いシャツという、ボーイッシュなイオが身体を前に突き出しながら答えた。均整の取れたスタイルを強調しているようにも見える。

 それだけに、春人は心配していた。二人の仲を引き裂くことで優越感に浸ろうとする輩を。ゴイシュなどはその典型だろう。彼らがゴイシュ達に、負けるはずがないのはわかっているが、やはり万が一ということがある。

 

「んじゃ、これ持って行きなさい。このボタンを押したら、私達にだけブザーでピンチを知らせるから」

 

 アメリアはそう言って、アルマークとイオに小さな警報機をプレゼントした。見た目はただのアクセサリーにしか見えない。ペアのアクセサリーと考えれば、全く不自然はない代物だ。

 

「いいんですか? ありがとうございます!」

「へへ~~! アメリアさんからのプレゼント~~!」

 

 アルマークとイオ共に、喜んでそのアクセサリーを首に掛けた。アルマークは既に付けている金の首飾りと重なるようになっている。二人とも自然かつ、よく似合っていた。

 

「それじゃあ、僕たちは行きますね! 春人さん、アメリアさん、また今度お会いしましょう!」

「またね~~!」

 

 そういいながら、明朗快活な二人は走り出して行った。いつの間にか、仲の良い二人に戻っているようで、春人も安心した。ゴイシュの寄宿舎への訪問は後日になるので、二人でデートでもするのかもしれない。春人がそんなことを考えていると……彼の左腕にアメリアの腕が絡みついた。

 

「それじゃ、私達はデートでもしましょ? いいわよね、は・る・とっ」

「……え?」

 

 春人の腕を逃がさない意味も込めて強く捕まえたアメリアは、春人に向けてとても可愛らしく笑っていた。

 



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44話 アメリアとのデート その2

「はい、春人。あ~~~んっ」

 

「い、いや……アメリア。こういうのは不味いって」

 

 

 

 

 彼らは裏路地を離れ、時計塔近くまで足を運んでいた。そして、これ見よがしに近くの店で購入したパンを春人に食べさせようとするアメリア。周囲は当然彼らに気付いており、小さな歓声が聞こえていた。

 

 

 

 

「なんでよ? いやなの?」

 

「嫌と言うわけじゃないけど……周囲の目もあるしさ」

 

「今更でしょ? 私たちなんてとっくに噂されてるんだから」

 

 

 

 

 そう言いながらアメリアは春人の口にパンを強引に押し込んだ。押し込まれた春人は吐き出すわけにはいかず、そのまま食べることになる。二人きりであればともかく、この公衆の面前ではただのバカップルだ。以前のキスが要因なのか、アメリアは大胆な行動を春人に対してするようになっていた。

 

 

 

 

「どう? おいしい?」

 

「そりゃ、旨いけど……一応、エミルとは付き合ってる設定なんだしさ……こういうのは」

 

「と言っても、偽の恋人って噂も広まってるみたいよ? それ以上に、ソード&メイジが彼女をガードしてるって言われてるから、今まで以上にエミルの安全は確保できてると思うけど」

 

 

 

 

 春人としても初耳な言葉だった。エミルとの恋人関係が偽であると漏れている……それはアメリアとの関係性などからも仕方ないかもしれない。

 

 

 

 

 しかし、ソード&メイジが守っているという噂はいい傾向と言える。おそらく、アメリアがバーモンドの酒場に下宿したことから広まったのだろうと、春人は考えた。

 

 

 

 

「ま、そんなわけだから。私と仲良くしてても問題ないでしょ?」

 

「え~、そうかな……? ま、まあ……」

 

 

 

 

 春人としてはアメリアと仲良くすることに異存はない。ただし、脳裏に焼き付く乾いたエミルの笑いを無視できればだが。

 

 

 

 

「ほら、向こう言ってみようよ」

 

「あ、うん……」

 

 

 

 

 そんな煮え切らない春人を前に、アメリアは積極的に彼の腕を取り、雑貨屋の方向へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

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「やっぱり、この辺りは色々な店が揃ってていいわね」

 

「まあ、そうだね」

 

 

 

 

 二人が訪れた場所は、春人が初めてエミルとデートした場所でもあった。巨大な池がある観光地だ。春とはエミルと何度か来ている釣り堀を眺めていたが、アメリアはアクセサリーショップを見ていた。

 

 

 

 

「なにか、欲しい物とかあるの?」

 

「えっと……これ」

 

 

 

 

 少し恥ずかしそうにしながらも、アメリアはしっかりとした態度で指差しをして欲しい物を春人に伝えた。

 

 それは……ペアリングだった。ゴールド調のシンプルなデザインだが、価格はそれなりにしそうな雰囲気だ。

 

 

 

 

「こ、これは……ええ!?」

 

「嫌? ……春人は」

 

 

 

 

 アメリアからの魅惑的な言葉……彼女はそのペアリングを春人と一緒に付けることを望んでいる。春人としてもそれは理解できた……嫌なはずはない。

 

 

 

 

「い、嫌なわけはないけど……」

 

「なら、さ。いいでしょ?」

 

 

 

 

 春人の中にはエミルを初め、様々な人物の顔が思い浮かべられた。しかし、首を払って妙な雑念は振り解く。

 

 彼は、頭の中に渦巻く色々な感情を押し殺したのだ。今、パートナーのアメリアが望んでいること。それを断る理由なんて、自分にはないと言える。春人はそのように考えをまとめた。

 

 

 

 

「アメリアが欲しいなら……買おうか」

 

「ホント? よかった……えへへ」

 

 

 

 

 普段のアメリアからは、あまり想像できない嬉しそうな表情。春人は思わず顔が熱くなるのを感じた。そして、そのままの勢いで金のペアリングを購入する。価格は5万ゴールドだったが、彼らからすれば大した額ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、アメリア」

 

「ん、ありがと……どこの指に付けようかな~? ねえ、春人?」

 

 

 

 

 そんなことを言いながら、アメリアは笑顔で春人に回答を求める。春人としても、非常に恥ずかしくなる問いかけだ。

 

 

 

 

 どこの指にするのか……彼としては、全ての指の意味は到底、知り得なかったが、ここの世界の常識も日本と同じであれば薬指はまだ避けた方が無難だ。そのような考えを持ちながら、春人は回答を導き出した。

 

 

 

 

「小指……とか?」

 

「まあ、無難なところかしらね。じゃあ、春人も早く付けてよ」

 

 

 

 

 春人は自分の回答が、なかなか上手く言ったことに安堵していた。アメリアは嬉しそうにペアリングの片方を左手の小指に付けた。春人も彼女に続いて、同じ場所に付ける。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

 と、その時、春人は重要なことに気が付いた。

 

 

 

 

「ん? どうしたの?」

 

 

 

 

 アメリアも不思議そうな顔をする。ペアリングを付けた……ということは……少し、春人の顔が青ざめる。

 

 

 

 

「これ……ずっと付けてるの?」

 

「当たり前でしょ? 外していいのはお風呂か、寝る時くらいよ」

 

 

 

 

 彼は言葉を失った。ペアリングを付けるというのは、当然そのような意味合いがある。つまり、春人はエミルに見られることを、潜在的に恐れていたのだ。

 

 

 

 

「う、うん……まあ、そうだよね……あはははっ」

 

「言っておくけど、エミルの前で外すとかしたら、怒るから」

 

 

 

 

 アメリアは春人が想像していることがわかったのか、先に釘を刺してきた。これでは春人は逃げ場がない。そして、そのまま春人に抱き着くアメリア。

 

 

 

 

「あ、あの……色々と、危険な香りが……」

 

「まあ、女たらしの春人が悪いのよ。いいじゃない、役得でしょ」

 

 

 

 

 アメリアは春人に抱き着きながらそう言った。役得と言えばそうかもしれない。春人としても、納得できる気持ちもあるが、女たらしについては彼の本意ではなかった。

 

 

 

 

「別に、俺は女たらしじゃないよ……」

 

「何言ってんのよ、このスケベ。今まで、自分はモテないとか思って周囲に優しさを振りまいて来たツケでしょ。バカ……ホント、バカ……」

 

 

 

 

 アメリアは少しむくれた表情で言った。そのしぐさはとても可愛く、思わず春人も抱きしめたくなるほどであった。こんな彼女の表情を見られるなら、今の立場は悪くないかもしれない……彼は知らず知らずの間に、女たらしの道を加速させていた。

 

 

 

 

「アメリアも色々と反則だと思う……はあ」

 

「? どういう意味よ? まあ、いいわ。ね、向こうも見てみましょうよ」

 

 

 

 

 アメリアは春人とのデートが余程楽しいのか、違う店にも興味を持って春人を促した。春人もそんなアメリアに笑いかけながら、彼女の後を追うように追いかけた。二人のデートはその後もしばらく続いたという。

 



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45話 壁画

 

「リザード討伐の遠征前に、オルランド遺跡は踏破しておきたいわね」

「うん、そっちの方が早く終わるだろうしね」

 

 アメリアと春人のデートの次の日、彼らは何時のも如く、バーモンドの酒場でくつろいでいた。最も今回は仕事の話をしているが。

 

「店のことはバレたんだよな……春人、すまねぇ」

「いえ、色々経験できましたし……謝らないでくださいよ」

 

 バーモンドの謝罪に対して、春人は全く責める気などはなかった。結果として経験にはなったし、得られるものも大きかったからだ。アメリアも春人の前に座り、特に不機嫌にはしていない。

 

「俺は、お前らの小指に光るリングが気になってるんだが……」

「あ、これは……」

「いいでしょ、ペアリングよ。ね? 春人」

「う、うん……」

 

 春人は照れながらも、アメリアの言葉に頷く。バーモンドはそんな彼らのやり取りを見て、さらに仲が進んだことを直感した。それから、近くで働くエミルに視線を向ける。

 

「こりゃ、エミルも大変だな。俺としてはどうなるか楽しみではあるが……」

 

 バーモンドはまだ、ペアリングの存在を知らないであろうエミルに応援の意味を込めてそんなことを言った。実際には昨日の段階で、エミルはリングの存在を知っている。敢えて知らない振りをしているのだ。二人の女の戦いは、既に始まっていた。

 

「失礼する、春人とアメリア……少し、時間をいただけるか?」

 

 そんな彼らの前に、突如現れたのはジラークであった。バーモンドからすれば久しぶりの彼の来店に驚きを隠せないでいた。

 

「突然、現れるんじゃねぇよ。びっくりするじゃねぇか」

「すまない、来れなくなっていてな。しばらく来ない不義理をやらかしていて、余計に来るのが遅れた」

 

 いつか話していたジラークの脚が遠のいている原因。バーモンドが怒っているのではないかという、ただそれだけの思いだったのだ。

 

「俺がそんなことで怒るかよ。テキーラでいいか?」

「ああ、それで頼む」

 

 久しぶりの旧友の来店に、バーモンドは機嫌を良くしたのかカウンターの方へと去って行った。

 

「春人、君とこうして会うのは初めてか?」

「あ、そうですね。ジラークさんですよね? 高宮春人です、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

 

 お互い有名人なこともあり、名前や外見などは既に聞き及んでいた。しかし、こうして話をするのは今回が初めてとなる。

 

「それで? ジラークさん、用件って?」

「ああ、実は「ブラッドインパルス」でオルランド遺跡の8階層を攻略していてな。相当に強いモンスターも居たが……そんな時、奇妙な壁画を発見した。おそらく、君らも到達していない地点だと思うが。少し、見てほしい」

 

 彼はそう言いながら1つの宝玉を取り出した。そして、その宝玉は光を放ち、壁に映像を映し出したのだ。実に不思議な光景だ。春人は少し驚いたが、アメリア達からすれば普通のことなのか特にその現象に突っ込みは入らない。これは魔法の力によるものだ。

 

「これを見てくれ」

 

 オルランド遺跡の8階層、その最深部付近の壁画と思われる映像がそこには映されていた。日本で言うところの写真やビデオの技術を魔法が代用しているようなものだった。念写と呼ばれている。

 

「これって8階層の壁画? 最深部にあったの?」

「いや、まだ最深部のエリアには行っていない。敵の強さとこの壁画が気になってな」

 

 アメリアの質問にジラークは遠慮気味に話した。オルランド遺跡はソード&メイジが攻略中のダンジョンの為、彼としても申し訳ないと思っているのだろう。

 

「これは……」

 

 春人とアメリアは壁画に描かれている内容に目を向けた。真ん中には獣耳を有する人物が二人描かれている。尻尾も生えているようで、少女のように見える人物だ。人間ではなく、列記とした獣人系のモンスターだろう。その両サイドには、少女の背丈を大幅に超える二体の狼のようなモンスターの姿があった。

 

「こんなモンスター、神聖国の文献にもいないような……」

「ああ、見たことがないな。この狼も同様だ。それが問題ではなくその横に居るモンスターが問題だ」

 

 そして、ジラークに促されてアメリアも目を動かす。狼の両サイドには1つ目の巨人の姿と、全身を丸みの帯びた巨大な鎧で包んだ巨人の姿があったのだ。

1つ目巨人は棍棒、鎧の巨人は大刀を持っていた。さらに、その隣には巨大な鎌を携えた骸骨のような外見のモンスターの姿もある。

 

「まさかこれって……アメリア」

「うん……多分、「親衛隊」……」

 

 アメリアはめずらしく息を呑んでいた。オルランド遺跡最下層に描かれた壁画……そのように考えるのが最も妥当と思えたからだ。フィアゼスの親衛隊が集結している図と言えるだろう。

 

「この鎧を纏っている巨人は、かの「鉄巨人」に該当するはずだ。1つ目巨人は、おそらくサイクロプス……文献では、レベルの表記はなかったが、間違いないだろう」

 

 獣人族の少女達や狼を中心に複数体の鉄巨人とサイクロプスが並んでいた。壁画の立ち位置から計算しても、中心のモンスターがより高レベルということが伺える。一番端に描かれている死神のようなモンスターだけは測りかねるといった印象だが。

 

「サイクロプスは多分、鉄巨人クラスはありそう……他の奴らは文献にも該当ないからわかんないわね」

 

 ジラーク達「ブラッドインパルス」が発見した壁画は、最も新しい文献の役割も果たしていた。

 

「サキア、なにかわからない?」

「申し訳ありません、マスター。詳細についてはわかりかねます」

 

 サキアは悲しそうな表情で、春人に謝る。当時起動していなかったサキアからすれば当然のことだが、春人の希望に答えられなかったことを心底悔やんでいる様子だ。

 

「この壁画だけではなんとも言えないわ。ところで、ジラークさん達が引き返した理由は他にもあるんでしょ?」

「ああ、最深部の辺りで新たなモンスターが出てきてな。パイロヒドラだ」

 

 アメリアの表情が変わる。春人としては初耳のモンスターだが、彼女は違ったようだ。

 

「パイロヒドラ……レベル240の化け物よね? 8個の頭を持ち、それぞれ属性の違うブレスを吐いてくる強敵」

「そうだ、しかも複数体確認できた。いよいよ、攻略間近というわけだぞ? 最後はソード&メイジに譲ろうと思ってな」

 

 アメリアはそんなジラークの計らいに笑みをこぼす。自らの手柄は壁画だけで十分ということか。それとも後進の育成も兼ねているのか。

 

「そんな計らいされちゃ感謝するしかないわね、ジラークさん。春人、私達でオルランド遺跡の最深部を踏破するわよ」

「わかった。相手はレベル240か……不足はなさそうだね」

 

 春人もアメリアと同じくやる気は十分のようだ。レベル240のパイロヒドラを前にしても全く恐れている気配はない。そんな春人とアメリアのコンビにさすがのジラークも驚いている。更新の育成は十分進んでいるどころではない。既に、彼らはベテランのジラーク達を超えているのだから。

 

「オルランド遺跡はお前たちに譲るが、アシッドタワーの探索は俺たちが向かおう。なにか新たな発見があるかもしれんからな」

 

 ジラークはそう言って、アシッドタワーの探索を宣言する。新しい壁画が出てきたばかりなのだ。かの塔にも未発見の文献が存在する可能性が高いという推理だろう。

 

「そっか。「ビーストテイマー」の二人もスコーピオン退治に行く予定みたいだし、少しアーカーシャが手薄になるわね」

 

 アメリアはSランク冒険者が遠征に行くタイミングが被る可能性を想定していた。春人とアメリアもリザード軍団討伐に向かう予定だからだ。

 

「それは仕方あるまい。得体は知れないが、「シンドローム」は居るわけだしな。イオとアルマーク、それに他のAランク冒険者も存在している。守りとしては十分だろう」

 

 ジラークは楽観的に考えていた。通常であれば、むしろ過剰すぎる戦力と言えるだろう。しかし、アメリアの中では先ほどの壁画が少し気になっていた。

 

「ま、今考えても仕方ないわね。とりあえず、オルランド遺跡の踏破を目指さないと」

「うん、そうだね」

 

 一抹の不安は拭えないでいたが、アメリアはすぐに気持ちを切り替えた。

 

 

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「……というわけでな、ギルド本部から是正勧告に、「センチネル」の二人が来るんだよ」

「そうなんですか……」

 

 その頃、冒険者たちの集う寄宿舎の1階、大浴場ではゴイシュの背中を流している悟の姿があった。この数日、毎日のように彼の背中を悟が流している。

 

 ゴイシュはセンチネルの面子が是正勧告に来ることに納得はいっていなかった。アルマークとイオ……わずか16歳の少年少女に好き勝手言われるのは癪ということもあるが、自ら作り上げた城を改善されるのが不快で仕方がないのだ。

 現状を把握されれば、改善勧告が来るのは間違いない、それはゴイシュにもわかっていた。

 

「俺の半分しか生きていない餓鬼共に、俺の城を壊されてたまるかよ。お前もわかるよな?」

「は、はい……そうですね」

 

 悟は格上のゴイシュに逆らうことは許されず、内心の感情とは正反対の言葉を口にする。目の前の男は人間の汚い部分を体現したような男だ。

同じメンバーのラムネを抱き、悟には攻撃を加えることもあった。悟の反抗の一件で「フェアリーブースト」はいじめの標的にされているのだ。

 

 今すぐにでも殺したい感情が芽生えるが、悟ではどう転んでもゴイシュを倒すことはできないでいた。彼は、あれから剣術道場にも通い、闘気の扱い方などを学んだ。

 

 筋肉トレーニングやランニングも含めて、相当な時間を鍛錬に費やしている。その甲斐あってか、最初の頃よりは強くなり、現在ではお化けガエルには苦戦しなくなっていた。

 

「おい、ちゃんと洗えって言ってるだろうが!」

「うぐ……! す、すみません……!」

 

 だが、まだまだ冒険者のレベルはEランク程度。ゴイシュには全く及んでいない。ゴイシュに強く脇腹を突かれ、声を上げてしまう悟。かつては、自らも春人に対して行っていたことだ……まさに、因果応報。現状に相当苦労する中で、彼の中でそんな言葉が生まれていた。

 

「アルマークとイオ……イオはなかなか良い女でな。是正勧告は好かねぇが、あの女をアルマークのくそ餓鬼の前で犯したら、さぞ愉快だろうな。はははははっ」

 

 ゴイシュは薄汚い欲望を、隠すことなく口元から出していた。悟としても反吐が出る程の感情が芽生える。この男はどこまで醜いのか? イオという少女を彼氏? の前で抱くという発想からして常軌を逸している。

 

 それに「センチネル」のことは悟も少しは知っている。Aランク級の冒険者パーティのはずだ。ゴイシュよりも相当に格上のメンバー。さらに、アルマークとは同じ剣術道場にも通っているのだ。

まともにやり合って、ゴイシュ達「ハインツベルン」が勝てるとは思えない。なにか秘策でもあるのか……。

 

 

 このままでは、「センチネル」のメンバーが危険に晒されるかもしれない……悟は醜い欲望の塊の男の背中を洗いながら、そのような考えを巡らせていた。

 



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46話 是正を促す者たち その1

「くそっ!」

 

 寄宿舎内、2階の自室にて悟は苛立っていた。この10日間ほどの毎日の鍛錬……バーモンドの酒場で言われた仲間からの言葉……

 

「おめぇは剣術指南から受けた方がいいな。どう考えても戦士系の人間だろ」

 

 戦士か魔法使い、どのような基準で分けられたのかはわからないでいた悟だが、次の日からおススメの剣術道場へと通い出した。そこで、戦士としての基礎でもある闘気の実践を教えられ、自らの攻撃力と防御力を闘気により上げていくことを学んだ。

 

 剣術道場は座禅とひたすら戦闘を行うというシンプルなものだった。座禅により、闘気の流れを感じ取る必要があるのだ。そして、その後はひたすら攻撃、防御の実践。剣術の習得などは果てしない程遠くの過程であった。

 

 剣術道場では基礎的な体力のトレーニングなどは行わない。才能ある者には特に必要はないし、才能が乏しい者の場合、自主トレーニングとして行うものだからだ。

 

 その為、悟は誰に言われることもなくトレーニングは開始していた。陸上時代に経験していることだったこともあり、相当に身体を酷使した。ランニングや腕立て伏せ、腹筋に毎日相当な時間費やしたのだ。そして、回廊遺跡の攻略も同時並行で行われた。悟が剣術指南を開始してまだ10日程度だが、彼の能力はレベル8相当までは上昇していた。

 

 

「お化けガエルは倒せるようになった……遺跡の2階層くらいまでなら、問題なく行ける……だが……! なんなんだ? この差は!」

 

 レベル8程度、10日で行けるのはそう珍しいことじゃない。悟は剣術道場に通っている他の冒険者を思い出していた。そして、その中でも異彩を放っていた人物……Bランク冒険者のアルマーク・フィグマだ。ゴイシュ以上の強さを誇り、既に実力はAランクに到達していると言われている。もうじきランクアップをする人物だ。

 

 悟の1つ歳下の人間であり、礼儀正しい二枚目。日本であれば、可愛い後輩と感じていただろう。だが、現実は悟よりもはるかに格上の人物。

 

 悟はまだ10日くらいとはいえ、決して楽ではない毎日を送っていた。それを今後も繰り返したとして、アルマークに追い着くのは何時になるのか……圧倒的才能の持ち主の前には決して越えられない壁があるのではないか。

 

 悟の周囲の人間は相当数がそのような意見を持っていた。彼自身もそういう感情は芽生えている。もはや、春人に追い着くどうこうの話ではないのだ。

 

 

 

「悟、居るか? 入るぞ」

「ヘルグさん」

 

 ノックの音と共に、悟の部屋に入って来たのはヘルグだ。悟は立ち上がり、彼に小さく頭を下げた。

 

「回廊遺跡に行くぞ。今月の稼ぎを規定値に届けないとな」

「わかりました」

 

 悟はヘルグの提案に間髪入れずに頷いた。「フェアリーブースト」の稼ぎは回廊遺跡の結晶石がメインではあるが、悟が入ってから、その収入は下がっている。悟の強さを考慮して3階層辺りで引き返している為、当然と言える。

 

 1日に4000ゴールドを稼ぎ出すのは現在の状況ではかなり厳しい。悟としても、初日から迷惑を掛け続けている為、これ以上は出来るだけ控えたいと考えていた。悟はすぐに出発するために装備などを用意した。

 

 

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「そういや、明日だっけ? 寄宿舎オムドリアの内部の調査に「センチネル」の二人がくるんだろ?」

 

 場所は回廊遺跡の3階層、「フェアリーブースト」のレンガートが、思い出したかのように話し出した。

 

「明日で間違いないよな?」

「確か、そうだったと思うわ」

 

 レンガートは確認の意味も込めてラムネに問いかけた。彼女も自らの記憶を呼び出しながら頷く。そんな二人の会話を後ろから悟は眺めていた。これ以上迷惑を掛けられないと考えているだけに、周囲への警戒で声を出している暇がないのだ。

 

 回廊遺跡の3~8階層はレベルにして3~12程度のモンスターが現れる。先頭を歩くヘルグやレンガート、ラムネからすればこの辺りの階層はまだ余裕があると言えるだろう。

 

 悟もFランクからEランクに昇格を果たしたので、レベル10くらいまでのモンスターはなんとか戦えるレベルに到達している。

 

「しかし悟、お前が強くなってくれて嬉しいぜっ」

 

 周囲への警戒で忙しい悟の背中を、レンガートは励ますように強く叩いた。

 

「ええ、こうしてある程度の階層に向かうこともできるしね」

「そうだな」

 

 ラムネ、ヘルグ共にレンガートと同じ意見の様子だ。悟のレベルアップを喜んでいるのは事実だろう。それもこの10日間の悟の努力の成果と言える。

 

「……ありがとうございます」

 

 だが、まだまだ悟の表情は暗い。レベル10を越えるのは1つの壁と言われている為だ。それは剣術道場でも散々言われていた。

 

 悟の段階であれば才能がない者でも来られる可能性はあるレベルだ。しかし、レベル10以上はそうはいかない。悟としては先の見えない不安に今にも潰されかねない状況なのだ。

 

 

「今回の是正で、寄宿舎の改善が図られればいいがな。そうすれば、俺たち含め、他の冒険者もかなり住み心地がよくなるだろ」

 「そうね……本当にそうなってほしいわ」

 

 レンガート、ラムネ共に是正勧告をする「センチネル」には期待をしていた。まだ、16歳の少年や少女ではあるが、実力的には申し分がない。「ハインツベルン」の独裁政治を改善してほしい者は彼らだけではないのだ。

 

 しかし、改善されては困る連中もいる。「ハインツベルン」の手足として寄宿舎を牛耳る片棒を担いでいる者達だ。女性関連などで良い思いをしているとの噂もある。

 

 たまにゴイシュに呼び出されるラムネなどは特に是正を期待している者だ。最近はさらに虫唾が走る程嫌になってきたと彼女も漏らしていた。

 

「ゴイシュも何らかの対抗手段を講じるはずだ。アルマークとイオ……純粋な彼らがやられないといいけどな」

 

 ゴイシュは腐ってもアルゼルの腰巾着だった男だ。狡猾な手段をアルゼルから学んでいても不思議ではない。また、狭い範囲とはいえ、長年寄宿舎のトップに君臨している知恵もある。強くとも、まだ若い二人をヘルグは心配していた。

 

「おっと、声をたてるな。聞こえるぞ」

 

 レンガートが前方を見ながら言った。前から歩いて来るのは「ハインツベルン」の者達だ。彼らは3人のパーティなのである。

 

 戦闘を歩く鎖鎌の男がゴイシュ・ダールトン 30歳。その隣の黒いローブをかけた、しわがれたような外見の灰色の髪をした人物はジスパ・ナドールだ。まだ33歳だが、外見上はさらに歳をとっているように思える。そして、一番後ろから歩いて来るのは、紅一点といえるだろうか、キャサリン・シウバ 29歳だ。

 

 紫の髪を肩口辺りまで伸ばしており髪留めも付けている。唇には紫の口紅を塗っており、髪の色と同じになっていた。香水の匂いをまき散らした非常に濃い化粧の女性であった。顔の造形は化粧のせいで分かりにくいがまずまずであり、戦闘をこなしているだけありスタイルも相当に良い。

 

「キャハハハハ、誰かと思ったら小便小僧を飼い慣らしてる「フェアリーブースト」じゃん!」

 

 悟たちのパーティに気付き、真っ先に声を上げたのは一番後ろに並んでいたはずのキャサリンであった。ゴイシュも標的を見つけたような表情に変わっている。最悪の人物に会った……悟の中ではそのような感情がどうしようもない程に渦巻いていた。

 



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47話 是正を促す者たち その2

 

「おう、お前らかよ。相変わらず、こんな底辺の階層で飯のたね漁りか?」

「ゴイシュさん、お疲れ様です」

 

 ゴイシュの皮肉を無視するかのように、ヘルグは直立不動でゴイシュに挨拶をした。ただの決まり事と同じだ。そこには尊敬の念など微塵もない。ゴイシュもそれは気付いている。

 

「はっ、ラムネを取られたからか? それとも悟の野郎を苛めたせいか? 前よりもさらに機械的になってるじゃねぇか。ええ、ヘルグ」

 

 ゴイシュは以前から、ヘルグの機械的に態度に不快さを持っていた。それがだんだんと増していっているので、余計に腹立たしいのだ。

 

「……いえ、そんなつもりでは……」

「はっ、覇気がねぇな本当に。文句があるなら、向かってこいよ、三下が」

 

 ゴイシュからの挑発は明らかにエスカレートしていた。Dランク冒険者であるヘルグがCランク冒険者であるゴイシュを倒すことはできない。自然の摂理の如き単純な図解があるからこそ、ゴイシュの態度はここまで不遜なのだろう。

 

 現に、大柄な男であり、こういった事態が大嫌いな印象を受けるレンガートも、ゴイシュの前では静まり返っている。

 

「全く、驚くほどに手ごたえのない連中ですな」

「ねえ、ゴイシュ。私がやっちゃってもいいわけ?」

 

 ジスパ、キャサリン共に格下を見下すような目線で、悟たちを見ていた。

 

「まあ、待ちな。こいつらも寄宿舎の仲間だ? なあ?」

 

 ゴイシュは、キャサリンに手を出させることは許さなかった。だが、

 

「うぐっ……! ……っ!」

 

 これ見よがしに、ゴイシュはローブの上からラムネの尻を弄った。彼女は汚物でも見るような表情でゴイシュを睨んでいる。しかし、恐怖が勝っているのか、ラムネもそのまま動くことはできないでいた。

 

「てめぇ……!」

 

 その行動には、さすがの悟も我を忘れた。以前の、ゴイシュへの反抗とは違う。明らかな敵意を見せながら、悟はゴイシュに攻撃を仕掛けようと近づいた。その攻撃が通じず、逆に骨を折られかねないことなど、今の悟は考えていない。

 

「ん?」

 

 そして、悟の敵意に感付いたのか、ゴイシュは彼の方向を見た……。

 

「おおっと、ゴイシュさん! ところで、あんたは何階層まで行ったんだ!?」

 

 間一髪とはこういうことを言うのか。悟がまさにゴイシュに殴りかかろうとした瞬間、レンガートがベストタイミングでゴイシュの注意を逸らしたのだ。

 

「……!」

 

 悟はレンガートのその動きで、一気に冷静さを取り戻した。同時に、あと一歩で自分がどうなっていたかわからない状況だったことを感じ取る。レンガートはそんな悟を、さりげなく押し出し、ゴイシュから離した。

 

 

「俺たちか? 20階層まで行ってきたぞ。お前らは何階層まで行けるんだ?」

「俺たちは10階層程度だ、さすがはゴイシュさん。20階層と言えば、レベル20以上のモンスターも大量に発生するだろう?」

「まあな、だが俺たちの敵ではない。ま、てめぇらも少しは精進して、俺らに追い着けるよう努力するんだな。行くぞ」

 

 ゴイシュはレンガートの言葉が嬉しかったのか、機嫌は相当に良くなっていた。キャサリンとジスパの二人を引き連れてそのまま歩いて行った。

 

「キャハハハハ、じゃあね~ぼくちゃん達!」

「ほほほ、自らの身分をわきまえることですな」

 

 去って行く最中、聞こえたキャサリンとジスパの捨て台詞。それを聞いたレンガート達は頭を抱えながらため息をついた。

 

「……くそ、あんな連中に媚びへつらわないといけないとはな……情けねぇ」

 

 

 レンガートは心の底から虫唾が走っているのか、相当な憤りを表情に出している。

 

「……なんで」

 

 悟は怒りの表情をしていた。それは、彼ら「ハインツベルン」に対して怒りではない。同じパーティに対しての怒りだ。尻を触られて怒らないラムネ、頭の上がらないヘルグ、そしてゴイシュの機嫌を取るレンガートに対してだ。

 

 特に剛腕のレンガートの異名を持つ彼に対しては、悟の怒りは最高潮に達していた。レンガートはゴイシュに恐れてはいないと信じていたからだ。

 

 余計な争いは避けるが、本当の争いになれば格上だろうと反旗を翻す……レンガートの大声をうざく思っていた悟だが、ある意味で「フェアリーブースト」最強の彼を信頼していた節がある。それだけに悟の落胆は大きい。

 

「あんなことを言われて、反抗しないあんた達を……俺は軽蔑する……!」

 

 悟の心の底から浮かび上がった本音であった。春人への軽蔑など、人間としての器が小さい発言の悟ではあるが、この時、この瞬間は自らの本音を本気で吐露していたのだ。

 

「耳が痛いな……」

 

 ヘルグは悟に笑みをこぼしていた。悟としては、彼の発言はより逆鱗に触れる。

 

「なにも、言い返さないのですか?」

「まあ、待て。落ち着け、悟」

「ええ、少し落ち着いてほしわ。あなたが、そんなに激情型だとは思わなかったけど」

「……?」

 

 話が見えてこない。悟はここで、初めて彼らが言い訳をしないことになにか理由があるのではないかと思い始めた。自分も強くなったとはいえ、まだまだ彼らの方が実力は上なのだ。

 言い訳……というより、悟を黙らせる発言はいくらでも可能だろう。悟も薄々思っていたことだ。

 

 

「お前の言う通り、感情に任せるのは可能だ。俺たちが戦いを挑んでも、負けるのは100%だが、「ハインツベルン」も命までは取らないだろう。そういう意味では、戦いを仕掛けるのも1つの方法ではある」

 

 ヘルグは悟に対して、諭すように話した。悟も彼の落ち着いた口調に、先ほどまでの激昂が嘘のように萎んで行くのを感じた。

 

「だがな、俺たちが反抗して、俺たちがやられるだけではすまねぇんだよ」

「こんなでもDランク冒険者。慕ってくれる冒険者も居るしね、同じ寄宿舎内に」

 

 悟はレンガートとラムネの言葉で目が覚めたような錯覚に見舞われた。実際、心を打たれた言葉ではあるが、感情任せに言ってしまった自分を責めたい衝動に駆られていた。

 彼らは決して臆病風に吹かれていただけではない。悟も直感としてそれはすぐに理解できた。

 

 ヘルグ達が対抗意識を燃やせば、彼らを慕い付いて来る者達がまとめて「ハインツベルン」にやられてしまう恐れがある。全てはそういうことだったのだ。もちろん、彼ら自身が「ハインツベルン」を単純に恐れているというのもあるだろうが。

 

「すみません……言い過ぎました。よくわかりもせずに」

「いや、俺はむしろ喜んでるぜ。お前が思った以上に熱い奴だったことがな!」

 

 レンガートからの今までで一番の褒め言葉。彼は、悟の肩に大きな手を当て、そう言ったのだ。悟は多少はうるさく思いながらも、その一件だけで、レンガートに対する好感度が大幅に増えていた。

 

 ラムネやヘルグに対しての信頼感も大幅に向上したと言える。彼らの探索は結局は悟のレベルを考慮され、3階層で引き返しとなったが、彼らが今回の探索で得たものは非常に大きかったと言えるだろう。その日、悟はめずらしくよく眠ることができたという。

 

 そして、日付はすぐに刻まれ、「センチネル」が寄宿舎を訪れる日付に合わさった。

 



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48話 是正を促す者たち その3

 

「ゴイシュさん、僕たちがここに来た目的は分かってますよね?」

 

 是正勧告に訪れたのはアルマークとイオの二人。入り口に立って、二人を出迎えたのはゴイシュであった。

 

「ああ、もちろんだ。とりあえず入りな、本日付でAランクの冒険者。歓迎しますぜ」

 

 ゴイシュはアルマークとイオを入り口でもてなすと、そのまま奥へ入るように促した。彼らも最大限の警戒はしているが、是正勧告を行う以上寄宿舎内に立ち入らないわけにはいかない。

 

「初めてかは知らないが、この寄宿舎は底辺冒険者の掃き溜めだからよ? 妬みなどで色々されるかもしれないが、注意してくれや」

 

 ゴイシュはそう言いながら、アルマークの隣のイオに目をやった。7分袖の青いベストに下はスパッツを穿いている。鍛えられたしなやかな下半身は、ゴイシュの心を動かすには十分すぎた。

 

「実際、行動を起こす危険な人って目の前のあんたくらいでしょ? あ~やだやだ、なんか視線感じるんだけど。アルマーク助けて~」

 冗談っぽくアルマークの後ろに隠れて、ゴイシュを挑発するイオ。ゴイシュは無表情だったが、イオのその態度は琴線に触れていた。

 

「イオ、そんな挑発したら駄目だよ。僕たちは是正勧告で来てるんだから」

「へへ、わかってるって! まあ、万が一襲われても、私達が目の前の変態に負けるわけないしね」

 

 アルマークにじゃれ付きながらイオはゴイシュを見た。底辺のボスとして君臨し、勘違いをしながら周囲の冒険者に迷惑を掛けているこの男。

 

 自らをいやらしい目つきで眺めてくるゴイシュを、イオは完全に毛嫌いしていた。アルマークもゴイシュに対する感情は同じである。

 

「ち、くそ女が……見てろよ」

 

 苛立ちの表情を浮かべるゴイシュはイオ達に聞こえないように小声でつぶやいた。

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

「フィアゼスの神経ガス?」

「ああ、これは噂だけどな……ゴイシュ達が手に入れている可能性はある」

 

 その頃、別室では「フェアリーブースト」の面々が「ハインツベルン」の作戦について予想をしていた。話しているのは悟とヘルグだ。

 

 

 今回、アルマークとイオは事実の裏付けとしてアトランダムに冒険者の意見を聞いて回る。形式的なものではあるが、今までの内定調査の結果と併せて、ゴイシュに是正勧告をするのだ。

 万が一、改善が見られない場合はゴイシュ達のパーティは問答無用で追放される。物理的な力で劣るゴイシュには逆らう術などはない、かなり強制力の大きな勧告になっている。

 

「フィアゼスの名を冠するだけあり、相当な強者にもそのガスは通じるらしい。元々はアルゼル・ミューラーが持っていたらしいが」

「その男からゴイシュが譲り受けていた場合は、そのガスをゴイシュが使う可能性があるってことですね?」

「ああ、それ以外でゴイシュが「センチネル」に勝てる術はないだろうからな」

 

 ヘルグはゴイシュがそんなガスを持っているかどうかも確信は持てないでいたが、ゴイシュのあの余裕の表情から、ガスの所有は間違いないという結論を導き出していた。

 

 悟は考えを巡らせた。アルマークは少なくとも、同じ剣を交えた相手。まだ、知り合って日は浅いがアルマークとイオの二人がゴイシュに手籠めにされてしまうのは許しがたい。なんとか助けられないか。

 

 

「まあ、相当ヤバいな。とくにイオがどうなるかは想像通りだろ」

 

 ヘルグも悟と同じ考えを持っていた。悟としても、以前ゴイシュから直接言われていたことを思い出した。ゴイシュはあの二人に相当に執着している。必ず成功する罠は仕掛けられていると見るべきだろう。

 

「助けたいのはわかるが、お前は足手まといだからな」

「レンガートさん」

「そうね、悟はまだまだ弱いからね」

 

 部屋に入って来たのはレンガートとラムネだ。悟の考えを先読みして話し出した。

 

「そもそも、俺たちじゃアルマークとイオの足下にも及ばないしな。本来ならあの二人の心配は余計なお世話だろ」

 

 レンガートはさも当然のように言った。剛腕と言われるだけあり、彼はとても大きな体つきをしているが、アルマークやイオとの力比べでも全く及んでいない。通常であれば、あの二人への心配など不要だった。

 

「でも、神経毒で身体の自由が利かない状態だと、あの二人とゴイシュの強さは逆転するかもしれないわ」

「それが、あの男の狙い……?」

 

 強力な神経毒による身体能力の低下。いくら、フィアゼスの神経毒という名称が付いた毒であっても、二人を完全に行動不能にできる可能性は低い……ならば、ゴイシュ達からすれば拘束できるようになるほど、身体能力が低下すれば御の字という結論に至るわけだ。

 

 「ハインツベルン」はそのように考えている……「フェアリーブースト」の中でそういった考えが思い浮かんでいた。「ハインツベルン」の計画を阻止する必要がある……彼らとてやられっぱなしは我慢ならないのだ。

 

「よし、いいか? これからのことをよく聞いていてくれ」

「は、はい……」

 

 そう言うと、ヘルグは悟に何かを話し始めた。

 

 

-----------------------------------------

 

 

「寄宿舎の環境ですか……まあ、悪くはないと思いますね。ただ、一部上位の人らを除けば」

「そうですか、わかりました。貴重な意見、ありがとうございます」

 

 各々の冒険者に寄宿舎の状況をアトランダムに質問をしていくアルマーク。ゴイシュは離れたところにいるので、こちらの声は聞こえてはいない。

 

「おかしい……、彼らが言わされてるようには見えないや」

「そだね、普通に思ってること言ってるように見えるね」

 

 アルマークとイオの二人はゴイシュが、寄宿舎の冒険者に脅しをしているのではないかという懸念は持っていた。その為のアトランダムの質問なわけではあるが、彼らに質問をされた冒険者も脅しをかけられている雰囲気は少しもなかった。

 

「考え過ぎだったかな?」

「油断は禁物だよ、アルマーク。私達は是正勧告するだけだから。あとは、本部がやってくれるよ」

 

 アルマークとイオは今回は経験の意味を込めて、表面的な部分を行い、勧告をして完了だ。それ以後は本部の仕事となり、もしも力に訴えた場合はジラークなどが投入される。つまり、反抗する間も無く殲滅されることは決定事項であった。

 

 ゴイシュの命運はほぼ決まっていると言っても差し支えはない。彼ら「ハインツベルン」は既に強制的に排除されるレベルまできていたのだ。

 

「それでは、一度、僕たちは戻ります。正式な処置は後日の是正具合で決まります」

「つまり、あれですかい? 俺は改善しないとダメなんですかい?」

「あたりまえじゃん。少なくとも、寄宿舎のトップからは下りてもらうから!」

 

 力強いイオの発言。しかし、ゴイシュは何も言い返すことはない。アルマークは彼の無言を変に思っていた。この状況で言い返さない理由が分からないでいたのだ。

 

 

 

 

「なんとか言いなさいよ!」

「いや、イオ……なにか、変だ」

 

 攻撃の準備をしているのか……アルマークはゴイシュから何が飛んで来てもいいように、迎撃の準備を整えた。この状態であれば、ゴイシュ程度の攻撃はたやすく弾ける。

 

 しかし、彼からはなにも飛んで来ない。代わりに、彼らの後ろからジスパとキャサリンの二人が現れた。

 

「あ~、「ハインツベルン」の総力で戦うつもりなんだ? でも無駄だし」

 

 イオも拳を構える。手に付けているナックルでいつで攻撃可能な態勢を取った。キャサリンもジスパも何も話すことはない。

 

「……!? ……しまった、イオ……!」

「え……アルマーク……!?」

 

 身体を揺らすアルマークに、イオは怪訝な表情を見せた。なにか彼の体調に変化が現れたと直感したのだ。だが、その変化はイオ自身にも現れた。

 

「く……!? 身体が……! 動かない……」

「こいつら、息をしていない……。神経毒を散布しているんだ……」

 

 アルマークは周囲を警戒し、ゴイシュ達の呼吸音が消えていることに気付いたのだ。しかし、全ては遅かった。既に周囲には神経毒が撒かれた後だったからだ。そして、タイミングを見計らってか、キャサリンが風を巻き起こし、周囲の霧状の毒を吸い寄せ、息ができる状態に戻した。

 

「ぷはっ! かなりやばいってこれ! もうちょっとで倒れるところだったわよ」

「ふう……効くまでの時間も相当ですな。さすがと言えましょうか、ほほほ」

「だが、効果はてきめんだ。フィアゼスの神経毒「レメディガス」。神経毒として相当強力な代物だからな」

 

 呼吸をただしながら、ゴイシュたちは勝利を確信していた。目の前のアルマークとイオは既に視界すらぼやけている状態だ。この状態で自分たちが負けるはずはない。「ハインツベルン」は薄汚い欲望の笑みを浮かべながら、アルマークとイオを蹂躙し始めた。

 



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49話 助け

 

 

「おらっ!」

「きゃあっ!」

「うぐっ!」

 

 神経毒によりフラフラの状態にされたアルマークとイオ。ゴイシュにより、近くの空き部屋に連れ込まれた。そして、アルマーク達の首にかけていた警報機や金の首飾りはジスパが没収した。

 

「ほほほほ、素晴らしいですな。これは金の首飾りですぞ」

「パーマネンスの魔法が使えるやつね。そういえば、「センチネル」が発見したんだっけ。きゃはははは、ありがたく頂いてやるわ!」

 

 勝利を確信しているのか、キャサリンやジスパは彼らの持ち物を物色していた。ゴイシュはそんな宝よりも、警報機に目を向けている。

 

「これはなんだ? 場所を知らせるアイテムか? まあ、一応破壊しとくか」

 

 彼らが春人達に渡された警報機。作動させる暇もなく、ゴイシュにより握りつぶされた。それを見たアルマークとイオは激昂する。

 

「おまえ……!」

「よくも……!」

「ん? そんなに大事な物だったか? ははは、まあそれは悪かったな」

 

 尊敬する者からのプレゼントとして考えていた彼ら。それを目の前で破壊されては、ある意味で金の首飾りの没収より以上に許しがたいことであった。

 だが、彼ら二人の体力低下は深刻だ……通常の3割も力を出せない状況になっている。

 

「まあ、これからもっと忘れられないことになるからよ? 前から考えていたんだが、まさか実現できるなんてな」

 

 そう言って、ゴイシュは舌なめずりをしながらイオに目をやった。ゴイシュの半分程度の年齢の少女ではあるが、その美しさは以前から気に入っていた。白いポニーテールを振り上げて元気いっぱいに街中を走っている姿は何度も見てきた。

 

「イオ、お前みたいな女を支配するのが夢だったんだよ。大好きな男の前でな」

「な……! ……なにするつもりよ、この変態!」

 

 ゴイシュは笑いながら満身創痍のイオに近づいて行く。現在の状態では組み合った場合、イオに勝ち目はなかった。アルマークはすぐさまゴイシュに攻撃を加えようと、腰の剣に手を出した。もはや、彼を殺しかねない殺気を出しながら。

 

「おおっと、無駄ですぞ? 我々を忘れておいでか?」

「キャハハハハ、召喚って便利ね~!」

 

 しかし、アルマークの剣撃を阻止したのは、ジスパの呼び出した首長イタチだった。レベル20のモンスターが、アルマークに覆いかぶさりそのまま押し倒したのだ。

 

「ぐう……! 首長イタチ……!?」

 

 アルマークは首長イタチに倒される自分にむしろ驚いていた。通常では考えられない状態だからだ。アルマークは全く身動きが取れない状態になってしまった。

 

「アルマーク!」

「い、イオ……!」

「へへへ、そこでたっぷりと見てな。自分の女が犯される瞬間をな。それで、一生目に焼き付けておくんだぞ?」

「や、やめろ!」

 

 アルマークはゴイシュをこの日、この瞬間ほど憎んだことはない。幼なじみのイオに対してこれからゴイシュがすること……。この男は、アルマークに一生ものの傷を残すことを考えている。イオにも同じように一生残る傷をつける気だ。

 

 許せない……ゴイシュを殺す勢いでアルマークは憤怒の炎を燃え上がらせた。絶対にこの男は殺す……それほどまでの殺気だ。だが、神経毒により動かない身体は、途方もなく精神とは乖離していた。

 

「キャハハハハ、ゴイシュ。こいつ、ものすごく悔しそうよ? あんた、こいつの二枚目な顔が嫌いなんでしょ? なんかそんなこと言ってたし」

「黙れよ、キャサリン。ここに残して行ってやろうか?」

「冗談よ、冗談。ここまでして、寄宿舎に残ってたら殺されるわ。私達より強い冒険者グループなんてたくさん居るんだから」

 

 キャサリンはゴイシュに素直に謝罪した。ゴイシュの目的は嫉妬が大量に含まれている。イオに対する個人的な興味も非常に大きいが、自分以上の才能ある二枚目のアルマークを憎んでいることも、こういった凶行を駆り立てる原動力になっていたのだ。

 

「ゴイシュ殿、犯すのなら早くした方がいいですぞ? あまり時間はありませぬ」

「ああ、そうだったな。早く済ませるか」

 

 そう言って、ゴイシュはイオの唇を奪おうと彼女を乱暴につかんだ。

 

「い、いや! ……キスなんて絶対いや!」

「い、イオ……!」

「へへへ、そういって叫んでくれないと意味がないからな、嬉しいぜ」

 

 嫌がるイオを楽しみながら、ゴイシュは自らの口を彼女に近づけていく。力の差は大きく、イオはほとんど抗うことができない。

 

「キスくらいで嫌がるんじゃねぇよ。最後まで全部アルマークに見られるんだからよ」

「い、いやーーー! や、やめて……! ……本当に、ダメ……!」

「や、やめてくれ! ゴイシュさん……お願いだから……! 僕が悪いなら、謝る……だからイオに手を出すのはやめてくれ!」

 

 ゴイシュの手が止まる。まさに考えていた通りの言動だったのか、その表情は余裕が感じられた。

 

「あ? なんだって? やめてほしいのか? なぜイオに手を出すのをやめてほしいんだ? ん? 言ってみろ」

「ぼ、僕の……好きな人だから……」

「アルマーク……」

 

 ゴイシュはアルマークの望まない告白を聞いて、心底満足そうな笑みを浮かべた。もはや、そのまま昇天しそうな勢いだ。だが、ゴイシュの手は止まらない。

 

「ははははっ! 始めてはお互いがいいってことだよな?」

「うう……」

「くっ……」

 

 二人はゴイシュの質問に答えなかったが、図星を突かれたのか真っ赤にして俯いた。

 

「はははははっ! そうだよ、お前らのこういう顔が見たかったんだ! 餓鬼のくせに俺を見下しやがって! 満足だ、たっぷり後悔してろ!」

 

 そしてゴイシュはイオの胸を鷲掴みにする。もはや、そこには獣の動作しか残されていなかった。

 

「い、いや……!!」

「イオ!!」

 

 まさに、その瞬間。彼らの入っていた扉が勢いよく開かれた。キャサリンとジスパがその方向を見る。現れたのは、「フェアリーブースト」の面子だった。

 

「てめぇらか。なんの用だ?」

「終わりだ、ゴイシュ。おまえらの計画も想像がついた」

 

 ヘルグはゴイシュに対して、臆することなく言い放った。そこに、以前までの恐怖の念はない。レンガートとラムネも表情は真剣だ。

 

「今日で、この地を離れるつもりなんだな? アルゼルと同じ方法で。腰巾着のお前らしいな、逃げ方までアルゼルと同じとは……こんな奴に従ってた俺が恥ずかしい」

「はっ! ずいぶんと頭が冴えるな、ヘルグ。いままで俺にペコペコしてた野郎が。いつからそんな偉そうなことが言えるようになったのか知らんが、そういうお前はどうなんだ? 弱っちい底辺じゃねぇか」

 

 ゴイシュはイオから一旦離れ、ヘルグに向き直った。

 

「てめぇみたいな野郎に呼び捨てとは……吐きそうな気分だぜ。ちょうどいい、おまえらは全員殺して行くとするか。ラムネ、てめぇも含めてな」

「あっそ」

 

 ゴイシュの言葉など、ラムネは聞いてはいなかった。彼女が心配していたのは、「ハインツベルン」のメンバーが問答無用で攻撃を仕掛けて来ないかということ。その為に、ヘルグは言葉での挑発をゴイシュにしたのだ。

 

「爆裂陣」

「!!」

 

 そして、部屋の内部で放たれる魔法。火属性の攻撃であり、その名の通り、一定範囲を爆発により消滅させる技だ。威力自体はそこまででもないが、目隠しとしては十分の威力を発揮する。

 

 大きな爆発音と共に、寄宿舎の一区画が吹き飛んだ。その部屋の窓や壁も破壊され、ゴイシュ達は中庭に降り立つ。「ハインツベルン」のメンバーはほとんどダメージを受けていないが、煙により他の者達の場所が把握できなくなってしまった。

 

「ち、こういうつもりだったのかよ! 野郎!」

「さっさと殺すべきでしたな。しかし、奴らの姿が把握できない現状では……」

「ちょ、かなりまずいんじゃないの?」

 

 ゴイシュは怒りを露わにしながら、煙の方向を見ている。しばらく、その煙は晴れそうにない。キャサリンはこの状況を不味いと考えた。

 

「アルマークとイオはまだ動けないはずだ。おい、首長イタチはどうなってる?」

「あの程度の攻撃では首長イタチも大したダメージは……うっ!?」

 

 召喚士であるジスパの表情が変わる。顔色が真っ青になったのだ。

 

「おい、ジスパ。どうした?」

「こ、こんなことが……」

 

 驚き慄いているジスパに対して、ゴイシュは不審に思い声をかけた。

この時、一瞬の隙と言えるのか、彼は背後を見せていた。そこに高速で近づく男が一人。大河内 悟であった。

 

 

「もらった!!」

「あ?」

 

 最大の隙に対して放った悟の渾身の攻撃は……ゴイシュにより、受け止められてしまった。ゴイシュは欠伸をしながら悟を見ている。

 

「まあ、お前が居なかったから不意打ちで攻めてくるとは思ってたぜ? しかし、こんな隙で攻撃してもその程度かよ。もう、死ねよお前」

 

 まさに虫けらを見るような目つき。ゴイシュのその瞳を見て悟は確信した。ここでたやすく殺されると……。

 

 この地を去る人間が、悟一人の命を奪うのを躊躇うわけがない。彼は走馬灯のように今までのことを思い出していた。自らの両親、高校のトップグループのメンバー、クラスの人気者たち、学年一の美人と称されていた委員長……そして、なぜかそこには高宮春人の姿が……。

 

 

「え?」

「大丈夫か? 悟」

 

 煙から出てきた人物。高宮春人は落ち着いた口調で悟の名前を呼んだ。走馬灯ではなく、悟の目の前に本人の姿があったのだ。

 



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50話 転落

 

「は、春人……? なんで、ここにいるんだよ?」

「いや、爆発の音が凄かったからさ。本来は警報機が鳴れば来る手筈だったんだけど。どちらにしても、ちょういいタイミングだったね」

 

 目の前に居る人物は、悟がつい数か月前まで苛めていた相手だ。そんな人物に助けられるなど、本来であれば死にたくなるほどの失態だろう。しかし、今に悟は歓喜に満ちていた。自らが死なないことへの喜び……。先ほどの走馬灯が嘘のようだ。

 

「お前は、高宮春人!? それ以上近づいたら……!」

 

 春人に驚いたゴイシュは、悟を人質にしようと試みるが、そんな素振りはデスシャドーのサキアが許さなかった。瞬時にゴイシュの両腕をつかみ、拘束する。

 

「て、てめぇは……!? まさか、デスシャドーか!?」

「はい、マスターは春人様になります。私としては、そちらの方の命などどうでもいいですが……マスターは望まれないと思いましたので、あなたを拘束します」

 

 そう言いながら、ゴイシュの両腕を問答無用でへし折るサキア。

 

「ぐわああああああ!」

「この程度なら元に戻るでしょう。切り落とさなかっただけ、感謝してください」

「うぐぐぐぐ……! ……はっ!?」

 

 両腕に走る激痛。ゴイシュは思わずサキアの顔を見上げた。そして、彼に走るのは戦慄……一瞬、両腕の痛みすら忘れる程、彼の表情は強張っていた。

 

「近くに寄り過ぎました。私のレベルを察知したんですね、ご愁傷様です」

「……ば、ばかな……! ……こんなことが……あるわけ……!」

 

 ゴイシュの戦慄の要因はサキアのレベル……完全に正確とは言えないが、感じ取った数値を見て彼は絶望以上の表情を向けていた。もはや、反抗する気など微塵も生まれていない。

 

「ご苦労様、サキア」

「ありがとうございます、マスター」

 

 そして、春人にサキアは深々と頭を下げる。今回の行為を春人は全く責めることはなかった。アルマークとイオに行った行為からすれば、春人は殺すかどうかを先ほどまで迷っていたくらいだからだ。むしろ寛大な処置と言える。

 

「悟……こうして、話すのは初めてだね。こっちの世界では」

「そうだな……まさか、お前に助けられるなんて思わなかったぜ……ははは……」

 

 悟の全身は小刻みに震えている。ほんの数十秒前までは死を覚悟していた為だ。自分は助かっているという実感が、まだ出ていないのだろう。悟は自分の身体を強く握り、なんとか震えを落ち着かせる。

 

「俺もこんな日が来るなんて思わなかったよ」

「そっちの黒い子との関係も気になるが……お前には紹介しないといけない人が居るんでな。そちらも追々……まあ、まずは……ありがとう」

 

 嫉妬、羨望……そして、憎悪。複雑な感情が混ざり合いながらも、悟は春人に対して心からの感謝を行った。そして、二人から自然とこぼれる笑顔……この時の二人はお互いに、余計な言葉など不要な親友のような印象を周りに与えていた。

 

 

「あの~こっちはどうするの?」

 

 彼らの後ろから、アメリアの声がした。二人の友情に茶々を入れるのが申し訳なかったのか、少し遠慮気味だ。アメリアが指差しをした方向は戦意を喪失しているキャサリンとジスパの姿があった。

 

「ちくしょう! ゴイシュの役立たずが!」

「これで……逃げることも叶わず……ですな」

 

 ジスパの首長イタチはとっくにアメリアに倒されていた。二人とも逃走すらできないことを悟ったのかその場で座り込んでしまった。

アメリアは自身の周囲に展開していたエネルギー弾を消す。本来なら、彼らにお見舞いする一撃だったが、その必要がなくなったためだ。

 

 それから、破壊された室内から煙に紛れて、「フェアリーブースト」と「センチネル」のメンバーが続々と現れた。アルマークとイオはヘルグ達に支えられて、なんとか歩いて来ていた。

 

「決着はついたみたいだな、悟。まあ、うまくは行かなかったが」

「ええ、そうですね……春人達が来てくれなければ……俺は死んでました」

 

 ヘルグの言葉に、悟も素直に言った。その口調には、もはや春人を侮蔑する感情など紛れてはいなかった。彼としても、認めざるを得ないということだろう。春人は、身体の自由を奪われている、二人に目をやった。

 

 

「大丈夫か? アルマーク、イオ」

「はい……来てくれて、ありがとうございます……本当に、よかったです……イオが無事で」

「アルマーク……! うわぁぁぁぁ……!」

 

 ボロボロになりながらも、アルマークの言葉にイオは感動し、泣き出してしまった。春人も思わず、貰い泣きをしそうになる。

 

「来てくれてありがとう。本当に……」

「え? いや、そんな……気にしないでよ」

 

 お互い良く知らない者同士だが、ラムネとアメリアも言葉を交わしていた。しかし、アメリアはラムネの視線が春人に向かっていることを決して見逃していなかった。

 

「ところで、マスター。この3人の処遇は? 起こした罪の重さからも殺してしまった方がいいのでは?」

「いや、それは俺たちが決めることじゃないしね。後は、ギルド本部に任せよう」

 

 寄宿舎に住む多くの者達が、爆発に驚き中庭に集合している中、ゴイシュ、ジスパ、キャサリンの3人はまんまと拘束されてしまった。

まさに、ゴイシュ達からしてみれば、築き上げた天からの転落ということになったのである。築き上げた天そのものが、非常に標高の低いものではあったが。

 

 そして、春人達はアルマーク達の体調の回復を待って、ゴイシュ達をギルド本部へと連れて行った。

 



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51話 それぞれの出発 その1

「……そんなことが、あったんですね」

 

「うん、イオもアルマークも無事で良かったよ。もう少し遅ければ、悟だってどうなってたかわからないし」

 

 

 

 

 街の西部の釣堀で話しているのは春人とエミルの二人だ。エミルはいつもの制服ではなく、私服で立っていた。白い半袖のシャツに黄土色のスカート穿いている。丈はやや短く、膝が完全に見えるくらいの長さであった。

 

 

 

 

「寄宿舎はどうなるんでしょう?」

 

「フェアリーブーストが次のリーダーみたいになるみたいだよ。トラブルが起こらないように、色々な規定も設けられるらしいよ」

 

 

 

 

 春人はエミルに言ったが、彼も詳しい内容までは知らされていなかった。ただし、二度とゴイシュのような輩が現れないように配慮は徹底されるとは聞かされていた。

 

 

 

 

「そうなんですね。なんにせよ、よかったです。私は一般人ですが、噂であの寄宿舎のことを聞いたこともありましたから」

 

 

 

 

 エミルはどういう噂かまでは言わなかった。しかし、春人としても良くない噂であることはすぐに理解する。今後はそういった噂は消えていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「悟……さんとも仲直りできたんですか?」

 

「元々、喧嘩はしてないけど、まあ少しは仲良くなったのかな?」

 

 

 

 

 春人は、昨日のことを思い出す。初めて受けた悟からの感謝の言葉。思いの外、春人の気分を高揚させ、悟への親愛の情が浮かんでいたのだ。同じ冒険者として、今後も協力し合う時もあるかもしれない。少しでも仲が良くなったことは非常にプラスになるだろうと、春人も考えていた。

 

 

 

 

「まあ、まだまだこれからだけどさ」

 

「……私たちと同じですね」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 思わず聞き返した春人だが、その時にはエミルは春人の腕にもたれかかっていた。意外に大きな胸の感触が、春人の左腕を包み込む。

 

 

 

 

「今日は、デートというわけじゃありませんけど……恋人同士は変わりませんし」

 

「あ、あの……エミル……? 偽のっていう言葉が消えてるような……」

 

「春人さんが嫌でないなら、そんなのは些細なことです」

 

 

 

 

 エミルは春人の言葉を待つように、彼を見上げた。もちろん嫌であるはずはないが、面と向かって言うのも相当に恥ずかしい春人であった。そうこうしている間にも、ツインテールの美しい髪をした彼女の顔が春人の目の前に迫る。そして、そのまま二人はキスをした……。

 

 

 

 

「え、エミル……」

 

「これで、何度目でしょうか?」

 

 

 

 

 春人も思い出せない。初めてキスをした相手は彼女であり、場所も時計塔であったことは記憶しているが、あれから何回かのデートで二人は相当な回数のキスを済ませていた為だ。

 

 

 

 

「……私、負けるつもりはありません」

 

「え? な、なんのこと……?」

 

 

 

 

 エミルは春人の問いかけには答えず、彼の小指に目をやった。一度も質問はなかったが、エミルはとっくにペアリングについては、看破していたのだ。春人もそれを察知し、思わず顔を背けた。エミルからのそれ以上の追及は特になかったが、彼女の表情は決して笑ってはいなかった。

 

 

 

 

「ふふ、せっかくですから釣りをしません?」

 

「あ、うん。そうだね、せっかくだし」

 

 

 

 

 春人は話題が逸れたことを喜び、すぐに釣り針などをレンタルし始めた。しかし、これは巧妙なエミルの策略だったのだ。

 

 

 

 

 今日はエミルも休みということで、二人で街中を歩いていたのだが、偶然この場所へと立ち寄ったことになっている。しかし、それはエミルがわざと誘導していたのだ。

 

 そして、春人はエミルに導かれたとは知らないまま、釣りを楽しんだ。周囲からは完全に恋人関係に見えていたという。

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

「そうね~、いよいよアクアエルス遺跡の隠しエリアね」

 

 

 

 

 場所は変わってギルド本部。「シンドローム」のメンバーである、ジャミルとアンジーが話をしていた。ジャミルは銀縁の非常に強度の高いメガネを付けており、アンジーは金色の鎧姿に巨大なウォーハンマーを装備していた。

 

 

 

 

「ミルドレア・スタンアークもこの街に泊まっているだろう。先を越されたら面倒だ」

 

「あの子も私の好みだわ~。ジャミルとどちらを選ぶか、迷っちゃう」

 

 

 

 

 アンジーは冗談なのか、ジャミルに抱き着こうと試みたが、あっさり避けられてしまった。

 

 

 

 

「アンジー、残念だが私は女性が好きなのだよ。申し訳ないね」

 

「いいわ、そのはっきりとした口調。燃えてきちゃう……必ず、モンスター討伐の雄姿を見せて、あなたのハートを掴んでみせるわ」

 

 

 

 

 ジャミルは困ったような表情をしているが、オカマのアンジーは恋を成就させる気満々のようだった。

 

 

 

 

「オルガとメドゥの二人は既に遺跡に向かっているのかな?」

 

「確かそうよ。さすが私達「シンドローム」のエースね。血がたぎると言うのかしら?」

 

「うむ、準備は万全だね。信義の花も常備しているし……行こうか」

 

「ええ、そうね。一体、最終エリアは何が潜んでいるのか……楽しみだわ」

 

 

 

 

 アンジーも血がたぎるのか、金色の鎧の上にウォーハンマーを乗せて豪快に歩き出した。見た目はジラークに似ている。ジャミルは手を後ろに当てて、紳士的に歩いている。

 

 

 

 

「最深部で倒したキマイラ4体はネクロマンスの私の術で操って待機させている。キマイラも所詮はレベル137程度だった……せめて隠しエリアは期待しようじゃないか」

 

 

 

 

 ギルド本部を出た二人はそのままアクアエルス遺跡へと向かった。ミルドレア達、神官長以外で隠しエリアの場所、及び封印の開け方を知る者……彼らの正体は未だ不明であった。

 

 

 

 

 

 

 

「彼らはアクアエルス遺跡に向かいましたのね?」

 

「ああ、そのようだ」

 

 

 

 

 ジャミルとアンジーが本部を後にしたのを見届けたレナは、目の前のソファーに座るジラークに声をかけた。ルナも彼女の隣に腰をかけていた。

 

 現在のギルドはSランク冒険者が勢揃いと言えるだろうか。「シンドローム」もSランクへ昇格を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「よろしいんですの? ジラーク様が攻略をしておりましたのに」

 

「なに、同じ冒険者仲間だ。得体は知れないが、敵とは思えん。ならば、仲間が功績を立てることを喜ぶべきだろう?」

 

 

 

 

 まさに大人の余裕と言えばいいのだろうか。レナはいくら強くてもまだ19歳の少女だ。人生経験ではジラークよりもはるかに劣っていた。彼女にはまだ理解できない内容だったのかもしれない。

 

 

 

 

「さすがですわね、ジラーク様。私の初恋の相手だけはありますわ」

 

「そうだったのか? あいにく、俺は大切な人が居るのでな。気持ちには答えられないが……嬉しいよ、ありがとう」

 

 

 

 

 ジラークとレナは緊張感のない笑いをお互いに見せた。まるで、親子の会話のようだ。

 

 

 

 

「まあ、春人さまだけでなくジラーク様にも振られてしまいましたわ。わたくしの魅力の問題ですわね。もっと精進しませんと」

 

 

 

 

 レナはそう言いながら、均整の取れた自分の身体をくねらせた。

 

 

 

 

「それ以上綺麗になる方法があるのか? お前の気持ちは親への愛情のようなものだろう?」

 

「うふふ、バレてましたか。アメリアもそうですが、年頃の女の子は、大抵はジラーク様が初恋の相手ですわ。まあ、冒険者に限りますが」

 

 

 

 

 レナやルナ、アメリアも小さい時の初恋の相手はジラークであった。もちろん、それは本当の恋というよりは、父親に抱く愛情に近かったが、ジラークの人となりが良く分かるエピソードと言えるだろう。逆に、エミルなどの冒険者以外の者はそれに当てはまらない場合も多い。

 

 

 

 

「レナとルナは、グリモワール王国に行くんだな?」

 

「ええ、そうですわね。しばらく、戻って来れないかと思いますが」

 

「……レベル180のヘルスコーピオンの軍勢が相手だ、気を付けろ。また、メガスコーピオンやギガスコーピオンの存在も確認されているからな」

 

 

 

 

 ジラークは心配した表情で、彼女らに言った。一番弱いヘルスコーピオンですら180のレベルを誇る。さらに強力なメガスコーピオンやギガスコーピオンは、よりレベルが高いことは間違いがなかった。

 

 

 

 

「4000万ゴールドの最難関の依頼ですものね。ジラーク様が心配されるのもわかりますわ、ただ……」

 

「……私達には切り札がある」

 

 

 

 

 レナの自信に満ちた表情を補完するかのように、最後だけ無口のルナが付け加えた。

 

 

 

 

「同じSランク冒険者のお前たちには余計なことだったな。気を付けて行け。元気な姿でまた会おう」

 

「はい、ジラーク様たちも、アシッドタワーの探索、気を付けてくださいましね」

 

 

 

 

 ジラーク達も、近い内にアルトクリファ神聖国領のアシッドタワーの探索に出かけることになっていた。一時的とはいえ、Sランク冒険者の面々がアーカーシャを離れることになる。彼らもそれは少し心配していた。シンドロームのメンバーもアクアエルス遺跡に出向いているのだ。

 

 

 

 

「ジラークさんやレナさん達の留守は僕たちが引き受けます!」

 

「あら、カップルが誕生した「センチネル」の方々ではありませんか」

 

 

 

 

 レナ達の話に割って入って来たのは、アルマークとイオの二人であった。レナは即座に彼らに対して冗談の一撃を加える。アルマーク達は真っ赤になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ! レナさん……やめてよ……も、もう……」

 

 

 

 

 ポニーテールのイオは顔を赤くしながら、レナに対して反論をした。しかし、その勢いは非常に弱い。

 

 

 

 

「……昨日の時点で付き合ったと聞いた。「アプリコット」に二人で泊まったのも知ってる」

 

「ええ! ルナさん……なんでそのこと……!」

 

 

 

 

 意外にも情報通のルナ。アルマークの告白を受けて、昨日のイザコザの後、二人は正式に付き合い出したのだ。既にルナたちに知られているのが驚きではあったのか、アルマークも大きな声を上げる。

 

 

 

 

「ああ、そういえばアプリコットの部屋でかなりの喘ぎ声が聞こえていたな。ははは、なかなか激しいカップルがいたようだ」

 

 

 

 

 冗談なのか、本当なのか……ジラークの言葉の真意は不明だが、アルマークとイオはもはやトマトのように真っ赤な顔をさらに赤くしていた。昨日の段階でそういう行為をしたことを自供しているようなものだ。

 

 

 

 

「そういえば、ジラーク様はアプリコットの宿屋の一室を借りきっている生活でしたわね。付き合いだした初日で、お互いの初めてを捧げあう。まさに理想のカップルですわね」

 

「……応援する、がんばって」

 

「うう……イオ、恥ずかしい……」

 

「し、知らない……」

 

 

 

 

 アルマーク達は、レナ達に祝福されるのは喜びながらも、しばらくの間なにも言えなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「でも、ジラークさん達やレナさんたち……それから「シンドローム」のメンバーや春人さん達も出かけられるんですね」

 

「だね、偶然とはいえ、少し不安だよ。私達がトップに近くなるなんて……」

 

 

 

 

 既にAランク冒険者の二人。他にもAランク冒険者は複数いるが、彼らが実力的にトップクラスになることは間違いがなかった。まだ16歳の少年少女は、誇らしいと同時に不安も持っていた。

 

 

 

 

「老師も言っていた。お前達がアーカーシャの将来を支える礎になると。自信を持て、お前達二人ならば、すぐにSランクに上がれるさ」

 

「ジラークさん……ありがとうございます、ジラークさんにそう言ってもらえるのは励みになります!」

 

「えへへ、ジラークさんからのお墨付きだからね! 今まで以上に頑張らないとね、アルマーク!」

 

「うん、イオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 二人の元気な表情に、ジラークも笑いながら考えを巡らせていた。この二人であれば、自分の実力を越える日もそう遠くはない……そんな確信にも似た考えだ。

 

 

 

 

 さらに、完成された強さを有する春人とアメリアも居るのだ。あの二人については、完成されているにも関わらず、さらに上昇している為、どこまで強くなるのか見当が付いていないジラークではあったが、アーカーシャの未来は明るいと断言できた。

 

 

 

 

「それに寄宿舎の問題は、「フェアリーブースト」が担っている。アーカーシャの独立もうまく軌道に乗れば、完璧なんだがな」

 

「農作物の生産については、わたくしが既に手は打ってありますのよ」

 

 

 

 

 レナは独立の話に話題が切り替わり、さきほどまでより、さらに自信満々になっていた。レナとルナの召喚魔法でゴブリンロードを30体召喚したのだ。各々のレベルは55……正直、それだけで色々と規格外の姉妹であることは伺えた。さらに、レベル15のゴブリンを100体召喚し、農作物の収穫などに当たらせている。

 

 

 

 

 ゴブリンロードは街の外からの侵入者に対しての経過に当たらせていた。人間に対して絶対服従のモンスター……彼女たちの強さが伺える瞬間でもあった。

 

 

 

 

「ゴブリンはともかく……ゴブリンロード30体は信じられんな。1体のレベルが55だぞ?」

 

 

 

 

 さすがのジラークも頭を抱えていた。

 

 

 

 

「買い被り過ぎですわ、あの程度は問題ありません。たかが55……強敵がアーカーシャを襲った際は、守り切れる保証はありませんのよ」

 

「レベル55って……僕たちでは、イオと二人がかりじゃないと厳しいんですが……」

 

 

 

 

 特に凄いこととは思っていないレナとは裏腹に、アルマークは苦笑いをしていた。アルマークやイオはレベル換算では50程度になる。アルマークとイオが二人で戦わなければ撃破は難しい相手ということだ。

 

 そんなゴブリンロードが30体、アーカーシャの周辺を守ることになったのだ。相当な守りということになるだろう。

 

 

 

 

「お前達が、本気を出せばどのくらいのモンスターを召喚できるんだ?」

 

「いやですわ、ジラーク様。乙女にそういうことを聞くのは野暮ですのよ?」

 

「……単独なら、最高はユニコーン」

 

 

 

 

 レナのはぐらかす態度とは裏腹に、ルナは率直にジラークの質問に答えた。

 

 

 

 

「私とレナで、合計2体のユニコーンを召喚できる」

 

「ルナ……そういうことは言うものではないですわよ」

 

「大丈夫、切り札は言ってない」

 

「最高がユニコーンではないと言ってるようなものですわ……もう」

 

 

 

 

 ルナの少し空気の読めない発言に、レナはため息をついた。それとは逆にジラークは目を見開いている。

 

 

 

 

「ユニコーンを……2体だと……!?」

 

 

 

 

 アルマークとイオはユニコーンがどの程度の存在か知らないのか、頭を捻っていた。しかし、ジラークだけはその中で驚愕の表情を崩さなかった。

 



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52話 それぞれの出発 その2

 

「330……!?」

「ああ」

 

 ジラークより、ユニコーンのレベルを聞いたアルマークとイオ。仰天のあまり、自分たちの耳を疑っている。そんな彼らの姿を見て、レナとルナはどこかご満悦だった。

 

「嫌ですわ、わたくし自慢など好みませんのに……」

「……ブイ」

 

 レナはわざとらしく、明後日の方向に目をやりながら顔を紅潮させ、ルナは無表情でピースサインをしている。自分たちの強さに自信がある証拠だ。

 

「まあ、スコーピオンの軍勢を相手にするんだ。そのくらいの戦力は必ず必要になるだろう。それにしてもユニコーンを2体か……最も驚きなのは、お前たちはさらに上ということだな」

「あ、そういうことか……ええっ? レナさん達って強さどのくらいなの!?」

「レベル換算で330以上……ってことですよね?」

「ふふ……」

 

 イオとアルマーク、二人の質問には彼女たちは頷くだけで、それ以上はなにも言うことはなかった。Sランク冒険者の実力を垣間見た瞬間でもあったが、必要以上に強さを誇示したくない印象も伺えたので、アルマーク達もそこで話題を終えることにした。

 

「さてと、話しは変わるがお前達の体調は大丈夫か?」

 

 ジラークも空気を呼んでか、話を変更させる。昨日の寄宿舎での話題に話を移動させたのだ。

 

「あ、はい。神経毒による体調は昨日の段階で完全に戻りました」

「はい、私もアルマークと同じです。でもゴイシュはどうなるのかな?」

 

 ゴイシュの名前が出てくるだけで、アルマークの表情が強張る。元気そうにしてはいても、やはり昨日の事態は衝撃的だったのだろう。

 

「ゴイシュは現在、ギルドの地下に幽閉されている。今後の処遇はレジール王国の法にかけられるようだ」

「レジール王国の? そういえば、穏健派が勢力として巻き返したと聞いておりましたわ。イスルギ様たちが強硬派の勢力を弱めたと。なるほど、王国であれば罰についても心配はないでしょうね」

 

 レナはジラークの話から、レジールの現在の情勢について思い出していた。現在の王国は現国王であるハインリッヒが実権を握ることに成功しており、共和制への舵を切り出しているのだった。

変革と言う意味ではアーカーシャも同じであるが、アーカーシャは法の整備そのものものが曖昧なので、ゴイシュ達の処遇はレジール王国へ託すことに決まったのだ。

 

 

「なんにせよ、良かったです……。ゴイシュにはちゃんとした罰が下るようで」

「だね、アルマーク。……あれ、エミル?」

 

 イオはギルド本部に入ってくる二人の影にいち早く気付いた。その影はデート中の春人とエミルの二人であった。

 

「腕組んで歩いてるよ、ホント仲いいよね」

「で、でも……アメリアさんに見つかったら大丈夫なのかな……」

「春人さまは、いけないお人ですわね、本当に。エミルさまも、思った以上に積極的な方のようですわ」

 

 ギルド内部にも仲睦まじく入ってくる二人に対して、アルマークやレナ達は微笑ましいながらも、春人の今後を心配していた。

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「あ、あの……エミル」

「なんですか?」

 

 左腕にもたれかかるようにくっついているエミルに、春人は照れながら声をかけた。

 

「ギルド内でこの状態は色々と不味いよ……ほら、向こうにはレナさんたちも居るし」

「春人さんは嫌ですか? 私とこうして歩くのは」

「いや、そんなわけはないけど……」

 

 春人としても、エミルにこんなことをして貰えるのは嫌なわけもなく、内心では相当に喜んでいる。あまり必要なくなったかもしれないが、偽の恋人という肩書きもあるので、こうしてくっついている意味合いは大きいと言えるだろう。

 

 

「なら、もう少しこのままで」

「う、うん……」

 

 春人も積極的なエミルに戸惑いながらも、周囲の羨望に近い眼差しを楽しむことにした。バーモンドの酒場にも来る冒険者はあからさまに悔しそうな顔をしている。看板娘は春人が手をつけていると思い込んでいる為だ。

 

「そういえば、アメリアさん達は大丈夫でしょうか?」

「ああ、アメリアとサキアかな? まあ、今日は下見だけだからね。色々と考えたけど、本格的な最深部の攻略は3日後。いよいよ、オルランド遺跡の最深部だ」

 

 アメリアとサキアは二人で、オルランド遺跡の下見に行っている。パイロヒドラが外に出てきてないかなど、念の為の確認だ。

 

春人としてもオルランド遺跡の最深部攻略は気持ちが高鳴った。転生されてから、明確な目的のなかった彼ではあるが、いよいよ冒険者としての目的を達成できる時が来たのだ。

 

「まだ、隠しエリアはあるみたいだけど、とりあえず初めての遺跡踏破の瞬間だ。やっぱり嬉しいよ」

「春人さん……気を付けてくださいね? 私は「海鳴り」で待っています。必ず、ご無事で帰って来てくださいね」

「う、うん……エミル、その言葉は……」

「あ、ご、ごめんなさい……私、変なこと言いました!」

 

 「待っています」の下りが、二人にとって恥ずかしい言葉だったのか、エミルも顔を真っ赤にして春人から離れた。春人自身も別の方向を向いている。

 

 

「やっほー、春人」

「マスター、偵察に行って来ました」

 

 

 そんな時、聞こえてきたのはアメリアとサキアの声だ。春人はすぐに二人と分かり、後ろを向いた。

 

「あ、アメリア……! て、偵察はどうだったの?」

「なんでエミルとこんなところに居るのよ? エミル、凄い可愛らしい格好してるし」

「え? あ、ありがとうございます……」

 

 アメリアは舐めまわすようにエミルの格好を見ていた。特に黄土色のスカートはそれなりの短さもあり、男の目を惹くデザインになっていた。

彼女の脚の白さと細さが良く見えている。実際、ギルドの何人の男が彼女のスカート姿を目に焼き付けたかわからない。

 

「春人は綺麗なエミル、視線をぶつけまくってたわけね?」

「う……否定はできないけど……」

「そ、そうだったんですか? う、嬉しいです」

「え? あ、そ、そう……?」

 

 春人の確認のような質問に対して、最後にエミルは「はい」と付け加えた。それを聞いた春人は勘違いをしてしまう……今日のエミルの服装は自分に見せる為の物なのではないかと。もちろん、それは正しいことではあったが、春人としては確信までは持てなかった。

 

「マスター、とても寂しいです。私にもたくさん、愛がほしいです」

「うわっ! さ、サキア……!」

 

 サキアは人間形態のまま、春人にしがみついた。彼女の服装は黒いボロボロのドレスなので、そのまま春人に抱き着くと、周囲からは奴隷少女を買ったように見えているのだ。

 

「あんた……満更でもないでしょ? ねえ」

 

 アメリアの表情は笑っていない。とても可愛らしい笑顔ではあるが。

 

「春人さん? これは浮気でしょうか? 恋人の目の前でするなんて大胆な方ですね」

 

 エミルもアメリアに負けないくらい可愛らしい笑顔ではあるが、決して内心は笑っていなかった。相当な嫉妬心を剥き出しにしている。

 

「あの~エミルさん? 浮気と言うのはどういう……。まさか、偽の恋人関係にかかってるの?」

 

 たじたじになりながらも、春人は質問をしてみたが、彼女からの返答はなかった。おそろしい二人からの視線に苛まれながらも、サキアは春人の身体から離れようとしない。

 

「サキア……君が離れてくれたら、色々解決するかも……」

「拒否します、マスター。私はマスターの命令に背いています。後で身体で償わせてください」

「あ、いや……! なにを言ってるのかな~? サキアは……!」

 

 サキアはわざと言っているのか、明らかに場の空気は凍っている。後程、身体で償うというのも含め全て真実ではあるが、彼女なりの大胆な牽制であった。

 

「は、春人さん! サキアさんと夜は何をしてるんですか!?」

 

 サキアの言葉を本気にしているのか、エミルは今にも泣きだしそうな勢いで彼を追い詰めた。彼女にそんな顔をされては泣き出したいのは春人も同じだ。

 

「いや……一緒のベッドでは寝てないよ? あくまでサキアは床で……というか寝ると言う行為はしてないと思うけど……」

「はい、私は睡眠を必要としませんので……ですが、偶にマスターの隣に行ってます。マスターは心優しいので、私を襲ったりはしませんが……今後はもう少し大胆に攻めてみます」

「ちょ、サキア!? そんなことしてたのか? なんか温度を感じるときもあったけど……」

 

 春人に抱き着いているサキアはものすごいカミングアウトをしながら、深々と頭を下げている。

マスターの命令を聞かない下僕を演じることで、マスターから厳しい仕置きを待ちわびているサキアであった。

 

 この場での彼女の行動はマスターを自分の物にしたいという気持ちの現れであり、全て計算して行っている。失礼な行動に関しては、全て夜の営みで償おうとしているのだ。普通の人間では引いてしまうような行為もデスシャドーである自分ならば、身体を壊すことなく行える……そういった自信からくる行為でもある。

実際、デスシャドーは手足が切り飛ばされても、元に戻せるだけの「再生能力」のスキルも備わっているのだ。

 

「マスター、私は「再生能力」があります。信義の花などのアイテムを使わずとも身体を再生することが可能です。人間には試せないことも、どうぞお試しください。痛みや苦しみは伝わりますので……マスターの性癖を満たせると思います」

「あの……俺はなんで変態のレッテルが貼られてるのかな……? そんなに俺は変態に見えるのか?」

 

 春人は全く怒っているわけではなく、むしろ現状を楽しんですらいるが、自分の性癖が歪であると思われているところには苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 サキアとしては、春人は変態であるとは思っていないが、手っ取り早く既成事実を作ろうとしているのだ。彼女なりの誘惑でもあった。そして、その行為は彼女の見た目の良さや春人の経験不足とかみ合い、かなり効果は高い。春人も現在の彼女の言葉には、とても心を動かされている……絶対にアメリアとエミルの前では言えないが。

 

 自分に絶対服従であり、様々な格好をさせられるだけでなく、行為そのものを、いつでも好きな時に好きなだけ行うことができ、苦悶の表情も拝むことができる……。

さらに後腐れなく元に戻すことも可能な「再生能力」……ゴイシュ辺りが手にしていれば大変なことになっていたであろうサキアであった。

 

 そんな考えに至った春人は思わずサキアを抱きしめる。兄のような気持ちで彼女を労わった。

 

「マスター?」

「サキアの気持ちは凄く嬉しいよ。それだけに、本当に危険な人物に取られなくて良かった」

「マスター……はい、私もマスターに拾われて心から嬉しく思います。デスシャドーは主人を選べませんから」

 

 サキアも流れに身を任せるように春人にしがみついていた。

 

「なにそれ? ずるいし……なんかいい話になってない? ずるい、ずるい」

「もう……春人さんは……知りません」

 

 納得はいかないながらも、アメリアとエミルは二人に対して笑顔を向けていた。少し、ギスギスしていた雰囲気が和らいだと言えるだろうか。

 

 

 

 

「うわ~……春人さん、大変だね。デスシャドーのあの子も含んで3人に攻められるなんて……」

「攻められる……う、うん……昨日のイオみたいなものかな……」

「も、もう! アルマークは何を想像してるの! バカ!」

「い、痛いよ、イオ……!」

 

 アルマークは昨日の自分に攻められるイオの姿を想像していたが、恥ずかしくなったイオはアルマークの頬をつねっていた。

 

「みなさん、盛り過ぎですわ……全く」

「……節操がない。……でも、羨ましい」

 

 現在、恋人募集中のレナとルナは、目の前のカップルや修羅場待ったなしの春人達を見据えながら、羨ましい気持ちでいっぱいだった。

 

「なかなか微笑ましい光景だ。お前達も、すぐに彼氏ならば作れるだろ? 求婚もされているんじゃないのか?」

「私達も、誰でも良いというわけではありませんのよ? 春人さまが相手であれば、すぐに承諾いたしますが、うふふ」

「……春人は格好いいと思う」

 

 ジラークに反論するかのようにレナは言った。そして、レナとルナは春人の方向へ目をやる。冗談も入っている二人ではあるが、その瞳は本気のものであることも伺えた。

 

 そして、春人達のギルドでのイザコザはその後もしばらく続いた。

 



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53話 鉄巨人 その1

 

 亡霊剣士とバジリスクの群れ……その数はおよそ20体。レベルは41と44を誇る亡霊剣士とバジリスクであり、オルランド遺跡の6階層……そういった、大群に襲われても文句の言えない高難易度の場所となっている。

 

 だが、この二人にとっては体力が削られる相手ですら、もはやなくなっていた。

 

「はああああ!」

 

 春人は亡霊剣士とバジリスクを、なんと剣を使わず打撃のみで粉々に粉砕していた。念のため、最小限の消耗で倒そうという彼なりの配慮である。

 

 そして、後方では炎の球が無数に飛び交い、アメリアが亡霊剣士たちを排除していた。春人は素手でモンスターを殴り殺し、アメリアは基本的な炎を魔法で焼き尽くしている。

 各個撃破……コンビなのに協力していないというのは、まさに彼らからしてみれば日常茶飯事の行為だ。もちろん、試しに協力をして倒したこともあるのが、もはや一瞬……遊びにすらならずに相手は消滅した……それから、さらに協力することを控えている二人だった。

 

「春人ってホントに強いわね。私も楽が出来ていいけど……サキアのレベルが異常なのも頷けるわね」

 

 アメリアは亡霊剣士とバジリスクの群れの全滅を確認してから、春人に言った。高価な結晶石を目の色を変えて拾っている。

 

「アメリアは、私のレベルがどの程度かは……わかっているのですか?」

 

 亡霊剣士たちとのバトルの中、一度として攻撃を喰らわなかった春人。彼女の出番は全くなく、主人の役に立てない悔しさを春人に抱き着くことで解消しつつ質問をした。アメリアとしても3日前のギルドでのイザコザを思い出し、顔が引きつっている。

 

「……そりゃあ、多少は。まあ、春人の場合は才能が全部出てないからさらに上がるだろうけど」

「はい、私の現在のレベルは200です。マスターのレベル……現段階で400という換算になります」

 

 サキアからのカミングアウト。既に春人の実力は400レベルに達していたのだ。ゴイシュが、サキアのレベルを見て絶望するのも頷ける数値と言えるだろう。春人としても初めて聞いた数値に驚きを隠せないでいた。

 

「俺のレベル換算は……400?」

「はい、ただし現段階でということです。今後、さらに加速度的に上がる可能性は高いかと」

「ま、春人の才能はまだまだ底が見えないしね」

 

 春人の驚愕の表情……アメリアも驚いてはいるだろうが、表面上はそこまでの驚きを見せてはいない。しかし、春人としてはこれ以上ないほどの驚きだ。

 

伝説のモンスターである鉄巨人と今の時点で並んでいる……これがどういうことなのか、基本的に自信のない春人にとってもすぐに理解した。

 

 

 

 

「春人は色んな意味で規格外よ。その辺りちゃんと理解するように」

「う、うん……肝に銘じておくよ」

「よろしい。よかったじゃない? アーカーシャの女の子選び放題よ?」

 

 アメリアはいたずら染みた笑いを浮かべながら春人に問いかけた。春人も何時ものことながら、顔を紅潮させてしまう。

 

 

「別にそれは……アメリアが相手なら考えるけど」

「なななっ! 何言って……!」

 

 春人の仕返しというわけではないが、いつもからかわれている彼女に対してのお見舞いの言葉。意外にもアメリアは表情を崩して視線を逸らした。

 

「ま、まあ……ペアリングもした仲だし、春人がどうしてもっていうなら……」

「え? アメリア……?」

 

 とても冗談には見えないアメリアの態度。それどころか、意外とその気になっている。不味いと感じた春人はすぐに話題を切り替える。

 

「そ、それより! 先に進もうか! いよいよ最深部攻略だし!」

「ちょっ! いきなり話変えないでよ! ずるいっ!」

 

 アメリアは春人に恨みがましく文句を言いながら、春人の背中を殴打する。春人はこれ以上は恥ずかしさで耐えられなくなりそうだったため、強引に先を急いだ。

その後もアメリアの顔を赤くした状態の殴打は続いたが、バカップルにしか見えない状況だ。この状態をサキアはとても不満そうに感じていたという……。

 

 

-------------------------------------

 

 

「……これが、ジラークさんが見せてくれた壁画ね」

「そうみたいだね」

 

 それから、二人は8階層の壁画の所まですぐに到達した。その間もマッドゴーレムや、ポイズンリザードなどを含め、複数のモンスターとの戦闘になったが、全く体力は削られていない。

二人としては、壁画の間は未攻略の地になっていたが、その場所に余裕を持って到着したのだ。壁画を改めて見上げると、壁画の中央には人間サイズの獣耳の少女が二人配置されていた。そして、その両脇には狼のようなモンスターが2体描かれている。

 

「その周囲にサイクロプスと鉄巨人……あとは死神……」

「うん、中央のモンスターが指揮官ってところかしら」

 

 壁画の位置から考えてもそれは明白であった。親衛隊の中でも序列は存在するのだろう。伝説のモンスター鉄巨人も親衛隊の中では埋もれてしまうのかもしれない。この壁画はそんな事実を告げているように見えた。

 

 

「どうする、春人? この先に進む? 臆病風に吹かれてない?」

 

 アメリアは春人を試すようにそう言った。この壁画を見て、春人に先を進む勇気があるかを問いただしているのだ。

 

「アメリアだってわかってるだろ? 真実はこの壁画の通りなのかもしれない。でも、俺だって冒険者だ、真実を確かめずに引き返すなんてありえないよ」

「うん、よく言えました。じゃあ、行きましょ!」

 

 アメリアは上機嫌に春人の手を掴んで先の道へと進んだ。影の姿のサキアもその後についていく。

 この3日でジラーク達とレナ達もそれぞれの探索に出向いていた。「シンドローム」のメンバーも同じだ。そして……春人達も現在、オルランド遺跡の最深部を目と鼻の先にしている。

運命が大きく動き出そうとしていた……オルランド遺跡の奇妙な気配はより、増大していたのだ。

 

「来たわね……」

「パイロヒドラか……」

 

 レベル240のパイロヒドラ……一際、大きな空間に辿りついた二人はそこで、複数体のパイロヒドラを見ることになった。そして……そんなモンスターの中央に座するは……。

 

「鉄巨人……」

「予想通りといったところかしら? 春人、さすがに今回ばかりは本気で行くわよ」

 

 中央に座する最深部のボス、鉄巨人。春人達の数倍はあろうかと言う体高に加え、赤い甲冑に覆われた騎士だ。右手には人間以上のサイズの大刀を携えている。レベル400の伝説のモンスターがそこには居たのだ。さらに、それを護衛するかのように5体のパイロヒドラも存在していた。

 今までの中で、最も強力なモンスターとの戦いが始まろうとしていた。

 

 

-----------------------------------------------------------------

 

 

 

 そして、時を同じくして地上にて……

 アーカーシャの街に進撃する巨大な影の一体……既にアーカーシャはその存在を認知していた。だが……

 

「悟! まずいわ! とにかく、街の人を中央会議場に集めて!」

「は、はい!」

 

 「フェアリーブースト」のメンバーを中心に、アーカーシャの街の人々は安全な場所へと扇動がなされていた。とにかく、パニックを起こさないように、テロス丘陵近くの住人はアーカーシャの中央付近に存在する円卓会議の場、中央会議場に集結させた。

 

「おいおい、どうなってんだよ……! なんでこんなことに……!」

「悟! 外のことは「センチネル」に任せるんだ! 俺たちが今できることは街の人々の誘導だろ?」

「わ、わかってます!」

 

 「フェアリーブースト」では、街の外には行っても意味はない。悟はそれが悔しくもあったが、今は上位の者に任せるしかなかった。

 

 

 

「イオ……」

「大丈夫、アルマーク……ずっと一緒だよ。例え、死ぬ瞬間でも……」

「うん、最後の瞬間まで……信じるさ」

 

 アルマークとイオ、二人の専属員は懸命に目の前の怪物を見据えていた。彼らの周囲には、レナ達が呼び出したゴブリンロード30体の姿もある。Sランク冒険者が不在のアーカーシャだが、彼らは任務を忠実に遂行する為にこの場に居るのだ。

 だが、敵となるモンスターの戦力は圧倒的に高い……赤い甲冑の鉄巨人がそこには居たのだ。

 

 目の前のモンスター、伝説の鉄巨人を見据えても、アルマークとイオの瞳の色は変わらなかった。春人達のところの鉄巨人とは別に、地上に降臨した怪物は街を蹂躙せんとその大刀を振りかざしていた。

 



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54話 鉄巨人 その2

 

 

 伝説のモンスター鉄巨人……フィアゼスの親衛隊として切り込み隊長を担っていた最強クラスのモンスター。アルトクリファ神聖国に存在する文献をひも解くと、その強さは嫌でも理解せざるを得なかった。

 

 春人は現在、そんな太古の化け物に遭遇していたのだ。1対1……サキアはむしろ足手まといになることを考えて、後方に待機させた。

 

「……春人」

「アメリア、鉄巨人は俺がやるよ」

「わかった。なら、他の連中は私とサキアが引き受けるわ」

 

 そう言いながら、アメリアは周囲を見渡した。鉄巨人の前まで歩いて行く春人に目もくれず、パイロヒドラはアメリアとサキアを標的に絞っていた。春人を素通りして、8本の首×5体はアメリアとサキアに迫ってくる。

 

「パイロヒドラ達って知能あるの? なんか、やけに統率されてない?」

「実際のところは不明ですね。私もモンスターというカテゴリではないので。ただ、レベル200を超えるモンスターはフィアゼスの中でも特別な存在……自然発生するかどうかの境界線でもあります」

 

 

 サキアのその言葉は初めての情報だ、アメリアもそんなことは知らない様子だった。

 

「なんか思い出したの?」

「いえ、これは私の中の基本情報です。ただ、良くない言葉で言い換えれば、200未満のモンスターは雑兵程度……フィアゼスからすれば雑魚も同然だったということになります」

 

 自然発生のモンスター……街の人々を含め、多くの冒険者にとっても命を脅かす存在だ。そう、アルマークやイオにとってもそれは例外ではなく、例えSランク冒険者でも命の危険が全くないというわけではない。

 

 そんなレベルのモンスターがフィアゼスの軍勢の中では雑兵程度に認知されていた。アメリアは表情こそ変えないが、ギルド本部の前方に位置する教会内部のフィアゼスの像を思い浮かべていた。

 

「さすがは世界を掌握した英雄ということかしら? ホント、面倒なモンスターを寄越してくれて」

「来ます、アメリア」

 

 レベル240の精鋭クラスのパイロヒドラ5体は大きな奇声を上げながら、二人に攻撃を開始した。

 

 

 

「これが、鉄巨人か……」

「………」

 

 春人は鉄巨人を眼前に見据える位置まで来ていた。赤い丸みを帯びた甲冑と巨大な銀に輝く大刀を携える巨人……そこから発せられる闘気はいままでのモンスターとは比較にすらならなかった。

 

「簡単に倒せる相手じゃない。サキアの話では俺とほぼ同じ強さを持つ相手ということだけど」

 

 レベルは共に400で対等と言える……これは春人を誉めるべきなのか? 太古の伝説のモンスターと並んでいると。それとも圧倒的な才能の春人に強さで追いついていると、鉄巨人を誉めるべきなのか……。

 

 

「しかし、致命傷の度合いは圧倒的に俺が不利だ。全力で動き、致命の一撃はなんとしても避ける!」

 

 人間である春人と魔法生物である鉄巨人。単純な生命力ではどちらに分があるか、火を見るよりも明らかだった。春人はユニバースソードを取り出し、瞬間的に鉄巨人に攻めて行った。鉄巨人も春人のそんな動きに反応するかのように、大刀を薙ぎ払う。

 

 その巨体とは思えない程の攻撃スピードに春人は飛んで避けながらも、冷や汗をを抑えることはできないでいた。

 

「確実に俺の防御を貫通する攻撃だ……絶対に油断はできない!」

 

 その鉄巨人のスピードと攻撃力に驚愕をした春人はすぐに着地して態勢を取り、そのままユニバースソードを鉄巨人の肩の辺りにお見舞いした。

 

「ゴオオオ」

 

 春人はまだ剣技は覚えていないが、力任せの一撃は鉄巨人を見事に捉え、その鎧の部分を砕いた。

 

「よしっ! やった!」

 

 彼は地面に着地し、肩を砕いたことを喜んだ。攻撃さえ命中すれば、倒せるだけの防御力と判明したからだ。さすがの鉄巨人も、同じレベル400の人間の攻撃は簡単には防げなかった。

 

「なっ!?」

 

 だが、その直後、飛んで来たのは肩を砕かれた鉄巨人の強烈な蹴りだ。想像以上に速いその蹴りは、春人に避ける暇を与えなかった。

 

 そのまま直撃に近い形で、春人はそのまま外壁に身体をめり込ませる。すぐに外壁から姿を現す春人だが、ダメージを負っており、口からは出血をしていた。

 

 

「くそ……やっぱり、籠手によって闘気を収束させてもダメージを喰らうか」

 

 まだまだ元気そうである春人だが、いままでは装備を新調してからの臨戦態勢時にダメージは負わなかったので、鉄巨人に対してある種の尊敬の念が生まれていた。

 

 相当な強敵だ……春人はそのように感じながらも、久しぶりの苦戦に心を震わせていた。彼も戦闘狂の部分を十分持ち合わせていたのだ。

 

 そして、春人と鉄巨人はその後、激しく剣で打ち合うことになる。まさに、互角の勝負が可能な者同士の決まりごとと言えるのかもしれない。

 

 

-----------------------------------------

 

 

 そして、時を同じくしてアーカーシャの街の目と鼻の先では、鉄巨人とアルマーク達との戦闘が繰り広げされていた。

 

「く、くそう……! 強すぎる……まさか、こんな怪物が居るなんて……!」

「アルマーク! だ、大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫だよ…ガードアップの永続化も完了しているから」

 

 アルマークとイオは、フィジカルアップ、ガードアップの魔法をかけつつ、パーマネンスにより、それらを永続化していた。1.4倍の攻撃と防御の上昇ではあるが、鉄巨人の前ではその程度の上昇はあまりに無意味だった。

 

「ぐぎゃ!」

「ぎえっ!」

 

 短い断末魔の悲鳴と共に、30体のゴブリンロードは確実に数を減らしていた。

レベル55とはいえ、鉄巨人にダメージを与えるにはあまりに無力だからだ。もはや鉄巨人からすれば雑魚もいいところである。

 

「ダメージを与えられない……? 数ではこちらが有利なのに……」

「アルマーク……」

 

 もはや二人は精神喪失状態だ、各々が自分達と互角以上のゴブリンロードが成す術もなく敗れ去っている。もはや、アルマークとイオが魔法で強化した程度でどうにかなる相手ではなかった。

 

 彼らができることなどもはやない。少しでも住民が避難できるように時間を稼ぐくらいだ。二人は手をつないで、鉄巨人の大刀を見据えている。ゴブリンロードの数も数体に減っていた。その次は自分達だ。そういった確信が二人にはあった。

 

 

「アルマーク……こういう最後も悪くないのかな?」

「イオ……できれば、イオをもっと抱きたかったかな……」

「バカ……じゃあ、もしも生き残れたら……好きなだけ抱いていいよ」

「ほ、本当に……はは、なら尚更死ねないな」

 

 アルマークの率直な欲望……お互い死を確信しているからこそ漏れた本音とも言える。

 

 そして、鉄巨人はゴブリンロードをいとも簡単に排除して、アルマークとイオに迫った。大刀は大きく振りかぶられる……アルマーク達は、より強く手を握り合った。そして、二人共、同時に目を閉じる。

 だが、鉄巨人の大刀はアルマーク達には振り下ろされなかった……彼らが目を開けると、鉄巨人は別方向に視線を移している。

 

 

「一体なにが……?」

 

 アルマークとしても何が起こっているのか分からなかった。イオも同じではあるが、彼らの視線の先、鉄巨人の見据える先には、二人の人物の姿があった。

 

 

「鉄巨人……やはり眠っていたか。こうして会えたことを神に感謝したい気分だ」

「ミルドレア……私は、戦うことすらできないから、離れてるわ」

 

 鉄巨人が見据える二人。アルトクリファ神聖国の神官長である、ミルドレアとエスメラルダの二人であった。エスメラルダは後方に、ミルドレアは鉄巨人の眼前へと向かった。

 

「さて、俺の防御はせめて貫通してくれることを願っているぞ」

 

 ミルドレアは自分の周囲にバリアを展開し、戦闘体勢へと移行していた。

 



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55話 鉄巨人 その3

 

「春人と、互角って感じかしら……」

 

 パイロヒドラのそれぞれの属性ブレスを障壁でガードしながら、アメリアは春人と鉄巨人の戦いを見ていた。彼女の前方から攻撃しているパイロヒドラは残り2体になっている。3体は既に、アメリアによって倒されていた。

 

 春人と鉄巨人の戦闘はガチガチのパワーの打ち合いと言えるだろうか。数倍の体格差がある二人が真正面から切り合っているのだ。巨体を活かしている鉄巨人であるが、速度も決して春人に負けていない。逆に、春人も鉄巨人の強力無比な攻撃を凌ぎ、ダメージを与えるほどのパワーを有していた。

 

「単純なパワーでは、いくら春人でも分が悪いわ……春人が鉄巨人の攻撃を捌いている理由は……」

 

「アメリア……申し訳ありません。魔法障壁が、もう持たないように感じられますが……」

 

 サキアはパイロヒドラが飛ばしてくる、強力なブレス攻撃を観察しながら口を開いた。アメリアが展開している魔法障壁にもひびが入ってきている。

 

「残り2体ですが、このままでは押し切られてしまいます」

「あ、大丈夫よ」

 

 サキアとは裏腹に、アメリアは余裕の表情をしている。手に持つホワイトスタッフを高らかに掲げると、魔法障壁は再展開された。パイロヒドラにもそれは伝わったのか、恐れおののいている様子だ。

 

「これほど強力な障壁をいとも簡単に再展開できるなんて……あなたは一体」

「一応、「最強の魔導士」だからね。春人にだって、そんな簡単に抜かれるわけには行かないわ」

 

 

 そして、アメリアのホワイトスタッフからは強力な電撃の球が形成されて行った。数万ボルトという単位では言い表せられない、強烈な波動を展開している。

 

「私の奥義を見せてあげる。行くわよ、雷撃球!」

 

 アメリアの怒号に合わせるかのように、雷撃球は膨張し、人間以上の大きさへと変貌した。そして、そのまま2体のパイロヒドラに向かい高速で飛んでいく。

 

「ギャオォォォォォ!!」

 

 1体目のパイロヒドラを黒焦げにしながら飲みこんだ雷撃球は、勢いが衰えることなく2体目のパイロヒドラも飲みこんだ。

 

「雷撃球……!? いえ、それよりも、2体のパイロヒドラを一撃で……!」

「ま、本気で行くって言った手前、多少は本気出さないとね。先に倒した3体もさっさと片付けた方がよかったわね」

 

 デスシャドーであるサキアも、雷撃球の威力には驚きを隠せないでいるようだ。レベル240のパイロヒドラ2体を同時に一撃の下に倒した。これが如何に凄いことなのかは、サキアにも想像がついているのだ。

 

 黒焦げになった最後の2体のパイロヒドラはそのまま肉体を溶かしていき、巨大な結晶石の塊になった。アメリアの前には、結晶石が5つ落ちている。

 

「1つの金額でも相当高そう……鉄巨人はさらに高価になりそうね」

 

 守銭奴のようにアメリアは目の色を変えて、結晶石の塊に手を出していた。サキアもそんな姿の彼女には少し引いた表情になっていた。そして、春人と鉄巨人の戦いに向き直る。相変わらず激しい打ち合いを展開している春人。彼は周囲に気を向けている余裕はないようだ。

 

「マスター……」

「春人の命令なんだから、協力するのは駄目よ」

「わかっています……」

 

 春人の命令はサキアを想ってのことだ。サキアは春人の半分の実力までしか出せない為、鉄巨人には無力に近い。実際、サキアは壁としての役割ならば十分にこなせるが、少女が傷つくのを春人は望まなかった。かなりの生命力を有するサキアでもそれは同じことだ。

 

「それに……実力伯仲の相手との戦い。春人にとってこれ以上の経験はないわ」

 

 最初から才能が開花し始めていた春人にとって、実力伯仲の相手との出会いは少なかった。最初の亡霊剣士、賢者の森のグリーンドラゴン。その後はずっと、余裕の勝利を繰り広げていたのだ。

 現在の春人はさらなる成長の時……アメリアはそんな直感を持っていた。

 

 

「剣技を習得すれば、春人は無敵になる。ちょっとだけ、悔しいかな」

 

 アメリアは少し寂しそうな表情も浮かべていた。

 

「……私のレベルが……上昇している……?」

 

 そして、そんな彼女の隣では、サキアが戸惑いながら、自らの変化を感じていた。

 

 

 

「見える……鉄巨人の動きが。慣れてきたのかな?」

 

 鉄巨人との互角の戦いを繰り広げ、少し疲労の見えてきた春人。鉄巨人へのダメージある攻撃は肩や足付近に集中していた。首を切り落とさなければ目の前の怪物は仕留められない。春人もそのように感じている。

 

 そして、それと同時に感じる自分の体内の変化……進化の瞬間は互角の戦力を持つ者との間で生まれたのだ。

 

 鉄巨人からの大きな振り下ろし攻撃を春人はいままでとは違い、最小の動きで捌いて見せる。最小の動きと最小の力の移動……たったそれだけで、強烈な鉄巨人の一撃を地面へと誘うことに成功した。

 

 

「受け流し……!」

「受け流し自体は、それほど高度な技ではないけど……鉄巨人の攻撃を受け流せる人間ってなると……ジラークさんでもできないでしょうね」

 

 アメリアは春人を賞賛する意味合いも兼ねて、自分が知り得る限り、最強の戦士を思い浮かべた。ジラークでも鉄巨人の攻撃をあのように受け流すことはできない。それが彼女の結論であった。

 

「ヴヴヴヴヴ……」

 

 春人のその受け流しの行為に鉄巨人は警戒したのか、距離を取り連続での攻撃は控えた。それなりの知能を有している。さすがは親衛隊というべきだろうか。

 

「体力的に差があるのは変わらない。すぐに勝負を決めた方がいいかな」

 

 鉄巨人を前にして、春人は余裕が出てきた。先ほどの受け流しで感じた確かな勝利へのビジョンというところだろうか。

 

 先陣を切ったのは春人の方だ。後ろへ下がった鉄巨人にほとんど考える時間を与えない。そのまま懐まで忍び寄り、鉄巨人の脚を両断した。

 

「ヴヴヴ!」

 

 完全に断ったわけではないが、確かなダメージを与えた。鉄巨人は態勢を崩しながらも右腕に携えた大刀を春人に向けて振り下ろした。だが、その攻撃も春人はたやすく受け流す。

 地面に命中した大刀の一撃は、抉り取るようにその場を崩壊させていた。

 

「春人は、強靭な防御に加えて、受け流しまで覚えたみたいね」

「マスター……まだまだ先が見えません。私のレベルも250を超えているようです」

 

 加速度的に強くなる春人。それを誰よりも感じていたのはデスシャドーであるサキアであった。自らのレベル×2が主人のレベルになる為、当然ではあるが、自らが春人に最も近い存在であることに嬉しさも感じている。

 

「サキア? なにか変な勘違いしてない?」

「なんのことでしょうか? 言わせていただきますが、あなたも恋人でもないのに、マスターを束縛し過ぎでは? マスターは現在、フリーな立場なはずです」

 

 

 春人が受け流しの技術で鉄巨人の攻撃を次々と捌いて行く中、その近くでは女の戦いが繰り広げられていた。自分が春人に、ある意味で最も近いと感じたサキアはどこか余裕の表情でアメリアに食い下がる。アメリアはそんなサキアの挑発に顔を引きつらせていた。

 

 そうこうしている間にも、春人の勝利は近づいている。春人は鉄巨人の攻撃を受け流し、脚を切り裂いた。既に鉄巨人は立ち上がることが出来なくなっていたのだ。

 

「……鉄巨人、決める!」

 

 そして、春人は天高く舞い上がり鉄巨人の首元目掛けて、ユニバースソードを振り払った。脚を失い、攻撃動作が鈍っていた鉄巨人は春人の一撃を防御することはできずに、まともに彼の攻撃を受けてしまう。

 

「ヴオオオオオ!」

 

 春人の一撃を首に直撃した鉄巨人は断末魔の悲鳴と共に、その場に倒れ込んだ。そして、そのまま立ち上がることなく身体は溶けて行き、残されたのは結晶石とレアメタルのみになった。

 

「マスター! お怪我はありませんか!?」

 

 戦いは終わった。周囲には少しの間、静けさが広がった。

そんな中、アメリアよりも早く、サキアは影の状態で近づき、少女の姿で春人にしがみついた。

 

「うわ、サキア! だ、大丈夫だけど……強敵だったよ、本当に……」

「相手は伝説の鉄巨人ですので、それは仕方ないかと。でも、それを破ったマスターは素晴らしいです。私はあなた様に仕えることを心から光栄に思います」

「あ、ありがとう。サキア……」

 

 春人としても過剰なサキアの言葉に恐縮しつつも、嬉しさも込み上げていた。鉄巨人を倒せたという優越感、達成感は後になって生まれてきたのだ。そのままの勢いでサキアの頭を撫でる春人。サキア自身も、幸せそうにしていた。

 

「春人、お疲れ」

「ありがとう、アメリア。そっちも怪我がないようで、安心したよ」

「ありがと、鉄巨人を倒したのは凄いわね。これで、ソード&メイジの名もさらに上がるわ」

 

 アメリアは上機嫌に春人の隣に立ち、彼の背中を軽く叩いていた。それから、春人にじっとりとした目線になった。

 

「春人~? サキアはあくまで人間じゃないからね? 勘違いして先走らないようにね?」

「えっ? えっ?」

「マスター。アメリアの言葉は気にしないでください。マスターは、ご自分の欲望を私にぶつければいいんです。その後のことはその時、考えましょう」

 

 アメリアはとても美しい笑顔で春人に念を押す。人外の者に本気になるなという忠告だろうか。

 それとは対照に、自らに欲望をぶつけるよう促すサキア。二人の表情は決して交わることなく、春人を対照的に捉えていた。

 

 こうして、オルランド遺跡の最深部を踏破することに成功したソード&メイジ。一番奥の隠しエリアへの扉は残っていたが、彼らはそれには目もくれずにその場を後にした。

 

 一気に春人達を襲った疲労感もあるが、今は鉄巨人を倒した達成感に浸りたい。そのような感情が、春人とアメリアの中には存在していたのだ。オルランド遺跡を踏破した達成感を持ちながら、春人とアメリアはアーカーシャに戻って行った。

 



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56話 鉄巨人 その4

 アーカーシャ郊外のテロス丘陵。アーカーシャの街からは数キロ以内の地点に存在する為、オルランド遺跡は最難関クラスのダンジョンながら、街までの距離は最も近い部類に位置する。

 

 現在、その入り口付近から出現した鉄巨人1体により、アーカーシャは存亡の危機へと瀕していた。レナやルナ、ジラーク、ロイド、老師と街の実力者たちは昨日の段階で遠征に出発していた為だ。

 

 また、ジャミル達「シンドローム」のメンバーもアクアエルス遺跡の最深部の奥、隠しエリア攻略に向かい探索に出かけていた。そして、春人とアメリアの二人も最難関とされるオルランド遺跡に向かっていた。

 

 そんな強者不在のアーカーシャではあるが、レナ達の召喚獣であるゴブリンロード30体と、「センチネル」により警護自体は万全であったのだ。この面子だけでグリフォン5体であれば壊滅できるほどの戦力を誇っている。

 

 だが、レベル400の鉄巨人が相手ではあまりにも無力であった。通常、実力差が離れていると相手にダメージが与えられず、いくら数を用意しても無意味になる事態が起こり得る。今回の事態もまさにそれと同じであった。

 ゴブリンロードやアルマーク達が何百という群れになろうとも、鉄巨人を倒すことはできないでいたのだ。

 

「さて、鉄巨人……どれほどのものか、試させてもらおう」

 

 そんな伝説の化け物を相手に汗1つ流すことなく立ちはだかる人物。アルトクリファ神聖国最強の人間、ミルドレア・スタンアークだ。

 

 周囲にいつも通り強力なバリアを展開している。そのバリアはドラゴンゾンビやキメラといったモンスターでは傷1つ付けることができなかった代物だ。

 

「ゴォォォォォォ!」

 

 鎧の中から聞こえる魔物特有の低い叫び声、鉄巨人はそんな声をあげながら強力かつ素早い振り下ろしをミルドレアに向けて繰り出した。鍔迫り合いの時に発せられるような音が、バリアと大刀の接合面でこだました。

 

「ミル!」

 

 背後から、心配に満ちたエスメラルダの声が響く。それとは逆にミルドレア本人は至って冷静だ。

 

「どうした? この程度か? 俺の防御は貫通出来ていないぞ」

 

 ミルドレア自身は無傷で鉄巨人を煽るように言葉を発する。その言葉に触発されたわけではないだろうが、鉄巨人はその巨体と大刀の大きさからはあり得ないような速度で連続攻撃をミルドレアのバリアに対して行った。

 

激しい轟音がミルドレアの目の前でこだまし続けている。そして、わずかながら鉄壁のバリアを鉄巨人は粉砕して行った。

 

「さすがは鉄巨人……伝説と称されるだけのことはある。まあ、親衛隊の一員とはいえ、その中では雑兵なのだろうがな」

 

 ミルドレアは壁画の真実は知らない。もちろん、親衛隊の序列などは文献などにも記載のないことだ。彼は、「親衛隊」という名称と鉄巨人のおおまかな役割とを鑑み、最強の存在ではないことを看破していたのだ。

 

 そのようにミルドレアが考えを巡らしている間にも、彼のバリアはどんどんと剥がされて行った。あと数秒で全て剥がされる勢いだ。

 

「俺のバリアを剥がすまで30秒程度か。他のモンスターとは比較にならない強さだな。お前に敬意を表するぞ鉄巨人。初めて本気で戦うに値する相手を見つけた」

 

 ミルドレアは鉄巨人にこれまでで一番の賞賛の言葉を送った。何年もの間、本気を出せず悶々とした日々を送っていたミルドレア。

 

敵の攻撃を待たずに攻撃を仕掛けていれば、鉄巨人といえども、バリアを突破されずに倒せたことは明白ではあるが、敢えて彼は待ったのだ。自らのバリアを剥がした鉄巨人への敬意の表われと言えばいいのだろうか。

 

 そして、程なくしてバリアを貫通、その直後の攻撃は無防備になったミルドレアに直撃するはずだった。しかし、ミルドレアの姿は鉄巨人の視界にはなかった。

 それとほぼ同時、鉄巨人は背後から氷の槍によって貫かれたのだ。思わぬところから食らった強烈なダメージに鉄巨人は片膝をついた。ミルドレアは一瞬の内に鉄巨人の背後へと移動していた。

 

 

「まさか……あれって、テレポート!? ミル……あなたって一体……!」

 

 同僚のエスメラルダですら、目の前の出来事を信じられないでいた。ミルドレアは確かに姿を消し、一瞬の内に鉄巨人への背後へと移動したのだ。それは目で追える限界を超えていた。春人ですらそんな動きはできない、魔法による光速を越えた瞬間移動に他ならなかった。

 

「嘘……伝説のテレポートを使える人が居るなんて……!」

「あれが、テレポート!?」

 

 戦いを見ていたアルマークとイオの二人も目の前の光景を信じられないという印象で見ていた。テレポートを使える人間など、現代では聞いたことがない……そんな表情である。

 

 魔法の発祥地でもあるグリモワール王国でも完成せず、フィアゼスも完成させたとは記載のない伝説の魔法……それを、ミルドレアという人物は完璧な形で使えているのだ。

 

 周囲の反応は至極当然のことであった。

 

「この魔法は俺のオリジナルだ。もちろん、この魔法が使えたからと言って、フィアゼスより自分が上にいったということではないがな」

 

 これだけの偉業を成し遂げても先人のフォローを忘れない。彼は、自らが最強であるということを確信しながらも、このような遺跡を作り上げ、世界を手に入れたジェシカ・フィアゼスを心から尊敬していたのだ。

 

 だからこそ、アルトクリファ神聖国の理念には共感が生まれていなかった。虎の威を借る狐……日本ではそのような諺があるが、まさにそんな行為を彼は嫌っていた。これはある意味で、ジェシカ・フィアゼスに対する好意の表われなのかもしれない。

 

「鉄巨人……ジェシカの親衛隊であるお前に敬意を表し、全力で屠るとしよう。お前は間違いなく尊敬に値する好敵手だった」

 

 一撃たりとも受けていないミルドレアであるが、片膝をついている鉄巨人に深々と彼は頭を下げた。そして、彼の身体はその場から消え、別の方向から一瞬の内に氷の槍が鉄巨人を襲った。

 そして、さらに別の方向からの槍による追撃……鉄巨人はもはやどこから攻撃が来ているかも認識できない。その後はテレポートを駆使し、圧倒的な戦闘力を誇るミルドレアを前に、鉄巨人は一撃たりとも攻撃することなくそのまま地に伏すことになってしまった。

 

 時系列で言えば偶然ではあるが、ちょうど春人がもう一体の鉄巨人を倒したところであった。二人の現代を生きる英雄に伝説のモンスターの一角である鉄巨人は倒されたのだ。

 

 

 

 

「み、ミル……平気なの?」

 

 涙目になりながらミルドレアに話しかけるエスメラルダ。自分の知る彼とかけ離れている為に、その声はとても脅えている。そんな彼女に、ミルドレアは不敵に笑いかける。

 

「ジェシカ・フィアゼスの親衛隊……おそらくは、その中では一番下といったところだろう。世界を手に入れた彼女の親衛隊がこの程度の強さなわけがないからな」

 

 ミルドレアはそう言いながらも、鉄巨人の遺した結晶石を大切に手に取っていた。好敵手に対する敬意が感じられる。エスメラルダはそんな彼の態度に良い感情は持っていない。

 

「ミルってもしかして……フィアゼスに恋でもしてるの?」

 

 エスメラルダは前々から思っていたことをつい言葉にしてしまった。彼女としてもすぐに口を閉じたが、一度放った言葉は消すことはできない。先ほどから、ミルドレアの動きが止まっている……もはや、彼の言葉を待つ以外に彼女としては何もできないでいた。

 

「恋だと? この世にいない人間に対して恋をしても仕方あるまい。俺の感情はあくまでも世界を統一した彼女に対しての尊敬だ。恋と言う意味では、俺はお前のことが好きだぞ」

「んなっ!!」

 

 いきなりのカミングアウトにエスメラルダは、アルマーク達と同じか、それ以上に顔を真っ赤にして慌てふためいた。言葉を放ったミルドレアの表情は特に変化がない。22歳を迎える彼、こういった経験は以前にもあったのかもしれない。

 

「もしも、俺に対して少しでもそういう感情を持ってくれているのなら……いい返事を期待している。心配するな俺は浮気など絶対にしない、一途な性格だ。どこかの複数の女をはべらせているという噂の冒険者とは違うさ」

 

「え、ええ。それは信じてるわ……少しだけ、考えさせて……」

「ああ」

 

 表情の変えないミルドレアと、顔がトマトよりも真っ赤なエスメラルダ。21歳を迎える彼女だが、何年もミルドレアを想い続けた結果、今まで彼氏ができたことはなかった。非常に人気のある彼女にしては信じられないことだが、恋愛の誘いを全て断ってきたのだ。そういう意味では、アルマークやイオの方が先輩とさえ言える。

 

 鉄巨人という強敵を倒し、アーカーシャに平和をもたらした。だが、そんなことは彼らにとっては些細なことだ。特にエスメラルダからすれば、決して叶わないと思っていた恋が実る直前まできているのだから……。

 

 戦いが収束したことを感じ取ったアルマークとイオは、ニヤニヤとした表情で二人を遠くから眺めていたそうな。既に色々と事を済ませている16歳の余裕といったところだろうか。

 



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57話 封印解除

「なんだって? それは本当かい?」

「本当だぜ! 時間もあったし直接この目で聞いてきたぜ!」

「オルガ……この耳と訂正した方がいいな……しかし、鉄巨人が……」

 

 場所はアーカーシャの南のアクアエルス遺跡の入り口……ジャミルとオルガの二人が会話をしていたのだ。

 

「鉄巨人が現れたのは何時かは聞いたかい?」

「どうも昨日らしいな。オルランド遺跡の最深部に1体、地上部分のアーカーシャ郊外に1体だ! こんなことは1000年間でも初めてじゃねぇか?」

「そうだね。それにレベル400のモンスターを一人ずつの人間が討伐したのも初めてだろう……ふふふ、さすがはSランク冒険者。ああ、ミルドレアは冒険者ではないが」

 

 オルガはこの鉄巨人が現れた情報をアーカーシャの街で仕入れ、ジャミルに報告していた。ジャミルもオルガの報告を受け、笑みを絶やさない。

 

「しかし、アクアエルス遺跡の最後の封印にこう何日もかかるとは思わなかったよ」

 

 

 彼らは何日も前にアクアエルス遺跡に到達はしていた。しかし、最後の隠しエリアの扉の封印の解除に時間を要していたのだ。

 

「ジャ~ミ~ル~。終わったよ~~」

「ああ、いいタイミングだメドゥ。さすがに暇を持て余していたところだ」

 

 アクアエルス遺跡の入り口から出てきたのは、今まで封印を解除していたメドゥだ。

彼女は昼夜を問わず尽力をしていたが、日数にして1週間ほど要したことになる。ジャミルは彼女を労い、体力を完全回復させる「メンタルウォーター」を与えた。たちまち、彼女の体力は元に戻って行く。

 

「奥には、どのくらいの者がいるのかしら?」

「さて、アーカーシャでは先日、鉄巨人が出てきたとの噂だ。こちらにもそのクラスは潜んでいるかもしれないね」

 

 メドゥと一緒に遺跡に入っていたアンジーが口を開く。ジャミルの口からは鉄巨人という言葉が出てきたが、彼は臆している様子は見せない。

 

「うふふ、鉄巨人クラスと聞いて尻込みしないジャミルはさすがね」

「君の故郷も、1000年前にフィアゼスに滅ぼされたのだろう? 皆感じていることは同じさ」

「私達4人は滅ぼされた者の末裔……うふふ、こんな巡りあわせがあるかしら」

 

 アンジーもジャミルも笑いながら話してはいるが、その表情の奥の心は決して笑ってはいなかった。1000年前の無念が彼らにも伝わっているかのようである。

 

「アルゼル・ミューラー。彼のことを知ったのはたまたまだが、人に仇なす者は殺さねば……この地は我々人間の物だ。モンスターの所有物ではない」

 

 ジャミルはそう言いながら、自らが殺したアルゼルのことを思い出していた。アーカーシャを裏切り、神聖国の住人になろうとしていた小心者。そして、非常に美人の何人かを囲い、欲望に満ちた生活を考えていた者だ。

 

「まあ、そんな輩の計画も潰したわけだ! あとは遺跡の隠しエリアに集中できるってわけだな!」

「そ~う~い~う~こ~と~」

 

「シンドローム」最強を誇るオルガとメドゥの二人もかつて、故郷を滅ぼされた者達だ。成長し、遺跡の現状を知り集結したことになる。彼らの正義……それは、フィアゼスの作り出したモンスターの死であった。

 

「レベル200未満のモンスターは消し去ることはできないが……それ以上のモンスターは、理論上滅ぼすことが可能だ。かたき討ちという意味合いでは、我々以外に適任は居ないだろう」

 

 サキアが話した内容についてもジャミル達は情報として持っている。彼らは各地に点在する、1000年前に滅ぼされた故郷の末裔。外に情報が漏れない形で当時の内情などが各地に残っていた。神聖国以外で、隠しエリアの封印解除を知るのもそういったところからきている。

 

「メドゥ、最深部のキマイラ4体は元気だったかい?」

「大丈夫~~元気~~」

「よし、それならいい。さあ、アクアエルス遺跡の完全攻略と行こうじゃないか」

 

 鉄巨人の噂を聞いても臆することがない4人は、武者震いを見せながら遺跡内部へと足を踏み入れた。目指すは最深部の奥……隠しエリアだ。

 

 

--------------------------------------------------

 

 

 場所は変わってアーカーシャ。まだ鉄巨人を退けて1日ではあるが、その噂は街中に広がっていた。地下で鉄巨人を倒した春人、そして地上で同じことをしたミルドレア。二人の話題で持ちきりの状態だ。

 

「ミルドレアが結果的にアーカーシャを救ってくれたわけか……なんだか変な気分だね」

「はい、春人さん。でも、元々神聖国は分割統治をしていた国ですし、特に敵と言うわけじゃないと思うんです。アーカーシャにとっては今後の交易相手になるだろうし」

 

 やや興奮したように話すのはアルマークであった。バーモンドの酒場で話をしているわけだが、昨日のミルドレアの圧倒的な強さに心が揺さぶられたのだ。

 

「そんなに彼は強かったの? まあ、話を聞くだけでも他の人も同じようなことを言ってたけど」

 

 春人は縦横無尽のテレポートでの槍攻撃で、鉄巨人にほとんど何もさせなかったと聞いていた。アルマーク以外の目撃者も同じように言っていたのだ。

 

「はい! 春人さんには失礼かもしれませんけど……もしかしたら、春人さんでも適わないかも……」

 

 アルマークはミルドレアの姿を思い浮かべながら、なおも興奮したような口調になっていた。

春人としては微妙な感情も芽生えるが、確かにミルドレア・スタンアークという人間はそれだけの力を有するのだろうという思いはあった。噂に聞くテレポートの魔法だけでも自分では反応できないからだ。

さらに、強烈な槍攻撃なども瞬時に行えるのであれば、戦局は確実にミルドレアに傾くだろう。

 

 

「あの男は、オルランド遺跡の隠しエリアに向かったのかな?」

「そうかもしれませんね。僕やイオがお礼を言っても、馴れ合いを嫌うのかすぐに去って行きましたし」

 

 アルマークの何気ない言葉。それを考えると、既にミルドレアはオルランド遺跡の最深部へ行っている可能性は高い。

昨日、鉄巨人というモンスターを無傷で倒したのだ。彼の更なる挑戦意欲は最高潮に達しているだろう。

 

「それに、なんだかお連れさんと良い雰囲気で……へへ、微笑ましかったですよ」

「まあ、それはおめでたいんだけど……アルマークもイオと付き合ってるんだよね?」

「あ、はい。照れくさいですけど」

 

 春人の問いかけに、アルマークは頷きながらも顔を赤らめていた。自分のことを慕ってくれる後輩のはずが、いつの間にか先を越されたようで、春人としてはなんと言っていいのかわからなかった。既に身体を重ねていることも聞いている。

 

「イオと仲良くね」

「はい、春人さんも早く一人に絞らないとダメですよ?」

 

 なぜかとても耳の痛い春人。後輩のアルマークにこんなにも早く、そんなことを言われるとは予想していなかっただけに、余計に痛い。なにか話題を逸らせないか……彼は咄嗟に妙案が浮かんだ。

 

「そうだ、イオと付き合ったなら、もうメドゥには会いにいけないな」

「ええっ!? ……ああ、そっか……そうですよね……」

 

 春人からのそんな言葉。その意味を知ったアルマークはとても残念そうにしていた。しかし、一途なアルマークが否定できるわけがなかったのだ。彼は肩を下げながらも、決して例の店に行くとは言わなかった。

 

「あははは、まあお互い行けないかな」

「そうですよ! 春人さんなんてもっと痛い目に遭いますよ? イオはなんだかんだ優しいですから、少しは許してくれそうですけど」

「はい、とりあえず、イオには密告しておくよ」

「ちょっ! 春人さ~~ん!」

 

 アルマークは涙目になりながら、春人に懇願していた。春人としても可愛い後輩にそんなことをするはずがない。笑顔で密告については否定した。

 だが、そんな彼らの会話を聞いていた人物が居たとは、二人は知らなかった。

 

「随分楽しい会話してるじゃない? 春人」

「アルマーク~~どのお店に行くって?」

 

 笑顔の美少女二人が、とても寒々しい空気を発しながら二人の席の前に立っていた。春人とアルマークは本気で命の危険を感じたそうな

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

「春人のアホ、バカ! なに考えてんのよ……!」

「す、すみません……」

「マスター……さすがに擁護できません」

 

 春人は綺麗にくっきりと両の頬にビンタの跡を付けていた。もちろんアメリアのビンタである。サキアもむくれているのか、春人に顔を合わせていない。

 

「サキアまで……そんなに怒るなんて、ごめん……」

「私をめちゃくちゃにしていただけるのでしたら、すぐに許します」

 

 春人はサキアのかなりエッチな発言に思わず顔を見上げた。どこまでも虐められるとこを望んでいるサキアに少し、くるものがあったのか。その様子を見たアメリアはさらにものすごい笑顔になっていた。

 

「え? ち、違うよ! なにも考えてないって……!」

「へえ~~? 私にはとてもそんな健全には見えないけどね~~? なに、サキアを虐めたいとは内心では思ってるの?」

「そ、そういうわけじゃなくて……! あの、その……!」

 

 その後、アメリアを説得するのは相当に骨が折れた春人であった。何回かビンタも浴びたので、頬がさらに腫れてしまい、サキアもオートガードでそれらの一撃を守ることはなかった。

 

 周囲の冒険者たちは昨日の鉄巨人の話題で持ちきりであるが、一際異質な雰囲気の彼らの席に近づこうとする者は居なかったと言う。

 

「あ、そうだ。ミルドレア……さんって、オルランド遺跡に行きましたよね?

 

 メドゥに関することで、春人の前の席ではアルマークがイオに強く問い詰められていた。それも一通り終わったのか、身体を色々と殴打されたアルマークの隣で、イオはミルドレアの噂を出していた。

 

「癪だけど……まあ、街を救ってくれたのは事実だしね。私達にそれを止める権利なんてないわね」

「……うん、そうだね」

 

 イオの質問に、アメリアと春人も納得せざるを得なかった。元々、隠しエリアの開放自体も妨害はしていないのだ。今更、止めようとも考えていない。

 

「ところで、春人? 私達は遠征の準備しなきゃ。色々、長い間出ることになるし、薬とかも買った方がいいわね」

「ああ、そういえばリザード討伐の依頼受けないとね。なら例の店に……」

「へえ、いい口実って感じかしら?」

「いや! 今のは別に……! クライブさんにも会った方がいいと思って!」

「聞く耳持たないわ」

「そうですね。マスター、覚悟してください」

 

 春人は必死で弁解するが、そんなものはアメリアとサキアには関係がなかった。勢いよく春人の身体に雪崩れ込み、彼はそのまま揉みくちゃにされてしまった。そんな光景には、アルマークとイオを含め、エミルたち周囲の人間も苦笑いを浮かべていたという。

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

「ここが8階層最深部ね」

「そのようだ。今は居ないが、鉄巨人が存在していたのだろう」

 

 その頃、ミルドレアとエスメラルダの二人はオルランド遺跡の最深部へと到達していた。ここへ来るまでに遭遇したモンスターレベルは相当に高かったが、彼らからすればそれ程でもない。エスメラルダはともかく、ミルドレアは息一つ切れていなかった。

 

「ミル、あなたは本当に凄いわ。私としてもその……まあ、色々……」

「ありがとう。お前にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」

「も、もう……」

 

 昨日の突然の告白もあり、エスメラルダは時折、思い出してしまう。ミルドレアは特に変わった様子はないが、彼女への親愛の情は以前よりも増していた。まだ正式な返事はしていないエスメラルダではあるが、もはや答えは決まっている。

 

 

「ま、まあ……今は任務を遂行しましょう! あれが、8階層の隠し扉ね!」

「そのようだ……ここの途中で見た壁画のことも気になる。とりあえずは開放して……ん?」

 

 春人達が昨日鉄巨人を倒した場所。その地に二人の神官長は立っている。そして、目の前に存在する非常に大きな扉……それの開放に着手しようとした瞬間。轟音が辺りに鳴り響いた。

 

「え? な、なに……!?」

「扉が、開いて行くようだ……」

 

 突然の轟音に驚くエスメラルダと冷静なミルドレア。ミルドレアの言葉通り、前方の大きな扉は自動的に上へと開いて行ったのだ。

 

 そして全て扉が開き終わった時……とても大きな空間が二人の前に現れた。

 

 

「やはり相当な広さを有する空間のようだな」

「一体、何があるのかしら?」

 

 自動的に開いた空間に訝しげな印象を持ちながらも二人は、隠しエリアへと脚を踏み入れる。いくつかの柱は見て取れるが大きさはこれまでの隠しエリアとは比較にならない。そして、まず目に入ったのは赤い甲冑の巨体……。

 

「まさか……鉄巨人!?」

「そのようだ……起動はしていないようだが、全部で8体か」

 

 大刀を地面に置き、正座するような形で鉄巨人は左右に4体ずつ並んでいた。その中央にはカーペットのようなものが引かれ、それは中央の階段まで続いていた。

 そして……階段の上には、荘厳な棺が置かれている。

 

「あの棺を中心に鉄巨人が配備されているのかしら?」

「まあ、そうだろう……あの中に眠る人物は……いや、違うだろうな」

 

 ミルドレアが一瞬、頭をよぎらせた人物。それは1000年前の英雄に他ならなかった。しかし、彼はすぐにその考えを振り払う。自らの直感が告げていたのだ……それは違うと。

 

「棺を開けてみれば真実はわかるさ、行ってみるか」

「え? 鉄巨人の間をくぐって行くの? 8体も居るのよ!?」

 

 平然と言ってのけるミルドレアにエスメラルダは相当にテンパっていた。棺までの距離は30メートル程度。そこに列を作るように左右に4体ずつの鉄巨人が鎮座している。何時動き出すか分からない現状で、あの棺まで行く勇気は彼女にはなかった。

 

「万が一の為に、外へ脱出できる転送魔法は用意しているだろう? そう心配するな。俺が付いている」

「え、ええ……それはとても頼もしいのだけど」

 

 ミルドレアは鉄巨人を葬れるが、エスメラルダにそれはできない。彼に全幅の信頼は持っていても、恐怖というものは取れないでいたのだ。あの棺から発せられる、これまでとは比較にならない気配……それが、神官長である彼女の脚を踏み留まらせていた。

 

「エスメラルダ、お前が怖がる気持ちもわかるさ。俺も8体もの鉄巨人は意外だった。これまでとは比較にならないエリアのようだ。一度、戻るとしようか」

「え、ええ……ごめんなさい」

「気にするな」

 

 そう言ってミルドレアは優しく微笑む。普段は寡黙な白髪の二枚目が笑った。あまり見ることのない光景に、エスメラルダは乙女の感情を爆発させていた。顔がトマト以上に真っ赤だ。だが、そんな微笑ましい光景はいつまでも続きはしなかった。

 

 ミルドレアが気付いたとき、既に8体の鉄巨人の目からは光が灯っていたのだ。そして、各々の鉄巨人はすぐ隣の大刀を持ち立ち上がった。8体の鉄巨人が一斉に起き上がった瞬間であったのだ。

 



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58話 親衛隊 その1

 

「鉄巨人が8体……! 不味いわよ、ミル!」

「ああ、だが……それよりも危険なのはあの奥だ」

 

 突如起動した鉄巨人……その数は8体に上るが、ミルドレア達に攻撃を仕掛けてくる気配はない。中央に敷かれたカーペットにそのまま並ぶように彼らは整列し、剣を構えたのだ。その状態から微動だにする様子を見せない。

 

「鉄巨人が整列……こんなことって……一体何が起こってるの!?」

「後ろへ下がれ、エスメラルダ……どうやら、思っている以上に事態は深刻なようだ」

 

 8体の鉄巨人の整列を見て、ミルドレアは真顔になった。これ程の表情は初めてかもしれない。彼の表情に驚いたエスメラルダはすぐに後方へと移動した。

 

 そして、程なくして中央の階段の上に位置していた棺が開かれる……中から出てきたのは……。

 

「……少女?」

 

 後方へと移動したエスメラルダが真っ先に声をあげた。棺から現れたのは、どのように見ても10代の少女に他ならなかった。しかし、頭には獣耳が生えており、立ち上がる少女には尻尾も生えている。

 腹の出るデザインの服を着ており、下はミニスカートにスパッツという出で立ちだ。両腕には黒色の指の部分の開いた、肘まで隠すグローブを付けている。服装は全体的に青色であり、スパッツは黒といったカラーリングになっている。

 

 髪も黒髪であり、表情はあどけなさが残っている。非常に端整な顔立ちではあるが、目は獣のように瞳孔が収縮しており、眠たそうな雰囲気であった。

 

「あ~~、良く寝たぜ……まだ、眠いけどな……頭がおかしい」

 

 彼女は自らの頭を掻きながら、人間のように言葉を発したのだ。目をこすりながら、寝起きの人間のように欠伸をかいている。獣耳などからも明らかに人間ではないが、構造上は非常に近い存在であることが伺えた。

 

「言葉を……話した!?」

「予想はできていたが……さすがに、驚きだ」

 

 ミルドレアとは違い、エスメラルダの表情はとてつもなく驚いている印象だ。目の前の獣耳の美しい少女……壁画の状態や、周囲の鉄巨人の態度からもどういった存在なのかは明白だ。それだけに、エスメラルダは一層の恐怖が拭えないでいた。

 

 鉄巨人は欠伸をしながら階段を下りてくる少女に対して跪いていた。そこには圧倒的な主従関係を感じさせた。少女も鉄巨人に何も言わない。

 

 

 

「あ? なんだ、お前ら? この感じは……人間か?」

 

 階段を降り切ったところで、少女はミルドレア達の存在に気付く。眠たそうな表情は幾分、マシになっていた。

 

「その通りだ。まさか、人語を操るモンスターが居るとはな。驚いたぞ」

 

 ミルドレアの挑発的な言葉。彼はその少女を見て、アドレナリンをさらに分泌させていたのだ。鉄巨人8体を跪かせる存在……彼女が壁画の中央に描かれていたことからも、親衛隊のトップであることは間違いない。

 

「ああ、数百年以上は経過してんのか? はは、この奥地まで人間が来れるとはな。鉄巨人の包囲網が敷いてあったはずだが……特に、男の方は相当強いな」

 

 青い服の少女は、その可愛らしい外見からは想像しにくい言葉使いながらも、ミルドレアを賞賛しているようだった。エスメラルダはさらに後方へと退く……彼女から発せられる強大な気配に恐れおののいているからだ。

 

 

「正確には1000年ほど経過している。この場所は、俺たちが入らなければ、作動しなかったのか?」

 

 念の為、ミルドレアは確認をした。自らの行為でこのような強大な存在を起こしてしまったのではないかという思いからだ。

 

「いや、私はどうせ目覚めてたぜ。まあ、そんな心配すんな、どうせ人間は滅ぶ。それに変わりはねぇよ」

 

 そう言いながら、青い服の少女は豪快に笑い出した。無邪気な彼女の言葉。恐ろしい程自然に出ている言葉だ。ミルドレアも少し戦慄を覚えた。

 

「俺たちが探索をしなくても目覚めていたということか……それは、少し安心した」

 

 ミルドレアの背後のエスメラルダはもはや言葉が出ない。指揮官の立場にあるであろう少女の言葉……人間は滅ぶ……。その言葉が恐ろしい程にエスメラルダの中で実感できていたのだ。

 

 その理由としては、8体の鉄巨人が挙げられる。この8体だけで、周辺の国家を滅ぼすには十分な戦力だ。それだけに、エスメラルダの震えは止まらないでいた。

 

 そして目の前の少女の強さ……エスメラルダとミルドレア、二人がサーチの魔法で戦力を計算していたが、イマイチ上限がわからないでいた。鉄巨人を従えていることと、圧倒的な気配からもレベル400を超えることは確実であるが。

 

「可能なら教えてくれ。お前はフィアゼスの親衛隊なのか?」

「ああ、そうだぜ。ジェシカ様の側近の一人、アテナだ」

 

 アテナと名乗る少女は簡単に素性を明かす。まるで息をするかのようなカミングアウトだ。圧倒的な余裕と言えるのかもしれない。

 

「つーか、ヘカーテの野郎! 私の可愛いフェンリルまで持って行きやがって! なんでむさ苦しい鉄巨人しか居ないんだよ! あの野郎、見つけたら制裁してやる!」

 

 ミルドレア達が臨戦態勢を取る中、アテナは急に怒りを露わにし、周囲の鉄巨人を蹴り始めた。鉄巨人は困ったような悲鳴を上げながら転がってゆく。手加減はしているのか、ダメージはないようだ。転がった鉄巨人はそのまま、寂しそうな表情と声を上げつつ、元に位置に戻って行った。

 

 

「まあ、いいや。とりあえず、目の前の人間で憂さ晴らしするか。寝起きの私は機嫌が悪いからな。頼むから、少しの間は持ってくれよ?」

 

 そしてアテナも臨戦態勢を取った。先ほどまでの波動とはさらに異質なものがミルドレア達を襲う。恐ろしいまでの波動……ミルドレアの表情は真の好敵手に出会えたそれに変化していた。

 

「フィアゼスの側近が相手か……相手にとって不足はないな」

 

 人生最大の好敵手。ミルドレアの中に生まれた言葉だ。彼の表情は戦闘狂を越えた人ならざる者へと変化しており、エスメラルダの身体をさらに後ろへと後退させた。今宵、この瞬間、頂上決戦ともいうべき戦いが繰り広げられることになった。

 



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59話 親衛隊 その2

 

「んじゃ、早速始めようぜっ」

 

 指なしグローブ越しに手首をおりながら器用に骨を鳴らすアテナ。準備運動なのだろうか、軽くスクワットも試みていた。意外にも大きな胸が揺れている。

 

「ミル……本気で戦うの?」

「どの道、逃げられる相手でもないだろう。どうやら、あいつは鉄巨人を使うことはないようだ。1対1の勝負で逃げるわけにはいかんな」

 

 アテナは8体の鉄巨人を背後へと立たせ、大刀を高らかに掲げさせた。そして、アテナは前方へと歩み寄り、ミルドレアを見据えた。後ろの非常に強力な戦力はただのパフォーマンス要因になっている。

 

 自らの力の誇示か、アテナの性格がよく分かる演出だと言えるだろう。

 

 

「大したものだな。鉄巨人がただの観客代わりとは……」

「へたに出て来ても足手まといだからな。お前は、鉄巨人の1体は倒せるんだろうな? 本当に頼むぜ」

 

 ミルドレアへのアテナの投げかけ。ミルドレアからすれば、彼女の返答はイエスだ。比較的簡単に1体を葬ったと言えるだろう。だが、目の前の側近はそれが出来ることが最低条件……当然のことかのような口調で話す。

 

「鉄巨人を倒したのは紛れもない事実だが、まさか鉄巨人を相手にそんなことが言えるモンスターが居るとはな」

「私を誰だと思ってんだよ。ま、1発や2発で死ぬなよ? 頼むぜ」

 

 そして、アテナはこれ見よがしに右の拳に力を溜めた。態勢を低くした状態からの突撃。あまりにも隙だらけの直線的な攻撃だ。

 ミルドレアにそんな攻撃は命取りだ。カウンターで確実に合わせられるし、彼が相手でなくてもそれくらいならば容易にできる者は多い。だが、アテナは誰もが予想する攻撃を、あまりにも予想通りの突進でミルドレアに向かって行った。

 

 あまりにも予想通り……のはずの攻撃だが、不思議と付け入る隙がない……カウンターを合わせようものなら、アテナの拳で木端微塵にされかねない程の気配が漂っていた。

 

 ミルドレアは瞬時にバリアを展開し、防御に全神経を集中させた。鉄巨人でも、突破までに30秒という戦闘に於いてはあまりに命取りの時間を要した代物だ。そのバリアにアテナの右拳が接触する。

 

「……なにっ?」

 

 ガラスのような割れた音……ミルドレアの耳には確かに、ガラスの瓶を地面に落としたような音が聞こえていた。アテナの右拳がバリアを一撃の下に粉砕したのだ。アテナの初撃はそこで勢いが停止する。だが、続けて二撃目が繰り出された。

 

「やっぱりこの程度か……まあ、期待はしてなかったけどな」

 

 そのまま、アテナは攻撃を止めることはなく、拳を振り抜いた。直撃を受ければ命さえ危うかった攻撃……だが、彼女のその一撃は空を切り、ミルドレアは眼前から姿を消していた。

 

 

「へえ、瞬間移動か? 随分と高レベルなことできるじゃねぇか」

 

 アテナの鋭い獣のような眼は、瞬間移動したミルドレアを目で追っていた。決して場所は看破することはできないはずの光速以上の移動……。ミルドレアは汗を流していた。

 

「どういうからくりだ? テレポートを看破するとは……いや、それよりも一撃で俺のバリアを貫通することの方が問題か……」

 

 ミルドレアは冷静に物事の整理をしているが、内心は穏やかではない。今まで全てのモンスターに対して展開してきた己のバリア。そのバリアを一撃で粉砕し、即刻自らの真の戦闘スタイルへと移行させた存在が目の前に居るのだ。

 

 圧倒的なアテナという側近の存在……ミルドレアとはいえ、加減をすればたちまち瞬殺されかねない。彼は全力でアテナを葬る覚悟を決めた。

 

 

「お前は危険すぎる。ここで確実に始末する」

「私に対して随分な言葉遣いだな。現代の人間は相当に身の程知らずってことかよ」

 

 お互い、再び目線が交差した。ミルドレアは手元に氷の槍を作り出し、アテナは右拳に再び力を灯す。二人の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

「……ミル……」

 

 隠しエリアの傍らでは、エスメラルダが固唾を呑んで見守っている。彼女にできることは、ひたすらミルドレアを信じるのみだった。

 

 

----------------------------------------------

 

 

 時を同じくして、アクアエルス遺跡……

 遺跡の4階層の隠し扉は開かれ、「シンドローム」のメンバーが中へと入っていた。荘厳な壁画等に覆われ、明らかに内装の違う遺跡として有名ではあったが、最後の隠しエリアはオルランド遺跡のそれと酷似していた。

 

 赤いカーペットが中央に敷かれ、それは隠しエリアの中央から伸びる階段まで続いている。そして、階段の奥にはオルランド遺跡と同じく荘厳な棺がセットされていたのだ。

 

「これはどういうことかしら? 今までとは明らかに様子が違うわね」

「……確かに」

 

 先行しては言っているのはアンジーとジャミルの二人。周囲には4体のアンデッド化したキマイラを連れている。だが、先ほどからキマイラ達は脅えている様子だ。棺の方をしきりに見ている。

 

「へいへい、キマイラ共の様子がおかしいな! アンデッド化してんのによ」

「それに~~。周囲も~~おかしい~~~~」

 

 後から入って来たオルガとメドゥ。中の雰囲気の異様さにはエースの彼らも警戒を露わにしていた。

 

「……なんだ?」

 

 そして、そんな異様な周囲から忍び寄るモンスターの影。先ほどまで何も居なかったはずだが、青い巨体が2つ姿を現した。棍棒を携えた1つ目の巨人だ。

 

「これは……サイクロプスか? メドゥ、レベルはどのくらいかわかるかい?」

 

 ジャミルはすぐにサイクロプスの存在に気付き、メドゥに声をかけた。間髪入れずに彼女も声をあげる。

 

「……レベルは380くらい~~」

「……380? 強いな……そんな者が2体……ぬっ!?」

 

 ジャミルはメドゥの言葉を聞いて多少驚きを見せた。しかし、その表情はまだ余裕があったと言えるだろう。問題はその直後に起きた。

 

 彼らの前方に位置する荘厳な棺の前……その両脇にもいつの間にか二つの影が生まれていたのだ。1つは漆黒の体毛に覆われた、巨人よりもやや小柄な狼の姿。

 

赤く鋭い目からは敵意の視線が降り注いでいる。そしてその隣には、白銀の体毛に覆われた美しい狼の姿があった。こちらは比較的穏やかな表情で座り込んでいる。

 

「あれは……なんだ?」

 

 ジャミルは2体の狼の姿を捉えた瞬間、戦慄を覚えた。明らかにジャミル達の近くに居るサイクロプスとは異質な気配を感じたからだ。より高レベルの親衛隊のメンバー。彼の脳裏にはそれがよぎった。

 

「おいおいおい、なんだありゃ? 狼だよな? メドゥ!」

 

 ジャミルよりも先にメドゥに話しかけたのはオルガだ。既に顔中に汗を流している。メドゥも狼の姿を見てからは様子がおかしい。

 

「レベルは……500? 600? ……違う……もっとある……」

「なんだと……?」

 

 メドゥも驚きの表情は隠せず、狼たちを見据えている。2体それぞれが非常に高レベルだった為だ。

 

 予想外の能力の高さにジャミル達は即座に最大限の警戒態勢を取った。自らが操るレベル137のキマイラ4体を一瞬の内に蹴散らしたフォーメーションでもある。

 

 だが、サイクロプスや狼たちはすぐに攻撃を仕掛けてくる様子を見せない。それどころか、全員棺の方向に目をやっていた。そして、棺はすぐに開かれ、中からは眠たそうな表情をした獣耳を有する少女が出てきたのだ。

 



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60話 親衛隊 その3

「あ~~~、良く寝た~~」

 

 ジャミル達が階段の下で臨戦態勢を取る中、棺からは、緊張感のない声が周囲にこだました。

 

 オルランド遺跡のアテナと似通っている獣耳の少女であり、もふもふとした尻尾も同じである。髪はやや茶色がかっており、アテナよりも長い髪をしていた。

 

 服装も腹の出たミニスカートという出で立ちで、肘近くまでの長さがある手袋も付けている。全体的な服のカラーは黄色になっていた。この色についてはアテナと変わっているがスパッツなど似ている部分は非常に多く、双子のようなものだった。

 

「へへ~、ケルベロス~~! おはよ~~」

「くう~ん」

 少女は起き上がり、漆黒の狼の身体にすり寄った。先ほどまで怒りの形相をしていた狼は嘘のように甘えた声を出し、少女の顔を舐めたのだ。

 

「きゃはは、くすぐったいよ~~! あ、フェンリルもおはよ~~!」

「ハルルっ」

 

 白銀の狼も立ち上がり、少女の前へと歩み寄った。そして、彼女の身体を背後から舐める。モンスター同士の久しぶりの再会ということだろうか。

 

 

「あれ? なんか人が居るね」

 

 そして、一通り少女と狼は再開を喜んだのか、ようやくジャミル達の存在に気付いた。赤い瞳をギョロリと彼らに向けた獣耳の少女は品定めでもするかのように4人を見据える。

 

 アテナと比較すると甘えた印象の拭えない彼女ではあるが、そこから放たれる波動はアテナと変わらない程に強烈なものであった。

 

「彼女がこの中のボスかな……もはやレベル上限が見えないね」

「狼より……さらに高い……」

 

 ジャミルとメドゥは黄色い少女から放たれる気配に、言葉がうまく出てこない状態になっていた。メドゥもサーチの魔法で彼女の能力は測れていないのだ。

 

「う~ん、どうしようか、ケルベロス? 久しぶりの人間だし、食べちゃおうか?」

「グルルルルルッ」

 

 少女はケルベロスと呼ばれた黒い狼の身体にもたれ掛りながら、なにやら楽しそうな会話をしている。彼女は笑っているが、話している内容は相当に物騒だ。

 

「よ~~し、なら早速始末しちゃえ~~。ヘカーテより命ずるよ! 行け行け、サイクロプス~!」

 

 ヘカーテと名乗った少女は右手を高らかに掲げ、階段の下に立っているサイクロプス2体に攻撃を命じた。命令されたサイクロプスは向きを変え、即座にジャミル達に狙いを定める。

 

 

「へいへいへい! 巨人野郎ども、やる気満々じゃねぇか!」

「これは不味いわね……レベル380の怪物が2体なんて」

 

 オルガもアンジーも急遽、殺意の波動を見せてきたサイクロプスに警戒心を強める。階段の上の者達はまだ戦闘意欲はないようだが、いつ攻撃を仕掛けて来ても不思議ではない。その恐怖が二人をさらに警戒させていた。

 

 

「ち、考えていてもしょうがないな! 先手を取るぜ!」

 

 早口のオルガだが、目の前の圧倒的な存在を目の当たりにしているからか、さらに早口になり、気付いた時にはサイクロプスに挑んでいた。

 

「ブウウウ!」

 

 ある意味でその素早い行動は功を奏する。4人の中で最も戦闘力の高いオルガがサイクロプスと打ち合い、緩衝材になることで、他の3人は自然と彼をバックアップすることができたからだ。

 

「オルガ~~、援護する~~~」

 

 メドゥは話し方こそゆっくりではあるが、この上ない程のスピードで彼にスピードアップとフィジカルアップの魔法をかけた。5分間、オルガは攻撃能力と速度が1.4倍に上昇した。

 この時、オルガの実力はメドゥの援護もあり、単体でもレベル380のサイクロプスと打ち合えるレベルになっていた。

 

 アンジーとジャミルはネクロマンスの能力で操っているキマイラも最大限活用し、もう一体のサイクロプスに照準を合わせたのだ。攻撃はこちらから動いたが、それが命取りになってしまった。想像以上に速いサイクロプスの攻撃が彼らを襲う。

 

 

「危ないわ! 下がって!」

 

 オカマ口調ではあるが、言動は勇敢な戦士のそれだ。どちらかと言うと後衛のジャミル、完全に後衛型のメドゥを庇い、アンジーは手に持つウォーハンマーでサイクロプスのカウンター攻撃を受け止めた。オルガとは違い、アンジーはメドゥの補助魔法による強化を受けていても尚、後方へと大きく飛ばされてしまった。

 

「ぐっ! 完全にガードしたはずなのに……こんなに弾き飛ばされるなんて……!!」

 

 ウォーハンマー越しに両腕に伝わる強烈な痺れ……それが、サイクロプスの攻撃力の高さを物語っていた。

 

「つ~~よ~~~い~~!」

「アンジーがあそこまで吹き飛ばされるとはね。仕方ない、キマイラ!」

 

 4体のキマイラはサイクロプスの攻撃に恐れをなしていたが、ジャミルからの直接命令を受け、その感情も消失したようだ。

 

 すぐに人形のような能面になり、サイクロプスに向かっていく。だが、レベル137程度の強さではサイクロプスにダメージは与えられない。そんなことはジャミルもわかっていた。

 

 さらに、サイクロプスの方が攻撃速度は速く、キマイラを突進させても返り討ちに逢うことは明白であった。そして予想通り、サイクロプスはキマイラが射程に入ると、素早く棍棒を振り払った。

 

「今だっ!」

 

 ジャミルの大声が周囲に轟いた。それを合図にして、サイクロプスの攻撃を受ける直前のキマイラ達が一斉に身体を光らせ、その直後、大爆発を起こしたのだ。その爆発は部屋を広範囲に焼き払い、煙幕を周囲にまき散らした。ジャミルは、以前にミルドレアが倒したキメラと同じような技を強制的に発動させたことになる。

 

「さて、レベル137の自爆ではあるが、4体同時だ……倒せたか……?」

 

 ジャミルはそう言ったが、彼の考えは瞬時に外れることになる。爆炎から勢いよく飛び出してきたのは巨人の大きな腕と棍棒であり、そのままジャミルに襲いかかった。

 

 咄嗟に両腕でガードし、脳天への直撃は回避したジャミルではあるが、そのダメージは計り知れず、ガードした両腕はいとも簡単に折れてしまった。

 

「ぐう……! こ、これは不味いね……!」

 

 90度に折れ曲がった両腕を見て、さすがのジャミルも後退せざるを得なかった。後退中の彼に追撃が入らないようにメドゥとアンジーが立ちはだかる。

 爆発の直撃を受けたサイクロプスはさすがにダメージを負っているようだったが、致命傷には至っていない。

 

「このままでは不利になるだけね。サイクロプスを倒すわよ! ダメージは負っているわ!」

「うんっ!」

 

 一時宣戦を離脱したジャミル。その間の戦局はオルガとサイクロプス、そしてアンジー&メドゥと、もう一体のサイクロプスという構図になっていた。

 



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61話 決着

 

「いてっ!」

 

 オルランド遺跡8階層の隠しエリア……その最後の地点でミルドレアとアテナの戦闘は繰り広げられていたのだ。アテナの拳の一撃はミルドレアに命中することはなく、テレポートによる背後攻撃をカウンターとして喰らう始末だった。

 

「……浅いっ」

「いてぇな……くそ、瞬間移動は結構厄介だな」

 

 歯を食いしばりながら悔しそうにしているアテナだが、むしろ焦りを感じているのは連続で攻撃を命中させているミルドレアにあった。

 

 ダメージが浅すぎる……。一撃で鉄巨人の装甲すら貫通したミルドレアの氷の槍。その渾身の一撃での縦横無尽の攻撃こそが、彼の真骨頂であったはず。しかし、その一撃をもってしてもアテナには有効打にすらなり得ていなかった。

 

「おらぁ! どんどん行くぜ!」

「速いっ……!」

 

 アテナの攻勢……先ほどから何度もやられている攻撃だが、彼女は全く恐れている気配がない。攻撃を受けてもほとんどダメージを受けないからだ。彼女はまだまだ余裕があるのか、攻撃速度もさらに増していた。

 

 アテナの攻撃をギリギリでテレポートで躱し、彼女の死角から氷の槍を突き立てる。いつも通り攻撃は命中して……

 

「……なにっ!?」

 

 しかし、今回の死角からの一撃は躱された。

 アテナはミルドレアを攻撃した直後だ。体重移動などにより、決してその直後の彼の攻撃を避けることはできないタイミングなはず……ミルドレア自身、そのような考えを巡らせる。

 

「なぜだ? そんな顔してるよなお前。知りたいか? ん?」

 

 自信満々に仁王立ちしながら、アテナは大笑いしていた。すぐに距離を取るミルドレア。その表情は戦慄に満ちており、自らの戦闘スタイルが看破され始めたことへの恐怖に変わっていた。

 

 

「どんな芸当だ? 決して避けられるタイミングではなかったはず」

「簡単な話だよ。どの方向から来ても対処できるように、お前を攻撃する前から意識を張り巡らせていただけだ。つまり、先読みみたいなものだな、攻撃を避けられない時間を消す為に、最初の攻撃も適度に加減していたんだ」

 

 

 簡単にアテナは言ってのける。ミルドレアの攻撃方法がわかり、少しの攻防でその対処法を考え付いたのだ。もちろん、そのような芸当が可能なのは彼女自身の圧倒的な戦闘力があってこそだが。

 

 ミルドレアは驚愕する……自らが幼少の頃より手にした力。テレポートの完成はそれから数年後のことではあったが、それから10年以上に渡り負け知らずの最強を貫いていた。

 

 それは文献の中で語り継がれる、最強のモンスター「鉄巨人」を前にしても変わることはなかった。彼は自らが最強であることを証明した……自他共に、それを否定する人物は現れないだろう。そのような自信さえ持っていたのだ。

 

「全く……これだから、人生は面白い。まさか、貴様のような強者が居るとはな」

「てめぇも、なかなか強いぜ。後ろの鉄巨人たちじゃ確かに倒せねぇな。テレポートが特に厄介だな」

 

 

 

 ミルドレアとアテナはお互いを賞賛し合い、戦闘は再開される。実際の能力差は相当に開いている二人ではあるが、それを鑑みても賞賛すべき相手との認識が生まれたのだ。

 

「ミル……」

 

 エスメラルダは、二人の戦いを止めることはしなかった。ただ、愛する者が望むことを見守ることにしたのだ。勝敗は既に決まっている戦い……しかし、エスメラルダはその場で待機していた。

 

 ミルドレアからの攻勢……アテナがその攻撃を受ける側へと戦局は変わっていた。

 

「いきなり、攻撃パターンを変化させやがったか! 柔軟な奴だぜ!」

 

 アテナはカウンターの要領でミルドレアに拳を振るうが、当然の如くテレポートにより彼は眼前から一瞬で姿を消した。

 

「あめぇよ!」

 

 だが、ミルドレアの瞬間移動攻撃は完全に読まれていた。それはパターンを変化させたとしても変わらない。

 アテナはミルドレアのテレポート後の攻撃が届く前に、2段目の攻撃で氷の槍を粉砕、そして3段目の拳はミルドレア自身を標的にし、彼を粉砕した。

 

 地面に叩きつけられるミルドレア。ダメージはかなりのものであった。

 

「氷の槍ごと……なんということだ……!」

 

 吐血し、身動きが取れないでいるミルドレア。もはや、戦うことなどできないことは誰の目から見ても明らかであった。

 

「自慢の槍だったのかよ? まあ、なかなかの強度だが、私にダメージ与えられない時点で大したことねぇな」

「貴様が規格外なだけだ……ごふっ」

 

 ミルドレアはさらに吐血し苦しそうに息を吐いている。アテナはそんな彼に止めを刺す為に近づいた。

 

「……敗北した俺が頼めることではないが……エスメラルダという、あちらの女性は見逃してくれないか?」

「ああん? 人間じゃない私に頼みごとかよ? 随分、平和な世の中になってるな、おい」

「くく、確かにそうかもしれんな……1000年前は戦火の絶えない世の中だったのだろう……」

 

 アテナは拳に光を集中させながら、背後に立つエスメラルダ・オーフェンに目をやった。もはや、エスメラルダは声すら上げられない状態になっている。これから何が起こるのか、脳裏では理解できているからだろう。

 

 

「私達の宝は?」

「予想済みか……墓荒らしの真似は個人的に好きではなかったが……。俺たちが集めた物はアルトクリファ神聖国にある」

「アルトクリファね……しらねぇな」

「ふふ……お前たちが眠ってからの傀儡国家みたいなものだ。フィアゼス信仰の国だよ」

 

 

 死を覚悟しているミルドレア。完敗した彼としてはむしろ、死を実感し享受する余裕も生まれていた。

 

「ジェシカ様の影響力で作り上げたってところか。ま、それはいいや。とりあえず、これで締めだ」

 

 アテナは右腕に込めた闘気を開放するかのように発散させ、そのままミルドレアに向かって振り抜いた。

 

 ミルドレアの腹に命中したその攻撃は、その周囲を大きなクレーターに変える程のエネルギーを持っており、誰もが彼の最期を感じ取っただろう。ミルドレアの姿は大きなクレーターの底に移動しており、ピクリとも動いている様子はない。

 

「……行くか。おい、女!」

「ひっ……!」

 

 意識が朦朧としていたエスメラルダ。その場に座り込み、涙すら出ない状態になっていた。アテナに睨まれた彼女は子ウサギのように弱々しい。

 

「さっきの男の名前はなんて言うんだ?」

「み、ミルドレア・スタンアーク……」

「そうか。まあ、あの男の最期の頼みだ、お前は見逃してやる。よし、行くぞ」

 

 

 アテナはそう言うと、指を軽く鳴らした。それが鉄巨人8体への合図になっていたのか、鉄巨人たちは一斉に整列をして、アテナの後に続いた。エスメラルダの傍を平然と通り過ぎていく格上の存在は、ミルドレアの頼み通り彼女には指一本触れることなくその場を去って行った。

 

 二人の戦いの結末はアテナに軍配が上がった。

 



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62話 決死の覚悟

 

 場所はアクアエルス遺跡……その最深部の奥、隠しエリアでの戦闘も決着が近づいて来ていた。

 

 

「ぐう……!! こ、これほど強いなんてな……! サイクロプス……!」

「ごぉぉぉぉ!」

 

 オルガは1人でサイクロプスを相手にしているからか、疲労も限界に達していた。手に持つ曲刀も所々、刃こぼれを起こしている。メドゥが付与した特殊効果の時間はとっくに過ぎており、オルガはどんどん劣性へと追い込まれていた。

 

 相手のサイクロプスもいかにレベル380の強さを誇るとはいえ、オルガの連続攻撃を受けて、相当に疲労とダメージが蓄積しているようだった。気を抜けば勝負が決する……そんな戦いが繰り広げられている。

 

 

 

 

「風神障壁~~~!」

 

 もう一つの戦局では、メドゥが風属性の防御壁を展開し、アンジーと自分の二人を防御していた。両腕を折られているジャミルは蚊帳の外といった状態だ。

 

 アンジーのウォーハンマーとサイクロプスの棍棒が激しい音を立ててぶつかり合う。必死でこらえるアンジーではあるが、やはり力の差は如何ともしがたく、弾き飛ばされてしまった。

 

「私とメドゥの二人がかりでも、サイクロプスの相手はキツイわね……しかも……」

「本命が残ってる……」

 

 アンジーとメドゥは奥の階段に目をやった。その上には2体の狼と戯れるヘカーテの姿があったのだ。まだ本命は戦闘態勢にすら入っていない。

 

「アテナちゃんに怒られるかな~~? でもでも、フェンリルだって私の大切な眷属だよね?」

「ハルルルルッ」

 

 白い身体の狼、フェンリルは優しい表情でヘカーテの顔を舐める。ヘカーテも嬉しそうにフェンリルの白銀の体毛にダイブしていた。まさに、下での死闘などお構いなしの触れ合いだ。その場所だけは別世界を思わせた。

 

 

「サイクロプスが完全に下っ端扱いね……信じられないわ」

「腹が立つ……私達なんて、眼中にないみたい~~」

 

 ヘカーテは最初こそサイクロプスを応援していたが、途中から飽きてきたのか、ケルベロスやフェンリルと遊び始めたのだ。そこには、圧倒的な序列の差が感じ取れた。

 

「あれれ~~? 結構、サイクロプスも苦戦してるね。もう、お腹減ってるのに~~!」

 

 ようやく戦局に目を向けたヘカーテだが、サイクロプスの苦戦度合いに不満があるようだった。

 

 彼女のお腹は先ほどから鳴っており、不機嫌さが現れていた。口を膨らませて、猫のような瞳孔はわかりやすく怒っていることを象徴している。

 

「よ~し、ケルベロスとフェンリルも参加しようか」

「グルルルル」

「ハルル」

 

 

 ヘカーテの命令と同時、2つの巨体は起き上がった。ヘカーテ自身にはまだ戦闘の意欲はないが、その両脇の狼は先ほどまでの雰囲気とは違っている。

 

 

「まずいね……あの狼も動き出す以上、勝ち目はもはや0だ……! 一旦引くとしようか」

「うん、転送陣で……!!?」

 

 

 メドゥはジャミルの判断に従い、すぐに転送魔法を起動させた。しかし、作動しない……メドゥに戦慄が走る。

 

「な、なぜ……!?」

「言っておくけど、転送魔法は使わせないよ? お腹空いてるんだから、君たちは全員、私達の餌だよっ」

 

 笑顔でヘカーテは残酷な宣言をした。何らかの方法で転送魔法が使えない状況にされているのだ。通常の魔法は使えていることから、一定のエリアからの転移阻止といったところか。

 

「あははははっ! そういう顔大好きだな~~! とにかく、一人も逃がさないから」

 

 ヘカーテは可愛らしく笑いながら甘えたような声で言ってのける。性格的な残酷さはアテナ以上と言えるのかもしれない。彼女に命令された狼2体はゆっくりと階段を降り始める。勝敗は決した……「シンドローム」全てのメンバーがそれを直感した瞬間だった。

 

「年功序列かしら? 私も若いけれど……」

「そうだね、私はリーダーとして、ここに残る義務があるな」

「二人だけだと、とても持たないぜ? メドゥを逃がすには俺も時間稼ぎに交わらないとな!」

 

 

 メドゥを逃がすように立つのは「シンドローム」の男性たちだ。3人とも死を覚悟した目つきになっている。

 

「みんな……なにを……?」

「へい、メドゥ! よく聞きな、お前はここから全速力で出て、周囲に危険を知らせるんだ! わかったな? 大役だぜ!」

「そ、そんな……みんなを置いていくなんて……!」

 

 メドゥはその場を離れるつもりなどなかった。死ぬのであれば、愛すべきメンバーたちと一緒……それが、彼女なりの考えなのだろう。だが、無情にも時間は待ってくれない。メドゥが涙目になりながらも、敵の攻勢は続いていた。

 

「がっ!」

「ぐわっ!」

 

 アンジーとジャミルを襲った強烈な痛み……彼ら二人は片腕をそれぞれの狼によって奪われていたのだ。推定レベル700以上……ジャミル達とはいえ、その速度は目で追える限界を超えていた。アンジーとジャミルは突然襲った激痛に身体を震わせている。

 

「グルルルルル」

「ハルルルルル」

 

 ケルベロスとフェンリルはそれぞれ、奪った腕を旨そうに食していた。そして、さらに身体の部位を奪おうと彼らを見据える。サイクロプスだけでなく、ケルベロスとフェンリルも戦線に降り立った。最早、一刻の猶予もない……オルガは叫んだ。

 

「メドゥ、走れ! 決して振り返るな!!」

 

 オルガの渾身の怒号……それを聴いたメドゥは涙を一層溢れ出し、鼻水も垂らしながら、一目散に走って行った。恐怖から逃れたいことと、仲間の決死の覚悟……それらが入り混じったメドゥなりの考えだったのだ。

 彼女は一切振り返ることなく、その場から走り去っていく。

 

「痛すぎるわ……でも、なんとかメドゥだけでも助けられそうね……」

「まだまだ、わからない……死んでもこの戦線は守りぬくよ」

「勿論だぜ……!」

 

 メドゥは全速力で走り去り、既に姿は見えなくなっていた。

 

「あ~~! 逃がしたらダメだよ! ケルベロス、フェンリル! 死に損ないはさっさと始末して!」

 

 決してこの先には行かせない……アンジーとジャミル、オルガの3人はそんな結束で一致団結していた。

 

 自分達よりもはるかに格上の存在……そんな者達が相手でも、少しの時間稼ぎであればできる……今宵は彼らの命がけの覚悟が成立した日となったのだ。

 



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63話 不穏な空気

「なかなか消えないわね……」

「なにが?」

 

 バーモンドの酒場でくつろいでいる「ソード&メイジ」の二人。リザード討伐の準備は一通り終えていた。あとは正式に出発の日時を確認するだけなのだが……。

 

「胸騒ぎよ」

「うん……俺にはよくわからないけど」

 

 ここ数日のアーカーシャ周囲の空気が微妙に違うことに感付いたアメリアは、クライブの依頼であるリザード討伐に出かけるのを躊躇っていた。春人としても、特に期限のある依頼と言うわけではないので、彼女の胸騒ぎを優先したのだ。

 

 

「ま、取り越し苦労ならいいんだけど」

「そうだね……。ああ、そういえば剣術指南道場に通ってるけどさ」

「どんな感じ?」

「アルマーク達と打ち合ってるよ」

 

 鉄巨人を倒した春人は、あの後、アメリアに剣術を学ぶことを推奨された。本来ならば、リザード討伐を先に済ませる手筈ではあったが、アメリアの胸騒ぎが原因で先延ばしになり、春人は剣術道場に通ったのだ。

 

 アルマークや悟も通っている道場で、春人も初めて訪れたわけではないが、最近は来れていなかった。

 

「それで? なにか技とか学んだ?」

 

 アメリアは意外にも興味津々の様子だ。春人の底の知れない強さ……パートナーとして気になるというのは至極当然のことかもしれない。

 

「ああ、一応は」

「なら、見せてよ。ちょっと、オルランド遺跡に行ってみましょ」

 

 春人はアメリアの提案を快く承諾した。胸騒ぎにより、多少落ち着かないアメリアの気分転換にもなると、彼は踏んだからだ。二人は立ち上がり、影状態になったサキアを引きつれて、オルランド遺跡へと向かった。

 

 

------------------------------------------------

 

 

 アーカーシャから数キロ地点に存在するオルランド遺跡の入り口……

 もはや何度目になるかわからないその場所に、春人とアメリアはいつも通りやってきた……。いつもと変わらない光景……そのはずが、明らかに雰囲気は変わっている。

 

「驚異的な気配が移動したような……そんな感じね」

「うん、さすがになんとなくわかるよ」

 

 春人とアメリアはオルランド遺跡の入り口から1階層に侵入し、早くも内部の異常に気付いた。特に破壊痕があるわけではないのだが、遺跡を覆っていた強大な気配が消えていることに疑問が浮かんだのだ。

 

 

「ミルドレアが向かったと思われるけど……8階層でなにかあったのかしら?」

 

 ミルドレア・スタンアークがアテナとの勝負に敗北してから、5日程が経過している。本日は最深部に向かう予定はない彼らではあるが、ミルドレアがギルドに報告に来ていないことも疑問ではあった。

 

「まあ、アーカーシャに今の所被害はないし、これ以上の心配は余計だと思うけど」

「うん……アメリア」

「来たわね……亡霊剣士か……1階層で出てくるなんて、めずらしいわね」

 

 亡霊剣士……オルランド遺跡の5階層前後に現れる敵ではあるが、今回は1階層からの出現だ。冒険の初め、春人と死闘を繰り広げた相手ではあるが、今は春人の試し切りの標的でしかない。10体出てきているが、全く無問題である。

 

「サキア、少し離れてて」

「はい、マスター。ご武運を」

 

 サキアはそう言いながら、春人の頬にキスをした。そのままアメリアの近くまで移動する。アメリアは少し顔が引きつっていた。

 

「なんでわざわざキスするわけ?」

「いえ、マスターも少し私を意識していただいているようですし」

 

 サキアは人間形態で少し顔を赤らめながら言う。そんな姿に、アメリアの冷たい視線は春人に向かっていた。

 

「春人、色々人としてもモラルは守るようにね?」

「え? な、なんのこと……?」

 

 アメリアからの曖昧ながらも確かな強烈な期待……。彼は選択を見誤れば生きていられない可能性が出てきた。そんな雰囲気の中でも、亡霊剣士は空気を読まずに突進を開始する。通常の冒険者であれば、反応できないほどに恐ろしいスピードを誇っていた。

 

「行くぞ……」

 

 春人は水流のように静寂さを取り戻し、スタイルはカウンター形式を取った。相手の剣撃を華麗に受け流し……剣術を披露する。

 

 しかし、それは剣術ではなく……今までと同じ振りだ。比較的不器用な春人にとって、剣術の習得自体は難しいものだった。力任せに振るう姿勢に変化はない。だが、剣を振るう速度、攻撃力の増加は目覚ましく上達していた。

 

 そして、通常攻撃のさまざまな角度からの入り込み。これも踏み込みの技法とフェイントなどの技術を学んだからこその変幻の技になっていた。

 

 

「……すごいわね……! 厳密には剣術ではないけど、単純なパワーアップ。春人の戦闘スタイルには最も適しているのかも……!」

「剣術の習得というよりも、闘気の収束術の上達、基本的な剣の扱いの向上と言った方が適切でしょうか。マスターのレベルがさらに加速度的に上昇しています……おそろしい……」

 

 

 サキアはマスターである春人の、短期間での上達を喜びながらも内心では不安が広がっていた。そんな表情を彼女は浮かべている。

 

 

「なんか不安そうね、どうしたの?」

「……過去に、デスシャドーが仕えたことがある方の中で……私ほどのレベルに到達したデスシャドーは……おそらく1体だけです」

 

 サキアは不安の要因と思われる内容を話し始めた。過去のデスシャドー……記憶が蘇ったということだろうか。アメリアは彼女に伺う。

 

「記憶が戻ったの?」

「いえ……眠っている時代の記憶の断片が、夢のようにフラッシュバックしているだけです」

「ふ~ん、その過去最強のデスシャドーってさ……」

「我らの創造主の影、「アビス」です」

 

 アビス……ジェシカ・フィアゼスをマスターとするデスシャドーである。アメリアも敢えて口にはしなかったが、サキアは彼女が理解していると判断し、続けた。

 

「マスターはどんどんと強くなっています。私はそれがとても嬉しい……デスシャドーとしての力も上昇していき、マスターのお役に立てることが広がる。しかし……強すぎる力は……何時の時代も排除される運命にあります……」

 

 サキアの言葉……とても道具が話しているとは思えない。ほとんど人間と同じような感情を持っている、アメリアの目にもそのように映っていた。サキアは思い出した記憶により、現代の春人と過去のジェシカを重ねているのかもしれない。

 

 

「……その「アビス」って、レベルはどのくらいなの?」

「……今の私より上です。数値は……聞かない方がいいかと」

「………」

 

 サキアのレベルも不変であり、今も上昇をしている。アメリアとしても測りにくい現状だ。そんなサキアが「アビス」のレベルを語らなかった。それがなにを意味するのか……春人もいずれ、その異常数値に到達するかもしれないと踏んでのことか。

 

 

 アメリアとサキアがそんな語らいを行っている間も、春人は次々とモンスターを狩っていた。

 

 ユニバースソードから放たれる一撃は、いままでの一撃とは比べ物にならない……亡霊剣士など、もはやガードすら無意味にその身体を両断されていた。異常な能力を春人も手に入れつつあったのだ。

 

 そんな彼を、サキアとアメリアの二人はいつまでも眺めていた。

 



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64話 転生者 天音 美由紀 その1

 

 アーカーシャの南の地……アクアエルス遺跡の南岸にて、一人の少女が佇んでいた。青い海を思わせる長髪に瞳……。芯の強そうな引き締まった顔は、責任感の強さの表れか。

 

少女は一人で立っている。ブレザーを着ており、その中は白いブラウスだ。下に穿いている紺のスカートの丈は比較的短い。

 

 

 

 今宵、3人目の地球からの転生者が誕生した瞬間であった。

彼女の名前は天音 美由紀(アマネ ミユキ)。東京の高校に通う生徒であり、春人や悟とは同じクラスに所属していた人物だ。

 

「ここは……何処かしら? 日本……ではなさそうね」

 

 

 彼女は内心では脅えていたが、焦ったところでどうにもならないのは理解していた。自らの状況を確認する。背後は水平線がくっきりと見える程の海岸……前方には砂浜が広がっており、山岳地帯も近隣には見えている。

 

「ありえないわ……本当に何処かの外国に飛ばされたの? こんなことって……!」

 

 彼女の焦りはだんだんと強くなっていた。ブレザーにミニスカートの女子高生。素手状態で何も持っておらず、オマケに学校中でもトップクラスと称された美貌だ。その大きな胸だけでも、男の目線を釘付けにできる才能を持っていた。

 

 外国人の血が混じっており、青い地毛……そんな神秘的な彼女は「委員長」と周囲からは親しまれていたのだ。

 そんな彼女だけに、こんなわけもわからない異国の地で現地人に狙われたらどうなるか……このような人の気配がしない場所。容易に想像が出来る。

 

 

「……うっ」

「……?」

 

 今、女性の高い声がした。確かに彼女はそれを聴いた。周囲は既に夜になっており、視界は相当に悪い。視力のいい彼女でも簡単には人物の把握が難しかった。

 

 辺りをしばらく散策して、その声の主を発見した。浜辺の脇、鬱蒼とした茂みの中にその女性は倒れていたのだ。

 

「……酷い怪我。あなた、名前は?」

「……メドゥ……だよ~」

 

 

 今にも死んでしまいそうな表情と細い声。「シンドローム」のメンバーである、メドゥ・ワーナビーが茂みの中には居たのだ。魔導士のローブも切り裂かれ、所々、皮膚は食いちぎられていた。衰弱も激しいのか、視線も虚ろになっている。

 

「言葉が通じるなんて信じられないけど……英語でもないようだし。まあ、いいわ。助けを呼んでくるから、少し待ってて」

「……近くに、街があるの……可能なら、連れて行って」

 

 骨が露出している右手でメドゥは美由紀の腕を取った。美由紀からすれば、今にも死んでしまいそうな彼女ではあるが、この世界基準で言えばそうでもないのかもしれない。右も左もわからず、人がどこにいるのかもわからない状況。

 

 加えて、自らも危険が大きい状況で現地人から、近くに街があると言われれば、断る理由は思い浮かばなかった。

 

「わかったわ。歩ける? 相当重傷のようだけど……」

「私は~大丈夫……生きてる人が居るだけで……あいつらも近くには……居ないはず」

 

 今にも消え入りそうな声……しかし、足取りはしっかりしており、美由紀に支えてもらえれば、十分に歩くことができるほどであった。

 

「……こんな暗い状況で、誰かに襲われでもしたら……」

 

 街灯もほぼない状況……星空の明かりが周囲を照らしている為、景色を見渡すことはなんとかできるが、物陰に人が居るかどうかなど、全くといっていいほどわからない。

 

 しっかり者で責任感の強い美由紀ではあるが、こんな命すら危うい状況は恐怖以外のなにものでもなかった。先ほどから表情は引きつっている。

 

「モンスターはそこまで強いのは、ここには居ないはず……なんとかなる~。それに……」

「え? なに?」

 

 メドゥは美由紀の姿と表情をまじまじと眺めていた。同じ女性ということもあり、嫌な気分ではないが、すこし恥ずかしくなってしまう。以前に飛ばされてきた悟に、アメリアが様子を伺っていたのと状況は良く似ていた。

 

 

「う~ん、あなた~名前は~~?」

「私? 天音 美由紀よ。あなたは……メドゥと言うのよね?」

「そだよ。メドゥ・ワーナビー……よろしく~~」

 

 ややスローテンポの彼女に美由紀は思わず苦笑してしまった。どことなく可愛らしい雰囲気を受けたからだ。

 

「アマネミユキ……ミユキが名前~?」

「ええ、そうだけれど」

 

 メドゥは痛々しい姿ながらも、何度も彼女の名前を連呼していた。まるで、自らの頭のなかに刻むかのように。

 

「大けがをしているあなたに質問をするのは恐縮だけれど……ここは何なの?」

「……?」

 

 メドゥとそんな自己紹介を兼ねた会話を重ねながらも、美由紀は全く信じられない光景や状況に、違和感を募らせていた。メドゥも転生者とはわかっていない彼女の質問をよくわかっていないようだ。

 

 美由紀としても、ボロボロの彼女から的確な回答がくるとは考えていない。先ほどの質問は独り言に近いものだった。そして、そのまま二人は無言でアーカーシャの街を目指した。

 

 

 

 

 

「あれが……街かしら?」

「そうだよ……あそこまで行ければ大丈夫……早く、伝えないと……!」

 

 どのくらいの時間が経過したのか。海岸地帯から相当の距離を歩き、アーカーシャの街が見えてきた。美由紀はそうでもないが、瀕死のメドゥは明らかに衰弱が進んでいる。

 

「あなた……どれくらいあの場所に倒れていたの……?」

「わからない~~今、何日……?」

 

 メドゥの服装の汚れ具合などから、何日も意識がなかったか、あの茂みにわざと隠れていた。美由紀はそのように判断した。メドゥ自身も何日経過しているかまではわかっていないが、アクアエルス遺跡から脱出し、数日以上が経過していることは感じている。

 

「と、とにかく、あの街まで行ってからね……あなたは治療が必要だわ……このままだと、細菌などに感染する」

「ありがと~~、ミユキ~~」

 

 詳しいことは後だ。美由紀はメドゥの身体を最優先にするべきだと判断し、自分の身になにが起こっているのということも後回しにした。アーカーシャの街は目と鼻の先に迫っている。

 

 あの街まで行ければ、自分の悩みも解消される……この時の美由紀はそのような確証の無い確信が心の中に宿っていた。

 



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65話 天音 美由紀 その2

 

「おいおい、お前が遠征に出たらアーカーシャはどうなるんだ?」

 

 バーモンドの酒場にて言い争いをしている二人の若い男。実際は言い争いというほど切迫したものではないが、片方は春人、もう片方は悟だ。周囲の冒険者からすれば実力差があまりにも違う二人の言い争いは面白く見えていた。

 

「非常に情けないことだとは「フェアリーブースト」としても自覚はしているが……あんたらなしでは、この街を守りきれないのは事実だ。アルマークとイオ……彼らの台頭にはもう少し時間がかかるだろうしな」

 

 悟とは別に、やや恐縮した態度で春人に話しかけるのは「フェアリーブースト」のリーダーであるヘルグだ。現在は寄宿舎の長も務めている人物である。

 

「ええ……それは、理解してるんですが」

「春人、お前は金か? 金が目的なのか? 正直大量に稼いでるだろ?」

「いや……依頼を受ける以上、お金が目的と言われても仕方ないけど」

 

 悟はリザード討伐に出向く春人達をなんとか止めようと必死だった。原因はこの前の鉄巨人の襲撃が大きく絡んでいる。悟としても、春人を止めなければならないことは情けなさを感じつつも、理屈ではないのだ。実力差、この街を守れる力は一朝一夕では育たず、自分達では不十分なのだから。

 

「金なら、適当に探索するだけで数万ゴールドは余裕なんだろ? 俺なんて、月1万ゴールドの支払いもカツカツなんだぞ?」

 

 この前、1万ゴールドの支払いを済ませたばかりの悟。当然彼のレベルでは支払うことができなかったので、「フェアリーブースト」のチームとして合同で支払った。来月からは自らで必ず支払うという思いを募らせていた。

 

「いや……お金は確かに余裕はあるけど……」

「てめっ! 自慢か、自慢のつもりか!?」

「ははは、なんだか悟、随分と性格変わったね」

 

 心の底から彼を賞賛する意味合いで春人は語った。春人の柔らかい笑顔に悟も力を抜く。

 

「まだ1か月も経過してないのにな……お前や、他の苛めてた連中にも土下座したい気分でいっぱいなんだ……自らがやられる立場になって初めてわかる……俺はゴイシュの野郎と同じことをお前にしてたんだよな」

 

 悟の瞳はもはや以前の彼とは違う。「フェアリーブースト」と寄宿舎での経験が彼に与えた影響は大きかった。悟は別人のように丸くなっていたのだ。いくつか命の危険を乗り越えたということも大きいだろう。

 

 そんな彼の嘘偽りない表情と言葉に、春人も心から喜んでいた。

 

「悟……まあ、俺も暗かったし。原因は俺にもあったよ」

「春人、お前……すまねぇ」

 

 傍らで見守るヘルグは二人の友情が育まれていることに嬉しさを感じているのか、その表情は穏やかだった。

 

「でもよ……さすがに、お前の状況は容認できないぜ?」

「えっ?」

 

 春人は悟の表情が一変したことを見逃さなかった。悟は涙目になりながら、精力的に働いているエミルの方向に目をやる。

 

 春人と悟の話を意識しながらも手を休める様子を見せないエミル。偶に春人と目が合うと、照れながらも頭を下げていた。

 

「お前、エミルちゃんと付き合ってるんだよな?」

 

 目から血を流しそうな勢いで春人に迫る悟。もちろん、噂では付き合っているわけではないことは知っていたが、敢えて確認しているのだ。

 

「い、いや……付き合ってるのかな? そう言われるのは嬉しいんだけどさ……」

 

 春人は小指のアメリアとのペアリングを見ながら、回答に戸惑っていた。そんな態度に悟の中の怒気は増していた。

 

「て、てめぇ……! アメリアとも怪しい仲だと聞いてるぞ! 二股か、二股なのか!?

羨ましい! 俺だってやったことないのに!」

「……悟、本音が出てるよ……」

「非常に不愉快です。マスターに最も近いのはこの私。この生物にそれをわからせましょう」

 

 虫けらを見るような目つきで影状態から人間形態に変わったのはサキアだ。春人の恋愛事情に、自分が含まれていないことに不満が募っているようだった。頬を膨らませてあからさまに春人に言った。

 

「サキア……あはははは、今日は良い天気だよな~」

「マスター……ごまかしても駄目ですよ」

「そうだぜ、春人? お前は誰が本命なんだ?」

「ほ、本命って……! そ、それは……」

 

 悟とサキアに言い寄られ、思わず顔を赤くして視線を逸らしてしまう春人。本命など、自分が口にしていい内容ではないと思っているのか、春人としても非常に答えにくい状態になっていた。この時、働いているエミルは恐ろしく真剣な表情で聞き耳を立てており、2階に居たアメリアも同じく真剣に聞き耳を立てていた。春人の口から誰の言葉が出てくるのか、アメリアとエミルは緊張しながら待っていたのだ。

 

 だが、彼の脳裏に焼き付いていた人物……春人自身にも意外な人物が思い浮かんでいた。それは、二度と会えるはずのない者……クラスの委員長として慕われていた相手。

 

 苛められていた春人にも優しく接してくれた人物。そんな彼女を春人は尊敬し、好意を寄せていた……彼女の名前は天音 美由紀……。

 

 

「おかしいな……なんで今になって鮮明に……?」

「どうした、春人?」

 

 春人は少し涙を浮かべていた。そんな彼に、悟も不審に思って尋ねる。二度と会えるわけがない……悟のような奇跡は決して重なるはずもなく……しかし、会えるものならもう一度会いたいと切に願っていた……。急遽転生された春人にとって、唯一の心残りと言える相手でもあったのだ。

 

「おい、大変だぞ! 「シンドローム」のメンバーが瀕死で運ばれてきた!」

 

 そんな時、バーモンドの酒場に響く怒号。すぐ外から聞こえてきた言葉だが、春人やアメリアにも鮮明に聞こえた。「シンドローム」が瀕死? 確かに数日姿を見せていなかったのは事実……だが、彼らほどの実力者が瀕死とは、少し信じがたい事態だ。

 

「春人っ!」

「ああ、すぐに行こう、アメリア!」

「了解、そうこなくっちゃね!」

 

 2階で聞き耳を立てていたアメリアもすぐに1階へと降りてくる。異常事態を感じ取った二人は、悟を置いてすぐに酒場の外へと走り出した。

 



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66話 転生者 天音 美由紀 その3

 

 宿屋「アプリコット」。アーカーシャの街の中で最大規模を誇る宿屋であり、その設備も最も豊富とされている。トネ共和国が経営している宿屋でもあり、ジラークが1室を常に借り切っていることでも知られる。

 

 そのアプリコットにメドゥは運ばれていた。衰弱しきった表情で、皮膚は所々、骨が見えるほどに抉られている。

 

 ベッドに辛そうに眠る彼女を見ながら、傍らに佇む美由紀は二度とまともな身体にはならないだろうと推測していた。

 

 日本の技術から考えても彼女の身体は酷い……骨が見えている時点で、細菌の感染が非常に高かったのだ。その段階で、手足の可動域は相当に制限されると踏んでいた。

 

「信義の花はないのかね?」

「逃げる過程で……落とした~~」

「ふむ、なるほど」

 

 医者と思われる男はなにやら神妙な表情をしている。治療の計画を練っているのだろうか? すぐにもICUに入らなければ命さえ危うい状態のはず……知識として持っていた美由紀は考えを巡らせる。素人ではあるが、あまり文明レベルは高くない……助言をした方がいいのだろうか? そんな思いも生まれてしまう。

 

「ここよね、春人?」

「確か、そうだと思うよ」

 

 ……? なんだろうか? 突然聞こえた外からの会話。メドゥの面会、若しくは心配しての家族などであればそれは当然なのだが……美由紀はとても落ち着く、聞き覚えのある声に意識が集中していた。

 

 そして、間髪入れずに入ってきたのは二人の男女。恋人同士だろうか? 年齢は自分と同じくらいに見える。金髪の少女と黒髪の少年……金髪の少女に見覚えはないが……黒髪の少年は、とても見覚えがある。あり得ない……でも、雰囲気は大きく違っているが美由紀からすれば、その人物に間違いない。そんな直感が彼女を襲っていた。

 

 

「メドゥ、平気?」

「あ~~誰だっけ? アメリア~かな? 久しぶり~~」

 

 虚ろな瞳……メドゥは意識も混濁しており、アメリアの名前もすぐには出てこない状態になっていた。身体の状態を確認した春人とアメリアの表情は険しくなる。

 

「相当痛いだろうね……大丈夫?」

「うん~~大丈夫……あはははは、全滅しちゃった……」

 

 春人の気遣いに対する、メドゥの空元気……他のメンバーは全滅したと言うことだろう。春人とアメリアの表情も険しさと同時に悲しみを帯びていた。

 

「アクアエルス遺跡にはとてつもないモンスターが居たのね?」

「うん……」

「そう、わかったわ。とりあえず、今は休んだ方がいいわ。はい、信義の花。あなたなら完治できるでしょ」

「ありがと~~」

 

 メドゥはアメリアの持ってきた信義の花を早速、食べ始めた。一般人であれば、信義の花を用いたとしても感染した部位などの完治は見込めない程の大怪我だ。しかし、生命力が一般のそれとは桁違いの彼女であれば、傷を完治させられる。

 

 近くで見ていた美由紀は驚きを隠せないでいた。医者を差し置いて、信義の花という、よくわからない花を怪我人に食べさせたアメリアにも驚いているが……

 

 それ以上に、彼女は春人に見惚れていたのだ。雰囲気は全く違う……しかし、間違いない。彼女はそれを確認せずにはいられなかった。

 

「高宮くん?」

「え?」

 

 急遽、名前を呼ばれた気がした。聞き覚えのある声……春人はすぐにその声の主を頭に思い浮かべた。しかし、そんなことはあり得ない。彼はそう思いつつも、意識的に彼女の方向に目をやった。

 

 そこには……信じられないことだが、もう会うことはないと思っていた人物がいた。一目でその人物だと春人は気付く。

 

「まさか……委員長?」

「やっぱり、高宮くんなのね?」

 

 春人と美由紀……お互いの表情はおそろしく澄んだ笑顔になっていた。春人のこんな笑顔は、アメリアですら見たことがないかもしれない。春人の見知らぬ女性を見た時の表情……アメリアの心の中に、大きな波紋が浮かんだ。

 

「な、な、なんでここに……!?」

「あなたこそ……私、お葬式まで出たのよ?」

 

 この上ない程泣き腫らした1日……美由紀はあの時のことを思い出していた。その人物、確かに死んだはずの人物が目の前に居る。これほど信じられないことが他にあるだろうか?

 

 美由紀は笑顔と共に、春人に会えたことによる涙も顔から流していた。会いたいと切に願っていた人物との再会……まさにそういった表情だ。

 

 

「は、話すと長くなるけどさ……委員長もここに来たんだね」

「ええ、あなたがそんなこと言うなんて……どうやら、夢ではなさそうね」

 

 二人は自然に笑いあう。お互い、再び会いたいと願っていた。そこに一切の偽りはない。

 

 それは二人の視線や表情に出ており、美由紀も現在の状況が全く飲みこめていないが、春人に出会えたこの瞬間は、そういった不安も全て吹き飛んでいた。それ程までの安心感が彼女を包んでいたのだ。

 

 明らかに態度が違う……春人の隣に立つアメリアは事情こそわかっていないが、ブレザー姿の美由紀を新たな転生者であると確信した。そして……

 

 

「春人、知り合い?」

「あ、うん。前の高校のね……多分彼女も……」

「あ、なるほどね。そういうこと」

 

 機嫌よくアメリアは接しているが、内情は穏やかではない。二人の関係が不明なため、余計に嫉妬心がアメリアを襲っていた。これ見よがしに小指に光る指輪を彼女に見せている。あくまでも自然に……しかし、美由紀には確実に分かるように。

 

「高宮くん? お知り合いかしら?」

「そ、そうだよ? アメリアって言うんだ」

「アメリア・ランドルフよ、よろしく。多分、春人と同じ歳よね?」

 

 表情こそ優しい印象は変わっていないが、春人の名前を親しげに呼ぶアメリアに、明らかな警戒心を見せる美由紀。春人はあまり気付いてはいないが、大けがのメドゥが信義の花を食している中、女の戦いは既に始まっていたのだ。

 



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67話 初恋の相手

 

 トネ共和国が経営している宿屋「アプリコット」。そのロビーはいつにも増して賑やかになっていた。主に春人とアメリアが滞在していたからだ。

 

「あの二人、この宿に泊まってるみたいよ?」

「とうとう、ゴールインか。やるな~~」

 

 など、勝手な憶測が飛び交っているが、春人には聞こえていなかった。ロビーで佇む少女、彼の近くには天音美由紀が居たからだ。

 

「ねえ、高宮くん」

「は、はい!?」

 

 急に声をかけられた春人は、緊張の余り声が裏返ってしまう。初恋の相手が目の前に居るという現実が徐々に慣れ始めた彼にとって、その後に襲うのは性格的な緊張であった。彼女の顔をまともに見れない。

 

 

「なんだか、噂されているようだけれど……」

 

 ロビーで囁かれている声に訝しげな表情を見せる美由紀。彼女としても原因がよくわかっていないだけに、余計に不安になっている。

 

「だ、大丈夫だよ。この街では、俺が……すこしだけ有名でさ」

「あら、そうなの? 凄いじゃない。確かに、悪い噂って感じじゃないし、大丈夫かしら」

 

 春人の言葉を聞いて、美由紀も少しだけ緊張の糸を解いた。青い髪をなびかせる彼女を横目に春人の顔は赤くなっていた。

 

 アメリアはメドゥの所に居て、話を聞いている最中だ。その間、二人はロビーに移動していた。

 

「メドゥさんとは知り合いだったのね」

「うん、仕事仲間……というわけでもないけど、まあそんな感じかな?」

「こんな状況で聞くのは気が引けるけれど……この場所はどういうところなの?」

 

 聞いていいものか、彼女としても悩んでいる様子だった。自らが助けた少女が春人達の知り合いで、相当に衰弱していたからだ。

しかし、彼女の中の不安もそろそろ限界に達してきている。目の前には、確かに死亡したはずの春人が居るのだから。

 

「俺や委員長はこの地に転生したみたいだよ」

「へっ!? ……それはどういうことかしら? フィクションの世界ではよくあることだけど。そういう話のことを言ってるの?」

「ああ、まさにそんな感じ。俺以外にも悟もこっちの世界に飛ばされて来てるから」

 

 春人の言葉に美由紀は目を丸くしている。さすがに信用しろという方が無理な現象だ。

 

「……大河内くんも来ているの? そんな……彼も雷に撃たれて死亡したのよ……」

「そうなんだ、悟も嫌な死に方だったんだね……あはは」

「それで、あなたが交通事故……なら、私も地球では亡くなってるのかしら……」

 

 春人は彼女の質問に無言を貫いたが、可能性としては間違いがないレベルだった。彼女も死亡したことにより、そのままの姿で転生してきている。そのままの姿なのだから、転移という言葉の方が適切かもしれないが、そこは些細な違いだろう。

 

 

「なんだか変な感じね。向こうの世界では死んでいる……でも、こっちの世界では普通に生きてるなんて」

「あはは、だよね。変な気分は俺も一緒だよ」

「でも、私一人だと不安でいっぱいだったけれど……あなたも居てくれるなら、安心ね」

 

 これはお世辞だろうか? 春人としては美由紀の性格から鑑みて、お世辞の可能性が高いことを見抜いた。しかし、自分が近くに居るだけで安心してくれるという言葉が嬉しくないはずはない。

 

「ところで、あなたは随分と雰囲気が変わったわね。垢抜けたと言えばいいのかしら?」

「え? そ、そうかな……わかんないけど……」

 

 美由紀の態度が少し変わったことに春人も気付いた。春人の頬には汗が流れ始める。クラスでも比較的厳しい人だったのだ。

 

「……先ほどの女性が関係してるのかしら? すごく仲が良さそうに見えたけれど」

「え? ええっと……アメリアとは、その……」

 

 尋問を受けている錯覚に囚われる春人。美由紀の目線は校則を破った生徒に対する目線へと変わっていた。アメリア達とは違った、真顔の冷たい視線……春人はこの視線が好きであると同時に恐怖の対象でもあったのだ。

 

「ペアリングをしているみたいだし……付き合ってるんでしょ?」

「い、いや……付き合っているわけではないんだけど……」

 

 先ほどアメリアがリングを強調したことがきっかけか、美由紀も二人がペアリングを付けていることを見抜いていた。少し、というよりかなり切迫した瞳になっている美由紀。それはどういう感情から来ているのか……。

 

 

「付き合ってもいないのにペアリングなんてしているの? 矛盾していない?」

「はい、言い返す言葉もございません……」

 

 

 学校時代でも優しい委員長だったが、春人の気弱な態度を叱責することも多かった。飴とムチを使い分けていたと言えばいいのか。こちらの世界に飛ばされてきて間もないにも関わらず、その態度は概ね変わっていない。春人はなんだか笑顔がこぼれてきた。

 

 

「委員長が変わってないようで安心したよ」

「……意味がわからないわ」

 

 春人の唐突な笑顔。その表情に気が抜けてしまったのか、美由紀はとりあえずペアリングの質問は打ち切った。

 

「今の状況をこの方が知れば……マスターはどういう目に遭うでしょうか」

「サキア……あ、あんまり想像したくないな……」

 

 影状態のサキアはいつの間にか人間状態に戻っていた。いきなり出てきた女の子に美由紀も驚きの表情を見せる。

 

「だ、誰!? ど、どこから現れたの!?」

「はじめまして。私はサキア、よろしくお願いいたします」

「な、な、な……?」

 

 いきなり現れたサキアは丁寧に美由紀に挨拶をした。美由紀は意味がわかっていないが、その挨拶には丁寧に返した。サキアは春人と美由紀の関係を不満に感じているのか、無表情ながら怒気を放っている。

 

「私は、マスターの影になります。夜の営みなどをお共する者と考えてください」

 

 これは不満の現れなのか……明らかに挑戦的な言葉だ。春人は開いた口が塞がらないでいたが、目の前の美由紀も目を見開いている。

 

「え……? 高宮くん? どういうことかしら……?」

「こ、ここは超能力とかが当たり前の世界で……! え、えと……!」

「そっちの方じゃないでしょ? 今、彼女はそんな超能力とかよりも大切なことを言ったと思うけれど?」

「えっ!? 超能力より、そっちの方に喰い付くの!?」

 

 サキアの空気の読まない発言に美由紀の春人に対する不信感は一気に高まったと言える。魔法が当たり前に存在する世界については、美由紀もすぐに納得したようだが、問題は春人周辺の女性問題だ……。

 

 春人の初恋の相手、天音美由紀。彼女は今後、どのような運命を辿るのか。今はまだ誰にもわからない。

 



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68話 集合 その1

 

「春人……お前はマジで……生命が危なくなるんじゃねぇか?」

「バーモンドさん……割と洒落になってないですよ……」

 

 メドゥの見舞いが終了し、春人達は「海鳴り」の酒場に戻って来ていた。テーブルの1つを借りて、アメリアとサキア、エミルの3人と美由紀の合計4人は女子会のようなものを行っていた。議題は美由紀の今後や、メドゥのことだが……内面は色々と渦巻いている。

 

「おい、春人……なんで委員長まで居るんだ? え?」

「いや……驚きだけど、こっちに転送されてきたらしいんだ」

「そういうことじゃねぇよ! いや、それも驚きだけど……なんで、あの子らの席に一緒に居るんだよ!?」

 

 悟は血の涙を流しそうな勢いで春人の服を掴んでいる。既に涙は流しており、この上ない程の悲しみが彼を襲っていた。彼女らの席に居るということは既に売約済みということが決まっているからだ。

 

 どこから流れた決まり事かはわからないが、酒場の他の冒険者たちもアメリア達の席を見ながら同じようなことをつぶやていた。

 

 

「向こうの世界の人間なのか? なんかあんまりそんなイメージがねぇな。服装は奇抜だが……それ以外は……」

「……?」

「そうですよね~~。委員長は地毛があの髪だから。いや~目立ってましたよ。こっちの世界だと髪の毛の色はカラフルだけど、日本で青はね。なあ、春人」

「う、うん。確かに、そうだね」

 

 少し春人の中に疑問が浮かぶ……その疑問は小さな池に波紋を広げるように周囲に広がった。なんだろうか……? 微かな疑問……日本に居たころも日本人離れした彼女は浮いていた。

 

 確かに外国人の血が混じっているとは聞いていたが……それでもだ。まるでお伽の国から来たお姫様と言われていたほどだ。

 

「でもよ、春人」

「なに?」

「委員長は美人でスタイルもいいから、全然問題ないってかむしろ崇められてたけどよ。あれで見た目が大したことないと大変だったぜ? 男もそうだが、女も外見は重要だからな」

 

 悟はそう言いながら、アメリア達のテーブルを楽しげに覗いていた。4人とも相当な美人と言っても差し支えない。サキアは人間ではないので、厳密に含むのは難しいが。

 

 そんな悟の態度を見て、春人はため息をついた。彼は確かに相当に変わった。おそらく今の発言もそこまで大した意味はない。

 

 だが、彼は半ば春人以上の外見はしている為、無意識に女子を外見で判断してしまうのだろう。

 

 春人にそれを責める気はない……春人自身もアメリアやエミルたちに一目惚れをしなかったかと言えば完全に嘘だ。間違いなく外見から入ったのは否定できない。その後、彼女たちとの触れ合いでより好きになったことは間違いはないが。

 

 春人は生来の臆病さから、悟に注意するべきか悩んだ。今は違うとはいえ悟を憎んでいた時期だってある。さらに、自分が人に説教をできる人物などと間違っても思っていない。そして、嫌われないか……実質問題、悟に嫌われても何も不利益の生まれない春人ではあるが、せっかく育みつつある友情を壊したくはなかった。しかし、春人は敢えて彼に忠告したのだ。

 

「悟、女の子を外見で判断するなよ? 俺が言える立場でもないけどさ。委員長に失礼だろ?」

「あ、そうだったな……済まない。気を付けるよ……」

 

 できるだけフォローを入れたつもりの忠告。悟は嫌な顔を一切見せずに春人に謝った。もちろん、これは春人の実力と美人の女子4人をキープしているという現実から来る説得力があるからだ。

 

 悟は春人を自分よりも格上の相手として見直したからこそ素直に言うことを聞いている側面はある。人間が完全に性格から改変するのはほぼ不可能だろう。彼の本質はまだまだ、変わっていないのだ。それはもちろん、春人にも言えることではあるが。

 

 なにはともあれ、素直に謝った悟に春人は頷き、安心していた。

 

「でも確かに、委員長の外見が普通だったら……」

 

 それは春人にも容易に想像ができた。外見や運動神経なども普通かそれ以下であれば、青色の地毛や瞳は格好の的にされていただろう。

 

 それほどに、彼女の外見は剣と魔法の世界の住人だったのだ。日本の春人と同じような目に遭っていたのかもしれない。そういう意味では、悟の考えも全くの間違いとは言えないだろう。

 

「いや、まさかね……」

 

 再び押し寄せてくるわずかな疑問……春人は無理やりその疑問を振り払っていた。

 

 

------------------------------------------

 

 

「つまり、アクアエルス遺跡にはヘカーテと呼ばれる指揮官が眠っていたと?」

「そういうことよ。サキア、心当たりはない?」

「いえ……ですが、立場としては間違いなくジェシカ・フィアゼスの側近に該当するかと」

 

 メドゥから詳しい話を聞いたアメリアは、サキアにそのことを伝え記憶との繋がりがないかを確かめていた。

 

 だが、思ったよりはサキアも記憶が繋がらないようだ。アメリアも言葉を濁しており、それ以上の進展がない様子が伺える。完全にその話題には置いてけぼりのエミルと美由紀。だが、アーカーシャの街に脅威が迫る可能性は感じていた。

 

 

「Sランク冒険者の方がやられてしまったんですよね……」

 

 エミルの表情は暗い。「シンドローム」のメンバーとは直接の面識はないが、今までSランク冒険者がやられたとは聞いたことがないだけに余計に不安感がよぎる。その心配の矛先は春人だ。

 

「は、春人は大丈夫なんでしょうか?」

「春人は強いからね、私だって居るし。絶対死なせないわよ」

「アメリアさん……!」

 

 エミルはアメリアの力強い言葉に不謹慎とは感じつつも喜びの表情を浮かべていた。春人自身の強さに加え、アメリアとサキアも居る。エミルとしては信じる以外に出来ることはない状況だが、確かな自信がアメリアから感じ取られ、とりあえずの安心を得たエミルだった。

 

「高宮くんは随分と愛されているのね。それは嬉しいことだけれど……」

 

 そんなとき、美由紀が口を開いた。その目線は真剣だ。

 

「女の子には、だらしなくなってしまったみたいね。垢抜けた原因はそこにあるのかしら」

 

 美由紀はため息をついて話す。まるでお母さんのような印象さえ受ける。

 

「私が見てあげないと駄目みたいね。全く、しょうがないんだから」

 

 ため息をついてはいるが、美由紀の表情からは全く嫌そうな印象は受けなかった。むしろ喜んでいる節さえある。

 

 そんな彼女の言動に冷たい笑顔を向けるのはエミルだ。

 

「あの~美由紀さんでしたか? 特に春人さんのご家族というわけでもないようですし……春人さんのお世話でしたら、私がしますので気になさらないでくださいね?」

「エミルさんだったかしら? 気になるもなにも、私がしたいと思ってるだけだから、あなたこそ気にしないで大丈夫よ?」

「そ、そうですか……うふふ」

 

 エミルは簡単に返されてしまい、さらに冷たい笑顔になっていた。そして、なぜかバーモンドの近くの春人に目線を合わせる。

 

『春人さん、また新しい女性ですね? 随分お綺麗でなによりです。さすが春人さんですね』

 

「え、エミル……?」

 

 エミルは言葉は発していないが確かに目線でそのように伝えていた。春人は敏感にそれを感じ取り、後程、様々な質問が彼女からあるということも確信した。きっとその質問から逃れることはできない……彼の顔からは冷たい汗がこぼれ始める。

 

「まあ、春人。お前も若いんだから今の状況は楽しめ。ただ、死なないようにな」

「バーモンドさん……言ってることが前後で全然違うんですが……」

 

 強面のバーモンドですら、エミルの冷たい表情には固まっているように思えた。春人としてはさらに不安になる。もはやどうすればいいのかわからない状況だ。

 

「春人……そりゃ、お前……あんな綺麗な子たち、キープしてるんだからな~。それ相応の報いはないと……あれ?」

 

 悟は春人の肩をつかみながら、やっかみ半分の言葉を投げかける。

そして、それと同時に酒場の入り口付近に人影が現れたことにも悟は気付いた。春人もそちらの方向に目を向ける。

 

「ああ、丁度よかった。春人やアメリアも居るようだな」

「うふふ、お邪魔いたしますわ」

「あれ……? ジラークさん、それにレナも……!」

 

 アメリアも二人の存在に気付き名前を呼ぶ。ジラークとレナが「海鳴り」へと入って来たのだ。

 



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69話 集合 その2

 

 突然のジラークとレナの訪問。遠征に出た割にはかなり早い戻りだ。特にスコーピオン退治のレナはいくらなんでもあり得ない。

 

「ずいぶん早くない? とくにレナは」

「その通りですわ。まだ、スコーピオン退治は始まっていませんのよ」

 

 なおさらわからない。それでは急遽引き返したということになる。アーカーシャの危機でも感じ取ったということだろうか。アメリアはそんな表情をしていた。

 

「わたくしが戻ったのはある意味では偶然ですわ。時空乱流で戻って来ましたの」

「時空乱流……また、すごいので戻ってきたわね」

 

 アメリアは時空乱流と聞いて、レナがすぐに戻ってこれた理由は察しがついたようだ。ジラークも頭を抱えているがわかっている様子だ。美由紀やエミルは全くわかっていないのか、呆けた表情でテーブルに座っている。

 

 

「アメリア、時空乱流って?」

「春人……。まあ、簡単に言うと、目的の場所同士を繋げる異次元空間よ。そこを通れば、アーカーシャとグリモワール王国もすぐに行き来できるわ」

「えっ!? ていうことは国家間の移動とかめちゃくちゃ楽になるんじゃ……!」

 

 春人は時空乱流という魔法の概略を聞いて、興味津々に身体を弾ませた。そんな魔法があるのなら、馬車などは必要がなくなる。この上ないほどの交通手段であり、攻撃能力を持たない一般人からすれば、夢の魔法とも言える。だが、現実は甘くなかった。

 

「グリモワール王国しかその技術は確立していないわ。しかも、使用者はレナかルナだけしか多分使えないわね」

「お、おそろしいくらい限定的だな……」

「うふふふ、伊達に「最強の召喚士」という異名を持っていませんのよ? 春人さま」

 

 

 

 怪しく微笑むレナに春人はとても頼りがいを感じた。少し冷や汗も流している春人だが、レナの力を再認識した感じだ。

 

 時空乱流は使用できれば任意の場所同士を繋げることができる。もちろん、細かな規定は存在しており、ある程度、繋げる場所というのは決まっている。オルランド遺跡の内部などとは繋ぐことはできない。

 

 召喚術の応用技であり、グリモワール王国で時空乱流を作り出す。ただし、使用できる者は現代ではレナかルナだけとなっていた。それほどまでに高度な技術ということになる。

 

 レナは時空乱流を通って、アーカーシャの街まで来たことになる。スコーピオン討伐の依頼はまだ終えていなかった。

 

 

「時空乱流か……やれやれ、俺の経験はなんだったんだ? 自信をなくす会話はやめてくれないか」

 

 冗談交じりではあるが、ジラークは今までの自分の冒険者人生はなんだったのかとため息をついていた。レナ、春人、アメリアもジラークのそのため息には笑いが込み上げていた。

 

 彼は決して実力だけではない貴重な体験をその長い冒険者人生で培っている。そんなことはアメリアたちにもわかっていることだ。

 

「笑いごとではないぞ? 俺たち「ブラッドインパルス」はアシッドタワー探索を終えて戻って来たんだ。レナとはその時、偶々出会ったわけだが」

「アシッドタワー……そういえば、ジラークさん達が向かったんでしたね。なにかありましたか?」

 

 春人の質問にジラークは軽く頷いた。その表情は真剣になっている。

 

「最上階には鉄巨人が配備されていた」

「鉄巨人が……? もちろん倒したのよね?」

「ああ、強敵だったが……なんとかな」

 

 ジラークは外見的には傷があるようには見えない。この様子だとロイドと老師も無事だろう。アメリアはほっと一安心をする。

 

「ロイドと老師、3人で鉄巨人を2体撃破できた。まだまだ俺も捨てたものじゃないかもしれんな。まあ、それはいいとして……最上階ではこんな資料を見つけた」

「これって……!」

 

 ジラークが発見した資料は新たな歴史の1ページ。アルトクリファ神聖国ですら辿りついていない領域だ。ジラークもどこか達成感に満ちていた。

 

「新たなモンスター……? ケルベロスとフェンリル……」

「ジェシカの側近の……アテナとヘカーテ。そして、召喚士の死神「タナトス」……」

 

 アメリアと春人はそれぞれ、資料に記されたモンスターの名称を読み上げた。彼らの脳裏には以前に見た壁画のモンスターが思い浮かべられる。サイクロプスと鉄巨人を除く親衛隊のメンバー……全て揃っていたのだ。まさに勢揃いというところだろう。

 

「親衛隊の主軸ということだろう。ははは、笑えてくるな。メドゥにも会ってきたぞ」

「あ、そうなんだ。なら、ヘカーテとフェンリル達が遺跡から開放されているのは知ってるでしょ? 多分、アテナもオルランド遺跡から出てると思うわ」

 

 ジラークとアメリアは乾いた笑い声を漏らす。とてつもない脅威が外へと出たことになる。だが、焦ったところで何も始まらないとわかっているのだ。確実なのは、今アーカーシャの街は無事だということだけだ。

 

 アメリアがアテナが出ていると感じたのは予想ではあるが、これはミルドレア・スタンアークが敗北していることも予期してのことだ。まさに、彼女の予感は的中したことになる。

 

「資料ではケルベロスとフェンリルのレベルは720。タナトスが900か……異常だな。どうすればいい? こんな凶悪な戦力……」

 

 ジラークは乾いた笑いから、低い地声に切り替わっていた。記載されている数値がおかしい……鉄巨人が最強のモンスターとは、まさに笑い話である。

 

「アテナ……ヘカーテ……1200と書かれているわね」

「委員長?」

 

 興味が出ていたのか、気難しい顔をしているジラークたちの前にひょっこり現れたのは、先ほどまでテーブルに座っていた美由紀だ。アテナとヘカーテの姿を見ている。

 

 

 

「まあ、まだそこまで心配することではないと思うわ。サキア」

「はい、なんでしょうアメリア」

 

 テーブルに座っていたサキアはアメリアの声にすぐさま立ち上がった。春人の影ではあるが、これでは誰が主人かわからない。

 

「前に聞いたアビスだけど……レベルはどのくらいなの? 今更隠す必要ないでしょ?」

「それは、マスターである春人様がそのレベルに到達することを願っているのですか? さすがに不可能に近いレベルにはなりますよ? それでも聞きますか?」

「前のあんたの言葉はなんだったのよ……まあ、私が勝手に勘違いしたってことだけど」

 

 アビスはジェシカ・フィアゼスに付き従っていた影だ。そのレベルを知ることで当時のジェシカの強さを知ることができる。

 

「……いえ、正確には私にもわかりません。ただ、マスターでもそのレベルに到達することは困難を極めます」

 

 サキアはここでもアビスのレベルの吐露を避けた。いや、記憶が残っているのかはわからないが、敢えて意味深に言っているようにも感じられた。

 

「肝心な時に頼りないわね……もう。まあいいわ、じゃあ春人の現在のレベルは?」

「800程になります。私がちょうど鉄巨人クラスですので」

「よし、とにかく春人を中心に考えれば、なんとかなるわよきっと」

 

 

 わずかな期間で2倍ほどの強さに成長した春人。アメリアは彼を中心に捉え作戦を練れば、現状を打開できると考えた。概ね、その考えは合っている。と、いうよりもそれ以外では全滅という道に達するだけであった。

 

 

「800か……何時の間にそんなに強くなった? まったく若い者の成長は計り知れんな」

「素晴らしいですわ、春人さま」

「レナ、アンタも切り札をそろそろ解禁しなさいよ? 下手したら、人類滅亡のカウントダウンが始まったかもしれないんだから」

「うふふ、考えておきますわ」

 

 春人のレベルを聞いて、各々の反応は違っている。未だに底を見せていない者もいるようだ。そんな彼らを見ながら、サキアは静かに呟いた。

 

「アメリア、さすがに冷静な戦況分析です。あのレベルの敵にも怖気づかないとは。それに、どうやらこちらにも、1つ切り札が生まれそうですね」

 

 サキアが視線を送るその先……委員長である天音美由紀が居た。

 



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70話 方針

 

「なあ、サキア」

「なんでしょう、マスター?」

「離れてくれない? 重くはないけど、照れる」

 

 春人は酒場での会話を一旦終えて、解散という形を取っていた。危険な状況は脱していないが、とりあえず夜も更けているのでお開きとなったのだ。春人は自室に戻っていた。隣ではサキアが明らかに誘惑しており、春人に抱き着き、なにかされることを待ち望んでいる。

 

「本日もなにもしてくださらないんですか?」

「サキアになにかするわけないだろ?」

 

 春人は相当に自制心を抑えていることは隠し、彼女の頭を撫でた。サキアも気持ちよさそうに春人を受け入れる。

 

 サキアはどんなことでも喜んで受け入れるだろうということは春人にも理解できていた。人間ではない為に、身体への負担も皆無だろう。しかし、春人の快楽を満足させるように苦痛に満ちた表情などは表現できる。

 

 正直な話、彼女の可愛さも相まって、徐々に行けない方向に進みかけている春人ではあったのだ。今は、エミルの冷たい視線が防波堤になっている。その為、サキアのこういった抱き着き行為は非常に困るのだが、その行為を拒否できるほど春人は無情ではない。

 

「結局、美由紀は2階の最後の1つの部屋に入ることになりましたね」

「そうだね、不満かい?」

「いえ、私もその方が良いと思います」

 

 意外にもサキアの言葉は素直なものだった。春人の印象としては、彼女は最近は春人の言葉に逆らう傾向があった。というのも、後にお仕置きをされるための前振りで……だが、春人はお仕置きをしないために、その辺りは堂々巡りだ。

 

「しかし、ちょっと前は独立の話があって……アルゼルの件、ゴイシュの件、鉄巨人の件と来て……とうとう親衛隊か」

「はい、しかし心配しても仕方がありません。静観というのも必要になるでしょうし」

「ああ、ところでみんなは風呂だっけ?」

 

 春人の期待に膨らむ言葉……サキアの表情はむくれる。

 

「マスター、覗きは行けませんよ」

「しないって」

 

 春人は即答したが、むくれたサキアはそのまま春人に抱き着いたままだった。

 

 

---------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「まさか、こちらに来て、すぐに温泉に入れるなんて思わなかったわ」

「バーモンドさんの酒場の裏は温泉だしね。露天風呂~~!」

 

 軽く身体を流した美由紀とアメリアはそのまま露天風呂に入った。特に男女の時間が決まっているというわけではないので、入り口のところに立札が置かれる仕組みだ。

 

「さ、さきほどのお話から一変している気が……いいんでしょうか、こんなにくつろいでて」

 

 遅れて湯につかるのはエミルだ。お風呂に入れることによる幸福感に満ちている印象だった。しかし、親衛隊の話……完全に理解するには至っていないが、アーカーシャの街に脅威が迫っている可能性を示唆されて、内心は穏やかではなかった。

 

 

 最近の出来事でも、グリフォン襲撃、鉄巨人襲撃と重なっている為だ。

 

「エミルさま、今は何事も起こっていない。まずはそれを喜びましょう」

「レナさん……わかりました」

 

 そして、最後に湯に入るのは、最も日焼けをした長身のレナだった。胸の大きさでは美由紀に負けているが、総合的な身体のラインはこの中でもトップと言えるかもしれない。

 

 

「つーか、何自分の身体を誇示するかのように入ってんのよ。さっさとつかりなさいよ」

「うふふ、レナ。そんなにヤキモチ妬かなくてもよろしいのでは?」

 

 娼館の綺麗な女性と比較しても、むしろ勝っているレベルのアメリアであるが、年上のレナに身体で負けていることを自覚しているのか自分の身体と彼女の身体を見比べて悔しそうにしている。

 

 アメリアも胸はかなり大きく形も完璧だ。まさに庶民が聞けば石を投げるレベルの贅沢な会話と言えるだろう。

 

「身体なんてどうでもいいと思うけれど……」

「美由紀も凄いわね……胸とか。春人のスケベ」

 

 高校の時に90センチ以上あると言われていた美由紀のバスト。水泳の時間などはなんとかその姿を見ようとした男達も居たほどだ。彼女のそんな胸にはエミルも羨ましそうにしている。

 

「うふふ、楽しいですわね。みなさんとこうして一緒にお風呂に入るのは」

「まあ、そりゃね。あんまりゆっくりできる状況でもないのは確かだけど……でも、お風呂くらいゆっくりしたいじゃない」

 

 みんな、一定の幸福感を満喫しているが、やはり内心は穏やかとは行かない。真っ先に話し出したのは美由紀だ。

 

「メドゥ……彼女の仲間の方々が気がかりね……」

 

 一番最初に彼女を助けただけあって、美由紀はメドゥを最も心配していた。常人ではまともに動けなくなるほどの大怪我だったのだ。それが、完治するらしいことに美由紀も驚いていたが、メドゥの仲間については詳細がわかっていないだけに非常に心配になっている。

 

 

「ヘカーテ……親衛隊のボスでレベル1200の破格の化け物。そんな奴に襲われたのよ。仲間は3人居たけど、全員死んだでしょうね」

「アメリアさん……そんな言葉……」

「私は何人も冒険者の死体を見て来たわ。弔いはしたけど、別に回収とかはしなかったし。年間何人の冒険者が死んでるか知ってる?」

 

 エミルは淡々としているアメリアを叱責しようと試みたが、すぐに言葉を失くす。冒険者とは毎日が命がけなのだ。春人たちと居ることが当たり前だった為、その現実を忘れつつあったエミルであった。

 

「あなたの言い分はわかったけれど、それではなにもしないの?」

 

 美由紀が今度は口を開いた。アメリアも彼女に向き直る。

 

「どの道、アクアエルス遺跡とオルランド遺跡……最深部がどうなっているのかを確かめに行かないとね」

「そうですわね、それは必須事項ですわ。わたくしもご一緒いたします」

 

 アメリアは隠しエリアがどのようになっているか、その調査を前向きに考えていた。レナも同伴の意志を示す。彼らとて冒険者……真実は自らの目で判断することが求められているのだ。

 

 

「んじゃ、私と春人、レナで明日にでも遺跡に向かいましょ」

 

 急遽、決まった方針。レナも頷き承諾をした。街には現在は「ブラッドインパルス」も滞在している。街の警護は万全と言えるだろう。メドゥの仲間たちの調査も含め、アメリアは最善と思われる案を提示したのだった。

 



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71話 敵戦力

 

「この森も狭くなったね~~」

 

 アーカーシャの街から離れること10キロ……賢者の森の奥地にて、その者達は居た。

 

「まあな、1000年も経過してるんだぜ? えっと、なんて名前が付けられてるんだっけ?」

「は、はい……賢者の森、です……」

 

 青い衣装を纏った獣耳の少女、アテナの質問に答えたのは、たまたまこの森へ足を踏み入れた冒険者グループだ。3人居て、1人は既に首がなくなっている。残りの二人もボロボロになっており、もはや恐怖すら通り過ぎた印象だ。完全に質問に答えるだけの置物と化していた。

 

「アーカーシャとかいう街ができたから、森林伐採とか進んだのか? まあ、どうでもいいや。……ったく、ジェシカ様の大地を踏み荒らしただけじゃなく、遺跡まで侵入しやがるとはな」

「……も、もうしわけありません……お、俺たちが手に入れた物なら、全部お返ししますから……」

「フェンリル、腹減ってないか?」

「ハルル……」

 

 アテナは自らがもたれているフェンリルに話しかける。フェンリルは座った状態でアテナのソファー代わりになっていたが、彼女の顔を軽く舐めた後に立ち上がった。

 

 

「ひっ!? ちょっと待ってくれ! た、助けてくれ、頼む!」

「アルトクリファって国はどこにあるんだ?」

 

 フェンリルは残っている2人の冒険者に照準を定めた。弱肉強食の自然の掟……まさにそれが執行されようとしていた。

 

「この森から北に50キロほど行ったところにあります! その間にいくつか町なども見えます! 頼む、命だけは……!」

「手足失って、それでも生きたいのか? まあいいや、フェンリル」

 

 

 アテナの無情な視線。フェンリルは瞬間的に彼ら2人の頭を刈り取った。冒険者たちは苦痛なき死を迎えることができたのだ。その一点に於いては幸せだったと言えるだろう。

 

「ねね、残ってる身体とかはどうするの? 私がほしいよ~~!」

「ヘカーテ、てめぇは……アクアエルスの方で冒険者食いまくったんだろ? 私のフェンリルをこき使ったから駄目だ。これは焼いて、私とフェンリルでいただく」

「ええ、そんな~~!?」

 

 黄色い衣装のヘカーテが腹を鳴らして懇願をしてきたが、アテナはフェンリルを撫でながら、晩餐の計画を練った。フェンリルも楽しそうに彼女の身体を舐めている。

 

 

 各々の遺跡を出たアテナとヘカーテはお互いの臭いなどから、この賢者の森で久しぶりの再会を果たした。ジェシカの側近であり、双子のような存在……感動の再開……とはならず、眠る際に眷属であるフェンリルを持って行かれたアテナは、ヘカーテに激怒し蹴りまくっていた。

 

 それから、サイクロプス2体、鉄巨人8体も含めて森の内部で生活をしている。ミルドレアが作った小屋や、その脇の池は彼女たちの遊び場になっていた。

 なにも食べなくてもほぼ永久に死ぬことはない彼女らにとっては、現在の冒険者を喰らう行為も単なる趣味の範囲でしかなかった。彼女らの餌食になった冒険者たちは10数名に上っている。

 

「この後、どうしよっか、アテナちゃん」

「とりあえず、アルトクリファとかいう国だな。勝手にジェシカ様を奉ってるとか……殺すか」

「あ、賛成~~!」

 

 アテナは今後の向かう先を話ながら、冒険者の遺体を火にかける。焼き上がった肉はアテナやフェンリルで食べ始めた。

 

アテナはこれ見よがしにケルベロスも呼んで食事は盛り上がるが、ヘカーテだけは呼ばれずに、見張りをしているサイクロプス達の傍で丸くなって悲しんでいたという。

 

 可愛らしい光景ではあるが、強烈な自然の摂理……モンスターに敗北した者達の末路と言えるのだろうか。人間が見れば吐き気を催すような光景は一晩中続いていた。

 

 

 

-----------------------------------------------------------

 

 

「あれって……」

「ポイズンリザードですわね。それとストーンゴーレムも。アクアエルス遺跡の隠しエリア付近に出てくるなんて……不謹慎ですわ」

 

 同じ頃、春人、アメリア、レナの3人はアクアエルス遺跡の最深部に到達していた。メドゥの言う通り、完全に隠し扉は開いている。その付近に現れたモンスターはオルランド遺跡の8階層に匹敵するものだった。

 

「レナさん、大丈夫ですよね? えと、どうなんですか?」

 

 真っ先に前に出たレナ。春人は、彼女の実力を知らない。アメリアの余裕の態度からも負けることはないと踏んではいるが、念の為の確認だ。

 

「大丈夫ですわ、春人さま。怪我をした場合は、春人さまが介抱してくださいますか?」

「え、それは勿論……」

「ちょっと、春人!」

 

 レナの誘うような発言に少し顔を赤らめる春人。すぐにアメリアにつねられてしまった。

 

「いたい、アメリア……!」

「なに赤くなってんのよ、バカっ」

 

 アメリアも本気で怒っているわけではない。ほとんど漫才のようなものだ。レナもそんな様子を笑いながら見ており、彼らの仲が順調に進展していることを感じ取った。

 

 レナの本音としては、自分には彼氏がいない……19歳で処女だ……。初恋の相手はジラークではあるが、恋愛の対象だったわけではない。

 

 そう考えると春人は初めて恋愛的に好きになりかけた相手とも言える。そろそろ、そういった経験もしておきたいレナにとっては惜しいことをしていると考えていた。

 

 これを逃すと次はいつになるかわからない。しかし、親友の初めての大きな恋愛、彼女は自分の淡い感情を押し殺し、アメリアを応援することにした。

 

「まあ、いいですわ。とりあえず一掃いたします。ユニコーン」

 

 そして、レナの掛け声と共に、一瞬の内に姿を現すのは白い巨大な角を有する馬、ユニコーンであった。レベルは330……角より放たれる強力な雷でストーンゴーレムやポイズンリザード達を蹂躙していく。

 

「あんた、やっぱり相当強いでしょ?」

「うふふ、さて参りましょうか」

 

 ポイズンリザード達は黒焦げ状態となりその場に何体も倒れ込んだ。ストーンゴーレムも同じだ。レナはそんなモンスターの結晶石を拾い上げ、上機嫌になりながら、隠しエリアへと足を踏み入れた。春人とアメリアもそれに続いた。

 



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72話 戦いの傷跡

 

「……血と肉片の跡……多分「シンドローム」の他のメンバーは助かってないわね」

 

 アクアエルス遺跡の最深部の奥、隠しエリアに入った春人達であったが、そこは激しい戦闘の跡が残されているだけだった。棺が開いており、おそらくヘカーテが眠っていたのだろうと予測できる。

 

 周囲の遺跡の壁は所々が破壊されており、相当に激しい戦闘が行われたことが伺えた。そして飛び散っているのは肉片と思しき物体と血の跡……モンスターのそれらはすぐに消滅する為、「シンドローム」のメンバーのものであることは疑いようがない。

 

 

「自然の掟と言うのでしょうか……今まで、何人もの方の遺体は見てまいりましたが」

「慣れないわね、こういうのは」

 

 

 

 レナとアメリアは静かに手を合わせ、祈り捧げていた。春人も無言で彼女たちの行為に続く。アメリアもレナも決して、倒されたことに関して恨み言は言わない。遺跡を荒らしているのは人間側。返り討ちにされたからといって、恨むというのはお門違いということなのだろう。

 

 

「アメリア、この後どうしようか? オルランド遺跡も回った方がいいよね?」

「そうね……ここだけだと、あいつらが何処にいるかはわからないし」

「あら、アメリア。もしかしたら、オルランド遺跡へは行かなくても大丈夫かもしれませんよ」

 

 アメリアはオルランド遺跡へ行くことも前向きではあったが、レナは彼女の考えを否定するように言った。彼女はアクアエルス遺跡の隠しエリアに入ってきた人影に気付いたからだ。春人とアメリアもその気配を察知した。

 

「こうして会うのは、随分と久しぶりだな……」

「ミルドレア・スタンアーク?」

 

 春人は現れた意外な人物に目を丸くしていた。その隣にはエスメラルダの姿もある。

 

「高宮 春人か。久しぶりだな」

「あ、ああ……どうして此処に?」

 

 ミルドレアは体調が優れないのか、春人の質問にはすぐには答えず近くの壁にもたれかかるように腰を下ろした。

 

「……アテナとかいうモンスターにやられたの?」

「これは意外だ。まさか、その名前を知っているとはな」

 

 アメリアが既にアテナの名前を知っていることに、ミルドレアは驚く。だが、一流の冒険者である彼女の口から出てきたためか、そこまで疑問に思っている口調ではなかった。

 

「ま、予想は付くと思うけど、ジラークさんがアシッドタワーから新しい文献を持ってきてね、そこに書かれていたのよ。あとは、他にもあるけど、オルランド遺跡にはアテナっていうモンスターが眠ってるんじゃないかと想像したわけ。まさにビンゴみたいね」

 

 アメリアの言葉にミルドレアは小さく頷いた。

 

「ミルはアテナと一騎打ちをしたのよ……」

「残念ながら敗れてしまったがな。その後、奴は鉄巨人8体を引きつれて出て行った」

「鉄巨人8体って……また、ぶっ飛んでるわね」

 

 ミルドレアとアメリア、その後も多少の情報交換は進められていく。

 

「そうか……アテナは1200レベルか……」

「1200? そんな数値……嘘でしょ……!」

 

 あり得ない程のレベルにミルドレアとエスメラルダは驚きの表情を隠すことができない。さらに、もう1体そのレベルの者が居るのだ。それを聴いたエスメラルダの表情は絶望に満ちていた。

 

「今回の隠しエリアの開放は……恐ろしい傷跡を残した」

「……そうね」

「アテナは結局は俺を殺さなかったからな……実力差は明白……。まあ、それよりも奴らはアルトクリファ神聖国に向かった可能性が高いな」

 

 ミルドレアはアテナとの戦いを思い浮かべながら考えていた。フィアゼスの信奉する国家を滅ぼす……そのような気迫を彼はアテナから読み取っていたのだ。

 

「アルトクリファ神聖国か……フィアゼスを信奉する教会団体の国家」

「ええ、なるほど。あいつらがそこに向かってるなら……決戦は神聖国になりそうね」

「一度、ルナを呼び戻しますわ」

 

 春人、アメリア、レナ……それぞれの瞳には強大な敵に立ち向かう確かな覚悟が宿っていた。

 

 

 

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 その頃、バーモンドの酒場では護衛の為に残っていたサキアと美由紀の二人が話をしていた。

 

「あなたは影……なの? 信じられないのだけど……」

「既に影の状態はお見せしたと思いますが? もう一度、ご覧になられますか?」

「いえ、大丈夫よ。ところで、私に何か御用かしら?」

 

 話しを振って来たのはサキアの方からだ。美由紀の存在について興味があるのか、先ほどから彼女の体型などを確認している。

 

「どうかしたの?」

「……予感ではありますが、あなたはやはり、マスター達にとっての「切り札」になりそうです」

 

 美由紀の頭の中は混乱する。サキアが何を言っているのか理解できない。それは、この世界に飛ばされて来てまだ日が浅いこととは無関係な気がしていた。

 

「よくわからないけど……高宮くんの役に立てるのだとしたら、それは嬉しいわね。どうも雰囲気だけだと、私なんて何の役にも立ちそうになかったから」

 

 美由紀は春人の強者の雰囲気も相当に感じており、アメリア達の強さも感じ取っていた。魔法が当たり前に存在する世界に於いて、ただのクラス委員長である自分など、何もできないのではないか……そのことにわずかに歯がゆさがあったのだ。

 

「そちらに関しましては……悟? だったでしょうか。あの者とは全く違うようです」

「え?」

 

 美由紀はサキアに聞き返すが、それよりも先に、もっと大きな事象により邪魔をされた。美由紀の近くから生み出される黒い物体……。

 

「え……こ、これって……?」

「まさか、そんなはずは……」

 

 美由紀だけでなく、サキアも驚いている。その黒い物体はサキアと同じく影のようであり、たちまち人間の姿へと変貌したのだ。

 

「久しぶりっすね、母さん。お呼びですか?」

「……は?」

 

 影は人間の男性へと姿を変え、美由紀にそう言ったのだ。全く意味がわからず裏声を上

げてしまう美由紀……目の前の青年の姿を、ただ茫然と見上げていた。

 



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73話 アビス

 

「……だ、誰なの……?」

「まさか、あなたは……」

 

 美由紀の前に現れたデスシャドー。サキア自身も信じられないという気持ちが出ていた。美由紀は勿論、意味がわかっていない。

 

「俺の名はアビス。デスシャドーですが……記憶はないですかね?」

 

 アビス……美由紀としてはクエスチョンマークがさらに増える結果であったが、サキアは何かを理解した表情になっていた。自らが、美由紀を切り札と感じた理由……それは曖昧なものであったが、アビスの登場により明確になった印象だ。

 

「え? 意味が全くわからないわ」

「本当にアビスなのですか? ということは、美由紀は……」

 

 サキアは冷静さを取り戻しつつあるが、美由紀は呆けた表情を崩していない。アビスはそんな美由紀を見てため息をついた。

 

「記憶はないみたいですね……まあ、母さんとは個体が違うから仕方ないのかな?」

 

 アビスは美由紀の記憶に自分の存在がないことを、彼女の態度から確信した。ため息こそついたが、彼は比較的冷静だ。

 

 

 

「お前は……サキアだっけ? なんだ、目覚めたのかよ」

「私のことはどうでもいいんです。それよりも、美由紀はジェシカなのですか?」

「俺が仕えているってことはそのはずなんだけど……詳しい状況はわかんね」

 

 特に物事を深く考えないのか、アビスは詳細不明な状況でも焦っていない。

 

「ま、とりあえず。俺はアビスと申します。これより、あなた様の影になりてその身をお守りいたします」

 

 アビスは美由紀に深々と頭を下げた。

 

「私は天音 美由紀よ」

「なるほど。では何とお呼びしたらいいですかね?」

「美由紀でいいわ」

「美由紀ですね。美由紀さまとお呼びします」

 

 アビスは丁寧に美由紀の言うことに従う。その表情からは裏切ることなど考えられないほど、誠実さが出ていた。そんな彼に、美由紀も一応の信用は感じたようだ。

 

「私を誰かと間違えているの? 生まれ変わり?」

「あ~そんな感じですかね。1000年前の人で、俺が仕えていた方っす。そうか……もう1000年も経過してるんですね」

 

 アビスは美由紀の質問に答えながら、1000年という時間を思い浮かべた。年数自体はわかっていないはずだが、彼なりの体内時計でもあるのかもしれない。

 

「この世界の人間なら、生まれ変わりと言うのも理解できるけど……高宮くんの話では、私は他の星から転移してきているのよ? こんな見ず知らずの地の人の生まれ変わりなんて……よくわからないわね」

「転移ですか……それはすごいっすね」

 

 美由紀が転生者であることを話してもアビスの表情は崩れることはない。超常現象の1つとして受け入れているのだろう。

 

「そのジェシカという人が私をここまで呼んだ可能性は?」

「さすがにそれは無理ですよ。他の星から人を呼ぶのはいくらなんでも……」

 

 アビスはジェシカですら、そのような芸当はできないと言った。ますます、美由紀は意味がわからなくなる。自分の身体は一体どうなってしまったのか?

 

 

「悩んでも仕方がありません。アビス、あなたの現在のレベルはどのくらいですか?」

「30だな」

「美由紀は現在、60ですか……十分高いですね」

「あまりよくわからないけど……いいのかしら?」

 

 

 美由紀のレベルは60。もちろん、十分なレベルではあるがアテナ達と比較するとあまりに弱いと言わざるを得ない。だが、ここでの生活的には十分なレベルであるし、何よりジェシカの生まれ変わりの可能性……戦局を揺るがす可能性が彼女にはあったのだ。

 

 話はそこからも少し続いたが、美由紀がアビスを受け入れるのは難しかった。

 

 

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「アビス……? ジェシカの影?」

 

 その夜、バーモンドの酒場に戻ってきた春人やアメリアに、アビスは紹介された。レナは一足早く時空乱流でルナを呼びに戻っており、ミルドレアとエスメラルダとは、アーカーシャの入り口で別れていた。

 

 春人は美由紀の影として仕えることに対して、相当微妙な感情を持っていた。

 

 それは、アビスが男性だからである。

 

「委員長、寝るときとかはどうするの?」

「それなのよね……どうしましょう……」

「なんなら、俺の部屋に避難して」

 

 内気な春人からは考えられないようなセリフだ。美由紀も大胆な彼の言葉に驚く。

 

 

 

 

「た、高宮くん……! なにを言ってるの!? わ、私があなたの部屋にって……確かに、あなたの部屋はすぐ前だけれど……」

 

 美由紀は顔を真っ赤にして首を猛烈なスピードで左右に振った。美由紀にしては珍しく相当にテンパっている様子だ。

 

「春人の部屋ね。いいんじゃない? やっぱアビスっても、いきなりは信用できないだろうし」

 

 会話を聞いていたアメリアだが、意外にも好意的な反応であった。彼女に後押しをされる形で春人もさらに続ける。

 

「ほ、ほら……委員長の安全も考えるとさ、それがいいかなって」

「ま、まあ……高宮くんなら、安心だものね」

 

 信頼されている。春人は相当に喜んでいた。特に自分の部屋に招き入れたからといって何かいやらしいことを考えていたわけではないが、委員長と二人で話す機会はほしいと思っていたのだ。アメリアも自然に承諾してくれた、春人はこんなに早くその機会が訪れたことを喜んでいた。

 

……だが、そう上手くは行かないのが現実である。

 

 

 

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「……ねえ、アメリア。これはどういうことかな?」

「なにがよ? いいじゃない、美由紀が同じ部屋で泊まってくれるなんてっ」

 

 なぜかパジャマ服で春人の部屋に居るアメリア。手には枕と毛布も持っている。そして、部屋にはエミルもパジャマ姿で待機しており、同じく枕などを持参していた。

 

「こうして春人の部屋で集まるとわくわくするよね」

「そうですね、一度こうやって皆さんと一緒に寝たいと思っていました」

 

 エミルは屈託のない笑顔を見せている。おそらく、事情などは知らないのだろう。アメリアはどこか冷たい視線を春人に向けているが、エミルと可愛らしく茶菓子を食べている。そして、春人の隣には美由紀がパジャマ姿で座っていた。

 

「……高宮くん、あなたは相当にチャラいと言えばいいのかしら? 女たらしと言った方が適切かしら? 全く……」

「い、いや……決してわざとこういうことしてるわけじゃないんだけど……」

 

 春人の前にはサキアがむくれた表情で抱き着いている。春人の現在の部屋の状況に妬いているのだろう。

 

 命令をしたところで彼女が離れる様子はない。お仕置きの約束をすれば離れてくれそうではあるが。そんなサキアの態度からしても、春人の言葉は説得力皆無だ。しかし、美由紀は笑っていた。

 

「ふふ、昔からあなたは不思議な魅力があると踏んでいたけど……こっちの世界で発揮されたようね。委員長としては非常に嬉しいわ、あなたが心から楽しんでいるようで」

「委員長……。うん、楽しんでいるよ」

 

 こちらに来てからの数か月間。自らの才能が開花したからということもあるが、心より楽しんでいる自分が居た。

 

 もちろんそれは、彼が圧倒的な才能があったからこそではあるが。実力主義の世界で、春人はその実力が人間としてはフィアゼスに次ぐレベルに到達している。まだ半年も経過していない短い期間での急成長だ。

 

「でも、俺は……偶々才能があっただけさ……悟は才能がなかったって言ってたし……。日本よりも厳しい環境だと、彼からも聞いてるよ」

「そうね……雰囲気としては決して治安は良くなさそうだし。レイプなどが起こっても法などの整備もされてなさそう。そういう意味では日本は平和だったかもしれないわね」

 

 異世界アクアエルスは総合的な文明レベルは中世ヨーロッパから、せいぜい1900年代前半のヨーロッパ程度だ。法の整備などは、現代の日本とは比較にならないくらいにアバウトである。

 

 通信機やテレビ、ラジオの類も存在していない。しかし、魔法によるホバー船や通信、異次元空間移動などはあるので、かなりアンバランスな世界と言える。

 

 

「でも、あなたはこの地で楽しみを得た。予想だけれど、モンスターとの戦いは大変だったのでしょう? 街の人々の信頼を勝ち取ったのはあなたの性格が繁栄された結果だと思うわ」

 

 美由紀は聖母のような優しい笑みを浮かべながら、春人の手を取った。単純な恋愛感情だけではない全てを包み込むような、美由紀の慈愛……春人はそんな思いを感じ、高校時代の優しい委員長を思い出していた。

 

 好きになった相手……それは、もしかしたら今も変わっていないのかもしれない……彼女を真っ先に自分の部屋に呼んだのはそういう感情が含まれてのことだ。春人は戸惑っていた。

 

 

「マスター……」

「サキア? む、むぶ!」

 

 ヤキモチが限界に達したのか、サキアは春人の唇を強引に奪った。舌も強引に差し込んで離す気配を見せない。さすがに美由紀の表情が強張る。

 

「高宮くん……? さすがにフォローできないわよ?」

 

 美由紀もその行為には笑顔ながらも、血管を顔に浮かべていた。相当に怒っている証拠だ。

 

「ぷはっ! こ、これは……!」

「これは? なに?」

「えっと……あの、サキアは俺の下僕でこういうことをしたがるというか……」

「そうです、私はマスターの物ですので、マスターが望むことであれば何でも致します」

 

 まったく嫌な気配を見せずに、しかし若干顔を赤らめながらサキアは発言した。見た目が幼いサキアだけに、美由紀もその言葉には引いている。

 

「高宮くん……」

「サキアっ、誤解を招くような発言はやめてくれ~~!」

 

 その後、美由紀の誤解を解くことに全精力を集中することになる春人だが、時間は大分かかってしまったという。茶菓子を食べているアメリアとエミルは苦笑いをしていた。

 

「大変ですね、春人さんも……あはは」

「春人は自業自得よ。女の子をキープしまくっているツケよね」

 

 なんだかんだと盛り上がっている春人の部屋は、その後も夜遅くまで話し声が途絶えることはなかった。それとは逆に、美由紀の部屋ではアビスが一人で待機させられていた。

 

「俺が何したってんだよう……」

 

 アビスは一人、空中に字を書きながらいじけていたという……。

 



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74話 アルトクリファ神聖国へ

 

「で、あいつらはアルトクリファ神聖国に居るってことで間違いないの?」

「ああ、魔術通信により確認も取れた。神聖国は成すすべなく占領されているようだ」

 

 翌日、状況の最終確認としてアメリアはミルドレアと話している。彼は、魔術による通信にて、アテナやヘカーテ達がアルトクリファ神聖国を攻めたことを確認していた。

 アメリアの表情もこれまで以上に強張っている。

 

 

「まずいわね……ミルドレアのいない神聖国なんて、あんな化け物たちに対抗できる手段なんてないでしょ?」

「ああ、話に聞くサイクロプスすら倒せていないだろうな」

 

 レベル380のサイクロプス、あのメンバーの中では最弱のモンスターですら倒せていないことをミルドレアは予見していた。

 

「はあ……本当にどうしようかしら……こっちの面子」

「おいおい、リザードの件はどないなんのや?」

 

 

 頭を抱えているアメリアだが、近くにはクライブの姿もあり、リザード討伐が後回しになることに不満を持っているようだった。

 

「リザードよりはるかに危険な連中が出たからね……リザード討伐は神聖国に向かって、私達が生きて帰って来れたらって感じかしら。ね、春人?」

 

 そう言いながら、アメリアはわざとらしく春人の腕を掴む。

 

 場所はアーカーシャの時計塔付近……バーモンドやエミル含め、レナやルナたちも居る中での行為だ。だが、エミルも今回は何も言わない。

 

「アメリア……さすがにみなさん見てるし……離れてよ……」

「これから命を懸けに行くのよ? 戻れるかもわからないしね。放っておいたら世界を破壊しかねない脅威……その討伐だし」

 

 アメリアの態度はわざとらしい。確かに出てきた存在は脅威的なレベルを誇っている。だが、春人とアメリアの表情にはいつも通りの精神が宿っていたのだ。

 

「いままで戯れで協力したことはあるけど……俺たちも「コンビ」で戦う時が来たみたいだね」

「そうね」

 

 アメリアは春人の言葉に笑顔で返した。彼らも「切り札」を投入する時……今回はそれほどの敵であることを強く感じ取ったのだろう。

 

 

「わたくし達もスコーピオン討伐は後に回しましたわ。同行いたします」

「俺たち「ブラッドインパルス」は足手まといになりかねん。万が一に備えて、アーカーシャの警護を担当しよう」

「ほほほほ、若い者にどんどんと追い抜かれていくの~」

「いやいや……洒落になりませんて……「ビーストテイマー」の二人も強いんですね~」

 

 戦力的な意味合いから、「ビーストテイマー」が春人達に同伴、「ブラッドインパルス」のメンバーは街の警護と分かれた。

 

 

「俺も行く。奴らは大聖堂を中心に居座っているらしいからな」

「ええ、あんたには来てもらった方がいいわ」

 

 ミルドレアも同行に名乗りを上げた。

 

「ミル……気を付けてね。絶対に死なないで」

「ああ、お前のためにもな」

 

 アテナに生かされた形になるミルドレア・スタンアーク。次、彼女の前に出れば確実に殺されるだろう。だが、彼は死ぬつもりなど微塵もなかった。既にエスメラルダから将来を共にすることを了承されたからだ。自分一人の身体ではない……彼は生きて帰ることを心に決めた。

 

「あんまり湿っぽいのは好きじゃないし……そろそろ出発する?」

「ああ、そうだね」

 

 メンタルウォーターや信義の花も準備は完了している。向かうメンバーは春人にアメリア、レナとルナ、それからミルドレア……そして、サキア、アビス、美由紀となっている。

 

「私が行っても大丈夫なのかしら……?」

「俺がお守りいたしま……」

「大丈夫、委員長は俺が守るから」

 

 アビスの言葉を遮るように春人は美由紀に約束をする。相当、女たらしの発言ではあるが、美由紀はそんな春人の言葉に励まされていた。

 

「みなさん! 危険だと思いますけど……絶対戻って来てくださいね!」

「そうだよ、死んだりしたら承知しないから!」

 

 アルマークとイオも時計塔に駆けつけていた。春人たちが神聖国へ出向くことを知ったのはついさっきという者も多いが、これだけの人数を彼らは集めているのだ。春人にとってはまさに故郷と言えるアーカーシャ。これからも住まう街として必ず、脅威を取り除き戻ってくると考えた。

 

 

 

「春人さん」

「エミル……」

「気を付けてくださいね……私にはそれしか言えませんが」

「うん、ありがとう。必ず戻ってくるよ」

「はい、お待ちしています」

 

 春人とエミルはお互い多くを語らずに見つめ合う。それだけで全てが伝わっているような感覚に包まれていた。アメリアは少し表情を強張らせるが、何も言わずに二人の間の雰囲気を観察していた。

 

 悟たち「フェアリーブースト」やメドゥの姿はないが、知り合い全員に挨拶を交わしている時間があるわけでもない。それに、春人達からすれば必ず戻ってくる旅行のようなものだ……彼らは死にに行くわけではないのだから。

 

「……しかし、戦力的には不利と言わざるを得んな……これは」

 

 急遽、ミルドレアが口を開く。美由紀の存在には何かを感じているようだが、美由紀自身とアビスの能力を正確に感じ取ったのだろう。レベル60程度では確かに足手まとい以外のなにものでもない。

 

「美由紀は切り札になる可能性があります」

「切り札……か」

 

 美由紀のことについては何も知らないミルドレアではあるが、アビスの存在を鑑み、サキアの言葉をとりあえず信じることにした。

 

 だが、春人、アメリア、レナ、ルナ、ミルドレア、サキア……果たしてこの面子であの化け物たちを食い止められるのか? 1000年も前に世界を手に入れた親衛隊の面々……不老の怪物……。

 

「うふふ、それでは少しだけ、不安を取り除いて見せますわ」

「え、レナさん?」

 

 春人達の間でも物量では適わないという感情が芽生え始めたころ、レナは自身満々にそう言った。隣に立つルナも同じ表情をしている。

 

「あまりこういった場所で見せるものではないのですが……私たちの切り札をお見せ致しますわ。ルナ、行きますわよ」

「うん、レナ」

 

 そして、二人はお互いの手を取り合った。彼女たちを中心に魔法陣が地面に描かれて行く。

 

「ダブル召喚……! タナトス!」

 

 

 二人の力を組み合わせてより、高レベルのモンスターを生み出す、最強の召喚術ダブル召喚……。だが、現れたモンスターはフィアゼスの親衛隊の一角、レベル900を誇る死神……タナトスであった。

 

 想像以上の「切り札」……。彼女らをよく知るアメリアも、このモンスターの召喚には度肝を抜かされた。

 

 

 

 



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75話 正面突破

 アルトクリファ神聖国……アーカーシャの街より北に60キロ程度離れている。その場所には神聖国の首都である、メルカールは存在していた。

 

 聖母神としてフィアゼスの巨大な像も存在している首都メルカール。その街が視認できる位置まで、春人たちも来ていたのだ。

 

「どういう配置になってるんだろ?」

 

 メルカールまで数百メートルの位置。木陰に隠れながら春人は様子を伺っている。春人の視線の先には赤い甲冑の鉄巨人が数体配備されているのは確認が取れていた。

 

「情報の段階から数は変わってないとすると……鉄巨人8体にサイクロプス2体、フェンリルとケルベロスが1体ずつ。それから、アテナとヘカーテね」

 

 

 隣に立つのはアメリアだ。敵の戦力を冷静に分析している。数百メートル先に見えるのは鉄巨人が4体。残りは街の中に居るのか、裏口に配備されているのか、春人とアメリアの場所からでは判断はつかなかった。

 

「普通、こういう場合って、正面と裏口に回ると思うんだけど……」

 

 春人はギャグでも見ているような表情で、自分の背後に目をやる。レナやルナ、美由紀たちがしゃがんだ状態で待機していたのだ。春人の視線に気付いたレナはピースサインを彼に送った。

 

「どのみち、ミルドレアの通信も途絶えたみたいだし、中の主要人物は拘束されたか死亡したか……裏口から回っても一緒よ。正面突破の方が戦力を分散させずに済むわ」

 

 アメリアの性格の表れか……強引な手段ではあるが、春人としても謎の彼女の自信に付いて行く覚悟は出来ていた。

 

 

「春人さま、アメリア。後程、中でお会いしましょう。ご武運を祈っておりますわ」

 

 後方に待機しているレナが、春人達に声をかける。春人も彼女に手を振って返した。先陣を切るのは春人とアメリアだ。後からレナとルナの二人が潜入することになっている。ミルドレアとアビス、美由紀もその時に同行する算段となっていた。

 

「高宮くん、私が言えることではないけど……気を付けてね」

「うん、ありがとう委員長」

 

 こちらに飛ばされて来て日の浅い美由紀は、春人の強さを初め分からないことだらけだ。しかし、アルトクリファ神聖国に行くことに関して少しの違和感も感じなかった。

 

むしろ、これが自分の運命なのだと、そう直感が教えている。アビスというデスシャドーの出現もその直感に自信を持たせる要因になっていた。

 

 

 

「ま、美由紀の心配は必要ないわよ。レナ達が居るし」

「ああ、わかってる。じゃあ、行こうか」

「ええ、「コンビプレイ」でね」

 

 春人とアメリア……二人を纏う闘気は収束され、力強く解放された。そして、二人は歩きだし4体の鉄巨人に向かっていく。

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

「ブウウウウウ」

 

 数百メートル先から近づいて来た春人とアメリア。彼らの接近に鉄巨人たちが気付いたのは10メートル程度の地点だ。

 

「鉄巨人は4体……アメリア、どうしようか?」

「魔法剣で行くわよ。春人、ユニバースソードを出して」

「了解」

 

 春人はアメリアにそう言われ、ユニバースソードを彼女に見せた。彼女はそこに雷撃球の魔法と同じ、電撃属性を付与していく。春人の剣は帯電状態に変化した。

 

 各個撃破が基本スタイルの「ソード&メイジ」に於いては非常に珍しい光景だ。威力が飛躍的に向上し、遠距離攻撃も可能になる魔法剣。魔法剣は彼らとしても初めての行為と言える。

 

 

「俺が先陣を切るよ。援護を頼む」

「わかったわ」

 

 レベル400の鉄巨人を4体同時だ。消耗を最小限に抑える意味も込めて、二人は最初から全力を出していた。

 

 春人は鉄巨人の1体に猛スピードで接近をする。鉄巨人を大刀を構えているが、倍のレベル差は如何ともし難く、最初の鉄巨人は帯電状態のユニバースソードの餌食になった。

 

 

 

 しかし、残り3体は怯むこともなく春人に同時に襲いかかる。単独であれば、春人でも苦戦は免れない状態であっただろう。しかし、後方からの雷撃球によるアメリアの支援。倒すまでにはいたらないが、鉄巨人の動きを止めるには十分な威力となっていた。

 

「どう? 完璧なタイミングでしょ?」

「さすが、アメリア」

 

 動きの止まった鉄巨人。レベル800に達している春人にとって、1体ずつの撃破はそう困難なものではなかった。さらに影状態のサキアの追撃も含まれているのだ。アメリアの後方支援はその後も続き、鉄巨人たちが全滅するのに数分と時間はかからなかった。

 

 

 鉄巨人4体は見事に殲滅され、巨大な結晶石を残して崩れ去って行った。強力無比なコンビプレイ……春人の中にもそのような感情は浮かんでいた。

 

「春人、やっぱり私達のコンビは最強ね!」

「うん、アメリア! うわっ!」

 

 ハイタッチを交わす二人。しかし、アメリアはそのまま春人の胸へと飛び込む。

 

「……私の気持ちはわかってるでしょ? 絶対死なないでよね? 死んだら殺すから」

 

 アメリアは春人の胸の中でつぶやいた。春人にも聞こえる音量、彼女なりの告白と言えるのか。

 

「ここでそういうこと言うかな……? それに、死んだら殺しようもないような……」

「冗談に真顔で返さないでよ。もう」

「いたっ」

 

 春人はアメリアに叩かれてしまった。言葉自体は冗談だが、告白は冗談ではない。春人も顔を真っ赤にしている。エミルやサキア、初恋の相手である美由紀など……彼としては様々な人物の表情が思い浮かんでいた。

 

「アーカーシャに帰ったらちゃんと答え聞かせてよね。いつまでもキープ状態はモテないわよ?」

「う、うん……わかった。なら、まずは脅威を取り除かないとね」

「そうね……鉄巨人4体倒されても首都には変わった様子はなさそうね。内部も気になるし、このまま正面突破を続けましょう。機を見て、レナ達も来てくれるわ」

 

 春人とアメリアはお互い頷きあって前へと進む。圧倒的な脅威を滅ぼす為に……。勝てるかどうか、この時の彼らの脳裏にはそのような考えなど完全に消えていた。

 



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76話 信頼と変化

「驚いたな」

 

 首都メルカールの市街地へと侵入を開始した第2陣。第1陣である春人とアメリアはとっくに先へと進んでいた。第2陣への敵側の迎撃はサイクロプス2体と鉄巨人4体という構成であった。

 もちろん、偶然の采配であったのだが、サイクロプス達にとってはまさに不運と言える。

 

「レベル900のタナトスの召喚。いくらダブル召喚とはいえ……それに、どこで出会ったんだ?」

 

 アルトクリファ神聖国の図書館にもタナトスのような化け物の存在は記されていない。最近見つかったオルランド遺跡の壁画やアシッドタワーの文献が初出のはずだ。

 

「ダブル召喚での特殊方法でも……出会って契約の儀を済まさなければならないはず……」

「うふふ、さすがはミルドレア様。博識ですわね」

 

 サイクロプスと鉄巨人はタナトスによって、全て返り討ちに遭っており、市街地に他に敵は存在していない。だが、驚くことに何万と居るはずの人間が忽然と姿を消している。彼らはそんな中を、先ほどの会話をしながら歩いているのだ。

 

「サイクロプス達が、元々の仲間に攻撃を加えたのは、お前達と契約したからこそ仲間意識が途絶えたと見ているが」

「間違っておりませんわ」

 

 

 

 レナは敢えて多くを語らないが、タナトスと実際に会い、契約を結んだことを認めた。

 

「腑に落ちないわね……あなた達二人で、この死神に勝てるとは思えないけど」

 

 そんな時、言葉を発したのは彼らの後ろを歩いていた美由紀だ。目つきが今までとは少し変わっている。

 

 

「あら? 今までと雰囲気が変わりましたわ」

「……とても、変」

 

 レナとルナも美由紀の雰囲気の変化に気付いた。

 

「美由紀さま、なんか思い出したんですか?」

「……いえ、そういうわけでは……でも変ね。記憶が混在してるみたいな……」

 

 アビスは平然とした口調で質問をするが、美由紀は戸惑っている。

 

「ジェシカ・フィアゼスの生まれ変わり……その話はやはり本当なのか?」

「ああ、それは本当だぜ。生まれ変わりっていうのはちょっと違うけどな」

 

 ミルドレアの質問に、アビスは自身満々に答える。なぜか胸を強く打ち付け、表情も勝ち気になっていた。

 

「しかし、タナトスと出会ったのは驚きだぜ。こいつは回廊空間の最下層96階に眠っていたはずだが」

 

 アビスのいう回廊空間……名前こそ聞き覚えのないレナ達ではあったが、すぐにその階層数の多さから、回廊遺跡のことであると理解した。10年以上経過しても40階程度までしか進めていない遺跡……まだ、倍以上の階層数が存在したことになる。

 

「アーカーシャの街の北の回廊遺跡のことですわね……それほどレベルの高いモンスターは出ない印象でしたが……そんなに階層があったんですわね」

「最下層に行ってないとしたら、どうやってタナトスと出会ったんだよ?」

 

 

「タナトスと遭遇したのは1年ほど前になりますわ。グリモワールの地を徘徊しておりました……その時に契約を。詳しいことは分かりませんが、おそらくは遺跡から出てきたということでしょうか」

 

 レナは自らの切り札を手に入れた時のことを思い出していた。ダブル召喚による強制的な契約の儀……実力的には、レナとルナの二人がかりでも倒せる相手ではなかったのだ。

 

「信じられないほどの強さでしたわ……ユニコーンもわたくしたちの鋼流球もほとんど通じず」

「……でも、ダブル召喚の束縛は二人でやる必要がある分、拘束力も強い。……長期戦に持ちこんで、体力を減らしたところで、ギリギリ拘束できた……」

 

 ルナも当時の状況を思い出す。二人の知恵と結束が、なんとか「ビーストテイマー」に勝利をもたらした結果となったのだ。

 

「すげぇな……あの、タナトスを打ち破るなんてのは……まあ、まだその上が居るけどな」

 

 アビスも驚いたような表情を見せレナとルナを賞賛していた。しかし、まだその上が居る。ミルドレアの表情が変わった。

 

「アテナ……それからヘカーテだな」

「まあな、ジェシカ様の側近だ。第1陣を先走らせて良かったのか? 正直勝ち目はないぜ?」

 

 アビスなりの心配といったところか。ジェシカの側近と言えば、目の前の美由紀の側近と言い換えることができるからか、やや微妙な印象を感じているようではあったが。

 

 

「それは問題ありませんわ。「ソード&メイジ」ですのよ? あの方たちは」

「……アーカーシャ最強の冒険者、全く問題ない」

 

 タナトスを使役するレナとルナですら、春人とアメリアを最強の冒険者パーティとして認めていた。彼らの信頼関係……それはパートナーとだけではない。パーティ間を越えても育まれているのだ。

 

 

「なら、お手並み拝見と行こうかしら」

「あら、本当に雰囲気が変わりましたわね。心なしか、縛っているはずのタナトスが脅えてましてよ」

 

 空中に浮かぶタナトスによぎる戦慄……アビスにも雰囲気の変化は訪れていた。美由紀自身も自らになにが起こっているのかは理解できていない。だが、自然と出てしまう言葉……自分の意志とは反している。

 

「俺のレベルが上昇している……ああ、戻ってきてるのかな?」

 

 誰もいない閑散とした首都……中心部の大聖堂を目指しながら、アビスはそうつぶやいていた。

 



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77話 最後の戦い その1

 

「グルルルルル……」

「どしたの? ケルベロス」

 

 誰も居ない閑散としたアルトクリファ神聖国の首都、メルカール……街の中央に位置する荘厳な大聖堂は本来であれば何百人という人々が訪れている。最高権力者の大神官の座する場所であると同時に、観光地としても有名な場所なのである。

 

 大聖堂の中には現在、黒の狼ケルベロスとヘカーテの姿があった。敵の存在を検知する能力はケルベロスが優れているのか、ヘカーテはケルベロスの唸りの意味がわかっていない。

 

「え、侵入者? ここの住人はみんな大聖堂の地下に異次元空間で押し込めたけど……外部からの敵かな?」

 

 ヘカーテはケルベロスと言葉が交わせるようで、侵入者の存在に気付く。そして、奥からはアテナとフェンリルが現れた。

 

「おら、ヘカーテ。鉄巨人もサイクロプスも倒されたらしいぞ」

「え~? なら、かなり強いんじゃ? ケルベロスもこっちに向かって来てるって言ってるし……」

「だな。よっしゃ、私達で出撃するとするか。久しぶりの本格的なバトルだぜ!」

「やった、やった~~~!」

 

 戦いの喜びに胸を震わせるアテナとヘカーテの二人。獣耳と尻尾を有する少女二人は、その愛くるしい姿からは想像できない目つきと表情になっていた。まるで化け猫のようだ。

 

 大聖堂に造られている巨大なフィアゼスの像に向けて一礼をした後、彼女たちはケルベロスとフェンリルの2体を連れて、大聖堂を後にした。

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

「あの二人が……アテナとヘカーテ……?」

「見た目に惑わされない方がいいわよ。狼2匹も強いけど、あの二人は次元が違うわ」

 

 大聖堂の目前まで春人とアメリアは進撃していた。アテナとヘカーテ、ケルベロス、フェンリルとは、大聖堂の前の広場で相対したことになる。

 

「おいおい、サキアが起動してねぇか?」

「わわっ! ホントだ!」

 

 影状態で春人の足下に待機していたサキアではあるが、彼女にアテナ達の記憶はない。しかし、こうして名前を呼ばれると懐かしい感じを受けてしまう。

 

「……久しぶり、と言えばいいのでしょうか?」

「なんだよ、他人行儀だな。まあ、お前は動いてなかったししょうがねぇけど」

「サキアちゃん、かわいい~~~! こんなに可愛かったんだ!」

 

 人間形態に戻ったサキア。アテナとヘカーテの反応は仲間に対する反応と同じであり、決して悪い印象ではなかった。

 

「いえ、あなた方のほうが可愛いと思いますが……」

 

 

 即、戦闘が開始されることも予想しており、アメリアも準備をしていたが、すこし拍子抜けをした気分だ。サキアとアテナたちの会話はそれ程に日常的であった。

 

「外見の話はいいから。あんたら、神聖国の人達をどうしたのよ? 何万人もいたはずだけど……食べたわけでもないんでしょ?」

 

 明るい雰囲気を一掃する意味合いもあるアメリアからの方向転換。アテナ達の表情も変化した。

 

「大聖堂の地下に閉じ込めてあるぜ。心配すんな、まだ生きている」

「はっ?」

 

 大聖堂の地下に全ての人間を入れることなどできるわけがない……。アメリアは思わず甲高い声を上げてしまった。

 

「冗談言うんじゃないわよ、そんなことできるわけが……」

「異次元空間に閉じ込めてんだよ。私達の食肉用だ」

「あまり、想像したい光景じゃないな……人間を食べるわけか」

 

 春人はその光景を想像してしまい、思わず顔をしかめた。目の前の可愛らしい少女たちが人を食うわけだ。モンスターであるがゆえに当然と言えば当然かもしれないが、春人には慣れない光景となっていた。

 

「サキアはそっちの人間の影になってるのか? おいおい」

「申し訳ありませんが、既に身も心もマスターの物になっています」

 

 その言葉を聞いたアテナは若干引いている。

 

「おい……まさか、デスシャドーを慰みものにしてんのかこいつ?」

「え~~? やだ~~~! 気持ち悪い~~!」

 

 ヘカーテも気持ち悪い者を見るような目線となっていた。春人としても、ここまであからさまな目線は日本に居たころ以来だ。サキアに手を出したことなどない彼ではあるが、ヘカーテのそんな表情には悲しみを覚えていた。

 

 

「なんか、すごい誤解されてるよアメリア……」

「まあ、春人の趣味は置いといて。彼女としては彼氏がいいように言われるのは我慢できないわ」

「……ん?」

 

 春人はアメリアの会話の中でも違和感も覚えた。アメリアは自分に味方をしてくれているが、聞き慣れない単語が出てきたからだ。

 

「彼女? 彼氏?」

「ほら、行くわよ春人! こいつらを止めないとマジでアーカーシャも滅ぼされかねないわ!」

 

 勢いで言ってしまったことを後悔したのか。アメリアは真っ赤になりながら標的をアテナたちに合わせた。かなり強引な戦法ではあったが、春人も状況をくみ取り、それ以上の追及はしない。彼女と同じく構えを取る。

 

「ジェシカ様の所有物を私物化しやがって……殺すしかねぇな」

「うんうん、アテナちゃん! 食べちゃおう!」

「お前は喰いたいだけだろ……」

 

 アテナとヘカーテの二人も戦闘体勢へと入る。今宵、アルトクリファ神聖国にて過去1000年の間で最も高レベルな戦いが繰り広げられることになった。

 



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78話 最後の戦い その2

 

 アテナ、ヘカーテ……共にレベル1200を誇る怪物。1000年前には太古の国家グリモワールを始め、多くの国を二人だけで滅ぼした実績も持っている。両者ともに、拳を使った肉弾戦がメインであり、その強烈な打撃は春人とアメリアにも容赦なく襲いかかった。

 

「いくぜっ!」

 

 最初に春人に狙いを定めたのはアテナだ。猛スピードで彼に近づき、ミルドレア戦と同じように一瞬で決めるべく、大きく振りかぶった一撃を繰り出した。

 

 

「この一撃……喰らうのは不味い……!」

 

 アテナの一撃の恐ろしさを看破した春人はすぐにユニバースソードで、彼女の拳を受け流す。だが……

 

「やるじゃねぇか!」

 

 受け流せない……いや、拳は確かに受け流した。しかし、間髪入れずにアテナは春人に蹴りをお見舞いしたのだ。蹴り攻撃は直撃してしまい、彼は大きく後方へと飛ばされた。

 

「がふっ……!」

「春人っ!」

 

 飛ばされた春人を心配するアメリア。大きな声で叫ぶが、彼の下へ行くことはできない。

 ヘカーテが彼女に迫っているからだ。

 

「私が相手だよ~~! 大丈夫、ちゃんと全部食べてあげるから~~!」

 

 舌なめずりをしながらヘカーテは打撃を彼女に連続で繰り出した。何重にも展開した風神障壁をたやすく貫いて来るヘカーテの一撃。これまでの敵とは比べ物にならない相手ということはそれだけでも理解できた。

 

「私の防御が……間に合わない!?」

 

 レベル1200という壁。アメリアとしても理解はしていた。だが、これほどまでに自らのガードが間に合わなくなるとは考えていなかった。障壁が破壊されれば、一撃で殺されるほどの攻撃が来る……。

 

「まいったわね……死ぬのは私の方が先になるなんて……」

「もう、ガードないよ? いただきま~す」

 

 障壁は全て破壊された。一瞬の内に、アメリアは死を悟る。自分でも驚くほどに冷静であったが、本当の死の直感と言うのはこんなものなのかもしれない。

 

 

 

「うおおおおおおっ!」

「ぎゃっ! いたっ!」

 

 アメリアの頭部に噛みつこうと大口を開けたヘカーテに対して、先ほどまで倒れていた春人が立ち上がり、渾身の速度で切り込んだのだ。ヘカーテは身体を切り裂かれ、血を吹きだした。

 

「はあ……はあ。アメリア、平気か?」

「春人……! 大丈夫……あんたも大丈夫よね?」

「ああ、俺もなんとか。骨は折れてないみたいだ。なんとか戦える」

 

 春人とアメリアは寄り添うようにお互いの無事を確認し、ヘカーテを見据えた。

 

「いたいよ~~~! 血がいっぱい出てる~~~! 服も破れた~~~!」

 

 春人に不意打ちで斬られたヘカーテは痛そうに叫んではいるが、全く致命傷という感じがしない。それどころか、動き回るほどの元気が残っているようだ。春人も全力の一撃を無防備なところに打ち込んだにも関わらず、あの程度のダメージであることに、驚きを隠せない。

 

「ったく、油断し過ぎだっての。さっさと治せよ」

「ううっ……」

 

 ヘカーテは痛がっていたが、すぐに泣き止んだ。それから、彼女の身体が光に包まれる。

 

「おいおい、嘘だろ……?」

「マスター、アテナとヘカーテはすぐに自分の身体を回復できるようです」

 

 人間形態になったサキアが、みるみる傷を癒していくヘカーテを見ながら汗を流していた。春人とアメリアもその光景には息を呑む。彼女のトレードマークの黄色い服まで元に戻っていくのだ。

 

「よ~し、完了! もう許さないからね! 二人とも骨まで食べちゃうからねっ!」

 

 完全に傷を癒したヘカーテは仁王立ちをしながら怒りを露わにしていた。しぐさは可愛らしいが、春人とアメリアの二人を食すことは決定事項のようだ。

 

「これは、本当に不味いな……でも、生きて帰るって約束してるし」

「そうね……こんなところでやられてられないわ」

「私を含めた3人でのコンビネーションであれば、少しは戦えるかもしれません」

 

 サキアの提案にアメリアも頷いた。すぐに、春人の剣に雷撃球の雷を付与し、攻撃力を高める。そして、新しい風神障壁も展開した。

 

「サキアは全力で防御に徹してくれ」

「わかりました、マスター」

「私は後方から支援に徹するわ。近接戦闘はできないから」

 

 3人はお互いの役割を再確認した。そして、アテナとヘカーテを見据え、今度は春人が一番に切り込んだのだ。

 

「しんじゃえ~~!」

 

 ヘカーテの拳が春人を襲う。アテナと同レベルの高速かつ強烈な大振り。春人は受け流すことはせずに、サキアに防御を任せた。影状態の盾にヘカーテの一撃が撃ち込まれる。

 

「くっ! 重い……!」

「あ~~~! 邪魔だよ~~~!? どうして邪魔するの~~~」

 

 たった一撃で相当なダメージを負ってしまったサキア。そう何発も攻撃をガードできないと踏んだ春人はすぐに攻撃に展開した。雷を付与された魔法剣はヘカーテの首筋を捉える。全力の春人の一撃……もはや長期戦などしている余裕はない。

 

 一瞬の攻撃に全てを捧げた春人……ヘカーテへと撃ち込んだ攻撃は……彼女の首ではなく、右腕を飛ばしていた。咄嗟に右腕でガードをしたヘカーテ、その腕は春人の剣により、空高く舞い上がり、地面へと落下したのだ。

 

「い、いたいいいいいいいい! 私の腕が~~~~!」

 

 先ほどよりも甲高い声で泣き叫ぶヘカーテ。近くに居るアテナもうるさいその声に耳を塞いでいる。すぐにヘカーテの下に駆けつけたのは眷属のケルベロスだ。彼女の右腕部分を舐めている。

 

「グルルルルっ」

「ケルベロス~~! いたいよ~~~!」

 

 ヘカーテは眷属のケルベロスの顔に抱き着きながら、大声で泣き叫んだ。確かに痛々しい光景ではあるが、どこか緊張感に欠ける展開だ。

 

「雷撃球!」

 

 アメリアはすぐに追撃とばかりに必殺技の雷撃球を10発ほどヘカーテに向けて撃ち出した。しかし、それらは全て、アテナによって捌かれてしまう。

 

「大した雷の攻撃だな。女の方はミルドレアくらいの強さか? ヘカーテの腕を斬った奴は……もっと上だな」

 

 泣き叫ぶヘカーテの傍らでアテナは冷静に戦力分析をしていた。アメリアも自らの奥義を捌かれたが、特に驚いている様子はない。レベル1200の者に通じないことはわかっているのだろう。

 

「つっても、腕の再生くらいは簡単に完了する。深刻だよな? 人間と化け物の圧倒的な違い……致命傷の問題や体力は如何ともし難いってやつだぜ」

 

 致命傷や体力の観点で言えば、春人と言えども鉄巨人などに及ばない。ほぼ無限に動き続けられるモンスターも居るくらいだ。

 

心臓を貫かれた程度ではアテナもヘカーテも死にはしない。だが、春人は違う。戦いの中での致命傷というものは、どうしても存在する覆せないハンデであったのだ。

 

「さて、戦いを続けるか? そっちの女は大切なんだろ? せいぜい死なないようにな」

「くっ……」

 

 アテナからの挑発。彼女の後ろに居るヘカーテもすぐに傷を治す勢いだ。このまま彼女らと戦い続けて、アメリアやサキアを守れる自信は春人にはなかった。

 

 ……どうする……? 春人はあらゆる可能性を考え始めた。だが、アテナ達に打ち勝つ方法が思いつかない……いや、例え打ち勝っても必ず犠牲者が出る。それでは駄目だ。

 

『私達は正義の味方じゃないのよ』

 

 何時のころだったか……そんな言葉をアメリアから聞いた記憶がある。春人達がすること……それは悪を根絶することじゃない。いや、目の前のモンスターも悪とは言い難い。

 

「……そう、俺たちは冒険者。街を危険に晒す者には容赦がないけど、それ以外にはそこまででもない」

「……春人、けっこういいこと言うわね」

「君の考えに同調してるだけだよ、なんてなって彼氏だからね」

「んなっ! ………ばか」

 

 アメリアは顔を赤くして春人に腕を絡ませる。アテナはどういう意味なのかよくわからず、顔をしかめた。

 

「サキア、委員長が切り札になるかもね、本当に」

「はい……けほっ、確かに……」

 

 影状態ながらもサキア自身もつらそうな表情をしていた。必死でまだ戦えることをアピールはしているが、サキアも既にまともには戦えなくなっている。

 

 強すぎる相手……今までの中でも圧倒的、これほどまでの苦戦をするなど考えたことはなかった。この世界に飛ばされ、圧倒的な才能を開花させた春人の唯一の苦戦と言えるのかもしれない。

 

 あちらの戦力はアテナが全快状態、ヘカーテも少しすれば元に戻る。さらに、ケルベロスとフェンリルが居るのだ。

 

 春人とアメリアのコンビとはいえ、この戦力を倒せる実力は秘めていない。春人が今後さらに強くなったと仮定しても現段階では不可能だ。

 

「てめぇら、なんか企んでやがるのか? なら、こちらから攻めて……ん?」

 

 怪訝な印象のアテナはとりあえず攻撃の動作に移る。しかし、その時だった。春人達の後ろから何人かの人間が歩いて来たのだ。

 レナとルナ、そして彼女たちの上空には巨大な死神タナトスの姿もあった。1000年前の部下の姿にアテナの表情も曇る。しかし、それ以上に彼女を驚愕させる人物がその後ろから一人歩いて来た。

 

 青い髪の女性……天音 美由紀である。

 

 

「……この雰囲気、まさか……ジェシカ様……?」

 

 アテナは美由紀の姿を見て、確かにそうつぶやいた。

 



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79話 完全勝利

 

「ジェシカ様……? ジェシカ様……」

 

 腕の傷を治しているヘカーテとは違い、既に美由紀の存在に気付いているアテナは何度もその名を口にした。しかし、なにか違和感を伴っている。

 

「いいえ、残念だけれど……私は天音美由紀……あなたとは初対面のはずよ」

「……でしょうね。……でも、この雰囲気……それにアビス……」

「よう、久しぶりだな! アテナにヘカーテ!」

 

 アビスは元気よく美由紀の足下から現れた。アビスの存在にはアテナも驚いているが、表情はしかめている。

 

「てめぇはそのノリをなんとかしろよ……つーか、かなり弱体化してないか?」

「まあ、そりゃあな。美由紀さまのレベルもまだ80くらいだぞ」

 

 アビスはレベル40相当ということになる。アテナのレベルから換算すればあまりにも弱い。

 

「それに、タナトスまで……そっちの奴らが手懐けたのか?」

「お初にお目にかかりますわ。レナと申します。こちらはルナ。1000年前のこの大地を支配した方々にこうして出会えるとは……個人的には非常に嬉しく思います」

 

 レナはそう言いながら、アテナに対して非常に丁寧なお辞儀をした。決して嘘偽りなどではない、本心である。

 

 

「ちっ、タナトスまで相手になんのかよ……こいつの能力は知ってるみたいだな」

「ええ、もちろん。このモンスターは鉄巨人やサイクロプスの量産が可能な者。この死神も世界を手に入れた際には重要な戦力だったのですね」

 

 これはレナのハッタリだ。戦局を感じ取ったレナは瞬時に敵戦力と味方の戦力バランスを読み取った。

 

タナトスをぶつけたとしても、まだこちら側の勝率は低い……。タナトス本来の能力である鉄巨人やサイクロプスの呼び出しができれば別ではあるが、レナとルナはまだそこまでは御しきれてしなかった。

 

 世界を手にした際の最重要戦力であったアテナとヘカーテ……永久の命と身体の回復、そして首を飛ばされても死なない生命力を有している。実質、彼女たちを殺すことは不可能に近く、粉微塵にする以外にはいずれ回復をしてしまう程のモンスターであるのだ。

 

 彼女たちとの戦いにどこか緊迫感がなかったのもその為である。アテナとヘカーテは最初から命懸けの戦闘など行っていないのだから。

 

 今、春人やアメリア、レナ達が考えていること……それは目下の脅威の除去である。戦闘に打ち勝つことではない。

 

 

「ち、さすがにこの状況でサイクロプスたちを大量に呼ばれたら不味いな……フェンリルが死にかねない」

 

 アテナは少し離れたところに待機している白い狼に目を向けた。

 

「えっと、アテナちゃん。どうするの? ジェシカ様に似た人も居るみたいだよ?」

 

 ヘカーテは生やしている尻尾をものすごく振り回していた。右腕は完全に再生し、美由紀に抱き着きたい衝動に駆られているようだ。

 

「あれはジェシカ様じゃねぇぞ? 外見も違うだろ」

「わかってるけど、匂いがそうだよ~~。戻ってきたんだよ」

 

 訝しげなアテナとは違い、ヘカーテは好奇心に満ちているのか、全く美由紀たちを警戒していない。既に先ほどの戦闘は完了しているかのような勢いだ。

 

 

「初めて会うはずなのに……妙な気持ちだわ。あなた達をすごく愛おしく思ってしまう」

「ジェシカ様~~!」

「おい、待てヘカーテ! アビス、ジェシカ様は私達が寝てる間に、どうなったんだよ? さすがに1000年も経ってるんだ。亡くなったんだろ?」

 

 今にも飛び出しそうになるヘカーテをアテナは制止する。そして、アビスに尋ねた。

 

「春人……」

「わかってる……なんとか、上手くいきそうだね」

「油断は禁物です」

 

 アメリアや春人達が警戒心を解かない中、尋ねられたアビスは静かに語りだした。

 

「ジェシカ様は……地球ってところに飛ばされたんだよ」

 

 春人の目が大きく開かれる。ジェシカが地球に飛ばされた? しかし、それはある意味では普通のことと言えるのかもしれない。春人自身も同じく飛ばされて、このアクアエルスへ来ているのだ。この地から地球へ行ったとしても不思議ではない。

 

「まあ、1000年前にな。ジェシカ様は圧倒的な力から、この世界からは恐怖の人物として恐れられていた。その為に、自らの力を越えるほどのアテナとヘカーテを生み出したんだが……まあ、それはいいとしてだ」

 

 アビスはそこで一旦話を止めた。特に質問がないことを確認してから、再度話し出す。

 

「向こうの地で1000年ほど生き続けたわけだ。歴史の裏に隠れるようにな。もしかしたら、歴史の教科書に出て来てたかもしれないぜ? 探してみな」

 

 アビスは春人に目を向けて話した。日本の歴史書に限っても、女性の有名人などいくらでも居る。誰が、ジェシカに該当するかなどわかるはずがない。これはアビスなりの冗談なのだろうと春人も考えた。

 

「飛ばされたメカニズムはわからねぇ。神のような存在が居るのか……まあ、それから彼女は恐怖の対象として生きなくて済んだってことだ。ジェシカ様も解放された気分だっただろうよ。……そして、彼女は天寿を全うした……はずなんだがな」

 

 アビスはさらに続ける。

 

「これもよくわからねぇが、彼女の精神はこの子に受け継がれたらしい。俺が出てくるってことはそういうことだな。外見がこちらの世界に準じているのもその影響下だろうよ」

 

 そこでアビスの話は終わった。地球にジェシカが転送されていた……1000年前の話であり、春人たちとは時代は全く被ってはいないが。それから、もしかしたら彼女は地球のとある有名人だったのかもしれないという事実。

 

 アビスは地球での彼女のことは多く語らなかったが、ジェシカは1000年ほど生き、寿命が訪れたようだ。おそらくその気になれば、地球でも全ての国を掌握できていたであろう能力者……。飛ばされた彼女は戦うことに疲れていたということか。

 

「ま、俺もどうなってるかまではわかんねぇよ。もしかしたら、今後美由紀さまが記憶として、ジェシカ様の人格を思い出すかもな」

「一度、向こうへ飛ばされ……そして、戻って来た。ジェシカ・フィアゼスからすれば、そういうことよね」

 

 アビスの話を聞いた美由紀は自らの身体を見渡しながら考えを巡らせていた。根拠などなにもないが、美由紀自身もなぜかアビスの話を信じている。

 

幼少の頃から、髪の色は青かった……運動能力、スタイル、勉学とできたのは、もしかしたらジェシカの土産だったのかもしれない。自らの身体に精神を入れてしまったことによるお詫び。苛められないように、ジェシカなりの力の一部を美由紀自身に残したのだ。

 

 彼女は全く筋の通らない考えをしばらく考えていた。だが、きっとこれは真実だ。いつのころか、春人が思っていた、自分はアンドロメダ銀河に飛ばされたと強く感じていたのと同じく。

 

 

「よし、昔話も終わったことだし、皆でごはんでも食べに行こうか!」

「あ、賛成~~! 賛成~~!」

 

 そんな時、いきなりの春人の空気を読まない叫び。……賛同したのは約1名、ヘカーテ。

 

「……春人、それはさすがに」

「マスター……」

「あれ? さ、さすがに外した……?」

 

 戦いを避ける為の行為……春人なりに考えてのことだったが、アメリアもサキアも相当に引いていた。賛同したヘカーテはアテナに連続で蹴られていた。

 

「いた~~~~い! え~~~~~ん! ケルベロス~~~~!」

「ぐるるるる……」

 

 ヘカーテはケルベロスの身体に抱き着いて泣き出したが、さすがのケルベロスも苦笑いをしているようだった。

 

「……はあ、なんか白けちまったな。……ま、ジェシカ様の生まれ変わり? と戦うのも気が引けるし……行くぞ、ヘカーテ」

「ひぐひぐ……えっと、どこに行くの?」

「やめだ、とりあえずどっか人の居ない地にでも行こうぜ。海を越えて行けば、なんかあるだろ」

 

 アテナは春人の方向を見た。春人も彼女と目線を合わせる……。

 

「命拾いしたな、人間」

「できれば、人間は殺めてほしくはないな、今後も」

「は、検討しておいてやるよ」

 

 アテナは不敵な笑い声をあげて、フェンリルを呼び寄せた。白い大きな狼はすぐに彼女の前に座り込む。そして、アテナはフェンリルの背中に乗り、そのまま去って行った。

 

「あ、待ってよアテナちゃん! じゃ、じゃあまたね~~~!」

 

 

 残されたヘカーテもすぐにケルベロスと共に走りだして行った。

 

 

「うまく……いったのか?」

 

 一部始終を無言で見ていたミルドレアは、目の前の現象が信じられないでいた。なにか、わずかな歯車が違っていれば、全面戦争になっていたであろう状況とも言える。美由紀の存在により、彼女たちの心が揺れたことも非常に大きい。

 

 今宵、最大の戦いは意外なほどにあっさりと決着がついた。しかし、春人達からすれば一時的にかもしれないが、目下の脅威が消えたのだ。完全勝利と言えるだろう。

 



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80話 春人の冒険はまだまだ続きますよ

「う~ん、予想以上に上手くいったわね。全員生きて帰ってきたし」

「うん……でも、強敵だったよ。全員生きれたのが、不思議なくらいの」

 

 アルトクリファ神聖国での戦いから2日ほどが経過していた。春人とアメリアはバーモンドの酒場でいつものように寛いでいる。オルランド遺跡も探索は完了したために、仕事自体がないのが現状だ。もちろん、リザード討伐の依頼は残っているが。

 

「実際戦ったのは少しだったけど、アテナとヘカーテ……あんな強敵が世の中には居るのね……ジェシカ・フィアゼス以上の存在……」

「人間じゃないというのが一番厄介だよ。致命傷を与えられない。俺が例え互角以上になったとしても、戦えば勝てるとは限らないな」

 

 春人の力は現在でも伸びている。近い内に、レベルが1000を越える可能性もあるだろう。しかし、致命傷の問題だけは種族の問題なので絶対に乗り越えられない。春人といえども心臓を貫かれて生きてはいられないのだ。アテナたちはへたをすれば、呼吸をしなくても生きられる身体なのかもしれない。厳密には生物とは定義されないのだから。

 

 

 

「あの二人、海を越えるって言ってたわね。もしかしたら、制圧してない地域もあるのかもね」

「そりゃ全部を制圧してるとは思えないけど……まあ、永遠の寿命があるみたいだし、色々と楽しんでくれればいいと思うよ」

 

 アルトクリファ神聖国の住人は驚いたことに誰一人死んではいなかった。もちろん、軍部に関連する者の死者は出たが、最小限と言えるだろう。

 

彼女らが言っていた異次元空間は解除され、今はいつもの通り経済は動いているようだ。ジェシカの像や大聖堂についても、アテナ達は破壊することはなかった。どんな形であれ、ジェシカの形見になるものは破壊したくないということか。

 

「でも「シンドローム」……彼らだけは、メドゥを除いて死んだみたいね。まあ、アテナ達にやられた冒険者は彼らだけではないけど」

「うん……そうだね」

 

 メドゥは他のメンバーが死んだことを表には出さないが、相当に悔やんでいる。まだ知り合ってそれほど経過していないパーティだったが、居心地は気に行っていたのだ。メドゥは現在、ルクレツィアのお店で精力的に働いている。相当な稼ぎをしているらしい。

 

 

「そういえば、神聖国が手にした宝もアテナは持ち去ってないらしいわよ。今後も人間を食わないなら、特に敵視しなくてもいいかもね」

「メドゥのことがあるから、なんとも言えないけど……それに、油断はできないから、力はつけとかないとね」

 

 アテナもヘカーテも相当に気まぐれな性格をしている。春人は念の為、自らの力の向上を考えることにしていた。まだ、春人の知らない国の方が多いが、自分より強い人間は居ないだろうという考えからだ。

 

「そうね、それからコンビの能力向上。これをすれば、さらに戦力を上げることができるわ」

「うん、そうだね」

「ま、そのためには……は、春人が私を抱くというのもかなり大きな能力向上だと思うんだけど……」

 

 アメリアの顔は真っ赤だ。大胆な告白からまだ日にちはほとんど経過していない。春人は答えなども出していないが、アメリアとしては先に既成事実を作ろうという魂胆があった。

 

最近はサキアも危険な為だ。春人は確実にサキアの誘惑に我慢できなくなっていることをアメリアは勘づいていた。

 

 

「すごく魅力的な誘いだけど……もう少し待ってくれないかな。答え出すから……」

「わかってるわよ。でも、冗談とはいえ彼氏発言しておいて、振ったら立ち直れないんだけど……」

「うう……一応、俺の初恋は委員長なわけで……」

「なによそれ~~~~!」

 

 春人は空気が読めなくなっていた。アメリアはそんな春人を羽交い絞めにする。もちろん全く怒っておらず、彼女の顔には笑顔すらこぼれているが。

 

 アメリアの告白はエミル達にも伝わっており、誰が春人の心を射止めるか、ある種の競争が裏では行われている。もちろん、過ごす時間の長さからアメリアが有利ではある。

 

「エミルと美由紀……どっちも美人だし、気を付けないと」

「え? アメリア?」

「ううん、なんでもないわ。それより……リザードよ。トネ共和国が危ないらしいし、早く片付けるわよ。2000万ゴールドもらえるしね」

 

 アメリアはリザード討伐の依頼の話に話題を変えた。その報酬額に少し性格が変わっている。日本円にすれば2億4000万円ほどの金額になり、一般的なサラリーマンでは40年間働いたとしても届かない額である。年収600万円を40年間続けてやっと同額だが、それをコンスタントに続けられる人は意外と少ない。さらに手取りではもっと下がる。

 

 そんな額を1回で手に入れられるのだ。命の危険も当然高いが、彼女の目の色の変化は頷けるものがあった。

 

「2000万ゴールドは確かに魅力的だけど……アメリアは既に何億ゴールドもあるんだし、そんなに急ぐ必要はないと思うけど」

 

 アメリアは日本円で数十億レベルの金額を稼いでいる。特に2000万ゴールドに固執する必要はなかった。正義の味方でもないのだから、そこまで急ぐ必要がないのは確かだ。

 

「まあ、それは……ほら、春人と旅行したいし」

 

 漏れた彼女の本音。2000万ゴールドよりもそれが目的である。

 

「あ、ありがと……そう言ってくれるとうれしい……」

「うん……ただ、エミル達のことも考えてあげてよね。彼女も本気なんだし」

「うん、わかってる」

 

 アメリアは自分が選ばれたとしても、友人関係にひびが入ることを良しとは考えていない。これからもアーカーシャで生きていくのだから。

 

「そういえば、サキアは?」

「2階で寝てるよ。さすがに、ヘカーテとの戦いは疲れたらしい」

「そうなんだ、レナ達はスコーピオンの退治に行ってるし……私達もリザード討伐に行きましょうか」

 

 そう言いながら、アメリアは立ち上がる。春人も彼女に続いて立ち上がった。ずっと先延ばしになっていたリザード討伐。もはや達成したも同然の依頼だが、油断は禁物だ。春人は気を引き締める。

 

「エミルは買い出し……今日は酒場自体が休みだしね……エミルに挨拶して、ギルドに寄ろうか」

「そうね、そういえば春人知ってる?」

「なにが?」

「悟ってば、彼女できたみたいよ。確か、同じチームの人だとか」

「本当に? あとで詳しく聞かないと」

 

 春人は意外にも興味深々だ。他人の色恋沙汰は春人といえども蜜の味ということか。

 

「それから、アルマークとイオはものすごい盛ってるみたい。ジラークさんが一晩中喘ぎ声聞こえてくるって言ってたし」

「ああ、「アプリコット」でしてるんだね……ははは」

 

 アルマークとイオ……二人の行為は考えるだけで、とても微笑ましいが、それと同時に二人は顔を赤くしてしまった。これから二人旅になるのだ。その間、春人が我慢できる保証など全くない。アメリアがこんな話をしたのも、そういった考えがあってのことだった。

 

 

「ま、結構長旅になるとおもうけど……よろしく」

「う、うん……」

 

 お互い顔は驚くほど赤く、視線もそれぞれ逸らしている。春人を取り巻く恋愛事情はアメリアの1人勝ち……になるかに思えた。しかし……

 

「はい、改めてよろしくお願いします。春人さん」

 

 

 目の前には普段着に身を包んだエミルの姿があった。ミニスカートを穿いており、とても魅力的だ。

 

「あ、あれ……エミル? それに委員長も……」

 

 エミルの隣には美由紀の姿もあった。彼女たちはどこか旅の支度とも思える格好をしていた。なにやら嫌な予感が春人によぎる。

 

「私達もリザード討伐に同行するわ。あなた達二人だけなんて……その、まあ色々問題があるでしょ?」

「はい、美由紀さんと同行すれば、私も足手まといにはならないと思いますので。お料理などでしたらサポートできますし」

 

 二人は有無を言わせない表情で言った。表情としては穏やかだったが、その威圧感は断ることができない凄みで覆われていた。

 

「あ……えと……アメリア?」

 

 春人はなんとも言えず、アメリアに助け舟を出した。

 

「いいんじゃない? 大勢の方が楽しいし。まあ、ペアリングまでしてる私達に勝てるとは思わないでほしいけど?」

 

 とこれみよがしに、彼女は小指のリングを二人に見せた。その挑発には二人も黙っていない。

 

「あら? 胸の大きさでは負けていないわよ? 日本で過ごした時間はあなた達とは比べ物にならないわ。ねえ、春人くん?」

「え? 春人くん……ま、まあそうだけど……」

「春人くんも私のことは美由紀でいいわよ? 親しい間柄なんだし、これからはそう呼び合いましょう」

 

 美由紀の大胆な攻勢に、アメリアの表情も強張る……意外な強敵、そのように感じているのかもしれない。

 

 

「ふふふ、アーカーシャで恋人として認知されているのは、私と春人さんですから。そこについては勘違いしないでくださいね?」

 

 とても優しい笑顔……しかし、そこには負けられない乙女の感情が込み上がっていた。3人とも笑顔ではあるが、稲妻のような視線を交わしている。

 

 春人はもはや、囚われた子犬のようになにも言えない状況になっていた。

 

「お前のご主人さまも大変だな。あれ、どうなるんだよ」

「マスターは浮気者です。私が居るのに……これは、負けられないですね」

「おいおい、デスシャドーがマジで人間と恋に落ちるとでもおもってんのか?」

「何事も前例を作ることはいいことです。私とマスターとで、常識を覆してみます」

 

 遠目から、春人たちのやり取りを見ていたアビスとサキア。二人は人間のように振る舞い、とてもアイテムだとは思えない。決して相容れないはずの、アイテムと人間の壁だが、それを突破しようとするサキアは春人の下まで移動し、大胆な口づけを披露した。そのあと、春人がどのような目に遭ったかは想像に難くない……。彼らの冒険はまだまだ続いて行くのだ。これからもずっと……。

 

 

「春人のハーレムもまだまだ続きそうだな」

 

 最後に彼らのやり取りをカウンターで見ていたバーモンドは柔らかい笑みでそう締めくくった。

 




ここまでで、1部が完結というところでしょうか。

ここまで読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。

この話の続きもすぐに次話から始まります。

可能でしたら、現在の新作も読んでください!


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81話 あれから2か月 その1

一度、完結いたしましたが、連載再会いたします。
2作品目も執筆中ですが、よろしければご覧ください。


 マッカム大陸中央部に位置する国家、マシュマト王国。南にはアルトクリファ神聖国などを構える冒険者組合の中心地でもある。ギルドはそれぞれの街で独立していることもあるが、この国は全て中央のギルド総本山がその元締めとなっている。

 

 現在はSランク冒険者を2組揃えており、数の意味合いでは南のアーカーシャに劣っているが、Aランク冒険者、Bランク冒険者の数は、アーカーシャを大きく突き放している。

 

 そんなマシュマト王国の首都であるアルフリーズ。ギルド総本山の活気はアーカーシャのそれを凌駕しており、内部に並べられているソファーなど、装飾品の数も段違いだ。

 

 それらの豪華なソファーに座っている男が二人居た。一人は筋骨隆々の男、もう一人は線の細い男だ。対局の外見ではあるが、只者ではない印象は共通しており、一般人の雰囲気とは別格のオーラを放っている。

 

「リグド、暇だぜ。なんか面白い話はねぇか?」

 

 筋骨隆々の色黒の男は、リグドと呼ばれる線の細い男に話しかける。リグドは細い目を、大男に向けた。

 

「ディラン、君が楽しめる依頼などを探してはいたが……そうだな、いくつかその過程で情報を仕入れることに成功した」

「ほう、どんな話だ? てめぇがそう言うんだから、つまんねぇ情報ではないんだろ?」

 

 リグドはディランの問いかけに、不敵に笑いながら頷く。ディランは巨大な口を大きく開きながら、リグドの次の言葉を待った。

 

「仕入れた情報は3種類。1つはレッドドラゴンの情報だ。東のアルグンド高原での目撃情報が多数出ている。マシュマト王国も脅威に感じたのか、国家依頼として賞金も跳ね上げたようだ。我々からすれば、再戦のチャンス到来か」

 

 リグドの言葉に、ディランの無骨な表情が緩む。武者震いをしているのか微かに震えているようにも見えた。

 

 

 

「そいつはおもしれぇ。以前は打ち損じたからな。今度こそ息の根を止めてやるぜ」

 

 ディランは以前に戦闘を行ったレッドドラゴンの姿を思い浮かべていた。マグマのように赤い皮膚をした強大な化け物。そこから放たれる豪火球は人間など簡単に灰にしてしまう高熱となっている。

 

 Aランク冒険者「ナラクノハナ」のメンバーとして、レッドドラゴンに戦いを挑んだのは数週間前のことだ。

 

「それと付随しての話になるが……まあ、これは2つ目の情報と被るけど、南のアーカーシャでは相当に強い冒険者パーティが居るみたいだね」

「それは聞いているな。Sランク冒険者のことだろ?」

「ああ、この半年ほどで台頭した「ソード&メイジ」というパーティだ。2人組の冒険者で、片割れがアメリア・ランドルフという少女だ」

 

 アメリア・ランドルフという名称にディランの表情も変わる。彼女の名前は、遠く離れたマシュマト王国にも届いているのだ。

 

「最強クラスの冒険者とも言われている女だな」

「最強……実は、そうでもないらしい。その相棒の少年の方が今では有名とのことだ。名前は、高宮春人。めずらしい表記だが、このソード&メイジが最高峰の冒険者とアーカーシャでは言われているようだ」

 

 いまいち信じられないといった表情のディラン。リグドはさらに続ける。

 

「グリーンドラゴンの討伐や、グリフォンの討伐……これくらいの任務は簡単にこなしたようだよ」

「そりゃすげぇな。レベル110のグリーンドラゴンにレベル90のグリフォン討伐か。Sランク冒険者になれる器はあるみたいだな」

 

 ディランは春人たちの功績を素直に認めながらも、どこか納得している素振りではなかった。自らがAランクであることとそれは関連している。

 

「だが、俺たちが標的にしているレッドドラゴンはレベルは倍以上の230にも達するぜ。その任務さえこなせば、俺たちもSランク入りは確実だな」

「まあ、そうなるだろうね」

 

 ディラン達はレッドドラゴンとの交戦を行いながらも、仕留めることこそできなかったが、生還しているのだ。既に実力的にはSランクの仲間入りをしていることは疑いようがなかった。

 

「さらに、ドラゴン族は古来より、ハイパーチャージを使える。レッドドラゴンは1分程度とはいえ、レベルを最大で460まで上げることができるからな」

 

 自分自身にしか使えず、1分と効果時間も短いが、全能力を2倍に増幅する魔法ハイパーチャージ。まさにドラゴン族の真骨頂ともいえる能力だ。他にも使えるモンスターは居るが、決して多くはない。人間で使える者は、ほぼ居ないとされている。

 

「総合戦力では、現状最強とされるモンスターの鉄巨人には及ばないが、一時的には鉄巨人を超える能力を発揮できるからな……レッドドラゴン、相手にとって不足はねぇ」

 

 ディランの武者震いはさらに加速している。それほどにレッドドラゴンは強敵に該当しているのだ。事実上、フィアゼスの配下には該当していないモンスターである。彼女がいなくなってから生まれたモンスターであるために、当然と言えば当然であるが。

 

「国家任務として、報奨金は700万ゴールドになっているよ。トネ共和国のリザード討伐や、グリモワール王国のスコーピオン討伐に比べれば安いが、単独の討伐依頼としては、破格の金額だね」

 

 700万ゴールドは日本円で8000万円を超える。それほどの額に相当するほど、レッドドラゴン1体は脅威と認識されたのだ。

 

「ま、「ナラクノハナ」がSランクに行く為の材料になってもらうか」

「そうだね。しかし、ソード&メイジについてはそれだけじゃない。どこまで真実かはわからないが……」

「なんだ? まだなんかあるのか?」

「南の辺境の地だから、あまり情報は入ってこないけどね……どうも、伝説の鉄巨人がアーカーシャに現れたこともあるらしい。それもこの何か月かの間で」

 

 

 アーカーシャの街を鉄巨人が襲ったことは、トネ共和国など、比較的近い国家にも十分には生き渡っていなかった。そういう意味では、マシュマトに情報が来ないのは当然と言えるだろう。また、春人やミルドレアの活躍で迅速に事態が収束したのも、情報が拡散しなかった原因でもある。

 

「……それは初耳だな。本当なのか?」

「いや、これは裏付けが取れていない。俺も暇ではないんでね、アーカーシャばかりに構ってはいられないよ。ただ、事実だとしたら、アーカーシャが滅んでいないところからも、ソード&メイジを始めとした冒険者が倒したと見るのが自然だろう」

 

 リグドの分析に、ディランも納得していた。もしも、鉄巨人が現れたとなれば、アーカーシャの街など簡単に滅ぼされてしまう。Aランク以下の冒険者が束になってかかったところで焼石に水というのはわかっていることだからだ。

 

「まあ、アーカーシャの街……今は国家になっているが、アーカーシャにはSランク冒険者が他に2組居るんだ。協力して倒したのかもしれないしね」

「ビーストテイマーとブラッドインパルスだな。特にブラッドインパルスには、冒険名誉勲章を授与された、オルゲン老師と、ジラークとかいう奴が居るみたいだしな」

 

 オルゲン老師はある意味でアメリア以上に名前が知れ渡っていた。また、ジラークも今までの功績に加え、アシッドタワー制覇の功績と、新たな文献を持ち帰った功績により、冒険名誉勲章を授与されるに至ったのだ。

 

 

「さらに2か月前の、アルトクリファ神聖国での集団失踪事件……これも謎が多いが、これの解決に尽力したとも言われているな。現在は神聖国の経済は昔と変わらないが、それもソード&メイジのおかげなのかもしれないね」

 

 ディランの表情が曇っていく。リグドの話を又聞きで聞いているだけではあるが、少しずつソード&メイジの凄さが理解できた為だ。

 

「そして極めつけは……その後の、リザード軍勢の討伐だね」

「リザードの軍勢を退けた話は俺も聞いているが……あれもソード&メイジの功績なのか?」

 

 

 リグドは静かに頷いた。

 

「リザードロードを含めたリザード達の鎮圧……あれはソード&メイジの功績のようだ。その功績により、高宮春人にも近い内に冒険名誉勲章の授与が検討されているらしいよ」

 

 リグドはとうに顔色を変えていたが、ここにきてディランも汗を流していた。冒険名誉勲章はそう簡単に取れるものではない。アメリアやジラーク、オルゲン老師も長い年月をかけている。しかし、春人に至っては半年程度で授与の検討がされているのだ。

 

 もちろんその背景には、リグドやディランが知る由もないアルトクリファ神聖国での攻防も含まれてはいるのだが……非常に強力なモンスターとの攻防……実力的には負けていた戦闘でもあり、美由紀の存在が運命を分けたとも言える、2か月前の出来事だ。ジェシカ・フィアゼスの側近との戦闘である。

 

 それと比較すれば、その後のリザード討伐は可愛いとすら思える出来事だ。アルトクリファ神聖国での出来事はマシュマト王国には上手く伝わってはいなかったのだ。

 

「なるほど……想像以上に化け物みたいだな、高宮春人は」

「ああ、そのようだね。まあ、俺たちがレッドドラゴンを討伐すれば最低でも並ぶことはできるだろう」

 

 リグドは内心では、レッドドラゴンを討伐すれば超えられると感じてはいた。彼の言葉は謙虚の表れだ。本音を言うと、リグドも噂には尾ひれが付いていると思っている。リザード討伐も内心では、ブラッドインパルスなどの協力があったと思っていた。

 

 人間は噂のみでは100%信用することなどできない。都合の良いような解釈は必ずなされるのだから。

 

「んで? 3つ目の情報はなんだ?」

「ああ、これはある意味で一番の注目だが……」

 

 リグドは軽く咳ばらいを挟んだ。そして、すぐに話しだす。

 

「北のキュイーズ都市同盟やジャピ公国が滅んだらしいよ」

「どういうことだ? 戦争かなにかか?」

「詳細はまだ不明だが、どうも謎の軍団による襲撃を受けたようだね。見たこともない、漆黒の鎧を付けた騎士の軍勢だったみたいだ」

 

 漆黒の騎士の軍勢……戦争にも参加経験のあるディランは考えを巡らせるが、大陸の兵隊や騎士で、そのような風貌の軍勢は心当たりがなかった。

 

「ディラン、君でも心当たりはないか」

「ねぇな、黒の甲冑の騎士団のような軍勢で、さらに北の2国を滅ぼせる戦力っていうなら、限られるはずだが。しかもほとんど知られることもなくだろ」

「そうだね。新たに結成された犯罪者集団、若しくは怪物の軍勢の可能性もある。闇の軍勢という仮称で呼ばれることになったよ」

 

 リグドの話からも犯罪者集団や、人外の者たちである可能性は高い。別の国家が倒した場合は、占領の宣言などが行われたりする。また、国家の樹立を目論んでいる者たちであっても宣言はされるのが通例だ。だが、今回はなにもなく破壊のみが行われた。

 

「詳しいことは、彼女が来てから聞きに行くとしようか」

「へへ、なかなか飽きさせない情報だったな。レッドドラゴンにソード&メイジ、それから闇の軍勢か。おもしれぇ、本当に世界はおもしれぇよ」

 

 ディランは長髪の髪を後ろで束ねており、その長い髪を揺らしながら、腕組みをして笑いだした。

 

 

「ごめん、待たせたかい?」

「よう、お姫様の登場だ」

 

「ナラクノハナ」の名称の由来ともいえる人物。メンバーの最後の一人が二人の前に現れた。年齢は20歳のニルヴァーナ・アルファロだ。無造作に伸ばした金髪が印象的な少女といった外見であり、なかなかのスタイルを持っていた。クールなイメージを持つ目つきをしている。

 

 胸元がそれなりに開いた、黒のライダースーツのような衣装を身につけていた。身体のラインはそれなりに出来る素材であるが、露出は胸の辺りだけとなっている。

 

 金髪と美しくも儚い赤い瞳は思わず声をかけてしまいそうになる。

ニルヴァーナは美しさもさることながら、佇まいや表情からだけでもパーティ最強を容易に連想させていた。

 

「じゃあ、行こうか。リグド、次の標的は?」

「この面子は好戦的な者が二人も居るから困るね。焦らなくても大丈夫さ」

 

 リグドはニルヴァーナとディランの二人を交互に見渡す。チームの頭脳の役割を担っている彼は、やれやれと言った表情でため息をついた。

 



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82話 あれから2か月 その2

 

 噂は世界各地で話される。人気の高い者、実力のある者ほど、噂の対象になる確率は上がっていく。最強クラスの冒険者との呼び声も大きいソード&メイジにとって、それは日常茶飯事のことであった。

 

 彼らは今日も依頼をこなしている。その基本姿勢は変わらない、決して正義の味方ではない春人とアメリアだが、人々の脅威を取り除くことに躊躇いは持っていない。

 

 

 

「相変わらず、すごく暑いね……」

「そりゃあ、砂漠の国家だもん」

 

 辺り一面、地平線の先まで砂で覆われている砂漠に春人とアメリアの二人は佇んでいた。この場所は砂漠の大国グリモワール。レナとルナの故郷の国である。

 

「リザード討伐もスコーピオン討伐も完了したはずだけど……まだ、残ってるなんてね」

「リザードロードの軍勢がスコーピオンの軍勢と合流したらしいわね」

 

 春人とアメリアの二人は、地平線の彼方の砂漠の先を見据えていた。彼らの背後にはグリモワール王国の都、マグノイアの街並みが広がっている。春人は腰に構える黒い鞘に目を向けた。これまで何体もの強敵を切り裂いてきた相棒、ユニバースソードである。

 

「リザードロードのレベルは300程度、ギガスコーピオンでも320程度よ。春人が、その剣を振りかざせば、勝利は決まったようなものね」

「アメリア、それは誉めすぎだよ……」

 

 謙虚な春人は苦笑いをアメリアに浮かべる。あれから2か月が経過しているがこういうところは春人に変化は見られないでいた。そういう意味ではより人気を集める結果になったと言える。

 

 

「あ、あと……そんなにくっつかなくてもさ……」

「いいじゃない。もう隠すような仲でもないでしょ」

「そ、それは……そうだけど」

 

 春人とアメリアの二人は未だに付き合っていない。答えをどのようにするか悩んでいた春人だが、アメリアの方から答えは出さなくていいという回答があったのだ。これはエミルや美由紀の感情を考えてのことだが、真意は現在でも不明である。

 

「2か月……私も春人もまだ未経験、と。」

「な、なに……? アメリア急に、どうしたの?」

 

 少し焦った表情で春人は返した。特に彼女からの返答はない。

 

 アメリアは春人に想いを告げている。その感情に変化はない。春人も確信があるわけではないが、エミルや美由紀の思いにも気づき始めている。

 

 彼は、他の男性が聞いたら、石を投げられるくらい羨ましい状況に陥っていた。彼もそれは自覚しているが、なんともできない板挟みも痛感している。いずれ答えを出す日が来るとしても今ではない。

 

 バーモンドも「別に若いんだからいいんじゃねぇか? いよ、色男。罪な奴だよホント」と言いながらも大笑いをしていた。

 

「エミルや美由紀も虎視眈々と春人狙ってるでしょうね……」

「狙うって、彼女らはそんなこと……」

「春人、美人な子には優しいもんね」

「い、いやそういうつもりじゃ……」

 

 アメリアは基本的に独占欲は強い。春人の浮気まがいの行動は、より強く粛清されるようになっていた。そんな状況も楽しみながら、二人は交際を続けている。付き合っているわけではないが、以前よりもさらに仲は進展したと言えるだろう。

 

 

「ところで今回の依頼だけど、ギガスコーピオンの群れと、リザードロードの群れ……組み合わせが最悪だね。毒と毒とか」

「独自の生態系で生み出された亜種みたいな物だしね。そんな軍勢に襲われたら、大国のグリモワールでも本気で不味いわ」

 

 

 

 一度は打倒したそれぞれの群れ。だが、すぐに生き残りは徒党を組み始めたのだ。さらに悪いことに、ボスクラスの群れとなっている為、より強力な軍勢になっていた。

 

 リザードの討伐はソード&メイジが、ヘルスコーピオンの群れはビーストテイマーが2か月前に打倒している。それぞれ、3000万ゴールドと4000万ゴールドを受け取り、終了したはずだった。

 

「リザード討伐も数が多いだけに面倒な仕事だったわね。普通の冒険者なら、何人いても意味をなさないくらい強かったわ」

「さすがに、神聖国での戦闘と比べたらマシだったけどね」

「まあ、あれと比べたらね」

 

 2か月経過した今でも、その時のことを考えると冷や汗が出てしまう。アテナとヘカーテ、そして強力な眷属たち。行われた戦闘自体はすぐに終了し、春人の仲間は誰も死ぬことなく状況を打開できた。成功する確率は非常に少なかったと言えるだろう。実際に、あと少しのところでアメリアは死んでいたのだから。

 

「今回の報奨金は6000万ゴールドよ。トネ共和国とグリモワール王国の両方から出されるみたいだけど」

「6000万って凄いよね……」

「うん、まあそんなだけどさ」

「どうしたの?」

 

 どこか浮かない顔のアメリア。春人は不思議そうにその表情を眺めた。

 

「マシュマトって王国が東の方にあるんだけど、そこでは1億を超える依頼が出てるみたいよ」

「1億っ!?」

 

 あまりの金額に春人は素っ頓狂な声を上げた。

 

「面白そうだから、この依頼が片付いたら確認しに行きましょうよ。どのみち、並みの冒険者じゃ達成なんて不可能だろうから」

 

 アメリアは自信満々だ。もちろん過信などではない。彼女はマシュマト王国が総合的に冒険者業の中心地であることは知っている。しかし、その中でもソード&メイジに及ぶ者は居ないと踏んでいるのだ。

 

 そして、6000万ゴールドの現在の依頼は、既に達成しているかのような口ぶりになっていた。

 

「私達の住んでるマッカム大陸は、アクアエルス世界でも最大の大陸よ。その中でも、マシュマト王国は商業や科学技術に於いては最先端とされているわ」

「科学技術か……それは楽しみだね」

 

 なんとなく地球の風景を思い描く春人。もしかすると東京のような街並みの地域があるのかもしれないと、心が高ぶっていた。

 

「異世界からの住人である春人にとっては良い経験かもね」

「まあね。マッカム大陸……まだまだ、強敵がひしめいてそうだ。知らない地域の方がはるかに多いわけだし」

「そりゃそうだけど、ギガスコーピオンたちを葬れる春人からすれば、ほとんどのモンスターは格下になるでしょ。まあ、この大陸に限っても、色々と伝説になってる魔物は居るけど」

 

 アメリアは過去の文献を思い出しているのか、目を瞑って考えていた。

 

「伝説の魔物か、鉄巨人たち以外にも居るの?」

「そりゃあね。例えば最古の魔法生命体とされているドラゴン族。その中でもゴールドドラゴンとシルバードラゴンは大陸の調停者と言われているわよ」

 

 春人としても初耳だ。英雄フィアゼスの歴史は確かにマッカム大陸に於いて、非常に大きな事象である。しかし、歴史上の怪物はそれだけではないのだ。魔法発祥の地とされているグリモワールは5000年の歴史を持つ大国だ。しかし、ゴールドドラゴンはそれ以前から生きているとされるモンスターである。

 

 

「まあ、ゴールドドラゴンやシルバードラゴンのレベルはわからないし、魔法生命体というのも憶測だから倒したら結晶石を残すかも不明だけどね。グリーンドラゴン達からの推測なだけで」

 

 ゴールドドラゴン達が魔法生命体に該当するのかは予想でしかなかった。通常の獣と違い、魔法生命体は死ねば身体は溶け出して消えていく。通常は製作者が存在する魔法生命体だが、太古のドラゴンは自然的に発生したとも言われている。強いて言うならば、星そのものが製作者ということだ。

 

「調停者、ゴールドドラゴンか……強そうだね」

 

 まだ見ぬ強敵に想いを馳せる春人。名称からもドラゴン族の王に君臨しているのだろう。大陸のモンスター側の調停者ということなのか。フィアゼスとはある意味では対極の存在なのかもしれない。

 

「大陸の東のミッドガル山脈のどこかにその住処があるとかなんとか。まあ、おとぎ話レベルだけどね」

 

 アメリアは半信半疑といった表情で語っていた。日本で言えば桃太郎レベルの話なのかもしれない。だが、不思議と春人は確信していた。決しておとぎ話ではないことを。

 

 それは伝説上の鉄巨人と遭遇し、打倒した経験を持つ彼だからこその確信なのかもしれない。普通に生活していたのでは、鉄巨人など見ることなく人生を終える者が大半だからだ。

 

 

「こちらにいらっしゃいましたか」

「……敵が動き出した」

 

 そんな時、春人とアメリアの前に現れる者が居た。ビーストテイマーのレナとルナである。彼らはスコーピオンやリザード討伐の後、一旦アーカーシャに戻ってから、再びグリモワールに集結したのだ。現在は2つのパーティは組んでいることになる。

 

「いよいよね、腕が鳴るわ。数がどれくらいかわかる?」

「ルナ、どのくらいですか?」

「ギガスコーピオンが15体程。リザードロードも15体くらい。それぞれレベルが300オーバーなことを考えると、グリモワール王国の軍事力ではどうしようもない」

 

 かつての大国であるグリモワール王国。おそらくマッカム大陸全土を見ても最も古い国家ではあるが、ギガスコーピオン達に対抗できる程の国家戦力は持ち合わせていなかった。もちろん敵の合計戦力は鉄巨人1体よりもかなり強いので当然ではあるが。ちなみに鉄巨人は1体で小国を滅ぼせるとされている。

 

「トネ共和国の依頼時のリザードロードが8体くらいでしたから、かなり危険性は高くなってますね……」

「まあ、あの時はポイズンリザードも100体近く居たけどね」

 

 春人とアメリアは当時の状況を思い出す。春人とアメリアのコンビにとってはそのくらいの合計戦力は相手にならなかったのだ。さらにサキアも居るのだから猶更である。

 

「さすがは春人様とアメリアですわ。私たちでは到底勝てません」

「本当にすごい」

「そりゃ、個人の能力では負けないけど、あんたたちは召喚術が真骨頂でしょ。ユニコーンたちも召喚して、ヘルスコーピオン達の群れを打ち倒したと聞いたけど?」

 

 アメリアの反論にも似た言葉にレナは笑みを浮かべていた。実際に、彼女たちもレベル180のヘルスコーピオン40体と、レベル210のメガスコーピオン10体、レベル320のギガスコーピオンを3体討伐しているのだ。もちろん、ユニコーンなども動員しての話ではあるが。

 

 2組とも打ち倒しているモンスターのレベルと数が尋常ではない域に到達していた。まさしくアーカーシャに於いて、最強の2組と言えるだろう。

 

「今回はギガスコーピオンが15体に、リザードロードが15体ね。他にも通常のスコーピオンなんかも何十体から居そうだし……そいえば、タナトスは呼ぶわけ?」

「いいえ、切り札としては考えていますが、そこまで出す必要はないでしょう。あのモンスターは危険でもありますし」

「ま、確かにね」

 

 レナとルナは頷く。出来る限り、タナトスは召喚しない意向のようだ。その背景には土壇場での召喚でレベル900にもなる魔物を御しきれるかという不安があったことは間違いない。

 

「しかし、グリモワールは感謝してほしいわね。私たちが居なかったら、滅ぶしかないじゃない、こんなの」

 

 相手の戦力を再確認したアメリアの発言だ。グリモワールにも強力な兵器は存在しているが、大砲程度ではギガスコーピオン達を倒せないことは明白であったのだ。実際には下位の存在であるヘルスコーピオンにも効いているとは言えなかった。

 

 アメリアや春人が参戦しなければ終わっていた戦いと言えるだろう。

 

 

「グリモワール王国の上層の方達は、冒険者風情の力を借りることには反対しております。国民たちの危機であれば、そういった体裁などに構っている暇などないはずですが」

「……なのに、上の者は悩んでる。今回の戦闘も自国の能力だけでやろうとしてた」

「でも、レナさん達は自国に該当しますよね?」

 

 春人の素朴な疑問だ。レナたちは特に表情を変えていないが、代わりにアメリアが頭を抱えていた。どうやら、質問しては不味いところだったようだ。

 

「春人も経験あるらしいけど、ほら、人種差別みたいなものよ。レナもルナも、ね」

「えっ……?」

 

 突然のアメリアからのカミングアウトに春人は驚きの表情を見せた。

 

「何事も才能があると意味嫌われてしまうようですわ。わたくし達は、国の辺境の村出身なのですが……類稀な召喚能力は恐れられ、村八部にされておりました」

 

 春人はここに来て、彼女たちの境遇の一部を見た気になった。幼少の頃から差別は受けていたのだろう。レナもルナも表情は変えていないが、声のトーンは低くなっている。

 

「そうでしたか。まあ、俺も子供の頃から虐められてましたけど……」

「……意外過ぎる」

「そうですわね、本当に信じられませんわ。どこの国でも才ある者は忌み嫌われるということなのでしょうか」

 

 レナの言葉を聞いて、春人はその考えは違うと思ったが、敢えて口にはしなかった。彼は地球では弱い存在だったから虐められていたのだ。才能が開花する前の段階だったと言えるだろう。

 

 

「まあ、あんまり良い思い出もないでしょうけど、それでも6000万ゴールドを提示されてたら、引き受けるわよね」

「うふふ、まるでわたくし達が、守銭奴みたいな言い方ですわね。間違ってはいませんが」

「お金のためでもあるけど、人々を救いたいのも事実」

 

 彼女たちの言葉にはそれぞれ嘘偽りはなかった。正義の味方というわけではなく、仕事を確実に遂行する冒険者。この立場を譲るつもりはない。おかしくなったのか、アメリは少し微笑んでいた。

 

「なんか面白いわね。でも、6000万ゴールドは私にとっては二の次なの。とりあえず、暴れたい気分だから」

「あらアメリア。わたくしもそんな気分でしてよ」

 

 アメリアとレナの二人は早くも戦闘態勢を取っていた。周囲に獣が居れば、彼女たちの気配だけで逃げ出していただろう。春人とルナもそんな二人に加わり、6000万ゴールドの依頼は開始されることになった。

 



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83話 グリモワール王国 その1

 

 大国グリモワール。基礎的な魔法技術の発祥地ともされている、大陸最古の国家である。歴史としては5000年以上を誇り、その間にも王家の血筋は断絶を繰り返していた。

 

 現在はリオンネージュ家、4代国王カースド・リオンネージュがトップを務めている。

 

 年齢は24歳という若さであり、新しい物を取り入れることに抵抗を感じることのない青年であった。国王という立場ではあるが、会議室での話し合いにも普段着で出席している。

 

「陛下、宜しいのですか? 呪われたイングウェイ家の者たちに1度ならず2度までも功績を与えてしまっては……」

 

 会議室に並び立つのはカースド国王の側近である複数名の大臣参謀たちだ。それぞれが、内政の各部門のトップをになっている。カードスに話しかけた大臣は軍事部門の最高責任者だ。

 

「何を言っているリヒャルト? お前たちの部隊がもっとしっかりしていれば、最初のスコーピオン討伐は終わっていたはずだ? 4000万ゴールドの報酬をかけて依頼に出したのは、お前たちが不甲斐ないからだぞ?」

「も、申し訳ございません……」

 

 カースドの突き刺さるような言葉に、リヒャルトは退かざるを得なかった。グリモワールは現在では大国と呼ぶには値しない軍事力となっている。魔法の発祥地ではあるが、1000年前には一度、フィアゼスによって占領されているのだ。その後からの衰退は大きいものがあった。

 

「呪われた民から生まれた、さらに規格外の者か……レナとルナ。だが、生まれなどで差別をしては新たな時代について行くことはできなってしまう。実力主義の世界だ……我々も考えを改める必要が出て来ているな」

「賛成です、陛下。現在は東のマシュマト王国がその最たるものでしょう。魔法の能力と科学技術の両方を上手く取り入れている」

 

 内政の魔法部門担当の大臣であるランスロットが口を開いた。年齢も28歳とカードスに最も近い年齢となっており、カースドの意見に賛同している数少ない理解者だ。カースドもランスロットの言葉に満足したような表情をとった。

 

「ランスロットは大局を見ているな。どのみち、我々の現在の戦力ではリザード達を打ち倒すことは不可能だ。彼らの協力は必ず必要になる」

 

 カースドの重い発言。周囲の大臣たちも理解はしていたのか、黙り込んでしまう。彼らも王国そのものの存亡がかかっては、面子などと言っている場合ではないことはわかっているのだ。

 

「しかし、陛下。何も冒険者連中だけに手柄を与える必要はありません。この戦いを一つの実験と捉えては如何でしょうか?」

「マーカスか」

 

 次に言葉を開いたのは化学部門担当のマーカス・グロウだ。52歳になる変人との意見が多い人物である。頭は相当に切れるが、近づき辛い雰囲気を醸し出している。

 

「実験というのはどういうことだ?」

「はい。私の部署で開発しました毒ガス爆弾「テラーボム」の使用の実験です」

 

 

 マーカスの発言に周りの大臣たちの顔色が変化した。

 

「馬鹿な! あれを使うつもりなのか!?」

「リヒャルト、軍事部門の君には申し訳ないが、レベル180の低級のスコーピオンですら君たちの大砲の攻撃が通用していなかった。大砲の一撃は人間を粉みじんにするほどの破壊力があります。しかし、高レベルの冒険者であればガードされてしまう。それはなぜだと思うね?」

 

 マーカスの説法とも取れる言葉にリヒャルトは声を出せない。彼の質問の答えは、リヒャルトにはわからなかったからだ。

 

「魔法による防御があるからだよ。戦士タイプであれば闘気によるガードと言われているが、概念は同じだ。我々は魔法発祥の地の出身者だ。これを答えられないのは不味いんじゃないかね?」

「……くっ」

 

 リヒャルトはさらに沈み込んでしまう。先ほどカードスに叱責を受けたばかりである為に猶更だ。そんな彼を見据えながら、マーカスは続けた。

 

「魔法の技術と科学技術……現在ではその最先端はマシュマト王国などと言われていますが……。テラーボムの使用により、各国に我々の能力を見せつけるのです。その為にも、冒険者には引き付け役を担ってもらうというのが得策ですな」

 

 マーカスはリヒャルトとは違い冷静そのものだ。しかし、その考えは相当に悪を感じさせるものであった。だが、自信満々に語る彼の言葉をくみ取ったのか、カースドも彼の意見を否定することはなかった。

 

「悪くない考えだ。だが、間違っても冒険者には命中させるな」

「テラーボムの爆発半径はおよそ1キロメートルになります。そして毒ガスの散布半径はおよそ10キロメートル。多少の被害は免れますまい」

 

 カースドの顔色が変化した。だが、マーカスは悪びれる様子もなく話を続ける。

 

 

「陛下。そろそろ、我々グリモワール王国が大陸の覇権を取るべきではないですかな?フィアゼスに占領され1000年が経過しています。あの者に魔法の技術は奪われ……独立後は衰退の一途を辿っているのが現状ですぞ」

 

 カースドは表情を硬直させてはいるが、マーカスの話を真剣に聞いていた。その通りだ、といった考えが巡っているようだ。

 

 かつての最強国家としての威厳。それは数千年も前の話であり、現在のトップの者たちに当時の血族の者は存在しない。だが、その意志は受け継いでいるとの確信はカースドも持っているのだ。

 

「グリモワール王国の西の大地。辺境の地域ではありますが、バイアシール地方にて未確認の廃村が発見されました。ゴーストタウンのようなものです」

「未確認の村跡だと? 確かにあの地域は面積も広く調査が十分には生き渡っていないが……」

「財宝などが発見されておりますゆえ、腕利きの冒険者に調査を依頼する予定です。大陸の覇権を握るに当たって、未確認の地域はなくしておく必要がありますからな」

 

 マーカスの話はかなりずれた内容となっている。だが、それを疑問視する者は誰も居ない。カースドですら違和感を覚えていない為だ。話はそのまま続けられる。

 

「だが、強力なモンスターが存在する可能性もあるだろう? 腕利きの冒険者に依頼をする場合は経費も相当なものになるぞ」

「いざとなれば、テラーボムを投下いたします。魔法生命体などの装甲を貫くのに最も確実なことは、単純な破壊力ですからな。それに加えて、ポイズンリザード以上の猛毒を散布いたします。常人であれば、ひと呼吸であの世まで連れて行く代物。

 陛下としても6000万ゴールドを支払うことは躊躇われるでしょう? トネ共和国との折半とはいえ、決して安い額ではない」

 

 マーカスはさりげなく、話をスコーピオンとリザードの軍勢の話へと戻す。彼の考えでは冒険者もろとも毒ガス兵器で仕留める手筈なのだ。

 

「仕留められるのだな?」

「はい、間違いなく。呪われたイングウェイの姉妹を含め、高宮春人、アメリア・ランドルフも犠牲になってもらいましょう。なに、広大な砂漠での出来事です。他の民たちに被害は及びますまい」

 

 マーカスはマッドサイエンティストの本性を見せたのか、不気味な笑みを浮かべていた。マーカスを完全に信頼しているわけではないカースドであったが、彼としてもグリモワールの繁栄は願っているのだ。

 

 その為の多少の犠牲……さらに、今後敵として立ちはだかる可能性のある強力な冒険者を始末できるのであれば、それに越したことはないと考えていた。

 

 父の代から化学部門のトップとして仕えて来たマーカス。彼の言葉を信じてみてもいいかもしれない。カースドの心の中にそんな感情が芽生えていた。

 

「目下の脅威の排除。そして、事故による冒険者たちの死亡。周辺諸国にはそのように報告いたしましょう。信じられないかもしれませんが、テラーボムを脅威に感じ、どの国に対しても牽制になるでしょうな」

「半径1キロを消滅させ、尚且つ周辺10キロメートルに超強力な毒ガスを散布か。この数百年を紐解いても、間違いなく最強クラスの爆撃であろう。スコーピオン達は広大な砂漠を移動しているが、冒険者たちとの抗争中であれば、必ず滞在場所はわかる。命中させるのも容易いか」

「はい、陛下。我々の隠し玉を使用するときが来たのですぞ」

 

 マーカスの表情はさらに不気味に笑っていた。自らが創り出した最強の破壊兵器。その試運転にはもってこいの状況なのだ。レベル320を誇るギガスコーピオンたちだけではなく、最強クラスの冒険者たちをも巻き込む一撃。彼らを消滅させられれば、自分が間接的に最強であるとの証拠にもなる。

 

 マーカスは個人戦力での最強などには興味がなかった。組織としての強さであろうが、いかに強い存在でいられるか。ある意味で正々堂々などは生温いことであると一笑に付していると言えるだろう。

 

「よかろう、マーカス。お前に託してみよう。グリモワール王国の栄光の旗頭となってくれることを期待しているぞ」

「ありがたきお言葉。必ずや陛下の期待に応えてみせます」

 

 マーカスはカースドに対し、深々と頭を下げた。失敗は許されない、確実に冒険者を含めてモンスターを始末するのだ。この作戦は最初の一歩でしかない。東のマシュマト王国を始め、敵対する勢力の鎮圧が休みなしに待っているのだ。軍事部門のリヒャルトなどには期待は出来ないでいた。

 

「陛下! 本当に良いのですか? これは各国に対する宣戦布告のようなものですぞ!?」

 

 リヒャルトはここにきて慌てふためいていた。男らしい髭を生やした戦士といった風貌の彼ではあるが、現在は焦り切っているためかその影も見られない。

 

「リヒャルト、お前は兵たちに伝えよ。今後の戦争の為に英気を養っておけとな」

「へ、陛下……」

 

 カースドに信奉しているランスロットの表情に変化はないが、リヒャルトを始め、何人かの大臣たちは尻込みをしているのか、腰が引けていた。マーカスに至っては満面の笑みを浮かべている。

 

「ご安心くださいませ、陛下。しばらくはテラーボムの破壊力で牽制は可能でしょう。その間に、戦力を整えれば良いだけです」

「ふむ、戦力の心当たりはあるのか?」

「はい。西のゴーストタウンの調査依頼を予定している「レヴァントソード」という冒険者パーティを引き込むのがよろしいかと。Sランク冒険者であり、戦力は折り紙付きです」

 

 マーカスは余裕の表情を見せている。テラーボムで春人達を始末し、レヴァントソードは引き込むことを考えている辺り、レヴァントソードは引き込みやすいと判断しているのだ。

 

「レヴァントソード……マシュマト王国が誇る4人組の冒険者パーティだな。恐ろしい実力者集団との噂だが」

「はい、陛下。かなり稼いでいる集団ですので、金はかかりますが。善悪への頓着は薄い連中かと思われます。引き込みやすいと言えるでしょう」

 

 マーカスの話はある意味で現実味を帯びていた。化学部門が誇る最強兵器。春人達を囮としてモンスターをおびき出し、冒険者ごと消滅させる。各国への牽制と脅威の排除というメリットのある攻撃だ。

 

 そしてテラーボムで牽制をしている間に、レヴァントソードなどを引き込み戦力の増強を図る。カースドとしても大まかなプランは理解できた。後は実行する勇気だ。グリモワールの繁栄は急務とも言える状況であった。しかし先代、先々代の国王も含め、この何十年かはほとんど進んでいないのが現状だ。

 

 彼はスコーピオンやリザードに滅ぼされかけているこの状況を繁栄の原動力とすることにしたのだ。カースドはマーカスの提案を全面的に呑むことを決意した。

 



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84話 グリモワール王国 その2

 

「あのさ、アメリア」

「なに、春人?」

 

 砂漠をある程度進んだ先。都であるマグノイアから50キロメートルほど進んだ地点に春人達は居た。テントを張り、スコーピオンの軍勢たちを待っている。既にある程度の居場所はわかっており、できるだけ街に被害を及ぼさないように囮になっているのだ。

 

「マグノイアで兵士たちの装備を見たよね。相当強そうなイメージがあったけど、あれでもヘルスコーピオン達に及ばないのかな?」

 

 春人はマグノイアの兵士たちの装備品を思い出していた。鋼の剣などの装備もあったが、銃などの飛び道具も普通に存在していたのだ。それだけではなく、重火器や大砲などの装備もあった。現代の日本の自衛隊の装備と比較してもそこまで見劣りはしないで在ろう装備だ。

 

 銃撃が音速以上で飛ぶことを知っている春人からすれば、多少疑問が残る結果であった。

 

「レベル180のスコーピオン達にただの銃撃が通用すると思う? あと素人の剣撃とか。大砲でも厳しいのが現状よ」

「そうなんだ。そっか……確かに、鉄巨人の一撃の方がはるかに強いと思えるしね」

 

 春人はオルランド遺跡で初めて鉄巨人と戦ったときのことを思い出していた。鉄巨人から振り下ろされる通常攻撃ですら大砲以上と言える攻撃だ。見た目だけでは判断できないものがそこにはあった。収束しているエネルギー量が違うのだ。

 

「春人様はそういったことには疎いですのね。それだけの力をお持ちですのに」

「ああ、すみません」

「いえ、責めているわけではありませんが」

 

 近くに座るレナの言葉だ。春人は申し訳ないような気持ちになったが、彼女としても責めているわけではなかった。

 

「魔法や闘気を操る者からすれば、見た目の派手さが必ずしも力の強さにはなりませんから。驚異的な強さを誇る春人様があまり認識されていないのは魅力にもつながりますわ」

 

 レナなりの誉め言葉だ。春人としても悪い気はしないのか少し照れてしまう。だが、すぐにアメリアにつねられたのは言うまでもなかった。

 

「全く、油断も隙もないんだから」

「アメリア……えと、別に今のは……」

「なに?」

「いえ、なんでもないです」

 

 アメリアの笑顔の視線。春人は強張りを覚え、それ以上なにも言えなくなった。いつの時代も女性の方が真なる権力は上なのだ。世界が変われど、そのことに変化はない。

 

「春人が疑問に思っているのは、大砲みたいな高火力でスコーピオンを仕留めきれないことでしょ?」

「え、まあそういうことかな」

 

 アメリアの予測に春人は的を射ていた為に頷いた。彼の疑問はまさにそこにあったのだ。今まで特に気にはしていなかったが、圧倒的な火力を誇る大砲の一撃でもスコーピオン達を仕留められない。

 

 それと比べて、春人の通常攻撃はスコーピオンの身体を切り裂くには十分な威力を誇っていたのだ。

 

「単純に春人の攻撃が大砲以上ってだけよ。魔法的な力が宿ってるんだから、通常の兵器以上の破壊力になることは必然だわ」

 

 アメリアの言葉は至極真っ当なものであった。闘気を付与した春人の一撃は大砲の攻撃をも凌駕している。ただそれだけのことであった。また、鉄巨人の一撃も大砲以上の攻撃と言えるが、春人は現在はそんな鉄巨人の攻撃をも捌けるようになっている。

 

 

 レベルは880に達しており、レベル400の鉄巨人の2倍以上を誇っている春人。まだまだ上限を見せておらず、彼の才能は留まることを知らない。現代のみならず、歴代でも最強クラスの才能を持つ人間であると言われているのだ。当然、彼に銃弾などの攻撃は一切通用しない。それはアメリア達にも言えることである。

 

「マスター。兵器とマスターの物理攻撃……派手さでは兵器が上回っていますが、破壊力はマスターの攻撃の方が上です。それはマスターの半分の実力である私でも、スコーピオンを討伐できることからも容易に想像ができます」

 

 影状態からいつの間にか人間の形態になったサキアがそこに居た。春人の疑問に対して、的確な回答をする。

 

「そういうことか。まあ、ある程度わかってたことだけど、確信が出来て良かったよ。この世界では通常の兵器はそこまで強くはないってことか」

「そういうことね。でも、大砲くらいならまだしも、圧倒的に強力な攻撃は別の話になるわ。グリモワールにも強力な破壊兵器があるとか噂されてるっけ?」

「……グリモワールの切り札。おそらく存在している」

 

 アメリアの疑問に答えたのはルナだ。彼女はグリモワール王国が切り札を隠していることを予見していた。テラーボムのことであり、噂レベルでは周囲にも伝わっていたのだ。

 

「圧倒的な範囲を灰燼に帰すとされていますわ。冒険者を忌み嫌うグリモワールですもの。もしかしたら、今回の作戦に投入してくるのかもしれませんわ」

 

 レナの言葉に春人やアメリアの表情は変わる。

 

「破壊兵器……それほど強力なんですか?」

「1キロメートル以上を破壊するのではないかと言われています。もしもそんな兵器を、冒険者のことなど考えずに導入するのだとしたら……上空から投下される可能性がありますわね」

 

 春人の質問にレナは頷きならが答えた。そして、彼らは無意識の内に上空に目を向けた。本日は晴天であり、太陽が強く砂漠を照らしている。彼女の予測は偶然ながらビンゴであったのだ。グリモワール王国は春人たちを含めて消しにかかっている。

 

「そういえば、以前に暗殺されかけたって言ってたっけ?」

「そんなこともありましたわね。もちろん、返り討ちにいたしましたが」

 

 

 

 アメリアは思い出したかのように話した。レナとルナが暗殺されかけた時の話である。春人にとっては初耳だったが、彼がこちらに来る前にそういうことがあったのだ。

 

「自らの脅威になるものは容赦せずに排除する。そういった組織はどの国にも存在しているのかもしれません。グリモワールも例外ではないですわね」

 

 焦った様子を見せないレナではあるが、春人としては一大事の出来事を聞いてしまったのだ。本人よりも春人の方が驚いている。だが、レナとルナからすれば、それほど驚くことでもない。

 

 呪われた者として疎まれ続けた毎日……彼女たちの命を狙う者は多かったと言える。召喚の能力を身に着け、Sランク冒険者の地位に立つことにより、その刺客から振り切ったとも言えるのだ。今の彼女たちは幸せであった。だからこそ、笑っていられる。

 

「ま、そんなわけだから。私達も気を付けた方がいいかもね。6000万ゴールドを支払うのを躊躇されて殺されるかもよ」

「ま、まさか……」

 

 アメリアの言葉に春人はたじたじになってしまう。いくら自分が強いとはいえ、暗殺という言葉は春人にとっては気分の良いものではなかった。

 

「まあ、なにが起きてもいいように警戒するに越したことはないわ。グリモワール王国の上層部は信用しない方が良さそうだし」

「その通りですわね。都の方から不穏な動きがないか警戒しておきますわ」

 

 そう言いながら、レナはマグノイアの方向に意識を集中させた。彼女はスコーピオン討伐に参加しないということになる。春人を含め、誰も彼女を咎めなかった。

 

 戦力的には、春人、アメリア、ルナの3人で十分だからだ。

 

「……来た」

 

 そして、微かな地響きが彼らの周囲にこだました。その振動に真っ先に気付いたのはルナだ。気付くと同時にユニコーンを召喚する。瞬時に白い美しい馬が彼女の前に降り立った。

 

 

「来たわね。リザードロードとギガスコーピオン合わせて30体……」

 

 アメリアの視線の先には緑の精鋭と巨大な尻尾を逆立てたサソリ達が姿を現していた。巨大な剣と盾を構えるリザードロード。そして、ヘルスコーピオンよりも遥かに巨大な体躯を誇るギガスコーピオンは醜悪な吐息を漏らしながら春人たちを見据えている。そのモンスターたちの背後にもヘルスコーピオンが何十体と群れを作っていた。

 

 6000万ゴールドクラスの討伐依頼……通常の冒険者であれば、一目散に逃げ出しているほどに、敵のレベルは高かった。こんな集団が都であるマグノイアを襲えば数時間とかからず滅び去ってしまうかもしれない。

 

「春人、どうする?」

「俺が先陣を切るよ。サキア、援護してね」

「畏まりました、マスター。敵は相当に強力です、全力でマスターを援護いたします」

 

 影状態のサキアは声だけではあったが、春人の指示通り援護を行うようだ。彼の影の中で戦闘準備を完了させていた。

 

 そして、サキアの戦闘準備完了を感じた春人はそのまま全力でリザードロードとギガスコーピオンに突進を開始した。ユニバースソードを携え、レベル880を誇る怪物の蹂躙が始まったのだ。

 



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85話 グリモワール王国 その3

 

 その日はグリモワール王国にとって、重大な一日となる。大陸の覇権を握るに当たっての最初の一歩とでも言えばいいのか。

 

 化学部門で秘密裏に開発された爆弾「テラーボム」。その一撃の実験と周辺諸国への見せしめは着実に進められようとしていた。マグノイアの上空に飛ぶ飛行船。この船には国王であるカースド・リオンネージュを始め、マーカス、ランスロット、リヒャルトといった大臣参謀の面々も乗船していた。

 

 

 現在の王国の権力を手中に収める面子が勢ぞろいというわけだ。

 

 標的は眼下のモンスター集団と冒険者たちだ。距離そのものは離れているが、上空からの為、容易にその光景を見渡すことが出来た。

 

「あれが、リザードロードですな……陛下」

「ああ、リヒャルト。ギガスコーピオンも含めて、相変わらず恐ろしい形相だ。実際の強さは外見が可愛くなるほどだがな」

 

 カースドは交戦中の春人達の相手を見ながら自らの感想を口にした。彼の顔からは汗が零れている。ギガスコーピオンとリザードロード。レベル320と300を誇る怪物たちの威圧感は、レベル換算10程度であるカースドを萎縮されるには十分すぎるほどの強さを持っていたのだ。他の大臣参謀も互角程度、リヒャルトやランスロットでもレベルは30に満たない。

 

 つまり、現在の上層部は武闘派の者たちは居ないということになる。

 

「リザードロードやギガスコーピオン、その他の魔物を含めると100体は居るかとおもわれます。恐ろしい数ですな。だが、それを単独で始末している高宮春人……もはや信じられない光景だ」

 

 マーカスは微かな笑みを浮かべつつ、初老になりしわが増えだした表情筋を動かしていた。実際にはアメリアとルナも援護射撃をしているが、目立つのは先陣を切っている春人だ。サキアと共に、ギガスコーピオン達を切り刻んでいる。

 

「圧倒的な装甲を誇るはずのギガスコーピオンの外郭を、こうも簡単に切り裂くとは。やはり危険ですな、陛下。モンスター共々、消え去ってもらいましょう」

「うむ。確かにあの動きは危険だ」

 

 マーカスだけでなく、カースドも春人の尋常ではない強さは危険視していた。サキアの存在にカースドたちは気づいていなかったが、春人だけでも十分に異常であることは伝わって来たのだ。

 

 強靭な外郭に巨大な尻尾から繰り出される猛毒。ギガスコーピオンは防御と攻撃をバランスよく兼ね備える強力なモンスターだ。大砲や銃撃も弾き返し、猛毒の一撃は毒の前に攻撃力で相手を絶命させることができる。だが、春人にはそんな攻撃は通用しなかった。

 

「はああああ!」

 

 春人はギガスコーピオンの強力な尻尾の一撃を避けることなく、収束させた闘気で弾き飛ばす。

 

「ギッ!?」

 

 ギガスコーピオンはある程度の知能を持っているのか、明らかに身体を硬直させた。しかし、レベル880に達する春人が相手ではそれは命取りだ。彼は眼前のギガスコーピオンの硬直を見逃さなかった。銀色の刀身の美しいユニバースソードをギガスコーピオンへと振り下ろす春人。だが、さすがに一撃でその強靭な外郭を砕くことはできない。

 

「さすがはギガスコーピオンってところかな?」

 

 しかし、春人は一切焦る様子を見せずに連続攻撃を繰り出す。ギガスコーピオンはその強烈な連続攻撃により頭を砕かれ、結晶石の塊になる運命を辿ることになった。その間にギガスコーピオンが攻撃した回数は最初の1回だけである。それほどまでに、春人の攻撃速度が速いのだ。

 

 春人は残っているモンスターを静かに見据える。彼が倒した数は5体。ボスクラスの連中は残り25体ということになる。そんな中、今度はリザードロード2体が春人へと迫って来た。

 

 強力な剣から繰り出される剣技は並みの剣豪や冒険者をはるかに凌ぐ完成度を誇っているリザードロード。攻撃の型がある程度出来ている時点で、知能は有していることになる。

 

 さらにポイズンリザードを超える程の毒霧も噴射することが可能なリザードロードは、ある意味ではギガスコーピオンよりも厄介な存在かもしれない。

 

 だが、春人にとってみれば大した違いはなかった。表情を変えることなく、向かってくるリザードロードを見据える。後の先の返し……彼はリザードロードの剣撃を見送ってから、自らの剣を振り抜いた。

 

もちろん、先に命中したのは春人の剣だ。2体同時とはいえ、最早勝負になっていなかった。最初の攻撃で剣を飛ばされたリザードロードは次の攻撃で首を跳ね飛ばされたのだ。

 

 そこまでやり終えても、春人の表情に変化はない。既に勝利を確信している表情にも見えた。

 

-----------------------------

 

 

「……ありえない。なんだ、あの強さ……! 高宮春人……!」

 

 魔法部門を統括する、いつもは冷静沈着なランスロットも春人の強さには驚愕していた。上空からではあるが、彼がダメージを負っていないことは容易に判断ができたのだ。ランスロットは全身から汗を流し、唇を震わせ、後ずさりをしている。二枚目な彼ではあるが、この時ばかりは頼りない一面が見て取れた。

 

 隣に立つリヒャルトもほとんど同じ態度になっている。そんな彼は陛下に大きな声で口を開いた。

 

「へ、陛下! 本当に作戦を決行するつもりなのですか!?」

 

 男らしい印象が満載のリヒャルトだが、とても取り乱している。ランスロットも彼ほどではないが、同じ気持ちというのはカースドを見る表情からも明らかであった。

 

「なんだい、リヒャルト? 今更、尻込みをしているのかい? 以前にも言ったが、所詮は個人戦力さ。そんなものは組織が相手では意味を成さない。高宮春人はこの船に乗り込めば、数秒程度で私たちを皆殺しに出来るかもしれないがね。

 安全圏からの超強力な一撃は、個人レベルではどうしようもないさ」

 

 焦りを前面に出しているリヒャルトとは違い、52歳のマーカスは冷静沈着だ。年齢35歳のリヒャルトとの格の違いを見せつけている。

 

「マーカス、準備の方は万全なのか?」

「はい、陛下。この飛行船は距離の問題からも離脱すれば安全圏に避難できます。あとはミサイルを投下して完了ですな。投下速度は音速以上。まず避けることはできますまい」

 

 そう言いながら、マーカスは自信に満ち溢れた表情になっていた。飛行船の底部に搭載されたミサイルは音速以上の速度で標的を撃ち抜く。これがテラーボムなのだ。彼らの技術で創り出された飛行船は短い時間で、爆発の影響外へ逃れられる代物となっていた。

 

 いくらSランク冒険者と言えど、地上を走る春人達が、この飛行船と同じ推進力は不可能と言える。マーカスは勝利を確信していたのだ。

 

 

---------------------------

 

 

 

「さきほどから見える飛行船ですが……上昇を始めましたわ」

 

 直接討伐には参加していないレナは飛行船の動きをずっと監視していた。彼女の後ろではアメリアやルナが遠距離攻撃を行っている。先頭の春人の大活躍もあり、ギガスコーピオンとリザードロードの群れは確実に数を減らしていた。しかし、春人が本気を出してもすぐに片付けることは難しい。それが敵のレベルの高さを物語っていた。

 

「レナ、あいつら、なんか怪しいことしてきそう?」

「そうですわね、もしかしたら……そうかもしれません」

「……飛行船が退いた。怪しい」

 

 レナやルナも飛行船が退いて行くことに疑問を持っていた。何かを始める兆しなのは明白といったところか。

 

「ねえ、春人」

「なに? アメリア」

 

 春人は急に呼びかけられ後ろに目をやった。アメリアがいたずらっぽく笑っている。

 

「ちょっと本気で行かない? お偉いさんに見せるにもいい機会だし」

「魔法剣を使うの? 別にいいけど」

「敵の数も多いし、丁度いいじゃない。各個撃破も面倒だし」

 

 アメリアはそこまで言うと、手元に強力な電気を走らせた。彼女の最強の魔法でもある雷撃球だ。

 

「なるほど、雷撃球を魔法剣として使うってことは本当の意味での全力だね」

「ええ、ソード&メイジ。私達二人が協力すればどのくらいの力を引き出せるのか、あいつらにも見せた方がいいわ」

 

 そして、放たれる雷撃球はゆっくりとした動作で春人のユニバースソードに宿って行った。春人を攻撃するわけではないので、害意を極力省いたのだ。ユニバースソードに宿った雷は強力な発行体となって、周囲の砂漠を照らした。

 

 その発行はリザードロードたちを驚愕させる。恐ろしく強い攻撃が来ると本能で察知したのだ。春人はギガスコーピオン達に向き直る。振りかざされるユニバースソード。ギガスコーピオンとリザードロードの生き残りは恐怖を感じ、一斉に春人へと迫って行った。だが、全ては遅かったのだ。

 

 「面倒だったのは俺も同意かな。一瞬で終わらせてもらうよ、悪く思わないでくれ」

 

 そして春人はユニバースソードを大きく振り下ろした。強烈な雷を帯びたユニバースソードの振り下ろしは、巨大な雷の刃と化してリザードロードとギガスコーピオンの群れを呑み込んだ。

 

「グギャアアアアア!」

「ギシャアアアアアア!」

 

 雷の刃に焼き尽くされたリザードロード達は、次々と断末魔の悲鳴を上げてその場に倒れ伏して行った。何体のモンスターを呑み込んだのか……ギガスコーピオン達の多くはその魔法剣による一撃で倒されてしまったのだ。砂漠の地面は大きく割れており、その割れ目には砂が勢いよく流れ込んで行っている。

 

「敗走を始めたか」

 

 残りのモンスターは戦意を喪失したのか、敗走を開始した。春人としては全滅させるつもりではあったが、ボスクラスをほとんど始末したので、これ以上の追撃はどうしようかと悩んでいた。根絶やしにしなけば、また徒党を組む可能性はあったわけだが、春人は容赦なく追撃を出来ずにいたのだ。

 

「まあ、雑魚を殺し切っても虚しいだけだしね、春人の考えを尊重しよっかな」

「うん……それが良いと思う。私も無駄な殺しはしたくない」

 

 硬流球と呼ばれる球体を自在に操って攻撃をしていたルナ。彼女も無駄な殺生は苦手であった。もちろん、アメリアも同じだ。

 

 春人が撃ち込んだ協力無比な一撃……それは大地を割きモンスターを討伐、大気を震わせ、飛行船に乗っている者たちにも大きな衝撃を与えることになった。

 

「陛下! あの者たちにテラーボムを投下しても大丈夫なのですか!?」

 

 リヒャルトは先ほどよりも明らかに焦りが増している。春人の雷の一撃を目の当たりにしたからだ。地面を割いたことよりも、一撃でギガスコーピオンとリザードロードの大半を葬ったことに対する驚きが大きい。

 

 テラーボムで果たしてあんな連中を殺し切れるのか? 甚だ疑問が残るといった表情もしていた。カースドもさすがに春人の一撃を見て、考えを改めている。

 

「マーカス、本当に仕留められるのか? あれほどの者たちを……大陸でもトップクラスの強さを持つ連中であろう? 大砲の一撃すら弾くスコーピオンの軍勢、そのボスクラスを一瞬で始末しているのだぞ?」

「そうですね……こちらの意図にも気付いているのかもしれませんな。万が一、仕留められなかった場合、我々は報復を受けましょう。また、高宮春人達に避けられることも考慮に入れ、今回は逃げ出しているヘルスコーピオンの群れに投下いたしましょうか。それだけでも十分な牽制にはなるでしょう」

 

 マーカス自身も春人の攻撃は目に焼き付いていた。顔色こそ変化はないが、驚いているのは方向転換をした言葉からも明らかだ。

 

「投下するのは確定なのか? あの者たちを刺激したら、どのようなことになるか……」

「なに、リヒャルト。心配はいらないさ。命中させるわけではないんだ。彼らへの協力みたいなものだよ。どうやら追撃はしていないみたいだしね」

 

 マーカスは飛行船の上から、正確に状況を分析していた。春人たちはヘルスコーピオン達を追いかけておらず、十分な距離が離れたことも確認済みだ。実験を遂行するときが来たのだ。テラーボムの破壊力の検証と各国への牽制……マーカスの表情は大きく歪む。

 

 その直後、テラーボムは射出され、半径1キロメートルは轟音と共に消滅した。

 



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86話 グリモワール王国 その4

「それでは、あの強力な爆撃の正体は、新開発の兵器であるテラーボムということですのね?」

「ああ、そういうことだ。十分な距離は飛行船から確認させてもらった。投下の許可を出したのはこの私だ」

「十分な距離ね……私にはとても、安全圏だとは感じなかったけど」

 

 グリモワール王国のテラーボムによる爆撃から数時間後、レナとアメリアの二人は国王に謁見を求め、カースドと会議室で話していた。本来であれば報酬を受け取り気持ちよく完了となる手筈であったが……事態は危険な方向へと進んでいた。

 

「そのようなお言葉で、私たちが納得するとお思いでございますか?」

 

 レナは相変わらずの丁寧な口調ではあるが、表情は強張っている。距離が離れていたとはいえ、自分たちに事前の報告もなく投下したことに憤りを覚えているのだ。

 

 逃げ惑うヘルスコーピオンの軍勢目掛けて投下された超強力な一撃であるテラーボム。射出速度も凄まじいものであり、音速を超えていた。そのまま1キロ四方を爆発させ、周囲10キロメートルに毒ガスを散布したのだ。レベル180のヘルスコーピオンは粉々に爆散、大砲が効かないモンスターでもテラーボムの一撃はそうは行かなかったようだ。

 

 その圧倒的な爆撃の余波は、50キロメートル離れたマグノイアまで到達する勢いであった。幸いなことに、マグノイアまで毒ガスが到達することはなく、すべて四散していったが、風向きに寄ってはあり得た事態と言えるだろう。

 

「お前たちに危険を及ぼしたことは謝罪しよう。だが、我々としても必要なことであったのだ」

「必要なことの一言で、命の危険に晒されたら堪らないわ」

 

 アメリアはカースドの弁解に全く納得している様子を見せていない。今にも襲い掛からんばかりの雰囲気さえ持っていた。周囲には衛兵の姿も多数見受けられるが、彼女が相手では護衛の役割など果たすことはできない。

 

 

 

「うむ。迷惑を掛けた詫びとして、報酬を増額しよう。7000万ゴールドを報酬として支払う。さらに、粉々に粉砕したヘルスコーピオンの結晶石も其方らに渡そう。相当な金額になるでだろう」

 

 そう言いながら、カースドは大きめの袋をアメリア達の前に置いた。中に入っていたのは大量の結晶石だ。毒ガスが四散してから、爆心地で回収したということだろう。ギガスコーピオンとリザードロードの遺した結晶石はすでに春人達が回収している。

 

 現在、春人とルナはマグノイアの街で待機している。二手に分かれることで、万が一の事態に対処するためだ。また、マグノイアの街の住人を人質にとっているということも、国王にそれとなく伝える意図もある。報酬はトネ共和国との合算ではあるが、1000万ゴールドを余分にグリモワールが出したことになった。

 

 

「……ま、いいでしょう。アメリアも良いですか?」

「ええ。追加報酬が魅力的だし。本当は私達に投下するつもりだったとしても、水に流してあげる」

「……!」

 

 アメリアは皮肉たっぷりな表情をカースドに見せていた。24歳のカースドではあるが、10歳以上老け込んだ様子を見せている。いつ襲われるかわからない緊張状態の為、仕方のないことではあるが。周囲の衛兵も明らかに動揺していた。

 

「それじゃ、また依頼があれば受けに来るわ」

 

 アメリアは大きめの袋を担いで、レナと共に会議室の部屋から出て行った。そして、彼女らの足音が消えていくのを確認してから、カースドは呟く。

 

「あの威圧感……あれが、Sランク冒険者というものか……」

 

 顔中に汗を流しながら、カースドは机に両肘を付けていた。周りの兵士たちも、アメリアたちに聞こえないようにか、兵士たちも小声で囁き合っていた。

 

 

「なんなんだよ、あれは……? 嘘だろ?」

「見た目は可愛い感じだが……スコーピオンの軍勢を打ち倒す化け物だぞ……」

「あんな威圧感なんだ……それも頷けるぜ……」

 

 兵士たちはどこか、アメリアとレナを称賛しているような口調でもあった。彼女たちの見た目を気に入った者も居るのだろう。見た目は可憐な少女だが、恐ろしい実力を持っている。アーカーシャの住人と同じことが起こっていたのだ。

 

 

-----------------------------

 

 

「そっか。なら、追加報酬で手を打ったんだね」

「まあね。私もいつまでも言いたくなかったし」

 

 マグノイアの街にて春人と合流したアメリアとレナは、そのまま談笑に興じていた。大きな袋を二つも下げた状態で春人とルナに自慢気に話している。

 

 一つは結晶石だが、もう一つは城の別の者から報酬として受け取った7000万ゴールドだ。相当な重量であり、日本円では8億円以上となっている。1回の依頼の報酬額としてはものすごい額ではあるが、戦った相手を考えれば妥当な金額と言えるだろう。

 

 むしろ、解決できる人物が大陸でも限られることを考えれば、安いくらいなのかもしれない。

 

「でもさ、あの爆撃は……驚いたね」

「そうね。私たちが毒ガスなどのステータス異常に耐性があるからなんとかなったけど。普通なら終わってたわ」

 

 春人達は爆発自体には巻き込まれておらず、その後の10キロ四方にばら撒かれた毒ガスにやられたのだ。春人、アメリア、レナ、ルナ共にポイズンリザード達の猛毒にも耐えられる強さを有している。

 

 それに加え、ステータスロックで耐性を向上させて切り抜けたのだ。ステータスロックは10分間の間、耐性を向上させる魔法だ。レナが使用してその効果中に安全圏へと避難したことになる。

 

「もしも、エミル達が一緒だったらと思うと……」

「はい、マスター。美由紀やエミル達のレベルでは毒ガスに耐えられず死亡していたでしょう。マスターがエミル達をアーカーシャに戻したことは賢明なご判断でした」

 

 春人の疑念に的確に答えたのは、彼の影から現れたデスシャドーのサキアだ。彼女は呼吸をしなくても生きていける為に、最初から毒ガスは効かない。

 

 以前のリザード討伐の際には美由紀もエミルも参戦していた。だが、危険に感じた春人が、アーカーシャに戻ることを諭したのだ。最初に同行を許可したのも彼自身であった為に、苦渋の決断ではあったが。春人がエミルの身体を心配していたことはエミル自身にも伝わり、彼女はアーカーシャに戻って行った。その時、美由紀に彼女の護衛も依頼している。

 

「ありがとう、サキア。そう言ってもらえて嬉しいよ」

「いえ、とんでもありません、マスター」

「まあ、最初にエミルたちの同行許したのは私たちソード&メイジだしね。私たちが護衛してれば大丈夫かとは思ってたけど……やっぱり、ポイズンリザードなどの強力なモンスター討伐には連れて行けないわね」

 

 アメリアもエミルの身体を心配して、戻るようには伝えていたのだ。エミルは春人と一緒に居たい為に、最初は断っていたが。アメリアが春人に恋人関連の話で答えを出さなくて良いと言ったのも、ちょうどこの頃である。アメリアなりの複雑な感情が働いていたのかもしれない。

 

 それから2か月近くが経過しているが、アメリアの真意は現在でも春人は聞けないでいた。

 

「うふふ、春人様は本当に罪造りがお好きですのね。いけませんわ」

「……春人は女たらし」

「な、なんですか? 急に? レナさん! ……ていうか、ルナさんまで……」

 

 春人は焦ったような口調で彼女たちを見る。普段は無口なルナにまで指摘されて、より焦りが強くなったようだ。そんな彼の態度を見て、レナとルナは笑い出した。アメリアもそれにつられている。

 

「うふふふ、さてこの後は如何いたしましょうか? この大量の結晶石……鑑定と換金という場合、この国では難しいかもしれませんね」

「正確な鑑定を受けたいしね。なら、マシュマト王国がいいんじゃない? ほら、1億以上の依頼内容も気になるし」

 

 アメリアはちょうどマシュマト王国へも興味を持っていた為に、そのように提案した。つい何時間か前まではスコーピオンの軍勢を相手にしていたとは思えない態度だ。最後のテラーボムの一撃は予想外のものであったが、スコーピオン退治自体はソード&メイジにとっては準備運動といったところなのだろう。

 

「1億以上の依頼案件……聞いたことがありますわ。マシュマト王国の北の国家を滅ぼした謎の軍勢。おそらく、その軍勢の調査依頼といったところでしょうか」

「……グリモワール王国もそうだけど、戦争の世の中になってる……」

 

 レナとルナは1億以上の案件について、懸念を持っていた。戦争が勃発する……このマッカム大陸に於いては、国家間の本格的な戦争はほとんど行われていない。アルトクリファ神聖国など、小競り合いをした国家というのは多くあるが、国王が戦争と認定し、侵略した歴史はあまりないのが現状だ。

 

 その理由は1000年前の英雄、ジェシカ・フィアゼスにより大陸を統一させられたことが大きな要因となっている。その統一から解放されてからは、一部を除き、国家は協力する形でマッカム大陸に形成されていった。その為に、過去1000年を遡っても侵略戦争の案件は限られている。それよりも、強力なモンスターによる被害の方がはるかに多かった。

 

 グリモワール王国は数少ない例外に該当していたが、この国も他国と協力して今日まで発展してきたのだ。だが、それ以前は最強の国家として成立していた国だけに、大陸の覇権を握るという野望はどの国よりも大きいものであった。

 

 戦争の勃発は避けられない段階に突入している……ルナもそれを感じての言葉であった。北の国家を滅ぼした闇の軍勢も正体はわかっていない。マッカム大陸の歴史を紐解いても、久しぶりと言える動乱が静かに鼓動を早めていた。

 

「ま、細かいことはマシュマトに行ってからにしましょうよ。首都のアルフリーズまではそれなりに距離もあるし」

「アルフリーズ、そこがマシュマト王国の中心地か」

「まあね。春人にはこの前に言ったことあるけど、魔法と科学技術の中心よ。アルフリーズの東のダールトン市街地に科学技術の結晶が集まってる」

「そうなんだ。楽しみにしているよ」

「あら、春人さま。活き活きとしてきましたわね」

「……めずらしい気がする」

 

 レナやルナは、あまり春人が喜んでいる姿を見たことがない。どこか引いていることが印象的だったからだ。春人は東京に住んでいたこともあり、科学技術の結晶の地を楽しみにしていたのだ。なにか根拠があったわけではないが、東京のような高層ビル群や、ホテルなども完備されていると確信していた。

 

 この地へ飛ばされてきてから、魔法というある意味で科学以上の代物に出会ってはいたが、都会で育った彼にしてみると、アーカーシャの街並みは古いといった印象を持っていた。その反動か、今の春人はレナが言ったように活き活きとした瞳をしていたのだ。

 

 春人からしてみれば、第三の故郷になるのではないかという予感も持っていた。

 

「馬車を借りればいいんだよね? 早速行こうよ」

「決まりね。馬車で東に向かってどのくらいだっけ?」

「マグノイアからですと、国境もありますので500キロメートル程でしょうか。数日以内には到着できますわ」

 

 レナは大陸の形状を想像しながら、距離を割り出した。マシュマト王国は大陸の中央部より、やや東に行ったところに存在している広大な国家である。砂漠全土を含めればグリモワール王国の方が広大な面積を有してはいるが、マシュマト王国の領地内はほとんどが都会のような街並みになっている。

 

 そういった意味合いではマシュマト王国の方が発展していると言えた。人口も周辺国家で最も多く、2000万人を超えているのだ。

 

 次の目的地は東の最大国家マシュマト。春人はまだ見ぬ王国に胸を躍らせながら、自然と脚を早めた。

 



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87話 レッドドラゴン その1

 

 その日、Aランク冒険者チーム「ナラクノハナ」は苛立っていた。いや、苛立っていたのはそのチームの中の一人、ディラン・マクシミリアンだけではあるが。残りのメンバーのニルヴァーナ・アルファロとリグド・スインキーの二人はそんなディランを冷静に見ていた。

 

「おいおい、これからレッドドラゴンを仕留めようって時に……グリモワール王国が大量破壊兵器を投下しただと!?」

「そうらしい。といっても、未確認情報ではあるが」

 

 苛ついているディランに、リグドは冷静に返答する。ナラクノハナのメンバーはマシュマト王国のアルフリーズから東に位置するアルグンド高原へと来ていた。目的はレッドドラゴンの討伐だ。チーム最強のニルヴァーナが超人的な感覚でその居場所を特定したのは、つい10分前のことである。

 

「で? ギルドの情報屋はなんて言ってるんだ?」

「通信機での話では、グリモワール王国が各国に宣戦布告とも思える宣言をしたらしい。どうやら100体近いヘルスコーピオンの群れを、強力なミサイルで全滅させたようだね」

「ヘルスコーピオン……確か、レベルは180だったよな?」

「ああ、その通りだ」

 

 ディランもリグドも汗こそ流してはいないが、表情は真剣そのものだ。近くには可憐な美少女であるニルヴァーナの姿もあった。彼女は無造作に伸ばしている金髪を輪ゴムで簡単に束ねていた。服装は胸元以外は露出のないライダースーツだ。

 

身体のラインは美しいが、彼女は自らのお洒落など気にしていない人物ということが伺えた。それでも美少女に見えるその顔や体型は、ニルヴァーナという人物の素材の良さを物語っている。

 

 

「レッドドラゴンが見えた。2体居る」

 

 ニルヴァーナが視線を送る先、レッドドラゴンと思われる赤い魔物が2体存在していた。その距離は1キロほど離れている。

 

「おいおい、あんな魔物が2体同時かよ……」

「700万ゴールドでは割りに合わないね……」

 

 ディランとリグド、それぞれの言葉だ。700万ゴールドという金額自体は破格といえるものだが、相手がレベル230のレッドドラゴンであれば話は別だ。しかも2体同時に見つかった。それぞれが1分程度、レベルを2倍にできるハイパーチャージを使えるのだ。

 

「しかし、ようやく会えたな。お前を待ちわびたこの1か月……身体が疼いて仕方なかったぜ!」

 

 ディランはまだまだ遠くではあるが、丘の上からその赤い巨体を見据えていた。その表情は旧友に会えた時のように笑みすら零れていた。ニルヴァーナはそんなディランの姿を見て溜息をついている。

 

「レッドドラゴンの片方は、私がやるさ。あんたはもう片方を頼むよ」

「おう、任せときな! お前の実力なら心配はねぇだろうが、油断すんなよ」

「私のセリフだよ。死んだりしたら承知しないからね」

 

 ディランは大笑いをしているが、クールなニルヴァーナは無表情なままだ。お互いに健闘を称えての言葉ではあるが、以前に倒せなかったディランは戦力としては不利と言える。それでもディランは臆することなく、レッドドラゴンの方向へと歩いて行ったのだ。

 

「以前は君が参戦していなかったからね。ディランとしても、君の力は借りたくないのだと思うよ」

「……理解できない。死んだらそれまでなのに」

「男は時には格好つけたいときもあるのさ。それよりいいのかい? もう片方のレッドドラゴンは君に任されたぞ? これは責任重大だ」

 

 ナラクノハナの頭脳を統括しているリグド。上手い言葉回しでニルヴァーナのやる気を増幅させる。このままディランがレッドドラゴンの元に向かえば2体同時の戦闘は避けられない。その事態を彼女は防ぐ必要があったのだ。

 

「私が仕留めそこなうと?」

「まさか。個人戦力としては、君はSランク冒険者であるアルミラージとレヴァントソードの連中にも負けていない。むしろ勝ってるくらいだと思ってるからね」

「それは誉め過ぎさ。ただ……あの獲物は確実に仕留める」

 

 そう言いながら、ニルヴァーナは魔空間に手を入れた。中から取り出したのは巨大なスナイパーライフルだ。明らかに細身の彼女に扱える重量ではなかったが、ニルヴァーナは平然と持っている。

 

 ニルヴァーナはそのまま立った状態でスナイパーライフルを構えた。黒のボディに金の装飾品が散りばめられている。彼女の趣味なのだろうか、ものすごい価格になりそうだ。

 

「レッドドラゴンまでの距離……1170メートル、風速9メートル、北北西の風……」

 

 スタンディング状態のニルヴァーナは小声で風速などを感覚的に計測した。彼女の圧倒的な感覚は誤差1パーセント以下とされている。

 

「湿度は66%……個人的には乾燥してる方が好きだね」

「やれやれ。相変わらず、恐ろしい状況把握だ。レッドドラゴンはこの距離でも気づいているのかい?」

「おそらくね。ハイパーチャージを始めたみたい。ただ、終わりだけどね」

 

 ニルヴァーナは右手に持った長さ10センチはある弾丸をライフルに装填した。そして……構えなおすと同時に引き金を引いたのだ。プッシュボタン式のトリガーはかなり軽くセットされており、軽く引くだけで弾丸は発射される。反動をできるだけ抑える意味合いが込められていた。

 

 撃ち出された弾丸は超高速で、レッドドラゴン目掛けて飛んでいく。1170メートル離れたドラゴンはハイパーチャージ状態で待機しており、レベルは460にも達していた。弾丸はレッドドラゴンの脳天に直撃……とはいかず、ドラゴンの闘気を貫通することはできなかった。しかし……

 

「グオオオオ!!」

 

 最初の弾丸は確かにレッドドラゴンには届かなかった。しかし、間髪いれず、そして寸分違わぬ位置に2発目の弾丸は命中したのだ。最初の一撃で脆くなった闘気の壁は2発目の侵入を容易に許してしまった。そして、レッドドラゴンの頭は貫かれた。

 

 

 

 そのまま、巨大な身体は地面へと倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。

 

 

「……一撃では無理だったね。さすがはレベル460の状態ね」

「……相変わらず、信じがたいよ。2発目を撃つ動作もそうだが……これだけ距離が離れても全く同じところに命中させるなんて」

「魔法での修正をしているからね。それくらいわけないさ」

 

 ニルヴァーナは簡単に言ってのけるが、もちろんそんなことを誰もが出来るはずはない。そもそも1000メートル以上の狙撃という時点であり得ないレベルだ。脳天を破壊し、一撃でレッドドラゴンを始末した腕は疑いようがなかった。

 

 1170メートル先では、片割れが死亡したことに対して動揺した、もう片方のレッドドラゴンの姿があった。すぐにハイパーチャージ状態になる。

 

「よう、待ちわびたぜ? 今度こそ仕留めてやるよ」

 

 レッドドラゴンの前には赤い甲冑を身に着けたディランの姿があった。既に全開状態であり、準備は万全のようだ。雪辱戦はすぐに開始された。

 



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88話 レッドドラゴン その2

 

 ディランが相対するレッドドラゴン。レベル460の威圧感は圧巻の一言に尽きる。1分程度とはいえ、今の段階は伝説級のモンスターである鉄巨人を凌駕しているのだから。

 

「行くぜ!」

 

 レベル460のモンスターを相手でも物怖じしないように、ディランは大声を上げレッドドラゴンに向かって行った。彼が持っている武器は大きめの両手剣である。超大型と言われるバスターソードなどよりは小さいが、春人が持つユニバースソードなどの片手剣よりは大柄の武器だ。

 

 材質はヴェルニリアと呼ばれる、アクアエルス世界特有の金属であった。希少性はなかなかのもので、地球でいうところの金や銀に近い価値を誇っている。彼はその剣をレオパルドソードと名付けていた。レオパルドソードを筋肉の鎧で纏った両腕で高速に薙ぎ払うディラン。その一撃はレッドドラゴンの身体に命中するが、その装甲を貫通することは出来ないでいた。

 

「グルルルルル!」

「ちっ! さすがに堅いな! やるじゃねぇか!」

 

 レッドドラゴンの反撃は炎のブレスによるものだ。ディランはその巨体に似合わない速度でレッドドラゴンの攻撃を避ける。炎のブレスは周囲一帯を広範囲に焼き払った。

 

「おせぇよ!」

 

 ディランはレッドドラゴンのブレスの隙を見逃さなかった。背後に素早く回ると同時にレオパルドソードを首筋目掛けて振り下ろす。しかし、ハイパーチャージ状態のレッドドラゴンの防御は相当なものであり、多少傷つけることはできても致命傷は与えられない。

 

「ギャオオオオオ!」

「くそっ!」

 

 強力な攻撃を受け、激昂したレッドドラゴンはその後は一方的な猛攻を続けた。防戦一方になり、ディランは有効な攻撃を与えられない。しかし、レベル460を誇るレッドドラゴンの攻撃をギリギリのところで捌く技量は持ち合わせていた。

 

 レッドドラゴンの尻尾攻撃、脚による爪攻撃、そして炎のブレス……多彩な攻撃をなんとかレオパルドソードと素早い身のこなしで防ぎ切る。だが、体力は確実に奪われていった。

 

 そして、ディランも限界に近付いた頃、レッドドラゴンのハイパーチャージの効果が消える。ドラゴン族は一度、ハイパーチャージが切れると10分間は再使用が出来ない。

 

「なんとか耐え切ったか……はあ、はあ……出来れば、最強状態のお前を倒したかったが、今の俺では少し難しいようだな」

「グ、グルルルルルウル!!」

 

 レベル230の本来の能力に戻ったレッドドラゴン。疲れ切っているディランではあるが、既に勝負は見えていた。その後、数十秒の攻防の末、レッドドラゴンの首を跳ね飛ばすことに成功したディラン。決着は数分とかかることなく付いたのだ。

 

 勝利したディランではあるが、防戦一方になっていた時に、自らを守る赤い甲冑は修復不可能になるまで破壊されていた。彼の表情も限界といった印象だ。

 

「お疲れ、ディラン」

 

 それから少しして、リグドとニルヴァーナの二人が彼の前に訪れた。

 

 レベル460の状態……ディランは終始劣勢であったが、最強状態のレッドドラゴンの猛攻を防ぎ切ったのだ。賢者の森で春人がグリーンドラゴン相手に取った戦法と似ている。リグドは彼に心からの称賛を送っていたが、ディランは嬉しそうではなかった。

 

「男に褒められてもな……」

「やれやれ、贅沢な奴だな、君は」

 

 そう言いながら、リグドはニルヴァーナに目を向ける。その瞳は何かを物語っていた。

 

「えっ? 私が褒めるわけ? ディランを?」

「まあ、好きにしたらいい。君に任せるよ」

「……」

 

 ディランはボロボロになった赤い甲冑を外しながら、地面に座りこんでいた。疲労は相当に大きいようだ。短く切った黒い髪をかき揚げながら、遠くを見ている。彼の視線の先にはレッドドラゴンが遺した結晶石の塊があった。

 

 ナラクノハナの報酬の一部というわけである。2体のレッドドラゴンの結晶石だけで、100万ゴールド近くになるだろう。かなりの追加報酬だ。

 

「ディラン、お疲れ様。カッコ良かったよ」

「おう」

 

 ニルヴァーナは照れる様子もなくディランに誉め言葉を贈ると、彼の元まで行き、彼と小さく手を合わせた。ハイタッチのようなものだ。

 

「しかし、ここまで疲労するとはな……しばらくは立てそうもねぇ」

「レベル460の状態のレッドドラゴンと、良くあそこまで戦えたよ。あの調子ならレベル400の鉄巨人ともいい勝負できるんじゃないか?」

「はは、馬鹿言え……鉄巨人の400という数字は常にその値だ……さすがに厳しいっての」

 

 疲れ切っているディランは溜息をつきながら、とてもできないことをアピールしていた。鉄巨人は伝説のモンスターの一角に数えられるほどの強さを持っている。彼の反応は当たり前と言えるだろう。

 

「しばらく休んだら、アルフリーズに戻るとしようか。グリモワール王国の状況も気になるし。それに……1億5000万ゴールドの報奨金が課せられている、闇の軍勢の調査依頼はどういう人物が引き受けるのか気になるしね」

「はっ、史上最高額だろうな。国家の依頼とはいえ、あそこまでの金額は聞いたことがねぇよ」

 

 疲労困憊のディランではあるが、闇の軍勢の話になるといくらか元気を取り戻したようだ。根っからの戦闘狂なのかもしれない。

 

「北のキュイーズ都市同盟とジャピ公国の滅亡は、マシュマト王国にも難民という形で被害が出ているからね。王国としても他人事ではないんだろう」

「漆黒の騎士たちが3000体近く目撃されたとも聞くね。」

「そうだね。そして……頭目と思われる、白き鎧を着た聖騎士のような風貌の人物と、フードと木目調の仮面を付けた人物。この二人がリーダー格ということなんだろうね」

 

 漆黒の軍勢はマシュマト王国の国境付近まで進軍していた。その中で明らかに風貌の違う者が2人。どちらも顔は隠れていたが、その者たちが頭目であるとされていた。リグドは淡々と説明していたが、1億5000万ゴールドを課すほどの依頼。どれほどの難易度かはわかっているようだ。

 

「受けるのかい?」

 

 1億5000万ゴールドと聞いても物怖じしていないニルヴァーナがナラクノハナの頭脳であるリグドに質問した。彼を信頼している証だ。リグドは少し考えて話し出す。

 

「君たちが了承するなら、受けて見るのも面白いね。いざとなれば、ニルヴァーナの長距離射撃もあることだし。リーダーの連中はそれで始末すれば良い」

「ずいぶん人任せじゃないか。私の実力なんてたかが知れてるよ」

「どの口が言うんだ? ああ?」

 

 ニルヴァーナの皮肉とも取れる発言に座り込んでいるディランから怒号が飛んだ。レッドドラゴンの片割れを即座に倒した人物の発言ではなかったからだ。リグドも同じ意見なのか、溜息をついている。

 

「まあ、とりあえずは依頼を引き受ける方向で進めようか」

 

 リグドは未知の依頼に十分警戒する姿勢を見せながらも、「ナラクノハナ」の実力を信じ、依頼を引き受けるつもりでいた。

 

 そんな彼らの実力は完全にSランク冒険者の領域に入っていた。リグドはアルフリーズの方角を眺め、まだ見ぬ強敵、そしてまだ見ぬ仲間たちとの出会いを楽しみにしていた。彼も他の二人に負けず劣らずの好戦的な性格と言えるのだろう。

 

 その後、ナラクノハナのメンバーはレッドドラゴンの結晶石を回収し、アルフリーズへと戻って行った。

 



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89話 2か月後のアーカーシャ その1

 

 ソード&メイジ……彼らの活躍の中で最たるものと言えば、アルトクリファ神聖国での戦闘ということになるだろう。アーカーシャに於いても、その事実は深くは知れ渡っていなかったが、彼らの中では現段階で最強の者たちとの攻防だったわけだ。

 

 それから2か月の月日がアーカーシャでも経過していた。人口8万人の共和国として現在は成立しているアーカーシャ。まだ自治都市としての意味合いが強いが、周辺国家にも認められつつあるのが現状だ。

 

「エミルちゃん! ビール5人前追加で頼む!」

「はい! ただいま!」

「エミルちゃん! こっちも注文お願いするぜ!」

「はい! 少々、お待ちください!」

 

 アーカーシャの中でも人気店の1つであるバーモンドの酒場「海鳴り」。看板娘であるエミルは本日も忙しく働いていた。彼女の容姿と真面目な性格は冒険者の間でも人気は高い。そして、そんな彼女に負けず劣らずの看板娘になりつつあるのが、天音美由紀である。

 

 エミルと同じようなほどほどの露出度の衣装を身に纏い接客を着実に行っている。スカートの長さは膝が隠れるくらいなので、決してミニスカートではない。スタイルはエミル以上の美由紀だけに、彼女のファンも爆発的に増えていた。

 

 それは「海鳴り」の売り上げにも確実に貢献する内容であったのだ。バーモンドは決して表には出さないが、内心ではウハウハである。経営者である為に、そういった感情は仕方のないことなのだ。

 

 そして、その日の仕事が終わったエミルと美由紀は、二人でお風呂へと入った。それから寝室へと向かう。寝るまでは、二人はどちらかの部屋で遊ぶことが日課となっていた。仲は相当に良いと言えるだろう。

 

「そういえば、春人さんはお元気でしょうか」

「そうね。まあ、彼のことだから調子が悪いということはないと思うけれど」

 

 時折、彼女たちは春人の話題を口にする。両者とも春人に惚れているだけに、一緒に居るはずのアメリアとの仲を心配しているのだ。

 

「春人さんは答えを出すのを保留にしていると聞いています。現在でもアメリアさんとは恋人関係ではないと思いますけど……」

「そうね。アメリアなりの義理なのかもしれないわね。正直、彼女が諦めたとは思えないけど……こんなことを言っては高宮くんへの気持ちが丸分かりね」

「うふふ、そうですね。でも、春人さんと公に恋人同士なのは私ですから。ある意味で一番春人さんに近いと言えます」

 

 エミルの自信満々の言葉に美由紀は軽くむくれて見せる。もちろんエミルにも冗談ということが伝わるように。エミルを危険から守る為に、公には春人と付き合っているということになっている。

 

 現在はそれが嘘だと知っている者も多いが、一定の抑止力にはなっているのだ。エミルは自らが一番春人に近づくためには、その状況を利用するのが確実と考えていた。彼女は意外にしたたかな一面もある。

 

 

 

 美由紀もエミルのそんな一面を理解している。そんな一触即発の状況でもあるが、彼女たちの仲は進展していった。レベル110まで上昇している美由紀は、エミルの護衛役も担っている。春人から言われたことを律義に守っているのだ。

 

 リザード退治の時には、名前呼びをすることを決意した彼女であるが、恥ずかしさが勝ってしまい、現在は「高宮くん」に戻っている。春人も「委員長」という呼び名から変えていない。彼女たちの進展は果たしてあるのだろうか。

 

 もしも進展があれば、一気に他の女性陣を追い抜く可能性はある。日本では同級生で相思相愛だったことは紛れもない事実なのだから。

 

 二人の談笑はその後も続き、夜更かしの時間になるころには、それぞれの部屋に戻って行った。

 

 

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「アルマーク~」

「あれ、イオ? どうしたの?」

 

 次の日、ギルドの前には「センチネル」のメンバーであるアルマークとイオの姿があった。二人はゴイシュの件を機に付き合いだしており、現在まで仲良く過ごしている。

 

「なんだか、ご機嫌だね。また、オルランド遺跡に行く?」

 

 アルマークはイオの機嫌の良さから、冒険に出たいのではないかと推測した。アルマークとイオの二人はこの2か月で相当にパワーアップを果たしており、実力はSランクレベルになっていた。もうじき、Sランクへの昇格も確定しているのが現状だ。

 

 二人ともレベルは100を超えるほどになっており、オルランド遺跡の7階層までの制覇が可能となっていた。この前も、レベル82のマッドゴーレムなどを倒したところである。それに伴い、収入面もかなり上昇していた。

 

「オルランド遺跡? うん、そっちも行くけどさ。ちょっと春人さんたちに会いに行こうよ」

「? イオがそんなこと言うなんて珍しいね。まあ、僕も春人さんには会いたいけどさ」

 

 アルマークはイオの意図がいまいち掴めていないが、空気を読んで笑顔になっていた。彼は他人を不快にさせることを嫌っているのだ。16歳にしては人間が出来ていると言える。

 

「知ってる? ギルドで聞いたんだけどさ、北のマシュマト王国には1億5000万ゴールドの依頼があるんだって。春人さんとアメリアさんなら、確実に受けに行くよ! 前からマシュマト王国にも行ってみたいと思ってたしさ。旅行気分で行ってみない?」

 

 イオは何時になくはしゃいでいる。イオに特に深い意図はなく、アルマークと旅がしたいだけである。春人達に会いたいことや高額の依頼内容を見たいことや、マシュマト王国の街並みを見たいことなど、全て本音であるが。とりあえず、旅がしたいのだ。

 

 アルマークも彼女のはしゃぐ姿からそれを感じとった。そして彼氏として、彼女の望みを聞いてあげたいという感情に駆られる。

 

「近々、専属員としての重要な任務があるみたいだけど……まあ、僕達はSランクになるから、正式にはその枠から離れるし、いいかな」

「大丈夫だよ、アルマーク! Aランクの人たちや、ネオトレジャーの皆さんも居るんだから! 近い内に出発しようよ」

 

 アルマークは専属員としての責務を放棄するのは気が引けていた。しかし、Sランクである彼らに無理強いをする者は居るはずもない。

 

専属員はAランク以下で構成されるのが普通だからだ。それに、いままでの「センチネル」の専属員としての働きをみれば、マシュマト王国への旅など、むしろ許されるべきである。それほどに彼ら二人の働きは大きかったのだ。

 

「よし、じゃあ近い内に出発しようか」

「うん!」

 

 アルマークの言葉にイオは満面の笑顔を浮かべた。そして、彼の腕に思い切りしがみつく。アルマークは照れながらもイオの柔らかさを感じながら歩いて行った。

 

 その夜は、宿屋の一室が相当な喘ぎ声に満たされていたという……某ブラッドインパルスのジラークの証言だった。

 



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90話 2か月後のアーカーシャ その2

 

「大浴場の拡張工事も順調に完了して良かったな」

「そうですね」

 

 場所は変わってアーカーシャ共和国の寄宿舎にて。金髪にサングラスをかけた、明らかに裏組織の人間という風貌のヘルグと転生者である大河内 悟(オオコウチ サトル)が話をしていた。

 

 以前の事件以来、寄宿舎の規律も大幅に改善することになった。さらに、寄宿舎内部の拡張工事なども行われたのだ。

 

 二人はCランク冒険者である「フェアリーブースト」のメンバーであり、ヘルグはリーダーを務めている。最近Cランクへと昇格したのだ。

 

「しかし、2か月ちょい前の鉄巨人騒動も大変だったが……あれからも、色々苦労したな」

「はい……」

 

 悟はこの2か月を振り返り、疲れたような表情へと変わった。彼らは、この2か月余りで着実に力をつけており、レベル25程度までのモンスターを討伐可能となっていた。

 

 しかし、悟自身はレベルは15程度と他のメンバーに比べて弱く、Dランクになっている。そういった意味では、以前の寄宿舎を牛耳っていた「ハインツベルン」には少し劣ると言える。

 

 

「寄宿舎でのトラブルは少なかったが、ランクが上がったことで他の連中との付き合いも増えたしな」

「そうですね……俺が言えたことでもないですけど、CランクやBランクにもクズみたいな奴は居るんですね」

 

 日本では春人を虐めていた自分が言えることではないと思いつつも、悟は2か月の間に出会った新たな冒険者のことを考えていた。

 

「ゴイシュみたいな奴は稀だけどな。だが、あそこまで性根の腐った奴は居なくても、Cランク以上は実力的に資金面が潤ってくる。強さに対してプライドを持った連中も多いさ。なかなか、仲良し同士ってのは行かない場面もあるな」

「ああ、気持ちは分かりますけどね……」

 

 ヘルグのどこか諦めたような言葉。Cランク以上の領域は別の意味で立ち位置や稼ぎ、プライドの応酬と言える。命を賭している職業だけに、相手を見下し、自分こそが最強と考える連中も多いのだ。

 

「フェアリーブースト」は冒険者として中堅の領域に上がって来た為、新たなる世界が見え始めたわけである。

 

「ネオトレジャーの連中は特に俺たちを注視していたな。色々と因縁をつけられるかもしれないから気をつけろよ?」

「う……わ、わかりました」

 

 ヘルグの忠告に悟は頭を抱えた。Bランク冒険者である「ネオトレジャー」は寄宿舎近くの土地を買い上げて、そこにチームごと住んでいる。結成から2か月程度であり、その短い期間でBランクに昇格した凄腕でもある。フェアリーブーストは半年近く結成から経過しているので、既に抜かれた形になる。

 

 土地購入の資金は100万ゴールド程度はかかったが、建物自体は自らで作り上げた為、相当に安上がりだったようだ。

 

「Bランクってどのくらい稼ぐんですかね?」

「そうだな。まあ、チームにも寄るが1万ゴールドくらいは1日で稼げるだろ」

「1万ゴールド……」

 

 悟は思わず息を呑んだ。1万ゴールドと言えば、自らが入っている寄宿舎の1室の賃料と同じだからだ。1か月分の部屋代を1日で稼ぐことができる……4人ほどいたとしても4日で賃料は気にしなくていいというわけだ。

 

「俺達は6000ゴールド~って感じだから1.5倍以上は稼ぐだろうな」

 

 1.5倍の収入差はかなり大きいと言える。それだけ侵入できる遺跡や倒せるモンスターのレベルに差があることを意味するのだから。それはつまり、結晶石以外の希少な宝を入手できる確率にも影響している。

 

「ちなみにAランクは2万ゴールド、Sランクに至っては1日でその10倍以上稼ぐこともできるらしいぞ」

 

 悟はヘルグの補足説明に足から崩れそうになる。上位に行くほど、稼ぎのレベルが段違いになっていた。日本でも芸能人の上位と下位では恐ろしいほどの格差はあるものだが、この世界の冒険者という職業も例外ではないようだ。

 

「確か1日の結晶石のみの記録が、ソード&メイジの150万ゴールドだろ? オルランド遺跡を攻略しないと届かないだろうが……恐ろしいな」

「150万ゴールド……もはや、凄すぎて良くわからないですね」

「前にも言ったと思うが、Sランク冒険者は化け物だからな。努力でどうにかなるもんじゃないさ」

 

 まさに至高の才能を持つ者だけに許された称号。悟はそのように考えていた。

 

「ソード&メイジはもちろんだが、ビーストテイマーの二人もそれくらい稼ぐことはできると思うぞ。ほら、アーカーシャ周辺の防御が構築されたのは知ってるだろ?」

「ええ、あの鳥のモンスターたちによる警護ですよね?」

「そうだ。彼女たちは巨大な怪鳥であるモルドレッドを10体も召喚したからな」

「モルドレッドのレベルは75でしたっけ」

 

 ヘルグは悟の出した数値に頷いた。体長は数メートルにもなる美しい怪鳥「モルドレッド」ビーストテイマーのレナとルナによって召喚されており、アーカーシャ共和国の周囲の警護を24時間行っている。

 

 また、彼女らは農作物の収穫などを考慮して、レベル30のホブゴブリンも50体ほど召喚していた。これらのモンスターは絶対服従であるが、Sランク冒険者のブラッドインパルスが主に意思疎通を図っている。

 

「そんなレベルのモンスターを召喚できる時点で、彼女たちもおかしいな。ジラークさんも先の2組には追い越されたと言ってるからな」

 

 ブラッドインパルスのレベルの高さは悟も聞いている。アシッドタワーの制覇の功績でジラーク自身にも名誉勲章が授与されたのだ。そんなジラーク以上の実力があるソード&メイジとビーストテイマー。

 

現在はアーカーシャから離れて、非常に報奨金が高い仕事を連続でこなしている最中ということは、悟の耳にも入って来ていた。

 

 悟は以前の彼ではなくなっている。ゴイシュとの一件などを通して、春人のことを尊敬する人物と見るようになっていた。しかし、春人の活躍を聞くたびに、自らのレベルの低さを思い知り、落ち込むことはあったのだ。

 

 強くなりたい……悟の中にはそんな感情も芽生えていた。

 

「俺達も負けてられないですね」

「お、前向きでいいじゃねぇか。なら、回廊遺跡探索でも行くか?」

「オルランド遺跡は無理なんですかね? あっちの方が大分近いでしょ?」

「おいおい悟。前向きなのはいいけど、死にたいのか? あの遺跡はAランク未満は立ち入り禁止だぞ? 入口付近からレベル30程度のモンスターが出る可能性あるしな。運が悪いとレベル41の亡霊剣士やレベル44のバジリスクが出てきて終わりだな」

 

 悟はそこまでの難易度とは知らなかった為に、口をつぐんだ。春人がよく口にしていた遺跡のために入り口付近であれば行けるのではないかと考えていたのだ。

 

 実際、オルランド遺跡は6階層までのモンスターレベルは10~50までとかなり幅広い。6階層に近づく程、強力なモンスターが出る可能性は上がって行くが、いきなりレベル50のモンスターに会う可能性もあるのだ。

 

 そのため、Aランク以上の冒険者でないと、入ることを禁止されている。7階層はレベル80程度、8階層に至っては100~200レベルまでのモンスターが出る為、その辺りはAランク冒険者では踏破することはできないが。

 

「俺達の当面の目標は回廊遺跡の攻略だな。と言ってもまだまだ先は長いみたいだが」

 

 

 アーカーシャの北に位置する迷宮、回廊遺跡。最下層は96階であり、現在は54階まで踏破が完了していた。10年以上踏破されていないので、まだまだ先の長いダンジョンとなっている。

 

 彼らは知らないが、この最下層にはレベル900にもなる、フィアゼスの親衛隊の一角であるタナトスが眠っていた。

 

 巨大な鎌を操る死神のような外見のモンスターであり、フィアゼスの時代には召喚魔法で鉄巨人の召喚を可能にしていた最重要戦力の1体である。

 

 直接戦闘タイプではないが、それでも春人を超える程のレベルを持っており、複数の鉄巨人の召喚は大陸統一に於いて、アテナとヘカーテの戦闘力と並ぶほどの重要度を意味していた。現在はレナとルナのダブル召喚時の契約モンスターとなっている。

 

「ラムネさんとレンガートさんと合流して行ってみましょうか」

「そうだな。そういやお前、ラムネと付き合ってるとかいう噂は収束したのか?」

「あれですね……まあ、なんとか」

 

 ラムネと付き合っている……そんな噂が流れたことがある。ラムネ自身はそこまで嫌という雰囲気でもなかったが、悟としては申し訳なさが出ており、周囲に対して誤解を解くのは思いの外苦労したのだった。

 

「まあ、俺もお前らが付き合うとは考え辛かったからな。ラムネは春人だし、お前はアメリアだったか? それともエミルだったか?」

「ラムネさんは春人ですね。俺がアメリアとかエミルというのも間違っていませんけど……絶対に実らないじゃないですか」

 

 実るわけがない。悟は自分の中でそう言い聞かせていた。ラムネと春人も実らない可能性が非常に高いが、悟の方はさらに低いと言えるだろう。

 

 転生前の日本でなら、それなりの自信もあった彼ではあるが、現在は彼女を作ることで必死の状態だ。美少女でないとダメだとかを考えている余裕はない。

 

「あ~くそ。それでもお前は彼女いたこともあるんだろ? 俺やレンガートは彼女が居たことがねぇからな……童貞ってわけじゃねぇが」

「意外ですね」

 

 ヘルグもレンガートも見た目はそれなりの経験を積んだ男性といった印象だ。まだ20代前半と若いが確かな雰囲気を持ち合わせていた。見た目はもっと歳上の印象さえある。それだけに、彼女が出来たことがないというのは意外な悟であった。

 

「意外……か。そう言ってくれるのは嬉しいが、俺もレンガートもトネ共和国のスラム出身だからな。親の顔も覚えてない。そういう意味では、彼女作る余裕はなかったかね~」

「案外、キツイ家庭環境だったんですね……」

「冒険者の中にはそういう環境の奴も多いかもな。一攫千金を目指す奴も多いが、仕方なく始めた奴も多いぜ」

 

 冒険者の闇と言えるのか。周辺国家のスラムなどの出身者や孤児院出の者は身寄りがなく、稼ぐためには身体を売ったり、冒険者になったり、犯罪に手を染めたりする者も多い。孤児院とは名ばかりの人身売買の組織もあるほどだ。

 

「詮索したことはないが、アメリアも親はいないはずだしな。彼女も若いころに冒険者にならざるを得なかったわけだ」

「そうですか……大変なんですね、彼女も」

 

 少しアメリアの見方を変えた悟であった。アメリアはある意味では、自分を寄宿舎に追い込んだ張本人とも言えるが、現実を知らせてくれたという意味では感謝すらしている。悟は現在の生活が嫌いではなかった。

 

 アメリアは親を失くしている。この事実も悟にとってはシンパシーを感じていた。悟や春人、美由紀も向こうには戻れない時点で、親を失くしたヘルグ達と変わらない境遇と言えるからだ。

 

「おっす、ヘルグに悟! こんな所に居やがったか」

「探したわよ」

 

 悟とヘルグが話していた談話室に飛び込むように入って来る二人組。同じメンバーのレンガートとラムネであった。

 

「あれ? レンガートさんにラムネさん? どこ行ってたんですか?」

「例の件で呼び出しがあってな」

 

 レンガートの例の件という単語に、悟を含めて皆の顔は真剣なものへと変化した。

 

「ギルドの招集ですか」

「そうね。私たちも専属員をやらないかってオファーが来たわ」

 

 ギルド専属員は以前までは街に近づいているモンスターの討伐を主な職務としていた。1週間交代制であり、C~Aランクの者たちが選ばれている。しかし現在は、モルドレッドの周囲警戒もある為、モンスターへの警戒は薄れている。どちらかというと、表向きは国になったアーカーシャの内政に関する仕事の方が多くなっている。

 

 ただし、自給自足ができるとはいえ、人口は8万人程度なので、国というよりは自治都市としての性格は強いが。

 

「専属員……高レベルのモンスターと戦う可能性あるんですよね?」

「そちらは当分は問題ないぜ。俺達の仕事は召喚獣の領域になったからな」

 

 悟の質問に答えたのはレンガートだ。少し不満そうな表情は気のせいではない。

 

「レンガート。私たちの強さでは、まだまだ勝てないモンスターも多いわ。死んでは意味はないし、今はモルドレッドが周囲を警戒してるから、以前よりも安全なのよ?」

 

 レンガートは納得の行かない表情は変わらなかったが、ラムネの言葉の意味は理解していた。

 

 周辺のモンスターと渡り合えるのはBランク以上が定石とされており、Cランク冒険者はまだまだその域には到達していないのだ。

 

「そういうわけでだな、俺達の仕事は専属員としてアーカーシャ内部の調査が仕事だ」

「アーカーシャ内部……?」

 

 悟はレンガートの言葉に疑問を覚えた。

 

「ここからは真面目な話になるけどな、どうもアーカーシャに新たに訪れた団体……表向きは孤児院と仕事がない人々への労働の提供事業を行っているらしいが……」

「その団体が怪しいと?」

「そういうことね、私たちもその調査依頼が来ているわ」

 

 レンガートの話にラムネも補足するように話した。

 

「団体名はラブピース。既に中央の時計塔の東にある土地に拠点を建設しているぞ。子供を育てられない親や、仕事がない者、冒険者崩れの者が登録しているらしい」

 

 孤児院の役割と仕事の斡旋……それだけを聞くと非常に有意義な団体だ。特に、野党なども多いアーカーシャには必要な団体と言えるだろう。

 

「それだけ聞くと良い団体に見えますけど……現実は厳しいと」

「まあな。実際は奴隷労働、若しくは人身売買を行っている可能性がある。怪しまれないように、仕事の斡旋などを確実に行いつつだ。一部でそういったことを行っている可能性が高いらしいぜ」

「おそらく裏の稼業での収入は莫大なはずよ。だからこそ、表の事業もしっかりとこなせる」

 

 レンガートもラムネも真剣な表情は崩さない。

 

「こういった事業には相当な金が必要になる。だが、ラブピースは収入源がはっきりしない団体で、小規模な団体だったんだよ。それでも仕事斡旋や孤児院の仕事を単独で行えるってのは……何か裏があるはずだ」

「根拠ってそれだけですか?」

 

 悟はレンガートに突っ込んだ。さすがに根拠としては薄弱だ。しかし、ラムネは首を横に振った。

 

「もちろんそれだけじゃないわ。ラブピースにはアルゼル・ミューラーが所属していた時期もあるから、余計にね。他にもギルドでの調査で裏の顔があることはほぼ確定みたいよ」

 

 アルゼル・ミューラー……己の欲望の為に、美しい女性を何人か攫う計画をしていた元Aランク冒険者だ。その計画は失敗に終わったが、悟としても気分のいい話ではない。

 

「つまり、専属員としてラブピースの調査が主な依頼か」

 

 リーダーのヘルグはレンガートとラムネに確認する。彼らもヘルグに頷いた。専属員としての話が来るということはそれだけ認められているということにもなる。

 

 上を目指す際に、必ず役に立つ。悟の中でもそんな考えがこだました。ラブピースは得体の知れない団体ではあるが、調査を確実に行えば自らの評価も上がるはずだ。彼はそのようにも考えている。そして、それは間違っていない。

 

「専属員の依頼は受ける方向でいいかしら?」

「そうだな」

「俺も構いません」

 

 ヘルグと悟は快く同意する。ヘルグ自身も悟と同じ心境なのだ。上を目指す為には専属員の経験も必要なものだ。センチネルの二人も専属員として頑張っていたのだから。

 

 意見が一致した4人はその日の内に専属員への登録を済ませ、回廊遺跡をへと旅立って行った。修行の意味合いも込めて。

 



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91話 新たなる冒険者パーティ その1

 

「悟! 任せるわ!」

「分かりました! 来い、化け物!」

 

 悟たちのパーティは回廊遺跡の27階層に侵入していた。悟の相手は黒いローブを身に着けた魔導士、パラサイトだ。レベルは16に相当する。

 

 ラムネの援護射撃により、かなり体力は減っていた。悟はミスリルソードとシールドを手に弱ったパラサイトへと向かって行く。フィジカルアップやガードアップをかけて、パーマネンスで永続化しているパラサイトであるが、元々の能力が高くない為、比較的容易に狩ることはできる。

 

 悟もレベル15程度に上がり、装備も強力な物に替えている為、たとえ全開のパラサイトと言えども敗れはしない。パラサイトの炎の魔法を上手くシールドで防ぎ、目の前まで侵入する。

 

「終わりだぜ、おっさん!」

 

 パラサイトの外見を侮辱しつつ、悟はミスリルソードを振り払った。その一撃は止めとしては十分であり、パラサイトはその場で倒れこみ結晶石の塊を残した。

 

 強くなっている……悟は確実に以前とは違う自分を感じ取っていた。少し前まではお化けガエルすらも危うかったのだ。

 

「悟、この2か月で大分成長したわね」

「そう言ってもらえるのはありがたいっすけど……まだまだですよ」

 

 ラムネは悟に近づき称賛の言葉を贈る。少し前まで恋人という噂が流れていただけに、悟は少し照れ臭かった。そして、彼女の誉め言葉にも否定的だ。まだ自分のレベルは15~20程度だ。最初に比べれば3倍以上になっているとはいえ、上を見ればきりがない程に壁がある。

 

 ラムネはそんな彼の心中を察したのか、強く背中を叩いた。

 

「なに落ち込んでいるのよ。あなたの年齢は17歳なのよ? アーカーシャだけでも1000人は冒険者が居るけど、半分以上はDランク以下であることを考えると、あなたの成長は大したものよ」

 

 ラムネの励ましは決して大袈裟ではない。アーカーシャのギルドに出入りしている冒険者は1000人以上と言われており、半分はDランク以下だ。単純に計算しても悟は真ん中程度の能力は有していることになる。

 

 もちろん、冒険者として登録だけはしても他の仕事で稼いでいる者や、活動を行っていない者もいるので、一概に言うことは難しいが、ラムネはそれでも悟の成長を高く評価していた。

 

 離れた場所のパラサイトの集団を倒したレンガートとヘルグも悟の前に現れる。その表情はラムネと同様のものだった。

 

「くっくっく、俺達もかなり強くなったが、悟の成長は予想外だったな。お化けガエルにやられてた時はどうしようかと思ったもんだが」

 

 レンガートは大きな腕を悟の肩にかけながら話した。

 

「ありがとうございます」

 

 レンガートへ素直な感謝を贈る悟。現状の力には決して満足はしていないが、彼らの励ましの言葉は嬉しいのは事実だ。

 

「悟、満足行ってないって顔だな? そういう感情は重要だぜ。高みを目指す上でな」

 

 リーダーのヘルグも悟の表情を察したのか、笑顔になっていた。自分と同じ学校だった春人がはるか高みに居るのだ。彼はこんなところで燻っているつもりなどなかった。もちろん、ヘルグ達3人も悟と同様だ。悟の台頭によりその気持ちは上昇していると言えるだろう。

 

 しかし、そんな彼らの前に新たな敵が現れた。リーダーのヘルグも含め、パラサイトを全滅させた余韻で一瞬、判断が遅れてしまったのだ。

 

「悟!」

「えっ?」

「キキィィィィィ!」

 

 悟の死角から現れたのはレベル28の玄武コウモリだ。悟にとって明らかな格上……しかも死角から現れたのでは、防ぎようがない。冒険者の中での死亡例として多いのはこういった一瞬の油断から来る奇襲というのもある。

 

 死を覚悟してもおかしない状況ではあった。悟はこの時、確かに死亡していたと言える。

 

 だが、玄武コウモリは悟に攻撃を与えることはできなかった。突如現れた長細い刃物が、玄武コウモリを切り裂いたからだ。奇襲の奇襲により攻撃を受けた玄武コウモリは致命傷を受け、その場で絶命した。

 

「あ~あ、私が助けに入らなかったらどうなっていたのかしらね~~?」

 

 その場で立ち尽くしている悟の前に現れたのは少女。肩や胸元が大胆に露出した赤いドレスを身に着けている。ワンピースタイプのドレスでスカートの部分はかなりのミニだ。太ももが半分以上露出していた。灰色の髪をツインテールにした彼女はとても美しい顔をしている。

 

 そして、茫然としている悟に向かって言葉をかけた。

 

「あんたってフェアリーブーストの大河内 悟よね? 私が助けなかったら死んでたわよ? 感謝しなさい」

「くっ……!」

 

 少女は悟の顔を覗き込むなり、とても優越感に満ちた表情を取っていた。ラムネたちも彼女のことを知っているのか、溜息をついていた。

 

「リッカ、助かったわ。悟を助けてくれてありがとう」

「なんでラムネが礼を言うのかわからないけど、まあいいわ」

 

 ラムネはリッカにお礼を言った。固まっている悟ではお礼の言葉は難しいと判断したからだ。彼女は「ネオトレジャー」のメンバーである、リッカ・マクマホン。今年で17歳になり、性格には難があるが、とても美少女だ。赤いミニのドレスはとても似合っており、彼女のスタイルの良さを強調している。胸もかなり大きい。

 

 灰色の長髪をツインテールにしており、青い髪を三つ編みにしているラムネとは違った魅力を持っていた。ラムネもホットパンツ姿が眩しい18歳の美少女だが、リッカの方が顔やスタイルは勝っている。

 

 アメリアやエミルといった少女はアーカーシャでも指折りの美少女とされているが、リッカは外見の魅力だけであれば彼女たち以上かもしれない。

 

「それにしても、凄い技ね」

「私の髪の刃にかかれば、玄武コウモリなんて余裕よ」

 

 そう言いながら、リッカはツインテールの髪を掻き揚げてみせる。彼女の「髪の刃」は自らの髪を自在に操り、刃物のように変化させ、敵を攻撃する技だ。長距離の攻撃も可能にしており、使用者の強さに応じて技の威力も変化する。

 

 同じ技を使うモンスターとして、レベル23のメデューサがいるが、レベルが低いためにリッカほどの能力は出せない。

 

「無事でなによりだな」

「地下27階で玄武コウモリが出て来るなんて、珍しいわ」

 

 リッカの背後から聞こえて来る女性たちの声。ネオトレジャーの残りのメンバーが現れたのだ。一人は黒髪をストレートに伸ばした女性だ。大和撫子のような印象を受ける武人といった女性だった。薙刀を背中に構えており、服装も露出度が少ない袴姿だ。下に穿いている物も裾は広いが、足をすっぽりと覆っている。

 

 もう一人の女性は赤いロングの髪をサイドテールに結んでいる。リッカに近い美貌をもっており、ネオトレジャーのリーダーを務めていた。

 

 薙刀の女性はナーベル・サクリス 21歳。リーダーの女性はミーティア・ライト 24歳だ。ネオトレジャーの結成は2か月ほど前と最近であり、正真正銘の天才たちとの呼び声も大きい。期間的にはセンチネルに続く、Sランクへの有力株であった。

 

「ミーティアさんとナーベルさんも来ていたんですね」

「ああ、リッカが申し訳なかったな」

 

 ラムネは二人とも知り合いであった。ナーベルからはリッカとは違い、神経を逆なでする雰囲気は感じられない。それはリーダーであるミーティアも同じであった。

 

「本当に無事でよかったわ。でも、リッカが助けなければ悟くんはどうなっていたかわからないわよ。チームである以上、彼のレベルに合わせることも重要よ?」

「……そうかもしれないですね」

 

 ミーティアの言葉は正論に満ち溢れていた。悟を心配すると同時に、ヘルグやラムネたちも叱責しているのだ。事実、あと少しで悟は死亡していたかもしれない。ラムネもそれを痛感したからか、何も言い返せないでいた。

 

「まさか、冒険者経験の浅いあんたらにそんなことを言われるとはな。実力は負けていても、遺跡探索の回数では俺達の方が上だ。自分たちの限界くらいはわかっている」

 

 ミーティアの忠告に反論したのはフェアリーブーストのリーダーであるヘルグだ。ミーティアよりも歳下ではあるが、男としてのプライドなのかその表情は真剣だった。

 

「アーカーシャの冒険者に限らず、この世界は実力主義よ? あなた達はCランク。上位の私たちの忠告は聞いておいた方がいいと思うけど」

「そうよね~。実際、大河内 悟だって玄武コウモリにやられかけたんだし~。私がゴイシュみたいなカスだったら、きっと見殺しにしてたよ~?」

 

 

 ミーティアの続けての正論とリッカからの挑発の言葉だ。ヘルグの眉間にはしわが寄っていた。しかし、格上の存在でもあるので、強く言い返すこともできない。彼女たちが無意味に力に訴える者たちではないことはわかっていたが、それでもヘルグは黙り込んでしまった。

 

 それだけに二人の言葉……特にリッカの言葉に打ちのめされたのだ。レベル28の玄武コウモリの一撃を無防備に受けた悟がどのようになっていたかを考えれば、ヘルグの態度も頷けるものだった。

 

 性格に難があるリッカではあるが、紛れもなく自らの仲間を救ってくれた恩人でもあるのだ。それは「ハインツベルン」のメンバーなどと比べては失礼過ぎる態度と言えるだろう。リッカは高飛車かつわがままでも、目の前の冒険者を放っておく非人道な人間ではない。

 

 それに気付いているからこそ、ヘルグは強く出たことを後悔していたのだ。だが、対立関係にある冒険者だけに素直に謝ることもできない。リーダーゆえの難しさも持ち合わせていた。

 

「ミーティアさん、助けていただいてありがとうございました。それと、リーダーのヘルグの失礼は許してください」

 

 ヘルグより先に謝ったのはラムネだ。深々と頭を下げている。

 

「気にしないでいいわ、元々の原因はリッカなのだし。リッカはわがままな性格だけれど、それも彼女の外見の良さと才能から来ている。ラムネも冒険者をしているのならわかるでしょ? 冒険者の世界は実力主義。上位の者はそれ相応の態度が許されるのよ」

「ええ、わかっています」

「ならいいわ」

 

 ミーティアの真っすぐな瞳と、ラムネの全てを受け入れている表情は対照的に映っていた。春人のような態度は異端とすら言えるのだ。そういった意味ではネオトレジャーのミーティアの態度はごく自然のものと言えるだろう。

 

「ま、そういうことよ。あんた達は自分たちの弱さを噛み締めながら生きて行けばいいのよっ」

 

 リッカの見下すような発言。その言葉は悟の感情を高ぶらせたことは言うまでもない。

 

「このアマが……! 調子に乗るなよ!」

「へえ、結構好戦的じゃない、あんたって。悟って言ったっけ? 強さは伴ってないから全然怖くないけど」

 

 悟はリッカの余裕の表情に言葉を失ってしまう。実力的に負けているだけではなく、言葉でも煽ることすらできない。悟の中で、自信が崩れていくのを感じた。手を上げたい衝動に駆られるが、そんなことをしてはすぐに手籠めにされてしまう。彼とリッカの間にはそれだけ明確な実力差があったのだ。

 

「まあ、悟も落ち着け。ところで……ネオトレジャーのあんたらも回廊遺跡を探索しているんだな」

 

 ヘルグは話の流れを変える意味も込めて、話題を急変させた。悟は不満気な表情をしていたが、特に反論はしておらず、ミーティアたちも何も言わなかった。これ以上の争いは無意味との判断だろう。

 

「ええ、リッカの発案だけど。この遺跡は本当に興味深いわ、10年以上も探索が完了していない広大なマップ……最下層は96階みたいだけど」

「現在は56階までの探索が完了しているらしいな。危険は伴うが、挑戦するに値する」

 

 ミーティアとナーベルの二人はまだ見ぬ遺跡の先を楽しみにしていた。既に最下層の階数とタナトスが存在していたことはギルドにも話が伝わっており、彼女たちの耳にも届いていたが、それでもまだ見ぬモンスターや宝など、楽しみは多いと言える。

 

「この階層に来るまでの間にも、機械関係の道具や機具が散在していたわね。きっとここはフィアゼスの遺した遺跡の中でも、科学技術が結集しているところよ」

 

 ミーティアの考えは的を射ていた。この遺跡は、あまり注目はされていないが、機械関連の遺物が多く発見されている。一つの区画には、研究施設のような設備も搭載されていたくらいだ。マシュマト王国のダールトン市街地を思わせる設備もある為、その道の者であれば興味は倍増するということだ。

 

「リッカの奴が理系の女とは思えねぇけどな。なんでこの遺跡に興味持ってんだ」

「あんたなんかよりは賢いから安心していいわよ? そんな煽りにもならないセリフしか言えないなんて、あんた本当に馬鹿なんじゃないの?」

 

 リッカの倍返しは、実力で劣る悟の精神を刺激した。悟は日本でのことを思い返していた。自らの地位から下の者を見下していたことは何回あっただろうか? 現在は、自分が日本でしていたことを、相手からされているだけなのだ。

 

「私が発案したのは……なんでだっけ? まあ、なんでもいいじゃん。とにかく、私は結構科学とかも得意だから~。ここは飽きないよね」

 

 リッカは両腕を後頭部に当てて、適当な態度で話していた。露出している肩や胸元が反り返り、非常に魅惑的に映っている。

 

 リッカに反抗している悟も思わず、その大きな胸に見惚れていた。そんな状況の彼らは、ある意味では平和な時間を共有していたと言えるだろう。しかし、そんな彼らの時間を破壊する者たちはすぐそこまで来ていたのだ。

 



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92話 新たなる冒険者パーティ その2

 

 回廊遺跡の27階層……モンスターレベルは15~25くらいまでとなっている。レベルアップを果たしたフェアリーブーストであれば踏破は可能な領域だ。しかし、時にはレベル外の強力な者が現れることもある。

 

 春人が以前に倒したグリーンドラゴンなどが該当しているが、その発端はアルトクリファ神聖国の隠し扉の開放とされていた。しかし、回廊遺跡は隠し扉の開放はタナトスが自ら開放した以外ではされておらず、そういった意味では非常に予期し難い事態であると言えるだろう。強力なモンスターに出会ってしまうのは、多くの冒険者にとっては不運という他ない。

 

「新たなモンスターが来たようだぜ。おいおい、玄武コウモリと……亡霊剣士だと?」

 

 少し離れたところで周囲を何気なく警戒していたレンガートが、モンスターの接近に真っ先に気付いた。2つにチームはレンガートの言葉とモンスターを確認すると、一斉に臨戦態勢へと移行した。

 

「へえ、少しはマシなモンスターが来たじゃん」

 

 リッカは笑いながら、近づくモンスターを確認していた。レベル28の玄武コウモリが2体とレベル41の亡霊剣士が2体。フェアリーブーストだけであれば、全力で敗走しなければならない事態だ。

 

 それも走って逃げるだけでは、追い付かれてしまう可能性が高い。ダンジョン脱出アイテムを使う必要があった。クリスタルの結晶であり、地面に叩きつけることで、指定ポイントまで強制的に転送する魔法の道具である。

 

「亡霊剣士は私がやってあげる。どのみち、ラムネ達だと逆立ちしたって勝てないし」

「……ちっ! ホントにムカつく奴だぜ……!」

 

 悟はいちいち飛び込んでくる煽り言葉に反応してしまう。だが、事態はそんな余裕など与えていない。すぐにラムネにより悟は制止された。

 

「悟は落ち着きなさい。リッカ、亡霊剣士は任せるわ」

「しょうがないわね~、まあやってあげる」

「それでは私も参戦しようか」

 

 リッカの隣に立ったのは薙刀を構えたナーベルであった。二人は2体の亡霊剣士にそれぞれ挑むようだ。

 

「半年ほど前の話か。当時、まだFランク冒険者だった高宮春人が鉄の剣で亡霊剣士を仕留めたというものがあったな」

「あ~知ってる。春人でしょ~~? アメリアの奴とコンビ組んで、いきなりSランク冒険者になったらしいじゃん」

「私達も天才と称されているからな。少なくとも、亡霊剣士くらいは倒せないといけないわけだ」

 

 リッカとナーベルは目の前に亡霊剣士を見据えて話している。春人への尊敬の念を込めながら。彼女たちは結成されてから2か月ほど経過している冒険者だ。結成からの期間で言えば、眼前の亡霊剣士は倒せて当たり前という考えなのだろう。

 

 しかし、冒険者の多くは何年かけても亡霊剣士討伐まで達成できない。マッカム大陸全土の冒険者は数万人以上存在しているが、亡霊剣士を倒せるのはその中でも1割程度といったところだ。

 

「奴らが亡霊剣士を引き付けている間に、俺達は玄武コウモリを始末するか」

「そうだな。ただしレンガート、気を付けろよ? 相手のレベルは28だ。俺達よりも強い」

「おう、分かってるぜ」

 

 玄武コウモリの大きさは80センチ程度もあり、かなりの巨体である。そして、レベルは28を誇る強敵だ。レベル41の亡霊剣士と比較すると相当な差があるが、それでもCランク冒険者には荷が重い相手と言える。

 

 玄武コウモリはアーカーシャ周辺にも現れることがあり、専属員やモンスター避けの灯篭で対策はされてきた。現在はモルドレッドが適宜始末している形になっている。

 

「ガードアップ!」

 

 ヘルグとレンガートにラムネは後方からガードアップをかけた。悟に関しては足手まといになる為に、後方での待機をしている。

 

「ギシャアアア!」

 

 玄武コウモリは一気に距離を縮めて羽ばたいた。ヘルグとレンガートの前に近づいた玄武コウモリは得意の怪音波を放つ。強力な周波数の音で相手の脳細胞を破壊する技である。

 

「ぬうっ!」

「ぐっ!」

 

 目に見えない攻撃に晒されたヘルグとレンガートはやられこそしていないが、三半規管が狂ってしまったのか、反撃が出来ずにいた。すぐに玄武コウモリの追撃が始まる。しかし、その追撃よりも早く、ラムネの風神障壁が二人を守ったのだ。

 

「ギギギギギギ!」

「くっ、風神障壁が……持たない!?」

 

 格上の敵からの噛みつき攻撃。その一撃は思いの外強力であり、ラムネの作り出す障壁では防御壁としては不十分であった。このままではヘルグたちに、強烈な一撃が通るのも時間の問題である。悟は自らの能力不足を痛感している。自分が前に出たところで、なにもすることができない。それどころか、先ほどのように玄武コウモリにやられることは明白だ。

 

「玄武コウモリにこれほど苦戦するなら、本当に考えた方がいいわね」

 

 そんな時、ヘルグ達の前には、より強力な障壁が展開された。水の膜が彼らを覆っている。玄武コウモリの強力な牙も全く通している気配がない。その水の膜を張ったのはミーティアである。

 

 彼女は銀の装飾品が散りばめられた美しい剣を所持していた。ミーティアは魔法と物理攻撃を行うことができる魔法剣士だ。そのまま玄武コウモリを切り裂くことも可能であったが、敢えて彼女は手を出さなかった。

 

「ヘルグ! 決めるぜ!」

「ああ、わかっている!」

 

 なんとか怪音波の影響から戻ったヘルグとレンガートは狼狽えている玄武コウモリに向かって武器を放つ。レンガートは大剣、ヘルグは槍を構えて一気に攻撃を開始した。

 

「ギシャ!」

「ギギッ!」

 

 さすがの玄武コウモリもダメージを負った素振りを見せるが、すぐにやられる気配はない。二人との攻防は続いて行く。

 

 

「亡霊剣士ね。確かにそこそこの実力だけど。負ける気はしないわね」

 

 髪の刃を自在に変形させているリッカは、鋭利な剣を振りかざす鎧の化け物、亡霊剣士と戦闘を繰り広げていた。髪の毛の一本を刃のように変化させて攻撃が可能な為、操れる武器の数も相当数に上る。また、操る武器の幾つかが破壊されたところで大きな痛手にはならない。

 

 リッカの高速の刃捌きに、亡霊剣士は劣勢状態となっている。感情を有しないとされる亡霊剣士ではあるが、明らかに焦りが見て取れるようだ。隣では、薙刀のナーベルが亡霊剣士と戦っているが、リッカよりも苦戦していた。実力伯仲の戦いとなっていたのだ。

 

「……」

 

 余裕のあるリッカとは違い、ナーベルは苦戦している。そんな彼女をリッカは無言で応援していた。現在のレベル換算で言えば、両者は45相当と同じくらいではあるが、この余裕の違いは内に秘めた才能の格差があるのかもしれない。もちろん、武器による格差も出ているのは間違いがないが。

 

 

 4者による局面で最初に決着がついたのはリッカVS亡霊剣士であった。亡霊剣士の連続の剣攻撃を、リッカは複数の髪の刃で捌いてみせる。そして、真上に移動させた刃の一つを一刀両断の要領で振り下ろしたのだ。

 

 真っ二つにされた亡霊剣士はそのまま身体を溶かしていき、結晶石の塊を残した。さらに幾つかの宝石類も誕生していた。

 

「ラッキー! 宝石じゃん。かなり高く売れるかもね~」

 

 結晶石と宝石類を拾いながら、リッカは他の局面にも目を向けていた。次に決着がついたのは隣のナーベルだ。互角の打ち合いをしていたが、ナーベル自体は一撃も受けてはいなかった。

 

 徐々に押されていく亡霊剣士はそのまま致命傷を受けることになったのだ。一瞬の油断で勝負は変わっていたかもしれないが、ナーベルが戦闘中にそんな油断を見せることはなかった。常に最大限の集中力を維持しているのだ。

 

「ナーベル! おっつかれ~~!」

「ああ、ありがとう。リッカも無事で良かったよ」

 

 亡霊剣士が結晶石になったのを確認したナーベルは笑顔になり、リッカとハイタッチをして互いの勝利を称え合った。その光景は仲の良い姉妹といった感じだ。

 

 そして二人は玄武コウモリと対決している二人に焦点を合わせた。まだ、ヘルグとレンガートの戦いは続いている。レベルでは劣る二人だけに通常では勝てない戦闘を行っていることと同義なのだ。

 

 ミーティアも参戦する様子を見せていない為に、殺されても不思議ではない状況だ。事実、ヘルグもレンガートも攻勢には出たものの、劣勢状態になっていた。そこにラムネが加勢する形で、なんとか勝負をしている。

 

 

 レンガートとヘルグはそれぞれ、格上の玄武コウモリと打ち合っている。精神は最高潮の域に達しており、100%の実力が発揮できている状態だ。一般にはゾーンに入っていると言えるのかもしれない。その状況だからこそ、彼らは玄武コウモリの攻撃を凌ぐことが出来ていたのだ。

 

 そこに加わるラムネの風神障壁の疾風波と呼ばれる風属性の衝撃波。彼女の魔法による攻撃は玄武コウモリを牽制することを可能にしていた。

 

 そして、疾風波による一撃は少なからず、玄武コウモリの攻撃を阻害していたのだ。

 

「今だ! もらった!」

 

 風神障壁を纏った状態のヘルグは、自らが相手にしている玄武コウモリが疾風波の一撃で怯んだ好きを見逃さなかった。勝負を決めるべく、渾身の槍による突きを玄武コウモリにお見舞いする。

 

「キキィィィィィ!」

「ぐうっ!?」

 

 隙を見せた玄武コウモリであるが、ヘルグの攻撃に気付いたのか、玄武コウモリも渾身の攻撃をヘルグに打ち出した。命中はほぼ同時……玄武コウモリはヘルグの槍によって貫かれその命を散らした。ヘルグも本来であれば致命傷となる攻撃を受けていたが、ラムネの風神障壁により守られたのだ。

 

 最も、玄武コウモリの一撃は風神障壁を突き破っており、威力は弱まっていたがヘルグの身体に到達していたのだ。ヘルグは致命傷ではないが、それなりのダメージを負っていた。

 

「はは、危なかった……」

 

 ラムネの風神障壁がなければ、彼はあの世行きは免れなかった。それほどに、ギリギリの攻防だったのだ。そして、そんなヘルグの前に立ったのはレンガートだ。

 

「よう、立てるか?」

「ああ……、倒したのか。流石だな」

 

 

 ヘルグと同じく風神障壁に守られていた為の勝利ではあるが、レンガートもまた玄武コウモリの討伐に成功していた。ヘルグに比べれば余裕のある勝利だ。「剛腕のレンガート」の異名は守れたというところか。

 

 ヘルグとレンガートはその後、お互いの健闘を称え合った。彼らの中には、格上の強敵を倒したという達成感が生まれている。とても口では言い表せない喜びだ。

 

「ヘルグさん、レンガートさん。お疲れさまです」

「おう。ありがとうな、悟」

「ああ、ありがとう」

 

 二人の戦いを遠くからしか見ることができなかった悟。協力できない悔しさを持ちながら、二人の前に立ち、彼らの功績を労った。レンガートとヘルグはそんな彼に対して、心から感謝をしていた。

 

 暖かい人物だ、悟は改めてヘルグとレンガートという人物の懐の深さを感じ取った。協力できていないことに対して後ろめたさを感じている悟の心境すらも察したかのような態度であった。

 

 

「なんで感動話みたいになってんの? たかが、玄武コウモリ倒しただけで」

 

 そんな状況を遠くから見ていたリッカは不満を漏らす。しかし、空気は読んでいるのか、茶化す気はないようだ。

 

「まあ、そう言うなリッカ。美しい仲間意識じゃないか。……!」

 

 ナーベルは不満を漏らして口を尖らせているリッカを宥める。だが、その時、彼女は真っ先に気付いてしまったのだ。彼女たちの前に近づいて来ている強力な魔物の存在に。

 

 戦いはまだ終わっていなかった。

 



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93話 レベル99の魔物 その1

 

 Bランク冒険者であるネオトレジャーと、Cランク冒険者であるフェアリーブースト。彼らの前に現れたのは……その存在に真っ先に気が付いたのはナーベルだ。彼女は驚きの表情を隠せないでいた。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「ミノタウロス……!? 嘘でしょ!?」

 

 ナーベルに続き、リッカも驚きの表情に満ちていた。レベル99を誇るミノタウロスが彼女たちの前に現れたのだ。巨大な両刃の斧を携えた二本足で立つ牛のような化け物。

 

 リッカやナーベルが驚くのも無理のない相手である。この低層で出会ってしまうのは運が悪かったとしか言いようがない。そんなミノタウロスは既に攻撃動作に入っていた。

 

 ミノタウロスの先制の一撃は狼狽えているナーベル達にとっては無慈悲なものであった。レベル50に満たない彼女たちでは決して抗えない相手。案の定、ミノタウロスの動きは恐ろしい程に速く、巨体というハンデなど微塵も感じさせなかった。

 

 両刃の斧による振り下ろしはナーベルの脳天に照準を合わせていた。ナーベルは避けることもガードすることもできない。まさに21年の短い人生を終える瞬間であったのだ。

 

「ナーベル!!」

 

 しかし、怒号と共にその運命を断ち切った人物がいた。髪の刃を操るリッカである。変幻自在の刃を両刃の斧にまとわりつかせ、ミノタウロスの一撃の速度を遅らせたのだ。ナーベルは寸前のところで避けることに成功した。

 

「リッカ……! 助かった! どうやら、まだ生きているみたいだな」

「なに言ってんのよ! あんたは今度の食事会にも参加するのよ? こんなところで死ぬなんて許さないから!」

 

 

 

 まだ自分が生きていることに疑問すら浮かんでいるナーベル。そんな彼女にリッカは笑顔で話した。こんなところで死ぬことなど許さないと彼女は話していた。

 

「ははは。確かに参加したいところだが……あれが相手では……」

 

 汗を流しながら、ナーベルはミノタウロスに照準を合わせた。両刃の斧は地面に突き刺さっており、それをゆっくりと引き抜いている。ミノタウロス級のモンスターは周囲に結界を展開し、転送アイテムの使用を阻害することが可能なのだ。現在は、誰も転送することはできない。

 

 走って逃げきることも恐らくはできない。背を見せればたちまち距離を詰められ惨殺されてしまうからだ。

 

「命運は尽きたって言いたいの? ナーベルらしくないじゃん。どんなことにでも諦めない志しが大切なんでしょ」

「確かに……そうだったな」

 

 リッカはナーベルが以前から話していた言葉を思いだす。武人である彼女は正々堂々と戦い、どんな時にも諦めを言うことはない。リッカの言葉に、ナーベル自身も改めて自らの信念を思い出していた。

 

「私たちが3人で戦えば、ミノタウロスは倒せる可能性はあるわ。諦めるのはまだ早いわね」

「ミーティア……そうだな。全力で打ち倒すことにするか」

 

 リッカのみならず、ミーティアの言葉により、自分がいかに愚かだったかを痛感した。諦めるのは全てを出し尽くした後だ。なによりも食事会などの予定を控えている。こんなところで死んではいられないのだ。

 

「思えば、彼氏も出来たことがないからな。人生を謳歌する前に死んでしまうのは勿体ない」

「そそ、そういうことよ。ナーベル美人なんだし、すぐ作れるって」

「リッカに美人と言われるのは嬉しいが、お前には全く及んでいないからな私は。リッカが彼氏募集中というのが信じられん.外見は完璧でも中身の問題か」

 

 ナーベルはリッカの方が美人であると認めつつも、相当に失礼な言葉を発していた。少し余裕が出て来た証拠だ。もちろんリッカは不満気な顔をしていたが。

 

 

「ナーベル? すっごい失礼なんだけど? 私はその気になればいつでも彼氏なんて作れるんだから。見合う相手が居ないだけよ、ロクな奴いないし。せいぜい、高宮春人くらいじゃない? あいつの愛人だったらなってもいいかな~」

 

 彼女たちの会話はとてもミノタウロスに襲われかけている状況とは思えない。軽い会話を敢えてすることで、身体の力を抜く意味合いもある。

 

「いい感じで力が抜けたかしら? そろそろ本気で行かないと不味いわよ?」

 

 ミーティアは冷静に二人を諭す。お遊びは終わりだ。眼前のミノタウロスは両刃の斧を大きく振りかぶり始めた。リッカとナーベルの表情は一瞬の内に切り替わる。先ほどまで、軽い会話をしていたとは思えない程の切り替わりの早さだ。

 

 それはこの2か月間を冒険者として生き抜いた経験と言えるだろう。一瞬の油断が命取りになることを彼女たちは知っているのだ。

 

「もはや、祈るしかねぇな」

「そうね……」

 

 体力を使い果たしているヘルグは加勢できる状況ではないことはわかっていた。ラムネも同じ気持ちだ。自分たちでは、脚を引っ張るだけだとわかっているのだ。フェアリーブーストの命運は、ネオトレジャーに掛かっていると言える。彼女たちが敗北すれば、結果は同じになるからだ。

 

 もちろん、彼女たちを囮にして逃げることは可能であったが、彼らはそれをしない。悟としては気に食わない相手ではあるが、恩人でもある。彼もその場を離れようとはしなかった。

 

「行くわよ! ミラーシールド!」

 

 ミーティアは装飾が美しい剣を天にかざした。水属性の盾がミノタウロスの周囲に展開される。鏡の迷路を造り出したのだ。

 

 水の盾に反射される景色はミノタウロスの五感を鈍らせる。リーダーであるミーティアはレベル換算では55に到達していた。ネオトレジャーでは最強の能力者ということになる。

 

 

 そんな彼女が創り出す鏡の結界……レベル99を誇る化け物にも多少は効果があったようだ。明らかにミノタウロスは行動をもたつかせていた。

 

 そして、鏡の結界を突き破るように、リッカの変幻自在の刃がミノタウロスを襲った。レベル差がある為に、そこまでの傷を負わせることはできないが、多少のダメージを負わせることには成功しているようだ。ミノタウロスが狼狽えている。

 

「ただの木偶の坊ね。時間はかかるけど、大した奴じゃないわ」

 

 髪の刃を連続でお見舞いするリッカは見下すようにミノタウロスを見ていた。彼女と言えども、単独では到底勝ち目のない相手だ。しかし、ミーティアと連携することで、劣勢を覆すことに成功していた。

 

「はあああ!」

 

 さらにミノタウロスへの攻勢は続く。次に隙だらけになっているミノタウロスに攻撃を仕掛けたのはナーベルだ。自らの薙刀で、ミノタウロスの脚を突き刺した。

 

「ガウウウッ!」

 

 鈍いうめき声を上げるミノタウロスだが、やはり傷は浅い。

 

「くそっ、浅い……!」

 

 レベル99の実力の高さと言えば良いのだろうか。3人で攻撃をしている分、手数では確実に勝ってはいるが、ダメージはほとんど与えられていない。ネオトレジャーとミノタウロスの根本的な実力差が出ていると言えるだろう。

 

 ミノタウロスは以前に神官長のミルドレア・スタンアークにより倒されている。推定レベル600以上を誇る彼からすれば、レベル99のミノタウロスなど全力で戦うには値しなかった相手だ。

 

 だが、Bランククラスの冒険者からすれば命がけの相手になるのだ。実力差というものは理屈ではないことを物語っていた。

 

 

 その後も、ネオトレジャーのメンバーはミーティアの鏡の結界を盾にして攻撃を続けるが、ミノタウロスに有効打は与えられないでいた。そのような状態が数分以上経過し、ネオトレジャーにも疲労が見えたところを、ミノタウロスは見逃さなかった。

 

 隙が出来るのを待ちわびていたとばかりに、ミノタウロスは両刃の斧を振り抜いた。その一撃はナーベルに向かっている。

 

「ナーベル!」

 

 リッカは咄嗟に大声を上げるが、全ては遅かった。ミーティアの鏡の結界を掻い潜り、これ以上ないタイミングで斧は振り払われていたのだ。ナーベルに避ける術などない。

 

 ネオトレジャーはこの日、仲間の一人を失うこととなった……はずだった。

 

 

 

 だが、そうはならなかったのだ。フェアリーブーストの面々も含め、誰もがナーベルの死を確信した時、信じられないことが起きていた。

 

「グルルル!」

 

 攻撃を仕掛けたミノタウロスも慌てふためいている。それもそのはず、自らの両刃の斧は粉々に粉砕されていたからだ。ミノタウロスとしても何が起こったのかわからない状態だ。

 

「……!」

 

 一命を取り留めたナーベルは、自らの命を救ってくれた相手……リッカに目を向けていた。この時の彼女は赤い瞳を有した強烈な闘気を放つ、別の何かと呼んでも差し支えない存在に変化していたのだ……。

 



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94話 レベル99の魔物 その2

 

 人間には火事場の馬鹿力という能力が備わっている。一般的にはどんな人間にもあるもので、その瞬間は本来の力以上のものを行使できるというものだ。

 

 ある意味ではリッカの変貌はそれに該当するのかもしれない……いや、彼女の「変化」は火事場の馬鹿力という言葉程度では言い表せないものであった。明らかに別の「何か」だ。

 

「な……なにが、起きている?」

「リッカ……?」

 

 同じチームメイトであるナーベルとミーティアも初めて見るといった表情になっていた。赤い瞳は同行を収縮させており、感情を伴っていない。そして、なによりも異常なほどに強力な闘気を展開させている。リッカは別人になったかのような雰囲気を持ち合わせていた。

 

 瞳は赤く虚ろ……まるで意志を持っていないかのような佇まいだ。武器を破壊され驚いているミノタウロスではあるが、すぐさま態勢を立て直し、今度は素手でリッカに向かって来た。戦闘能力は落ちたとはいえ、レベル45のリッカでは到底敵う相手ではないが……

 

「グアッ!!」

 

 リッカの髪の刃の一撃は、先ほどまでとは比較にならないほどレベルアップをしていた。ミノタウロスの両腕を一瞬で切り飛ばしたかと思うと同時、首も視認できない速度で切り落としていた。

 

 当然、ミノタウロスは絶命し二度と起き上がることはなかった。ミノタウロスの死を確認……その周囲にも強力なモンスターが居ないことを確認した時点で、リッカの闘気は消えて行った。

 

「……誰なの、あんた……」

 

 リッカは周囲に気付かれない程の小声でそう言った。なにかに戸惑っているようだ。

 

 彼女の変貌ぶり、そしてその戦闘能力を見た他の者たちは、リッカに声を掛け辛い状況となっていた。彼女から放たれる闘気も消え去ったことを確認してから、ナーベルが恐る恐る声を出す。

 

「助かったよ、リッカ。お前に命を助けてもらうのは何度目かな。情けない限りだ」

「気にしないでよ、ナーベル。仲間じゃない」

 

 ナーベルの声に気付いたリッカはいつもの調子に戻っていた。虚ろな瞳も消えている。

 

「あんな能力を持っていたなんてな……。あれが、リッカの全力か?」

 

 ナーベルは初めて見た彼女の能力に対して質問をした。さすがに素通りするわけにも行かないと踏んだのだ。レベル換算にすれば、どれほどの数値になるか見当もつかない。100を楽に超えることだけは確実だが。

 

「……まあね、そんなところ。私ってピンチになると強くなるからさ~、安心してよねっ!」

 

 ナーベルの質問に対し、リッカは戸惑った表情で返した。声質こそ、今までの元気なものだったが、表情は多少曇っていたのだ。

 

「まあいいわ。とにかく助かったわ、リッカ。あなたが居なければ、私達もどうなっていたかわからないしね」

「ミーティア……うん」

 

 ナーベルだけでなく、ミーティアもリッカの表情の変化には気づいていた。彼女の様子から、二人はそれ以上の言及をしなかった。困らせると感じたからだ。リッカはミノタウロスを葬り、自分たちを救ってくれた。今はそれだけわかれば十分だ。

 

リッカ自身もそれに気付き、二人には感謝していた。

 

「あんたらには、世話になった」

 

 一通り、彼女たちの会話を聞いていたヘルグが前に現れた。恐縮した表情をしている。

 

「あんたはヘルグ……だっけ? 見た目はそこらのゴロツキみたいな感じだけど、さすがにリーダーだけあるじゃん。特別に無料にしといたげる、感謝しなさいよね」

 

 リッカなりの冗談なのだろうか。彼女はヘルグに対してそう言った。ヘルグは自らの実力が分かっているからか、特に不快な表情はしていない。丸いサングラスを付けた彼は見た目は完全にチンピラの風貌だったが、対応は大人だ。

 

 リッカとしてはそこまで馬鹿にしたわけではない。それはヘルグにも伝わっていた。あくまでも現在のランク間の差を言葉に表しただけだ。しかし、悟には通用しなかった。

 

「俺達のリーダーを馬鹿にするなんていい度胸だな、お前は。人外な能力使ってる分際で。レベルいくつだよ、今の?」

「はあ? なにあんた、命助かったくせにその態度は……」

 

 さすがのリッカも頭に来たのか、表情を一変させた。先ほどの人外レベルの能力を悟は仕返しとばかりに馬鹿にしているのだ。ヘルグを低く見られた仕返しということなのだろう。リッカも非常に高い能力を発揮した為に、そのことに関しての言葉には敏感になっているのだ。

 

 彼女は一体どういう存在なのか……ナーベルやミーティアの心の中にもその思いは少なからず存在していた。

 

「あんた、一度ぶっ飛ばされたほうが良さそうね」

「………」

 

 悟も煽りすぎたことを自覚したのか腰が引けていた。彼の態度は命を助けてもらった相手にする態度ではない。ヘルグやラムネは一触即発の雰囲気を感じ取ったのか、リッカを宥め始めた。

 

「待ってくれ。悪かった、リーダーとして俺が代わりに謝る」

「ごめんなさい、リッカ。助けてもらったのに」

「……あんた達の態度に免じて、今回だけは許してあげる」

 

 ヘルグとラムネの素直な謝罪に心を動かされたのか、リッカは構えていた髪の刃を下げた。さすがに刃状で攻撃する気はなかったが、ハンマー上で軽く悟を小突く算段だったのだ。

 

 

「しかし、ミノタウロスに遭遇するなんてな。出会う確率なんざ、1パーセント程度だろうに、運命ってのは厳しいもんだぜ」

 

 話が一応落ち着いたことを見越したのか、レンガートが口を開いた。彼が言った確率は適当なものだが、自然発生のミノタウロスに遭遇する確率は決して高くはない。

 

 リッカが居なければ、ほぼ確実に全滅していたことからも、彼らは命拾いしたのだ。しかし、そこまで含めて運命と言えるのかもしれない。そうなると彼らはこんなところで死ぬ運命ではなかったことになるわけだ。

 

 どこまでが必然で、どこまでが偶然なのか……それは誰にも予測はできない。

 

 

「さて、とにかく窮地は脱したわけだが……また、強敵が現れるかもしれない。一旦、引いた方が良さそうだな」

「そうね、あなた達も帰った方がいいと思うわよ。そろそろ、体力の限界でしょ?」

 

 ナーベルとミーティアはそれぞれ、フェアリーブーストにも忠告をする。ヘルグ達の体力は確かに限界に近づいていた。これ以上の探索は危険すぎる状況だ。ネオトレジャーの3人はそれだけ言うと、遺跡を出るべく足早に去って行った。

 

「今日は確かに限界に到達してるぜ。帰るとするか」

「そうだな」

「賛成よ」

「……くそっ、見てろよ……!」

 

 フェアリーブーストの面々も体力の限界を感じ、アーカーシャに戻る考えだ。悟も同じ考えではあったが、彼は去っていくリッカに対して、憎しみとも思える感情を露わにしていた。

 



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95話 マシュマト王国 その1

 

 

 レジール王国やアルトクリファ神聖国の北に位置するマシュマト王国。総人口2000万人以上になる大国であり、魔法と科学技術、冒険者組合の中心として認知されている。マッカム大陸全土を見ても、この国ほど栄えている国はないとされている。

 

 現代に於ける最強国家の地位を獲得していたのだ。

 

「恐ろしいくらいの稼ぎだ……」

「……よかったね、春人」

 

 近くに佇んでいたルナが春人に声をかける。名前を呼ばれるのは久しぶりなので、春人も思わず驚いてしまった。

 

「ルナさん」

「うん」

 

 彼女は声を発するがそれ以上のことは言わない。相当に人見知りとは知ってしたが、春人自身もコミュニケーション能力に長けているわけではないので、戸惑っている。

 リザードロード達の殲滅依頼を完了した春人たちは、東のマシュマト王国に来ていた。

 

 彼らが居る場所は首都のアルフリーズになる。馬車で数日を掛けてやってきた。急げば早めることもできたが、戦闘による疲れを癒す意味合いもあり、急ぐことはしなかった。

 

 報奨金である7000万ゴールドは「ソード&メイジ」と「ビーストテイマー」に渡されることになったが、彼らとしても相当な量になるため、レナの魔空間の中に入っている。

 

 一旦、報奨金の分配は保留にした状態で、ソード&メイジとビーストテイマーの2組は東にあるマシュマト王国の首都に来ていたのだ。春人が手に持っている物は、リザードロードやギガスコーピオンの亡骸が結晶石に変化した物。

 

 フィアゼスとは無関係の独自の生態系を歩んでいるとはいえ、魔法生命体であるがゆえに、倒されれば骨が残らない仕組みに変化はない。

 

 レベル300を超えるモンスターの結晶石だ。その価値も人一倍跳ね上がっていた。

 

「どのくらいになるの?」

「えっと、なんとも言えないですけど……500万ゴールドは超えそうです」

 

 ルナの表情も一瞬ではあるが変わった。報奨金とは別の驚くほどの追加報酬だ。オルランド遺跡でもこれほどの金額を稼ごうと思えば、春人でも数日はかかるだろう。オルランド遺跡の最下層で籠ったとしても、1日最大で150万ゴールドが精一杯なのだから。

 

 それを1日で結晶石のみで500万ゴールド以上を稼いだのだ。しかも最低で500万ゴールド……1000万近い数値を記録していることは春人にもわかっている。

 

レナとアメリアの二人は1億を超える報奨金の情報を仕入れる為に、別行動を取っていた。春人とルナはこの結晶石を換金するのが目的だ。

 

「ここの換金所は、ギルドとは別にある。早く行こう、いくらになるか楽しみ」

「そうですね」

 

 二つのチームで稼いだ共同財産だ。本来であれば、奪い合いやどちらが多く取るかなどが話されてもおかしくない金額ではあるが、ルナも春人も独占するつもりなど微塵も感じさせなかった。本人達に自覚はないが、超越者の余裕というものだろう。

 

 

 

----------------------------------------------------

 

 

 

「この結晶石は……」

 

 アルフリーズの、結晶石を始めとした冒険者が手に入れた宝の換金所。その場所は、中央に位置するギルド本部の近くに存在していた。換金所の面積だけでも、アーカーシャの中央広場を凌ぐほどの大きさを持っている。

 

 

 老若男女、様々な冒険者パーティがその換金所にやってきては手に入れた宝を換金して行くが、春人たちが持ち込んだ結晶石はその中でも異彩を放っていた。日々、色々な種類の宝石類を鑑定している者が、春人の持ち込んだ結晶石を見て固まっているのだ。

 

 こちらでは、その名前こそ届いている春人ではあるが、その容姿はほとんど認知されていない。大陸中を歩いているルナですら、マシュマトには根付いているとは言えないのだ。

 

 

「……いくらくらいになる?」

 

 固まっている鑑定人を急かすかのように、ルナは好奇心旺盛な目を向けていた。金額については早く知りたいようだ。

 

「1000万ゴールドですね……早速、換金されますか?」

 

 固まっていた鑑定人もルナに急かされたのか、すぐに正気を取り戻していた。さすがは大陸でも最大クラスの換金所と言えばいいのか。1000万ゴールドをすぐに換金することも可能なのであった。

 

「なら、お願い。いいよね、春人?」

「はい、もちろん」

「か、畏まりました」

 

 1000万ゴールドにもなる結晶石を集めていた二人。鑑定人だけでなく、周囲の冒険者たちもしばらくざわついていた。Sランク冒険者を輩出しているアルフリーズとはいえ、これ程の額を一度に換金に来ることはほとんどないのだろう。

 

 

「さすがに1000万ゴールドにもなると重いですね」

「うん、でも心の中は幸せ」

 

 早速、現金に替えてそのまま換金所を出た二人。背後からの視線は怪しいものもあったが、さすがに襲ってくる連中は居なかった。春人やルナの実力が相当に高いことがわかっている為に、リスクは犯せないと感じたのだろう。

 

「1000万ゴールドもの現金を持ってるのが信じられない……」

 

 日本円で1億2千万円に相当する金額だ。高校生である春人からすれば、そんな現金を余裕で持ち運んでいることは信じられないことであった。

 

「大丈夫。私たちを襲う者なんて居ない。それに、万が一失くしたところで、大した痛手にはならない」

 

 春人はルナの余裕の発言に気圧されつつも納得していた。アメリアやレナを含めて、この金額が無くなって困る者は居ない。そこは正しい。しかしさすがに1000万ゴールドもの大金を失くしましたというのは不味い。春人は責任重大であると考え、いつも以上に野党などを警戒していた。

 

 だが、実際にレベル880にも達している春人から力づくで奪える者など居るわけがなかった。影状態のサキアも潜んでいるので猶更だ。眷属であるサキアですらレベル440になっており、レナやルナ単独よりも強いと言える力を保有している。

 

「さすがに失くしたら大変ですよ……気を引き締めないと」

「春人は心配しすぎ。でも、それが春人の魅力でもあると思う」

 

 ルナからの誉め言葉は春人の顔を思わず紅潮させた。普段は無口な彼女からの言葉だけにより心に響くものがあるのだ。

 

「ありがとうございます、ルナさん」

「……うん。ところで、春人」

「はい?」

 

 本日のルナは饒舌な方と言えるだろう。春人はめずらしい彼女を見たので、少し新鮮な気分になっていた。

 

「レナとアメリアはしばらく戻って来ないかもしれない。少しくらいなら使ってもいいと思う」

「え、これを使うんですか?」

「うん、いい店は幾つか知ってるので行こう」

 

 ルナからの大胆な誘い。アメリアのことを一瞬思い浮かべる春人ではあったが、彼女であれば、相手がルナなら許してくれるだろうと考えた。事実、その考えは間違っていない。

 

「偶にはお金を使うのも大事。春人は冒険者の見本になることを求められてるから」

 

 最強冒険者としての事実はアーカーシャでは固まりつつある。それゆえに、大金を使うことにも慣れる必要があるのだ。周囲の人々もそれを望んでいる。それは春人も感じていたことだ。自分はそういうことにも慣れる必要があると。

 

「いいですけど……どこに行くんですか?」

「高級なバーがこの街にはある。そこへ行こう」

 

 そう言いながら、ノリノリでルナは春人の手を引いていく。彼ら二人は歓楽街へと足を踏み入れたのだ。

 

 

-------------------------

 

 

「今日は楽しみましょうね」

「ええ……」

 

 以前にも似たような光景があった。春人とルナが足を踏み入れた先は高級クラブと呼べばいいのか、そんな店であった。お触りが可能かどうかは不明であるが、接客として隣に座る二人の女性はとても美しい。

 

「男女で来るなんて珍しいわね。恋人同士なの?」

「ううん、違う。仕事仲間」

 

 ルナの隣に座っている女性が言葉を発した。高級クラブに女性同伴で来たことが不思議に感じたのだろう。

 

「ルナさん、ここって初めてなんですか?」

「この店は初めて」

 

 料金システムがわかっていない春人。ルナに助け船を出したが、彼女もよくわかっていないようだ。一抹の不安がよぎる……以前のルクレツィアの店も相当な値段だった。この店はさらに上の予感がしたからだ。

 

「大丈夫ですか? この店はかなりの金額になりますよ?」

 

 春人たちの年齢を考慮し、心配の声をあげる女性。確かに、目の前に出されているボトルは10万ゴールドと表記されている。恐ろしいほどの金額だ。

 

「まあ、一応冒険者やってますので、このくらいなら大丈夫です」

「へえ、すごい。坊や、そんなに稼いでるんだ」

 

 挑発も含まれているのだろうか、ルナの隣に座る女性は春人に興味深々のようだ。

 

「ええ、まあ……あまり自慢することでもないですけど」

「ううん、自慢すること。春人はすごい」

 

 

 自慢が苦手な春人を全否定するかのようにルナは話し出す。今日の彼女は本当に饒舌だ。

 

「そうなんだ。でも、この辺ではあまり見ない顔よね? Aランク冒険者以上の方じゃないと、このクラブには出入りできないと思うけど」

 

 高級なクラブだけに、来る人間は限られている。そういう意味では常連の客の顔は覚えられるのだが、冒険者として訪れる者も限られている。

 

 そんな中、見覚えのない者であったために、接客の二人も興味が出ているのだ。ちなみに、春人の隣に座る敬語の女性がアミーナ、ルナの近くに居る女性がミスタである。

 

 

「俺たちは、南のアーカーシャの冒険者です。Sランクに該当しますね」

「! へえ、そんなんだ!? この若さで凄いわね!」

 

 マシュマトの冒険者の年齢層はわからない春人であったが、10代でのSランクということを感じて、ミスタは驚きの声を上げていた。

 

「凄いですね。Sランク冒険者はこの国では2組存在していますが……どちらも人外の域に到達していると言われていますよ。稼ぎの面でもね」

 

 春人はアミーナの言葉に考えを巡らせた。冒険者発祥の地ともされるマシュマト王国。それだけにSランク冒険者が居ないはずはなかったが、それでも現在は2組に留まっている。

 

 Sランク冒険者もその中で力の差は生じるので、一概に強さを表す指標にはなり得ない。春人としても、自分やアメリアに相当する者たちだとは考えていなかった。

 

「有名な方々なんですか? この国のSランク冒険者は」

「そうですね、相当に有名かと。稀にいらっしゃいますが、400万ゴールド以上を使っていかれる時もありますね。レヴァントソードの方々は4人組。非常にお酒に強い方ということもありますが」

 

 400万ゴールド以上を1回で使う。春人としても驚かされた。日本で言えば、相当な高級車や住宅を買えるほどの金額だ。

 

 春人は年齢的に奢る相手は存在しない。強いて言えば、センチネルのアルマークとイオくらいだ。彼らに対しては、尊敬の眼差しを直接受けている関係上、見栄を張りたいという感情は大きい。

 

 

「さすがに400万ゴールドは……」

「そうですね。いくらこの店でも、普通はそこまでの金額にはなりません。ただし、10万ゴールドのお酒を40本開ければ、簡単に到達しますから。それくらいお使いになるんですよ?」

 

 数の問題だ。日本でも一流芸能人であれば、複数で飲み歩く際には相当な額を使うことになる。しかし、それでも数千万円レベルを1日で出すことはないだろう。

 

 400万ゴールドという金額は春人であれば、比較的簡単に稼げる額ではあるが、1日で出そうと思える金額ではない。追加報酬ともいえる1000万ゴールドの半分近くが飛んでしまうことになる為だ。それに、40本も酒を飲めるわけがなかった。

 

「……負けてられない。春人、勝負しよう」

「え?」

 

 その金額に対抗しようと火が付いたのはルナであった。春人としてもものすごく意外なことである。

 

「私や春人のチームはとても強い。稼ぎ面でも負けてない」

「ん? ルナさん、酔ってる?」

「酔ってない」

 

 ルナは赤ら顔になりながら、既に酔っていた。さらに饒舌になり、高級な10万ゴールドの酒を次々と注文してく。

 

「は~~い、アプール注文入りました~~!」

 

 ミスタは冗談交じりなのか、上機嫌で高級なお酒を机に並べていく。アプールと呼ばれるお酒は地方で取れた希少な物であり、この店の中でも相当に高い部類に入る。ドンペリのようなものだ。

 

「ほら、春人も飲むといい」

「え、ええ~~?」

 

 既にルナの目は据わっていた。そこまで大量に飲んだということではないが、彼女は相当に弱いようだ。意識はしっかりしているが、性格が変化している。若干、気圧されている春人ではあるが、こういう雰囲気は春人としても悪い気分にはならない。流れに任せて楽しむのも経験だと感じていた。

 

「まあ、お金は大丈夫だし……楽しもうかな」

「大丈夫なんですか? 既に5本も注文していますけど」

 

 既にかなりの金額になっていることを心配したアミーナはそれとなく春人に話しかける。

 

「一応、これくらいあります」

「!! それなら、問題はなさそうですね」

 

 袋に入っていた金貨などを見せる春人。1000万ゴールドを正確に計算できたわけではないが、アミーナは安心した。そして、春人にお酒をどんどんと注いでいく。

 

「色々と話を聞かせてくださいね? 興味が出て参りました」

「ええ、わかりました」

 

 お金があることを理解して、最大限のサービスをすることを誓ったのだろうか。アミーナの態度はさらに優しくなった。ミスタも同じだ。

 

「冒険者ってやっぱり、凄い稼いでるのね。結婚するなら冒険者がいいかな」

「悪くないと思う。でも、Sランク冒険者とそれ以下では稼ぎがかなり違う。その点は気を付けて」

 

 饒舌になっているルナからの忠告。オルランド遺跡クラスの迷宮を踏破できるかどうか。この一点だけで考えても、もたらす富は天と地になる。マシュマト王国の基準でもAランク冒険者はせいぜい70レベル程度となっているので、そのレベル帯であれば、1日2万ゴールド程度が普通になる。1日潜り続けても10万ゴールドには届かないレベルだ。

 

 逆にSランク冒険者であれば、レベル100以上のモンスターを狩り続けることにより、数十万ゴールドを1日でコンスタントに稼げるようになっている。

 

 オルランド遺跡最下層、現在は鉄巨人達は存在していないが、レベル100~200までのモンスターが自然発生するようになっているその地では、最大で150万ゴールドを1日で春人とアメリアは稼ぎ出した。

 

 この金額はアーカーシャに於いても記録になっている。宝石類や、ドロップしたレアメタルは含んでいない金額だ。結晶石のみでの金額である。

 

 ミスタはルナを忠告を受けて、春人に焦点を合わせた。

 

「春人君って17歳だっけ? 8歳離れてるけど、私なんてどう?」

「あ、いえ……それは」

 

 冗談だとはわかる表情と口調ではあるが、なかなか端整な顔立ちのミスタに言われると心が揺さぶられてしまう。ルナもそんな春人の表情を見逃さなかった。

 

「春人、スケベ。……個人的には、そんな春人も嫌いじゃないけど、アメリアに悪い」

「あ、アメリアとは付き合ってるわけでもないし……」

 

 ルナも本気で責めているわけではないが、春人としても言い訳にしかならないことは自覚していた。

 

「あら、あなたも脈あり? 付き合ってないと聞いたけど」

「春人は好きだけど、恋愛感情とは違う気もする。仲間意識の方が強い」

「俺もルナさんのことは信頼してます。そう言ってもらえて光栄ですよ」

「うん」

 

 春人としては、ルナへの感情は恋愛のそれとは違うことは自覚している。彼女も恋愛対象としては見ていないということはわかっているので、気軽に飲みに行けたというのも大きい。レナやルナとは気軽に遊びに行ける仲を継続したいと考えている春人であった。

 

「なんだか、いい関係ね。二人ともまだ10代なんでしょ? しばらくはそういう関係を楽しんでもいいと思うわ」

「ミスタさんも25歳って、若いと思いますけど」

「馬鹿ね、このあたりの年代の1年っていうのは結構違うわよ? 30超えてくると1年の違いはほとんどなくなるだろうけど」

 

 学生時代の1年というのは相当に変わってくる。それは日本で経験済みの春人だ。この世界でもそこは変わらないらしい。30歳以降、1年の重みが小さくなってくるのも共通だ。

 

 

 さすがの年長者の言葉だけに、胸に響くものを感じる春人。年長者といってもまだまだ若いが、自分よりも確実な人生経験を感じさせた。

 

「……春人はそろそろ、一人に絞ってもいいと思う。複数人に好意を寄せられてるみたいだけど。それが気持ちいいのもわかる気がするけど」

「あ……」

 

 春人としては苦笑いしかない。ルナはある程度酔っているので、どこまで本気かはわからないが、それでも苦笑いを隠せなかった。アメリアに答えを出さなくていいと言われたこともあるが、保留にしていることは事実だ。いずれは決着をつける必要がある。それについては春人も自覚していた。

 

「女の敵かもしれないですね、春人さんは」

「そ、そんなつもりはないんですけど……」

 

 アミーナも察してはいるようだが、春人の苦笑いはしばらく続いた。その後も、彼らは雑談に興じる。高級なお酒の本数はどんどんと増えていった。

 



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96話 マシュマト王国 その2

 

 世界の覇権。先日、グリモワール王国が大陸の覇権を握る為に、その第一歩を踏み出した。驚異的な破壊力を有したテラーボムによる一撃。半径1キロメートルを吹き飛ばした爆撃は多くのヘルスコーピオンを消滅させた。

 

 毒ガスは半径10キロメートルに及んだが、その波動は本来であれば、大陸の最東端まで及ぶことはない。しかし、その雪原領域にてテラーボムの一撃を感じ取った存在があった。

 

「大気が揺れる程の一撃……ふむ」

 

 全身を金色に覆われた竜。人語を流暢に操るその存在は、極寒の山脈の奥地に鎮座していた。霜柱が幾重にも折り重なっている自然の洞穴内部だ。

 

「レグルス」

「グロリアか」

 

 金色の竜に話しかける存在も同時に鎮座していた。こちらは全身を銀色に覆われた竜……大陸の調停者とされる、金竜と銀竜である。

 

「どうだ? レグルスよ」

「大陸が乱れている……この乱れ……かなりのものだ」

「また、人の地に赴くやもしれぬということか」

 

 金竜レグルス、銀竜グロリア……大陸の調停者とされるドラゴン族の王達だ。伝承では数千年以上の時を生き永らえ、大陸の均衡を乱す存在の前に現れるとされている。

 

 当然、レベルは不明であり、一説によれば星の力により誕生したとされる至高の存在。通常は人間の前に姿を現すことはない。金竜と銀竜が現れる時は彼らが脅威と感じた者が誕生したことを意味する。

 

「感じるか、レグルス」

「うむ……フィアゼスの親衛隊……長きに渡り眠っていたが、解き放たれたようだ。敵か味方か、といった印象か」

 

 

 金竜レグルスはそのように述べた。銀竜は静かに金竜を見ている。

 

「それら以外……私が出向く程の者たちも存在しているようだ。まさか、同時期にこれほど集中するとはな」

「大陸が混沌としている表れか……。覇権を握る争いは始まったようだ」

 

 大陸の調停者である金竜と銀竜……その異常なほどに研ぎ澄まされた感覚で、マッカム大陸全土を監視しているのであった。通常は彼らが動くことなどない。だが、何事にも例外というものは存在しているのだ……。

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

「ソード&メイジがここに来ているのか?」

 

 場所は変わり、マシュマト王国のアルフリーズ。「ナラクノハナ」のメンバーは換金所に来ていた。そこで、春人たちの結晶石を鑑定した受付の者から情報を引き出している。

 

「おそらく、ソード&メイジの春人さんかと。もう一人の方はビーストテイマーの方ですね。共同で仕事をされたのか、1000万ゴールドの換金額になりましたよ」

 

 1000万もの金額……そんな額を一度に持ち込む者などほとんど居ないとされている。ディランの表情は大きく変化していた。

 

「おいおい、結晶石で1000万も稼いだってか?」

「リグド、それってもしかして」

「ああ、金額の高さからしてもグリモワールのリザード&スコーピオン討伐の副収入だろうね。あの依頼をこなしたというだけでも、かなりのものだが」

 

 ニルヴァーナは他の二人と比較して冷静だが、ディランとリグドの二人はそうは行かなかった。想像以上に春人たちは強いのではないかと思う不安感と、会ってみたいという好奇心が入り乱れている感じだ。

 

 そんな中でもニルヴァーナだけは冷静だ。単に興味がないだけとも取れるが、「ナラクノハナ」最強を誇り、確実にSランクの実力を有していると言われている事実も影響しているだろう。

 

「Sランク冒険者のソード&メイジとビーストテイマー。私よりも強いでしょうね」

「いや、さすがにそれはないだろう」

 

 ニルヴァーナは謙虚な性格の持ち主だ。必要以上に自分は強くないと言う癖があり、ある意味では春人に似ている。そんな彼女の性格を知っている二人。

 

 彼女は本気で言っていることはわかっているが、リグドは完全に否定した。1000万ゴールドの換金やリザード&スコーピオン討伐を聞いても、彼ははっきりと自らのチームメイトの方が強いと確信している。そんな表情を彼は見せていた。

 

「ま、お前には無敵の遠距離射撃があるからな」

「やめてよ。無敵だなんて……」

「謙虚なのはいいことだけどね。批判を買いかねないよ? 個人戦力であれば、君はSランク冒険者パーティのアルミラージとレヴァントソードを超えているとさえ感じているが。これは割りと本気だ」

 

 ディランとリグドからのこれ以上ない称賛の言葉。彼女は目を瞑りながら聞いていた。自覚はあるのだろうが、それを決して表には出さないとしている表情だ。彼女はレッドドラゴン討伐の功績も大したものであるとは感じていない。

 

 アルミラージとレヴァントソードはマシュマト王国が誇るSランク冒険者パーティだ。どちらも非常に強力なパーティと言われている。

 

「まあ、ニルヴァーナのスナイパーライフルに対抗できる奴は考えにくいしな。アメリア・ランドルフを始めとしたアーカーシャ共和国の連中でも同じだぜ」

 

 ディランの追加の誉め言葉にも彼女は動じる気配を見せない。金髪の美しい髪を無造作に伸ばしているニルヴァーナ。服装についても特に気を配っている印象はない。それでも十分に美しいが、リグドとディランの二人は勿体ないと感じていたのだ。身体のラインが出ているライダースーツもそれはそれで目の保養にはなっているが。

 

 ディランの言葉も確信に満ちていた。ニルヴァーナ自身よりも周りの称賛が非常に大きいのだ。ニルヴァーナ自身は多少照れながら頭を抱えている。悪い気はしないが、余り褒められるのは好きではないという印象だ。

 

「ところで、1億5000万ゴールドの案件だけど……」

 

 気まずくなったのか、話題を変えるニルヴァーナ。リグド達もそれに従い、彼女に話を合わせる。

 

「依頼内容は闇の軍勢の正体の調査とその殲滅となっているね。正体が全くわからず、北の国家も中枢機関が崩壊してしまっている以上、マシュマト王国も本腰を上げざるを得ないといったところか。難民の問題も大きいしね」

「他の冒険者もきっと受けるはず。先を越されないように急がないと」

 

 ニルヴァーナは思いの外、やる気を見せている。未知の者に挑む気概……彼女にはそんな素養が十分に備わっていた。

 

「正体不明の軍勢だ、気を引き締めねぇとな」

「ああ、この大陸の者たちではない可能性もあるからね。漆黒の鎧の軍勢が2000から3000体程度だ。1体のレベル次第ではあるが、1億5000万ゴールドに見合うレベルなら、相当に厳しいと言うことになるよ。如何にマシュマト王国でもただでは済まない」

 

 リグドは改めて報奨金の高さを感じ取っていた。北の国家が滅ぼされた段階で、強力な国家が攻めて来ているのと同義だ。現在は戦争状態になっているとも言える。

 

 二人の真剣な表情にニルヴァーナも真顔で頷いた。正体不明の軍勢……これはどれだけ危険な連中かというのはわからないことを示す。肩透かしを食らうこともあるが、今回は北の国家が攻撃されたという事実があるために、肩透かしで終わる可能性はない。

 

「上限が見えない戦い。私としては非常に困るわ、自信がないもの」

 

 彼女は本気でそのように思っているが、ディランとリグドは彼女の言葉に頭を抱えていた。彼女なりの冗談の言葉ではあるが、周囲のチームからは批判を買っていることもあるのだ。

 

「ま、自信がないってことには突っ込まないでおくとして、上限が見えないのは確かに不安は残るな」

 

 今回の国家依頼は上限が見えていない。それでいて、1億5000万ゴールドという破格の額が設けられている。かなり危険な依頼ということは確実であった。

 

「おまけに、グリモワール王国が事実上の宣戦布告だ。どうなるんだろうな」

 

 ディランは舌打ちをしながら話した。テラーボムによる一撃……それを機とした宣戦布告だ。もちろん、グリモワール王国が戦争を開始すると発表したわけではないが、その強力な爆弾を武器に牽制していることは明白であった。

 

 事実上の覇権争いが始まったのだ。100年間、侵略戦争はほとんどなかったマッカム大陸……ディランは各地の小規模な戦闘には何度も参加した経験はあったが、大きな規模での戦争は初めてだ。

 

 そういう意味では傭兵として冒険者が雇われる場合、本格的な戦争という意味合いではなく、敵はモンスターや犯罪者集団であることがほとんどだ。または、民族争いなどの小競り合いでも雇われることはある。

 

 だが、近い内に本格的な戦争へ向けての傭兵募集の依頼があるかもしれない。ディランだけでなく、ニルヴァーナやリグドも同じ懸念を抱いていた。

 

「さて、この後はどうしたものか……ん?」

 

 リグドがそんな言葉を発した時だった。

 

 換金所に二人の女性が入ってきたのだ。奇抜な衣装や美しさが目を引いたのか、何人かの男たちが彼女らに目を向ける。ディラン達は別の意味で彼女らに目を向けた。

 

 露出をほとんどしていない、金髪を肩近くまで伸ばした少女アメリアと、褐色とまではいかないが程よく日焼けをした、茶色の長髪を後ろに流した状態でターバンを巻きつけ、腹を露出させているレナが入ってきたのだ。

 

 周囲の冒険者は気づく、アメリアとレナが放つ異様な闘気に……その雰囲気に、ランクの低い冒険者は思わず目を逸らした。実力差を感じたからだ。

 

「春人とルナ、居ないわね」

「合流場所は決めてませんでしたから。何処かへ向かったのかもしれませんね」

 

 アメリアとレナは冒険者ギルドから出て、春人たちを探してやってきたのだ。周囲を見渡しながら春人とルナを探していた。

 

 



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97話 マシュマト王国 その3

 

「どうする? どうやって探そう。結構、広いよね」

「魔力でルナと通信はできますが……どうやら、遮断してますね」

 

 以前にミルドレアも行っていた魔力通信。レナとルナも可能であるが、現在は携帯電話の電源が切れたような状態であった。

 

 換金所の入り口で美少女二人は戯れている。少なくとも周りからは遊んでいるように見えたのだ。可愛らしい風景だ。

 

「リグド」

 

 ディランの突き刺すような言葉。リグドはその言葉に敏感に反応してみせた。なにが言いたいのか感じ取ったのだ。

 

「ああ、金髪の女はアメリア・ランドルフで間違いないね。褐色の女性は……レナ・イングウェイかな? イングウェイ姉妹は双子だからわかり辛いけど」

 

 博識のリグドは言葉を途切れさせることなく話した。一目で彼女たちの名前が浮かん だのだ。確かに有名な二人ではあるが、ここまで素早く思い出せる者も珍しい。

 

「会いたいと願ってたぜ。まさか、こんなに早く叶うなんてな」

 

 

 ディランはまるで獲物に出会えたかのような瞳になっている。レッドドラゴンと相対した時の彼の態度と酷似していたが、隣に立つニルヴァーナは、軽く溜息をついた。

 

「商売敵ではあるけど、敵じゃないんだよ? 勘違いすんじゃないよ」

 

 戦闘意欲を出していたディランにニルヴァーナは厳しく釘をさす。知り合いでもない相手に敵意を示すなどマナー違反だ。下手をすれば、ナラクノハナの評判に傷がついてしまう。ニルヴァーナはそれを懸念したわけだが、ディランもそんなことはわかっていた。

 

「冗談だ、冗談。俺がいきなり襲うわけないだろ?」

「ま、それはわかっているけどさ」

 

 ディランの言葉にニルヴァーナは頷いた。彼のことは一応は信頼しており、本気で襲い掛かるとは考えていなかった。念のため、釘をさしただけだ。

 

「しかし、かなり良い女だな。何歳なんだ?」

「アメリアが17歳。レナ、ルナ姉妹は19歳なはずだ」

「なるほど。ちょいと歳下だが、俺も26歳だ。良い感じだろ?」

「それを言うなら、俺は24歳だ。つまりは彼女たちとはさらに良い関係が築けそうだが」

 

 いつの間にか、話題は別の方向へと移っていた。ニルヴァーナは肩の力が抜けてしまう。彼ら二人はどちらがアメリア達に相応しいかを話し始めたのだ。

 

 

「見ろよ、リグド。ニルヴァーナですら、少々劣勢になるほど美しいぜ?」

「本人の前で言うのは失礼だが、確かに……」

「失礼だと思ってるなら、納得するんじゃないよ、全く……」

 

 ニルヴァーナは二人のバカバカしい話に呆れているようだ。ディランとリグドはある意味で、アメリアとレナの外見に一目惚れをしていたのだ。ファンになったと言うべきであろうか。

 

「まあ、冗談はこれくらいにしておくか」

 

 

 

 ディランはそこまで話し終えてから表情を戻した。真剣な顔つきに変わっている。

 

「本当に冗談だったのかい?」

「まあまあ、ニルヴァーナ。君も20歳だし、十分若くて綺麗じゃないか」

「このスケベ男共……」

 

 ニルヴァーナは少し不機嫌そうであった。20歳で十分綺麗という言葉はフォローになっていない。アメリア達の方が綺麗だと言っているようなものだからだ。おまけに年齢も負けている。

 

 クールな印象の彼女ではあるが、ニルヴァーナも女の子なのであった。実際にはニルヴァーナの外見は街中の男の誰もが振り返るほどだ。アイドルやモデルに十分になれる魅力を持ち合わせていると言えるだろう。

 

 

「だが、ウチのニルヴァーナは実力では、決して負けてねぇ。リグドあの二人、レベル換算ではどのくらいだ?」

 

 ナラクノハナの頭脳役を務めるリグドにディランは質問をした。彼の戦力分析の能力を高く評価してのことだ。通常、人間のレベルを測ることはできない。それでも尋ねたということは、彼であれば答えられると踏んだからだ。

 

「そうだね……!!」

「……リグド?」

 

 アメリアとレナの二人を注視するリグドだったが、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべていた。質問をしたディランの表情にも変化が生まれる。

 

「いくつなんだ……?」

「……はは。まあ、予想はしていたけどね……」

 

 リグドは汗を流しながら呟いた。ディランの言葉は聞こえていないようだ。

 

 

 

----------------------------

 

 

「なんだか見られていますわね」

「そうね、これ見よがしに見るのは遠慮してほしいんだけど」

 

 アメリアとレナの二人は春人たちとの連絡手段を考えている過程で、自分たちに集まる視線に感づいていた。それもそのはず、彼女たちは無意識の内に周囲からの脅威に対策を練っているのだから。

 

 グリモワール王国の一件が尾を引いていた。暗殺の話もあった為の警戒だ。現在の彼女たちを襲える輩などほとんど存在しないレベルになっていた。襲おうものなら、相手は両腕がへし折れるくらいの覚悟は必要だろう。

 

 

「見惚れている方が多いようです。それは光栄なことではありますが……あの方々は違うようですわね」

 

 レナが軽く視線を送る先……ナラクノハナのメンバーが佇んでいた。目線こそ交差はしていないが、お互いに様子を伺っている状態に変わりはない。

 

「へえ、男二人に女一人のグループよね。かなり強いんじゃない?」

「そうですわね……特に奥に居らっしゃる女性は……強さが測れませんわね」

「私と比べてどう?」

「それは、どうでしょうか……」

 

 レナは珍しく真剣な表情になり、言葉を濁していた。決して視線を合わせないまま、彼女たちはナラクノハナのメンバーの様子を伺い続けている。

 

「Sランク冒険者ではありませんわね。私はマシュマト王国に存在している2組のSランク冒険者は見たことがありますが……彼ら以外にまだこれ程の方々が存在していたとは」

 

 旅芸人として各地を回っているレナは、アルミラージとレヴァントソードとの面識はあったのだ。そんな彼女がナラクノハナの実力を認めている。ナラクノハナが既にSランクであることは確実なものとなっていた。

 

 

 

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「400以上だと……!?」

 

 まず、リグドから出た言葉がそれであった。ディランの表情はさらに引きつっている。しかし、リグドはさらに恐ろしいことを告げたのだ。

 

「違うよ、ディラン。レナ・イングウェイのレベルがそれだ。もう少し正確に言うと……410程度かな?」

「おいおい、あの女は召喚士だろ?」

 

 イングウェイ姉妹が稀代の召喚士であることはディランの耳にも入っていた。そんな彼女自身の能力がレベル410相当だ。その数値は非常に正確であった。リグドの能力の高さが伺えるものである。

 

 だが、驚くべきところはむしろそこではない。彼女は召喚士……強力な眷属を召喚できることを意味している。

 

「通常、召喚で生み出せるモンスターは本人以下だから、最大でも300台のモンスターだろうけど……それでも恐ろしいね」

 

 リグドはディランに付け加えるように話した。事実、レナ自身はレベル330のユニコーンを生み出すのが精一杯だ。ほぼ互角の実力を持つ、鉄巨人の召喚はさすがにできない。リグドの戦力分析はここも的中したことになる。

 

「ははっ、さっきの発言は撤回しないとな。俺が相応しいなんざ、出過ぎたぜ……」

「ディラン、君もレベル350相当はあるだろう。そう悲観することではないさ」

 

 

 レッドドラゴン戦を思い出しながら、リグドは正確にディランのレベルを読み取った。以前から感じていたことではあるが、彼のレベルも恐ろしいクラスに突入しているのだ。完全にSランクの領域であった。

 

「やめろよ、リグド。それで? お前が驚いたのは、むしろアメリアの方なんだろ?」

 

 ディランは自分へのフォローはいらないといった顔つきであった。そして気付いている、リグドが驚きの表情を見せた本当の相手を。リグドも静かに頷いてみせた。

 

「バレていたか。アメリア・ランドルフは……おそらく、レベル600相当だな」

「はっ、なんだそりゃ? 鉄巨人すら単独で余裕レベルじゃねぇかよ。前に話した、アーカーシャに現れた鉄巨人はあの女が単独で倒したんじゃねぇか? 協力して倒したんじゃないかって言葉は恥ずかし過ぎるな……」

 

 ディランは前言撤回したい気持ちに駆られていた。レッドドラゴンを倒せば並べるなどと……彼自身の言葉ではないが、彼も本気で考えていたのだ。しかし、それは淡い夢でしかなかった。真に驚きことはレベル350相当の彼の自信を打ち砕いたアメリアとレナの実力ではあるが……。

 

 だが、彼らには揺るぎないことが1つだけあった。そのことについては、リグドだけでなく自信を打ち砕かれたディランですら変わっていない。ナラクノハナに於いて絶対の自信……おそらく、彼らの中でそれ以上に信じられるものはないと言っても過言ではない。

 

 彼ら二人は静かにニルヴァーナの方向を見つめていた。

 



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98話 マシュマト王国 その4

 

 マシュマト王国の首都アルフリーズ。冒険者組合の中心の建物は荘厳な様式を呈している。

 

 ギルドマスター……アルフリーズの冒険者組合の長であり、住民や冒険者たちの推薦で選ばれる。一般人という扱いではあるが、実際は国王との謁見も可能なほどの権力を有している。史上最高額とも噂されている国家任務も国王からギルドマスターに託されていた。

 

 

「あ~、くそう。闇の軍勢、どうすんの?」

「ザックさん。行儀悪いですよ」

 

 

 ギルドマスターこと、ザック・ボンバーディア。年齢は39歳を迎える既婚者だ。冒険者の心得もあり、Sランククラスの実力を誇っている。彼を叱責した人物は書記長のネラ・オルカスト 32歳。

 

 眼鏡をかけた秀才といった印象のある女性であり、黒いカーディガンのような物を身に着け、ロングスカートを穿いている。美人ではあったが、堅い印象の受ける人物であった。

 

「まったく……なんでザックさんがギルドマスターなのか、未だに不思議ですよ」

「まま、ネラちゃん。そう言わずに。俺も妻さんを養わないといけないんだからさ」

「なら、ちゃんと仕事してください。高給取りが怠けてたら話にならないじゃないですか」

「へいへい。しかし……闇の軍勢ね……」

 

 いつもの軽い会話を挟む二人。彼らにとっては日常の光景であったのだ。そして、一通り終わってからザックが真剣な表情を見せるのもいつも通りだ。彼は自室の机に置いてある書類に目を通した。

 

「依頼を受ける連中は……ソード&メイジ、ビーストテイマー……それからナラクノハナか。おいおい、マシュマトの誇るSランク冒険者はどこ行ったの?」

 

 寝ぐせの直っていない黒髪を掻きながら、ザックは顔をしかめる。さらに、煙草に火を付けていた。

 

「ソード&メイジもビーストテイマーも他国の冒険者じゃねぇか。ったく、俺が冒険者だった頃は、自国のピンチには真っ先に駆け付けたものだけどな」

「もう10年くらい前の話ですよね。Sランク冒険者、ザック・ボンバーディアの活躍も相当に聞きましたよ」

「ネラちゃん、博識だね。お望みとあれば、いつでも聞かせてあげるからね?」

「いえ、結構です。ザックさんの活躍が興味ないわけではないですが、今は遠慮しておきます」

「あらら、残念。でも全く興味ないわけでもなくて安心したよ。で、あいつらはどうしてんの?」

 

 ザックはネラに尋ねた。あいつらというのはアルミラージとレヴァントソードの2組のことだ。

 

「アルミラージのメンバーは分かりませんが、レヴァントソードはグリモワール王国の調査依頼を受ける気らしいですよ」

「グリモワール~? 先日、爆弾投下した危険国家じゃねぇか。なにやってんのよ……もしかして、あの国に協力する気か?」

「それはわかりませんけど。もしも、戦争の際にグリモワールに就かれたらピンチですよね、なんせ……」

 

 ネラは一旦言葉を止めた。そして、少し間を置いて話し出した。

 

「4人とも、ザックさんより強いですし。もちろん、全盛期のザックさんよりも」

 

 ネラの言葉にザックから笑顔が消えた。無精ひげを生やした彼ではあるが、口元は引き締まり、だらしなさを感じさせない表情になっていた。

 

 レヴァントソードのメンバーは全員が当時の自分以上の実力者だ。それは彼自身が感じていることであった。10年前とはいえ、マシュマト王国のSランク冒険者として一時代を築いた存在のザック・ボンバーディア。

 

 自らに絶対の自信を持っていただけに、それを越えられるということは気分の良いものではない。だが、事実は受け止めなければならない。彼はそれを認める度量も持ち合わせていた。

 

 グリモワール王国の宣戦布告はもちろん彼らにも届いている。Sランク冒険者のレヴァントソードの動きは注視しなければならなかった。

 

「前途多難だね、全く……北の闇の軍勢だけで精一杯だってのに」

 

 ザックは頭を抱えながら書類を読み通していた。白い鎧を纏った聖騎士と仮面の人物が率いる闇の軍勢……マシュマト王国に攻め込んで来た場合は大変な事態になる。

 

「でも、ソード&メイジとビーストテイマーですよ? Sランク冒険者の2組……彼らが受けてくれるなら、なんとかなりませんかね?」

 

 ネラは思いの外、部外者である春人達を高く評価しているようだった。もちろん、これには理由がある。

 

「アルトクリファ神聖国での一件を解決した功績があるからね。神聖国そのものが事を荒立てたくないのか、その事件について隠蔽しているから、外部に情報が生き渡ってないけどね」

 

 ザックは溜息をつきながら、別の書類に目をやった。そこにあったのは、ブラッドインパルスがアシッドタワーで見つけた文献の写しだ。

 

「フィアゼスの親衛隊……やれやれ、こんな化け物が世の中には居たんだね」

「レベル1200は正直信じられないですが……もしも事実なら、ソード&メイジたちは恐ろしく強いことになりますね」

「そうだな。まあ実力的には勝てない戦いだったらしいけどね。どのように収束させたのか興味のあるところだが」

 

 レベル1200はアテナとヘカーテのことを意味する。彼らほどの権力があれば詳細情報はともかくとして、隠蔽されていた戦いの概要くらいは入手が可能だったのだ。

 

 本来であれば、驚異的な強さを持つモンスターが野に放たれたのだから、国家規模で警戒しなければならない事態であるが、アルトクリファ神聖国はそれを望んでいなかった。フィアゼスへの信仰心が厚いからだ。

 

 また、春人たちもあれから彼女たちの情報を拡散させはしなかった。それは神聖国からの申し出があったこと以外に、アテナ達を信じたということも挙げられる。

 

 2か月以上が経過した現在でも、彼女たちが武力を行使して、国などを襲ったという情報はなかった。アテナやヘカーテ達がその気になれば、一国程度は簡単に手中に収めることができる。それを行っていないのは、彼女たちが人間を襲っていないことの裏付けでもあった。

 

 

「ネラちゃんの言う通り、ソード&メイジやビーストテイマーであれば闇の軍勢の件も任せて大丈夫かもしれないね。おまけに、ナラクノハナには彼女も居るわけだし。どのみち、アルミラージやレヴァントソードが居ない以上は、頼むしかないけど」

「ええ、マシュマトの王家から出された1億5千万ゴールドの依頼ですからね。Sランク級の冒険者じゃないと達成はできないと思います」

 

 ネラも今回の依頼の難易度の高さは理解していた。その為、先の3組以外の返事がないことも承知していたのだ。ほとんどの冒険者は報奨金の額を見ただけで受けようとは思わない。だからこそ、依頼を受けに来る者が非常に限られることは想定内であったのだ。

 

「もう、依頼自体を打ち切っても問題は……ん?」

 

 ネラが話していた時だった。彼女の仕事用の通信機がけたたましく音を鳴らしていた。何事かと感じ、すぐに彼女は通信機を取る。

 

「はい? どうしました? ……えっ?」

 

 通信機を耳に付けた彼女は通信機の先の人物と話しをした。だが、直後に彼女の表情は青くなっていたのだ。

 

「どうした、ネラちゃん?」

 

 彼女の異様な雰囲気を察知したのか、ギルドマスターであるザックは咄嗟に声をかけた。彼女は震えながら、ゆっくりとした口調で言う。

 

「北の国境が突破されたらしいです……」

 

 ネラは悲痛な言葉をあげていた。「誰に」という言葉は抜けていたが、言葉にするまでもない状態であった。闇の軍勢が攻めて来たということだ。

 



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99話 闇の軍勢 その1

 

 

 闇の軍勢がマシュマト王国の北の国境を突破したという情報は、ギルド本部を起源としてたちまちアルフリーズの関係各所に伝わった。マシュマト王国の国王の耳にも入った形だ。

 

 早急にソード&メイジ、ビーストテイマー、ナラクノハナは招集されることとなった。春人とルナの二人は不在の状態での招集ではあるが。

 

「急に集まってもらって済まないな。全員が揃っているわけではないが、事態は緊急を要することになった」

 

 ギルドマスターであるザックは急遽呼び寄せたことを謝罪しながらも、緊急性のある内容であることを告げていた。アメリア達も、状況は理解できたのか、彼を責めることはしない。

 

「正体不明の軍勢がマシュマトの領地内に脚を踏み入れたってことでしょ?」

「そういうことだ。早速で悪いが、君たちにはアルフリーズの北に位置するオードリーと呼ばれる村に行ってもらいたい。襲われるとすれば距離的にはその村になるはずだ」

 

 北の国境線を越えた闇の軍勢。そのまま南に向かって来るとなれば、オードリーと呼ばれる村が襲われる可能性が最も高いと言える。アメリアからすれば聞き覚えのない名称ではあるが、ギルドマスターの言葉は信用に値すると感じていた。

 

 確率としては、オードリーが襲われる可能性は高いことが頷けたのだ。

 

 

「わたくし達3組でその村に向かえばいいのですか?」

「ああ。なんとか協力して、闇の軍勢の進軍を食い止めてほしい」

 

 ザックは他に頼める者いないからか、必死で懇願をしていた。アメリアとレナの隣にはナラクノハナのメンバーが立っていた。先ほど、お互いに目線は合わせない形で様子を伺っていた関係だ。お互い、どこか見知った雰囲気であった。

 

「こっちは別に構わないぜ。ソード&メイジとビーストテイマー。能力的に、申し分なさそうだからな」

 

 真っ先に口を開いたのはディランだ。敵意などは感じられない。ニルヴァーナとリグドも言葉こそ出さなかったが、彼に同意しているようだ。

 

「そっちはどうなんだ?」

「私達も別に構わないわ。春人とルナも多分、同意してくれるだろうし」

 

 この場には居ないが、アメリアは春人達も協力関係になることに異論は挟まないと確信していた。春人とルナの二人が不在の段階で、ナラクノハナとの協力関係が結ばれたのだ。闇の軍勢の依頼に限っての話ではあるが。

 

 

 

 

「オードリーへは別々に向かうとするかな? 君たちも仲間と合流などがあるだろ」

「それもそうですわね。合流次第、向かわせていただきますわ。場所については存じておりますので」

 

 レナはリグドに深々と挨拶をする。急遽、決まったことではあるが、放っておいた場合は、このアルフリーズまで被害が及ぶ可能性が強い。ザックの緊急の招集は的を射ていることだった。

 

 

 そして、ナラクノハナと一旦、分かれる形となり、アメリアとレナの二人は外へと出た。

 

「あれ、アメリア? レナさんも」

「春人?」

 

 ギルドの外へと出たアメリアとレナだが、そこで春人とルナと出会うことが出来たのだ。しかし……二人ともかなり酔っている印象だ。

 

「……酒盛りしてたわね」

「あ、あははははっ。ご、ごめん……」

「……気分が悪い」

 

 春人はまだ元気ではあるが、ルナは足元が覚束ないようだ。春人に寄り掛かるように立っている。春人が離れるとそのまま倒れてしまいそうだ。

 

「もしかして、依頼の件が決まったの?」

「まあ、そういうことになるわね……」

 

 アメリアは頭を抱えながら、足元が覚束ない春人達に対して、これまでの経緯を話した。

 

 

------------------------

 

 

 

「え、もう攻めて来てるの?」

 

 近くの宿屋で部屋を取った春人達はそこで、闇の軍勢が攻めて来ている可能性について聞かされた。相当に真面目な内容であった為に、一気に酔いも醒めた感じだ。ルナは大量の水を飲み干しながら酔いを醒ましていた。

 

「……私としては春人達が150万ゴールドも使ったのが信じられないんだけど」

「うっ……、すぐに返すからさ……」

「美人の店員さんはべらしてたわけ?」

 

 アメリアは怒ってはいたが、それは春人が女性に手を出していたのではないかという怒りだ。150万ゴールドに対してではない。実際、春人ならばすぐに稼げるために、大した痛手でもなかった。

 

「……楽しくおしゃべりしてただけ。春人にこういう経験は大事」

 

 ルナはまだまだ酔っていたが、しっかりと春人をフォローした。彼女の言葉は嘘には聞こえなかったので、アメリアの怒りも収まって行く。元々、そこまで叱責するつもりもなかった彼女ではあるが。

 

「まあ、春人がそういう店行った方がいいっていうのもわかるけど……」

「アメリア、微妙な表情をしていますよ? 春人様の人気の高さや性欲の強さなどを考慮いたしますと……愛人の一人や二人は作ってしまうでしょうね」

 

 レナは丁寧な口調ではあったが、なかなか厳しい言葉を発した。性欲が強いというのはレナの予想でしかないが、春人としても的を射ている為に反論ができない。

 

アメリアは春人をにらんでいたが、この世界に於いては愛人を設けることは特段、珍しいことでもないので、それ以上、なにも言うことはなかった。もちろん、アメリアは独占欲が強い為に容認できるわけがなかったが。

 

「とりあえず、春人達が行った店のことは置いといて。私達もすぐに出発しないと。目的地は北の村、オードリーよ」

「馬車で数時間といったところでしょうか。急いだ良いかもしれません」

 

 まだ酔いは完全には醒めていない春人とルナではあるが、事態は一刻を争うことは、先ほどのアメリアからの説明で理解することができた。彼らは重い腰を上げて立ち上がった。目指すは北の村、オードリーだ。

 

 

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 マシュマト王国の国境線が破られ、数時間以上が経過していた。マシュマト王国の国境には軍隊が列を作って待機していた。王国軍も常に警戒はしていたのだ。だが……国境警備を任とする軍隊程度では、相手が悪すぎたと言えるだろう。

 

 そして……ギルドマスターであるザックに話が通った段階で、闇の軍勢はオードリーの村を壊滅させていたのだ。

 

 オードリーは農作物の生産工場の役割を担っており、その人口は1万人近くとなっていた。しかし、数百人は居るかという闇の兵隊に見事に占拠されており、村の中央部には大量の人間の死体が転がっていた。

 

 その死体の傍らに佇む人物が二人。白いフルプレートを身に着けた聖騎士と、上半身をすっぽりと覆うフードと木目調の仮面を被った人物だ。

 

フードからはジーンズに包まれた両脚が伸びている。正体不明の部隊……その頭目と思われる二人もオードリーの村に滞在していたのだ。

 



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100話 闇の軍勢 その2

 

 

 マシュマト王国は中央の都であるアルフリーズを中心に放射状に都市や村々が広がっている。それぞれの街などには特産品や科学技術の結晶、軍隊の修練など特色が備えられている。

 

それぞれ、特色を持たせることで専門的な仕事と人材を派遣できるようにしているのだ。同時に、労働者の適正に合わせて送りこめるという側面も持ち合わせていた。

 

北に位置するオードリーの村も例外ではなかった。この地域は農作物の確保が主な特徴となっている。

 

 

 

「農作物生産の特性……この村は必要ない。全員を処分いたしましょうか」

 

 木目調のフードの人物が無機質な声で話していた。顔は見えないが、声は非常に繊細な高い声だ。フードの上からでも分かる胸の盛り上がりと、それと対比するかのような腰のくびれ、さらにジーンズのような旅装に覆われている細い脚などから、女性であることは伺えた。

 

「我々の目的の為には、なにが必要になるかわからないぞ? 皆殺しでも構わないが、それでは味気ないだろう。奴隷として使う必要も出て来るかもしれん」

 

 聖騎士の風貌の人物は仮面の女性に向けて言葉を発した。顔は見えないが、声と背丈などから男であることが伺える。木目調の仮面を付けた女性は聖騎士の男に向かって言葉を返す。

 

「レヴィン、私があなたと組んでいるのは、目的とあなたの実力が見合っていると判断した為です。必要がなくなれば、協力関係はすぐに瓦解することをお忘れなきよう」

 

 木目調の仮面の女性は抑揚を感じさせない言葉遣いで釘をさした。そして、そのまま去って行く。

 

「気まぐれな女だ。正確な目的も見えてこない。それを言うなら俺も同じか」

 

 レヴィンと呼ばれた男は死体の山の傍で静かに話していた。

 

 

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 そして、その聖騎士とフードを付けた仮面の女性が話している場所……その場所に向けられていたのは、1本のスナイパーライフルだ。距離は2キロ程度離れているが。

 

「どうだ? ニルヴァーナ」

 

 スナイパーライフルで照準を合わせているニルヴァーナに質問をしたのはディランだ。彼らは一足早く、オードリーの村の近くまで到着していた。高台のスポットを確保して、敵の状況を監視していたのだ。

 

「……流石は闇の軍勢と呼ばれるだけはあるね、200体以上の黒騎士たちが暗躍しているよ」

 

 距離にして2キロ離れている。スナイパーライフルの望遠レンズ機能を最大にして、ニルヴァーナは敵の戦力を把握していた。その照準にはレヴィンと呼ばれる聖騎士風の人物と仮面の女性の姿も捉えていた。

 

「頭目二人も居るみたいだね。中央付近の死体の山のところで佇んでいたよ」

「聖騎士風の人物と木目調の仮面を付けた人物か。人数は大体わかったが、あとは戦力分析だな」

 

 ディランは真剣な表情だ。相手は大体のレベルすらわからない正体不明の集団。いくら好戦的なディランでも何も考えずに突っ込める相手ではない。彼はリグドに目をやり、戦力分析の状況を確認する。

 

「リグド、この距離から戦力の分析は出来そうか?」

 

 ディランの質問に、リグドは首を横に振っていた。

 

「2キロ以上も離れた状況からでは不可能だよ。それに近づいたからと言って、レベルを確実に測れるわけでもない。頭目二人はわからないが、その他の黒騎士たちは人間ではないだろう」

 

 リグドは懸念していたことを話した。この場所へ来て感じたことだ。頭目たち以外の黒騎士連中は、あるモンスターに雰囲気が酷似していたのだ。

 

「亡霊剣士。レベル41を誇る魔物だ。元々は冒険者となれの果て……その魂がモンスター化したと言われているね。厳密にはフィアゼスが生み出したモンスターには該当しない。副産物的なモンスターだ」

「確かに、あの黒騎士たちも見た目……というより気配は似ているね」

 

 ニルヴァーナもスナイパーライフルを構えながら、リグドの説明を聞いていた。確かに、スコープの先から見える連中は亡霊剣士と似通っている。

 

 

 

「でも、強さが違うね。あの黒騎士連中は、亡霊剣士よりはるかに強いよ」

「だろうね……2キロ離れてはいるが、村周辺の大気がおかしなことになっている。ディラン、少しは敵戦力の分析になったかな?」

 

 ディランはリグドの話を聞いて、少し満足そうな顔をしていた。

 

「ははは、さすがは俺達の頭脳だな。亡霊剣士以上の軍勢があの村だけでも200体以上……確か目撃報告では、合計で2000~3000体程度と言われてたな。あの軍勢はそういった能力で造られた可能性があるってことだな?」

 

「そういうことだね。ネクロマンサーの技法に似ている気がするよ。モンスターなどをアンデッド化して操る能力だが……あれは、死者の魂でも宿して鎧ごと操っているのか。2000~3000体の兵隊を作り上げる時点で、相当な実力者だろうね」

 

 リグドの話を聞いて、ディランは物思いに老け込む。頭目とされているどちらかがそういった能力を持ち合わせている。そのように考えるのが自然だ。召喚獣を使役するレナやルナの能力にも近いと言えなくもない。

 

「リグド、ディラン。もう一つ気になることがあるんだけど」

 

 そんな時、ニルヴァーナが静かな口調で口を開いた。彼女に特に変化はないが、様子からしてスナイパーライフルで何かを捉えたようだ。

 

「どうしたんだい?」

「蒼い獣が居るんだけど。頭に2本角を生やしているね。見たこともないモンスターだよ」

 

 ニルヴァーナが捉えた魔獣は村の中の死体を食っているようだった。人間くらいの高さを誇る4足歩行の獣。地球にも生息している、虎などと比較してそこまで大きさはかわらないが、肌の色や角、形相は大きく違っていた。悪魔のような鋭い目つきと、巨大な歯を何本も携えている。

 

「一匹だけかい?」

「そうみたいだね」

「おいおい、マジで大陸外からの奴らってオチなのか?」

 

 

 リグドは少し沈黙をした。大陸外からの者たち……その可能性についてだ。

 

「……可能性としては考えられるんじゃないかい?」

 

 多少戸惑っているリグドと違って、ニルヴァーナは冷静だ。彼女はそこまで考えている素振りを見せていない。

 

「確かに考えられないことはないが。アクアエルス世界には、マッカム大陸以外にも大陸はあるからね」

 

 リグドは大陸外からの者たちについてはそこまで驚いている節はない。可能性としては十分にあるということなのだろう。だが、正体不明の連中……さらに、蒼い見たこともない獣の存在が彼を狼狽えさせていた。

 

「どうしたんだ?」

「……800年前に生まれたとされる人工島の話は聞いたことがあるだろ?」

 

 リグドの言葉にディランの表情が変わる。彼も知っているような印象だ。

 

「ああ、あの話か。マッカム大陸の東に位置する島だな。確か、フィアゼスの信奉者が作り上げたとされているが」

 

「そういうことだよ。その後、文明は滅び去ったとも言われている曰く付きの島ではあるね。アルカディア島と名付けられている」

 

「私も聞いたことがあるよ。公式ではほとんど向かわれていないけど、非公式の調査船は何度も行ってるらしいじゃないか」

 

「それだけじゃなく、この何百年かで名のある冒険者たちも挑戦したらしいよ。だが、基本的に戻って来れた者は居ない。現在は正体不明の魔物たちの巣窟と見る見解が濃厚とのことだ。文明自体も滅び去っているんだろうね」

 

 話に参加していたニルヴァーナは再びスコープを覗いた。蒼い魔獣の姿は現在でも捉えることが出来ていた。見たこともないモンスターだ。

 

「なるほど……アルカディア島のモンスターの可能性はありそうだね」

「ああ、でないとマッカム大陸出身のモンスターで見たことも聞いたこともないモンスターなどほとんど居ないからね。伝説級のモンスターも含めて」

 

 リグドは自らの知識が相当に高いことを自覚していた。伝説級のモンスターとは、鉄巨人などの非常に能力の高いモンスターの総称である。基本的には数百年前に大陸内に於いて国などを滅ぼしたことで、そういった名前が付けられる。

 

 フィアゼスの親衛隊の面々はリグドも知らないモンスターではあるが、それら以外では、ほとんど彼が知らないモンスターは存在していなかった。

 

「よっしゃ、リグド。なかなか楽しそうじゃねぇか」

「アルカディア島からの者たちの場合、はっきり言って危険度の判定ができないよ。だからこそ驚いているんだ。まずは、ソード&メイジたちと合流して、作戦を練らないとね……」

「リグド、それは無理みたいだよ」

 

 珍しく焦りの色を見せているリグド。早急に春人たちとの合流を考えていた。しかし、ニルヴァーナのスコープはそれを許してはくれなかったのだ。

 

 彼女のスコープには問答無用で村に攻め入っている、春人たちの姿が映っていたのだから。

 



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101話 闇の軍勢 その3

 

 

 ディランたち「ナラクノハナ」に遅れること数十分、春人たちソード&メイジとビーストテイマーはオードリーの村へと到着した。馬車で向かった彼らではあるが、特別な作戦などは特に考えていなかった。

 

「ていうか、殲滅されてない? あの村……」

「不味いね、どうしよう?」

「敵の戦力とかもわからないしね……正面から叩くのがいいんじゃない? ていうか、それしかできないし」

 

 ソード&メイジの二人は正体不明の軍勢に対しても恐れている気配を微塵も感じさせない。鉄巨人やアテナ達との戦いを経験している為に、他の冒険者たちとは驚くレベルが違うのだ。

 

 

「闇の軍勢は相当数居るようですわね。数を減らすのが定石でしょうか」

「……3桁は居ると思う」

 

 見える範囲でルナは敵軍の数を数える。正確性には欠けるが、ルナは大体の気配で探る能力を持ち合わせているのだ。

 

 

「村が機能していない以上、とにかく黒騎士たちの能力を見極めないとダメかな」

「そうね。まあ、見た感じだと私たちが苦戦するレベルではないと思うけど」

 

 アメリアは村の入り口付近に居る黒騎士達を観察していた。それなりの強さを持つ者であることは理解できたが、自分たちが負けるレベルではないことも悟っている。

 

「いつも通りの攻めでいいんじゃない?」

「いつも通りって……俺が先陣を切るの?」

「嫌?」

「ううん、そんなことないよ」

 

 苦笑いを浮かべる春人だが、それはソード&メイジの中でも基本戦略となっていた。そう、彼らが組んでから、その方式が変わったことはほとんどない。

 

 春人が突進をして、アメリアが後方からの魔法による攻撃&サポートだ。最も、本当の意味で二人が協力したことは、あまりないが。

 

「入口付近の騎士たちは気付いているようですわ。春人様、お気をつけて」

「私たちも全力でサポートする……春人は安心して突っ込めばいい」

「レナさん、ルナさん……ありがとうございます」

 

 レナとルナはそれぞれ魔空間から硬流球を合計で10個取り出した。自在に空中を疾走させ、様々な攻撃が可能な代物だ。彼女たちの攻撃を補佐するビットのような働きをしている。  硬流球は、物理的な攻撃をする代物となっていた。

 

 春人はユニバースソードを構えて敵を見据える。つい最近もスコーピオンの軍勢に突っ込んで行った春人だ。まさにその時の状況と酷似していた。恐怖は感じない……影状態のサキアも居るのだから猶更だ。

 

 

 サキアとは言葉を交わさなくても通じ合えるものがある。ある意味ではアメリア以上に近い存在なのかもしれない。

 

 

 そして、春人は右腕にユニバースソードを握り、高速で黒騎士達に向かって行く。村の入り口付近に滞在していた10体程度の黒騎士たちは、焦った様子もなく身構える。春人が攻撃を開始することは予測済みだったのか、その中の数体は春人に向かって行ったのだ。

 

 

 闇の軍勢の騎士の攻撃とレベル880の春人の剣撃が交差する。お互いの持つ剣の材質による強弱はあったのかもしれない。だが、黒騎士の剣は粉々に砕かれた。春人のユニバースソードは刃こぼれ一つ起こしていない。

 

「サキア、どのくらいだろう?」

「マスターよりもはるかに弱いです。この程度であれば、私でもすぐに倒せます」

 

 影状態のサキアはそう言いながら、目の前の黒騎士を切り刻んでいた。他の黒騎士達の動きが停止する。予測はしていたことだが、鎧の中に人の気配はなく、瘴気が零れだしたかと思うと、結晶石の塊へと姿を変えた。

 

「扱いはモンスターのようです、マスター」

「なるほど、亡霊剣士みたいな存在か。そういえば、冒険者になって、初めて倒した敵も亡霊剣士だったな」

 

 春人は冒険者としての最初の敵、レベル41の亡霊剣士を思い出していた。当時は鉄の剣で挑み、初心者用のダンジョンでいきなり現れた格上の強敵……それなりの死闘の末破った相手ではあったが、あの時のことを考えて、眼前の黒騎士のレベルを推測する。

 

「亡霊剣士よりははるかに強いな。でも……」

 

 春人はユニバースソードを振り払い、同時に2体の黒騎士を始末した。プリンのようにとまでは行かないが、黒騎士がガードできるレベルをはるかに超えており、容易にその鎧を切り裂くことに成功したのだ。

 

「レベルは120~140くらいかな?」

 

「はい、マスター。そのくらいが妥当だと思います」

 

 自らの攻撃で倒される具合を見てのアバウトなものだ。サキア自身も確定したレベルはわかっていないようだが、100を少し超えるということでお互いの見解は一致していた。

 

 その後、春人に向かって来た黒騎士と、村の入り口で攻撃の構えを取っていた騎士たちは簡単に始末することに成功した。アメリア達のサポートも全く必要のないレベルだったのだ。

 

「お見事、春人」

「ありがとう、アメリア」

 

 二人は入り口付近で合流してハイタッチを交わした。

 

「結晶石に変化いたしましたね。そうなると、召喚獣……というよりも、鎧に瘴気を混ぜ込み操っているということでしょうか」

「……ネクロマンサーの能力に近いかも。どちらにしても、凄い能力者だと思う」

 

 レナとルナはそれぞれ、黒騎士の存在に関する検証を言葉にしてみせた。二人とも稀代の召喚士としての能力を有しているだけに、興味があるということだろう。

 

「黒騎士のレベルが恐らく120~140くらいとすれば……それが最大で3000体とかだっけ? さすがにヤバいわね」

「体力的な問題もあるしね。この村にはそこまでの数は居ないだろうけど」

 

 3000体の黒騎士の情報はマシュマト王国のギルドで聞いた情報である。黒騎士の数は2000~3000体程度存在すると言われており、春人たちにとってもその数は脅威と言えるレベルであった。一体のレベルが亡霊剣士クラスであれば、そこまで脅威ではないが、120以上となれば話が変わってくる。

 

 レベル880と驚異的な強さを誇る春人でも人間なのだ。モンスターである鉄巨人などとは体力という意味合いでは差が生じてしまう。春人もこの世界へと転生してからは、40キロのフルマラソン程度は簡単にこなせるようにはなっているが。

 

 だが、2000体以上のレベル100越えのモンスター軍団との連続戦闘となれば、比べるベクトルが違ってくる。例えほとんどダメージを負うことはなくとも、体力を削られて負ける可能性は十分に考えられることであった。もちろん、春人一人だけで戦った場合の話ではあるが。

 

 

「……村の生き残りが居るかもしれない。もう既に、多くの犠牲者が出てる」

 

「はい。少しでも多くの人を助けられるように、進みましょう」

 

「賛成ですわ。すぐに村の中へ入りましょう」

 

「ソード&メイジとビーストテイマーが来たことを後悔させないとね。闇の軍勢だかなんだか知らないけど、随分勝手なことしてくれたみたいだし」

 

 春人たち4人はそれぞれ言葉を発してから、村の内部へと脚を踏み入れた。正体不明の闇の軍勢……1億5千万ゴールドの依頼はこうして開始されたのだ。

 



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102話 闇の軍勢 その4

 

 

 マシュマト王国の北に位置するオードリーの村。人口は1万人程度になる比較的大きいな村にて、1億5千万ゴールドの史上最高額の依頼は幕を下ろした。

 

 日本円で18億円にも相当する金額だ。ミュージシャンなど、圧倒的な才能を発揮している者の年収にも匹敵すると言えるだろう。さらに、その戦いで得られる結晶石などの副収入を考慮すれば、報酬はさらに多くなる。

 

 もちろん、この依頼はある意味で国家の存亡がかかっている戦いだ。1億5千万ゴールドを国家が用意するに十分値するものである。

 

 

 春人やアメリア達は、ナラクノハナのメンバーの存在を忘れているかのように、問答無用でオードリーの村を蹂躙していった。その速度は闇の軍勢が対処できるレベルを完全に超えている。

 

「強すぎるね。正直、私が撃つ出番はなさそうだけど……」

 

 完全に出遅れたナラクノハナのメンバー。ディランとリグドの二人は、急遽村へと向かう形を取った。ニルヴァーナだけはその場で待機している。2キロ離れてはいるが、彼女にとってみれば、この距離でも村の内部の敵を攻撃可能なのだ。

 

 高宮春人の動きだけでも恐ろしいものが、ニルヴァーナには伝わってきた。彼のレベルが正直わからない程だ。さらに、彼を取り巻く周囲。アメリアやレナ、ルナといった女性陣も相当な実力を持つことはスコープ越しでも伝わってくる。

 

 最早、200体程度の黒騎士では相手にならないのは明白だ。彼らであれば、容易に村を奪還できるだろう。国境を突破して、数時間足らずでオードリーの村を占拠した闇の軍勢。その速度は恐ろしいものだが、すぐに奪還されることになるのだ。ニルヴァーナとしてもそんな確信が頭をよぎっていた。

 

 だが、相手も北の国家を滅ぼした軍勢……全てが予想通りに進むことはなかった。

 

「春人」

「ああ、わかってる」

 

 村の奪還を目指し、次々と黒騎士の数を減らしていった春人は、一旦歩みを止めた。歩みを止める必要のある者が現れたとも取れる状況であったのだ。ソード&メイジの二人の前に現れたのは闇の軍勢の頭目と思われる人物の一人。黒騎士とは真逆の白い荘厳な甲冑に身を包んだ者だった。

 

 名をレヴィンと呼び、聖騎士と呼ぶに相応しい外見をしていた。

 

「困るな。せっかく作った、俺の部下たちを倒されては」

「あんたが造ったんだ? これだけの数の黒騎士を創り出すなんて、大した奴ね」

 

 

 レヴィンは顔は鉄仮面で隠していたが、漏れる吐息から笑顔になっていることが伺えた。アメリアも彼から流れる雰囲気に黒騎士を創り出したという言葉に信憑性を感じていた。

 

「目的はなんだ? 聞いても意味がないかもしれないが」

 

 春人は聖騎士に問いかける。元より、確実な答えが返ってくるとは思っていない。春人は言葉こそ冷静ではあったが、村中に散乱してい人間の死体を見て、怒りに震えていたのだ。

 

 今の彼にとって、目の前の聖騎士を殺すことに何の躊躇いも沸かない。凶悪な犯罪者を見ているのと変わらないと春人は感じていた。

 

 聖騎士のレヴィンはしばらく沈黙を貫いた。それから鉄仮面を外して見せる。

 

「虐げられた俺の、世界に対する復讐……と言えば、貴様は納得するのか?」

 

 鉄仮面から現れた顔は、春人が思っていたものよりも、まともな外見であった。外見上は人間としか見ることができない。黒髪は肩を越えて伸びており、前の所で分けられていた。瞳も黒く澄んでおり、筋肉質な頬骨をしている。どちらかと言えば、二枚目に該当するであろう出で立ちだ。

 

 レヴィンの外見を見た春人とアメリアは予想よりもまともであった為に、多少の驚きの表情をしていた。

 

「復讐をわざわざ言うってことは、それが理由でもないわけ?」

「そうだな。理由など特にない。俺は自らの力を誇示したいだけだ。その為に、この軍勢を作り上げた」

「理由がない……?」

 

 春人の表情は強張っていた。昔のことを想いだした為だ。ここへ来る前の理不尽な連中は、自分を虐めていた。そこには、特に理由などなかったはずだ。

 

 春人自身が弱い立場と理解したから、単純に弱弱しいから、気に入らないから、周囲が虐めているから……目の前の男が言った言葉はそれらと何ら変わらない。だからこそ、春人の表情は怒りに満ちていた。

 

「この世界で行われた幾つもの侵略戦争に、そんな高尚な大義などあったのか? ないだろう……特別に強い者たちの弱者への虐げ。侵略戦争にあるのはそれだけだ」

 

 

 レヴィンは春人を見据えて言ってのける。まだ、二人は出会ってから数分しか経過はしていないが、相手の心の中を読み取れた不思議な感覚に包まれていた。

 

「お前、名前はなんと言うんだ?」

「レヴィンだ。レヴィン・コールテス。これでも一応は人間に該当している。貴様は? あまり人間という雰囲気でもないが」

 

 人間ではない……。その言葉に春人は過剰な反応をして見せた。自分は人間だと言いたいのだ。だが、目の前の人物は決して人間ではない。人間であって良いわけがない。これほど容易に同じ種族の人間を殺しているのだから。

 

「俺は、高宮春人だ。お前に言われるまでもなく、人間だ」

「そうかそうか。だが、恐ろしい波動が伝わってくるぞ? この異常な波動は……」

 

 レヴィンは春人の発している闘気を冷静に読み取った。しかし、驚いている気配はない。

 

「行けるか? ランファーリ」

「いいでしょう」

「!!」

 

 突如、現れた美しい女性の声。春人はどこから聞こえたのか、一瞬での判断は出来なかった。

 

「春人! 右よ!」

「くっ!」

 

 瞬間的に聞こえたアメリアの言葉。春人は瞬時に自らの右方向に目線を合わせる。先ほどまでは確かに居なかったはずだ。その場所には、大きなフードで頭を隠し、木目調の仮面で顔そのものを覆った人物の姿があった。

 

 その人物は既に攻撃態勢に入っている。露出のほとんどない格好をしているが、唯一出ている手のひらから、鉄製の槍を生み出していた。まるで体内から突き出るようにその槍は飛び出し、春人の顔面目掛けて迫って行った。

 

「くそっ!」

 

 

 想像以上の速度に春人は一瞬、戸惑いながらもユニバースソードで迫って来る槍を弾いた。自らの防御を貫通してくるというイメージがあった為の行動と言える。

 

「……!」

 

 春人は急死に一生を得たような表情をしていた。確実に自分を殺すことを目的とした一撃だ。さらに、自らの防御能力を貫通しうる程の攻撃力……攻撃を受けていたとして、死ぬとまでは行かなくとも、かなりの傷を負っていた可能性は否定できなかった。

 

 ユニバースソードで、槍の進路を変えることには成功したが、仮面の人物の武器は、黒騎士のように破壊されてはいなかった。

 

「……完全に仕留められるかと思いましたが。大したものですね」

 

 仮面がある為に、表情を見ることはできないが、抑揚のない言葉遣いは驚いているとは感じられなかった。突如、現れた人物にアメリアやその後方のレナ達も距離を置いている。

 

「私の名前はランファーリ。以後、お見知りおきを」

 

 高音で話す人物は仮面を付けた状態で自己紹介をした。顔こそ見ていないが、声と背格好などから女性であると春人たちも推測していた。

 

 露出をほとんどしていない外見ではあるが、すらりと伸びた脚や、フード越しからでも分かる上半身の胸の大きさなど、明らかに魅力的なスタイルを有していることが伺える。

 

「春人、あれは不味いわよ……」

「ああ、俺もそう思う。あの二人が闇の軍勢の頭目か……」

 

 春人とアメリアはここに来て、久しぶりに脅威の対象に出会ったことを実感していた。時間的に言えば、2か月以上ぶりということになる。

 

 春人とアメリア、そしてレヴィンとランファーリ。互いに互いを見据えた状態はしばらくの間、続くこととなった。

 



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103話 闇の軍勢 その5

 

 オードリーの村でいきなり出会った強敵二人。名はレヴィンとランファーリ。どちらも正体不明の人物であり、春人ですら警戒が必要な相手であった。

 

「さて、提案なんだが」

 

 ソード&メイジの二人との膠着状態は続いていたが、それを打ち破ったのがレヴィンの言葉だ。春人とアメリアの警戒が一瞬だが弱まる。

 

 

「俺達がこの村を制圧したのは、ただの気まぐれだ。奴隷としての人間どもは既に北から連れ出しているしな。近い内にマシュマト王国はいただくが、今ではない。どうだ? ここらでお開きと行かないか?」

 

 あまりにも身勝手な発言だ。春人の神経は逆撫でされる。どの口が言うのだろうか、と春人は小声で口ずさんでいた。

 

 

「ふざけるな……気まぐれでこんなことをしたのか?」

「くっくっくっ……先ほどの話と被るが、強者は弱者をいたぶるものだろう? 貴様自身はどうか知らんが、そういった者を見た経験はあるんじゃないのか?」

「……」

 

 はらわたが煮えくり返る想いと、同時に訪れる納得の想い。強者が弱者をいたぶる光景というものは春人も何度も見て来た。日本に居た頃は身を持って経験したことだ。こちらに来てからも何度かそんな経験はある。目の前の男だけを責めたところで意味はない。春人はそんな不思議な感情に至っていた。

 

 

「春人、難しいこと考えなくていいから。雑念は命取りよ? あいつらが気に入らないからぶっ飛ばすだけ、それだけわかっていれば十分よ。私たちは正義の味方なんかじゃないんだから」

「アメリア……そうだったね。非常に無駄なことを考えていたみたいだ」

 

「ええ、その意気よ」

 

 突如響いたアメリアの言葉。春人の中に生まれていた雑念は一気に解消された。決して無視をして良いことではないが、今考えることではない。彼女の言う通り、目の前の強敵が相手では命取りに成りかねないからだ。

 

「ふん、まあいい。どのみち、ここで全力でやり合うのは得策ではないな。わざわざこちらの手の内を見せることになりかねん」

 

 レヴィンは軽く舌打ちをすると後方へと移動した。ランファーリも後方へと退いている。その間に割って入ったのは、数十体に上る黒騎士であった。

 

「逃げるようですわね。そんなことが可能とお思いですか?」

「ここまでしておいて、調子が良すぎる。許さない」

 

 春人達の後ろに居たレナとルナの二人は、硬流球を黒騎士相手に飛ばす。彼女たちもレヴィン達を逃すなど微塵も考えてはいなかった。彼らが、闇の軍勢のボスクラスであれば、危険は最初に排除するというのが、定石だからだ。

 

 レナとルナの強力な硬流球は空中を高速で失踪し、次々と黒騎士の鎧を破壊していった。球状の金属による、単純な物理攻撃ではあるが、その破壊力はグリモワール王国の大砲以上であると推察できる。

 

 そんな二人の攻撃に合わせるかのように、春人とアメリアの二人は標的をレヴィンとランファーリに絞ったのだ。後方へと下がった二人との距離を一気に縮める。

 

 

「ちっ、そう簡単には振り切れないか」

「始末いたしましょうか」

 

 一気に距離を縮めた春人達ではあるが、ランファーリは焦った様子を見せずにこちらへと迫って来た。そして手のひらから武器を生み出し攻撃を開始する。今度は剣のような刃がランファーリの右腕から出現した。その刃は春人のユニバースソードと交錯する。

 

 さらに、彼女は間髪入れずに、左腕からも槍を生み出し、春人に突き出したのだ。春人はその槍の攻撃を紙一重で回避する。やはり、防御を貫通するというイメージが先行してしまっていた。それほどまでに、ランファーリの一撃は強力ということを意味していたのだ。

 

「マスター……この者は危険です」

「ああ、速攻で決める……!」

 

 春人は加減などできない相手であると悟り、全力でユニバースソードを振り払った。サキアも懸念していた通り、ランファーリは相当に強敵だ。サキアの防御も貫通してくる可能性があり、春人としても一刻も早く仕留める必要が出て来ていた。

 

「……! 強い……!」

 

 刃を交えたランファーリであるが、レベル880にもなる春人の全力の攻撃を受けきることは叶わなかったようだ。攻撃を受けたわけではないが、そのまま力負けをして後方へと弾き飛ばされた。

 

 さらに鍔迫り合いをしていたランファーリの刃はすこし砕けている。完全に春人が上回ったと言えるだろう。表情は仮面によって読み取れないが、わずかに動揺している様子が見て取れた。

 

「随分なやられようだな。大丈夫なのか?」

「ええ……ダメージ自体は負っていません」

 

 レヴィンの近くまでランファーリは後退する。お互い怪我などを負っているわけではないが、相応の強さを実感していた。春人の中では確かな手ごたえが生まれている。

 

「春人、あのランファーリとかいうの……なんとかなりそう?」

「うん、なんとか行けるかな。ただ……なんだろうか……いまいち実態が掴めないな。彼女は妙な感じだ」

 

 春人は刃を交えた段階で、多少の違和感を感じていた。これがどういったことなのかは、彼自身にもわかっていない。

 

 

 

「ランファーリと剣を交えて、打ち破る相手を誉めるべきだろうが……。ランファーリ、俺はお前を少し買い被っていたのかもしれんな」

 

 レヴィンの言葉は冷静ではあったが、ランファーリにとっては屈辱な一言であった。ランファーリ自身は仮面で隠れている為に、どのように感じたのかは不明ではあるが。

 

「……レヴィン、一旦引くとしましょうか。ここでの目的は終えました」

「ああ、いいだろう。俺の手の内まで見せては、相手を有利にさせるだけだからな」

「……」

 

 レヴィンとランファーリは本格的に逃走を開始した。先ほどまでの後方へ退いた形とは明らかに違う。こちらを警戒しながらも、見事な身のこなしで春人達から距離を取り、視界から消えて行ったのだ。春人たちの前に残ったのは黒騎士の残骸……数十体分の結晶石だけとなっていた。

 

 

-------------------------

 

 

「逃げられたわね……まあ、被害を大きくしない意味でも良かったんだろうけど」

「ああ、そうだね。でも……やっぱり、悔しいよ」

 

 春人達の手によって、黒騎士のほとんどは始末することに成功していた。しかし、頭目の二人は逃がした結果となってしまった。村にわずかに残っている生き残りのことも考えると、この場所で戦わなかったのは良かったのかもしれないが、春人の中では悔しさが残っていた。

 

「春人さまの気持ちはお察しいたしますわ。わたくしも、気持ちとしては同じです」

「うん、あいつらは許せない。必ず、制裁を受けてもらう」

 

 レナもルナも表情には出していないが、心の中は春人と同じ気持ちだ。村の中には幾つもの死体の山が出来ているのだ。それを見ただけでも、誰もが同じ気持ちになると言えるだろう。

 

「まあ、あの二人はかなりの強さだわ。手の内がわからない状況で、いきなり正面から戦うのは危険だったわよ」

「うん……罠があったかもしれないからね」

 

 春人の見立てでは二人共、相当な実力者だ。しかし、単純な実力で言えば、自分が負けるとは思えなかった。それは、アテナやヘカーテと言った超が付く程の強敵を見た反動であるとも言えるのだろう。

 

 しかし、彼の中では別の違和感も感じている。それがなんなのかは現在でもわかっていない。そういった違和感があった以上、深追いはしなくて正解だったのだろう。春人もそのように思っていた。

 

 

「とにかく、依頼は達成していないけど仕切り直しね。村に敵が残っているなんてオチないわよね」

「それは問題ないかと。気配は静まりかえっています」

「うん、私の警戒網にも引っかからない」

 

 周囲の警戒に人一倍長けているサキア、そしてルナである。この二人が同じ意見ということは相当に信頼できることを意味するのだ。春人達はすこし緊張を解いた。そして、ちょうどそんな時である、ナラクノハナのメンバーが現れたのは。

 

「よう、お疲れさん。俺達の出る幕はなかったな」

 

 ディランの無骨な言葉に反応するように、春人達は振り返った。彼の後ろには、リグドとニルヴァーナの姿もあったのだ。こうして、3組はオードリーの村で合流を果たした。

 



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104話 作戦会議 その1

 

 

「なんとお礼を言ったらいいか……」

「い、いえ。気にしないでください。無事でよかった……とは言えない状況ですが」

 

 オードリーの村の住民。生き残った者たちは、心から春人達に感謝をしていた。春人も恐縮しているが、とても素直に喜べない状況だ。

 

 1万人ほどの人口のどのくらいが死亡したのか……それは現段階ではとても数えられない程だ。生き残った住民たちも、生きる望みを失っているかのようだ。次に闇の軍勢に攻め込まれたら、一気に全滅も在り得る状況だ。春人としても他人事にはなれなかった。

 

「今後については、仲間たちと相談します。依頼を受けたのは俺達ですので……必ず、闇の軍勢の脅威を取り除いてみせます」

「あ、ありがとうございます!」

 

 住人の女性は春人に涙ながらにお礼を言った。自らも家族を失っているのだろうか、春人の言葉は非常に励みになったようだ。

 

 そして、春人は軽く会釈をして、アメリアたちの元まで戻った。ビーストテイマーやナラクノハナのメンバーも揃っている。村の中央付近の広場にて、彼らは集まっていた。

 

 

「村の人たちは、とりあえずは落ち着いたみたいだね。悲しみは消えるはずはないが」

 

 戻って来た春人に声をかけたのは神妙な表情をしているリグドだ。彼も心の中は春人と変わりがない。同時に怒りすら感じているようだ。

 

「そうですね……何百人死んだのか。被害は相当に大きいです」

「こういうと不謹慎かもしれないけどな、お前らが攻め入ったから、被害は最小限になったんだと思うぜ? 本来なら何千人と死んでもおかしくない状況のはずだ」

 

 ディランも春人自身にフォローを入れる。彼の言葉は非常に的を射ていた。本来であれば、村自体が全滅していてもおかしくない事態だ。それを、推定犠牲者1000人以下で抑えることに成功したのだ。春人達が有無を言わさず攻め込んだ結果と言えるだろう。

 

「ま、結果論だけど上手く行ったことは事実ね。様子見をしていたら、次々と殺されただろうし。もちろん、慎重に様子見をするのも重要だけど」

「そうですわね。決して、ナラクノハナの方々を悪く言うのではないですが」

「まあ、フォローありがとうと言っておくよ」

 

 アメリアとレナもナラクノハナのメンバーを悪く言うつもりなど毛頭ない。リグドも二人のフォローには感謝した。相手の能力が分からない段階では慎重になるのは定石だからだ。強行突破が成功したのは、春人達の実力が高かったからだと言える。

 

 

 

 

「それで、高宮春人だっけ? 相手の頭目である二人の実力はどうだい? 勝てそうだったかい?」

「えっと……そうですね……」

 

 ニルヴァーナからの質問に春人は考えを巡らせる。実際にランファーリと剣を交えた事実と、レヴィンの印象からの推測だ。

 

「レヴィンという男はなんとも言えないですが……仮面のランファーリの方は、負ける相手ではないと思います。これに関しては正確かと」

 

 春人は発言としては自信なさ気ではあったが、ランファーリには勝てるということには相当な自信を持っていた。だが、問題が生じている。

 

「あんたの勝てるでは参考にならないね。あんたレベル換算だと幾つだい?」

 

 ニルヴァーナの冷静な突っ込みが入る。春人のレベルをある程度予測しているような口ぶりだ。リグドやディランも次の春人自身の言葉を待った。

 

「900弱……880程度かと……あはは」

 

 春人はナラクノハナのメンバーに自らのレベルを告げる。ニルヴァーナは予想通りと言った表情をしていたが、リグドとディランはそうは行かなかった。

 

「880だと……!? そんな人間が存在しているのか……!?」

「まあ、鉄巨人が最強の存在ではないとは思っていたが……その2倍以上かよ……」

 

 リグドもディランも言葉が詰まっている印象だ。アメリアのレベル600にも驚きではあるが、それをさらに2段階ほど上回る性能だ。流石の二人も開いた口が塞がらないといった感じになっていた。

 

「あなた達は、フィアゼスの親衛隊のことは知らないの?」

「親衛隊? 鉄巨人なら知っているが……まあ、他にも居ることは想像が付いていたが」

 

 

 

 アメリアの質問に答えたのはリグドだ。その言葉で、彼女はジラークの文献などの存在をナラクノハナは知らないことを理解した。

 

「本来ならば、情報共有すべき事態ですが……神聖国が拡散することを否定していましたからね。マシュマト王国には上手く伝わっていなかったようですわね」

「……? なんのことだ?」

 

 ディランも意味がわかっていないといった表情だ。ニルヴァーナの表情は変わっていないが、意味のわからなさでは他の二人と変わらないだろう。

 

「どこから話せばいいのかわからないけど……まあ、フィアゼスの親衛隊で鬼のように強い連中が居てね……」

 

 アメリア達としても隠す意味のない情報だ。しかも同じ依頼をこなすナラクノハナになら、共有しておくべき情報でもある。彼女は、ナラクノハナに神聖国での情報を話し出した。

 

 

---------------------------

 

 

 

「レベル1200だと……? しかも二人も……!? さらに、眷属の狼も720に達しているのか……?」

 

 ディランとリグドの驚きは想像以上の現象であると言えた……彼らも話の流れから、鉄巨人以上の親衛隊の存在を予想はしていたのだ。だが、アメリアから聞かされた内容は彼らの予想をはるかに超えていた。

 

 レベル1200のアテナとヘカーテの存在……さらに、レベル720を誇るケルベロスとフェンリルの存在だ。

 

 4体とも、最強クラスの冒険者として有名なアメリアの実力を上回っている。春人ですら、単独ではアテナとヘカーテには勝てないレベルだ。そんな存在が野に放たれていた。本来であれば、各国のギルドや王族に伝えなければならない事態と言えた。

 

「初めて聞いたね……。ギルドマスターなら知っていそうだけどさ」

「上手く伝聞しなかった理由は神聖国の圧力があると思います」

 

 

 ニルヴァーナは驚きこそしていないが、明らかに目を見開いている。さすがの彼女でも予想外のレベルだったようだ。親衛隊の情報が上手く伝わらなかった理由は神聖国の圧力は大いに関係していた。彼らは、フィアゼスを信奉している為に、親衛隊との摩擦を嫌う傾向にあるのだ。

 

「親衛隊の面子も暗躍している気配はないですし。人間を襲わないことにも同意してくれた印象でしたから」

「いや、全く根拠のないものだな……それは」

 

 リグドは春人の発言には異論を唱える。春人は実際に対峙したからこそ、アテナの言葉が信じられるものであると理解できたが、立ち会っていないリグド達が不信感を抱くのは至極当然であった。

 

「まあ、どのみちレベル1200もの化け物が暴れたらどうしようもないよ。人間を襲わないとした言葉を信じるしかないね」

 

 ニルヴァーナは表情を変えずに言ってのけた。まさに彼女の言う通りだ。大陸統一の最重要戦力であったアテナ達の行動については見守る以外に道はない。彼女たちは、1000年前に大陸中の国家を併合させた強者なのだから。

 

 単純に当時の大陸の国家戦力と、現在の国家戦力とは比べられないが、1000年前には大陸の統一という偉業を成し遂げた者たち……まさにその強さは常軌を逸していると言える。

 

「確かに、親衛隊は鉄巨人だけなわけはないと思っていたが……そこまでの強者が居たとはね……」

「はははっ、やはり世界は面白いな……」

 

 先ほどよりは冷静さを取り戻したリグドとディランではあるが、まだまだ信じられないといった表情をしている。自らの自信が消失していっているのかもしれない。冒険者としても春人やアメリアに大きく差をつけられているのだ。彼らの自信の喪失は仕方のないことであった。

 

「だが、それでもニルヴァーナは負けていないがな」

「そうだね、彼女の地の利を活かせば十分な戦力を発揮できる」

 

 

 ディランとリグド、彼らにとってありえない程の話を聞いた本日。それでも、ニルヴァーナへの信頼は揺るがなかった。単純な戦闘能力だけであれば、いかにニルヴァーナといえども分が悪い。

 

 だが、彼女には地の利を活かすスナイパーライフルがある。反応できない長距離からの狙撃は実力差を補って余りある程の利点であった。事実、自らのホームグラウンドで戦うことによって戦闘能力が向上する者は多い。

 

 

「少し話がずれてしまったね。闇の軍勢に対してどのように対処するかを話し合おうか」

「そうですね」

 

 リグドは咳ばらいをして、場の雰囲気を戻した。春人もそれに続く。闇の軍勢に対する作戦会議はその後、すぐに始まった。

 



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105話 作戦会議 その2

 

「しかし、アルカディア島というのはその程度なのか?」

「どういうことですか?」

 

 オードリーの村を離れて1時間ほどが経過していた。近くの森の中でレヴィンとランファーリの二人は会話をしている。

 

「お前は、あの忌まわしき噂のある島を統べる者であると言っていたが……嘘だったのか?」

 

 レヴィンの言葉は相手を侮辱する言葉だ。同時に確信をついたものでもある。

 

「いいえ、嘘を付く意味合いはないと感じます。私が統べていることに間違いはありません」

「そうか……ならば、アルカディア島の実力の底はわかってしまったということだな」

 

 

 

 レヴィンは冷静にランファーリに語り掛ける。挑発しているようにも聞こえるが、レヴィンの態度は真面目だ。本気でそのように思っているのだ。

 

「意外ですね、レヴィン。私の戦力が足りていないというのですか?」

「そうではない。お前の実力は認めているつもりだ。だが、思ったほどでもないというのが正直な感想だな」

「そうですか……」

 

 レヴィンの厳しい言葉は続く。ランファーリは相変わらず無機質な言葉を述べ、仮面の下の表情も読み取ることはできない。

 

 レヴィンの言動は、アルカディア島からの使者であり、その島全体を統べる者として考えた場合の戦力を言っているのだ。その先入観を省けば、むしろランファーリの強さは恐ろしいと言える。

 

「どうだ、ランファーリ。高宮春人と名乗る人物……おそらく、あの中では最強の人物であると推察できるが……勝てそうか?」

「いいえ、どうでしょうか……おそらく難しいかと」

 

 ランファーリは冷静に答える。彼女も春人と同じ意見を持っていたのだ。自分では春人の相手は厳しい。

 

「……場合によっては、別の素体を使う必要がありそうですね」

「なにか言ったか?」

「……いいえ」

 

 レヴィンは聞き取れない言葉に反応をしたが、ランファーリは返答することはなかった。ただ、彼女の右手の甲に刻まれた「4」という数字をレヴィンは見逃していなかった。さすがの彼も意味がわかっていなかったので、それ以上質問することはなかったが。

 

「さて、今後の方針だが」

「ええ」

「……三天衆を呼んである。今日は退散するが、後日一気に攻めるしようか」

 

 三天衆……ランファーリとしても、レヴィンの言葉でしか聞いたことのない者たちだ。実際の面識はない。

 

 

「直属の側近ですか?」

「まあ、そんなところだ。安心しろ、実力は本物の連中だ。おそらくお前が思っているよりもな」

「……それは楽しみですね」

 

 ランファーリは仮面越しに笑みを浮かべたようだ。それは彼女の柔らかくなった言葉からも感じられた。不敵な笑みということだろうか。彼ら二人はその後、森からも姿を消し、オードリーの村からはさらに離れて行った。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

「……敵の状況が掴めない。レヴィンとランファーリ……名前などはわかったけど、正確な強さも不明のまま」

「そうですわね。これからの作戦と言っても、結局は正面突破以外に有効な戦術が思い浮かびませんね」

「……レナのいう通り。相手の情報が少なすぎる」

 

 作戦会議が始まり、しばらくが経過していたが、早くも暗礁に乗り上げていた。そう、闇の軍勢の能力も含め、情報が少なすぎるのだ。可能性として考えられるのは、連中がアルカディア島から来たということくらいだ。もちろんそれも、正体不明の蒼い獣の徘徊という不確定なものだが。

 

「アルカディア島からの使者というのは、新情報になるかもしれませんが……どうやって裏付けを取るんですか?」

 

 春人もその情報については、半信半疑だ。なにより証拠がないのだから。ナラクノハナもその質問についての答えは用意していなかった。

 

「……ミルドレアなら、なにか知っているかも。アルトクリファ神聖国なら、アルカディア島のことに関する情報があっても不思議じゃないし」

 

 そんな時、提案をしたのはアメリアだ。ミルドレア・スタンアークに今回の闇の軍勢についての情報を渡すというのが、彼女の案であった。

 

「確かに、フィアゼス信仰のアルトクリファ神聖国なら、文献なども含めて、800年前の人工島のことは知っているかも」

「うん、春人。神聖国は知らない関係じゃないし、ミルドレアなら協力してくれるでしょ」

 

 ミルドレア・スタンアークとは親しい間柄ではないが、アテナ達との抗争では共に戦地に赴いた経験がある。他の神官長などよりは信頼できるというのが、アメリアの考えだ。

 

 さらに情報を隠蔽したがっている神聖国ではあるが、ミルドレア自体は悪い人物ではない。隠し扉を開放したことで、間接的に死者を増やしたという罪はあるが、彼は任務に忠実な善人の立場でもある。アーカーシャを襲った鉄巨人を始末したことからもそれは伺えた。

 

「一度、アルトクリファ神聖国に行ってみた方がいいかな?」

「そうね、善は急げって言うし。私と春人、あとはサキアの3人で訪問してみない?」

「わかりました。以前はそれどころではありませんでしたし。私としても、創造主の信奉者の国というのは興味があります」

 

 アメリアの提案に春人やサキアも断る理由はなかった。今後の闇の軍勢との戦争を考えても重要になる予感もしているのだ。その提案はナラクノハナのメンバーも同意していた。

 

「なら、君たちが神聖国に行っている間は、警戒を強めるようにマシュマト王国に忠告しておこう。他国の君たちよりも、俺達の方が聞き入れられるだろうしね」

「お願いするわね。私たちが神聖国に行っている間に滅ぼされたなんてなったら、後味悪いし」

 

 リグドの言葉にアメリアは軽く返す。マシュマト王国は故郷でもなんでもない国家ではあるが、滅びても良いなどとは微塵も感じていない。

 

「そもそも、マシュマト王国の軍隊は消極的な印象があるんですが……どうなんでしょうか?」

 

 春人の率直な意見が出された。普通であれば誰もが疑問に思うことでもある。

 

「マシュマト王国自体は、忙しい時期だからね。東のアルカディア大陸の調査船……公式で行うのは100年以上ぶりくらいかな? 今回は最高戦力で出向くみたいだからね、そちらで忙しいらしい」

「アルカディア島への調査船……?」

「ああ、もちろん今回の闇の軍勢の一件とは関係はない。もっと以前から計画されている任務だからね」

 

 春人としては耳を疑うリグドの言葉ではあったが、彼の表情は真剣であった、決して嘘ではないようだ。アメリアやレナたちも内容を理解しているのか、それほど驚いている様子はない。

 

 春人は転生者である為、知らないことも多い。そんな彼の為の話が開始されることになった。

 



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106話 作戦会議 その3

 

 

「マシュマト王国のアルカディア島への進軍は比較的有名なはずだが、高宮春人ほどの人間が知らないのは意外だな」

 

 ディランは春人の功績などを考慮しての発言だ。特に馬鹿にしているわけではなく、単純に驚いているといった感情が強い。それは、リグドやニルヴァーナも同じであった。

 

「ふふふ、そんな美人な者たちを引き連れる人間だが、意外と人生経験は豊富ではないというオチかな? まあ17歳で経験豊富というのも変ではあるが」

 

 リグドの言葉には皮肉も混ざっていた。春人のメンバーは彼以外には女性しかいない。しかもサキアを含めて、全てが美人だ。男であれば、ハーレム状態について、小一時間説教をしたくなる羨ましい状態であったのだ。

 

「俺の経験が大したことがないというのは事実ですけど……周囲が女性だけというのは偶々で……」

 

 春人としては本気の発言だ。別にビーストテイマーの二人を手籠めにしている事実もない。しかし、ディランやリグドには通用しなかった。

 

 

「モテる男ってのは必ずそう言うからな。お前はキープしてるから、余計に質が悪いな」

「全くだ。実力的に周囲から惚れられるのはわからないでもないが……また、世の中は愛人を作っている者も多いが……だが、許されることではないね」

 

 二人は意外に純情なようだ。彼らは愛人の存在については否定的であった。現代日本人のような感覚と言えるだろう。

 

 

「まあ、春人が女たらしなのは事実だけど。今はアルカディア島のことでしょ? そっちの話に戻さない?」

 

 アメリアの言葉は春人に対するフォローだ。棘も混ざってはいたが。リグドたちも彼女の言葉に頷いた。

 

「アメリア……女たらしって……そんなつもりじゃ」

「なによ、女たらしでしょ、スケベ春人。まあ、今回はそんな世間知らず君に教えてあげる」

 

 アメリアは自信満々な表情で春人の顔を見据えた。春人としても苦虫を噛み潰した表情になっている。何を言っても突っ込まれると予想したからだ。事実、彼自身も自覚している部分もあり、強くは出られないのだ。

 

「どうでもいいけど。アルカディア島なら、数か月後には調査船が出る予定だよ。冒険者の参加も募集しているくらいだからね」

 

 関係ない話には興味がないのか、ニルヴァーナはぶっきらぼうに話し出した。その言葉に春人やアメリアの表情は変化する。ニルヴァーナの言葉、特に冒険者を募集しているところに反応したのだ。

 

「冒険者を、募集している……」

「少し興味深いわね」

 

 最強の冒険者と名高い二人だ。新天地への調査という言葉にも反応している様子であった。彼らほどの実力者であれば、未開の地への挑戦とは恐怖以上に楽しみが勝るのだ。オルランド遺跡の攻略と近いものがある。

 

 

 

「まあ、そっちはしばらく保留ね。現在の依頼をどうにかしないとダメだし」

「俺としてはどういう風に理解したらいいのかな?」

「マシュマト王国が東の海岸から戦艦でアルカディア島を目指していることだけ分かれば十分でしょ。数年前から進められてるはずよ」

「そうなんだ」

 

 春人としては意味がわからないことが多かったが、数年前であれば、自らが飛ばされる前の話になる。理解することの方が困難ということだ。それだけ前から計画があったのなら、アメリア達なら知っていても自然ということになる。

 

 

「とにかく、あんたらがアルトクリファ神聖国に向かって、その間は私たちが、この村で闇の軍勢がやって来ないかどうかの監視になりそうだね」

 

 ニルヴァーナの発言に、周囲の者たちも同意したのか頷いていた。マシュマト王国に軍隊に出動を依頼するにしても、この村での守りは必要になるということだ。

 

 その後は、誰がこの村に残るのか、そしてマシュマト王国に協力の要請をするのは誰かが話し合われた。

 

 

 

「それでは、わたくしとルナがこの村に残りますわ」

「私も残る要因だね」

 

 しばらくの話し合いの結果、最も効率的な人選がなされたのだ。ビーストテイマーの二人とナラクノハナのニルヴァーナが、オードリーの村に残ることで調整は行われ、春人とアメリアは神聖国へ向かう。そして、マシュマト王国への協力要請はリグドとディランの二人が行うことになった。

 

「闇の軍勢の戦力が想像以上だからね。レッドドラゴンとは比べられない程に大きい。実力的には、これが一番いいだろう」

「仕方ねぇな」

 

 

 

 リグドとディランの二人は、満足していたわけではないが、自らの力が及んでいないことも承知している。快く、マシュマト王国に出向くことを了承したのだ。

 

「じゃあ、なるべく早く戻ってくるから。留守番、お願いね」

「ええ。アメリアも春人様と盛り上がらないようにお願いいたしますわね」

「な、なに言ってんのよ……!」

 

 レナの冗談の一言にアメリアは顔を赤くする。春人も聞こえていた為に意識してしまう。なんとも微妙な空気が流れていた。サキアも居るとはいえ、二人で神聖国まで行くことになるのだ。そういう事態になっても不思議ではない。

 

「マスター、私がしっかりと監視していることはお忘れなきように」

「うう、べ、別になにかするなんて考えてないって……!」

「春人? それはそれで微妙なんだけど?」

「ええ? アメリアまで……!」

 

 その後、春人はしばらくの間、サキアとアメリアに別の意味合いで睨まれることになってしまった。闇の軍勢の件とは別に、春人の今後は心配すべき事象であった……。

 



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107話 三天衆 その1

 

 その日、レヴィンの根城に現れた者たち……一人は金髪をお洒落に整えた男だ。七三分けの髪形で、耳に掛かるくらいの長さで整えている。黒いスーツを身に着けた出で立ちであり、明らかに礼儀作法を重視する人物だった。

 

 二人目は、その男とは真逆の存在。茶髪を肩辺りまで伸ばしている髪形であり、前髪は眉の位置までとなっていた。色黒の筋肉質な外見をしている。しかし、その表情は明らかに嫌悪感を抱く顔つきだ。半袖の服にジーンズを着こなしている男ではあるが、ランファーリを見るなり目の色が変わった。

 

「こりゃイケてる女じゃねぇか? レヴィンの奴の女かよ?」

「……」

 

 ランファーリは突然話しかけて来る男の方向を向いている。仮面を付けているので、美人かどうかの判定はできないはずだが、話しかけた男は彼女の全く露出度のない服の上から美人と評していた。

 

 確かに、ランファーリのスタイルは服の上からでも非常にバランスが良いということは伺える。その為か、男のテンションは上がっていた。

 

「へへへ」

 

 男の手が彼女の後ろへと回される。本来であれば、抵抗をするところではあるが、

 

「触るつもりですが? 私にそのようなことをするとは、命知らずですね」

「なかなか気が強い女みたいだな。気に入ったぜ」

「……それに、私は本体ではありません。幻影でしかない……あなたの欲望は叶えられないでしょう」

「幻影? その割にはいい尻をしているじゃねぇか」

 

 男はランファーリと話しながらも、しっかりと後ろに回した手で弾力を味わっていた。美しい尻肉、ランファーリ自身が美しい女性であることは確信しているようだ。

 

「………」

「……ん?」

 

 だがその時、ランファーリの存在が希薄になる。先ほどまでは確かに実体を持っていたはずだ。確かな柔らかさを感じていたのだから。急に背景溶け込むように彼女の身体は変化し、男の手は中空に舞う形になった。

 

 男は目の前の状況を呑み込めないでいたが、特に汗を流していることもない。自らを「幻影」と評した通り、明らかにランファーリの身体は透けていたのだ。

 

 

「命知らずな人間……三天衆の一人とのことですが、一人くらい殺しても問題ないでしょう」

「へへへへ、相当に勝気な女みてぇだな。お前みたいな女を屈服させるのが楽しいんだよ」

 

 そう言いながら男は両手を天に掲げた。透けていた身体を戻したランファーリも何事かと構える。

 

 男が天に腕を掲げると同時……男の周りには土砂が舞い降りて来た。周囲を囲み、根城のロビーはその土砂で埋まっていく。

 

「仰々しい技……虫唾が走りますね」

「いいね、その性格。すぐに俺の虜にしてやるよ」

「やれるものならと言っておきましょうか」

 

 男は醜い笑みを浮かべ獣になった。ランファーリを襲うことしか考えていない目をしている。しかし、そんな時に邪魔が入った。

 

「は~い、そこまでだ、グロウ」

 

 グロウと呼ばれた男。彼の攻撃を止めたのはロビーに最後に入って来た男だ。グロウよりも明るい茶色をした髪の色であり、その長さは比べ物にならない。地面につきそうな程の髪を大きくうねらせていた。

 

「やめるだ、仲間同士で。僕はとても悲しいよ」

「アインザーか。邪魔するんじゃねぇよ、殺すぞ」

 

 少しナルシストな印象のあるアインザー。顔つきも細く、頬骨が長い。目つきも優しいながらも非常に細かった。グロウからすれば嫌悪感の出る印象なのかもしれない。

 

「野蛮だよ、君は。本当に僕は悲しい」

 

 アインザーはそう言いながら、自らの髪をグロウに向けていた。その光景を見ていたランファーリは仮面越しに声を漏らす。

 

「髪の刃……」

「知っているのかい? 博識だね。確か、ランファーリという名前だったかな? 僕はアインザー・レートルだよ。よろしくね」

「……ええ」

 

 アインザーは自らの技を認知しているランファーリに親近感が湧いた。その為か、髪の刃で創り出した腕を彼女に向けて握手を求める。その不思議な行動にランファーリも戸惑ったのか、すぐに腕を出すことはなかった。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。僕は友好を求めてるだけだからさ」

「そのようですね」

 

 彼の真意が分かったのか、ランファーリも警戒を解き、彼の髪の腕と握手を交わす。その器用な扱いからもレベル23のメデューサが使う髪の刃とは比べ物にならないのは明白であった。

 

「トランスウェポンの一種……それも、髪の刃を使える者が居るとは」

「トランスウェポンを知っているんだ。本当に博識だね! そうだよ、髪の刃はメデューサなどが使えるトランスウェポンさ。使える者は少ないと思うけど、君も使えるの?」

「いいえ、私は使えません」

 

 ランファーリはアインザーの質問に首を横に振った。しかし、多少含みを持った言い方となっている。アインザーは気付く、彼女の右手の甲に書かれている「4」という数字に。どういった意味合いなのかはわからないでいたが。

 

 トランスウェポンは武器を自在に具現化させる魔法の一種であり、使用者の強さによって破壊力などに大きな差が生まれる。また、その上限値はないともされている強力な特殊能力だ。使用できる者は多くはないが、トランスウェポンの定義は曖昧な部分も多い。

 

 例えば、ミルドレアの創り出す氷の槍はトランスウェポンに該当するが、レナやルナの硬流球はトランスウェポンには該当しない。あくまでも、武器を創り出す必要があるのだ。

 

「君も相当に謎の多い人物みたいだね。ますます親近感が湧くよ!」

「そうですか」

 

 若干、アインザーのテンションの高さに付いていけていないランファーリ。仮面の下は呆れ顔になっているのかもしれない。二人の会話にテンションが下がったのか、グロウは生み出した土砂を消した。

 

「今日のところはこれくらいで許してやるか。だがな、ランファーリ。てめぇは、俺の女決定だ。覚悟しておけよ」

 

 

 女性であれば、嫌悪感を剥き出しにするような表情をグロウは見せる。色黒の肩辺りまで伸ばした男は自信満々にそう言い放った。

 

「……命知らず。本当におめでたいことです」

「ははは、実力が見えていないのはどっちだ?」

 

 グロウは全くランファーリに怯む様子は見せない。それどころか、自らの手籠めにすることを誓っているようだ。二人はしばらく見据えていたが、やがてそれも終わる。

 

「レヴィン殿がお待ちだ。行くぞ」

 

 彼らに声を掛けたのは最初に館にやってきた人物。短い金髪のスーツの男だった。グロウとアインザーより格上の印象のある人物であり、三天衆の事実上のリーダー格であった。

 

「行くぞ」

「シルバか。わかったよ」

「すみません、シルバさん」

 

 グロウとアインザーは彼の前では態度を変えていた。ランファーリとしても、目に見えない序列がそこにあるように映っている。リーダー格のシルバ・ケレンドを先頭に、三天衆とランファーリはレヴィンの部屋へと向かった。

 



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108話 三天衆 その2

 

 レヴィンの部屋に招待された三天衆は、椅子に座って読書をしている彼に挨拶を交わした。レヴィンは椅子から立ち上がり彼らの方向を見る。彼らが居る根城は館とは名ばかりの廃墟のようなところだ。今では誰も居ない廃屋を仮のアジトとして利用しているのだ。

 

「アインザー、久しぶりだな。本業の方はどうだ?」

「嫌だな、レヴィンさん。本業だなんて……僕なんて、まだまだ新米ですよ」

「ふふ。ランファーリ、紹介しよう。アインザー・レートル、22歳だが複数の国家の裏組織を牛耳っている人物だ。最近、ボスが死亡という形で入れ替わった。この男が殺したことになる」

「……なるほど、そういうことですか」

 

 レヴィンからの称賛の言葉に、アインザーは照れているのか目線を逸らしている。ランファーリも仮面越しではあるが、アインザーの実力を測っていた。線の細い、ナルシストな優男とは到底思えないような功績だ。それも、強力な髪の刃を駆使したのだろう。

 

「最近は南のアーカーシャ共和国にも、組織の人間を派遣しているらしいな」

「はい、ラブピースですね。あの街の裏も牛耳ることができれば言うことはないんですが。どうなんですかね~」

 

 アインザーは「ラブピース」という名称を口にしていた。最近現れた正体不明の団体は彼の支配下ということになる。ランファーリも少し反応しているようだった。

 

「成程、アーカーシャですか……」

「どうかしたか、ランファーリ?」

「あの街の周辺は遺跡が散乱している。街の裏を牛耳りたいのであれば、目立たないようにすることをお勧めいたします。」

 

 ランファーリはアインザーに忠告とも取れる発言をしていた。レヴィン自体も不思議な表情をしている。彼女との付き合いは短いが、それでも不思議に感じることだったということだ。

 

「ありがとう、ランファーリ。確かに、ブラッドインパルスなどSランクの冒険者パーティも控えているからね。慎重に事を済ませようと思う」

 

 

 

 忠告を受けたアインザーは笑顔でランファーリにお礼を言った。ランファーリはそんな言葉には特に反応することはなかった。忠告のつもりはなかったということだろう。

 

「シルバ、元気そうだな」

「ええ、レヴィンさん。お久しぶりです」

「ダールトン市街地の方はどうだ?」

「はい。私が把握した段階では、ダールトン市街の軍隊は本格的に動くようです」

「そうか……」

 

 シルバはマシュマト王国のダールトン市街地にて裏の組織に加入していた。最強国家のマシュマトの裏を牛耳る者達……そのトップに君臨しているのが彼なのだ。

 

 

「マシュマトが誇る軍隊も動き出すか……面白そうじゃないか」

 

「世界の派遣を握る戦いかよ。俺の商売の邪魔にならねぇなら、問題ねぇがな」

 

 レヴィンもそうだが、グロウもマシュマトの軍隊との抗争は楽しみにしているようであった。戦いの世の中は、裏組織にとっても願うべき情勢なのだ。

 

「グロウの鉱山事業は上手く行っているのか?」

「おかげ様でな。戦争でも起こってくれれば、家を失くした労働者たちの確保も楽になる。くくくくく」

 

 グロウは不気味な笑みをレヴィンに見せる。グロウが牛耳っている組織は大陸各地の鉱山である。金鉱や銀鉱、ダイヤモンドの鉱山など多種に渡るが、その元締めはどれも彼の裏組織へと繋がっていた。

 

「……レヴィン、彼らはまさか」

「もう気付いただろう、ランファーリ。三天衆は、大陸全土の裏の部隊を牛耳る者達。それぞれ所属している組織は異なるが、大陸の三大組織の頂点に君臨している者達だ」

 

 ランファーリは仮面を付けている為に、その表情を読み取ることはできない。だが、彼ら3人の能力の高さは想像が付いたようだ。

 

 陰と陽という言葉が世の中にはある。互いに交わることは決してないが、その二つの存在は世界のバランスを保つ上では必要不可欠なのだ。力のバランスは多少の前後はありつつも、一定に保たれていなえればならない……。

 

 そんな陰に該当する裏世界の頂点に君臨する者達……その能力の高さは一般人であっても容易に想像が出来るほどだ。陽の存在が冒険者や各国の軍隊であるとすれば、それと対を成す存在ということになる。

 

「アインザー・レートル 22歳。特殊能力は髪の刃。裏組織「ローガン」のトップだ。アルトクリファ神聖国や、レジール王国などに影響力を強く持ち、下部組織も非常に多い」

 

 ランファーリに説明をする意味合いもあるのか、レヴィンはさらに話し出した。

 

「グロウ・ジーガ 29歳。使用魔法は土属性など、多岐に渡る。大陸全土の鉱山をその手中に収めていると言っても過言ではない男だ。

 そして……シルバ・ケレンド 37歳。最強国家マシュマト王国の裏組織「アンバーロード」の頂点に立つ者だ。それはつまり、大陸各地に存在する全ての裏組織の頂点を意味している」

 

 想像以上の面子を揃えているレヴィン。ランファーリとしても、ここまでの肩書きは予想外だったのか、

 

「確かに、想像以上の面子でした」

 

 彼女はレヴィンを称賛した。それを聞いたレヴィンは満足気な表情を浮かべる。それほどの面子を従えるレヴィンという男……彼は自信に満ち溢れた態度で口を開いた。

 

「この俺、レヴィン・コールテスの組織に穴はない。闇の軍勢とかいうパッとしない名前が付いてはいるが……まあいい。闇の軍勢が大陸の覇権を握ることは、既に確定事項だ」

 

 レヴィンは人差し指を天に掲げ、勝利宣言をしてみせた。シルバたちもそんな彼を神妙な表情で見ている。大陸全土の裏組織を牛耳る者達を傘下に収めるレヴィン・コールテス……ここに、戦乱の世の大本命が誕生したのだ。

 



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109話 ラブピース その1

 

 

「その話は間違いないな?」

「はい、ジラークさん。組織「ローガン」のボスであるバイタル・クトリフは殺されています。賞金首としても500万ゴールドの額が付いていた、相当に危険人物だったんですが」

「そのボスを殺したのが、現在のボスということか」

 

 アーカーシャの街のギルド内部。その受付で話しているのは、ブラッドインパルスのジラークとローラである。賞金首として犯罪者にも報奨金が懸けられている。モンスターの金額とは単純に比べることはできないが、500万という金額は人間の賞金首ランキングで10位に該当する程のものであった。

 

 そのバイタルを殺して「ローガン」の新たなるボスに君臨したのがアインザーである。ジラークも警戒心を強く持っていた。

 

「ローガンの下部組織に「ラブピース」は入っているはず……危険だな」

「そうじゃの。ラブピースを追っている面子はネオトレジャーやフェアリーブーストなどとはなっておるがの」

 

 ジラークの言葉を聞いたオルゲン老師は、ラブピースの調査に乗り出している冒険者グループを思い出していた。

 

「ネオトレジャー……確か、女性の3人組ですな。誘拐事件も最近は発生していますし……ロイド、どうだ? 何度か見たことはあるが、お前の見立てを聞きたい」

「どうだって言われてもな……3人ともすげぇ美人だぜ。特にリッカちゃんの外見はヤバいな。服装もミニのドレス姿だし、アーカーシャでも1、2を争うんじゃねぇか?」

 

 女性には人一倍の関心を持っているロイドの言葉。ジラークは危機感を覚えた。最近、アーカーシャ内部にて誘拐事件が勃発している。未遂で終わったものも含めれば、既に20件を超えていた。狙われているのは、15~25歳までの女性たちだ。

 

 

 

 ブラッドインパルスの面々もその事態には警戒心を持っていた。周囲を警戒しているモルドレッドはアーカーシャ内部の情勢には基本的には無関心を通している。内部の住民との事故を避ける為だ。その為、誘拐事件が起きたとしても、召喚獣たちが動くことはない。

 

 

「まあ、ジラーク。あの子たちは大丈夫だろ、かなり強い面子だしな。すぐに俺達の領域まで来るかもしれないぜ?」

「確かに。相当な才能の片鱗が見て取れるな。特に赤いドレスの少女は」

「ふむ、リッカと名乗る者じゃな」

「ええ、オルゲン老師。私なりの勘でしかありませんが、あの娘には、恐怖すら感じるのですが」

「奇遇じゃな、ワシもじゃよ。ほっほっほっ」

 

 百戦錬磨のオルゲン老師。そしてそれに近い経験を有するジラークの言葉は非常に説得力があった。一気にロイドの表情も強張る。

 

「おいおい、こりゃすげぇな。最近は才能に満ちたグループを輩出し過ぎじゃね、アーカーシャ」

 

 ロイドは汗を流しながら言った。彼もまだ27歳と若い。強力な者達が台頭してくるのは願ってはいるが、負けたいと思っているわけではないのだ。

 

「ああ、そうだな。ソード&メイジは言わずもがな、センチネルの二人もSランクに上り詰めた。そしてネオトレジャーの面子……レベルはまだ、50前後とのことだが、きっかけがあれば爆発的に強くなるだろう。特にあの娘は……いや、違うな……」

「ジラーク、どうかしたかの?」

「才能がある……そんな言葉では言い表せないということです。リッカと言いましたでしょうか……才能などという言葉ではとても足りない、別の何か……」

「おいおい、ジラーク。お前がそんな言葉を口にするなよ。冗談じゃ済まないぜ? 俺達アーカーシャの味方なんだから、願ったりだろ?」

 

 ロイドはほとんど見たことのないジラークに軽い戦慄を覚えていた。彼が恐れることなど本当に珍しいのだ。アシッドタワーにて鉄巨人を倒した時も、これほど恐れてはいなかった。

 

 

「味方? それはどういう理由でだ? ネオトレジャーは結成2~3か月と新しく、出身もそれぞれ別の国だろう。ネオトレジャーだけに限った話ではないが、どの冒険者も味方である理由は薄いぞ」

 

 ジラークの言葉はさらに重いものになっていた。彼の言葉を真に受ければ、ソード&メイジを含めた他のパーティも分からないということになる。もちろん、信用はしているが、何時の時も味方でいるとは限らないのだ。

 

「しかし、彼女たちであれば、降りかかる火の粉も自ら払い落とせるじゃろ。とりあえずは安心しても良いか」

 

 オルゲン老師もネオトレジャーの3人については、今回の誘拐被害者にはならないだろうという見解だ。回廊遺跡での出来事を彼らは知らないが、非常に的を射ている予想となっていた。

 

「専属員として、調査を任されているチームは他に何組か居ますが、特にフェアリーブーストの面子は戦力的には心配ですね」

「寄宿舎のトップになってるCランク冒険者だな~。あそこには紅一点のラムネちゃんが居るぜ? なかなか可愛い子だし、誘拐される危険性もあるな」

「フェアリーブーストのレベルは30未満じゃ。ワシの道場の師範代にも劣る者達。少々厳しいの」

 

 ネオトレジャーの女性3人組よりも、女性は1人だけのフェアリーブースト。しかし、戦力的にはこちらの方が心配であった。それは、ブラッドインパルスの全員が意見を一致させている。さらに、才能的なものもネオトレジャーよりはるかに劣ると考えられている為、余計に問題があった。

 

「あとは……エミル・クレンですか」

 

 そして、ジラークの関心はエミルへと移る。アーカーシャでもトップ10には入る可能性が高い美少女として有名な彼女。酒場の看板娘であり、春人の恋人として認知はされているが、同時に戦闘能力は皆無であった。

 

 ラブピースによる誘拐が行われるとすれば、確実に狙われる一人と言える。

 

 

「天音美由紀が護衛をしておるの。一部では、彼女はジェシカ・フィアゼスの生まれ変わりと言われておるが」

「文献上のジェシカとの相違点は多いと聞きます。外見は勿論、実力が違いすぎる。デスシャドーであるアビスが付いているので、ある意味ではそうなのかもしれませんが、彼女がフィアゼス程の力を有する可能性はないでしょう」

 

 冷静なジラークの分析だ。美由紀の実力はレベル換算で110程度。Sランクの立ち位置とも言えるレベルではあるが、フィアゼスとは比べ物にならない実力差が生まれている。

 

 美由紀を見た印象でジラークは、今後のレベル上昇でもフィアゼスクラスに至ることはないと結論付けたのだ。

 

「よっしゃ、話を整理しようぜ。つまりは、フェアリーブーストへの警告とエミルちゃんにも警告すれば良いってことだな?」

「そういうことだ。我々も次の依頼で、ここを離れる必要があるからな。最低でも忠告だけはしておこう」

「うむ、それでは参るとしようかの」

 

 ブラッドインパルスの面々も依頼に追われる毎日である。ラブピースの調査には直接参加は出来ないが、せめて被害を減らせるようにと気を配っているのであった。彼らはその後、ギルドを出て、それぞれ忠告に向かって行った。

 



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110話 ラブピース その2

 

「はああああ!!」

 

 回廊遺跡のミノタウロスの一件から1週間ほどが経過しており、悟は剣術道場に足を運んでいた。

 

「いつになく気合十分だな! その意気だ」

 

 悟の渾身の木刀の一撃に対し、真正面から打ち合っている人物は師範代のモントーレ・ステファンだ。30歳を越える彼は道場の師範代として、悟と打ち合うこと

が多かった。その為、彼の成長を最もよく知る人物でもある。本日の悟は気合が何時も以上な為、彼としてもテンションが上がっている。

 

「これは打ち返せるか、悟!」

「くっ!」

 

 モントーレからの切り返しの攻撃は悟以上に鋭かった。悟やアルマーク、イオたちが訪れている剣術道場の師範代はそれなりの実力者が揃っている。年齢は20代から50代でレベルは30以上の者たちで構成されている。元冒険者の人間もいるくらいだ。師範はオルゲン老師であり、彼は剣術道場「すみれ」の創設者でもある。

 

 モントーレからの強烈な一撃は悟にはキツイものであり、その場に伏してしまった。直撃を受けたわけではないが、それでもダメージを負っている。

 

「大分、強くなったな。以前のお前なら骨を折っていたところだ」

 

「ははは、それって誉め言葉ですかね?」

 

 肩で息をしながら悟はなんとか立ち上がることに成功した。ギリギリのところで躱した攻撃だったが、その時の衝撃波は相当なものであり、衝撃波までを躱すことは出来なかったのだ。

 

 周囲の冒険者たちも師範代とそれぞれ模擬戦闘を行っており、悟と同じく満身創痍の者は多く見受けられた。

 

「もう一本、お願いできますか?」

「おいおい、やる気満々じゃねぇか。なにかあったか?」

「ええ、まあ。悔しい思いもしたんで」

 

 悟は理由を説明しなかったが、モントーレは彼の表情からある程度察しがついたようだ。敢えて理由を具体的に聞くことはしなかった。

 

「ま、冒険者っていうのは色々あるからな。それに、お前のメンバーはラブピースの調査をすることになってなかったか?」

「知ってるんですか? そうなんですよ」

 

 モントーレは元冒険者であり、専属員の代わりを務めていたこともある為、ギルドでの情報を得ることには長けていた。

 

 先日、専属員として登録が完了し、ラブピースの依頼を引き受けることになったフェアリーブースト。報酬は上下するが、最低でも10万ゴールドにはなるだろうと言われていた。

Cランク冒険者の彼らからすればかなりの金額ということになる。この報酬はボーナスのようなものであり、専属員としての給料とは別の扱いだ。

 

「あそこは色々と曰く付きだ。まあヘルグ達ならわかってると思うが、注意しろよ」

「はい。やっぱり、相当危険なんですか?」

 

 悟の問いかけにモントーレは頷いた。彼も多くを知っているわけではないが、噂程度のことを含めてもラブピースは曰く付きということなのだ。

 

「まだ見たことがないなら、ラブピースの拠点に行ってみるか。休憩にもなるしな」

「今からですか?」

「ああ、すぐ近くだしな」

 

 そう言いながらモントーレはラブピースの建物の見学を促した。いきなりのことではあるが、悟としても願ったりだと感じたので特に異論を唱えることはなかった。

 

 その後、彼らは剣術道場を出て、ギルドの前の時計塔のところまで歩いてきた。そこから東へしばらく歩いたところにラブピースの建物は存在している。アルトクリファ神聖国の教会の建物を横切って進んでいくことになる。その教会はフィアゼスの像が奉られている所でもあった。

 

「フィアゼスっていうのは相当な美人さんだったって言われてるな。過去に行けるなら、一度は拝みたいものだぜ」

 

 教会の前の通りを進んでいる途中でモントーレはそんな話を口にした。彼なりの冗談ではあるが、悟はなんとも微妙な顔をしている。

 

「彼女に聞かれたらやばくないですか?」

「いや、この辺りは一夫多妻制でも問題ないんだぜ? 彼女も俺に愛人が居ることは承知しているよ」

「そうなんですか」

 

 軽い気持ちで話すモントーレだが、悟としては羨ましいことであった。彼が彼女持ちと愛人持ちという点ではなく、一夫多妻制という制度についてだ。

 

「お前の住んでたところでは珍しいのか?」

「一応、そういうことが普通な地域もありましたけど。俺の住んでたところは一夫多妻制ではなかったですね」

「そうか、なかなか純粋な所なんだな」

 

 悟はモントーレに軽く頷いてみせた。一夫多妻制が容認されている背景としては、日本ほど法整備が進んでいないところ、あとは実力主義として冒険者が台頭しているところが挙げられるのだろう。悟としてもそんな印象を持ち合わせていた。

 

「悟は彼女居るのか?」

「いや、現在はいません。募集中ですよ」

 

 悟はモントーレの質問に軽く答えたが、内心は複雑だ。日本では何人かの女性と付き合ったことのある経験からか、通常はこの手の話は得意としているのだが、こちらに来てからはなんとも空回りしている。

 

 ネオトレジャーのリッカとは大きな確執も生まれ、自らの中で闘争心も芽生えていた。早く強くなりたい……そして、恋人にも飢えている状態だ。

 

 

「教会に入っての寄り道も悪くないが、今日は目的が別だったな。行くか」

「はい」

 

 そのまま中へは入らずに、二人は教会を横切って歩いて行った。本日の目的地はそこから少し歩いたところ、3階建ての大きな建物だ。まだ後ろを振り返れば教会が見えるくらいの距離ではあるが、その建物は姿を現した。

 

「テルパドールハウス……ラブピースの拠点になっている孤児院兼、職業斡旋所だ」

「ここが……」

 

 自らの調査の対象……ラブピースの拠点となるテルパドールハウスは彼らの目の前に姿を現した。建築様式などは中央広場のギルド本部とよく似ている。おそらく建てた者達が同じなのだろう。

 

 

 正面玄関に繋がっている両開きの扉には女神のような人型が描かれており、丁度扉をひらくところで真っ二つになるようになっていた。

 

 その扉をくぐって出入りをしている者たちの数は相当数に上る。繁盛している様子だ。ごろつきのような見た目の者から気弱そうな青年達……子持ちのシングルマザーと思しき者も訪れている。

 

「どうだ、悟? まあ、外からでは本当にただの職業安定所でしかないが」

「確かにそうですね」

「よし、次は中を確認してみるか」

 

 モントーレを先頭に二人はその女神が描かれた扉をくぐった。中は……幾つもの椅子が置かれ、予想以上に忙しそうな雰囲気を醸し出していた。番号札が用意されており、その番号順に、受付に呼ばれる様は日本の区役所などを連想させる。

 

 

「あなたの体力を鑑みるに……この辺りの仕事が良いかと思われます」

「子供がまだ2歳なんです……もう少し稼げる仕事はないでしょうか?」

「これよりも稼げる仕事は必然的に大変になります。まずは、こちらの仕事で慣らして行きましょう。慣れてきたらまた言ってください。違うお仕事をご紹介いたします」

「は、はい! ありがとうございます!」

「頑張ってくださいね」

 

 ふと聞こえて来る言葉……仕事を探している女性に対し、それなりに親身になっている印象が伺えた。各会話だけを聞いていれば、とても悪の組織とは思えない。

 

「騙すのが仕事だからな。表面上は頼りがいのあるアドバイザーって感じだろう。ただ、前の女性と話している男はやり手だな。おそらく、女性は人身売買をされることになるぞ」

 

 斡旋している仕事は偽の求人ということもある。実際の仕事場には誰も居らず、その場で誘拐されてしまうということだ。悟もラブピースの誘拐の手口など、細かい情報は知識として頭に入っていた。そして、以前よりも強くなった彼は、その経験で女性を説得している男を見据える。

 

 ニコニコと親しげな黒髪の青年といったところか。毛の長さも短く、両サイドはツーブロックになっていた。黒いスーツを身に着けているが、その内情は蛇でも飼っているのか……ほくそ笑んでいるようにも見えた。

 

「俺も紹介してもらいます」

「おいおい、何を企んでいるんだ?」

「ここの連中が白か黒か……俺なりに見極めていたいんで」

 

 悟の表情は真剣だ。一瞬は止めかけたモントーレであるが、すぐに自分の行動を制止した。悟の唐突な行動も経験になるとモントーレなりに判断したのだ。悟はモントーレの許可が出たことを確認すると、ツーブロックの男と対面する為に、番号札を取りに行った。

 



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111話 ラブピース その3

 

「次の方、どうぞ」

「はいっ」

 

 悟は番号札と呼ばれた順番が合っていることを確認し、男の前に座った。先ほどまで、女性と話していた男だ。

 

「本日は仕事をお探しということでよろしいですか?」

「ええ、てっとり早く稼ぎたいんで、稼げる仕事を斡旋してもらえないすか?」

「なるほど、稼げる仕事ですね。少々お待ちを」

 

 悟は少し不遜な態度で男と接した。髪の毛をツーブロックにしている男は特に気にしている素振りはないが。そして、幾つかの書類を提示する。

 

「単純な配達の仕事から、店の接客、あとは……採掘場の作業員もありますね」

「給料は作業員が一番高いっすね」

「体力仕事ですから。仕事もアーカーシャの東、賢者の森近くになります」

「……賢者の森?」

 

 

 

 悟はふと疑問が浮かんだ。あの一帯は広大な森林地帯だ。岩陰などに洞窟はあるかもしれないが、金鉱などがあるとは聞いたことがない。それに、エミルの父親などが働いている鉱山は南の海岸付近にあるはず。悟は実際にエミルの父親の話は知らないでいたが、鉱山地帯の場所に違和感を覚えた。

 

 

「作業員の仕事であれば、現地集合となります。こちらが集合場所を記した地図になります。よろしければお越しください」

「ありがとうございます。一度、考えてみますよ」

 

 悟は男に礼を言うと、そのまま立ち上がりモントーレと合流した。予想以上に早く終わったことにモントーレ自身も驚いている。

 

「どうだ? 見極められたのか?」

「いえ……ですが、表面的過ぎる言葉には辟易しましたよ。俺が言えたことでもないですけど。こういう地図も貰いましたし、一旦出ましょうか」

「ああ」

 

 悟とモントーレの二人はそのまま、テルパドールハウスを出ることにした。本日の偵察は終了ということだ。悟は調査要員でもあるので、顔を覚えられるのも不味い。悟自身、そういった考えで、すぐに席を外したのだ。

 

 

----------------------------------------

 

 

 その日の夜は「フェアリーブースト」にとっても新情報を得た結果となった。テルパドールハウスから出た悟は剣術道場へと帰還し、剣術の稽古を再開。そして、夜になって寄宿舎「オムドリア」に戻って来たのだ。

 

「賢者の森の採掘仕事……か」

 

 悟がラブピースより紹介された採掘場は、賢者の森の近くにあるとなっていた。賢者の森はアーカーシャの東、10キロほど先に存在している。フランケンドッグなどを含め、レベル30程度のモンスターが現れる危険地帯だ。稀にレベル110のグリーンドラゴンやレベル99のミノタウロスの存在も確認されている。

 

「悟、ラブピースの拠点にいきなり行くなんて……」

「いや、モントーレさんと休憩がてら……まあ、その時にこの地図を受け取りましたし」

 

 談話室で彼らは集まっている。ラムネは、悟を心配しており、その表情は憂いを帯びていた。ここに無事に帰れたのは運が良いと思っているのだ。実際に向かった悟としては、表面上は愛想よくする必要がある為、あそこで襲われることはないと確信はしていたが。

 

「賢者の森の近くに採掘場なんてあったか?」

「いや、ないな。南の鉱山地帯なら作業員も多いが。」

「おいおい、てことは指定の場所に集まった連中は見事に誘拐されちまうってことか? おいおい、マジかよ」

 

 ラブピースの得意な手口にレンガートも頭を抱えていた。それ以外にも、街中でも誘拐事件は起こっているのだ。事態は深刻になっていると言えた。

 

「ジラークさんからも忠告は受けていたが……ラブピースは本当に危険な集団だな」

「収入源のはっきりしない団体……実際は、裏組織「ローガン」と繋がっているなんてね。最近はボスが殺されて、アインザーっていう人がトップになったみたいだけど」

「ああ、俺達と同じ歳くらいらしいな。そんな奴が治める組織全体でラブピースはその一部でしかない。ラブピースくらいは簡単に制圧できないとな」

 

 ヘルグは言葉とは裏腹に表情は強張っている。彼の言葉は正しく、ラブピースは複数国家に存在する「ローガン」傘下の組織の1つでしかない。

 

 春人たちSランク冒険者は、アインザーを始めとしたトップクラスの裏組織の連中と戦うことを想定するなら、ラブピース程度は始末できなければ、今後アーカーシャの平和を守ることもできなくなるだろう。

 

 ヘルグ達も現状に満足などしていない。アーカーシャのエースとまでは行かなくとも、頼れるチームとして名を刻みたいとは考えているのだ。

 

 

「賢者の森付近に、ラブピースの実行部隊のアジトがあるのかもな。行ってみるか?」

「そうね、偵察という意味合いでは悪くないと思うわ」

「悟はどうだよ? 行きてぇか?」

 

 悟を除く3人は意見は一致している。返答が遅れている彼に、レンガートは質問した。少し遅れた形で彼も答える。

 

「そうですね。俺も行きますよ、ちょっと怖いですけど……」

 

 一人、レベルで劣る悟はどうしても恐怖を拭えなかった。しかし、一人ではとれも行けない場所ではあるが、頼りになる先輩方も一緒なのだ。彼の中でヘルグ達の存在はそれだけ大きなものとなっていた。

 

「決まりだな。あとは……」

 

「たかが、Cランク冒険者のお前らが賢者の森とかやめとけよ」

「ん? あんたら……」

 

 ふと耳に入って来た男の声にヘルグは振り返った。特に聞き慣れた声というわけではない。しかし、反射的に振り返っていたのだ。そこに居たのは……。

 

「アレク……」

「よう、ヘルグ。久しぶり」

 

 悟としては初めて見る人物、同じ専属員として活動しているBランク冒険者「イリュージョニスト」のメンバーがそこに居たのだ。

 

 イリュージョニストは3人組の男のメンバーであり、全員ヘルグと同年代の同期である。結成自体はイリュージョニストの方が先ではあるが、Bランクにランクアップは彼らの方が早く行っていた。

 

 

「Bランク冒険者様が、この寄宿舎に何の用だ?」

「そう邪見にするなよ。俺達もラブピースを追っていることは知ってるだろ? ちょっと、忠告に来てやっただけだ。そしたら、賢者の森の情報を仕入れていやがったから驚いただけだよ。俺達以外にもあそこに目を付けた奴が居たなんてな」

 

 アレクは自信満々に言ってのける。見方によっては盗み聞きをしたとも取れるが、アレクの言葉はそのような雰囲気は感じさせなかった。

 

悟としても、自らがあれほど簡単に仕入れることができた情報の為、他のチームが仕入れていても不思議には思わない。同時に、ネオトレジャーなどの面子も知っていても不思議ではないと思っていた。

 

 アレクの後ろにはレンガート並みに大柄な男が立っていた。イリュージョニストのメンバーである、エンデとコウテツだ。二人共無骨な顔と無口がウリなのか、全く話す様子を見せない。

 

「こいつらは無口なんだ、気にしないでくれ。イリュージョニストのマーケティングはリーダーである、俺ことアレク・ハンフリーの仕事だ」

 

 そう言いながら、アレクは赤い髪を大袈裟に掻き揚げた。意地の悪そうな外見ではあるが、かなりの二枚目である。それから、ヘルグたちを横切って、悟の前へと立った。

 

「お前が悟……だな?」

「え? そうだが……なんだよ?」

 

 悟としても、彼の態度は好きにはなれなかった。談話室にいきなり現れたBランク冒険者だが、不遜な態度に映ったからだ。敬語はわざと省いている。

 

「その顔の造形……この周辺の者ではないな。高宮春人といい、異国の者が来るのが最近は流行っているのか?」

 

 悟は驚いた。おそらくアレクの言葉に他意がないことはわかっているが、自分たちの情勢を正確に分析したのだ。異世界からの連続転生……アレクという人物は聡明な頭脳の持ち主なのかもしれない。

 

 

「高宮春人の恐ろしさは異国の者というのがどうでもいい程の強さだが……悟、お前を見ればなにかわかるかもしれないと思ったが、強さや才能に関してはお前たちは別種の生き物のようだな。参考にならなかった」

 

「この……! 黙って聞いていれば……!」

 

 悟は怒りが込み上げていく。最近は、色々と春人と比べられることも多い為に、この手の会話は彼の沸点を上げる要因になっているのだ。

 

「やめておけよ。お前如き、再起不能にするのは容易い」

「悟も落ち着け! アレク、煽りたいだけならば帰ってくれるか?」

「そうだな。なら、俺達は明日にでも賢者の森に向かうとしよう。お前たちは足手まといになるから、情報だけ仕入れていればいいぞ、無理はするな」

「この……! 盗み聞きしてただけかよ!」

 

 アレクは賢者の森の情報など持ち合わせてはいなかった。悟の話を盗み聞きしただけである。全く悪びれる様子を見せないアレクは、二人の大男と共に寄宿舎を出て行った。

 

「くそっ!」

「……私達も出発した方がいいわね。明日にはなるけど。せっかく掴んだ情報を盗まれたら癪だし」

「ああ、そうだな。ただし、「イリュージョニスト」の連中は強い。当然「ハインツベルン」よりもな……気を付ける為に、アイテムなどは万全に揃えてから行くとしよう」

「よっしゃ、腕が鳴るぜ!」

 

 悟もヘルグ達に続くように力強く頷いた。掴んだラブピースの情報……目的地は賢者の森周辺である。

 



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112話 ラブピース その4

 

 

 この日、賢者の森の近くは戦場と化すことになる。Bランク冒険者である「イリュージョニスト」は悟から聞いた情報を頼りに賢者の森へと辿り着いていた。ネオトレジャーの面々よりは劣るチームではあるが、腐ってもBランク。賢者の森の攻略も可能としているパーティである。

 

「あれがラブピースのアジトか? 2人ほどの出入りは確認できたが」

「……」

 

 アレクは岩陰に隠れた状態で森の近くに位置する洞窟を眺めていた。その後ろには無口の大男のエンデとコウテツも座している。

 

「さて、どうするか……。ラブピースの誘拐犯のアジトであれば、中には攫った女も居るだろう。それを見つければ、強力な証拠になるな」

「……ああ、それで終了だ」

 

 後ろに座するエンデはアレクに言った。無機質な言い回しではあるが、彼らの間ではそれが普通なのだ。アレクは特に気にしている素振りを見せていない。

 

「ラブピースは大組織の一部に過ぎない。俺達が苦戦する連中とはとても思えないが……まあ、用心するに越したこしたことはないか」

 

 アレクは再び洞窟付近を見ながら言葉を発する。自らの実力を信じている瞳だ。Bランク冒険者である自負は人一倍強いと言える。実際に彼らは賢者の森を踏破し、信義の花も手に入れた経験のある者達だった。

 

 それ以外にも、回廊遺跡の30階層以上を攻略できている自信。決して過信ではない正当な自信が彼の中には渦巻いていた。イリュージョニストがたかがた裏組織の下位の者達に後れを取るわけはない。そんな確信だ。

 

 

「とりあえずは正面突破と行くか……!!」

「アレク!」

 

 と、そんな時だった。突如現れた異変。アレク自身も異変には気付いたが、エンデも彼に叫びかけた。岩陰に隠れていた3人ではあるが、いつの間にか見つかっていたのか、2人の人物による襲撃を受けたのだ。

 

「ぐぬっ!」

 

 彼らを隠していた岩は爆発により木っ端みじんになった。イリュージョニストの3人は素早く後方へと退いた為に、その爆発によるダメージは受けていない。

 

 

「避けられた」

「お前のせいじゃん、アンバート」

「いや、俺のせいじゃない。お前のせいだ、カイエル」

 

 イリュージョニストを襲った二人は忍び装束と言えばいいのか、黒い服装に身を包んでいた。背後からの強襲や、闇夜の襲撃に向いている服装だ。アンバートとカイエル……二人とも男性であったが、双子なのか瓜二つの顔をしていた。

 

 

「俺達のアジトを見られた以上は殺すしかない」

「アンバートの言う通り。しかし、ブラッドインパルスの連中ではなくて良かった。あれが相手ではさすがに勝ち目がない」

 

 一見すると暗殺者風のアンバートとカイエルは、どこか特徴的な話し方でイリュージョニストの面子を注視していた。戦力分析を行っているのだ。それに気付いたアレクは怒気を強める。

 

「俺達はBランク冒険者の「イリュージョニスト」だ。随分と舐められたものだな? 誘拐事業を行っているチンピラ風情が……」

 

「Bランク冒険者……そこの賢者の森に入ることは可能な者。少しは楽しめそうだ」

「アンバートの言う通り。少しは楽しませてくれ」

 

 双子と思われる二人は腰を静かに落としつつ臨戦態勢と思われるポーズを取った。ヨガでもやっているのか、二人の態勢は明らかに常人では不可能なほど曲がっているが。異様さを感じたアレク、エンデ、コウテツの3人もすぐさま臨戦態勢に入る。

 

 Bランク冒険者のイリュージョニスト。彼らの実力は相当に高く、ネオトレジャーには及ばないものの、レベル換算は35程度となっている。現役時代のバーモンドと互角辺りと言えるだろう。当然、一部を除いて賢者の森のモンスターも打ち倒せる程であった。

 

「アンバート・シルクシュタイン 25歳。よろしく」

「カイエル・シルクシュタイン 25歳。俺達は双子だ」

 

 双子の敵はそれぞれ軽く挨拶を済ませると、ありえない体勢から攻撃を開始し始めた。賢者の森の入り口付近での攻防が幕を開けたのだ。

 

 

-----------------------------------

 

 

「賢者の森の入り口まで、もうすぐだな」

 

 アレク達に遅れること十数分。フェアリーブーストの面々も賢者の森付近に到達していた。緊急離脱アイテムや煙幕など、十分な準備をして彼らはやって来た。

 

「アレク達に先を越されるのは、避けたいところだな」

「そうね。でも、誘拐された人たちが少しでも早く救出されるなら、それに越したことはないけど」

 

 ヘルグとラムネはそれぞれ思っていることを口にする。彼女の言葉に同意したようにヘルグも頷いており、誘拐された者達の安否は彼も気にしていることではあった。

 

「アレク達の実力はどの程度なんですか? Bランクでも上下幅はありますよね」

 

 悟の質問に、隣に立っているレンガートが答える。彼の肩を豪快に叩きながら。

 

「悟。あの野郎に苛立つ気持ちもわかるが、ゴイシュなんかとは一緒にするなよ? さすがにあんな阿呆みたいに腐った連中じゃないからな。ネオトレジャーと同じく、人助けだってする連中だぜ。実力的には……どんなもんだ、ヘルグ」

 

「そうだな……アレク達の強さは……Bランクでは中堅くらいか。おそらく、亡霊剣士には及ばないレベルだろう。Bランクの上位陣をネオトレジャーとするならば、彼女らよりは弱いだろう。もちろん、今の俺達ではとても勝てないが」

「レベルで言えば、40未満といったところかしら? 十分強いわね。素人の剣撃なんかじゃ傷1つ付かないでしょ」

「それ、マジですか?」

 

 悟は日本での常識と比較して驚きを見せていた。彼は、自らがレベル15程度である為に、防御能力の意味合いはまだよく分かっていないのだ。当然、地球での感覚で話すと非常におかしなことになる。地球では世界最強の人間でも拳銃の一撃を素で防ぐことはできないのだから。

 

 

「悟はその辺も疎いな。俺達が纏っている闘気や魔法障壁はレベル依存で強さが変わるぜ。レベル40ともなれば、機関銃の一撃でも耐えられるレベルだ。Sランク冒険者の連中なんざ、大砲だろうが余裕でガードするだろうけどな」

 

 レンガートの言葉に悟は改めてSランク冒険者の凄まじさを感じ取った。闘気が全身を覆っている以上、不意打ちで急所を狙おうとも、ほとんど傷を付けることはできないと言うことになる。

 

 地球の常識とはかけ離れている。地球では不意打ちが成功すれば世界チャンピオンだろうとひとたまりもないからだ。悟は現在の自分の強さが、虎やライオンと比較しても強いレベルにあることを忘れてそんな考えを巡らしていた。

 

 地球の虎などの陸上最強クラスの生物はレベル換算で言えば、せいぜい5~10の間と言える。悟のレベルは15……彼は最早、地球上のほとんどの生物を殺せる領域に達しているのだ。人間の世界チャンピオンなど相手にすらならない。アクアエルス世界の魔法文明の中ではそこまでの強さではないが、悟はその事実を把握出来ずにいた。周囲の人間が強すぎる為に、当然と言えば当然ではあるが。

 

 

「悔しいが、アレクの実力は本物だ。ラブピースの壊滅に重要な戦力と言えるな」

「ヘルグさんは、あの男と旧知なんですね」

「まあな。才能では完全に負けていた。同じ街出身だが……あいつの強さは俺が一番よく知ってる」

 

 ヘルグは遠い目をしながら、丘の向こうの景色を眺めていた。アレク達が先に賢者の森へ向かったことを知っている為に、その光景を思い浮かべているのだ。

 

「いずれは追い越したいとは考えているが、現在ではまだまだ無理だ。今回のアジトの調査もあいつらが向かったのは良かったのかもな。俺達のレベルでは賢者の森の踏破もできないからな」

 

 ヘルグの瞳は何処か憂いを帯びていた。アレクは彼の良きライバルにして目標でもあるのだ。そして嫉妬の対象でもある。そんな矛盾を兼ね備えた瞳。悟を始め、ラムネとレンガートもそれには気づいていた。

 

 

 だが、ヘルグを尊重し、そのことに関して深く突っ込むことはしない。悟も日本でのリア充としての経験が活きており、この場面で突っ込むことは失礼に当たると理解していた。経験の浅い春人の場合は突っ込んでいたかもしれない状況だ。

 

 

「賢者の森は信義の花の収穫に重要な場所だけど、最大で30強の魔物が現れる。私達では踏破は難しいわね」

 

 ラムネはヘルグの言葉に同調するように付け加えた。賢者の森は春人とアメリアも向かった場所ではあるが、レベル的にはBランク以上でなければ踏破は厳しい地点でもある。ミルドレアが、内部の遺跡にて隠し扉を開放した為に、レベル100前後のモンスターも出現する可能性があるのだ。

 

 そんな危険地帯の付近に彼らは近づいている。アイテム類は万全である為に、逃げるだけならば可能性は高いが、それでも緊張感を拭い去ることはできなかった。

 

 レベル30に満たない玄武コウモリに以前苦戦をした経験がある為に、30以上のモンスターが出てくれば勝ち目はほとんどないのだ。そして、彼らは賢者の森が見渡せる地点まで辿り着いた。そこには……見覚えのある者達の姿があった。

 

「あれって……」

 

 真っ先に言葉を出したのは悟だ。目の前の光景に驚きを隠せない表情をしていた。ヘルグ達、他の面子もその光景を見ていたが、最早、言葉すら出ない状況であったのだ。

 

「ああ、お仲間かな? ほら、命乞いをするんだ」

「が、がは……! ヘルグ……!」

 

 ある意味で、ヘルグが最も驚いていただろう。そこには、二人の暗殺者風の男に首元を抑えられているアレクの姿があった。

 

 



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113話 ラブピース その5

 

 

 賢者の森で引き起こされた衝撃。Cランク冒険者のフェアリーブーストにとってそれは、稀に訪れる危機であったことは間違いない。

 

 自分たちよりも格上のチームである「イリュージョニスト」。その者たちが眼前で倒れ伏し、それを行った張本人たちがこちらに標準を合わせていたのだから。

 

 

「アレク! 大丈夫か!?」

「ヘルグ……ゴフッ……! に、逃げろ……」

 

 ヘルグはアレクの容態を大声を上げて確認した。なんとかヘルグの言葉に反応を見せるアレクではあるが、明らかに瀕死といった印象だ。腕や足の骨はズタズタに折られているのか、恐ろしく歪んでいる。

 

 カイエルとアンバートの二人は非常に短い自らの黒髪に手をやり、溜息をついていた。

 

「弱い。Bランク冒険者はこんなものか。もう少し歯ごたえがあると思っていたが」

「まさしくその通り。アインザー様には警戒するように言われているが……こうも予定通りだと、逆に張り合いがないな」

 

 

 彼ら二人からは余裕が満ち溢れていた。本来であれば極秘事項に該当するであろう内容もペラペラと話し出している。

 

「アインザーだと……? アインザー・レートルか?」

 

 彼らの言葉に真っ先に反応したのはレンガートだ。アインザーはラブピースの元締めである組織の長になっている為、彼の驚きは当然と言える。

 

「やはり冒険者間では有名人かな、あの方は」

「当たり前だ……! 賞金首ランキングで、4位に上り詰めている人間だぞ。賞金額は1000万ゴールドになっているはずだ……」

 

 レンガートは最近、更新された賞金首ランキングの表を思い浮かべながら話している。三天衆の一人、アインザーは1000万ゴールドの賞金首になっていた。ランキング4位に該当しており、破格と言える金額だ。単純なレベルで比べることは出来ないとしても、レッドドラゴンを凌ぐ金額になっている。

 

「お前たちの話だけでも、ラブピースの誘拐の関与の裏付けが取れそうだな……」

 

 ヘルグは牽制の意味合いで二人に言葉を発する。だが、カイエルとアンバートの二人は焦っている様子を見せなかった。

 

「ははははっ、大正解。あの組織は表向きは職業安定所の役割を担っているが、本来は誘拐を専門にしている。女を狙うことが多いが、労働力の確保も込めて、男も誘拐しているぜ」

 

 カイエルは顎に生やした髭を触りながら、余裕の表情で語り出した。最早、疑いようのない自供と言えるだろう。ヘルグ達は、カイエル達の後ろにある洞窟に目をやった。その場所に、誘拐された者達が幽閉されているということか。

 

「その目線はもう気付いているかな? あの洞穴には、誘拐した者達が居る。既に別の場所に連れて行かれた者も多いが、助けるチャンスだぞ?」

「……」

 

 カイエルは口髭に手を当てながらヘルグに挑発とも取れる言葉をかけた。ヘルグはその威圧感に押し切られたかのように後ずさりをしてしまう。カイエルの傍らに倒れているアレクの容態からも見て取れるが、自分では絶対に勝てないと悟ったのだ。エンデとコウテツの二人は先ほどからピクリとも動いていない。既に死亡している可能性があった。

 

 そしてその時、悟を含めて彼らは気付いた。カイエルとアンバートの二人から逃げ切ることはできないということに。フェアリーブーストの周辺には、転送防止の結界が展開されていたのだ。

 

 これにより、緊急脱出アイテムの使用は不可能になっている。カイエル達が展開したものに間違いはないが、いつの間に展開されたのかは、フェアリーブーストのレベルでは看破することができなかった。

 

「さて、俺達の話も聞かれたことだし、彼らは即座に殺すとしようか」

「了解だ、カイエル。今度こそ俺の脚を引っ張るなよ」

「それは俺のセリフだ、アンバート。といっても、彼らは非常に弱そうだ。しくじりようがないがね」

 

 カイエルとアンバートはヘルグ達に向き直り、強烈な殺気を飛ばし始めた。ヘルグ、レンガート、ラムネ、悟の4人に一気に戦慄が走る。誰一人勝機を見い出せていない。最早、勝つことが不可能なほどの実力差を、相手からの殺気で痛感させられてしまった。そんな表情を4人は見せている。

 

「くっ……! なんて連中だ……!」

「悟、落ち着いて……焦っても仕方がないわ。くっ、やっぱり緊急脱出アイテムが作動しないわね……!」

 

 ラムネは恐れた表情の悟を元気づけながらも、緊急脱出アイテムの使用が可能かを確認していた。案の定、アイテムが作動することはない。以前のミノタウロスとの戦いと同じく、走って逃げる以外に、逃げ切る方法はないということになる。

 

 

「くくく、逃げられないさ。女以外は楽に死なせてやる。女は……うんうん、合格だ」

 

 カイエルはラムネの背格好をマジマジと見つめながらそんな言葉を発していた。誘拐するに値する程の美貌かどうかを確認したのだろう。彼の言葉はラムネクラスであれば、誘拐の対象になるということを意味していた。

 

 

「くそっ! お前らの思い通りにさせるかよ! レンガート、行くぞ!」

「おう!!」

 

 ヘルグは手に持った煙幕弾をカイエル達の周囲にまき散らした。その数は合計で10個だ。本当にただの煙幕の為、戦いを生業としている者には効果の低い代物ではある。だが、少しの間姿を相手から隠す意味では十分な能力を発揮していた。

 

「初歩的な煙幕だね。気配を消す物質や、毒が含まれている代物でもない。気配を察知すれば、すぐに看破される物だ」

 

 カイエルは即座に撒かれた煙幕の性質を見抜いた。そして、アンバートも含め、そこからどんな攻撃が来るかも予想を付けていた。相手が煙幕に乗じて逃げることも想定済みだ。もちろん逃がす気など毛頭ない二人は、相手が逃げることも阻止できる態勢を取っていた。

 

「さて、俺達が驚く一手を放って来てほしいところではあるが……あの連中の実力は、おそらくレベル換算で30以下。期待はできないか」

 

 カイエルは煙幕に包まれながらも、フェアリーブーストの攻撃に期待を寄せていた。相手の強さも看破している彼は、同時に大した攻撃が来ないことも想定している。あくまでも強攻撃は期待でしかない。

 

 

 そして、彼らの前にブーメランのような武器が飛んで来た。一瞬警戒するカイエルとアンバートだが、攻撃速度も遅いそれは襲るるに足らない攻撃だ。毒などが仕込まれていることもなく、手に持つ剣で用意に弾き返す。

 

 

「気配は近くから動いていない。いくらレベルが低い連中とは言え、そのままのところに立った状態でやり過ごせるとは思っていないだろう。……ん? 二人離れたか……逃がすとでも思っているのかな?」

 

 カイエルは気配が2つ離れたことを敏感に感じ取った。もちろん逃がすつもりなどない。すぐに行動を開始しようと臨戦態勢をとるカイエル……と、その時、予想よりも早いタイミングで煙幕は晴れて行った。少し予想外といった表情のカイエルとアンバート。

 

 

「おや……観念したのかな? ん?」

「観念するのは貴様らの方だ」

「ええ、ここからが戦いというものよ。本当に早く殺しておくべきだったと後悔させてあげるわ」

 

 カイエルとアンバートの前に現れた人物……彼らが察知していた二つの気配は、ネオトレジャーのナーベルとミーティアのものだったのだ。彼女たちが、フェアリーブーストと入れ替わる形でその場に立っていた。

 

「なるほど……4人から2人減ったのではなく、2人増えた直後に4人減っていたのか。カイエル、お前の不手際だな」

「アンバート、お前も同じ不手際を起こしているぞ。まあいい、あの連中は洞穴に向かったのだろうが……お前たち二人は、先ほどの連中よりもはるかに強いな。どちらも相当な美人だ、殺すには惜しいが、消してやろう」

 

 結果的に煙幕にしてやられたカイエルとアンバート。だが、焦っている様子は微塵も見せていない。それどころか、目の前に現れた強敵に喜んでいる節さえ感じ取れる。

 

 ナーベルとミーティアの二人が美人の女性である為に、誘拐に関しては惜しいと感じてはいるが、彼ら二人は殺すことを優先させた。

 

「ナーベル、油断しないようにね。相手はかなりの強敵よ」

「ああ、わかっている。アレクが瀕死なところを見ても容易に想像ができるが、油断はしない」

 

 ナーベルとミーティアの二人も臨戦態勢へと移行していた。

 



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114話 ラブピース その6

 

 

 急激な実力向上の可能性……冒険者を始め、戦いを生業とする業界ではあり得る事象として認知されている。

 

 Bランク冒険者であるネトレジャーもそれに該当しているようで、ナーベルとミーティアの二人は、以前のミノタウロスとの戦いがきっかけとなり、実力向上を果たしていた。現在は、当時の彼女たちの強さではない。

 

 ナーベルの薙刀による一撃と、ミーティアの水の魔法の破壊力は明らかな向上を見せていた。それはほんの1週間程度という時間ではあり得ない上昇……彼女たちの実力はレベル60を超えており、Aランク冒険者の領域に到達していた。

 

 臨戦態勢から繰り出された攻撃は、カイエルとアンバートの両者に狙いを定め、彼らの急所を深く抉ることを目的としている。彼女たちに躊躇いの念などはなく、一気に勝負を決める腹積もりだったのだ。

 

「想像以上だ。これ程までとはな」

「カイエルの言う通りだ。これが噂に聞く天才、ネオトレジャーか」

 

 カイエルとアンバートは双子の遺伝子も影響しているのか、ネオトレジャーの二人に対して、敬意とも取れる態度を同時に示していた。レベル60以上の者達による一撃……それは彼ら二人にとっても称賛に値するものだったのだ。

 

「!!」

 

 だが、ナーベルとミーティアの二人の一撃はカイエルとアンバートには届かなかった。寸前で彼らはあり得ない態勢で、その攻撃を避けたのだ。

 

「なんだ、この動きは!?……どうなっている……?」

 

 アレク達にも見せた二人の奇妙な動き。自らの薙刀の一撃を避けた動きに、ナーベルも驚きを見せていた。

 

 

「私の水の魔法も寸での所で避けられたわ。あのあり得ない人間の動き……骨ごと外した動きかしら?」

 

 ミーティアの看破ともいえる一言。カイエルは笑みをこぼした。

 

「ご明察。ただし、ただ骨を外した動きでは、こんなあり得ない動きは不可能だ。これが俺達の特殊能力にして、最大の技と言える」

 

 そして、カイエルとアンバートの反撃が開始される。彼らの剣撃の動きは恐ろしいほどに鋭角の角度からの攻撃であった。

 

「円形の動き!? こんな動きができる人間が居るのか!?」

 

 ナーベルはカイエルの高速の剣撃を、なんとか薙刀で捌いて見せた。だが、その腕の振りは、軟体生物の如き円周を描いている。

 

 連続で円周する攻撃はナーベルの薙刀に当たって行く。なんとか彼女は全ての攻撃を食らうことなく捌いたが、たったこれだけの攻防でも汗を流すには十分であった。敵の攻撃が読めないのだ。

 

 あまりにも鋭角な攻撃や、通常の角度からの攻撃など、自由に切り替えのできるものである為に、流れを予測することができない。武人として、正当な戦いを好むナーベルにとっては天敵とも言える相手であった。

 

「そう言えば、ネオトレジャーは3人組の美女グループだとアーカーシャでも噂になっていたが……もう一人はどうしたんだい?」

「……こういう時に、リッカと別行動というのは非常に困るわね」

「ああ、まったくだな」

 

 カイエルの質問に、ミーティアとナーベルの二人は頭を抱えていた。ネオトレジャーでは最年少ではあるものの、事実上のエースの役割を果たしていたリッカ。彼女の姿はそこにはなかったのだ。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 その頃、リッカが訪れている場所は、回廊遺跡72階層。彼女は単騎で72階層まで降りて来ていた。その階層でのモンスターレベルは90前後となっており、オルランド遺跡にも匹敵するレベルとなっている。本来の彼女のレベルであればとても抗えない領域ではあるが……。

 

 彼女が単独行動をとっているのは、偶然であり、今回のラブピースの一件とは関係はしない。アーカーシャにて別れた時にはいつも通りであったリッカではあるが、彼女の現在の様子は明らかに普段とは違っていた。

 

「モンスターを大量発生させるエンブレム……破壊するまでは呼び出し続けることが可能というわけですね。なるほど……」

 

 いつもの雰囲気とは違うリッカの姿。レベル90程度のモンスターを物ともしないどころか、彼女は特殊なエンブレムが置かれたエリアへと侵入している。その場所は、エンブレムの効果により、ドラゴンゾンビが発生し続ける危険なエリアとなっていたのだ。

 

 レベル150に達するドラゴンゾンビ。それが大量に出て来る72階層の一区画は本来であれば、訪れたが最後、確実に死が待っている危険地帯である。だが、赤い瞳を有している彼女は、そんなドラゴンゾンビの群れすらもあっさりと退けていた。

 

 

「ジェシカ・フィアゼスの遺した遺跡。素晴らしい場所です。科学文明の宝庫……さらに下層に脅威が潜んでいるようですが……新たなる拠点としても価値はありそうですね」

 

 明らかにいつもとは違う話し方のリッカは虚ろな目をキョロキョロさせながら周囲を警戒していた。彼女の懸念である脅威……下層にある幾つかの危険なトラップと、最下層のタナトスがそれに該当していたが、タナトスは既に存在していない。しかし、この地にはタナトスレーグと呼ばれる、タナトスの改良型も存在していた。

 

 能力的にはタナトスにも匹敵する実力を有するそれは、フィアゼスがこの大地を去った後に誕生した副産物的なモンスターであった。今までは封印されていたが、タナトスが回廊遺跡を出た反動で、タナトスレーグも回廊遺跡の最下層を彷徨うことになったのだ。リッカは無意識の内に、そのタナトスレーグの存在も感じ取っていた。

 

 回廊遺跡の攻略を猛スピードで行うリッカなのかどうかは不明な彼女……タナトスレーグとの邂逅はすぐそこまで来ていたのだ。

 

 

 

------------------------------

 

 

 

「お前たちの能力……骨を溶かしているような動きだ。その名の通り、自在に骨を変形させられるようだな」

 

 場所は再び戻り、賢者の森。ナーベルはカイエルの攻撃を捌いたことにより、彼の攻撃の変則性を見抜いていた。カイエル自身も隠す様子はなく、頷いてみせる。

 

「正解だよ。骨を外す以上の動きを俺達は可能にしている。最早、軟体生物以上の動きすら可能だ。この変則自在な動き……型に嵌らない攻撃は慣れていないだろう? 捌き切れるかな?」

 

 カイエルはそこまで言うと、ナーベルに向かって再び突進を開始した。彼の持っている剣は、小太刀のような中くらいの長さの剣になっており、本来であれば上段切りや中段切り、突き攻撃などが予測できる角度であった。だが……

 

「なにっ!?」

 

 カイエルは正面からの攻撃ではなく、斜め後ろからの剣撃を撃って来たのだ。これも骨を自在に変形させられる能力の恩恵だ。長さもある程度変えられるのか、その腕は明らかに伸びていた。伸びた腕は大きく弧を描き、あり得ない角度からナーベルを襲った。

 

「ミラーシールド!」

 

 ナーベルへの剣撃の直撃。それを避けたのはミーティアの鏡の盾だ。ミノタウロスに対して出した時よりもさらに多くの鏡の幻惑盾を展開させていた。カイエルの剣撃はその水の盾にガードされ、ひびを付けるのみになってしまった。

 

「ミーティア! 済まない!」

「気にしないで。無事で良かったわ」

 

 ナーベルが無傷でいたことに、ミーティアも安心していた。

 

「これは参ったね……水で造り出した鏡の盾か……敵の姿を惑わす幻術のようなものか」

「あなた達の攻撃方法はわかったわ。少し手の内を見せ過ぎたわね」

 

 

 ミーティアは鏡の盾を出しながら、敵の攻撃の変則性に脅威を感じながらも、内心では勝利を確信していた。変則的な慣れない攻撃を展開するのであれば、接近戦を避ければ問題ない。鏡の盾による幻惑で、敵を離れた場所に釘付けにしておき、決してナーベルには近づけさせない。

 

 ミーティアの必勝法はナーベルにも言葉を発せずとも伝わった。彼女は、ミーティアが展開した幻惑の盾の配置で、それを見抜いたのだ。自らは影に隠れて二人を暗殺する。おそらくは暗殺者であろうカイエルとアンバート、そんな二人に今度はナーベルが暗殺という技を仕掛ける番となっていた。必勝法は定まった、後は実行に移すだけだ。

 

 だが、そんな攻撃パターンはカイエル達も悟っていた。いや、正確にはどのような攻撃がくるかを予測できたわけではない。確実に勝てる攻撃を彼女たちが思いついたことを看破したのだ。内容までは分かっていないが、それでも彼らの表情に変化はない。

 

「お前たちは根本的なところで間違っているな」

「ああ、全くその通りだ、なにか策を思いついたのだろうが……」

「そうだ、アンバート。二人に教えないと行けない。俺達は……お前たちよりも強いということを」

 

 そこまで言い終えると、二人の雰囲気が明らかに変化した。本気状態になったことを意味する構えを取っている。恐ろしい程に上体をかがめており、獣の猛ダッシュの予備動作に酷似していた。

 

 二人が纏っている闘気は明らかにナーベル達を上回っており、そんな二人の攻撃が、ナーベル達の予期しない速度で開始された。

 

 



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115話 断章 リッカとタナトスレーグ その1

 

「ぐう……! つ、つよい……!」

「はあ……はあ……!」

 

 満身創痍のネオトレジャーの二人。レベル60を超える彼女たちではあるが、本気を出したカイエルとアンバートには及んでいなかった。離れた実力差により、彼女たち二人の必勝法も意味をなしてはいなかったのだ。

 

 鏡の幻惑盾と薙刀の挟撃……それらは不発に終わり、ミーティアは全身を切り刻まれ、盾を維持させることもできない程に体力を奪われていた。彼女のサポートがない状態ではナーベルの攻撃も相手には届かない。勝敗は決していた。

 

「しかし、勿体ない。黒髪の大和撫子と思わせる美女と、赤い髪をサイドテールに結わえた美しい女性か……」

「アンバートの言う通りだ。やはり、殺すことは控えるとしようか。組織の金に貢献してもらおう」

 

 唐突に下衆な会話が展開される。ナーベルとミーティアの二人を満身創痍状態にして、勝利を確実なものにした故の余裕というものだ。

 

「ふざけるな……誰が、お前らの思い通りになるか……!」

 

 ナーベルはボロボロになっている服を落ちないように掴みながら、相手を恫喝する。だが、そんな言葉は意味をなしていない。カイエルとアンバートの二人は、むしろ喜んでいた。

 

「楽しみだ。人身売買も我々の専属になっているからね」

「ああ、お前たちは売るとしよう。さしずめ金のなる木というところか」

 

 そして、カイエルとアンバートは攻撃を再開した。ナーベルとミーティアの二人の首筋を打ち抜き気絶させる。彼女達はその場に崩れ落ち、瞳は静かに閉じて行った。

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 回廊遺跡最下層である96階。そこには、恐ろしい程の攻略ペースでやって来た者が存在しており、ネオトレジャーの一人であるリッカが該当していた。周囲のモンスターレベルは最大で200にもなっており、オルランド遺跡の最下層と同等の危険度を誇る領域になっている。

 

 回廊遺跡は80階層を超えると、レベル100~200までのモンスターが現れる危険地帯になり、96階層の隠し扉にはタナトスが眠っている脅威の遺跡となっていたのだ。

 

 タナトス自身は冒険者が来る前に、地上へと出て行ったが、もう一体……タナトスに匹敵する魔物がこの階層には存在していた。

 

「私の警戒網にかかっていたのはあなたですね。……名を聞きましょうか」

 

「……レーグ」

 

 身長は2メートルほどの体格を誇っているタナトスレーグ。相当な巨体ではあるが、モンスターの中では大きい体格ではなく、骸骨のような外見とは裏腹に、比較的小さいと言える。タナトスの亜種に該当しているが、大きさもタナトスよりも小さい。

 

 レベルは900を誇っており、タナトスとは違い召喚を駆使することはできないが、より攻撃的な行動が可能となっている。単純な肉弾戦ではタナトス以上の存在である。

 

「人語を操れるモンスター……フィアゼスの側近といったところでしょうか? 私の名前はランファーリと申します。以後、お見知りおきを」

 

 赤いミニドレスを身に纏うリッカは丁寧にお辞儀をしてみせた。灰色の美しいツインテールはそのお辞儀に合わせて中空を舞っている。そして、自らをランファーリと呼称する彼女。その時点で矛盾が発生していた。

 

「フィアゼスの側近……? 少し違うが……まあいい。これから死ぬ者に語っても仕方あるまい」

「なるほど。では、あなたを御した後にゆっくりと語っていただきましょうか」

 

 レーグとリッカはお互いに臨戦態勢を取った。お互いの正体は不明であり、その能力値も未知数……。どちらが先に動くかは予想できない状況となっていた。

 

 そして、先手を取ったのはリッカだ。幾つかの髪の刃を超高速で紡ぎ出し、相手へ攻撃を開始する。最早、達人の域に達する者でも何が起きたのかすらわからずにあの世へと誘う攻撃……だが、レーグには通用しなかった。

 

 レーグはそれ以上の速度でリッカの髪の刃を躱し、一気に彼女の懐へと迫ったのだ。

 

「私の攻撃を掻い潜るとは……」

「死ね」

 

 そして放たれる大鎌の一撃。死神という外見に相応しいレーグの攻撃は全ての者の魂を刈り取る必殺の一撃と呼んでも過言ではなかった。躱し切れるはずのない一撃をリッカへとお見舞いする。

 

「……!」

 

 しかし、レーグの一撃は別の髪の刃によりガードされていた。レーグの渾身の一撃……レーグ自身も刈り取ったことを確信したはずであるが、彼女に届くことはなかったのだ。そして、間髪入れずにリッカの刃は増えていき、レーグの四肢を切り裂いた。

 

「……? 四肢を切断したはずですが……浅いですね」

「が……!」

 

 特に顔色に変化はないが、リッカとしても予想外のことが起きたようだ。レーグの四肢を狙った刃だが、切り落とすことは叶わず、深く抉っただけにとどまっていたのだ。だが、レーグは深手を負いその場に倒れ込んでしまう。

 

「勝負ありというところですね。その傷が回復する前に、あなたをバラバラにすることも可能となります」

 

 幾つもの刃をレーグの目の前に突き出し、リッカは勝利宣言をしてみせた。少しでも妙な動きを見せれば即座に首を始めとして、身体中をバラバラにする考えだ。レーグとしても納得をしているのか、大きく否定することはない。

 

「こんな……ことが……」

「そう悲観することもないでしょう。この素体は、私の幻影の中でも最強を誇る素体。唯一の自立型と呼ばれる素体になります。あなたの実力が相当なものであることに変わりはありません」

 

 そう言いながら、リッカは自らの左手の甲を見せた。そこには「0」と書かれた数字が印字されており、彼女は暗に相手が悪かったと言っているのだ。それはレーグにも理解できていた。

 

「私は亜種のモンスターに過ぎぬ。フィアゼスの親衛隊には該当していない……殺せ」

「いいえ、それなりの強さを有する存在。あなたの利用価値はありそうです。私の傘下に入っていただきましょうか」

「……ふざけるな……」

 

 憎悪にも似たレーグの表情……。死神のドクロのような顔ではあるが、その表情は明らかに危険な状態となっていた。四肢に深い傷を負っているタナトスーレグではあるが、目の前の存在の傘下に入る意志は全くないようだ。

 

 そして、そこまで話し終えた段階でレーグの四肢の傷は、ほぼ回復していた。

 

「大した回復力だ」

「お主の傘下に入るわけがなかろう」

「ですが、私に及ばないことも明白」

 

 

 そう言って、リッカは先ほどよりも一段階上の速度の髪の刃を放つ。今度の攻撃はレーグも捌くことは出来ず、持っていた大鎌は弾き飛ばされた。

 

「ぬう……」

「あなたの意志など、どうでもいいこと。私の傘下に入る以外に選択肢はありません」

「………」

「……ああ、そろそろ私は戻りますが……後は「リッカ」と話していただけますか」

「なに……?」

 

 タナトスレーグも彼女の言葉は理解できないでいた。先ほどからの矛盾した言動……それも含めての話ではあるが。そして、彼女の瞳は赤いものから、通常の黒へと変わり、纏っていた威圧感も消し飛んでいた。

 

「え……? ここって……」

 

 黒目になっているリッカは、周囲の状況を理解できていないのか、慌てた様子で辺りを見渡している。

 

「この雰囲気って回廊遺跡よね……? でも、何階層なのよ……? なんで、私こんなところに……」

 

 回廊遺跡に来ていることは理解しているリッカ。しかし、自分が現在96階層に居ることは、全く予想が付いていないようだ。周囲の状況などから、相当に深い階層であることは理解しているようだが、それと同時に恐怖の念も出ているようだ。

 

「お主は……何者だ?」

「え……?」

 

 そして、リッカはタナトスレーグと目線が合う。目の前には、はるか強大な闘気を放つ魔物が立っていたのだ。リッカの表情は大きく変化する。

 

「な、なにこいつは……!? ひい……!」

 

 タナトスレーグを間近に見たリッカは驚きすぎた反動か、思わず身体を後方に大きく移動させた。顔は引きつっており、涙目になっている。

 

「……」

 

 レーグ自身も、彼女の行動には戸惑っているようだ。先ほどまでとは明らかに違う態度。性格は勿論、話し方も全く変わっている。

 

リッカの方としてはレベル900にもなる敵と対峙しているのだから、当然の反応といった印象だ。レーグ自身の外見がドクロの死神であることは、むしろ些細なものと言える。

 

「こんな魔物……見たことない……嘘でしょ……? 回廊遺跡にこんな奴がいるなんて……」

 

 涙目のリッカは非常に端整な顔を歪ませながら、レーグを見据えている。自らの命はここで潰えてしまうとも感じているのだ。

 

「おい、小娘」

「な……しゃべった……!?」

 

 レーグからの発言。人語を操るドクロ型のモンスターだけに、リッカとしても驚いている。人語を操れるモンスターというだけでも希少だが、こんなドクロの死神が話すことは、彼女の知識には存在していなかったからだ。

 

「調子が狂う。貴様は私に傘下に入れと言った。どういうつもりだ?」

「な、なに言ってんの……?」

 

 レーグの言葉を理解できないリッカ。先ほどまでの記憶が残っていない為に当然の状態と言えるが、彼女としてもどうすればいいのか全くわからないでいる。

 

 目の前の圧倒的な存在……逃げることもできない状況に、リッカは生き延びる術を必死に模索していた。

 

 



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116話 断章 リッカとタナトスレーグ その2

 

 回廊遺跡の最下層にて、リッカとタナトスレーグは向かい合っていた。リッカは周辺の機械造りの装置に目を奪われている。古代の文明跡とでも呼べばいいのか、ダンジョン形式の石造りの洞窟内部といった所には不釣り合いな機械類が設置されていたのだ。

 

 回廊遺跡は上層にもこういった機械類の設置物が散見されていた。本来であれば、どういう物なのかを確認したいところではあるが……今はそれどころではない。

 

 目の前のモンスターは当然として、周辺にもレベル200近くのモンスターが徘徊する危険地帯なのだ。リッカは記憶を失っているが、雰囲気として強力なモンスターが出現することは予期していた。同時に、自らのレベルでは勝てないだろうことも。

 

「……隙だらけだ。死ねっ」

「えっ!?」

 

 その時、タナトスレーグからの放たれる渾身の一撃。それは隙を見せたリッカを襲ったのだ。本来であれば、彼女には反応すら不可能な攻撃であった。彼女のレベルでは死を免れることはできない。

 

 しかし、強靭な髪の刃はタナトスレーグの一撃を容易に受け止めていた。そして、2本目の刃が間髪入れずにレーグの腹を突き刺す。

 

「ぐぬ……!」

 

 腹に風穴を開けられたレーグはその場で片膝をついた。赤い瞳になっていたリッカの瞳は元に戻る。

 

「こんな……!? あの時と同じ……」

「……どうやら、貴様を始末することはできないようだ……ぬうっ」

 

 レーグは風穴の開いた腹をすぐに修復させ立ち上がった。そのくらいの傷は傷にもなっていないようだ。だが、奪われた体力まではすぐには回復させられていない。

 

「何処へ行くつもりだ? ランファーリ……いや、リッカと呼んだ方がいいのか?」

「ランファーリ? 誰よ、それ」

「……? 最初、貴様はそのように名乗っていた。二重人格か?」

「はあ? そんなわけ……!」

 

 リッカはレーグの言葉に反応して強く否定してみせる。しかし、続く言葉は出て来ない。自らの中に入っている別人格という感覚は、彼女の中でも持ち合わせていたことだ。いや、二重人格といった単純なものではなく、もっと深い何か……。

 

 遠隔で自らの精神を犯されているような感覚を味わったことは1度や2度ではない。ランファーリという名称に聞き覚えはないが、目の前の怪物がそのランファーリに敗れたのだとすれば、その者が自分の精神を犯している者ということになる。

 

 事実、彼女としても信じられないことであった。ミノタウロスを倒した攻撃も強烈な破壊力を感じさせるものであったが、その攻撃は、レベル900にも達する化け物にも十分に通用しているものだったからだ。

 

 現在のリッカはタナトスレーグの能力を正確に看破しているわけではないが、ミノタウロスよりもはるかに強い相手であることは理解できている。また、先ほどの攻防から、レーグの攻撃は自分には届かないことも理解していた。

 

 とりあえず、自分がすぐに殺される可能性は低い……リッカとしては全く根拠のないことに大声をあげたい気持ちに駆られているが、まずは地上へ出ることを優先させることにした。

 

「あんた、このダンジョンの主なら地上への転送も可能でしょ~? やってくれない?」

 

 転送方陣と呼ばれるアイテムが使用できない。この区画は緊急脱出が不可能な領域であるということだ。

 

 とりあえず脱出について、目の前の怪物に命令をしてみるが、リッカの心臓は今にも破裂しそうになっていた。レベルで言えば現在のリッカは80程度。ミノタウロス戦の時と比較すると大きく向上しているが、まだミノタウロスにも及ばない強さだ。レーグ自身に勝てる可能性など微塵もない。

 

 それだけに、そんな相手への命令は非常に気が引けていた。都合よく、先ほどの能力が発動するかもわからないからだ。

 

「いいだろう」

「え……? う、うん……お願いね」

 

 意外にも素直なレーグの発言。そして、そのままリッカは回廊遺跡の96階を脱出することに成功した。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「あ~~、よかった、出れた~~!」

 

 太陽の見える回廊遺跡の入り口付近。そこに転送されてきたリッカは日の光を見ながら、心から安堵していた。隣には一緒に転送されてきたタナトスレーグの姿もあるので状況は変わっていないが。

 

「ちょ、なんであんたも一緒なのよ!? 怖いんだけど……!」

「私は貴様にやられた……不本意ではあるが、傘下に入る以外に道はあるまい」

「はあ……? いや、私には何がなんだか……」

 

 レーグはリッカの傘下に入ることを承諾した。しかし、記憶のないリッカとしてははるか強大な魔物が近くで徘徊することを意味している為、恐怖以外の何物でもなかった。だが、面と向かって断る勇気もない。

 

「分かったわよ……」

「だが、勘違いするな。貴様が隙を見せた時が貴様の最後だ」

「……」

 

 恐ろしい殺気がレーグより放たれる。リッカは美しい肢体を震えさせながら目線を逸らした。明らかに自らを殺そうとしている怪物……しかし、物理的な事情からそれが出来ないでいるだけだ。そんな怪物であるレーグと行動を共にすることになる。とんでもない程の矛盾がそこには起きていた。彼女としては意味すらわかっていないのだから。

 

「と、とりあえず、アーカーシャに戻るけど……妙な真似しないでよ?」

「いいだろう。どのみち貴様に雪辱を果たすだけが目的だからな。私を生かしたことを後悔させてやろう」

 

 タナトスレーグは、リッカの事情などお構いなしといった口調で話した。レーグからすれば、リッカはリッカであり、先ほどとは雰囲気が違っていたとしても関係ないのだ。同一人物であるとの確証を持っているということになる。

 

「ところで……あんたってなんなの? なんであんなところに……」

「私はフィアゼスの親衛隊の一角、タナトスの亜種に該当する。先ほどの場所の96階層は最下層に位置しているのだ。そこで生まれ、眠っていただけのこと」

「96階層? 嘘でしょ……そんなに下の階層に私が言ってたなんて……」

 

 階層のあまりの深さを聞いたリッカは驚きの声をあげる。彼女が回廊遺跡の調査をする手筈だったことは事実であるが、当然そこまで向かうつもりなどなかった。そもそも、今までの階層で攻略済みだったのは65階層までだったからだ。一気に最下層まで終了した形になる。

 

 

 現在の彼女の80レベルでは、70階層未満の攻略がやっとであった。話しているレーグも言葉の噛み合わない彼女に辟易している様子だ。彼女が自ら96階層にやってきて自分と戦ったのは事実。それらをすっぱり忘れているのだから、非常にやり辛いということなのだろう。

 

「フードで多少は隠れてるけど……その顔で街に行ったらヤバイわね。モルドレッドの警戒網もあるんだし……あんた、高位のモンスターなら、なんか変装とかできないの?」

 

「貴様……本当に殺すぞ」

 

 レーグは自らに無茶な命令をしているリッカを睨みつけた。リッカもその威圧感に言葉を失う。現在の二人のレベル差はそれだけ離れているのだ。

 

「どこか身を隠せる場所はないのか? どこでも良い」

「なら……ナーベル達も向かっただろうし、賢者の森とか行ってみる~? あ、私の仲間に変な真似しないでよ?」

「……ふん」

 

 

 レーグはぶっきらぼうに言うと、彼女から視線を離した。レーグを自分の仲間に会わせることは非常に心配なリッカであったが、あまり考えている時間もない。アーカーシャへの帰還はしばらく保留し、そのまま賢者の森へと向かうことを決意した。

 

 



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117話 断章 ミルドレアとの談話 その1

 

「ていうか、なんで私達が教会の仕事を手伝ってるのよ?」

 

 ソード&メイジの片割れであるアメリアが不満げな声を出した。その相手はアルトクリファ神聖国の神官長ミルドレア・スタンアークだ。近くには苦笑いをしている春人の姿もある。

 

「まあ、そう言うな。ちょうど仕事の話が入っていたのでな。協力してもらっただけのこと。お前たちとしては情報と報酬を受け取れるのだから、文句もあるまい」

 

 そう言いながらミルドレアは氷の槍を創り出しては目標に向かって撃ち出している。突き刺さる目標は、金色の熊……ゴールデンベアードと呼ばれるモンスターだ。レベルは70にも達しているゴールデンベアードであるが、撃ち出された氷の刃はそんなモンスターを容易く撃ち抜いていた。

 

 彼らはゴールデンベアードの生息地である、神聖国の東方に位置する湿原地帯に脚を踏み入れていたのだ。足場を取られる危険地帯であり、戦闘には向かない地形であるが、彼ら程の強さの者達にはそこまでのペナルティにはならない。

 

「相変わらず強いわね。さすがは最強の神官長様って感じ?」

 

 同じくホワイトスタッフから炎を次々と撃ち出しているアメリアは彼を称賛していた。討伐している数で言えば二人は互角くらいだ。向かって来る70レベルのモンスターの軍勢を、全く苦にしている様子はない。

 

 ゴールデンベアードは炎と氷の刃により、相当数が絶命していた。残るのは結晶石と上質な金だけとなっていく。アメリアからの称賛は本来であれば名誉なことだ。彼女ほどの実力者の言葉というのは非常に説得力に満ちている。だが、ミルドレアは嬉しそうな表情を見せなかった。要因は彼の隣で戦っている春人にある。

 

 春人は近距離戦をゴールデンベアードに仕掛けており、3メートルを超える巨体をユニバースソードで一瞬の内に両断していたのだ。スコーピオンの軍勢や闇の軍勢の騎士に比べれば恐れる相手ではなかった。その動きは明らかに自分よりも洗練されている……そんな確信のせいで彼は、アメリアからの称賛を受け取ることが出来ないでいたのだ。

 

「最強という言葉など、もはや意味をなしていない。同じ人間の領域でもこの男が居るからな」

「ミルドレアさん……」

 

 ミルドレアは静かに春人を見据えていた。そんな視線に気づいた春人は一旦、討伐の手を止める。

 

「また強くなっていないか?」

「俺ですか……? えっと」

「マスター、先日の戦いでさらにレベルが上がっているようです。私のレベルが500を超えていますので」

 

 彼らの話に割って入って来たのはサキアだ。無表情ではあったが、どこか春人を称えているのか誇らしげであった。

 

「ということは、高宮春人の実力は1000以上か。いよいよ、化け物として見た方が正確な領域になっているな」

「やめてくださいよ。ミルドレアさんも強くなったんでしょ?」

 

 ミルドレアからの称賛とも皮肉とも取れる言動は春人としてはなんと答えれば良いのかわからないものであった。とりあえず、差し障りのない返答でその場を濁す。

 

「確かに以前よりは力をつけたが、まだまだお前には遠く及ばんさ」

 

 ミルドレアの言葉はどこか儚く感じられた。自らを最強と疑わなかった神官長。その名声は自他ともに認めるほどであり、事実、彼の実力を超える者などほとんど存在していなかったのだ。それは現在でも変わりない。

 

 だが、2か月以上前に起きたフィアゼスの親衛隊との戦いで、自らの実力を持ってしても胃の中の蛙であるところからの脱出はできていないと思い知らされた。

 

 そして、春人の実力だ。春人の存在は、彼の信念が多少なりとも揺らぐきっかけにもなっていた。

 

 

 

「ところで、東の大陸? ていうか島のことだけど」

 

 隣で聞いていたアメリアが、大半のゴールデンベアードを始末できたことを確認しつつ、話を本題へと移した。ソード&メイジはミルドレアに東のアルカディア島の件について質問をしにやって来たのだ。

 

 現在、オードリーの村にはレナ、ルナ、ニルヴァーナが待機している。ゴールデンベアードの討伐は教会が引き受けた仕事の一つであり、ミルドレアはアルカディア島のことを話す代償として、討伐任務の手伝いを提示してきたというわけだ。

 

「アルカディア島……フィアゼスの信奉者の一部の者達が造った人工島だな。確かに、文献の中にその記述は存在している」

「ええ、私たちが知りたいのは、北の方面で活発になっている軍勢がアルカディア島からの者達かってことだけど」

 

 ミルドレアは目を閉じ、なにかを考え始めた。自分が過去に見た文献の中から、最適解を探しているのだ。アメリアと春人もその状態を見守る。

 

「可能性としては考えられるな。特に、その仮面の人物。名をランファーリと言ったのだな?」

「ええ、確かそう言ってたわ。ねえ、春人?」

「うん、確かにランファーリと言ってたね」

「ランファーリ……か」

 

 ミルドレアの表情は一層真剣なものへと変わった。元々、堅い表情を崩すことは少ない為、変化を見つけるのは難しいが。

 

「知ってるんですか?」

「……文献には、島には新たなる神を創造すことに成功したという記載がある。その名も生体兵器ランファーリ……おそらく、偶然ではないだろう」

 

「生体兵器……?」

 

 ミルドレアの言葉に、思わず息を呑んでしまう二人。生体兵器の創造よりも、むしろ驚いているのは新たなる神についてだ。つまりは、信奉者たちはフィアゼスに代わる新たなる信仰の対象を自ら作り上げたということを意味していた。

 

「それって、本当なの?」

「神聖国では否定的だ。事実は事実だろうが、アルカディア島自体が過激派が作り上げた島だからな。新たなる神の創造など、フィアゼス神への信仰の教えにも反している」

「神聖国の立場からすれば受け入れられないってことね」

「ああ、そういうことだ。800年前に創造された島と神だが、その後、しばらくして断絶状態になったらしい。自滅したのか、昔の神聖国に滅ぼされたのかはわからないが、過激派連中は滅んだとするのが通説だ」

 

 ミルドレアは語るが、その言葉は事実ではないことは彼自身もわかっているようだった。春人たちの話を聞いた為だ。

 

「ランファーリという人物が、マッカム大陸に現れた。……最初にアルカディア島を創り上げた連中は、ランファーリ自身に滅ぼされたと見ることもできるな」

 

 長年の通説を崩しかねないミルドレアの発言。しかし、この場の誰もがその言葉に異論を唱えることはなかった。それほどに彼の言葉は的を射たものであったのだ。

 



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118話 断章 ミルドレアとの談話 その2

 

 ミルドレアとソード&メイジ……両者のアルカディア島に関する会話はその後も続けられていた。話し合うほどに、闇の軍勢がアルカディア島からの使者であることに信憑性が出ている。

 

 周辺のゴールデンベアードは全滅しており、現在は彼らが遺した結晶石と金を順番に集めている。

 

「ランファーリ達のところに居たとされる蒼い悪魔のような獣。それも未確認のモンスターであれば、アルカディア島のモンスターである可能性は高い。あの島は日々、強力な魔物たちが自然発生し、戦闘を繰り広げている戦場との見方もあるからな」

 

 

 アメリアと春人は直接確認したわけではないが、ナラクノハナが見たという蒼い獣についてもミルドレアに話していた。群雄割拠の危険地帯……未知なるモンスターであればその場所から来ていることは十分に考えられた。さらにランファーリという名前の者が被ると言うことも考えにくいとすれば、アルカディア島からの使者は少なくとも何体か現れていることになる。

 

「蒼い獣にランファーリと名乗る女か……アルカディア島の神がこちらに攻め入って来ているなら、未知なる実力も含めて、非常に驚異と言わざるを得んな」

「春人だったら大丈夫よ。あの仮面の女には負ける実力じゃないわ。ねえ、春人?」

 

 急に話題を振られる春人は少し驚いてしまった。少し慌てたような口調で彼女に回答する。

 

「あ、うん。確かに……負ける相手ではないかな」

 

 春人は手の甲に「4」という数字の記載された女性の姿を思い出していた。仮面を付けていたので、女性かどうかは確実ではなかったが、名前や声、スタイルなどから、ほぼ確定と考えていた。あの人物が相手であれば負けることはない。春人の中での自信は確信へと変わっていた。

 

「……そうか、その仮面の女がどれほどの強さだったのかはわからないが、仮にも状況的には大英雄フィアゼスの後継者的な立ち位置の人物だ。ふむ……」

 

 ミルドレアは春人の言葉に対して疑問を感じているようだった。春人の実力はよくわかっているが、それを踏まえても、腑に落ちない点があるようだ。

 

 それは春人も同じである。彼女との戦いで、春人はどこか違和感を覚えていたのだ。相手の実体が薄いようなそんな違和感。だが、ランファーリと名乗る人物がそこに存在していたのも事実。春人の中で交錯する矛盾は答えを見い出せないまま右往左往していた。

 

 

「まあいい。それで……ランファーリと名乗る人物以外にもう一人居たらしいな」

「はい。レヴィン・コールテスと名乗っていたと思います」

「レヴィン……」

 

 ミルドレアは再び考え込んだ。その名前にも心当たりがあるような雰囲気だ。

 

「心当たりがあるんですか?」

「……定かではないが。もしも、俺の考えが正しいなら、急いだ方がいいかもしれん」

「どういう意味よ?」

 

 ミルドレアの真剣な言葉に、アメリアと春人も態度を変える。ゴールデンベアードの結晶石をゆっくりと拾いながら会話を続けていたわけだが、すぐに終える必要が出て来たのだ。

 

「俺もその村に向かおう。構わないな?」

「え? マジで? いや……構わないけど」

 

 一瞬考え込むアメリアではあったが、ミルドレアの実力を知っている為に了承することにした。他にも報酬が減る可能性も考慮して、多少嫌ではあったが、そんな態度を前面に出すほど、彼女は愚かではない。

 

 貴重な戦力が1つ増えたことになる。春人もミルドレアが加わることに異論を挟むわけもなく、3人はオードリーの村へと引き返すことになった。

 

 

----------------------------------

 

 

「それは本当ですか?」

「俺としても嫌なんだけどね……なんでこんなタイミングなのかね」

 

 アルフリーズのギルドマスターであるザックの私室にて、ナラクノハナのメンバーであるリグドとディランは居た。ザックと会話をしている。

 

「面白くなってきたと言いたいところだが……こりゃ、流石に不味いんじゃねぇか?」

 

 ディランも珍しく顔が強張っている。レッドドラゴンの時のように「面白い」とは言えないようだ。それほどに彼らの会話は切迫するものであった。3人共、相当に表情が変化していた。

 

「ダールトン市街の裏組織の台頭……まさかこのタイミングで「アンバーロード」が動き出して来るとはね」

「タイミングが良すぎる。奴らは挟撃を狙っているのでは?」

「かもね……やれやれ、闇の軍勢とアンバーロードの挟撃とかシャレにならんわ、ホントもう……。しかも、闇の軍勢の騎士1体のレベルが120以上とか頭おかしいことになってんのに」

 

 ギルドマスターであるザックも何かと気苦労をしているが、流石にこの事態は呑み込みたくないのか頭を本気で抱え込んでいた。レベル120を超える騎士が2000体以上存在しているのだ……彼の悩みはこの先、潰えることはないと言えるものであった。

 

「闇の軍勢がアンバーロードと繋がっている可能性ありか……それはつまり、大陸全土の裏組織との繋がりを意味しているよ。ホントにまいったね……ははは」

「闇の軍勢とアンバーロードが協力関係だとすると……笑えねぇなさすがに」

 

 ディランも敵勢力の大きさを噛み締めているようだ。自分たちを含め、ソード&メイジやビーストテイマーが闇の軍勢の相手をした場合、アルフリーズの守りが手薄になる可能性が高い。そんな時の最強国家の軍隊ではあるが、ディランもリグドもそこには期待していないようだ。

 

「軍隊の連中は、東のアルカディア島の調査の準備で忙しいからね。それ以前に、国内の事件に関しては、なかなか手だしをしないのがマシュマト王国だ」

「軍隊は対外的な最強戦力。それがマシュマトの礎だからな。内務不干渉の理念は俺もどうかとは思うが……」

「不干渉と言っても、あくまでそこまで関与しないということさ。王国にとってみれば、どの組織が頂点に立とうが関係ないんだろう」

 

 リグドは淡々と話すが、それを聞いているディランは軽く舌打ちをしてみせた。間違いのある考えではないかもしれないが、納得はできないのだろう。

 

「まあ、ディラン。俺達はやれることをやればいいさ。ザックさん、国王には進言をお願いします。闇の軍勢の戦力は想像以上だとも伝えておいてください」

「了解。面倒だが、任せておいてくれ。さて、これからちょいと大変かもね。魔力通信の通信機を用意しているよ。これで適宜、連絡を取り合おう」

「どうも。最初からすれば良かったですね」

 

 リグドとディランは複数の通信機器をザックから受け取る。春人達の分も含まれているのだ。これからは緊急を要する連絡が多くなってくるとの予想なのだろう。通常は通信機器は持つ習慣はあまり浸透はしていないが、この時ばかりは違っていた。

 

 それからザックはタバコに火をつけて吸いだした。既に近くの灰皿は彼が吸ったタバコでいっぱいになっている。

 

「レヴァントソードとアルミラージ……あの2組にも動いてもらう必要があるかもね」

 

 ザックは窓から見える景色を眺めながら、静かな口調でそう言った。

 

 



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119話 ラブピースとの決着 その1

 

「……ここは、洞窟の中か……?」

「そうみたいね」

 

 雨水が滴り落ちる不衛生な洞窟の内部。近くには賢者の森を構える天然の洞窟ではあるが、ラブピースのメンバーによって、いくらかの改装は行われていた。

 

 ナーベルとミーティアの二人はそんな決して環境が良いとは言えない洞窟内で目を覚ましたのだ。頑丈な手錠を掛けられており、武器も存在していない。目の前には鋼鉄の鉄格子が見えており、彼女たちでも簡単には出られないことが推測された。

 

 

「まだ命はあるようだな……運が良いと言えばいいのか」

「そうだけど……フェアリーブーストのみんなも気になるわね。生きているといいけれど」

 

 自分たちよりも先に洞窟内に侵入を試みた悟たちのグループ。あの煙幕の中ではそんなやり取りが行われていたのだ。だが、当初の目論見は外れてカイエルとアンバートの二人に敗れたナーベル達は洞窟内に囚われの身となってしまった。

 

 自分たちよりも実力で劣るフェアリーブーストの面々は同じく捕まったと推測することも至極真っ当なことであった。彼女たちも不安の表情を隠せないでいた。

 

「お目覚めかい?」

「命に別状はないようだな」

「お前たちは……!」

 

 鉄格子の向こう側から聞こえる聞き慣れた声。自分たちを倒したカイエルとアンバートが立っていたのだ。ナーベル達の容態を気にしているようだ。

 

「容態を気にしているなんて意外ね」

「死なれては、商品価値が消えてしまうからな。フェアリーブーストによって、何名かの商品が逃がされてしまった。大きな損失だ。お前たちで補填する必要がある」

 

 そう言いながら、カイエルは頭を抱え出した。彼の言葉からもフェアリーブーストは捕まってはいないのだと推測することができる。ミーティアたちにとっては朗報だ。だが、良いことばかりでは決してなかった。

 

「フェアリーブーストは別の大穴を開けて脱出したようだ。見張りに付けていた部下を全員倒しての功績は褒め称えるべきことだが……この者達の命は考えなかったようだね」

「!!」

 

 カイエルがナーベルとミーティアの前に差し出した物……それは生首であった。当然身体から下は存在していない。アレクとエンデ、コウテツの3人分だ。

 

「イリュージョニスト……Bランク冒険者として活躍していたアーカーシャの専属員だね。才能的にはBランクよりも上に行くのは厳しいとされていたようだが……やれやれ。こんなところで人生を終えて、さぞかし無念だろう」

「カイエルの言う通りだ。お前たちが、俺達に負けなければ彼らは助かっていただろうにな」

 

 カイエルとアンバートは見下している雰囲気ではないが、生首をナーベル達に見せた後、それらを無造作に傍らへと投げ捨てたのだ。そこには微塵も躊躇いは感じられない。

 

 ナーベルとミーティアの顔色が豹変する。命のやり取りをする状況では殺されるのは当然のことだ。それは理解している彼女たちであるが、カイエルたちの態度には我慢ができないところがあった。

 

 彼らの言う通り、フェアリーブーストの面々は逃げることに成功したようだが、一歩間違えれば、彼らの生首も存在していたことだろう。それを考えると、彼女たちの敗北は非常に大きな結果であったと言えなくもない。

 

 

「……お前たちが、ただの下衆だということは理解した。勝負のついた者を殺すとは……」

「なにを言っている? これからは大陸の覇権を巡って多くの命が失われるさ。それを考えれば、1つや2つの命が消えたところでどうってことはないよ」

 

 ナーベルの静かな怒りに呼応するかのように、カイエルは挑発をしてみせる。ネオトレジャーの情報の中には、裏組織が動き出したことはまだ入っていなかったが、カイエルの言葉からも、裏組織が覇権を握る算段であることは容易に理解することができた。

 

「命を軽視する考え……それがラブピースの基本理念というわけね。よかったわ、絵に描いたようなクズの集まりのようで。改めて、遠慮する必要がない連中だと理解できただけでも十分よ」

 

 ネオトレジャーのリーダー格であるミーティアの怒りも頂点に達していた。普段は温厚なチームの纏め役にしてリッカの暴走を止める役割を果たしてはいるが、この時ばかりは彼女自身が暴走を開始していたのだ。

 

「……なんだ?」

 

 ナーベルとミーティア。二人の雰囲気が変化したことにカイエルとアンバートも警戒心を強くした。先の戦いでの攻防はお互いが全力であったことは間違いない。余力などは残していなかったはずだ。その上でカイエル達のほうが実力は上であった。しかし、現在の彼女たちの雰囲気は……。

 

 天才……そう呼ばれる者達はしばしば、急激なレベルアップをする時がある。それは強敵との戦闘中やその後に起こることが多いとされてはいるが。

 

 天才の称号を与えられているナーベルとミーティア……彼女たちの実力向上はまさにこの段階で行われていたのだ。ミノタウロスとの攻防を通してもレベルアップは行われたが、カイエル達を通しての戦闘でもさらに行われたということを意味している。

 

 カイエルやアンバートが警戒する程の領域……彼女たちが鉄格子に囚われていることを鑑みても、カイエル達は驚いているといえる……そんな表情を見せていた。

 

「カイエル様! アンバート様!」

 

 そんな時だった。ラブピースの部下と思われる者が血相を変えて、カイエルとアンバートの前に走って来たのだ。緊張の糸は、一瞬だが切れることになった。

 

「どうした?」

「賢者の森から敵襲です! グリーンドラゴンがこちらに迫って来ている模様!」

「なんだと?」

 

 部下からの突然の報告に、カイエルとアンバートの表情は曇りを見せていた。一瞬切れた緊張の糸はすぐに結ばれることになった。

 

 



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120話 ラブピースとの決着 その2

(リッカ視点)

 

 

「でさ、この賢者の森でいいわけ?」

 

「悪くはない。私はモンスターだからな。こういう自然に溶け込む方が自然というものだ」

 

「あそ。なら、いいんだけれど……」

 

 

 タナトスレーグをとりあえず賢者の森に案内したリッカ。レーグ自身もこの森の雰囲気は気に入ったようで良かったと言う現状だ。

 

 

「ところで、食べ物なんかは大丈夫なの?」

 

「私はタナトスと同様、食物を必要としない。暇になれば適当に狩りをすればいいだけだからな」

 

「あ、そうなんだ。それなら安心だけど、冒険者を襲わないでよ?」

 

 

 タナトスレーグの器官は食事を必要としなかった。ほぼ永久に生きられる点もアテナやヘカーテと同じようだ。違うのはその強さや致命傷くらいのものだろうか。タナトスレーグは流石に首を跳ね飛ばされて生きてはいられない。ランファーリが首を飛ばさなかったのも致命傷になるからと感じていたからだ。

 

「なぜ、冒険者を襲ってはいけないのだ?」

 

「あのね……私は人間なんだから、同族が殺されることを容認できないでしょ?」

 

「ふむ、そういうことか。まあ、傘下に入るのだから従うが……お前は本当に人間なのか?」

 

「えっ……」

 

 

 リッカは思わず口を閉ざしてしまった。自らが人間……? 最近の事象もあり、それはとても気になるところだったのだ。ランファーリと呼ばれる存在も気になるところだが……彼女は幼少期の記憶がない。

 

「私は過去の記憶がないのよ」

 

「そうだったのか。興味深い話だ」

 

「それは、私が戦争孤児か何かだと思っていたけれど……もしかしたら、全然違うのかもね」

 

「ふむ、確かに……。お前は記憶がないかもしれないが、確かにランファーリと名乗っていた。幻影素体という言葉も聞こえたな。その中では最強の存在だとも。手の甲に0という数字が見えたが」

 

「えっ? そんなのないけど……」

 

 

 リッカは驚きながら自分の手の甲を確認した。しかし、現在はその数字が消えている。レーグの作り話だという線もあったが、リッカは事実だと考えていた。レベルがはるかに高位なモンスターと普通に話せている段階で既におかしいのだから。自分がランファーリによって作り出され、操られていても不思議ではない。

 

 以前にも格上のミノタウロスを瞬殺したリッカだ。信じてもおかしくない現状だった。今の80レベルのリッカですら、レベル99のミノタウロスには勝てないのだから……。

 

「あ~、考えれば考えるほどおかしくなりそう! アーカーシャに戻って飲み明かしたいわね!」

 

「ならば私も同行しよう。人間の生活に興味があるしな」

 

「はあ? なに言ってんのあんた……?」

 

 

 タナトスレーグからの言葉に理解が出来ないリッカだった。しかし、ドクロの顔ではあるが真剣さが伝わってくる。不思議な印象だった。

 

 

「私はフィアゼスの作り出したタナトスの亜種として生まれたモンスターだ。創造主であるフィアゼスは私のことを知らないだろう。本来ならば生み出される理由のなかった存在……少しだけお前の気持ちが分かるような気がしてな」

 

「あんた……」

 

 タナトスレーグは生みの親にも認識されていなかった存在だ。それがどれほど虚しいことなのか……アテナやヘカーテ、タナトスやケルベロス、フェンリルとは全く違う存在だ。自分は生みだされたのにもかかわらず存在意義がない。

 

 その気持ちはリッカにも通ずるかもしれないものだったのだ。

 

 

「レーグがそんなこと言っても気持ち悪いだけなんだけど……ドクロ顔だし」

 

「お前……本当に殺すぞ」

 

 

 レーグは本気の波動を出すが、現在のリッカには通用しなかった。レーグが攻撃をしても防がれるだけだからだ。それが分かっている為にレーグも攻撃をしたりはしない。

 

 

「アーカーシャには帰りたいと思うけれど、あんたのドクロ顔はどうにかなるの?」

 

「その辺りは魔法で人間の顔に変装できる。モルドレッドと呼ばれる怪鳥が辺りを警戒しているようだが……」

 

「そうね。レナとルナによって召喚されたレベル75のモンスターよ。主に外敵の侵入を防いでいるわ」

 

「ほう、レベル75の怪鳥を複数呼べる存在か。なかなか興味深いが私の変装を破ることはできまい」

 

「なら、いいんだけれど……」

 

 

 リッカとしてはやや心配ではあったが、相手はレベル900にもなる存在だ。レベル75程度のモンスターの警戒を掻い潜ることは容易なのかもしれない。

 

「言っておくけど、中に入って皆殺しとか止めてよね?」

 

「そんなことはしない。心配するな」

 

 

 レーグはそういうが、つまりは彼の機嫌次第だ。レベル900のモンスターが暴れて防げるほど、今のアーカーシャは盤石ではない。リッカとしても自分に危害が及ばなければ、例の強さを発揮できないかもと思っているからだ。最悪な話をすれば、リッカ以外の人間を全滅させることもあるわけだ。レベル400の鉄巨人すら対応ができなかった時点で、レーグの進撃を阻止することなど不可能と言える。彼に勝てる存在は現状分かっているだけでは数人しか存在しないのだから。その中にはサキアと協力した春人も含まれてはいるが……彼は現在、アーカーシャには居ない。

 

「そういえば、先ほどグリーンドラゴン達が暴れていたが……あれは放っておいて良かったのか?」

 

「グリーンドラゴン?」

 

「ああ、5体ほどが居たが」

 

 

 レーグはまったく意識していないようだが、リッカのレベルからすれば大きな出来事だ。レベル110のグリーンドラゴン……以前の春人もそれなりに苦戦した相手。それが5体も同時に出現したのだから。ただごとではないと言える。

 

「それで……無視したの?」

 

「私に向かって来ることはなく、森から逃げ出したようだからな。放っておいたが」

 

 

 グリーンドラゴンは魔法生命体になるので食料には出来ない。そのあたりも分かってレーグは手放したのかもしれない。その気になれば余裕で全滅させられただろうが。

 

「はあ、レーグ……あんたって、色々と規格外だわ」

 

「何を言っている? 私を倒したのはお前なんだぞ? 意味が分からん」

 

 とても矛盾した会話が繰り広げられていたが、常人では理解出来ないというところは共通であった。

 

 

 

------------------------------

 

 

「馬鹿な……レベル110のグリーンドラゴンが5体も現れるなど……!」

 

「奴らは何かから逃れているようにも見受けられます。なにかに脅えている雰囲気がありましたので!」

 

 

 カイエルとアンバートの二人は洞窟から出てグリーンドラゴンの対応に必死だった。しかし、相手は格上で5体も存在しているのだ。そう簡単にはいかない……。

 

 さらに部下から聞いた言葉が気になっていた。

 

 

「何かから脅えているだと……? そんなバカな……賢者の森から逃げて来たとでも言うのか?」

 

 

 カイエルとしても意味の分からない報告だ。しかし、目の前には興奮しているグリーンドラゴンが5体存在していることは間違いがなかった。それをどのように始末するのかに全力を尽くさなくてはならない。

 



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121話 ラブピースとの決着 その3

 

「くっ! グリーンドラゴンが5体も森から出て来るとは……こんなことが」

 

「カイエルさん! どうもグリーンドラゴンは何かから逃げて来たようです!」

 

「はあ、何を言っているんだ?」

 

 

 カイエルは部下からの報告に溜息を吐いた。レベル110のグリーンドラゴンが5体も賢者の森から逃げて来るわけがない。しかし……。

 

「確かに、何か焦っているようだな……」

 

「そうでしょう? グリーンドラゴンからしたら、あり得ない態度です」

 

「……」

 

「グルルルル……!」

 

 

 真相は分からないでいたが、脅えているグリーンドラゴンがどうかなど、この際、どうでも良かった。カイエル、アンバートからすれば排除することに変わりはないのだから。

 

「アンバート……この5体、どうする? 勝てるかい?」

 

「同数以上がいる時点で無理だな。1対1でも勝てない相手だ、レベル的にはな。奇跡的に倒せたとしても相手は5体……どうにもならん」

 

「アンバートの意見は正しい」

 

 

 カイエルもアンバートもグリーンドラゴンが5体の時点で戦意を喪失していた。彼らの場合は死の恐怖よりも、仕事を果たせなくなることの方が重要にはなっているが。逆に言えば、二人を犠牲にしてでも捕らえた者達を安全圏に送り出せればそれは組織としては成功と言える。しかし……。

 

「グリーンドラゴンが1体だけならば、俺達のコンビで倒せたかもしれないが……これは……」

 

 

 グリーンドラゴンに人質など通用するわけがない。洞窟内の者達も含めて全滅する未来が、二人には見えていた。カイエル、アンバートのそれぞれのレベルは70程度だ。グリーンドラゴンと比べてかなり低かった。

 

「くそっ! アインザー様さえ、居てくれたら……!」

 

「ラブピースは幾つもの組織の1つでしかない。トップのアインザー様に期待するのは無理だよ」

 

 

 アインザー・モグレフはレヴィンが誇る三天衆の一人だ。レヴィンが最も信頼する者達の一人ということになる。必然的に様々な組織を束ねる必要がある為、ラブピースだけに構っている余裕はなかった。アインザーが管理する組織の中でもラブピースの売り上げはトップクラスだが、それでも常駐は難しい。

 

 しかし、この時はカイエル、アンバートに勝利の女神が微笑んでいた。

 

「呼んだかな? 二人とも」

 

「この声は……アインザー様!」

 

「まさか、このタイミングで来て下さるなんて……!」

 

 

 まさかの本人登場であった。ちなみに完全なる偶然だ。ある意味では運命と言えるのかもしれないが……。

 

 

「グリーンドラゴンが5体か……二人や他の部下では少々、厳しいかもしれないな」

 

「厳しいどころの話ではないですよ……全滅余裕案件です」

 

「ははは、確かにそうかもしれないな。ふむ、ならば僕が参戦するとしようか」

 

「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

 

 

「ははは、大袈裟だな。君らが死んでしまっては僕としても困るんだ。攫った者達の供給が途絶えて、レヴィンさんに怒られるからね」

 

 

 グリーンドラゴン達は目の前まで来ている。三天衆の一人であるアインザーの参戦……戦局にどのような影響をもたらすのか。

 

 

------------------------

 

 

「私から逃げたグリーンドラゴンは賢者の森の端にある洞窟付近で暴れているようだ」

 

「洞窟……なんだか誘拐犯みたいな連中の姿が見えるし、あそこがラブピースの拠点なのかもしれないわね。ミーティア達の姿も見えないし……」

 

 

 リッカとタナトスレーグの二人は賢者の森の入り口……グリーンドラゴン達の背後付近まで歩を進めていた。リッカは洞窟の存在と、その周辺にいる者達を見て、あそこに攫われた者達がいるのではないかという当たりを付けたのだ。

 

「ミーティアもナーベルも美人だし……万が一、負けていたとしても殺されてはいないはず」

 

 

 リッカは別行動になっていたが、元々は賢者の森で落ち合うことになっていた。しかし、彼女たちの姿が見えない。アジトを先に見つけ、助けに行ったと考えるのは至極当然の発想であった。

 

 

「仲間が危険に晒されているのか?」

 

「その可能性があるってだけよ。洞窟内にいる可能性がありそうね。洞窟の破壊はやめてよね」

 

「仕方がない。ではどうする? グリーンドラゴン達も始末するか? あの連中ではとても勝てそうにないが」

 

「そうね……」

 

 

 レベル80を誇るリッカではあるが、彼女もグリーンドラゴンの1体を倒すことはほぼ出来ない。カイエルやアンバートを含め、見えている連中で今の自分より強い者は居ないと判断していたのだが……。

 

 そこに現れたのがアインザーだ。彼の特殊能力である髪の刃はリッカと同じ技になる。しかし、現在のレベル80のリッカのそれより、はるかに洗練された技をアインザーは駆使していた。それだけで、レベル80を楽に超えることが想定される。

 

「私と同じ技……? いえ、でもあれは……! 私より強い!」

 

 

 リッカも見るだけでアインザーの実力が分かった。正確なレベルは不明だが、グリーンドラゴンの1体を軽く仕留めるその実力は確かだったのだ。

 

「……」

 

「嘘でしょ? グリーンドラゴンをいとも簡単に……」

 

 

 タナトスレーグは無言で見ているだけだが、リッカの驚きは相当なものであった。今の自分よりも確実に強い……同じ特殊能力を使用しているのだから、より分かりやすいということなのだろうか。

 

 

「グオオオオオ!」

 

「ギャオオオオオ!」

 

 

 残りの4体のグリーンドラゴンはアインザーに向かって行ったが、最初の1体と同じ結末を辿ることになった……。

 

 その光景を見たリッカはその場で動けなくなってしまった。

 

 

 

-------------------------

 

 

「流石です……アインザー様。まさか、グリーンドラゴン5体を簡単に倒してしまわれるとは……」

 

「ああ、大丈夫だよ。これでも僕は賞金首ランキング4位になっているからね。それにレヴィンさんの直属の配下にもなれている。このくらいのことは出来ないとマズイさ」

 

「上には上がいる……勉強させていただきました」

 

 アンバートとカイエルの素直な称賛だった。彼らは末端の構成員としてなりあがった者達なので、実力主義を痛感している。真なるトップでレヴィンを含めて尊敬しているのであった。アインザーは22歳と彼らよりも若いが、そんなことは関係ない。

 

「ははは、ありがとう。さて、それじゃあ、中で捕まえている連中を運び出そうか。次に何が訪れるか分からないからね」

 

「そうですね、分かりました」

 

 

 カイエルとアンバートは頷いた。グリーンドラゴンのような存在がまた現れては大変だ。ミーティア達をさっさと移動させようと考えたのだ。

 

 

 

---------------------------

 

 

「グリーンドラゴン達は死んだか。どうするんだ? 奴らに聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

 

 冷静に見ていたタナトスレーグ。しかし、リッカの心の中はたやすく読めたようだ。

 

 

「あんたはさっきの攻防を見ても驚かないんだ? 私は震えが止まらないんだけど……」

 

「ああ……今のお前はそうかもしれんな」

 

 

「……」

 

 

 リッカの震えが止まらないのは事実だった。アインザーと話している二人の存在……その二人も相当に強いと見ているが、アインザー自身は比べ物にならない程にレベルが高い。今までの経験の中であのレベルの者を見たことが果たしてあっただろうか? 強いて上げるのであれば、ジラーク達ということになるが……。

 

 彼女は春人やアメリア、レナ、ルナとは面識がない。こういう態度は仕方ないと言える。しかし、彼女は目の前の存在をすっかりと忘れていた。まあ、モンスターのことは考えていなかったので仕方ないのだが。

 

「そういえば、今までに私が出会った中で最強はあんただったわ……すっかり忘れてた」

 

「殺すぞ、貴様……」

 

 

 この流れはいつものやり取りに近くなっている。タナトスレーグとしては決して冗談ではないが、攻撃しても緊急回避で防がれると分かっているのだ。その後に手痛い一撃が返ってくることも。レベル80のリッカからはあり得ない矛盾した攻撃だ。

 

「あいつらがミーティア達を誘拐したのなら、話を聞かないと駄目ね」

 

「お仲間のことが心配なのか?」

 

「当たり前でしょ、私の大切な仲間よ。殺さない程度に仕留めることは出来る?」

 

「……今のお前の命令を聞くのは癪に障るな」

 

「な、なによそれ……私の命令を聞いてくれるんでしょ?」

 

「ランファーリの命令ならまだしも……私より弱いお前の命令は聞くに値しないと考えていてな」

 

 

 また、知らない存在のランファーリという名前が出て来た。彼を屈服させた存在ではあるのだが、リッカにその記憶はない。それだけに、タナトスレーグも微妙な気持ちを持っているのだ。

 

「ああ、分かったわよ。自分で動けってことね?」

 

「そういうことだ」

 

「使えない奴……いいわよ。私が話を聞きに行くわよ!」

 

 

 今はアインザーは洞窟内に入って行ったところだ。外に残っているのはその配下の二人……アンバートとカイエルだった。今がチャンスとばかりにリッカは動いた。

 



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122話 ラブピースとの決着 その4

 

「で、あんたらは誘拐犯なのね? 間違いないわよね?」

 

「おい、アンバート……この娘は」

 

「ああ、非常に可愛いね。惚れてしまいそうだ」

 

「そういうことじゃねぇだろ」

 

「まあ、そうなんだが……ネオトレジャーの最後の一人でエース格のリッカ・マクマホンだな」

 

 

 既にリッカの名前はバレていた。ネオトレジャーの最後のメンバーだということも知られているわけだ。それだけに、ミーティアとナーベルの二人が捕まっている可能性も増しているということだ。

 

「ミーティアやナーベルは生きているの? 殺したりしていたら、全滅させるけど」

 

「ふふ、なかなか面白い発言だね。まあ、今のところは無事だよ。彼女達を殺すのはラブピースとしてもマイナスになるからね」

 

 ラブピースがミーティアやナーベルをどういうところに売るのか、リッカは容易に想像がついた。下衆め……同時に出て来た感想だ。

 

 

「許さないわ……どこかに売ったりするなんて。私が来た以上は好きに出来ると思わないことね!」

 

「なかなか好戦的なお嬢さんだ。確か年齢は17歳だったかな? 君も誘拐すればラブピースとしてはかなりの儲けになるだろうね」

 

「下衆め……!」

 

 

 リッカは歯を食いしばらせた。アンバートとカイエルの二人を許せない気持ちはさらに増したと言えるだろう。人間を殺すというのに多少の疑問が出ているリッカではあるが、二人の実力を考えた場合に、決して手加減出来ないことは分かっていた。

 

「中に入った奴は確かアインザーよね? 賞金首の……」

 

「おや、流石にバレているか。そういうことになるな」

 

「なら、あんた達も殺して問題なさそうね! 死ね!」

 

「過激なお嬢さんだ。見た目通り勝気な性格みたいだね」

 

 

 リッカの髪の刃はまず、アンバートに向かって行った。彼はそのスピードに驚きながらも骨を外し、軟体運動で避ける。

 

「平気か、アンバート?」

 

「問題はない、カイエル。かなりの速度だが、アインザー様と同じ攻撃だ。あの人の速度に慣れていれば、躱すのはそこまで難しくないさ!」

 

「くっ、なんて奴……」

 

「ほら、隙を見せている余裕はないはずだぜ!」

 

「うっ!」

 

 

 カイエルの軟体運動からの刃攻撃がリッカを襲った。彼女は何とか防御態勢に形を変えた髪でガードする。その後も何度か攻防を繰り返したが、互角の撃ち合いになった。2対1という状況から、ややリッカが不利な状況だが……。

 

 

「くっ! やはり簡単にはいかないわね……」

 

「リッカ・マクマホンか。どうやら、ネオトレジャー最強の戦力であることは間違いないようだ。俺達と言えども1対1では勝つのは難しい」

 

「アンバートの言う通りだ。では、確実に倒すために二人で行こうか」

 

「出来るだけ殺すなよ、カイエル。極上の商品になりそうだからな」

 

「確かに。巷の変態どもの間で相当な値が付きそうだしな」

 

 

 二人の会話に辟易しているリッカだった。彼女はアーカーシャ内でも相当な美人として評判だ。売ればかなりの額で売れることは間違いがなかった。その話を二人はしているのだ。

 

「マズいわね……絶対に負けたくないけど、このままじゃ……」

 

 

 リッカは負ける気など微塵もない。しかし、単純にレベル差を考えた場合、現状では勝つのは難しかった。レベル80程度のリッカとレベル70程度のカイエルとアンバートでの戦いだ。後者に軍配が上がる可能性はどうしても高かった。

 

 遠くで観察しているタナトスレーグは動く気配がない。彼に頼ることは出来なかった。と、そんな時……。

 

 

「リッカ・マクマホンともあろう奴が随分と手こずっているな」

 

「なんだよ。以前は俺に偉そうにしてたくせに」

 

「なっ、あんたらは……」

 

 

 リッカの前に現れたのはヘルグや悟たち「フェアリーブースト」のメンバーだった。

 



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123話 ラブピースとの決着 その5

 

「フェアリーブースト? なんでこんなところに……」

 

 

 リッカは戦いに集中していた為、彼らの接近に気付いていなかった。それはカイエルとアンバートの二人も同じだ。

 

「おいおい、以前に逃げたフェアリーブーストじゃないか! ネオトレジャーの二人を生贄にして逃げられたというのに……また戻って来るとはな!」

 

「アンバートの言う通りだ。わざわざ、死にに来るとはな」

 

「えっ、意味が分からないんだけど……」

 

 

 リッカは意味が分かっていない。確かにナーベルとミーティアは彼らを助けたという事実はあるが、生贄にしたというのは間違いだ。その辺りは敵の発言なので、リッカも本気にはしていない。

 

「俺達ではとても戦える相手ではないが……煙幕を張れるからな。少しは役に立てるかと思う」

 

「あっそ、なら、相手に気付かれる前にさっさとしてくれない?」

 

「お前……俺達が助けてやろうってのに……!」

 

 ヘルグへの言葉遣いで悟は怒っているようだった。しかし、現状はそんなことを言っている状況ではない。

 

「早くして!」

 

 悟の憎まれ口は普段であれば冷静に対処するところだが、今は反論などしている状況ではない。一歩間違えれば、フェアリーブーストの面子が死ぬかもしれないのだ。リッカはその辺りも懸念していた。彼らのレベルはカイエルとアンバートにはるかに及ばないのだから。リッカであれば闘気によるガードで防げたとしても、彼ははとても無理だ。

 

「行くぞ!」

 

「ぬっ!?」

 

「しまった……この状況は……! マズイ……!」

 

 

 フェアリーブーストが現れたことによる一瞬の隙と言えるだろうか。ヘルグが出した煙幕は二人を慌てさせた。単独では勝ち目のないリッカがいるからの反応と言えるだろう。フェアリーブーストだけならば、こんな煙幕などどうと言うことはないはずだからだ。

 

 

「今がチャンス!」

 

 リッカは戸惑ったカイエルとアンバートの反応を見逃さなかった。まずは一人に集中するとばかりに、アンバートを集中攻撃する。

 

「ぬう……! マズイ……!」

 

「てやあああああ!」

 

「がはっ!」

 

 リッカの髪の刃による一撃はアンバートの腹を貫通した。致命傷というほどではないが、重傷を与えたのは間違いない。アンバートはその場に倒れ伏し、その後、動かなくなった。

 

「アンバート! 大丈夫か!?」

 

「自分の心配をした方がいいんじゃない?」

 

「く、くそう……!」

 

 1対1ならば負ける相手ではない……その事実をこの煙幕の間で感じ取り、リッカは一人の攻撃に集中することにしたのだ。それは見事に成功し、残りはカイエルのみとなった。アンバートは死んだわけではないが、最早、戦うことは出来ないはずだ。

 

「助かったわ。とりあえず、すぐにこの場から離れてくれる? 人質とかになったら困るし」

 

「はあ? なに言ってんだよ、残りは一人だろ?」

 

 

 リッカの言葉に反論したのは周りが見えていない悟だった。リッカは軽く溜息を吐く。

 

「あんたらを守りながら戦うのが難しいのよ! 言う通りにして!」

 

「おい、悟。離れるぞ」

 

「わ、わかりました……くそっ」

 

 

 悟はヘルグに促され、不満気にしながらもその場から離れた。

 

 

「はあ、やっと行ってくれたわ。でさ、あんた……覚悟は出来ているわよね?」

 

「貴様……アンバートをよくも! 許さん!」

 

「こっちのセリフよ、この悪党!」

 

 

 リッカは本気でキレている。自分の仲間が危険に晒されたのだから当然だ。アンバートへの攻撃も本来なら殺しても問題なかった。偶然、致命傷を逃れたに過ぎない。そして、二人の攻防はしばらく続き、カイエルの敗北に終わった。

 

「がふ……こんな……!」

 

 

 カイエルも致命傷ではないが、重傷でその場に倒れ伏した。アンバートと違い意識はあるようだが、もうどうしようもないだろう。リッカは勝ちを確信する。他の雑魚達は洞窟内に逃げて行ったが、今は無視することになった。

 

「……」

 

 それは何故か……同じ洞窟内から強力な闘気が流れ込んで来たからだ。そして現れたのは……アインザーだった。

 

「まさか、アンバートとカイエルがやられるとは。娘、君は警戒に値するね」

 

「うっ!?」

 

 

 アインザーより繰り出されるは、リッカと同系統の髪の刃。しかし、その速度は予想以上に速く……リッカはとても避けることが出来なかった。

 



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124話 ラブピースとの決着 その6

 

「はあああああ!」

 

「くっ! 強い……!」

 

 

 アインザーの攻撃をギリギリのところで躱すリッカだった。その躱しのテクニックにアインザーは疑問を覚える。先ほどからの攻撃……リッカは焦りながらも全て捌いていた。これは彼からしても信じられないことだ。

 

 アインザーはリッカのレベルが80程度だとは見抜いている。グリーンドラゴンより劣るレベルの人間。本来であれば自分の攻撃を避けることなど出来ないはずだが……。

 

「これは妙だね……」

 

 

 リッカが手加減しているという様子はない。全力で攻撃しているのは間違いないだろう。しかし、その攻撃はアインザーからすれば楽勝で弾けるレベルだった。それにも関わらず、彼女への攻撃は通じない。これは非常に矛盾な出来事だった。アインザーも疑問を感じずにはいられない。

 

「おかしいね。攻撃と防御の精度がまるで違う……」

 

「はあ? 何言ってんのよ……こっちはあんたの攻撃を弾くだけでも精一杯なのに……!」

 

 

 リッカが嘘を言っているようには聞こえなかった。おそらくは事実なのだろう。それにしても攻撃の能力と防御の能力が違い過ぎる。アインザーはその辺りで疑問を感じているのだ。攻撃は容易に捌けるのに、リッカへの致命傷は与えられない。こんな事態は今まで経験したことがなかった。

 

 リッカのレベルが自分よりも明らかに下……レベル80程度であることはアインザーも看破している。それはやられてしまったが、カイエルとアンバートとの戦いからも明らかだ。

 

 攻撃はそのレベル相当……しかし、現在の防御能力はそれをはるか凌駕しているのだ。こんな矛盾は本当に経験がない。22歳でレヴィンの片腕として賞金首ランキング4位になっている彼だが、驚きを隠せなかった。

 

 

「はあ……はあ……」

 

 

 息を切らしているリッカだが、なんとなく自分の中で起きていることは理解出来ていた。ランファーリと名乗る者がタナトスレーグを倒した時と同じ現象が防御面で起こっているのだ。自分の意識は失われていないことから、操られているわけではない。この現象は自動で行われているのだろうと推察した。

 

「妙な話よね……私を操る得体の知れない奴に、命を助けて貰っているなんて」

 

 

 リッカは本来であればアインザーの攻撃でやられているだろう。現在でも動けているのは、自動防御のおかげなのだ。フェアリーブーストの連中をすぐに退避させて正解だったと言えるだろう。リッカの判断は適切だった。

 

 

「アインザーが出て来ても、レーグは動く気配ないわね……」

 

 

 アインザー・レートルとリッカとのバトルはタナトスレーグも見ているはずだ。しかし、彼はこちらに来る気配がなかった。その行動に対してリッカは怒りを覚える。自分に従うと言っていたのに、なんだこの体たらくは、と。

 

 

「このまま戦っていても、決着は付きそうにないね。僕も忙しくて、そろそろ他のところに行かないといけないんだ」

 

「な、何言ってるのよ? そんなこと言ってどうするつもり? 逃げる気?」

 

「まあ、そのように考えてもらって構わないさ。洞窟内の仲間の無事は保証されるんだ、構わないだろ?」

 

「ふざけないでよ……!」

 

 アインザーの態度にリッカは怒りを覚えた。カイエルやアンバート達を見捨てる行為もそうだが、それ以上にここまで好きにしておいて、去る時は普通に去る……それが許せなかったのだ。アインザーからしてみればラブピースは組織の1つでしかない。このような判断を下すことも組織全体を見ればあり得ることだろう。だが、リッカには到底理解できないことだった。

 

「レーグ! いい加減に手伝ってよね!」

 

 

 渾身のリッカの叫びだった。レーグがこれに反応するとは思っていなかった彼女ではあるが……意外なことにレーグはリッカの前に降り立ったのだ。

 

「ふん。まあ、いいだろう。協力しよう」

 

「お仲間がいたのか? ん……これは……」

 

 アインザーとレーグが初めて対面することになった。その瞬間、アインザー・モグレフに戦慄が走る……。

 

 

「人間ではないのかい? いや、この威圧感は……」

 

「人間ではないという推理は正しいと言えるだろうな」

 

 

 レーグは普段のドクロの姿ではなく、魔法で変化した姿になっていた。外見的には人間そのものなのだが……アインザーは彼の纏う闘気を感じ取り、人間ではないと看破したのだ。そして……。

 

「済まないが、早急に逃げさせてもらおう。じゃあね」

 

 

 レーグの実力を察知したのかどうか……その辺りは不明だが、アインザーはその場から姿を消した。

 

「……去ったか」

 

 

 追うことはおそらく可能なレーグだが、敢えてアインザーの後は追わなかった。

 

「ちょっと、なんで追わないのよ?」

 

「逃げた相手を追う余裕がお前にはあるのか? お仲間が無事かどうかを確認する方が重要だろう?」

 

「うっ……確かに……」

 

 

 タナトスレーグから出た正論……リッカは腹立たしかったが、納得せざるを得なかった。早速、洞窟内に入り、仲間が無事かどうかを確認する必要があるのだから。

 

 

--------------------

 

 

「ナーベル! ミーティア! 無事でよかった!」

 

「リッカ……! 心配をかけて済まなかった……!」

 

「ううん、いいのよ! 本当に良かった!」

 

 

 牢獄から解放されたナーベルやミーティア。リッカは二人に抱き着いて安心を享受していた。ナーベルとミーティアの二人は彼女にとってなくてはならない存在なのだ。寄宿舎の近くで一緒に暮らしているのも頷けるというものだろう。

 

 

「大丈夫なの? 見たところ、そこまで大きな傷は負っていないみたいだけれど」

 

「一応は大丈夫さ、二人ともな。他の被害者たちも命に関わる怪我をしている者はいないようで安心だ」

 

「まあ、それは安心よね。あとは……ラブピースを構成していた奴らだけれど」

 

 

 アンバートとカイエル以外の者達……全員、リッカによって倒されていた。この連中は犯罪者としてギルドに報告することになるが。タナトスレーグは洞窟の入り口で追っ手が来ないかを見張っていた。彼が入口を見張っている限り、その内部はほぼ安全と言えるだろうか。

 

 

「しかし、驚いたな! カイエルとアンバートと言う者達をリッカが倒すとは……!」

 

「ま、まあ、そのくらい余裕よ。一応、フェアリーブーストの協力もあったけどね」

 

 

 リッカとしてはフェアリーブーストの協力があったとは言いたくなかったが、事実である以上は彼らの名前を出さないわけにはいかなかった。彼女もそのくらいの恩義は感じているのだ。

 

 

「フェアリーブーストの協力があったのか? なら、彼らには後で礼を言っておかないとな。まあ、まずはアーカーシャに戻るとしようか」

 

「そうね。他の被害者も気になるし」

 

 

 ネオトレジャーとしては、自分たちだけではないのだ。他の誘拐された者たちもアーカーシャに送り届ける必要がある。そういう意味ではリッカとしても、まだまだ安心するわけにはいかなかった。タナトスレーグの協力は非常にプラスになっていると言えるだろう。

 

 その後、ナーベルとミーティアの二人はタナトスレーグと知り合うことになるが……彼の闘気のすさまじさに恐れおののくことになってしまった。

 

 

 



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125話 アーカーシャにて その1

 

 リッカやナーベル、ミーティア達ネオトレジャーのメンバーは、無事にアーカーシャへと辿り着いた。人質たちの先導が最優先だったため、洞窟にいた誘拐犯達を連れてくることはできなかったが、全員拘束状態にはしている。

 

 すぐにギルドの者達がその洞窟へと向かったのだった。そして、人質にされた者達は各々解放され……ネオトレジャーとしても安心できる時間になったわけだが……。

 

「ええと……レーグさんと呼べばいいのかしら?」

 

「ああ、別に何でもいい」

 

「は、はあ……」

 

 

 ナーベルとミーティアにとっては別の問題が生じていた。二人はタナトスレーグと並んで座っている。正確に言えば対面ではあるが……バーモンドの酒場に来ていたのだ。

 

 

「信じられない……こんなレベルのモンスターが存在しているなんて……」

 

「ナーベルも分かっているのね」

 

「ああ、レベル900と聞いても不思議ではない威圧感だ」

 

 

 二人は正確にレーグのレベルを把握はできなかったが、100よりもはるかに強いことは分かっていた。その後にレーグから正確なレベルを聞いたわけだが……そこまでの驚きはなかった。彼がそれだけの威圧感を持っていたからだ。

 

 

「でもこいつ、決して私達の味方じゃないから。気を許さないようね」

 

「ふん……口の減らないガキだ」

 

「誰がガキよ!」

 

 

 レーグの隣に座っているのはリッカだ。レベル80でしかない彼女がレーグと普通に話しているのが不思議で仕方がなかった。

 

 

「あの、レーグさん? リッカに敗れたから行動を共にしている、と聞いたけれど……本当なの?」

 

 

 ミーティアとしてはそれがまず信じられなかった。リッカの火事場の馬鹿力は回廊遺跡での戦いで見ているとはいえ……限度があるだろうと思っていた。いくらあの時のリッカでもレベル900を誇るモンスターを倒せるとは思えなかったからだ。レベル900を超えるとなると……最早、ギャグにしか思えないレベルになるからだ。

 

 

「信じられんかもしれんが、この女が私以上の実力を有していることは事実だ。どういう原理かはまだ不明な部分が多いがな」

 

「……リッカ、あんたは……何者なんだい?」

 

「その辺りに関しては私が知りたいくらいかもね」

 

 

 ナーベルも驚きながらリッカを見ている。リッカとしても正確に答えることは難しかった。自分の身に何が起きているのか分からなかったからだ。しかし、火事場の馬鹿力というのは案外間違っていないのかもしれない。

 

 

「まあ、とりあえずレーグさんとリッカの関係については置いておいて……このあと、どうしようかしら?」

 

「ラブピースは放っておいても壊滅するだろうし、アーカーシャとしてはとりあえず良かったんじゃない?」

 

「まあ、リッカの言う通りか。それで、私達の今後についてだが……」

 

「は~い。私はソード&メイジに会いに行きたいんだけど!」

 

 

 手を挙げてリッカが発言する。ナーベルとミーティアからすると、頭を抱える事柄だった。

 

「リッカ……お前は高宮春人に会いたいんだな?」

 

「あ、バレた? 別にいいじゃん。ほら、マシュマト王国の方ではやけに高い依頼が出ているって噂だしさ。センチネルのメンバーも高宮春人に会いに行ったんでしょ?」

 

「確かにそんな話があったわね。まあ、マシュマト王国に行くこと自体は問題なさそうだけど」

 

「でしょ、ミーティア、ナーベル。ラブピースの一件は誰か他のチームに任せておけば大丈夫よ」

 

 

 リッカは既に行く気満々のようだ。ラブピースの一件も他の誰かに引き継ぐ気のようだ。

 

 

「引き継ぐのは良いけど、そんなに都合よく相手がいるとは……」

 

「おっす、ネオトレジャー。無事に帰れたみたいで安心したぜ」

 

「あら、ヘルグじゃない。そちらも元気そうで安心したわ」

 

「まあ、おかげ様でな」

 

「……」

 

 

 リッカは少しだけ不満そうな表情になっていた。フェアリーブーストの面々が現れたからだ。ヘルグのことを嫌っているわけではないが、彼女が嫌っているのは別にいた。

 

「よう、リッカ。無事に帰って来れて良かったな」

 

「あんたは……」

 

 悟のことをリッカは毛嫌いしている。どうにも相性が良くない二人。再びバーモンドの酒場で相まみえることになった……。

 



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126話 アーカーシャにて その2

 

「悟あんた……喧嘩でも売りに来たの?」

 

 

 リッカは同じ歳の悟を相手に本当に迷惑そうにしていた。周囲から見れば、あるいは仲が良さそうに見えるかもしれない二人だが、お互いに思い切り嫌っているのが事実だ。二人が恋愛関係に発展することはあり得ないだろう。悟としてもリッカの性格は大嫌いだと言えるからだ。

 

「喧嘩を売る程、俺も暇じゃないんでな。それに……喧嘩を売っても勝てないことは分かっている。お前も変な言い掛かりを付けて、襲って来ないようにな」

 

「……」

 

 

 リッカの眉間にしわが寄った。ナーベルとミーティアはそれを敏感に感じ取り、焦っている様子だ。悟は力でははるかに劣るが、それを自覚しているのが恐ろしいと言えるだろうか。彼はリッカを怒らせる術を習得しているのだ。

 

 ナーベルやミーティアの態度とは裏腹に、タナトスレーグだけはどうでも良いという態度を取っていた。彼からすれば、人間のイザコザなど興味がないのだろう。事実、レーグの興味はアーカーシャにもなく、リッカの強さ……正確には彼女を操ったと思われるランファーリと名乗った者の真相に集約している。その秘密はぜひ知りたいと思っているが、他の情勢についてはさして興味がなかった。

 

 その気になればアーカーシャを全滅させることも可能なレーグではあるが、そのことにも興味がない。ただし、自分の生まれた意味……それがどういうものなのかを知りたいとは思っている。

 

「悟……あんた、少しは強くなったからって調子に乗ってない? 最近はお化けガエルは余裕になったみたいだけど。まだレベル20にも達していないって?」

 

「ちっ……確かにそれは正しいが、別にそれはいいだろ? リッカなんて春人のことが気になって仕方ないって聞いてるぜ?」

 

 

 悟からの返しにリッカの表情が変わった。少し赤らんでもいる。

 

「なによ……あんたには関係ないでしょ?」

 

「そりゃ、関係ないけどよ。親切心から忠告してやろうかと思ってな」

 

「はあ? 忠告……?」

 

 

 リッカは嫌な予感がしていた。認めたくはないが、悟からは無視できない言葉が出て来ると予見できたからだ。悟は春人の同郷……それだけに自分よりも、彼のことに熟知しているのは明白だった。

 

「春人はやっぱモテるからな。有名なところでも、冒険者のアメリアや、この酒場の看板娘のエミルが有力だぜ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 直接の面識はないに等しいが、当然、リッカも知っている面子だった。エミルに関しては先ほどからも接客で目に映っている。外見上の美しさでは自分でも決して負けていないという自信があるリッカだが、この数カ月での絆という部分では大きく負けていた。彼女は春人に会ったことがないのだから。彼の顔は知っているが、実際に話したことはない。

 

「さらに、もう一人の看板娘である委員長……天音美由紀だっているんだ。委員長は春人の初恋の人物なんだぜ?」

 

「……」

 

 自分のことのように話す悟に嫌悪感を抱いているリッカだった。自分の手柄でもないのに、どうしてここまで言えるのか。典型的な寄生虫野郎を思い出した。もちろん悟がそこまで腐った人物ではないことは分かっているが、感情的には似た印象を持っている。

 

「あんたが自慢気になる理由が分からないけど。全て、春人の手柄であって、悟の手柄じゃないんでしょ? それを自慢気に話すとか……バカじゃないの?」

 

「な、なんだとお前……!」

 

 

 今度は悟がリッカに煽られた形だ。怒りはするが、実力的に負けているので彼も言葉でしか返せない。別の意味合いではあるが、案外、良いコンビなのかもしれない。決して恋愛関係になることはないが……。

 

 

「悟もそろそろいいだろう?」

 

「ヘルグさん。すみません」

 

「いや、謝る必要はないが。それより、あんたらは北のマシュマトに行くつもりなのか?」

 

 

 ヘルグからの話題の変更が唐突に行われた。リッカも空気を読んで静かになる。ここからは、それぞれのリーダー同士の会話だ。

 

 

「ええ、マシュマト王国には行こうと思うわ」

 

「そうか。じゃあ、後はラブピースの壊滅とその後の手続きを行える冒険者が必要ってわけだな。イリュージョニストの面子は重傷だからな」

 

「一命はとりとめたようで安心したわ」

 

「ああ」

 

 

 Bランク冒険者のイリュージョニストの面々はなんとか一命は取り留めたが、しばらくは活動が不可能な状態だった。彼らが動けない以上、ラブピースの後始末は難しくなってくる。フェアリーブーストでは少し実力不足だからだ。

 

「俺達だけだと、後始末は難しくなる。ネオトレジャーが参加できないなら……他のAランク冒険者チームに依頼する必要があるかもな」

 

「へえ、自分達の実力をしっかりと把握してるんじゃない。流石はリーダーね。悟とは大違い」

 

「なんだと、リッカ!」

 

「そういう言葉はどうでもいいから。文句あるなら掛かって来なさいよ」

 

「くっ……」

 

 

 怒りを見せた悟だったが、流石にリッカに向かって行くことは出来なかった。彼の攻撃ではリッカの闘気を貫通出来ずにダメージを与えられないのだ。

 

「アーカーシャの専属員として有名だったセンチネルも、アーカーシャから離れてしまったからな。今から戦力になるチームを選ぶにしても……」

 

 

 ラブピース討伐に参加した冒険者チームはイリュージョニストやネオトレジャー、フェアリーブーストになっている。他のチームは全く参加していないのだ。今から新たにチームを招集するのは難しかったが……」

 

「へいへい、俺達のことを忘れていないか?」

 

「ふふ、確かにそうだな」

 

「ふぉふぉふぉ、若い者達だけで行うのは微笑ましいがの。偶には頼ってもらっていいんじゃよ?」

 

 

 そんな場面で現れたのは……Sランク冒険者のブラッドインパルスの面々だった。

 

「じ、ジラークさん達……どうしてここに?」

 

「なに、偶然ではあるが、お前達の話を耳にしたからな。リッカ達は春人に会いに行くのか? センチネルの二人と同じだな。彼らも俺に挨拶をして行ったが」

 

 

 センチネルの二人……アルマークとイオの二人は一足早くアーカーシャから出ていた。他の専属員を信頼しての行動ではあるが、もしも、何か不足の事態が起こった時の事を考えてジラークには挨拶をしていたのだ。

 

 

「レベル75のモルドレッド達では処理しきれない事態……そういうことを想定して、俺に挨拶をして行ったわけだがな」

 

 センチネルの二人もジラーク達の実力を信頼していたことになる。しかしそれは、ブラッドインパルスに責任が集中することでもあった。先のラブピースの騒動といい、彼らが関与出来ない事態はどうしても起こり得る。

 

「ネオトレジャーの面子もしばらくアーカーシャを離れるとすれば……なかなか、俺達の存在が重要になってしまうな」

 

「それは……」

 

 リッカ達からすれば、Sランク冒険者の彼らに評価されるのは嬉しいことだった。でも、それだけに申し訳ないと思うことも出て来てしまう。

 

「リッカを初め、お前達は事実上は他のAランク冒険者よりも強いからな」

 

 

 ジラークの言葉は事実であった。ネオトレジャーの面子はSランク冒険者を除けば最強格と言える実力に達している。

 

「それはとても嬉しいことですが、私達も常にアーカーシャの近くには居れませんので……」

 

「確かにその通りだな、ミーティア。だから、春人に会うというのはお前達の経験になると思う。是非、行って来てくれ」

 

「ジラークさんに言われると自信に繋がるわ。これで、心置きなく春人に会いに行けるわね!」

 

 

 ジラークに認められたからか、リッカも満足しているようだった。若い冒険者はジラークが初恋になることが多い。リッカの場合は尊敬の対象というだけで、初恋自体は会ったこともない春人になるわけだが。例え恋にならなくともジラークは尊敬の対象になることが大半なのだ。それだけ大人の魅力を持っているということだろうか。

 

「ま、会いに行けばいいんじゃねぇの? 春人のモテっぷりを見て絶望するのも経験だろ」

 

「……」

 

 少しだけ不機嫌になるリッカだった。悟から言われたので余計にだ。

 

「まあ、リッカも落ち着いて。モルドレッドにブラッドインパルスの方々が居てくれれば、アーカーシャは大丈夫そうなんだし。ラブピースも崩壊するだろうから余計に安心ね」

 

「まあ、これで心置きなく行けるってわけよね」

 

 

 誘拐事件のアジトを陥落させたのだから、これ以上、ラブピースを維持することは出来ないはずだ。ブラッドインパルスが跡継ぎをしてくれるのであれば猶更だ。

 

 

「春人の奴は……全く羨ましいよな。ただでさえ、アメリアちゃんにイングウェイ姉妹と旅に出ているんだぜ?」

 

「確かにな。偶然だろうが、ハーレム状態になっているな」

 

「それに加えてセンチネルのイオちゃんにリッカちゃん、ミーティアちゃん、ナーベルちゃんだろ? 周りが女ばっかりじゃねぇか」

 

「まあ、アルマークもいるがあいつはイオと繋がっているしな。ふむ、なかなか面白そうだ」

 

 

 ジラークも思わず舌を巻くほどであった。普通の男からすれば小石を連続で投げたい気分になるだろう。それくらい羨ましい状況だと言える。

 

「ったく、春人の奴……昔とは全然違うじゃねぇかよ」

 

「そんなに昔とは違うのか?」

 

「ええ、まあ。苛め……じゃなかった。大人しい奴でしたからね、以前は」

 

 

 悟は呆れながらも苛められていたという発言は止めておいた。彼なりの優しさと言えるのかもしれない。発言したところで誰も信じないというのも含まれてはいるが。

 

「大人しい奴ね……今でも性格的には大人しいみたいだが、かなりの戦闘狂らしいとも言われているな。案外、二重人格かもしれんぞ」

 

「はは、どうですかね」

 

 普段の態度と戦闘面での態度では全く違うという意味では正しいのだろう。悟も春人の通常状態は何度も見ているのでそれは分かっている。

 

 彼の現状は元々がリア充である悟からしても羨ましい状況だった。彼が最終的に誰を選ぶのか……とても重要な気がしている。場合によっては血みどろの争いになるかもしれないからだ。

 

 

 その後、程なくしてネオトレジャーの面子は北に向かい旅立って行った。タナトスレーグもそれに付いて行っている。春人を中心として実力者たちが集まっているのである。

 



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127話 春人は敵を作る その1

 

「おい、リグド……俺はやっぱり納得できないぜ」

 

「ああ、俺も気持ちは同じさディラン」

 

「まったく、男どもは……」

 

 

 ナラクノハナのディランとリグドの会話だった。オードリーの村での会話ということになる。彼らの会話は春人の現状に関することだった。

 

 

「高宮 春人……ったく、羨ましい限りだな!」

 

「まあ、彼はそのつもりではないんだろうけどね。タイミングが悪かったね」

 

 

 ディランとは違って、リグドは春人に寛容的だった。まあ、それでも我慢できない点はあるようだが。その要因は春人の周囲の環境に寄るところが大きかった。

 

「へ~~、あんたが高宮春人なんだ」

 

「え……そうだけど。ええと……?」

 

「ああ、私はリッカ・マクマホンよ。年齢は17歳だからあんたと同じかしら? よろしくね!」

 

「あ、うん。リッカね……よろしく」

 

 

 Bランク冒険者であるネオトレジャーのリッカ。春人に会いにナーベルやミーティアと共にオードリーの村を訪れていたのだ。その中でもリッカはややテンションが高かった。お気に入り……というか、自分と同じ歳で上位にいる春人に興味が湧いていたというのが大きいが。

 

「へ~~~、ふ~~ん」

 

「な、なに……?」

 

 

 リッカはマジマジと春人の顔を見ている。そのしぐさに春人は顔を赤くした。近くに立っているアメリアやレナ、ルナはあまり面白くない表情をしているが……。

 

「レナ、あの女は危険だと思う」

 

「まあまあ、ルナ。そんなこと言うものではないですよ。Bランク冒険者のネオトレジャーの面々がお越しになったのですから」

 

「でも……」

 

 普段は無口なルナだが、リッカの態度を見て少し慌ただしくなっているようだった。彼女にしてはめずらしいことと言えるだろうか。本気の意味合いで春人のことが好き、というわけではないだろうが、それでも容認できない何かを感じたのかもしれない。そういう意味ではレナの方が冷静だった。

 

「意外と春人さんのこと本気なんですか? ルナは」

 

「え……ど、どうだろう……」

 

 レナの質問に顔を赤くしてしまうルナ……そんな様子を冷静に見ているのはアメリアだった。

 

「まったく春人は……あのスケコマシ」

 

 

 アメリアはやはり面白くないという様子で春人を見ているのだった。正式に付き合っているわけではないにしても、心を通わせている関係だ。面白くない部分はどうしても出てしまうのだった。彼女はまだ正妻の余裕を見せることはできないのかもしれない。

 

「けっこう好みの外見かも! 二枚目かどうかは置いといて可愛らしいし!」

 

「え、ええ……それって俺のこと?」

 

「当たり前でしょ、他に誰がいるのよ」

 

 

 春人の周囲には基本的に女性しかいない。リッカが言った言葉は全て彼に集約しているのだ。いじめられた経験もある春人としては受け入れがたい言葉だった。好みの外見……こんな美人に言われれば猶更、受け入れがたいと言えるだろう。実際問題、春人の外見は高校生をしていた時と比べてかなり違ってはいるのだが、本人にその自覚はないのだ。少し筋肉質になりポジティブな表情になっている。それだけで人間は変われるということを彼はまだ分かっていなかった。

 

 

「春人ってアメリアと組んで、ソード&メイジを名乗ってるのよね?」

 

「う、うん……そうだけど」

 

「アメリアってあの女よね。流石に美人ね……その近くにいるのはビーストテイマーの二人かしら?」

 

「そうだよ。レナさんとルナさんだね」

 

「ふ~~ん。これは強力なライバルかもしれないわね。ちょっと挨拶に行ってくるわ」

 

「えっ、ライバル……?」

 

 

 春人としては意味が分からないことだったが、リッカにしてみれば強力なライバルであることは間違いなかった。ここに春人を巡る女の戦いが繰り広げられることになるのだ。

 

 

「おい、リグド……」

 

「あれは……羨ましいね。許せないよ」

 

「まったく……男って連中は……」

 

 

 ニルヴァーナは溜息を吐いていたが、リグド達にとってこの光景は許しがたいもののようであった。自然と敵を作ってしまう春人なのかもしれない……。

 



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128話 春人は敵を作る その2

 

「やっほ~~、私はリッカ・マクマホンって言うの。よろしくね!」

 

「は、はあ……」

 

 

 怖いもの知らずのリッカはアメリアやレナ、ルナに挨拶をしていた。ネオトレジャーの他の面々は気が気でない印象だ。

 

「大丈夫なのかしら……リッカは……」

 

「まあ、あの子は怖いもの知らずだしね……」

 

 

 同じチームのナーベルとミーティアは怖いもの知らずのリッカに驚いているようだった。ある程度は強気に行くとは考えていた二人だが、リッカの態度が予想以上だったからだ。春人を巡る戦いが始まったと言えるのかもしれない。ナーベルやミーティアにはとても立ち入ることができないものだった。

 

「えっと……リッカって言うんだ?」

 

「ええ、そうよ。あなたはアメリア・ランドルフよね? 私と同じ17歳みたいだけど、こうして話すのは初めてだっけ?」

 

「まあ、初めてだけど……」

 

 

 挨拶をされたアメリアではあるが、リッカの明るさには付いて行けない様子だった。アメリアも明るい性格ではあるが、春人を挟んだ状況では素直になれないのかもしれない。

 

 

「ええと……あなた達が双子のレナとルナよね? 19歳で年上だけど、普通に話してもいいわよね?」

 

「ええ、それは構いませんけど……」

 

 

 レナはリッカの態度に異論を唱えることはなかった。しかし、ルナはそうはいかない。

 

 

「駄目。年下なんだから敬語を使って」

 

 

 と、めずらしく反論をするルナだった。こういう態度は彼女としてはめずらしいのだ。事実、彼女よりも年下であってもタメ口を容認した事例があるのだから。レナとしても意外なことだった。基本的に彼女達は多少の年齢差は気にしないからだ。

 

「ルナ……?」

 

「とにかくダメ。敬語で話して」

 

「え~~? めんどくさいんだけど? 2歳しか違わないんだし、別にいいじゃない」

 

「……」

 

 

 ルナはかなり不満気な様子だった。レナとしても対応に困る事態だった。

 

 

「もしかして春人のことを気にしてるの? はは~ん、あなたも彼に気があるんだ?」

 

「なっ……!」

 

 

 答えを言ったわけではないルナだったが、その態度は明らかに図星と言えた。アメリアやレナでも分かるほどである。

 

「なによ図星じゃない」

 

「……!」

 

 

 リッカはこういうことにオープンな性格であるため、ルナに気を使ったりはしなかった。悪気があるわけではないのだが、これは性格による違いと言えるだろうか。

 

「べ、別に私は……」

 

「そんなに取り繕わなくてもいいんじゃない? 彼のことがあるから、私に敬語を使うように強要したんでしょ? 少しでも前に行きたいから」

 

 

 リッカはハッキリと述べた。彼女としては悪気のある言葉ではないのだが、ルナにとってはダメージだったようだ。

 

「この女……! 嫌い……!」

 

 

 普段は無口なルナにしてはめずらしく感情を表にした発言だと言える。ここまでハッキリと嫌いということなどないからだ。

 

「リッカ、これ以上は控えていただけますか? ルナも本気になりかねないので……」

 

「わかってるってば。私だってあなた達を本気で怒らせる気はないし……」

 

 

 ルナが怒った様子を感じ取ったのか、リッカは少し引き気味だった。彼女のレベルを考えれば当然しれないが。アメリアやレナ、ルナ達を怒らせたくはないだろう。

 

 

「春人がモテるっていうのはなんとなく分かったわ。ハッキリ言うけど、私は負けるつもりはないから。それじゃあね」

 

 

 そう言ってリッカは立ち去って行った。最後に爆弾を投下したとも言えるが……。

 

 

「リッカ・マクマホン……かなりの美人ですわね。これは大きなライバルが登場したと言えるでしょうか」

 

「どうして私を見るのよ……レナ」

 

「アメリア……流石にこの状況で隠しても意味ないでしょう?」

 

「う……」

 

 

 照れ隠しに否定的な発言をしたアメリアだったが、その内心はしっかりと読まれていた。

 

 

「リッカ……絶対に春人はやれない」

 

「ルナ……いつにも増してやる気ですわね……」

 

 

 いつも以上にルナは感情を表に出していた。その様子にレナは彼女の内心を悟ったのだが……春人を取り巻く女性陣の様子は混沌とした状況になりつつあった。

 



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129話 モテる春人の不幸物語 その1

 

「ねえねえ、春人。今は魔物の料理を作ってるから期待しててよね」

 

「あ、ああ……リッカ、ありがとう。その魔物って……?」

 

「近くの魔物を適当に倒したのよ。まあ、料理には自信あるから期待してくれて構わないわよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 リッカにやや押され気味の春人であった。リッカは周辺の獣を倒してそれを料理していた。彼女はその魔物をまともに調理できる自信があるようだ。モンスターは魔法生命体である為に調理することは出来ない。

 

 その為、通常の獣……熊や狼などが標的にされた。

 

 春人としてはかなり心配ではあるが、彼女の勢いに押されているのであった。そして、春人の元に訪れたのは何もネオトレジャーの面子だけではない。少し遅れた形ではあるが、センチネルの二人も到着していた。

 

 アルマークとイオの二人も到着したのだ。

 

 

「やっほー! 春人さん、お久しぶり~~~!」

 

「春人さん、こうしてまた会えて感激です!」

 

 

 アルマークとイオからの挨拶はとても励みになるものだった。春人としても嬉しくなってしまう。自分と会えただけでこれだけ感激してくれるのは。ただ……今は状況が悪かった。

 

「アルマーク、イオ……久しぶりだね。会えて嬉しいのは俺も一緒だけどさ……あはは」

 

「あれ? なにか問題があるんですか?」

 

「アルマークは周りの雰囲気とか考えた方がいいよ」

 

「ええ、イオ……?」

 

 

 アルマークとは違い、イオは周りの雰囲気がよく分かっているようだった。それは春人にとってもありがたいことだ。

 

 

「リッカ……」

 

「リッカは敵……」

 

 

 アメリアとルナからの視線がとても痛い春人であった。春人の立場からしてみれば苦笑いをするしかないのだった。

 

 

「アメリアさんや……ルナさんでしたっけ? なんだか睨んでいるような……」

 

「アルマーク、つまりはそういうことだよ」

 

 

 現在は近くでリッカが料理を作っていて、それをアメリアやルナが見ているという状況だった。アメリアもルナも実力行使に出ているわけではないが、明らかに視線を感じる事態だ。春人はその状況で頭を悩ませていた。自らに好意を示してくれているリッカを無下にはできないという彼なりの優しさだ。料理を作ってくれているのだから、その料理を見もせずにどこかへ行くわけにもいかない。最悪の状況ではあったが、アルマークとイオの二人が来てくれたのは良かったのかもしれない。

 

 

「アルマークとイオの二人よね? アーカーシャでは有名だし」

 

「はい、そうです。ネオトレジャーのリッカさんですよね?」

 

「そうよ。よろしく」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 アルマークはリッカに特に敵意を見せることなく挨拶をした。彼女が1歳年上であることを理解しての反応だと言えるだろうか。

 

「……」

 

「お連れのイオに関しては敵意が感じられるんだけど?」

 

「いえ……そんなことはありませんが……」

 

 

 イオの方はリッカを認めたくはない雰囲気であった。

 

 

 そこはかとなくイオはアルマークに現状を伝えていた。ようやく彼も周りの状況を理解する。アメリアやルナの視線にアルマークも気付いたのだ。

 

 

「私になにか恨みでもあるの?」

 

「いえ、そういうわけじゃないですけど……すみません、不快な思いをさせて」

 

「別に謝らなくてもいいけどさ」

 

 

 イオの敵意をリッカはさほど気にしていない様子だった。春人としてもその部分は安心していた。

 

 

「それよりもリッカ……彼は……」

 

 

 春人としては女性関係の事柄も気になってはいたが、それよりも重要なことがあった。リッカの近くに座しているタナトスレーグの存在だ。

 

「私の存在に注力するか。やはり只者ではないな」

 

「そっちこそ……」

 

 

 春人はタナトスレーグの実力をある程度は理解していた。自分であれば戦える相手であることも理解している。だが、他の者達では……彼の心配はそこにあった。

 

「心配するな。私は別に無差別に暴れる気はない。お前は他の事柄に注力しているんだな」

 

「なるほど……信じていいのか分からないけれど、それは安心だな」

 

「大丈夫よ、別に。こいつは暴れる気がないのは確かだしね」

 

 

 レベル的な意味合いを考えれば、リッカの言葉はやや不安が残るところではあるが……今は信用するしかなかった。タナトスレーグが暴れたとしてもここにはアメリアやレナ、ルナの他にもミルドレアもいるのだから。何よりも春人がいる。レベル1000を超える存在にタナトスレーグも勝負を挑もうとは思わないわけだ。しかし、もしもタナトスレーグがその気であれば、彼が倒されるまでに何人が殺されることになるのか……そういう不安は大きかった。

 

 そういう意味ではタナトスレーグが暴れないことを願うしかないのだ。春人がいかに強いといっても全ての人物を守りながらは戦えないのだから。

 

「どのみち相当な実力者のようだ。今は暴れないことを祈るしかないね」

 

「マスター、あの者から敵意は感じられません。それにマスターの方が強いかと思いますので、大丈夫です」

 

「といっても、楽に勝てる相手じゃないだろ」

 

「それは……」

 

 サキアはタナトスレーグの強さがタナトスと互角以上なことは看破しているようだった。いかに春人と言えども簡単に倒せる相手ではない。こういったレベルの話に於いて、互いの致命傷、という部分は非常に大きい。春人はその部分では負けてしまうのでより慎重に戦わないといけないのだ。

 

 それでもまともに戦えば春人に軍配の上がる勝負ではあるが。

 

 

「はい、出来たわよ春人」

 

 

 タナトスレーグのことを心配していた春人だが、リッカによって料理がもたらされた。近くの魔物を倒して調理した物であるが……。

 

 

「いい匂いだ……すごい」

 

「獣の出汁にも気を配ったからね。調理器具を持ってきておいて正解だったわ」

 

 リッカはここに来る時に最低限の調理器具や調味料なんかも用意していた。まだ、調味料は使っていないが出された肉料理は香ばしいかおりがしている。出汁によるものらしいが。

 

「あ、ありがとうリッカ。こんな料理作ってくれて」

 

「なによ感謝なんかいらないって。こういうのも互いの親交を深めるのに重要でしょ?」

 

「確かにそうだね」

 

 リッカへの態度が柔らかくなった春人だった。彼女への信頼が生まれたのかもしれない。

 

「春人」

 

「えっ……ルナさん?」

 

 

 そんな時、彼らの前にルナが現れた。

 

「私も料理を作るから……是非、食べてほしい」

 

「えっ……?」

 

 

 なにやら不穏な空気が流れて来た。ルナは明らかに敵意のまなざしをリッカに見せている。春人は苦笑いをするしかなかった。

 



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130話 モテる春人の不幸物語 その2

 

「くそ、高宮春人め……! また新しい女が来たぞ!」

 

「まあ、彼女は連れもいるみたいだし、いいじゃないか」

 

 

 ナラクノハナのメンバーであるディランとリグドの二人。先ほどからの春人の状況について話しているようだった。

 

 

「まああの女はともかくとして、なんでルナまで春人に近づいているんだ?」

 

「ルナに関しては単に対抗心からかもしれないな。う~ん、これは……」

 

「あの野郎! アメリア・ランドルフだけでは飽き足らないとでも言うのか?」

 

 

 リグドはともかくとして、ディランは本気で春人に腹が立っているようだった。彼のモテ振りに言いたいことがあるのだろう。

 

「この男どもは本当にどうしようもないね。単に嫉妬してるだけじゃないか」

 

「おいおい、ニルヴァーナ。俺は別に嫉妬しているわけではないぞ? ディランと一緒にしないでくれ」

 

「おい、リグド! 適当なこと言うんじゃねぇよ!」

 

 

 リグドの答えにディランは不満を持っているようだった。単なる嫉妬ではない。これは男として重要なことだ、とディランはニルヴァーナに語った。ニルヴァーナからしてみればどうでもいいことだが。

 

 

「しかし、ルナ・イングウェイもどうやら春人にはご執心のようだ。ここはニルヴァーナも参戦したら面白いんじゃないかね?」

 

「は? なに言ってんの?」

 

 

 突然のことに驚きを隠せない彼女だった。普段は冷静ではあるが、この時ばかりは動揺していた。自分がリッカやルナと同じく春人争奪戦に参加しろ、というのだから驚くのも無理はないと言える。

 

「いや……別に高宮春人に興味なんてないし」

 

「そうは言ってもな、ニルヴァーナ。あいつのあの強さには興味あるんじゃないのか?」

 

「強さ……」

 

「レベル1000越えと呼ばれているが、最早、信じられないレベルだ。あのアメリアが相手にもならないレベルだからね」

 

 

 ディランとリグドの言う通り、春人自身に興味はなくとも、戦闘に身を置いている立場としては、彼の強さには興味があった。自分も今では負けなしとして活躍しているスナイパーなのだから。1度くらいは話をしてみたいという思いはあったりする。

 

「ま、機会があれば話してみるのはいいかもね」

 

「なんだよ、つれない言葉だな。あいつらから春人を奪うくらいのことを言って欲しいもんだぜ」

 

 

 ディランは単純に春人が許せないだけだ。あんな可愛い子達を連れている……男としては何か思うところがあるのだ。だからこそ仲間であるニルヴァーナに奪って欲しいと思っているのだった。ディランはニルヴァーナの美貌であれば不可能ではないと考えているようだ。

 

 

「……」

 

 

 ニルヴァーナは無言で春人たちに目をやっていた。楽しそうに料理を作ったり食べたりしているようだ。闇の軍勢と戦ったこの場所で料理をしている辺り、随分と肝が据わっていると考えているわけだが……。

 

 

「春人、ウサギを捕らえて来た。すぐに料理するから待っていて」

 

「ルナさん……あ、ありがとうございます」

 

「調理器具とか用意してあるの? なんなら貸してあげようか?」

 

「いらない。あなたの世話にはならない」

 

 

 そう言いながらルナはリッカの提案を断った。それと同時にレナと同じような魔空間を作り出し、そこから調理器具を取り出した。

 

「ずいぶんと便利な能力ね、それ」

 

「私とレナ以外の人はできない……とまでは言わないけど、それなりにめずらしい魔法のはず」

 

 

 ルナは自信満々に語るが事実、魔空間はかなり便利だった。大量のお金や結晶石などもしまっていた時期もあるのだから。

 

 

「すぐに料理を作るから待っていて欲しい」

 

「わ、わかりました」

 

「じゃあ、春人。先に私の料理を食べてよね」

 

「う、うん……」

 

 

 めずらしい獣を仕留めたリッカはとっくに料理を完成させている。アメリアの方向を見ると明らかに睨まれているような気がする春人だったが、ここまできて食べないわけにはいかなかった。単純に好意を示してくれているリッカに悪いということもある。

 

 春人の内心は穏やかではなかったが、戦場ではあり得ない平和な一時が訪れているようだった。

 

 

---------------------

 

 

「高宮春人は忙しいようだな」

 

「まあね。あれを忙しいというのなら、ね……はあ、春人の馬鹿」

 

「うふふ。アメリアの内心も穏やかではありませんわね」

 

 

 春人から少し離れたところに待機しているミルドレアとアメリアとレナの3人。ミルドレアは春人の現状に特に興味がないようだった。彼の興味は別のところにあるのだから。

 

 

「今は闇の軍勢の気配はないのだな。それならばいつまでもこの村に居る理由はないんじゃないのか?」

 

「それはそうなんだけど……レヴィン達の足取りが分かればいいんだけどね」

 

「俺としては東のアルカディア島への遠征に参加したいものだがな」

 

「アルカディア島……今回の闇の軍勢の襲撃とも関係が深そうですものね」

 

「ああ、そういうことだ。なにかしらの手がかりが掴めるかもしれないからな」

 

 

 アルカディア島は現在は文明が滅んでおり、未知のモンスターが闊歩する群雄割拠の場所とするのが通説だ。それだけに遠征に行く場合でも未知の危険が潜んでいた。報奨金の多さでは測れない何かがそこにはある。

 

 

「マシュマト王国が募集してるらしいけど、実際はどんな感じなのかしらね」

 

「なかなか、難しい問題も多いようだよ」

 

 

 アメリアの疑問に割って入って来たのはリグドだった。いつの間にかこちらに接近していたのだ。

 

 

 

「アルカディア島への進軍はマシュマト王国の軍隊が中心で行われる予定だ。つまりは第一陣、第二陣に冒険者で組んだパーティーを乗せるみたいだよ」

 

「二つに分けて出発するってことね」

 

「そういうことだ。船自体は巨大な物を用意してくれるらしいけどね」

 

「ふ~ん」

 

 

 二手に分かれての調査ということだった。アメリアとしては納得はしていない。ミルドレアも同じだろうか。つまりは王国は手柄を独占しようと考えているのだから。マシュマト王国の軍隊が大陸最強であることは分かってはいるが、それでも納得できなかった。冒険者を軽視しているのだから。

 

 

「マシュマトでは裏組織のアンバーロードが動き出しているとの情報があった。これは非常にまずいことだ」

 

「それってつまり、闇の軍勢の台頭と関係あるってこと?」

 

「レヴィンが裏組織の中心的人物。ランファーリの方が闇の軍勢を率いている人物と考えれば合点がいく」

 

「まさかそれって……マシュマト王国を内部と外部から潰そうって考えているんじゃ……」

 

「おそらくそうなんじゃないかな。本来であれば闇の軍勢はもっとマシュマト王国に近づく計画だったと思うよ」

 

「……」

 

 

 オードリーの村を救った為に計画がズレているというところか。アメリアはリグドの考えを纏めていた。

 

 1億5000万ゴールドの依頼だけに簡単にはいかないようだ。それはアメリアにも分かっていたが。彼女の予想よりも大きな事態になるかもしれない。そのような予感も生まれていた。

 



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131話 迫る脅威 その1

 

「どう春人? 美味しいでしょ?」

 

「うん、リッカ。すごく美味しいよ」

 

 

 得体の知れない獣の肉ではあったがリッカが作った料理はとても美味しかった。日本では到底考えられない工程を踏んでいたように思える。それだけでも彼女のスキルの高さが垣間見えた。

 

「ウサギを焼いてみた。春人、食べて欲しい」

 

「ルナさん……これは……」

 

 日本でも見た経験のある料理……もとい生き物だ。日本では一般的にはウサギを食べないので抵抗感が大きかった。調味料などで味付けはされているようだが……。

 

 

 しかし、せっかく用意してくれたのに食べないのでは失礼過ぎる。春人はウサギの肉を頬張るのだった。

 

 

 ……意外にも美味しい。

 

 

「あ、美味しいです……ルナさん」

 

「ホント? うれしい……」

 

 

 控えめなルナからの好意の言葉と言えるだろうか。春人はその言葉に本気の何かを感じてしまった。以前のキャバクラでの発言では異性としては見ていないような発言だったが……今のルナは違うと言える。

 

 

「ふ~ん、それで私の料理とどっちが美味しいの?」

 

「いや……優劣を決めるものではないだろ? 両方、美味しかったでは駄目なの?」

 

「駄目に決まってるでしょ」

 

「駄目、どっちが美味しかったか教えて」

 

「え、ええ~~~?」

 

 リッカもルナも真剣な表情をしていた。その顔を見て春人は二人とも本気なのだと悟る。これはどちらが美味しかったのか答える必要があるだろう。そんな風に考えていた時……。

 

 

「お楽しみなところ悪いんだけど。春人、仕事の話が出て来たわ。イチャイチャするのも一旦、やめてよね」

 

「アメリア……? べ、別にイチャイチャしていたわけじゃ……!」

 

「何言ってんのよ。リッカとルナから料理を振る舞われて楽しかったでしょ?」

 

「あ、いや……それは……」

 

 

 春人としては何も言えなかった。楽しくなかったと言えば嘘になるからだ。リッカとルナからの好意は本当に嬉しいと思っている春人。無下にするわけにはいかなかった。

 

「本命が来たってわけね」

 

「本命と思っているのにあなたは料理なんて振舞ったんだ」

 

「まあ、そういうことになるわね」

 

「まあ、そのことはいいんだけど……」

 

「どうでもいいなら言わないでよね」

 

「……」

 

 

 二人はどこか火花を散らしながらも、スムーズに言葉を交わしていた。春人からすると胃が痛くなる展開ではあったが。

 

「アメリア……仕事の話ということは闇の軍勢のこと?」

 

「そうなるわね、ルナ。悪いけど、春人を巡る抗争は少し止めてもらうわ」

 

「……仕方ない」

 

 

 不満そうではあったがルナは理解したようだ。リッカも特に口を挟むことはなかった。その後、春人達は話を聞かされることになる。

 

 

 

 

------------------------

 

 

 

「裏組織アンバーロードが動いているって……?」

 

「そうよ、マシュマト王国内部でね。北からは闇の軍勢、南からはアンバーロード……最悪な挟撃と言えるかしら?」

 

 

 アメリアの話は予想以上に大きな内容だった。春人達も先ほどまでの雰囲気から一変している。

 

 

「じゃあ、俺達はどうすればいいんだろう? 闇の軍勢とアンバーロードが繋がっていると考えれば」

 

「戦力を分散するしかないわね。でも、それだと問題があるわ」

 

「問題?」

 

 

 アメリアは神妙な顔立ちになっていた。春人としても彼女の言った問題に興味津々だ。

 

 

「戦力分散に伴う総合的な戦力の低下だよ。そういうことだろう、アメリア?」

 

「ええ、そういうことね」

 

 

 アメリアの代弁としてリグドが口を開いていた。彼女の考えを先に読んでいたことになるだろうか。

 

「じゃあ、つまりはここにいるメンバーを分散させないといけないってことよね?」

 

「そういうことになるわね」

 

 

 リッカの疑問にアメリアは答えた。少し嫌そうな表情をしていたのはこの際、ご愛敬だ。

 

「まずいですわね……戦力を分散させるとなると、敵の総力が分からない以上は不安しか残りません」

 

「レナの言う通りだわ。まあ、春人なら単独でもなんとかなると思うけど」

 

 

 アメリアからの絶対の信頼に春人はなんとも返せなかった。

 

「アメリアの言葉は正しいと思います。私も付いているのですから、最悪の場合を想定しても逃げるくらいはできるでしょう」

 

 

 春人の影に潜むサキアも自身満々だった。確かにレベル1000を超える春人ならば単独で行動したとしてもなんとかなるだろう。サキアもいるのでなおさらと言える。

 

 

「それを言うなら、リッカも大丈夫だと思うわ」

 

 

 話に入って来たのはリッカの戦友であるミーティアだった。彼女はリッカの能力を信頼しているようだ。

 

「ちょっと、ミーティア……」

 

「タナトスレーグを支配しているくらいなんだから。それに……アインザーの攻撃も防いだと聞いているけれど?」

 

 

「それはまあ……そうなんだけど」

 

 

 レベル900のタナトスレーグを支配しているリッカだ。彼女も単独で行動することになってもなんとかなるだろうという意見が出るのは自然のことだった。

 

 

「あなたのレベルは?」

 

「一応、80くらいかな」

 

「全然足りないじゃない。私やレナ、ルナですら単独行動は危険かもしれないのに……」

 

 

 アメリアの言葉はリッカの身体を案じてのことだった。いくらタナトスレーグがいるとは言っても、レベル80の彼女を単独にするのは疑問なのだ。

 

 

「まあ、リッカは念のため、単独行動をさせない方向でいいんじゃないかな。それよりも……」

 

「どうしたの、春人?」

 

「闇の軍勢や裏組織と本気で戦うなら……さらに戦力が欲しいところだね。相手の上限が分からない以上は」

 

 

 相手の上限が分からない状況では、どうしても自分達だけでの行動は危険と言えた。さらに戦力を増強することは間違いではない。

 

 

「そうは言ってもさ。新しい戦力なんてそんな簡単には……」

 

 

 アメリアは新しい戦力について心当たりがないようだった。しかし、春人は異なる。

 

 

「いるじゃないか、アメリア。グリモワール王国という存在が」

 

 

 春人の言葉にアメリアは言葉を失う。予想していない言葉が出て来たからだ。

 

 

「本気で言ってるの? 何をされたか忘れたわけじゃないわよね?」

 

「わかっているさ。でも、未知の敵に挑むならグリモワールに協力を要請するのは間違っていないと思うんだ」

 

 

 テラーボムと呼ばれる爆弾を投下した国だ。一歩間違えれば大惨事になっていたかもしれない。それだけにアメリアは眉を潜めていた。

 

 

「闇の軍勢の人数が多すぎることを考えれば、テラーボムの一撃は非常に助かると思うんだ。協力関係になっておくのは悪いことではないと思うよ。闇の軍勢は放っておけばグリモワールにまで行くかもしれないんだし」

 

「それはそうだけど……でも」

 

「いや、悪い話ではないだろう」

 

 

 春人の案に賛成の意を示したのはミルドレアだった。皆、彼の方向に目をやっている。

 

 

「俺達だけで戦う場合、人数不足になる可能性が高い。ここに集まっている面子もレベル差はかなり開いているようだからな」

 

 

 周囲のメンバーを見てのミルドレアの意見だった。ナラクノハナやセンチネル、ネオトレジャーも含めればかなりレベル差があると言えるだろうか。

 

 

「テラーボムという強力無比な一撃を持つグリモワール王国と協力関係になるのは、悪くはないだろう。俺達の戦力増加という面から見てもな」

 

「確かに……悪い案ではありませんわね」

 

「うん、私は春人に賛成」

 

 

 レナやルナは春人に賛成しているようだった。アメリアはあまり気が進まないみたいだが。

 

 

「俺とアメリアで交渉に行くのはどうかな?」

 

「はあ……まあ、確かに強力な助っ人なんて都合よく現れるわけないしね。心当たりのある面子に頼むのは仕方ないか」

 

 

 周囲が賛成気分なことを考慮し、アメリアも折れる形になった。今はマッカム大陸を火の海にしないことが大前提なのだ。アメリアもそれは分かっている。アーカーシャにまで被害が行ってからでは遅い。

 

「神官長という立場で考えれば、俺も行った方がなにかと有利に働くかもな」

 

「ミルドレアさん」

 

 

「お前達が行っている間、敵が攻めて来ないか警戒しておこう」

 

「遠距離なら、ニルヴァーナが得意だ。不意を突かれることはないと思うよ」

 

「交渉の方、任せましたわ」

 

 

 春人とアメリア、ミルドレア。それから影であるサキアがグリモワール王国に向かうことになった。目指すは戦力の増強である。

 



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132話 迫る脅威 その2

 

 砂漠のグリモワール王国……色々と不穏な動きのある国家ではあるが、春人達はその国との協力関係が必要と考え訪れた。

 

 国王であるカースド・リオンネージュへの謁見は難しいかもしれないと思えたが、予想よりも早く実現した。

 

 

「久しぶり……でもないか。まさか、また会うことになるとは思わなかったぞ」

 

「ええと……俺もです。陛下」

 

 

 カースドは春人の姿を見て、明らかに動揺している節があった。ビビっているという言葉が正しいのかもしれない。そんな雰囲気だ。

 

 

「早急の用件があるとマーカスから聞いてはいるが……何用だ?」

 

 

 カースドの隣には化学部門担当大臣であるマーカスが立っていた。それ以外にも魔法部門担当のリヒャルトの姿もある。それ以外には名も知らぬ護衛が複数名いるだけだった。

 

 

 春人側は彼とアメリア、それからミルドレアの3人が訪れていた。サキアも含まれてはいるが影状態になっているので姿は見えない。

 

 

「カースド殿。神官長の立場から言わせてもらいますと、そちらのマーカス殿が開発した新兵器は非常に脅威だと言わざるを得ない。投下された場合、何万人という犠牲者が出るかもしれないからだ」

 

「ミルドレア・スタンアーク殿……」

 

 

 以前のテラーボム投下を契機として各国を牽制しているグリモワール王国。ミルドレアの立場からすれば警戒せずにはいられなかった。

 

「しかし、今は警戒している時ではない。闇の軍勢という勢力を知っているか?」

 

「闇の軍勢? それは確かリヒャルトから聞いてはいるが。なんでも北方の国々を滅ぼしているとか」

 

「その通りだ。話を聞く限りではその軍勢は東のアルカディア島からの敵軍である可能性が高い」

 

「東のアルカディア島……? その島は確か……」

 

 

 カースドの表情が変化した。彼も伊達に一国の国王をやっているわけではない。アルカディア島の伝説も知っているのだ。

 

 

「ランファーリという神に滅ぼされたのではないかという文明だ。それと同名の人物が闇の軍勢にいた……これはおそらく偶然ではないだろう」

 

「そんなことが……」

 

「テラーボムを容認したくはないが、現状では強力な攻撃になるのは間違いない。我々に協力してくれないか?」

 

「……」

 

 

 本来は春人が言うはずの事柄だったが、ミルドレアが代わりに全てを話した形だった。国家の重鎮という肩書きがある為に彼が話した方がいいのは確実だが。

 

「協力か……確かにマッカム大陸全土が脅かされている状況では、国家間の争いなどは些細なものか」

 

「そういうことだ。脆弱な権力争いなどは、平和な時期にしていただけるとありがたい」

 

 

 ミルドレアの言葉は突き刺さるものであったが、カースドとしては言い返せるものではなかった。意味の分からない勢力が迫っているのだ。国家間の争いなどしている状況ではない。

 

 

「お前達の進言は大きなものだが……考えねばならないか。しかし、こちらも単純に首を縦に振るわけにはいかない」

 

「ではどうすれば……?」

 

「彼らと戦ってもらおうか」

 

「ん?」

 

 カースドの合図で現れたのは4人組だった。春人はその顔を知らないが……。

 

 

「レヴァントソードのリーダーのルインスキーだ。お前達からも1人、戦う者を出せ」

 

 

 春人達の前に現れたのSランク冒険者であるレヴァントソードの面々であった。リーダーのルインスキーが前に出ている形だ。

 

 

「うわ……脳筋っぽい連中ね」

 

「これは戦わねばならないということか……」

 

 

 アメリアもミルドレアも頭を抱えてしまったが、現状はそのようである。二人は春人に目をやった。

 

 

「え……俺?」

 

 

 戦う相手。アメリアもミルドレアも春人を指名しているのだ。春人は頭を抱えるしか出来なかった。

 

 



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133話 レヴァントソード その1

 

「ハーミット・ルインスキーだ。よろしくな」

 

「……高宮春人」

 

「変な名前だな」

 

 

 春人とルインスキーの二人は素手の状態で立ち会っていた。春人は自分の名前を変に思われることには慣れていたが、ここで言われるとは思っていない。

 

「冒険者パーティ、レヴァントソードのリーダーなんですよね?」

 

「そういうことだ。お前はソード&メイジのリーダーなんだろ?」

 

「どうですかね。アメリアと二人のパーティなので、どちらがリーダーとかはないですけど」

 

「砂漠の依頼では随分と稼いだそうじゃないか。羨ましいね」

 

「ああ……あれですか」

 

 

 春人はあの時のことを思い出す。メガスコーピオン達との戦いの日々だ。春人からすれば大した相手ではなかったが、通常の冒険者の感覚で言えば、まさに死闘ともいうべき戦闘……命を懸けても倒せないほどの相手なのだから。

 

 

 

 二人はたわいもない会話をしているが、その周囲の方がむしろギスギスしていた。彼ら二人はそれほどでもないのだが。

 

 

「ミルドレア、ルインスキーの強さはどんなものかしら?」

 

「わからんな。見ただけではレベル換算が難しい。自分の強さを隠すことに長けているのかもしれんな」

 

「ふ~ん、まあ春人より強いってことはなさそうだけどね」

 

「あんな化け物が何人もいてたまるものか」

 

 

 アメリアとミルドレアはルインスキーの強さを測りかねてはいたが、春人が負けることはないだろうと考えていた。それでは相手側……レヴァントソードの面子はどうだろうか。

 

 リーダーのルインスキーを除いた3人……男一人の女二人の面子だった。

 

 

「高宮春人……かなりの実力者と見受けられます。ハーミットさんでも果たして倒せるかどうか」

 

 

 レヴァントソードの回復係であるニナ・オールが言葉を発した。春人のことをかなり評価しているようだ。残りは二人……双子のカヤック・デストロイとマジニ・デストロイの二人だ。

 

「僕はハーミットが勝つ方に賭けるかな。あの人が負けるところは想像できないし」

 

「お前もかカヤック。私もあの男が負ける姿は想像できんな」

 

 

 どちらも22歳の男性である。性格はやや異なっているがどちらも冷静沈着なことに変わりはなかった。このチームはハーミット・ルインスキーがムードメーカーになっているのである。4人は自らを正義の味方ではないと語っている。金次第ではどんな汚いことでもやってみせると公言していた。実力が伴っているために厄介この上ないのだが……。

 

「ルインスキーさん、素手での勝負にしませんか? 刃物を持つと色々危ないでしょうから」

 

「武器を使えば俺を殺せると判断したのか? 随分と舐められたものだな」

 

「そんなつもりはありませんが……」

 

 

 春人としては人間にユニバースソードを抜くのは避けたかった。自分が強すぎるための余裕と言えるだろうか。素直に武器を捨てたのはルインスキーの方からだった。しかし……彼は武器を捨てるやいなや、真っ向から突進してきたのだった。

 

「うっ!」

 

「おらっ!」

 

 

 すんでのところでユニバースソードを手放し防御することに成功した。しかし、ギリギリだった。もう少しおそければ春人はパンチをまともに受けていただろう。

 

(こいつ、素手での戦いは素人だな。見たところかなりの実力者のようだが……素手での戦いであれば俺が勝つか)

 

 

 春人の受け流しの技術を見てすぐに素人だと判断したルインスキー。その表情は笑っており、勝利を確信しているようだった。

 



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134話 レヴァントソード その2

 

「行くぞっ!」

 

 勝機を見出したのはルインスキーの方だった。素手での戦いであれば自分に分があるとの判断だ。連続で拳をぶつけていく。

 

「くっ、鋭い……!」

 

「ふん、この程度か!」

 

 

 やや春人からは自信のない言葉が出て来た。その言葉を聞いてさらにルインスキーは攻勢に転ずる。

 

 

「高宮春人は防戦一方ですね」

 

「まあ、本気の死闘ならともかく素手での戦いでハーミットに勝てるわけないさ」

 

「彼は試合巧者だからな」

 

 

 ニナ、カヤック、マジニの3人もルインスキーの勝ちを疑っていなかった。高宮春人の実力は相当なものだとは思っている。それでもルインスキーが勝つと思っているのだ。特に武器を捨てた戦いであった為に余計にそう確信させていた。その判断は正しいのか、春人は防戦一方になっている。たまに攻撃を繰り出すこともあるが、強力無比の剣撃とは違い明らかに威力が足りていない。いや、威力は十分かもしれないがルインスキーには届かないのだ。簡単にいなされてしまっていた。

 

 

「どうした!? 高宮春人!」

 

 

 春人の攻撃をいなしてはすの隙に素早い打撃をお見舞いするルインスキーだった。攻撃をいなされて反撃されるので、上手く防御もできていないのだ。春人としても苦い表情を見せている。

 

 

(この戦い……あの時のことを思い出すな)

 

 

 春人が思い出しているのはトネ共和国の暗殺者ギルドのボスである、クライブとの戦いであった。あの時は彼がハイパーチャージを使ったから驚かされたが、2倍になっても春人の圧勝で終わっている。しかし、素手での戦いが慣れていなかったのは、あの時から共通であった。

 

 しかも、今回の相手は……。

 

 

「はあっ!」

 

「うっ!」

 

 

 カミソリかと思わせるような切れ味の鋭い蹴りが飛んできた。春人は避けるが、後ろの木は真っ二つにされてしまっていた。春人としても本当にカミソリを彷彿とさせる蹴りに驚かされている。

 

 

(強い……流石はSランク冒険者だ。クライブさんよりも強い……)

 

 

 ハイパーチャージを使ったクライブよりも上だと春人は認識していた。先ほどの木をなぎ倒す蹴りの衝撃波といい、常人離れが過ぎているのだから。素手でも余裕で人間を殺すことが可能な殺傷能力だった。

 

 

 このように圧倒的に春人は不利な立場となっていた。素手での戦いを申し込んだがゆえの不利と言えるのだが。言い換えればボクサーと素人格闘家のような違いがあるのは間違いない。

 

「ちっ……!」

 

 

 しかし、ルインスキーの表情にも焦りが見えていた。圧倒的に有利な立場で戦いを行えている彼ではあるが、先ほどから何かを悟ったのか、表情が曇っている。

 

 

「ハーミット・ルインスキーだっけ? あの男、ちょっと焦り始めてない?」

 

「そのようだな。ようやく気付き始めたのかもしれん。違和感……これに気付けるのは流石と言うべきか」

 

 

 アメリアとミルドレアは冷静に話をしていた。二人とも、春人が敗れるとは考えていないようだ。先ほどの劣勢を見ても意見に変わりはない。

 

 

「ハーミット、大分焦っている……どういうこと?」

 

「わからんが、あいつなりの違和感を感じているのではないか?」

 

「私もそう思うが……どういうことだ?」

 

 

 ニナ、カヤック、マジニの3人はどうやら分かっていないようだった。ただ、ルインスキーの変化に気付いているといった印象だ。この段階でルインスキー以外のレヴァントソードの面子の実力が分かるものとなっていた。春人とルインスキーの素手勝負について来ることはできないレベルだということだ。

 

 

「ミルドレア、あっちに居るレヴァントソードの面子だけど……どうやら驚いているみたいね」

 

「そのようだな。ルインスキー以外の面子はレベルはそこまで高くはないようだ。それでもSランク相当ではあるだろうがな」

 

 ルインスキーの焦りに驚いている3人だった。ミルドレアはそのことを看破し、彼らのおおよその強さを算出する。自分やアメリアよりは下と判断したのだ。

 

 

「……ふう、どうしたんですか? 動きが止まりましたよ?」

 

「……」

 

 

 突然、攻撃の手を止めたルインスキーに春人は不可解な表情を見せた。新しい攻撃を仕掛けて来るのかもしれないと思い、ガードだけは崩していない。ちなみにサキアのガードは一時的に解除している。

 

 

「お前……ダメージを受けていないな? どうやら近くに側近の影みたいなのがいるようだが……」

 

「サキアを看破した……? ルインスキーさんは……」

 

「なかなか手練れかもしれません。この男」

 

 

 影状態のサキアが言った。しかし、その口調は特に驚いているという風ではない。春人の半分のレベルの彼女でも負けないことを意味していた。

 

 

「どうなっている。その影が援護しているというわけじゃないみたいだ……なのにどうしてお前は攻撃を喰らわない?」

 

「簡単な話です。あなたの攻撃ではマスターの防御を貫通できないだけのこと。それだけレベル差があるということでしょう」

 

 

 サキアは影状態を解除して人間の姿を現した。ルインスキーに挑戦的な言葉を投げかける。

 

 

「モンスターか、てめぇは……?」

 

「その通りです。名前はサキア。マスターの下僕になります。以後、お見知りおきを。あなたの実力を見ていましたが、マスターの半分のレベルである私よりも弱いかと思われます。どれだけマスターと実力が離れているかはこれでお分かりでしょう」

 

 

「そんな馬鹿な……いや、だが先ほどまでの攻防の結果を考えれば正しいのか……」

 

 

 ルインスキーは拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。叩きつけられた現実を受け入れられないようだ。相当に悔しいのだろうか。

 

 しかし、このまま戦っていてもいつかはルインスキーが負ける勝負ということになる。攻撃の頻度が大きい分、体力を消耗するからだ。春人は防御だけしていればいいので、それほど体力が削られない。そして、改めて感じる春人の闘気の強さ……ルインスキーは生唾を呑み込んだ。

 

 

「くそっ……やめだ……!」

 

 

 攻撃態勢を解除しルインスキーは言った。その言葉で戦いは決着したのだ。春人としては学ぶ部分の大きい戦いであったが、結果的には勝利を収めた形だ。

 



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135話 グリモワール王国の協力

 

 

「ハーミット……! まさか、負けるなんて……!」

 

「信じられない……」

 

 

 驚きの言葉をあげる仲間の元へと戻ったルインスキーだったが、一番驚いているのは彼自身だった。

 

 

「無傷……か」

 

 

 自分は春人からただの一撃も浴びてはいない。それなのに負けを認めざるを得なかった。Sランク冒険者パーティ「レヴァントソード」の頂点に立つ自分が……このような負け方をしたのだ。とても信じられない。春人の潜在能力はどれだけスバ抜けているのか。同じSランクという看板を背負ってはいるが、とても同じランクの相手だとは思えなかった。

 

 ルインスキー生まれて初めての惨敗の経験と言えるのかもしれない……。

 

 

「上には上がいるということか。世界は面白いな……くそっ」

 

 

 苛立ちを隠せないルインスキーだったが、負けたことに関しては素直に認めるのだった。

 

 

「気付けば圧勝というところか」

 

「春人、お疲れ様。楽勝だったんじゃない?」

 

 

 戻った春人を迎え入れたのはミルドレアとアメリアだった。アメリアは分かり切っているという雰囲気を醸し出していたが、春人からすればそうではない。

 

「そんなことはないよ、楽勝だなんて。運よく無傷で決着はしたけど……体術に関しては教えを請いたいくらいだ」

 

「そういう謙虚な態度は春人の魅力だと思うわ。でもね……」

 

「実際の実力差は歴然だったわけだ。殺し合いになればさらに差は開くだろう」

 

 

 アメリアの言葉を補完する形でミルドレアは話した。これが周囲から見た時の印象というわけだ。春人の気持ちはあまり考慮していないが、事実だと言える。

 

 

「人間で春人の相手になりそうな奴はいなさそうね。Sランク冒険者が相手でもあれなんだから」

 

「油断はするべきではないが……悔しいがその通りだろうな」

 

 

 ミルドレアは単純に認めるのは悔しかった。少し前まで自分こそが人間最強だと思っていたからだ。しかし、今回の戦いも踏まえてその考えは修正されていく。今では春人が世界最強の人間だということに疑いの余地はなかった。

 

「俺を倒したあの化け物……アテナと言ったか。今ではあの怪物とも戦えるんじゃないか?」

 

 

 ここでミルドレアは人外の存在を出した。初めての敗北を味わわされた敵の名だ。

 

 

「どうでしょうか? サキアのレベル次第だとは思いますが」

 

 

 アテナのレベルは1200。その値にどれだけ近づいているのか……サキアに聞くのが一番早かった。

 

 

「私のレベルは現在は不透明です。マスターのレベルが逐一変わっているというのが原因だと思いますが。500を超えているのは間違いありません。私のレベルが確定するのはもう少し時間がかかるでしょう」

 

 

 都合の良い展開と言えるかもしれないが……春人の正確なレベルはわからないということだった。

 

 

「まあ、わからないなら仕方ないわね。どのみち、春人が世界最強クラスなのは間違いないでしょ。私やミルドレアよりもはるかに強いわけだし」

 

「悔しいがな……認めるしかないようだ」

 

 

 アメリアやミルドレアは世間では最強クラスと言われている。それよりもはるかに春人のレベルは高いのだ。その事実を考慮すれば春人が世界最強と言われてもおかしくはなかった。さらに、ルインスキーに負けを認めさせた事実もあればなおさらである。

 

 春人は本意ではないがその後も賞賛の嵐に巻き込まれるのだった……。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

「それは、レヴァントソードとしての意見と考えて良いのか?」

 

「その通りです、陛下。彼らとは協力した方がよいかと。国の利益にもなるでしょう」

 

 

 戦いを終えたあと、カースドを説得したのはルインスキーだった。春人達に協力した方がいいという意見を提唱したのだ。

 

 

「やはり協力は必要か……マッカム大陸の危機と言えるかもしれない状況だからな」

 

 

 ルインスキーの意見を経て、カースド・リオンネージュはかなり温和な態度を見せていた。このまま協力してくれるのは間違いなさそうだ。周囲から見てもそのように見える。

 

 

「裏組織アンバーロードと闇の軍勢……それらの脅威をなんとかしないとマッカム大陸での覇権などは夢のまた夢だな」

 

「その通りですよ、陛下。私達に協力してください」

 

「仕方ない。協力するとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 アメリアの言葉でカースドは首を縦に振るのだった。グリモワールとの協力関係がこの時、誕生したのであった。

 

 

「しかし、協力とは言っても私達は何をすればいいのだ? 戦力的な話をすると、レヴァントソードを差し出すくらいしかないのだが」

 

 

 5000年の歴史を誇るグリモワール王国ではあるが、現在はスコーピオンの大群にも手を焼いていたくらいだ。戦力的には大きな期待はできなかった。

 

 

「レヴァントソードを派遣してもらえるのもありがたいですけど……簡単ですよ、テラーボムをお借りできればいいんです」

 

「なに……? テラーボムを?」

 

「そういうことです」

 

 

 アメリアは淡々と話を進めているが、カースドはよくわかっていなかった。自分達の大量破壊兵器をどうするのかということに。

 

 

「闇の軍勢は大量の騎士達で構成されています。その正体はおそらく魔法で作り出された亡霊みたいなもの。私達が投下しても大丈夫な場所にその騎士達をおびき出すので、合図に合わせてテラーボムを投下していただければ、大量の騎士達を葬れると思うんです。それをしていただけるだけでも、闇の軍勢を葬ることは可能かと。生き残った連中は各個撃破で仕留めればいいわけで」

 

 

 アメリアは軽い口調ながら、重要な部分を話していた。闇の軍勢の騎士達を葬ることができれば、それは自分達の勝利へかなり貢献すると考えているのだ。もちろん間違ってはいない。春人やミルドレアも頷いている。

 

 

「なるほど……話を聞く限り、我々が協力できることはそれくらいだろうからな。わかった、共通の敵である闇の軍勢討伐に参加させてもらおう。テラーボムで其方たちを巻き込まないように細心の注意を払おう」

 

「陛下……ありがとうございます」

 

 

 春人達は強力な味方を手にしたことになった。グリモワール王国を完全に信用することはできないかもしれないが、今回の件で下手なことはしないだろう。春人達の考えはそこに至っている。また、レヴァントソードの協力も非常にありがたいと言えるだろうか。

 

 

 これにて戦力は整った。あとはアンバーロードと闇の軍勢に対してどのように戦力を分散させるかということだった。春人達はオードリーの村に戻ることにした。

 



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136話 断章 とある山脈にて

 

 マッカム大陸東に位置するミッドガル山脈。年中、極寒の地域として有名であり、人間の生存能力を楽に超える環境は自然と弱き者を遠ざける。その地域に到達できるのは強き者だけとなっていた。

 

 

「レグルス、グロリア! いるんだろ!?」

 

「アテナちゃん、雪だるま作ろうよ~~~」

 

 

 そんな極寒の地域を物ともせず歩を進め、とある洞穴に辿り着く者達がいた。アテナとヘカーテの二人である。辿り着いた洞穴には二つの大きな巨体が鎮座していた。金竜レグルスと銀竜グロリアの二体である。

 

 

「……フィアゼスの親衛隊か」

 

「そうだぜ。1000年振りじゃねぇか。まだ生きてたんだな」

 

 

 アテナはレグルスと相対しながら語気を強めていた。1000年前に一度、彼らは会っているのだ。

 

 

「……何か用か」

 

「相変わらず辛気臭い野郎だぜ。こんなところに籠ってるから、そんな性格になるんだろうな」

 

「……」

 

 

 アテナは挑発ともとれる言葉を投げかけるが、大陸の調停者は動揺する気配を見せていない。アテナとしても予想通りの反応なのか、彼女も気にしている素振りは見せなかった。

 

 

「ねえ、アテナちゃん、雪だるま~~~~!」

 

「ヘカーテ、お前は遊ぶことしか頭にないのかよ」

 

「え~~~、でもこんな寒い地域に来たんだからさ。遊ばないと損だよ?」

 

「意味がわかんねぇ……」

 

「一体、何用だ?」

 

「ああ、用件だったな。私達は東の島に行く予定だ。それだけ言いに来たんだよ」

 

 

 アテナのその言葉にレグルスは敏感に反応してみせた。グロリアも同じく上体を起こしている。

 

 

「東の島……アルカディア島のことか」

 

「そんな名前だったか。人間たちから聞いた話だけど、そこはジェシカ様とは別の神を創造した島らしいじゃねぇか。今では新たなモンスターが蔓延る地獄とか言われてるらしいが……なかなか楽しそうだと思ってよ」

 

「アルカディア島か~~楽しみだよね」

 

 

 ヘカーテは満面の笑みを浮かべながら尻尾を振り回していた。アルカディア島に行くのも遊び感覚なのだ。アテナは少し様子は違うが、島に行くことに恐怖は感じていない。

 

 

「行くのは自由だが気を付けろと忠告はしておこう」

 

「はっ、大陸の調停者様はこれだから。前はジェシカ様を殺そうと現れたくせによ」

 

「昔の話だ。奴とは話をしてみて秩序を乱す存在ではないと判断できたのだ。国同士の争い程度であれば私達が動くことはないからな」

 

「ふん、よく言うぜ」

 

 

 1000年前に対峙した時には下手をすれば戦闘になる可能性もあった。しかし、現実として彼らが戦うことはなかったが。ジェシカ・フィアゼスがそこまでの悪ではないと判断されたのが大きい。お互いが戦わなかったのは幸運の事態と言えるだろうか。戦えばある地域が消滅するかもしれないからだ。

 

 

 それほどに互いの力量は凄まじいものだった。

 

 

「アルカディア島には我が同胞である黒竜が向かったことがある」

 

「へえ、それは初耳だな。どうなったんだよ?」

 

「わからない……数百年の間、音沙汰無しだ。奴がやられたとは考えにくいが、下手に関わらない方が賢明だと判断した」

 

「……」

 

 

 アテナは何も返すことがなかった。黒竜ことダークドラゴンのディミトリ。それほどの存在が返って来ていないのだ。向こうに住み着いた可能性はあるが、かなり不気味な事態であった。

 

 

「そのくらいでないと面白くないな。ジェシカ様の後釜がどんな顔なのか、拝んでやる」

 

「後釜ってことは二代目ってことかな?」

 

「さあな。向こうはそんなつもりはないんだろうがな。どうやら人間が勝手に祀り上げたものらしいからな。その結果、人間の文明は滅んでるんだとか。かなり過激な二代目かもな」

 

 

 アテナは静かに話した。彼女からしてみればアルカディア島の謎の存在が二代目かどうかはどうでもいいことだ。勝手にフィアゼスの名前を使っているとかそういうことはなかったので、興味の枠からは外れていた。

 

 

「忠告って言えば、私からもあるんだったぜ」

 

「どういうことだ?」

 

 

 話の流れが変わる。アテナは真剣な表情で言った。

 

 

「秩序が本気で乱れたらお前らは動くんだよな?」

 

「……時が来ればな。来たらの話だが」

 

「この大地はジェシカ様の物だ。他の連中に掌握されることはあってはならないぜ」

 

「ずいぶんと身勝手な言い分だな」

 

 

 戦争による国家間の争いを言っているわけではない。アテナが言っているのはもっと本格的な戦いの予兆に関してだった。嫌な予感……大気が乱れ秩序が乱れ狂うことを彼女は敏感に感じ取っていたのだ。ある意味ではレグルス、グロリアと同じ感覚を持っているのかもしれない。

 

 だからこそ、もしもの場合を想定しての話をしたのだった。

 

 

「言いたいことはそれだけだ。んじゃな。行くぞヘカーテ」

 

「ケルベロス達のところに帰るんだね? 雪だるま作りたかったけどな~~~」

 

「お前はそればかりだな本当に。まあいいや、フェンリルのところに戻るぞ」

 

「は~~~~い!」

 

 

 アテナとヘカーテは他愛もない会話をしながら暗い洞穴から出て行った。

 

 

「レグルス、どうするつもりだ?」

 

「いつもと変わりはない。静かに時を待つだけだ」

 

 

 二体の調停者……ゴールドドラゴンとシルバードラゴンはいつもの雰囲気に戻っていた。上げていた上体を元に戻し再び静かに眠るのだ。

 

 ミッドガル山脈にて行われた邂逅……それは静かに行われたが非常に重要なものとなっていた。

 

 

 

 



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137話 闇の軍勢、討伐戦 その1

 

「きゃーーーーーー!」

 

 

 急遽、引き起こされた大爆発。場所はマシュマト王国の首都、アルフリーズであった。近くの住民はパニックを起こし混乱状態だ。爆発の影からは二人の男が姿を現していた。

 

 

「さて、マシュマトの軍隊が集結する前に首都を陥落させてしまうか」

 

 

「レヴィン様、そのお手並みお見事でございます」

 

「ありがとう、シルバ。お前にそう言われると自信になるな」

 

「ご冗談ですかな?」

 

「ふはは、まあ気にするな」

 

 

 裏組織アンバーロードのボス、シルバとその主であるレヴィンがそこには立っていた。本格的に攻めの攻勢に転じていると思われる。

 

 

「北からは闇の軍勢を一斉に突入させる……これではいくらマシュマト王国といえどもひとたまりもありますまい。現在は東のアルカディア島への調査関連で精鋭部隊が出払っている状況ですからな。タイミングといい、完璧かと思われます」

 

「マシュマト王国は馬鹿な国だ。東の調査を進め過ぎるがゆえに自国を危険に晒しているのだからな。陥落させた後にたっぷりと教え込んでやるか。この大陸を掌握するのはマシュマトではないことをな」

 

「よろしいかと思われます」

 

 

 現段階ではマシュマト王国が強力な軍隊を率いていることもあってか、マッカム大陸最強という意見が多いのだ。それを否定しているのがレヴィン率いる連中ということになる。

 

 

 マシュマトは現在、東の島への調査関連で手薄になっている。言ってしまえば単純な話だが、マシュマト王国はかつてないほどの危機を迎えていた。相手が強大な戦力を保有しているところが大きいのだが。

 

 

「北の攻撃は闇の軍勢やランファーリ達に任せてありますが、良かったのでしょうか?」

 

「まあ、その辺りは戦力分散だな。俺達の能力であれば十分にアルフリーズを制圧できるだろう。Sランク冒険者は、どうしても闇の軍勢に注力するだろうからな」

 

 

 アルフリーズを制圧する上でSランク冒険者の存在が一番の障壁ではあった。レヴィンはその辺りも読んで闇の軍勢を全て北の地域に召集したのだ。そうすれば多くの戦力が北に集中すると考えてのことだった。言うなれば北は囮と言えなくもない。

 

 

「そういうことだったか。まあ、戦力の分散は上手くいったと言えるかな?」

 

「私と春人がここに残ったことは成功と言えるわね」

 

「マスター、上手く行ったと思われます」

 

 

 レヴィンとシルバの前に現れたのはソード&メイジの面々だった。その他の人物の姿はない。

 

 

「これはこれは、久しぶりじゃないか。そうか……お前がこちらの担当になったわけか」

 

「確かレヴィンだったよね。俺とアメリア……それからサキアでお前達を止める。そのために来たんだ」

 

「くくく、随分と舐められたものだな」

 

「後悔させてやりましょう」

 

 

 アルフリーズ内部でテロ行為などは起こさせない。ギルドマスターであるザックを通して春人達は準備をしていたのだ。いつでも出撃できるように。彼らの仲間の姿は他にはない。必然的にオードリーに向かったことになる。

 

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

「私達の行動は読まれていたようですね……」

 

「そうみたいだな。どうでもいいことだが……これで思う存分暴れられるというものだ」

 

「なかなかの強敵が混じっているようだよ。油断はしないようにね」

 

「おいおい、闇の軍勢まで従えている俺達が負けるはずないだろうが? せめて蹂躙にならないように祈るばかりだな」

 

 

 オードリーの村からは一定の距離が離れた荒野……そこが戦いの舞台となっていた。敵はランファーリ、グロウ、アインザーの3人に加えて2000体以上の闇の黒騎士が存在していた。

 

 対するは……。

 

 

「あいつらが悪者なわけよね?」

 

「ああ、討伐対象はリーダー格と思しき3名だな。残りの連中は魔法で作られた傀儡に過ぎん」

 

 

 レベル80のリッカがレベル600越えのミルドレアに質問をしていた。レベルははるかに劣る彼女だがやる気は一人前だった。

 

 

「合流地点までおびき出せば勝利になります。皆さま、どうか深追いはしないように……」

 

「そう、深追いは良くない」

 

 レベル410相当のレナ、ルナも前線に立っている。これだけでもかなり豪華な面子を言えるが……。そのはるか後方にはナラクノハナのメンバーも待機していた。

 

 

「ニルヴァーナ、準備は大丈夫か?」

 

「心配はいらないよ。いつでも行けるさ」

 

 

 リグドとディランの二人は通信機でニルヴァーナと会話している。どうやら彼女は更に距離が離れた地点にいるようだ。遠距離射撃を上手く使うのだろうか。

 

 

 それ以外のメンバー……アルマークとイオやナーベル達はオードリーの村の住人を避難させる役割を担っていた。レベル換算での配役というわけだ。

 

 

 お互いの目的ははっきりとした戦闘というわけだ。蹂躙を望む者とそれを阻む者……ある意味では国家間の戦争と似ているかもしれない。そんな戦いがまさに始まろうとしていた……。

 



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