魔軍参謀の憂鬱 (黒岩)
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SS期
剣の王


――SS100年

 

 第2世代メインプレイヤーであったドラゴンが滅ぼされ100年。新たに作られた第3世代メインプレイヤーである人間。彼らの生態も確立されてきていた。

 

 最初は数十人からなる集落を作り生活していた。男達は毎日狩猟に出かけ、女達はそれ以外の雑務と子育て。無論、何もなければこれだけでも生活は成り立つ筈であった。それが難しいのは他の集落との縄張り争いやその他の事情もあるが、それより何よりも魔物の存在が大きい。

 

――――魔王。

 

 魔物達の王であり、この世界に存在する絶対的支配者だ。そしてその配下であり魔王の血を与えられた強大な力を持った魔人。これらを旗頭とし、軍として機能している魔軍の脅威に人類は脅かされていた。

 魔物たちは人間を見つけると襲いかかってくる。男は呆気なく殺され、女は無残に犯される。これが人類が生まれてから数十年経っても変わらない常識だ。

 

 だが、人間たちも指をくわえて黙っているわけではない。彼らは同じ人間たちの集落と手を組み、更に大きな集落を作った。

 元より狩り場の縄張り争いで他の集落との仲は良くもなかったが、魔物の存在により人間達は否応なく徒党を組むことになったのだ。1対1で魔物には勝てない。なら2対1ならどうだろう、善戦くらいは出来るかもしれない。5対1ならどうだ、なんとか勝利を収められるかもしれない。それなら10対1なら、それ以上の数なら、魔物相手でも圧勝出来るかもしれない。

 

 そうして人間達は大きな集落を作りあげていった。後に村や町、国と呼ばれるであろうこの大きな集落のトップは王と呼ばれ、いつも集落の中で一番強い人間が務めていた。強力な魔法を使い、夜において絶対的な強さを持つ亜人、カラーの集落の長である夜の王や、ムシと呼ばれる生き物を何十体も使役し戦うムシ使いである獣の王の武勇伝は遠くの集落にも噂が聞こえてくる程。

 

 さて、そんな中。とある集落にも王が一人。幼い頃から剣を振り続け、数多の魔物を屠ってきた王。

 剣の王と呼ばれる王、その男の名は――――

 

 

 

「王! 王は居られますか!?」

 

 石造りの廊下にドタバタと人の足音が鳴り響く。小走りで自らの集落に仕える王を探す男の表情に余裕はなく、ここまで走ってきたのであろう汗が床に飛び散るのも構わず必死の有様だ。

 

 途中、女中や兵士に聞いた所どうやら私室にいることがわかると一目散にその部屋に向かう。

 やがて数分と経たず部屋の前に辿り着く。

 

「王! 失礼致します!」

 

一声掛けてから、扉を開いた。

するとそこでは。

 

「はい、あーん!」

 

「あ~ん!」

 

「やんっ! もうレオンハルト様ったら変なとこ触らないでくださいよ~」

 

「へっへっへ、いいだろ? ……おっ、ちょっと大きくなった?」

 

「レオン様のえっち~!」

 

「はっはっは」

 

 女中を侍らせて遊んでいる王の姿がそこにあった。

 

「な、なな、何をやっているんですか王――!?」

 

 兵士の声が周囲に木霊した。

 その大声でようやく気づいたのか、女中に膝枕をしてもらいながら別の女中に果物を食べさせてもらっていたこの集落の王である男性――レオンハルトは顔だけを向けた。

 

「……ん、ああっ……んん! ……どうした?」

 

「いや、レオンハルト様? 声だけ厳格にしても全然威厳無いよ?」

 

 女中のツッコミは聞こえていたのであろう、しかし無言のままレオンハルトは兵士を見る。

 この一瞬で、レオンハルトに対するイメージが破壊された兵士はしばらく呆然としていたが、やがて自分の使命を思い出すと気を取り直して報告を初めた。

 

「レオンハルト王! 魔軍です! 魔軍が攻めてきました!」

 

「ん……じゃあ、行くか」

 

レオンハルトは直ぐ様立ち上がると、部屋に立てかけてあった装飾の付いた剣を手に取る。

 

「それで、何処から攻めてきた? やっぱ北か? それとも西か?」

 

「は……はっ! 仰る通り集落の北西から大規模な魔物の部隊が向かってきているようです。王には是非、戦いに出て敵の首級をあげてほしいと長老達が――」

 

「あー、わかった。とりあえずお前はもう先に戻ってくれ。俺も直ぐに向かう」

 

「了解しました! では、戦場にてお待ちしております!」

 

 兵士はその言葉を聞いて、一礼すると直ぐ様、戦場に向かうため走って部屋を後にした。それを見届けるレオンハルトの大きな溜息には当然気づかないまま。

 

 

 

 兵士が立ち去ったのを見て、俺は女中を部屋から追い出し一度頭を抱えた。

……ざっけんじゃねえぞ。

 その言葉は口に出さず、飲み込んだ。

 

 俺、レオンハルトは自分の運命を呪った。というのも俺には特殊な生まれながらの事情があるせいだ。

 俺には所謂、前世の記憶というのがあった。いや、そこまで確かなものじゃない――知識と言うべきか。俺はとある人間の男であり、その世界での普通の人生を送り、一生を終えた。そんな覚えがある。

 これだけならば然程問題ないというかむしろどれほどよかったことか。知りたくない事を知らずに済んだのだから。

 

 何が問題かと結論を言うのならば俺の前世はこの世界ではない異世界の人間であり、更にはこの今俺がいる世界の事が記されており、それを前世の俺が知っていることだ。

 つまりどういうことか、それを説明するにはかなり複雑で難しい。この世界の人間に言っても頭がおかしいとしか思われないだろう。……いや、前の世界でもそれは変わらんか。

 前の世界では、こちらの世界と違いかなり文明が発達した世界であった。そこにはこの世界に存在しない数多の物があり、テレビ、電話、車、冷蔵庫……上げればキリがない程である。

 

 そんな中、ゲームというものがある。説明は出来ん。いや、出来るかもしれんがしたくない。頭がおかしくなりそうになるからだ。

 簡潔に言うならば娯楽、それもコンピューターという精密機械という金属や色んな物質の集合体を使ったもの。うん、これだけじゃ意味がわからんな。

 まあ、ここは然程重要じゃないかもしれん。要はそのゲームという娯楽の中にこの世界を模したモノが存在し、俺はそういった娯楽をたくさん所有しており、それを遊んだことがあるということ。

 

 そのゲームを『ランス』と言う。幾つもの作品が存在し、それらを総称して『ランスシリーズ』とも言われ、一人の男の冒険者が世界を冒険する英雄譚。簡単に言うならそういうものだ。

 そしてその『ランス』の世界観、それがあまりにもこの世界と合致しているのだ。

 まぁ、実のところ前世で言うこの世界は所謂ファンタジーと呼ぶべき世界観であり、その手の話はいくらでもあったのだが、何故その数ある作品の中から『ランス』世界に合致するかと確信出来たのはやはりこの世界が独特であるからだろう。

 

 LVの概念、才能限界、技能LV、ハニーやぷりょ等の魔物、幾つもの存在が俺の中にある知識と完全に一致したため、俺はそれを確信、この世界が『ランスシリーズ』、ルドラサウム世界であると断定したのだ。

 それらを踏まえて俺の状況を前世風に言うならこうだ。

 

 

 俺、ランス世界に異世界転生しちゃいましたっ! てへぺろっ!

 

 ――――ふざけんじゃねえぞごらあっっっ!!

 

 

 この事を思い返す度に俺は自分の運命というか境遇に怒りや嘆きを覚えざるを得ない。そもそも俺の前世があんなへなちょこ野郎だということにむかっ腹が立つっていうのに……。

 というのも俺は確かに転生をしたということになるんだが、それを俺は認めたくない。認めたくなかった。

 何故なら俺は前世の俺ではないからだ。これは自分でも説明しづらいんだが、要約すると『前世の俺は俺という自覚はある』。しかしそれは、『俺と同じ俺ではない』ということだ。

 

 まぁ、難しいし、自分語りに――いや、今更か。まぁ、とにかく聞いてほしい。

 俺はこの世界に生まれた時、なんとも曖昧な意識と自我を持っていた。なにせ前世の知識、経験、記憶があるからな。だが、考えてみてほしい。俺は生まれた時、当然赤ん坊だ。人間なんだから当たり前で、そして赤ん坊であったからこそなのか俺はその記憶が何なのかよくわからなかった。

 俺は脳科学なんかにゃ詳しくないが、多分脳が俺の記憶や知識に追いついてなかったんじゃないかとか考えている。記憶や知識があっても脳が赤ん坊なので上手くそれを出力出来ない。もしくはそもそも完全に記憶出来なかったか。

 

 もしかしたら間違ってるかもしれない。言ったとおり脳科学には詳しくないからな。

 だが、重要なのは俺が事実、そういう自覚が薄い曖昧な状態で生まれてきたことだ。

 前世の俺なんかよりよっぽど頭の良い連中なら理解るだろうし、予測出来るだろうが、俺はその後、徐々にその記憶と一緒に自我を確立させていった。

 

 1歳を半ば過ぎた頃、既に俺の意識ははっきりしていてこの世界を、周囲を認識していた。これは木だ。これは石だ。これは雨だ。この世界の物を前の世界の知識と摺り合せて理解出来た。

 そして同時に俺は前世の俺の事を知った。そしてここが肝心の部分だ。

 短いながらも俺は赤ん坊の頃をこの世界に生まれた赤ん坊の状態で育ってきたんだ。そこには前世の俺も何もない。真っ新な新しい生命だ。それは前世の俺はほぼ介在しないこの世界での俺であり自我だ。

 

 赤ん坊の頃の環境に大きな差はないとか、自我もはっきりとしてないんだから自分という意識も希薄とかそういう疑問は俺も同意するところだ。

 だが、俺は俺という部分だけは曲げられなくなってしまった。前世の俺は俺ではあるもののなんというか、ifの俺という認識だ。

 実際、俺は年を重ねるに連れて前世での環境との違いや肉体のスペックの差からそういう思いが強くなり割り切れるようにはなった。ほら、双子や仮に全く同じクローンがいたとしても育ちの環境の差で全然別の人間になるとか言うだろ? そういう認識だ。

 

 前世でこういう育ち方すると俺ってこんな感じだったんだなーって感じだ。

 という訳で、俺は俺だけど前世の俺は苦い思い出として残ってるという事か。

 さて、長くなって申し訳ないな。こんな話はおそらく二度としないだろうから勘弁してくれ。そもそもさっきも言ったが前世の俺の事はあまり思い出したくもないしな。

 

 最初の疑問に戻ろう。何故俺は自分のこの境遇に悲嘆の感情を抱くのか。

 それはこのルドラサウム世界で最も強大な存在――魔王と魔人。

 これらに虐げられる人間という種に生まれてきており、更に俺はこの集落の王であり剣の王と呼ばれているからだ。

 

 今の時代は力がモノを言う時代であり、弱肉強食の世界だ。

 人間は魔物の脅威に晒されており、手を取りあい魔物を撃退しなければならない。それなら強い人間が先頭に立ち、戦うのは自然な事。かく言う俺も幼少期から自衛の為にも剣を振って必死に戦った。強くなるためにはそうするしかなかったからだ。そして俺には幸いな事に才能があったらしい。戦っていくにつれて直ぐに俺より強い奴は集落にいなくなった。

 

 そして毎日毎日魔物と戦っていく日々で集落の王が魔物に殺されて死んだ。すると直ぐ様、集落の長老達は俺を次の王にと担ぎ上げた。長老達は隠居した王や強さ以外の能力を持った老人達でかなりの権力を持っているため、集落の人間は長老達の言うことに逆らわない。

 というより集落での取り決めや運営は長老達が行っているため、実質一番の権力者は長老達だ。

 王の役目は前線で兵を率いて戦うだけ。俺も長老達には逆らわない。というか逆らっても村八分にされるだろうしな。

 

 自慢じゃないが俺は兵以外の集落の人間から化け物みたいな扱いを受けている。強すぎるため腫れ物扱いだな。さっきの女中達からは好かれているかもと思うかもしれんが、あれは演技だ。俺に媚びていれば多少良い生活を送れるしな。それを分かった上で俺は好きにさせてもらっている。俺も男だし、こういう時くらい王の特権を使って好き放題しないとストレスが溜まる。据え膳は食った方が良いに決まってる。

 

 話を戻そう。俺が長老達を殺すなりなんなりして排除したところで、集落の人間がはいそうですかと素直に言うことを聞くのか。恐怖心から聞くかもしれないが、そういう恐怖政治なんかしたところで俺は仕事が増えて面倒なだけで楽しくとも何ともない。

 

 かといって戦い続けるのは無謀だ。

 魔軍だけなら別にいい。俺も剣技には自信があるし、負けない……と思う。実際ここまで勝ってきているしな。

 だが、戦い続けていると近い内に魔人や魔王が来るだろう。そしたら俺に待っているのは死だ。

 ひょっとしたら魔人には勝てるかもしれないが……戦った事がないためどれくらい強いのか知らんが、今の時代は確か無敵結界が無いためワンチャンある。

 

 だが、魔王は論外だ。勝てるわけがない。戦わないタイプのホラーゲームの敵みたいなもん。

 そもそもこの世界に生きてる存在では勝てるように出来ていない。それくらいめちゃくちゃな存在だ。この世界の主人公であらせられるランスは魔王に勝ったらしいが、魔王もランスもまだ俺自身は見ておらずどれくらい差があるのか分からないが到底信じられないし、未来の事であるため本当に勝てるとも言い切れない。

 

 なんにせよこの世界に生きる者としては避けたい存在であることは確か。

 ならどうするか。戦いに出ず逃げるか? 本心では女でも連れて、適当な所に隠れ潜んで楽して暮らしたい。しかし、集落にいる奴らはともかく俺についてきてくれる兵達を見捨てるのは避けたい。なら兵を連れて行くか?

 それも無理だろう。兵には愛する家族もいる。戦友よりは家族の方が優先度が高いのは自明の理。当たり前の事だ。

 

 俺は手に持った銀の直剣を眺める。そろそろ行かないとな。

 今日も答えが出ないまま、俺は戦場に向かった。

 

 



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魔軍

――集落北西の高原

 

 既にそこでは数多の血が流れていた。

 その血を流すのは人間で、血を流させるのは――魔物。

 

「おら死ねぇ――!!」

 

「ぎゃああああああああっっっ!?」

 

「ぐっ! 怯むな! 陣を崩さないようにしながら耐え続けろ!」

 

 魔物の猛攻に集落の兵達は、木と尖った石で出来た長い槍を突き出すようにして耐え続ける。この集落特有のこの武器は比較的守ることに優れていた。

 だが、それを見た魔物達は怯えることなく突っ込んでいく。

 

「ヒャッハー! そんなもの効くかぁ!」

 

「ぐぁっ!?」

 

数と力で勝る魔物に槍を払われ、無残に殴り飛ばされる兵。

 

「どんどん殺してやる――」

 

「炎の矢!」

 

「ぐぁぁッ!?」

 

「おらぁっ! 魔法打ったな? なら死ね――!!」

 

「ぐうぅ!」

 

この時代では数少ない魔法を使える者が魔物を倒すも、他の魔物にその隙を狙われてしまう。

戦場は魔物達――魔軍の優勢だった。

 

「このままでは……!」

 

 全滅もありうる、と兵をまとめる隊長も消極的に考える。

 魔物の攻勢がいつにも増して激しい。

 更にいうなら先日にも魔物が攻めてきたばかりであり、連日の攻勢で兵達は疲弊している。王の不在も大きい。早く来てくれねば今度ばかりは――

 撤退も視野に入れるべきか。それを考えざるを得ない。

 

「おいおいどうしたぁ!? いつもの威勢がねぇぞ!!」

 

「ぎゃあああ! がっ! た、いちょ……」

 

「くっ!」

 

 今も目の前で部下が一人やられた。いや、別の場所でも次々と兵がやられている。

そして次は――

 

「おらあ! テメェが隊長かぁ!?」

 

「っ!」

 

 眼の前に来た魔物兵を迎え撃とうと槍を手放し、剣を抜いたその瞬間。

 

 ぼとり、と。

 

 魔物兵の身体が2つに別れた。

 

「ばっ、な……」

 

 何が起こったか解らず魔物兵は倒れる。近くにいた魔物は謎の現象に戸惑い立ち止まり、兵達はその現象を起こした人物を連想し、そしてその姿を見つける。

 

 切り揃えられた黄金の髪に蒼い瞳、そして銀色の直剣。

 自分達の集落の王であり、最強の人物。

 剣の王であるレオンハルト。

 彼は兵達を、正確には隊長に視線をやると短く。

 

「すまない。遅くなったな」

 

と謝った。

 その瞬間、兵達から咆哮が上がった。

 

「王が来たぞ――!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 士気が最高潮に高まったこの瞬間、それを見逃さずレオンハルトは声を上げて指示を出す。

 

「俺が中央に突っ込む! 体力有り余ってる奴らは剣持って付いてこい! 残りは槍持って敵の前面を押し返せ!」

 

「了解!!」

 

 その言葉と同時にレオンハルトは言葉通り敵の中央に真っ直ぐ突っ込む。

 

「人間一人来たからなんだってんだ! 死ねッ!」

 

 魔物兵が突っ込んでくるレオンハルトを攻撃しようと狙いを定める。

 だが、それでは遅かった。

 ブン、とレオンハルトが剣を振る。

 それと同時に――

 

「がはっ――な、速い……!」

 

 前面にいた魔物兵が斬り捨てられる。

 レオンハルトと魔物兵の攻撃の間合いが触れ合うその瞬間、魔物達は次々と身体を真っ二つに両断されるのだ。これには魔物兵も怖れてしまう。

 

「ひぃっ! ば、バケモンだっ!?」

 

「え、ええい! 怯えるな! 相手は一人だぞ!」

 

 と魔物兵よりも人間に近い姿を持った個体、魔物隊長が発破をかけるも、

 

「死ね」

 

「がが、あっ……」

 

 最初から狙いを付けられていたのか、真っ直ぐに魔物隊長に向かってきていたレオンハルトに言葉少なに斬り捨てられる。

 これにより周囲の魔物は更に狂乱させられる。

 

「に、逃げろ! あんな奴相手にしてられるかっ!」

 

「で、でも……持ち場が」

 

 向かってくる金髪の死神を恐れ、魔物兵の動きが鈍くなる。

 そしてそれを許す程、人間の兵は甘くなかった。

 

「今だ! 突っ込め――!!!」

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 隊長の号令により、槍を捨て、剣を抜いた兵達が隙を見せた魔物兵達に刃を突き立てる。

 これにより何体もの魔物兵が亡骸を晒した。

 

「ぐうう、言わんこっちゃない! 人間を迎え撃て――!」

 

「王に続け――!」

 

かくして戦場は更に苛烈さを増していった。

 

 

 

 その渦中におり、今も前面にいる敵だけを斬り捨てながらひたすらに足を進めるレオンハルトは――

 

 

 ……はぁ、面倒だな。

 内心、戦いの面倒さに憂鬱な感情を抱いていた。

 

 というか何だ、今日は。やけに魔物の士気が高いし、数も多い。これは魔物将軍一人じゃ足りないかもな。

 解説すると魔軍の指揮系統は魔物将軍、魔物隊長、魔物兵の順で階級が定められている。

 

 まず、魔物兵。不思議な緑やら赤やら青やらのスーツを着た奴らだ。

 え、魔物ってもっと色んな種類がいるんじゃないの? なんで同じ見た目の奴しかいないの? とかそういう疑問を持つのはしょうがないだろう。

 魔物は様々な種類が存在する。そりゃあもう沢山だ。前世で知っている筈の俺が把握出来ないくらいには沢山いる。

 それらはやはり生態が全然違う。移動方法も攻撃方法も何が得意かも何もかも違うのだ。

 

 そんな様々な連中が寄り集まって部隊運用するなんてのは不可能じゃないにしても効率が悪すぎるし、何より魔物隊長や魔物将軍はあのスーツを着た魔物兵でないと指揮することが出来ないらしい。

 

 そこであの不思議スーツ。あれには魔物の性能をある程度同じにする力がある。あのスーツを着れば姿形が違う魔物達も全員一律同じ姿、攻撃方法に統一されるのだ。

 そのため指揮、運用がしやすくなる。なら、同じ魔物だけで統一したら魔物隊長は指揮出来るのかとか疑問もあるがその辺は知らない。

 

 とにかく魔軍の大部分はあの魔物兵であるということだ。ちなみに、一応赤、青、緑の順で強いとのこと。といっても緑でも人間より余裕で強いんだが。理不尽。

 続いて魔物隊長。魔物隊長は魔物兵を二百体まで指揮出来る。魔物隊長に指揮されることで魔物兵は初めて組織的な動きを為すことが出来るのだ。当然、魔物兵よりも強い。

 そして魔物将軍。こいつは魔物隊長を百体まで指揮することが出来る。

 

 つまり魔軍の一個軍の単位は二万となる。

 この規模の魔軍に攻められたら基本的に人間は為す術がない。唯でさえ一兵一兵の強さが向こうの方が上であり、数の上でも向こうの方が上だ。人間は戦える奴は限られているしな。

 さて、しかし魔軍にも明確な弱点が一応存在する。

 それを俺は今、狙ってひたすら奥に進んでいる訳だが――って、いた。

 

「! 人間がまさかたった一人でここまで……お前が剣の王だな」

 

 どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。

 腹に大きい球体、鎧に手足を付けた全体的に丸っこい姿のモンスター、魔物将軍だ。

 ……どうでもいいが、剣の王って呼ばれるとどっちつかずの感情が俺をかき乱す。前世基準で言うなら中二病的で痛いはずなんだが、当の俺は少し格好いいのでは? と思ってしまう。

 結果、俺は否定も肯定もしない。

 

「俺が誰かなんてどうでもいいだろ」

 

 俺は短くそう返答して、相変わらず真っ直ぐ突っ込む。

 

「くっ、魔物兵! 迎え撃て!」

 

「はっ!」

 

 魔物将軍が少し焦ったように周囲の部下に命令する。それにより大勢の魔物兵が俺を数の暴力で押し潰そうとしてくるが付き合う義理というか意味もない。

 俺は進路上にいる魔物兵を数体斬りつけて、道を空けさせると魔物将軍の元まで跳躍した。

 

「ちぃっ! だが、その態勢では攻撃は躱せんだろう!」

 

 魔物将軍が舌打ちをし、高く跳躍して向かってくる俺に拳を振り上げてくる。

 

「――!」

 

「なぁっ!? くっ――!」

 

 剣を相手の拳に合わせるように受け流すと、そのまま魔物将軍の足元に着地。

 そして踏み潰そうと動く魔物将軍よりも速く、剣で腹を掻っ捌いた。

 

「ぐぅうっ! な、なんて人間だ……」

 

 その言葉を最後に魔物将軍はその巨体を地面に倒れ込ませた。

 

「しょ、将軍っ!?」

 

「うわあああああ!? 将軍がやられたぞ!!」

 

「お、おい、どうするんだ? やるのか?」

 

「俺は嫌だからな! お前ら勝手にやってろ!」

 

「おい、ふざけるな! 敵が目の前にいるんだぞ! やるんだよ!」

 

「じゃあお前最初に行けよっ!」

 

「はぁっ? 冗談じゃねぇ! あんな化け物に最初に突っ込んだって死ぬだけじゃねぇか!」

 

「なら俺もごめんだ!」

 

「ひぃぃぃ!! 俺は逃げるからな!!」

 

「俺も!」

 

 魔物将軍を殺された魔物兵は収集がつかなくなったようで、それぞれ好き勝手に行動し始める。その大部分は逃走しようと動いており、数少ない戦おうとする奴らも将軍を倒した奴を相手にはしたくないため、その役を他の奴に押し付けようとする。

 そう、魔軍は頭を潰されると瓦解するのだ。

 

 魔物将軍や魔物隊長がいれば組織だって動ける魔軍は、逆に言えば彼らが居なければ組織だった集団行動を取ることが出来ない。

 更に言うなら魔物の社会は力がモノを言う縦社会で、魔物隊長や魔物将軍は魔物兵よりも強い為、自分より強い奴を倒した相手に対しては足踏みしてしまう。

 

 これが魔軍の弱点だ。

 魔物将軍を倒しさえすれば後は烏合の衆でしかない。

 まぁ、魔物将軍は基本的に陣の中央や後方にいて前面で指揮を執ることがない上、周囲に大量の魔物兵がいることも確実であるため、そこまで辿り着く事が出来、なおかつ倒すことが出来ればという限定的な弱点ではあるが。

 うちの集落は大体この戦法で勝ってきた。ていうかこれ以外魔軍の倒し方ってあんのか? あるなら教えてほしい。

 

 さて、いつもなら攻めて来ているのは一個軍だけであるため魔物将軍を倒した時点で終了なのだが、この規模だともう一体か二体は倒さないといけないだろう。

 魔物将軍程度なら負けることはないだろうし、仮に危なくても逃げるくらいは出来るだろう。

 

 俺は周囲の敵を斬り払うと、次の魔物将軍を見つける為に陣をもう少し深くまで進むことにした。

 

 



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魔人

改めて言うことが一つ。
ランスシリーズは過去の歴史で詳細が少ない部分があったり、描写のない(少ない)キャラがいるため、幾つもの独自設定がどうしても出て来てしまいます。
自分なりに考察や想像で歴史やキャラを作っていきますが、そこはこの作品を読む上でご了承下さい。


何が言いたいかって言うと、スラルちゃん見たい


「おい! 何やってやがんだ! 俺を早く守――れ」

 

 都合、七体目の魔物隊長を斬り捨てると、相も変わらず周囲の魔物兵が悲鳴を上げながら混乱する。

 

「ひぃッ!? だから俺はこの集落を襲うのは嫌だったんだ!」

 

「はぁっ!? テメェ乗り気だったじゃねぇか!」

 

「うるせぇんだよ! とにかく俺たちじゃ敵わねぇ! あの方を呼んで来い!」

 

「出てくるわけねぇだろ!! 俺はさっさと――ぎゃあっ!!?」

 

 俺は喚いてる魔物兵を袈裟に斬る。

 

「い、言わんこっちゃねえ! 逃げるぞ!」

 

「うわぁあああああああああ!!」

 

 俺は逃げていく魔物兵を尻目に剣を振り、滴る魔物の血を払うと息を吐く。

 ……さすがに疲れたな。

 もう味方の陣からはかなり遠くに来てしまった。彼らは大丈夫だろうか。情に厚いとは言えない俺も長年一緒に戦ってきた兵達には思うところもある。一応、これだけ混乱させればそうそうやられることはない筈。

 しかし、そろそろ兵の疲れも限界に近いだろう。この所の魔軍の侵攻は頻度を増してきており、それに鞭を打つような連日の攻勢。俺の中で撤退の文字が浮かび上がる。

 

 だが、俺は曲がりなりにも王だ。

 そんな柄じゃないし、戦うくらいしか脳はない。実際の権力は長老達が握っているとはいえ、だ。

 ここで残りの魔物将軍を倒さないまま撤退すればどうなる?

 撤退するに当たって兵達を休ませるためには戦線を後退せざるを得ないだろう。

 なら、途中の集落は犠牲になる。

 予備兵力なんてものは存在しない。女性に戦わせることも提案したいが、そんな事を長老達が許すはずもない。

 幾ら化け物と腫れ物扱いを受けようが良心くらいはあるのだ。余裕がある内は見捨てない。

 

 自身の身体の状態を確認する。

 細かい切り傷はあれど、致命傷や大きな傷は皆無。ダメージらしいダメージは受けていない。

 問題は疲労のみ。ならば魔物将軍を倒すまでは保つ。

 そして魔物将軍を倒した後は魔軍の瓦解に合わせて撤退、か。

 

 俺は気を引き締めると魔物の群れに向かって突撃していった。

 

 

 そしてさらに三体の魔物隊長を倒した後、俺はやっと目標を見つけた。

 

「な、もうこんな所まで――!」

 

「!」

 

 俺は言外に首を取るという意思を込めて止まらず魔物将軍に突っ込む。

 

「お前は何なんだ! くそっ、魔物兵をゴミみたいに斬り捨ておって……くっ、おい、俺は下がるぞ。足止めを――」

 

「逃さん――」

 

 俺は力を振り絞り、両手で剣を振り回しながら、突き進む。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 魔物兵をまた一人、また一人と斬り捨て――

 

 遂に魔物将軍の眼の前まで辿り着く。

 

「これで最後――!」

 

「く、クソっ! こんな所で終わる訳には――!」

 

 と、魔物将軍の腹に剣を突き刺そうとした瞬間。

 

 俺は突然、気配を感じ――直ぐ様左側面を剣で防御した瞬間、衝撃が来た。

 

「が、がああああああっっっ!?」

 

 防御した筈があまりの衝撃の強さに身体が吹き飛ばされ、浮いた身体が地面に衝突し、土煙が舞い上がり、魔物兵をも巻き込んでようやく止まる。

 ……何だ、何が起こった……?

 手を地面に突き、身体を何とか起こしながら顔を魔物将軍の方へ向けるとそこには何かが立っていた。

 

 人間ではない。細長いシルエットからそれは理解る。

 なら、あれは……。

 

 やがて土煙が晴れていき、その姿が露わになる。

 真っ先に目につくのは白い身体。そして次に羽。赤い目に爪。

 その存在を前にした為か、はたまたそれに受けたダメージの為か、俺は呆然としたまま魔物将軍が呟いたその名前を聞いた。

 

「メ、メガラス様――!」

 

 

 

 魔王の血を分けた忠実なる配下――魔人メガラス。

 その存在を前に人間である俺は頭の中に最大限の警鐘を鳴らした。

 

「…………」

 

 少しの時間を置いて立ち上がった俺を見ているのか、しかしメガラスは何も言葉を発しない。

 ただじっと見つめているだけ。

 そんな姿を不審に思ったのか魔物将軍が声を掛けた。

 

「あの、メガラス様……?」

 

「…………下がれ」

 

「――は?」

 

 ようやく口を開いたメガラスの言葉を理解出来ず、思わず間の抜けた声が出る魔物将軍。

 

「え、それはどういう……?」

 

 意味を理解出来ず、問い返してみようとするもそれは同じくメガラスの言葉に遮られる。

 

「……戦いの邪魔だ」

 

「は、はっ! つまりメガラス様があれのお相手をするということで……?」

 

「…………」

 

 これ以上は語らぬ。さっさとしろ。メガラスは態度で言外にそう示しているようであった。

 

「……わかりました。おい、お前らメガラス様の戦闘の邪魔にならぬよう少し下がるぞ!」

 

「え、いいんですか?」

 

 一人の魔物兵が聞き返すが、魔物将軍はうむ、と神妙に頷いた。

 

「メガラス様であれば確実に仕留めるであろう。お前たちは邪魔にならぬよう離れた所で見ておけ。俺は前線の指揮に徹する」

 

「……は、了解しました!」

 

 そのやり取りを最後に魔物将軍と魔物兵らが離れていく。その場には俺とメガラスだけが残った。

 ……中々マズい状況だな。

 さっさと魔物将軍を倒さないといけないのに、目の前には魔人。俺は最初の一撃と疲労で満身創痍。

 最悪、兵達は隊長や自分達の判断で撤退することも出来るかもしれないが、俺の方は逃げることも困難。

 俺は返答は期待出来ないな、と思いながらも口を開く。

 

「……見逃してくれたりはしないんだな?」

 

「…………」

 

 それこそ愚問だ。とメガラスは戦闘の意思だけをこちらに見せてきているように感じた。

 やるしかない、か……。

 

「レオンハルトだ」

 

「…………メガラス」

 

 名乗ってはくれるんだな。と、最後に感想を抱いて戦闘は始まった。

 

 

 

 戦闘は先程と同じ、メガラスの超高速の突撃から始まった。

 

「ぐううっ!」

 

 俺は攻撃の瞬間、必死に横に転げるようにしてなんとか回避する。

 くそっ、こいつさっきも思ったがあまりにも速すぎる!

 見てから回避はほぼ不可能と判断するしかない。回避するには攻撃の意を読んで、その瞬間思いっきり動いて避けるしかない。

 

「…………」

 

 メガラスは俺が攻撃を躱した事に少し驚いたのか、一瞬だけ間を空ける――が直ぐ様再度の突撃。

 絶対に俺に向かってくるんなら――!

 

 俺は横っ飛びで回避しながら両手で俺が居た場所に剣を振った。

 

「…………!」

 

 メガラスが今度こそ驚いたのか、慌てたように空に方向転換、飛んで回避する。

 空に飛び上がったメガラスはまたしても俺の事を一瞬見つめる。

 まさか人間に見切られるとは思わなかったとでも言いたげだ。俺も速さにはそこそこ自信があったんだが、その自信も今日でばっきばきにへし折られた。

 それに飛ばれたらどうしようもない。俺の攻撃手段は剣だけ。魔法なんて使えない。

 だが、それは相手にも同じことが言える。メガラスがどれだけ速く、空が飛べたとしても魔法が使えない以上、俺にダメージを与えるなら、俺に近づくしか無い。

 さて、どうする? 躱すことだけなら出来る――とか考えていたら来る!

 

 俺は攻撃の瞬間を見て、横に飛ぶ。さっきよりも速い気がする。そして剣を振り回し――

 

 

 俺の身体は宙を舞った。

 

「っ――ぁ――ッ!」

 

 声にならない叫びが口から漏れ出る。そのくらい瞬間的に感じた衝撃は凄まじかった。

 痛みで声が出ない。なんなら考えることすら億劫だ。

 だが、今ので一つ分かったことがある。というより当たり前の話だ。

 こいつの超高速の突進は直進だけ、という訳ではない。少しだが、曲がることが出来る。

 完全に方向転換するならブレーキが入るだろうが、曲がるならそれは必要ない。だが、それだけで俺に攻撃は当たらない。

 恐ろしいのはこいつも俺の動きを見てから行動を変えた事だ。あれだけのスピードを出せるならメガラス自身の反応速度もそれ相応であるのが必然。しかも相手は魔人。人間の反応速度なんて本来上回るのが当たり前の筈だ。

 

 メガラスは俺が右か左かどちらかに避けるのを見た瞬間、突撃をその方向へと曲がるようにしたのだ。

 結果、右方向に避けた俺を見たメガラスが右に全力で曲がりながら突撃したことでメガラスの突撃に俺は直撃した。

 

 ふざけやがって、スピードが速いだけの魔人じゃない。こいつは戦士だ。

 いや、分かっていた筈の事か。俺の知識はメガラスがホルス最速の戦士であることを知っている。それを正しく理解出来なかった事が――いや、それも違うか。この負けは必然だ。

 ルドラサウム世界の運命、魔人と人間の覆す事が出来ない絶対的な差、それが埋まることが無い以上、魔人と戦う状況になった時点で俺の負けは確定していた。

 

「……く……あぁ……」

 

 くそ、こんなとこで俺は終わるのか。ともすればまた転生出来るかもしれない。だが、それは俺じゃない。俺という自覚があるだけの別人だ。

 正真正銘、俺の人生の終着点はここでしかない。

 

「…………」

 

 メガラスが気づけば俺の近くまで来ていた。戦士として俺の死を見届けてでもくれるのだろうか。まぁ、文句の一つでも言ってやりたいがもう口はほとんど動かないし、別段悪い気分はしない。存分に見届けてもらおう。

 

「…………!」

 

 あ、なんだ? 突然膝なんかついたりして。そこまで敬意を表する必要はないんだが。

 様子のおかしいメガラスをぼーっと眺めていると、俺の顔に影がかかった。

 ……誰だ? お迎えか?

 そいつは小柄な少女だった。白い髪に紅い瞳、表情は固く俺をじっと見つめている。

 確かにこの世界には天使もいるが、天使ってこんな姿じゃ無かった気が……いやまぁ、何でもいい。身体も苦しいしお迎えでも介錯でも早くしてくれ。

 

「……そう、わかったわ」

 

 少女はどうやらメガラスと何か二、三言会話か何かの確認をしたのか理解したように頷いた。

 

「ねぇ、貴方……その、私についてきてくれる?」

 

 はぁ? 俺に言ってるんだろうか?

 いや、何でもいいから早くしてくれ。天国でも地獄でも好きにしろ。

 俺は何とか最後に、首を縦に振る事で答えた。

 

「そ、そう……約束だからね」

 

 少女は何故か目を逸しながらもじもじと頷くと、やがて決心したようにしゃがみ込むと指先を俺の口元に運んだ。

 あ……? こいつ何して――ぐぅううッッ!?

 

 ――身体が熱い。熱い。熱い。

 身体の内側で何かが暴れ回り、肉体を弾き飛ばしそうだ。

 先程まで消えかけていた痛みまで復活し、身体のあちこちが壊され、作り変えられるような感覚。

 無限にも一瞬にも感じたその熱さが無くなった時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ?」

 

 

 俺はその場で立ち尽くしていた。

 

 俺は――どうなった?

 ……生きてるのか?

 両手を確認、問題なく動く。

 周囲を確認――しようとして眼の前にメガラスと先程の少女がいた。

 少女は俺を頭から足の先まで一通り眺めると、興味深いといったように頷く。

 

「どうやら問題ないみたいね。それじゃ行くわよ」

 

「は、はぁ? お前何言ってんだ? ていうかお前、俺に何した?」

 

 気が動転していた所為か俺が普段、集落の人間に対する口調とは違って完全に素のような喋り方で問いかける。

 

「それは後で教えるからとりあえず行くわよ。メガラス、運んであげて」

 

「………………………………………………………………」

 

 何だか物凄く嫌そうな気配を感じた後、メガラスは俺を手で掴んで持ち上げた。

 

「なっ、お前、だから何なんだよ!?」

 

 俺はメガラスに宙吊りにされながらも少女に疑問を叫ぶ。

 少女はジトっと睨むと、やれやれとでも言いたげに首を振った。

 

「じゃあ先に一つだけ」

 

「あ?」

 

「私の名前はスラル。そして――――魔王よ」

 

「――――は?」

 

 その少女、スラルと名乗った少女は俺にとんでもない爆弾を落としていった。

 

 



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魔王スラル

「――貴方は魔人になったのよ」

 

「…………」

 

 俺はのっけから衝撃的な事実を突きつけられていた。

 だが、ここに来るまで――メガラスに運ばれて魔軍の陣地に来るまでに殆ど確信していたことではあった。

 身体中に力が漲っている。戦士である俺は以前の人間の身体と今の身体のスペックの差をある程度理解していた。視覚や聴覚は鋭敏に、筋力は格段に増し、更には魔法すら使える気がした。

 見た目こそ大きく変わらないものの、生物として明らかに引き上げられている。

まぁ、変わった部分もあるのだが。

 

「それにしても魔人になったら容姿が多少変化するとは聞いていたけど……服装まで変わるのね」

 

「……そうみたいだな」

 

 スラルが俺の容姿をしげしげと眺めながら興味深そうに言う。

 俺の容姿の変化……肉体的な変化は青かった瞳が赤に変わった事くらいだが、服装は以前着ていた白い布製の服ではなく、やたらと黒っぽくなっていた。

 前世でいうところの黒のシャツにズボン、靴。それに黒のコートで前を止めた格好をしている。

 

「ま、格好いいし、問題ないわね」

 

「…………あ、ああ」

 

 いや、かっこ悪いとまでは俺も言わんが……何だこれは魔王の趣味か?

 アニメとかRPGの敵キャラってこういう黒を基調にした格好しがちだよな、とかそういう感想を抱いてしまう。

 そういや魔人になった時にやたら変な格好をさせられたメインキャラがいたような……誰だっけか。

 ……思い出せないしいいか。それよりも今の方が大切だ。聞きたい事は山ほどある。

 

「それで、何で俺を魔人にした?」

 

 俺の疑問にスラルは首を傾げる。

 

「……? 貴方が良いって言ったから――」

 

「いや、そうじゃねぇ! 確かに頷いたけどな!」

 

 それにあの時は、ほとんど瀕死の状態で何が何だかわからない状態であったことに対して少し苦言を呈したい。……いや、ちゃんと聞いてなかった俺も悪いんだろうが、意識は朦朧としていたし、あんな事になるなんて想像出来ないだろ。

 俺は心を落ち着けて再度質問をぶつける。

 

「わざわざ何で俺を魔人にしようと思ったんだ?」

 

「……貴方の評判を聞いたのよ」

 

「俺の評判?」

 

「そう。数多の魔物兵、魔物隊長、魔物将軍を剣一本で単身斬り捨て、魔軍を何度も撃退した人類最強の化け物である剣の王――レオンハルト。貴方の事をね」

 

 ……随分と過大な評判をされてるんだな。さすがに人類最強は言い過ぎだろう。

 化け物扱いされてるのは間違ってないが。

 そして俺は得心する。

 

「なるほどな。俺を魔軍に引き入れれば集落は簡単に落ちるだろうし、戦力の増強にもなるって考えたのか」

 

「……そう、ね。そういうことよ」

 

 ……? 何だか歯切れが悪いな。間違ってたか?

 

「言っておくけど抵抗したって無駄よ。魔王は魔人に対して絶対命令権を持つ。私の命令には逆らえないわ」

 

「……ふん、わざわざ忠告ありがとよ」

 

 知識の上では知っていたが改めて言われると、いや……改めて体験するとやはり全然違うな。

 おそらく魔人になった所為だろう、目の前のスラルに対して俺は本能で従うべき存在だと膝を突くべきだと訴えている。

 スラルは容姿だけを見ると小柄な少女にしか見えないが、その身体には圧倒的な力があることが分かる。魔人になった俺や先程戦ったメガラスと比べて途方もない強さであることが身にしみて理解出来るのだ。

 ……だが、どうしてか。彼女は強大な魔王の印象とは全く逆の――非常に弱々しい印象を感じる。

 それは見た目が少女だからなのか……それとも――

 

「……それで、どうするの? 私に忠誠を誓う?」

 

「――! ん、ああ……」

 

 思考はスラルの問いかけによって中断させられる。さて、そうだな。

 俺は改めて考えてみる。現在の俺はもう魔人。人間ではない。人間の時から化け物扱いされていたが、本当に正真正銘の化け物になってしまったという訳だ。

 

 ……集落に戻る、という選択肢は選べないだろう。背後にはメガラスが控えている。魔人になった今の俺ならという気持ちが湧き上がってくるのは魔人化の影響だろうか。アイツを斬ってみたいという欲が脳裏によぎる。

 だが、メガラスをどうにかする。どうにか出来たとしても目の前の魔王をどうすることも出来ない以上は無理だ。

 

 仮にその問題が無くなったとしても魔人となった俺を集落の奴らは受け入れてくれるのか?

 集落の民は元々俺の事を避けていた。今度はもっと酷くなるだろう。

 上辺だけでも俺の事を慕う女中も魔人になった俺には距離を置こうとするかもしれない。

 

 兵達は俺を見てどう思うだろう。魔人になって更に強くなったからといって尊敬されることはないだろう。そこに湧き出る感情はおそらく恐怖であり、以前のように俺を慕ってくれるとは到底思えない。

 

 なら、大人しく魔軍に――魔王の配下になるか?

 この状況はそうせざるを得ないのだろうし、この魔王、スラルに仕えるのも別に忌避感はない。問題はその後、そうなったとして俺が取るべき行動は何だ?

 ……普通に考えれば、人間への攻勢に参加を求められる。

 俺の手で、俺の集落を、隣人を殺す。その選択を選ぶのか? 否、選べるのか?

 

 …………出来る、筈だ。俺はあいつらに、兵達は別にしても腫れ物扱いを受けてきたんだぞ。

 幼少の頃はそうでもなかった。普通に年が近い子供達と遊んで、他愛もない話をしていたんだ。精神が普通の子供よりも成熟していたが、それでも童心に帰って無邪気に行動するのは嫌いではなかった。

 大人達からは頭が良いこと、訓練に熱心だったことで期待されていたものだ。もしかしたら将来は王になるかもな、そんな冗談を聞かされて。

 

 だが、それから数年が経ち俺が戦場に出始めた頃、周りの反応が変わった。

 その日も、魔物隊長を何体か仕留めることが出来た。魔物兵も沢山斬った。魔物を沢山仕留める程大人や集落の人間は喜んでくれるからだ。だが、集落に戻った俺に待っていたのは遠巻きに俺を見る人々の視線だった。

 皆、何かをひそひそと話している。何だろうと近づいて見れば離れていく。仲の良い友人も歯切れの悪い言葉を返し、話を適当に切り上げて去っていく。

 

 一年後、俺は王になっていた。

 前王が死に、集落で一番の戦士になっていた俺は長老達に満場一致で次の王に選ばれたという。

 だが、俺の周りには誰もいなかった。

 戦場で魔物と戦っている間と、女中と遊んでいる間だけが俺をその苦悩から開放した。兵達は戦場では俺を尊敬し、付いてくる。女中はより良い生活を求めて、自ら俺に媚びて誘ってくる。

 それは俺に近づくことで利があるからだ。それは俺も否定しないし、非難することもない。

 

 だが、俺の周りにはそれしかいなかった。

 いつしか俺は何のために戦っているのかを苦悩することになった。

 この世界の事を知っていたのも仇となった。魔王や魔人が率いる魔軍に、人類が勝てると思うほど俺は楽観的に思えなかった。

 

 いずれ自分は死ぬ。しかし、俺は何のために死ぬのだ?

 俺には愛する友も友人も恋人も家族もいない。敢えていうなら戦友である兵達だけ。

 そこに俺の利はない。仲間意識も故郷を思う心ももう無くなった筈だ。

 

 ――それならば、何故俺はこんなに悩んでいる?

 人間を、集落の人々を殺すことを躊躇う必要はないだろう?

 それに俺はこの状況を望んでいた筈だ。人間という種からの脱却。魔王や魔人にいつ殺されるかわからないこの世界の人間に生まれた事による怒りと悲しみからの解放。

 奪われる者から奪う者へと生まれ変わったのだ。

 なら何も悩む必要はない。この世界の理に則り、強大な力を持つ魔人として脆弱極まりない人間を苦しめればいい。

 

 

 ――長い長い思考の末、俺はとうとう答えを得た。意思を持って眼前にいる魔王スラルを見つめる。

 そして、膝を着いて恭しく臣下の礼を取った。

 

「――――魔王スラルに、忠誠を誓います」

 

「……ん、わかったわ」

 

 スラルは表情は固いまま、一応の納得を見せた。

 だが、俺は言葉を更に続ける。

 

「ですが、一つだけお願いがあります」

 

「……? まぁ、いいけど。言ってみて」

 

「はい、それは――」

 

 一息で、俺はその提案を突きつけた。

 

「――俺の集落から手を引いてください」

 

「――――!」

 

 スラルが言葉を失い、その紅い瞳が驚愕で見開かれた。

 

「……………………」

 

 背後にいるメガラスも何かの感情を持って見ているようだった。

 少しの合間、実際には二秒足らずの時間。スラルは表情を取り戻して疑問を口にした。

 

「……どうして? 貴方はあの集落で、その……化け物扱いされてきたんでしょ? ならそんなお願いする理由は――」

 

「ないですね。仰る通りで」

 

「意味がわからない……」

 

 スラルは少し困惑したように小さく否定する。

 そんな少女の姿を見つめながら俺は口を開いた。

 

「別に大した理由はない、ただの気まぐれですよ。……ほんの少し、見捨てるのもどうかと思っただけで」

 

 だから、と俺は頭を下げる。

 

「お願いします魔王様」

 

「…………」

 

 スラルはそんな俺の姿をじっと見つめていたが、やがて俺から視線を切って、

 

「……分かったわ。貴方の集落から魔軍は撤退させる。これから先、襲う事もしない。……それでいい?」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 俺は再び、いや何度も頭を下げた。

 スラルが困ったように視線を戸惑わせる。

 

「そ、そんなに感謝しないでよ……私もただの気まぐれだし。ちょっと席を外すわ」

 

「あ、ああ……本当にありがとう」

 

 少し小走りで逃げるようにその場から離れるスラルに俺は感謝し続けた。

 

 

 

 先程いた所から離れた場所で、スラルは独り言を宙に乗せる。

 

「気まぐれなら……なんでそんなに必死なのよ、もう……」

 

 その言葉は自分でも驚くほど、喜色の感情を含んでいた。

 

 

 

 それから数日後、剣の王レオンハルトがいなくなって浮き足立つ集落に一つの報が伝わる。

 ――魔軍の撤退。

 それも今集落の近くにある魔軍の拠点を引き払い、後方に大きく下がるこの地域からの完全なる撤退だ。

 それは終戦を意味しており、その事に集落の人々は大いに沸き、数日に渡る宴会が開かれたという。

 ――一人の王の存在を無かったことにして。

 

 



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スラルの宣言

――魔王城

 

 ルドラサウム大陸の東部。そこは魔軍の――魔物達の拠点であった。

 魔王城。魔王スラルの居城であり、SS歴に入ってスラルが魔物達に造らせた城がそれであった。

 その中の一室。幾つかの本棚が並べてある書斎が特徴的で、他は椅子や机、ベッド等普通の家具が立ち並ぶ。

 そしてそれに隠れるようにして幾つもの魔法トラップが仕掛けられたその部屋が魔王スラルの私室であった。

 

 そこには二人の強大な力を持った存在がいた。

 

 一人は魔人レオンハルト。金色の髪を持つ美丈夫でその力は人間であった頃よりも遥かに増しており、その鋭い双眸を一点に捉えて離さない。

 そしてもう一人は当然、この部屋の、この城の主である世界の支配者。魔王スラル。

 一見可愛らしい少女であるが、その力は神などを除けばあらゆる生物の頂点に立つ存在である。

 そんな彼女も自らの配下である魔人と視線を合わせたまま離さない。

 そして魔王は何度めかになる命令を魔人に下そうとしていた。彼女の小さな口がゆっくりと開く。

 

「――レオンハルト。貴方は……」

 

「――嫌だ」

 

「…………!」

 

 瞬間、スラルの怒号が響き渡った。

 

「っっっ! なんで断るのよ!!!」

 

 魔王の一喝は部屋を揺らす。余波ですら生物を縮こまらせるには十分だ。

 しかし、レオンハルトは嫌そうな顔をしたまま短く答えた。

 

「……いや、なんで俺が魔人筆頭にならなきゃなんねぇんだよ……」

 

 

 

 魔王の配下である魔人に栄えある転身をした俺こと魔人レオンハルトは魔王城の魔王様の一室に連れてこられていた。

 魔人になることを受け入れ、さてどんな役目というか、どんな働きをさせられるのだろうかとか色々考えてしまう。

 といっても俺に出来るのは戦うことくらいだ。部隊の指揮なんかは任せられるかもしれんが、魔軍には魔物将軍という知恵の回る便利な魔物がいるのだからそんなにやることはないだろう。

 

 魔人であることから魔軍での地位は高い。しかしながら、魔人の中では俺は新参者であるわけだ。

 下っ端とまではいかないが、魔軍と魔人を繋ぐ中間管理職的な立場になることは明白……というかそれが適当である。

 と思っていたのだが、言うに事欠いてこの魔王少女スラルちゃんは俺が考えていたこととは正反対のとんちんかんな事を言いやがった。

 

 魔人筆頭。

 言葉を額面通りに受け取るなら、魔人のトップ。最高位の称号だ。

 それを俺みたいな木っ端の人間の魔人が就任って、前世なら陰湿ないじめが起きるところだ。

 というかここだといじめだけならまだいい。下手しなくても戦いを挑まれる。相手が俺より強けりゃ俺が死ぬ。

 それを俺に命令している張本人、スラルは怒ったように俺を見上げる。

 

「というか何で私の命令に逆らうのよ! 貴方、私に忠誠誓ったでしょ!」

 

「いや……確かに誓ったけど……なぁ」

 

「歯切れが悪い! 約束はちゃんと守らないと駄目なんだからね!」

 

「ああ、うん……まぁ、そうだな」

 

「だったら頷きなさいよ! 絶対命令権使うわよ!」

 

「どんな脅しだよ……」

 

 なら普通に絶対命令権使って命令すりゃいいのに、とは言わない。そんな事を言えばマジで魔人筆頭になってしまう。

 

「というか大前提なんだが……魔人筆頭って何なんだ?」

 

「魔人の最高位の称号よ。私が作ったの」

 

「何でちょっと自慢げなんだ。そういうことじゃねぇ。一体どういう事するんだ?」

 

 というか魔人筆頭ってスラルが作ったのか。それは初めて知った。

 

「ん……仕事とかはあんまり、仕切ってもらったりはするかもしれないけど他は何もしなくていいわ」

 

 それに、と一旦区切ってスラルは続ける。

 

「魔人四天王と違って別にそこまで強くなくてもいいしね」

 

「何だそりゃ。じゃあ誰でもいいって事か?」

 

 記憶だと魔人の中でも強い奴が魔人筆頭になっていた憶えがあるんだが、そうじゃないのか?

 

「そういう訳じゃなくて、えっと、魔王にとってお気に……いや、贔屓。……でもなくて」

 

 スラルは俺の言葉に少し言葉を選んでいるようだった。

 

「だから……私が作った――」

 

 そこでスラルはようやく我が意を得たのか声を大にした。

 

「そう! 貴方は私が初めて作った魔人なのよ! だから魔人筆頭になるべきなの!」

 

「…………」

 

 何だそれはつまり。

 自分の作った魔人は近くに置いておきたいってこと、か?

 思い出してみるが、確か魔人筆頭であったのは……ガイ、と……ホーネットだったか?

 それらの共通点。サンプルが少なすぎてなんとも言えないが、その当時の魔王が作った魔人というのは共通してるだろう。

 だが、それだけなら他にも沢山いるだろうし、条件はそうじゃない。

 いや、違うな。多分、これはもっとシンプルな問題だ。魔人筆頭を決めるのは魔王。ならそれに選ばれるのは――

 

 ……最も魔王に気に入られた者、か。

 …………いや、でもなぁ。

 何だかやぶさかでもない気がしてきたが、それでもデメリットを無視することは出来ない。

 せめてもうちょっとどうにかならないものか。

 

「なぁ、せめてもうちょっとこう……どうにかならないか?」

 

「? どうにかって?」

 

「いきなり最高位の称号なんてもらっても角が立つだろ? 最初はちょっと下で周りに認められるまで様子を見た方がいいんじゃないか?」

 

「……んー、そうね……」

 

 スラルは目を瞑って考え込みはじめた。

 そんな時だ。部屋のドアがノックされたのは。

 

「魔王様。そろそろお時間ですが……」

 

 おそらく魔物隊長か魔物将軍であろうその声にスラルは反応した。

 

「……わかったわ。レオンハルト、行くわよ」

 

「行くって、何か用事でもあるのか?」

 

 スラルは考え込んだ状態のまま、片手間のように俺の質問に答えた。

 

「……貴方のお披露目よ」

 

 

 

 魔王城の謁見の間。

 魔王が座る玉座があるその一室には、既に魔軍の重要人物が集められていた。

 魔軍の幹部である数体の魔物将軍。それに追随する数体の魔物隊長。

 そして彼らより少し離れた視線の先には――魔人。

 

 数こそ少ないものの魔王を除けば大陸の絶対強者である彼らには魔物将軍とはいえ迂闊には近づかない。

 遠巻きに畏怖と敬意を込めた視線を送るだけだ。

 その中でも特に視線を集めているのは二名の魔人。

 

「…………」

 

 魔人メガラス。

 この大陸にやってきた宇宙人ホルスの魔人であるメガラス。

 無口で何を考えているかは誰にもわからない。

 しかし、前魔王アベルの時代より戦ってきた最速の戦士は魔軍の中でも特に畏怖されている。

 だが、そんなメガラスよりも更に、魔王に次いでの崇拝を集める存在が一人。

 

「――――」

 

 周囲に与える威圧感はその実力だけではない。彼女の圧倒的な美貌も要因の一つだろう。

 白い肌に、見ているだけで滑らかさを感じる長く青白い髪。

 その体つきは女性としての魅力が詰まっており、端正な顔立ちが見る者に息を漏らさせる。

 女性としての黄金率、一つの正解形がそこにいた。

 

 魔人カミーラ。

 第二世代メインプレイヤー、ドラゴンの生ける王冠。プラチナドラゴンの魔人である。

 その美貌でラストウォーの切っ掛けにもなった魔人は退屈そうに虚空を見ていた。

 

 そしてもう一体。そんなカミーラをチラチラ見ながら、部屋の隅で隠れるようにしている魔人がいた。

 

「カカカミーラさん、相変わらず綺麗だなぁ……眩しすぎるぜ……」

 

 彼こそが初代魔王ククルククルに作られた最古の魔人。

 魔人ケイブリス。

 リスの魔人であり、魔人になって二千年以上経った今も魔人としての実力は低く、ともすれば魔物将軍や魔物隊長にすら負ける最弱の魔人である。

 他にも数体の魔人がいるも、彼らは皆魔王が現れるのを待ちながら、遠巻きにカミーラに視線を向けたりして手持ち無沙汰そうにしていた。

 

 ケイブリスを気にかける者はいない。それはこの場に限った話でもなく、大体いつもそうだ。

 気にかけられるのは仲間である筈の魔人からいじめられる時くらいである。

 今更そんなことを気にした様子もなくケイブリスは独り言を呟いた。

 

「ていうか遅ぇな魔王様は……」

 

 それはこの場にいる者の代弁でもあった。いちいちそんな事を口にする者がいないだけで、この場にいる者の内心は魔王の遅れと魔王が連れてくる魔人の存在で占められていた。

 新しい魔人の紹介。魔王スラルが皆を集めた理由がそれだ。

 魔物将軍らはともかく魔人達はそんなことでいちいち全員集めなくてもと思わないでもなかったが、魔王の命令には逆らえない。こんな事で機嫌を悪くして殺されでもしたら最悪だ。

 

 それで欠席は一人もおらず、全員時間どおりに集まっている訳だが、興味が無いわけではないため、新しい魔人の存在に思考を巡らせる。

 集合がかかるまでの間、幾つかの情報が魔軍内には流れていた。

 曰く、元は人間で剣の王と呼ばれていた魔人である。

 

 魔人達は何となく聞いたことがあるという程度の認識だったが、魔物将軍達はその事実に恐れを抱いた。

 魔物将軍はその指揮能力もさることながら、強さも魔物の中で上位であるエリートである。

 そんな彼らを何体も単身で倒してきた剣の王。そんなやつが魔人になる。

 だが、恐れと同時に喜びを感じたのも確かだ。それだけ強い奴が魔人に、味方になったのならば頼もしい。

 

「人間の魔人なぁ……つってもどうせ俺様より強いんだろうが」

 

 その魔人が弱いことを望んでいるケイブリスはしかし期待出来ないと息を吐いた。

 そもそも魔王スラルが人間だ。ククルククルやアベルより弱いと言っても魔王は魔王。

 人間の一個体が脆弱でも魔人になったのなら別。ケイブリスはその事実に暗然たる感情を抱く。

 さて、ならばどうやって媚びようか。そんなことをケイブリスが考えた時。

 

「――!」「――!」「――!」

 

 居並ぶ魔物隊長、魔物将軍、魔人がそれを感じ取った。

 この場で最も強いであろうカミーラ。それを凌駕する絶対的な圧。

 

「……待たせたわね」

 

 魔王スラル。

 ゆっくりと部屋に入ってきた彼女に彼らは膝を突き、臣下の礼を取る。

 そして礼を取りながら、ちらりと皆が盗み見る。

 魔王の背後から付いてくる人間。

 だが、魔に属する彼らは直ぐに理解した。人間の姿を取っていても隠しきれない存在感。

 

 ――あれが新しい魔人か。

 皆がそれを認識した。

 金色の髪に紅い瞳。黒を基調とした服を着た青年。

 幾つもの視線を受けながら二人はゆっくりと玉座に近づく。

 そしてスラルが玉座に掛ける。

 

「楽にして」

 

 短いその言葉で居並ぶ面々は立ち上がる。

 

「皆に紹介するわ。彼が――」

 

 そこでスラルは一度言葉を区切り、横目で隣にいる魔人を見る。

 そしてはっきりとした口調で宣言した。

 

「魔人レオンハルト。新しい魔人四天王」

 

「――!?」「――!?」「――!!???」

 

 魔王の言葉に謁見の間が騒がしくなる。いや、厳密には誰も言葉は発していない。

 彼らの内に渦巻く感情は驚愕。その言葉に尽きるだろう。一番驚いているのが、件の魔人であることには誰も気が付かなかったが。

 しかし、彼らの驚きはそれだけでは済まされなかった。

 

「そして……新たに魔軍参謀という職に彼を付けるわ」

 

 その言葉に皆が絶句する中、今度こそ口を噤ませることが出来なかった者がいた。

 

「――お、お待ち下さい!」

 

 



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魔人ギリウム

 ――おい、この馬鹿何言ってやがんだッ!?

 

 魔王スラルの横に控えるように立ち、能面のような表情を貫くレオンハルトは、内心パニックになっていた。

 

 眼前では魔人――だろうか。緑色の長髪と角を持つ男が戸惑いがちに声を上げた所だった。

 いやまぁ、そんな反応にもなるだろうよ。お前の反応は正解だ。なにせ当事者である俺が一番理解不能だからな。

 

「……ギリウムね。どうしたの?」

 

 どうやらその魔人はギリウムと言うらしい。俺の知識にはいない魔人だな。

 そのギリウムはスラルに問いかけられ、自分がした事を少し後悔しているようだったが、やがて意を決したように話し始めた。

 

「……はい、魔王様! 恐れながら申し上げますと魔軍参謀、というのはともかく。その魔人を魔人四天王にするのは如何なものかと思います!」

 

 その言葉に周りがざわつきはじめる。こいつ言いやがったって感じの雰囲気だな。魔王に意見するのも一苦労って所か。

 ……そういや、俺さっきめちゃくちゃ突っぱねたなぁ。何か許してくれそうな雰囲気をスラルから感じたというか口調に関しては特に何も言ってなかったからいいんだろうけど。

 さて、肝心の魔王様は――

 

「――それは何で? 理由は?」

 

 物凄く苛立ってるようだった。口調こそ先程までと変わらないが隠しきれてない苛立ちが滲み出ている。

 何でそんなにキレ気味なんだ……というかこいつ普段はこんな感じなのか?

 

「な、何でと言われましても……今まで魔人四天王の席は殆ど空席であったのに何故今その席を埋めるのかと。……そ、それに! カミーラ様と同じ地位を戴くにその男は相応しくないかと!」

 

 ……おいおい可愛そうに。冷や汗かいてめちゃくちゃ怖がってるじゃねぇか。

 でもちゃんと理由を言い切ったのは凄いな。肝心の理由がちょっとあれなんだが。どう考えても前半の理由より後半の理由が本音って感じだ。魔軍参謀とかいう訳わかんない役職についても否定してくんねぇかな。

 

「そう、カミーラはどう思ってるの」

 

 スラルの言葉に皆の視線がカミーラに集まる。って、うおっ! めちゃくちゃ美人!

 確かにこの美貌は男なら振り向かざるを得ない。カミーラを巡って過去にドラゴンが戦争したってのも納得の美しさだ。

 とんでもなくプライド高そうで俺にはどうも敷居が高そうだが。

 

「…………」

 

 さて、そんなカミーラ。魔王を含めた部屋中の視線を集めていながら無言を貫いている。予想以上にとっつきにくそうな女だな。

 ギリウムもおろおろしている。いかん、俺も沈黙が苦しくなってきた。いっそ、俺から辞退してやろうか。

 というかカミーラちょっと俺の事めっちゃ見てないか? 俺の事品定めでもしてんのか、いやそれなら早く言ってくれ。

 カミーラが相応しくないとでもいえば直ぐにこの話もなくなるだろうし。

 

「か、カミーラ様……」

 

「――異論はない」

 

「……は?」

 

「魔王様のお好きに」

 

 カミーラは端的に意思を語るとこれ以上言うことはないとばかりに目を閉じる。いや、異論あるだろぉ!

 おい見ろ! ギリウム君なんかぐぬぬって唇噛みながら悔しそうに、それでいて俺の事を後で絞めるっつう意思をバリバリ送ってきてんだよ!

 何がお好きに、だ。なら俺が本当に魔人四天王になったらテメェの乳めちゃくちゃ揉みしだいてやるからな! 多分その後、直ぐに殺されるけど!

 

 ていうか……くっそ。あのギリウムって奴の敵意がマジで鬱陶しい。魔人の殺意を直接ぶつけられるのは身体が重くなり、正直快適とは言い難い。

 というかこいつもしかしてドラゴンの魔人か? 耳の所にある羽っぽい部分と角っぽいものを見る限り――後、カミーラに執着してるらしきところがどうにもそれっぽい。

 おいおいこのままじゃ……俺が嫌な予感を覚えていると、スラルは話を纏めようと声を出した。

 

「ん、なら構わないわね?」

 

「は、は……。い、いや、ならば決闘を! 決闘の許可を下さい!」

 

「う、うん? どういう事?」

 

 スラルが問い返す中、俺はげっ、と声が出そうになる。

 いやお前まさか――

 

「はい! 魔人四天王は魔人の中でもかなりの強者でなければなりません! なので私とその男で魔人四天王の座をかけて決闘させてください!」

 

 言いやがったコイツ! 決闘なんて言いやがって、ライト○ベル最初の巻に出てくるかませキャラじゃねぇんだぞ! 問題が起こったからって何でもかんでも決闘で解決出来ると思うなよ!

 しかもこの野郎、言うに事欠いてちゃっかり自分が魔人四天王になろうとしてやがる。その点は、他の魔人や魔物将軍も俺と似た感想を得たのか、じろりとギリウムに非難の視線を浴びせる。

 

 しかしギリウムはそれに気づいていないのか、無視するように言葉を続けた。

 

「そうでなくては納得出来ません! 魔王様! 何卒、私に決闘の許可を!」

 

「…………」

 

 スラルはギリウムの嘆願を聞き、ちらりと俺の方を見る。俺と目が合う。おい、わかってるな。断れよ。こ・と・わ・れ。

 俺の意思が伝わったのかスラルは少し迷ったように視線を彷徨わせた後、俺の方を再度見て、コクリと頷く。なになに、わ・か・っ・た。よしよしわかってくれたならいいんだ。さすがは魔王様だ。

 そしてスラルはギリウムに返答した。

 

「……わかった、許可します」

 

「――――!?」

 

「――! ははっ! 感謝致します!」

 

 俺が驚愕する中、ギリウムはスラルの許可を貰う事が出来て平服する。

 そんなスラルは絶句する俺を見上げて小さく苦笑。

 そして俺にだけに聞こえる声で。

 

「……もう、私は止めたからね」

 

 …………んん? 止めた?

 

「でも、自分でやるって言ったからには勝ってよ。じゃないと怒るからね」

 

 

 

 ………………ぜっっっっっっっんぜん1ミリも伝わってねぇ!!!

 いつの間にか、俺の方が決闘を望んだように曲解され俺はスラルの、やれやれしょうがないわね、とでも言いたげな生暖かい目に心底ビンタしてやりたくなった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 魔人ギリウムと魔人レオンハルトによる決闘のお触れが魔王スラルより出された。

 そのため、謁見の間に集まっていた魔軍の重鎮達は魔王城の中庭に集まっていた。

 そんな中、魔人レオンハルトと唯一人間の時に面識があり、戦ったメガラスはこの決闘の行方を思考する。

 

 ……果たしてどちらが勝つか。

 

 メガラスは両者の事を知っている。

 レオンハルトの方は記憶にも新しい。まだ人間だった状態での戦いだ。

 魔王スラルの命令で彼に接触し、戦いを始めた。

 人間の身で魔物を歯牙にもかけず倒していた彼の強さは実際に戦ったメガラスをも驚かせた。

 

 初撃で彼は満身創痍だった。にも関わらず自分の突撃を、もっとも自信のある超高速の突撃を躱し、なおかつ反撃までしてみせた。

 通常では、反応することも出来ないだろう。反応出来てもあの状態で動けるものか?

 願わくば万全の状態で戦ってみたかった。

 

 そんな彼が魔人となり生物としての格を引き上げられ、どれほど強くなったのか。種族は違えどホルスの戦士であるメガラスにとって彼は同じ戦士である。故に興味がある。

 もしかすると魔王スラルへと自らの故郷と引き換えに出した部分を重ね合わせているのかもしれない。少なくとも悪い奴ではないだろう。

 

 だがそれでも、と同時にメガラスは思う。

 果たして勝てるのだろうか。

 自分と同じ時代を戦った――ドラゴンの魔人ギリウムに。

 

 

 

 魔人ギリウムは決闘に向けて集中しながら、内心は荒れていた。

 魔人ギリウム。彼は魔王アベルの時代、ドラゴン王マギーホアとの戦い、ラストウォーに備えてアベルが作ったGRドラゴンの魔人だ。

 アベルはドラゴン出身の魔王であり、誇り高いドラゴンらしからぬ性格であったが、魔人を作る際に優先したのはやはり同じドラゴン族だった。何体かのドラゴンの魔人が作られたが、生ける王冠であったカミーラを除いてほぼ全員ドラゴン王マギーホアに殺された。

 

 そんな中、唯一の生き残りがギリウム。

 彼はアベルについて来たドラゴンの中では異端。どちらかと言うと誇り高い――ドラゴンらしい性格の個体だった。

 何故、彼が卑怯者と噂されるアベルに付いたのか。それは端的に夢が、野心があったからだ。

 

 ドラゴン族の生ける王冠カミーラ。彼は他の多くのドラゴン族の例に漏れず、カミーラに懸想していた。当然、何度もマギーホアに決闘を挑んだ。しかし、その実力差は火を見るより明らか、幾つもの敗北を重ねていった。

 マギーホアはあまりにも強すぎる。他の四大聖竜といった面々もマギーホアにはまるで刃が立たなかった。

 

 そんな中、唯一マギーホアに匹敵する存在が現れたのだ。魔王ククルククルに偶然とどめを刺して自らが魔王になったアベルだ。

 狡猾で臆病であったアベルだが、実力だけはマギーホアに届く程に強い。ともすれば彼ならマギーホアを倒すことが出来るのではないか?

 ギリウムにとって目の上のたんこぶであるマギーホア。もし、彼がいなくなれば――。

 

 奴さえいなければ、四大聖竜くらいなら自分でも決闘に勝つことが出来るかもしれない。そうして彼は魔王アベルに付いて魔人となった。

 だが、彼は一度絶望した。魔人となってラストウォーを戦い理解した。

 魔王アベルはドラゴン王マギーホアに敵わない。そして自身も四大聖竜といったドラゴンのお歴々には敵わなかった。

 

 そんな事実に絶望して数十年。アベルはマギーホアに敗北した。

 多くの魔人が殺されたが、ギリウムが早めにアベルに見切りをつけて逃走し、隠れ潜んだのでなんとか助かった。

 カミーラも再びマギーホアの物になり、ギリウムはひっそりと息を潜めるように過ごした。

 

 だが、そんなある日。とんでもない事件が起こった。

 全てのドラゴンが羽の生えた生き物に殺されていった。

 天使と呼ばれる奴らはドラゴン族を狩り続け、滅亡させたのである。ギリウムは怖れた。自分もああはなりたくない。

 しかし、ギリウムは狩られなかった。魔人であった為である。その日、彼は初めてアベルに感謝した。

 

 そして更に数百年の時が流れる。

 最早、ドラゴン族はその殆どが死に絶え、残っている者は数える程。ギリウムは気ままに暮らしていた。

 そしてギリウムは転換の日を迎える。アコンカの花が咲き、新たな魔王を伝える。

 

 ――SS期。魔王スラルと人間の時代の到来だ。

 ギリウムは本能的に魔王への恭順を誓った。人間という弱い種族とはいえ魔王は魔王。従うことに否応もない。

 そしてギリウムは新しい魔王の元に参じた。そこで愛しの存在と再会を果たしたのだ。

 

 魔人カミーラ。ドラゴン族の生ける王冠。長年の想い人だ。

 彼女を見た時、ギリウムはある事に気づく。

 今、彼女は誰の物だ? マギーホアはいない。アベルもいない。四大聖竜もいない。 ドラゴン族は殆ど誰も残っていない。

 残っているのは誰だ?

 

 ――――自分だ。

 

 ドラゴン族の掟に従うなら、彼女を手にする資格があるのは自分なのだ!

 そう思い、ギリウムは想い人であるカミーラに思いの丈をぶつけた。

 だが、カミーラは全く靡かなかった。力づくも不可能だ。カミーラは自分よりも強かった。

 

 地道に口説くしかないのか……? そう思ったが悲嘆することもない。

 何故ならドラゴンは、候補は自分だけしかいないから。どれだけかかっても最終的には自分の物になる。そう考えれば中々に滾る。その日を待ち遠しく待つのみだ。

 

 だが、そんな折に邪魔者が現れた。

 魔人レオンハルト。魔王スラルが連れてきた人間の、剣の王と呼ばれた魔人らしい。

 それだけならばどうだっていい。なんなら別に同じ魔人として仲良くしてやっても構わない。

 

 だが、魔人四天王になる。そんなのは到底許容出来ない。

 魔人四天王の席は未だカミーラが座するのみ。あのメガラスも、他の魔人もスラルは魔人四天王を冠する事を認めなかった。

 ギリウムは魔人四天王になればカミーラが振り向いてくれるのではと考えた。ドラゴン族として強い雄に雌は靡くものである。

 

 それをあんな人間の新参者にくれてたまるか。あのカミーラと同じ席を。

 

 ――カミーラは私の物だ。

 

 嫉妬の炎を燃やして、ギリウムは決闘の相手であるレオンハルトを見つめた。

 



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魔剣

 

 魔人レオンハルトは魔王城の中庭で、決闘の相手であるギリウムの強い視線を受けていた。

 両者の戦いを見ようと魔軍の幹部達は離れた場所で二人の周囲を囲むようにしており、決闘の時を今か今かと待ち続けている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 お互いに何も語ることもなく、集中しているようだ。二人の魔人が戦闘状態に入り、周囲の圧がどんどん増している。

 

「……これは、中々に効きますね」

 

「ああ……滅多にない魔人同士の戦いだ。目に焼き付けておかねば」

 

 集まった魔物隊長や魔物将軍は魔人が気を高めているのを感じ取り、ごくりと喉を鳴らす。

 

「しかし、どちらが勝つのでしょうか。将軍はどう思います?」

 

 とある魔物隊長が自分の上官である魔物将軍に問いかける。この場にいる誰もがそれぞれ考えている部分であろう。

 魔物将軍は少し考えてから魔物隊長に返答した。

 

「……さすがにギリウム様、だろうな。ドラゴンと人間では同じ魔人でも地力が違う」

 

「……ですよね」

 

 魔物隊長も魔物将軍と同じ考えだったようで、同意を返す。魔物将軍は付け加えるなら、と話を続けた。

 

「それに経験の差もあるだろう。魔人になって長いギリウム様とあの新しい魔人――レオンハルト様とでは戦ってきた年月が違いすぎる」

 

 ギリウムはドラゴンの時代――魔王ククルククルとの戦いからラストウォーを経(へ)て現在に至るまでとかなりの数の戦いを経験してきている。

 それに対してレオンハルトの歳は二十代といった所。剣の王と呼ばれる程の実力を持っていたとしても戦ってきたのは精々十数年。この経験の差は簡単に埋められるものではないし、彼はドラゴンや魔人と戦った経験はないだろう。

 

「なら、ギリウム様の圧勝ですかね」

 

「いや、そうとも限らんぞ」

 

「え? どういう事です?」

 

 魔物隊長の言葉を魔物将軍は否定してみせる。彼がそう考えるのには理由があった。

 

「レオンハルト様は長年空席だった魔人四天王にあの魔王様が推す程のお方だ。ならばそれ相応の実力を持っているのだろう。それに――」

 

 魔物将軍は視線をレオンハルトに向ける。隣の魔物隊長も同じように顔を向けた。

 視線の先にはレオンハルト。そして彼の背に背負われている物。

 身の丈を越し、刀身が蒼く輝いている長剣を彼らは見た。

 

「あの剣。先程の謁見の間ではあれは無かった。おそらくだが魔王様に下賜されたものだろう」

 

「確かに……何だか吸い込まれそうな、何処か貫禄を感じる剣ですね」

 

「ああ。レオンハルト様は剣の王と呼ばれる程の剣の達人だと聞く。それに加えて魔王様に太鼓判を押された実力を裏付けるかのように賜ったあの剣。ギリウム様相手でも善戦はするのではないか、というのが俺の予想だ」

 

 魔物将軍の予想に魔物隊長は納得したように頷く。

 

「なるほど、なら凄い戦いが見れそうですね。早く始まりませんかね?」

 

「うむ。……それに決闘が終われば勝敗に関わらず魔王様に伺わねばならない事もあるしな」

 

「伺う、ですか?」

 

「仰っていただろう。レオンハルト様を魔軍参謀の職に就けると」

 

「ああ、あの」

 

 魔軍参謀。

 言葉の響きから察するに魔物将軍の仕事に関係してくるであろうことは想像がつく。

 

「我々も無関係じゃない。おそらくは新しい魔軍の要職。詳しい内容はまだわからないが、我々の身近な上司になるかもしれんし、その事についての方がよっぽど重要だ」

 

「……なら、今のうちに見れたのはラッキーですね」

 

「ああ、複雑ではあるが魔王様が決めたこと。どのようなお方なのかもこの戦いで見定める事も出来る」

 

 そう言って彼らは再び、決闘を行わんとする二人に集中する。

 他の居並ぶ面々も意見は違えど、予想や話を交えていた。

 

 

 

 ――そんな視線を受ける魔人レオンハルトは。

 

 ……やっぱやるしかねぇんだよな……。

 

背中に背負った剣を感じながら内心、忸怩たる思いを抱いていた。

 

 

 

 

 

――それはレオンハルトが魔王城中庭に移動する前の事。

 

 魔王スラルが決闘のお触れを出し、二人して謁見の間から先に離れ――そして二人は一度、スラルの私室に戻ってきていた。

 部屋の中では主従関係であるはずのレオンハルトと魔王スラルがお互いに怒号を相手に浴びせていた。

 

「なんで決闘なんて許可しやがった! いや、そもそも魔人四天王とか魔軍参謀とか変に地位上げやがってよ! これなら魔人筆頭の方がマシじゃねぇか!」

 

「何よ! 貴方が良いって言うから許可したんでしょ! それに貴方が魔人筆頭は嫌だって言うからその通りにちょっと下の地位に就けたのよ! 何が不満なのよ!」

 

「んだと――」

 

 先程からお互いにこの言い分の繰り返しである。

 俺は譲らないしスラルも譲らない。話は完全に平行線だ。

 

「もう! だから勝てばいいでしょ! 勝ったら何も問題なくなるじゃない! 違う!?」

 

「それが難しいから頭抱えてんだろうがっ!」

 

 そう、問題はそこだ。俺がめちゃくちゃ――それこそあの場にいるどの魔人よりも強ければ別にこんなの大した問題じゃない。

 やっかみなんて起きないだろうし、決闘なんて相手をたたっ斬れば終いだ。ある程度、傍若に振る舞っても誰も何も言わないだろう。

 

 魔人四天王だの魔軍参謀だのそれらの要職はスラルを説き伏せるか、無理でも別に構わない。一応、俺はこの魔王スラルに忠誠を誓ったんだ。散々ごねている身では説得力も無いかもしれないがこいつが例えば人間を虐殺しろとか水汲みしてこいとか、どんな重い命令も軽い命令も聞くつもりだ。

 

 そう考えているのに俺がスラルの命令に駄々をこねるのは自分の進退や命に関わるからだろうか。

 ……いや、違う。スラルとの関係、雰囲気に呑まれているんだ。

 まだ短い付き合いだが、こいつは俺に何かと良くしようとしてくれているのがわかる。絶対命令権なんかも使わない。魔王と魔人という関係には相応しくない雰囲気をスラルは作ろうとするのだ。

 

 そこに俺が考えていた関係と少なからずギャップ――乖離があったのは事実だ。俺はもっとあれをしろ、これをしろ、と否応もない絶対的な主従関係を想像していた。そんな妄想は覆された。

 

 つまり俺は、スラルに甘えているのだ。予想と違って随分と優しいもんだからそれに引っ張られて素で反抗してしまう。

 そうやって自分を見つめ直すと怒りが萎んでいくのがわかった。

 こいつがそういった地で話せるような関係をたとえ望んでいたとしても、俺は最終的に折れるべきだ。反抗して嫌々でもその命令を遂行する。でないと忠誠を誓った身として情けない。

 

 俺は一度、溜息を吐いて気持ちを落ち着けると口を開いた。

 

「……魔人四天王だのは置いておいても決闘で勝つのはやっぱ厳しいと思うぞ。俺は剣士だ。なのに肝心の剣がないんじゃな」

 

 そう。今の俺には剣がない。以前に使っていた銀の装飾が付いた直剣はメガラスとの戦いの時の一撃で何処かに飛んでいってしまった。

 ……あれ気に入ってたんだがなぁ。集落でも数少ない職人にわざわざ造らせた一品で、切れ味も悪くなかった。

 

「あ、それなら大丈夫よ」

 

「あ?」

 

「ちょっと待ってて。良い物上げるから」

 

 スラルはそう言って部屋の隅にあったタンスからある物を取り出して見せた。

 

「ほら、凄いでしょ?」

 

「――これは……」

 

 スラルが抱えるようにして持ってきたそれは――剣、だった。

 綺麗に真っ直ぐ伸びた刀身が蒼く輝いている。

 だが、俺が目を見張ったのはそこではない。

 

 ――――長い。

 

 その蒼い剣はスラルの小柄な身長よりも大きく、ともすれば身長が180を超える俺の身の丈をも超える程だ。

 

「――魔剣オル=フェイル。古いダンジョンで見つけたの。ほら、持ってみて」

 

「魔剣、ね……」

 

 俺はスラルから渡された魔剣オル=フェイルを手に取る。長さの割には軽いな。

 それに長すぎて使いにくいだろうと思っていたその剣は持った途端、予想に反して驚くほど手に馴染んだ。

 刃先が曲線を描いていて何だか前世でいう大太刀みたいだが……。

 俺は手に持った剣を何気なく軽く動かしてみる。

 

「あ、気をつけて。それ切れ味が――」

 

「――ん?」

 

 思わず剣の先が軽く机の足にぶつかる。

 だが、俺は机に剣が当たったと思わず、それを見て気づいた。

 何故なら――

 

「あ、斬れてる」

 

 机の足を殆ど抵抗なく通過した刃はするりと机の足の先を斬り落としていたからだ。

 そしてスラルが一拍置いて、叫んだ。

 

「あ、斬れてる。じゃないわよ馬鹿!」

 

「い、いや、すまん」

 

「その剣、斬れ味鋭すぎて刃を立てて置いたりするだけで斬れる時もあるんだから気をつけなさい!」

 

 足が一本、床から離れて不安定になった机を指差して怒るスラル。

 俺はあまりにも鋭すぎる魔剣オル=フェイルを見ながら恐々とする。

 

「なんつう物騒な剣だ……下手したら俺が斬れそうだ。最早凶器だな」

 

「……貴方、剣の達人でしょ。剣の王だし、問題ないわよね?」

 

「うーむ、いや、まぁ確かに自分でもびっくりするくらい剣がしっくりくるんだが……」

 

 というか何だこの感覚は。確かに剣を持ってる筈なんだが、俺が知ってる剣と違う。

 魔剣だからだろうか――剣ってのはこんなにも手に馴染むものだったか?

 どうにも不思議な感覚が消えない。以前はこんなこと無かったんだが。

 

 

「何にしてもこれで剣の問題は解決。これなら勝てるでしょ?」

 

「――! ああ、そうかもな」

 

 スラルの期待した声で我に返る。

 確かにこれほどの剣ならどうにかなるかもしれない。相手が硬くてもこの剣ならそれを上回ってくれそうだ。

 

「良かった、それなら行くわよ。剣は背中にでも背負って。確か魔法でくっつく筈だから」

 

「……ああ」

 

 言われて俺はスラルから貰った新しい剣、魔剣オル=フェイルを背中に背負ってみる。ゆっくり手を離すと――落ちない。確かに魔法か何かでくっついているようだ。

 ……まぁ、こんな物くれる程期待してるなら頑張らないとな。

 そうして俺はスラルと共に決闘の場へと赴いた。

 

 

 

 ――だが、しかし。本当に勝てるかどうかは別問題だ。

 レオンハルトは中庭にてギリウムと相対してそう感じていた。

 

 ……いや、あいつ、俺が魔人になったからか実力差が何となくわかるがかなり強くねぇか? 俺との実力が結構離れてるような気が……。

 

 この世界ではLV。それがある程度の強さの指標になる。

 自慢じゃないが俺のレベルは結構高い。確か68だ。この数字は客観的に見てもかなり上の方だと思う。

 

 しかし、LVが同じでも強さが全く同じにはならない。

 それは生物としての特性や個体としての特徴で大きく前後するからだ。

 力の強い奴と足の速い奴では同じレベルでもその差ははっきりと分かれるだろう。その点俺は人間であった頃より強くなったと確実にいえる。魔人になったからだ。

 

 生物としての格を引き上げられた俺はレベルは人間の頃と変わっていなくても膂力も体力も俊敏性も跳ね上がっているだろう。

 魔人は魔人というだけで他の生物よりも強いのだ。

 相手が人間であれば同じレベルでもその差で勝利することが出来るだろう。だが問題は、魔人同士であること。

 

 それも魔人になる前の種族差だ。

 俺より少し離れた場所で決闘に向けて戦意を高めているであろうギリウム。

 来る途中にスラルに聞いたがやはりドラゴンの魔人であるという。

 ドラゴン。それは人間より遥かに強大な生物だ。

 その身体能力、地力の差は歴然であり、仮に奴が俺と同じレベルだったとしても敵わないのだ。

 それに同じレベルの筈もない。何百年と戦ってきた経験値は確実に俺よりも上なのだ。

 

 ……さて、どうしよう。勝つ気ではやるつもりだが客観的には勝算は絶望的だな。

 一応技能LVという概念もあるが、これはこの世界に生きる個体がそれぞれ持っている才能を数値化したものだ。

 だが、自分や他人にどんな技能LVがあるかは基本的に調べられない。何でも特殊な魔法などで調べられるらしいのだが……。

 

 だが、俺の場合は予備知識で何となく予想出来る。多分、剣戦闘LV2ってのが妥当なところだろう。これだけでも十分恵まれている。

 だが、これだけで差を埋めることはおそらく出来まい。

 明確に勝っていそうなのは剣技とスラルから貰った魔剣――つまり装備の差くらいじゃないだろうか。

 

 頭の中で勝算を弾き出そうとしていると、周囲がざわつきはじめた。

 何だ、と思ったが見るとスラルが中央に進み出てきていた。その後ろには魔物隊長。

 

「――そろそろ始めるわ。魔物隊長」

 

「はっ!」

 

 スラルの呼びかけに魔物隊長がスラルの前に進み出る。

 

「僭越ながら私が決闘の開始を宣言させていただきます!」

 

 宣言っていうかそこは審判とか立会人って言うんじゃねぇのか?

 少し訝しげに感じるが、その理由は直ぐにわかった。

 

「魔人の方々の決闘ということでルールを設ける無粋は致しません。両者、存分に納得のいくまで戦ってくださいとの事です!」

 

「……それは」

 

 思わず声を漏らす。

 いやだって、それはつまりあれだろ? 事実上のデスマッチって事だろ?

 

 …………はぁぁああ!? ふざけんじゃねぇっ!!!

 

 てっきり気絶するまでとかまいったと言ったら負けとかルールを設けてやると思ってた部分が――いや、そりゃあそれを守る程相手はお優しくないだろうが、だからと言ってデスマッチなんかするか?

 スラルは何考えてんだ? というかこれだと俺が勝ったとしても相手を殺すことになるがいいのか?

 横目でスラルに視線を送るも、スラルは視線に答えずだんまりを決め込むだけだ。

 

「……では、お二方。準備はよろしいですか?」

 

「いつでも構いません」

 

「……! ああ!」

 

 いや、待った。いきなり声掛けられて返事しちまった。

 魔物隊長は頷くと手を振り上げた。え、もう始めんのか?

 

「――では…………始めッ!!!」

 

「――――!」

 

「――――ッ!」

 

 俺が開始の宣言を受け地面を思い切り蹴ると、同時にギリウムが襲いかかってきた。

 



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決闘の意味

 魔人同士の激突。

 常人では視認できない程の速度を持ってぶつかり合い、周囲には衝撃波が広がる。

 それを完全に視認できるのは魔王と魔人のみ。他の者達は衝撃に耐えながら戦闘の把握に必死であった。

 

「ぎゃああああああっ!?」

 

 一部、衝撃波に吹き飛ばされるリスの魔人がいたりしたが魔人にとってこの程度の戦闘の余波は問題ない。

 彼らの目には少なくない驚きの色が混じっていた。魔人ギリウムは弱い魔人ではない。強さでいうなら上から数えた方が早い魔人だ。

 彼の武器である鋭い爪。レオンハルトの身体に突き立てようと振るわれた爪をレオンハルトはその長剣で弾いたのだ。

 

 だが、その弾いた本人はその事実に驚愕していた。

 

 ――おいおいこれで斬れないってどんな爪してんだ!?

 

 魔剣オル=フェイル。

 先程その斬れ味の一端を垣間見たレオンハルトはギリウムの爪の硬さにげんなりしてしまっていた。

 

 ……おいおいこれで斬れない爪ってお前爪長くなったらどうするつもりだ? 爪切りすらろくに出来ねぇじゃねぇかよ。

 ドラゴンってのは皆こんなふざけた種族なのか? さすがにこんなことが出来るのは魔人になったこいつとカミーラくらいだと信じたいが。

 それに打ち合った剣から衝撃が伝わりめちゃくちゃ手が痺れる。

 それは打ち合って一瞬でわかった幾つかの事実の結果。

 

 即ち力負けだ。

 予想していたことだが、俺の膂力が上がっていても相手の力の方が何倍も上。攻撃の瞬間、咄嗟に背後に下がることで衝撃を逃したがそれでも足裏が地面を引きずられるようにして押された。

 

 クリーンヒットを貰えばアウトか……頭の中で情報を書き加える。

 爪の硬さから察するに、耐久力も相応に高いだろう。

 唯一の救いは速さだろうか。僅かに俺の方が速い。

 今も左から振るわれた爪を叩き落とすように上段からの振り下ろしで弾く。

 

 随分と速くなったなぁ俺。今ならメガラスと楽しい戦いが出来そうだ。

 もう一つ。長けている部分を上げるなら――客観的というより俺の自尊心から言わせてもらうなら技術。

 剣術、近接戦闘では他のやつに負けたくない。――右斜め前。俺の首、頸動脈を狙って爪が振るわれる――が、それを右足を一歩下げながら半身になっての下段からの斬り上げでなんとか弾く。くっそ手が痛いな。

 

 なんとか戦闘になっている事が少しだけ俺の心の余裕に繋がる。とはいえこのままではジリ貧。

 僅かに勝る速度も俺がギリウムの力を完全に受け流せないでいるためあまり意味をなしていない。態勢を立て直すのに時間を使ってしまうからだ。

 人間の時にやったメガラス戦よりはマシってくらいだ。今は身体も万全ではあるのだし。

 

 やはり何処かで攻勢に回らないといけない。そんな余裕がないのだが、時間が経つにつれてどんどん俺の――前から、と見せかけたフェイント。一歩で俺の背後に回って俺の後頭部に爪が振るわれ、って、危、ないっ! と身体を捻っての回避――俺の疲労がどんどん蓄積されていく。

 

 というかこいつ、さっきから完全に俺の事殺そうとしている。致命傷になるような部位ばっかり狙いやがって。戦術としては正しい、一つの正解だがいくらなんでも仲間である筈の魔人に容赦ねぇ。

 その事にムカムカするものの現状を打破することが出来ない。

 このままではなぶり殺しだ――最悪の未来を想像する。

 そんな時だ。ギリウムが行動を起こしたのは。

 

 

 

 ギリウムは目の前で戦うレオンハルトに対して腹立たしくも内心、称賛していた。

 

 ――ふん、存外やるではないか。

 

 ともすれば初撃で終わってしまうやも――というギリウムの予想は裏切られた。レオンハルトの振るった剣で自慢の爪を弾かれたのだ。

 なるほど、業物だ。おそらく魔王様から賜ったのであろうその剣は名剣であることを認めざるを得ない。

 なにせ、自分の爪を弾いたのだ。鈍らなら一合、多くとも数合も打ち合わせれば折れているところである。

 

 この爪はドラゴンであった時代、ククルククルとの戦いの時から現在に至るまでひたすらに鍛え続けた爪だ。この爪だけはカミーラ様にも負けないと自負している。

 使い方も心得ている、魔人になってからも戦闘の腕は衰えていない。それを力負けしながらも弾くことが出来ているその技量。

 人間なら一秒もかからず身体を別れさせ、亡き者にしているところだ。止めることなど天地がひっくり返っても出来ないであろう。

 

 なるほど、こいつは魔人だ。認めよう。しかし、魔人であってもこうも簡単に爪を止めることが出来るか?

 認めよう。こいつの技量は人間の間で剣の王と呼ばれるに相応しい。魔物将軍程度では荷が重いのも頷ける。

 ドラゴンとして強者には敬意を払うものだ。ただの決闘であったのならその実力を認めて仲間と認められるべきだろう。

 

 だが――それは叶わない。

 それだけは――ありえない。

 自分の僅かに冷静な部分が奴の実力を認めるのと同時に、奴を強く憎悪する。

 これは魔人四天王を賭けた決闘。それが意味するのは――これがカミーラを賭けた戦いであるということ。

 もしこれで負けたらどうなる? 昔と同じように他のドラゴンに、マギーホアに負けた時のように。アベルに連れ去られた時のように。目の前で愛する雌を他の雄に取られるのか?

 

 ――瞬間、ギリウムは過去と同じように、自分との決闘に勝ちカミーラを組み伏せるレオンハルトの姿を幻視した。

 

 ――――プツリ、と静かに激情が、誰にも気づかれないまま内心で荒れ狂う。

 

 ――ああああああああああああああああああ!!! カミーラ!! カミーラァッ!!!

 ありえないありえないありえない。カミーラは渡さない。渡してたまるものか。カミーラを戴くのは私だ!

 

 ドラゴン種、最後の雌に対する欲望が爆発する。いつもしている時と同じように。

 

 あの髪を、あの足を、あの尻も、あの胸も、あの腕も、あの指も、あの顔も、あの性器も、あの美貌を! 次に味わうのは私、私、私だっ!!!

 

 ギリウムは誇り高いドラゴン種であった。その欲望を表立ってさらけ出すような下品な真似はしない。

 ただ、カミーラへの激情と比例してレオンハルトへの敵意が募り攻撃に容赦がなくなっていく。

 

 許さん。許さんぞレオンハルト。新参者の、脆弱な人間であるお前にカミーラは渡さん。生ける王冠はお前に相応しくない。

 

 ――殺さねば。生かせば更に強くなって奪い返しにくるかもしれない。

 

 それはある意味、ギリウムにとっては最大限の敬意であるかもしれない。

 この雄は強い。今はまだ自分よりも弱いが、いずれ更なる成長を遂げるだろう。それが自分を超えることはないと楽観は出来ない。

 あくまでもレオンハルトがカミーラを欲しがっている、という前提でギリウムは考えを進める。良くも悪くも彼の世界の中心はカミーラであった。

 ギリウムは考えた。目の前の雄を速やかに戦いで殺す――そして行動に起こした。

 

「ガァアアッ!!」

 

「――なっ!?」

 

 自慢の爪を地面に思い切り叩き込む。

 辺りに土煙が舞い上がり、奴が驚きの声を上げる。

 上空に飛び上がると直ぐ様力を溜めて、それを地面に、レオンハルトに向けて吐き出した。

 ブレス。ドラゴン種がドラゴンたる所以。魔人になって強化されたそれは凄まじい勢いとエネルギーで放射状に広がる。

 さて、これで終わるのか。そんな自問をしながら眼下に全速力で突撃した。

 

「ウガァァアアアアッ!!!」

 

 土煙とブレスの余波が残る中、ギリウムは正確にレオンハルトの姿を捉えた。

 ――どうやらブレスの直撃は回避したようだな。それを確信していたギリウムは真っ直ぐにレオンハルトに向けて――

 

「ゴォオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「――ッッッ!?」

 

 爪を叩き込んだ。

 

「――レオンハルト!?」

 

 

 

 

「…………がっ、はっ」

 

 ギリウムに爪を叩き込まれ、城の壁に激突したレオンハルトは意識が吹っ飛びそうな衝撃とダメージを受けて苦悶の声を漏らした。

 ……痛ぇ。くそ、あんな単純な手に引っかかっちまうとは……

 ブレスの存在は知っていた。筈なのにそれが意識の中に無かった。単純な目くらましとブレスを囮に爪でとどめ。

 視界を封じて、体勢を崩し、本命を叩き込む。くそっ、戦いの基本じゃねぇか。

 そんな手に引っかかった自分にむかっ腹が立つ。

 

 だが、このダメージは……。

 幸いにもまだ命に別状はない。というより魔人の身体が頑丈すぎる。大きな傷が腹に出来て血が出ているが、人間であればやがて死ぬような傷も致命傷ではない。

 それでも殆ど瀕死のようなものだ。

 早く動かねば殺されるだろう。いや、ひょっとしたらもう手遅れかもしれない。

 

 最近、負けてばっかりだな俺は。

 俺は目眩を覚えつつも周囲に視線をくばった。幸いにも、追撃はまだ来ない。

 ……もういいんじゃないか? そんな思いが俺の中に浮かび始める。

 十分、戦った。魔人になりたてでそれなりに保ったんだから善戦しただろう。参った、ごめんなさいと言って命乞いすれば助かるかもしれない。

 魔人四天王や魔軍参謀には興味がない。それを譲ってスラルにでも泣きつけば――

 

 ――そうだ、スラルは。

 

 ふと自分が忠誠を誓った相手を思わず探してしまう。そしてその姿は直ぐに見つかった。

 壁際にてこちらを見るスラルの表情を見た時――俺の心臓は止まりそうなほどに脈打った。

 

 

 

 ――おい……なんつう顔してんだ。

 

 スラルの表情は魔王としての体裁を保とうとしていたが――俺には分かる。今にも泣いてしまいそうな表情だ。

 おいおいあれ、周りの奴ら気づいてないのか? あれじゃあ威厳なんて木っ端微塵に砕け散るぜ? 早く元の表情に戻せよ。このままじゃカリスマブレイクしちまう。

 

 つーか、何だ。前から思ってたけどあいつ本当に魔王か? 全然そんな感じしねぇぞ? 見た目はただの少女だし、性格だって人間としか思えねぇ。大人になってからあれほど喧嘩するとは思わなかったぞ。傍から見たらギャグみたいなもんだ。魔王を自称するなら今すぐその顔やめろよ。魔人なんか幾らでも作れるんだから主の命令を守れない俺なんかゴミみたいに捨てりゃあ――

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、俺は何故か左手を壁に叩きつけていた。

 

 ――はぁ、勝手な事ばかり言いやがってよ――自分に嫌気が差してくる。

 

 あんなふうに泣きそうな表情を浮かべさせてるのは誰なんだよ。

 

 ――俺、だろ。

 

 自分の情けなさを主に押し付けてんじゃねぇよ。

 ……はぁ――……俺もヤキが回ったかな。随分と情けない。むかつく。俺はいつからこんな弱くなったんだ?

 一度は集落を背負うという思いを胸にして、一度は主に忠誠を誓っただろう?

 

 ――――俺はまだ、一度もあいつの命令をこなせてないだろうが。

 

 

 

 …………あー、頭がすっきりしてきた。そうだな、やることはしっかりと決まっている。

 気づけば俺は握ったままの剣に強く力を込めていた。冷静に考えると何やってんだ俺、って感じだけどよ。

 情を裏切られて、情を受けずに長いこと過ごしてきた所為か? 出会ってまだそんなに経ってないっていうのによ。俺はこんなにもちょろかったか? でも、俺に良くしようとしてくれるあいつの期待を、他ならぬあいつの魔人である俺が裏切ってどうする。

 

「…………おらよっと」

 

「――!」

 

 壁を背もたれに倒れ込んでいた俺が立ち上がると、ギリウムや周囲から驚愕した雰囲気が感じ取れる。

 

「ふん、まだ生きていたか。だが既に――」

 

「あー、ちょっとストップ。黙れ」

 

「――何だと?」

 

 ギリウムから怒気が感じ取れる。

 

「そういうのもういいだろ? 水差すなよ。今頭すっきりしてていい気分で今なら何でも出来そうなんだから」

 

 余計な事は考えない。

 今考えるのは目の前の相手を斬ること、殺すことだけだ。

 

「やることはお互いはっきりしてるだろ? ――最初に殺気を見せたテメェが悪いんだからな。斬り殺してやる」

 

「き、貴様――言うに事欠いてそのような戯言をッ! 死ぬのは貴様だ――!!!」

 

 第二ラウンド――いや、最終ラウンドにしてやる――!

 

 

 

 

 

 ギリウムの再度の、最初の攻撃はやはりと言うべきか爪だった。

 右手で振るわれるそれは確実に俺を仕留めようと頭を狙ってきている。

 

「――あ? ……ククッ、何だそりゃ?」

 

「なぁっ――!?」

 

 ギリウムの攻撃を受け止めることすらせず身体を反らすだけで回避する。

 ギリウムが仰天したような声を出すのが面白い。

 

「貴様……!」

 

「不可解って顔だな。いや、俺も見えてるって訳じゃ――」

 

「ッ!!!」

 

「ん……こっち、か」

 

 ギリウムの左からの横薙ぎに振るわれた爪を今度はかがむようにして回避。

 

「な、何故だっ!? ええい、こんなの偶然――」

 

「何ていうか不思議な感覚でよ。お前のその爪攻撃が剣術のそれに似てるからか? 何処からどう来るか大体読める」

 

 斜めに振るわれる爪を感覚に従って回避する。

 ギリウムはそれを信じまいと今度は連撃を見舞ってくる。

 

「死ねェ――!!」

 

「…………」

 

 攻撃を躱す。躱す。躱す。振るわれる相手の攻撃を自身の感覚に従って回避し続ける。

 何だろうな、これは。見切り? 心眼ってやつか? 相手の攻撃が読めてしまう。

 というかだんだん目も慣れて――

 

「――あー……一つ訂正しとくぞ」

 

「――死ね死ね死ねェェ――!!」

 

「聞いてないか。……悪いが見えてないってのは嘘だ。だんだん目の方も慣れてきた」

 

「――――ッ!?」

 

 ギリウムが今度こそ驚愕し、一度下がる。

 

「まずい! 皆退避――!」

 

 魔物将軍がその動作を見て叫ぶ。俺の背後にいた奴らはその軌道から急いで離れた。

 

「――――!!!」

 

 声にならない声と共にブレスが放射される。

 相手は満身創痍、当たれば仕留められると放たれたそれは、しかし俺には当たらない。

 

「ブレスしてくるってのは読めないが、そんだけわかりやすい動きをされると予想がつくな」

 

「――ッッッ!?」

 

 ブレスの範囲内からいち早く逃れるように側面に移動した俺は剣を両手で握る。

 すると俺の身体の周囲から細い線のようなオーラが浮かんで見えるようだった。

 

「そろそろ振るからな。防御しろよ」

 

「――!! グぅッ――舐めるなッ!」

 

 その言葉と共に魔剣オル=フェイルを袈裟に振り下ろす。

 ギリウムは爪で何とか防御し、力で俺の剣を弾き飛ばそうとする。

 だが、俺はその勢いを利用して回転するように今度は逆側から剣を振り上げた。

 

「なっ――! グッ!」

 

 ギリウムはそれも爪で防御。その勢いでまた剣を振る。

 

「ガァッ!?」

 

 今度は少し逸れて腕に赤い線を斬り刻む。

 それでも攻撃は止めない。斬る。

 

「――あ、ガッ! ギィっ! ゴッ!」

 

 斬る。斬る。突く。斬る。払う。斬る。突く。突く。払う。斬る。払う。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

 俺の手数に対応出来ず防御を失敗する度にギリウムは全身に無数の斬り傷を作った。

おいおい、まさかここまで出来るようになってるとはな。俺は自身の成長に驚いていた。

 ここをこうすればまた攻撃出来る。こう動けば有利になる。こういう風に身体を動かせば隙は無くせる。

 雪崩のように次から次へとアイデアが浮かんで、それを実行出来る。剣を振るうのが楽しくてしょうがない。

 剣ってこんなにも自由で、果てのないものだったのか? まだまだ先があるじゃねぇか! 例え果てに到達したとしてもこの魅力からは抜け出せないと確信出来る。

 もっとだ、剣の理ってやつを俺にもっと極めさせろ!!!

 

 

 

 ――その境地を知るものが見れば、こう確信しただろう。

 

 

 

 ――前人未到。伝説。達人の中の達人。バランスブレイカー。魔人になって彼の才能は開花した。

 

 

 

「――――剣戦闘LV3」

 

 

 

 

 

「まさか、このような展開になるとは……」

 

 周囲では魔人、魔物将軍、魔物隊長らがざわついていた。

 その中心には二人の魔人。

 

「クク……!」

 

「グウゥウウっ、こんな、こんな馬鹿な事が……ッ!」

 

 おかしい。なんだこの状況は。

 私は誇り高いドラゴン種の魔人だぞ! 生ける王冠であるカミーラを戴くドラゴンの新しい王だ!

 人間に負ける道理はない筈だ! 

 

 ギリウムは酷く動揺、狼狽していた。

 身体には無数の切り傷。それは奴が剣を振るう度に増えていく。

 こちらの攻撃は通じず、そもそも最早攻撃の機会すら与えられない。ずっと相手の攻撃。防御しても逃げても相手の攻撃。

 一度は追い詰めた筈の形勢は完全に逆転していた。

 

 眼前で剣を振るい続ける剣鬼、魔人レオンハルトには、抑えきれない喜びの感情が口角や声に表れていた。

 

「……悪いなぁ? こんなにしちまってよ。ちょっとやられてから覚醒して逆転なんて展開、使い古されすぎて寒いだろ?」

 

「くっ――!」

 

 挑発するような言葉も嬉々として言ってみせる。先程までの印象からガラリと変わっている。

 

「アンタにも悪い気がするし、ぺちゃくちゃ喋られながら甚振られるのも嫌だろ? だから――」

 

 ――そろそろ終わらせるぞ。

 

「――ッ! ま、待て――ッ!?」

 

 反転。底冷えするような冷たい表情を浮かべたレオンハルトは蒼い剣を振り上げ、

 

「――――」

 

 一閃。

 

 奴が私の身体を通り過ぎ、時が止まったように動きが止まる。

 先程までとは打って変わって静寂が辺りを支配しており、周囲も息を呑んでいる様子だ。

 

 わ、私はどうなった? 何故動けないんだ?

 

 ――いや、手は、上半身は動く。支障はない。

 

 ――――なら、下半身は?

 

 そうギリウムが考えた時――身体が滑るようにズレ始めた。

 

 ――ッッッッッッッ!!!???

 

 ギリウムは自分の身体の状況に気づく。

 

「――ァ……あぁ……!」

 

 嫌だ。やめろ。止まれ。それだけは嫌だ。

 心の中で否定を続けるギリウム。その願いは聞き届けられることなく――

 

「ぁぁぁぁああああああああっっっっっ――――!!!」

 

 身体が真っ二つに別れた。

 

 急激にギリウムの身体に痛みが駆け巡り、しかし同時に少しずつ身体の感覚が薄れていた。

 

 ――魔人ギリウムはその命を終えようとしていたのである。

 それを理解し、ギリウムは視線である人物を捉える。

 レオンハルト――ではない。ここに至ってギリウムは自分をこうしたレオンハルトなど眼中になかった。

 

「カ、ミーラ……」

 

 言葉を振り絞り、愛しい人の名前を呼ぶ。

 頼む、助けてくれカミーラ。私はこの世界で数少ない同胞――お前とつがいになる男の筈だ。

 

「…………」

 

 しかし、カミーラは答えない。それどころかギリウムを見るその視線は――汚らわしい虫けらを見る目そのもの。

 

 ――あぁ……何故だ、何故だ、カミーラ……私の愛しい人よ……!

 

 ギリウムは結局、最後の最後までカミーラを理解出来なかった。それは、ともすれば彼にとって幸運だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「れ、レオンハルト様の勝利……」

 

 魔人ギリウムの身体が紅い球体――魔血魂になり決闘が終わっても辺りは静寂に包まれたままだった。

 彼らの心中は戦いの勝者、即ち新しい魔人四天王となったレオンハルトのことで締められていた。

 戦いの最中に突然豹変し、ギリウムに圧倒的な実力をもって勝利した彼を畏ろしく思い、それでいながら敬意を払った。

 魔物は強い者が正義。実力を示したレオンハルトの就任を拒むことは、少なくともこの場にいる者はしないだろう。

 

「…………」

 

 そして視線を集める魔人、レオンハルトはゆっくりとギリウムの魔血魂を拾い上げると、そのまま真っ直ぐ歩みを進める。

 その歩みの先には――この場の絶対支配者である魔王スラル。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人は無言のまま視線を交わす。

 少しの間を置いて、レオンハルトが膝を突き、その手に持っていた魔血魂を献上する。

 それを少し見つめてから受け取ったスラルは、突然瞳を輝かせ力を込めるように魔血魂を射抜いた。

 

 ――突如、魔血魂がスラルに吸い込まれていく。

 

 魔血魂の初期化。魔人の完全なる死である。

 魔人は死んでも魔血魂になり、宿主にそれを飲ませればその肉体を乗っ取って復活することが出来る。

 だが、魔王に魔血魂を初期化されるとその中にある精神もなくなる。

 この瞬間、魔人ギリウムはこの世界から完全に消滅した。

 そしてスラルは作業を終えると、レオンハルトに視線を戻してその場にいる皆に聞こえるように言い放った。

 

「――大義よ」

 

 魔王からの称賛の言葉。それに続けて、

 

「正式に魔人レオンハルトを魔人四天王、並びに魔軍参謀の任に就けるわ。異論のある者はいる?」

 

 その言葉が自分達に向けられた問いであることに気づき、魔物将軍や魔物隊長は一斉に言葉を発する。

 

『はっ! おりません!』

 

 異論などある筈もない。実力のある魔人なら歓迎だ。

 その日、新しい魔人四天王――レオンハルトが誕生した。

 

 

 

 

 

 決闘を終え、一度怪我の治療をするため、魔王スラルはレオンハルトを連れて自らの私室に戻って来た。

 

「おお……神魔法なんて初めて受けたが、マジで痛くなくなっていくんだな」

 

「使える人ほとんどいないから知られてないけどね」

 

 ヒーリングを掛けて彼の身体を治す。関心したような表情が面白い。

 

「これで大体は治ったはずだけど……どう?」

 

「痛みはないし、身体も動くな……ただまぁ、言いにくいんだが」

 

 言い淀む彼に私は催促の言葉を掛ける。

 

「なに? 言ってみて」

 

「……めちゃくちゃ眠い。何処か眠る場所ないか?」

 

 なんだ。そんなこと。

 

「私のベッド使っていいわよ」

 

「は、はぁ?」

 

「? なんでちょっと嫌そうなのよ。疲れてるなら寝た方がいいわ」

 

 ヒーリングは怪我は治せても、失った体力や疲労までは癒せない。おそらく眠いのはそういう事だ。

 ……それにしても、自分から眠りたいって言ったのに何故ベッドを断るんだろう。

 あ、ひょっとして主のベッドを使う訳にはいかないとか?

 

「いや、あー、うん……まぁいいか。なら借りるぞ」

 

「あ、うん。おやすみ」

 

「…………おやすみ」

 

 彼は何故か最後まで私を見て変な顔をしていたが、ベッドに潜ると直ぐに寝てしまった。

 ……無理させちゃったなぁ。

 よっぽど疲労が溜まっていたのだろう。思えば魔人化してからここまで急だった。

 魔人は殆ど休まなくても身体を壊すことはないが、だからといって休まない道理もない。

 

「…………」

 

 ベッドに腰掛け、彼の寝顔を眺める。目を瞑ると印象変わるなぁ。普段は鋭い目で眉間にシワを寄せることが多くクールな印象が強いが、こうしてみると随分と穏やかな印象。寝てるからかな。

 先程の決闘の時も後半、物凄い迫力だった。LV3ならあれくらい出来ると思っていたが、あれはちょっと怖い。今度注意しよう。あれじゃギリウムも相当――

 

「――っ」

 

 ギリウムの事を考えた瞬間、私は胸を押さえる。

 今思えばあそこまでする必要はなかった。

 決闘もそうだ。あんな死んだ方が負けなんてルールを提案しなければよかった。

 レオンハルトがギリウムを斬り刻んでいった時――

 

 

 ――私は口端を僅かに上げていた。

 

 

 彼が、自分の作った魔人が生意気な前魔王の魔人を苦しめているのを見るとドキドキして心が躍った。

 あの魔人の血をもっと見せてほしかった。あれほど痛快な見世物はないと思った。

 あそこまでする必要はなかった。少し欲求を発散させるだけでいいのにあの時は歯止めが利かなかった。

 

 ――全て言い訳でしかない。

 

 私は立ち上がると部屋の鏡に映る自分の姿を見る。

 そう、私は魔王だ。

 どこまでいっても私は魔王でしかない。

 

「……私って酷いわね」

 

 スラルの呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 ――魔王城

 

 スラルがレオンハルトを連れて、部屋で治療を行っている頃――魔人四天王カミーラは割り当てられた部屋のソファーに腰掛けていた。

 彼女はいつもと同じように無表情で虚空を見つめて怠惰を貪っていた。

 だが、

 

「――――く、くくっ」

 

 不意にカミーラの口から声が漏れる。

 見れば表情も僅かに笑みを浮かべており、それはカミーラが誕生してから今まで一度もなかった事だ。

 

「……くくっ……くくくっ……」

 

 カミーラは笑いが抑えきれないとばかりに美しい唇を笑みの形に変えた。

 

「……くくっ……まさか……ここまで都合良く……転ぶとは……」

 

 正に夢にも思わなかったとカミーラは笑う。

 カミーラが愉悦を感じている原因――それは魔人ギリウムの死にあった。

 神に飽きられて絶滅させられたドラゴン種の中で、ギリウムは唯一の同胞ともいえる存在だった。

 それ故にカミーラに懸想しているのは無理もない事である。ドラゴン種は多かれ少なかれ皆そうであったのだ。好意を見せることはなくても嫌いになる程ではない筈である。

 しかしカミーラはギリウムが嫌いだった。それも無理のない事ではあるが。

 

 ――戦いを恐れ……逃げ隠れた臆病者の分際で……! いけしゃあしゃあと……私の前に現れおって……!

 

 ギリウムは魔王アベルとドラゴン王マギーホアとの戦い、ラストウォーでアベル側について戦った。

 だがギリウムはアベルがマギーホアに勝てないと知ると早々に雲隠れした。

 あの戦争では皆が戦いに繰り出され最後まで戦った。アベルに付いたドラゴンも死ぬまで戦い、あのアベルですらも何度も負けて逃げ隠れながらもマギーホアに挑み続けた。

 

 ドラゴンが天使に狩られ尽くし、カミーラは少なからず衝撃を受けた。そして新しい人間の魔王――スラルに魔人として恭順した。

 そんな折に奴は、魔人ギリウムは現れた。身の毛もよだつ愛の言葉を口から嘯きながら。

 ――私の妻になってほしい。愛している。今世界で一番強いドラゴンは私だ。

 

 ふざけるな……!

 

 直ぐ様殺してやろうと思った。ギリウムはカミーラよりも弱者であった為、それは容易であったがさしものカミーラも同胞が天使に狩られた直後とあって躊躇した。

 だが、それでも口説き文句は止まらない。

 よくもまあそんな言葉を吐けたものだ。今更姿を表した卑怯者の弱者の癖に。今最強のドラゴンは私だと嘯く。

 お前などマギーホアやアベルはおろか、四大聖竜や散っていったドラゴン魔人にも及ぶものか。

 

 そう言ってもしばらくすれば再び愛の言葉。そして自らを持ち上げる発言。

 今日に至るまで100年。いつも前時代の古い掟を引っ張り出しては近づいてくる。

 その際に視線が胸や尻にいっているのも不快だった。何度殺そうかと思ったか。気づいていないとでも思っているのだろうか。カミーラにもプライドがある。少なくともあんな奴に見せるための肉体ではないと断言出来た。

 アベルが可愛く見えるレベルの執着心にカミーラは辟易していた。

 

 そんな時に今回の集まりだ。

 魔王が新しい魔人を紹介するといった。それには別段興味もなかった。剣の王と呼ばれた人間。どうだっていい。

 しかしその魔人、レオンハルトを魔王スラルは気にいっているようで、新しい魔人四天王と魔軍参謀という要職に就けると言った。それも好きにすればいいと思った。

 だが、それに反抗した魔人ギリウムが自身に意見を聞いてきたところで少し恨みを晴らしてやろうと思った。

 

 レオンハルトは魔王様のお気に入り。そんな奴にギリウムが私に対する嫉妬心から因縁をつければどうなるか。それは魔王の怒りを買うことに他ならない。少しでも苦しめ。そんな思いからレオンハルトが魔人四天王の座に就くことに賛成した。

 案の定、ギリウムが決闘を申し出た。カミーラの予想に反してレオンハルトがギリウムを殺し、更には魔王スラルがギリウムの魔血魂を初期化したのは驚いたが。

 

 ――だが、その瞬間。カミーラは呪縛から解放されたような清々しい気分だった。

 

 憎かろうが同胞であったギリウムが死んでも心が傷まない。むしろ溜飲が下がった。こんな事ならさっさと自らの手で殺してやるべきだった。

 

「……くくくっ……魔王様とレオンハルトに……感謝してやりたい気分だ……」

 

 暫くの間、カミーラは部屋でくつくつと笑い続けた。

 

 



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魔軍参謀と魔王の料理

 ――決闘の翌日。

 

 魔王城の片隅では異常な光景が見られた。

 

「お、おい……あれ……」

 

「しっ! 馬鹿見るな! 殺されるぞ……!」

 

 それを見かけた魔物達は足早にそこから立ち去るか、遠巻きに様子を伺うかの二択。

 何故なら彼らの視線の先では、二体の魔人が顔を突き合わせていたからだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 魔人カミーラと魔人レオンハルト――二人の魔人四天王がそこにいた。

 お互いに視線を交えたまま無言で微動だにしない。いったいどうしたのだろうか。

 様子を伺う魔物隊長だったが、はっ、と気づいたように最悪の考えが心に浮かぶ。

 

「まさかレオンハルト様……カミーラ様まで斬り殺すつもりじゃ……」

 

「ええっ!? いや、そんなまさか……」

 

「ない、とは言い切れないだろう……? 先日の決闘での様子を見る限りでは、レオンハルト様は強い奴を斬るのがお好きみたいだからな……」

 

「……でも、流石にカミーラ様は無理、なんじゃないか? というかそれがマジならどうしようもないじゃねぇか。魔王様に報告するか?」

 

「いや、まだいいだろう。……もしお二方が戦い始めたら直ぐに逃げて報告しに行くべきだけどな」

 

 そんな魔物隊長らの会話が声を潜めて行われる。

 そして、件の魔人――レオンハルトは。

 

「…………」

 

 ――なんで俺の事ずっと見てんだ……?

 

 自分でも何故こんな状況になったか知らずにいた。

 

 

 

 数分前の事だ。

 疲労から回復して起床した後、俺はスラルに連れられて自分の部屋に案内された。

 中々に豪勢な造りの部屋で俺には持て余しそうであったが、魔人四天王専用の部屋らしい。

 

 そしてその際にしばらく待機、二時間後に部屋に来るようスラルに命令された。

 なので部屋の設備を確認したり、軽く身体を動かしたりして時間を潰した。

 約束の十五分前。俺はスラルの部屋に向かう為に部屋を出た。

 すると、隣から同じようにドアを開ける音が。誰かと思ってそちらを向いてみれば――

 

 そこには俺と同じ魔人四天王――カミーラが部屋から出てくるところだった。

 

「――――」

 

「――――」

 

 ピタリ、とお互いに動きが止まる。その顔には疑問がありありと見て取れた。俺も多分似たような表情をしているだろう。

 ……だがよく考えれば当然の話だ。先程スラルが、ここの部屋は魔人四天王専用の部屋だと言っていたのを思い出す。

 ならば、隣の部屋は当然カミーラしかいない。

 やがて向こうも同じ結論に至ったのか、少し気を取り直して外に出るとドアをガチャリと閉める。

 

 しかし何故かカミーラのその視線は俺を捉えたまま離さなかった。ここで俺が直ぐに――あっ、こんちはー! 今日からお隣に住むことになったレオンハルトですー。同じ魔人四天王としてよろしくおねがいしますねー、ではまた――と軽く自然に立ち去っていれば何も問題は無かっただろう。何か用でもあるのか? と、視線を合わせたまま相手の言葉を待ってみたのが間違いだった。

 

 それから数分の間ずっとこの状態。いつの間にか周りには魔物隊長や魔物将軍が遠巻きにこちらを見ている気配がする。

 いい加減に立ち去りたい。というか何でこんなメンチ切られてんだ? 特に理由は思いつかな――って、あっ。

 そういえば、昨日俺が殺した魔人はカミーラと同じドラゴンだった。

 

 ……もしやそれか?

 つまりカミーラは、よくもウチのドラゴンに手を出してくれたな? この落とし前はただじゃすまないぞ? と威嚇しているのか?

 だからこの視線か。確かに同族がやられたのなら怒るのは当然だろう。カミーラ姉さん怖いです。

 

 この状況を打破するにはどうすればいいんだ?

 

 ……謝るか?

 

 謝ったところで許してくれるかは知らんが、未だ威嚇で済ませてくれるあたりこちらの誠意ある対応を求めているのだろう。

 そう考えればこの沈黙も納得だ。被害者側が加害者に抗議してから謝るようでは反省しているとは言い難い。これは全面的に俺が悪い。

 それに出来る事ならばこれから少ない同族であり同僚になるカミーラとは、友好的とまではいかずとも普通に話せるくらいの関係になっておかねば居心地が悪い。

 ならばやることは一つ。大分時間を取らせた。俺は早速、ゆっくりと頭を下げた。

 

「……ふん……借り――」

 

「――悪かったな」

 

「を…………なに……?」

 

 何か言おうとしていた所だったようで被ってしまう。重ね重ね申し訳ない。俺は頭を一度上げて言葉を続ける。

 

「お前の同胞を殺しちまって悪かった。幾ら決闘とはいえやりすぎた。――本当にすまない」

 

「…………!」

 

 そして再度、頭を下げる。

 しかしカミーラは謝っても何も反応を返さず、何故か固まったままのようだった。やっぱり怒って――

 

「……くくっ」

 

 突如、頭上から声が聞こえた。笑ってる、のか?

 

「……くっ……ふぅ……頭を……上げるが良い」

 

「……! ああ……」

 

 最後に息を漏らすとカミーラは俺に頭を上げるように言う。何だったんだ今の笑いは。

 そして再び能面のような無表情に戻ったカミーラは俺を見据えて口を開いた。

 

「……貸しだ」

 

「貸し……?」

 

「そうだ……悪いと思ってるんだろう……? なら私の命令は聞けるな……?」

 

「! あ、ああ……! 勿論だ」

 

 俺はカミーラの問いかけに強く頷いた。

 

「ならいい……何かあれば呼ぶ……」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「私はもう行く……」

 

「ああ。本当に悪かったな」

 

「悪いと思ってるなら逆らおう等とは考えるな……悪いと思ってるなら、な……くくくっ……」

 

 そう言ってカミーラは含み笑いを続けたまま廊下の先に消えていった。

 

「……何だったんだ……?」

 

「カカカ、カミーラさんが笑った……」

 

「……あ?」

 

 気づけば近くになんか毛玉のような物体がいた。

 こいつ、いつからここにいた? カミーラの存在感が強すぎたのか、立ち去っていくまで気配が薄すぎて気づかなかった。

 

「ヒィ!? ごごごめんなさいっ!」

 

「……いや、別にいいが。お前は?」

 

 こんな弱そうな魔物も魔軍では働かされているのか? 流石に可哀想な気もするが。

 そんな事を考えていたら毛玉が自己紹介をし始めた。

 

「僕はケイブリスと言いましてですね……魔軍参謀で魔人四天王にもなられたレオンハルト様に挨拶をと思いまして、はい」

 

「そうかケイブリス――ケイブリス?」

 

 こいつケイブリスって言ったか?

 ……ケイブリスって、あのケイブリスだよな?

 俺は目の前の毛玉に目と口と手足を付けたような生き物をじっと見る。

 

「あああ、あの、何か粗相をしてしまいましたか……?」

 

 俺に視線を浴びせられたケイブリスと名乗る毛玉は怯えたように俺の様子を伺っていた。

 俺は思い出す。いや、イメージが強すぎて前世の記憶を思い出そうとしなければ思い出せない俺でもこいつの事は憶えている。この毛玉は魔人の中でも特に印象深い存在。

 

 ――最強の魔人、ケイブリス。

 魔人の中で最も強大な存在である魔人――の筈だ。

 ……そういえば、ケイブリスは昔は弱かったんだっけか?

 …………俺は流石に悩む。こいつはここで殺しておくべきか?

 このケイブリスの所為で未来の人類はめちゃくちゃ苦労させられた筈だ。こいつを殺しておけば色々と問題は解消されるのでは?

 

 いや、本来なら未来の事を憂うなんてやりたくないんだがな。未来に何があろうと俺の人生だ。多少情報を利用するならともかく、ここをこうすれば未来が変わる、なんて面倒な事はまっぴらごめんだ。

 そんな俺でも迷ってしまう程の重要人物。

 

 ――と、そこまで考え俺はふっと気を抜いた。

 

「……いや、別に何でも無い。ケイブリスだな。同じ魔人同士よろしく頼む」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 未来で酷い事をしたのかもしれないが、必ずしもそうなるとも限らない。

 今のこいつが俺に何かしたわけではないのだし、普通に仲良くしてやるのがいいだろう。

 

「そんなに畏まらなくてもいいからな? 俺は魔人四天王かも知れないが新参者だし」

 

「いえいえ! 実は僕、昨日の決闘を見てレオンハルト様のファンになりました! なので何かあれば仰ってください! 出来る限りは努力します!」

 

「あ、ああ。そうなのか」

 

「何か欲しいものはありますか? あっ、人間の女くらいなら僕でも攫ってこれますよ! へへへっ……!」

 

「……いや、今はいい」

 

 …………いや、こいつ……媚びへつらいすぎだろ……。

 集落の王だった時でもここまでへりくだる奴はいなかったぞ。

 

「あー……とりあえず今はスラル……魔王様に呼ばれてるからまた今度でいいか?」

 

「あっ……そ、そうだったんですね。えへへ……す、すみませんでした」

 

「おう……じゃあな」

 

「はい! 何かあればレオンハルト様のファンである僕をよろしくお願いします!」

 

 ……スラルの所行くまでに、大分精神消費したな。

 前途多難もいいところだ、と俺は改めてスラルの部屋に向かった。

 俺が立ち去る姿をケイブリスは小さい体で跳ねながら見送ってきていた。

 

 

 

 

 

「――遅い!」

 

「悪かったよ……」

 

 スラルの部屋に着くと、スラルは腰に両手を当てて怒っていた。

 俺は早々に遅刻を注意されてしまう。

 

「時間は守るのが普通でしょ! というより貴方は二時間前に約束した事も守れないの!?」

 

「う、ぐ……」

 

 今の言葉は心にぐさりときた。

 俺だって好きで遅刻した訳じゃねぇよ……。

 そう言いたいが、途中で他の魔人に会って話していたから遅れた、なんてくそみたいな言い訳、俺はしたくない。

 もっと早くに部屋を出とけって話だ。

 

「わ、悪かった……確かにこれは俺が悪い」

 

「む……」

 

 俺がスラルに頭を下げて謝ると、スラルは少しバツが悪そうにする。

 

「……もう。そんな普通に謝られると怒るに怒れないじゃない」

 

「……いや、そうかもしれないが俺が悪いしなぁ」

 

「あー、もう! そういう暗くなるの禁止! せっかくの歓迎会なんだから!」

 

「…………歓迎会?」

 

 疑問符を浮かべるように、ん? と首を傾げると、スラルは少し顔を背けながら説明してくれた。

 

「そうよ。貴方が魔人四天王、魔軍参謀に就任したし……それも兼ねての歓迎会よ」

 

「それは――」

 

 流石にそれは予想していなかった。決闘の後に一応労ってくれたしあれで終わりかと。

 というか魔王が魔人の為に歓迎会を開くなんて想像がつかない。その字面だけ見ると髑髏の盃でも持ち出しそうだ。

 

「あ、一応仕事の説明もあるけど……そっちはついでだから」

 

「あ? 仕事の説明? それってあれの事か?」

 

「そう――魔軍参謀としてのお仕事」

 

 ――それは決闘が終わった後の事。

 

 魔王スラルは魔軍の幹部である魔物将軍や魔物隊長を集めて通達した。

 

 ――魔軍全体の指揮と戦略、作戦立案を行う魔人を就ける。

 

 それが魔軍参謀だと魔王は言った。

 現在、魔軍の指揮系統はトップに魔王。その下に魔人とその使徒。その下に魔物将軍、魔物隊長、魔物兵となっている。

 だが実際にはこれは階級順であり、指揮系統が上手く機能しているとは言い難い。

 魔人は基本的にその個による強大な戦力が強みだ。その反面、軍の指揮は魔物将軍に劣る。

 そして何よりの問題は、魔人に魔物将軍が振り回されることにある。魔人には我が強い者が多い。魔物将軍に基本は任せていても、その提案を聞かないことも多い。

 魔物将軍も魔人には逆らえないし、天地がひっくり返っても命令することは出来ない。

 

 それなら同じ魔人――それも魔王直属の強い魔人に命令させればいいとスラルは考えた。

 魔王に逆らえないのは当たり前だが、それは階級の高い上級魔人――魔人筆頭や魔人四天王には同じ魔人でも差が生じる。

 例え渋々ではあっても命令は聞くだろうし、少なくとも魔物将軍が全てを動かそうとするよりはマシだ。

 なので魔軍参謀は魔人四天王や魔人筆頭を兼任――もしくはそれに準ずる強さを持つ魔人に務めさせる。

 魔人筆頭が魔人の代表のまとめ役で、魔人四天王が強さを基準にした幹部なら、魔軍参謀は魔軍全体のまとめ役であり魔人との折衝役。

 魔軍をこれまで以上に円滑に動かす為の職である。

 

「――めちゃくちゃ面倒そうだな」

 

「文句言わない。実際の仕事量はそんなに変わらないんだから。命令を沢山するってだけよ」

 

 言われてみればそうかもしれない。色々と小難しいが、要は偉い称号で魔人や魔軍に命令出来るってだけだ。

 だが、それは俺が無能ならめちゃくちゃになったりしないか?

 俺自身の失敗は全体の失敗に繋がりやすい。責任重大な職務だ。

 

「……考えるとやっぱ楽ではなさそうだな」

 

「う、そんな事はないと思うけど……」

 

 おい、なら俺の目を見て話せ。ひゅーひゅー息吐きやがって。口笛鳴らせてねぇぞ。

 視線を逸らして誤魔化そうとするスラルに俺は嘆息すると気持ちを切り替える。

 ま、規模がでかくなっただけでやることは人間の時と変わんねぇしな。

 俺はスラルの背後にある物に視線を向ける、とそれを指差して尋ねた。

 

「……それはもういい。それよりその後ろにあるものは、ひょっとして準備してたのか?」

 

「! ふふっ、気づいた? それじゃあ仕事の話は後にして――」

 

 スラルは少し下がるとテーブルの上に並べられた物をじゃん!と手を広げて紹介した。

 

「どう? 手料理を作ったわ!」

 

「いやまぁ、部屋に入ってきた時からチラチラ見えてたけどな……」

 

「――っっっ! そこは気にしないで……!」

 

 無理やりテンションを上げて恥ずかしかったのか、スラルの白い頬が少し赤くなる。恥ずかしがるくらいならやんなきゃいいのによ。

 

「でも、確かにこれはちょっといいな」

 

「! でしょう?」

 

「ああ、手料理なんて久しぶりだ」

 

 テーブルに所狭しと置かれた料理の数々は、どれもこれも美味しそうな匂いを漂わせている。

 

「オムライスにハンバーグに……おっ、へんでろぱ、それにこっちは俺の故郷の名物、焼き肉そうめんじゃねぇか」

 

「ん、一生懸命調べて作ったから……」

 

 なるほどな。これを作って待ってたのなら遅れた事を怒るのも無理はない。冷めたら美味しさも半減だ。正直、かなり嬉しい。手料理なんて食べたのは本当にガキの頃以来だ。

 魔王と手料理ってかなりミスマッチだが――いや、そういうのはいい。そんな無粋な事を考えるのは失礼だ。

 俺はスラルに向き直る。

 

「……あー、その……ありがとな?」

 

「む……別に大したことないけど?」

 

「いや、それでもだよ。どれも美味そうだな……食べてもいいか?」

 

 俺は近くにあったへんでろぱを食器と共に手に取る。俺、こかとりすの肉が好きなんだよなぁ。唐揚げにしても美味いし。

 

「ん……ちゃんといただきますって言ったらいいわよ」

 

「ああ、それじゃ――いただきます」

 

 そう言って俺はへんでろぱを口にした。

 …………あれ? 何か味が――――がぁぁぁッッ!?

 

 ――――瞬間。

 

 身体の内側が弾け飛びそうな衝撃を味わった。

 熱い、熱い、熱い!!!

 身体が作り変えられるような痛みを味覚から感じる。ていうかこの感覚何処かで――ッ!?

 俺は次の瞬間、それを思い出した。

 これは、あれだ。そう、魔人化した時の――

 

 ――俺は再び、魔人化を経験していた。

 

「――どう? 美味しい?」

 

「――――あ?」

 

「あ? じゃなくて! 美味しかったの?」

 

「………………」

 

 スラルの言葉で我に返る。

 俺はへんでろぱを持ったまま恐る恐るスラルに聞いてみた。

 

「……まさかとは思うがお前、料理に自分の血とか入れてないだろうな……?」

 

「!? し、失礼ね! そんなの入れるわけないでしょ!?」

 

「だよな……」

 

 さっきのは何かの間違いか……? と匂いを嗅いでみる。美味しそうなへんでろぱの匂いだ。

 一度へんでろぱを置き、今度は焼き肉そうめんを手に取る。

 香ばしい匂いが食欲を唆る。俺の故郷の料理で好物の一つだ。

 そしてゆっくりとそれを口に運ぶと。

 

「――――ッッッ!!??」

 

 今度はもっとダイレクトに衝撃が来た。

 ああ――身体が痛くて熱い。

 

 ――俺は三度目の魔人化を幻視した。

 

「なに? どうしたの?」

 

 俺の様子を不審に思ったスラルが首を傾げている。

 俺は焼き肉そうめんをテーブルに置くと、スラルに向かって叫んだ。

 

「まっっっっっっっっずい!!!」

 

「――――え?」

 

 スラルが思わず間の抜けた顔になる。

 それにも構わず俺はまくし立てた。

 

「お前の料理はどうなってんだ!? 俺、既に魔人なのにまた魔人化したのかと思ったぞ! 本当に変な物入れてるんじゃねぇだろうな!?」

 

「な!? そんなわけないでしょ!? それにマズいなんて……!」

 

「……なら食ってみろ。お前が美味しいって言ったら俺は床に頭擦りつけて足でも何でも舐めてやる。……マズいというかもっと恐ろしい何かだった気がするがな」

 

「…………」

 

 スラルが俺の本気度を感じ取ったのか自分の手料理を見て冷や汗を垂らす。

 スラルはおそるおそる、ゆっくりとへんでろぱを口に運び――

 

「――――っっっ!!!」

 

 表情が固まった。言わんこっちゃねえ。

 俺はスラルの顔の前でひらひらと手を振ってやる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「――――あ」

 

 どうやら気がついたようだ。

 

「あれ……私は魔王なのに、魔王になったわ……」

 

 わけがわからない事を言うスラル。俺の苦しみを知ったか。

 

「とりあえずこの料理は無しだ。いいな?」

 

「う、うん……」

 

 スラルはまだ少し混乱しているようで、料理をチラチラと見ては手を差し出したりしていた。悪い事は言わないからやめとけ。

 

「……多分、調理途中に何か変な物が入ったんだろ。今回のは事故だ」

 

「多分そうよね……うん、うん。わかった、次はちゃんと作るわ」

 

「………………………………………………………………ぁぁ」

 

「声が小さすぎる!? もっと期待して!」

 

 正直、恐れしかない。

 というか今回のこれが事故だったとしても、次で駄目だったら――

 ……考えるのはやめておこう。それが懸命だ。

 

「コックにでも何か作ってもらおう」

 

「しょうがないわね……」

 

「ああ、その間さっき言ってた仕事の話してくれよ」

 

「……ふぅ、そうね」

 

 スラルは部屋の外に控えている魔物隊長に料理を持ってくるように伝えると、気を取り直してベッドに腰掛けた。

 

「さっきは魔軍参謀としての仕事って言ったけど……今回はどちらかと言えば普通に魔人としてやることと大差ないわ」

 

「魔人として……人間でも襲うのか?」

 

「一応軍は率いてもらうけど……貴方の仕事は、とある人間の相手よ」

 

「――人間?」

 

 俺は訝しげに眉をひそめる。その人間はわざわざ魔人を充てがわないといけない程厄介なのか?

 

「その人間とその人間が率いる集落は、これまで魔軍が何度も撃退されてるの」

 

「へぇ……」

 

 どうにも身に覚えのある話だな。ひょっとして何処も同じようなものなのか?

 俺は他の人間の集落の話を殆ど知らない。そういうのは長老達の仕事だったしな。何にしても少し面白そうだ。

 

「それで魔人にその人間を倒してもらって制圧する作戦か? 別に俺じゃなくてもいい気もするが」

 

「……駄目。出来れば上位の魔人じゃないと」

 

「俺が上位の魔人かはさておくとして、それは何でだ? それなりに強い魔人はいるだろ? そいつらでも――」

 

「――――倒されたの」

 

「…………は?」

 

「魔軍と一緒に何体かの魔人を送り込んだけど、それすらもその人間に倒されたのよ」

 

「! それは……」

 

 何だその無茶苦茶な話は……。

 スラルはその名を、俺が戦うことになるであろう人間の名を告げた。

 

「その男の名前は――――ガルティア」

 

 ――――獣の王と呼ばれた人間よ。

 



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ムシ使い

 ――ルドラサウム大陸南方

 

 他の地方より温暖で乾燥した気候の大地に一つの集落があった。

 そこに住む人々は――普通の人間ではない。

 

「見てみてー! 私の紋様ー! 綺麗でしょー?」

 

「あら、良かったわねぇ」

 

「婆ちゃんに感謝しないとな」

 

「うん!」

 

 道行く人々は皆、褐色の肌に緑の髪。そして身体には一族特有の刺青。

 この刺青は、集落の人々にとって大切な風習であり、健康や様々な願いを家族に込められて彫るもの。

 立ち並ぶ出店では多くの食材が売買されており、活気に満ちていた。

 

「おいおい、そんなに食うのか? いつもより多いじゃないか」

 

「仕方ねぇだろ? 昨日から俺は六匹もムシがいるからな。こいつらの為にもちゃんと食わねぇと」

 

『わーい、ご飯ー』

 

「おうおう、ちょっと待ってろよ」

 

 普通の人間よりも遥かに多い食材を買っていった男は、何処からか聞こえてきた声と会話して踵を返した。

 だが、よく見てみるとそれは男だけではない。市場にいる殆どの人が人間一人が食べるよりも多い食材、最低でも三倍以上の量を買っていき、小さな子供ですら二倍の量の食事を取っていた。

 それは彼らの体内に居る存在が関係していた。

 

「へへーん、どうだ。昨日の儀式でとうとう二匹までムシを入れたんだぜ」

 

「いいよなー。俺も早くじっさまに認められてムシ増やしたいよ」

 

『よろしくね』

 

『こちらこそよろしく頼む』

 

 彼らの体内にいるのは――ムシ。

 大陸で自然発生した動物、昆虫、とり、サカナ、植物など、魂のない様々な生物の総称だ。

 この集落にいる人間はムシ使いと呼ばれる一族であり、このムシを自身の身体に宿し、共存していく人々である。

 ムシ使いはその身に宿るムシの分まで食事を取らなければならないため、一族全員がムシ使いであるこの集落では、食材の消費量は普通の集落の数倍以上。

 更に彼らはムシの好みにあった物を食べなければならないため、最もグルメな一族でもあった。

 

 そんな彼らの中でも一際目を引く存在がいた。

 

「がつがつ……おっ、やっぱ三丁目の爺さんの店のこかとりすの唐揚げは美味いな。……んっ、こっちのザワッスの味はちょっといつもと違うな。調味料変えたか……? これはこれで美味いけどよ」

 

「……あの人は流石というかなんというか」

 

「朝見かけた時も食ってたよ。というか一日中食ってる」

 

「……相変わらずよね」

 

 男の周囲には大量の食事が積まれており、それを次々に口にしては味の批評をしていた。

 大量の食事を取るムシ使いの中にあって更にその上をいく食事量。

 整った顔立ちに片目を隠す額当て。刺青が刻まれた肉体は鍛えられており、力強さを感じられる。

 彼こそがこの集落の長。

 ――獣の王、ガルティアだ。

 

 そんなガルティアの元に小さい影が近づいていく。

 

「ガルティア!」

 

「むぐむぐ、おっ、何だ小僧か。今日も来たのか」

 

 近づいてきたのはガルティアの半分程の背丈。ムシ使いの子供であった。

 その子供は少し怒ったようにガルティアに言い放つ。

 

「ガルティアがさっさとムシを沢山入れるコツ教えないからだろ!」

 

「いや、いつも……んぐ、大人になったら、もぐ……教えてやるって言ってるだろ、ごく、ぷはぁ」

 

「食べながら喋るなっ!」

 

 ガルティアは喋りながらも食事の手を休めない。ガルティアにとってはいつもの事ではあったが、少年は憤慨してしまう。

 食事を続けなければ体内のムシを飢えさせてしまうので食べることはやめないが、彼は器用に食べる口と喋る口が別であるかのように喋り始めた。

 

「……毎日毎日それ聞いてくるのは、何でだ?」

 

「え?」

 

「理由を教えろ。納得がいく理由なら考える」

 

 ガルティアは少し真剣な口調で問いかけた。すると子供は語気を荒くして、

 

「それは! 早く一人前のムシ使いになって魔物を倒すために決まってるだろっ!」

 

「…………」

 

「うっ……な、何だよ……」

 

「……はぁ、やっぱりな。おい小僧、ちょっと聞け」

 

「え? い、いや……」

 

「いいから聞け」

 

 ガルティアは予想していたのか、一度息を吐くと強い口調で少年に向かって聞けと迫る。その有無を言わせない視線と態度に少年は逆らえなかった。

 

「魔物と戦いたいってのはいい。お前の両親が魔軍にやられたのは俺も知ってる。腕の立つ奴らだったが、戦場だ、当然死ぬ時もある。その仇討ちがしたいのはわかる。その事について文句を言うつもりはねえ。何なら俺の責任でもあるしな」

 

「……っ」

 

 集落の長として先頭に立って戦うガルティアと少年の両親は友人だった。いつもガルティアの後ろに付いてきて戦っていた両者を、戦争で失ったのは偏にガルティアの責任でもある。

 だから、その事は咎めない。言いたい事はもっと別の話だとガルティアは語る。

 

「小僧だけが戦って死ぬなら俺は何も言わねえ。勝手にしろ。……でもよ――」

 

 ガルティアは敢えて厳しく少年を突き放した。そうしなければ彼と彼と共に生きる者の為にならない、と。

 

「――小僧が死んだらお前の中にいるムシはどうなるかちゃんとわかってるのか?」

 

「あ……」

 

 その言葉に稲妻が落とされたように目を見開く少年。

 なおもガルティアは続ける。

 

「わかってんだろ。当然死ぬ。それに付き合わされるムシはたまったもんじゃねえよな? 死ぬ前に躰から放せばいいって問題じゃねえぞ?」

 

「…………っ」

 

「お前のムシはそんな事を承知の上でお前に付いていくだろうな。ムシ使いとムシの関係性は人それぞれだ。俺が態々口出しする事もねえ。……だがムシの気持ちも考えてやらねえで何がムシ使いだ?」

 

 ガルティアはいつの間にか食事の手を休めていた。

 

「小僧にとってのムシは戦う為の道具なのか? 小僧にとってのムシは都合の良い――」

 

「……ち、違う!!」

 

 少年の強い声がガルティアの声を遮る。

 

「……へえ、じゃあ何だ?」

 

 少年はガルティアの問いに答えた。

 

「僕にとってのムシは……家族だ! 戦う為の道具なんかじゃない!」 

 

「……へっ、ちゃんとわかってんじゃねえか」

 

「えっ……?」

 

 ガルティアはふっと笑って気を霧散させると食事を再開した。

 目を丸くする少年にガルティアは最後のアドバイスを送る。

 

「その気持ちを忘れなきゃ上等だ――精々気張りな」

 

「あ――!」

 

 苦笑して料理を口に運ぶガルティアに少年は気づいたように目を見開いた。

 

「あ、ありがとうガルティア!」

 

「別に何もしてねえよ。それでもお礼がしたきゃ飯でも――」

 

 ガルティアがぶっきらぼうにそう言おうとした瞬間――

 

「――――敵襲――っ!!!」

 

 見張り台にいる者の声が集落に響き渡った。

 

「女子供は室内に隠れろ! 魔軍が来るぞ!!」

 

「男達は町を守れ! 兵は既に戦場に向かっている!」

 

 大声で飛び交う非常事態を意味する語句で、集落がざわつく中、ガルティアは頭を掻いた。

 

「おー、来たか。今日は早いな」

 

 何とも軽い様子で言うガルティアに少年が不安がる。

 

「ガ、ガルティア……」

 

「心配すんな小僧。ちょっと食い足りないのが不安だけどな。さて――」

 

「――こんなところで何を油を売っておるガルティア!!」

 

 ガルティアの言葉を遮ったのは背を丸めた老人だった。

 その者の肩書を少年が呟く。

 

「ちょ、長老……」

 

「じっさまか。どうした?」

 

「どうしたじゃあるまい!! 今日は町の外で待機じゃと言うたじゃろうが!!!」

 

 怒り心頭の様子であるムシ使いの長老にガルティアは決まりが悪そうにする。

 

「いや、腹が減ったからちょっと戻ってきただけさ。食い終わったら戻ろうかと……」

 

「朝から食い散らかしといて何が戻ってきたじゃ!」

 

 まったく、と長老は苛立ちが収まらない様子でガルティアを睨む。

 

「それもこれもお前がさっさと魔軍を退けんから……」

 

「おいおい無茶いうなよ。向こうの数が多すぎるんだ。これでもよくやってる方だぜ?」

 

「それでも何とかするのがお前の仕事じゃ!」

 

 獣の王と呼ばれる一番の戦士であり、町の食料を一番に消費する大食らいのガルティアの責任なのだ。そう長老は言う。

 

「……それを言われちゃ立つ瀬がないな。ま、仕事はこなすさ」

 

「ふん! なら、さっさといけ!」

 

「へいへい……」

 

 やれやれと言わんばかりに立ち上がるガルティア。長老はいつも大体こんな感じだ。慣れたものであり特に思うところもなく準備をする。

 愛用の剣を手に取りながら、ついでとばかりに少年に向き直る。

 

「小僧もお家に帰りな。ちょっくら奴さん追い返してくるからよ」

 

「ガルティア! 早くせんか!」

 

「……行った方がいいんじゃない?」

 

「……だな。やれやれ、本当にせっかちなじっさまだ」

 

 そう言って今度こそガルティアはその場を後にし、戦場に向かっていった。ガルティアが町を立体的に動いて最短で飛び回るのを見送る。

 その場には少年と長老だけが残った。

 

「……お主もガルティアにあまり関わるな。邪魔になる」

 

「は、はい。ごめんなさい……」

 

「ふん……!」

 

 最後まで苛立ちながら鼻を鳴らすと、長老は去っていった。

 少年は苦々しい気持ちになりながらも戦場に向かったガルティアを思う。

 

「ガルティア……」

 

 今にも戦場の音が風に運ばれてきそうな町の中。

 少年はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 ――ムシ使いの集落、北の荒野

 

 乾燥した大地では両軍が既に激しい戦闘を行っていた。

 

「進め進め――!! 今日こそこの土地を、奴らの血を魔王様に捧げるのだ!!」

 

 攻勢を仕掛けるのは魔軍。

 魔物将軍は声を張り上げ、部下を激励する。

 魔王様からこの地の攻略を任されてきて既に数年。この地にいる魔軍の中では古参の魔物将軍は自身の作戦の是非を見返す。

 策という程のものでもないが。ただ、兵を2つに分けてひたすら連日襲撃し続けるだけだ。

 兵の数ではこちらが圧倒的に上。故に一日毎に攻める軍を分けて相手に休む暇を与えない作戦だ。

 

 そうしているのには理由があった。これも単純な理由、奴らは人間の中でも格段に強いから。

 最初は全軍で攻め込み、数で押し潰そうとしたが奴らのその強さ、特異性に少なくない被害を受け、痛い目を見た。

 何せ相手の兵の多くは魔物兵と互角以上に持ち込み、中には魔物隊長や魔物将軍を倒せる人材が居り、それどころか魔人すら倒してしまった人間がいるのだ。その時は兵達の戦意を立て直すのに苦労した。

 

 バカ正直に力技で勝てるという考えはこの時に捨てた。幸い、奴らは食事を満足に取れなければ力が大きく落ちる。出来る限り補給の暇を与えず、疲労を蓄積させる方がいいと踏んだ。

 今の数倍の兵力を持って包囲すれば流石に倒せるだろうが、魔軍の戦場はここだけではない。それだけの人数をここに集めてしまっては他の戦場に支障をきたすかもしれないし、魔王様に泣きつくような情けない真似は出来ない。

 

 一応、この地ではそれなりの被害が出るため定期的に援軍が送られてくるが、派遣されてくる将兵は何もわかっていない。それも仕方のない事ではある。人間など、本来は脆弱な生き物。ここの奴らが例外なだけだ。

 奴らには気をつけろ、と言って聞かせてみてもやはり心の何処かに慢心があるのか犠牲は減らない。

 

 毎日鬱屈たる日々だが、悪いことばかりではない。

 聞けば、今日か明日には援軍が送られてくるらしい。それも魔人と一緒に。

 更に聞けばその魔人は新しい魔人四天王に選ばれる程の実力者で、魔王様直々に魔軍に関わる魔軍参謀という大任を任せられたらしい。

 聞けば聞くほど頼もしい限りだが、出来れば少し、成果を報告出来るようにはしておきたい。今日の戦場はどうなるか。

 前線は意外と膠着状態だ。

 

 今日はひょっとすれば――

 

「で、伝令!」

 

「――どうした!」

 

 魔物兵が駆け寄って報告してくる。どうやら焦っているようだが、まさか……。

 

「さ、左翼で……敵が……」

 

「いいから早く言え! 左翼で何があった!!」

 

「左翼で、多くの魔物兵がやられています! その中には魔物隊長も何体か……」

 

「ちっ! ええい、さてはまたいつものパターンか!? ちょっと待ってろ! 策を考える!」

 

「えっ!? どのような状態かまだ……」

 

「大体分かる! 誘われたところをアレで一網打尽だろう!」

 

 魔物将軍は前線での被害を受け、対応を考え始めた。

 

 

 

 

 

 ――戦場左翼。

 そこでは魔軍にとっての悪夢が広がっていた。

 

「な、何なんだよこれ――!!??」

 

 魔物兵は自身の身体に起きた変化に絶叫する。身体が溶け始めているのだ。

 そういったおかしな症状は彼だけではない。

 

「痛ぇ――! く、苦しい――死ぬ……っ」

 

「身体が痺れて動かねぇ……!」

 

「うおおおおっ! あっちにお花畑が見えるぞぉ――!」

 

 症状は様々。彼らが受けたものは即ち――

 

「喰らえっ!」

 

「ぎゃあああっ!? 痛ぇ――っ!?」

 

 ――ムシ使いが使う猛毒であった。

 

 魔物兵達は何故か敗走していくムシ使いの兵を追撃しようとしたところで気づく。地面に毒が撒かれているのだ。

 それに気づけば今度はムシ使い達が反転し、毒の追い打ち。そしてそのまま突撃してくる。

 その地面には猛毒が撒かれている筈だが――ムシ使いに毒は効かない。

 

 彼らは魔物よりも遥かに高い耐性と抵抗力、そして自己再生能力を持っているため普通の人間が触れただけで死ぬような猛毒ですらピリッとする程度にしか感じない。

 故に毒を戦場で撒き散らすような戦術が使えた。

 

 だが、中にはムシ使いと同じように毒に耐性を持った魔物もいる。

 

「死ねえっ!」

 

 手に持った斧をムシ使いに振り下ろす。

 するとムシ使いは突如、身体の動きを止めて構える。

 

「――ふんっ!」

 

「な、なっ……!?」

 

 魔物兵が振るった斧がムシ使いの肌に触れた途端、硬いものにぶち当たった時のように弾かれる。

 

「隙ありっ!」

 

「ぎゃああっ!? あちい――っ!?」

 

 その隙を突いた他のムシ使いが放つ炎に焼かれた。

 ムシ使いは入れたムシによって様々な能力が行使出来る。毒、硬質化、火炎放射、飛行、探知等――それは様々でありそれらの能力を戦場にいるムシ使いは最低四種類は会得している。

 ムシ使いは入れるムシの数で実力が決まる。四匹で一人前のムシ使いと認められるのだ。当然、兵達はその中から選ばれている。

 

「くそっ、何なんだこいつらは――!?」

 

「がふっ――!」

 

 この状況に毒づきながら何とかムシ使いを倒す魔物隊長。

 それを見たムシ使い達が大声で仲間に呼びかける。

 

「おい! 仲間がやられたぞ! 囲め――!」

 

「ぐぅ……人間如きが――っ!!」

 

 何人かのムシ使いに攻撃され、魔物隊長が激怒したように剣を振り回して何人かを吹き飛ばす。

 

「強いぞこいつ――!」

 

「応援を呼べ――っ!!」

 

 多勢で魔物隊長を仕留めようとするムシ使いの兵に魔物隊長は苛ついた。

 

「ええい! どれだけ呼んでも返り討ちにしてやる――!」

 

「――おお、そうか。んじゃ行くぞ」

 

「――――え? ガハッ――」

 

 突如、現れたムシ使いの剣を腹に突きこまれて魔物隊長は絶命する。

 

「よっと」

 

 死んだ魔物隊長の腹から彼が剣を抜く。その剣は赤く、刀身に骨のようなギザギザが付いた細身の長剣だった。それを振るうのは集落の長である青年。最強のムシ使いである獣の王。

 その姿にムシ使い側の兵が沸き上がる。

 

「ガルティアが来たぞ――!!」

 

「よし、遅れを取るな! 続け――!!」

 

 逆にその一方で反対側、ガルティアを知る魔物兵はその姿に身体を震わせる。

 

「ひぃいっ!? あいつ、前に魔人を倒した奴じゃねぇか!!」

 

「化け物じゃねぇか!?」

 

「こ、殺される――」

 

 口々に怖気づいたような言葉を吐き、戦意を半ば喪失させる。

 

「おし、敵さんびびってるな。突っ込むぞ」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお――っっっ!!!」

 

 ガルティアが先頭切って敵陣に向かっていき、背後から兵達が追随した。

 左翼は完全にガルティアの――ムシ使い達の独壇場だった。

 

 



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スラルの命令

 ――一方その頃

 

 荒野に一つの集団があった。

 魔物兵が列をなして歩みを進める。数にして三個軍、六万の軍勢である。

 心なしか魔物兵達は張り切っているようにも見え、熱く乾燥した大地をむしろ嬉々として行く。

 その中心にはいつものように魔軍の指揮を担当する魔物将軍に魔物隊長。そして――

 

「――暑いな。まだ着かねぇのか?」

 

「はっ、もうじき南方司令部に到着いたします」

 

「……もうじきってどれくらいだ?」

 

「……後、30分程でしょうか」

 

「…………」

 

 近くに控えていた魔物将軍に具体的な時間を聞いてげんなりしているのは金色の髪に蒼の剣を持つ魔人。

 魔物兵らが張り切る原因となっている魔人四天王にして魔軍参謀、レオンハルトだ。

 魔王城から軍勢と共に出立して数日。

 大陸東方から人間の身では強行軍に近い速度でここまでやってきたのはいいが、レオンハルトはその気温の高さにまいっていた。

 

 ……身体は丈夫な筈なんだがな、くそっ。

 

 レオンハルトは言うまでもなく魔人である。生物としてある程度耐性が強まっており、この程度の暑さで健康を害するような事はない。

 だが、気分は別の話だ。レオンハルトは大陸東北部の温暖な地方出身。この暑さに慣れず少なくない汗を掻いていた。

 

 スラルの奴……こんな仕事押し付けやがって。帰ったら覚えてろよ

 

 レオンハルトの主であるスラルは今、この場にいなかった。

 元々魔王城からあまり離れることが少ないスラルは今も快適な部屋でゆったりとした時間を過ごしているのだろう。そう考えるとちょっとイラッとする。それくらいレオンハルトはこの暑さを不愉快に感じていた。

 せめてもうちょっと涼しければ心に余裕が出来るのだが。そう考えたところで行動に移す。

 

「……ちょっとうし車で涼んでくる」

 

「はっ、かしこまりました。何かあればお呼びいたします」

 

 魔物将軍はこのサボタージュ宣言にも律儀に応じてみせる。このような姿を見せては威厳がなくなるのではないかと思うが、今の所そんな様子はない。

 レオンハルトは遠慮なく後方で物資を運んでいるうし車の元に向かう。

 

 すると輸送隊を指揮する魔物隊長が気づいて近づいてきた。

 

「これはレオンハルト様。なにか御用でしょうか?」

 

「ちょっとうし車の中で休む」

 

 そう言ってレオンハルトがうし車の中の一つに近づく。

 

「お、お待ちを!」

 

「あ?」

 

「ひっ……」

 

 中に入ろうと荷車の入り口に手をかけたところで魔物隊長に止められてしまう。

 暑さで苛ついているレオンハルトの声に身体をビクリとさせたが、それでもなお制止の言葉を掛ける。

 

「そ、そのうし車はちょっと……いや、かなりマズいと言いますか……」

 

「はぁ? 何でだ?」

 

「あ、ええと……そ、そう! そのうし車にはちょっと危ない物が入っていますのでレオンハルト様がお休みになるのには相応しくないかと!」

 

「危ない物って何だよ」

 

「それは…………あっ、糞です!」

 

「糞? 敵にでも投げつけんのか?」

 

「そうです! それはそれは臭うので休むには適してないのです! ささ、他のうし車に……」

 

「……糞がある割には全然臭わねぇんだが」

 

「うっ……それは……」

 

「…………?」

 

 レオンハルトは魔物隊長を訝しげに見る。どうにも怪しい。嘘をついているような感じだ。

 それにさっきから今思いついたかのように咄嗟にその場しのぎを口にしているような……。

 このうし車で休ませようとしないのは何故なのか。

 

 ……見ちまえばいいか。

 

「…………ちょっと確認するぞ」

 

「ああっ! お待ちを!!」

 

 魔物隊長が必死に止めようとしているが、魔人であるレオンハルトには逆らえない。そのまま入り口に手をかけて中を覗くと――――

 

「――――あっ」

 

「――――!」

 

 レオンハルトと中にいた少女の目が合った。

 ここには居ないはずの彼女にレオンハルトは一時呆然とする。

 しかし、次第にその姿を脳が理解していくと――

 

「…………なぁ?」

 

「なっ、なに?」

 

「……何でここにいる」

 

「え、えっと……」

 

 ジトーっと視線を浴びせるレオンハルトに、少女は目を逸らしてあたふたとしていたが、やがてその状況を誤魔化そうとしたのか、はたまた隠れていることがバレて気まずい空気を霧散させようとしたのか――

 

「――き……来ちゃった……」

 

 と何故かはにかんで見せた。

 

「…………」

 

 その上目遣いでいたずらっぽく誤魔化そうとする姿が妙に似合っていて。だからこそレオンハルトはイラッとする。

 レオンハルトはそのままその苛立ちを抑えようとせずに手を伸ばし、少女の頬を引っ張った。

 

「――ふんっ」

 

「い、いひゃい! いっ――ちょ、ちょっと痛いじゃない! 何するのよ!」

 

「お前が何してんだ――ッ!!」

 

 レオンハルトはその少女――魔王スラルに怒声を浴びせた。

 

 

 

 

 

 スラルが隠れていたおかげでそのままうし車で休む気も起きず、スラルを連れて俺は陣の中央に戻ってきていた。

 

「こ、これは魔王様――何故ここに……?」

 

 魔物将軍が恭しく膝を折り、その巨体を小さくさせてそれを問う。

 魔王の姿を見た魔物兵がざわつくが、魔物隊長らが周囲に目配せすると直ぐに沈黙する。

 

「ん、そうね……」

 

 そう呟いてスラルが横に立つ俺をちらりと見上げる。明らかに困っている。

 自分で蒔いた種くらい自分で回収して欲しいものだが……俺は内心溜息をつくと一歩前に出た。

 

「――魔王様はお前たちの働きを見にやってきた」

 

「! それはどういう……」

 

 魔物将軍を皮切りに疑問が伝播する。

 

「別に悪い意味はない。ただ……この戦いは俺達の手で終止符を打たれる事を魔王様は確信している」

 

「……我々の手で?」

 

「ああ。戦いが長引いている事は魔王様も当然ご存知だ。だからこそこれだけ大規模な援軍を用意し、戦いを終結させる事にした。そして、その勝利の美酒を共に分かち合おうとやって来た」

 

 おお……! と魔物兵から感嘆の声が漏れる。おそらく戦いに勝てる事が確実ということで略奪でも楽しみにしているんだろう。

 魔物兵が沸き上がったタイミングで俺はスラルに顔を向ける。そうですよね? という同意、パフォーマンスだ。

 

「……そうよ」

 

「は、はぁ……そうですか。畏まりました」

 

 魔物将軍は釈然としていないようだったが、疑問を追及することはない。

 そもそも魔軍のトップである魔王が視察に来ても何も問題がないからだ。兵にしたって喜びこそすれ嫌がることはない――多分。怖い上司ならともかく、スラルだしなぁ。プレッシャーもそこまでないだろう。

 とりあえず適当でも建前を置いておけば十分だ。本音が下らなそうだしな。

 

「では、魔王様。行軍を再開しても?」

 

「……ええ、構わないわ」

 

「……では、その通りに。魔物将軍」

 

「はっ。……行軍再開――!」

 

 魔物将軍の号令で魔物兵が一斉に動き出す。

 

「……後で教えてもらうからな」

 

「ん……はぁ、仕方ないわね」

 

 小声でスラルと短いやり取りを済ませ、俺達魔軍は再び南方の司令部に向かって進んだのだった。

 

 

 

 

 

 そうして更に進んでいき――俺達は魔軍の陣地にたどり着いた。

 

「……お待ちしておりました。魔王様、レオンハルト様」

 

 早速、スラルと共に司令部に入ると魔物将軍が恭しく膝を突く。

 俺はそれに頷くと直ぐに声を掛けた。

 

「お前がここの責任者でいいんだな?」

 

「はっ、僭越ながら私がここの軍のまとめ役を務めさせて頂いております」

 

「なら、早速戦況を教えてくれ」

 

「はい、ではこちらに」

 

 魔物将軍はそうして俺に椅子を勧めてきた。続いてスラルの方を向くと、

 

「魔王様もどうぞ」

 

「ん、ありがとう。……それと私は何か口出しするつもりはないから気にせず進めて」

 

「畏まりました。……難しいですがそのように」

 

 魔王の自分を無視していい、という命令に一応頷きを返すと、魔物将軍はテーブルに広げられたこの辺りの大きな地図を見て、戦況の説明を始めた。

 

「現在、我々はここ、この陣地より南方にあるムシ使いの集落へ攻勢を続けております」

 

 魔物将軍は大きな手でここと、ここ。とそれぞれの拠点を指差す。

 

「敵と交戦するのはその間のここ。見晴らしのいい荒野で、敵の数はおよそ一万」

 

「……一応聞いてはいたが、随分と少ないんだな」

 

「はい。敵との兵力差は倍以上。……ですが情けない事に、我々は奴らに敗走し続けております」

 

「……そうか」

 

 ここに来る前に事前情報で聞いてはいたが、やはりここの戦況は魔軍が劣勢のようだ。

 魔物将軍の声音からも少し覇気が下がる。

 

「やっぱ強えのか? ムシ使いは」

 

「ええ、奴らの能力はとても厄介でして。炎を出したり硬くなったりと魔物顔負けの多彩さです」

 

「……面倒な奴らだな」

 

「その中でも特に厄介なのが毒でして」

 

「そういやあいつらは毒効かないんだったか?」

 

「よくご存知で。連中は生物が触れただけで死んでしまう程の猛毒でもぴくりともしないようです。それを向こうは利用しており……」

 

「利用?」

 

「奴らは戦場に毒を撒き散らすのです。毒が効かないので乱戦になっても味方に構わず毒を浴びせてきますし、追撃もまともに出来ません」

 

「……それはキツいな。ほんとに微塵も効かないんだな?」

 

「はい。一度こちらも奴らが知らないであろう猛毒を投げつけてみたのですが……連中、喜んで口にしていました」

 

「マジかよ……」

 

 ムシ使い。

 大食らいでムシを身体に入れる事で多彩な能力を使う人間か。

 強いだろうとは思っていたが、ここまで魔軍を苦戦させる程とは思いもよらなかった。

 様々な能力を戦術に利用してくるのは対応しにくいだろう。魔物将軍も困り果てている様子が目に浮かぶ。

 それにしても毒か……

 

「……スラルの料理も毒みたいなもんだよな。投げつけてみるか?」

 

「し、失礼ね!! そこまで酷くないんだからっ!!」

 

「…………」

 

「あっ」

 

 俺の言葉に反応したスラルが憤慨したように立ち上がるも、それを見た魔物将軍が目を丸くして固まる。

 魔物将軍はまさか魔王がそんな反応をするとは思わなかったのだろう。スラルはそれに気づいて頬を染めると、

 

「……な、何でもないわ。続けて」

 

「は、はぁ……? …………では、続けます」

 

 何事もなかったかのように座り直した。

 魔物将軍は我に返ったように俺とスラルを交互に見るも、見間違いだと思ったのか勝手に納得したのかは分からないが同じく何事もなかったかのように続けた。

 

「クク……」

 

「……っ、後で覚えてなさいよ」

 

 俺が含み笑いをスラルに向けると、羞恥で頬を染めたスラルが睨んでくる。なるほど、これは面白い。

 今度から何かあったらこういう風にからかってやろう。やり過ぎれば威厳が無くなるため、俺の職務にも影響が出る諸刃の剣だが。

 俺は今後のスラルの弄り方を一度脳の片隅に仕舞うと、改めて魔物将軍の話に耳を傾けた。

 

「そしてそれに加えて最も危険なのが――」

 

「あー、ガルティアだったか。魔人を倒したっていう」

 

「……その通りです。ムシ使いの長である奴との戦闘での被害は馬鹿になりません。先程も奴に他の魔物将軍を狩られ、敗走してしまいました」

 

「人間なのに無茶苦茶だな――って、さっき戦ったのか?」

 

 俺は人間時代の自分を思い出していたが、耳に聞こえた気になる魔物将軍の言葉を確認する。

 

「はい。つい2時間前までは南の荒野で戦闘していました」

 

「ふぅん……」

 

 俺は目を瞑ると、腕を組んで椅子に背中を深く預けた。

 考える。どうやって相手に勝利するか。どうすれば相手の戦術に対応出来るのか。

 ……いや、そんな直ぐには思いつかないが。俺は凄腕軍師って訳じゃないしな。

 かといって自信がない訳でもない。魔人じゃない時から集落の人間使って部隊指揮、もとい戦術モドキのような事はやっていた。それ故に向こうの作戦の有用性も理解出来る。要するに俺もやってた首刈り作戦だ。

 

 魔軍は魔物将軍が組織の要。倒されれば魔軍の秩序は崩壊する。

 向こうは毒だなんだと色々やってはいるが、結局の所それは撹乱の手段でしかない。幾ら魔物兵を倒したところで魔物将軍を倒さない事には魔軍は戦い続ける事が出来る。魔物兵を皆殺しにでもすればその限りではないが、人間と魔物では戦える兵の数に圧倒的な差がある。そんな事が出来る人間の軍隊がいれば見てみたいものだ。

 やはり魔軍を倒すには魔物将軍や魔人などの大物を取って敗走させるしかない。向こうもそれは百も承知の筈。

 

 ……なら、結局そういう事だな。

 

 俺は目を開いて言った。

 

「――よし、今行くか」

 

「……はっ?」

 

 間の抜けた声を出す魔物将軍に俺は説明する。

 

「二時間前に戦ったばっかなんだろ? 連れてきた援軍で戦えば向こうも疲労してるだろうし、そこそこ戦果出るだろ」

 

「! それは確かに……奇襲にもなりますし、他にも――」

 

「ああ、別に説明しなくていい。後は魔物将軍と相談してくれ。俺よりもお前達の方がそういうのは得意だろ。待ってるから出来るだけ早くな」

 

「は……はっ! 直ちに!」

 

 俺の言葉で作戦の長所に気づいた魔物将軍は直ぐ様駆け出して、司令部を後にした。やっぱ魔物将軍って、頭の回転早いよな。俺よりも。発言が役に立ったと自慢したいが、敵に敗北してメンタルが若干弱ってた魔物将軍も通常なら援軍が来た時に提案していただろう。援軍を率いてきた魔物将軍達もそれを提案しようと色々話あってるかもしれない。魔軍参謀っていらねぇな。

 ……さて、後の問題はスラルの命令だな。

 

「……レオンハルト、ちゃんとわかってる?」

 

 魔物将軍がいなくなり、二人きりになった司令部でスラルは念を押してくる。

 俺は苦虫を噛み潰した表情で、

 

「ああ、わかってる。めちゃくちゃ面倒だけどな。お前の命令が無ければこんな戦い、直ぐに終わるっていうのによ」

 

「うん、わかってる。でも……お願い。駄目だったらそれでもいいから」

 

「…………」

 

 スラルの懇願するような声色に俺は何も言えなくなる。

 …………まったく。こいつは魔人に命令する時、いつもそんな表情してんじゃねぇだろうな。

 俺は頭を掻いて立ち上がる。見上げている自らの主に俺は苦笑。

 

「それが正しいのかは俺にはわかんねぇけどよ――――それでもお前が頼むなら叶えてやるのが俺だ」

 

「――っ! レオンハルト……」

 

「隠れて付いてきた理由も聞こうと思ったがやめだ。あっさり終わらせてやるからちゃんと俺の活躍を見とけ。上手く行けば俺の時みたいに一時間足らずで撤収だ」

 

「う、うん! お願いねっ……!」

 

「はっ……」

 

 スラルの笑みを見て満足した俺は司令部を出ていく。

 

 さて、俺の主の為に遊んでもらうぜ――――ガルティア。

 

 



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やるべき事

 ムシ使いの集落。その外周部。

 先刻の魔軍との戦いで勝利を収めたムシ使いの兵達は労いを兼ねた補給を行っていた。

 ムシ使いは通常の人間の数倍は食事を取る一族。常に魔軍の警戒を行っている彼らもこういった休息の際に集落から運んできた食料を一心不乱に口にしていた。

 

「おー今日の雑炊も出汁が利いてて美味えな。給仕係はいい仕事してやがる。こういう時の食事には最適だな」

 

 そして他のムシ使いと同じく料理を口にかっ込んでいくのは獣の王ガルティア。

 相変わらずの味の批評もそこそこに彼は食事を取りながら思考する。

 

 ……余裕がねぇな。

 

 ガルティアは周囲の兵――いや、集落の現状をそう評する。

 兵達は魔軍を今日も追い返す事が出来て高揚している者がほとんどだが、全体を見てみるとちらほらと下を向いて陰鬱とした表情の兵がいた。

 これから時間が経つにつれて更に半分の兵はああいった状態になるだろう――現実を思い出して。

 

 ――彼らは皆一様にとある思いを抱いていた。

 

 それは、この戦いがいつ終わるのか、ということだ。

 魔軍がこの地域を侵略しようと攻めてきてもう十年以上経つ。

 最初は魔軍相手に勝利を収め続けていて皆が感じていた。この戦争には勝てる。魔物が何するものぞ、怖れる事はない。

 しかしその状態が一年、二年、五年と経ったらどうか。戦争が始まった当初と同じ思いを今も抱けるのか。

 

 ――答えは否である。今の兵達は常に不安を内心に抱えていた。

いくら魔物達を追い返しても、数を減らしても、魔軍は諦めなかった。数がある程度減ればまた援軍を送ってくる。

 彼らは魔軍を舐めていたのだ。奴らの数を把握出来ていなかった。

 自分達の仲間はこの地域にいる精々数万という数だが、魔物の数はそれこそ世界中に存在する。極論を言うなら魔軍と戦うという事はそれら全てを敵に回す可能性があるということ。総力戦など行われた日にはすり潰されてしまうだろう。

 

 故に魔軍相手に使える戦術――いや、戦略は一つ。彼らの旗印である魔人、そして魔王を倒すことだ。それだけがこの戦争に勝利する一番の方法。

 しかし、それが可能なのかと聞かれれば皆首を傾げるだろう。

 

 ……やるしかねえけどな。

 

 ガルティアは、集落最強のムシ使いである。獣の王の役目は集落を守ること――それだけだ。他の道はない。それにガルティアは魔軍を倒すことこそを難しいが、勝利する事も不可能だとも思っていない。いや、思っていたと言うべきか……。

 魔人なら倒せた。彼らも絶対無敵というわけでもないらしい。自分なら倒せる。なら魔王がここに来てくれさえすれば――

 

 唯一の勝ち筋がそれだ。そしてそれ故の首刈り作戦。

 ひたすらに将を叩いて奥にいる奴を引っ張り出す。しかしそれも難しくなってきていた。

 それは兵の士気もそうだが、ムシ使いにとっては何よりも物資、食料の問題があった。

 これだけ長く戦いが続けば当然、食料等の物資もそれだけ消費する。普段から食料を溜め込んでいるムシ使いの集落だが、それは沢山食べるからこそ。ムシを使って戦い続ければそれ以上に消費するし備蓄も無くなっていく。集落内の人々はまだ気づいていない。長老達がそれを知る者達に緘口令を敷いているからである。だが見えない所で影響は出ている。兵達の食事も少しずつ減っている。

 実のところガルティアも普段どおりに見えてムシを飢えさせない程度に食事量を減らしていた。それでも常人より遥かに多いので気づかれないだけ。

 

 ……限界、か?

 

 残された時間は多くない。このまま行けば魔物兵に殺されるより餓死するのが先だろう。早く魔王を殺さなければならない。しかし肝心の魔王は戦場に出てくる気配がない。

 ガルティアはままならない現状を表に出すことはせず未だに食事が出来る事に感謝しつつ、飯を口に運んでいた――そんな時だ。

 

「――て、敵襲だ――!!??」

 

「!?」

 

 周りの兵達がその声を聞いて飛び上がりそうな程に驚愕する。ガルティアも内心驚いていた。

 自身の中にいる仲間に聞いてみると確かに、範囲内に幾つもの反応が現れた。

 

「……随分と早いな。一日に二回、か」

 

 ガルティアは考える。先程あれだけ被害を与えてやったのに再度の襲撃。

 おそらくは援軍だろう。昨日か今日の時点で送られてきたに違いない。

 

「……奴さんもやるなぁ――おい!」

 

「えっ、ガルティアさん……?」

 

 兵達に聞こえるように声を出す。直ぐに彼らの視線はこちらを見ていた。皆、顔には疲労の色がよく見える。

 ガルティアは皆に不安を与えないように笑みを見せた。

 

「出来るだけ持ちこたえろ。俺が突っ込む」

 

「で、でも……」

 

「……俺達も」

 

「いや、いい。いつも通り――いや、いつも以上に防御に徹しろ。適当にちょっかい掛けたらひたすら逃げ回れ」

 

 兵達にとっては自分が唯一の希望だ。ガルティアはそれを強く自覚している。自分がやるべき事も。

 

「なぁに適当に魔物将軍ぶっ叩けば尻尾巻いて逃げ帰んだろ。そしたらちょっと追い回して俺達も飯食いに帰ろうぜ」

 

 ガルティアの軽いが自信を感じさせる言葉に兵達の目に生気が戻る。

 

「……ああ、そうだな! そうしよう!」

 

「頼むぞ!」

 

「魔軍に目に物見せてやる!」

 

 兵達の士気が高まっていくのを感じながらガルティアはムシ達に謝る。

 

「……お前らにも苦労をかけるな」

 

『――――!』

 

 ――気にするな。ガルティアの体内にいる何十匹ものムシはそう言っていた。

 

「へっ……よし、行くぜ」

 

「おお――――っ!!!」

 

 ガルティアはそうして兵達と共に戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

 一時間後、再び北の荒野にて魔軍とムシ使いの軍がぶつかっていた。

 魔軍の数はいつもより少し多い三個軍。六万の軍勢。それに加えて――

 

「ひゃっはああああ――!! 死ねぇ――!!」

 

「男は殺されろ――!! 女は犯させろ――!!」

 

「がっ!? くそっ、威勢だけはいっちょ前だな! これでも喰らえっ!!」

 

「ぎゃあああっ!? 身体が痛ぇ――!?」

 

「おらおらおらぁ――! 俺には当たってねぇぞクソ人間――っ!!」

 

「なら炎でも味わいなっ!」

 

「ぐあぁああっ!? 熱い! 熱いぃ――!!」

 

 戦場の推移、状況は先程と変わりない。

 魔軍はいつもより数こそ多いもののそれでもムシ使い達の多彩な能力にその命を散らしていた。

 ガルティアは魔物隊長を倒した所で異変を感じ取った。

 

「…………妙だな」

 

 戦いはいつも通り進んでおり、ムシ使いの優勢。疲労の色が濃いのによくやってくれてるものだ。

 しかし、だ。やられているにしては魔物の士気が高すぎる。

 その原因はなんだ?

 魔物の強さこそ変わりない。数もいつもより少し多いだけ。

 ならそれを束ねる者か? ガルティアがその可能性を鑑みた時だ。

 

「――! ちっ――!」

 

 魔物将軍を狙って敵陣を突破していたガルティアは不意に自分の身体を反転させ、後方に向かって走る。

 何故、彼は急に進路を変えたのか。それは味方の陣地が魔物に突破されたからだ。

 

 だが、何故それが遠くに離れていても分かるのか。それはムシ使いであるからに他ならない。

 ガルティアの体内にいるムシの中には、広範囲に向けて生物を探知する事が出来るレーダーのようなムシがいる。その感覚がガルティアに告げたのだ。味方の陣地に大勢の魔物が入り込んでいる。

 仲間のムシ使いが次々に殺され、反応を消失させていく様子をガルティアは感じていた。味方も奮戦しているようだが、それでも敵の方が上手なのか次々と味方が死んでいく。

 

 ……まさか。

 

 ガルティアは最高速で駆けながら思う。味方が死んでいく中で不謹慎ではあるが。

 

 ――とうとう当たりを引いたか?

 

 ガルティアが途中、魔物兵を適当に倒しながら進んでいく。

 そして味方の陣地に辿り着いた時――それはいた。

 

「――――ようやく来たか」

 

「――! へぇ……!」

 

 周囲の、少し前までは生きていたムシ使いであったものの中心にそれは立っていた。

 

 ――得物は……あの剣、か。

 

 ガルティアは味方の死体、そして奴が持つ長く蒼い剣を見て、そう結論付ける。ムシ使い達は皆、綺麗に首を落とされて死んでいた。

 おそらく皆、自分が死んだ事にすら気づかずに逝ったのだろう。それくらい鮮やかなやり口。

 自らも剣士であるガルティアにはその技術の高さに気づいた。

 

 その男はこちらを待っていたかのように――いや、事実待っていたのだろう。掛けられた言葉もそうだが、表情がそう物語っていた。

 全身を黒を基調にした見たことのない服で揃えた金髪の男、その赤い双眸がこちらに向けられる。

 その身から溢れる圧倒的存在感。身体周りに漂う細い線のようなもの――可視化される程のオーラ。

 それにガルティアは見覚えがあった。だが、それよりも感じる強さは上。故に確認を込めて、普段どおりの軽い口調で尋ねる。

 

「……一応聞きたいんだが、魔王か? 魔人か?」

 

「……魔人レオンハルトだ。俺も一応聞くが、お前がガルティアでいいんだな?」

 

「おう、俺がガルティアだ。よろしくな。……しかし、魔王じゃねぇのか……」

 

「……スラ――魔王様に何か用でもあるのか?」

 

「スラ? いや、魔王を倒せばこの戦いも終わるかと思ったんだが……」

 

「……魔王を倒す気でいたのか?」

 

「やっぱ無理か? 魔人なら倒せたからいけるかと思ったんだが」

 

「…………人間の身では無理だな。差がありすぎる」

 

「ふぅん――まるで人間だった頃があるみたいな言い方だな?」

 

「……ただの例えだろう。お前と比べてみただけだ」

 

「いいや、違うな。魔人なら元は何かしらの生物だろ。お前は見た目だけなら人間っぽいし……それにレオンハルトって名前も聞き覚えがある。ここよりずっと東の集落の長だったか?」

 

「…………」

 

ガルティアの確信を持った言葉に沈黙する。

レオンハルトはそれを聞いて考え込んだが、直ぐに観念したかのように短く舌打ちした。

 

「……チッ、知ってたのかよ」

 

「名前だけな。うちの集落と同じくらい魔軍相手に善戦してるって聞いたもんで……まさか魔人になってるとは思っちゃいなかったが。やっぱ魔軍の方が快適かい?」

 

「…………どっちもどっちだ。それよりいいのか、戦わなくて。前線は突破したからな、早く俺を殺さないと味方が魔物にめちゃくちゃにされるぞ」

 

「いや、勿論戦うさ。……なんつうか随分と喋りやすくて思わず話が弾んじまった。お前とは気が合いそうだな」

 

「…………ハッ、馬鹿言うなよ。人間と魔人だぜ?」

 

「…………違いねぇな。お前が何を考えて魔軍に付いたのかも気になるんだがその時間もねぇか」

 

「……俺を殺せたら教えてやる」

 

「……殺したら聞けないだろ?」

 

「……じゃあどうする」

 

「……俺が死んだらあの世で教えてくれよ」

 

「――――ハハッ、冴えてるな。それはいい」

 

レオンハルトはガルティアの言葉にニヤリと笑い、その長く蒼い剣を真っ直ぐに構えた。戦意に呼応して赤い瞳が煌めき、身体から魔人としてのオーラと剣気が立ち上る。

 

「でも生憎と俺にはやる事があってな。死ぬ訳にはいかねぇ。ちょっと遊んでもらうぜ?」

 

「――――ははっ」

 

その挑発めいた言葉にガルティアも同じように笑うと、その骨の装飾が付いた赤い剣を構えた。彼の戦意に応えるようにガルティアの中のムシ達が一斉に戦闘状態に入る。

 

「奇遇だな。俺にもやる事がある。異存はねぇさ」

 

 それはまるで長年の友人であるかのような軽快なやり取りだった。第三者が見ても彼らが初めて会ったばかりの敵同士であるとは到底思えないだろう。出会い方が違えば彼らは友人を超えて親友となっていたかもしれない。

 だが、彼らにはお互いにやる事があった。

 ガルティアは目の前の魔人を倒し、いずれ魔王を倒し集落を守るため。

 レオンハルトは目の前の人間と戦い、自らの主の命令を遂行するため。

 お互いに元は集落の王、獣の王と剣の王。人間と元人間の魔人。

 

 しかし彼らの道は平行線であり、決して交わることはない――少なくとも今のままでは。

 二人はお互いに視線を交わすとどちらともなく同じ言葉を相手に放った。

 

「「いくぜ?」」

 

 その言葉を切っ掛けに二人は衝突した。

 



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獣の王

 

 魔人レオンハルトと獣の王ガルティア。

 両者の最初のぶつかり合い。それは当然魔人であるレオンハルトに軍配が上がった。

 

「ふっ――!」

 

「――っ!」

 

 レオンハルトの持つ魔剣――オル=フェイルが人間ではありえない程の速度でガルティアを狙って振られる。

 ガルティアはそれを何とか自らが持つ長剣で防いだが、魔人の恐るべき膂力を完璧に受け流す事は出来ず、身体が流れる。

 ガルティアは決して剣が不得意な訳ではない。むしろかなりの腕を持つ天才である。自分より強い剣士には出会った事がなかったほどだ。仮に彼がムシ使いでなくてもガルティアは集落で一番の戦士であった事だろう。

 

 そのガルティアが剣技で押される。それは人間と魔人という生物としての格の差も当然存在する。

 ――しかしそれよりも大きな理由があった。

 たとえガルティアが天才でも、レオンハルトは剣術において最早伝説。これからの歴史でレオンハルトに剣で並ぶ者は現れないかもしれない程の規格外の剣の腕前だ。

 その才能の差をガルティアは知らない。しかし剣士としてその事実を本能で感じていた。

 

「――ちっ! こりゃあ剣だけじゃキツいな……!」

 

「ククッ……! なら諦めてもいいんだぜ――ッ!」

 

 レオンハルトはその剣を本能で、深い部分で理解して振るう。魔人となり剣の才能に目覚めた彼は剣を強い相手に振るう事に魔人としての血、本能が最も強く呼応する。

 剣に触れる事の嬉しさ。そしてそれで相手を斬る事にこの上ない喜びを感じて、顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 その剣をその身で感じ取るガルティアは、これは剣だけで相手するのは馬鹿らしいとあっさり諦める。彼は剣の才能こそあるが、それを自分の一番としていない。ガルティアの本領はそれではないのだ。

 

「はっ! 言っただろ! 剣だけじゃキツいってな――ッ!!」

 

「ッ――!?」

 

 突如、ガルティアの身体から炎が吹き出る。剣で鍔迫り合いを演じていたレオンハルトに炎が襲いかかった。

 間髪入れず、ガルティアはムシによる攻撃を続ける。

 

「お前ら、頼むぜ――!!」

 

『――――!!!』

 

 ガルティアの中にいるムシ達が一斉にその意思をガルティアに伝えた。

 次の瞬間、レオンハルトに細い糸が絡みつく。

 

「な、んだこりゃ……!?」

 

 身体に絡みついて動きを阻害しようとする糸を、レオンハルトは腕で断ち切ろうとする。

 しかしその糸は粘着性と弾力性が強く、魔人としての膂力を持つレオンハルトですら容易に抜け出す事が出来ない。煩わしく思い、レオンハルトが剣で糸を切断しようとするが――その隙はガルティアが攻撃するには十分な隙だった。

 

「喰らいな――」

 

「――ッッ!!」

 

 ガルティアの身体からムシが大量にその力を発揮する。

 毒針、炎、カッター、触手、酸弾、レーザー、爆弾――その他多くの攻撃がレオンハルトに降りかかり、その殆どを受けた。

 爆弾により一時的に辺りに煙が上がる中、ガルティアはそこで攻撃をやめることなくそのまま煙の中に突っ込み――そして飛んできた斬撃をムシの能力で防御した。

 しかし盾は斬撃を完全に防ぎきる事が出来ずにガルティアの身体に薄い傷を刻んでいた。

 

「――ちっ、おいおい……ガードタイプのムシ10匹も合わせた盾だってのに傷が出来るって何だそりゃ。反則だろ」

 

「――テメェに言われたくねぇよ」

 

 煙が晴れると、そこには多少の傷と服に汚れが付いたレオンハルトが出てきた。糸による拘束は爆弾と炎によって既に焼ききれている。

 レオンハルトはガルティアの攻撃で出来た傷を親指で撫でながら言い返す。

 

「確かムシ使いってのは10匹以上躰にムシを入れると殆どの奴が死ぬって聞いたが……テメェには当て嵌まらないみたいだな?」

 

「これでも最強のムシ使いで通ってるんだ。ムシの数は自慢でな。今は48匹だ」

 

「……よくもまあそんなに増やそうと思ったな」

 

「……家族の数は多い方がいいだろ?」

 

「呆れるな……だが、魔人を倒したってのも納得だ」

 

「へっ、だろ?」

 

 ガルティアが自慢げに自分のムシ達について語る。彼にとってムシは大切な家族なのだ。

 そう、レオンハルトが剣でこの先、並ぶもののいない程の才能の持ち主なら――ガルティアの才能はムシ使いであること。

 一般的に4匹で一人前のムシ使いとされ、増やしたとしても2、3匹程度。10匹を超えるムシ使いは片手の指で足りる程しかいない。

 しかしガルティアはそれを大いに上回る48匹。それでもまだいけるような口ぶりである。

 

 これがガルティアが最強のムシ使い、獣の王と呼ばれる所以である。

 この先多くのムシ使いが誕生しても、ガルティアを超える者は現れないだろう。彼は歴史に名を残すであろう伝説のムシ使いなのだ。

 レオンハルトにとっての剣、それはガルティアにとってのムシだった。お互いにこの先現れないであろう伝説の剣士と伝説のムシ使い――こんなところでも二人は何処か似通っていた。

 

「――ククッ」

 

 それを感じ取ったのかレオンハルトは思わず声を漏らす。

 彼はガルティアの強さを認めていた。人類最強はガルティアかもしれない、と。

 レオンハルトの剣の才能がここまで飛躍したのは魔人となってからだ。その時ならガルティアとの剣の腕比べは互角程度であっただろう。それに加えてムシ使いとしての実力。

 

 こいつは強い。少なくとも人間であった時の自分より――。

 そんな思いをレオンハルトは抱いていた。そして強い喜びが沸き起こる。

 それを何とか抑えようとしながらも、彼は口端を歪めながらガルティアを見据えた。

 

「――なら、いいよな?」

 

「……あ? 何がだ――って、ああ、やっぱりいい。何がいいのか分かった」

 

「へぇ……じゃあ当ててみろよ」

 

「出すんだろ――――本気を」

 

「……クッ、クハハッ」

 

 それを言い当てられレオンハルトが声を出して笑う。その笑いは――ともすれば友人が言った事を本当に可笑しそうに笑う姿のようだった。

 

「ほんとに分かってるとは驚きだ。く、ククっ……! 俺達マジで気が合うのかもな?」

 

「……実は当てずっぽうだったって言ったらどうする?」

 

「クハハハハハ!! 笑わせんなよ!」

 

 レオンハルトは本当に楽しそうに笑った。ここまで笑ったのは生まれて初めてかもしれない。仮にだが――もし主の存在がなければ、レオンハルトはガルティア側に、ムシ使いの集落に寝返ったかもしれない。それくらい気が合う事を自分でも認めた。彼の事を二番目に気に入っていた。

 

 しかし、とレオンハルトは主を思い剣を握る。自分はあいつに逆らえないし、逆らいたくない。命令は絶対だ。

 そして今回は、更に自分の意思も込めてその命令を遂行すると誓う。それが魔王スラルと――魔人レオンハルトの願いだからだ。

 

「――よし! なら改めて言わなくていいな? こっからは手加減無しでボコボコにしてやるからな? あっさり死んでくれるなよ?」

 

「抜かせ。こっちの台詞だ。……お前ら気張れよ! こっからが本番だ――!」

 

『――――!!!』

 

「クハハッ! 精々気をつけな――ッ!!」

 

 先程よりも激戦となり得るであろう伝説同士の対決。

 その対決の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 レオンハルトとガルティアが戦いを再開した頃――

 

 戦場では変化が訪れていた。

 

「おら死ねや――!」

 

「ぐふ……!」

 

「自慢の毒はどうしたぁっ!? 俺らにも浴びせてみろよ――!」

 

「く、無念……」

 

 次々と前線を突破した魔物兵がムシ使い達を容赦なく殺していく。

 ガルティアの言う通りに防御に徹していたムシ使い達。いつもならムシ使い達が疲れているからといってここまでやられたりはしない。毒を戦場である荒野に――敵と味方が争いあう境界線上の大地に予めばら撒いているムシ使い達なのだ。魔物兵も容易にそれを乗り越える事は出来ず、その殆どが毒を喰らって息絶え、運良く毒を喰らわなかった者達も反転したムシ使い達にやられてしまう。事実、二時間前の戦場では毒の大地である前線を突破する事が出来ず、多くの魔物兵が毒の大地の上に倒れた。

 

 そう――上に倒れたのである。

 

 魔軍はその上を――味方の屍の山を足場に毒の大地を乗り越えていた。

 

「進め進め――!! 奴らの血を魔王様とレオンハルト様、この地で散っていった同胞に捧げろ――!!」

 

「おおおおおおおおおおおっっっ――!!!」

 

 魔物将軍の号令で次々と魔物兵が味方の屍を踏みしめ、ムシ使いの陣に侵入していく。無論、最初に突撃を敢行した魔物兵達はムシ使いの妨害で命を落とした。――しかしその数も多くはない。

 

 その最初に魔物兵の死体を足場に敵陣に突っ込んでいったのが、魔人レオンハルトだ。ムシ使いの妨害もあっさりと突破し、そのムシ使いの多くを斬り捨てる。

 ムシ使いが魔人の登場に――そして味方が容赦なく虐殺されていく事に混乱する。その隙を逃さず魔物兵達は屍を乗り越えていった。

 

 これが魔物将軍達が出立の直前に考えついた作戦だ。普通なら到底実行出来ないような策。それが現在、この上ない程相手には嵌っていた。

 前を進む魔物兵が死んでもそれは更に魔物兵が進む道の補強となる。目の前で死んでいった味方の上を容赦なく踏み越え、魔物兵達はその数に物を言わせて進んでいった。

 二時間前にここで戦闘を行っていたから。魔物兵の士気がここまで高かったから。レオンハルトが最初の突撃を担当したから。幾つもの条件が揃ってクリアされた作戦である。

 

 総勢六万の軍勢が次々と前線を突破し、ムシ使い達を蹂躙していく。こうなれば幾ら屈強なムシ使いといえどもジリ貧だ。

 頼みの綱であるガルティアも今は頼れない。知ってか知らずか魔人を相手にしているのだ。そのような余裕はないだろう。

 魔軍がムシ使い達を全滅させる。後は時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 そして、レオンハルトとガルティアの戦いも佳境を迎えていた。

 

「クハハハハハッッッ――! ほら、気をつけろ! 今振るぞ!」

 

「ぐッ――! おら――っ!」

 

「おお……! いいじゃねぇか! おら、次はこっちだ! 振るぞ――!」

 

「チッ……この剣馬鹿が……!」

 

 ――優勢なのは魔人レオンハルトであった。

 

 レオンハルトは既にその剣技で幾つもの傷をガルティアに負わせていた。幾つもの斬り傷によってガルティアの褐色の肉体には赤い線が走っている。

 対するガルティアも負けてはいない。様々なムシの能力でレオンハルトに手傷を負わせていた。中にはムシとの連携でレオンハルトに切り傷を付けることすら出来ており、更には毒で多少なりとも体力は削れている筈だった。

 

 しかし戦いが長引くに連れて、どんどんその差が如実に現れ始めていた。それは――人間と魔人の差。

 ガルティアが疲労と傷による出血で体力が奪われ、動きが鈍くなっていく中。レオンハルトは傷こそ負っているものの動きは鈍らず――むしろ戦いが長引いて動きが良くなっていった。

 魔人の無尽蔵にも思える体力。それとレオンハルトの剣技の成長が著しい所為であった。

 

 ――こいつまだ速くなんのかよ……!

 

 ガルティアは内心毒づくが、それもその筈。彼は剣の才能が開花してまだ間もない。故にその深淵をまだ全て理解する事が出来ていなかった。レオンハルトはまだまだこれからなのである。

 彼の成長は剣を振ることで――それも強い相手ならなお良く成長していく。

 言うならばガルティアの存在が皮肉にもレオンハルトを成長させていた。人間でありながらレオンハルトに肉薄する存在。それに魔人の本能が、彼の才能が、呼応して技術を高めている。身体能力すら高くなっているように見えた。

 

 それに比べてガルティアは何処まで行っても人間だ。ムシ使いとしての才能こそ他に類を見ないレベルだが――目の前の魔人相手では未だ荷が重い。

 若くして魔人四天王になったのは伊達ではない。ガルティアはそれを知らないが、レオンハルトが魔人の中で弱い方とも思えなかった。少なくとも以前に倒した魔人とは比べ物にならない程に強い。

 

 だが、レオンハルト側も同じような事を思っていた。ガルティアは強い。人間としては最高に。

 まさか本当にここまで粘られるとは思っていなかった。思わずうっかり殺しそうになるのを抑えないといけない程に。

 魔人としての本能は目の前の人間を斬り殺せ、と訴えている。だが、それを侵す事はしない。それでは意味がない。本能で戦いながらも理性でそれを俯瞰している。それがレオンハルトをレオンハルト足らしめている理由なら尚の事。

 

 総じて、お互いに感じているのはこのままでは埒が明かないということだ。

 ガルティアは時間、それと自身の体力の限界から。

 レオンハルトは主の目的の為に。

 

「――――!」

 

「――――!」

 

 剣がぶつかり合い、それを反動にお互いに距離を取る。最初に口を開いたのはレオンハルト。

 

「――あー……楽しんだ。最高にいい時間だったぜ。お前は強い、それは認めてやる。でも――――そろそろ終わりにするぞ」

 

 一転、冷たい表情でそれを宣告する。そう宣言したのなら絶対に成し遂げる。そう感じさせるような意思の強さがその冷たさに込められているように感じた。

 

「――異存はねぇ」

 

 対するガルティアも短く。それでいて同じようにこの戦いを次の一合で終わらせると自分に誓った。絶対に勝たなくてはならない。意識を全て魔人レオンハルトに集中させる。その一挙手一投足を見逃さないように。

 

「――――これで終わりだ」

 

「――――っ!!」

 

 ガルティアが魔人相手だけに注力していた事。そしてそれが――決着に水を差す事態を引き起こした。

 

「――ッ!」

 

 先に気づいたのはレオンハルト。今まさに、自分が放てる最高の一撃を繰り出そうとしていたが、それを咄嗟に停止させる。そしてその原因がガルティアの背後から現れた。

 

「――――ガルティア!」

 

「なっ――――小僧!?」

 

 ガルティアが驚きで目を見開く。声を掛けてきたのは集落に住むムシ使いの少年――それもガルティアがよく接する少年であった。

 彼の半分程の身長しかない少年はガルティアの全身の傷を見て痛ましいものを見るように顔を顰めさせるも、それで躊躇することなく声を掛けた。

 

「ガルティア大丈夫? 僕、回復のムシが居るからこれで――」

 

「っ!! ――馬鹿野郎が!!!」

 

「――!」

 

 ガルティアが少年の頬を平手で叩く。

 

「が、ガルティア……?」

 

 何故叩かれたのか、それが分かっていないかのようにガルティアを見上げる。その目には疑問の色が浮かんでいてそれがガルティアを余計に苛立たせた。

 

「俺がそんな事されて喜ぶとでも思ったか――!」

 

「ひっ……!」

 

「ああくそ……こんな事ならもっとよく言っとけばよかったぜ……!」

 

 ガルティアは少年の目から見て――いや、集落の人間が誰も見たことない程、怒気を身体から立ち上らせている。いつも気さくで、細かい事には拘らないさっぱりとした性格のガルティアには珍しい事だった。

 ガルティアは頭をがりがりと掻いて言いたいことが纏まらない様子であったが、それでも少年に言いつける。

 

「……いいか? 集落の長としての命令だ、しばらく謹慎だ。家の中で大人しくしてろ」

 

「っ! な、なんで……僕はガルティアの役に立ちたくて……」

 

「そういうのが一番迷惑だっつうんだよ……いいから帰れ」

 

「で、でも……」

 

「分からねぇならはっきり言うぞ小僧――――お前が戦場で役に立てる事は一つもねぇ」

 

「――――っっ!!!」

 

 ガルティアの厳しい言葉に少年は身を震わせたが、ガルティアはそれを見てもなおきつく言明した。

 

「小僧が来ても足手まといなだけだ。わかったのなら――」

 

「…………あ、ああー……お取り込み中悪いんだがいいか?」

 

 そのやり取りを黙ってみていたレオンハルトが伺うように声を掛ける。気を使っているのがガルティアには分かる、魔人なのに律儀な奴だと思った。

 

「すまねぇな。これはこっちの落ち度だ。決着は小僧が帰ったら――」

 

「いや、そういう問題じゃねぇ――もうとっくに終わっちまってたみたいだ」

 

「……そりゃどういう――」

 

 意味だ、と言いかけてガルティアは気づいた。レオンハルトの背後から近づいてくる大勢の影。

 レーダーで周辺を調べると、戦場に残った味方はほぼいない。集落に逃げようとしている者達がいるくらいだ。

 

 ――それが意味する事は一つしかない。

 

 やがて大軍がレオンハルトのすぐ近くまでやってくると、その中から腹に球体がある大きなシルエットの魔物がやってくる。

 それはレオンハルトに向かって膝を突くと、ガルティアにとっての絶望を伝えた。

 

「――――レオンハルト様。こちらは作戦完了。ムシ使いの軍勢をほぼ駆逐致しました」

 

「……そうか。ご苦労」

 

「はっ! 後はそちらの二人だけです」

 

「くっ……」

 

 その報告にガルティアは自分達の負けを悟る。兵達はおそらく大部分が殺されただろう。逃げ切れた連中もどれだけいるかは分からないがもう身体も心も満身創痍だろう。

後はどれだけ逃げ切れるか、そういう戦いだ。

 瞬時にそれを計算し、ガルティアは直ぐに周囲を確認する。前方には大勢の魔物と魔人。背後にはそれを見て怯えている少年。少年を連れて逃げるのは確定。魔物相手なら逃げ切れる。しかし目の前の魔人を撒く事は難しい。

 

 如何にして逃げるか、そんな思いを手助けしたのはその意思を邪魔する筈の魔人だった。

 

「ああ、悪いんだがな……追撃は無しだ」

 

「はっ? しかし、今なら集落を落とす事が……」

 

「後でやっても変わんねぇだろ。どの道もう戦う力は残ってないしな。もうじき日暮れだし、兵もずっと行軍して休まずに戦って疲れてんだろ。後は明日の朝一でもいいんじゃねぇか?」

 

「は、はぁ……ですが――」

 

「ていうかお前、俺の姿見て言ってんのか? あ? そこの人間が馬鹿みたいに強かった所為で傷負って疲れたんだよ。あれなら魔人を倒したっていうのも納得だ。もうじき殺れるだろうけどよ。なんならお前が相手にしてみるか?」

 

 レオンハルトが億劫そうな態度でガルティアを指差す。魔物将軍は二人の姿と周囲の状況を見て戦いの余波を感じ取ったのか、心底嫌がる様に首を振った。

 

「い、いえいえ、遠慮しておきます。レオンハルト様の獲物を横取りする訳にはいきませんし……では、出撃は明日の朝に致しましょうか」

 

「はい決定。そら、撤収だ」

 

「はっ! 撤収――!! 司令部に帰投する!!」

 

 その言葉に魔物兵からは少なくない不満が出たが魔物将軍が一言、「レオンハルト様の命令だ!!」と言うと静まり返った。

 レオンハルトはそれを見て満足そうに頷くと、ガルティア達の方に振り返り声を掛けた。

 

「という事だから帰っていい。ああ、背後から襲ったりはするなよ。流石にそれは抑えられないし抑える気もないからな」

 

「……なら、そうさせてもらうからな。行くぞ、小僧」

 

「……うん」

 

「ああ、いや、ガルティアはちょっと待て。言いたい事がある」

 

 ガルティアが下を向いたままの少年に声を掛けて帰ろうとするも、レオンハルトは少し慌てたように呼び止めた。これにはガルティアも訝しげに眉を顰める。

 

「ああ? なんだよ? ……小僧はちょっと離れてろ」

 

「……?」

 

 少年がガルティアから少し離れると、同時にレオンハルトもガルティアに近寄った。そして口を開く。

 

「――――――」

 

「――――――!」

 

 レオンハルトが何かをガルティアに耳打ちするとガルティアの目が一度大きく見開き、そして口を噤ませた。そしてレオンハルトが去り際に何かを言い残すと、ガルティアは表情を固くしたまま少年の元へ。

 

「…………行くぞ」

 

「……う、うん」

 

 少年はムシの能力で音を拾い、最後に辛うじて聞こえたレオンハルトの言葉を頭でその意味を考えるように反復した。いや、言葉の意味は分かる。しかしそれをどうしてガルティアに言うのかが分からなかった。

 

 ――――待ってるぞ、ってどういう意味なんだろう……。

 

 それを理解する事は、少年には出来なかった。

 

 



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ガルティア

 

 日も落ち、夜の帳が下ちてしばらくした頃。

 ムシ使いの集落の奥にある集会所。集落の有力者が会議に使うこの場所では、重苦しい空気が漂っていた。

 

「――どうしてくれるんじゃガルティア!!」

 

「…………」

 

 そこではムシ使いの長老が長であるガルティアに怒声を浴びせていた。

 ガルティアはそれを黙って聞いている。表情も全く動かず、どれだけ非難を受けても眉一つ動かさなかった。

 その態度に長老の苛立ちも募っていく。

 

「こら! 聞いておるのか!? お前がやられなければ――」

 

「長老!!」

 

 意を決したように集まっていた有力者の一人が声を上げ、説教を続けようとしていた長老を遮る。

 

「……今はガルティアを責めてる場合じゃない。問題は――」

 

「……ふん、これからどうするかであろう。分かっとるわい」

 

 有力者の言葉か、それとも現状を思い出したのか、とにかく少し頭が冷えた長老は有力者の言葉を引き継ぐ。

 長老は最後にガルティアを一瞥すると、鼻を鳴らして皆に向き直った。

 

「時間もない。早急に集落として決定しなければならんな」

 

「はい、その通りです。……ガルティアもそれで構わないな」

 

「…………ああ」

 

 有力者の一人がガルティアに対して確認を取る。こうなった責任は勿論彼にあるだろうが、それとは関係ない。彼は普段からガルティアを立てようとしてくれている人物だった。

 しかしガルティアの方は言葉少なく頷くだけ。快活な明るい性格のガルティアには珍しいことだった。

 集まった有力者達は、さすがのガルティアもこうなった事に責任を感じているのだろう、と考え、それを咎める者はいなかった。

 

「それでは決めましょうか。案は2つ、即ち――戦うか、逃げるか」

 

 議長を務める男の言葉にまた別の男が机を叩いて立ち上がる。彼は頭に血が上った様子で言い放つ。

 

「戦うに決まってるだろう!! 兵はまだ残っている! ムシ使いはまだ大勢いる! 集落の中から兵を募れば……」

 

「……何を言っているんですか? 冗談じゃない。逃げる一択でしょう。大体新しく兵を集めた所で魔軍に勝てるとも思えませんが?」

 

「ガルティアもまだいる! 俺だって戦ってやるさ! お前は町を捨てるって言うのか!?」

 

「町よりも大事な物があるでしょう! ……それにどの道、食料の備蓄ももう底を尽きています。兵がいたとしてももう戦えません」

 

「っ! それは……」

 

 徹底抗戦を主張している男は、反対側に座る眼鏡を掛けたムシ使いの男に反論を受け、言葉が詰まる。

 見れば他の有力者も逃げる方に傾いており、しきりに頷いていた。

 

「…………くっ、でもよ……」

 

 男は諦めたくはないと思った。ここは自分達の故郷。そこを捨てたくはない。しかし彼にはどうすればいいのかわからなかった。

 悔しそうに身体を震わせる彼に長老が声を掛ける。

 

「お前の気持ちはわかる。しかし戦う事は出来んだろう。今はもう逃げて集落の皆の被害をどれだけ少なく抑えられるか。それを考えるのじゃ」

 

「…………はい」

 

 長老に説得され、重々しい肯定を返す。有力者達は決まったか、と一様に頷いた。

 ――即ち逃げること。後はどうやって逃げるか。一度撤退したとはいえ魔軍の哨戒は健在だろう。逃げようと動きを見せれば直ぐ様追撃してくるかもしれない。

 それに何処に逃げればいいのかも分からないままだ。

 苦悶の表情を浮かべながら、しかしこの厳しい現実に抗おうと思考を続ける。

 それを見ていたのか見ていなかったのか――立ち上がったのはやはり。

 

「――――悪い、ちょっと席を外す」

 

「なっ……ガルティア! 何処に行くんじゃ!? 座れ!! 今は大事な――」

 

「……すぐ戻ってくるさ」

 

 集落の長であるガルティア。長老の制止の言葉も聞かずにずかずかと入り口から外に出ていった。

 周囲の有力者達はその行動に目を丸くするが、誰も歩みを止めることをしない。

 その目が強い意思を秘めた物だったからだ。

 

「ぐぬぬ……!」

 

 長老はガルティアの有無を言わせない態度に歯噛みする。これでは会議を進められない。仕方なく長老は有力者達に宣言した。

 

「……ガルティアが戻ってくるまでは一旦休止じゃ。儂も少し出てくる」

 

 去り際に長老がそう言うと有力者達はお互いの目を見合わせ、少し迷った後に頷くと少しずつその場から退席した。こんな時間だが大切な人にでも会いに行こうか、とそんな事を思ってしまう。

 

 ――どの道、今日が最後の日になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 ――まったく、ガルティアめ……あの態度はなんじゃ!

 

 外の空気を吸いに夜の集落を練り歩く長老は先程のガルティアの態度に憤慨していた。

 そもそも奴が魔軍を退けていれば、ここまで悪い状況にはなっていなかった――そんな事を考えながら。

 長老の頭の中ではあと半年は戦える計算であった。食料に関してはもう少しだけなら節約すれば賄える筈だ。その際には集落の人々にはそれを通達し、遵守させなければいけないのが忍びないが。

 

 もう少し耐えていればじきに魔王が出てくる筈。実際、逃げ延びてきた兵の証言ではとてつもなく強い魔人が出てきたと報告があった。それをガルティアが倒していれば次は魔王だったかもしれない。

 ……しかしそれはもう詮無き事だ。ガルティアは敵の魔人にぼろぼろにやられ、挙句の果てに見逃されてきたという。ガルティアなら戦えない事もないだろうが、それでも力は万全ではないだろう。その状態ですら最強のムシ使いである事に疑いようもないのだが。

 

 なら逃げる手段を考えなければならない。だが、どうやって逃げる?

 数十人程度ならバレずにこの辺りから逃げ出す事も出来るかもしれないが、実際はこの集落の人々全員。約二万もの人々だ。大規模な逃走になるだろう。集落を放棄することを住民に伝えればそれだけで騒ぎになる。荷物を纏めて訓練も受けたことのない一般人、女子供も合わせた大軍での大移動に魔軍が気づかない筈がない。

 

 十中八九は魔軍の警戒網に捕まる。逃げようとしている事が伝われば魔人が軍を率いて追いかけてくるだろう。既に戦う力は残ってない。多少の抵抗は出来ても魔軍と接敵すればお終いだ。

 なら魔軍に気づかれないようにしなければならないのだが――いや、気づくのを遅らせるだけでも構わない。

 ……だが、そんな方法は思いつかない。運良く魔軍の陣地でボヤ騒ぎでも起きればいいのだが――

 

「――!」

 

 そこまで考えて一つの案が思い浮かんだ。悪魔の考えだった。

 

 ――ガルティアにそれをやらせればいい。奴一人なら魔軍の陣地に忍び込み騒ぎを起こす事も可能だろう。その間に集落の皆で逃げてしまえばいい。

 非道な作戦だが、集落の人間を救う為には仕方のない事だ。奴一人と他の皆。少数と多数なら少数を斬り捨てるのもやむ無し。

 しかしそれを実行してしまえばガルティアは死ぬだろう。いや、問題はそこじゃない。そもそもガルティアがこれを了承するのか?

 

 奴が何を考えているのか自分には分からない。昔からそうだった。どんな時も軽薄なあの態度を崩さないし、のらりくらりとはぐらかすのも上手い。

 それに自分はずっと奴に辛く接してきた。そんな自分の言わば死んでこいという命令を聞くだろうか――否、聞くわけがない。

 どんなに普段は他人に優しい人物でもいざとなれば自分を優先する。こんなのはガルティアに限った話じゃない、当たり前の事だ。

 ならばどうすればいい。ガルティアに殿を、その身を呈して一人で魔軍を足止めしてもらうにはどうしたら……。

 

「む……? あやつは……」

 

 そんな時、長老は人影を見つけた。

 子供だ。見覚えもある。ガルティアによく付き纏っている少年。

 そんな彼が下を向きながら誰もいない夜道をとぼとぼと歩いていた。

 

「ふん……哀れだな」

 

 確かあの子供は両親が魔軍との戦争で亡くなった孤児だ。どうやら親戚もいないらしい。身内の繋がりが広いムシ使いの中では珍しい事だ。

 それで唯一、死んだ両親と仲が良かったガルティアに付きまとう。ガルティアの方も悪いようにはしていないよう感じた。

 

「…………」

 

 長老の中である思いが芽生えていく。それは地獄に落ちるような考え。

 戦士であり集落の長という立場も責任もある奴ならまだしも、何の罪もない子供にもそんな役目を負わせるのか――?

 

 ……だが、幸いにも少年に家族はいない。いなくなっても悲しむものはいない。いたとしても最小限で済む。

 ガルティアと少年。たった二人で集落の人間全員を救えるなら――

 

 長老は意を決し、少年に背後から近づいた。怯えさせないよう、怖がらせないよう、出来るだけ優しく、声をかける。

 

「――――」

 

 そして虚偽の真実を語り始めた。

 

 

 

 

 

 夜もすっかり更けた頃。

 荒野の中心に築かれた魔軍司令部。そこには二つの魔の存在がいた。

 この戦いの立役者である魔人レオンハルト。彼は魔王スラルを目の前に膝を――両方とも床に突いていた。

 

「――それで、何か言い分はある?」

 

「…………ない、です」

 

 正座である。

 

 レオンハルトは自身の行いを反省させられていた。

 

 ……いや、確かに俺が悪いんだけどよ。

 ムシ使いとの、ガルティアの戦いには勝った。いや、勝ってしまった。

 その原因ははっきりとしている。自分があまりにも戦いを楽しみすぎた所為だ。

 標的であるガルティアは中々に話しやすい……いや、気の合う奴だった。それにめちゃくちゃ強かった。

 剣技も中々の腕前だったし、ムシ使いとしては想像を絶する腕前。正直傷を負うつもりは全く無かったのだが、ムシの多彩な攻撃とガルティアとの息の合った連携攻撃に何度もしてやられた。

 

 そしてそれがあまりにも唆って、興が乗りすぎてしまった。

 どうにも剣を持って強い奴と対峙するとちょーーっとだけやり過ぎる傾向があるみたいだ。実に気持ちいいし楽しいし、本能が刺激されるのだが、理性で制御出来ているのは確かな筈だ。

 でも、あとちょっと。もうちょっと。後五分だけ。と少しずつ誘惑に押されて、戦いが長引いてしまった。

 

 途中、ムシ使いのガキが乱入してきてガルティアが躾のような事をしているのを空気を読んで眺めていたら、戦闘が終わってしまっていた。

 あの時は内心、めちゃくちゃ焦った。このまま集落を落としましょう、ってな空気でどうしようかと思ったが魔物将軍には咄嗟に適当な尤もらしい屁理屈にわがまま。そして恫喝であの場を切り抜けた。俺、クソ上司過ぎる。

 

 そして俺は上司に正座させられていた。

 目の前には椅子に座って膝を組み、こちらを見下すスラル。

 

「……そういえば一時間で撤収とか言ってたわね。もう夜だけど」

 

「……い、言ってたな」

 

 目を逸らす。誰だ、そんな事言ったやつ。俺はそんな奴知らない。

 

「……あっさり終わらなかったなぁ」

 

「……そういう時もある」

 

 勝負は時の運って言うだろ?

 

「……活躍、見たかったなぁ」

 

「ぐはぁっ」

 

 スラルは少し残念そうにぼやいてみせる。俺は精神に傷を負った。

 くそっ! なんで俺はあんな恥ずかしい事言ったんだ!

 俺は気恥ずかしくなりつつもスラルに言い訳を伝えた。

 

「……一応、最後に伝えたから見込みはあると思うんだが……」

 

「! そうなの?」

 

「ああ、ガルティアの性格なら来ると思うぜ」

 

「……ん、それもそうね」

 

 スラルはそれを聞くと納得したように気を弛緩させた。

 もう怒ってはいないようだ。俺もおそるおそる立ち上がるが、何も言われなかった。

 ――だが、けじめはつけないとな。

 

「悪かったな。確かにやり過ぎた。これでもし来なければどうにでもしてくれ」

 

 俺はスラルに改めて謝罪する。命令を遂行出来なかったら好きにしろ。そういう意味を込めて言ったが、スラルは首を振った。

 

「何もしないわよ。……あ、でもせっかくだから料理の練習に付き合ってもらおうかな?」

 

「おま――っ!?」

 

 俺はその言葉に絶句する。それだけはありえない。

 しかも練習って事は何度も味見しなきゃなんねぇんだよな? ――あの料理を何度も。

 俺はふっと息を吐くと己の運命を悟った。

 

「――死んだな」

 

「だから失礼!! そんなに酷くならないわよ!!」

 

 料理を貶されて怒ったスラルはふん、とそっぽを向いた。あの料理はしょうがねぇだろ。

 そうやっていつも通り軽快なやり取りを交わしていると――外から声が掛けられた。

 

「――魔王様、レオンハルト様。少々よろしいですか?」

 

 その声には聞き覚えがある。おそらくはここの責任者である魔物将軍だ。

 

「……魔物将軍?」

 

「……いいな?」

 

「ん」

 

「よし、とりあえず入れ」

 

 一応トップであるスラルに確認を取ると魔物将軍に入室するように促す。

 すると「失礼します」と一声掛けてから予想通り魔物将軍が司令部に現れた。

 魔物将軍は椅子に座る魔王スラルとその隣に立つ俺に向かって膝を突くと、両者からの言葉を待つ。スラルは俺に目配せ。どうやらやり取りに関与するつもりはないみたいだ。

 なら、と俺は魔物将軍の頭上に声を掛ける。

 

「楽にしていい。それよりも何かあったか?」

 

「はっ、それがですね……その」

 

 魔物将軍はいつものはきはきとした物言いではなく、少しどう言えばいいのか迷っている様子だった。

 俺はそれを訝しげに思う。

 

「? 良いから言ってみな。別に余程の事じゃなければ怒ったりしねぇよ」

 

「は、はっ! では僭越ながら申し上げると……侵入者、のようなものを見つけました」

 

「!」

 

 その言葉にスラルの肩がピクリと動く。まさか、と俺も思ったが直ぐに魔物将軍のおかしな言に気づく。

 

「……ようなものってのはどういう意味だ? 起こった事を最初からありのままに話してみろ」

 

「はっ、……最初に気づいたのは魔物隊長と数体の魔物兵でして」

 

 何でも勝ちが見えた戦いであるため、明日の略奪でどうするかを肴に酒を飲んでいたという。それは俺が許可した。

 どの道持ってきた物資は直に戦いが終わって必要無くなるだろうし、また持って帰るのも面倒だろう。少しくらいなら勝利の美酒として振る舞いガス抜きでもさせてやろうと思った訳だ。

 それに魔物兵が酔いつぶれたとしても俺は一向に構わなかった。

 

「何処に行こうと言う訳でもなく陣内を適当に歩いていたそうです。そしたら陣内のテントの陰にこれが寝ていました」

 

「これ、ってのは?」

 

「今、連れてこさせます……おい」

 

「はっ、入室しても?」

 

「? ……許可する」

 

 司令部に入ってきたのは魔物隊長だった。そしてその肩にはとあるものを乗っけている。

 近づいてきてはっきりとその姿が目に入る。

 

「――子供?」

 

「――そうだな。しかもそいつは……」

 

 やり取りに口を挟まないと言っていたスラルが思わず声に出す。俺もそれに同意した。

 そう、その子供に俺は見覚えがあったのだ。緑色の髪に褐色の肌、その肌に刻まれた刺青。

 ガルティアとの戦いの最中に水を差したムシ使いの少年。

 その彼が魔物隊長の肩の上で寝息を立てていた。

 何でガキが、それも魔軍の陣地に。

 

「……捨て子?」

 

 スラルが小声で呟く。……そんな訳ないだろうが。何処の親が魔軍の陣地に子供を捨てるんだ? マジだとしたらそいつは馬鹿かキ○ガイだ。

 だが、内心否定はしたものの、何でこんなところで子供が寝ているのか見当もつかない。マジで捨て子だったらどうしよう。

 

「お伝えするまでもないかと思いましたが、少し不可解でしたので一応報告しに来たのですが……レオンハルト様でも分かりませんか?」

 

「ああ? ……いや、ちょっと……どういう事だ? というかお前らも考えろ」

 

「は、はっ!」

 

 その意味が分からず司令部にいる魔軍の面々は揃って首を傾げて困惑した。

 

 

 

 

 

 ――ムシ使いの集落。

 

 住民は寝静まる時間帯であり、道行く人は誰もいなかった。昼間はあれだけ賑わっていた出店も夜中に慣れば当然、人も品物もなにもない。

 

「………………」

 

 集落の中心にある広場。そこにある大きな岩の上にガルティアはいた。

 辺りを照らすのは月明かりだけ。しかし、それだけで十分だと思った。

 夜になると小さい頃からガルティアは人気のいなくなったこの広場でムシ達と過ごした。この岩の上はその当時から気にいっていたベストスポットだ。

 

 ガルティアが物心ついた当時、既に両親はいなかった。母親は自分が生まれてまもなく魔物に襲われて死亡し、父親は殺された母親の敵を取ろうと自分の許容量を超えたムシを躰に入れて”なれの果て”となった。

 過剰にムシを寄生させたムシ使いはムシに人格と肉体を破壊されてしまうらしい。それが、なれの果て。なれの果ては人間ではない。心が壊れてしまった怪物であり、殺すことだけが唯一の救いなのだ。だから父親もムシ使い達にそうやって殺されたのだろう。

 

 その事についても、両親がいなかった事についてもガルティアは悲しみを感じた事はない。

 残念には感じていた。生きていたらもっと楽しかっただろう。

 だが、死んでしまったのだから仕方がない。それよりもガルティアが親に感じるのは自分をこの世に生み出して――そしてムシに会わせてくれた事についての感謝だ。

 子供の時はいつもムシと遊んでいたものだ。勿論、ムシ使いの友達がいなかった訳じゃない。だが、子供は残酷だ。普通とは違う――両親がいないガルティアに子供達は冷たく当たった。その上で一応友達がいたのだから自分は恵まれているのだろう。

 

「……そういやあの出店で盗み食いした時は怒られたなぁ。覚えてるか?」

 

『――!』

 

 ガルティアの体内にいるムシが反応する。その声にガルティアはからからと笑った。

 

「ああ……ははっ。そういやそうだったな。お前が糸で品物引っ張ってよ、そのまま飛んで逃げようとしたら店の親父に撃ち落とされて真っ逆さまだ。ありゃあ楽しかったなあ」

 

『――!』

 

「笑い事じゃないってか? いや、笑い事だろ。大人になったらあの親父、あの時の事忘れてるんだもんなぁ。今やったら思い出さねえかな」

 

『――――』

 

「ははっ……そうだな。色んな事があったな……」

 

 ガルティアは過去をムシ達と懐かしむ。彼らがいるからこそ退屈しなかった。

 しかし、不意にガルティアは思う。もし自分がムシ使いじゃなければどうだっただろうかと。

 ムシ使いじゃない普通の人間で、何処にでも居る普通の人間の子供だったとしたら。

 

 ……やっぱやめだ。

 

 ガルティアはその思考を放棄する。そんな事を考えても意味がない。

 だが、全くの無意味でもなかった。

 ムシ使いとして生まれたからこそ。ムシと出会えたからこそ。この集落で過ごしたからこそ。今のガルティアがあるのだ。

 ガルティアはそこまで考えて立ち上がった。

 

「答えは決まってるよな」

 

『――――!!』

 

「あぁ、わかってる。着いてくるんだろ? 悪いが頼むぜ」

 

『――!』

 

「へっ……それこそ今更か」

 

 ガルティアはムシ達との語らいを終えて意思を固めると、広場を後にしようとする。

 

 ――だが、それは突然の来訪者に止められた。

 

「――ガルティア!!」

 

「あ……?」

 

 聞き覚えのある大声に振り向くと、そこには長老。どうやら慌ててきたようで少し汗を掻いている。

 ガルティアはちょうどいい、と思った。

 最後にこの集落の人間に聞いてもらえるなら、それは誰でもよかった。

 

「…………なぁ、じっさま。俺――――」

 

「あやつが! お前がよくしてる子供が攫われた!!」

 

「――――んだと?」

 

 長老の耳を疑う言葉にガルティアの表情が固まる。それを見た長老がまくし立てるように続ける。

 

「どうやら町の周囲に近づいてきてた魔物兵が、偶然外に出ていた少年を捕まえていったらしい。見かけた住民が教えてくれおったわ……」

 

「…………」

 

「だからお願いじゃ! 助けにいってくれ!! こんな事を頼めるのはお前しか……」

 

 長老は涙ながらにガルティアにしがみつきそれを訴える。

 子供を魔軍の陣地に助けにいってくれと。

 ガルティアはそれを見て、一つだけ確認する。

 

「なぁ、じっさま――それ、本当の話か?」

 

「勿論じゃ! 早くしてくれ!! 早くせねばあの子供が魔物兵に殺されてしまう!!」

 

「………………」

 

 ガルティアはしばらく、考え込むように長老を黙って見続けていた。

 

「ど、どうしたんじゃガルティア……?」

 

 真面目な表情で黙り込むガルティアを見て長老の勢いが落ちる。

 数秒程、黙って長老に視線を送っていたガルティアは――――

 

「――――そうか。なら助けにいかねぇとな」

 

 ふと自分から緊張を解すように気を抜いた。

 その笑みは普段のガルティアの様子と全く変わりない。長老はほっ、と息をついた。

 

「うむ。ならば直ぐに向かってくれ」

 

「ああ、そうするかな」

 

 長老の言の葉の通り、ガルティアは改めてその場から立ち去ろうと歩みを再開した。

 そして最後に、後ろを振り返らずにこう告げた。

 

「――――――じゃあな」

 

「む……うむ、気をつけての」

 

 ガルティアのその言葉は誰にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 ――それから一刻後。

 

 魔軍の陣地内ではすっかりと魔物兵達が就寝していた。

 無論、見張りの兵達は起きてはいる。

 陣の入り口に立つ魔物兵は、同じく見張りに立つ魔物兵に眠そうに話しかけた。

 

「……なぁ……見張りの交代時間まだかな?」

 

「おいおい、まだ三十分も経ってないぞ?」

 

「だってよ……今日はずっと動きっぱなしで疲れてんだし……眠くもなるだろ?」

 

「……気持ちはわかるけどな」

 

「それによ……見張ってても敵なんか来ねぇだろ? 戦える奴らは全員ぶっ殺したんだし」

 

「ああ――って、いや。そういえばまだめちゃくちゃ強い奴が残ってるんじゃなかったか?」

 

「……いや、来ねえだろ。ここ何処だと思ってんだ? 魔軍の陣地だぞ? こんなところに一人で来たら、そいつは馬鹿だな。来たら俺が殺してやるよ」

 

「――そんじゃ相手してもらうぜ?」

 

「いいぜ――って、あ?」

 

 突如、魔物兵の身体が誰かに切り裂かれた。血飛沫が辺りに飛び散る。

 何が起こったかもわからず魔物兵は絶命しただろう。それを目の当たりにした魔物兵はぎょっと驚く。

 

「っ!? て、敵――」

 

 再び、声を上げる事無く魔物兵が殺される。

 

「な――んで――」

 

 あっさりとその命を終えた魔物兵はそんな言葉を残す。

 襲撃者はそれを耳にして鼻で笑い飛ばす。

 

「何で……ってそんなもん決まってるだろ」

 

 襲撃者である獣の王、ガルティアは剣に突いた血を払いながら奥に進んだ。

 

「――自分の為だ」

 

 

 

「て、敵襲――!!」

 

「あぁ――?」

 

「何だと!!」

 

 そんな報告が突然、魔軍司令部に届けられた。

 ムシ使いの子供を前にあれも違う、これも違う、と考え込んでいたレオンハルトはそこに来て、とある可能性を感じ取った。

 

 ――もしそうなら……

 

 まさかの可能性だが、もしそうならとんでもなく救いのない話だ。それこそ自分など可愛く見える程に。

 周囲の魔物将軍がその報告を聞いて立ち上がったが――もう遅い。

 レオンハルトの感覚はそれを鋭敏に感じ取っていた。

 既に近くまで来ている。そんな事を内心思った時だ。

 

 魔軍司令部の扉が勢いよく開かれた。

 ずかずかと遠慮なく入ってきたその人物は――

 

「――よう、待たせたな」

 

 ガルティアだった。

 身体に幾つもの傷を負いながらもいつもの軽い調子で挨拶してきたガルティアに司令部が騒然とする。

 

「貴様! どうやってここまで――」

 

「たった一人で来やがったのか!? ええい、俺が相手に――」

 

「……いや、いい。ちょっと黙ってろ」

 

 魔物将軍と魔物隊長が興奮して立ち上がる中、レオンハルトはそれを言葉に魔人としての威圧感を込めて押し留めた。

 

「れ、レオンハルト様……?」

 

「そんなに怯えるな。説明するだけだからよ」

 

「説明、ですか……?」

 

「…………」

 

 魔物将軍らが疑問を呈する中、レオンハルトはその真実を口にした。少しだけ歪められた真実を。

 レオンハルトがガルティアに視線を合わせる。

 

「……そいつは魔人になりに来たんだよ」

 

「なっ――!?」

 

「馬鹿な……!」

 

「ちなみに魔王様の許可も取ってある」

 

「そ、そうなのですか……!?」

 

「…………!?」

 

 魔物将軍と魔物隊長が――魔物隊長など口をパクパクさせて驚いていた。十年以上戦ってきたこの人間が魔人になるとは到底信じきれない様子だ。思わずガルティアに視線を向ける。

 

「ま、そうだな」

 

 だが、当人であるガルティアはあっさりとそれを認めてみせる。とてもこれから人間を裏切り、魔軍に付くとは思えないほどに淡々としている。

 

「そこの魔人様に勧誘を受けてな。気が合うもんで寝返ってみることにしたんだ。という訳でお前らよろしくな」

 

「え、ええ――!?」

 

「レオンハルト様! 頭大丈夫なんですかこの人間!?」

 

 挙句の果てにはよろしくと挨拶をしてくるガルティアに魔物将軍達はどっちが魔物なのかわからなくなる。

 そんな中、レオンハルトは少しだけ強い視線でガルティアを射抜く。

 

「挨拶はいいんだけどよ――順序ってもんがあるんじゃねぇか?」

 

「――っ!」

 

 レオンハルトがそう注意するとその奥の簡易的な玉座に座る存在が威を発した。

 先程まで騒いでいた魔物将軍や魔物隊長も膝を突いて畏まる。

 魔物にとって――いや、世界中の生物の支配者ともいえる絶対的な存在――魔王スラルだ。

 スラルはガルティアに視線と意識を向けると、それだけでガルティアの身体に重圧が掛かる。

 ガルティアはそれを感じ取り、納得した。なるほど、これは確かに魔王だ。

 魔人など可愛く見える程の存在感に、しかしガルティアは面白いものを見たと言わんばかりに笑みを深める。

 

「ははっ、なるほどこれが魔王――いや、魔王様か。名前を聞いても?」

 

「……スラルよ」

 

「スラル……よし覚えたぜ。それじゃ早速魔人にしてもらう――その前に、だ」

 

 ガルティアが突然、深刻な顔でスラルに視線を合わせる。

 先に聞きたい事がある、とガルティアの表情はそう言っていた。

 横目で一瞬だけ魔物将軍を見たガルティアは直ぐに視線を戻すと確認した。返答次第ではこの場で雌雄を決する事も辞さない。その意思を持って――

 

「――わかってる、ってことでいいんだよな?」

 

「……ええ、当然よ」

 

「……?」

 

 魔物将軍達はその問いかけの意味が分からず疑問符を頭に浮かべる。

 だがそんな彼らを置いてけぼりに話は進んでいく。ガルティアは魔王からの返答を頭の中でしばらく反復するように黙していたが、ふっ、と笑うとその意思を改めて決めた。

 

「なら良かった。それじゃあこれからは仲間、でいいのか?」

 

「……お前、随分とあっさり裏切るな」

 

「うじうじ悩んでも仕方ないだろ?」

 

「そりゃあそうだが――」

 

「っ! ガルティア――!」

 

 レオンハルトとガルティアが会話の最中。

 突如、横槍を入れた者がいた。それは魔軍の陣地にて眠っていたムシ使いの少年だった。

 それを見て魔物隊長がげっ、と声を上げる。

 

「こいつ――いつの間に起きてやがる! 魔王様、レオンハルト様すみません。今すぐ黙らせますので……」

 

「おおっ、小僧じゃねぇか!」

 

「うおっ!?」

 

 魔物隊長が行動するよりも早く、ガルティアはその少年に駆け寄った。

 そして少年の身体に傷がないことを確認すると安心したようで少年の無事に喜んだ。

 

「もしかしたら既に死んでるって可能性も考えてたが……とにかく無事で良かったぜ。なぁ、レオンハルト。こいつは――」

 

「――うるさいっ!! この裏切り者!!」

 

「――――!」

 

 ガルティアが意気揚々とレオンハルトに声を掛けた直後、少年は――涙ながらにガルティアにきつい言葉を浴びせた。

 

「…………」

 

 その光景に司令部は水を打ったように静かになった。ガルティアも表情が固まったまま動かない。

 そんな中、先に動いたのは少年だった。ガルティアの手を払うと涙で赤くなった瞳で彼を睨みつける。

 

「長老に聞いたんだ! ガルティアが魔物に寝返ろうとしてるって!」

 

「――小僧……それは」

 

「最初は嘘だと思った……! でも僕は聞いたんだ……!」

 

「…………何をだ?」

 

「……あっちの魔人とガルティアが別れ際に何かを喋ってて……気になってムシで音を拾ってみたんだ。そしたら……『待ってるぞ』って魔人が……」

 

「――チッ……くそっ、間抜けか俺は……!」

 

 レオンハルトが舌打ちし、小声で自分への悪態をつく。あの時、二人と少年との距離は離れていた。到底話が聞こえるような距離じゃない。周りに聞き耳を立てる者がいないか最新の注意を払っていた筈だったが、少年には聞かれていたのだ。

 レオンハルトに少年が持っているムシの能力など知りようがない。言っても詮無き事だ。

 だがそれでもレオンハルトは自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。これから起きる――最悪の展開を予感して。

 

「ガルティアは裏切ったんだ……僕を、集落の皆を、パパとママの事だって……!」

 

「っ! ……小僧の両親、だと? 何のことだ?」

 

「とぼけるなっ!! ガルティアが殺したんだろ――僕の両親を!!」

 

「――――!?」

 

 思いもよらない言葉を浴びせられ、雷に打たれたかのような衝撃がガルティアを貫く。

 

「足手まといだったんだろっ!? それで魔物の盾に使ったんだって! それを知らずに僕は僕は――――っ!!」

 

 少年は家族のようなものと思っていたガルティアに裏切られたという怒りと悲しみで狂乱しているようであった。身寄りのない幼い子供にとってムシを除けば唯一の肉親のような存在。心の拠り所に裏切られた。

 しかもそれが仇とも知らずに自分はのうのうと彼を慕って今まで生きてきたのだ。無理もない話である――それが本当の事ならば。

 

 ガルティアは少年の様子を見て、頭が冷えていくのを感じた。

 

 ――なぜ、こうなったのか。いや、原因はわかっている。起きたことは仕方がない。時間は元には戻らない。

 

 なら、どうする――?

 

「おい、ガキ。いい加減に――」

 

 その光景が見るに耐えなくなったレオンハルトは少年を止めようとして――ガルティアの声でかき消された。

 

「ははっ!! よく知ってるじゃねえか!!」

 

「――!?」

 

 突然様子が豹変したガルティアに不意をつかれたように驚く。少年に向かっていつものように笑いかけたが、そこから飛び出たのは普段とは全くの別物。

 

「なら隠す必要はねぇな。そうさ、お前の言ってる通りで間違いねえ。俺はお前の両親を殺した――正確には見殺しにした、だな」

 

「っ――!」

 

「話聞いてたんなら魔人になる事も聞いてるんだろ? 弱っちい人間には呆れ果てちまってな。俺がいないと戦えない集落の奴らにはほとほと愛想が尽きたんだ。だから寝返ることにした」

 

 様子は普段と変わらないのに口から聞こえる言葉は彼が絶対に言わないような言葉ばかり。しかし、少年は段々と唇をわなわなと震わせていた。それを嘘だと判断できる思考を少年はもう持っていなかった。

 

「魔軍の方が楽できそうでいいしな。お前もそう思うだろ? なんならお前も魔軍に――」

 

「黙れええええええええええええ――――!!!」

 

 少年の大声が司令部に響き渡り、二度目の静寂がその場を支配する。

 先程とは打って変わって先に動いたのはガルティアだった。彼は冷たい目で少年を見る。

 

「……そうかよ。それじゃあ――」

 

 寝てもらうぜ、と。ガルティアは少年に襲いかかった。

 

「っ! ――ガ、ルティア……」

 

 ガルティアのスピードに少年が対応出来る筈もなく少年はあっさりとガルティアの毒――睡眠毒を受けて眠らされてしまった。身体から力が抜けて倒れ込む少年の身体を受け止めたガルティアは、少年が完全に寝ている事を確認するとほっとしたように笑った。

 

「……全く、最後まで苦労かけさせるぜ。――レオンハルト!」

 

「……ああ、わかってる。おい」

 

「――え、あ、はいっ!」

 

 呆然と状況を見守っていた魔物隊長だったが、レオンハルトに目を向けられると我に返る。

 処分を任されるのだろうとそう思っていた魔物隊長の考えはまたしても裏切られることとなる。

 

「そのガキを集落の近くまで送ってやれ」

 

「はっ! ……はっ?」

 

 聞き間違いかと思い魔物隊長が間の抜けた声を出してしまう。送り返す? 子供を?

 一度だけ確認してみようと魔物隊長は伺いの言葉を掛けた。

 

「あの……よろしいので?」

 

「途中で殺したりすんじゃねぇぞ。もしちょっとでも傷を付けたのがわかったら……」

 

「わかったら……?」

 

「――俺が斬り殺してやる。わかったらさっさと行け!」

 

「はは、はい――!! 直ちに――!!」

 

 眠ったままのムシ使いの少年をガルティアから素早く受け取ると魔物隊長はレオンハルトから逃げるように司令部を去っていった。

 レオンハルトはそのままついでとばかりに魔物将軍にも声を掛けた。

 

「……お前もちょっと出とけ。これからこの人間――ガルティアを魔王様が魔人にする。司令部には誰も近づけるな」

 

「……はっ! 畏まりました!」

 

 短いながらもレオンハルトと接して逆らわない方がいい事を理解した魔物将軍は、盲目的にその命令に従うため司令部から退出した。

 司令部にはレオンハルトとガルティア、それにスラルだけが残る。

 レオンハルトとスラルは何処か意気消沈とした様子であり、暗い表情を隠せていない。

 そんな彼らにガルティアが声を掛ける。

 

「手間掛けさせて悪いな。やっぱ身辺整理ってのはごたごたするものなんだな……」

 

「……良かったのか?」

 

「あ? 良かったもなにもお前が魔人になれって言ってきたんだろうが」

 

「――そうじゃねぇ! あそこまで悪者になる必要なかったんじゃねぇかって聞いてんだ!!」

 

「あー……そっちの話か」

 

 ガルティアはレオンハルトとスラルを見て魔物らしくないなと笑う。

 

「お前らがそこまで落ち込む必要はないだろ?」

 

「……っ! テメェは平気なのかよ!! あれだけ言えばテメェの噂は集落中に真実として広まる! そしたら魔軍に寝返った卑怯者として全員から蔑まれる事になるんだぞ!!」

 

「つってもそれは事実だしなぁ。否定する事も――」

 

「テメェは集落を救ったんだろうが――!!」

 

 そう。それが真実であった。

 ガルティアが魔人になり、魔王に忠誠を誓う条件。

 レオンハルトがガルティアに出した条件。

 スラルがレオンハルトに命令したこと。

 

 ――ガルティアはスラルの命令を受けたレオンハルトから集落から手を引くことを条件に出され、それを承諾し魔人となりスラルに忠誠を誓う。

 

 これが今回の顛末であった。

 

 順を追って見ていこう。スラルは魔軍を追い返している強い人間の存在に興味を持ち、それを魔人としようと思った。――レオンハルトと同じ様に。

 その大本の理由こそ不明だが――今はそれは重要ではない。大事なのはスラルがガルティアを魔人にするために集落から手を引く事を条件に考えていた。そしてそれをレオンハルトには伝えていたこと。

 レオンハルトはその命令を遂行するために、ガルティアを狙った。無論、殺してしまわないように注意を払いながら。……残念ながらその時点で命令を遂行する事は出来なかったが。

 

 そして咄嗟に魔軍を撤退させ、去り際に「魔人になり魔王スラルに忠誠を誓うなら魔軍はムシ使いの集落から手を引く」ということを伝えた。そしてその時に最後にレオンハルトが放った「待ってるぞ」という言葉だけが聞き取られてしまっていた。仮にだが、その時交わされた言葉を全て少年が聞き取っていたのならば、すれ違いは起こらなかっただろう。

 

 そして追い詰められた長老は少年に言葉巧みにガルティアが魔軍に寝返る、という嘘のような真実を偶然にも言い当て、それを教えた。そしてショックを受けている最中にムシで少年を眠らせると、ムシ使いに魔軍の陣地近くまで運ばせた。ちなみにこの時に少年を運んだムシ使いは既に死んでいる。帰り際に魔物兵に見つかり殺されたのか、それとも――

 

「じっさまも馬鹿だよなぁ……そんな事しなくても俺は望んでここに来たっていうのに」

 

 ガルティアは自ら魔人になり集落を救うことを望んだ。集落を救うためならガルティアは命をかけられた。

 もし長老が正直に、集落の皆が逃げるための時間を稼ぐために死んでくれと、そう頼んだのならガルティアは喜んで自分の命を差し出しただろう。

 

「小僧も……俺があいつの両親を、あいつらを殺す訳ないんだけどな……」

 

 あくまでもガルティアは、淡々と心中を吐露する。

 ガルティアと少年の両親は幼い頃からの親友であり幼馴染であった。子供の時からいつも一緒にいた大切な親友達。

 大人になっても、親友二人が結婚しても、その関係だけは変わらなかった。しかしその関係は唐突に終わりを迎える。二人が戦場で死んだからだ。その時はさすがのガルティアも堪えた。一日中何を食べても美味しく感じなかった。ムシ達もそんなガルティアを感じ取ってか元気がなかった。

 

 だが、ガルティアには親友に託されたものがあった。二人の子供である少年の事だ。

ガルティアは出来る限りは少年に構ってやった。元々面倒見の良い性分である。二人はすぐに打ち解けた。

 しかしそんな親友の忘れ形見にも嫌われてしまっただろうなとガルティアは内心せせら笑う。

 

「ははっ……全くしょうがない奴らだ」

 

 だが、ガルティアはあくまでやれやれだと笑う。これだけの事が起きても彼には悲しみに包まれた様子がなかった。

 

「何でだ……!」

 

 そんなガルティアの態度にレオンハルトが憤る。心の奥底にある疑問。それを絞り出すように宙に乗せる。

 

「集落を救ったんだろ……! 他人の為に戦い続けたんだろ……! ならもっと報われてもいいんじゃねぇのか……!? なんでそれで嫌われなくちゃならねぇんだ……!」

 

「レオンハルト……」

 

「お前……」

 

 スラルが痛ましいものを見るように表情を曇らせ、ガルティアもその様子を見てある程度、その苦悩を察する。

 レオンハルトにとってガルティアへの今の仕打ちは過去の自分そのものだった。

 彼が戦場に出るようになった切っ掛け。それは他でもない、自分の周囲の大切な人を、故郷を守りたかったからだ。

 

 決して良い子であったとはいえない自分のような子供を周囲は温かく接してくれた。それを少しでも返したいと思い、魔物との戦いに出た。全員とは言わない。自分の力で少しでも手助けが出来たら――そんな事を照れくさく思いながらも認めていたものだ。

 

 そしてその願いは叶えられたのだ――自分を犠牲にするという形で。

 守った筈の人々から化け物と呼ばれ蔑まれる日々。何故、自分はこうも報われないのだろう、ほんの少しだけでもいいのに。誰も自分を必要としていない。必要とされているのは強さだけ。なら自分は何のために戦っているのだ――?

 

「ガルティア……テメェは何でそうやって笑ってられる!! 自分が守った筈の連中から嫌われてんだぞ!? どうしてだ、どうして嫌いにならねぇんだ――!」

 

 それは自分への問いであるようにも感じた。

 

 ――魔人になる際に集落の人間だけは見逃してくれと魔王に頭を下げた――自分への答えが出ない問い。

 

「……ははっ、なるほどな。それはだな――」

 

 ガルティアはそれをあっさりと、いとも簡単に告げる。自分にとって当然の事だと。

 

「――向こうに嫌われたからって、こっちまで嫌い返さなくちゃならんって理屈はないだろ?」

 

「――――!」

 

 目から鱗が落ちたかのようにレオンハルトはそれに気付かされる。

 ガルティアにとっては当たり前の事で今更言うべき事でもないこと。しかし、何となく目の前の魔人に応えたくなって告げた言葉だった。

 

「自分でも本当は気づいてるだろ? 嫌われようが構わないじゃねぇか。それでも為になるなら喜ぶべきだ」

 

「…………く、くははっ」

 

 レオンハルトは思わず白い歯を見せて笑った。

 ガルティアの言葉に笑ったのか、それとも自分の馬鹿っぷりに笑ったのか。とにかくレオンハルトの表情からは憑き物が落ちたようで彼はひとしきり笑うと普段通りの顔に戻っていた。

 

「――ああ、理解した。まぁ理解したけどな。俺はお前程マゾには成れねぇな。やっぱり少しくらいは好かれたいし」

 

「ああ? お前、そこは同意しとけよ。空気的に。つうかマゾってお前……いや、いいけどな」

 

「……いいのかよ。前は気が合いそうって言ったけど大らか過ぎて地味に気をもみそうだな……」

 

「そういうお前はちょっと神経質気味だろ。無駄に気にしすぎて大変そうだ」

 

「……魔人になって直ぐに魔人四天王と魔軍参謀に就任させられたらストレスも溜まるっての」

 

「へぇーお前そんな偉かったのか。あ、そういや魔軍って食事関連はどうしてんだ? そこの所詳しく――」

 

「ああ――っ!! ちょっと黙って!! ストップ!!」

 

 レオンハルトとガルティアの掛け合いに耐えきれなくなったのかスラルが大声で叫ぶ。実際、このままだと延々と話続けてただろう。スラルの判断は的確だった。

 

「なんで私を蚊帳の外に勝手に仲良くなってるのよ!」

 

「怒るとこそこかよ……」

 

 呆れたようにスラルを見るレオンハルト。それを見てガルティアは、

 

「……なぁ、俺が思ってた魔王と随分とイメージが違うんだが本当にこいつ魔王か?」

 

「正真正銘の魔王様だ。まぁ確かにこのままうだうだやってるってのもな。おいスラル、さっさとガルティアを魔人に――」

 

「魔王の私に命令するな――――っ!!!」

 

「……退屈はしなさそうだな」

 

 

 

 

 

 ――――その日、魔軍に新たな魔人が加わった。

 

 魔人ガルティア。ムシ使いという人間の一族に生まれた魔人。

 そして魔王スラルが作った二体目の魔人であり――心優しき獣の王である。

 

 

 

 





これにてガルティア編は完結。一気に書ききりました。

さて、私が珍しく後書きを書いたのは何を隠そう――告知です。
ちょっとですね作中の展開に悩みがありましてですね。もしも「答えてもいいよー」って方がおられるのなら活動報告を見ていただくとアンケートがあります。

順序が逆になってしまいましたがいつも私の拙作を読んで下さり嬉しい限りです。ありがとうございます。
なんだか気がつけば高評価を頂き、感想まで頂き、お気に入りは1000をとっくに超えて、挙句の果てにはランキングにまで乗せて頂きました(日刊ランキング2位はマジでビビりました)。
これもランスシリーズの面白さとスラルちゃんの可愛さのおかげですね。
後、いつも誤字報告を下さる方々、ありがとうございます。言い訳になってしまいますが、早く書いて早く投稿! を優先して公正も読み直しも殆ど行っていなくてですね、はい。私の怠慢でしかないんですがね。読み直しつつちょいちょい文章を直していきます。

それではまた大きな話が終わった後にでも後書きで会いましょう。もしくは感想欄。



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使徒と魔軍の食糧事情

 ――魔王城

 

 魔王スラルが建てた巨大な城であり魔軍の拠点。

 故にこの城には魔王や魔人だけでなく多数の魔物兵が詰めていた。

 この城に出入りする魔物は魔軍の幹部である魔物将軍や一部の魔物隊長を除けば警備を務める魔物兵。

 魔王の居城を守る魔物兵のエリートであり人気の職場――という訳ではない。

 魔王や魔人は皆個性的な人物ばかりで、突然の無茶振りや機嫌を損ねた日には命を取られかれない。

 

 しかし、それでも警備隊に入りたがる魔物兵は大勢いた。

 その殆どが魔人に近づく事で自分も美味い汁を吸えるという下心がある訳だが、それだけではない。もっと大切な――生きるために必要な切実な理由があった。

 

 それは――食、である。

 

「なぁ、今日お前何食べる?」

 

「俺はとりあえずうっぴーの気分だな。お前は?」

 

「俺はカワズガケかな。ぬるぬるしたのが好きでなぁ……」

 

 城務めの魔物兵は同じく休憩に入った魔物兵と料理談義に花を咲かせながら食堂へと向かっていた。

 食堂。魔王スラルが部下の魔物もちゃんとご飯が食べられるようにと作らせた場所である。

 魔物達が魔王城の食事を楽しみにしている理由は簡単で、魔物社会は人間社会ほど食文化が発達していないからだ。

 

 だがそれは必然でもある。料理をするような魔物が殆ど存在しないからだ。

 中には特定の料理だけを作る魔物もいるのだがそれ以外の料理は基本食べる機会がない。

 人間の集落を襲ったついでに作らせて食べるくらいだ。中にはわざわざそれを楽しみにしている魔物もいる。

 食べるものは基本的に収穫出来る食べ物などをそのまま食べるか、精々焼くくらいである。

 故に城詰めの魔物兵にとって食事の時間は一日で最も楽しみな時間であった。

 

 ――そして、そんな貴重な憩いの場が現在、奪われようとしていた。

 

「…………」

 

「んぐ……がりごり……お、このうろろーんいけるな、独特で悪くない。こっちのネギネギポーンも食感がたまんねぇ。香ばしい匂いが食欲を誘うな」

 

 食堂の中央。

 そこには二人の魔人が向かい合うように腰を落ち着けていた。

 

「ガルティア様、どんだけ食べるつもりなんだ……?」

 

「十人前なんてとっくに超えてるよな……あれ」

 

「というかレオンハルト様にあんだけ睨まれてよく普通に食べれるな……」

 

 食事を取っていたのは、ついこの間に魔人になったムシ使いの男――魔人ガルティア。

 そして食事を取るガルティアを眉間に皺を寄せながらその赤い双眸で睨む――魔人レオンハルト。

 二人の魔人が食堂の中央に居座ってから、魔物達は食堂の端っこで肩身の狭い思いをしながら食事を取っていた。

 自分達の上司、魔物社会の支配者達が食事を取っているのだ。休まるわけないだろう。

 魔物兵達は味もわからないまま早急に食事を口に詰め込むと逃げるように食堂から出ていく。

 

「魔物も結構いい物食ってんだな。おっとここの卵やきは甘口か、いいねえ」

 

「……ガルティア」

 

「いくらうにも美味え。舌の上で旨味が踊ってやがる――と、おお悪い。何の話だったか?」

 

「――テメェ、どれだけ食うつもりだ――!?」

 

 レオンハルトの大声が食堂に響いて反響した。それを視線を向けずに聞いた魔物兵が内心で大いに頷く。

 それはガルティアが魔人になってから誰もが皆思っていた事であった。

 

「毎日毎日馬鹿みたいに食い散らかしやがって……!」

 

「おいおい残さず全部食べてるだろうが」

 

「そういう意味じゃねぇッ!! ったく……」

 

「あー……でもしょうがねえだろ。魔人になってこんな身体になっちまったし。それに、こいつらを飢えさせる訳にはいかないからな」

 

「……そうだが限度ってもんが……」

 

レオンハルトはガルティアのお腹に視線を移す。そしてそこにぽっかりと空いている大きな穴と、その穴から顔を出し首を傾げる異形の少女を見る。

 

「――?」

 

「…………チッ」

 

 何で見詰められているのかわからないのか、首を傾げる彼女。レオンハルトはそれを見ると、舌打ちをして黙り込んだ。

 

――まさか、ガルティア達の食事量がこれ程とはな……。

 

 

 

 

 

――それは十日前の事。

 

 ガルティアを魔人化させたスラルは直ぐに魔軍へ撤退命令を出した。

 魔物将軍達は困惑していたが、魔王に言われては否応もない。魔物兵達は略奪出来ない事を残念がっていたが帰投の準備を始めた。魔王に逆らえる訳がないのだからその点はいい。

 問題はガルティアが魔人になった時の変化である。

 ガルティアは見た目こそ大きく変わる事はなかった――ある二つの点を除いて。

 

 魔人になった彼のお腹にはぽっかりと大きな穴が空いていたのだ。

 中身も何も見えず、そこに見えるのは真っ黒な空洞だけ。

 しかし特に行動に支障が無さそうだったのでガルティアは気にしていない様だった。

 

 そんな時、自分とスラルが釈然としない表情を浮かべていると中から三体の異形が出てきた。人間の身体に他の生物の特徴がある異形。

 そしてそんな存在がガルティアに抱きついたのだ。三体とも。捕食でもしようとしているのかと思ったがどうやら違うらしく、身体を擦り寄せて、どこか喜んでいるようだった。

 

 ガルティアはそれを見て、何かに気づいたように驚いた表情を見せると、直ぐに同じ様に喜んだ。三体の異形を見て驚く自分達にガルティアは紹介した、「俺のムシ達だ」と。

 まさかこれが? と自分は首を傾げたがスラルはなにかに気づいたように顔を強張らせてこう言った。

 

 ――使徒化してる。

 

 使徒。

 それは魔王にとっての魔人のような存在だ。

 魔人は自分の血を他の生物に分け与えて、血の契約を交わすことによりその生物を使徒――自身専用の下僕にすることが出来る。

 そして使徒になった生物は魔人化と同じ様に不老になり能力が強化される。外見の変化は使徒化の副作用のようなものであるらしい。他にも魔人が使徒を作ると魔人の血が薄くなる為、力がほんの少し弱まってしまう等、様々なメリットとデメリットが存在するが、重要な部分はそこではない。

 

 問題は何故、ガルティアの躰の中にいたムシ達はガルティアと血の契約を行っていないのにもかかわらず、使徒になったのか。

 これにはおそらくムシ使いとしての特性が影響したのでは、とスラルは語った。

 ムシには本来、魂が存在しない。自我を持たない為に何かを考える事も感じたりする事もない本能で生きる生物なのだ。

 しかし、ムシ使いのムシは人間や魔物と同じ様に自ら考え、言葉を発する事が出来る。意思があるのだ。

 これはムシ使いとムシの魂が融合することによって宿主の魂の影響を受けたムシに魂――人格が発生するというのだ。

 

 そこから考えると、ガルティアの魔人化はその躰の中にいるムシに影響を与えたのではないか、そして沢山いた筈のムシが全て使徒になったのではなく、三体になったのはガルティアの力、魔人の血のキャパシティを大きく超えること。そしてムシ達が自ら望んだ末に――ガルティアのムシは使徒になり、同時に三体の存在に生まれ変わったのではないか――これがスラルの出した仮説だ。

 しかし、そんな事を聞いてもガルティアは「ほーぅお」と関心したような声を出しただけで使徒化の原理やどうしてこうなったのかについてはあまり興味が湧かない様子である。

 

 ガルティアはよくわからないがこれからもムシ達と一緒なら良かったと笑った。重要なのはそこだけだと。

 生まれ変わったのなら名前を付けなくちゃな、とガルティアは三体の使徒をじっと見つめると順番に名前を付けはじめた。

 

 長い黒髪を持った少女の上半身に下半身は蜘蛛の姿の使徒――ラウネア。

 褐色の肌に白い髪、発達した白い猿の手と足を持った使徒――タルゴ。

 淡いピンクの髪にとりのような翼と足の容姿が特徴の使徒――サメザン。

 

 やけにあっさりと名前が決まった事について聞いてみたが、ガルティアは特に考えずに思い浮かんだ名前を付けたらしい。

 

 ――別に何だって良いだろ? 悪い名前じゃなければな。

 

 ガルティアはそう言って使徒達の頭を撫で回した。使徒たちも嬉しそうだった。

 その飾らないガルティアの性格とムシとの絆に思わず自分もスラルも笑ってしまった。これは敵わねぇな、と。

 そうして自分達、魔軍は魔王城に帰っていった。新しい同胞と共に――――

 

 ……と、そんないい話では終わらなかった。

 

 

 

 話がまとまり、帰りの準備を終えた出立前、ガルティアはこう言った。

 

 ――腹が減った。

 

 ……それからが地獄の始まりだった。

 ムシ使いがよく食べるのは重々承知だった。それにガルティアは色々あって魔人化したばかり。疲労もあるだろう。

 幸いにもこの地に持ってきた物資の中には食料が沢山ある。この地の魔軍が備蓄していた食料も。戦いも一日で終わったのだし持って帰るのも手間だ。少しくらいなら大丈夫だろう。

 

 ……そう思っていた俺が馬鹿だったのだ。

 

 ガルティアは食べた。食べ続けた。魔王城へ帰投中。何日も。ひたすらに。自分達が持ってきた食料を。

 そしてガルティアは全て食べ尽くしてしまったのだ。その時、魔軍参謀でありこの行軍の責任者である自分は頭を抱えた。ありえない、魔物六万体分の食料だぞ……!

 魔人となったガルティアの食事量を舐めていた。本人は普段よりいっぱい食べられるようになったと喜んでいたが冗談じゃなかった。これだけお腹が空いてたのも魔人化したばかりの今だけで、多分後は落ち着くだろ、とか何とか言ってたがそれはいい。いや、よくないが。それでも問題は今なのだ。

 

 魔王城に着くまで予定では後一日ある。それまでの食料をどうするか。緊急会議を行い、集めた魔物将軍達と一緒に自分は頭を抱えた。

 そして結局、約六万の軍勢を総動員して周辺で食料を集めることになった。題して「自分が食べる分は自分の手で得る」作戦である。魔王直属の軍勢がこんな馬鹿みたいな事をしてると人間に知られたら大笑いされるだろう。いや、下手したら同じ魔軍の同胞からも何をやってるんだと呆れられるかもしれない。

 

 結局六万体分の食料を集めるのは不可能で、自分達はそこそこ飢えた状態で魔王城に帰還した。

 一日だけで良かった。これが二日以上なら本当に地獄であっただろう。魔人である自分や魔王であるスラルは食べなくても死ぬ事はないがそれでも精神的にくる物がある。というかガルティアも我慢しろ。

 

 そんなこんなでやっと魔王城でゆっくりと出来る。そう思っていた。

 

 ――事態はまだ終わっていなかった。

 

 一つは魔王城ですらガルティアはその食事量で少しずつ備蓄を減らしているということ。近い内に食料の安定供給先を一つくらい確保しなければならない。一応、今のガルティアの食事量ならまだしばらくは賄いきれるので少しは時間がある。

 実際、少しだけ食事量も落ち着いていた。それでも百人前以上は軽く食べるのだから恐ろしい事には違いないが。

 

 二つ目は、単純に苦情が自分の所までやってくるのだ。魔王城ではコックを拐ってきた人間の料理人にやらせている。良くない事には違いないが、料理人には身の安全の保証とそれなりの待遇を与えているので最初は怯えていたが今では割と満足しているらしい。そんな料理人から遠回りに苦情が来た。

 

 料理人からそれを管理、担当している魔物隊長に、更にその上司である魔物将軍に、そして魔軍参謀である自分のところに。何でもガルティアが来てから休む暇が無い、とのことだ。

 ガルティアは殆ど一日中料理を食べ続けるのでそれだけの時間コック達は働かなくてはならない。そのため、眠る時間以外はずっと働いているのだという。

ここで、「ふん、人間の言うことなど知ったことか。お前らは奴隷なんだから死ぬまで働け」と言うことは簡単だが、それで困るのは自分達だ。

 

 コックに倒れられれば料理を作る人材がいなくなる。料理が食べれなくなるのは困るし、新しく人間を拐ってくるのも手間なのだ。そのため、この事を魔物将軍はとても言い辛そうに自分に報告してきた。

 これは早急に解決しなくてはならない。故に新しく人間のコックを拐って来いと魔物将軍に命令したのはいいが、それだけじゃそろそろ腹の内が収まらない。

 そして一言だけでも言ってやろうとガルティアに会いに来た。

 

 ……だが。

 

「おいおい、また難しい事考えてるみたいだな。たまにはメシでも食いながらゆっくりしたらどうだ? ほら、こっちのこかとりすの姿揚げ、美味いぞ?」

 

「…………はぁ、よこせ」

 

「ほいよ」

 

 俺はガルティアから渡された料理を口に運ぶ。

 噛みしめると香ばしい香りが広がり、ジューシーな肉汁が口の中で溢れる。

 

「……こかとりすはやっぱ美味えな。それにこれ、事前に肉をタレを漬け込んでるな。下味がしっかりしてる」

 

「おっ、わかるか。コックはいい仕事してるよな」

 

「確かにな。人間の頃に食ってたものより美味え。幾らでも食べられそうだ」

 

「なら、今度食べ比べでもしてみるか?」

 

「……出来るか馬鹿が」

 

「ははっ、残念だ」

 

 素っ気なく断られてもガルティアは特に気にした様子もない。再び近くにあった皿を持ち上げ食事を再開した。

 ……まぁ、いいか。

 たまにはここでゆっくりとするのも悪くない。仕事の事ばっかり考えるのもなんだし。

 自分も何か頼もう、と思ったその時だ。

 

 食堂に入ってきた一体の魔物兵が近づいてくる。

 俺のところに真っ直ぐ向かってきた魔物兵は緊張した様子で話しかけてきた。

 

「れ、レオンハルト様――と、ガルティア様、お食事中すみません」

 

「俺の事は気にしなくていいぜー」

 

「どうした?」

 

 ガルティアが食べながらそう口にし、相変わらず器用だな、と考えながら魔物兵の言葉を待つ。

 

「その、ですね……カミーラ様がお部屋でお待ちです」

 

「……は? 何だそりゃ」

 

 待ってる、と言われてもそんな予定はない。それを聞いたガルティアが茶化す。

 

「ひゅー、やるな。美人と部屋で逢引か」

 

「もしそうならこんな所で男と駄弁ってねぇんだよ。第一、あのカミーラが男と逢引するのなんて想像出来るか?」

 

「……つまんねぇな」

 

「うるせぇ、黙ってろ」

 

 余談だが、ガルティアは既にカミーラと会っている。というか俺の時と同じ様に挨拶は済ませた。

 カミーラは相変わらずというか、気さくで接しやすいガルティアに対しても素っ気ない対応だった。

 それにしても約束ねぇ……って、ん……約束……?

 

「――あ」

 

 その時、俺の脳みそに電流が走る。

 

 ――貸しだ。

 

 約束あるじゃねぇか!

 俺は直ぐ様立ち上がるとガルティアと魔物兵に声を掛ける。

 

「ちょっと行ってくる――お前も連絡ご苦労だった」

 

「おお、良い報告待ってるぜ」

 

「は、ははっ!」

 

 俺はガルティアと魔物兵の返答を聞いて食堂の出口に向かう。

 

 ……さて、何をやらされるか。

 

 そして食堂から出ると、急いでカミーラの部屋に向かって足早に歩を進めた。

 

 




活動報告のアンケートをちょっとだけ追記


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カミーラの命令

「……俺だ、入るぞ」

 

 ノックを二回し、部屋の外から声を掛け、扉に手を掛ける。

 部屋に入ってまず目に飛び込んでくるのは、自分の部屋よりも少しだけ豪奢な部屋の作り。家具やインテリアには宝石をあしらった物が使われており、埃も全く見当たらない清潔さ。

 生活感があまり見えてこないくらいには整っている。おそらく定期的に掃除させているのだろうが、ここの部屋の担当はいつもえらく緊張しているだろうなと思う。

 そしてそんな部屋の中心。格式張ったそれなりの大きさの椅子に座っていたのは当然、この部屋の主。

 

「……遅い、な」

 

「……色々と用事があってな。悪い」

 

 自分と同じ魔人四天王にしてプラチナドラゴンの魔人――カミーラだ。

 彼女はその美しい容貌と黄金の眼をこちらに向けて嫌味をチクリ。だが、特別怒っているようには感じない。

 

「……座ってもいいか?」

 

「……好きにするといい」

 

 カミーラに了承を得ると丸いテーブルの正面、彼女と向かい合うような形で腰を落ち着ける。そして座り心地のいい椅子の感触にびっくり。なんで同じ魔人四天王なのにこうも自分の部屋と違うのか改めて疑問を感じる。

 しかしそれは後で考える事にする。俺は軽く息を吐いて、カミーラに口を開いた。

 

「……それで、どういった用件――いや、違うか。命令の内容を聞いてもいいか?」

 

 俺は普段より少しだけ物腰を柔らかくそう尋ねる。

 

 ――やっぱり、こいつの相手は緊張するな……。

 

 魔人になって魔物社会にはそこそこ慣れたつもりだ。部下に命令する事も慣れたし、他の魔人とも――まぁ、仲がいいとは言えないが普通に話す事が出来る。

 だが、カミーラだけは別だ。

 ケイブリスに言わせれば同じ魔人四天王でどちらも畏れ多い、との事だがとんでもない。

 同じ魔人四天王といっても自分はまだ魔人になったばかりの新参者。年齢もまだまだ人間と変わりない。

 しかしカミーラは既に千年以上を生きている。そこには上級魔人としての圧倒的な格があるように感じられた。

 それにこちらは相手の同胞である仲間の魔人――ギリウムを決闘で殺している。こうやってカミーラの命令を聞こうとするのもその件に対する謝罪としてカミーラに出された条件の様なものだからだ。

 そんな相手に普段とまったく同じ様に接するのは、少なくとも今の自分には出来そうもない。何を考えているのかもよくわからないのが更にそれを増長させている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 故に、こうやって目蓋を閉じたまま無言でいられるととても困る。

 何か考えているのだろうからこちらから催促するのもよくない。しかしじっと待っているのも居心地が悪い。

 

「……………………」

 

 長い。長過ぎる。お前まさか命令の内容考えてなかったんじゃないだろうな。それとも寝てるのか? いい加減黙ってるのが苦しくなってきたぞ。

 何か適当な事でも考えて時間を潰すか……そういやずっとこうやって目を閉じたままだとキス待ちにも見えなくもない。いきなりキスしてやったらどうなるだろうか。頬を染めて初心な反応を返すのか、それとも何をするんだと怒って突き飛ばしてくるか……十中八九後者だろうな。

 こういうやばい思考ってたまにあるんだよな。ここで何の脈絡もなくいきなり殴ったら相手はどんな反応をするんだろう、みたいなアレだ。

 そんな馬鹿みたいな思考をして暇を潰さなきゃならないくらい、カミーラは長考していた。

 

「…………色々、考えたが……」

 

「ああ」

 

 カミーラが目を開いてゆっくりと喋り始める。

 これでようやく話がすすむな、と内心ほっとする。

 しかし、カミーラから告げられた言葉に、俺は呆気にとられる事になった。

 

「……使徒を、作ろうと思う」

 

「――は?」

 

「手伝え」

 

「…………ん?」

 

 カミーラの言葉の意味が分からず思わず間抜けな声を上げてしまう――どういう事だ?

 何故、使徒を作ることと自分への命令が関係する? 手伝えって事は自分に使徒になれって言ってる訳ではないだろう。そもそも魔人なのだから無理だ。そんな事はカミーラもわかってるだろう。

 

「……ああ、なるほど」

 

 俺は自然と思い浮かんだ答えをカミーラに告げる。

 

「使徒になる奴――使徒候補を探すのを手伝えばいいのか?」

 

「……そうだ」

 

 やはり、か。俺は得心する。

 だが、拭いきれてない疑問もあるのでこの際だから流れで聞いてみる事にした。答えてくれるのかは知らないが。

 

「一応、何で使徒を作ろうと思ったか聞いてもいいか? 目的がわかっていた方が候補も絞りやすい」

 

「……それは、だな」

 

 理由を添えて質問してみると、どうやら答えてくれるようだ。思ったよりも素直だな。

 カミーラは一度視線を横に逸らしたが、直ぐに視線を合わせて口を開いた。

 

「……お前の所為だ」

 

「あ……? 俺の所為?」

 

「……お前が……私に、仕事を回してくるからだ」

 

「? 回しちゃまずかったか?」

 

 カミーラの答えに俺は首を傾げる。確かに自分はカミーラに仕事を回している――と言っても他の魔人と同じ様に魔軍の人間侵攻部隊の総司令官を任せているだけだ。

 それも実際の実務は魔物将軍が殆ど行ってる筈なので魔人は好きなように戦うだけ。一応の指示も出せるが出さなくてもいい。とっても楽な仕事だ。変わってほしいくらいには。

 

「……何故、私が……動かねばならない……?」

 

「ああ……? いや、大体は魔物将軍に任せればいいだろ?」

 

「魔物将軍は、弱い上に……役に立たない……」

 

 おい。なんて事言うんだ。

 強さは個人の見解によるが別に弱くはないだろう。そりゃあ魔人に比べたら弱いかもしれないが、そもそも比べる事がおかしい。

 おそらく自分の機微を察してくれないからそう言っている――と信じたい。じゃないと必死にカミーラの為に働いている魔物将軍の立場がない。可哀想。

 そんな思いも微塵も感じていないだろう。更にカミーラはこう口にした。

 

「私は……働きたくない……」

 

「おい」

 

 思わずツッコミを声に出してしまう。

 堂々としたニート宣言に俺は絶句するしかない。

 

「故に……使徒を、作る……理解したか……?」

 

「…………ああ」

 

 どうしよう。この堕落魔人、めちゃくちゃ殴りてぇ。

 あまりにも怠惰過ぎる。理由も態度も。

 それが許されるような環境で育ってきたのかもしれんが、これはちょっとどうなんだと疑問を呈したい。誇り高いドラゴンの姫がこんな怠け者でいいのか?

 従いたくないな……だが、俺は従わなければならない。同胞を殺した謝意を示す為にも貸しを返済する為にもやらなければならない。

 しょうがない。カミーラの為にも探してやるか、と意思を固めていると予想に反してカミーラが立ち上がった。

 

「では……ゆくぞ……」

 

「あれ? お前も来るのか?」

 

 てっきり俺だけに任せるのかと思ったのだが。

 

「変なのを、連れてこられては……困る。使徒になる者は……自分で……見定める……」

 

「……そうか……なら、さっさと行くか」

 

 カミーラははっきりとした意思を持ってそう口にした。俺も後に続く。

 

 ……なんか良いこと言ってるようだが、自分がサボる為に動いてるんだよな……。

 

 怠惰な癖に、そういう時だけは自分から積極的に動くカミーラに釈然としない思いを抱えながら、俺達は魔王城を後にした。

 

 

 

 

 

 ――ルドラサウム大陸西部。

 

 大勢の魔物達がいるその場所は――魔の領域と呼ばれていた。

 多くの魔物が辺りを闊歩し、厳しい環境にさらされるその場所は、他の地域よりも危険であり、力無き物が生きる事を許されない弱肉強食の世界だ。

 魔王城から遠く離れたこの地域は、魔物達ですらその全容を未だに把握していない。まさしく前人未到の地なのだ。

 

 そんな魔の領域の土地を、レオンハルトとカミーラは二人で歩いていた。

 

「この辺りはもう全然わかんねぇな……カミーラは知ってんのか?」

 

「…………」

 

 周囲を見渡しながら先を行くレオンハルトに、カミーラは無言で首を振るだけ。

 

 ……反応があるだけマシ、か。

 

 相変わらずの無口、無表情っぷりを発揮するカミーラに、レオンハルトはそう評しながら探索を続ける。

 周囲には人間の生息地では見ないような動植物に紫掛かった不気味な曇り空。まさしく魔の領域と呼ぶべき光景が広がっている。

だが、魔物達は自分達に近づいてこない。それどころか何かを察して気配すら見せない。

 魔人という絶大な力を持つ支配者層の前では魔の領域に住む強い魔物達も避けて通るしかない。こういった強い存在を避ける事も、生き残るために必要な能力なのだ。

 

 しかし自分達にとっては都合が悪い。

 なにせ使徒を探しに来ているのだから生物と会わなければいつまで経っても終わらない。

 それに会えたとしてもカミーラが気にいるかどうかも分からない。出来れば数撃ちゃ当たると言わんばかりにどんどん候補を見つけ出したいものなのだが。

 因みに、城を出る時に魔軍に所属する魔物から選んだらどうか、と聞いてみたが返事すらしてくれなかった。既に飼いならされた存在には興味がないのだろうか。

 なら、どういった奴を使徒にしたいのか聞いてみることに。

 

「なぁ、どういった見た目がいいかとかあるか?」

 

「……容姿は……醜くない者がいい……」

 

「なるほど。それじゃあ性格はどうだ?」

 

「……私に……心から……忠誠を誓える者……後は」

 

「何だ?」

 

「……下心が、あり過ぎる者は……嫌いだ……」

 

「……なるほど」

 

「それと……男……」

 

「…………ああ」

 

 カミーラの使徒に求める条件を大体聞いて満足する。まとめるとこういう事だ。

 性別は男、容姿はイケメンで下心は無く、無条件でカミーラに忠誠を誓う者。

 

 …………そんな奴いるのか?

 

 あまりにも都合が良すぎる存在だ。そんな相手をこの魔の領域で探す。魔物は基本的に我が強いから中々に難しい条件だ。いや、人間にもそんな奴いなさそうだが。

 

「俺、帰れるのか……?」

 

 下手したらずっとこうやって魔物界を練り歩く事になるんじゃないかと危機感を抱く。

 

「……? 何をしている……行くぞ」

 

「……わかってる――って、おい!」

 

 呆然としている俺に声を掛け、カミーラは宙に浮かんで、さっさと進んでいってしまう。さすがはドラゴン。当然のように飛行出来るか。

 しかしあまり勝手に進むのは勘弁してほしい。

 この辺りは魔軍の報告にもない未知のエリアだ。何があるかも想像つかない。カミーラ相手に万が一など起こりえないだろうが、警戒しておくに越したことはないだろう。

 

「ああ、ああ……あんな先まで行きやがって。しょうがねぇな」

 

 俺は魔の領域特有の馬鹿でかい木の枝に向かって跳躍すると、そのまま次の木の枝に向かって跳び上がり、カミーラを追いかける。

 魔人の身体能力ならこれくらいは何の問題もない。むしろ余裕があるくらいだ。

そして、どうやらこの辺りは山になっているようで、斜面に立った木々を登るように跳躍していく。

 前方を行くカミーラを何とか視線に捉えながら山を登っていくと、カミーラがとある岩山の上に降り立った。どうやらその先の景色を見ているらしい様子。

 それから少ししてこちらもカミーラに追いつくと、カミーラの隣に駆け寄った。

 

「…………」

 

「はぁ、やっと追いついたか」

 

 どうやら山の頂上に着いたようだ。よっぽど眺めが良いのだろう。

 俺も同じ様にその先の景色を眺めようとする。

 

「何を見て――」

 

 そしてその先にある物を見て――息を呑んだ。

 

「これは……」

 

 開けた山の麓。

 そこにそびえ立つのは――巨大な星のようにも見える大きなそれ。

 雲まで届きそうな程の全長を誇る、ドームのような丸い形のそれに俺は見覚えがあった。

 それは魔物界では馴染みの深いものだ。

 

「ツリー都市、か……」

 

 魔の領域特有の――巨大な樹木がそこにはあった。

 

 



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七星

 

ツリー都市。

それはその名の通り、魔の領域における魔物の都市。人間界で言うところの集落だ。

何故そう呼ばれるのか。それはこの巨大樹木の特徴に由来する。

見た目は巨大な星のような球体であり、中は空洞となっているこの植物。その周辺では沢山の資源や食料が取れるのだ。

理由は不明。しかし魔物達はこの樹木の恩恵にあやかろうとその中に町を作った。

これがツリー都市と呼ばれる所以である。

 

 実際、魔軍の勢力下には幾つかのツリー都市があるのだが、このツリー都市はまだ魔軍では発見出来ていない新しいツリー都市となる。

 その中をレオンハルトとカミーラは探索していた。

 ここがツリー都市であるなら沢山の魔物がいるであろうという判断によるものである。

 だが、

 

「びっくりするくらい誰もいねぇな……」

 

「…………」

 

 辺りには魔物が一匹も見当たらなかった。

 レオンハルトの言葉にカミーラは答えなかったものの、その表情には同じ疑問の色が見える。

 

 ……魔物がいた痕跡はあるんだがな。

 

 そもそもちゃんと町並みが作られている時点で魔物がここに住んでいた事は確実だ。本当に誰にも見つかっていないのなら中身は空洞で何もないはずである。

 因みにツリー都市の内部はどういう原理か、外の光を通す性質を持つため中は明るい。それでいて樹木が雨や自然災害などからも守ってくれるという住むには絶好の条件が揃っている。

 

「もうちょっと奥に進んでみるか……カミーラ――って、おい!」

 

 見ればまたしてもさっさと先に進んでいくカミーラ。

 ……協調性が無さすぎる。

 しょうがなくカミーラの後ろをついて行く。もう、こうしておいた方がいいだろう。 じっとしてるならともかく結構真面目に探索してくれているみたいだし。これでも一応、見て調べる事は出来る。

 そしてそのままカミーラと共にどんどん奥に進んでいく。

 すると徐々に、町の風景が変わってきた。

 それを目にしたカミーラの眉をぴくりと動く。

 

「……壊れて……いや、壊されているな」

 

「ああ……酷い有様だな」

 

 そう、俺達の視線の先――既に周囲の町は何者かに破壊されたかのような廃墟になっていた。建物の崩落、倒壊、焼け落ちた跡に何かが這いずり回ったような痕跡など。

 そしてこれらは自然に風化する事ではありえない現象だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺とカミーラの間で少しだけ緊張が走る。それは何故か。

 それは奥に進んでいく中で、その破壊の跡がどんどん新しくなっていくからである。もしもこれを引き起こした原因が今もいるとするならば――この先に、それがいる。

 

 とは言ってもお互いに特に不安がっている訳ではない。

 この先にこの破壊をもたらした存在がいるとしても――そんなものはどうとでも出来る。この場にいるのは魔人――それも上級魔人の証ともいえる魔人四天王の名を冠する二人だ。これでどうにか出来ないような存在なら、それは世界の危機に他ならない。

 故にお互いに好奇心からその先へと臆さず進み続けると――それは聞こえた。

 

『――――――!!』

 

「!」

 

「来たか……!」

 

 とてつもない声量の鳴き声。それと共に空から巨大な影が現れた。

 だが、次に見せたその姿に俺は目を見開く。

 

「おい……こいつは――」

 

 輝くような白い鱗と腹部は鮮やかな翡翠色。

 長い体躯には四本の手足とその先にあるのは鋭い爪。頭部には二本の角、そして牙。

 二つの青い双眸がこちらを発見し、威嚇するように唸り声を響かせている。

 かつては地上で世界の覇権を握っていた第二世代メインプレイヤー。

 その生物の名を俺は口にした。

 

「ドラゴンじゃねぇか――!!」

 

『――――!!!』

 

 そしてそのドラゴンは咆哮を上げて、俺達に襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

「――!」

 

 ――この野郎! 狙いは俺かよッ!

 

 俺は咄嗟に魔剣を引き抜き、飛びかかるように襲ってきたドラゴンの爪を弾く。

 そのまま少し距離を置き、ドラゴンを観察する。

 

 ……なんというか、自分はつくづくドラゴンと縁があるようだ。

 

 この短い期間に、魔人になったものも含めて三体ものドラゴンと関わってしまうとは幸運なのか不運なのか。普通の人間なら出会ったらまず死ぬであろうからやっぱり不幸なのだろうな。

 

『――――!!』

 

 爪を弾いた俺に怒り狂ったのかドラゴンが爪で連続攻撃を仕掛けてくる。

 右前足でこちらを切り裂こうと襲ってくる爪、同じく左前足の爪、噛み付こうと首を伸ばしてくるのを下がりながらのステップで回避する。

 一度、魔人とはいえドラゴンと戦っているからだろうか――攻撃が前より読みやすい――という事はない。

 

 以前戦ったのは人の形をしていた訳で攻撃も読みやすかったのだが、今回は完全なる四足歩行のドラゴン。むしろ攻撃は読みにくい。だが、速度自体は魔人のそれに及ぶものではないので避けることが出来るだけ。

 

 ……さて、しかしどうしたものか。倒すことは難しくない。

 だが近くには同じドラゴンであったカミーラがいる。彼女の前で前回のように同胞を殺してはそれこそ二の舞だ。何のために謝罪したのかわからなくなる。

故にカミーラに指示でも仰ごうかと視線を向ける。

 そこには、

 

「…………そうか、お前は……いや、お前も……」

 

「……カミーラ?」

 

 少し様子がおかしい。

 カミーラはドラゴンをじっと、何か思い当たったような――憐憫の情を浮かべている。そんな気がした。

 ドラゴンの攻撃を避けながらカミーラの様子を窺うが、ドラゴンも攻撃を全て避けられて黙っているほど愚かではない。

 何かを吸い込むように首を上げて仰け反る、力を溜め込む動作。それはドラゴンの十八番ともいえる攻撃方法だ。

 

「――ッ!」

 

 ……ブレスか――!

 

 俺が身を翻して横っ飛びすると、その直後に白い熱量をもった光線が俺がいた場所を通過した。

 

『――――!!!』

 

 咆哮を上げながら背後の町をそのブレスをもってして焼き尽くすドラゴン。やはりと言うべきか、このツリー都市から魔物がいなくなった理由がこいつだろう。

 町を襲い続けるドラゴンが自分達の手に余る存在だと知り、都市を放棄した。もっと色々深い理由や細かい理由があったのかもしれないがあまり興味もない。そもそもこのドラゴンが何故こんな場所で暴れているのかも――

 

「……レオンハルト」

 

「ああ?」

 

 俺が対応を決めかねているとカミーラが俺の名前を呼んだ。というかいつの間にか近くまできていた。

 

「どうしたんだ? いや、というか俺も聞きたいんだが、アレをどうするか――」

 

「決めたぞ」

 

「? 何をだ?」

 

「……あれを、私の使徒にする」

 

「……え? マジで言ってるのか、それ」

 

「約定を果たせ」

 

 カミーラは上級魔人として、上に立つ者としての風格を保ってそれを命令する。

 俺は思わず嫌というか、ちょっと微妙な表情を浮かべてしまう。いやだって、あのドラゴンなんか正気を失ったように暴れ狂ってるし……そもそもあれがカミーラに忠誠を誓うのを想像できない。

 だが、カミーラがあれがいいって言うならしょうがない。じゃじゃ馬が好きなんだろうか。気分はペットを飼いたいとねだってくる娘に渋々ながら頷くお父さんである。

 

「……あれでいいんだな?」

 

「……二度は言わんぞ……?」

 

「はいはい、俺が悪かった。ならどうすりゃいい?」

 

「正気を取り戻せ……多少痛い目に合わせても許す」

 

「つまり正気に戻るまでボコれって事だな……ククッ……んじゃやるか」

 

「……殺すなよ」

 

「……殺さねぇよ? やるってそういう意味じゃねぇ」

 

「……不安だな……」

 

「…………それじゃ行ってくるが……お前、俺を何だと思ってるんだ?」

 

「…………」

 

 おい、目を逸らすな。

 ……いや、何となく言いたい事は理解出来るが、それは誤解だと言わせてほしい。

 俺はちょっと剣を振るのが好きなだけ。それ以外は普通の魔人だ。

 そりゃあ強い奴の相手は楽しくなるし、ちょーーっとだけ斬り殺したくなってくるが、誰彼構わず殺すほどクレイジーになったつもりはない。そういう本能は理性で制御出来ている――ガルティアのときは失敗したが。

 まぁ、何はともあれ命令を遂行するか。カミーラが誤解してるままなのが気になるところではあるのだが。

 俺は何だか解せない気分になりながらも気持ちを切り替えて、ドラゴンに向かっていった。

 

 

 

 

 

 カミーラはレオンハルトがドラゴンに向かっていくところを少し不安に思いながらも見送った。

 

 ……あれだけ念を押せばいいだろう。

 

 レオンハルトは結構危ない魔人だとカミーラは認識していた。

 普段の態度や性格はぶっきらぼうでありながらも寛容で仕事だけは真面目にこなすという印象。鬱陶しく思っていた魔人ギリウムを、同胞を殺して悪い、と素直に謝ってくるくらいには性格も悪くない。今も素直に命令をこなそうとしている。

 

 しかしこれが戦闘になれば印象が大きく変わる。

 紅い瞳は爛々と輝き、相手を見据えて離さず、口端には隠しきれない笑みと喜悦の感情が垣間見え、挑発とも取れるような言動を取りながら相手を斬り刻んでいき、相手への興味がなくなれば一転して冷たい表情に視線、気を漂わせて即死させる――決闘で見せたあの光景はまだ記憶に新しい。

 

 それにどうやら先日連れてきた新しい魔人――ガルティアもレオンハルトと戦場で一騎打ちをしたらしく、その時も同じ様に燃えるような気と楽しそうな笑みを浮かべていたらしい。

 配下の魔物将軍や魔物隊長、魔物兵達もそれを噂して畏怖してるそうだ。普段の態度こそそれなりに接しやすく寛容だが、それに甘えすぎて彼の怒りを買えば斬り殺されるのではないかと。

 

 同じ魔人ですら警戒しているらしい。それもそうだろう、魔人は皆あの決闘を、レオンハルトの変化を目の当たりにしているのだから。故に少し距離を置いているらしい。

ケイブリスなどは積極的に近づいては媚を売り、「俺は魔人四天王にして魔軍参謀であらせられるレオンハルト様の一番の子分だ!」と周囲に喧伝している。誰も信じてはいないようだが。

 

 とにかくレオンハルトは魔軍内で、仕事には真面目で、部下にもある程度寛容だが、決闘や一騎打ち大好き魔人として知られていた。

 故にカミーラも使徒にする予定の者を殺されないか不安に思ったのだ。一応大丈夫だとは思う。

 正面ではレオンハルトがドラゴンと楽しそうに戦っている。

 

「おいおい! ドラゴンってのはこんなもんなのか!? クハッ、さっさと正気に戻んねぇと傷が増えてくぜ?」

 

『――――!!!』

 

 レオンハルトに身体を傷つけられドラゴンが咆哮を上げる。

 

 ……危なくなれば止めるか。

 

 さすがに心配だが、レオンハルトに頼るしかないため視線は離さないまま見守るしかない。

 自分でやれればいいのだが、今回に限ってはカミーラの心が拒否した。他の生物であるならカミーラ自ら相手をしてやっても良かっただろう。

 

 ――その相手がかつての出来事で傷つき、心を狂わせている同胞でなければ。

 

 

 

 

 

「おいおい……さっきまでの威勢はどうしたよ? それとも、もう終わりでいいのか?」

 

『――!』

 

 目の前の小さな生物に自分の身体が刻まれていくのを感じた。

 身体が重い。息が震え、死をだんだん身近に感じる。

 まさかこんなところで終わるのか。彼は戦い続けながらも無意識に自身の半生を思い返していた。

 

 自分はドラゴン種の一つであるネフライトドラゴンという一族に生まれた。ネフライトドラゴンは大陸の東側に住む美しい容姿を持つ一族。自分としてはこれが当たり前なのだからそう言われても困るだけなのだが。

 生来の真面目な性分からか、ドラゴンとしての常識からか、自分はそれなりに戦えるようにと鍛え続けた。戦いがあった時は自ら率先して戦いに志願した。

 そうしていくと自分はそれなりに強くなった。そしてそれなりに周りから認められた。

 他のドラゴン種ならここで満足しただろうか、それともまだ上を目指し続けるのだろうか。

 だが、自分はその時に……いや、少し前からこう思ったのだ――――こんなものか、と。

 

 自分が戦い続ける理由、それはドラゴン種として生まれたことによる義務感からであった。

 ドラゴンは誇り高く正々堂々、何より強い事が尊ばれる。臆病であったり、弱い者、小賢しい策を弄するような卑怯者は他のドラゴン種からは蔑まれる。

 自分は別にそういう者がいてもいいのでは、別に無理して戦わなくても良いのではないかと思ったが、数少ないそういった者達はやはり臆病者と罵られていた。

 

 やはりドラゴン種らしく行動せねばならないのだろう。だが、そこに自分の意思は皆無だった。別に鍛えるのも戦うのもやらなくても構わない。処世術の一貫として何となくやっている事に過ぎない。自分から戦いに行く理由なんてそれだけしかない。

だが、ある日の事。仲間のドラゴンに何気なく聞いてみたのだ。何のために戦っているのか、と。

 

 するとこう返ってきた――いずれは王となり、カミーラ様を手に入れるためだと。

 あぁ、やっぱりそんなものか、と思った。実のところこういった者は少なくないどころか、殆どのドラゴンがそれを目標にしていた。

 それはドラゴン種において雌が生まれなくなり、最後の一匹として生まれたのがカミーラ様であるからだ。自分はそう分析していた。

 無論、存在は知っている。生ける王冠であるカミーラ様。現在はドラゴン王マギーホアに所有される者。

 だがそれを知っていても雌への興味はあまりなかった為、特に興味を抱かなかったのだ。

 

 でも、自分はその時に思った。

 よく考えてみれば自分はカミーラ様の姿を見たことがない。見たこともないのにそれを理解した気でいるのはどうかとも思い、見に行ってみることにした。

 ともすれば意思が希薄な自分も、他のドラゴンのようにカミーラ様を欲しがるようになるかもしれない。心からそう思えれば演じなくてもすむし気楽だ。何も感じなくても特に失うものはない。

 故に、マギーホアに決闘を挑みにいった。その時に自分は初めてその存在を目の当たりにした。その感情を、その時に思った事はこうだ。

 

 ――なんと……お美しい方だ……。

 

 普通のドラゴン種とは違うその初めて見る姿に、目を奪われてしまう。自分の心が初めて動いた気がした。

 マギーホアとの決闘にあっさり負けてしまったあとも、カミーラ様を見た衝撃は忘れられなかった。

 しかしながら他のドラゴンと同じ様にカミーラ様を手に入れようとは思わなかった。恋慕ではない。ではこれは何だ?

 あの時の自分は、その感情を何と形容したら分からなかった物だが……今ならそれが理解る。

 

 それは――崇拝。

 

 カミーラ様はこの世に生まれ落ちた奇跡のような存在。あれほど美しい方はそうはいないだろう。

 カミーラ様の為なら戦ってもいい――否、戦いたい。

 自分はその時、初めて自分でやりたい事が、意思が出来たのだ。

 それからの毎日は以前よりも張りが出てきたように感じた。顔や行動に出ることはない。しかし以前と同じことをやってもカミーラ様の為になるのだと思うと気力が湧いてきた。

 

 それからも色々あったが、自分は自分なりに懸命に生きてきたと思う。魔王となったアベルがカミーラ様を浚い、ラストウォーが起こっても、戦争には率先して戦った。魔人になったというカミーラ様だが、そんな事は些細な問題だ。あの方が生きて戻ってきただけで自分は嬉しかったし、そのために戦えた事を誇りに感じていた。

 

 だが、そんな自分も含めてドラゴン種は転機を迎えた――天使によるドラゴン狩りだ。

 

 ――これは、なんだ? 何が起こっている――?

 

 自分はひたすらに抵抗して逃げ回った。仲間たちはどんどんとその屍を晒し、数を減らしていく。戦っては、逃げ、戦っては、逃げる、という事を気が遠くなるほど繰り返した時。

 

 ――自分は一人、生き延びていた。

 

 周囲にはもはや誰もいない。同胞は? 友人は? 家族は? マギーホア様は? そしてカミーラ様は――。 

 失意の底に沈み、何故こうなったのかを思考するも答えは出ない。何が悪かったのだろう。自分達は何故滅びなければいけなかったのか――考えても考えても答えは出ない。

 答えの出ない問いを考える事に疲れた自分は、その捌け口に周囲の生物を利用した。

 矮小な生物を一方的に殺戮し続ける。最初は楽しいものだった。しかしそれも長くは続かなかった。だんだんと何も感じなくなり、無意識に暴れまわった。

 

 そして気がつけば――狂っていた。

 もう何も考えられない。考える必要もない。生きている理由がない。

 そして今、とうとう自分の番が来たと思った。

 目の前で自分と戦う、小さい生物。しかし自分よりも遥かに強い存在。彼が自分にとっての死神だろう。

 

「とりあえず、動けなくなってもらうからな――いくぞ」

 

『――!』

 

 突然、冷たい表情で宣告しこちらに向かって凄まじい速度で一閃――迎撃は間に合わない。

 

『――ッッッッ!!!』

 

 苦悶の雄叫びが自分の口から漏れる。

 自分は斬られたのか? 身体が地面に倒れ伏す。

 身体の感覚はある。真っ二つになってはいないようだ。

 しかし、動けないのだからじきに殺されるだろう。だが、構わない。

 自分はもう疲れた。そろそろ休ませてもらおう。

 悔いが残っているとすれば自分は一度もカミーラ様と話した事がないということか。

 

 ……未だに憶えていられるだけでも幸運だろう。

 

 そう考える。あとは自分を殺す者の顔を見せてもらおう。ドラゴン種としての無意識な礼儀がそうさせた。

 その視界に金髪の男性が映る。そしてその後ろから女性が近寄ってくる。

 そして――彼は、その存在にようやく気づいた。

 あのお姿は――

 

『か、カミーラ様……?』

 

 自分が長年、崇拝し続けた存在が目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

『か、カミーラ様……?』

 

「うおっ、喋った」

 

 突然、ドラゴンの口から聞こえた言葉に驚くレオンハルト。

 しかしそれには反応せず、ドラゴンはカミーラに視線を送り続けた。

 

『生きて、いたのですね……』

 

「……お互いにな」

 

 ドラゴンは信じられないような面持ちだったが、カミーラが返答すると安堵の表情を浮かべた。

 

『最後に、貴方様が生きていた……事がわかって……私は、幸運です……』

 

 その言葉は真に、心から出た発言だった。

 これで思い残すことはない。そういう意味が込められた発言に、待ったをかける者がいた。

 カミーラである。

 

「……お前は、私に忠誠を誓っているのか……?」

 

『は、は……どういうことです……?』

 

「どうなんだ……?」

 

 カミーラはあくまでも冷たい毅然とした様子でそれを問う。

 忠誠を誓うなら使徒にしてやる――そんな愚かな言葉をカミーラは吐かない。

 そんな言葉で忠誠を誓う程度の忠義なら必要ない。カミーラの視線はそう物語っているようだった。

 

『…………』

 

 彼は考える。どう返すべきかを。

 しかし自分はもう長くない。ならば最後に心中を吐露しても構わないだろう。カミーラに殺されるのなら本望だと、そう思って。

 

『……初めて貴方様の姿を拝見した時から……ずっと畏敬の念を感じておりました……』

 

「そうか……名前は?」

 

『……!』

 

 カミーラに名前を聞かれる名誉。それを最後に得ることが出来た。

 それに感謝しながら彼は自分の名を告げる。

 

『……七星、と申します。カミーラ様』

 

「七星、か……」

 

 その名前を吟味するようにしばらく噛み締めるカミーラ。

 だが、不意にその手が伸ばされる。

 

『カミーラ様……?』

 

 何を、という言葉は口から出なかった。

 その前にカミーラが命じたからだ。

 

「ならば七星……お前に命じる――私の使徒になれ」

 

『!』

 

 その言葉と同時に七星の首にその美しい口元を近づけると――その歯を首元に突き立てた。

 

『ぐっ……! な、にが……!』

 

 その瞬間、七星の身に変化が起こる。

 光が七星の巨大な体躯を包む。そしてその中では姿が作り変えられていき、だんだんと人間に近い姿へと変わっていった。

 魔人に力の一部、魔人の血を分け与えられてその魔人専属の下僕である使徒になる契約。

 それは、この世界ではこう呼ばれていた。

 

 ――――血の契約。

 

「すげぇ、な……」

 

 それを初めて目の辺りにしたレオンハルトも呆然と立ち尽くしてしまう。

 光が収まった時、そこにいたのは――長髪の男性だった。

 

「この姿は……」

 

 黒い長髪に左手に藍色の珠を持った足首までを覆う翡翠色の長衣を纏った薄い糸目の男性。

 まだ何が起こったのか戸惑っている様子であり、自身の体をしげしげと眺めている。

 レオンハルトはそれを見て、一応の説明をしておこうか、と七星に声をかけた。

 

「お前は魔人カミーラの使徒になったんだよ」

 

「あなたは先程の……」

 

 七星がレオンハルトの姿に気づく。自分を一方的に傷つけた強者の存在。

 しかし、七星はそれよりもその言葉の内容を聞いて思考する。

 

「魔人の使徒……そういうことですか」

 

 自分に何が起こったのか納得した七星に、今度はカミーラが声を掛ける。

 

「不満か……?」

 

「……いえ、カミーラ様の為に働けるのであれば光栄に思います」

 

「おいおい……」

 

 直ぐ様カミーラに傅く七星を見て、レオンハルトが呆れたような表情で言う。

 

「よくもまぁ直ぐに納得出来るな?」

 

「あなたも使徒……いえ、魔人ですか?」

 

「ああ、よくわかったな。魔人レオンハルトだ」

 

「なるほど。レオンハルト様、私としては、カミーラ様の為に働けるのであれば例え使徒になろうと構わないのです」

 

「へぇ……生きがいみたいなもんか? それとも崇拝でもしてんのか?」

 

「そういうことですね」

 

「くくっ……」

 

 七星の当然という態度にカミーラも薄く笑う。

 そしてそのまま来た道を引き返そうと振り返った。

 

「くくっ……ならば帰るぞ……七星……」

 

「はい、カミーラ様」

 

 既に主従として完成した振る舞いの七星はカミーラの背後を恭しく付いていった。

 呆気にとられたような表情のレオンハルトだけがそこに取り残される。

 

「いや、崇拝って……冗談だったんだがマジかよ……」

 

 ――この日、カミーラに使徒が出来た。

 ネフライトドラゴンの使徒、七星である。

 

 

 

 

 

「――っつう事があってな」

 

「ふぅん……いいんじゃねえか? 貸しは返せたんだろう?」

 

 カミーラとの使徒探し、そして七星という使徒を見つけて帰ってきた翌日。

 魔王城の食堂で食事を取っていたガルティアに、俺はその顛末を話していた。

 

「まぁな。俺的にも収穫はあったし」

 

「収穫ね……食い物か?」

 

「そうだったとしてもお前には言わねぇ」

 

「何でだよ」

 

「自分の胸に――いや、腹に聞け」

 

「……そーかよ。しゃあねえなあ……おっ、このカレーマカロロ、シチューと餃子のハーモニーがたまんねえな。外側のうどんも悪くねえ」

 

 俺が梃子でも教えてくれないだろうと感じ取ったのか、気にせず食事を再開するガルティア。

 

 ……まぁ、当たってるんだけどな。

 

 俺は探索から帰還すると直ぐに直近の魔物将軍を呼び出し、新発見したツリー都市の位置を教えた。後日、魔軍を向かわせてその土地を支配下に置くことを決定。

 帰り際にちゃんと確認もしてみたが、ツリーの周辺には沢山の果物や野菜などの食料があった。

 これで少しは食料の備蓄にも余裕が出来るだろう。心配事が一気に無くなり、少し気楽になった。

 後、もうひとつ良いことがある。それは、

 

「……レオンハルト様。ここにいましたか」

 

「おお、七星か」

 

「へぇ……こいつが噂の」

 

「お初にお目にかかりますガルティア様。カミーラ様の使徒の七星です。以後お見知りおきを」

 

「おお……随分と真面目そうな使徒だな。まあ、よろしくな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 食堂に入ってきた七星が丁寧にガルティアに挨拶する。表情が全然変わらないが、おそらくそういった個性というか癖だろう。喜怒哀楽自体はあるようだし。

 それよりもだ。俺はおそらく用事があるであろう七星に話しかける。

 

「何か用か?」

 

「はい。カミーラ様の軍における先月の物資消費量と損害を纏めた書類を持ってきました」

 

「おお……! さすがだ……」

 

「……? なぜ感心しているのでしょうか?」

 

 七星は当たり前の事をしているのになぜ? という疑問を浮かべているようだ。

 そう、これが当たり前なんだ。どいつもこいつも仕事は部下やこっちに丸投げしてくるようなクズ共ばかり。

 それに比べて七星は働き者で、魔王城に着いたその日からカミーラの秘書のように魔軍の仕事をこなしてくれている。いやまぁ、逆に言えばカミーラは働いていない訳だが……働く人材が増えただけでも俺にとっては御の字。

 

「ああ、それとカミーラ様から伝言です」

 

「あ?」

 

 喜んでいた内心が突如、水を差されたように静まり返る。

 カミーラからの伝言? 何だそれは。

 それにどことなく嫌な響きだ。まさかな……。

 

「また何かあれば呼ぶ、そうです」

 

「……あ?」

 

「私の使徒をあれだけ傷つけたのだから貸しだ、とも」

 

 …………いやいやいや。

 

「そ、それは横暴じゃねぇか? そもそもあれは仕方のない事だったし……七星も別に怒ってないだろ?」

 

「……確かに私は別に構いませんが……カミーラ様の言うことですので」

 

 あれ、実はちょっと怒ってるか?

 確かに手も足も出ないくらいボコボコにしてやったが……殺してないしまず先に襲ってきたのがこいつだったしなぁ……。ちょっとは悪いかもしれんが、それでまた貸しだと? カミーラのやつ、ニートの癖に生意気な……。

 

「ははっ、美人に好かれてよかったじゃねえか」

 

「テメェは黙ってろガルティア! くっ……また面倒が……!」

 

「ま、まぁ、確かに……カミーラ様も嫌ってはないようですが……」

 

「変なフォローはいらねぇんだよ七星!」

 

「レオンハルト様! 今日は僕、レオンハルト様が好きなこかとりすを取って――」

 

「黙れケイブリス! さっさと厨房に持ってけ!」

 

「ひぃぃ!? す、すみませんでしたぁ――ッ!?」

 

 ――結局、カミーラの貸しを返した筈の俺は、再び貸しを作ってしまい、また苦労する羽目になるのだった。

 

 



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魔王の料理2

 

「スラル、入るぞ?」

 

「ええ、入って」

 

 とある日の事。

 俺はスラルに呼ばれて彼女の私室を訪ねた。

 ノックを二回、そして部屋に入っていいか了承を得ると、俺は早速用件を聞いた。

 

「今日は何の――」

 

「ガルティアの歓迎会の準備をするわ」

 

「じゃあな俺は忙しい他のやつに頼んでくれ!」

 

 俺は早口でまくし立てると逃げるように部屋から出た。

 そして直ぐ様この場から離れる為に逃走。

 

「待ちなさい――っ!」

 

「ぐおっ――!?」

 

 後ろから追いかけてきたスラルに服を掴まれる。さすがは魔王と言うべきか、まさか一瞬で捕捉されるとは……。

 俺はそのまま腰にしがみついて来たスラルに必死の形相で叫ぶ。

 

「くそっ! 離せ、離してくれ! 俺は忙しいんだ!」

 

「ちょ、ちょっとくらい別に良いでしょ?」

 

「じゃあ聞くが、俺に何をさせるつもりだ!?」

 

「えっと、それは……料理の練習――」

 

「ほら見ろ! 案の定じゃねぇか! 俺はそれが嫌なんだよ!!」

 

「大丈夫! 今回はちゃんと復習もしたし、味見してもらうだけでいいから!」

 

「何となく想像がつくんだよ!! くそっ、誰か助けてくれ――!!」

 

「ああもう! 喚かないの!」

 

 魔王城で俺の助けを求める声が木霊したが、助けてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「――いいか? 絶対に変な物入れるなよ?」

 

「……別に前の時も変なことは一切してないんだけどなぁ……」

 

 結局、スラルに引きずられるようにして厨房まで連れて行かれた俺は、念入りに注意を促す。

 どうせやるならとことん監視、徹底的な教育を施してやる。

 

「というか、レオンハルトって料理出来るの? あんまりイメージ湧かないけど……」

 

「人を見た目だけで判断するな」

 

 こいつもこいつで失礼だな。毒料理を作る魔王様には言われたくない。

 

「物心ついた頃には両親はいなかったしな。大抵のことは一人でやってきたし、料理もそれなりには出来る」

 

「へぇ……意外ね」

 

「少なくともお前よりは出来るからな」

 

 別に好きでやってた訳じゃないが生きる為には必要な事だった。別に野菜や果物を直接食べたり、肉を焼いて食うだけでも良かったが、集落のガキ共が親の料理を自慢してくるのもうざかったので、半ば意地で憶えてやった。今考えればガキ共に悪意は無かったんだろうが当時の俺はそれを苦々しく思ってたしな。

 子供の頃は訓練以外にやることもなかったし、近所の料理上手の人達に聞きに行ったりしてハマってた時期もある。戦場に出始めてからは面倒になってやらなくなったし、王になってからはもっとやらなくなったけどな。

 

 とにかく、俺はスラルに食材の山を前にして宣言する。

 

「やると決めたからには徹底的にやる。中途半端はない。どこの厨房でもやっていける立派な料理人にしてやる」

 

「……そうね、どうせなら極めてみせるわ!」

 

「その意気だ。まずは手本を見せてやるからよく見てろ」

 

「わかったわ!」

 

 スラルも自分の料理があれだけ酷かった事を悔しく感じていたのだろう、瞳にはやってみせるという強い意思を感じる。なら、俺もそれに出来る限りは応えてやる。

 それに、ガルティアも大変だっただろうしな。あいつに苦労を強いたのはある意味俺でもある。少しくらい労ってやってもいいだろう。それに、歓迎会で俺の時の二の舞を味わわせるのもどうかと思う。

 ガルティアの歓迎会は四時間後。それまでにグルメなあいつを唸らせる料理を作らせて度肝を抜いてやる。

 さて、お料理の時間だ。

 

 

 

 

 

 

「――これで完成だな」

 

「ん……美味しそうね」

 

 ……そして幾つかの工程を経て――俺はへんでろぱを作り上げた。

 家庭料理ではあるもののそこそこ豪勢な料理であり、子供の誕生日やお祝いごとの日なんかにはよくこれが食卓に並ぶらしい。

 というのも食材が高級な物ばかりなので少し敷居が高い料理なのだ。

かくいう俺も、ヒララレモンなんかは俺の住んでた地域には生えておらず、ミリンレモンを代用品として加えていたものだ。

 スラルは俺が作ったへんでろぱをスプーンを使ってゆっくり口に運ぶ。

 

「んっ! 美味しいわ……!」

 

「まぁ、こんなもんだ」

 

 顔を綻ばせるスラルを見て、俺は少し自慢気に頷く。

 

「料理なんてのは基本さえ押さえとけば多少のミスがあっても極端に不味くなったりはしないからな……じゃあ、次はお前の番だ」

 

「う……わかってるわ」

 

 少し不安そうに調理台の前に立ったスラルは、先程俺がやったのと同じ様に調理を始める。

 その動作は淀みなく、手際が悪いということもない。

 まぁ、だがそれは予想していた事でもある。

 前回のスラルの料理には特に見た目や香りに問題があるようには見えなかった。スラルの認識が間違っていなければ手順に大きな間違いはない筈である。

 

「えっと……次は、ほららの切り身を適当な分だけ入れて……」

 

 スラルの奴も同じ失敗は繰り返したくないのだろう、分かっていても細心の注意を払って確認しながら作業を進めていく。

 

 ――そしてへんでろぱが完成した。

 

「……うん、へんでろぱだな」

 

「一応、ちゃんと確認しながら作ってみたけど……」

 

「ああ、俺もちゃんと見てたがおかしな点は一つもなかった」

 

 やはり俺の思い過ごしだろうか。この前の料理はやはり事故か何かで起こってしまった悲劇であり、偶然の産物。

 俺が作ったへんでろぱと比べてみても違いは殆どない。強いていうなら俺の方が少し大雑把に作ったくらいだ。スラルの方は分量なども出来るだけ正確にしていたので味も基本に収まっている筈である。

 

 ……なら、何故俺のスプーンを握る手はこんなにも震えているのだろうか。

 

「レオンハルト……?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ」

 

 スラルの奴が不安そうな表情で俺を見る。そうだ、スラルを、スラルを見ていた俺を信じろ。

 この震えは、あれだ。おそらく錯覚。前回の苦しみを脳が憶えているのだ。

 いわゆる条件反射という奴だ。似たような経験をしたことで震えているだけ。そうに違いない。

 

「よし、いくぞ――」

 

 俺は一気にへんでろぱを掬ったスプーンを口に含んだ。

 

 ……ん、うん? あれ、思ったより食べれ――――

 

 ――俺は意識を飛ばした。

 

 

 

「…………はっ」

 

「ちょっと大丈夫?」

 

 気がつけばスラルが俺の肩を掴んで軽く揺り動かしていた。

 ……もしかして俺は気を失っていたのか?

 俺は恐ろしい物を見るようにへんでろぱに視線を移す。

 

「……なぁ、スラル。ちょっとお前も食べてみてくれ」

 

「へ?」

 

「俺には味の批評が難しすぎる」

 

「えぇ……? まぁ、いいけど……」

 

 スラルが何気なくへんでろぱを口に含む。

 

「……? 何かしらこの味――――」

 

 そう言いかけてスラルの口が、いや、身体全体が突然固まった。

 

「お、おい。スラル?」

 

 表情も全く動かなくなったスラルに、俺は心配になって声を掛ける。

 

「…………はっ」

 

「おおっ、動いた」

 

 数秒経った後、スラルが再起動したように正気を取り戻した。

 なるほど、俺もこんな感じになっていたのか。

 

「あれ……? 私、どうしたの?」

 

 内心で納得していると、スラルが何が起こったのかわからず挙動不審になっているようなので、それを嗜める。

 

「気絶してたみたいだな、まぁ、俺もそうだったんだが……」

 

「……つまり、駄目だったって事?」

 

「そうなる――と、言いたいがそうとも言い切れない」

 

 俺は目に見えて落ち込んでいたスラルに曖昧な返答をする。別に慰めている訳ではなく、ちゃんとした理由がある。

 

「え、どういうこと? 不味いんだから失敗でしょ?」

 

 だが、スラルはマズいんだから失敗だと断定する。どうやら気づいていないようだ。

俺は少し深刻な顔で、ならば、と聞いてみる。

 

「いいか、スラル。お前はこれを不味いと言うが……どこがどう不味いんだ?」

 

「それはだって…………えっと……その」

 

 スラルが言葉に詰まったようにしどろもどろになる。そう、スラルの料理を食べるとそのようになってしまう。

 

「どう不味いのか説明出来なくないか?」

 

「……!? そ、そうね。言われてみれば何が不味いのかわからないわ……」

 

 こういう事である。スラルの料理を食べて、不味い、と思ったような気がするが……肝心の味についてが何一つわからない。というか途中で意識が無くなってしまったのでそれを判断出来ないのだ。

 

「ひょっとしたら俺達が憶えてないだけで美味しいのかもしれない……美味しさを感じる前に気絶するというだけだ」

 

「……それって悪化してない? そもそもそれじゃ美味しいとも言えないような……」

 

「極論、そういう可能性もあるというだけだ。どっちにしても、この料理が論外だということには変わらんが」

 

「……くっ、やっぱり駄目なのね」

 

 スラルが悔しそうに歯噛みする。今度こそはという思いが水泡に帰したのだ、無理もない。

 ……しかし、一体理由はなんだ? 俺はちょっと本腰を入れて考えてみることにした。

 料理の手順に問題はなかった。材料も俺と同じ物を使っているのだから問題なし。鍋や包丁、まな板などの調理器具も同様だ。調理に使った場所も同じ場所。

 ……駄目だ、わからねぇ。後は互いの技量くらいなものだが――

 

 ……ん? ひょっとしたらそういう可能性もあるか?

 

 俺は一つ思いついた事をスラルに向かって口にした。

 

「なぁ、スラル。ちょっと自分の指舐めてみろ」

 

「えっ……それに何の意味があるの?」

 

「……いや、ひょっとしたらお前の指から毒でも出てるんじゃないかと」

 

「あるわけないでしょっ!?」

 

 スラルが憤慨したように叫ぶ。そして俺の方に手を突き出す。何だ、この手は――ぐっ!?

 

「ほら、毒なんてないでしょ! 失礼ね!」

 

「――ッ! へめぇ……!」

 

 あろうことか俺の口の中に指を突っ込んできたスラル。いや、お前……よく人の口に躊躇いなく指突っ込めるな。

 まぁ俺が言った事が発端ではあるが――少しからかってやるか。

 俺は舌でスラルの指を少しだけ舐めてやる。

 

「ひぅっ!」

 

「んっ」

 

 そんなにくすぐったかったのかスラルの口から甲高い声が厨房に響く。そして手を引っ込めて俺の口の中から直ぐ様脱出してしまう。

 頬を少し染めてこちらを咎めるように睨むスラルに、俺はいけしゃあしゃあと口にする。

 

「毒はねぇみたいだな、良かったなスラル」

 

「っ! そ、そうね! 安心したわ!」

 

 必死に取り繕おうとしているスラルを見て、俺は少しだけ気分を良くすると気を取り直して食材を手に取る。

 

「まぁ、時間もないしとりあえず片っ端から試してみるか。念のために俺も作るからよ」

 

「それもそうね……」

 

 仕方ない、とスラルは嘆息する。不安要素だらけだが、ガルティアの歓迎会を行わない訳にもいかないだろう。

 それに俺としては少し悪趣味かもしれないが、ガルティアがスラルの料理を食べてどんな反応をするのかも見てみたい。前にスラルの料理は毒みたいなもの、と冗談で言ってみたが耐性の高いムシ使いならこの衝撃に耐えられるのか。もしくはノックアウトしてしまうのか。興味がないといえば嘘になる。

 そうして俺達は、本格的にガルティアの歓迎会の準備を進めた。

 

 

 

 

 

「邪魔するぜ――って、おお、こいつは――!」

 

「よう、ガルティア」

 

「ん、来たわね」

 

 スラルの部屋に料理を並べてガルティアが来るのを待つ事少し。やってきたガルティアは部屋のテーブルに所狭しと並べられた料理の数々を見て、喜んだように笑う。

 スラルはそんなガルティアを見て、俺の時と同じ様に微笑を浮かべて歓迎した。

 

「ちょっと遅れちゃったけど、今日はガルティアの歓迎会だから二人で沢山の料理を用意したわ。……だからその、沢山食べてね?」

 

「おお、勿論だ。ありがとよ」

 

「あ、でも無理して食べなくてもいいから!」

 

「あん? どういう意味だ?」

 

「あ、あー、気にするな。料理が冷めちまうといけねぇしさっさと食べようぜ」

 

「……それもそうだな。いやあ、美味しそうで楽しみだ」

 

 スラルのどっちつかずの言葉に訝しげに思った様子のガルティアだが、咄嗟に料理を勧めてフォローする。

 

「それにしても……魔軍っていうか魔王が歓迎会なんて想像してなかったな。嬉しいけどよ」

 

「……ああ、俺の時もスラルが開いてくれたぜ」

 

「へぇ、そうなのか。やっぱスラルは魔王らしくねえなあ」

 

「……別に大したことじゃないし……こそばゆいからあんまり褒めないでよ」

 

 照れたように視線を外すスラル。それを見て笑う俺とガルティア。

 

 ……これで料理の心配がなければ良い話で終わるんだけどな……。

 

 今回も見た目、香りは完璧なスラルの料理。製法も問題なかった。だからこそ食べてみるまでわからない。ひょっとしたら美味しい可能性もあるが、その可能性はかなり低いだろう。何故なら俺の右手が震えているから。

 ガルティアは料理を前にして鼻歌交じりで席につく。どうやら本当に料理を楽しみにしているようだ。見た目は完璧だからな。そう思うのも無理はない。

 いざとなったら俺が作った料理もあるからそっちをやるか。幾ら何でも、意識を飛ばすような料理を残さず食べさせるほど俺も鬼ではない。駄目なら駄目で構わない。とりあえず食べさせてみる。死にはしないだろうから大丈夫だろう。

 

 ……見方を変えなくても、これ人体実験みたいなものだな。

 

「それじゃあ……手を合わせて……いただきます!」

 

「!」

 

「!」

 

 行儀よく手を合わせて、食事の挨拶を済ませたガルティアはさっそく近くにあった料理を手に取る。俺達は緊張の面持ちでそれを見ていた

 

「まずは、このイカカレーでも食べるかな。香ばしい匂いがして美味そうだ」

 

 ガルティアがスプーンを手に取り、イカカレーを躊躇いなく口に運ぶ。

さて、どうなることか。

 

「………………」

 

 ガルティアがイカカレーを口にした途端、ガルティアの動きが凍りついたように固まった。

 

「ああ……やっぱり駄目だったか……」

 

「………………美味い」

 

「……は?」

 

 ん? 今こいつなんていった……え、美味い?

 そんなまさか、と俺が血相を変えた瞬間、ガルティアは大声で叫んだ。

 

「うまあああああああああい!!!」

 

「え、本当!?」

 

 思わずスラルも喜ぶ。作った本人ですら本当に美味しい可能性は考えてなかったのだろう。

 ガルティアはなおもスラルが作ったイカカレーにがっつきながら料理を褒め称える。

 

「ああ……美味え! 何だこの美味さは……これはどっちが作ったんだ?」

 

「わ、私だけど……」

 

「スラル! お前はひょっとして魔王じゃなくて世界一の料理人だったりしないか?」

 

「ええっ!?」

 

「そこまでか……」

 

 あまりにもべた褒め、そしてとても美味そうに食べるガルティアを見て、俺も料理を手にとって見る。

 よく考えてみれば今までのがおかしかった。材料や手順も合ってるのだから不味くなる筈がないのだ。ならばこれがスラルの本当の実力なのだろう。

 スラルを見ると、とうとう料理が成功して喜んでいるようだった。……ったく、そんな腕があるなら俺の時に成功させろよな。

 何にせよ上手くいったようで良かった。俺も手伝ったかいがある。

 

「それじゃあ、俺達も頂くか」

 

「ええ、そうね」

 

 そうして俺とスラルは料理を口に運んだ。

 その瞬間――

 

「――ッッッ!!??」

 

 目の前が真っ白になる。

 身体の中から何かが抜け出るような感覚。

 浮遊感を感じて、下を見るとそこには自分の肉体がある。

 

 ――――俺は幽体離脱を体験していた。

 

 

「――――っ!」

 

 俺はそれを終えて、意識を覚醒させる。

 何だったんだ今のは……。

 どうやら横にいるスラルも俺と同じ様な現象を体験したのか、自分の身体を見渡して異常がないかチェックしている。

 また謎の現象が起きたんだな……ってそんな事考えてる場合じゃねぇ!

 

「ガルティア! ちょっと止まれ!」

 

「ああ? どうかしたか?」

 

「その料理はもうやめとけ! 身体がどうなるかわかんねぇぞ!」

 

「そうよ! もう食べなくてもいいから!」

 

 遅れて気を取り直したスラルと、一緒になってガルティアを止める。

 だが、ガルティアはそれを聞いて嫌そうな顔になる。

 

「えー……それはヤボだろ。こんなに美味いのに食べるなってか? ……あっ、いやお前らの分も無くなるからか。悪い悪い、こんなに美味いんだから取られたくねえのか」

 

「いや、いらねぇよ!?」

 

「えっ……どうなってるの?」

 

 スラルが困惑した様子でガルティアを見る。俺にもわからん。

 どうにも本気で美味いと思って食べているガルティアに俺は戸惑いつつも質問する。

 

「お前、何で大丈夫なんだ……?」

 

「ああ? それは美味すぎて大丈夫かって意味か? ……あ、これはお前が作った料理だな。スラルの料理に比べたら平凡な味だ。こっちから食べてもいいか?」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ!!」

 

「わーっ! ストップ!!」

 

 怒った俺の身体をスラルが後ろから羽交い締めにして止める。

 

「もうガルティア。レオンハルトの料理もちゃんと食べてよ」

 

「えー……でも、こっちのに比べたらなあ……差がありすぎて食いにくい」

 

 スラルの注意にガルティアは不満そうに俺の料理を酷評する。

 

「くそっ……この味音痴め。スラルの料理なんて食えたもんじゃねぇだろ」

 

「うっ、酷いけど私も同意……なんだけど」

 

 俺の言葉にスラルが軽く落ち込む。だが、何か言いたいことがあるのか、ガルティアに近づくと手に持っていた料理を取り上げる。

 

「あっ! おいっ……」

 

「……スラル?」

 

 ガルティアと俺がスラルの行動に疑問を抱いていると、スラルは少しだけ咎めるような口調でガルティアに視線を向ける。

 

「ガルティア、レオンハルトだって頑張って作ったんだから美味しく感じなくてもちゃんと食べて」

 

「……でもなあ」

 

「でもじゃない」

 

 スラルはピシャリと言い放つ。それはどこか有無を言わせないような迫力があった。

 そしてガルティアを諭すように、スラルは続ける。

 

「人が一生懸命作った物を、ガルティアは蔑ろにするの?」

 

「う……それは……」

 

「どうなの? レオンハルトは貴方の歓迎会の為に仕事を抜け出してまで私の料理を手伝って、自分も料理を作ってくれたのよ? それをこっちの方が美味しいからっていらないって突き返すの?」

 

「…………そ、うか。そうだな……」

 

 スラルの言葉に少し考え込むように口を噤んでいたガルティアだが、やがて結論が出たのか普段とは少し違った――自嘲するように一度笑うと、真剣な表情で頭を下げてきた。

 

「スラル……いや、レオンハルト……すまん」

 

「……俺は別に気にしてないんだがな……お前も軽い冗談だったんだろ?」

 

「それでもだ。俺は料理と、それを作ってくれたお前を侮辱した」

 

 そう言うと、ガルティアは一つの皿を手にとった。先程、ガルティアがスラルの料理と比べた一品。それを口に運ぶと味わうようにしてから飲み込む。

 

「んぐ……このチキンバンバン。少し香辛料が利いてるな。お前のアレンジか?」

 

「ああ、俺が故郷で自分好みに作って食べてた味だ。……気に入らねぇか?」

 

「いいや……なるほどな。確かに何度も試行錯誤したような味わいだ。美味いな、もっと貰うぜ」

 

「はっ、いらねぇんじゃなかったのか?」

 

 俺はニヤリと笑い、敢えて意地悪い事を言う。

 だがガルティアは、そんな言葉にも不快に思うこと無く苦笑してみせた

 

「全部食べるさ。どれもこれもお前らが一生懸命作ったんだろ? そう考えると美味しさも倍増だ」

 

「……好きにしろ」

 

 ……全くクサイ事言いやがって。

 俺がぶっきらぼうに言い放つと、スラルは場の空気を変えるように手をパンパンと叩いた。

 

「それじゃあ、再開しましょ。ガルティア、足りなかったら言ってね。また作りに行くから」

 

「おお、確かに足りなくなりそうだな……今のうちに作っといた方がいいんじゃねえか?」

 

「そう? じゃあちょっと行ってくるわ。レオンハルト、よろしくね」

 

「ああ」

 

 スラルが上機嫌な様子で、自分の私室から出ていく。

 部屋には俺とガルティアだけが取り残された。

 すると、ガルティアは何か得心した様な表情で俺に視線を向けてくる。

 それがとても煩わしく感じ、俺は眉を顰めてガルティアを睨む。

 

「…………何だよ」

 

「いや……お前がスラルに付いていく理由が少しだけわかった気がしてな」

 

「……別にそんなもんねぇよ。怒られて頭おかしくなったか?」

 

「あー……そういや本気で怒られるなんて何年振りだろうな」

 

「ふん……」

 

 俺は可笑しそうに食べ物を口に運びながら笑うガルティアを見ながら、自分が作った料理を食す。

 俺達はしばらく、無言で料理を食べ続けたが、直ぐに沈黙に耐えきれなくなって何時も通り適当な話をした。そして、途中で戻ってきたスラルが混ざると、また仲良くなってると怒るスラルを見て、俺達は苦笑するのだった。

 

 




ガルティアの話書くと、大体良い話風になりますね
後書き、ということで連絡事項。
アンケート結果、そしてそれに関係するアンケートを活動報告に載せました。
答えてもいいよーって方は意見を書いてくれると私は喜びます。
それではまた


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二人の約束

 ――SS100年 12月某日

 

 ルドラサウム大陸東部。

 魔軍の本拠地である魔王城の一室。

 そこには魔軍を運営する幹部達の会議が行われていた。

 

「では、この地域の増員は見送るという事でよろしいですか?」

 

 それに参加している一体の魔物将軍は内心、恐々としながらも自分の職務を全うしていた。

 彼が会話しているのは上座に座る一体の魔人。

 

「……いいんじゃねぇか? 最早放って置いても虫の息みたいだし。それよりも戦後の統治関係に関する報告を指揮官に纏めさせて送らせろ」

 

「はっ、ではそのように」

 

 命令を告げたその男に魔物将軍は畏まったように了承する。

 それもその筈、一見すると人間に見えるその男は魔物社会の支配者階級といえる魔人の中でも更に格上。

 魔人四天王の一角にして魔軍参謀である――魔人レオンハルトなのだから。

 彼はいつものようにその鋭く紅い双眸を別の魔物将軍に移すと、ぶっきらぼうに催促をする。

 

「次の議題は?」

 

「いえ、今ので今日の議題は終わりです。お疲れ様でした」

 

「……そうか」

 

 議長を務めていた魔物将軍がそう言うと、少しだけレオンハルトの圧力が弱まる。職務に区切りがついて気を張っていたのだろうか。どことなく表情も和らぐ。

 

「俺は部屋に戻る。何かあれば訪ねてこい」

 

「はっ、お疲れ様でした!」

 

 会議室にいる他の魔物将軍達も一斉に退室していくレオンハルトにお疲れ様でした、と挨拶をしていく。レオンハルトは片手を上げてひらひらと手を振ってそれに応えるとさっさと部屋を出ていった。

 すると、会議室の空気が弛緩したものに変わる。

 先程、最後に報告を行った魔物将軍がその黄色い巨体を椅子に沈め、糸が切れたように溜息を吐いた。

 

「ふぅ……さすがに緊張した」

 

「何だ、レオンハルト様に会うの初めてだったのか?」

 

 別の魔物将軍が椅子に座り込んで疲れた様子の魔物将軍に話しかける。彼は魔王城に詰めている魔物将軍であり、レオンハルトが魔人として連れてこられた日から彼の事を知っている――魔軍の中ではそれなりに彼と接する機会が多い者だった。

 

「人間出身の魔人だから、と舐めない方がいい。あからさまな態度を取って怒りを買えば庇いきれないしな」

 

「……痛感したよ。やはり魔人四天王と魔軍参謀を兼任するようなお方は違うな。カミーラ様と何ら変わりないじゃないか」

 

「普通に接していれば寛容で意見も聞いてくれるし、指示も的確だ。上司としてはカミーラ様よりもよっぽど仕事がしやすくて助かる」

 

「ふむ、なるほど。そういえばカミーラ様といえば使徒をお作りになったと聞いたが、そっちの方はどうなのだ?」

 

「ああ、七星様の事だな。七星様も仕事で一緒になるが、言葉少ないカミーラ様の代わりに指示や事務をこなしてくれている。優秀な方だ」

 

「ほう……ならばついでにガルティア様についても聞いてもいいか?」

 

「ガルティア様は……いつも何か食べているな」

 

「……それだけか?」

 

「いや、戦いになると頼りになるし、大らかで悪い性格ではないが……如何せん、近くにいるとこちらの腹が減ってしまってな……」

 

「あー……それは大変そうだな」

 

「まぁ、ガルティア様に限らずここは魔人の御歴々と接する事がやりがいのような部分があるからな。ところで――」

 

 会議室では、仕事を終えた魔物将軍達の情報交換の場となっていた。普段は戦況についての軽い相談や、上司か部下の愚痴。最近ではここ一年で魔軍に加入した者達の噂や情報。七星やガルティア、ガルティアの使徒達。そして一番多いのは何かと話題が尽きない上に、一番仕事で接する事があるレオンハルトの事であった。

 

 

 

 

 

 ――そしてそんなレオンハルトは、魔王城の廊下を心ここにあらずといった様子で歩いていた。

 

「…………」

 

 魔軍参謀になってそこそこの年月が経ち、仕事にも慣れてきた。

 魔人としての生活も馴染んできたし、関係の悪い者も殆どいない。順風満帆な魔人生活を送っているのだが、彼には一つわからない事があった。

 魔軍の仕事をこなしていく中で、何度も思った事だが幾ら考えても答えが出ない。

 

「……行くか」

 

 俺はそう呟くと自分の部屋とは逆の方向に足を向けた。

 そこに向かうに連れて魔物兵の姿はだんだんと少なくなっていく。

 それもそうだろう、彼が向かった先にあるのはこの魔王城の持ち主でもある支配者の部屋。

 その扉の前に着いた俺は、ノックを二回鳴らして部屋の主に呼びかけた。

 

「スラル、入ってもいいか?」

 

 すると中から「んー」といった気の抜けた返事がくる。それを聞いて軽く嘆息すると、扉に手を掛けた。

 中にいたのは机に向かって何かを書いている――魔王スラル。

 こちらが入ってきたのに気づくと、横目で確認してそっけなく告げた。

 

「ちょっとだけ待ってて、すぐ終わるから」

 

「……ああ」

 

 手を休めないままそういったスラルは、再び書き物に集中しはじめた。テーブルの上には他にも本や紙の束が積まれており、時折それらを確認しながら作業を進めている。

 俺はそんなスラルの言葉通り、待たせてもらおうと近くのソファーに腰掛けた。

 

 室内にはスラルがペンを走らせる音だけが響く。そんな時間が数分続いた後、スラルはペンを置いて立ち上がると俺から見て、正面のソファーに思いっきり寝転がった。

 

「はあああああふああああ……終わったぁ……」

 

 ぐでーっとソファーの上で背筋を伸ばすスラル。魔王の出していい声じゃない。随分と気の抜けた様子に俺は呆れたように思った事を口に出す。

 

「とても魔王とは思えない姿だな……魔物将軍辺りが見たら卒倒しそうだ」

 

「んー……レオンハルトにしか見せないからいい」

 

「…………」

 

 何気なく言ったスラルの言葉にギョッとする。しかしスラルは気にした様子もなく、クッションを抱いてごろごろし始める。

 

 ……こいつ、たまに天然でとんでもない事言いやがるな……。

 

 意味合い的にはそういう意味に取られかねない。というかそういう事だったりするのか?

 

「あっ、ガルティアも大丈夫かな?」

 

「…………」

 

「いたっ、ちょっと。何でクッション投げるのよ」

 

「……何となくだ」

 

「?」

 

 スラルがわからないと言わんばかりに首を傾げる。

 前言撤回だ。スラルに限ってそういう意図はない。信頼してるという意味でしかないだろう。

 一瞬でも馬鹿な事を考えてしまった俺は、それよりもと気を取り直したようにスラルに尋ねた。

 

「そういえば何を書いてたんだ?」

 

「ん、えっと……あれは本よ」

 

 ソファーに改めて座り直して、簡潔に答えるスラル。本、か。そういえば前から疑問だった事を思い出す。

 

「そういえばこの部屋、本が沢山あるな」

 

「一応集めてきたのもあるけど……殆どは私が書いたの」

 

「お前が?」

 

「ええ。新しい知識なんかを忘れないようにって始めた事なんだけど、なんか癖になっちゃって……」

 

 そう言って少し照れるように視線を逸らすスラル。自分で書いていたというのが恥ずかしいのだろうか。

 しかし、同時に納得する。本というのは珍しい物だからだ。

 世間では、まだこれだけの本はお目にかかれない。そもそも本を書く人が少ないし、いても少数。昔から現存する本の殆どは権力者達が所有しているのみ、それも学術書くらいしかない。それゆえに本はまだ民衆には馴染みのない物なのだ。

 精々、わかった事を紙にまとめておくとか、日記をつけるくらいのものである。

 それだけ貴重な本が本棚にずらりと並んでいる。なるほど、殆どはスラル自身が書いたものだったんだな。それならこの数にも納得である。

 

「なるほど……魔王の癖に勉強熱心なんだな」

 

「……ん、ちょっとね」

 

「? 煮え切らないな」

 

「そ、そんな事より! なんか用があったんじゃないの!?」

 

「ああ? いや、まぁ……」

 

 スラルに急かされて、少し戸惑う。本くらいで何恥ずかしがってんだ?

 

「……ま、いいか。今度俺にも本読ませろよ。こう見えても本は好きでな」

 

「う、うん。それは構わないけど……用ってそれだけ?」

 

「ああ、用はまた別だ」

 

 俺はあくまでも何気なく、その質問をスラルにぶつけた。

 

「お前が、魔王様が――人間を支配しようとしないのはどうしてかと思ってよ」

 

「――――」

 

 その言葉にスラルが凍りつく。

 一瞬の静寂。俺は天井を見上げながらスラルが落ち着くのを待つ。そして数秒後、スラルはわかりやすい程に気を取り直していた。

 

「……何のこと? 質問の意味がわからない。私は魔王なんだから――」

 

「気づかないとでも思ったのか?」

 

「だから……」

 

「俺は魔軍参謀だぞ。いわば一番魔軍の動きを把握してなきゃおかしいし、魔軍の勝利の為に動かなきゃならない立場だ」

 

「…………」

 

「結論から言うけどな――魔軍はもう人間をいつでも滅ぼせる」

 

 その言葉にスラルが黙る。俺は天井に向けていた視線を顔ごとスラルに向ける。

 

「正確には約数か月。魔軍を効率的に動かして、今ある戦力をきちんと動員すれば滅ぼせる、が正しいけどな」

 

 人間は未だ各地の集落毎に戦っていて、魔軍に匹敵するような大きな集まりはない。なのに、魔軍と人類の戦争――いや、紛争は長いこと続いているのだ。

 戦力差は圧倒的、そもそも拮抗している事がおかしいのだ。

 個人の強さや兵力差は圧倒的なのだから、それで押しつぶしてしまえばいいのだ。

 なのに魔軍は戦力を逐次投入したり、魔人を派遣することも滅多にしない。随分と悠長な事だ。

 

 決定的なのは俺や魔物将軍が出した筈の指示、もう少しで人間の集落を攻め落とせるといった場所の指示を捻じ曲げて、魔軍を撤退させたりするくらいだ。もしその魔王の命令による撤退指示が無ければ攻め落とせていた地域が何箇所か存在する。

 俺はその事をスラルに突きつける。

 

「俺やガルティアの時もそうだったが……明らかに人間に手心を加えてる。まるで人間を滅ぼさないように――いや、まるで人間が――」

 

「――――ごめん」

 

「――!」

 

 俺の言葉を唐突な謝罪で遮るスラル。それに思わず面食らってしまう。

 下を向くスラルの表情はとても辛そうで、悲しそうで、今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 ……ああ、またやっちまった。

 

 俺が間違いを悟った時、それでも前を向こうと、俺に何かを語ろうと口を開こうとしているスラル。

 そんな彼女に俺は――

 

「……その、私ね――」

 

「――悪い」

 

「――えっ……?」

 

 今度はスラルが面食らう番だった。

 俺の突然の謝罪に気が抜けたような顔をスラルに、俺は出来る限り普段どおりに言う。

 

「自分から聞いといてなんだけどな……お前にそんな顔させるくらいなら聞きたくねぇよ」

 

「――っ! でも……」

 

「だから今のは無しだ。……というか答えを聞いたところでやる事は変わんねぇしな」

 

「……それはどういう意味……?」

 

 言ってる事がまるでわからないという風に見上げてくるスラルに、俺は自分の意思をはっきりと伝えてやる。

 

「お前が望むなら、それが何であれ応えてやるのが俺の役目だ」

 

「――!」

 

「別に誰の味方しようと構わねぇんだよ。俺がそれを聞きたかったのは……その、お前の口からちゃんと望みを聞いて納得したかったからだ」

 

「…………」

 

「だからもういい。お前の望みは現状維持って事でいいんだろ? ……はっ、それなら精々いたずらにかき回してやるさ。現場の兵には恨まれそうだがな」

 

 俺は途中で何だか気恥ずかしくなり、誤魔化すように鼻で笑ってやる。実際魔王の命令っていうお墨付きがあれば誰も文句は言わない、言えないので問題はないだろう。

 

「……ぷっ、ふふっ」

 

 そっぽを向きながらそう言ってやると、スラルが何故か面白いものを見たかのように笑う。何が可笑しいんだか。

 

「……レオンハルト、ありがとね」

 

「……気にするな。もうわがままには慣れたしな」

 

「あっ、酷い」

 

「事実だろうが」

 

「ん、そうかもね」

 

「認めやがった……」

 

「あはは……」

 

 少し茶化してやると、俺達の間でいつものような会話が交わされる。

 その会話はまるで魔王と魔人の話す内容とは思えない。何の内容も無い会話。人間同士の他愛もない会話の様だ。しかしこれが不思議とリラックスした気持ちになってしまう。

 

「ねぇ、そっち行っていい?」

 

「はぁ? 何でだよ」

 

「答えは聞いてないから」

 

「ちょっ、おいおい……」

 

 スラルは言うだけ言ってソファーから立ち上がると、俺の制止を無視して俺の隣に座った。

 

「えへへ……」

 

 身長差から俺の事をニコニコと笑顔で見上げてくるスラル。

 

 ……まったく、こいつは。

 

 俺は苦笑しながら、隣のスラルに軽口を叩いてやる。

 

「前から思ってたんだが……お前って子供みたいだな」

 

「え?」

 

「年下にしか見えねぇ。本当は俺より70近く年上なのにな」

 

「っ!? 失礼っ! そういう事は言わないの! マナーよ!」

 

 何がマナーだ。普段から部屋に引きこもってる奴がよく言う。

 

「魔王や魔人は不老なんだから歳取らないの! 永遠の若さって奴よ!」

 

「いや、そうだが……精神年齢は……」

 

「それにそういう事言ったら自分の首絞める事になるわよ! 100年や200年したらレオンハルトだってお爺ちゃんじゃない!」

 

 俺は直ぐ様掌を返してやる。

 

「…………うん、やっぱ不老の俺達からすると100歳くらいなら10代……いや、赤ん坊みたいなもんだな。千年以上生きてる奴とかもいるくらいだし」

 

「そういうことよ。私達はまだまだ若いんだからね」

 

「……納得した」

 

 さすがにそう言われるとちょっと抵抗があるので訂正したが、ケイブリスやカミーラはその辺りの事どう思ってるんだろうな……カミーラに聞いたら殺されそうだから聞かないけど。

 俺なんかまだ30年も生きてない上に、魔人になって1年も経ってないのだ。千年以上生きるなんて想像がつかない。

 

「ね、ねぇ、レオンハルト」

 

「ん?」

 

「……100年後も200年後も、それから先もずっと……私についてきてね」

 

 スラルが言ったそれは、いつの日か、魔人になった時に言われた言葉だ。あの時と同じ様に少し迷いながらもそう口にしたスラルを見て、俺は思わず苦笑してしまう。

 

 ……まったくしょうがない奴だな。

 

 それを聞いて俺は思い出す。魔人になった日の事。忠誠を誓う条件に故郷を助けてもらった事。

 あの恩があるからこそ、俺はスラルについていこうと、命令を忠実に守ろうと思っていた。

 だが、よくよく考えればそれは違う。俺は魔人になってから充実していたんだ。

 人間の頃よりも楽しく、何より自分らしく生きられることを嬉しく思っていた。

 人間からしたら決して良い存在ではないし、良い行いをしているとはいえないだろう。

 だが、それでも俺はこの日々をこいつに――スラルに貰ったんだ。

 

「……ああ」

 

 だから俺がこいつについていく理由は一つだ。

 

「当たり前だろ。俺はお前の――魔人なんだからよ」

 

「――――うん、お願いね」

 

 お前と一緒に――俺を必要としてくれたお前に応える為に、俺はお前についていく。

 肩に身体を預けてくるスラルの安心したような声と重みを感じながら――俺は再びそう誓った。

 




SS100年はこれで終了。序章の序章が終わったってところですかね
次からは年が飛びます。


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金髪灼眼の魔人

 ――SS300年

 

 第三世代メインプレイヤーである人間の時代であり、魔王スラルの治世が始まって300年。

 

 人類は未だ魔軍の脅威に脅かされていた。

 

 だが彼らも300年の間、全くの進歩が無かった訳ではなかった。

 その最たる事、それは約100年前に起こった――国家の誕生である。

 この頃になると魔軍の脅威はほぼ全ての集落が知ることとなっていた。魔軍が散発的に、勝利して支配する為ではなく、まるで人間を苦しめるような侵攻を何度も繰り返していたからだ。

 

 魔軍は人間に勝利すると適度な略奪、暴行を行って十分に楽しんだら去っていく。それが人間達には周知の事実となっていた。それから暫くの間、その地域の集落に魔軍は攻めてこない。集落の復興には都合の良い事この上ない為、当初は魔軍は撤退したのではないかと喜んでいた。

 

 だがそれがぬか喜びだと分かったのは復興が終わり、平和な日常が戻ってきた頃。魔軍はそれを見計らっていたかのように再び攻めてきた。復興を終えた集落は再度、魔軍との戦争の日々を送ることになる。

 

 そして再び人間側が敗北した時――惨劇が集落に降りかかった。

 男は魔物に遊び感覚で殺される。女は性奴隷として魔物の欲望の捌け口にされる。そうしてしばらく愉しめば、魔軍は人間を解放して去っていった。

 それが何度か繰り返された時、少なくない人間が思った。

 このままでは魔軍には勝てない。もっと多くの戦力で立ち向かわなければ人間はいつまで経っても魔物の玩具のままだと。

 

 最初に声を上げたのは大陸東にあるとある集落。この集落はどういう訳か、魔軍の被害に遭わないどころか、いつからか一切魔軍が寄り付かない事で有名だった。故郷が魔軍の被害に遭い、心体傷ついた多くの人がそこに辿り着き平和な日常を送る。一種の安全地帯、人間にとっての理想郷としてもその名は轟いていた。

 このまま何もしないで大人しくしていれば平和を謳歌する事が出来る。

 

 しかし当時の王はそれを良しとしなかった。

 周辺の集落を併合してより大きな集落――人類史上初の国家を建国した。

 更にはそれをお手本とし、幾つかの国が生まれた。人類はより沢山の人々と団結して力を合わせることで強大な力を持つ魔軍に対抗しようとしたのである。

 だが、現実はそう甘くはない。多少戦力差を縮める事が出来ても、それでも強力な魔人に率いられた魔軍の侵攻を防ぐことは出来なかった。

 

 しかし全く無意味ということもない。これにより魔軍との戦いは、少なくとも一方的にあっさりと負けてしまう程ではなくなった。

 未だ魔軍の脅威は健在。中ではそれに絶望した人間達が神という架空の存在を作り上げ、祈りを捧げる風習があった地域では、何の因果か爆発的にその数を増やしていった。

 

 宗教の起こり、その始まりであり――後のAL教と呼ばれる宗教団体の前進組織である。

 彼らもまた各地に信者を増やして、魔軍へ抵抗を続ける国々に協力したといわれている。

 文化や技術も、魔軍に比較的襲われにくい地域、国を中心に発達し続けており、人間という種の多様性が段々と発揮されている。

 

 世界は未だ黎明期。混沌とした世界で各地の人間は必死に今を生きていた。

 

 

 

 

 

 ――とある戦場

 

「今日も甚振ってやるぜ人間様よぉ――っ!!」

 

「ぐあああっ――!」

 

「おのれ魔物め! 返り討ちだ!」

 

「がふっ……ぐ……人間如き……がっ……!」

 

 怒号と共に武器が、弓が、魔法が飛び交い血飛沫が舞う。

 人間のある国と魔軍との戦い。これまでに何度か繰り返され、人間側の軍は魔軍を幾度か追い返していた国境沿いでの戦闘。人間側は自国の地である事の有利、これまで何度も魔軍と戦ってきたことによる経験によりそれを行えていた。

 だが今日の戦い、どちらが勝っているかは一目瞭然であり、その原因もはっきりしていた。

 

「死ね――っ!」

 

「――おおっと」

 

「がぁ……はっ……」

 

「くたばれ化け物――!!」

 

「へっ、気合入ってるな――っと」

 

「ごふっ……はぁ、はぁ……ちくしょう……っ!」

 

 次々と人間の兵士が褐色の男に向かっていってはその屍を晒す。一見只の人間に見えるその男は、しかし近くでその存在を感じるとそうでない事がすぐにわかる。

 そう、彼は魔軍の旗頭であり、魔王の忠実なる下僕である――魔人。

 

「ようし、俺達も突っ込むぞ! 野郎ども、気合入れてついてこい!」

 

「おぉ――!! ガルティア様に続け――!!!」

 

「お前らも頼むぜ」

 

「――――!!」

 

 部下に檄を飛ばして剣を振るうのは――魔人ガルティア。

 緑髪に刺青を入れた褐色の肌の中心には大きな穴。そこから出てくるのは彼の大切な使徒達。

 

「うわっ!? 何だこの糸! と、取れねぇ!?」

 

「う、腕が腹から……ぐわっ!!」

 

「なっ!? あれはとり、か? 飛び上がって……くそっ! 届かねぇっ!」

 

 三体の使徒。ラウネア、タルゴ、サメザン。ガルティアが人間時代から共にする戦友であり家族。ムシ使いの魔人であるガルティアの戦闘をサポートする使徒達は戦意に呼応して的確な連携をこなしてくる。その連携はとてもではないが人間では対応できないほどである。

 更には赤い蛮刀――ハワイアンソードを使った剣の腕もかなりの実力であり、ガルティアの突撃によって多くの人間が蹴散らされていく。

 そしてガルティアに付いていく魔物兵達も魔人の戦い振りにその勢いを増していく。

 

「…………」

 

「ふはは! 人間如きがガルティア様に敵うわけないだろう!! 進め――! ……って、あれ? どうかしましたかガルティア様?」

 

 突然、戦場のど真ん中で立ち止まったガルティアに部隊の指揮を執っていた魔物将軍が戸惑ったように声を掛ける。まさか何処か怪我をしたのか――魔物将軍が近くに寄る。

 そしてガルティアは懐から何かを取り出そうと手を伸ばした。

 

「悪い。腹減った……肉一本食べてからでも良いか?」 

 

 ガルティアが軽い口調と共に懐からこぶし大よりも大きい骨付き肉を何本も取り出す。

 魔物将軍は想像を裏切られ思わず叫んだ。

 

「ガルティア様! それは一本と言いませぬ! せめて一本だけにしてください!」

 

「固いこと言うなよ……んぐ、もぐ……おお、塩加減が絶妙だぜ、この肉。これなら冷めてても美味い。ほれ、お前も一口」

 

「んぐっ!? ぐぐっ……ごくっ……むっ、確かに美味いですが……」

 

「だろ? もうちょっと食べてこうぜ」

 

「…………いえ! 折角ですがそういう訳には参りません! 作戦通りに動かねばなりませんので!」

 

「ちっ、惜しいな」

 

「あの方のご命令ですので」

 

 魔物将軍のてこでも動かない様子を見て、ガルティアが軽く惜しみつつ肉を収めると、それを受け入れて再び戦意を高める。さすがのガルティアも同胞にキツく厳命されていれば動かざるを得ない。

 

「しゃあねぇな。それじゃあ突っ込むか……よし、メシ前の腹ごなしだ野郎ども!」

 

「はい――者共! ガルティア様の突撃に続け――!!」

 

「おおおおお――――!!!」

 

「勝ってメシをたらふく食うぞ――!」

 

「おおおおおおおおおおおおお――!!」

 

 ガルティアと魔物将軍の号令で魔物兵が士気を高める。それにぶつかった兵士たちは容赦なくその命を散らしていった。

 

 

 

 

 

 そして一方その頃。

 

 人間と接敵する前線。その少し後方の部隊は、戦場の魔軍に指示を送る――魔軍の本陣であった。

 その中心で魔物兵が次々と戦場の報告を持ってくる。情報の伝達速度は勝敗に大きく作用する。故に密な連絡を取り合う事を指揮官は厳命していた。

 今も魔物兵の報告を聞いた魔物将軍が意見を仰ごうと口を開く。

 

「ガルティア様の部隊が敵陣で立ち往生。そしてその後に再び突撃……? 一体何があったのでしょうか?」

 

「不測の事態であるのならば確認次第こちらも前線を押し上げますか? こちらの優勢ではありますが、優勢の時点で策を取るほうが……」

 

「それよりも――」

 

「――いや、いい」

 

「!」

 

 議論が飛び交っていたその場が、水を打ったように静まり返る。そして次なる言葉を聞き漏らさないように五感をその人物へと集中させる。

 そして彼はここにはいない同僚に呆れるよう、息を吐いて言葉を繋げた。

 

「……ガルティアの事だ、どうせ腹が減ったとか言って摘み食いでもしたんだろ。まったくアイツは……」

 

「は、はぁ……左様ですか」

 

「……なれば如何しましょう?」

 

 少し苛立ったような様子の彼に、一体の魔物将軍は臆せず意見を尋ねる。長年彼の下で働いてきた、今更これくらいで躊躇う事はない。

 そんな曖昧な問いに彼は視線をあらぬ方向に向けながら億劫そうに答えた。

 

「……いつも通りでいい。ガルティア軍が敵陣を突破するまでは防御重視で適当にやってろ」

 

「はっ、畏まりました」

 

 古参の魔物将軍が恭しく敬礼する。その場にいる殆どの魔物将軍が特に疑問を持っていないようであった。

 しかし一体の魔物将軍が一歩、前に進み出る。

 

「……しかしこちらも同様に突撃を行えば早く決着を着けれるのではないでしょうか?」

 

「――――」

 

「っ!」

 

 その発言にじろりと視線を向けた彼。その威圧感ともいえる無言の圧に魔物将軍は耐えかねて一歩後退る。気づけば他の魔物将軍からも視線を集めている。だが周囲に慌てた様子はない。

 その理由を考える前に、意見を出した魔物将軍が思考を中断させた。彼がその問いに答えたから。

 

「……それだと被害が増えるだろ」

 

「っ! は、それはそうですが……」

 

 それでも微々たる違いでしかない――という言葉を魔物将軍は飲み込んだ。所詮は人間の軍、昔よりは数も武器も戦術も進歩しているとはいえ、魔物兵に及ぶものではない。多少の被害が増えても突撃してしまえばそれで押しつぶせるのではないか、という考えだ。

 しかしその考えは直ぐに覆された。

 

「早く終わらせる必要もないしな」

 

「……そ、それはどういう――」

 

「いいか?」

 

「っ! は、はい」

 

 再び口を開きかけた魔物将軍の言葉を彼が牽制するように止めさせる。

 彼の視線を受けて返事を返した魔物将軍は、ゆっくりと周知させるように語り始めた彼の言葉を聞いた。

 

「作戦は聞いてるよな。……俺達の戦術はいわゆる斜線陣からの敵陣突破、及びに崩壊……まぁ、分かってたら対応策なんて幾らでもあるような作戦だ」

 

「はっ、勿論です。しかし、その……」

 

「お前の言いたい事はわかる。ここの陣形が間延びしすぎてるって話だろ? 密集陣形にしては横に広いし、横陣にしては狭い中途半端な陣形。これじゃあこっちも前線を突破されるかもしれない。そんな事するくらいならさっさとこっちも突撃して敵を押し潰せって事だな」

 

「!」

 

 彼はすんなりと魔物将軍の考えを言ってみせる。

 そしてそれを肯定しながらも言葉を繋げた。

 

「お前の考えは間違ってないけどな。……俺の狙いは違う」

 

 狙いが違う、なら狙いとは一体――そういう疑問を頭に浮かべる魔物将軍。彼はそんな様子を見てか鷹揚に説明を続けた。

 

「まず大前提だが、魔物兵の突撃を止めれる人間の部隊は今の所存在しないな。数が何倍にも多いならともかく。それに突撃する部隊は魔人が率いてる。可哀想な事に単純な突撃だろうが、斜線陣で片翼からの突撃だろうが向こうは敗北は必至なのさ。……ここまではいいな?」

 

「……はっ」

 

 こくり、と魔物将軍が頷くのを見てから彼は繋げた。

 

「このまま待ってればガルティアが敵陣突破を果たして敵陣は崩壊。そしたら俺達は向こうと連携、挟み込んでお終い。向こうの敗北は時間の問題な訳だ」

 

 無論、これで成功するならそれで構わない、と彼はそれを受け入れる。だがそう言うなら当然、説明に続きがある。

 

「なら逆に考えろ。向こうが勝つにはどうしたらいい?」

 

「それは……」

 

 魔物将軍は突然振られた質問に少し思考してから答える。

 

「……指揮官である我々を倒す事でしょうか」

 

「ああ、その通りだ。これだけは何年経っても変わらないな」

 

 正解を言い渡す彼。魔軍の弱点はその特性上、どれだけ時間を重ねても変わることがない。

 即ち、敵の頭――魔物将軍や魔人を倒し、魔物兵の統制を乱すことにある。

 その事実に満足そうに頷いた彼は、魔物将軍から視線を切り、それを前線に向けた。

 

「向こうも馬鹿じゃない。そんな事は百も承知だ。さっさと敵の首級を挙げたい状況だ。……なら、今この状態はどう思う?」

 

「は、この状況……?」

 

「こんな風に兵が間延びして中央が前線に近い位置にあったらどうなるかってことだ」

 

「……それは……いや、まさか」

 

 魔物将軍の優れた頭脳がそれを導き出す。まさか、この方はその為に――。

 ――そう考えた直後、背後で悲鳴が聞こえた。

 

「ぎゃあ――っ!?」

 

「くそっ、このにんげ――ぐぅっ!!」

 

 魔物兵達が何者かに、いや、おそらく人間だろう。人間にその命を散らしていた。

 そしてその人間はこちらの中央にまで最低限の歩みのまま突撃してきた。

 

「――見つけた!」

 

「!」

 

 その人間を一目見て、魔物将軍は悟った。――おそらくは人間の軍の主力。

 大柄な体格、鍛え上げられた肉体を包む甲冑。そして手に構えるのは普通の倍のサイズを誇る大剣。その大剣でここに来るまで魔物兵を屠っていったのだろう、血が滴っている。

 その人間はこちらをぐるりと視線だけで見渡す、そしてある一点で止まると低い声で話しかけた。

 

「魔物将軍と――貴様が魔人だな」

 

「…………」

 

 その視線の先にいるのは魔物将軍と言葉を交わしていた金髪灼眼の男である魔人。

 彼はその言葉を聞いているのかいないのか、反応しないまま上から下までその人間を値踏みするように見ていた。

 そして人間も見られている事に気づきながらも、それを無視して剣を突きつけた。

 

「貴様をここで屠り、祖国に平和を齎す……! いざ、尋常に――」

 

「……あー、こりゃ駄目だな」

 

「何……?」

 

 人間が訝しげに眉を顰める。そんな人間を見て魔人はつまらなさそうに頭を掻いた。

 

「ここ数年じゃ一番弱いな。これじゃ楽しめそうにねぇ」

 

「何だと……!」

 

 実力を侮辱する発言に、人間が激昂する。怒りで熱くなって突撃してしまいそうになるが、そこは何とか踏みとどまり、視線で抗議するように彼を睨んだ。

 だが彼はその視線を気にも留めず、冷めた様子で口を開く。

 

「……ま、一応確認しとくか。お前が向こうの指揮官で良いんだな?」

 

「……そうだ」

 

「よし、なら選ばせてやる。今直ぐ捕虜になるか、それとも魔軍に寝返るか。どっちがいい?」

 

 自身の愛国心を馬鹿にされた様に感じて叫ぶように返答をぶつける。

 

「ふ、ふざけるなっ! 私は貴様を殺して――」

 

「ああ、わかった。なら三つ目の選択肢だ――俺と決闘だな」

 

 その単語は、騎士にとって馴染みの深い言葉であり、相手にとって縁遠い言葉だった。

 故に、意味がわからずその言葉をそっくりそのまま返してしまう。

 

「決闘、だと……?」

 

「そうだ――魔物将軍!」

 

「はっ!」

 

 魔人に呼ばれて前に進み出てきたのは一体の魔物将軍。彼の側近ともいえる一体。

 そんな魔物将軍は懐からとある物を取り出しながら、人間に向かって告げた。

 

「ルールを告げさせてもらう」

 

「……ルール?」

 

 これまた魔物とは縁遠い言葉であり頭に疑問符が浮かぶ。

 

「黙って聞くがいい。まず、一つ――決闘は三分以内にとある条件を満たした者を勝者とする」

 

「条件……いや、そもそも決闘など……」

 

「何だ受けねぇのか? なら全員で襲いかかって終いだな」

 

「…………」

 

 主である魔人の言葉に一斉に反応した周囲の魔物将軍達が戦意を昂ぶらせる。――予想以上に敵将の数が多い。これは苦戦させられるかもしれない。ならば、と騎士は決断した。

 

「……受けよう」

 

「おーけー、それじゃ条件はやっぱ俺から言ってやる。悪いな、魔物将軍。……お前の勝利条件は三分以内に俺に傷を負わせること――以上だ」

 

「なっ……! それは……」

 

 あまりにもこちらに有利過ぎる条件に絶句する人間。そして一瞬の後、怒りが湧き上がってくる。

 そしてそれを逆撫でするように彼は言葉を続けた。

 

「お前の実力じゃ勝負になんねぇだろうしな。因みに俺の勝利条件はお前を殺すこと、もしくはお前が降参すること。もし俺が負けたら俺の軍は引かせてやる。それでお前が負けてもペナルティは無し。ま、首でも晒して戦意を挫かせるくらいはするけどな」

 

「……後悔するぞ」

 

「させてくれるなら願ったりだな。因みにお互い以外に危害を加えるのは禁止だ」

 

「……なるほど」

 

 怒りでどうにかなりそうではあったものの、人間側からしたらあまりにも好条件。魔人に傷を付けるだけで魔軍は撤退。負けても自分が死ぬだけ。無論、自分が死ねば部隊は動揺するだろうがこのまま戦闘を続けても敗北するのは同じこと。ならば命をかけるだけの価値はあった。

 

「後は特にねぇな。やめるなら今の内ってくらいか」

 

「……いや、構わない。すぐに始めよう」

 

「せっかちだな……じゃあやるか――おい」

 

「はっ!」

 

 騎士はその大剣を彼に向かって構える。それを見て呆れたように苦笑する魔人は、魔物将軍に指示する。

 

「では、立ち会いは自分が。そして時間はこちらの砂時計で計らせてもらいます。両者、異存は?」

 

「ありません」

 

「ねぇな」

 

「では――始め!!」

 

 魔物将軍の掛け声、そして砂時計を反転させる。それと同時に騎士はその大剣を構えたまま魔人の懐に入り込む。そのスピードは人間にしては中々のもの。

 そして騎士は大剣を振り下ろそうとしながら、分析する。

 

 ……奴の武器はおそらく背中の長剣か。さて、どうくる――?

 

 相手の一挙手一投足を見逃さぬように集中、そして大剣を相手の頭上目掛けて振り下ろした。

 だが、

 

「――!」

 

 大剣はその勢いのまま大きく空振り。躱された、不味い、奴はどこに――

 そうして辺りを見渡そうとして――それを中断させられた。

 なぜなら、

 

「……やっぱりこんなもんか」

 

「――なっ!?」

 

 ――奴が、目の前に、一歩も動かず立っていたから。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に目の前に向かって大剣を横薙ぎ――しかし、躱される。

 その勢いを利用して反対から袈裟斬り――だが、躱される。

 角度を変えてフェイントを入れる、その上での逆袈裟――またしても、躱される。

 

 魔人は一歩も動かず、その全ての動きを見切って躱していた。

 

「くっ……はっ……何で……!」

 

 焦ったように剣を振り続ける。何故だ、何故通用しない。

 自分が今まで、文字通り今日まで一生かけて鍛え続けてきた剣技が全く魔人相手には通用していない。少しずつ焦りと戦慄によって汗が身体から吹き出してくる。

 そんな人間を見て、魔人はどこか憐れむような視線を向けた。

 

「……だから言ったのによ。お前じゃ俺に敵わねぇ。俺を熱く、楽しませることは出来ねぇってな」

 

「戯言を……!」

 

「……何でもいいが、気づいてるか? もう後半分――いや、一分くらいしかねぇぞ?」

 

「――!!」

 

 横目で魔物将軍が反転させた砂時計を見ると、確かに砂は三分の二を越えようとしていた。

 

「何もしねぇのはアレなんでな……残り三秒になったら抜く。それまでによく考えろ」

 

「っ……うおおおおお――っ!」

 

 連撃。大剣を目の前の魔人に息を整える暇もない程、間髪入れずに打ち込んでいく。だが魔人はそれを顔色一つ変えずに丁寧に躱していく。未だ空気以外の抵抗を大剣には感じられなかった。

 

 そして時間が過ぎていく。五秒――十秒――十五秒――二十秒――。

 時間が進むのと比例して自身の鼓動がどんどん強く、そして早く脈打つ。激しい動きによるもの、それだけではない。

 

 剣を振りながら確信していた。自分はその時が来れば――残り三十秒。

 その瞬間に、自分は死ぬ。目の前の魔人には敵わない。彼に一瞬で殺される未来が、何故か鮮明に浮かび上がる。

 時間が進むに連れて、魔人の視線はどんどん冷たくなっていく。三十秒――三十五秒――四十秒――四十五秒。

 

 残り十二秒。

 戦いはたったの三分。それだけの時間を動く事、騎士にとって容易であるはずのそれが行うことができない。

 汗が大量に吹き出て、身体が震える。それは魔人による強烈な威圧感と、死が目に見えて近づいてきていることからの精神的重圧だ。

 

 残り、十、九、八、七、六、五。

 

「う、うあぁぁぁあああああああああっっ――!!」

 

 残り五秒を切った時、騎士はその手に持った誇りさえも投げ捨ててみっともなく逃げ出した。

 その背中を見て、魔人が――

 

「――終わりだ」

 

「――――!」

 

 剣を振った。

 そして一瞬の後。騎士の頭だけが地面に転がる。

 それを見て、魔物将軍が声を上げた。

 

「――――レオンハルト様の勝利」

 

「……ふん」

 

 魔物将軍の言葉に着ていたコートに付いた僅かな血を手で拭う。

 そして死体になった騎士、その首級に近づくとその兜を外して顔を確認する。

 

「……やっぱ女だったか」

 

 そう言って彼は何を思ったか少しの間その顔をじっと見ていたが、視線を切るとその首を持って近くで控えていた魔物隊長に手渡す。

 

「いつも通り適当に宣伝させろ」

 

「はっ、直ぐに」

 

 魔物隊長はその言葉を受けて前線に走っていった。おそらく数分足らずで決着がつくだろう。

 彼らの、彼女の、敗因は――敵対する魔人に、魔人四天王にして魔軍参謀である金髪灼眼の魔人――レオンハルトの存在がある事を見抜けなかったこと。

 レオンハルトは少しだけ気を抜いて、一体の魔物将軍に話しかける。先程、レオンハルトに意見を申した一体だ。

 

「これの為だ」

 

「……それはつまり」

 

「相手の心を折った方が早いし、こっちの被害も少なく終わるだろ。だから向こうから仕掛けやすくしてやってるだけだ」

 

 そう。レオンハルトの作戦とは魔物将軍や自分がいる本陣に敵の主力を誘い込み、それを力技で潰してしまう作戦だ。そのための前線は間延びした密集陣形、不完全な斜線陣。敵の雑兵だけを前面で食い止め、実力のある人間だけを誘い込む為の振るいにかける陣だ。

 無論、その前の戦闘で決着がつくならそれはそれで構わない。ガルティアが敵陣突破を果たして挟み込んで倒せるならそれでいい。

 だが、魔物将軍は疑問に思う。一つだけ不可思議な部分があるのだ。

 

「……あの、前衛は――」

 

「ああ、後は俺の趣味だ」

 

「……は?」

 

 疑問を投げかけようとしたところ、その発言で固まってしまう。それを見て、レオンハルトは不敵に笑ってみせた。

 

「強い奴とやり合うのは楽しいからな。その為に前線は薄くしてある――わかったな?」

 

「は、はっ! わかりました!」

 

「なら、いい。お前もそろそろ部隊の指揮に戻れ」

 

「はっ! ではそのように!」

 

 魔物将軍を解散させると、レオンハルトは息を吐く。

 今の言葉は半分は本当で、半分は別の理由があったからだ。

 

「頭が良い奴を丸め込むのも面倒だな……今更か」

 

 前線を薄くしてこのような作戦を取る理由。強い人間をおびき寄せる為だけなら魔物将軍と自分が一箇所に固まるだけでもいい。強い奴は前線を固くしようが何をしようが必ず辿り着く。それは自分が一番よく知ってる。

 なのにそうするのは魔軍の被害を少なくするだけでなく――人間の被害を考えていたから。

 そのために、敵将の首を取って戦意を喪失させる。そして後に適当に追い返す。拠点を攻め落とせば部下に適当にガス抜きさせて解放。

 魔軍における二律背反の体現者。それが魔人レオンハルトの現在の生き方。

だが、それも苦ではない。レオンハルトは剣を収めると指示を魔物将軍に任せて奥にあるテントに引っ込む。もう雌雄は決してる。後は部下に任せても問題ない。

 故に彼は一冊の本を手に取ると、それを開いた。

 

「さて……帰る前に読み終わらねぇと。読み終わったかって何度も聞いてきてうるさいしなぁ……」

 

 レオンハルトは暫くの間、外の喧騒を聞きながら彼女から借りたその本を読み始めた。

 

 



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レオンハルトの悩み

 

――ルドラサウム大陸東部

 

そこには二百年以上前に作られた魔軍の本拠地がある。

世界の支配者である魔王の居城――魔王城だ。

 

そんな魔王城の一階廊下に二人の人影が見える。だが、人ではない。この魔王城にいるのはコックなどの一部の働き手を除けば人の形をした魔に属する者達。

歩みを進めながら何やら会話をしている二人――彼らは魔人だった。

 

「ガルティア……お前は何回言えば戦闘中の摘み食いをやめるんだ? あれだけ行軍中も軍議中も食べてただろうが」

 

「しょうがねえだろ。腹が減っちまったんだから」

 

「少しは我慢しろって言ってんだよ」

 

「えー……それなら言うが、お前は人斬りたい時に斬るの我慢できるのか?」

 

「人を辻斬りみたいに言うんじゃねぇ! 我慢出来るし、そもそも斬りたくて斬ってる訳じゃねぇんだよ!」

 

「そうか? なら今のは例えは無しだ。メシ行こうぜ」

 

「お前、全然人の話聞いてねぇな……」

 

魔人レオンハルトと魔人ガルティア。

戦場帰りの二人の魔人が言い争うように声を交わしていた――怒っているのは一人だけだが。

 

「だから――あ?」

 

「――お」

 

そんな彼らだが、廊下の端で視界に映ったものを見て同時に声を上げる。

それは二人を見つけるとやや早歩きでこちらに駆け寄ってくる。それは誰かというと――

 

「レオンハルト、ガルティア。お帰りなさい」

 

「……ああ、ただいま。スラル」

 

「おう、ただいま」

 

彼らが帰宅の挨拶を交わした人物。白髪に灼眼で理知的な印象を持つ少女。

 

――それは魔王スラルに他ならない。

 

そんな彼女が笑顔で挨拶を言ってきたのを見て、何かに気づいた様にレオンハルトが目ざとく口を開く。

 

「お前……ひょっとしてちょっと前からここで待ってたのか?」

 

「あん? そうなのか?」

 

ガルティアもそれを聞いて質問を重ねる。

それに対してスラルは少し恥ずかしそうにしながら、

 

「べ、別にいいでしょ。今日帰ってくるって聞いてたしそろそろかなって。というか何でわかったの?」

 

レオンハルトに素朴な疑問を返すスラル。問われたレオンハルトは軽く息を吐く。

 

「……勘、だ」

 

「え? 勘?」

 

スラルが目を丸くする。そんな彼女の姿にちょっと面白かったのかレオンハルトが小さく笑みを浮かべる。

 

「何となくそうかもしれないと思ったからな。鎌を掛けてみた」

 

「……も、もう何よそれ!」

 

誂うような言葉にスラルがむっとしてレオンハルトを見上げる。こうやってレオンハルトがスラルを誂うことはもう珍しいことではなくなっていた。

ガルティアがそれを聞いて思い返すように、

 

「そういえばレオンハルトは最近、妙に気配に鋭かったりするからな……実は勘じゃねえかもな」

 

「どこまで俺を化け物にする気だ……それはもう気配察知じゃなくて未来予知かなんかだろ。それにレーダー持ってるお前に言われたくねぇ」

 

「ははっ、悪いな。最近の活躍してるお前ならあり得るかと思った」

 

「へぇ、レオンハルトってばやっぱり活躍してるんだ」

 

「……ん、いや……まぁ」

 

「? どうしたの?」

 

レオンハルトの活躍を喜んだスラルであったが、当の本人が煮え切らない様子であることを見て首を傾げる。

 

「なんだ、悩みでもあるのか?」

 

それにガルティアも乗っかる。流れは既にレオンハルトの悩みを聞くことになっていた。まだあるとも言っていないのに。

 

「……いや、別に大したことじゃねぇよ」

 

 そう言いながらもレオンハルトの表情は眉間に皺が寄っている。彼はちょっとだけ言うべきかを悩んでいたが、スラルとガルティアへの信頼故か、それとも本当に大したことないのか、それをすんなりと口にした。

 

「最近、戦いが面倒――ああ、面倒……ではないか。何というか――刺激が足りなくてな」

 

「し、刺激?」

 

「どういう事だ?」

 

 スラルとガルティアが揃って疑問の言葉を口に出す。そして続くレオンハルトの説明を耳にした。

 

「敵と戦闘になったり一騎打ちしたりすると、相手が弱くて前みたいに燃えないっていうか……楽しくなくてな。部隊指揮なんかに徹してる時はむしろ集中してるから気にならないんだがな」

 

 レオンハルトはそれを真剣に説明する。

 

「剣を振るのは楽しいが、相手が弱いと直ぐに終わっちまう。かといって意味もなく剣を振りたくもないし一方的な虐殺なんか趣味じゃねぇ。……最近一番楽しかったのが敵の凄腕軍師と軍略勝負して追い詰められた時と、二十年前にカミーラと半ば冗談でじゃれ合った時くらいなんだ。あの時はちょっとお互い本気になりかけて危なかった」

 

「確かにあの時は……って、待って。えっ、そういう悩み?」

 

「あー……これは重症だな」

 

 スラルとガルティアが呆れたように息を吐く。そしてスラルが少し困ったように苦笑する。

 

「……もう、レオンハルト。貴方が剣を振るのが好きなのはわかってるけど、そういう考えは程々にしなきゃ駄目よ?」

 

「少しはわからんでもないが、戦いなんだからそういうものだろ? 強すぎればそうなるしな」

 

「重々承知だよ。仕事は真剣にやるしそういうのを求めんのは相手と止むを得ず直接やり合う時だけだ。……だけど、その時が大体不完全燃焼っつうか……」

 

「他の事で発散したら?」

 

 スラルのそんな提案に直ぐ様、返答が来る。

 

「もうやってる。戦いの時以外はあんまり考えなくてすむから効果はある……って、思い出した。この本面白かったぜ」

 

「ほんと!? ねぇ、どこが面白かった?」

 

「タエとカナコの仲直りのシーンが良かったな。月並みだがタエの啖呵は痺れた」

 

「あっ、私もあのシーン好き。しかもその前にケイとも話し合った場所だから余計に映えるのよね」

 

「俺的にはケイとマオの殴り合いも良かった。それに――」

 

「あー……悪いんだが、それ長くなりそうなら先に食堂行っても良いか? 腹が減っちまった」

 

 ガルティアが盛り上がりかけた二人の会話に水を差す。少しだけバツが悪そうに頭を掻いていた。そして同じく少しだけ決まりの悪そうにした二人。

 

「あっ、ごめんね? 今度料理作ってあげるか――」

 

「よし、待ってるから今作ってくれ!」

 

「えっ、今から!?」

 

「現金な奴だな……」

 

 レオンハルトは一旦、区切ると気を取り直して二人に告げる。

 

「とりあえず俺はもうちょっと仕事残ってるから、何にせよ先に行っててくれ。スラル、本の話はまた後でな」

 

「あ、うん!」

 

「おお、なら食堂に――いや、スラルの料理を食べるなら部屋の方がいいのか?」

 

「え、本当に今作るの?」

 

 スラルとガルティアに別れを告げ、その場を後にするレオンハルト。彼としてももう少し駄弁っていたい気持ちもないでもなかったが、それは後ででも出来る事だ。今は遠征帰りで仕事がそれなりに多い。

 だが、これが終われば時間も出来るだろう。

 それにさっきは刺激が足りないとは言ったが、こういった日々があるからか特にストレスは溜まっていなかった。

 

「……面倒だがさっさとやるか」

 

 そう言ってレオンハルトは面倒そうにしながらも軽く笑みを浮かべ、仕事を片付ける為に私室に向かった。

 

 

 

 

 

 一足早く自室に戻って仕事をしていたレオンハルトだが、少し小休止がてら部屋を後にして食堂にでも向かおうとした時のことだ。

 前方の廊下から一組の男女が歩いてくる。お互いにそれに気づいた時、最初に話しかけてきたのは女性の後ろに控えていた長髪の男だった。

 

「これはレオンハルト様。遠征から戻られたのですね」

 

「七星、それに――カミーラ」

 

「……レオンハルト、か」

 

 お互いに視線を合わせて名前を呼ぶ。自分と同じ魔人四天王の一角――プラチナドラゴンの魔人、カミーラ。

 その美貌でかつて多くのドラゴン種を惑わした絶世の美女が、その視線で自分を貫く。

 しかし特に用事も思いつかなかったレオンハルトはその場を後にしようとして――カミーラに止められた。

 

「そういえば……」

 

「? なんだ?」

 

 カミーラがゆっくりと口を開く。ここ二百年程で多少活動的に動くことも増えたカミーラだが、それでもその泰然とした態度は変わらない。何か用があるのだろう、レオンハルトは返答を待つ。

 

「……お前、私が狙っていた獲物を……横取りしたか……?」

 

「獲物?」

 

「レオンハルト様、数年前に戦った赤い髪の人間です」

 

「……あー、いたなそんな奴」

 

 レオンハルトは七星から告げられた特徴で思い出す。確かに数年前、カミーラと一緒に出た戦場でやたらと逃げるのが上手い男がいた。遊撃部隊を指揮していたその男は、人間にしては上位の実力と優秀な頭脳、そして類まれなる運によってまんまと俺とカミーラの軍から逃げおおせた。自分はその時こそ直接対峙しなかったが、カミーラはその人間をいたく気にいって自らの手で狩ろうと息巻いてた筈だ。

だが、

 

「……悪いな、カミーラ。ちょっと前に偶然そいつの部隊を見つけてな――作戦に邪魔だったから潰しちまった」

 

「――!」

 

「――っ! っと!」

 

 瞬間、カミーラの爪が高速で伸びて両者の間で激突する。甲高い音が廊下に鳴り響く。レオンハルトが背中の魔剣オル=フェイルを引き抜き、カミーラの爪を弾いたのだ。

 レオンハルトは攻撃してきたカミーラにやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 

「おいおい、危ないだろうが。お前とやり合ったら半殺しにされそうだし、城が壊れるし、何よりスラルにも怒られそうだからやめてくれ。……俺が悪かった。また埋め合わせはさせてもらう」

 

 飄々とそう言うレオンハルト。しかし間違ってはいない。こんなところで魔人四天王の二人がやり合えば周囲も只ではすまない上、身内でやり合うのは魔王であるスラルに禁止されている。――特にレオンハルトとカミーラは。

 

「……ふん」

 

 その謝罪を聞いて気分が少し収まったのか、カミーラが怒気を鎮める。

 それもあるが、大きな理由はそこではないようであった。彼女の瞳はレオンハルトの表情をじっと見て――そして口を弓形に変化させた。

 

「……よく言う、一瞬だが……随分と楽しそうだったな……? そんなに私と踊りたかったのか……? くくっ……」

 

「…………なに、美人と踊れるなら光栄だからな。そりゃテンションも上がる」

 

「くっ……くくく……随分と欲求不満のようだな……」

 

「カミーラ様……」

 

 レオンハルトの内面を見通したかのように、そしてその感情に見に覚えがあるのか、カミーラが面白そうに笑う。七星はそんな彼女の楽しそうな様子を見て、ほんの少し困惑する。

 カミーラはそのまま言葉を続けた。

 

「お前の悩みは、わからないでもない……せっかくだ……いつもの礼に、助言をやろう……」

 

「……カミーラが俺の為に何かしようとする日が来るとはな。明日は雪か?」

 

「なに、世話になった礼と思え……」

 

「…………」

 

 レオンハルトは茶化しながらも、その目は真剣そのものだ。カミーラの言葉を聞き漏らさないように意識を傾けているようである。

 カミーラは未だ口元に微笑を残しながら助言を口にする。

 

「長く生きると……退屈が何よりの毒となる……その内慣れる上、私はそれも、嫌いではないがな……」

 

 その言葉は妙に含蓄のある様にレオンハルトは聞こえた。黙って先を待つ。カミーラも程なくしてそれを続ける。

 

「そして……ほんの少し、変化を加えるだけで……日常は非日常となる」

 

「……変化っつってもな」

 

「簡単なことだ……お前の場合は……そうだな……使徒でも作ったらどうだ……?」

 

「……使徒を? それは……」

 

 レオンハルトが眉をひそめる。全く予想していなかった単語だったからだ。

使徒。自らの血を分けて作り出す魔人の忠実なる下僕。その特性から長い年月を使徒と共に過ごすことになる。

 カミーラにとっての七星。ガルティアにとってのラウネア、タルゴ、サメザンなどがそうだ。

 その使徒を自分が作る――?

 レオンハルトは想像がつかなかった。それで現状に満足出来るとも思えない。

 そんな思いが顔に出ていたのかカミーラがそれを指摘する。

 

「不満そうだな……なに、作ってみると案外、悪くないものだぞ……?」

 

「カミーラ様……」

 

 その言葉にカミーラの使徒である七星が嬉しそうな声色で主の名前を呟く。忠義が認められたような気持ちなのだろう。カミーラはそんな七星の様子を見てか、レオンハルトのだんまりを決め込んだ表情を見てか、軽く鼻で笑ってみせると、歩みを再開した。

 

「私はもう行く……精々、考えることだな……」

 

「はっ、参りましょう。……レオンハルト様、ではまた」

 

「……ああ」

 

 別れの挨拶を告げ、二人の主従はレオンハルトを通り過ぎると、そのまま去っていった。

 廊下に一人残されたレオンハルトは、しばらく何かを考えるようにそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 遅めの夕食を終え、仕事を片付けると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 魔王城の中こそ、ランプなどの照明設備のおかげでそれなりに明るいが窓の外は暗闇。

 

「……行くか」

 

 レオンハルトは少し考えて、自分の部屋を後にした。向かう先は最早、日課となっている魔王――スラルの私室だ。

 ノックをして、中にいる主に呼びかけると、直ぐに返事が返ってくる。

 それを聞いてから扉に手を掛けた。

 

「おう、来たぞ。スラル」

 

「……ちょっと来るの遅い」

 

 少しだけ拗ねたようにそっぽを向くスラルを見て、嘆息する

 

 ……こいつは、全然変わんねぇなぁ……。

 

 相変わらずの魔王らしくない態度を見てそう思う。俺はいつものようにスラルの隣に腰掛けると、弁明するために口を開いた。

 

「仕事が溜まってたからしゃあねぇだろ。むしろ俺としてはよく今日中に終わったな、と自分を褒めたいところだ」

 

「……それはそうかもしれないけど……んー」

 

 スラルはその言葉に少し思案顔になる。そして何回目かになる提案を出した。

 

「遅い時は私の部屋で仕事――」

 

「駄目だ」

 

 俺はそれをすげなく却下する。本当に何回目だろう、と頭を抱える。

 

「お前と俺が一緒に仕事すると周囲の目が無かったら脱線しまくるだろうが……一度、一緒にやって口論から夜通しボードゲーム大会になったの忘れたのか?」

 

「うっ……でも、あれはあの時だけ――」

 

「その次は確か読んでた本の続きが気になってお互いに推理し続けたな。朝まで」

 

「…………」

 

「その次はお前が――」

 

「――べ、別の話にしましょ!」

 

 恥ずかしいことを蒸し返されそうになり、慌てたようにスラルが話を遮る。俺はやっと収まったか、と息を吐いた。

 スラルは俺が部屋に来るのが遅かったり、来ない日があるとちょっと拗ねる。まぁ、週に一回か二回くらいならそこまで言ってこないが、今日みたいな遠征でしばらく会ってない日なんかがあるとそれが顕著だ。

 スラルは誤魔化そうと何かを話そうとして、思い出したかのように口を開いた。

 

「さっきガルティアからもちょっと聞いたけど、今回の遠征は大丈夫だった?」

 

「……いつも通りだな。敵将討ち取って適当に追い返して解散。あれだけ叩けばしばらくは戦えねぇだろ」

 

「ん、わかった。怪我は無かった……よね?」

 

「……無いな」

 

「……やっぱり戦うの嫌いになった?」

 

 スラルが心配そうに俺を見上げる。俺はその問いに首を振った。

 

「戦うのが嫌いになった訳じゃねぇ。……ただ、あまりにも単純作業になってきたからな。楽っちゃ楽なんだがそればっかりだと張り合いが無いっていうか……」

 

「んー……あまり気が進まないけど……カミーラやガルティアと模擬戦でもする? 本気は駄目だけど」

 

「……いや、いい。あんまり周囲に迷惑掛けるのもな」

 

「……わかった。じゃあ何かあったら遠慮なく言って! 出来る限り融通するから!」

 

「魔王様の融通か。それは魅力的だな。何でも手に入りそうだ」

 

「でしょ?」

 

 その場に穏やかな空気が流れる。毎度お馴染みの他愛もない話。ガルティアが居ればもっと騒がしくなる。

 こういった変わらないやり取りは嫌いじゃないんだけどな……。

 本当にこの性分はどうしたものか――そう考え、昼間カミーラに言われた事を唐突に思い出す。

 そして何となくスラルにも聞いてみようとそれを口にした。

 

「……そういや、ちょっと手に入れようか迷ってるものはあるな」

 

「え、何? 教えて?」

 

「使徒を作ってみようかと思ってな」

 

「あー使徒ね。それなら――って、ええ!?」

 

 スラルが俺の言葉に驚愕する。何でそんなに驚くんだろうか。

 

「……俺が使徒を作ろうとするのってそんなに意外か?」

 

「う、うん。興味ないのかと思ってた……だって、百年くらい前に……」

 

「ああ、そういえばいたな。俺の使徒になりたいって言ってた奴」

 

 俺は記憶を掘り起こす。確かにそんな事があった。

 あれはとある人間の女だ。それなりに強くて、何かがあったのか人間に恨みがあるので、魔軍に入りたい。使徒にしてほしいと態々一度魔軍に捕まってまで言ってきた奴がいた。

 復讐心が高すぎるのと、俺自身があんまり乗り気じゃなかったのもあってその時は断って解放してやった。あの時は今ほど退屈してなかったのもあるしな。

 それを思い出して俺は苦い表情を浮かべる。

 

「あの時はどうかと思ったけどな。今は……ちょっとくらいなら考えてもいいかと思ったんだが」

 

「……うーん。ま、良いんじゃない?」

 

 スラルが意外にもあっさりと肯定する。身内を大切にするスラルは嫌がりそうだと思ったからだ。

 俺はその疑問を口に出す。

 

「なんだ、いいのか? とんでもない極悪人や魔物を使徒にするかもしれねぇぞ?」

 

「ん、それはないかな。レオンハルトのこと信じてるし」

 

スラルは何ともなしにそう言う。その表情は一点の曇りもない様子。

 

「レオンハルトが認めた子なら、きっと良い子だと思うし……私も仲良くなれそう」

 

「……スラル」

 

「だから、もしそういう機会があってレオンハルトがこれって思う子がいたら使徒にしてあげて」

 

 その言葉に、俺は心の中の靄が少し晴れたように感じた。

 そして苦笑する。こういう部分があるからこいつは侮れない。

 

「……そうだな。そういうのも賑やかでいいかもな」

 

「もし出来たら歓迎会開いてあげないとね」

 

「しまった、それがあったか……」

 

「ちょ、ちょっと! それは失礼よ! 私だって少しは……」

 

 上達してるってか? ありえない。未だにガルティアしか喜ばない毒料理を食べさせるなんて正気じゃない。

 

「……魔人でさえ気絶するんだぜ? スラルの料理食べたら、俺の使徒死なねぇかな……?」

 

「そこまでいかないわよ! ……多分」

 

 二人揃って言葉尻が弱くなる。今から使徒になる奴が可哀想になってきた。

 

 ……でもまぁ、少しは気が楽になったな。

 

 そのうち、そういう奴が現れたら使徒にする。今後はそういう人材を探すことも趣味になるのだろうか。

 俺はその日、スラルの言葉、そして未来の使徒を思ってか、ぐっすりと寝ることが出来た。

 

 

 

 

 

 ――朝。

 

 カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。それに気づいた俺は飛び起きた。

 

「やべぇ……寝すぎた」

 

 別にいついつまでに起きるとかいうそういう決まりもないのだが、今の時間は普段なら既に朝食を食べ終えて仕事をこなしている時間だ。作戦行動中や会議の予定なんかがあると問題だが、今日はそんな予定もない。

 そう考えると少しはゆっくりしてもいいかと開き直る。これだけ眠るって事は昨日は色々あって疲れたんだろう。悩みやら使徒やらの話もスラルと話して気が楽になったのかもしれない。

 

「たまにはこういう日も悪くねぇな……」

 

 そう言って俺はいつものコートに袖を通すと、部屋の扉を開けた。

 すると――

 

「――おはようございます!! レオンハルト様!!」

 

「あ――?」

 

 扉を開けた瞬間、俺に向かって元気のいい挨拶が聞こえてくる。しまった、誰か訪ねて来てたのか。

 十中八九、仕事の事だろう。朝から申し訳ない事をした。

 俺はその腰を九十度曲げて挨拶する少女に、声を掛けようとする――ん? そういえば見覚えのない奴だな。

 じっと視線を向けながら考えていると、その少女は上体を起こして大きな声で発言した。

 

「――先日の話を耳にして参上致しました! 私を――」

 

 そして一息で、

 

「私を――レオンハルト様の使徒にしてください!!」

 

「………………え?」

 

 俺はそれを聞いて、凍ったように動きを止めてしまった。

 

 ――幾ら何でも急過ぎねぇか……?

 

 朝のひと時に、突然に、レオンハルトにとっての転機は訪れた。

 

 



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使徒候補

 

 

 

「――で、お前は何だ? というか何でその事を知ってる?」

 

 とりあえず玄関先――というか廊下で話すのも何なのでその少女を部屋に迎え入れてやる。

 だがその少女は部屋に入るなり辺りを見渡しては、

 

「さすがは魔人四天王の一席を敷くレオンハルト様のお部屋……高級感がいいですわね。ベッドもふかふかですわ」

 

「…………」

 

 何故か部屋を品定めしていた。

 俺はそんな興味深そうに部屋を眺める少女にもう一度声を掛ける。このままでは一向に話が進みそうに無いしな。

 

「……あー……なんだ、その、ちょっと自己紹介してくれねぇか?」

 

「あっと、失礼。思わず目移りしてしまいましたわ。では改めまして――」

 

 ビシッと手を前に出してポーズを取る少女。

 

「わたくし、これからレオンハルト様の使徒になる予定の女の子モンスター、バトルノートと申します! 以後お見知りおきを!」

 

「…………」

 

「ふっ……決まりましたわ……」

 

 俺はポーズを決めて満足そうにする少女を見て、げんなりする。

 

 ……最初に使徒に立候補してきた奴がこれかぁ……。

 

 何というか個性的な性格をしているのが一目見てわかる。

 それに俺は一つの疑問が頭に浮かび上がる。こいつは自分の事を女の子モンスターのバトルノートと言った。

 

 女の子モンスター。

 その名が示す通り、見た目は完全に人間の可愛らしい女の子に見えるのだが歴とした魔物の一種。それぞれ種類によって特殊な能力を持っている。

 男の子モンスターと繁殖して新たな魔物を生み出す事が出来る。因みにだが、男の子モンスターの方は人間の見た目をしてる奴はほぼ存在しない。世間一般で見られる大方の魔物が男の子モンスターと呼ばれている。

 

 さて、そこはいい。俺も魔人だ。こいつが女の子モンスターだということは理解出来る。

 問題は次の発言。バトルノート。

 バトルノートっていうのは強さよりも知能に長けた女の子モンスターであり、戦術眼、作戦指揮能力、部隊指揮能力、など集団行動を得意とする。

 秘書能力も高くその特性から魔軍でも魔物将軍の補佐や参謀として多くのバトルノートが働いており、自分ともよく関わる馴染みの深い女の子モンスターだ。

 

 だが、よく知っているからこそおかしな点がわかる。

 バトルノートっていうのは黒を基調にした軍服とドレスを掛け合わせたような服装に長い薄紫の髪が特徴だ。

 しかし、こいつの服はともかく、髪は……。

 俺はそれを口に出す。

 

「……お前、バトルノートじゃなくてコマンダーじゃ――」

 

「バトルノートです」

 

 間髪入れず俺の言葉を遮る。バトルノート(仮)。

 俺は別の切り口からそれを攻めてみる。

 

「……バトルノートってそんなに髪短くないんだが……」

 

「これは切りましたの! わたくしのアイデンティティですわ!」

 

「…………」

 

 俺は無言でそいつの頭を見る。本当か? 女の子モンスターって散髪出来るんだろうか。

 女の子モンスターは見た目が種類によってほぼ同一で、服装なんかも身体の一部と同じ扱いで、破いたり脱がす事が出来ても時間が経てば生えてくる――らしい。俺は見たことないから知らん。

 そしてコマンダーというのはバトルノートの下位種であり、バトルノートの髪を短くした見た目をしている。下位種なのでバトルノートほど能力は高くなかった筈だ。

 さて、こいつはどっちだろうか――と思ったがそれより先に聞きたい事が一つある。俺は訝しげな表情でそれを口にした。

 

「まぁ、お前がバトルノートかコマンダーかは置いておくとして……お前、何で俺が使徒を作ろうとしてるの知ってる? それは昨日決めたばかりのことなんだが」

 

「それくらい当然の事ですわ。わたくしはレオンハルト様ファンクラブの会長を務めていますから」

 

「――は?」

 

 今、何気に聞き捨てならないというか信じられない単語が聞こえたんだが。

 

「……え、ファンクラブなんてあるのか?」

 

「ありますわ。わたくしが半年程前に設立しましたの」

 

 胸に手を当てて自慢気に話すバトルノート。こいつが作ったのかよ、と思うがまぁ、会長ならそうか。

 俺はその会長様にちょっと気になって質問を重ねる。

 

「……ちなみにどれくらいいるんだ? ファンクラブの会員は」

 

「現在会員数47名。その殆どがレオンハルト様と関わりがあるバトルノートやコマンダー、後は近接攻撃系を得意とする女の子モンスターで占められていますわ。最近は七星様やガルティア様のファンクラブと日夜しのぎを削っていますの」

 

「それは多いのか……? いや、というより七星やガルティアにもファンクラブがあるのか」

 

「それなりですわ。魔軍には女の子モンスターはそれほど多くはありませんし。ですがこの程度では満足しません、もっと数を増やしてみせます」

 

「……さよか」

 

 そう宣言するバトルノートに否定も肯定も出来ず、生返事を返す。ガルティアや七星はこの事知ってんのかな……。

 というか女の子モンスターもミーハーというか何というか。面子がわかり易すぎる。こう言うとあれだが、自分でも自分の容姿は悪くないとは思っている。喧伝するのもアホらしいし、謙遜するのも嫌味だから特に口には出さないが。

 俺はそんな事を考えながらも、使徒の件が流出した原因を一つ思い当たる。というかそれしかない。

 そしてその結論を勿体ぶらずにさっさと口にする。

 

「……昨日のカミーラとの会話でも聞いて来たって事でいいか?」

 

「さすがはレオンハルト様! 慧眼お見事ですわ! 推察通り、廊下でカミーラ様との会話を偶然そこを通りがかったわたくしが耳にしましたの! そして居ても立ってもいられず参上致しました次第ですわ! ふふふ、自分の強運が怖いですわね……」

 

 これは運命、と髪を掻き上げてニヒルに微笑んで見せる彼女。何か大袈裟というか目立ちたがり屋なんだろうか。作戦指揮を担当する女の子モンスターなのに随分と馬鹿っぽいのは何でだろうな。ちなみに他のバトルノートはこんなんじゃない。もっと落ち着いた性格をしてる。

 

「……あー」

 

 俺はどうしようか頭を掻きながら考える。

 使徒を作ろうと決めたのは間違いないが、こいつでいいのか?

 なんか残念そうなんだよな。いや、魔人の俺相手にここまで物怖じしないのはポイント高いか。長く生きてると、そして魔人ともなると対等に話せる奴が少なくてな。少しばかり溜息をつきたくなる時もある。ゆえにこういうタイプは嫌いじゃない。

そして今のところ裏があるようにも見えない。というよりこれが演技だったら末恐ろしい。

 

 バトルノートなのかコマンダーなのかという疑問はあるが、そんなのは究極どっちでもいい。別に種族で使徒を決める気もないしな。

 人格面はまだ分析が足りないだろうが仮に及第点だとしよう。後は役に立つかどうかと俺との相性か。

 そこで一つ、大事な事を聞いてないのを思い出しそれを質問する。

 

「お前は、何で俺の使徒になろうと思ったんだ?」

 

 そう、これを聞かなきゃ始まらない。

 俺は視線で彼女を強く射抜くように向ける。これでも魔人になってそれなりだ。威圧感はそれ相応にあるだろう。

 

「よくぞ聞いてくれましたわ!」

 

 しかし彼女はその重圧を微塵も感じていないのか、先程までと同じ様に声を張り上げた。

 

「それを話すにはまずレオンハルト様の魅力について語らなければなりませんわね!」

 

 そう言って彼女は言葉を繋げた。

 

「レオンハルト様は魔人四天王を敷くに相応しい高い実力を持ち、魔軍参謀に魔王様直々に抜擢されるほど頭脳も明晰。魔人のお歴々の中では接しやすいと評判で、容姿もかなり優れています。そんな魔人の中の魔人であるレオンハルト様に――」

 

 次々とこそばゆくなるような発言を連発してくる彼女。

 そして次に自分に手を当て、ふふん、と自慢気に口を開いた。

 

「頭脳も優秀で容姿にも優れており、バトルノートの中では戦闘力に定評があるわたくしが使徒になれば敵はいませんわ! だからレオンハルト様――」

 

 こちらに向かって一通り自分のアピールをした彼女は、最後にこう締めくくった。

 

「わたくしをあなたの使徒にしてくださいませ!!」

 

「…………そうか」

 

 俺はその言葉を一通り聞き終えると、言いたい事、というかツッコミを飲み込んでから声を発する。

 やや鋭い視線を彼女に向けながら、俺はあえて厳しい言葉を告げた。

 

「ま、熱意は伝わったけどな。――魔人の、俺の使徒になるってどういう事かちゃんと理解してるんだろうな?」

 

 俺はそれをきちんと口に出して説明する。分かってなければ困るしな。

 

「基本的に使徒は魔人に絶対服従だ。俺がお前にどんな事をしようが、奴隷のように扱おうがそれには逆らえねぇ。俺が死ぬまで――いや、死んで魔血魂になったとしても俺のために働く」

 

 血の契約を交わした使徒に対して魔人は、魔王と同じ様に命令権を持つ。命令しなければ特に不利益はないものの、絶対服従を命令されればその全てに従わざるを得ない。

 そしてその呪縛は主である魔人が魔血魂になっても続く。魔人は死んで魔血魂になっても新たな依代に宿らせる事で復活することが出来る。その依代を使徒が主の為に探さなければならない。

 

 それは一種の本能でもある。自分の中にある主の血がそうさせる習性のようなもの。仮に魔血魂を上書きして新たな魔人が誕生しても使徒はその魔人に仕えなければならない。

 それに魔人と使徒は、長い時を一緒に過ごすことになる一種の運命共同体。生半可な者を選ぶ訳にはいかない

 

 ゆえに、魔人は使徒に自分との相性。そして――忠義を求める。

 

「お前は俺に絶対の忠誠を誓えるのか?」

 

「誓えますわ!」

 

 しかしこちらの忠告を聞いた後でも彼女は即答する。

 

「…………」

 

 暫しの間、視線を送り続ける。それは脅し、最後通牒だ。――少しでも迷いがあるなら、覚悟がないならここで引き返せ。視線はそう物語っているようだった。

 しかし視線の先にある彼女の表情には迷いが見えない。ともすれば何も考えていないようにも見えるし、とっくに覚悟は決まっているようにも見える。さて、これは――。

 ややあって、俺は自分からその瞳を閉じて息を吐いた。室内の空気が少し弛緩する。

 

「……なら、テストをさせてもらう」

 

「受けて立ちますわ! その内容は教えて下さいまし!」

 

 ぶれずにそう不敵に答えてくる。どっちだ? 本物なのか、只何も考えていないのか。

 俺はテストの内容を簡潔に説明してやる。

 

「簡単な事だ。今日一日限定の下級使徒にしてやるから、俺と行動を共にして俺の役に立ってみな」

 

 下級使徒とは魔人と血の契約を交わしていない、単純に忠誠を誓っただけの存在をそう呼ぶ。

 ちなみに下級使徒ですら魔軍での地位は魔物将軍より上だ。使徒は魔人の側近だからな。

 

「レオンハルト様の役に立てばいいのですね! わかりましたわ!」

 

「……俺は詳しく指示しねぇからな。簡単な行き先や行動しか伝えない。後は自分で考えて行動しろ」

 

「勿論ですわ! ふふん、これでも考えるのは得意ですの。そして行動派でもありますわ」

 

 自信満々に胸を張る彼女。よっぽどの自信家って感じだが。

 俺はその発言に触れずに立ち上がる。そして彼女に一言だけ告げた。

 

「それじゃ行くぞ」

 

「かしこまりましたわ!」

 

 俺が部屋から出ようとしているのを見て、扉にささっと近づくと先に開けてくれる。

 

「どうぞ!」

 

「……ああ」

 

 ……とりあえず元気はいいな。

 俺は彼女が開けた扉からありがたく外に出ると、今日の行動について思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

 部屋を出ると、そういえばまだ起きて何も食べてない事を思い出す。部屋で食べる事も出来るが、今日はあいつにも会わせてみるかと思い、彼女に食堂に行くことを伝えてみたのだが、

 

「食堂ですわね! なら、わたくしが先導致しますわ!」

 

「……ああ、頼む」

 

 場所は当然知っているが、そういう意味じゃないだろう。従者というのは主と一緒に歩く時、前で先導するか後ろからついていくかのどちらかで歩く。

 何となく前を選んだのは性格なんだろうなと内心、勝手に当たりをつける。

 

「ふん、ふふん、ふーん」

 

 前を歩く彼女はとても上機嫌な様子であり、鼻歌を歌っていることからそれがよくわかる。それにとても自慢げな表情をしているであろう。後ろからでも容易に想像がつくほどその足取りは軽い。もう少しテンションが上がればスキップになってしまいそうな程だ。

 そんな彼女の後ろ姿を眺めながら歩くこと少し。食堂に辿り着いた。

 そして中には案の定と言うべきか、そいつがいた。

 

「……ん、このオホホウフフのてんぷら美味いな。サクサクした食感とほのかな甘味が絶品だ」

 

 魔人ガルティア。

 200年程の付き合いとなる友人が席に腰掛けていた。

 テーブルの上には所狭しと置かれた料理の数々。魔王城にいる時は変わることのない光景だ。

 さすがに朝食には少し遅い時間であるためか、他に人はいないようだ。まぁ、都合はいいか。

 

「おっと、ようやく来た――ん?」

 

 ガルティアが食堂に入ってきた俺達に気づいて視線を向ける。すると当然、俺の前を歩く彼女にも気づいた。

 俺は最初に声を掛けさせるのもなんなので、先に挨拶しておくかと思い先に口を開く。

 

「ようガルティア」

 

「おお、今日は遅かったな。そっちの女は?」

 

「こいつは――」

 

「お初にお目にかかりますわ! ガルティア様!」

 

 俺が紹介してやろうと手を差し向ける前に、彼女は目の前に一歩進み出る。

 

「わたくし、レオンハルト様の使徒――に、なる予定のバトルノートですわ! 以後お見知りおきを!」

 

「……ん、おお。よろしくな」

 

 魔人相手にも実に堂々とした自己紹介だったが、ガルティアは特に驚いた様子もなく普通に返した。まぁ、ガルティアだしな。

 

「レオンハルトの使徒、か」

 

 しかしそのガルティアも少なからず気になったのか、軽い口調で訪ねてくる。

 

「どういう風の吹き回しなんだ? 以前は作る気が無いみたいなこと言ってただろ」

 

「いや、ちょっとばかし思うところがあってな。まだ確定じゃないが」

 

「直ぐに確定させてみせますわ! ……それはそうとレオンハルト様、朝食は何になさいますの?」

 

 威勢良く宣言しつつ、彼女は何を食べるか聞いてきた。

 だが、ここでも俺は突き放してみる。

 

「お前に任せる」

 

「かしこまりましたわ。少々お待ちを!」

 

 そういって小走りで厨房へとメニューを伝えにいく彼女。距離が離れていく。

 それを見計らって俺はガルティアに話しかけた。

 

「……で、ガルティアはどう思う?」

 

「どうって……あの使徒候補の事か?」

 

「ああ、お前の主観、第一印象でいい。ちょっと聞かせてくれ」

 

「あー……そうだな」

 

 ガルティアは食事を取る手を休めず、首をひねって思案顔になる。そして程なくして結論を出した。

 

「まあ、いいんじゃねえか?」

 

「……随分あっさりと認めるな」

 

 俺としては少しでも何か不安点でも出してくれれば色々と捗るのだが。

 そんな俺の心の内を汲み取ったのか、ガルティアが続ける。

 

「俺がごちゃごちゃ言ってもしょうがないしな。それにお前がこうやって試すくらい認めたんなら大丈夫だろ」

 

「…………だが」

 

「昔から言ってるが、お前って考えすぎるところあるからなあ。少しは好きにしてみろよ。お前の使徒なんだから誰にも注文付けられる筋合いはねえだろ?」

 

「…………」

 

 ガルティアの言葉に今度は俺が思案顔になる。やはりこいつの観察眼は侮れないし、核心を突いてくる。それは痛いほどに。

 だが、それを聞いてすんなりと決めれるほどでもない。俺はしばし思考を巡らせる。

 そして十分後。

 彼女がトレイを運んで戻ってきた。

 

「お待たせしましたわ、レオンハルト様! さぁ、どうぞ!」

 

「料理と一緒に戻ってくるって事は――」

 

「ええ、手伝いましたわ。とはいってもコックに指示しただけですが」

 

 どうやらバトルノートらしい手伝いをしたらしいがそれは高確率で邪魔になるような気がする。とはいえ、自分で考えて行動しろ、と言った手前注意する訳にもいかない。

 とりあえず俺は何を持ってきたかを――

 

「――!」

 

 見て、驚愕する。

 何故ならそこには――全て、俺の好物で占められていたからだ。

 俺は彼女に顔を向ける。そのまま自慢気に胸を張っていた彼女に質問した。

 

「……お前、知ってたのか?」

 

「当然ですわ! レオンハルト様の好物は主に、こかとりす、焼き肉そうめん、うなぎ、青ネギ、後は辛い味付けが好きで、ご飯かパンかならご飯派、そして朝食にはまふまふを欠かさない。全てリサーチ済みですのよ!」

 

 確かに合ってる。朝食としては若干重いような気もしなくもないが、これくらいなら問題ない。

 俺は試しに一口、まふまふを摘んでみる。

 

「……っ! 味付けが……いつもと違う?」

 

 コックがいつも作るまふまふの味と今日のまふまふの味が若干だが変わっている。

 いや、だがこれは、

 

「まふまふに関してはもう少し素材の味が楽しめるよう塩分を調整させていただきましたわ。おそらくレオンハルト様はこちらの方がお好きだと思うのですが……どうでしょう?」

 

「いや、確かに悪くない……」

 

「おお、そっちも美味そうだな。ちょっと貰っていいか?」

 

「お前は自分の食ってろ」

 

「えー……」

 

 残念そうな声を出すガルティアを尻目に俺は朝食を取る。横目で彼女を覗き見ると、物凄いドヤ顔で胸を張っていた。

 料理の味も大体が俺の好みに合致している。おそらくコックに指示を出したというのはこれの事だろう。

 

 ……こいつ、ひょっとして有能なのか……?

 

 俺はそんな疑いをかけながら朝食を美味しく完食した。

 

 

 

 

 

 朝食を終え、部屋に戻ってきた俺はバトルノートに次に取る行動を指示した。

 

「……それじゃ次は書類仕事でも手伝ってもらうか」

 

「お任せあれ! レオンハルト様の為なら何枚でもこなしてみせますわ!」

 

 やはりと言うべきか自信満々に了承する彼女。だが確かにバトルノート……かはわからないが、バトルノートだと言うのならこういった仕事は本分であり適職だろう。それは例えコマンダーであったとしても変わらない。

 精々、本領を発揮してもらうか。

 俺は机に重ねていた何枚かの書類を彼女に手渡す。すると少し気勢を落として、

 

「……随分と少ないですわ」

 

「昨日の内に殆ど終わらせちまったからな。今はこれだけだ」

 

「……遠征帰りでお疲れだというのにこの迅速な仕事振り……さすがはレオンハルト様ですわ! 私も使徒として見習わなくてはなりませんわね!」

 

「まだ使徒じゃねぇけどな」

 

「今直ぐ取り掛かりますわ!」

 

 どうやら俺の言葉は聞こえてないらしい。それとも聞こえていてアピールしようとしているのか……どっちでもいいか。

 ともあれ、書類をテーブルに置くとソファーに腰を掛けさっそく目を通し始めた。そんな姿を見て、俺は俺で自分の机に腰掛ける。

 

 ……でも確かに、使徒にこういった仕事を任せることが出来るのは助かるな。

 

 昔からそれこそカミーラのとこの七星の仕事振りを羨ましく思っていたものだ。

 それに俺は魔軍参謀という肩書の所為で仕事も多い。これでもし使徒と一緒に仕事が出来るなら自分の時間もそれなりに出来るだろう。

 

「レオンハルト様」

 

「あ? どうした?」

 

 気がつけば一枚の書類を持ってきている彼女の姿。

 

「ここなんですが……」

 

「? ん、これがどうかしたか?」

 

 分からないところでもあるのかと書類を見てみる。しかし予想に反してそれは特別難しいものじゃなかった。

 とある戦地から物資を送ってほしいという旨の書類。要は補給するから了承をくれって書類だ。

 こんなのサインするだけ――ああ、そうか。さすがに俺のサインが必要な書類をまだ正式な使徒になってないこいつに書かせるのもよくねぇな。なんだ気が利くじゃないか。

 内容も問題ないようだし、サインしてやるかと思ったところで、それは止められた。

 

「待ってくださいまし、レオンハルト様」

 

「あん?」

 

「こちらの書類にサインするのは待ってほしいのですわ」

 

 と、そんな事を彼女から言われる。俺は思わず眉をひそめる。

 

「……理由を言ってみろ」

 

 まさか、何の理由も無しに言ってる訳じゃないだろう。故にそう問う。

 彼女は相変わらずはきはきとしたお嬢様口調で説明をはじめた。

 

「はい。こちらの戦地ですが、どうやら珍しいことに魔軍の劣勢が続いているみたいですわね」

 

「……そうだな」

 

 それは彼女の言う通りだ。劣勢のまま戦いが長引いているからこそ支給した物資が無くなったのだろう。

 正直、しばらくしたらこの戦地から魔軍は撤退させようかと考えていた。今は魔軍の戦域は大分広がってしまっている。幾つかの国からは手を引いて少し消費と被害を抑えようと思っていた頃だ。こういうのが出来るのは魔軍ならではだな。人間同士の戦争なら追い打ちを掛けて領土まで攻め込んでくるかもしれないが、魔軍の支配地域にわざわざ自分から喧嘩を売りにくるような馬鹿はいない。戦力差は圧倒的なのだからそんなことをすれば待っているのは破滅だ。

 

 それはともかく、いちいちここを攻める理由はない。お互いの被害は出来る限りは少なくしたいからな。だから負けているのならばそれを口実に撤退でもさせようかと思った。個人的には魔軍を追い返す程の何かがあるのだろうから興味を惹かれるが……。

しかし彼女は何故補給を止めさせるのか。まさか今の時点で撤退でも進言してくればいいがそれはないだろう。

 そんな俺の考えはやはり当たっていた。

 

 

「なので援軍を送りましょう」

 

「……ああ」

 

 そっちのパターンか。まあ、勝つためならその意見はご尤もだな。

 

「物資と一緒に援軍をここから送れってことか」

 

「いえ、違いますわ」

 

 なんだ、じゃあ別の所からか?

 俺の思考と同じ言葉を彼女は口にする。

 

「この隣の国を攻めてる部隊を三分の一程度こちらに送りましょう。そちらの方は余裕があるみたいですので」

 

「……まあ、悪くない手だな」

 

「それにこの地を落とせば結構な物資が手に入る筈ですわ」

 

「…………ん?」

 

 俺はその言葉を聞いて、その場所をよく思い返してみる。確かここは、

 

「魔軍の被害をまだ一度も受けてない国だな、そういえば」

 

「その通りですわ! その恵まれた立地と距離から一度も侵略された事もなく、戦争も近年までは一度も無かった大穀倉地帯! ここをいつもの様にいたずらに被害を与えるのではなく完全に支配下に置いてしまえば魔軍はこれまで以上に潤ってパワーアップですわ!」

 

「それもそうかもな」

 

 確かに物資は多いほうが良いに決まってる。安定した供給先が手に入るならそれもありな選択肢だ。

 

「そして物資が更に潤沢になり、手が空いた部隊で次は隣の国を二方面――いえ、三方面から攻めてしまいましょう!」

 

「それもまぁ……」

 

 確かにそうすればあっさりと落とせるかもな。なんだか雲行きが怪しくなってきたが。

 

「そして更に! 隣の大国に攻め入るのですわ! 力を蓄えられると厄介ですしさっさと先制攻撃するに限りますわ!」

 

「…………」

 

 あれ? だんだんと話のスケールがでかくなってきたな。出来ればその国を攻めるのは個人的にやめてほしいんだがな。

 

「戦いは最初の攻撃で徹底的に叩くに限りますわ! 攻撃は最大の防御とも言いますし!」

 

「……攻撃するのが好きなのか?」

 

「大好きですわ! 攻勢、突撃、奇襲、水際作戦! 防御なんて性に合わないので――あっ」

 

 勢いのまま目をキラキラさせて語ろうとしていたが、失言だと感じたのか短く声が漏れる。

 

「えっと、防御もいいかと思いますが、その……攻撃の方が、その……」

 

「……いや、いいけどよ。俺も攻める方が好きだしな」

 

「!」

 

 俺がそう言うと顔をパァァァっと輝かせた。わかりやすい反応だ。

 

「そ、そうですわよね! ……あ、でも敵を嵌める為に敢えて防御するのは好きですわ! 相手が罠に嵌った瞬間が堪りませんの! 絡め手って奴ですわね!」

 

「……そうだな」

 

 確かにその気持ちはわかるんだがな、俺は内心でちょっと別の疑いが浮かび上がる。

 

 ……こいつ、根は良い子かもしれんが危ないやつなのでは?

 

 攻撃や絡め手について熱く語り続ける彼女を見て、俺はそう感じた。

 ちなみに、書類仕事はあまり捗らなかった。

 

 



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レオンハルトの使徒

 使徒候補であるバトルノートっぽい何かが随分と攻撃的な行動を好むことがわかってしばらく。

 昼食を食べ終え、とある場所へ向かおうと外に出た俺達はある奴と遭遇した。

 

「…………」

 

「おや、レオンハルト様」

 

 カミーラと七星。

 俺と同じ魔人四天王であるドラゴン魔人とその主従。

 ある意味でこの状況を作り出した現況でもある。言うまでもなく昨日のカミーラの発言の事だ。

 カミーラはその切れ長の瞳で一瞬、俺の前を歩く彼女を見てから俺に視線を移して口を開いた。

 

「……昨日の今日で、早速か……随分と、手の早いことだな……?」

 

「……うるせぇな。別にいいだろ」

 

 確かに自分から見ても急なのでちょっとバツが悪い。彼女の意見にすぐ流されてしまったからだろうか。

 

「……レオンハルト様、挨拶しても?」

 

 と、少しだけ落ち着いた声色で俺に一度、確認を取ってきた。

 さすがにカミーラ相手は緊張するのだろう。ガルティアの時は自分からいってたからな。

 

「ま、いいだろ」

 

 否定してやることもない。カミーラも一応は待ってくれているのだから聞く気はあるのだろうし、許可を出してやる。

 

「……では、お初にお目にかかりますカミーラ様!」

 

 緊張しているのかと思ったが、俺やガルティアに対してと同じトーンで声を張り上げた。随分と肝が据わってるな。

 

「わたくし、レオンハルト様の使徒――を内定してる女の子モンスター、バトルノートと申しますわ! 以後お見知りおきを!」

 

「…………」

 

 だがそこはカミーラ。彼女をじっと見つめるのみで返事もなにもない。カミーラはお世辞にも女性に優しいとはいえないしな。こんなもんだろう。

 さて、挨拶を済ませたしさっさと次の目的地に――

 

「そして! 七星様!」

 

 と思ったのだが彼女はビシッと指を指して言葉を続けた。その先にはカミーラの使徒である長髪糸目の男――七星。

 

「……私に何かご用ですか?」

 

「大有りですわ!」

 

 冷静に問い返す七星に対し、彼女は威勢良く口を開く。

 

「わたくしは魔物界一の完璧使徒……を目指しますので、それを達成するに当たって最大のライバルがあなたなのですのよ!」

 

「…………別に完璧という事はありませんが」

 

「今はまだ正式な使徒ではないので勝負も何もありませんが、使徒になった暁にはどちらが主に尽くせるか決着を付けて差し上げますわ! 首を洗って待ってなさい!」

 

「…………え、ええ」

 

 ……七星が凄い困った顔をしてる。これはかなり珍しい。時折こちらをちらちら見てくるのはどう対応していいのか助けを求めてるのだろうか。このまま放置してみたらどうなるか少し気になる。

 しかしそれを止めた者がいた。いや、止めざるを得なかったというべきか。

 

「……くっ……くくっ……」

 

 静まり返った廊下に笑い声が響く。カミーラだ。

 

「か、カミーラ様……?」

 

「おいおい……」

 

「?」

 

 七星と一緒に困惑の表情を浮かべる。そしてカミーラが笑ってるのを見たバトルノートはきょとんとしている。カミーラお前、最近笑いの沸点低くないか? 前からツボはわかりにくかったが。

 カミーラは含み笑いを続けながら、七星に視線を向ける。

 

「くくっ……七星……目を付けられてしまったな……?」

 

「は、はい。そうですねカミーラ様」

 

「負けないよう、頑張らねばならんな……? くくっ……」

 

「が、頑張ります」

 

 主から声を掛けられた七星だが、いつもより狼狽えている様子。それに比例してカミーラは可笑しそうに笑っている。

 

「……レオンハルト」

 

「ああ?」

 

 今度はこちらに声を掛けてきた。飛び火しないだろうな。今更怒ることはないと思うが。

 

「……愉快な使徒を、見つけたようだな……くくっ……」

 

「……お、おう」

 

「……私は、部屋に戻る……」

 

「……はい。カミーラ様」

 

 そう言ってカミーラは含み笑いを続けながらこの場から立ち去る。七星はそれに追随していったが、未だに時折笑うカミーラに内心、困惑しているのだろう。少し挙動がおかしかった。

 なんかカミーラの印象、昔と変わったな――と思ったが最初に会話した時もあんな風に笑ってたな。案外変わらないのかもしれない。

 残されたバトルノートはそれを見て、何を思ったか不思議そうに首を傾げた。

 

「カミーラ様って案外笑い上戸なのですね。わたくし、恥ずかしながらもっと怖いお方だと思っていましたわ」

 

「間違ってはねぇけどな……」

 

 多分だが、あの笑いは面白い動きをする下等生物を見つけたような反応な気がする。あいつ、馬鹿で突拍子もない事をする人間とか好きだからな……にしても笑いの沸点が低いと思う。

 俺達は気を取り直して当初の予定通り目的地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 次に俺達がやってきたのは魔王城から少し離れた丘。

 

「……この辺りでいいか」

 

 俺は周囲を見渡し、魔物兵の気配が無い事を確認するとそこで立ち止まった。

 後ろから付いてきていたバトルノートは、きょろきょろと辺りを見渡す。ここで何をするんだろうという表情を浮かべている。

 そしてその疑問を素直に口に出した。

 

「レオンハルト様? こんな人気のない場所で一体何を――はっ!」

 

 何かに思い当たったように息を呑む彼女。そんな彼女に俺は感心したようにふっと鼻で笑う。

 

「気づいたか……なら覚悟を決めてもらうぞ」

 

「あっ……いえ、そんな……」

 

 彼女は何故か、俺の言葉に頬に手を当てもじもじと身体をくねらせる。俺はその反応を不可解に思い、眉を寄せる。

 

「……? 今更怖じ気付いたのか? こうなる覚悟はしていただろう」

 

「そ、それはそうなのですが……いきなり外というのは……その、レベルが高いのですわ」

 

 ……こいつは何を言ってるんだ? レベルに中も外も変わらんだろうが。レベル差があり過ぎる事を心配するのはしょうがないけどな。

 

「室内がよかったのか? 出来なくもないが……被害が広がるだろ? 周りに迷惑掛けたくねぇしな」

 

「ひ、被害!? そ、それも周りに迷惑がかかるほどとは……さすがはレオンハルト様……」

 

 ごくり、と唾を飲み込む彼女。魔人の強さをあまりわかっていないのだろうか。本気で戦えば壁とか壊れて洒落にならない被害が出るしな。

 

「……そもそも普通は外だろう」

 

「ええっ!? 外が普通ですの!?」

 

「何をそんなに驚いてんだ……」

 

「あ、いえ……は、恥ずかしながら、あの、その、わたくし……け、経験がなくて……」

 

「はぁ?」

 

 恥ずかしそうにそう告白する彼女。

 え、なんだこいつ。女の子モンスターとはいえ魔物なのに戦ったことないとか嘘だろ? というか魔軍に所属してるのにな……指揮しかしたことないんだろうか。

 しかし、戦うのが初めてなら確かに躊躇するだろう。俺も初めて魔物と戦った時は怖かったような憶えがある。

 

「あ、あの……お聞きしてもよろしいですか……?」

 

「? 何だ、言ってみろ」

 

「レオンハルト様はその……経験はどれくらいお有りになりますの……?」

 

「……あー……そうだな……」

 

 中々に難しい質問だな。だがまぁ……。

 俺はその質問に少し考えて、答えてやる。

 

「……数えたことないからわかんねぇな」

 

「数えきれないほどっ!?」

 

 彼女がその言葉に戦慄したように飛び上がる。だが、すぐに興味津々といった様子で言葉を続けた。

 

「あ、あの、ちなみに今までどんな方と……?」

 

「そうだな……」

 

 俺はその問いを受け、今までの戦いの記憶を引っ張り出す。鮮明に思い出せるのは……

 

「最近だとカミーラだな。あいつとやり合うのは楽しかった」

 

「か、カミーラ様、ですか……そのような関係でしたのね……意外ですわ」

 

「後は、ガルティアとか……」

 

「ガガガ、ガルティア様!?」

 

「……そこまで驚くか?」

 

 これまでで一番大きい声量で叫ぶ彼女。そんなに意外だったんだろうか。まぁ、仲はいいから意外に見えるんだろう。

 

「他には……七星とメガラスとは最初に出会った時に襲われてな」

 

「お、襲われっ!?」

 

「あの時は大変だったな……今考えると笑い話でしかないが」

 

「……男と謎の生物に襲われ…………心中お察し致しますわ」

 

「? まぁな」

 

 何故か憐れむような視線を向けられる。そこまで同情してくれなくてもいいんだがな。言った通り気にしてない。

 

「……じゃあ、そろそろ始めるか」

 

「……は、はい。わたくしも覚悟を決めますわ……」

 

 彼女はそう言って深呼吸をして息を整えると、顔を赤らめながら俺の顔を見上げた。

 

「そ、その、最初は、キスからお願いいたしますわ」

 

「ああ、キスからだな。よし――――ん?」

 

 あれ、何かこの状況にそぐわない単語が聞こえたような。

 聞き間違いじゃなければこいつキスって言ったか?

 

「……お前、今なんて言った?」

 

「えっ……そ、そんなこと、もう一度わたくしの口から、言わせるおつもりですの? レオンハルト様のいけず……」

 

 頬に手を当てて顔を振るバトルノート。

 

 ……こいつ、何か勘違いしてないか?

 

 俺は確認の為に一応もう一度はっきりと口にする。

 

「……おまえ、俺と何をするつもりだ?」

 

「それは、そのー……え、エッチなこと……あっ、そういえば服は脱いだほうがよろしいですか? それともレオンハルト様手ずから……」

 

「……実力を試す為に戦おうと思ったんだが……」

 

「わ、わたくしと戦う――――えっ、戦う?」

 

「…………」

 

 その言葉に呆気にとられたように聞き返してくる彼女を見て、俺は今までの会話の齟齬を悟った。

 

 

 

 

 

「お、お恥ずかしいところをお見せしましたわ……」

 

「もういい、蒸し返すな……」

 

 俺達はお互いに誤解を解き終えると、どちらともなく息を吐いた。

 それにしても周囲に誰もいない場所を選んでおいてよかったと俺は自分の行動にほっとする。こんな会話を誰かに聞かれようもんなら俺の評判が地に落ちる。

 カミーラはまだしもガルティアやメガラスと――ぐっ、想像すると気持ち悪くなってきた。

 精神的に傷を負い、疲労が溜まる。もう今日はやめて今度にしようかとも思ったが、せっかくここまで来たのだ。

 それに面倒はさっさと終わらせるに限る。

 

「そんじゃ改めて試験の説明するけどな」

 

「はい! お願いいたしますわ!」

 

 彼女の方も気持ちを切り替えて元気よく返事をしてくる。この切り替えの速さは見習いたいところだな。

 

「俺にどんな方法でもいいから攻撃を当ててみろ――以上だ」

 

「攻撃を当てる……傷をつける必要はないということですわね」

 

 鋭いな。先程から思ってはいたがやはり頭の回転は速いようだ。

 

「ああ、それでいい。そんじゃ早速始めだ」

 

 俺は手で音を鳴らして開始の合図とすると、早速突っ込んできた。

 

「先手必勝ですわ!」

 

 懐から指揮棒を取り出して俺にむかって振り下ろしてくるバトルノート。

 ――そんじゃちょっと遊んでやるか。

 

 

 

 

 

「でや――っ!」

 

「…………」

 

「あうっ! くっ、まだまだ……!」

 

 攻撃を絶えず繰り出してくるバトルノートを見切っては躱し、時には転がし、ひたすらに捌き続ける。もう一時間は経っただろうか。時間制限を付けとけばよかったかと今更思い直す。

 だがいくら攻撃してこようと俺には当たらないだろう。ただの女の子モンスターであり戦闘はそこまで得意じゃないバトルノートと魔人である俺とじゃ実力は天と地ほどの差がある。

 

 通常のバトルノートより実力はあると息巻いていたが、俺にはいまいち違いが分からない。普通のバトルノートの戦闘を見たことがないっていうのも理由の一つだが、実力が離れすぎるのが大きな理由だな。

 俺はこのままでは無理かもな、と思いながら声を掛ける。

 

「……まだ諦めないか?」

 

「嫌ですわ! まだ続けます!」

 

「……そうか」

 

「くっ!」

 

 そう言って攻撃を仕掛けてきた彼女をもう一度こかしてやる。でもまぁ、時間制限を付けなかったのは俺が悪いし、気が済むまで付き合ってやるか。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 三時間後。

 未だに試しは続いていた。

 既に息も絶え絶えな様子の彼女に、俺は何度目かわからない降参を促す。

 

「そろそろ終わりにしないか?」

 

「い、嫌ですわ……!」

 

「……はぁ」

 

 未だに強い視線でそれを拒否してくる。どうやら諦める気はさらさらないらしい。これじゃ予定してたテストも出来そうにないな。これを最後に回せば良かったか。しかし、夜の間に出かけるのは避けたかったしな。

 

 ……もうすぐ日没か。

 

 俺は軽い気持ちで空を見上げて、少し後悔していた。

 

 

 

 

 

 五時間後。

 夕日が俺達のいる丘を照らして長い影を作る。

 俺がバトルノートに課した試験は――未だに続いていた。

 

「……はぁ……うぐ……」

 

「…………」

 

 何度も俺に地面にこかされ、いなされた結果、服はボロボロに汚れ、身体には汗が張り付いている。呼吸を整えて何とか立ち上がるもその攻撃に最初の方の勢いは既に無く、もはや俺でなくても躱すのは容易なほど。

 直接攻撃を加えた訳ではないので外傷はないだろうが、それでも疲労で満身創痍の筈。

 しかし、その目は未だ強い意思を持ち続けていた。

 俺はそれを見て、埒が明かないなと声をかける。

 

「……随分と持ったな。それだけ動けるなら確かに悪くないかもな」

 

「……お褒めに、預かり……光栄ですわ」

 

 まだ口が利けるのも大したものだ。根性は人一倍強いのかもしれない。

 ゆえに、俺はある一つの提案をしてやる。

 

「もうじき日が落ちて視界も悪くなる。お前のその体力に免じて降参してもそれだけで落とすことはしねぇ――だから、諦めろ」

 

 それに元々、土台無理な条件ではある。俺はもう何十年かはこういった決闘で傷を負ったことがない。最後に俺に傷をつけたのはカミーラとガルティアなどの魔人のみ。それ以外からの傷は一切ないのだ。

 だから、逃げ道を作ってやる。こいつの根性は大したもんだ。もう半分合格したようなものだし、ここで潰れてしまっても困る。

 

 ――しかし彼女は、

 

「お断り、ですわ……!」

 

 またしてもそれを、断固として断った。その瞳には強い意思が根強く残っている。

 その時、俺は初めてこいつに本当の意味で興味を持つ。

 こいつの中に一定の何かがあるように見えたからだ。

 

「……どうしてだ?」

 

 俺はその疑問を淡々と口にする。

 

「別に諦めても使徒になれない訳じゃねぇ。なのに何故そこまで意地になるんだ?」

 

「それだと……認められませんわ……」

 

 彼女はその質問に、言葉を途切れさせながらもしっかりと俺に向けて答えをぶつける。

 

「諦めたら……レオンハルト、様に……認められません、から」

 

「……それが使徒になるのと何の関係がある?」

 

「大有りです……!」

 

 そうやって息も絶え絶えになりながら彼女はそれを口にした。

 

「……レオンハルト様に、認められたからこそ……認められたいからこそ……わたくしは、あなたの使徒になろうと思ったんですわ」

 

 

 

 

 

 ――数年前。

 とある陣地に怒声が響き渡った。

 

「なんてことをしてくれる貴様!」

 

「……ごめんなさい」

 

 大きな身体を震わせて怒りを露わにするのは一体の魔物将軍。彼は目の前で縮こまるようにして謝る一体のコマンダーに、なおも大声で怒鳴りつけた。

 

「我々の作戦を無視して独断専行しおって! 一歩間違えれば失敗していたのかもしれんのだぞ! 貴様は私の首を飛ばす気か!?」

 

「ごめんなさい……」

 

「謝って済むと思ったら大間違いだ! くそっ、冷や冷やさせおって……」

 

 魔物将軍はぶつぶつと呟き、怒りを少しだけ収めるとコマンダーをじろりと睨みつける。

 

「しばらく謹慎を命じる! 精々頭を冷やすんだな!」

 

「は、はい。申し訳ございませんわ……」

 

「ふん……次はないぞ」

 

 そうして注意を告げると魔物将軍はその場から離れた。

 コマンダーだけがその場に残ると彼女は、他の兵が出撃していく中一人、陣に残って待機する。

 

 ――魔軍に属する女の子モンスター、コマンダーである彼女は自分の考える作戦に絶対の自信を持っていた。

 それは多かれ少なかれ、自身の戦術眼を誇るバトルノートやコマンダーにはよくある考えではある。

 

 しかし、彼女の場合、その考えの殆どが攻撃に傾倒していた。

 ゆえに撤退や消極的な作戦行動を好まず、自分で考えた攻勢に出る策を考えてそれを実行した。

 そういった才があることは確かだった。ゆえにそれがなまじ上手くいってしまう。

 だが軍隊にとって命令違反は重罪。それをしてしまえば組織は立ち行かなくなる。成功すればいいという問題でもないのだ。

 

 今回も、彼女の部隊は密集陣形のまま敵の攻撃を食い止める役目だった。しかし少しでも敵に打撃を与えようと一度引いてから攻勢に参加した。

 戦果はそれなりにあった。だが、それは決して許されることではない。彼女が抜けた穴から敵の一部が侵入し、本陣まで突破されたのだ。彼女は魔物将軍にこっぴどく叱られた。

 彼女はテントの陰で座り込みながら、表情をしかめる。

 

 ――面白くない、楽しくない、つまらない。

 

 彼女は常に心に鬱憤を抱えていた。

 彼女はコマンダーとしてもかなり浮いた存在だった。才能はバトルノートに最も近い。しかし彼女はそれだけの才能を持っていた為か、生来の性格ゆえか言葉を選ばずに意見を述べる――いってしまえば少し図々しい性格だった。

 それは周りのコマンダーや上位種のバトルノート、魔物隊長や魔物将軍相手でも変わらない。少しでもこっちの方がいいと考えればそれを強く推す。

 

 だが、そんな態度が癪に障るのであろう。一定の実力は評価されながらも彼女は冷遇された。それが彼女のプライドをいたく傷つけた。

 何故、自分より劣った者に冷遇されなければならないのだ。周りよりよっぽど自分のほうが実力も上、実績もある。なのに何故認められないのか。

 その理由はわかっていた。どうすればいいかもわかる。だが、それは自分を曲げることになる。それは許容できない。

 だからこの寂しさはなくならない。これは自分を貫き通すなら一生ついて回るものなのだ。

 故に、諦めた――そんな時だ。

 

「――お前、こんなとこで何やってんだ?」

 

「――っ!」

 

 背後から突然、声を掛けられて振り向き――その相手を見て悲鳴を上げそうになった。それもその筈、相手は魔軍に所属する者なら誰もが知っている者。

 魔人レオンハルト。

 魔人四天王の一角にして魔軍参謀を務める魔人。今回の攻略部隊の司令官でもある存在だった。

 どうやら彼は本陣に残っていたらしい、そして偶然、コマンダーの姿を見かけて何となく声を掛けた。

 

「一人でこんなとこで隠れて……いや、いいんだけどな」

 

「いいんですか……?」

 

 部隊から離れている自分を見て注意されるのかと思ったが、何故か許される。そしてそれが意外で素の返答を返してしまった。

 それが彼にとっても意外だったのか、一瞬目を丸くして驚かれる。しまった、失礼だっただろうか。

 

「……ま、いいんじゃねぇか? 少なくとも俺に何か言う権利は――」

 

「……あるような……」

 

「……あるけどな。だが目くじらを立てることでもねぇだろ。今日は機嫌が良いんだ」

 

 そういって彼は思い出したように口端を上げた。

 

「……何か良いことでもあったのですか?」

 

 それが気になって何気なく問いを投げかける。地位が圧倒的に低い自分の質問にも彼は素直に答えた。

 

「いや、さっきの戦いでどっかの部隊が戦列を離れたらしいんだが……」

 

「!」

 

 心臓がドキリと跳ねる。おそらく自分が指揮していた部隊だ。

 まさかその事を注意されるのか。この魔人はそれをわかっていて話しかけに来たのか。ひょっとして自分は処分されるのか――。

 そんな心配は彼の楽しそうな声色で直ぐに覆された。

 

「そっから入ってきた敵が向こうの指揮官でよ。こっちまでやってきたおかげで結構楽しめた上に、指揮官がいなくなったから戦況が大分優勢になってな」

 

「え……」

 

「それでこうやって後は部下に任せてゆっくり出来てるっつう訳だ」

 

「…………」

 

 まさかの話だった。

 偶然にも自分がやった事で戦いが有利になっていたとは、それでこの方はこれだけ喜んでいるらしい。偶然とはいえ随分と運が良い。

 少しだけ救われたような気持ちになった。というか命令違反や本陣に敵が来るのを喜んだり、やはりこの方は戦うのが好きなのだろうか。噂はよく聞こえてくるものの、魔軍参謀を務めているくらいなのだからもっと厳格な方だと思っていた。

 だがしかし、彼は魔人だ。自分の好きなように行動しても咎められることのない立場。それでいて周りから畏怖される。正直羨ましく思う。

 

「……レオンハルト様は悩みとかありますか?」

 

 ふと、そんな疑問が口に出た。魔人にも自分と同じ様な悩みがあるのだろうか。あるなら聞いてみたい。

 彼は特に考える素振りも見せずにそれに即答した。

 

「そういう事聞いてくるって事は悩みでもあんのか?」

 

「えっ」

 

 思わぬ反撃を喰らい、言葉に詰まる。よっぽど落ち込んでいる様に見えるのだろうか。

 

「何かあるなら言ってみな。……言わなくてもいいが」

 

「…………」

 

 そして更に言葉を重ねられる。

 自分は彼の言葉に、少しだけ迷い――ややあってそれを口にした。

 

「その、周りに認められるにはどうしたらいいでしょうか……?」

 

「なんだ、認められたいのか?」

 

「…………」

 

 当然だ。自分の働きを認められるというのは集団行動をするコマンダーとして生きがいにも等しい。それが自分の本分であるなら尚更。そこを否定されたら存在価値がない。

 しかし彼はそんな事を知ってか知らずか、

 

「そう言うって事は認められないように感じてるんだろうが……ま、少なくとも俺は認めてるぜ」

 

「……え?」

 

 思わず間の抜けた声を上げてしまう。そして同時に表情には疑問の色が浮かんでいるだろう、それを見たのか彼が続ける。

 

「お前みたいな優秀な部下に俺は助けられてるからな……さっきの独断専行した部隊を指揮してたのお前だろ?」

 

「っ!?」

 

「その反応だとやっぱそうか。ま、深くは聞かねぇけどよ、お前のおかげで助かった。独断専行はちょっと困るが……」

 

 彼はこちらの反応でそれを当ててみせる。やはり報告が行っていたのだろう。魔物将軍が謹慎させてることを告げたのかもしれない。

 それを知った上でお礼を言ってくる目の前の魔人。彼はこちらを見て苦笑した。

 

「お前は優秀みたいだし、同じ失敗は繰り返さないだろ?」

 

「えっ! あっ、それは勿論……」

 

 その言葉にしどろもどろになって答える。同じ失敗はないが、似たような失敗はあるとはとてもではないがいえない。

 

「俺はお前みたいな実力があって向上心がある奴が好きだしな。そういう奴は大いに認めてるぜ」

 

「…………」

 

「ま、あと助言をくれてやるとするなら優秀な奴ってのは多かれ少なかれ周囲から叩かれる。それは残酷だがよくあることだ。全員から好かれる事は難しい。だから――」

 

 彼は一度、言葉を区切って一言。

 

「――自分を認めてくれる大切な存在を、一人でもいいから作れ」

 

「――――」

 

「そうそう上手くいくかはわかんねぇけどな。自分から行動するだけじゃなくて巡り合わせが悪いと出来ねぇし」

 

 自分が言葉を呑む中、そう言いながら彼は立ち上がる。

 

「そういう存在が一個でもあると全然変わってくるぜ。なにせ芯が出来る――と、言いたいことはそれだけだ」

 

 言いたいことは全て言ったと、彼は立ち去っていった。

 後に残されたのは自分一人。

 彼の言葉を一人反復する。

 

「――自分を認めてくれる大切な存在」

 

 言葉にするとそれはありきたりな綺麗事。

 しかしその言葉は、確かな熱を持って自分の中で留まり続けた。

 

 

 

 

 

 ――故に、彼女は諦めない。

 諦めたら、認められなければ――彼女はそれを手に入れることが出来ないから。

 彼女の願いはたった一つ。

 自分が認めた大切な存在に、自分の事を認めさせること。

 そのために彼女は今までの自分を一新する勢いで自分を高め続けた。あの時言われた綺麗事を信じて。

 

 故に彼女が立ち上がるのだ。彼に本当の意味で認められるために。

 

「わたくしは……情けなんかじゃなく……本気でわたくしのことを認めさせてみせますわ……!」

 

「…………」

 

 レオンハルトは意思を持って立ち上がる彼女を見て、言葉にできない何かを感じ取る。

 がむしゃらにそれを掴み取ろうとする強い思い。自分などよりよっぽど心の強さを感じる。

 

「本気で認めさせる……か」

 

 レオンハルトは思う。かつての人間時代。そして今まで。

 

 ――自分はここまで何かを得ようと本気になったことがあっただろうか。

 

 自分は与えられた側の存在だ。今でもそう思っている。もし巡り合わせが少しでも悪ければ、自分は今ここにはいないだろう。必死に戦ったことはあるかもしれない。しかしそれは既に持っているものを守るために戦っただけに過ぎない。

 レオンハルトはそれ故に、彼女の事が眩しく見えた。

 

 ……最後に本気になったのっていつだったっけな。

 

 なまじ強くなって、欲しいものをそれなりに手に入れた自分はひょっとすればこれから先も本気を出すことはないかもしれない。

 

 だが、こいつがいれば――

 

 レオンハルトはそれを思い、彼女に声をかけてみることにした。

 

「……お前は、俺に忠誠を誓えるか?」

 

「……誓えますわ」

 

 一度既に行った質問、故に彼女にとってそれは愚問であった。

 

「もし、俺が死んで魔血魂になったらどうする?」

 

「レオンハルト様を、復活させる為に最善を尽くしますわ……!」

 

 彼女にとってその問いは全て愚問でしかない。

 

「もし、俺が魔軍を裏切って人間についたらどうする?」

 

「レオンハルト様についていきますわ……!」

 

 彼女は既に誰と共に行くかを決めているから。

 道は既に決まっている。彼女の瞳にはそう物語っていた。

 レオンハルトはその覚悟を確かに受け取った。

 

「――なら、認めさせてみろ」

 

「――!」

 

 レオンハルトは魔剣オル=フェイルを背中から引き抜くと、それを水平に構えた。

 

「次の攻防でほんの一瞬だけ、本気を出してやる。一応即死させないように気をつけるが――」

 

 そしてレオンハルトは何年か何十年か振りに自身の全力を引き出す。

 魔人としての絶対的な存在感とオーラ、剣気が目に見えるほどに周囲に浮かび上がる。構えを取ることすら久しぶりだ。

 強者ではない。しかし本気を出すに値する存在であると認める。

 

「――うっかり死ぬんじゃねぇぞ」

 

「望むところですわ……!」

 

 既に満身創痍で疲労困憊。相手は魔人の中でも上位の実力者である魔人四天王。勝ち目は限りなくゼロ。しかし勝負を逃げることはしない。

 彼女は目の前の相手に認められるため。

 レオンハルトはその彼女の覚悟に応えるため。

 最後の試しが行われた。

 

「――!」

 

 レオンハルトに向かって先に突撃してくる。その速度は魔人に比べたら止まって見えるほど遅い。

 しかし油断はしない。本気を出すと決めたのだからその一挙手一投足を見逃さないように集中する。

 そしてレオンハルトの視覚が彼女の行動を捉えた。

 右手に持った指揮棒を振り下ろす――その中心部から何かが飛び出てくる。

 

 ――仕込み針か!

 

 目に見えない程の極小の針がレオンハルトに向かって飛んでくる。受けたところでダメージは皆無。しかし攻撃を当てることが勝利条件であるのならそれは問題ない。

 レオンハルトはそれを目で見て上半身を撚ることで回避する。

 

 そして指揮棒が振り下ろされるが――レオンハルトは間合いに入った彼女を、

 

「――――」

 

「――ぁ――」

 

 容赦なく剣で振り抜いた。

 即死しないように傷は浅く、腹に向かって魔剣で斬り裂く。

 同時に血飛沫が飛び散る。

 

 ――こんなもんか。

 

 レオンハルトが彼女に視線を向ける。

 それはどういった感情なのかわからない。落胆なのか称賛なのか。

 

 だがそんなレオンハルトとは対照的に、彼女の瞳は――死んでいなかった。

 彼女は袖の中に仕込んだ最後の策を作動させる。

 それは彼女のスカートの中から地面に向かって落ちた。レオンハルトはその物体を何とか判別する。それは、

 

 ……ぷちハニーか。

 

 それは大量の爆発物質が詰まった危険物。

 衝撃を受けるとその瞬間、膨張して爆発する。

 

「――――!」

 

 その瞬間、二人は強烈な爆発に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 夕日が照らす丘の上で煙が立ち込める。

 少しずつ煙が晴れる中、そこにいたのは、

 

「――げほっ……あー、煙い」

 

 彼女を抱きかかえているレオンハルトだ。煙をまともに吸った所為か咳を零している。

 そんな彼を見て、コマンダーは、

 

「――わたくしの、勝ち、ですわね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 腕の中でそう勝ち誇った。

 レオンハルトの服は確かに煙と爆風で薄汚れており、確かに攻撃が当たっていた。

 あの爆発の中、彼女を助ける為にレオンハルトは咄嗟に彼女を抱きかかえて、その場から飛び退いた。

 しかし爆風を完全に躱しきることが出来ずに攻撃を喰らってしまっていたのだ。

 そんな無茶苦茶な方法にレオンハルトは呆れるしかない。

 

「というかお前、普段からあんなの持ち歩いてて危なくねぇか?」

 

「ご心配なく……有事の際だけですわ」

 

 そう言って彼女は不敵に笑う。

 

「わたくしにとっては今日が最大の有事でしたから……」

 

「……はっ、そうかよ――それじゃ早速済ませちまうか」

 

 思わず同じ様に笑ってしまうレオンハルト。しかし彼女は腹を掻っ捌かれて大惨事どころじゃないので早速と言わんばかりに言葉を続けた。

 

「まどろっこしいのはなしだ――覚悟はいいな?」

 

「ええ、とっくに」

 

 レオンハルトの真剣な表情での問いに彼女が答えた。

 そして、レオンハルトは彼女の首に自らの口を近づけた。

 

 ――血の契約。

 

 レオンハルトの血が彼女の中に与えられる。

 同時に彼女の身体が光り輝き、その身体を再生、構築していく。

 その光が収まった瞬間、そこに立っていたのは――

 

「――――これが、新しいわたし……」

 

 服装は黒を基調にしたものから半分ほど蒼を基調とした服に変わっている。

 髪はレオンハルトと同じ金髪、そして髪を黒い髪飾りで左右に結んでいる――所謂ツインテール。

 身体的成長はほんの少し、顔つきはより快活な印象。

 

「あー、結構変わったな」

 

 レオンハルトが関心したように自らの使徒になった彼女の容姿を眺める。金髪なのは自分の影響だろうかと考えてしまう。

 

「それじゃ……後は名前でも決めるか?」

 

「! 是非! 是非お願いします! レオンハルト様! わたしに名前をください!」

 

「落ち着け。というかお前、若干口調が変わってないか?」

 

「大丈夫です! おそらく以前の口調に一時的に戻っているだけですわよ! 早くお願いします!」

 

「口調が全然安定してねぇな……しかし、名前か」

 

 彼女が興奮したように目を輝かせる姿を見て、レオンハルトは思案する。

 約一分ほど、彼女に期待した顔で熱い視線を受けていたレオンハルトはやがて決心したように名前を告げた。

 

 お前の名前は――――

 

 




活動報告に人間時代のレオンハルトのプロフィールを追加致しました。
お手すきでしたらご覧ください
追記
ちょっと使徒の名前はほぼ同じ名前のキャラがいたのを忘れてたのでちょっともう一回考えます。


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忠誠心

 

「なるほど、外出されたのだな?」

 

 魔王城正門入り口。

 大きな球体を腹に埋め込んだ黄色の魔物、魔物将軍が書類を手に訪れていた。

 正門を警備している魔物兵に再度聞き返すも、やはり返ってきた言葉は、

 

「へい、レオンハルト様はコマンダーを連れてここを通っていきました」

 

「ふむ……」

 

 上官である魔物将軍へ丁寧に言葉を紡ぐ魔物兵。彼が見た限りでは魔物将軍の探し人であるレオンハルトは五時間以上前に外に出て以来、まだ帰ってきてきていないのだという。

 魔物将軍は困ったように息を吐いて唸る。

 

「出来れば報告だけでもしておきたかったが……」

 

 魔物将軍が持ってきた書類は、急ぎというほど緊急の案件でもないがかといって後回しにしていいほどでもない書類だった。

 出来る事ならば今日か明日には済ませておきたい。しかし魔物将軍の間が悪かったのかレオンハルトは外出中であり、しばらく帰ってきていないのだという。

 辺りはすっかり夜。だが他の魔人の方々ならともかくレオンハルトは夜に報告にいったところで機嫌を悪くしたり断ったりするほど狭量ではない。故にもう少し待ってから報告しても構わないのだが。

 

「……明日に回すか」

 

 それにあの方が外出して長い時間帰ってこないという事はそれほど重要な用件なのだろう。今から帰ってきて報告しても暇ではないのかもしれない。明日の朝一でも構わないだろう。

 魔物将軍がそうしようと決めて踵を返そうとした時――

 

「あっ!」

 

「む、どうした――」

 

 魔物兵が声を上げたのを聞いて何事かと立ち止まる。

 すると視線の先、とある男女が魔王城に向かって真っ直ぐ歩いてきていた。

 その姿を魔軍に所属する、特に関わりの深い魔物将軍が見間違える筈はない。魔人レオンハルトだ。

 

 しかし、もう一人の方は誰なのだろう。見た目は金髪の女性。雰囲気からして人間ではなく魔物――女の子モンスターなのだろうが、ああいった容姿の女の子モンスターがいただろうか?

 魔物将軍が首を傾げていると、二人が近づいてきた。向こうもこちらに気づいたらしい。

 レオンハルトが魔物将軍に視線を向ける。

 十分に近づいてきたタイミングで魔物将軍は声を掛けた。

 

「お帰りなさいませ、レオンハルト様」

 

「ああ。こんなところでどうした?」

 

 レオンハルトは魔物将軍の挨拶に短く反応すると、用事でもあるのかと尋ねてくれる。

 少し迷ったが報告を後回しにするのも良くないだろう。魔物将軍は書類を差し出した。

 

「いえ、少々込み入った書類がありまして。レオンハルト様をお探ししていたところです」

 

「それは悪いな。長いこと出てたし、待たせただろ?」

 

「いえ、今ちょうど報告に行こうとしたところですのでお気になさらず」

 

 レオンハルトの軽い謝罪にこちらも気遣いで答える。いちいち待ってましたと言うわけがない。

 それを知ってか知らずか、レオンハルトは納得したように頷いた。

 

「ならさっそく部屋で検討させてもらうか――おい」

 

「はい」

 

 レオンハルトが呼びかけると隣にいた金髪の美少女が短い返事と共に前に進み出る。

 そして魔物将軍に向かって堂々と話しかけてきた。

 

「その書類、わたくしが受け取りますわ」

 

「……? 失礼ですが、あなたは?」

 

 魔物将軍が思わず眉を寄せる。レオンハルトに渡す書類を受け取る目の間で代わりに受け取る彼女はいったい?

 そしてそんな疑問に彼女は堂々と胸を張って答えた。

 

「よくぞ聞いてくれました! わたくしはこちらの魔人、レオンハルト様の使徒――」

 

 魔物将軍や魔物兵の前で彼女はビシッとポーズを決めた。

 

「――魔物界一の完璧使徒、キャロルと申します! 以後お見知りおきを!」

 

「!!」

 

「れ、レオンハルト様の使徒……!?」

 

 魔物将軍とそれを聞いていた魔物兵が仰天する。

 言葉も出ないほどにその事実に驚かざるを得ない。確かに目の前のキャロルと名乗った彼女は自分達と同じ紛れもない魔の者。しかし使徒。それもレオンハルトの使徒ともなれば魔軍でも自分達の上司に他ならない。

 

「ふふん……決まりましたわ……」

 

 しかし、何故だろう。少しばかり、いやかなり残念――いや、厄介そうな匂いがする。

 驚きのあまりに動けないでいると、レオンハルトが頭を抱えながら溜息をつく。

 

「……ま、そういうわけだ。これからはよく関わる事になるだろうからよろしくしてやれ」

 

「は、は……畏まりました」

 

 確かにレオンハルトの言う通り。彼の使徒であるというのなら否応もない。魔物社会において使徒は魔人の側近であり自分達よりも上位の存在なのだ。

 ゆえにもう一度キャロルに視線を向ける。

 

「わたくしは……レオンハルト様の使徒! レオンハルト様の使徒キャロル! なんていい響きでしょう……! ええ、何度でも言いたくなりますわ……魔人四天王にして魔軍参謀であるレオンハルト様の使徒キャロル……もっとも良い呼び方は何かしら……一番良い言葉を考えないと……」

 

「…………」

 

「悪いが頼むぞ」

 

「……ええ」

 

 レオンハルトにそう言われはしたものの、キラキラと天を仰ぎながら使徒であることを口に出し続けるキャロルに魔物将軍は内心に渦巻く不安を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 ――その情報はすぐに城内に広まった。

 

「おい、聞いたか。レオンハルト様が使徒をお作りになったらしいぜ」

 

「マジか……怖くない方ならいいなぁ……」

 

「レオンハルト様に使徒が出来た、か……接しやすい方だといいのだが」

 

「魔人や使徒の方々は癖が強いからな」

 

「しかしレオンハルト様の使徒なら優秀に違いない」

 

 魔物将軍や魔物隊長、末端の魔物兵にまで情報と噂が拡散され、憶測も飛び交う。新たな魔人や使徒の話題というのは魔軍に属する彼らにとっては最も重要であり、場合によっては死活問題になりかねないのだ。

 なにせ何が好みで何が嫌いか、もし凶暴な性格なら機嫌を害しただけで殺されることもある。ゆえにその情報は自身の進退に大きく関わる。

 故に皆がその使徒を一目みようと考える。

 しかし野次馬のように集まるわけにもいかない。廊下で通りがかるのを待つか、仕事で関わりが出来るのを待つしか無い。

 だが、それを偶然目にすることも出来た者もいる。

 

「お、おいっ、来たぞ……」

 

「おお、あれがレオンハルト様の使徒か……」

 

 廊下で駄弁っていた何体かの魔物兵や魔物隊長、魔物将軍がそれを目撃して静まり返る。

 前方からゆっくりと歩いてくるのは魔人レオンハルト。そしてその半歩後ろを歩くのは、レオンハルトの使徒キャロル。

 

「――ふふん……」

 

 彼女が廊下の真ん中を堂々と歩いている。それはもう堂々とし過ぎるくらいには。

 見ればどことなく自身に満ちた表情――とても自慢気な表情で歩みを進めながら時折、その左右に縛った黄金の髪の片方をふぁさっ……とかき上げる。

 その後ろを歩くレオンハルトがどこか――とても面倒くさそうな表情をしているのは気のせいだろうか。

 

「あー、でもレオンハルト様いいなあ……あんな風に美少女を使徒に出来るなんて……俺も女の子モンスターの彼女欲しい……」

 

「わかる。戦争で人間めちゃくちゃにするのも楽しいけどそればっかりだとなぁ……」

 

 そんな何処か対照的な様子に見える主従を魔物兵達はどこか羨望に満ちた視線で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 しばらくの間、歩き続けると周囲から気配が少なくなっていく。

 なぜならこの辺りのフロアは魔人四天王の部屋が並び、更に少し先に進めば魔王の部屋。魔軍の重鎮が多く居るフロアなのだ。

 魔人レオンハルトは自分の部屋に使徒であるキャロルと共に入室すると、彼女に改めて目を向ける。

 

「あぁ……レオンハルト様の使徒となったわたくしが皆さんの視線を独り占めに……さすがはレオンハルト様、話題性も他の追随を許しませんのね……!」

 

 未だに自分の名前を呟きながらトリップした様子のキャロルを見て胡乱な感情を抱く。

 

「……お前、頭大丈夫か?」

 

 思わずそう声を掛けるも、

 

「頭……はっ!? 髪の色もレオンハルト様と同じ輝くような黄金……! こんなところまで一緒だなんて……さすがはレオンハルト様。髪すらも自分の色に染めてしまうとは……! わたくしをこれ以上喜ばせてどうするおつもりですか……!」

 

「俺が決めた訳じゃねぇけどな」

 

 しかしそんな言葉も聞こえていないのか、分けられた自分の髪を抱きしめていやんいやんと身体を振るキャロル。

 

 …………すげぇ、鬱陶しいな。

 

 キャロルを見てそんな感想を抱いてしまうレオンハルト。正確には好かれているのは悪い気はしないものの、その表現が大袈裟なので反応に困るので面倒というのが正しい。

 まあ今は願いが叶って昂ぶってるだけ、そのうち落ち着くことだろう、とレオンハルトは考えを放棄する。

 それに先に説明しておかなければならない。レオンハルトは真剣な声色で彼女を呼ぶ。

 

「――キャロル」

 

「はい! あなたのキャロルですレオンハルト様! 如何なさいましたか!」

 

「……もうちょっとで客が来るからな。覚悟しとけ」

 

「了解ですわ! おもてなしの準備をしなければ……! 紅茶とお茶菓子と……あっ、そういえばご夕食がまだですわね。レオンハルト様! ご夕食はどう致しましょう!?」

 

 そのテンションはもう基本なのだろうか、もはやつっこむ事を諦めてレオンハルトは返答する。

 

「落ち着けキャロル。夕飯は……準備、準備……し、しなくていいぞ」

 

「……? わかりましたわ」

 

 主のおかしな様子にキャロルが違和感を憶えながらも頷く。

 レオンハルトは条件反射で震える自分の手を抑えながら気を取り直して言葉を続ける。

 

「……それでまぁ、客が来る前に色々と話す事がある」

 

「何でしょう?」

 

「簡単なことだ。俺がよく人間の指揮官と決闘をする理由だな」

 

「? 相手の士気を挫くため……もしくはレオンハルト様が単純にお好きだからではありませんの?」

 

 キャロルがこともなげにそれを口にする。元コマンダーというだけはあるだろう。レオンハルトはそれに頷きつつも表情を崩さない。

 

「それも間違ってねぇけどな。特に後半の理由は。それすらも過程でしかない」

 

「でしたらその理由は何でしょう?」

 

「…………」

 

 レオンハルトは一度、息を吐いて目を閉じる。それは自分への最後の確認作業だ。

 今までそれを命じた一人以外にはひた隠しにしてきたその理由。それを今から自分の使徒にとはいえ口にするのだ。

 だが、これくらいもいえなくては使徒を作った意味がない。心も休まらないだろう。

 レオンハルトは決心する。あの時の誓いは嘘じゃないとキャロルを信用して、それを口にした。

 

「それは――人間を滅ぼさないようにするためだ」

 

 言った。いくら魔王の命令の望みとはいえ魔軍に所属する者にとっては背信行為ともいえるそれを口にした。

 レオンハルトはなおも続ける。

 

「人間の被害を出来るだけ減らすため、俺は相手の指揮官だけを殺して残りは適当に追い返してる。部下や他のやつに違和感を抱かれないよう適度に侵略しては略奪を許して終わった後は解放。そしてしばらくその地域は襲わずに別の場所に戦場を移す。これを繰り返してる」

 

 全てを説明してやる。元が人間ですらない女の子モンスターである彼女はどう思うだろうか。

 

「俺が人間の実力者、指揮官を殺す理由がそれだ。強い奴と戦いたいってのも嘘じゃねぇがな……」

 

 全てを言い終え、レオンハルトは自分の使徒であるキャロルの顔を見ようと目を見開く。

 すると、

 

「……なんだ、そういうことでしたのね。なら、わたくしもレオンハルト様の目的に沿うように頑張りますわ!」

 

 先程と全く変わらない様子でそう意気込んだ。

 レオンハルトはそんな彼女を見て、眉を寄せてしまう。

 

「……それだけか?」

 

「えっ?」

 

「……人間を助けている事について何とも思わないのか?」

 

「うーん……そうですわね……」

 

 キャロルはその言葉を聞いて、主が求めていることを理解したのか少し思案するような顔になるが、やがて表情を戻して返答を告げた。

 

「ちょびっとだけ驚いたかもしれません。でも人間とか魔軍とかよりもレオンハルト様の方が大事ですので問題ないですわ」

 

「…………」

 

「あの時の誓いは嘘じゃありません。レオンハルト様が人間につくというならわたくしもついていきますし、レオンハルト様の望みの為なら何でもしますわ」

 

 そうはっきりと口にする。その言葉はあまりにも真っ直ぐであの時の言葉に嘘がないことが理解出来る。レオンハルトはそんなキャロルの言葉をじっと聞いていた。

 

「あっ、でも、その……一つだけお願いが」

 

「…………なんだ?」

 

 キャロルは少し言いづらそうに目を逸らして恥ずかしがる。

 だが、それだけは言っておきたかったのかレオンハルトに向かって自身のお願いを口にした。

 

「その……わたくしがレオンハルト様のお役に立てたり、喜ばせることができたら……ほ、褒めて欲しいです!」

 

「……そんだけか?」

 

 そんなことでいいのかとレオンハルトは呆気にとられる。だが、キャロルにとっては大事な事であるらしく、こくこくと頷いていた。

 

「そ、それがいいです……レオンハルト様に褒めてもらうことが、わたくしのし、幸せですから……」

 

「…………」

 

 そんな恥ずかしい事をしっかりと口にしたキャロル。それをしっかりと耳にしたレオンハルトはしばらく無言のまま、なにやら呆然としているようだった。

 だが、それを理解して呑み込むと、

 

「……ハッ、なるほどな」

 

 短く笑って、キャロルの目前まで近づく。

 

「れ、レオンハルト様?」

 

「――褒めりゃいいんだな?」

 

 そう言ってキャロルの頭に手を伸ばした。

 

「――――っっっ!?」

 

 キャロルの身体がビクンッと跳ねる。

 

「こんな感じでどうだ?」

 

 レオンハルトがその手でキャロルの頭をわしゃわしゃと撫で回す。その事実に数秒遅れて気づいたキャロルは、

 

「――あ、あ、う、これ、レオ、ン、ハルト、さまぁ……!」

 

 何やら顔を真っ赤にして声を震わせた。

 そんな姿を見てもレオンハルトはまだそれを続ける。

 

「なんだ、そんなにいいのか? そんじゃもうちょっとだけな」

 

「あ、やっ、こ、これ良い……」

 

 更に撫でて、撫で回す。するとどんどんキャロルの目がとろん、と細まりうっとりとし始める。

 しかし数秒して、レオンハルトが手を頭から離そうとするとキャロルは惜しくなったのかもう一度自身の頭を突き出した。

 

「も、もっと……」

 

「ああ? ……しゃあねぇな」

 

「っ……んっ……」

 

 レオンハルトが再度頭に触れるとまたしてもピクリと方が動く。今度は覚悟していた為か動きは大きくない。

 

「ま、今日は特別だ。こうなったら幾らでも褒めて撫で回してやる」

 

「んんっ、はぁっ、あ、ありが、とう、ございま、す……」

 

 顔を惚気させてうっとりとしながらも何かに耐えているキャロルの様子をレオンハルトは何となく察した。

 だが、その上でレオンハルトは使徒の要望に応えて撫で回し続ける。

 自分の隠し事を喋っても全く疑わずに忠義を示してきたのを嬉しく感じたのは確かだ。そしてキャロルが今、何を楽しんでいるかも分かる。だが、今日くらいは好きにさせてやろうと敢えてそれに乗った。

 

「何か要望があるなら聞いてやるがどうする?」

 

「っ、あっ……ほ、ほめ、て」

 

「あーっと、褒めて、か?」

 

「み、耳、もと、で……ほ、褒めて、下さいっ……」

 

「…………はぁ、見上げた忠義だな。全くよ」

 

 レオンハルトはそう言いながらも自分の中の嗜虐心に若干の火が灯るのを感じていた。

だが、要望は何だと聞いたのは自分だ。故にその欲張りに本気で応えてやるためにレオンハルトはキャロルの頭をぐいっと引き込み、耳元に顔を寄せる。

 

「れっ、レオンハルト様ぁ……」

 

「――――さすがは俺の使徒だ。よくやったな、キャロル」

 

「っっっっ――――――――!!」

 

 息を吹きかけるように、耳元で囁くように褒めてやると面白いくらいにキャロルが震えたのがレオンハルトにはわかった。

 そして最早立っていることが辛くなったのか重心がふらりと蹌踉ける。

 

「おっと」

 

 それを咄嗟に支えてやる。

 

「れ、れおんはると、さまぁ……」

 

 するとキャロルはそのままレオンハルトの胸に顔を埋めるようにして擦りつけた。

 レオンハルトはそんな虚ろな彼女の姿を見て、呆れるように目を細める。

 

「……こいつ、俺のこと好きすぎねぇか……?」

 

 小声でそう言わざるを得ない。我ながら末恐ろしい程の乱れっぷりだ。もはやそういう才能があるのではとレオンハルトが思ってしまうほどには。

 だがご褒美はこんなところだろうとレオンハルトが息を吐く。これ以上はもはやそういう事でしかない。別にそれをやってやっても構わないのだが、そういう気分でもない。レオンハルトは今日新たな発見をした。自分に全幅の忠義を示されるのがあれほど嬉しいことだとは思わなかった。200年以上生きてきて初めての経験だ。故にそれに報いてやろうと思ったのである。

 

 レオンハルトは胸に張り付いたままのキャロルをどうしようかと部屋を見渡しながら思った。きっとスラルもこんな気持ちで――――

 

「…………まさか、な」

 

 レオンハルトはそこで嫌な予感を感じて扉の方向を見る。幾ら何でもそこまで悪いタイミングはないだろう。少しばかりキャロルを介抱して立ち直らせたら――

 

「――レオンハルト居る?」

 

「――!?」

 

 その時、ノックの音と共に扉の外から声が聞こえる。それはレオンハルトにとって何度も聞いた声。

 魔王スラル。キャロルの歓迎会の準備の為に厨房で料理を作ってる筈の自分の主。

 

 ――馬鹿な、早すぎる……!

 

 レオンハルト達が城に帰ってきた段階で魔物兵に伝えるように命令したはずだ。歓迎会、と伝えてほしいと。スラルならこういえば昨日の今日な事もあって自分が使徒を作ったのだと理解してくれるだろうと思い、そう伝えさせた。こう見えて付き合いも長くツーカーの仲だ。伝達ミスはないはずだが情報に齟齬が――いや、先に返事が先か。

 

「……どうしたんだ、スラル。少し早くないか?」

 

「ちょうど昼から料理の練習してたから。開けてくれる?」

 

「…………ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

「? わかった」

 

 レオンハルトは心の中で叫んだ。

 

 ――なんで今日に限って料理の練習なんかしてんだっ!?

 

 それに料理の練習なんかしたところでスラルの料理は必殺料理でしかない。これは200年間変わらない伝統。それを洗礼として食させるのが歓迎会みたいなものなのだ。一応それを終えたら残りは普通の料理を食べるのだが。

 とそこまで考え、昨日の今日だからこそ料理の練習をしてるのではないかとレオンハルトが推察する。昨日、使徒が出来たら歓迎会、という会話をしたから久々に気合を入れて練習を始めたのだろう。なんて間が悪いのだ。

 

「…………とりあえずこっちが先か。おい、キャロル」

 

「レオンハルト様ぁ……」

 

 レオンハルトが声を掛けるも、聞こえていないのかうっとりとした表情ですりすりと顔を頭を擦りつけてくるキャロル。

 

「惚けてんじゃねぇ、とりあえず離れろ」

 

「嫌ですわぁ……このまま」

 

「そんな場合じゃ――」

 

「レオンハルトー? もういい?」

 

「な……もう少し待ってくれ」

 

「もう少しと言わず今直ぐベッドに……」

 

「お前に言ってんじゃねぇよ!!」

 

「え……レオンハルト?」

 

「え、あ……おう」

 

「……大丈夫? なんか様子が変だけど」

 

「いや、そんなことは――」

 

「レオンハルト様……服を――」

 

「おい、脱がそうとしてんじゃねぇこの色ボケ使徒!」

 

「えっ、脱ぐ!?」

 

「だああっ、くそっ!」

 

 最早パニックである。

 レオンハルトは、抱きついたまま離れないキャロルを引き剥がそうとするが、中々しぶとい。

 というか自分は何故こんなに慌てているのだろうかとレオンハルトは思う。いっそもう見られても構わないのではないかと。そもそも自分が誰かと変な事をしていたところで文句を言われる筋合いはないのだ。

 いっそ開き直って見せつけてやろうかと思う。他の奴ならそうしたかもしれない。

 だが、その相手がスラルだと出来れば避けたい。故に早く――

 

「……レオンハルト?」

 

「ッ!?」

 

 気がつけば。ガチャリという扉の音と共に、スラルが部屋に入ってきていた。

 そしてスラルは二人の顔、魔人とその魔人に抱きついている使徒を交互に見る。

 すると、

 

「――レオンハルト? 何やってるの?」

 

「……こ、これはだな」

 

 スラルが威圧感を露わに自分を見つめる。その表情は無表情だが、そこには咎めるような謎の意味が込められているようにレオンハルトには感じた。

 いや、何かしらの言い訳をしようと、レオンハルトは頭を回転させる。

 そして、

 

「ちょっとさっきまで模擬戦をやっててな――」

 

「――ん、レオンハルト様。誰と――っ!?」

 

 無理めな言い訳をしようとしていたレオンハルトだが、抱きついていたキャロルがようやく会話に気づき、振り返ると直ぐ様離れた。

 そして、慌てたように膝を突き臣下の礼を取る。

 

「ま、魔王様……何のご用でしょうか!」

 

 やはり一般の魔物、馴染みのない者からすれば魔王は畏怖すべき存在なのだろう。カミーラにすら臆さなかったキャロルですら緊張が目に見える。

 

「……貴方は?」

 

 スラルがレオンハルトに向けていた威圧感をそのままキャロルにぶつける。

 

「は、はい。レオンハルト様の使徒になったキャロルと申します。以後お見知りおきを、魔王様」

 

「……ふぅん、そうなんだ」

 

 慇懃に頭を垂れるキャロル。そしてレオンハルトの使徒という言葉。それを聞いてスラルはほんの少し威圧感を抑えると、キャロルに向かって頭上から命令する。

 

「さっきまでレオンハルトと何をしてたの?」

 

「……ええと……その」

 

 キャロルがちらっと横目でレオンハルトを見る。そして主が必死に送ってくるアイコンタクトに迷っていたが、それを正直に話した。

 

「れ、レオンハルト様に褒めてもらっていました」

 

「……褒める?」

 

 スラルが呆気にとられたような表情になる。そしてキャロルは続けた。

 

「はい、レオンハルト様に頭を撫でてもらいました」

 

「……へ、へぇ、そうなんだ」

 

 レオンハルトは内心ガッツポーズをする。確かに言葉にすればそれだけのことだ。それに何の問題もない。

 抱きついていたのはちょっとおかしいかもしれないが、自分の使徒と抱き合うくらいなら親愛というか褒める延長線上と言い張れる。

 勝利確定の音楽がレオンハルトの脳内で流れる。

 だが、キャロルの説明はそれで終わりではなかった。

 

「そ、それで……あ、あの、わたくし……レオンハルト様に褒められて…………い」

 

「……い?」

 

 スラルが思わず聞き返す。

 レオンハルトも内心でそれをやめろと叫ぶ。

 

 ――おい、こいつ何言おうとしてんだ……!?

 

 だが、それは伝わらない。

 

「い……い、いや、あのそうじゃなくて…………か、感じてしまったのです!」

 

「…………――――っ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶキャロルにスラルが数秒固まった後に言葉の意味を理解する。

 そしてキャロルと同じ様に顔がのぼせた様に顔を赤くしたスラルが戸惑いながらキャロルに聞く。

 

「えっ、か、感じてって……え、その、褒められただけで……?」

 

「は、はい、魔王様。レオンハルト様の撫で方は、それはもう、その……良くて」

 

「……………………そ、そうなんだ」

 

 キャロルの批評にごくりと喉を鳴らすスラル。そしてちらちらとレオンハルトの方を見る。

 いたたまれなくなったレオンハルトは妙な空気になったこの空間を少しでも壊すために呟く。

 

「…………見てんじゃねぇよ」

 

「あっ……くっ、うぅぅ……!」

 

 レオンハルトと目があったスラルは何故か恥ずかしくなり唸り声を上げると、

 

「……ちょ、ちょっと……落ち着いてくる……直ぐ戻るから」

 

「…………あ、ああ」

 

 と小声で振り絞るように言うと、ゆっくりと部屋の外へと退出した。

 そして部屋に残されたのはレオンハルトとキャロルの主従二人。

 キャロルは二人きりになった部屋の中で自分の今の気持ちをレオンハルトに教えた。

 

「……レオンハルト様……恥ずかしいですわ……」

 

「……安心しろ……俺もだ」

 

 微妙な気持ちに苛まれた三人が完全に落ち着くのには短くない時間を要し、結局歓迎会は後日に回された。

 

 ――ちなみにスラルが作った必殺料理は、この後ガルティアが美味しくいただきました。

 

 



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魔人ケイブリス

 ――ルドラサウム大陸

 

 この世界に存在する数多の生き物。

 その頂点に立つ魔王と魔人。

 他の生物はこれらに比べれば圧倒的に脆弱であり、彼らに敵う生物は少なくともこの世には存在しない。

 故に彼らを縛るものは何もない。そんな暴虐の化身が魔王と魔人。

 

 だが、どんなものにも例外というのがあると云われるように。

 魔人にもその例外的存在がいた。

 

「……よしっ、誰もいねぇな」

 

 きょろきょろと周囲を見渡し、隠れるようにしながら細心の注意を払いながら行動する丸い生物がいた。

 彼はこう見えても魔人である。それも只の魔人ではない。

 

「かふっ……ふぅ、鍛錬の後の干し肉は最高だなぁ……かふかふ」

 

 魔王城の厨房からくすねた干し肉に齧りつくこの魔人。

 彼は今から三千年程前に初代魔王ククルククルによって最初に魔人にされた存在。

 第一世代メインプレイヤー、丸い者の一種族であるリスの魔人――ケイブリス。

 最古にして最弱の魔人であった。

 

 そのため、ケイブリスは魔人の中では不遇の扱いを受けている。

 彼は最弱である為に仲間の魔人からも軽んじられ、虐められている。それこそ昔から、仲間の魔人が増える度にそれこそ何体もの魔人から何度も。

 魔人でありながら、大して強くならず他の生物にすら負けるケイブリスは魔人の恥晒しとされていた。それは彼自身もわかっていて、必死に逃げ潜み、強い相手には媚びへつらいながら生きてきた。

 

 しかしケイブリスは強くなる為に努力を続けていた。毎日、自分よりも弱い存在を倒したり、鍛錬を重ねたり。それで本当に強くなれるのかはわからないが、ケイブリス自身は微弱ではあるが確かな成長を感じていた。

 だがそれでも最弱な事には変わりない。故に、今までどおり逃げ隠れしながらへこへこしながら生きる毎日を送っていた。

 しかしそれでもケイブリスは最近、少しは生きやすく感じていた。その存在を思い、彼は内心でほくそ笑む。

 

「最近はあまり虐められないし……ほんとレオンハルト様様だぜ、ぐぁはは」

 

 そう、彼が最近生きやすく感じている理由が魔人レオンハルト。

 二百年前に魔王スラルが作った最初の人間の魔人。そして魔人四天王の一角にして魔軍参謀である魔人だ。その強さはケイブリスよりも遥かに高みにいて、魔人の中では限りなく一、二を争う存在である。

 

 ケイブリスは最初にレオンハルトに会った時、いつものように媚びへつらった。あなたの一番のファンであり、子分であると。他の魔人ならそっけない態度を取られて見向きもされない、寧ろ機嫌を損ねる場合もあるが、レオンハルトは他の魔人みたいに自分を虐めない。それどころか他の魔人に接するように対等に扱ってくれてるような気もする。内心はどう思っているかはわからないが。

 

 ゆえに、自分が子分だと言っても否定も肯定しない。だが、ケイブリスはそれで良かった。別に本気で子分になりたい訳ではないからだ。

 レオンハルトが積極的に断らなかった所為か、他の魔人が少しだけレオンハルトの顔を窺うようになった。多くの魔人はレオンハルトの事を目の上のたんこぶのように思っている。魔王様のお気に入りであり、実力も自分達より上。戦いになれば決闘で魔人ギリウムを殺した時のように好戦的になり、それでいて魔人四天王にして魔軍参謀という立場により逆らう事も難しい。

 

 ケイブリスはそんなレオンハルトを隠れ蓑にした。魔人同士の集まりがある時はレオンハルトの側に傅き、何かあればレオンハルト様に呼ばれているので、といって逃げたり、こちらを内心では舐め腐っている魔物将軍や魔物隊長にもレオンハルトの名前を出せば面白い程に顔色が変わる。

 三千年程生きてきた中で、今が一番過ごしやすい。鍛錬もある程度は安全に出来るし、レオンハルトに普段から物をあげているお陰なのか、多少の融通は利かしてくれる。

 

「まったく、ちょろい奴だぜ」

 

「誰がちょろいんだ?」

 

「そりゃあ……」

 

 ケイブリスは突然話しかけてきた存在に動きが凍ったように止まる。

 金髪灼眼、魔剣を携えた魔人、レオンハルトがそこにいた。

 

「れ、レオンハルト様っ!? い、いいいつからそこに……?」

 

「ああ? 今通りがかったところだが」

 

「……そ、そうなんですね」

 

 どうやら聞かれてはいなかったらしい。ケイブリスはほっとして汗を拭う。

 そしていつも通りに媚びるように口調を変化させて尋ねた。

 

「それで僕に何かご用ですか? な、何かあれば出来る限りはお手伝いさせて頂きます、はい」

 

「いや、ちょっと使徒を探してただけだから気にしなくていい。呼び止めて悪かったな」

 

「……あ、ああ、いえいえ、そういうことでしたら気にしないでください!」

 

 ケイブリスはレオンハルトの言葉にそういえば、と思い当たった。

 先日、この魔人レオンハルトは使徒を作った。キャロルとかいう女の使徒だ。

 ケイブリスは思う。

 

 ――けっ、使徒なんざ作りやがって……お強い魔人様は良いご身分だな?

 

 使徒というのは血の契約によって自分の力を分けて作るもの。それはほんの僅かに自分の力を落とすことになる。だが多くの魔人にとって使徒を作ることによって落ちる力はほんの誤差程度の話でしかない。

 勿論、多くの使徒を作れば話は別だ。基本、多数の使徒を作れば作るほど、魔人や使徒の力はその分落ち、支配力も弱まるという。魔人の血が薄まるからだ。

 ケイブリスにとってそれはありえない。自分の力を分けるという、自分で自分を弱くする行為などできない。また、そんな余裕もない。

 

 ――まぁ、強くなったら使徒を作るのも少しは考えるかもしれねぇけどよぉ……。

 

 少なくとも今の状況では使徒を作ることは考えられない。

 ゆえにケイブリスは腹の中でレオンハルトに対する妬みを感じたが、今更この程度で揺らぐ精神は持ち合わせていない。

 極めて下手にケイブリスは対応する。

 

「もし見かけたらお伝えします! 僕はレオンハルト様の子分ですからね! へへっ……」

 

「……ま、そうだな。俺はもう行くが、見かけたら教えてくれ」

 

「はい! わかりました!」

 

 レオンハルトは特に含むところなく自然にそう言うと、はきはきと了承するケイブリスを尻目にその場から立ち去った。

 

「…………行ったか」

 

 そしてレオンハルトの姿が完全に見えなくなったのを見計らってケイブリスは小声で呟く。その上で内心でレオンハルトに毒づく。

 

 ――いちいち探すわけねぇだろうが。ぐふふ……!

 

 当然、おべっかを使ってそう言っただけ。態々、使徒を探すことなどしない。偶然見かけたらその限りではないかもしれないが、点数稼ぎの為に。

 だが、十分にレオンハルトへの点数は稼いでいる。普段から物を送ったりしているのは伊達ではないのだ。

 

「……鍛錬でも続けっか」

 

 ケイブリスは再び自分を高める為の行動に出ようとした――そんな時だ。

 

「――おい」

 

「へっ?」

 

 ケイブリスは再びの声掛けに間の抜けた声を出す。また、レオンハルトか。何かいい忘れたことでもあって戻ってきたのだろうか。そう思ったケイブリスの予想は覆された。

 

「あっ……ど、どどどうしたんですかお二方?」

 

「よう、ケイブリス」

 

「相変わらずみたいですね」

 

 ケイブリスは咄嗟にへこへこと二人の魔人に向かって頭を下げながら口を利いた。しかし彼らはケイブリスのことを冷めた目で見下すだけ。

 最古の魔人であるケイブリスは当然二人の事は知っている。前魔王アベルの時代に魔人になった二人の魔人。そして普段からケイブリスを虐めている魔人でもある。

 故にこの後行われるのは――いつもの事でしかない。

 

「こんなところで突っ立てんじゃねえよっ、おらっ」

 

「――っ、かはっ――」

 

 一体の魔人が足を振り抜くとケイブリスの身体に衝撃が走る。

 そしてボールのように地面を転がり、やがて勢いを失い停止する。

 それを見てケイブリスを蹴った魔人は可笑しそうに笑った。

 

「かかっ、相変わらず魔人と思えねぇ。弱すぎるな」

 

「ですねぇ……」

 

「う、ぐ……」

 

 それに同意するように呟くもう一体の魔人はそれを鑑賞するように眺めていた。

ケイブリスはその痛みに耐えるようにしても蹲る。しかし魔人にとって今の蹴りはほんの軽い、攻撃ともいえない程度の力加減。それですらケイブリスにとっては立派な暴力となる。それが彼らにとって愉快であるのだろう。二体の魔人は楽しそうな感情を覗かせる。

 

「悪いなケイブリス。俺ら最近鬱憤が溜まっててよぉ。お前の親分のレオンハルトの奴のせいでな」

 

「まぁ、それも嘘でしょうけどね」

 

「っ! ……あ、う……!」

 

 そう言いながら軽い調子で二体の魔人はケイブリスを痛めつける。

 ケイブリスは痛みに何とか耐えながらもその発言で事情を理解した。

 この二体の魔人はレオンハルトに特に反抗的な魔人であった。魔人になってすぐに魔人四天王になり魔軍参謀となった魔王のお気に入りであるレオンハルト。その立場は他の魔人に比べて圧倒的に上位。そして実力も遥かに上。しかもその立場を使ってあれをしろ、これをしろと命令される。

 

 そしてこの魔人達はそれが気に入らない。二体は典型的な魔人であった。自己中心的で暴力的で遊び半分で他の生物を嬲り、殺してしまう。要は自分の好きなように生きたい連中だ。

 そのためレオンハルトの存在は目の上のたんこぶでしかない。逆らうことは出来ず、渋々従うしかないとはいえその仲は険悪であり、レオンハルトの地位が高いことやカミーラやガルティアといった魔人とも仲が良い事もあり、反抗的な彼らは肩身の狭い思いをしていた。

 そしてそのストレスの捌け口の一つにケイブリスが選ばれたのであろう。珍しいことでもない。

 

 ――クソが……八つ当たりじゃねぇか……!

 

 内心毒づくもそれを口にすることは出来ない。言えば自分の命が危うくなるかもしれない。だから只々耐え続ける。今までもそうしてきた。

 それにケイブリスを虐める魔人は彼のことなど眼中にないのだ。適当に罵り、時にはこうして痛めつけて満足すれば去っていく。故にこうやって耐えることが最善の選択なのだ。ケイブリスはそれを確信していた。

 だが、

 

「う……っ、かふっ……」

 

「ケイブリスはほんと良く飛ぶなぁ。蹴りがいがあるぜ」

 

 未だに魔人はケイブリスをなぶり続ける。終わりがまだ訪れない。

 

 ――そ、そろそろ、やべぇ、な……止めねぇと。

 

 もしこのまま続けられたら近い内に死んでしまうかも知れない。その祈りが届いたのかそれを鑑賞していた魔人がもう一体の魔人に声を掛ける。

 

「そろそろ死んでしまうのでは?」

 

「……ぁ……ふ……」

 

 そうだ、早くやめてくれ。半殺しにしたんだ。これだけやれば気が済んだだろ。だから止めろ。

 床に横たわるケイブリスが内心で叫ぶ。

 しかし、次に聞こえてきた言葉はケイブリスを狂乱させるには十分だった。

 

「死んだら死んだで大丈夫だろ?」

 

「――――!?」

 

 魔人の口からいとも簡単に吐かれるその言葉。それはとても軽い調子であり、ケイブリスを全く眼中に入れてないことがわかる。

 

「これだけ弱ぇんだから死んでもそこらの人間にやられましたとか、気づいたら死んでましたとでも言やぁいいだろ。死んでも誰も困らねぇし」

 

「……それもそうですか」

 

 そしてあっさりともう一体の魔人も納得する。二体の魔人は悪意というよりは本当にそう思っている様子だった。ケイブリスが死んでも別に誰も困らない。魔王や他の魔人も咎めることはないだろうと。

 

 ――は? おい……それで終わりか……?

 

 あまりにも呆気ない。只の気まぐれで自身の命を摘み取ろうと――いや、自身の命など生きてようが死んでようがどっちでもいいと。

 

 ――俺様……もしかして、死ぬのか?

 

 瞬間、それを理解したケイブリスが心の中で狂乱する。

 

 ――いいい、いやだいやだいやだ! 死ぬのだけは絶対に……!

 

 どんな屈辱にも耐えるケイブリスだが、それだけは認められない。故に、ケイブリスは傷を負い、痛みに震える身体と口を必死に動かす。

 

「……う、ぐ、ご、ごめんなさ――」

 

 謝罪の言葉を口に出し、同時にその場から這いつくばるようにして逃走を試みる。

 だが、

 

「……あ? 何だって?」

 

「――っあ……!」

 

 その言葉は届かず、再び魔人にボールのように蹴り転がされる。

 

「何か言いましたか?」

 

「どうせいつものおべっかだろ。おいケイブリス!」

 

「……ぁ……」

 

 ケイブリスは最早口を開く体力すらも尽きかけていた。そしてそれを見た魔人は少し面倒そうな表情になる。

 

「あーあ、やりすぎちまったか? これ、どうする?」

 

「放っておけば死にそうですし、治すのも面倒ですね」

 

「んー、じゃあ一応殺しとくか」

 

 一応殺す。そんな屈辱的な発言をケイブリスは聞いた。

 

 ――や、やめろ……! 俺様は三千年も耐えてきたんだぞ! こんなところで……!

 

 そうして魔人がケイブリスを踏み潰そうと足を上げる。これが降ろされた時、ケイブリスは死ぬだろう。

 

 ――ち、ちくしょう……こんなとこでゴミみたいに……!

 

 ケイブリスは自分の死を半ば悟った。

 三千年生きた魔人の命を遊び半分で摘み取ろうと、魔人が足に力を入れる。

 しかし、蹴りを喰らったのはケイブリスではなかった。

 

「っ――――がっ!?」

 

 突如、魔人が顔に衝撃を受けて苦悶の声を上げて仰け反ったように吹き飛ぶ。

 

「一体何が――っ……!?」

 

「ああっ!? 何処の誰だ――って……」

 

 もう一体の魔人が突如現れた乱入者に視線を向けて――青ざめる。

 そして何とか体勢を立て直して、怒りを露わに声を上げて自身を攻撃した相手を確認しようとして――目を見開いた。

 そしてケイブリスも自身の命を何とかこの世に繋ぎ止めた人物を見た。

 

 それは見間違える筈もない金髪灼眼の男。

 前面を閉めずに着ている黒いコート。背中に背負った蒼の魔剣。

 

「――まさかこんな現場に遭遇するとはな」

 

 魔人四天王と魔軍参謀を戴く魔人――レオンハルト。

 彼らにとって因縁ある魔人がそこにいた。

 

 

 

 

 

「……レオンハルト――様、ですか」

 

「てめぇ! レオンハルト!! 何のつもりだ!!」

 

 幾分か落ち着いた方の魔人がレオンハルトを見て一歩後退る。

 しかし、もう一体の魔人は不機嫌さを隠そうとせず怒声を浴びせた。元より関係はあまり良くないうえ、攻撃を加えられ完全に頭に血が上っていた。

 そんな魔人の様子を見たレオンハルトは無表情のまま目を細めると、その紅い双眸で彼らを睨んだ。

 

「お前らこそどういうつもりだ? 仲間の魔人を殺すことは禁止してるはずだが」

 

「……はっ! そいつは悪かったな。そいつは魔人ともいえねぇくらい弱っちい奴だからよぉ。殺しても問題ないかと思ってたぜ!」

 

 可笑しそうに笑って開き直る魔人。それに便乗するようにもう一体の魔人が口を開く。

 

「レオンハルト様。レオンハルト様がそうやって魔人を殺すことを禁止する理由は、魔軍の戦力をいたずらに減らさないようにするためですよね?」

 

「…………」

 

 口を噤んだまま、眉をひそめるレオンハルト。その質問に対する返答はどうやらないようだった。だがそれでも魔人は続ける。

 

「続けます……しかしそれなら戦力にならないような弱者なら別に殺しても構わないということではないですか――そこのケイブリスのように」

 

「そうだぜ! そこの雑魚がいなくなっても誰も困らねぇ! 寧ろ邪魔だ! だから代わりに殺してやろうと思ってよ!」

 

 ――く、クソが……好き放題言いやがって……!

 

 ケイブリスは開き直って殺しても構わないなどという魔人二人に激しい憤りを感じた。何が出来るという訳ではないが。

 だが、ケイブリスは少しだけ安堵していた。レオンハルトが二人を止めたからだ。

 何故かはわからない。おそらく規則だからとかそういう理由だろうとは思ったが、理由は何でもいい。今のケイブリスにとってレオンハルトは唯一の希望なのだ。

 

「そもそも弱ぇ奴を甚振って何が悪い! 強い奴が弱い奴を支配するのは当然だろうが!」

 

「……それも同意ですね。そもそもレオンハルト様はどうしてケイブリスなどを助けるのでしょうか? そいつはレオンハルト様の威光を笠に着た臆病者でしかありません。レオンハルト様も疎ましく思っているのでは?」

 

「…………」

 

 だが、未だに二体の魔人は口々に言い訳を続ける。それはおそらく日頃の鬱憤が溜まっていることも関係しているのだろう。レオンハルトに言い含められ、欲求を制限される日々は暴虐の魔人にとってはストレスなのである。

 故にそれを次々に吐き出した。レオンハルトはしばらく黙ってそれを聞いていたが――

 

「それに――」

 

「――クク……」

 

「あん?」

 

 レオンハルトの口端に笑みが溢れ、二体の魔人の思考が一瞬止まる。

 そして、

 

「クク、クハハハハッ――――!」

 

「!?」

 

 堪えきれないといった様子でレオンハルトが腹を抱えて笑う。普段から冷静な態度のレオンハルトの珍しい姿に三体の魔人は今度こそ呆気にとられる。

 

「ハハハハハッ! お、お前ら、笑わせんなよ……ク、クク……!」

 

「な、何だと……?」

 

 その理由がお前らにあると笑うレオンハルトに訝しげな視線を向ける魔人。

 

「はー……ここ百年で一番笑ったかもな……クク……」

 

 そしてレオンハルトは一通り笑い続けると、一度息を整えて落ち着いた。

 だがその口元には笑みを残ったままであった。

 

「お前ら、話が面倒くせぇんだよ」

 

「はぁ?」

 

「……どういうことです?」

 

 疑問を口にする魔人達に、そのままの表情でレオンハルトは吐き捨てるようにそれを告げる。

 

「お前らさっきから随分と言い訳じみたことを威勢良くぺちゃくちゃ言ってやがるがよ……要はこう言いたいんだろ?」

 

 一息で、その本心を言い当ててみせる。

 

「――あなたの事が怖いんです。許してください――ってな」

 

「ああっ!?」

 

「……何を」

 

 二体の魔人がそれぞれ違った反応を見せる。だが、気持ちは一緒であった。侮辱にも挑発にも似たその言葉に対し抗議するように反論する。

 

「……誰がてめぇなんかにビビるかっ!」

 

「……そうですね。それは的外れな――」

 

「何だ、違うのか? だったら長々と言い訳なんざしてないで無視して立ち去るか、魔人らしく力で黙らせたらどうだ?」

 

「っ、それは……お前に合わせてやってんだよ!」

 

「……それだと組織としての体裁が」

 

 痛いところを突かれた二体の魔人が、表情を歪める。そしてその後者の言葉にレオンハルトは噛み付く。

 

「おいおい、さっき組織としての体裁を無視しようとした奴が言うことじゃねぇな」

 

「…………っ」

 

 今度こそそれを言った魔人が黙る。しかしもう一方の魔人はそれを認めなかった。

 

「……それはこいつが弱いから悪いんだよっ!」

 

 最早言い訳にもなっていない子供のような反論を魔人はレオンハルトにぶつける。しかしそれに再び噛み付くかと思いきやレオンハルトは、

 

「……そうだ。お前、良いこと言ったな? これで俺も面倒が無くなった」

 

「…………はぁ?」

 

「っ……!」

 

 何故か肯定してみせる。その言葉に頭の回る方の魔人は嫌な予感がして顔を顰める。

 そしてその予感は当たっていた。レオンハルトがやや鋭い視線で二人を見やり続ける。

 

「本当は弱い者虐めなんてつまんねぇ事してるお前らを適当に説き伏せて解散するつもりだったんだがよ? クク……お前らのお陰で良い大義名分が見つかった」

 

「あ……大義名分……?」

 

「れ、レオンハルト様……」

 

 二体の魔人が戸惑う中、レオンハルトの威圧感がどんどんと高まり、それが赤いオーラとなって現れる。その赤い双眸が爛々と煌めき、レオンハルトの表情に喜悦が混じる。

 

「ククッ、お前らの言い分じゃ弱い奴には何してもいいんだよな? ならそういうことだ。……後、悪いなケイブリス」

 

「――っ!?」

 

 ――お、俺様――っ!?

 

 その視線を突如向けられたケイブリスは身が凍るような思いだった。

 だが、笑みを浮かべながらもその言葉は謝罪。レオンハルトはこう続けた。

 

「しばらくそのままで我慢してもらうぜ。ちょっとこいつらに躾も兼ねた……俺の退屈しのぎに付き合ってもらわないとならねぇからなぁ――ッ!!」

 

「――っ、て、てめぇ……!」

 

「――れ、レオンハルト様……!」

 

 レオンハルトはその戦意を完全に解放する。二体の魔人がそれに当てられ戦慄し、冷や汗が身体から湧き出る。

 今直ぐこの場から立ち去れ、と本能が警告するが――それはもう遅い。

 

「二対一ならハンデは十分だろ。――精々俺を楽しませてみろッ!!」

 

 上級魔人、魔人四天王の名に恥じない暴威が二体の魔人に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 ――すげぇ……な。

 

 魔人ケイブリスは床に横たわりながらも、その戦いを間近で見ていた。

 魔人レオンハルトと二体の魔人の戦い。

 魔人同士の戦いともなれば常人にはまともに視認することは不可能だ。それは最弱の魔人であるケイブリスにも当てはまるかのように思えた。

 だが、ケイブリスはこの世で最強の存在を見たことがある。その戦い振りも。

 

 その存在こそがケイブリスを作った初代魔王ククルククル。全長4.7キロの巨体を誇る丸い者の王でもあった魔王。それから三千年様々な戦いを見てきたケイブリス。

 だからかも知れないが感覚という部分で如何にこの戦闘が凄まじいが感じることが出来た。

 

「おらおらッ! どうした!! もっと気張れ!! そんなんじゃうっかり殺しちまうだろうが!!」

 

「があぁあっ!?」

 

「ぐ、ぐ――っっ!!」

 

 レオンハルトが動く度に魔人が吹き飛ばされ、壁や床に転がる。そして僅かな振動。

 魔王城は決して脆い訳ではない。だが、魔人の戦闘の余波に完璧に耐えられるほど頑丈というわけではなかった。

 戦いは二対一でありながらもレオンハルトが圧倒的に二体の魔人を叩き潰している。

 それにおそらく何度もレオンハルトは手心を加えているのだろう。ケイブリスだけじゃない。魔人は皆知っているし、魔軍の中でもそれなりの地位にいる者にとっては有名。

 

 魔剣オル=フェイル。あれの斬れ味は正に魔剣と呼ぶに相応しいものであり、まともに喰らえば魔人の肉体ですら真っ二つにしてしまう程だ。

 そんな剣での攻撃を何度も喰らっていて、未だに身体の欠損は一度もなく切り傷や打ち身に留まっているのは、偏にレオンハルトが手加減しているからであろう。

 

 そして実際に戦っている二体の魔人は、それをもっとよくわかっているはずだ。自分達は既に何回も殺されている。レオンハルトにその気があればとっくに死んでいる、と。

 故に、だんだんと戦意が萎んでいくのがわかった。

 しかしレオンハルトは先程言っていた通り――躾を兼ねているのか、もしくはもっと楽しみたいのか、全然やめる気がないように見える。

 

 だが、戦いの余波で、魔王城が騒がしくなると、当然この場所にも誰かが駆けつけてくる。

 

「な、レオンハルト様が戦ってる!?」

 

「こっちにケイブリス様が倒れてるぞ!?」

 

「早くメイドさんを呼べ! 虫の息だぞ!」

 

「お、おやめくださいレオンハルト様!!」

 

「誰か魔王様かカミーラ様を呼べ――!!」

 

「レオンハルト様の楽しそうな笑顔……素敵ですわ……!」

 

「キャロル様!? 見惚れてないで止めて下さい!!」

 

 魔軍に所属する者達が少しずつ集まり、騒ぎになっていく。ケイブリスはその過程で助けられながらも、その戦いをずっと見続けていた。

 それは何故か、ケイブリスにはわからない。ケイブリスは薄れゆく意識の中、ずっと昔にこれと似た感情を抱いた覚えがあるような気がした。

 

 ――ああ、俺様もいつかは……。

 

 ケイブリスはそれをついに自覚することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 後日。自らの私室でレオンハルトは項垂れていた。

 

「ちっ、スラルの奴……あそこまで怒らなくてもいいのによ」

 

「わたくしとしては格好いいレオンハルト様が見れて幸せでしたわ。紅茶をどうぞ」

 

「ああ、さんきゅーな」

 

 あの後、レオンハルトは二体の魔人を殺さない程度に叩き潰した。そしてその事でスラルにこっぴどく絞られた。

 レオンハルトは振り返る。そもそも最初はああするつもりもなかった。

 自分の使徒であるキャロルを城内で探していた最中に何やら人気のない端の通路でケイブリスを見つけ、何気なく話しかけた。その後、普通に別れたのだがその後に会った魔物将軍に、先程ケイブリスと話したエリア辺りで見たという目撃情報があったという報告があったので、もう一度その先に向かったらいつも自分に突っかかってくる魔人二体がケイブリスを虐めている現場に遭遇した。

 

 別に正義感というものは自分にはそこまでないと思っている。だが助けないほど薄情でもない。

 故に助けたのだが、すると魔人達が口々に色々と言い訳を重ねてきたのを見てだんだんと可笑しくなってしまい、変にテンションが上がってしまったのだ。こちらとしてもあの魔人達には日頃から面倒を感じていたので、魔人らしく力でボコボコにしてしまった。

 

 正直ケイブリスを虐めていたとはいえ、あそこまでやる事は無かったかもしれない。だがまぁ、ケイブリスには日頃からやたらと物を貰っているので少しはそれに応えてやらないと駄目だろう。ギブアンドテイクは付き合いをするにあたって重要な要素だ。相手をボコボコにする理由になっていない。

 

 多分だが、やはり原因は欲求不満だとレオンハルトは分析する。

 使徒が出来て少しは気分が楽にはなったが、そっちの方は解決できてる訳じゃない。強い奴と戦いたい欲求がついに爆発したという感じだろう。今回ので発散出来たので、またしばらくは大丈夫かもしれないが。

 

 レオンハルトは、キャロルが淹れてくれた紅茶を飲むと、気分を変えるように息を吐いた。

 

「やっぱ定期的にガス抜きしなきゃ駄目だな……趣味でも増やすか」

 

「読書だけでは駄目ですの?」

 

「読書は悪くないが内向的だからな。次はアクティブな趣味が良さそうだな」

 

「アクティブな趣味……」

 

 キャロルが言葉を反復した。

 レオンハルトとしては体を動かすような趣味があれば少しは欲求を解消出来るだろうか、という考えである。

 

「……はい!」

 

 キャロルが元気よく手を上げた。レオンハルトはそれに反応してやる。

 

「なんだ? 言ってみろ」

 

「わたくしにいい考えがありますわ!」

 

「……いや、それを言えって言ってるんだけどな」

 

 レオンハルトは呆れたように目を細めてキャロルを見る。

 それを受けてキャロルは再び口を開いてその考えを述べた。

 

「えっとですね。それは――」

 

 



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迷宮と魔王の料理3

 ――大陸北部

 

「…………」

 

 石造りの通路の入り口に立ち止まり、その先をやや鋭い視線で見つめるのは魔人レオンハルト。

 彼はしばらくの間、その通路をじっと見ていたがやがて視線を隣にいる少女に移した。

 レオンハルトの隣にいる少女は、彼の使徒であるキャロル。彼女はレオンハルトの視線を何かしらの催促だと受け取ったのか、笑みを浮かべると腕を振り上げた。

 

「――では、迷宮の攻略を開始しますわ!」

 

 そう高らかに宣言した。

 通路内にキャロルの高い声が反響して聞こえてくる。レオンハルトはそれを聞くと顔を天井に向けて嘆息した。

 

「俺はなんでこんなところにいるんだろうな……」

 

「レオンハルト様がわたくしの意見を聞いてくださったからですわ!」

 

「……いや、そうなんだけどな。迷宮って行ったことなかったしよ」

 

 レオンハルトが今いるこの場所は、とある遺跡の地下にある迷宮。

 主の新しい趣味を作るに当たってキャロルが考えついたのが、迷宮探索であった。

迷宮。

 それは大陸各地に点在するいわゆるダンジョンである。

 洞窟や遺跡など様々な形のものが存在するが、それらに共通するのが多くの魔物が徘徊し、多数の罠が設置された危険地帯であることと、お宝が眠っているトレジャースポットであること。

 冒険や腕試し、お宝探しにはもってこいのロマンの塊なのだ。

 

「ここでなら危険な魔物も沢山いますから、レオンハルト様の欲求不満も解消出来る筈ですわ!」

 

「……最初は俺もそう思ったんだが――」

 

 キャロルはそう強く力説する。

 だが、レオンハルトは疑問の余地が浮かんでしまった為、それに異を唱えた。

 

「……よく考えてみたら俺らって迷宮にいる側の存在じゃねぇか?」

 

「………………」

 

 レオンハルトの意見を受け、キャロルがピタリと動きを止める。

 

「一番危険な魔物って明らかに俺達なんだが……ここの魔物は戦ってくれんのか……?」

 

「だ、大丈夫ですわ! ……多分」

 

 キャロルが自信なさげにぼそりと付け加える。確かによくよく考えてみれば魔人や使徒も一応は魔に属する者達。それも圧倒的な強者だ。迷宮の奥で待ち構えているボス的存在である。

 本当に凶暴で好戦的な魔物ならともかく普通の魔物は逃げるのではという疑問を覚える。

 

「俺らが住んでる魔王城なんか見ようによっては世界一危険な迷宮な気がするんだが……」

 

「……言われてみれば……」

 

 多くの魔物兵が常時城を固めており何体もの魔物隊長や魔物将軍も詰めている。多数の使徒や魔人が徘徊し、極めつけは魔王が座する城。確かに人間目線だと一番危険な迷宮に間違いない。

 故に今更そこいらの迷宮に入ったところでこれ以上の危険があるのだろうか。自分の考えに自信を持つキャロルもこれには首を傾げる。そして戸惑いがちに、

 

「……え、えっと、ではどうしましょうか……」

 

「………………」

 

「……あっ! 良いこと思いつきましたわ!」

 

「……一応言ってみろ」

 

 主の無言の視線を受けて、キャロルが閃いたように声を上げる。

 あまり期待は出来ないが、という枕詞を口の中に留めてレオンハルトはそれを促す。

するとキャロルはほんの少し顔を赤らめ、

 

「最初の意見はどうでしょう……わたくしならいつでも準備は出来てますし……見ようによっては初めてのお出かけなので、ここで初めてを迎えるというのも……」

 

 途中からトリップし始めたキャロルを見て、レオンハルトは多少イラッとしたのか眉間を指で抑える。

 

 ――こいつ、マジで犯してやろうか……。

 

 危ない考えが脳裏に浮かぶが、それをしてもキャロルを喜ばせるだけなのが容易に想像が付いたのでその考えを振り払う。

 レオンハルトは一度軽く息を入れると、気を取り直してキャロルに声を掛けた。

 

「……ま、折角来たしな。来たことなかったのはマジだし、一応行くぞ」

 

「あっ、はい! かしこまりましたわ!」

 

「……それに良い機会かもしれねぇな」

 

 レオンハルトの言葉に気合を入れなおすキャロル。それを見てレオンハルトは一つ、ある試みを思いつき口に出した。

 

「何がですの?」

 

 きょとんと首を傾げるキャロルにレオンハルトは提案する。

 

「もし魔物と戦うことになったら最初はお前一人で戦え」

 

「わたくし一人で、ですか?」

 

「そうだ。使徒になってからのお前がどれだけできるか確かめる必要がある」

 

 そう。レオンハルトはキャロルの腕試しに迷宮探索が使えると考えた。

 使徒になる前に実力を試しはしたが、使徒になってからの実力はまだ確認していない。主としては使徒の正確な力量を把握しておかなければ何を任せることが出来るのかも分からないし、無茶な仕事を任せてしまい失敗してしまうこともあるだろう。

 それらを避ける為にも今の内にもう一度試してやろうと、レオンハルトはキャロルに視線を浴びせる。

 

「……わかりましたわ! レオンハルト様の使徒となり更に完璧になったわたくしの実力を、レオンハルト様にお見せしますの!」

 

 キャロルはレオンハルトの視線を、期待に満ちた視線と受け取ったのだろう、ビシッとポーズを取って自信のある表情でそう叫ぶ。

 

「ああ、頑張れ」

 

「頑張りますわ! 頑張ってレオンハルト様に褒めてもらいますのよ……!」

 

 ――不安だな……。

 

 キャロルの締まりのない笑みを見て、レオンハルトはやや胡乱な表情で息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「やぁっ――!」

 

「オオ――ッ!?」

 

 キャロルの掛け声と共に、影が交錯したかと思うと、悲痛なヤンキーの叫び声が響く。

 ヤンキーは褐色の筋肉質な人型の男の子モンスターであり、魔物の中では割とポピュラーだ。そのヤンキーがキャロルの手に持った剣に切り裂かれて倒れる。

 

「これでこの階層も終わりか。呆気ねぇな」

 

「レオンハルト様! 経験食パン落としましたわ!」

 

「食べろ、貴重な経験値だ」

 

「わかりましたわ! もしゃもしゃ……」

 

 モンスターが落としたアイテム――食べたら経験値が入る経験食パンを拾ったキャロルがレオンハルトの命令で、それを口に含む。それを視界の端で見ながら俺は、床に血溜まりと共に転がった魔物達を思い返す。

 イカマン、るろんた、アカメ、ハニー、ミートボール、おかゆフィーバーなど、様々な種類のモンスターの屍が通路内に転がっている。

 レオンハルトはここまでのキャロルの戦い振りを見てある程度の力量を計った。

 

 そうして分かったのは、その辺の魔物に負けるほど弱くはないということ。

 使徒になって手に入れた得物――腰に掛けた小さい銃のようなものと細い形状の剣。

 コマンダーであった頃とは違い、それらを武器にして戦ったキャロルだが、以前は指揮棒以外は使えなかったそれらが使えるようにはなっていた。

 そしてその事にキャロルは喜んでいた。特に剣は「レオンハルト様と同じ武器ですわ!」とやたら喜んで振り回していた。危ないのでやめさせたが。

 

 そしてレオンハルトが見たところ、使えるには使えるのだが――何というか、使えないから使えるようになったくらいであり、剣の腕自体はまだ未熟ではあった。

 どちらかというと銃のような物の方が腕は良いくらいだ。引き金を引くと弾が発射されるそれは魔物の身体を撃ち抜くには十分な威力であり、大いに活躍していたように見える。

 

 それにこの銃、何発撃っても弾が無くならない。というより弾が何処に入っていて、何処から供給されるのかわからない。不可思議ではあるが、女の子モンスターのチハなんかも無限に弾を撃てるので同じ様な原理なのだろう。そこは気にしないでおく。

 

 総評するなら弱くはないが、まだ強くもない――と言ったところだろう。ここまでに倒した魔物達はどれもあまり強くない。レオンハルトを含む多くの魔人はこれらを一瞬で肉塊に変えることが出来る。戦闘力に定評のある使徒――七星などなら多数の魔物を相手取っても歯牙にもかけずに倒すことが出来るだろう。

 

 欲を言うならもう少し強くなってほしいところだ。レオンハルトは経験食パンを食べ終わったキャロルに視線を向ける。

 視線に気づいたキャロルが胸を張って自慢気な声を出した。

 

「レオンハルト様! わたくしの実力はどうでしたか!?」

 

「……ま、一応及第点ってとこか」

 

「ほんとですの――」

 

「だが」

 

 レオンハルトは喜びかけたキャロルに釘を刺すように鋭い声を出す。

 

「――これくらいで満足してもらっちゃ困るな。俺を喜ばせたいならもっと強くなれ。元コマンダーだからとか言い訳は聞かねぇからな?」

 

 個人戦闘力はそこまでじゃないコマンダーの使徒にしてはそれなりに使える、というだけ。レオンハルトとしては自分の使徒なのだからそれなりの戦闘力では困る。これでもそれなりに立場がある魔人なのだ。故に期待はしているがもっと高みを目指せと発破をかける。

 

「……当然ですわ! わたくしは魔物界一の完璧使徒! レオンハルト様の使徒ですのよ! まだまだ強くなりますわ!」

 

「それでいい……ほら、さっき拾ったダボラベベとまんが肉だ。食え」

 

「はい! いただきます! ガリ……むしゃむしゃ……!」

 

 経験値と体力が上がる食べ物を下賜されて、それを勢いよく食べる自分の使徒を見てレオンハルトが苦笑する。向上心だけは一級品の様だ。

 

 ――ふむ、使徒を育ててみるのも面白いかもな。

 

 キャロルを見てそんな事を思うレオンハルト。使徒になり寿命も無くなったし、限界も伸びたことだろう。それにどうやらそれなりに頑丈でもあるようだ。長い時間を掛けて訓練を施せば面白い成長を遂げる可能性は十分ある。

 

 ――今度、剣の振り方を教えて……いや、先に基礎体力か。延々と走らせるか? それとも崖登りでも――。

 

「……? 何故か悪寒が走りましたわ」

 

 周囲に魔物でもいるのだろうかとキャロルがきょろきょろと辺りを見渡しながら不思議そうに首を傾げる。その原因が自らの敬愛する主にあるとは微塵も思ってもいないようだ。

 レオンハルトは表情を真面目なものに戻すと、立ち上がってキャロルに指示する。

 

「そろそろ行くぞ」

 

「了解ですわ!」

 

 そうして二人は迷宮の奥に進んでいった。

 

 

 

 

 

 その後も順調に迷宮を進んでいくレオンハルトとキャロルは――

 

「レオンハルト様! これはどうでしょう!」

 

「ん……おお、これは結構良い剣だな」

 

 時には宝箱から出たアイテムに一喜一憂し――

 

「れ、レオンハルト様~……」

 

「見事に引っかかったな……先に回復しとけ」

 

 迷宮に設置された多数のトラップに引っかかったり――

 

「な、何ですのこの触手――!?」

 

「カースAか、珍しいな……どいてろキャロル。こいつは俺が相手する」

 

「うぅ……屈辱ですわ……!」

 

 一つの町を滅ぼせるほど危険な魔物と遭遇してレオンハルトが出張ったり、そんなこんなで二時間程。

 二人は迷宮の最奥にまで辿り着いた。

 

 

 

 

 

「やりましたわ――!」

 

「ここが終点か」

 

 迷宮の奥にいた大型モンスターを倒すと、それなりの大きさの空間に辿り着く。何時間も迷宮に潜って戦い続けてそれなりに疲労があるかと思ったが、キャロルはそんな疲れを微塵も感じさせず部屋の中心にあるそれに駆け寄った。

 

「レオンハルト様! 宝箱ですわ! それもとても豪華な!」

 

「確かに豪華だな」

 

 キャロルが指し示した宝箱。ここまで幾つかの宝箱を見つけて沢山のアイテムをゲットしたが、その中でも一番大きく、綺羅びやかな装飾が付いた宝箱はキャロルの言う通りとても豪華だ。

 否応にも中身を想像してしまう。一体どんなレアな一品が入っているのか。レオンハルトは早速それに手を掛けた。

 

「とりあえず開けてみるか……っと」

 

 そう呟きながら多少の期待を込めて宝箱を開く。するとそこには――

 

「これは――」

 

「金! 金で出来てますわ――!」

 

 キャロルがそれを見て叫ぶ。レオンハルトはゆっくりとそれを持ち上げて、品定めするように全体を眺めた。

 

「黄金の……像、でいいんだよな」

 

 レオンハルトが胡乱な目でそれをしげしげと眺める。

 だが何故、黄金の像に疑わしい目を向けるのか。それは黄金像の形が奇妙だったからに他ならない。

 いわゆるひょうたん型とでも言うのだろうか。黄金で出来たひょうたん型の像。黄金なので価値はあるのだろうが、どうしてこのような形なのかよく分からない。どうせ黄金で作るならもっと良い形があるだろう。

 

 ――ま、いいか

 

 しかしまぁ、宝の価値などわからない自分が寸評をしてもしょうがない。帰ってスラルにでもあげて聞いてみるか、とレオンハルトはその像をしまうと一度息を入れた。

 そしてそんなレオンハルトの様子を見たのか、キャロルが少し心配そうな表情を浮かべる。彼女は言い辛そうにしながらもレオンハルトに尋ねようと口を開いた。

 

「あ、あの……レオンハルト様?」

 

「……何だ?」

 

 キャロルの窺うような表情にレオンハルトは疑問符を頭に浮かべる。しかし表情を変えないレオンハルトにますます不安になったのかキャロルが落ち込んだ様な声色で、

 

「その、やはり迷宮探索は楽しくなかったでしょうか……?」

 

「……はぁ?」

 

「レオンハルト様の欲求不満を解消できずに申し訳ありません……」

 

 分かりやすくしゅんと下を向いて気を落とすキャロル。彼女にとっては主であるレオンハルトが楽しめるかが重要であった。強い相手と戦いたくなる欲求を解消するための趣味。そのために次善とはいえ迷宮探索を提案したのである。

 しかし迷宮の奥に到達しても表情をあまり変えない主の姿を見て失敗したのだろうと思い込み項垂れる。

 そんな自分の心配をする使徒にレオンハルトはそれを察してか、息を吐くとややあって苦笑。

 そして自分の考えをキャロルに告げた。

 

「……ま、確かに戦闘は退屈だったけどよ」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 その言葉を聞いて更にキャロルが沈んだ様に声を落とす。

 しかし、

 

「だが、探索は悪くない。気が向いたら行くのもいいかもな」

 

「――!」

 

 レオンハルトの正直な気持ちにキャロルが目を剥いて驚く。実際、レオンハルトはこうやって未知の場所に行くのも悪くないと感じていた。戦い自体はそれなりでも刺激が少ないわけではない。罠に気を張ったり、宝を見つけたり、珍しい物を見たりするのはそれなりに新鮮な体験を楽しめる。もう一度行っても全然構わないし、簡単には飽きないだろうという考えに至る。故に悪くないと評した。

 

「ま、よくやったなキャロル」

 

「あ……!」

 

 故にレオンハルトはキャロルの頭を撫でて褒めてやる。するとキャロルの表情が一転して安心しきった様に変化する。そして嬉しさに身を震わせた。

 

「ありがとうございます、レオンハルト様……また、褒めて頂いて……んっ」

 

「おっと」

 

「あ……」

 

 キャロルの顔色が赤くなったのを見たレオンハルトが頭から手を離す。キャロルが名残惜しそうに離れていく手を視線で追いかけた。

 分かりやすく落胆する使徒にレオンハルトは肩を竦めて説明してやろうと口を開く。

 

「今日はこれだけだ。今から戻んなきゃなんねぇし、これから用事があるしな」

 

「そうですか……」

 

「……言っておくが、お前にも関係ある用事だからな?」

 

「あっ、そうなのですね。一体何を為さるのですか?」

 

 レオンハルトの言葉に自分も手伝う事になるのだろうと適当に当たりを付けたキャロルが気持ちを切り替えて質問する。使徒として、主に褒めてもらえないからといつまでも落ち込んでいるのはよろしくない、そんな気持ちがあるのだろう。

 しかし、レオンハルトはそんなキャロルの気持ちとはそぐわないであろうこの後の用事を告げた。

 

「この前のリベンジ――お前の歓迎会だ」

 

 

 

 

 

 キャロルの歓迎会。

 レオンハルトとキャロルは迷宮から魔王城に帰ると、身支度を整えてからその場所に向かった。

 前回はレオンハルトの部屋で行う予定だったが、今回の歓迎会の場所は魔王スラルの私室であった。

 二人が扉を開けて部屋に入ると、中にはスラルとガルティアが既に待っていた。

 

「あ、いらっしゃいレオンハルト! それにキャロルちゃんも」

 

「おー……本当に使徒になったんだな」

 

 口々に出迎えの言葉を口に出すスラルとガルティア。スラルは嬉しそうにこちらに駆け寄り、ガルティアは椅子に腰掛け肉を頬張りながらも、感心したように視線を向ける。

 

「お招きありがとうございますわ、魔王様」

 

「ううん、気にしないで。後そんなにかしこまらなくてもいいからね」

 

「そうなのですか……?」

 

「言う通りにしとけ」

 

 スラルがもう少し砕けてもいいとキャロルに言うと、キャロルは自らの主を見上げて確認を取った。やはり魔物のトップである魔王にいきなり馴れ馴れしくは出来ないだろう。そこはしょうがない。

 しかしややあって主の許可も得たキャロルは、

 

「わかりましたわ! よろしくおねがいしますスラル様!」

 

「ん、よろしくね」

 

 いつもどおりのテンションでスラルと挨拶を交わした。物怖じしない性格がそうさせるのか、スラルの雰囲気がそうさせるのかわからないが、仲良く出来そうで何よりだ。

 レオンハルトはお喋りを始めた二人を視界の端で見届けながらもガルティアに近づき声を掛ける。

 いつもの事ではあるが、持ち込んだ肉を次々と口に運ぶガルティアに呆れた表情を浮かべる。

 

「お前、一応食事前だってのによく……いや、今更か」

 

「スラルの料理が食えると思うといつもより腹が減るからな」

 

「……俺は逆だ。先程からお腹や手が震えてる。最早身体が拒否しちまう……」

 

「へぇ、勿体無いな」

 

「そう思うのはお前だけだ……」

 

 レオンハルトが既に並べられている料理の数々を見て、顔を青ざめさせる。逆にガルティアは今にも待ちきれないといった様子で手に持った肉をがつがつと食していた。

 この中に幾つかスラルの料理がある。それがレオンハルトには感覚で理解出来る。料理を目の前にすると身体が拒否反応を起こす所為だ。

 だが、ガルティアはそんなレオンハルトの言葉を受けると、キャロルの方に視線を移した。

 

「でも、お前の使徒はまだ分かんねぇぜ? 美味しいって言うかもだ」

 

「ありえねぇな。魔人が気絶するレベルの必殺料理だ。美味しい不味いの次元じゃねぇ」

 

「俺とお前しか食ってないし分かんねえだろ?」

 

「いや、わかる……これは最早武器だ。敵に食わせたら確実に戦闘不能に出来る。今すぐに実戦配備しても通用するぞ」

 

「……刺激が強くて美味いんだけどなあ」

 

「それが気絶するほどの刺激じゃなければ美味いかもな」

 

 ガルティアが首をひねりながら料理の数々を眺めているのを見てレオンハルトは思う。やはりスラルの料理の話題に限ってはガルティアとは話が全然噛み合わない。ムシ使いの魔人の味覚はレオンハルトには理解し難かった。

 

「……それじゃ、そろそろ始めよっか。皆座って」

 

「かしこまりましたわ!」

 

 スラルがそう言って椅子に着席するように促す。

 既に腰を落ち着けているガルティアも含めて全員が着席すると、スラルはキャロルに声を掛けた。

 その声色、表情は少し緊張している様子。自分でも大丈夫なのかと心配している様だ。

 

「その、キャロルちゃん? 好きに食べていいけど、いつでも食べ終えていいからね?」

 

「……? わかりましたわ」

 

 訳の分からない注意を受けて、しかしキャロルは了承する。傍から見れば悪魔の契約に見えてくるようだ。何せ目の前に並んでいるのは常人の意識を破壊する魔王の料理。

 

「どれも美味しそうですの」

 

「…………」

 

 しかしそんな事を知らないキャロルは目の前の料理を眺めて目を輝かせる。これが見た目通りの出来栄えなら感動する気持ちも分かる、とレオンハルトは使徒に同情する。自分も最初はそんな気持ちだったと。

 キャロルはテーブルに並んだ豪勢な料理の数々に目移りしていたようだったが、やがて一つの料理を手にとった。

 

「このコロッケからいただきます。レオンハルト様もどうですか?」

 

「……い、いや、俺は遠慮する。先に食べてくれ」

 

「そうですの……わかりましたわ」

 

 キャロルが少し残念そうに落ち込み、直ぐに立ち直る。レオンハルトは仄かな罪悪感を感じる。

 彼女が手にとったコロッケ。香ばしいお肉とじゃがいもの揚げた匂いが食欲を唆り、見た目からでもそのサクサク感、ほくほく感が分かるようだ。

 レオンハルトも本来は結構好きな料理である。しかし擬態しているであろうことは想像に難くない。故に使徒の申し出を断る。

 断られたキャロルは、コロッケを食器で口に運ぶと――

 

「んっ……」

 

 それを齧って口の中に入れた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 三人が固唾を呑んで見守る中、キャロルはそれをゆっくりと咀嚼し、

 

「あら、これは……――――っっっ!!」

 

 不意に、キャロルの言葉が詰まり、動きが止まった。

 

「………………」

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

 目を剥いた状態で時が止まったかのように動かないキャロルにレオンハルトが心配そうに声を掛ける。

 だが、

 

「………………」

 

「あれ、反応がないわね……」

 

「美味すぎて絶句したか?」

 

「黙ってろガルティア。……しかし本当に動きがないな」

 

 未だに全く反応がないキャロルを皆が顔を見合わせる。スラルなどだんだんと不安になっておろおろし始めた。

 レオンハルトは何となく、嫌な予感がしてキャロルに近づくと肩を動かしてみる。

 

「………………」

 

 それでも動かない。

 故に試しに手をキャロルの顔の前に持っていきある事を調べた。

 すると――

 

「………………スラル、ヒーリングだ」

 

「え……え? それって……もしかして」

 

 レオンハルトがぼそりと告げた。

 スラルがまさか、と不安そうにその言葉の真意を確認するように問い返す。レオンハルトは血相を変えて叫んだ。

 

「――――息してねぇ! スラル! 早く回復魔法を!!」

 

「う、うわああああああ!? 私の料理、そこまでいっちゃった――!?」

 

 スラルはその言葉を受けて慌ててキャロルに近づくと、自身の料理にショックを受けながらも全力で神魔法を連発する。

 

「心臓は動いてるからまだ間に合う! 起きろキャロル!!」

 

「ごごごめんなさいキャロルちゃん!! 早く起きて!!」

 

 涙目で謝りながら回復を続けるスラルと、肩を揺さぶって声を掛け続けるレオンハルト。和やかな歓迎会は一瞬で阿鼻叫喚の有様に変化した。

 そんな彼らを見て、ガルティアは目の前の料理を口に運んだ。ガルティアの口の中に刺激が広がる。

 

「……こんなに美味いのになあ」

 

 ガルティアの惜しむような声色の呟きはこの場の誰にも届かなかった。

 

 ――この後、程なくして気がついたキャロルは身体にこそ異常は無かったものの、料理を食べた記憶だけが抜け落ちており、レオンハルトとスラルを戦慄させた。

 同時にスラルの料理は魔人以下には耐えられない事が分かり、今後は練習でも魔人以外に食させる事は禁じられたのであった。

 

 



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犠牲

 大陸中央部。

 一面の草原と豊かで肥沃な大地が広がるその地域に一つの村があった。

 木々で出来た小さな家が幾つも並び、その周囲には沢山の畑が存在する。現在は収穫期なのだろう、大人達は汗水垂らしながらも畑で野菜や果物を手に取り喜び、その周りでは小さな子供達が手や膝を土色に変えるほど元気よく走って遊び回る。

 この村は平和そのものであった。

 

「あはは! 逃げろー!」

 

「きゃーっ!」

 

「急ぎすぎて転ぶなよー」

 

「今年は随分と豊作だな」

 

「今夜は何を作ろうかしらね」

 

 それは人々の会話からも見て取れた。表情には暗いものがほとんど無く、皆がのんびりと暮らしているように見えた。

 

「…………」

 

 そんな長閑な村の風景を見つめる一人の女性がいた。村を一望出来る小高い丘の上で女性は無言でそれらを眺める。

 その口元には確かな笑みが浮かんでいる。しかしそれと同時に何処か憂いを帯びた印象の表情でもあった。彼女が何を思っているのかは分からない。だが、何処か近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

 しかし、そんな雰囲気を無視してその女性に声を掛けるものもいた。

 

「あれ、こんなところで何してるの?」

 

 その女性に背後から声を掛けたのも同じ女性だった。しかしその女性はほんの少しお腹が膨らんでおり、全体的なシルエットは細身であることから妊婦であることが見て取れた。

 そんな年若い妊婦の明るい声かけに女性は応じた。

 

「…………ん、特に何も。ただ、平和だなーって」

 

 先程まで近寄り難い雰囲気を出していた女性だったが、喋るとその雰囲気を霧散させて柔らかく対応する。

 

「……? 平和なのは良いことでしょ?」

 

「いや、まあ、そうなんだけどね」

 

「えぇ~? じゃ何でそんな顔してるの?」

 

 二人の会話、特に妊婦の方には遠慮があまり見られず親しい仲なのだろう。明け透けに疑問をぶつける。妊婦から見て、女性の表情は普段どおりに見えていつもと違っているように見えたのだ。

 その質問に女性は再び表情を固くして答える。

 

「……あたしってここにいてもいいのかなーって」

 

 膝に頬杖をついて何気なくそう口にする女性。そしてもう一つの手でふいに耳を撫でる。その箇所や、そこだけでなく――彼女は普通の人間とは違った容姿をしていた。

 長い耳と額にある赤い宝石。それだけならここにはいない別の種族ともいえるのだが、それらが特徴の種族ともまた違う――長い黒髪。彼女はいかなる理由からか普通とは違った存在であった。故に世界中を旅しては移住を繰り返している一匹狼のような生活をしているのだ。

 それを何となく察しているのか、それとも知らずか、とにかく妊婦はそんな彼女に苦笑するように答える。

 

「いいんじゃない? 村の人達も受け入れてくれてるし。それとも居心地でも悪いの?」

 

「受け入れてくれたのは感謝してるし、居心地も悪くないけど……」

 

「……今日は一段とめんどくさいなぁ」

 

 何だか煮え切らない様子の女性に、妊婦が呆れたように頭を抱える。彼女がこんな風になるのは一度や二度じゃない。どうにも抱え込んでいる何かがとても大きいのか、それとも単純に気分の問題か、はたまた両方なのだろう。彼女はこういう風に時折悩んではしばらく雲隠れをする事が多い。一年くらい前にも同じような悩みを口にして数ヶ月別の場所に行っていたりしたようだ。それ以外にも何か用事があるのか慌てて何処かへ行ってしまったり、何も言わずにいなくなったりと放浪癖のような何かかと妊婦は思っていた。

 

 だがこれは知らない事だが、女性はこの村の滞在期間が今の所二番目に長い。ほとんどの場所はちょっと住んだら直ぐに移住する。例外は一番目の場所とこの村だけ。これらはいなくなっても時たま帰ってくる。

 それは偏に自身を受け入れてくれて、それだけ思い入れがある場所だからだろう。妊婦やここの村人との付き合いはもう五年近くになっていた。

 故にこういう時の対処法を妊婦は知っている。背後から彼女に近づくとその頭目掛けて、

 

「……ていっ」

 

「いたっ!」

 

 少し強めにチョップを脳天にぶち込んだ。

 

「ちょっと! 何すんのさ!」

 

「だって面倒なんだもん」

 

「面倒って……」

 

 軽く不満顔で怒ってみせる女性。しかし妊婦はあくまでも緩く対応した。

 

「居ていいって言ってるんだからいいの。別に行かなきゃならない理由もないんでしょ?」

 

「……そりゃあ、今はないけど」

 

「ん、じゃあ行く意味ないじゃん。居ちゃ駄目になったり、行かなきゃならない理由が出来たら出ていったら?」

 

「それは、そうかもだけど……」

 

 なおも煮え切らない彼女に、妊婦が強い口調で言葉を続ける。

 

「だけど、とかなし! 行くなら行く! 行かないなら行かない! はいお終い!」

 

「…………」

 

 妊婦の有無を言わせない態度に女性がぽかんと口を開けて固まる。まるでこちらの事情なんてお構いなしのその強気な言葉に何だか可笑しくなったのだろう、ややあって、

 

「……ぷっ」

 

 小さく吹き出した。

 そしてそのまま笑みを浮かべる。

 

「くっ、あははは……! 本当にね! いつもこっちの事情はお構いなしだけどそんなこと言っていいの? 実は酷なこと言ってるかもだけど」

 

「だって私その理由知らないし。聞いてほしいなら聞くけど、話す気もないんでしょ? だったら正直にこう言うしかないじゃん」

 

「そりゃそうだ、あはは!」

 

「まーた、妙に笑いのツボ入っちゃってるし……」

 

 先程とは打って変わって可笑しそうに声を上げて笑う女性の姿に妊婦は呆れたのかやや冷めた視線を送る。だが、そんなところも彼女らしい、と納得すると気を取り直して用事を告げた。

 

「ま、何でもいいけど今日は家に食べに来てよ。今年最初の収穫だし、腕によりをかけて作るからさ」

 

「へぇ、それは期待しても良さそうだね」

 

「当然。料理で旦那を捕まえたようなもんだからね。やっぱ男は胃袋から攻めるに限るわー」

 

「あはは……それじゃあ後でお邪魔しようかな」

 

「はい、後でいらっしゃい」

 

 気がつけば二人の間の空気はいつもと同じ様に透き通っていた。

 この時まで、この村は平和そのものであり、多くの人が穏やかに暮らしていたのだった。

 

 

 

 

 

 人類のとある国家の勢力圏に魔軍が侵入したのは約二時間ほど前だった。

 草原を覆い尽くすほどの多くの魔物兵がその大地を征く。

 数にしておよそ――二十万。

 魔軍の単位にして十個軍の大軍勢の襲来に、国は総力を上げてそれを撃退せしめんと多くの兵を動員した。

 

 大陸中原に領土を広げるこの大国は肥沃な土地と強力な軍隊を保有しており、近年では魔軍を完全に撃退した事例すらある。しかしこの規模の侵攻は今までに例を見ない。国を主導する首脳陣もこれには青ざめた。だが逃げるわけにもいかない。今ある兵の殆どを動員する、その数およそ二十万。それらを国境に向かわせ魔軍を追い返すための戦争が始まった。

 

 ――だが、彼らは忘れていた。そして改めて実感した。

 

 彼らはわずか一週間で魔軍に敗北したのだ。

 開戦当初は少なからず拮抗していた。多少押されていたものの魔軍相手でもこれなら持ち堪えられると兵達は希望を持った。

 しかし、それは粉々に打ち砕かれた。他ならぬ魔人の存在によって。

 

 魔人レオンハルト。

 彼が戦場に出てくると流れは直ぐに変わった。

 単身敵陣に深く切り込むと多くの指揮官を一騎打ちで屠っていった。麾下の兵達が動揺する中、レオンハルトは手心を加えることなくほぼ全ての指揮官を斬り捨て、最後には敵陣の後方にいる将軍をも討ち取った。

 そしてこれが勝敗を決定づける要素となった。軍全体に上手く指示が伝わらず、用兵に長けた人物もいなくなり、軍としての秩序を保てなくなった。敗北を悟り、士気が地に落ちた兵達は次々と逃亡した。残った兵達は当然、魔軍に殺された。

 最早、国に対抗する力はない。後はどれだけ被害を減らせるか――そういう戦いになったのだ。

 

 

 

 

 

 戦闘を終えた魔軍の陣地では明るい雰囲気が漂っていた。

 

「ふはは! 圧倒的じゃないか我々の軍は!!」

 

「うむ。これ程短期間で決着がつくとはな。大国と聞いてはいたが所詮は人間ということか」

 

 魔物将軍達が次々と陣の中央に集まり、勝利を称え合う。

 それもその筈、本来ここでの戦闘は二週間程で終了すると魔物将軍達は計画していた。数の上では同値ではあるが魔物と人間では地力が違う。最初は拮抗してもその差が徐々にはっきりと現れ人間はその数を減らしていくだろう。そう考えていた。

 だが魔軍にとっては良い意味で予想を裏切られた。人間の精神が遥かに脆弱であったこと。それが一つ。

 そしてそれを引き起こした存在を彼らは褒め称える。

 

「レオンハルト様! お疲れ様でした!」

 

「お疲れ様でした!!」

 

「――ああ」

 

 本陣にゆっくりとその彼――魔人レオンハルトがその姿を現した。前線からちょうど戻ってきたところなのだろう。闘気が若干まだ漏れ出ており、表情は固いまま口少なく返事をする。

 魔物隊長以下、魔物兵などはその凄みに気圧されたのかごくりとつばを飲み込む。この方が味方であって良かった、そう思わざるを得ない。もし敵であったのならここに居並ぶ魔軍の幹部は皆、首を落とされているだろう。

 側近である魔物将軍はその働きによる結果を言葉にしようと口を開いた。

 

「レオンハルト様。現在敵兵の多くは統制を失い、散り散りになって逃げ惑っているようです」

 

「……やはりまだ残る者はいるか」

 

「はい。レオンハルト様の活躍によって敵将はもう残っていない筈ですが……やはりこれほどの大軍となると気骨があるものは未だ戦い続けていますね。街も近いですし」

 

「…………そうか」

 

 レオンハルトはそこで一度息を吐くと目を瞑る。そしてしばしの沈黙。

 魔物将軍はそれを急かさず待った。レオンハルトは何かの作戦や決断をする時にはこうして考え込むように目を瞑ることが多い。実際に思案を行っているのだと魔物将軍は経験から予測していた。この後には必ず何かの指示が来る。自分はそれを実行出来るように待命するのみ。

 やがてレオンハルトの目蓋がゆっくりと開かれると魔物将軍にその命令を下した。

 

「逃げるなら好きにさせろ。残るなら――殺せ」

 

「はっ! 伝令!」

 

 その命令を聞いた魔物将軍が近くの魔物兵に前線への指示を伝える。

 今戦場にいる敵を殲滅しろ、と。

 レオンハルトはその声を黙って――何処か噛みしめるように聞いていた。

 

 

 

 

 

 ――まったく……ままならないな。

 

 レオンハルトは戦闘を終えて陣に戻ってくると、疲れたように息を吐いた。

 体力的に疲れているわけではない。精神的に疲労する戦いだった。

 魔物将軍が口にしたように、レオンハルトは敵の確認出来るだけ全ての指揮官を殺して回った。

 それは偏に犠牲を減らす為であったが……敵が多すぎるのが問題だった。

 何せ二十万対二十万の大軍での戦いだ。いつものように座していては敵将が自分のところにやってくる確率は極めて低いし、時間もかかる。その間にも被害は増え続けるのだ。

 

 故に自分から打って出ることにした。

 単身敵陣に入り込み、最小限の立ちふさがる敵兵を斬り捨てながら敵将を目指した。そして一騎打ちを仕掛けて首を落とせば息つく暇もなく次の標的を探して戦場を駆け巡る。

 もはや討ち取った敵将は途中から数えていない。二百は超えているだろうということしか分からない。

 

 一週間の戦闘でこれだけの将を討ち取ったかいがあったのか半数程度の敵兵は逃げていっただろう。

 だが残り半数は一週間でその数を減らし、そして残った少なくない兵も今なお戦場に残り続けている。

 そしてそれを聞いて非情な決断を下した。

 これ以上の犠牲を減らすことは出来ない。今戦場に残り続けている兵達にはこれだけやっても戦い続ける理由が、矜持があるのだろう。そしてよく訓練されているのが今回の戦闘でわかった。

 

 そんな彼らが逃げることはない。ここで逃げれば多くの人々が魔物に蹂躙されてしまう。その中には愛する家族や友がいるのだろう。それを守ろうとする意思を砕くことは出来ない。

 

 ……切り替えるか。

 

 レオンハルトは戦闘で昂ぶっていた気を落ち着かせると、周囲に目を向けた。現在周りにいるのは前線を指揮している者を除いた数名の魔物将軍や魔物隊長。皆、口々に今後の進軍案や拠点にする場所について話している。

 そこでレオンハルトは気づいた。そういえば見当たらない奴がいる。

 

「……そういえばキャロルは何処にいる。姿が見えないが」

 

「キャロル様……そういえば見当たりませんね」

 

 側近の魔物将軍に聞いてみるが彼も今気づいたようだ。周囲を見渡していないことを確認すると別の魔物将軍にも視線で言外に聞いてみる。

 その意を汲み取ったその場にいる魔物将軍らは次々と情報を口にする。

 

「さっきまではここにいた筈ですが……」

 

「何か地図を見て唸ってなかったか?」

 

「自分が見た時はレオンハルト様の名前を呼びながら何やら悶えていました」

 

 不確かな情報ばかりが口々にレオンハルトにもたらされる。レオンハルトは自分の使徒を思い頭を抱えた。

 

「何やってんだあいつ……」

 

「お呼びですか――!! レオンハルト様――!!」

 

「!」

 

 そんな時、前線の方向から高い声が聞こえてきた。キャロルの声だ。

 そして少し遅れて本陣に飛び込むように走ってきたのは他でもない金髪ツインテールの使徒。

 快活な印象を受ける顔をこちらに向けてくるとビシッとポーズを決めた。

 

「レオンハルト様の忠実たる下僕、魔物界一の完璧使徒キャロル! レオンハルト様の役に立つ為に情報を仕入れてきましたわ!!」

 

「………………」

 

 その場の空気が凍る。魔物将軍らが絶句する中、レオンハルトは多少の恥ずかしさを何とか抑えると、溜息混じりにキャロルに声を掛けた。

 

「……色々聞きたいことはあるが、それは一先ず置いておく。役に立つ情報ってのは何だ?」

 

「はい! この地に置く魔軍の拠点候補についての情報ですわ!」

 

「拠点について……だと?」

 

「はい!」

 

 レオンハルトの問いに再度頷き返したキャロルは中央に広げられたテーブルに近づくとその上の地図を手で示した。

 

「予定ではこの先にある街を占拠する予定でしたが、それよりも近く立地も完璧な場所を見つけましたの!」

 

 キャロルがそう豪語すると居並ぶ魔物将軍らも興味を抱いて自然と中央に集まる。

 最初に声を上げたのは側近の魔物将軍だ。

 

「……確かに拠点にする予定の街は些か遠いですが……ここより近い街や集落はなかったはずです」

 

 魔物将軍の言葉に周囲も同意する。事前の調べでは長期の拠点に出来そうな場所はこの先の街しかない。

 そしてそれはレオンハルトがこの地に大規模で攻め込まざるを得なかった理由でもある。魔軍はこの場所、この地域に拠点を置きたいのだ。

 

 そもそもの発端はこの地を領土とした国にある。

 大陸中原のこの場所は大陸の交通の要所であり、軍事的な要所でもある。魔軍でも各戦地に軍を送る際や物資を運ぶ際にはこの地を通っていた。

 大陸南方に行くには言わずもがな、北方との間にはバラオ山脈という東部と北部を分ける大きな山脈がありそこを通ることは不可能とは言わないまでも何かと不便だ。

 

 そしてそんな要所である地をこの地域に根付く国家が国力に物を言わせて領土としたのだ。これに魔軍が激怒した。

 人間の分際で自分達が使っていたその要所の権利を主張した。

 それも横取りのような形で。

 見逃してやっていたというのに調子に乗りおって。

 取り返すべきだ。

 

 これらの声が多くの魔物将軍達からレオンハルトに寄せられた。そしてこれをとうとう無視出来なくなった。

 最初は抑えていた。幸いと言っていいのかこの地を領土とされはしたものの街などは無かったし、勝手に通っても実質的な被害は何もない。まさか勝手に通ったからと言って魔軍に抗議文を送ってくるほど相手も馬鹿ではない。

 

 それを抑えきれなくなったのはやはり先日の戦闘が切っ掛けだろう。

 他の国と同じく定期的な侵攻を北側から行っていたのだが、この国家は精強な兵と強力な軍隊を保有しており、魔軍も攻めきれないでいた。

 レオンハルトも拮抗して粘っているならば、これ幸いと敢えて放置していたが……それが良くなかったのかもしれない。

 

 有ろう事かこの国の軍隊は北方にある魔軍の陣地に大規模な襲撃を掛けてこれを殲滅してしまった。

 相手の強さが予想より上だったか、それと魔人がいなかったのも原因だろうか。とにかくこの出来事は魔軍の逆鱗に触れてしまった。

 そして最終的には折れざるを得なかった。だがレオンハルトはそれでも国を滅ぼすことはせず、要所に拠点を置けば後は適度に兵を残して撤退しようと考えている。戦う力は今回で削ぎ落としたし、相手も流石に懲りたであろう。後は他の地域と同様の戦略を実行するだけだ。

 

 レオンハルトはそれを思い、眉をひそめる。他の魔物将軍などには拠点を作ることだけで留めているが、これらの考えは全て使徒であるキャロルには伝えてある。

 目的はこの作戦を遂行するに当たって、犠牲を少なくすることだ。街を拠点にする際、少なからず住民は犠牲になるが出来る限り殺戮を控えさせて他の地域のように略奪や陵辱に留めさせれば死者自体は抑えられる。人間を出来るだけ滅ぼさないようにするにはこれしかない。

 

 だが犠牲をより少なくできる場所が見つかったのだろうか。

 キャロルは魔物将軍らが注目する中、それを自慢気に話し始めた。

 

「ふふん、それがありますのよ。ちゃんと街で調べてきましたから間違いないですわ」

 

「……待て、街だと? お前街に行ってきたのか?」

 

 レオンハルトは聞き捨てならない言葉を聞いた為、それを改めて確認する。

 キャロルはこちらに向かって胸を張って答えた。

 

「はい! わたくしの容姿なら人間に紛れ込めるかと思ってひとっ走り行ってきましたわ!」

 

「……つまりお前のその情報は現地民から直接聞いてきたってことか」

 

「その通りですレオンハルト様!」

 

 レオンハルトはその行動力に呆れ返る。とんだ諜報員もいたものだ。バレたらどうするつもりだったのか。そもそも行動が自由過ぎるとか色々言いたいことはあるもののここに限っては呑み込む。先に成果を確認してからでも遅くない。もし悪い結果になれば帰った後でめちゃくちゃに扱いてやろう。

 

「それで……その場所はどこにある?」

 

「はい! ここですわ!」

 

 地図のとある一点を指差してキャロルは説明する。

 

「ここに小さな村があるそうです! ここなら人口も少ないですし、住民の多くは取れた作物を街に卸して生活しているそうですわ!」

 

「……なるほどな」

 

 その途中の言葉にレオンハルトは反応する。勿論表情や態度にはおくびにも出さない。

 確かに立地も街に比べて都合がいい上に、人口が少ないときた。ここであれば街を占拠するよりかは被害も少ないし、抵抗も少ないであろう。街から遠く離れた場所というのも悪くない。距離が近ければ拠点を作った後に小競り合いも増えて犠牲も大きくなる。

 

 考えれば考える程、都合のいい場所だ。魔物将軍らも犠牲云々は考えてはいなくても街よりもさらに交通的要所に近いこの場所を口々に検討しあう。

 しかし深く検討させればより楽しめるであろう街を推す意見も出るだろう。レオンハルトは今の流れが続いている内に決断しようと口を開く。

 

「……キャロル、魔物将軍」

 

「はい!」

 

「はっ」

 

 呼びかけに返事を返す忠臣達にレオンハルトは命令を下した。

 

「予定を変更する。戦闘が終わり次第この村に進軍するぞ」

 

「かしこまりましたわ!」

 

「……仰せのままに」

 

「はっ! 了解致しました!」

 

 恭しく了解する二体を目にした他の魔物将軍もそれに倣って頷きを返す。

 レオンハルトは命令を了承して動き始める周囲から視線を切ると、地図の一点、村があるという場所を見つめる。

 そして誰にも聞こえない程度の声量で、

 

「……悪く思うなよ」

 

 顔も知らない住民を思って一度だけ謝罪した。

 



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謎の女性

 平和な村にその報が届いたのは間もなく夕刻に差し掛かろうという時間帯。

 村の入口に一人の男が現れた。その血に濡れた姿を見て村人がギョッとする。

 

「う……ぐ……」

 

「なっ!? お、おいアンタ! 大丈夫か!?」

 

「兵士、か? 酷い怪我だが……とにかく治療を!」

 

 血相を変えて兵士を助けようと動く村人。日常では見ないレベルの怪我人にその場は少しあたふたと浮き足立つ。共通するのはとにかく治療をしようという動き。

 しかしそれに待ったをかけたのは当人であるはずの兵士だった。彼は震える声を必死に絞り出してそれを伝える。そのために彼は瀕死の身体に鞭を打ち、ここまで辿り着いたのだ。

 

「に、げろ……」

 

「え?」

 

「逃げ、ろ……! 魔、物が……魔軍が来る――」

 

「え……お、おい!」

 

 その言葉を最後に兵士の身体から力が抜けた。村に一人だけいる神魔法の使い手がやって来て診療するも彼は既に息絶えていた。人が死ぬところをまじまじと見た村人は一時騒然とするが、それに拍車をかけたのは彼の最後の言葉だった。

 

「魔軍が、来る……?」

 

「魔軍って、大勢の魔物だよな……色んな所で暴れまわってるっていう……」

 

 村人もその言葉の意味は知っていた。だが、あまりにも普段の日常とかけ離れた単語であった所為か、事実を認識するのが少し遅れた。

 空気が一瞬凍りつき、その次の瞬間に一気に沸騰した。

 

「ななな、何だって……!?」

 

「本当にここに魔軍が来るの!?」

 

「ど、どうすればいいんだ……このままここにいたらこの兵士みたいに殺されちまうんじゃ……」

 

「とりあえず逃げないと……!」

 

「皆、落ち着いて! 一体どうしたの!?」

 

 騒ぎ立つ皆を見てやって来たのか黒髪の女性が一喝する。村人はその女性に青ざめた表情で叫ぶように告げた。

 

「は、ハンティさん! 魔軍が! 魔物がここに来るって……! 国の兵士が教えに来たんだ!!」

 

「っ! 魔軍が!? まさかっ……!」

 

「あっ!?」

 

 黒髪の女性――ハンティと呼ばれた女性が慌てたように表情を変えると、突然その場から消えてしまった。村人は急に消えたハンティを探して周囲を見渡すがどこにもいない。一瞬でこの場からいなくなってしまった。

 

「ハンティさんが消えた……」

 

 頼れる人がいなくなってしまい、パニックになるかと思った次の瞬間、ハンティは再び村人が集まる中心に現れた。

 それに気づいた村人がまたすぐに駆け寄る。

 

「あっ! ハンティさん! 今のは一体――」

 

「皆早く逃げて! 今すぐ!!」

 

「えっ?」

 

 ハンティは血気迫る様子でそれをその場にいる全員に周知した。

 

「もうすぐ近くまで来てる! 三十分もしない内に魔軍が来るよ!」

 

「え、あ……」

 

 その言葉に今度こそ村人の顔から血の気が引いた。

 切迫した身の危険が直ぐそこまで来ている。どこか危機感を捉えきれていなかった村人たちも兵の死体と女性の必死の形相に恐怖と危険を感じ取った。

 

「ま、魔軍が……! 魔軍が来るぞ!!」

 

「逃げろ! 殺されちまうぞ!」

 

「で、でもどこに逃げれば……!」

 

「とにかく街へ向かって! 全員で集まってる時間はないから急いで!」

 

「は、はい! ハンティさんは……」

 

 男は必死に指示を出すハンティに問おうとしてそれを止められた。先に答えを言われたからだ。

 

「後は村長の指示に従って動いて! あたしはちょっと時間稼ぎしてくるから頼んだよ!」

 

「はい! ……あれ?」

 

 男が頷いた瞬間、ハンティはまたしても瞬時にその場からいなくなる。どういう事だ、と疑問が浮かぶがそれを考えている時間はない。男はその報を村人に伝える為に走り出した。

 

 

 

 

 

 二十万近くの大軍。その数は当初よりも減っているものの未だ大地を埋め尽くすほどの数が村に向かって進軍していた。

 その先頭集団を行く魔物兵達は余裕の表情で村へと急ぐ。仲間の魔物兵と共にこの後の行動についての会話で盛り上がっている様子だ。

 

「へへっ、久しぶりに人間の町を襲えるな」

 

「町じゃなくて村らしいぞ? 人もそこまで多くないんだとか」

 

「えぇ……それじゃあんまり楽しめそうにないな」

 

「俺は女がいればいいけどなぁ……でも、今回はこれだけの人数だし、いても順番待ちが長そうだ」

 

「俺達はまだマシだろ。後ろの方の奴らなんて順番が回ってくる頃には殆ど壊れちまってるだろうしな」

 

「ぎゃははは! 違いねぇ!」

 

「お前達、気持ちはわかるが少し気を引き締めろ。そういうのは村を占拠し終わってからだ」

 

「へーい!」

 

 魔物隊長が軽く諌めるもその声色からは喜色の感情が抜けていない。それも致し方ないことだろう。多くの魔物兵にとって人間の町を襲うことは魔軍にいて最も楽しい時間だからだ。殺戮、略奪、陵辱などのこれらは野良で過ごしていては味わえない。魔軍に所属しているからこそ楽しめる娯楽なのだ。その証拠に魔物隊長も部下に注意しながらも占拠し終えたら何をしようかと思案せざるを得ない。

 

 しかし仕事を忠実にこなさなければそれすらも取り上げられる可能性もある。レオンハルト様は魔人の中でも特に職務に厳しいお方だ。逸って失敗をしてしまえば目も当てられない。

 故に警戒は怠らない。先の戦闘で人間の軍は叩き潰したものの、残党や予備兵力を隠し持ってる可能性はゼロではないのだ。

 

 ――悲鳴が聞こえたのはそんな時だった。

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

「な、何だこいつ――ぐぁあ!?」

 

 ふいに右方向からつんざくような雷鳴と同時に魔物兵の悲鳴が聞こえた。魔物隊長は急いで部下に確認を取る。

 

「何があった!」

 

 程なくして魔物兵が大慌てで魔物隊長に報告する。

 

「魔法が飛んできた模様です!」

 

「魔法……人間の兵がまだ残っていたか。相手の数は?」

 

「いえ、それが……どうやら一人のようです」

 

「……一人だと?」

 

 魔物隊長はその言葉を疑った。胡乱な視線で魔物兵を見る。

 

「一人ならさっさと押し潰せ。魔法使いは確かに厄介だが詠唱後に囲んでしまえば――」

 

「それじゃ試してみる?」

 

「ん……んん!? 貴様、どこから――ぐぅっ!?」

 

 魔物隊長は突然目の前に現れた黒髪の女性に目を丸くして驚くも、女性がその手に持った剣で胴を切り裂かれた。

 

「た、隊長!?」

 

「こ、こいつ急に現れたぞ!」

 

 魔物兵は自分達の隊長を殺されて狼狽える。それを行ったのは何の前触れもなく魔軍の中心に現れた一人の女性。魔物兵達がそれを見て口を開く。

 

「……でも、結構いい女だぞ」

 

「この数なら勝てるんじゃねぇか? 隊長が殺されたって言っても不意打ちだし、こっちは二万人も残ってる」

 

「誰か将軍か他の隊長に伝えた方がいいんじゃないか?」

 

「全員でやっちまおうぜ。そんで犯しちまおう」

 

 口々に魔物兵達が下卑た言葉を連発し始める。魔物隊長が殺されてその場の魔物兵達は足並みこそ揃っていないもののそれなりの威勢の良さを見せる。それを聞いていた女性は顔を顰めながら詠唱を終えると、

 

「……ったく、魔物ってのは下品で嫌になるね! 電磁結界!」

 

「ぎゃあああああああああっ!?」

 

 女性を中心に高電圧の結界が広がりその場にいた魔物兵達は一瞬の硬直の後、焼けたように黒ずんで倒れていく。電磁結界。雷属性魔法の中級呪文であり広範囲の射程が特徴の魔法だ。しかし中級とはいってもまだまだ珍しい魔法使いに範囲外にいた魔物兵らも戦慄した。

 

「ひぃっ!? こ、こいつ強いぞ――!」

 

「に、逃げて将軍に――」

 

 その場から離脱しようとする魔物兵。

 

「逃さないよ! 雷撃!」

 

「があああああ――っ!?」

 

 しかし続けざまに放たれた雷によって背面を貫かれる。その場は泡を食ったようにパニックになった。

 

「何事だ!」

 

 だが、その騒ぎを駆けつけてきたのだろう。大軍の奥から別の魔物隊長が現れる。魔物兵は女を指差して伝えたが――それは叶わない。

 

「あの女です! あの女が――ぎゃあっ!?」

 

「なっ――くっ、魔法使いか! お前ら、詠唱後を狙え!」

 

「おおおおおおっ! なら今だ!!」

 

 魔物隊長は報告しようとした魔物兵が雷に打たれて殺されたことで、瞬時に状況を理解する。魔法使いの魔法は強力かつ回避不能ではあるが、次弾を撃つまでに隙がある。それを周囲の魔物兵に向かって指示した。

 指揮を執る魔物隊長がやって来た事で魔物兵の動きに組織的なものが復活する。魔法を撃った直後の女性に魔物兵が殺到した。

 魔物兵が腕を振り上げて女を襲おうとする。

 だが――

 

「――――」

 

「なっ! 消えた!?」

 

「一体どこへ――ぐへっ!」

 

 その場から消え去った女性は魔物兵の背後に現れると剣を薙ぐように振るい魔物兵を絶命させる。そしてその場で釘付けにするかのように剣を突きつけて叫んだ。

 

「悪いけど、しばらく遊んでもらうよ!」

 

「ひぃっ、た、隊長……!」

 

「くっ、何だこいつは……ええい! お前は今すぐ将軍に知らせてこい! 残りは全員で掛かるぞ! 所詮は女一人だ!!」

 

「う、うおおおおおおぉぉおお――!!」

 

 得体の知れない強さと迫力を持つ女性に気圧されるも、数の優位は揺るぎない。故に報告を急がせながらもこの場で倒してしまおうと激励しつつ支持を出す。

 魔軍の先遣隊とたった一人の謎の女性。本来なら女性の勝ち目がない筈の戦いは、予想に反して魔軍の劣勢から始まった。

 

 

 

 

 

 

 ――その報告を聞いた時、レオンハルトは自分の耳を疑った。

 

「先遣隊がやられた……? どういうことだ。詳しく説明しろ」

 

 魔軍の本隊。その中心でゆっくりと行軍を指揮していたレオンハルトは怪訝そうな顔で報告してきた部下に尋ねる。

 

「は、はっ! どうやらとある女性に魔物将軍が殺されたそうです。魔物兵はその殆どが逃げ惑い、残った魔物隊長が何とか数百名程をまとめて戻ってきました、が……先鋒を任せていた軍は壊滅致しました」

 

 魔物将軍は出来る限り冷静にそれを述べたが、そう見えて動揺しているようであり信じられないという思いが声色から漏れ出てしまっている。

 レオンハルトはその事実らしい言葉に内心驚く。まさかまだ兵が残っていたのかと。だが続く質問でその想像は裏切られた。

 

「相手の規模は?」

 

「……おそらく、一人」

 

「一人か。だがおそらくっていうのは何だ?」

 

 レオンハルトはまたしても驚かされる。それだけの少ない人数で二万の魔軍の軍勢に攻め込みそれを崩壊せしめたというのは十分感嘆に値する。

 しかしおそらく一人とはどういうことなのだろう。それだけの少人数なら数がはっきりしないのはおかしい。

 それについても魔物将軍は説明した。

 

「報告によれば敵は単身で突撃してきたそうなのですが……それだと説明がつかないことがありまして」

 

「……続けろ」

 

「はい。何でもその女性は目の前に現れたと思って襲いかかっても、次の瞬間には別の場所で戦っているそうです」

 

「はぁ? それは何だ? 瞬間移動でもしてるって言いたいのか?」

 

「私もにわかには信じられないですが……報告に来た魔物隊長が揃って証言しているようでして」

 

「……なるほどな」

 

 思わず馬鹿馬鹿しいとぞんざいな声色で問い返してしまったが、魔物将軍が言うにはこの証言は共通したものらしい。レオンハルトは思考を巡らせる。

 とにかく軍を一つ減らされたのは確かで、どうやらそれを単身で成し遂げるくらいの強者がいることも確か。その事実にレオンハルトは興味を抱く。そうであるならもう一度部隊を分けるのは愚策でしかない。故にあっさりと方針を固めた。

 

「このまま向かうぞ」

 

「……良いのですか?」

 

 魔物将軍がその是非を問う。レオンハルトはそれを淡々と説明してやった。

 

「ただ強いだけってんなら俺が出ればいい。瞬間移動が本当なら対策の仕様がない。少なくとも今の所はな。……それに村ももう近いんだろ、キャロル?」

 

「あ、はい! もう目と鼻の先ですわ! 十分もすれば見えてくるかと!」

 

 後ろに控えていたキャロルに尋ねると元気よく返事がくる。それを聞いてレオンハルトは満足そうに頷いた。

 

「部隊を分ける方が危険だからな。このまま進め。ただ、警戒だけは怠るなよ? その女を発見したら戦わずに俺のところまで報告させるよう全軍に徹底させろ」

 

「……はっ、ではそのように」

 

「レオンハルト様の為にその女性を見つけ出せば……ふふ」

 

 疚しい事でも企んでいるのか頬に手を当てて陶酔したような表情になるキャロル。

 

「……キャロル、お前は大人しくしてろ」

 

「……はぁい、わかりましたわー……」

 

 様子がおかしい使徒に不安になってきたので名指しで釘を刺しておく。少し不満そうな表情を浮かべたキャロルだったが、自分のやや強い声色に渋々了承した。

 レオンハルトはそのまま魔物将軍にその後の指示もついでに伝えておく。

 

「村に着いたら普段どおり、村の中を探索して住民を一箇所に集めろ。俺の指示があるまで魔物兵には一切の手を出す事を禁じる。それだけは徹底させろ」

 

「はっ、わかっております」

 

 人間の町を制圧した時のやり方は既に多くの魔物将軍は把握している。これまでに何度も続けてきたからだ。一部の魔人が率いる魔軍などではやり過ぎるきらいがあるものの、ことレオンハルトが指揮する場合にはこれらの指示を無視する輩は殆どいない。これを破ればどうなるかを知っているからだ。

 

 だが、最終的に行うことは他の魔人と変わりない。レオンハルトがやるのはある程度の選別と、死者を減らすことだけだ。これらは魔軍を指揮するに当たって最低限必要な事である。最近ではレオンハルトと多く関わる個体を中心に、軍人志向で高潔な性格の者や、武人肌で戦いを好んでそれら以外には興味が薄い魔物将軍や魔物隊長も増えてきてはいるものの、まだまだそういった層は多数存在するのだ。

 

 そこまで考えるとレオンハルトは村を前にして気分を変える。次に考えるのは魔軍を単身で潰した女のこと。

 

 ――それにしても女か。今回の遠征は色々憂鬱だったが……最後に少し楽しめるかもな。

 

 まだ見ぬ強者に多少の期待感を抱くレオンハルト。

 そして彼が率いる魔軍は程なくして村に辿り着き、その光景を目にすることとなった。

 

 ――もぬけの殻となった村の光景を。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 レオンハルトは辺りをぐるりと見渡した。

 村を魔軍の制圧下に置くことには成功した。キャロルが行っていた通り小さな村ではあるものの住居の数にしては敷地自体は予想よりもかなり広い。土地の多くを畑や裏手にある森で占めている所為だろう。

 だが流石に約二十万いる魔物兵を全て村の中に収容出来るほどではない。その大部分は村の周囲を囲むように固めさせ、哨戒に当たらせている。今だ残党や例の女性が襲ってこないとも限らないからだ。

 

 そして魔物兵の大部分がいないとはいえ、村の中では魔物兵達による捜索が始まっており、それを魔物隊長が指揮している。彼らにとっては後の楽しみを得る重要な行為。その作業に手抜きは見られないものの何処か焦りの色が見える。

 やがて捜索を一通り終えたのか一体の魔物隊長が近寄ってくる。現在レオンハルトは村の中心であろうそれなりの広さがある広場にキャロルと先の戦闘で失った一体を除く九体の魔物将軍と共に報告を待っていた。簡易的な司令部をここに設定したのである。

 そこに近づいてきた魔物隊長はやはり焦ったような声色で、

 

「だ、駄目です! 人っ子一人見つかりません!」

 

 と報告した。それを聞いた魔物将軍達は唸る。

 側近の魔物将軍はレオンハルトに向かって自分の考えを告げるため口を開いた。

 

「……やられましたな。おそらく襲ってきた女性というのは村人を逃がす為に時間を稼いだに違いありません」

 

「……ま、だろうな」

 

 周辺の報告も予め聞いていたレオンハルトらはそれに頷く。戦争が始まって直ぐに疎開したにしてはおかしな部分がある。それを口にしたのは背後に控えるキャロルだ。彼女は相も変わらず自信たっぷりに口を開く。

 

「生活感残りまくりですわね。農具や収穫物もそのまま放置されてますし、慌てて逃げていったようですわ!」

 

 そう言って無駄にドヤ顔を見せつけるキャロル。レオンハルトにだけかと思いきや何故か魔物将軍にも。彼女はどうやら魔物将軍にも自らの働きを自慢したいようである。おそらく自分がコマンダーの時からレオンハルトの側近を務める魔物将軍らを勝手にライバル視しているのだろう。そして説明を受けた魔物将軍は反応に困り「さ、さすがですキャロル様……」と若干狼狽えつつキャロルを称賛したが、そんなこと言われなくても魔物将軍達にも分かっていた。

 

「一応、裏手の森も捜索隊を回していますが……この分だと期待薄でしょうね」

 

 そして今度は別の魔物将軍が意見を述べる。やはり村人は全員逃げ去ってしまったようだ。

 レオンハルトはその事を考え、しかし魔物将軍らに方針を改めて伝える為に口を開く。

 

「……仕方ない。哨戒には引き続き当たらせるがこのまま拠点の設置に移行するぞ」

 

 魔物将軍らはそれに頷きを返す。どうやら意見は同じらしい。しかしそれを聞いていた魔物兵や魔物隊長らは落胆ぶりが垣間見える。広場に司令部を置いているので割と丸聞こえなのである。

 だが、今回に限ってはある意味知らしめるのも悪くはない。

 

 というのもレオンハルトとしては村人に逃げてもらうのは都合がいい。こうやって全員が逃げてくれたおかげで気の進まない行為を無理にやらなくても済むからだ。

 魔物兵としても人がいないならそういった暴行も行いようがない。こちらが許可するしない以前の問題だ。諦めざるを得ないだろう。

 

 ――戦えないのは少し残念だけどな……ま、こうなるならいいさ。

 

 魔軍を襲った見知らぬ女性に内心――複雑な心持ちであるが感謝する。個人的には楽しみを裏切られたような気持ちはあるものの背に腹は代えられない。結果犠牲を減らせたのならばそれは最善だったのだろう。

 レオンハルトは思わず息を吐いた。これで肩の荷が下りる。後は拠点を設置し終えて帰還するだけだ。難しいことや気を揉むようなことは何もない。

 

「魔物兵を工事に当たらせろ。まずは資材を――」

 

 レオンハルトが肩の力を抜いてそう口にした時――その声は聞こえた。

 

「――ちょっと! 離しなさいよ!!」

 

 裏手の森に続く農道。その方向から女性の声が響く。周囲のキャロルや魔物将軍達も気づいただろう。その方向に一斉に目を向けると魔物隊長に縄で縛られた二人の人間がいた。

 その内の一人である女性はもうひとりの少女を庇うように魔物隊長に勇ましく怒声を浴びせている。

 

「私だけ連れていけばいいでしょ! この娘は解放して!」

 

「う……お、お姉ちゃん、どうしよう……」

 

「ええい! 黙れ黙れ!! 先程からうるさいぞ貴様!」

 

「解放したら黙ってあげるわよ!」

 

「ちっ……だが、その減らず口も何処まで聞けるか見ものだな。――レオンハルト様!」

 

「……!」

 

 広場に近づいてくると女性はこちらに気がついたのだろう。居並ぶ面々を見て戦慄したのだろうか、その間に魔物隊長が膝を突いて礼をする。

 

「この様な場所であるのでもうお分かりでしょうが改めて失礼致します。逃げ遅れた村人を二人連れてきました」

 

「……キャロル」

 

「はい! 魔物隊長、その二人を近くまで連れてきなさいな」

 

「はっ!」

 

「あっ、ちょっと……!」

 

 レオンハルトの意を汲み取ったキャロルが許可を出し、魔物隊長が二人を連れて中心まで歩いてくる。女性は抵抗してじたばたするも魔物隊長の膂力には及ばない。

 そして魔物将軍の内一体が声を出した。

 

「人がまだ残っていたか……だが、二人ではな」

 

 落胆の色を覗かせる魔物将軍に魔物隊長は意見を述べる。

 

「それもそうなのですが、この二人に逃げた先を聞いてみてはどうでしょう? それさえ分かれば人間の足ですし、今から追いつくことも……」

 

「はぁ!? 言う訳ないでしょ! 馬鹿じゃないの!?」

 

「くっ、黙ってろ! ど、どうですレオンハルト様。もしこの二人の尋問を任せてもらえれば直ぐにでも吐かせてみせますが……へへ」

 

「……お、お姉ちゃん……!」

 

「な、なっ……この外道! 私だけならともかくこの娘は関係ないでしょ! 子供は解放しなさいよ!」

 

 ぬめりつく様な口調と視線がそこにはあった。少女の方の呼び方からしておそらく姉妹かそれに近い二人。少女の方は若干幼く女性の方は少しお腹が膨らんでいるものの彼女らの容姿はそれなりに整っていた。そして何をされるのか理解したであろう女性が抗議の声を上げるも誰もそれには反応しない。魔物隊長が下卑た視線を向けるだけだ。

 

 魔物将軍達はそれを見て多少呆れる。彼らの目から見ても何を期待しているのか丸わかりである。そして魔物隊長の声に落ち着いた声で反応したのはレオンハルトではなく使徒であるキャロル。

 

「……レオンハルト様、どうしましょう?」

 

 そう言ってレオンハルトに判断を仰ぐ。魔物将軍らも同様だ。何を狙っているのかは丸わかりだが、実際に発見してきたのは魔物隊長なので彼の手柄でもある。そうでなくてもその判断はレオンハルトが下すべきなのだ。

 レオンハルトはそこで初めて二人に向かって声を掛けることにした。

 

「……ふむ、二人か」

 

「お、お姉、ちゃん……」

 

 数を確認するだけの意味のない言葉。姉の名を涙目で呼ぶ妹だが、レオンハルトに視線向けられると恐怖したのかぶるぶると震えている。それも致し方ないことだろう。レオンハルトとという上級魔人、魔人四天王に臆せずにいられるのは魔物でも厳しい。戦う心得もないただの人間に耐えられる筈もない。

 しかしそれを受けてなお女はレオンハルトに向かって声を上げた。

 

「っ! くっ……あ、あんたが魔人ね! ねぇ、あんた! 親玉なら恥ずかしくないの!? こんな子供にまで手をかけようとするなんて最悪よ! この変態!」

 

「!」

 

「っ!?」

 

その言動に一同が凍りつく。声を発せたのも驚きだが、それよりもその態度の方が問題だ。魔人に無礼な態度を取るなど魔物でも殺されてもおかしくない所業である。正気を疑う所業だ。魔物将軍らも戦慄する。

 それに最初に声を発せたのは魔物隊長だ。

 

「な、ななっ、貴様! レオンハルト様になんて口を……!?」

 

「きゃっ!」

 

 魔物隊長が地面に女性を引き倒し、膝を突かせる。レオンハルトはそれをじっと見ていた。

 そして女性の代わりに謝るように魔物隊長は処遇を提案した。

 

「…………」

 

「申し訳ありませんレオンハルト様。この人間、どうやら躾が行き届いていないようで……尋問がてら礼儀を教育してやるはどうでしょう? もし、レオンハルト様のお望みならば――」

 

 と、そこまで続けた所でレオンハルトは短く判断を下した。

 

「――魔物隊長」

 

「っ! はっ!」

 

 レオンハルトという上位者の声に魔物隊長が口を閉じて平服する。下される命令に自分が期待する行為があると信じて。

 

「そいつらは俺が預かる。ご苦労だったな」

 

「はっ! …………え?」

 

 レオンハルトの言葉に耳を疑う魔物隊長。一瞬の沈黙がその場を支配する。それに驚いたのは魔物将軍らも同じだったが間の抜けた声を出してしまうような愚は犯さない。

 現に使徒であるキャロルはその言葉に耳ざとく反応した。

 

「魔物隊長? 何やら不満そうですけど……レオンハルト様の判断に何か異論でも?」

 

「! い、いえ、ありません!」

 

 その声には普段のキャロルとは違う剣呑な色が混じっている。主の判断に異を唱える輩は許せないと言外に語っているようだ――実際にはもうちょっと別の理由も混じっているのだが。

 レオンハルトは周囲をぐるりと見渡すと村の奥に一軒家があるのを見つけてそれを視線で指す。

 

「魔物将軍、俺はあの大きな家を使う。キャロルはそこの二人をあの家に連れて行け」

 

 そう言って魔物将軍、そしてキャロルに視線を向けたレオンハルト。滞在先に一番大きな家を使うと魔人が決めた。

 それに対して返す言葉は了承しか持ち得ていない。

 

「はっ! 畏まりました!」

 

「……畏まりましたわ」

 

 何故かキャロルだけ少し不貞腐れているような釈然としない表情を浮かべている。だが命令を聞かないという選択肢はないのだろう、魔物隊長が持っていた二人の縄をさっと手に取ると、さっさと終わらせようと言わんばかりに早足で歩き始めた。

 

「はいはい、じゃあ行きますわよー……」

 

「ちょ、ちょっと勝手に決めつけて――って痛い痛い! 引っ張らないでよ!」

 

「…………」

 

 少女の方は幾分さっきより大人しくなっている様だが、女性の方はキャロルに威勢良く文句を浴びせていた。先に行くキャロルを見やりながらレオンハルトは振り返り、魔物将軍にやや鋭い視線で命令を下す。

 

「……拠点の設置を始めろ。俺はしばらく休む」

 

「ははっ、直ぐに取り掛かります。今日はお疲れ様でした」

 

「ああ」

 

 魔物将軍らの挨拶を受けるとレオンハルトは一際大きい家に向かって歩を進める。少し前にはずかずかと歩くキャロルとそれについていく二人の人間。

 彼女らを見て、レオンハルトは小声でその内心を吐露した。

 

「……まだ肩の荷は下ろせそうにないか」

 

 後を思うと何となくそんな予感がする。レオンハルトは沈んだ気分を吐き出す為に、人知れず息を吐いた。

 

 



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交渉

 草原の中、とある一団が一つの目的を持って駆けていく。

 老若男女様々なその集団は焦りを滲ませたような表情で必死に近くの町まで向かっていた。

 最初は絶体絶命かと思われた村人、直ぐそこまで迫っている魔軍に蹂躙されると思われたがそれはぎりぎりのところで回避された。

 村に居候中のとある女性によって。

 そしてもう少しで町に辿り着こうというところでその女性は突如村人の前に現れた。

 

「皆、大丈夫?」

 

「あ、ハンティさん!」

 

 その黒髪の女性、ハンティ・カラーは村人の姿を見て不安を幾分か解消された。

 その手に持った剣や衣服にはところどころ赤い斑点が付着していることから先程まで戦っていたことが容易に想像がつく。

 荒事に縁がない村人でもそれは同様だろう。村人はその姿を見て心配そうに駆け寄っていく。

 

「ハンティさん、ありがとう。怪我はない?」

 

「ハンティのおかげで助かった!」

 

そういった声が村人から掛けられ、ハンティはほっとしたように息を吐いて笑う。

 

「あたしは全然平気だよ。それよりもこの分なら全員無事そうだしよかったよかった」

 

 先程まで魔軍相手に大立ち回りを演じたハンティはその苦労を微塵も感じさせないように歯を見せて笑う。

 実際、魔物兵など歯牙にも掛けない強さを持つハンティだが、それでも二万の軍勢を相手にするのはそれなりに大変な事であった。それにただ倒すだけでなく時間もかけなくてはならない。村人が逃げる距離を稼ぐには出来る限りその場に釘付けにする必要があったのだ。

 結果、それを達成出来た。村人は助かったはずなのだが――様子がおかしいのに気づいたのはその時だった。

 

「……ハンティさん、その……」

 

「? どうしたの?」

 

「…………」

 

 ハンティの言葉に村人たちは顔を俯かせ、目を伏せるなど様々な反応を見せる。ハンティが首をひねる。彼らの表情に助かったという歓喜の色や先程ハンティが姿を見せた時の安堵の色は鳴りを潜めた。それどころか悔やむような表情を見せる。

 

「ハンティ」

 

「村長……?」

 

 ハンティが怪訝に眉をひそめるのと同時に村人の中から一人の老人が進み出てきた。ハンティも当然知っている。村の村長だ。疲労が強く顔に現れいつもより老け込んでいるように見える。このような事態になったのなら無理もないことではあるが。

 村長はハンティの前まで来ると最初に頭を下げた。

 

「先にお礼を言わせてほしい。――ありがとう、ハンティ。お主がいなければ村の皆は魔物に殺されておったじゃろう」

 

「……お礼なんていいよ。あたしを受け入れてくれた恩を返しただけさ」

 

「それでもじゃ。助けられたことには変わりない……感謝する」

 

「……うん、わかった」

 

 ハンティからすればこの村は故郷を除けば最も思い出深く大切な場所だ。それを守ることはハンティにおって当然のこと。だが、その思いを受け取らないことも出来ない。ハンティは感謝の言葉を受け取る。

 そして村長は頭を上げて、ハンティと視線を合わせる。何故かその表情は暗いままだ。

 

「……その上で、気に病まないで聞いてほしい」

 

「……? 気に病まないでって――もしかして」

 

 村長の言葉にハンティが目を瞠目させる。嫌な予感がして訳の分からない焦燥感が胸を満たす。

 そしてそれは的中してしまう。

 

「二人……儂の孫娘二人は――まだ村に残っておる。おそらくじゃが魔軍に捕まってしまったじゃろう……」

 

「――っ!? どうして――」

 

「……村の者の話だと裏手の森に行っていた妹を呼びに向かったらしい」

 

「くっ――今すぐ助けに――」

 

「! 待ってくれハンティ!!」

 

 それを聞いた瞬間、ハンティは踵を返そうとして――村長の叫ぶような声に止められる。村長は深い悲しみを必死に抑え込んでいるような辛い表情を浮かべていた。

 

「ハンティ、お主がどれほど強いかは儂らにはわからない……じゃが魔軍に捕まった二人を助けに行くことは無謀に過ぎる。もしかしたら既に……この世にはいないかもしれんのじゃぞ。その上儂らを救ってくれたお主をこれ以上死地に送るわけにはいかん……」

 

「…………」

 

 震えるような声でそう絞り出した村長は断腸の思いでそれを告げたのだろう。今にも泣きそうな表情を浮かべている。自分の孫娘二人、それも一人は新しい命がお腹に宿っているのだ。それが既に失われているかもしれない。そう考えるだけで身が引き裂かれるような思いだろう。

 

「ハンティ……」

 

「あんたは……」

 

 そしてもう一人。村人の中から進み出てきたのはハンティも良く知るその青年。

 村長の孫娘でハンティの友人である彼女の夫であった。その足取りは重い。

 彼も村長と同じく悔恨、そして絶望の表情を浮かべている。

 

「無事な訳ないんだ……そりゃ本音では助けてほしいし、生きていると信じたい。でも、そんな筈ないんだ。魔物に襲われたら……ひょっとしたら死ぬより酷い目にあってるのかもしれない」

 

「…………」

 

 ハンティはそれをじっと聞いていた。青年は後悔しているのだろう。自分も一緒に残っていれば良かったのかもしれない。一刻一秒の猶予も無かったとはいえそれを言い訳には出来ない。どうしようもなく自分の無力さと不運を呪っているはずだ。

 まだ割り切れてはいないのだろう、行かないでほしいとは言わないもののハンティに死地に行ってほしくないという思いもあるのか青年はただ悔やみ続ける。

 だが、それを感じた上でハンティは答えを出した。

 

「――ごめん」

 

「!」

 

 突然の謝罪に村人が瞠目する。そして続く言葉を聞いた。

 

「気持ちは受け取るよ。でも……あたしは助けに行く」

 

「……っ、それは……!」

 

 ハンティの決意に満ちた表情に何も言えなくなる。それはそういう思いがゼロではないからこそだろう。助かるならその方が良いに決まってる。どれだけ可能性が低くとも。それでも村人は自分達の無力さを嘆き、ハンティは迷わずそれを選びとった。

 

「安心しな、必ず助けて戻ってくるから。それに――」

 

 ハンティは立ち去る瞬間、敢えて表情を一変させた。村人を安心させるように自信に満ちた表情で、

 

「――あたし、これでも結構強いんだから」

 

 そう言い残してハンティはその場から一瞬でいなくなった。

 

 

 

 

 

 広場から少し離れた場所に建つ一軒家は中々の広さだった。

 ここいらの家の中では一番大きい。おそらくは村長か、村の有力者の住む家なのだろうとレオンハルトは当たりをつける。

 室内には大きめのテーブルに八脚の椅子。炊事場には山程の食材が積まれている。食事の準備でもしていたのだろうか、切られた野菜やお肉などその痕跡が見られる。

 外から見て分かってはいたが二階もあるようで、玄関のすぐ近くには階段があった。

 他にも幾つかの部屋があるがおそらくは寝室も兼ねた個人の部屋だろう。室内の様子から少なくとも四人以上がここに住んでいたようだった。

 これなら滞在中不便することはないだろう、レオンハルトは適当な椅子を引き寄せてそこに座った。

 そしてテーブルを背もたれにして床に座る二人の人間に視線を移す。

 

「さて……」

 

「くっ……!」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 レオンハルトの視線を受けて怯えの色を見せる二人。少女は完全に怖がっているだけだが、女性の方は気丈にもこちらを睨みつけていた。

 そしてこちらの声に反応したのはキャロルだった。二人の少女の傍らに立ち、レオンハルトに向かって指示を乞う。

 

「レオンハルト様、この二人どうしましょう?」

 

「……今、考えてる」

 

 キャロルの質問に顎に手を当てながらそう答える。それを聞いていた女性はそこで何を思ったのか、どこか覚悟を決めたように深刻な表情になるとレオンハルトに向けて口を開いた。

 

「……ちょっと交渉しない?」

 

「…………あ?」

 

「っ……!」

 

 思考の外から思いもよらない言葉を掛けられ言葉にならない声が漏れる。

 それに威圧感を感じたのだろうか、女性はぴくりと怯みを見せるもそれを何とか振り払い、レオンハルトと視線を合わせた。

 

「私があんたの奴隷になる。その代りに妹は解放してちょうだい」

 

「そんな……! 駄目だよお姉ちゃん!」

 

「あんたは黙ってなさい。それで……どう?」

 

 そう問われるもレオンハルトは返事を出さない。正確にはまだそれを理解仕切ってない。こいつは何を言ってるんだ、自分の状況を分かってるのだろうかとレオンハルトは軽く混乱する。

 そしてそんな中、キャロルが憤った様子で女性に敵意をぶつける。

 

「ちょっとあなた! さっきから黙ってればレオンハルト様に失礼ですわよ! 立場を弁えなさい!」

 

「下っ端には聞いてない」

 

「し、下っ端ですってっ!? こ、この魔物界一の完璧使徒であるわたくしに向かって下っ端! ……こ、この! 言わせておけば……!」

 

 キャロルがその言葉に腰の銃を引き抜く。そこでようやくレオンハルトは一度息を入れてから口を開いた。

 

「キャロル、やめろ」

 

「っ! れ、レオンハルト様……でもこの人間――」

 

「俺の目的を忘れたか?」

 

「! いいえ、忘れておりませんわ!」

 

「ならわかるな? ……悪いがちょっと黙ってろ、俺が話す」

 

「はい! 畏まりましたわ!」

 

 女性の無礼な態度に憤っていた様子のキャロルだったが、レオンハルトが言い聞かせてやるとすぐに銃を収めてピシッと不動を貫く。忠誠心は高いがそれ故に暴走しやすいのが玉にキズだ。良いところでもあるから直させようとも思わない。たまにレオンハルトが注意してやればすぐに覚える。それで済む話だ。

 

 レオンハルトはキャロルへの注意を終えると、改めて女性に視線を移す。未だにその瞳に揺らぎは見えない。その様子に少し興味を抱く。

 

 ――少し試してやるか。

 

 レオンハルトはそう考え言葉を発した。

 

「……交渉と言ったな。キャロルじゃないがお前、自分の立場が分かっているのか?」

 

「何でもするわ。これでも要領は悪くないと自負してる」

 

「そうじゃない。交渉に臨める状態じゃないと言ってる。俺は今、お前達二人の生殺与奪を握ってる。何をしようが自由だ」

 

「……子供を奴隷にしても役に立たないでしょ」

 

「……はっ」

 

 その言葉にレオンハルトは思わず鼻で笑ってしまう。随分と純粋な考えだ。いっそ羨ましく思ってしまうほどに。

 

「とんだ世間知らずだな。言っておくが魔物にとって人間の楽しみ方は奴隷にするだけじゃない。意味もなく苦しめ、殺したりすることだって方法の一つだ」

 

「……っ、何それ……最っ低……!」

 

「…………ああ、同感だ。それで話を戻すがな」

 

 女性はそれを想像したのか軽蔑するようにそう吐き捨てた。レオンハルトは感情を少し揺れ動かされながらも目の前の人間に対して続ける。

 

「交渉に臨める状態じゃないが、そこまで言うなら交渉だとしようか。お前が俺に提供できる材料は何だ?」

 

「それは……私が――」

 

「言っておくが謂わばお前達の所有権は今俺が保持してる状態だ。例えお前達二人が奴隷になると決めようがそれは交渉材料にはならない」

 

「そんなの無茶苦茶じゃない!」

 

「――無茶苦茶でもそれが現実だ」

 

「っ……」

 

 レオンハルトが視線に圧を乗せて言い切る。魔人に臆せず話せるのは凄いが、これはキツいだろう。体験した身として理解出来るが、魔人を目の前にすると生物としての格の差をはっきりと突きつけられるのだ。本能が魔人に対して恐怖し、逃げろ、従え、命乞いをしろと頭に訴える。戦いを知らない人間はそれに屈するしかない。

 レオンハルトは内心息を吐く。そろそろ限界か、と。

 魔人相手にここまで対等に話せる胆力は見事だ。故にそろそろ重圧から解放してやろうと力を抜いた。そんな時だ。

 

「――っ! この……人間舐めんなっ!!」

 

「えっ――ぎゃんっ!?」

 

「!」

 

 女性が横に立っていたキャロルに立ち上がりざまに頭突きを見舞い、それが顎に当たって苦しそうな声を上げる。

 縄が解けていたのか、だがどうやってとレオンハルトが疑問に思うが、それがキャロルの首元に突き付けられてすぐに正解を導き出す。

 

 小型のナイフ。キャロルの首に当てられているのはそれだ。隠し持っていたのだろうと推測出来るがよくバレなかったものだ、魔物隊長も女性ということで油断したか、功に目が眩んだか、はたまた両方か。

 レオンハルトはその一連の流れをじっと見詰めていると、女性がキャロルを人質にするようにしながら口を開く。

 

「油断したわね。こっちの、確か使徒だっけ? 魔人にとっては大切な部下なんでしょ」

 

「舌噛みまひたわ……」

 

「…………」

 

 首に突き付けられたナイフではなく、噛んだ舌を気にするキャロルにレオンハルトは内心呆れる。緊張感が無さすぎる。

 だが、女性にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なのだろう。強い口調でこちらに語りかける。

 

「これで形勢逆転ね。傷つけられたくなかったら逃しなさい。そしたら解放してあげるわ」

 

 脅迫の言葉も随分と優しい。それに正直だ。そこは嘘でも殺すと言わなければならない場面だろうに。

 レオンハルトはそこで大きく息を吐いた。そして肩を竦める。

 

「……キャロル、戻ってこい」

 

「ひゃいっ(はい)! はひこはいひはひは(畏まりましたわ)!」

 

「きゃっ――あっ!?」

 

「お姉ちゃんっ!?」

 

 レオンハルトが命令するとまだ舌が痛いのか言葉になってない了承を返してキャロルが動いた。

 女性のナイフを持つ手を掴んで返すと、そのままくるりと背後に回って腕を決める。

 当然のことだが、ただの人間である女性に使徒であるキャロルを抑え込める筈がない。魔人を除けば魔物の中でもトップクラスの実力を持つのが使徒。まだまだ使徒になって日が浅いキャロルでもその身体能力は魔物将軍を凌駕する。魔物隊長に抑え込まれていた彼女たちが敵うはずがない。見た目が人間に近いと勘違いする気持ちはわからないでもないが。

 

「形勢逆転、か?」

 

「ぐっ……この……! なんて力……!」

 

「ふふん! けいへいひゃくへんふぇふわ(形勢逆転ですわ)!」

 

「……キャロル、多分もう治ってるぞ。普通に喋れ」

 

「え? あっ! 本当ですわ!」

 

 緊張感の欠片もない自分の使徒に溜息が出る。そろそろ話をまとめてやらないとキャロルがぽんこつになってしまいそうだ。レオンハルトは処遇を決定するため口を開く。

 

「……そろそろいいだろ。お前達二人の処遇を教えてやる」

 

「! い、妹には手を出さないで!」

 

「う、うぅ……!」

 

 その言葉に姉妹の肩がびくりと震える。先程の言葉を思い出しているのだろう。一体どんなことをされるのか恐怖しているに違いない。そんな事はないのだが。

 レオンハルトは鋭い視線を二人に浴びせながら……そういえば先に確認しなければならないことを思い出す。

 

「――と、その前に聞きたいんだが……お前ら料理は出来るか?」

 

「…………へ」

 

「…………?」

 

 その言葉が予想外だったのか、唖然とする姉妹。レオンハルトは再度質問を重ねる。大事なことだ。

 

「料理は出来るか?」

 

「……え、えっと出来るけど……妹もお手伝いくらいなら……」

 

「…………うん」

 

 姉にちらっと視線を向けられ妹もこくりと頷く。

 それなら問題なさそうだ。レオンハルトはその返答に満足して処遇を口にした。

 

「なら料理でも作ってくれ」

 

「は、え、ええ……は……?」

 

 どうやら理解が追いついていないのか、声を漏らし続ける女性にレオンハルトは首をかしげる。

 

「……どうした。出来ないのか?」

 

「え、あ、いや……出来るけど……それって一生?」

 

「そんな訳あるか。心配しなくても頃合いを見て町まで無事に帰してやる。遅くても夜中までには帰れるだろう……キャロル、出来るな?」

 

「お任せ下さいレオンハルト様! 人間の町への潜入方法はマスターしましたのよ!」

 

「…………」

 

 信じられないと言った面持ちで顔を見合わせる姉妹。そして胡乱な表情でレオンハルトを見た。

 

「……油断させるつもり?」

 

「そう思うのも無理はないがな。元よりお前らをどうこうするつもりはない」

 

「レオンハルト様の慈悲に感謝しなさい! 他の魔人ならこうはいきませんわよ!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 どう反応していいか困っている女性を無視してレオンハルトはキャロルに視線を向ける。

 

「キャロル、もう一人の縄も解いてやれ」

 

「はい! さっさっさーっと」

 

 その言葉通りさっと縄を解いてみせるキャロル。自由になった少女は戸惑いながらも姉の方に駆け寄り、レオンハルトとキャロルの間に視線を彷徨わせる。

 

「あ、ありがとう……?」

 

「ああ」

 

 お礼を言ってくる少女にレオンハルトは応答すると、そのまま視線を姉の方に滑らせる。

 

「とりあえず今日の所は頼む。今は魔軍に周囲を固めさせてるからな。逃がしようがない」

 

「……え、ええ」

 

「本当ならわたくしが作って差し上げたいのに……」

 

「お前は知識はあっても腕は並じゃねぇか。ガルティアじゃねぇが最近は出来る限り美味いものが食いたいんだよ……アイツの所為でな……」

 

「むぅ……残念ですわ」

 

「…………」

 

 レオンハルトとキャロルの会話を耳にして開いた口が塞がらない様子の女性。そんな姉とは対照的に妹の方はそんな魔人と使徒を見ると、

 

「……なんだか人間みたい……」

 

「……え、ええ……そうね」

 

 レオンハルトはその言葉を魔人の聴覚で拾っていたが敢えて無視する。そんなことを態々言ってやる義理はない。だが、そんな主の意図も空気も見抜けなかった使徒、キャロルはそれを耳で拾い反応する。

 

「ふふん! 知りませんの? レオンハルト様は元々――」

 

「――キャロル、余計なことを言うな」

 

「えっ……あっ、申し訳ありません!!」

 

「ったく……」

 

 レオンハルトの鋭い検のある声に注意され、キャロルが直ぐに頭を下げる。その様子にやれやれと言わんばかりに眉を揉むレオンハルト。

 更にはその言葉でおおよそを察せたのか女性は少しバツが悪そうにしながらも、聞かずにはいられなかったのだろう。

 

「えっと……元人間なの?」

 

「…………チッ、さあな」

 

 やはり分かってしまうか、とレオンハルトは舌打ちする。否定も肯定もしなかったが、その態度は言外にそうだったと認めているようなものだ。

 急に居心地が悪くなったように感じたが、向こうは逆に親近感でも湧いたのだろうか更に話しかけてくる

 

「人間が嫌いになったから魔人になったの?」

 

「……そういうんじゃねぇよ」

 

「じゃあどうして?」

 

「…………色々あるんだよ」

 

「ふーん……じゃあどうやって魔人になるの?」

 

「しつけぇ! 何でそんなこと言わなきゃなんねぇんだ!」

 

 根掘り葉掘り聞こうとしてくる女性に思わず声を荒げてしまう。なんだこの女は、図々しいにも程がある。

 しかしレオンハルトがそう軽く怒鳴っても女性はなおも口を開くのをやめようとしなかった。

 

「あ、いやー……魔人と話せる機会って貴重かなーと。話も通じそうだし色々聞きたくて……」

 

「お、お姉ちゃん……やめなよ……怒ってるよ……?」

 

「あはは……あ、じゃあ一個だけ聞いていい、かな?」

 

「……何だ」

 

 妹ですら姉の馴れ馴れしさに困っているのか、腕を引いて制止させようとするもそれを止める意思は見られない。それを見てると毒気が抜かれるような気がしてくる。魔人相手の口の利き方といい頭のネジが二、三本抜けてるんじゃないかこの女。

 レオンハルトが心底呆れた視線を向けるも、それを無視して女はほんの少しだけ真面目な声色で、

 

「……どうして私達を見逃そうとしてくれるのかな?」

 

 そう聞いてきた。レオンハルトはその質問と女性の視線から目を逸らす。そして少しの思案の後、ゆっくりと答えた。

 

「…………ただの、気まぐれだ」

 

「……そっか」

 

 ただの気分というレオンハルトの答えに女性は何処か温かく頷いた。その反応にレオンハルトは言いようのない感情を感じた。正直言って居心地が悪い。レオンハルトは付き合ってられないと言わんばかりに立ち上がる。

 

「……ふん、そういや魔物将軍に言い忘れてたことがあったな。ちょっと出る」

 

「あっ! わたくしも!」

 

「いや、いい。そいつら見張ってろ」

 

「畏まりましたわ! いってらっしゃいませ!」

 

「…………」

 

 レオンハルトは出迎えをするキャロルに混じって背後から浴びせられる視線に鬱陶しさを感じる。何を感謝しているのだろうか、助けるのは事実かもしれないが、こうやって人間を虐げているのもレオンハルトだということを忘れたのか。元人間だからと急に親しみでも覚えたつもりか。

 そして何よりもそれを分かってもらえて嬉しがった自分に何よりも腹が立つ。

 

「チッ……」

 

 レオンハルトは家の外に出ると再度舌打ちをした。顔も苦々しげに歪む。こんな顔を他のやつに見せる訳にはいかない。それで苛立ちを吐き出すと、レオンハルトは魔物将軍が集まる広場に近づいた。

 先程とは変わって広場や村のあちこちでは魔物兵が資材を集めて作業を開始している。仕事が早い。それに大勢いるなら好都合だ。レオンハルトは魔物将軍に声を掛ける。

 

「順調か?」

 

「む、これはレオンハルト様」

 

「ああ、礼は不要だ。作業を続けろ。今後は作業中に礼を欠いても不問とする」

 

「……ご配慮感謝します」

 

 礼を取ろうとする魔物将軍や周囲に向かってそれを止めさせる。レオンハルトが来る度に作業を止めていては仕事にならないし、こちらも迂闊に出歩けない。効率が悪くなってはこちらも困るのだ。

 その気遣いに魔物将軍が軽く頭を下げる。

 レオンハルトは周囲に顔を向けながら魔物将軍に再度話しかける。

 

「……ちゃんとやってるようだな」

 

「それは勿論。今は資材を運んでいるところです。……それよりもレオンハルト様は何か御用が?」

 

「……何故用があると分かった?」

 

「いえ、お休みに入ったばかりなので……直ぐに出てくるということは何か用事でもあるのかと愚考したまでです。違っていたならお恥ずかしい限りですが……」

 

「……なるほどな」

 

 レオンハルトは内心、感嘆しながら納得する。そして魔物将軍の優秀さに舌を巻く。

 確かに用はあるが……それは本音ではそうでも、建前はそうじゃない。単純に世間話をしに来たのだ――二人を逃がすための布石として。

 故にレオンハルトは少し口端を上げながら魔物将軍の問いに答える。

 

「残念ながら外れだ。いや、ちょっと昂ぶっちまってな。悪いんだが麻袋を用意してくれ」

 

「麻袋ですか……? 失礼ですが一体何を――」

 

 レオンハルトはその問いに被せるように答えてやる。

 

「さっきの女二人――もう壊しちまったからな。家の中臭くてかなわねぇしキャロルに外に捨てさせようと思ったんだが……」

 

「! そうでしたか……では、すぐに用意させます。――おい!」

 

 それを聞いた魔物将軍がほんの僅かに驚いたように見えたが、冷静に対処した。頭の回転が速い為かこういう部分も極めて優秀なのが魔物将軍だ。近くの魔物兵を直ぐに呼びつける。

 魔物兵は慌ててそれに答えた。

 

「は、はい!」

 

「聞いていたな? 今すぐ麻袋を持ってこい」

 

「了解です!」

 

 魔物兵が麻袋を取りに走って広場から去っていく。そんな中、レオンハルトは周囲を観察していた。

 作業を続けながらも今の言葉は聞こえていたのだろう、魔物兵を中心に多少のざわつきが伺えるが、少しでも反応を見せようとしたものは同僚か上司である魔物隊長に小突かれたり視線で、言外に黙らされる。

 

 それほどレオンハルトが戦場以外で人間を直接殺すのは珍しいことなのだ。ましてや先程の言い方だとそういう意図で楽しんだようにも聞こえる。そんな事は一度も聞いたことがない筈だ。

 故に側近の魔物将軍ですら驚いた。下に仕えて長い彼ですらそんなレオンハルトは見たことがない。

 どうやら狙いは上手くいったようで良かったとレオンハルトは周囲の反応に満足する。

 

「麻袋を受け取ったらまた戻る。後、緊急の要件以外で家に近づくんじゃねぇぞ」

 

「はっ、畏まりました」

 

 レオンハルトは最後にそう言いつける。内心、布石を打ち終わったと安堵する。

 後は飯食って詰め込んで町まで送るだけ。これで二人を無事に帰してやることが出来る。

 レオンハルトは麻袋を受け取るとそれを説明するためさっさと家に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「分かっちゃいたけど魔物兵の数が多すぎる……!」

 

 黒髪の女性、ハンティ・カラーは周囲の魔物兵の隙間を縫うように移動を続けていた。

 しかしそれは明らかに普通の光景とは違っていた。赤く色を反転させたような空間は歪みを表しているのか中々に形容し難い。

 そして何より、普段と違うのは――周囲全ての時が止まっていること。

 太陽も空も雲も生き物、魔物兵でさえも止まっている。

 

 その止まった時の世界で動けるのはハンティ・カラーただ一人のみ。

 これこそが彼女の魔法、その最高峰である瞬間移動魔法の正体であった。

 そしてこの場所はアドミラル空間と呼ばれる異空間。彼女は現実世界からこの位相が少しずれた空間に移動し、そこから行きたい場所まで直接自分の足で歩き、そこから現実空間に戻ることで瞬間移動を実現させているのである。

 

 とてつもない能力の魔法であることには間違いないが、それでも万能ではない。幾つかのデメリットや条件が存在する。

 その一つがハンティを悩ませている。魔物兵が村の周囲を固めているだけでなく、村の中にまで死角が存在しないほど魔物兵がいる為だ。彼らを直接どかしたりこの空間から攻撃して倒すことは出来ない。

 

 これが条件の一つ。この空間からはあらゆる物体に干渉することが出来ない。

 アドミラル空間は現実と位相がずれており、同時に時が止まった世界である。この空間から現実のものを動かすことは不可能であるため、ハンティが魔物兵に気付かれないように現実に着地するためには何とか死角を見つけてそこから出なければならない。

 同時に屋内に入ることも出来ない。扉や窓が開いていれば別だが、残念ながらほぼ全ての家の扉が閉じられていた。

 

「捕まってる二人もここからじゃ見つからない……やっぱり一度何処かで出ないとね……」

 

 そうして止まった村の中の死角を探すこと少し、ようやく死角を見つけることが出来た。民家の陰にある樽が開いてる。

 

「ここに入ってから出る、か……よし」

 

 そこでハンティは空間から脱出して現実空間に戻る。世界の色が元に戻った。

 

「大丈夫……みたいだね」

 

 ハンティは樽の中からこっそりと外を覗きながら呟く。だが、肝心なのはここからだ。

 何せ、まだ二人の場所すら分からない。分かってさえいれば多少は強引に突破することも出来なくはない。とある理由から二人を連れて帰る際には瞬間移動は使えないので、魔物兵を撒くのは不可能に近い。それは村の周囲が魔物兵で固まってる時点で分かってはいたことだが……出来れば先に二人の姿を確認しておきたかった。

 だが、こうなっては仕方ない。やはり騒ぎを起こしながらどさくさに紛れて二人を回収するしかないだろう。ある程度魔物兵の警備に穴を開けなければ外に出ることすら出来ないのだから。

 

「よし……!」

 

 そうしてハンティは覚悟を決めた。詠唱を始める。狙うはここから一番近い一体の魔物将軍と、その周囲で何やら作業をしている魔物隊長や魔物兵。初撃で混乱を起こすのが狙いだ。

 ハンティは意を決して樽の中から飛び出した。

 

 



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魔人レオンハルト

投稿遅れたーん


 突如、つんざくような轟音が村の中に響き渡った。

 家の中で姉妹が作った食事を取っていたレオンハルトはその音を耳にして眉をひそめる。

 音を聞いたのは当然、村に居た誰も彼もであった。レオンハルトの後ろに控えていたキャロルも、料理を作り終えて洗い物をしている姉妹もその音に飛び跳ねるように驚く。

 

「な、何っ!? 何の音!?」

 

「レオンハルト様! 今の音は――」

 

「ああ、分かってる」

 

 レオンハルトは極めて落ち着いた様子でキャロルに答える。そして外から聞こえる喧騒と空気を五感で感じ取って自分の考えを口にした。

 

「資材が倒れた――とか日常で出る音じゃねぇな。空気もピリッとしてるし……何か異常が起きたか」

 

「異常?」

 

「ま、十中八九襲撃……戦闘が始まったな。村の中にまで及ぶってことは例の奴か?」

 

 姉の声に素直に答えながらレオンハルトはテーブルに並んだ料理を口にする。うはぁんという桃りんごを使った高級デザート。これが最後の一口であった。その味と食感を口の中で楽しみつつ、レオンハルトは思考する。

 そして直ぐに結論が出る。レオンハルトはうはぁんをよく噛んでから呑み込むと未だ浮ついた様子の姉妹に声を掛け、キャロルに視線を配った。

 

「今がチャンスだな――キャロル」

 

「……はい! わかりましたわ! さあ、こちらにどうぞ!」

 

「えっ、何!?」

 

 レオンハルトの意を少しの間で汲み取ったキャロルはその通りに行動する。居間の隅に置いていた麻袋を手に取ると、その中を開いて姉妹を誘導した。

 しかし姉妹は先程説明したにも関わらず急な展開に付いていけてない様子だ。仕方ない、とレオンハルトは椅子から立ち上がり、準備をしながらもしまいにお別れを告げるために口を開く。

 

「騒ぎが起こったならちょうどいいってことだ。これなら外もてんやわんやだろ。この隙に逃げるといい――つっても自分の足じゃなくキャロルに運ばれる訳だが」

 

「えっ――」

 

 その説明を聞いて女性の口から出たのは純粋な驚きとややあっての心配の色。レオンハルトはその様子を訝しげに見やるが、その後に更におかしな発言が飛び出した。

 

「……えっと、大丈夫なの?」

 

「……何がだ」

 

「あ、いや、その……戦いって危なくない? 怪我とかしちゃうかもだし、部下がいるならそっちに任せとけば――」

 

「――――いい加減にしろ」

 

「っ!」

 

 その言葉にレオンハルトは頭がほんの一瞬沸騰するのを感じた。すぐにそれは収まるものの湧いて出た言葉は止められない。その感情に任せて頭にある考えを宙に乗せる。

 

「そろそろその馴れ馴れしい口を閉じろ。魔人相手に人間如きが友達にでもなれたつもりか?」

 

「…………」

 

「良い機会だからはっきりと言っとくがな――」

 

 レオンハルトは内心の苛立ちを叩きつけるようにそれを口にする。いい大人でもう妊婦の癖に未だ夢見がちな子供のような事をのたまう女に突きつけるように語る。

 

「――人間と魔物は相容れない。別の生き物なんだよ。例えそれが元人間だろうが、その現実は変わらない」

 

 それが現実、この世界で変わることのない真実なのだとレオンハルトは言う。魔物は、魔人は人間を苦しめる為に存在する。いかなる理由があろうともそれがある限り、何千年経とうが真に人間と魔人は相容れることはない。それがこの世の理なのだ。

 そしてそれが仕方のない事だったとしても、魔人となり人間を苦しめる限り、それは糾弾されるべき罪でしかない。魔人はどこまでいっても魔人なのだ。魔王の忠実なる配下であり強大な力を持つ暴虐の存在。それはレオンハルトも例外ではない。

 

 どれだけ偉そうなことを言っても。

 他の魔人や魔物を嗜め、人間の被害を減らすために動いていようと。

 大切なモノの為に多くの人間を苦しめ、その手にかける死神であり、強い相手と戦うことを望む修羅――それがレオンハルトだ。

 レオンハルトの生き方は断じて認められていいものではない。それは自分がよく分かっていた。理解った上でこの道を選び取ったのだ。

 

 故に――逃げ道を作るわけにはいかない。

 許すわけにはいかない。

 他ならぬ自分への戒めの為に、レオンハルトは女の振る舞いを否定した。

 その強い拒絶の意思は殆ど物理的な圧力となって現れていた。煮えくり返った感情はいつの間にか冷え切っており、底冷えするような視線がその紅い双眸から女に突き刺さる。心の弱い人間であれば死んでしまう程強烈な視線だ。上級魔人としての力を覗かせた圧倒的な格の差。

 それを受けた女の反応を、レオンハルトは見た。

 女はゆっくりと口を開き、

 

「――そんなことないんじゃない?」

 

 と、驚くほどあっさりと。

 軽い様子で否定してみせた。

 

 

 

 

 

「――――っ!」

 

 女性の目の前で金髪灼眼の魔人がその双眸を見開き驚愕する。それを見て女性は続ける。それほど驚くことか、と思いながらも口を開いて、自分の思ったことを話す。

 

「こうやって話が出来るんだし、十分相容れると思うけど。今はまだ考えてることとか分かんないし理解出来てないかもしれないけど……話したり、接していけば多分それも分かってくるでしょ?」

 

「っ! 何言ってやがんだテメェは……!」

 

 目の前の魔人、レオンハルトがその言葉を圧力と共に乗せて私にぶつけてくる。

 普通の人間であれば恐怖し、ともすれば倒れてしまいかねないその視線。

 しかしそれを受けても私は何とも無かった。思うことと言えば、

 

 ――あー、またそれかー……。

 

 とこれくらいだ。というのにも理由がある。

 それは目の前の魔人と似た一人の友人の話だ。私はそれを思い出すように目の前の彼に聞かせようと口を開く。

 

「いやね? 昔、五年くらい前かな。私、暴漢に襲われちゃってさ」

 

 何となく村を出て町に行こうと外を出歩いた時の事だ。

 

「すんごく怖くて助けてーってなるじゃん? でも人通りは全く無かったし、もう助からないかなーって思ったその時に……本当に助けが来たんだよね」

 

 そう、それが何処からともなく現れて私を助けた初めての人間以外の友達。

 

「綺麗で長い黒髪と……ちょっと人と違う部分がある女性でね。よくわからない何かを使って私を助けてくれたんだ、それでお礼でもしようかと村に誘ったんだけどね」

 

 あの時の彼女は今とはとても違っていた。

 

「何故かなに喋っても暗ーい返事しか返ってこなくてさ。一人で居る時も話しかけるなオーラというか近づいちゃいけないような雰囲気出してて村の人も不安……いや、違うか。あの時は怖がってたんだよね」

 

 普通の人と違う容姿を持つ得体の知れない人物。それを不安に思うのも無理ないことだ。

 

「私にとっては恩人だったから無碍に出来なかったし、よく話しかけてたけど……正直言えば私もその時は怖がってたかな……」

 

 それに話しててあんまり面白くなさそうだったし、迷惑なのかなとも思った。自分としても恩人に不快な思いをさせるのも忍びない。放っておいて欲しいならそうしてあげる方がいいのかもしれない。

 だが、ある時からその関係は変化した。

 それは、

 

「――でも、ある時ね。何だか彼女、一人で頭抱えて震えてる時があって。様子がおかしいって思ったから近づいて見たの。そしたら凄い形相で怒鳴られてさ」

 

 あの時言ってた言葉は形容し難いものだった。逃げて、だったか。それとも助けて、だったか。はたまた別の言葉か。とにかく何かを抱えて怯えている事だけは分かった。

 

「直ぐに正気に戻ったんだけど……私こういう性格だから気になっちゃって。聞いてみたんだ。『どうしたの?』って。今考えると凄い曖昧な質問かなって思うけど」

 

 そうしたら彼女は俯いた表情でこう答えた。

 

「そしたらまた暗ーーい表情で『あたしは人と違うから』って答えたんだけど」

 

 正直、それがどういう意味だったのかは理解出来ていない。ただ一つわかったのは――

 

「それ聞いて私――『ああ、この人、だからあんなに他人の事拒絶してたのかな』って心の中で思って」

 

 本当は違うかも知れない。ただ自分の心にすとん、とそれが落ちてきた。そして納得してしまった。

 今までの雰囲気も全部、「自分はこんなに人と違う変で嫌な奴だから近づくな」ってそういう風に見えてしまった。

 

 ――そしてその時の彼女と目の前の魔人の態度に既視感を感じるのだ。

 やはり思う。人間じゃなくても、親友も彼も――人間と同じ心を持ってるのだと。

 故に語りかける。彼女とはわかりあえたから、あなたともわかりあえると。

 

「それからはもう遠慮せずにがんがん話しかけていって……まぁ、そのせいでたまに喧嘩することもあったけど……向こうも遠慮しなくなってきて、だんだん仲良くなってね――今では親友になっちゃった」

 

「………………」

 

 魔人はそれをただ黙って聞いていた。その表情からは何を考えているかわからない。

 ただ、先程までの怖い雰囲気は多少鳴りを潜めているように見えた。

 ……少し語りすぎたかな?

 バツが悪くなり誤魔化すように笑ってしまう。

 

「あ、えーとね。それで何が言いたいかって言うと……人間でもそうじゃない人にも色々いるっていうかさ。人間に悪い人だっているし、逆にそうじゃなくても良い人もいるんだってこと。だから、あなたも魔人だからって――」

 

「――キャロル」

 

「……え? ……あ、はい!」

 

 レオンハルトはふいにその言葉を遮るように自分の使徒を呼んだ。あまりにも急で空気を壊すようなタイミングの発言にキャロルでさえ反応が遅れる。

 その表情も声も、何の感情も見いだせない。そんな様子でレオンハルトは義務的に命令する。

 

「そろそろ、俺は行く。二人を連れてけ」

 

「か、畏まりましたわ! えっと、じゃあ……」

 

 麻袋を持ったまま戸惑ったように姉妹を見るキャロル。そして扉の方へ振り向き、こちらを見ようとしないレオンハルト。そんな様子を見て、言葉を遮られた女性は――苦笑した。

 そしてそのまま苦笑交じりで口を再度開く。

 

「……そっか。それじゃ行こっか。ほら」

 

「あ……うん」

 

 姉に促されて一緒に麻袋に入ると、そのまま姉が妹を抱えるように麻袋の中に座る。

 そして、

 

「――ありがとね、レオンハルト。ほら、あんたも」

 

「っ、うん……ありがと、ね……」

 

「――――」

 

 返事こそ、いや、反応こそ一切見せなかったものの、彼女はレオンハルトが聞いていることを感じ取っていた。

 何故ならその反応を彼女は知っていたから。

 

「……連れてけ」

 

「あ、はい。それじゃ行きますわよ」

 

 キャロルが主の命令を受けて麻袋の口を閉める。そしてそれを抱えるようにして持ち上げた。そして、裏口に向かったキャロルは、

 

「では……行ってきますわ」

 

「……ああ」

 

 いつもと違う様子の主を置いていくことに不安を覚えながら、やがて後ろ髪を引かれつつも、その場を後にした。

 

「…………」

 

 レオンハルトはそのまま玄関から外に出ようと扉を開けようとし――暫く、ほんの少しの間だけ、後ろを振り向くも――そこに誰もいない事を確認し、外に出た。

 

 

 

 

 

 村の中は、既に戦場と化していた。

 大勢の魔物兵が村の中を行き交い、たった一人の侵入者と応戦する。

 

「くそっ! 何処へ消えた!!」

 

「あっちです! 屋根の上――ぐあっ!?」

 

「ぐぅっ! 居たぞ! 魔物兵! 身を固めつつ包囲の輪を狭めろ! 魔物隊長以上は不用意に近づくな!! 隙を見せればやられるぞ!」

 

「向こうは一人だが、こっちは十八万だぞ! いずれは押し切れる!」

 

「お前達が待望の女だ! 仕留めた奴は最初にやらせてやるぞ!!」

 

「うおおおおおおおおおおぉぉぉおお――っっっ!」

 

 魔物将軍の激励を受けて、魔物兵が指示通りに動き始める。

 そしてその中心、自分を捕まえようとする魔物兵を魔法や剣で仕留め、時には瞬間移動で逃げながらもハンティ・カラーは孤軍奮闘を見せていた。

 

「ちっ……しつこい……!」

 

 何体かの魔物隊長や魔物将軍を最初の混乱の内に仕留めたはいいが、態勢を立て直されると的確な指示で徐々に際どい攻撃が増えてくる。

 そして何より数が問題だ。倒しても倒してもキリがない。幾らかは倒して包囲に穴を開けないと逃げることが出来ないため、ある程度は倒さなければならないのだが、それでもこれじゃジリ貧だ。

 未だ二人を見つけることも出来ていない。何処かの屋内にいるとは思われるのだが、未だ正解を引き当てることが出来ずにいる。

 

「次はあの家……!」

 

 焦りで額を汗が濡らす中、次の目標である家の屋根に飛び乗ろうと跳躍する。

 そんな時だ。

 

「――!?」

 

 身体は勝手に反応した。

 しかしそれはハンティの知覚能力をもってしてもいきなりの一撃だった。

 眼下から同じく飛び込んできた影が打撃を見舞い、それを何とか防御する。

 だが、それでも衝撃は殺しきれず空中から地面に落とされる。咄嗟に体勢を立て直して立ち上がると、声が掛けられた。

 

「――随分と暴れてくれたみたいだな」

 

「! あんたは……」

 

 ハンティがその容姿を見て内心、舌打ちを零したくなるような苛立ちと焦りを覚えた。

 その造形は人間そのもの、金色の髪に整った顔立ち、その紅く鋭い双眸が印象深い男。身体を覆うような黒いコートのような服を着たその男の雰囲気は――明らかに人ならざるものであることがわかる。

 そしてその正体を、周囲を固める魔物兵、魔物将軍が口にする。

 

「――レオンハルト様!」

 

 魔物将軍が傅く存在、それは魔軍の中でも極一部。

 ハンティ・カラーはそれを引き当ててしまった。

 

「魔人か……!」

 

 

 

 

 

 レオンハルトは目の前の女性の姿を冷えきった感情で見詰めた。

 浮かぶ思いは――既知感。何処かで見たという思いだ。それを思い出そうとして、しかしレオンハルトは現在の自分がそういう気持ちになれない事を自覚した。

 目の前の女は魔軍相手に獅子奮迅の活躍を見せた強者。それを目の前にしてもどこか上の空であるレオンハルト。その原因は先程の女との問答にあった。

 だが、それにどうにか頭を振って隅に追いやると、女に話しかける。

 

「……それで、魔人に会ってしまった訳だが……どうする? 大人しく投降するなら命は助けてやるが」

 

 もっとも命以外は覚悟してもらわないといけないだろうが――とレオンハルトは続ける。

 周囲の魔物兵はこの一週間戦い続け、今日も女一人に翻弄され随分と鬱憤が溜まっているだろう。ガス抜きも行っていない十八万の軍勢だ。輪姦せば本当に壊れてしまうかもしれない。

 それを思ってか、それとも元々そういう気が無かったのか、目の前の女は気丈な表情で、

 

「……それは出来ないね」

 

「……そうか」

 

 断った。

 レオンハルトは、それを聞いて残念に思う。了承していれば助けてやったのに、と。

 彼にしては珍しい事だが、ここまで魔軍と事を構えた相手ではあるものの、レオンハルトは今日に限っては助けてやろうと考えていた。魔物兵の相手も本当に程々に、もしくは先程のように自分が気にいったとでも言って強引に連れ去ってもいい。適当に相手をしたら無傷で帰してやろうとも思っていた。

 そう考えるのはやはり気が乗らないからだろう。上の空であることもそうだが、今は殺しをする気分じゃないというのが大きい。

 本当に珍しい事なのだ。幸いにも強者を目の前にした時の昂ぶりも、今は訪れていない。故に穏便に帰してやろうと、そう思っていたのだが――

 

「ということはやるしかないな」

 

「……そうみたいね」

 

 こちらの言葉に女が反応を返す。その体勢は明らかに臨戦態勢のそれだ。

 そしてそんな対応の彼女に声を上げたのは周囲を囲む魔物兵だった。

 

「おい、あの女やる気みたいだぜ」

 

「ははは! 馬鹿な女だな! 勝てると思ってんのかぁ?」

 

「レオンハルト様は魔人の中でも格が違う魔人四天王! そして魔軍参謀であるお方だ! 人間如きが勝てるかよ!」

 

「今なら五体満足で快楽の世界に連れてってやるぜ? ぎゃははは!」

 

「……魔人四天王、そんな大物が……」

 

 女は魔物兵の下卑た声の一部に反応した。そうしてこちらへの警戒を更に上げたように感じる。

 レオンハルトは周囲の部下の声に呆れた表情を取りながらも、それに同意するように自然体で話しかける。

 

「そんな大したもんでもないけどな……だがまぁ、降参してくれた方が楽なのは事実だ」

 

「冗談じゃない……まだ目的も……」

 

「ん……目的?」

 

 レオンハルトがその言葉に眉をひそめた、そんな時だ。

 周囲の魔物兵からこんな声が耳に届く。

 

「レオンハルト様に逆らうと滅茶苦茶にされるぜぇ! さっきの生意気な女みてぇになぁ!」

 

「っ!」

 

 多くの声に紛れて聞こえたその言葉に、レオンハルトは反応しなかった。だが目の前の女は別だった。

 

「まさか……!」

 

 青ざめた顔色で目を見開き、唇がわなわなと震えている。明らかにショックを受けている様子だ。

 そしてそれを見てレオンハルトも遅れてそれがどういう意味を持つのかを察する。

 ……まずいな。

 レオンハルトは相手の目的を想像して、どうするべきか迷う。もしこれが想像通りであったとするのなら自分がやった事は相手の目的に沿っていても、同時に相手の行動を無駄にしてしまったのやもしれない。そしてそれを相手に伝えることも出来ない。周囲の目がこちらの邪魔になって――

 

「……一つ、聞きたいんだけど」

 

「っ! ……何だ?」

 

 レオンハルトは思考の途中で相手から声を掛けられ、それを中断せざるを得なくなる。

 そしてその想像通りの質問が相手の口から投げかけられた。

 

「二人……女性が二人残っていたはずだけど――どうしたの?」

 

「…………」

 

 その質問にレオンハルトは一瞬固まり、そして息を吐く――やはりそういうことか、と。

 そして同時に自分の不運を呪った。レオンハルトは周囲を目線を変えずに観察する。

 当たり前だが、周囲には魔物兵が自分達二人を見守っている。女に攻撃を加えないのは自分がいるからだろう。信頼されているとも言っていい。自分ならこの女を殺し、もしくは無力化し自分達の前で地べたに這いつくばらせてくれるだろうと。

 レオンハルトは目の前の黒髪の女性を視線を合わせ続ける。

 そしてそのまま正直に、それを口にした。

 

「あの二人なら――もうここにはいない」

 

「――――!」

 

 瞬間、目の前から女が消えたのをレオンハルトは見た。

 

 

 

 

 

 ハンティ・カラーは頭が一瞬で沸きたつのを感じて、そしてその衝動に身を任せた。

 瞬間移動――アドミラル空間へ身を躍らせ、魔人の眼前まで駆けると。

 その剣を振り下ろしながら現実へと戻った。

 

「――!?」

 

 魔人が驚愕に目を見開き、そしてその背の剣を引き抜いた。こちらの剣がぎりぎりの所で防御される。蒼く細長い剣だ。

 速い、とハンティは思った。反応速度も純粋な速度も自分よりも当然速い。

 相手は魔人。やはり純粋な身体能力では及ばない。膂力も当然向こうの方が上だろう。

 だが、とハンティは剣を再び斬り結び、相手に防御されながらも強く睨む。そして思うのは自分の友人である人間の女性とその妹。

 二人共、人と違う自分を受け入れてくれた大切な人だ。人間でない自分を――。

 

 ハンティ・カラーは人間ではない。その正体はカラーと呼ばれる女性の一族――というだけでない。

 現存するカラーは全て人間の一種。亜人種と呼ばれる種類に過ぎないが、ハンティ・カラーの生まれはその一つ前。

 

 ――第二世代メインプレイヤー、ドラゴン種の中の一種であるドラゴンカラー。それがハンティ・カラーの正体。

 それが何故今は人の姿を取っているのか。それはハンティ自身にも分からない。

 ハンティに分かるのは、ドラゴン種が天使に狩られたこと。それに伴いドラゴンカラーが処分されたこと。その中でハンティだけが生き残り、その姿を人に変えられたこと――それだけだ。

 その時からハンティは他の者とは違う何かになった。寿命を超えても死なない、怪我を負っても通常よりも速い速度で再生する。青い髪のヒューマンカラーの中にあって唯一の黒髪のカラー。

 

 後に伝説の黒髪カラーと呼ばれる存在。それがハンティ・カラーなのだ。

 最初は、仲間が死んでいった悲しみと自分だけが生き残った絶望に苛まれていた。

 ――いや、正確には今も時たま思い出すのだ。そして思い出して恐怖する。後に立ち直り怯える。なぜ仲間たちは死んでいったのか、なぜ自分だけが生き残ったのか、生き残った自分は何者なのか、自分は生きていていいのか、人と関わっていいのか、自分といることでまた同じことが起こったら――。

 考え始めると止まらない。客観的に見れば被害妄想なのだろうか。しかしそれがどうしても振り払えない。

 

 ハンティは人と関わることを怖れた。一度は一人で生きていけばいいと思った。それなら少しは楽になる。怯えなくてすむのだ。

 そして幸運なことに自分は強かった。一人で生きていけるだけの強さを自分は持っていたのだ。この瞬間移動魔法も強さを求めていた時に得ることが出来た高度な魔法。

しかし、一人で生きることは断念せざるを得なかった。その切っ掛けが親友となった人間の女性だ。

 

 出会いは単純、暴漢に襲われていた彼女を自分が助け、そのお礼にと村に誘われたこと。

 程々に歓待を受けて、何泊かすれば立ち去ろうと考えていた。しかしそれは彼女の人柄に阻止された。

 馴れ馴れしいともいえるその遠慮もしない態度に、ハンティは苛立った。

 最初は何度も喧嘩した。だが怒り疲れて言うことがなくなれば彼女は向こうから歩み寄り食事にでも誘ってきた。気がつけばその会話に明るいものが混じり始めた。それは自分に起こった変化であった。

 だんだんと悩んでいるのが馬鹿らしくなり、ハンティは自ら行動するようになった。故郷に帰っても上手くいくようになったし、最初は怖がっていた村の人も自分を受け入れてくれた。

 

 なんだ、こんなに簡単な事だったのか。ハンティは今までの自分の行動が馬鹿らしくなるのを感じ、前より前向きになった。過去を忘れることは出来ないけど、未来を見ることが出来るようになった。

 その自分にとって大きな進歩を生み出してくれた恩人。その恩人が――。

 目の前の魔人――魔人レオンハルトに殺された。

 それは自分にとって許せない。故に――

 

「あんたには――報いを受けてもらうよ!!」

 

 ハンティは叫びと共に、もう一度瞬間移動を発動させた。

 同時に詠唱を開始する。

 相手の後方に回り距離を取る。放つのは自分にとって最強の攻撃魔法。

 その準備を終え、ハンティは現実に降り立った。

 

「――!」

 

 前方の魔人が消えた自分を探して、周囲を索敵するが――遅い。

 

「――雷神雷光!!」

 

 雷撃系の最上級魔法。

 魔人を中心に広範囲に雷の雨が、轟音と共に降り注いだ。

 

「なっ!? 総員退避――!!」

 

「うわあああああああぁぁ――!?」

 

 それは周囲の魔物兵までも巻き添えにして全てを焼き付くすべく稲光が疾走った。

 地面に雷光が落ち、土煙が舞い、地面が黒ずむ。数多の魔物兵もその雷に貫かれて黒く変色してその身を地面に倒れ伏す。

 何とか範囲から逃れた魔物兵達、その中にいる魔物将軍が中心に向かって叫ぶ。

 

「レオンハルト様――!?」

 

 その相手は魔人。雷の雨、その中心にいるであろう魔人の姿は見えない。雷の光と宙に舞う土煙が魔人の姿を覆い尽くす。

 そして、その雷が徐々に収束していく。

 土煙が晴れていき、そこにいたのは、

 

「――――」

 

 地面に倒れ伏した――魔人の姿。

 

「れ、レオンハルト様!!」

 

「…………」

 

 魔物将軍が魔人を案じて叫ぶ。周囲の生き残った魔物兵も動揺しているようだった。なにせ魔人が倒れているなどありえない事態だ。それが魔人四天王に名を連ねるほどの魔人ならなおさら。

 しかし、ハンティはそれを目で確認し、ほんの少し眉をひそめた。

 何故ならハンティの視線の先、魔人の身体がピクリ、と動いたから。

 そして次の瞬間。

 

「――っ!」

 

 がばっと魔人の身体が起き上がった。腕を支えにして立ち上がる。

 魔物兵がどよめく中、魔人は完全に直立すると、顔を俯かせたまま――

 

「ク、ククッ……」

 

 口端を歪めて、

 

「ククク……クハッ、クハハハハハッ――!!」

 

 高笑いがその場に響き渡る。

 

「…………」

 

 顔を押さえて笑い続ける魔人に誰も動かない――否、動けない。

 それほど彼から醸し出す雰囲気、そしてその存在感がだんだんと増しており、それに恐怖していたから。

 やがて、魔人はその笑みを止めると髪を片手で一度掻き上げるように顔を上げて、こちらを見た。

 その表情は先程と全く違うものであった。魔人の口から言葉が放たれる。

 その笑みと共に、

 

「――効いたぜ。随分とな」

 

 魔人レオンハルトはその本性を露わにした。

 

 

 

 

 

 魔人レオンハルトは雷撃の雨を受けて、頭がすっきりしていくのを感じた。

 先程までの悩みが嘘のように軽くなったのだ。

 レオンハルトは先程の人間との会話を思い出していた。

 ――こうやって十分に話せるのだから分かりあえる。

 ――人間にも良い人と悪い人がいる。

 ――逆にそうじゃなくても良い人もいる。

 その言葉が先程までのレオンハルトを悩ませていた。

 正直に言えば、レオンハルトはその言葉を半ば肯定していたのだ。

 ……ああ、その通りだ。

 それを聞いた時の別れ際、レオンハルトは自分が彼女達と共に笑いあい、魔物の脅威に立ち向かう自分を幻視した。

 仮に――もし仮にレオンハルトがかつて住んでいた集落に彼女のような存在がいれば、自分は今も人間として魔物と戦っていたかもしれない。

 

 だが、それはもしもの話。レオンハルトに大切なものを与えた存在は人間ではなかった。

 そしてそれ故に彼は魔人になり、彼女に忠誠を誓った。

 それ故に彼女の望みを叶える為に自ら率先して動いた。

 ――だが、その覚悟が少し足りなかったのかもしれない。

レオンハルトはここに至って彼女の言葉を認めて、二律背反な自分の在り方に苦悩した。

 それは何故なのか、自分で分かっている。やはり自分は人間を意味もなく苦しめるような行為が好きになれないからだ。

 もし主がそれを望んだならここまで悩むことはしなかったかもしれない。嫌ではあっても大切な主がそれを望むなら自分は修羅になれる。自分がそういった行為が好きであるならば悩まなかっただろう、実際に強い相手と戦うことは好きだからこそそこまで悩むことはない。どうやって発散しようか悩むことはあるが。

 

 結局の所――覚悟、それとエゴが足りなかったのだ。

 自分でそう決めたのなら貫き通すべきだ。それが出来ていたのならば彼女の問答に素直に頷いた上で否定することも出来た。あの様に醜態を晒すことはなかった。

 目的の為なら人間を殺す。それ以外では殺さない。良い人間もいるし、良い魔物だっている。結局はそれだけの事に悩んでいる。

 しかし、レオンハルトはその悩みを思い、それを悟った。

 

 ――ああ、だが……結局俺はこれからも悩むんだろうな……。

 例え目的があったとしても自分は小さな罪悪感を完全に消し去ることは出来ないだろう。故に、この想いは一生ついて回るものであることを悟った。

 そして自分にとってのもう一つの真実を理解した。それは今、高揚感に包まれてようやく分かったこと。

 

 それは――戦うこと。

 幼い頃から苦悩を続けていた自分にとって戦う時はそれを忘れられる時間であった。

戦っている間だけは、自分の欲望を満たしている時だけは、悩みも何もない純粋な自分を出せる。

 

 冷静沈着で目的の為に絶対の意思を持つ氷の如き自分。

 欲望に燃えてそれを満たした純粋で熱い炎の如き自分。

 これこそが二律背反の魔人、レオンハルトの――魔人としての本質だ。

 それを理解し受け入れて、レオンハルトはそれを気づかせた切っ掛けとなり、そして辛うじて思い出せた相手を見た。

 

「人間に傷を付けられるのは何年――いや、何十年振りだ……?」

 

「…………」

 

 女は答えない。ずっとこちらに警戒の色を見せたままいつでも動けるように臨戦態勢を取っている。それをどうにか動かしたくて、レオンハルトは口を開く。

 

「いや、人間じゃなかったか?」

 

「――っ! 何を……!」

 

 その表情がようやく変化する。笑えてくる。それだと図星だと言ってるようなものだ。

 

「ククッ、悪い悪い。カラーは亜人種だったな」

 

「あんたは、一体……」

 

 訝しげにこちらを見てくる女に答えながらも逆に問い返してやろうと口を開く。

 

「魔人レオンハルトだ。さっき聞いただろ? というか俺よりもそっちの名前が聞きたいんだがな。ほら、教えてくれよ」

 

「……ハンティ・カラー」

 

「はぁ、なるほど。いい名前じゃねぇか」

 

「…………」

 

「……おいおい、だんまりは傷つくな」

 

 素直に答えた女――ハンティを褒めてやるも反応は返ってこない。

 ならしょうがないか、とレオンハルトはハンティを見つめながら魔剣オル=フェイルを構える。

 

「まぁいい。さっきまではやる気なかったけどよ――こっからは遊んでやる」

 

「っ! こ、れは……!」

 

 レオンハルトの魔人としてのオーラ、そして剣気が紅い奔流となって立ち昇る。上級魔人としてのその存在感と圧力はもはや暴力的であり、殆ど物理的な圧となって周囲に重く伸し掛かる。

 それに当てられたハンティはそのプレッシャーがキツくてしょうがないのか、汗を流しながらそれに耐える。

 

「ああ、後一応言っとくがな――テメェが悪いんだぜ? 恨むんなら自分の間の悪さを恨むんだな」

 

「……どういう意味よ……!」

 

 ハンティが気丈に質問を返してくるが、勿論レオンハルトに答える気はなかった。

 先程まではどうしようか悩んでいたのに、目の前の相手があんまりにも唆るせいでその気も失せた。勘違いだなんだのは最早どうでもいい。

 結果目的は達成してるんだから構わないだろう――自分が滅茶苦茶になってもな。

 レオンハルトは邪魔者を消すために身体を横に向けて声を出す。

 

「何でもいいんだよ――おい、魔物将軍!」

 

「! は、はい!」

 

「巻き込まれたくなかったら村の外で遊んでろ! ちょっと今の俺は加減が利かねぇからな……!」

 

「か、畏まりました! 総員、レオンハルト様の邪魔にならぬように撤退!」

 

「は、はい!!」

 

 いつもの魔物将軍に命令すると、瞬時にそれを実行に移す。魔物兵も同様でありそれはまるで逃げていくようだった。

 それを笑いながら見送ると、今度こそレオンハルトはハンティに向き直る。

 

「待たせたな。もうお前も我慢出来ないだろ?」

 

「……別に。こっちはあんたにお灸を据えてやるだけさ……!」

 

 そう言いながらもハンティはレオンハルトへの戦意を高めていく。現存する唯一のドラゴンカラーであるハンティの戦士としての圧は通常の人間の比ではない。数百年生きた伝説の黒髪カラーは伊達ではない。

 

「ククッ、そんなに怯えるなよ。可愛い奴だな。可愛すぎて――壊しちまいたいくらいだ」

 

「っ! この変態魔人が……!」

 

 だが、その上を容易に上回るのが魔人レオンハルト。ドラゴンカラーなど比ではないその圧は比較することさえ馬鹿らしい。若くして魔人四天王の一角を与えられ魔軍参謀の席に座る上級魔人。その圧倒的な差を相手に叩きつける。

 そしてレオンハルトは敢えて自然体で片手で魔剣を垂らすように持ちながら、片手で相手を挑発するように手を前に出した。

 

「――掛かってこいよ、ハンティ・カラー。仇討ちすんだろ? 魔人様の手を煩わせんじゃねぇ」

 

「――その余裕、後悔させてやるよ!!」

 

 最後の言葉と同時に、二人の人ならざるものは激突した。

 




長くなったので分割、本来はここでハンティ編が終わる予定でした。
後、さり気なく活動報告にキャロルのプロフィール載せてます


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達人の境地

 最初に攻撃を行ったのはハンティだった。

 瞬間移動を発動し、空間が赤く歪み、周囲の時が止まる。

 

「――――」

 

 しかしハンティの動きだけは止まらない。そのまま駆け出す動きを取りながら右手に構えていた剣を両の手で握り、それを勢いのまま全力で振り下ろす。

 振り下ろす先は当然、動きを止めたまま笑みを浮かべている魔人レオンハルト。だが、このまま剣を当ててもそれは傷を与えることも衝撃を与えることも出来ない。

 故にハンティはその瞬間に瞬間移動を終了させる。

 

「――っ!!」

 

 世界が元に戻るのと同時にレオンハルトの視線がこちらを向く。一瞬で移動し、剣が振り下ろされる。

 その初動は誰も知覚出来ない。出処の見えない不可視の一撃に近いものだ。通常の人間であれば必殺に十分足りうる一撃だった。

 しかし、

 

「いいセンスしてるじゃねぇか!」

 

 前方でレオンハルトが動いた。それを異常な反応速度で察知し、同時に右手に持った魔剣でハンティの斬撃の軌跡に重なるように振るう。

 金属を打ち合せる音が響き、弾かれた。

 そして身体が流れる。レオンハルトの膂力が得物を通して伝わり、ハンティの身体を押したのだ。

 

「ふざけた力……!」

 

「瞬間移動使ってるテメェが言うんじゃねぇよ……!」

 

 そのままレオンハルトが一歩足を前に踏み出し、そのままハンティの胴を狙うように返す手で剣を薙ぐ。

 ハンティはそれを何とか剣で防御するも、左に流されていた身体が左からの攻撃を受けて今度が強引に右に引き戻される。

 それは単純な二連撃に過ぎない。剣に心得がある者なら簡単にそれを見舞う事が出来る。

 しかしこれを魔人が放つだけで、

 

「剣が――」

 

 ハンティは握った剣が弾き飛ばされる程の揺さぶりを受けた。その原因は明らかだ。

 ――速く、重い。

 魔人の身体能力から容赦なく放たれる剣撃は、単純な仕掛けであってもそれを必殺のものとする。たった二発、右、左、と剣を受けただけで手が痺れて得物を振り落としそうになる。並の実力では一合目で弾き飛ばされているだろう。

 だが、その連撃は単純。故に続きがきた。

 

「そら次だッ!」

 

「……! く――」

 

 三回目の斬撃。それが今度は袈裟斬りで、ハンティの空いた胸辺りを狙う軌道で放たれる。

 そこでハンティは迷わず瞬間移動を発動させた。そして今度は相手の右側、剣が当たらない場所に移動して解除しつつ、

 

「――そこ!」

 

「……!」

 

 今度は横からの一撃を振るう。レオンハルトの右手は前方、先程までハンティが居た位置を狙って力を入れている。

 しかしハンティはレオンハルトの右側にいる。内側に力を入れていた腕を、急に逆方向に入れることは人としての構造を取っている限り不可能に近い。これを防ごうとするのならまた、振り終わった後で腕を返すか、そのまま回転するように剣を振るしかない。

 それはハンティの一撃が防がれるまで時間的余裕が一瞬生じるということ。故に自信を持って放たれた一撃。

 レオンハルトがどういった行動を取るか、ハンティはそれを注視していた。

 やはり躱すか、そう思われた動きは突如予想外の動きを見せる。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

「――!?」

 

 ハンティの剣が防御される。しかし打ち合ったのは刃ではない。

 レオンハルトが持つ魔剣、その柄の部分だ。そしてその動きをハンティは見ていた。

 ……強引に腕を止めて、そのまま柄で合わせてきた……!

 しかしその動きにはとてつもない精密性が要求される。相手の剣を柄で防御する。これは言うほど簡単なことではないのだ。

 剣士の端くれであるハンティはそれを知っていた。これを行おうとするなら相当の膂力、そして瞬時の判断力、精密性、その全てが無いと成功し得ない防御。

 それを成功させた目の前の魔人に、ハンティは一つの事実を認識した。

 それは、

 

「随分と剣が達者みたいだね……!」

 

 相手の剣の腕がこちらを遥かに凌駕する――達人であるということ。

 

「ハッ、分かるのか!」

 

 ハンティの視線の先、レオンハルトが嬉しそうな声を村に響き渡らせた。

 その手に持つ魔剣でハンティを弾き飛ばし、自然体で構えながら、

 

「ということは、テメェも剣士の端くれってことだな……」

 

 だが、とレオンハルトはそこで言葉を区切る。そして同時にその剣を無造作に振るう。

 振るった先にあったのは風に運ばれて飛んでいた葉っぱ。

 それは空中で一瞬動きを止めるも、次の瞬間、

 

「――俺にはどうせ敵わねぇ」

 

 葉っぱが二つに分かれた。しかしそれは葉の中心で両断された訳ではない。

 見た目からは二つに増えたように見えるそれは明らかに、葉を薄くスライスするように両断した結果、引き起こされたものだ。

 とんでもない技量にハンティは目を見開き、舌を巻かざるを得ない。自分には到底出来ないことだ。

 解るか? とレオンハルトは剣を振るい、周辺にある様々なものを両断していく。

 

「今まで沢山の剣士、戦士と死合ってきた。どいつもこいつも人間にしては中々やる奴らだったさ。一流の実力を持つ奴らも何人もいた」

 

 振るう刃で断ち切るのは地面に転がる石、草木、風に吹かれる葉に花びら。それらを寸分違わず同じ幅で斬っていく。

 絶技とも呼べる技を、彼は息を吐くように次々と見せつけていく。

 

「だが、身体能力の差を抜きにしても、誰も俺と並ぶ相手はいなかった。それで俺は自覚した。俺はもう剣の達人、それも他に敵う奴がいねぇほどの圧倒的な達人だ」

 

 語る間にも、レオンハルトの周囲には切断されたものがどんどん数を増していく。一度斬ったものさえ、もう一度、今度は更に小さく斬ってしまう。

 

「それでいつだったか……俺はとある見込みのある相手に決闘の中で稽古を付けてやったんだ。ひょっとすれば俺の技を見て、もしくは自分に降りかかる危機に反応して、覚醒するんじゃねぇかなって思ってな」

 

 俺と同じように、という枕詞を付けてレオンハルトは言う。

 

「だが……何年経ってもそれほどの相手が現れることはなかった。どいつもこいつも俺の剣技に膝を屈して死んでいく。張り合いがなくてしょうがねぇんだ……」

 

「……自慢話は他所でやったら? あたしに言われても困るんだけど」

 

 実に残念そうにそういうレオンハルトをハンティはばっさりと切り捨てた。そんな事はどうだっていい。魔人の悩みなんてこっちは知ったこっちゃないのだ、と。

 だが、レオンハルトはそれに異を唱える。――いや、関係がある、と。

 

「テメェにもこれからそれを味わわせてやる。俺が鍛え続けた二百余年。そしてなお成長を続ける俺の剣技を体感させてやる。そっちは剣でも魔法でも何でも使って耐え続けろ。長引けば長引くほど貴重なもんが見れるかもしんねぇぞ?」

 

「……上等よ」

 

 どちらにせよハンティは目の前の魔人を倒す気でいる。逃げるという選択肢はない。

 しかし、だ。現実問題倒そうとするのならば苦労するだろう。それを成す為には幾つもの試行錯誤が必要である。

 ハンティは魔人が剣を構えるのを見て、方針をある程度定めた。

 そして足に力を入れ、後方に跳ぶと詠唱を開始した。

 

「雷撃!」

 

「――!」

 

 レオンハルトが反応する中、ハンティの魔法が放たれた。

 

 ――徹底的な魔法戦。それがハンティの決めた方針。

 先程の数合の打ち合いで、近接距離で戦うのは悪手だと分かった。

 それに、思う。ハンティが得意なのはそもそも魔法なのだ。

 瞬間移動を始めとする高度な魔法の数々。そしてカラーの種族特性でもある高い魔力。それらの長所を使わなければ魔人には勝てない。

 そして、もう一つ理由がある。それは、

 

「魔法なら避けられないでしょ!」

 

 魔法の特性。魔法は回避することが出来ない。相手がどんなに速かろうと魔法は相手を追尾するのだ。そのため詠唱を完成させ一度放てば、少なからず相手にダメージを負わせることが出来る。それが魔人であってもだ。

 本来なら魔法は詠唱の隙や連発出来ないことが弱点となる。しかしそれはことハンティに限っては当て嵌まらない。

 何故ならハンティには瞬間移動の魔法があるからだ。ハンティはその隙を最小限に抑えることが出来る。

 そして逃げ続ければ相手に距離を詰められることはなく、向こうの攻撃は届かない。そのためいつかは倒せる――筈だ。

 そのために放った最初の雷撃。雷属性の魔法でも初歩程度の魔法ではあるが、その速度は魔法の中でも高い。

 故にその軌跡をハンティは目で追った。

 だが、

 

「それがどうした――ッ!!」

 

「!」

 

 レオンハルトに直撃する筈だった雷撃。しかしその予想は外れた。

 視線の先、彼がその手に握る魔剣をその軌道上に振るったその結果――雷が二つに分かれた。

 魔法を剣で弾く――いや、斬る。魔人がやったのはそういうことだ。

 しかも速度に特化した雷系魔法を、だ。それを行ったレオンハルトは楽しげに口を開く。

 

「ほらほら、もっと撃ってこいよ!」

 

「くっ、化け物め……!」

 

 距離を詰めようとしてくるレオンハルトに対し、バックステップと瞬間移動を駆使して距離を取るハンティ。

 そして下がりながらも魔法を詠唱して、それをレオンハルトに放ち続ける。

 ……とにかく近づかせない!

 両手を常に動かし詠唱を終えると、雷が雷鳴と共に宙を走りレオンハルトに殺到する。しかしそれを魔剣を振り、

 

「どうした!? そんなんじゃ俺を討ち取るなんざ百年経っても出来ねぇぞ……!!」

 

 雷を斬り裂く。驚くべき反応速度、そして判断力だ。

 おそらく雷が完全に見えている訳ではないだろうとハンティはそのからくりに当たりをつける。

 彼が見ているのはこちらの魔法のタイミングとそれを放つこちらの手の動き。

 どれだけ速かろうと最終的に到達するのは自分自身。ならばその軌道に寸分違わず刃を乗せれば雷を斬ることが出来る。故に見るべきはタイミングと雷の始点――そういう理屈だろう。

 しかし理屈で解っていても出来るかどうかはまた別。やはり目の前の魔人は正しく化け物である。

 ……だったら……!

 

「――――」

 

 ハンティは瞬間移動魔法を発動させ移動を開始する。

 向かったのはとある民家の裏。そして魔法を詠唱を始めて、瞬間移動を解除する。

 

「――!」

 

 同時に魔法を発動させる。時が動き出す中、民家を貫くように雷をレオンハルトに放つ。

 タイミングと始点を目視させなければいい。それを狙って撃たれた雷は、

 

「! おおっ……!」

 

 ギリギリの所でレオンハルトに弾かれた。

 しかし惜しかった。それを証明するかのようにレオンハルトは楽しげに口端を上げて、

 

「今のは中々良かったぜ……!」

 

 しかしそれを取り合わず、ハンティは連打した。

 魔法を撃っては止め、撃っては止める。結果擬似的な連続魔法が村に吹き荒れる。

 瞬間移動を使えるハンティだからこそ、使える手段。それを存分に戦闘に活かす。

 稲光が村を連続で照らす中、雷の雨を防ぎ続けるレオンハルトの声が響く。

 それは激しい動きとは裏腹に、落ち着いた声色であった。

 

「……なるほど、テメェの作戦が分かったぜ。遠距離戦、それと持久戦に持ち込もうってことか」

 

 レオンハルトは雷を防ぎながら民家の影に隠れながら移動を続けるハンティを見た。

 位置は既にバレている。しかしハンティはそれ故に疑問が浮かんだ。

 ……なんで近づいてこない……?

 相手の技量なら魔法を斬り裂きながらも足を進めることが出来るはずだ。事実、先程まではそうしていた。

 だが今は、その場に立ち止まってしまっている。

 こちらに有利であることは間違いない。しかしそれは相手も分かっている筈。なら何故それを許すのか――。

 思考の中、その当人であるレオンハルトは言葉を続けた。

 

「確かに剣士にしてみれば遠距離戦はどうしようもねぇもんなぁ……。近づかなきゃ剣は当たらねぇ。俺も悩んだもんだ――昔はな」

 

 その言葉と共に、レオンハルトは剣気を膨れ上がらせる。

 

「なぁ、ハンティ・カラー……飛ぶ斬撃って知ってるか――」

 

「……!!」

 

 その時、ハンティは背筋が凍るような感覚を味わい、その感覚に従い身を翻した。

 そしてその直後、

 

「――――」

 

 レオンハルトが空を斬った。

 

 

 

 

 

 レオンハルトが魔剣オル=フェイルを振るった。

 横一文字に断たれ、宙を見えない斬撃が擦過する。

 直後、民家に衝撃が走った。

 音もなく放たれたそれは民家を真横に分かち、徐々に支えを失った木材が崩れ落ちていく。

 そして破壊はそれだけで収まらず、背後の木々も断ち切った。切り株だけを残して木が倒れていく。

 しかしそのどれもが無駄な破壊ではない。その斬撃の後は綺麗に上だけを切り取ったように残り、下側にはヒビ一つ入っていないのだ。

 そして――たった今遠距離から放たれたそれは今後の剣士の常識を根本から覆してしまう一太刀。

 剣から衝撃波を放つ――それを更に昇華させたレオンハルトのいわゆる真空波とも呼ぶべき必殺技。しかし、彼にとっては然程大したことのない技の一つでしかないそれは――。

 今後、古今東西の剣士が目指す境地の一つであった。

 

 

 

 

 

「滅茶苦茶な……」

 

 その結果をハンティが得られたのは殆ど偶然だった。

 突如自分の身を襲った悪寒に従い、地面に伏せるように身を投げ打ったのだ。

 縦の動きを得ることが出来たのはハンティの戦士としての勘としか言いようがない。もし、ほんの少しでも判断を迷ったり、横の動きでそれを避けようとしていたならハンティの身体は周りの建物や木々のように断たれていただろう。

 そしてそれを起こした魔人、レオンハルトは自慢気に口角を上げる。

 

「どうだ、面白いだろ? 遠距離対策に斬撃を飛ばす――剣士のロマンって奴だ。これ出来た時はテンション上がってな。流石に自分でも天才だと思ったぜ」

 

 そんなことを馴れ馴れしく宣うレオンハルトにハンティは眉をひそめながら応対した。

 

「……うるさいんだよ、この剣馬鹿」

 

 そっけなく言葉を返すハンティ。しかし内心は舌を巻かざるを得ない。

 斬撃を飛ばすなんて思いついても普通はやらない、もしくは出来ない。

 しかし眼前の魔人はそれをいともたやすく行う。常人が一生を懸けて生み出すもの。多くの人が足踏みしているところをこの男は軽く超えていく。

 それは偏に魔人という生物の力と永遠の寿命があるからこそかもしれないが、それでも才能なしには習得出来ないのは確かだ。

 ハンティが冷や汗をかく中、レオンハルトは冷たい言葉を浴びせられそれでも可笑しそうに笑っていた。

 

「そんなに邪険にするなよ。テメェにとっても朗報だぜ、これは」

 

 そして無造作に剣を横に振るう。すると少しの間をおいて遠くに転がっていた資材が真っ二つに分かれた。

 それにハンティは危険を感じた。何しろ溜めがない。普通に剣を振るうようにこの魔人は斬撃を飛ばした。それが意味することは作戦の崩壊。それをレオンハルトは告げる。

 

「もう逃げなくていいぜ、――どこにいても同じだからなぁ!!」

 

「っ……!」

 

 その言葉と共にレオンハルトが剣を振り回す。

 もはや距離の概念、遠距離であることの優位性はこの場に於いては無くなった。今も、相手が刃を宙に乗せる度にその軌道上にあった物が分かれる。それを視界に収めながらハンティはそれを回避する為に瞬間移動を行い、その身を斬撃の反対側に移動させる。

 レオンハルトがそれに気づき、背後に振り返ると喜悦に満ちた表情を向けてきた。

 

「そういや、まだそれがあったな……!」

 

 レオンハルトが叫び、ハンティに向かって突撃してくる。

 そしてその際により激しく白刃の軌跡が宙を描いていくのだが、

 

「きっついね……!」

 

 ハンティはもはや回避を余儀なくされた。攻撃の暇などない、逃げざるを得ない状況に追い込まれたのだ。

 正確には攻撃を、魔法を打ち込んでもそれを防御するのと同時に攻撃が飛んでくるのだ。魔法を斬り裂くのとこちらへの攻撃を一刀で行う。するとこちらは攻撃直後だというのにカウンター気味で飛んでくる斬撃を回避しなければならない。それは至難の技であり、攻撃の暇を失くすには十分であった。

 更には先程レオンハルトがこちらの攻撃の初動を見切っていたように、今度はハンティがレオンハルトの刃の始まりを捉えなければならなかった。

 彼は言った。どこにいても同じだ、と。しかしそれは近距離での向こうの有利が無くなった訳ではない。近づけば近づく程相手の有利となり、間合いに入ってしまえば自分は対処出来ない。

 

 そのためレオンハルトの斬撃の挙動を見切って回避しながらも、自分は近づいてはいけない。自分はそういう窮地に陥ったのだ。

 ハンティは思案した、いや、思案せざるを得なかった。

 当初の作戦は完全に崩壊した。遠距離での魔法戦はレオンハルトに通用しない。しかしだからといって近距離は論外。一合か二合は持つかもしれない。しかしそれ以上をこちらが望んだ時、訪れるのは敗北だ。

 ならばどうする。このまま逃げ続けては意味がない。勝つことは出来ない。

 ひたすらに躱し続ける。どのタイミングで、どういう仕掛けで攻撃を行うか――ハンティは瞬間移動を行い、アドミラル空間に身を飛ばした。

 

「ふぅ……」

 

 そして一度息を整える。ハンティがレオンハルトの運動量について行けるのはこれも理由の一つ。この空間にいる限りは時間は経過しない。

 故にいくらでも休息が取れる。その気になれば睡眠を取ることだって可能なのだ。それ故に持久戦に勝機を望んでいたのだが、それは叶いそうにない。しかし諦める訳にもいかない。

 ハンティは背後から攻撃を行える位置まで移動し、魔法を詠唱すると現実に戻り――そこで恐ろしいものを見た。

 

「――!」

 

 現実に戻った瞬間、ハンティの少し真横を斬撃が通過した。吹き荒れる風がハンティの黒髪を揺らす。

 

「い、今のは……っ!」

 

 ハンティは目を見開いた。馬鹿な、早すぎる。こちらが瞬間移動を解いた瞬間に攻撃が飛んできた。それが意味するところをレオンハルトは残念そうに苦笑しながら口にした。

 

「外れたか。……でも、だんだん分かってきたぜ……!」

 

 ハンティはその言葉に反応せざるを得なかった。

 

「分かったって……」

 

「ああ?」

 

 青ざめた様子で呟くように発した言葉に、レオンハルトは鋭い目を訝しげに細めながらも鼻で笑い飛ばした。

 

「何を驚いてやがる。――ただ予測しただけなのによ。あれだけぽんぽんと瞬間移動見せられたら次にどこに行くか、パターンは大体掴めてくる。攻撃を避けてるのはランダムじゃなくてあくまでもお前自身だしな。……要は見えないほど超速い相手ってだけだ」

 

 レオンハルトは言う。いともあっさりとそれを口にする。

 

「もうちょい修正が必要みたいだけどな。だが、こう言い換えてもいいぜ。……お前の動きを俺が完全に見切った時――」

 

 その時が、

 

「――お前の最後だ」

 

 自分の終わりなのだと。

 

 




またしても分割。次で戦闘が終わればいいなぁ(白目)


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ドラゴンカラー

「はぁ、ふぅ……」

 

 無人の草原を行く一体の影があった。

 青い改造軍服を着た金髪ツインテールの少女。

 魔人レオンハルトの使徒キャロルである。

 彼女は親愛なる主、レオンハルトの命令に従い、その背に背負った麻袋を必死に町まで運んでいる最中だった。

 そしてようやく、

 

「着きましたわ――!」

 

 人間の町へと辿り着いた。

 眼前にはそれなりの高さがある建物、外側には町を囲むように外壁が築かれている。

 キャロルはここに来るまでの苦労を思い出した。

 村を抜け出す際はまだ良かった。魔物兵は襲撃者の対応で浮足立っており、とてもではないがこちらを気にしたりする余裕はなかった。レオンハルトの発言も効果的だったのだろう。キャロルが麻袋を持っていても事情を知っている魔物兵は納得した様子でこちらを見送っていた。

 

 ただ、途中魔物兵らがひそひそと小声でレオンハルトのことを「ソロ」だの「早撃ち」だの噂していたのはどういうことだろうか。よく聞こえなかったもののレオンハルト様ファンクラブの会長として今度調査しなければと頭に記憶しておく。レオンハルトのことは使徒であるキャロルにとって何よりも優先されるべきものだし、自分でも優先したいと思う。

 そして、それだけに心配なこともあるが――

 

「――――!」

 

「――あら」

 

 気がつけばこちらの声が聞こえたのか背負った麻袋からくぐもった声が聞こえた。

 おそらく出してほしいのだろう。キャロルはその要望に応えるために、麻袋を地面に置くと縛っている紐を解いて口を開けた。

 すると中から人間の姉妹が、

 

「うーん……気持ち悪い……」

 

「うぇぇ……」

 

 口元を手で押さえながら出てきた。顔は少し青くなっている。それを見てキャロルは「ああ」と二人の様子を察した。

 だが、勘違いかもしれない。一応二人に確認を取ろうと口を開くと、

 

「酔ってますの?」

 

「あ、当たり前でしょ……あんなに揺らして、うぷっ」

 

 やはりそういうことらしい。

 確かに麻袋を運ぶ際、上口からぶら下げるように持っていた為、道中結構揺れていたかもしれない。それに思い返してみると途中何度も今のようにえずいていた気もする。

 ……軟弱ですわねぇ。

 キャロルは人間の弱さに半ば呆れる。自分ならばその程度で酔うことなどないだろう。そういった揺れを味わったことがないのが癪だが、完璧な使徒である自分が酔って吐き気を催すことなどあるはずがない。

 ……帰ったら魔物兵に頼んで試しに揺らしてもらいましょうか。

 頭の中に予定を一つ入れておく。未経験、というのは完璧を自称する自分にとっては中々に屈辱的だ。人に経験の有無を聞かれて答えられないというのも恥ずかしい。特にレオンハルトに聞かれて失望されるのは嫌だし、もし七星に経験があったら自分は負けたことになる。

 細かいことだが重要なことだ。レオンハルトが今後どんな要求をしてもそれに応えられるように備える。完璧使徒とはそうでなくてはならない。

 考えていると早く主に戻りたいという思いが強くなる。だが、まずは主の命令を遂行してからだ。

 

「……しょうがないですわね。町に入ったら水を取ってきますわ」

 

「ううっ……お願い……」

 

「…………」

 

 最早それを我慢して口数が少なくなってしまった姉妹を見てキャロルは息を吐く。

 レオンハルトの命令は二人を無事に町まで送り届けること。今のままでは完全に無事とは言い難い。万全な状態で送り出してこそそれを完全にこなしたことになる。人間二人がどうなろうとキャロルにとっては構わないが、レオンハルトが望むならしょうがない。それにレオンハルトは元人間。やはり他の生物よりは扱いは良くするべきだろう。

 そんなことを考えながらキャロルは町の入り口へ向かって足を踏み出すと、

 

「……キャロルさん」

 

「……何ですの?」

 

 不意に声を掛けられる。また何かあったのだろうかと反応した。

 すると気持ち悪そうにしながらも、

 

「色々とありがとうね……」

 

「!」

 

 と、何でもないことのように軽くお礼を言った。

 事実、大したことではないのだろう。一言そう口にすると妹の手を繋ぎながらゆっくりと歩みを再開し町へと向かっていく。

 それを追いかけながらキャロルは少し考えてしまう。

 ……人間に感謝されるのも、初めての経験ですわね……。

 一応魔物であるキャロルにとって人間は下等種族でしかないはずだが、少なくとも悪い気はしない。故に少し複雑ではある。

 しかしこれもレオンハルトの使徒である自分にとってこれからも経験していくかもしれないことなのだ。だからこれもレオンハルトの影響なのだろう。そう考えると喜ばしいことである。

 そしてキャロルは不意に村で戦っているであろうレオンハルトの事を思い呟いた。

 

「レオンハルト様、今頃、どうしてるんでしょうか……」

 

 

 

 

 

 戦いは続いていた。

 戦場である村は既に村としての体をなしていなかった。

 おおよそ全ての民家が縦に、横に、斜めに、あるいは細切れになり崩れ落ちている。周囲の木々は根こそぎ伐採されたように切り落とされており、魔軍が運び込んだ資材も既に原型を留めていない。

 そんな中、まともな形を保っているのはこの惨状を引き起こした魔人、レオンハルトと。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 それに相対するハンティ・カラーの二人だけだった。

 息も絶え絶えな様相のハンティにレオンハルトが笑う。

 

「まだ勝ちを捨てないのは立派だな」

 

「っ……く」

 

 ハンティは震える足でもう何度目かになるレオンハルトの斬撃を回避した。もはや周辺に障害物は存在しない。斬撃が空を斬り、風が吹く。

 ……どう、すれば……。

 ハンティは焦点の合わなくなってきた視界で相手の動きを見定め、熱に浮かされたように重くなった身体を必死に動かす。

 徐々にこちらの動きを向こうが見切りはじめた結果。全身のいたるところに細かい切り傷を負わされている。身体に芯はなく、強く力を入れなければ今すぐにでも立てなくなる。

 確実に動きが鈍くなっているのを自覚していた。

 そんな自分に対して相手は動きが悪くなるどころか、どんどん良くなっているようにも見える。

 瞬間移動への対処も初めは何十回に一回しか成功していなかったが、今では数回に一回は危ない攻撃がこちらに飛んでくる。

 既に圧倒的な力を持つ存在が徐々に成長してこちらとの差をどんどん広げていく。

 当初の作戦であった持久戦もこの様子ならどちらにせよ失敗していたかもしれない。

 動きも思考も止めることができない。そんな中、レオンハルトが口を開いた。

 

「そろそろわかったぜ――」

 

「――!」

 

 ハンティはその言葉の瞬間、斬撃を避けようとして瞬間移動を使った。使ってしまった。

 ――今、なんて言った――?

 今、相手から放たれた言葉は何だ。

 わかった、と言ったのか。なら、その言葉が意味するのは。

 

「っ……!」

 

 突如、ハンティの身体に怖気が走った。時が止まった空間で立ち尽くす。それはとある疑問の所為。

 斬撃を躱して――どこへ行けばいい?

 今の言葉が本当であるのならば。瞬間移動を解いた瞬間に訪れるのは紛れもない自分の――死。

 ハンティは自分の判断が信じられなくなり、迷った。

 そして、

 

「――――」

 

 ややあって瞬間移動を解いた。その瞬間――

 

「見えたぞ……!」

 

「――っ」

 

 ハンティはその行動を見ていた。

 レオンハルトが瞬間移動直前まで振るっていた剣を返すように、今度は逆袈裟に振るう。

 視界が遅く、ゆっくりに感じられる中、宙に刃が滑り、

 

「――ぁ」

 

 ハンティの身に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 村の中の音が止んだ。

 あらゆる物が斬撃の餌食になり地面に転がる中、唯一立つのは――魔人レオンハルト。

 その視界の先。地面に転がるのは腹に大きな傷を負ったハンティ・カラー。しかし、彼女の身体は分かたれてはいない、

 それを見てレオンハルトは息を吐く。

 ……終わったか。

 終わってしまった、と思う。

 レオンハルトは最後の一撃、その瞬間にハンティが取った行動が見えていた。

 こちらの斬撃に対し、ぎりぎりのところで――いや、正確に言うなら既に斬撃が腹を通過する瞬間に――反応したハンティはそれを何とか躱したのだろう。

 ひょっとすれば瞬間移動を使ったのかもしれない。だが、結局は、

 ……俺の勝ちか……。

 そこで残念な気持ちを覚えてしまうのは無論、負ける方がいいというわけではない。魔人四天王として、魔軍参謀として。そして何よりも魔王の配下として。自分が負けることは許されないし、そのつもりもない。

 この口惜しさと言うべき感情は、楽しかった戦いが終わってしまったことにより生じた結果だ。

 相手の息はまだある。しかしもう立ち上がれないだろう、致命傷だ。

 このまま放っておいてもあるいはハンティ・カラーであるならば生き残る可能性は高い。だが、少なくとも今はもう戦えない。

 出来ればもう少し楽しみたかった。ダメージを負わされたのは魔人を除けば本当に二百年近くなかった。それほどの相手だ。瞬間移動も素晴らしかった。動きが読めたとはいえそれは完全ではない。半分は勘に近いものがあった。

 しかしそれでも当たった。その結果は自分が勝ち取った結果。偶然でも勘でも実力でもそれは変わらない自分の勝利だ。

 熱くなっていた気分が徐々に冷静に冷めていく。それを感じながらレオンハルトは背を向けた。

 

「悪いこと、したな……」

 

 そう呟いた時、レオンハルトの耳に音が聞こえた。

 背を向きかけた状態でレオンハルトは視界の隅にそれを見た。立ち上がる彼女の姿。

 

 ――戦いはまだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

 ハンティは薄れゆく意識の中で、それを解放した。

 自分にとっての業。その象徴とも呼べる姿を。

 

 ――額にあるクリスタルが縦に開いた。

 

 ――その瞳は吊り上がり獣の如く変化した。

 

 ――爪はより鋭利になり。

 

 ――全身に鱗が浮き上がった。

 

 ヒューマンカラーではありえないその醜い姿は、本来この時代に存在しえないはずのもの。

 ……使う、からね……!

 それは誰に対してのものなのかは分からない。しかしそうしなければいけない気がした。

 身体が動く。そして立ち上がる。

 ハンティは今の姿となってから、初めてその真の力を引き出した。

 その姿を初めて、目の前の魔人に晒した。

 

 ――ドラゴンカラーとしての真の姿を。

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

 レオンハルトはそれを目撃した。

 視界の中、確かに戦闘不能にしたはずの相手が立ち上がっている。

 そしてその姿はつい先程とはまるで異なっていた。

 ……これが、ドラゴンカラー。いや、ハンティ・カラーの真の姿……!

 全身に鱗、爪が鋭く伸び、額のクリスタルは第三の目のように見開かれ、その顔は凶相と化している。

 人の形をしながらもドラゴンとしての姿を持ったどちらともつかない歪な存在。しかもその結果、あることがハンティの身体に起きていた。

 それを見てレオンハルトは驚愕し、笑みを浮かべた。

 ……傷が一時的に塞がってやがる……!

 先程こちらが負わせた傷を鱗が覆い隠している。その傷は無くなったわけではなく、今も鱗の間に赤い線が見えているものの結果的に止血されていた。

 人間ではありえないその醜い姿に、しかしレオンハルトは、

 

「最っ高に唆るじゃねぇか……!」

 

 それを称賛した。再び身体に熱いものが宿る。

 まだ相手は立っている。未だ向こうの不利であることは変わらない。体力が回復したわけでも疲労がなくなったわけでもない。精々傷が塞がっただけ。状況は好転していない。

 だが、まだ戦える。まだ楽しめる。

 自分とやり合ってここまで持ち堪え、しかしそこでは終わらせないというのだ。

 レオンハルトは嬉しくなり、相手に呼びかけたくなった。それを躊躇しない。

 

「まだ戦うんだな……?」

 

 自分の敗北はないだろう。そこは変わらない。

 

「まだ楽しんでいいんだな……?」

 

「ぐ、ぐぅう……!」

 

 真の姿を晒し、凶暴化したハンティが未だこちらを睨む。戦意はまだある。その意思はまだ死んでない。

 それなら、

 

「ああ、ああ! そうだ! もっとやり合おうぜ……!」

 

 ……ここからは待ったなしだ……!!

 

 レオンハルトはその身を前方に躍らせた。ハンティがそれを迎え撃つ。

 戦場に二つの影が交差した。

 

 

 

 

 

 村が再び戦場と化した。

 見晴らしの良くなった村の広場の中心で、レオンハルトはハンティにその剣を振り下ろす。

 魔剣オル=フェイル。その斬れ味とレオンハルト自身の剣技が組み合わさった斬撃は常に必殺のそれに近い。生身であるなら容赦なく両断してしまうほどのその斬撃は、しかし生身に防御された。

 レオンハルトはその結果を齎したものを見る。それは自分にとっても縁があるもの。

 

「ドラゴン種の爪か……!」

 

 オル=フェイルの刃がハンティの鋭利になった爪に防がれる。これの強度をレオンハルトはよく知っている。

 始まりはとあるドラゴン魔人。その次はネフライトドラゴンの使徒、七星。

 そして自分と同じ魔人四天王であるプラチナドラゴンの魔人――カミーラ。

 今挙げた全員とレオンハルトは戦い、そしてその鋭い爪に自慢の剣を防がれたのだ。今と同じように。

 ……そうそう、この爪が厄介なんだよなぁ!!

 このドラゴン種の爪の強靭さに、レオンハルトは悔しさと喜びを覚える。

 悔しさは何度やってもこの爪を斬ることは出来なかったという思い。しかしそれは同時にいつまでも打ち合ってられるということに他ならない。

 ドラゴン種とやるのは身体能力、肉体の強度は勿論、しぶとさも相まってとても楽しい濃密な時間を過ごせるのだ。

 特にカミーラは最高だった。カミーラの強さは中毒になりそうなほどに唆る。思い出したら滾ってくる。帰ったらカミーラとやり合うか――

 

「ガぁッ――!」

 

「っ……おっと!」

 

 少し上の空になってしまったか、相手はその隙を見逃さず爪を振ってきた。それを見て、まるで咎められているように感じてしまうレオンハルト。

 

「嫉妬すんなよ。心配しなくてもお前もちゃんと可愛がってやる」

 

「……ッ!」

 

 ハンティの動きが激しくなった。その動作には勢いがあり、何となくだが怒りが窺える。

 ……ふむ、今のは俺が悪いな。

 さすがに決闘の最中に別の相手のことを考えるなど失礼にもほどがある。自分でもそれをやられたら怒る。今目の前にいるのは自分なのだ。最中は目の前の相手に集中すべきだろう。

 ならば、とレオンハルトは力を入れる。相手の膂力はかなり強くなっているようだが、それでもこちらの方が勝っているようだ。速さも同様だ。それならば以前と同じ連撃で崩せるだろうとレオンハルトは上下からの二連撃を放つ。

 しかし、

 

「――――」

 

「っ……! テメ――」

 

 直後、レオンハルトは防御を選択した。攻撃を行ったはずの自分が、なぜ今は防御をさせられたのか。

 それは先程と同様でありながら、凶暴化したハンティではもう使うことが出来ないと、勝手に思い込んでしまった手段であった。

 目の前から一瞬で消え去り、別の場所に現れるその魔法は――

 

「――まだ瞬間移動を使うのか……!」

 

 すでにレオンハルトが見切ったはずの魔法だった。

 

 

 

 

 

 ハンティ・カラーは騒ぎ立つ心を必死に制御していた。

 ……落ち着け、落ち着かないと……!

 ドラゴンカラーとしての真の姿を見せたこと。それには複雑な思いがある。しかしそれでもこんなところで終わるわけにはいかない。故に仕方のないことではあるが。

 ドラゴン種としての血が騒ぐのだ。

 目の前の強者を、本能の赴くままに喰らってしまえ、と。

 しかし、それはできない。膂力も速度も向こうの方が上であるし、耐久力もおそらくそうだろう。少しだけ差が縮まり、近接距離でも多少戦えるようになったとはいえ、力任せの戦いは通用しない。

 なら、やることは決まっている。

 ドラゴン種としての力を振るいながらも頭は冷静に。ドラゴン種としての考えを素直に実行する。

 そうしてハンティは瞬間移動を使った。

 視線の先、レオンハルトが剣を振り上げて次の行動に移ろうとしている。

 次に起こすのは回避であって回避じゃない。

 攻撃だ。

 位置はそこまで変えず、最小限攻撃を躱せる距離に移動し、そのまま足を振るう。

 ……くらっときな!

 

「――ッ!!」

 

 瞬間移動を解いた瞬間。向こうの攻撃があらぬ方向に向かって振るわれる。それはおそらく相手の予想が外れた結果。そしてのその結果にレオンハルトが一瞬驚いたように目を丸くし、そしてすぐに笑みに変化した。

 

「やるじゃねぇか……!」

 

 打撃をレオンハルトの腹にぶち込んだ。

 爪先に手応えを感じたと同時、レオンハルトの身体がくの字に折れ曲がろうとして、しかし踏みとどまる。ハンティはそれに内心で沸いた。

 ……やっと一発目!

 魔法以外ではようやく攻撃がちゃんと当たった。その事実に喜びもするが、それよりも、やっと、という思いの方が強い。

 後、何発当てれば目の前の魔人を倒せるのか。それを考えると嫌気が差してくる。

 それなら今は稼ぎ時だ。レオンハルトはそのダメージか、もしくは予想が外れた驚きの所為なのか、身体を怯ませている。

動きはない。

 ハンティは動きを激しいものにした。瞬間移動を連続で発動させながら、

 

「――オォッ――!!」

 

 打撃を連続で叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 レオンハルトはその戦闘に手応えを感じ始めていた。

 眼前ではドラゴンカラーとしての姿を解放したハンティがその爪を、拳を、足を連続的に振るっている。そしてそれに押されてしまっている。

 それは何故か。理由はある。それは、

 ……動きの始点だけを狙い始めたのか。

 それを冷静にレオンハルトは分析する。

 相手は瞬間移動を再度使い始めてきた。しかしそれは先程までの防御や回避に使うような消極的な使い方じゃない。

 あくまでも攻撃。攻撃を当てるためにこちらの動きの始点だけを見切っている。

 それも徹底的なインファイトでだ。

 

「――ッ」

 

「――――!」

 

 今もこちらの剣を振る、腕を先に抑えられた。その力はさっきまでとは格段に強くなっている。速さも同じだ。

 だがそれだけではこちらの攻撃を受け止めることはできない。

 しかしそれが力を入れる瞬間に止められればどうだろう。

 剣を振ろうと腕に力を込めて、それが発揮されるまでには必ずズレが生じる。それは肉体の構造上、強い力で動こうとすれば必ず起きうることだ。

 その隙間だけを瞬間移動で見切って狙い打つ。

 剣を振ろうと力を込めるとその出掛かりが潰される。そもそも剣を振らせない。

 剣が押されてこちらはその手を引き戻すしかない。

 だが、再度力を込めるとそこも潰される。

 

 レオンハルトは思う。瞬間移動というのは攻撃でこそ活きるものだ、と。

 なにせこちらからはその始点が見えない。動いた瞬間に反応しようとするが、それも本当のギリギリのところで、しかもその出掛かりを潰されるのであればこちらは動けない。

 更にはドラゴンカラーとしての力を解放したのが原因か、向こうの動きが急に変化している。動きの癖が変わったと言うべきか。

 これではまた振り出しだ。もう一度瞬間移動の癖を完全に読み切らなければならない。読み切ったとしてこのパターンから抜け出さなくてはならない。

 ……なるほどなぁ……。

 レオンハルトは内心、感嘆の思いをハンティに抱く。これは世界中でただ一人。瞬間移動を使えるハンティにしか出来ない戦闘方法だ。

 まさかこのような封じ方があるとは考えもしなかった。なるほど、動き始めを捉えてそれを叩く。これならどれだけ速かろうが意味がない。その力が完全に発揮されないからだ。

 何故なら動きというのは0から徐々に上がっていくもの。100パーセント力を発揮するにはどんな達人でも一瞬のラグが存在する。

 それが人間としての限界だ。

 それを理解し、レオンハルトは内心息を吐く。

 ……どうするか……。

 攻撃は最大の防御。それを地でいく相手への対処を思案する。

 再度敵の動きの癖を見抜くのか。それとも――また一歩先に進むか。

 

「――ク」

 

 笑みが思わず零れてしまう。あまりにも馬鹿馬鹿しい問いだったから。

 そしてレオンハルトは迷わずそれを選択した。

 何故なら自分は人間じゃない――魔人なのだ。

 故にレオンハルトは動きを止めなかった。変えたのは自分の内側だけ。肉体の動きを意識することに全力を注ぐ。

 笑うしかない。

 この状況を正面から打倒出来るようになること。それは、

 

 ――自分のさらなる成長に他ならないから。

 



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急成長

 

 ハンティ・カラーはひたすらに、只ひたすらに相手へ打撃を打ち込んでいた。

 視界の中ではレオンハルトが剣を振ろうと力を込めていたが、そこに間髪入れず瞬間移動を発動、そして動きを入れて解除する。

 

「……!」

 

 相手の動きが止まり、引き戻される。そしてこちらがまた一歩、足を進める。そして更に攻撃で押し込む。

 戦闘は今の所、ハンティの優勢となっていた。既に打撃を何発も当てることに成功しており、着実にダメージを蓄積させている。

 ハンティは思う。これは奇跡のような状況だ、と。

 相手は魔人。それも魔人四天王。今はこちらが押していても何れは修正してくるだろう。魔人の身体能力に頼るだけの相手ではないのだ。そこには確かな技術が存在する。

 故に、ハンティは今の状況に違和感を覚える。

 今もこちらの爪と剣が打ち合い、火花を散らす。そこに感じる手応えは、

 ……剣筋が鈍った……?

 腕に伝わるレオンハルトの剣が軽くなっている。先程まで感じていた魔人の絶大な膂力が格段に落ちて、もはや自分と拮抗してしまうほどに。

 その隙を見逃さず、再びの攻撃、そして初動の差し止めに移るも、

 

「……ッ!」

 

 今も、その勢いを殺されるどころか弾かれたように押されていった。やはり間違いないだろう。

 レオンハルトの動きが格段に悪くなっていることを、ハンティは一つの事実として認識した。

 しかし、それが何故かはハンティには見当がつかない。

 ダメージを負い、ここまでの戦いで疲労したという線は薄いだろう。レオンハルトは魔人だ。その圧倒的地力の高さは他の生物の追随を許さない。

 しかも相手は紛れもない剣の達人。それも戦闘の最中に動きが洗練されていき、こちらとの差を広げていくほどの成長力を秘めた発展途上の達人である。

 その成長が止まるどころか、劣化している。

 もはや剣筋はあやふやで、一合ごとに力の配分やその速度が違ってきていた。その分隙がうまれて、それはこちらの攻撃チャンスとなる。

 ……さっきまでと比べたら別人だね。

 そう思ってしまうほどレオンハルトはその剣を不確かなものとしていた。その動きには基本すら定かではないものが混じっている。それこそ別人。もしくは今から別の剣技を習おうとしているかのような練習の動き。

 それどころか体捌きすらおかしくなっている様にも見えた。

 不可解な疑問に、しかしハンティは考えるのをやめた。

 相手が弱くなったのなら好都合なのだ。なにせ勝利する確率が高まる。自分の勝ちが見えてくる。

 それなら、

 

「オォ……!!」

 

 ハンティはドラゴンカラーとしての力を振り絞り、その動きを加速させた。

 瞬間移動を加えながら、相手の動きを捉えて攻撃を打ち込んでいく。連打が加速し、幾つもの衝撃が相手を押していく。そしてその結果にハンティは希望を見る。

 

「…………」

 

 レオンハルトはこちらをじっと見詰めながらも剣を振りそれを止められながらも無言で打撃を受け止める。先程までの饒舌振りが嘘のようだ。

 やはり、対応出来ていない。今なら仕留めきれるかもしれない。

 ハンティはそこに勝機を見出し、レオンハルトの首目掛けて爪を振るい、

 

「――っ!?」

 

 空を切ってしまう。完全に直撃のタイミングであったはずの攻撃を躱されて目を見開く。

 その視界の先、レオンハルトはどのような行動を取るのかそれを捉えようとして、

 

「――――」

 

 魔人が消えた。

 そして直後に、声が聞こえた。それはこの戦いの中で聞き慣れてしまったもので、

 

「――できた」

 

「……!?」

 

 その音の方向を拾った瞬間、ハンティはその場から全力で離れる。そして下がりながらもレオンハルトの姿を確認しようと視線を向けた。彼がいた場所は、

 

「…………」

 

 ハンティが先程まで居た場所。

 その真後ろだった。

 

 

 

 

 

 レオンハルトはその瞬間、自分の動きを自覚した。

 

「――ククッ……」

 

 笑みが口から漏れ出てしまう。それほどの愉悦が頭を支配する。

 レオンハルトはその感覚を覚えた。それを戦闘中に学習した。

 剣を振ること――だけではない。

 腕も、足も、手も、肘も、膝も、肩も、腰も、腹も、背中も、胸も、首も、指先一本一本のその先まで。身体の動かし方を一つ一つ意識し、全身を制御すること。それだけに集中した。

 それは途方もない作業であり、同時に至難を極めた。

 なにせ今まで無意識に動かしていたものを根本から改めなければならない。手探りで行ったそれは力配分や筋肉を狂わせ、剣は軽くなり、足元も覚束ない。相手の攻撃をくらうのは必然であり、幾つもの手傷を負った。

 失敗すれば身体は震え、あらぬ方向に力を入れてしまう。失敗すれば剣は弾かれ、攻撃が直撃する。

 しかし一つ一つ、丁寧に修正していく。意識して行動して、それを身体に覚えさせていく。

 

 そしてそれが――全て終わった。

 レオンハルトはそうして一つの事実を認識した。

 ……身体の動かし方に関してはこれが極限かもな。

 肉体の動かし方について、これ以上のものは存在しえない。そういう確信を得た。

 そして同時に、レオンハルトは相手に感謝する。

 自分が成長したのは紛れもないハンティ・カラーのおかげだろう。もし平常時にこれを習得しようと訓練をしていたら果たしてどれだけの時間がかかったか分からない。それがこの短時間で終えることが出来たのは強者との戦いの結果だ。

 ……これだから強い相手と戦うのはやめられねぇ。

 しかし、レオンハルトはこうも思う。こうなってしまっては最早相手にならない、と。

 瞬間移動に対応しようとした結果の成長であるのだからそうなるのは自明の理だし、自業自得だ。しかしそれでもレオンハルトは自身の成長に一抹の寂寥感を覚えてしまうのだ。

 後はもう勝負を終えるだけ。なら自分を成長させてくれた相手へ、せめてもの礼儀としてそれを存分に見せつけてやるだけだ。

 レオンハルトは相手にそれを告げた。

 

「……気をつけろよ。今、動くからな――」

 

「――!」

 

 ハンティがその声に反応してこちらの動きを注視した、その瞬間、

 

「――――」

 

 レオンハルトの動きから全ての無駄が消えた。

 

 

 

 

 

 ハンティ・カラーはその動きを見ていた、はずだった。

 視界の中、レオンハルトが動きを見せるその瞬間、

 

「――――」

 

 レオンハルトが目の前に立っていた。

 

「――!?」

 

 ハンティは急いでそこから退避するため、咄嗟に瞬間移動を使った。

 そしてその場から移動し、呆然と今の動きを分析しようとする。しかし、

 ……今、いったい何が……?

 気がつけばレオンハルトが目の前に立っていた。距離は離れていた、おおよそ10メートルくらいだろうか。

 そこから一瞬で目の前までの移動。それが出来る方法をハンティは知っている。だが、

 ……瞬間移動の筈はない……。

 そんなわけがない。相手はここまで一度も魔法を使っていないし、それを隠していた素振りもない。よしんば使えたとしても瞬間移動が使えるほどの魔法使いには見えない。言いたくはないがこの魔法には才能が必要だ。並の魔法の才能があったとしてもこれを使うことはできないだろう。

 なら、見間違いなのか、とハンティは十分に距離をとって瞬間移動をした。そして視界の先でレオンハルトがこちらを見ると、

 

「――逃げてんじゃねぇよ」

 

「――ッ!?」

 

 またレオンハルトが目の前に現れた。

 ……分からない、分からない……!

 ハンティはその動きを確実に捉えていた。瞬き一つしていないのだ。

 それなのに、動きが捉えられない。

 レオンハルトが動いた瞬間、そして動きを終えた瞬間。それだけしか見えない。

 それはまるで自分の瞬間移動を見ているようだった。動きの始点は見える。しかしその瞬間、途中をすっ飛ばして終点に到達している。間の動きは無くなってしまったかのように。

 ハンティはその事実に激しい悪寒を覚える。嫌な汗が全身からにじみ出る。本能が目の前の魔人に全力で警鐘を鳴らしている。

 そんな中、眼前のレオンハルトが口を開く。

 

「……何が何だかわからねぇって顔だな」

 

 こちらを見下ろしながらの表情は苦笑。どこか憐れむような視線だ。

 

「わからねぇならどうしようもないな。一応瞬間移動ではない、とだけ言っとく」

 

 そうしてレオンハルトは再び、動きを取った。そして口を開くと、

 

「――ほら、見極めてみろ」

 

「――ッ……!?」

 

 突然、衝撃が身体を走り抜けた。

 見ればレオンハルトの蹴りがこちらの腹に突き刺さっている。

 ……今のは……!

 苦悶の表情を浮かべながらもハンティはその結果に瞬間移動でないことを確信する。

 そして同時に、もっとどうしようもない絶望と言うべき現実を突き付けられた。

それは、

 ……初速が存在しない……!

 

 

 

 

 

 レオンハルトはハンティを蹴り飛ばし、それを視線だけで追いかけた。

 魔人の脚力で吹き飛ばされたハンティは宙に浮いたかと思うと地面を擦過しながら転がっていき、やがて動きを止める。

 それを見て、レオンハルトは瞬間移動を完全に攻略したことを確認した。

 それどころか一定以下の相手は余計自分に歯が立たなくなった。そのからくりをレオンハルトは思う。

 ……最初から全速力を出すだけで大分変わっちまうな。

 レオンハルトは身体の動きから全ての無駄を省き、肉体を完全に掌握することに成功した。

 そしてその結果、力を最初から全力で発揮させることが出来るようになった。

 ゼロから徐々に力が伝わっていくという通常のそれをすっ飛ばしてゼロからいきなり全力まで力を伝える――それも一切の無駄なく。

 動きの途中が見えないのは爆発的な瞬発力、加速の結果でしかない。実際速度自体はそこまで上がっていないのだ。

 問題は最初から魔人としての全速力を弾き出せるということ。果たしてそれが見える人間がどれだけいるだろうか。

 慣れれば見えるかもしれないし、元よりこの速度域で戦闘を行えるものなら――例えば同じ魔人であるなら目視は可能だろう。だが、強くなったのは間違いない。それ故に今後の事を考えると、

 ……また苦労しそうだな……。

 強くなる度に相手側に求める強さも比例して上がってしまう。今後これ以上強い相手を探さなければならないのは中々にキツいし、それを思うと憂鬱になる。今でさえ苦悩しているというのに。

 溜息をつきたくなる気持ちを抑えてレオンハルトは地面に伏したハンティを見る。すると、

 

「――――!」

 

 突然、地面に倒れていたハンティが消えて気配が後方に移った。それを後から動いて、

 

「もう意味ねぇよ」

 

「ガッ――!?」

 

 ハンティの首を左手で掴み取る。初速で最大の速度を出せるようになり、このような後出しでも迎撃は間に合う。もう動きの始めを捉えようと意味はない。最初から魔人としての全力の力が加わっているのだ。ハンティにそれを弾き返すような膂力はない。

 良い戦法だっただけにそれを打倒した達成感はある。だが、

 ……こいつも強いんだけどなぁ……楽しかったのになぁ……。

 レオンハルトは心がどんどん冷めていくような気持ちを覚えながらもそのまま右手に持った魔剣で、

 

「――――ァ」

 

 ハンティの腹を突き刺した。瞬間、

 

「――――――!!!」

 

 声にならない叫びが村中にに響き渡り、レオンハルトは目を伏せた。

 

「終わった、か――」

 

 その声には寂寥感が滲み出ていた。

 

 

 

 

 

「あぁ……っ……か……」

 

「…………」

 

 レオンハルトは地面に夥しい量の血を零しながらも未だ苦しんでいるハンティを見ていた。既に致命傷、常人であればショック死してもおかしくない傷だ。

 それだというのに、

 

「……驚いたな、まだ生きてるのか」

 

 どうやらハンティ・カラーの生命力は予想以上らしい。それともドラゴンカラーとしての生命力だろうか、はたまた両方か。

 レオンハルトは瀕死の状態でありながらももがき続けるハンティをじっと見詰める。

 そんな時だ。

 

「……これで終わりなのか」

 

 ふとこう思う。勿体無いな、と。

 その思いがどこから来たのかは分からない。しかし、それを考えてしまった。決闘を行った後だというのに何を今更とも思う。

 だが、それでも、と思う。こいつをここで殺してしまっていいのか、と。

 レオンハルトは先程の戦いを振り返る。今まで戦ってきた中でもこのハンティ・カラーという存在は極上のものだ。

 瞬間移動とい