遥かな、夢の11Rを見るために (パトラッシュS)
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夢への第一歩 夢の中で

 

 

 これは異世界から受け継いだ輝かしい名前と競走能力を持つ“ウマ娘”が遠い昔から人類と共存してきた世界で活躍するお話。

 

 そんな、彼女達が通うトレセン学園、その門を新たに開こうとする一人のウマ娘がいた。

 

 その名は…。

 

 

「…はぁ…。憂鬱だなぁ…ほんと」

 

 

 アフトクラトラス。

 

 それが、彼女の名前である。ギリシャ語で皇帝という意味だ。

 

 皇帝という名を冠する将来を渇望されている彼女はこのトレセン学園の門を叩こうとしていた。

 

 だが、彼女は顔を引きつらせたままどうしようかと現在、生徒会室の前で右往左往している最中である。

 

 

 黒髪の中に目立つ蒼く目立つパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 

 綺麗にぱっちりとした二重の目に、人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。

 

 

 そう、これが私、アフトクラトラスである。

 

 

 こうなった事の経緯を説明すると、私はいわゆる競馬をこよなく愛する普通の社会人だった。

 

 

 私の好きな馬は古くはテンポイントやトウショウボーイ。キーストン、シンザン、そして、時代を少し行けば、サクラスターオー、ライスシャワー、ナリタブライアン、ミホノブルボン等、挙げれば多分キリがないだろう。

 

 

 もちろん、彼らのレースに足を運んでは馬券を握りしめて鉄火場である競馬場で彼らの勇姿を見届けた。

 

 そうして、いつも、競馬場に足を運んでいた私は競馬でスターホース達に夢を与えられ、そして憧れていた。

 

 瞳を閉じれば、あの名馬達の姿が今でも目に浮かんでくる。夢の11Rをいつも想像していた。

 

 大好きな騎手もたくさん居て、その騎手が、G1をはじめて取り、嬉しさから涙した日には私も何故が自然に涙が溢れ出てきた。

 

 そんな私は、長年働いてきた会社を退職し、ふと、いつも馬券を買っては馬を応援していた競馬場に足を運んだ。

 

 その日の競馬場は賑やかで、どこか、自分がいつも馬券を握りしめて訪れていた、あの日、あの時の情景が目に浮かぶようだった。

 

 

 できるなら、もう一度、彼らに会いたい。

 

 

 競馬で行われているレースを眺めていた私はそう願った。

 

 叶うはずもない願い、取り組んでいた仕事に対しても情熱を注いでこの競馬場で走る馬達のように全力で毎日を私も駆けていた。

 

 そうして、私は静かに競馬場で目を瞑る。

 

 

 そして、次に目を開けたその時にはーーー。

 

 

 私は一人、青空が広がる広い草原の中に立っていた。

 

 気づけば、耳に尻尾も生えていて、歳を取っている筈なのに顔を触れば肌はすべすべしていた。

 

 

 なんと若返っていたのである。

 

 更に付け加えるならば、肝心な下部のところは綺麗さっぱり大事なものがなくなっていた。

 

 

 状況が分からぬまま、私は草原で、記憶がフラッシュバックする感覚に襲われた。

 

 それは、自分は一体何者なのか? そして、この世界はどういった世界なのか?

 

 まるで、記憶が流れ込んでくるような不思議な感覚だった。

 

 それからしばらくして、私はウマ娘としてこの世界で生を新たに受けたことを悟るに至った訳だ。

 

 この世界の私には、義理の母が居て、その母と二人で住んで居たらしい。

 

 義理の母はかなり厳しい性格の人だった。一言でいうならスパルタ母である。言葉の通りだ。

 

 新たに違う世界で生を受けた私はこうして、アフトクラトラスという名を名乗ることになった。

 

 そして、その義理の母からは相当厳しく鍛えられる事になった。もはや、走るのが楽しいとかそういう次元ではないレベルで。

 

 そして、時間は流れ、いい年に成長を遂げた私は現在、トレセン学園の生徒会長室の前に立っているわけである。

 

 

 なんというか、流れが端折っている箇所は多いが大まかな流れはこんな感じだろう。

 

 

 私は基本、面倒くさがりで熱血体育会系というわけでもなく、どちらかといえば、もう仕事もやりきって退職したし、楽がしたいと思っていたところなのだ。

 

 それが、なんということか、スポ根丸出しのこの世界で、目を覚ましたその時から義理の母からは三冠取ってこいだのと尻をしばかれ。

 

 

 ある時は、『お前は欧州で凱旋門取るんだよ! やれ! あと坂路追い込み500回!』など、この人、ターミネーター育てた厩舎のあの人乗り移ったんじゃないの? というくらいスパルタに鍛えられた。

 

 

 義理の母の名前を調べたら遠山試子という名前だった事、そして、義理の母が『私が今、トレセン学園にいるミホノブルボンを育てあげた』と豪語した事から、私はその時点で、あっ…(察し)、となってしまった。

 

 

 そりゃ厳しいわけだよと思わず涙が出てくる。

 

 しかし、気づいた時にはもう、逃げようにも逃げようが無いので私はひたすら超鬼調教をこなす毎日を送る羽目になった。

 

 そのおかげで私の脚の筋力は元コマンドーの大佐くらいの量は間違いなく付いたと確信できる。

 

 そう、絶え間ぬスパルタ特訓のおかげか筋肉モリモリマッチョマンの変態って言われるくらいには鍛えられた訳だ。

 

 私の太ももは見た目は一見して白くてすべすべしてそうだが、中身はギッシリした柔軟性のある筋肉となっている。

 

 私の義理の母曰く、白くモチモチしてるらしい、モチが粘っているみたいとも言っていた。どっかの競走馬かな?

 

 さて、そういうわけで私は生徒会室を訪ねるか否か迷っている真っ最中というわけである。今日が転入初日なので訪ねなければならないのだが…。

 

 ウマ娘としての実感というのが、今にして湧いてきている。

 

 トレセン学園の生徒名簿を見た時は度肝を抜かれた。

 

 まさか、生徒会長がシンボリルドルフで、あのライスシャワーやナリタブライアンが女の子になっていたのだから。

 

 いや、私も今は女の子なんだけれども。

 

 退職するくらいいい年した人間がこんな女の子になるなんて、予想もしていなかった。

 

 そして、その頃の記憶も、もう最近では曖昧になりつつある。

 

 以前の競馬に関する記憶は問題ないが、私のアフトクラトラスになる前の普通の社会人の人間だった時の記憶が時間が経つにつれて消えかかってきているのだ。

 

 これが修正力というものかどうかは定かではないが、あまりいい気分ではない。

 

 

 さて、話を戻そう。そう、問題はルドルフ会長との面会である。

 

 なんと言って訪ねて良いものやら…。

 

 

「…? 君、生徒会室の前で何をやってるんだい?」

「………」

 

 

 はっ…! そうだ! こうなったらバックれて明日、改めて来よう! なんか居そうにないし!

 

 よし、帰ろう、寮にも挨拶しなきゃだし! 明日でいいよ! 明日で!

 

 そう思って、私がその場から立ち去ろうと足を動かしたその時であった。

 

 

「君だよ、君」

「ひゃいっ!? はっ…! い、いつのまに背後に…っ!?」

「さっきから居たんだがな、君かい、転入生っていうのは?」

 

 

 気品あふれる雰囲気を撒き散らし、白い三日月に似た前髪の一部にメッシュが入っている女性が私の肩にポンッと手を置いて居た。

 

 そう、彼女こそ無敗で三冠を達成し、生涯史上初の七冠を制覇した馬の名を冠するウマ娘。

 

 シンボリルドルフ、その人である。

 

 皇帝と呼ばれる彼女からは私の肩越しにあふれんばかりの強者のオーラが滲み出ていた。

 

 

「話は聞いている、ひとまず部屋に入り給え」

「…は、はいっ…! 失礼しま〜す…」

 

 

 そう言って、恐る恐る、生徒会室に招かれる私は席に座らされる。

 

 私はルドルフ会長と対面する形で向かい合う形で座る事になった。

 

 あのルドルフが生徒会長…、なんというか、見た感じに凄い違和感を感じる。

 

 しかし、私は紛れもなく、これはあのシンボリルドルフだと確信が持てた。

 

 それは彼女が身に纏う気品と圧倒的強者であることを感じさせる雰囲気がそうさせている。

 

 

「明日から転入だったな、アフトクラトラス、寮の方にはもう話はしてある。今日からよろしく頼むぞ」

「え、えぇ、はい…」

「…君の話は聞いてはいた。無敗の皇帝だそうじゃないか」

「…誰が言ったんでしょうねぇ〜…?」

 

 

 そう、私が生徒会長室に入りにくかったのはこのあだ名のせいなのだ。

 

 異名というか、アフトクラトラスという名の通り、ギリシャ語で皇帝というこの名前、目の前にいるルドルフ会長が皇帝だというのに同じ異名で被っているのだ。

 

 無敗の皇帝という異名というのは、会長に対しての挑戦状みたいなものである。

 

 ルドルフ会長から煽ってんのかテメーと言われても何にも言い返す言葉がない。

 

 なので、私は現在、ひたすら目を泳がせているわけである。

 

 

「皇帝…か…、君とは一度レースで…」

「いえっ! お気遣いなくっ! 第三者が勝手に付けた名前なんでっ! はいっ!」

「ふっ…そうか、共に皇帝の名を冠する者同士、切磋琢磨できるような関係になれたら良いな」

「ソ…ソウデスカ…」

 

 

 そう言って、私は冷や汗をダラダラと流しながら真っ直ぐにこちらを見てくるルドルフ会長から視線を逸らす。

 

 やっぱり、意識していらっしゃった。それはそうだろうとは思ってはいたけれども、なんだか泣きそう。

 

 なんで、こんなややこしい名前を付けたんだ私の母、せめてハリケーンランかフランケルあたりにしてくれたら被らなかったのに!

 

 すると、ルドルフ会長は真っ直ぐ私を見据えたまま、こんな質問を投げかけ始める。

 

 

「さて、ここで質問なんだが…、君がこの学園に入る目的とはなんだ?」

「えーと…、そうですね…」

 

 

 なんと言ったら良いだろう。

 

 下手な事を言ったら胸ぐら掴まれて頭突きされそうだ。

 

 義理の母から言われて、欧州三冠や日本三冠のダブル三冠を目指しに来ました、なんて、今の私が口にすればレースを舐めるなと言われるのは明白だ。

 

 私はふと、ルドルフ会長の真っ直ぐな視線を逸らしながら、目を泳がせて思案する。この緊張感は新卒の面接以来ではなかろうか?

 

 そして、絞り出した答えが…。

 

 

「セ…セクレタリアトさん…に憧れてですかね…。あんな、強いウマ娘になりたいなって思いまして…」

「!!…セクレタリアト! …そうか、あのベルモントステークスで31身差をつけた伝説的なウマ娘か…。なるほどな」

「は、はいっ!」

 

 

 よし、なんとか誤魔化せた!

 

 あんな化け物じみたウマ娘目指すとか頭沸いてるんじゃ無いか? と心配されるかと思っていたが、意外と好感触で助かった。

 

 あくまで憧れだからね、目指すわけじゃ無いもんね。

 

 目の前にいるルドルフ会長はニコニコと笑みを浮かべると再び話を戻すようにこう話をしはじめる。

 

 

「さて、宿舎の話だな。今日から君には寮に入ってもらう事になるんだが…、三人合同部屋になるが構わないか?」

「へっ…? 三人部屋ですか?」

「そうだ、現在、宿舎の部屋が丁度増築中でな。しばらくは三人部屋になる、すまない」

「い、いえ!? むしろ賑やかで問題ありませんし! はい!」

 

 

 ルドルフ会長はそう言うと申し訳なさそうに私に頭を下げてきたので、私は慌てて、ルドルフ会長に対して左右に首を振り告げた。

 

 まさかの三人部屋か…。

 

 それからしばらくして、私はルドルフ会長が呼んでくれた、黒髪で同じ女の子かな? と疑うくらい凛々しい、一言で言えば宝塚の劇場が似合いそうな、フジキセキ先輩に連れられ部屋に案内された。

 

 道中、色んなウマ娘の視線がやたらとこちらを向いていたのでなんだか歩き辛い。

 

 

「部屋はここだ、今日から君の部屋でもあり、そして、仲間達と一緒に過ごすことになる」

「は、はい…」

 

 

 恐る恐る、部屋を開かれてフジキセキ先輩からそう告げられる私。

 

 その中に居たのは、二人のウマ娘だった。

 

 一人は部屋だというのに薄着で懸垂を行なっており、綺麗でしなやかな身体からポタリポタリと汗が零れ落ち、湯気が立ち上っている長い栗毛の髪色をした少女。

 

 そして、もう一人は小柄で全体的に綺麗な黒髪が映える跳ねっ毛がある少女が椅子に座っていた。

 

 彼女達はピタリと動きを止めると、扉を開いたフジキセキ先輩と私に視線を向けた。

 

 

「紹介しよう、彼女達はミホノブルボン、そして、ライスシャワーだ。今日から君の先輩であり同居人だから仲良くするようにね? ポニーちゃん」

 

 

 フジキセキ先輩に二人を紹介された私はピタリっと動きと思考が止まった。

 

 ミホノブルボンにライスシャワー…だと。

 

 あの、サイボーグと淀の刺客と同居だって聞けば誰だってそうなるだろう。二人共に間違いなく一級の…化け物達だ。

 

 

「貴女が噂の…」

「よ、よろしく…お願いします」

 

 

 それが、ウマ娘となって自分の目の前に立っているのだから、言葉が湧いてこない。

 

 光が窓から差し込み、まるで、光明がかかっているかのように私の前にいる二人は輝いて見えた。

 

 今年、クラシックレースを戦う怪物二人、この二人と同室であるという非現実が私をどうしようもなく胸をざわつかせていたからだ。

 

 

 ーーーこれが、私の運命を大きく変えた二人の先輩との初めての邂逅であった。



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スパルタの風、漆黒の鬼

 

 

 宿舎に案内された私の前には今、二人の怪物が立っている。

 

 一人は淀の刺客と言われ、ヒットマンと名高いライスシャワー先輩。

 

 もう一人は、同じ義理母の元で極限まで鍛え抜かれた筋肉モリモリマッチョウーマンの元コマンドー、ではなく、スパルタの風と名高いあのミホノブルボン先輩だ。

 

 ミホノブルボン先輩は私の顔を二、三秒ほど見つめると納得したかのようにこう話をしはじめた。

 

 

「なるほど、貴女がマスターが言っていた私の妹弟子でしたか、はじめまして、姉弟子のミホノブルボンです、話は義理母から聞いてます」

「あ、はい! えっと! よろしくお願い致します!」

 

 

 そう言って、汗を拭うミホノブルボンの差し出された手を握り返私。

 

 彼女の身体から立ち昇る湯気と圧力、手から伝わってくる握力が改めて、彼女があのミホノブルボンである事を認識させてくるようだった。

 

 私の手を握ったミホノブルボンは無表情のまま、ジーッと私を見つめるとこんな事を言いはじめる。

 

 

「妹弟子よ、私のことは今日からお姉ちゃんと呼んでくれて構いません」

「えぇっ!? いや! なんでそうなるんですか!」

「私は実は一人っ子でして、あの母から鍛えられた貴女なら私のトレーニングにもついてこれるでしょう? だからです」

「そこは一人っ子と私が貴女のトレーニング付いてこれるのは関係あるんですかね?」

 

 

 そう言って、何言ってんだこいつとばかりに首を傾げてくるミホノブルボン先輩に私は顔を引きつらせる。

 

 いや、その理屈はおかしいと思ったのは多分、私だけではない筈だ。

 

 すると、私達のやりとりを見ていた綺麗な黒髪で小柄な身体のライスシャワー先輩はクスクスと笑みを浮かべながら私にこう語りはじめた。

 

 

「フフっ、ブルボンちゃんはストイック過ぎて周りの娘達がトレーニングに付いてこれなかったからね、新しく入ってくることになった貴女を心待ちにしてたから…」

「むっ…、それは聞き捨てなりません、ライスシャワー、貴女は私について来てたでしょう」

「…私は…人より努力してないと自信が無いから…、体格的にも恵まれてるとは言いがたいし…、それに私は嫌われ者だから…」

 

 

 そう言って、ミホノブルボン先輩に対してライスシャワー先輩は自信無さげに苦笑いを浮かべていた。

 

 だが、ライスシャワー先輩の身体を一見すれば、それは私にもわかる。彼女のいうその努力の跡というものが。

 

 義理母から鬼のように鍛えられた私が言うのだから間違いない、その小さな身体には凝縮された無駄のない筋力が備わって…。

 

 …っていかんいかんぞ! 義理母と姉弟子のせいで頭の中まで筋肉になりかけてるじゃないか!

 

 私は勢いよく左右に首を振り、ライスシャワー先輩の小さな手を勢いよく握った。

 

 

「そんな事はありません! ライスシャワー先輩が嫌いだなんて! 少なくとも私は大好きです!」

 

 

 これは、私の本心だ。

 

 私は知っている。彼女の名を持つ馬が私にどれだけ生きる力をくれたのか、そして、道を示してくれたのかを。

 

 その小さな身体に宿る熱い闘志を私は知っているからこそ、自己嫌悪なライスシャワーの言葉は辛かった。

 

 すると、ライスシャワー先輩はニコリと柔らかく微笑むと、私の握りしめた手にそっと左手を添えてこう告げはじめた。

 

 

「ふふ、ありがとう…アフトクラトラス」

「共に小柄な身体同士、頑張りましょう!先輩! 相撲も体格じゃ無いですから! ね!」

「…相撲とレースを比べられるとちょっと困るかな」

 

 

 私の力説に苦笑いを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 確かに、相撲とレースはまた違ってはいるが、体格差じゃないというところではきっと一緒の筈だ。多分。

 

 それに嫌われ者と言ってはいたが、私は大好きである。それはもう、ライスシャワー先輩の姿を見てると尚更、面影があるのでそう感じていた。

 

 打ち解けてきた私はライスシャワー先輩に笑みを浮かべたまま、こう告げる。

 

 

「私のことは気軽にアフちゃんとでも呼んでください、ライスシャワー先輩」

「アフちゃん…ですね、わかりました、それじゃよろしくね…、アフちゃん」

 

 

 そう言って、快く呼び名を承諾してくれたライスシャワー先輩。小さい身体から魅せられる様な笑みがキュンと胸を突く様だった。

 

 きっと、私の名前、無駄に長くて呼びにくいだろうし、そちらの方が親しみやすい。うん、我ながらいいセンスだ。捻りがイマイチだけれども。

 

 とはいえ、今日からお世話になる二人とこうして何事もなく打ち解けられるのは本当に嬉しい限りだ。

 

 これからの寮生活が実に充実した楽しみなものになるだろうと少しだけ期待感が膨らんでしまう。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は腕を軽く回し始めるとこう話しをしはじめた。

 

 

「さて、では妹弟子よ。来て早々なのですが、これから坂路700本追い込みを行います。早く準備しなさい」

「…はっ?」

 

 

 そのミホノブルボン先輩の言葉を聞いて、これからの学園生活に希望を抱いていた私は硬直してしまった。

 

 まだ、宿舎の部屋に入って、会話して、だいたい30分程度くらいしか経っていない。だが、ミホノブルボン先輩は何をやってるんだ早く来いと言わんばかりに期待に満ち溢れた眼差しを私に向けてくる。

 

 おい、その目を止めろ! 見るんじゃあない! この間まで義理母から何千本も坂路を走らされたんだよ! 私っ!

 

 すると、ミホノブルボンの話を聞いていたライスシャワー先輩は首を傾げて、それに対してこう告げはじめた。

 

 

「え…っ? 今から、700本坂路を走るの?」

「えぇ、そうです」

 

 

 何事も無いように、これがごく当たり前に告げてくるミホノブルボン先輩。

 

 当たり前じゃないよ、それは明らかに坂路の本数が多すぎるよ。どうなってんの! この人の思考!

 

 良いぞ! ライスシャワー先輩! もっと言ってあげてください!

 

 新入生も初めての学園生活で緊張してるので今日はやめておきましょう的な! そんなアクションを起こしてくれれば、多分この人も引き下がってくれる筈です!

 

 やっぱり、ライスシャワー先輩は強くて頼りになる先輩だなぁ…。

 

 

「切りが悪いので、休憩を挟んで1000本にしましょうか、そちらの方が効率が良いです」

「あっばばばばばばば!」

 

 

 と、思っていた時期が私にもありました。

 

 なんでじゃ! 増えとるやないかい! 三百本も増えとるやないかい!

 

 休憩を挟めば増やせばいいってもんじゃないよ! いや、休憩無しで700本走る方が確かにキツイけれども! そういう問題じゃないよ!

 

 思わず、私はライスシャワー先輩からの信じられない追い討ちを聞いて目が白目になってしまう。

 

 そうだった、この人もこう見えて大概、ストイックでしたね…。ははは…、もう笑うしか無かろうて。

 

 

「ほう、名案ですね、確かに休憩を挟めば効率的に身体に負担も分散出来ますし、流石です、ライスシャワー」

「そうですか、それなら良かったです♪」

 

 

 満面の笑みを浮かべて納得したように頷くミホノブルボン先輩に喜びを露わにするライスシャワー先輩。

 

 なるほど、これが、『はじめまして♪死ぬが良い』ですか、納得しました。まさか、身をもって思い知る事になるとは思わなんだ。

 

 義理母のスパルタの教えが、ここまで根深いとは…。

 

 すると、ミホノブルボン先輩はまっすぐに私の目を見据えるとゆっくりと話をしはじめた

 

 

「貴女は朝日杯があるでしょう。さらに、その前には東京スポーツ杯が控えています、その前にはデビュー戦にOP戦に勝たねばなりません」

「は…はい、そうですね」

「私達も春には皐月賞があり、その前哨戦のスプリングステークスがあります」

「つまり…」

「妥協をしてる暇は無いって事です♪」

 

 

 こうしてミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の一言に休みを欲していた私の思いは一気に霧散させられてしまった。

 

 いや、確かにわかる。だが、出会って話して30分程度で転入生に坂路1000本走らせるこの先輩達は一体なんなんだろうか。

 

 有無を言わせず、ジャージを装着した私は二人に引き摺られるがまま、トレセン学園の坂路コースに引っ張り出される事になった。

 

 なぜ、こうなってしまったのか…、ホロリと思わず涙が溢れ出そう。

 

 

 さて、それでは場面は移り変わり、私が二人に引き摺られ連れてこられたのは、トレセン学園内にある急な坂路コース。

 

 

 学園にある彼女達が使う坂路は急な作りになっており、別名、サイボーグ専用坂路と呼ばれている。

 

 その名の通り、中山の坂を更に急にしたものを用意しており、だいたい、その距離は1,085mほど。

 

 これをひたすら登りまくり足腰を鍛え続ける作業。

 

 更にそのあとは鬼のようなトレーニングメニューがびっしりと詰まっているというのが学園内での彼女達の日課だそうだ。

 

 

 普通に考えて死んでしまうわ! 頭おかしいと思います(白目)。

 

 

 と思うでしょう? しかし、ご安心ください、私はトレセン学園に入る前にはおんなじようなトレーニングを義理母からさせられていたのである程度、免疫がついてました。

 

 つまり、私も頭がおかしいって事なんでしょうね、ケツが四つに割れる日もそう遠く無い気が…、あ、もう四つだったかな?

 

 そして、坂路コースを前にした私はライスシャワー先輩にトレーニングに入る前にある人物を紹介してもらった。

 

 

「あ、アフちゃん、この方が私の坂路のトレーナーでマトさんって言うの」

「よろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 

 学園特別トレーナーのマトさん。

 

 なんでも、ライスシャワー先輩の坂路の指導を引き受けてるベテランのトレーニングトレーナーだとか。

 

 マトさんか…、なるほどなと納得してしまった。何がとは言わないが、ライスシャワー先輩の鬼トレーニングの影にこの人ありと言われてもなんだか納得してしまいそうだ。

 

 そういうわけで、私はライスシャワー先輩、ミホノブルボン先輩と共に転入して1日目にして地獄を味わう事となった。

 

 

 トレセン学園のウマ娘はイチャイチャしてる百合ワールド満載だと思っていたそこの貴方。

 

 

 他はそうかもしれないが、私の泊まることになった宿舎はフルメタルジャケットかプライベート・ライアンみたいな軍隊式ですのであしからず。

 

 

「走れ! ノロマども! まだ坂路メニューの半分も終わってませんよ!」

「イエスッマムッ!!」

「もうバテましたかっ! よーし! それならあと百本追加してやろう! どうだ! 嬉しいですか!」

「最高です! ありがとうございます!」

 

 

 何故かノリノリで私と併走しながら追い込んでくるミホノブルボン先輩。それに応えながら坂を駆け上がる私とライスシャワー先輩。

 

 義理母がだいたいこんな感じだったので、それを真似ているのはよくわかる。

 

 しかしながら三人で併走しながら全力で声を上げて坂を駆け上がるので私の身体全体が悲鳴を上げていた。

 

 これは、確かにほかの娘が同じ部屋になったのなら、『部屋を変えてください…(震え声』となってもなんら不思議でも無いだろう。

 

 というか、私も若干、そんな気もしないわけでは無い、だが、ついていけているあたり、私もこちら側のウマ娘なんだろなと自己完結してしまった。

 

 

 ライスシャワー先輩にはマトさんから更に檄が飛び、そのトレーニングの迫力は相当なものだった。

 

 

 背中から滲み出るような青と黒が混じり合ったオーラは多分、幻ではなく現実である。思わず、私もその光景を目の当たりにして『ヒェッ!』と悲鳴を上げてしまう始末。

 

 そして、坂路の鬼ことサイボーグ、姉弟子、ミホノブルボン先輩もまた凄まじい追い込みで坂を信じられない速さで駆け上がっていくものだから度肝を抜かされる。

 

 

 私は正直言って、現状、この二人に全く勝てるビジョンが持てなかった。

 

 

 あれだけ、義理母の元でスパルタトレーニングを積んできたと思っていたのに、どうやら井の中の蛙だったらしい。

 

 でも、同時にこうも思った。

 

 この二人と一緒にレースを駆けたいと、隣で走りたいとそう思った。

 

 なら、負けてられない!

 

 私は、悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、彼女達の走りに食らいつくようにサイボーグ専用坂路を駆け上がるのだった。

 

 

 ちなみに気がつけば、坂路1000本の間に挟むはずだった休憩がどっかに消滅してしまったのは余談である。

 

 



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シンザンを超えろ

 

 

『シンザンを超えろ!』

 

 日本で走るウマ娘なら誰しもが一度は聞いたことがある格言だ。

 

 ジャパンCが日本で始まり、海外ウマ娘に日本のウマ娘達がことごとく蹂躙され、日本のウマ娘達はその圧倒的な実力差に打ちひしがれた。

 

 長らく、伝説の三冠ウマ娘、シンザンを超えるウマ娘が出てきてこなかったのである。

 

 だが、その歴史を一気に覆すウマ娘が彗星のごとく現れた。

 

 ある者はそのウマ娘の誇る圧倒的な強さに見惚れ、また、ある者は類稀なるその強さに敬意を払った。

 

  その名を持つウマ娘は後に人々からこう呼ばれた。

 

 

『永遠なる皇帝』と。

 

 

 一度は同じ日本のウマ娘であるカツラギエースに敗北し、苦汁を飲まされたその皇帝は満を持して、二度目のジャパンカップに挑んだ。

 

 G1七冠、たった三度の敗北を語りたくなるそんなウマ娘。

 

 

 あの日、確かに日本は世界に届いていたのだ。

 

 

 そして、そんな『永遠なる皇帝』シンボリルドルフ会長がものすごい怖い顔をして、現在、私達の顔を見下ろしていた。

 

 彼女は光る眼光をこちらに向けたまま、私の隣に正座させられているミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩を含めてこう説教をしはじめた。

 

 

「お前達…、ウマ娘の資本はなんだ? 言ってみろ」

「筋肉です」

「この大馬鹿者! 無事之名馬だろうが! 身体だ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 

 御冠のシンボリルドルフ会長に即答する我らが頭の中が筋肉モリモリマッチョウーマンのミホノブルボン先輩。

 

 だが、それは火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていたわけで、ライスシャワー先輩が代わりに申し訳なさそうに頭を下げている姿を見て私は顔をひきつらせるしかなかった。

 

 だが、ミホノブルボン先輩はまっすぐにルドルフ会長を見据えたまま、相変わらず無表情である。

 

 そりゃ、生徒会長っていう立場なら生徒の身の安全にも気をかけるし、そうなるよと私は口に出して言いたい。

 

 あんなとんでもメニューをしょっちゅうこなしているなんて知れたらこうなることは明白であった。

 

 しかし、ミホノブルボン先輩はゆっくりとその場から立ち上がると、ルドルフ会長をまっすぐに見据えこう語りはじめる。

 

 

「会長、越えるべき壁が目の前にあるなら、私がすべき事は圧倒的な努力しかありません、それは、ここにいる二人も一緒です」

「…なんだと?」

 

 

 そう淡々とルドルフ会長に告げるミホノブルボン先輩。だが、その目はいつになく本気と書いてマジの目であった。

 

 日本のウマ娘達を引っ張ってきたウマ娘、シンザン。

 

 そのウマ娘を超えるウマ娘が現れた現在、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩、そして、私の越えるべき壁はもうシンザンではない。

 

 ミホノブルボン先輩のルドルフ会長を見据える目はそう物語っていた。

 

 ミホノブルボン先輩の引かないその姿勢を横目で当たりにしていた褐色で綺麗な長い髪をした姉御肌のヒシアマゾン先輩、そして、黒髪短髪の美人で大人びた綺麗なお姉さんであるエアグルーヴ先輩の顔が真っ青になっていくのが私にもよくわかる。

 

 いや、普通はそう思うだろう。私だって二人と同じ立場ならきっとおんなじように顔が真っ青になっていたに違いない。

 

 だが、一方でルドルフ会長に対峙するミホノブルボン先輩の目には静かな闘志が燃え盛っている。

 

 すると、ルドルフ会長は深いため息を吐くと頭を抱え左右に首を振る。それは、彼女がミホノブルボン先輩の性格をよく知ってるゆえの行動だった。

 

 いや、ルドルフ会長、そこは間違ってないです。そこは折れないでください、私のために!

 

 ルドルフ会長はまっすぐミホノブルボン先輩を見据えたまま、こう話しをしはじめた。

 

 

「お前の気持ちはわかった。だが、転入して間もないアフトクラトラスを貴様達のハードトレーニングに付き合わせるのは考えて欲しいのだがな、以前もそのトレーニングに巻き込まれた新入生のウマ娘が涙目で訴え出てきた前例がある」

「はい、その件に関しては私のミスでした。申し訳ありません、会長。ですが、今回入ってきたこの娘なら大丈夫です」

「…はっ?」

「ん? なんだと?」

 

 

 そう言って、ミホノブルボン先輩の言葉に首を傾げるシンボリルドルフ会長。話しを聞いていた私はというと呆気にとられていた。

 

 いや、なんだと? じゃないよ、会長なんかちょっと面白そうな事聞いた、みたいな顔してんじゃないよ!

 

 違うから! 私もその娘と同じ心情だから!

 

 鬼! 悪魔! ちひろ!

 

 ちひろって誰だ! 今、なんか変な電波飛んできたぞ! おい!

 

 そんな私の心情なぞ知らんとばかりにルドルフ会長に対し、ミホノブルボン先輩は確信を持った表情を浮かべてこう告げはじめた。

 

 

「何故なら、この娘は私の妹弟子、そう、出身は遠山厩舎ですので

「そうだったのか、それなら大丈夫だな」

「いやっ! その理屈はおかしいでしょう! 会長!」

 

 

 何故か、妙に納得したようにポンッと手を叩いて頷くルドルフ会長に私は盛大に突っ込みを入れる。

 

 だが、ルドルフ会長とミホノブルボン先輩は互いに顔を見合って、こいつ何言ってんだ? とばかりに首を傾げていた。

 

 そう、遠山厩舎出身のウマ娘はこの学園では頭がおかしいまでにトレーニングをしていることで有名なのである。

 

 その代表がミホノブルボン先輩をはじめ、

 

 フジヤマケンザン先輩、ワカオライデン先輩、レガシーワールド先輩等。

 

 叩き上げで鍛えに鍛え上げられたウマ娘達がずらりと並んでいる。

 

 その中でも、私、アフトクラトラスとこの目の前にいる頭の中が筋肉とトレーニングと訓練で構成されたミホノブルボン先輩は遠山厩舎の集大成だと言われているのだ。

 

 ちなみに、ライスシャワー先輩は違う厩舎出身のウマ娘なのだが、彼女もまたストイックであり、同期となったミホノブルボン先輩の影響を受けてトレーニングの鬼に進化してしまわれていた。

 

 義理母の影響力、恐るべしである。

 

 とはいえ、この光景を見ているヒシアマゾン先輩は私の気も知らず、笑いを堪えきれずにゲラゲラと笑い転げていた。

 

 笑い事じゃないんですよ、耳引っ張ってお尻ペンペンするぞ! こら!

 

 二人の話に割って入った私だが、ルドルフ会長は優しい眼差しをこちらに向けてこちらの肩をポンッと叩いてきた。

 

 

「そうだな…、私もかつてはシンザン先輩を越えるため、世界の強豪達を蹴散らす為に特別トレーナーのオカさんと死にものぐるいで足に身体を鍛えに鍛えあげた…」

「えぇ…、はい、そ、そうですか」

「それは現在でも続けてはいるが、君達にとってのシンザン先輩はこの私だったんだな…。納得がいったよ」

 

 

 私が言いたかった何かを悟ったかのように語りはじめるルドルフ会長。

 

 全然ちげーよ、何一つあってないよ! 私が貴女に言いたいことはそんな事じゃないんですよ! 伝えたい事何一つ伝わってないじゃないですか! やだー!

 

 エアグルーヴ先輩、可哀想な娘を見つめるような眼差しはやめてください、そして、私が助けて欲しいとばかりに視線を向けたら何故、目を背けるのですか!

 

 ミホノブルボン先輩はそんなルドルフ会長の言葉に感銘を受けたのか、力強く頷くと、こう語りはじめる。

 

 

「無敗の三冠ウマ娘、そして、七冠の称号というのは私達にとっては血の滲むような努力が必要です。 ましてや、天才の上に努力をされてるルドルフ会長のようなウマ娘を倒すならば尚更です」

「確かにな…」

「この娘が強くなれるなら、私は鬼でも何にでもなります。それが、姉弟子である私の使命だと思ってますので」

 

 

 そう言って、私の肩をガッシリと掴むミホノブルボン先輩。まるで、私が逃げないようにしっかりと抑えこんでいるようだ。

 

 鬼どころかサイボーグもおまけに付いてくるけどね、気のせいが私の肩が貴女の握力でギリギリ言ってませんかね?

 

 ルドルフ会長はそのミホノブルボン先輩の言葉に笑みを浮かべると、ゆっくりとこう語りはじめる。

 

 

「わかった、そこまで言うならもう何も言うまい、二人にこの娘を任せよう」

「…えっ…!?」

 

 

 私は思わず、ルドルフ会長のその言葉に嘘だろお前! っと突っ込んでしまいそうになった。

 

 あのトレーニングを見たでしょう! 坂路1,000本を休憩挟まずやるような人達なんですよ! レース前にガリガリの力石みたいになってしまうわ!

 

 その会長の言葉を聞いて、ライスシャワー先輩はホッと胸を撫で下ろしているようであった。

 

 いや、ホッとするような事よか、私的にはこれから胸がキリキリしそうなのですが、そこんところは全く考えていないのですね。

 

 私の目には既にハイライトが消えていた。

 

 そう、私はこれから、遠山厩舎式、サイボーグミホノブルボン監修の地獄メニューを毎日こなさなければならない事が決定してしまったのだ。

 

 誰だよ、楽しい学園生活が貴女を待ってますよって言ってたの。

 

 たづなさんに今の私の状況を見せてあげたいわ、これから毎日、一緒にトレーニングしましょうよ、たづなさん。

 

 …あ、そうだ。

 

 私はここで、名案を思いついた。そう、今、ここでだ。それは、私に対しての悪魔のささやきである。

 

 そう、ターゲットは会長室にいる、私を見捨てたエアグルーヴ先輩と死んだような私の顔を見て笑い転げていたヒシアマゾン先輩の二人である。

 

 ミホノブルボン先輩に肩を掴まれてる私はにこやかな笑顔を浮かべてルドルフ会長にこう進言しはじめた。

 

 

「あのぉ、ルドルフ会長、できればぁ、私と姉弟子の特訓にぃ、エアグルーヴ先輩とぉ、ヒシアマゾン先輩もぉ参加して欲しいなって思いましてぇ」

「……はっ…!?」

「あっ…!? ちょっ…! 待てお前っ!」

「ほほう、何故だ?」

 

 

 慌てたように私の提案に対して顔を真っ青にしはじめる二人。ルドルフ会長は私のその話に対して興味深そうに聞き返してきた。

 

 ふはははは! 掛かったな! 私を助けなかったからだぞ! もう逃げられまい! あの地獄にお前達も道連れじゃ! ひゃっはー!

 

 ヤケになると、どうにでも良くなるものだ。

 

 なんだろう、もうこうなったらなんでもやってやる! もう何も怖くない!

 

 私はルドルフ会長に何故二人を指名したのかその理由をゆっくりと語り始めた。

 

 

「やはり、実績や実戦経験のあるお二人が居た方がモチベーションも上がりますし、走り方や坂の効率的な登り方も学べるんじゃないかと思いまして」

「なるほど、一理あるな」

「できれば私的にはフジキセキ先輩の走りも見てみたかったんですが…、流石に本人が居ない前でそういう事は話は進めれませんので」

 

 

 ルドルフ会長は私の話を聞いて静かに何度も頷き、思案している様子であった。

 

 一方で、ヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩は顔を真っ青にしたまま、互いに顔を引きつらせていた。

 

 巻き込まれないと思っていたのか? 甘いぞ二人とも。

 

 私は計画通りとばかりにニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 実際には勝ちも何もない、私自身もコールド負けの状況である。でも、確かにルドルフ会長に話した事は割と私の本心であるのは間違ってはいない。

 

 実績や実戦のレースで経験のあるウマ娘から学べる事は多いはず、ミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も一応、レースには出ているが、まだ、生徒会の二人やルドルフ会長の実績には及ばない部分もある。

 

 しばらくして、ルドルフ会長は思案した結果、結論を私に述べはじめた。

 

 

「良いだろう、チームリギルとしても良い強化トレーニングになり得るだろうしな、トレーナーであるオハナさんには私から進言しておく」

「…あ、あのー、会長、私らの意見は…」

「きっと私達のトレーナーであるオハナさんも賛成してくれるだろう、あの人も熱心なトレーナーだからな」

「……これはもう、避けられないのか…」

 

 

 ルドルフ会長の言葉に絶望したように項垂れるエアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩の二人。

 

 大丈夫です、死なない程度に身体がボロボロになるだけなので、体重も物凄く減りますし、ダイエットにはもってこいですよ! 二人とも!

 

 とはいえ、これから二人が参加するとなるとミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩に火が付かないかが心配なところ。

 

 下手したら今までのトレーニングより、相当な量をこなさなければならなくなるんじゃないだろうか?

 

 あれ? 図らずも私ってもしかして、自分で自分の首を絞めちゃってる?

 

 ひとまず、私は慌てて、何やら二人で話し込んでいるライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩の二人に視線を向けた。

 

 その二人の会話の内容は…。

 

 

「なら、坂路のコースメニューは現在の二倍が良いでしょうね」

「筋力強化トレーニングや追い込みに関してももうちょっと増やさなきゃね…」

「ですね、せっかくなのでマスターに連絡をとっておきましょう。きっと良いトレーニングメニューを指南してくださるはずです」

 

 

 そう、言って二人で何やら物騒な打ち合わせをしていた。聞こえてんぞ、おい、二倍に増やすんですか? あの量を!?

 

 この二人はほんとに大概である。だが、もしかすると、リギルのトレーナーであるオハナさんがヒシアマゾン先輩やエアグルーヴ先輩の様子を見に来てくれるでしょうから、無茶なトレーニングにはならないとは思う。

 

 流石にレース前にトレーニングのしすぎで、肝心のウマ娘がぶっ壊れましたは洒落になっていない。

 

 それにしても、チームか…。

 

 私はここで、チームについて思い出していた。そういえば、各ウマ娘はチームに所属している。

 

 ルドルフ会長やエアグルーヴ先輩、そして、ヒシアマゾン先輩はチームリギルという団体に所属しているウマ娘だ。

 

 特別トレーニング講師とは別に、そこには、所属するウマ娘全体の監督を行うチームトレーナーという人物がいる。

 

 ルドルフ会長が言っていたオハナさんというのが、おそらく、彼女達のチームトレーナーなのだろう。

 

 ふむ、私もどこかのチームに入らなくてはならないのかなぁ、どこがいいだろうか?

 

 生徒会室からひとまず退出した私とミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の三人。

 

 その後、姉弟子のミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩と共に地獄の坂路2000本追い込みを淡々とこなしながら、そんな事を呑気に考えるのであった。



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デビュー戦

 

 

 幾多の壮絶な坂路を越えて、いよいよ、私のデビュー戦の日を迎えた。

 

 身体に染み付いた坂路、そして、過酷な筋力トレーニングにつぐ筋力トレーニング。

 

 さらに加えて、遠山式の鬼の追い込みトレーニングをこなした私の身体は更に磨きがかかっていた。

 

 そして、パドックのステージに立った私は鍛え抜いた身体を皆に披露する。

 

 見世物みたいになるのは不本意だが、ウマ娘として、鍛え抜かれた身体を見たがるファンもいるのでそこは致し方ない。

 

 

「3枠3番、アフトクラトラス」

 

 

 アナウンスが流れ、それと同時に入場をはじめる私。

 

 見よ、民衆よ。私がしごきにしごかれて身体をいじめにいじめ抜いたこの身体を!

 

 多分、こなした坂路の数はここのレースに出てるどのウマ娘よりもこなしたと思う(震え声。

 

 すると、私の身体を見ていた観客からはこんな声がちらほらと上がり始めた。

 

 

「…おいおい、マジかよ…」

「一見スラっとしててグラマラスだと思ってたけど凄い身体ね…」

「あれヤベーって…、凄い引き締まってるし」

 

 

 まさかのドン引きである。

 

 大丈夫ですよ、私の太もも試しに触ってみてくださいモチモチしてますから。

 

 胸もぷよぷよしててかなり柔らかいですよ、胸は触ったら坂路で鍛えまくった時速160kmくらいの速さの豪脚で蹴り上げますけどね。

 

 どうやら、ウマ娘の場合は筋力を鍛えまくっても柔らかな柔軟性のある筋肉になるらしい。

 

 本来なら、多分、腹筋がバキバキに割れていて足の筋肉とか腕の筋肉とかボディビルダー並みにバッキバキになっていてもおかしくないトレーニング量を私はこなしてきた筈。

 

 そうなっていないのはウマ娘が普通の人間とは身体の構造が異なっているからだろう。

 

 その後、パドックを無事終えた私は誘導員さんと共にレース場にあるゲートへと向かう。

 

 早速、ゲートインをしはじめる私は拳と首の骨をバキバキと鳴らしながら中へと入っていく。

 

 隣で見ていたウマ娘達がやたらと血の気が引いて、怖がっているみたいだが、きっと気のせいだろう。

 

 はじめてのレースだし、気を楽にしてやるか。

 

 位置について! の号令とともに走る構えを取りはじめる周りのウマ娘達。

 

 私もそれとともにゆっくりと姿勢を低くして、クラウチングスタートの構えを取る。

 

 すると、観客席からは驚いたような声が次々と上がってきた。

 

 あれ? いや、陸上なら普通クラウチングスタートの構えを取るんじゃないのか?

 

 周りのウマ娘もゲート内で私が取る構えに目を丸くしていた。そして、いよいよ、発走の号令が掛かる。

 

 

「ヨーイ…! ドンッ!」

 

 

 その瞬間、目の前のゲートが私の目の前で勢いよくパンッ! と開いた。

 

 デビュー戦の距離は1600m、この距離ならスタートダッシュを決めて早めに先頭を取りいくのが吉だ。

 

 ウマ娘の中には関係なく、一気に後ろからぶっこ抜く豪脚のウマ娘もいるが、私はセオリー通りに今回は先頭を取りに行く!

 

 ゲートが開いたと同時に低い姿勢のまま一気に駆け出す私、すると、一気に先頭に踊り出ることになった。

 

 よし、先頭は取れた、あとは後ろとの身差を考えながらペースを上げていこう。

 

 そう考えた私は、まず、スピードを上げて後続との差を開きにかかる。

 

 

「なんだ! あのスタート!」

「とんでもねぇ飛び出し方だな! おい!」

 

 

 私は、後ろを振り返らないまま、ぐんぐんと足の回転速度を上げて行く。そして、最終的に後ろに手をやり最大限にまで空気抵抗を無くした。

 

 もうそろそろかと、後ろをチラリと見るが後ろからは誰もついてきていなかった。残りの表記は既に400mを切っているというのにだ。

 

 まだまだ、私の足には余力が全然有り余っていた。多分、これでも力の三分の一を出し切っているのかどうかも怪しい。

 

 

「あぁもう、あんまし目立ちたくないのに…」

 

 

 そう言ったところで仕方がない。

 

 本来ならデビュー戦で接戦勝利! くらいで済ませようと思っていたのだが、これでは、目立って仕方ないではないか。

 

 これには解説席に座っていた長年、ウマ娘の実況を行っているベテランのアナウンサー、蒼志摩さんも興奮気味の実況をせざる得なかった。

 

 マイクを握りしめたアナウンサーはぐんぐんと後続を引き離すアフトクラトラスに驚愕の声を上げる。

 

 

「残り400m! アフトクラトラスの一人旅! 強い! 強い! 強い! その差! 15身差はあるでしょうかっ! なんだこの強さはぁ!」

 

 

 後続との差は気がつけば、15身差も差をつけてしまっていた。

 

 そして、更にそこから加速した私は、何事もなかったかのように涼しい顔でゴールまで一直線。

 

 私が凄まじい速さを保ったままゴールを決めたその時、会場からは大歓声が湧き上がった。

 

 

「今、ゴールっ!堂々誕生ッ! 爆速暴君ッ! デビュー戦1戦目にしてレコードを叩き出した超新星が現れました! このウマ娘は強いッ!」

 

 

 思わず、そのレースぶりにアナウンサーの声にも力が入る。それほどまでに衝撃的なデビュー戦であった。

 

 15身差での堂々ゴール、更にまだ余力を持て余してのゴールだった事もあり、私に対する周りの評価は相当なうなぎ登りであった。

 

 やめて! そんな事ないから! 持ち上げないで! 大した事ないから! あの頭のおかしい先輩達に一蹴されちゃうくらいのレベルだからぁ!

 

 そう内心で思いながら、私は顔を真っ赤にしたまま、拍手を送ってくれるファンの皆さんにプルプルと震えながらお辞儀をする。

 

 こんなはずではなかったのだ。そう、期待というのは時に残酷である。

 

 期待をされればされるほどに、その日夜行われるであろうトレーニングが過酷さを増す事を私は知っていた。

 

 確かにデビュー戦で圧勝したのは嬉しい、嬉しいのだが、勝ちでよかったのである。わざわざ圧勝する必要性はなかったのだ。

 

 すると、そんな私に追い討ちをかけるかのようにアナウンスの声が響き渡る。

 

 

「皆さま、この後、アフトクラトラスのウイニングライブがございますので心ゆくまでお楽しみください、今日はご観戦ありがとうございました」

「………はっ?」

 

 

 私はそれを聞いて固まってしまった。

 

 ウイニングライブ、なんだそりゃと。

 

 それはそうだろう、今の今までやってきた事と言えば、地獄の坂路に地獄の筋力トレーニングに軍隊式の鬼追い込みばかりだ。

 

 そんな私にマイクを握って歌えだと? それは生き恥を晒せということか?

 

 いや、待て、まだ手はある、そうだ! この手なら間違いなくいける!…はず。

 

 ひとまず、ウイニングライブについての悪巧みを考えついた私はこの方法でいくことにした。

 

 

 

 そして、不安要素をいろいろと抱えたまま、迎えたウイニングライブ。

 

 私は和服に拳をきかせながら堂々としてセンターに立っていた。

 

 背後からはかなり渋いBGMが流れはじめる。

 

 

「では聞いてください、アフトクラトラスで『坂越え雪景色』」

 

 

 そして、私の渋い拳を効かせた声が会場に響き渡る。そう、私がウイニングライブを乗り切るため打ち出した策はなんと演歌である。

 

 一時期、歌をアフさん祭りにしようかとも思ったが、これは会長に怒られそうな気がしたのでやめておいた。

 

 演歌ならば、歌って踊るなんて事はしなくてもいいので関係ない、おじいちゃんおばあちゃんまで及ぶ優しい配慮、我ながら良いアイディアかと思う。

 

 

「幾千〜の坂を〜登りぃ〜♪見えてきたのは雪景色ィ〜♪」

 

 

 ちなみにこの曲、作詞、作曲は私である。

 

 以前、一回CDにしてみたのが残っていたのでそれを渡しておいた。

 

 うまぴょい伝説だと? あんなの歌えるかッ! どこまで行っても逃げてやるッ!

 

 うまぴょい伝説から逃げるなってミホノブルボン先輩から捕まるのまでがテンプレなんでしょうけどね、多分。

 

 どうやっても逃れられないうまぴょい伝説、誰か助けてください! なんでもしますから!

 

 そういうわけで、演歌を無事に拳をきかせながら演歌を歌い切る私。

 

 アフトクラトラスってギリシャの語で皇帝って意味なのになんで演歌歌ってんの? 馬鹿なの? っと思われても致し方ないが背に腹はかえられぬ。

 

 演歌を歌い終えた私は深々とお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。

 

 すると、ここで、会場にアナウンスが流れ始めた。

 

 

「皆さま前座のご鑑賞、誠にありがとうございます。それでは、これよりウイニングライブを始めたいと思います!」

「…えっ…!?」

 

 

 結局、私は努力虚しく、その後、ウイニングライブという名のついた生き恥を晒す公開処刑を受けることになってしまった。

 

 しかも、歌わされたのはうまぴょい伝説である。

 

 やはり、どう頑張ってもうまぴょい伝説からは逃げられなかったよ。

 

 こんな時、キタサンブラックさんが居てくれたらッ! キタサンブラックさんッ! なんで居なかったんですかッ!

 

 そういった形で、私のデビュー戦という名の公開処刑は幕を閉じた。

 

 

 とでも言うと思いましたか? 甘い甘すぎる。

 

 世の中そんなに甘くないのですよ、そう、このトレセン学園なら尚更ね!

 

 レースとウイニングライブが終わりクタクタになった私は寮へと帰ろうとしていた時であった。

 

 選手のレース入場口に誰か待機している模様、あれ? 見慣れたことがある綺麗な長い栗毛の髪だぞー誰かなぁ?

 

 私はその姿を見た途端にすぐさま身の危険を感じ、踵を返した。

 

 そして、その場から逃走を試みるも…。

 

 

「どこに行こうというのですか? 妹弟子よ」

 

 

 縮地したのかという凄まじい速さで間合いを詰めてきた鋭く光る眼光を放つミホノブルボン先輩に捕らえられてしまった。

 

 なんだこの人、あの距離からどうやって詰めてきたんだほんとに!?

 

 相変わらずの怪物っぷりに私も恐怖で身体が硬直してしまった。

 

 すると、ミホノブルボン先輩はそんな恐怖で硬直してしまった私の身体を包むように優しく抱きしめてきた。

 

 このいきなりの出来事に私も思わずビクンッと反射的に身体が動く。

 

 あんなに日頃からしごきにしごきまくり、鬼にしか見えなかったミホノブルボン先輩がこんな風な行動に出るとは思いもよらなかったからだ。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は優しい声で私にこう話しをしはじめた。

 

 

「デビュー戦勝利、おめでとうございます。しっかりと見てましたよ。ウイニングライブはアレでしたが…、よく、頑張りましたね」

「えっ…?」

「…貴女が頑張った結果がしっかり出せた素晴らしいレースだったと思います。ライスシャワーも自分の事のように喜んでましたよ」

 

 

 そう言いながら、後ろから私の小さな身体を抱きしめて、何度も頭を撫でつつ、笑みを浮かべながらミホノブルボン先輩はそう言ってきた。

 

 

『ウマ娘は走るために生まれてきた。鍛えて強くせねば夢も見ることすらできない』

 

 

 義理母はよく、私にこう話しをしてくれていた。

 

 ミホノブルボン先輩もそうなのだ、坂路を追い込ませ、辛いトレーニングを課し、身体を鍛え抜いていかなければ他の才能あるウマ娘達に勝てない事を知っている。

 

 だからこそ、私に対しても夢を見ることさえできなくなってしまわないように義理母の代わりに鬼となって自分の過酷なトレーニングに付き合わせているのだ。

 

 新入生のウマ娘にはそれは常軌を逸した到底ついていけないもの、だが、それはミホノブルボン先輩の優しさでもあったのだ。

 

 優しく後ろから私を撫でながら褒めてくれるミホノブルボン先輩と義理母の不器用さに思わず私も笑みが溢れてしまった。

 

 

「言葉にしなくてもわかりますよ、姉弟子、私が何故、ルドルフ会長に部屋を変えてくれって言わなかったと思いますか?」

「…ふふ、そうでしたか、杞憂でしたかね」

「えぇ、そうです、…あの厳しいトレーニングからは正直言って逃げ出したいって気持ちは今でもありますけどね? 」

 

 

 そう言いながら、私はニコリと笑みを浮かべてミホノブルボン先輩に告げた。

 

 頭がおかしな先輩達と一緒の部屋になったけれど、だけど同時に優しい先輩だと私は思っている。

 

 ハードトレーニングや坂路で懸命に身体を鍛え続け、特別トレーナーから檄を浴び、身体を絞り、途方も無い努力を続け重ねていく。

 

 それが、自分達が栄光を掴める道であると、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩も理解しているのである。

 

 そして、私はそれを今日のレースで身をもって体験した。

 

 やはり、内心では嫌だとか思ったり、もう逃げたりしたいというときもあるけれど、走るのが楽しいと感じた今日のあの一瞬を知れば自分の世界が変わった様な気がした。

 

 

「さて、妹弟子よ、これからライスシャワーと共に坂路に行きますが…」

「お付き合いしますよ、先輩」

「よろしい、…今日は早めに切り上げて祝勝会もやらなくてはいけませんね」

 

 

 そう言いながら、私の頭から大きくて柔らかい胸部を引き離しニコリと笑うミホノブルボン先輩。

 

 あれだけ鍛えてても、柔らかいところは柔らかいもんなぁ、ウマ娘ってやっぱり凄いと私は改めて自分の胸の柔らかさを手で確認しつつそう感じた。

 

 それから、しばらくして、ミホノブルボン先輩と共にライスシャワー先輩の待ついつもの特別坂路に二人仲良く歩いて向かった。

 

 いつか、この人の隣に並んで駆けたい。いや、ライスシャワー先輩とも一緒にターフを駆けたいと思った。

 

 それには、私はまだまだ役者不足で、これから先、懸命な努力を積み重ねていかなければ彼女達のいる境地にはきっと辿り着けないだろう。

 

 すると、ここで、隣を歩いているミホノブルボン先輩はなにかを思い出したかのようにこう私に話をしはじめた。

 

 

「そうです、貴女、そう言えばまだ所属するチームを決めていませんでしたね」

「あ、そう言えば、そうでしたね」

「ふふ、焦る必要もありませんし、今日のレースを見れば貴女に対するスカウトもいずれ来るでしょう」

 

 

 そう言って、姉弟子は嬉しそうに笑っていた。

 

 なんだかんだで、この人は面倒見はいいのだ。こんな顔をいつも見せてくれたら私もモチベーションが上がるんだけどなぁ。

 

 そのあと、ミホノブルボン先輩と私の初勝利を自分の事のように喜んでくれたライスシャワー先輩と共にいつものように坂路トレーニングをこなした後、祝勝会を行った。

 

 この学園にきて、今日は私が初めて学生らしい事をした忘れられない一日となった。



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合同トレーニング

 

 

 

 私のデビュー戦からしばらくして。

 

 私はいつものように先輩達と共に元気よく今日も今日とて坂路を駆け上がっていた。

 

 この時にはもう坂路にもすっかりと慣れてしまい、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩についていけるまでに成長していた。

 

 とはいえ、普通にできるようになれば、更にきつい練習が上乗せされていくので、身体の方はいつもボロボロである。

 

 それと、一つ、私の周りで変化があった。

 

 それは、以前、話していたチームリギル所属の二人の先輩がこのサイボーグ専用坂路で共にトレーニングをしていることである。

 

 

「…かはっ…! も、もうだめだ…、キツい、キツすぎるぞこれっ!」

「…足が震えて…、力が…」

 

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩。

 

 この二人が、私達の地獄のトレーニングに付き合う事になったのだ。

 

 とはいえ、練習量は以前よりもだいぶ減らしている。それは、リギルのチームトレーナーであるオハナさんからの進言からだった。

 

 以前の私達ならば、遠山厩舎式、軍隊トレーニングという名目で莫大な量の筋力トレーニングと坂路上がり、追い込みトレーニングを行っていたのだが、その、リギルのトレーナーのオハナさん、そして、私達の義理母、特別トレーニングトレーナーのマトさんを含めて話し合った結果、より、効率よく、さらにウマ娘に負担を強いらないトレーニング法を考えついたのである。

 

 つまり、サイボーグ専用坂路をこなす本数はかなり減ったのだが、その坂路を走る練習法を変えた事により以前よりも遥かに筋肉に負荷がかかり、強烈にキツい練習メニューと化してしまったのだ。

 

 私やミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩は以前から莫大な坂路トレーニング、筋力トレーニング、追い込みを積んできた甲斐があり、順応にはさほど時間はかからなかった。

 

 だが、チームリギルのこの二人は別である。普段からやっているトレーニングとは桁外れなそのキツさに足が思うように動かないでいた。

 

 しかし、それでも、あの二人の持つ豪脚や走りは天性のものだと実感させられた。

 

 坂路で併走していれば、よくわかる。

 

 ヒシアマゾン先輩は追い込みから一気に捲る凄まじい伸び脚を兼ね備え、そして、ダイナカールの娘であるエアグルーヴ先輩は気概とその秘めたるプライドで食らいつくような鋭い差し足の片鱗を時折、チラつかせていた。

 

 さすがはG1ウマ娘を数多く抱えている名門チーム、リギルだけのことはある。

 

 そんな彼女達の姿を観察していたライスシャワー先輩と私はその二人のトレーニングを坂路を駆け上がりながら分析していた。

 

 

「どう思います? あの走り」

「差し足ならエアグルーヴ先輩のあの走りは驚異的だと思うわ…、ヒシアマゾン先輩の方は…粗があるけれど、爆発的な伸び足があって怖いですね…」

「やっぱり、ライスシャワー先輩もそう思われましたか…」

「私なら…、二人の背後にピッタリマークして伸び切ったところを刺しにいくかな…、もちろん、相手の調子を見てから決めるけど」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと微笑み、私に向かってさらりと怖い事を言ってのける。

 

 正直、ライスシャワー先輩の走りは完全なるヒットマンスタイルである。こうと決めた相手をピッタリとマークし、最後の最後で仕留めにかかる戦い方を好む先輩だ。

 

 そして、彼女についたあだ名が淀の刺客。

 

 彼女の必殺仕事人ぶりは人気上位のウマ娘を背後から襲う死神として、恐怖の対象とされている。

 

 そして、その事が彼女に対するファンの風当たりの強さの原因でもあった。

 

 嫌われ者と本人が口から言っているのはその自分の走りの本質を彼女自身が自覚しているからである。

 

 だが、私はそんな彼女の走りに対して敬意を持っていた。それは、同期であるミホノブルボン先輩も同じである。

 

 私はそんな彼女の言葉にこう話しをしはじめる。

 

 

「次のスプリングステークスは、ミホノブルボン先輩をやはりマークですか?」

「そうしようかとは思っているけれど…、距離がね…、もしかしたら苦戦するかもしれないわ」

 

 

 私の言葉にライスシャワー先輩は困ったような顔をしながら笑みを浮かべていた。

 

 そう、スプリングステークスは1800m、ライスシャワー先輩の土俵とは言い難いギリギリの適正距離レースなのである。

 

 では何故、わざわざ、そんなスプリングステークスを選んだのかは、もう言うまでもないだろう。

 

 ライスシャワー先輩にとってみれば、ミホノブルボン先輩は同室の仲間であり、同時にクラシックを戦う同期になる。

 

 それは、目に見えて強いライバルが目の前にいるという事、ライスシャワー先輩にとって、ミホノブルボン先輩は仲間であり、親友であり、そして、越えるべきライバルなのだ。

 

 ならば、距離に不安があっても、彼女と走りたいと思うのは何も不思議な事ではない。

 

 ただ、ライスシャワー先輩が言っている通り、苦戦は強いられることにはなるだろう。

 

 坂路をひたすら駆け上がるヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩に対して、チームリギルのトレーナーであるオハナさんの檄が飛んでいる。

 

 チームの統括をしている以上、彼女もまた、愛情を持ってウマ娘達に接しているのだ。

 

 

「だらしがないぞ! お前達! もっと力強く駆け上がれるだろう!」

「はい…っ! …はぁ…はぁ…」

「キツさからかフォームが崩れかけながら走るから、無駄にスタミナを坂に取られてるんだ。ミホノブルボンの走り方を参考にしろ、あれの走り方が坂路を幾千も積み重ねた理想的な走り方だ」

 

 

 そう言って、チームリギルのトレーナーであるオハナさんは坂路を爆速して駆け上がるミホノブルボン先輩を指しながら告げる。

 

 いや、確かにそうだが、多分、あのフォームが完全に完成するのはそれこそ、馬鹿げた数字の本数を坂路でこなしたからこそ出来る芸当である。

 

 しかしながら、確かにオハナさんが話す通り、このサイボーグ専用坂路を攻略する足がかり程度にはなることは間違いはない。

 

 坂路の申し子と言われた先輩だからこその芸当、それを少しでも参考に二人ができればいいなとは思う。

 

 その分私も盗ませてもらうがな! ひゃっはー!

 

 直一気、殿一気、大外一気、自在差し、馬群割り、二の脚、スタートダッシュから4角先頭の取り方、二枚腰にスローペースからハイペースのこなし方、大まくりから接戦の制しかたまで、学べるものを全部学んでやる!

 

 私に足りないもの、それは経験だ。

 

 クラシックは来年、だからこそ、そこに向けもう私は動き出す。

 

 そして、クラシックを制した後は天皇賞、ジャパンC、有馬記念。

 

 それらを全て制したら、翌年からは欧州に活躍の場を移し戦うのだ。

 

 途方もない目標だが、これを達成するにはライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩を倒さなくてはならない。

 

 そう、彼女達を倒すのはこの私だ。

 

 そんな覚悟を内に秘めつつ、私は過酷なトレーニングでズタボロになりつつあったエアグルーヴ先輩に近寄るとこんな話しを持ちかけはじめる。

 

 

「エアグルーヴ先輩、足動かないなら私がお尻をマッサージしてあげましょうか?」

「…なっ…! お、お尻だと!? お前! 私の尻をどうする気だ!」

「まあ、正確には足の付け根部分ですが、激しく走ったせいで炎症起こすのを防がないとなと思いまして」

 

 

 そう言って、お尻をすかさず隠し、顔を真っ赤にするエアグルーヴ先輩に首を傾げながら告げる私。

 

 これは、いわゆる私が学んだサイボーグ専用坂路トレーニングでのケア方である。

 

 私の場合は当初はエアグルーヴ先輩のように足の負担からか、炎症などを起こす事もよくあった。

 

 そういった場合は当然、トレーニングは中止になり、非常に効率が悪い。

 

 だからこそ、クールダウン、さらに、炎症を防ぐケアを念入りに行っておく必要がある。

 

 そう言った説明を私がエアグルーヴ先輩に告げると、エアグルーヴ先輩は渋々、私の言葉に従い背を向けたまま横になった。

 

 私はとりあえず、エアグルーヴ先輩の足の付け根部分を軽く触る。

 

 

「ひゃぁ…っ!?」

「あーこれは…やってますね」

「や、やってる?」

「はい、負荷をかけ過ぎて、ここにかなりの熱があります、よくなるんですよ、私もなりましたし」

 

 

 そう言って、私はスベスベのエアグルーヴ先輩の足の付け根を触りつつ、分析する。

 

 しかし、なんだこの弾力性、この人、あんな馬鹿げた差し足してるくせになんでこんなに柔らかいんだろうか…。

 

 エアグルーヴ先輩のお尻の素晴らしい弾力性を感じつつ、私はひとまず、指圧でほぐしながら、彼女の足をケアしていった。

 

 その際、マッサージしたのが私でよかったですね、とエアグルーヴ先輩に一言だけ告げておく。

 

 ちなみに、ヒシアマゾン先輩はというと?

 

 

「あだだだだだっ! そっちにはそれ以上曲がらねぇよ! 痛っつぅ〜」

「柔軟性が無いから身体が耐えきれぬのです、根を上げるのはまだ早いですよ」

 

 

 ミホノブルボン先輩から、それはもう、力士の股割りも真っ青なガチガチな柔軟と強烈な指圧によるマッサージをされていた。

 

 その光景はあの厳しいリギルのトレーナーであるオハナさんでさえ、ドン引きするレベルである。

 

 これはミホノブルボン先輩が独自に改良に改良を重ね、研究した柔軟と負荷をかけ過ぎた筋肉に対してのケア法(いじめ)である。

 

 徹底した柔軟とミホノブルボン先輩の凄まじい力による指圧による筋肉の負荷の解消はまさにケアというより拷問のそれに近い。

 

 だが、私はそれに耐えて来た自信がある。ちなみにライスシャワー先輩は自信が無いので他人のマッサージはしたがらない。

 

 ライスシャワー先輩曰く、力加減を間違えて息の根を止めそうだからだそうだ、それならやらないのが一番である。

 

 それを目の当たりにしていたエアグルーヴ先輩からは血の気がサァっと引いていくのがよくわかった。

 

 そう、私はわざわざエアグルーヴ先輩を助けてあげたのである。恐らく、ヒシアマゾン先輩の後に私も同じようなマッサージを受ける事になるだろう。

 

 ちなみに坂路トレーニングが過酷になれば過酷になるほど、ミホノブルボン先輩が行うそれは激痛が伴う。

 

 だが、私やライスシャワー先輩のような熟練者になると、それが気持ちがいいマッサージに思えてこれるから不思議だ。

 

 ちなみに私はドMではない、これは自信を持ってそう言える筈だ。多分。

 

 ミホノブルボン先輩のたまに当たる柔らかい部分で中和されてる感も歪めないが、それはともかく、要は慣れだ。

 

 ひとまず、エアグルーヴ先輩のお尻から太ももをケアした私は腰に手を当てて、グッと立ち上がる。

 

 時折、マッサージの最中にエアグルーヴ先輩の下着がブルマの合間から見えたり見えなかったりしたが、しっかりと直しておいたので問題はなかろう。

 

 そこからは、再び、坂路トレーニングを再開し、筋力トレーニング、追い込み併走をいつものごとく鬼のように行った。

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩は坂路トレーニングだけでダウンしてしまったので残りは私達だけで行ったが、非常に勉強になった一日だった。

 

 それを大体、三日ほどリギルのお二人と私達が合同で行った。

 

 そして、最終日にはお二人とミホノブルボン先輩と模擬戦である。

 

 結果はミホノブルボン先輩が最後の直線の坂で爆走、エアグルーヴ先輩が2着、ヒシアマゾン先輩が3着という結果に終わった。

 

 これを間近で見ていたチームリギルのトレーナーであるオハナさんはレース後、ミホノブルボン先輩に話にやってきた。

 

 

「ありがとう、良いトレーニングが積めた三日間になったわ」

「いえ、こちらこそ、効率の良いトレーニングを教わることができ、勉強になりました」

 

 

 そう話しながら、笑顔でオハナさんと握手を交わすミホノブルボン先輩。

 

 すると、リギルのトレーナーであるオハナはミホノブルボン先輩の手を握ったまま満面の笑みを浮かべてこんな話をしはじめた。

 

 

「流石は遠山厩舎の集大成ね。どうかしら? 貴女さえ良ければ、アフトクラトラスと共にウチのチームに迎え入れたいと考えているのだけれど」

 

 

 そう、それは、ミホノブルボン先輩に対するチームスカウトの話であった。

 

 そして、何故だか、私もおまけ扱いで入っている。

 

 解せぬ、確かに実力なら今の段階ならミホノブルボン先輩にもライスシャワー先輩にも勝てる気はしないのだけれど。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は左右に首を振り、明確にそのリギルのお誘いを蹴った。

 

 ミホノブルボン先輩は握手をしたまま、オハナさんにこう話しをしはじめる。

 

 

「生憎ですが、私は既にチームに入ってまして…。せっかくのお誘いですが、辞退させてもらいます。この娘も同様です」

「…そう、それは残念ね…、ライスシャワーにも同じように声を掛けてみたんだけど貴女のように断られたわ、ふふ…、惜しいわね本当に」

「ありがとうございます、嬉しい限りです」

 

 

 ミホノブルボン先輩はオハナさんとそう話しながら、握手していた手を離す。

 

 ライスシャワー先輩にも声かけてたんだこの人…。それはそうか、あんなトレーニングを淡々とこなしているライスシャワー先輩に声が掛からないはずはない。

 

 流石は敏腕トレーナーである。ウマ娘を見る目はかなりのものだと素直にそう思った。私をおまけ扱いしたのは悲しくはなったけれども。

 

 エアグルーヴ先輩やヒシアマゾン先輩からも学ぶ事がたくさんあったこの三日間だったが、一つわかった事がある。

 

 せめて、トレーニング量はオハナさんがドン引きしないレベルにしませんか? という事だ。

 

 オハナさんってトレセン学園でも厳しいトレーナーの筈なのにそのトレーナーさんから心配されるレベルのトレーニングってやっぱりおかしいと思います! 今更ですけどね(白目)。

 

 オハナさんが天使に見えるなんて、リギルのこの二人も思わなかっただろうな、多分。

 

 そうじゃなかったら、倍のトレーニング量をこなしている結果になっていた。ありがとうオハナさん、私は貴女の事が大好きでした、いろんな意味で。

 

 リギルの皆さんが羨ましいなぁ。

 

 こうして、短いながらも、チームリギルとの合同練習を終えた私達の三日間はとても濃いものになるのでした。

 

 



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アンタレス

 

 

 

 トレセン学園のウマ娘であれば誰しもが何かしらの形で所属する事になるチームを選ばなければならない。

 

 さて、デビュー戦を終え、リギルの先輩達と合同トレーニングをこなした私はいよいよ、そのチーム選びをせざるを得ない状況になっていた。

 

 

「うーん…、どうしようかなぁ…」

 

 

 私は悩ましく、チーム名が書かれた本を広げて首を傾げている真っ最中である。

 

 正直な話、オハナさんは割と好きだったので当初はリギルええんちゃう? と思っていたんだが、ミホノブルボン先輩からリギルに入って楽ができると思うなよ、と念を押されたので取りやめる事になった。

 

 いや、リギルも相当なトレーニングがあるみたいなので決して楽ではないのだが、私的にもリギルで鍛えられたウマ娘を負かしてやりたいという思いもあったのでやめておく事にした。

 

 強いライバルが育ちやすい環境をわざわざ残してあげたのである。

 

 さあ、リギルで鍛えられて私の前に来るがよいと完全に上から目線ですね、ぶん殴られたり腹パンされても文句言えないぞ私。

 

 そんな、チーム選びで悩んでいる最中、私に最初に声をかけてくれたのはライスシャワー先輩だった。

 

 

「アフちゃん、まだチーム選び悩んでるの? …私で良ければ相談に乗るよ?」

「ライスシャワー先輩…」

 

 

 天使のような声で心配そうに顔を覗かせてくるライスシャワー先輩の顔に思わずときめいてしまった。

 

 ライスシャワー先輩を抱きしめたい衝動に駆られるがダメだぞ私! 先輩なんだから!

 

 小さな身体とは裏腹にトレーニングの鬼だとはこの姿を見て誰も思うまいな、私がライスシャワー先輩のトレーナーなら保護愛が多分半端なくなると思う。

 

 その後、いろいろと悩んだ結果、私は所属するチームを決めた。

 

 さて、皆の衆! 私が所属する事になったチームについて早速話したいと思う!

 

 チームアンタレス。

 

 これが、私の入ることになったチームである。

 

 ライスシャワー先輩と一緒のチームだ。

 

 チームベガっていうのもあったのだが、構成チームみたらホクトベガ先輩にベガ先輩、アドマイヤベガ先輩と名前にまでベガ入っとるやないか! と突っ込みを入れざる得なかった。

 

 アフトクラトラスベガに改名せざる得ないので語呂の悪さから取りやめる事にした。

 

 ベガ先輩もホクトベガ先輩も個人的には大好きなウマ娘なんだけども。

 

 それから、入るチームにした理由についてはライスシャワー先輩が私に誘いをかけてくれたからだ。

 

 良ければ、一緒のチームで走らないか? と。

 

 大好きな先輩の元で共に走れるならこれほど嬉しい事はない。切磋琢磨し、応援したいと思う先輩が側に居てくれるのは心強いことこの上ない。

 

 と思うじゃん? 普通はさ。

 

 しかしながら蓋を開けてみれば…。

 

 

「ライスシャワー、お帰りなさい」

「ズゴー」

 

 

 なんと、ミホノブルボン先輩も同じチームでしたというオチでした。

 

 いや、もう宿舎と変わらんやないかい! 何のためのチーム決めじゃコラァ!

 

 と、私は見事なヘッドスライディングを部室を開けて鎮座しているミホノブルボン先輩の前で披露しつつ、内心で呟いていた。

 

 別にいいんだけどね、今更だし? トレーニング量なんて減るわけじゃ無いし、今まで通りだし?

 

 やべ、涙が出てきそうです。誰か私を慰めてください、今ならコロッといきますよコロッと。

 

 というわけで、私は宿舎チームこと、チームアンタレスに入ることになりました。もう、最初から入るチーム決まってたようなもんだけどね、ほんとに。

 

 そして、幸いなことにチームアンタレスは私達だけではなく、それなりに名があるウマ娘も所属しているチームだ。

 

 チームリギル、チームスピカはもちろん、トレセン学園では有名ではあるが、このアンタレスも負けてはいない、と私は少なくともそう思う。

 

 

「さあ、半か丁か! どっちだ!」

「…そうだねぇ、どう思う? バンブーメモリー、私的には理論的に考えて、丁だと思うんだが…」

「うっす! タキオン先輩! こんなの気合いっすよ! 私は半だ! 半!」

 

 

 そう言って、ニンジン賭博を部室内でしている部員達の錚々たるメンバーに私は度肝を抜かされた。

 

 まず、驚いたのは半か丁かと部員に問いかけているニット帽を被ったハードボイルドなウマ娘、ナカヤマフェスタ先輩。

 

 G1レースは宝塚記念の1勝しかあげていないものの、なんと、このナカヤマフェスタ先輩はあろうことか世界最高峰のレースである凱旋門賞に出走し、2位という恐ろしい結果を刻んでいる。

 

 そう、対凱旋門賞専用ウマ娘、それが、このナカヤマフェスタ先輩なのである。

 

 そして、チームアンタレスのマイル戦線に目を向ければ、なんと、ハチマキに気合が入っている竹刀を常に携帯した体育会系ウマ娘、バンブーメモリー先輩がいる。

 

 バンブーメモリー先輩といえば、安田記念、スプリンターズステークス、以前はG2だった高松宮杯を制した名短距離ウマ娘だ。

 

 それに、この学者じみた格好をした少女は何よりやばい。

 

 

 このウマ娘はたった4度の戦いで神話になった。

 

 異次元から現れて、あらゆるウマ娘達を抜き去る超高速の粒子、そのウマ娘の名は…。

 

 この私の前に立っているウマ娘、アグネスタキオン先輩だ。

 

 とはいえ、実際は4回しかレース走ってないんじゃないかな…。それで全勝記録がついて無敗という。ちなみにWDTではシンボリルドルフ会長に負けてた筈。

 

 あれは面子が凄すぎてもうね…、いずれ、私もあそこに立てれたら良いんだけれど…、というよりか、それが私がこの学園に来て見てみたい景色がきっとそこにあると思う。

 

 しかし、アグネスタキオン先輩がまさかこんなキャラだったとはちょっと度肝を抜かされた。

 

 ギャンブルに理論を持ち出してくるあたり、ちょっと変わってはいるが、相当な実力の持ち主である。

 

 

「あとは、学級委員をやっているサクラバクシンオーがこのアンタレスのメンバーだよ」

「意外と多いですね…このチーム」

「スプリント、マイル、クラシック、中距離、長距離。あらゆる戦線で活躍できるウマ娘を集めたのがこのアンタレスです」

「…ステイヤーの担当は本来、私なのだけれど、ミホノブルボンちゃんと私は今年はクラシックを戦わなきゃいけないから…」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと私に笑みを浮かべながらそう告げる。

 

 なるほどと、私は錚々たるチームの面子に顔を引きつらせるしかなかった。

 

 これは私の予想だが、マイル戦線はリギルのタイキシャトル先輩が居るからバンブーメモリー先輩が勝ったり負けたりはするとしてもいい勝負ができるだろうし、スプリントならまず、間違いなくサクラバクシンオー先輩の方がタイキシャトル先輩よりも上手ではないかと思っている。

 

 しかし、あくまでも、モーリス、フランケル、ロードカナロア、ニホンピロウィナー、ニッポーテイオー、ジャスタウェイ、デュランダル、ダイワメジャー、ノースフライト等のウマ娘達を除いた時の話である。

 

 これらが、もし学園のどこかにいるならば、間違いなく今後のマイル戦線、スプリント戦線は荒れる事が予想される。

 

 その中でもチームアンタレスにその方面のスペシャリスト達がいることは心強い事この上ない。

 

 私も来週にはOP戦があり、その次は重賞戦に挑む事になる。

 

 それまでに彼女達から学べることは多いはずだ、特に朝日杯に関しては芝1600m、これは距離的にもマイルだ。

 

 もしかすると、この朝日杯で1600mを主戦とするマイルのスペシャリストが出てくるかもしれない。

 

 この状況を冷静に考えた時に、マイルの専門家がチーム内にいればその対策を打ちやすいのだ。

 

 ナカヤマフェスタ先輩はサイコロを入れていた小さな籠をゆっくりと外す。

 

 

「5と3の丁!」

「かぁー! 負けたぁー!」

「ならば、私の勝ちだね、二分の一の確率を考えれば次は丁が来ることは予想できていたよ」

 

 

 そう言って、ニンジン賭博で負けて悔しがるバンブーメモリー先輩に自信有り気に告げるアグネスタキオン先輩。

 

 いやいや、半か丁かなんて二分の一なんだから、そりゃたまたまですよと私は突っ込みを入れたくなった。というか、ニンジン賭博なんて部室でしないでください。

 

 さて、その後、私の存在にようやく気がついた三人は珍しそうな眼差しを向けてぞろぞろとこちらにやって来た。

 

 

「おー! お前がミホノブルボンが言ってた期待の新人かぁ、私はナカヤマフェスタ、よろしく」

「また興味深い娘が入ってきたもんだね、良いモルモットになりそうだ…」

「ういーす! ちっこいなぁ! あれ? ライスちゃんとおんなじくらいじゃない? 身長!」

 

 

 そう言って、ワシワシと私の頭を乱暴に撫でてくるバンブーメモリー先輩に嬉しそうに迎えてくれる二人。

 

 うるせぇ! 身長の事は言うのでない! こちとらバクバクご飯食べても伸びないんじゃ!

 

 代わりに最近、胸のあたりがおっきくなってきてる気がする。違う、おっきくなるのはそっちではないのだ。

 

 私はワシワシと撫でてくるバンブーメモリー先輩にブスーッと不機嫌そうな表情を浮かべてジト目を向ける。

 

 

「ヤメロォ! 私だって身長欲しいんですよ! 伸びねーんですよ! ね! ライス先輩! ねっ!」

「いや、そこで私に振られても…」

「ちくしょう!」

 

 

 まさか、ウマ娘になって体格で涙を流す事になるとは思わなんだ。

 

 胸は要らないので、誰か差し上げますので代わりに身長をください、お願いします。こんなの胸差勝利の時しか役に立たないぞ。

 

 というわけで、私はひとまず同じチームのメンバー達に自己紹介を終え、チームの方々はそんな私を暖かく迎い入れてくれた。

 

 それから、しばらくしてお昼。

 

 私は食堂に向かうため、トレセン学園の廊下をテクテクと歩いていた。

 

 最近、食事にプロテインつけとけとミホノブルボン先輩から言われているので、それを脇に抱えながらだが、ちなみにニンジン味である。

 

 その道中、私はあるウマ娘とすれ違った。

 

 

「およっ…?」

「……………」

 

 

 そう、すれ違ってしまったのである。

 

 すれ違ったウマ娘は私個人的には、こいつはヤベェ、目を合わせたらなんか色んな意味でやられそうと思っているそんなウマ娘である。

 

 無視無視、巻き込まれたらなんかめんどくさそうだし、あやつはくせ者すぎる。

 

 そう思って、すれ違った途端にちょっと足のスピードを上げようとしたその時だった。

 

 

「あー! もしかして! お前! 噂の新人なんじゃねーかぁ! おーす! 私はゴールドシップって言うんだけどさぁ!」

 

 

 私の努力も虚しく、肩を馴れ馴れしく組まれて悲しくも捕まってしまった。なんでだよ。

 

 いや、このタイミングで捕まるとか、しかもよりによってゴールドシップである。このウマ娘の事はよく知っている、色んな意味で有名なウマ娘であり、問題児である。

 

 芦毛の綺麗な髪に、一見美人そうに見えるが侮るなかれ、そう思ったら大怪我じゃ済まない。このウマ娘の気性の荒さは折り紙つきである、気分屋でやる気がなければレースも凡走し、かなり、扱いが難しいウマ娘なのだ。

 

 具体的に何がやばいかと言われると、そう、このウマ娘は120億円を一瞬にして紙屑と化した。世界を変えるのに3秒もいらないを体現したウマ娘である。

 

 別名、120億のウマ娘(私命名)である。

 

 金船どころかタイタニックやないかい!!

 

 そんな中、このステマ配合の弊害を最も体現したと言っても過言ではないウマ娘に私は現在、絡まれてるんだけどもどうしたものか。

 

 そう、ここは無難に話をすれば良いのだ、はじめましてー、今日はどうしたんですか? みたいな?

 

 すると、そんな私の意思に反して絡んできたゴールドシップから出た言葉はこんなものであった。

 

 

「あのウイニングライブ見たぞー! お前! なかなかやるじゃんか! あの踊りは凄い笑ったわ! いやー凄いわ、うん」

「…………マジか…」

 

 

 なんと、この人、私のあの恥ずべきウイニングライブという名の黒歴史を目の当たりにしていたのである。

 

 あの、ウイニングライブは踊りは適当で完全に笑いを取りに走っていたような気はする。

 

 みんなが真面目に踊ってる中、私だけ珍妙な踊りやヨサコイ踊りやソーラン節なんかをしていたのでそれは目立つ筈である。

 

 頑張って見様見真似で覚えた伝統的な阿波踊りまでやってのけたのに…。

 

 ウマぴょい伝説に阿波踊りはやはり無理があったか…、ガッデム。

 

 そんな事が重なったせいか、変に目立ち、ゴールドシップことゴルシちゃんに目をつけられてしまったという事なのだろう。

 

 私も問題児の枠に入るらしい、なんてことだ。

 

 

「まぁまぁまぁ、積もる話もあるだろうからさあ! ご飯でも食べながら話そう! なっ!」

「えー…」

 

 

 こうして、ニンジン味のプロテインを脇に抱えている私はゴルシちゃんに連行される事になった。

 

 トーセンジョーダンを身代わりにはできないんだろうか…。

 

 ナカヤマフェスタ先輩がいれば、従姉妹だし、なんか面倒な話にもならない気がするんだけども、ちなみにトレセンにいるマックイーン先輩はやたらとメジロ家のお嬢様キャラでやってるみたいだけれども一言言っておきたい。

 

 メジロ家の家系、貴女をきっかけにヒャッハーな世紀末の家系になるんですよと。

 

 そう、メジロ家の豪邸の窓ガラスは全て割れ、広い庭ではマッドマックスばりの改造車がずらりと並び、不良ウマ娘達の溜まり場に…。

 

 想像しただけでも逃げたくなるなこれ、そんな実家、私でも嫌だ。いや、私の実家も大概でしたねそう言えば。

 

 こうして、ゴールドシップから捕まった私は小さな身体を引き摺られながら食堂に向かうのでした。

 

 

 私の災難は続く。

 

 



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アフトクラトラスの災難

 

 

 

 ゴールドシップから見つかった私ことアフトクラトラスは現在、彼女と昼食を摂っている真っ最中である。

 

 私がご飯をパクパクと食べている中、対面に座るゴールドシップはニコニコと私の顔を見つめ何故か上機嫌であった。

 

 なんだろう…。私、別に何にもしていないんだけども。

 

 つい、その視線が気になって、私はニコニコとこちらを見てくるゴールドシップにこう問いかけた。

 

 

「あ、あのー…、そんなに見つめられると食べづらいんだけども」

「ふんふんふーん♪ お構いなくー♪」

「いや、私が構うやろがい」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべて答えるゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 

 そんなに見つめられると食べ辛いっての、しかも、ニコニコしながら見られているから尚更、気になって仕方がない。

 

 なんだね、何を企んでるんだね、お前は。

 

 内心ではそんな警戒をしつつ、現在、彼女といるわけだけども、もっと見るべき人が居ると思うんだけどな! 私は!

 

 ほら、あそこで大盛りご飯食べてるオグリキャップ先輩とか! 誰も見ないなら私が見てやるぞ! 対面に座ってな!

 

 そう思った私は、対面に座るゴールドシップにちょっとついてこいと言わんばかりにご飯が乗ったトレーを持ち上げるとそのまま、黙々とご飯を食べているオグリキャップ先輩の前に座る。

 

 オグリキャップ先輩、この方はもはやトレセン学園の食堂におけるマスコットキャラと言ってよい

 

 芦毛の綺麗な長い髪に、芦毛の怪物という名に恥じないその食べっぷりはあのシンザンを思い浮かべてしまいそうだ。

 

 オグリキャップ先輩は数々のG1を制した叩き上げのウマ娘であり、私はかなりリスペクトしている。

 

 おそらく、トレセン学園ではナリタブライアン先輩とシンボリルドルフ先輩と同等かそれ以上の力を秘めた秀才だ。

 

 さて、そんなオグリキャップ先輩の前に座った私はというと先程、私の対面に座っていたゴールドシップを隣に座らせて、前にいるオグリキャップ先輩をジーッとニコニコと笑みを浮かべながら見つめていた。

 

 

「モグモグ…モグモグ…」

「………………」

「…んっ…、そ、そんなに見られると恥ずかしいんだが…」

 

 

 そう言って、ご飯を一心不乱に先程まで食べていたオグリキャップ先輩は私の視線に気づき恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら告げて来た。

 

 ほらな、やっぱり普通はそうなるんだよ。

 

 でも、私はオグリキャップ先輩が可愛かったので悪戯心が疼いてしまったのかニコニコと笑顔を浮かべたまま顔を赤くしている彼女にこう告げる。

 

 

「いえいえー、お構いなくー。たくさん食べるオグリ先輩が可愛かったので見つめてたいなぁっと思いまして」

「…い、いや、私は食べ辛いんだが…」

「ほら、ゴールドシップ、わかりましたか? つまりこういう事なんですよ、見つめられると食べ辛いんですよ、ご飯って」

「いや、お前と先輩とじゃご飯の量がそもそもちげーだろ」

 

 

 そう言って、呆れたようにゴールドシップは左右に首を振り私に告げる。

 

 いや、そりゃそうだけども、私は比較的に小柄だしたくさん食べるとまた身体が重くなって坂路キツくなるからそうなりますよ。

 

 それに、少食の私の食事を眺めるより、オグリキャップ先輩がたくさん食べる光景を見ながらほっこりする方が実に理にかなっていると思います。

 

 大食いの恥ずかしさから顔を赤くしてるオグリキャップ先輩見てくださいよ、可愛いじゃないですか。

 

 私は好きです、なんなら私のご飯を分けてあげたいくらいです。

 

 そんな感じで、オグリ先輩の対面で賑やかにご飯を食べる私とゴールドシップ。というか、なんでこの娘やたらと私に絡んでくるんだろうか?

 

 まあ、私は私で全く無関係だったオグリキャップ先輩を巻き込んでいるんですけども、私がやたら人懐っこい性格って言われるのは多分、こういうところなんでしょうね。

 

 私はしばらくして、ご飯を食べている最中のオグリ先輩の目前にスッとニンジンを置く。

 

 すると、オグリ先輩はそれに反応したのか、私が目前に置いたニンジンを目で追い始めた。

 

 ちなみにすでにオグリ先輩の食器はすっからかんになっている。いくらなんでも食うの早すぎだろこの人。

 

 そして、私はそのニンジンを左右にオグリ先輩の目の前で揺らす。

 

 すると、それに反応するように釣られてオグリ先輩も涎を垂らしながら左右に身体を揺らし始めた。

 

 まだ食うんかい、お腹随分とポッコリしてるじゃないですか貴女。

 

 でも、なんだろう、なんか楽しい。

 

 そうして、私がオグリ先輩をおもちゃにしているとゴールドシップが横から私の頭に軽くチョップを入れてきた。

 

 

「やめい、食べ物をおもちゃにするでない」

「あぐっ…、つ、つい、オグリ先輩が面白くて…」

「ニンジン…ニンジン…」

「はい、差し上げますよ、そんなに欲しがるなんて思いませんでした」

 

 

 そう言って、オグリ先輩にニンジンを差し上げるとオグリ先輩の表情がパァっと明るくなり満面の笑みを浮かべていた。

 

 やばい、可愛すぎる。なんだこの生き物、本当にあの芦毛の怪物なんだろうか。

 

 というか、私は芦毛に囲まれて無いだろうか?

 

 青鹿毛の私が目立って仕方ないなこれ、オセロじゃ無いんだぞ、オセロ、頑張っても私の髪の毛は真っ白にならないんだぞ。

 

 すると、ゴールドシップは私の背後を取ると何故か強引にいきなり、抱き寄せ始めた。

 

 

「あー、やっぱりオメーはちっこくて可愛いなぁ! しかもその癖っぷり! 私は嫌いじゃないぞー! 良きかな良きかな!」

「どぅへぇい!?」

 

 

 これには流石の私も度肝を抜かされて、思わず変な声が出てしまう。

 

 どうやら、ゴールドシップに私が気に入られた理由はおんなじような変わった思考の持ち主で癖ウマ娘だからっぽい。

 

 おいこら! さりげなく私のおっぱいを掴むんじゃ無い!

 

 なるほど、サンデーサイレンスとマックイーンみたいな感じになっているわけか…。

 

 おいちょっと待て、マックイーンならいるだろう! 私は関係ないぞ! 嫌だー! 癖ウマ娘枠にされたくなぃー!

 

 スリスリと頬を擦り付けてくるゴールドシップになされるがままの私。オグリ先輩! ニンジンあげたんだし助けてくださいよ!

 

 すかさず助けを求めオグリ先輩と視線を合わせる私、そして目があったオグリ先輩はというと。

 

 

「ハムハムハムハムッ!」

「誰もニンジン取らないよっ! 慌てて食うんじゃないよ!」

 

 

 私からニンジンを没収されると勘違いしたのか、むしゃむしゃと勢いよくそれを齧り食べていた。

 

 いや、あげたものを没収なんかするわけないでしょうが、そうか、オグリ先輩をおもちゃにしたのが仇になったかここで。

 

 そんなわけでゴールドシップになされるがままの私なのだが、ここで、あるウマ娘の姿を見つける。

 

 そう、それは私と同期であり、同じクラスのウマ娘である眼鏡を掛けた髪を編んでいるちっこいウマ娘。

 

 ゼンノロブロイちゃん、その人である。

 

 

「ゼンちゃーん、お助けー」

「ふぁっ!?」

 

 

 そして、小説を読みながらたまたまそこを通りかかったゼンちゃんことゼンノロブロイは私の縋り付くような声に驚き、ビクッと身体を硬直させる。

 

 ゼンノロブロイちゃんの視線の先には、おそらく、ゴールドシップから頬ずりをされて涙目の私の姿がきっと映っていることだろう。

 

 誰か、私の代わりにマックイーンちゃん連れてきて、早く!

 

 そんな中、私が助けを求めたゼンノロブロイちゃんはというと?

 

 

「…多分、ウマ娘違いです…」

「目を見て! ねぇ! 絶対気がついてるよね! ね!」

 

 

 変なのに関わらないようにしようと、なんとゼンノロブロイちゃんは私の言葉をスルーして、通りすがりの通行人として、あろうことか、顔を小説で隠しながらなんと素通りしようとしたのである。

 

 ちなみに私を一方的にハグしているゴールドシップはご満悦のご様子である。そして、私は死にそうになっている。

 

 同じように身長ちっこい同士の仲じゃないか、私を助けてくれたらきっと良いことがある! 多分!

 

 そんな中、意を決して、ゼンノロブロイは私に抱きついているゴールドシップへ一言。

 

 

「あのっ! すいません!」

「んお? なんだなんだ?」

「やっぱりなんでもないですー!!」

 

 

 だが、何か言う前になんとゼンノロブロイちゃんは私を見捨ててゴールドシップの前から駆けて逃げていってしまった。

 

 おい! ちょっと待てぇ! ゼンちゃん! そりゃないよ!

 

 畜生め、こうなれば自分で打開しろという事か、いつのまにかオグリキャップ先輩も居なくなってるし。

 

 置き手紙でニンジン美味しかったありがとうって書き置きしてるのは良いんだけど、ついでに助けてくれてもよかったではないですか。

 

 致し方ない、こうなれば最終手段に出るか。

 

 

「あっ! 見てください! ゴールドシップ! あそこにこちらへ中指立ててるトーセンジョーダンが居ますよ!」

「あんっ? んだとぉー! どこだー! ゴラァ!」

「今だ、必殺、軟体脱出!」

「あっ…! しまった!」

 

 

 そうして、ゴールドシップの手元から離れた私はすかさず距離を取り、そのまま食堂から抜け出すと一目散に教室に向かって駆けた。

 

 説明しよう! 必殺軟体脱出とは!

 

 ミホノブルボン先輩から施された拷問並みの筋肉ケアと柔軟体操により、柔らかくなった私の身体をくねらせて脱出する必殺技である。

 

 しかし、拘束中に胸を掴まれていると脱出は不可なのでご容赦くだされ。

 

 教室に逃げ帰ったひとまず私は、肩で息をしながらドカリッと椅子に座る。

 

 そんな私の様子を見て、同級生であるウマ娘が一人近づいてきた。

 

 

「はぁ…はぁ…ちかれた…」

「ボンジュール! 大丈夫? アフちゃん?」

 

 

 鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その片鱗は既にデビュー戦でも周りに彼女は堂々と見せつけていた。

 

 彼女は私とゼンノロブロイと同級生の期待のウマ娘、ネオユニヴァースある。

 

 ゼンちゃんことゼンノロブロイ、このウマ娘ネオユニヴァース、そして、アフトクラトラスこと、この私で三強と現在、囁かれている。

 

 何故、いつの間にか三強にされてるんだろうか…。

 

 そして、ネオユニヴァースことネオちゃんはなんとイタリア語とフランス語が喋れるという特技を持っているらしい。

 

 海外遠征は何にも問題なさそうですね、あ、私ですか? 関西弁と薩摩弁ができます。はい、役に立ちませんね、これ。

 

 ネオユニヴァースことネオちゃんに声を掛けられた私は事の経緯を彼女に話した。

 

 

「カクカクうまうまって事でゴルシちゃんから逃げてきた」

「なるほど、それは大変だったねぇ」

「全くだよ! 私は断じて癖ウマ娘なんかじゃない! 失敬だよね! ほんと!」

「いや、そこはだいぶ癖ウマ娘だと思うよ」

 

 

 そう言って、はっきりと告げてくるネオちゃん。

 

 何故っ!? 私は至って真面目なウマ娘なのに! なんでこんな扱いなんだ! もっとこう、良いとこたくさんあるでしょう!

 

 そうか、あのウイニングライブだな! あの最初のウイニングライブのせいなんだな!

 

 真面目にやっておけば良かったよ…。後悔しても仕方ないけどね。

 

 そう思っていた私だったのだが、ここで、ネオユニヴァースちゃんはフォローするかのようにこう一言告げてきた。

 

 

「でもほら、癖がある方がよく走るって言うじゃない?」

「フォローになってないよっ!!」

 

 

 そんな会話を同期と繰り広げながら、私はその後、午後の授業を受けることにした。

 

 彼女達とはクラシックを戦う事になるが、もちろん、私は微塵も勝ちを譲るつもりはない。

 

 三冠ウマ娘になる。

 

 それは、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩を超えたいと思う私の使命だ。

 

 今日あったこの光景、トレセン学園に来て、これが、私の日常になりつつあった。

 

 そんな毎日を私が過ごす中、いよいよ、迫る注目のレースがある。

 

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩が激突するスプリングステークスがすぐそこまで迫っているのだ。



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スプリングステークス

 

 

 

 スプリングステークス。

 

 3着までの馬に皐月賞の優先出走権が与えられるトライアル競走であり、このレースは、皐月賞・東京優駿(日本ダービー)と続く春のクラシック路線、およびNHKマイルカップの重要な前哨戦として位置付けられている。

 

 さて、このレースであるが、私は現在、観客席にて、姉弟子と先輩の二人の応援にやってきた。

 

 坂路の申し子、栗毛の超特急、サイボーグとの異名を持つ、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩。

 

 パドックにて、その姿を見たが改めて堂々としている彼女に見惚れてしまった。

 

 鍛えに鍛え抜かれた美脚に引き締まったウエスト、そして、上半身は無駄なく絞られたスラリとした筋肉が凝縮された綺麗な腕。

 

 そして、何よりもレース前にしてあの溢れ出る気迫は誰がどう見ても息を飲まざる得なかった。

 

 言わずもがな、最高の仕上がりである。

 

 

 そりゃそうだよ、私が散々付き合わさせられたし、死ぬかと思いましたよほんとに。

 

 

 しばらくして、パドックには私が応援しにきたもう一人の先輩が皆の前でその姿を披露した。

 

 淀の刺客、関東の刺客、記録破り屋との異名を持つ、私の大好きな先輩、ライスシャワー先輩だ。

 

 その小さな身体を坂路で追い込み、更に、特別調教師のマトさんとの特訓を重ね、レースの為に仕上げてきた。

 

 だが、今回のレースは1800mと彼女の本来の土俵ではない戦いを強いられる事になる。

 

 ミホノブルボン先輩と比べると、パドックからレース場を一望していたライスシャワー先輩の表情がどうにもらしくないように見えた。

 

 さらに、このレースにはもう一人、チームアンタレスからスプリングステークスに出てくるとんでもなく強い先輩が一人いた。

 

 

 電撃の爆進王。

 

 

 短距離スプリンターでまさしく化け物じみた強さを誇り、あのマイルで絶対的な強さを誇るタイキシャトル先輩をもってしてもスプリント戦で勝てるかどうかわからないウマ娘。

 

 

 サクラバクシンオー先輩である。

 

 

 最近、学級委員での仕事が重なり、なかなか部室に顔を出せなかった事もあり、私はまだ面識は無いのだが、その実力はよく知っている。

 

 1400メートル以下、スプリント戦線では化け物じみた力を発揮しており、その距離では恐らく彼女の右に出るウマ娘はなかなか居ないだろう。

 

 パドックに姿を現した彼女の身体もまたミホノブルボン先輩同様に鍛えられた凄まじく綺麗な身体をしていた。

 

 恐らくは学級委員の仕事をこなしながら、スプリングステークスに向けて仕上げてきたに違いない。

 

 だから部室に顔を出せなかったのだと私は納得してしまった。

 

 鹿毛の綺麗な長い髪を後ろに束ね、黄色いカチューシャを付けた彼女の凛々しくも逞しい姿は、優等生として申し分ない。

 

 

「ミホノブルボンにライスシャワー相手だと今日はより気合い入れないとね…」

 

 

 パドックで皆に姿を披露しているサクラバクシンオー先輩の眼はパドックを終えたミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の姿をしっかりと捕らえていた。

 

 とはいえ、サクラバクシンオー先輩もライスシャワー先輩同様にこの距離は本来の土俵ではなく、厳しい戦いを強いられる事になる。

 

 彼女もまた、ミホノブルボン先輩という、チームメイトであり、ライバルを倒すためにこのレースをあえて選んだのである。

 

 恐らく、このレースでそれぞれ異なる距離の同期が激突することになる珍しいケースのレースだ。

 

 普段から切磋琢磨している相手だからこそ、負けられないプライドというものがある。

 

 

 全ウマ娘がパドックを一通り終えたところで頃合いを見計らい、アナウンスが会場に流れ始める。

 

 

「それではパドックを終了致します、準備が出来たウマ娘はゲートまでお進みください」

 

 

 そうして、それぞれレースの為に準備を始めるウマ娘達。

 

 柔軟を行う者、軽く足を動かし芝の感覚を掴む為走る者とその内容は異なっている。

 

 そんな中、私の姉弟子、ミホノブルボン先輩は物凄い気迫を身に纏いながらアップをしており、周りに居たウマ娘達も思わず恐縮してしまっていた。

 

 

 そりゃまあ、首の骨をゴキリッと鳴らし、更に拳をパキパキ言わせて、軽く恐ろしい速さでダッシュして汗を流してれば皆そうなる。

 

 

 一方で、ライスシャワー先輩もアップを軽くこなしていたが、パドック同様に表情はあまり優れないようだった。

 

 そして、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と同様に芝の感触を確かめるように軽く走り、芝の感触を確かめている。

 

 

 それぞれ違うアップを繰り広げる彼女達の様子を観客席の最前列で眺めていた私は、隣にいる同じチームのメンバーであるアグネスタキオン先輩にこう問いかける。

 

 

「今回、どうでしょうかね。二人とも仕上げは良さげでしたけど」

「そうだねぇ……。私が見たところ、ミホノブルボン先輩は問題は無さそうだけれどライスシャワー先輩は厳しいかなと感じるな、多分、それは本人が一番わかってるとは思うけれどねぇ」

「バクシンオーの奴も出るからなぁ…、これはちょっと厳しいだろ、私もあいつの仕上がりのサポートで併走してやったけどあれも大概、化け物だったよ」

「やっぱりそうですか…」

 

 

 アグネスタキオン先輩とバンブーメモリー先輩の言葉に私も思わず表情が曇る。

 

 いや、それはレース前からライスシャワー先輩が口で話していた事を事前に知っていたから、尚更、今日の彼女の顔を見てそう思わざる得なかった。

 

 この距離、そして、ミホノブルボン先輩の仕上がりを見れば、私は厳しいと改めて感じた。

 

 さらに、スプリントのスペシャリストであるサクラバクシンオー先輩がここに加わってくればその勝負はかなり困難を極める。

 

 面子がやばいなぁ、と私はそう思った。

 

 彼女達ともし同期ならば、全くこのレースに勝てるビジョンが浮かんで来ない。

 

 

 そして、いよいよ、発走の時刻が迫ってきた。

 

 次々とゲートインを済ませるウマ娘達。ライスシャワー先輩はゲートに入ったミホノブルボン先輩の顔を真っ直ぐに見つめた。

 

 私も貴女に勝つ為に仕上げた。

 

 レースの距離が違うとはいえど、ここで引くつもりはないと目でそう告げているようだ。

 

 ライスシャワー先輩が見つめるミホノブルボン先輩はというとターフを見つめ、身体から力を抜いて集中力を高めている。

 

 一方で、サクラバクシンオー先輩はリラックスした様子で深呼吸を済ませて、集中力を研ぎ澄ませているようだった。

 

 そして、レース前のファンファーレが鳴り響いた。いよいよ、三人が激突するスプリングステークスがはじまる。

 

 

「各ウマ娘! 位置について!」

 

 

 各ウマ娘は審査員のその掛け声と共に走る体勢を取る。

 

 観客席に座る私もいよいよ、あの人達の走りを見ることができる事に対する高揚感からか強く握りしめた右手には汗が滲んでいた。

 

 そして、号令と共にパンッ! と勢いよくゲートが開いた。

 

 そこで、すかさずスタートダッシュを決めたのは…。

 

 

「さぁ、先行争い、ミホノブルボンとサクラバクシンオー、二人共に物凄いスタートを決めました」

 

 

 ゲートが開くと同時に先行を取りに走ったのはやはりこの二人であった。

 

 先行争いに入ったサクラバクシンオー先輩とミホノブルボン先輩の二人は互いに顔を見合わせる。

 

 やはり、来たかと、互いにそう感じている様子であった。

 

 

「悪いけど、このレースは貰う…!」

「私を倒せたらの話だけどね!」

 

 

 まるで、視線が交差する二人の間にはバチバチと火花が散っているようで見ていて初っ端からワクワクするような展開だった。

 

 普段から知っている身内だからこそ、余計に負けられない、その気持ちはレースを見ている私にも良く分かる。

 

 そして、その二人の様子を見つめる刺客はよく観察しながら、静かにやや後方の方で息を潜めて居た。

 

 頃合いを見て、仕留めに掛かる、レースはまだ始まったばかりだ、後半から仕掛けて勝利を掻っ攫う。

 

 黒い影、ライスシャワー先輩である。

 

 

(先頭はやはり、あの二人が取りに行ったか、勝負は400mから…)

 

 

 仕掛けるタイミングを間違えれば、恐らく勝てない。だが、自分が取るべき走り方はこのやり方だ。

 

 ライスシャワー先輩の走り方はよく、自分の脚質を理解した堅実な走り方だった。

 

 そして、一団となって駆けるウマ娘達だが、その実力差はレースが後半になるにつれてだんだんと明確になっていく。

 

 残り800mあたり、走るペースが落ちないミホノブルボン先輩の走り。

 

 その走りについて行っていたサクラバクシンオー先輩の表情は明らかに思わしくないものになっていっていた。

 

 

「…ハァ…ハァ…、なんでペースが…っ」

 

 

 そう、ミホノブルボン先輩の足にサクラバクシンオー先輩の足がついていかなくなって来ていたのである。

 

 学級委員での仕事があったとはいえ、間違いなくこのスプリングステークスの為に仕上げ来た。

 

 距離不安もあったが、それでもある程度は戦える自負が彼女にはあった。

 

 だが、蓋を開けてみればミホノブルボン先輩の走りにだんだんと足がついてこれなくなって来ている事に気がついてきたのだ。

 

 地獄の坂路を幾千も超えて、さらには、強靭な身体を作るために徹底的に足腰を鍛えるトレーニングをミホノブルボン先輩は積んできた。

 

 それに付き合った私が言うんだから間違いない、あれは、軽く死ねる内容なものばかりだ。

 

 残り400mの直線、そして、そのミホノブルボン先輩の真骨頂である化け物じみた足が炸裂する。

 

 ドンッ! とターフを蹴り、加速したかと思うとグングンと一瞬にして後続のウマ娘達を完全に引き千切ってしまったのである。

 

 

 瞬間、サクラバクシンオー先輩の表情が絶望に変わったのがよくわかった。

 

 

 圧倒的な実力差、炸裂したその足にもはや、バクシンオー先輩が対抗できるほどの足は全くと言っていいほど残っていなかった。

 

 それは、まさしく化け物と言っていいほどの強さだった。このレースを見ていた誰もがそう思った事だろう。

 

 一身差、二身差、三身差、その差はみるみる内に開いていっていた。

 

 それを見た、ライスシャワー先輩の表情も真っ青になるのがよくわかった。

 

 仕掛ける仕掛けない以前に、もはや足を使っても追いつけないほどの圧倒的な実力差がそこにはあったのだ。

 

 

 気がつけば、彼女もミホノブルボン先輩から完全に心がへし折られていた。

 

 

 ついた身差はなんと七身差、もうこうなっては追いつきようがない、更に加速するミホノブルボン先輩の凄まじい強さにレースに出ていたウマ娘達も走る気力を根本からぶち抜かれたような錯覚を覚える。

 

 抜く、抜かれないの話の次元ではなかった、完敗だった。

 

 彼女に勝てるビジョンが全く浮かばない、レースに出ていた大半のウマ娘達がそう思った事だろう。

 

 

「ミホノブルボンこれは強いッ! 七身差! 完全に独走態勢で今ゴールインッ! 圧勝です! まさに完全無欠のサイボーグッ」

 

 

 この凄まじいレースに見ていた観客達も思わず言葉を失ってしまった。

 

 サクラバクシンオー先輩、ライスシャワー先輩と注目すべきウマ娘達がいたにも関わらず、そんなものは関係ないとミホノブルボン先輩は引き千切ってしまった。

 

 完全に心をへし折る圧倒的なその強さに、皆もなんと言ってよいのかわからないのだ。

 

 まさか、これほどまでに強いとは私も思ってもみなかった。

 

 レース終了後、ゴールを潜ったサクラバクシンオー先輩は膝に手をついてをついて肩で息をしていた。

 

 歯が立たなかった、その悔しさが単に込み上げてくる。

 

 レースを終えたライスシャワー先輩も膝から崩れ落ちるように地面に手をついた。そして、唇を噛みしめるように地面に拳を叩きつける。

 

 

「…なんで早く捕らえに行かなかったんだっ! ばかばかばかっ!」

 

 

 無様なレースを晒してしまった。

 

 その感情が吹き出してしまう、もっとやれたはずなのに何故、早く仕掛けに入らなかったのかと、自分の詰めの甘さを悔いているように地面に拳を叩きつける。

 

 気がつけば、仕掛けが遅くなり、4着、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩に迫るどころか心が折られ、他のウマ娘にも前を走られているではないかと彼女自身が許す事が出来ないような出来だった。

 

 そんな中、ミホノブルボン先輩は毅然としていた。

 

 まだ、こんなところは通過点に過ぎないとばかりに平然とした様子で観客に手を振っている。

 

 私はそれを見て思わず鳥肌が立った。

 

 

 これが、あの地獄のようなトレーニングを積んできた者の境地。

 

 身体が悲鳴をあげても更に追い込み、ハードな訓練と特訓を重ねに重ね、圧倒的な力を持ってして相手をねじ伏せる。

 

 まさしく、スパルタの風だった。

 

 このレースを見ていた私は覚悟を決めなくてはいけないような気がした。

 

 あの人を超えるには本気で血が滲むようなトレーニングを更にこなさなければならないのではないかと。

 

 才能だけで挑もうなら簡単にねじ伏せられる。

 

 

 レースが終わった後、私は会場を後にするライスシャワー先輩の元に向かった。あの姉弟子の強さをどう感じたのかを聞きたかったからだ。

 

 

「ライスシャワー先輩! …あの…」

「…アフちゃん」

「…えっと…その…、今日のレースは…」

「えぇ…、無様なものを晒してしまったわね」

 

 

 ライスシャワー先輩は笑みを浮かべて、なんと話しかけたらいいかわからない私にそう告げた。

 

 しかし、彼女はミホノブルボンという怪物と対峙して、このレースを通して確信した事があった。

 

 己の完全な力不足であるという事、それが、敗因であるというのを自覚できた。

 

 

「クラシックは絶対に巻き返す、必ず刺してみせるわ…、血反吐を吐いても泥水を啜ってでも必ずあの娘に勝つ、その覚悟が今日改めてできました」

 

 

 そう私に語るライスシャワー先輩の眼は鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 私はそんなライスシャワー先輩が纏う赤く、立ち昇るオーラの様なものが目視できてしまう。

 

 

 鬼の胎動はこの時から始まった。

 

 

 漆黒の身体に宿るのは逆襲の誓い、私はそんなライスシャワー先輩の威圧感に言葉を失ってしまった。彼女は踵を返すと私に背を向け、敗北を喫した会場を後にしていった。

 

 敗者は敗者らしく、次のレースの為に身体を仕上げるのみ、そう、本番のクラシックはまだ始まっていないのだから、勝負はこれからである。

 

 

 その後、レースに勝ったミホノブルボン先輩がウイニングライブを披露した。

 

 

 あんなに堅物でトレーニングの鬼のはずなのにウイニングライブの時は可愛く見えてしまうから不思議である。

 

 

 ちなみに私がウイニングライブで適当やった時はミホノブルボン先輩からチョークスリーパーをお見舞いされたのは記憶に新しい。

 

 

 こうして、先輩三人が激突したスプリングステークスはミホノブルボン先輩のウイニングライブで締めくくる事になった。

 

 次はいよいよクラシック戦線へ舞台が移る。

 

 これから、二人がどうなるのかを私は見届けねばと密かに固く心に誓うのだった。



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祝勝会の準備

 

 

 

 スプリングステークスを終えて。

 

 チームメイトであるミホノブルボン先輩の勝利を祝して、祝勝会を執り行うことになった。

 

 私はその準備のために現在、色々と用意をするため、あっちへ、こっちへと走り回って用意をしているのであるが、その道中の廊下での出来事であった。

 

 私は部室に使う、飾り付けを抱えトレセン学園の廊下を歩いていた。そう、そこまではなんの問題もない。

 

 しかしながら、その飾りを抱えて運んでいる最中の事だ。

 

 曲がり角に差し掛かった瞬間、急に私の視界が奪われてしまった。フニョンッという音が聞こえた上に何か柔らかいものにぶつかった様な感覚が私の顔面を襲ったのである。

 

 

「ひゃぁ!? あっ…」

「ぶふっ…!」

 

 

 そう、とてつもなく柔らかいものだ、それにはよく見覚えがある。この感触はいつも私が胸にぶら下げているものと一緒だ。

 

 そして、私がぶつかったであろうその声の主はアグネスタキオン先輩の声質とどこか似通っている様な気がした。

 

 私はひとまず、その柔らかく私の視界を奪った物からゆっくりと後退し離れる。そして、離れた事で私の目の前には二つのおっきい丘が現れた。

 

 表現がまどろっこしいので、ぶっちゃけて話すけれど、早い話がデカイおっぱ○が二つ目の前にあるのだ。

 

 なんだこのデカさ、私とどっこいどっこいかそれ以上だぞ。

 

 そして、その持ち主は心配そうに飾りを持っている私にこう謝罪の言葉を述べはじめる。

 

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事してて気づかなかったわ」

「いや、良いんですよ、怪我もありませんし」

 

 

 そう言って謝ってくるのは、綺麗な栗毛の髪を左右に束ねた、どこか、勝気なウマ娘だった。

 

 胸がここまで自己主張が激しいのだから間違いない、この娘は勝気である。私の直感がそう告げていた。

 

 このウマ娘は確か、どこかで見覚えがあった様な気がするけれど、どこだっただろうか?

 

 すると、ぶつかって来たウマ娘は安心した様におっきな胸をなでおろすと、何かに気づいたのか私にこう話しをしはじめる。

 

 

「あ! もしかして…アフトクラトラス先輩ですか! そうですよね!」

「え…っ!? あー、うん、そうですが…貴女は…」

「私はダイワスカーレットって言うんですけどっ! 見ましたよ!この間のレースっ! すごかったじゃないですか! あれ!」

 

 

 そう言って私に興奮気味に話す、ダイワスカーレットと名乗るウマ娘、私はこの時ふと思い出した。

 

 そう、そうだ、ゴールドシップがチームスピカであると聞いた時にそのメンバー表を見せてくれてその名簿の中に名前と写真が載ってあった。

 

 

 ダイワスカーレット。

 

 同世代のウオッカと激しい争いを繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬とも互角以上に渡り合った事はあまりにも有名だ。

 

 そして、メジロ家が名家、名家と言われており、お嬢様と言われているが、何を隠そう、このダイワスカーレットもまた、名家の出である。

 

 

 その名もスカーレット一族。

 

 

 マイリーから派生する一族で主にイットー、ハギノトップレディやダイイチルビーなどの名ウマ娘が名を連ねる『華麗なる一族』。

 

 ローザネイから派生したウマ娘の一族で、ローズバト、ローズキングダムなどのウマ娘達が有名な『薔薇一族』。

 

 そして、スカーレットインクから始まる活躍するウマ娘を数々輩出している一族を『スカーレット一族』とされている。

 

 その『スカーレット一族』の中でも、このダイワスカーレットとヴァーミリアン、そして、ダイワメジャーはエリート中のエリートなのである。

 

 血統においても素晴らしく可能性に満ち溢れており、今後も活躍が期待されるウマ娘だ。

 

 さて、そんなエリートな秀才ウマ娘に何故、私はこうして話しかけられているんだろうか、意味不明である。

 

 しかも、ダイワスカーレットは何やら興奮気味のようだ。先日のレースというと、おそらく私が走ったデビュー戦の事だろうか?

 

 

 やめたまえ、あまり声高に話すとまた私の株が上がって坂路の数が比例して増えてしまうでしょうっ!

 

 

 いや、たしかに嬉しくはあるのだが、しかし、あのウォッカと大接戦ドゴーンやったあのダイワスカーレットがこんな可愛いウマ娘になってるとは思いもよらなかった。

 

 しかも、奇しくも胸の位置が私の目前という身長差、普通に話しててもダイワスカーレットの胸に話しかけてるような錯覚を感じてしまう。

 

 自己主張激しすぎでしょう! 私も人の事は言えないけど! 私は身長伸ばそうと頑張った結果がこうなっただけだから!

 

 しかし、あの弾力性は多分、エアグルーヴ先輩のお尻と同じくらいはあった。

 

 商品化待った無しですな、あの弾力性のある抱き枕をソファに置いてたらダメになりそうな気がする。

 

 と、話はそれてしまったが、私は目前にいるダイワスカーレットにこう話しをしはじめた。

 

 

「あのレース見ててくれたんですか…、光栄ですね、ありがとうございます」

「いえいえ! 15身差の大差っ! あんなの見せられたら私も気合が入っちゃいましたよ!」

「…ふふ…、それは嬉しいんですけど私的にはあのレースは黒歴史的な要素が盛りだくさんだったものでなんか複雑ですね」

 

 

 私はそう告げる飾りを抱えたまま遠い眼差しを廊下の窓の外へと向ける。

 

 誰にでも黒歴史というものがあるのだ、そう、私にしてみればまさしく大衆の前で披露したあの独自路線を貫いたパフォーマンスの数々。

 

 私的には好感触に思っていたし、キレキレで踊っていたので受けは良かったように見えたのだが、現実はそう甘くはないのだ。

 

 何かを悟ったような表情を浮かべている私にダイワスカーレットちゃんは容赦なく追い討ちをかけて来た。

 

 

「あ、それってウイニングライブの事ですよね、有名ですし」

「皆まで言うでない」

 

 

 私はすかさず、ウイニングライブについて口走ろうとしたダイワスカーレットの口を防いだ。

 

 あれは開いてはならぬパンドラの箱、演歌を歌って、うまぴょい伝説を歌わさせられ、ついでにソーラン節や阿波踊りといった青いコアラのマスコットじみた事をやってしまった。

 

 演歌担当、キタサンブラックさんが居ないばっかりに私が大恥をかいてしまった大惨事、翌日、姉弟子からチョークスリーパーされて反省させられたのは記憶に新しい。

 

 しかも、トレーニング終了後、重石を手脚に着けてウイニングライブを踊るという練習も追加される羽目になったのだ。

 

 おほー、身体が悲鳴をあげちゃうの〜と涙目になった、鬼か、いや、坂路の鬼でしたねそう言えば。

 

 そして、私が飾りを持っていたのに気づいたダイワスカーレットちゃんはなんと部室まで一緒に運んでくれると言ってきてくれた。

 

 見た目的にツンデレの素直になれない娘かなって思ってたけどめっちゃええ娘やないか…、私は思わず抱きしめたい衝動に駆られそうになった。

 

 あ、抱きしめられるのはこの場合、私か、身長差から考えて。

 

 そんなわけで、私はダイワスカーレットちゃんに協力してもらい飾りをなんとか部室前まで持ってこれる事ができた。

 

 結構な量を運んでたんで目の前がいっぱいいっぱいだったからほんとに助かった。手伝ってくれたダイワスカーレットちゃんには感謝しかない。

 

 私はひとまず、部室まで飾りを運んでくれたダイワスカーレットちゃんに提案するようにこう話しをしはじめる。

 

 

「ありがとう、スカーレットちゃん、よかったら祝勝会参加していく?」

「えっ? アンタレスのですか?」

「そうそう、タキオン先輩もいるしどう?」

「えー…、あ、あの人はちょっと…」

 

 

 そう言って、若干、引き気味に私に告げるダイワスカーレット。

 

 あれ? タキオン先輩といえば、ダイワスカーレットちゃんには縁深いウマ娘だと思うんだけどなぁ。

 

 これは予想外の反応、割とマックイーンとゴルシちゃんみたいに仲睦まじいかと思ってだけれども。

 

 すると、ダイワスカーレットちゃんは深いため息を吐くと、その訳について私に話をし始めた。

 

 

「あの人はなんていうか、変わり者だし、私に関して物凄く過保護なんですよね、何故だかわからないけど」

「ほうほう」

 

 

 どうやら、それは、マックイーン達とはまた逆のパターンだったようだ。

 

 なんとびっくり、タキオン先輩の方がダイワスカーレットちゃんに対してやたらと過保護だったらしい。

 

 確かに可愛い娘って意味じゃ、関係上そうなってても何ら不思議ではないような気もする。

 

 アンタレスが誇る超高速の粒子にも、意外な一面があった事に私も思わずほっこりしてしまいそうになる。

 

 さて、長々と部室前で話をしてしまったが、ミホノブルボン先輩のために早く部室に飾り付けをしてしまわねば。

 

 そう思い、私が部室の扉を開いた直後であった。そこに広がっていた光景は…。

 

 

「さあ! 懸垂追加200回! そんな事ではG1とれんぞ! G1!」

「はいっ!」

「ど根性ォォォ!!」

 

 

 汗だくで部室で懸垂を行なっているウマ娘、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿とそれを指導しているトレーナーの姿であった。

 

 そして、そのトレーナーの姿には見覚えがある。ジャージを着たあの熱血お婆さんは見間違えようがない。

 

 そう、私の義理母である。

 

 何故、あの人がトレセン学園にいるのかという疑問よりも先に私は身の危険を感じて、こそっと呟きながらそっと開いた扉を閉める。

 

 あくまでも気づかれないように最低限の注意を払って慎重にである。バレたら命はないと思っておいたほうがいい。

 

 

「失礼しました〜…」

 

 

 ガチャリとしっかりと扉を閉めた事を確認すると、私の身体全体からブワッと冷や汗が毛穴という毛穴から吹き出すのを感じた。

 

 そう、あれは見間違えようがない。

 

 嫌な汗がダラダラと止まらなかった。あの地獄のような日々が私の頭の中でフラッシュバックする。

 

 しかも、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩が部室で懸垂していて、部室を開けた瞬間、すごい熱気が満ち溢れていた。あれは部室なのではない、まるでサウナである。

 

 アカン! あれは下手したら私も間違いなくやらされるパターンのやつや、嫌や! マダシニタクナーイ!

 

 冷や汗をダラダラと掻いている私の顔色を見ていたダイワスカーレットちゃんは首を傾げながらこう問いかけてくる。

 

 

「? …どうしたんですか? 先輩、凄い汗ですけど」

 

 

 何も知らないダイワスカーレットちゃんからの質問に顔面蒼白の私は左右に首を振りながら必死に肩を掴む。

 

 この場に居てはマズイ、死んでしまう。

 

 そう私の生存本能が告げていた、ミホノブルボン先輩に義理母なんかが加わってしまえば鬼に金棒どころの話ではない。

 

 私はダイワスカーレットちゃんの肩を掴んだまま、必死の形相で彼女にこう告げた。

 

 

「お願い! スカーレットちゃん! 私を連れて逃げて! お願い! 匿って!」

「えっ…!? えっ!? あ、あの、どういう事かわかりませんけれど…、わ、わかりました」

 

 

 こうして、私はダイワスカーレットちゃんの力を借りて、その場から戦略的撤退をする事にした。

 

 普通に考えて、あんな部室に足を踏み入れられるか!! 逃げるしかないでしょうよ!

 

 祝勝会の準備をしてた筈なのに! おかしい! みんなでワイワイとニンジンジュース飲んで、乾杯して、美味しいご飯食べてミホノブルボン先輩おめでとうございまーす! ってする予定だった気がするんだけれど。

 

 えっ? もしかして、そう思ってたの私だけ? まさかの私だけだった?

 

 ダイワスカーレットちゃんが居てくれて本当に助かったと私も思わずこの時ばかりは思った。

 

 あのまま、何も知らず、あの部室に入っていたらどうなっていたか、容易に想像がついてしまう。

 

 そう言えば、アンタレスの専属のチームトレーナー居ないなとは前から思ってはいた。

 

 思ってはいたが、まさかの予想外な展開に私もこの時ばかりは本気で死を覚悟した。

 

 そして、タキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩、サクラバクシンオー先輩が部室にいないとこを見る限り、あの人達は事前にこの事を知っていて雲隠れをしたのだ。

 

 そして、何も知らない私は危うくあの地獄の特訓に巻き込まれる瀬戸際に追いやられていたのである。

 

 危なかった、本当に危なかった。

 

 よし! このまま、なんとかダイワスカーレットちゃんに匿って貰おう。

 

 そうして、ダイワスカーレットちゃんと共に逃走を試みた私はチームスピカの部室に匿ってもらう事にした。

 

 

 だが、この時の私は甘かった。

 

 

 あの人達はこのような小細工が通用するような人達でない事を。

 

 危機を回避し、チームスピカの部室に転がり込んで安堵した認識が甘かった事を私は思い知らされる事になる。



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祝勝会(鬼)

 

 

 チームスピカの部室。

 

 そこにて、ダイワスカーレットちゃんに懇願した私は匿ってもらっている。いや、匿ってもらわなければならない状況になっていた。

 

 体操座りでガクブルと震えている私は部屋の隅にて、冷や汗を垂らしながら、息を殺していた。

 

 目には既にハイライトが無くなっている。

 

 

「坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…筋力トレーニング…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…追い込み…坂路…坂路…」

「あのぉ…アフちゃん先輩?」

 

 

 ブツブツブツと呪文のように唱える私に顔を覗き込むように肩を揺すってくるダイワスカーレットちゃん。

 

 筋トレに次ぐ筋トレ、坂路に次ぐ坂路、追い込みに次ぐ追い込み、おまけ程度に重石がつけられたまま踊り歌うウイニングライブの特訓。

 

 さらに、それに上乗せされる地獄メニュー、これが超絶武闘派チームアンタレスが死のサイクルと化してしまった現在、私の目には希望の光は写っていなかった。

 

 間違いなく、見た限りチームトレーナー的な立ち位置に義理母の姿を見た私が取る方法といえばこうして少しでも死期を伸ばす事くらいである。

 

 この私の様子には、ダイワスカーレットちゃんも困惑している様子であった。

 

 そんな中、鹿毛で跳ね毛の多い、短髪で男勝りなウマ娘は苦笑いを浮かべながらこう話をしはじめる。

 

 

「いやー…アンタレスってやっぱやべーのな、トレセンじゃ有名な話だけどさ」

 

 

 そう告げるウマ娘は私の様子を見て尚更、その話が事実である事を確信しているようだった。

 

 地獄を見たことはあるかい? そうだよ、あのアンタレスの部室が今、まさにそうなんだよ。

 

 私は虚ろな目を苦笑いを浮かべているウマ娘へと向ける。そして、力なく笑みを浮かべると彼女にこう告げた。

 

 

「ウオッカちゃん、私の代わりに入って来ても良いよ、あの部室」

「先輩、それは流石に勘弁してください本当」

 

 

 そう言って、割と本気で頭を下げてくるウマ娘、ウオッカちゃんの言葉に私はニッコリと微笑むしかなかった。

 

 このウマ娘はウオッカちゃん。

 

 東京優駿に勝利するなどGI通算7勝を挙げ、史上最強牝馬とも言われており、同世代のダイワスカーレットとは激しい争いを何度も繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬と互角以上に渡り合った。

 

 アンタレスのヤバいは大体、ミホノブルボン先輩とかライスシャワー先輩とかが主で、あとは別の意味でキャラがヤバい人達がいるという事なんだろうな、タキオン先輩とか。

 

 あ、大事な事忘れてた、チームトレーナーもヤバい人でしたね、いやー凄いなーアンタレスはー。

 

 そんな中、ガチャリとスピカの部室の扉が開く音が聞こえ、私は思わず、ヒィ!? と声を上げてしまう。

 

 そうして、扉を開いて現れたのは…。

 

 

「おーい、お前達ー、何してんだ? おっ?」

「あ、トレーナー」

「んあ? あぁー! アフちゃんじゃーん! 何してんのさぁー! こんなところでー! もがっ!」

「シー! お願いだからトーン落としてトーンッ!」

 

 

 そう言って、私は大きな声で名前を呼んでいるゴールドシップの口を慌てて両手で塞ぎにかかった。

 

 馬鹿野郎! バレたらどうすんの! バレたら!

 

 血相を変えて、慌てたような様子の私にゴールドシップは理解したのか、コクコクと二回ほど頷いた。

 

 ひとまず、それを見た私は安堵したように胸を撫で下ろすと、塞いでいたゴールドシップの口からそっと手を離す。

 

 ほんの小さな綻びが生死を分けるのだ。そう、こんな大きな声で私の名前を呼ばれたんじゃ、私の命の灯火は一瞬にして消え失せてしまう。

 

 すると、しばらくして、何やらゾクゾクっと背中に悪感が走るような感覚に襲われた。

 

 ふと、背後を振り返ってみると、私の太ももを撫で回すように確認しているチームスピカのトレーナーさんの姿があった。

 

 

「うぉ!? なんだこの足!? 凄い足だなぁ! お前!」

「………!…せいっ!」

「ちょっ! ぐふぅ!」

 

 

 私はすかさず、痴漢してきたチームスピカのトレーナーさんに凄まじいボディブローをお見舞いする。

 

 普通ならここで、後ろ足でスコンッ! っと蹴りをかますところなのだが、私の鍛えられた足だと軽く時速160km以上出てしまうので下手すると常人なら首が吹き飛んでしまう可能性がある。

 

 なので、敢えてボディーブローにした、だが、これではもちろん生ぬるい。

 

 私は悶絶して頭を下げるチームスピカのトレーナーの頭をガッチリとホールドすると、その身体を持ち上げる。

 

 小さな身体の私がチームスピカのトレーナーを持ち上げる事に驚いたように目を丸くするダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃん。

 

 普段から地獄のようなトレーニングをやってきた私にしてみれば、こんなのは朝飯前である。

 

 私はその技をかけたまま、決めに入る。

 

 その名もアフトクラトラス式、垂直落下式DDTである。

 

 一応、スピカのトレーナーさんが受け身が取りやすいように投げつつ、ゴスンという鈍い音がスピカの部室に響き渡った。

 

 

「ガハァ!」

「何さらしとんじゃコラァ!」

 

 

 そして、すかさずスピカのトレーナーさんが綺麗に受け身を取ったところで、サソリ固めに入った。

 

 この技の見事な入りに思わず、ダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんからは拍手が上がる。

 

 ギチギチという関節の音が聞こえてくる中、苦悶の表情を浮かべて地面に伏すスピカのトレーナーにゴールドシップが駆け寄ると顔を伺いながらこう問いかける。

 

 

「ギブ? ギブ?」

「ぎ、ギブアップぅぅ!」

 

 

 そう宣言したスピカのトレーナーの言葉を確認したゴールドシップは両手を広げると左右に振る。

 

 どこからか、カーンッカーンッカーンッ! という、ゴング音が聞こえて来たような気がしたが多分、気のせいだろう。

 

 そして、ゴールドシップから立たされた私は右腕を掴まれ、上げさせられた。

 

 

「ウィナー、アフちゃん」

 

 

 私は誇らしげにゴールドシップから右手を掴まれたまま、それを挙げる。

 

 長く苦しい戦いだった。スピカのトレーナーさんにプロレス技かけて大体、1分もかかってないけれども。

 

 そんなこんなで、私はスケベにも不用意に私のモチモチしている太ももを揉んだり触ったりして来た痴漢を撃退することに成功した。

 

 尻まで触ってたら多分、ブレーンバスターもついでにかましてたかもしれない。

 

 すると、倒れていたチームスピカのトレーナーさんはサッと立ち上がり、頭を抑えながら私の手を握ってきた。

 

 この人、ゾンビか何かだろうか。

 

 

「君! 名前は!? 所属は!! どこのウマ娘!! そのもの凄い足に小さな身体でその筋力!! 凄い逸材だ!」

「…えーとっ…、この人なんか別の意味で怖い…」

「その気持ち、よくわかるかも」

「だな」

 

 

 そう言って、苦笑いを浮かべるダイワスカーレットちゃんにウオッカちゃん。

 

 だが、このトレーナーさんが言っている事と慧眼は間違いないと彼から手を掴まれている私は思った。

 

 単に足を触って、私から投げられた事だけで筋力や能力を測れるトレーナーはなかなか居ない。

 

 そこに関しては間違いなく、オハナさんと同様にこのスピカのトレーナーさんは一流のトレーナーではないかと私は感じた。

 

 そんな彼の情熱的な問いかけに先程まで、プロレス技をかけていた私も思わず、ため息を吐くとニコリと笑みを浮かべる。

 

 

「大したものですね、貴方」

「それだけの筋肉量だ、触るだけでわかるさ」

 

 

 そう言って、私の言葉に同じく笑みを浮かべて応えてくるチームスピカのトレーナーさん。

 

 多分、この人はまっすぐな人なのだろうと思った。情熱的でウマ娘の事に関してよく理解している。

 

 だが、生憎な事に私は既にアンタレスというチームに所属しているので、これに関しては残念にも縁がなかったなと感じてしまう。

 

 おそらく、チームスピカのトレーナーである彼は私を勧誘したかったんだろうなという意図を理解した上で、私はスピカのトレーナーさんにこう話をしはじめた。

 

 

「すいません、私、実はアンタレスに所属してまして」

 

 

 その瞬間、私の手を掴んでいたチームスピカのトレーナーさんの身体が凍りついた。

 

 そう、チームアンタレスという言葉を聞いた途端にである。

 

 あのチームどんだけ学園の中で有名なんだよと思ってしまった。

 

 まあ、確かにあんな馬鹿げた量のトレーニングやってたらそれはそうなるだろうなぁとは私も思う。

 

 だが、スピカのトレーナーさんは真っ青になったまま、ゆっくりとこう話をしはじめた。

 

 

「アンタレスってぇと…、あれだよな、遠山さんとマトさんとこの…」

「そうなりますかね、はい」

「いや、マジでごめんなさい、あの人達本当に怖いんで勘弁してください

 

 

 そう言って、スピカのトレーナーさんがなんと私に土下座して謝ってきたのである。

 

 なんでこんなに恐れられてるんですか! 私の義理母!? 何したのあの人!!

 

 いや、理由は大体わかってる、あの人は有名なトレーナーで別名、坂路の鬼と言われるほど、義理母の名が至る所に轟いているのは周知の事実である。

 

 そんな中、スピカのトレーナーさんは苦笑いを浮かべたままこう語りはじめた。

 

 

「スパルタといえば、遠山トレーナーと言うのはトレセンでも有名な話だ。実力があるウマ娘に関しては他の特別トレーナーに任せてはいるが、己が鍛えて伸びるウマ娘は徹底して鍛えて鍛え抜くのがあの人の信条だからなぁ…」

「おっしゃる通りです…はい…」

「なんだ…、その、大変かと思うが強く生きろよ…、な!」

 

 

 そう言って、私の頭を同情した上に優しく撫でてくれるスピカのトレーナーさん。

 

 この人、めっちゃ良い人やないですか! 本気で泣きそうなんだが、いや、これは超一流トレーナーですわ、私は好きですよ、はい。

 

 オハナさんといい、この人といい、トレセン学園にいるトレーナーさんは良い人ばかりだな、私は正直、優しくされて、オハナさんにもスピカのトレーナーにも惚れそうですよ。

 

 そんな感じでスピカのトレーナーさんと仲睦まじく話をしている最中であった。

 

 バンッ! とスピカの部室の扉が勢いよく開く。

 

 その瞬間、私は身体が完全に硬直してしまった。

 

 

「ここに居たか! アフトクラトラスゥ!」

「…あっ…」

 

 

 そこに立って居たのはバンブーメモリー先輩の竹刀を担いだジャージ姿の私の義理母であった。

 

 義理母の姿を見たスピカのトレーナーさんと私の顔色は一瞬にして真っ青になり、スピカのトレーナーさんは私から離れると、すかさず義理母の元へと駆け寄っていった。

 

 そして、素早く義理母の元へ近づくとにこやかな笑顔を浮かべるとこう話をしはじめる。

 

 

「いやぁ! お久しぶりですっ遠山さん! 凄いですね! おたくのお嬢さん!」

「この娘が迷惑をかけたみたいだね、申し訳ない」

「いやいやいや! たまたま帰ってきたらウチの部室に居たので! 迷惑なんてとんでもないっスよ!」

 

 

 そう言いながら、引きつった笑顔を浮かべて義理母に頭を下げつつ、話をするスピカのトレーナーさん。

 

 あっ、終わった。これは流石に終わりましたわ。

 

 私の身体からは冷や汗がダラダラと吹き出しており、助けを求めるようにゴールドシップちゃんの服を掴んでいた。

 

 私の生存本能がこの状況はやばいと告げている。だが、逃げればもっと恐ろしいことが待ち構えているので下手に逃げ出すこともできない。

 

 すると、スピカのトレーナーと一通り話を終えた義理母は私の服の襟をガシッと掴むとズルズルと引きずりはじめる。

 

 

「行くぞ! アフトクラトラス! 坂路追い込みだ! 坂路!」

「うあああああ! ゴルシちゃん! スカーレットちゃん助けてぇえええ! うああああ!」

 

 

 先輩の威厳も何にもない。

 

 本気のガチ泣きで私は二人に助けを求めるが、二人は私から冷や汗垂らしながら視線を逸らしていた。

 

 ズルズルとスピカの部室から回収されていく私の背後にはドナドナが流れている事だろう。

 

 もう恥も何にも関係なく助けを求める私の去り逝く姿を見送ったゴールドシップ達はスピカの部室の扉がガチャンと閉まるのをこう話をしはじめる。

 

 

「あれはヤバイな」

「本気泣きだったもんな、アフちゃん先輩」

「あの人は本当に厳しいからなぁ」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべるスピカのトレーナー。

 

 坂路の鬼と知られ、トレーナーの間でも遠山トレーナーはレジェンドとされている。

 

 凄まじい量のトレーニングを積むあの人のトレーニング方法をこなしていればあのアフトクラトラスの身体についていた筋肉量もスピカのトレーナーには納得がいってしまった。

 

 

 その後、義理母から連れ去られた私は義理母とミホノブルボン先輩の鬼が二人いる中、バンブーメモリー先輩と共に地獄のトレーニングをやらされる事になった。

 

 

 あ、祝勝会ですか? そんなものあるわけないでしょう。この地獄のトレーニングが祝勝会代わりだそうです。鬼ですね本当に。

 

 

 坂路を登り、筋力トレーニングをみっちり行って、追い込みをし、さらにウイニングライブの練習では重石を付けて踊った。

 

 さらにそこからが、義理母の本領発揮である。

 

 この凄まじい量のトレーニングに上乗せさせられる形で手足に重石を付けて、地獄の坂路併走トレーニングが追加された。

 

 併走なので、手を抜けば一発でわかってしまうので、全力である。しかも、ミホノブルボン先輩とバンブーメモリー先輩とだ。

 

 バンブーメモリー先輩は途中でついていけなくなり、完全にダウンしてしまった。そりゃそうなる。当たり前だ。

 

 よって、最終的には私とミホノブルボン先輩との併走坂路トレーニングである。

 

 

 本気で今回ばかりは死ぬかと思いました。はい。

 

 

 こうして、ミホノブルボン先輩のスプリングステークスの祝勝会は幕を閉じる事になった。

 

 今回の私の教訓としては、今度から祝勝会に関しては全く期待しないでおこうということくらいだろう。

 

 アンタレスではそれが当たり前なのである。



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ブライアンのヌイグルミ

 

 

 唐突だが、私は現在、お風呂にて死に体になっている。

 

 理由は言わずともわかるだろう、生死の境を彷徨ったからだ。坂路に次ぐ坂路、トレーニング、地獄の併走、思い出すだけで目が回る。

 

 あの体育会系でバリバリの叩き上げ上等! のバンブーメモリー先輩ですら根を上げてしまうようなキツいトレーニングを今の今までこなしてきた。

 

 ミホノブルボン先輩に義理母が加わったトレーニングなんてそりゃもう、壮絶ですよ。

 

 私の身体は限界値を超え、さらに、無理矢理いじめ抜いたのだからもうボロボロである。

 

 

「あ〜…気持ちいいんじゃ〜…」

 

 

 お風呂に浸かる事が、ここ最近では唯一の癒しだ。ボロボロになった身体もトレセン学園が誇る、大浴場のお風呂に入れば多少なりともマシにはなる。

 

 そんな中、私が気持ちよくお風呂に浸かっていると、何やら、大浴場の扉が開き、横にいきなり誰か浸かってきた。

 

 あふん、油断していた。

 

 そうでしたね、私だけ貸切のお風呂なんてありませんよね、そりゃトレセン学園が誇る巨大浴場だもの、誰か入って来ても不思議ではない。

 

 私は横に入ってきたウマ娘に視線を向ける。

 

 扉から入って来た時は湯気で姿がはっきりしなかったが、だんだんとその姿を目で確認することが出来た。

 

 鼻のあたりに白いシャドーロールが付いていて、なおかつ、長くて綺麗な黒鹿毛の髪、それを見た私は隣に入って来たのが誰なのかすぐに察した。

 

 そして、察した私を見て、彼女はクスリッと笑うとこう話をしはじめる。

 

 

「随分とボロボロじゃないか、アフトクラトラス」

「…そりゃ、あれだけトレーニングさせられたらそうなりますよ、ナリタブライアン先輩」

「ははは、そうか、確かにそうだな」

 

 

 そう言いながら、私の横にやってきた彼女は納得したように笑い声をあげる。

 

 この綺麗な身体をした先輩はシャドーロールの怪物と名高い、ナリタブライアン先輩である。

 

 ちなみに胸も私同様に怪物並みなので、侮るなかれ、これはもはや凶器である。

 

 私も人の事は言えないのだが、まあ、そこは良いだろう。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は湯船から立ち上がると、私の肩をポンと叩くとこう話をし始めた。

 

 

「今日も死ぬほどトレーニングしたらしいな? 強者が増えるのは嬉しい事だ。私の姉貴もそうだが、お前と私はどこか似たもの同士かもしれないな」

「うーん、言われてみればそうかもしれませんね、姉弟子は桁違いの化け物ですし、でも、ブライアン先輩、せめて、前は隠してください前は」

 

 

 そう言いながら、私は前を全く隠そうとしない漢らしいブライアン先輩に突っ込みをいれる。

 

 尻尾が左右に揺れているのを見る限り上機嫌なのはよく伝わるのだが、私としてもこの状況は反応に困る。

 

 

 ナリタブライアン。

 

 史上5人目の三冠ウマ娘であり、クラシック三冠を含むGI5連勝、10連続連対を達成したのは有名な話だ。

 

 シャドーロールの怪物と言えば、この人というくらい、ミホノブルボン先輩かそれ以上に化け物じみたウマ娘である。

 

 クールな不良や一匹狼的な人物が口に草をくわえるのはよく見かけるが、このブライアン先輩もよくそれをやっている。

 

 彼女にバット持たせたらドカベ○に居そうだなとか私は思ったりしたものだ。それか、スケバンの格好したらなんか似合ってそうである。

 

 さて、話は戻るが、ブライアン先輩に誘われた私はそのまま何故かサウナに直行し、並んで座っている。

 

 そして、ブライアン先輩は減量を兼ねて私を連れて入った風呂場のサウナの中でこんな話をしはじめた。

 

 

「…でだ、アフトクラトラス。私は似たもの同士であるお前についてちょっとした頼みがあってだな」

「ほうほう」

 

 

 そう言って、ブライアン先輩の言葉に相槌を打つ私。

 

 まあ、確かに私も姉弟子であるミホノブルボン先輩が居て、ブライアン先輩にもビワハヤヒデ先輩という凄まじく強い姉がいる。そういった点で言えば似た者同士と言えばそうかもしれない。

 

 互いに強い姉がいるというのは何というか共感できる部分はあるかもしれない、私は姉弟子から振り回されてばかりだけれども。

 

 しかし、それで私に頼みというのは何だろう? 姉妹間の悩みとかいうやつだろうか?

 

 すると、サウナの隣に座るブライアン先輩は私にこう語りはじめる。

 

 

「互いにすごく強い姉がいる同士、こうして、今はサウナで共に汗を流しているわけなんだが」

「そうですね、私はなんか強引に肩を組まれてサウナに連れ込まれたような気がするんですけど」

 

 

 そう言いながら、汗を垂らしつつ、ブライアン先輩の話に耳を傾ける私。

 

 何もおかしな事は言っていない、事実である。

 

 何故、私はこうも他のウマ娘からよく絡まれるのだろうか、やっぱり生まれ持ったカリスマ性が凄すぎるからですかね?

 

 ごめんなさい、調子に乗りました。違いますね、はい、わかってます。

 

 皆さんは義理母には内緒にしといてください、下手したら坂路でのトレーニングの数が有り得ないほど増えますから。

 

 そして、ブライアン先輩に私がサウナに連れ込まれたからといってやましい展開はもちろんありませんよ、はい、ウマ娘同士で何かする訳でもありませんしね。

 

 そんな中、ブライアン先輩は打ち明けるように私にこんな話を語りはじめた。

 

 

「そこでだ、お前に頼みというのは私が寝るまでのヌイグルミの代わりになってくれないかと思ってな…」

「ちょっと何言ってるかわからないです」

 

 

 キリッとした表情で告げてくるブライアン先輩の一言に真顔でそう突っ込みを入れる私。

 

 いや、似通った部分があって、シンパシーを感じるのはわかる。少なくとも私も確かにブライアン先輩とはなんか似通ってる部分はあるなーとは思ったりはした。

 

 そして、それをきっかけにライバルとして切磋琢磨しよう! なんて言われるのも理解できる。

 

 だが、お気に入りのヌイグルミの代わりになってくれと言われるなんて誰が予想できようか、しかも蒸し暑いサウナの中である。

 

 わけがわからない、どうしてそうなった!

 

 そんな中、ブライアン先輩は私の肩をガシッと掴むと目を真っ直ぐに見据え、こう語りはじめた。

 

 

「私は実はオバケや怖い話が大嫌いなんだ。そして、ヌイグルミを抱いていないと寝れない! 夜は…ほら、出るかもしれないじゃないかっ!」

「いや!? それなら何故、私なんですかっ! ヌイグルミを普通に抱けばええやろがい!」

 

 

 そう言いながら、私は肩を掴んでくるブライアン先輩に顔を引きつらせながら告げる。

 

 どうしてその結論に至ったんだ! おかしいでしょう! ヌイグルミですよ! 私はヌイグルミ扱いかっ!

 

 そんな中、ブライアン先輩はがっくりと項垂れながら、お願いをする私に対してこんなことを語りはじめた。

 

 

「…それが…、長年の付き合ってきたヌイグルミがボロボロになってしまってな…。ゴールドシップの奴からお前の抱き心地がかなり良いと話を聞いて、これだっ! と…」

「やっぱりあいつかぁ! 発信源はぁっ!」

 

 

 私はブライアン先輩の言葉に思わず声を上げてしまった。

 

 あのタイ○二ックめ! 余計な事を言いよってからに! その結果、ブライアン先輩からヌイグルミの代わりをお願いされてるのか私はっ!

 

 これだ! じゃないよ、何、新発見したみたいな感じで私を普通にヌイグルミ代わりにできる!みたいになってるの!? 新発見でもなんでもないよっ!

 

 しかしながら、先輩の頼みを無下にできるほど私も無慈悲なウマ娘ではない、こうも、あのナリタブライアン先輩からお願いされては断るにも断り辛い。

 

 これはどうしたものかと私も思わず頭を抱えてしまう。

 

 しかも、サウナで迫られるようにお願いされてるのでナリタブライアン先輩からの圧が凄い、これが三冠ウマ娘のプレッシャーというやつなのだろうか。

 

 こんなところで三冠ウマ娘の圧力使ってんじゃないよ! もっと別のところで使うものでしょうがっ!

 

 しばらく、色々と思案して考えた結果、深いため息を吐いた私は肩を掴んで頼みごとをしてくるブライアン先輩にこう話をしはじめた。

 

 

「わかりました、わかりましたよ。仕方ありませんからしばらくの間ならお引き受けしましょう」

「!?…本当か! それは助かる!」

「その代わり力余って、寝てる間に首しめないでくださいよ?」

「あぁ!! もちろんだとも!」

 

 

 こうして、私はナリタブライアン先輩の寝る際のヌイグルミになることになってしまった。

 

 なんでかなぁ、どうして断れないんだろうか。

 

 いや、確かにナリタブライアンも私個人としては憧れ的な意味合いで好きなウマ娘ではあるのだけど、私の扱いがヌイグルミ代わりですもんね。

 

 そうか、全てはこの身長のせいか、ちくしょうめっ!

 

 抱き心地が良いと言われるのは、身長差的に絶対しっくりくるからだろ!

 

 なんかそう考えたらちょっとだけ悲しくなってきた。

 

 というより、ブライアン先輩のあの前振りは果たして意味はあったのだろうか?

 

 確かに私にヌイグルミ代わりになってくれと頼むのは頼み辛いのはよくわかるが、わざわざ風呂場でする話だったのだろうか…。

 

 とはいえ、こうして話がまとまった以上は致し方ない、私は今日からウマ娘という名の抱き心地が良いヌイグルミになるのだ。

 

 風呂から上がった私はひとまず、パジャマに着替えるとナリタブライアン先輩と共に寝室に連行されることになった。

 

 そうして、ナリタブライアン先輩から部屋に案内された私は扉を開く彼女の後に続く。

 

 

「今帰ったぞー」

「おー、お帰りー…って、ブライアンお前、なんでアフトクラトラスが一緒に居んだよ」

 

 

 そう言って部屋に居たのはブライアン先輩と同室のヒシアマゾン先輩だった。

 

 ちなみに、ナリタブライアン先輩とヒシアマゾン先輩は私やミホノブルボン先輩達とは異なり、寮の二人部屋を共同で使っている。

 

 よくよく考えたら、ブライアン先輩、ヒシアマゾン先輩をヌイグルミ代わりにしたらよかったんじゃないか? と今にして私は思う。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は私の背後に回り込むと背後から手を回し、ヒシアマゾン先輩にサムズアップしてこう話をしはじめた。

 

 

「アマさん、ヌイグルミの代わりを見つけてきた」

「何言ってんだお前」

 

 

 そう言って、冷静にナリタブライアン先輩に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩。

 

 そうだよね、それが普通の反応ですよね、抱き心地が良いからとお願いされたんですよ、もっと言ってやってください! ヒシアマ姉さん!

 

 当たり前の話である。ブライアン先輩と同室のヒシアマ姉さんからしてみれば、なんでどっからか拾ってきたみたいな感じで後輩を連れてきてヌイグルミを見つけたみたいに言われてるんだってなるのは普通の事だ。

 

 だが、ナリタブライアン先輩は冷静に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩に対して、こう話をしはじめた。

 

 

「そうか、アマさんにはわからないか…。女子力低そうだから仕方ないな」

「お前から女子力低いって言われるとなんだかわからんが異様に腹立つな、おい」

「いや、いいんだ、皆まで言わなくても」

「だーかーら! なんで何かを悟ってんだよ! おかしいだろうがー!」

 

 

 そう言って、 呆れたように首を振るナリタブライアン先輩にうがー! と声を上げるヒシアマゾン先輩。

 

 ヒシアマ姉さんや、もっと突っ込むところあるでしょう? 私がヌイグルミ扱いされてるところとか、ほら?

 

 しかしながら、妙にナリタブライアン先輩が私を後ろから抱えている絵面が違和感が無いのかそう言った突っ込みはヒシアマ姉さんからは一切なかった。なんでや。

 

 そうしているうちに、ヒシアマ姉さんはため息を吐くと呆れたようにこう告げはじめる。

 

 

「たく…。まあ、いいか。とりあえずヌイグルミの代わり見つかって良かったな、ブライアン」

「あぁ、これで心置きなく安眠できる」

 

 

 そう言って、ヌイグルミの代わりを見つけてほっこり顔のナリタブライアン先輩。

 

 おい、何にも良くないよ、なんで何にも言わないんですかっ! おかしいでしょうよっ!

 

 ちょっとヒシアマ姉さん諦めるの早くないですかね、めんどくさいからもういいやって感じになってるの丸わかりなんですけど、なんでそんなに雑なんですかね。

 

 ちなみに、ミホノブルボン先輩達には既にナリタブライアン先輩から話を通しているらしい。

 

 姉弟子よ、もうちょっと貴女からも何か言う事はなかったのですか? いや、坂路をもっと増やしたいとかは聞いてないです。

 

 確かに私の扱いが雑なのは、今に始まった事ではないですけれども!

 

 こうして、私はナリタブライアン先輩のヌイグルミ代わりとして彼女の寝室にて抱かれたまま寝るという事になってしまった。

 

 昼間はキツイトレーニングをこなし、そして、夜はナリタブライアン先輩の抱きヌイグルミ役。

 

 私に安住の地は果たしてあるのだろうか。

 

 やたら頭の上に当たる胸、そして、背後からナリタブライアン先輩に抱かれたまま、パジャマ姿の私は疲れからか一瞬で眠りに落ちた。

 

 一癖も二癖もあるトレセン学園の先輩達とこうして関わりながら、私はいろんな経験を積んで成長していくのだろう。

 

 

 そして、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が激突する皐月賞を迎える前に私のOP戦がいよいよ、近づいてきた。



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OP戦

 

 

 

 

 いよいよ、一週間に迫ってきた私のOP戦。

 

 坂路を爆走する私は変わらず義理母から厳しい檄を受けながらそこに向けて調整を行なっている真っ最中だ。

 

 足にはなんの問題もない、坂路もグングンと登れる。だが、しかし、相変わらずアホみたいにキツいトレーニングなのは変わりはない。

 

 手足に重石を着けて、負荷を掛けるこの坂路はまさに地獄の特訓だ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…きっつぅ…」

 

 

 坂路を登り切った私は思わず、膝に手をつき、溢れ出てくる汗を拭う。

 

 OP戦が近づいている今の仕上がりで言えば、どこのウマ娘よりも私は積んでいる自信はあった。

 

 義理母もミホノブルボン先輩もいるこのアンタレスの特訓は桁違いのキツさだ。

 

 これに勝る特訓を組んでるウマ娘がいるなら間違いなくそのウマ娘は基地外じみた奴に違いない。というより、それは明らかにこちら側のウマ娘だろう。

 

 

「さあ! もう一本ッ!」

「はぁ…はぁ…。はいッ!」

 

 

 義理母の言葉に私にも気合いが入る。

 

 強者とは1日にして成らない、積み重ねこそが強者を作るのである。

 

 だからこそ、私は食らいついていくしかない、楽したいし、アホみたいに重なる特訓からも逃げたいが、そこからは何も生まれないのだ。

 

 やるからにはやるしかない、今、私は迫り来るOP戦に燃えていた。

 

 そして、昼間はこうして、特訓をこなして、夜は風呂で疲れを取る。ご飯もよく食べ、身体に筋肉をつけるのだ。

 

 就寝時には、ナリタブライアン先輩の抱き枕として布団に入り、仕方なく抱擁されたまま眠りにつく。

 

 これが、私の最近の過ごし方だ。

 

 朝起きたらブライアン先輩から豊満な胸を顔面に押し付けられ窒息し掛けたりすることも多々あるけれど、そんなもの今では地獄のトレーニングに比べたら些細な事に過ぎない。

 

 しかも、そのお礼とばかりにナリタブライアン先輩も私の併走に付き合ってくれたりもしてくれるので、むしろ、WINWINな関係と言えるだろう。

 

 むしろ、私はヌイグルミ代わりにされている分、安眠があまりできてないような気がするけれど、気のせいだと思いたい。

 

 

 そうして、私はOP戦を万全な仕上がりで迎える事が出来た。

 

 しかも、一枠一番。これはかなり有利、先頭を取りに行きたい私としては願ったりかなったりだ。今回のレースは前回より少し伸び、1800mのレース、十分、私の射程圏内だ。

 

 パドックを迎え、私はいつものように颯爽と鍛えに鍛えあげられた身体を観客の皆にアピールするために壇上に上がる。

 

 

「1枠1番 アフトクラトラス」

 

 

 バサリッと身に纏っていた黒いマントを取り観客の前に堂々とレース着を披露する私。

 

 ちなみに普通はジャージを上に羽織り、それを脱いで披露するのであるが、この漆黒のマントはウチの義理母のお手製のマントだ。

 

 なんでも、OP戦で私を皆により印象つけるのが目的だとか、わざわざそんな事をせずともデビュー戦で別の意味で有名になったんですけどね私。

 

 そして、黒いマントを脱いだ途端、観客から声が上がった。

 

 

「おいおいおい、マジか…!」

「以前も凄かったが、それよか格段にすごい身体してんぞ!」

「てか、胸も前よりデカくなってないか! あれ!?」

 

 

 うんうん、反応は上々である。

 

 おい、最後のやつ、お前どこ見てんだ。顔面吹き飛ばすぞ、こら。こちとら牛乳たくさん飲んで身長伸ばそうと頑張ったんやぞ!

 

 まあ、そんな私の努力なんて、微々たるものなんですけどね、ちなみに身長はちょこっと伸びた2mmくらい。

 

 それ以上に1cm胸がデカくなりました、普通逆だろ、どこに栄養いってんだ。

 

 そんな私の登場に実況席に座る馴染み深い大接戦ドゴーンのアナウンサーと解説からも声が上がる。

 

 

「黒いマントを脱いだアフトクラトラスですが、流石は爆速暴君というだけのことはあるでしょうか」

「暴君というより青鹿の綺麗な髪が映えて、青い魔王という表現がしっくり来ますよね」

「そうですね」

 

 

 そう言いながら、パドックを終えて、ゲート前にテクテクと歩いていく私をカメラで追いながら話をする実況席の二人。

 

 そんな中、私はレースに向けての軽いアップと準備体操に入る。

 

 この日を迎える前に鍛えに鍛えた足に身体、仕上がりも問題ないし、枠番もかなり良い。

 

 そんな中、私に声をかけてくるウマ娘が一人いた。

 

 

「はーん、アンタが噂のアフトクラトラス?」

「…ん?」

 

 

 そう言いながら、近づいて来たウマ娘の顔に視線を向ける私。鹿毛の長い髪を後ろに束ね、見た感じいかにも気が強そうなそんなウマ娘だった。

 

 ほうほう、今日の対戦相手になるウマ娘ですかね? レース前に何の用なのか。

 

 ついでにそのウマ娘の身体を一望してみる。だが、私はそのウマ娘の身体を見て、内心、鼻で思わず笑いそうになってしまった。

 

 そんな中、視線の先にいる長い鹿毛を後ろに束ねたウマ娘はニヤニヤと笑みを浮かべてアップをする私にこう話をし始めた。

 

 

「爆速暴君だっけ? 私はルージュノワールってんだけどさ、アンタに負ける気はさらさら無いから。大人しく私の背中でも見て必死こいてついて来なよ、田舎者」

 

 

 と、私に対して安い挑発を繰り出してくる。

 

 ほうほう、こやつ煽りよる。私は思わず笑いそうになるのを堪えて、ニッコリと笑みを返してあげた。

 

 その度胸は買ってやろう、いや、むしろ嫌いではない。とても好感が持てる。

 

 勝負の世界では勝利が必ず求められる。

 

 こうやって相手を威嚇することで自分の勝率を少しでもあげようとする努力は、むしろ、素晴らしい事だ。私は正直好きである。

 

 マゾではないですよ、本当ですよ?

 

 だから、私もその煽りに対して全力で応えてあげなくてはいけないだろう。

 

 私はツカツカとルージュノワールと名乗るウマ娘に近寄ると顔を近づけてメンチを切りながら、肩をポンと叩くと一言、ドスの効いた低い声で彼女にこう告げた。

 

 

「おうワレェ、面覚えたけぇのぉ。このレース無事で終わると思うなや」

「……は…っ…?…えっ…?」

 

 

 私のドスの効いた広島風な脅し文句に思わず目をまん丸くするルージュノワールちゃん。

 

 仁○なき戦いをたくさん見てきた私には死角は無かった。ミホノブルボンの姉者! 見といてくだせぇ! ワシャ勝つぞ!

 

 ちなみに英語とフランス語はできないけれど、私は広島弁と関西弁と薩摩語は話せるのだ。どうだ、すごいだろう、え、別に凄くないですか? そうですか。

 

 無様なレースをして、グギギギ、くやしいのう、とは言わない様にしておかねば。

 

 私の異様な威圧感に圧されているルージュノワールちゃん、周りにいるウマ娘達もその光景を見て目をまん丸くしているので、最後に大声で一言こう告げる。

 

 

「わかったら返事じゃ! ゴラァ!」

「はい!」

「すみません! 調子に乗りましたぁ!」

 

 

 そう言いながら、私の側からササァっと散っていくウマ娘達。

 

 あれ? そんなに怖かった?

 

 その私と他のウマ娘達のやり取りの様子を見て、観客席から爆笑しているウマ娘の姿を私は見つけてしまった。

 

 そう、言わずもがな、ゴールドシップである。

 

 アカン、また余計なところを見られてしまったのではないだろうか?

 

 そんな中、観客席からも私の最後のドスの効いた一声が聞こえて来たのか、こんな声がちらほらと上がり始める。

 

 

「おい、あのウマ娘やべーよ…」

「あれ、暴君ってよりヤクザだよな」

「あいつ服下にチャカ持ってるぞ、チャカ」

 

 

 そう言いながら、ザワザワと私の声に反応して声を上げる観客達。

 

 持ってないよ! レースで拳銃なんて使うかっ! アホかっ!

 

 また悪ノリで余計な事をしてしまった様な気がする。観客席で私を眺めている義理母とミホノブルボン先輩の視線が痛い。

 

 はい、ごめんなさい、ちゃんとします。調子に乗りました。坂路は増やさないでくださいお願いします。

 

 ちくしょう、こんな事やってるからゴルシから気に入られちゃうのか、反省しなくては、でも、後悔はしていない。

 

 そんな事をやっている間にゲートインへ。

 

 私はミホノブルボン先輩の様に首の骨をボキリ、ボキリと鳴らし、ついでに、拳の骨を鳴らしながらゲートに入る。

 

 私がそのような事をしながらゲートインをしたものだから、左にいるウマ娘は思わずヒィ! と悲鳴を上げてしまった。

 

 いや、そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか、パフォーマンスじゃないですか! パフォーマンス!

 

 プロレスとかでもよくやるでしょう? あれと一緒なんですよ、やだなぁ、威嚇のためにするわけないじゃないですか。私は真面目なウマ娘なんですよ? ゴールドシップみたいな癖ウマ娘などではないですし、多分。

 

 そうしている間にゲートインも終わり、いよいよ出走へ。

 

 私はいつものように姿勢を低くして、クラウチングスタートから入る。

 

 距離は1800m、前回よりも距離は伸びたが、来年のクラシック完全制覇を目指す私にとってみれば短いものだ。

 

 

 次の瞬間、パンッ! という音と共にゲートが開き、私は足に力を込めて勢いよく飛び出した。

 

 その際、内側に入ってこようとして来たウマ娘と何人か接触したような気はしたが、多分、気のせいだろう。

 

 実況アナウンサーはこれを見て思わず声を上げる。

 

 

「あぁっと! これは凄いスタートを決めたぁアフトクラトラスゥ! 先行争いに入ろうとしたウマ娘を外に弾き飛ばして内に入れさせようとしないっ!?」

 

 

 そう言いながら、声を上げるアナウンサーと観客席からザワザワと声が上がった。

 

 無理矢理、私がこじ開ける形で他のウマ娘の先行争いを終了させたので、私と身体がたまたま接触したウマ娘は弾け飛び、ヨレて後方にズルズル下がるしかなかった。

 

 そして、そうこうしてる間に私はどんどんとスピードに乗り、加速していく、気がつけば後方とは20身差近く離れていた。

 

 しかし、後方にいるウマ娘達は間合いを詰めてこようとはしてこない。

 

 まあ、たしかに1800mのレースだし、残り400mからみんな詰めてくるでしょう。

 

 あれ? 以前もこんな事があったような気がするけれど、気のせいだろうか?

 

 私はグングンとスピードを上げながら後方を改めて確認する。

 

 辛うじて、先程、私を挑発してきたウマ娘であるルージュノワールの姿が見えるような気がするが、それでも12〜15身差離れてるような気がする。

 

 実況アナウンサーは残り400mを切ったあたりで、思わずこのレースに声を上げる。

 

 

「またもやアフトクラトラス一人旅! ついてくるウマ娘は居ません! まだ離す! まだ伸びる! 今、余裕のゴールインッ!」

 

 

 楽々と力を持て余したまま、ゴールを駆け抜けていく私。

 

 それからだいぶ経って、他のウマ娘達も次々とゴールに入ってくる。だが、皆が息を切らしながら膝に手をついていた。

 

 2着はルージュノワールだった、だが、それでも私との差は歴然としてあり、彼女自身も涙を流しながら下を向いていた。

 

 己の不甲斐なさからか、それとも、明確過ぎた私との差からかはわからない。

 

 だが、彼女は少なくとも今後、私と共にレースを走る事はないだろうなと直感がそう告げていた。

 

 

 そんな中、私はある事に気がついてしまった。

 

 

 後続で入ってきた他のウマ娘達の私の見る目が何か恐ろしい者を見るような視線である事を。

 

 それは、明らかに化け物や力の差が歴然としている者を見るような眼差しだ。

 

 だからだろうか、レースを終えたウマ娘達は誰一人として、私には近寄ろうともしなかった。

 

 優勝おめでとうや、すごかったねといった賞賛の言葉は投げかけられる事はなかった。

 

 いや、私自身がそれを望んでいたわけではない、望んでいたわけではないが、勝って当たり前なレースをした事で完全に私は彼女達の心をへし折ってしまったのである。

 

 あと、多分だが、最初にドスの効いた声で脅したのが原因かなとちょっと思ったりした。

 

 ほぼ間違いなく、あれが原因だろう、余計なことをしてしまった、なんであんなことしたんだ私。

 

 私は思わず、拍手を送ってくれる観客席へと視線を向けて、手を振り、笑顔でそれに応える。

 

 

「…やってしまった…」

 

 

 レースに物足りなさを感じながら、私は笑顔を浮かべて静かに呟いた。

 

 その後のウイニングライブも一応、行なったが、ファンから熱い声援を送られる中、私は笑顔でキレキレの踊りを披露した。

 

 重石を着けたウイニングライブの特訓がここで役に立った。

 

 おかげでバク転やバク宙を入れたりして、観客を大いに楽しませる事に成功した。あれ? 私、これだけでご飯食べていけるんじゃないかな?

 

 重石が無いと身体がこんなにも軽いとは思わなかった。いや、重石つけて普通はウイニングライブなんかやらないんですけどね。

 

 こんな感じてウイニングライブを踊り切り、私は満面の笑みを浮かべて観客達に手を振り続けながら退場していった。

 

 そんな中、OP戦の勝利を祝ってくれるのは同じチームメイトであるアンタレスの面々と私に縁がある人達だった。

 

 

「おめでとう、アフちゃん!」

「凄かったじゃないか、私と併走した結果がちゃんと出たな」

「おめでとうございます、妹弟子よ」

「ようやった! でかしたぞ!」

 

 

 そう言いながら、暖かく迎えてくれた彼女達の言葉に私は思わず安心したように笑みを浮かべてしまった。

 

 ライスシャワー先輩、ナリタブライアン先輩、ミホノブルボンの姉弟子、そして、アンタレスの他の面々は義理母はそうやって、ウイニングライブを終えた私を待ち構えて祝ってくれた。

 

 私は照れ臭そうに彼女達にお礼を述べる。

 

 

「ふふっ、ありがとうございます」

「よーし! それじゃあ祝勝会やろうぜー!祝勝会! 今日は鍋だ! 鍋!」

「えっ!? バンブー先輩! それほんとですか! やったー!」

「ニンジンジュース、まだ部室に置いてた気はするけど…、また後で買って来なきゃね」

 

 

 そう言いながら、ニンジンジュースについて心配するライスシャワー先輩と鍋で盛り上がるバンブーメモリー先輩達と共に帰路につく私。

 

 どちらにしろ、今日はめでたいデビュー戦からの二連勝目だ。この調子を保って、次の重賞も必ず取ってみせる。

 

 こうして、私のOP戦は物足りなさを感じつつも圧勝という結果に終わった。

 

 勝者は勝ち続けると孤独になる、その言葉の意味を少しだけ理解出来るようなそんなレースだったが、これで私は何の憂いもなく重賞に挑む事ができる。

 

 そして、私のOP戦が終わってから直ぐに、姉弟子であるミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が挑む、クラシック第一弾。

 

 皐月賞の日が着実に迫って来ていた。



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THE LEGEND

 

 

 

 92年 皐月賞。

 

 そのモンスターの名はミホノブルボン。

 

 常識は、敵だ。

 

 ーーー皐月賞が来る。

 

 

 

 いよいよ、今週末に迫ってきたクラシック第一弾、皐月賞。

 

 気合いが入ったミホノブルボン先輩のトレーニングはまさに鬼気迫るものがあった。それは、もちろん、義理母がトレーニングについているからに他ならない。

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 

 おそらくだが、私の知っている知識では現在、トレセン学園で確認できているウマ娘達以外を合わせるとしたら、歴代で七人しか未だに三冠を達成したウマ娘は居ない。

 

 

 勢いの皐月、運のダービー、実力の菊花というのは有名な話だ。

 

 だからこそ、今回の皐月賞はスプリングステークスにて七身差の圧勝をしたミホノブルボン先輩に有利に働く筈だと私は思っていた。

 

 しかし、G1級のウマ娘が揃い踏みするレースを勝つにはそれなりのトレーニングを積まなければ苦戦を強いられる事にもなりかねない。

 

 だからこそ、レース一週間前にも関わらず、鬼のようなトレーニングをミホノブルボン先輩はこなしているのだ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「姉弟子…あまり無理されては…」

 

 

 思わず、私はその凄まじいトレーニングを行う姉弟子であるミホノブルボン先輩を気遣い声を掛ける。

 

 あの凄まじい鬼トレーニングをこなしても何事もなかったかのようにしていた姉弟子がここまで息を切らすのは本当に珍しい。

 

 それだけ、この人と義理母は三冠という称号に魂を賭けているのだろう。

 

 

「まだだ、まだ生ぬるい…、もっと強く」

「よし! ミホノブルボン! あと五本だ! 五本!」

「はいッ!」

 

 

 凄まじい気迫に押されて、私は姉弟子であるミホノブルボン先輩を制止することができなかった。

 

 坂路の申し子であり、完全無欠のサイボーグ。

 

 それが、ミホノブルボン先輩の真骨頂だ。私と同じ遠山厩舎の集大成として義理母の期待を背負っている以上、自分に妥協しないその姿は美しさを感じる。

 

 恵まれた体格ではない身体を壮絶な努力をしたことで補った。そうして、ミホノブルボン先輩は才能あるウマ娘達をねじ伏せてきたのだ。

 

 

 そうして、いよいよ、クラシック第一弾。

 

 歴代の名ウマ娘達がその称号を得た皐月賞の当日を迎える事になった。

 

 ライスシャワー先輩ももちろん、ミホノブルボン先輩と同様に凄まじいトレーニングを積んできた事を私は知っている。

 

 どちらを応援すれば良いか、わからない。

 

 ライスシャワー先輩はスプリングステークスからミホノブルボン先輩へのリベンジを固く心に誓っていた。

 

 泥水を啜ろうと、地を這ってでも勝ちたいと身体をマトさんと共に虐めに虐め抜き、しっかりとこの皐月賞に間に合わせてきた。

 

 だが、この距離に関しても、ライスシャワー先輩の適性距離とはいかない。

 

 何故ならば、皐月賞は2000m、この距離ならばライスシャワー先輩の足よりも爆発的に早いウマ娘はゴロゴロと居る。

 

 ナリタタイセイ先輩、セキテイリュウオー先輩、マチカネタンホイザ先輩、スタントマン先輩など。

 

 それなりに勝利数を重ね、実力のあるウマ娘がずらりと並んでいる。これらを交わして、ミホノブルボン先輩に挑むのはなかなか酷というものだ。

 

 だが、それでも、ライスシャワー先輩はいつものように準備をして、万全の状態で挑もうとしていた。

 

 ライバルであるミホノブルボンを超えたいというその一心で。

 

 

「ライスシャワー先輩」

「アフちゃん…、今日はブルボンちゃんについとかなくても良いの?」

 

 

 ライスシャワー先輩は心配で見送りに来た私にそう告げる。

 

 だが、私は左右に首を振った。確かに姉弟子も気にはなるが、ライスシャワー先輩も私にとってみれば家族のようなもの。

 

 同じチームとして、背中を押してあげたいという気持ちが強かった。

 

 ライスシャワー先輩の黒い一式の勝負服を見ると改めて今日のレースが特別なんだなとそう感じる。

 

 私はライスシャワー先輩にニコリと微笑むとこう話をしはじめた。

 

 

「義理母が居ますので、それより、ライスシャワー先輩、うちの姉弟子は今日は強敵ですよ?」

「ふふふ、知ってるわ」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 勝率が低いのは知っている。だが、クラシックを戦う相手として、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩と走るのを楽しみにしていた。

 

 一か八か、あの背中を捕まえられるかもしれない、それまで止まる気は無いのだと、ライスシャワー先輩は私に告げる。

 

 

「ライバルが居てこそ、強くなれる。そうでしょう?」

「……ふふ、そうですね、ご健闘を」

「えぇ、頑張って来るわね」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は胸を張りゲートへと向かって歩き始めた。私はその背中を静かに見送る。

 

 そして、しばらくして、義理母を横に私の姉弟子である今回の1番人気であるミホノブルボン先輩が姿を現した。

 

 ミホノブルボン先輩は私の側に近寄って来るとニコリと笑みを浮かべる。どうやら、レースに関しては問題なさそうだなと私はゲート入りする前の姉弟子の様子を見てそう思った。

 

 私は肩を竦めると、ミホノブルボン先輩に向かいこう話をしはじめる。

 

 

「レースはどうやら問題なさそうですね? 姉弟子」

「そうですね、今は最高に気分がいいです。早く走りたくてたまりませんよ」

 

 

 そう言いながら、姉弟子は誇らしげに私に語ってきた。

 

 これまで積み上げてきた努力のおかげで、クラシックレースまで走ることができるまでになった。

 

 近未来を感じさせる、まさに、サイボーグという表現がぴったりと似合う。そんな勝負服を身に纏うミホノブルボン先輩。

 

 今日は彼女にとっての晴れ舞台となる1番最初のレースだ。クラシックの主役を取るにはこのレースに勝たなくてはならない。

 

 いつもよりも、ミホノブルボン先輩が私には輝いて見えた。

 

 クラシックレースはウマ娘にとってみれば、走るだけでも名誉あるレースだ。

 

 そのレースに出れる上に1番の期待を背負っている姉弟子を私は誇りに思うし、大好きなのだ。

 

 

「信じてます、頑張ってください」

「はい、…それとアフトクラトラス」

「ん? なんでしょうか?」

 

 

 ミホノブルボン先輩はそう言って、私の頭を優しく撫でると強く抱き寄せるようにして抱擁した。

 

 突然の姉弟子からの抱擁に目を丸くする私。だが、姉弟子のミホノブルボン先輩はしばらく私を抱きしめた後、少し間合いを開けて耳元に近寄る。

 

 そして、彼女は私の耳元でこう告げて来た。

 

 

「貴女が続ける道を、私が作って来ます。努力は報われるんだという事を証明してきます。だから、見届けてください」

 

 

 ミホノブルボン先輩はそう言って、私から身体を離すとゆっくりとゲートに向かい、通路を歩んでいく。

 

 私はそんな、姉弟子の後ろ姿と背中を静かに見つめた。

 

 いつも見ているはずのミホノブルボン先輩の背中が大きく感じる。

 

 そう、これは、私達が今まで積み上げてきたものを証明する戦いだ。

 

 遠山厩舎の集大成として、厳しいトレーニングを組んできたウマ娘が努力と積み上げてきたものだけで挑む大勝負だ。

 

 私は胸が熱くなった。そんな私の心情を察してか、同じようにミホノブルボン先輩の背中を見送る義理母から肩をパンッと叩かれ笑みを浮かべられた。

 

 共にこのレースを見届けよう、義理母が出したかったであろうそういった言葉も口にせずとも私には伝わっていた。

 

 

 静かに枠入りが全て完了し、いよいよ、その時がやってこようとしていた。

 

 そうして、合図と共に慣例のファンファーレがレース場の熱気を上げる。

 

 クラシックとは昔からある伝統的なレースだ。その知名度の高さがよくわかる。

 

 観客達もファンファーレと共に声を上げ相槌を打つ、会場全体が声で揺れていた。

 

 

 第52回、クラシック第一弾、皐月賞。

 

 

 いよいよ発走の時を迎える。

 

 今、ゲートインが終わった各ウマ娘が走る体勢に入る。そして、それと同時に旗を上げる主審。

 

 しばらくして、主審が構えていた旗を振り下ろしたと同時にゲートがパンッ! と一斉に開いた。

 

 その瞬間、一斉にゲートから飛び出すウマ娘達。だが、そんな名だたる実力があるウマ娘の群を割って先頭を取ったのは…。

 

 

「おっと、素早くスタートダッシュを決めてポンッと飛び出したのはミホノブルボン、先頭はミホノブルボンとりました」

 

 

 実況アナウンサーのこの声に、よっし! とガッツポーズを取る義理母。ミホノブルボン先輩の好スタートに思わず喜びをあらわにしていた。

 

 ミホノブルボン先輩の戦い方からすれば、先頭取りは絶対だ。なんといっても逃げの戦法、ミホノブルボン先輩の足についてこれるウマ娘は私くらいなものだ。

 

 そのまま、グングンと加速して、後続との差を開かせるミホノブルボン先輩。

 

 後ろには、ライスシャワー先輩が控えてはいるものの、遠目から見て、その表情はあまり好ましいものではなかった。

 

 やはり距離からか、苦戦を強いられている。

 

 そんな中、進行していくレース。800m付近から後続のウマ娘達も先頭を走るミホノブルボン先輩を捕らえようとその差を詰めにいきはじめた。

 

 本来、レースで逃げの戦法を取るウマ娘は、後続のウマ娘が直線よれよれか後ろが溜め過ぎるかでしか勝てないというものがある。

 

 だが、そんな常識をぶち壊すようなレースを姉弟子であるミホノブルボン先輩は私達の前で思う存分披露してくれた。

 

 

 残り、400m、差を詰めて来る後続のウマ娘達に対して、ミホノブルボン先輩はさらに足を踏み込み、一気に加速して、引き離したのだ。

 

 そして、その差は一瞬にして縮まらない距離にまでなってしまった。

 

 

「なぁ…!?」

「嘘でしょ!! あそこからまた伸びるわけっ!?」

 

 

 後続のウマ娘達は愕然とするしかなかった。

 

 坂路の申し子の足が炸裂する。サイボーグの身体には最早、誰も追いつけることは叶わなかった。

 

 200mを迎えてもなお更に伸びる伸び足、普通なら逃げ戦法をとったウマ娘が失速していても何ら不思議ではない。だが、私の姉弟子は違う。そう、積んで来た地獄のトレーニングの数がそれを可能にしたのだ。

 

 実況も、これには興奮気味に思わず声を上げる。

 

 

「先頭はミホノブルボン! 堂々と五連勝で今ゴールイン! やはり、サイボーグは格が違った! 見事に我々の常識を破壊してくれましたっ!」

 

 

 これには皐月賞を見にきていた観客達も大いに湧いた。

 

 もしかすると、ミホノブルボンは三冠を取るかもしれない、そんな予感をさせる圧勝であった。

 

 当然、ミホノブルボンのその強さを目の当たりにした他のウマ娘達は絶望するしかなかった。

 

 こんな化け物が何故、私達の世代にいるのだと。

 

 だが、怪物と呼ばれる彼女は決して才能があるわけでもなかった。ただ、ひたすらに今日まで積み上げてきただけなのである。

 

 そして、下を向くウマ娘達がいる中でただ一人、皐月賞を取ったミホノブルボンを真っ直ぐに見据えるウマ娘が一人いた。

 

 そう、ライスシャワー先輩である。

 

 観客達から賞賛を受けるミホノブルボン先輩の背中を真っ直ぐに彼女は見つめていた。

 

 

「……ブルボンちゃん…」

 

 

 恵まれない身体、それはライスシャワー先輩とて同じである。

 

 だが、歴然としてミホノブルボン先輩とこのように差があることは彼女には受け入れがたいものだった。

 

 追いつけるはずと思えば思うほど、その差はだんだんと開いていく、ライスシャワー先輩はギリっと悔しさから歯をくいしばるしかなかった。

 

 積み上げてきた努力の量、それが、明確に現れているのだ。

 

 ミホノブルボン先輩は手を観客席に振りながら深いお辞儀をする。

 

 

 G1皐月賞を優勝したウマ娘。

 

 

 それは、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩が完勝という結果で幕を閉じることになった。

 

 それから、勝利したミホノブルボン先輩によるウイニングライブが開催された。

 

 普段から、厳しくて鬼のような先輩が今日は主役。

 

 ステージに立ち、歌って踊り、いつもは仏頂面なのに笑顔を時折見せるその表情は私にはとても輝いて見えた。

 

 そんな、ウイニングライブを見つめながら、義理母は笑みを浮かべて、隣にいる私にこう告げはじめる。

 

 

「次は、お前だぞ。アフトクラトラス」

「…はいっ!」

 

 

 私は義理母の言葉に力強く頷く。

 

 ステージに立って踊るミホノブルボン先輩も私を指差して、ウインクをしてきた。

 

 あんなに楽しそうに歌って踊るミホノブルボン先輩は見たことが無いような気がする。私は彼女の妹弟子であることがとても誇らしく感じた。

 

 観客達の声が、ミホノブルボン先輩の歌声が会場を盛り上げる。

 

 

 彼女が駆ける夢はまだ始まったばかりだ。



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アフトクラトラスの一日

 

 

 クラシック第一弾、皐月賞を終えて。

 

 OP戦を終えた私は現在、朝を迎えているわけだが、相変わらず、ナリタブライアン先輩の抱き枕ならぬ、抱きヌイグルミにされている。

 

 寝る際は薄着のナリタブライアン先輩。

 

 パジャマを着る派の私としてはちゃんと服着てほしいと毎回思うのだが、風呂場でも前を隠そうともしない彼女に言ったところで無駄だろうなともう諦めていた。

 

 抱きヌイグルミ扱いをされている私のメリットと言えば、頭に乗っかってるナリタブライアン先輩の柔らかい胸を揉み放題というところくらいだろうか。

 

 それなら、自分の揉んでた方が早いという話、自分の胸揉んでも何にも得はないので、それなら何にもしないのが1番である。

 

 

「んー…」

「…動けぬ」

 

 

 身動きができない私に、綺麗な足を絡めてくるナリタブライアン先輩。

 

 もう色々と悟った私はヌイグルミに徹している。

 

 まあ、私が散々言ったので優しくナリタブライアン先輩は抱擁して寝てくれているので特に問題はない。

 

 こうして、私の1日は始まる。

 

 

 

 さて、こんな風にいつものように朝を迎えた私は髪の手入れをし、午前中は同級生達のいるクラスに授業を受けに向かう。

 

 レース一週間前や、チームの事情次第ではこの授業というものも公欠ができ、トレーニングや特訓が行う事はできるのだが、OP戦を終えた今、私には特に公欠する理由も見当たらないのでこうして授業に出るのだ。

 

 トレセン学園って事をたまに忘れちゃいますよね、周りの環境を見てみれば、私にとってみればここは軍隊養成所みたいなものだし。

 

 私は授業を受けながらペンを指で遊ばせつつ、ノートに授業の内容を書く。

 

 

「えー、鎖国が終わり、日本で初めてウマ娘のレースが行われたのが1860年ごろになります、この当時、日本では…」

 

 

 そう言いながら、私達に授業をしてくれるトレセン学園の先生。

 

 いや、その知識は果たしてレースに必要なんだろうかと思いつつも、個人的には勉強になるのでノートを取りながら話を真剣に聞く。

 

 そして、一通り授業が終わり、休み時間。

 

 私の周りにはネオユニヴァースことネオちゃんとゼンノロブロイこと、ゼンちゃんが集まって来ていた。

 

 話す内容は、やはり最近のレースの事だろうか、OP戦も無事に終わった私は次は重賞戦に挑む事になるのだが、他の二人は果たしてどうなのかは純粋に気になるところである。

 

 まず、私の話を聞いて、驚いた声を上げたのは鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねているネオちゃんだった。

 

 

「えーっ! アフちゃんOP戦余裕だったのぉ!」

「いえーい、ピースピース」

「いいなぁ…私やネオちゃんはまだ早いって言われてて、もうちょっとかかりそうなんだよね…」

 

 

 そう言いながら、二人は私がOP戦をトントン拍子で勝っていた事に驚いている様子だった。

 

 何故だか、皆から化け物を見るような目を向けられたんだよねぇ、失敬な。私はこんなにコミュ力高いのに! もっとちやほやされて然るべきなんだよ!

 

 まあ、私が仁○なき戦いみたいにドス効いた脅しかけたもんだからああなったとは思うんだけれど。

 

 ちなみにネオちゃんはスタイルが良い、身長も170cmくらいあって、胸もそれなりにあり、まるでモデルさんみたいである。

 

 私とゼンちゃんは…、皆まで言うでない、自覚はあるのだ、自覚は。

 

 さて、そんな他愛の無い談笑をしながら私達は休み時間を過ごす。

 

 

 そうして、授業を終えて待ちに待ったお昼。

 

 たくさんのウマ娘達が食堂に溢れかえる中、私はトレーを持って、オグリ先輩を探すとその正面に腰を下ろす。

 

 やはり、トレセン学園の食堂名物であるオグリ先輩のパクパク食べる姿は可愛いので、昼間は彼女の前に座ると決めているのだ。

 

 オグリ先輩は正面に座る私に目をまん丸くしながら、ご飯を口に運んでいる。

 

 そして、正面に座る私にオグリ先輩はご飯を飲み込むとこう話をしはじめた。

 

 

「また君か、何故、私の前に座るんだ」

「まあまあまあまあ」

「いや…まあまあと言われてもだな……んっ?」

 

 

 私はそう言いながら、オグリ先輩の前にすっとある物を置く。

 

 そう、それは、バイキング食べ放題のチケットとニンジンの詰め合わせセットである。それを目前に置かれた瞬間、オグリ先輩の目つきが変わった。

 

 ふはははは、私が何の策もなしにオグリ先輩の前に来るとでも思ったのかね、貢ぎ物さえあれば何の問題もないのだよ。

 

 オグリ先輩は左右を確認しながら、私の顔を確認する。

 

 すると、私はニッコリと微笑みながら頷き、オグリ先輩にこう話をしはじめる。

 

 

「こげんな物しかありもはんが、懐に入れてたもうせ」

「いや…、私は…その…」

「なんばいいよっとかぁ、涎がでとるがね、気にせんでもよかよか!」

 

 

 そう言いながら、何故か薩摩語でオグリ先輩を言いくるめに入る私。

 

 オグリ先輩は地方の出と聞く、こんな風に薩摩の田舎っぺ感を私が醸し出しておくことで彼女に親近感を持ってもらおうという作戦だ。

 

 いやぁ、薩摩語検定一級持ってて良かった! こんなところで役に立つなんて! え? そんな検定無いって?

 

 とはいえ、こうして、オグリ先輩に賄賂も渡せた事だし、今後もお昼はオグリ先輩がパクパクご飯を食べるところを眺めるのを独り占めできるという訳だ。

 

 そんな、私が提示する賄賂に対して、オグリ先輩は涎を垂らしたまま、仕方ないと言った具合にこう話をしはじめた。

 

 

「よ、よし…、ならありがたく頂く…」

「それじゃ、今後ともお昼はご一緒させてくださいね♪」

「むぅ…致し方ない…。こんな風にされては私も駄目とは言えないだろう」

 

 

 そう言いながら、オグリ先輩はシュンっと耳を垂らして妥協するように私に告げてきた。

 

 これは交渉なのである。断じて賄賂を使っての買収なのではない、交渉なのだ。

 

 しかしながらオグリ先輩は相変わらず可愛い、マスコット的な可愛さがあるなぁと私はしみじみ思った。

 

 そんなオグリ先輩とほのぼのとしたやりとりをしつつ、私はオグリ先輩の食べる姿をニコニコと眺める。

 

 

 そんな中、食堂のテレビではCMが流れていた。

 

 それは、今週始まるであろう天皇賞(春)のCMだ。私は昼ご飯を食べながら、そのCMに目を向けていた。

 

 天皇賞(春)、それは、いわば、ステイヤーと呼ばれるウマ娘達がしのぎを削り合う頂上決戦。

 

 菊花賞の3000mよりも長い、3200mという距離をスタミナ自慢の猛者達が制する為に集結するレースだ。

 

 その中でも、注目を受けているのが…。

 

 

 天皇賞(春)。

 

 メジロマックイーン、親子三代制覇。

 

 絶対の強さは、時に人を退屈させる。 

 

 

 

 チームスピカ所属、ステイヤーの絶対王者メジロマックイーン先輩である。

 

 そう、メジロ家の家系で歴代の天皇賞を取ったウマ娘のメジロアサマ、そして、その娘であるメジロティターン。

 

 そのメジロティターンの娘であるこのマックイーン先輩は前回の天皇賞(春)を勝つことにより親子で三代に渡り、天皇賞(春)を制覇した偉業を打ち立てたのである。

 

 長年に渡り受け継がれたステイヤーの血筋、だが、私は知っている。メジロマックイーン先輩があんな風なお嬢様ではないことを。

 

 だいたい、サンデーサイレンスという気性がすこぶる荒い海外ウマ娘と仲良しな時点でもうお察しなのである。

 

 さて、そんな中、今回、メジロマックイーン先輩の天皇賞(春)の連覇がかかっているインタビューが行われているのであるが。

 

 

『マックイーンさん、今回のレースの意気込みは…?』

『いつも通り、由緒あるメジロ家の一人として華麗なレース運びを見せてさしあげますわ』

 

 

 そう言いながら、芦毛の綺麗な髪を片手で靡かせるメジロマックイーン先輩。

 

 私は思わず、メジロマックイーン先輩のそのセリフに吹き出しそうになり、ゴホゴホとむせてしまった。

 

 さて、何故、私がここでメジロマックイーン先輩のレース前のコメントにむせ返ったのかご説明しよう。

 

 トレセン学園でのメジロマックイーン先輩伝説。 

 

 

 其の一。

 

 坂路トレーニングの際、ブチ切れて、トレーニングトレーナーを血だるまにする。

 

 其の二。

 

 うっぷんバラしに宿舎の天井をぶち抜いた。

 

 其の三。

 

 真面目というより、だいたいレースはしょうがねぇから走ってやるよといった具合。

 

 其の四。

 

 表彰式でキレて、トレーナーさんをど突く。

 

 其の五。

 

 トラックで置いてきぼりにしたトレーナーにパロ・スペシャルを掛け悲鳴を上げさせる。

 

 

 などなど、あの人のまつわる逸話は割とあるという。

 

 真の姿を果たして知っているのはこのトレセン学園で何人いるのか、少なくとも私は把握していた。

 

 もしかしたら、似たところがあるゴルシちゃんも知っているかもしれない。

 

 あの人がお嬢様と言いながらハーレー乗ってサングラスを頭にかけて、木刀担いでヒャッハーしている姿を容易に想像出来てしまうから不思議だ。

 

 さて、そんなお嬢様という名の世紀末ヒャッハー家系の創造主の一人であるメジロマックイーン先輩だが、今回、連覇をかけて天皇賞(春)に出走予定だそうで、実に楽しみなレースになることは間違いないだろう。

 

 お前も似たようなものだろうですって? うーん、最近、自分の行動を振り返ると言い返せないから不思議ですねー(目逸らし。

 

 思わず、テレビのCMで笑いが出そうになって、むせ返る私の背中をオグリ先輩が優しく摩ってくれる。

 

 

「おい! だ、大丈夫か?」

「ゲホゲホ、はぁ…はぁ…、だ、大丈夫です」

 

 

 私は息を整えながら、オグリ先輩に笑顔を浮かべてそう告げる。

 

 よーし、どうせだし、天皇賞(春)でメジロマックイーン先輩の応援でも行こうかな。

 

 みんなでヤンキーファッション全開で応援団作るのも面白そうだ。

 

 皆に特攻服着せて、団旗持たせて応援するのも面白いかもしれない、多分、話したらゴルシちゃんあたりが面白がって賛同してくれるのは明白だ。

 

 こういう事をすぐに考えつくから、私はゴルシちゃんに気に入られるんだろうなぁ。

 

 メジロマックイーン先輩の応援団という名のヤバい愚連隊がすぐに出来そうだなと思ってしまった。

 

 うーん、由緒あるメジロ家とは一体、修羅の一族かな?

 

 さて、こうして、昼食をオグリ先輩と食べ終えた私は昼からはいつも通り、鬼トレーニングの無限ループに入る。

 

 

 坂路を登り、筋力を鍛え、さらに坂路を登り、坂路で併走追い込みをし、重石を手足に付けたまま地獄のウイニングライブ。

 

 これを、毎回繰り返し行うのである。

 

 最近では、どデカイタイヤを引きずりながら、手足に重石を付けて、そのまま坂を登りきるというキチガイじみたトレーニングもやり始めた。

 

 根性と気力と精神力でこれらを乗り切るのだ。

 

 身体の限界? 関係ないからとばかりに夜になるまで行われる義理母主導のトレーニングはまさにスパルタである。

 

 バクシンオー先輩やタキオン先輩も一度、私達のトレーニングに参加したことがあるのだが…。

 

 

『ごめん、無理。私、優等生だけど、これは無理』

『非効率であまりにもオーバーワークだ。ぶっちゃけるが死んでしまうぞこのトレーニング』

 

 

 という、辛口コメントを頂きました。

 

 うん、そうだよね、私もそう思うもの。

 

 けれど、このトレーニングは義理母の考案とオハナさんがアドバイスを入れた事により、ギリギリ、故障も発生せず死なないラインのトレーニング仕様となっている。

 

 それでもギリギリラインである。ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩なんかは喜んでこなしているが、あの人達が単に化け物なのだ。

 

 あの、バンブーメモリー先輩も今ではギリギリついていけてるが、このトレーニングについていけてる事自体が、本当にすごいと私は思う。

 

 こんなトレーニングをしているものだから、アンタレスはヤバいという事が学園内で広まるのも思わず納得してしまう。

 

 楽しい学園生活を送りたいウマ娘、学園で思い出を作りたいと思っているウマ娘にはアンタレスはおススメしない。

 

 ここは、学園というより、軍隊養成所なのだ。

 

 ですから、楽しく過ごしたいウマ娘はリギルやスピカを強くお勧めします。

 

 

 筋肉大好き! というウマ娘の貴方、結構。ではアンタレスがますます好きになりますよ。 

 

 さあさどうぞ。坂路のサイボーグモデルです。快適でしょう? 

 

 んん、ああ仰らないで、坂路トレーニングだけ? いえいえ、レパートリーは日に日に増えていきますので何の問題もありません。 

 

 芝の平地やダートなんていう楽なトレーニングがあるわけがない。 

 

 筋力トレーニングもたっぷりありますよ、どんな貧弱な方でも大丈夫。どうぞ義理母に指導してもらって下さい、いい音でしょう。 

 

 悲鳴の声だ、トレーニング量が違いますよ。 

 

 

 少なくとも、アンタレスでの私はだいたいこんな感じである。悲鳴なんてキツさのあまり身体から口からいくらでも出てきますとも。

 

 そうして、夜は風呂に入り、身体中に溜まった疲れを癒す。

 

 多分、お風呂なかったら私はもうこの世に居ないと思う。それくらい、この大浴場に救われてきた。

 

 お風呂というのは偉大な文化ですね! 考えた人は天才です。

 

 そして、風呂を終えた私は夜食を食堂でとると、夜はナリタブライアン先輩の寝室でヌイグルミになるわけだ。



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東北の英雄

 

 

 

 皆さんはダートを駆けるウマ娘についてご存知だろうか?

 

 現在、私は地方のレース場にきているのであるが、それは、ある理由があった。

 

 なんと、チームアンタレスに新たに入りたがるウマ娘がこのレース場にいるらしいのである。

 

 話を聞いた時は正気かよ、と思ってしまったがどうやらほんとの話らしい。

 

 このレース場で走っているという情報を聞いて、ライスシャワー先輩と共にやってきているのであるが…。

 

 

「フェブラリーステークスを走れるウマ娘…ですか…」

「確かにウチはダートウマ娘は居ませんもんね」

「そうね、だから今回のウマ娘の加入はチームとしてはすごく大きいと思うの」

 

 

 そう言いながら、私に微笑みかけてくるライスシャワー先輩。うん相変わらず天使である、可愛い。

 

 さて、ダートというのは日本のG1ではクラシックほどの注目はされていない。

 

 土と芝、走るレース環境がそもそも違うのであるが、このダートというのは甘く見られがちである。

 

 普通、走るんなら芝だろと思っている方もたくさんいるかもしれない。だが、このダートこそが、なかなか凄いレースが盛りだくさんなのである。

 

 何故か? それは、日本ではなく海外に目を向ければ一目瞭然である。

 

 鎖国後の日本はイギリス洋式のウマ娘のレースをモデルに発展してきた。

 

 そして、今のクラシックと呼ばれる歴史のあるレースはその積み重ねにより出来上がったレース。

 

 だがしかし、アメリカのレースの基本はこのダートなのである。

 

 私が、初めてルドルフ会長にあった時に憧れているウマ娘の名前を言ったのを覚えているだろうか?

 

 

 セクレタリアト。

 

 アメリカ三冠を始めとした数多くの大記録を打ちたてたアメリカ合衆国を代表するウマ娘である。

 

 バテないスタミナや、ウマ娘離れした筋肉とバネのある独特のフォームから繰り出される爆発的な加速力は等速ストライドと呼ばれた。

 

 セクレタリアトはレース展開によって2種類のストライドを使いこなしていたとされている。

 

 あだ名はビックレッドと呼ばれ、彼女の代表的なレースといえば、やはり、米国三冠の最終戦であるベルモントステークスだろう。

 

 なんと、2着のトワイスアプリンスに31身差も離し、三冠を達成したのである。

 

 40年以上経過した2018年の現在でもダート12ハロンの世界レコードとされている彼女の持つレコードはもはや更新不可能といわれることも多い。

 

 さて、このアメリカを代表する怪物であるが、主戦場としていたレースは果たしてなんだったのか?

 

 そう、ダートなのである。米国ではダートが主戦場なのだ。

 

 何故、芝が少ないかとされているかというと多分、西部劇などでよく見る開拓時代にウマ娘達が走っていたのが土が多かったからではないか? という風に私は思っている。

 

 詳しい話はよくはわからないが、米国のレースのルーツはこのダート、つまり、ダートレースがより注目されるのである。

 

 ちなみに賞金額が半端ない。

 

 特にウマ娘のレースで世界最高賞金額を誇るペガサスワールドCなどは総賞金1,200万ドルだ。

 

 ようは、日本のダートウマ娘は下手をすれば日本のどのウマ娘よりも大スターになれる可能性を秘めているのである。

 

 私はスマートファルコン先輩が地方周りをしてると聞いてたので、リギルのオハナさんにその話をしてあげたところ、血相を変えてスカウトに飛び出していったのは記憶に新しい。

 

 ダートウマ娘とはすなわち、アメリカン・ドリームの塊なのだ。

 

 ちなみに、たまにだが、芝もダートも両刀でいけるウマ娘も稀にいるとか、エルコンドルパサー先輩なんかも多分、その口だろう。

 

 レズとかホモとかそういう話ではないですよ? 違いますからね?

 

 話は逸れてしまったが、ダートレースというのは日本は地方が割と力を注いでいる。

 

 日本にも、ペガサスワールドCみたいに馬鹿げた賞金額のダートレースができれば盛り上がるのにね? と私は個人的に思ったりしてる。

 

 しばらくして、そのウマ娘との待ち合わせ場所に到着した私達は辺りを見渡し、待ち合わせをしていたウマ娘を探す。

 

 

「えーと…、多分、待ち合わせはここだと思うんですけど」

「どこですかね?」

 

 

 そう言って、辺りを見渡す私とライスシャワー先輩。土地勘が私達は無いのでスマートフォンを使い現在地を把握しながら、待ち合わせをしていたダートウマ娘を探す。

 

 すると、しばらくして、栗毛の綺麗な髪を赤いカチューシャで留め、靡かせている飄々とした雰囲気のウマ娘が私達の前に現れた。

 

 独特な雰囲気のある彼女はニコリと微笑みながら私達に話しかけてくる。

 

 

「やぁ、君達が待ち合わせの2人かい?」

「えっ? あ…は、はい、そうですが貴女は…」

「御察しの通りだよ、私が待ち合わせをしていたウマ娘さ」

 

 

 そう言いながら、彼女は肩を竦めて顔を見合わせる私達に告げる。

 

 彼女が何者か、それは、彼女は地方競馬において英雄として名を轟かせているところを聞けば察しのいい方は気づいている方もいるかもしれない。

 

 

 フェブラリーステークス

 

 英雄は東北から来た。

 

 日本ウマ娘史上ただ1人、地方から中央を制したウマ娘。

 

 メイセイオペラ、栗毛の来訪者。

 

 時代は外から変わっていく。

 

 

 そう、彼女は東北の英雄、メイセイオペラさんなのだ。彼女の活躍は地方でありながら、トレセン学園でも話題によく上がっている。

 

 飄々としながらその雰囲気とは裏腹に、東北出身の英雄としての看板を背負っている彼女には、口では言い表せない圧力というものが備わっている。

 

 しかし、私にはわからない事があった。

 

 確かにウチのチームにはダートウマ娘はいないのだが、地方でこれだけ名が売れているのにわざわざアンタレスにメイセイオペラさんが来たがる意味である。

 

 

「何故ウチのチームに…、他にもスピカやリギルという選択肢もあったと思うんですけど」

「うーん、チーム選びを迷ってもしゃあねぇべって思ってね。そっだことより、にしゃがおもしぇと聞いたもんでなぁ」

「え…っ?」

 

 

 そう言って、私に向かいニコリと笑みを浮かべて告げるメイセイオペラさん。

 

 いや、確かに色んな意味でみんなからは良く絡まれてはいるけれど、そんな理由で所属チームを決めるとは。

 

 そういう決め方をされるとは予想外だった私は目をまん丸くしながらライスシャワー先輩の顔を見る。

 

 ライスシャワー先輩は私に困ったような笑みを返してくれた。

 

 そうですよねぇ、私もおんなじ意見です。

 

 言わずもがな、伝わる。そう、何も知らないメイセイオペラさんがウチのチームのやばいトレーニングを見てどんな風に思うのか、想像するのは容易い。

 

 だが、アンタレスといえど、チームトレーナーのほかにトレーニングトレーナーが居るのでバクシンオー先輩やタキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩のように私の義理母が見ないという所属の仕方ももちろんある。

 

 ダートに関してはそれこそ、専門のトレーナーの方が良いだろうし、そう考えるとメイセイオペラさんがウチのチームに来るというなら多分、大丈夫だろうとは思う。

 

 血迷っても、私やミホノブルボン先輩のトレーニングをさせてはいけない(戒め)。

 

 彼女には学園生活を満喫してほしいのだ。

 

 私なんてしょっちゅう筋肉痛で学園生活を満喫どころじゃないからね、もう慣れましたけども。

 

 しかし、地方にも広まっている私の悪名、絶対原因はゴルシちゃんだろうな、間違いない。

 

 あの娘、どんだけ言い回ってるんだよ! いや、多分、それ以外のウマ娘も言って回ってるんだろうなぁ。

 

 もう、訂正する気も起きない、そうです、私がトレセン学園の誇る青いコアラのド○ラ枠です。

 

 すると、メイセイオペラさんは慌てたように顔を真っ赤にして私とライスシャワー先輩にこう告げはじめる。

 

 

「やんだおら。出来るだけ標準語を話そうとしてたんだがね。 まだ、慣れてないもんで」

「そんな無理しなくても…」

「あはは、あまり訛っていてもコミュニケーションが取りにくいだろう? うん、徐々に慣れていかないとね」

 

 

 そう言いながら、照れ臭そうに話すメイセイオペラさん。

 

 とりあえず、彼女はウチのチームに転入という形で所属する事になった。これで、ウチには各レースにスペシャリストが揃い踏みする事になる。

 

 私は訛ってた方が可愛いと思うんだけどなぁ、薩摩語検定一級(自称)と広島弁検定一級(自称)、関西弁検定一級(自称)の私が言うのだから間違いない。

 

 一応、メイセイオペラさんは米国進出を視野に入れて、今年は国内ダート路線を制覇に動く事になる。

 

 これがもし、実現し、米国のダートG1を制覇したりすれば地方ウマ娘による海外ダートG1制覇というロマンに満ち溢れた偉業になることだろう。

 

 私もダートの走り方練習しようかな…、そして、ペガサスワールドCを優勝して賞金を使って豪遊三昧の生活をするのだ。

 

 可愛い水着で南国の島でバカンス、何という最高な生活だろうか。

 

 私はそんな想像を膨らませながら、ぐへへっという下品な笑いがつい出てしまう。

 

 だが、現実は非情である。今の私はクラシック路線まっしぐらなので、メイセイオペラさんにダートの走り方を教わるのは後になるだろう。

 

 それから、しばらくして、メイセイオペラさんをトレセン学園で私達は迎い入れる事になった。

 

 もちろん、トレセン学園を案内する役は1番年下の私の役目です。

 

 そして、トレセン学園の余計な豆知識をメイセイオペラさんに吹き込む私。

 

 具体的にはスピカに所属しているダイワスカーレットちゃんはおっぱいが大きいことを始め、リギルのチームトレーナーであるオハナさんがどれだけ大天使なのか、そして、スピカのトレーナーさんがどれだけ聖人なのかという事をオペラさんに教えてあげた。

 

 これは常識である。そしてウチは地獄の黙示録という事も教えておく。

 

 それは、遠山式軍隊トレーニングをすればよくわかるのだが、オペラさんみたいな良いウマ娘を私は地獄に引きずりたくないので敢えてオブラートに包んで話した。

 

 そうして、現在、私はオペラさんを連れて食堂の案内をしている最中である。

 

 

「この食堂の名物はオグリ先輩と言いましてね、たくさんご飯を食べるところが可愛いんですよー」

「ほうほう」

「トレセン学園の食堂は料理が非常に豊富なので、オペラさんも満足していただけるかと」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて、食堂の説明をオペラさんにする私。

 

 ここはある意味癒しの空間なのである。たまに見かけるスペシャルウィークことスペ先輩もよく食べている光景をよく目にするのだが、あんなによく食べれるものだと感心する。

 

 私なら多分、トレーニングの最中にゲ○吐いちゃうな、やはり、アスリート的な意味で食事はバランスよく食べるのが1番である。

 

 そんな中、食堂の案内をし終えて、トレセン学園の廊下に出る私とオペラさん。

 

 すると、そこであるウマ娘とばったりと遭遇してしまう。

 

 

「おー! アフちゃんじゃーん! この間のOP戦、流石だったなぁー! おい!」

「いいですか? オペラさん、関わってはいけないウマ娘とはこの娘の事です」

「…肩組まれて随分と親しそうだけんど?」

 

 

 親指で私に馴れ馴れしく肩を組んでくる遭遇したウマ娘ことゴールドシップを差しながら告げる私。

 

 しかしながら、そんな事は御構い無しにゴールドシップは私の肩をしっかりと組んだまま頬ずりまでしてくる始末。

 

 これにはオペラさんも苦笑いを浮かべてそう突っ込む他なかった。

 

 そんな中、私は冷静にこのゴールドシップについて何が危険かをオペラさんに説明しはじめる。

 

 

「いいですか? このゴルシちゃんは気性の荒さはあのマックイーン先輩同様にすこぶる凄くて特技がプロレス技というとんでも…」

「おー…お前またおっ○い大きくなったな」

「と、こんな感じに私のおっぱ○を何事も無いように鷲掴みにするとんでもない奴なんです」

「冷静に説明してくれるのは有難いだけんじょ、そこは突っ込んだがよくねぇべか?」

 

 

 そう言いながら、たゆんたゆんと私の胸を背後から揺らしてくるゴールドシップとのやりとりを見て苦笑いを浮かべるオペラさん。

 

 わかってるんですよ、この人はいつもこんな感じなんで突っ込むと疲れちゃうでしょう? 疲れるのは義理母の鬼調教だけで充分なんですよ。

 

 そんな中、しばらくゴルシちゃんに胸を遊ばれた私はチョップを入れて止めさせると、冷静な口調でこう話をしはじめる。

 

 

「ゴルシちゃん、私は今、オペラさんの案内で忙しいのですが」

「えー! あ、なら、私も案内手伝ってあげようか? ん?」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の肩をポンと叩くゴールドシップ。いやいや、お前さんいつからそんなに慈悲深くなったのかな?

 

 何かまたロクでも無い事でも考えついたに違いない、私はオペラさんを守る使命がある。

 

 にこやかな笑みを浮かべているゴールドシップに対して、私は冷静にかつ丁寧にこう話をし始めた。

 

 

「んー…貴女がですか? ほら、貴女は午後からトレーニングがあるでしょう」

「んなもんサボる」

「私の義理母がトレーナーなら、その発言聞いた途端ぶっ殺されますよ貴女」

 

 

 そう言いながら、信じられないような言葉を発するゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 

 そんなもん、私だってやってみたいわ! どんだけ聖人なんですか! チームスピカのトレーナーさん! 私は逃げた日には坂路が倍に増えてトレーニングもエゲツなくなるというのに!

 

 チームアンタレスなら到底考えつかないような事をさらっと言ってのけるゴールドシップに私は顔をひきつらせるしかなかった。

 

 

 それから、仕方ないのでゴールドシップを交えて、オペラさんに私は学園内の案内を引き続き行なった。

 

 途中、何故か広間の芝の上で昼寝をしていたヒシアマゾンことヒシアマ姉さんの顔にゴルシちゃんと2人で油性ペンで落書きしたりとかをしたりはしたが、特に問題なくオペラさんには学園内を案内できていたと思う。

 

 ちなみに夜に部屋に一緒に戻ったブライアン先輩と2人でヒシアマ姉さんの顔を見て爆笑したのは良い思い出になった。

 

 なんでも、昼間から夜の間、誰もヒシアマ姉さんに突っ込んで教えてくれなかったらしい。

 

 同じチームで生徒会の仕事をしていたフジキセキ先輩やエアグルーヴ先輩は仕事中やたら笑いを堪えていたとか。

 

 ちなみにルドルフ会長は全くノータッチだったらしい、曰く、新しいメイクだと思っただとか。

 

 いやいや、確かに顔にインディアンみたいな落書きはしてたけどそんなメイクがあるかい! と思わず私は突っ込みを入れたくなった。

 

 ちなみにその後、ヒシアマ姉さんから私は。

 

 

「アフトクラトラスぅ! このやろー!」

「あだだた! ごめんなさいっ! つい出来心で!」

「てめぇ! また胸でっかくなってやがるじゃねーかこら!」

「なんでみんな私の胸を触るんですかね!? やめてっ! これ以上はおっきくしないで! てか、姉さんもわたしよりデカイでしょうがっ!」

 

 

 関節技を決められたまま、何故か身体を弄られるという拷問を宿舎の部屋にて受ける事になった。

 

 チームは違えど、私にとってみればリギルの先輩たちも優しくて良い先輩ばかりである。

 

 学園生活というにはあまりにも軍隊じみていて学園生活をエンジョイできているとは言い難い私であるが、それでも、この学園に来た私には、良い姉弟子、良い先輩、良い親友が出来て幸せであった。

 

 まだ、長い春のG1ロードは残ってはいるが、新たに加わったオペラさんを加え、チームアンタレスはより邁進していく事になる。



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ダービーへようこそ

 

 

 

 さて、オペラさんことメイセイオペラさんも加わり、ますます活気が出てきたチームアンタレス。

 

 皐月賞が終わり、次は五月にあるクラシック第2弾日本ダービーに向けて、ミホノブルボン先輩は動き出していました。

 

 そして、比例するようにキツくなる坂路と筋力トレーニング、それはたった一度の栄光を手に入れる為の準備でしかない。

 

 

 日本ダービー。

 

 

 ウマ娘なら誰もが憧れる栄光。ダービーウマ娘という称号は生涯、語り継がれる事になる。

 

 ダービーを勝つ為だけに全てを賭けるウマ娘すらいるほど、この日本ダービーというのは1番日本で盛り上がりを見せるレースなのだ。

 

 ただ一度だけ挑戦できるダービー、そして、それに出るには相応の実績が必要不可欠。

 

 私の姉弟子であるミホノブルボン先輩はその実績には申し分ないし、ライスシャワー先輩もギリギリながら出走資格を得ることができた。

 

 だが、ライスシャワー先輩は距離の適性がこのダービーでも不安要素、しかも、そのトライアルレースであるNHK杯では八着と惨敗していた。

 

 努力を積み重ねているのに、それが反映されない事がどれほど悔しい事か、私はトライアルレース後のライスシャワー先輩の寂しい後ろ姿を見て思わず悲しくなってしまった。

 

 トレーニングトレーナーであるマトさんもこれには歯痒い思いをしているに違いない。

 

 そうして、各自がそれぞれの思惑を抱く中でついにクラシック第2弾日本ダービーの開催日は一週間前に迫っていた。

 

 

 その戦いに勝てれば、辞めてもいいというトレーナーがいる。

 

 その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。

 

 その戦いは僕達を、熱く、熱く狂わせる。

 

 勝負と誇りの世界へようこそ。

 

 ダービーへようこそ。

 

 

 かつて、日本ダービーはお金では買えないという逸話をもたらしたウマ娘がいた。

 

 ウマ娘の走りはお金の価値では到底測れない。ウマ娘の誇りあるレースは己の鍛えた身体と実力、勝負強さが全てなのである。

 

 運と実力が必要とされるこの日本ダービーでは名もないウマ娘が一気にスポットライトを浴びる事ができるそんな夢が詰まっているレースなのだ。

 

 それだけに、この日本ダービーを制するために命がけでトレーニングをするウマ娘も中にはいる。

 

 一生に一度の夢の祭典、それが、この日本ダービーだ。

 

 もちろん、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩もそのレースの意味をわかっている。

 

 ダービーを制したウマ娘というだけで、海外のウマ娘や関係者も度肝を抜く、この日本ダービーという名を取るという事はそれだけの影響力があるのである。

 

 だが、日本ダービーを取り、その後、大きな活躍したウマ娘というのも限られている。それは、そのレースに力を全て出し尽くしたという事なのかもしれない。

 

 なので、スペシャルウィーク先輩といった日本ダービーを制して活躍したウマ娘というのはかなり稀な存在なのだろう。

 

 さて、そんな大事なレースの当日、私はどこにいたのかというのかというと?

 

 

「たこ焼きー、たこ焼きどっすかー」

 

 

 焼きそばを売って回るゴルシちゃんと一緒にたこ焼きを売って回っていた。

 

 ゴルシちゃん曰く、お前胸でかいからそれなら形状が似てるたこ焼きがバンバン売れるっしょって事らしい、どんな理論だよと私は思いました。

 

 皆、最近、胸しか見てないね、なんだよ、持ってるじゃん、自前で用意できるでしょう? 自分のあるでしょうよ、結構デカイのが。

 

 私なんてメイショウドトウちゃんに比べたら可愛いものですよ、あれには勝てないっすよ。

 

 そんな感じにやさぐれながら、私はたこ焼きを雑に売る。

 

 私がマスコット的な意味合いがあるのかどうかはわからないが、私というだけで何故か皆買ってくれているので売り上げは上々だ。

 

 焼きそばのゴルシちゃんとたこ焼きのアフちゃん、何故だか、このセットで覚えられそうでなんだか怖い。

 

 一応、姉弟子とライスシャワー先輩には激励はしっかりとしてはおいたけれど、日本ダービーは何が起きるかわからないから、レース前に立ち会えないのは私には物凄く不安であった。

 

 ライスシャワー先輩は不安ではなかろうか、ミホノブルボン先輩は言葉をかけて欲しくはないだろうか?

 

 自分は何か少しでも力になりたい。

 

 だが、私は今、たこ焼きを抱えていろんな人に笑顔を作りながらたこ焼きを売って回っている。

 

 こんな事をしていて果たして良いのだろうかと私自身、あまり、これに乗り気ではなかった。

 

 すると、ここで、ゴルシちゃんは何かを思ったのか私を手招きで呼んできた。私はそれに首を傾げて彼女の元に寄っていく。

 

 そして、彼女は私の側に近寄るとポンと肩を叩いて隣でこう話をし始めた。

 

 

「…何考えてんだ?」

「何って、そりゃレースに出る先輩達の事ですけれど…」

「それで? 声でも掛けに行こうとでも考えてた訳か?」

 

 

 ゴルシちゃんは私にそう告げながら、私の考えていた事について簡単に述べる。

 

 紛れもなくその通りだ。私はこのG1という舞台で先輩達の励みに少しでもなりたい、特に日本ダービーという晴れ舞台ならばなおのことそうだ。

 

 このレースの意義を考えれば、たこ焼きを売って回るという事よりも彼女達の力になりたいと思うのは当たり前の事だろう。

 

 だが、ゴルシちゃんは真っ直ぐにレース場を見据えたまま、私にこう話をし始めた。

 

 

「自分にとって出来ることってのは何も先輩に声を掛けるだけが出来る事じゃないだろ」

「…えっ…?」

「こうやって、レースを見に来て応援しに来てくれる奴らに焼きそばやたこ焼きを配って、よりレースを盛り上げてもらった方がお前の先輩達も気合が入るんじゃねぇか?」

 

 

 レース場を真っ直ぐに見たまま、ゴルシちゃんは笑みを浮かべ、私にそう語ってきた。

 

 声を掛けて励ますだけが、励みになる訳じゃない。

 

 こうして、レースを見に来てくれて応援してくれる人が居るからこそ、自分達は頑張ってターフを駆ける事ができる。

 

 ゴルシちゃんの言葉は確かにその通りだなと、私は思った。数々のドラマをレース場で実際に目の当たりにしてきた私だからこそ、納得できる言葉だった。

 

 正直、レースに実際に走る事が出来ない私が先輩達にできる事は限られている。

 

 幾多の坂を越え、幾多の凄まじいトレーニングを行い、たくさんの檄を浴びてきたミホノブルボン先輩。

 

 そして、それに少しでも近づこうと足掻き、努力を積み重ねたライスシャワー先輩。

 

 いつか、あのターフで二人と共に駆けたいと願いながら、私は彼女達の影を追って、毎日、必死にトレーニングについていっている。

 

 ウマ娘として、この世界に生を受けたその意義をあの二人のおかげで私は見出せたといってもいいだろう。

 

 この世界で母も父の顔も知らない私にとって、義理母もミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も大事な家族なのだ。

 

 だったら、元気よく、会場を盛り上げて二人の晴れ舞台をより盛り上げてあげた方が彼女達の力になるだろう。

 

 私はゴルシちゃんの言葉に思わず笑みが溢れてしまった。

 

 これも、二人の力になる大事なものだ、まさか、彼女に教えられるとは思ってもみなかったな…。

 

 たこ焼きを抱えた私は、バシンッと隣にいるゴルシちゃんの背中を叩くとこう話をしはじめる。

 

 

「あいたっ!」

「さぁ! たくさん売りますよっ! 全部売って会場を盛り上げてやりましょう!」

「…お、おう、なんだ急にやる気になりやがったな、おい」

 

 

 そう言いながら、背中を抑えつつ私と共にレース会場に再び焼きそばを抱えてレースを見に来てくれた人達に売りに出るゴルシちゃん。

 

 彼女達の為にこの会場を盛り上げる。それならば本気でやらねば、きっと彼女達も力が出ないだろう。

 

 そんな、私とゴルシちゃんの姿をレースを控え、ゲート前でアップをしながら見ていたミホノブルボン先輩はフッと笑みを浮かべていた。

 

 そうして、いよいよ、クラシック第2弾、日本ダービーのファンファーレが会場に鳴り響く。

 

 やはり、日本ダービーだけあって異様な雰囲気が会場を包んでいた。

 

 レースに出る出走するウマ娘達も目がいつもとは違う、ギラギラとただ、ダービーを制覇するんだという闘志に燃えていた。

 

 会場に来ていた観客達からはファンファーレと共に慣例の合いの手が鳴り響き、会場全体が震えていた。

 

 

 第59回 東京優駿(日本ダービー)。

 

 

 今、その火蓋は切って落とされそうになっていた。

 

 号令と共に一斉に走る構えを取るウマ娘達、それぞれが高鳴る心拍数を落ち着かせるかのように静かに深呼吸をし、その時に備える。

 

 会場が静まり返りまるで、時間が止まったようだった。

 

 そして、ついに…。

 

 

「さぁ! 第59回! 東京優駿(日本ダービー)スタートしましたっ! さあブルボン! いいスタート!」

 

 

 パンッ! とゲートが開いたと同時にスイッチが入ったかのようにスタートを一斉に切るウマ娘達。

 

 だが、今回は先頭に行くのはミホノブルボン先輩だけではない、ライスシャワー先輩も追従するようにブルボン先輩の後を追っている。

 

 これには実況の人間も思わず声を上げて、レースを盛り上げる。

 

 

「ゼッケン13番! ライスシャワーと一緒に!スっと行った! 行った! やはりブルボン行った! ミホノブルボンが17人を従えて先頭を行きました! 」

 

 

 この光景には私も思わずたこ焼きを売っていた手が止まる。

 

 ミホノブルボン先輩について行く形でライスシャワー先輩も先を取りに行っている。これに燃えない訳が無いだろう。

 

 あの二人はあそこでどんな言葉を交わしているんだろうか、たこ焼きを抱えている私は目を輝かせたまま、気がつけば始まった日本ダービーに釘付けになっていた。

 

 一方でレースを走る二人は、互いに視線を交わしながら笑みを浮かべていた。

 

 

(今日は負けないっ…! 今日こそ勝つ!)

(来ましたかっ! ライスシャワーっ!)

 

 

 互いに譲れないプライドが激突するレース。

 

 積み上げてきたからこそ、負けられない。譲れない思いが互いの中にあった。

 

 序盤から火花を散らす二人、だが、やはり先頭を行くのはミホノブルボン先輩だ。

 

 ミホノブルボン先輩の背中を見つめるライスシャワー先輩は彼女の背中を真っ直ぐに捕らえていた。

 

 一気に勝負を仕掛けて、ダービーを勝つ。日本ダービーという称号も確かに欲しいが、ライスシャワー先輩にとって、1番欲しいのはミホノブルボン先輩に勝ったという証明だ。

 

 だが、ミホノブルボン先輩はドンドンと後続との差を開いていく、3身差、4身差と着実に差は開いていた。

 

 しかし、ライスシャワー先輩はそれ以上は離されないようにとミホノブルボン先輩との差を詰めていく。

 

 私は二人の駆け引きをドキドキしながら見ていた。

 

 どちらが勝つのか、この後の展開がどうなるのか、日本ダービーはただのレースでは無い、何が起こるかわからないのが日本ダービーなのだ。

 

 だが、一度はミホノブルボン先輩に迫っていたライスシャワー先輩は違和感に気づく。

 

 それは残り400m手前ですぐに彼女は気がついた。

 

 

「…なんでっ!!…どうしてっ!?」

 

 

 必死に食らいついているが、わかるのだ。ミホノブルボンがどれだけの余力を持て余しているのかを。

 

 必死に食らいついているつもりでも、差したいタイミングでも、ミホノブルボン先輩の足が衰える気配が微塵も感じられないのだ。

 

 いつ差せば良いのか、差すタイミングがここしか無いにもかかわらずミホノブルボン先輩の足の速さは全く変わらない。

 

 それどころか、更にそこから加速する始末である。

 

 思わずたこ焼きを抱えていた私は呆然としたまま持っていたそれを落としてしまった。

 

 そして、顔を引きつらせたまま、そのレースを目の当たりにしてこう一人でに呟く。

 

 

「…はは…。…本当に化け物か…あの人は…」

 

 

 その勝ちは必然だったのかもしれない。

 

 だが、それにしてもあまりにも強すぎた。ミホノブルボン先輩は後ろから追うライスシャワー先輩をぶっちぎる。

 

 きっと、同期にミホノブルボン先輩さえ居なければ日本ダービーを制していたのはライスシャワー先輩だったかもしれない。

 

 

 私の心配なぞ、不要。

 

 

 そう言わんばかりの圧倒的な強さに思わず、私は顔を引きつらせるしかなかった。

 

 実況席に座るアナウンサーも興奮気味に立ち上がりその光景を叫ぶ、ダービーを制するウマ娘の名を何度も叫んだ。

 

 

「2200mを通過したっ! ブルボン先頭っ! ブルボン先頭っ! 恐らく6身差っ! 恐らく勝てるだろう! 恐らく勝てるだろうっ! もう大丈夫だっ! ブルボン! 4身差! 5身差! 今ゴールインっ!」

 

 

 声を上げる実況者、ゴールインと共に一斉に観客席から歓喜の声が上がる。

 

 圧倒的なミホノブルボン先輩のレースぶりに観客達は皆、惜しみない拍手を送った。

 

 運などではない、それすらも実力で真っ向からねじ伏せるその強さに皆は拍手を送らざる得なかったのである。

 

 積み上げてきた努力が、トレーニングが実を結んだ勝利、誰よりも努力を積み重ねてきたミホノブルボン先輩だからこそ取れた栄光。

 

 

 しかし、勝者が居れば、そこには必ず負ける者がいる。

 

 

 一方でミホノブルボン先輩に負けたライスシャワー先輩は大粒の涙を流し、悔しそうにターフに蹲っていた。

 

 あれだけの大差をつけられた事に対する不甲斐なさか、日本ダービーを勝てなかった事に対する悔しさか。

 

 

「うああああぁ!! あぁぁぁぁ…っ!」

 

 

 積み上げてきたものを全てにおいて上回られた。彼女にはそれが悔しくて仕方なかったのだろう。

 

 きっと、あの皐月賞から必死にミホノブルボン先輩に追いつこうと足掻いていたに違いない。

 

 彼女の努力する姿を見ていた私にも、姉弟子が勝って嬉しいという喜びがある中で、涙を流すライスシャワー先輩のその姿が胸を打って仕方なかった。

 

 ライスシャワー先輩の今まで見たことが無いその姿に私は思わず、抱えていたたこ焼きをゴルシちゃんに預けて向かおうと思った。

 

 だが、そうしようとした途端、声をかけて来たウマ娘がいた。

 

 

「何をしようとするつもりだ?」

「…!?…ブライアン先輩…」

 

 

 そう言って、私の前に立ち塞がったのは同じく日本ダービーを見に来ていたナリタブライアン先輩だった。

 

 大方、ライスシャワー先輩に駆け寄ろうと考えていた私の事を察しているからこその行動なのだろう。

 

 私は立ち塞がったナリタブライアン先輩は表情を険しくして、厳しい口調でこう告げる。

 

 

「敗者に情けをかける事こそ、プライドを傷つける事はないぞ」

「でも…! あんなの見たら…」

「勝者は必ず敗者を作る。それが勝負の常だ、それはあのレースを走った奴が1番わかっているだろう」

 

 

 ナリタブライアン先輩は真っ直ぐに私を見据えながらそう告げてきた。

 

 確かにその通りだ。ナリタブライアン先輩の言う事はもっともである、私がライスシャワー先輩に駆け寄って何を言うと言うのか。

 

 敗北の苦さをより辛くするだけではないのか、後輩の前で全く姉弟子に通用しなかった姿を晒して同情までされれば、彼女は一体どう思うのだろうか。

 

 私はナリタブライアン先輩のその言葉に何も言い返す事が出来なかった。私自身もそれは理解していたからだ。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべて私の頭をポンっと叩くとこう語りはじめた。

 

 

「それよりも、身内の優勝を祝ってやれ。無敗で二冠達成なんてすごい事だろう」

「……!!」

 

 

 ブライアン先輩の言葉に静かに頷き、私は抱えていたたこ焼きを放って走ってミホノブルボン先輩の元へと向かい駆け始める。

 

 それを静かに見届けたナリタブライアン先輩はその足でそのまま会場を後にするように出て行ってしまった。

 

 レースを終えて、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩。

 

 私はそのまま、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩に向かって喜びのあまり涙を浮かべながら飛びかかった。

 

 私の姉弟子はダービーを取ったウマ娘なんだぞと胸を張って言える、それだけで、私は嬉しかった。

 

 急に抱きついてきた私に驚いた様な表情を浮かべるミホノブルボン先輩。

 

 だが、しばらくして、涙を流しながら抱きついた私に優しい笑みを浮かべたまま、何度も頭を撫でてくれた。

 

 

 無敗の二冠達成。

 

 この日本ダービーでの姉弟子とライスシャワー先輩が見せてくれた戦いの勇姿。

 

 それは、私にとって、積み上げてきた努力を形にしたとても美しい光景だった



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日本ダービーの恩恵

 

 

 

 さて、日本ダービーも終わり、ひと段落ついたチームアンタレス。

 

 日本ダービーを制したミホノブルボン先輩を祝して祝勝会も今回はしっかりと行った。

 

 

 祝勝会という名の地獄トレーニングをな!

 

 

 あるわけないでしょう、祝勝会なんて、あったら奇跡ですよ。代わりに坂路を軽く四桁登りました。

 

 千から先は覚えていません、とりあえずひたすら汗を流したのはうっすらと記憶には残っています。

 

 祝勝会なんてあるわけないよねー、期待してもやっぱりそうだよねーと私は思っていました。

 

 しかしながら何と今回は万に一つ起こりえない奇跡が起きたんです。

 

 それは、なんと、ミホノブルボン先輩の日本ダービー制覇を記念して、チームアンタレスは慰安旅行に行く事ができるようになりました。

 

 それも南国のリゾート地という、素晴らしい場所にバカンスに行く事になったのです。

 

 というわけで、私は姉弟子であるミホノブルボン先輩を連れてショッピングモールに買い物に来ておりました。

 

 ウマ娘になってから、もう何年にもなりますが、まさかこんな日が来ることになろうとは思いもよらなんだ。

 

 私も普通のウマ娘デビューをする日がやって来たのですね! ヌイグルミという役職の他にようやくウマ娘として可愛い水着を選んだりショッピングを楽しめる日が!

 

 私はミホノブルボン先輩の手を引きながら上がりまくるテンションを抑えられないでいた。

 

 

「さあ! 早く行きましょう! 早く!」

「…そんなに慌てずとも無くなりませんよ」

 

 

 そう言いながらあまり乗り気ではない姉弟子。

 

 普段から女子力に関してそこまで関心がないからだろうか? 確かに姉弟子は大体トレーニングしてるか、坂路登ってるのだが、それにしてももうちょっと女子力はつけた方が良いと私は思う。

 

 少しはナリタブライアン先輩を見習ってください、とはいえ、あの人もお化けを怖がるのと私をヌイグルミ代わりにして寝るくらいだけども。

 

 そうこうしているうちに私達は水着コーナーへやってきた。

 

 可愛い水着が色とりどり、ほうほう、これは選び甲斐があるというやつではないだろうか?

 

 さて、早速水着を選ぶとしましょう、どれにしようか悩みますねぇ。

 

 と、私がここで姉弟子にどの水着が可愛いかと聞こうとして振り返ると、そこには、既に姉弟子の姿が見当たらなかった。

 

 そして、私はテクテクと隣にある筋肉トレーニング用品のコーナーの前まで歩いて行き、目を輝かせている姉弟子の姿を見つけてしまった。

 

 ちゃうねん、そっちやないねん、もう筋力トレーニングはええねん。

 

 ここで、いい感じの荒縄を見つけたとばかりに軽く引っ張るミホノブルボン先輩の姿に私は顔を引きつらせるしかなかった。

 

 そして、姉弟子はいい笑顔を浮かべたまま、水着コーナーにいる私にこう告げはじめる。

 

 

「妹弟子よ、これを窓に張り付けて腕の力だけで登るトレーニングなんてどうでしょう! 画期的だとは思いませんか?」

「WBCの世界チャンプでも目指す気ですか貴女は」

 

 

 そう言いながら、私は荒縄をビシビシと引っ張っているミホノブルボンの姉弟子に突っ込みを入れる。

 

 それ、ボクシングの世界王者とか消防士とか軍隊の人がやってるトレーニングでしょうが。

 

 レース中にでも隣を走るウマ娘にボディブローをかますつもりなんですかね? 貴女の筋力で殴られたら本当に轟沈しますよ。

 

 私は荒縄に目を輝かせている姉弟子にため息を吐くしかない、駄目だこの人、早くなんとかしないと。

 

 すると、姉弟子はまた新しく何かを発見したのかすぐにそれに近寄るとキラキラと目を輝かせてまたそれを私に見せてくる。

 

 

「見なさい! 妹弟子! これは素晴らしい! レッグプレスマシンですよ! これは欲しい…店員さんこれください」

「いや何しに来たんですか?! 私達、水着買いに来たんですよ!? 姉弟子!」

 

 

 そう言いながら、だんだんと水着コーナーから遠ざかっていく姉弟子の腕を掴んで再び回収する私。

 

 あー! とか姉弟子が声を出していたが、知りません、脳内は相変わらず筋肉モリモリマッチョウーマンなんですねこの人は。

 

 私はとりあえずミホノブルボン先輩を水着コーナーへと引き戻した。

 

 さて、今日は水着を買いに来たのだ。クッソ重いダンベルとかを買いに来たわけではない、そういうわけで、水着を選ぶわけなんだが、これまた姉弟子のチョイスは酷かった。

 

 まず、姉弟子が私に見せて来たのはこれだ。

 

 

「妹弟子よ、この水着はなんとあの競泳選手が使っているという競技水着みたいですよ! ふむ、遠泳にはこれは丁度良いですね」

「ダメです」

 

 

 遠泳用のスポーツ水着である。可愛さもクソもあったもんじゃなかった。

 

 慰安の為のバカンスやぞ? 遠泳ってどこ行くねーん。

 

 無人島にでも泳ぎ行くつもりなんでしょうかねこの人は。

 

 私は即刻却下した。当たり前である。

 

 そういえば、多分だが、私が知ってる中で姉弟子が着ている可愛い服や衣装というのは今の今まで見たことがない。

 

 だいたい、ジャージか身体が動きやすいスポーツ着ばかりである。

 

 唯一、可愛い衣装かな? と思ったのはあのSFチックなシン○ォギアみたいな勝負服くらいなもんだろう。

 

 誰がデザインしたのかはしらないが、私がそれをネタにして姉弟子をからかったらプロレス技をかけられて身体中が軋み、悲鳴という名の絶唱をしたのは記憶に新しい。

 

 見た感じ適合者っぽいんですけどね、よくレースに勝ってウイニングライブしますし、姉弟子。

 

 でも、歌わず筋肉言語で何事も鎮圧しそうだから不思議、歌とはなんだったのか、もはや、付録みたいなもんですね、はい。

 

 そんな感じで、ミホノブルボンの姉弟子と買い物を楽しんでいると、ここで、私に声がかかる。

 

 

「おー、アフちゃんじゃないか、奇遇だな」

「ん…?」

 

 

 そうして、聞き覚えのある声を掛けられた方に振り返る私。

 

 私は目の前に現れた私服姿の二人のウマ娘の姿に目をまん丸くした。一人は分かる、そうナリタブライアン先輩だ。

 

 もう一人の眼鏡を掛けているウマ娘は初対面だ。芦毛の綺麗で長くふわふわした髪にいかにも真面目そうなウマ娘である。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は眼鏡を掛けているウマ娘に話をし始めた。

 

 

「ビワハヤヒデさん、こんにちは」

「あぁ、ミホノブルボンさん。今日はお買い物ですか?」

「まぁ、そんなところですね、貴女達は?」

「似たようなものです。この娘がバカンスに同行するので水着を買いに来たんですよ」

 

 

 そう言いながら、笑みを浮かべて話をするミホノブルボンの姉弟子とビワハヤヒデと名乗るウマ娘、その瞬間、私は固まってしまった。

 

 えっ!? ビワハヤヒデってあれだよね! 顔がデカイ事で有名な! ブライアン先輩と一緒に歩いてたからもしかしたらとは思ったけれど!

 

 ビワハヤヒデ先輩の世代と言えば、『BNW』というビワハヤヒデ先輩を入れた三銃士的な人達が有名だ。

 

 

 クラシック三冠路線では、ウイニングチケット先輩、ナリタタイシン先輩と共に、それぞれの頭文字から「BNW」と呼ばれたライバル関係を築き、ビワハヤヒデは三冠のうち最終戦の菊花賞を制した事は有名な話だ。

 

 最強馬として確固とした地位を築き、天皇賞(春)、宝塚記念といったGIをも制覇している。

 

 

 かつての『天馬』トウショウボーイ。『流星の貴公子』テンポイント。『緑の刺客』グリーングラス。

 

『TTG』と呼ばれたその伝説のウマ娘の三人を彷彿とさせるビワハヤヒデ先輩達の世代『BNW』は学園内外では、かなりの知名度と人気を誇っている。

 

 ちなみにその中でもビワハヤヒデ先輩は私の知識が正しければ、かなり顔がデカイはずだったのだが、見たところ小顔な上にかなりの美人だ。

 

 ナリタブライアン先輩と並ぶと様になっている。二人から漂う強者のオーラはやはり違うなと改めて感じた。

 

 それと対面しているミホノブルボンの姉弟子からも確かにオーラ的なものは出てるけれども。

 

 とはいえ、ナリタブライアン先輩がここに来るきっかけは多分、私達と一緒だ。

 

 というのも今回のバカンスにナリタブライアン先輩も私が誘ったからである。

 

 それは、私の併走に付き合ってくれたり、ミホノブルボン先輩の最終調整に付き合ってくれたり、私をヌイグルミ代わりにして寝る間頬ずりしたりといろいろとお世話になっているからだ。

 

 最後のだけは要りませんでしたね、はい、私もそう思います。

 

 すると、ナリタブライアン先輩はため息を吐いてやれやれといった具合に私にこう話をし始めた。

 

 

「姉貴は頭でっかちだからなぁ、バカンスに行くのなら可愛い水着くらい買っていけだと、私は学園指定の水着でいいと言ったんだが」

「随分前にヒシアマ姉さんに女子力云々言ってたのはどこの誰でしたっけ?」

 

 

 そう言いながら、私は姉弟子とおんなじ事を言っているナリタブライアン先輩に思わず突っ込みを入れる。

 

 この人達、女子力高いのファンの前で歌ってる時くらいではないだろうか?

 

 あ、私は基本、ミホノブルボン先輩の女子力は全部筋肉になってるって思ってるのでそこは問題無いです。

 

 すると、このナリタブライアンの言葉を聞いたビワハヤヒデ先輩はムッとした表情を浮かべるとこう言い返しはじめる。

 

 

「誰が頭でっかちだ! 誰が!」

「んー? で、アフちゃんはミホノブルボンの付き添いで来たのか?」

「さらっと私の背後に回ってハグしてこないでくださいよ…もう」

 

 

 そんなビワハヤヒデ先輩の言葉を受け流すように私の背後に回り、いつものようにハグして頬ずりしてくるナリタブライアン先輩。

 

 話を流すのが相変わらず上手いなこの人は、ビワハヤヒデ先輩相手でも相変わらずである。

 

 私は背後に回り、ハグしてくるナリタブライアン先輩にこう話をしはじめた。

 

 

「私達も一緒ですよ、私は姉弟子に水着を選んであげようと思いましてね」

「へぇ、なら手間が省けるな、ついでにアフちゃんのセンスというのを見せてもらおう」

 

 

 そう言いながら、私にニヤリと笑みを浮かべたまま告げるナリタブライアン先輩。

 

 えっ? 何この流れ、私が選ぶの? ただでさえミホノブルボン先輩のも選ばなきゃいけないのに。

 

 へたに変な水着選んだら、私、トレセン学園で変態ウマ娘の名を得る事になるんですけども。

 

 すると、ビワハヤヒデ先輩は呆れたように首を左右に振るとナリタブライアン先輩にこう話しをしはじめる。

 

 

「はぁ…またお前は勝手に話を進めて…」

「いいじゃないか、たまにはこういうのも、なぁ?」

「私は構いませんが」

「姉弟子ェ…」

 

 

 ということで、姉弟子も許可したところで私達はナリタブライアン先輩達を交えて水着を選ぶ事になった。

 

 ビワハヤヒデ先輩もいることだし、センスがない水着を選ぶ心配はなさそうだ。競泳水着でもいいんですけどねぶっちゃけ。

 

 というか、ぶっちゃけ二人分の水着を選ぶのがめんどくさい。着せ替え大好きなウマ娘ならまだしも、私はそういったキャラではないのだ。

 

 こんなことならライスシャワー先輩も連れてくれば良かったなと後悔する。

 

 ライスシャワー先輩も一時期はダービーで負けてしばらく落ち込んではいましたが、同じチームのミホノブルボン先輩の勝利を快く受け入れて、もう立ち直っています。

 

 ライスシャワー先輩は自前で以前買った水着があるみたいなので、必要ないという事で今回はついてきてないけれども。

 

 

 というわけで、小さい規模ながら水着姿パドック開始!

 

 私はなるべく、布面積が多そうなのを選ぶように見ていく。意外と最近の水着というのは布面積が多くても可愛い水着は多いのだ。

 

 悩みながらもしばらく水着を選ぶことだいたい五分くらい、すると、私の元にブライアン先輩が水着を持って来た。

 

 私はその水着を見て顔を引きつらせる。

 

 

「こんなのはどうだろう? 意外と可愛くないか?」

「返して来なさい、これ布少なすぎでしょ!」

 

 

 そう言いながら、私はブライアン先輩の持ってきた水着に突っ込む。

 

 色は水色で無難そうに見えるが、明らかに胸のあたりの布面積少な過ぎィ! こんなん選んだらもうえらい事なりますわ。

 

 私の言葉に首を傾げるブライアン先輩、彼女的には割と悪くないチョイスだったらしい。

 

 水着のデザインは百歩譲って可愛かったからまだいいだろう、まだね。

 

 まあ、ブライアン先輩の場合は晒を胸に巻くのでそんなのでも問題はない気はするが。

 

 すると、ブライアン先輩は私にこう告げ始める。

 

 

「そうか、私は案外似合うと思ったんだがな。お前に」

「って私の水着かーい!」

 

 

 私は持ってきたブライアン先輩に盛大にツッコミを入れる。

 

 自分のを選んで来なさいよ! なんで私が着る前提で水着選んで来てるの? こんなもん着れるか!!

 

 そうか、トレセン学園に居れば水着を選ぶ機会なんてないもんな、そうなれば、そうなるか、水着を選ぶのはやはりこの人達は危うい気がしてらならなかった。

 

 その次に、私の肩を叩いて来たのはミホノブルボン先輩だった。

 

 そして、姉弟子が持ってきた水着を見て私は顔をゲッソリとさせる。

 

 

「これなんてどうでしょう、妹弟子よ」

「姉弟子、それ男性用のブーメランパンツです」

 

 

 そう、姉弟子が持ってきたのは男性用のブーメランパンツ。しかも、ボディビルダーが良く履いているやつだ。

 

 予想の遥か斜め過ぎて私もこれにはなんて言ったらいいかわからない。上半身何にもつけないつもりかな? この人。

 

 私は速攻で却下し、戻してくるように姉弟子に告げる。せめてそこは女性用にして欲しかった。

 

 こんなもん履くのは男性でも元コマンドーかランボーみたいな筋肉隆々の男性くらいなもんですよ。筋肉選手権にでも出るのかな?

 

 すると、姉弟子も残念そうな表情を浮かべると私にこう告げ始める。

 

 

「そうですか、残念です。貴女に似合うと思ったのですが」

「貴女には私が何に見えてるんですか」

 

 

 私はシュンと耳を垂らし落ち込んでる姉弟子に冷静にそう告げる。

 

 いや、おかしいでしょう。なんで二人とも私が着る前提で水着を選んでるんですかね? 姉弟子のなんてもはやギャグでしょう。

 

 私はとりあえず、ビワハヤヒデ先輩と相談して私達の独断と偏見で似合いそうな水着を見繕う事にした。

 

 ちなみに私の水着は青い可愛いフリルが付いているやつにしました。

 

 え? 髪が青鹿毛だし、水着も青だとお前、海と同化するぞ、ですって? いやいや、やめてくださいよ、いくら青だからって私が海と同化するなんて…。

 

 名付けて、オーシャンアフトクラトラス。

 

 オーシャンなのは、テイエムオーシャンさんだけで良いと、だからといってテイエムオーシャンさんも海と同化しているわけではないですけどね。

 

 

 こうして、日本ダービーを祝してバカンスに向けての準備を着実に進める私達。

 

 余談にはなりますが、この後、ミホノブルボンの姉弟子がアウトドア製品にやたら詳しかったのでそちらの方は苦労せずには済みました。

 

 なんでミホノブルボン先輩がサバイバルに関してそんなに詳しいのか私はやたらと気にはなりましたが、突っ込んだら負けかなと思い敢えてのスルーです。

 

 本当にこれが息抜きのバカンスになるのかどうか私は疑心暗鬼になるのでした。



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バカンス

 

 

 さて、私達は現在、バカンスの地、ドバイを目指して飛行機に居ます。

 

 パスポート関係とかどうしたんだろう? とかいろいろ気にはなったところはあるんですけれど、私は旅客機のビジネスクラスで椅子をリクライニングにし、アイマスクを着けてリラックスしながら有意義に旅行を楽しむ事がこうして出来ています。

 

 久々の休暇はいいですねー、いやー、今からバカンスですよ! しかもドバイで!

 

 ドバイといえば観光名所が盛りだくさんですよね! デザート サファリとか!ブルジュ・ハリファなんかもありますよね!

 

 いやーテンション上がりまくりです! 思わず鼻歌歌ってしまうくらいに私は上機嫌でした。

 

 可愛い水着も買って、たくさんの観光名所を回りつつ、海でゆっくりと過ごすなんてのもいいですよね。

 

 そんな風にるんるん気分の私でした。そう飛行機にいるまでは。

 

 いや、予想してなかった事は無いんですよ、もしかしたらあるんやないやろうかと、姉弟子と義理母のコンビだし、でも、旅行先ですよ? 旅行先。

 

 いやいや、こんなバカンス気分できた、しかもドバイなんかでそんな事は無いでしょう? 綺麗な海に綺麗な街並み、観光名所、こんなところで? 無い無い。

 

 と、思ってましたよ、私も。

 

 

「ドバイのダートはどうだ! 足腰にくるだろ! さぁ! もう一本だ!」

「サーイエッサー!」

「アフトクラトラスゥ! へばる暇はないぞぉ! いつまで土にキスしてるつもりだァ! 馬鹿者ォ!」

「…はぁ…はぁ…い…いぇすまむぅ…」

 

 

 私は土まみれになった顔面を上げて、死にかけの表情で義理母の言葉に答える。

 

 ドバイの地にて私達が何をしているかと言われれば、見ての通りです。ダートの坂を登っております。

 

 それはもう、地獄ですよ、時差ボケ? 関係無いから、と言わんばかりの坂路、しかも、ドバイのダート版。

 

 土なんか普段はあまり走らないのだが、足腰の強化を図るため、芝ではなく、ドバイのダートを使ったこの坂路特訓はもう壮絶でした。

 

 

 バカンスというより、強化合宿に近いだろう、これ意味合いが全然違うやんけ。

 

 

 ドバイの照らしつける日が眩しい、ブライアン先輩やタキオン先輩達も現地入りしたオハナさんと共に軽くドバイでトレーニングしている最中である。

 

 もちろん、このドバイでのトレーニングは明確な意図があってのことだ。

 

 ミホノブルボンの姉弟子もブライアン先輩もそうだが、来年には海外進出をし、欧州やその他の地域でレースがある。

 

 チームアンタレスからはバクシンオー先輩、タキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩、バンブーメモリー先輩らもこのドバイでのトレーニングを個別でこなしている。

 

 私達は見ての通りです。ドバイにて坂を登ってばかりだ。

 

 私は死にかけの身体に鞭を打ち、その地獄のトレーニングに再び復帰する。

 

 海外戦に向けての特訓ならば、必死についていかねば到底通用なんてしない。

 

 海外のウマ娘ならば、なおさら怪物ばかりだ。

 

 トレヴにハリケーンラン、ヴィジャボード、ダラカニ、ハイシャパラル、ガリレオと名だたる海外ウマ娘達が世界中で活躍している。

 

 さらに、最近では神童と呼ばれるウマ娘ラムタラに、シングスピールという海外ウマ娘達が脚光を浴びているとか。

 

 ミホノブルボンの姉弟子と同世代ならば、アメリカのハトゥーフが立ち塞がることだろう。それに、アイルランドダービーを制したセントジョヴァイトまでいる。

 

 ダートに目を向ければ、姉弟子のちょっと後の世代にはダートで化け物じみて強いシガーまでいる。

 

 あれとメイセイオペラ先輩戦うのかとか考えると物凄く可愛そうに感じてしまう。いや、というか無理でしょうと。

 

 例えるなら、私がフランス史上最強ウマ娘のシーバードかイタリア最強ウマ娘リボーに挑むようなもんである。

 

 別名、ブロワイエさんことモンジューさんも大概やばい人ですね。

 

 皆さんはもうご存知かもしれませんが、最近、ジャパンカップでスペシャルウィークさんと戦ったあの人です、はい、よくスペ先輩はあれに勝てたなと感心するばかりです。

 

 さて、話は戻りますが、こうして挙げた化け物みたいなウマ娘達と私達はやり合わなければならないので、トレーニングがハードになってしまうのも分かる。

 

 

 だが、しかし考えてほしい、私達は本来、ここに何をしに来たのか? 日本ダービーの勝利を祝してのバカンスである。

 

 

 明らかにおかしい、今頃、私は南国のビーチで可愛い水着を着て、さらに、ビーチに置かれたリクライニングチェアでくつろぎながらサングラスを掛けてニンジンジュースを片手に海を眺めているはずなのだ。

 

 それがどうでしょう? 私は土に這い蹲り、死にかけながら何度もドバイのダート坂路にキスを繰り返しているような気がします。

 

 いや、アンタレスにとってのバカンスがこれだと言われてしまえば何にも言えないんですけどね。

 

 それが、だいたい午前中の練習メニューでした。

 

 

 うん、午前中だけでも死ねる、午後はもっとハードに違いない。

 

 

 私はやさぐれながら、シャワー浴びて着替えホテルのベッドに頭から飛び込んだ。

 

 久しぶりに地面に倒れるくらいハードなトレーニングをした気がする。慣れない海外のレース場にダートの坂路、さらに、時差ボケが疲労に拍車をかけてきたのかも。

 

 

 すると、そこで、部屋の扉がガチャリと開いた。

 

 

 えっ? もう休憩終わりですか? もう午後からの地獄の練習が始まるのですか?

 

 おぉ、神よ、寝ているのですか? えっ? ベガスでバカンスですって? 良ければ私も連れて行って貰ってもいいですかね。

 

 そうして、私が絶望に満ち溢れた表情を浮かべて開いた扉の方を見る。

 

 するとそこには、赤模様の可愛いフリルが特徴の黒いワンピース型の水着を着たライスシャワー先輩がゴーグルを付け、浮き輪を片手に立っていた。

 

 さらに、その横には赤が特徴の晒しを胸に付けている派手なビキニ姿をしたナリタブライアン先輩まで一緒だ。

 

 私は目の前に現れた水着姿の彼女達に目をパチクリさせる。

 

 すると、ブライアン先輩は親指で外を指差しながら私にこう話をしはじめた。

 

 

「おーい、海、行くぞ海」

「ブルボンちゃんも今から呼び行きますけれど、…あれ? アフちゃん疲れてる? なら無理にとは言わないけれど」

「ほぇ…?」

 

 

 そう言って、ベッドの上で目をパチクリさせている間の抜けたような声をこぼす私に告げる水着姿の天使であるライスシャワー先輩。

 

 ん? あれ? 午後からも坂を登るんじゃないんですか? 私はてっきりドバイの土にまたもやディープキスをしなくてはならないのではないかと思ってたんですけれど。

 

 身構えていた私は思わず拍子抜けしてしまった。水着姿の二人を見る限り、たしかにトレーニングをするような格好ではない。

 

 二人の言葉にしばらく固まっていた私は、状況を一旦頭の中で整理して、そして、もしやと思っていた考えが頭をよぎる。

 

 そう、これは間違いないっ! 午後からの練習は無くなったのだと!

 

 私は思わず二人の言葉に目をキラキラと輝かせ、声を上げてこう話す。

 

 

「行きます! 行きますともっ! 海! 海行きたいです! オーシャンだぁー! やっほい!」

 

 

 なんとここでどん底に沈んでいた私のテンションが右斜め前に直上!

 

 えっ 今日はバカンス楽しんでもいいんですかっ! 本当ですかっ!ニンジンジュースを片手にサングラス掛けて調子乗っちゃってもいいんですかっ!

 

 あ、だめだ、涙が止まらない、私はシャワー室で水着に着替えながら何故か猛烈に感動していた。

 

 そんな中、私の鼻水を啜る音が聞こえたのかブライアン先輩が心配そうな声でこう扉越しから声をかけてくる。

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

「じんばいありま゛ぜん! い゛ま゛い゛き゛ま゛ずっ!」

 

 

 私の涙声に思わず扉の前で顔を見合わせるライスシャワー先輩とナリタブライアン先輩。

 

 だって、今の今まで私、こんなバカンスが出来たことなんて一度もなかったんですよ、休みたくてもライバルはもっと練習してるかもしれないし、期待を背負っている以上はあの人達についていかないといけないので。

 

 それに私自身も地獄のメニューを覚悟していた部分もあったので、この時の私は初めてのまともなバカンスという言葉に号泣不可避だったのである。

 

 これには流石のライスシャワー先輩も苦笑いを浮かべるしかなかった。彼女も義理母と姉弟子の練習の過酷さは理解しているからだ。

 

 そんなわけで、私はあえて購入しておいたイルカさんを脇に抱える。

 

 相棒、お前の出番がついに来たぞ! よかったな!

 

 膨らませたイルカさんにそう一言告げる私。

 

 さらに釣竿を担ぎ、釣り道具を一式用意した後、用意しておいた青に可愛いフリルが付いた水着に着替えてサングラスを装備する。

 

 鏡でそれを見た私はやっとバカンスに来たんだなという実感を得ることができた。

 

 なら、今の今まで何処にいたんだという話なんですけども、多分、というか間違いなくドバイとかいうリゾートの名をした地獄ですね。

 

 私は早速、迎えに来てくれた二人と共に姉弟子を呼びに行き、それから、アンタレスのメンバー達と合流し、ドバイの綺麗な浜辺へとやってきた。

 

 私は目を輝かせながら、アンタレスの面々と共にドバイの綺麗な海を見つめる。

 

 そんな、私の様子を見ていた黒いビキニを着ているリギルのトレーナーである東条ハナさんことオハナさんは笑みを浮かべてこう問いかけてきた。

 

 

「なんだアフトクラトラス、海は初めてか?」

「はいっ…! あ、あの…! あのっ! スイカ割りとかもしてもいいんですよねっ! 釣りとかもしていいんですよねっ!」

「あぁ、いいぞ、あそこに売店もあるから、ニンジンジュースもおかわり自由だぞ」

 

 

 そう言いながら、オハナさんの言葉と共に私の肩をポンと叩いてくるナリタブライアン先輩。

 

 信じられないといった表情ながら、恐る恐るナリタブライアン先輩が差し出してくれるニンジンジュースを受け取る私。

 

 アカン、そんなに優しくされたら昇天してしまう。

 

 私は涙を流しながらブライアン先輩から頂いたニンジンジュースを飲み干す。

 

 これは夢ではなかろうか、私は思わずそう思ってしまった。二人の水着姿もあってか、何故だか女神様に見えて仕方がない。

 

 すると、しばらくして、私の様子を遠目から見ていた白いフリルが付いた可愛い水着を着ているミホノブルボンの姉弟子がこちらに歩いて来た。

 

 そして、涙を流している私に向かいこう話しをしはじめる。

 

 

「大袈裟ですね、妹弟子よ、あれだけバカンスと言ったではありませんか」

「いや! 午前中のアレを見れば強化合宿だと思うじゃないですかっ…!! 私はもうバカンスって言う名のデスマーチが始まるとばかり…っ

 

 

 そう言いながら、私は涙を流しながら、ミホノブルボンの姉弟子に突っ込みを入れる。

 

 今まで、祝勝会という名の地獄のトレーニングをどれだけやってきたことか、それならば、バカンスという名の強化合宿だって思ってしまうのも当たり前の話である。

 

 姉弟子はそんな私の言葉に苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに私の頭を撫でてくる。

 

 そんなことされては何にも言えないではないですか、畜生。

 

 何はともあれ、バカンスはできるようなので私は気を取り直して午後からのこのバカンスを満喫することにした。

 

 まずはミホノブルボンの姉弟子とバクシンオー先輩、そして、私とライスシャワー先輩とでビーチバレー対決。

 

 白熱の試合だったが、結果的にはミホノブルボンの姉弟子の鋭いスパイクが私の顔面を捉え、負けてしまった。

 

 あのスパイク、多分、常人が受けていたら首が吹っ飛んでたと思う。私もあまりの威力に仰け反りました。

 

 バクシンオー先輩はオレンジのビキニ姿が眩しかったです。その様子は彼女のレシーブの際にご注目して頂けたら一目瞭然かと。

 

 そのあとはナカヤマフェスタ先輩とナリタブライアン先輩と共にルアーを使って、釣りを行なった。

 

 ナリタブライアン先輩とナカヤマフェスタ先輩は意外と手先が器用でホイホイ釣る中、私は一匹だけ小さな魚を吊り上げることに成功。

 

 そんな私にナカヤマフェスタ先輩は一言。

 

 

「はっはっはっ! お前釣り下手くそだなぁ!」

「この際、モリでついた方が早いですよ!これ!」

「お前さんは忍耐力が足りないな、まだまだだ」

 

 

 ぐぬぬと隣で魚を吊り上げるナリタブライアン先輩に何も言い返せない私は思わずそんな負け惜しみの言葉が溢れてしまう。

 

 ナカヤマフェスタ先輩は黒と白のボーイレッグビキニだった。短パンの様な格好は彼女には似合ってましたね、はい。

 

 バンブーメモリー先輩も同じような水着を着ていましたが、こちらは白と緑が特徴のボーイレッグビキニだ。

 

 恐らく、彼女のモデルになった競走馬がいつも付けていたメンコからの色をとった色合いなのだろう。

 

 そして、こちらはそんなバンブー先輩とビーチフラッグを行なっているメイセイオペラ先輩ですが、彼女はピンク色の派手なビキニ姿だ。

 

 

「よーしっ! 私の勝ちぃ!」

「くっそー! 負けたぁ!」

 

 

 しかし、ビーチフラッグ対決は今回はメイセイオペラさんが勝ったようだ、ダートならやはりあの人強いな本当に。

 

 たまにバンブーメモリー先輩も勝ったりしているのでわりと良い勝負になっている。

 

 そんな彼女達をリクライニングチェアから眺めるのはアグネスタキオン先輩ですが、こちらは青と白のワンピース型の水着を着て、呑気にリラックスして満喫している様子が伺える。

 

 そうやって、過ごしているうちに楽しい時間はゆっくりと過ぎていく。

 

 そんな中、私達が楽しそうにバカンスを楽しんでいるのを遠目から眺めている二人の姿があった。

 

 

 そう、義理母とオハナさんである。

 

 

 オハナさんと義理母は二人で並ぶように座り、楽しそうにはしゃぐ私達の姿を見つめながら何やら話をしているようだった。

 

 オハナさんは笑みを浮かべたまま、サングラス越しに私達を見守る義理母に話しかける。

 

 

「珍しいですね、遠山さんがこんな風な休暇を取るなんて」

「…ふっ…珍しいかい?」

「えぇ、ものすごく」

 

 

 東条ハナはクスリと笑みを浮かべて、義理母の珍しい行動に対して感想を述べる。

 

 坂路の鬼と知られている義理母、そんな義理母がダービーが終わったとはいえ、午前中にトレーニングを切り上げこうしてバカンスを楽しませることは本当に稀だ。

 

 その事に関して、リギルのトレーナーである東条ハナは気になっている事があった。

 

 そんな東条ハナに対して、義理母は海を眺めながらゆっくりと語りはじめた。

 

 

「たまにはな、あの娘達には丁度良い息抜きにはなるだろう」

 

 

 義理母は隣に座るオハナさんに笑みを浮かべながら告げる。

 

 だが、その話を隣で聞いていたオハナさんの表情はどこか暗かった。

 

 それは、同じチームトレーナーとして、遠山が掲げる過酷なトレーニングが最近、さらに激しさを増しているからだ。

 

 その事について、遠山から以前からお世話になっている東条ハナはある事が気になっていた。

 

 それは、アンタレスのトレーナーである義理母についてある噂を耳にしたからである。

 

 義理母の隣に座る彼女は続ける様にしてこう問いかけはじめた。

 

 

「遠山さん、体調の方はどうですか? 最近、病院によく通われているとか」

「…………、さぁてね」

 

 

 義理母は敢えてオハナさんからの問いかけに言葉を濁す様にして答える。

 

 それは、事実からなのか、義理母はそれ以上はオハナさんに答える様子はなかった。

 

 身体のことについては、自分がよくわかっている。そんな風な受け応え方だった。

 

 アフトクラトラスやミホノブルボンに対してこうやって休みを与えるのは彼女らしくはないと東条ハナは思っている。

 

 だからこそ、気にはなったものの、それ以上はアンタレスのチームトレーナーである遠山に問いただす様なことは彼女はしなかった。

 

 ただ、一言、彼女は義理母に対してこう告げる。

 

 

「どうか、あまりご無理はなさらないでください」

「…あぁ…、考えておくよ」

 

 

 義理母は心配そうな表情を浮かべている東条ハナにニコリと笑みを浮かべてそう告げた。

 

 自分の鍛えに鍛え抜いた愛娘達、その娘の一人が今クラシックで戦っている。

 

 なら、心を鬼にして、自分の身体に鞭を打ってでも勝たせてあげたい、そして、彼女達が夢見た場所を自分にも見せて欲しい。

 

 その気持ちは誰にも負けないと遠山は思っていた。

 

 自分が鍛え抜いたウマ娘であるあの娘達には後悔しない生き方とレースをしてほしいと。

 

 次はいよいよ菊花賞、夏を過ぎればクラシックの最終レースだ。

 

 何か覚悟を決めているかの様な面持ちで義理母は私達の姿を静かに眺めていた。

 

 

 ドバイの海の波音が静かに聞こえる中、海で休暇を楽しむ私達の1日はこうして過ぎていくのだった。



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鬼の胎動

 

 

 

 ドバイから帰国した私達。

 

 さっそく、ミホノブルボンの姉弟子は秋の菊花賞に向けての地獄のトレーニングを再開、私はそれに巻き込まれる形で重賞競走である東京スポーツ杯に向けてのトレーニングを開始することになった。なんでやねん。

 

 

 トレーニングしたくないでござるー、動きたく無いでごさるー。と嘆く間もないですねほんとに。

 

 

 だが、ミホノブルボンの姉弟子以上にこのクラシック最終レースに闘志を燃やしているウマ娘がいることを私は知っている。

 

 どんなにやられても、負けても、彼女は悔しさを露わにし誰よりもミホノブルボンというウマ娘に勝つことだけを目標にしてきた。

 

 誰もが心を折られた中、彼女は最後まで食らいつく事を諦めなかった。

 

 私と同じように小さな身体で恵まれた体型ではないにもかかわらず、努力を積み重ねてきた。

 

 

「ライスシャワーッ! どうしたっ! 顔を上げんかァ!」

「ぜぇ…ぜぇ…、はいッ!」

 

 

 歯を食いしばり、トレーニングトレーナーの檄に応えて身体に鞭を打ち、何度でも立ち上がる。

 

 私はドバイに行く前からずっと、そんな彼女の影ながらの努力を知っていた。いや、多分、クラシックレースが始まるずっと前から知っている。

 

 だが、彼女はこれまで以上の激しいトレーニングを望んだ。

 

 なぜならば勝つ為だ。勝利するため、積み上げてきたモノを証明するために彼女はミホノブルボンの姉弟子と同じように鬼になる必要があった。

 

 漆黒のウマ娘の目の先にはもはや、それしか見えていない。栄光を手にするためならば何度でも戦う。

 

 なんですけれども。

 

 

「アフトクラトラス! しっかりせんか!」

「ひゃいぃ〜…がんばりまひゅぅ〜」

 

 

 なんで私まで巻き込まれてるんでしょうね?

 

 ライスシャワー先輩のちょっとトレーニングに付き合ってくれる? という上目遣いからのお願いに秒殺されてからの記憶が曖昧なんですよ、私も。

 

 こうして、マトさんからの檄が私にも飛んできます。

 

 やったね! アフちゃん! トレーニングが二倍に増えたよ!

 

 おいやめろと誰か突っ込んでください。

 

 こんな地獄のトレーニングから私を保護するともれなく私の胸を好きなだけ好きにして良い権利を渡して上げますから。

 

 プライド? そんな物なんて微塵もありませんね胸くらい、いくら揉んでも減りはしないわけですし。

 

 あ、でもこれ以上おっきくなったら困るな、よくよく考えたら。

 

 そうして、私は鬼のようなトレーニングの最後にライスシャワー先輩と併走することになったのですが、ここで、ある事に気がついた。

 

 それは、ライスシャワー先輩と走っている時に抱いた違和感である。

 

 予想以上に以前よりも、その足の切れ味が格段に上がっていたのだ。

 

 

「…はぁ…はぁ…、嘘ッ…ここから更に伸びるんですかッ!?」

「ぜえ…ぜえ…」

 

 

 思わず、ライスシャワー先輩のその足の力強さに私は置いてきぼりを食らうところだった。

 

 踏み込み、加速、競り方が前に比べて格段にレベルが上がっている。

 

 いや、おそらくはまだこれは発展途上だ。これから先、更に磨きがかかってくるに違いない。

 

 ライスシャワー先輩と併走してわかるが、気迫が凄まじかった。

 

 それこそ、死神の幻覚が見えたというか、背後から迫ってくると考えるだけで背筋が凍りそうになる。

 

 これは、次のレースはミホノブルボンの姉弟子も一筋縄ではいかないなと私は改めて、そう感じた。

 

 気迫に満ち溢れているライスシャワー先輩はその後、更に、トレーニングで己を追い込んでいた。

 

 その姿は鬼か死神か、まるで、何かにとり憑かれているような怖さを私は感じた。

 

 

 それからしばらくして、お昼。

 

 私はいつものようにるんるん気分で楽しみにしている昼食を迎える。

 

 何故、楽しみなのかって? それはもう可愛いマスコット、オグリ先輩を独り占めできるからである。

 

 オグリ先輩はいきなりハグしても怒られませんし、一心不乱にご飯をパクパク食べる姿は本当に可愛いんですよ。

 

 もう、私の癒しといいますか、私の特等席はいつもオグリ先輩の真ん前なのです。

 

 だが、今日はいつものお昼とは違い、事情が違った。それというのも、今、私の目の前にいるウマ娘がきっかけである。

 

 私と同じように青鹿毛の短い短髪に美形という感じの美人、そして、出るとこがしっかりと出ている抜群のスタイルの持ち主。

 

 そう、フジキセキ先輩である。

 

 

「やぁ、ポニーちゃん、ちょっと今日はご一緒してもいいかい?」

「誰がチビですかっ!」

「いやいや言ってない言ってない」

 

 

 そう言いながら迫る私に顔を引きつらせながら突っ込みを入れてくるフジキセキ先輩。

 

 ポニーちゃんだとう! あんなにちっこくないわ! 私の身長侮るなよ! まだ成長期なんだぞ! この間もちょこっと伸びてたんですからね1mmくらい!

 

 これは伸びた内には入りませんね、はい、知ってました(震え声。

 

 しかし、フジキセキ先輩はボーイッシュというか何というか、同じウマ娘にはやたらとモテる。

 

 ちなみにフジキセキ先輩の戦績としてはG1では朝日杯を勝っている。

 

 実力は間違いなくあるんだが、彼女自身、一線で走るよりもウマ娘達の統括や生徒会のサポートなどの裏方に回る方が多いかもしれない。

 

 実際も4戦しか走って無いですしね、アンタレスで例えるならば、タキオンさんと同じタイプのウマ娘です。

 

 さて、そんなイケメンでボーイッシュなフジキセキ先輩に捕まった私はこうして彼女の目の前で昼食をとるわけなのだが、一体どういった風の吹き回しなのだろうか?

 

 すると、フジキセキ先輩は口を開いて要件を述べ始める。

 

 

「さて、ポニーちゃん、本題に入ろうか。話っていうのはね…。ウチのチームのネオユニヴァースの事だ」

「…っ!? ゴホゴホッ! えっ? ネオちゃんリギルに入ったんですかっ!?」

 

 

 そう言いながら、フジキセキ先輩の衝撃的な話にむせ返る私。

 

 フジキセキ先輩もチームリギルなのだが、まさか、学園が誇る名門チームに同級生のネオちゃんが所属することになっていたとは予想外だった。

 

 でも、まあ、あそこはチームトレーナーのオハナさんが大天使だし、何より、アンタレスとかいうキチガイじみたチームに所属するよりは良いだろう。

 

 下手に姉弟子や義理母から鍛えて強くなると目をつけられた日には壮絶なトレーニングの日々を送ることになる。

 

 経験者が語るんだから間違いない、あの叩き上げで有名なバンブーメモリー先輩が根を上げてしまうほどの練習量だしね。

 

 とはいえ、それだけならわざわざ私に話をする必要性はさほど感じないような気はするんだけれど。

 

 すると、フジキセキ先輩はこう話を続ける。

 

 

「そうなんだが…、君の事についてネオユニヴァースがかなり意識していてな…。練習量を自ら増やしてオーバーワーク気味になっているんだ」

「はぁ……」

「このままだと彼女が潰れてしまうかもしれない、私としてはそれはあってはならないと思っていてね、どうだろう、君の方からも何かしら言ってはくれないだろうか?」

 

 

 そう言いながら、私の手にそっと柔らかな手を重ね、綺麗な眼差しで見つめてくるフジキセキ先輩。

 

 なんだこの天使、結婚してください。

 

 ウチのチームでそんな風なワードなんて一言も出た事ありませんよ。

 

 綺麗な眼差しでこっちを見つめてくるフジキセキ先輩の母性がヤバイです。いや、マルゼンスキーさんの母性もすんごいですけども。

 

 私、二人みたいに天使みたいなお母さんが欲しかったなぁ(遠い眼差し。

 

 しかしながら、ネオユニヴァースちゃんがオーバーワークか、果たしてそれはどのレベルでのオーバーワークなんだろうか?

 

 気になった私はもうちょっとフジキセキ先輩に聞く事にした。

 

 

「例えばどのくらいのオーバーワークですか?」

「最近では、練習終了後にひたすらトレーニングをして夜遅くに寮に帰ってくるね、内容としてはレース場を何回も走って周ったり、夜は水泳で足の筋力を鍛えたりしてるな…。オハナさんも心配していて…」

「すいません…ウチのチームはその数倍負荷掛けてやってもオーバーワーク認定されないんでなんとも…」

 

 

 私はそう言わざる得なかった。

 

 言ってはダメなんだろうが、ウチのチームだとそれ以上にきつい事をするのが当たり前で効率的にエゲツないトレーニングをするので、なんとアドバイスして良いか困惑してしまった。

 

 なんだこの大天使みたいな先輩は、私はもう涙が出ますよ。

 

 フジキセキ先輩はええ先輩やなぁ。私の姉弟子や義理母にも言ってやってくださいよ。

 

 私はハムハムと昼食のニンジンサンドイッチを齧りながらしみじみとそう思った。

 

 すると、私からの返答を聞いたフジキセキ先輩は残念そうな表情を浮かべて語り始める。

 

 

「そうか、ありがとう。確かにアンタレスでミホノブルボンの妹弟子である君には普通の事だったな、すまなかった」

「フジキセキ先輩…。ネオちゃんだけでなく私も救ってくれませんかね?」

「ごめんそれは無理だ」

 

 

 まさかのフジキセキ先輩の2秒即答に私は真顔で固まるしかなかった。

 

 いや、わかりますよ? ウチの義理母怖いですもんね、下手したら泣かされそうですもんね、トレーニング的な意味でもですけれど。

 

 でも、もうちょっと長考しても良かったのではないですかっ!?

 

 私を見捨てるなんて酷いウマ娘です。散々弄んでおいて(意味深)。

 

 はい、弄ばれた覚えは微塵もないんですけどね。

 

 さて、気を取り直して、即答したフジキセキ先輩に咳払いをした私は微力ながら、こんなアドバイスを送る事にした。

 

 

「こほんこほん、えー…、そうですね、ネオちゃんに過剰なトレーニングをさせるより効率化を計ってみたらどうでしょうか? そういった提案をオハナさんから彼女に提示すれば、少しは環境が変わるかと思います」

「…っ!? な、なるほど」

「ウチの練習の効率化にもオハナさんは協力してくださいましたし、あの手腕ならもうネオちゃんにはお伝えしてるかもしれませんがね」

 

 

 後輩思いのフジキセキ先輩にそう言いながら、私は食後の緑茶をズズッと飲む。

 

 そう、オハナさんのトレーナーとしての腕は間違いなく一級品、あらゆるG1ウマ娘を管理統括するにはそれだけの技量を持ち合わせていなければできない。

 

 ウチの義理母がよく、オハナさんの事を高く評価していたのを私は知っている。あの人も義理母から数多くのことを学んだ教え子の一人なのだから。

 

 という事はネオちゃんの件については既に把握済みなのだろう。

 

 無理をさせすぎない程度に見守るなんてやはりオハナさんは天使だなと私は思ってしまった。

 

 あ、ちなみに私の所属するチーム、アンタレスのスローガンは無理を超えて、限界を超え続けろなので、無理という言葉自体存在しないのであしからず。

 

 無理しすぎではなく、無理を超えろなんですよ、死線を超えろとか鬼ですね、ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子は超え慣れてますけども。

 

 アンタレスがトレセン学園の戦闘民族なんて言われても私は微塵も驚きませんよ(白目。

 

 

 さて、話が逸れてしまったが、これにて、アフちゃんのお悩み相談室は無事終了です。

 

 

「ありがとう、アフトクラトラス、また何か相談があれば…良ければ乗ってくれないか?」

「任せてください、そりゃもう大天使フジキセキ先輩のためならえんやこらですよ」

「はははっ! そうか頼もしいよ、ほんとにありがとう、それじゃ私は生徒会の仕事もあるからこれで」

 

 

 フジキセキ先輩も私の返答に安心したのか、丁重なお礼を述べると笑顔を浮かべて頭を下げると踵を返して立ち去ってしまった。

 

 んー、これは敵に塩を送ってしまったのではなかろうか? ネオちゃんは手強いからなぁ、本当に…。

 

 皐月賞、ダービーでは必ず立ち塞がってくることだろう。

 

 ゼンちゃんも含めて二人には負ける気はないけれども、二人とも才能は一級品だから怖いなと私は緑茶を啜りながらしみじみ思う。

 

 すると、フジキセキ先輩が立ち去ったのを見計らってか、私の背後から迫る白い影が。

 

 しばらくして、緑茶を啜っていた私の胸が急な勢いと共に勢いよく上の方へと背後から豊満な胸を両手で持ち上げられた。

 

 私はいきなりの出来事に思わず変な声が出てしまう。

 

 

「ひょわぁっ!?」

「おーすっ! アフちゃん! いやーやっぱり揉み応えあるわぁ」

 

 

 そう言いながら、たゆんたゆんと私の胸を揺らしてくる白いコイツは言わずもがなゴールドシップである。

 

 私はカチンと来たので、スッと立ち上がると負けじとゴルシちゃんの胸を鷲掴みし返した。

 

 いきなり人の胸を触るという事は触られるという覚悟を持っているだろうな? とつまりはそういう事である。

 

 私は顔を引きつらせながら、互いに胸を掴みあっているゴールドシップに視線を向ける。

 

 昼間っからほんとに何してるんだろうか私。

 

 

「…いきなり胸を引っ掴むのはやめてくださいよ、というかゴルシちゃんも良いもの持ってるじゃないですか! ほら!」

「んー…まあ、そうなんだけど、アフトクラトラスのやつは実家に帰ってきた安心感みたいなのを感じるからさぁ…あ、触っても良いけど先っぽは掴むなよ、先っぽ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 

 

 そう言いながら互いに胸を鷲掴みしあうゴルシちゃんと私。

 

 昼間の食堂で何やってるんだろうと私はここで改めて冷静になる。

 

 ゴルシちゃん胸を掴んでいてもなんだか虚しさが残るだけだった。

 

 致し方ないので、私は胸を掴まれたまま、ゴルシちゃんの胸を下から手でポンポンと叩くように揺らしつつ呆れた表情を浮かべてこう話をしはじめる。

 

 

「それで何のようですか?」

「あー、そうだそうだ! 実はさぁ、お前にお願いがあって! ちょっとウチの併走パートナーやって欲しいんだよ」

 

 

 そう話すゴルシちゃんは笑みを浮かべながら、私の胸をゆさゆさと揺らしてくる。ええ加減手を離さんかい。

 

 チームスピカの併走パートナー? 私はまさかこのタイミングでそんな事をお願いされるとは思ってもみなかったので首を傾げて目をまん丸くしていた。

 

 確かに東京スポーツ杯に向けて、スピカの実力のあるウマ娘達の力を分析しつつ、走れるのは良いトレーニングにはなるはずだ。

 

 トレーナーさんも聖人ですからね、変態聖人ですけれど。

 

 あと、義理母のめちゃキツいトレーニングから少しでも逃れられるのでは? という邪の考えが私の中に浮かんだ。

 

 これは案外使えるのではなかろうか?

 

 私はゴルシちゃんににこやかな笑みを浮かべて二言返事でこう返す。

 

 

「ええ、いいですよ、よく話を持ってきてくれました」

「おっ、それは助かる! やっぱり話がわかるなーお前は!」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべるゴルシちゃん。おい、いい加減、胸から手を離せ手を。

 

 とはいえ、私はこうしてしばらくの間、スピカの併走パートナーとして出向く事になった。

 

 それから、話を終えたゴルシちゃんは用事があるからと、私に手を振りながらどっかに行ってしまった。

 

 あの娘は相変わらず自由奔放だなと改めてそう思う。

 

 さて、私はこうして併走パートナーを引き受けたわけだが、チームスピカの実力を肌で感じられる機会はそうそうないので楽しみである。

 

 うまくこの経験をアンタレスのみんなに還元できたらなと思いつつ、私は残っていた昼食を食べながら考えるのだった。



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併走パートナー

 

 

 さて、スピカとの併走トレーニングが決まったその晩のこと。

 

 私はいつものようにナリタブライアン先輩とヒシアマゾン先輩の宿舎の部屋に居た。抱いておく事に定評のあるヌイグルミ役は未だに健在である。

 

 ナリタブライアン先輩も寝るときには私が居ないともうダメな身体になってしまったとか(意味深)。

 

 いやいや、どんだけやねん、私に対する依存性高すぎるでしょう。

 

 毎回のように寝ぼけているブライアン先輩から胸を鷲掴みにされることにも慣れてしまった。

 

 代わりに私は腹いせにひっそりと寝被っているブライアン先輩とヒシアマ姉さんのマシュマロを鷲掴みにして発散したりはしていたが、あの弾力性には感動したのは記憶に新しい。

 

 ヒシアマ姉さん流石ですね。しかし、最近、私は胸を揉んでばかりな気がする。なんやかんやで皆んなが皆デカいんですよね本当に。

 

 あ、チームスピカにいる最速の機能美さんの事は触れてあげないでください、あれは仕様です。

 

 下手に言ったら多分、グーパン飛んでくると思いますので、えぇ、絶対言ったらダメですよ!

 

 というわけで、現在、先輩らの寝室にいる私なのですが。

 

 

「ふふふっ…、フルハウスですっ! ニンジンは頂いたぁ!」

「かーっ!! ツーペア! また負けかぁ」

「すまないな、フォーカードだ」

「「嘘ぉ!」」

 

 

 ニンジン賭けポーカーをやっていた。

 

 そして、見事にブライアン先輩にヒシアマ姉さんと共にカモられ中である。

 

 嘘やん、フルハウスなんてなかなか出ないのにフォーカード出すなんて、絶対サマですよ! イカサマ…っ! ノーカン…っ! ノーカン…っ!

 

 勝負強さというやつか、私はブライアン先輩から回収されるニンジンを見ながらそう思った。

 

 トランプ弱いな私、麻雀なら勝てる自信はあるんですけども、多分、それでもブライアン先輩には負けそうな気がする。

 

 このままだと賭けるニンジンがなくなって、私とヒシアマ姉さんは衣服を賭ける事になりそうだ。

 

 せめて、取られるなら上着だけにしといてほしい、パンツやブラジャーまでひん剥かれては真っ裸で寝ることになってしまう。

 

 現にヒシアマ姉さんは持ちニンジンが無いのでパジャマの上着を脱いでいた。

 

 どうやら、ウマ娘にはパジャマの上着はニンジン一本分の価値らしい、どんな基準なんでしょうね、本当。

 

 しかし、みんな負けず嫌いなので、例え、下着姿を晒そうが、真っ裸になろうが退かないのである。

 

 ウマ娘としては、確かにプライドは大事だが、それ以上に失うものが大きいのではなかろうかと私は個人的に思う。

 

 賭けるニンジンも私も僅か、このままでは、ブラジャーとパンツだけで正座しているヒシアマ姉さんみたいになってしまう。

 

 だが、負けられない戦いがそこにある!

 

 

「勝負じゃあぁぁぁ!」

「やってやらぁああ!」

 

 

 私はカードを握りしめて、ヒシアマ姉さんと共に雄叫びを上げてシャドーロールの怪物に立ち向かう。

 

 ウマ娘の寮だから良いものを、きっと、こんなところをファンの人達から見られようものなら揃いも揃って多分ドン引き不可避だろう。もう嫁入りできないだろうなと思った。

 

 女子寮ならではの光景かもしれない、しかしながらだいぶカオスである。

 

 さて、結果からお伝えするとしましょう。

 

 カードでナリタブライアン先輩に気迫を込めて挑んだ私達でしたが、その結果。

 

 ヒシアマ姉さんと私はパジャマと下着を全部ひん剥かれ真っ裸のまま土下座する羽目になりました。

 

 ニンジンは全部取られ、衣服もひん剥かれ、そして、ナリタブライアン先輩の一人勝ち。

 

 ポーカーなんてするもんじゃないよ、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めてみたよ。

 

 こうして、裸にひん剥かれたヒシアマ姉さんと私は生まれたままの格好で寝る羽目に、ブライアン先輩のヌイグルミ代わりになる私はせめてパジャマの上だけ着て寝せてほしいと懇願する事になってしまった。

 

 すまぬ、オグリ先輩、貴女にあげる予定だったニンジンは倍プッシュしてしまいました。

 

 ショックを受けて更に真っ白になるオグリ先輩の顔が目に浮かぶ、悪気はなかったんですよ、でも、勝負事って熱くなるじゃないですかやっぱり。

 

 というわけで、私は裸パジャマ(上)という格好で夜を過ごしました。

 

 ヒシアマ姉さんは男らしく全裸で寝てます、風邪引きそうですよね。

 

 翌日、無事、ブライアン先輩から私達はパジャマと下着をちゃんと返品されました。使い道がないですもんね、それはそうなる。

 

 さて、そんなアホな事をやっている私なのですが、今日からスピカの併走パートナーを務める事になりました。

 

 義理母から反対されるかもとか思っていたのですが、どうやら、最近、調子が悪いのかよく病院に通っているそうです。

 

 なので、姉弟子も今は一人でトレーニングを積んでいるみたいです。

 

 義理母の事は心配ではありますが、姉弟子の菊花賞もあることですし、これからどうせ調子を上げてくることでしょう。

 

 そういうこともあり、トレーニングが効率的にも出来そうなチームスピカへ、ここには変態ながら聖人のようなトレーナーさんも居ますし、心配もないでしょう。

 

 

 

 

 早速、ゴルシちゃんから連れられた私は顔合わせにスピカの部室にいる。目前にはスピカの誇る名ウマ娘達がズラリと並んでいた。

 

 咳払いをする私は満面の笑みを浮かべながら話をしはじめる。

 

 

「こほん、えー、今日から臨時の併走パートナーの役を務めさせてもらいます。アフトクラトラスです! よろしくおねがいします」

「よっ! アフちゃん先輩! いらっしゃい!」

「今日からよろしくおねがいしますね!」

 

 

 そう言いながら、私の事を歓迎してくれるダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんの二人。

 

 いやぁ、ええ子達やなぁ、私はこんな後輩たちに恵まれて幸せやで、ほんま。おっと、何故か関西弁が出てしまいました。

 

 さて、そんな自己紹介を皆にしていると私の前に白い流星のメッシュにしている黒鹿毛のウマ娘が私の前に現れて手を握ってくる。

 

 

「貴女がアフちゃん? 私、スペシャルウィークですっ! 今日からよろしくおねがいしますねっ!」

「いつもお腹ミ○フィーさんですね! はい、よろしくおねがいします」

「一文字もあってないっ!?」

 

 

 そう言いながら、私の返答にガビンとショックを受ける日本総大将ことスペシャルウィーク先輩。

 

 私のその返答に周りからは笑いが起こる。いや、昼間によく見かけるのですけどスペシャルウィーク先輩はオグリ先輩とおんなじくらい食べるのは有名だ。

 

 私もあの食事量には度肝を抜かされた。あんな量が良く入るものだと尊敬するほどである。

 

 なので、お腹にバッテンおへそが見え放題なのだ。

 

 ペンで何度、目を書いてやろうかと思ったことか、ちなみにオグリ先輩のお腹には私は一度、目を書いてみた事がある。

 

 オグリ先輩から拗ねられはしたが、可愛かったので後悔はしていない。やっぱり目を書くとウサギさんのそれにしか見えないから不思議だなと思いました。

 

 さて、気を取り直して、そのあと、スペシャルウィーク先輩の肩を叩いて私の目の前に現れたのは綺麗なサラサラの栗毛の髪をした儚げな美人という言葉が似合うウマ娘だった。

 

 彼女は私に微笑みかけるとこう告げはじめる。

 

 

「サイレンススズカといいます。はじめまして、話はいつも聞いてるわ」

「あ…はい、えぇ、私も聞いてますよ、サイレンススズカさん!よろしくですっ!」

 

 

 そう言いながら、スズカさんと握手を交わす私、あの伝説のウマ娘とこうして対面する機会があろうとは思いもしなかった。

 

 沈黙の日曜日、あの日のことは私は忘れもしない。

 

 だが、こうして、元気な彼女の姿を今見れているという事はきっと何かしらの過程でその困難を乗り切ったのだろう。

 

 このウマ娘はかつて、私に夢をくれたウマ娘の一人だ。そう、アンタレスにいるミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩のように。

 

 復帰レースがあったと聞いていたので見られなかった事が本当に悔やまれる。

 

 私は元気な姿のサイレンススズカ先輩をリスペクトしつつ、満面の笑みで握手を交わした。

 

 さて、続いてはこの人。

 

 小柄で快活な小顔で流星のメッシュが入っている鹿毛に愛らしさがあるウマ娘が私とスズカ先輩の間に割って入ってきた。

 

 

「いえーい! 君がアフちゃんだよね! 僕の名前はトウカイテイオー! テイオーちゃんって呼んでくれていいからね!」

「ほうほう、なるほど貴女があの…。どうぞよろしくです」

 

 

 そう言いながら、笑みを浮かべて答える私。

 

 シンボリルドルフの後継、まさに、皇帝を継ぐテイオーとはこの人の事だろう。

 

 怪我さえなければ三冠は間違い無しだっただろうトウカイテイオー先輩。イケメンだろうなとは思ってはいたけれどこんなに愛らしくなっちゃって、うーん、あざとい。

 

 そんな中、私の腕をひっ掴んできたテイオー先輩は元気よくこんな話をし始めた。

 

 

「堅苦しいご挨拶はいいよぅ! ねぇねぇ! 君ってさ! 会長が一目置いてるおんなじ皇帝って名前なんだって? ならさ! 僕と勝負しようよ! 勝負!」

「気持ちは嬉しいですが、ま、また今度ですね」

 

 

 そう言いながら、私の腕に頬を擦りつけながら寄ってくるトウカイテイオーちゃんに顔を引きつりながら答える私。

 

 皇帝? いいえ、違います、今ではマスコット扱いなのですよ、残念ながら。

 

 私の名前にギリシャ語で皇帝なんて付けるからこうなっちゃうんですよね、一体誰でしょうね、付けた人。

 

 というより、私はギリシャというか、何を間違えたか毎日毎日、お隣の国のスパルタン式に鍛えられてるんですけどね。

 

 あれ? 私もしかしてスパルタの皇帝だった?

 

 300人率いて100万の兵隊を倒さなきゃいけないんですかね? そんなことできるわけないんですけど。

 

 ルドルフ会長も一目おかなくて良いです。そんな事したら、また、坂路が増えちゃうじゃないですか。

 

 打倒シンザン、打倒ルドルフはウチの義理母がよく言っていたのでそのせいで檄が凄いんですよ本当に。

 

 さて、そんな感じで擦り寄ってくるトウカイテイオー先輩をあしらいながら、最後はこの人。

 

 皆の衆、刮目しなされ、この人こそ、あの世紀末ヒャッハーウマ娘の一族の創始者にして数々の伝説を残している。

 

 ゴルシちゃん同様にサラサラな芦毛の髪にいかにもお嬢様感を醸し出してるウマ娘。

 

 

「貴女がゴールドシップがよく言っていた…、アフトクラトラスさん?」

「メ、メジロマックイーン先輩! お、押忍っ!」

 

 

 メジロマックイーン先輩その人である。

 

 もう、私の頭には世紀末ソングが流れ始めている。ヤバイ、ヤバイですよ、この人。

 

 どのくらいヤバイかというとあのサンデーサイレンスとかいう不良ウマ娘とマブダチというくらいヤバイ人です。

 

 皆さまには以前からご説明はさせて頂いたと思うので割愛させて頂きます。はい、あの伝説のヤバイ人です。さっきから私ヤバイしか言ってませんね。

 

 私はその小柄ながら雰囲気のあるマックイーン先輩を見た瞬間、敬礼をしてこう告げる。

 

 

「すいません! マックイーン先輩! 今からニンジン焼きそばパン買って来ますっ! 調子のってすいませんっしたっ!」

「ちょっ!? ま、待ってくださいっ! なんでそうなりますの!? しなくて大丈夫ですからっ!」

「いえっ! マジ勘弁してくださいっ! すぐ買って来ますんでっ!」

 

 

 マックイーン先輩は私の急変した態度に思わずオロオロと動揺しはじめる。

 

 この人は怒らせたらアカン。やられてしまう、私はそう思った。

 

 おそらく、来年にライスシャワー先輩がマックイーン先輩とやり合う事になるんだろうけども、よくこの人とやりあえるなと素直に尊敬する。

 

 私は知っている。お嬢様は仮の姿、真の姿はきっとヒャッハーに違いないと、皆は騙せても私は騙されんぞ!

 

 忘れていた。そう、チームスピカも癖ウマ娘が二人もいるではないか、こんなところに居たら私は木刀を持たされて乱闘要員にされる!

 

 今のうちに媚びを売っておかねば!

 

 すぐさま、小銭を片手に食堂へ駆け出そうと足に力を入れる私。

 

 だが、ここで、そんな私を見たゴルシちゃんが見事な手刀が首元にクリーンヒット。

 

 

「ふんっ! 落ち着け」

「ぐへっ」

 

 

 取り乱した私がニンジン焼きそばパンを買いに行こうと駆ける前に阻止されてしまった、解せぬ。

 

 こうして、私は臨時とはいえ、併走パートナーを務めるチームスピカの皆に何事もなく、自己紹介をし終えることができた。

 

 これから先、不安でいっぱいだが、無事に併走パートナーを終えて、私は生きてアンタレスに帰れるのだろうか?

 

 しかしながら、結局アンタレスで地獄のトレーニングをするよりかは生存率が高いなと、その後、意識を取り戻した私は自己完結するのだった。

 



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自分らしい走り

 

 

 私は現在、チームスピカの併走パートナーとしてターフを駆けている真っ最中である。

 

 併走しているのはスペシャルウィークことスペ先輩だ。だが、身体が重いのかスペ先輩はやや遅れ気味に私と併走をしている。

 

 あ、ちなみに私の手足にはもちろん重石がぎっしりと詰め込まれたバンドを身体に付けて走っています。

 

 基本的に本番のレース以外ではアンタレスではこの重石を外すことは禁止とされてます。

 

 ちなみにこれは、バクシンオー先輩をはじめとしたアンタレスのメンバーも共通して行っているトレーニングです。

 

 しかしながら、私と姉弟子、ライスシャワー先輩の付けている重石は外して地面に落とせば、軽く地面が陥没するほどの重石です。

 

 どれくらい重いかというと、具体的な例を挙げるなら某忍者漫画の中忍試験でゲジマユの人がリストバンドを外した時に地面が減り込みましたが、あれくらいの重さだと思って頂けたらなと。

 

 しばらく併走をした後、私の隣に居るスペ先輩は息を切らしながら、膝に手を置き肩で息をしていた。

 

 

「はぁ…はぁ…、あ、アフちゃん…、ちょっと休憩」

「えっ? も、もうですか?」

「いやいや、結構な量走ったよ、7周も回ったし」

 

 

 そう言って、息を切らしているスペシャルウィーク先輩は笑みを浮かべる。

 

 あ、うん、まあ、確かに7周は走ったのであるが、私は息を全く切らさないまま、あまりに早い休憩に困惑する。

 

 というより、休憩とかあったのですね、というレベルだ。そもそも、休憩という概念自体久方ぶりに聞いたような気がする。

 

 アンタレスでは休憩を入れようとは考えてはいるものの、いつのまにかトレーニングに火がついて休憩という概念自体が吹っ飛んでしまっていることが多い。

 

 なので、下手をすれば休憩自体が存在しないということもザラにあるのだ。

 

 致し方ないので、スペ先輩が休憩している間に私はトウカイテイオーちゃんをこっそり呼び出して併走の続きを再開することにした。

 

 だってほら、アンタレスのトレーニングペースだとスペ先輩が下手をすると口から何か出てしまうかもしれないではないですか、なので、私は敢えてそうすることにしました。

 

 

「テイオー先輩、走りますよー」

「おっ! 併走待ってたよ! やるやるー!」

 

 

 そう言いながら、笑顔で私の元に駆け寄ってくるテイオーちゃん、一方で休憩を全く取らずに涼しい顔で彼女を呼び出す私に対してスペ先輩は信じられないといった表情を浮かべていた。

 

 実際、トレーニング量を私自身もスピカに合わせてはおきたいんですけれど、下手に合わせ過ぎてもアンタレスのトレーニングに復帰した時に身体がついていかなくなってしまうという事になりかねない。

 

 なので、それを理解している私自身の見解としては楽をしたいといっても、義理母のトレーニングについていける範囲での楽という訳だ。

 

 下手に手を抜きすぎても、それは私自身の為にならないことは承知だ。

 

 私は誰にも負けたくない、負けないことを願われている。

 

 だからキツいトレーニングを文句を垂れながらこなしてきたし、何より、勝つ為に必要な事だと思ってやってきた。

 

 だが、スピカに来て、私の前にいるこの人達はどうだろう。

 

 アンタレスほどの鬼のようなトレーニングを積んでいないながらもその足には力強さがあり、そして、一人一人に莫大な才能があった。

 

 サイレンススズカ先輩の逃げ足はまさに天性の物。

 

 トウカイテイオー先輩のレース運び、マックイーン先輩の捲り、スペシャルウィーク先輩の先行から一瞬にしてキレる脚、ダイワスカーレットちゃんのスタイリッシュな走り、ウォッカちゃんのパワフルな差し脚、ゴルシちゃんの追い込みでの凄まじい豪脚、スピカでは一人一人の才能がより輝いている。

 

 天才はいる。悔しいが。それはまさにそうだと言わざる得ない。

 

 なら、私や姉弟子、ライスシャワー先輩はどうだろう。彼女達のように才能や体格に恵まれている訳じゃない。

 

 私は才能があると言われてはいるが、自分ではそう思っていない、私など、ルドルフ先輩やブライアン先輩の才能になんて及ばないと思っている。

 

 彼女達と併走しているうちに、私はその彼女達が持つ才能が羨ましいとも思った。

 

 

「アフちゃん速いねぇ…、はあはあ…。これは僕ももっと頑張らないと」

「いえ…、テイオー先輩の脚にはまだ及びませんよ。私の力無さを改めて感じました」

「あんだけ走って息を切らさずよく言うよ、もう」

 

 

 笑みを浮かべて答える私にテイオー先輩は顔を引きつらせながら、大の字になってターフに転がる。

 

 ミホノブルボンの姉弟子はこんな才能がある人達を地力の力だけでねじ伏せて来たのかと改めてその凄さを私は実感した。

 

 足りない、私には足りていない。

 

 それだけの覚悟がまだ足りてないのだろう。私の走りには何かが足りていない気がする。ミホノブルボンの姉弟子と同じ逃げ足での走り切る形が私にとっても最善の走りなのだろうか?

 

 逃げか、それとも、差しなのか、先行なのか、追い込んで一気にぶち抜くのか。

 

 私自身がその走り方をまだ見定めていない、やろうと思えば多分、全部やれる自信はあるがそれは果たして通用するのだろうか?

 

 どれだけ、今、私が息を切らさずターフを走っていたとしても2400mの一発勝負のレースでスピカのメンバーに勝てるかと問われればそれは厳しいと言わざる得ない。

 

 だから、彼女達がなんだか、私は羨ましかった。きっと姉弟子やライスシャワー先輩はもっと羨ましかったんだろうなと思う。

 

 それでも、二人が今、クラシックで主役として戦えているのはきっとその悔しさをバネにしているからなんだろう。

 

 すると、彼女達とのターフ併走の後に、私の側にスピカのトレーナーさんがスッと現れた。

 

 

「なんか悩み事か?」

「…あっ…えっと…」

「言わなくても走りを見てればわかる、俺が何年トレーナーをやってきたと思ってるんだ?」

 

 

 そう言いながら、スピカのトレーナーさんは私の肩をポンと叩いて笑みを浮かべていた。

 

 この人は本当に聖人じみて優しい人である。

 

 他所のチームの所属である私に対してこんな風に声をかけてくれるとは思いもよらなかった。

 

 私は肩を竦めるとスピカのトレーナーさんに向かってゆっくりと話をしはじめる。

 

 

「才能の壁ってやつですかね、自分が誇れる走り方をまだ見つけられないなって思いまして」

「…そうか」

「スピカの皆さんと今日走ってわかりました。姉弟子やライスシャワー先輩が見ていた景色がどんなものだったのか、改めて」

 

 

 そう私は淡々と話しながら、スピカのトレーナーさんは黙ってそれに耳を傾けている。

 

 努力や積み重ねが才能を覆せると義理母は言う。例え、恵まれた才能がなくても、血筋じゃなくてもそれが特訓や積み重ねで覆せると。

 

 私は姉弟子やライスシャワー先輩よりも恵まれている今の現状を本当にありがたく思わなくてはいけない。

 

 勝負の世界は時に非情なのだ。

 

 スピカのトレーナーさんは私のその言葉を聞いて納得したように笑みを浮かべていた。

 

 

「遠山さんがお前にウチの併走パートナーを許可した理由がよくわかったよ、なるほどな、あの人らしい」

「……へ?」

「なんでもない、ほら、午後からマトさんのとこでトレーニングだろ? 早くしないと遅れるぞ、お前」

 

 

 スピカのトレーナーさんは私にそう告げると優しく背中を片手でポンと押した。その手は暖かく力強かった。

 

 背中を押された私は後ろを振り返り彼の顔を見る。なるほど、これは確かにスピカの皆が走れる訳だと納得してしまった。

 

 後ろを振り返った私はスピカのトレーナーさんの目を真っ直ぐに見据えたまま力強く頷き、その場から駆け出す。

 

 そんな、私の後ろ姿を見つめながら、スピカのトレーナーさんは残念そうな表情を浮かべた。

 

 

「ほんと羨ましいな、ウチのチームに来てほしかったよ、アフトクラトラス」

 

 

 スピカのトレーナーは彼女の持つその本質に気づいていた。

 

 才能が劣っていると彼女自身は思っているのだろうが、とんでもない。

 

 彼女の才能は光り輝くダイヤの原石だ。

 

 おそらく、アンタレスの過酷なトレーニングをこなさなくともその才能はトウカイテイオーやマックイーン達に相当する程。

 

 名だたる名ウマ娘達とも充分に才能だけで渡り合うポテンシャルを秘めているのだ。

 

 だからこそ、リギルのトレーナーである東条ハナも彼女には目をつけていたし、勧誘も行なった。

 

 だが、それをわかった上でアンタレスのチームトレーナーを引き受けた遠山は過酷なトレーニングを彼女に課したのである。

 

 それ以上の境地が彼女から引き出せると見抜いていたからだ。

 

 そして、保護者である自分だからこそ彼女がそのトレーニングに耐えられる事を把握していた。

 

 とんでもない怪物が来年、ターフに舞い降りる。

 

 チームスピカのトレーナーは直感的にそう感じた。

 

 クラシックが終わり、彼女がもし、スペシャルウィークやトウカイテイオーの走る路線に出てきたらと考えるだけでゾッとする。

 

 アンタレスの集大成は二人いる。

 

 立ち去っていくアフトクラトラスの背中を見つめているスピカのトレーナーは彼女の背中を見送ると静かに踵を返すのだった。

 

 

 午後からライスシャワー先輩との過酷なトレーニングに合流。

 

 菊花賞に向けて、それはもう、ライスシャワー先輩の目には闘志が満ち溢れていた。坂路を共に駆け上がる私もそれに釣られるように脚に力が入る。

 

 ライスシャワー先輩の差し足はまさに無駄がなく、研ぎ澄まされ、洗練されたものに毎日積み重ねるごとに変貌していく。

 

 それは、私にとっても有り難い事だ。キツい坂路を登る中で学ぶことが非常にたくさんある。

 

 

「ああああぁぁぁ!!」

「があああぁぁぁ!!」

 

 

 併走する私と共にデットヒートするライスシャワー先輩の走りにトレーニングトレーナーからも思わず笑みが浮かんでしまう。

 

 成長が目に見えてわかる。皐月賞、日本ダービーの屈辱をバネにライスシャワーの目つきが明らかに変わった。

 

 しかも、次は3000m。ライスシャワーにとっては最高のコンディションで距離も適正だと言える距離だ。

 

 そして、一通りの過酷なトレーニングが終わるとライスシャワー先輩のトレーニングトレーナーであるマトさんは私の肩を優しくポンと叩いた。

 

 

「アフトクラトラス、吹っ切れたような顔だな」

 

 

 そう告げる彼の顔は優しい表情だった。

 

 私が前回のトレーニングに比べて打ち込む姿勢が格段に違っているのだからそれはそうなるなと思わず息を切らしながら苦笑いを浮かべる。

 

 自分の走り方が見えてきた。今ならわかる、スピカの皆さんやライスシャワー先輩と走ってトレーニングをした今なら。

 

 私自身、見直せた。どんな走り方が私らしい走り方なのかを。

 

 息を切らしながら、私はマトさんにこう告げはじめる。

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…。私の…、私の得意な走りは誰がなんと言おうとっ! 逃げ先行っ! 時々差しですっ!」

「…ふむ」

「ミホノブルボンの姉弟子の猿真似とか言われるかもしれません、差し足はライス先輩の走り方に似てるとか言われるかもしれません! だけどっ…」

 

 

 トレーニングのしんどさからか、息を切らしながら、下を向いていた私はそう言いながら顔を上げると隣にいるライスシャワー先輩の眼を真っ直ぐに見つめ、そして、改めてマトさんに向き直った。

 

 そう、誰がなんと言おうと私の走り方はそれだ。自分で導き出した走り方、逃げと先行、そして、ライスシャワー先輩を見習って学んだ差し。

 

 私自身の走り方はこの走り方だ。スピカの皆さんの走り方を身をもって学び、そして、これだと確信した。

 

 

「私はこの走りで勝ち続けます。誰にも負けません、いや、負けたくありません」

 

 

 ライスシャワー先輩にも姉弟子にもきっと追いついてみせる。そして、必ずこの走り方で勝つ。

 

 きっと、海外でも日本でも私はどんなウマ娘よりも強くなってみせる。

 

 ライスシャワー先輩はそんな私の顔を見てニッコリと微笑んでいた。

 

 身近にいるウマ娘の成長が嬉しかったのか、ライバルとして戦うと言い切る私の言葉が嬉しかったのかはわからないがその表情は優しかった。

 

 誰しも抱いている夢がある。私が抱いている夢はいつか夢の第11Rでミホノブルボンの姉弟子やライスシャワー先輩と共に走って勝つ事だ。

 

 それに、日本と海外を股にかけた前人未到の両国三冠制覇、私は来年、誰も見たことがない栄光を掴みに戦いに行くことを密かに胸のうちに閉まっていた。

 

 いよいよ、クラシック最終戦がある秋が近づいてくる。

 

 私も重賞に向けて、一層、頑張らねばと固く心に誓うのだった。



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秋のG1開幕 電撃の短距離戦

 

 

 

 いよいよ、レースが本格化してくる秋。

 

 秋の始まりG1、第1戦目はサクラバクシンオー先輩が出場するスプリンターズS。

 

 電撃の短距離戦。

 

 短い距離の覇者を決めるこの戦いに向けてミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の同期である彼女は身体をしっかりと仕上げている最中である。

 

 短距離戦にて絶対的強さを誇るサクラバクシンオー先輩。

 

 だが、この秋、スプリンターズSにおいて、トレセン学園に激震が走った。

 

 その理由はチームリギルから、なんとスプリンターズSにタイキシャトル先輩の出走が表明されたのである。

 

 さらにそれだけではない、なんと海外からも参戦を表明した海外ウマ娘が居た。

 

 それが、BCマイル連覇の実績を持つ短距離戦スペシャリストのルアー。そして、名スプリンターとして知られているロックソングがこのスプリンターズSに参加を表明していたのである。

 

 その理由は世界最強のスプリンター、未だに無敗の海外スプリント界の至宝、ブラックキャビアが参戦するとされていたからだ。

 

 だが、その話題となっていたブラックキャビアは様々な理由で参加表明を急遽、取り消してしまったのである。

 

 なので、今回のスプリンターズSはブラックキャビア不在の日本の誇る短距離代表ウマ娘対海外ウマ娘というとんでもない構図が出来上がってしまったのだ。

 

 ブラックキャビア? ルアー? タイキシャトル? ロックソング?

 

 何その無理ゲーと思われたかもしれない、私もそう思う。

 

 そもそもなんで、生きてる事自体がチートみたいなブラックキャビアさんが参加しようとしたのか恐ろしい限りだ。

 

 世界的にも今、短距離ウマ娘は物凄く熱気があるレースが多くなってきたからかもしれない。

 

 その理由の一つとしては、オーストラリアのランドウィックで行われた芝レース世界最高の総賞金額1000万豪ドル(約8.8億円)を誇るジ・エベレストが挙げられるだろう。

 

 そう、莫大な賞金が掛かるこのレースの距離がスプリンターズSと同じく1200m。

 

 そのため、各国のウマ娘の育成機関はこのレースの賞金と同じく莫大な賞金が手に入るペガサスワールドCの為にダートウマ娘と短距離ウマ娘の育成に力を注いでいる。

 

 おそらく、ブラックキャビアがスプリンターズSに出走表明を一度出してきたのはこれの前哨戦としての事だったのだろうと私は推測した。

 

 結果的にブラックキャビアは今回、スプリンターズS自体は回避はしたのだが、それでもあれだけの怪物が日本にやってこようとした事自体、恐ろしい話である。

 

 それでなくても今年は例年よりレベルが異様に高い、いや、高すぎる。

 

 ロックソングにルアー、そして、タイキシャトル先輩といった面々、私なら裸足で逃げ出したくなるような面子だ。

 

 

 アンタレスからはバンブーメモリー先輩とサクラバクシンオー先輩の二人がこの戦いに参戦。

 

 日本のウマ娘の威信にかけて、絶対に勝たなくてはいけない凄まじい激闘を予感させるような組み合わせに私もワクワクが止まらなかった。

 

 

 電撃の爆進王VS無敵のマイル王。

 

 

 この構図だけでもワクワクするというのに、さらに海外ウマ娘の参戦ということもあって今年のスプリンターズSは目が離せない。

 

 そういう過程もあって、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と併せで現在、最後の仕上げにかかっているところだ。

 

 短距離での坂路上がりで足腰を鍛え、瞬発力を最大限に高めている。

 

 スプリンターズSの距離はたった1200m。鼻差での決着も十分にあり得るような一瞬の短距離戦だ。

 

 スタートをミスれば、その時点で勝負は決まる。

 

 しかも、日本スプリント界の期待の星とされているサクラバクシンオー先輩にはそのプレッシャーがずっしりと両肩にのしかかっていた。

 

 スプリントでは誰にも負けないというプライドが彼女にはある。

 

 例え、それが短距離で日本最強だと呼び声のあるリギルのタイキシャトルが相手でも。

 

 そんな気持ちが入ったスプリンターズSに向けた、トレーニングでの走りだった。

 

 それを遠目から見ていた私は隣で同じく見学しているライスシャワー先輩にこう話をしはじめる。

 

 

「気合い入ってますね、サクラバクシンオー先輩」

「そうね、本来なら12月にあるはずのスプリンターズSが秋の始めのG1になってるし、さらに海外ウマ娘が参戦ってこともあって気合いが入る気持ちはわかるわ」

「アンタレスでの切り込み隊長みたいなものですもんね!」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉に頷いて、満面の笑みで答えた。

 

 そう、これは私が知っている競馬の知識とは完全に異なっているレースだ。

 

 本来なら、タイキシャトル先輩が出走する事はないし、海外ウマ娘もこれほどまで贅沢な面子は集まってなかった筈。

 

 だが、蓋を開けてみれば短距離最強決定戦になっているし、私の知識が確かならこの年、サクラバクシンオー先輩はスプリンターズSは勝てなかった筈だ。

 

 しかし、サクラバクシンオー先輩の気合いが入っている追い込みや走りを見ていると、この年、もしやという期待が湧き出てくるようであった。

 

 周りのレベルが高いだけに、これは、私が見たことの無いレベルのレースを見せてくれるのではないだろうか。

 

 トレーニングを終えたミホノブルボン先輩とサクラバクシンオー先輩は汗をタオルで拭いながらこちらに歩いてきた。

 

 スプリンターズSに向けて気合いが入っているサクラバクシンオー先輩に私は笑みを浮かべ飲料水を手渡しながら問いかける。

 

 

「調子はいかがでしょうか?」

「えぇ、非常に良いわね、バンブーメモリーは?」

「今、タキオン先輩と併せてますよ。あの人もすごい気合い入ってました」

「でしょうね、…ふぅ…、もっと気を引き締めなきゃ、足元掬われかねないかも」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は飲料水を一気に飲み干していた。

 

 このスプリンターズSに向けての彼女の覚悟は凄い。

 

 なぜなら、本来は真面目な学級委員で通していた筈の彼女が、その業務を他に投げてまで、このレースの為に身体を鍛えに鍛え抜いているからだ。

 

 バンブーメモリー先輩もいつも以上に肉体に負荷を掛けて、タキオン先輩に走り方を教えてもらいながら仕上げに取り掛かっている。

 

 全てはハイレベルの短距離戦を制すため、スプリントという距離で誰にも負けたくないというプライドが彼女達をそうさせていた。

 

 タイキシャトル先輩の実力はサクラバクシンオー先輩も良く知っている。

 

 かつて、タイキシャトル先輩はスプリンターズSを制覇した実績もある。

 

 さらに加えて、フランスのマイル路線の最高峰レース、ジャック・ル・マロワ賞も制した事はトレセン学園では広く知られていた。

 

 チームリギルが誇る短距離最強ウマ娘。

 

 そんなすごいウマ娘がスプリンターズSにまたやってくる。

 

 同じ短距離を主戦とする者として、サクラバクシンオー先輩はこのタイキシャトル先輩にはスプリント戦では決して負けられないというプライドがあった。

 

 来年にはスプリント路線での海外進出を考えているサクラバクシンオー先輩にとってみればまさに好機。

 

 私には短距離戦のなんたるかはまだわからないが、少なくとも1600mという短い距離のレースを走った事のある経験からすると1200mのレースがどれだけ難しいかというのは理解できる。

 

 レース運び、一瞬の判断、瞬発力、キレのある力強い脚などなど、挙げればキリがない。

 

 何か、何か私にできる事はないだろうか?

 

 私にできる事と言えばヌイグルミ並みに抱き心地が良いことと演歌歌える事といろんな方言の検定(自称)を持ってるくらいですけども…。

 

 あ、だめだ、よくよく考えたら何の役にも立たないポンコツだわ、私。

 

 うーん、これはさらに特技を増やす必要があるでしょうか? しかしながら、レースに関係ない特技を増やしたところでどうするのって話なんですけどね。

 

 

 

 さて、それから1週間後。

 

 秋のG1レースの始まりを告げる、第1戦、スプリンターズS、前日。

 

 記者に囲まれている中、サクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人は有力なウマ娘として今回のレースについての意気込みを話している最中である。

 

 私はその中継をオグリ先輩と共に昼食を摂りながら見守っていた。

 

 サクラバクシンオー先輩の隣には腕を組んでいる私の義理母が立っている。異様な圧を発しているあたり流石だなと思うばかりだ。

 

 そんな中、サクラバクシンオー先輩に記者から質問が飛び交う。

 

 

「サクラバクシンオーさんっ! 今回、タイキシャトルさんとの短距離戦について何か一言っ!」

「そうですね、マイル戦でどうかは知りませんけれど、スプリントは私の聖域です。トレセン学園の優等生として私は全く負ける気はしませんね」

 

 

 そう言って、まるでタイキシャトル先輩を煽るかのように闘志をむき出しにしているようなコメントを返すバクシンオー先輩。

 

 私は思わず、おーっ、と声が出てしまった。かなりパンチが効いている。負けん気の強さが前面に出てるなとそう思った。

 

 一方、そのコメントを耳にした記者の一人がすぐさま、オハナさんと共にスプリンターズSの記者会見に出ているタイキシャトル先輩に向かいこう告げる。

 

 

「バクシンオーさんはこう仰られてますが、タイキシャトルさんは今回出てくる海外ウマ娘、そして、バクシンオーさんとのレースに関してどう思われてるのでしょうか?」

「ノープログレム。スプリンターズSは一度勝ってますからネー。やるからにはフルパワーですヨ」

 

 

 そう言って、質問してくる記者に問題ないとばかりに答えるタイキシャトル先輩。

 

 これが、国内マイルの絶対王者と言われているところからくる余裕なのか、しかしながら、一見飄々としながら記者の質問に答える彼女の身体から溢れ出る雰囲気にテレビを通して見ていた私は思わず鳥肌が立つ。

 

 そのウマ娘の身体つきを見れば分かる、ジャージ越しからでも培ってきた筋肉、短距離ウマ娘だからこその、鍛え抜かれた短距離戦用の分厚い筋肉が目視で確認できる。

 

 タイキシャトル先輩といえど、その地位は決して安泰ではない。

 

 風の噂では下の世代には名刀デュランダル、そして、古株になって実力を付けてきたトロットサンダーなどの有力なウマ娘が台頭しつつあるとか。

 

 さらに、スカーレット一族のエリート、ダイワメジャー。

 

 新世代には、力をつけつつあるカレンチャンを始め、ジャスタウェイ、モーリス、ロードカナロアが虎視眈々とその座を狙っている。

 

 今や、短距離はタイキシャトル先輩一強ではなく海外ウマ娘を交えた群雄割拠の時代に入ろうとしていた。

 

 そんな中での、スプリンターズSでのサクラバクシンオー先輩との激突はトレセン学園の皆が注目する一大レースだ。

 

 タイキシャトル先輩はそういった現状を理解している上でゆっくりと口を開きマイクを通してこう語る。

 

 

「ロックソングにルアー、海外の強豪もいマス。明日はベリーエキサイティングなレースになるでしょう。ですが、短距離最強は変わらず私という事を証明してみせマス」

 

 

 そう言きるタイキシャトル先輩の言葉にサクラバクシンオー先輩は鋭く視線を彼女に向ける。

 

 それは、タイキシャトル先輩を短距離最強と私は認めていない、とばかりに訴えかけるような眼差しだった。

 

 その視線に気づいたタイキシャトル先輩もサクラバクシンオー先輩の眼をジッと見据える。

 

 互いの視線が交差し合う中、緊迫した空気が辺りに漂う。

 

 記者会見の最後に記者は二人の握手する姿を撮らせて欲しいと要望を出した。

 

 その要望を聞いた二人は互いに席を立つと歩み寄り、差し出した手を握りしめたまま、真っ直ぐに見つめ合っていた。

 

 

「…明日、決着をつけましょう」

「望むところデス」

 

 

 そう言って、しばしの間、握手をして見つめ合った二人は互いに踵を返してその記者会見の場を後にしはじめる。

 

 記者会見の中継を見ていた私は無事に終わった二人のやり取りを見て大きく安堵の吐息を溢した。

 

 あんなにピリピリしたようなレース前の記者会見なんて見た事が無い、確かに勝負事となればそうなるのもわかるのだが、あそこまで闘志をむき出しだと思わず心配になってしまう。

 

 さて、無事にテレビの中継も終わりましたしご飯を食べるとしますか!

 

 そう思い、私が食事のトレーに視線を向ける。すると何という事でしょう、私の食べるはずだった昼食が綺麗サッパリ無くなってるではないですかっ!

 

 そして、目の前には口周りをハンカチで拭き拭きしているオグリ先輩。

 

 私はジト目のまま口周りをハンカチで拭いているオグリ先輩にこう問いかけた。

 

 

「オグリ先輩、もしかして私の食べました?」

「…うっ…、な、なんのことだ?」

「食べましたよね?」

 

 

 そう言いながら、ジト目のまま顔をグッと近づけてオグリ先輩を問い詰める私。

 

 だいたい、食事が目の前で消えるなんてあり得ない、あり得るとしたらそれはオグリ先輩が一瞬にして食べてしまうことくらいだ。

 

 私に問い詰められたオグリ先輩は顔を赤くすると恥ずかしそうに視線を逸らしながら、静かに頷く。

 

 やっぱりそうだったか、私の直感はよく働くのだ、君のように勘のいいウマ娘は嫌いだよとか、オグリ先輩言わないでくださいね?

 

 顔を赤くしたオグリ先輩は指をツンツンしながら私から視線を逸らしこう話をし始めた。

 

 

「…テレビ見てて食べそうになかったから…つい…」

「許しますよっ! 私ので良ければあげますともっ! ですが、代わりにハグして撫でさせてください」

 

 

 満面の笑みを浮かべる私は恥ずかしそうに話してくるオグリ先輩にそう告げる。

 

 すると、オグリ先輩は少し考えたのちに困ったような表情を浮かべつつ、視線を逸らしゆっくりとこう告げはじめた。

 

 

「…ぐっ…し、仕方ないな、少しだけだぞ…?」

 

 

 顔を真っ赤にしているオグリ先輩は実に恥ずかしそうに私の視線から目を逸らしながらそう話した。

 

 可愛すぎる。うん、きっと私はオグリ先輩を甘やかしすぎてるんでしょうけどね。しかしながらこの愛らしさには敵いませんよ。

 

 黙って私の昼食を食べちゃったんだしそれくらいはね? ほら、ご飯の恨みは怖いとよく言うではないですか。

 

 多少は我慢してたのも分かる。その証拠にオグリ先輩がつい垂らしてしまったのであろう涎の跡を見つけてしまった。

 

 まあ、でも我慢していても食べてしまっては意味がない、こればかりはオグリ先輩が悪いのである。

 

 そんなわけで、スプリンターズSの前日記者会見を見届けた私はいつも通り、オグリ先輩を愛でる活動を再開する。

 

 いつか、オグリ先輩を愛でようの会を作りたいものです。会員費はだいたいオグリ先輩の食費に回りそうな気はしますけどね。

 

 いよいよ明日に迫ったサクラバクシンオー先輩の晴れ舞台。

 

 電撃の短距離戦、タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の勝負の行方はいかに!

 

 そして、そんな一大レースを控えた前日の昼休み、昼食を終えた私はオグリ先輩にこうして癒されるのだった。



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スプリンターズS

 

 

 激戦が予想されるスプリンターズS、当日。

 

 スプリント最強を決める決定戦、その戦いの舞台に二人の日本が誇る至宝が激突。

 

 それは、言わずもがなサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩だ。

 

 1番人気はタイキシャトル先輩、そして、2番3番は海外ウマ娘のロックソングとルアーが占めて、サクラバクシンオー先輩は4番人気。

 

 そんな、アンタレスのメンバーであるサクラバクシンオー先輩の大事なレースが始まろうかとしている中、私、アフトクラトラスが何をしているかというと?

 

 はい、勘がよろしい方は多分、この時点でお気付きかもしれませんね。

 

 

「はーい、いらっしゃいませー、たこ焼きいかがっすかー」

 

 

 そう、たこ焼きをレース場で皆さんに売って回っています。

 

 またかよ、と思われたかもしれません、私もそう思います。なんでだよ、たこ焼きこの間売ったばかりでしょうよ。

 

 事の経緯は前回と同じです、だいたい、白くて、わけがわからんあんちくしょうのせいです。私はいつも振り回されてますね、ほんと。

 

 しかも、今回はいつもとは違います、なんと私は現在、チアガールのコスチュームを着ながらたこ焼きを売って回っているのです。

 

 そして、サイズが恐らく合ってなかったのでしょう、私の胸の辺りがやたらとパッツンパッツンしてますし、これ。

 

 しかも、チアガールのコスチュームとだけあってスカート丈が短いというね。

 

 何故、チアガールなのか、むしろこれはダイワスカーレットちゃんに着せて、私は応援団みたく、晒しを胸に巻いて漢気溢れる団長みたいな格好が良かった。

 

 ゴルシちゃんも同じ格好をしてるので文句は言えないのだが、次回からちゃんとサイズは確認してほしいと思う。

 

 そんな事を思いつつもたこ焼きを売って回る最中、同じく焼きそばを売って回っていたゴルシちゃんが私の肩をポンと叩いてくる。

 

 

「よぉ、調子はどうだい? 売れてっかー」

「ぼちぼちですね、てか、この服サイズ合ってないんですけど」

「えーっ! マジかぁ、胸周りちゃんと揉んで確かめたんだがなぁ」

「そんなアバウトな方法でサイズ決めないでくださいよ、ちょっと」

 

 

 そう言いながら、私の服のサイズが合ってないことに驚いたような声を上げるゴルシちゃん。

 

 サイズはデカくなってない筈だ、多分。たしかに胸は成長したりはしていたが、そんな成長ばっかりしてドトウちゃんのような巨乳になるのは御免被りたい。

 

 とはいえ、このはちきれんばかりの己の胸部を見ればそうも言ってられないだろう、だから身長に栄養がいけと言ってたんですけどね、何度も。

 

 しかも、それが筋トレしすぎて得た大胸筋ではありません、ポヨンポヨンしたやつだからタチが悪い。

 

 そんな私はたこ焼きを抱えたまま、ゴルシちゃんにジト目を向けてやさぐれていた。

 

 あれ? これデジャブじゃないですかね? 前もこんな事あったような気がするんですけども。

 

 さて、気を取り直して、観客席がドッといきなり盛り上がる。

 

 まだ、レース前のパドックだが、現れたのは今日の大本命、タイキシャトル先輩だ。

 

 前回のスプリンターズSを勝った事もあり、観客達の期待も高い、綺麗な艶のある栗毛の髪がいつも以上に映えていた。

 

 鍛え抜かれた歴戦の身体、王者の風格がある圧倒的な雰囲気は他のウマ娘には無いものだ。

 

 そんな中、私はゴルシちゃんと並んでチアガールの格好でそれを見つめている。この私達の光景もだいぶシュールだと思うんですけどね、私個人としましては。

 

 流石に秋一発目のG1だけあって、雰囲気が違うなと感じた。

 

 

「すげー身体だな相変わらず」

「こりゃたまげた」

 

 

 タイキシャトル先輩の鍛え抜かれ、仕上がった身体に観客席からも、ちらほらとそんな声が上がる。

 

 はっはー、まだ驚くのは早いぜ、お客さん達や。

 

 タイキシャトル先輩だけで驚いてたら困りますよ、まだウチのバクシンオー先輩の晴れ姿を見てはおるますまい。

 

 私が見た限り、重石を手足に付けて坂でミホノブルボンの姉弟子と併せ、さらに、このレースの為に仕上げてきた彼女はまさしくスプリント界の王としての片鱗を見せていた。

 

 そして、バクシンオー先輩はこのレースの為に身体を仕上げてきた。

 

 その為に犠牲にしたものもある。レースに出る彼女の為にと、クラスメイト達は彼女が抜けた穴を懸命に協力しながら埋めた。

 

 バクシンオー先輩は一人で走る訳ではない、私達、アンタレスのチームメイトがいて、そして、彼女を送り出してくれたクラスメイトの思いを乗せて今日は駆ける。

 

 その証拠に、観客席に視線を移せば彼女の同じクラスのウマ娘達がデカい横断幕を観客席から吊るしていた。横断幕にはデカデカと私達の爆進王という文字と綺麗な稲妻のロゴが入っている。

 

 

「バクシンオー! 頑張れー!」

「私達の委員長ーっ!」

 

 

 駆けつけたバクシンオー先輩のクラスメイト達からの鳴り響く声援、これは、きっと彼女が積み上げてきたものだろう。

 

 練習時間に割くことのできる時間を責任感が強い彼女は敢えてクラスの為にと業務に費やした。

 

 同期のミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩がトレーニングを積んで強くなる中、彼女にはきっと焦りがあったに違いない。

 

 私はバクシンオー先輩のパドックでの登場をゴルシちゃんと並んで心待ちにしていた。

 

 

 

 

 スプリンターズSのパドックでタイキシャトルに観客席が湧く中、彼らの前に1週間、仕上げた身体を披露する時がいよいよやってきた。

 

 スプリングステークスでの敗北、あの負けから彼女はそのことを身に染みて感じていた。

 

 同じチームであるミホノブルボンに敗北し、2着どころかバテてしまい、情けなく着外になってしまった。

 

 ライスシャワーも4着、この時、私は自分の至らなさを身に染みて思い知った。

 

 クラス委員長の仕事をこなしながら、私はこんなところで何をやっているんだろうとそう感じていた。

 

 ライバル達は自分がクラスの為に働いている中、きっと、血の滲むような努力を積み重ねてきているはずだ。

 

 あのルドルフ会長でさえ、生徒会長の仕事をこなしながらあれだけ力強い走りができているというのに私は何をやっているのだと、己を責めた。

 

 パドックに向かうレース場の道の途中でふと、バクシンオーは足を止める。

 

 

「……っ…」

 

 

 胸元に手を置けば、高鳴る心臓の音が鮮明に聞こえてくる。

 

 G1という大舞台、対するはマイル王タイキシャトル、そして、海外から来た精鋭のウマ娘達。

 

 今日のレースをわざわざ観に来てくれたであろうクラスメイト達の声がここまで聞こえてくる。そう、このレースに挑む私に彼女達はこう言ってくれた。

 

 あれは確か、夏ごろの話だっただろうか。

 

 始まりは私の事をいつも手伝ってくれるクラスメイトの一人である彼女の言葉がきっかけだった。

 

 バンッと力強く私の机を叩いた彼女は迫るようにして私にこう告げてきた。

 

 

『バクシンオーちゃん、次は絶対勝とうっ!』

『えっ…?』

『スプリングステークスっ! 見てたんだよ私! 』

 

 

 そう言って、バクシンオーの手を握って来たのは黒鹿毛のショートヘアのちっさな身体のウマ娘だった。

 

 彼女は優れた才能を見込まれて、飛び級してトレセン学園にやってきた。

 

 幼いながらもしっかりものでなんでも得意。その上、彼女は素直で明るいがんばり屋のウマ娘だった。彼女の名はニシノフラワーという、そう、サクラバクシンオーと同じく短距離を得意とするウマ娘だ。

 

 クラス委員長であるバクシンオーは飛び級でやってきたニシノフラワーの面倒をよく見ていた。

 

 そんな、ニシノフラワーがクラスにいち早く馴染めたのはサクラバクシンオーがクラスメイトとの仲を取り持ってくれたからである。

 

 彼女には、クラスの中心であり、みんなのことを良く考えてくれるサクラバクシンオーが憧れの存在だった。

 

 そして、同じ戦線で戦うからこそ彼女はバクシンオーの持つ類い稀な才能に気づいていた。

 

 だからこそ、クラス委員長としてクラスをまとめながら生徒会の仕事を請け負い才能を開花できていないバクシンオーの現状が彼女には歯痒かった。

 

 

『バクシンオーちゃんは勝てるんだから…っ! 強いのクラスのみんな知ってるんだよ! みんなでサポートするからっ!』

『……でも、私は委員長だから…』

『応援するよ! ねぇ! みんな!』

 

 

 そう言って、クラスメイト達に同意を求めるニシノフラワー。

 

 クラスメイト達からも、それに同意するように次々とあちらこちらから声が上がった。同じ同級生でもあり、ライバルであるにも関わらずだ。

 

 それは、バクシンオーがどれだけ自分達の為に働いてくれているのか彼女達も知っているからだ。だからこそ、今度は何かしらの形で彼女の力になりたいと皆がそう思っていた。

 

 

『委員長にはいつもお世話になってるし!』

『借りがたくさんあるもんねっ!』

『良いとこ見せてよ!優等生!』

 

 

 そう言って、次から次へとクラスの事については何も心配するなと背中を押してくれるクラスメイト達。

 

 今まで、クラスの為に働いて来たバクシンオーはこの言葉に思わず言葉を詰まらせる。

 

 私が積み上げてきたことは無駄ではないのかと思ってしまう事も稀にあった。

 

 クラス委員長としての責任を果たさねばとレースに負けた次の日には、直ぐに気持ちを切り替えて頑張ってきた。

 

 

『あ…、あの…、私…、ありがとう…っ』

 

 

 これには、バクシンオーも思わず涙が自然と溢れ出てきた。

 

 ウマ娘と生まれたからには走りたい。走って実力で勝ちたいと思う。

 

 だからこそ、チームメイトであるライスシャワーもニシノフラワーと同じように業務を負担してくれることもあったし、ミホノブルボンは私の為にトレーニングと調整に付き合ってくれた。

 

 ミホノブルボンと共に行う坂路のトレーニングはきつかったが、一回り、さらに今よりも強くなれた気がした。

 

 深呼吸した私は決心したように頬を両手でパンパンッと二度と叩いて気合いを入れてこう声を出す。

 

 

「よしっ! 行こうっ!」

 

 

 今まで、積み上げてきたものをクラスの皆にもチームメイトの皆にも見てもらいたい。

 

 今日はそれを見せる時だ。心臓を落ち着かせた私はゆっくりと止めていた足を動かす。

 

 この日の為にやるべき事はやってきた。そうして、私はパドックの舞台に足を踏み入れる。

 

 今日は勝ちに来たのだと示す為に。

 

 

 

 タイキシャトル先輩の登場からしばらくして、大声援と拍手で迎えられるサクラバクシンオー先輩に私も頑張れー!と声援を送る。

 

 スプリント戦でありながらこんなに盛り上がりを見せる事はそうそう無いはず、そのレースに挑むプレッシャーもおそらく半端ない筈だ。

 

 私なら少なくとも、かなり緊張してしまいそうだなとか思ってしまう。違います、豆腐メンタルとか言わないでください、私のはこんにゃくメンタルですので。

 

 弾力性があるハートの持ち主なんですよ、胸も弾力性があるねとか、誰が上手いこと言えと。

 

 さて、話が逸れかけましたが、パドックに出てきたサクラバクシンオー先輩は吹っ切れたような表情でした。

 

 私の心配はどうやら杞憂だったようですね、あの様子であればレースはなんら心配なさそうだ。

 

 羽織っていたジャージを脱ぎ捨てるサクラバクシンオー先輩。会場からはタイキシャトル先輩同様に驚いたような声が上がっていた。

 

 それはそうだろう、アンタレスの仕上げトレーニングは死ぬほどキツイ、それをこなしていたのだから仕上がりはバッチリだ。

 

 それだけで驚くなかれ、バクシンオー先輩はゆっくりと腕と足に付けていたリストバンドを全て外すとそれを舞台の床下に投げて見せる。すると…?

 

 

「お、おい! 舞台が凹んでんぞっ!」

「普段からあんなの付けて走ってんのかっ!? おい!」

 

 

 ズンッという音と共にステージの床がリストバンドの重さで少しばかり凹んでしまった。

 

 そう、今では普段から重しを身につけているアンタレスだが、レースではその力を存分に解放できるのである。

 

 ちなみにパドックのステージは木製の上にバクシンオー先輩の身につけている全部のリストバンドの重しであれくらいなのだが、私とミホノブルボンの姉弟子、ライスシャワー先輩が付けているリストバンドは一つだけ普通の地面に投げるだけで地面が陥没する。

 

 ちなみに今も付けています。でも、付け慣れたらそうでもなくなってくるから身体って不思議ですよね(白目)。

 

 来日した海外ウマ娘の皆さんが日本のウマ娘は頭がおかしいと思って帰国しなきゃ良いんですけども、だが、否定できないから悲しい。

 

 少なくとも、私のチームは…、あ、隣にも居ましたねそんな感じのウマ娘が。

 

 私は隣に立っているゴルシちゃんの顔をチラリと見て思わずそう思ってしまった。基本クレイジーなウマ娘ばかりなのは、当たっているかもしれない。

 

 すると、ゴールドシップちゃんはバクシンオー先輩のパドックを見つめながら私の肩をポンと叩くと耳打ちでこんなことを話し始める。

 

 

「ほら、私がたこ焼き持ってやっから、せっかくチアの格好してんだし、フレーフレーしてやんなよ、な?」

「んな事、今したら胸がはち切れるわ! できるかっ!」

 

 

 そう言って、たこ焼きを抱えたままアホな事を言い出すゴルシちゃんにツッコミを入れる私。

 

 胸が大惨事になるわ、脚上げた途端に胸元のボタンがブチんと音が鳴るのが容易に想像出来てしまうから不思議。

 

 しかも、下は短パン履いてませんのでそんな事ができるはずが無い、ただでさえ、この格好自体危ういのに何を考えてるんだか。

 

 そんな風なやりとりをしているうちにバクシンオー先輩のパドックが終わる。

 

 さて、私もたこ焼きの販売に戻るとするか、そう思って踵を返した矢先の事だった。

 

 胸元からブチッという、何かが引き千切れる音と共にボタンらしきものが吹っ飛ぶ。

 

 

「あっ…」

「あちゃー…」

 

 

 はい、私の胸元のボタンが引き千切れた音ですね。思わず、それに頭を抱えるゴールドシップちゃん。

 

 そして、何故か、その瞬間、私の胸元が露わになり、観客席の数人が盛り上がってうるさかったので軽く顔面にナックルパートをお見舞いしてすぐに黙らせました。

 

 別に胸元を見られること自体は屁でも無いのですが、なんかイラっと来たのでつい…、嘘です、ちょっと羞恥心もありました。

 

 今度から普通に学校指定の制服で配った方が良いなという教訓にはなったと思う。こうして私は結局、着替える羽目になってしまうのだった。

 

 

 さて、私達がこんなアホな事をしている間にいよいよ、パドックも終わり激闘のスプリンターズSの幕が上がる。

 

 勝つのは果たして、日本のウマ娘なのか海外のウマ娘か。

 

 今、短距離の頂上決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。



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短距離の巌流島決戦

 

 

 いよいよ、スプリンターズSのゲートイン。

 

 準備体操をしているだけでも海外ウマ娘達の身体を見ていればその実力はだいたい掴める。

 

 スプリント、マイルを勝てるわけだと観客席から眺めていた私は思わずそう感じた。足の作り方を見ればそれは一目瞭然だ。

 

 クラシックと短距離専門のウマ娘は基本的に身体の筋肉の鍛え方も脚の筋肉の付き方も異なる。

 

 その点において、世界最高峰のレースBCマイルを制した実績のあるルアーや、海外短距離G1制覇をしたロックソングは見事な身体の作りをしていた。

 

 私はゲートインする前の海外ウマ娘の二人を見て顔を引きつらせながらこう呟く。

 

 

「うっへー…私、来年あんなのとやり合わなきゃならんのか…」

 

 

 すでに胸がはち切れたチアガールの服に代わり制服に着替えた私は尻尾を振り振りしながら苦笑いを浮かべていた。

 

 あ、もちろん手元にはたこ焼きがあります、御安心下さい私は皆さんにたこ焼きと夢を売る可愛いマスコットなのです。

 

 ははは、もうこれいっそ全部オグリ先輩にあげようかな、売るのがめんどくさくなってきた。

 

 さて、バクシンオー先輩とタイキシャトル先輩はというと異様に落ち着いている。

 

 やはり、バクシンオー先輩はクラスメイト達の応援も大きいのだろう。こんなエゲツない面子を相手にあれだけ落ち着けるなんて肝が座り過ぎである。

 

 しばらくして、いよいよ枠入りの時を迎える。

 

 ザワザワと盛り上がる観客達、最後の枠入りが終わり皆はその時を待ちわびる。

 

 

 電撃の短距離戦へ。

 

 

 大激戦のスプリンターズSがいよいよ幕を開ける。

 

 会場内に響き渡るファンファーレ。

 

 芝1200m観客達のボルテージもファンファーレと共に手拍子を合わせ一気に盛り上がった。

 

 実況席に座るのは今日もこの人、大接戦ドゴーンで有名な愛称はブルーアイランドさんである。

 

 あ、ちなみにこれは私が勝手に付けたニックネームなので悪しからず、実況席からは今日のレースについての話が聞こえてくる。

 

 

「さぁ、晴天で迎えることが出来ましたスプリンターズS。今日の注目はサクラバクシンオーとタイキシャトルの巌流島決戦! さらに日本ウマ娘と海外ウマ娘との対決です。各ウマ娘ゲートイン終わりました」

 

 

 そう言って、レース開始を今か今かと待つ観客達。

 

 静寂な空気が流れ、スタートを切る主審が旗を上げる。そして、しばらくそれを挙げたまま時間が静止した。

 

 スタートの一瞬で全てが決まる。それが、スプリンターズSだ。

 

 ヨーイドンッで走り、単に足が速いウマ娘が勝つシンプルな勝負、スタートを待つ彼女達の足にも思わず力が籠る。

 

 そして、パンッ! という音と共にゲートが一気に開いた。

 

 すぐさま、先行を取りに行ったのはやはりこの二人のウマ娘達だった。

 

 

「おっと! ポンっと先行で来たのはやはりタイキシャトル! だが、サクラバクシンオーもそれに並ぶ! これは見事なスタートダッシュを決めた!」

 

 

 二人とも差しには回らず見事な先行取り、これには会場もどよめいた。早くも注目されているウマ娘二人の先行争い、これに燃えない筈がない。

 

 私も思わず上手いと声に出してしまった。見事なスタート、バクシンオー先輩もタイキシャトル先輩もさすがは短距離のスペシャリストだなと納得してしまった。

 

 海外ウマ娘達も負けていない、あの二人と変わらないスタートだ。

 

 見事なスタートダッシュを決めたサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人。

 

 だが、そんな二人よりも先に見事なスタートを決めて先行を取ったウマ娘が居た。それは、逃げ策に打って出た海外ウマ娘、BCターフを制したルアーである。

 

 さらに、二人の背後からは直ぐにロックソングが迫って来ている。はやくもレースは序盤から4強対決という展開に。

 

 

(やっぱりそうなったネ…)

(だけど、これは願ってもない展開!)

 

 

 タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の二人の思惑が一致する。

 

 これならレースの展開が荒れるようなことはない、存分に力を出して戦える。海外ウマ娘の姿を確認しながら、二人は思わず内心で笑みを浮かべていた。

 

 勝負は最後の200m直線、ここで伸びて決着をつける。今はまだ先頭につけて脚を溜める時だ。

 

 先頭を走るルアーから離されない程度の距離を保ちながら、二人はゆっくりと間合いを詰めていく。ロックソングもそれにつられるように上がって来た。

 

 1000mから900m、そして、残り800mの表記を過ぎる。

 

 

「逃げに入るルアー! さあ、距離はだんだんと無くなってまいりました! 残り800m! さぁ、ここからどうなる! 日本のウマ娘の意地を見せるのか!」

 

 

 白熱するレース展開に実況席からも熱い声が上がる。

 

 スタートダッシュを綺麗に決めたバクシンオー先輩にもタイキシャトル先輩の足にもまだまだ余裕がある。

 

 ここからが勝負だ。先行の二人は一瞬互いの視線が交差する。

 

 プライドを賭けた戦い、それも、日本での戦いで負けてなるものかとそんな意地と意地が激しくぶつかった一瞬だった。

 

 タイキシャトル先輩の剛脚に力が入り、地面を割くように異常な伸びを見せはじめた。みるみる内に先頭を走っているルアーを捉えにかかる。

 

 

(早めに捉えるっ)

 

 

 200mギリギリまで待つつもりであったが、タイキシャトル先輩は勝負に出た。

 

 それは、先頭を走るルアーの脚に疲労が見えたからだ。早めに先頭に躍り出て一気に押し切ろうという魂胆であった。

 

 タイキシャトル先輩はそう考えていた。自分の脚を信用しているからこそできる芸当だ。

 

 これには、観客席からも大声援が上がった。タイキシャトル先輩の人気の高さが伺える。

 

 

「残り400m!タイキシャトル上がる! タイキシャトル上がる! 凄い脚だ! 伸びる!これは射程圏内に入った! まだ伸びる! だが、来た来た! 背後から来たっ! あれは間違いない!」

 

 

 残り400mの地点でルアーはタイキシャトル先輩に並ばれ一気に抜かれそうになるが、それでも辛うじて食い下がる。

 

 そして、実況にもムチが入る。激しく声を張り上げすごいテンションの実況に会場も大盛り上がりだ。

 

 しかし、伸びて来たのはタイキシャトル先輩だけではない、背後から迫るのは我がチームアンタレスが誇るスプリント最強の委員長。

 

 

「サクラバクシンオーが猛追撃ィ! タイキシャトルと並んだァ! ルアーがなんとここで退がるっ! これは凄いことになった」

 

 

 サクラバクシンオー先輩の必殺の脚が炸裂。

 

 まさしく、その脚は爆裂と表現したら良いくらいの凄まじい伸び脚だった。

 

 二人の背後からマークしていたロックソングも急激に伸びる二人の脚について行けない。

 

 一気に先頭に躍り出た二人は顔を見合わせて火花を散らす。それは、負けてたまるものかと言わんばかりの表情だった。

 

 まず仕掛けたのはタイキシャトルからだった。脚に力を込めてバクシンオーを引き離そうと試みる。

 

 

「残り200っ! タイキシャトルがここで出る! タイキシャトルだ! タイキシャトル! だが、バクシンオーが差し返すっ! 譲らない! 譲らない! 互いに先頭を譲らない! 壮絶な一騎打ちになりました! 」

 

 

 だが、バクシンオー先輩はすぐさまタイキシャトル先輩を差し返し先頭を取らせんとしていた。

 

 デットヒートした二人の足は止まらない。

 

 それは、死闘にも見えた戯れにも見えた。

 

 きっと、二人にしかわからない世界が見えたに違いない、だが、勝負というのは常に勝者と敗者を作る。

 

 全て積み重ねたものがレースに反映される。このレースを勝つためにバクシンオーは皆から支えられた。

 

 タイキシャトルは日本の誇る短距離の王者としての看板を背負ってこのレースに挑んだ。

 

 残り50m、僅かな差か絶望の距離か。

 

 限界を越えた先、その世界を見たのはやはり、このウマ娘だった。

 

 

「タイキシャトル!右に僅かによれたっ! バクシンオーがここで僅かに競り勝つ! バクシンオーか! これは、バクシンオーかっ!」

 

 

 脚を崩したのはタイキシャトル先輩だった。

 

 理由はわからない、芝が原因か、何かに脚を取られたのか、疲労による僅かな隙か。だが、そこを見逃すほどバクシンオー先輩は甘くはない。

 

 その一瞬の隙をついて、前に躍り出る。残り数十メートルで明暗が綺麗に分かれる。

 

 大接戦、だがそんな大接戦では僅かなロスが命取りになる。

 

 タイキシャトル先輩はおそらく焦っていたのだろうと思った。

 

 ルアーを降したまでは良い、だが伸びる自分の脚に食らいつくサクラバクシンオー先輩の気迫に押された。

 

 

(しまっ…! !)

(今だっ!今しか無いっ!)

 

 

 引き離せないバクシンオーの走りに焦ったタイキシャトル先輩の完全なミスだった。

 

 僅かにバクシンオー先輩がタイキシャトル先輩の先を行く。

 

 先頭を切り裂くはバクシンオー、チームアンタレスのサクラバクシンオー先輩だ。

 

 張り裂けそうな雄叫びを上げて、ゴールを切った瞬間、実況がここで思わず吠える。

 

 

「いった! いった! 抜けた! サクラバクシンオーが抜けたっ! サクラバクシンオーが抜けたっ! 進撃のバクシンオー! これが日本のスプリントキングだァ!」

 

 

 実況は相変わらず大袈裟だが、観客席から一気に爆発したかのような大歓声が一斉に上がる。

 

 僅かな差、右にタイキシャトル先輩がよれなければきっとあのまま差し返してたかもしれない。

 

 微かに脚が取られたのが明暗を分けた、あれが無ければ本当にどうなっていたのかわからなかった。

 

 息を切らしながら、死闘を終えたサクラバクシンオー先輩は高々と腕を振り上げる。

 

 その光景に会場は揺れた。盛大な賛辞と拍手がレースを制したサクラバクシンオー先輩へと送られる。

 

 そして、彼女のクラスメイト達は喜びを爆発させて、ターフへ乗り込むとサクラバクシンオー先輩の元へと駆けていく。

 

 私達のクラス委員長がリギルの誇る短距離の王者を負かした。

 

 そのことが彼女をスプリンターズSで応援していた彼女達には誇らしかったに違いない。遠目からそれを眺めていた私はそう思った。

 

 

「すごい! すごいよ! 委員長っ!」

「やれるって思ってたよっ! 絶対勝てるって!」

 

 

 そう言いながら、バクシンオー先輩の元に駆け寄り抱きつきながら笑みを浮かべるクラスメイト達。

 

 すると、バクシンオー先輩は苦笑いを浮かべながら近寄って来た彼女達に倒れるように身体を預ける。

 

 そして、バクシンオー先輩は息を切らしながらゆっくりとこう話をしはじめる。

 

 

「ありがとう…、皆のおかげだよっ…。後、ごめん、肩貸して…脚が…」

「あ…っ」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべつつ身体を預けてくるバクシンオー先輩の脚に視線を落とすクラスメイト達。

 

 彼女の脚は限界を超えすぎたせいか、激しく痙攣を起こしていた。そして、おそらく上手く立てないところを見る限り肉離れか何かを起こしているのだろう。

 

 すぐにクラスメイトの一人がバクシンオー先輩に肩を貸す。多分、そこまで重症というわけでもないがこれではウイニングライブは出来そうに無い。

 

 すると、その様子を遠目でたこ焼きを抱えて見ていた私の肩にポンと手が置かれる。

 

 急に肩に手を置かれた私の背中に悪寒が走る。私は苦笑いを浮かべてゆっくりと後ろへと振り返った。

 

 すると、そこには真顔で私の肩に手を置いているミホノブルボンの姉弟子の姿が、そして、姉弟子は私にこう告げはじめる。

 

 

「バクシンオーの代わりにウイニングライブ行って貰えますね?」

「えっ!? 何故ェ!」

 

 

 姉弟子の急な無茶振りにたこ焼きを抱えていた私は思わず驚きの声を上げる。

 

 いや何故そうなるんですかっ! 私、気配を消して空気になっていたのに!? 何故こんな時にそんな扱いなんですかっ!?

 

 バクシンオー先輩が出来ないのはわかりますが代打がまさかの私、しかも、センターという。一体どうしろと。

 

 漫才でもしたら良いんですかね? 私、演歌くらいしか出来ませんよ?

 

 これは服を脱いでサービスをせざる得ないのではないだろうか? いや、しませんけどね、大衆の前でそんなことしたら社会的に死んでします私が。

 

 そんな中、クラスメイトから肩で身体を支えて貰っているバクシンオー先輩の元にタイキシャトル先輩がやってくる。

 

 そして、笑みを浮かべるタイキシャトル先輩はバクシンオー先輩に手を差し出した。

 

 

「ナイスランでした。悔しいデスガ、次はミーが勝ちます」

「はい、こちらこそありがとうございます、また走りましょう」

「楽しみにしてますネ」

 

 

 そう言いながら握手を交わす二人。

 

 二人の健闘を讃えて会場からも拍手が巻き起こっていた。確かに手に汗握る名勝負でした、それは認めましょう。

 

 ですけど、私がウイニングライブやるのはちょっと意味がわかんないですね、もう帰って良いですかね? えっ? ダメ?

 

 その後、私はズルズルと引きずられバクシンオー先輩の代打でウイニングライブを歌って踊ることに。

 

 スプリンターズSで走った先輩達の視線が痛い中、タイキシャトル先輩に可愛がられつつ歌うあの苦痛といったら、胃が痛かったです。

 

 誰だお前って言われても仕方ないですよね、はい。

 

 なんか、腹が立ったので最後にウイニングライブのセンターでを熱唱してやりました。観客の人達からポカンとされましたけど後悔はしていません。

 

 ちなみにその後、私はルドルフ会長から馬鹿者と言われ怒られました。なんでや。

 

 こうして、秋のG1一発目のレースから好スタートを切ったチームアンタレス。

 

 いよいよ、次は菊花賞。

 

 果たしてクラシックの戦線最終レースはどのような展開が待ち受けているのだろうか。



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学園祭の準備

 

 

 

 さて、スプリンターズSも終わり、秋の菊花賞に向けて私たちも本格的なトレーニングを始めました。

 

 とでも言うと思いましたか? ふふん、実は秋にはもう一つの一大イベントがあるのですよ。

 

 それはですね、トレセン学園の学園祭の時期なのです。

 

 いやー、私もようやく学生らしいことができるのか、嬉しいですね本当に。

 

 いつもは鬼のようなトレーニングに明け暮れる日々だったのですけれども、こういったイベント事は実にありがたいです。

 

 私はるんるん気分で現在、学園祭の準備を手伝いながら鼻歌を口ずさんでいました。

 

 

「ふんふんふーん♪…おや?」

 

 

 そんな上機嫌な私の前になんと大量の飾り付けの材料を運ぶゼンノロブロイことゼンちゃんの姿が。

 

 うーん、あんなちっこい身体で無茶したら怪我をしてしまいますね、それは由々しき事、ここは一つ私が手伝ってあげなければ。

 

 私はすぐさま、材料を運んでいるゼンちゃんに近寄るとにこやかに笑みを浮かべながら話しかける。

 

 

「やぁーやぁー、ゼンちゃん。手伝おうか?」

「あ、アフちゃん!」

 

 

 そう言いながら私はゼンちゃんが抱えている材料を持ってあげる。

 

 大方、学園祭のための材料なのだろう。そうと分かれば話は早い、大天使アフエルである私は当然手伝う事にした。

 

 目の前にたくさんのを材料を持ったか弱い女の子が居るんですよ! ここで手を貸さなきゃ漢が廃るってもんですよっ!

 

 あ、良く考えたら私も普通にウマ娘でした。

 

 ま、まぁ、細かいところはさておき、心優しい私は飾り付けに使う材料を抱えながらゼンちゃんと教室に向かう。

 

 

「アフちゃんありがとう助かるよぉ〜」

「いえいえ〜、これくらいならあと三倍くらいあっても軽く持てそうですし気にしないでください」

「何それ怖い」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の言葉にドン引きするゼンちゃん。なんでや。

 

 いや、そりゃあれだけ筋トレとか坂とか追い込みとかしてたら筋肉なんてバリバリ付き放題ですよ。

 

 試しに私の腹筋見てみます? キュッてなってますからキュッて。

 

 そう言いながら、私は材料を置いてゼンちゃんにお腹を触らせてあげる。

 

 すると、ゼンちゃんはおーっと声を上げながら、興味深そうに私のお腹を手でスリスリと確認、むふふ、どうだ凄いだろう。

 

 しばらくお腹を触っていたゼンちゃんは私の顔を見つめながらこう語り始める。

 

 

「確かにすべすべしてて、スタイル凄く良い!」

「でしょう? 普段から鬼みたいなトレーニングしてますからね」

「あ、でも上の方はなんだかプニプニしてて摘めるかも」

「おい、それ胸つまんどるやろがい」

 

 

 そう言いながら、私の下乳あたりの脂肪を摘み始めたゼンちゃんに突っ込みを入れる。

 

 ススッとさりげなく手が上にいっていることに気ついてないとでも思ったか? 甘いわ! 私がどれだけ普段からその辺、弄られてると思ってるんだ全く。

 

 寝ぼけたブライアン先輩からは鷲掴みにされ、ゴルシちゃんからはナチュラルに鷲掴みにされ、そして、普段のトレーニングでは無駄に揺れるんですよ。

 

 本当に肩は凝るわで、ろくな事がない。

 

 今、多分、世の中にいる女性とウマ娘の何%かを敵に回したような気がしますが、多分気のせいでしょう。

 

 主に頭文字がサで始まり、カで終わるウマ娘さんから怒りの鉄拳が私に飛んできても何ら不思議ではない。

 

 ゼンちゃんにお腹を触らせてあげた私はそそくさと上着を元に戻す。なんだか、触らせ損だった気がするのは気のせいだろうか?

 

 気を取り直して材料をとりあえず教室に入れ込む私とゼンちゃん、学園祭の準備は大変ですね本当。

 

 

 

 さて、材料も運び終えましたし、私は退散するとしましょうかね。

 

 え? クラスの学園祭の準備を手伝わないのかですって? いや、手伝ってあげたいのはやまやまなのですが、実は私にも用事というものがありましてね。

 

 というのも、私自身が出店を出さなきゃいけないから店を組み立てなきゃならんのですよ。

 

 何を作るのかと言われたら、たこ焼き屋の屋台です。今回は同じチームアンタレスのバンブーメモリー先輩とナカヤマフェスタ先輩が手伝ってくれるそうなのでちょっと安心してます。

 

 さてと、私も準備を手伝って来ますかね、いやー忙しい。嘘です、若干、クラスの準備手伝うのめんどくさいから抜け出したい口実にこじつけただけです。ごめんなさい。

 

 そんな感じでご機嫌にチームアンタレスの出店の手伝いに向かおうと教室を出て歩きはじめる私。

 

 すると、しばらくして、背後から肩をポンと叩かれて呼び止められた。

 

 

「あの…、ちょっといいかしら、貴女、アフトクラトラス…?」

「…はい?」

 

 

 呼び止められた私はキョトンとしながら後ろへと振り返る。すると、そこに居たのは鹿毛の目付きがキリッとしてる緑色が印象的なリボンを付けたクールな雰囲気のウマ娘だった。

 

 私は首を傾げて、声をかけて来たウマ娘に対してこう語り始める。

 

 

「あれ? どこかでお会いしましたっけ?」

「いや…顔を合わせるのはこれが初めてだけれども」

「ですよね! ところで、メジロドーベルさん何用ですか?」

 

 

 私は首を傾げて、呼び止めるようにして肩を叩いて来たメジロドーベルさんに告げる。

 

 そりゃ、いきなり初対面の人から声を掛けてこられたら普通にそうなりますよね。

 

 しかもサイレンススズカさんやタイキシャトル先輩と同期ですし、メジロドーベルさん、それに名門メジロ家(笑)の出のエリートですから私も緊張してしまいます。

 

 すると、ドーベルさんはキリッとした表情で私の手を急に握りしめるとこう語り始める。

 

 

「私、まどろっこしいのが嫌いだから率直に言うわ、先日のウイニングライブでの貴女の歌に惚れたの」

「…はい?」

「先日の貴女のライブ、あの素晴らしい曲だったわ。周りはどう思うか知らないけれど私はあの曲好きよ」

 

 

 そう言って、真剣な眼差しで見つめてくるドーベルさん。先日のウイニングライブっていうとおそらく私が熱唱した紅の事だろう。

 

 あれ、完全にネタだったんですけどね、まさかドーベルさんが気に入るとは思わなんだ。

 

 しかし、美人さんである。そして、クールに見えて顔を赤くしてるのがちょっと可愛い。

 

 おっといかんいかん、私の悪戯心が疼いてしまうところだった。最近、ゴルシちゃんに毒されてきてる気がする。

 

 え? お前、元々そんな感じだったろ、ですって。 ぐうの音も出ませんね、はい。

 

 ひとまず、メジロドーベルさんに笑みを浮かべたまま私は彼女にこう告げはじめる。

 

 

「ありがとうございます。会長には怒られちゃいましたけどね」

「そうなの?…私は良かったと思ったんだけどな…」

「ドーベルさん最近何か嫌な事でもあったんですか? ちょっと破壊衝動強すぎやしないですかね?」

 

 

 私は顔を引きつらせながら、メジロドーベルさんにそう突っ込みを入れる。

 

 毎回、楽器を壊すのが通例のバンドの曲が気に入ったとかそう思わざる得ない。

 

 ドーベルさん凛々しい顔してなかなかに凄いぶっ飛んでるなとか私は内心で思ってしまった。

 

 さて、気を取り直して私はコホンと咳払いを入れると彼女にこう話をし始めた。

 

 

「ありがとうございます。それでは私は露店の準備があるのでこれで…」

「それで、本題なんだけど、私、アンタレスに入ることにしたわ」

「ちょっと待てい」

 

 

 踵を返して、その場からすぐに立ち去ろうとした私はドーベルさんのその言葉を聞いて思わず振り返ると間髪入れずにそう告げる。

 

 いやいや、何故そうなった。確かにドーベルさんはオークスとか勝っている実績のあるウマ娘なのだけれど、どこをどうやったらアンタレスに入りたいと思ってしまうのか、修羅になりたいんですかね?

 

 私はドーベルさんの正気を疑う、一応、この人も名門メジロ家の一員なんですけど。

 

 あ、なるほどだからか、あれー? でもマックイーンさんとは血縁関係そんなに濃かったかな? あれー?

 

 そんなわけで、アンタレスに入ると言ってのけたドーベルさんの説得に私はすぐさま入ることに。

 

 メジロ家の令嬢が正気を失っておられるのだ。私が正気に戻さねば(使命感。

 

 私は早速、ドーベルさんに言い聞かせるようにこう話をし始めた。

 

 

「いいですか? ドーベルさん。ウチは薩摩の戦闘民族並みに頭がおかしいトレーニングをすることで有名なのですよ?」

「えぇ、そうね」

「ですから、リギルとスピカのようなですね…」

「覚悟は出来てるわ、貴女のファン第1号として愛を貫く覚悟は出来てるもの」

「あ、わかった。この人、やばい人だ」

 

 

 そう言って、私の説得は開始3秒程度で霧散した。なんだこの人、目がマジだから本当に怖いんだけれど。

 

 あまりの衝撃に私は思わず思った事を口走ってしまった。

 

 実際、普段からアンタレスのトレーニングをしていたらそんな事、私なら口が裂けても言えない。

 

 私に対して何の愛を貫くんですかね? 毎回、思うんですけど、私の周りにはどうしてこんな人達ばかり寄ってくるんでしょう。

 

 そして、真剣な眼差しで手を握ってくるメジロドーベルさんに私は思わず後退る。

 

 

「アフトクラトラス…、貴女と同じチームで一緒に私も走りたいの」

「あの…、アフちゃんでいいです。アフちゃんで、あとドーベルさんの方が年上ですしね? ね?」

 

 

 手を掴み迫るメジロドーベルさんの顔が近い、何故、わざわざ顔を近づけてくるのか。

 

 とりあえず、私は顔が近いメジロドーベルさんの両肩を掴むと身体から引き離す。

 

 おっとヒヒ~ンとはそう簡単にテンションは上がらせませんよ。

 

 それに、私はこの後、露店の手伝いがあるのだ。こんなところで油を売っているところを姉弟子なんかに見つかったらなんと言われるか。

 

 引き離したメジロドーベルさんはサラリと長い髪を靡かせると嬉しそうに笑みを浮かべたまま私にこう語り始めた。

 

 

「アフちゃんね、わかったわ。それで、貴女何か急いでたんでしょう? 私も手伝うわ」

「えっ!? あー…んー…。べ、別に多分、人手は足りてるとは思うのでお気遣いしてもらわなくても…」

 

 

 私はいろんな方向視線を泳がせながら、すっとぼけるように好意的なメジロドーベルさんにそう告げる。

 

 先程から、よくわかった。これ私が苦手なタイプのウマ娘だと半ば確信した。これだけ好意的に迫られたら私は逆に引いてしまうタイプなのである。

 

 犬に例えると完全に豆柴系だな私。いや、ウマ娘なんですけども。

 

 でもまぁ、ナリタブライアン先輩の前例もあるので一概には言えませんね。はい。

 

 確か、メジロドーベルさんは話によると男の人が苦手で、自分はかわいくない、女っぽくないと普段から言っているとよく耳にしていた気がするんですけども、それに加えて、極度の恥ずかしがり屋で上がり症だとか。

 

 見た限りどこがだよ、と私は思わず突っ込みを入れたくなった。尻尾を上機嫌にフリフリ振ってますけど大丈夫かなこの人。

 

 一見、クールビューティーなウマ娘に見えて結構グイグイ来てますよね、さっきから。

 

 私がウマ娘だからでしょうか? うーん、どうなんでしょうか、この状況自体、あまりにあり得ないことすぎて頭がついていきません。

 

 

「私達、もう同じチームメイトでしょう? せっかくだし手伝わせて」

「もうアンタレスに入るのは、撤回する気が微塵もないんですね」

 

 

 アンタレスに迷わず加入する気満々のメジロドーベルさんの肝の座り方が怖い。

 

 しかし、これ以上、何を言っても仕方なさそうなので、私はため息を吐くと彼女にこう告げはじめる。

 

 下手に断り続けても彼女の好意を無下にしているようで気分もよくありませんしね。

 

 

「それでは、学園祭で販売するたこ焼きの露店の準備があるので手伝って貰えたら有り難いです」

「あら、それならお安い御用。なら私も当日の販売も手伝わせて」

「そうしてくれると助かりますね」

 

 

 そう言って、私はメジロドーベルさんと学園祭で使う露店の準備に入るために校庭に向かう。

 

 チームごとの露店はそれぞれ異なっていて、リギルはなんと執事喫茶とかやるらしい。アンタレスは出店と巨大な和太鼓演奏だとか。

 

 何故に和太鼓、そして、今回はミホノブルボン先輩がその和太鼓をデカい桴でぶっ叩くらしい。

 

 これがアンタレスの毎年恒例の行事だとか、正直、ボディビルダー対決とかじゃなくて良かったとかも思ったりはしましたけれども、流石に私もそれは出たくありませんし。

 

 そのほかにも、占いの館とか、早食い大会などの行事も盛りだくさんのようです。

 

 ブライアン先輩は確か、ちびっ子探検隊をヒシアマ姉さんとやると言っていたような気がします。

 

 あの二人は意外と小さな子供達に好かれる上に人気者ですからね。

 

 一年に一度の学園祭なので、準備にも気合いが入りますね、ゼンちゃんも頑張ってましたし私も頑張らないと。

 

 

「おーい、アフちゃんそれそっちに置いといて!」

「はーい!」

 

 

 私はバンブーメモリー先輩に言われた通りに材料を配置しながら、グッと腰骨を伸ばす。

 

 明日の学園祭が実に楽しみだ。

 

 その後、暗くなるまで学園祭のいろんな準備にアンタレスの皆さんと携わる事になった。

 

 だが、一つだけここで思った事がある。

 

 それは普段からやるトレーニングより、格段に楽ができたという事だ。逆にいい休暇になったのでビックリしたのはここだけの話である。



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トレセン学園 学園祭

 

 トレセン学園の学園祭の準備がとりあえず終わりました。

 

 現在、私は何故か、床に伏しています。前回、良い休暇になった云々と私は言いましたね? あれ前言撤回します。

 

 

 何故なら、準備が終わってからナイターでトレーニングがあったからです。

 

 

 頭おかしいのはいつものことでしたね、予想してなかった私が悪いんです。涙が出ますよ、はい。

 

 おぉ!神よ、寝ているのですか? グアム旅行中だから話しかけてくんなですって?

 

 すいません、蹴飛ばしてもいいですかね、割と本気で。

 

 

「………………」

 

 

 チーン(笑)という音が聞こえてきますが、きっと気のせいではないでしょうね。

 

 足が棒になって死に体になってますので、全く身体を動かす気になりません。このまま私は床になろうと思います。

 

 すると、そんな私を見ていたメジロドーベルさんは心配そうにこう声をかけてくる。

 

 

「大丈夫…? アフちゃん?」

「………私は貝になりたい」

 

 

 そう言って、再び床に同化する私。

 

 ただでさえ、学園祭の準備でくたびれてたのにナイターのトレーニングがあるなんて聞いてませんでしたよ。

 

 坂? あぁ、いつも通り四桁行きましたね。そして、義理母の檄が飛んできました。めっちゃ怖かったです。

 

 ちなみに新加入したメジロドーベルさんは身体を慣らすために今回は私達の半分程度のトレーニングでした。

 

 だけど、この人は割と涼しい顔してこなしてましたので、次回からはもっとトレーニング量が増えるかと思われます。

 

 メジロ家ってやっぱり変態しかいないんですね。というかドーベルさんは私とトレーニングしたいあまりに義理母のトレーニングに参加しようとする始末でしたし。

 

 すると、ドーベルさんは死に体で床に伏している私を弄り始めた。

 

 

「ほら、いつまでも床に寝ないで…あっ、…へぇ、今日、縞々なんだ」

「勝手にスカートを捲らないでください。…こらっ! 匂いを嗅がない! 匂いをっ!」

 

 

 そう言いながら、死に体の私をいいことに制服のスカートを捲り尻に顔を近づけてきたドーベルさん。

 

 私は慌てて、血迷ったそのドーベルさんの行動にすぐさまその場から立ち上がり、息を切らしながら尻を隠す。

 

 人のパンツを見た挙句、好き勝手にしよってからに! Siriに生暖かい息が当たって背中にゾクゾクって悪寒が走ったわ!

 

 あ、私のsiriは話しませんし、検索機能とか付いてませんよ?

 

 当初のクールビューティーぶりはどこいった。名前にドーベル付いてるからとかいって犬みたいな事をしよってからに。

 

 貴女は気品あるウマ娘なんですから、しかもメジロ家の令嬢…。

 

 あ、ちょっと待て、私の知ってるメジロ家のウマ娘って癖者ばかりでしたわ、これはもう駄目みたいですね(白目。

 

 そんな事を考えていた私は思考が一旦停止する。まさか、床に同化するつもりがパンツを晒される事になるとは思わなんだ。

 

 さて、気を取り直した私はコホンと咳払いするとドーベルさんにこう告げ始める。

 

 

「良いですか? こんなところを誰かに見られたりしたら私は明日から変装しながらトレセン学園で過ごさなくてはなりません」

「ふーん…」

「ふーん…じゃないですよ、鼻フックするぞワレェ」

 

 

 そう言いながら、あっそう、みたいな反応のメジロドーベルさんに青筋を立てて何故か広島弁風に怒りつつ苦笑いを浮かべる私。

 

 あかん、この人流し上手や、私の説得やとあきまへんわ、なんでこんなとこでクールビューティー発揮しとんねん。

 

 私の水色の縞々パンツを晒した事はこの際どうでもいい、問題は距離感である。変な噂が立ったりしたら学園生活が暮らし辛くなるでしょう、主に私が。

 

 すると、メジロドーベルさんは長い髪を指でクルクルと回しながら、私にこう話をしはじめる。

 

 

「今更気にする事でもないでしょ? ウマ娘同士なんだし。それにほら、貴女、ブライアン先輩の部屋で真っ裸になってたそうじゃない」

「それ言われたらグゥの音も出ないんでやめてもらっていいですかね?」

 

 

 そう言いながら、私はドーベルさんのなかなか鋭い突っ込みに顔を引きつらせる。

 

 いや、あれは確かにそうなんですけども、しかも、寝泊まりしたりもしちゃってる間がらなんですけどもね?

 

 ほら、全裸になった過程はロイヤルストレートフラッシュとか意味わからんカードを出されたからで、多分、あともう三戦くらいしたら勝てたと思うんですよ私。

 

 無理じゃないです、アンタレスのスローガンは無理を超えろなんで、きっと無理を超えれた筈なんです。

 

 はい、ごめんなさい自粛します。どう頑張っても勝てませんでしたね。

 

 ドーベルさんに完全論破された私はもう言い返す言葉が見当たらなかった。

 

 ドーベルさんがなんで知ってるのか不明だが、多分、ヒシアマ姉さんあたりが話して回ったのだろうとだいたいの予想がつく。

 

 後でヒシアマ姉さんに報復という名の悪戯を仕掛けよう、絶対にだ。

 

 致し方ないので私は肩を竦め、こうドーベルちゃんに話をし始めた。

 

 

「なるほど、わかりました。…しかぁし! 私の痴態を晒すのはやめていただきたい! 良いですね!」

「もともと貴女、痴態を自ら晒してるのだけど」

「そう言われてみればそうですね」

 

 

 ドーベルちゃんの言葉に即答で答える私。

 

 実際そうだから仕方ない、ウイニングライブでは演歌は歌うわ、紅を熱唱するわ、よくよく考えたら私がだいたい痴態を自ら晒していくスタイルが多い気がします。

 

 くっ…! こんな的を射た言葉になんか負けないっ! でも楽しい! ついやっちゃうっ!

 

 はい、今後とも訂正する気は皆無ですね。

 

 こんなんだからトレセン学園のマスコットなんて言われちゃうんですよね私は。

 

 すると、メジロドーベルさんは少し頬を染めながら私にこう告げて来る。

 

 

「ふふ…、なら…私もそう接しても構わないってことよね?」

「駄目です」

 

 

 そう言いながら、手を握ってくるメジロドーベルさんに私は思わず戦慄しながら満面の笑みで答える。

 

 どう接するつもりなんですかね? またやばい人を惹きつけてしまったのではないだろうか今更なんですけども。

 

 そんな感じでひとまず、ドーベルさんとの話を終えた後ナイターの練習を終えた私はメジロドーベルさんの肩を借りてブライアン先輩の部屋まで送って貰った。

 

 足が棒になってるのはほんとなので、もう動けなかったです。

 

 わざわざ、部屋まで送ってくれたメジロドーベルさんには感謝ですね。

 

 そして、そんな状態でもブライアン先輩のヌイグルミに徹する私カッケーですよ、まさにプロ意識の塊だと思います。

 

 これからプロフェッショナルという言葉をアフト・クラトラスにすべきだと提言します。

 

 すいません、調子に乗りました。嘘です、そんな言葉流行ったら私、恥ずかしくて多分、引きこもります。

 

 こうして、学園祭の前夜も何事もなく過ぎていく、今夜も私は寝ぼけたブライアン先輩から抱きしめられながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 トレセン学園、学園祭当日。

 

 さあさあ、やってまいりましたトレセン学園の学園祭! 私はチームアンタレスのたこ焼き屋でたこ焼きを作りながら販売しています。

 

 なかなか売り上げも上々、いつもレース場で売っている時よりもどんどん注文が入って売れていく。

 

 皆さんたこ焼きがお好きなんですね、あ、私みたいな可愛いウマ娘が売ってるからですかね?

 

 いやー、やっぱりカリスマ性ありますよねー私。

 

 身体から溢れ出るこの商売上手の雰囲気は隠せませんか、それなら仕方ありませんよね。

 

 ほら、調子に乗ってきた方が売れるといいますし、今日はとことん調子に乗りましょうかね? ふははは。

 

 

 たこ焼きがお好き? 結構、ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ。アフトクラトラスお手製のたこ焼きです。

 

 美味しいでしょう? んああ仰らないで。お好み焼きや焼きそばなんて手にかさばるわ、口に食べるのに時間がかかるわ、ゴルシちゃんが押し売りするわ、ろくな事はない。

 

 おかわりもたっぷりありますよ、どんな大食いの方でも大丈夫。どうぞたべてみてください、いい味でしょう。秘伝のタレだ、年季が違いますよ。

 

 

 私はニコニコと上機嫌にたこ焼きを皆さんに提供しながらそんなことを考えていた。

 

 だが、調子に乗っていた私は大事なことをこの時すっかり忘れていた。

 

 そう、しばらくして、調子に乗っている私の目前に現れたのは見覚えがある大食いの芦毛の怪物であるこの人だった。

 

 

「1番気に入っているのは…?」

「なんです?」

「値段だ」

「わーっ、何を! わぁ、待って! ここで食べちゃ駄目ですよ、待って! 止まれ! うわーっ!!」

 

 

 そう言いながら、アンタレスの店前に立っているのは大食いマスコットキャラのオグリ先輩。

 

 そして、彼女はなんと50人前のたこ焼きを注文し始めた。これにはたこ焼きを順調に売っていた私も思わず血の気がサァっと引いてしまう。

 

 50人前って貴女、胃袋どうなってるんですか! 本当に! しかも、店前で食べてはどんどん注文してくるので手が追いつかない。

 

 大食いの人でも大丈夫といったな? あれは嘘だ。

 

 というか大食いの域を超えてるのでもはや対応できないという。

 

 しばらくして、ある程度満足したオグリ先輩が店前から立ち去っていく頃には、私の目のハイライトが無くなっていた。

 

 まさしく死闘だった。あの人の食欲は底無しの沼ですね本当。

 

 まさか、義理母の鬼トレーニング以外でも絶望を味わう事になるとは思わなかった。

 

 その後、放心状態の私の身を案じてくれたバンブーメモリーさんとナカヤマフェスタ先輩が店番を代わってくれる事になったのは本当に幸いである。

 

 というより、二人ともオグリ先輩が立ち去るのを見計らってきた感が満載だったのはこの際、気づかなかった事にしておこう。

 

 

 

 それから、二人に店番を代わった私は他のお店を回る事にした。

 

 久方ぶりに一人でのびのびといろいろと歩いて回れるので何かと気が楽だ。

 

 すると、ここで、肩をポンっ叩かれる。振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたライスシャワー先輩が立っていた。

 

 

「アフちゃん一人で回ってるの?」

「あ、ライスシャワー先輩! えぇ、ついさっき暇を貰いまして」

「ほんと? ならちょうど良かった! せっかくだし一緒に学園祭回りましょう」

 

 

 そう言って、両手を目の前で合わせて喜びを露わにするライスシャワー先輩。相変わらず可愛いですね、本当に天使だと思います。

 

 もちろん、そんな申し出を私が断るわけもなく二言返事で頷いてライスシャワー先輩にこう答える。

 

 

「是非ともっ! ライスシャワー先輩と回れるなら嬉しい限りですよっ!…ところで姉弟子は?」

「ブルボンちゃんなら太鼓の出し物があるらしいから多分、ステージの付近で控えてるんじゃないかな?」

「あぁー、なるほど」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉に納得したように頷く。

 

 ライスシャワー先輩の話によると、大食い大会の後にでも太鼓の出し物がありそうだ。これは身内として、見に行かなくてはならないだろう。

 

 頼むから、ミホノブルボン姉弟子が褌とサラシだけで太鼓を叩かない事を祈るばかりです。

 

 何故かって? 来年私がするかもしれないからですよ、流石に私も人前で褌でお尻を晒しのは恥ずかしいですからね。

 

 お尻を出したら一等賞なんて日本の昔話くらいですよ、というより、今回、尻の話しかしてませんね私。

 

 というわけで、はじめての私の学園祭、午前中はこんな感じでした。

 

 皆さんはくれぐれも店前でたこ焼き50人前を食べるなんてことはしないようにしましょう。

 

 オグリ先輩だから致し方ないところはあるんですけどね、可愛いから許しましょう、私は寛大なのです。

 

 

 さて、気を取り直して午後からはライスシャワー先輩と一緒に出店回りという事で私のテンションもだだ上がりです。

 

 執事喫茶とか、おばけ屋敷とかメイド喫茶なんかもあると聞きましたしね、これは満喫せざる得ない!

 

 それに姉弟子の和太鼓の披露もありますしね、なんやかんやでこれもなかなかに楽しみですし、オグリ先輩が大食い大会に出るとも言ってましたので応援に行かねば。

 

 やることたくさんありますねー、いやー、なんやかんやで充実してるな私、学生っぽいことしてますよ!

 

 そう思って上機嫌で午後からの学園祭を楽しもうと意気込んでいた私でしたが、そんな私とライスシャワー先輩の前にちびっ子探検隊という立て札を掲げている二人のウマ娘とばったりと出会ってしまった。

 

 そう、ブライアン先輩とヒシアマ姉さんの二人である。

 

 

「おっ、アフちゃんじゃないか」

「おや、ブライアン先輩とヒシアマ姉さんじゃないですか何してんですか一体」

「そりゃ見ればわかるだろお前、ちびっ子探検隊のリーダーだ」

 

 

 そう言いながら、自信満々に答えるヒシアマ姉さん、相変わらず無邪気というか何というか良くも悪くも姉御肌なんですねこの人。

 

 幼女に飛びつかれているブライアン先輩は左右に尻尾を振っているあたり上機嫌なご様子。

 

 ふむ、ここはとりあえず、私が取るべき行動はただ一つですね。

 

 

「あ、もしもし警察ですか? 発情した二人のウマ娘が事案を起こして…」

「ちょっと待てぇ!!」

 

 

 そう言って見事に突っ込みを入れながら私の携帯端末を取り上げるヒシアマ姉さん。

 

 えっ? そういう事ではないの? お姉さんの色香で幼い子供達に保健体育の授業をするんじゃないんですか?

 

 私はわかりますよ、えぇ、ちびっ子探検隊とはある種、そういった意味で冒険するって事ですよね? えっ、違うの?

 

 そんな事を考えていた私は少年、少女達の身を案じて気づいた時には110番通報の一歩手前まで無駄なく行ってしまっていた。

 

 ついでにメジロドーベルさんとゴールドシップとかいうセクハラウマ娘も摘発してくれたらなとか思っていたりしてましたけどね。もちろん冗談ですけれど。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は私の両肩をポンと叩くと私に向かいこう告げはじめた。

 

 

「なぁ、アフちゃん、悩みがあるなら私が相談に乗るぞ?」

「そうですね、強いて言うなら胸を毎回弄られる事ですかね?」

 

 

 肩を掴んでいるナリタブライアン先輩に笑みを浮かべながら私はそう告げる。

 

 それ以外、何があると言うのだ。毎回毎回、私掴まれるんですよ? 鷲掴みですよ、しかも、こんな事をするのは変態ウマ娘しかいません。

 

 するとナリタブライアン先輩はすっとぼけたような表情を浮かべつつ私にこう告げる。

 

 

「手が吸い込まれてしまうからな、それは致し方ない」

「私の胸は掃除機か何かですかね?」

 

 

 そう言いながら頷くナリタブライアン先輩に私は顔を引きつらせながら告げる。

 

 吸引力の変わらないただ一つの胸なんて聞いた事ありませんよ、全く。私の胸はそんな高性能ではありませんしね。

 

 そんな中、ブライアン先輩の身体に張り付いている幼女はブライアン先輩に向かってこんな事を問いかけはじめた。

 

 

「ウマのお姉ちゃん! このちっこいウマのお姉ちゃんはだぁれ?」

「あぁ、この娘か、私のヌイグルミだよ」

「えー! ヌイグルミさんなんだ! 可愛いー」

「誰がヌイグルミやねん」

 

 

 そう言いながら、すかさず突っ込みを入れる私。

 

 たしかに夜はヌイグルミ役を引き受けていますけれどもなんでブライアン先輩の私物のヌイグルミである事が確定してるんですかね?

 

 そんな事を言うものだから、私の周りはすぐにブライアン先輩達が引き連れてきた少年少女で囲まれてしまった。

 

 それを見ていたライスシャワー先輩もこれには思わずニッコリ。

 

 

「アフちゃんは人気者ね♪」

「おのれー! 余計な…! あ! 尻尾はつかんじゃダメですよ! 触るなら優しく撫でなさい優しく!…ひゃん!」

 

 

 そう言いながら、私が囲まれて弄られているのを幼女の手を握りながら見守るライスシャワー先輩。

 

 ナリタブライアン先輩の余計な一言のせいで、こうして私もライスシャワー先輩もちびっ子達の面倒を見なくてはいけなくなりました。

 

 これでは、本当にトレセン学園のマスコットですよ私。

 

 こんな風に騒がしくも賑やかな私の学園祭ですが、午後の部はまた次回に続きます。

 

 こうなったら腹いせにヒシアマ姉さんにどさくさ紛れにセクハラしておきましょう。



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トレセン学園 学園祭 中

 

 

 

 トレセン学園の学園祭、午後。

 

 ちびっ子探検隊にやられた私はクタクタになりながらげっそりとした表情を浮かべ、ライスシャワー先輩の後ろを歩いています。

 

 色んな意味で疲れました。子供の相手はやっぱり元気があって大変ですね。

 

 

「大丈夫? アフちゃん、ちょっとベンチに座って休もうか?」

「そ、そうですね…」

 

 

 そう言って、ちょこんとライスシャワー先輩の隣に座る私。

 

 普通に地獄のトレーニングするよりなんか精神的に疲れた気がします。

 

 ブライアン先輩達もよくあの子達の相手できるなぁと感心するばかりです。あ、でも、私の身体に飛びついてハグしてきた幼女は確かに可愛かったですね。

 

 柔らかーいとか言ってましたけど、そりゃ、私の胸元ですから、やっぱり私の胸には磁石か何か引っ付いているのかもしれない(危惧。

 

 そんな中、ライスシャワー先輩は隣に座る私にゆっくりと問いかけ始める。

 

 

「最近、学園生活はどう? アフちゃん」

「…どうと言われましても…まぁ充実しては…」

 

 

 そうライスシャワー先輩に言いかけて私の脳内にはふと、今までの学園での思い出が鮮明に蘇ってくる。

 

 それもだいたい黒歴史ばかりである。つい最近では廊下で縞パン晒して床で寝てましたしね私。

 

 ある朝起きたら隣に全裸のヒシアマ姉さんが寝てた事もありましたかね…。

 

 ある日のニンジンを賭けたちんちろりんでナリタブライアン先輩にぼろ負けして。夜中にトイレ行ってたら寝ぼけて寝てたベッドを間違えちゃったんですよね私。

 

 翌日、ブライアン先輩が拗ねてたのがものすごくめんどくさかった記憶があります。

 

 そして、ゴルシちゃんとの絡みやウイニングライブでの盛大なやらかしに義理母による地獄のトレーニングの数々など思い出せばキリがない。

 

 そんな事を思い出していた私はライスシャワー先輩の隣でズーンと落ち込む。

 

 多分、今の私の落ち込み顔、深刻すぎてかなり彫りが深くなってるだろうな、三センチくらい。

 

 そんな私の顔を確認したライスシャワー先輩はにっこりと笑顔を浮かべたままゆっくりと語り始める。

 

 

「それは良かったわ、楽しんでるみたいで…」

「今、私の顔見て視線逸らしましたよね? ね?」

「私もこの学園での生活、とても今充実してるの、アフちゃん」

「スルーしましたね、わかった上で今スルーしましたね、先輩」

 

 

 そう言って、隣で決して視線を合わせようとしないライスシャワー先輩に迫りながら問いかける私。

 

 最近、巷では私のことをチョロいアフちゃんと呼ばれる事が多々ありますが、とんでもない、私はこう見えてガードが固いウマ娘なのですよ。

 

 お前のガード、ガバガバやんけとか言わないで! そうなんだけども!

 

 私をスルーしたライスシャワー先輩は続ける様に話を続ける。

 

 

「最後のクラシック菊花賞。ブルボンちゃんに必ず勝つわ、私は」

「…あぁ、は、はい」

「血反吐を吐いても、まだまだもっと追い込まないといけない…今以上に」

「う…うぅん…ソウデスネ」

 

 

 私は拳を握り締め語るライスシャワー先輩の言葉に嫌な冷や汗がだらだらと背中から滲み出てくるのを感じる。

 

 それに付き合えっちゅう事ですね、言わなくてもわかります。わざわざ目を合わせて訴えかけてこなくてもわかってますから、はい。

 

 棒読みでライスシャワー先輩に答える私は思わず顔を引きつらせるしかなかった。

 

 私には悪いがただでさえ、とんでもなくキツイトレーニングをしているのに更に追い込むから覚悟しとけよとしか聞こえてこないから不思議ですね。

 

 うん、後輩だから致し方ない。付き合わなければいけない宿命なのでしょう。あぁ、死兆星が見えます。

 

 

「さて、じゃあ、気を取り直してお店を回りましょうアフちゃん。 私、ゴールドシップがやっているお好み焼きが食べたいなと思ってたの」

「えっ…!? ゴルシちゃんのお好み焼きですか…っ!」

 

 

 ライスシャワー先輩から話を聞いた私は思わず嫌な表情を浮かべる。

 

 なんでよりにもよってゴルシちゃんのお好み焼きなんですかね、どうせ、また胸揉まれますし、なんかボディタッチがやたら多いんですよあの娘。

 

 私のことを気に入っているのはわからんでもないですけれども、まぁ、可愛がられていると考えれば悪い気もしませんけどね。

 

 か、勘違いしないでよねっ! 別にだから好きだとかそんなんじゃないんだからねっ!

 

 今、一瞬、こいつ何言ってんだ? と思われた方、大丈夫です。

 

 私も自分で言ってて今ものすごく死にたくなりましたから、だから、馬刺しにするのは勘弁してくだしゃい。

 

 私はツンデレってキャラではないですものね、あぁ、ダイワスカーレットちゃんはそんなキャラなんですけども、あの娘がデレたらきっと包容力高そうだと思います(意味深)。

 

 さて、話は変わりますが、ライスシャワー先輩から連れられた私はゴルシちゃんの元へ。

 

 

「おー! 誰かと思えば! チョロアフじゃねーかぁ! 元気だったかぁ!」

「誰がチョロアフやねん!」

 

 

 しかし、行った店先での開口1番がこれである。

 

 誰がチョロいだって、心外な! 隙を生じぬ二段構えならぬ三段構えまでやるというのに! チョロアフとは心外な! ぷんすか!

 

 そして、お好みを売っているゴルシちゃんの横で不機嫌そうな表情を浮かべているウマ娘に私は視線を向ける。

 

 見慣れた芦毛の髪に私と同じくちっこい背丈、そして、メジロ家の世紀末モード開祖のウマ娘。

 

 

「マックイーン先輩何やってんですか?」

「何も言うんじゃありません、いいですね?」

「アッハイ」

 

 

 アイエエエ!! メジロマックイーン先輩がなんとお好み焼きを焼いていました。

 

 そしてなんとワザマエ! お嬢様に見せかけてお好み焼きを作るのが上手すぎてびっくりしています。はい。

 

 そんな中、私は隣にいたライスシャワー先輩に視線を向ける。

 

 せっかくお目当てのお好み焼きを買いに来たのだから何を食べるのか問いかけようと思ったからだ。

 

 しかし、私は視線を向けたライスシャワー先輩のその眼差しに思わず悪寒が背中にゾクリと走った。

 

 その目は真っ直ぐにお好み焼きを焼いているマックイーン先輩を捉えている。

 

 

「…あ、あのー…ライスシャワー先輩?」

 

 

 私は恐る恐るライスシャワー先輩に声を掛けようとするが思わずその迫力に押されて躊躇ってしまった。

 

 すると、ライスシャワー先輩はうって変わりにこやかな笑みを浮かべお好み焼きを焼いているマックイーン先輩にこう声を掛ける。

 

 

「メジロマックイーン先輩、天皇賞(春)連覇おめでとうございます」

「あら? 貴女は…」

「ライスシャワーです…あの…天皇賞のレースはほんとに見事な走りでした」

 

 

 そう言って、メジロマックイーン先輩に好意的な言葉を投げかけるライスシャワー先輩。

 

 私はそんな二人のやりとりを見ていて気が気でなかった。

 

 実績のある名優メジロマックイーン先輩に好意的な言葉を並べているライスシャワー先輩ではあるが、あの眼差しを見ればあれは明らかに闘志をむき出しにしているのがわかる。

 

 同じステイヤーのウマ娘同士、何かしら思うところがあったのかはわからない、しかしながら、ライスシャワー先輩の言葉はわたしには何処か意味深なように聞こえて仕方なかった。

 

 私的にはやべー、おうどん食べたいという心境である。

 

 だが、それを面白そうにニヤニヤと眺めているゴルシちゃんに馴れ馴れしくアフちゃんは肩を組まれ捕まってしまった! 胸を鷲掴みにされてるので逃げられない!

 

 そんな中、お好み焼きを作っているマックイーン先輩は笑みを浮かべたままライスシャワー先輩にこう告げる。

 

 

「メジロ家として当然の結果を出したまでですわ …はい、六百円」

「どうも…、来年は私も出る予定ですので手合わせできるのを…楽しみにしてますね」

 

 

 そう言って、ハイライトの無い眼差しでマックイーン先輩を見つめながら告げるライスシャワー先輩。

 

 マックイーン先輩を絶対背後から刺すウーマンかな?

 

 私は二人のやりとりを見ながら冷や汗をタラタラと流していた。

 

 目にハイライトは無いわ、何故か眼光が光ってる錯覚が見えるわ、しかも、ライスシャワー先輩ナイフ抜刀してませんでしたかね? 今。

 

 薩摩武士だったら一度刀抜いたら無事では終わらすなという言葉もあるんですよ! ライスシャワー先輩が薩摩生まれじゃなくて良かったと私は思わず安堵してしまいました。

 

 バトル漫画じゃないんですけどね、なんでライスシャワー先輩がナイフ持ってるのか不思議で仕方ないんですけども。

 

 そんな中、私の肩をバンバンと叩いてくるゴルシちゃんは笑顔を浮かべてこんな事を言いはじめる。

 

 

「いやー! お前の先輩すっごいなぁ! こりゃ来年が楽しみだ!」

「そうですね。…どうでもいいんですけど、ゴルシちゃんさりげなく私の右胸を揉みしだくのはやめてください」

 

 

 何もおかしな事は言っていない、その通りである。

 

 私は悟ったような表情を浮かべて肩を組みスキンシップが激しいゴルシちゃんに淡々とそう告げた。

 

 もしかして、ライスシャワー先輩がお好み焼き食べたいと言ったのはこうやってマックイーン先輩の顔を拝みに来たって事かもしれませんね、来年戦う事になるライバルになるという意味で。

 

 こうして、お好み焼きを手に入れた私とライスシャワー先輩はひとまず屋台から離れて二人で食べ歩きながら次のお店を探す。

 

 お次はここ、チームリギルがやっているという執事喫茶である。

 

 私はひとまず、からかいの意味も含めてライスシャワー先輩とともに立ち寄る事にした。

 

 

「へいへーい、お邪魔しますよー」

「やはり来たか! よし! 取り囲めっ!」

「…えっ!? 何っ!? なんなの!?」

 

 

 と思いきや、店に入った途端に私は執事服を着たルドルフ先輩、エアグルーヴ先輩、そして、何故か執事服を着ているナリタブライアン先輩に取り囲まれてしまった。

 

 突如、三人に囲まれて困惑する私、しかも、ナリタブライアン先輩に限っては先程までちびっ子探検隊に居た筈だ。

 

 いきなり囲まれた私はそのまま三人にされるがまま、ライスシャワー先輩の目の前で担ぎ上げられる。

 

 

「わぁーっ! ちょまっ!? なんじゃあこりゃあ!」

「あらあら、アフちゃん大変ね」

「わーしょい、わーしょい」

 

 

 そのまま私が運搬されて行くのを隣にいながら静かに見守り笑顔を浮かべているライスシャワー先輩。

 

 いやいや、助けてくださいよっ!? なんで担がれてるんだ私!

 

 そして、更衣室に連行された私は衣服をひん剥かれ、無理矢理、執事服を着させられるという恥辱を味わった。

 

 くっ…! 殺せ…っ!

 

 それはそうと、ルドルフ先輩かブライアン先輩がこのセリフ言うとしっくりきますよね。

 

 ルドルフ先輩にお尻弱そうですよねって前に面と向かって言った事があるんですが、頭をぶん殴られました。

 

 そんなわけで、私はなぜか執事服を着させられる事に。

 

 執事服は言わずもがな胸のあたりがパッツンパッツンである。

 

 

「人選ミスじゃないですかね? これ?」

「お客様は包容力をご所望だ。問題は無いさ」

「私の意思は全く無視ですか、そうですか」

 

 

 執事服を身に纏うルドルフ会長の言葉に死んだような表情を浮かべて告げる私。

 

 女性客に対する包容力という名目で私を無理矢理着替えさせるこの人達はなんなんでしょうね。

 

 包容力=胸という方式は成り立たないんですよ、それならまだメイド服の方が良かったのでは無いかと思ったりしちゃいます。

 

 

「女性客の中にはそういうお客様もいらっしゃるのだから致し方ない」

「アフの抱き心地は私の折り紙つきだからな」

「やっぱりアンタが原因かい」

 

 

 サムズアップでルドルフ会長の肩をポンと叩いているブライアン先輩にそう告げる私。

 

 なるほど、抱き心地で私の拉致を決めたわけか、こんな事で拉致られる私の扱いに涙が出ますよ。

 

 そういうわけで、私はそのまま執事服を身につけたまま執事喫茶のお手伝いをする事になりました。

 

 だが、皆の衆、安心してほしい、私はタダでは転びません、どうせやるならネタに振り切るのがアフトクラトラス流というやつです。

 

 お客様に指名を受けた私が何をしたかというと?

 

 

「はーい! シャンパンゴールド入りますぅ! こちらの姫にコールオーライ! さぁさぁ!シャンパンコール! シャンパンコール!」

 

 

 執事喫茶と言っているにもかかわらず、ホスト流におもてなしをやり始めてやりました。

 

 しかも、私のクラスメイトをわざわざ呼んで更にノリが良いテイエムオペラオー先輩を巻き込んでのシャンパンコール。

 

 女性客にお金を落とさせるなら任せんしゃい、見様見真似ながら、私はよく勉強してたのですよ。

 

 

「昼間っから飲みたい騒ぎたいっ! はい!胃腸に関して自信があるある!一気っ! 一気!一気っ!!」

「「フーフー!」」

 

 

 私がマイクを使って先導し、シャンパンコールを大合唱。

 

 ご安心ください学校の学園祭でシャンパンゴールドなんて出せるわけも無いので、中身はただのニンジンジュースです。

 

 ニンジンジュースなんで全く胃腸関係ないですね。

 

 そして、シャンパンコールが終わったと同時にテイエムオペラオー先輩をけしかけて、ニンジンジュースの入ったワイングラスを女性客とチンッ! と軽く乾杯しながらこう告げる。

 

 

「君の瞳に乾杯」

「キャー!!」

 

 

 こうして、騒ぎに騒ぐ事で何故かウマ娘の喫茶店がホストクラブみたいなノリになってしまいました。

 

 これなら間違いなく女性客はお金を落としてくれる筈です。間違いない。

 

 さっきまで執事喫茶だったのに完全に新宿歌舞伎町みたいなことになってますけれども。

 

 これには、ルドルフ会長も顔を引きつらせ、私の肩をポンと叩いてきました。

 

 そのルドルフ会長の背後から迫る気配にシャンパンコールで騒いでいた私も思わず身体が凍りついてしまいました。

 

 

「要件はわかるな?」

「…アッハイ」

 

 

 その後、ルドルフ会長から言わずもがなお説教を食らいました。

 

 だが、私は退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で根気強くルドルフ会長を説得。

 

 そして、そのまま執事喫茶店だったものをトレセン学園ホストクラブにしてやりました。

 

 タダでは転びませんよ、私を巻き込んだからにはとことんやってやりますよ。

 

 盛り上げ役にゴルシちゃんを呼びましたし、フジキセキ先輩とテイエムオペラオー先輩、ブライアン先輩は無理矢理、私が丸め込みんでそのまま押し切ってやりましたよ。

 

 そう、これも商売のためです。資本主義とは恐ろしいのです。

 

 そうして、執事喫茶を手伝う私はライスシャワー先輩と共に執事喫茶でしばらくの時間を過ごすことになりました。

 

 

 あれ? 良く考えたら私が執事喫茶を何故手伝っているんでしょうね?



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トレセン学園 学園祭 下

 

 

 

 トレセン学園、学園祭。

 

 さて、私、アフトクラトラスがどこにいるかと言いますと、ウマ娘の執事喫茶ならぬホスト喫茶にてお手伝いをしています。

 

 当然、私も超一流のホストウマ娘として、働いている…。

 

 

「お帰りなさいませー! ご主人様ー♪」

 

 

 訳もなく、何故かメイド服を着せられメイドをやっていました。

 

 雰囲気に逆行していくこのスタイル。

 

 まあ、メイド服を着せられたのは私が執事喫茶をホスト喫茶にしてしまったからでしょうね、はい。

 

 そんな中、何故か、お客様からは高評価を頂いてます、理由はわかってます。自己主張が激しい私の胸目的ですね、はい。またこれパッツンパッツンやないか。

 

 男女問わず、アフちゃんはちっこくて可愛いーとか、オウフ、アフ殿最高でござる。とか言われますけど全然嬉しくないのは何故だろうか。

 

 

「アフちゃん大天使でござるなぁ! ほんと! 拙者と結婚して欲しいでござる、グフフ」

「いやー、ありがとうございます、死ね

「ん? 今何か聞こえたような…」

「そんなことないですよー、やだなー、帰れ

「いや、今はっきり聞こえたんだけど…」

「やだ、ごめんなさい、私、男性のお客様に対して罵倒するのがマイブームでして」

「はぁはぁ…ご、ご褒美ですっ!」

 

 

 こんな感じに私が物事をはっきりと伝えるので、毎回、ルドルフ先輩からの冷ややかで鋭い視線を背中に浴びる羽目になった。

 

 なんでじゃあ! ルドルフ先輩! これはキツいっすよ!

 

 性別的には私は今ウマ娘なのですが、前世は違うのですよ、退職したら身体が入れ替わってる! で前前前世が流れてくるみたいな展開でウマ娘になったんですよ私。

 

 そんな私が男性客に向かってお帰りなさいませご主人様! ニャンニャン♪ とかできる訳ないでしょうが、ウマ娘ですし、しかも。

 

 ご褒美言うてるし、ええやん、もっと言ってあげたほうがきっと喜びますよこの人。

 

 まだ、女性客なら良いんだけども、私が見る限り童貞っぽい、私目当てに来た男性客によく注文を頼まれるので困ったもんだ。

 

 私はいつも通りの営業スマイルを浮かべて、伝票を持ち、心の底からお客様に敬意を払った上で注文を問いかける。

 

 

「チェリーボーイ三名様ご注文はなんでしょう? エロ本をお探しなら近くのコンビニで最近入荷した本がおすすめですよ」

「チェ…チェリー…?」

「エ、エロ本…?」

「ど、童貞ちゃうわ!」

「アフトクラトラスゥ!!」

 

 

 そして、いよいよ、私がお客に対しての扱いが雑になって来たところでルドルフ会長からお説教が入った。

 

 仕方ない、身体が勝手に動いてしまうんですよ。

 

 ちなみに私が情報を与えた男性客は帰りにコンビニで買って行くと豪語してくれました。

 

 そういった男らしいお客さんは大変好ましいですね、むしろ、私個人的には好きです。

 

 もちろん、こんなことは言ってますけど、お客様はアフトクラトラスだから仕方ないで大抵済ませてくれます。腑に落ちぬ。

 

 もちろん、そのあとは私も普通に接客します。頭にデカいタンコブを引っさげてですけどね。

 

 私が悪いんじゃないんだ。この胸が悪いんですよ。

 

 私の代わりにスーパークリークさんかメイショウドトウさん連れて来た方が良いんじゃないですかね? だいたいこの人達、胸しか見てないっすよ先輩。

 

 鼻の下を伸ばしてだらしがない!

 

 私はですね! ウマ娘となってからはそんなことは全くと言っていいほどな…。

 

 いや、ありましたね、ブライアン先輩やらヒシアマ姉さんのはもう揉み慣れた感ありますしね。

 

 まあ、でも、皆さん、男性に向かってですね、媚び売りつつ、お帰りなさいませご主人様ーって言ってる自分を想像してみてください。

 

 どうです、死にたくなってきたでしょう? つまりそういう事なんですよ。

 

 しかし、接客なら致し方ない、これは私に課せられ罰なんですからね、うーん世知辛い。

 

 ならば躊躇いもない、掛かってくるが良い(トキ感)。

 

 むしろ、私は迷える子羊達にある種の希望を与えているのには長けていると言っても良いだろう。

 

 

「俺…今まで彼女できなくてですね…」

「そうかそうか、それは辛いですよねー…、それならこいつを使いな坊や」

「これは一体…」

「近くの店で見つけてきて、偶々気分で買ったAVです…。お前さんにこれを授けよう、これはなかなか凄いやつですよ」

「アフさん!」

「何、いいって事よ、私はこう見えて淑女でしてね…」

 

 

 そう言いながら、私は青年の腕にわざと胸を当てながらどっからか買ってきたAVを彼に手渡す。

 

 年頃の男性の扱い方は熟知しているのでね、皆さん、アフ△とでも呼んでくれていいんですよ?

 

 ちなみにこんなことをするたびに私はルドルフ会長から説教を毎回されるんですね。

 

 けど、何故かこういった風な事をやっているうちに男性客からのウケは何故か良くなりました。

 

 そして、私は男性客だけではなく何故か女性客からも支持は絶大でした。

 

 

「っでさぁー、アフちゃんは彼ピッピとか居ないのー?」

「いやー、彼ピッピとか居ねーし、私どちらかといえばトゲピー派だし、マジ卍固めっていうかそれって普通にシャイニングウィザード的な?」

「何それ! ちょーウケる!」

「何言ってるかさっぱりなんだが…」

 

 

 こんな若くてヤングな女性客の相手も難なく熟せる訳ですよ。

 

 てか、トーセンジョーダンさん何やってんですかね、ほんと。

 

 私も自分で何言ってるかわからないのになんで彼女に話が通じてるか不思議でたまりません。ちょーやばい、マジ卍。

 

 そして、私の言語が理解できないブライアン先輩もこれには困惑していた。

 

 当たり前です。私も何言ってるかわからないんですもん。

 

 トーセンジョーダン先輩は多分、別の星の住人なんでしょうね。

 

 そうこうしているうちに、私はとりあえず、執事喫茶改め、ホスト喫茶の店員というお役目からようやく解放される事になりました。

 

 そこらへんはお察し下さい、こんな事ばっかりしている私を働かせるわけがないでしょうとそういう事ですね。

 

 ふっ…私の黒歴史にまた新たな1ページ。

 

 かっこいい事言ってるみたいですけどお馬鹿な事をやりすぎた結果がこれですからね。

 

 ちなみにトーセンジョーダンさんが来店してしばらくしてゴルシちゃんと鉢合わせになり、店外にて血の雨が降ったのはここだけの話です。

 

 あの二人、律儀にも店外で乱闘するあたり、そこは偉いなーとは思いました。あ、褒めるところではないですね、はい。

 

 しかし、何故かお店に私の残留を望む声が多かったのは不思議でなりませんでしたけども。

 

 さて、気を取り直しで私は待っててくれたライスシャワー先輩と合流する事に。

 

 

「お疲れ様ーアフちゃん、大活躍だったね」

「そうですね別の意味で大活躍してましたね」

 

 

 おうふ、満面の笑みを浮かべて放たれるライスシャワー先輩の一言が強烈でごわす。

 

 たしかに私はある意味活躍したと言っても良いだろう。売り上げにも一応貢献してますし、目立ってましたしね。それは果たして良いかと問われたら答えようがないのですけども。

 

 そして、ライスシャワー先輩を連れた私はミホノブルボン先輩の勇姿を拝みにステージへ、そこでは壮絶な大食い対決が繰り広げていた。

 

 言わばそれはレースのようなデットヒート振りに観客席からも声が上がる。

 

 

 88年、天皇賞、秋。

 

 芦毛のウマ娘は走らない、この二人が現れるまで人はそう言っていた。

 

 芦毛と芦毛の一騎打ち。

 

 宿敵が強さをくれる。

 

 風か光か、そのウマ娘の名はタマモクロス。

 

 

 とまあ、カッコいいフレーズですいませんが、生憎、今回は天皇賞秋ではありませんし、レースでもございませんただの大食い対決ですね、はい。

 

 タマモクロス先輩と我らが癒し系マスコットオグオグことオグリキャップ先輩がデットヒートしていました。

 

 

「負けへんでー!」

「美味しい…」

 

 

 闘志を燃やすタマモクロス先輩と逆にドーナッツを味わって食べているオグリキャップ先輩。

 

 タマモクロス先輩はちっこいのでなんだか、私も親近感が湧きますね、二人で盃交わして大阪南でも制覇しませんかとスカウトしてみたいくらいです。

 

 タマモの金融道、うん、Vシネマ感すんごい気がしますね、はい。お金に関してものすごくこだわりがある方と聞いてましたので。

 

 

「つ…辛い…」

 

 

 スーパークリークさんも頑張って二人に食らいつこうとドーナッツを食べているようですがだいぶキツそうです。

 

 いやー、そりゃそうですよねぇ、私も食べれる気がしませんもん、食べれたらそれはもうただの変態です。

 

 スペ先輩ならいけそうですよね? つまり、スペ先輩はただの変態なんです(暴言)。

 

 これ言ったらグラスワンダー先輩とスズカ先輩に馬刺しにされそうだな、私。いや、確実にされると思いますね、ええ。

 

 すると、大食い対決もいよいよ決着、タマモクロス先輩僅差でしたが、オグリキャップ先輩が僅かに優先してフィニッシュしたようにも見えました、手を挙げたのはほぼ同時でしたね。

 

 しかし、ここでなんと審査員であるグラスワンダー先輩が審議の札を上げました。

 

 ビデオカメラをすぐさま確認する会場。

 

 すると、よく見ればスーパークリーク先輩がドーナッツを斜行させてオグリキャップ先輩の皿にぶち込んでました。

 

 逆にドーナッツ斜行させるとか技術高すぎるでしょう、そして、それでもなお、ドーナッツを完食してしまうオグリ先輩の食欲には参ったものだ。

 

 

「うーん、あれはダメよね…」

「ライスシャワー先輩、違います、あれは俗に言う高等魔法、ユタカマジックですよ」

「アフちゃんは何言ってるのかしら?」

 

 

 この審議に反論する様に告げる私に困った様な眼差しを向けてくるライスシャワー先輩。

 

 ライスシャワー先輩はご存知ないのですか! 一部のウマ娘に伝わる伝統的な高等魔法を! これを使えばなんと降着すると言う必殺技ですよ! 嘘です、とあるウマ娘の名前なんですけどね。

 

 なお、ライスシャワー先輩とグラスワンダー先輩にはヤンデレヒットマンという超必殺の暗殺スキルがあります。

 

 視界に入られた相手はドア越しから耳をピトッと付けられ盗聴されたり、背後からマークされたり、背後から差されたりする模様。

 

 被害者であるボテ腹ウマ娘S先輩が良くそういった経験をされてるとかされてないとか。

 

 さて、こうして、大食い対決の表彰式を見届けて、いよいよ、ミホノブルボン先輩の出番。

 

 法被を着たミホノブルボン先輩は用意された巨大な太鼓に向かいます。

 

 

「いよいよねー、ブルボンちゃん大丈夫かしら?」

「太鼓破壊しないか心配ですね」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩とモグモグとお好み焼きを頬張りながら見守る私。

 

 太鼓を破壊すると言うのはあながち大袈裟ではないのでたちが悪い、勢いあまってぶち抜かないか心配である。

 

 下は袴なので、正直言って安心しました。褌とかだったらほんとにどうしようかと思ってましたけどね。

 

 しばらくして、ミホノブルボン先輩は深呼吸をして呼吸を整えると着ていた法被を豪快に脱いだ。

 

 そして、大太鼓を叩いて演奏を始める。

 

 それはもう豪快な演奏でした。普段は筋肉モリモリマッチョウーマンでターミネーターな未来感があるミホノブルボン先輩ですが、伝統的な巨大な和太鼓演奏は力強く会場も盛り上がる。

 

 始めてのトレセンの学園祭でしたが、やはり、皆さんの楽しい姿を見るのは嬉しいものですね。

 

 盛り上がった和太鼓演奏はラストスパート、力強く太鼓を叩くミホノブルボン先輩の身体からは汗が飛び散っていた。

 

 揺れる豊満な胸、腕の筋肉、引き締まった腹筋。

 

 それらが芸術的で思わず私も見入ってしまった。来年は私があんな風に和太鼓演奏をしなくてはならないのかと考えると思わず顔が引きつりそうになる。

 

 演奏が終わり、ミホノブルボン先輩は肩で息をしながら静かに頭を下げて礼をする。

 

 周りからは惜しみない拍手が彼女に向けて送られるのだった。

 

 

 こうして、色々ありましたが、必死で準備してきた楽しい学園祭は無事に終わりを迎えることができました。

 

 たこ焼き屋、ちびっこ探検隊、執事喫茶改めホスト喫茶、大食い対決、太鼓演奏、実に充実した学園祭だったと思います。

 

 ただ、あー、学園祭楽しかったね! でアンタレスが終わる訳がありませんよね?

 

 

「さぁ! 坂路後500本! 手を抜くなよぉ! レースは近いんだァ!! 追い込めェ! 返事はァ!」

「「サー! イエッサー!」」

 

 

 義理母の檄にナイターの坂路を爆走しながら汗を垂らし答える姉弟子と私。

 

 学園祭後にこれですよ、はい、キャンプファイヤー? あぁ、ウチでは闘志を燃やすのがキャンプファイヤーなので。

 

 いやー、夜空が綺麗だなー。

 

 大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい...彗星かな。イヤ、違う、違うな。彗星はもっとバーって動きますもんね。

 

 

 夜空の下、坂路を爆走する私はそんなことを考えながら走っていたわけなんですけど、翌日、筋肉痛でナリタブライアン先輩の部屋から出ることができませんでした。



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新世代の風

 

 

 努力とは、積み重ねこそが全てである。

 

 歴代のウマ娘達はそうやって、歴史に名を刻み込んで来た。

 

 それは、このトレセン学園に所属する者ならば誰しもが理解していること、だが、中にはそんな努力を必要とせずに怪物となる者も中には存在する。

 

 まさしく選ばれた者、天から授かりし才能と血筋と才能は唯一無二の物だ

 

 人々はそれを天才と言う。

 

 そして、このトレセン学園はそんな天才達の集まるような魔境と言っても良いだろう。

 

 実力で推し測られる厳しい勝負の世界、そんな世界で天才達の中でも、さらに、才能を持った者は必ず現れる。

 

 トレセン学園のグラウンドを屋上から静かに見下ろしている彼女もまた、そんな天才達の中でも、抜きん出た才能の持ち主であった。

 

 

「…こんなところに居たか、どうだ? トレセン学園は?」

「………………」

 

 

 彼女は鹿毛の長い髪を靡かせるが、背後から声を掛けて来たフジキセキ先輩の問いかけには全く答えようとはしなかった。

 

 青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体からは威圧感を感じる。

 

 彼女は今、トレセン学園の屋上から静かに外を一望していた。

 

 屋上からの光景を静かに見渡している彼女の目には何が写っているのかはわからない、だが、あくまでも彼女が今日、この学園に居るのは見学の為であった。

 

 フジキセキ先輩は黙ったまま返事を返さない彼女に呆れたように左右に首を振りため息をつく。

 

 

「学校見学をしたいというから連れてきたというのに、お前がいくら期待の星と言われてるかはわからんがな、勝手に…」

「…あそこにいる…、小さなウマ娘…」

「ん…?」

 

 

 フジキセキ先輩はその彼女の言葉に思わず言いかけた口を閉じ、歩を進めて屋上から彼女の視線の先にあるウマ娘とやらを確認する。

 

 そこには、坂路を汗だくになりながら駆け上がるウマ娘の姿があった。

 

 黒髪の中に目立つ蒼く目立つパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 

 人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。

 

 だが、その足は鋭く研ぎ澄まされ迷いもなく疾風の様に坂路を駆け上がる。その速さはまさしく化け物じみた力強さを感じられた。

 

 鹿毛の長く美しい髪を靡かせる彼女はそんな彼女の姿を見て釘付けになっていた。

 

 彼女は己の実力に絶対的な自信があった。

 

 だが、そんな彼女が初めて抱いた感情。

 

 それはあのウマ娘には今の自分では勝てないだろうという確信が生まれた事であった。

 

 足の速さ、キレ、底力、全てが恐らく自分よりも上回っているとあの鬼気迫る走りと才能の片鱗を見ていればわかる。

 

 そして、そのウマ娘の姿を見たフジキセキ先輩は口を開き、そのウマ娘の名前をゆっくりと鹿毛の彼女に告げる。

 

 

「あぁ…アフトクラトラスか、アンタレスの期待のウマ娘だよ」

「…アフト…、クラトラス…」

「なんだ、あいつが気になるのか?」

 

 

 そう言って、フジキセキ先輩は彼女に問いかける。

 

 そんなフジキセキ先輩の問いかけに彼女はコクリと素直に頷いた。

 

 確かにアンタレスに所属するアフトクラトラスの評価は各方面から非常に高い。

 

 モンスターと呼ばれているミホノブルボンの妹弟子としてアンタレスに所属し、徹底的に鍛えに鍛え抜かれた身体は最早、日本だけに収まる器では無くなりつつある。

 

 シンボリルドルフ会長と同じく、皇帝の名を持ちながらそこには泥臭く、ひたむきに努力する姿があった。

 

 努力と厳しい特訓により積み重ねられる精神的なバックボーンというものは非常に強固、アフトクラトラスの力の源は才能だけでなく更に己を厳しく追い込む太い精神力だ。

 

 ミホノブルボンやライスシャワー、サクラバクシンオーという叩き上げのウマ娘達に囲まれている彼女にはそれがどれだけ大切なものかを理解しているのであろう。

 

 本当の天才とは努力を続けられる者を指す。

 

 アフトクラトラスはその条件を理解している本物と言っていい才能の持ち主だ。

 

 才能は元々、シンボリルドルフやナリタブライアンに匹敵するほどの力を持ちながらも、慢心することは決してなく、彼女は常に自らを追い込んでいた。

 

 衝撃のOP戦から、彼女は既に三冠を有望視されてる。

 

 

「才能の塊であり、その上、あれだけのものを積み重ねてきている。化け物になりつつあるよ、あいつはな」

 

 

 フジキセキ先輩の言葉にアフトクラトラスを見つめている鹿毛のウマ娘は思わず静かに笑みを浮かべた。

 

 2年後、そのアフトクラトラスと戦う事ができると考えるだけで思わず気持ちが高ぶってしまう。

 

 見たいものは見れた。彼女は踵を返すとフジキセキの横を通り過ぎ、屋上の扉に手をかける。

 

 フジキセキは立ち去ろうとする彼女にこう問いかけた。

 

 

「もう、トレセン学園の見学は良いのか?

 

ーーー…ディープインパクト

 

 

 そのフジキセキ先輩の言葉に彼女は立ち去ろうとした足をピタリと止める。

 

 

 かつて、その名は世界に轟いた。

 

 世界を股にかけ、人々を激震させた深い衝撃。

 

 果たして、こんなウマ娘が存在して良いのかと誰もがそう口々に言っていた。

 

 敗北など考えられない戦いに、人はどこまでも夢を見た。

 

 奇跡に最も近いウマ娘。

 

 それが、彼女、ディープインパクト。

 

 

 だが、彼女はまだ、トレセン学園に入ってすらいない無名のウマ娘。

 

 その才能は天賦のものであり、生徒会長であるシンボリルドルフ、シャドーロールの怪物ナリタブライアンに匹敵する。

 

 いずれぶつかるかもしれない強敵の走る姿に彼女は期待を膨らませていた。

 

 トレセン学園に入るのは先の話、その時が来るのを彼女は静かに虎視眈眈と待つ。

 

 

「強いですね…彼女。おそらく、今、一緒に走れば、負けるのは私の方でしょう…」

「…ほう」

「ですが…、興味が湧きました。この学園は本当に面白そうです」

 

 

 そう言って、ディープインパクトと呼ばれたウマ娘は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと扉から出て行った。

 

 三冠を取るウマ娘は10年に1人と言われている。

 

 だが、その10年に1人という現象が固まって起こった現象があった。

 

 それは、皇帝と呼ばれたシンボリルドルフと追い込みの鬼、ミスターシービーの2人である。

 

 不運か幸運なのかはわからないが、かつて、その10年に1人と呼ばれた三冠ウマ娘の2人は世代が近かった事もあり、激闘を繰り広げる事となった。

 

 そして、また、このトレセン学園で再びその10年に1人の逸材が重なるという再来が起きつつある。

 

 果たして、どんなドラマがこの先待ち受けているのか、それは誰も知る由はない。

 

 

 

 そして、一方で坂路をいつも通り駆け上がり終えて、タオルで汗を拭っていた私はというと。

 

 

「…うぅ…、今なんか寒気が…」

「妹弟子よ、風邪ですか?」

「あ、いえ、なんか誰かに見られていたような気がしまして」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子に顔を引きつらせながらそう答える私。

 

 何やら過剰評価の上、とんでもないものに目をつけられたようなそんな嫌な気配を感じたのですが多分気のせいでしょうね。

 

 まあ、とんでもない人に目をつけられるのはいつものことなんですけど。

 

 そう、例えば、それはシャドーロールの怪物さんだったり、破天荒の聞かん坊のゴルシちゃんだったり、メジロ家の荒ぶるクールなウマ娘だったりと変な方ばかりですし。

 

 え? 私もその中に含まれるですって? やだなぁ、私は真面目系マスコットウマ娘ですよ、そんなわけないじゃないですか。

 

 しかしながら、さっきの視線はいつもグラスワンダーさんがスペ先輩に送っているようなものと近いような気がしましたけど、気のせいですよね? きっと。

 

 そんな感じで、ひと段落していた私が汗をタオルで拭っていると背後からガバッと何者かが飛びついてきた。

 

 

「ぶふっ…!? ふぁ!?」

「アフちゃんお疲れ様!」

 

 

 思わず、変な声を上げてしまう私。

 

 いきなり背後から飛び掛かかられたら誰だってそうなりますよね、心臓止まるかと思った。

 

 ため息を吐いた私は頬ずりしてくるドーベルさんにめんどくさそうにこう告げる。

 

 

「…ドーベルさんでしたか、もう、いきなり飛び掛かってくるものだからびっくりしましたよ」

「今日時間あるかしら? これからシューズを買いに行こうと思っているのだけど」

 

 

 そう言って、目を真っ直ぐに見つめながら問いかけてくるメジロドーベルさん。顔が近すぎです。ドアップかな?

 

 しかしながら、シューズ選びか、確かにターフを走る上でシューズ選びは大切だ。

 

 特に練習をする上では重要だし、シューズ選びを怠って足を痛めたりしたらそれこそ本末転倒。

 

 私も坂路で磨り減ったトレーニングシューズを破棄してそろそろ新しいシューズを買おうと思っていたところだ。

 

 アンタレスの練習をしているとシューズの磨り減り方が半端ないって!もー!

 

 坂路の量、半端ないって!

 

 だってめっちゃ坂路登るんやもん! 普通そんな事起きるぅ? 言っといてぇや、坂路練習そんなんあるんなら。

 

 四桁や…、またまたまたまた四桁や、三桁やったら多分、そんなにすり減って無かったとは思います。今よりかは。

 

 さて、こうして私はメジロドーベルさんと一緒にシューズを買いにショッピングモールへ、前に来た時は水着選びでしたね確か。

 

 そして、シューズ選びに際して、今回はなんとある方が何故か無理矢理同行する事となった。

 

 そのお方とは、私をいつも可愛がってくれるこの人。

 

 

「シューズ選びならこのヒシアマ姉さんに任しときなっ! 私のオススメの一品ってやつを教えてやるからよっ!」

 

 

 ヒシアマ姉さんその人である。

 

 やたらと自信満々なヒシアマ姉さんなのだが、私とメジロドーベルさんの二人は疑いの眼差しを彼女に向けていた。

 

 本当に大丈夫なんでしょうかね?

 

 まあ、彼女にはよく可愛がっては貰ってはいるんですが、ブライアン先輩の部屋では彼女の全裸姿を何度見たことか。

 

 その分、私も全裸を晒しているとは思うんですけどね、この間は悪ふざけでニンジンを賭けた脱衣麻雀とやらをブライアン先輩とマルゼンスキー先輩と共に卓を囲んでやったんですけど全敗しちゃいましたし。

 

 私は自信満々なヒシアマ姉さんにため息を吐くとこう告げはじめる。

 

 

「まぁ、それは良いんですけど、選ぶのがヒシアマ姉さんですからねー今日はまた何でシューズ選びに付き合ってくれるんですか?」

「んなっ!? お前なー…。…そりゃお前が昨日の夜中にまた寝ぼけて私のベットに入って来たもんだから、ブライアンの奴が拗ねてめんどくさく…もがっ!」

「オーケー、わかりました。この話はそれまでです」

 

 

 そう言って無理矢理、慌てて肩を掴み口を塞いで余計なことを言いかけたヒシアマ姉さんの話を切り上げる私。

 

 何故なら、自分の命の危険を背後から感じたからです。誰か私の背後を見てみてください、多分、目にハイライトが無いメジロドーベルさんの姿が拝めると思いますので。

 

 昨晩は何もなかった、いいね?(意味深)

 

 だが、私の肩には既に殺気のこもった柔らかな手がポンと肩に置かれていた。

 

 

「事情聴取しましょうか?」

「カツ丼は出ますかね」

「カツ丼にしてあげるわよ」

「斬新ですね」

 

 

 顔を引きつらせた私の小粋なジョークに満面の笑みを浮かべて答えるメジロドーベルさん。

 

 カツ丼にしてあげるって何! 私をカツ丼にするのならそれはもうカツ丼では無いのでは無いでしょうか(素朴な疑問)。

 

 その後はメジロドーベルさんにつく言い訳をやら考えながら、適当に考えた事情やらを事細かく話す羽目になりました。

 

 皆さんも勢いで遊びに熱中するのもほどほどにしないとですね、私みたいになります。

 

 さて、気を取り直してヒシアマ姉さんと共にシューズを見て回る私とメジロドーベルさん。

 

 なかなか斬新なモデルがありますね、見ていて実に面白いです。

 

 

「こんなのはどうだ? ヒシアマ姉さんイチオシモデルだぞ!」

「えー…、これ、追い込み専用モデルじゃないですか、ミスターシービーさん愛用って銘打ってありますし」

「ばっきゃろー! あのギリギリのスリルがたまらねーんじゃねぇか! わかんねぇかなぁ、このロマンが…」

 

 

 ヒシアマ姉さん本人曰く、もうダメかもしれない、追いつけないかもしれないという追い詰められた自分を楽しむのが醍醐味だとか。

 

 熱く語る、ヒシアマ姉さんの話を聞いた私はメジロドーベルさんと顔を見合わせると、納得したように頷く。

 

 なるほど、つまり追い込みが大好きなウマ娘とは。

 

 

「ドMって事ですね」

「ちげーわ! なんでそうなんだよ!」

 

 

 私の言葉に思わず突っ込みを入れてくるヒシアマ姉さん、だって、これまでニンジンを賭けて全敗を喫しても、なおブライアン先輩に挑戦するではないですか貴女。

 

 別に服を脱ぐのが好きな痴女ウマ娘という訳ではない、ということはつまり、服を脱ぐことによって自分を追い込んでいるということなのだろう。

 

 つまり、結論、ドMである

 

 確信を得た私は真っ直ぐにヒシアマ姉さんの瞳を見据えながらこう語り始める。

 

 

「テストもいつも追試ギリギリ攻めたりしてるーってブライアン先輩が言ってましたし、ヒシアマ姉さん間違いないですよ」

「いやいやいや、ちょっと待て、それはおかしい」

「ヒシアマ姉さん安心してください! すぐに縄で縛ってロウソクで追い込んであげますからね」

「言い方変えてもアウトだそれは! この馬鹿!」

 

 

 準備よく縄をビシビシと伸ばして用意しているメジロドーベルさんの姿を指差しながら告げる私にヒシアマ姉さんは盛大に突っ込みを入れてくる。

 

 あれ? ちょっと待って、というかなんでメジロドーベルさん縛る縄なんか持ってんですかね? 何に使う為の縄なんですかね?

 

 私は軽く戦慄した。その用途が想像ついてしまうあたり、私はもうダメかもしれない。

 

 私達はその後、気を取り直して無事に足に合うトレーニングシューズを探すことに成功しました。

 

 足に合うシューズを選ぶのもなかなか大変ですね、はい。

 

 私が選んだのは奇しくも、シンボリルドルフ会長と同じモデルに近いシューズでした。先行などを得意とするウマ娘がよく使うシューズですね。

 

 

「いいんじゃないか? お前らしいとは思うぞ、私には合いそうに無いけどなぁ、それは」

「アフちゃんらしいんじゃないかしら?」

「そうですかね」

 

 

 買うと決めた新品のシューズをレジに持って行く私。

 

 これから先、秋のシーズンに突入し、トレーニングやレースも過酷さが増す事になるだろう。私とて、東スポ杯の重賞に冬にはG1の朝日杯が待ち構えている。

 

 全く気が抜けない時期であり、アンタレスとしても踏ん張りどころだ。

 

 だから、今日くらいは他愛の無い会話をしながら買い物を楽しむのも悪くは無いだろう。

 

 その後、私達いろんなショッピングモールの店を回りながら、充実した1日を過ごすのだった。



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重圧

 

 

 

 漆黒の髪が揺れる。

 

 背後から迫り来る黒い影、それは日に日に大きな存在へと変貌していく。

 

 執念の結実か、復讐を果たすためかはわからない。

 

 だが、その影の事はよく理解していた。背後から迫り来る黒い影はいつも自分の隣に居たのだから。

 

 いずれ、鍛えに鍛え抜き、研ぎ澄まされたその肉体で己に迫り来ることはわかっていた。

 

 時は満ちつつある、漆黒から放たれる鋭く光る眼差しが、私のすぐ側に。

 

 

 私はその瞬間、ベットからガバッ! と勢いよく上体を起こした。

 

 身体から溢れ出てくる冷や汗、そして、乱れる呼吸、息を切らしている私はじっと自分の手を見つめると先程の光景が現実ではない事を実感する。

 

 

「…はぁ…はぁ…、ゆ…夢…でしたか…」

 

 

 それにしても、現実味がある夢だった。

 

 いや、夢というよりは悪夢に近いだろう。彼女自身、たかだか自分がこれほどまでに取り乱すというのは未だに経験が無かった。

 

 それほどまでに、心の片隅にある危機感が彼女自身の中で大きくなっていたのである。

 

 

 クラシック最終戦、菊花賞。

 

 

 その距離は3000m、私にとっては長いと感じる距離だが、その距離は彼女にとっては絶好の距離。

 

 心臓の音がまだ鳴り止まない。

 

 私はベットから降りるとリボンが付いた刺繍の入っている薄い水色のショーツとはだけた白シャツを上に着たまま、月明かりが照らす窓の外の夜空の景色を気分転換に見つめる。

 

 

 親友であり、チームメイトであり、そして、ライバルである漆黒のステイヤー。

 

 彼女は確実に力をつけてきている。それを肌で感じたのはダービーの時からだった。

 

 全力を使った私に唯一、諦めずに喰らいつこうとしていた。

 

 そもそも、普段の地獄のようなトレーニングについてこれるのはライスシャワーとアフトクラトラスくらいだ。

 

 自分と同等か、下手をすればそれ以上のポテンシャルがそもそもライスシャワーには備わっているのだ。

 

 莫大なトレーニング量で実力のあるウマ娘達を今までねじ伏せてきた私には密かな恐怖があった。

 

 私以上の実力、才能を彼女が持っていたとしたら? 自分の存在価値は一体どれくらいのものなのだろうかと。

 

 積み上げてきた努力を超えられたら、力を超えてこられたら自分は一体何を糧にすれば良い?

 

 私は寒気がする自分の身体をギュッと抱きしめたまま蹲る。

 

 窓から差す月明かりはそんな私を静かに照らすだけだった。

 

 

 

 それから、翌日。

 

 皆さん、私、アフトクラトラスはいつものように元気に今日もミホノブルボンの姉弟子と共に坂を爆走中です。

 

 秋のレースも本格化していき、ミホノブルボンの姉弟子も菊花賞前に前哨戦の重賞レースを控え、一段と気合いが増しています。

 

 ただ、私は姉弟子が日に日にその様子がおかしくなりつつあることが少し気掛かりでした。

 

 それは毎日毎日、併走しているのだから気づかないわけがありません。明らかに以前よりもキレが落ちています。いつものような走りができていないようなそんな違和感を感じました。

 

 しかし、姉弟子は一向に私に話す気配はありませんでした。

 

 最近では、義理母の表情も曇り、時間を測るたびに非常に機嫌が悪いです。

 

 

「その走りはなんだ一体! タイムも落ちてきとるぞ!」

 

 

 タイムウォッチを握りしめている義理母の怒号がこうして、ミホノブルボンの姉弟子に今日も飛ぶ。

 

 コンディションが明らかに落ちてきているのが側から見ても明らかだった。

 

 私が見てもそう感じるのだから義理母としてもこの事態は深刻に受け止めているはずだ。

 

 これは明らかにスランプと言ってもいいだろう。息を切らしている姉弟子は悔しそうに歯を食いしばっていた。

 

 こんな姉弟子の姿を私は今まで見た事が無かった。まるで、何かに追われているかのような焦りと怯えが見てとれる。

 

 私は思わず、息を切らしている姉弟子の側に近寄るとそっとタオルを差し出してこう話しかける。

 

 

「姉弟子…、あまり無理は…」

「はぁ…はぁ…、構うなッ!」

「…あっ…」

 

 

 だが、姉弟子は私が差し出したタオルを乱暴に弾くと息を切らしながら鬼気迫る表情を浮かべそう告げてきた。

 

 その顔を見た私の背筋にゾクリッと悪寒が走る。

 

 姉弟子は必死なのだ。クラシック三冠は一生に一度の栄光、そして、義理母への期待もある。

 

 そんなプレッシャーと姉弟子は戦わないといけない、背後から迫る挑戦者を退かなくてはいけない。

 

 そう考えると、私は確かにこうなったとしても不思議ではないなと思った。勝者とはいえ、いや、勝者だからこそ、余裕など無いのである。

 

 

「…はぁ…はぁ…ご…ごめんなさい…そんなつもりは…」

「姉弟子…」

 

 

 私は膝に手をつき、呼吸を整えている姉弟子の手を優しく握る。

 

 私には姉弟子が戦っている重圧がどれだけのもので何を背負っているのかは正直な話、本人では無いのでわからない。

 

 しかし、私は姉弟子の身内だと思っている。私はこの世界に来て父も母もいなかった。そして、前世では既に他界していた。

 

 前世では親孝行はもっとしとくべきだったと後悔をしたものだ。後悔をしたところでわそれは既に遅かったのだが。

 

 そして、私は孤独だった。そんな中で私の家族だと言える人が義理母やライスシャワー先輩も含めて三人もこの世界でいる、こんな幸せはない。

 

 だから、力になりたいと思うし、私は彼女達を好いている。

 

 

「わかりました。…けど、姉弟子、これだけは忘れないでください私はいつも姉弟子の味方ですから」

「…妹弟子」

「私は心配してませんよ、姉弟子なら大丈夫です」

 

 

 そう言って、私は姉弟子を頭を軽く抱擁するとスッと踵を返してその場を静かに後にする。

 

 これくらいのことしか、私にはできない。

 

 何故なら、姉弟子が自分との戦いに勝たなければ結局は同じだと思っているからだ。

 

 勝負の世界は厳しい、何が起こるのかはわからない。

 

 姉弟子自身がどうするべきなのかは姉弟子自身が決めて、道を切り開く他はないのだ。

 

 どんなに強いと呼ばれたウマ娘でさえ、敗北することはある。そんな勝負の世界で勝ち抜くためには自分自身との戦いに勝たなくてはいけない。

 

 深呼吸をし、呼吸を整えるミホノブルボンの姉弟子は義理母を真っ直ぐに見つめると力強くこう告げる。

 

 

「追加をお願いしますっ! マスターッ!」

 

 

 力強い声で姉弟子は真っ直ぐに義理母に告げた。

 

 その声に義理母も気合いの篭った声で返し、再び、姉弟子は途方も無い坂路を駆け始めた。

 

 流石は我が姉弟子である。あの気合いならきっとスランプなぞ、問題無い筈だ。我ながら良い仕事をしたのでは無いでしょうか?

 

 おっと、もうこんな時間ですね、私も今日は散々坂路を登りましたしもういいでしょう。

 

 今日はおとなしく寮に帰って、風呂に浸かってゆっくり休んでナリタブライアン先輩の胸の中でスヤスヤ眠るとしましょう。

 

 よーし、今日は何しましょうかねー、ニンジン賭け限定ジャンケンでも…。

 

 

「おっと、アフトクラトラス、どこに行く?」

「ですよねー」

 

 

 そうは問屋が卸さない、いい仕事したわーと帰宅モードに入っていた私の肩を義理母はしっかりと捕まえていました。

 

 なんでや、私良い仕事したやろ!

 

 それとこれとは話が別と、なるほど、そう来ましたか、うん、もうこうなったらなるようにしかなりませんね。

 

 義理母に捕まって、トレーニングしませんなんて言えるはずがない。多分、今、私の背後では鋭い眼光が光ってるんじゃないですかね?

 

 振り返った私に義理母は無情にもプランを練った特製筋力トレーニングメニューを手渡して来た。

 

 

「個別の筋力トレーニングだ、やれ」

「…あの…その…これ死んじゃう…」

「なら死ぬな、以上、返事」

「イエスマムッ!」

 

 

 そう言って凄い圧を放ってくる義理母の一言に血涙を流しながら敬礼する私。

 

 人の心とは一体…、なるほど人の心がない人には関係ありませんでしたね、人の皮を被った鬼でしたね。

 

 まさかの有無を言わさない鬼の所業。

 

 おほー! また明日、筋肉痛にらっちゃうのぉ(ビクンビクン)。

 

 私も重賞があるから仕方ないとはいえ、このメニューには涙が出ますよ、最近、思ったんですけど私、意外とドMかもしれない。

 

 ヒシアマ姉さんに言えないですよね、いや、私がドMかもしれないって事はきっとヒシアマ姉さんもドMに違いないんです。

 

 直感なんですけどね、はい。

 

 そんなこんなで義理母からメニューを言われた私は監視役の義理母の弟子であるトレーニングトレーナーと共にトレセン学園のトレーニングジムへ。

 

 

「ぬああああ!! こんちくしょーめぇー!」

 

 

 私はクッソ重たいペンチプレスを声を上げながら気合いを入れて持ち上げる。

 

 筋肉を付けるのも下半身だけだとバランスが悪いですからね、もちろん、上半身もこうやって鍛える事でちょうどいい感じになるらしいです、義理母曰く。

 

 目指せ、ペンチプレス120k! あ、ちなみにミホノブルボンの姉弟子は軽く100k以上持てるらしいです。化け物ですね、はい。

 

 次は天井から吊りさがっている縄に足に繋いで、下にマットを敷きます。

 

 その状態で宙ぶらりんになり、ダンベルを両手に持ったまま腹筋トレーニングです。

 

 

「さぁまだまだ行くぞォ! 残り300本」

「ぬぐあああああああ!」

 

 

 悲鳴に近い声を上げて、上体を起こす私。

 

 私のトレーニング光景を見ている周りのウマ娘達もこれにはドン引きである。そりゃ、こんなトレーニングするとか何処のグラップラーだよとか思われても致し方ありませんね。

 

 

 ウマ娘と生まれたからには一度は夢見る地上最速のウマ娘ッ!

 

 チームアンタレスとはッ! 地上最速を目指す! 頭がぶっ飛んだのチームの事であるッ!(以下神イントロ)。

 

 

 あ、喉乾いたんで後で炭酸抜きコーラ飲んで良いですかね? オイオイ、死んだわ、あいつ。とか言われそうですけどね。

 

 大丈夫です。毎回毎回、死んでます主に身体がですけどね。

 

 そんな感じで、後はおんなじくらいすんごい筋トレを背筋やらその他の筋肉に負荷を掛けてするわけですよ。ほぼ毎日ですけども。

 

 ミホノブルボンの姉弟子も例外ではありません。多分、坂路トレーニング終わった後に義理母とするんではないですかね?

 

 今、私がやっているトレーニングかそれ以上のものを。

 

 そんな私の姿を見ていた二人組みのウマ娘はというと?

 

 

「相変わらずヤバイな…アンタレス」

「えげつないわよね…アレを普通にこなせるアフトクラトラス先輩も凄いけど」

 

 

 そう話す二人組みは汗をタオルで拭いながら顔を引きつらせているウオッカとダイワスカーレットの二人である。

 

 おう、やってみるかい? 明日は部屋から一歩も動けなくなるぞ、経験者が言うんだから間違いない。

 

 私は汗だくになりながら、そんな私を観察している二人にジト目を送る。

 

 すると、彼女達はサッと視線を外しやがりました。

 

 もうこれはあれですね、後で先輩権限でウオッカちゃんの太ももかダスカちゃんの胸で癒してもらうしかないですね。

 

 というか、私、気合い入れすぎて、先程から女の子が出してはいけないような声を溢しているような気がしてならないのですけど多分、気のせいだと思いたいです。

 

 まあ、だいたい、私の普段のトレーニングを見ているウマ娘達からの評価は大方知ってましたけどね。

 

 慣れって怖いですね? もう慣れましたし。

 

 ウチじゃターフを走るトレーニングだけでも手足に重石を付けて負荷を掛け、なおかつ、フルパワーで走るのは基本中の基本です。むしろ、更に負荷を掛けてやることも割と普通だったりしますからね。

 

 周りのウマ娘達がドン引きするのも気持ちはわかりますとも、私ももう帰ってブライアン先輩のベットで寝たいです。

 

 

 迫る菊花賞、ミホノブルボン先輩のクラシック最終戦は果たしてどうなるのか。

 

 そんな姉弟子の心配もする間もなく、義理母から言い渡された地獄の筋力トレーニングをこなした私はフラフラとなりながらそのままトレセン学園の大浴場へ。

 

 キッツいトレーニングの後は風呂に入らなきゃやってられません。

 

 

「あー…もう…うごかなひ〜…」

 

 

 こうして、私は水死体のようにお風呂でいつものようにプカプカと浮くのでした。

 

 しかしながら、ミホノブルボン先輩の様子はいまだに気がかりです。

 

 菊花賞もそうなんですが、義理母もなんだか最近、調子が良くないような気がします。

 

 何もなければいいのですけれど。

 

 そんな考え事をしながら私は一人、風呂の天井を見上げる。

 

 ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩も両方好きな先輩二人の対決。

 

 どちらを応援すれば良いのか未だによくわからないですが、少なくとも心二人とも応援したい気持ちは同じ。

 

 二人のように私もまた、次のレースに対してもっと気を引きめねばと思うのでした。



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京都新聞杯

 

 

 

 菊花賞の前哨戦、京都新聞杯。

 

 その距離は2200m、菊花賞の前哨戦というにはあまりにも距離差はあるが、重賞レースにしてみればレベルが高いレースである。

 

 ナリタタイセイ、ヤマニンミラクル、キョウエイボーガンをはじめとしたそれなりに実績を積んできた先輩達がズラリと並び。

 

 その中で一際、異彩を放っているライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿があった。

 

 これは菊花賞前哨戦、本番に向けて決して手抜きなどできないレースだ。

 

 そんな中、私はメジロドーベル先輩と共に観客席の最前列で今回はレースを見守ることにしていた。

 

 はっはー、たこ焼き売るとでも思いましたか? 残念、今回はたこ焼きは無しです。たまには私も普通に見ますよ普通にね!

 

 

「ふふふふ、こうして並んでレースを観れるなんて嬉しいわね」

「ソウデスネー」

 

 

 普通って何でしょう? 誰か私に教えてください。

 

 隣で腕を絡めて身体を密着させてくるメジロドーベル先輩に私は棒読みのまま、死んだような眼差しで応える。

 

 観客席の方々は微笑ましそうにそれを眺めているのですが、私としてはなんとも言えないメジロドーベル先輩のスキンシップ振りに困惑不可避なんですが、それは。

 

 ラブコメの主人公なら、顔真っ赤にしてやめろよー、人が見てんだからさー、みたいな事を言ったりするんでしょうけれど。

 

 この台詞もなんかカチンと来るときありますよね? 気持ちはわかります。

 

 その光景を実際に目の当たりにした経験がある皆さんはとりあえず手に構えている鉄パイプと釘バットはしまって冷静になりましょう。

 

 私はウマ娘ですし、なんといいますかもういろいろと悟ってると言いますか、ウマ娘という性別的に一緒な時点でもうそんな事は考えてませんね。

 

 せいぜい身体を密着させてくるメジロドーベルさんのバストサイズを分析するくらいですよ。

 

 イチャつくカップルにRPG(ロケットランチャー)ぶっ放したいと思う人の心情を私はよく理解しているのです。

 

 私がそんなん見たらC4爆弾で、辺り一帯を無かった事にしたいなって思いますもの。

 

 カップルの愛の巣を焼き討ちですか? 素晴らしいと思います。

 

 実際やったら放火で捕まるのが難点ですが。

 

 さて、私は迫るメジロドーベルさんの顔をぐいぐい片手で引き剝がしながら静かに京都新聞杯のレース出走を待つ。

 

 鼻息荒くないですかね、ドーベルさん。大丈夫かなこの人。

 

 

「つれないわね、そんなところも可愛いんだけど」

「分かりましたから、その鼻血を拭いてください、もう」

 

 

 そう言って私は携帯ティッシュでドーベルさんが垂らしている鼻血を丁寧に拭ってあげる。

 

 まるでおっきな娘がいるみたいですね。

 

 はっ! まさか、これが母性っ! いやいや、違いますね父性ですね! これは、そう思いたいです。

 

 とりあえずお前は胸おっきいから母性にしとけって? やかましいわ!

 

 しかしながら、垂れてくる鼻血か拭っても拭っても溢れ出てきてます。

 

 興奮しすぎでしょうドーベルさん、頭にドーパミンが激しすぎてアドレナリンがドバドバ出てるんですかね? なんか怖い。

 

 そんな中、私達に声を掛けてくるあるウマ娘がいた。

 

 

「…おっ、アフトクラトラスじゃないか」

「…あ、エアグルーヴ先輩じゃないですか、先輩も観に来てたんですか?」

 

 

 そう、お尻の弾力性がモチモチしているプロポーション抜群のチームリギルのエアグルーヴ先輩である。

 

 何故、私が彼女のお尻の弾力性を知っているかというと以前、リギルとの合同練習の際にマッサージを担当した事があるからだ。

 

 あの時はミホノブルボンの姉弟子からマッサージという名の拷問を受けたヒシアマ姉さんの悲鳴が木霊したものである。

 

 力士の股割り並みかそれ以上ににやばいですからね、実際。

 

 そのおかげで私の身体はめちゃくちゃ柔らかくなったんですけども、足を盛大に開いて地面にペターンって足が広がりますし。

 

 まあ、話が逸れましたが、そんな感じで私は以前からエアグルーヴ先輩とは面識はありますしヒシアマ姉さん同様によく可愛がってもらっています。

 

 そして、エアグルーヴ先輩の登場にメジロドーベル先輩は何やら不機嫌そうな表情で私にこう問いかけてきた。

 

 

「貴女は…?」

「あぁ、こちらはチームリギルのエアグルーヴ先輩で、お尻の感触が抜群に柔らかい先輩です

「ちょっと待ておい」

 

 

 そう言って、青筋を立てたエアグルーヴ先輩は顔を真っ赤にして私の頭を片手でがっしりと鷲掴みにする。

 

 何にも間違ってません、お尻はすんごく柔らかかったですし、私の記憶ではその印象が物凄く強かったので。

 

 なので、ギギギギと頭蓋骨から変な音が聞こえてきますのでエアグルーヴ先輩やめましょう。頭が割れちゃうのー!

 

 片手で頭を持ち上げられ、プラーンと両足が宙に舞う私は思わず声を上げる。

 

 

「あだだだだっ…!! ごめんなひゃいっ!! エアグルーヴ先輩は太ももが凄かったですっ! モチモチしてましたっ!」

「…んー? 観客達の前で何を言ってるんだお前は?」

「エアグルーヴ先輩、私も手伝います、前から」

「ぎゃーっ! 頭が割れりゅうぅぅぅ!」

 

 

 そして、正面からは私がエアグルーヴ先輩の太ももや尻を触ったと聞いて目にハイライトが無くなったメジロドーベルさんがアイアンクローをぶち込んできました。

 

 あばーっ! 私は嘘はいってないのにー!

 

 お尻が駄目だから足を褒めたのにこの仕打ち、別に尻や太ももくらいええじゃろが!私なら触らせてあげますよ! 喜んで! ただし触らせるのはウマ娘に限りますけどね。

 

 一通り、私にアイアンクローを終えた二人は力尽きた私を地面に落とすと、何故か握手を交わす。

 

 

「そう言えば、一つ上ですし、何度かお見かけした事がありましたね、こうして話すのは初めてですが」

「あぁ、よろしく、…それにしてもなかなか良い腕力だな? 良ければ、今度併走パートナーになってくれないだろうか?」

「よろこんで」

 

 

 京都新聞杯を見る前にダウンさせられた私を他所に何故だか仲良くなる二人。

 

 たかだか太ももが柔らかいとか尻が柔らかいとかで大げさな、ここにいる観客席の皆さんに対するサービスですよ。

 

 だってエアグルーヴ先輩くらいの美人の太ももやお尻が柔らかい何で聞いたらテンション上がるではないですか、誰だってそう思う、私だってそう思う。

 

 私なんて、尻も太もも、胸さえも柔らかくてモチモチしていて抱き心地が良いなんて皆が知ってるくらいです。

 

 しばらくして、復活した私は頭を抑えながら立ち上がります。うーん、まだ頭痛がする。

 

 立ち上がった私はエアグルーヴ先輩にジト目を向けながらこう話しをし始めた。

 

 

「…まったくエアグルーヴ先輩はやんちゃなんですからぁ」

「お前は鏡を見てみろ」

「おうふ」

 

 

 容赦ないエアグルーヴ先輩の一言! アフトクラトラスには効果抜群だ! まあ、それを言われてしまってはグゥの音もでませんね。

 

 私がやんちゃと言われましても、確かにその通りですからね。行動を振り返れば一目瞭然ですし、ちくしょうめ。

 

 さて、そんな茶番をしている間に京都新聞杯のファンファーレが鳴り響く。

 

 その曲に合わせ会場も盛り上がります。

 

 すると、今回のレースについて、エアグルーヴ先輩がこのような話を私達にしてきました。

 

 

「あの二人はやはりレース前から別格だな、今日のレースはあの二人か」

「姉弟子とライスシャワー先輩でしょう? まぁ、私の姉と先輩ですから当然ですよねっ!」

「なんでドヤ顔してるんだお前が」

 

 

 ふんすっ! と自慢気に語る私にジト目でそう告げてくるエアグルーヴ先輩。

 

 そりゃ、貴女、私は普段から地獄のトレーニングに付き合ってますからね、ドヤ顔もしたくなりますよ。

 

 そんなこんなで、私は何故かいつのまにか背後に回ったメジロドーベルさんに抱えられたまま、レースを見守る。

 

 あれ? なんで私、いつのまにか何事もないかのように抱えられるんでしょう? ちょっと異議を唱えたい。

 

 そして、実況席からはこのレースについて、アナウンサーが実況していた。

 

 

「おまたせしました。菊花賞トライアル、11Rは京都新聞杯。G2、芝の外2200m、今年は10人。最後にミホノブルボンが入りました、これで体制は整いました」

 

 

 最後の枠入りが終わり、レース場ではゲートインした全員が走る構えを取る。

 

 そして、パンッ! とゲートが開くとともに一斉にスタート、もちろん、先頭はミホノブルボンの姉弟子が取りに行く。

 

 いつも通りの展開、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩の後ろにすぐに控えて勝機を伺う。

 

 ミホノブルボン先輩は背後を気にしながら、先頭を走る。

 

 

(四番手…か…、そう来ましたか)

 

 

 それは四番手に控えているライスシャワー先輩を警戒してのことだ。

 

 このトライアルレースもそうだが、京都のレース場はライスシャワー先輩が得意としているレース場。

 

 警戒しないわけにはいかない、それに、前回に比べて彼女は格段にレベルを上げてきているのだ。

 

 それからのレース展開はいつものように運んでいた。言うならば、ミホノブルボン先輩が望んだような展開だろうか。

 

 だが、いつものようなレースに変化があったのは第4コーナーを曲がった時だった。

 

 

(ここだっ!)

 

 

 パンッ! と弾けた様に地面を蹴り上げ、ライスシャワー先輩が一気にミホノブルボン先輩に対して間合いを詰めたのである。

 

 これには、レースを見守っていた私も思わず立ち上がってしまいました。

 

 これはもしかすると、あるのやもしれない。

 

 これには、ミホノブルボン先輩も驚愕した様な表情を浮かべていた。それに伴うかの様にミホノブルボン先輩の足にもエンジンが掛かる。

 

 

「ミホノブルボン先頭! ミホノブルボン先頭! リードはまだ三身差くらいはまだある。そして二番手にはライスシャワー!」

 

 

 勢いよく最後の直線を爆走する二人、ライスシャワー先輩の眼光がミホノブルボン先輩の背後でキラリと光る。

 

 そして、その差はジリジリと縮まっていた。

 

 先程まで、三身差あった差がみるみるうちに縮まっている。そして、それを背で感じているミホノブルボン先輩にも焦りがあった。

 

 差されてしまうかもしれない。

 

 

「ハァ…ハァ…、くっ…!」

「はあああああああぁぁぁ!!」

 

 

 だが、それには完全に距離が足りなかった。

 

 ミホノブルボン先輩は間一髪、ライスシャワー先輩が伸びきる前にゴールを決めた。

 

 後方とはまだ差があったものの、ゴール、ライスシャワー先輩が伸びきる前に決着をつけたような形だ。

 

 一見危なげなさそうに見えるこのレースだが、そうではない。これは完全にミホノブルボンの姉弟子にとっては黄信号のレースだ。

 

 出来が悪かったとかならばまだ良い、逆だ。

 

 ミホノブルボンの姉弟子の出来が良いからこそ、今回のレースでこの展開だから、危ういのである。

 

 このレースを見ていたエアグルーヴ先輩は表情を曇らせたまま、こう語る。

 

 

「…これは、危ういな」

「エアグルーヴ先輩もそう思いましたか」

 

 

 ミホノブルボン先輩が1着でゴールしたものの、エアグルーヴ先輩の言葉に私も同意せざる得なかった。

 

 2200m重賞のトライアルレースでこのレベル、となれば、ライスシャワー先輩はきっと菊花賞では凄まじい伸びが期待できてしまう。

 

 ミホノブルボン先輩の三冠は非常に危うい、さらに、レースでのライスシャワー先輩のあのプレッシャーは脅威だ。

 

 私を抱えているメジロドーベルさんは続ける様にこう語り始める。

 

 

「アレ、距離があれば、全然、差されてても不思議じゃないわよ…、次3000mなんでしょう?」

「はい、ライスシャワー先輩、相当、力つけてきてますね」

 

 

 このレースで明らかになった事は3000mのレースでライスシャワー先輩があれ以上の伸びが期待できるという事だ。

 

 実力の菊花、地力の力がものをいう次のレースに向けてのトライアルレースでのこの結果。

 

 今日走ったミホノブルボン先輩はそのことを悟ったかもしれない。

 

 このままだと、危ういという事を。

 

 レース場で息を切らし、呼吸を整えているミホノブルボンの姉弟子は静かに奥歯を噛み締めていた。

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 

 負けてはいない、トライアルレースは勝った。

 

 だというのに、不安が拭えない、そんなミホノブルボン先輩にライスシャワー先輩はゆっくりと近寄っていく。

 

 それは、明らかな手ごたえを感じたからだ。

 

 前回のダービー、そして、皐月賞での雪辱。その雪辱を返せるレベルにまで自分は成長している。

 

 そして、自分はミホノブルボンと肩を並べられるレベルになったという明確な手ごたえをライスシャワー先輩はこのトライアルレースで感じる事ができた。

 

 だからこそ、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩にこう告げる。

 

 

「ハァハァ…次の菊花賞…私は貴女に勝つわ…ブルボンちゃん。貴女を超える」

「…そう…ですか…」

「えぇ…、次の優勝は必ず貰うッ」

 

 

 そう明確にミホノブルボン先輩に告げたライスシャワー先輩は静かに踵を返し立ち去っていく。

 

 だが、そこまで言われてミホノブルボン先輩はライスシャワー先輩に何も言い返そうとはしなかった。

 

 その理由はわからない。だが、重賞を優勝したというのにその顔には笑顔が一切なかった。

 

 

 その後、ファンを迎えたウイニングライブでは、ライスシャワー先輩と並び笑顔を作っている様でしたが、それが作り笑いなど、私にはすぐにわかりました。

 

 不安が残るレース、そんな中で心から笑い歌を歌うなんて、私にも無理です。

 

 ミホノブルボンの姉弟子のウイニングライブを見届けている最中、エアグルーヴ先輩はゆっくりと私達から立ち去って行きます。

 

 

「帰られるのですか?」

「あぁ、見たいものは観れたしな」

「…そうですか」

 

 

 そう告げるエアグルーヴ先輩の言葉に肩を竦める私。

 

 確かにウイニングライブはオマケみたいなものですからね、なんか、私に限っては自分が走っていないレースのウイニングライブのセンターやったりしたこともあるんですけども。

 

 見たいものは観れたか。確かに、レースだけで考えればライスシャワー先輩の差し足の鋭さは非常に勉強にはなりますよね。

 

 

「ミホノブルボンさんに伝えといて、次のレース気を引き締めておかないとやられるわよってね」

「えぇ、もちろん、私も言うつもりでしたから」

「…ふっ…そうね、それじゃ私は行くわ」

 

 

 そう言って、背を向けて立ち去っていくエアグルーヴ先輩を見届ける私とドーベルさん。

 

 トライアルレースには勝てたミホノブルボンの姉弟子、本当なら祝ってあげるのが良いのだろうが、そうも言ってられそうにない。

 

 それはきっと、今、ステージで歌って踊っているミホノブルボン先輩自身も自覚している事だろう。

 

 素直にここまでミホノブルボン先輩に迫るライスシャワー先輩が凄いと私は思う。

 

 今日のレースの展開がもし、菊花賞で再現されたのならば、そう考えると、私は思わず背筋が凍りつきそうになった。



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トレセンライブ

 

 

 

 さて、皆さんにご質問です。アイドルとはなんでしょう?

 

 そう、歌って、踊れて、愛嬌があって、その上、可愛い容姿にボンキュボンのナイスバディな娘ですよね。

 

 おっと、ナイスバディと聞いて最速の機能美さんを見るのはやめてあげてください、彼女は色っぽくて可愛いでしょう、だからなんの問題もないんです。いいね?

 

 話を戻しますが、私達、ウマ娘も基本的にはスターホースだったり、アイドルホースなんて呼ばれたりしていた競走馬がモデルなのです。今更なんですがね。

 

 あ、私はちなみにスーパーホースなんてものがオマケについてきたりします。とまあ、この話はとりあえず良いでしょう。

 

 何が言いたいかと言うと、このトレセン学園では例え、勝てないウマ娘であっても人気があればそれなりにやっていけるというわけです。

 

 それが、113連敗未勝利のウマ娘であってもですね。

 

 さて、話は変わりますが、私達のようなウマ娘はファンとの交流を兼ねて、たまにライブや催し物をしたりすることがあります。

 

 ファンの方々に愛嬌を振りまいて、たくさんの方に幸せを届けるためですね(建前)。

 

 もちろん、皆さんは私のファンの方もいらっしゃるかと思います。

 

 というより、私のファンですよね? アフちゃんは皆大好きですよね? 知ってますとも!

 

 もちろん、私も好きですよ、えぇ。

 

 いつもウイニングライブに来てくれる人達、ありがとうー! 今日はたくさん諭吉さんを置いていってねー! と声高に言った時は後にルドルフ会長にしばかれましたけれど。

 

 本気で死ぬかと思いました。はい。ゴルシちゃんは大爆笑してましたけれども。

 

 さて、そんな事もあって、何故か私の人気はかなり高いらしいのです。どうなってるんでしょうね? ファンの感性が私にもよくわかりません。

 

 絶対、胸で人気出てる感じですよ、みんなやっぱり胸ばっかりみてるんですね、おっ○い星人どもめ。

 

 なので、現在、私はこうして、トレセン学園の公式ライブ会場に呼ばれております。

 

 

「皆んな大好きアフちゃんだよーっとか言わなきゃいけないんですかね…また」

「深刻そうな顔でまた何アホな事言ってるんだお前」

 

 

 そして、何を血迷ったのか私がデュエットを組むのはなんとナリタブライアン先輩です。

 

 こちらはゲンドウ司令みたく手を組んでガックリと項垂れているにも関わらずこの言い草ですよ。

 

 そもそも、私がアイドルなんて無理な話なんです、助けてチッヒ!

 

 シンデレラなガールズ達を派遣で呼べませんかね? 畑が違うって? 大丈夫、アンタレス式に鍛えればただのアイドルだって時速40kmくらいで走れるようになりますから。

 

 人間鍛えればホッキョクグマを倒したり、マグロと同じくらいの速さで泳いだりもできるんですから。

 

 ですから大丈夫です。最終的に音痴なおねシン歌うローラースケートが得意な時代錯誤のお兄さんアイドルを呼んできてもかまいませんから。

 

 歌うとしたらこちらはうまぴょいですけどね。

 

 だから私とステージで歌うのを代わりましょう、ハリーアップ!

 

 私はファン達に紛れてオグリ先輩をもてはやさなければいけない使命があるのですから!

 

 

「おーい、次出番だぞー」

「ほら行くぞー、アフ、みんな待ってるんだ」

「やだぁ! 私お家に帰るー! 帰るのー!」

 

 

 そう言いながら、駄々をこねたが虚しくズルズルとナリタブライアン先輩に引きずられていく私。

 

 だからといって振り付け適当に歌ったりすると姉弟子や義理母、そして、ルドルフ会長からもっと悲惨な目に合わされるのは分かり切った話だ。

 

 仕方ないので、私はブライアン先輩と共にステージに上がり、歌と踊りを披露することにした。

 

 こうなったらやるしかねぇ、というやつである。不本意ですが、致し方ありません。

 

 

「〜〜〜♪」

「〜〜〜♪」

 

 

 ステージ下から、曲に合わせて歌を歌いつつ、ブライアン先輩と背中合わせに私は華麗に登場、ただし目は死んでいる模様。

 

 ナリタブライアン先輩と組んでいるのだから、曲に合わせてクールにそして色っぽく私は歌と踊りを踊る。

 

 アンタレス式ウイニングライブ特訓をした私には隙はないのだ。

 

 どこの世界に手足に重石つけ、巨人の星みたいなギブスを身体に引っ付けて歌と踊りの練習をする育成機関があるんですかね?

 

 トレセン学園にはどうやらあるみたいです。いやーぶっ飛んだ学校ですねほんと(白目。

 

 そのおかげか、ぶっちゃけた話、歌と踊りだけで飯を食べていけるレベルですしね、私。

 

 

「「フゥー!フゥーッ!」」

「〜〜〜♪」

 

 

 そして、よく訓練されたファン達による熱い合いの手が度々入ってくる。毎度思うんですが、誰が訓練してるんでしょうね? 不思議でたまりません。

 

 流石だと褒めてあげたいですねほんと。

 

 私はそんなファン達の為にファンサービスとしてステージを降りて、みんなとハイタッチしながらたまに軽くハグしてあげたりもしてあげます。

 

 警備上大丈夫なのかって?

 

 安心してください、変なことしようとする輩には平気でライブ中であろうとマイクで歌いながらナックルパートや頭突きやプロレス技を掛けたりしたりするので私は。

 

 

「イェーイ!」

 

 

 まぁ、私がそんなヤバいウマ娘というのは皆さん周知の事なのでそんな事をする人は居ないんですね。

 

 仮に私を殺傷しようとする輩が居たとしても私の身体には傷一つたりとも付かないですし。鍛え抜かれた筋肉がありますから。

 

 チェーンソーとか持ってこられたら話は別ですけども。

 

 そして、私はファンサービスを一通り終えたら、ステージの上で設置をお願いしておいた消毒用アルコールで殺菌し、衣装のポケットに入れていた石鹸を取り出し泡立てると、ステージ裏からゴルシちゃんが投げ込んでくれるペットボトルの水で手を軽く流し落とします。

 

 しかも、ファン達の眼前で満面の笑みを浮かべつつ行うわけですね。はい。

 

 地面は多少びしゃびしゃになりますが、そのあとはまたゴルシちゃんが投げ込んでくれた拭き用の雑巾を足で使いながら綺麗に拭き取り、使い終わったら端に雑巾を蹴って飛ばします。

 

 こういったファンサービスはゴルシちゃんが協力してくれないとできませんが、これもファン達のためですからね。私とて一肌脱ぎますとも。

 

 なお、私がこういった消毒を眼前で行なって悲しみに満ち溢れた表情をする一部のファンの顔を見るのがちょっと楽しかったりするのはご愛嬌です。

 

 何をしようとしたんですかねぇ?(ゲス顔。

 

 そんなこんなで、私とナリタブライアン先輩は最後は背中合わせになり、曲を終える。

 

 クールな曲だった筈なのに真顔で行う私の破天荒な行動が色々と残念にしてしまっているのは多分気のせいだろう。

 

 曲が終わり、拍手が鳴り響く中、私とナリタブライアン先輩はゆっくりとステージが下に降りて退場。

 

 

「ふぅー、いい仕事しましたわー」

「はぁ、全くお前さんは相変わらずだな…」

 

 

 そう言いながら呆れたように左右に首を振り私に告げるナリタブライアン先輩。

 

 それほどでもありませんよ、いやー、これでまた私のファンは増える一方ですね! 正直な話、増やす気は全く微塵も思ってないんですけれども。

 

 楽しく自由に奔放にライブするだけですからね、私の場合は。

 

 すると、しばらくして、私の元にライブを見ていたゴルシちゃんがやってくる。

 

 

「ナイス水! ナイス雑巾!」

「ははははは! お前やっぱ最高だなぁほんと!」

 

 

 ビシッ!バシッ!グッグッ! と息ぴったりにハイタッチをゴルシちゃんと交わす私。

 

 おそらく、ライブ中に手洗いし始めるウマ娘って私くらいですからね、しかも、ファンの眼前でやるから余計にタチが悪い。

 

 前代未聞だが、そんなことを平然とやってのけるのが私、アフトクラトラスなのですよ。

 

 ぶっちゃけ、と言いつつもハグする相手も女の子のファンを積極的に選んだりしてますからね。たまに男性にもしますが、なるべく清潔そうな人にやったりします。

 

 アイドルという役職の闇の部分を全面的に出してますね私。闇は深い、というか私の腹黒さが深い。

 

 さて、そんなこんなでブライアン先輩とライブを終えた私はニコニコと笑いながら、背後から迫り来る殺気に肩をポンと叩かれる。

 

 

「……………あっ……」

「…言わなくてもわかるよな?」

 

 

 そこに居たのは、満面の笑みを浮かべたルドルフ会長。しかしながら、その笑顔は目が笑っていないのでもうお察しである。

 

 私は首根っこを掴まれてそのままズルズルと回収されてしまった。

 

 扱いがウマ娘というか猫みたいな扱いなんですけど、身長が小さくて身軽だからですかね? はい、いつものようにお説教を食らいました。

 

 でも、後悔はしていません。私はこれがデフォルトなので、致し方ないですね。

 

 その後、ルドルフ会長から確保された私の身柄はナリタブライアン先輩が受け取りに来てくれました。

 

 

「全く懲りないなぁ」

「なんか私がライブするたび頭にタンコブ出来てるような気がしますね」

「それは自業自得だ」

 

 

 そう言いながら、舞台の衣装を着たままため息を吐く私にツッコミを入れるナリタブライアン先輩。

 

 全く的を射た言葉ですね、何にも言えません。まあ、特には反省は全くしてないんですけども。

 

 私とナリタブライアン先輩こんな他愛のない雑談をしながら廊下を歩いていると、メジロドーベルさんの姿を見かけた。

 

 そして、何かを探しているかのように周りを見渡していた彼女は私を見つけるとゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 

「…アフちゃんどこ行ってたの? 心配したのよ?」

「お説教されてました」

「そうなの? 急に居なくなるから…」

 

 

 そう言いながら、私の手を握りしめてくるドーベルさん。何この手は。

 

 そして、私の手を握りしめたドーベルさんの目のハイライトがスッと消える。心なしか握りしめている手の力が強まっているのは多分気のせいだと思いたい。

 

 そして、顔を近づけてきたドーベルさんは私にこう語りかけてきた。

 

 

「アフちゃんは私にはハグしてくれなかったわよね? どうして? 聞かせてくれるかしら? ファンにはするのに私にはしないの? ねぇ?」

「そうやって急にサイコレズっぽくなるのはやめてくれませんかね…顔近い近いっ!」

 

 

 そう言いながら、グイグイと近寄ってくるドーベルさんに後退りながらブライアン先輩の方に助けを求めようと視線を向ける私。なんの嫉妬心なんですかね、コレガワカラナイ。

 

 しかしながら、ナリタブライアン先輩は既にそこには立って居らず、私を置いて先に行っていた。

 

 そして、ブライアン先輩は振り返ると満面の笑みで私に向かい無慈悲にこう告げる。

 

 

「手短に済ませてこいよ、先で待ってるぞ」

「………えぇー……」

 

 

 先を行くブライアン先輩の言葉に顔を引きつらせる私。

 

 目の前のドーベルさんは相変わらず氷のように冷たい眼差しでこちらを見つめてくる。やべえ、クレイジーですよ、この人。

 

 仕方ないので、軽くハグしてその場は丸く収めましたけれど、トレセン学園の人達ってこんな方ばかりなんでしょうかねほんと。

 

 グラスワンダーさんもおんなじような傾向ですし、スペ先輩の背後にはグラスワンダーさんみたいな。

 

 そんなわけで、私は寮に帰るとヒシアマ姉さんに今日のことについて語ることにした。

 

 

「はぁー…てな訳で、トレーニングよりなんか疲れましたよ今日は」

「あはははは! まぁ、ライブも私達を支えてくれるファンのためだからなぁ、仕方ねーよ」

「そうなんですけどね、全く身体を張るのも大変ですよ」

「なんかお前からその言葉を聞くといやらしく聞こえるのは不思議だな」

 

 

 そう言いながら、私にジト目を向けてくるヒシアマ姉さん。失敬な、身体を張る(意味深)なんて私が言うわけないじゃないですか。

 

 まあ、致し方ないですね、私の行動を顧みれば、ヒシアマ姉さんにはたくさんセクハラしてきましたし、逆にされたりもしましたけど。

 

 ヒシアマ姉さんも寛大ですからね、そういうところは私は大好きですからね、後輩思いですし。

 

 そんな他愛のない話をヒシアマ姉さんとしながら、私はグデーとダラシなくブライアン先輩のベットの上に寝転がる。

 

 ブライアン先輩のベットだというのに私物と化してますね。

 

 前に一度聞いたことはあるんですけど、ブライアン先輩的には私はヌイグルミなので全然構わないようです。

 

 

「アフー、制服捲れてんぞー」

「知ってまふ」

 

 

 制服が捲れて下着が見えてようと御構い無し、どうせ、女子寮ですしね、見られようと恥ずかしさもなにもないです。

 

 私なんて、男性から見られても構わないスタンスですしね、基本はですけど、最近は多少羞恥心が出てきたとは思います。淑女らしさは身についてきたとは思いたいです。別の意味の淑女ではあるんですけどね。

 

 ウマ娘というのは大変ですね、ライブを終えて寝転がる私は改めてそう思うのでした。



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義理母の夢

 

 

 クラシック最終戦。菊花賞。

 

 

 3歳馬が出走できるレースのうち、菊花賞より早い時期に3000m以上の距離を走るレースは存在しない。

 

 つまり、すべての出走馬にとって3000mという距離は未知の領域である。

 

 以前までは菊花賞と同じ京都3000mの嵐山ステークスがあったが廃止され、実質、この菊花賞だけが3000mのレースとなる。

 

 コースはスタート直後に”淀の坂”と呼ばれる坂が存在し、レース中にその坂を2回も通過しなければならない。

 

 この過酷さに耐え抜く身体の強さと、最後まで根性や闘争心を持ち続ける精神面の強さが必要になる。そのため菊花賞は『最も強いウマ娘が勝つ』と言われている。

 

 勢いの皐月、運のダービー、そして、最後は真の実力で勝負が決まる菊花賞。

 

 この秋のクラシック最終レースに向けて、1人のウマ娘は期待をされていない中、懸命に努力を積み重ねていた。

 

 

「…はぁ…、はぁ…」

 

 

 神社の階段を手足に重りを付けて早朝から登り降りし、足腰を鍛えるトレーニング。

 

 彼女、ライスシャワーは流れ出る汗を拭い深い深呼吸をした。

 

 恐らく、皆が期待しているのは同じチームのミホノブルボンが三冠の栄光をとる姿だろう。

 

 しかし、自分とて、誇りを持ってクラシックを戦ってきた。ミホノブルボンのようにG1を勝った栄光を手に入れたいと思った。

 

 ただただ、同期のライバルであり、チームメイトである彼女に負けっぱなしで悔しくないわけがない。

 

 共にトレーニングを積み重ね、切磋琢磨した仲だからこそ、横に並んで駆けたいと思った。

 

 

「次は…勝つ」

 

 

 もう、その距離は手が届くところまで来ている。

 

 ならば、後は迷う事は何もいらない。ライスシャワーは黒髪を静かに靡かせると、再び、坂路を一心不乱に駆けはじめた。

 

 いつも、背中を追い続けていたミホノブルボンのように、坂路を力強く駆け上がっていく彼女の走りはいつもよりも研ぎ澄まされているようにも見えた。

 

 

 さて、その頃、私ですが、姉弟子の最終調整に付き合ってました。

 

 コンディションは言うならば完璧の姉弟子、しっかりと仕上がってますね。

 

 貧弱な私はそんなゴリゴリ絶好調の姉弟子の調整トレーニングに付き合わされているわけでして、それはもう、鬼のようにキツいトレーニングでした。

 

 

「…あひぃ…か、勘弁をぉ…」

「弱音を吐くな! 走れ!」

「ひゃああ〜」

 

 

 もう無理でち、走れないでち。

 

 そんな私を他所に全力疾走で坂を難なく駆け上がっていくミホノブルボンの姉弟子。本当にね、化け物じみてると思います。

 

 そんな中、クタクタになった私はひとまず一通りのトレーニングを終えて一休みに入ります。

 

 さて、地獄のような練習を終えた私はその後、オグリ先輩にニンジンを餌に膝枕してもらうことにしました。

 

 

「あー…溶けるんじゃ〜」

「私の膝上で溶けてもらったら困るんだが…」

 

 

 そう言いつつも私の頭を優しく撫でてくれるオグリ先輩、相変わらず心広くて優しくて可愛いです。

 

 オアシスはここにあったのですね。

 

 確かに私も重賞を控えているので、わからなくもないですけれど、ありゃキツいっすよ、義理母。

 

 坂路の数覚えてませんもん、途中記憶が飛びましたもん。

 

 というより、毎回のように四桁を軽く行く坂路、調整とは一体何なんでしょうね?

 

 私は柔らかいオグリ先輩のお腹と胸と太もものジェットストリームアタックを受けながら疲れを回復させる。

 

 こんな事で回復する私の単純さ、煩悩さには我ながら脱帽ですよ、うーん、太ももが柔らかいなりぃ。

 

 同じような方法として、ダスカちゃんの膝枕かハグがあるんですけども、流石に後輩に先輩が甘えるというのは気が引けてしまうといいますか。

 

 ダスカちゃんにうるせー! 乳揉ませろやー! なんて私みたいなチキンハートが言えるわけが無いんですよね。

 

 それにスピカには、メジロマックイーンとゴールドシップとかいうヤバい人達が居ますのでできれば関わり合いになりたくないといいますか。

 

 えっ? 私も大して変わらないですって?

 

 失礼な! 私なんてファンの皆様やトレセン学園の皆からはチョロアフとか、小さなやんちゃ娘とかトレセンの残念マスコット枠とか暴走暴君なんて呼ばれて可愛がられてるんですよ!

 

 あれ? 気のせいですかね? 最後の方はなんかゲテモノじみてましたけど。

 

 つまり、自由に平等に皆に優しさを振りまく私は大天使というわけですね、もっと褒めてくれて良いのですよ!

 

 私にとっての大天使はライスシャワー先輩なんですけどね、はい。

 

 しばらく、私の頭を撫でていたオグリ先輩はふと、私にこんな事を告げはじめた。

 

 

「しかし、お前は最近会長に怒られてばかりだそうだな、先日もライブでやらかしたんだろう」

「そうですね、なんだか冷ややかなあの眼差しで見られるのにも慣れて来ました」

「大丈夫か、お前」

 

 

 そう言って、膝枕している私の返答に顔をひきつらせるオグリ先輩。

 

 もう手遅れかもしれません、トレーニングのし過ぎてルドルフ会長の冷たい視線を受けても平気な身体になっちゃいました。

 

 ドMではないと思いたいです。もう、私はお嫁に行けないかもしれません。

 

 誰か私を嫁に貰ってくれますかね? 一万円からセリ市をスタートさせてくれても良いですよ?

 

 さあ! 一万円から!リーズナブルな金額! 購入者はいらっしゃいませんか!(ただし行くとは言っていない)。

 

 純粋に私の落札額ってどんくらいになるんでしょうね? 教えてエ○い人!

 

 ちなみにダスカちゃんのブラとかヒシアマ姉さんのパンツとかもオークションで高値で売れそうだなとか下衆な事を考えていたのはここだけの話です。

 

 さて、話はだいぶ逸れてしまいましたが、私に膝枕をしてくれているオグリ先輩はふとこんな事を私に話してきました。

 

 

「もうすぐ菊花賞だったな、どうだミホノブルボンの調子は?」

「姉弟子の調子ですか? …うーん」

 

 

 私はミホノブルボンの姉弟子の調子を問われなんて答えるべきか思わず悩んでしまう。

 

 調子が良いと言えば良いのだが、何というか不安が拭えない。というのも、姉弟子自身がそう考えている筈なのだ。

 

 悪くはない、勝てる見込みはある。だが、漆黒の刺客の影がゆらりゆらりと彼女の背後に迫り来る光景が私の頭にも浮かんでいた。

 

 オグリ先輩に膝枕されている私は目を細めるとポツリポツリとこう語り出す。それは、私自身が個人的に思っている事だ。

 

 

「…調子は良いです。 ですが…何か精神的に不安ですね」

「そうか」

「えぇ、姉弟子にとっても3000mは未知の領域です。そして、はっきり言って、姉弟子はステイヤーではないです」

 

 

 そう、ミホノブルボンの姉弟子はステイヤーではない。

 

 どちらかと言えば、タイキシャトル先輩のようなマイルに適した身体つきをしている。そう言った身体つきを考えれば、姉弟子が菊花賞を戦うのは厳しそうだと感じてしまった。

 

 皐月、ダービーをあれだけ圧勝した姉弟子だが、それだけは言える。

 

 しかも、レース展開次第ではもっと厳しい戦いになるかもしれない。

 

 だけど、私はミホノブルボンの姉弟子も好きだが、ライスシャワー先輩も同じくらい大好きだ。

 

 複雑な心境、2人の努力を知っている身だからこそ、彼女達が悔いのない走りをしてほしいと心から思ってしまう。

 

 ライスシャワー先輩の仕上がりも間違いなく良い、菊花賞を勝てれば彼女にとってみれば初のG1制覇だ。

 

 2人ともに勝って欲しいなと思う私の複雑な心境を察したのか、オグリ先輩は膝枕をしている優しく私の頬をそっと撫でてくれた。

 

 

「勝者は1人…、優勝するのは果たしてどちらかはわからないが、それが勝負の世界だ」

「……わかってます」

「そうやって、拗ねるという事はまだまだ経験不足という事だアフトクラトラス」

 

 

 オグリ先輩から笑みを浮かべられそう言われ拗ねた私は唇を尖らせる。

 

 言われずともわかっている事だが、そう簡単に割り切るのは難しい。二人とも好きな先輩だからこそ、応援し辛いのだ。

 

 だが、どちらが勝ったとしても心の底から祝福してあげようとは思っている。同じチームとして、そして、敬愛する先輩としてそれは当たり前の事だと私は思っているからだ。

 

 今は2人の勝敗の行く末を私は見届けるしかない、それくらいしかできない今の状況がなんだか、少しだけ悔しかった。

 

 

 

 そんな敬愛する先輩二人が激突するであろう波乱の菊花賞の前夜、私は義理母に呼ばれた。

 

 義理母が私をトレーニング以外で呼ぶ事自体珍しいのだが、何やら意味深な表情だったのですぐに私は義理母の元へと足を運んだ

 

 その内容は私と何やら二人で親子水入らずで話したいことがあるという事だった。

 

 私は義理母と共に夜のトレセン学園のグラウンドに移動する。

 

 そうして、私は坂の芝の上に腰を下ろす義理母の隣に並んでちょこんと座った。何故かわからないが、その時は私は義理母に対していつものような緊張感はなかった。

 

 その日は雲が一つも無く輝く星が見える綺麗な夜だった。

 

 私は隣に座る義理母に首を傾げたまま、こう問いかける。

 

 

「珍しいですね、義理母がこうして話したいなんて」

「なぁに、ちょっとお前と話したいことがあっただけだ」

 

 

 義理母は夜空を見上げ、笑みを浮かべながら私にそう語る。

 

 こうして、義理母と二人で話すのは何年振りになるだろうか、しかしながら、私の隣に座る義理母はいつものように檄を飛ばすような、そんな雰囲気ではなかった。

 

 夜空を見上げた義理母は私にポツリポツリとこう語り始める。

 

 

「アフトクラトラス…。私の夢はな、自分が鍛えて鍛え抜いたウマ娘が三冠ウマ娘になってくれる事だ」

「…………」

「鍛えて最強ウマ娘を作る。私は常にそう考えてお前たちに接してきた。私が鍛えたお前達なら、きっと三冠ウマ娘になれると思っておる」

 

 

 そう語る義理母の私を見る眼差しは優しかった。

 

 そして、義理母は優しく隣に座る私の頭をポンと撫でると何度も何度も優しく撫でてくれた。

 

 鍛えて私も強くしてもらったという自覚はある。確かにキツくて今日も身体が動かなくなるまで扱かれた。

 

 だが、そこには義理母の愛情がある事も私は知っている。

 

 そして、義理母は優しい眼差しのまま淡々と私にこう語り始める。

 

 

「遠山厩舎の集大成と呼ばれるほど、お前とミホノブルボンはよく私について来てくれた。ミホノブルボンも皐月賞、ダービーも勝ってくれて、トレーナー冥利に尽きる」

「そりゃ、義理母は菊花賞の3000mは陸上で例えれば400mなんて言う位ですからね」

「ふふ、そんな事も言うたかな」

 

 

 義理母は私の言葉に思わず笑みを浮かべる。

 

 無理なハードトレーニングで周りからの批判を浴びた事もあった。

 

 だが、走らないウマ娘は涙を浮かべ、敗北を受け入れるしかない。

 

 勝って走る楽しみを味あわせてやりたい、キツくても、それが、ミホノブルボンの姉弟子にとっても私にとっても一番だと義理母は考えていた。

 

 そうやって、義理母と姉弟子と私はトレセン学園に入っても共に勝ちを分かち合い、チームメンバーとも喜びを分かち合った。

 

 きっと苦しい時があってもこんな風に勝って喜びを分かち合えるんだなという嬉しさを私はトレセン学園に来て、学んだ。

 

 それがずっとこれからも続いていくんだとそう信じて疑わなかった。

 

 

「義理母には私は感謝してますよ…ほんとに」

「ははは、トレーニングでは弱音ばっかり吐きよるのによく言うわ」

「…うっ…確かにそうですけど…ほんとにそう思ってますよ私は」

 

 

 確かにすぐに弱音も吐くし、サボりたがりますが、私はトレーニングをする時は妥協したことはありません。

 

 バテても這い蹲っても立ち上がってトレーニングをしていたのはやはり、義理母に認めてもらいたいという気持ちがあったからだろう。

 

 そして、いつか、ミホノブルボンの姉弟子と並んで走る立派な姿を義理母に見せたいと私は常々そう思っていた。

 

 私が勝った横には厳しくても愛があるトレーナーが自分の横にいるんだとそう思いたかった。

 

 義理母の私の見る眼差しは何処か、悲しみを含んだ眼差しであった。

 

 何故、私をそんな目で見るのか全く理解出来なかった。

 

 せっかくの姉弟子が三冠を取るチャンスが目の前にあるというのに、もうすぐ、義理母の夢が叶うその時が来るかもしれないと言うのに。

 

 義理母の私を見つめる眼差しは優しく、そして、悲しげな眼差しだった。

 

 そして、暫しの沈黙の後、意を決したかのように義理母は私にゆっくりとこう語り始める。

 

 その義理母の口から語られる話の内容は私が言葉を失ってしまうような衝撃的な話であった。

 

 

「ーーー私はお前に謝らないとならん」

「…えっ?」

 

 

 そうして、義理母は私にある事を打ち明けてきた。

 

 それは、遠山厩舎の集大成として期待を寄せていた私へのせめての償いの気持ちからだったからかもしれない。

 

 だが、私はその義理母から語られる話に頭が真っ白になった。

 

 運命の菊花賞の前夜、私は初めて運命というものに対して深い憎しみを抱いた。



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菊花賞

 

 

 菊花賞、当日。

 

 私は目が虚ろなまま、観客席からターフを見つめていた。

 

 隣にはナリタブライアン先輩とメジロドーベル先輩が座っている。しかし、今の私には彼女達の声も何も聞こえてこない。

 

 それは、昨日、義理母が私に話してくれた事が頭から離れないからだろう。

 

 そんな、虚ろな眼差しの私を見つめるナリタブライアン先輩は声をかけてきた。

 

 

「…おい、アフ…。大丈夫かお前?」

「…………」

「…アフ…、おい!」

 

 

 私はナリタブライアン先輩から肩を掴まれた衝撃でハッと我に返る。

 

 昨日の夜の事を思い出していて、すっかり先ほどからの話を聞いていませんでした。

 

 せっかくの姉弟子とライスシャワー先輩の晴れ舞台だと言うのに、私らしくありませんでしたね。

 

 私はゆっくりとナリタブライアン先輩の顔を見つめると、心配させまいといつものようにニコリと笑みを浮かべた。

 

 

「え、えぇ…大丈夫ですよ! はい!」

「…そうは見えないが」

 

 

 そう言って、私の顔をジッと見つめてくるナリタブライアン先輩。

 

 流石にこの人は鋭いですね、私はその指摘に苦笑いを浮かべると一息呼吸を入れて心拍数を整える。

 

 そんな私の様子を見ていたメジロドーベルさんは私の手にそっと手を添えるとこう問いかけてきた。

 

 

「大丈夫? アフちゃん?」

「…えぇ、何でもありませんから」

「何かあったんなら私達にちゃんと言うんだぞ? 明るくないお前はらしくないからな」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩も私の肩を優しく叩いてくれた。

 

 ほんとに優しい先輩達に恵まれてますね、私は…、ですが、この話は身内での話、他人に相談できるほど容易い悩みではないと私はそう思っていた。

 

 今はそのことを口に出すだけでも辛い、胸が張り裂けそうになります。

 

 そう、今日は姉弟子とライスシャワー先輩を応援しないと、あの二人の晴れ舞台なんだから。

 

 人生で一度の栄光、クラシックロード、あの二人の最後の戦いを私が見届けてあげなきゃいけない。

 

 義理母も姉弟子の背中を押してあげているに違いありません。

 

 姉弟子と義理母の二人三脚の背後を私は一生懸命ついて行った。ライスシャワー先輩もまた、懸命に努力を積み重ねていた事を私は一緒にトレーニングを積んでいたから知っている。

 

 その互いの集大成がこのレースでぶつかり合う。

 

 

「おい、アフ…お前泣いてんのか?」

「…えっ…?」

 

 

 ナリタブライアン先輩の横に座っていたヒシアマゾン先輩からの言葉に思わず私は呆気を取られたかのように声を溢す。

 

 ふと、自分の頬をそっと撫でてみると私は目から自然と流れ出てくる涙に気づいた。

 

 何故だかわからないが、出てきていた。湧き上がるのは悲しさと悔しさ、そして、どうしようもない感情だった。

 

 私は慌てて、グシグシと自分の目の周りを腕で拭う。

 

 そして、私はにこやかに笑みを浮かべヒシアマゾン先輩にこう告げた。

 

 

「かぁー! 目に虫が飛んできたみたいで! すいません! 気のせいですよ!」

「お、おう、そうか」

「はい! なので心配ご無用です!」

 

 

 そう言って、無理矢理でも笑顔を作って、誤魔化すようにヒシアマ姉さんに告げる私。

 

 もちろん、嘘だ。涙が出てきた理由は自分自身が一番わかってる。

 

 このレースが終われば、当たり前だと思っていた日常が変わってしまうんではないかということを私はわかっていた。

 

 だからこそ、私は見届けないといけない、2人の積み上げてきた生き様を努力の集大成を。

 

 

◇◇◇

 

 

 パドックで私がライスシャワーとすれ違った時、以前よりも格段に強くなっている事はすぐにわかった

 

 スプリングステークスから、この日まで共に高め合い、競い合ってきたライバル。

 

 私は義理母と共に厳しいトレーニングを今の今まで積んできた。そのことに関しては私は誇りを持っている。

 

 どこの誰よりも己に厳しくしてきた、そして、これからも義理母と共にさらなる高みを目指すつもりだ。

 

 この菊花賞はその為に必要な称号だ。三冠ウマ娘という称号は私と義理母が積み上げてきたものを証明する為になんとしても勝ち取りたいのだ。

 

 

「…行ってきます」

「あぁ、行っておいで」

 

 

 そう言って私の背中を押してくれる義理母。

 

 悔いが残らないレースにしようと思った。

 

 レース前に私の逃げの戦法を意識してからか、レース場に入る前に同じく菊花賞を戦うキョウエイボーガンが私の前にやってきた。

 

 自信満々の彼女は私にこう言った。

 

 

「貴女より先に逃げてやりますからね!」

 

 

 そう、堂々とした私に対しての逃げ宣言である。

 

 本来なら逃げ戦法同士、先頭争いの末に泥沼化するというリスクを考えると私は先行で彼女の背後に控えるのが一番の選択なのだろう。

 

 だけど、私は今回、そうするつもりは微塵もなかった。

 

 最後のクラシックまで、私は私らしい走りを貫くと決めていたからだ。

 

 もしかしたら、逃げの先頭争いによってレースが泥沼化した末に悲惨な結果になるかもしれない。

 

 だけど、自分はいつも厳しいと思われたトレーニングを積んできたと胸を張って言える。

 

 だから、私はいつものように走るだけだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 私がブルボンちゃんと共に戦ってきたクラシックロード。

 

 皐月賞では力の差を見せつけられ、ダービーでは悔しさのあまりレースが終わってからずっと私は泣いていた。

 

 彼女と自分と何が違うのだろうとずっと悩んでいた。

 

 だから、悩んだ分だけ走って己を鍛え上げた。

 

 トレーニングトレーナーのマトさんは私を熱心に指導してくれた。

 

 ミホノブルボンに勝ちたいという一心で私はやれることを全てやった。

 

 ブルボンちゃんとすれ違った時、私は彼女の背中ではなくもう隣に来ているんだと思った。

 

 同じチームでキツい時も苦しい時も乗り越えて共に切磋琢磨して、互いに高め合ってきた。

 

 あの背中は見えている。だったら、後は迷わず彼女を捉えるだけだ。

 

 共に譲れないプライドがある。ウマ娘として生まれたからには勝ちたいと思うのは当然の事だ。

 

 ライバルが私をここまで強くしてくれた。

 

 だから、私はブルボンちゃんに後悔の無い走りを見せるだけ、私が成長した姿を見てもらいたい。

 

 

「しっかりな、勝負は最後の直線だ」

「はいっ!」

 

 

 ステイヤーとしての私の土俵、そして、得意なレース場、条件は揃った。

 

 背中を押してくれるマトさんに力強く頷いた私はレース場に向かう。クラシックロード最後のレースを悔いがないように走る為に。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゲートに向かう2人の後ろ姿を私は黙って見つめる。

 

 2人とも覚悟を決めた力強い背中だった。本当に私にとって誇らしい先輩方達だと改めてそう思う。

 

 暫くすると、実況席に座るアナウンサーの声が聞こえてくる。

 

 

「今年の菊花賞は18名となります。レース場の状態は良、スタート時刻は3時35分からとなります」

 

 

 ゲートに向かう先輩達。

 

 レースの時刻は刻一刻と迫ってきている。私は静かにその時を待っていた。

 

 クラシック最終戦、菊花賞、そのファンファーレがレース場内に鳴り響く。伝統のレース最終戦、果たして勝つのは誰なのか。

 

 

「今回のレースは12万人を収容しております。最後の枠入りが今終わりました」

 

 

 心臓が高鳴る中、最後のウマ娘がゲートに入る。

 

 一斉に走る構えを取る一同、距離3000m、クラシックロード最終戦、菊花賞の火蓋が今切って…。

 

 

「今スタートしました! まずは先行争い、抜け出すのはどのウマ娘か!」

 

 

 落とされた。ゲートが開いた途端にポンと飛び出していったのは逃げ宣言をしていたキョウエイボーガン先輩だ。

 

 だが、そのリードもすぐに入れ替わる。

 

 その瞬間、私は思わずその場から立ち上がった。そう、私が知ってるレース展開とは全然違っていたからである。

 

 なぜなら、逃げを宣言していたキョウエイボーガン先輩を抜き、トップに躍り出たウマ娘がいたからだ。

 

 そう、ミホノブルボンの姉弟子である。

 

 本来なら、いや、この場合、私が知ってるレース運びならばミホノブルボンの姉弟子はキョウエイボーガン先輩の背後から迫る先行策を取るレース展開だったはずなのである。

 

 それが、間違いなく無難な選択だ。3000mなんて長い距離を逃げ切ろうなんてそうそう出来るようなことではない。

 

 

「…これはっ!?」

 

 

 下手をすれば、レースが泥沼化し自滅すらあり得る大博打だ。

 

 だけど、姉弟子を隣で見ていた私ならわかる。確かに大博打ではあるが十分に勝機はあり得ると。

 

 ナリタブライアン先輩は立ち上がった私に目を丸くしていたが、しばらくして、冷静な口調でこう告げはじめる。

 

 

「逃げ策か、確かにセオリーならキョウエイボーガンと競るのは得策じゃないだろうな」

「ブライアンの言う通りだ。あれは下手すると400mでバテるぞ」

「…普通、ならな」

 

 

 そう言って、ヒシアマ姉さんの言葉に対してブライアン先輩は意味深な笑みを浮かべた。

 

 それの意図は、私も理解していた。クラシックロード最終戦だからこそ、姉弟子はきっといろいろと考えた上でその選択を選んだのだろう。

 

 きっと、自分らしい走りを貫くためにあえてそうしたのだ。

 

 だからこそ、この菊花賞ももうどうなるのかわからなくなった。

 

 

(やはり、先頭を切りにきましたか…)

 

 

 ライスシャワー先輩は静かにトップを走るミホノブルボン先輩の姿に表情を険しくした。

 

 正直な話、逃げ宣言をしているキョウエイボーガン先輩に先頭を譲り、後ろに控え足を溜めるだろうと踏んでいたのだろう。

 

 私も同じ立場であればそう考える。だが、ミホノブルボンの姉弟子はそれを裏切り、逃げに転じてきた。

 

 下手をすれば惨敗もあり得る大博打、3000mという長い距離を逃げきるには相当なスタミナがいるはずだ。

 

 それをわかった上でのこのレースの運び方にライスシャワー先輩は笑みを浮かべる。

 

 

(流石はブルボンちゃんですね)

 

 

 素直にライバルを尊敬する。

 

 ライスシャワー先輩はここにきて、自分の走り方を貫くミホノブルボンの姉弟子のその姿には脱帽するしかなかった。

 

 きっと葛藤はあったのかもしれない。

 

 勝つための最善策はもちろん、先行だろう。無難に考えればだが、しかし、ミホノブルボン先輩はそれを敢えて捨ててきたのだ。

 

 

「先頭に躍り出たミホノブルボン! ややペースは早いが3000mは持つのでしょうか」

 

 

 三冠ウマ娘という栄光。

 

 ウマ娘として、手に入れたい称号をミホノブルボン先輩は真っ向から掴みに行こうと足掻いている。

 

 私はその姿に思わず胸が締め付けられそうになった。

 

 

 私の知らないレース、私がまだ見た事がない夢のレースが目前で実現しているのだ。

 

 レースを走るミホノブルボン先輩はやはりキツそうであった。それはそうだろう、3000mなんて長い距離を走った事なんてないのだから。

 

 

(まだ1500…)

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子は表情を曇らせる。

 

 菊花賞の距離は長い、正直、トライアルレースは意味を持たないと考えた方が良いだろう。

 

 後ろを振り返れば、ライスシャワー先輩の眼差しが真っ直ぐに向いていた。

 

 

 

 残りの距離はだんだんと無くなっていく、先頭は依然として姉弟子が逃げている。

 

 そして、運命の最後の直線、ライスシャワー先輩の目がギラリと光ったような気がした。

 

 

「ミホノブルボン先頭! だが背後から来る! 後ろから迫り来る黒い刺客! あれはライスシャワーだ! マチカネタンホイザも釣られて上がってくる!」

 

 

 残りの400mの地点でミホノブルボン先輩の背中についていたキョウエイボーガン先輩と入れ替わるように背後から2人が一気に加速し上がってくる。

 

 だが、ミホノブルボン先輩の足は色褪せない、まだスピードに乗ったままだ。

 

 マチカネタンホイザ先輩はそれ以上は伸びなかった。

 

 しかし、ライスシャワー先輩はそんなミホノブルボン先輩にぐんぐんと追いついてくる。

 

 

「やはり上がってきた! やはり上がってきた! ライスシャワーだっ! 漆黒の髪を靡かせて迫る! ここで迫る! 残り200m!」

 

 

 ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩に並びかける。

 

 両者の視線が交差した。観客達も思わず立ち上がり白熱するレース。

 

 だが、視線が交差する2人の間には同時に喜びがあった。遂にこの時が来たのだという喜びだ。

 

 

(待ってましたよっ!)

(勝負ですっ!)

 

 

 互いに足に力を込める2人。

 

 ピリピリとした空気が2人の間には漂っていた。だが、2人とも待ちに待ったこの時をまるで楽しんでいるかのようだった。

 

 二人の壮絶な一騎打ち、身体は限界を超え更に上へ上へと高め合っているかのようだった。

 

 ライスシャワー先輩はなかなか抜けない、ミホノブルボン先輩が僅かに抜け出しそうな雰囲気があった。

 

 しかし、その時だ。

 

 ライスシャワー先輩は僅かに姿勢を低くする。それは少しでも空気抵抗を無くしてより速く走るために編み出した走り方だった。

 

 

(…もらったっ!)

 

 

 残り50m無い地点で、ミホノブルボン先輩が僅かに抜け出した。

 

 これは決まった。私はその瞬間、ミホノブルボン先輩の三冠を確信したその時だった。

 

 一瞬だった。

 

 切れ味の良い、素早く力強い伸びをライスシャワー先輩が繰り出したのは。

 

 まるで、時間が止まっているかのような錯覚さえ感じる。一歩二歩三歩とミホノブルボン先輩に並んだライスシャワー先輩はそのまま押し切るように横から抜け出してきた

 

 

(この一瞬で…っ)

(まだだ…っ! まだっ! ここで交わし切るっ!)

 

 

 そう、ライスシャワー先輩は最後の最後まで力を蓄えていたのだ。姿勢を低くして、ミホノブルボン先輩が伸びきるその一瞬を見定めていた。

 

 伸びたライスシャワー先輩の身体がミホノブルボン先輩を交わす。

 

 

「はあぁあああああ!!」

 

 

 声を張り上げ、気合いで巻き返そうと足掻くミホノブルボン先輩。

 

 だが、交わし切ったライスシャワー先輩との差が開いてしまった。ここから巻き返すのはもう無理だ。

 

 その瞬間、ミホノブルボン先輩の表情が一気に青ざめるのが私にはわかった。

 

 ゴールが決まる。その勝者は…。

 

 

「ライスシャワー交わした! ライスシャワー先頭! リードは1身差! 今ゴールインッ!」

 

 

 ライスシャワー先輩が最後の最後にミホノブルボン先輩を交わしきった。

 

 これには場内からもどよめきが起きる。

 

 皆はミホノブルボンの姉弟子の三冠を疑っていなかった。

 

 まさか、三冠達成をライスシャワー先輩が阻止するとは誰も思ってもいなかったのだろう。

 

 

「ライスシャワー!ライスシャワーがやりました! ミホノブルボン敗れました」

 

 

 レースを走りきったライスシャワー先輩は息を切らしながら、空を見上げる。

 

 その目には涙が溢れ出ていた。ようやく、勝ち取ったG1勝利という栄光、努力がようやく報われたという気がした。

 

 そして、初の敗北をしたミホノブルボン先輩は息を切らしながら静かにその場にペタリと力なく座り込む。

 

 しばらく、呆然としていたミホノブルボンの姉弟子であったが、ライスシャワー先輩に負けた事を悟ると顔を両手で覆いながら大粒の涙を流していた。

 

 全力でぶつかり合ったからこそ、悔しかった。

 

 限界は互いに来ていたはずなのに負けた。

 

 義理母に見せるはずだった三冠の夢が潰えてしまった。

 

 

「あぁぁぁぁ……っ!!」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子は顔を抑え、涙を流して悔しさのあまり声を上げる。

 

 ミホノブルボンの姉弟子のそんな姿を目の当たりにした私も自然と涙が溢れ出て来てしまった。

 

 ライスシャワー先輩がG1を勝ってくれたことは素直に嬉しい。だが、それ以上に姉弟子の無念が私にはよく伝わった。

 

 きっと姉弟子も義理母の夢を叶えたかったのだろうと思う。

 

 

「…すいません…ひぐっ…」

「何、気にするな…気持ちはわかるさ」

 

 

 そう言って、隣にいたナリタブライアン先輩は優しく私の頭を抱きしめて慰めてくれた。

 

 複雑な感情が混ざり合って、心の中がグチャグチャになっているような気がした。嬉しさもある、だが、それ以上の悔しさと悲しみがあった。

 

 そんな中、菊花賞を勝ったライスシャワー先輩は嬉し涙を拭うと観客席の方へと笑顔を浮かべて歩いていく。

 

 ナリタブライアン先輩に慰められていた私はすぐに涙を拭う。

 

 二人の積み重ねた努力がぶつかり合ったレースだった。

 

 ミホノブルボンの姉弟子は確かに負かされてしまったけれど、それでも、同じチームであるライスシャワー先輩の勝利は私には誇らしいことには変わりはない。

 

 観客達に手を振るライスシャワー先輩。

 

 

 菊花賞を経て、長きに渡った二人のクラシックの戦いに幕が降りるのだった。



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アフトクラトラスの始動 いつか会える日まで

 

 

 菊花賞でミホノブルボンの姉弟子がライスシャワー先輩に負けた。

 

 だが、私にはそれでも姉弟子は姉弟子であった。

 

 たとえ、負けたとしても、私の目標であり道しるべであった。

 

 トレーナーである義理母だってそうだ。

 

 私は例え、クラシックレースに姉弟子が負けたとしても、また、次の目標に向かって共に頑張ろうと心に決めていた。

 

 いつものようにまた三人で苦楽を共にする家族として、そういった毎日が送れるのだと私はそう思っていた。

 

 あの日の夜、義理母から話を聞くまでは、少なくともそう信じていたのだ。

 

 私は通路を走り、ミホノブルボンの姉弟子の元に向かっている最中であった。

 

 負けた姉弟子になんと声を掛ければ良いか、まだ正直わからない、だが、何故だか気がついたら身体が勝手に動いていた。

 

 すると、走っていた私は聞き慣れた声が聞こえてくると共にピタリとその足を止める。

 

 

「…すいません…マスター…、負けて…しまいました…」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子を迎えに行こうとレース場に向かう通路を駆けていた私は姉弟子の声を聞いてサッと物陰に隠れた。

 

 姉弟子の前には変わらずジャージを着た義理母の姿があった。その表情まではわからないもののその後ろ姿はとても大きい。

 

 物陰に咄嗟に隠れた私は耳をピクンッと動かして聞き耳を立てる。

 

 何故隠れたのかはわからない、しかし、こうしておいた方が良い気がした。

 

 義理母はしばらくして、涙で目を腫らしているミホノブルボンの姉弟子の身体をそっと抱きしめるとこう話しを始めた。

 

 

「よう頑張ったなぁ…よう頑張った。立派だったぞ」

 

 

 そう何度も言いながら涙声で義理母はミホノブルボンの姉弟子を抱きしめ労った。

 

 見たことが無いそんな義理母の姿を見て、声を聞いて私は思わず目頭が熱くなる。

 

 私は知っていたからだ。

 

 この姉弟子のレースが義理母が観る事ができる最後のレースだということを。

 

 物陰に隠れていた私の目からは絶え間なく涙がボロボロと溢れ出ていた。

 

 そんな中、抱きしめられたミホノブルボンの姉弟子も言葉を詰まらせながら、震える声で義理母の身体を抱きしめてこう言葉を絞り出す。

 

 

「申し訳…っ…ありません…っ。…ひっく…っおかあさん…っ」

「…良い夢を見させてもろうたわ…。こんな孝行娘は何処にもおらん…」

「…ぐすっ…。あぁぁぁ…っ!」

 

 

 再び涙が溢れ出すミホノブルボンの姉弟子を優しく抱きしめて何度も撫でる義理母。

 

 姉弟子もきっと知っていたのだ。

 

 義理母と最後に挑むレースがこの菊花賞になるという事を、だからこそ、このレースに賭ける思いは人一倍強かったに違いない。

 

 義理母の身体には限界が来ていた。

 

 あんなに罵声を浴びせ、厳しい鬼のように思えた義理母だったのに、そんな素振りなんて私達の前で一度も見せた事がなかったはずなのに。

 

 もっと、義理母に教えてもらいたい事がたくさんあったのだ。私もミホノブルボンの姉弟子も。

 

 厳しい指導と共に私達の側に義理母がいつも隣に見守ってくれる人が居なくなってしまう。

 

 気がつけば私は一人、二人の会話を物陰で聞きながら静かに泣いていました。

 

 胸が張り裂けそうで、声にできません。いや、姉弟子が辛いのに私が大声で泣けるわけがありませんでした。

 

 義理母の夢を私が姉弟子の代わりに叶えて上げたかった。

 

 目の前であの人に見てもらいたかったのに、認めてもらいたかったのにそれも最早できない。

 

 

「ありがとう…」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子を抱きしめていた義理母も涙を流していた。

 

 その涙は感謝からの涙だったのだと私は思う。

 

 こうして、ミホノブルボンの姉弟子と義理母との二人三脚で突き進んで来たクラシックロードは静かにその幕を下ろした。

 

 

 

 

 それから数日。

 

 トレセン学園の坂路の前に私はポツンと一人で立っていた。

 

 ミホノブルボンの姉弟子は菊花賞の翌日、トレセン学園の生徒会に行き、休学届けを提出した。

 

 その後、寮から荷物を整理するとそのまま私にも何も言わないままで姿を消してしまった。

 

 そして、私の義理母。

 

 義理母もまた、トレセン学園のアンタレスのチームトレーナーを退任し、トレセン学園から出て行く事になった。

 

 理由は身体のことである。

 

 義理母の身体を気遣うオハナさんが退任を進め、義理母は今回のミホノブルボンの姉弟子の菊花賞をもって、トレーナーを引退することを決意していたのだ。

 

 義理母はその後、そのまま病院に入院することとなった。

 

 癌が身体から見つかったからだ。

 

 私はその話をあの日の夜に聞いた時に頭が真っ白になった。

 

 何も考えられなかった。

 

 そして、義理母も姉弟子も居なくなり、私は一人、トレセン学園に居る。

 

 アンタレスは形上残ってはいるが、そこには私の大好きなトレーナーもミホノブルボンの姉弟子もいない。

 

 ポツンと一人だけ、トレーナーも居ないウマ娘となって、私は一人、懸命に姉弟子であるミホノブルボン先輩と駆け上がった坂路を静かに見つめるしかなかった。

 

 

「…一人に…なっちゃいましたね」

 

 

 私は静かにそう呟くと静かに下を向く。

 

 あれだけキツい練習をしていた坂路も静かだ。

 

 いつもなら、義理母の檄が飛び、私と姉弟子が懸命に汗を流していた坂路、努力を積み重ねる日々。

 

 それがずっと続いていくものだと思っていた。だが、この坂路には、もう誰も居ない私以外は誰も。

 

 すると、しばらくして、坂路をずっと見ていた私の背後からそっと誰かが肩を叩いて来た。

 

 

「…アフちゃん…」

 

 

 そう言って、優しく声をかけて来てくれたのはいつも見慣れた黒髪を靡かせているライスシャワー先輩だった。

 

 しかし、私に声をかけて来てくれたライスシャワー先輩のその声は明るいとは言い難いものだ。

 

 声をかけられた私はゆっくりとライスシャワー先輩の方へ振り返る。

 

 

「ライスシャワー先輩…」

「…あの…ごめんなさい…私」

「何言ってるんですか、菊花賞おめでとうございます」

 

 

 第一声でいきなり謝って来たライスシャワー先輩に対して、私は手を握りしめて笑みを浮かべながら彼女にそう告げる。

 

 彼女が私にこうやって謝ってくる理由はわかっている後ろめたい気持ちがあるからだろう。

 

 私がこうやって、孤独になってしまったのは自分のせいかもしれないとライスシャワー先輩はきっと考えているのかもしれませんね。

 

 けれど、それは全然違います。

 

 あの菊花賞は間違いなく、ライスシャワー先輩の実力で勝ち取ったものだ。

 

 だから、私はライスシャワー先輩に謝って欲しくはなかった。

 

 自慢の先輩なのだから、胸を張って私に声をかけて来てほしかった。

 

 それからしばらくして、近くのベンチに下ろすライスシャワー先輩と私。

 

 私に声をかけて来てくれたライスシャワー先輩はこう話を始める。

 

 

「…菊花賞に勝って、私はこう言われたわ。ミホノブルボンの三冠を台無しにしたウマ娘って…」

「……なんてことを…」

「良いの…、事実なんだもの、期待もされてなかったみたいだから、私は」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は悲しげな表情を浮かべたまま私にそう語ってくる。

 

 事実かどうかはわからない、だけれど努力を積み重ねてきたウマ娘に対してなんて心無い言葉を掛けるんだと怒りが湧き上がってくる。

 

 ライスシャワー先輩のそんな表情を見ていた私はそっと手を彼女に添える。

 

 そんなことはない、そんな事は決してないのだ。

 

 あのレースは私が見たレースの中でもミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩の全力を出し切った素晴らしいレースだった。

 

 姉弟子はあのレースで負けて、義理母も姉弟子もこの学園から姿を消してしまったけれど、私はそれがライスシャワー先輩の責任だとは全く考えていない。

 

 手を添えた私はライスシャワー先輩の目を真っ直ぐに見据えたままこう話をし始める。

 

 

「ライスシャワー先輩の努力を私は一番知っています。姉弟子の積み上げてきた努力も知っています。だからそんな顔をしないでください」

「アフちゃん…」

「…二人がいつでも帰って来れるように頑張りましょう? タキオン先輩やナカヤマフェスタ先輩、メイセイオペラ先輩達も皆そう言ってくれました」

 

 

 私はライスシャワー先輩に静かに声を震わせながら手を握りしめてそう告げた。

 

 いつ帰ってくるかはわからない、だけど、いつか、二人がまたアンタレスに帰って来れるように居場所を守っておかないといけない。

 

 誰かがやらないといけない、だったら自分達が頑張ってアンタレスを守って行こうと皆さんが言ってくれた。

 

 ライスシャワー先輩は静かに涙を流しながら頷いてくれた。

 

 私はライスシャワー先輩の菊花賞の勝利をその日、皆んなで祝う事にした。

 

 同じチームメイトとして、努力を積み重ねてきた身近な身内の一人として私は彼女を祝ってあげたかったから。

 

 確かに、姉弟子が学園を休学し、義理母は病院に入院する事となった事は悲しい出来事だ。

 

 だからこそ、私がもっと頑張らないとと思った。

 

 チームのみんながこう言ってくれたのだから、私が一番頑張って、そして、勝ち続けないといけないと強く感じた。

 

 それから、私は重賞に向けて一人でトレーニングをする事になった。

 

 自分の専属してくれるトレーナーをオハナさんやスピカのトレーナーさんから打診されたことはあったが、私は全部断りを入れた。

 

 その理由は、私のトレーナーは義理母だけだと思っていたからだ。

 

 いつか、私が勝ち続ければ義理母が帰って来てくれるかもしれない、そんな期待が胸の中にあったのだと思う。

 

 

「…はぁ…はぁ…、こんなんじゃダメだ…こんなんじゃ…もっと、もっと走らないと…」

 

 

 私は姉弟子がいつも走っていた坂路をひたすら走り続けた。

 

 義理母がいつも私に与えてくれた練習メニュー通りに、ある日はそれ以上に私はトレーニングを行った。

 

 

 私には敗北は許されない。

 

 絶対許されないんだとそう何度も何度も坂路を走りながら自分自身に言い聞かせていた。

 

 負けたくない、負けたら、義理母と姉弟子はもう帰ってきてくれない。

 

 そんなのは嫌だと、私は毎日、毎日、黙々と坂路を駆け上がった。

 

 血反吐を吐いてでも、他のウマ娘よりも努力をしないと勝てないと、私はそう思っていたから…。

 

 そんな私のトレーニングを見ていたメジロドーベル先輩は何度も何度も私を止めに入った。

 

 

「もういいっ! アフちゃん! それ以上はダメっ!」

「はぁ…はぁ…」

「またこんな無茶なトレーニングしてっ…! 身体が壊れるわよっ!」

 

 

 その度に私はそれを振り払い、トレーニングを行った。

 

 何度かぶっ倒れて、その度に私はナリタブライアン先輩やオグリ先輩、ライスシャワー先輩やチームの先輩達からも注意を受けたがやめようとは思わなかった。

 

 記憶がないまま、ベットの上で眼を覚ますたび、私はすぐに着替えを済ませると坂路に向かう。

 

 私の顔からは笑顔はすっかり消えていた。

 

 あるのは勝利への強い欲求にひたすら強くなる事だけであった。

 

 そうして、過ごすうちに、私は重賞の日を迎える事となった。

 

 もちろん、人気は私が1番人気に推されている。

 

 鍛えに鍛え抜き、勝利への渇望だけを糧にこの日までトレーニングを積んできた。

 

 パドックでステージに立つ私の目には最早、勝つことしか見えてはいない。

 

 

「おいおい…」

「なんつー身体してんだよ…」

 

 

 パドックで私の身体を見せた観客達の中には絶句する者も居ましたが、私は気にも止めませんでした。

 

 私は静かにパドックのステージを降りると何事も無いようにそのままゲートに向かうことにした。

 

 

「貴女がアフトクラトラスさんですか! 今日はよろしく…」

 

 

 中には私に声をかけて来ようとしてきたウマ娘も居ましたが、私は見向きもしませんでした。

 

 ライバルでしかない者と握手なんて気分になれませんでした。

 

 身勝手な事は悟ってはいたが、私自身にそんな余裕が今は全く無いのだ。

 

 私が勝てば、いやきっと勝ち続ければ、また、隣に義理母と姉弟子が帰ってきてくれる。

 

 今の私はただ、そんな自己暗示を己に言い聞かせるしかなかった。

 



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東京スポーツ杯

 

 

 

 私が挑む初の重賞レース東京スポーツ杯。

 

 重賞競走(GIII)であり、朝日杯フューチュリティステークス(G1)の前哨戦として位置づけられている。

 

 本来なら、海外に飛び出して、BCジュヴェナイルターフに向かった方が良いのだろうが、海外ウマ娘と今やり合うには私にはまだレースの経験が足りない。

 

 まだ国内レースも二勝、それに義理母も姉弟子も私の側には居ない。

 

 そんな中、私が海外遠征をしたりすれば、惨敗してしまう事だってあり得てしまう。

 

 私自身、海外レースを一度も走った事は無いし向こうの芝の感触にだって慣れないといけない。

 

 そんなリスクが大きなことをに対して先走り、負ける方が私は嫌だ。

 

 それよりも確実に力をつけて、来年の欧州レースを戦う方が勝率は高くなるだろう。

 

 焦る必要は無い、まだ時間はある。

 

 それよりもまずは目の前の東京スポーツ杯の方が大切だ。

 

 

「ネオちゃんとゼンちゃんは回避したのなら…問題はない…か」

 

 

 私は静かに準備運動をしながら呟く。

 

 ネオちゃんとはネオユニヴァース、ゼンちゃんはゼンノロブロイの二人のことだ。

 

 東京スポーツ杯の距離は芝1800m、ゼンちゃんはおそらく距離適性を考慮して、2000mのレースに視野に入れて、多分、朝日杯は回避するだろうと私は思っている。

 

 それは、朝日杯ではなく、同じくG1のホープフルステークスに出走するのが一番、ゼンちゃんの脚質を考えれば可能性が高いからだ。

 

 そして、おそらく、次でぶつかるのが一番可能性が高いのはチームリギルのネオユニヴァースことネオちゃんだ。

 

 正直、どれだけ力をつけたかはわからないが、かなり鍛えているとはフジキセキ先輩からは以前聞いていた。

 

 ネオちゃんのポテンシャルは元々高い、本来なら皐月賞、ダービーを取るほどの実力を秘めた天才だ。

 

 そう、私が居なければの話ではあるけれど。

 

 ネオちゃんが強いのは私は知っている。だけど、負けるつもりは毛頭なかった。

 

 その彼女との戦いが先に待っている。こんな重賞ごときで足踏みなどしていられない。

 

 しばらくして、ゲートインの指示が私に飛んでくる。いよいよ、レースだ。

 

 私は横目でライバルとなるウマ娘達を確認しながら、静かにゲートに入る。

 

 そして、レース前の慣例のファンファーレ。

 

 私は深呼吸をしながら、自分の心臓をできるだけ落ち着かせるように心がけた。

 

 クラウチングスタートの姿勢を取り、その時を静かに待つ。

 

 

「……………」

 

 

 間を置いて、パンッ! という音と共にゲートが勢いよく開いた。

 

 私は足に力を込めて、どのウマ娘よりも勢いよく飛び出し、出来るだけ先頭を取りに駆ける。

 

 先行を取る事は当たり前、私らしい走りをするなら取りに行く努力をすることは惜しまない。

 

 後ろから迫るウマ娘達を見ながら私は先行を取る。スタートダッシュは良好、特に問題なく取りたかったポジションを無事に確保することに成功した。

 

 見た限り、レースの展開に影響は無さそうだ。

 

 レース場の外から私を見つめるヒシアマゾン先輩は隣にいるナリタブライアン先輩にこう語る。

 

 

「スタートのキレは一級品だな、もうポジションを確保してやがる」

「あいつの場合は別に差しでもいけるんだろうがな、アマさんも見習った方がいいぞ?」

「っるせー! あたしは追い込みだから別に関係無いんだよっ!」

「はいはい…」

 

 

 そう言って、ヒシアマゾン先輩の言葉を聞き流すナリタブライアン先輩。

 

 スタートに関しては瞬発力は抜群に鍛え抜いた自負が私自身にはある。

 

 莫大な量の坂路と重石を使った数々のトレーニングは間違いなく私を化け物に変えてしまったのかもしれない。

 

 とはいえ、この世界ではそんな化け物や怪物と呼ばれるウマ娘が平気でゴロゴロ居るような世界だ。

 

 私の力など、たかが知れてる。なら、それを超えれるように私は努力するしかないのだ。

 

 

「これは良いペース、アフトクラトラス良い位置につけています」

 

 

 私の走りに実況アナウンサーも賞賛の声を送ってくる。

 

 先行は得意な戦法、しかも、これだけ理想的な展開なら何ら問題もない。距離的にも不安要素は皆無だ。

 

 なら、迷う事はないだろう、先行をキープしつつ、私は自分のポジションを見失わないように軽い足取りで走る。

 

 全然距離的にもレースの速さ的にも足を余すような展開だ。

 

 ペースを見て、私はすかさず、残り800m付近から徐々に足の回転スピードを速める。

 

 残り600m付近、逃げの戦法を得意としているウマ娘と並んだところで一気にギアを上げていった。

 

 実況に座る名物アナウンサーは声を荒げた。

 

 

「先頭はやはりアフトクラトラス! アフトクラトラスですっ! 早い早い早いっ! まだ離していきますっ! もう何身差ついたでしょうかっ! まだ離しますっ!」

 

 

 私は呼吸を入れながら、軽い足取りでドンドンと後方との差を広げている。

 

 というより、もう既に千切っていた。後ろを振り向かずとも、それはわかる。

 

 重賞というよりは普通のオープン戦と同じくらいの感覚だった。

 

 私が鍛えすぎたせいなのかはわかりませんが、別に勝てれば何でも良い、私は後ろを振り向く事なく余裕ある10身差くらいの差をつけてゴールを決めた。

 

 これが、私の重賞初勝利。

 

 あまり実感は無いが、会場は異様に盛り上がっていた。

 

 息を切らさないまま、私は観客席に座るお客さん達の元に足を運ぶと一礼する。

 

 そんな中、レースを終えた私はため息をつくとそそくさと退散することにしました。

 

 この後はもちろん、ウイニングライブがあると聞いてましたが、私は全く出る気にはなりません。

 

 会場からそそくさと退散する私ですが、レースを終えた私を通路でバンブーメモリー先輩がタオルを持って待っていてくれました。

 

 

「お疲れ様! どうだった? 初の重賞は?」

 

 

 そう言って、満面の笑みでタオルを手渡してくれるバンブーメモリー先輩。

 

 私に初の重賞の感想について聞いてくるバンブーメモリー先輩。

 

 私は軽く頭を下げて、バンブーメモリー先輩からそれを受け取り、お礼を述べて汗を拭いながら静かにこう告げる。

 

 

「…前哨戦にすらなりませんでしたよ」

 

 

 一言だけ、静かな口調で告げた私は汗を拭いながら何事も無いかのように彼女の横を過ぎていった。

 

 バンブーメモリー先輩はそんな私の反応を見て悲しげな表情を浮かべているようだった。

 

 手ごたえを感じなかったのは事実だ。

 

 今回の東京スポーツ杯にネオちゃんが出てくれば多少は違っていたのだろうが、私には正直な話、楽に勝てたレース。

 

 望んだレース展開に望んだ走り方、何もかもが問題なく進みすぎた。

 

 特に他のウマ娘が食らいついてくる様な展開もなく、残り600mのあの時点で私は勝ちを確信するに至った。

 

 事実、私はこのレースでRタイムを叩き出していたし、これだけ簡単に勝てるレースならば前哨戦というには程遠い。

 

 朝日杯はこれの比では無いだろう。ネオちゃんに加えて、もっと強敵が立ち塞がってくるはずだ。

 

 それでも、私はそんな連中に対して勝ちを譲る気は微塵もない、徹底的にやり合う腹づもりである。

 

 ウイニングライブは私が出ることを拒否したので代わりに下の着順の方が代行してやってくれる事になりました。

 

 そして、レース終了後、ウイニングライブに出なかった私はすぐに坂路のトレーニングに入ります。

 

 姉弟子ならきっとこうしていた筈です。

 

 いや、私は姉弟子を超えねばならないのだから、これくらいは当たり前なんだ。

 

 あれくらいの勝利でウイニングライブをする暇があれば、私は次のレースも必ず勝つ為の努力を選ぶ。

 

 私自身のエゴかもしれませんし、これが正しい事なのかどうかはわかりません。

 

 だけど、私は負ける事は出来ないんです。

 

 他のウマ娘や観客からどう思われようとも関係ありません。私は強くなりたい、今以上に、負ける事なく遥かに強くなりたい。

 

 私が知っている強くなる方法はこれしか思いつかない、トレーナーが居ない今、私は自分自身で自分をもっと厳しくしないときっと負けてしまうかもしれない。

 

 坂路を走る中、私は息を切らしながら水を口に入れ呼吸を整える。

 

 そんな中、息を整えている私に静かに近づいてくる3人のウマ娘がいた。

 

 

「そこまでにしとけ、アフ」

「…アフちゃん」

「はぁ…はぁ…、何の用ですか」

 

 

 息を切らしながら私は3人のウマ娘に対して険しい表情でそう問いかける。

 

 声をかけてきてくれたのはナリタブライアン先輩とライスシャワー先輩、ヒシアマゾン先輩の3人だ。

 

 しかし、先輩3人とはいえど私は笑顔を作る様な余裕はない、私は3人の言葉を無視して再び坂路に足を向ける。

 

 だが、それに待ったを掛けたのはナリタブライアン先輩だった。

 

 私の肩を掴むと真剣な眼差しで私にこう話をし始めた。

 

 

「…残りのウマ娘としての人生を全て棒に振るつもりか」

「…ぜぇ…ぜぇ…、離してください」

「ブライアンの言う通りよ、アフちゃん」

 

 

 肩を掴み、制止するナリタブライアン先輩の手を振り解こうとした私に対して、ライスシャワー先輩はブライアン先輩の言葉を肯定するように私に告げてきた。

 

 ウマ娘としての人生を棒に振る。確かにそうかもしれない。

 

 今の私は昼休みも、寝る時間も、プライベートの時間も全て削りトレーニングをしている。

 

 だが、そうする事でしか私は姉弟子達に帰ってきてもらう方法が思いつかないのだ。

 

 

「トレーナーも付けないでこんな限界値を超える様なトレーニングを毎回していたら本当に貴女の足が壊れてしまうわ」

「…私のトレーナーは…」

「わかってる」

 

 

 私の言葉を遮るようにナリタブライアン先輩はそう言った。

 

 わかっているのなら、止めないでくださいと私はナリタブライアン先輩の目を真っ直ぐにに見て訴える。私のトレーナーは義理母だけなんだと。

 

 そんな中、ヒシアマ姉さんは私の側によると私に対してこう語り始めた。

 

 

「…メジロドーベルとバンブーメモリー先輩がお前の事心配してな…、メジロドーベルなんか、泣きながらお前の事をお願いしてきたんだぞ」

「…そうですか」

「なぁ…、もういいだろ、アフ」

 

 

 ヒシアマ姉さんは私に悲しげな表情を浮かべたまま、そう告げる。

 

 何が良いんだろうか、義理母の事か、それとも姉弟子の事なのか、それとも私自身の事なのだろうか。

 

 私には何が良いのかわからない、私には義理母がトレーナーで姉弟子が私にとっての目標なのだ。

 

 義理母のトレーニングが厳しくて苦しい時、いつも私はサボろうとしていた。

 

 それが当たり前だと思っていたし、あんなトレーニングしてたら身体が持たないとか思っていた。

 

 だけど、それを耐えてこれたのは義理母が私を認めてくれていたからだ。姉弟子やライスシャワー先輩が側に居てくれたからだ。

 

 その人が帰ってこれる場所を私が守らないといけない、私がしっかりして、勝って義理母と姉弟子を待ってあげてないといけないのだ。

 

 

「妥協できません…、私は今まで甘えてきたから…」

「そういう事じゃないんだ、アフ」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩は私を優しく抱きしめた。

 

 小さく、泥だらけでボロボロになった私の身体を何の躊躇なく彼女は抱きしめてくれた。

 

 そして、ライスシャワー先輩もそれに続くように抱きしめ、ヒシアマゾン先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 

「みんなお前の事が心配で大事だから言っているんだ」

「…それは…」

「わかったから、貴女の気持ちは…、だからどうすればいいか皆で考えましょう? ね?」

 

 

 ライスシャワー先輩は優しい笑みを浮かべて私にそう告げる。

 

 皆さんにはただでさえ、協力してもらっているというのにそんな事まで考えてもらうなんて私には申し訳無くて仕方がなかった。

 

 私の問題だから、私自身がどうにかしないといけないと思っていたのに。

 

 静かに笑みを浮かべた私は抱きついてきた二人を引き離すと小さく笑みを浮かべてこう告げる。

 

 

「ありがとうございます…、わかりました。少しだけですが考えておきます」

「!? アフ…」

 

 

 そう告げると私は一礼し、その日のトレーニングを切り上げることにした。

 

 優しい先輩方に恵まれて、私は本当に幸せ者ですね、私自身ももっと考えないといけないなと思わされました。

 

 トレーナーについて、少し考えないといけないのかもしれませんね。

 

 義理母と姉弟子が居なくなって私自身が少し神経質というか、ピリピリしていたのかもしれません。

 

 とはいえ、笑みを浮かべる事はここ最近では全くと言っていいほど無くなりました。

 

 ウイニングライブを辞退したのも、心の底から笑えないライブをするのがファンの方に失礼だと感じたからです。

 

 いつか、私が心から笑えるようになったらライブをしようとは思ってはいます。

 

 そのいつかは、いつになるかは全く見当もつかないんですけどね。

 

 私はレースとトレーニングでボロボロになった身体で寮に戻りながらそんなことをふと考え思うのだった。



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皇帝という名

 

 

 

 

 いつか見たあの景色。

 

 私と姉弟子、ライスシャワー先輩の3人が共に走るレース、大好きな先輩達と共に駆けるレースを私は望んでいた。

 

 そして、そこには必ず、義理母が私達の走りを見てくれている。

 

 普段は鬼のように厳しくて、怖い義理母だけれど、私達のレースを送り出す時はいつも背中を優しく押してくれた。

 

 父も母も居ない私、だけど、私は義理母を本当の母だと思って接していた。

 

 私にとってはかけがえのない家族、親だ。

 

 義理母は私に本当の親ではないことを謝ってきたことがあった。

 

 だけど、私にはそんなことは関係なかった。怖くておっかなくてもそこには誰よりも愛情があることがわかっていたからである。

 

 

「遠山さんの身体の事ですが……その大変申し上げ難いのですが…」

 

 

 だから、私は白衣の先生からの話は全く聞く気になれなかった。

 

 義理母の話を聞いても、現実を受け止めきれない私はきっと幼いのかもしれない、もっと大人にならなければならないのかもしれない。

 

 だけど、そんなことができるわけがなかった。気がつけば手に力を込めて膝を握りしめるように拳を作っていた。

 

 悔しさと悲しみで胸がいっぱいだった。

 

 義理母の入院した病室に訪れた私は途中、街で買った見舞い品を持って義理母の病室を訪れた。

 

 

「…あの…おかあさん…」

「ん…、来てくれたんか」

「…うん」

 

 

 そう告げる私は静かに義理母の元に見舞い品を持っていく。

 

 おかあさんと呼んだのは何年振りだろうか、いつもは義理母と呼び、トレーナーと呼ぶことが多かった。

 

 病院に入院するまではずっと義理母やトレーナー、本当はもっと親子らしい事をすべきだったのだろうなと私は少し反省している。

 

 義理母だって今は辛い筈だ。私が少しでも義理母の力にならなくてはいけない。

 

 義理母が喜べばいいのだが、今回のお見舞い品に私は無難に箱詰めされたプリザーブドフラワーを選んで持って来た。

 

 私は義理母のベットの側にそれを置くと、義理母の側に近寄り何も言わずにギュッと抱きしめる。

 

 

「どうしたんだい、急に」

「…なんでもない」

「そうかい、この間のレース、頑張ったみたいだね」

 

 

 そう告げる義理母は抱きしめて来た私の頭を優しく何度も撫でてくれる。

 

 今は一線から退いた義理母は私に対して、こんなところに来ないでトレーニングをしろなんて言わなかった。

 

 それは、義理母自身が私に対して後ろめたい気持ちがあったからかもしれない、だけど、私は義理母からそんな風に怒鳴って欲しかった。

 

 義理母を抱きしめる私は震える声でこう話をし始める。

 

 

「…必ず…、私が必ず三冠を取ってみせますから…だから、だから…戻って来てください、絶対」

「アフ…、お前…それは…」

「無理なんて言わせませんっ! 私はっ! 貴女に見てもらいたいんですっ! 私のトレーナーは貴女だけなんですっ!」

 

 

 私は義理母を抱きしめたまま、震える声でそう告げた。

 

 姉弟子と義理母に見てもらいたい、貴女達に育ててもらった私が勝つところを、遠山厩舎の集大成は間違いじゃなかったってところをみんなに証明したい。

 

 そして、私がそれを1番に届けたいのは親でもありトレーナーである義理母なのだ。

 

 すると、義理母は抱きしめてくる私の肩をそっと掴むとゆっくり引き離し、優しい眼差しでこう話をし始める。

 

 

「話は聞いているよ。お前、トレーナーを付けないで走っているようじゃないか」

「私には要りません…」

「アフ、そうはいかん」

 

 

 義理母の眼差しは真っ直ぐに私を真剣に見据えたままそう話を続ける。

 

 それは、私の母として、そして、トレーナーとしての義理母の心から私を思っての言葉なのだったのだろう。

 

 確かにその通りだ。ナリタブライアン先輩やライスシャワー先輩からもそれは言われた。トレーナーも付けずに練習を行えば、いつか、私の足が壊れてしまうだろうと。

 

 言っている事はわかる。だが、私の目標を達成するにはそれくらい必死でやらなくてはならないのもまた事実なのだ。

 

 だが、義理母はそんな私の心情を見透かしたかのようにこう話をし始めた。

 

 

「他のトレーナーにトレーニングを見てもらえ、お前のトレーニング方法じゃ、いつか負ける」

「それは…っ!」

「ハードなトレーニング管理が独自でできるわけがなかろうが、バカタレ。 その道のプロはあの学園には揃うておる」

 

 

 その義理母の言葉に私は言い返すことが出来ずに思わず視線を逸らす。

 

 わかってはいたのだ自分でも、先輩達から言われて自覚していた部分は多少はあった。

 

 ただ、私は認めたくなかっただけなのだ。

 

 チームスピカの併走にも、チームリギルとの合同練習もしたことは確かにある。

 

 だが、これから先、私が勝ちに行くにはどうすべきなのか、それは、私自身がよく理解していた。

 

 

「…私は…」

「見せてくれるんだろう? 私に三冠ウマ娘を」

「…っ!?」

 

 

 私は義理母の言葉に思わず涙腺が熱くなる。

 

 そうだ、見せてあげたいのだ。元気な義理母と姉弟子に、私はこれだけ成長したんだと見せてやりたいのだ。

 

 そして、また、共にターフを駆けたいと願っている。

 

 思わず涙が溢れ出てくる中、私はそれを慌てて拭い、何事も無いように振る舞う。いつもいつも泣いていたのでは義理母も良くならない、これは義理母がレースに帰ってくるまで取っておくべきだろう。

 

 あの場所に義理母もミホノブルボンの姉弟子も、二人は必ず戻ってくると私は信じているから。

 

 

「はいっ!」

 

 

 私は涙を拭って、笑顔を浮かべて義理母の言葉に応えた。

 

 それは、久方ぶりの心からの笑顔だったと思う。

 

 私のすべき事はわかっている。今、私がしなくちゃいけないのはレースを勝つ為に最善を尽くすことだ。

 

 いつも、義理母と姉弟子がやっていたように一生懸命になって身体を仕上げる事。

 

 義理母は私に言った。三冠ウマ娘を見たいと。

 

 だったら私がやるべき事はもう一つしかない…。

 

 

 

 義理母の見舞いから翌日。

 

 私はシンボリルドルフ会長と生徒会室で対面していた。テーブルに置かれている紅茶を啜っていたルドルフ会長は私の目をジッと見つめるとゆっくりとそれを置く。

 

 ルドルフ会長は何故、私がここに来ているのか既に悟っているようだった。

 

 会長は笑みを浮かべると懐かしそうに、私にこう話をし始める。

 

 

「君が最初にトレセン学園に来た時も、私にこんな風に対面していたな」

「…そうでしたかね」

「あぁ、まさかあんなに緊張していた君がこんな問題児だとはあの時は思いもしてはいなかったがな」

 

 

 ルドルフ会長は一つ一つ思い出すように優しい表情を浮かべたまま私にそう語る。

 

 そう言われると、何も言えない。確かに私は義理母やルドルフ会長にはかなりお世話になったと思う。

 

 特に問題児として、私は好き勝手にしていたし、生真面目なルドルフ会長からはかなりお説教とタンコブを浴びせられた記憶がある。

 

 私は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、テーブルにある紅茶をスッと口に運んだ。

 

 今まで、先輩達に甘えていた日々、楽しかった思い出、そして、必死に走って鍛えるトレーニングの毎日。

 

 だが、それらの日々を送れていたのは会長とライスシャワー先輩と義理母、そして、ミホノブルボンの姉弟子が居てくれたからだ。

 

 私が何故、ルドルフ会長の元にやって来たのか、それは、病室で交わした義理母との約束を果たすためだ。

 

 ルドルフ会長は真っ直ぐに私を見据えたまま、こう語り出す。

 

 

「私と同じ皇帝の名を持つ君だからこそ言っておこう。彼のトレーニングは厳しいぞ」

「…えぇ、平気です。厳しいのには、慣れてますから」

 

 

 真っ直ぐに瞳を見つめてくるルドルフ会長に私は笑みを浮かべたまま、静かにそう告げた。

 

 皇帝を支えた伝説。

 

 それは、ルドルフ会長一人ではもしかすると成し得なかった7冠という未だに破られる事の無い記録。

 

 私が伝説を超えて、もっと強くなるにはそれしか無いと思うに至った。

 

 皇帝を鍛えし、トレーニングトレーナー、義理母という最高のトレーナーを欠いた私はその方の力が必要不可欠だった。

 

 その私の表情を見ていたルドルフ会長は肩を竦める。覚悟に満ちたその眼差しを見れば何を言っても揺らがないだろうという確信があったからだ。

 

 

「わかった、私から話しておこう、オカさんにな…」

「…ありがとうございます」

 

 

 その言葉を聞いた私は、深々とルドルフ会長に頭を下げた。

 

 皇帝の名を持つ彼女を支えたトレーニングトレーナー、それが、私がルドルフ会長に申し出た願いだった。

 

 オカさんの愛称で呼ばれるトレーニングトレーナーはトレセン学園の中でも随一のトレーニングトレーナーである。

 

 確かにチームトレーナーの東条ハナさんかスピカのトレーナーさんに一度はお願いしようかと私は悩んだ。

 

 だが、オハナさんはネオちゃんのトレーナーであるし、スピカのトレーナーさんは私には優し過ぎるのではないかと思いとどまるに至った。

 

 そして、私が白羽の矢を立てたのが、シンボリルドルフ会長を皇帝と呼ばれるまでにした名トレーニングトレーナーなのである。

 

 紅茶を啜るルドルフ会長はクスリと笑みを浮かべると満足げに私にこう語りはじめた。

 

 

「これも何かの縁かな…」

「奇しくもですけどね」

「君の才能は私は転入してきた時から買っているよ、君なら…見せてくれるかもしれないね」

 

 

 そう告げるルドルフ会長は遠い眼差しで、窓から外を見つめていた。

 

 あの日、勝ったジャパンカップ、世界の強豪達を退けてルドルフ会長は優勝を果たした。

 

 もしかするとルドルフ会長は私には夢の続きを期待しているのかもしれない、私が世界最高峰のレースで皇帝という名を轟かせることを。

 

 期待をしてくれている事は嬉しいが、私はまだ重賞を圧勝したとはいえ3戦しか走っていないウマ娘だ。

 

 その事を踏まえた上で、期待を寄せてくれるルドルフ会長に私はこう話をする。

 

 

「私はこれからもっと強くなります」

「あぁ、楽しみにしてる。私の可愛い後輩だからな」

 

 

 そう告げるルドルフ会長は私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 こうして、私は義理母との約束を果たすために新たにトレーニングトレーナーを迎えて、G1レース朝日杯FSに向けてトレーニングに励むことに。

 

 生徒会室を後にした私は静かに廊下を歩いて自分の寮へと戻る最中だった。

 

 その道中、見知った顔の先輩とふとすれ違う。

 

 それは、鼻にシャドーロールを付けたナリタブライアン先輩だった。

 

 すれ違った私とブライアン先輩は足を止めて互いに背を向けたまま、会話をしはじめた。

 

 

「良い顔付きになったな、アフ、強者の顔だ。吹っ切れたか?」

「気のせいですよ」

「フッ…、そうか」

 

 

 そう言って、背を向けたまま、互いに笑みを浮かべるナリタブライアン先輩と私。

 

 可愛がっていた後輩の成長は素直に先輩として嬉しいのかもしれない、ナリタブライアン先輩は特に可愛がってくれましからね。

 

 それに、ナリタブライアン先輩が言ったようにトレーニングトレーナーも私は付けることにしましたし、これでなんの憂いも無い筈だ

 

 ブライアン先輩と他愛の無い話を終えた私は、軽く頭を下げると振り返らないままスタスタと足を進めようとする。

 

 すると、振り返らない私にブライアン先輩は一言、声を上げてこう言葉をかけてきた。

 

 

「今夜はちゃんと待ってるぞ」

 

 

 その言葉に思わず驚いたようにビクッと身体を硬直させて、慌てて振り返る私。

 

 な、なんであの人はそんな恥ずかしい事を平然と廊下で言うんですかね…、全く。

 

 他のウマ娘の方が聞いていたら、変な誤解を受けるというのに、気にする素振りが皆無なのが逆に清々しく感じる。

 

 そんな私の反応を面白がってか、ブライアン先輩はさらに話を続け始めた。

 

 

「お前の肌が恋しくて仕方ないんだ。ぬいぐるみが居ないとな。私はこう見えて寂しがり屋なんだよ」

 

 

 そう言って、一方的に私になんの躊躇もなく添い寝に誘ってくるナリタブライアン先輩。

 

 聞く人が聞けば変な誤解を招くような言動ばかり、聞いていた私も頭を抱えて左右に首を振るしかありませんでした。ナリタブライアン先輩らしいといえばらしいんですけどね。

 

 そんな私の気持ちなぞ知らんとばかりに、ブライアン先輩はプラプラと手を挙げたまま、去っていく。

 

 呆れたようにため息を吐いた私は肩を竦めるとその背中を見送った。

 

 見送るブライアン先輩の背を見つめる私の顔からは思わず笑みが溢れていた。

 

 私も自分の目的地に向かって今日から新たに歩みを始める。

 

 

 そう、今日から新たに始まるのだ。

 

 義理母と姉弟子、そして、ライスシャワー先輩との日々を取り戻すための戦いが。

 

 その過程で例え、修羅となろうとも構わない。

 

 ファンから嫌われようと孤独となっても私はきっと諦めずに走り続けるだろう。

 

 

 それが、王者だと私は知っているのだから、だから、私は私の王道を征く。

 

 

 顔も知らない親が名付けてくれた皇帝という名前に恥じぬように。



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強者への道

 

 

 

 生徒会室。

 

 ここは、先程、私と会長が話していた部屋、その部屋で紅茶を飲んでいる会長は静かに書類に目を通しながら、生徒会の仕事に勤しんでいた。

 

 私との話で仕事が滞っていたのだろう。黙々と彼女は書類の一つ一つに目を通しながら必要な書類にはペンでサインをしていく。

 

 壁に寄りかかり、そんな仕事に勤しんでいるルドルフ会長を静かに見つめるウマ娘が一人。

 

 彼女は私とすれ違ったあと、この生徒会室を訪れていた。

 

 チームリギルの一員であり、ルドルフ会長と同じく三冠ウマ娘の称号を持つ怪物。

 

 鼻に特徴的なシャドーロールを付けた彼女は笑みを浮かべたまま、仕事をするルドルフ会長にこう話をし始める。

 

 

「よかったのか?」

「何がだ?」

 

 

 書類に目を通すルドルフ会長は訪ねてきた彼女に素っ気なく答えた。

 

 ルドルフ会長には彼女が生徒会室を訪れた要件は大体わかっている。それは、私にトレーナーを紹介した事だ。

 

 シャドーロールを付けたルドルフ会長と同じく三冠ウマ娘のナリタブライアン先輩はそんな会長の言葉に肩を竦めた。

 

 それは、ルドルフ会長が何故そうしたのかを理解していたからだろう。つまり、わかっている上で彼女に問いかけたのである。

 

 ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべたまま、ルドルフ会長にこう語り始めた。

 

 

「強者が増えるのは嬉しい事だ。会長が紹介しないなら私がミナさんをあいつに紹介してたとこだよ」

「フッ…お前らしいな」

「あぁ、そりゃ期待もするさ、WDTに三冠ウマ娘が揃い踏みしたら面白いだろう?」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべたままルドルフ会長に告げるナリタブライアン先輩。

 

 強者の出現、それは、この怪物達が蠢くトレセン学園では実に有り難い事であった。

 

 10年に一人の逸材、それはなかなか現れるものではない、彼女達にとってはそんな逸材が台頭してくれることは見た事もない好敵手に巡り合う事ができるという好機でもある。

 

 歴代で未だに5人、しかし、そのたった5人という三冠ウマ娘が近年から増える気配が漂っていた。

 

 

 魔王、アフトクラトラス。

 

 英雄、ディープインパクト。

 

 金色の暴君と呼ばれる謎のウマ娘。

 

 

 彼女達の話は今や、トレセン学園のみならず、至るところで話に上がってきている。

 

 何故、そんな噂がトレセン学園や地方のレースで上がっているのか、それにはある訳があったのである。

 

 何故なら、それに呼応するかのように最近ではこんな話が持ち上がるようになっていたからだ。

 

 それは、彼女達が三冠を取り、三冠ウマ娘の名を刻んだ時、歴代の三冠ウマ娘の集結がWDTであり得るのではないかという話だ。

 

 ナリタブライアン先輩はその話を聞いて非常に心を高ぶらせていた。

 

 歴代のレジェンド、三冠ウマ娘の集結によるWDT(ウィンターズドリームトロフィー)。

 

 世代の壁を超えたこの夢の共演はウマ娘ファンにはたまらない一大イベントだ。

 

 歴代の三冠ウマ娘が激突するレースに日本が熱狂しないわけがない、まさに夢の祭典であり、強者が集うその舞台に心が踊らないウマ娘がいないわけがないのだ。

 

 

 だが、それも通過点に過ぎない。

 

 

 実は、本来の目的はこの三冠ウマ娘が集結するWDTだけではないのである。

 

 それを超えたレースが世界では注目の的になりつつある。それは、歴代でも類を見ない世界を巻き込んだ夢の祭典だ。

 

 ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべて、ゆっくりとこう語り始めた。

 

 

「そして…、それが終われば…」

「WWDTだろう? 私もそれが1番の楽しみだよ」

 

 

 だが、ナリタブライアン先輩の言葉を遮るようにルドルフ会長が嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 そう、三冠ウマ娘を迎えたWDTを超えた、さらに盛大なレースの話が持ち上がっているのである。

 

 それが、シンボリルドルフ会長が口に出したWWDT(ワールドウィンターズドリームトロフィー)だ。

 

 世界各国の最強の三冠ウマ娘だけでなく最強のウマ娘達が世界各国から世代を問わず集結するドリームマッチ。

 

 世代の枠を超えダート、ターフ問わない猛者たちがそのレースの為に集結する。

 

 セクレタリアト、ラフィアン、ニジンスキー、ミルリーフ、ラムタラ、ダンシングブレーヴ、シガー、シーバードなど、名を挙げればキリがない。

 

 そんな化け物達が集結するWWDTの為に集結する歴代の日本の三冠ウマ娘達。

 

 これに、三冠ウマ娘のシンボリルドルフ会長とナリタブライアン先輩が燃えないはずがなかった。

 

 

「ミスターシービー先輩とはコンタクトが取れてる。セントライト先輩、シンザン先輩も問題なく出場意思があるという旨を頂いた」

「フッ…そうか…楽しみだな」

 

 

 シンボリルドルフ会長の言葉にナリタブライアン先輩は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 ウマ娘と生まれたからには、世界最強のウマ娘を目指したい。

 

 その飽くなき欲求はこのトレセン学園ならどこまでも満たしてくれる。それは、シンボリルドルフ会長もナリタブライアン先輩も一緒であった。

 

 覚悟を決めたアフトクラトラスはこれから先どんどん力をつけてくるだろう。

 

 可愛がっている後輩だが、勝負には上も下もない、強く、さらに強くなって、自分達と同じステージに立ってもらわなくては困る。

 

 日本の三冠ウマ娘という称号はそれだけ、重い称号なのだ。

 

 

 

 

 さて、密かにそんな大きな話が動いている事も知らない私だが、ルドルフ会長から紹介されたオカさんと呼ばれるトレーナーさんと顔合わせの為に今はトレーニングの為のレース場に来ていた。

 

 オカさんが来るのを待つ間、私はひたすらターフの練習場を我武者羅に駆けている真っ最中である。

 

 朝日杯を控えている私に余裕などはない、ただひたすらに毎日強くなる事だけを今は考えている。

 

 そんな中、私はふと、誰かからの視線を感じた。

 

 レース場を一周した後に私はその視線が気になって、ゆっくりと走っていた足を緩め、タオルで汗をぬぐいながらこう告げる。

 

 

「ジッと見られるとやり辛いんですけどね」

「ほぉ…、いい走りだな」

 

 

 そう言って、私の側に近づいてくるトレセン学園指定のトレーナージャージを着た男性。

 

 しかし、私は朝日杯を控えていてこの時、割と気が張っていて、あまり、そういった言葉もいい気分で素直に受け取る事が出来なかった。

 

 私はジト目を向けながら、素っ気ない表情を浮かべて彼にこう話をし始めた。

 

 

「なんの御用でしょうか?」

「おいおい、トレーニングトレーナーだよ、君のな」

「…へっ?」

 

 

 この時、私はかなり間の抜けた声をこぼしたと自分でも思う。

 

 さりげなく近づいて来た彼の言葉に度肝を抜かされたからだ。

 

 そう、何を隠そう彼が会長が言っていた、トレーニングトレーナーなのである。

 

 とはいえ、あまりにも思っていたのと違う方だったので、私も流石に違うだろうとばかりに思い込んでいたのである。

 

 彼は笑みを浮かべたまま、私の頭をポンポンと叩くとこう話をし始める。

 

 

「話は聞いたぞ、お前さんのハードトレーニングの話をな」

「…えっ? あ、いや…まぁ…」

「今日からはしっかりと管理してやる、安心しろ」

 

 

 そう言って、私に告げるトレーニングトレーナーのオカさんは満面の笑みを浮かべていた。

 

 トレーニングトレーナーとしての彼の腕前はルドルフ会長からもよく聞いている。

 

 早速、私の頭を撫でる彼はゆっくりと私の足と身体つきを目視で眺めるとしばらくして、ため息を吐き呆れたようにこう告げ始めた。

 

 

「よし…それじゃ、まずはお前さんには休みが必要だな」

「…はい…?」

「筋肉が痙攣を起こしとるだろう。連日のハードトレーニングはダメだ、一度、身体の筋肉を休ませる必要がある」

 

 

 彼は真剣な眼差しで私の肩を掴み、そう告げた。

 

 私にとってみればこれくらいのハードトレーニングはいつも朝飯前に行っている事で大したことはないものだ。

 

 それをいきなり休めと言われて、ハイそうですかとやすやすと答えるわけにはいかない。

 

 私はミホノブルボンの姉弟子と義理母のトレーニングを間近で見ているのだから尚更だ。こんなものは屁でもないのである。

 

 呆れたように私はため息を吐くと、彼に向かってこう告げ始めた。

 

 

「…悪いですが、それは無理な話ですね。私には朝日杯を勝つ為に休む暇も惜しいのですよ」

「そうか、それで?」

「ですから、休むなんて選択肢は…」

「話にならんな、無事是名馬という基本も守れないんじゃ勝てるレースも勝てん」

 

 

 そう告げる彼の言葉に私は思わず頭にカチンと来る。

 

 義理母のやり方が違うというのか? それは私には聞き捨てならない言葉であった。

 

 鍛えて鍛え抜いてその果てに栄光があると私は義理母とミホノブルボンの姉弟子、そして、ライスシャワー先輩から教わった。

 

 それを言われては黙っているわけにはいかない、私は彼に向かってこう話をし始める。

 

 

「これが私のやり方です。私の生き方です。これで強くなると義理母に誓ったんですよ」

「なるほどな、だが、それはそれ、これはこれだ」

「それはどういう意味ですか?」

 

 

 私はトレーニングトレーナーに向かいジト目を向けながらそう問いかける。

 

 多分、大概失礼な態度だとは自分でも思ってはいる。だが、私には私のルーツがあり、それに私も誇りを持っているのだ。

 

 義理母と姉弟子との日々が私をより強くしてくれている。だからこそ、トレーニングトレーナーの提案に私は納得できていなかったのだと思う。

 

 すると、彼は私に向かいこう優しく語りかけてきた。

 

 

「メリハリが大事だ。ハードトレーニングは大いに結構、だが、身体を休める事によってその質はより高いものになる事もある」

「……それは…」

「走りに雑さが入ればそれは良さを殺す。自身の良さを引き出す為に身体を全力で休ませろ、そして、トレーニングを積み重ねた方が無駄を省き、より洗練した走りができるようになるはずだ」

 

 

 彼は真剣な眼差しで私に訴えかけるようにそう告げてきた。

 

 長年に渡り、様々なウマ娘のトレーニングトレーナーを務めてきた慧眼からのアドバイス。

 

 確かに私は坂路を限りなく登り、身体をいじめにいじめ抜いていた。そこにはもちろん休息はなく己の意思だけでやってきたトレーニング方法だ。

 

 オカさんからお説教を受けた私はシュンとなり、耳と尻尾がタランと垂れ下がる。

 

 間違いなく、正しいことを言われているそんな気がした、確かにそういった観点から自分のトレーニングを見たことはなかった。

 

 勝つことだけを考えて、ただただ我武者羅にトレーニングして身体を鍛えて駆けるだけではレースに勝てない事もある。

 

 義理母も独自で厳しいトレーニングをしても管理してくれる人間が居なければいずれ負けると。

 

 つまり、義理母が言いたかったのはこういうことだったのだろうか。

 

 姉弟子と義理母といた時はサボる方法を考えたり、スピカに逃げ込んだりしていたし、お風呂も毎回入って疲れを取っていたから、そういった意味では休みを取れていたのかもしれない。

 

 最近では、連日夜通しで坂路を駆け上がったりしていたし、義理母が組んでくれたトレーニング量をオーバーするトレーニングを自ら進んで行っていた事も事実だ。

 

 このトレーニングトレーナーは私の走りを一目見てすぐに把握してしまった。

 

 やはり、この人はすごい人だなと、私は思わず関心してしまう。まだまだ、私はどうやら考えが至らなかったようだ。

 

 私は笑みを浮かべると肩を竦めて、新たなトレーニングトレーナーに向かいこう話をし始める。

 

 

「わかりました、マスター。今日は休むことにします」

「そうか! …よかったよかった」

「ふふっ、…それと、今日から不束者ですがよろしくお願いします」

「おうともさ」

 

 

 そう言って、私はトレーニングトレーナーと固い握手を交わした。

 

 もちろん、私のトレーナーは義理母だけ、そこは見失ってはいない。

 

 しかし、その義理母の念願を叶える為には彼の協力が間違いなく必要不可欠だと感じた。

 

 義理母の約束の為、私はトレーニングトレーナーである彼と三冠を取ることを固く心に誓った。

 

 

 

 それから、翌日。

 

 私はオカさんの言う通りに休暇を取って、ゆっくりと休むことにした。

 

 久方ぶりの休み、とはいえ、やはりトレーニングを積んでいたので違和感がありすぎてこれはこれで困る。

 

 昨夜はちなみにブライアン先輩の部屋で久方ぶりに寝ることにしていた。

 

 ブライアン先輩はやたらと喜んでいたが、相変わらず私を抱いたまま寝るので胸が顔に押し付けられて寝苦しかった。

 

 まぁ、以前では当たり前に寝ていたので別に慣れだとは思う。

 

 私が居なくて寂しいと言われたら、彼女の後輩として応えてあげるべきだと思っての行動だ。

 

 そして翌朝には、私は自分の部屋に戻ってきたわけである。

 

 何をしようか迷うところではあるものの、のんびりと久方ぶりに自分の部屋でくつろいでいた私はドンドンと扉を叩く音に反応して、寝間着のまま扉を開ける。

 

 

「はーい…」

「おはよう、アフちゃん…今日、良いかしら?」

 

 

 そう言って私が扉を開けるとそこに居たのは笑みを浮かべたメジロドーベル先輩だった。

 

 私が無茶なトレーニングをしている時に止めに入ってくれたり、心配をしてくれた信頼できる良き先輩だ。

 

 扉を開けて彼女の姿を見た私は笑みを浮かべたまま左右に首を振り、ため息を吐く。

 

 

 どうやら、久方ぶりの休日はのんびりできそうもないなと私は少しだけ、こうやって気にかけてくれる方の存在に密かに嬉しさを感じるのだった。



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チームの絆

 

 

 ショッピングモール。

 

 私がここにくるのも久しぶりなような気がしますね。

 

 最近はいろんな事が立て続けに起こって、私としても心の整理がつかないうちにトレーニング漬けの毎日を自らに課していましたから。

 

 プライベートな時間なんて、もちろんありません。

 

 月月火水木金金、これが今の私のスケジュールでしたし、もう、感覚が麻痺したのか、それがごく当たり前だと思っていました。

 

 新しいトレーニングトレーナーのオカさんの言葉はこんなトレーニングをしていた私を見抜いてだったんだろうなと今にして思います。

 

 ひたすら、トレーニングを積み重ねれば勝てるという事ではないと義理母にも言われましたからね。

 

 私はまだまだ、考えが浅はかで甘かったのだと自覚させられました。

 

 私の隣では、メジロドーベルさんが満面の笑みを浮かべて歩いています。

 

 

「アフちゃんは…買いたいものとかある? 服とか」

「えーっと…そうですね…」

 

 

 買いたい服は無いかとメジロドーベルさんから言われた私は顔を引きつらせます。

 

 女の子らしいお洒落なんて、ここ最近、全く考えた事なんてありませんでした。ほぼ毎日ジャージでしたからね、しかも、トレセン学園指定のジャージです。

 

 というよりなんで今更服買うの? と皆さんは思われてるかもしれませんね。

 

 この間、ショッピングモールにヒシアマ姉さんと来た時に買っておけば良かったじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

 

 というのも、これには当然、理由があった。

 

 

「今日はちゃんと温泉旅行に必要なものを買っておかなきゃね」

「はぁ…」

 

 

 そう、メジロドーベルさんから温泉旅行に誘われたからである。

 

 温泉旅行と言ってもピンと来ない、いや、お風呂は大好きなんですが、いきなり温泉旅行なんて言われても実感が湧きませんし。

 

 なお、この事は他言無用とのこと。

 

 ブライアン先輩がまた拗ねなければいいのですけどね。いやはや、変なところに気を使うのが面倒くさい。

 

 私としては何も考えず、ただ強くなるためのトレーニングを他のウマ娘の何倍もやりたいと思っているというのに…。

 

 しかし、トレーニングの時間だけをこなすばかりというのは効率的には良くないという事も私は理解している。

 

 たまにはこういう時間を設けるべきなのかもしれませんね。

 

 

「ほら! アフちゃん! これ! これなんか私似合うと思うよ!」

「…はぁ…」

「あ! このスカートなんかいいんじゃないっ! このショートパンツも可愛いしっ!」

 

 

 そう言って、どんどん私の元に服を持ってくるメジロドーベルさん。

 

 私の手元にはたくさんの服が積まれていく。いや、積まれるのは別にいいんですけどね、これは、私が着せ替え人形みたいにされるって事なんでしょうかね。

 

 もうジャージでいいじゃないですか。

 

 服を選んで持ってくるメジロドーベルさんはそれはもう楽しそうでした。もしかしたら、素の自分を私の前だから晒し出しているのかもしれませんけれど。

 

 私は顔を引きつらせながら彼女が服を持って来ては着替え、持って来ては着替えの繰り返しをする事になりました。

 

 着せ替え人形みたいになっていますね、はい。

 

 温泉旅行に行くだけだというのに何故にそんなにお洒落に気を使わなくてはならないのか疑問ですけれど、致し方ありませんね。

 

 ライスシャワー先輩も温泉行くと話を聞いたので、楽しみではあるのですけども。

 

 そして、最近では、知らぬ間に私に魔王というあだ名が付いたらしいです。

 

 魔王と聞くとなんだか、あまり、イメージは良くありませんけど、ラスボス的な感じですしカッコいいですが、私には仰々しい名前に思えて仕方ありません。

 

 そうして、ショッピングモールをメジロドーベルさんと歩いていた私は暫く服を選びたいと言ったメジロドーベルさんを待つためにショッピングモールのベンチに腰を下ろしていました。

 

 買った服がわりと多めだったので、肩が重い。

 

 荷物を降ろした私は軽く肩を回し、手を組んでグッと腰骨を伸ばす。

 

 

「はぁ…買い物ってこんなに疲れるものでしたかね」

 

 

 そう言って、伸ばしていた手を降ろしてため息を吐く私。

 

 すると、そんな私の目の前をふと、あるウマ娘が横切った。

 

 癖のある長い姉弟子と同じような栗毛の髪を見た途端、私は思わず目を見開いてその後ろ姿を見つめる。

 

 もしかしたら、姉弟子かもしれない、そう思ってしまった。

 

 気がつけば、私はそのウマ娘に話しかけていた。

 

 

「…あ…っ! あの…っ!」

「……ん…?」

 

 

 私の方に振り返る栗毛のウマ娘。

 

 荒々しく跳ねた癖毛の髪とマスクをつけ、いかにも不良少女といったパンクな格好のウマ娘は私の方を振り返ると首を傾げてくる。

 

 わかってはいた。こんなところに姉弟子がいない事くらい。

 

 だが、それでも、もしかしたらと私は思ってしまったのである。

 

 私は改めて人違いだと確信すると、少しだけ気落ちしたように彼女に対して、申し訳なさそうにこう話しはじめた。

 

 

「…すいません、人違いだったみたいです」

「そうか…」

 

 

 そう言って、踵を返してその場から立ち去っていく栗毛のウマ娘。

 

 振り返った彼女を一見して荒々しく感じたが、話してみると意外とそうでもなかった。人は見かけによりませんね。

 

 そんな中、買い物を終えて買い物袋を両手に持ったメジロドーベルさんが私の側にへとやってくる。

 

 メジロドーベルさんは首を傾げたまま、栗毛のウマ娘の背中を真っ直ぐに見つめている私にこう問いかけ始めた。

 

 

「どうしたの? アフちゃん」

「いや、人違いでちょっとあの方に話しかけてしまったもので…」

「あー、あの娘は…」

「ん…? ご存知なんですか?」

「…まぁ、ちょっとね?」

 

 

 メジロドーベルさんは私に顔を引きつらせながらそう答える。なんだか、顔見知りのようだが、一体どういうことなのだろうか?

 

 気になった私はもう少し、メジロドーベルさんに今さっき話しかけたウマ娘について問いかけてみる事にした。

 

 

「メジロドーベルさんのお知り合いでしょうか?」

「…そんなところかしら、従姉妹みたいなものね」

「従姉妹…」

「そう、従姉妹。とは言ってもだいぶ離れてるんだけど…」

 

 

 そう言って、意味深な表情を浮かべるメジロドーベルさん。

 

 栗毛の顔見知り、あまり検討がつきませんね、メジロ家はマックイーンさんをはじめ、だいたいヤバい人達しか居ないイメージがあるんですけれども。

 

 私が思わず話しかけてしまったのも、何というか、彼女が纏っている威圧感のようなものがどこか姉弟子に似ているところがあったのが理由なんですがね。

 

 私と共に彼女の後ろ姿を見つめるメジロドーベルさんは私が話しかけた彼女についてこう語り始める。

 

 

オルフェーヴルっていうんだけどね、普段は大人しい娘なんだけど、レースの時は物凄く強くて荒々しい娘なの」

「…オル…フェーヴル…」

 

 

 私はメジロドーベルさんの言い放った言葉に思わず耳を疑った。

 

 その名も金色の暴君

 

 史実では英雄、ディープインパクト以来6年ぶり7頭目のクラシック三冠ウマ娘。

 

 そして、シャドーロールの怪物ナリタブライアン以来17年ぶり3頭目の3歳四冠ウマ娘となったとんでもない化け物である。

 

 メジロドーベルさんから話を聞いた私は話しかけた彼女が身に纏うそれに思わず納得してしまった。

 

 しかしながら、毎回、なんで私はこうも癖のあるウマ娘と縁があるのか、未だに疑問である。

 

 

「オルフェはまだデビューは少しばかり先なんだけど、身内の中じゃ逸材と言われてるわね」

「なるほどですね、納得です」

「普段はあんな感じで大人しいし、良い娘なんだけどねー…」

 

 

 そう言って、困ったような笑みを浮かべるメジロドーベルさん。

 

 彼女が何が言いたいのか理解している私は同情するように顔を引きつらせながら笑みを浮かべる。

 

 そう、オルフェーヴルは普段は大人しいのだ。普段は。

 

 ただし、その大人しい性格もレースになると事情が違うという。

 

 というのも、いつも彼女が愛用しているマスクがレースで飛翔すると豹変したようにギアが入り、物凄く荒々しいレースになるというのだ。

 

 ちなみに彼女がいつも肌身離さず身に付けているお気に入りのマスクの名前はイケさんというらしい。

 

 私はそれを聞いて思わず笑いそうになってしまったのはここだけの話である。

 

 

 さて、買い物を終えた私はメジロドーベルさんと共に買い物袋を持ちながら寮へと戻る事にしました。

 

 明日からは温泉旅行という事なので、いろいろと準備をしなくてはなりませんからね。

 

 とはいえ、何もトレーニングをしないという日があると何だか、違和感しかありません。

 

 キツいトレーニングを普段から毎日こなすのが日課みたいなものでしたし。

 

 エベレストの山くらいなら何事も無く完登できそうなくらいは坂路を登ってきたという自負は間違いなくある。

 

 そんな他愛のない事を考えていた私はキャリーバッグに荷物を積み込み旅行の準備を整えると一息入れた。

 

 

「さてと、準備はこんなもので大丈夫でしょうかね…」

 

 

 ウマ娘になってからの初めての温泉旅行。

 

 今まではトレーニングばかりの毎日を送り、最後に旅行に出かけたのはきっと姉弟子と義理母と一緒にドバイに行った時くらいだろうか。

 

 その時の写真は私は大事に小さな額に入れて部屋に飾っている。

 

 義理母の見舞いには何度も病院に足を運んでいるし、きっと、来年には義理母も退院して姉弟子も帰ってきて前のような毎日が送れるようになるはずだ。

 

 私は今はそう信じるしかなかった。

 

 それなのに温泉旅行なんてしてて良いのだろうかと思いもするが、トレーニングトレーナーの指示であるならばそれを受け入れるしかない。

 

 翌日、キャリーバッグを引く私は寮の部屋の鍵をしっかりと閉めて部屋を後にした。

 

 寮から出ると、そこで私を待っていたのは…。

 

 

「おせーぞ、アフ公」

「さあ、早く行くっすよ!」

「久しぶりね、温泉旅行なんて」

 

 

 チームアンタレスの先輩方だった。

 

 もちろん、そこにはメイセイオペラ先輩やライスシャワー先輩、そして、メジロドーベルさんも居る。

 

 そう、実はこの温泉旅行はチームメンバーが私のためにわざわざ企画してくれたものだったのである。

 

 

「皆さん…なんで…」

 

 

 私は思わず、チームメンバー全員が居ることに目を丸くせずにはいられなかった。

 

 それは、てっきり、メジロドーベルさんが私に気を使って誘ってくれた旅行だと思っていたからだ。

 

 だが、実際は違っていたのである。

 

 姉弟子と義理母の一件があって以来、豹変して気の狂ったようなトレーニングを毎日行う私。

 

 実は、そんな私の姿を目の当たりにしていた彼女達が私の事を考えて皆で計画していた事だった。

 

 アグネスタキオン先輩は優しく笑みを浮かべながら、私の肩をポンと叩きこう話をし始める。

 

 

「同じチームメンバーだろう? …苦しい時や辛い時は支え合うのは当然だ」

「…タキオン先輩…」

「そうよ、アフちゃん、私達が居るんだから頼ってくれて良いんだからね」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は優しく私の手を握りしめながら笑みを浮かべていた。

 

 私はその言葉に思わず目頭が熱くなる。

 

 こんなに優しい先輩達に心配してもらえるなんて、有り難いのだろうと。

 

 私は涙を目に浮かべたまま笑みを浮かべて、静かに頷いた。

 

 てっきり、一人きりになったと思っていたけれど、私を気にかけてくれる方がたくさんいる。

 

 何故か少しだけ、肩の荷が下りたようなそんな気がした。

 

 私達はその後、バスに乗り込むとチームアンタレス全員が乗ったバスは温泉旅行に向けて出発した。

 

 温泉旅行に向かうバスの中、私の隣にはライスシャワー先輩が座り、バスに揺られながら、こんな話を私にし始めた。

 

 

「アフちゃん、良い先輩でしょう? アンタレスの先輩達は」

「…えぇ、まさかこんな事を考えてくれてるなんて思いもしませんでしたよ」

 

 

 私は笑みを浮かべて隣に座るライスシャワー先輩にそう告げる。

 

 考えてみれば、バンブーメモリー先輩もライスシャワー先輩もメジロドーベルさん、そして、同じチームでないにもかかわらず、ナリタブライアン先輩もまた、私の事を心配して、いつも声を掛けて来てくれていた。

 

 姉弟子が菊花賞で負けて何も私に言わないままで姿を消したあの日から、私はずっと、入院した義理母の事や勝ち続けなければいけないというプレッシャーの中で懸命に足掻くことしか頭になかった。

 

 元のように笑って、馬鹿して、怒られて、そんな自分を押し殺して義理母の望む強いウマ娘になるという目標の為に修羅になろうという決意を固めるまでに思い至っていたのである。

 

 だけど、新しいトレーニングトレーナーから体を大切にしろと諭され、チームメンバーから私はこうして目を掛けてもらっている。

 

 そこには素直な感謝の気持ちしかなかった。

 

 

「ライスシャワー先輩」

「…ん?」

「…ありがとう…ございます」

 

 

 私はその感謝の気持ちをしっかりと言葉でライスシャワー先輩に伝えた。

 

 もちろん、勝つ為に自らを追い込む鬼になる事は今後も私はやめる事は出来ないだろうとは思う。

 

 だけど、少しだけ、自分の事を改めて見つめ直してみようと私は密かに心の中に留めておこうとそう感じたのだった



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