遥かな、夢の11Rを見るために (パトラッシュS)
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夢の中で



 これは異世界から受け継いだ輝かしい名前と競走能力を持つ“ウマ娘”が遠い昔から人類と共存してきた世界で活躍するお話。

 そんな、彼女達が通うトレセン学園、その門を新たに開こうとする一人のウマ娘がいた。

 その名は…。


「…はぁ…。憂鬱だなぁ…ほんと」


 アフトクラトラス。

 それが、彼女の名前である。ギリシャ語で皇帝という意味だ。

 皇帝という名を冠する将来を渇望されている彼女はこのトレセン学園の門を叩こうとしていた。

 だが、彼女は顔を引きつらせたままどうしようかと現在、生徒会室の前で右往左往している最中である。


 黒髪の中に目立つ蒼く目立つパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 綺麗にぱっちりとした二重の目に、人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。


 そう、これが私、アフトクラトラスである。


 こうなった事の経緯を説明すると、私はいわゆる競馬をこよなく愛する普通の社会人だった。


 私の好きな馬は古くはテンポイントやトウショウボーイ。キーストン、シンザン、そして、時代を少し行けば、サクラスターオー、ライスシャワー、ナリタブライアン、ミホノブルボン等、挙げれば多分キリがないだろう。


 もちろん、彼らのレースに足を運んでは馬券を握りしめて鉄火場である競馬場で彼らの勇姿を見届けた。

 そうして、いつも、競馬場に足を運んでいた私は競馬でスターホース達に夢を与えられ、そして憧れていた。

 瞳を閉じれば、あの名馬達の姿が今でも目に浮かんでくる。夢の11Rをいつも想像していた。

 大好きな騎手もたくさん居て、その騎手が、G1をはじめて取り、嬉しさから涙した日には私も何故が自然に涙が溢れ出てきた。

 そんな私は、長年働いてきた会社を退職し、ふと、いつも馬券を買っては馬を応援していた競馬場に足を運んだ。

 その日の競馬場は賑やかで、どこか、自分がいつも馬券を握りしめて訪れていた、あの日、あの時の情景が目に浮かぶようだった。


 できるなら、もう一度、彼らに会いたい。


 競馬で行われているレースを眺めていた私はそう願った。

 叶うはずもない願い、取り組んでいた仕事に対しても情熱を注いでこの競馬場で走る馬達のように全力で毎日を私も駆けていた。

 そうして、私は静かに競馬場で目を瞑る。


 そして、次に目を開けたその時にはーーー。


 私は一人、青空が広がる広い草原の中に立っていた。

 気づけば、耳に尻尾も生えていて、歳を取っている筈なのに顔を触れば肌はすべすべしていた。


 なんと若返っていたのである。

 更に付け加えるならば、肝心な下部のところは綺麗さっぱり大事なものがなくなっていた。


 状況が分からぬまま、私は草原で、記憶がフラッシュバックする感覚に襲われた。

 それは、自分は一体何者なのか? そして、この世界はどういった世界なのか?

 まるで、記憶が流れ込んでくるような不思議な感覚だった。

 それからしばらくして、私はウマ娘としてこの世界で生を新たに受けたことを悟るに至った訳だ。

 この世界の私には、義理の母が居て、その母と二人で住んで居たらしい。

 義理の母はかなり厳しい性格の人だった。一言でいうならスパルタ母である。言葉の通りだ。

 新たに違う世界で生を受けた私はこうして、アフトクラトラスという名を名乗ることになった。

 そして、その義理の母からは相当厳しく鍛えられる事になった。もはや、走るのが楽しいとかそういう次元ではないレベルで。

 そして、時間は流れ、いい年に成長を遂げた私は現在、トレセン学園の生徒会長室の前に立っているわけである。


 なんというか、流れが端折っている箇所は多いが大まかな流れはこんな感じだろう。


 私は基本、面倒くさがりで熱血体育会系というわけでもなく、どちらかといえば、もう仕事もやりきって退職したし、楽がしたいと思っていたところなのだ。

 それが、なんということか、スポ根丸出しのこの世界で、目を覚ましたその時から義理の母からは三冠取ってこいだのと尻をしばかれ。


 ある時は、『お前は欧州で凱旋門取るんだよ! やれ! あと坂路追い込み500回!』など、この人、ターミネーター育てた厩舎のあの人乗り移ったんじゃないの? というくらいスパルタに鍛えられた。


 義理の母の名前を調べたら遠山試子という名前だった事、そして、義理の母が『私が今、トレセン学園にいるミホノブルボンを育てあげた』と豪語した事から、私はその時点で、あっ…(察し)、となってしまった。


 そりゃ厳しいわけだよと思わず涙が出てくる。

 しかし、気づいた時にはもう、逃げようにも逃げようが無いので私はひたすら超鬼調教をこなす毎日を送る羽目になった。

 そのおかげで私の脚の筋力は元コマンドーの大佐くらいの量は間違いなく付いたと確信できる。

 そう、絶え間ぬスパルタ特訓のおかげか筋肉モリモリマッチョマンの変態って言われるくらいには鍛えられた訳だ。

 私の太ももは見た目は一見して白くてすべすべしてそうだが、中身はギッシリした柔軟性のある筋肉となっている。

 私の義理の母曰く、白くモチモチしてるらしい、モチが粘っているみたいとも言っていた。どっかの競走馬かな?

 さて、そういうわけで私は生徒会室を訪ねるか否か迷っている真っ最中というわけである。今日が転入初日なので訪ねなければならないのだが…。

 ウマ娘としての実感というのが、今にして湧いてきている。

 トレセン学園の生徒名簿を見た時は度肝を抜かれた。

 まさか、生徒会長がシンボリルドルフで、あのライスシャワーやナリタブライアンが女の子になっていたのだから。

 いや、私も今は女の子なんだけれども。

 退職するくらいいい年した人間がこんな女の子になるなんて、予想もしていなかった。

 そして、その頃の記憶も、もう最近では曖昧になりつつある。

 以前の競馬に関する記憶は問題ないが、私のアフトクラトラスになる前の普通の社会人の人間だった時の記憶が時間が経つにつれて消えかかってきているのだ。

 これが修正力というものかどうかは定かではないが、あまりいい気分ではない。


 さて、話を戻そう。そう、問題はルドルフ会長との面会である。

 なんと言って訪ねて良いものやら…。


「…? 君、生徒会室の前で何をやってるんだい?」
「………」


 はっ…! そうだ! こうなったらバックれて明日、改めて来よう! なんか居そうにないし!

 よし、帰ろう、寮にも挨拶しなきゃだし! 明日でいいよ! 明日で!

 そう思って、私がその場から立ち去ろうと足を動かしたその時であった。


「君だよ、君」
「ひゃいっ!? はっ…! い、いつのまに背後に…っ!?」
「さっきから居たんだがな、君かい、転入生っていうのは?」


 気品あふれる雰囲気を撒き散らし、白い三日月に似た前髪の一部にメッシュが入っている女性が私の肩にポンッと手を置いて居た。

 そう、彼女こそ無敗で三冠を達成し、生涯史上初の七冠を制覇した馬の名を冠するウマ娘。

 シンボリルドルフ、その人である。

 皇帝と呼ばれる彼女からは私の肩越しにあふれんばかりの強者のオーラが滲み出ていた。


「話は聞いている、ひとまず部屋に入り給え」
「…は、はいっ…! 失礼しま〜す…」


 そう言って、恐る恐る、生徒会室に招かれる私は席に座らされる。

 私はルドルフ会長と対面する形で向かい合う形で座る事になった。

 あのルドルフが生徒会長…、なんというか、見た感じに凄い違和感を感じる。

 しかし、私は紛れもなく、これはあのシンボリルドルフだと確信が持てた。

 それは彼女が身に纏う気品と圧倒的強者であることを感じさせる雰囲気がそうさせている。


「明日から転入だったな、アフトクラトラス、寮の方にはもう話はしてある。今日からよろしく頼むぞ」
「え、えぇ、はい…」
「…君の話は聞いてはいた。無敗の皇帝だそうじゃないか」
「…誰が言ったんでしょうねぇ〜…?」


 そう、私が生徒会長室に入りにくかったのはこのあだ名のせいなのだ。

 異名というか、アフトクラトラスという名の通り、ギリシャ語で皇帝というこの名前、目の前にいるルドルフ会長が皇帝だというのに同じ異名で被っているのだ。

 無敗の皇帝という異名というのは、会長に対しての挑戦状みたいなものである。

 ルドルフ会長から煽ってんのかテメーと言われても何にも言い返す言葉がない。

 なので、私は現在、ひたすら目を泳がせているわけである。


「皇帝…か…、君とは一度レースで…」
「いえっ! お気遣いなくっ! 第三者が勝手に付けた名前なんでっ! はいっ!」
「ふっ…そうか、共に皇帝の名を冠する者同士、切磋琢磨できるような関係になれたら良いな」
「ソ…ソウデスカ…」


 そう言って、私は冷や汗をダラダラと流しながら真っ直ぐにこちらを見てくるルドルフ会長から視線を逸らす。

 やっぱり、意識していらっしゃった。それはそうだろうとは思ってはいたけれども、なんだか泣きそう。

 なんで、こんなややこしい名前を付けたんだ私の母、せめてハリケーンランかフランケルあたりにしてくれたら被らなかったのに!

 すると、ルドルフ会長は真っ直ぐ私を見据えたまま、こんな質問を投げかけ始める。


「さて、ここで質問なんだが…、君がこの学園に入る目的とはなんだ?」
「えーと…、そうですね…」


 なんと言ったら良いだろう。

 下手な事を言ったら胸ぐら掴まれて頭突きされそうだ。

 義理の母から言われて、欧州三冠や日本三冠のダブル三冠を目指しに来ました、なんて、今の私が口にすればレースを舐めるなと言われるのは明白だ。

 私はふと、ルドルフ会長の真っ直ぐな視線を逸らしながら、目を泳がせて思案する。この緊張感は新卒の面接以来ではなかろうか?

 そして、絞り出した答えが…。


「セ…セクレタリアトさん…に憧れてですかね…。あんな、強いウマ娘になりたいなって思いまして…」
「!!…セクレタリアト! …そうか、あのベルモントステークスで31身差をつけた伝説的なウマ娘か…。なるほどな」
「は、はいっ!」


 よし、なんとか誤魔化せた!

 あんな化け物じみたウマ娘目指すとか頭沸いてるんじゃ無いか? と心配されるかと思っていたが、意外と好感触で助かった。

 あくまで憧れだからね、目指すわけじゃ無いもんね。

 目の前にいるルドルフ会長はニコニコと笑みを浮かべると再び話を戻すようにこう話をしはじめる。


「さて、宿舎の話だな。今日から君には寮に入ってもらう事になるんだが…、三人合同部屋になるが構わないか?」
「へっ…? 三人部屋ですか?」
「そうだ、現在、宿舎の部屋が丁度増築中でな。しばらくは三人部屋になる、すまない」
「い、いえ!? むしろ賑やかで問題ありませんし! はい!」


 ルドルフ会長はそう言うと申し訳なさそうに私に頭を下げてきたので、私は慌てて、ルドルフ会長に対して左右に首を振り告げた。

 まさかの三人部屋か…。

 それからしばらくして、私はルドルフ会長が呼んでくれた、黒髪で同じ女の子かな? と疑うくらい凛々しい、一言で言えば宝塚の劇場が似合いそうな、フジキセキ先輩に連れられ部屋に案内された。

 道中、色んなウマ娘の視線がやたらとこちらを向いていたのでなんだか歩き辛い。


「部屋はここだ、今日から君の部屋でもあり、そして、仲間達と一緒に過ごすことになる」
「は、はい…」


 恐る恐る、部屋を開かれてフジキセキ先輩からそう告げられる私。

 その中に居たのは、二人のウマ娘だった。

 一人は部屋だというのに薄着で懸垂を行なっており、綺麗でしなやかな身体からポタリポタリと汗が零れ落ち、湯気が立ち上っている長い栗毛の髪色をした少女。

 そして、もう一人は小柄で全体的に綺麗な黒髪が映える跳ねっ毛がある少女が椅子に座っていた。

 彼女達はピタリと動きを止めると、扉を開いたフジキセキ先輩と私に視線を向けた。


「紹介しよう、彼女達はミホノブルボン、そして、ライスシャワーだ。今日から君の先輩であり同居人だから仲良くするようにね? ポニーちゃん」


 フジキセキ先輩に二人を紹介された私はピタリっと動きと思考が止まった。

 ミホノブルボンにライスシャワー…だと。

 あの、サイボーグと淀の刺客と同居だって聞けば誰だってそうなるだろう。二人共に間違いなく一級の…化け物達だ。


「貴女が噂の…」
「よ、よろしく…お願いします」


 それが、ウマ娘となって自分の目の前に立っているのだから、言葉が湧いてこない。

 光が窓から差し込み、まるで、光明がかかっているかのように私の前にいる二人は輝いて見えた。

 今年、クラシックレースを戦う怪物二人、この二人と同室であるという非現実が私をどうしようもなく胸をざわつかせていたからだ。


 ーーーこれが、私の運命を大きく変えた二人の先輩との初めての邂逅であった。

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スパルタの風、漆黒の鬼



 宿舎に案内された私の前には今、二人の怪物が立っている。

 一人は淀の刺客と言われ、ヒットマンと名高いライスシャワー先輩。

 もう一人は、同じ義理母の元で極限まで鍛え抜かれた筋肉モリモリマッチョウーマンの元コマンドー、ではなく、スパルタの風と名高いあのミホノブルボン先輩だ。

 ミホノブルボン先輩は私の顔を二、三秒ほど見つめると納得したかのようにこう話をしはじめた。


「なるほど、貴女がマスターが言っていた私の妹弟子でしたか、はじめまして、姉弟子のミホノブルボンです、話は義理母から聞いてます」
「あ、はい! えっと! よろしくお願い致します!」


 そう言って、汗を拭うミホノブルボンの差し出された手を握り返す私。

 彼女の身体から立ち昇る湯気と圧力、手から伝わってくる握力が改めて、彼女があのミホノブルボンである事を認識させてくるようだった。

 私の手を握ったミホノブルボンは無表情のまま、ジーッと私を見つめるとこんな事を言いはじめる。


「妹弟子よ、私のことは今日からお姉ちゃんと呼んでくれて構いません」
「えぇっ!? いや! なんでそうなるんですか!」
「私は実は一人っ子でして、あの母から鍛えられた貴女なら私のトレーニングにもついてこれるでしょう? だからです」
「そこは一人っ子と私が貴女のトレーニング付いてこれるのは関係あるんですかね?」


 そう言って、何言ってんだこいつとばかりに首を傾げてくるミホノブルボン先輩に私は顔を引きつらせる。

 いや、その理屈はおかしいと思ったのは多分、私だけではない筈だ。

 すると、私達のやりとりを見ていた綺麗な黒髪で小柄な身体のライスシャワー先輩はクスクスと笑みを浮かべながら私にこう語りはじめた。


「フフっ、ブルボンちゃんはストイック過ぎて周りの娘達がトレーニングに付いてこれなかったからね、新しく入ってくることになった貴女を心待ちにしてたから…」
「むっ…、それは聞き捨てなりません、ライスシャワー、貴女は私について来てたでしょう」
「…私は…人より努力してないと自信が無いから…、体格的にも恵まれてるとは言いがたいし…、それに私は嫌われ者だから…」


 そう言って、ミホノブルボン先輩に対してライスシャワー先輩は自信無さげに苦笑いを浮かべていた。

 だが、ライスシャワー先輩の身体を一見すれば、それは私にもわかる。彼女のいうその努力の跡というものが。

 義理母から鬼のように鍛えられた私が言うのだから間違いない、その小さな身体には凝縮された無駄のない筋力が備わって…。

 …っていかんいかんぞ! 義理母と姉弟子のせいで頭の中まで筋肉になりかけてるじゃないか!

 私は勢いよく左右に首を振り、ライスシャワー先輩の小さな手を勢いよく握った。


「そんな事はありません! ライスシャワー先輩が嫌いだなんて! 少なくとも私は大好きです!」


 これは、私の本心だ。

 私は知っている。彼女の名を持つ馬が私にどれだけ生きる力をくれたのか、そして、道を示してくれたのかを。

 その小さな身体に宿る熱い闘志を私は知っているからこそ、自己嫌悪なライスシャワーの言葉は辛かった。

 すると、ライスシャワー先輩はニコリと柔らかく微笑むと、私の握りしめた手にそっと左手を添えてこう告げはじめた。


「ふふ、ありがとう…アフトクラトラス」
「共に小柄な身体同士、頑張りましょう!先輩! 相撲も体格じゃ無いですから! ね!」
「…相撲とレースを比べられるとちょっと困るかな」


 私の力説に苦笑いを浮かべるライスシャワー先輩。

 確かに、相撲とレースはまた違ってはいるが、体格差じゃないというところではきっと一緒の筈だ。多分。

 それに嫌われ者と言ってはいたが、私は大好きである。それはもう、ライスシャワー先輩の姿を見てると尚更、面影があるのでそう感じていた。

 打ち解けてきた私はライスシャワー先輩に笑みを浮かべたまま、こう告げる。


「私のことは気軽にアフちゃんとでも呼んでください、ライスシャワー先輩」
「アフちゃん…ですね、わかりました、それじゃよろしくね…、アフちゃん」


 そう言って、快く呼び名を承諾してくれたライスシャワー先輩。小さい身体から魅せられる様な笑みがキュンと胸を突く様だった。

 きっと、私の名前、無駄に長くて呼びにくいだろうし、そちらの方が親しみやすい。うん、我ながらいいセンスだ。捻りがイマイチだけれども。

 とはいえ、今日からお世話になる二人とこうして何事もなく打ち解けられるのは本当に嬉しい限りだ。

 これからの寮生活が実に充実した楽しみなものになるだろうと少しだけ期待感が膨らんでしまう。

 すると、ミホノブルボン先輩は腕を軽く回し始めるとこう話しをしはじめた。


「さて、では妹弟子よ。来て早々なのですが、これから坂路700本追い込みを行います。早く準備しなさい」
「…はっ?」


 そのミホノブルボン先輩の言葉を聞いて、これからの学園生活に希望を抱いていた私は硬直してしまった。

 まだ、宿舎の部屋に入って、会話して、だいたい30分程度くらいしか経っていない。だが、ミホノブルボン先輩は何をやってるんだ早く来いと言わんばかりに期待に満ち溢れた眼差しを私に向けてくる。

 おい、その目を止めろ! 見るんじゃあない! この間まで義理母から何千本も坂路を走らされたんだよ! 私っ!

 すると、ミホノブルボンの話を聞いていたライスシャワー先輩は首を傾げて、それに対してこう告げはじめた。


「え…っ? 今から、700本坂路を走るの?」
「えぇ、そうです」


 何事も無いように、これがごく当たり前に告げてくるミホノブルボン先輩。

 当たり前じゃないよ、それは明らかに坂路の本数が多すぎるよ。どうなってんの! この人の思考!

 良いぞ! ライスシャワー先輩! もっと言ってあげてください!

 新入生も初めての学園生活で緊張してるので今日はやめておきましょう的な! そんなアクションを起こしてくれれば、多分この人も引き下がってくれる筈です!

 やっぱり、ライスシャワー先輩は強くて頼りになる先輩だなぁ…。


「切りが悪いので、休憩を挟んで1000本にしましょうか、そちらの方が効率が良いです」
「あっばばばばばばば!」


 と、思っていた時期が私にもありました。

 なんでじゃ! 増えとるやないかい! 三百本も増えとるやないかい!

 休憩を挟めば増やせばいいってもんじゃないよ! いや、休憩無しで700本走る方が確かにキツイけれども! そういう問題じゃないよ!

 思わず、私はライスシャワー先輩からの信じられない追い討ちを聞いて目が白目になってしまう。

 そうだった、この人もこう見えて大概、ストイックでしたね…。ははは…、もう笑うしか無かろうて。


「ほう、名案ですね、確かに休憩を挟めば効率的に身体に負担も分散出来ますし、流石です、ライスシャワー」
「そうですか、それなら良かったです♪」


 満面の笑みを浮かべて納得したように頷くミホノブルボン先輩に喜びを露わにするライスシャワー先輩。

 なるほど、これが、『はじめまして♪死ぬが良い』ですか、納得しました。まさか、身をもって思い知る事になるとは思わなんだ。

 義理母のスパルタの教えが、ここまで根深いとは…。

 すると、ミホノブルボン先輩はまっすぐに私の目を見据えるとゆっくりと話をしはじめた


「貴女は朝日杯があるでしょう。さらに、その前には東京スポーツ杯が控えています、その前にはデビュー戦にOP戦に勝たねばなりません」
「は…はい、そうですね」
「私達も春には皐月賞があり、その前哨戦のスプリングステークスがあります」
「つまり…」
「妥協をしてる暇は無いって事です♪」


 こうしてミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の一言に休みを欲していた私の思いは一気に霧散させられてしまった。

 いや、確かにわかる。だが、出会って話して30分程度で転入生に坂路1000本走らせるこの先輩達は一体なんなんだろうか。

 有無を言わせず、ジャージを装着した私は二人に引き摺られるがまま、トレセン学園の坂路コースに引っ張り出される事になった。

 なぜ、こうなってしまったのか…、ホロリと思わず涙が溢れ出そう。


 さて、それでは場面は移り変わり、私が二人に引き摺られ連れてこられたのは、トレセン学園内にある急な坂路コース。


 学園にある彼女達が使う坂路は急な作りになっており、別名、サイボーグ専用坂路と呼ばれている。

 その名の通り、中山の坂を更に急にしたものを用意しており、だいたい、その距離は1,085mほど。

 これをひたすら登りまくり足腰を鍛え続ける作業。

 更にそのあとは鬼のようなトレーニングメニューがびっしりと詰まっているというのが学園内での彼女達の日課だそうだ。


 普通に考えて死んでしまうわ! 頭おかしいと思います(白目)。


 と思うでしょう? しかし、ご安心ください、私はトレセン学園に入る前にはおんなじようなトレーニングを義理母からさせられていたのである程度、免疫がついてました。

 つまり、私も頭がおかしいって事なんでしょうね、ケツが四つに割れる日もそう遠く無い気が…、あ、もう四つだったかな?

 そして、坂路コースを前にした私はライスシャワー先輩にトレーニングに入る前にある人物を紹介してもらった。


「あ、アフちゃん、この方が私の坂路のトレーナーでマトさんって言うの」
「よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします」


 学園特別トレーナーのマトさん。

 なんでも、ライスシャワー先輩の坂路の指導を引き受けてるベテランのトレーニングトレーナーだとか。

 マトさんか…、なるほどなと納得してしまった。何がとは言わないが、ライスシャワー先輩の鬼トレーニングの影にこの人ありと言われてもなんだか納得してしまいそうだ。

 そういうわけで、私はライスシャワー先輩、ミホノブルボン先輩と共に転入して1日目にして地獄を味わう事となった。


 トレセン学園のウマ娘はイチャイチャしてる百合ワールド満載だと思っていたそこの貴方。


 他はそうかもしれないが、私の泊まることになった宿舎はフルメタルジャケットかプライベート・ライアンみたいな軍隊式ですのであしからず。


「走れ! ノロマども! まだ坂路メニューの半分も終わってませんよ!」
「サー! イエッサー!」
「もうバテましたかっ! よーし! それならあと百本追加してやろう! どうだ! 嬉しいですか!」
「最高です! ありがとうございます!」


 何故かノリノリで私と併走しながら追い込んでくるミホノブルボン先輩。それに応えながら坂を駆け上がる私とライスシャワー先輩。

 義理母がだいたいこんな感じだったので、それを真似ているのはよくわかる。

 しかしながら三人で併走しながら全力で声を上げて坂を駆け上がるので私の身体全体が悲鳴を上げていた。

 これは、確かにほかの娘が同じ部屋になったのなら、『部屋を変えてください…(震え声』となってもなんら不思議でも無いだろう。

 というか、私も若干、そんな気もしないわけでは無い、だが、ついていけているあたり、私もこちら側のウマ娘なんだろなと自己完結してしまった。


 ライスシャワー先輩にはマトさんから更に檄が飛び、そのトレーニングの迫力は相当なものだった。


 背中から滲み出るような青と黒が混じり合ったオーラは多分、幻ではなく現実である。思わず、私もその光景を目の当たりにして『ヒェッ!』と悲鳴を上げてしまう始末。

 そして、坂路の鬼ことサイボーグ、姉弟子、ミホノブルボン先輩もまた凄まじい追い込みで坂を信じられない速さで駆け上がっていくものだから度肝を抜かされる。


 私は正直言って、現状、この二人に全く勝てるビジョンが持てなかった。


 あれだけ、義理母の元でスパルタトレーニングを積んできたと思っていたのに、どうやら井の中の蛙だったらしい。

 でも、同時にこうも思った。

 この二人と一緒にレースを駆けたいと、隣で走りたいとそう思った。

 なら、負けてられない!

 私は、悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、彼女達の走りに食らいつくようにサイボーグ専用坂路を駆け上がるのだった。


 ちなみに気がつけば、坂路1000本の間に挟むはずだった休憩がどっかに消滅してしまったのは余談である。



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シンザンを超えろ



『シンザンを超えろ!』

 日本で走るウマ娘なら誰しもが一度は聞いたことがある格言だ。

 ジャパンCが日本で始まり、海外ウマ娘に日本のウマ娘達がことごとく蹂躙され、日本のウマ娘達はその圧倒的な実力差に打ちひしがれた。

 長らく、伝説の三冠ウマ娘、シンザンを超えるウマ娘が出てきてこなかったのである。

 だが、その歴史を一気に覆すウマ娘が彗星のごとく現れた。

 ある者はそのウマ娘の誇る圧倒的な強さに見惚れ、また、ある者は類稀なるその強さに敬意を払った。

  その名を持つウマ娘は後に人々からこう呼ばれた。


『永遠なる皇帝』と。


 一度は同じ日本のウマ娘であるカツラギエースに敗北し、苦汁を飲まされたその皇帝は満を持して、二度目のジャパンカップに挑んだ。

 G1七冠、たった三度の敗北を語りたくなるそんなウマ娘。


 あの日、確かに日本は世界に届いていたのだ。


 そして、そんな『永遠なる皇帝』シンボリルドルフ会長がものすごい怖い顔をして、現在、私達の顔を見下ろしていた。

 彼女は光る眼光をこちらに向けたまま、私の隣に正座させられているミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩を含めてこう説教をしはじめた。


「お前達…、ウマ娘の資本はなんだ? 言ってみろ」
「筋肉です」
「この大馬鹿者! 無事之名馬だろうが! 身体だ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 御冠のシンボリルドルフ会長に即答する我らが頭の中が筋肉モリモリマッチョウーマンのミホノブルボン先輩。

 だが、それは火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていたわけで、ライスシャワー先輩が代わりに申し訳なさそうに頭を下げている姿を見て私は顔をひきつらせるしかなかった。

 だが、ミホノブルボン先輩はまっすぐにルドルフ会長を見据えたまま、相変わらず無表情である。

 そりゃ、生徒会長っていう立場なら生徒の身の安全にも気をかけるし、そうなるよと私は口に出して言いたい。

 あんなとんでもメニューをしょっちゅうこなしているなんて知れたらこうなることは明白であった。

 しかし、ミホノブルボン先輩はゆっくりとその場から立ち上がると、ルドルフ会長をまっすぐに見据えこう語りはじめる。


「会長、越えるべき壁が目の前にあるなら、私がすべき事は圧倒的な努力しかありません、それは、ここにいる二人も一緒です」
「…なんだと?」


 そう淡々とルドルフ会長に告げるミホノブルボン先輩。だが、その目はいつになく本気と書いてマジの目であった。

 日本のウマ娘達を引っ張ってきたウマ娘、シンザン。

 そのウマ娘を超えるウマ娘が現れた現在、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩、そして、私の越えるべき壁はもうシンザンではない。

 ミホノブルボン先輩のルドルフ会長を見据える目はそう物語っていた。

 ミホノブルボン先輩の引かないその姿勢を横目で当たりにしていた褐色で綺麗な長い髪をした姉御肌のヒシアマゾン先輩、そして、黒髪短髪の美人で大人びた綺麗なお姉さんであるエアグルーヴ先輩の顔が真っ青になっていくのが私にもよくわかる。

 いや、普通はそう思うだろう。私だって二人と同じ立場ならきっとおんなじように顔が真っ青になっていたに違いない。

 だが、一方でルドルフ会長に対峙するミホノブルボン先輩の目には静かな闘志が燃え盛っている。

 すると、ルドルフ会長は深いため息を吐くと頭を抱え左右に首を振る。それは、彼女がミホノブルボン先輩の性格をよく知ってるゆえの行動だった。

 いや、ルドルフ会長、そこは間違ってないです。そこは折れないでください、私のために!

 ルドルフ会長はまっすぐミホノブルボン先輩を見据えたまま、こう話しをしはじめた。


「お前の気持ちはわかった。だが、転入して間もないアフトクラトラスを貴様達のハードトレーニングに付き合わせるのは考えて欲しいのだがな、以前もそのトレーニングに巻き込まれた新入生のウマ娘が涙目で訴え出てきた前例がある」
「はい、その件に関しては私のミスでした。申し訳ありません、会長。ですが、今回入ってきたこの娘なら大丈夫です」
「…はっ?」
「ん? なんだと?」


 そう言って、ミホノブルボン先輩の言葉に首を傾げるシンボリルドルフ会長。話しを聞いていた私はというと呆気にとられていた。

 いや、なんだと? じゃないよ、会長なんかちょっと面白そうな事聞いた、みたいな顔してんじゃないよ!

 違うから! 私もその娘と同じ心情だから!

 鬼! 悪魔! ちひろ!

 ちひろって誰だ! 今、なんか変な電波飛んできたぞ! おい!

 そんな私の心情なぞ知らんとばかりにルドルフ会長に対し、ミホノブルボン先輩は確信を持った表情を浮かべてこう告げはじめた。


「何故なら、この娘は私の妹弟子、そう、出身は遠山厩舎ですので
「そうだったのか、それなら大丈夫だな」
「いやっ! その理屈はおかしいでしょう! 会長!」


 何故か、妙に納得したようにポンッと手を叩いて頷くルドルフ会長に私は盛大に突っ込みを入れる。

 だが、ルドルフ会長とミホノブルボン先輩は互いに顔を見合って、こいつ何言ってんだ? とばかりに首を傾げていた。

 そう、遠山厩舎出身のウマ娘はこの学園では頭がおかしいまでにトレーニングをしていることで有名なのである。

 その代表がミホノブルボン先輩をはじめ、

 フジヤマケンザン先輩、ワカオライデン先輩、レガシーワールド先輩等。

 叩き上げで鍛えに鍛え上げられたウマ娘達がずらりと並んでいる。

 その中でも、私、アフトクラトラスとこの目の前にいる頭の中が筋肉とトレーニングと訓練で構成されたミホノブルボン先輩は遠山厩舎の集大成だと言われているのだ。

 ちなみに、ライスシャワー先輩は違う厩舎出身のウマ娘なのだが、彼女もまたストイックであり、同期となったミホノブルボン先輩の影響を受けてトレーニングの鬼に進化してしまわれていた。

 義理母の影響力、恐るべしである。

 とはいえ、この光景を見ているヒシアマゾン先輩は私の気も知らず、笑いを堪えきれずにゲラゲラと笑い転げていた。

 笑い事じゃないんですよ、耳引っ張ってお尻ペンペンするぞ! こら!

 二人の話に割って入った私だが、ルドルフ会長は優しい眼差しをこちらに向けてこちらの肩をポンッと叩いてきた。


「そうだな…、私もかつてはシンザン先輩を越えるため、世界の強豪達を蹴散らす為に特別トレーナーのオカさんと死にものぐるいで足に身体を鍛えに鍛えあげた…」
「えぇ…、はい、そ、そうですか」
「それは現在でも続けてはいるが、君達にとってのシンザン先輩はこの私だったんだな…。納得がいったよ」


 私が言いたかった何かを悟ったかのように語りはじめるルドルフ会長。

 全然ちげーよ、何一つあってないよ! 私が貴女に言いたいことはそんな事じゃないんですよ! 伝えたい事何一つ伝わってないじゃないですか! やだー!

 エアグルーヴ先輩、可哀想な娘を見つめるような眼差しはやめてください、そして、私が助けて欲しいとばかりに視線を向けたら何故、目を背けるのですか!

 ミホノブルボン先輩はそんなルドルフ会長の言葉に感銘を受けたのか、力強く頷くと、こう語りはじめる。


「無敗の三冠ウマ娘、そして、七冠の称号というのは私達にとっては血の滲むような努力が必要です。 ましてや、天才の上に努力をされてるルドルフ会長のようなウマ娘を倒すならば尚更です」
「確かにな…」
「この娘が強くなれるなら、私は鬼でも何にでもなります。それが、姉弟子である私の使命だと思ってますので」


 そう言って、私の肩をガッシリと掴むミホノブルボン先輩。まるで、私が逃げないようにしっかりと抑えこんでいるようだ。

 鬼どころかサイボーグもおまけに付いてくるけどね、気のせいが私の肩が貴女の握力でギリギリ言ってませんかね?

 ルドルフ会長はそのミホノブルボン先輩の言葉に笑みを浮かべると、ゆっくりとこう語りはじめる。


「わかった、そこまで言うならもう何も言うまい、二人にこの娘を任せよう」
「…えっ…!?」


 私は思わず、ルドルフ会長のその言葉に嘘だろお前! っと突っ込んでしまいそうになった。

 あのトレーニングを見たでしょう! 坂路1,000本を休憩挟まずやるような人達なんですよ! レース前にガリガリの力石みたいになってしまうわ!

 その会長の言葉を聞いて、ライスシャワー先輩はホッと胸を撫で下ろしているようであった。

 いや、ホッとするような事よか、私的にはこれから胸がキリキリしそうなのですが、そこんところは全く考えていないのですね。

 私の目には既にハイライトが消えていた。

 そう、私はこれから、遠山厩舎式、サイボーグミホノブルボン監修の地獄メニューを毎日こなさなければならない事が決定してしまったのだ。

 誰だよ、楽しい学園生活が貴女を待ってますよって言ってたの。

 たづなさんに今の私の状況を見せてあげたいわ、これから毎日、一緒にトレーニングしましょうよ、たづなさん。

 …あ、そうだ。

 私はここで、名案を思いついた。そう、今、ここでだ。それは、私に対しての悪魔のささやきである。

 そう、ターゲットは会長室にいる、私を見捨てたエアグルーヴ先輩と死んだような私の顔を見て笑い転げていたヒシアマゾン先輩の二人である。

 ミホノブルボン先輩に肩を掴まれてる私はにこやかな笑顔を浮かべてルドルフ会長にこう進言しはじめた。


「あのぉ、ルドルフ会長、できればぁ、私と姉弟子の特訓にぃ、エアグルーヴ先輩とぉ、ヒシアマゾン先輩もぉ参加して欲しいなって思いましてぇ」
「……はっ…!?」
「あっ…!? ちょっ…! 待てお前っ!」
「ほほう、何故だ?」


 慌てたように私の提案に対して顔を真っ青にしはじめる二人。ルドルフ会長は私のその話に対して興味深そうに聞き返してきた。

 ふはははは! 掛かったな! 私を助けなかったからだぞ! もう逃げられまい! あの地獄にお前達も道連れじゃ! ひゃっはー!

 ヤケになると、どうにでも良くなるものだ。

 なんだろう、もうこうなったらなんでもやってやる! もう何も怖くない!

 私はルドルフ会長に何故二人を指名したのかその理由をゆっくりと語り始めた。


「やはり、実績や実戦経験のあるお二人が居た方がモチベーションも上がりますし、走り方や坂の効率的な登り方も学べるんじゃないかと思いまして」
「なるほど、一理あるな」
「できれば私的にはフジキセキ先輩の走りも見てみたかったんですが…、流石に本人が居ない前でそういう事は話は進めれませんので」


 ルドルフ会長は私の話を聞いて静かに何度も頷き、思案している様子であった。

 一方で、ヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩は顔を真っ青にしたまま、互いに顔を引きつらせていた。

 巻き込まれないと思っていたのか? 甘いぞ二人とも。

 私は計画通りとばかりにニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 実際には勝ちも何もない、私自身もコールド負けの状況である。でも、確かにルドルフ会長に話した事は割と私の本心であるのは間違ってはいない。

 実績や実戦のレースで経験のあるウマ娘から学べる事は多いはず、ミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も一応、レースには出ているが、まだ、生徒会の二人やルドルフ会長の実績には及ばない部分もある。

 しばらくして、ルドルフ会長は思案した結果、結論を私に述べはじめた。


「良いだろう、チームリギルとしても良い強化トレーニングになり得るだろうしな、トレーナーであるオハナさんには私から進言しておく」
「…あ、あのー、会長、私らの意見は…」
「きっと私達のトレーナーであるオハナさんも賛成してくれるだろう、あの人も熱心なトレーナーだからな」
「……これはもう、避けられないのか…」


 ルドルフ会長の言葉に絶望したように項垂れるエアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩の二人。

 大丈夫です、死なない程度に身体がボロボロになるだけなので、体重も物凄く減りますし、ダイエットにはもってこいですよ! 二人とも!

 とはいえ、これから二人が参加するとなるとミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩に火が付かないかが心配なところ。

 下手したら今までのトレーニングより、相当な量をこなさなければならなくなるんじゃないだろうか?

 あれ? 図らずも私ってもしかして、自分で自分の首を絞めちゃってる?

 ひとまず、私は慌てて、何やら二人で話し込んでいるライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩の二人に視線を向けた。

 その二人の会話の内容は…。


「なら、坂路のコースメニューは現在の二倍が良いでしょうね」
「筋力強化トレーニングや追い込みに関してももうちょっと増やさなきゃね…」
「ですね、せっかくなのでマスターに連絡をとっておきましょう。きっと良いトレーニングメニューを指南してくださるはずです」


 そう、言って二人で何やら物騒な打ち合わせをしていた。聞こえてんぞ、おい、二倍に増やすんですか? あの量を!?

 この二人はほんとに大概である。だが、もしかすると、リギルのトレーナーであるオハナさんがヒシアマゾン先輩やエアグルーヴ先輩の様子を見に来てくれるでしょうから、無茶なトレーニングにはならないとは思う。

 流石にレース前にトレーニングのしすぎで、肝心のウマ娘がぶっ壊れましたは洒落になっていない。

 それにしても、チームか…。

 私はここで、チームについて思い出していた。そういえば、各ウマ娘はチームに所属している。

 ルドルフ会長やエアグルーヴ先輩、そして、ヒシアマゾン先輩はチームリギルという団体に所属しているウマ娘だ。

 特別トレーニング講師とは別に、そこには、所属するウマ娘全体の監督を行うチームトレーナーという人物がいる。

 ルドルフ会長が言っていたオハナさんというのが、おそらく、彼女達のチームトレーナーなのだろう。

 ふむ、私もどこかのチームに入らなくてはならないのかなぁ、どこがいいだろうか?

 生徒会室からひとまず退出した私とミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の三人。

 その後、姉弟子のミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩と共に地獄の坂路2000本追い込みを淡々とこなしながら、そんな事を呑気に考えるのであった。

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デビュー戦



 幾多の壮絶な坂路を越えて、いよいよ、私のデビュー戦の日を迎えた。

 身体に染み付いた坂路、そして、過酷な筋力トレーニングにつぐ筋力トレーニング。

 さらに加えて、遠山式の鬼の追い込みトレーニングをこなした私の身体は更に磨きがかかっていた。

 そして、パドックのステージに立った私は鍛え抜いた身体を皆に披露する。

 見世物みたいになるのは不本意だが、ウマ娘として、鍛え抜かれた身体を見たがるファンもいるのでそこは致し方ない。


「3枠3番、アフトクラトラス」


 アナウンスが流れ、それと同時に入場をはじめる私。

 見よ、民衆よ。私がしごきにしごかれて身体をいじめにいじめ抜いたこの身体を!

 多分、こなした坂路の数はここのレースに出てるどのウマ娘よりもこなしたと思う(震え声。

 すると、私の身体を見ていた観客からはこんな声がちらほらと上がり始めた。


「…おいおい、マジかよ…」
「一見スラっとしててグラマラスだと思ってたけど凄い身体ね…」
「あれヤベーって…、凄い引き締まってるし」


 まさかのドン引きである。

 大丈夫ですよ、私の太もも試しに触ってみてくださいモチモチしてますから。

 胸もぷよぷよしててかなり柔らかいですよ、胸は触ったら坂路で鍛えまくった時速160kmくらいの速さの豪脚で蹴り上げますけどね。

 どうやら、ウマ娘の場合は筋力を鍛えまくっても柔らかな柔軟性のある筋肉になるらしい。

 本来なら、多分、腹筋がバキバキに割れていて足の筋肉とか腕の筋肉とかボディビルダー並みにバッキバキになっていてもおかしくないトレーニング量を私はこなしてきた筈。

 そうなっていないのはウマ娘が普通の人間とは身体の構造が異なっているからだろう。

 その後、パドックを無事終えた私は誘導員さんと共にレース場にあるゲートへと向かう。

 早速、ゲートインをしはじめる私は拳と首の骨をバキバキと鳴らしながら中へと入っていく。

 隣で見ていたウマ娘達がやたらと血の気が引いて、怖がっているみたいだが、きっと気のせいだろう。

 はじめてのレースだし、気を楽にしてやるか。

 位置について! の号令とともに走る構えを取りはじめる周りのウマ娘達。

 私もそれとともにゆっくりと姿勢を低くして、クラウチングスタートの構えを取る。

 すると、観客席からは驚いたような声が次々と上がってきた。

 あれ? いや、陸上なら普通クラウチングスタートの構えを取るんじゃないのか?

 周りのウマ娘もゲート内で私が取る構えに目を丸くしていた。そして、いよいよ、発走の号令が掛かる。


「ヨーイ…! ドンッ!」


 その瞬間、目の前のゲートが私の目の前で勢いよくパンッ! と開いた。

 デビュー戦の距離は1600m、この距離ならスタートダッシュを決めて早めに先頭を取りいくのが吉だ。

 ウマ娘の中には関係なく、一気に後ろからぶっこ抜く豪脚のウマ娘もいるが、私はセオリー通りに今回は先頭を取りに行く!

 ゲートが開いたと同時に低い姿勢のまま一気に駆け出す私、すると、一気に先頭に踊り出ることになった。

 よし、先頭は取れた、あとは後ろとの身差を考えながらペースを上げていこう。

 そう考えた私は、まず、スピードを上げて後続との差を開きにかかる。


「なんだ! あのスタート!」
「とんでもねぇ飛び出し方だな! おい!」


 私は、後ろを振り返らないまま、ぐんぐんと足の回転速度を上げて行く。そして、最終的に後ろに手をやり最大限にまで空気抵抗を無くした。

 もうそろそろかと、後ろをチラリと見るが後ろからは誰もついてきていなかった。残りの表記は既に400mを切っているというのにだ。

 まだまだ、私の足には余力が全然有り余っていた。多分、これでも力の三分の一を出し切っているのかどうかも怪しい。


「あぁもう、あんまし目立ちたくないのに…」


 そう言ったところで仕方がない。

 本来ならデビュー戦で接戦勝利! くらいで済ませようと思っていたのだが、これでは、目立って仕方ないではないか。

 これには解説席に座っていた長年、ウマ娘の実況を行っているベテランのアナウンサー、蒼志摩さんも興奮気味の実況をせざる得なかった。

 マイクを握りしめたアナウンサーはぐんぐんと後続を引き離すアフトクラトラスに驚愕の声を上げる。


「残り400m! アフトクラトラスの一人旅! 強い! 強い! 強い! その差! 15身差はあるでしょうかっ! なんだこの強さはぁ!」


 後続との差は気がつけば、15身差も差をつけてしまっていた。

 そして、更にそこから加速した私は、何事もなかったかのように涼しい顔でゴールまで一直線。

 私が凄まじい速さを保ったままゴールを決めたその時、会場からは大歓声が湧き上がった。


「今、ゴールっ!堂々誕生ッ! 爆速暴君ッ! デビュー戦1戦目にしてレコードを叩き出した超新星が現れました! このウマ娘は強いッ!」


 思わず、そのレースぶりにアナウンサーの声にも力が入る。それほどまでに衝撃的なデビュー戦であった。

 15身差での堂々ゴール、更にまだ余力を持て余してのゴールだった事もあり、私に対する周りの評価は相当なうなぎ登りであった。

 やめて! そんな事ないから! 持ち上げないで! 大した事ないから! あの頭のおかしい先輩達に一蹴されちゃうくらいのレベルだからぁ!

 そう内心で思いながら、私は顔を真っ赤にしたまま、拍手を送ってくれるファンの皆さんにプルプルと震えながらお辞儀をする。

 こんなはずではなかったのだ。そう、期待というのは時に残酷である。

 期待をされればされるほどに、その日夜行われるであろうトレーニングが過酷さを増す事を私は知っていた。

 確かにデビュー戦で圧勝したのは嬉しい、嬉しいのだが、勝ちでよかったのである。わざわざ圧勝する必要性はなかったのだ。

 すると、そんな私に追い討ちをかけるかのようにアナウンスの声が響き渡る。


「皆さま、この後、アフトクラトラスのウイニングライブがございますので心ゆくまでお楽しみください、今日はご観戦ありがとうございました」
「………はっ?」


 私はそれを聞いて固まってしまった。

 ウイニングライブ、なんだそりゃと。

 それはそうだろう、今の今までやってきた事と言えば、地獄の坂路に地獄の筋力トレーニングに軍隊式の鬼追い込みばかりだ。

 そんな私にマイクを握って歌えだと? それは生き恥を晒せということか?

 いや、待て、まだ手はある、そうだ! この手なら間違いなくいける!…はず。

 ひとまず、ウイニングライブについての悪巧みを考えついた私はこの方法でいくことにした。



 そして、不安要素をいろいろと抱えたまま、迎えたウイニングライブ。

 私は和服に拳をきかせながら堂々としてセンターに立っていた。

 背後からはかなり渋いBGMが流れはじめる。


「では聞いてください、アフトクラトラスで『坂越え雪景色』」


 そして、私の渋い拳を効かせた声が会場に響き渡る。そう、私がウイニングライブを乗り切るため打ち出した策はなんと演歌である。

 一時期、歌をアフさん祭りにしようかとも思ったが、これは会長に怒られそうな気がしたのでやめておいた。

 演歌ならば、歌って踊るなんて事はしなくてもいいので関係ない、おじいちゃんおばあちゃんまで及ぶ優しい配慮、我ながら良いアイディアかと思う。


「幾千〜の坂を〜登りぃ〜♪見えてきたのは雪景色ィ〜♪」


 ちなみにこの曲、作詞、作曲は私である。

 以前、一回CDにしてみたのが残っていたのでそれを渡しておいた。

 うまぴょい伝説だと? あんなの歌えるかッ! どこまで行っても逃げてやるッ!

 うまぴょい伝説から逃げるなってミホノブルボン先輩から捕まるのまでがテンプレなんでしょうけどね、多分。

 どうやっても逃れられないうまぴょい伝説、誰か助けてください! なんでもしますから!

 そういうわけで、演歌を無事に拳をきかせながら演歌を歌い切る私。

 アフトクラトラスってギリシャの語で皇帝って意味なのになんで演歌歌ってんの? 馬鹿なの? っと思われても致し方ないが背に腹はかえられぬ。

 演歌を歌い終えた私は深々とお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。

 すると、ここで、会場にアナウンスが流れ始めた。


「皆さま前座のご鑑賞、誠にありがとうございます。それでは、これよりウイニングライブを始めたいと思います!」
「…えっ…!?」


 結局、私は努力虚しく、その後、ウイニングライブという名のついた生き恥を晒す公開処刑を受けることになってしまった。

 しかも、歌わされたのはうまぴょい伝説である。

 やはり、どう頑張ってもうまぴょい伝説からは逃げられなかったよ。

 こんな時、キタサンブラックさんが居てくれたらッ! キタサンブラックさんッ! なんで居なかったんですかッ!

 そういった形で、私のデビュー戦という名の公開処刑は幕を閉じた。


 とでも言うと思いましたか? 甘い甘すぎる。

 世の中そんなに甘くないのですよ、そう、このトレセン学園なら尚更ね!

 レースとウイニングライブが終わりクタクタになった私は寮へと帰ろうとしていた時であった。

 選手のレース入場口に誰か待機している模様、あれ? 見慣れたことがある綺麗な長い栗毛の髪だぞー誰かなぁ?

 私はその姿を見た途端にすぐさま身の危険を感じ、踵を返した。

 そして、その場から逃走を試みるも…。


「どこに行こうというのですか? 妹弟子よ」


 縮地したのかという凄まじい速さで間合いを詰めてきた鋭く光る眼光を放つミホノブルボン先輩に捕らえられてしまった。

 なんだこの人、あの距離からどうやって詰めてきたんだほんとに!?

 相変わらずの怪物っぷりに私も恐怖で身体が硬直してしまった。

 すると、ミホノブルボン先輩はそんな恐怖で硬直してしまった私の身体を包むように優しく抱きしめてきた。

 このいきなりの出来事に私も思わずビクンッと反射的に身体が動く。

 あんなに日頃からしごきにしごきまくり、鬼にしか見えなかったミホノブルボン先輩がこんな風な行動に出るとは思いもよらなかったからだ。

 すると、ミホノブルボン先輩は優しい声で私にこう話しをしはじめた。


「デビュー戦勝利、おめでとうございます。しっかりと見てましたよ。ウイニングライブはアレでしたが…、よく、頑張りましたね」
「えっ…?」
「…貴女が頑張った結果がしっかり出せた素晴らしいレースだったと思います。ライスシャワーも自分の事のように喜んでましたよ」


 そう言いながら、後ろから私の小さな身体を抱きしめて、何度も頭を撫でつつ、笑みを浮かべながらミホノブルボン先輩はそう言ってきた。


『ウマ娘は走るために生まれてきた。鍛えて強くせねば夢も見ることすらできない』


 義理母はよく、私にこう話しをしてくれていた。

 ミホノブルボン先輩もそうなのだ、坂路を追い込ませ、辛いトレーニングを課し、身体を鍛え抜いていかなければ他の才能あるウマ娘達に勝てない事を知っている。

 だからこそ、私に対しても夢を見ることさえできなくなってしまわないように義理母の代わりに鬼となって自分の過酷なトレーニングに付き合わせているのだ。

 新入生のウマ娘にはそれは常軌を逸した到底ついていけないもの、だが、それはミホノブルボン先輩の優しさでもあったのだ。

 優しく後ろから私を撫でながら褒めてくれるミホノブルボン先輩と義理母の不器用さに思わず私も笑みが溢れてしまった。


「言葉にしなくてもわかりますよ、姉弟子、私が何故、ルドルフ会長に部屋を変えてくれって言わなかったと思いますか?」
「…ふふ、そうでしたか、杞憂でしたかね」
「えぇ、そうです、…あの厳しいトレーニングからは正直言って逃げ出したいって気持ちは今でもありますけどね? 」


 そう言いながら、私はニコリと笑みを浮かべてミホノブルボン先輩に告げた。

 頭がおかしな先輩達と一緒の部屋になったけれど、だけど同時に優しい先輩だと私は思っている。

 ハードトレーニングや坂路で懸命に身体を鍛え続け、特別トレーナーから檄を浴び、身体を絞り、途方も無い努力を続け重ねていく。

 それが、自分達が栄光を掴める道であると、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩も理解しているのである。

 そして、私はそれを今日のレースで身をもって体験した。

 やはり、内心では嫌だとか思ったり、もう逃げたりしたいというときもあるけれど、走るのが楽しいと感じた今日のあの一瞬を知れば自分の世界が変わった様な気がした。


「さて、妹弟子よ、これからライスシャワーと共に坂路に行きますが…」
「お付き合いしますよ、先輩」
「よろしい、…今日は早めに切り上げて祝勝会もやらなくてはいけませんね」


 そう言いながら、私の頭から大きくて柔らかい胸部を引き離しニコリと笑うミホノブルボン先輩。

 あれだけ鍛えてても、柔らかいところは柔らかいもんなぁ、ウマ娘ってやっぱり凄いと私は改めて自分の胸の柔らかさを手で確認しつつそう感じた。

 それから、しばらくして、ミホノブルボン先輩と共にライスシャワー先輩の待ついつもの特別坂路に二人仲良く歩いて向かった。

 いつか、この人の隣に並んで駆けたい。いや、ライスシャワー先輩とも一緒にターフを駆けたいと思った。

 それには、私はまだまだ役者不足で、これから先、懸命な努力を積み重ねていかなければ彼女達のいる境地にはきっと辿り着けないだろう。

 すると、ここで、隣を歩いているミホノブルボン先輩はなにかを思い出したかのようにこう私に話をしはじめた。


「そうです、貴女、そう言えばまだ所属するチームを決めていませんでしたね」
「あ、そう言えば、そうでしたね」
「ふふ、焦る必要もありませんし、今日のレースを見れば貴女に対するスカウトもいずれ来るでしょう」


 そう言って、姉弟子は嬉しそうに笑っていた。

 なんだかんだで、この人は面倒見はいいのだ。こんな顔をいつも見せてくれたら私もモチベーションが上がるんだけどなぁ。

 そのあと、ミホノブルボン先輩と私の初勝利を自分の事のように喜んでくれたライスシャワー先輩と共にいつものように坂路トレーニングをこなした後、祝勝会を行った。

 この学園にきて、今日は私が初めて学生らしい事をした忘れられない一日となった。

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合同トレーニング




 私のデビュー戦からしばらくして。

 私はいつものように先輩達と共に元気よく今日も今日とて坂路を駆け上がっていた。

 この時にはもう坂路にもすっかりと慣れてしまい、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩についていけるまでに成長していた。

 とはいえ、普通にできるようになれば、更にきつい練習が上乗せされていくので、身体の方はいつもボロボロである。

 それと、一つ、私の周りで変化があった。

 それは、以前、話していたチームリギル所属の二人の先輩がこのサイボーグ専用坂路で共にトレーニングをしていることである。


「…かはっ…! も、もうだめだ…、キツい、キツすぎるぞこれっ!」
「…足が震えて…、力が…」


 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩。

 この二人が、私達の地獄のトレーニングに付き合う事になったのだ。

 とはいえ、練習量は以前よりもだいぶ減らしている。それは、リギルのチームトレーナーであるオハナさんからの進言からだった。

 以前の私達ならば、遠山厩舎式、軍隊トレーニングという名目で莫大な量の筋力トレーニングと坂路上がり、追い込みトレーニングを行っていたのだが、その、リギルのトレーナーのオハナさん、そして、私達の義理母、特別トレーニングトレーナーのマトさんを含めて話し合った結果、より、効率よく、さらにウマ娘に負担を強いらないトレーニング法を考えついたのである。

 つまり、サイボーグ専用坂路をこなす本数はかなり減ったのだが、その坂路を走る練習法を変えた事により以前よりも遥かに筋肉に負荷がかかり、強烈にキツい練習メニューと化してしまったのだ。

 私やミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩は以前から莫大な坂路トレーニング、筋力トレーニング、追い込みを積んできた甲斐があり、順応にはさほど時間はかからなかった。

 だが、チームリギルのこの二人は別である。普段からやっているトレーニングとは桁外れなそのキツさに足が思うように動かないでいた。

 しかし、それでも、あの二人の持つ豪脚や走りは天性のものだと実感させられた。

 坂路で併走していれば、よくわかる。

 ヒシアマゾン先輩は追い込みから一気に捲る凄まじい伸び脚を兼ね備え、そして、ダイナカールの娘であるエアグルーヴ先輩は気概とその秘めたるプライドで食らいつくような鋭い差し足の片鱗を時折、チラつかせていた。

 さすがはG1ウマ娘を数多く抱えている名門チーム、リギルだけのことはある。

 そんな彼女達の姿を観察していたライスシャワー先輩と私はその二人のトレーニングを坂路を駆け上がりながら分析していた。


「どう思います? あの走り」
「差し足ならエアグルーヴ先輩のあの走りは驚異的だと思うわ…、ヒシアマゾン先輩の方は…粗があるけれど、爆発的な伸び足があって怖いですね…」
「やっぱり、ライスシャワー先輩もそう思われましたか…」
「私なら…、二人の背後にピッタリマークして伸び切ったところを刺しにいくかな…、もちろん、相手の調子を見てから決めるけど」


 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと微笑み、私に向かってさらりと怖い事を言ってのける。

 正直、ライスシャワー先輩の走りは完全なるヒットマンスタイルである。こうと決めた相手をピッタリとマークし、最後の最後で仕留めにかかる戦い方を好む先輩だ。

 そして、彼女についたあだ名が淀の刺客。

 彼女の必殺仕事人ぶりは人気上位のウマ娘を背後から襲う死神として、恐怖の対象とされている。

 そして、その事が彼女に対するファンの風当たりの強さの原因でもあった。

 嫌われ者と本人が口から言っているのはその自分の走りの本質を彼女自身が自覚しているからである。

 だが、私はそんな彼女の走りに対して敬意を持っていた。それは、同期であるミホノブルボン先輩も同じである。

 私はそんな彼女の言葉にこう話しをしはじめる。


「次のスプリングステークスは、ミホノブルボン先輩をやはりマークですか?」
「そうしようかとは思っているけれど…、距離がね…、もしかしたら苦戦するかもしれないわ」


 私の言葉にライスシャワー先輩は困ったような顔をしながら笑みを浮かべていた。

 そう、スプリングステークスは1800m、ライスシャワー先輩の土俵とは言い難いギリギリの適正距離レースなのである。

 では何故、わざわざ、そんなスプリングステークスを選んだのかは、もう言うまでもないだろう。

 ライスシャワー先輩にとってみれば、ミホノブルボン先輩は同室の仲間であり、同時にクラシックを戦う同期になる。

 それは、目に見えて強いライバルが目の前にいるという事、ライスシャワー先輩にとって、ミホノブルボン先輩は仲間であり、親友であり、そして、越えるべきライバルなのだ。

 ならば、距離に不安があっても、彼女と走りたいと思うのは何も不思議な事ではない。

 ただ、ライスシャワー先輩が言っている通り、苦戦は強いられることにはなるだろう。

 坂路をひたすら駆け上がるヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩に対して、チームリギルのトレーナーであるオハナさんの檄が飛んでいる。

 チームの統括をしている以上、彼女もまた、愛情を持ってウマ娘達に接しているのだ。


「だらしがないぞ! お前達! もっと力強く駆け上がれるだろう!」
「はい…っ! …はぁ…はぁ…」
「キツさからかフォームが崩れかけながら走るから、無駄にスタミナを坂に取られてるんだ。ミホノブルボンの走り方を参考にしろ、あれの走り方が坂路を幾千も積み重ねた理想的な走り方だ」


 そう言って、チームリギルのトレーナーであるオハナさんは坂路を爆速して駆け上がるミホノブルボン先輩を指しながら告げる。

 いや、確かにそうだが、多分、あのフォームが完全に完成するのはそれこそ、馬鹿げた数字の本数を坂路でこなしたからこそ出来る芸当である。

 しかしながら、確かにオハナさんが話す通り、このサイボーグ専用坂路を攻略する足がかり程度にはなることは間違いはない。

 坂路の申し子と言われた先輩だからこその芸当、それを少しでも参考に二人ができればいいなとは思う。

 その分私も盗ませてもらうがな! ひゃっはー!

 直一気、殿一気、大外一気、自在差し、馬群割り、二の脚、スタートダッシュから4角先頭の取り方、二枚腰にスローペースからハイペースのこなし方、大まくりから接戦の制しかたまで、学べるものを全部学んでやる!

 私に足りないもの、それは経験だ。

 クラシックは来年、だからこそ、そこに向けもう私は動き出す。

 そして、クラシックを制した後は天皇賞、ジャパンC、有馬記念。

 それらを全て制したら、翌年からは欧州に活躍の場を移し戦うのだ。

 途方もない目標だが、これを達成するにはライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩を倒さなくてはならない。

 そう、彼女達を倒すのはこの私だ。

 そんな覚悟を内に秘めつつ、私は過酷なトレーニングでズタボロになりつつあったエアグルーヴ先輩に近寄るとこんな話しを持ちかけはじめる。


「エアグルーヴ先輩、足動かないなら私がお尻をマッサージしてあげましょうか?」
「…なっ…! お、お尻だと!? お前! 私の尻をどうする気だ!」
「まあ、正確には足の付け根部分ですが、激しく走ったせいで炎症起こすのを防がないとなと思いまして」


 そう言って、お尻をすかさず隠し、顔を真っ赤にするエアグルーヴ先輩に首を傾げながら告げる私。

 これは、いわゆる私が学んだサイボーグ専用坂路トレーニングでのケア方である。

 私の場合は当初はエアグルーヴ先輩のように足の負担からか、炎症などを起こす事もよくあった。

 そういった場合は当然、トレーニングは中止になり、非常に効率が悪い。

 だからこそ、クールダウン、さらに、炎症を防ぐケアを念入りに行っておく必要がある。

 そう言った説明を私がエアグルーヴ先輩に告げると、エアグルーヴ先輩は渋々、私の言葉に従い背を向けたまま横になった。

 私はとりあえず、エアグルーヴ先輩の足の付け根部分を軽く触る。


「ひゃぁ…っ!?」
「あーこれは…やってますね」
「や、やってる?」
「はい、負荷をかけ過ぎて、ここにかなりの熱があります、よくなるんですよ、私もなりましたし」


 そう言って、私はスベスベのエアグルーヴ先輩の足の付け根を触りつつ、分析する。

 しかし、なんだこの弾力性、この人、あんな馬鹿げた差し足してるくせになんでこんなに柔らかいんだろうか…。

 エアグルーヴ先輩のお尻の素晴らしい弾力性を感じつつ、私はひとまず、指圧でほぐしながら、彼女の足をケアしていった。

 その際、マッサージしたのが私でよかったですね、とエアグルーヴ先輩に一言だけ告げておく。

 ちなみに、ヒシアマゾン先輩はというと?


「あだだだだだっ! そっちにはそれ以上曲がらねぇよ! 痛っつぅ〜」
「柔軟性が無いから身体が耐えきれぬのです、根を上げるのはまだ早いですよ」


 ミホノブルボン先輩から、それはもう、力士の股割りも真っ青なガチガチな柔軟と強烈な指圧によるマッサージをされていた。

 その光景はあの厳しいリギルのトレーナーであるオハナさんでさえ、ドン引きするレベルである。

 これはミホノブルボン先輩が独自に改良に改良を重ね、研究した柔軟と負荷をかけ過ぎた筋肉に対してのケア法(いじめ)である。

 徹底した柔軟とミホノブルボン先輩の凄まじい力による指圧による筋肉の負荷の解消はまさにケアというより拷問のそれに近い。

 だが、私はそれに耐えて来た自信がある。ちなみにライスシャワー先輩は自信が無いので他人のマッサージはしたがらない。

 ライスシャワー先輩曰く、力加減を間違えて息の根を止めそうだからだそうだ、それならやらないのが一番である。

 それを目の当たりにしていたエアグルーヴ先輩からは血の気がサァっと引いていくのがよくわかった。

 そう、私はわざわざエアグルーヴ先輩を助けてあげたのである。恐らく、ヒシアマゾン先輩の後に私も同じようなマッサージを受ける事になるだろう。

 ちなみに坂路トレーニングが過酷になれば過酷になるほど、ミホノブルボン先輩が行うそれは激痛が伴う。

 だが、私やライスシャワー先輩のような熟練者になると、それが気持ちがいいマッサージに思えてこれるから不思議だ。

 ちなみに私はドMではない、これは自信を持ってそう言える筈だ。多分。

 ミホノブルボン先輩のたまに当たる柔らかい部分で中和されてる感も歪めないが、それはともかく、要は慣れだ。

 ひとまず、エアグルーヴ先輩のお尻から太ももをケアした私は腰に手を当てて、グッと立ち上がる。

 時折、マッサージの最中にエアグルーヴ先輩の下着がブルマの合間から見えたり見えなかったりしたが、しっかりと直しておいたので問題はなかろう。

 そこからは、再び、坂路トレーニングを再開し、筋力トレーニング、追い込み併走をいつものごとく鬼のように行った。

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩は坂路トレーニングだけでダウンしてしまったので残りは私達だけで行ったが、非常に勉強になった一日だった。

 それを大体、三日ほどリギルのお二人と私達が合同で行った。

 そして、最終日にはお二人とミホノブルボン先輩と模擬戦である。

 結果はミホノブルボン先輩が最後の直線の坂で爆走、エアグルーヴ先輩が2着、ヒシアマゾン先輩が3着という結果に終わった。

 これを間近で見ていたチームリギルのトレーナーであるオハナさんはレース後、ミホノブルボン先輩に話にやってきた。


「ありがとう、良いトレーニングが積めた三日間になったわ」
「いえ、こちらこそ、効率の良いトレーニングを教わることができ、勉強になりました」


 そう話しながら、笑顔でオハナさんと握手を交わすミホノブルボン先輩。

 すると、リギルのトレーナーであるオハナはミホノブルボン先輩の手を握ったまま満面の笑みを浮かべてこんな話をしはじめた。


「流石は遠山厩舎の集大成ね。どうかしら? 貴女さえ良ければ、アフトクラトラスと共にウチのチームに迎え入れたいと考えているのだけれど」


 そう、それは、ミホノブルボン先輩に対するチームスカウトの話であった。

 そして、何故だか、私もおまけ扱いで入っている。

 解せぬ、確かに実力なら今の段階ならミホノブルボン先輩にもライスシャワー先輩にも勝てる気はしないのだけれど。

 すると、ミホノブルボン先輩は左右に首を振り、明確にそのリギルのお誘いを蹴った。

 ミホノブルボン先輩は握手をしたまま、オハナさんにこう話しをしはじめる。


「生憎ですが、私は既にチームに入ってまして…。せっかくのお誘いですが、辞退させてもらいます。この娘も同様です」
「…そう、それは残念ね…、ライスシャワーにも同じように声を掛けてみたんだけど貴女のように断られたわ、ふふ…、惜しいわね本当に」
「ありがとうございます、嬉しい限りです」


 ミホノブルボン先輩はオハナさんとそう話しながら、握手していた手を離す。

 ライスシャワー先輩にも声かけてたんだこの人…。それはそうか、あんなトレーニングを淡々とこなしているライスシャワー先輩に声が掛からないはずはない。

 流石は敏腕トレーナーである。ウマ娘を見る目はかなりのものだと素直にそう思った。私をおまけ扱いしたのは悲しくはなったけれども。

 エアグルーヴ先輩やヒシアマゾン先輩からも学ぶ事がたくさんあったこの三日間だったが、一つわかった事がある。

 せめて、トレーニング量はオハナさんがドン引きしないレベルにしませんか? という事だ。

 オハナさんってトレセン学園でも厳しいトレーナーの筈なのにそのトレーナーさんから心配されるレベルのトレーニングってやっぱりおかしいと思います! 今更ですけどね(白目)。

 オハナさんが天使に見えるなんて、リギルのこの二人も思わなかっただろうな、多分。

 そうじゃなかったら、倍のトレーニング量をこなしている結果になっていた。ありがとうオハナさん、私は貴女の事が大好きでした、いろんな意味で。

 リギルの皆さんが羨ましいなぁ。

 こうして、短いながらも、チームリギルとの合同練習を終えた私達の三日間はとても濃いものになるのでした。

 

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アンタレス




 トレセン学園のウマ娘であれば誰しもが何かしらの形で所属する事になるチームを選ばなければならない。

 さて、デビュー戦を終え、リギルの先輩達と合同トレーニングをこなした私はいよいよ、そのチーム選びをせざるを得ない状況になっていた。


「うーん…、どうしようかなぁ…」


 私は悩ましく、チーム名が書かれた本を広げて首を傾げている真っ最中である。

 正直な話、オハナさんは割と好きだったので当初はリギルええんちゃう? と思っていたんだが、ミホノブルボン先輩からリギルに入って楽ができると思うなよ、と念を押されたので取りやめる事になった。

 いや、リギルも相当なトレーニングがあるみたいなので決して楽ではないのだが、私的にもリギルで鍛えられたウマ娘を負かしてやりたいという思いもあったのでやめておく事にした。

 強いライバルが育ちやすい環境をわざわざ残してあげたのである。

 さあ、リギルで鍛えられて私の前に来るがよいと完全に上から目線ですね、ぶん殴られたり腹パンされても文句言えないぞ私。

 そんな、チーム選びで悩んでいる最中、私に最初に声をかけてくれたのはライスシャワー先輩だった。


「アフちゃん、まだチーム選び悩んでるの? …私で良ければ相談に乗るよ?」
「ライスシャワー先輩…」


 天使のような声で心配そうに顔を覗かせてくるライスシャワー先輩の顔に思わずときめいてしまった。

 ライスシャワー先輩を抱きしめたい衝動に駆られるがダメだぞ私! 先輩なんだから!

 小さな身体とは裏腹にトレーニングの鬼だとはこの姿を見て誰も思うまいな、私がライスシャワー先輩のトレーナーなら保護愛が多分半端なくなると思う。

 その後、いろいろと悩んだ結果、私は所属するチームを決めた。

 さて、皆の衆! 私が所属する事になったチームについて早速話したいと思う!

 チームアンタレス。

 これが、私の入ることになったチームである。

 ライスシャワー先輩と一緒のチームだ。

 チームベガっていうのもあったのだが、構成チームみたらホクトベガ先輩にベガ先輩、アドマイヤベガ先輩と名前にまでベガ入っとるやないか! と突っ込みを入れざる得なかった。

 アフトクラトラスベガに改名せざる得ないので語呂の悪さから取りやめる事にした。

 ベガ先輩もホクトベガ先輩も個人的には大好きなウマ娘なんだけども。

 それから、入るチームにした理由についてはライスシャワー先輩が私に誘いをかけてくれたからだ。

 良ければ、一緒のチームで走らないか? と。

 大好きな先輩の元で共に走れるならこれほど嬉しい事はない。切磋琢磨し、応援したいと思う先輩が側に居てくれるのは心強いことこの上ない。

 と思うじゃん? 普通はさ。

 しかしながら蓋を開けてみれば…。


「ライスシャワー、お帰りなさい」
「ズゴー」


 なんと、ミホノブルボン先輩も同じチームでしたというオチでした。

 いや、もう宿舎と変わらんやないかい! 何のためのチーム決めじゃコラァ!

 と、私は見事なヘッドスライディングを部室を開けて鎮座しているミホノブルボン先輩の前で披露しつつ、内心で呟いていた。

 別にいいんだけどね、今更だし? トレーニング量なんて減るわけじゃ無いし、今まで通りだし?

 やべ、涙が出てきそうです。誰か私を慰めてください、今ならコロッといきますよコロッと。

 というわけで、私は宿舎チームこと、チームアンタレスに入ることになりました。もう、最初から入るチーム決まってたようなもんだけどね、ほんとに。

 そして、幸いなことにチームアンタレスは私達だけではなく、それなりに名があるウマ娘も所属しているチームだ。

 チームリギル、チームスピカはもちろん、トレセン学園では有名ではあるが、このアンタレスも負けてはいない、と私は少なくともそう思う。


「さあ、半か丁か! どっちだ!」
「…そうだねぇ、どう思う? バンブーメモリー、私的には理論的に考えて、丁だと思うんだが…」
「うっす! タキオン先輩! こんなの気合いっすよ! 私は半だ! 半!」


 そう言って、ニンジン賭博を部室内でしている部員達の錚々たるメンバーに私は度肝を抜かされた。

 まず、驚いたのは半か丁かと部員に問いかけているニット帽を被ったハードボイルドなウマ娘、ナカヤマフェスタ先輩。

 G1レースは宝塚記念の1勝しかあげていないものの、なんと、このナカヤマフェスタ先輩はあろうことか世界最高峰のレースである凱旋門賞に出走し、2位という恐ろしい結果を刻んでいる。

 そう、対凱旋門賞専用ウマ娘、それが、このナカヤマフェスタ先輩なのである。

 そして、チームアンタレスのマイル戦線に目を向ければ、なんと、ハチマキに気合が入っている竹刀を常に携帯した体育会系ウマ娘、バンブーメモリー先輩がいる。

 バンブーメモリー先輩といえば、安田記念、スプリンターズステークス、以前はG2だった高松宮杯を制した名短距離ウマ娘だ。

 それに、この学者じみた格好をした少女は何よりやばい。


 このウマ娘はたった4度の戦いで神話になった。

 異次元から現れて、あらゆるウマ娘達を抜き去る超高速の粒子、そのウマ娘の名は…。

 この私の前に立っているウマ娘、アグネスタキオン先輩だ。

 とはいえ、実際は4回しかレース走ってないんじゃないかな…。それで全勝記録がついて無敗という。ちなみにWDTではシンボリルドルフ会長に負けてた筈。

 あれは面子が凄すぎてもうね…、いずれ、私もあそこに立てれたら良いんだけれど…、というよりか、それが私がこの学園に来て見てみたい景色がきっとそこにあると思う。

 しかし、アグネスタキオン先輩がまさかこんなキャラだったとはちょっと度肝を抜かされた。

 ギャンブルに理論を持ち出してくるあたり、ちょっと変わってはいるが、相当な実力の持ち主である。


「あとは、学級委員をやっているサクラバクシンオーがこのアンタレスのメンバーだよ」
「意外と多いですね…このチーム」
「スプリント、マイル、クラシック、中距離、長距離。あらゆる戦線で活躍できるウマ娘を集めたのがこのアンタレスです」
「…ステイヤーの担当は本来、私なのだけれど、ミホノブルボンちゃんと私は今年はクラシックを戦わなきゃいけないから…」


 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと私に笑みを浮かべながらそう告げる。

 なるほどと、私は錚々たるチームの面子に顔を引きつらせるしかなかった。

 これは私の予想だが、マイル戦線はリギルのタイキシャトル先輩が居るからバンブーメモリー先輩が勝ったり負けたりはするとしてもいい勝負ができるだろうし、スプリントならまず、間違いなくサクラバクシンオー先輩の方がタイキシャトル先輩よりも上手ではないかと思っている。

 しかし、あくまでも、モーリス、フランケル、ロードカナロア、ニホンピロウィナー、ニッポーテイオー、ジャスタウェイ、デュランダル、ダイワメジャー、ノースフライト等のウマ娘達を除いた時の話である。

 これらが、もし学園のどこかにいるならば、間違いなく今後のマイル戦線、スプリント戦線は荒れる事が予想される。

 その中でもチームアンタレスにその方面のスペシャリスト達がいることは心強い事この上ない。

 私も来週にはOP戦があり、その次は重賞戦に挑む事になる。

 それまでに彼女達から学べることは多いはずだ、特に朝日杯に関しては芝1600m、これは距離的にもマイルだ。

 もしかすると、この朝日杯で1600mを主戦とするマイルのスペシャリストが出てくるかもしれない。

 この状況を冷静に考えた時に、マイルの専門家がチーム内にいればその対策を打ちやすいのだ。

 ナカヤマフェスタ先輩はサイコロを入れていた小さな籠をゆっくりと外す。


「5と3の丁!」
「かぁー! 負けたぁー!」
「ならば、私の勝ちだね、二分の一の確率を考えれば次は丁が来ることは予想できていたよ」


 そう言って、ニンジン賭博で負けて悔しがるバンブーメモリー先輩に自信有り気に告げるアグネスタキオン先輩。

 いやいや、半か丁かなんて二分の一なんだから、そりゃたまたまですよと私は突っ込みを入れたくなった。というか、ニンジン賭博なんて部室でしないでください。

 さて、その後、私の存在にようやく気がついた三人は珍しそうな眼差しを向けてぞろぞろとこちらにやって来た。


「おー! お前がミホノブルボンが言ってた期待の新人かぁ、私はナカヤマフェスタ、よろしく」
「また興味深い娘が入ってきたもんだね、良いモルモットになりそうだ…」
「ういーす! ちっこいなぁ! あれ? ライスちゃんとおんなじくらいじゃない? 身長!」


 そう言って、ワシワシと私の頭を乱暴に撫でてくるバンブーメモリー先輩に嬉しそうに迎えてくれる二人。

 うるせぇ! 身長の事は言うのでない! こちとらバクバクご飯食べても伸びないんじゃ!

 代わりに最近、胸のあたりがおっきくなってきてる気がする。違う、おっきくなるのはそっちではないのだ。

 私はワシワシと撫でてくるバンブーメモリー先輩にブスーッと不機嫌そうな表情を浮かべてジト目を向ける。


「ヤメロォ! 私だって身長欲しいんですよ! 伸びねーんですよ! ね! ライス先輩! ねっ!」
「いや、そこで私に振られても…」
「ちくしょう!」


 まさか、ウマ娘になって体格で涙を流す事になるとは思わなんだ。

 胸は要らないので、誰か差し上げますので代わりに身長をください、お願いします。こんなの胸差勝利の時しか役に立たないぞ。

 というわけで、私はひとまず同じチームのメンバー達に自己紹介を終え、チームの方々はそんな私を暖かく迎い入れてくれた。

 それから、しばらくしてお昼。

 私は食堂に向かうため、トレセン学園の廊下をテクテクと歩いていた。

 最近、食事にプロテインつけとけとミホノブルボン先輩から言われているので、それを脇に抱えながらだが、ちなみにニンジン味である。

 その道中、私はあるウマ娘とすれ違った。


「およっ…?」
「……………」


 そう、すれ違ってしまったのである。

 すれ違ったウマ娘は私個人的には、こいつはヤベェ、目を合わせたらなんか色んな意味でやられそうと思っているそんなウマ娘である。

 無視無視、巻き込まれたらなんかめんどくさそうだし、あやつはくせ者すぎる。

 そう思って、すれ違った途端にちょっと足のスピードを上げようとしたその時だった。


「あー! もしかして! お前! 噂の新人なんじゃねーかぁ! おーす! 私はゴールドシップって言うんだけどさぁ!」


 私の努力も虚しく、肩を馴れ馴れしく組まれて悲しくも捕まってしまった。なんでだよ。

 いや、このタイミングで捕まるとか、しかもよりによってゴールドシップである。このウマ娘の事はよく知っている、色んな意味で有名なウマ娘であり、問題児である。

 芦毛の綺麗な髪に、一見美人そうに見えるが侮るなかれ、そう思ったら大怪我じゃ済まない。このウマ娘の気性の荒さは折り紙つきである、気分屋でやる気がなければレースも凡走し、かなり、扱いが難しいウマ娘なのだ。

 具体的に何がやばいかと言われると、そう、このウマ娘は120億円を一瞬にして紙屑と化した。世界を変えるのに3秒もいらないを体現したウマ娘である。

 別名、120億のウマ娘(私命名)である。

 金船どころかタイタニックやないかい!!

 そんな中、このステマ配合の弊害を最も体現したと言っても過言ではないウマ娘に私は現在、絡まれてるんだけどもどうしたものか。

 そう、ここは無難に話をすれば良いのだ、はじめましてー、今日はどうしたんですか? みたいな?

 すると、そんな私の意思に反して絡んできたゴールドシップから出た言葉はこんなものであった。


「あのウイニングライブ見たぞー! お前! なかなかやるじゃんか! あの踊りは凄い笑ったわ! いやー凄いわ、うん」
「…………マジか…」


 なんと、この人、私のあの恥ずべきウイニングライブという名の黒歴史を目の当たりにしていたのである。

 あの、ウイニングライブは踊りは適当で完全に笑いを取りに走っていたような気はする。

 みんなが真面目に踊ってる中、私だけ珍妙な踊りやヨサコイ踊りやソーラン節なんかをしていたのでそれは目立つ筈である。

 頑張って見様見真似で覚えた伝統的な阿波踊りまでやってのけたのに…。

 ウマぴょい伝説に阿波踊りはやはり無理があったか…、ガッデム。

 そんな事が重なったせいか、変に目立ち、ゴールドシップことゴルシちゃんに目をつけられてしまったという事なのだろう。

 私も問題児の枠に入るらしい、なんてことだ。


「まぁまぁまぁ、積もる話もあるだろうからさあ! ご飯でも食べながら話そう! なっ!」
「えー…」


 こうして、ニンジン味のプロテインを脇に抱えている私はゴルシちゃんに連行される事になった。

 トーセンジョーダンを身代わりにはできないんだろうか…。

 ナカヤマフェスタ先輩がいれば、従姉妹だし、なんか面倒な話にもならない気がするんだけども、ちなみにトレセンにいるマックイーン先輩はやたらとメジロ家のお嬢様キャラでやってるみたいだけれども一言言っておきたい。

 メジロ家の家系、貴女をきっかけにヒャッハーな世紀末の家系になるんですよと。

 そう、メジロ家の豪邸の窓ガラスは全て割れ、広い庭ではマッドマックスばりの改造車がずらりと並び、不良ウマ娘達の溜まり場に…。

 想像しただけでも逃げたくなるなこれ、そんな実家、私でも嫌だ。いや、私の実家も大概でしたねそう言えば。

 こうして、ゴールドシップから捕まった私は小さな身体を引き摺られながら食堂に向かうのでした。


 私の災難は続く。



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アフトクラトラスの災難




 ゴールドシップから見つかった私ことアフトクラトラスは現在、彼女と昼食を摂っている真っ最中である。

 私がご飯をパクパクと食べている中、対面に座るゴールドシップはニコニコと私の顔を見つめ何故か上機嫌であった。

 なんだろう…。私、別に何にもしていないんだけども。

 つい、その視線が気になって、私はニコニコとこちらを見てくるゴールドシップにこう問いかけた。


「あ、あのー…、そんなに見つめられると食べづらいんだけども」
「ふんふんふーん♪ お構いなくー♪」
「いや、私が構うやろがい」


 そう言って、笑みを浮かべて答えるゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 そんなに見つめられると食べ辛いっての、しかも、ニコニコしながら見られているから尚更、気になって仕方がない。

 なんだね、何を企んでるんだね、お前は。

 内心ではそんな警戒をしつつ、現在、彼女といるわけだけども、もっと見るべき人が居ると思うんだけどな! 私は!

 ほら、あそこで大盛りご飯食べてるオグリキャップ先輩とか! 誰も見ないなら私が見てやるぞ! 対面に座ってな!

 そう思った私は、対面に座るゴールドシップにちょっとついてこいと言わんばかりにご飯が乗ったトレーを持ち上げるとそのまま、黙々とご飯を食べているオグリキャップ先輩の前に座る。

 オグリキャップ先輩、この方はもはやトレセン学園の食堂におけるマスコットキャラと言ってよい

 芦毛の綺麗な長い髪に、芦毛の怪物という名に恥じないその食べっぷりはあのシンザンを思い浮かべてしまいそうだ。

 オグリキャップ先輩は数々のG1を制した叩き上げのウマ娘であり、私はかなりリスペクトしている。

 おそらく、トレセン学園ではナリタブライアン先輩とシンボリルドルフ先輩と同等かそれ以上の力を秘めた秀才だ。

 さて、そんなオグリキャップ先輩の前に座った私はというと先程、私の対面に座っていたゴールドシップを隣に座らせて、前にいるオグリキャップ先輩をジーッとニコニコと笑みを浮かべながら見つめていた。


「モグモグ…モグモグ…」
「………………」
「…んっ…、そ、そんなに見られると恥ずかしいんだが…」


 そう言って、ご飯を一心不乱に先程まで食べていたオグリキャップ先輩は私の視線に気づき恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら告げて来た。

 ほらな、やっぱり普通はそうなるんだよ。

 でも、私はオグリキャップ先輩が可愛かったので悪戯心が疼いてしまったのかニコニコと笑顔を浮かべたまま顔を赤くしている彼女にこう告げる。


「いえいえー、お構いなくー。たくさん食べるオグリ先輩が可愛かったので見つめてたいなぁっと思いまして」
「…い、いや、私は食べ辛いんだが…」
「ほら、ゴールドシップ、わかりましたか? つまりこういう事なんですよ、見つめられると食べ辛いんですよ、ご飯って」
「いや、お前と先輩とじゃご飯の量がそもそもちげーだろ」


 そう言って、呆れたようにゴールドシップは左右に首を振り私に告げる。

 いや、そりゃそうだけども、私は比較的に小柄だしたくさん食べるとまた身体が重くなって坂路キツくなるからそうなりますよ。

 それに、少食の私の食事を眺めるより、オグリキャップ先輩がたくさん食べる光景を見ながらほっこりする方が実に理にかなっていると思います。

 大食いの恥ずかしさから顔を赤くしてるオグリキャップ先輩見てくださいよ、可愛いじゃないですか。

 私は好きです、なんなら私のご飯を分けてあげたいくらいです。

 そんな感じで、オグリ先輩の対面で賑やかにご飯を食べる私とゴールドシップ。というか、なんでこの娘やたらと私に絡んでくるんだろうか?

 まあ、私は私で全く無関係だったオグリキャップ先輩を巻き込んでいるんですけども、私がやたら人懐っこい性格って言われるのは多分、こういうところなんでしょうね。

 私はしばらくして、ご飯を食べている最中のオグリ先輩の目前にスッとニンジンを置く。

 すると、オグリ先輩はそれに反応したのか、私が目前に置いたニンジンを目で追い始めた。

 ちなみにすでにオグリ先輩の食器はすっからかんになっている。いくらなんでも食うの早すぎだろこの人。

 そして、私はそのニンジンを左右にオグリ先輩の目の前で揺らす。

 すると、それに反応するように釣られてオグリ先輩も涎を垂らしながら左右に身体を揺らし始めた。

 まだ食うんかい、お腹随分とポッコリしてるじゃないですか貴女。

 でも、なんだろう、なんか楽しい。

 そうして、私がオグリ先輩をおもちゃにしているとゴールドシップが横から私の頭に軽くチョップを入れてきた。


「やめい、食べ物をおもちゃにするでない」
「あぐっ…、つ、つい、オグリ先輩が面白くて…」
「ニンジン…ニンジン…」
「はい、差し上げますよ、そんなに欲しがるなんて思いませんでした」


 そう言って、オグリ先輩にニンジンを差し上げるとオグリ先輩の表情がパァっと明るくなり満面の笑みを浮かべていた。

 やばい、可愛すぎる。なんだこの生き物、本当にあの芦毛の怪物なんだろうか。

 というか、私は芦毛に囲まれて無いだろうか?

 青鹿毛の私が目立って仕方ないなこれ、オセロじゃ無いんだぞ、オセロ、頑張っても私の髪の毛は真っ白にならないんだぞ。

 すると、ゴールドシップは私の背後を取ると何故か強引にいきなり、抱き寄せ始めた。


「あー、やっぱりオメーはちっこくて可愛いなぁ! しかもその癖っぷり! 私は嫌いじゃないぞー! 良きかな良きかな!」
「どぅへぇい!?」


 これには流石の私も度肝を抜かされて、思わず変な声が出てしまう。

 どうやら、ゴールドシップに私が気に入られた理由はおんなじような変わった思考の持ち主で癖ウマ娘だからっぽい。

 おいこら! さりげなく私のおっぱいを掴むんじゃ無い!

 なるほど、サンデーサイレンスとマックイーンみたいな感じになっているわけか…。

 おいちょっと待て、マックイーンならいるだろう! 私は関係ないぞ! 嫌だー! 癖ウマ娘枠にされたくなぃー!

 スリスリと頬を擦り付けてくるゴールドシップになされるがままの私。オグリ先輩! ニンジンあげたんだし助けてくださいよ!

 すかさず助けを求めオグリ先輩と視線を合わせる私、そして目があったオグリ先輩はというと。


「ハムハムハムハムッ!」
「誰もニンジン取らないよっ! 慌てて食うんじゃないよ!」


 私からニンジンを没収されると勘違いしたのか、むしゃむしゃと勢いよくそれを齧り食べていた。

 いや、あげたものを没収なんかするわけないでしょうが、そうか、オグリ先輩をおもちゃにしたのが仇になったかここで。

 そんなわけでゴールドシップになされるがままの私なのだが、ここで、あるウマ娘の姿を見つける。

 そう、それは私と同期であり、同じクラスのウマ娘である眼鏡を掛けた髪を編んでいるちっこいウマ娘。

 ゼンノロブロイちゃん、その人である。


「ゼンちゃーん、お助けー」
「ふぁっ!?」


 そして、小説を読みながらたまたまそこを通りかかったゼンちゃんことゼンノロブロイは私の縋り付くような声に驚き、ビクッと身体を硬直させる。

 ゼンノロブロイちゃんの視線の先には、おそらく、ゴールドシップから頬ずりをされて涙目の私の姿がきっと映っていることだろう。

 誰か、私の代わりにマックイーンちゃん連れてきて、早く!

 そんな中、私が助けを求めたゼンノロブロイちゃんはというと?


「…多分、ウマ娘違いです…」
「目を見て! ねぇ! 絶対気がついてるよね! ね!」


 変なのに関わらないようにしようと、なんとゼンノロブロイちゃんは私の言葉をスルーして、通りすがりの通行人として、あろうことか、顔を小説で隠しながらなんと素通りしようとしたのである。

 ちなみに私を一方的にハグしているゴールドシップはご満悦のご様子である。そして、私は死にそうになっている。

 同じように身長ちっこい同士の仲じゃないか、私を助けてくれたらきっと良いことがある! 多分!

 そんな中、意を決して、ゼンノロブロイは私に抱きついているゴールドシップへ一言。


「あのっ! すいません!」
「んお? なんだなんだ?」
「やっぱりなんでもないですー!!」


 だが、何か言う前になんとゼンノロブロイちゃんは私を見捨ててゴールドシップの前から駆けて逃げていってしまった。

 おい! ちょっと待てぇ! ゼンちゃん! そりゃないよ!

 畜生め、こうなれば自分で打開しろという事か、いつのまにかオグリキャップ先輩を居なくなってるし。

 置き手紙でニンジン美味しかったありがとうって書き置きしてるのは良いんだけど、ついでに助けてくれてもよかったではないですか。

 致し方ない、こうなれば最終手段に出るか。


「あっ! 見てください! ゴールドシップ! あそこにこちらへ中指立ててるトーセンジョーダンが居ますよ!」
「あんっ? んだとぉー! どこだー! ゴラァ!」
「今だ、必殺、軟体脱出!」
「あっ…! しまった!」


 そうして、ゴールドシップの手元から離れた私はすかさず距離を取り、そのまま食堂から抜け出すと一目散に教室に向かって駆けた。

 説明しよう! 必殺軟体脱出とは!

 ミホノブルボン先輩から施された拷問並みの筋肉ケアと柔軟体操により、柔らかくなった私の身体をくねらせて脱出する必殺技である。

 しかし、拘束中に胸を掴まれていると脱出は不可なのでご容赦くだされ。

 教室に逃げ帰ったひとまず私は、肩で息をしながらドカリッと椅子に座る。

 そんな私の様子を見て、同級生であるウマ娘が一人近づいてきた。


「はぁ…はぁ…ちかれた…」
「ボンジュール! 大丈夫? アフちゃん?」


 鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その片鱗は既にデビュー戦でも周りに彼女は堂々と見せつけていた。

 彼女は私とゼンノロブロイと同級生の期待のウマ娘、ネオユニヴァースある。

 ゼンちゃんことゼンノロブロイ、このウマ娘ネオユニヴァース、そして、アフトクラトラスこと、この私で三強と現在、囁かれている。

 何故、いつの間にか三強にされてるんだろうか…。

 そして、ネオユニヴァースことネオちゃんはなんとイタリア語とフランス語が喋れるという特技を持っているらしい。

 海外遠征は何にも問題なさそうですね、あ、私ですか? 関西弁と薩摩弁ができます。はい、役に立ちませんね、これ。

 ネオユニヴァースことネオちゃんに声を掛けられた私は事の経緯を彼女に話した。


「カクカクうまうまって事でゴルシちゃんから逃げてきた」
「なるほど、それは大変だったねぇ」
「全くだよ! 私は断じて癖ウマ娘なんかじゃない! 失敬だよね! ほんと!」
「いや、そこはだいぶ癖ウマ娘だと思うよ」


 そう言って、はっきりと告げてくるネオちゃん。

 何故っ!? 私は至って真面目なウマ娘なのに! なんでこんな扱いなんだ! もっとこう、良いとこたくさんあるでしょう!

 そうか、あのウイニングライブだな! あの最初のウイニングライブのせいなんだな!

 真面目にやっておけば良かったよ…。後悔しても仕方ないけどね。

 そう思っていた私だったのだが、ここで、ネオユニヴァースちゃんはフォローするかのようにこう一言告げてきた。


「でもほら、癖がある方がよく走るって言うじゃない?」
「フォローになってないよっ!!」


 そんな会話を同期と繰り広げながら、私はその後、午後の授業を受けることにした。

 彼女達とはクラシックを戦う事になるが、もちろん、私は微塵も勝ちを譲るつもりはない。

 三冠ウマ娘になる。

 それは、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩を超えたいと思う私の使命だ。

 今日あったこの光景、トレセン学園に来て、これが、私の日常になりつつあった。

 そんな毎日を私が過ごす中、いよいよ、迫る注目のレースがある。


 ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩が激突するスプリングステークスがすぐそこまで迫っているのだ。

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スプリングステークス




 スプリングステークス。

 3着までの馬に皐月賞の優先出走権が与えられるトライアル競走であり、このレースは、皐月賞・東京優駿(日本ダービー)と続く春のクラシック路線、およびNHKマイルカップの重要な前哨戦として位置付けられている。

 さて、このレースであるが、私は現在、観客席にて、姉弟子と先輩の二人の応援にやってきた。

 坂路の申し子、栗毛の超特急、サイボーグとの異名を持つ、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩。

 パドックにて、その姿を見たが改めて堂々としている彼女に見惚れてしまった。

 鍛えに鍛え抜かれた美脚に引き締まったウエスト、そして、上半身は無駄なく絞られたスラリとした筋肉が凝縮された綺麗な腕。

 そして、何よりもレース前にしてあの溢れ出る気迫は誰がどう見ても息を飲まざる得なかった。

 言わずもがな、最高の仕上がりである。


 そりゃそうだよ、私が散々付き合わさせられたし、死ぬかと思いましたよほんとに。


 しばらくして、パドックには私が応援しにきたもう一人の先輩が皆の前でその姿を披露した。

 淀の刺客、関東の刺客、記録破り屋との異名を持つ、私の大好きな先輩、ライスシャワー先輩だ。

 その小さな身体を坂路で追い込み、更に、特別調教師のマトさんとの特訓を重ね、レースの為に仕上げてきた。

 だが、今回のレースは1800mと彼女の本来の土俵ではない戦いを強いられる事になる。

 ミホノブルボン先輩と比べると、パドックからレース場を一望していたライスシャワー先輩の表情がどうにもらしくないように見えた。

 さらに、このレースにはもう一人、チームアンタレスからスプリングステークスに出てくるとんでもなく強い先輩が一人いた。


 電撃の爆進王。


 短距離スプリンターでまさしく化け物じみた強さを誇り、あのマイルで絶対的な強さを誇るタイキシャトル先輩をもってしてもスプリント戦で勝てるかどうかわからないウマ娘。


 サクラバクシンオー先輩である。


 最近、学級委員での仕事が重なり、なかなか部室に顔を出せなかった事もあり、私はまだ面識は無いのだが、その実力はよく知っている。

 1400メートル以下、スプリント戦線では化け物じみた力を発揮しており、その距離では恐らく彼女の右に出るウマ娘はなかなか居ないだろう。

 パドックに姿を現した彼女の身体もまたミホノブルボン先輩同様に鍛えられた凄まじく綺麗な身体をしていた。

 恐らくは学級委員の仕事をこなしながら、スプリングステークスに向けて仕上げてきたに違いない。

 だから部室に顔を出せなかったのだと私は納得してしまった。

 鹿毛の綺麗な長い髪を後ろに束ね、黄色いカチューシャを付けた彼女の凛々しくも逞しい姿は、優等生として申し分ない。


「ミホノブルボンにライスシャワー相手だと今日はより気合い入れないとね…」


 パドックで皆に姿を披露しているサクラバクシンオー先輩の眼はパドックを終えたミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の姿をしっかりと捕らえていた。

 とはいえ、サクラバクシンオー先輩もライスシャワー先輩同様にこの距離は本来の土俵ではなく、厳しい戦いを強いられる事になる。

 彼女もまた、ミホノブルボン先輩という、チームメイトであり、ライバルを倒すためにこのレースをあえて選んだのである。

 恐らく、このレースでそれぞれ異なる距離の同期が激突することになる珍しいケースのレースだ。

 普段から切磋琢磨している相手だからこそ、負けられないプライドというものがある。


 全ウマ娘がパドックを一通り終えたところで頃合いを見計らい、アナウンスが会場に流れ始める。


「それではパドックを終了致します、準備が出来たウマ娘はゲートまでお進みください」


 そうして、それぞれレースの為に準備を始めるウマ娘達。

 柔軟を行う者、軽く足を動かし芝の感覚を掴む為走る者とその内容は異なっている。

 そんな中、私の姉弟子、ミホノブルボン先輩は物凄い気迫を身に纏いながらアップをしており、周りに居たウマ娘達も思わず恐縮してしまっていた。


 そりゃまあ、首の骨をゴキリッと鳴らし、更に拳をパキパキ言わせて、軽く恐ろしい速さでダッシュして汗を流してれば皆そうなる。


 一方で、ライスシャワー先輩もアップを軽くこなしていたが、パドック同様に表情はあまり優れないようだった。

 そして、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と同様に芝の感触を確かめるように軽く走り、芝の感触を確かめている。


 それぞれ違うアップを繰り広げる彼女達の様子を観客席の最前列で眺めていた私は、隣にいる同じチームのメンバーであるアグネスタキオン先輩にこう問いかける。


「今回、どうでしょうかね。二人とも仕上げは良さげでしたけど」
「そうだねぇ……。私が見たところ、ミホノブルボン先輩は問題は無さそうだけれどライスシャワー先輩は厳しいかなと感じるな、多分、それは本人が一番わかってるとは思うけれどねぇ」
「バクシンオーの奴も出るからなぁ…、これはちょっと厳しいだろ、私もあいつの仕上がりのサポートで併走してやったけどあれも大概、化け物だったよ」
「やっぱりそうですか…」


 アグネスタキオン先輩とバンブーメモリー先輩の言葉に私も思わず表情が曇る。

 いや、それはレース前からライスシャワー先輩が口で話していた事を事前に知っていたから、尚更、今日の彼女の顔を見てそう思わざる得なかった。

 この距離、そして、ミホノブルボン先輩の仕上がりを見れば、私は厳しいと改めて感じた。

 さらに、スプリントのスペシャリストであるサクラバクシンオー先輩がここに加わってくればその勝負はかなり困難を極める。

 面子がやばいなぁ、と私はそう思った。

 彼女達ともし同期ならば、全くこのレースに勝てるビジョンが浮かんで来ない。


 そして、いよいよ、発走の時刻が迫ってきた。

 次々とゲートインを済ませるウマ娘達。ライスシャワー先輩はゲートに入ったミホノブルボン先輩の顔を真っ直ぐに見つめた。

 私も貴女に勝つ為に仕上げた。

 レースの距離が違うとはいえど、ここで引くつもりはないと目でそう告げているようだ。

 ライスシャワー先輩が見つめるミホノブルボン先輩はというとターフを見つめ、身体から力を抜いて集中力を高めている。

 一方で、サクラバクシンオー先輩はリラックスした様子で深呼吸を済ませて、集中力を研ぎ澄ませているようだった。

 そして、レース前のファンファーレが鳴り響いた。いよいよ、三人が激突するスプリングステークスがはじまる。


「各ウマ娘! 位置について!」


 各ウマ娘は審査員のその掛け声と共に走る体勢を取る。

 観客席に座る私もいよいよ、あの人達の走りを見ることができる事に対する高揚感からか強く握りしめた右手には汗が滲んでいた。

 そして、号令と共にパンッ! と勢いよくゲートが開いた。

 そこで、すかさずスタートダッシュを決めたのは…。


「さぁ、先行争い、ミホノブルボンとサクラバクシンオー、二人共に物凄いスタートを決めました」


 ゲートが開くと同時に先行を取りに走ったのはやはりこの二人であった。

 先行争いに入ったサクラバクシンオー先輩とミホノブルボン先輩の二人は互いに顔を見合わせる。

 やはり、来たかと、互いにそう感じている様子であった。


「悪いけど、このレースは貰う…!」
「私を倒せたらの話だけどね!」


 まるで、視線が交差する二人の間にはバチバチと火花が散っているようで見ていて初っ端からワクワクするような展開だった。

 普段から知っている身内だからこそ、余計に負けられない、その気持ちはレースを見ている私にも良く分かる。

 そして、その二人の様子を見つめる刺客はよく観察しながら、静かにやや後方の方で息を潜めて居た。

 頃合いを見て、仕留めに掛かる、レースはまだ始まったばかりだ、後半から仕掛けて勝利を掻っ攫う。

 黒い影、ライスシャワー先輩である。


(先頭はやはり、あの二人が取りに行ったか、勝負は400mから…)


 仕掛けるタイミングを間違えれば、恐らく勝てない。だが、自分が取るべき走り方はこのやり方だ。

 ライスシャワー先輩の走り方はよく、自分の脚質を理解した堅実な走り方だった。

 そして、一団となって駆けるウマ娘達だが、その実力差はレースが後半になるにつれてだんだんと明確になっていく。

 残り800mあたり、走るペースが落ちないミホノブルボン先輩の走り。

 その走りについて行っていたサクラバクシンオー先輩の表情は明らかに思わしくないものになっていっていた。


「…ハァ…ハァ…、なんでペースが…っ」


 そう、ミホノブルボン先輩の足にサクラバクシンオー先輩の足がついていかなくなって来ていたのである。

 学級委員での仕事があったとはいえ、間違いなくこのスプリングステークスの為に仕上げ来た。

 距離不安もあったが、それでもある程度は戦える自負が彼女にはあった。

 だが、蓋を開けてみればミホノブルボン先輩の走りにだんだんと足がついてこれなくなって来ている事に気がついてきたのだ。

 地獄の坂路を幾千も超えて、さらには、強靭な身体を作るために徹底的に足腰を鍛えるトレーニングをミホノブルボン先輩は積んできた。

 それに付き合った私が言うんだから間違いない、あれは、軽く死ねる内容なものばかりだ。

 残り400mの直線、そして、そのミホノブルボン先輩の真骨頂である化け物じみた足が炸裂する。

 ドンッ! とターフを蹴り、加速したかと思うとグングンと一瞬にして後続のウマ娘達を完全に引き千切ってしまったのである。


 瞬間、サクラバクシンオー先輩の表情が絶望に変わったのがよくわかった。


 圧倒的な実力差、炸裂したその足にもはや、バクシンオー先輩が対抗できるほどの足は全くと言っていいほど残っていなかった。

 それは、まさしく化け物と言っていいほどの強さだった。このレースを見ていた誰もがそう思った事だろう。

 一身差、二身差、三身差、その差はみるみる内に開いていっていた。

 それを見た、ライスシャワー先輩の表情も真っ青になるのがよくわかった。

 仕掛ける仕掛けない以前に、もはや足を使っても追いつけないほどの圧倒的な実力差がそこにはあったのだ。


 気がつけば、彼女もミホノブルボン先輩から完全に心がへし折られていた。


 ついた身差はなんと七身差、もうこうなっては追いつきようがない、更に加速するミホノブルボン先輩の凄まじい強さにレースに出ていたウマ娘達も走る気力を根本からぶち抜かれたような錯覚を覚える。

 抜く、抜かれないの話の次元ではなかった、完敗だった。

 彼女に勝てるビジョンが全く浮かばない、レースに出ていた大半のウマ娘達がそう思った事だろう。


「ミホノブルボンこれは強いッ! 七身差! 完全に独走態勢で今ゴールインッ! 圧勝です! まさに完全無欠のサイボーグッ」


 この凄まじいレースに見ていた観客達も思わず言葉を失ってしまった。

 サクラバクシンオー先輩、ライスシャワー先輩と注目すべきウマ娘達がいたにも関わらず、そんなものは関係ないとミホノブルボン先輩は引き千切ってしまった。

 完全に心をへし折る圧倒的なその強さに、皆もなんと言ってよいのかわからないのだ。

 まさか、これほどまでに強いとは私も思ってもみなかった。

 レース終了後、ゴールを潜ったサクラバクシンオー先輩は膝に手をついてをついて肩で息をしていた。

 歯が立たなかった、その悔しさが単に込み上げてくる。

 レースを終えたライスシャワー先輩も膝から崩れ落ちるように地面に手をついた。そして、唇を噛みしめるように地面に拳を叩きつける。


「…なんで早く捕らえに行かなかったんだっ! ばかばかばかっ!」


 無様なレースを晒してしまった。

 その感情が吹き出してしまう、もっとやれたはずなのに何故、早く仕掛けに入らなかったのかと、自分の詰めの甘さを悔いているように地面に拳を叩きつける。

 気がつけば、仕掛けが遅くなり、4着、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩に迫るどころか心が折られ、他のウマ娘にも前を走られているではないかと彼女自身が許す事が出来ないような出来だった。

 そんな中、ミホノブルボン先輩は毅然としていた。

 まだ、こんなところは通過点に過ぎないとばかりに平然とした様子で観客に手を振っている。

 私はそれを見て思わず鳥肌が立った。


 これが、あの地獄のようなトレーニングを積んできた者の境地。

 身体が悲鳴をあげても更に追い込み、ハードな訓練と特訓を重ねに重ね、圧倒的な力を持ってして相手をねじ伏せる。

 まさしく、スパルタの風だった。

 このレースを見ていた私は覚悟を決めなくてはいけないような気がした。

 あの人を超えるには本気で血が滲むようなトレーニングを更にこなさなければならないのではないかと。

 才能だけで挑もうなら簡単にねじ伏せられる。


 レースが終わった後、私は会場を後にするライスシャワー先輩の元に向かった。あの姉弟子の強さをどう感じたのかを聞きたかったからだ。


「ライスシャワー先輩! …あの…」
「…アフちゃん」
「…えっと…その…、今日のレースは…」
「えぇ…、無様なものを晒してしまったわね」


 ライスシャワー先輩は笑みを浮かべて、なんと話しかけたらいいかわからない私にそう告げた。

 しかし、彼女はミホノブルボンという怪物と対峙して、このレースを通して確信した事があった。

 己の完全な力不足であるという事、それが、敗因であるというのを自覚できた。


「クラシックは絶対に巻き返す、必ず刺してみせるわ…、血反吐を吐いても泥水を啜ってでも必ずあの娘に勝つ、その覚悟が今日改めてできました」


 そう私に語るライスシャワー先輩の眼は鋭く研ぎ澄まされていた。

 私はそんなライスシャワー先輩が纏う赤く、立ち昇るオーラの様なものが目視できてしまう。


 鬼の胎動はこの時から始まった。


 漆黒の身体に宿るのは逆襲の誓い、私はそんなライスシャワー先輩の威圧感に言葉を失ってしまった。彼女は踵を返すと私に背を向け、敗北を喫した会場を後にしていった。

 敗者は敗者らしく、次のレースの為に身体を仕上げるのみ、そう、本番のクラシックはまだ始まっていないのだから、勝負はこれからである。


 その後、レースに勝ったミホノブルボン先輩がウイニングライブを披露した。


 あんなに堅物でトレーニングの鬼のはずなのにウイニングライブの時は可愛く見えてしまうから不思議である。


 ちなみに私がウイニングライブで適当やった時はミホノブルボン先輩からチョークスリーパーをお見舞いされたのは記憶に新しい。


 こうして、先輩三人が激突したスプリングステークスはミホノブルボン先輩のウイニングライブで締めくくる事になった。

 次はいよいよクラシック戦線へ舞台が移る。

 これから、二人がどうなるのかを私は見届けねばと密かに固く心に誓うのだった。

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祝勝会の準備




 スプリングステークスを終えて。

 チームメイトであるミホノブルボン先輩の勝利を祝して、祝勝会を執り行うことになった。

 私はその準備のために現在、色々と用意をするため、あっちへ、こっちへと走り回って用意をしているのであるが、その道中の廊下での出来事であった。

 私は部室に使う、飾り付けを抱えトレセン学園の廊下を歩いていた。そう、そこまではなんの問題もない。

 しかしながら、その飾りを抱えて運んでいる最中の事だ。

 曲がり角に差し掛かった瞬間、急に私の視界が奪われてしまった。フニョンッという音が聞こえた上に何か柔らかいものにぶつかった様な感覚が私の顔面を襲ったのである。


「ひゃぁ!? あっ…」
「ぶふっ…!」


 そう、とてつもなく柔らかいものだ、それにはよく見覚えがある。この感触はいつも私が胸にぶら下げているものと一緒だ。

 そして、私がぶつかったであろうその声の主はアグネスタキオン先輩の声質とどこか似通っている様な気がした。

 私はひとまず、その柔らかく私の視界を奪った物からゆっくりと後退し離れる。そして、離れた事で私の目の前には二つのおっきい丘が現れた。

 表現がまどろっこしいので、ぶっちゃけて話すけれど、早い話がデカイおっぱ○が二つ目の前にあるのだ。

 なんだこのデカさ、私とどっこいどっこいかそれ以上だぞ。

 そして、その持ち主は心配そうに飾りを持っている私にこう謝罪の言葉を述べはじめる。


「ごめんなさい、ちょっと考え事してて気づかなかったわ」
「いや、良いんですよ、怪我もありませんし」


 そう言って謝ってくるのは、綺麗な栗毛の髪を左右に束ねた、どこか、勝気なウマ娘だった。

 胸がここまで自己主張が激しいのだから間違いない、この娘は勝気である。私の直感がそう告げていた。

 このウマ娘は確か、どこかで見覚えがあった様な気がするけれど、どこだっただろうか?

 すると、ぶつかって来たウマ娘は安心した様におっきな胸をなでおろすと、何かに気づいたのか私にこう話しをしはじめる。


「あ! もしかして…アフトクラトラス先輩ですか! そうですよね!」
「え…っ!? あー、うん、そうですが…貴女は…」
「私はダイワスカーレットって言うんですけどっ! 見ましたよ!この間のレースっ! すごかったじゃないですか! あれ!」


 そう言って私に興奮気味に話す、ダイワスカーレットと名乗るウマ娘、私はこの時ふと思い出した。

 そう、そうだ、ゴールドシップがチームスピカであると聞いた時にそのメンバー表を見せてくれてその名簿の中に名前と写真が載ってあった。


 ダイワスカーレット。

 同世代のウオッカと激しい争いを繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬とも互角以上に渡り合った事はあまりにも有名だ。

 そして、メジロ家が名家、名家と言われており、お嬢様と言われているが、何を隠そう、このダイワスカーレットもまた、名家の出である。


 その名もスカーレット一族。


 マイリーから派生する一族で主にイットー、ハギノトップレディやダイイチルビーなどの名ウマ娘が名を連ねる『華麗なる一族』。

 ローザネイから派生したウマ娘の一族で、ローズバト、ローズキングダムなどのウマ娘達が有名な『薔薇一族』。

 そして、スカーレットインクから始まる活躍するウマ娘を数々輩出している一族を『スカーレット一族』とされている。

 その『スカーレット一族』の中でも、このダイワスカーレットとヴァーミリアン、そして、ダイワメジャーはエリート中のエリートなのである。

 血統においても素晴らしく可能性に満ち溢れており、今後も活躍が期待されるウマ娘だ。

 さて、そんなエリートな秀才ウマ娘に何故、私はこうして話しかけられているんだろうか、意味不明である。

 しかも、ダイワスカーレットは何やら興奮気味のようだ。先日のレースというと、おそらく私が走ったデビュー戦の事だろうか?


 やめたまえ、あまり声高に話すとまた私の株が上がって坂路の数が比例して増えてしまうでしょうっ!


 いや、たしかに嬉しくはあるのだが、しかし、あのウォッカと大接戦ドゴーンやったあのダイワスカーレットがこんな可愛いウマ娘になってるとは思いもよらなかった。

 しかも、奇しくも胸の位置が私の目前という身長差、普通に話しててもダイワスカーレットの胸に話しかけてるような錯覚を感じてしまう。

 自己主張激しすぎでしょう! 私も人の事は言えないけど! 私は身長伸ばそうと頑張った結果がこうなっただけだから!

 しかし、あの弾力性は多分、エアグルーヴ先輩のお尻と同じくらいはあった。

 商品化待った無しですな、あの弾力性のある抱き枕をソファに置いてたらダメになりそうな気がする。

 と、話はそれてしまったが、私は目前にいるダイワスカーレットにこう話しをしはじめた。


「あのレース見ててくれたんですか…、光栄ですね、ありがとうございます」
「いえいえ! 15身差の大差っ! あんなの見せられたら私も気合が入っちゃいましたよ!」
「…ふふ…、それは嬉しいんですけど私的にはあのレースは黒歴史的な要素が盛りだくさんだったものでなんか複雑ですね」


 私はそう告げる飾りを抱えたまま遠い眼差しを廊下の窓の外へと向ける。

 誰にでも黒歴史というものがあるのだ、そう、私にしてみればまさしく大衆の前で披露したあの独自路線を貫いたパフォーマンスの数々。

 私的には好感触に思っていたし、キレキレで踊っていたので受けは良かったように見えたのだが、現実はそう甘くはないのだ。

 何かを悟ったような表情を浮かべている私にダイワスカーレットちゃんは容赦なく追い討ちをかけて来た。


「あ、それってウイニングライブの事ですよね、有名ですし」
「皆まで言うでない」


 私はすかさず、ウイニングライブについて口走ろうとしたダイワスカーレットの口を防いだ。

 あれは開いてはならぬパンドラの箱、演歌を歌って、うまぴょい伝説を歌わさせられ、ついでにソーラン節や阿波踊りといった青いコアラのマスコットじみた事をやってしまった。

 演歌担当、キタサンブラックさんが居ないばっかりに私が大恥をかいてしまった大惨事、翌日、姉弟子からチョークスリーパーされて反省させられたのは記憶に新しい。

 しかも、トレーニング終了後、重石を手脚に着けてウイニングライブを踊るという練習も追加される羽目になったのだ。

 おほー、身体が悲鳴をあげちゃうの〜と涙目になった、鬼か、いや、坂路の鬼でしたねそう言えば。

 そして、私が飾りを持っていたのに気づいたダイワスカーレットちゃんはなんと部室まで一緒に運んでくれると言ってきてくれた。

 見た目的にツンデレの素直になれない娘かなって思ってたけどめっちゃええ娘やないか…、私は思わず抱きしめたい衝動に駆られそうになった。

 あ、抱きしめられるのはこの場合、私か、身長差から考えて。

 そんなわけで、私はダイワスカーレットちゃんに協力してもらい飾りをなんとか部室前まで持ってこれる事ができた。

 結構な量を運んでたんで目の前がいっぱいいっぱいだったからほんとに助かった。手伝ってくれたダイワスカーレットちゃんには感謝しかない。

 私はひとまず、部室まで飾りを運んでくれたダイワスカーレットちゃんに提案するようにこう話しをしはじめる。


「ありがとう、スカーレットちゃん、よかったら祝勝会参加していく?」
「えっ? アンタレスのですか?」
「そうそう、タキオン先輩もいるしどう?」
「えー…、あ、あの人はちょっと…」


 そう言って、若干、引き気味に私に告げるダイワスカーレット。

 あれ? タキオン先輩といえば、ダイワスカーレットちゃんには縁深いウマ娘だと思うんだけどなぁ。

 これは予想外の反応、割とマックイーンとゴルシちゃんみたいに仲睦まじいかと思ってだけれども。

 すると、ダイワスカーレットちゃんは深いため息を吐くと、その訳について私に話をし始めた。


「あの人はなんていうか、変わり者だし、私に関して物凄く過保護なんですよね、何故だかわからないけど」
「ほうほう」


 どうやら、それは、マックイーン達とはまた逆のパターンだったようだ。

 なんとびっくり、タキオン先輩の方がダイワスカーレットちゃんに対してやたらと過保護だったらしい。

 確かに可愛い娘って意味じゃ、関係上そうなってても何ら不思議ではないような気もする。

 アンタレスが誇る超高速の粒子にも、意外な一面があった事に私も思わずほっこりしてしまいそうになる。

 さて、長々と部室前で話をしてしまったが、ミホノブルボン先輩のために早く部室に飾り付けをしてしまわねば。

 そう思い、私が部室の扉を開いた直後であった。そこに広がっていた光景は…。


「さあ! 懸垂追加200回! そんな事ではG1とれんぞ! G1!」
「はいっ!」
「ど根性ォォォ!!」


 汗だくで部室で懸垂を行なっているウマ娘、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿とそれを指導しているトレーナーの姿であった。

 そして、そのトレーナーの姿には見覚えがある。ジャージを着たあの熱血お婆さんは見間違えようがない。

 そう、私の義理母である。

 何故、あの人がトレセン学園にいるのかという疑問よりも先に私は身の危険を感じて、こそっと呟きながらそっと開いた扉を閉める。

 あくまでも気づかれないように最低限の注意を払って慎重にである。バレたら命はないと思っておいたほうがいい。


「失礼しました〜…」


 ガチャリとしっかりと扉を閉めた事を確認すると、私の身体全体からブワッと冷や汗が毛穴という毛穴から吹き出すのを感じた。

 そう、あれは見間違えようがない。

 嫌な汗がダラダラと止まらなかった。あの地獄のような日々が私の頭の中でフラッシュバックする。

 しかも、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩が部室で懸垂していて、部室を開けた瞬間、すごい熱気が満ち溢れていた。あれは部室なのではない、まるでサウナである。

 アカン! あれは下手したら私も間違いなくやらされるパターンのやつや、嫌や! マダシニタクナーイ!

 冷や汗をダラダラと掻いている私の顔色を見ていたダイワスカーレットちゃんは首を傾げながらこう問いかけてくる。


「? …どうしたんですか? 先輩、凄い汗ですけど」


 何も知らないダイワスカーレットちゃんからの質問に顔面蒼白の私は左右に首を振りながら必死に肩を掴む。

 この場に居てはマズイ、死んでしまう。

 そう私の生存本能が告げていた、ミホノブルボン先輩に義理母なんかが加わってしまえば鬼に金棒どころの話ではない。

 私はダイワスカーレットちゃんの肩を掴んだまま、必死の形相で彼女にこう告げた。


「お願い! スカーレットちゃん! 私を連れて逃げて! お願い! 匿って!」
「えっ…!? えっ!? あ、あの、どういう事かわかりませんけれど…、わ、わかりました」


 こうして、私はダイワスカーレットちゃんの力を借りて、その場から戦略的撤退をする事にした。

 普通に考えて、あんな部室に足を踏み入れられるか!! 逃げるしかないでしょうよ!

 祝勝会の準備をしてた筈なのに! おかしい! みんなでワイワイとニンジンジュース飲んで、乾杯して、美味しいご飯食べてミホノブルボン先輩おめでとうございまーす! ってする予定だった気がするんだけれど。

 えっ? もしかして、そう思ってたの私だけ? まさかの私だけだった?

 ダイワスカーレットちゃんが居てくれて本当に助かったと私も思わずこの時ばかりは思った。

 あのまま、何も知らず、あの部室に入っていたらどうなっていたか、容易に想像がついてしまう。

 そう言えば、アンタレスの専属のチームトレーナー居ないなとは前から思ってはいた。

 思ってはいたが、まさかの予想外な展開に私もこの時ばかりは本気で死を覚悟した。

 そして、タキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩、サクラバクシンオー先輩が部室にいないとこを見る限り、あの人達は事前にこの事を知っていて雲隠れをしたのだ。

 そして、何も知らない私は危うくあの地獄の特訓に巻き込まれる瀬戸際に追いやられていたのである。

 危なかった、本当に危なかった。

 よし! このまま、なんとかダイワスカーレットちゃんに匿って貰おう。

 そうして、ダイワスカーレットちゃんと共に逃走を試みた私はチームスピカの部室に匿ってもらう事にした。


 だが、この時の私は甘かった。


 あの人達はこのような小細工が通用するような人達でない事を。

 危機を回避し、チームスピカの部室に転がり込んで安堵した認識が甘かった事を私は思い知らせられる事になる。

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祝勝会(鬼)



 チームスピカの部室。

 そこにて、ダイワスカーレットちゃんに懇願した私は匿ってもらっている。いや、匿ってもらわなければならない状況になっていた。

 体操座りでガクブルと震えている私は部屋の隅にて、冷や汗を垂らしながら、息を殺していた。

 目には既にハイライトが無くなっている。


「坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…筋力トレーニング…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…追い込み…坂路…坂路…」
「あのぉ…アフちゃん先輩?」


 ブツブツブツと呪文のように唱える私に顔を覗き込むように肩を揺すってくるダイワスカーレットちゃん。

 筋トレに次ぐ筋トレ、坂路に次ぐ坂路、追い込みに次ぐ追い込み、おまけ程度に重石がつけられたまま踊り歌うウイニングライブの特訓。

 さらに、それに上乗せされる地獄メニュー、これが超絶武闘派チームアンタレスが死のサイクルと化してしまった現在、私の目には希望の光は写っていなかった。

 間違いなく、見た限りチームトレーナー的な立ち位置に義理母の姿を見た私が取る方法といえばこうして少しでも死期を伸ばす事くらいである。

 この私の様子には、ダイワスカーレットちゃんも困惑している様子であった。

 そんな中、鹿毛で跳ね毛の多い、短髪で男勝りなウマ娘は苦笑いを浮かべながらこう話をしはじめる。


「いやー…アンタレスってやっぱやべーのな、トレセンじゃ有名な話だけどさ」


 そう告げるウマ娘は私の様子を見て尚更、その話が事実である事を確信しているようだった。

 地獄を見たことはあるかい? そうだよ、あのアンタレスの部室が今、まさにそうなんだよ。

 私は虚ろな目を苦笑いを浮かべているウマ娘へと向ける。そして、力なく笑みを浮かべると彼女にこう告げた。


「ウオッカちゃん、私の代わりに入って来ても良いよ、あの部室」
「先輩、それは流石に勘弁してください本当」


 そう言って、割と本気で頭を下げてくるウマ娘、ウオッカちゃんの言葉に私はニッコリと微笑むしかなかった。

 このウマ娘はウオッカちゃん。

 東京優駿に勝利するなどGI通算7勝を挙げ、史上最強牝馬とも言われており、同世代のダイワスカーレットとは激しい争いを何度も繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬と互角以上に渡り合った。

 アンタレスのヤバいは大体、ミホノブルボン先輩とかライスシャワー先輩とかが主で、あとは別の意味でキャラがヤバい人達がいるという事なんだろうな、タキオン先輩とか。

 あ、大事な事忘れてた、チームトレーナーもヤバい人でしたね、いやー凄いなーアンタレスはー。

 そんな中、ガチャリとスピカの部室の扉が開く音が聞こえ、私は思わず、ヒィ!? と声を上げてしまう。

 そうして、扉を開いて現れたのは…。


「おーい、お前達ー、何してんだ? おっ?」
「あ、トレーナー」
「んあ? あぁー! アフちゃんじゃーん! 何してんのさぁー! こんなところでー! もがっ!」
「シー! お願いだからトーン落としてトーンッ!」


 そう言って、私は大きな声で名前を呼んでいるゴールドシップの口を慌てて両手で塞ぎにかかった。

 馬鹿野郎! バレたらどうすんの! バレたら!

 血相を変えて、慌てたような様子の私にゴールドシップは理解したのか、コクコクと二回ほど頷いた。

 ひとまず、それを見た私は安堵したように胸を撫で下ろすと、塞いでいたゴールドシップの口からそっと手を離す。

 ほんの小さな綻びが生死を分けるのだ。そう、こんな大きな声で私の名前を呼ばれたんじゃ、私の命の灯火は一瞬にして消え失せてしまう。

 すると、しばらくして、何やらゾクゾクっと背中に悪感が走るような感覚に襲われた。

 ふと、背後を振り返ってみると、私の太ももを撫で回すように確認しているチームスピカのトレーナーさんの姿があった。


「うぉ!? なんだこの足!? 凄い足だなぁ! お前!」
「………!…せいっ!」
「ちょっ! ぐふぅ!」


 私はすかさず、痴漢してきたチームスピカのトレーナーさんに凄まじいボディブローをお見舞いする。

 普通ならここで、後ろ足でスコンッ! っと蹴りをかますところなのだが、私の鍛えられた足だと軽く時速160km以上出てしまうので下手すると常人なら首が吹き飛んでしまう可能性がある。

 なので、敢えてボディーブローにした、だが、これではもちろん生ぬるい。

 私は悶絶して頭を下げるチームスピカのトレーナーの頭をガッチリとホールドすると、その身体を持ち上げる。

 小さな身体の私がチームスピカのトレーナーを持ち上げる事に驚いたように目を丸くするダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃん。

 普段から地獄のようなトレーニングをやってきた私にしてみれば、こんなのは朝飯前である。

 私はその技をかけたまま、決めに入る。

 その名もアフトクラトラス式、垂直落下式DDTである。

 一応、スピカのトレーナーさんが受け身が取りやすいように投げつつ、ゴスンという鈍い音がスピカの部室に響き渡った。


「ガハァ!」
「何さらしとんじゃコラァ!」


 そして、すかさずスピカのトレーナーさんが綺麗に受け身を取ったところで、サソリ固めに入った。

 この技の見事な入りに思わず、ダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんからは拍手が上がる。

 ギチギチという関節の音が聞こえてくる中、苦悶の表情を浮かべて地面に伏すスピカのトレーナーにゴールドシップが駆け寄ると顔を伺いながらこう問いかける。


「ギブ? ギブ?」
「ぎ、ギブアップぅぅ!」


 そう宣言したスピカのトレーナーの言葉を確認したゴールドシップは両手を広げると左右に振る。

 どこからか、カーンッカーンッカーンッ! という、ゴング音が聞こえて来たような気がしたが多分、気のせいだろう。

 そして、ゴールドシップから立たされた私は右腕を掴まれ、上げさせられた。


「ウィナー、アフちゃん」


 私は誇らしげにゴールドシップから右手を掴まれたまま、それを挙げる。

 長く苦しい戦いだった。スピカのトレーナーさんにプロレス技かけて大体、1分もかかってないけれども。

 そんなこんなで、私はスケベにも不用意に私のモチモチしている太ももを揉んだり触ったりして来た痴漢を撃退することに成功した。

 尻まで触ってたら多分、ブレーンバスターもついでにかましてたかもしれない。

 すると、倒れていたチームスピカのトレーナーさんはサッと立ち上がり、頭を抑えながら私の手を握ってきた。

 この人、ゾンビか何かだろうか。


「君! 名前は!? 所属は!! どこのウマ娘!! そのもの凄い足に小さな身体でその筋力!! 凄い逸材だ!」
「…えーとっ…、この人なんか別の意味で怖い…」
「その気持ち、よくわかるかも」
「だな」


 そう言って、苦笑いを浮かべるダイワスカーレットちゃんにウオッカちゃん。

 だが、このトレーナーさんが言っている事と慧眼は間違いないと彼から手を掴まれている私は思った。

 単に足を触って、私から投げられた事だけで筋力や能力を測れるトレーナーはなかなか居ない。

 そこに関しては間違いなく、オハナさんと同様にこのスピカのトレーナーさんは一流のトレーナーではないかと私は感じた。

 そんな彼の情熱的な問いかけに先程まで、プロレス技をかけていた私も思わず、ため息を吐くとニコリと笑みを浮かべる。


「大したものですね、貴方」
「それだけの筋肉量だ、触るだけでわかるさ」


 そう言って、私の言葉に同じく笑みを浮かべて応えてくるチームスピカのトレーナーさん。

 多分、この人はまっすぐな人なのだろうと思った。情熱的でウマ娘の事に関してよく理解している。

 だが、生憎な事に私は既にアンタレスというチームに所属しているので、これに関しては残念にも縁がなかったなと感じてしまう。

 おそらく、チームスピカのトレーナーである彼は私を勧誘したかったんだろうなという意図を理解した上で、私はスピカのトレーナーさんにこう話をしはじめた。


「すいません、私、実はアンタレスに所属してまして」


 その瞬間、私の手を掴んでいたチームスピカのトレーナーさんの身体が凍りついた。

 そう、チームアンタレスという言葉を聞いた途端にである。

 あのチームどんだけ学園の中で有名なんだよと思ってしまった。

 まあ、確かにあんな馬鹿げた量のトレーニングやってたらそれはそうなるだろうなぁとは私も思う。

 だが、スピカのトレーナーさんは真っ青になったまま、ゆっくりとこう話をしはじめた。


「アンタレスってぇと…、あれだよな、遠山さんとマトさんとこの…」
「そうなりますかね、はい」
「いや、マジでごめんなさい、あの人達本当に怖いんで勘弁してください


 そう言って、スピカのトレーナーさんがなんと私に土下座して謝ってきたのである。

 なんでこんなに恐れられてるんですか! 私の義理母!? 何したのあの人!!

 いや、理由は大体わかってる、あの人は有名なトレーナーで別名、坂路の鬼と言われるほど、義理母の名が至る所に轟いているのは周知の事実である。

 そんな中、スピカのトレーナーさんは苦笑いを浮かべたままこう語りはじめた。


「スパルタといえば、遠山トレーナーと言うのはトレセンでも有名な話だ。実力があるウマ娘に関しては他の特別トレーナーに任せてはいるが、己が鍛えて伸びるウマ娘は徹底して鍛えて鍛え抜くのがあの人の信条だからなぁ…」
「おっしゃる通りです…はい…」
「なんだ…、その、大変かと思うが強く生きろよ…、な!」


 そう言って、私の頭を同情した上に優しく撫でてくれるスピカのトレーナーさん。

 この人、めっちゃ良い人やないですか! 本気で泣きそうなんだが、いや、これは超一流トレーナーですわ、私は好きですよ、はい。

 オハナさんといい、この人といい、トレセン学園にいるトレーナーさんは良い人ばかりだな、私は正直、優しくされて、オハナさんにもスピカのトレーナーにも惚れそうですよ。

 そんな感じでスピカのトレーナーさんと仲睦まじく話をしている最中であった。

 バンッ! とスピカの部室の扉が勢いよく開く。

 その瞬間、私は身体が完全に硬直してしまった。


「ここに居たか! アフトクラトラスゥ!」
「…あっ…」


 そこに立って居たのはバンブーメモリー先輩の竹刀を担いだジャージ姿の私の義理母であった。

 義理母の姿を見たスピカのトレーナーさんと私の顔色は一瞬にして真っ青になり、スピカのトレーナーさんは私から離れると、すかさず義理母の元へと駆け寄っていった。

 そして、素早く義理母の元へ近づくとにこやかな笑顔を浮かべるとこう話をしはじめる。


「いやぁ! お久しぶりですっ遠山さん! 凄いですね! おたくのお嬢さん!」
「この娘が迷惑をかけたみたいだね、申し訳ない」
「いやいやいや! たまたま帰ってきたらウチの部室に居たので! 迷惑なんてとんでもないっスよ!」


 そう言いながら、引きつった笑顔を浮かべて義理母に頭を下げつつ、話をするスピカのトレーナーさん。

 あっ、終わった。これは流石に終わりましたわ。

 私の身体からは冷や汗がダラダラと吹き出しており、助けを求めるようにゴールドシップちゃんの服を掴んでいた。

 私の生存本能がこの状況はやばいと告げている。だが、逃げればもっと恐ろしいことが待ち構えているので下手に逃げ出すこともできない。

 すると、スピカのトレーナーと一通り話を終えた義理母は私の服の襟をガシッと掴むとズルズルと引きずりはじめる。


「行くぞ! アフトクラトラス! 坂路追い込みだ! 坂路!」
「うあああああ! ゴルシちゃん! スカーレットちゃん助けてぇえええ! うああああ!」


 先輩の威厳も何にもない。

 本気のガチ泣きで私は二人に助けを求めるが、二人は私から冷や汗垂らしながら視線を逸らしていた。

 ズルズルとスピカの部室から回収されていく私の背後にはドナドナが流れている事だろう。

 もう恥も何にも関係なく助けを求める私の去り逝く姿を見送ったゴールドシップ達はスピカの部室の扉がガチャンと閉まるのをこう話をしはじめる。


「あれはヤバイな」
「本気泣きだったもんな、アフちゃん先輩」
「あの人は本当に厳しいからなぁ」


 そう言いながら、苦笑いを浮かべるスピカのトレーナー。

 坂路の鬼と知られ、トレーナーの間でも遠山トレーナーはレジェンドとされている。

 凄まじい量のトレーニングを積むあの人のトレーニング方法をこなしていればあのアフトクラトラスの身体についていた筋肉量もスピカのトレーナーには納得がいってしまった。


 その後、義理母から連れ去られた私は義理母とミホノブルボン先輩の鬼が二人いる中、バンブーメモリー先輩と共に地獄のトレーニングをやらされる事になった。


 あ、祝勝会ですか? そんなものあるわけないでしょう。この地獄のトレーニングが祝勝会代わりだそうです。鬼ですね本当に。


 坂路を登り、筋力トレーニングをみっちり行って、追い込みをし、さらにウイニングライブの練習では重石を付けて踊った。

 さらにそこからが、義理母の本領発揮である。

 この凄まじい量のトレーニングに上乗せさせられる形で手足に重石を付けて、地獄の坂路併走トレーニングが追加された。

 併走なので、手を抜けば一発でわかってしまうので、全力である。しかも、ミホノブルボン先輩とバンブーメモリー先輩とだ。

 バンブーメモリー先輩は途中でついていけなくなり、完全にダウンしてしまった。そりゃそうなる。当たり前だ。

 よって、最終的には私とミホノブルボン先輩との併走坂路トレーニングである。


 本気で今回ばかりは死ぬかと思いました。はい。


 こうして、ミホノブルボン先輩のスプリングステークスの祝勝会は幕を閉じる事になった。

 今回の私の教訓としては、今度から祝勝会に関しては全く期待しないでおこうということくらいだろう。

 アンタレスではそれが当たり前なのである。

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ブライアンのヌイグルミ



 唐突だが、私は現在、お風呂にて死に体になっている。

 理由は言わずともわかるだろう、生死の境を彷徨ったからだ。坂路に次ぐ坂路、トレーニング、地獄の併走、思い出すだけで目が回る。

 あの体育会系でバリバリの叩き上げ上等! のバンブーメモリー先輩ですら根を上げてしまうようなキツいトレーニングを今の今までこなしてきた。

 ミホノブルボン先輩に義理母が加わったトレーニングなんてそりゃもう、壮絶ですよ。

 私の身体は限界値を超え、さらに、無理矢理いじめ抜いたのだからもうボロボロである。


「あ〜…気持ちいいんじゃ〜…」


 お風呂に浸かる事が、ここ最近では唯一の癒しだ。ボロボロになった身体もトレセン学園が誇る、大浴場のお風呂に入れば多少なりともマシにはなる。

 そんな中、私が気持ちよくお風呂に浸かっていると、何やら、大浴場の扉が開き、横にいきなり誰か浸かってきた。

 あふん、油断していた。

 そうでしたね、私だけ貸切のお風呂なんてありませんよね、そりゃトレセン学園が誇る巨大浴場だもの、誰か入って来ても不思議ではない。

 私は横に入ってきたウマ娘に視線を向ける。

 扉から入って来た時は湯気で姿がはっきりしなかったが、だんだんとその姿を目で確認することが出来た。

 鼻のあたりに白いシャドーロールが付いていて、なおかつ、長くて綺麗な黒鹿毛の髪、それを見た私は隣に入って来たのが誰なのかすぐに察した。

 そして、察した私を見て、彼女はクスリッと笑うとこう話をしはじめる。


「随分とボロボロじゃないか、アフトクラトラス」
「…そりゃ、あれだけトレーニングさせられたらそうなりますよ、ナリタブライアン先輩」
「ははは、そうか、確かにそうだな」


 そう言いながら、私の横にやってきた彼女は納得したように笑い声をあげる。

 この綺麗な身体をした先輩はシャドーロールの怪物と名高い、ナリタブライアン先輩である。

 ちなみに胸も私同様に怪物並みなので、侮るなかれ、これはもはや凶器である。

 私も人の事は言えないのだが、まあ、そこは良いだろう。

 すると、ナリタブライアン先輩は湯船から立ち上がると、私の肩をポンと叩くとこう話をし始めた。


「今日も死ぬほどトレーニングしたらしいな? 強者が増えるのは嬉しい事だ。私の姉貴もそうだが、お前と私はどこか似たもの同士かもしれないな」
「うーん、言われてみればそうかもしれませんね、姉弟子は桁違いの化け物ですし、でも、ブライアン先輩、せめて、前は隠してください前は」


 そう言いながら、私は前を全く隠そうとしない漢らしいブライアン先輩に突っ込みをいれる。

 尻尾が左右に揺れているのを見る限り上機嫌なのはよく伝わるのだが、私としてもこの状況は反応に困る。


 ナリタブライアン。

 史上5人目の三冠ウマ娘であり、クラシック三冠を含むGI5連勝、10連続連対を達成したのは有名な話だ。

 シャドーロールの怪物と言えば、この人というくらい、ミホノブルボン先輩かそれ以上に化け物じみたウマ娘である。

 クールな不良や一匹狼的な人物が口に草をくわえるのはよく見かけるが、このブライアン先輩もよくそれをやっている。

 彼女にバット持たせたらドカベ○に居そうだなとか私は思ったりしたものだ。それか、スケバンの格好したらなんか似合ってそうである。

 さて、話は戻るが、ブライアン先輩に誘われた私はそのまま何故かサウナに直行し、並んで座っている。

 そして、ブライアン先輩は減量を兼ねて私を連れて入った風呂場のサウナの中でこんな話をしはじめた。


「…でだ、アフトクラトラス。私は似たもの同士であるお前についてちょっとした頼みがあってだな」
「ほうほう」


 そう言って、ブライアン先輩の言葉に相槌を打つ私。

 まあ、確かに私も姉弟子であるミホノブルボン先輩が居て、ブライアン先輩にもビワハヤヒデ先輩という凄まじく強い姉がいる。そういった点で言えば似た者同士と言えばそうかもしれない。

 互いに強い姉がいるというのは何というか共感できる部分はあるかもしれない、私は姉弟子から振り回されてばかりだけれども。

 しかし、それで私に頼みというのは何だろう? 姉妹間の悩みとかいうやつだろうか?

 すると、サウナの隣に座るブライアン先輩は私にこう語りはじめる。


「互いにすごく強い姉がいる同士、こうして、今はサウナで共に汗を流しているわけなんだが」
「そうですね、私はなんか強引に肩を組まれてサウナに連れ込まれたような気がするんですけど」


 そう言いながら、汗を垂らしつつ、ブライアン先輩の話に耳を傾ける私。

 何もおかしな事は言っていない、事実である。

 何故、私はこうも他のウマ娘からよく絡まれるのだろうか、やっぱり生まれ持ったカリスマ性が凄すぎるからですかね?

 ごめんなさい、調子に乗りました。違いますね、はい、わかってます。

 皆さんは義理母には内緒にしといてください、下手したら坂路でのトレーニングの数が有り得ないほど増えますから。

 そして、ブライアン先輩に私がサウナに連れ込まれたからといってやましい展開はもちろんありませんよ、はい、ウマ娘同士で何かする訳でもありませんしね。

 そんな中、ブライアン先輩は打ち明けるように私にこんな話を語りはじめた。


「そこでだ、お前に頼みというのは私が寝るまでのヌイグルミの代わりになってくれないかと思ってな…」
「ちょっと何言ってるかわからないです」


 キリッとした表情で告げてくるブライアン先輩の一言に真顔でそう突っ込みを入れる私。

 いや、似通った部分があって、シンパシーを感じるのはわかる。少なくとも私も確かにブライアン先輩とはなんか似通ってる部分はあるなーとは思ったりはした。

 そして、それをきっかけにライバルとして切磋琢磨しよう! なんて言われるのも理解できる。

 だが、お気に入りのヌイグルミの代わりになってくれと言われるなんて誰が予想できようか、しかも蒸し暑いサウナの中である。

 わけがわからない、どうしてそうなった!

 そんな中、ブライアン先輩は私の肩をガシッと掴むと目を真っ直ぐに見据え、こう語りはじめた。


「私は実はオバケや怖い話が大嫌いなんだ。そして、ヌイグルミを抱いていないと寝れない! 夜は…ほら、出るかもしれないじゃないかっ!」
「いや!? それなら何故、私なんですかっ! ヌイグルミを普通に抱けばええやろがい!」


 そう言いながら、私は肩を掴んでくるブライアン先輩に顔を引きつらせながら告げる。

 どうしてその結論に至ったんだ! おかしいでしょう! ヌイグルミですよ! 私はヌイグルミ扱いかっ!

 そんな中、ブライアン先輩はがっくりと項垂れながら、お願いをする私に対してこんなことを語りはじめた。


「…それが…、長年の付き合ってきたヌイグルミがボロボロになってしまってな…。ゴールドシップの奴からお前の抱き心地がかなり良いと話を聞いて、これだっ! と…」
「やっぱりあいつかぁ! 発信源はぁっ!」


 私はブライアン先輩の言葉に思わず声を上げてしまった。

 あのタイ○二ックめ! 余計な事を言いよってからに! その結果、ブライアン先輩からヌイグルミの代わりをお願いされてるのか私はっ!

 これだ! じゃないよ、何、新発見したみたいな感じで私を普通にヌイグルミ代わりにできる!みたいになってるの!? 新発見でもなんでもないよっ!

 しかしながら、先輩の頼みを無下にできるほど私も無慈悲なウマ娘ではない、こうも、あのナリタブライアン先輩からお願いされては断るにも断り辛い。

 これはどうしたものかと私も思わず頭を抱えてしまう。

 しかも、サウナで迫られるようにお願いされてるのでナリタブライアン先輩からの圧が凄い、これが三冠ウマ娘のプレッシャーというやつなのだろうか。

 こんなところで三冠ウマ娘の圧力使ってんじゃないよ! もっと別のところで使うものでしょうがっ!

 しばらく、色々と思案して考えた結果、深いため息を吐いた私は肩を掴んで頼みごとをしてくるブライアン先輩にこう話をしはじめた。


「わかりました、わかりましたよ。仕方ありませんからしばらくの間ならお引き受けしましょう」
「!?…本当か! それは助かる!」
「その代わり力余って、寝てる間に首しめないでくださいよ?」
「あぁ!! もちろんだとも!」


 こうして、私はナリタブライアン先輩の寝る際のヌイグルミになることになってしまった。

 なんでかなぁ、どうして断れないんだろうか。

 いや、確かにナリタブライアンも私個人としては憧れ的な意味合いで好きなウマ娘ではあるのだけど、私の扱いがヌイグルミ代わりですもんね。

 そうか、全てはこの身長のせいか、ちくしょうめっ!

 抱き心地が良いと言われるのは、身長差的に絶対しっくりくるからだろ!

 なんかそう考えたらちょっとだけ悲しくなってきた。

 というより、ブライアン先輩のあの前振りは果たして意味はあったのだろうか?

 確かに私にヌイグルミ代わりになってくれと頼むのは頼み辛いのはよくわかるが、わざわざ風呂場でする話だったのだろうか…。

 とはいえ、こうして話がまとまった以上は致し方ない、私は今日からウマ娘という名の抱き心地が良いヌイグルミになるのだ。

 風呂から上がった私はひとまず、パジャマに着替えるとナリタブライアン先輩と共に寝室に連行されることになった。

 そうして、ナリタブライアン先輩から部屋に案内された私は扉を開く彼女の後に続く。


「今帰ったぞー」
「おー、お帰りー…って、ブライアンお前、なんでアフトクラトラスが一緒に居んだよ」


 そう言って部屋に居たのはブライアン先輩と同室のヒシアマゾン先輩だった。

 ちなみに、ナリタブライアン先輩とヒシアマゾン先輩は私やミホノブルボン先輩達とは異なり、寮の二人部屋を共同で使っている。

 よくよく考えたら、ブライアン先輩、ヒシアマゾン先輩をヌイグルミ代わりにしたらよかったんじゃないか? と今にして私は思う。

 すると、ナリタブライアン先輩は私の背後に回り込むと背後から手を回し、ヒシアマゾン先輩にサムズアップしてこう話をしはじめた。


「アマさん、ヌイグルミの代わりを見つけてきた」
「何言ってんだお前」


 そう言って、冷静にナリタブライアン先輩に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩。

 そうだよね、それが普通の反応ですよね、抱き心地が良いからとお願いされたんですよ、もっと言ってやってください! ヒシアマ姉さん!

 当たり前の話である。ブライアン先輩と同室のヒシアマ姉さんからしてみれば、なんでどっからか拾ってきたみたいな感じで後輩を連れてきてヌイグルミを見つけたみたいに言われてるんだってなるのは普通の事だ。

 だが、ナリタブライアン先輩は冷静に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩に対して、こう話をしはじめた。


「そうか、アマさんにはわからないか…。女子力低そうだから仕方ないな」
「お前から女子力低いって言われるとなんだかわからんが異様に腹立つな、おい」
「いや、いいんだ、皆まで言わなくても」
「だーかーら! なんで何かを悟ってんだよ! おかしいだろうがー!」


 そう言って、 呆れたように首を振るナリタブライアン先輩にうがー! と声を上げるヒシアマゾン先輩。

 ヒシアマ姉さんや、もっと突っ込むところあるでしょう? 私がヌイグルミ扱いされてるところとか、ほら?

 しかしながら、妙にナリタブライアン先輩が私を後ろから抱えている絵面が違和感が無いのかそう言った突っ込みはヒシアマ姉さんからは一切なかった。なんでや。

 そうしているうちに、ヒシアマ姉さんはため息を吐くと呆れたようにこう告げはじめる。


「たく…。まあ、いいか。とりあえずヌイグルミの代わり見つかって良かったな、ブライアン」
「あぁ、これで心置きなく安眠できる」


 そう言って、ヌイグルミの代わりを見つけてほっこり顔のナリタブライアン先輩。

 おい、何にも良くないよ、なんで何にも言わないんですかっ! おかしいでしょうよっ!

 ちょっとヒシアマ姉さん諦めるの早くないですかね、めんどくさいからもういいやって感じになってるの丸わかりなんですけど、なんでそんなに雑なんですかね。

 ちなみに、ミホノブルボン先輩達には既にナリタブライアン先輩から話を通しているらしい。

 姉弟子よ、もうちょっと貴女からも何か言う事はなかったのですか? いや、坂路をもっと増やしたいとかは聞いてないです。

 確かに私の扱いが雑なのは、今に始まった事ではないですけれども!

 こうして、私はナリタブライアン先輩のヌイグルミ代わりとして彼女の寝室にて抱かれたまま寝るという事になってしまった。

 昼間はキツイトレーニングをこなし、そして、夜はナリタブライアン先輩の抱きヌイグルミ役。

 私に安住の地は果たしてあるのだろうか。

 やたら頭の上に当たる胸、そして、背後からナリタブライアン先輩に抱かれたまま、パジャマ姿の私は疲れからか一瞬で眠りに落ちた。

 一癖も二癖もあるトレセン学園の先輩達とこうして関わりながら、私はいろんな経験を積んで成長していくのだろう。


 そして、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が激突する皐月賞を迎える前に私のOP戦がいよいよ、近づいてきた。

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OP戦





 いよいよ、一週間に迫ってきた私のOP戦。

 坂路を爆走する私は変わらず義理母から厳しい檄を受けながらそこに向けて調整を行なっている真っ最中だ。

 足にはなんの問題もない、坂路もグングンと登れる。だが、しかし、相変わらずアホみたいにキツいトレーニングなのは変わりはない。

 手足に重石を着けて、負荷を掛けるこの坂路はまさに地獄の特訓だ。


「はぁ…はぁ…はぁ…きっつぅ…」


 坂路を登り切った私は思わず、膝に手をつき、溢れ出てくる汗を拭う。

 OP戦が近づいている今の仕上がりで言えば、どこのウマ娘よりも私は積んでいる自信はあった。

 義理母もミホノブルボン先輩もいるこのアンタレスの特訓は桁違いのキツさだ。

 これに勝る特訓を組んでるウマ娘がいるなら間違いなくそのウマ娘は基地外じみた奴に違いない。というより、それは明らかにこちら側のウマ娘だろう。


「さあ! もう一本ッ!」
「はぁ…はぁ…。はいッ!」


 義理母の言葉に私にも気合いが入る。

 強者とは1日にして成らない、積み重ねこそが強者を作るのである。

 だからこそ、私は食らいついていくしかない、楽したいし、アホみたいに重なる特訓からも逃げたいが、そこからは何も生まれないのだ。

 やるからにはやるしかない、今、私は迫り来るOP戦に燃えていた。

 そして、昼間はこうして、特訓をこなして、夜は風呂で疲れを取る。ご飯もよく食べ、身体に筋肉をつけるのだ。

 就寝時には、ナリタブライアン先輩の抱き枕として布団に入り、仕方なく抱擁されたまま眠りにつく。

 これが、私の最近の過ごし方だ。

 朝起きたらブライアン先輩から豊満な胸を顔面に押し付けられ窒息し掛けたりすることも多々あるけれど、そんなもの今では地獄のトレーニングに比べたら些細な事に過ぎない。

 しかも、そのお礼とばかりにナリタブライアン先輩も私の併走に付き合ってくれたりもしてくれるので、むしろ、WINWINな関係と言えるだろう。

 むしろ、私はヌイグルミ代わりにされている分、安眠があまりできてないような気がするけれど、気のせいだと思いたい。


 そうして、私はOP戦を万全な仕上がりで迎える事が出来た。

 しかも、一枠一番。これはかなり有利、先頭を取りに行きたい私としては願ったりかなったりだ。今回のレースは前回より少し伸び、1800mのレース、十分、私の射程圏内だ。

 パドックを迎え、私はいつものように颯爽と鍛えに鍛えあげられた身体を観客の皆にアピールするために壇上に上がる。


「1枠1番 アフトクラトラス」


 バサリッと身に纏っていた黒いマントを観客の前に堂々とレース着を披露する私。

 ちなみに普通はジャージを上に羽織り、それを脱いで披露するのであるが、この漆黒のマントはウチの義理母のお手製のマントだ。

 なんでも、OP戦で私を皆により印象つけるのが目的だとか、わざわざそんな事をせずともデビュー戦で別の意味で有名になったんですけどね私。

 そして、黒いマントを脱いだ途端、観客から声が上がった。


「おいおいおい、マジか…!」
「以前も凄かったが、それよか格段にすごい身体してんぞ!」
「てか、胸も前よりデカくなってないか! あれ!?」


 うんうん、反応は上々である。

 おい、最後のやつ、お前どこ見てんだ。顔面吹き飛ばすぞ、こら。こちとら牛乳たくさん飲んで身長伸ばそうと頑張ったんやぞ!

 まあ、そんな私の努力なんて、微々たるものなんですけどね、ちなみに身長はちょこっと伸びた2mmくらい。

 それ以上に1cm胸がデカくなりました、普通逆だろ、どこに栄養いってんだ。

 そんな私の登場に実況席に座る馴染み深い大接戦ドゴーンのアナウンサーと解説からも声が上がる。


「黒いマントを脱いだアフトクラトラスですが、流石は爆速暴君というだけのことはあるでしょうか」
「暴君というより青鹿の綺麗な髪が映えて、青い魔王という表現がしっくり来ますよね」
「そうですね」


 そう言いながら、パドックを終えて、ゲート前にテクテクと歩いていく私をカメラで追いながら話をする実況席の二人。

 そんな中、私はレースに向けての軽いアップと準備体操に入る。

 この日を迎える前に鍛えに鍛えた足に身体、仕上がりも問題ないし、枠番もかなり良い。

 そんな中、私に声をかけてくるウマ娘が一人いた。


「はーん、アンタが噂のアフトクラトラス?」
「…ん?」


 そう言いながら、近づいて来たウマ娘の顔に視線を向ける私。鹿毛の長い髪を後ろに束ね、見た感じいかにも気が強そうなそんなウマ娘だった。

 ほうほう、今日の対戦相手になるウマ娘ですかね? レース前に何の用なのか。

 ついでにそのウマ娘の身体を一望してみる。だが、私はそのウマ娘の身体を見て、内心、鼻で思わず笑いそうになってしまった。

 そんな中、視線の先にいる長い鹿毛を後ろに束ねたウマ娘はニヤニヤと笑みを浮かべてアップをする私にこう話をし始めた。


「爆速暴君だっけ? 私はルージュノワールってんだけどさ、アンタに負ける気はさらさら無いから。大人しく私の背中でも見て必死こいてついて来なよ、田舎者」


 と、私に対して安い挑発を繰り出してくる。

 ほうほう、こやつ煽りよる。私は思わず笑いそうになるのを堪えて、ニッコリと笑みを返してあげた。

 その度胸は買ってやろう、いや、むしろ嫌いではない。とても好感が持てる。

 勝負の世界では勝利が必ず求められる。

 こうやって相手を威嚇することで自分の勝率を少しでもあげようとする努力は、むしろ、素晴らしい事だ。私は正直好きである。

 マゾではないですよ、本当ですよ?

 だから、私もその煽りに対して全力で応えてあげなくてはいけないだろう。

 私はツカツカとルージュノワールと名乗るウマ娘に近寄ると顔を近づけてメンチを切りながら、肩をポンと叩くと一言、ドスの効いた低い声で彼女にこう告げた。


「おうワレェ、面覚えたけぇのぉ。このレース無事で終わると思うなや」
「……は…っ…?…えっ…?」


 私のドスの効いた広島風な脅し文句に思わず目をまん丸くするルージュノワールちゃん。

 仁○なき戦いをたくさん見てきた私には死角は無かった。ミホノブルボンの姉者! 見といてくだせぇ! ワシャ勝つぞ!

 ちなみに英語とフランス語はできないけれど、私は広島弁と関西弁と薩摩語は話せるのだ。どうだ、すごいだろう、え、別に凄くないですか? そうですか。

 無様なレースをして、グギギギ、くやしいのう、とは言わない様にしておかねば。

 私の異様な威圧感に圧されているルージュノワールちゃん、周りにいるウマ娘達もその光景を見て目をまん丸くしているので、最後に大声で一言こう告げる。


「わかったら返事じゃ! ゴラァ!」
「はい!」
「すみません! 調子に乗りましたぁ!」


 そう言いながら、私の側からササァっと散っていくウマ娘達。

 あれ? そんなに怖かった?

 その私と他のウマ娘達のやり取りの様子を見て、観客席から爆笑しているウマ娘の姿を私は見つけてしまった。

 そう、言わずもがな、ゴールドシップである。

 アカン、また余計なところを見られてしまったのではないだろうか?

 そんな中、観客席からも私の最後のドスの効いた一声が聞こえて来たのか、こんな声がちらほらと上がり始める。


「おい、あのウマ娘やべーよ…」
「あれ、暴君ってよりヤクザだよな」
「あいつ服下にチャカ持ってるぞ、チャカ」


 そう言いながら、ザワザワと私の声に反応して声を上げる観客達。

 持ってないよ! レースで拳銃なんて使うかっ! アホかっ!

 また悪ノリで余計な事をしてしまった様な気がする。観客席で私を眺めている義理母とミホノブルボン先輩の視線が痛い。

 はい、ごめんなさい、ちゃんとします。調子に乗りました。坂路は増やさないでくださいお願いします。

 ちくしょう、こんな事やってるからゴルシから気に入られちゃうのか、反省しなくては、でも、後悔はしていない。

 そんな事をやっている間にゲートインへ。

 私はミホノブルボン先輩の様に首の骨をボキリ、ボキリと鳴らし、ついでに、拳の骨を鳴らしながらゲートに入る。

 私がそのような事をしながらゲートインをしたものだから、左にいるウマ娘は思わずヒィ! と悲鳴を上げてしまった。

 いや、そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか、パフォーマンスじゃないですか! パフォーマンス!

 プロレスとかでもよくやるでしょう? あれと一緒なんですよ、やだなぁ、威嚇のためにするわけないじゃないですか。私は真面目なウマ娘なんですよ? ゴールドシップみたいな癖ウマ娘などではないですし、多分。

 そうしている間にゲートインも終わり、いよいよ出走へ。

 私はいつものように姿勢を低くして、クラウチングスタートから入る。

 距離は1800m、前回よりも距離は伸びたが、来年のクラシック完全制覇を目指す私にとってみれば短いものだ。


 次の瞬間、パンッ! という音と共にゲートが開き、私は足に力を込めて勢いよく飛び出した。

 その際、内側に入ってこようとして来たウマ娘と何人か接触したような気はしたが、多分、気のせいだろう。

 実況アナウンサーはこれを見て思わず声を上げる。


「あぁっと! これは凄いスタートを決めたぁアフトクラトラスゥ! 先行争いに入ろうとしたウマ娘を外に弾き飛ばして内に入れさせようとしないっ!?」


 そう言いながら、声を上げるアナウンサーと観客席からザワザワと声が上がった。

 無理矢理、私がこじ開ける形で他のウマ娘の先行争いを終了させたので、私と身体がたまたま接触したウマ娘は弾け飛び、ヨレて後方にズルズル下がるしかなかった。

 そして、そうこうしてる間に私はどんどんとスピードに乗り、加速していく、気がつけば後方とは20身差近く離れていた。

 しかし、後方にいるウマ娘達は間合いを詰めてこようとはしてこない。

 まあ、たしかに1800mのレースだし、残り400mからみんな詰めてくるでしょう。

 あれ? 以前もこんな事があったような気がするけれど、気のせいだろうか?

 私はグングンとスピードを上げながら後方を改めて確認する。

 辛うじて、先程、私を挑発してきたウマ娘であるルージュノワールの姿が見えるような気がするが、それでも12〜15身差離れてるような気がする。

 実況アナウンサーは残り400mを切ったあたりで、思わずこのレースに声を上げる。


「またもやアフトクラトラス一人旅! ついてくるウマ娘は居ません! まだ離す! まだ伸びる! 今、余裕のゴールインッ!」


 楽々と力を持て余したまま、ゴールを駆け抜けていく私。

 それからだいぶ経って、他のウマ娘達も次々とゴールに入ってくる。だが、皆が息を切らしながら膝に手をついていた。

 2着はルージュノワールだった、だが、それでも私との差は歴然としてあり、彼女自身も涙を流しながら下を向いていた。

 己の不甲斐なさからか、それとも、明確過ぎた私との差からかはわからない。

 だが、彼女は少なくとも今後、私と共にレースを走る事はないだろうなと直感がそう告げていた。


 そんな中、私はある事に気がついてしまった。


 後続で入ってきた他のウマ娘達の私の見る目が何か恐ろしい者を見るような視線である事を。

 それは、明らかに化け物や力の差が歴然としている者を見るような眼差しだ。

 だからだろうか、レースを終えたウマ娘達は誰一人として、私には近寄ろうともしなかった。

 優勝おめでとうや、すごかったねといった賞賛の言葉は投げかけられる事はなかった。

 いや、私自身がそれを望んでいたわけではない、望んでいたわけではないが、勝って当たり前なレースをした事で完全に私は彼女達の心をへし折ってしまったのである。

 あと、多分だが、最初にドスの効いた声で脅したのが原因かなとちょっと思ったりした。

 ほぼ間違いなく、あれが原因だろう、余計なことをしてしまった、なんであんなことしたんだ私。

 私は思わず、拍手を送ってくれる観客席へと視線を向けて、手を振り、笑顔でそれに応える。


「…やってしまった…」


 レースに物足りなさを感じながら、私は笑顔を浮かべて静かに呟いた。

 その後のウイニングライブも一応、行なったが、ファンから熱い声援を送られる中、私は笑顔でキレキレの踊りを披露した。

 重石を着けたウイニングライブの特訓がここで役に立った。

 おかげでバク転やバク宙を入れたりして、観客を大いに楽しませる事に成功した。あれ? 私、これだけでご飯食べていけるんじゃないかな?

 重石が無いと身体がこんなにも軽いとは思わなかった。いや、重石つけて普通はウイニングライブなんかやらないんですけどね。

 こんな感じてウイニングライブを踊り切り、私は満面の笑みを浮かべて観客達に手を振り続けながら退場していった。

 そんな中、OP戦の勝利を祝ってくれるのは同じチームメイトであるアンタレスの面々と私に縁がある人達だった。


「おめでとう、アフちゃん!」
「凄かったじゃないか、私と併走した結果がちゃんと出たな」
「おめでとうございます、妹弟子よ」
「ようやった! でかしたぞ!」


 そう言いながら、暖かく迎えてくれた彼女達の言葉に私は思わず安心したように笑みを浮かべてしまった。

 ライスシャワー先輩、ナリタブライアン先輩、ミホノブルボンの姉弟子、そして、アンタレスの他の面々は義理母はそうやって、ウイニングライブを終えた私を待ち構えて祝ってくれた。

 私は照れ臭そうに彼女達にお礼を述べる。


「ふふっ、ありがとうございます」
「よーし! それじゃあ祝勝会やろうぜー!祝勝会! 今日は鍋だ! 鍋!」
「えっ!? バンブー先輩! それほんとですか! やったー!」
「ニンジンジュース、まだ部室に置いてた気はするけど…、また後で買って来なきゃね」


 そう言いながら、ニンジンジュースについて心配するライスシャワー先輩と鍋で盛り上がるバンブーメモリー先輩達と共に帰路につく私。

 どちらにしろ、今日はめでたいデビュー戦からの二連勝目だ。この調子を保って、次の重賞も必ず取ってみせる。

 こうして、私のOP戦は物足りなさを感じつつも圧勝という結果に終わった。

 勝者は勝ち続けると孤独になる、その言葉の意味を少しだけ理解出来るようなそんなレースだったが、これで私は何の憂いもなく重賞に挑む事ができる。

 そして、私のOP戦が終わってから直ぐに、姉弟子であるミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が挑む、クラシック第一弾。

 皐月賞の日が着実に迫って来ていた。

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THE LEGEND




 92年 皐月賞。

 そのモンスターの名はミホノブルボン。

 常識は、敵だ。

 ーーー皐月賞が来る。



 いよいよ、今週末に迫ってきたクラシック第一弾、皐月賞。

 気合いが入ったミホノブルボン先輩のトレーニングはまさに鬼気迫るものがあった。それは、もちろん、義理母がトレーニングについているからに他ならない。

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 おそらくだが、私の知っている知識では現在、トレセン学園で確認できているウマ娘達以外を合わせるとしたら、歴代で七人しか未だに三冠を達成したウマ娘は居ない。


 勢いの皐月、運のダービー、実力の菊花というのは有名な話だ。

 だからこそ、今回の皐月賞はスプリングステークスにて七身差の圧勝をしたミホノブルボン先輩に有利に働く筈だと私は思っていた。

 しかし、G1級のウマ娘が揃い踏みするレースを勝つにはそれなりのトレーニングを積まなければ苦戦を強いられる事にもなりかねない。

 だからこそ、レース一週間前にも関わらず、鬼のようなトレーニングをミホノブルボン先輩はこなしているのだ。


「はぁ…はぁ…はぁ…」
「姉弟子…あまり無理されては…」


 思わず、私はその凄まじいトレーニングを行う姉弟子であるミホノブルボン先輩を気遣い声を掛ける。

 あの凄まじい鬼トレーニングをこなしても何事もなかったかのようにしていた姉弟子がここまで息を切らすのは本当に珍しい。

 それだけ、この人と義理母は三冠という称号に魂を賭けているのだろう。


「まだだ、まだ生ぬるい…、もっと強く」
「よし! ミホノブルボン! あと五本だ! 五本!」
「はいッ!」


 凄まじい気迫に押されて、私は姉弟子であるミホノブルボン先輩を制止することができなかった。

 坂路の申し子であり、完全無欠のサイボーグ。

 それが、ミホノブルボン先輩の真骨頂だ。私と同じ遠山厩舎の集大成として義理母の期待を背負っている以上、自分に妥協しないその姿は美しさを感じる。

 恵まれた体格ではない身体を壮絶な努力をしたことで補った。そうして、ミホノブルボン先輩は才能あるウマ娘達をねじ伏せてきたのだ。


 そうして、いよいよ、クラシック第一弾。

 歴代の名ウマ娘達がその称号を得た皐月賞の当日を迎える事になった。

 ライスシャワー先輩ももちろん、ミホノブルボン先輩と同様に凄まじいトレーニングを積んできた事を私は知っている。

 どちらを応援すれば良いか、わからない。

 ライスシャワー先輩はスプリングステークスからミホノブルボン先輩へのリベンジを固く心に誓っていた。

 泥水を啜ろうと、地を這ってでも勝ちたいと身体をマトさんと共に虐めに虐め抜き、しっかりとこの皐月賞に間に合わせてきた。

 だが、この距離に関しても、ライスシャワー先輩の適性距離とはいかない。

 何故ならば、皐月賞は2000m、この距離ならばライスシャワー先輩の足よりも爆発的に早いウマ娘はゴロゴロと居る。

 ナリタタイセイ先輩、セキテイリュウオー先輩、マチカネタンホイザ先輩、スタントマン先輩など。

 それなりに勝利数を重ね、実力のあるウマ娘がずらりと並んでいる。これらを交わして、ミホノブルボン先輩に挑むのはなかなか酷というものだ。

 だが、それでも、ライスシャワー先輩はいつものように準備をして、万全の状態で挑もうとしていた。

 ライバルであるミホノブルボンを超えたいというその一心で。


「ライスシャワー先輩」
「アフちゃん…、今日はブルボンちゃんについとかなくても良いの?」


 ライスシャワー先輩は心配で見送りに来た私にそう告げる。

 だが、私は左右に首を振った。確かに姉弟子も気にはなるが、ライスシャワー先輩も私にとってみれば家族のようなもの。

 同じチームとして、背中を押してあげたいという気持ちが強かった。

 ライスシャワー先輩の黒い一式の勝負服を見ると改めて今日のレースが特別なんだなとそう感じる。

 私はライスシャワー先輩にニコリと微笑むとこう話をしはじめた。


「義理母が居ますので、それより、ライスシャワー先輩、うちの姉弟子は今日は強敵ですよ?」
「ふふふ、知ってるわ」


 そう言って、ライスシャワー先輩は不敵な笑みを浮かべていた。

 勝率が低いのは知っている。だが、クラシックを戦う相手として、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩と走るのを楽しみにしていた。

 一か八か、あの背中を捕まえられるかもしれない、それまで止まる気は無いのだと、ライスシャワー先輩は私に告げる。


「ライバルが居てこそ、強くなれる。そうでしょう?」
「……ふふ、そうですね、ご健闘を」
「えぇ、頑張って来るわね」


 そう言って、ライスシャワー先輩は胸を張りゲートへと向かって歩き始めた。私はその背中を静かに見送る。

 そして、しばらくして、義理母を横に私の姉弟子である今回の1番人気であるミホノブルボン先輩が姿を現した。

 ミホノブルボン先輩は私の側に近寄って来るとニコリと笑みを浮かべる。どうやら、レースに関しては問題なさそうだなと私はゲート入りする前の姉弟子の様子を見てそう思った。

 私は肩を竦めると、ミホノブルボン先輩に向かいこう話をしはじめる。


「レースはどうやら問題なさそうですね? 姉弟子」
「そうですね、今は最高に気分がいいです。早く走りたくてたまりませんよ」


 そう言いながら、姉弟子は誇らしげに私に語ってきた。

 これまで積み上げてきた努力のおかげで、クラシックレースまで走ることができるまでになった。

 近未来を感じさせる、まさに、サイボーグという表現がぴったりと似合う。そんな勝負服を身に纏うミホノブルボン先輩。

 今日は彼女にとっての晴れ舞台となる1番最初のレースだ。クラシックの主役を取るにはこのレースに勝たなくてはならない。

 いつもよりも、ミホノブルボン先輩が私には輝いて見えた。

 クラシックレースはウマ娘にとってみれば、走るだけでも名誉あるレースだ。

 そのレースに出れる上に1番の期待を背負っている姉弟子を私は誇りに思うし、大好きなのだ。


「信じてます、頑張ってください」
「はい、…それとアフトクラトラス」
「ん? なんでしょうか?」


 ミホノブルボン先輩はそう言って、私の頭を優しく撫でると強く抱き寄せるようにして抱擁した。

 突然の姉弟子からの抱擁に目を丸くする私。だが、姉弟子のミホノブルボン先輩はしばらく私を抱きしめた後、少し間合いを開けて耳元に近寄る。

 そして、彼女は私の耳元でこう告げて来た。


「貴女が続ける道を、私が作って来ます。努力は報われるんだという事を証明してきます。だから、見届けてください」


 ミホノブルボン先輩はそう言って、私から身体を離すとゆっくりとゲートに向かい、通路を歩んでいく。

 私はそんな、姉弟子の後ろ姿と背中を静かに見つめた。

 いつも見ているはずのミホノブルボン先輩の背中が大きく感じる。

 そう、これは、私達が今まで積み上げてきたものを証明する戦いだ。

 遠山厩舎の集大成として、厳しいトレーニングを組んできたウマ娘が努力と積み上げてきたものだけで挑む大勝負だ。

 私は胸が熱くなった。そんな私の心情を察してか、同じようにミホノブルボン先輩の背中を見送る義理母から肩をパンッと叩かれ笑みを浮かべられた。

 共にこのレースを見届けよう、義理母が出したかったであろうそういった言葉も口にせずとも私には伝わっていた。


 静かに枠入りが全て完了し、いよいよ、その時がやってこようとしていた。

 そうして、合図と共に慣例のファンファーレがレース場の熱気を上げる。

 クラシックとは昔からある伝統的なレースだ。その知名度の高さがよくわかる。

 観客達もファンファーレと共に声を上げ相槌を打つ、会場全体が声で揺れていた。


 第52回、クラシック第一弾、皐月賞。


 いよいよ発走の時を迎える。

 今、ゲートインが終わった各ウマ娘が走る体勢に入る。そして、それと同時に旗を上げる主審。

 しばらくして、主審が構えていた旗を振り下ろしたと同時にゲートがパンッ! と一斉に開いた。

 その瞬間、一斉にゲートから飛び出すウマ娘達。だが、そんな名だたる実力があるウマ娘の群を割って先頭を取ったのは…。


「おっと、素早くスタートダッシュを決めてポンッと飛び出したのはミホノブルボン、先頭はミホノブルボンとりました」


 実況アナウンサーのこの声に、よっし! とガッツポーズを取る義理母。ミホノブルボン先輩の好スタートに思わず喜びをあらわにしていた。

 ミホノブルボン先輩の戦い方からすれば、先頭取りは絶対だ。なんといっても逃げの戦法、ミホノブルボン先輩の足についてこれるウマ娘は私くらいなものだ。

 そのまま、グングンと加速して、後続との差を開かせるミホノブルボン先輩。

 後ろには、ライスシャワー先輩が控えてはいるものの、遠目から見て、その表情はあまり好ましいものではなかった。

 やはり距離からか、苦戦を強いられている。

 そんな中、進行していくレース。800m付近から後続のウマ娘達も先頭を走るミホノブルボン先輩を捕らえようとその差を詰めにいきはじめた。

 本来、レースで逃げの戦法を取るウマ娘は、後続のウマ娘が直線よれよれか後ろが溜め過ぎるかでしか勝てないというものがある。

 だが、そんな常識をぶち壊すようなレースを姉弟子であるミホノブルボン先輩は私達の前で思う存分披露してくれた。


 残り、400m、差を詰めて来る後続のウマ娘達に対して、ミホノブルボン先輩はさらに足を踏み込み、一気に加速して、引き離したのだ。

 そして、その差は一瞬にして縮まらない距離にまでなってしまった。


「なぁ…!?」
「嘘でしょ!! あそこからまた伸びるわけっ!?」


 後続のウマ娘達は愕然とするしかなかった。

 坂路の申し子の足が炸裂する。サイボーグの身体には最早、誰も追いつけることは叶わなかった。

 200mを迎えてもなお更に伸びる伸び足、普通なら逃げ戦法をとったウマ娘が失速していても何ら不思議ではない。だが、私の姉弟子は違う。そう、積んで来た地獄のトレーニングの数がそれを可能にしたのだ。

 実況も、これには興奮気味に思わず声を上げる。


「先頭はミホノブルボン! 堂々と五連勝で今ゴールイン! やはり、サイボーグは格が違った! 見事に我々の常識を破壊してくれましたっ!」


 これには皐月賞を見にきていた観客達も大いに湧いた。

 もしかすると、ミホノブルボンは三冠を取るかもしれない、そんな予感をさせる圧勝であった。

 当然、ミホノブルボンのその強さを目の当たりにした他のウマ娘達は絶望するしかなかった。

 こんな化け物が何故、私達の世代にいるのだと。

 だが、怪物と呼ばれる彼女は決して才能があるわけでもなかった。ただ、ひたすらに今日まで積み上げてきただけなのである。

 そして、下を向くウマ娘達がいる中でただ一人、皐月賞を取ったミホノブルボンを真っ直ぐに見据えるウマ娘が一人いた。

 そう、ライスシャワー先輩である。

 観客達から賞賛を受けるミホノブルボン先輩の背中を真っ直ぐに彼女は見つめていた。


「……ブルボンちゃん…」


 恵まれない身体、それはライスシャワー先輩とて同じである。

 だが、歴然としてミホノブルボン先輩とこのように差があることは彼女には受け入れがたいものだった。

 追いつけるはずと思えば思うほど、その差はだんだんと開いていく、ライスシャワー先輩はギリっと悔しさから歯をくいしばるしかなかった。

 積み上げてきた努力の量、それが、明確に現れているのだ。

 ミホノブルボン先輩は手を観客席に振りながら深いお辞儀をする。


 G1皐月賞を優勝したウマ娘。


 それは、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩が完勝という結果で幕を閉じることになった。

 それから、勝利したミホノブルボン先輩によるウイニングライブが開催された。

 普段から、厳しくて鬼のような先輩が今日は主役。

 ステージに立ち、歌って踊り、いつもは仏頂面なのに笑顔を時折見せるその表情は私にはとても輝いて見えた。

 そんな、ウイニングライブを見つめながら、義理母は笑みを浮かべて、隣にいる私にこう告げはじめる。


「次は、お前だぞ。アフトクラトラス」
「…はいっ!」


 私は義理母の言葉に力強く頷く。

 ステージに立って踊るミホノブルボン先輩も私を指差して、ウインクをしてきた。

 あんなに楽しそうに歌って踊るミホノブルボン先輩は見たことが無いような気がする。私は彼女の妹弟子であることがとても誇らしく感じた。

 観客達の声が、ミホノブルボン先輩の歌声が会場を盛り上げる。


 彼女が駆ける夢はまだ始まったばかりだ。

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アフトクラトラスの一日



 クラシック第一弾、皐月賞を終えて。

 OP戦を終えた私は現在、朝を迎えているわけだが、相変わらず、ナリタブライアン先輩の抱き枕ならぬ、抱きヌイグルミにされている。

 寝る際は薄着のナリタブライアン先輩。

 パジャマを着る派の私としてはちゃんと服着てほしいと毎回思うのだが、風呂場でも前を隠そうともしない彼女に言ったところで無駄だろうなともう諦めていた。

 抱きヌイグルミ扱いをされている私のメリットと言えば、頭に乗っかってるナリタブライアン先輩の柔らかい胸を揉み放題というところくらいだろうか。

 それなら、自分の揉んでた方が早いという話、自分の胸揉んでも何にも得はないので、それなら何にもしないのが1番である。


「んー…」
「…動けぬ」


 身動きができないので、綺麗な足を絡めてくるナリタブライアン先輩。

 もう色々と悟った私はヌイグルミに徹している。

 まあ、私が散々言ったので優しくナリタブライアン先輩は抱擁して寝てくれているので特に問題はない。

 こうして、私の1日は始まる。



 さて、こんな風にいつものように朝を迎えた私は髪の手入れをし、午前中は同級生達のいるクラスに授業を受けに向かう。

 レース一週間前や、チームの事情次第ではこの授業というものも公欠ができ、トレーニングや特訓が行う事はできるのだが、OP戦を終えた今、私には特に公欠する理由も見当たらないのでこうして授業に出るのだ。

 トレセン学園って事をたまに忘れちゃいますよね、周りの環境を見てみれば、私にとってみればここは軍隊養成所みたいなものだし。

 私は授業を受けながらペンを指で遊ばせつつ、ノートに授業の内容を書く。


「えー、鎖国が終わり、日本で初めてウマ娘のレースが行われたのが1860年ごろになります、この当時、日本では…」


 そう言いながら、私達に授業をしてくれるトレセン学園の先生。

 いや、その知識は果たしてレースに必要なんだろうかと思いつつも、個人的には勉強になるのでノートを取りながら話を真剣に聞く。

 そして、一通り授業が終わり、休み時間。

 私の周りにはネオユニヴァースことネオちゃんとゼンノロブロイこと、ゼンちゃんが集まって来ていた。

 話す内容は、やはり最近のレースの事だろうか、OP戦も無事に終わった私は次は重賞戦に挑む事になるのだが、他の二人は果たしてどうなのかは純粋に気になるところである。

 まず、私の話を聞いて、驚いた声を上げたのは鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねているネオちゃんだった。


「えーっ! アフちゃんOP戦余裕だったのぉ!」
「いえーい、ピースピース」
「いいなぁ…私やネオちゃんはまだ早いって言われてて、もうちょっとかかりそうなんだよね…」


 そう言いながら、二人は私がOP戦をトントン拍子で勝っていた事に驚いている様子だった。

 何故だか、皆から化け物を見るような目を向けられたんだよねぇ、失敬な。私はこんなにコミュ力高いのに! もっとちやほやされて然るべきなんだよ!

 まあ、私が仁○なき戦いみたいにドス効いた脅しかけたもんだからああなったとは思うんだけれど。

 ちなみにネオちゃんはスタイルが良い、身長も170cmくらいあって、胸もそれなりにあり、まるでモデルさんみたいである。

 私とゼンちゃんは…、皆まで言うでない、自覚はあるのだ、自覚は。

 さて、そんな他愛の無い談笑をしながら私達は休み時間を過ごす。


 そうして、授業を終えて待ちに待ったお昼。

 たくさんのウマ娘達が食堂に溢れかえる中、私はトレーを持って、オグリ先輩を探すとその正面に腰を下ろす。

 やはり、トレセン学園の食堂名物であるオグリ先輩のパクパク食べる姿は可愛いので、昼間は彼女の前に座ると決めているのだ。

 オグリ先輩は正面に座る私に目をまん丸くしながら、ご飯を口に運んでいる。

 そして、正面に座る私にオグリ先輩はご飯を飲み込むとこう話をしはじめた。


「また君か、何故、私の前に座るんだ」
「まあまあまあまあ」
「いや…まあまあと言われてもだな……んっ?」


 私はそう言いながら、オグリ先輩の前にすっとある物を置く。

 そう、それは、バイキング食べ放題のチケットとニンジンの詰め合わせセットである。それを目前に置かれた瞬間、オグリ先輩の目つきが変わった。

 ふはははは、私が何の策もなしにオグリ先輩の前に来るとでも思ったのかね、貢ぎ物さえあれば何の問題もないのだよ。

 オグリ先輩は左右を確認しながら、私の顔を確認する。

 すると、私はニッコリと微笑みながら頷き、オグリ先輩にこう話をしはじめる。


「こげんな物しかありもはんが、懐に入れてたもうせ」
「いや…、私は…その…」
「なんばいいよっとかぁ、涎がでとるがね、気にせんでもよかよか!」


 そう言いながら、何故か薩摩語でオグリ先輩を言いくるめに入る私。

 オグリ先輩は地方の出と聞く、こんな風に薩摩の田舎っぺ感を私が醸し出しておくことで彼女に親近感を持ってもらおうという作戦だ。

 いやぁ、薩摩語検定一級持ってて良かった! こんなところで役に立つなんて! え? そんな検定無いって?

 とはいえ、こうして、オグリ先輩に賄賂も渡せた事だし、今後もお昼はオグリ先輩がパクパクご飯を食べるところを眺めるのを独り占めできるという訳だ。

 そんな、私が提示する賄賂に対して、オグリ先輩は涎を垂らしたまま、仕方ないと言った具合にこう話をしはじめた。


「よ、よし…、ならありがたく頂く…」
「それじゃ、今後ともお昼はご一緒させてくださいね♪」
「むぅ…致し方ない…。こんな風にされては私も駄目とは言えないだろう」


 そう言いながら、オグリ先輩はシュンっと耳を垂らして妥協するように私に告げてきた。

 これは交渉なのである。断じて賄賂を使っての買収なのではない、交渉なのだ。

 しかしながらオグリ先輩は相変わらず可愛い、マスコット的な可愛さがあるなぁと私はしみじみ思った。

 そんなオグリ先輩とほのぼのとしたやりとりをしつつ、私はオグリ先輩の食べる姿をニコニコと眺める。


 そんな中、食堂のテレビではCMが流れていた。

 それは、今週始まるであろう天皇賞(春)のCMだ。私は昼ご飯を食べながら、そのCMに目を向けていた。

 天皇賞(春)、それは、いわば、ステイヤーと呼ばれるウマ娘達がしのぎを削り合う頂上決戦。

 菊花賞の3000mよりも長い、3200mという距離をスタミナ自慢の猛者達が制する為に集結するレースだ。

 その中でも、注目を受けているのが…。


 天皇賞(春)。

 メジロマックイーン、親子三代制覇。

 絶対の強さは、時に人を退屈させる。 



 チームスピカ所属、ステイヤーの絶対王者メジロマックイーン先輩である。

 そう、メジロ家の家系で歴代の天皇賞を取ったウマ娘のメジロアサマ、そして、その娘であるメジロティターン。

 そのメジロティターンの娘であるこのマックイーン先輩は前回の天皇賞(春)を勝つことにより親子で三代に渡り、天皇賞(春)を制覇した偉業を打ち立てたのである。

 長年に渡り受け継がれたステイヤーの血筋、だが、私は知っている。メジロマックイーン先輩があんな風なお嬢様ではないことを。

 だいたい、サンデーサイレンスという気性がすこぶる荒い海外ウマ娘と仲良しな時点でもうお察しなのである。

 さて、そんな中、今回、メジロマックイーン先輩の天皇賞(春)の連覇がかかっているインタビューが行われているのであるが。


『マックイーンさん、今回のレースの意気込みは…?』
『いつも通り、由緒あるメジロ家の一人として華麗なレース運びを見せてさしあげますわ』


 そう言いながら、芦毛の綺麗な髪を片手で靡かせるメジロマックイーン先輩。

 私は思わず、メジロマックイーン先輩のそのセリフに吹き出しそうになり、ゴホゴホとむせてしまった。

 さて、何故、私がここでメジロマックイーン先輩のレース前のコメントにむせ返ったのかご説明しよう。

 トレセン学園でのメジロマックイーン先輩伝説。 


 其の一。

 坂路トレーニングの際、ブチ切れて、トレーニングトレーナーを血だるまにする。

 其の二。

 うっぷんバラしに宿舎の天井をぶち抜いた。

 其の三。

 真面目というより、だいたいレースはしょうがねぇから走ってやるよといった具合。

 其の四。

 表彰式でキレて、トレーナーさんをど突く。

 其の五。

 トラックで置いてきぼりにしたトレーナーにパロ・スペシャルを掛け悲鳴を上げさせる。


 などなど、あの人のまつわる逸話は割とあるという。

 真の姿を果たして知っているのはこのトレセン学園で何人いるのか、少なくとも私は把握していた。

 もしかしたら、似たところがあるゴルシちゃんも知っているかもしれない。

 あの人がお嬢様と言いながらハーレー乗ってサングラスを頭にかけて、木刀担いでヒャッハーしている姿を容易に想像出来てしまうから不思議だ。

 さて、そんなお嬢様という名の世紀末ヒャッハー家系の創造主の一人であるメジロマックイーン先輩だが、今回、連覇をかけて天皇賞(春)に出走予定だそうで、実に楽しみなレースになることは間違いないだろう。

 お前も似たようなものだろうですって? うーん、最近、自分の行動を振り返ると言い返せないから不思議ですねー(目逸らし。

 思わず、テレビのCMで笑いが出そうになって、むせ返る私の背中をオグリ先輩が優しく摩ってくれる。


「おい! だ、大丈夫か?」
「ゲホゲホ、はぁ…はぁ…、だ、大丈夫です」


 私は息を整えながら、オグリ先輩に笑顔を浮かべてそう告げる。

 よーし、どうせだし、天皇賞(春)でメジロマックイーン先輩の応援でも行こうかな。

 みんなでヤンキーファッション全開で応援団作るのも面白そうだ。

 皆に特攻服着せて、団旗持たせて応援するのも面白いかもしれない、多分、話したらゴルシちゃんあたりが面白がって賛同してくれるのは明白だ。

 こういう事をすぐに考えつくから、私はゴルシちゃんに気に入られるんだろうなぁ。

 メジロマックイーン先輩の応援団という名のヤバい愚連隊がすぐに出来そうだなと思ってしまった。

 うーん、由緒あるメジロ家とは一体、修羅の一族かな?

 さて、こうして、昼食をオグリ先輩と食べ終えた私は昼からはいつも通り、鬼トレーニングの無限ループに入る。


 坂路を登り、筋力を鍛え、さらに坂路を登り、坂路で併走追い込みをし、重石を手足に付けたまま地獄のウイニングライブ。

 これを、毎回繰り返し行うのである。

 最近では、どデカイタイヤを引きずりながら、手足に重石を付けて、そのまま坂を登りきるというキチガイじみたトレーニングもやり始めた。

 根性と気力と精神力でこれらを乗り切るのだ。

 身体の限界? 関係ないからとばかりに夜になるまで行われる義理母主導のトレーニングはまさにスパルタである。

 バクシンオー先輩やタキオン先輩も一度、私達のトレーニングに参加したことがあるのだが…。


『ごめん、無理。私、優等生だけど、これは無理』
『非効率であまりにもオーバーワークだ。ぶっちゃけるが死んでしまうぞこのトレーニング』


 という、辛口コメントを頂きました。

 うん、そうだよね、私もそう思うもの。

 けれど、このトレーニングは義理母の考案とオハナさんがアドバイスを入れた事により、ギリギリ、故障も発生せず死なないラインのトレーニング仕様となっている。

 それでもギリギリラインである。ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩なんかは喜んでこなしているが、あの人達が単に化け物なのだ。

 あの、バンブーメモリー先輩も今ではギリギリついていけてるが、このトレーニングについていけてる事自体が、本当にすごいと私は思う。

 こんなトレーニングをしているものだから、アンタレスはヤバいという事が学園内で広まるのも思わず納得してしまう。

 楽しい学園生活を送りたいウマ娘、学園で思い出を作りたいと思っているウマ娘にはアンタレスはおススメしない。

 ここは、学園というより、軍隊養成所なのだ。

 ですから、楽しく過ごしたいウマ娘はリギルやスピカを強くお勧めします。


 筋肉大好き! というウマ娘の貴方、結構。ではアンタレスがますます好きになりますよ。 

 さあさどうぞ。坂路のサイボーグモデルです。快適でしょう? 

 んん、ああ仰らないで、坂路トレーニングだけ? いえいえ、レパートリーは日に日に増えていきますので何の問題もありません。 

 芝の平地やダートなんていう楽なトレーニングがあるわけがない。 

 筋力トレーニングもたっぷりありますよ、どんな貧弱な方でも大丈夫。どうぞ義理母に指導してもらって下さい、いい音でしょう。 

 悲鳴の声だ、トレーニング量が違いますよ。 


 少なくとも、アンタレスでの私はだいたいこんな感じである。悲鳴なんてキツさのあまり身体から口からいくらでも出てきますとも。

 そうして、夜は風呂に入り、身体中に溜まった疲れを癒す。

 多分、お風呂なかったら私はもうこの世に居ないと思う。それくらい、この大浴場に救われてきた。

 お風呂というのは偉大な文化ですね! 考えた人は天才です。

 そして、風呂を終えた私は夜食を食堂でとると、夜はナリタブライアン先輩の寝室でヌイグルミになるわけだ。

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東北の英雄




 皆さんはダートを駆けるウマ娘についてご存知だろうか?

 現在、私は地方のレース場にきているのであるが、それは、ある理由があった。

 なんと、チームアンタレスに新たに入りたがるウマ娘がこのレース場にいるらしいのである。

 話を聞いた時は正気かよ、と思ってしまったがどうやらほんとの話らしい。

 このレース場で走っているという情報を聞いて、ライスシャワー先輩と共にやってきているのであるが…。


「フェブラリーステークスを走れるウマ娘…ですか…」
「確かにウチはダートウマ娘は居ませんもんね」
「そうね、だから今回のウマ娘の加入はチームとしてはすごく大きいと思うの」


 そう言いながら、私に微笑みかけてくるライスシャワー先輩。うん相変わらず天使である、可愛い。

 さて、ダートというのは日本のG1ではクラシックほどの注目はされていない。

 土と芝、走るレース環境がそもそも違うのであるが、このダートというのは甘く見られがちである。

 普通、走るんなら芝だろと思っている方もたくさんいるかもしれない。だが、このダートこそが、なかなか凄いレースが盛りだくさんなのである。

 何故か? それは、日本ではなく海外に目を向ければ一目瞭然である。

 鎖国後の日本はイギリス洋式のウマ娘のレースをモデルに発展してきた。

 そして、今のクラシックと呼ばれる歴史のあるレースはその積み重ねにより出来上がったレース。

 だがしかし、アメリカのレースの基本はこのダートなのである。

 私が、初めてルドルフ会長にあった時に憧れているウマ娘の名前を言ったのを覚えているだろうか?


 セクレタリアト。

 アメリカ三冠を始めとした数多くの大記録を打ちたてたアメリカ合衆国を代表するウマ娘である。

 バテないスタミナや、ウマ娘離れした筋肉とバネのある独特のフォームから繰り出される爆発的な加速力は等速ストライドと呼ばれた。

 セクレタリアトはレース展開によって2種類のストライドを使いこなしていたとされている。

 あだ名はビックレッドと呼ばれ、彼女の代表的なレースといえば、やはり、米国三冠の最終戦であるベルモントステークスだろう。

 なんと、2着のトワイスアプリンスに31身差も離し、三冠を達成したのである。

 40年以上経過した2018年の現在でもダート12ハロンの世界レコードとされている彼女の持つレコードはもはや更新不可能といわれることも多い。

 さて、このアメリカを代表する怪物であるが、主戦場としていたレースは果たしてなんだったのか?

 そう、ダートなのである。米国ではダートが主戦場なのだ。

 何故、芝が少ないかとされているかというと多分、西部劇などでよく見る開拓時代にウマ娘達が走っていたのが土が多かったからではないか? という風に私は思っている。

 詳しい話はよくはわからないが、米国のレースのルーツはこのダート、つまり、ダートレースがより注目されるのである。

 ちなみに賞金額が半端ない。

 特にウマ娘のレースで世界最高賞金額を誇るペガサスワールドCなどは総賞金1,200万ドルだ。

 ようは、日本のダートウマ娘は下手をすれば日本のどのウマ娘よりも大スターになれる可能性を秘めているのである。

 私はスマートファルコン先輩が地方周りをしてると聞いてたので、リギルのオハナさんにその話をしてあげたところ、血相を変えてスカウトに飛び出していったのは記憶に新しい。

 ダートウマ娘とはすなわち、アメリカン・ドリームの塊なのだ。

 ちなみに、たまにだが、芝もダートも両刀でいけるウマ娘も稀にいるとか、エルコンドルパサー先輩なんかも多分、その口だろう。

 レズとかホモとかそういう話ではないですよ? 違いますからね?

 話は逸れてしまったが、ダートレースというのは日本は地方が割と力を注いでいる。

 日本にも、ペガサスワールドCみたいに馬鹿げた賞金額のダートレースができれば盛り上がるのにね? と私は個人的に思ったりしてる。

 しばらくして、そのウマ娘との待ち合わせ場所に到着した私達は辺りを見渡し、待ち合わせをしていたウマ娘を探す。


「えーと…、多分、待ち合わせはここだと思うんですけど」
「どこですかね?」


 そう言って、辺りを見渡す私とライスシャワー先輩。土地勘が私達は無いのでスマートフォンを使い現在地を把握しながら、待ち合わせをしていたダートウマ娘を探す。

 すると、しばらくして、栗毛の綺麗な髪を赤いカチューシャで留め、靡かせている飄々とした雰囲気のウマ娘が私達の前に現れた。

 独特な雰囲気のある彼女はニコリと微笑みながら私達に話しかけてくる。


「やぁ、君達が待ち合わせの2人かい?」
「えっ? あ…は、はい、そうですが貴女は…」
「御察しの通りだよ、私が待ち合わせをしていたウマ娘さ」


 そう言いながら、彼女は肩を竦めて顔を見合わせる私達に告げる。

 彼女が何者か、それは、彼女は地方競馬において英雄として名を轟かせているところを聞けば察しのいい方は気づいている方もいるかもしれない。


 フェブラリーステークス

 英雄は東北から来た。

 日本ウマ娘史上ただ1人、地方から中央を制したウマ娘。

 メイセイオペラ、栗毛の来訪者。

 時代は外から変わっていく。


 そう、彼女は東北の英雄、メイセイオペラさんなのだ。彼女の活躍は地方でありながら、トレセン学園でも話題によく上がっている。

 飄々としながらその雰囲気とは裏腹に、東北出身の英雄としての看板を背負っている彼女には、口では言い表せない圧力というものが備わっている。

 しかし、私にはわからない事があった。

 確かにウチのチームにはダートウマ娘はいないのだが、地方でこれだけ名が売れているのにわざわざアンタレスにメイセイオペラさんが来たがる意味である。


「何故ウチのチームに…、他にもスピカやリギルという選択肢もあったと思うんですけど」
「うーん、チーム選びを迷ってもしゃあねぇべって思ってね。そっだことより、にしゃがおもしぇと聞いたもんでなぁ」
「え…っ?」


 そう言って、私に向かいニコリと笑みを浮かべて告げるメイセイオペラさん。

 いや、確かに色んな意味でみんなからは良く絡まれてはいるけれど、そんな理由で所属チームを決めるとは。

 そういう決め方をされるとは予想外だった私は目をまん丸くしながらライスシャワー先輩の顔を見る。

 ライスシャワー先輩は私に困ったような笑みを返してくれた。

 そうですよねぇ、私もおんなじ意見です。

 言わずもがな、伝わる。そう、何も知らないメイセイオペラさんがウチのチームのやばいトレーニングを見てどんな風に思うのか、想像するのは容易い。

 だが、アンタレスといえど、チームトレーナーのほかにトレーニングトレーナーが居るのでバクシンオー先輩やタキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩のように私の義理母が見ないという所属の仕方ももちろんある。

 ダートに関してはそれこそ、専門のトレーナーの方が良いだろうし、そう考えるとメイセイオペラさんがウチのチームに来るというなら多分、大丈夫だろうとは思う。

 血迷っても、私やミホノブルボン先輩のトレーニングをさせてはいけない(戒め)。

 彼女には学園生活を満喫してほしいのだ。

 私なんてしょっちゅう筋肉痛で学園生活を満喫どころじゃないからね、もう慣れましたけども。

 しかし、地方にも広まっている私の悪名、絶対原因はゴルシちゃんだろうな、間違いない。

 あの娘、どんだけ言い回ってるんだよ! いや、多分、それ以外のウマ娘も言って回ってるんだろうなぁ。

 もう、訂正する気も起きない、そうです、私がトレセン学園の誇る青いコアラのド○ラ枠です。

 すると、メイセイオペラさんは慌てたように顔を真っ赤にして私とライスシャワー先輩にこう告げはじめる。


「やんだおら。出来るだけ標準語を話そうとしてたんだがね。 まだ、慣れてないもんで」
「そんな無理しなくても…」
「あはは、あまり訛っていてもコミュニケーションが取りにくいだろう? うん、徐々に慣れていかないとね」


 そう言いながら、照れ臭そうに話すメイセイオペラさん。

 とりあえず、彼女はウチのチームに転入という形で所属する事になった。これで、ウチには各レースにスペシャリストが揃い踏みする事になる。

 私は訛ってた方が可愛いと思うんだけどなぁ、薩摩語検定一級(自称)と広島弁検定一級(自称)、関西弁検定一級(自称)の私が言うのだから間違いない。

 一応、メイセイオペラさんは米国進出を視野に入れて、今年は国内ダート路線を制覇に動く事になる。

 これがもし、実現し、米国のダートG1を制覇したりすれば地方ウマ娘による海外ダートG1制覇というロマンに満ち溢れた偉業になることだろう。

 私もダートの走り方練習しようかな…、そして、ペガサスワールドCを優勝して賞金を使って豪遊三昧の生活をするのだ。

 可愛い水着で南国の島でバカンス、何という最高な生活だろうか。

 私はそんな想像を膨らませながら、ぐへへっという下品な笑いがつい出てしまう。

 だが、現実は非情である。今の私はクラシック路線まっしぐらなので、メイセイオペラさんにダートの走り方を教わるのは後になるだろう。

 それから、しばらくして、メイセイオペラさんをトレセン学園で私達は迎い入れる事になった。

 もちろん、トレセン学園を案内する役は1番年下の私の役目です。

 そして、トレセン学園の余計な豆知識をメイセイオペラさんに吹き込む私。

 具体的にはスピカに所属しているダイワスカーレットちゃんはおっぱいが大きいことを始め、リギルのチームトレーナーであるオハナさんがどれだけ大天使なのか、そして、スピカのトレーナーさんがどれだけ聖人なのかという事をオペラさんに教えてあげた。

 これは常識である。そしてウチは地獄の黙示録という事も教えておく。

 それは、遠山式軍隊トレーニングをすればよくわかるのだが、オペラさんみたいな良いウマ娘を私は地獄に引きずりたくないので敢えてオブラートに包んで話した。

 そうして、現在、私はオペラさんを連れて食堂の案内をしている最中である。


「この食堂の名物はオグリ先輩と言いましてね、たくさんご飯を食べるところが可愛いんですよー」
「ほうほう」
「トレセン学園の食堂は料理が非常に豊富なので、オペラさんも満足していただけるかと」


 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて、食堂の説明をオペラさんにする私。

 ここはある意味癒しの空間なのである。たまに見かけるスペシャルウィークことスペ先輩もよく食べている光景をよく目にするのだが、あんなによく食べれるものだと感心する。

 私なら多分、トレーニングの最中にゲ○吐いちゃうな、やはり、アスリート的な意味で食事はバランスよく食べるのが1番である。

 そんな中、食堂の案内をし終えて、トレセン学園の廊下に出る私とオペラさん。

 すると、そこであるウマ娘とばったりと遭遇してしまう。


「おー! アフちゃんじゃーん! この間のOP戦、流石だったなぁー! おい!」
「いいですか? オペラさん、関わってはいけないウマ娘とはこの娘の事です」
「…肩組まれて随分と親しそうだけんど?」


 親指で私に馴れ馴れしく肩を組んでくる遭遇したウマ娘ことゴールドシップを差しながら告げる私。

 しかしながら、そんな事は御構い無しにゴールドシップは私の肩をしっかりと組んだまま頬ずりまでしてくる始末。

 これにはオペラさんも苦笑いを浮かべてそう突っ込む他なかった。

 そんな中、私は冷静にこのゴールドシップについて何が危険かをオペラさんに説明しはじめる。


「いいですか? このゴルシちゃんは気性の荒さはあのマックイーン先輩同様にすこぶる凄くて特技がプロレス技というとんでも…」
「おー…お前またおっ○い大きくなったな」
「と、こんな感じに私のおっぱ○を何事も無いように鷲掴みにするとんでもない奴なんです」
「冷静に説明してくれるのは有難いだけんじょ、そこは突っ込んだがよくねぇべか?」


 そう言いながら、たゆんたゆんと私の胸を背後から揺らしてくるゴールドシップとのやりとりを見て苦笑いを浮かべるオペラさん。

 わかってるんですよ、この人はいつもこんな感じなんで突っ込むと疲れちゃうでしょう? 疲れるのは義理母の鬼調教だけで充分なんですよ。

 そんな中、しばらくゴルシちゃんに胸を遊ばれた私はチョップを入れて止めさせると、冷静な口調でこう話をしはじめる。


「ゴルシちゃん、私は今、オペラさんの案内で忙しいのですが」
「えー! あ、なら、私も案内手伝ってあげようか? ん?」


 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の肩をポンと叩くゴールドシップ。いやいや、お前さんいつからそんなに慈悲深くなったのかな?

 何かまたロクでも無い事でも考えついたに違いない、私はオペラさんを守る使命がある。

 にこやかな笑みを浮かべているゴールドシップに対して、私は冷静にかつ丁寧にこう話をし始めた。


「んー…貴女がですか? ほら、貴女は午後からトレーニングがあるでしょう」
「んなもんサボる」
「私の義理母がトレーナーなら、その発言聞いた途端ぶっ殺されますよ貴女」


 そう言いながら、信じられないような言葉を発するゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 そんなもん、私だってやってみたいわ! どんだけ聖人なんですか! チームスピカのトレーナーさん! 私は逃げた日には坂路が倍に増えてトレーニングもエゲツなくなるというのに!

 チームアンタレスなら到底考えつかないような事をさらっと言ってのけるゴールドシップに私は顔をひきつらせるしかなかった。


 それから、仕方ないのでゴールドシップを交えて、オペラさんに私は学園内の案内を引き続き行なった。

 途中、何故か広間の芝の上で昼寝をしていたヒシアマゾンことヒシアマ姉さんの顔にゴルシちゃんと2人で油性ペンで落書きしたりとかをしたりはしたが、特に問題なくオペラさんには学園内を案内できていたと思う。

 ちなみに夜に部屋に一緒に戻ったブライアン先輩と2人でヒシアマ姉さんの顔を見て爆笑したのは良い思い出になった。

 なんでも、昼間から夜の間、誰もヒシアマ姉さんに突っ込んで教えてくれなかったらしい。

 同じチームで生徒会の仕事をしていたフジキセキ先輩やエアグルーヴ先輩は仕事中やたら笑いを堪えていたとか。

 ちなみにルドルフ会長は全くノータッチだったらしい、曰く、新しいメイクだと思っただとか。

 いやいや、確かに顔にインディアンみたいな落書きはしてたけどそんなメイクがあるかい! と思わず私は突っ込みを入れたくなった。

 ちなみにその後、ヒシアマ姉さんから私は。


「アフトクラトラスぅ! このやろー!」
「あだだた! ごめんなさいっ! つい出来心で!」
「てめぇ! また胸でっかくなってやがるじゃねーかこら!」
「なんでみんな私の胸を触るんですかね!? やめてっ! これ以上はおっきくしないで! てか、姉さんもわたしよりデカイでしょうがっ!」


 関節技を決められたまま、何故か身体を弄られるという拷問を宿舎の部屋にて受ける事になった。

 チームは違えど、私にとってみればリギルの先輩たちも優しくて良い先輩ばかりである。

 学園生活というにはあまりにも軍隊じみていて学園生活をエンジョイできているとは言い難い私であるが、それでも、この学園に来た私には、良い姉弟子、良い先輩、良い親友が出来て幸せであった。

 まだ、長い春のG1ロードは残ってはいるが、新たに加わったオペラさんを加え、チームアンタレスはより邁進していく事になる。

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