遥かな、夢の11Rを見るために (パトラッシュS)
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登場人物紹介
キャラ紹介・支援絵紹介


今更ながらキャラクター紹介です。

とりあえずアフちゃんの詳細書いとこうと思った次第です。

また、今後登場する他のウマ娘の紹介も書くかもしれません


 

 

 主人公

 

アフトクラトラス。

 

別名、魔王、スパルタの皇帝、アフちゃん、魔性の青鹿毛、トレセン学園のマスコット、爆速暴君……ect。

 

 早くに両親を亡くし、遠山厩舎にて幼少期を過ごす。

 遠山厩舎の掲げる『鍛えて強くする』という指導方針の元、スポ根ばりのスパルタの特訓を課せられており、徹底的に鍛え抜かれた。

 

 チームアンタレスに所属しており、血の繋がりはないが、義理母であるチームアンタレスの遠山トレーナーと義理姉であるミホノブルボン、ライスシャワーをはじめとしたアンタレスのメンバーは自分の家族だと思い接している。

 

 

 目標。

 

 ・欧州を制覇し、セクレタリアトのようなウマ娘となり、夢の11Rに立つこと。

 

 ・義理姉であるミホノブルボンを超えること。

 

 

 見た目。

 

 ・全体的にダークブルーの癖毛にパールブルーの毛先の髪が混じっている。

 

 ・青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 

 ・綺麗にぱっちりとした二重の目

 

 ・人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。

 

 ・やたら自己主張が激しい胸

 

 ・身長が小さい

 

 

 身長は148cm

 

・B89(最近成長してB91に)

 

 ・W57

 

 ・H85

 

 

 性格

 

 基本的に自由奔放、ウイニングライブで適当な踊りをしたり、ソーラン節を踊ったり、やんちゃしてシンボリルドルフ生徒会長から怒られるまでがテンプレ、しかし、自分では癖ウマ娘ではないと言い張っている。

 

 根は努力家で頑張り屋、家族への思いが強い、そして、ポンコツマスコット。

 

 トレーニング狂であるアンタレスの調教トレーニングにより、この頃、頭がおかしいトレーニングをする事に何も抵抗を感じなくなった。

 

 薩摩弁、大阪弁、名古屋弁、博多弁、佐賀弁などを何故か話す事ができるトリリンガルマスコット(本人曰く検定持ちらしい)。

 

 誰からも愛される性格(癖が強いウマ娘)なので、やたらと癖が強いウマ娘に絡まれる(セクハラされる)傾向がある。学園内では割とチョロい事で有名。

 

 ・趣味

 スパルタトレーニング、坂路を登る事、筋トレ、ウイニングライブでのお祭り騒ぎ、たこ焼きを焼く事、ヒシアマゾンへのセクハラ、オグリキャップへの餌付け。

 

 ・特技

 たこ焼きの販売、ホスト営業、メイド役、お祭りウマ娘、オグリキャップの餌付け。ナリタブライアンのヌイグルミ役。

 

 

 支援絵・絵師様

 

  RAEL様

 

 アフトクラトラスの立ち絵

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ルルイブ・ロキソリン様

 

 アフトクラトラスの立ち絵

 

【挿絵表示】

 

 アフトクラトラスの執事服

 

【挿絵表示】

 

 アフトクラトラスのメイド服

 

【挿絵表示】

 

 

 描いていただいたき、どうもありがとうございます。

 

 

ミホノブルボン(姉弟子)

 

 アフトクラトラスの義理の姉。

 

 別名、栗毛の超特急、スパルタの風、サイボーグ。

 

 遠山厩舎に所属している完全無欠のサイボーグウマ娘、あまりにスパルタなトレーニングを己に課すことからターミネーターとか言われている。

 義理母である遠山トレーナーと共に鍛え抜かれた身体は他のウマ娘を寄せ付けない圧倒的な力を有している。

 

 圧倒的な練習量をストイックにこなす努力の天才。 普通のウマ娘なら音を上げるような過酷な練習を、表情を変えずに淡々と行う。

 

 その雰囲気から、学園内では本気で「ガソリンで動いている」や「サイボーグなのでは?」という噂がまことしやかに囁かれている。

 

 アフトクラトラスのことは妹弟子と呼びながら可愛がっており、いつも気にかけている。

 

 

 ・B86

 

 ・W54

 

 ・H87

 

 

 趣味、スパルタトレーニング、筋トレ、坂路を登る事、筋トレ用品の購入、遠山式トレーニング。

 

 

 

 

ライスシャワー

 

 別名、関東の刺客、記録破り屋、ヒットマン、死神、漆黒の鬼。

 

 アフトクラトラスとミホノブルボンと同じ、チームアンタレスに所属しているウマ娘。

 

 素直で純粋な性格のウマ娘であり、自分がいると周りが不幸になってしまう……と思い込んでおり、他人を避けていたが、ミホノブルボンとの出会いをきっかけに彼女を超える為に懸命に努力する関東最強の刺客と成った。

 トレーニングトレーナーであるマトさんとの結束は固く、ステイヤー(距離が長いレース)という点に関しては超一級の脚を持つ。

 己がヒール役である事を自覚しており、ファンから嫌われている事を心苦しく感じているものの、チームの皆やアフトクラトラスから支えられて、今はその事実を前向きに捉えている。

 

 アフトクラトラスの事はミホノブルボン同様、妹のように可愛がっており、アンタレスを担う逸材として暖かく見守っている。

 

 

 ・B75

 

 ・W51

 

 ・H76

 

 

 趣味、スパルタトレーニング、坂路を登る事、ガーデニング、マト式トレーニング、歌、ショッピング、手持ちのナイフを研ぐ事。

 



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夢への第一歩
夢の中で


 

 

 

 これは異世界から受け継いだ輝かしい名前と競走能力を持つ“ウマ娘”が、遠い昔から人類と共存してきた世界で活躍するお話。

 

 そんな彼女達が通うトレセン学園、その門を新たに開こうとする一人のウマ娘がいた。

 

 その名は…。

 

 

「…はぁ…。憂鬱だなぁ…ほんと」

 

 

 アフトクラトラス。

 

 それが、彼女の名前である。ギリシャ語で“皇帝”という意味だ。

 

 皇帝の名を冠し将来を渇望されている彼女はこのトレセン学園の門を叩こうとしていた。

 

 だが、彼女は顔を引きつらせたままどうしようかと現在、生徒会室の前で右往左往している最中である。

 

 

 癖毛のあるダークブルーの髪の中に混じるパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 

 綺麗にぱっちりとした二重の目に、人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。

 

 

 そう、これが私、アフトクラトラスである。

 

 

 こうなった事の経緯を説明すると、私はいわゆる競馬をこよなく愛する普通の社会人だった。

 

 

 私の好きな馬は古くはテンポイントやトウショウボーイ。キーストン、シンザン、そして、時代を少し下ればサクラスターオー、ライスシャワー、ナリタブライアン、ミホノブルボン等、挙げれば多分キリがないだろう。

 

 

 もちろん、彼らのレースに足を運んでは馬券を握りしめて鉄火場である競馬場で彼らの勇姿を見届けた。

 

 そうしていつも、競馬場に足を運んでいた私は競馬でスターホース達に夢を与えられ、そして憧れていた。

 

 瞳を閉じれば、あの名馬達の姿が今でも目に浮かんでくる。夢の11Rをいつも想像していた。

 

 大好きな騎手もたくさん居て、その騎手がG1をはじめて取り、嬉しさから涙した日には私も何故か自然に涙が溢れ出てきた。

 

 そんな私は長年働いてきた会社を退職し、ふと、いつも馬券を買っては馬を応援していた競馬場に足を運んだ。

 

 その日の競馬場は賑やかで、どこか、自分がいつも馬券を握りしめて訪れていたあの日、あの時の情景が目に浮かぶようだった。

 

 

 できるなら、もう一度彼らに会いたい。

 

 

 競馬で行われているレースを眺めていた私はそう願った。

 

 叶うはずもない願い、取り組んでいた仕事に対しても情熱を注いでこの競馬場で走る馬達のように全力で毎日を私も駆けていた。

 

 そうして、私は静かに競馬場で目を瞑る。

 

 

 そして、次に目を開けたその時にはーーー。

 

 

 私は一人、青空が広がる広い草原の中に立っていた。

 

 気づけば、耳に尻尾も生えていて、歳を取っている筈なのに顔を触れば肌はすべすべしていた。

 

 

 なんと若返っていたのである。

 

 更に付け加えるならば、肝心な下部のところは綺麗さっぱり大事なものがなくなっていた。

 

 

 状況が分からぬまま、私は草原で、記憶がフラッシュバックする感覚に襲われた。

 

 それは、自分は一体何者なのか? そして、この世界はどういった世界なのか?

 

 まるで、記憶が流れ込んでくるような不思議な感覚だった。

 

 それからしばらくして、私はウマ娘としてこの世界で生を新たに受けたことを悟るに至った訳だ。

 

 この世界の私には義理の母が居て、その母と二人で住んで居たらしい。

 

 義理の母はかなり厳しい性格の人だった。一言でいうならスパルタ母である。言葉の通りだ。

 

 新たに違う世界で生を受けた私はこうして、アフトクラトラスという名を名乗ることになった。

 

 そして、その義理の母からは相当厳しく鍛えられる事になった。もはや、走るのが楽しいとかそういう次元ではないレベルで。

 

 そして時は流れ、いい年に成長を遂げた私は現在、トレセン学園の生徒会長室の前に立っているわけである。

 

 

 なんというか、端折っている箇所は多いが大まかな流れはこんな感じだろう。

 

 

 私は基本、面倒くさがりで熱血体育会系というわけでもなく、どちらかといえば、もう仕事もやりきって退職したし、楽がしたいと思っていたところなのだ。

 

 それが、なんということか、スポ根丸出しのこの世界で、目を覚ましたその時から義理の母からは三冠取ってこいだのと尻をしばかれ。

 

 

 ある時は、『お前は欧州で凱旋門取るんだよ! やれ! あと坂路追い込み500回!』など、この人、ターミネーター育てた厩舎のあの人乗り移ったんじゃないの? というくらいスパルタに鍛えられた。

 

 

 義理の母の名前を調べたら遠山試子という名前だった事、そして、義理の母が『私が今、トレセン学園にいるミホノブルボンを育てあげた』と豪語した事から、私はその時点で、あっ…(察し)、となってしまった。

 

 

 そりゃ厳しいわけだよと思わず涙が出てくる。

 

 しかし、気づいた時にはもう、逃げようにも逃げようが無いので私はひたすら超鬼調教をこなす毎日を送る羽目になった。

 

 そのおかげで私の脚の筋力は元コマンドーの大佐くらいの量は間違いなく付いたと確信できる。

 

 そう、たゆまぬスパルタ特訓のおかげか筋肉モリモリマッチョマンの変態って言われるくらいには鍛えられた訳だ。

 

 私の太ももは見た目は一見して白くてすべすべしてそうだが、中身はギッシリした柔軟性のある筋肉となっている。

 

 私の義理の母曰く、白くモチモチしてるらしい、モチが粘っているみたいとも言っていた。どっかの競走馬かな?

 

 さて、そういうわけで私は生徒会室を訪ねるか否か迷っている真っ最中というわけである。今日が転入初日なので訪ねなければならないのだが…。

 

 ウマ娘としての実感というのが、今にして湧いてきている。

 

 トレセン学園の生徒名簿を見た時は度肝を抜かれた。

 

 まさか、生徒会長がシンボリルドルフで、あのライスシャワーやナリタブライアンが女の子になっていたのだから。

 

 いや、私も今は女の子なんだけれども。

 

 退職するくらいいい年した人間がこんな女の子になるなんて、予想もしていなかった。

 

 そして、その頃の記憶も、もう最近では曖昧になりつつある。

 

 以前の競馬に関する記憶は問題ないが、私がアフトクラトラスになる前の、普通の社会人だった時の記憶が時間が経つにつれて消えかかってきているのだ。

 

 これが修正力というものかどうかは定かではないが、あまりいい気分ではない。

 

 

 さて、話を戻そう。そう、問題はルドルフ会長との面会である。

 

 なんと言って訪ねて良いものやら…。

 

 

「…? 君、生徒会室の前で何をやってるんだい?」

「………」

 

 

 はっ…! そうだ! こうなったらバックれて明日、改めて来よう! なんか居そうにないし!

 

 よし、帰ろう、寮にも挨拶しなきゃだし! 明日でいいよ! 明日で!

 

 そう思って、私がその場から立ち去ろうと足を動かしたその時であった。

 

 

「君だよ、君」

「ひゃいっ!? はっ…! い、いつのまに背後に…っ!?」

「さっきから居たんだがな。君かい、転入生っていうのは?」

 

 

 気品あふれる雰囲気を撒き散らし、白い三日月に似た前髪の一部にメッシュが入っている女性が私の肩にポンッと手を置いて居た。

 

 そう、彼女こそ無敗で三冠を達成し、生涯史上初の七冠を制覇した馬の名を冠するウマ娘。

 

 シンボリルドルフ、その人である。

 

 皇帝と呼ばれる彼女から私の肩越しにあふれんばかりの強者のオーラが滲み出ていた。

 

 

「話は聞いている、ひとまず部屋に入り給え」

「…は、はいっ…! 失礼しま〜す…」

 

 

 そう言って、恐る恐る、生徒会室に招かれ私は席に座らされる。

 

 私はルドルフ会長と向かい合う形で座る事になった。

 

 あのルドルフが生徒会長…、なんというか、凄い違和感を感じる。

 

 しかし、私は紛れもなく、これはあのシンボリルドルフだと確信が持てた。

 

 それは彼女が身に纏う気品と圧倒的強者であることを感じる雰囲気がそうさせている。

 

 

「明日から転入だったな、アフトクラトラス。寮の方にはもう話はしてある。今日からよろしく頼むぞ」

「え、えぇ、はい…」

「…君の話は聞いてはいた。無敗の皇帝だそうじゃないか」

「…誰が言ったんでしょうねぇ〜…?」

 

 

 そう、私が生徒会長室に入りにくかったのはこのあだ名のせいなのだ。

 

 異名というか、アフトクラトラスというこの名前、目の前にいるルドルフ会長が皇帝だというのに同じ異名で被っているのだ。

 

 無敗の皇帝という異名は、会長に対しての挑戦状みたいなものである。

 

 ルドルフ会長から煽ってんのかテメーと言われても何にも言い返す言葉がない。

 

 なので、私は現在、ひたすら目を泳がせているわけである。

 

 

「皇帝…か…、君とは一度レースで…」

「いえっ! お気遣いなくっ! 第三者が勝手に付けた名前なんでっ! はいっ!」

「ふっ…そうか、共に皇帝の名を冠する者同士、切磋琢磨できるような関係になれたら良いな」

「ソ…ソウデスカ…」

 

 

 そう言って、私は冷や汗をダラダラと流しながら真っ直ぐにこちらを見てくるルドルフ会長から視線を逸らす。

 

 やっぱり、意識していらっしゃった。それはそうだろうとは思ってはいたけれども、なんだか泣きそう。

 

 なんで、こんなややこしい名前を付けたんだ私の母、せめてハリケーンランかフランケルあたりにしてくれたら被らなかったのに!

 

 すると、ルドルフ会長は真っ直ぐ私を見据えたまま、こんな質問を投げかけ始める。

 

 

「さて、ここで質問なんだが…、君がこの学園に入る目的とはなんだ?」

「えーと…、そうですね…」

 

 

 なんと言ったら良いだろう。

 

 下手な事を言ったら胸ぐら掴まれて頭突きされそうだ。

 

 義理の母から言われて、欧州三冠や日本三冠のダブル三冠を目指しに来ました、なんて、今の私が口にすればレースを舐めるなと言われるのは明白だ。

 

 私はふと、ルドルフ会長の真っ直ぐな視線を逸らしながら、目を泳がせて思案する。この緊張感は新卒の面接以来ではなかろうか?

 

 そして、絞り出した答えが…。

 

 

「セ…セクレタリアトさん…に憧れてですかね…。あんな、強いウマ娘になりたいなって思いまして…」

「!!…セクレタリアト! …そうか、あのベルモントステークスで31身差をつけた伝説的なウマ娘か…。なるほどな」

「は、はいっ!」

 

 

 よし、なんとか誤魔化せた!

 

 あんな化け物じみたウマ娘目指すとか頭沸いてるんじゃ無いか? と心配されるかと思っていたが、意外と好感触で助かった。

 

 あくまで憧れだからね、目指すわけじゃ無いもんね。

 

 目の前にいるルドルフ会長はニコニコと笑みを浮かべると再び話を戻すようにこう話をしはじめる。

 

 

「さて、宿舎の話だな。今日から君には寮に入ってもらう事になるんだが…、三人合同部屋になるが構わないか?」

「へっ…? 三人部屋ですか?」

「そうだ。現在、宿舎の部屋が丁度増築中でな。しばらくは三人部屋になる、すまない」

「い、いえ!? むしろ賑やかで問題ありませんし! はい!」

 

 

 ルドルフ会長はそう言うと申し訳なさそうに私に頭を下げてきたので、私は慌てて、ルドルフ会長に対して左右に首を振り告げた。

 

 まさかの三人部屋か…。

 

 それからしばらくして、私はルドルフ会長が呼んでくれた、黒髪で同じ女の子かな? と疑うくらい凛々しい、一言で言えば宝塚の劇場が似合いそうな、フジキセキ先輩に連れられ部屋に案内された。

 

 道中、色んなウマ娘の視線がやたらとこちらを向いていたのでなんだか歩き辛い。

 

 

「部屋はここだ。今日から君の部屋であり、そして、仲間達と一緒に過ごすことになる」

「は、はい…」

 

 

 恐る恐る、部屋を開かれてフジキセキ先輩からそう告げられる私。

 

 その中に居たのは、二人のウマ娘だった。

 

 一人は部屋だというのに薄着で懸垂を行なっており、綺麗でしなやかな身体からポタリポタリと汗が零れ落ち、湯気が立ち上っている長い栗毛の髪色をした少女。

 

 そして、もう一人は小柄で、全体的に綺麗な黒髪が映える跳ねっ毛がある少女が椅子に座っていた。

 

 彼女達はピタリと動きを止めると、扉を開いたフジキセキ先輩と私に視線を向けた。

 

 

「紹介しよう、彼女達はミホノブルボン、そして、ライスシャワーだ。今日から君の先輩であり同居人だから仲良くするようにね? ポニーちゃん」

 

 

 フジキセキ先輩に二人を紹介された私はピタリっと動きと思考が止まった。

 

 ミホノブルボンにライスシャワー…だと。

 

 あの、サイボーグと淀の刺客と同居だって聞けば誰だってそうなるだろう。二人共に間違いなく一級の…化け物達だ。

 

 

「貴女が噂の…」

「よ、よろしく…お願いします」

 

 

 それが、ウマ娘となって自分の目の前に立っているのだから、言葉が湧いてこない。

 

 光が窓から差し込み、まるで、光明がかかっているかのように私の前にいる二人は輝いて見えた。

 

 今年クラシックレースを戦う怪物二人、この二人と同室であるという非現実が私をどうしようもなく胸をざわつかせていたからだ。

 

 

 ーーーこれが、私の運命を大きく変えた二人の先輩との初めての邂逅であった。



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スパルタの風、漆黒の鬼

 

 

 宿舎に案内された私の前には今、二人の怪物が立っている。

 

 一人は淀の刺客と言われ、ヒットマンと名高いライスシャワー先輩。

 

 もう一人は、同じ義理母の元で極限まで鍛え抜かれた筋肉モリモリマッチョウーマンの元コマンドー、ではなく、スパルタの風と名高いあのミホノブルボン先輩だ。

 

 ミホノブルボン先輩は私の顔を二、三秒ほど見つめると納得したかのようにこう話をしはじめた。

 

 

「なるほど、貴女がマスターが言っていた私の妹弟子でしたか。はじめまして、姉弟子のミホノブルボンです。話は義理母から聞いてます」

「あ、はい! えっと! よろしくお願い致します!」

 

 

 そう言って、汗を拭うミホノブルボンの差し出された手を握り返す私。

 

 彼女の身体から立ち昇る湯気と圧力、手から伝わってくる握力が改めて、彼女があのミホノブルボンである事を認識させてくるようだった。

 

 私の手を握ったミホノブルボンは無表情のまま、ジーッと私を見つめるとこんな事を言いはじめる。

 

 

「妹弟子よ、私のことは今日からお姉ちゃんと呼んでくれて構いません」

「えぇっ!? いや! なんでそうなるんですか!」

「私は実は一人っ子でして、あの母から鍛えられた貴女なら私のトレーニングにもついてこれるでしょう? だからです」

「そこは一人っ子と私が貴女のトレーニングに付いていけるのは関係あるんですかね?」

 

 

 そう言って、何言ってんだこいつとばかりに首を傾げてくるミホノブルボン先輩に私は顔を引きつらせる。

 

 いや、その理屈はおかしいと思ったのは多分、私だけではない筈だ。

 

 すると、私達のやりとりを見ていた綺麗な黒髪で小柄な身体のライスシャワー先輩はクスクスと笑みを浮かべながら私にこう語りはじめた。

 

 

「フフっ、ブルボンちゃんはストイック過ぎて周りの娘達がトレーニングに付いてこれなかったからね、新しく入ってくることになった貴女を心待ちにしてたから…」

「むっ…、それは聞き捨てなりません。ライスシャワー、貴女は私について来てたでしょう」

「…私は…人より努力してないと自信が無いから…、体格的にも恵まれてるとは言いがたいし…、それに私は嫌われ者だから…」

 

 

 そう言って、ミホノブルボン先輩に対してライスシャワー先輩は自信無さげに苦笑いを浮かべていた。

 

 だが、ライスシャワー先輩の身体を一見すれば、それは私にもわかる。彼女の言うその努力の跡というものが。

 

 義理母から鬼のように鍛えられた私が言うのだから間違いない。その小さな身体には凝縮された無駄のない筋力が備わって…。

 

 …っていかんいかんぞ! 義理母と姉弟子のせいで頭の中まで筋肉になりかけてるじゃないか!

 

 私は勢いよく左右に首を振り、ライスシャワー先輩の小さな手を勢いよく握った。

 

 

「そんな事はありません! ライスシャワー先輩が嫌いだなんて! 少なくとも私は大好きです!」

 

 

 これは、私の本心だ。

 

 私は知っている。彼女の名を持つ馬が私にどれだけ生きる力をくれたのか、そして、道を示してくれたのかを。

 

 その小さな身体に宿る熱い闘志を私は知っているからこそ、自己嫌悪なライスシャワーの言葉は辛かった。

 

 すると、ライスシャワー先輩はニコリと柔らかく微笑むと、私の握りしめた手にそっと左手を添えてこう告げはじめた。

 

 

「ふふ、ありがとう…アフトクラトラス」

「共に小柄な身体同士、頑張りましょう!先輩! 相撲も体格じゃないですから! ね!」

「…相撲とレースを比べられるとちょっと困るかな」

 

 

 私の力説に苦笑いを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 確かに、相撲とレースはまた違ってはいるが、体格差じゃないというところではきっと一緒の筈だ。多分。

 

 それに嫌われ者と言ってはいたが、私は大好きである。それはもう、ライスシャワー先輩の姿を見てると尚更、面影があるのでそう感じていた。

 

 打ち解けてきた私はライスシャワー先輩に笑みを浮かべたまま、こう告げる。

 

 

「私のことは気軽にアフちゃんとでも呼んでください、ライスシャワー先輩」

「アフちゃん…ですね、わかりました、それじゃよろしくね…、アフちゃん」

 

 

 そう言って、快く呼び名を承諾してくれたライスシャワー先輩。小さい身体から魅せられる様な笑みがキュンと胸を突く様だった。

 

 きっと、私の名前、無駄に長くて呼びにくいだろうし、そちらの方が親しみやすい。うん、我ながらいいセンスだ。捻りがイマイチだけれども。

 

 とはいえ、今日からお世話になる二人とこうして何事もなく打ち解けられるのは本当に嬉しい限りだ。

 

 これからの寮生活が実に充実した楽しみなものになるだろうと少しだけ期待感が膨らんでしまう。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は腕を軽く回し始めるとこう話しをしはじめた。

 

 

「さて、では妹弟子よ。来て早々なのですが、これから坂路200本追い込みを行います。早く準備しなさい」

「…はっ?」

 

 

 そのミホノブルボン先輩の言葉を聞いて、これからの学園生活に希望を抱いていた私は硬直してしまった。

 

 まだ、宿舎の部屋に入って、会話して、だいたい30分程度くらいしか経っていない。だが、ミホノブルボン先輩は何をやってるんだ早く来いと言わんばかりに期待に満ち溢れた眼差しを私に向けてくる。

 

 おい、その目を止めろ! 見るんじゃあない! この間まで義理母から何千本も坂路を走らされたんだよ! 私っ!

 

 すると、ミホノブルボンの話を聞いていたライスシャワー先輩は首を傾げて、それに対してこう告げはじめた。

 

 

「え…っ? 今から、200本坂路を走るの?」

「えぇ、そうです」

 

 

 何事も無いように、これがごく当たり前に告げてくるミホノブルボン先輩。

 

 当たり前じゃないよ、それは明らかに坂路の本数が多すぎるよ。どうなってんの! この人の思考!

 

 良いぞ! ライスシャワー先輩! もっと言ってあげてください!

 

 新入生も初めての学園生活で緊張してるので今日はやめておきましょう的な! そんなアクションを起こしてくれれば、多分この人も引き下がってくれる筈です!

 

 やっぱり、ライスシャワー先輩は強くて頼りになる先輩だなぁ…。

 

 

「切りが悪いので、休憩を挟んで400本にしましょうか、そちらの方が効率が良いです」

「あっばばばばばばば!」

 

 

 と、思っていた時期が私にもありました。

 

 なんでじゃ! 増えとるやないかい! 200本も増えとるやないかい!

 

 休憩を挟めば増やせばいいってもんじゃないよ! いや、休憩無しで400本走る方が確かにキツイけれども! そういう問題じゃないよ!

 

 思わず、私はライスシャワー先輩からの信じられない追い討ちを聞いて目が白目になってしまう。

 

 そうだった、この人もこう見えて大概、ストイックでしたね…。ははは…、もう笑うしか無かろうて。

 

 

「ほう、名案ですね。確かに休憩を挟めば効率的に身体に負担も分散出来ますし、流石です、ライスシャワー」

「そうですか、それなら良かったです♪」

 

 

 満面の笑みを浮かべて納得したように頷くミホノブルボン先輩に喜びを露わにするライスシャワー先輩。

 

 なるほど、これが、『はじめまして♪死ぬが良い』ですか、納得しました。まさか、身をもって思い知る事になるとは思わなんだ。

 

 義理母のスパルタの教えが、ここまで根深いとは…。

 

 すると、ミホノブルボン先輩はまっすぐに私の目を見据えるとゆっくりと話をしはじめた

 

 

「貴女は朝日杯があるでしょう。さらに、その前には東京スポーツ杯が控えています。その前にはデビュー戦にOP戦に勝たねばなりません」

「は…はい、そうですね」

「私達も春には皐月賞があり、その前哨戦のスプリングステークスがあります」

「つまり…」

「妥協をしてる暇は無いって事です♪」

 

 

 こうしてミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の一言に休みを欲していた私の思いは一気に霧散させられてしまった。

 

 いや、確かにわかる。だが、出会って話して30分程度で転入生に坂路400本走らせるこの先輩達は一体なんなんだろうか。

 

 有無を言わせず、ジャージを装着した私は二人に引き摺られるがまま、トレセン学園の坂路コースに引っ張り出される事になった。

 

 なぜ、こうなってしまったのか…、ホロリと思わず涙が溢れ出そう。

 

 

 さて、それでは場面は移り変わり、私が二人に引き摺られ連れてこられたのは、トレセン学園内にある急な坂路コース。

 

 

 学園にある彼女達が使う坂路は急な作りになっており、別名、サイボーグ専用坂路と呼ばれている。

 

 その名の通り、中山の坂を更に急にしたものを用意しており、だいたい、その距離は1,085mほど。

 

 これをひたすら登りまくり足腰を鍛え続ける作業。

 

 更にそのあとは鬼のようなトレーニングメニューがびっしりと詰まっているというのが学園内での彼女達の日課だそうだ。

 

 

 普通に考えて死んでしまうわ! 頭おかしいと思います(白目)。

 

 

 と思うでしょう? しかし、ご安心ください、私はトレセン学園に入る前にはおんなじようなトレーニングを義理母からさせられていたのである程度、免疫がついてました。

 

 つまり、私も頭がおかしいって事なんでしょうね、ケツが四つに割れる日もそう遠く無い気が…、あ、もう四つだったかな?

 

 そして、坂路コースを前にした私はライスシャワー先輩にトレーニングに入る前にある人物を紹介してもらった。

 

 

「あ、アフちゃん、この方が私の坂路のトレーナーでマトさんって言うの」

「よろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 

 学園特別トレーナーのマトさん。

 

 なんでも、ライスシャワー先輩の坂路の指導を引き受けてるベテランのトレーニングトレーナーだとか。

 

 マトさんか…、なるほどなと納得してしまった。何がとは言わないが、ライスシャワー先輩の鬼トレーニングの影にこの人ありと言われてもなんだか納得してしまいそうだ。

 

 そういうわけで、私はライスシャワー先輩、ミホノブルボン先輩と共に転入して1日目にして地獄を味わう事となった。

 

 

 トレセン学園のウマ娘はイチャイチャしてる百合ワールド満載だと思っていたそこの貴方。

 

 

 他はそうかもしれないが、私の泊まることになった宿舎はフルメタルジャケットかプライベート・ライアンみたいな軍隊式ですのであしからず。

 

 

「走れ! ノロマども! まだ坂路メニューの半分も終わってませんよ!」

「イエスッマムッ!!」

「もうバテましたかっ! よーし! それならあと百本追加してやろう! どうだ! 嬉しいですか!」

「最高です! ありがとうございます!」

 

 

 何故かノリノリで私と併走しながら追い込んでくるミホノブルボン先輩。それに応えながら坂を駆け上がる私とライスシャワー先輩。

 

 義理母がだいたいこんな感じだったので、それを真似ているのはよくわかる。

 

 しかしながら三人で併走しながら全力で声を上げて坂を駆け上がるので私の身体全体が悲鳴を上げていた。

 

 これは、確かにほかの娘が同じ部屋になったのなら、『部屋を変えてください…(震え声』となってもなんら不思議でも無いだろう。

 

 というか、私も若干、そんな気もしないわけでは無い。だが、ついていけているあたり、私もこちら側のウマ娘なんだろなと自己完結してしまった。

 

 

 ライスシャワー先輩にはマトさんから更に檄が飛び、そのトレーニングの迫力は相当なものだった。

 

 

 背中から滲み出るような青と黒が混じり合ったオーラは多分、幻ではなく現実である。思わず、私もその光景を目の当たりにして『ヒェッ!』と悲鳴を上げてしまう始末。

 

 そして、坂路の鬼ことサイボーグ、姉弟子、ミホノブルボン先輩もまた凄まじい追い込みで坂を信じられない速さで駆け上がっていくものだから度肝を抜かされる。

 

 

 私は正直言って、現状、この二人に全く勝てるビジョンが持てなかった。

 

 

 あれだけ、義理母の元でスパルタトレーニングを積んできたと思っていたのに、どうやら井の中の蛙だったらしい。

 

 でも、同時にこうも思った。

 

 この二人と一緒にレースを駆けたいと、隣で走りたいとそう思った。

 

 なら、負けてられない!

 

 私は、悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、彼女達の走りに食らいつくようにサイボーグ専用坂路を駆け上がるのだった。

 

 

 ちなみに気がつけば、坂路400本の間に挟むはずだった休憩がどっかに消滅してしまったのは余談である。

 

 



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シンザンを超えろ

『シンザンを超えろ!』

 

 日本で走るウマ娘なら誰しもが一度は聞いたことがある格言だ。

 

 ジャパンCが日本で始まり、海外ウマ娘に日本のウマ娘達がことごとく蹂躙され、日本のウマ娘達はその圧倒的な実力差に打ちひしがれた。

 

 長らく、伝説の三冠ウマ娘、シンザンを超えるウマ娘が出てきてこなかったのである。

 

 だが、その歴史を一気に覆すウマ娘が彗星のごとく現れた。

 

 ある者はそのウマ娘の誇る圧倒的な強さに見惚れ、また、ある者は類稀なるその強さに敬意を払った。

 

  その名を持つウマ娘は後に人々からこう呼ばれた。

 

 

『永遠なる皇帝』と。

 

 

 一度は同じ日本のウマ娘であるカツラギエースに敗北し、苦汁を飲まされたその皇帝は満を持して、二度目のジャパンカップに挑んだ。

 

 G1七冠、たった三度の敗北を語りたくなるそんなウマ娘。

 

 

 あの日、確かに日本は世界に届いていたのだ。

 

 

 そして、そんな『永遠なる皇帝』シンボリルドルフ会長がものすごい怖い顔をして、現在、私達の顔を見下ろしていた。

 

 彼女は光る眼光をこちらに向けたまま、私の隣に正座させられているミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩を含めてこう説教をしはじめた。

 

 

「お前達…、ウマ娘の資本はなんだ? 言ってみろ」

「筋肉です」

「この大馬鹿者! 無事之名馬だろうが! 身体だ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 

 御冠のシンボリルドルフ会長に即答する我らが頭の中が筋肉モリモリマッチョウーマンのミホノブルボン先輩。

 

 だが、それは火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていたわけで、ライスシャワー先輩が代わりに申し訳なさそうに頭を下げている姿を見て私は顔をひきつらせるしかなかった。

 

 だが、ミホノブルボン先輩はまっすぐにルドルフ会長を見据えたまま、相変わらず無表情である。

 

 そりゃ、生徒会長っていう立場なら生徒の身の安全にも気をかけるし、そうなるよと私は口に出して言いたい。

 

 あんなとんでもメニューをしょっちゅうこなしているなんて知れたらこうなることは明白であった。

 

 しかし、ミホノブルボン先輩はゆっくりとその場から立ち上がると、ルドルフ会長をまっすぐに見据えこう語りはじめる。

 

 

「会長、越えるべき壁が目の前にあるなら、私がすべき事は圧倒的な努力しかありません、それは、ここにいる二人も一緒です」

「…なんだと?」

 

 

 そう淡々とルドルフ会長に告げるミホノブルボン先輩。だが、その目はいつになく本気と書いてマジの目であった。

 

 日本のウマ娘達を引っ張ってきたウマ娘、シンザン。

 

 そのウマ娘を超えるウマ娘が現れた現在、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩、そして、私の越えるべき壁はもうシンザンではない。

 

 ミホノブルボン先輩のルドルフ会長を見据える目はそう物語っていた。

 

 ミホノブルボン先輩の引かないその姿勢を横目で当たりにしていた褐色で綺麗な長い髪をした姉御肌のヒシアマゾン先輩、そして、黒髪短髪の美人で大人びた綺麗なお姉さんであるエアグルーヴ先輩の顔が真っ青になっていくのが私にもよくわかる。

 

 いや、普通はそう思うだろう。私だって二人と同じ立場ならきっとおんなじように顔が真っ青になっていたに違いない。

 

 だが、一方でルドルフ会長に対峙するミホノブルボン先輩の目には静かな闘志が燃え盛っている。

 

 すると、ルドルフ会長は深いため息を吐くと頭を抱え左右に首を振る。それは、彼女がミホノブルボン先輩の性格をよく知ってるゆえの行動だった。

 

 いや、ルドルフ会長、そこは間違ってないです。そこは折れないでください、私のために!

 

 ルドルフ会長はまっすぐミホノブルボン先輩を見据えたまま、こう話をしはじめた。

 

 

「お前の気持ちはわかった。だが、転入して間もないアフトクラトラスを貴様達のハードトレーニングに付き合わせるのは考えて欲しいのだがな。以前もそのトレーニングに巻き込まれた新入生のウマ娘が涙目で訴え出てきた前例がある」

「はい、その件に関しては私のミスでした。申し訳ありません、会長。ですが、今回入ってきたこの娘なら大丈夫です」

「…はっ?」

「ん? なんだと?」

 

 

 そう言って、ミホノブルボン先輩の言葉に首を傾げるシンボリルドルフ会長。話を聞いていた私はというと呆気にとられていた。

 

 いや、なんだと? じゃないよ、会長なんかちょっと面白そうな事聞いた、みたいな顔してんじゃないよ!

 

 違うから! 私もその娘と同じ心情だから!

 

 鬼! 悪魔! ちひろ!

 

 ちひろって誰だ! 今、なんか変な電波飛んできたぞ! おい!

 

 そんな私の心情なぞ知らんとばかりにルドルフ会長に対し、ミホノブルボン先輩は確信を持った表情を浮かべてこう告げはじめた。

 

 

「何故なら、この娘は私の妹弟子、そう、出身は遠山厩舎ですので

「そうだったのか、それなら大丈夫だな」

「いやっ! その理屈はおかしいでしょう! 会長!」

 

 

 何故か、妙に納得したようにポンッと手を叩いて頷くルドルフ会長に私は盛大に突っ込みを入れる。

 

 だが、ルドルフ会長とミホノブルボン先輩は互いに顔を見合って、こいつ何言ってんだ? とばかりに首を傾げていた。

 

 そう、遠山厩舎出身のウマ娘はこの学園では頭がおかしいまでにトレーニングをしていることで有名なのである。

 

 その代表がミホノブルボン先輩をはじめ、

 

 フジヤマケンザン先輩、ワカオライデン先輩、レガシーワールド先輩等。

 

 叩き上げで鍛えに鍛え上げられたウマ娘達がずらりと並んでいる。

 

 その中でも、私、アフトクラトラスとこの目の前にいる頭の中が筋肉とトレーニングと訓練で構成されたミホノブルボン先輩は遠山厩舎の集大成だと言われているのだ。

 

 ちなみに、ライスシャワー先輩は違う厩舎出身のウマ娘なのだが、彼女もまたストイックであり、同期となったミホノブルボン先輩の影響を受けてトレーニングの鬼に進化してしまわれていた。

 

 義理母の影響力、恐るべしである。

 

 とはいえ、この光景を見ているヒシアマゾン先輩は私の気も知らず、笑いを堪えきれずにゲラゲラと笑い転げていた。

 

 笑い事じゃないんですよ、耳引っ張ってお尻ペンペンするぞ! こら!

 

 二人の話に割って入った私だが、ルドルフ会長は優しい眼差しをこちらに向けてこちらの肩をポンッと叩いてきた。

 

 

「そうだな…、私もかつてはシンザン先輩を越えるため、世界の強豪達を蹴散らす為に特別トレーナーのオカさんと死にものぐるいで足に身体を鍛えに鍛えあげた…」

「えぇ…、はい、そ、そうですか」

「それは現在でも続けてはいるが、君達にとってのシンザン先輩はこの私だったんだな…。納得がいったよ」

 

 

 私が言いたかった何かを悟ったかのように語りはじめるルドルフ会長。

 

 全然ちげーよ、何一つあってないよ! 私が貴女に言いたいことはそんな事じゃないんですよ! 伝えたい事何一つ伝わってないじゃないですか! やだー!

 

 エアグルーヴ先輩、可哀想な娘を見つめるような眼差しはやめてください、そして、私が助けて欲しいとばかりに視線を向けたら何故、目を背けるのですか!

 

 ミホノブルボン先輩はそんなルドルフ会長の言葉に感銘を受けたのか、力強く頷くと、こう語りはじめる。

 

 

「無敗の三冠ウマ娘、そして、七冠の称号というのは私達にとっては血の滲むような努力が必要です。 ましてや、天才の上に努力をされてるルドルフ会長のようなウマ娘を倒すならば尚更です」

「確かにな…」

「この娘が強くなれるなら、私は鬼でも何にでもなります。それが、姉弟子である私の使命だと思ってますので」

 

 

 そう言って、私の肩をガッシリと掴むミホノブルボン先輩。まるで、私が逃げないようにしっかりと抑えこんでいるようだ。

 

 鬼どころかサイボーグもおまけに付いてくるけどね、気のせいか私の肩が貴女の握力でギリギリ言ってませんかね?

 

 ルドルフ会長はそのミホノブルボン先輩の言葉に笑みを浮かべると、ゆっくりとこう語りはじめる。

 

 

「わかった、そこまで言うならもう何も言うまい、二人にこの娘を任せよう」

「…えっ…!?」

 

 

 私は思わず、ルドルフ会長のその言葉に嘘だろお前! っと突っ込んでしまいそうになった。

 

 あのトレーニングを見たでしょう! 坂路1,000本を休憩挟まずやるような人達なんですよ! レース前にガリガリの力石みたいになってしまうわ!

 

 その会長の言葉を聞いて、ライスシャワー先輩はホッと胸を撫で下ろしているようであった。

 

 いや、ホッとするような事よか、私的にはこれから胸がキリキリしそうなのですが、そこんところは全く考えていないのですね。

 

 私の目には既にハイライトが消えていた。

 

 そう、私はこれから、遠山厩舎式、サイボーグミホノブルボン監修の地獄メニューを毎日こなさなければならない事が決定してしまったのだ。

 

 誰だよ、楽しい学園生活が貴女を待ってますよって言ってたの。

 

 たづなさんに今の私の状況を見せてあげたいわ、これから毎日、一緒にトレーニングしましょうよ、たづなさん。

 

 …あ、そうだ。

 

 私はここで、名案を思いついた。そう、今、ここでだ。それは、私に対しての悪魔のささやきである。

 

 そう、ターゲットは会長室にいる、私を見捨てたエアグルーヴ先輩と死んだような私の顔を見て笑い転げていたヒシアマゾン先輩の二人である。

 

 ミホノブルボン先輩に肩を掴まれてる私はにこやかな笑顔を浮かべてルドルフ会長にこう進言しはじめた。

 

 

「あのぉ、ルドルフ会長、できればぁ、私と姉弟子の特訓にぃ、エアグルーヴ先輩とぉ、ヒシアマゾン先輩もぉ参加して欲しいなって思いましてぇ」

「……はっ…!?」

「あっ…!? ちょっ…! 待てお前っ!」

「ほほう、何故だ?」

 

 

 慌てたように私の提案に対して顔を真っ青にしはじめる二人。ルドルフ会長は私のその話に対して興味深そうに聞き返してきた。

 

 ふはははは! 掛かったな! 私を助けなかったからだぞ! もう逃げられまい! あの地獄にお前達も道連れじゃ! ひゃっはー!

 

 ヤケになると、どうにでも良くなるものだ。

 

 なんだろう、もうこうなったらなんでもやってやる! もう何も怖くない!

 

 私はルドルフ会長に何故二人を指名したのかその理由をゆっくりと語り始めた。

 

 

「やはり、実績や実戦経験のあるお二人が居た方がモチベーションも上がりますし、走り方や坂の効率的な登り方も学べるんじゃないかと思いまして」

「なるほど、一理あるな」

「できれば私的にはフジキセキ先輩の走りも見てみたかったんですが…、流石に本人が居ない前でそういう事は話は進めれませんので」

 

 

 ルドルフ会長は私の話を聞いて静かに何度も頷き、思案している様子であった。

 

 一方で、ヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩は顔を真っ青にしたまま、互いに顔を引きつらせていた。

 

 巻き込まれないと思っていたのか? 甘いぞ二人とも。

 

 私は計画通りとばかりにニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 実際には勝ちも何もない、私自身もコールド負けの状況である。でも、確かにルドルフ会長に話した事は割と私の本心であるのは間違ってはいない。

 

 実績や実戦のレースで経験のあるウマ娘から学べる事は多いはず、ミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も一応、レースには出ているが、まだ、生徒会の二人やルドルフ会長の実績には及ばない部分もある。

 

 しばらくして、ルドルフ会長は思案した結果、結論を私に述べはじめた。

 

 

「良いだろう、チームリギルとしても良い強化トレーニングになり得るだろうしな、トレーナーであるオハナさんには私から進言しておく」

「…あ、あのー、会長、私らの意見は…」

「きっと私達のトレーナーであるオハナさんも賛成してくれるだろう、あの人も熱心なトレーナーだからな」

「……これはもう、避けられないのか…」

 

 

 ルドルフ会長の言葉に絶望したように項垂れるエアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩の二人。

 

 大丈夫です、死なない程度に身体がボロボロになるだけなので、体重も物凄く減りますし、ダイエットにはもってこいですよ! 二人とも!

 

 とはいえ、これから二人が参加するとなるとミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩に火が付かないかが心配なところ。

 

 下手したら今までのトレーニングより、相当な量をこなさなければならなくなるんじゃないだろうか?

 

 あれ? 図らずも私ってもしかして、自分で自分の首を絞めちゃってる?

 

 ひとまず、私は慌てて、何やら二人で話し込んでいるライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩の二人に視線を向けた。

 

 その二人の会話の内容は…。

 

 

「なら、坂路のコースメニューは現在の二倍が良いでしょうね」

「筋力強化トレーニングや追い込みに関してももうちょっと増やさなきゃね…」

「ですね、せっかくなのでマスターに連絡をとっておきましょう。きっと良いトレーニングメニューを指南してくださるはずです」

 

 

 そう、言って二人で何やら物騒な打ち合わせをしていた。聞こえてんぞ、おい、二倍に増やすんですか? あの量を!?

 

 この二人はほんとに大概である。だが、もしかすると、リギルのトレーナーであるオハナさんがヒシアマゾン先輩やエアグルーヴ先輩の様子を見に来てくれるでしょうから、無茶なトレーニングにはならないとは思う。

 

 流石にレース前にトレーニングのしすぎで、肝心のウマ娘がぶっ壊れましたは洒落になっていない。

 

 それにしても、チームか…。

 

 私はここで、チームについて思い出していた。そういえば、各ウマ娘はチームに所属している。

 

 ルドルフ会長やエアグルーヴ先輩、そして、ヒシアマゾン先輩はチームリギルという団体に所属しているウマ娘だ。

 

 特別トレーニング講師とは別に、そこには、所属するウマ娘全体の監督を行うチームトレーナーという人物がいる。

 

 ルドルフ会長が言っていたオハナさんというのが、おそらく、彼女達のチームトレーナーなのだろう。

 

 ふむ、私もどこかのチームに入らなくてはならないのかなぁ、どこがいいだろうか?

 

 生徒会室からひとまず退出した私とミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩の三人。

 

 その後、姉弟子のミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩と共に地獄の坂路500本追い込みを淡々とこなしながら、そんな事を呑気に考えるのであった。



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デビュー戦

 

 

 幾多の壮絶な坂路を越えて、いよいよ、私のデビュー戦の日を迎えた。

 

 身体に染み付いた坂路、そして、過酷な筋力トレーニングにつぐ筋力トレーニング。

 

 さらに加えて、遠山式の鬼の追い込みトレーニングをこなした私の身体は更に磨きがかかっていた。

 

 そして、パドックのステージに立った私は鍛え抜いた身体を皆に披露する。

 

 見世物みたいになるのは不本意だが、ウマ娘として、鍛え抜かれた身体を見たがるファンもいるのでそこは致し方ない。

 

 

「3枠3番、アフトクラトラス」

 

 

 アナウンスが流れ、それと同時に入場をはじめる私。

 

 見よ、民衆よ。私がしごきにしごかれて身体をいじめにいじめ抜いたこの身体を!

 

 多分、こなした坂路の数はここのレースに出てるどのウマ娘よりもこなしたと思う(震え声。

 

 すると、私の身体を見ていた観客からはこんな声がちらほらと上がり始めた。

 

 

「…おいおい、マジかよ…」

「一見スラっとしててグラマラスだと思ってたけど凄い身体ね…」

「あれヤベーって…、凄い引き締まってるし」

 

 

 まさかのドン引きである。

 

 大丈夫ですよ、私の太もも試しに触ってみてくださいモチモチしてますから。

 

 胸もぷよぷよしててかなり柔らかいですよ、胸は触ったら坂路で鍛えまくった時速160kmくらいの速さの豪脚で蹴り上げますけどね。

 

 どうやら、ウマ娘の場合は筋力を鍛えまくっても柔らかな柔軟性のある筋肉になるらしい。

 

 本来なら、多分、腹筋がバキバキに割れていて足の筋肉とか腕の筋肉とかボディビルダー並みにバッキバキになっていてもおかしくないトレーニング量を私はこなしてきた筈。

 

 そうなっていないのはウマ娘が普通の人間とは身体の構造が異なっているからだろう。

 

 その後、パドックを無事終えた私は誘導員さんと共にレース場にあるゲートへと向かう。

 

 早速、ゲートインをしはじめる私は拳と首の骨をバキバキと鳴らしながら中へと入っていく。

 

 隣で見ていたウマ娘達がやたらと血の気が引いて、怖がっているみたいだが、きっと気のせいだろう。

 

 はじめてのレースだし、気を楽にしてやるか。

 

 位置について! の号令とともに走る構えを取りはじめる周りのウマ娘達。

 

 私もそれとともにゆっくりと姿勢を低くして、クラウチングスタートの構えを取る。

 

 すると、観客席からは驚いたような声が次々と上がってきた。

 

 あれ? いや、陸上なら普通クラウチングスタートの構えを取るんじゃないのか?

 

 周りのウマ娘もゲート内で私が取る構えに目を丸くしていた。そして、いよいよ、発走の号令が掛かる。

 

 

「ヨーイ…! ドンッ!」

 

 

 その瞬間、目の前のゲートが私の目の前で勢いよくパンッ! と開いた。

 

 デビュー戦の距離は1600m、この距離ならスタートダッシュを決めて早めに先頭を取りいくのが吉だ。

 

 ウマ娘の中には関係なく、一気に後ろからぶっこ抜く豪脚のウマ娘もいるが、私はセオリー通りに今回は先頭を取りに行く!

 

 ゲートが開いたと同時に低い姿勢のまま一気に駆け出す私、すると、一気に先頭に踊り出ることになった。

 

 よし、先頭は取れた、あとは後ろとの身差を考えながらペースを上げていこう。

 

 そう考えた私は、まず、スピードを上げて後続との差を開きにかかる。

 

 

「なんだ! あのスタート!」

「とんでもねぇ飛び出し方だな! おい!」

 

 

 私は、後ろを振り返らないまま、ぐんぐんと足の回転速度を上げて行く。そして、最終的に後ろに手をやり最大限にまで空気抵抗を無くした。

 

 もうそろそろかと、後ろをチラリと見るが後ろからは誰もついてきていなかった。残りの表記は既に400mを切っているというのにだ。

 

 まだまだ、私の足には余力が全然有り余っていた。多分、これでも力の三分の一を出し切っているのかどうかも怪しい。

 

 

「あぁもう、あんまし目立ちたくないのに…」

 

 

 そう言ったところで仕方がない。

 

 本来ならデビュー戦で接戦勝利! くらいで済ませようと思っていたのだが、これでは、目立って仕方ないではないか。

 

 これには解説席に座っていた長年、ウマ娘の実況を行っているベテランのアナウンサー、蒼志摩さんも興奮気味の実況をせざる得なかった。

 

 マイクを握りしめたアナウンサーはぐんぐんと後続を引き離すアフトクラトラスに驚愕の声を上げる。

 

 

「残り400m! アフトクラトラスの一人旅! 強い! 強い! 強い! その差! 15身差はあるでしょうかっ! なんだこの強さはぁ!」

 

 

 後続との差は気がつけば、15身差も差をつけてしまっていた。

 

 そして、更にそこから加速した私は、何事もなかったかのように涼しい顔でゴールまで一直線。

 

 私が凄まじい速さを保ったままゴールを決めたその時、会場からは大歓声が湧き上がった。

 

 

「今、ゴールっ!堂々誕生ッ! 爆速暴君ッ! デビュー戦1戦目にしてレコードを叩き出した超新星が現れました! このウマ娘は強いッ!」

 

 

 思わず、そのレースぶりにアナウンサーの声にも力が入る。それほどまでに衝撃的なデビュー戦であった。

 

 15身差での堂々ゴール、更にまだ余力を持て余してのゴールだった事もあり、私に対する周りの評価は相当なうなぎ登りであった。

 

 やめて! そんな事ないから! 持ち上げないで! 大した事ないから! あの頭のおかしい先輩達に一蹴されちゃうくらいのレベルだからぁ!

 

 そう内心で思いながら、私は顔を真っ赤にしたまま、拍手を送ってくれるファンの皆さんにプルプルと震えながらお辞儀をする。

 

 こんなはずではなかったのだ。そう、期待というのは時に残酷である。

 

 期待をされればされるほどに、その日夜行われるであろうトレーニングが過酷さを増す事を私は知っていた。

 

 確かにデビュー戦で圧勝したのは嬉しい、嬉しいのだが、勝ちでよかったのである。わざわざ圧勝する必要性はなかったのだ。

 

 すると、そんな私に追い討ちをかけるかのようにアナウンスの声が響き渡る。

 

 

「皆さま、この後、アフトクラトラスのウイニングライブがございますので心ゆくまでお楽しみください、今日はご観戦ありがとうございました」

「………はっ?」

 

 

 私はそれを聞いて固まってしまった。

 

 ウイニングライブ、なんだそりゃと。

 

 それはそうだろう、今の今までやってきた事と言えば、地獄の坂路に地獄の筋力トレーニングに軍隊式の鬼追い込みばかりだ。

 

 そんな私にマイクを握って歌えだと? それは生き恥を晒せということか?

 

 いや、待て、まだ手はある、そうだ! この手なら間違いなくいける!…はず。

 

 ひとまず、ウイニングライブについての悪巧みを考えついた私はこの方法でいくことにした。

 

 

 

 そして、不安要素をいろいろと抱えたまま、迎えたウイニングライブ。

 

 私は和服に拳をきかせながら堂々としてセンターに立っていた。

 

 背後からはかなり渋いBGMが流れはじめる。

 

 

「では聞いてください、アフトクラトラスで『坂越え雪景色』」

 

 

 そして、私の渋い小節を効かせた声が会場に響き渡る。そう、私がウイニングライブを乗り切るため打ち出した策はなんと演歌である。

 

 一時期、歌をアフさん祭りにしようかとも思ったが、これは会長に怒られそうな気がしたのでやめておいた。

 

 演歌ならば、歌って踊るなんて事はしなくてもいいので関係ない、おじいちゃんおばあちゃんまで及ぶ優しい配慮、我ながら良いアイディアかと思う。

 

 

「幾千〜の坂を〜登りぃ〜♪見えてきたのは雪景色ィ〜♪」

 

 

 ちなみにこの曲、作詞、作曲は私である。

 

 以前、一回CDにしてみたのが残っていたのでそれを渡しておいた。

 

 うまぴょい伝説だと? あんなの歌えるかッ! どこまで行っても逃げてやるッ!

 

 うまぴょい伝説から逃げるなってミホノブルボン先輩から捕まるのまでがテンプレなんでしょうけどね、多分。

 

 どうやっても逃れられないうまぴょい伝説、誰か助けてください! なんでもしますから!

 

 そういうわけで、演歌を無事に小節をきかせながら歌い切る私。

 

 アフトクラトラスってギリシャの語で皇帝って意味なのになんで演歌歌ってんの? 馬鹿なの? っと思われても致し方ないが背に腹はかえられぬ。

 

 演歌を歌い終えた私は深々とお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。

 

 すると、ここで、会場にアナウンスが流れ始めた。

 

 

「皆さま前座のご鑑賞、誠にありがとうございます。それでは、これよりウイニングライブを始めたいと思います!」

「…えっ…!?」

 

 

 結局、私は努力虚しく、その後、ウイニングライブという名のついた生き恥を晒す公開処刑を受けることになってしまった。

 

 しかも、歌わされたのはうまぴょい伝説である。

 

 やはり、どう頑張ってもうまぴょい伝説からは逃げられなかったよ。

 

 こんな時、キタサンブラックさんが居てくれたらッ! キタサンブラックさんッ! なんで居なかったんですかッ!

 

 そういった形で、私のデビュー戦という名の公開処刑は幕を閉じた。

 

 

 とでも言うと思いましたか? 甘い甘すぎる。

 

 世の中そんなに甘くないのですよ、そう、このトレセン学園なら尚更ね!

 

 レースとウイニングライブが終わりクタクタになった私は寮へと帰ろうとしていた時であった。

 

 選手のレース入場口に誰か待機している模様、あれ? 見慣れたことがある綺麗な長い栗毛の髪だぞー誰かなぁ?

 

 私はその姿を見た途端にすぐさま身の危険を感じ、踵を返した。

 

 そして、その場から逃走を試みるも…。

 

 

「どこに行こうというのですか? 妹弟子よ」

 

 

 縮地したのかという凄まじい速さで間合いを詰めてきた鋭く光る眼光を放つミホノブルボン先輩に捕らえられてしまった。

 

 なんだこの人、あの距離からどうやって詰めてきたんだほんとに!?

 

 相変わらずの怪物っぷりに私も恐怖で身体が硬直してしまった。

 

 すると、ミホノブルボン先輩はそんな恐怖で硬直してしまった私の身体を包むように優しく抱きしめてきた。

 

 このいきなりの出来事に私も思わずビクンッと反射的に身体が動く。

 

 あんなに日頃からしごきにしごきまくり、鬼にしか見えなかったミホノブルボン先輩がこんな風な行動に出るとは思いもよらなかったからだ。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は優しい声で私にこう話しをしはじめた。

 

 

「デビュー戦勝利、おめでとうございます。しっかりと見てましたよ。ウイニングライブはアレでしたが…、よく、頑張りましたね」

「えっ…?」

「…貴女が頑張った結果がしっかり出せた素晴らしいレースだったと思います。ライスシャワーも自分の事のように喜んでましたよ」

 

 

 そう言いながら、後ろから私の小さな身体を抱きしめて、何度も頭を撫でつつ、笑みを浮かべながらミホノブルボン先輩はそう言ってきた。

 

 

『ウマ娘は走るために生まれてきた。鍛えて強くせねば夢も見ることすらできない』

 

 

 義理母はよく、私にこう話しをしてくれていた。

 

 ミホノブルボン先輩もそうなのだ、坂路を追い込ませ、辛いトレーニングを課し、身体を鍛え抜いていかなければ他の才能あるウマ娘達に勝てない事を知っている。

 

 だからこそ、私に対しても夢を見ることさえできなくなってしまわないように義理母の代わりに鬼となって自分の過酷なトレーニングに付き合わせているのだ。

 

 新入生のウマ娘にはそれは常軌を逸した到底ついていけないもの、だが、それはミホノブルボン先輩の優しさでもあったのだ。

 

 優しく後ろから私を撫でながら褒めてくれるミホノブルボン先輩と義理母の不器用さに思わず私も笑みが溢れてしまった。

 

 

「言葉にしなくてもわかりますよ、姉弟子、私が何故、ルドルフ会長に部屋を変えてくれって言わなかったと思いますか?」

「…ふふ、そうでしたか、杞憂でしたかね」

「えぇ、そうです、…あの厳しいトレーニングからは正直言って逃げ出したいって気持ちは今でもありますけどね? 」

 

 

 そう言いながら、私はニコリと笑みを浮かべてミホノブルボン先輩に告げた。

 

 頭がおかしな先輩達と一緒の部屋になったけれど、だけど同時に優しい先輩だと私は思っている。

 

 ハードトレーニングや坂路で懸命に身体を鍛え続け、特別トレーナーから檄を浴び、身体を絞り、途方も無い努力を続け重ねていく。

 

 それが、自分達が栄光を掴める道であると、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩も理解しているのである。

 

 そして、私はそれを今日のレースで身をもって体験した。

 

 やはり、内心では嫌だとか思ったり、もう逃げたりしたいというときもあるけれど、走るのが楽しいと感じた今日のあの一瞬を知れば自分の世界が変わった様な気がした。

 

 

「さて、妹弟子よ、これからライスシャワーと共に坂路に行きますが…」

「お付き合いしますよ、先輩」

「よろしい、…今日は早めに切り上げて祝勝会もやらなくてはいけませんね」

 

 

 そう言いながら、私の頭から大きくて柔らかい胸部を引き離しニコリと笑うミホノブルボン先輩。

 

 あれだけ鍛えてても、柔らかいところは柔らかいもんなぁ、ウマ娘ってやっぱり凄いと私は改めて自分の胸の柔らかさを手で確認しつつそう感じた。

 

 それから、しばらくして、ミホノブルボン先輩と共にライスシャワー先輩の待ついつもの特別坂路に二人仲良く歩いて向かった。

 

 いつか、この人の隣に並んで駆けたい。いや、ライスシャワー先輩とも一緒にターフを駆けたいと思った。

 

 それには、私はまだまだ役者不足で、これから先、懸命な努力を積み重ねていかなければ彼女達のいる境地にはきっと辿り着けないだろう。

 

 すると、ここで、隣を歩いているミホノブルボン先輩はなにかを思い出したかのようにこう私に話をしはじめた。

 

 

「そうです、貴女、そう言えばまだ所属するチームを決めていませんでしたね」

「あ、そう言えば、そうでしたね」

「ふふ、焦る必要もありませんし、今日のレースを見れば貴女に対するスカウトもいずれ来るでしょう」

 

 

 そう言って、姉弟子は嬉しそうに笑っていた。

 

 なんだかんだで、この人は面倒見はいいのだ。こんな顔をいつも見せてくれたら私もモチベーションが上がるんだけどなぁ。

 

 そのあと、ミホノブルボン先輩と私の初勝利を自分の事のように喜んでくれたライスシャワー先輩と共にいつものように坂路トレーニングをこなした後、祝勝会を行った。

 

 この学園にきて、今日は私が初めて学生らしい事をした忘れられない一日となった。



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合同トレーニング

 

 

 

 私のデビュー戦からしばらくして。

 

 私はいつものように先輩達と共に元気よく今日も今日とて坂路を駆け上がっていた。

 

 この時にはもう坂路にもすっかりと慣れてしまい、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩についていけるまでに成長していた。

 

 とはいえ、普通にできるようになれば、更にきつい練習が上乗せされていくので、身体の方はいつもボロボロである。

 

 それと、一つ、私の周りで変化があった。

 

 それは、以前、話していたチームリギル所属の二人の先輩がこのサイボーグ専用坂路で共にトレーニングをしていることである。

 

 

「…かはっ…! も、もうだめだ…、キツい、キツすぎるぞこれっ!」

「…足が震えて…、力が…」

 

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩。

 

 この二人が、私達の地獄のトレーニングに付き合う事になったのだ。

 

 とはいえ、練習量は以前よりもだいぶ減らしている。それは、リギルのチームトレーナーであるオハナさんからの進言からだった。

 

 以前の私達ならば、遠山厩舎式、軍隊トレーニングという名目で莫大な量の筋力トレーニングと坂路上がり、追い込みトレーニングを行っていたのだが、その、リギルのトレーナーのオハナさん、そして、私達の義理母、特別トレーニングトレーナーのマトさんを含めて話し合った結果、より、効率よく、さらにウマ娘に負担を強いないトレーニング法を考えついたのである。

 

 つまり、サイボーグ専用坂路をこなす本数はかなり減ったのだが、その坂路を走る練習法を変えた事により以前よりも遥かに筋肉に負荷がかかり、強烈にキツい練習メニューと化してしまったのだ。

 

 私やミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩は以前から莫大な坂路トレーニング、筋力トレーニング、追い込みを積んできた甲斐があり、順応にはさほど時間はかからなかった。

 

 だが、チームリギルのこの二人は別である。普段からやっているトレーニングとは桁外れなそのキツさに足が思うように動かないでいた。

 

 しかし、それでも、あの二人の持つ豪脚や走りは天性のものだと実感させられた。

 

 坂路で併走していれば、よくわかる。

 

 ヒシアマゾン先輩は追い込みから一気に捲る凄まじい伸び脚を兼ね備え、そして、ダイナカールの娘であるエアグルーヴ先輩は気概とその秘めたるプライドで食らいつくような鋭い差し足の片鱗を時折、チラつかせていた。

 

 さすがはG1ウマ娘を数多く抱えている名門チーム、リギルだけのことはある。

 

 そんな彼女達の姿を観察していたライスシャワー先輩と私はその二人のトレーニングを坂路を駆け上がりながら分析していた。

 

 

「どう思います? あの走り」

「差し足ならエアグルーヴ先輩のあの走りは驚異的だと思うわ…、ヒシアマゾン先輩の方は…粗があるけれど、爆発的な伸び足があって怖いですね…」

「やっぱり、ライスシャワー先輩もそう思われましたか…」

「私なら…、二人の背後にピッタリマークして伸び切ったところを刺しにいくかな…、もちろん、相手の調子を見てから決めるけど」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと微笑み、私に向かってさらりと怖い事を言ってのける。

 

 正直、ライスシャワー先輩の走りは完全なるヒットマンスタイルである。こうと決めた相手をピッタリとマークし、最後の最後で仕留めにかかる戦い方を好む先輩だ。

 

 そして、彼女についたあだ名が淀の刺客。

 

 彼女の必殺仕事人ぶりは人気上位のウマ娘を背後から襲う死神として、恐怖の対象とされている。

 

 そして、その事が彼女に対するファンの風当たりの強さの原因でもあった。

 

 嫌われ者と本人が口から言っているのはその自分の走りの本質を彼女自身が自覚しているからである。

 

 だが、私はそんな彼女の走りに対して敬意を持っていた。それは、同期であるミホノブルボン先輩も同じである。

 

 私はそんな彼女の言葉にこう話をしはじめる。

 

 

「次のスプリングステークスは、ミホノブルボン先輩をやはりマークですか?」

「そうしようかとは思っているけれど…、距離がね…、もしかしたら苦戦するかもしれないわ」

 

 

 私の言葉にライスシャワー先輩は困ったような顔をしながら笑みを浮かべていた。

 

 そう、スプリングステークスは1800m、ライスシャワー先輩の土俵とは言い難いギリギリの適正距離レースなのである。

 

 では何故、わざわざ、そんなスプリングステークスを選んだのかは、もう言うまでもないだろう。

 

 ライスシャワー先輩にとってみれば、ミホノブルボン先輩は同室の仲間であり、同時にクラシックを戦う同期になる。

 

 それは、目に見えて強いライバルが目の前にいるという事。ライスシャワー先輩にとって、ミホノブルボン先輩は仲間であり、親友であり、そして、越えるべきライバルなのだ。

 

 ならば、距離に不安があっても、彼女と走りたいと思うのは何も不思議な事ではない。

 

 ただ、ライスシャワー先輩が言っている通り、苦戦は強いられることにはなるだろう。

 

 坂路をひたすら駆け上がるヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩に対して、チームリギルのトレーナーであるオハナさんの檄が飛んでいる。

 

 チームの統括をしている以上、彼女もまた、愛情を持ってウマ娘達に接しているのだ。

 

 

「だらしがないぞ! お前達! もっと力強く駆け上がれるだろう!」

「はい…っ! …はぁ…はぁ…」

「キツさからかフォームが崩れかけながら走るから、無駄にスタミナを坂に取られてるんだ。ミホノブルボンの走り方を参考にしろ、あれの走り方が坂路を幾千も積み重ねた理想的な走り方だ」

 

 

 そう言って、チームリギルのトレーナーであるオハナさんは坂路を爆速して駆け上がるミホノブルボン先輩を指しながら告げる。

 

 いや、確かにそうだが、多分、あのフォームが完全に完成するのはそれこそ、馬鹿げた数字の本数を坂路でこなしたからこそ出来る芸当である。

 

 しかしながら、確かにオハナさんが話す通り、このサイボーグ専用坂路を攻略する足がかり程度にはなることは間違いはない。

 

 坂路の申し子と言われた先輩だからこその芸当、それを少しでも参考に二人ができればいいなとは思う。

 

 その分私も盗ませてもらうがな! ひゃっはー!

 

 直一気、殿一気、大外一気、自在差し、馬群割り、二の脚、スタートダッシュから4角先頭の取り方、二枚腰にスローペースからハイペースのこなし方、大まくりから接戦の制しかたまで、学べるものを全部学んでやる!

 

 私に足りないもの、それは経験だ。

 

 クラシックは来年、だからこそ、そこに向けもう私は動き出す。

 

 そして、クラシックを制した後は天皇賞、ジャパンC、有馬記念。

 

 それらを全て制したら、翌年からは欧州に活躍の場を移し戦うのだ。

 

 途方もない目標だが、これを達成するにはライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩を倒さなくてはならない。

 

 そう、彼女達を倒すのはこの私だ。

 

 そんな覚悟を内に秘めつつ、私は過酷なトレーニングでズタボロになりつつあったエアグルーヴ先輩に近寄るとこんな話を持ちかけはじめる。

 

 

「エアグルーヴ先輩、足動かないなら私がお尻をマッサージしてあげましょうか?」

「…なっ…! お、お尻だと!? お前! 私の尻をどうする気だ!」

「まあ、正確には足の付け根部分ですが、激しく走ったせいで炎症起こすのを防がないとなと思いまして」

 

 

 そう言って、お尻をすかさず隠し、顔を真っ赤にするエアグルーヴ先輩に首を傾げながら告げる私。

 

 これは、いわゆる私が学んだサイボーグ専用坂路トレーニングでのケア方である。

 

 私の場合は当初はエアグルーヴ先輩のように足の負担からか、炎症などを起こす事もよくあった。

 

 そういった場合は当然、トレーニングは中止になり、非常に効率が悪い。

 

 だからこそ、クールダウン、さらに、炎症を防ぐケアを念入りに行っておく必要がある。

 

 そう言った説明を私がエアグルーヴ先輩に告げると、エアグルーヴ先輩は渋々、私の言葉に従い背を向けたまま横になった。

 

 私はとりあえず、エアグルーヴ先輩の足の付け根部分を軽く触る。

 

 

「ひゃぁ…っ!?」

「あーこれは…やってますね」

「や、やってる?」

「はい、負荷をかけ過ぎて、ここにかなりの熱があります。よくなるんですよ。私もなりましたし」

 

 

 そう言って、私はスベスベのエアグルーヴ先輩の足の付け根を触りつつ、分析する。

 

 しかし、なんだこの弾力性。この人、あんな馬鹿げた差し足してるくせになんでこんなに柔らかいんだろうか…。

 

 エアグルーヴ先輩のお尻の素晴らしい弾力性を感じつつ、私はひとまず、指圧でほぐしながら、彼女の足をケアしていった。

 

 その際、マッサージしたのが私でよかったですね、とエアグルーヴ先輩に一言だけ告げておく。

 

 ちなみに、ヒシアマゾン先輩はというと?

 

 

「あだだだだだっ! そっちにはそれ以上曲がらねぇよ! 痛っつぅ〜」

「柔軟性が無いから身体が耐えきれぬのです、音を上げるのはまだ早いですよ」

 

 

 ミホノブルボン先輩から、それはもう、力士の股割りも真っ青なガチガチな柔軟と強烈な指圧によるマッサージをされていた。

 

 その光景はあの厳しいリギルのトレーナーであるオハナさんでさえ、ドン引きするレベルである。

 

 これはミホノブルボン先輩が独自に改良に改良を重ね、研究した柔軟と負荷をかけ過ぎた筋肉に対してのケア法(いじめ)である。

 

 徹底した柔軟とミホノブルボン先輩の凄まじい力による指圧による筋肉の負荷の解消はまさにケアというより拷問のそれに近い。

 

 だが、私はそれに耐えて来た自信がある。ちなみにライスシャワー先輩は自信が無いので他人のマッサージはしたがらない。

 

 ライスシャワー先輩曰く、力加減を間違えて息の根を止めそうだから、だそうだ。それならやらないのが一番である。

 

 それを目の当たりにしていたエアグルーヴ先輩からは血の気がサァっと引いていくのがよくわかった。

 

 そう、私はわざわざエアグルーヴ先輩を助けてあげたのである。恐らく、ヒシアマゾン先輩の後に私も同じようなマッサージを受ける事になるだろう。

 

 ちなみに坂路トレーニングが過酷になれば過酷になるほど、ミホノブルボン先輩が行うそれは激痛が伴う。

 

 だが、私やライスシャワー先輩のような熟練者になると、それが気持ちがいいマッサージに思えてこれるから不思議だ。

 

 ちなみに私はドMではない。これは自信を持ってそう言える筈だ。多分。

 

 ミホノブルボン先輩のたまに当たる柔らかい部分で中和されてる感も歪めないが、それはともかく、要は慣れだ。

 

 ひとまず、エアグルーヴ先輩のお尻から太ももをケアした私は腰に手を当てて、グッと立ち上がる。

 

 時折、マッサージの最中にエアグルーヴ先輩の下着がブルマの合間から見えたり見えなかったりしたが、しっかりと直しておいたので問題はなかろう。

 

 そこからは、再び、坂路トレーニングを再開し、筋力トレーニング、追い込み併走をいつものごとく鬼のように行った。

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩は坂路トレーニングだけでダウンしてしまったので残りは私達だけで行ったが、非常に勉強になった一日だった。

 

 それを大体、三日ほどリギルのお二人と私達が合同で行った。

 

 そして、最終日にはお二人とミホノブルボン先輩と模擬戦である。

 

 結果はミホノブルボン先輩が最後の直線の坂で爆走、エアグルーヴ先輩が2着、ヒシアマゾン先輩が3着という結果に終わった。

 

 これを間近で見ていたチームリギルのトレーナーであるオハナさんはレース後、ミホノブルボン先輩に話にやってきた。

 

 

「ありがとう、良いトレーニングが積めた三日間になったわ」

「いえ、こちらこそ、効率の良いトレーニングを教わることができ、勉強になりました」

 

 

 そう話しながら、笑顔でオハナさんと握手を交わすミホノブルボン先輩。

 

 すると、リギルのトレーナーであるオハナはミホノブルボン先輩の手を握ったまま満面の笑みを浮かべてこんな話をしはじめた。

 

 

「流石は遠山厩舎の集大成ね。どうかしら? 貴女さえ良ければ、アフトクラトラスと共にウチのチームに迎え入れたいと考えているのだけれど」

 

 

 そう、それは、ミホノブルボン先輩に対するチームスカウトの話であった。

 

 そして、何故だか、私もおまけ扱いで入っている。

 

 解せぬ。確かに実力なら今の段階ならミホノブルボン先輩にもライスシャワー先輩にも勝てる気はしないのだけれど。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は左右に首を振り、明確にそのリギルのお誘いを蹴った。

 

 ミホノブルボン先輩は握手をしたまま、オハナさんにこう話をしはじめる。

 

 

「生憎ですが、私は既にチームに入ってまして…。せっかくのお誘いですが、辞退させてもらいます。この娘も同様です」

「…そう、それは残念ね…、ライスシャワーにも同じように声を掛けてみたんだけど貴女のように断られたわ、ふふ…、惜しいわね本当に」

「ありがとうございます、嬉しい限りです」

 

 

 ミホノブルボン先輩はオハナさんとそう話しながら、握手していた手を離す。

 

 ライスシャワー先輩にも声かけてたんだこの人…。それはそうか、あんなトレーニングを淡々とこなしているライスシャワー先輩に声が掛からないはずはない。

 

 流石は敏腕トレーナーである。ウマ娘を見る目はかなりのものだと素直にそう思った。私をおまけ扱いしたのは悲しくはなったけれども。

 

 エアグルーヴ先輩やヒシアマゾン先輩からも学ぶ事がたくさんあったこの三日間だったが、一つわかった事がある。

 

 せめて、トレーニング量はオハナさんがドン引きしないレベルにしませんか? という事だ。

 

 オハナさんってトレセン学園でも厳しいトレーナーの筈なのにそのトレーナーさんから心配されるレベルのトレーニングってやっぱりおかしいと思います! 今更ですけどね(白目)。

 

 オハナさんが天使に見えるなんて、リギルのこの二人も思わなかっただろうな、多分。

 

 そうじゃなかったら、倍のトレーニング量をこなしている結果になっていた。ありがとうオハナさん、私は貴女の事が大好きでした、いろんな意味で。

 

 リギルの皆さんが羨ましいなぁ。

 

 こうして、短いながらも、チームリギルとの合同練習を終えた私達の三日間はとても濃いものになるのでした。

 

 



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アンタレス

 

 

 

 トレセン学園のウマ娘であれば誰しもが何かしらの形で所属する事になるチームを選ばなければならない。

 

 さて、デビュー戦を終え、リギルの先輩達と合同トレーニングをこなした私はいよいよ、そのチーム選びをせざるを得ない状況になっていた。

 

 

「うーん…、どうしようかなぁ…」

 

 

 私は悩ましく、チーム名が書かれた本を広げて首を傾げている真っ最中である。

 

 正直な話、オハナさんは割と好きだったので当初はリギルええんちゃう? と思っていたんだが、ミホノブルボン先輩からリギルに入って楽ができると思うなよ、と念を押されたので取りやめる事になった。

 

 いや、リギルも相当なトレーニングがあるみたいなので決して楽ではないのだが、私的にもリギルで鍛えられたウマ娘を負かしてやりたいという思いもあったのでやめておく事にした。

 

 強いライバルが育ちやすい環境をわざわざ残してあげたのである。

 

 さあ、リギルで鍛えられて私の前に来るがよいと完全に上から目線ですね。ぶん殴られたり腹パンされても文句言えないぞ私。

 

 そんな、チーム選びで悩んでいる最中、私に最初に声をかけてくれたのはライスシャワー先輩だった。

 

 

「アフちゃん、まだチーム選び悩んでるの? …私で良ければ相談に乗るよ?」

「ライスシャワー先輩…」

 

 

 天使のような声で心配そうに顔を覗かせてくるライスシャワー先輩の顔に思わずときめいてしまった。

 

 ライスシャワー先輩を抱きしめたい衝動に駆られるがダメだぞ私! 先輩なんだから!

 

 小さな身体とは裏腹にトレーニングの鬼だとはこの姿を見て誰も思うまいな。私がライスシャワー先輩のトレーナーなら保護愛が多分半端なくなると思う。

 

 その後、いろいろと悩んだ結果、私は所属するチームを決めた。

 

 さて、皆の衆! 私が所属する事になったチームについて早速話したいと思う!

 

 チームアンタレス。

 

 これが、私の入ることになったチームである。

 

 ライスシャワー先輩と一緒のチームだ。

 

 チームベガっていうのもあったのだが、構成チームみたらホクトベガ先輩にベガ先輩、アドマイヤベガ先輩と名前にまでベガ入っとるやないか! と突っ込みを入れざるを得なかった。

 

 アフトクラトラスベガに改名せざるを得ないので語呂の悪さから取りやめる事にした。

 

 ベガ先輩もホクトベガ先輩も個人的には大好きなウマ娘なんだけども。

 

 それから、入るチームにした理由についてはライスシャワー先輩が私に誘いをかけてくれたからだ。

 

 良ければ、一緒のチームで走らないか? と。

 

 大好きな先輩の元で共に走れるならこれほど嬉しい事はない。切磋琢磨し、応援したいと思う先輩が側に居てくれるのは心強いことこの上ない。

 

 と思うじゃん? 普通はさ。

 

 しかしながら蓋を開けてみれば…。

 

 

「ライスシャワー、お帰りなさい」

「ズゴー」

 

 

 なんと、ミホノブルボン先輩も同じチームでしたというオチでした。

 

 いや、もう宿舎と変わらんやないかい! 何のためのチーム決めじゃコラァ!

 

 と、私は見事なヘッドスライディングを部室を開けて鎮座しているミホノブルボン先輩の前で披露しつつ、内心で呟いていた。

 

 別にいいんだけどね、今更だし? トレーニング量なんて減るわけじゃ無いし、今まで通りだし?

 

 やべ、涙が出てきそうです。誰か私を慰めてください、今ならコロッといきますよコロッと。

 

 というわけで、私は宿舎チームこと、チームアンタレスに入ることになりました。もう、最初から入るチーム決まってたようなもんだけどね、ほんとに。

 

 そして、幸いなことにチームアンタレスは私達だけではなく、それなりに名があるウマ娘も所属しているチームだ。

 

 チームリギル、チームスピカはもちろん、トレセン学園では有名ではあるが、このアンタレスも負けてはいない、と私は少なくともそう思う。

 

 

「さあ、半か丁か! どっちだ!」

「…そうだねぇ、どう思う? バンブーメモリー、私的には理論的に考えて、丁だと思うんだが…」

「うっす! タキオン先輩! こんなの気合いっすよ! 私は半だ! 半!」

 

 

 そう言って、ニンジン賭博を部室内でしている部員達の錚々たるメンバーに私は度肝を抜かされた。

 

 まず、驚いたのは半か丁かと部員に問いかけているニット帽を被ったハードボイルドなウマ娘、ナカヤマフェスタ先輩。

 

 G1レースは宝塚記念の1勝しかあげていないものの、なんと、このナカヤマフェスタ先輩はあろうことか世界最高峰のレースである凱旋門賞に出走し、2位という恐ろしい結果を刻んでいる。

 

 そう、対凱旋門賞専用ウマ娘、それが、このナカヤマフェスタ先輩なのである。

 

 そして、チームアンタレスのマイル戦線に目を向ければ、なんと、ハチマキに気合が入っている竹刀を常に携帯した体育会系ウマ娘、バンブーメモリー先輩がいる。

 

 バンブーメモリー先輩といえば、安田記念、スプリンターズステークス、以前はG2だった高松宮杯を制した名短距離ウマ娘だ。

 

 それに、この学者じみた格好をした少女は何よりやばい。

 

 

 このウマ娘はたった4度の戦いで神話になった。

 

 異次元から現れて、あらゆるウマ娘達を抜き去る超高速の粒子、そのウマ娘の名は…。

 

 この私の前に立っているウマ娘、アグネスタキオン先輩だ。

 

 とはいえ、実際は4回しかレース走ってないんじゃないかな…。それで全勝記録がついて無敗という。ちなみにWDTではシンボリルドルフ会長に負けてた筈。

 

 あれは面子が凄すぎてもうね…、いずれ、私もあそこに立てれたら良いんだけれど…、というよりか、それが私がこの学園に来て見てみたい景色がきっとそこにあると思う。

 

 しかし、アグネスタキオン先輩がまさかこんなキャラだったとはちょっと度肝を抜かされた。

 

 ギャンブルに理論を持ち出してくるあたり、ちょっと変わってはいるが、相当な実力の持ち主である。

 

 

「あとは、学級委員をやっているサクラバクシンオーがこのアンタレスのメンバーだよ」

「意外と多いですね…このチーム」

「スプリント、マイル、クラシック、中距離、長距離。あらゆる戦線で活躍できるウマ娘を集めたのがこのアンタレスです」

「…ステイヤーの担当は本来、私なのだけれど、ミホノブルボンちゃんと私は今年はクラシックを戦わなきゃいけないから…」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと私に笑みを浮かべながらそう告げる。

 

 なるほどと、私は錚々たるチームの面子に顔を引きつらせるしかなかった。

 

 これは私の予想だが、マイル戦線はリギルのタイキシャトル先輩が居るからバンブーメモリー先輩が勝ったり負けたりはするとしてもいい勝負ができるだろうし、スプリントならまず、間違いなくサクラバクシンオー先輩の方がタイキシャトル先輩よりも上手ではないかと思っている。

 

 しかし、あくまでも、モーリス、フランケル、ロードカナロア、ニホンピロウイナー、ニッポーテイオー、ジャスタウェイ、デュランダル、ダイワメジャー、ノースフライト等のウマ娘達を除いた時の話である。

 

 これらが、もし学園のどこかにいるならば、間違いなく今後のマイル戦線、スプリント戦線は荒れる事が予想される。

 

 その中でもチームアンタレスにその方面のスペシャリスト達がいることは心強い事この上ない。

 

 私も来週にはOP戦があり、その次は重賞戦に挑む事になる。

 

 それまでに彼女達から学べることは多いはずだ、特に朝日杯に関しては芝1600m、これは距離的にもマイルだ。

 

 もしかすると、この朝日杯で1600mを主戦とするマイルのスペシャリストが出てくるかもしれない。

 

 この状況を冷静に考えた時に、マイルの専門家がチーム内にいればその対策を打ちやすいのだ。

 

 ナカヤマフェスタ先輩はサイコロを入れていた小さな籠をゆっくりと外す。

 

 

「5と3の丁!」

「かぁー! 負けたぁー!」

「ならば、私の勝ちだね、二分の一の確率を考えれば次は丁が来ることは予想できていたよ」

 

 

 そう言って、ニンジン賭博で負けて悔しがるバンブーメモリー先輩に自信有り気に告げるアグネスタキオン先輩。

 

 いやいや、半か丁かなんて二分の一なんだから、そりゃたまたまですよと私は突っ込みを入れたくなった。というか、ニンジン賭博なんて部室でしないでください。

 

 さて、その後、私の存在にようやく気がついた三人は珍しそうな眼差しを向けてぞろぞろとこちらにやって来た。

 

 

「おー! お前がミホノブルボンが言ってた期待の新人かぁ。私はナカヤマフェスタ、よろしく」

「また興味深い娘が入ってきたもんだね、良いモルモットになりそうだ…」

「ういーす! ちっこいなぁ! あれ? ライスちゃんとおんなじくらいじゃない? 身長!」

 

 

 そう言って、ワシワシと私の頭を乱暴に撫でてくるバンブーメモリー先輩に嬉しそうに迎えてくれる二人。

 

 うるせぇ! 身長の事は言うのでない! こちとらバクバクご飯食べても伸びないんじゃ!

 

 代わりに最近、胸のあたりがおっきくなってきてる気がする。違う、おっきくなるのはそっちではないのだ。

 

 私はワシワシと撫でてくるバンブーメモリー先輩にブスーッと不機嫌そうな表情を浮かべてジト目を向ける。

 

 

「ヤメロォ! 私だって身長欲しいんですよ! 伸びねーんですよ! ね! ライス先輩! ねっ!」

「いや、そこで私に振られても…」

「ちくしょう!」

 

 

 まさか、ウマ娘になって体格で涙を流す事になるとは思わなんだ。

 

 胸は要らないので、誰か差し上げますので代わりに身長をください、お願いします。こんなの胸差勝利の時しか役に立たないぞ。

 

 というわけで、私はひとまず同じチームのメンバー達に自己紹介を終え、チームの方々はそんな私を暖かく迎い入れてくれた。

 

 それから、しばらくしてお昼。

 

 私は食堂に向かうため、トレセン学園の廊下をテクテクと歩いていた。

 

 最近、食事にプロテインつけとけとミホノブルボン先輩から言われているので、それを脇に抱えながらだが、ちなみにニンジン味である。

 

 その道中、私はあるウマ娘とすれ違った。

 

 

「およっ…?」

「……………」

 

 

 そう、すれ違ってしまったのである。

 

 すれ違ったウマ娘は私個人的には、こいつはヤベェ、目を合わせたらなんか色んな意味でやられそうと思っているそんなウマ娘である。

 

 無視無視、巻き込まれたらなんかめんどくさそうだし、あやつはくせ者すぎる。

 

 そう思って、すれ違った途端にちょっと足のスピードを上げようとしたその時だった。

 

 

「あー! もしかして! お前! 噂の新人なんじゃねーかぁ! おーす! 私はゴールドシップって言うんだけどさぁ!」

 

 

 私の努力も虚しく、肩を馴れ馴れしく組まれて悲しくも捕まってしまった。なんでだよ。

 

 いや、このタイミングで捕まるとか、しかもよりによってゴールドシップである。このウマ娘の事はよく知っている、色んな意味で有名なウマ娘であり、問題児である。

 

 芦毛の綺麗な髪に、一見美人そうに見えるが侮るなかれ、そう思ったら大怪我じゃ済まない。このウマ娘の気性の荒さは折り紙つきである。気分屋でやる気がなければレースも凡走し、かなり、扱いが難しいウマ娘なのだ。

 

 具体的に何がやばいかと言われると、そう、このウマ娘は120億円を一瞬にして紙屑と変えた。世界を変えるのに3秒もいらないを体現したウマ娘である。

 

 別名、120億のウマ娘(私命名)である。

 

 金船どころかタイタニックやないかい!!

 

 そんな中、このステマ配合の弊害を最も体現したと言っても過言ではないウマ娘に私は現在、絡まれてるんだけどもどうしたものか。

 

 そう、ここは無難に話をすれば良いのだ、はじめましてー、今日はどうしたんですか? みたいな?

 

 すると、そんな私の意思に反して絡んできたゴールドシップから出た言葉はこんなものであった。

 

 

「あのウイニングライブ見たぞー! お前! なかなかやるじゃんか! あの踊りは凄い笑ったわ! いやー凄いわ、うん」

「…………マジか…」

 

 

 なんと、この人、私のあの恥ずべきウイニングライブという名の黒歴史を目の当たりにしていたのである。

 

 あの、ウイニングライブは踊りは適当で完全に笑いを取りに走っていたような気はする。

 

 みんなが真面目に踊ってる中、私だけ珍妙な踊りやヨサコイ踊りやソーラン節なんかをしていたのでそれは目立つ筈である。

 

 頑張って見様見真似で覚えた伝統的な阿波踊りまでやってのけたのに…。

 

 ウマぴょい伝説に阿波踊りはやはり無理があったか…、ガッデム。

 

 そんな事が重なったせいか、変に目立ち、ゴールドシップことゴルシちゃんに目をつけられてしまったという事なのだろう。

 

 私も問題児の枠に入るらしい、なんてことだ。

 

 

「まぁまぁまぁ、積もる話もあるだろうからさあ! ご飯でも食べながら話そう! なっ!」

「えー…」

 

 

 こうして、ニンジン味のプロテインを脇に抱えている私はゴルシちゃんに連行される事になった。

 

 トーセンジョーダンを身代わりにはできないんだろうか…。

 

 ナカヤマフェスタ先輩がいれば、従姉妹だし、なんか面倒な話にもならない気がするんだけども。ちなみにトレセンにいるマックイーン先輩はやたらとメジロ家のお嬢様キャラでやってるみたいだけれども一言言っておきたい。

 

 メジロ家の家系、貴女をきっかけにヒャッハーな世紀末の家系になるんですよと。

 

 そう、メジロ家の豪邸の窓ガラスは全て割れ、広い庭ではマッドマックスばりの改造車がずらりと並び、不良ウマ娘達の溜まり場に…。

 

 想像しただけでも逃げたくなるなこれ。そんな実家、私でも嫌だ。いや、私の実家も大概でしたねそう言えば。

 

 こうして、ゴールドシップから捕まった私は小さな身体を引き摺られながら食堂に向かうのでした。

 

 

 私の災難は続く。

 

 



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アフトクラトラスの災難

 

 

 

 ゴールドシップに見つかった私ことアフトクラトラスは現在、彼女と昼食を摂っている真っ最中である。

 

 私がご飯をパクパクと食べている中、対面に座るゴールドシップはニコニコと私の顔を見つめ何故か上機嫌であった。

 

 なんだろう…。私、別に何にもしていないんだけども。

 

 つい、その視線が気になって、私はニコニコとこちらを見てくるゴールドシップにこう問いかけた。

 

 

「あ、あのー…、そんなに見つめられると食べづらいんだけども」

「ふんふんふーん♪ お構いなくー♪」

「いや、私が構うやろがい」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべて答えるゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 

 そんなに見つめられると食べ辛いっての、しかも、ニコニコしながら見られているから尚更、気になって仕方がない。

 

 なんだね、何を企んでるんだね、お前は。

 

 内心ではそんな警戒をしつつ、現在、彼女といるわけだけども、もっと見るべき人が居ると思うんだけどな! 私は!

 

 ほら、あそこで大盛りご飯食べてるオグリキャップ先輩とか! 誰も見ないなら私が見てやるぞ! 対面に座ってな!

 

 そう思った私は、対面に座るゴールドシップにちょっとついてこいと言わんばかりにご飯が乗ったトレーを持ち上げるとそのまま、黙々とご飯を食べているオグリキャップ先輩の前に座る。

 

 オグリキャップ先輩、この方はもはやトレセン学園の食堂におけるマスコットキャラと言ってよい

 

 芦毛の綺麗な長い髪に、芦毛の怪物という名に恥じないその食べっぷりはあのシンザンを思い浮かべてしまいそうだ。

 

 オグリキャップ先輩は数々のG1を制した叩き上げのウマ娘であり、私はかなりリスペクトしている。

 

 おそらく、トレセン学園ではナリタブライアン先輩とシンボリルドルフ先輩と同等かそれ以上の力を秘めた秀才だ。

 

 さて、そんなオグリキャップ先輩の前に座った私はというと先程、私の対面に座っていたゴールドシップを隣に座らせて、前にいるオグリキャップ先輩をジーッとニコニコと笑みを浮かべながら見つめていた。

 

 

「モグモグ…モグモグ…」

「………………」

「…んっ…、そ、そんなに見られると恥ずかしいんだが…」

 

 

 そう言って、ご飯を一心不乱に先程まで食べていたオグリキャップ先輩は私の視線に気づき恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら告げて来た。

 

 ほらな、やっぱり普通はそうなるんだよ。

 

 でも、私はオグリキャップ先輩が可愛かったので悪戯心が疼いてしまったのかニコニコと笑顔を浮かべたまま顔を赤くしている彼女にこう告げる。

 

 

「いえいえー、お構いなくー。たくさん食べるオグリ先輩が可愛かったので見つめてたいなぁっと思いまして」

「…い、いや、私は食べ辛いんだが…」

「ほら、ゴールドシップ、わかりましたか? つまりこういう事なんですよ、見つめられると食べ辛いんですよ、ご飯って」

「いや、お前と先輩とじゃご飯の量がそもそもちげーだろ」

 

 

 そう言って、呆れたようにゴールドシップは左右に首を振り私に告げる。

 

 いや、そりゃそうだけども、私は比較的に小柄だしたくさん食べるとまた身体が重くなって坂路キツくなるからそうなりますよ。

 

 それに、少食の私の食事を眺めるより、オグリキャップ先輩がたくさん食べる光景を見ながらほっこりする方が実に理にかなっていると思います。

 

 大食いの恥ずかしさから顔を赤くしてるオグリキャップ先輩見てくださいよ、可愛いじゃないですか。

 

 私は好きです、なんなら私のご飯を分けてあげたいくらいです。

 

 そんな感じで、オグリ先輩の対面で賑やかにご飯を食べる私とゴールドシップ。というか、なんでこの娘やたらと私に絡んでくるんだろうか?

 

 まあ、私は私で全く無関係だったオグリキャップ先輩を巻き込んでいるんですけども、私がやたら人懐っこい性格って言われるのは多分、こういうところなんでしょうね。

 

 私はしばらくして、ご飯を食べている最中のオグリ先輩の目前にスッとニンジンを置く。

 

 すると、オグリ先輩はそれに反応したのか、私が目前に置いたニンジンを目で追い始めた。

 

 ちなみにすでにオグリ先輩の食器はすっからかんになっている。いくらなんでも食うの早すぎだろこの人。

 

 そして、私はそのニンジンを左右にオグリ先輩の目の前で揺らす。

 

 すると、それに反応するように釣られてオグリ先輩も涎を垂らしながら左右に身体を揺らし始めた。

 

 まだ食うんかい、お腹随分とポッコリしてるじゃないですか貴女。

 

 でも、なんだろう、なんか楽しい。

 

 そうして、私がオグリ先輩をおもちゃにしているとゴールドシップが横から私の頭に軽くチョップを入れてきた。

 

 

「やめい、食べ物をおもちゃにするでない」

「あぐっ…、つ、つい、オグリ先輩が面白くて…」

「ニンジン…ニンジン…」

「はい、差し上げますよ、そんなに欲しがるなんて思いませんでした」

 

 

 そう言って、オグリ先輩にニンジンを差し上げるとオグリ先輩の表情がパァっと明るくなり満面の笑みを浮かべていた。

 

 やばい、可愛すぎる。なんだこの生き物、本当にあの芦毛の怪物なんだろうか。

 

 というか、私は芦毛に囲まれて無いだろうか?

 

 青鹿毛の私が目立って仕方ないなこれ。オセロじゃ無いんだぞ、オセロ。頑張っても私の髪の毛は真っ白にならないんだぞ。

 

 すると、ゴールドシップは私の背後を取ると何故か強引にいきなり、抱き寄せ始めた。

 

 

「あー、やっぱりオメーはちっこくて可愛いなぁ! しかもその癖っぷり! 私は嫌いじゃないぞー! 良きかな良きかな!」

「どぅへぇい!?」

 

 

 これには流石の私も度肝を抜かされて、思わず変な声が出てしまう。

 

 どうやら、ゴールドシップに私が気に入られた理由はおんなじような変わった思考の持ち主で癖ウマ娘だからっぽい。

 

 おいこら! さりげなく私のおっぱいを掴むんじゃ無い!

 

 なるほど、サンデーサイレンスとマックイーンみたいな感じになっているわけか…。

 

 おいちょっと待て、マックイーンならいるだろう! 私は関係ないぞ! 嫌だー! 癖ウマ娘枠にされたくなぃー!

 

 スリスリと頬を擦り付けてくるゴールドシップになされるがままの私。オグリ先輩! ニンジンあげたんだし助けてくださいよ!

 

 すかさず助けを求めオグリ先輩と視線を合わせる私、そして目があったオグリ先輩はというと。

 

 

「ハムハムハムハムッ!」

「誰もニンジン取らないよっ! 慌てて食うんじゃないよ!」

 

 

 私からニンジンを没収されると勘違いしたのか、むしゃむしゃと勢いよくそれを齧り食べていた。

 

 いや、あげたものを没収なんかするわけないでしょうが。そうか、オグリ先輩をおもちゃにしたのが仇になったかここで。

 

 そんなわけでゴールドシップになされるがままの私なのだが、ここで、あるウマ娘の姿を見つける。

 

 そう、それは私と同期であり、同じクラスのウマ娘である眼鏡を掛けた髪を編んでいるちっこいウマ娘。

 

 ゼンノロブロイちゃん、その人である。

 

 

「ゼンちゃーん、お助けー」

「ふぁっ!?」

 

 

 そして、小説を読みながらたまたまそこを通りかかったゼンちゃんことゼンノロブロイは私の縋り付くような声に驚き、ビクッと身体を硬直させる。

 

 ゼンノロブロイちゃんの視線の先には、おそらく、ゴールドシップから頬ずりをされて涙目の私の姿がきっと映っていることだろう。

 

 誰か、私の代わりにマックイーンちゃん連れてきて、早く!

 

 そんな中、私が助けを求めたゼンノロブロイちゃんはというと?

 

 

「…多分、ウマ娘違いです…」

「目を見て! ねぇ! 絶対気がついてるよね! ね!」

 

 

 変なのに関わらないようにしようと、なんとゼンノロブロイちゃんは私の言葉をスルーして、通りすがりの通行人として、あろうことか、顔を小説で隠しながらなんと素通りしようとしたのである。

 

 ちなみに私を一方的にハグしているゴールドシップはご満悦のご様子である。そして、私は死にそうになっている。

 

 同じように身長ちっこい同士の仲じゃないか、私を助けてくれたらきっと良いことがある! 多分!

 

 そんな中、意を決して、ゼンノロブロイは私に抱きついているゴールドシップへ一言。

 

 

「あのっ! すいません!」

「んお? なんだなんだ?」

「やっぱりなんでもないですー!!」

 

 

 だが、何か言う前になんとゼンノロブロイちゃんは私を見捨ててゴールドシップの前から駆けて逃げていってしまった。

 

 おい! ちょっと待てぇ! ゼンちゃん! そりゃないよ!

 

 畜生め、こうなれば自分で打開しろという事か、いつのまにかオグリキャップ先輩も居なくなってるし。

 

 置き手紙でニンジン美味しかったありがとうって書き置きしてるのは良いんだけど、ついでに助けてくれてもよかったではないですか。

 

 致し方ない、こうなれば最終手段に出るか。

 

 

「あっ! 見てください! ゴールドシップ! あそこにこちらへ中指立ててるトーセンジョーダンが居ますよ!」

「あんっ? んだとぉー! どこだー! ゴラァ!」

「今だ、必殺、軟体脱出!」

「あっ…! しまった!」

 

 

 そうして、ゴールドシップの手元から離れた私はすかさず距離を取り、そのまま食堂から抜け出すと一目散に教室に向かって駆けた。

 

 説明しよう! 必殺軟体脱出とは!

 

 ミホノブルボン先輩から施された拷問並みの筋肉ケアと柔軟体操により、柔らかくなった私の身体をくねらせて脱出する必殺技である。

 

 しかし、拘束中に胸を掴まれていると脱出は不可なのでご容赦くだされ。

 

 教室に逃げ帰った私は、肩で息をしながらドカリッと椅子に座る。

 

 そんな私の様子を見て、同級生であるウマ娘が一人近づいてきた。

 

 

「はぁ…はぁ…ちかれた…」

「ボンジュール! 大丈夫? アフちゃん?」

 

 

 鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その片鱗は既にデビュー戦でも周りに彼女は堂々と見せつけていた。

 

 彼女は私とゼンノロブロイと同級生の期待のウマ娘、ネオユニヴァースである。

 

 ゼンちゃんことゼンノロブロイ、このウマ娘ネオユニヴァース、そして、アフトクラトラスことこの私で、三強と現在囁かれている。

 

 何故、いつの間にか三強にされてるんだろうか…。

 

 そして、ネオユニヴァースことネオちゃんはなんとイタリア語とフランス語が喋れるという特技を持っているらしい。

 

 海外遠征は何にも問題なさそうですね。あ、私ですか? 関西弁と薩摩弁ができます。はい、役に立ちませんね、これ。

 

 ネオユニヴァースことネオちゃんに声を掛けられた私は事の経緯を彼女に話した。

 

 

「カクカクうまうまって事でゴルシちゃんから逃げてきた」

「なるほど、それは大変だったねぇ」

「全くだよ! 私は断じて癖ウマ娘なんかじゃない! 失敬だよね! ほんと!」

「いや、そこはだいぶ癖ウマ娘だと思うよ」

 

 

 そう言って、はっきりと告げてくるネオちゃん。

 

 何故っ!? 私は至って真面目なウマ娘なのに! なんでこんな扱いなんだ! もっとこう、良いとこたくさんあるでしょう!

 

 そうか、あのウイニングライブだな! あの最初のウイニングライブのせいなんだな!

 

 真面目にやっておけば良かったよ…。後悔しても仕方ないけどね。

 

 そう思っていた私だったのだが、ここで、ネオユニヴァースちゃんはフォローするかのようにこう一言告げてきた。

 

 

「でもほら、癖がある方がよく走るって言うじゃない?」

「フォローになってないよっ!!」

 

 

 そんな会話を同期と繰り広げながら、私はその後、午後の授業を受けることにした。

 

 彼女達とはクラシックを戦う事になるが、もちろん、私は微塵も勝ちを譲るつもりはない。

 

 三冠ウマ娘になる。

 

 それは、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩を超えたいと思う私の使命だ。

 

 今日あったこの光景、トレセン学園に来て、これが、私の日常になりつつあった。

 

 そんな毎日を私が過ごす中、いよいよ、迫る注目のレースがある。

 

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩が激突するスプリングステークスがすぐそこまで迫っているのだ。



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スプリングステークス

 

 

 

 スプリングステークス。

 

 3着までの馬に皐月賞の優先出走権が与えられるトライアル競走であり、このレースは、皐月賞・東京優駿(日本ダービー)と続く春のクラシック路線、およびNHKマイルカップの重要な前哨戦として位置付けられている。

 

 さて、このレースであるが、私は現在、観客席にて、姉弟子と先輩の二人の応援にやってきた。

 

 坂路の申し子、栗毛の超特急、サイボーグとの異名を持つ、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩。

 

 パドックにて、その姿を見たが改めて堂々としている彼女に見惚れてしまった。

 

 鍛えに鍛え抜かれた美脚に引き締まったウエスト、そして、上半身は無駄なく絞られたスラリとした筋肉が凝縮された綺麗な腕。

 

 そして、何よりもレース前にしてあの溢れ出る気迫は誰がどう見ても息を飲まざる得なかった。

 

 言わずもがな、最高の仕上がりである。

 

 

 そりゃそうだよ、私が散々付き合わさせられたし、死ぬかと思いましたよほんとに。

 

 

 しばらくして、パドックには私が応援しにきたもう一人の先輩が皆の前でその姿を披露した。

 

 淀の刺客、関東の刺客、記録破り屋との異名を持つ、私の大好きな先輩、ライスシャワー先輩だ。

 

 その小さな身体を坂路で追い込み、更に、特別調教師のマトさんとの特訓を重ね、レースの為に仕上げてきた。

 

 だが、今回のレースは1800mと彼女の本来の土俵ではない戦いを強いられる事になる。

 

 ミホノブルボン先輩と比べると、パドックからレース場を一望していたライスシャワー先輩の表情がどうにもらしくないように見えた。

 

 さらに、このレースにはもう一人、チームアンタレスからスプリングステークスに出てくるとんでもなく強い先輩が一人いた。

 

 

 電撃の爆進王。

 

 

 短距離スプリンターでまさしく化け物じみた強さを誇り、あのマイルで絶対的な強さを誇るタイキシャトル先輩をもってしてもスプリント戦で勝てるかどうかわからないウマ娘。

 

 

 サクラバクシンオー先輩である。

 

 

 最近、学級委員での仕事が重なり、なかなか部室に顔を出せなかった事もあり、私はまだ面識は無いのだが、その実力はよく知っている。

 

 1400メートル以下、スプリント戦線では化け物じみた力を発揮しており、その距離では恐らく彼女の右に出るウマ娘はなかなか居ないだろう。

 

 パドックに姿を現した彼女の身体もまたミホノブルボン先輩同様に鍛えられた凄まじく綺麗な身体をしていた。

 

 恐らくは学級委員の仕事をこなしながら、スプリングステークスに向けて仕上げてきたに違いない。

 

 だから部室に顔を出せなかったのだと私は納得してしまった。

 

 鹿毛の綺麗な長い髪を後ろに束ね、黄色いカチューシャを付けた彼女の凛々しくも逞しい姿は、優等生として申し分ない。

 

 

「ミホノブルボンにライスシャワー相手だと今日はより気合い入れないとね…」

 

 

 パドックで皆に姿を披露しているサクラバクシンオー先輩の眼はパドックを終えたミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の姿をしっかりと捕らえていた。

 

 とはいえ、サクラバクシンオー先輩もライスシャワー先輩同様にこの距離は本来の土俵ではなく、厳しい戦いを強いられる事になる。

 

 彼女もまた、ミホノブルボン先輩という、チームメイトであり、ライバルを倒すためにこのレースをあえて選んだのである。

 

 恐らく、このレースでそれぞれ異なる距離の同期が激突することになる珍しいケースのレースだ。

 

 普段から切磋琢磨している相手だからこそ、負けられないプライドというものがある。

 

 

 全ウマ娘がパドックを一通り終えたところで頃合いを見計らい、アナウンスが会場に流れ始める。

 

 

「それではパドックを終了致します、準備が出来たウマ娘はゲートまでお進みください」

 

 

 そうして、それぞれレースの為に準備を始めるウマ娘達。

 

 柔軟を行う者、軽く足を動かし芝の感覚を掴む為走る者とその内容は異なっている。

 

 そんな中、私の姉弟子、ミホノブルボン先輩は物凄い気迫を身に纏いながらアップをしており、周りに居たウマ娘達も思わず恐縮してしまっていた。

 

 

 そりゃまあ、首の骨をゴキリッと鳴らし、更に拳をパキパキ言わせて、軽く恐ろしい速さでダッシュして汗を流してれば皆そうなる。

 

 

 一方で、ライスシャワー先輩もアップを軽くこなしていたが、パドック同様に表情はあまり優れないようだった。

 

 そして、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と同様に芝の感触を確かめるように軽く走り、芝の感触を確かめている。

 

 

 それぞれ違うアップを繰り広げる彼女達の様子を観客席の最前列で眺めていた私は、隣にいる同じチームのメンバーであるアグネスタキオン先輩にこう問いかける。

 

 

「今回、どうでしょうかね。二人とも仕上げは良さげでしたけど」

「そうだねぇ……。私が見たところ、ミホノブルボン先輩は問題は無さそうだけれどライスシャワー先輩は厳しいかなと感じるな、多分、それは本人が一番わかってるとは思うけれどねぇ」

「バクシンオーの奴も出るからなぁ…、これはちょっと厳しいだろ、私もあいつの仕上がりのサポートで併走してやったけどあれも大概、化け物だったよ」

「やっぱりそうですか…」

 

 

 アグネスタキオン先輩とバンブーメモリー先輩の言葉に私も思わず表情が曇る。

 

 いや、それはレース前からライスシャワー先輩が口で話していた事を事前に知っていたから、尚更、今日の彼女の顔を見てそう思わざる得なかった。

 

 この距離、そして、ミホノブルボン先輩の仕上がりを見れば、私は厳しいと改めて感じた。

 

 さらに、スプリントのスペシャリストであるサクラバクシンオー先輩がここに加わってくればその勝負はかなり困難を極める。

 

 面子がやばいなぁ、と私はそう思った。

 

 彼女達ともし同期ならば、全くこのレースに勝てるビジョンが浮かんで来ない。

 

 

 そして、いよいよ、発走の時刻が迫ってきた。

 

 次々とゲートインを済ませるウマ娘達。ライスシャワー先輩はゲートに入ったミホノブルボン先輩の顔を真っ直ぐに見つめた。

 

 私も貴女に勝つ為に仕上げた。

 

 レースの距離が違うとはいえど、ここで引くつもりはないと目でそう告げているようだ。

 

 ライスシャワー先輩が見つめるミホノブルボン先輩はというとターフを見つめ、身体から力を抜いて集中力を高めている。

 

 一方で、サクラバクシンオー先輩はリラックスした様子で深呼吸を済ませて、集中力を研ぎ澄ませているようだった。

 

 そして、レース前のファンファーレが鳴り響いた。いよいよ、三人が激突するスプリングステークスがはじまる。

 

 

「各ウマ娘! 位置について!」

 

 

 各ウマ娘は審査員のその掛け声と共に走る体勢を取る。

 

 観客席に座る私もいよいよ、あの人達の走りを見ることができる事に対する高揚感からか強く握りしめた右手には汗が滲んでいた。

 

 そして、号令と共にパンッ! と勢いよくゲートが開いた。

 

 そこで、すかさずスタートダッシュを決めたのは…。

 

 

「さぁ、先行争い、ミホノブルボンとサクラバクシンオー、二人共に物凄いスタートを決めました」

 

 

 ゲートが開くと同時に先行を取りに走ったのはやはりこの二人であった。

 

 先行争いに入ったサクラバクシンオー先輩とミホノブルボン先輩の二人は互いに顔を見合わせる。

 

 やはり、来たかと、互いにそう感じている様子であった。

 

 

「悪いけど、このレースは貰う…!」

「私を倒せたらの話だけどね!」

 

 

 まるで、視線が交差する二人の間にはバチバチと火花が散っているようで見ていて初っ端からワクワクするような展開だった。

 

 普段から知っている身内だからこそ、余計に負けられない、その気持ちはレースを見ている私にも良く分かる。

 

 そして、その二人の様子を見つめる刺客はよく観察しながら、静かにやや後方の方で息を潜めて居た。

 

 頃合いを見て、仕留めに掛かる、レースはまだ始まったばかりだ、後半から仕掛けて勝利を掻っ攫う。

 

 黒い影、ライスシャワー先輩である。

 

 

(先頭はやはり、あの二人が取りに行ったか、勝負は400mから…)

 

 

 仕掛けるタイミングを間違えれば、恐らく勝てない。だが、自分が取るべき走り方はこのやり方だ。

 

 ライスシャワー先輩の走り方はよく、自分の脚質を理解した堅実な走り方だった。

 

 そして、一団となって駆けるウマ娘達だが、その実力差はレースが後半になるにつれてだんだんと明確になっていく。

 

 残り800mあたり、走るペースが落ちないミホノブルボン先輩の走り。

 

 その走りについて行っていたサクラバクシンオー先輩の表情は明らかに思わしくないものになっていっていた。

 

 

「…ハァ…ハァ…、なんでペースが…っ」

 

 

 そう、ミホノブルボン先輩の足にサクラバクシンオー先輩の足がついていかなくなって来ていたのである。

 

 学級委員での仕事があったとはいえ、間違いなくこのスプリングステークスの為に仕上げ来た。

 

 距離不安もあったが、それでもある程度は戦える自負が彼女にはあった。

 

 だが、蓋を開けてみればミホノブルボン先輩の走りにだんだんと足がついてこれなくなって来ている事に気がついてきたのだ。

 

 地獄の坂路を幾千も超えて、さらには、強靭な身体を作るために徹底的に足腰を鍛えるトレーニングをミホノブルボン先輩は積んできた。

 

 それに付き合った私が言うんだから間違いない、あれは、軽く死ねる内容なものばかりだ。

 

 残り400mの直線、そして、そのミホノブルボン先輩の真骨頂である化け物じみた足が炸裂する。

 

 ドンッ! とターフを蹴り、加速したかと思うとグングンと一瞬にして後続のウマ娘達を完全に引き千切ってしまったのである。

 

 

 瞬間、サクラバクシンオー先輩の表情が絶望に変わったのがよくわかった。

 

 

 圧倒的な実力差、炸裂したその足にもはや、バクシンオー先輩が対抗できるほどの足は全くと言っていいほど残っていなかった。

 

 それは、まさしく化け物と言っていいほどの強さだった。このレースを見ていた誰もがそう思った事だろう。

 

 一身差、二身差、三身差、その差はみるみるうちに開いていっていた。

 

 それを見た、ライスシャワー先輩の表情も真っ青になるのがよくわかった。

 

 仕掛ける仕掛けない以前に、もはや足を使っても追いつけないほどの圧倒的な実力差がそこにはあったのだ。

 

 

 気がつけば、彼女もミホノブルボン先輩から完全に心がへし折られていた。

 

 

 ついた身差はなんと七身差、もうこうなっては追いつきようがない、更に加速するミホノブルボン先輩の凄まじい強さにレースに出ていたウマ娘達も走る気力を根本からぶち抜かれたような錯覚を覚える。

 

 抜く、抜かれないの話の次元ではなかった、完敗だった。

 

 彼女に勝てるビジョンが全く浮かばない、レースに出ていた大半のウマ娘達がそう思った事だろう。

 

 

「ミホノブルボンこれは強いッ! 七身差! 完全に独走態勢で今ゴールインッ! 圧勝です! まさに完全無欠のサイボーグッ」

 

 

 この凄まじいレースに見ていた観客達も思わず言葉を失ってしまった。

 

 サクラバクシンオー先輩、ライスシャワー先輩と注目すべきウマ娘達がいたにも関わらず、そんなものは関係ないとミホノブルボン先輩は引き千切ってしまった。

 

 完全に心をへし折る圧倒的なその強さに、皆もなんと言ってよいのかわからないのだ。

 

 まさか、これほどまでに強いとは私も思ってもみなかった。

 

 レース終了後、ゴールを潜ったサクラバクシンオー先輩は膝に手をついてをついて肩で息をしていた。

 

 歯が立たなかった、その悔しさが単に込み上げてくる。

 

 レースを終えたライスシャワー先輩も膝から崩れ落ちるように地面に手をついた。そして、唇を噛みしめるように地面に拳を叩きつける。

 

 

「…なんで早く捕らえに行かなかったんだっ! ばかばかばかっ!」

 

 

 無様なレースを晒してしまった。

 

 その感情が吹き出してしまう、もっとやれたはずなのに何故、早く仕掛けに入らなかったのかと、自分の詰めの甘さを悔いているように地面に拳を叩きつける。

 

 気がつけば、仕掛けが遅くなり、4着、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩に迫るどころか心が折られ、他のウマ娘にも前を走られているではないかと彼女自身が許す事が出来ないような出来だった。

 

 そんな中、ミホノブルボン先輩は毅然としていた。

 

 まだ、こんなところは通過点に過ぎないとばかりに平然とした様子で観客に手を振っている。

 

 私はそれを見て思わず鳥肌が立った。

 

 

 これが、あの地獄のようなトレーニングを積んできた者の境地。

 

 身体が悲鳴をあげても更に追い込み、ハードな訓練と特訓を重ねに重ね、圧倒的な力を持ってして相手をねじ伏せる。

 

 まさしく、スパルタの風だった。

 

 このレースを見ていた私は覚悟を決めなくてはいけないような気がした。

 

 あの人を超えるには本気で血が滲むようなトレーニングを更にこなさなければならないのではないかと。

 

 才能だけで挑もうなら簡単にねじ伏せられる。

 

 

 レースが終わった後、私は会場を後にするライスシャワー先輩の元に向かった。あの姉弟子の強さをどう感じたのかを聞きたかったからだ。

 

 

「ライスシャワー先輩! …あの…」

「…アフちゃん」

「…えっと…その…、今日のレースは…」

「えぇ…、無様なものを晒してしまったわね」

 

 

 ライスシャワー先輩は笑みを浮かべて、なんと話しかけたらいいかわからない私にそう告げた。

 

 しかし、彼女はミホノブルボンという怪物と対峙して、このレースを通して確信した事があった。

 

 己の完全な力不足であるという事、それが、敗因であるというのを自覚できた。

 

 

「クラシックは絶対に巻き返す、必ず刺してみせるわ…、血反吐を吐いても泥水を啜ってでも必ずあの娘に勝つ、その覚悟が今日改めてできました」

 

 

 そう私に語るライスシャワー先輩の眼は鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 私はそんなライスシャワー先輩が纏う赤く、立ち昇るオーラの様なものが目視できてしまう。

 

 

 鬼の胎動はこの時から始まった。

 

 

 漆黒の身体に宿るのは逆襲の誓い、私はそんなライスシャワー先輩の威圧感に言葉を失ってしまった。彼女は踵を返すと私に背を向け、敗北を喫した会場を後にしていった。

 

 敗者は敗者らしく、次のレースの為に身体を仕上げるのみ、そう、本番のクラシックはまだ始まっていないのだから、勝負はこれからである。

 

 

 その後、レースに勝ったミホノブルボン先輩がウイニングライブを披露した。

 

 

 あんなに堅物でトレーニングの鬼のはずなのにウイニングライブの時は可愛く見えてしまうから不思議である。

 

 

 ちなみに私がウイニングライブで適当やった時はミホノブルボン先輩からチョークスリーパーをお見舞いされたのは記憶に新しい。

 

 

 こうして、先輩三人が激突したスプリングステークスはミホノブルボン先輩のウイニングライブで締めくくる事になった。

 

 次はいよいよクラシック戦線へ舞台が移る。

 

 これから、二人がどうなるのかを私は見届けねばと密かに固く心に誓うのだった。



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祝勝会の準備

 

 

 

 スプリングステークスを終えて。

 

 チームメイトであるミホノブルボン先輩の勝利を祝して、祝勝会を執り行うことになった。

 

 私はその準備のために現在、色々と用意をするため、あっちへ、こっちへと走り回って用意をしているのであるが、その道中の廊下での出来事であった。

 

 私は部室に使う、飾り付けを抱えトレセン学園の廊下を歩いていた。そう、そこまではなんの問題もない。

 

 しかしながら、その飾りを抱えて運んでいる最中の事だ。

 

 曲がり角に差し掛かった瞬間、急に私の視界が奪われてしまった。フニョンッという音が聞こえた上に何か柔らかいものにぶつかった様な感覚が私の顔面を襲ったのである。

 

 

「ひゃぁ!? あっ…」

「ぶふっ…!」

 

 

 そう、とてつもなく柔らかいものだ、それにはよく見覚えがある。この感触はいつも私が胸にぶら下げているものと一緒だ。

 

 そして、私がぶつかったであろうその声の主はアグネスタキオン先輩の声質とどこか似通っている様な気がした。

 

 私はひとまず、その柔らかく私の視界を奪った物からゆっくりと後退し離れる。そして、離れた事で私の目の前には二つのおっきい丘が現れた。

 

 表現がまどろっこしいので、ぶっちゃけて話すけれど、早い話がデカイおっぱ○が二つ目の前にあるのだ。

 

 なんだこのデカさ、私とどっこいどっこいかそれ以上だぞ。

 

 そして、その持ち主は心配そうに飾りを持っている私にこう謝罪の言葉を述べはじめる。

 

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事してて気づかなかったわ」

「いや、良いんですよ、怪我もありませんし」

 

 

 そう言って謝ってくるのは、綺麗な栗毛の髪を左右に束ねた、どこか、勝気なウマ娘だった。

 

 胸がここまで自己主張が激しいのだから間違いない、この娘は勝気である。私の直感がそう告げていた。

 

 このウマ娘は確か、どこかで見覚えがあった様な気がするけれど、どこだっただろうか?

 

 すると、ぶつかって来たウマ娘は安心した様におっきな胸をなでおろすと、何かに気づいたのか私にこう話しをしはじめる。

 

 

「あ! もしかして…アフトクラトラス先輩ですか! そうですよね!」

「え…っ!? あー、うん、そうですが…貴女は…」

「私はダイワスカーレットって言うんですけどっ! 見ましたよ!この間のレースっ! すごかったじゃないですか! あれ!」

 

 

 そう言って私に興奮気味に話す、ダイワスカーレットと名乗るウマ娘、私はこの時ふと思い出した。

 

 そう、そうだ、ゴールドシップがチームスピカであると聞いた時にそのメンバー表を見せてくれてその名簿の中に名前と写真が載ってあった。

 

 

 ダイワスカーレット。

 

 同世代のウオッカと激しい争いを繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬とも互角以上に渡り合った事はあまりにも有名だ。

 

 そして、メジロ家が名家、名家と言われており、お嬢様と言われているが、何を隠そう、このダイワスカーレットもまた、名家の出である。

 

 

 その名もスカーレット一族。

 

 

 マイリーから派生する一族で主にイットー、ハギノトップレディやダイイチルビーなどの名ウマ娘が名を連ねる『華麗なる一族』。

 

 ローザネイから派生したウマ娘の一族で、ローズバド、ローズキングダムなどのウマ娘達が有名な『薔薇一族』。

 

 そして、スカーレットインクから始まる活躍するウマ娘を数々輩出している一族を『スカーレット一族』とされている。

 

 その『スカーレット一族』の中でも、このダイワスカーレットとヴァーミリアン、そして、ダイワメジャーはエリート中のエリートなのである。

 

 血統においても素晴らしく可能性に満ち溢れており、今後も活躍が期待されるウマ娘だ。

 

 さて、そんなエリートな秀才ウマ娘に何故、私はこうして話しかけられているんだろうか、意味不明である。

 

 しかも、ダイワスカーレットは何やら興奮気味のようだ。先日のレースというと、おそらく私が走ったデビュー戦の事だろうか?

 

 

 やめたまえ、あまり声高に話すとまた私の株が上がって坂路の数が比例して増えてしまうでしょうっ!

 

 

 いや、たしかに嬉しくはあるのだが、しかし、あのウオッカと大接戦ドゴーンやったあのダイワスカーレットがこんな可愛いウマ娘になってるとは思いもよらなかった。

 

 しかも、奇しくも胸の位置が私の目前という身長差、普通に話しててもダイワスカーレットの胸に話しかけてるような錯覚を感じてしまう。

 

 自己主張激しすぎでしょう! 私も人の事は言えないけど! 私は身長伸ばそうと頑張った結果がこうなっただけだから!

 

 しかし、あの弾力性は多分、エアグルーヴ先輩のお尻と同じくらいはあった。

 

 商品化待った無しですな、あの弾力性のある抱き枕をソファに置いてたらダメになりそうな気がする。

 

 と、話はそれてしまったが、私は目前にいるダイワスカーレットにこう話をしはじめた。

 

 

「あのレース見ててくれたんですか…、光栄ですね、ありがとうございます」

「いえいえ! 15身差の大差っ! あんなの見せられたら私も気合が入っちゃいましたよ!」

「…ふふ…、それは嬉しいんですけど私的にはあのレースは黒歴史的な要素が盛りだくさんだったものでなんか複雑ですね」

 

 

 私はそう告げる飾りを抱えたまま遠い眼差しを廊下の窓の外へと向ける。

 

 誰にでも黒歴史というものがあるのだ、そう、私にしてみればまさしく大衆の前で披露したあの独自路線を貫いたパフォーマンスの数々。

 

 私的には好感触に思っていたし、キレキレで踊っていたので受けは良かったように見えたのだが、現実はそう甘くはないのだ。

 

 何かを悟ったような表情を浮かべている私にダイワスカーレットちゃんは容赦なく追い討ちをかけて来た。

 

 

「あ、それってウイニングライブの事ですよね、有名ですし」

「皆まで言うでない」

 

 

 私はすかさず、ウイニングライブについて口走ろうとしたダイワスカーレットの口を塞いだ。

 

 あれは開いてはならぬパンドラの箱、演歌を歌って、うまぴょい伝説を歌わさせられ、ついでにソーラン節や阿波踊りといった青いコアラのマスコットじみた事をやってしまった。

 

 演歌担当、キタサンブラックさんが居ないばっかりに私が大恥をかいてしまった大惨事、翌日、姉弟子からチョークスリーパーされて反省させられたのは記憶に新しい。

 

 しかも、トレーニング終了後、重石を手脚に着けてウイニングライブを踊るという練習も追加される羽目になったのだ。

 

 おほー、身体が悲鳴をあげちゃうの〜と涙目になった。鬼か、いや、坂路の鬼でしたねそう言えば。

 

 そして、私が飾りを持っていたのに気づいたダイワスカーレットちゃんはなんと部室まで一緒に運んでくれると言ってきてくれた。

 

 見た目的にツンデレの素直になれない娘かなって思ってたけどめっちゃええ娘やないか…、私は思わず抱きしめたい衝動に駆られそうになった。

 

 あ、抱きしめられるのはこの場合、私か、身長差から考えて。

 

 そんなわけで、私はダイワスカーレットちゃんに協力してもらい飾りをなんとか部室前まで持ってこれた。

 

 結構な量を運んでたんで目の前がいっぱいいっぱいだったからほんとに助かった。手伝ってくれたダイワスカーレットちゃんには感謝しかない。

 

 私はひとまず、部室まで飾りを運んでくれたダイワスカーレットちゃんに提案するようにこう話しをしはじめる。

 

 

「ありがとう、スカーレットちゃん、よかったら祝勝会参加していく?」

「えっ? アンタレスのですか?」

「そうそう、タキオン先輩もいるしどう?」

「えー…、あ、あの人はちょっと…」

 

 

 そう言って、若干、引き気味に私に告げるダイワスカーレット。

 

 あれ? タキオン先輩といえば、ダイワスカーレットちゃんには縁深いウマ娘だと思うんだけどなぁ。

 

 これは予想外の反応、割とマックイーンとゴルシちゃんみたいに仲睦まじいかと思ってだけれども。

 

 すると、ダイワスカーレットちゃんは深いため息を吐くと、その訳について私に話をし始めた。

 

 

「あの人はなんていうか、変わり者だし、私に関して物凄く過保護なんですよね、何故だかわからないけど」

「ほうほう」

 

 

 どうやら、それは、マックイーン達とはまた逆のパターンだったようだ。

 

 なんとびっくり、タキオン先輩の方がダイワスカーレットちゃんに対してやたらと過保護だったらしい。

 

 確かに可愛い娘って意味じゃ、関係上そうなってても何ら不思議ではないような気もする。

 

 アンタレスが誇る超高速の粒子にも、意外な一面があった事に私も思わずほっこりしてしまいそうになる。

 

 さて、長々と部室前で話をしてしまったが、ミホノブルボン先輩のために早く部室に飾り付けをしてしまわねば。

 

 そう思い、私が部室の扉を開いた直後であった。そこに広がっていた光景は…。

 

 

「さあ! 懸垂追加200回! そんな事ではG1とれんぞ! G1!」

「はいっ!」

「ど根性ォォォ!!」

 

 

 汗だくで部室で懸垂を行なっているウマ娘、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿とそれを指導しているトレーナーの姿であった。

 

 そして、そのトレーナーの姿には見覚えがある。ジャージを着たあの熱血お婆さんは見間違えようがない。

 

 そう、私の義理母である。

 

 何故、あの人がトレセン学園にいるのかという疑問よりも先に私は身の危険を感じて、こそっと呟きながらそっと開いた扉を閉める。

 

 あくまでも気づかれないように最低限の注意を払って慎重にである。バレたら命はないと思っておいたほうがいい。

 

 

「失礼しました〜…」

 

 

 ガチャリとしっかりと扉を閉めた事を確認すると、私の身体全体からブワッと冷や汗が毛穴という毛穴から吹き出すのを感じた。

 

 そう、あれは見間違えようがない。

 

 嫌な汗がダラダラと止まらなかった。あの地獄のような日々が私の頭の中でフラッシュバックする。

 

 しかも、バンブーメモリー先輩とミホノブルボン先輩が部室で懸垂していて、部室を開けた瞬間、すごい熱気が満ち溢れていた。あれは部室なのではない、まるでサウナである。

 

 アカン! あれは下手したら私も間違いなくやらされるパターンのやつや、嫌や! マダシニタクナーイ!

 

 冷や汗をダラダラと掻いている私の顔色を見ていたダイワスカーレットちゃんは首を傾げながらこう問いかけてくる。

 

 

「? …どうしたんですか? 先輩、凄い汗ですけど」

 

 

 何も知らないダイワスカーレットちゃんからの質問に顔面蒼白の私は左右に首を振りながら必死に肩を掴む。

 

 この場に居てはマズイ、死んでしまう。

 

 そう私の生存本能が告げていた、ミホノブルボン先輩に義理母なんかが加わってしまえば鬼に金棒どころの話ではない。

 

 私はダイワスカーレットちゃんの肩を掴んだまま、必死の形相で彼女にこう告げた。

 

 

「お願い! スカーレットちゃん! 私を連れて逃げて! お願い! 匿って!」

「えっ…!? えっ!? あ、あの、どういう事かわかりませんけれど…、わ、わかりました」

 

 

 こうして、私はダイワスカーレットちゃんの力を借りて、その場から戦略的撤退をする事にした。

 

 普通に考えて、あんな部室に足を踏み入れられるか!! 逃げるしかないでしょうよ!

 

 祝勝会の準備をしてた筈なのに! おかしい! みんなでワイワイとニンジンジュース飲んで、乾杯して、美味しいご飯食べてミホノブルボン先輩おめでとうございまーす! ってする予定だった気がするんだけれど。

 

 えっ? もしかして、そう思ってたの私だけ? まさかの私だけだった?

 

 ダイワスカーレットちゃんが居てくれて本当に助かったと私も思わずこの時ばかりは思った。

 

 あのまま、何も知らず、あの部室に入っていたらどうなっていたか、容易に想像がついてしまう。

 

 そう言えば、アンタレスの専属のチームトレーナー居ないなとは前から思ってはいた。

 

 思ってはいたが、まさかの予想外な展開に私もこの時ばかりは本気で死を覚悟した。

 

 そして、タキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩、サクラバクシンオー先輩が部室にいないとこを見る限り、あの人達は事前にこの事を知っていて雲隠れをしたのだ。

 

 そして、何も知らない私は危うくあの地獄の特訓に巻き込まれる瀬戸際に追いやられていたのである。

 

 危なかった、本当に危なかった。

 

 よし! このまま、なんとかダイワスカーレットちゃんに匿って貰おう。

 

 そうして、ダイワスカーレットちゃんと共に逃走を試みた私はチームスピカの部室に匿ってもらう事にした。

 

 

 だが、この時の私は甘かった。

 

 

 あの人達はこのような小細工が通用するような人達でない事を。

 

 危機を回避し、チームスピカの部室に転がり込んで安堵した認識が甘かった事を私は思い知らされる事になる。



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祝勝会(鬼)

 

 

 チームスピカの部室。

 

 そこにて、ダイワスカーレットちゃんに懇願した私は匿ってもらっている。いや、匿ってもらわなければならない状況になっていた。

 

 体操座りでガクブルと震えている私は部屋の隅にて、冷や汗を垂らしながら、息を殺していた。

 

 目には既にハイライトが無くなっている。

 

 

「坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…筋力トレーニング…坂路…坂路…坂路…坂路…坂路…追い込み…坂路…坂路…」

「あのぉ…アフちゃん先輩?」

 

 

 ブツブツブツと呪文のように唱える私に顔を覗き込むように肩を揺すってくるダイワスカーレットちゃん。

 

 筋トレに次ぐ筋トレ、坂路に次ぐ坂路、追い込みに次ぐ追い込み、おまけ程度に重石がつけられたまま踊り歌うウイニングライブの特訓。

 

 さらに、それに上乗せされる地獄メニュー、これが超絶武闘派チームアンタレスが死のサイクルと化してしまった現在、私の目には希望の光は写っていなかった。

 

 間違いなく、見た限りチームトレーナー的な立ち位置に義理母の姿を見た私が取る方法といえばこうして少しでも死期を伸ばす事くらいである。

 

 この私の様子には、ダイワスカーレットちゃんも困惑している様子であった。

 

 そんな中、鹿毛で跳ね毛の多い、短髪で男勝りなウマ娘は苦笑いを浮かべながらこう話をしはじめる。

 

 

「いやー…アンタレスってやっぱやべーのな、トレセンじゃ有名な話だけどさ」

 

 

 そう告げるウマ娘は私の様子を見て尚更、その話が事実である事を確信しているようだった。

 

 地獄を見たことはあるかい? そうだよ、あのアンタレスの部室が今、まさにそうなんだよ。

 

 私は虚ろな目を苦笑いを浮かべているウマ娘へと向ける。そして、力なく笑みを浮かべると彼女にこう告げた。

 

 

「ウオッカちゃん、私の代わりに入って来ても良いよ、あの部室」

「先輩、それは流石に勘弁してください本当」

 

 

 そう言って、割と本気で頭を下げてくるウマ娘、ウオッカちゃんの言葉に私はニッコリと微笑むしかなかった。

 

 このウマ娘はウオッカちゃん。

 

 東京優駿に勝利するなどGI通算7勝を挙げ、史上最強牝馬とも言われており、同世代のダイワスカーレットとは激しい争いを何度も繰り広げ、ともに牝馬ながら牡馬と互角以上に渡り合った。

 

 アンタレスのヤバいは大体、ミホノブルボン先輩とかライスシャワー先輩とかが主で、あとは別の意味でキャラがヤバい人達がいるという事なんだろうな、タキオン先輩とか。

 

 あ、大事な事忘れてた、チームトレーナーもヤバい人でしたね、いやー凄いなーアンタレスはー。

 

 そんな中、ガチャリとスピカの部室の扉が開く音が聞こえ、私は思わず、ヒィ!? と声を上げてしまう。

 

 そうして、扉を開いて現れたのは…。

 

 

「おーい、お前達ー、何してんだ? おっ?」

「あ、トレーナー」

「んあ? あぁー! アフちゃんじゃーん! 何してんのさぁー! こんなところでー! もがっ!」

「シー! お願いだからトーン落としてトーンッ!」

 

 

 そう言って、私は大きな声で名前を呼んでいるゴールドシップの口を慌てて両手で塞ぎにかかった。

 

 馬鹿野郎! バレたらどうすんの! バレたら!

 

 血相を変えて、慌てたような様子の私にゴールドシップは理解したのか、コクコクと二回ほど頷いた。

 

 ひとまず、それを見た私は安堵したように胸を撫で下ろすと、塞いでいたゴールドシップの口からそっと手を離す。

 

 ほんの小さな綻びが生死を分けるのだ。そう、こんな大きな声で私の名前を呼ばれたんじゃ、私の命の灯火は一瞬にして消え失せてしまう。

 

 すると、しばらくして、何やらゾクゾクっと背中に悪感が走るような感覚に襲われた。

 

 ふと、背後を振り返ってみると、私の太ももを撫で回すように確認しているチームスピカのトレーナーさんの姿があった。

 

 

「うぉ!? なんだこの足!? 凄い足だなぁ! お前!」

「………!…せいっ!」

「ちょっ! ぐふぅ!」

 

 

 私はすかさず、痴漢してきたチームスピカのトレーナーさんに凄まじいボディブローをお見舞いする。

 

 普通ならここで、後ろ足でスコンッ! っと蹴りをかますところなのだが、私の鍛えられた足だと軽く時速160km以上出てしまうので下手すると常人なら首が吹き飛んでしまう可能性がある。

 

 なので、敢えてボディーブローにした、だが、これではもちろん生ぬるい。

 

 私は悶絶して頭を下げるチームスピカのトレーナーの頭をガッチリとホールドすると、その身体を持ち上げる。

 

 小さな身体の私がチームスピカのトレーナーを持ち上げる事に驚いたように目を丸くするダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃん。

 

 普段から地獄のようなトレーニングをやってきた私にしてみれば、こんなのは朝飯前である。

 

 私はその技をかけたまま、決めに入る。

 

 その名もアフトクラトラス式、垂直落下式DDTである。

 

 一応、スピカのトレーナーさんが受け身が取りやすいように投げつつ、ゴスンという鈍い音がスピカの部室に響き渡った。

 

 

「ガハァ!」

「何さらしとんじゃコラァ!」

 

 

 そして、すかさずスピカのトレーナーさんが綺麗に受け身を取ったところで、サソリ固めに入った。

 

 この技の見事な入りに思わず、ダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんからは拍手が上がる。

 

 ギチギチという関節の音が聞こえてくる中、苦悶の表情を浮かべて地面に伏すスピカのトレーナーにゴールドシップが駆け寄ると顔を伺いながらこう問いかける。

 

 

「ギブ? ギブ?」

「ぎ、ギブアップぅぅ!」

 

 

 そう宣言したスピカのトレーナーの言葉を確認したゴールドシップは両手を広げると左右に振る。

 

 どこからか、カーンッカーンッカーンッ! という、ゴング音が聞こえて来たような気がしたが多分、気のせいだろう。

 

 そして、ゴールドシップから立たされた私は右腕を掴まれ、上げさせられた。

 

 

「ウィナー、アフちゃん」

 

 

 私は誇らしげにゴールドシップから右手を掴まれたまま、それを挙げる。

 

 長く苦しい戦いだった。スピカのトレーナーさんにプロレス技かけて大体、1分もかかってないけれども。

 

 そんなこんなで、私はスケベにも不用意に私のモチモチしている太ももを揉んだり触ったりして来た痴漢を撃退することに成功した。

 

 尻まで触ってたら多分、ブレーンバスターもついでにかましてたかもしれない。

 

 すると、倒れていたチームスピカのトレーナーさんはサッと立ち上がり、頭を抑えながら私の手を握ってきた。

 

 この人、ゾンビか何かだろうか。

 

 

「君! 名前は!? 所属は!! どこのウマ娘!! そのもの凄い足に小さな身体でその筋力!! 凄い逸材だ!」

「…えーとっ…、この人なんか別の意味で怖い…」

「その気持ち、よくわかるかも」

「だな」

 

 

 そう言って、苦笑いを浮かべるダイワスカーレットちゃんにウオッカちゃん。

 

 だが、このトレーナーさんが言っている事と慧眼は間違いないと彼から手を掴まれている私は思った。

 

 単に足を触って、私から投げられた事だけで筋力や能力を測れるトレーナーはなかなか居ない。

 

 そこに関しては間違いなく、オハナさんと同様にこのスピカのトレーナーさんは一流のトレーナーではないかと私は感じた。

 

 そんな彼の情熱的な問いかけに先程まで、プロレス技をかけていた私も思わず、ため息を吐くとニコリと笑みを浮かべる。

 

 

「大したものですね、貴方」

「それだけの筋肉量だ、触るだけでわかるさ」

 

 

 そう言って、私の言葉に同じく笑みを浮かべて応えてくるチームスピカのトレーナーさん。

 

 多分、この人はまっすぐな人なのだろうと思った。情熱的でウマ娘の事に関してよく理解している。

 

 だが、生憎な事に私は既にアンタレスというチームに所属しているので、これに関しては残念にも縁がなかったなと感じてしまう。

 

 おそらく、チームスピカのトレーナーである彼は私を勧誘したかったんだろうなという意図を理解した上で、私はスピカのトレーナーさんにこう話をしはじめた。

 

 

「すいません、私、実はアンタレスに所属してまして」

 

 

 その瞬間、私の手を掴んでいたチームスピカのトレーナーさんの身体が凍りついた。

 

 そう、チームアンタレスという言葉を聞いた途端にである。

 

 あのチームどんだけ学園の中で有名なんだよと思ってしまった。

 

 まあ、確かにあんな馬鹿げた量のトレーニングやってたらそれはそうなるだろうなぁとは私も思う。

 

 だが、スピカのトレーナーさんは真っ青になったまま、ゆっくりとこう話をしはじめた。

 

 

「アンタレスってぇと…、あれだよな、遠山さんとマトさんとこの…」

「そうなりますかね、はい」

「いや、マジでごめんなさい、あの人達本当に怖いんで勘弁してください

 

 

 そう言って、スピカのトレーナーさんがなんと私に土下座して謝ってきたのである。

 

 なんでこんなに恐れられてるんですか! 私の義理母!? 何したのあの人!!

 

 いや、理由は大体わかってる、あの人は有名なトレーナーで別名、坂路の鬼と言われるほど、義理母の名が至る所に轟いているのは周知の事実である。

 

 そんな中、スピカのトレーナーさんは苦笑いを浮かべたままこう語りはじめた。

 

 

「スパルタといえば、遠山トレーナーと言うのはトレセンでも有名な話だ。実力があるウマ娘に関しては他の特別トレーナーに任せてはいるが、己が鍛えて伸びるウマ娘は徹底して鍛えて鍛え抜くのがあの人の信条だからなぁ…」

「おっしゃる通りです…はい…」

「なんだ…、その、大変かと思うが強く生きろよ…、な!」

 

 

 そう言って、私の頭を同情した上に優しく撫でてくれるスピカのトレーナーさん。

 

 この人、めっちゃ良い人やないですか! 本気で泣きそうなんだが、いや、これは超一流トレーナーですわ、私は好きですよ、はい。

 

 オハナさんといい、この人といい、トレセン学園にいるトレーナーさんは良い人ばかりだな、私は正直、優しくされて、オハナさんにもスピカのトレーナーにも惚れそうですよ。

 

 そんな感じでスピカのトレーナーさんと仲睦まじく話をしている最中であった。

 

 バンッ! とスピカの部室の扉が勢いよく開く。

 

 その瞬間、私は身体が完全に硬直してしまった。

 

 

「ここに居たか! アフトクラトラスゥ!」

「…あっ…」

 

 

 そこに立って居たのはバンブーメモリー先輩の竹刀を担いだジャージ姿の私の義理母であった。

 

 義理母の姿を見たスピカのトレーナーさんと私の顔色は一瞬にして真っ青になり、スピカのトレーナーさんは私から離れると、すかさず義理母の元へと駆け寄っていった。

 

 そして、素早く義理母の元へ近づくとにこやかな笑顔を浮かべるとこう話をしはじめる。

 

 

「いやぁ! お久しぶりですっ遠山さん! 凄いですね! おたくのお嬢さん!」

「この娘が迷惑をかけたみたいだね、申し訳ない」

「いやいやいや! たまたま帰ってきたらウチの部室に居たので! 迷惑なんてとんでもないっスよ!」

 

 

 そう言いながら、引きつった笑顔を浮かべて義理母に頭を下げつつ、話をするスピカのトレーナーさん。

 

 あっ、終わった。これは流石に終わりましたわ。

 

 私の身体からは冷や汗がダラダラと吹き出しており、助けを求めるようにゴールドシップちゃんの服を掴んでいた。

 

 私の生存本能がこの状況はやばいと告げている。だが、逃げればもっと恐ろしいことが待ち構えているので下手に逃げ出すこともできない。

 

 すると、スピカのトレーナーと一通り話を終えた義理母は私の服の襟をガシッと掴むとズルズルと引きずりはじめる。

 

 

「行くぞ! アフトクラトラス! 坂路追い込みだ! 坂路!」

「うあああああ! ゴルシちゃん! スカーレットちゃん助けてぇえええ! うああああ!」

 

 

 先輩の威厳も何にもない。

 

 本気のガチ泣きで私は二人に助けを求めるが、二人は私から冷や汗垂らしながら視線を逸らしていた。

 

 ズルズルとスピカの部室から回収されていく私の背後にはドナドナが流れている事だろう。

 

 もう恥も何にも関係なく助けを求める私の去り逝く姿を見送ったゴールドシップ達は、スピカの部室の扉がガチャンと閉まるとこう話をしはじめる。

 

 

「あれはヤバイな」

「本気泣きだったもんな、アフちゃん先輩」

「あの人は本当に厳しいからなぁ」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべるスピカのトレーナー。

 

 坂路の鬼と知られ、トレーナーの間でも遠山トレーナーはレジェンドとされている。

 

 凄まじい量のトレーニングを積むあの人のトレーニング方法をこなしていればあのアフトクラトラスの身体についていた筋肉量もスピカのトレーナーには納得がいってしまった。

 

 

 その後、義理母から連れ去られた私は義理母とミホノブルボン先輩の鬼が二人いる中、バンブーメモリー先輩と共に地獄のトレーニングをやらされる事になった。

 

 

 あ、祝勝会ですか? そんなものあるわけないでしょう。この地獄のトレーニングが祝勝会代わりだそうです。鬼ですね本当に。

 

 

 坂路を登り、筋力トレーニングをみっちり行って、追い込みをし、さらにウイニングライブの練習では重石を付けて踊った。

 

 さらにそこからが、義理母の本領発揮である。

 

 この凄まじい量のトレーニングに上乗せさせられる形で手足に重石を付けて、地獄の坂路併走トレーニングが追加された。

 

 併走なので、手を抜けば一発でわかってしまうので、全力である。しかも、ミホノブルボン先輩とバンブーメモリー先輩とだ。

 

 バンブーメモリー先輩は途中でついていけなくなり、完全にダウンしてしまった。そりゃそうなる。当たり前だ。

 

 よって、最終的には私とミホノブルボン先輩との併走坂路トレーニングである。

 

 

 本気で今回ばかりは死ぬかと思いました。はい。

 

 

 こうして、ミホノブルボン先輩のスプリングステークスの祝勝会は幕を閉じる事になった。

 

 今回の私の教訓としては、今度から祝勝会に関しては全く期待しないでおこうということくらいだろう。

 

 アンタレスではそれが当たり前なのである。



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ブライアンのヌイグルミ

 

 

 唐突だが、私は現在、お風呂にて死に体になっている。

 

 理由は言わずともわかるだろう、生死の境を彷徨ったからだ。坂路に次ぐ坂路、トレーニング、地獄の併走、思い出すだけで目が回る。

 

 あの体育会系でバリバリの叩き上げ上等! のバンブーメモリー先輩ですら音を上げてしまうようなキツいトレーニングを今の今までこなしてきた。

 

 ミホノブルボン先輩に義理母が加わったトレーニングなんてそりゃもう、壮絶ですよ。

 

 私の身体は限界値を超え、さらに、無理矢理いじめ抜いたのだからもうボロボロである。

 

 

「あ〜…気持ちいいんじゃ〜…」

 

 

 お風呂に浸かる事が、ここ最近では唯一の癒しだ。ボロボロになった身体もトレセン学園が誇る、大浴場のお風呂に入れば多少なりともマシにはなる。

 

 そんな中、私が気持ちよくお風呂に浸かっていると、何やら、大浴場の扉が開き、横にいきなり誰か浸かってきた。

 

 あふん、油断していた。

 

 そうでしたね、私だけ貸切のお風呂なんてありませんよね、そりゃトレセン学園が誇る巨大浴場だもの、誰か入って来ても不思議ではない。

 

 私は横に入ってきたウマ娘に視線を向ける。

 

 扉から入って来た時は湯気で姿がはっきりしなかったが、だんだんとその姿を目で確認することが出来た。

 

 鼻のあたりに白いシャドーロールが付いていて、なおかつ、長くて綺麗な黒鹿毛の髪、それを見た私は隣に入って来たのが誰なのかすぐに察した。

 

 そして、察した私を見て、彼女はクスリッと笑うとこう話をしはじめる。

 

 

「随分とボロボロじゃないか、アフトクラトラス」

「…そりゃ、あれだけトレーニングさせられたらそうなりますよ、ナリタブライアン先輩」

「ははは、そうか、確かにそうだな」

 

 

 そう言いながら、私の横にやってきた彼女は納得したように笑い声をあげる。

 

 この綺麗な身体をした先輩はシャドーロールの怪物と名高い、ナリタブライアン先輩である。

 

 ちなみに胸も私同様に怪物並みなので、侮るなかれ、これはもはや凶器である。

 

 私も人の事は言えないのだが、まあ、そこは良いだろう。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は湯船から立ち上がると、私の肩をポンと叩くとこう話をし始めた。

 

 

「今日も死ぬほどトレーニングしたらしいな? 強者が増えるのは嬉しい事だ。私の姉貴もそうだが、お前と私はどこか似たもの同士かもしれないな」

「うーん、言われてみればそうかもしれませんね、姉弟子は桁違いの化け物ですし、でも、ブライアン先輩、せめて、前は隠してください前は」

 

 

 そう言いながら、私は前を全く隠そうとしない漢らしいブライアン先輩に突っ込みをいれる。

 

 尻尾が左右に揺れているのを見る限り上機嫌なのはよく伝わるのだが、私としてもこの状況は反応に困る。

 

 

 ナリタブライアン。

 

 史上5人目の三冠ウマ娘であり、クラシック三冠を含むGI5連勝、10連続連対を達成したのは有名な話だ。

 

 シャドーロールの怪物と言えば、この人というくらい、ミホノブルボンの姉弟子かそれ以上に化け物じみたウマ娘である。

 

 クールな不良や一匹狼的な人物が口に草をくわえるのはよく見かけるが、このブライアン先輩もよくそれをやっている。

 

 彼女にバット持たせたらドカベ○に居そうだなとか私は思ったりしたものだ。それか、スケバンの格好したらなんか似合ってそうである。

 

 さて、話は戻るが、ブライアン先輩に誘われた私はそのまま何故かサウナに直行し、並んで座っている。

 

 そして、ブライアン先輩は減量を兼ねて私を連れて入った風呂場のサウナの中でこんな話をしはじめた。

 

 

「…でだ、アフトクラトラス。私は似たもの同士であるお前についてちょっとした頼みがあってだな」

「ほうほう」

 

 

 そう言って、ブライアン先輩の言葉に相槌を打つ私。

 

 まあ、確かに私も姉弟子であるミホノブルボン先輩が居て、ブライアン先輩にもビワハヤヒデ先輩という凄まじく強い姉がいる。そういった点で言えば似た者同士と言えばそうかもしれない。

 

 互いに強い姉がいるというのは何というか共感できる部分はあるかもしれない、私は姉弟子から振り回されてばかりだけれども。

 

 しかし、それで私に頼みというのは何だろう? 姉妹間の悩みとかいうやつだろうか?

 

 すると、サウナの隣に座るブライアン先輩は私にこう語りはじめる。

 

 

「互いにすごく強い姉がいる同士、こうして、今はサウナで共に汗を流しているわけなんだが」

「そうですね、私はなんか強引に肩を組まれてサウナに連れ込まれたような気がするんですけど」

 

 

 そう言いながら、汗を垂らしつつ、ブライアン先輩の話に耳を傾ける私。

 

 何もおかしな事は言っていない、事実である。

 

 何故、私はこうも他のウマ娘からよく絡まれるのだろうか、やっぱり生まれ持ったカリスマ性が凄すぎるからですかね?

 

 ごめんなさい、調子に乗りました。違いますね、はい、わかってます。

 

 皆さんは義理母には内緒にしといてください、下手したら坂路でのトレーニングの数が有り得ないほど増えますから。

 

 そして、ブライアン先輩に私がサウナに連れ込まれたからといってやましい展開はもちろんありませんよ、はい、ウマ娘同士で何かする訳でもありませんしね。

 

 そんな中、ブライアン先輩は打ち明けるように私にこんな話を語りはじめた。

 

 

「そこでだ、お前に頼みというのは私が寝るまでのヌイグルミの代わりになってくれないかと思ってな…」

「ちょっと何言ってるかわからないです」

 

 

 キリッとした表情で告げてくるブライアン先輩の一言に真顔でそう突っ込みを入れる私。

 

 いや、似通った部分があって、シンパシーを感じるのはわかる。少なくとも私も確かにブライアン先輩とはなんか似通ってる部分はあるなーとは思ったりはした。

 

 そして、それをきっかけにライバルとして切磋琢磨しよう! なんて言われるのも理解できる。

 

 だが、お気に入りのヌイグルミの代わりになってくれと言われるなんて誰が予想できようか、しかも蒸し暑いサウナの中である。

 

 わけがわからない、どうしてそうなった!

 

 そんな中、ブライアン先輩は私の肩をガシッと掴むと目を真っ直ぐに見据え、こう語りはじめた。

 

 

「私は実はオバケや怖い話が大嫌いなんだ。そして、ヌイグルミを抱いていないと寝れない! 夜は…ほら、出るかもしれないじゃないかっ!」

「いや!? それなら何故、私なんですかっ! ヌイグルミを普通に抱けばええやろがい!」

 

 

 そう言いながら、私は肩を掴んでくるブライアン先輩に顔を引きつらせながら告げる。

 

 どうしてその結論に至ったんだ! おかしいでしょう! ヌイグルミですよ! 私はヌイグルミ扱いかっ!

 

 そんな中、ブライアン先輩はがっくりと項垂れながら、お願いをする私に対してこんなことを語りはじめた。

 

 

「…それが…、長年の付き合ってきたヌイグルミがボロボロになってしまってな…。ゴールドシップの奴からお前の抱き心地がかなり良いと話を聞いて、これだっ! と…」

「やっぱりあいつかぁ! 発信源はぁっ!」

 

 

 私はブライアン先輩の言葉に思わず声を上げてしまった。

 

 あのタイ○二ックめ! 余計な事を言いよってからに! その結果、ブライアン先輩からヌイグルミの代わりをお願いされてるのか私はっ!

 

 これだ! じゃないよ、何、新発見したみたいな感じで私を普通にヌイグルミ代わりにできる!みたいになってるの!? 新発見でもなんでもないよっ!

 

 しかしながら、先輩の頼みを無下にできるほど私も無慈悲なウマ娘ではない、こうも、あのナリタブライアン先輩からお願いされては断るにも断り辛い。

 

 これはどうしたものかと私も思わず頭を抱えてしまう。

 

 しかも、サウナで迫られるようにお願いされてるのでナリタブライアン先輩からの圧が凄い、これが三冠ウマ娘のプレッシャーというやつなのだろうか。

 

 こんなところで三冠ウマ娘の圧力使ってんじゃないよ! もっと別のところで使うものでしょうがっ!

 

 しばらく、色々と思案して考えた結果、深いため息を吐いた私は肩を掴んで頼みごとをしてくるブライアン先輩にこう話をしはじめた。

 

 

「わかりました、わかりましたよ。仕方ありませんからしばらくの間ならお引き受けしましょう」

「!?…本当か! それは助かる!」

「その代わり力余って、寝てる間に首しめないでくださいよ?」

「あぁ!! もちろんだとも!」

 

 

 こうして、私はナリタブライアン先輩の寝る際のヌイグルミになることになってしまった。

 

 なんでかなぁ、どうして断れないんだろうか。

 

 いや、確かにナリタブライアンも私個人としては憧れ的な意味合いで好きなウマ娘ではあるのだけど、私の扱いがヌイグルミ代わりですもんね。

 

 そうか、全てはこの身長のせいか、ちくしょうめっ!

 

 抱き心地が良いと言われるのは、身長差的に絶対しっくりくるからだろ!

 

 なんかそう考えたらちょっとだけ悲しくなってきた。

 

 というより、ブライアン先輩のあの前振りは果たして意味はあったのだろうか?

 

 確かに私にヌイグルミ代わりになってくれと頼むのは頼み辛いのはよくわかるが、わざわざ風呂場でする話だったのだろうか…。

 

 とはいえ、こうして話がまとまった以上は致し方ない、私は今日からウマ娘という名の抱き心地が良いヌイグルミになるのだ。

 

 風呂から上がった私はひとまず、パジャマに着替えるとナリタブライアン先輩と共に寝室に連行されることになった。

 

 そうして、ナリタブライアン先輩から部屋に案内された私は扉を開く彼女の後に続く。

 

 

「今帰ったぞー」

「おー、お帰りー…って、ブライアンお前、なんでアフトクラトラスが一緒に居んだよ」

 

 

 そう言って部屋に居たのはブライアン先輩と同室のヒシアマゾン先輩だった。

 

 ちなみに、ナリタブライアン先輩とヒシアマゾン先輩は私やミホノブルボン先輩達とは異なり、寮の二人部屋を共同で使っている。

 

 よくよく考えたら、ブライアン先輩、ヒシアマゾン先輩をヌイグルミ代わりにしたらよかったんじゃないか? と今にして私は思う。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は私の背後に回り込むと背後から手を回し、ヒシアマゾン先輩にサムズアップしてこう話をしはじめた。

 

 

「アマさん、ヌイグルミの代わりを見つけてきた」

「何言ってんだお前」

 

 

 そう言って、冷静にナリタブライアン先輩に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩。

 

 そうだよね、それが普通の反応ですよね、抱き心地が良いからとお願いされたんですよ、もっと言ってやってください! ヒシアマ姉さん!

 

 当たり前の話である。ブライアン先輩と同室のヒシアマ姉さんからしてみれば、なんでどっからか拾ってきたみたいな感じで後輩を連れてきてヌイグルミを見つけたみたいに言われてるんだってなるのは普通の事だ。

 

 だが、ナリタブライアン先輩は冷静に突っ込みを入れるヒシアマゾン先輩に対して、こう話をしはじめた。

 

 

「そうか、アマさんにはわからないか…。女子力低そうだから仕方ないな」

「お前から女子力低いって言われるとなんだかわからんが異様に腹立つな、おい」

「いや、いいんだ、皆まで言わなくても」

「だーかーら! なんで何かを悟ってんだよ! おかしいだろうがー!」

 

 

 そう言って、 呆れたように首を振るナリタブライアン先輩にうがー! と声を上げるヒシアマゾン先輩。

 

 ヒシアマ姉さんや、もっと突っ込むところあるでしょう? 私がヌイグルミ扱いされてるところとか、ほら?

 

 しかしながら、妙にナリタブライアン先輩が私を後ろから抱えている絵面が違和感が無いのかそう言った突っ込みはヒシアマ姉さんからは一切なかった。なんでや。

 

 そうしているうちに、ヒシアマ姉さんはため息を吐くと呆れたようにこう告げはじめる。

 

 

「たく…。まあ、いいか。とりあえずヌイグルミの代わり見つかって良かったな、ブライアン」

「あぁ、これで心置きなく安眠できる」

 

 

 そう言って、ヌイグルミの代わりを見つけてほっこり顔のナリタブライアン先輩。

 

 おい、何にも良くないよ、なんで何にも言わないんですかっ! おかしいでしょうよっ!

 

 ちょっとヒシアマ姉さん諦めるの早くないですかね、めんどくさいからもういいやって感じになってるの丸わかりなんですけど、なんでそんなに雑なんですかね。

 

 ちなみに、ミホノブルボン先輩達には既にナリタブライアン先輩から話を通しているらしい。

 

 姉弟子よ、もうちょっと貴女からも何か言う事はなかったのですか? いや、坂路をもっと増やしたいとかは聞いてないです。

 

 確かに私の扱いが雑なのは、今に始まった事ではないですけれども!

 

 こうして、私はナリタブライアン先輩のヌイグルミ代わりとして彼女の寝室にて抱かれたまま寝るという事になってしまった。

 

 昼間はキツイトレーニングをこなし、そして、夜はナリタブライアン先輩の抱きヌイグルミ役。

 

 私に安住の地は果たしてあるのだろうか。

 

 やたら頭の上に当たる胸、そして、背後からナリタブライアン先輩に抱かれたまま、パジャマ姿の私は疲れからか一瞬で眠りに落ちた。

 

 一癖も二癖もあるトレセン学園の先輩達とこうして関わりながら、私はいろんな経験を積んで成長していくのだろう。

 

 

 そして、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が激突する皐月賞を迎える前に私のOP戦がいよいよ、近づいてきた。



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OP戦

 

 

 

 

 いよいよ、一週間に迫ってきた私のOP戦。

 

 坂路を爆走する私は変わらず義理母から厳しい檄を受けながらそこに向けて調整を行なっている真っ最中だ。

 

 足にはなんの問題もない、坂路もグングンと登れる。だが、しかし、相変わらずアホみたいにキツいトレーニングなのは変わりはない。

 

 手足に重石を着けて、負荷を掛けるこの坂路はまさに地獄の特訓だ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…きっつぅ…」

 

 

 坂路を登り切った私は思わず、膝に手をつき、溢れ出てくる汗を拭う。

 

 OP戦が近づいている今の仕上がりで言えば、どこのウマ娘よりも私は積んでいる自信はあった。

 

 義理母もミホノブルボン先輩もいるこのアンタレスの特訓は桁違いのキツさだ。

 

 これに勝る特訓を組んでるウマ娘がいるなら間違いなくそのウマ娘は基地外じみた奴に違いない。というより、それは明らかにこちら側のウマ娘だろう。

 

 

「さあ! もう一本ッ!」

「はぁ…はぁ…。はいッ!」

 

 

 義理母の言葉に私にも気合いが入る。

 

 強者とは1日にして成らない、積み重ねこそが強者を作るのである。

 

 だからこそ、私は食らいついていくしかない、楽したいし、アホみたいに重なる特訓からも逃げたいが、そこからは何も生まれないのだ。

 

 やるからにはやるしかない、今、私は迫り来るOP戦に燃えていた。

 

 そして、昼間はこうして、特訓をこなして、夜は風呂で疲れを取る。ご飯もよく食べ、身体に筋肉をつけるのだ。

 

 就寝時には、ナリタブライアン先輩の抱き枕として布団に入り、仕方なく抱擁されたまま眠りにつく。

 

 これが、私の最近の過ごし方だ。

 

 朝起きたらブライアン先輩から豊満な胸を顔面に押し付けられ窒息し掛けたりすることも多々あるけれど、そんなもの今では地獄のトレーニングに比べたら些細な事に過ぎない。

 

 しかも、そのお礼とばかりにナリタブライアン先輩も私の併走に付き合ってくれたりもしてくれるので、むしろ、WINWINな関係と言えるだろう。

 

 むしろ、私はヌイグルミ代わりにされている分、安眠があまりできてないような気がするけれど、気のせいだと思いたい。

 

 

 そうして、私はOP戦を万全な仕上がりで迎える事が出来た。

 

 しかも、一枠一番。これはかなり有利、先頭を取りに行きたい私としては願ったりかなったりだ。今回のレースは前回より少し伸び、1800mのレース、十分、私の射程圏内だ。

 

 パドックを迎え、私はいつものように颯爽と鍛えに鍛えあげられた身体を観客の皆にアピールするために壇上に上がる。

 

 

「1枠1番 アフトクラトラス」

 

 

 バサリッと身に纏っていた黒いマントを取り観客の前に堂々とレース着を披露する私。

 

 ちなみに普通はジャージを上に羽織り、それを脱いで披露するのであるが、この漆黒のマントはウチの義理母のお手製のマントだ。

 

 なんでも、OP戦で私を皆により印象つけるのが目的だとか、わざわざそんな事をせずともデビュー戦で別の意味で有名になったんですけどね私。

 

 そして、黒いマントを脱いだ途端、観客から声が上がった。

 

 

「おいおいおい、マジか…!」

「以前も凄かったが、それよか格段にすごい身体してんぞ!」

「てか、胸も前よりデカくなってないか! あれ!?」

 

 

 うんうん、反応は上々である。

 

 おい、最後のやつ、お前どこ見てんだ。顔面吹き飛ばすぞ、こら。こちとら牛乳たくさん飲んで身長伸ばそうと頑張ったんやぞ!

 

 まあ、そんな私の努力なんて、微々たるものなんですけどね、ちなみに身長はちょこっと伸びた2mmくらい。

 

 それ以上に1cm胸がデカくなりました、普通逆だろ、どこに栄養いってんだ。

 

 そんな私の登場に実況席に座る馴染み深い大接戦ドゴーンのアナウンサーと解説からも声が上がる。

 

 

「黒いマントを脱いだアフトクラトラスですが、流石は爆速暴君というだけのことはあるでしょうか」

「暴君というより青鹿の綺麗な髪が映えて、青い魔王という表現がしっくり来ますよね」

「そうですね」

 

 

 そう言いながら、パドックを終えて、ゲート前にテクテクと歩いていく私をカメラで追いながら話をする実況席の二人。

 

 そんな中、私はレースに向けての軽いアップと準備体操に入る。

 

 この日を迎える前に鍛えに鍛えた足に身体、仕上がりも問題ないし、枠番もかなり良い。

 

 そんな中、私に声をかけてくるウマ娘が一人いた。

 

 

「はーん、アンタが噂のアフトクラトラス?」

「…ん?」

 

 

 そう言いながら、近づいて来たウマ娘の顔に視線を向ける私。鹿毛の長い髪を後ろに束ね、見た感じいかにも気が強そうなそんなウマ娘だった。

 

 ほうほう、今日の対戦相手になるウマ娘ですかね? レース前に何の用なのか。

 

 ついでにそのウマ娘の身体を一望してみる。だが、私はそのウマ娘の身体を見て、内心、鼻で思わず笑いそうになってしまった。

 

 そんな中、視線の先にいる長い鹿毛を後ろに束ねたウマ娘はニヤニヤと笑みを浮かべてアップをする私にこう話をし始めた。

 

 

「爆速暴君だっけ? 私はルージュノワールってんだけどさ、アンタに負ける気はさらさら無いから。大人しく私の背中でも見て必死こいてついて来なよ、田舎者」

 

 

 と、私に対して安い挑発を繰り出してくる。

 

 ほうほう、こやつ煽りよる。私は思わず笑いそうになるのを堪えて、ニッコリと笑みを返してあげた。

 

 その度胸は買ってやろう、いや、むしろ嫌いではない。とても好感が持てる。

 

 勝負の世界では勝利が必ず求められる。

 

 こうやって相手を威嚇することで自分の勝率を少しでもあげようとする努力は、むしろ、素晴らしい事だ。私は正直好きである。

 

 マゾではないですよ、本当ですよ?

 

 だから、私もその煽りに対して全力で応えてあげなくてはいけないだろう。

 

 私はツカツカとルージュノワールと名乗るウマ娘に近寄ると顔を近づけてメンチを切りながら、肩をポンと叩くと一言、ドスの効いた低い声で彼女にこう告げた。

 

 

「おうワレェ、面覚えたけぇのぉ。このレース無事で終わると思うなや」

「……は…っ…?…えっ…?」

 

 

 私のドスの効いた広島風な脅し文句に思わず目をまん丸くするルージュノワールちゃん。

 

 仁○なき戦いをたくさん見てきた私には死角は無かった。ミホノブルボンの姉者! 見といてくだせぇ! ワシャ勝つぞ!

 

 ちなみに英語とフランス語はできないけれど、私は広島弁と関西弁と薩摩語は話せるのだ。どうだ、すごいだろう、え、別に凄くないですか? そうですか。

 

 無様なレースをして、グギギギ、くやしいのう、とは言わない様にしておかねば。

 

 私の異様な威圧感に圧されているルージュノワールちゃん、周りにいるウマ娘達もその光景を見て目をまん丸くしているので、最後に大声で一言こう告げる。

 

 

「わかったら返事じゃ! ゴラァ!」

「はい!」

「すみません! 調子に乗りましたぁ!」

 

 

 そう言いながら、私の側からササァっと散っていくウマ娘達。

 

 あれ? そんなに怖かった?

 

 その私と他のウマ娘達のやり取りの様子を見て、観客席から爆笑しているウマ娘の姿を私は見つけてしまった。

 

 そう、言わずもがな、ゴールドシップである。

 

 アカン、また余計なところを見られてしまったのではないだろうか?

 

 そんな中、観客席からも私の最後のドスの効いた一声が聞こえて来たのか、こんな声がちらほらと上がり始める。

 

 

「おい、あのウマ娘やべーよ…」

「あれ、暴君ってよりヤクザだよな」

「あいつ服下にチャカ持ってるぞ、チャカ」

 

 

 そう言いながら、ザワザワと私の声に反応して声を上げる観客達。

 

 持ってないよ! レースで拳銃なんて使うかっ! アホかっ!

 

 また悪ノリで余計な事をしてしまった様な気がする。観客席で私を眺めている義理母とミホノブルボン先輩の視線が痛い。

 

 はい、ごめんなさい、ちゃんとします。調子に乗りました。坂路は増やさないでくださいお願いします。

 

 ちくしょう、こんな事やってるからゴルシから気に入られちゃうのか、反省しなくては、でも、後悔はしていない。

 

 そんな事をやっている間にゲートインへ。

 

 私はミホノブルボン先輩の様に首の骨をボキリ、ボキリと鳴らし、ついでに、拳の骨を鳴らしながらゲートに入る。

 

 私がそのような事をしながらゲートインをしたものだから、左にいるウマ娘は思わずヒィ! と悲鳴を上げてしまった。

 

 いや、そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか、パフォーマンスじゃないですか! パフォーマンス!

 

 プロレスとかでもよくやるでしょう? あれと一緒なんですよ、やだなぁ、威嚇のためにするわけないじゃないですか。私は真面目なウマ娘なんですよ? ゴールドシップみたいな癖ウマ娘などではないですし、多分。

 

 そうしている間にゲートインも終わり、いよいよ出走へ。

 

 私はいつものように姿勢を低くして、クラウチングスタートから入る。

 

 距離は1800m、前回よりも距離は伸びたが、来年のクラシック完全制覇を目指す私にとってみれば短いものだ。

 

 

 次の瞬間、パンッ! という音と共にゲートが開き、私は足に力を込めて勢いよく飛び出した。

 

 その際、内側に入ってこようとして来たウマ娘と何人か接触したような気はしたが、多分、気のせいだろう。

 

 実況アナウンサーはこれを見て思わず声を上げる。

 

 

「あぁっと! これは凄いスタートを決めたぁアフトクラトラスゥ! 先行争いに入ろうとしたウマ娘を外に弾き飛ばして内に入れさせようとしないっ!?」

 

 

 そう言いながら、声を上げるアナウンサーと観客席からザワザワと声が上がった。

 

 無理矢理、私がこじ開ける形で他のウマ娘の先行争いを終了させたので、私と身体がたまたま接触したウマ娘は弾け飛び、ヨレて後方にズルズル下がるしかなかった。

 

 そして、そうこうしてる間に私はどんどんとスピードに乗り、加速していく、気がつけば後方とは20身差近く離れていた。

 

 しかし、後方にいるウマ娘達は間合いを詰めてこようとはしてこない。

 

 まあ、たしかに1800mのレースだし、残り400mからみんな詰めてくるでしょう。

 

 あれ? 以前もこんな事があったような気がするけれど、気のせいだろうか?

 

 私はグングンとスピードを上げながら後方を改めて確認する。

 

 辛うじて、先程、私を挑発してきたウマ娘であるルージュノワールの姿が見えるような気がするが、それでも12〜15身差離れてるような気がする。

 

 実況アナウンサーは残り400mを切ったあたりで、思わずこのレースに声を上げる。

 

 

「またもやアフトクラトラス一人旅! ついてくるウマ娘は居ません! まだ離す! まだ伸びる! 今、余裕のゴールインッ!」

 

 

 楽々と力を持て余したまま、ゴールを駆け抜けていく私。

 

 それからだいぶ経って、他のウマ娘達も次々とゴールに入ってくる。だが、皆が息を切らしながら膝に手をついていた。

 

 2着はルージュノワールだった、だが、それでも私との差は歴然としてあり、彼女自身も涙を流しながら下を向いていた。

 

 己の不甲斐なさからか、それとも、明確過ぎた私との差からかはわからない。

 

 だが、彼女は少なくとも今後、私と共にレースを走る事はないだろうなと直感がそう告げていた。

 

 

 そんな中、私はある事に気がついてしまった。

 

 

 後続で入ってきた他のウマ娘達の私の見る目が何か恐ろしい者を見るような視線である事を。

 

 それは、明らかに化け物や力の差が歴然としている者を見るような眼差しだ。

 

 だからだろうか、レースを終えたウマ娘達は誰一人として、私には近寄ろうともしなかった。

 

 優勝おめでとうや、すごかったねといった賞賛の言葉は投げかけられる事はなかった。

 

 いや、私自身がそれを望んでいたわけではない、望んでいたわけではないが、勝って当たり前なレースをした事で完全に私は彼女達の心をへし折ってしまったのである。

 

 あと、多分だが、最初にドスの効いた声で脅したのが原因かなとちょっと思ったりした。

 

 ほぼ間違いなく、あれが原因だろう、余計なことをしてしまった、なんであんなことしたんだ私。

 

 私は思わず、拍手を送ってくれる観客席へと視線を向けて、手を振り、笑顔でそれに応える。

 

 

「…やってしまった…」

 

 

 レースに物足りなさを感じながら、私は笑顔を浮かべて静かに呟いた。

 

 その後のウイニングライブも一応行なったが、ファンから熱い声援を送られる中、私は笑顔でキレキレの踊りを披露した。

 

 重石を着けたウイニングライブの特訓がここで役に立った。

 

 おかげでバク転やバク宙を入れたりして、観客を大いに楽しませる事に成功した。あれ? 私、これだけでご飯食べていけるんじゃないかな?

 

 重石が無いと身体がこんなにも軽いとは思わなかった。いや、重石つけて普通はウイニングライブなんかやらないんですけどね。

 

 こんな感じてウイニングライブを踊り切り、私は満面の笑みを浮かべて観客達に手を振り続けながら退場していった。

 

 そんな中、OP戦の勝利を祝ってくれるのは同じチームメイトであるアンタレスの面々と私に縁がある人達だった。

 

 

「おめでとう、アフちゃん!」

「凄かったじゃないか、私と併走した結果がちゃんと出たな」

「おめでとうございます、妹弟子よ」

「ようやった! でかしたぞ!」

 

 

 そう言いながら、暖かく迎えてくれた彼女達の言葉に私は思わず安心したように笑みを浮かべてしまった。

 

 ライスシャワー先輩、ナリタブライアン先輩、ミホノブルボンの姉弟子、そして、アンタレスの他の面々は義理母はそうやって、ウイニングライブを終えた私を待ち構えて祝ってくれた。

 

 私は照れ臭そうに彼女達にお礼を述べる。

 

 

「ふふっ、ありがとうございます」

「よーし! それじゃあ祝勝会やろうぜー!祝勝会! 今日は鍋だ! 鍋!」

「えっ!? バンブー先輩! それほんとですか! やったー!」

「ニンジンジュース、まだ部室に置いてた気はするけど…、また後で買って来なきゃね」

 

 

 そう言いながら、ニンジンジュースについて心配するライスシャワー先輩と鍋で盛り上がるバンブーメモリー先輩達と共に帰路につく私。

 

 どちらにしろ、今日はめでたいデビュー戦からの二連勝目だ。この調子を保って、次の重賞も必ず取ってみせる。

 

 こうして、私のOP戦は物足りなさを感じつつも圧勝という結果に終わった。

 

 勝者は勝ち続けると孤独になる、その言葉の意味を少しだけ理解出来るようなそんなレースだったが、これで私は何の憂いもなく重賞に挑む事ができる。

 

 そして、私のOP戦が終わってから直ぐに、姉弟子であるミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が挑む、クラシック第一弾。

 

 皐月賞の日が着実に迫って来ていた。



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THE LEGEND

 

 

 

 92年 皐月賞。

 

 そのモンスターの名はミホノブルボン。

 

 常識は、敵だ。

 

 ーーー皐月賞が来る。

 

 

 

 いよいよ、今週末に迫ってきたクラシック第一弾、皐月賞。

 

 気合いが入ったミホノブルボン先輩のトレーニングはまさに鬼気迫るものがあった。それは、もちろん、義理母がトレーニングについているからに他ならない。

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 

 おそらくだが、私の知っている知識では現在、トレセン学園で確認できているウマ娘達以外を合わせるとしたら、歴代で七人しか未だに三冠を達成したウマ娘は居ない。

 

 

 勢いの皐月、運のダービー、実力の菊花というのは有名な話だ。

 

 だからこそ、今回の皐月賞はスプリングステークスにて七身差の圧勝をしたミホノブルボン先輩に有利に働く筈だと私は思っていた。

 

 しかし、G1級のウマ娘が揃い踏みするレースを勝つにはそれなりのトレーニングを積まなければ苦戦を強いられる事にもなりかねない。

 

 だからこそ、レース一週間前にも関わらず、鬼のようなトレーニングをミホノブルボン先輩はこなしているのだ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「姉弟子…あまり無理されては…」

 

 

 思わず、私はその凄まじいトレーニングを行う姉弟子であるミホノブルボン先輩を気遣い声を掛ける。

 

 あの凄まじい鬼トレーニングをこなしても何事もなかったかのようにしていた姉弟子がここまで息を切らすのは本当に珍しい。

 

 それだけ、この人と義理母は三冠という称号に魂を賭けているのだろう。

 

 

「まだだ、まだ生ぬるい…、もっと強く」

「よし! ミホノブルボン! あと五本だ! 五本!」

「はいッ!」

 

 

 凄まじい気迫に押されて、私は姉弟子であるミホノブルボン先輩を制止することができなかった。

 

 坂路の申し子であり、完全無欠のサイボーグ。

 

 それが、ミホノブルボン先輩の真骨頂だ。私と同じ遠山厩舎の集大成として義理母の期待を背負っている以上、自分に妥協しないその姿は美しさを感じる。

 

 恵まれた体格ではない身体を壮絶な努力をしたことで補った。そうして、ミホノブルボン先輩は才能あるウマ娘達をねじ伏せてきたのだ。

 

 

 そうして、いよいよ、クラシック第一弾。

 

 歴代の名ウマ娘達がその称号を得た皐月賞の当日を迎える事になった。

 

 ライスシャワー先輩ももちろん、ミホノブルボン先輩と同様に凄まじいトレーニングを積んできた事を私は知っている。

 

 どちらを応援すれば良いか、わからない。

 

 ライスシャワー先輩はスプリングステークスからミホノブルボン先輩へのリベンジを固く心に誓っていた。

 

 泥水を啜ろうと、地を這ってでも勝ちたいと身体をマトさんと共に虐めに虐め抜き、しっかりとこの皐月賞に間に合わせてきた。

 

 だが、この距離に関しても、ライスシャワー先輩の適性距離とはいかない。

 

 何故ならば、皐月賞は2000m、この距離ならばライスシャワー先輩の足よりも爆発的に早いウマ娘はゴロゴロと居る。

 

 ナリタタイセイ先輩、セキテイリュウオー先輩、マチカネタンホイザ先輩、スタントマン先輩など。

 

 それなりに勝利数を重ね、実力のあるウマ娘がずらりと並んでいる。これらを交わして、ミホノブルボン先輩に挑むのはなかなか酷というものだ。

 

 だが、それでも、ライスシャワー先輩はいつものように準備をして、万全の状態で挑もうとしていた。

 

 ライバルであるミホノブルボンを超えたいというその一心で。

 

 

「ライスシャワー先輩」

「アフちゃん…、今日はブルボンちゃんについとかなくても良いの?」

 

 

 ライスシャワー先輩は心配で見送りに来た私にそう告げる。

 

 だが、私は左右に首を振った。確かに姉弟子も気にはなるが、ライスシャワー先輩も私にとってみれば家族のようなもの。

 

 同じチームとして、背中を押してあげたいという気持ちが強かった。

 

 ライスシャワー先輩の黒い一式の勝負服を見ると改めて今日のレースが特別なんだなとそう感じる。

 

 私はライスシャワー先輩にニコリと微笑むとこう話をしはじめた。

 

 

「義理母が居ますので、それより、ライスシャワー先輩、うちの姉弟子は今日は強敵ですよ?」

「ふふふ、知ってるわ」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 勝率が低いのは知っている。だが、クラシックを戦う相手として、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩と走るのを楽しみにしていた。

 

 一か八か、あの背中を捕まえられるかもしれない、それまで止まる気は無いのだと、ライスシャワー先輩は私に告げる。

 

 

「ライバルが居てこそ、強くなれる。そうでしょう?」

「……ふふ、そうですね、ご健闘を」

「えぇ、頑張って来るわね」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は胸を張りゲートへと向かって歩き始めた。私はその背中を静かに見送る。

 

 そして、しばらくして、義理母を横に私の姉弟子である今回の1番人気であるミホノブルボン先輩が姿を現した。

 

 ミホノブルボン先輩は私の側に近寄って来るとニコリと笑みを浮かべる。どうやら、レースに関しては問題なさそうだなと私はゲート入りする前の姉弟子の様子を見てそう思った。

 

 私は肩を竦めると、ミホノブルボン先輩に向かいこう話をしはじめる。

 

 

「レースはどうやら問題なさそうですね? 姉弟子」

「そうですね、今は最高に気分がいいです。早く走りたくてたまりませんよ」

 

 

 そう言いながら、姉弟子は誇らしげに私に語ってきた。

 

 これまで積み上げてきた努力のおかげで、クラシックレースまで走ることができるまでになった。

 

 近未来を感じさせる、まさに、サイボーグという表現がぴったりと似合う。そんな勝負服を身に纏うミホノブルボン先輩。

 

 今日は彼女にとっての晴れ舞台となる1番最初のレースだ。クラシックの主役を取るにはこのレースに勝たなくてはならない。

 

 いつもよりも、ミホノブルボン先輩が私には輝いて見えた。

 

 クラシックレースはウマ娘にとってみれば、走るだけでも名誉あるレースだ。

 

 そのレースに出れる上に1番の期待を背負っている姉弟子を私は誇りに思うし、大好きなのだ。

 

 

「信じてます、頑張ってください」

「はい、…それとアフトクラトラス」

「ん? なんでしょうか?」

 

 

 ミホノブルボン先輩はそう言って、私の頭を優しく撫でると強く抱き寄せるようにして抱擁した。

 

 突然の姉弟子からの抱擁に目を丸くする私。だが、姉弟子のミホノブルボン先輩はしばらく私を抱きしめた後、少し間合いを開けて耳元に近寄る。

 

 そして、彼女は私の耳元でこう告げて来た。

 

 

「貴女が続ける道を、私が作って来ます。努力は報われるんだという事を証明してきます。だから、見届けてください」

 

 

 ミホノブルボン先輩はそう言って、私から身体を離すとゆっくりとゲートに向かい、通路を歩んでいく。

 

 私はそんな、姉弟子の後ろ姿と背中を静かに見つめた。

 

 いつも見ているはずのミホノブルボン先輩の背中が大きく感じる。

 

 そう、これは、私達が今まで積み上げてきたものを証明する戦いだ。

 

 遠山厩舎の集大成として、厳しいトレーニングを組んできたウマ娘が努力と積み上げてきたものだけで挑む大勝負だ。

 

 私は胸が熱くなった。そんな私の心情を察してか、同じようにミホノブルボン先輩の背中を見送る義理母から肩をパンッと叩かれ笑みを浮かべられた。

 

 共にこのレースを見届けよう、義理母が出したかったであろうそういった言葉も口にせずとも私には伝わっていた。

 

 

 静かに枠入りが全て完了し、いよいよ、その時がやってこようとしていた。

 

 そうして、合図と共に慣例のファンファーレがレース場の熱気を上げる。

 

 クラシックとは昔からある伝統的なレースだ。その知名度の高さがよくわかる。

 

 観客達もファンファーレと共に声を上げ相槌を打つ、会場全体が声で揺れていた。

 

 

 第52回、クラシック第一弾、皐月賞。

 

 

 いよいよ発走の時を迎える。

 

 今、ゲートインが終わった各ウマ娘が走る体勢に入る。そして、それと同時に旗を上げる主審。

 

 しばらくして、主審が構えていた旗を振り下ろしたと同時にゲートがパンッ! と一斉に開いた。

 

 その瞬間、一斉にゲートから飛び出すウマ娘達。だが、そんな名だたる実力があるウマ娘の群を割って先頭を取ったのは…。

 

 

「おっと、素早くスタートダッシュを決めてポンッと飛び出したのはミホノブルボン、先頭はミホノブルボンとりました」

 

 

 実況アナウンサーのこの声に、よっし! とガッツポーズを取る義理母。ミホノブルボン先輩の好スタートに思わず喜びをあらわにしていた。

 

 ミホノブルボン先輩の戦い方からすれば、先頭取りは絶対だ。なんといっても逃げの戦法、ミホノブルボン先輩の足についてこれるウマ娘は私くらいなものだ。

 

 そのまま、グングンと加速して、後続との差を開かせるミホノブルボン先輩。

 

 後ろには、ライスシャワー先輩が控えてはいるものの、遠目から見て、その表情はあまり好ましいものではなかった。

 

 やはり距離からか、苦戦を強いられている。

 

 そんな中、進行していくレース。800m付近から後続のウマ娘達も先頭を走るミホノブルボン先輩を捕らえようとその差を詰めにいきはじめた。

 

 本来、レースで逃げの戦法を取るウマ娘は、後続のウマ娘が直線よれよれか後ろが溜め過ぎるかでしか勝てないというものがある。

 

 だが、そんな常識をぶち壊すようなレースを姉弟子であるミホノブルボン先輩は私達の前で思う存分披露してくれた。

 

 

 残り、400m、差を詰めて来る後続のウマ娘達に対して、ミホノブルボン先輩はさらに足を踏み込み、一気に加速して、引き離したのだ。

 

 そして、その差は一瞬にして縮まらない距離にまでなってしまった。

 

 

「なぁ…!?」

「嘘でしょ!! あそこからまた伸びるわけっ!?」

 

 

 後続のウマ娘達は愕然とするしかなかった。

 

 坂路の申し子の足が炸裂する。サイボーグの身体には最早、誰も追いつけることは叶わなかった。

 

 200mを迎えてもなお更に伸びる伸び足、普通なら逃げ戦法をとったウマ娘が失速していても何ら不思議ではない。だが、私の姉弟子は違う。そう、積んで来た地獄のトレーニングの数がそれを可能にしたのだ。

 

 実況も、これには興奮気味に思わず声を上げる。

 

 

「先頭はミホノブルボン! 堂々と五連勝で今ゴールイン! やはり、サイボーグは格が違った! 見事に我々の常識を破壊してくれましたっ!」

 

 

 これには皐月賞を見にきていた観客達も大いに湧いた。

 

 もしかすると、ミホノブルボンは三冠を取るかもしれない、そんな予感をさせる圧勝であった。

 

 当然、ミホノブルボンのその強さを目の当たりにした他のウマ娘達は絶望するしかなかった。

 

 こんな化け物が何故、私達の世代にいるのだと。

 

 だが、怪物と呼ばれる彼女は決して才能があるわけでもなかった。ただ、ひたすらに今日まで積み上げてきただけなのである。

 

 そして、下を向くウマ娘達がいる中でただ一人、皐月賞を取ったミホノブルボンを真っ直ぐに見据えるウマ娘が一人いた。

 

 そう、ライスシャワー先輩である。

 

 観客達から賞賛を受けるミホノブルボン先輩の背中を真っ直ぐに彼女は見つめていた。

 

 

「……ブルボンちゃん…」

 

 

 恵まれない身体、それはライスシャワー先輩とて同じである。

 

 だが、歴然としてミホノブルボン先輩とこのように差があることは彼女には受け入れがたいものだった。

 

 追いつけるはずと思えば思うほど、その差はだんだんと開いていく、ライスシャワー先輩はギリっと悔しさから歯をくいしばるしかなかった。

 

 積み上げてきた努力の量、それが、明確に現れているのだ。

 

 ミホノブルボン先輩は手を観客席に振りながら深いお辞儀をする。

 

 

 G1皐月賞を優勝したウマ娘。

 

 

 それは、私の姉弟子であるミホノブルボン先輩が完勝という結果で幕を閉じることになった。

 

 それから、勝利したミホノブルボン先輩によるウイニングライブが開催された。

 

 普段から、厳しくて鬼のような先輩が今日は主役。

 

 ステージに立ち、歌って踊り、いつもは仏頂面なのに笑顔を時折見せるその表情は私にはとても輝いて見えた。

 

 そんな、ウイニングライブを見つめながら、義理母は笑みを浮かべて、隣にいる私にこう告げはじめる。

 

 

「次は、お前だぞ。アフトクラトラス」

「…はいっ!」

 

 

 私は義理母の言葉に力強く頷く。

 

 ステージに立って踊るミホノブルボン先輩も私を指差して、ウインクをしてきた。

 

 あんなに楽しそうに歌って踊るミホノブルボン先輩は見たことが無いような気がする。私は彼女の妹弟子であることがとても誇らしく感じた。

 

 観客達の声が、ミホノブルボン先輩の歌声が会場を盛り上げる。

 

 

 彼女が駆ける夢はまだ始まったばかりだ。



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アフトクラトラスの一日

 

 

 クラシック第一弾、皐月賞を終えて。

 

 OP戦を終えた私は現在、朝を迎えているわけだが、相変わらず、ナリタブライアン先輩の抱き枕ならぬ、抱きヌイグルミにされている。

 

 寝る際は薄着のナリタブライアン先輩。

 

 パジャマを着る派の私としてはちゃんと服着てほしいと毎回思うのだが、風呂場でも前を隠そうともしない彼女に言ったところで無駄だろうなともう諦めていた。

 

 抱きヌイグルミ扱いをされている私のメリットと言えば、頭に乗っかってるナリタブライアン先輩の柔らかい胸を揉み放題というところくらいだろうか。

 

 それなら、自分の揉んでた方が早いという話、自分の胸揉んでも何にも得はないので、それなら何にもしないのが1番である。

 

 

「んー…」

「…動けぬ」

 

 

 身動きができない私に、綺麗な足を絡めてくるナリタブライアン先輩。

 

 もう色々と悟った私はヌイグルミに徹している。

 

 まあ、私が散々言ったので優しくナリタブライアン先輩は抱擁して寝てくれているので特に問題はない。

 

 こうして、私の1日は始まる。

 

 

 

 さて、こんな風にいつものように朝を迎えた私は髪の手入れをし、午前中は同級生達のいるクラスに授業を受けに向かう。

 

 レース一週間前や、チームの事情次第ではこの授業というものも公欠ができ、トレーニングや特訓が行う事はできるのだが、OP戦を終えた今、私には特に公欠する理由も見当たらないのでこうして授業に出るのだ。

 

 トレセン学園って事をたまに忘れちゃいますよね、周りの環境を見てみれば、私にとってみればここは軍隊養成所みたいなものだし。

 

 私は授業を受けながらペンを指で遊ばせつつ、ノートに授業の内容を書く。

 

 

「えー、鎖国が終わり、日本で初めてウマ娘のレースが行われたのが1860年ごろになります、この当時、日本では…」

 

 

 そう言いながら、私達に授業をしてくれるトレセン学園の先生。

 

 いや、その知識は果たしてレースに必要なんだろうかと思いつつも、個人的には勉強になるのでノートを取りながら話を真剣に聞く。

 

 そして、一通り授業が終わり、休み時間。

 

 私の周りにはネオユニヴァースことネオちゃんとゼンノロブロイこと、ゼンちゃんが集まって来ていた。

 

 話す内容は、やはり最近のレースの事だろうか、OP戦も無事に終わった私は次は重賞戦に挑む事になるのだが、他の二人は果たしてどうなのかは純粋に気になるところである。

 

 まず、私の話を聞いて、驚いた声を上げたのは鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねているネオちゃんだった。

 

 

「えーっ! アフちゃんOP戦余裕だったのぉ!」

「いえーい、ピースピース」

「いいなぁ…私やネオちゃんはまだ早いって言われてて、もうちょっとかかりそうなんだよね…」

 

 

 そう言いながら、二人は私がOP戦をトントン拍子で勝っていた事に驚いている様子だった。

 

 何故だか、皆から化け物を見るような目を向けられたんだよねぇ、失敬な。私はこんなにコミュ力高いのに! もっとちやほやされて然るべきなんだよ!

 

 まあ、私が仁○なき戦いみたいにドス効いた脅しかけたもんだからああなったとは思うんだけれど。

 

 ちなみにネオちゃんはスタイルが良い、身長も170cmくらいあって、胸もそれなりにあり、まるでモデルさんみたいである。

 

 私とゼンちゃんは…、皆まで言うでない、自覚はあるのだ、自覚は。

 

 さて、そんな他愛の無い談笑をしながら私達は休み時間を過ごす。

 

 

 そうして、授業を終えて待ちに待ったお昼。

 

 たくさんのウマ娘達が食堂に溢れかえる中、私はトレーを持って、オグリ先輩を探すとその正面に腰を下ろす。

 

 やはり、トレセン学園の食堂名物であるオグリ先輩のパクパク食べる姿は可愛いので、昼間は彼女の前に座ると決めているのだ。

 

 オグリ先輩は正面に座る私に目をまん丸くしながら、ご飯を口に運んでいる。

 

 そして、正面に座る私にオグリ先輩はご飯を飲み込むとこう話をしはじめた。

 

 

「また君か、何故、私の前に座るんだ」

「まあまあまあまあ」

「いや…まあまあと言われてもだな……んっ?」

 

 

 私はそう言いながら、オグリ先輩の前にすっとある物を置く。

 

 そう、それは、バイキング食べ放題のチケットとニンジンの詰め合わせセットである。それを目前に置かれた瞬間、オグリ先輩の目つきが変わった。

 

 ふはははは、私が何の策もなしにオグリ先輩の前に来るとでも思ったのかね、貢ぎ物さえあれば何の問題もないのだよ。

 

 オグリ先輩は左右を確認しながら、私の顔を確認する。

 

 すると、私はニッコリと微笑みながら頷き、オグリ先輩にこう話をしはじめる。

 

 

「こげんな物しかありもはんが、懐に入れてたもうせ」

「いや…、私は…その…」

「なんばいいよっとかぁ、涎がでとるがね、気にせんでもよかよか!」

 

 

 そう言いながら、何故か薩摩語でオグリ先輩を言いくるめに入る私。

 

 オグリ先輩は地方の出と聞く、こんな風に薩摩の田舎っぺ感を私が醸し出しておくことで彼女に親近感を持ってもらおうという作戦だ。

 

 いやぁ、薩摩語検定一級持ってて良かった! こんなところで役に立つなんて! え? そんな検定無いって?

 

 とはいえ、こうして、オグリ先輩に賄賂も渡せた事だし、今後もお昼はオグリ先輩がパクパクご飯を食べるところを眺めるのを独り占めできるという訳だ。

 

 そんな、私が提示する賄賂に対して、オグリ先輩は涎を垂らしたまま、仕方ないと言った具合にこう話をしはじめた。

 

 

「よ、よし…、ならありがたく頂く…」

「それじゃ、今後ともお昼はご一緒させてくださいね♪」

「むぅ…致し方ない…。こんな風にされては私も駄目とは言えないだろう」

 

 

 そう言いながら、オグリ先輩はシュンっと耳を垂らして妥協するように私に告げてきた。

 

 これは交渉なのである。断じて賄賂を使っての買収なのではない、交渉なのだ。

 

 しかしながらオグリ先輩は相変わらず可愛い、マスコット的な可愛さがあるなぁと私はしみじみ思った。

 

 そんなオグリ先輩とほのぼのとしたやりとりをしつつ、私はオグリ先輩の食べる姿をニコニコと眺める。

 

 

 そんな中、食堂のテレビではCMが流れていた。

 

 それは、今週始まるであろう天皇賞(春)のCMだ。私は昼ご飯を食べながら、そのCMに目を向けていた。

 

 天皇賞(春)、それは、いわば、ステイヤーと呼ばれるウマ娘達がしのぎを削り合う頂上決戦。

 

 菊花賞の3000mよりも長い、3200mという距離をスタミナ自慢の猛者達が制する為に集結するレースだ。

 

 その中でも、注目を受けているのが…。

 

 

 天皇賞(春)。

 

 メジロマックイーン、親子三代制覇。

 

 絶対の強さは、時に人を退屈させる。 

 

 

 

 チームスピカ所属、ステイヤーの絶対王者メジロマックイーン先輩である。

 

 そう、メジロ家の家系で歴代の天皇賞を取ったウマ娘のメジロアサマ、そして、その娘であるメジロティターン。

 

 そのメジロティターンの娘であるこのマックイーン先輩は前回の天皇賞(春)を勝つことにより親子で三代に渡り、天皇賞(春)を制覇した偉業を打ち立てたのである。

 

 長年に渡り受け継がれたステイヤーの血筋、だが、私は知っている。メジロマックイーン先輩があんな風なお嬢様ではないことを。

 

 だいたい、サンデーサイレンスという気性がすこぶる荒い海外ウマ娘と仲良しな時点でもうお察しなのである。

 

 さて、そんな中、今回、メジロマックイーン先輩の天皇賞(春)の連覇がかかっているインタビューが行われているのであるが。

 

 

『マックイーンさん、今回のレースの意気込みは…?』

『いつも通り、由緒あるメジロ家の一人として華麗なレース運びを見せてさしあげますわ』

 

 

 そう言いながら、芦毛の綺麗な髪を片手で靡かせるメジロマックイーン先輩。

 

 私は思わず、メジロマックイーン先輩のそのセリフに吹き出しそうになり、ゴホゴホとむせてしまった。

 

 さて、何故、私がここでメジロマックイーン先輩のレース前のコメントにむせ返ったのかご説明しよう。

 

 トレセン学園でのメジロマックイーン先輩伝説。 

 

 

 其の一。

 

 坂路トレーニングの際、ブチ切れて、トレーニングトレーナーを血だるまにする。

 

 其の二。

 

 うっぷんバラしに宿舎の天井をぶち抜いた。

 

 其の三。

 

 真面目というより、だいたいレースはしょうがねぇから走ってやるよといった具合。

 

 其の四。

 

 表彰式でキレて、トレーナーさんをど突く。

 

 其の五。

 

 トラックで置いてきぼりにしたトレーナーにパロ・スペシャルを掛け悲鳴を上げさせる。

 

 

 などなど、あの人のまつわる逸話は割とあるという。

 

 真の姿を果たして知っているのはこのトレセン学園で何人いるのか、少なくとも私は把握していた。

 

 もしかしたら、似たところがあるゴルシちゃんも知っているかもしれない。

 

 あの人がお嬢様と言いながらハーレー乗ってサングラスを頭にかけて、木刀担いでヒャッハーしている姿を容易に想像出来てしまうから不思議だ。

 

 さて、そんなお嬢様という名の世紀末ヒャッハー家系の創造主の一人であるメジロマックイーン先輩だが、今回、連覇をかけて天皇賞(春)に出走予定だそうで、実に楽しみなレースになることは間違いないだろう。

 

 お前も似たようなものだろうですって? うーん、最近、自分の行動を振り返ると言い返せないから不思議ですねー(目逸らし。

 

 思わず、テレビのCMで笑いが出そうになって、むせ返る私の背中をオグリ先輩が優しく摩ってくれる。

 

 

「おい! だ、大丈夫か?」

「ゲホゲホ、はぁ…はぁ…、だ、大丈夫です」

 

 

 私は息を整えながら、オグリ先輩に笑顔を浮かべてそう告げる。

 

 よーし、どうせだし、天皇賞(春)でメジロマックイーン先輩の応援でも行こうかな。

 

 みんなでヤンキーファッション全開で応援団作るのも面白そうだ。

 

 皆に特攻服着せて、団旗持たせて応援するのも面白いかもしれない、多分、話したらゴルシちゃんあたりが面白がって賛同してくれるのは明白だ。

 

 こういう事をすぐに考えつくから、私はゴルシちゃんに気に入られるんだろうなぁ。

 

 メジロマックイーン先輩の応援団という名のヤバい愚連隊がすぐに出来そうだなと思ってしまった。

 

 うーん、由緒あるメジロ家とは一体、修羅の一族かな?

 

 さて、こうして、昼食をオグリ先輩と食べ終えた私は昼からはいつも通り、鬼トレーニングの無限ループに入る。

 

 

 坂路を登り、筋力を鍛え、さらに坂路を登り、坂路で併走追い込みをし、重石を手足に付けたまま地獄のウイニングライブ。

 

 これを、毎回繰り返し行うのである。

 

 最近では、どデカイタイヤを引きずりながら、手足に重石を付けて、そのまま坂を登りきるというキチガイじみたトレーニングもやり始めた。

 

 根性と気力と精神力でこれらを乗り切るのだ。

 

 身体の限界? 関係ないからとばかりに夜になるまで行われる義理母主導のトレーニングはまさにスパルタである。

 

 バクシンオー先輩やタキオン先輩も一度、私達のトレーニングに参加したことがあるのだが…。

 

 

『ごめん、無理。私、優等生だけど、これは無理』

『非効率であまりにもオーバーワークだ。ぶっちゃけるが死んでしまうぞこのトレーニング』

 

 

 という、辛口コメントを頂きました。

 

 うん、そうだよね、私もそう思うもの。

 

 けれど、このトレーニングは義理母の考案とオハナさんがアドバイスを入れた事により、ギリギリ、故障も発生せず死なないラインのトレーニング仕様となっている。

 

 それでもギリギリラインである。ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩なんかは喜んでこなしているが、あの人達が単に化け物なのだ。

 

 あの、バンブーメモリー先輩も今ではギリギリついていけてるが、このトレーニングについていけてる事自体が、本当にすごいと私は思う。

 

 こんなトレーニングをしているものだから、アンタレスはヤバいという事が学園内で広まるのも思わず納得してしまう。

 

 楽しい学園生活を送りたいウマ娘、学園で思い出を作りたいと思っているウマ娘にはアンタレスはおススメしない。

 

 ここは、学園というより、軍隊養成所なのだ。

 

 ですから、楽しく過ごしたいウマ娘はリギルやスピカを強くお勧めします。

 

 

 筋肉大好き! というウマ娘の貴方、結構。ではアンタレスがますます好きになりますよ。 

 

 さあさどうぞ。坂路のサイボーグモデルです。快適でしょう? 

 

 んん、ああ仰らないで、坂路トレーニングだけ? いえいえ、レパートリーは日に日に増えていきますので何の問題もありません。 

 

 芝の平地やダートなんていう楽なトレーニングがあるわけがない。 

 

 筋力トレーニングもたっぷりありますよ、どんな貧弱な方でも大丈夫。どうぞ義理母に指導してもらって下さい、いい音でしょう。 

 

 悲鳴の声だ、トレーニング量が違いますよ。 

 

 

 少なくとも、アンタレスでの私はだいたいこんな感じである。悲鳴なんてキツさのあまり身体から口からいくらでも出てきますとも。

 

 そうして、夜は風呂に入り、身体中に溜まった疲れを癒す。

 

 多分、お風呂なかったら私はもうこの世に居ないと思う。それくらい、この大浴場に救われてきた。

 

 お風呂というのは偉大な文化ですね! 考えた人は天才です。

 

 そして、風呂を終えた私は夜食を食堂でとると、夜はナリタブライアン先輩の寝室でヌイグルミになるわけだ。



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東北の英雄

 

 

 

 皆さんはダートを駆けるウマ娘についてご存知だろうか?

 

 現在、私は地方のレース場にきているのであるが、それは、ある理由があった。

 

 なんと、チームアンタレスに新たに入りたがるウマ娘がこのレース場にいるらしいのである。

 

 話を聞いた時は正気かよ、と思ってしまったがどうやらほんとの話らしい。

 

 このレース場で走っているという情報を聞いて、ライスシャワー先輩と共にやってきているのであるが…。

 

 

「フェブラリーステークスを走れるウマ娘…ですか…」

「確かにウチはダートウマ娘は居ませんもんね」

「そうね、だから今回のウマ娘の加入はチームとしてはすごく大きいと思うの」

 

 

 そう言いながら、私に微笑みかけてくるライスシャワー先輩。うん相変わらず天使である、可愛い。

 

 さて、ダートというのは日本のG1ではクラシックほどの注目はされていない。

 

 土と芝、走るレース環境がそもそも違うのであるが、このダートというのは甘く見られがちである。

 

 普通、走るんなら芝だろと思っている方もたくさんいるかもしれない。だが、このダートこそが、なかなか凄いレースが盛りだくさんなのである。

 

 何故か? それは、日本ではなく海外に目を向ければ一目瞭然である。

 

 鎖国後の日本はイギリス洋式のウマ娘のレースをモデルに発展してきた。

 

 そして、今のクラシックと呼ばれる歴史のあるレースはその積み重ねにより出来上がったレース。

 

 だがしかし、アメリカのレースの基本はこのダートなのである。

 

 私が、初めてルドルフ会長にあった時に憧れているウマ娘の名前を言ったのを覚えているだろうか?

 

 

 セクレタリアト。

 

 アメリカ三冠を始めとした数多くの大記録を打ちたてたアメリカ合衆国を代表するウマ娘である。

 

 バテないスタミナや、ウマ娘離れした筋肉とバネのある独特のフォームから繰り出される爆発的な加速力は等速ストライドと呼ばれた。

 

 セクレタリアトはレース展開によって2種類のストライドを使いこなしていたとされている。

 

 あだ名はビックレッドと呼ばれ、彼女の代表的なレースといえば、やはり、米国三冠の最終戦であるベルモントステークスだろう。

 

 なんと、2着のトワイスアプリンスに31身差も離し、三冠を達成したのである。

 

 40年以上経過した2018年の現在でもダート12ハロンの世界レコードとされている彼女の持つレコードはもはや更新不可能といわれることも多い。

 

 さて、このアメリカを代表する怪物であるが、主戦場としていたレースは果たしてなんだったのか?

 

 そう、ダートなのである。米国ではダートが主戦場なのだ。

 

 何故、芝が少ないかとされているかというと多分、西部劇などでよく見る開拓時代にウマ娘達が走っていたのが土が多かったからではないか? という風に私は思っている。

 

 詳しい話はよくはわからないが、米国のレースのルーツはこのダート、つまり、ダートレースがより注目されるのである。

 

 ちなみに賞金額が半端ない。

 

 特にウマ娘のレースで世界最高賞金額を誇るペガサスワールドCなどは総賞金1,200万ドルだ。

 

 ようは、日本のダートウマ娘は下手をすれば日本のどのウマ娘よりも大スターになれる可能性を秘めているのである。

 

 私はスマートファルコン先輩が地方周りをしてると聞いてたので、リギルのオハナさんにその話をしてあげたところ、血相を変えてスカウトに飛び出していったのは記憶に新しい。

 

 ダートウマ娘とはすなわち、アメリカン・ドリームの塊なのだ。

 

 ちなみに、たまにだが、芝もダートも両刀でいけるウマ娘も稀にいるとか、エルコンドルパサー先輩なんかも多分、その口だろう。

 

 レズとかホモとかそういう話ではないですよ? 違いますからね?

 

 話は逸れてしまったが、ダートレースというのは日本は地方が割と力を注いでいる。

 

 日本にも、ペガサスワールドCみたいに馬鹿げた賞金額のダートレースができれば盛り上がるのにね? と私は個人的に思ったりしてる。

 

 しばらくして、そのウマ娘との待ち合わせ場所に到着した私達は辺りを見渡し、待ち合わせをしていたウマ娘を探す。

 

 

「えーと…、多分、待ち合わせはここだと思うんですけど」

「どこですかね?」

 

 

 そう言って、辺りを見渡す私とライスシャワー先輩。土地勘が私達は無いのでスマートフォンを使い現在地を把握しながら、待ち合わせをしていたダートウマ娘を探す。

 

 すると、しばらくして、栗毛の綺麗な髪を赤いカチューシャで留め、靡かせている飄々とした雰囲気のウマ娘が私達の前に現れた。

 

 独特な雰囲気のある彼女はニコリと微笑みながら私達に話しかけてくる。

 

 

「やぁ、君達が待ち合わせの2人かい?」

「えっ? あ…は、はい、そうですが貴女は…」

「御察しの通りだよ、私が待ち合わせをしていたウマ娘さ」

 

 

 そう言いながら、彼女は肩を竦めて顔を見合わせる私達に告げる。

 

 彼女が何者か、それは、彼女は地方競馬において英雄として名を轟かせているところを聞けば察しのいい方は気づいている方もいるかもしれない。

 

 

 フェブラリーステークス

 

 英雄は東北から来た。

 

 日本ウマ娘史上ただ1人、地方から中央を制したウマ娘。

 

 メイセイオペラ、栗毛の来訪者。

 

 時代は外から変わっていく。

 

 

 そう、彼女は東北の英雄、メイセイオペラさんなのだ。彼女の活躍は地方でありながら、トレセン学園でも話題によく上がっている。

 

 飄々としながらその雰囲気とは裏腹に、東北出身の英雄としての看板を背負っている彼女には、口では言い表せない圧力というものが備わっている。

 

 しかし、私にはわからない事があった。

 

 確かにウチのチームにはダートウマ娘はいないのだが、地方でこれだけ名が売れているのにわざわざアンタレスにメイセイオペラさんが来たがる意味である。

 

 

「何故ウチのチームに…、他にもスピカやリギルという選択肢もあったと思うんですけど」

「うーん、チーム選びを迷ってもしゃあねぇべって思ってね。そっだことより、にしゃがおもしぇと聞いたもんでなぁ」

「え…っ?」

 

 

 そう言って、私に向かいニコリと笑みを浮かべて告げるメイセイオペラさん。

 

 いや、確かに色んな意味でみんなからは良く絡まれてはいるけれど、そんな理由で所属チームを決めるとは。

 

 そういう決め方をされるとは予想外だった私は目をまん丸くしながらライスシャワー先輩の顔を見る。

 

 ライスシャワー先輩は私に困ったような笑みを返してくれた。

 

 そうですよねぇ、私もおんなじ意見です。

 

 言わずもがな、伝わる。そう、何も知らないメイセイオペラさんがウチのチームのやばいトレーニングを見てどんな風に思うのか、想像するのは容易い。

 

 だが、アンタレスといえど、チームトレーナーのほかにトレーニングトレーナーが居るのでバクシンオー先輩やタキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩のように私の義理母が見ないという所属の仕方ももちろんある。

 

 ダートに関してはそれこそ、専門のトレーナーの方が良いだろうし、そう考えるとメイセイオペラさんがウチのチームに来るというなら多分、大丈夫だろうとは思う。

 

 血迷っても、私やミホノブルボン先輩のトレーニングをさせてはいけない(戒め)。

 

 彼女には学園生活を満喫してほしいのだ。

 

 私なんてしょっちゅう筋肉痛で学園生活を満喫どころじゃないからね、もう慣れましたけども。

 

 しかし、地方にも広まっている私の悪名、絶対原因はゴルシちゃんだろうな、間違いない。

 

 あの娘、どんだけ言い回ってるんだよ! いや、多分、それ以外のウマ娘も言って回ってるんだろうなぁ。

 

 もう、訂正する気も起きない、そうです、私がトレセン学園の誇る青いコアラのド○ラ枠です。

 

 すると、メイセイオペラさんは慌てたように顔を真っ赤にして私とライスシャワー先輩にこう告げはじめる。

 

 

「やんだおら。出来るだけ標準語を話そうとしてたんだがね。 まだ、慣れてないもんで」

「そんな無理しなくても…」

「あはは、あまり訛っていてもコミュニケーションが取りにくいだろう? うん、徐々に慣れていかないとね」

 

 

 そう言いながら、照れ臭そうに話すメイセイオペラさん。

 

 とりあえず、彼女はウチのチームに転入という形で所属する事になった。これで、ウチには各レースにスペシャリストが揃い踏みする事になる。

 

 私は訛ってた方が可愛いと思うんだけどなぁ、薩摩語検定一級(自称)と広島弁検定一級(自称)、関西弁検定一級(自称)の私が言うのだから間違いない。

 

 一応、メイセイオペラさんは米国進出を視野に入れて、今年は国内ダート路線を制覇に動く事になる。

 

 これがもし、実現し、米国のダートG1を制覇したりすれば地方ウマ娘による海外ダートG1制覇というロマンに満ち溢れた偉業になることだろう。

 

 私もダートの走り方練習しようかな…、そして、ペガサスワールドCを優勝して賞金を使って豪遊三昧の生活をするのだ。

 

 可愛い水着で南国の島でバカンス、何という最高な生活だろうか。

 

 私はそんな想像を膨らませながら、ぐへへっという下品な笑いがつい出てしまう。

 

 だが、現実は非情である。今の私はクラシック路線まっしぐらなので、メイセイオペラさんにダートの走り方を教わるのは後になるだろう。

 

 それから、しばらくして、メイセイオペラさんをトレセン学園で私達は迎い入れる事になった。

 

 もちろん、トレセン学園を案内する役は1番年下の私の役目です。

 

 そして、トレセン学園の余計な豆知識をメイセイオペラさんに吹き込む私。

 

 具体的にはスピカに所属しているダイワスカーレットちゃんはおっぱいが大きいことを始め、リギルのチームトレーナーであるオハナさんがどれだけ大天使なのか、そして、スピカのトレーナーさんがどれだけ聖人なのかという事をオペラさんに教えてあげた。

 

 これは常識である。そしてウチは地獄の黙示録という事も教えておく。

 

 それは、遠山式軍隊トレーニングをすればよくわかるのだが、オペラさんみたいな良いウマ娘を私は地獄に引きずりたくないので敢えてオブラートに包んで話した。

 

 そうして、現在、私はオペラさんを連れて食堂の案内をしている最中である。

 

 

「この食堂の名物はオグリ先輩と言いましてね、たくさんご飯を食べるところが可愛いんですよー」

「ほうほう」

「トレセン学園の食堂は料理が非常に豊富なので、オペラさんも満足していただけるかと」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて、食堂の説明をオペラさんにする私。

 

 ここはある意味癒しの空間なのである。たまに見かけるスペシャルウィークことスペ先輩もよく食べている光景をよく目にするのだが、あんなによく食べれるものだと感心する。

 

 私なら多分、トレーニングの最中にゲ○吐いちゃうな、やはり、アスリート的な意味で食事はバランスよく食べるのが1番である。

 

 そんな中、食堂の案内をし終えて、トレセン学園の廊下に出る私とオペラさん。

 

 すると、そこであるウマ娘とばったりと遭遇してしまう。

 

 

「おー! アフちゃんじゃーん! この間のOP戦、流石だったなぁー! おい!」

「いいですか? オペラさん、関わってはいけないウマ娘とはこの娘の事です」

「…肩組まれて随分と親しそうだけんど?」

 

 

 親指で私に馴れ馴れしく肩を組んでくる遭遇したウマ娘ことゴールドシップを差しながら告げる私。

 

 しかしながら、そんな事は御構い無しにゴールドシップは私の肩をしっかりと組んだまま頬ずりまでしてくる始末。

 

 これにはオペラさんも苦笑いを浮かべてそう突っ込む他なかった。

 

 そんな中、私は冷静にこのゴールドシップについて何が危険かをオペラさんに説明しはじめる。

 

 

「いいですか? このゴルシちゃんは気性の荒さはあのマックイーン先輩同様にすこぶる凄くて特技がプロレス技というとんでも…」

「おー…お前またおっ○い大きくなったな」

「と、こんな感じに私のおっぱ○を何事も無いように鷲掴みにするとんでもない奴なんです」

「冷静に説明してくれるのは有難いだけんじょ、そこは突っ込んだがよくねぇべか?」

 

 

 そう言いながら、たゆんたゆんと私の胸を背後から揺らしてくるゴールドシップとのやりとりを見て苦笑いを浮かべるオペラさん。

 

 わかってるんですよ、この人はいつもこんな感じなんで突っ込むと疲れちゃうでしょう? 疲れるのは義理母の鬼調教だけで充分なんですよ。

 

 そんな中、しばらくゴルシちゃんに胸を遊ばれた私はチョップを入れて止めさせると、冷静な口調でこう話をしはじめる。

 

 

「ゴルシちゃん、私は今、オペラさんの案内で忙しいのですが」

「えー! あ、なら、私も案内手伝ってあげようか? ん?」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の肩をポンと叩くゴールドシップ。いやいや、お前さんいつからそんなに慈悲深くなったのかな?

 

 何かまたロクでも無い事でも考えついたに違いない、私はオペラさんを守る使命がある。

 

 にこやかな笑みを浮かべているゴールドシップに対して、私は冷静にかつ丁寧にこう話をし始めた。

 

 

「んー…貴女がですか? ほら、貴女は午後からトレーニングがあるでしょう」

「んなもんサボる」

「私の義理母がトレーナーなら、その発言聞いた途端ぶっ殺されますよ貴女」

 

 

 そう言いながら、信じられないような言葉を発するゴールドシップに突っ込みを入れる私。

 

 そんなもん、私だってやってみたいわ! どんだけ聖人なんですか! チームスピカのトレーナーさん! 私は逃げた日には坂路が倍に増えてトレーニングもエゲツなくなるというのに!

 

 チームアンタレスなら到底考えつかないような事をさらっと言ってのけるゴールドシップに私は顔をひきつらせるしかなかった。

 

 

 それから、仕方ないのでゴールドシップを交えて、オペラさんに私は学園内の案内を引き続き行なった。

 

 途中、何故か広間の芝の上で昼寝をしていたヒシアマ姉さんことヒシアマゾンの顔にゴルシちゃんと2人で油性ペンで落書きしたりとかをしたりはしたが、特に問題なくオペラさんには学園内を案内できていたと思う。

 

 ちなみに夜に部屋に一緒に戻ったブライアン先輩と2人でヒシアマ姉さんの顔を見て爆笑したのは良い思い出になった。

 

 なんでも、昼間から夜の間、誰もヒシアマ姉さんに突っ込んで教えてくれなかったらしい。

 

 同じチームで生徒会の仕事をしていたフジキセキ先輩やエアグルーヴ先輩は仕事中やたら笑いを堪えていたとか。

 

 ちなみにルドルフ会長は全くノータッチだったらしい、曰く、新しいメイクだと思っただとか。

 

 いやいや、確かに顔にインディアンみたいな落書きはしてたけどそんなメイクがあるかい! と思わず私は突っ込みを入れたくなった。

 

 ちなみにその後、ヒシアマ姉さんから私は。

 

 

「アフトクラトラスぅ! このやろー!」

「あだだた! ごめんなさいっ! つい出来心で!」

「てめぇ! また胸でっかくなってやがるじゃねーかこら!」

「なんでみんな私の胸を触るんですかね!? やめてっ! これ以上はおっきくしないで! てか、姉さんもわたしよりデカイでしょうがっ!」

 

 

 関節技を決められたまま、何故か身体を弄られるという拷問を宿舎の部屋にて受ける事になった。

 

 チームは違えど、私にとってみればリギルの先輩たちも優しくて良い先輩ばかりである。

 

 学園生活というにはあまりにも軍隊じみていて学園生活をエンジョイできているとは言い難い私であるが、それでも、この学園に来た私には、良い姉弟子、良い先輩、良い親友が出来て幸せであった。

 

 まだ、長い春のG1ロードは残ってはいるが、新たに加わったオペラさんを加え、チームアンタレスはより邁進していく事になる。



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ダービーへようこそ

 

 

 

 さて、オペラさんことメイセイオペラさんも加わり、ますます活気が出てきたチームアンタレス。

 

 皐月賞が終わり、次は五月にあるクラシック第2弾日本ダービーに向けて、ミホノブルボン先輩は動き出していました。

 

 そして、比例するようにキツくなる坂路と筋力トレーニング、それはたった一度の栄光を手に入れる為の準備でしかない。

 

 

 日本ダービー。

 

 

 ウマ娘なら誰もが憧れる栄光。ダービーウマ娘という称号は生涯、語り継がれる事になる。

 

 ダービーを勝つ為だけに全てを賭けるウマ娘すらいるほど、この日本ダービーというのは1番日本で盛り上がりを見せるレースなのだ。

 

 ただ一度だけ挑戦できるダービー、そして、それに出るには相応の実績が必要不可欠。

 

 私の姉弟子であるミホノブルボン先輩はその実績には申し分ないし、ライスシャワー先輩もギリギリながら出走資格を得ることができた。

 

 だが、ライスシャワー先輩は距離の適性がこのダービーでも不安要素、しかも、そのトライアルレースであるNHK杯では八着と惨敗していた。

 

 努力を積み重ねているのに、それが反映されない事がどれほど悔しい事か、私はトライアルレース後のライスシャワー先輩の寂しい後ろ姿を見て思わず悲しくなってしまった。

 

 トレーニングトレーナーであるマトさんもこれには歯痒い思いをしているに違いない。

 

 そうして、各自がそれぞれの思惑を抱く中でついにクラシック第2弾日本ダービーの開催日は一週間前に迫っていた。

 

 

 その戦いに勝てれば、辞めてもいいというトレーナーがいる。

 

 その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。

 

 その戦いは僕達を、熱く、熱く狂わせる。

 

 勝負と誇りの世界へようこそ。

 

 ダービーへようこそ。

 

 

 かつて、日本ダービーはお金では買えないという逸話をもたらしたウマ娘がいた。

 

 ウマ娘の走りはお金の価値では到底測れない。ウマ娘の誇りあるレースは己の鍛えた身体と実力、勝負強さが全てなのである。

 

 運と実力が必要とされるこの日本ダービーでは名もないウマ娘が一気にスポットライトを浴びる事ができるそんな夢が詰まっているレースなのだ。

 

 それだけに、この日本ダービーを制するために命がけでトレーニングをするウマ娘も中にはいる。

 

 一生に一度の夢の祭典、それが、この日本ダービーだ。

 

 もちろん、ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩もそのレースの意味をわかっている。

 

 ダービーを制したウマ娘というだけで、海外のウマ娘や関係者も度肝を抜く、この日本ダービーという名を取るという事はそれだけの影響力があるのである。

 

 だが、日本ダービーを取り、その後、大きな活躍したウマ娘というのも限られている。それは、そのレースに力を全て出し尽くしたという事なのかもしれない。

 

 なので、スペシャルウィーク先輩といった日本ダービーを制して活躍したウマ娘というのはかなり稀な存在なのだろう。

 

 さて、そんな大事なレースの当日、私はどこにいたのかというのかというと?

 

 

「たこ焼きー、たこ焼きどっすかー」

 

 

 焼きそばを売って回るゴルシちゃんと一緒にたこ焼きを売って回っていた。

 

 ゴルシちゃん曰く、お前胸でかいからそれなら形状が似てるたこ焼きがバンバン売れるっしょって事らしい、どんな理論だよと私は思いました。

 

 皆、最近、胸しか見てないね、なんだよ、持ってるじゃん、自前で用意できるでしょう? 自分のあるでしょうよ、結構デカイのが。

 

 私なんてメイショウドトウちゃんに比べたら可愛いものですよ、あれには勝てないっすよ。

 

 そんな感じにやさぐれながら、私はたこ焼きを雑に売る。

 

 私がマスコット的な意味合いがあるのかどうかはわからないが、私というだけで何故か皆買ってくれているので売り上げは上々だ。

 

 焼きそばのゴルシちゃんとたこ焼きのアフちゃん、何故だか、このセットで覚えられそうでなんだか怖い。

 

 一応、姉弟子とライスシャワー先輩には激励はしっかりとしてはおいたけれど、日本ダービーは何が起きるかわからないから、レース前に立ち会えないのは私には物凄く不安であった。

 

 ライスシャワー先輩は不安ではなかろうか、ミホノブルボン先輩は言葉をかけて欲しくはないだろうか?

 

 自分は何か少しでも力になりたい。

 

 だが、私は今、たこ焼きを抱えていろんな人に笑顔を作りながらたこ焼きを売って回っている。

 

 こんな事をしていて果たして良いのだろうかと私自身、あまり、これに乗り気ではなかった。

 

 すると、ここで、ゴルシちゃんは何かを思ったのか私を手招きで呼んできた。私はそれに首を傾げて彼女の元に寄っていく。

 

 そして、彼女は私の側に近寄るとポンと肩を叩いて隣でこう話をし始めた。

 

 

「…何考えてんだ?」

「何って、そりゃレースに出る先輩達の事ですけれど…」

「それで? 声でも掛けに行こうとでも考えてた訳か?」

 

 

 ゴルシちゃんは私にそう告げながら、私の考えていた事について簡単に述べる。

 

 紛れもなくその通りだ。私はこのG1という舞台で先輩達の励みに少しでもなりたい、特に日本ダービーという晴れ舞台ならばなおのことそうだ。

 

 このレースの意義を考えれば、たこ焼きを売って回るという事よりも彼女達の力になりたいと思うのは当たり前の事だろう。

 

 だが、ゴルシちゃんは真っ直ぐにレース場を見据えたまま、私にこう話をし始めた。

 

 

「自分にとって出来ることってのは何も先輩に声を掛けるだけが出来る事じゃないだろ」

「…えっ…?」

「こうやって、レースを見に来て応援しに来てくれる奴らに焼きそばやたこ焼きを配って、よりレースを盛り上げてもらった方がお前の先輩達も気合が入るんじゃねぇか?」

 

 

 レース場を真っ直ぐに見たまま、ゴルシちゃんは笑みを浮かべ、私にそう語ってきた。

 

 声を掛けて励ますだけが、励みになる訳じゃない。

 

 こうして、レースを見に来てくれて応援してくれる人が居るからこそ、自分達は頑張ってターフを駆ける事ができる。

 

 ゴルシちゃんの言葉は確かにその通りだなと、私は思った。数々のドラマをレース場で実際に目の当たりにしてきた私だからこそ、納得できる言葉だった。

 

 正直、レースに実際に走る事が出来ない私が先輩達にできる事は限られている。

 

 幾多の坂を越え、幾多の凄まじいトレーニングを行い、たくさんの檄を浴びてきたミホノブルボン先輩。

 

 そして、それに少しでも近づこうと足掻き、努力を積み重ねたライスシャワー先輩。

 

 いつか、あのターフで二人と共に駆けたいと願いながら、私は彼女達の影を追って、毎日、必死にトレーニングについていっている。

 

 ウマ娘として、この世界に生を受けたその意義をあの二人のおかげで私は見出せたといってもいいだろう。

 

 この世界で母も父の顔も知らない私にとって、義理母もミホノブルボン先輩もライスシャワー先輩も大事な家族なのだ。

 

 だったら、元気よく、会場を盛り上げて二人の晴れ舞台をより盛り上げてあげた方が彼女達の力になるだろう。

 

 私はゴルシちゃんの言葉に思わず笑みが溢れてしまった。

 

 これも、二人の力になる大事なものだ、まさか、彼女に教えられるとは思ってもみなかったな…。

 

 たこ焼きを抱えた私は、バシンッと隣にいるゴルシちゃんの背中を叩くとこう話をしはじめる。

 

 

「あいたっ!」

「さぁ! たくさん売りますよっ! 全部売って会場を盛り上げてやりましょう!」

「…お、おう、なんだ急にやる気になりやがったな、おい」

 

 

 そう言いながら、背中を抑えつつ私と共にレース会場に再び焼きそばを抱えてレースを見に来てくれた人達に売りに出るゴルシちゃん。

 

 彼女達の為にこの会場を盛り上げる。それならば本気でやらねば、きっと彼女達も力が出ないだろう。

 

 そんな、私とゴルシちゃんの姿をレースを控え、ゲート前でアップをしながら見ていたミホノブルボン先輩はフッと笑みを浮かべていた。

 

 そうして、いよいよ、クラシック第2弾、日本ダービーのファンファーレが会場に鳴り響く。

 

 やはり、日本ダービーだけあって異様な雰囲気が会場を包んでいた。

 

 レースに出る出走するウマ娘達も目がいつもとは違う、ギラギラとただ、ダービーを制覇するんだという闘志に燃えていた。

 

 会場に来ていた観客達からはファンファーレと共に慣例の合いの手が鳴り響き、会場全体が震えていた。

 

 

 第59回 東京優駿(日本ダービー)。

 

 

 今、その火蓋は切って落とされそうになっていた。

 

 号令と共に一斉に走る構えを取るウマ娘達、それぞれが高鳴る心拍数を落ち着かせるかのように静かに深呼吸をし、その時に備える。

 

 会場が静まり返りまるで、時間が止まったようだった。

 

 そして、ついに…。

 

 

「さぁ! 第59回! 東京優駿(日本ダービー)スタートしましたっ! さあブルボン! いいスタート!」

 

 

 パンッ! とゲートが開いたと同時にスイッチが入ったかのようにスタートを一斉に切るウマ娘達。

 

 だが、今回は先頭に行くのはミホノブルボン先輩だけではない、ライスシャワー先輩も追従するようにブルボン先輩の後を追っている。

 

 これには実況の人間も思わず声を上げて、レースを盛り上げる。

 

 

「ゼッケン13番! ライスシャワーと一緒に!スっと行った! 行った! やはりブルボン行った! ミホノブルボンが17人を従えて先頭を行きました! 」

 

 

 この光景には私も思わずたこ焼きを売っていた手が止まる。

 

 ミホノブルボン先輩について行く形でライスシャワー先輩も先を取りに行っている。これに燃えない訳が無いだろう。

 

 あの二人はあそこでどんな言葉を交わしているんだろうか、たこ焼きを抱えている私は目を輝かせたまま、気がつけば始まった日本ダービーに釘付けになっていた。

 

 一方でレースを走る二人は、互いに視線を交わしながら笑みを浮かべていた。

 

 

(今日は負けないっ…! 今日こそ勝つ!)

(来ましたかっ! ライスシャワーっ!)

 

 

 互いに譲れないプライドが激突するレース。

 

 積み上げてきたからこそ、負けられない。譲れない思いが互いの中にあった。

 

 序盤から火花を散らす二人、だが、やはり先頭を行くのはミホノブルボン先輩だ。

 

 ミホノブルボン先輩の背中を見つめるライスシャワー先輩は彼女の背中を真っ直ぐに捕らえていた。

 

 一気に勝負を仕掛けて、ダービーを勝つ。日本ダービーという称号も確かに欲しいが、ライスシャワー先輩にとって、1番欲しいのはミホノブルボン先輩に勝ったという証明だ。

 

 だが、ミホノブルボン先輩はドンドンと後続との差を開いていく、3身差、4身差と着実に差は開いていた。

 

 しかし、ライスシャワー先輩はそれ以上は離されないようにとミホノブルボン先輩との差を詰めていく。

 

 私は二人の駆け引きをドキドキしながら見ていた。

 

 どちらが勝つのか、この後の展開がどうなるのか、日本ダービーはただのレースでは無い、何が起こるかわからないのが日本ダービーなのだ。

 

 だが、一度はミホノブルボン先輩に迫っていたライスシャワー先輩は違和感に気づく。

 

 それは残り400m手前ですぐに彼女は気がついた。

 

 

「…なんでっ!!…どうしてっ!?」

 

 

 必死に食らいついているが、わかるのだ。ミホノブルボンがどれだけの余力を持て余しているのかを。

 

 必死に食らいついているつもりでも、差したいタイミングでも、ミホノブルボン先輩の足が衰える気配が微塵も感じられないのだ。

 

 いつ差せば良いのか、差すタイミングがここしか無いにもかかわらずミホノブルボン先輩の足の速さは全く変わらない。

 

 それどころか、更にそこから加速する始末である。

 

 思わずたこ焼きを抱えていた私は呆然としたまま持っていたそれを落としてしまった。

 

 そして、顔を引きつらせたまま、そのレースを目の当たりにしてこう一人でに呟く。

 

 

「…はは…。…本当に化け物か…あの人は…」

 

 

 その勝ちは必然だったのかもしれない。

 

 だが、それにしてもあまりにも強すぎた。ミホノブルボン先輩は後ろから追うライスシャワー先輩をぶっちぎる。

 

 きっと、同期にミホノブルボン先輩さえ居なければ日本ダービーを制していたのはライスシャワー先輩だったかもしれない。

 

 

 私の心配なぞ、不要。

 

 

 そう言わんばかりの圧倒的な強さに思わず、私は顔を引きつらせるしかなかった。

 

 実況席に座るアナウンサーも興奮気味に立ち上がりその光景を叫ぶ、ダービーを制するウマ娘の名を何度も叫んだ。

 

 

「2200mを通過したっ! ブルボン先頭っ! ブルボン先頭っ! 恐らく6身差っ! 恐らく勝てるだろう! 恐らく勝てるだろうっ! もう大丈夫だっ! ブルボン! 4身差! 5身差! 今ゴールインっ!」

 

 

 声を上げる実況者、ゴールインと共に一斉に観客席から歓喜の声が上がる。

 

 圧倒的なミホノブルボン先輩のレースぶりに観客達は皆、惜しみない拍手を送った。

 

 運などではない、それすらも実力で真っ向からねじ伏せるその強さに皆は拍手を送らざる得なかったのである。

 

 積み上げてきた努力が、トレーニングが実を結んだ勝利、誰よりも努力を積み重ねてきたミホノブルボン先輩だからこそ取れた栄光。

 

 

 しかし、勝者が居れば、そこには必ず負ける者がいる。

 

 

 一方でミホノブルボン先輩に負けたライスシャワー先輩は大粒の涙を流し、悔しそうにターフに蹲っていた。

 

 あれだけの大差をつけられた事に対する不甲斐なさか、日本ダービーを勝てなかった事に対する悔しさか。

 

 

「うああああぁ!! あぁぁぁぁ…っ!」

 

 

 積み上げてきたものを全てにおいて上回られた。彼女にはそれが悔しくて仕方なかったのだろう。

 

 きっと、あの皐月賞から必死にミホノブルボン先輩に追いつこうと足掻いていたに違いない。

 

 彼女の努力する姿を見ていた私にも、姉弟子が勝って嬉しいという喜びがある中で、涙を流すライスシャワー先輩のその姿が胸を打って仕方なかった。

 

 ライスシャワー先輩の今まで見たことが無いその姿に私は思わず、抱えていたたこ焼きをゴルシちゃんに預けて向かおうと思った。

 

 だが、そうしようとした途端、声をかけて来たウマ娘がいた。

 

 

「何をしようとするつもりだ?」

「…!?…ブライアン先輩…」

 

 

 そう言って、私の前に立ち塞がったのは同じく日本ダービーを見に来ていたナリタブライアン先輩だった。

 

 大方、ライスシャワー先輩に駆け寄ろうと考えていた私の事を察しているからこその行動なのだろう。

 

 私は立ち塞がったナリタブライアン先輩は表情を険しくして、厳しい口調でこう告げる。

 

 

「敗者に情けをかける事こそ、プライドを傷つける事はないぞ」

「でも…! あんなの見たら…」

「勝者は必ず敗者を作る。それが勝負の常だ、それはあのレースを走った奴が1番わかっているだろう」

 

 

 ナリタブライアン先輩は真っ直ぐに私を見据えながらそう告げてきた。

 

 確かにその通りだ。ナリタブライアン先輩の言う事はもっともである、私がライスシャワー先輩に駆け寄って何を言うと言うのか。

 

 敗北の苦さをより辛くするだけではないのか、後輩の前で全く姉弟子に通用しなかった姿を晒して同情までされれば、彼女は一体どう思うのだろうか。

 

 私はナリタブライアン先輩のその言葉に何も言い返す事が出来なかった。私自身もそれは理解していたからだ。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべて私の頭をポンっと叩くとこう語りはじめた。

 

 

「それよりも、身内の優勝を祝ってやれ。無敗で二冠達成なんてすごい事だろう」

「……!!」

 

 

 ブライアン先輩の言葉に静かに頷き、私は抱えていたたこ焼きを放って走ってミホノブルボン先輩の元へと向かい駆け始める。

 

 それを静かに見届けたナリタブライアン先輩はその足でそのまま会場を後にするように出て行ってしまった。

 

 レースを終えて、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩。

 

 私はそのまま、会場の皆に手を振るミホノブルボン先輩に向かって喜びのあまり涙を浮かべながら飛びかかった。

 

 私の姉弟子はダービーを取ったウマ娘なんだぞと胸を張って言える、それだけで、私は嬉しかった。

 

 急に抱きついてきた私に驚いた様な表情を浮かべるミホノブルボン先輩。

 

 だが、しばらくして、涙を流しながら抱きついた私に優しい笑みを浮かべたまま、何度も頭を撫でてくれた。

 

 

 無敗の二冠達成。

 

 この日本ダービーでの姉弟子とライスシャワー先輩が見せてくれた戦いの勇姿。

 

 それは、私にとって、積み上げてきた努力を形にしたとても美しい光景だった



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日本ダービーの恩恵

 

 

 

 さて、日本ダービーも終わり、ひと段落ついたチームアンタレス。

 

 日本ダービーを制したミホノブルボン先輩を祝して祝勝会も今回はしっかりと行った。

 

 

 祝勝会という名の地獄トレーニングをな!

 

 

 あるわけないでしょう、祝勝会なんて、あったら奇跡ですよ。代わりに坂路を軽く四桁登りました。

 

 千から先は覚えていません、とりあえずひたすら汗を流したのはうっすらと記憶には残っています。

 

 祝勝会なんてあるわけないよねー、期待してもやっぱりそうだよねーと私は思っていました。

 

 しかしながら何と今回は万に一つ起こりえない奇跡が起きたんです。

 

 それは、なんと、ミホノブルボン先輩の日本ダービー制覇を記念して、チームアンタレスは慰安旅行に行く事ができるようになりました。

 

 それも南国のリゾート地という、素晴らしい場所にバカンスに行く事になったのです。

 

 というわけで、私は姉弟子であるミホノブルボン先輩を連れてショッピングモールに買い物に来ておりました。

 

 ウマ娘になってから、もう何年にもなりますが、まさかこんな日が来ることになろうとは思いもよらなんだ。

 

 私も普通のウマ娘デビューをする日がやって来たのですね! ヌイグルミという役職の他にようやくウマ娘として可愛い水着を選んだりショッピングを楽しめる日が!

 

 私はミホノブルボン先輩の手を引きながら上がりまくるテンションを抑えられないでいた。

 

 

「さあ! 早く行きましょう! 早く!」

「…そんなに慌てずとも無くなりませんよ」

 

 

 そう言いながらあまり乗り気ではない姉弟子。

 

 普段から女子力に関してそこまで関心がないからだろうか? 確かに姉弟子は大体トレーニングしてるか、坂路登ってるのだが、それにしてももうちょっと女子力はつけた方が良いと私は思う。

 

 少しはナリタブライアン先輩を見習ってください、とはいえ、あの人もお化けを怖がるのと私をヌイグルミ代わりにして寝るくらいだけども。

 

 そうこうしているうちに私達は水着コーナーへやってきた。

 

 可愛い水着が色とりどり、ほうほう、これは選び甲斐があるというやつではないだろうか?

 

 さて、早速水着を選ぶとしましょう、どれにしようか悩みますねぇ。

 

 と、私がここで姉弟子にどの水着が可愛いかと聞こうとして振り返ると、そこには、既に姉弟子の姿が見当たらなかった。

 

 そして、私はテクテクと隣にある筋肉トレーニング用品のコーナーの前まで歩いて行き、目を輝かせている姉弟子の姿を見つけてしまった。

 

 ちゃうねん、そっちやないねん、もう筋力トレーニングはええねん。

 

 ここで、いい感じの荒縄を見つけたとばかりに軽く引っ張るミホノブルボン先輩の姿に私は顔を引きつらせるしかなかった。

 

 そして、姉弟子はいい笑顔を浮かべたまま、水着コーナーにいる私にこう告げはじめる。

 

 

「妹弟子よ、これを窓に張り付けて腕の力だけで登るトレーニングなんてどうでしょう! 画期的だとは思いませんか?」

「WBCの世界チャンプでも目指す気ですか貴女は」

 

 

 そう言いながら、私は荒縄をビシビシと引っ張っているミホノブルボンの姉弟子に突っ込みを入れる。

 

 それ、ボクシングの世界王者とか消防士とか軍隊の人がやってるトレーニングでしょうが。

 

 レース中にでも隣を走るウマ娘にボディブローをかますつもりなんですかね? 貴女の筋力で殴られたら本当に轟沈しますよ。

 

 私は荒縄に目を輝かせている姉弟子にため息を吐くしかない、駄目だこの人、早くなんとかしないと。

 

 すると、姉弟子はまた新しく何かを発見したのかすぐにそれに近寄るとキラキラと目を輝かせてまたそれを私に見せてくる。

 

 

「見なさい! 妹弟子! これは素晴らしい! レッグプレスマシンですよ! これは欲しい…店員さんこれください」

「いや何しに来たんですか?! 私達、水着買いに来たんですよ!? 姉弟子!」

 

 

 そう言いながら、だんだんと水着コーナーから遠ざかっていく姉弟子の腕を掴んで再び回収する私。

 

 あー! とか姉弟子が声を出していたが、知りません、脳内は相変わらず筋肉モリモリマッチョウーマンなんですねこの人は。

 

 私はとりあえずミホノブルボン先輩を水着コーナーへと引き戻した。

 

 さて、今日は水着を買いに来たのだ。クッソ重いダンベルとかを買いに来たわけではない、そういうわけで、水着を選ぶわけなんだが、これまた姉弟子のチョイスは酷かった。

 

 まず、姉弟子が私に見せて来たのはこれだ。

 

 

「妹弟子よ、この水着はなんとあの競泳選手が使っているという競技水着みたいですよ! ふむ、遠泳にはこれは丁度良いですね」

「ダメです」

 

 

 遠泳用のスポーツ水着である。可愛さもクソもあったもんじゃなかった。

 

 慰安の為のバカンスやぞ? 遠泳ってどこ行くねーん。

 

 無人島にでも泳ぎ行くつもりなんでしょうかねこの人は。

 

 私は即刻却下した。当たり前である。

 

 そういえば、多分だが、私が知ってる中で姉弟子が着ている可愛い服や衣装というのは今の今まで見たことがない。

 

 だいたい、ジャージか身体が動きやすいスポーツ着ばかりである。

 

 唯一、可愛い衣装かな? と思ったのはあのSFチックなシン○ォギアみたいな勝負服くらいなもんだろう。

 

 誰がデザインしたのかはしらないが、私がそれをネタにして姉弟子をからかったらプロレス技をかけられて身体中が軋み、悲鳴という名の絶唱をしたのは記憶に新しい。

 

 見た感じ適合者っぽいんですけどね、よくレースに勝ってウイニングライブしますし、姉弟子。

 

 でも、歌わず筋肉言語で何事も鎮圧しそうだから不思議、歌とはなんだったのか、もはや、付録みたいなもんですね、はい。

 

 そんな感じで、ミホノブルボンの姉弟子と買い物を楽しんでいると、ここで、私に声がかかる。

 

 

「おー、アフちゃんじゃないか、奇遇だな」

「ん…?」

 

 

 そうして、聞き覚えのある声を掛けられた方に振り返る私。

 

 私は目の前に現れた私服姿の二人のウマ娘の姿に目をまん丸くした。一人は分かる、そうナリタブライアン先輩だ。

 

 もう一人の眼鏡を掛けているウマ娘は初対面だ。芦毛の綺麗で長くふわふわした髪にいかにも真面目そうなウマ娘である。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は眼鏡を掛けているウマ娘に話をし始めた。

 

 

「ビワハヤヒデさん、こんにちは」

「あぁ、ミホノブルボンさん。今日はお買い物ですか?」

「まぁ、そんなところですね、貴女達は?」

「似たようなものです。この娘がバカンスに同行するので水着を買いに来たんですよ」

 

 

 そう言いながら、笑みを浮かべて話をするミホノブルボンの姉弟子とビワハヤヒデと名乗るウマ娘、その瞬間、私は固まってしまった。

 

 えっ!? ビワハヤヒデってあれだよね! 顔がデカイ事で有名な! ブライアン先輩と一緒に歩いてたからもしかしたらとは思ったけれど!

 

 ビワハヤヒデ先輩の世代と言えば、『BNW』というビワハヤヒデ先輩を入れた三銃士的な人達が有名だ。

 

 

 クラシック三冠路線では、ウイニングチケット先輩、ナリタタイシン先輩と共に、それぞれの頭文字から「BNW」と呼ばれたライバル関係を築き、ビワハヤヒデは三冠のうち最終戦の菊花賞を制した事は有名な話だ。

 

 最強馬として確固とした地位を築き、天皇賞(春)、宝塚記念といったGIをも制覇している。

 

 

 かつての『天馬』トウショウボーイ。『流星の貴公子』テンポイント。『緑の刺客』グリーングラス。

 

『TTG』と呼ばれたその伝説のウマ娘の三人を彷彿とさせるビワハヤヒデ先輩達の世代『BNW』は学園内外では、かなりの知名度と人気を誇っている。

 

 ちなみにその中でもビワハヤヒデ先輩は私の知識が正しければ、かなり顔がデカイはずだったのだが、見たところ小顔な上にかなりの美人だ。

 

 ナリタブライアン先輩と並ぶと様になっている。二人から漂う強者のオーラはやはり違うなと改めて感じた。

 

 それと対面しているミホノブルボンの姉弟子からも確かにオーラ的なものは出てるけれども。

 

 とはいえ、ナリタブライアン先輩がここに来るきっかけは多分、私達と一緒だ。

 

 というのも今回のバカンスにナリタブライアン先輩も私が誘ったからである。

 

 それは、私の併走に付き合ってくれたり、ミホノブルボン先輩の最終調整に付き合ってくれたり、私をヌイグルミ代わりにして寝る間頬ずりしたりといろいろとお世話になっているからだ。

 

 最後のだけは要りませんでしたね、はい、私もそう思います。

 

 すると、ナリタブライアン先輩はため息を吐いてやれやれといった具合に私にこう話をし始めた。

 

 

「姉貴は頭でっかちだからなぁ、バカンスに行くのなら可愛い水着くらい買っていけだと、私は学園指定の水着でいいと言ったんだが」

「随分前にヒシアマ姉さんに女子力云々言ってたのはどこの誰でしたっけ?」

 

 

 そう言いながら、私は姉弟子とおんなじ事を言っているナリタブライアン先輩に思わず突っ込みを入れる。

 

 この人達、女子力高いのファンの前で歌ってる時くらいではないだろうか?

 

 あ、私は基本、ミホノブルボン先輩の女子力は全部筋肉になってるって思ってるのでそこは問題無いです。

 

 すると、このナリタブライアンの言葉を聞いたビワハヤヒデ先輩はムッとした表情を浮かべるとこう言い返しはじめる。

 

 

「誰が頭でっかちだ! 誰が!」

「んー? で、アフちゃんはミホノブルボンの付き添いで来たのか?」

「さらっと私の背後に回ってハグしてこないでくださいよ…もう」

 

 

 そんなビワハヤヒデ先輩の言葉を受け流すように私の背後に回り、いつものようにハグして頬ずりしてくるナリタブライアン先輩。

 

 話を流すのが相変わらず上手いなこの人は、ビワハヤヒデ先輩相手でも相変わらずである。

 

 私は背後に回り、ハグしてくるナリタブライアン先輩にこう話をしはじめた。

 

 

「私達も一緒ですよ、私は姉弟子に水着を選んであげようと思いましてね」

「へぇ、なら手間が省けるな、ついでにアフちゃんのセンスというのを見せてもらおう」

 

 

 そう言いながら、私にニヤリと笑みを浮かべたまま告げるナリタブライアン先輩。

 

 えっ? 何この流れ、私が選ぶの? ただでさえミホノブルボン先輩のも選ばなきゃいけないのに。

 

 へたに変な水着選んだら、私、トレセン学園で変態ウマ娘の名を得る事になるんですけども。

 

 すると、ビワハヤヒデ先輩は呆れたように首を左右に振るとナリタブライアン先輩にこう話しをしはじめる。

 

 

「はぁ…またお前は勝手に話を進めて…」

「いいじゃないか、たまにはこういうのも、なぁ?」

「私は構いませんが」

「姉弟子ェ…」

 

 

 ということで、姉弟子も許可したところで私達はナリタブライアン先輩達を交えて水着を選ぶ事になった。

 

 ビワハヤヒデ先輩もいることだし、センスがない水着を選ぶ心配はなさそうだ。競泳水着でもいいんですけどねぶっちゃけ。

 

 というか、ぶっちゃけ二人分の水着を選ぶのがめんどくさい。着せ替え大好きなウマ娘ならまだしも、私はそういったキャラではないのだ。

 

 こんなことならライスシャワー先輩も連れてくれば良かったなと後悔する。

 

 ライスシャワー先輩も一時期はダービーで負けてしばらく落ち込んではいましたが、同じチームのミホノブルボン先輩の勝利を快く受け入れて、もう立ち直っています。

 

 ライスシャワー先輩は自前で以前買った水着があるみたいなので、必要ないという事で今回はついてきてないけれども。

 

 

 というわけで、小さい規模ながら水着姿パドック開始!

 

 私はなるべく、布面積が多そうなのを選ぶように見ていく。意外と最近の水着というのは布面積が多くても可愛い水着は多いのだ。

 

 悩みながらもしばらく水着を選ぶことだいたい五分くらい、すると、私の元にブライアン先輩が水着を持って来た。

 

 私はその水着を見て顔を引きつらせる。

 

 

「こんなのはどうだろう? 意外と可愛くないか?」

「返して来なさい、これ布少なすぎでしょ!」

 

 

 そう言いながら、私はブライアン先輩の持ってきた水着に突っ込む。

 

 色は水色で無難そうに見えるが、明らかに胸のあたりの布面積少な過ぎィ! こんなん選んだらもうえらい事なりますわ。

 

 私の言葉に首を傾げるブライアン先輩、彼女的には割と悪くないチョイスだったらしい。

 

 水着のデザインは百歩譲って可愛かったからまだいいだろう、まだね。

 

 まあ、ブライアン先輩の場合は晒を胸に巻くのでそんなのでも問題はない気はするが。

 

 すると、ブライアン先輩は私にこう告げ始める。

 

 

「そうか、私は案外似合うと思ったんだがな。お前に」

「って私の水着かーい!」

 

 

 私は持ってきたブライアン先輩に盛大にツッコミを入れる。

 

 自分のを選んで来なさいよ! なんで私が着る前提で水着選んで来てるの? こんなもん着れるか!!

 

 そうか、トレセン学園に居れば水着を選ぶ機会なんてないもんな、そうなれば、そうなるか、水着を選ぶのはやはりこの人達は危うい気がしてらならなかった。

 

 その次に、私の肩を叩いて来たのはミホノブルボン先輩だった。

 

 そして、姉弟子が持ってきた水着を見て私は顔をゲッソリとさせる。

 

 

「これなんてどうでしょう、妹弟子よ」

「姉弟子、それ男性用のブーメランパンツです」

 

 

 そう、姉弟子が持ってきたのは男性用のブーメランパンツ。しかも、ボディビルダーが良く履いているやつだ。

 

 予想の遥か斜め過ぎて私もこれにはなんて言ったらいいかわからない。上半身何にもつけないつもりかな? この人。

 

 私は速攻で却下し、戻してくるように姉弟子に告げる。せめてそこは女性用にして欲しかった。

 

 こんなもん履くのは男性でも元コマンドーかランボーみたいな筋肉隆々の男性くらいなもんですよ。筋肉選手権にでも出るのかな?

 

 すると、姉弟子も残念そうな表情を浮かべると私にこう告げ始める。

 

 

「そうですか、残念です。貴女に似合うと思ったのですが」

「貴女には私が何に見えてるんですか」

 

 

 私はシュンと耳を垂らし落ち込んでる姉弟子に冷静にそう告げる。

 

 いや、おかしいでしょう。なんで二人とも私が着る前提で水着を選んでるんですかね? 姉弟子のなんてもはやギャグでしょう。

 

 私はとりあえず、ビワハヤヒデ先輩と相談して私達の独断と偏見で似合いそうな水着を見繕う事にした。

 

 ちなみに私の水着は青い可愛いフリルが付いているやつにしました。

 

 え? 髪が青鹿毛だし、水着も青だとお前、海と同化するぞ、ですって? いやいや、やめてくださいよ、いくら青だからって私が海と同化するなんて…。

 

 名付けて、オーシャンアフトクラトラス。

 

 オーシャンなのは、テイエムオーシャンさんだけで良いと、だからといってテイエムオーシャンさんも海と同化しているわけではないですけどね。

 

 

 こうして、日本ダービーを祝してバカンスに向けての準備を着実に進める私達。

 

 余談にはなりますが、この後、ミホノブルボンの姉弟子がアウトドア製品にやたら詳しかったのでそちらの方は苦労せずには済みました。

 

 なんでミホノブルボン先輩がサバイバルに関してそんなに詳しいのか私はやたらと気にはなりましたが、突っ込んだら負けかなと思い敢えてのスルーです。

 

 本当にこれが息抜きのバカンスになるのかどうか私は疑心暗鬼になるのでした。



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バカンス

 

 

 さて、私達は現在、バカンスの地、ドバイを目指して飛行機に居ます。

 

 パスポート関係とかどうしたんだろう? とかいろいろ気にはなったところはあるんですけれど、私は旅客機のビジネスクラスで椅子をリクライニングにし、アイマスクを着けてリラックスしながら有意義に旅行を楽しむ事がこうして出来ています。

 

 久々の休暇はいいですねー、いやー、今からバカンスですよ! しかもドバイで!

 

 ドバイといえば観光名所が盛りだくさんですよね! デザート サファリとか!ブルジュ・ハリファなんかもありますよね!

 

 いやーテンション上がりまくりです! 思わず鼻歌歌ってしまうくらいに私は上機嫌でした。

 

 可愛い水着も買って、たくさんの観光名所を回りつつ、海でゆっくりと過ごすなんてのもいいですよね。

 

 そんな風にるんるん気分の私でした。そう飛行機にいるまでは。

 

 いや、予想してなかった事は無いんですよ、もしかしたらあるんやないやろうかと、姉弟子と義理母のコンビだし、でも、旅行先ですよ? 旅行先。

 

 いやいや、こんなバカンス気分できた、しかもドバイなんかでそんな事は無いでしょう? 綺麗な海に綺麗な街並み、観光名所、こんなところで? 無い無い。

 

 と、思ってましたよ、私も。

 

 

「ドバイのダートはどうだ! 足腰にくるだろ! さぁ! もう一本だ!」

「サーイエッサー!」

「アフトクラトラスゥ! へばる暇はないぞぉ! いつまで土にキスしてるつもりだァ! 馬鹿者ォ!」

「…はぁ…はぁ…い…いぇすまむぅ…」

 

 

 私は土まみれになった顔面を上げて、死にかけの表情で義理母の言葉に答える。

 

 ドバイの地にて私達が何をしているかと言われれば、見ての通りです。ダートの坂を登っております。

 

 それはもう、地獄ですよ、時差ボケ? 関係無いから、と言わんばかりの坂路、しかも、ドバイのダート版。

 

 土なんか普段はあまり走らないのだが、足腰の強化を図るため、芝ではなく、ドバイのダートを使ったこの坂路特訓はもう壮絶でした。

 

 

 バカンスというより、強化合宿に近いだろう、これ意味合いが全然違うやんけ。

 

 

 ドバイの照らしつける日が眩しい、ブライアン先輩やタキオン先輩達も現地入りしたオハナさんと共に軽くドバイでトレーニングしている最中である。

 

 もちろん、このドバイでのトレーニングは明確な意図があってのことだ。

 

 ミホノブルボンの姉弟子もブライアン先輩もそうだが、来年には海外進出をし、欧州やその他の地域でレースがある。

 

 チームアンタレスからはバクシンオー先輩、タキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩、バンブーメモリー先輩らもこのドバイでのトレーニングを個別でこなしている。

 

 私達は見ての通りです。ドバイにて坂を登ってばかりだ。

 

 私は死にかけの身体に鞭を打ち、その地獄のトレーニングに再び復帰する。

 

 海外戦に向けての特訓ならば、必死についていかねば到底通用なんてしない。

 

 海外のウマ娘ならば、なおさら怪物ばかりだ。

 

 トレヴにハリケーンラン、ヴィジャボード、ダラカニ、ハイシャパラル、ガリレオと名だたる海外ウマ娘達が世界中で活躍している。

 

 さらに、最近では神童と呼ばれるウマ娘ラムタラに、シングスピールという海外ウマ娘達が脚光を浴びているとか。

 

 ミホノブルボンの姉弟子と同世代ならば、アメリカのハトゥーフが立ち塞がることだろう。それに、アイルランドダービーを制したセントジョヴァイトまでいる。

 

 ダートに目を向ければ、姉弟子のちょっと後の世代にはダートで化け物じみて強いシガーまでいる。

 

 あれとメイセイオペラ先輩戦うのかとか考えると物凄く可愛そうに感じてしまう。いや、というか無理でしょうと。

 

 例えるなら、私がフランス史上最強ウマ娘のシーバードかイタリア最強ウマ娘リボーに挑むようなもんである。

 

 別名、ブロワイエさんことモンジューさんも大概やばい人ですね。

 

 皆さんはもうご存知かもしれませんが、最近、ジャパンカップでスペシャルウィークさんと戦ったあの人です、はい、よくスペ先輩はあれに勝てたなと感心するばかりです。

 

 さて、話は戻りますが、こうして挙げた化け物みたいなウマ娘達と私達はやり合わなければならないので、トレーニングがハードになってしまうのも分かる。

 

 

 だが、しかし考えてほしい、私達は本来、ここに何をしに来たのか? 日本ダービーの勝利を祝してのバカンスである。

 

 

 明らかにおかしい、今頃、私は南国のビーチで可愛い水着を着て、さらに、ビーチに置かれたリクライニングチェアでくつろぎながらサングラスを掛けてニンジンジュースを片手に海を眺めているはずなのだ。

 

 それがどうでしょう? 私は土に這い蹲り、死にかけながら何度もドバイのダート坂路にキスを繰り返しているような気がします。

 

 いや、アンタレスにとってのバカンスがこれだと言われてしまえば何にも言えないんですけどね。

 

 それが、だいたい午前中の練習メニューでした。

 

 

 うん、午前中だけでも死ねる、午後はもっとハードに違いない。

 

 

 私はやさぐれながら、シャワー浴びて着替えホテルのベッドに頭から飛び込んだ。

 

 久しぶりに地面に倒れるくらいハードなトレーニングをした気がする。慣れない海外のレース場にダートの坂路、さらに、時差ボケが疲労に拍車をかけてきたのかも。

 

 

 すると、そこで、部屋の扉がガチャリと開いた。

 

 

 えっ? もう休憩終わりですか? もう午後からの地獄の練習が始まるのですか?

 

 おぉ、神よ、寝ているのですか? えっ? ベガスでバカンスですって? 良ければ私も連れて行って貰ってもいいですかね。

 

 そうして、私が絶望に満ち溢れた表情を浮かべて開いた扉の方を見る。

 

 するとそこには、赤模様の可愛いフリルが特徴の黒いワンピース型の水着を着たライスシャワー先輩がゴーグルを付け、浮き輪を片手に立っていた。

 

 さらに、その横には赤が特徴の晒しを胸に付けている派手なビキニ姿をしたナリタブライアン先輩まで一緒だ。

 

 私は目の前に現れた水着姿の彼女達に目をパチクリさせる。

 

 すると、ブライアン先輩は親指で外を指差しながら私にこう話をしはじめた。

 

 

「おーい、海、行くぞ海」

「ブルボンちゃんも今から呼び行きますけれど、…あれ? アフちゃん疲れてる? なら無理にとは言わないけれど」

「ほぇ…?」

 

 

 そう言って、ベッドの上で目をパチクリさせている間の抜けたような声をこぼす私に告げる水着姿の天使であるライスシャワー先輩。

 

 ん? あれ? 午後からも坂を登るんじゃないんですか? 私はてっきりドバイの土にまたもやディープキスをしなくてはならないのではないかと思ってたんですけれど。

 

 身構えていた私は思わず拍子抜けしてしまった。水着姿の二人を見る限り、たしかにトレーニングをするような格好ではない。

 

 二人の言葉にしばらく固まっていた私は、状況を一旦頭の中で整理して、そして、もしやと思っていた考えが頭をよぎる。

 

 そう、これは間違いないっ! 午後からの練習は無くなったのだと!

 

 私は思わず二人の言葉に目をキラキラと輝かせ、声を上げてこう話す。

 

 

「行きます! 行きますともっ! 海! 海行きたいです! オーシャンだぁー! やっほい!」

 

 

 なんとここでどん底に沈んでいた私のテンションが右斜め前に直上!

 

 えっ 今日はバカンス楽しんでもいいんですかっ! 本当ですかっ!ニンジンジュースを片手にサングラス掛けて調子乗っちゃってもいいんですかっ!

 

 あ、だめだ、涙が止まらない、私はシャワー室で水着に着替えながら何故か猛烈に感動していた。

 

 そんな中、私の鼻水を啜る音が聞こえたのかブライアン先輩が心配そうな声でこう扉越しから声をかけてくる。

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

「じんばいありま゛ぜん! い゛ま゛い゛き゛ま゛ずっ!」

 

 

 私の涙声に思わず扉の前で顔を見合わせるライスシャワー先輩とナリタブライアン先輩。

 

 だって、今の今まで私、こんなバカンスが出来たことなんて一度もなかったんですよ、休みたくてもライバルはもっと練習してるかもしれないし、期待を背負っている以上はあの人達についていかないといけないので。

 

 それに私自身も地獄のメニューを覚悟していた部分もあったので、この時の私は初めてのまともなバカンスという言葉に号泣不可避だったのである。

 

 これには流石のライスシャワー先輩も苦笑いを浮かべるしかなかった。彼女も義理母と姉弟子の練習の過酷さは理解しているからだ。

 

 そんなわけで、私はあえて購入しておいたイルカさんを脇に抱える。

 

 相棒、お前の出番がついに来たぞ! よかったな!

 

 膨らませたイルカさんにそう一言告げる私。

 

 さらに釣竿を担ぎ、釣り道具を一式用意した後、用意しておいた青に可愛いフリルが付いた水着に着替えてサングラスを装備する。

 

 鏡でそれを見た私はやっとバカンスに来たんだなという実感を得ることができた。

 

 なら、今の今まで何処にいたんだという話なんですけども、多分、というか間違いなくドバイとかいうリゾートの名をした地獄ですね。

 

 私は早速、迎えに来てくれた二人と共に姉弟子を呼びに行き、それから、アンタレスのメンバー達と合流し、ドバイの綺麗な浜辺へとやってきた。

 

 私は目を輝かせながら、アンタレスの面々と共にドバイの綺麗な海を見つめる。

 

 そんな、私の様子を見ていた黒いビキニを着ているリギルのトレーナーである東条ハナさんことオハナさんは笑みを浮かべてこう問いかけてきた。

 

 

「なんだアフトクラトラス、海は初めてか?」

「はいっ…! あ、あの…! あのっ! スイカ割りとかもしてもいいんですよねっ! 釣りとかもしていいんですよねっ!」

「あぁ、いいぞ、あそこに売店もあるから、ニンジンジュースもおかわり自由だぞ」

 

 

 そう言いながら、オハナさんの言葉と共に私の肩をポンと叩いてくるナリタブライアン先輩。

 

 信じられないといった表情ながら、恐る恐るナリタブライアン先輩が差し出してくれるニンジンジュースを受け取る私。

 

 アカン、そんなに優しくされたら昇天してしまう。

 

 私は涙を流しながらブライアン先輩から頂いたニンジンジュースを飲み干す。

 

 これは夢ではなかろうか、私は思わずそう思ってしまった。二人の水着姿もあってか、何故だか女神様に見えて仕方がない。

 

 すると、しばらくして、私の様子を遠目から見ていた白いフリルが付いた可愛い水着を着ているミホノブルボンの姉弟子がこちらに歩いて来た。

 

 そして、涙を流している私に向かいこう話しをしはじめる。

 

 

「大袈裟ですね、妹弟子よ、あれだけバカンスと言ったではありませんか」

「いや! 午前中のアレを見れば強化合宿だと思うじゃないですかっ…!! 私はもうバカンスって言う名のデスマーチが始まるとばかり…っ

 

 

 そう言いながら、私は涙を流しながら、ミホノブルボンの姉弟子に突っ込みを入れる。

 

 今まで、祝勝会という名の地獄のトレーニングをどれだけやってきたことか、それならば、バカンスという名の強化合宿だって思ってしまうのも当たり前の話である。

 

 姉弟子はそんな私の言葉に苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに私の頭を撫でてくる。

 

 そんなことされては何にも言えないではないですか、畜生。

 

 何はともあれ、バカンスはできるようなので私は気を取り直して午後からのこのバカンスを満喫することにした。

 

 まずはミホノブルボンの姉弟子とバクシンオー先輩、そして、私とライスシャワー先輩とでビーチバレー対決。

 

 白熱の試合だったが、結果的にはミホノブルボンの姉弟子の鋭いスパイクが私の顔面を捉え、負けてしまった。

 

 あのスパイク、多分、常人が受けていたら首が吹っ飛んでたと思う。私もあまりの威力に仰け反りました。

 

 バクシンオー先輩はオレンジのビキニ姿が眩しかったです。その様子は彼女のレシーブの際にご注目して頂けたら一目瞭然かと。

 

 そのあとはナカヤマフェスタ先輩とナリタブライアン先輩と共にルアーを使って、釣りを行なった。

 

 ナリタブライアン先輩とナカヤマフェスタ先輩は意外と手先が器用でホイホイ釣る中、私は一匹だけ小さな魚を吊り上げることに成功。

 

 そんな私にナカヤマフェスタ先輩は一言。

 

 

「はっはっはっ! お前釣り下手くそだなぁ!」

「この際、モリでついた方が早いですよ!これ!」

「お前さんは忍耐力が足りないな、まだまだだ」

 

 

 ぐぬぬと隣で魚を吊り上げるナリタブライアン先輩に何も言い返せない私は思わずそんな負け惜しみの言葉が溢れてしまう。

 

 ナカヤマフェスタ先輩は黒と白のボーイレッグビキニだった。短パンの様な格好は彼女には似合ってましたね、はい。

 

 バンブーメモリー先輩も同じような水着を着ていましたが、こちらは白と緑が特徴のボーイレッグビキニだ。

 

 恐らく、彼女のモデルになった競走馬がいつも付けていたメンコからの色をとった色合いなのだろう。

 

 そして、こちらはそんなバンブー先輩とビーチフラッグを行なっているメイセイオペラ先輩ですが、彼女はピンク色の派手なビキニ姿だ。

 

 

「よーしっ! 私の勝ちぃ!」

「くっそー! 負けたぁ!」

 

 

 しかし、ビーチフラッグ対決は今回はメイセイオペラさんが勝ったようだ、ダートならやはりあの人強いな本当に。

 

 たまにバンブーメモリー先輩も勝ったりしているのでわりと良い勝負になっている。

 

 そんな彼女達をリクライニングチェアから眺めるのはアグネスタキオン先輩ですが、こちらは青と白のワンピース型の水着を着て、呑気にリラックスして満喫している様子が伺える。

 

 そうやって、過ごしているうちに楽しい時間はゆっくりと過ぎていく。

 

 そんな中、私達が楽しそうにバカンスを楽しんでいるのを遠目から眺めている二人の姿があった。

 

 

 そう、義理母とオハナさんである。

 

 

 オハナさんと義理母は二人で並ぶように座り、楽しそうにはしゃぐ私達の姿を見つめながら何やら話をしているようだった。

 

 オハナさんは笑みを浮かべたまま、サングラス越しに私達を見守る義理母に話しかける。

 

 

「珍しいですね、遠山さんがこんな風な休暇を取るなんて」

「…ふっ…珍しいかい?」

「えぇ、ものすごく」

 

 

 東条ハナはクスリと笑みを浮かべて、義理母の珍しい行動に対して感想を述べる。

 

 坂路の鬼と知られている義理母、そんな義理母がダービーが終わったとはいえ、午前中にトレーニングを切り上げこうしてバカンスを楽しませることは本当に稀だ。

 

 その事に関して、リギルのトレーナーである東条ハナは気になっている事があった。

 

 そんな東条ハナに対して、義理母は海を眺めながらゆっくりと語りはじめた。

 

 

「たまにはな、あの娘達には丁度良い息抜きにはなるだろう」

 

 

 義理母は隣に座るオハナさんに笑みを浮かべながら告げる。

 

 だが、その話を隣で聞いていたオハナさんの表情はどこか暗かった。

 

 それは、同じチームトレーナーとして、遠山が掲げる過酷なトレーニングが最近、さらに激しさを増しているからだ。

 

 その事について、遠山から以前からお世話になっている東条ハナはある事が気になっていた。

 

 それは、アンタレスのトレーナーである義理母についてある噂を耳にしたからである。

 

 義理母の隣に座る彼女は続ける様にしてこう問いかけはじめた。

 

 

「遠山さん、体調の方はどうですか? 最近、病院によく通われているとか」

「…………、さぁてね」

 

 

 義理母は敢えてオハナさんからの問いかけに言葉を濁す様にして答える。

 

 それは、事実からなのか、義理母はそれ以上はオハナさんに答える様子はなかった。

 

 身体のことについては、自分がよくわかっている。そんな風な受け応え方だった。

 

 アフトクラトラスやミホノブルボンに対してこうやって休みを与えるのは彼女らしくはないと東条ハナは思っている。

 

 だからこそ、気にはなったものの、それ以上はアンタレスのチームトレーナーである遠山に問いただす様なことは彼女はしなかった。

 

 ただ、一言、彼女は義理母に対してこう告げる。

 

 

「どうか、あまりご無理はなさらないでください」

「…あぁ…、考えておくよ」

 

 

 義理母は心配そうな表情を浮かべている東条ハナにニコリと笑みを浮かべてそう告げた。

 

 自分の鍛えに鍛え抜いた愛娘達、その娘の一人が今クラシックで戦っている。

 

 なら、心を鬼にして、自分の身体に鞭を打ってでも勝たせてあげたい、そして、彼女達が夢見た場所を自分にも見せて欲しい。

 

 その気持ちは誰にも負けないと遠山は思っていた。

 

 自分が鍛え抜いたウマ娘であるあの娘達には後悔しない生き方とレースをしてほしいと。

 

 次はいよいよ菊花賞、夏を過ぎればクラシックの最終レースだ。

 

 何か覚悟を決めているかの様な面持ちで義理母は私達の姿を静かに眺めていた。

 

 

 ドバイの海の波音が静かに聞こえる中、海で休暇を楽しむ私達の1日はこうして過ぎていくのだった。



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鬼の胎動

 

 

 

 ドバイから帰国した私達。

 

 さっそく、ミホノブルボンの姉弟子は秋の菊花賞に向けての地獄のトレーニングを再開、私はそれに巻き込まれる形で重賞競走である東京スポーツ杯に向けてのトレーニングを開始することになった。なんでやねん。

 

 

 トレーニングしたくないでござるー、動きたく無いでごさるー。と嘆く間もないですねほんとに。

 

 

 だが、ミホノブルボンの姉弟子以上にこのクラシック最終レースに闘志を燃やしているウマ娘がいることを私は知っている。

 

 どんなにやられても、負けても、彼女は悔しさを露わにし誰よりもミホノブルボンというウマ娘に勝つことだけを目標にしてきた。

 

 誰もが心を折られた中、彼女は最後まで食らいつく事を諦めなかった。

 

 私と同じように小さな身体で恵まれた体型ではないにもかかわらず、努力を積み重ねてきた。

 

 

「ライスシャワーッ! どうしたっ! 顔を上げんかァ!」

「ぜぇ…ぜぇ…、はいッ!」

 

 

 歯を食いしばり、トレーニングトレーナーの檄に応えて身体に鞭を打ち、何度でも立ち上がる。

 

 私はドバイに行く前からずっと、そんな彼女の影ながらの努力を知っていた。いや、多分、クラシックレースが始まるずっと前から知っている。

 

 だが、彼女はこれまで以上の激しいトレーニングを望んだ。

 

 なぜならば勝つ為だ。勝利するため、積み上げてきたモノを証明するために彼女はミホノブルボンの姉弟子と同じように鬼になる必要があった。

 

 漆黒のウマ娘の目の先にはもはや、それしか見えていない。栄光を手にするためならば何度でも戦う。

 

 なんですけれども。

 

 

「アフトクラトラス! しっかりせんか!」

「ひゃいぃ〜…がんばりまひゅぅ〜」

 

 

 なんで私まで巻き込まれてるんでしょうね?

 

 ライスシャワー先輩のちょっとトレーニングに付き合ってくれる? という上目遣いからのお願いに秒殺されてからの記憶が曖昧なんですよ、私も。

 

 こうして、マトさんからの檄が私にも飛んできます。

 

 やったね! アフちゃん! トレーニングが二倍に増えたよ!

 

 おいやめろと誰か突っ込んでください。

 

 こんな地獄のトレーニングから私を保護するともれなく私の胸を好きなだけ好きにして良い権利を渡して上げますから。

 

 プライド? そんな物なんて微塵もありませんね胸くらい、いくら揉んでも減りはしないわけですし。

 

 あ、でもこれ以上おっきくなったら困るな、よくよく考えたら。

 

 そうして、私は鬼のようなトレーニングの最後にライスシャワー先輩と併走することになったのですが、ここで、ある事に気がついた。

 

 それは、ライスシャワー先輩と走っている時に抱いた違和感である。

 

 予想以上に以前よりも、その足の切れ味が格段に上がっていたのだ。

 

 

「…はぁ…はぁ…、嘘ッ…ここから更に伸びるんですかッ!?」

「ぜえ…ぜえ…」

 

 

 思わず、ライスシャワー先輩のその足の力強さに私は置いてきぼりを食らうところだった。

 

 踏み込み、加速、競り方が前に比べて格段にレベルが上がっている。

 

 いや、おそらくはまだこれは発展途上だ。これから先、更に磨きがかかってくるに違いない。

 

 ライスシャワー先輩と併走してわかるが、気迫が凄まじかった。

 

 それこそ、死神の幻覚が見えたというか、背後から迫ってくると考えるだけで背筋が凍りそうになる。

 

 これは、次のレースはミホノブルボンの姉弟子も一筋縄ではいかないなと私は改めて、そう感じた。

 

 気迫に満ち溢れているライスシャワー先輩はその後、更に、トレーニングで己を追い込んでいた。

 

 その姿は鬼か死神か、まるで、何かにとり憑かれているような怖さを私は感じた。

 

 

 それからしばらくして、お昼。

 

 私はいつものようにるんるん気分で楽しみにしている昼食を迎える。

 

 何故、楽しみなのかって? それはもう可愛いマスコット、オグリ先輩を独り占めできるからである。

 

 オグリ先輩はいきなりハグしても怒られませんし、一心不乱にご飯をパクパク食べる姿は本当に可愛いんですよ。

 

 もう、私の癒しといいますか、私の特等席はいつもオグリ先輩の真ん前なのです。

 

 だが、今日はいつものお昼とは違い、事情が違った。それというのも、今、私の目の前にいるウマ娘がきっかけである。

 

 私と同じように青鹿毛の短い短髪に美形という感じの美人、そして、出るとこがしっかりと出ている抜群のスタイルの持ち主。

 

 そう、フジキセキ先輩である。

 

 

「やぁ、ポニーちゃん、ちょっと今日はご一緒してもいいかい?」

「誰がチビですかっ!」

「いやいや言ってない言ってない」

 

 

 そう言いながら迫る私に顔を引きつらせながら突っ込みを入れてくるフジキセキ先輩。

 

 ポニーちゃんだとう! あんなにちっこくないわ! 私の身長侮るなよ! まだ成長期なんだぞ! この間もちょこっと伸びてたんですからね1mmくらい!

 

 これは伸びた内には入りませんね、はい、知ってました(震え声。

 

 しかし、フジキセキ先輩はボーイッシュというか何というか、同じウマ娘にはやたらとモテる。

 

 ちなみにフジキセキ先輩の戦績としてはG1では朝日杯を勝っている。

 

 実力は間違いなくあるんだが、彼女自身、一線で走るよりもウマ娘達の統括や生徒会のサポートなどの裏方に回る方が多いかもしれない。

 

 実際も4戦しか走って無いですしね、アンタレスで例えるならば、タキオンさんと同じタイプのウマ娘です。

 

 さて、そんなイケメンでボーイッシュなフジキセキ先輩に捕まった私はこうして彼女の目の前で昼食をとるわけなのだが、一体どういった風の吹き回しなのだろうか?

 

 すると、フジキセキ先輩は口を開いて要件を述べ始める。

 

 

「さて、ポニーちゃん、本題に入ろうか。話っていうのはね…。ウチのチームのネオユニヴァースの事だ」

「…っ!? ゴホゴホッ! えっ? ネオちゃんリギルに入ったんですかっ!?」

 

 

 そう言いながら、フジキセキ先輩の衝撃的な話にむせ返る私。

 

 フジキセキ先輩もチームリギルなのだが、まさか、学園が誇る名門チームに同級生のネオちゃんが所属することになっていたとは予想外だった。

 

 でも、まあ、あそこはチームトレーナーのオハナさんが大天使だし、何より、アンタレスとかいうキチガイじみたチームに所属するよりは良いだろう。

 

 下手に姉弟子や義理母から鍛えて強くなると目をつけられた日には壮絶なトレーニングの日々を送ることになる。

 

 経験者が語るんだから間違いない、あの叩き上げで有名なバンブーメモリー先輩が音を上げてしまうほどの練習量だしね。

 

 とはいえ、それだけならわざわざ私に話をする必要性はさほど感じないような気はするんだけれど。

 

 すると、フジキセキ先輩はこう話を続ける。

 

 

「そうなんだが…、君の事についてネオユニヴァースがかなり意識していてな…。練習量を自ら増やしてオーバーワーク気味になっているんだ」

「はぁ……」

「このままだと彼女が潰れてしまうかもしれない、私としてはそれはあってはならないと思っていてね、どうだろう、君の方からも何かしら言ってはくれないだろうか?」

 

 

 そう言いながら、私の手にそっと柔らかな手を重ね、綺麗な眼差しで見つめてくるフジキセキ先輩。

 

 なんだこの天使、結婚してください。

 

 ウチのチームでそんな風なワードなんて一言も出た事ありませんよ。

 

 綺麗な眼差しでこっちを見つめてくるフジキセキ先輩の母性がヤバイです。いや、マルゼンスキーさんの母性もすんごいですけども。

 

 私、二人みたいに天使みたいなお母さんが欲しかったなぁ(遠い眼差し。

 

 しかしながら、ネオユニヴァースちゃんがオーバーワークか、果たしてそれはどのレベルでのオーバーワークなんだろうか?

 

 気になった私はもうちょっとフジキセキ先輩に聞く事にした。

 

 

「例えばどのくらいのオーバーワークですか?」

「最近では、練習終了後にひたすらトレーニングをして夜遅くに寮に帰ってくるね、内容としてはレース場を何回も走って周ったり、夜は水泳で足の筋力を鍛えたりしてるな…。オハナさんも心配していて…」

「すいません…ウチのチームはその数倍負荷掛けてやってもオーバーワーク認定されないんでなんとも…」

 

 

 私はそう言わざる得なかった。

 

 言ってはダメなんだろうが、ウチのチームだとそれ以上にきつい事をするのが当たり前で効率的にエゲツないトレーニングをするので、なんとアドバイスして良いか困惑してしまった。

 

 なんだこの大天使みたいな先輩は、私はもう涙が出ますよ。

 

 フジキセキ先輩はええ先輩やなぁ。私の姉弟子や義理母にも言ってやってくださいよ。

 

 私はハムハムと昼食のニンジンサンドイッチを齧りながらしみじみとそう思った。

 

 すると、私からの返答を聞いたフジキセキ先輩は残念そうな表情を浮かべて語り始める。

 

 

「そうか、ありがとう。確かにアンタレスでミホノブルボンの妹弟子である君には普通の事だったな、すまなかった」

「フジキセキ先輩…。ネオちゃんだけでなく私も救ってくれませんかね?」

「ごめんそれは無理だ」

 

 

 まさかのフジキセキ先輩の2秒即答に私は真顔で固まるしかなかった。

 

 いや、わかりますよ? ウチの義理母怖いですもんね、下手したら泣かされそうですもんね、トレーニング的な意味でもですけれど。

 

 でも、もうちょっと長考しても良かったのではないですかっ!?

 

 私を見捨てるなんて酷いウマ娘です。散々弄んでおいて(意味深)。

 

 はい、弄ばれた覚えは微塵もないんですけどね。

 

 さて、気を取り直して、即答したフジキセキ先輩に咳払いをした私は微力ながら、こんなアドバイスを送る事にした。

 

 

「こほんこほん、えー…、そうですね、ネオちゃんに過剰なトレーニングをさせるより効率化を計ってみたらどうでしょうか? そういった提案をオハナさんから彼女に提示すれば、少しは環境が変わるかと思います」

「…っ!? な、なるほど」

「ウチの練習の効率化にもオハナさんは協力してくださいましたし、あの手腕ならもうネオちゃんにはお伝えしてるかもしれませんがね」

 

 

 後輩思いのフジキセキ先輩にそう言いながら、私は食後の緑茶をズズッと飲む。

 

 そう、オハナさんのトレーナーとしての腕は間違いなく一級品、あらゆるG1ウマ娘を管理統括するにはそれだけの技量を持ち合わせていなければできない。

 

 ウチの義理母がよく、オハナさんの事を高く評価していたのを私は知っている。あの人も義理母から数多くのことを学んだ教え子の一人なのだから。

 

 という事はネオちゃんの件については既に把握済みなのだろう。

 

 無理をさせすぎない程度に見守るなんてやはりオハナさんは天使だなと私は思ってしまった。

 

 あ、ちなみに私の所属するチーム、アンタレスのスローガンは無理を超えて、限界を超え続けろなので、無理という言葉自体存在しないのであしからず。

 

 無理しすぎではなく、無理を超えろなんですよ、死線を超えろとか鬼ですね、ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子は超え慣れてますけども。

 

 アンタレスがトレセン学園の戦闘民族なんて言われても私は微塵も驚きませんよ(白目。

 

 

 さて、話が逸れてしまったが、これにて、アフちゃんのお悩み相談室は無事終了です。

 

 

「ありがとう、アフトクラトラス、また何か相談があれば…良ければ乗ってくれないか?」

「任せてください、そりゃもう大天使フジキセキ先輩のためならえんやこらですよ」

「はははっ! そうか頼もしいよ、ほんとにありがとう、それじゃ私は生徒会の仕事もあるからこれで」

 

 

 フジキセキ先輩も私の返答に安心したのか、丁重なお礼を述べると笑顔を浮かべて頭を下げると踵を返して立ち去ってしまった。

 

 んー、これは敵に塩を送ってしまったのではなかろうか? ネオちゃんは手強いからなぁ、本当に…。

 

 皐月賞、ダービーでは必ず立ち塞がってくることだろう。

 

 ゼンちゃんも含めて二人には負ける気はないけれども、二人とも才能は一級品だから怖いなと私は緑茶を啜りながらしみじみ思う。

 

 すると、フジキセキ先輩が立ち去ったのを見計らってか、私の背後から迫る白い影が。

 

 しばらくして、緑茶を啜っていた私の胸が急な勢いと共に勢いよく上の方へと背後から豊満な胸を両手で持ち上げられた。

 

 私はいきなりの出来事に思わず変な声が出てしまう。

 

 

「ひょわぁっ!?」

「おーすっ! アフちゃん! いやーやっぱり揉み応えあるわぁ」

 

 

 そう言いながら、たゆんたゆんと私の胸を揺らしてくる白いコイツは言わずもがなゴールドシップである。

 

 私はカチンと来たので、スッと立ち上がると負けじとゴルシちゃんの胸を鷲掴みし返した。

 

 いきなり人の胸を触るという事は触られるという覚悟を持っているだろうな? とつまりはそういう事である。

 

 私は顔を引きつらせながら、互いに胸を掴みあっているゴールドシップに視線を向ける。

 

 昼間っからほんとに何してるんだろうか私。

 

 

「…いきなり胸を引っ掴むのはやめてくださいよ、というかゴルシちゃんも良いもの持ってるじゃないですか! ほら!」

「んー…まあ、そうなんだけど、アフトクラトラスのやつは実家に帰ってきた安心感みたいなのを感じるからさぁ…あ、触っても良いけど先っぽは掴むなよ、先っぽ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 

 

 そう言いながら互いに胸を鷲掴みしあうゴルシちゃんと私。

 

 昼間の食堂で何やってるんだろうと私はここで改めて冷静になる。

 

 ゴルシちゃん胸を掴んでいてもなんだか虚しさが残るだけだった。

 

 致し方ないので、私は胸を掴まれたまま、ゴルシちゃんの胸を下から手でポンポンと叩くように揺らしつつ呆れた表情を浮かべてこう話をしはじめる。

 

 

「それで何のようですか?」

「あー、そうだそうだ! 実はさぁ、お前にお願いがあって! ちょっとウチの併走パートナーやって欲しいんだよ」

 

 

 そう話すゴルシちゃんは笑みを浮かべながら、私の胸をゆさゆさと揺らしてくる。ええ加減手を離さんかい。

 

 チームスピカの併走パートナー? 私はまさかこのタイミングでそんな事をお願いされるとは思ってもみなかったので首を傾げて目をまん丸くしていた。

 

 確かに東京スポーツ杯に向けて、スピカの実力のあるウマ娘達の力を分析しつつ、走れるのは良いトレーニングにはなるはずだ。

 

 トレーナーさんも聖人ですからね、変態聖人ですけれど。

 

 あと、義理母のめちゃキツいトレーニングから少しでも逃れられるのでは? という邪の考えが私の中に浮かんだ。

 

 これは案外使えるのではなかろうか?

 

 私はゴルシちゃんににこやかな笑みを浮かべて二言返事でこう返す。

 

 

「ええ、いいですよ、よく話を持ってきてくれました」

「おっ、それは助かる! やっぱり話がわかるなーお前は!」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべるゴルシちゃん。おい、いい加減、胸から手を離せ手を。

 

 とはいえ、私はこうしてしばらくの間、スピカの併走パートナーとして出向く事になった。

 

 それから、話を終えたゴルシちゃんは用事があるからと、私に手を振りながらどっかに行ってしまった。

 

 あの娘は相変わらず自由奔放だなと改めてそう思う。

 

 さて、私はこうして併走パートナーを引き受けたわけだが、チームスピカの実力を肌で感じられる機会はそうそうないので楽しみである。

 

 うまくこの経験をアンタレスのみんなに還元できたらなと思いつつ、私は残っていた昼食を食べながら考えるのだった。



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併走パートナー

 

 

 さて、スピカとの併走トレーニングが決まったその晩のこと。

 

 私はいつものようにナリタブライアン先輩とヒシアマゾン先輩の宿舎の部屋に居た。抱いておく事に定評のあるヌイグルミ役は未だに健在である。

 

 ナリタブライアン先輩も寝るときには私が居ないともうダメな身体になってしまったとか(意味深)。

 

 いやいや、どんだけやねん、私に対する依存性高すぎるでしょう。

 

 毎回のように寝ぼけているブライアン先輩から胸を鷲掴みにされることにも慣れてしまった。

 

 代わりに私は腹いせにひっそりと寝被っているブライアン先輩とヒシアマ姉さんのマシュマロを鷲掴みにして発散したりはしていたが、あの弾力性には感動したのは記憶に新しい。

 

 ヒシアマ姉さん流石ですね。しかし、最近、私は胸を揉んでばかりな気がする。なんやかんやで皆んなが皆デカいんですよね本当に。

 

 あ、チームスピカにいる最速の機能美さんの事は触れてあげないでください、あれは仕様です。

 

 下手に言ったら多分、グーパン飛んでくると思いますので、えぇ、絶対言ったらダメですよ!

 

 というわけで、現在、先輩らの寝室にいる私なのですが。

 

 

「ふふふっ…、フルハウスですっ! ニンジンは頂いたぁ!」

「かーっ!! ツーペア! また負けかぁ」

「すまないな、フォーカードだ」

「「嘘ぉ!」」

 

 

 ニンジン賭けポーカーをやっていた。

 

 そして、見事にブライアン先輩にヒシアマ姉さんと共にカモられ中である。

 

 嘘やん、フルハウスなんてなかなか出ないのにフォーカード出すなんて、絶対サマですよ! イカサマ…っ! ノーカン…っ! ノーカン…っ!

 

 勝負強さというやつか、私はブライアン先輩から回収されるニンジンを見ながらそう思った。

 

 トランプ弱いな私、麻雀なら勝てる自信はあるんですけども、多分、それでもブライアン先輩には負けそうな気がする。

 

 このままだと賭けるニンジンがなくなって、私とヒシアマ姉さんは衣服を賭ける事になりそうだ。

 

 せめて、取られるなら上着だけにしといてほしい、パンツやブラジャーまでひん剥かれては真っ裸で寝ることになってしまう。

 

 現にヒシアマ姉さんは持ちニンジンが無いのでパジャマの上着を脱いでいた。

 

 どうやら、ウマ娘にはパジャマの上着はニンジン一本分の価値らしい、どんな基準なんでしょうね、本当。

 

 しかし、みんな負けず嫌いなので、例え、下着姿を晒そうが、真っ裸になろうが退かないのである。

 

 ウマ娘としては、確かにプライドは大事だが、それ以上に失うものが大きいのではなかろうかと私は個人的に思う。

 

 賭けるニンジンも私も僅か、このままでは、ブラジャーとパンツだけで正座しているヒシアマ姉さんみたいになってしまう。

 

 だが、負けられない戦いがそこにある!

 

 

「勝負じゃあぁぁぁ!」

「やってやらぁああ!」

 

 

 私はカードを握りしめて、ヒシアマ姉さんと共に雄叫びを上げてシャドーロールの怪物に立ち向かう。

 

 ウマ娘の寮だから良いものを、きっと、こんなところをファンの人達から見られようものなら揃いも揃って多分ドン引き不可避だろう。もう嫁入りできないだろうなと思った。

 

 女子寮ならではの光景かもしれない、しかしながらだいぶカオスである。

 

 さて、結果からお伝えするとしましょう。

 

 カードでナリタブライアン先輩に気迫を込めて挑んだ私達でしたが、その結果。

 

 ヒシアマ姉さんと私はパジャマと下着を全部ひん剥かれ真っ裸のまま土下座する羽目になりました。

 

 ニンジンは全部取られ、衣服もひん剥かれ、そして、ナリタブライアン先輩の一人勝ち。

 

 ポーカーなんてするもんじゃないよ、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めてみたよ。

 

 こうして、裸にひん剥かれたヒシアマ姉さんと私は生まれたままの格好で寝る羽目に、ブライアン先輩のヌイグルミ代わりになる私はせめてパジャマの上だけ着て寝せてほしいと懇願する事になってしまった。

 

 すまぬ、オグリ先輩、貴女にあげる予定だったニンジンは倍プッシュしてしまいました。

 

 ショックを受けて更に真っ白になるオグリ先輩の顔が目に浮かぶ、悪気はなかったんですよ、でも、勝負事って熱くなるじゃないですかやっぱり。

 

 というわけで、私は裸パジャマ(上)という格好で夜を過ごしました。

 

 ヒシアマ姉さんは男らしく全裸で寝てます、風邪引きそうですよね。

 

 翌日、無事、ブライアン先輩から私達はパジャマと下着をちゃんと返品されました。使い道がないですもんね、それはそうなる。

 

 さて、そんなアホな事をやっている私なのですが、今日からスピカの併走パートナーを務める事になりました。

 

 義理母から反対されるかもとか思っていたのですが、どうやら、最近、調子が悪いのかよく病院に通っているそうです。

 

 なので、姉弟子も今は一人でトレーニングを積んでいるみたいです。

 

 義理母の事は心配ではありますが、姉弟子の菊花賞もあることですし、これからどうせ調子を上げてくることでしょう。

 

 そういうこともあり、トレーニングが効率的にも出来そうなチームスピカへ、ここには変態ながら聖人のようなトレーナーさんも居ますし、心配もないでしょう。

 

 

 

 

 早速、ゴルシちゃんから連れられた私は顔合わせにスピカの部室にいる。目前にはスピカの誇る名ウマ娘達がズラリと並んでいた。

 

 咳払いをする私は満面の笑みを浮かべながら話をしはじめる。

 

 

「こほん、えー、今日から臨時の併走パートナーの役を務めさせてもらいます。アフトクラトラスです! よろしくおねがいします」

「よっ! アフちゃん先輩! いらっしゃい!」

「今日からよろしくおねがいしますね!」

 

 

 そう言いながら、私の事を歓迎してくれるダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃんの二人。

 

 いやぁ、ええ子達やなぁ、私はこんな後輩たちに恵まれて幸せやで、ほんま。おっと、何故か関西弁が出てしまいました。

 

 さて、そんな自己紹介を皆にしていると私の前に白い流星のメッシュにしている黒鹿毛のウマ娘が私の前に現れて手を握ってくる。

 

 

「貴女がアフちゃん? 私、スペシャルウィークですっ! 今日からよろしくおねがいしますねっ!」

「いつもお腹ミ○フィーさんですね! はい、よろしくおねがいします」

「一文字もあってないっ!?」

 

 

 そう言いながら、私の返答にガビンとショックを受ける日本総大将ことスペシャルウィーク先輩。

 

 私のその返答に周りからは笑いが起こる。いや、昼間によく見かけるのですけどスペシャルウィーク先輩はオグリ先輩とおんなじくらい食べるのは有名だ。

 

 私もあの食事量には度肝を抜かされた。あんな量が良く入るものだと尊敬するほどである。

 

 なので、お腹にバッテンおへそが見え放題なのだ。

 

 ペンで何度、目を書いてやろうかと思ったことか、ちなみにオグリ先輩のお腹には私は一度、目を書いてみた事がある。

 

 オグリ先輩から拗ねられはしたが、可愛かったので後悔はしていない。やっぱり目を書くとウサギさんのそれにしか見えないから不思議だなと思いました。

 

 さて、気を取り直して、そのあと、スペシャルウィーク先輩の肩を叩いて私の目の前に現れたのは綺麗なサラサラの栗毛の髪をした儚げな美人という言葉が似合うウマ娘だった。

 

 彼女は私に微笑みかけるとこう告げはじめる。

 

 

「サイレンススズカといいます。はじめまして、話はいつも聞いてるわ」

「あ…はい、えぇ、私も聞いてますよ、サイレンススズカさん!よろしくですっ!」

 

 

 そう言いながら、スズカさんと握手を交わす私、あの伝説のウマ娘とこうして対面する機会があろうとは思いもしなかった。

 

 沈黙の日曜日、あの日のことは私は忘れもしない。

 

 だが、こうして、元気な彼女の姿を今見れているという事はきっと何かしらの過程でその困難を乗り切ったのだろう。

 

 このウマ娘はかつて、私に夢をくれたウマ娘の一人だ。そう、アンタレスにいるミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩のように。

 

 復帰レースがあったと聞いていたので見られなかった事が本当に悔やまれる。

 

 私は元気な姿のサイレンススズカ先輩をリスペクトしつつ、満面の笑みで握手を交わした。

 

 さて、続いてはこの人。

 

 小柄で快活な小顔で流星のメッシュが入っている鹿毛に愛らしさがあるウマ娘が私とスズカ先輩の間に割って入ってきた。

 

 

「いえーい! 君がアフちゃんだよね! 僕の名前はトウカイテイオー! テイオーちゃんって呼んでくれていいからね!」

「ほうほう、なるほど貴女があの…。どうぞよろしくです」

 

 

 そう言いながら、笑みを浮かべて答える私。

 

 シンボリルドルフの後継、まさに、皇帝を継ぐテイオーとはこの人の事だろう。

 

 怪我さえなければ三冠は間違い無しだっただろうトウカイテイオー先輩。イケメンだろうなとは思ってはいたけれどこんなに愛らしくなっちゃって、うーん、あざとい。

 

 そんな中、私の腕をひっ掴んできたテイオー先輩は元気よくこんな話をし始めた。

 

 

「堅苦しいご挨拶はいいよぅ! ねぇねぇ! 君ってさ! 会長が一目置いてるおんなじ皇帝って名前なんだって? ならさ! 僕と勝負しようよ! 勝負!」

「気持ちは嬉しいですが、ま、また今度ですね」

 

 

 そう言いながら、私の腕に頬を擦りつけながら寄ってくるトウカイテイオーちゃんに顔を引きつりながら答える私。

 

 皇帝? いいえ、違います、今ではマスコット扱いなのですよ、残念ながら。

 

 私の名前にギリシャ語で皇帝なんて付けるからこうなっちゃうんですよね、一体誰でしょうね、付けた人。

 

 というより、私はギリシャというか、何を間違えたか毎日毎日、お隣の国のスパルタン式に鍛えられてるんですけどね。

 

 あれ? 私もしかしてスパルタの皇帝だった?

 

 300人率いて100万の兵隊を倒さなきゃいけないんですかね? そんなことできるわけないんですけど。

 

 ルドルフ会長も一目おかなくて良いです。そんな事したら、また、坂路が増えちゃうじゃないですか。

 

 打倒シンザン、打倒ルドルフはウチの義理母がよく言っていたのでそのせいで檄が凄いんですよ本当に。

 

 さて、そんな感じで擦り寄ってくるトウカイテイオー先輩をあしらいながら、最後はこの人。

 

 皆の衆、刮目しなされ、この人こそ、あの世紀末ヒャッハーウマ娘の一族の創始者にして数々の伝説を残している。

 

 ゴルシちゃん同様にサラサラな芦毛の髪にいかにもお嬢様感を醸し出してるウマ娘。

 

 

「貴女がゴールドシップがよく言っていた…、アフトクラトラスさん?」

「メ、メジロマックイーン先輩! お、押忍っ!」

 

 

 メジロマックイーン先輩その人である。

 

 もう、私の頭には世紀末ソングが流れ始めている。ヤバイ、ヤバイですよ、この人。

 

 どのくらいヤバイかというとあのサンデーサイレンスとかいう不良ウマ娘とマブダチというくらいヤバイ人です。

 

 皆さまには以前からご説明はさせて頂いたと思うので割愛させて頂きます。はい、あの伝説のヤバイ人です。さっきから私ヤバイしか言ってませんね。

 

 私はその小柄ながら雰囲気のあるマックイーン先輩を見た瞬間、敬礼をしてこう告げる。

 

 

「すいません! マックイーン先輩! 今からニンジン焼きそばパン買って来ますっ! 調子のってすいませんっしたっ!」

「ちょっ!? ま、待ってくださいっ! なんでそうなりますの!? しなくて大丈夫ですからっ!」

「いえっ! マジ勘弁してくださいっ! すぐ買って来ますんでっ!」

 

 

 マックイーン先輩は私の急変した態度に思わずオロオロと動揺しはじめる。

 

 この人は怒らせたらアカン。やられてしまう、私はそう思った。

 

 おそらく、来年にライスシャワー先輩がマックイーン先輩とやり合う事になるんだろうけども、よくこの人とやりあえるなと素直に尊敬する。

 

 私は知っている。お嬢様は仮の姿、真の姿はきっとヒャッハーに違いないと、皆は騙せても私は騙されんぞ!

 

 忘れていた。そう、チームスピカも癖ウマ娘が二人もいるではないか、こんなところに居たら私は木刀を持たされて乱闘要員にされる!

 

 今のうちに媚びを売っておかねば!

 

 すぐさま、小銭を片手に食堂へ駆け出そうと足に力を入れる私。

 

 だが、ここで、そんな私を見たゴルシちゃんが見事な手刀が首元にクリーンヒット。

 

 

「ふんっ! 落ち着け」

「ぐへっ」

 

 

 取り乱した私がニンジン焼きそばパンを買いに行こうと駆ける前に阻止されてしまった、解せぬ。

 

 こうして、私は臨時とはいえ、併走パートナーを務めるチームスピカの皆に何事もなく、自己紹介をし終えることができた。

 

 これから先、不安でいっぱいだが、無事に併走パートナーを終えて、私は生きてアンタレスに帰れるのだろうか?

 

 しかしながら、結局アンタレスで地獄のトレーニングをするよりかは生存率が高いなと、その後、意識を取り戻した私は自己完結するのだった。

 



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秋のG1開幕
自分らしい走り


 

 

 私は現在、チームスピカの併走パートナーとしてターフを駆けている真っ最中である。

 

 併走しているのはスペシャルウィークことスペ先輩だ。だが、身体が重いのかスペ先輩はやや遅れ気味に私と併走をしている。

 

 あ、ちなみに私の手足にはもちろん重石がぎっしりと詰め込まれたバンドを身体に付けて走っています。

 

 基本的に本番のレース以外ではアンタレスではこの重石を外すことは禁止とされてます。

 

 ちなみにこれは、バクシンオー先輩をはじめとしたアンタレスのメンバーも共通して行っているトレーニングです。

 

 しかしながら、私と姉弟子、ライスシャワー先輩の付けている重石は外して地面に落とせば、軽く地面が陥没するほどの重石です。

 

 どれくらい重いかというと、具体的な例を挙げるなら某忍者漫画の中忍試験でゲジマユの人がリストバンドを外した時に地面が減り込みましたが、あれくらいの重さだと思って頂けたらなと。

 

 しばらく併走をした後、私の隣に居るスペ先輩は息を切らしながら、膝に手を置き肩で息をしていた。

 

 

「はぁ…はぁ…、あ、アフちゃん…、ちょっと休憩」

「えっ? も、もうですか?」

「いやいや、結構な量走ったよ、7周も回ったし」

 

 

 そう言って、息を切らしているスペシャルウィーク先輩は笑みを浮かべる。

 

 あ、うん、まあ、確かに7周は走ったのであるが、私は息を全く切らさないまま、あまりに早い休憩に困惑する。

 

 というより、休憩とかあったのですね、というレベルだ。そもそも、休憩という概念自体久方ぶりに聞いたような気がする。

 

 アンタレスでは休憩を入れようとは考えてはいるものの、いつのまにかトレーニングに火がついて休憩という概念自体が吹っ飛んでしまっていることが多い。

 

 なので、下手をすれば休憩自体が存在しないということもザラにあるのだ。

 

 致し方ないので、スペ先輩が休憩している間に私はトウカイテイオーちゃんをこっそり呼び出して併走の続きを再開することにした。

 

 だってほら、アンタレスのトレーニングペースだとスペ先輩が下手をすると口から何か出てしまうかもしれないではないですか、なので、私は敢えてそうすることにしました。

 

 

「テイオー先輩、走りますよー」

「おっ! 併走待ってたよ! やるやるー!」

 

 

 そう言いながら、笑顔で私の元に駆け寄ってくるテイオーちゃん、一方で休憩を全く取らずに涼しい顔で彼女を呼び出す私に対してスペ先輩は信じられないといった表情を浮かべていた。

 

 実際、トレーニング量を私自身もスピカに合わせてはおきたいんですけれど、下手に合わせ過ぎてもアンタレスのトレーニングに復帰した時に身体がついていかなくなってしまうという事になりかねない。

 

 なので、それを理解している私自身の見解としては楽をしたいといっても、義理母のトレーニングについていける範囲での楽という訳だ。

 

 下手に手を抜きすぎても、それは私自身の為にならないことは承知だ。

 

 私は誰にも負けたくない、負けないことを願われている。

 

 だからキツいトレーニングを文句を垂れながらこなしてきたし、何より、勝つ為に必要な事だと思ってやってきた。

 

 だが、スピカに来て、私の前にいるこの人達はどうだろう。

 

 アンタレスほどの鬼のようなトレーニングを積んでいないながらもその足には力強さがあり、そして、一人一人に莫大な才能があった。

 

 サイレンススズカ先輩の逃げ足はまさに天性の物。

 

 トウカイテイオー先輩のレース運び、マックイーン先輩の捲り、スペシャルウィーク先輩の先行から一瞬にしてキレる脚、ダイワスカーレットちゃんのスタイリッシュな走り、ウォッカちゃんのパワフルな差し脚、ゴルシちゃんの追い込みでの凄まじい豪脚、スピカでは一人一人の才能がより輝いている。

 

 天才はいる。悔しいが。それはまさにそうだと言わざるを得ない。

 

 なら、私や姉弟子、ライスシャワー先輩はどうだろう。彼女達のように才能や体格に恵まれている訳じゃない。

 

 私は才能があると言われてはいるが、自分ではそう思っていない、私など、ルドルフ先輩やブライアン先輩の才能になんて及ばないと思っている。

 

 彼女達と併走しているうちに、私はその彼女達が持つ才能が羨ましいとも思った。

 

 

「アフちゃん速いねぇ…、はあはあ…。これは僕ももっと頑張らないと」

「いえ…、テイオー先輩の脚にはまだ及びませんよ。私の力無さを改めて感じました」

「あんだけ走って息を切らさずよく言うよ、もう」

 

 

 笑みを浮かべて答える私にテイオー先輩は顔を引きつらせながら、大の字になってターフに転がる。

 

 ミホノブルボンの姉弟子はこんな才能がある人達を地力の力だけでねじ伏せて来たのかと改めてその凄さを私は実感した。

 

 足りない、私には足りていない。

 

 それだけの覚悟がまだ足りてないのだろう。私の走りには何かが足りていない気がする。ミホノブルボンの姉弟子と同じ逃げ足での走り切る形が私にとっても最善の走りなのだろうか?

 

 逃げか、それとも、差しなのか、先行なのか、追い込んで一気にぶち抜くのか。

 

 私自身がその走り方をまだ見定めていない、やろうと思えば多分、全部やれる自信はあるがそれは果たして通用するのだろうか?

 

 どれだけ、今、私が息を切らさずターフを走っていたとしても2400mの一発勝負のレースでスピカのメンバーに勝てるかと問われればそれは厳しいと言わざる得ない。

 

 だから、彼女達がなんだか、私は羨ましかった。きっと姉弟子やライスシャワー先輩はもっと羨ましかったんだろうなと思う。

 

 それでも、二人が今、クラシックで主役として戦えているのはきっとその悔しさをバネにしているからなんだろう。

 

 すると、彼女達とのターフ併走の後に、私の側にスピカのトレーナーさんがスッと現れた。

 

 

「なんか悩み事か?」

「…あっ…えっと…」

「言わなくても走りを見てればわかる、俺が何年トレーナーをやってきたと思ってるんだ?」

 

 

 そう言いながら、スピカのトレーナーさんは私の肩をポンと叩いて笑みを浮かべていた。

 

 この人は本当に聖人じみて優しい人である。

 

 他所のチームの所属である私に対してこんな風に声をかけてくれるとは思いもよらなかった。

 

 私は肩を竦めるとスピカのトレーナーさんに向かってゆっくりと話をしはじめる。

 

 

「才能の壁ってやつですかね、自分が誇れる走り方をまだ見つけられないなって思いまして」

「…そうか」

「スピカの皆さんと今日走ってわかりました。姉弟子やライスシャワー先輩が見ていた景色がどんなものだったのか、改めて」

 

 

 そう私は淡々と話しながら、スピカのトレーナーさんは黙ってそれに耳を傾けている。

 

 努力や積み重ねが才能を覆せると義理母は言う。例え、恵まれた才能がなくても、血筋じゃなくてもそれが特訓や積み重ねで覆せると。

 

 私は姉弟子やライスシャワー先輩よりも恵まれている今の現状を本当にありがたく思わなくてはいけない。

 

 勝負の世界は時に非情なのだ。

 

 スピカのトレーナーさんは私のその言葉を聞いて納得したように笑みを浮かべていた。

 

 

「遠山さんがお前にウチの併走パートナーを許可した理由がよくわかったよ、なるほどな、あの人らしい」

「……へ?」

「なんでもない、ほら、午後からマトさんのとこでトレーニングだろ? 早くしないと遅れるぞ、お前」

 

 

 スピカのトレーナーさんは私にそう告げると優しく背中を片手でポンと押した。その手は暖かく力強かった。

 

 背中を押された私は後ろを振り返り彼の顔を見る。なるほど、これは確かにスピカの皆が走れる訳だと納得してしまった。

 

 後ろを振り返った私はスピカのトレーナーさんの目を真っ直ぐに見据えたまま力強く頷き、その場から駆け出す。

 

 そんな、私の後ろ姿を見つめながら、スピカのトレーナーさんは残念そうな表情を浮かべた。

 

 

「ほんと羨ましいな、ウチのチームに来てほしかったよ、アフトクラトラス」

 

 

 スピカのトレーナーは彼女の持つその本質に気づいていた。

 

 才能が劣っていると彼女自身は思っているのだろうが、とんでもない。

 

 彼女の才能は光り輝くダイヤの原石だ。

 

 おそらく、アンタレスの過酷なトレーニングをこなさなくともその才能はトウカイテイオーやマックイーン達に相当する程。

 

 名だたる名ウマ娘達とも充分に才能だけで渡り合うポテンシャルを秘めているのだ。

 

 だからこそ、リギルのトレーナーである東条ハナも彼女には目をつけていたし、勧誘も行なった。

 

 だが、それをわかった上でアンタレスのチームトレーナーを引き受けた遠山は過酷なトレーニングを彼女に課したのである。

 

 それ以上の境地が彼女から引き出せると見抜いていたからだ。

 

 そして、保護者である自分だからこそ彼女がそのトレーニングに耐えられる事を把握していた。

 

 とんでもない怪物が来年、ターフに舞い降りる。

 

 チームスピカのトレーナーは直感的にそう感じた。

 

 クラシックが終わり、彼女がもし、スペシャルウィークやトウカイテイオーの走る路線に出てきたらと考えるだけでゾッとする。

 

 アンタレスの集大成は二人いる。

 

 立ち去っていくアフトクラトラスの背中を見つめているスピカのトレーナーは彼女の背中を見送ると静かに踵を返すのだった。

 

 

 午後からライスシャワー先輩との過酷なトレーニングに合流。

 

 菊花賞に向けて、それはもう、ライスシャワー先輩の目には闘志が満ち溢れていた。坂路を共に駆け上がる私もそれに釣られるように脚に力が入る。

 

 ライスシャワー先輩の差し足はまさに無駄がなく、研ぎ澄まされ、洗練されたものに毎日積み重ねるごとに変貌していく。

 

 それは、私にとっても有り難い事だ。キツい坂路を登る中で学ぶことが非常にたくさんある。

 

 

「ああああぁぁぁ!!」

「があああぁぁぁ!!」

 

 

 併走する私と共にデットヒートするライスシャワー先輩の走りにトレーニングトレーナーからも思わず笑みが浮かんでしまう。

 

 成長が目に見えてわかる。皐月賞、日本ダービーの屈辱をバネにライスシャワーの目つきが明らかに変わった。

 

 しかも、次は3000m。ライスシャワーにとっては最高のコンディションで距離も適正だと言える距離だ。

 

 そして、一通りの過酷なトレーニングが終わるとライスシャワー先輩のトレーニングトレーナーであるマトさんは私の肩を優しくポンと叩いた。

 

 

「アフトクラトラス、吹っ切れたような顔だな」

 

 

 そう告げる彼の顔は優しい表情だった。

 

 私が前回のトレーニングに比べて打ち込む姿勢が格段に違っているのだからそれはそうなるなと思わず息を切らしながら苦笑いを浮かべる。

 

 自分の走り方が見えてきた。今ならわかる、スピカの皆さんやライスシャワー先輩と走ってトレーニングをした今なら。

 

 私自身、見直せた。どんな走り方が私らしい走り方なのかを。

 

 息を切らしながら、私はマトさんにこう告げはじめる。

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…。私の…、私の得意な走りは誰がなんと言おうとっ! 逃げ先行っ! 時々差しですっ!」

「…ふむ」

「ミホノブルボンの姉弟子の猿真似とか言われるかもしれません、差し足はライス先輩の走り方に似てるとか言われるかもしれません! だけどっ…」

 

 

 トレーニングのしんどさからか、息を切らしながら、下を向いていた私はそう言いながら顔を上げると隣にいるライスシャワー先輩の眼を真っ直ぐに見つめ、そして、改めてマトさんに向き直った。

 

 そう、誰がなんと言おうと私の走り方はそれだ。自分で導き出した走り方、逃げと先行、そして、ライスシャワー先輩を見習って学んだ差し。

 

 私自身の走り方はこの走り方だ。スピカの皆さんの走り方を身をもって学び、そして、これだと確信した。

 

 

「私はこの走りで勝ち続けます。誰にも負けません、いや、負けたくありません」

 

 

 ライスシャワー先輩にも姉弟子にもきっと追いついてみせる。そして、必ずこの走り方で勝つ。

 

 きっと、海外でも日本でも私はどんなウマ娘よりも強くなってみせる。

 

 ライスシャワー先輩はそんな私の顔を見てニッコリと微笑んでいた。

 

 身近にいるウマ娘の成長が嬉しかったのか、ライバルとして戦うと言い切る私の言葉が嬉しかったのかはわからないがその表情は優しかった。

 

 誰しも抱いている夢がある。私が抱いている夢はいつか夢の第11Rでミホノブルボンの姉弟子やライスシャワー先輩と共に走って勝つ事だ。

 

 それに、日本と海外を股にかけた前人未到の両国三冠制覇、私は来年、誰も見たことがない栄光を掴みに戦いに行くことを密かに胸のうちにしまっていた。

 

 いよいよ、クラシック最終戦がある秋が近づいてくる。

 

 私も重賞に向けて、一層、頑張らねばと固く心に誓うのだった。



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電撃の短距離戦

 

 

 

 いよいよ、レースが本格化してくる秋。

 

 秋の始まりG1、第1戦目はサクラバクシンオー先輩が出場するスプリンターズS。

 

 電撃の短距離戦。

 

 短い距離の覇者を決めるこの戦いに向けてミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の同期である彼女は身体をしっかりと仕上げている最中である。

 

 短距離戦にて絶対的強さを誇るサクラバクシンオー先輩。

 

 だが、この秋、スプリンターズSにおいて、トレセン学園に激震が走った。

 

 その理由はチームリギルから、なんとスプリンターズSにタイキシャトル先輩の出走が表明されたのである。

 

 さらにそれだけではない、なんと海外からも参戦を表明した海外ウマ娘が居た。

 

 それが、BCマイル連覇の実績を持つ短距離戦スペシャリストのルアー。そして、名スプリンターとして知られているロックソングがこのスプリンターズSに参加を表明していたのである。

 

 その理由は世界最強のスプリンター、未だに無敗の海外スプリント界の至宝、ブラックキャビアが参戦するとされていたからだ。

 

 だが、その話題となっていたブラックキャビアは様々な理由で参加表明を急遽、取り消してしまったのである。

 

 なので、今回のスプリンターズSはブラックキャビア不在の日本の誇る短距離代表ウマ娘対海外ウマ娘というとんでもない構図が出来上がってしまったのだ。

 

 ブラックキャビア? ルアー? タイキシャトル? ロックソング?

 

 何その無理ゲーと思われたかもしれない、私もそう思う。

 

 そもそもなんで、生きてる事自体がチートみたいなブラックキャビアさんが参加しようとしたのか恐ろしい限りだ。

 

 世界的にも今、短距離ウマ娘は物凄く熱気があるレースが多くなってきたからかもしれない。

 

 その理由の一つとしては、オーストラリアのランドウィックで行われた芝レース世界最高の総賞金額1000万豪ドル(約8.8億円)を誇るジ・エベレストが挙げられるだろう。

 

 そう、莫大な賞金が掛かるこのレースの距離がスプリンターズSと同じく1200m。

 

 そのため、各国のウマ娘の育成機関はこのレースの賞金と同じく莫大な賞金が手に入るペガサスワールドCの為にダートウマ娘と短距離ウマ娘の育成に力を注いでいる。

 

 おそらく、ブラックキャビアがスプリンターズSに出走表明を一度出してきたのはこれの前哨戦としての事だったのだろうと私は推測した。

 

 結果的にブラックキャビアは今回、スプリンターズS自体は回避はしたのだが、それでもあれだけの怪物が日本にやってこようとした事自体、恐ろしい話である。

 

 それでなくても今年は例年よりレベルが異様に高い、いや、高すぎる。

 

 ロックソングにルアー、そして、タイキシャトル先輩といった面々、私なら裸足で逃げ出したくなるような面子だ。

 

 

 アンタレスからはバンブーメモリー先輩とサクラバクシンオー先輩の二人がこの戦いに参戦。

 

 日本のウマ娘の威信にかけて、絶対に勝たなくてはいけない凄まじい激闘を予感させるような組み合わせに私もワクワクが止まらなかった。

 

 

 電撃の爆進王VS無敵のマイル王。

 

 

 この構図だけでもワクワクするというのに、さらに海外ウマ娘の参戦ということもあって今年のスプリンターズSは目が離せない。

 

 そういう過程もあって、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と併せで現在、最後の仕上げにかかっているところだ。

 

 短距離での坂路上がりで足腰を鍛え、瞬発力を最大限に高めている。

 

 スプリンターズSの距離はたった1200m。鼻差での決着も十分にあり得るような一瞬の短距離戦だ。

 

 スタートをミスれば、その時点で勝負は決まる。

 

 しかも、日本スプリント界の期待の星とされているサクラバクシンオー先輩にはそのプレッシャーがずっしりと両肩にのしかかっていた。

 

 スプリントでは誰にも負けないというプライドが彼女にはある。

 

 例え、それが短距離で日本最強だと呼び声のあるリギルのタイキシャトルが相手でも。

 

 そんな気持ちが入ったスプリンターズSに向けた、トレーニングでの走りだった。

 

 それを遠目から見ていた私は隣で同じく見学しているライスシャワー先輩にこう話をしはじめる。

 

 

「気合い入ってますね、サクラバクシンオー先輩」

「そうね、本来なら12月にあるはずのスプリンターズSが秋の始めのG1になってるし、さらに海外ウマ娘が参戦ってこともあって気合いが入る気持ちはわかるわ」

「アンタレスでの切り込み隊長みたいなものですもんね!」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉に頷いて、満面の笑みで答えた。

 

 そう、これは私が知っている競馬の知識とは完全に異なっているレースだ。

 

 本来なら、タイキシャトル先輩が出走する事はないし、海外ウマ娘もこれほどまで贅沢な面子は集まってなかった筈。

 

 だが、蓋を開けてみれば短距離最強決定戦になっているし、私の知識が確かならこの年、サクラバクシンオー先輩はスプリンターズSは勝てなかった筈だ。

 

 しかし、サクラバクシンオー先輩の気合いが入っている追い込みや走りを見ていると、この年、もしやという期待が湧き出てくるようであった。

 

 周りのレベルが高いだけに、これは、私が見たことの無いレベルのレースを見せてくれるのではないだろうか。

 

 トレーニングを終えたミホノブルボン先輩とサクラバクシンオー先輩は汗をタオルで拭いながらこちらに歩いてきた。

 

 スプリンターズSに向けて気合いが入っているサクラバクシンオー先輩に私は笑みを浮かべ飲料水を手渡しながら問いかける。

 

 

「調子はいかがでしょうか?」

「えぇ、非常に良いわね、バンブーメモリーは?」

「今、タキオン先輩と併せてますよ。あの人もすごい気合い入ってました」

「でしょうね、…ふぅ…、もっと気を引き締めなきゃ、足元掬われかねないかも」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は飲料水を一気に飲み干していた。

 

 このスプリンターズSに向けての彼女の覚悟は凄い。

 

 なぜなら、本来は真面目な学級委員で通していた筈の彼女が、その業務を他に投げてまで、このレースの為に身体を鍛えに鍛え抜いているからだ。

 

 バンブーメモリー先輩もいつも以上に肉体に負荷を掛けて、タキオン先輩に走り方を教えてもらいながら仕上げに取り掛かっている。

 

 全てはハイレベルの短距離戦を制すため、スプリントという距離で誰にも負けたくないというプライドが彼女達をそうさせていた。

 

 タイキシャトル先輩の実力はサクラバクシンオー先輩も良く知っている。

 

 かつて、タイキシャトル先輩はスプリンターズSを制覇した実績もある。

 

 さらに加えて、フランスのマイル路線の最高峰レース、ジャック・ル・マロワ賞も制した事はトレセン学園では広く知られていた。

 

 チームリギルが誇る短距離最強ウマ娘。

 

 そんなすごいウマ娘がスプリンターズSにまたやってくる。

 

 同じ短距離を主戦とする者として、サクラバクシンオー先輩はこのタイキシャトル先輩にはスプリント戦では決して負けられないというプライドがあった。

 

 来年にはスプリント路線での海外進出を考えているサクラバクシンオー先輩にとってみればまさに好機。

 

 私には短距離戦のなんたるかはまだわからないが、少なくとも1600mという短い距離のレースを走った事のある経験からすると1200mのレースがどれだけ難しいかというのは理解できる。

 

 レース運び、一瞬の判断、瞬発力、キレのある力強い脚などなど、挙げればキリがない。

 

 何か、何か私にできる事はないだろうか?

 

 私にできる事と言えばヌイグルミ並みに抱き心地が良いことと演歌歌える事といろんな方言の検定(自称)を持ってるくらいですけども…。

 

 あ、だめだ、よくよく考えたら何の役にも立たないポンコツだわ、私。

 

 うーん、これはさらに特技を増やす必要があるでしょうか? しかしながら、レースに関係ない特技を増やしたところでどうするのって話なんですけどね。

 

 

 

 さて、それから1週間後。

 

 秋のG1レースの始まりを告げる、第1戦、スプリンターズS、前日。

 

 記者に囲まれている中、サクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人は有力なウマ娘として今回のレースについての意気込みを話している最中である。

 

 私はその中継をオグリ先輩と共に昼食を摂りながら見守っていた。

 

 サクラバクシンオー先輩の隣には腕を組んでいる私の義理母が立っている。異様な圧を発しているあたり流石だなと思うばかりだ。

 

 そんな中、サクラバクシンオー先輩に記者から質問が飛び交う。

 

 

「サクラバクシンオーさんっ! 今回、タイキシャトルさんとの短距離戦について何か一言っ!」

「そうですね、マイル戦でどうかは知りませんけれど、スプリントは私の聖域です。トレセン学園の優等生として私は全く負ける気はしませんね」

 

 

 そう言って、まるでタイキシャトル先輩を煽るかのように闘志をむき出しにしているようなコメントを返すバクシンオー先輩。

 

 私は思わず、おーっ、と声が出てしまった。かなりパンチが効いている。負けん気の強さが前面に出てるなとそう思った。

 

 一方、そのコメントを耳にした記者の一人がすぐさま、オハナさんと共にスプリンターズSの記者会見に出ているタイキシャトル先輩に向かいこう告げる。

 

 

「バクシンオーさんはこう仰られてますが、タイキシャトルさんは今回出てくる海外ウマ娘、そして、バクシンオーさんとのレースに関してどう思われてるのでしょうか?」

「ノープログレム。スプリンターズSは一度勝ってますからネー。やるからにはフルパワーですヨ」

 

 

 そう言って、質問してくる記者に問題ないとばかりに答えるタイキシャトル先輩。

 

 これが、国内マイルの絶対王者と言われているところからくる余裕なのか、しかしながら、一見飄々としながら記者の質問に答える彼女の身体から溢れ出る雰囲気にテレビを通して見ていた私は思わず鳥肌が立つ。

 

 そのウマ娘の身体つきを見れば分かる、ジャージ越しからでも培ってきた筋肉、短距離ウマ娘だからこその、鍛え抜かれた短距離戦用の分厚い筋肉が目視で確認できる。

 

 タイキシャトル先輩といえど、その地位は決して安泰ではない。

 

 風の噂では下の世代には名刀デュランダル、そして、古株になって実力を付けてきたトロットサンダーなどの有力なウマ娘が台頭しつつあるとか。

 

 さらに、スカーレット一族のエリート、ダイワメジャー。

 

 新世代には、力をつけつつあるカレンチャンを始め、ジャスタウェイ、モーリス、ロードカナロアが虎視眈々とその座を狙っている。

 

 今や、短距離はタイキシャトル先輩一強ではなく海外ウマ娘を交えた群雄割拠の時代に入ろうとしていた。

 

 そんな中での、スプリンターズSでのサクラバクシンオー先輩との激突はトレセン学園の皆が注目する一大レースだ。

 

 タイキシャトル先輩はそういった現状を理解している上でゆっくりと口を開きマイクを通してこう語る。

 

 

「ロックソングにルアー、海外の強豪もいマス。明日はベリーエキサイティングなレースになるでしょう。ですが、短距離最強は変わらず私という事を証明してみせマス」

 

 

 そう言きるタイキシャトル先輩の言葉にサクラバクシンオー先輩は鋭く視線を彼女に向ける。

 

 それは、タイキシャトル先輩を短距離最強と私は認めていない、とばかりに訴えかけるような眼差しだった。

 

 その視線に気づいたタイキシャトル先輩もサクラバクシンオー先輩の眼をジッと見据える。

 

 互いの視線が交差し合う中、緊迫した空気が辺りに漂う。

 

 記者会見の最後に記者は二人の握手する姿を撮らせて欲しいと要望を出した。

 

 その要望を聞いた二人は互いに席を立つと歩み寄り、差し出した手を握りしめたまま、真っ直ぐに見つめ合っていた。

 

 

「…明日、決着をつけましょう」

「望むところデス」

 

 

 そう言って、しばしの間、握手をして見つめ合った二人は互いに踵を返してその記者会見の場を後にしはじめる。

 

 記者会見の中継を見ていた私は無事に終わった二人のやり取りを見て大きく安堵の吐息を溢した。

 

 あんなにピリピリしたようなレース前の記者会見なんて見た事が無い、確かに勝負事となればそうなるのもわかるのだが、あそこまで闘志をむき出しだと思わず心配になってしまう。

 

 さて、無事にテレビの中継も終わりましたしご飯を食べるとしますか!

 

 そう思い、私が食事のトレーに視線を向ける。すると何という事でしょう、私の食べるはずだった昼食が綺麗サッパリ無くなってるではないですかっ!

 

 そして、目の前には口周りをハンカチで拭き拭きしているオグリ先輩。

 

 私はジト目のまま口周りをハンカチで拭いているオグリ先輩にこう問いかけた。

 

 

「オグリ先輩、もしかして私の食べました?」

「…うっ…、な、なんのことだ?」

「食べましたよね?」

 

 

 そう言いながら、ジト目のまま顔をグッと近づけてオグリ先輩を問い詰める私。

 

 だいたい、食事が目の前で消えるなんてあり得ない、あり得るとしたらそれはオグリ先輩が一瞬にして食べてしまうことくらいだ。

 

 私に問い詰められたオグリ先輩は顔を赤くすると恥ずかしそうに視線を逸らしながら、静かに頷く。

 

 やっぱりそうだったか、私の直感はよく働くのだ、君のように勘のいいウマ娘は嫌いだよとか、オグリ先輩言わないでくださいね?

 

 顔を赤くしたオグリ先輩は指をツンツンしながら私から視線を逸らしこう話をし始めた。

 

 

「…テレビ見てて食べそうになかったから…つい…」

「許しますよっ! 私ので良ければあげますともっ! ですが、代わりにハグして撫でさせてください」

 

 

 満面の笑みを浮かべる私は恥ずかしそうに話してくるオグリ先輩にそう告げる。

 

 すると、オグリ先輩は少し考えたのちに困ったような表情を浮かべつつ、視線を逸らしゆっくりとこう告げはじめた。

 

 

「…ぐっ…し、仕方ないな、少しだけだぞ…?」

 

 

 顔を真っ赤にしているオグリ先輩は実に恥ずかしそうに私の視線から目を逸らしながらそう話した。

 

 可愛すぎる。うん、きっと私はオグリ先輩を甘やかしすぎてるんでしょうけどね。しかしながらこの愛らしさには敵いませんよ。

 

 黙って私の昼食を食べちゃったんだしそれくらいはね? ほら、ご飯の恨みは怖いとよく言うではないですか。

 

 多少は我慢してたのも分かる。その証拠にオグリ先輩がつい垂らしてしまったのであろう涎の跡を見つけてしまった。

 

 まあ、でも我慢していても食べてしまっては意味がない、こればかりはオグリ先輩が悪いのである。

 

 そんなわけで、スプリンターズSの前日記者会見を見届けた私はいつも通り、オグリ先輩を愛でる活動を再開する。

 

 いつか、オグリ先輩を愛でようの会を作りたいものです。会員費はだいたいオグリ先輩の食費に回りそうな気はしますけどね。

 

 いよいよ明日に迫ったサクラバクシンオー先輩の晴れ舞台。

 

 電撃の短距離戦、タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の勝負の行方はいかに!

 

 そして、そんな一大レースを控えた前日の昼休み、昼食を終えた私はオグリ先輩にこうして癒されるのだった。



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スプリンターズS

 

 

 激戦が予想されるスプリンターズS、当日。

 

 スプリント最強を決める決定戦、その戦いの舞台に二人の日本が誇る至宝が激突。

 

 それは、言わずもがなサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩だ。

 

 1番人気はタイキシャトル先輩、そして、2番3番は海外ウマ娘のロックソングとルアーが占めて、サクラバクシンオー先輩は4番人気。

 

 そんな、アンタレスのメンバーであるサクラバクシンオー先輩の大事なレースが始まろうかとしている中、私、アフトクラトラスが何をしているかというと?

 

 はい、勘がよろしい方は多分、この時点でお気付きかもしれませんね。

 

 

「はーい、いらっしゃいませー、たこ焼きいかがっすかー」

 

 

 そう、たこ焼きをレース場で皆さんに売って回っています。

 

 またかよ、と思われたかもしれません、私もそう思います。なんでだよ、たこ焼きこの間売ったばかりでしょうよ。

 

 事の経緯は前回と同じです、だいたい、白くて、わけがわからんあんちくしょうのせいです。私はいつも振り回されてますね、ほんと。

 

 しかも、今回はいつもとは違います、なんと私は現在、チアガールのコスチュームを着ながらたこ焼きを売って回っているのです。

 

 そして、サイズが恐らく合ってなかったのでしょう、私の胸の辺りがやたらとパッツンパッツンしてますし、これ。

 

 しかも、チアガールのコスチュームとだけあってスカート丈が短いというね。

 

 何故、チアガールなのか、むしろこれはダイワスカーレットちゃんに着せて、私は応援団みたく、晒しを胸に巻いて漢気溢れる団長みたいな格好が良かった。

 

 ゴルシちゃんも同じ格好をしてるので文句は言えないのだが、次回からちゃんとサイズは確認してほしいと思う。

 

 そんな事を思いつつもたこ焼きを売って回る最中、同じく焼きそばを売って回っていたゴルシちゃんが私の肩をポンと叩いてくる。

 

 

「よぉ、調子はどうだい? 売れてっかー」

「ぼちぼちですね、てか、この服サイズ合ってないんですけど」

「えーっ! マジかぁ、胸周りちゃんと揉んで確かめたんだがなぁ」

「そんなアバウトな方法でサイズ決めないでくださいよ、ちょっと」

 

 

 そう言いながら、私の服のサイズが合ってないことに驚いたような声を上げるゴルシちゃん。

 

 サイズはデカくなってない筈だ、多分。たしかに胸は成長したりはしていたが、そんな成長ばっかりしてドトウちゃんのような巨乳になるのは御免被りたい。

 

 とはいえ、このはちきれんばかりの己の胸部を見ればそうも言ってられないだろう、だから身長に栄養がいけと言ってたんですけどね、何度も。

 

 しかも、それが筋トレしすぎて得た大胸筋ではありません、ポヨンポヨンしたやつだからタチが悪い。

 

 そんな私はたこ焼きを抱えたまま、ゴルシちゃんにジト目を向けてやさぐれていた。

 

 あれ? これデジャブじゃないですかね? 前もこんな事あったような気がするんですけども。

 

 さて、気を取り直して、観客席がドッといきなり盛り上がる。

 

 まだ、レース前のパドックだが、現れたのは今日の大本命、タイキシャトル先輩だ。

 

 前回のスプリンターズSを勝った事もあり、観客達の期待も高い、綺麗な艶のある栗毛の髪がいつも以上に映えていた。

 

 鍛え抜かれた歴戦の身体、王者の風格がある圧倒的な雰囲気は他のウマ娘には無いものだ。

 

 そんな中、私はゴルシちゃんと並んでチアガールの格好でそれを見つめている。この私達の光景もだいぶシュールだと思うんですけどね、私個人としましては。

 

 流石に秋一発目のG1だけあって、雰囲気が違うなと感じた。

 

 

「すげー身体だな相変わらず」

「こりゃたまげた」

 

 

 タイキシャトル先輩の鍛え抜かれ、仕上がった身体に観客席からも、ちらほらとそんな声が上がる。

 

 はっはー、まだ驚くのは早いぜ、お客さん達や。

 

 タイキシャトル先輩だけで驚いてたら困りますよ、まだウチのバクシンオー先輩の晴れ姿を見てはおるますまい。

 

 私が見た限り、重石を手足に付けて坂でミホノブルボンの姉弟子と併せ、さらに、このレースの為に仕上げてきた彼女はまさしくスプリント界の王としての片鱗を見せていた。

 

 そして、バクシンオー先輩はこのレースの為に身体を仕上げてきた。

 

 その為に犠牲にしたものもある。レースに出る彼女の為にと、クラスメイト達は彼女が抜けた穴を懸命に協力しながら埋めた。

 

 バクシンオー先輩は一人で走る訳ではない、私達、アンタレスのチームメイトがいて、そして、彼女を送り出してくれたクラスメイトの思いを乗せて今日は駆ける。

 

 その証拠に、観客席に視線を移せば彼女の同じクラスのウマ娘達がデカい横断幕を観客席から吊るしていた。横断幕にはデカデカと私達の爆進王という文字と綺麗な稲妻のロゴが入っている。

 

 

「バクシンオー! 頑張れー!」

「私達の委員長ーっ!」

 

 

 駆けつけたバクシンオー先輩のクラスメイト達からの鳴り響く声援、これは、きっと彼女が積み上げてきたものだろう。

 

 練習時間に割くことのできる時間を責任感が強い彼女は敢えてクラスの為にと業務に費やした。

 

 同期のミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩がトレーニングを積んで強くなる中、彼女にはきっと焦りがあったに違いない。

 

 私はバクシンオー先輩のパドックでの登場をゴルシちゃんと並んで心待ちにしていた。

 

 

 

 

 スプリンターズSのパドックでタイキシャトルに観客席が湧く中、彼らの前に1週間、仕上げた身体を披露する時がいよいよやってきた。

 

 スプリングステークスでの敗北、あの負けから彼女はそのことを身に染みて感じていた。

 

 同じチームであるミホノブルボンに敗北し、2着どころかバテてしまい、情けなく着外になってしまった。

 

 ライスシャワーも4着、この時、私は自分の至らなさを身に染みて思い知った。

 

 クラス委員長の仕事をこなしながら、私はこんなところで何をやっているんだろうとそう感じていた。

 

 ライバル達は自分がクラスの為に働いている中、きっと、血の滲むような努力を積み重ねてきているはずだ。

 

 あのルドルフ会長でさえ、生徒会長の仕事をこなしながらあれだけ力強い走りができているというのに私は何をやっているのだと、己を責めた。

 

 パドックに向かうレース場の道の途中でふと、バクシンオーは足を止める。

 

 

「……っ…」

 

 

 胸元に手を置けば、高鳴る心臓の音が鮮明に聞こえてくる。

 

 G1という大舞台、対するはマイル王タイキシャトル、そして、海外から来た精鋭のウマ娘達。

 

 今日のレースをわざわざ観に来てくれたであろうクラスメイト達の声がここまで聞こえてくる。そう、このレースに挑む私に彼女達はこう言ってくれた。

 

 あれは確か、夏ごろの話だっただろうか。

 

 始まりは私の事をいつも手伝ってくれるクラスメイトの一人である彼女の言葉がきっかけだった。

 

 バンッと力強く私の机を叩いた彼女は迫るようにして私にこう告げてきた。

 

 

『バクシンオーちゃん、次は絶対勝とうっ!』

『えっ…?』

『スプリングステークスっ! 見てたんだよ私! 』

 

 

 そう言って、バクシンオーの手を握って来たのは黒鹿毛のショートヘアのちっさな身体のウマ娘だった。

 

 彼女は優れた才能を見込まれて、飛び級してトレセン学園にやってきた。

 

 幼いながらもしっかりものでなんでも得意。その上、彼女は素直で明るいがんばり屋のウマ娘だった。彼女の名はニシノフラワーという、そう、サクラバクシンオーと同じく短距離を得意とするウマ娘だ。

 

 クラス委員長であるバクシンオーは飛び級でやってきたニシノフラワーの面倒をよく見ていた。

 

 そんな、ニシノフラワーがクラスにいち早く馴染めたのはサクラバクシンオーがクラスメイトとの仲を取り持ってくれたからである。

 

 彼女には、クラスの中心であり、みんなのことを良く考えてくれるサクラバクシンオーが憧れの存在だった。

 

 そして、同じ戦線で戦うからこそ彼女はバクシンオーの持つ類い稀な才能に気づいていた。

 

 だからこそ、クラス委員長としてクラスをまとめながら生徒会の仕事を請け負い才能を開花できていないバクシンオーの現状が彼女には歯痒かった。

 

 

『バクシンオーちゃんは勝てるんだから…っ! 強いのクラスのみんな知ってるんだよ! みんなでサポートするからっ!』

『……でも、私は委員長だから…』

『応援するよ! ねぇ! みんな!』

 

 

 そう言って、クラスメイト達に同意を求めるニシノフラワー。

 

 クラスメイト達からも、それに同意するように次々とあちらこちらから声が上がった。同じ同級生でもあり、ライバルであるにも関わらずだ。

 

 それは、バクシンオーがどれだけ自分達の為に働いてくれているのか彼女達も知っているからだ。だからこそ、今度は何かしらの形で彼女の力になりたいと皆がそう思っていた。

 

 

『委員長にはいつもお世話になってるし!』

『借りがたくさんあるもんねっ!』

『良いとこ見せてよ!優等生!』

 

 

 そう言って、次から次へとクラスの事については何も心配するなと背中を押してくれるクラスメイト達。

 

 今まで、クラスの為に働いて来たバクシンオーはこの言葉に思わず言葉を詰まらせる。

 

 私が積み上げてきたことは無駄ではないのかと思ってしまう事も稀にあった。

 

 クラス委員長としての責任を果たさねばとレースに負けた次の日には、直ぐに気持ちを切り替えて頑張ってきた。

 

 

『あ…、あの…、私…、ありがとう…っ』

 

 

 これには、バクシンオーも思わず涙が自然と溢れ出てきた。

 

 ウマ娘と生まれたからには走りたい。走って実力で勝ちたいと思う。

 

 だからこそ、チームメイトであるライスシャワーもニシノフラワーと同じように業務を負担してくれることもあったし、ミホノブルボンは私の為にトレーニングと調整に付き合ってくれた。

 

 ミホノブルボンと共に行う坂路のトレーニングはきつかったが、一回り、さらに今よりも強くなれた気がした。

 

 深呼吸した私は決心したように頬を両手でパンパンッと二度と叩いて気合いを入れてこう声を出す。

 

 

「よしっ! 行こうっ!」

 

 

 今まで、積み上げてきたものをクラスの皆にもチームメイトの皆にも見てもらいたい。

 

 今日はそれを見せる時だ。心臓を落ち着かせた私はゆっくりと止めていた足を動かす。

 

 この日の為にやるべき事はやってきた。そうして、私はパドックの舞台に足を踏み入れる。

 

 今日は勝ちに来たのだと示す為に。

 

 

 

 タイキシャトル先輩の登場からしばらくして、大声援と拍手で迎えられるサクラバクシンオー先輩に私も頑張れー!と声援を送る。

 

 スプリント戦でありながらこんなに盛り上がりを見せる事はそうそう無いはず、そのレースに挑むプレッシャーもおそらく半端ない筈だ。

 

 私なら少なくとも、かなり緊張してしまいそうだなとか思ってしまう。違います、豆腐メンタルとか言わないでください、私のはこんにゃくメンタルですので。

 

 弾力性があるハートの持ち主なんですよ、胸も弾力性があるねとか、誰が上手いこと言えと。

 

 さて、話が逸れかけましたが、パドックに出てきたサクラバクシンオー先輩は吹っ切れたような表情でした。

 

 私の心配はどうやら杞憂だったようですね、あの様子であればレースはなんら心配なさそうだ。

 

 羽織っていたジャージを脱ぎ捨てるサクラバクシンオー先輩。会場からはタイキシャトル先輩同様に驚いたような声が上がっていた。

 

 それはそうだろう、アンタレスの仕上げトレーニングは死ぬほどキツイ、それをこなしていたのだから仕上がりはバッチリだ。

 

 それだけで驚くなかれ、バクシンオー先輩はゆっくりと腕と足に付けていたリストバンドを全て外すとそれを舞台の床下に投げて見せる。すると…?

 

 

「お、おい! 舞台が凹んでんぞっ!」

「普段からあんなの付けて走ってんのかっ!? おい!」

 

 

 ズンッという音と共にステージの床がリストバンドの重さで少しばかり凹んでしまった。

 

 そう、今では普段から重しを身につけているアンタレスだが、レースではその力を存分に解放できるのである。

 

 ちなみにパドックのステージは木製の上にバクシンオー先輩の身につけている全部のリストバンドの重しであれくらいなのだが、私とミホノブルボンの姉弟子、ライスシャワー先輩が付けているリストバンドは一つだけ普通の地面に投げるだけで地面が陥没する。

 

 ちなみに今も付けています。でも、付け慣れたらそうでもなくなってくるから身体って不思議ですよね(白目)。

 

 来日した海外ウマ娘の皆さんが日本のウマ娘は頭がおかしいと思って帰国しなきゃ良いんですけども、だが、否定できないから悲しい。

 

 少なくとも、私のチームは…、あ、隣にも居ましたねそんな感じのウマ娘が。

 

 私は隣に立っているゴルシちゃんの顔をチラリと見て思わずそう思ってしまった。基本クレイジーなウマ娘ばかりなのは、当たっているかもしれない。

 

 すると、ゴールドシップちゃんはバクシンオー先輩のパドックを見つめながら私の肩をポンと叩くと耳打ちでこんなことを話し始める。

 

 

「ほら、私がたこ焼き持ってやっから、せっかくチアの格好してんだし、フレーフレーしてやんなよ、な?」

「んな事、今したら胸がはち切れるわ! できるかっ!」

 

 

 そう言って、たこ焼きを抱えたままアホな事を言い出すゴルシちゃんにツッコミを入れる私。

 

 胸が大惨事になるわ、脚上げた途端に胸元のボタンがブチんと音が鳴るのが容易に想像出来てしまうから不思議。

 

 しかも、下は短パン履いてませんのでそんな事ができるはずが無い、ただでさえ、この格好自体危ういのに何を考えてるんだか。

 

 そんな風なやりとりをしているうちにバクシンオー先輩のパドックが終わる。

 

 さて、私もたこ焼きの販売に戻るとするか、そう思って踵を返した矢先の事だった。

 

 胸元からブチッという、何かが引き千切れる音と共にボタンらしきものが吹っ飛ぶ。

 

 

「あっ…」

「あちゃー…」

 

 

 はい、私の胸元のボタンが引き千切れた音ですね。思わず、それに頭を抱えるゴールドシップちゃん。

 

 そして、何故か、その瞬間、私の胸元が露わになり、観客席の数人が盛り上がってうるさかったので軽く顔面にナックルパートをお見舞いしてすぐに黙らせました。

 

 別に胸元を見られること自体は屁でも無いのですが、なんかイラっと来たのでつい…、嘘です、ちょっと羞恥心もありました。

 

 今度から普通に学校指定の制服で配った方が良いなという教訓にはなったと思う。こうして私は結局、着替える羽目になってしまうのだった。

 

 

 さて、私達がこんなアホな事をしている間にいよいよ、パドックも終わり激闘のスプリンターズSの幕が上がる。

 

 勝つのは果たして、日本のウマ娘なのか海外のウマ娘か。

 

 今、短距離の頂上決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。



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短距離の巌流島決戦

 

 

 いよいよ、スプリンターズSのゲートイン。

 

 準備体操をしているだけでも海外ウマ娘達の身体を見ていればその実力はだいたい掴める。

 

 スプリント、マイルを勝てるわけだと観客席から眺めていた私は思わずそう感じた。足の作り方を見ればそれは一目瞭然だ。

 

 クラシックと短距離専門のウマ娘は基本的に身体の筋肉の鍛え方も脚の筋肉の付き方も異なる。

 

 その点において、世界最高峰のレースBCマイルを制した実績のあるルアーや、海外短距離G1制覇をしたロックソングは見事な身体の作りをしていた。

 

 私はゲートインする前の海外ウマ娘の二人を見て顔を引きつらせながらこう呟く。

 

 

「うっへー…私、来年あんなのとやり合わなきゃならんのか…」

 

 

 すでに胸がはち切れたチアガールの服に代わり制服に着替えた私は尻尾を振り振りしながら苦笑いを浮かべていた。

 

 あ、もちろん手元にはたこ焼きがあります、御安心下さい私は皆さんにたこ焼きと夢を売る可愛いマスコットなのです。

 

 ははは、もうこれいっそ全部オグリ先輩にあげようかな、売るのがめんどくさくなってきた。

 

 さて、バクシンオー先輩とタイキシャトル先輩はというと異様に落ち着いている。

 

 やはり、バクシンオー先輩はクラスメイト達の応援も大きいのだろう。こんなエゲツない面子を相手にあれだけ落ち着けるなんて肝が座り過ぎである。

 

 しばらくして、いよいよ枠入りの時を迎える。

 

 ザワザワと盛り上がる観客達、最後の枠入りが終わり皆はその時を待ちわびる。

 

 

 電撃の短距離戦へ。

 

 

 大激戦のスプリンターズSがいよいよ幕を開ける。

 

 会場内に響き渡るファンファーレ。

 

 芝1200m観客達のボルテージもファンファーレと共に手拍子を合わせ一気に盛り上がった。

 

 実況席に座るのは今日もこの人、大接戦ドゴーンで有名な愛称はブルーアイランドさんである。

 

 あ、ちなみにこれは私が勝手に付けたニックネームなので悪しからず、実況席からは今日のレースについての話が聞こえてくる。

 

 

「さぁ、晴天で迎えることが出来ましたスプリンターズS。今日の注目はサクラバクシンオーとタイキシャトルの巌流島決戦! さらに日本ウマ娘と海外ウマ娘との対決です。各ウマ娘ゲートイン終わりました」

 

 

 そう言って、レース開始を今か今かと待つ観客達。

 

 静寂な空気が流れ、スタートを切る主審が旗を上げる。そして、しばらくそれを挙げたまま時間が静止した。

 

 スタートの一瞬で全てが決まる。それが、スプリンターズSだ。

 

 ヨーイドンッで走り、単に足が速いウマ娘が勝つシンプルな勝負、スタートを待つ彼女達の足にも思わず力が籠る。

 

 そして、パンッ! という音と共にゲートが一気に開いた。

 

 すぐさま、先行を取りに行ったのはやはりこの二人のウマ娘達だった。

 

 

「おっと! ポンっと先行で来たのはやはりタイキシャトル! だが、サクラバクシンオーもそれに並ぶ! これは見事なスタートダッシュを決めた!」

 

 

 二人とも差しには回らず見事な先行取り、これには会場もどよめいた。早くも注目されているウマ娘二人の先行争い、これに燃えない筈がない。

 

 私も思わず上手いと声に出してしまった。見事なスタート、バクシンオー先輩もタイキシャトル先輩もさすがは短距離のスペシャリストだなと納得してしまった。

 

 海外ウマ娘達も負けていない、あの二人と変わらないスタートだ。

 

 見事なスタートダッシュを決めたサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人。

 

 だが、そんな二人よりも先に見事なスタートを決めて先行を取ったウマ娘が居た。それは、逃げ策に打って出た海外ウマ娘、BCターフを制したルアーである。

 

 さらに、二人の背後からは直ぐにロックソングが迫って来ている。はやくもレースは序盤から4強対決という展開に。

 

 

(やっぱりそうなったネ…)

(だけど、これは願ってもない展開!)

 

 

 タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の二人の思惑が一致する。

 

 これならレースの展開が荒れるようなことはない、存分に力を出して戦える。海外ウマ娘の姿を確認しながら、二人は思わず内心で笑みを浮かべていた。

 

 勝負は最後の200m直線、ここで伸びて決着をつける。今はまだ先頭につけて脚を溜める時だ。

 

 先頭を走るルアーから離されない程度の距離を保ちながら、二人はゆっくりと間合いを詰めていく。ロックソングもそれにつられるように上がって来た。

 

 1000mから900m、そして、残り800mの表記を過ぎる。

 

 

「逃げに入るルアー! さあ、距離はだんだんと無くなってまいりました! 残り800m! さぁ、ここからどうなる! 日本のウマ娘の意地を見せるのか!」

 

 

 白熱するレース展開に実況席からも熱い声が上がる。

 

 スタートダッシュを綺麗に決めたバクシンオー先輩にもタイキシャトル先輩の足にもまだまだ余裕がある。

 

 ここからが勝負だ。先行の二人は一瞬互いの視線が交差する。

 

 プライドを賭けた戦い、それも、日本での戦いで負けてなるものかとそんな意地と意地が激しくぶつかった一瞬だった。

 

 タイキシャトル先輩の剛脚に力が入り、地面を割くように異常な伸びを見せはじめた。みるみる内に先頭を走っているルアーを捉えにかかる。

 

 

(早めに捉えるっ)

 

 

 200mギリギリまで待つつもりであったが、タイキシャトル先輩は勝負に出た。

 

 それは、先頭を走るルアーの脚に疲労が見えたからだ。早めに先頭に躍り出て一気に押し切ろうという魂胆であった。

 

 タイキシャトル先輩はそう考えていた。自分の脚を信用しているからこそできる芸当だ。

 

 これには、観客席からも大声援が上がった。タイキシャトル先輩の人気の高さが伺える。

 

 

「残り400m!タイキシャトル上がる! タイキシャトル上がる! 凄い脚だ! 伸びる!これは射程圏内に入った! まだ伸びる! だが、来た来た! 背後から来たっ! あれは間違いない!」

 

 

 残り400mの地点でルアーはタイキシャトル先輩に並ばれ一気に抜かれそうになるが、それでも辛うじて食い下がる。

 

 そして、実況にもムチが入る。激しく声を張り上げすごいテンションの実況に会場も大盛り上がりだ。

 

 しかし、伸びて来たのはタイキシャトル先輩だけではない、背後から迫るのは我がチームアンタレスが誇るスプリント最強の委員長。

 

 

「サクラバクシンオーが猛追撃ィ! タイキシャトルと並んだァ! ルアーがなんとここで退がるっ! これは凄いことになった」

 

 

 サクラバクシンオー先輩の必殺の脚が炸裂。

 

 まさしく、その脚は爆裂と表現したら良いくらいの凄まじい伸び脚だった。

 

 二人の背後からマークしていたロックソングも急激に伸びる二人の脚について行けない。

 

 一気に先頭に躍り出た二人は顔を見合わせて火花を散らす。それは、負けてたまるものかと言わんばかりの表情だった。

 

 まず仕掛けたのはタイキシャトルからだった。脚に力を込めてバクシンオーを引き離そうと試みる。

 

 

「残り200っ! タイキシャトルがここで出る! タイキシャトルだ! タイキシャトル! だが、バクシンオーが差し返すっ! 譲らない! 譲らない! 互いに先頭を譲らない! 壮絶な一騎打ちになりました! 」

 

 

 だが、バクシンオー先輩はすぐさまタイキシャトル先輩を差し返し先頭を取らせんとしていた。

 

 デットヒートした二人の足は止まらない。

 

 それは、死闘にも見えた戯れにも見えた。

 

 きっと、二人にしかわからない世界が見えたに違いない、だが、勝負というのは常に勝者と敗者を作る。

 

 全て積み重ねたものがレースに反映される。このレースを勝つためにバクシンオーは皆から支えられた。

 

 タイキシャトルは日本の誇る短距離の王者としての看板を背負ってこのレースに挑んだ。

 

 残り50m、僅かな差か絶望の距離か。

 

 限界を越えた先、その世界を見たのはやはり、このウマ娘だった。

 

 

「タイキシャトル!右に僅かによれたっ! バクシンオーがここで僅かに競り勝つ! バクシンオーか! これは、バクシンオーかっ!」

 

 

 脚を崩したのはタイキシャトル先輩だった。

 

 理由はわからない、芝が原因か、何かに脚を取られたのか、疲労による僅かな隙か。だが、そこを見逃すほどバクシンオー先輩は甘くはない。

 

 その一瞬の隙をついて、前に躍り出る。残り数十メートルで明暗が綺麗に分かれる。

 

 大接戦、だがそんな大接戦では僅かなロスが命取りになる。

 

 タイキシャトル先輩はおそらく焦っていたのだろうと思った。

 

 ルアーを降したまでは良い、だが伸びる自分の脚に食らいつくサクラバクシンオー先輩の気迫に押された。

 

 

(しまっ…! !)

(今だっ!今しか無いっ!)

 

 

 引き離せないバクシンオーの走りに焦ったタイキシャトル先輩の完全なミスだった。

 

 僅かにバクシンオー先輩がタイキシャトル先輩の先を行く。

 

 先頭を切り裂くはバクシンオー、チームアンタレスのサクラバクシンオー先輩だ。

 

 張り裂けそうな雄叫びを上げて、ゴールを切った瞬間、実況がここで思わず吠える。

 

 

「いった! いった! 抜けた! サクラバクシンオーが抜けたっ! サクラバクシンオーが抜けたっ! 進撃のバクシンオー! これが日本のスプリントキングだァ!」

 

 

 実況は相変わらず大袈裟だが、観客席から一気に爆発したかのような大歓声が一斉に上がる。

 

 僅かな差、右にタイキシャトル先輩がよれなければきっとあのまま差し返してたかもしれない。

 

 微かに脚が取られたのが明暗を分けた、あれが無ければ本当にどうなっていたのかわからなかった。

 

 息を切らしながら、死闘を終えたサクラバクシンオー先輩は高々と腕を振り上げる。

 

 その光景に会場は揺れた。盛大な賛辞と拍手がレースを制したサクラバクシンオー先輩へと送られる。

 

 そして、彼女のクラスメイト達は喜びを爆発させて、ターフへ乗り込むとサクラバクシンオー先輩の元へと駆けていく。

 

 私達のクラス委員長がリギルの誇る短距離の王者を負かした。

 

 そのことが彼女をスプリンターズSで応援していた彼女達には誇らしかったに違いない。遠目からそれを眺めていた私はそう思った。

 

 

「すごい! すごいよ! 委員長っ!」

「やれるって思ってたよっ! 絶対勝てるって!」

 

 

 そう言いながら、バクシンオー先輩の元に駆け寄り抱きつきながら笑みを浮かべるクラスメイト達。

 

 すると、バクシンオー先輩は苦笑いを浮かべながら近寄って来た彼女達に倒れるように身体を預ける。

 

 そして、バクシンオー先輩は息を切らしながらゆっくりとこう話をしはじめる。

 

 

「ありがとう…、皆のおかげだよっ…。後、ごめん、肩貸して…脚が…」

「あ…っ」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべつつ身体を預けてくるバクシンオー先輩の脚に視線を落とすクラスメイト達。

 

 彼女の脚は限界を超えすぎたせいか、激しく痙攣を起こしていた。そして、おそらく上手く立てないところを見る限り肉離れか何かを起こしているのだろう。

 

 すぐにクラスメイトの一人がバクシンオー先輩に肩を貸す。多分、そこまで重症というわけでもないがこれではウイニングライブは出来そうに無い。

 

 すると、その様子を遠目でたこ焼きを抱えて見ていた私の肩にポンと手が置かれる。

 

 急に肩に手を置かれた私の背中に悪寒が走る。私は苦笑いを浮かべてゆっくりと後ろへと振り返った。

 

 すると、そこには真顔で私の肩に手を置いているミホノブルボンの姉弟子の姿が、そして、姉弟子は私にこう告げはじめる。

 

 

「バクシンオーの代わりにウイニングライブ行って貰えますね?」

「えっ!? 何故ェ!」

 

 

 姉弟子の急な無茶振りにたこ焼きを抱えていた私は思わず驚きの声を上げる。

 

 いや何故そうなるんですかっ! 私、気配を消して空気になっていたのに!? 何故こんな時にそんな扱いなんですかっ!?

 

 バクシンオー先輩が出来ないのはわかりますが代打がまさかの私、しかも、センターという。一体どうしろと。

 

 漫才でもしたら良いんですかね? 私、演歌くらいしか出来ませんよ?

 

 これは服を脱いでサービスをせざる得ないのではないだろうか? いや、しませんけどね、大衆の前でそんなことしたら社会的に死んでします私が。

 

 そんな中、クラスメイトから肩で身体を支えて貰っているバクシンオー先輩の元にタイキシャトル先輩がやってくる。

 

 そして、笑みを浮かべるタイキシャトル先輩はバクシンオー先輩に手を差し出した。

 

 

「ナイスランでした。悔しいデスガ、次はミーが勝ちます」

「はい、こちらこそありがとうございます、また走りましょう」

「楽しみにしてますネ」

 

 

 そう言いながら握手を交わす二人。

 

 二人の健闘を讃えて会場からも拍手が巻き起こっていた。確かに手に汗握る名勝負でした、それは認めましょう。

 

 ですけど、私がウイニングライブやるのはちょっと意味がわかんないですね、もう帰って良いですかね? えっ? ダメ?

 

 その後、私はズルズルと引きずられバクシンオー先輩の代打でウイニングライブを歌って踊ることに。

 

 スプリンターズSで走った先輩達の視線が痛い中、タイキシャトル先輩に可愛がられつつ歌うあの苦痛といったら、胃が痛かったです。

 

 誰だお前って言われても仕方ないですよね、はい。

 

 なんか、腹が立ったので最後にウイニングライブのセンターでを熱唱してやりました。観客の人達からポカンとされましたけど後悔はしていません。

 

 ちなみにその後、私はルドルフ会長から馬鹿者と言われ怒られました。なんでや。

 

 こうして、秋のG1一発目のレースから好スタートを切ったチームアンタレス。

 

 いよいよ、次は菊花賞。

 

 果たしてクラシックの戦線最終レースはどのような展開が待ち受けているのだろうか。



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学園祭の準備

 

 

 

 さて、スプリンターズSも終わり、秋の菊花賞に向けて私たちも本格的なトレーニングを始めました。

 

 とでも言うと思いましたか? ふふん、実は秋にはもう一つの一大イベントがあるのですよ。

 

 それはですね、トレセン学園の学園祭の時期なのです。

 

 いやー、私もようやく学生らしいことができるのか、嬉しいですね本当に。

 

 いつもは鬼のようなトレーニングに明け暮れる日々だったのですけれども、こういったイベント事は実にありがたいです。

 

 私はるんるん気分で現在、学園祭の準備を手伝いながら鼻歌を口ずさんでいました。

 

 

「ふんふんふーん♪…おや?」

 

 

 そんな上機嫌な私の前になんと大量の飾り付けの材料を運ぶゼンノロブロイことゼンちゃんの姿が。

 

 うーん、あんなちっこい身体で無茶したら怪我をしてしまいますね、それは由々しき事、ここは一つ私が手伝ってあげなければ。

 

 私はすぐさま、材料を運んでいるゼンちゃんに近寄るとにこやかに笑みを浮かべながら話しかける。

 

 

「やぁーやぁー、ゼンちゃん。手伝おうか?」

「あ、アフちゃん!」

 

 

 そう言いながら私はゼンちゃんが抱えている材料を持ってあげる。

 

 大方、学園祭のための材料なのだろう。そうと分かれば話は早い、大天使アフエルである私は当然手伝う事にした。

 

 目の前にたくさんのを材料を持ったか弱い女の子が居るんですよ! ここで手を貸さなきゃ漢が廃るってもんですよっ!

 

 あ、良く考えたら私も普通にウマ娘でした。

 

 ま、まぁ、細かいところはさておき、心優しい私は飾り付けに使う材料を抱えながらゼンちゃんと教室に向かう。

 

 

「アフちゃんありがとう助かるよぉ〜」

「いえいえ〜、これくらいならあと三倍くらいあっても軽く持てそうですし気にしないでください」

「何それ怖い」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の言葉にドン引きするゼンちゃん。なんでや。

 

 いや、そりゃあれだけ筋トレとか坂とか追い込みとかしてたら筋肉なんてバリバリ付き放題ですよ。

 

 試しに私の腹筋見てみます? キュッてなってますからキュッて。

 

 そう言いながら、私は材料を置いてゼンちゃんにお腹を触らせてあげる。

 

 すると、ゼンちゃんはおーっと声を上げながら、興味深そうに私のお腹を手でスリスリと確認、むふふ、どうだ凄いだろう。

 

 しばらくお腹を触っていたゼンちゃんは私の顔を見つめながらこう語り始める。

 

 

「確かにすべすべしてて、スタイル凄く良い!」

「でしょう? 普段から鬼みたいなトレーニングしてますからね」

「あ、でも上の方はなんだかプニプニしてて摘めるかも」

「おい、それ胸つまんどるやろがい」

 

 

 そう言いながら、私の下乳あたりの脂肪を摘み始めたゼンちゃんに突っ込みを入れる。

 

 ススッとさりげなく手が上にいっていることに気ついてないとでも思ったか? 甘いわ! 私がどれだけ普段からその辺、弄られてると思ってるんだ全く。

 

 寝ぼけたブライアン先輩からは鷲掴みにされ、ゴルシちゃんからはナチュラルに鷲掴みにされ、そして、普段のトレーニングでは無駄に揺れるんですよ。

 

 本当に肩は凝るわで、ろくな事がない。

 

 今、多分、世の中にいる女性とウマ娘の何%かを敵に回したような気がしますが、多分気のせいでしょう。

 

 主に頭文字がサで始まり、カで終わるウマ娘さんから怒りの鉄拳が私に飛んできても何ら不思議ではない。

 

 ゼンちゃんにお腹を触らせてあげた私はそそくさと上着を元に戻す。なんだか、触らせ損だった気がするのは気のせいだろうか?

 

 気を取り直して材料をとりあえず教室に入れ込む私とゼンちゃん、学園祭の準備は大変ですね本当。

 

 

 

 さて、材料も運び終えましたし、私は退散するとしましょうかね。

 

 え? クラスの学園祭の準備を手伝わないのかですって? いや、手伝ってあげたいのはやまやまなのですが、実は私にも用事というものがありましてね。

 

 というのも、私自身が出店を出さなきゃいけないから店を組み立てなきゃならんのですよ。

 

 何を作るのかと言われたら、たこ焼き屋の屋台です。今回は同じチームアンタレスのバンブーメモリー先輩とナカヤマフェスタ先輩が手伝ってくれるそうなのでちょっと安心してます。

 

 さてと、私も準備を手伝って来ますかね、いやー忙しい。嘘です、若干、クラスの準備手伝うのめんどくさいから抜け出したい口実にこじつけただけです。ごめんなさい。

 

 そんな感じでご機嫌にチームアンタレスの出店の手伝いに向かおうと教室を出て歩きはじめる私。

 

 すると、しばらくして、背後から肩をポンと叩かれて呼び止められた。

 

 

「あの…、ちょっといいかしら、貴女、アフトクラトラス…?」

「…はい?」

 

 

 呼び止められた私はキョトンとしながら後ろへと振り返る。すると、そこに居たのは鹿毛の目付きがキリッとしてる緑色が印象的なリボンを付けたクールな雰囲気のウマ娘だった。

 

 私は首を傾げて、声をかけて来たウマ娘に対してこう語り始める。

 

 

「あれ? どこかでお会いしましたっけ?」

「いや…顔を合わせるのはこれが初めてだけれども」

「ですよね! ところで、メジロドーベルさん何用ですか?」

 

 

 私は首を傾げて、呼び止めるようにして肩を叩いて来たメジロドーベルさんに告げる。

 

 そりゃ、いきなり初対面の人から声を掛けてこられたら普通にそうなりますよね。

 

 しかもサイレンススズカさんやタイキシャトル先輩と同期ですし、メジロドーベルさん、それに名門メジロ家(笑)の出のエリートですから私も緊張してしまいます。

 

 すると、ドーベルさんはキリッとした表情で私の手を急に握りしめるとこう語り始める。

 

 

「私、まどろっこしいのが嫌いだから率直に言うわ、先日のウイニングライブでの貴女の歌に惚れたの」

「…はい?」

「先日の貴女のライブ、あの素晴らしい曲だったわ。周りはどう思うか知らないけれど私はあの曲好きよ」

 

 

 そう言って、真剣な眼差しで見つめてくるドーベルさん。先日のウイニングライブっていうとおそらく私が熱唱した紅の事だろう。

 

 あれ、完全にネタだったんですけどね、まさかドーベルさんが気に入るとは思わなんだ。

 

 しかし、美人さんである。そして、クールに見えて顔を赤くしてるのがちょっと可愛い。

 

 おっといかんいかん、私の悪戯心が疼いてしまうところだった。最近、ゴルシちゃんに毒されてきてる気がする。

 

 え? お前、元々そんな感じだったろ、ですって。 ぐうの音も出ませんね、はい。

 

 ひとまず、メジロドーベルさんに笑みを浮かべたまま私は彼女にこう告げはじめる。

 

 

「ありがとうございます。会長には怒られちゃいましたけどね」

「そうなの?…私は良かったと思ったんだけどな…」

「ドーベルさん最近何か嫌な事でもあったんですか? ちょっと破壊衝動強すぎやしないですかね?」

 

 

 私は顔を引きつらせながら、メジロドーベルさんにそう突っ込みを入れる。

 

 毎回、楽器を壊すのが通例のバンドの曲が気に入ったとかそう思わざる得ない。

 

 ドーベルさん凛々しい顔してなかなかに凄いぶっ飛んでるなとか私は内心で思ってしまった。

 

 さて、気を取り直して私はコホンと咳払いを入れると彼女にこう話をし始めた。

 

 

「ありがとうございます。それでは私は露店の準備があるのでこれで…」

「それで、本題なんだけど、私、アンタレスに入ることにしたわ」

「ちょっと待てい」

 

 

 踵を返して、その場からすぐに立ち去ろうとした私はドーベルさんのその言葉を聞いて思わず振り返ると間髪入れずにそう告げる。

 

 いやいや、何故そうなった。確かにドーベルさんはオークスとか勝っている実績のあるウマ娘なのだけれど、どこをどうやったらアンタレスに入りたいと思ってしまうのか、修羅になりたいんですかね?

 

 私はドーベルさんの正気を疑う、一応、この人も名門メジロ家の一員なんですけど。

 

 あ、なるほどだからか、あれー? でもマックイーンさんとは血縁関係そんなに濃かったかな? あれー?

 

 そんなわけで、アンタレスに入ると言ってのけたドーベルさんの説得に私はすぐさま入ることに。

 

 メジロ家の令嬢が正気を失っておられるのだ。私が正気に戻さねば(使命感。

 

 私は早速、ドーベルさんに言い聞かせるようにこう話をし始めた。

 

 

「いいですか? ドーベルさん。ウチは薩摩の戦闘民族並みに頭がおかしいトレーニングをすることで有名なのですよ?」

「えぇ、そうね」

「ですから、リギルとスピカのようなですね…」

「覚悟は出来てるわ、貴女のファン第1号として愛を貫く覚悟は出来てるもの」

「あ、わかった。この人、やばい人だ」

 

 

 そう言って、私の説得は開始3秒程度で霧散した。なんだこの人、目がマジだから本当に怖いんだけれど。

 

 あまりの衝撃に私は思わず思った事を口走ってしまった。

 

 実際、普段からアンタレスのトレーニングをしていたらそんな事、私なら口が裂けても言えない。

 

 私に対して何の愛を貫くんですかね? 毎回、思うんですけど、私の周りにはどうしてこんな人達ばかり寄ってくるんでしょう。

 

 そして、真剣な眼差しで手を握ってくるメジロドーベルさんに私は思わず後退る。

 

 

「アフトクラトラス…、貴女と同じチームで一緒に私も走りたいの」

「あの…、アフちゃんでいいです。アフちゃんで、あとドーベルさんの方が年上ですしね? ね?」

 

 

 手を掴み迫るメジロドーベルさんの顔が近い、何故、わざわざ顔を近づけてくるのか。

 

 とりあえず、私は顔が近いメジロドーベルさんの両肩を掴むと身体から引き離す。

 

 おっとヒヒ~ンとはそう簡単にテンションは上がらせませんよ。

 

 それに、私はこの後、露店の手伝いがあるのだ。こんなところで油を売っているところを姉弟子なんかに見つかったらなんと言われるか。

 

 引き離したメジロドーベルさんはサラリと長い髪を靡かせると嬉しそうに笑みを浮かべたまま私にこう語り始めた。

 

 

「アフちゃんね、わかったわ。それで、貴女何か急いでたんでしょう? 私も手伝うわ」

「えっ!? あー…んー…。べ、別に多分、人手は足りてるとは思うのでお気遣いしてもらわなくても…」

 

 

 私はいろんな方向視線を泳がせながら、すっとぼけるように好意的なメジロドーベルさんにそう告げる。

 

 先程から、よくわかった。これ私が苦手なタイプのウマ娘だと半ば確信した。これだけ好意的に迫られたら私は逆に引いてしまうタイプなのである。

 

 犬に例えると完全に豆柴系だな私。いや、ウマ娘なんですけども。

 

 でもまぁ、ナリタブライアン先輩の前例もあるので一概には言えませんね。はい。

 

 確か、メジロドーベルさんは話によると男の人が苦手で、自分はかわいくない、女っぽくないと普段から言っているとよく耳にしていた気がするんですけども、それに加えて、極度の恥ずかしがり屋で上がり症だとか。

 

 見た限りどこがだよ、と私は思わず突っ込みを入れたくなった。尻尾を上機嫌にフリフリ振ってますけど大丈夫かなこの人。

 

 一見、クールビューティーなウマ娘に見えて結構グイグイ来てますよね、さっきから。

 

 私がウマ娘だからでしょうか? うーん、どうなんでしょうか、この状況自体、あまりにあり得ないことすぎて頭がついていきません。

 

 

「私達、もう同じチームメイトでしょう? せっかくだし手伝わせて」

「もうアンタレスに入るのは、撤回する気が微塵もないんですね」

 

 

 アンタレスに迷わず加入する気満々のメジロドーベルさんの肝の座り方が怖い。

 

 しかし、これ以上、何を言っても仕方なさそうなので、私はため息を吐くと彼女にこう告げはじめる。

 

 下手に断り続けても彼女の好意を無下にしているようで気分もよくありませんしね。

 

 

「それでは、学園祭で販売するたこ焼きの露店の準備があるので手伝って貰えたら有り難いです」

「あら、それならお安い御用。なら私も当日の販売も手伝わせて」

「そうしてくれると助かりますね」

 

 

 そう言って、私はメジロドーベルさんと学園祭で使う露店の準備に入るために校庭に向かう。

 

 チームごとの露店はそれぞれ異なっていて、リギルはなんと執事喫茶とかやるらしい。アンタレスは出店と巨大な和太鼓演奏だとか。

 

 何故に和太鼓、そして、今回はミホノブルボン先輩がその和太鼓をデカい桴でぶっ叩くらしい。

 

 これがアンタレスの毎年恒例の行事だとか、正直、ボディビルダー対決とかじゃなくて良かったとかも思ったりはしましたけれども、流石に私もそれは出たくありませんし。

 

 そのほかにも、占いの館とか、早食い大会などの行事も盛りだくさんのようです。

 

 ブライアン先輩は確か、ちびっ子探検隊をヒシアマ姉さんとやると言っていたような気がします。

 

 あの二人は意外と小さな子供達に好かれる上に人気者ですからね。

 

 一年に一度の学園祭なので、準備にも気合いが入りますね、ゼンちゃんも頑張ってましたし私も頑張らないと。

 

 

「おーい、アフちゃんそれそっちに置いといて!」

「はーい!」

 

 

 私はバンブーメモリー先輩に言われた通りに材料を配置しながら、グッと腰骨を伸ばす。

 

 明日の学園祭が実に楽しみだ。

 

 その後、暗くなるまで学園祭のいろんな準備にアンタレスの皆さんと携わる事になった。

 

 だが、一つだけここで思った事がある。

 

 それは普段からやるトレーニングより、格段に楽ができたという事だ。逆にいい休暇になったのでビックリしたのはここだけの話である。



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トレセン学園 学園祭

 

 トレセン学園の学園祭の準備がとりあえず終わりました。

 

 現在、私は何故か、床に伏しています。前回、良い休暇になった云々と私は言いましたね? あれ前言撤回します。

 

 

 何故なら、準備が終わってからナイターでトレーニングがあったからです。

 

 

 頭おかしいのはいつものことでしたね、予想してなかった私が悪いんです。涙が出ますよ、はい。

 

 おぉ!神よ、寝ているのですか? グアム旅行中だから話しかけてくんなですって?

 

 すいません、蹴飛ばしてもいいですかね、割と本気で。

 

 

「………………」

 

 

 チーン(笑)という音が聞こえてきますが、きっと気のせいではないでしょうね。

 

 足が棒になって死に体になってますので、全く身体を動かす気になりません。このまま私は床になろうと思います。

 

 すると、そんな私を見ていたメジロドーベルさんは心配そうにこう声をかけてくる。

 

 

「大丈夫…? アフちゃん?」

「………私は貝になりたい」

 

 

 そう言って、再び床に同化する私。

 

 ただでさえ、学園祭の準備でくたびれてたのにナイターのトレーニングがあるなんて聞いてませんでしたよ。

 

 坂? あぁ、いつも通り四桁行きましたね。そして、義理母の檄が飛んできました。めっちゃ怖かったです。

 

 ちなみに新加入したメジロドーベルさんは身体を慣らすために今回は私達の半分程度のトレーニングでした。

 

 だけど、この人は割と涼しい顔してこなしてましたので、次回からはもっとトレーニング量が増えるかと思われます。

 

 メジロ家ってやっぱり変態しかいないんですね。というかドーベルさんは私とトレーニングしたいあまりに義理母のトレーニングに参加しようとする始末でしたし。

 

 すると、ドーベルさんは死に体で床に伏している私を弄り始めた。

 

 

「ほら、いつまでも床に寝ないで…あっ、…へぇ、今日、縞々なんだ」

「勝手にスカートを捲らないでください。…こらっ! 匂いを嗅がない! 匂いをっ!」

 

 

 そう言いながら、死に体の私をいいことに制服のスカートを捲り尻に顔を近づけてきたドーベルさん。

 

 私は慌てて、血迷ったそのドーベルさんの行動にすぐさまその場から立ち上がり、息を切らしながら尻を隠す。

 

 人のパンツを見た挙句、好き勝手にしよってからに! Siriに生暖かい息が当たって背中にゾクゾクって悪寒が走ったわ!

 

 あ、私のsiriは話しませんし、検索機能とか付いてませんよ?

 

 当初のクールビューティーぶりはどこいった。名前にドーベル付いてるからとかいって犬みたいな事をしよってからに。

 

 貴女は気品あるウマ娘なんですから、しかもメジロ家の令嬢…。

 

 あ、ちょっと待て、私の知ってるメジロ家のウマ娘って癖者ばかりでしたわ、これはもう駄目みたいですね(白目。

 

 そんな事を考えていた私は思考が一旦停止する。まさか、床に同化するつもりがパンツを晒される事になるとは思わなんだ。

 

 さて、気を取り直した私はコホンと咳払いするとドーベルさんにこう告げ始める。

 

 

「良いですか? こんなところを誰かに見られたりしたら私は明日から変装しながらトレセン学園で過ごさなくてはなりません」

「ふーん…」

「ふーん…じゃないですよ、鼻フックするぞワレェ」

 

 

 そう言いながら、あっそう、みたいな反応のメジロドーベルさんに青筋を立てて何故か広島弁風に怒りつつ苦笑いを浮かべる私。

 

 あかん、この人流し上手や、私の説得やとあきまへんわ、なんでこんなとこでクールビューティー発揮しとんねん。

 

 私の水色の縞々パンツを晒した事はこの際どうでもいい、問題は距離感である。変な噂が立ったりしたら学園生活が暮らし辛くなるでしょう、主に私が。

 

 すると、メジロドーベルさんは長い髪を指でクルクルと回しながら、私にこう話をしはじめる。

 

 

「今更気にする事でもないでしょ? ウマ娘同士なんだし。それにほら、貴女、ブライアン先輩の部屋で真っ裸になってたそうじゃない」

「それ言われたらグゥの音も出ないんでやめてもらっていいですかね?」

 

 

 そう言いながら、私はドーベルさんのなかなか鋭い突っ込みに顔を引きつらせる。

 

 いや、あれは確かにそうなんですけども、しかも、寝泊まりしたりもしちゃってる間がらなんですけどもね?

 

 ほら、全裸になった過程はロイヤルストレートフラッシュとか意味わからんカードを出されたからで、多分、あともう三戦くらいしたら勝てたと思うんですよ私。

 

 無理じゃないです、アンタレスのスローガンは無理を超えろなんで、きっと無理を超えれた筈なんです。

 

 はい、ごめんなさい自粛します。どう頑張っても勝てませんでしたね。

 

 ドーベルさんに完全論破された私はもう言い返す言葉が見当たらなかった。

 

 ドーベルさんがなんで知ってるのか不明だが、多分、ヒシアマ姉さんあたりが話して回ったのだろうとだいたいの予想がつく。

 

 後でヒシアマ姉さんに報復という名の悪戯を仕掛けよう、絶対にだ。

 

 致し方ないので私は肩を竦め、こうドーベルちゃんに話をし始めた。

 

 

「なるほど、わかりました。…しかぁし! 私の痴態を晒すのはやめていただきたい! 良いですね!」

「もともと貴女、痴態を自ら晒してるのだけど」

「そう言われてみればそうですね」

 

 

 ドーベルちゃんの言葉に即答で答える私。

 

 実際そうだから仕方ない、ウイニングライブでは演歌は歌うわ、紅を熱唱するわ、よくよく考えたら私がだいたい痴態を自ら晒していくスタイルが多い気がします。

 

 くっ…! こんな的を射た言葉になんか負けないっ! でも楽しい! ついやっちゃうっ!

 

 はい、今後とも訂正する気は皆無ですね。

 

 こんなんだからトレセン学園のマスコットなんて言われちゃうんですよね私は。

 

 すると、メジロドーベルさんは少し頬を染めながら私にこう告げて来る。

 

 

「ふふ…、なら…私もそう接しても構わないってことよね?」

「駄目です」

 

 

 そう言いながら、手を握ってくるメジロドーベルさんに私は思わず戦慄しながら満面の笑みで答える。

 

 どう接するつもりなんですかね? またやばい人を惹きつけてしまったのではないだろうか今更なんですけども。

 

 そんな感じでひとまず、ドーベルさんとの話を終えた後ナイターの練習を終えた私はメジロドーベルさんの肩を借りてブライアン先輩の部屋まで送って貰った。

 

 足が棒になってるのはほんとなので、もう動けなかったです。

 

 わざわざ、部屋まで送ってくれたメジロドーベルさんには感謝ですね。

 

 そして、そんな状態でもブライアン先輩のヌイグルミに徹する私カッケーですよ、まさにプロ意識の塊だと思います。

 

 これからプロフェッショナルという言葉をアフト・クラトラスにすべきだと提言します。

 

 すいません、調子に乗りました。嘘です、そんな言葉流行ったら私、恥ずかしくて多分、引きこもります。

 

 こうして、学園祭の前夜も何事もなく過ぎていく、今夜も私は寝ぼけたブライアン先輩から抱きしめられながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 トレセン学園、学園祭当日。

 

 さあさあ、やってまいりましたトレセン学園の学園祭! 私はチームアンタレスのたこ焼き屋でたこ焼きを作りながら販売しています。

 

 なかなか売り上げも上々、いつもレース場で売っている時よりもどんどん注文が入って売れていく。

 

 皆さんたこ焼きがお好きなんですね、あ、私みたいな可愛いウマ娘が売ってるからですかね?

 

 いやー、やっぱりカリスマ性ありますよねー私。

 

 身体から溢れ出るこの商売上手の雰囲気は隠せませんか、それなら仕方ありませんよね。

 

 ほら、調子に乗ってきた方が売れるといいますし、今日はとことん調子に乗りましょうかね? ふははは。

 

 

 たこ焼きがお好き? 結構、ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ。アフトクラトラスお手製のたこ焼きです。

 

 美味しいでしょう? んああ仰らないで。お好み焼きや焼きそばなんて手にかさばるわ、口に食べるのに時間がかかるわ、ゴルシちゃんが押し売りするわ、ろくな事はない。

 

 おかわりもたっぷりありますよ、どんな大食いの方でも大丈夫。どうぞたべてみてください、いい味でしょう。秘伝のタレだ、年季が違いますよ。

 

 

 私はニコニコと上機嫌にたこ焼きを皆さんに提供しながらそんなことを考えていた。

 

 だが、調子に乗っていた私は大事なことをこの時すっかり忘れていた。

 

 そう、しばらくして、調子に乗っている私の目前に現れたのは見覚えがある大食いの芦毛の怪物であるこの人だった。

 

 

「1番気に入っているのは…」

「なんです?」

「値段だ」

「わーっ、何を! わぁ、待って! ここで食べちゃ駄目ですよ、待って! 止まれ! うわーっ!!」

 

 

 そう言いながら、アンタレスの店前に立っているのは大食いマスコットキャラのオグリ先輩。

 

 そして、彼女はなんと50人前のたこ焼きを注文し始めた。これにはたこ焼きを順調に売っていた私も思わず血の気がサァっと引いてしまう。

 

 50人前って貴女、胃袋どうなってるんですか! 本当に! しかも、店前で食べてはどんどん注文してくるので手が追いつかない。

 

 大食いの人でも大丈夫といったな? あれは嘘だ。

 

 というか大食いの域を超えてるのでもはや対応できないという。

 

 しばらくして、ある程度満足したオグリ先輩が店前から立ち去っていく頃には、私の目のハイライトが無くなっていた。

 

 まさしく死闘だった。あの人の食欲は底無しの沼ですね本当。

 

 まさか、義理母の鬼トレーニング以外でも絶望を味わう事になるとは思わなかった。

 

 その後、放心状態の私の身を案じてくれたバンブーメモリーさんとナカヤマフェスタ先輩が店番を代わってくれる事になったのは本当に幸いである。

 

 というより、二人ともオグリ先輩が立ち去るのを見計らってきた感が満載だったのはこの際、気づかなかった事にしておこう。

 

 

 

 それから、二人に店番を代わってもらった私は他のお店を回る事にした。

 

 久方ぶりに一人でのびのびといろいろ歩いて回れるので何かと気が楽だ。

 

 すると、ここで、肩をポンっと叩かれる。振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたライスシャワー先輩が立っていた。

 

 

「アフちゃん一人で回ってるの?」

「あ、ライスシャワー先輩! えぇ、ついさっき暇を貰いまして」

「ほんと? ならちょうど良かった! せっかくだし一緒に学園祭回りましょう」

 

 

 そう言って、両手を目の前で合わせて喜びを露わにするライスシャワー先輩。相変わらず可愛いですね、本当に天使だと思います。

 

 もちろん、そんな申し出を私が断るわけもなく二言返事で頷いてライスシャワー先輩にこう答える。

 

 

「是非ともっ! ライスシャワー先輩と回れるなら嬉しい限りですよっ!…ところで姉弟子は?」

「ブルボンちゃんなら太鼓の出し物があるらしいから多分、ステージの付近で控えてるんじゃないかな?」

「あぁー、なるほど」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉に納得したように頷く。

 

 ライスシャワー先輩の話によると、大食い大会の後にでも太鼓の出し物がありそうだ。これは身内として、見に行かなくてはならないだろう。

 

 頼むから、ミホノブルボン姉弟子が褌とサラシだけで太鼓を叩かない事を祈るばかりです。

 

 何故かって? 来年私がするかもしれないからですよ、流石に私も人前で褌でお尻を晒すのは恥ずかしいですからね。

 

 お尻を出したら一等賞なんて日本の昔話くらいですよ、というより、今回、尻の話しかしてませんね私。

 

 というわけで、はじめての私の学園祭、午前中はこんな感じでした。

 

 皆さんはくれぐれも店前でたこ焼き50人前を食べるなんてことはしないようにしましょう。

 

 オグリ先輩だから致し方ないところはあるんですけどね、可愛いから許しましょう、私は寛大なのです。

 

 

 さて、気を取り直して午後からはライスシャワー先輩と一緒に出店回りという事で私のテンションもだだ上がりです。

 

 執事喫茶とか、おばけ屋敷とかメイド喫茶なんかもあると聞きましたしね、これは満喫せざるを得ない!

 

 それに姉弟子の和太鼓の披露もありますしね、なんやかんやでこれもなかなかに楽しみですし、オグリ先輩が大食い大会に出るとも言ってましたので応援に行かねば。

 

 やることたくさんありますねー、いやー、なんやかんやで充実してるな私、学生っぽいことしてますよ!

 

 そう思って上機嫌で午後からの学園祭を楽しもうと意気込んでいた私でしたが、そんな私とライスシャワー先輩の前にちびっ子探検隊という立て札を掲げている二人のウマ娘とばったりと出会ってしまった。

 

 そう、ブライアン先輩とヒシアマ姉さんの二人である。

 

 

「おっ、アフちゃんじゃないか」

「おや、ブライアン先輩とヒシアマ姉さんじゃないですか何してんですか一体」

「そりゃ見ればわかるだろお前、ちびっ子探検隊のリーダーだ」

 

 

 そう言いながら、自信満々に答えるヒシアマ姉さん、相変わらず無邪気というか何というか良くも悪くも姉御肌なんですねこの人。

 

 幼女に飛びつかれているブライアン先輩は左右に尻尾を振っているあたり上機嫌なご様子。

 

 ふむ、ここはとりあえず、私が取るべき行動はただ一つですね。

 

 

「あ、もしもし警察ですか? 発情した二人のウマ娘が事案を起こして…」

「ちょっと待てぇ!!」

 

 

 そう言って見事に突っ込みを入れながら私の携帯端末を取り上げるヒシアマ姉さん。

 

 えっ? そういう事ではないの? お姉さんの色香で幼い子供達に保健体育の授業をするんじゃないんですか?

 

 私はわかりますよ、えぇ、ちびっ子探検隊とはある種、そういった意味で冒険するって事ですよね? えっ、違うの?

 

 そんな事を考えていた私は少年、少女達の身を案じて気づいた時には110番通報の一歩手前まで無駄なく行ってしまっていた。

 

 ついでにメジロドーベルさんとゴールドシップとかいうセクハラウマ娘も摘発してくれたらなとか思っていたりしてましたけどね。もちろん冗談ですけれど。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は私の両肩をポンと叩くと私に向かいこう告げはじめた。

 

 

「なぁ、アフちゃん、悩みがあるなら私が相談に乗るぞ?」

「そうですね、強いて言うなら胸を毎回弄られる事ですかね?」

 

 

 肩を掴んでいるナリタブライアン先輩に笑みを浮かべながら私はそう告げる。

 

 それ以外、何があると言うのだ。毎回毎回、私掴まれるんですよ? 鷲掴みですよ、しかも、こんな事をするのは変態ウマ娘しかいません。

 

 するとナリタブライアン先輩はすっとぼけたような表情を浮かべつつ私にこう告げる。

 

 

「手が吸い込まれてしまうからな、それは致し方ない」

「私の胸は掃除機か何かですかね?」

 

 

 そう言いながら頷くナリタブライアン先輩に私は顔を引きつらせながら告げる。

 

 吸引力の変わらないただ一つの胸なんて聞いた事ありませんよ、全く。私の胸はそんな高性能ではありませんしね。

 

 そんな中、ブライアン先輩の身体に張り付いている幼女はブライアン先輩に向かってこんな事を問いかけはじめた。

 

 

「ウマのお姉ちゃん! このちっこいウマのお姉ちゃんはだぁれ?」

「あぁ、この娘か、私のヌイグルミだよ」

「えー! ヌイグルミさんなんだ! 可愛いー」

「誰がヌイグルミやねん」

 

 

 そう言いながら、すかさず突っ込みを入れる私。

 

 たしかに夜はヌイグルミ役を引き受けていますけれどもなんでブライアン先輩の私物のヌイグルミである事が確定してるんですかね?

 

 そんな事を言うものだから、私の周りはすぐにブライアン先輩達が引き連れてきた少年少女で囲まれてしまった。

 

 それを見ていたライスシャワー先輩もこれには思わずニッコリ。

 

 

「アフちゃんは人気者ね♪」

「おのれー! 余計な…! あ! 尻尾はつかんじゃダメですよ! 触るなら優しく撫でなさい優しく!…ひゃん!」

 

 

 そう言いながら、私が囲まれて弄られているのを幼女の手を握りながら見守るライスシャワー先輩。

 

 ナリタブライアン先輩の余計な一言のせいで、こうして私もライスシャワー先輩もちびっ子達の面倒を見なくてはいけなくなりました。

 

 これでは、本当にトレセン学園のマスコットですよ私。

 

 こんな風に騒がしくも賑やかな私の学園祭ですが、午後の部はまた次回に続きます。

 

 こうなったら腹いせにヒシアマ姉さんにどさくさ紛れにセクハラしておきましょう。



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トレセン学園 学園祭 中

アフトクラトラス
執事服イメージ画

【挿絵表示】



 

 

 

 トレセン学園の学園祭、午後。

 

 ちびっ子探検隊にやられた私はクタクタになりながらげっそりとした表情を浮かべ、ライスシャワー先輩の後ろを歩いています。

 

 色んな意味で疲れました。子供の相手はやっぱり元気があって大変ですね。

 

 

「大丈夫? アフちゃん、ちょっとベンチに座って休もうか?」

「そ、そうですね…」

 

 

 そう言って、ちょこんとライスシャワー先輩の隣に座る私。

 

 普通に地獄のトレーニングするよりなんか精神的に疲れた気がします。

 

 ブライアン先輩達もよくあの子達の相手できるなぁと感心するばかりです。あ、でも、私の身体に飛びついてハグしてきた幼女は確かに可愛かったですね。

 

 柔らかーいとか言ってましたけど、そりゃ、私の胸元ですから、やっぱり私の胸には磁石か何か引っ付いているのかもしれない(危惧。

 

 そんな中、ライスシャワー先輩は隣に座る私にゆっくりと問いかけ始める。

 

 

「最近、学園生活はどう? アフちゃん」

「…どうと言われましても…まぁ充実しては…」

 

 

 そうライスシャワー先輩に言いかけて私の脳内にはふと、今までの学園での思い出が鮮明に蘇ってくる。

 

 それもだいたい黒歴史ばかりである。つい最近では廊下で縞パン晒して床で寝てましたしね私。

 

 ある朝起きたら隣に全裸のヒシアマ姉さんが寝てた事もありましたかね…。

 

 ある日のニンジンを賭けたちんちろりんでナリタブライアン先輩にぼろ負けして。夜中にトイレ行ってたら寝ぼけて寝てたベッドを間違えちゃったんですよね私。

 

 翌日、ブライアン先輩が拗ねてたのがものすごくめんどくさかった記憶があります。

 

 そして、ゴルシちゃんとの絡みやウイニングライブでの盛大なやらかしに義理母による地獄のトレーニングの数々など思い出せばキリがない。

 

 そんな事を思い出していた私はライスシャワー先輩の隣でズーンと落ち込む。

 

 多分、今の私の落ち込み顔、深刻すぎてかなり彫りが深くなってるだろうな、三センチくらい。

 

 そんな私の顔を確認したライスシャワー先輩はにっこりと笑顔を浮かべたままゆっくりと語り始める。

 

 

「それは良かったわ、楽しんでるみたいで…」

「今、私の顔見て視線逸らしましたよね? ね?」

「私もこの学園での生活、とても今充実してるの、アフちゃん」

「スルーしましたね、わかった上で今スルーしましたね、先輩」

 

 

 そう言って、隣で決して視線を合わせようとしないライスシャワー先輩に迫りながら問いかける私。

 

 最近、巷では私のことをチョロいアフちゃんと呼ばれる事が多々ありますが、とんでもない、私はこう見えてガードが固いウマ娘なのですよ。

 

 お前のガード、ガバガバやんけとか言わないで! そうなんだけども!

 

 私をスルーしたライスシャワー先輩は続ける様に話を続ける。

 

 

「最後のクラシック菊花賞。ブルボンちゃんに必ず勝つわ、私は」

「…あぁ、は、はい」

「血反吐を吐いても、まだまだもっと追い込まないといけない…今以上に」

「う…うぅん…ソウデスネ」

 

 

 私は拳を握り締め語るライスシャワー先輩の言葉に嫌な冷や汗がだらだらと背中から滲み出てくるのを感じる。

 

 それに付き合えっちゅう事ですね、言わなくてもわかります。わざわざ目を合わせて訴えかけてこなくてもわかってますから、はい。

 

 棒読みでライスシャワー先輩に答える私は思わず顔を引きつらせるしかなかった。

 

 私には悪いがただでさえ、とんでもなくキツイトレーニングをしているのに更に追い込むから覚悟しとけよとしか聞こえてこないから不思議ですね。

 

 うん、後輩だから致し方ない。付き合わなければいけない宿命なのでしょう。あぁ、死兆星が見えます。

 

 

「さて、じゃあ、気を取り直してお店を回りましょうアフちゃん。 私、ゴールドシップがやっているお好み焼きが食べたいなと思ってたの」

「えっ…!? ゴルシちゃんのお好み焼きですか…っ!」

 

 

 ライスシャワー先輩から話を聞いた私は思わず嫌な表情を浮かべる。

 

 なんでよりにもよってゴルシちゃんのお好み焼きなんですかね、どうせ、また胸揉まれますし、なんかボディタッチがやたら多いんですよあの娘。

 

 私のことを気に入っているのはわからんでもないですけれども、まぁ、可愛がられていると考えれば悪い気もしませんけどね。

 

 か、勘違いしないでよねっ! 別にだから好きだとかそんなんじゃないんだからねっ!

 

 今、一瞬、こいつ何言ってんだ? と思われた方、大丈夫です。

 

 私も自分で言ってて今ものすごく死にたくなりましたから、だから、馬刺しにするのは勘弁してくだしゃい。

 

 私はツンデレってキャラではないですものね、あぁ、ダイワスカーレットちゃんはそんなキャラなんですけども、あの娘がデレたらきっと包容力高そうだと思います(意味深)。

 

 さて、話は変わりますが、ライスシャワー先輩に連れられた私はゴルシちゃんの元へ。

 

 

「おー! 誰かと思えば! チョロアフじゃねーかぁ! 元気だったかぁ!」

「誰がチョロアフやねん!」

 

 

 しかし、行った店先での開口1番がこれである。

 

 誰がチョロいだって、心外な! 隙を生じぬ二段構えならぬ三段構えまでやるというのに! チョロアフとは心外な! ぷんすか!

 

 そして、お好み焼きを売っているゴルシちゃんの横で不機嫌そうな表情を浮かべているウマ娘に私は視線を向ける。

 

 見慣れた芦毛の髪に私と同じくちっこい背丈、そして、メジロ家の世紀末モード開祖のウマ娘。

 

 

「マックイーン先輩何やってんですか?」

「何も言うんじゃありません、いいですね?」

「アッハイ」

 

 

 アイエエエ!! メジロマックイーン先輩がなんとお好み焼きを焼いていました。

 

 そしてなんとワザマエ! お嬢様に見せかけてお好み焼きを作るのが上手すぎてびっくりしています。はい。

 

 そんな中、私は隣にいたライスシャワー先輩に視線を向ける。

 

 せっかくお目当てのお好み焼きを買いに来たのだから何を食べるのか問いかけようと思ったからだ。

 

 しかし、私は視線を向けたライスシャワー先輩のその眼差しに思わず悪寒が背中にゾクリと走った。

 

 その目は真っ直ぐにお好み焼きを焼いているマックイーン先輩を捉えている。

 

 

「…あ、あのー…ライスシャワー先輩?」

 

 

 私は恐る恐るライスシャワー先輩に声を掛けようとするが思わずその迫力に押されて躊躇ってしまった。

 

 すると、ライスシャワー先輩はうって変わりにこやかな笑みを浮かべお好み焼きを焼いているマックイーン先輩にこう声を掛ける。

 

 

「メジロマックイーン先輩、天皇賞(春)連覇おめでとうございます」

「あら? 貴女は…」

「ライスシャワーです…あの…天皇賞のレースはほんとに見事な走りでした」

 

 

 そう言って、メジロマックイーン先輩に好意的な言葉を投げかけるライスシャワー先輩。

 

 私はそんな二人のやりとりを見ていて気が気でなかった。

 

 実績のある名優メジロマックイーン先輩に好意的な言葉を並べているライスシャワー先輩ではあるが、あの眼差しを見ればあれは明らかに闘志をむき出しにしているのがわかる。

 

 同じステイヤーのウマ娘同士、何かしら思うところがあったのかはわからない、しかしながら、ライスシャワー先輩の言葉はわたしには何処か意味深なように聞こえて仕方なかった。

 

 私的にはやべー、おうどん食べたいという心境である。

 

 だが、それを面白そうにニヤニヤと眺めているゴルシちゃんに馴れ馴れしくアフちゃんは肩を組まれ捕まってしまった! 胸を鷲掴みにされてるので逃げられない!

 

 そんな中、お好み焼きを作っているマックイーン先輩は笑みを浮かべたままライスシャワー先輩にこう告げる。

 

 

「メジロ家として当然の結果を出したまでですわ …はい、六百円」

「どうも…、来年は私も出る予定ですので手合わせできるのを…楽しみにしてますね」

 

 

 そう言って、ハイライトの無い眼差しでマックイーン先輩を見つめながら告げるライスシャワー先輩。

 

 マックイーン先輩を絶対背後から刺すウーマンかな?

 

 私は二人のやりとりを見ながら冷や汗をタラタラと流していた。

 

 目にハイライトは無いわ、何故か眼光が光ってる錯覚が見えるわ、しかも、ライスシャワー先輩ナイフ抜刀してませんでしたかね? 今。

 

 薩摩武士だったら一度刀抜いたら無事では終わらすなという言葉もあるんですよ! ライスシャワー先輩が薩摩生まれじゃなくて良かったと私は思わず安堵してしまいました。

 

 バトル漫画じゃないんですけどね、なんでライスシャワー先輩がナイフ持ってるのか不思議で仕方ないんですけども。

 

 そんな中、私の肩をバンバンと叩いてくるゴルシちゃんは笑顔を浮かべてこんな事を言いはじめる。

 

 

「いやー! お前の先輩すっごいなぁ! こりゃ来年が楽しみだ!」

「そうですね。…どうでもいいんですけど、ゴルシちゃんさりげなく私の右胸を揉みしだくのはやめてください」

 

 

 何もおかしな事は言っていない、その通りである。

 

 私は悟ったような表情を浮かべて肩を組みスキンシップが激しいゴルシちゃんに淡々とそう告げた。

 

 もしかして、ライスシャワー先輩がお好み焼き食べたいと言ったのはこうやってマックイーン先輩の顔を拝みに来たって事かもしれませんね、来年戦う事になるライバルになるという意味で。

 

 こうして、お好み焼きを手に入れた私とライスシャワー先輩はひとまず屋台から離れて二人で食べ歩きながら次のお店を探す。

 

 お次はここ、チームリギルがやっているという執事喫茶である。

 

 私はひとまず、からかいの意味も含めてライスシャワー先輩とともに立ち寄る事にした。

 

 

「へいへーい、お邪魔しますよー」

「やはり来たか! よし! 取り囲めっ!」

「…えっ!? 何っ!? なんなの!?」

 

 

 と思いきや、店に入った途端に私は執事服を着たルドルフ先輩、エアグルーヴ先輩、そして、何故か執事服を着ているナリタブライアン先輩に取り囲まれてしまった。

 

 突如、三人に囲まれて困惑する私、しかも、ナリタブライアン先輩に限っては先程までちびっ子探検隊に居た筈だ。

 

 いきなり囲まれた私はそのまま三人にされるがまま、ライスシャワー先輩の目の前で担ぎ上げられる。

 

 

「わぁーっ! ちょまっ!? なんじゃあこりゃあ!」

「あらあら、アフちゃん大変ね」

「わーしょい、わーしょい」

 

 

 そのまま私が運搬されて行くのを隣にいながら静かに見守り笑顔を浮かべているライスシャワー先輩。

 

 いやいや、助けてくださいよっ!? なんで担がれてるんだ私!

 

 そして、更衣室に連行された私は衣服をひん剥かれ、無理矢理、執事服を着させられるという恥辱を味わった。

 

 くっ…! 殺せ…っ!

 

 それはそうと、ルドルフ先輩かブライアン先輩がこのセリフ言うとしっくりきますよね。

 

 ルドルフ先輩にお尻弱そうですよねって前に面と向かって言った事があるんですが、頭をぶん殴られました。

 

 そんなわけで、私はなぜか執事服を着させられる事に。

 

 執事服は言わずもがな胸のあたりがパッツンパッツンである。

 

 

「人選ミスじゃないですかね? これ?」

「お客様は包容力をご所望だ。問題は無いさ」

「私の意思は全く無視ですか、そうですか」

 

 

 執事服を身に纏うルドルフ会長の言葉に死んだような表情を浮かべて告げる私。

 

 女性客に対する包容力という名目で私を無理矢理着替えさせるこの人達はなんなんでしょうね。

 

 包容力=胸という方式は成り立たないんですよ、それならまだメイド服の方が良かったのでは無いかと思ったりしちゃいます。

 

 

「女性客の中にはそういうお客様もいらっしゃるのだから致し方ない」

「アフの抱き心地は私の折り紙つきだからな」

「やっぱりアンタが原因かい」

 

 

 サムズアップでルドルフ会長の肩をポンと叩いているブライアン先輩にそう告げる私。

 

 なるほど、抱き心地で私の拉致を決めたわけか、こんな事で拉致られる私の扱いに涙が出ますよ。

 

 そういうわけで、私はそのまま執事服を身につけたまま執事喫茶のお手伝いをする事になりました。

 

 だが、皆の衆、安心してほしい、私はタダでは転びません、どうせやるならネタに振り切るのがアフトクラトラス流というやつです。

 

 お客様に指名を受けた私が何をしたかというと?

 

 

「はーい! シャンパンゴールド入りますぅ! こちらの姫にコールオーライ! さぁさぁ!シャンパンコール! シャンパンコール!」

 

 

 執事喫茶と言っているにもかかわらず、ホスト流におもてなしをやり始めてやりました。

 

 しかも、私のクラスメイトをわざわざ呼んで更にノリが良いテイエムオペラオー先輩を巻き込んでのシャンパンコール。

 

 女性客にお金を落とさせるなら任せんしゃい、見様見真似ながら、私はよく勉強してたのですよ。

 

 

「昼間っから飲みたい騒ぎたいっ! はい!胃腸に関して自信があるある!一気っ! 一気!一気っ!!」

「「フーフー!」」

 

 

 私がマイクを使って先導し、シャンパンコールを大合唱。

 

 ご安心ください学校の学園祭でシャンパンゴールドなんて出せるわけも無いので、中身はただのニンジンジュースです。

 

 ニンジンジュースなんで全く胃腸関係ないですね。

 

 そして、シャンパンコールが終わったと同時にテイエムオペラオー先輩をけしかけて、ニンジンジュースの入ったワイングラスを女性客とチンッ! と軽く乾杯しながらこう告げる。

 

 

「君の瞳に乾杯」

「キャー!!」

 

 

 こうして、騒ぎに騒ぐ事で何故かウマ娘の喫茶店がホストクラブみたいなノリになってしまいました。

 

 これなら間違いなく女性客はお金を落としてくれる筈です。間違いない。

 

 さっきまで執事喫茶だったのに完全に新宿歌舞伎町みたいなことになってますけれども。

 

 これには、ルドルフ会長も顔を引きつらせ、私の肩をポンと叩いてきました。

 

 そのルドルフ会長の背後から迫る気配にシャンパンコールで騒いでいた私も思わず身体が凍りついてしまいました。

 

 

「要件はわかるな?」

「…アッハイ」

 

 

 その後、ルドルフ会長から言わずもがなお説教を食らいました。

 

 だが、私は退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で根気強くルドルフ会長を説得。

 

 そして、そのまま執事喫茶店だったものをトレセン学園ホストクラブにしてやりました。

 

 タダでは転びませんよ、私を巻き込んだからにはとことんやってやりますよ。

 

 盛り上げ役にゴルシちゃんを呼びましたし、フジキセキ先輩とテイエムオペラオー先輩、ブライアン先輩は無理矢理、私が丸め込んでそのまま押し切ってやりましたよ。

 

 そう、これも商売のためです。資本主義とは恐ろしいのです。

 

 そうして、執事喫茶を手伝う私はライスシャワー先輩と共に執事喫茶でしばらくの時間を過ごすことになりました。

 

 

 あれ? 良く考えたら私が執事喫茶を何故手伝っているんでしょうね?



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トレセン学園 学園祭 下


アフトクラトラス
メイド服イメージ図

【挿絵表示】



 

 

 

 トレセン学園、学園祭。

 

 さて、私、アフトクラトラスがどこにいるかと言いますと、ウマ娘の執事喫茶ならぬホスト喫茶にてお手伝いをしています。

 

 当然、私も超一流のホストウマ娘として、働いている…。

 

 

「お帰りなさいませー! ご主人様ー♪」

 

 

 訳もなく、何故かメイド服を着せられメイドをやっていました。

 

 雰囲気に逆行していくこのスタイル。

 

 まあ、メイド服を着せられたのは私が執事喫茶をホスト喫茶にしてしまったからでしょうね、はい。

 

 そんな中、何故か、お客様からは高評価を頂いてます、理由はわかってます。自己主張が激しい私の胸目的ですね、はい。またこれパッツンパッツンやないか。

 

 男女問わず、アフちゃんはちっこくて可愛いーとか、オウフ、アフ殿最高でござる。とか言われますけど全然嬉しくないのは何故だろうか。

 

 

「アフちゃん大天使でござるなぁ! ほんと! 拙者と結婚して欲しいでござる、グフフ」

「いやー、ありがとうございます、死ね

「ん? 今何か聞こえたような…」

「そんなことないですよー、やだなー、帰れ

「いや、今はっきり聞こえたんだけど…」

「やだ、ごめんなさい、私、男性のお客様に対して罵倒するのがマイブームでして」

「はぁはぁ…ご、ご褒美ですっ!」

 

 

 こんな感じに私が物事をはっきりと伝えるので、毎回、ルドルフ先輩からの冷ややかで鋭い視線を背中に浴びる羽目になった。

 

 なんでじゃあ! ルドルフ先輩! これはキツいっすよ!

 

 性別的には私は今ウマ娘なのですが、前世は違うのですよ、退職したら身体が入れ替わってる! で前前前世が流れてくるみたいな展開でウマ娘になったんですよ私。

 

 そんな私が男性客に向かってお帰りなさいませご主人様! ニャンニャン♪ とかできる訳ないでしょうが、ウマ娘ですし、しかも。

 

 ご褒美言うてるし、ええやん、もっと言ってあげたほうがきっと喜びますよこの人。

 

 まだ、女性客なら良いんだけども、私が見る限り童貞っぽい、私目当てに来た男性客によく注文を頼まれるので困ったもんだ。

 

 私はいつも通りの営業スマイルを浮かべて、伝票を持ち、心の底からお客様に敬意を払った上で注文を問いかける。

 

 

「チェリーボーイ三名様ご注文はなんでしょう? エロ本をお探しなら近くのコンビニで最近入荷した本がおすすめですよ」

「チェ…チェリー…?」

「エ、エロ本…?」

「ど、童貞ちゃうわ!」

「アフトクラトラスゥ!!」

 

 

 そして、いよいよ、私がお客に対しての扱いが雑になって来たところでルドルフ会長からお説教が入った。

 

 仕方ない、身体が勝手に動いてしまうんですよ。

 

 ちなみに私が情報を与えた男性客は帰りにコンビニで買って行くと豪語してくれました。

 

 そういった男らしいお客さんは大変好ましいですね、むしろ、私個人的には好きです。

 

 もちろん、こんなことは言ってますけど、お客様はアフトクラトラスだから仕方ないで大抵済ませてくれます。腑に落ちぬ。

 

 もちろん、そのあとは私も普通に接客します。頭にデカいタンコブを引っさげてですけどね。

 

 私が悪いんじゃないんだ。この胸が悪いんですよ。

 

 私の代わりにスーパークリークさんかメイショウドトウさん連れて来た方が良いんじゃないですかね? だいたいこの人達、胸しか見てないっすよ先輩。

 

 鼻の下を伸ばしてだらしがない!

 

 私はですね! ウマ娘となってからはそんなことは全くと言っていいほどな…。

 

 いや、ありましたね、ブライアン先輩やらヒシアマ姉さんのはもう揉み慣れた感ありますしね。

 

 まあ、でも、皆さん、男性に向かってですね、媚び売りつつ、お帰りなさいませご主人様ーって言ってる自分を想像してみてください。

 

 どうです、死にたくなってきたでしょう? つまりそういう事なんですよ。

 

 しかし、接客なら致し方ない、これは私に課せられた罰なんですからね、うーん世知辛い。

 

 ならば躊躇いもない、掛かってくるが良い(トキ感)。

 

 むしろ、私は迷える子羊達にある種の希望を与えるのには長けていると言っても良いだろう。

 

 

「俺…今まで彼女できなくてですね…」

「そうかそうか、それは辛いですよねー…、それならこいつを使いな坊や」

「これは一体…」

「近くの店で見つけてきて、偶々気分で買ったAVです…。お前さんにこれを授けよう、これはなかなか凄いやつですよ」

「アフさん!」

「何、いいって事よ、私はこう見えて淑女でしてね…」

 

 

 そう言いながら、私は青年の腕にわざと胸を当てながらどっからか買ってきたAVを彼に手渡す。

 

 年頃の男性の扱い方は熟知しているのでね、皆さん、アフ△とでも呼んでくれていいんですよ?

 

 ちなみにこんなことをするたびに私はルドルフ会長から説教を毎回されるんですね。

 

 けど、何故かこういった風な事をやっているうちに男性客からのウケは何故か良くなりました。

 

 そして、私は男性客だけではなく何故か女性客からも支持は絶大でした。

 

 

「っでさぁー、アフちゃんは彼ピッピとか居ないのー?」

「いやー、彼ピッピとか居ねーし、私どちらかといえばトゲピー派だし、マジ卍固めっていうかそれって普通にシャイニングウィザード的な?」

「何それ! ちょーウケる!」

「何言ってるかさっぱりなんだが…」

 

 

 こんな若くてヤングな女性客の相手も難なく熟せる訳ですよ。

 

 てか、トーセンジョーダンさん何やってんですかね、ほんと。

 

 私も自分で何言ってるかわからないのになんで彼女に話が通じてるか不思議でたまりません。ちょーやばい、マジ卍。

 

 そして、私の言語が理解できないブライアン先輩もこれには困惑していた。

 

 当たり前です。私も何言ってるかわからないんですもん。

 

 トーセンジョーダン先輩は多分、別の星の住人なんでしょうね。

 

 そうこうしているうちに、私はとりあえず、執事喫茶改め、ホスト喫茶の店員というお役目からようやく解放される事になりました。

 

 そこらへんはお察し下さい、こんな事ばっかりしている私を働かせるわけがないでしょうとそういう事ですね。

 

 ふっ…私の黒歴史にまた新たな1ページ。

 

 かっこいい事言ってるみたいですけどお馬鹿な事をやりすぎた結果がこれですからね。

 

 ちなみにトーセンジョーダンさんが来店してしばらくしてゴルシちゃんと鉢合わせになり、店外にて血の雨が降ったのはここだけの話です。

 

 あの二人、律儀にも店外で乱闘するあたり、そこは偉いなーとは思いました。あ、褒めるところではないですね、はい。

 

 しかし、何故かお店に私の残留を望む声が多かったのは不思議でなりませんでしたけども。

 

 さて、気を取り直しで私は待っててくれたライスシャワー先輩と合流する事に。

 

 

「お疲れ様ーアフちゃん、大活躍だったね」

「そうですね別の意味で大活躍してましたね」

 

 

 おうふ、満面の笑みを浮かべて放たれるライスシャワー先輩の一言が強烈でごわす。

 

 たしかに私はある意味活躍したと言っても良いだろう。売り上げにも一応貢献してますし、目立ってましたしね。それは果たして良いかと問われたら答えようがないのですけども。

 

 そして、ライスシャワー先輩を連れた私はミホノブルボン先輩の勇姿を拝みにステージへ、そこでは壮絶な大食い対決が繰り広げられていた。

 

 言わばそれはレースのようなデッドヒート振りに観客席からも声が上がる。

 

 

 88年、天皇賞、秋。

 

 芦毛のウマ娘は走らない、この二人が現れるまで人はそう言っていた。

 

 芦毛と芦毛の一騎打ち。

 

 宿敵が強さをくれる。

 

 風か光か、そのウマ娘の名はタマモクロス。

 

 

 とまあ、カッコいいフレーズですいませんが、生憎、今回は天皇賞秋ではありませんし、レースでもございませんただの大食い対決ですね、はい。

 

 タマモクロス先輩と我らが癒し系マスコットオグオグことオグリキャップ先輩がデッドヒートしていました。

 

 

「負けへんでー!」

「美味しい…」

 

 

 闘志を燃やすタマモクロス先輩と逆にドーナッツを味わって食べているオグリキャップ先輩。

 

 タマモクロス先輩はちっこいのでなんだか、私も親近感が湧きますね、二人で盃交わして大阪南でも制覇しませんかとスカウトしてみたいくらいです。

 

 タマモの金融道、うん、Vシネマ感すんごい気がしますね、はい。お金に関してものすごくこだわりがある方と聞いてましたので。

 

 

「つ…辛い…」

 

 

 スーパークリークさんも頑張って二人に食らいつこうとドーナッツを食べているようですがだいぶキツそうです。

 

 いやー、そりゃそうですよねぇ、私も食べれる気がしませんもん、食べれたらそれはもうただの変態です。

 

 スペ先輩ならいけそうですよね? つまり、スペ先輩はただの変態なんです(暴言)。

 

 これ言ったらグラスワンダー先輩とスズカ先輩に馬刺しにされそうだな、私。いや、確実にされると思いますね、ええ。

 

 すると、大食い対決もいよいよ決着、タマモクロス先輩僅差でしたが、オグリキャップ先輩が僅かに優先してフィニッシュしたようにも見えました、手を挙げたのはほぼ同時でしたね。

 

 しかし、ここでなんと審査員であるグラスワンダー先輩が審議の札を上げました。

 

 ビデオカメラをすぐさま確認する会場。

 

 すると、よく見ればスーパークリーク先輩がドーナッツを斜行させてオグリキャップ先輩の皿にぶち込んでました。

 

 逆にドーナッツ斜行させるとか技術高すぎるでしょう、そして、それでもなお、ドーナッツを完食してしまうオグリ先輩の食欲には参ったものだ。

 

 

「うーん、あれはダメよね…」

「ライスシャワー先輩、違います、あれは俗に言う高等魔法、ユタカマジックですよ」

「アフちゃんは何言ってるのかしら?」

 

 

 この審議に反論する様に告げる私に困った様な眼差しを向けてくるライスシャワー先輩。

 

 ライスシャワー先輩はご存知ないのですか! 一部のウマ娘に伝わる伝統的な高等魔法を! これを使えばなんと降着すると言う必殺技ですよ! 嘘です、とあるウマ娘の名前なんですけどね。

 

 なお、ライスシャワー先輩とグラスワンダー先輩にはヤンデレヒットマンという超必殺の暗殺スキルがあります。

 

 視界に入られた相手はドア越しから耳をピトッと付けられ盗聴されたり、背後からマークされたり、背後から差されたりする模様。

 

 被害者であるボテ腹ウマ娘S先輩が良くそういった経験をされてるとかされてないとか。

 

 さて、こうして、大食い対決の表彰式を見届けて、いよいよ、ミホノブルボン先輩の出番。

 

 法被を着たミホノブルボン先輩は用意された巨大な太鼓に向かいます。

 

 

「いよいよねー、ブルボンちゃん大丈夫かしら?」

「太鼓破壊しないか心配ですね」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩とモグモグとお好み焼きを頬張りながら見守る私。

 

 太鼓を破壊すると言うのはあながち大袈裟ではないのでたちが悪い、勢いあまってぶち抜かないか心配である。

 

 下は袴なので、正直言って安心しました。褌とかだったらほんとにどうしようかと思ってましたけどね。

 

 しばらくして、ミホノブルボン先輩は深呼吸をして呼吸を整えると着ていた法被を豪快に脱いだ。

 

 そして、大太鼓を叩いて演奏を始める。

 

 それはもう豪快な演奏でした。普段は筋肉モリモリマッチョウーマンでターミネーターな未来感があるミホノブルボン先輩ですが、伝統的な巨大な和太鼓演奏は力強く会場も盛り上がる。

 

 始めてのトレセンの学園祭でしたが、やはり、皆さんの楽しい姿を見るのは嬉しいものですね。

 

 盛り上がった和太鼓演奏はラストスパート、力強く太鼓を叩くミホノブルボン先輩の身体からは汗が飛び散っていた。

 

 揺れる豊満な胸、腕の筋肉、引き締まった腹筋。

 

 それらが芸術的で思わず私も見入ってしまった。来年は私があんな風に和太鼓演奏をしなくてはならないのかと考えると思わず顔が引きつりそうになる。

 

 演奏が終わり、ミホノブルボン先輩は肩で息をしながら静かに頭を下げて礼をする。

 

 周りからは惜しみない拍手が彼女に向けて送られるのだった。

 

 

 こうして、色々ありましたが、必死で準備してきた楽しい学園祭は無事に終わりを迎えることができました。

 

 たこ焼き屋、ちびっこ探検隊、執事喫茶改めホスト喫茶、大食い対決、太鼓演奏、実に充実した学園祭だったと思います。

 

 ただ、あー、学園祭楽しかったね! でアンタレスが終わる訳がありませんよね?

 

 

「さぁ! 坂路後500本! 手を抜くなよぉ! レースは近いんだァ!! 追い込めェ! 返事はァ!」

「「サー! イエッサー!」」

 

 

 義理母の檄にナイターの坂路を爆走しながら汗を垂らし答える姉弟子と私。

 

 学園祭後にこれですよ、はい、キャンプファイヤー? あぁ、ウチでは闘志を燃やすのがキャンプファイヤーなので。

 

 いやー、夜空が綺麗だなー。

 

 大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい...彗星かな。イヤ、違う、違うな。彗星はもっとバーって動きますもんね。

 

 

 夜空の下、坂路を爆走する私はそんなことを考えながら走っていたわけなんですけど、翌日、筋肉痛でナリタブライアン先輩の部屋から出ることができませんでした。



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新世代の風

 

 

 努力とは、積み重ねこそが全てである。

 

 歴代のウマ娘達はそうやって、歴史に名を刻み込んで来た。

 

 それは、このトレセン学園に所属する者ならば誰しもが理解していること、だが、中にはそんな努力を必要とせずに怪物となる者も中には存在する。

 

 まさしく選ばれた者、天から授かりし才能と血筋と才能は唯一無二の物だ

 

 人々はそれを天才と言う。

 

 そして、このトレセン学園はそんな天才達の集まるような魔境と言っても良いだろう。

 

 実力で推し測られる厳しい勝負の世界、そんな世界で天才達の中でも、さらに、才能を持った者は必ず現れる。

 

 トレセン学園のグラウンドを屋上から静かに見下ろしている彼女もまた、そんな天才達の中でも、抜きん出た才能の持ち主であった。

 

 

「…こんなところに居たか、どうだ? トレセン学園は?」

「………………」

 

 

 彼女は鹿毛の長い髪を靡かせるが、背後から声を掛けて来たフジキセキ先輩の問いかけには全く答えようとはしなかった。

 

 青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体からは威圧感を感じる。

 

 彼女は今、トレセン学園の屋上から静かに外を一望していた。

 

 屋上からの光景を静かに見渡している彼女の目には何が写っているのかはわからない、だが、あくまでも彼女が今日、この学園に居るのは見学の為であった。

 

 フジキセキ先輩は黙ったまま返事を返さない彼女に呆れたように左右に首を振りため息をつく。

 

 

「学校見学をしたいというから連れてきたというのに、お前がいくら期待の星と言われてるかはわからんがな、勝手に…」

「…あそこにいる…、小さなウマ娘…」

「ん…?」

 

 

 フジキセキ先輩はその彼女の言葉に思わず言いかけた口を閉じ、歩を進めて屋上から彼女の視線の先にあるウマ娘とやらを確認する。

 

 そこには、坂路を汗だくになりながら駆け上がるウマ娘の姿があった。

 

 黒髪の中に目立つ蒼く目立つパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。

 

 人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。

 

 だが、その足は鋭く研ぎ澄まされ迷いもなく疾風の様に坂路を駆け上がる。その速さはまさしく化け物じみた力強さを感じられた。

 

 鹿毛の長く美しい髪を靡かせる彼女はそんな彼女の姿を見て釘付けになっていた。

 

 彼女は己の実力に絶対的な自信があった。

 

 だが、そんな彼女が初めて抱いた感情。

 

 それはあのウマ娘には今の自分では勝てないだろうという確信が生まれた事であった。

 

 足の速さ、キレ、底力、全てが恐らく自分よりも上回っているとあの鬼気迫る走りと才能の片鱗を見ていればわかる。

 

 そして、そのウマ娘の姿を見たフジキセキ先輩は口を開き、そのウマ娘の名前をゆっくりと鹿毛の彼女に告げる。

 

 

「あぁ…アフトクラトラスか、アンタレスの期待のウマ娘だよ」

「…アフト…、クラトラス…」

「なんだ、あいつが気になるのか?」

 

 

 そう言って、フジキセキ先輩は彼女に問いかける。

 

 そんなフジキセキ先輩の問いかけに彼女はコクリと素直に頷いた。

 

 確かにアンタレスに所属するアフトクラトラスの評価は各方面から非常に高い。

 

 モンスターと呼ばれているミホノブルボンの妹弟子としてアンタレスに所属し、徹底的に鍛えに鍛え抜かれた身体は最早、日本だけに収まる器では無くなりつつある。

 

 シンボリルドルフ会長と同じく、皇帝の名を持ちながらそこには泥臭く、ひたむきに努力する姿があった。

 

 努力と厳しい特訓により積み重ねられる精神的なバックボーンというものは非常に強固、アフトクラトラスの力の源は才能だけでなく更に己を厳しく追い込む太い精神力だ。

 

 ミホノブルボンやライスシャワー、サクラバクシンオーという叩き上げのウマ娘達に囲まれている彼女にはそれがどれだけ大切なものかを理解しているのであろう。

 

 本当の天才とは努力を続けられる者を指す。

 

 アフトクラトラスはその条件を理解している本物と言っていい才能の持ち主だ。

 

 才能は元々、シンボリルドルフやナリタブライアンに匹敵するほどの力を持ちながらも、慢心することは決してなく、彼女は常に自らを追い込んでいた。

 

 衝撃のOP戦から、彼女は既に三冠を有望視されてる。

 

 

「才能の塊であり、その上、あれだけのものを積み重ねてきている。化け物になりつつあるよ、あいつはな」

 

 

 フジキセキ先輩の言葉にアフトクラトラスを見つめている鹿毛のウマ娘は思わず静かに笑みを浮かべた。

 

 2年後、そのアフトクラトラスと戦う事ができると考えるだけで思わず気持ちが高ぶってしまう。

 

 見たいものは見れた。彼女は踵を返すとフジキセキの横を通り過ぎ、屋上の扉に手をかける。

 

 フジキセキは立ち去ろうとする彼女にこう問いかけた。

 

 

「もう、トレセン学園の見学は良いのか?

 

ーーー…ディープインパクト

 

 

 そのフジキセキ先輩の言葉に彼女は立ち去ろうとした足をピタリと止める。

 

 

 かつて、その名は世界に轟いた。

 

 世界を股にかけ、人々を激震させた深い衝撃。

 

 果たして、こんなウマ娘が存在して良いのかと誰もがそう口々に言っていた。

 

 敗北など考えられない戦いに、人はどこまでも夢を見た。

 

 奇跡に最も近いウマ娘。

 

 それが、彼女、ディープインパクト。

 

 

 だが、彼女はまだ、トレセン学園に入ってすらいない無名のウマ娘。

 

 その才能は天賦のものであり、生徒会長であるシンボリルドルフ、シャドーロールの怪物ナリタブライアンに匹敵する。

 

 いずれぶつかるかもしれない強敵の走る姿に彼女は期待を膨らませていた。

 

 トレセン学園に入るのは先の話、その時が来るのを彼女は静かに虎視眈眈と待つ。

 

 

「強いですね…彼女。おそらく、今、一緒に走れば、負けるのは私の方でしょう…」

「…ほう」

「ですが…、興味が湧きました。この学園は本当に面白そうです」

 

 

 そう言って、ディープインパクトと呼ばれたウマ娘は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと扉から出て行った。

 

 三冠を取るウマ娘は10年に1人と言われている。

 

 だが、その10年に1人という現象が固まって起こった現象があった。

 

 それは、皇帝と呼ばれたシンボリルドルフと追い込みの鬼、ミスターシービーの2人である。

 

 不運か幸運なのかはわからないが、かつて、その10年に1人と呼ばれた三冠ウマ娘の2人は世代が近かった事もあり、激闘を繰り広げる事となった。

 

 そして、また、このトレセン学園で再びその10年に1人の逸材が重なるという再来が起きつつある。

 

 果たして、どんなドラマがこの先待ち受けているのか、それは誰も知る由はない。

 

 

 

 そして、一方で坂路をいつも通り駆け上がり終えて、タオルで汗を拭っていた私はというと。

 

 

「…うぅ…、今なんか寒気が…」

「妹弟子よ、風邪ですか?」

「あ、いえ、なんか誰かに見られていたような気がしまして」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子に顔を引きつらせながらそう答える私。

 

 何やら過剰評価の上、とんでもないものに目をつけられたようなそんな嫌な気配を感じたのですが多分気のせいでしょうね。

 

 まあ、とんでもない人に目をつけられるのはいつものことなんですけど。

 

 そう、例えば、それはシャドーロールの怪物さんだったり、破天荒の聞かん坊のゴルシちゃんだったり、メジロ家の荒ぶるクールなウマ娘だったりと変な方ばかりですし。

 

 え? 私もその中に含まれるですって? やだなぁ、私は真面目系マスコットウマ娘ですよ、そんなわけないじゃないですか。

 

 しかしながら、さっきの視線はいつもグラスワンダーさんがスペ先輩に送っているようなものと近いような気がしましたけど、気のせいですよね? きっと。

 

 そんな感じで、ひと段落していた私が汗をタオルで拭っていると背後からガバッと何者かが飛びついてきた。

 

 

「ぶふっ…!? ふぁ!?」

「アフちゃんお疲れ様!」

 

 

 思わず、変な声を上げてしまう私。

 

 いきなり背後から飛び掛かかられたら誰だってそうなりますよね、心臓止まるかと思った。

 

 ため息を吐いた私は頬ずりしてくるドーベルさんにめんどくさそうにこう告げる。

 

 

「…ドーベルさんでしたか、もう、いきなり飛び掛かってくるものだからびっくりしましたよ」

「今日時間あるかしら? これからシューズを買いに行こうと思っているのだけど」

 

 

 そう言って、目を真っ直ぐに見つめながら問いかけてくるメジロドーベルさん。顔が近すぎです。ドアップかな?

 

 しかしながら、シューズ選びか、確かにターフを走る上でシューズ選びは大切だ。

 

 特に練習をする上では重要だし、シューズ選びを怠って足を痛めたりしたらそれこそ本末転倒。

 

 私も坂路で磨り減ったトレーニングシューズを破棄してそろそろ新しいシューズを買おうと思っていたところだ。

 

 アンタレスの練習をしているとシューズの磨り減り方が半端ないって!もー!

 

 坂路の量、半端ないって!

 

 だってめっちゃ坂路登るんやもん! 普通そんな事起きるぅ? 言っといてぇや、坂路練習そんなんあるんなら。

 

 四桁や…、またまたまたまた四桁や、三桁やったら多分、そんなにすり減って無かったとは思います。今よりかは。

 

 さて、こうして私はメジロドーベルさんと一緒にシューズを買いにショッピングモールへ、前に来た時は水着選びでしたね確か。

 

 そして、シューズ選びに際して、今回はなんとある方が何故か無理矢理同行する事となった。

 

 そのお方とは、私をいつも可愛がってくれるこの人。

 

 

「シューズ選びならこのヒシアマ姉さんに任しときなっ! 私のオススメの一品ってやつを教えてやるからよっ!」

 

 

 ヒシアマ姉さんその人である。

 

 やたらと自信満々なヒシアマ姉さんなのだが、私とメジロドーベルさんの二人は疑いの眼差しを彼女に向けていた。

 

 本当に大丈夫なんでしょうかね?

 

 まあ、彼女にはよく可愛がっては貰ってはいるんですが、ブライアン先輩の部屋では彼女の全裸姿を何度見たことか。

 

 その分、私も全裸を晒しているとは思うんですけどね、この間は悪ふざけでニンジンを賭けた脱衣麻雀とやらをブライアン先輩とマルゼンスキー先輩と共に卓を囲んでやったんですけど全敗しちゃいましたし。

 

 私は自信満々なヒシアマ姉さんにため息を吐くとこう告げはじめる。

 

 

「まぁ、それは良いんですけど、選ぶのがヒシアマ姉さんですからねー今日はまた何でシューズ選びに付き合ってくれるんですか?」

「んなっ!? お前なー…。…そりゃお前が昨日の夜中にまた寝ぼけて私のベッドに入って来たもんだから、ブライアンの奴が拗ねてめんどくさく…もがっ!」

「オーケー、わかりました。この話はそれまでです」

 

 

 そう言って無理矢理、慌てて肩を掴み口を塞いで余計なことを言いかけたヒシアマ姉さんの話を切り上げる私。

 

 何故なら、自分の命の危険を背後から感じたからです。誰か私の背後を見てみてください、多分、目にハイライトが無いメジロドーベルさんの姿が拝めると思いますので。

 

 昨晩は何もなかった、いいね?(意味深)

 

 だが、私の肩には既に殺気のこもった柔らかな手がポンと肩に置かれていた。

 

 

「事情聴取しましょうか?」

「カツ丼は出ますかね」

「カツ丼にしてあげるわよ」

「斬新ですね」

 

 

 顔を引きつらせた私の小粋なジョークに満面の笑みを浮かべて答えるメジロドーベルさん。

 

 カツ丼にしてあげるって何! 私をカツ丼にするのならそれはもうカツ丼では無いのでは無いでしょうか(素朴な疑問)。

 

 その後はメジロドーベルさんにつく言い訳をやら考えながら、適当に考えた事情やらを事細かく話す羽目になりました。

 

 皆さんも勢いで遊びに熱中するのもほどほどにしないとですね、私みたいになります。

 

 さて、気を取り直してヒシアマ姉さんと共にシューズを見て回る私とメジロドーベルさん。

 

 なかなか斬新なモデルがありますね、見ていて実に面白いです。

 

 

「こんなのはどうだ? ヒシアマ姉さんイチオシモデルだぞ!」

「えー…、これ、追い込み専用モデルじゃないですか、ミスターシービーさん愛用って銘打ってありますし」

「ばっきゃろー! あのギリギリのスリルがたまらねーんじゃねぇか! わかんねぇかなぁ、このロマンが…」

 

 

 ヒシアマ姉さん本人曰く、もうダメかもしれない、追いつけないかもしれないという追い詰められた自分を楽しむのが醍醐味だとか。

 

 熱く語る、ヒシアマ姉さんの話を聞いた私はメジロドーベルさんと顔を見合わせると、納得したように頷く。

 

 なるほど、つまり追い込みが大好きなウマ娘とは。

 

 

「ドMって事ですね」

「ちげーわ! なんでそうなんだよ!」

 

 

 私の言葉に思わず突っ込みを入れてくるヒシアマ姉さん、だって、これまでニンジンを賭けて全敗を喫しても、なおブライアン先輩に挑戦するではないですか貴女。

 

 別に服を脱ぐのが好きな痴女ウマ娘という訳ではない、ということはつまり、服を脱ぐことによって自分を追い込んでいるということなのだろう。

 

 つまり、結論、ドMである

 

 確信を得た私は真っ直ぐにヒシアマ姉さんの瞳を見据えながらこう語り始める。

 

 

「テストもいつも追試ギリギリ攻めたりしてるーってブライアン先輩が言ってましたし、ヒシアマ姉さん間違いないですよ」

「いやいやいや、ちょっと待て、それはおかしい」

「ヒシアマ姉さん安心してください! すぐに縄で縛ってロウソクで追い込んであげますからね」

「言い方変えてもアウトだそれは! この馬鹿!」

 

 

 準備よく縄をビシビシと伸ばして用意しているメジロドーベルさんの姿を指差しながら告げる私にヒシアマ姉さんは盛大に突っ込みを入れてくる。

 

 あれ? ちょっと待って、というかなんでメジロドーベルさん縛る縄なんか持ってんですかね? 何に使う為の縄なんですかね?

 

 私は軽く戦慄した。その用途が想像ついてしまうあたり、私はもうダメかもしれない。

 

 私達はその後、気を取り直して無事に足に合うトレーニングシューズを探すことに成功しました。

 

 足に合うシューズを選ぶのもなかなか大変ですね、はい。

 

 私が選んだのは奇しくも、シンボリルドルフ会長と同じモデルに近いシューズでした。先行などを得意とするウマ娘がよく使うシューズですね。

 

 

「いいんじゃないか? お前らしいとは思うぞ、私には合いそうに無いけどなぁ、それは」

「アフちゃんらしいんじゃないかしら?」

「そうですかね」

 

 

 買うと決めた新品のシューズをレジに持って行く私。

 

 これから先、秋のシーズンに突入し、トレーニングやレースも過酷さが増す事になるだろう。私とて、東スポ杯の重賞に冬にはG1の朝日杯が待ち構えている。

 

 全く気が抜けない時期であり、アンタレスとしても踏ん張りどころだ。

 

 だから、今日くらいは他愛の無い会話をしながら買い物を楽しむのも悪くは無いだろう。

 

 その後、私達はいろんなショッピングモールの店を回りながら、充実した1日を過ごすのだった。



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京都新聞杯

 

 

 

 菊花賞の前哨戦、京都新聞杯。

 

 その距離は2200m、菊花賞の前哨戦というにはあまりにも距離差はあるが、重賞レースにしてみればレベルが高いレースである。

 

 ナリタタイセイ、ヤマニンミラクル、キョウエイボーガンをはじめとしたそれなりに実績を積んできた先輩達がズラリと並び。

 

 その中で一際、異彩を放っているライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩の二人の姿があった。

 

 これは菊花賞前哨戦、本番に向けて決して手抜きなどできないレースだ。

 

 そんな中、私はメジロドーベル先輩と共に観客席の最前列で今回はレースを見守ることにしていた。

 

 はっはー、たこ焼き売るとでも思いましたか? 残念、今回はたこ焼きは無しです。たまには私も普通に見ますよ普通にね!

 

 

「ふふふふ、こうして並んでレースを観れるなんて嬉しいわね」

「ソウデスネー」

 

 

 普通って何でしょう? 誰か私に教えてください。

 

 隣で腕を絡めて身体を密着させてくるメジロドーベル先輩に私は棒読みのまま、死んだような眼差しで応える。

 

 観客席の方々は微笑ましそうにそれを眺めているのですが、私としてはなんとも言えないメジロドーベル先輩のスキンシップ振りに困惑不可避なんですが、それは。

 

 ラブコメの主人公なら、顔真っ赤にしてやめろよー、人が見てんだからさー、みたいな事を言ったりするんでしょうけれど。

 

 この台詞もなんかカチンと来るときありますよね? 気持ちはわかります。

 

 その光景を実際に目の当たりにした経験がある皆さんはとりあえず手に構えている鉄パイプと釘バットはしまって冷静になりましょう。

 

 私はウマ娘ですし、なんといいますかもういろいろと悟ってると言いますか、ウマ娘という性別的に一緒な時点でもうそんな事は考えてませんね。

 

 せいぜい身体を密着させてくるメジロドーベルさんのバストサイズを分析するくらいですよ。

 

 イチャつくカップルにRPG(ロケットランチャー)ぶっ放したいと思う人の心情を私はよく理解しているのです。

 

 私がそんなん見たらC4爆弾で、辺り一帯を無かった事にしたいなって思いますもの。

 

 カップルの愛の巣を焼き討ちですか? 素晴らしいと思います。

 

 実際やったら放火で捕まるのが難点ですが。

 

 さて、私は迫るメジロドーベルさんの顔をぐいぐい片手で引き剝がしながら静かに京都新聞杯のレース出走を待つ。

 

 鼻息荒くないですかね、ドーベルさん。大丈夫かなこの人。

 

 

「つれないわね、そんなところも可愛いんだけど」

「分かりましたから、その鼻血を拭いてください、もう」

 

 

 そう言って私は携帯ティッシュでドーベルさんが垂らしている鼻血を丁寧に拭ってあげる。

 

 まるでおっきな娘がいるみたいですね。

 

 はっ! まさか、これが母性っ! いやいや、違いますね父性ですね! これは、そう思いたいです。

 

 とりあえずお前は胸おっきいから母性にしとけって? やかましいわ!

 

 しかしながら、垂れてくる鼻血か拭っても拭っても溢れ出てきてます。

 

 興奮しすぎでしょうドーベルさん、頭にドーパミンが激しすぎてアドレナリンがドバドバ出てるんですかね? なんか怖い。

 

 そんな中、私達に声を掛けてくるあるウマ娘がいた。

 

 

「…おっ、アフトクラトラスじゃないか」

「…あ、エアグルーヴ先輩じゃないですか、先輩も観に来てたんですか?」

 

 

 そう、お尻の弾力性がモチモチしているプロポーション抜群のチームリギルのエアグルーヴ先輩である。

 

 何故、私が彼女のお尻の弾力性を知っているかというと以前、リギルとの合同練習の際にマッサージを担当した事があるからだ。

 

 あの時はミホノブルボンの姉弟子からマッサージという名の拷問を受けたヒシアマ姉さんの悲鳴が木霊したものである。

 

 力士の股割り並みかそれ以上ににやばいですからね、実際。

 

 そのおかげで私の身体はめちゃくちゃ柔らかくなったんですけども、足を盛大に開いて地面にペターンって足が広がりますし。

 

 まあ、話が逸れましたが、そんな感じで私は以前からエアグルーヴ先輩とは面識はありますしヒシアマ姉さん同様によく可愛がってもらっています。

 

 そして、エアグルーヴ先輩の登場にメジロドーベル先輩は何やら不機嫌そうな表情で私にこう問いかけてきた。

 

 

「貴女は…?」

「あぁ、こちらはチームリギルのエアグルーヴ先輩で、お尻の感触が抜群に柔らかい先輩です

「ちょっと待ておい」

 

 

 そう言って、青筋を立てたエアグルーヴ先輩は顔を真っ赤にして私の頭を片手でがっしりと鷲掴みにする。

 

 何にも間違ってません、お尻はすんごく柔らかかったですし、私の記憶ではその印象が物凄く強かったので。

 

 なので、ギギギギと頭蓋骨から変な音が聞こえてきますのでエアグルーヴ先輩やめましょう。頭が割れちゃうのー!

 

 片手で頭を持ち上げられ、プラーンと両足が宙に舞う私は思わず声を上げる。

 

 

「あだだだだっ…!! ごめんなひゃいっ!! エアグルーヴ先輩は太ももが凄かったですっ! モチモチしてましたっ!」

「…んー? 観客達の前で何を言ってるんだお前は?」

「エアグルーヴ先輩、私も手伝います、前から」

「ぎゃーっ! 頭が割れりゅうぅぅぅ!」

 

 

 そして、正面からは私がエアグルーヴ先輩の太ももや尻を触ったと聞いて目にハイライトが無くなったメジロドーベルさんがアイアンクローをぶち込んできました。

 

 あばーっ! 私は嘘はいってないのにー!

 

 お尻が駄目だから足を褒めたのにこの仕打ち、別に尻や太ももくらいええじゃろが!私なら触らせてあげますよ! 喜んで! ただし触らせるのはウマ娘に限りますけどね。

 

 一通り、私にアイアンクローを終えた二人は力尽きた私を地面に落とすと、何故か握手を交わす。

 

 

「そう言えば、一つ上ですし、何度かお見かけした事がありましたね、こうして話すのは初めてですが」

「あぁ、よろしく、…それにしてもなかなか良い腕力だな? 良ければ、今度併走パートナーになってくれないだろうか?」

「よろこんで」

 

 

 京都新聞杯を見る前にダウンさせられた私を他所に何故だか仲良くなる二人。

 

 たかだか太ももが柔らかいとか尻が柔らかいとかで大げさな、ここにいる観客席の皆さんに対するサービスですよ。

 

 だってエアグルーヴ先輩くらいの美人の太ももやお尻が柔らかい何て聞いたらテンション上がるではないですか、誰だってそう思う、私だってそう思う。

 

 私なんて、尻も太もも、胸さえも柔らかくてモチモチしていて抱き心地が良いなんて皆が知ってるくらいです。

 

 しばらくして、復活した私は頭を抑えながら立ち上がります。うーん、まだ頭痛がする。

 

 立ち上がった私はエアグルーヴ先輩にジト目を向けながらこう話しをし始めた。

 

 

「…まったくエアグルーヴ先輩はやんちゃなんですからぁ」

「お前は鏡を見てみろ」

「おうふ」

 

 

 容赦ないエアグルーヴ先輩の一言! アフトクラトラスには効果抜群だ! まあ、それを言われてしまってはグゥの音もでませんね。

 

 私がやんちゃと言われましても、確かにその通りですからね。行動を振り返れば一目瞭然ですし、ちくしょうめ。

 

 さて、そんな茶番をしている間に京都新聞杯のファンファーレが鳴り響く。

 

 その曲に合わせ会場も盛り上がります。

 

 すると、今回のレースについて、エアグルーヴ先輩がこのような話を私達にしてきました。

 

 

「あの二人はやはりレース前から別格だな、今日のレースはあの二人か」

「姉弟子とライスシャワー先輩でしょう? まぁ、私の姉と先輩ですから当然ですよねっ!」

「なんでドヤ顔してるんだお前が」

 

 

 ふんすっ! と自慢気に語る私にジト目でそう告げてくるエアグルーヴ先輩。

 

 そりゃ、貴女、私は普段から地獄のトレーニングに付き合ってますからね、ドヤ顔もしたくなりますよ。

 

 そんなこんなで、私は何故かいつのまにか背後に回ったメジロドーベルさんに抱えられたまま、レースを見守る。

 

 あれ? なんで私、いつのまにか何事もないかのように抱えられるんでしょう? ちょっと異議を唱えたい。

 

 そして、実況席からはこのレースについて、アナウンサーが実況していた。

 

 

「おまたせしました。菊花賞トライアル、11Rは京都新聞杯。G2、芝の外2200m、今年は10人。最後にミホノブルボンが入りました、これで体制は整いました」

 

 

 最後の枠入りが終わり、レース場ではゲートインした全員が走る構えを取る。

 

 そして、パンッ! とゲートが開くとともに一斉にスタート、もちろん、先頭はミホノブルボンの姉弟子が取りに行く。

 

 いつも通りの展開、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩の後ろにすぐに控えて勝機を伺う。

 

 ミホノブルボン先輩は背後を気にしながら、先頭を走る。

 

 

(四番手…か…、そう来ましたか)

 

 

 それは四番手に控えているライスシャワー先輩を警戒してのことだ。

 

 このトライアルレースもそうだが、京都のレース場はライスシャワー先輩が得意としているレース場。

 

 警戒しないわけにはいかない、それに、前回に比べて彼女は格段にレベルを上げてきているのだ。

 

 それからのレース展開はいつものように運んでいた。言うならば、ミホノブルボン先輩が望んだような展開だろうか。

 

 だが、いつものようなレースに変化があったのは第4コーナーを曲がった時だった。

 

 

(ここだっ!)

 

 

 パンッ! と弾けた様に地面を蹴り上げ、ライスシャワー先輩が一気にミホノブルボン先輩に対して間合いを詰めたのである。

 

 これには、レースを見守っていた私も思わず立ち上がってしまいました。

 

 これはもしかすると、あるのやもしれない。

 

 これには、ミホノブルボン先輩も驚愕した様な表情を浮かべていた。それに伴うかの様にミホノブルボン先輩の足にもエンジンが掛かる。

 

 

「ミホノブルボン先頭! ミホノブルボン先頭! リードはまだ三身差くらいはまだある。そして二番手にはライスシャワー!」

 

 

 勢いよく最後の直線を爆走する二人、ライスシャワー先輩の眼光がミホノブルボン先輩の背後でキラリと光る。

 

 そして、その差はジリジリと縮まっていた。

 

 先程まで、三身差あった差がみるみるうちに縮まっている。そして、それを背で感じているミホノブルボン先輩にも焦りがあった。

 

 差されてしまうかもしれない。

 

 

「ハァ…ハァ…、くっ…!」

「はあああああああぁぁぁ!!」

 

 

 だが、それには完全に距離が足りなかった。

 

 ミホノブルボン先輩は間一髪、ライスシャワー先輩が伸びきる前にゴールを決めた。

 

 後方とはまだ差があったものの、ゴール、ライスシャワー先輩が伸びきる前に決着をつけたような形だ。

 

 一見危なげなさそうに見えるこのレースだが、そうではない。これは完全にミホノブルボンの姉弟子にとっては黄信号のレースだ。

 

 出来が悪かったとかならばまだ良い、逆だ。

 

 ミホノブルボンの姉弟子の出来が良いからこそ、今回のレースでこの展開だから、危ういのである。

 

 このレースを見ていたエアグルーヴ先輩は表情を曇らせたまま、こう語る。

 

 

「…これは、危ういな」

「エアグルーヴ先輩もそう思いましたか」

 

 

 ミホノブルボン先輩が1着でゴールしたものの、エアグルーヴ先輩の言葉に私も同意せざる得なかった。

 

 2200m重賞のトライアルレースでこのレベル、となれば、ライスシャワー先輩はきっと菊花賞では凄まじい伸びが期待できてしまう。

 

 ミホノブルボン先輩の三冠は非常に危うい、さらに、レースでのライスシャワー先輩のあのプレッシャーは脅威だ。

 

 私を抱えているメジロドーベルさんは続ける様にこう語り始める。

 

 

「アレ、距離があれば、全然、差されてても不思議じゃないわよ…、次3000mなんでしょう?」

「はい、ライスシャワー先輩、相当、力つけてきてますね」

 

 

 このレースで明らかになった事は3000mのレースでライスシャワー先輩があれ以上の伸びが期待できるという事だ。

 

 実力の菊花、地力の力がものをいう次のレースに向けてのトライアルレースでのこの結果。

 

 今日走ったミホノブルボン先輩はそのことを悟ったかもしれない。

 

 このままだと、危ういという事を。

 

 レース場で息を切らし、呼吸を整えているミホノブルボンの姉弟子は静かに奥歯を噛み締めていた。

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 

 負けてはいない、トライアルレースは勝った。

 

 だというのに、不安が拭えない、そんなミホノブルボン先輩にライスシャワー先輩はゆっくりと近寄っていく。

 

 それは、明らかな手ごたえを感じたからだ。

 

 前回のダービー、そして、皐月賞での雪辱。その雪辱を返せるレベルにまで自分は成長している。

 

 そして、自分はミホノブルボンと肩を並べられるレベルになったという明確な手ごたえをライスシャワー先輩はこのトライアルレースで感じる事ができた。

 

 だからこそ、ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩にこう告げる。

 

 

「ハァハァ…次の菊花賞…私は貴女に勝つわ…ブルボンちゃん。貴女を超える」

「…そう…ですか…」

「えぇ…、次の優勝は必ず貰うッ」

 

 

 そう明確にミホノブルボン先輩に告げたライスシャワー先輩は静かに踵を返し立ち去っていく。

 

 だが、そこまで言われてミホノブルボン先輩はライスシャワー先輩に何も言い返そうとはしなかった。

 

 その理由はわからない。だが、重賞を優勝したというのにその顔には笑顔が一切なかった。

 

 

 その後、ファンを迎えたウイニングライブでは、ライスシャワー先輩と並び笑顔を作っている様でしたが、それが作り笑いなど、私にはすぐにわかりました。

 

 不安が残るレース、そんな中で心から笑い歌を歌うなんて、私にも無理です。

 

 ミホノブルボンの姉弟子のウイニングライブを見届けている最中、エアグルーヴ先輩はゆっくりと私達から立ち去って行きます。

 

 

「帰られるのですか?」

「あぁ、見たいものは観れたしな」

「…そうですか」

 

 

 そう告げるエアグルーヴ先輩の言葉に肩を竦める私。

 

 確かにウイニングライブはオマケみたいなものですからね、なんか、私に限っては自分が走っていないレースのウイニングライブのセンターやったりしたこともあるんですけども。

 

 見たいものは観れたか。確かに、レースだけで考えればライスシャワー先輩の差し足の鋭さは非常に勉強にはなりますよね。

 

 

「ミホノブルボンさんに伝えといて、次のレース気を引き締めておかないとやられるわよってね」

「えぇ、もちろん、私も言うつもりでしたから」

「…ふっ…そうね、それじゃ私は行くわ」

 

 

 そう言って、背を向けて立ち去っていくエアグルーヴ先輩を見届ける私とドーベルさん。

 

 トライアルレースには勝てたミホノブルボンの姉弟子、本当なら祝ってあげるのが良いのだろうが、そうも言ってられそうにない。

 

 それはきっと、今、ステージで歌って踊っているミホノブルボン先輩自身も自覚している事だろう。

 

 素直にここまでミホノブルボン先輩に迫るライスシャワー先輩が凄いと私は思う。

 

 今日のレースの展開がもし、菊花賞で再現されたのならば、そう考えると、私は思わず背筋が凍りつきそうになった。



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トレセンライブ

 

 

 

 さて、皆さんにご質問です。アイドルとはなんでしょう?

 

 そう、歌って、踊れて、愛嬌があって、その上、可愛い容姿にボンキュボンのナイスバディな娘ですよね。

 

 おっと、ナイスバディと聞いて最速の機能美さんを見るのはやめてあげてください、彼女は色っぽくて可愛いでしょう、だからなんの問題もないんです。いいね?

 

 話を戻しますが、私達、ウマ娘も基本的にはスターホースだったり、アイドルホースなんて呼ばれたりしていた競走馬がモデルなのです。今更なんですがね。

 

 あ、私はちなみにスーパーホースなんてものがオマケについてきたりします。とまあ、この話はとりあえず良いでしょう。

 

 何が言いたいかと言うと、このトレセン学園では例え、勝てないウマ娘であっても人気があればそれなりにやっていけるというわけです。

 

 それが、113連敗未勝利のウマ娘であってもですね。

 

 さて、話は変わりますが、私達のようなウマ娘はファンとの交流を兼ねて、たまにライブや催し物をしたりすることがあります。

 

 ファンの方々に愛嬌を振りまいて、たくさんの方に幸せを届けるためですね(建前)。

 

 もちろん、皆さんは私のファンの方もいらっしゃるかと思います。

 

 というより、私のファンですよね? アフちゃんは皆大好きですよね? 知ってますとも!

 

 もちろん、私も好きですよ、えぇ。

 

 いつもウイニングライブに来てくれる人達、ありがとうー! 今日はたくさん諭吉さんを置いていってねー! と声高に言った時は後にルドルフ会長にしばかれましたけれど。

 

 本気で死ぬかと思いました。はい。ゴルシちゃんは大爆笑してましたけれども。

 

 さて、そんな事もあって、何故か私の人気はかなり高いらしいのです。どうなってるんでしょうね? ファンの感性が私にもよくわかりません。

 

 絶対、胸で人気出てる感じですよ、みんなやっぱり胸ばっかりみてるんですね、おっ○い星人どもめ。

 

 なので、現在、私はこうして、トレセン学園の公式ライブ会場に呼ばれております。

 

 

「みんな大好きアフちゃんだよーっとか言わなきゃいけないんですかね…また」

「深刻そうな顔でまた何アホな事言ってるんだお前」

 

 

 そして、何を血迷ったのか私がデュエットを組むのはなんとナリタブライアン先輩です。

 

 こちらはゲンドウ司令みたく手を組んでガックリと項垂れているにも関わらずこの言い草ですよ。

 

 そもそも、私がアイドルなんて無理な話なんです、助けてチッヒ!

 

 シンデレラなガールズ達を派遣で呼べませんかね? 畑が違うって? 大丈夫、アンタレス式に鍛えればただのアイドルだって時速40kmくらいで走れるようになりますから。

 

 人間鍛えればホッキョクグマを倒したり、マグロと同じくらいの速さで泳いだりもできるんですから。

 

 ですから大丈夫です。最終的に音痴なおねシン歌うローラースケートが得意な時代錯誤のお兄さんアイドルを呼んできてもかまいませんから。

 

 歌うとしたらこちらはうまぴょいですけどね。

 

 だから私とステージで歌うのを代わりましょう、ハリーアップ!

 

 私はファン達に紛れてオグリ先輩をもてはやさなければいけない使命があるのですから!

 

 

「おーい、次出番だぞー」

「ほら行くぞー、アフ、みんな待ってるんだ」

「やだぁ! 私お家に帰るー! 帰るのー!」

 

 

 そう言いながら、駄々をこねたが虚しくズルズルとナリタブライアン先輩に引きずられていく私。

 

 だからといって振り付け適当に歌ったりすると姉弟子や義理母、そして、ルドルフ会長からもっと悲惨な目に合わされるのは分かり切った話だ。

 

 仕方ないので、私はブライアン先輩と共にステージに上がり、歌と踊りを披露することにした。

 

 こうなったらやるしかねぇ、というやつである。不本意ですが、致し方ありません。

 

 

「〜〜〜♪」

「〜〜〜♪」

 

 

 ステージ下から、曲に合わせて歌を歌いつつ、ブライアン先輩と背中合わせに私は華麗に登場、ただし目は死んでいる模様。

 

 ナリタブライアン先輩と組んでいるのだから、曲に合わせてクールにそして色っぽく私は歌と踊りを踊る。

 

 アンタレス式ウイニングライブ特訓をした私には隙はないのだ。

 

 どこの世界に手足に重石つけ、巨人の星みたいなギプスを身体に引っ付けて歌と踊りの練習をする育成機関があるんですかね?

 

 トレセン学園にはどうやらあるみたいです。いやーぶっ飛んだ学校ですねほんと(白目。

 

 そのおかげか、ぶっちゃけた話、歌と踊りだけで飯を食べていけるレベルですしね、私。

 

 

「「フゥー!フゥーッ!」」

「〜〜〜♪」

 

 

 そして、よく訓練されたファン達による熱い合いの手が度々入ってくる。毎度思うんですが、誰が訓練してるんでしょうね? 不思議でたまりません。

 

 流石だと褒めてあげたいですねほんと。

 

 私はそんなファン達の為にファンサービスとしてステージを降りて、みんなとハイタッチしながらたまに軽くハグしてあげたりもしてあげます。

 

 警備上大丈夫なのかって?

 

 安心してください、変なことしようとする輩には平気でライブ中であろうとマイクで歌いながらナックルパートや頭突きやプロレス技を掛けたりしたりするので私は。

 

 

「イェーイ!」

 

 

 まぁ、私がそんなヤバいウマ娘というのは皆さん周知の事なのでそんな事をする人は居ないんですね。

 

 仮に私を殺傷しようとする輩が居たとしても私の身体には傷一つたりとも付かないですし。鍛え抜かれた筋肉がありますから。

 

 チェーンソーとか持ってこられたら話は別ですけども。

 

 そして、私はファンサービスを一通り終えたら、ステージの上で設置をお願いしておいた消毒用アルコールで殺菌し、衣装のポケットに入れていた石鹸を取り出し泡立てると、ステージ裏からゴルシちゃんが投げ込んでくれるペットボトルの水で手を軽く流し落とします。

 

 しかも、ファン達の眼前で満面の笑みを浮かべつつ行うわけですね。はい。

 

 地面は多少びしゃびしゃになりますが、そのあとはまたゴルシちゃんが投げ込んでくれた拭き用の雑巾を足で使いながら綺麗に拭き取り、使い終わったら端に雑巾を蹴って飛ばします。

 

 こういったファンサービスはゴルシちゃんが協力してくれないとできませんが、これもファン達のためですからね。私とて一肌脱ぎますとも。

 

 なお、私がこういった消毒を眼前で行なって悲しみに満ち溢れた表情をする一部のファンの顔を見るのがちょっと楽しかったりするのはご愛嬌です。

 

 何をしようとしたんですかねぇ?(ゲス顔。

 

 そんなこんなで、私とナリタブライアン先輩は最後は背中合わせになり、曲を終える。

 

 クールな曲だった筈なのに真顔で行う私の破天荒な行動が色々と残念にしてしまっているのは多分気のせいだろう。

 

 曲が終わり、拍手が鳴り響く中、私とナリタブライアン先輩はゆっくりとステージが下に降りて退場。

 

 

「ふぅー、いい仕事しましたわー」

「はぁ、全くお前さんは相変わらずだな…」

 

 

 そう言いながら呆れたように左右に首を振り私に告げるナリタブライアン先輩。

 

 それほどでもありませんよ、いやー、これでまた私のファンは増える一方ですね! 正直な話、増やす気は全く微塵も思ってないんですけれども。

 

 楽しく自由に奔放にライブするだけですからね、私の場合は。

 

 すると、しばらくして、私の元にライブを見ていたゴルシちゃんがやってくる。

 

 

「ナイス水! ナイス雑巾!」

「ははははは! お前やっぱ最高だなぁほんと!」

 

 

 ビシッ!バシッ!グッグッ! と息ぴったりにハイタッチをゴルシちゃんと交わす私。

 

 おそらく、ライブ中に手洗いし始めるウマ娘って私くらいですからね、しかも、ファンの眼前でやるから余計にタチが悪い。

 

 前代未聞だが、そんなことを平然とやってのけるのが私、アフトクラトラスなのですよ。

 

 ぶっちゃけ、と言いつつもハグする相手も女の子のファンを積極的に選んだりしてますからね。たまに男性にもしますが、なるべく清潔そうな人にやったりします。

 

 アイドルという役職の闇の部分を全面的に出してますね私。闇は深い、というか私の腹黒さが深い。

 

 さて、そんなこんなでブライアン先輩とライブを終えた私はニコニコと笑いながら、背後から迫り来る殺気に肩をポンと叩かれる。

 

 

「……………あっ……」

「…言わなくてもわかるよな?」

 

 

 そこに居たのは、満面の笑みを浮かべたルドルフ会長。しかしながら、その笑顔は目が笑っていないのでもうお察しである。

 

 私は首根っこを掴まれてそのままズルズルと回収されてしまった。

 

 扱いがウマ娘というか猫みたいな扱いなんですけど、身長が小さくて身軽だからですかね? はい、いつものようにお説教を食らいました。

 

 でも、後悔はしていません。私はこれがデフォルトなので、致し方ないですね。

 

 その後、ルドルフ会長から確保された私の身柄はナリタブライアン先輩が受け取りに来てくれました。

 

 

「全く懲りないなぁ」

「なんか私がライブするたび頭にタンコブ出来てるような気がしますね」

「それは自業自得だ」

 

 

 そう言いながら、舞台の衣装を着たままため息を吐く私にツッコミを入れるナリタブライアン先輩。

 

 全く的を射た言葉ですね、何にも言えません。まあ、特には反省は全くしてないんですけども。

 

 私とナリタブライアン先輩がこんな他愛のない雑談をしながら廊下を歩いていると、メジロドーベルさんの姿を見かけた。

 

 そして、何かを探しているかのように周りを見渡していた彼女は私を見つけるとゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 

「…アフちゃんどこ行ってたの? 心配したのよ?」

「お説教されてました」

「そうなの? 急に居なくなるから…」

 

 

 そう言いながら、私の手を握りしめてくるドーベルさん。何この手は。

 

 そして、私の手を握りしめたドーベルさんの目のハイライトがスッと消える。心なしか握りしめている手の力が強まっているのは多分気のせいだと思いたい。

 

 そして、顔を近づけてきたドーベルさんは私にこう語りかけてきた。

 

 

「アフちゃんは私にはハグしてくれなかったわよね? どうして? 聞かせてくれるかしら? ファンにはするのに私にはしないの? ねぇ?」

「そうやって急にサイコレズっぽくなるのはやめてくれませんかね…顔近い近いっ!」

 

 

 そう言いながら、グイグイと近寄ってくるドーベルさんに後退りながらブライアン先輩の方に助けを求めようと視線を向ける私。なんの嫉妬心なんですかね、コレガワカラナイ。

 

 しかしながら、ナリタブライアン先輩は既にそこには立って居らず、私を置いて先に行っていた。

 

 そして、ブライアン先輩は振り返ると満面の笑みで私に向かい無慈悲にこう告げる。

 

 

「手短に済ませてこいよ、先で待ってるぞ」

「………えぇー……」

 

 

 先を行くブライアン先輩の言葉に顔を引きつらせる私。

 

 目の前のドーベルさんは相変わらず氷のように冷たい眼差しでこちらを見つめてくる。やべえ、クレイジーですよ、この人。

 

 仕方ないので、軽くハグしてその場は丸く収めましたけれど、トレセン学園の人達ってこんな方ばかりなんでしょうかねほんと。

 

 グラスワンダーさんもおんなじような傾向ですし、スペ先輩の背後にはグラスワンダーさんみたいな。

 

 そんなわけで、私は寮に帰るとヒシアマ姉さんに今日のことについて語ることにした。

 

 

「はぁー…てな訳で、トレーニングよりなんか疲れましたよ今日は」

「あはははは! まぁ、ライブも私達を支えてくれるファンのためだからなぁ、仕方ねーよ」

「そうなんですけどね、全く身体を張るのも大変ですよ」

「なんかお前からその言葉を聞くといやらしく聞こえるのは不思議だな」

 

 

 そう言いながら、私にジト目を向けてくるヒシアマ姉さん。失敬な、身体を張る(意味深)なんて私が言うわけないじゃないですか。

 

 まあ、致し方ないですね、私の行動を顧みれば、ヒシアマ姉さんにはたくさんセクハラしてきましたし、逆にされたりもしましたけど。

 

 ヒシアマ姉さんも寛大ですからね、そういうところは私は大好きですからね、後輩思いですし。

 

 そんな他愛のない話をヒシアマ姉さんとしながら、私はグデーとダラシなくブライアン先輩のベッドの上に寝転がる。

 

 ブライアン先輩のベッドだというのに私物と化してますね。

 

 前に一度聞いたことはあるんですけど、ブライアン先輩的には私はヌイグルミなので全然構わないようです。

 

 

「アフー、制服捲れてんぞー」

「知ってまふ」

 

 

 制服が捲れて下着が見えてようと御構い無し、どうせ、女子寮ですしね、見られようと恥ずかしさもなにもないです。

 

 私なんて、男性から見られても構わないスタンスですしね、基本はですけど、最近は多少羞恥心が出てきたとは思います。淑女らしさは身についてきたとは思いたいです。別の意味の淑女ではあるんですけどね。

 

 ウマ娘というのは大変ですね、ライブを終えて寝転がる私は改めてそう思うのでした。



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重圧

 

 

 

 漆黒の髪が揺れる。

 

 背後から迫り来る黒い影、それは日に日に大きな存在へと変貌していく。

 

 執念の結実か、復讐を果たすためかはわからない。

 

 だが、その影の事はよく理解していた。背後から迫り来る黒い影はいつも自分の隣に居たのだから。

 

 いずれ、鍛えに鍛え抜き、研ぎ澄まされたその肉体で己に迫り来ることはわかっていた。

 

 時は満ちつつある、漆黒から放たれる鋭く光る眼差しが、私のすぐ側に。

 

 

 私はその瞬間、ベッドからガバッ! と勢いよく上体を起こした。

 

 身体から溢れ出てくる冷や汗、そして、乱れる呼吸、息を切らしている私はじっと自分の手を見つめると先程の光景が現実ではない事を実感する。

 

 

「…はぁ…はぁ…、ゆ…夢…でしたか…」

 

 

 それにしても、現実味がある夢だった。

 

 いや、夢というよりは悪夢に近いだろう。彼女自身、たかだか自分がこれほどまでに取り乱すというのは未だに経験が無かった。

 

 それほどまでに、心の片隅にある危機感が彼女自身の中で大きくなっていたのである。

 

 

 クラシック最終戦、菊花賞。

 

 

 その距離は3000m、私にとっては長いと感じる距離だが、その距離は彼女にとっては絶好の距離。

 

 心臓の音がまだ鳴り止まない。

 

 私はベッドから降りるとリボンが付いた刺繍の入っている薄い水色のショーツとはだけた白シャツを上に着たまま、月明かりが照らす窓の外の夜空の景色を気分転換に見つめる。

 

 

 親友であり、チームメイトであり、そして、ライバルである漆黒のステイヤー。

 

 彼女は確実に力をつけてきている。それを肌で感じたのはダービーの時からだった。

 

 全力を使った私に唯一、諦めずに喰らいつこうとしていた。

 

 そもそも、普段の地獄のようなトレーニングについてこれるのはライスシャワーとアフトクラトラスくらいだ。

 

 自分と同等か、下手をすればそれ以上のポテンシャルがそもそもライスシャワーには備わっているのだ。

 

 莫大なトレーニング量で実力のあるウマ娘達を今までねじ伏せてきた私には密かな恐怖があった。

 

 私以上の実力、才能を彼女が持っていたとしたら? 自分の存在価値は一体どれくらいのものなのだろうかと。

 

 積み上げてきた努力を超えられたら、力を超えてこられたら自分は一体何を糧にすれば良い?

 

 私は寒気がする自分の身体をギュッと抱きしめたまま蹲る。

 

 窓から差す月明かりはそんな私を静かに照らすだけだった。

 

 

 

 それから、翌日。

 

 皆さん、私、アフトクラトラスはいつものように元気に今日もミホノブルボンの姉弟子と共に坂を爆走中です。

 

 秋のレースも本格化していき、ミホノブルボンの姉弟子も菊花賞前に前哨戦の重賞レースを控え、一段と気合いが増しています。

 

 ただ、私は姉弟子が日に日にその様子がおかしくなりつつあることが少し気掛かりでした。

 

 それは毎日毎日、併走しているのだから気づかないわけがありません。明らかに以前よりもキレが落ちています。いつものような走りができていないようなそんな違和感を感じました。

 

 しかし、姉弟子は一向に私に話す気配はありませんでした。

 

 最近では、義理母の表情も曇り、時間を測るたびに非常に機嫌が悪いです。

 

 

「その走りはなんだ一体! タイムも落ちてきとるぞ!」

 

 

 タイムウォッチを握りしめている義理母の怒号がこうして、ミホノブルボンの姉弟子に今日も飛ぶ。

 

 コンディションが明らかに落ちてきているのが側から見ても明らかだった。

 

 私が見てもそう感じるのだから義理母としてもこの事態は深刻に受け止めているはずだ。

 

 これは明らかにスランプと言ってもいいだろう。息を切らしている姉弟子は悔しそうに歯を食いしばっていた。

 

 こんな姉弟子の姿を私は今まで見た事が無かった。まるで、何かに追われているかのような焦りと怯えが見てとれる。

 

 私は思わず、息を切らしている姉弟子の側に近寄るとそっとタオルを差し出してこう話しかける。

 

 

「姉弟子…、あまり無理は…」

「はぁ…はぁ…、構うなッ!」

「…あっ…」

 

 

 だが、姉弟子は私が差し出したタオルを乱暴に弾くと息を切らしながら鬼気迫る表情を浮かべそう告げてきた。

 

 その顔を見た私の背筋にゾクリッと悪寒が走る。

 

 姉弟子は必死なのだ。クラシック三冠は一生に一度の栄光、そして、義理母からの期待もある。

 

 そんなプレッシャーと姉弟子は戦わないといけない、背後から迫る挑戦者を退けなくてはいけない。

 

 そう考えると、私は確かにこうなったとしても不思議ではないなと思った。勝者とはいえ、いや、勝者だからこそ、余裕など無いのである。

 

 

「…はぁ…はぁ…ご…ごめんなさい…そんなつもりは…」

「姉弟子…」

 

 

 私は膝に手をつき、呼吸を整えている姉弟子の手を優しく握る。

 

 私には姉弟子が戦っている重圧がどれだけのもので何を背負っているのかは正直な話、本人では無いのでわからない。

 

 しかし、私は姉弟子の身内だと思っている。私がこの世界に来て父も母もいなかった。そして、前世では既に他界していた。

 

 前世では親孝行をもっとしとくべきだったと後悔をしたものだ。後悔をしたところでそれは既に遅かったのだが。

 

 そして、私は孤独だった。そんな中で私の家族だと言える人が義理母やライスシャワー先輩も含めて三人もこの世界でいる、こんな幸せはない。

 

 だから、力になりたいと思うし、私は彼女達を好いている。

 

 

「わかりました。…けど、姉弟子、これだけは忘れないでください私はいつも姉弟子の味方ですから」

「…妹弟子」

「私は心配してませんよ、姉弟子なら大丈夫です」

 

 

 そう言って、私は姉弟子を頭を軽く抱擁するとスッと踵を返してその場を静かに後にする。

 

 これくらいのことしか、私にはできない。

 

 何故なら、姉弟子が自分との戦いに勝たなければ結局は同じだと思っているからだ。

 

 勝負の世界は厳しい、何が起こるのかはわからない。

 

 姉弟子自身がどうするべきなのかは姉弟子自身が決めて、道を切り開く他はないのだ。

 

 どんなに強いと呼ばれたウマ娘でさえ、敗北することはある。そんな勝負の世界で勝ち抜くためには自分自身との戦いに勝たなくてはいけない。

 

 深呼吸をし、呼吸を整えるミホノブルボンの姉弟子は義理母を真っ直ぐに見つめると力強くこう告げる。

 

 

「追加をお願いしますっ! マスターッ!」

 

 

 力強い声で姉弟子は真っ直ぐに義理母に告げた。

 

 その声に義理母も気合いの篭った声で返し、再び、姉弟子は途方も無い坂路を駆け始めた。

 

 流石は我が姉弟子である。あの気合いならきっとスランプなぞ、問題無い筈だ。我ながら良い仕事をしたのでは無いでしょうか?

 

 おっと、もうこんな時間ですね、私も今日は散々坂路を登りましたしもういいでしょう。

 

 今日はおとなしく寮に帰って、風呂に浸かってゆっくり休んでナリタブライアン先輩の胸の中でスヤスヤ眠るとしましょう。

 

 よーし、今日は何しましょうかねー、ニンジン賭け限定ジャンケンでも…。

 

 

「おっと、アフトクラトラス、どこに行く?」

「ですよねー」

 

 

 そうは問屋が卸さない、いい仕事したわーと帰宅モードに入っていた私の肩を義理母はしっかりと捕まえていました。

 

 なんでや、私良い仕事したやろ!

 

 それとこれとは話が別と、なるほど、そう来ましたか、うん、もうこうなったらなるようにしかなりませんね。

 

 義理母に捕まって、トレーニングしませんなんて言えるはずがない。多分、今、私の背後では鋭い眼光が光ってるんじゃないですかね?

 

 振り返った私に義理母は無情にもプランを練った特製筋力トレーニングメニューを手渡して来た。

 

 

「個別の筋力トレーニングだ、やれ」

「…あの…その…これ死んじゃう…」

「なら死ぬな、以上、返事」

「イエスマムッ!」

 

 

 そう言って凄い圧を放ってくる義理母の一言に血涙を流しながら敬礼する私。

 

 人の心とは一体…、なるほど人の心がない人には関係ありませんでしたね、人の皮を被った鬼でしたね。

 

 まさかの有無を言わさない鬼の所業。

 

 おほー! また明日、筋肉痛にらっちゃうのぉ(ビクンビクン)。

 

 私も重賞があるから仕方ないとはいえ、このメニューには涙が出ますよ、最近、思ったんですけど私、意外とドMかもしれない。

 

 ヒシアマ姉さんに言えないですよね、いや、私がドMかもしれないって事はきっとヒシアマ姉さんもドMに違いないんです。

 

 直感なんですけどね、はい。

 

 そんなこんなで義理母からメニューを伝えられた私は監視役の義理母の弟子であるトレーニングトレーナーと共にトレセン学園のトレーニングジムへ。

 

 

「ぬああああ!! こんちくしょーめぇー!」

 

 

 私はクッソ重たいペンチプレスを声を上げながら気合いを入れて持ち上げる。

 

 筋肉を付けるのも下半身だけだとバランスが悪いですからね、もちろん、上半身もこうやって鍛える事でちょうどいい感じになるらしいです、義理母曰く。

 

 目指せ、ペンチプレス120k! あ、ちなみにミホノブルボンの姉弟子は軽く100k以上持てるらしいです。化け物ですね、はい。

 

 次は天井から吊りさがっている縄に足に繋いで、下にマットを敷きます。

 

 その状態で宙ぶらりんになり、ダンベルを両手に持ったまま腹筋トレーニングです。

 

 

「さぁまだまだ行くぞォ! 残り300本」

「ぬぐあああああああ!」

 

 

 悲鳴に近い声を上げて、上体を起こす私。

 

 私のトレーニング光景を見ている周りのウマ娘達もこれにはドン引きである。そりゃ、こんなトレーニングするとか何処のグラップラーだよとか思われても致し方ありませんね。

 

 

 ウマ娘と生まれたからには一度は夢見る地上最速のウマ娘ッ!

 

 チームアンタレスとはッ! 地上最速を目指す! 頭がぶっ飛んだチームの事であるッ!(以下神イントロ)。

 

 

 あ、喉乾いたんで後で炭酸抜きコーラ飲んで良いですかね? オイオイ、死んだわ、あいつ。とか言われそうですけどね。

 

 大丈夫です。毎回毎回死んでます、主に身体がですけどね。

 

 そんな感じで、後はおんなじくらいすんごい筋トレを背筋やらその他の筋肉に負荷を掛けてするわけですよ。ほぼ毎日ですけども。

 

 ミホノブルボンの姉弟子も例外ではありません。多分、坂路トレーニング終わった後に義理母とするんではないですかね?

 

 今、私がやっているトレーニングかそれ以上のものを。

 

 そんな私の姿を見ていた二人組みのウマ娘はというと?

 

 

「相変わらずヤバイな…アンタレス」

「えげつないわよね…アレを普通にこなせるアフトクラトラス先輩も凄いけど」

 

 

 そう話す二人組みは汗をタオルで拭いながら顔を引きつらせているウオッカとダイワスカーレットの二人である。

 

 おう、やってみるかい? 明日は部屋から一歩も動けなくなるぞ、経験者が言うんだから間違いない。

 

 私は汗だくになりながら、そんな私を観察している二人にジト目を送る。

 

 すると、彼女達はサッと視線を外しやがりました。

 

 もうこれはあれですね、後で先輩権限でウオッカちゃんの太ももかダスカちゃんの胸で癒してもらうしかないですね。

 

 というか、私、気合い入れすぎて、先程から女の子が出してはいけないような声を溢しているような気がしてならないのですけど多分、気のせいだと思いたいです。

 

 まあ、だいたい、私の普段のトレーニングを見ているウマ娘達からの評価は大方知ってましたけどね。

 

 慣れって怖いですね? もう慣れましたし。

 

 ウチじゃターフを走るトレーニングだけでも手足に重石を付けて負荷を掛け、なおかつ、フルパワーで走るのは基本中の基本です。むしろ、更に負荷を掛けてやることも割と普通だったりしますからね。

 

 周りのウマ娘達がドン引きするのも気持ちはわかりますとも、私ももう帰ってブライアン先輩のベッドで寝たいです。

 

 

 迫る菊花賞、ミホノブルボン先輩のクラシック最終戦は果たしてどうなるのか。

 

 そんな姉弟子の心配もする間もなく、義理母から言い渡された地獄の筋力トレーニングをこなした私はフラフラとなりながらそのままトレセン学園の大浴場へ。

 

 キッツいトレーニングの後は風呂に入らなきゃやってられません。

 

 

「あー…もう…うごかなひ〜…」

 

 

 こうして、私は水死体のようにお風呂でいつものようにプカプカと浮くのでした。

 

 しかしながら、ミホノブルボン先輩の様子はいまだに気がかりです。

 

 菊花賞もそうなんですが、義理母もなんだか最近、調子が良くないような気がします。

 

 何もなければいいのですけれど。

 

 そんな考え事をしながら私は一人、風呂の天井を見上げる。

 

 ライスシャワー先輩もミホノブルボン先輩も両方好きな先輩二人の対決。

 

 どちらを応援すれば良いのか未だによくわからないですが、少なくとも二人とも応援したい気持ちは同じ。

 

 二人のように私もまた、次のレースに対してもっと気を引きめねばと思うのでした。



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義理母の夢

 

 

 クラシック最終戦。菊花賞。

 

 

 3歳馬が出走できるレースのうち、菊花賞より早い時期に3000m以上の距離を走るレースは存在しない。

 

 つまり、すべての出走馬にとって3000mという距離は未知の領域である。

 

 以前までは菊花賞と同じ京都3000mの嵐山ステークスがあったが廃止され、実質、この菊花賞だけが3000mのレースとなる。

 

 コースはスタート直後に”淀の坂”と呼ばれる坂が存在し、レース中にその坂を2回も通過しなければならない。

 

 この過酷さに耐え抜く身体の強さと、最後まで根性や闘争心を持ち続ける精神面の強さが必要になる。そのため菊花賞は『最も強いウマ娘が勝つ』と言われている。

 

 勢いの皐月、運のダービー、そして、最後は真の実力で勝負が決まる菊花賞。

 

 この秋のクラシック最終レースに向けて、1人のウマ娘は期待をされていない中、懸命に努力を積み重ねていた。

 

 

「…はぁ…、はぁ…」

 

 

 神社の階段を手足に重りを付けて早朝から登り降りし、足腰を鍛えるトレーニング。

 

 彼女、ライスシャワーは流れ出る汗を拭い深い深呼吸をした。

 

 恐らく、皆が期待しているのは同じチームのミホノブルボンが三冠の栄光をとる姿だろう。

 

 しかし、自分とて、誇りを持ってクラシックを戦ってきた。ミホノブルボンのようにG1を勝った栄光を手に入れたいと思った。

 

 ただただ、同期のライバルであり、チームメイトである彼女に負けっぱなしで悔しくないわけがない。

 

 共にトレーニングを積み重ね、切磋琢磨した仲だからこそ、横に並んで駆けたいと思った。

 

 

「次は…勝つ」

 

 

 もう、その距離は手が届くところまで来ている。

 

 ならば、後は迷う事は何もいらない。ライスシャワーは黒髪を静かに靡かせると、再び、坂路を一心不乱に駆けはじめた。

 

 いつも、背中を追い続けていたミホノブルボンのように、坂路を力強く駆け上がっていく彼女の走りはいつもよりも研ぎ澄まされているようにも見えた。

 

 

 さて、その頃、私ですが、姉弟子の最終調整に付き合ってました。

 

 コンディションは言うならば完璧の姉弟子、しっかりと仕上がってますね。

 

 貧弱な私はそんなゴリゴリ絶好調の姉弟子の調整トレーニングに付き合わされているわけでして、それはもう、鬼のようにキツいトレーニングでした。

 

 

「…あひぃ…か、勘弁をぉ…」

「弱音を吐くな! 走れ!」

「ひゃああ〜」

 

 

 もう無理でち、走れないでち。

 

 そんな私を他所に全力疾走で坂を難なく駆け上がっていくミホノブルボンの姉弟子。本当にね、化け物じみてると思います。

 

 そんな中、クタクタになった私はひとまず一通りのトレーニングを終えて一休みに入ります。

 

 さて、地獄のような練習を終えた私はその後、オグリ先輩にニンジンを餌に膝枕してもらうことにしました。

 

 

「あー…溶けるんじゃ〜」

「私の膝上で溶けてもらったら困るんだが…」

 

 

 そう言いつつも私の頭を優しく撫でてくれるオグリ先輩、相変わらず心広くて優しくて可愛いです。

 

 オアシスはここにあったのですね。

 

 確かに私も重賞を控えているので、わからなくもないですけれど、ありゃキツいっすよ、義理母。

 

 坂路の数覚えてませんもん、途中記憶が飛びましたもん。

 

 というより、毎回のように四桁を軽く行く坂路、調整とは一体何なんでしょうね?

 

 私は柔らかいオグリ先輩のお腹と胸と太もものジェットストリームアタックを受けながら疲れを回復させる。

 

 こんな事で回復する私の単純さ、煩悩さには我ながら脱帽ですよ、うーん、太ももが柔らかいなりぃ。

 

 同じような方法として、ダスカちゃんの膝枕かハグがあるんですけども、流石に後輩に先輩が甘えるというのは気が引けてしまうといいますか。

 

 ダスカちゃんにうるせー! 乳揉ませろやー! なんて私みたいなチキンハートが言えるわけが無いんですよね。

 

 それにスピカには、メジロマックイーンとゴールドシップとかいうヤバい人達が居ますのでできれば関わり合いになりたくないといいますか。

 

 えっ? 私も大して変わらないですって?

 

 失礼な! 私なんてファンの皆様やトレセン学園の皆からはチョロアフとか、小さなやんちゃ娘とかトレセンの残念マスコット枠とか暴走暴君なんて呼ばれて可愛がられてるんですよ!

 

 あれ? 気のせいですかね? 最後の方はなんかゲテモノじみてましたけど。

 

 つまり、自由に平等に皆に優しさを振りまく私は大天使というわけですね、もっと褒めてくれて良いのですよ!

 

 私にとっての大天使はライスシャワー先輩なんですけどね、はい。

 

 しばらく、私の頭を撫でていたオグリ先輩はふと、私にこんな事を告げはじめた。

 

 

「しかし、お前は最近会長に怒られてばかりだそうだな、先日もライブでやらかしたんだろう」

「そうですね、なんだか冷ややかなあの眼差しで見られるのにも慣れて来ました」

「大丈夫か、お前」

 

 

 そう言って、膝枕している私の返答に顔をひきつらせるオグリ先輩。

 

 もう手遅れかもしれません、トレーニングのし過ぎてルドルフ会長の冷たい視線を受けても平気な身体になっちゃいました。

 

 ドMではないと思いたいです。もう、私はお嫁に行けないかもしれません。

 

 誰か私を嫁に貰ってくれますかね? 一万円からセリ市をスタートさせてくれても良いですよ?

 

 さあ! 一万円から!リーズナブルな金額! 購入者はいらっしゃいませんか!(ただし行くとは言っていない)。

 

 純粋に私の落札額ってどんくらいになるんでしょうね? 教えてエ○い人!

 

 ちなみにダスカちゃんのブラとかヒシアマ姉さんのパンツとかもオークションで高値で売れそうだなとか下衆な事を考えていたのはここだけの話です。

 

 さて、話はだいぶ逸れてしまいましたが、私に膝枕をしてくれているオグリ先輩はふとこんな事を私に話してきました。

 

 

「もうすぐ菊花賞だったな、どうだミホノブルボンの調子は?」

「姉弟子の調子ですか? …うーん」

 

 

 私はミホノブルボンの姉弟子の調子を問われなんて答えるべきか思わず悩んでしまう。

 

 調子が良いと言えば良いのだが、何というか不安が拭えない。というのも、姉弟子自身がそう考えている筈なのだ。

 

 悪くはない、勝てる見込みはある。だが、漆黒の刺客の影がゆらりゆらりと彼女の背後に迫り来る光景が私の頭にも浮かんでいた。

 

 オグリ先輩に膝枕されている私は目を細めるとポツリポツリとこう語り出す。それは、私自身が個人的に思っている事だ。

 

 

「…調子は良いです。 ですが…何か精神的に不安ですね」

「そうか」

「えぇ、姉弟子にとっても3000mは未知の領域です。そして、はっきり言って、姉弟子はステイヤーではないです」

 

 

 そう、ミホノブルボンの姉弟子はステイヤーではない。

 

 どちらかと言えば、タイキシャトル先輩のようなマイルに適した身体つきをしている。そう言った身体つきを考えれば、姉弟子が菊花賞を戦うのは厳しそうだと感じてしまった。

 

 皐月、ダービーをあれだけ圧勝した姉弟子だが、それだけは言える。

 

 しかも、レース展開次第ではもっと厳しい戦いになるかもしれない。

 

 だけど、私はミホノブルボンの姉弟子も好きだが、ライスシャワー先輩も同じくらい大好きだ。

 

 複雑な心境、2人の努力を知っている身だからこそ、彼女達が悔いのない走りをしてほしいと心から思ってしまう。

 

 ライスシャワー先輩の仕上がりも間違いなく良い、菊花賞を勝てれば彼女にとってみれば初のG1制覇だ。

 

 2人ともに勝って欲しいなと思う私の複雑な心境を察したのか、オグリ先輩は膝枕をしている優しく私の頬をそっと撫でてくれた。

 

 

「勝者は1人…、優勝するのは果たしてどちらかはわからないが、それが勝負の世界だ」

「……わかってます」

「そうやって、拗ねるという事はまだまだ経験不足という事だアフトクラトラス」

 

 

 オグリ先輩から笑みを浮かべられそう言われ拗ねた私は唇を尖らせる。

 

 言われずともわかっている事だが、そう簡単に割り切るのは難しい。二人とも好きな先輩だからこそ、応援し辛いのだ。

 

 だが、どちらが勝ったとしても心の底から祝福してあげようとは思っている。同じチームとして、そして、敬愛する先輩としてそれは当たり前の事だと私は思っているからだ。

 

 今は2人の勝敗の行く末を私は見届けるしかない、それくらいしかできない今の状況がなんだか、少しだけ悔しかった。

 

 

 

 そんな敬愛する先輩二人が激突するであろう波乱の菊花賞の前夜、私は義理母に呼ばれた。

 

 義理母が私をトレーニング以外で呼ぶ事自体珍しいのだが、何やら意味深な表情だったのですぐに私は義理母の元へと足を運んだ

 

 その内容は私と何やら二人で親子水入らずで話したいことがあるという事だった。

 

 私は義理母と共に夜のトレセン学園のグラウンドに移動する。

 

 そうして、私は坂の芝の上に腰を下ろす義理母の隣に並んでちょこんと座った。何故かわからないが、その時は私は義理母に対していつものような緊張感はなかった。

 

 その日は雲が一つも無く輝く星が見える綺麗な夜だった。

 

 私は隣に座る義理母に首を傾げたまま、こう問いかける。

 

 

「珍しいですね、義理母がこうして話したいなんて」

「なぁに、ちょっとお前と話したいことがあっただけだ」

 

 

 義理母は夜空を見上げ、笑みを浮かべながら私にそう語る。

 

 こうして、義理母と二人で話すのは何年振りになるだろうか、しかしながら、私の隣に座る義理母はいつものように檄を飛ばすような、そんな雰囲気ではなかった。

 

 夜空を見上げた義理母は私にポツリポツリとこう語り始める。

 

 

「アフトクラトラス…。私の夢はな、自分が鍛えて鍛え抜いたウマ娘が三冠ウマ娘になってくれる事だ」

「…………」

「鍛えて最強ウマ娘を作る。私は常にそう考えてお前たちに接してきた。私が鍛えたお前達なら、きっと三冠ウマ娘になれると思っておる」

 

 

 そう語る義理母の私を見る眼差しは優しかった。

 

 そして、義理母は優しく隣に座る私の頭をポンと撫でると何度も何度も優しく撫でてくれた。

 

 鍛えて私も強くしてもらったという自覚はある。確かにキツくて今日も身体が動かなくなるまで扱かれた。

 

 だが、そこには義理母の愛情がある事も私は知っている。

 

 そして、義理母は優しい眼差しのまま淡々と私にこう語り始める。

 

 

「遠山厩舎の集大成と呼ばれるほど、お前とミホノブルボンはよく私について来てくれた。ミホノブルボンも皐月賞、ダービーも勝ってくれて、トレーナー冥利に尽きる」

「そりゃ、義理母は菊花賞の3000mは陸上で例えれば400mなんて言う位ですからね」

「ふふ、そんな事も言うたかな」

 

 

 義理母は私の言葉に思わず笑みを浮かべる。

 

 無理なハードトレーニングで周りからの批判を浴びた事もあった。

 

 だが、走らないウマ娘は涙を浮かべ、敗北を受け入れるしかない。

 

 勝って走る楽しみを味わわせてやりたい、キツくても、それが、ミホノブルボンの姉弟子にとっても私にとっても一番だと義理母は考えていた。

 

 そうやって、義理母と姉弟子と私はトレセン学園に入っても共に勝ちを分かち合い、チームメンバーとも喜びを分かち合った。

 

 きっと苦しい時があってもこんな風に勝って喜びを分かち合えるんだなという嬉しさを私はトレセン学園に来て、学んだ。

 

 それがずっとこれからも続いていくんだとそう信じて疑わなかった。

 

 

「義理母には私は感謝してますよ…ほんとに」

「ははは、トレーニングでは弱音ばっかり吐きよるのによく言うわ」

「…うっ…確かにそうですけど…ほんとにそう思ってますよ私は」

 

 

 確かにすぐに弱音も吐くし、サボりたがりますが、私はトレーニングをする時は妥協したことはありません。

 

 バテても這い蹲っても立ち上がってトレーニングをしていたのはやはり、義理母に認めてもらいたいという気持ちがあったからだろう。

 

 そして、いつか、ミホノブルボンの姉弟子と並んで走る立派な姿を義理母に見せたいと私は常々そう思っていた。

 

 私が勝った横には厳しくても愛があるトレーナーが自分の横にいるんだとそう思いたかった。

 

 義理母の私の見る眼差しは何処か、悲しみを含んだ眼差しであった。

 

 何故、私をそんな目で見るのか全く理解出来なかった。

 

 せっかくの姉弟子が三冠を取るチャンスが目の前にあるというのに、もうすぐ、義理母の夢が叶うその時が来るかもしれないと言うのに。

 

 義理母の私を見つめる眼差しは優しく、そして、悲しげな眼差しだった。

 

 そして、暫しの沈黙の後、意を決したかのように義理母は私にゆっくりとこう語り始める。

 

 その義理母の口から語られる話の内容は私が言葉を失ってしまうような衝撃的な話であった。

 

 

「ーーー私はお前に謝らないとならん」

「…えっ?」

 

 

 そうして、義理母は私にある事を打ち明けてきた。

 

 それは、遠山厩舎の集大成として期待を寄せていた私へのせめての償いの気持ちからだったからかもしれない。

 

 だが、私はその義理母から語られる話に頭が真っ白になった。

 

 運命の菊花賞の前夜、私は初めて運命というものに対して深い憎しみを抱いた。



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菊花賞

 

 

 菊花賞、当日。

 

 私は目が虚ろなまま、観客席からターフを見つめていた。

 

 隣にはナリタブライアン先輩とメジロドーベル先輩が座っている。しかし、今の私には彼女達の声も何も聞こえてこない。

 

 それは、昨日、義理母が私に話してくれた事が頭から離れないからだろう。

 

 そんな、虚ろな眼差しの私を見つめるナリタブライアン先輩は声をかけてきた。

 

 

「…おい、アフ…。大丈夫かお前?」

「…………」

「…アフ…、おい!」

 

 

 私はナリタブライアン先輩から肩を掴まれた衝撃でハッと我に返る。

 

 昨日の夜の事を思い出していて、すっかり先ほどからの話を聞いていませんでした。

 

 せっかくの姉弟子とライスシャワー先輩の晴れ舞台だと言うのに、私らしくありませんでしたね。

 

 私はゆっくりとナリタブライアン先輩の顔を見つめると、心配させまいといつものようにニコリと笑みを浮かべた。

 

 

「え、えぇ…大丈夫ですよ! はい!」

「…そうは見えないが」

 

 

 そう言って、私の顔をジッと見つめてくるナリタブライアン先輩。

 

 流石にこの人は鋭いですね、私はその指摘に苦笑いを浮かべると一息呼吸を入れて心拍数を整える。

 

 そんな私の様子を見ていたメジロドーベルさんは私の手にそっと手を添えるとこう問いかけてきた。

 

 

「大丈夫? アフちゃん?」

「…えぇ、何でもありませんから」

「何かあったんなら私達にちゃんと言うんだぞ? 明るくないお前はらしくないからな」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩も私の肩を優しく叩いてくれた。

 

 ほんとに優しい先輩達に恵まれてますね、私は…、ですが、この話は身内での話、他人に相談できるほど容易い悩みではないと私はそう思っていた。

 

 今はそのことを口に出すだけでも辛い、胸が張り裂けそうになります。

 

 そう、今日は姉弟子とライスシャワー先輩を応援しないと、あの二人の晴れ舞台なんだから。

 

 人生で一度の栄光、クラシックロード、あの二人の最後の戦いを私が見届けてあげなきゃいけない。

 

 義理母も姉弟子の背中を押してあげているに違いありません。

 

 姉弟子と義理母の二人三脚の背後を私は一生懸命ついて行った。ライスシャワー先輩もまた、懸命に努力を積み重ねていた事を私は一緒にトレーニングを積んでいたから知っている。

 

 その互いの集大成がこのレースでぶつかり合う。

 

 

「おい、アフ…お前泣いてんのか?」

「…えっ…?」

 

 

 ナリタブライアン先輩の横に座っていたヒシアマゾン先輩からの言葉に思わず私は呆気を取られたかのように声を溢す。

 

 ふと、自分の頬をそっと撫でてみると私は目から自然と流れ出てくる涙に気づいた。

 

 何故だかわからないが、出てきていた。湧き上がるのは悲しさと悔しさ、そして、どうしようもない感情だった。

 

 私は慌てて、グシグシと自分の目の周りを腕で拭う。

 

 そして、私はにこやかに笑みを浮かべヒシアマゾン先輩にこう告げた。

 

 

「かぁー! 目に虫が飛んできたみたいで! すいません! 気のせいですよ!」

「お、おう、そうか」

「はい! なので心配ご無用です!」

 

 

 そう言って、無理矢理でも笑顔を作って、誤魔化すようにヒシアマ姉さんに告げる私。

 

 もちろん、嘘だ。涙が出てきた理由は自分自身が一番わかってる。

 

 このレースが終われば、当たり前だと思っていた日常が変わってしまうんではないかということを私はわかっていた。

 

 だからこそ、私は見届けないといけない、2人の積み上げてきた生き様を努力の集大成を。

 

 

◇◇◇

 

 

 パドックで私がライスシャワーとすれ違った時、以前よりも格段に強くなっている事はすぐにわかった

 

 スプリングステークスから、この日まで共に高め合い、競い合ってきたライバル。

 

 私は義理母と共に厳しいトレーニングを今の今まで積んできた。そのことに関しては私は誇りを持っている。

 

 どこの誰よりも己に厳しくしてきた、そして、これからも義理母と共にさらなる高みを目指すつもりだ。

 

 この菊花賞はその為に必要な称号だ。三冠ウマ娘という称号は私と義理母が積み上げてきたものを証明する為になんとしても勝ち取りたいのだ。

 

 

「…行ってきます」

「あぁ、行っておいで」

 

 

 そう言って私の背中を押してくれる義理母。

 

 悔いが残らないレースにしようと思った。

 

 レース前に私の逃げの戦法を意識してからか、レース場に入る前に同じく菊花賞を戦うキョウエイボーガンが私の前にやってきた。

 

 自信満々の彼女は私にこう言った。

 

 

「貴女より先に逃げてやりますからね!」

 

 

 そう、堂々とした私に対しての逃げ宣言である。

 

 本来なら逃げ戦法同士、先頭争いの末に泥沼化するというリスクを考えると私は先行で彼女の背後に控えるのが一番の選択なのだろう。

 

 だけど、私は今回、そうするつもりは微塵もなかった。

 

 最後のクラシックまで、私は私らしい走りを貫くと決めていたからだ。

 

 もしかしたら、逃げの先頭争いによってレースが泥沼化した末に悲惨な結果になるかもしれない。

 

 だけど、自分はいつも厳しいと思われたトレーニングを積んできたと胸を張って言える。

 

 だから、私はいつものように走るだけだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 私がブルボンちゃんと共に戦ってきたクラシックロード。

 

 皐月賞では力の差を見せつけられ、ダービーでは悔しさのあまりレースが終わってからずっと私は泣いていた。

 

 彼女と自分と何が違うのだろうとずっと悩んでいた。

 

 だから、悩んだ分だけ走って己を鍛え上げた。

 

 トレーニングトレーナーのマトさんは私を熱心に指導してくれた。

 

 ミホノブルボンに勝ちたいという一心で私はやれることを全てやった。

 

 ブルボンちゃんとすれ違った時、私は彼女の背中ではなくもう隣に来ているんだと思った。

 

 同じチームでキツい時も苦しい時も乗り越えて共に切磋琢磨して、互いに高め合ってきた。

 

 あの背中は見えている。だったら、後は迷わず彼女を捉えるだけだ。

 

 共に譲れないプライドがある。ウマ娘として生まれたからには勝ちたいと思うのは当然の事だ。

 

 ライバルが私をここまで強くしてくれた。

 

 だから、私はブルボンちゃんに後悔の無い走りを見せるだけ、私が成長した姿を見てもらいたい。

 

 

「しっかりな、勝負は最後の直線だ」

「はいっ!」

 

 

 ステイヤーとしての私の土俵、そして、得意なレース場、条件は揃った。

 

 背中を押してくれるマトさんに力強く頷いた私はレース場に向かう。クラシックロード最後のレースを悔いがないように走る為に。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゲートに向かう2人の後ろ姿を私は黙って見つめる。

 

 2人とも覚悟を決めた力強い背中だった。本当に私にとって誇らしい先輩方達だと改めてそう思う。

 

 暫くすると、実況席に座るアナウンサーの声が聞こえてくる。

 

 

「今年の菊花賞は18名となります。レース場の状態は良、スタート時刻は3時35分からとなります」

 

 

 ゲートに向かう先輩達。

 

 レースの時刻は刻一刻と迫ってきている。私は静かにその時を待っていた。

 

 クラシック最終戦、菊花賞、そのファンファーレがレース場内に鳴り響く。伝統のレース最終戦、果たして勝つのは誰なのか。

 

 

「今回のレースは12万人を収容しております。最後の枠入りが今終わりました」

 

 

 心臓が高鳴る中、最後のウマ娘がゲートに入る。

 

 一斉に走る構えを取る一同、距離3000m、クラシックロード最終戦、菊花賞の火蓋が今切って…。

 

 

「今スタートしました! まずは先行争い、抜け出すのはどのウマ娘か!」

 

 

 落とされた。ゲートが開いた途端にポンと飛び出していったのは逃げ宣言をしていたキョウエイボーガン先輩だ。

 

 だが、そのリードもすぐに入れ替わる。

 

 その瞬間、私は思わずその場から立ち上がった。そう、私が知ってるレース展開とは全然違っていたからである。

 

 なぜなら、逃げを宣言していたキョウエイボーガン先輩を抜き、トップに躍り出たウマ娘がいたからだ。

 

 そう、ミホノブルボンの姉弟子である。

 

 本来なら、いや、この場合、私が知ってるレース運びならばミホノブルボンの姉弟子はキョウエイボーガン先輩の背後から迫る先行策を取るレース展開だったはずなのである。

 

 それが、間違いなく無難な選択だ。3000mなんて長い距離を逃げ切ろうなんてそうそう出来るようなことではない。

 

 

「…これはっ!?」

 

 

 下手をすれば、レースが泥沼化し自滅すらあり得る大博打だ。

 

 だけど、姉弟子を隣で見ていた私ならわかる。確かに大博打ではあるが十分に勝機はあり得ると。

 

 ナリタブライアン先輩は立ち上がった私に目を丸くしていたが、しばらくして、冷静な口調でこう告げはじめる。

 

 

「逃げ策か、確かにセオリーならキョウエイボーガンと競るのは得策じゃないだろうな」

「ブライアンの言う通りだ。あれは下手すると400mでバテるぞ」

「…普通、ならな」

 

 

 そう言って、ヒシアマ姉さんの言葉に対してブライアン先輩は意味深な笑みを浮かべた。

 

 それの意図は、私も理解していた。クラシックロード最終戦だからこそ、姉弟子はきっといろいろと考えた上でその選択を選んだのだろう。

 

 きっと、自分らしい走りを貫くためにあえてそうしたのだ。

 

 だからこそ、この菊花賞ももうどうなるのかわからなくなった。

 

 

(やはり、先頭を切りにきましたか…)

 

 

 ライスシャワー先輩は静かにトップを走るミホノブルボン先輩の姿に表情を険しくした。

 

 正直な話、逃げ宣言をしているキョウエイボーガン先輩に先頭を譲り、後ろに控え足を溜めるだろうと踏んでいたのだろう。

 

 私も同じ立場であればそう考える。だが、ミホノブルボンの姉弟子はそれを裏切り、逃げに転じてきた。

 

 下手をすれば惨敗もあり得る大博打、3000mという長い距離を逃げきるには相当なスタミナがいるはずだ。

 

 それをわかった上でのこのレースの運び方にライスシャワー先輩は笑みを浮かべる。

 

 

(流石はブルボンちゃんですね)

 

 

 素直にライバルを尊敬する。

 

 ライスシャワー先輩はここにきて、自分の走り方を貫くミホノブルボンの姉弟子のその姿には脱帽するしかなかった。

 

 きっと葛藤はあったのかもしれない。

 

 勝つための最善策はもちろん、先行だろう。無難に考えればだが、しかし、ミホノブルボン先輩はそれを敢えて捨ててきたのだ。

 

 

「先頭に躍り出たミホノブルボン! ややペースは早いが3000mは持つのでしょうか」

 

 

 三冠ウマ娘という栄光。

 

 ウマ娘として、手に入れたい称号をミホノブルボン先輩は真っ向から掴みに行こうと足掻いている。

 

 私はその姿に思わず胸が締め付けられそうになった。

 

 

 私の知らないレース、私がまだ見た事がない夢のレースが目前で実現しているのだ。

 

 レースを走るミホノブルボン先輩はやはりキツそうであった。それはそうだろう、3000mなんて長い距離を走った事なんてないのだから。

 

 

(まだ1500…)

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子は表情を曇らせる。

 

 菊花賞の距離は長い、正直、トライアルレースは意味を持たないと考えた方が良いだろう。

 

 後ろを振り返れば、ライスシャワー先輩の眼差しが真っ直ぐに向いていた。

 

 

 

 残りの距離はだんだんと無くなっていく、先頭は依然として姉弟子が逃げている。

 

 そして、運命の最後の直線、ライスシャワー先輩の目がギラリと光ったような気がした。

 

 

「ミホノブルボン先頭! だが背後から来る! 後ろから迫り来る黒い刺客! あれはライスシャワーだ! マチカネタンホイザも釣られて上がってくる!」

 

 

 残りの400mの地点でミホノブルボン先輩の背中についていたキョウエイボーガン先輩と入れ替わるように背後から2人が一気に加速し上がってくる。

 

 だが、ミホノブルボン先輩の足は色褪せない、まだスピードに乗ったままだ。

 

 マチカネタンホイザ先輩はそれ以上は伸びなかった。

 

 しかし、ライスシャワー先輩はそんなミホノブルボン先輩にぐんぐんと追いついてくる。

 

 

「やはり上がってきた! やはり上がってきた! ライスシャワーだっ! 漆黒の髪を靡かせて迫る! ここで迫る! 残り200m!」

 

 

 ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩に並びかける。

 

 両者の視線が交差した。観客達も思わず立ち上がり白熱するレース。

 

 だが、視線が交差する2人の間には同時に喜びがあった。遂にこの時が来たのだという喜びだ。

 

 

(待ってましたよっ!)

(勝負ですっ!)

 

 

 互いに足に力を込める2人。

 

 ピリピリとした空気が2人の間には漂っていた。だが、2人とも待ちに待ったこの時をまるで楽しんでいるかのようだった。

 

 二人の壮絶な一騎打ち、身体は限界を超え更に上へ上へと高め合っているかのようだった。

 

 ライスシャワー先輩はなかなか抜けない、ミホノブルボン先輩が僅かに抜け出しそうな雰囲気があった。

 

 しかし、その時だ。

 

 ライスシャワー先輩は僅かに姿勢を低くする。それは少しでも空気抵抗を無くしてより速く走るために編み出した走り方だった。

 

 

(…もらったっ!)

 

 

 残り50m無い地点で、ミホノブルボン先輩が僅かに抜け出した。

 

 これは決まった。私はその瞬間、ミホノブルボン先輩の三冠を確信したその時だった。

 

 一瞬だった。

 

 切れ味の良い、素早く力強い伸びをライスシャワー先輩が繰り出したのは。

 

 まるで、時間が止まっているかのような錯覚さえ感じる。一歩二歩三歩とミホノブルボン先輩に並んだライスシャワー先輩はそのまま押し切るように横から抜け出してきた

 

 

(この一瞬で…っ)

(まだだ…っ! まだっ! ここで交わし切るっ!)

 

 

 そう、ライスシャワー先輩は最後の最後まで力を蓄えていたのだ。姿勢を低くして、ミホノブルボン先輩が伸びきるその一瞬を見定めていた。

 

 伸びたライスシャワー先輩の身体がミホノブルボン先輩を交わす。

 

 

「はあぁあああああ!!」

 

 

 声を張り上げ、気合いで巻き返そうと足掻くミホノブルボン先輩。

 

 だが、交わし切ったライスシャワー先輩との差が開いてしまった。ここから巻き返すのはもう無理だ。

 

 その瞬間、ミホノブルボン先輩の表情が一気に青ざめるのが私にはわかった。

 

 ゴールが決まる。その勝者は…。

 

 

「ライスシャワー交わした! ライスシャワー先頭! リードは1身差! 今ゴールインッ!」

 

 

 ライスシャワー先輩が最後の最後にミホノブルボン先輩を交わしきった。

 

 これには場内からもどよめきが起きる。

 

 皆はミホノブルボンの姉弟子の三冠を疑っていなかった。

 

 まさか、三冠達成をライスシャワー先輩が阻止するとは誰も思ってもいなかったのだろう。

 

 

「ライスシャワー!ライスシャワーがやりました! ミホノブルボン敗れました」

 

 

 レースを走りきったライスシャワー先輩は息を切らしながら、空を見上げる。

 

 その目には涙が溢れ出ていた。ようやく、勝ち取ったG1勝利という栄光、努力がようやく報われたという気がした。

 

 そして、初の敗北をしたミホノブルボン先輩は息を切らしながら静かにその場にペタリと力なく座り込む。

 

 しばらく、呆然としていたミホノブルボンの姉弟子であったが、ライスシャワー先輩に負けた事を悟ると顔を両手で覆いながら大粒の涙を流していた。

 

 全力でぶつかり合ったからこそ、悔しかった。

 

 限界は互いに来ていたはずなのに負けた。

 

 義理母に見せるはずだった三冠の夢が潰えてしまった。

 

 

「あぁぁぁぁ……っ!!」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子は顔を抑え、涙を流して悔しさのあまり声を上げる。

 

 ミホノブルボンの姉弟子のそんな姿を目の当たりにした私も自然と涙が溢れ出て来てしまった。

 

 ライスシャワー先輩がG1を勝ってくれたことは素直に嬉しい。だが、それ以上に姉弟子の無念が私にはよく伝わった。

 

 きっと姉弟子も義理母の夢を叶えたかったのだろうと思う。

 

 

「…すいません…ひぐっ…」

「何、気にするな…気持ちはわかるさ」

 

 

 そう言って、隣にいたナリタブライアン先輩は優しく私の頭を抱きしめて慰めてくれた。

 

 複雑な感情が混ざり合って、心の中がグチャグチャになっているような気がした。嬉しさもある、だが、それ以上の悔しさと悲しみがあった。

 

 そんな中、菊花賞を勝ったライスシャワー先輩は嬉し涙を拭うと観客席の方へと笑顔を浮かべて歩いていく。

 

 ナリタブライアン先輩に慰められていた私はすぐに涙を拭う。

 

 二人の積み重ねた努力がぶつかり合ったレースだった。

 

 ミホノブルボンの姉弟子は確かに負かされてしまったけれど、それでも、同じチームであるライスシャワー先輩の勝利は私には誇らしいことには変わりはない。

 

 観客達に手を振るライスシャワー先輩。

 

 

 菊花賞を経て、長きに渡った二人のクラシックの戦いに幕が降りるのだった。



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アフトクラトラスの始動
いつか会える日まで


 

 

 菊花賞でミホノブルボンの姉弟子がライスシャワー先輩に負けた。

 

 だが、私にはそれでも姉弟子は姉弟子であった。

 

 たとえ、負けたとしても、私の目標であり道しるべであった。

 

 トレーナーである義理母だってそうだ。

 

 私は例え、クラシックレースに姉弟子が負けたとしても、また、次の目標に向かって共に頑張ろうと心に決めていた。

 

 いつものようにまた三人で苦楽を共にする家族として、そういった毎日が送れるのだと私はそう思っていた。

 

 あの日の夜、義理母から話を聞くまでは、少なくともそう信じていたのだ。

 

 私は通路を走り、ミホノブルボンの姉弟子の元に向かっている最中であった。

 

 負けた姉弟子になんと声を掛ければ良いか、まだ正直わからない、だが、何故だか気がついたら身体が勝手に動いていた。

 

 すると、走っていた私は聞き慣れた声が聞こえてくると共にピタリとその足を止める。

 

 

「…すいません…マスター…、負けて…しまいました…」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子を迎えに行こうとレース場に向かう通路を駆けていた私は姉弟子の声を聞いてサッと物陰に隠れた。

 

 姉弟子の前には変わらずジャージを着た義理母の姿があった。その表情まではわからないもののその後ろ姿はとても大きい。

 

 物陰に咄嗟に隠れた私は耳をピクンッと動かして聞き耳を立てる。

 

 何故隠れたのかはわからない、しかし、こうしておいた方が良い気がした。

 

 義理母はしばらくして、涙で目を腫らしているミホノブルボンの姉弟子の身体をそっと抱きしめるとこう話しを始めた。

 

 

「よう頑張ったなぁ…よう頑張った。立派だったぞ」

 

 

 そう何度も言いながら涙声で義理母はミホノブルボンの姉弟子を抱きしめ労った。

 

 見たことが無いそんな義理母の姿を見て、声を聞いて私は思わず目頭が熱くなる。

 

 私は知っていたからだ。

 

 この姉弟子のレースが義理母が観る事ができる最後のレースだということを。

 

 物陰に隠れていた私の目からは絶え間なく涙がボロボロと溢れ出ていた。

 

 そんな中、抱きしめられたミホノブルボンの姉弟子も言葉を詰まらせながら、震える声で義理母の身体を抱きしめてこう言葉を絞り出す。

 

 

「申し訳…っ…ありません…っ。…ひっく…っおかあさん…っ」

「…良い夢を見させてもろうたわ…。こんな孝行娘は何処にもおらん…」

「…ぐすっ…。あぁぁぁ…っ!」

 

 

 再び涙が溢れ出すミホノブルボンの姉弟子を優しく抱きしめて何度も撫でる義理母。

 

 姉弟子もきっと知っていたのだ。

 

 義理母と最後に挑むレースがこの菊花賞になるという事を、だからこそ、このレースに賭ける思いは人一倍強かったに違いない。

 

 義理母の身体には限界が来ていた。

 

 あんなに罵声を浴びせ、厳しい鬼のように思えた義理母だったのに、そんな素振りなんて私達の前で一度も見せた事がなかったはずなのに。

 

 もっと、義理母に教えてもらいたい事がたくさんあったのだ。私もミホノブルボンの姉弟子も。

 

 厳しい指導と共に私達の側に義理母がいつも隣に見守ってくれる人が居なくなってしまう。

 

 気がつけば私は一人、二人の会話を物陰で聞きながら静かに泣いていました。

 

 胸が張り裂けそうで、声にできません。いや、姉弟子が辛いのに私が大声で泣けるわけがありませんでした。

 

 義理母の夢を私が姉弟子の代わりに叶えて上げたかった。

 

 目の前であの人に見てもらいたかったのに、認めてもらいたかったのにそれも最早できない。

 

 

「ありがとう…」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子を抱きしめていた義理母も涙を流していた。

 

 その涙は感謝からの涙だったのだと私は思う。

 

 こうして、ミホノブルボンの姉弟子と義理母との二人三脚で突き進んで来たクラシックロードは静かにその幕を下ろした。

 

 

 

 

 それから数日。

 

 トレセン学園の坂路の前に私はポツンと一人で立っていた。

 

 ミホノブルボンの姉弟子は菊花賞の翌日、トレセン学園の生徒会に行き、休学届けを提出した。

 

 その後、寮から荷物を整理するとそのまま私にも何も言わないままで姿を消してしまった。

 

 そして、私の義理母。

 

 義理母もまた、トレセン学園のアンタレスのチームトレーナーを退任し、トレセン学園から出て行く事になった。

 

 理由は身体のことである。

 

 義理母の身体を気遣うオハナさんが退任を進め、義理母は今回のミホノブルボンの姉弟子の菊花賞をもって、トレーナーを引退することを決意していたのだ。

 

 義理母はその後、そのまま病院に入院することとなった。

 

 癌が身体から見つかったからだ。

 

 私はその話をあの日の夜に聞いた時に頭が真っ白になった。

 

 何も考えられなかった。

 

 そして、義理母も姉弟子も居なくなり、私は一人、トレセン学園に居る。

 

 アンタレスは形上残ってはいるが、そこには私の大好きなトレーナーもミホノブルボンの姉弟子もいない。

 

 ポツンと一人だけ、トレーナーも居ないウマ娘となって、私は一人、懸命に姉弟子であるミホノブルボン先輩と駆け上がった坂路を静かに見つめるしかなかった。

 

 

「…一人に…なっちゃいましたね」

 

 

 私は静かにそう呟くと静かに下を向く。

 

 あれだけキツい練習をしていた坂路も静かだ。

 

 いつもなら、義理母の檄が飛び、私と姉弟子が懸命に汗を流していた坂路、努力を積み重ねる日々。

 

 それがずっと続いていくものだと思っていた。だが、この坂路には、もう誰も居ない私以外は誰も。

 

 すると、しばらくして、坂路をずっと見ていた私の背後からそっと誰かが肩を叩いて来た。

 

 

「…アフちゃん…」

 

 

 そう言って、優しく声をかけて来てくれたのはいつも見慣れた黒髪を靡かせているライスシャワー先輩だった。

 

 しかし、私に声をかけて来てくれたライスシャワー先輩のその声は明るいとは言い難いものだ。

 

 声をかけられた私はゆっくりとライスシャワー先輩の方へ振り返る。

 

 

「ライスシャワー先輩…」

「…あの…ごめんなさい…私」

「何言ってるんですか、菊花賞おめでとうございます」

 

 

 第一声でいきなり謝って来たライスシャワー先輩に対して、私は手を握りしめて笑みを浮かべながら彼女にそう告げる。

 

 彼女が私にこうやって謝ってくる理由はわかっている後ろめたい気持ちがあるからだろう。

 

 私がこうやって、孤独になってしまったのは自分のせいかもしれないとライスシャワー先輩はきっと考えているのかもしれませんね。

 

 けれど、それは全然違います。

 

 あの菊花賞は間違いなく、ライスシャワー先輩の実力で勝ち取ったものだ。

 

 だから、私はライスシャワー先輩に謝って欲しくはなかった。

 

 自慢の先輩なのだから、胸を張って私に声をかけて来てほしかった。

 

 それからしばらくして、近くのベンチに下ろすライスシャワー先輩と私。

 

 私に声をかけて来てくれたライスシャワー先輩はこう話を始める。

 

 

「…菊花賞に勝って、私はこう言われたわ。ミホノブルボンの三冠を台無しにしたウマ娘って…」

「……なんてことを…」

「良いの…、事実なんだもの、期待もされてなかったみたいだから、私は」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は悲しげな表情を浮かべたまま私にそう語ってくる。

 

 事実かどうかはわからない、だけれど努力を積み重ねてきたウマ娘に対してなんて心無い言葉を掛けるんだと怒りが湧き上がってくる。

 

 ライスシャワー先輩のそんな表情を見ていた私はそっと手を彼女に添える。

 

 そんなことはない、そんな事は決してないのだ。

 

 あのレースは私が見たレースの中でもミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩の全力を出し切った素晴らしいレースだった。

 

 姉弟子はあのレースで負けて、義理母も姉弟子もこの学園から姿を消してしまったけれど、私はそれがライスシャワー先輩の責任だとは全く考えていない。

 

 手を添えた私はライスシャワー先輩の目を真っ直ぐに見据えたままこう話をし始める。

 

 

「ライスシャワー先輩の努力を私は一番知っています。姉弟子の積み上げてきた努力も知っています。だからそんな顔をしないでください」

「アフちゃん…」

「…二人がいつでも帰って来れるように頑張りましょう? タキオン先輩やナカヤマフェスタ先輩、メイセイオペラ先輩達も皆そう言ってくれました」

 

 

 私はライスシャワー先輩に静かに声を震わせながら手を握りしめてそう告げた。

 

 いつ帰ってくるかはわからない、だけど、いつか、二人がまたアンタレスに帰って来れるように居場所を守っておかないといけない。

 

 誰かがやらないといけない、だったら自分達が頑張ってアンタレスを守って行こうと皆さんが言ってくれた。

 

 ライスシャワー先輩は静かに涙を流しながら頷いてくれた。

 

 私はライスシャワー先輩の菊花賞の勝利をその日、みんなで祝う事にした。

 

 同じチームメイトとして、努力を積み重ねてきた身近な身内の一人として私は彼女を祝ってあげたかったから。

 

 確かに、姉弟子が学園を休学し、義理母は病院に入院する事となった事は悲しい出来事だ。

 

 だからこそ、私がもっと頑張らないとと思った。

 

 チームのみんながこう言ってくれたのだから、私が一番頑張って、そして、勝ち続けないといけないと強く感じた。

 

 それから、私は重賞に向けて一人でトレーニングをする事になった。

 

 自分の専属してくれるトレーナーをオハナさんやスピカのトレーナーさんから打診されたことはあったが、私は全部断りを入れた。

 

 その理由は、私のトレーナーは義理母だけだと思っていたからだ。

 

 いつか、私が勝ち続ければ義理母が帰って来てくれるかもしれない、そんな期待が胸の中にあったのだと思う。

 

 

「…はぁ…はぁ…、こんなんじゃダメだ…こんなんじゃ…もっと、もっと走らないと…」

 

 

 私は姉弟子がいつも走っていた坂路をひたすら走り続けた。

 

 義理母がいつも私に与えてくれた練習メニュー通りに、ある日はそれ以上に私はトレーニングを行った。

 

 

 私には敗北は許されない。

 

 絶対許されないんだとそう何度も何度も坂路を走りながら自分自身に言い聞かせていた。

 

 負けたくない、負けたら、義理母と姉弟子はもう帰ってきてくれない。

 

 そんなのは嫌だと、私は毎日、毎日、黙々と坂路を駆け上がった。

 

 血反吐を吐いてでも、他のウマ娘よりも努力をしないと勝てないと、私はそう思っていたから…。

 

 そんな私のトレーニングを見ていたメジロドーベル先輩は何度も何度も私を止めに入った。

 

 

「もういいっ! アフちゃん! それ以上はダメっ!」

「はぁ…はぁ…」

「またこんな無茶なトレーニングしてっ…! 身体が壊れるわよっ!」

 

 

 その度に私はそれを振り払い、トレーニングを行った。

 

 何度かぶっ倒れて、その度に私はナリタブライアン先輩やオグリ先輩、ライスシャワー先輩やチームの先輩達からも注意を受けたがやめようとは思わなかった。

 

 記憶がないまま、ベッドの上で眼を覚ますたび、私はすぐに着替えを済ませると坂路に向かう。

 

 私の顔からは笑顔はすっかり消えていた。

 

 あるのは勝利への強い欲求にひたすら強くなる事だけであった。

 

 そうして、過ごすうちに、私は重賞の日を迎える事となった。

 

 もちろん、人気は私が1番人気に推されている。

 

 鍛えに鍛え抜き、勝利への渇望だけを糧にこの日までトレーニングを積んできた。

 

 パドックでステージに立つ私の目には最早、勝つことしか見えてはいない。

 

 

「おいおい…」

「なんつー身体してんだよ…」

 

 

 パドックで私の身体を見せた観客達の中には絶句する者も居ましたが、私は気にも止めませんでした。

 

 私は静かにパドックのステージを降りると何事も無いようにそのままゲートに向かうことにした。

 

 

「貴女がアフトクラトラスさんですか! 今日はよろしく…」

 

 

 中には私に声をかけて来ようとしてきたウマ娘も居ましたが、私は見向きもしませんでした。

 

 ライバルでしかない者と握手なんて気分になれませんでした。

 

 身勝手な事は悟ってはいたが、私自身にそんな余裕が今は全く無いのだ。

 

 私が勝てば、いやきっと勝ち続ければ、また、隣に義理母と姉弟子が帰ってきてくれる。

 

 今の私はただ、そんな自己暗示を己に言い聞かせるしかなかった。

 



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東京スポーツ杯

 

 

 

 私が挑む初の重賞レース東京スポーツ杯。

 

 重賞競走(GIII)であり、朝日杯フューチュリティステークス(G1)の前哨戦として位置づけられている。

 

 本来なら、海外に飛び出して、BCジュヴェナイルターフに向かった方が良いのだろうが、海外ウマ娘と今やり合うには私にはまだレースの経験が足りない。

 

 まだ国内レースも二勝、それに義理母も姉弟子も私の側には居ない。

 

 そんな中、私が海外遠征をしたりすれば、惨敗してしまう事だってあり得てしまう。

 

 私自身、海外レースを一度も走った事は無いし向こうの芝の感触にだって慣れないといけない。

 

 そんなリスクが大きなことに対して先走り、負ける方が私は嫌だ。

 

 それよりも確実に力をつけて、来年の欧州レースを戦う方が勝率は高くなるだろう。

 

 焦る必要は無い、まだ時間はある。

 

 それよりもまずは目の前の東京スポーツ杯の方が大切だ。

 

 

「ネオちゃんとゼンちゃんは回避したのなら…問題はない…か」

 

 

 私は静かに準備運動をしながら呟く。

 

 ネオちゃんとはネオユニヴァース、ゼンちゃんはゼンノロブロイの二人のことだ。

 

 東京スポーツ杯の距離は芝1800m、ゼンちゃんはおそらく距離適性を考慮して、2000mのレースに視野に入れて、多分、朝日杯は回避するだろうと私は思っている。

 

 それは、朝日杯ではなく、同じくG1のホープフルステークスに出走するのが一番、ゼンちゃんの脚質を考えれば可能性が高いからだ。

 

 そして、おそらく、次でぶつかるのが一番可能性が高いのはチームリギルのネオユニヴァースことネオちゃんだ。

 

 正直、どれだけ力をつけたかはわからないが、かなり鍛えているとはフジキセキ先輩からは以前聞いていた。

 

 ネオちゃんのポテンシャルは元々高い、本来なら皐月賞、ダービーを取るほどの実力を秘めた天才だ。

 

 そう、私が居なければの話ではあるけれど。

 

 ネオちゃんが強いのは私は知っている。だけど、負けるつもりは毛頭なかった。

 

 その彼女との戦いが先に待っている。こんな重賞ごときで足踏みなどしていられない。

 

 しばらくして、ゲートインの指示が私に飛んでくる。いよいよ、レースだ。

 

 私は横目でライバルとなるウマ娘達を確認しながら、静かにゲートに入る。

 

 そして、レース前の慣例のファンファーレ。

 

 私は深呼吸をしながら、自分の心臓をできるだけ落ち着かせるように心がけた。

 

 クラウチングスタートの姿勢を取り、その時を静かに待つ。

 

 

「……………」

 

 

 間を置いて、パンッ! という音と共にゲートが勢いよく開いた。

 

 私は足に力を込めて、どのウマ娘よりも勢いよく飛び出し、出来るだけ先頭を取りに駆ける。

 

 先行を取る事は当たり前、私らしい走りをするなら取りに行く努力をすることは惜しまない。

 

 後ろから迫るウマ娘達を見ながら私は先行を取る。スタートダッシュは良好、特に問題なく取りたかったポジションを無事に確保することに成功した。

 

 見た限り、レースの展開に影響は無さそうだ。

 

 レース場の外から私を見つめるヒシアマゾン先輩は隣にいるナリタブライアン先輩にこう語る。

 

 

「スタートのキレは一級品だな、もうポジションを確保してやがる」

「あいつの場合は別に差しでもいけるんだろうがな、アマさんも見習った方がいいぞ?」

「っるせー! あたしは追い込みだから別に関係無いんだよっ!」

「はいはい…」

 

 

 そう言って、ヒシアマゾン先輩の言葉を聞き流すナリタブライアン先輩。

 

 スタートに関しては瞬発力は抜群に鍛え抜いた自負が私自身にはある。

 

 莫大な量の坂路と重石を使った数々のトレーニングは間違いなく私を化け物に変えてしまったのかもしれない。

 

 とはいえ、この世界ではそんな化け物や怪物と呼ばれるウマ娘が平気でゴロゴロ居るような世界だ。

 

 私の力など、たかが知れてる。なら、それを超えれるように私は努力するしかないのだ。

 

 

「これは良いペース、アフトクラトラス良い位置につけています」

 

 

 私の走りに実況アナウンサーも賞賛の声を送ってくる。

 

 先行は得意な戦法、しかも、これだけ理想的な展開なら何ら問題もない。距離的にも不安要素は皆無だ。

 

 なら、迷う事はないだろう、先行をキープしつつ、私は自分のポジションを見失わないように軽い足取りで走る。

 

 全然距離的にもレースの速さ的にも足を余すような展開だ。

 

 ペースを見て、私はすかさず、残り800m付近から徐々に足の回転スピードを速める。

 

 残り600m付近、逃げの戦法を得意としているウマ娘と並んだところで一気にギアを上げていった。

 

 実況に座る名物アナウンサーは声を荒げた。

 

 

「先頭はやはりアフトクラトラス! アフトクラトラスですっ! 速い速い速いっ! まだ離していきますっ! もう何身差ついたでしょうかっ! まだ離しますっ!」

 

 

 私は呼吸を入れながら、軽い足取りでドンドンと後方との差を広げている。

 

 というより、もう既に千切っていた。後ろを振り向かずとも、それはわかる。

 

 重賞というよりは普通のオープン戦と同じくらいの感覚だった。

 

 私が鍛えすぎたせいなのかはわかりませんが、別に勝てれば何でも良い、私は後ろを振り向く事なく余裕ある10身差くらいの差をつけてゴールを決めた。

 

 これが、私の重賞初勝利。

 

 あまり実感は無いが、会場は異様に盛り上がっていた。

 

 息を切らさないまま、私は観客席に座るお客さん達の元に足を運ぶと一礼する。

 

 そんな中、レースを終えた私はため息をつくとそそくさと退散することにしました。

 

 この後はもちろん、ウイニングライブがあると聞いてましたが、私は全く出る気にはなりません。

 

 会場からそそくさと退散する私ですが、レースを終えた私を通路でバンブーメモリー先輩がタオルを持って待っていてくれました。

 

 

「お疲れ様! どうだった? 初の重賞は?」

 

 

 そう言って、満面の笑みでタオルを手渡してくれるバンブーメモリー先輩。

 

 私に初の重賞の感想について聞いてくるバンブーメモリー先輩。

 

 私は軽く頭を下げて、バンブーメモリー先輩からそれを受け取り、お礼を述べて汗を拭いながら静かにこう告げる。

 

 

「…前哨戦にすらなりませんでしたよ」

 

 

 一言だけ、静かな口調で告げた私は汗を拭いながら何事も無いかのように彼女の横を過ぎていった。

 

 バンブーメモリー先輩はそんな私の反応を見て悲しげな表情を浮かべているようだった。

 

 手ごたえを感じなかったのは事実だ。

 

 今回の東京スポーツ杯にネオちゃんが出てくれば多少は違っていたのだろうが、私には正直な話、楽に勝てたレース。

 

 望んだレース展開に望んだ走り方、何もかもが問題なく進みすぎた。

 

 特に他のウマ娘が食らいついてくる様な展開もなく、残り600mのあの時点で私は勝ちを確信するに至った。

 

 事実、私はこのレースでRタイムを叩き出していたし、これだけ簡単に勝てるレースならば前哨戦というには程遠い。

 

 朝日杯はこれの比では無いだろう。ネオちゃんに加えて、もっと強敵が立ち塞がってくるはずだ。

 

 それでも、私はそんな連中に対して勝ちを譲る気は微塵もない、徹底的にやり合う腹づもりである。

 

 ウイニングライブは私が出ることを拒否したので代わりに下の着順の方が代行してやってくれる事になりました。

 

 そして、レース終了後、ウイニングライブに出なかった私はすぐに坂路のトレーニングに入ります。

 

 姉弟子ならきっとこうしていた筈です。

 

 いや、私は姉弟子を超えねばならないのだから、これくらいは当たり前なんだ。

 

 あれくらいの勝利でウイニングライブをする暇があれば、私は次のレースも必ず勝つ為の努力を選ぶ。

 

 私自身のエゴかもしれませんし、これが正しい事なのかどうかはわかりません。

 

 だけど、私は負ける事は出来ないんです。

 

 他のウマ娘や観客からどう思われようとも関係ありません。私は強くなりたい、今以上に、負ける事なく遥かに強くなりたい。

 

 私が知っている強くなる方法はこれしか思いつかない、トレーナーが居ない今、私は自分自身で自分をもっと厳しくしないときっと負けてしまうかもしれない。

 

 坂路を走る中、私は息を切らしながら水を口に入れ呼吸を整える。

 

 そんな中、息を整えている私に静かに近づいてくる3人のウマ娘がいた。

 

 

「そこまでにしとけ、アフ」

「…アフちゃん」

「はぁ…はぁ…、何の用ですか」

 

 

 息を切らしながら私は3人のウマ娘に対して険しい表情でそう問いかける。

 

 声をかけてきてくれたのはナリタブライアン先輩とライスシャワー先輩、ヒシアマゾン先輩の3人だ。

 

 しかし、先輩3人とはいえど私は笑顔を作る様な余裕はない、私は3人の言葉を無視して再び坂路に足を向ける。

 

 だが、それに待ったを掛けたのはナリタブライアン先輩だった。

 

 私の肩を掴むと真剣な眼差しで私にこう話をし始めた。

 

 

「…残りのウマ娘としての人生を全て棒に振るつもりか」

「…ぜぇ…ぜぇ…、離してください」

「ブライアンの言う通りよ、アフちゃん」

 

 

 肩を掴み、制止するナリタブライアン先輩の手を振り解こうとした私に対して、ライスシャワー先輩はブライアン先輩の言葉を肯定するように私に告げてきた。

 

 ウマ娘としての人生を棒に振る。確かにそうかもしれない。

 

 今の私は昼休みも、寝る時間も、プライベートの時間も全て削りトレーニングをしている。

 

 だが、そうする事でしか私は姉弟子達に帰ってきてもらう方法が思いつかないのだ。

 

 

「トレーナーも付けないでこんな限界値を超える様なトレーニングを毎回していたら本当に貴女の足が壊れてしまうわ」

「…私のトレーナーは…」

「わかってる」

 

 

 私の言葉を遮るようにナリタブライアン先輩はそう言った。

 

 わかっているのなら、止めないでくださいと私はナリタブライアン先輩の目を真っ直ぐにに見て訴える。私のトレーナーは義理母だけなんだと。

 

 そんな中、ヒシアマ姉さんは私の側によると私に対してこう語り始めた。

 

 

「…メジロドーベルとバンブーメモリー先輩がお前の事心配してな…、メジロドーベルなんか、泣きながらお前の事をお願いしてきたんだぞ」

「…そうですか」

「なぁ…、もういいだろ、アフ」

 

 

 ヒシアマ姉さんは私に悲しげな表情を浮かべたまま、そう告げる。

 

 何が良いんだろうか、義理母の事か、それとも姉弟子の事なのか、それとも私自身の事なのだろうか。

 

 私には何が良いのかわからない、私には義理母がトレーナーで姉弟子が私にとっての目標なのだ。

 

 義理母のトレーニングが厳しくて苦しい時、いつも私はサボろうとしていた。

 

 それが当たり前だと思っていたし、あんなトレーニングしてたら身体が持たないとか思っていた。

 

 だけど、それを耐えてこれたのは義理母が私を認めてくれていたからだ。姉弟子やライスシャワー先輩が側に居てくれたからだ。

 

 その人が帰ってこれる場所を私が守らないといけない、私がしっかりして、勝って義理母と姉弟子を待ってあげてないといけないのだ。

 

 

「妥協できません…、私は今まで甘えてきたから…」

「そういう事じゃないんだ、アフ」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩は私を優しく抱きしめた。

 

 小さく、泥だらけでボロボロになった私の身体を何の躊躇なく彼女は抱きしめてくれた。

 

 そして、ライスシャワー先輩もそれに続くように抱きしめ、ヒシアマゾン先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 

「みんなお前の事が心配で大事だから言っているんだ」

「…それは…」

「わかったから、貴女の気持ちは…、だからどうすればいいか皆で考えましょう? ね?」

 

 

 ライスシャワー先輩は優しい笑みを浮かべて私にそう告げる。

 

 皆さんにはただでさえ、協力してもらっているというのにそんな事まで考えてもらうなんて私には申し訳無くて仕方がなかった。

 

 私の問題だから、私自身がどうにかしないといけないと思っていたのに。

 

 静かに笑みを浮かべた私は抱きついてきた二人を引き離すと小さく笑みを浮かべてこう告げる。

 

 

「ありがとうございます…、わかりました。少しだけですが考えておきます」

「!? アフ…」

 

 

 そう告げると私は一礼し、その日のトレーニングを切り上げることにした。

 

 優しい先輩方に恵まれて、私は本当に幸せ者ですね、私自身ももっと考えないといけないなと思わされました。

 

 トレーナーについて、少し考えないといけないのかもしれませんね。

 

 義理母と姉弟子が居なくなって私自身が少し神経質というか、ピリピリしていたのかもしれません。

 

 とはいえ、笑みを浮かべる事はここ最近では全くと言っていいほど無くなりました。

 

 ウイニングライブを辞退したのも、心の底から笑えないライブをするのがファンの方に失礼だと感じたからです。

 

 いつか、私が心から笑えるようになったらライブをしようとは思ってはいます。

 

 そのいつかは、いつになるかは全く見当もつかないんですけどね。

 

 私はレースとトレーニングでボロボロになった身体で寮に戻りながらそんなことをふと考え思うのだった。



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皇帝という名

 

 

 

 

 いつか見たあの景色。

 

 私と姉弟子、ライスシャワー先輩の3人が共に走るレース、大好きな先輩達と共に駆けるレースを私は望んでいた。

 

 そして、そこには必ず、義理母が私達の走りを見てくれている。

 

 普段は鬼のように厳しくて、怖い義理母だけれど、私達のレースを送り出す時はいつも背中を優しく押してくれた。

 

 父も母も居ない私、だけど、私は義理母を本当の母だと思って接していた。

 

 私にとってはかけがえのない家族、親だ。

 

 義理母は私に本当の親ではないことを謝ってきたことがあった。

 

 だけど、私にはそんなことは関係なかった。怖くておっかなくてもそこには誰よりも愛情があることがわかっていたからである。

 

 

「遠山さんの身体の事ですが……その大変申し上げ難いのですが…」

 

 

 だから、私は白衣の先生からの話は全く聞く気になれなかった。

 

 義理母の話を聞いても、現実を受け止めきれない私はきっと幼いのかもしれない、もっと大人にならなければならないのかもしれない。

 

 だけど、そんなことができるわけがなかった。気がつけば手に力を込めて膝を握りしめるように拳を作っていた。

 

 悔しさと悲しみで胸がいっぱいだった。

 

 義理母の入院した病室に訪れた私は途中、街で買った見舞い品を持って義理母の病室を訪れた。

 

 

「…あの…おかあさん…」

「ん…、来てくれたんか」

「…うん」

 

 

 そう告げる私は静かに義理母の元に見舞い品を持っていく。

 

 おかあさんと呼んだのは何年振りだろうか、いつもは義理母と呼び、トレーナーと呼ぶことが多かった。

 

 病院に入院するまではずっと義理母やトレーナー、本当はもっと親子らしい事をすべきだったのだろうなと私は少し反省している。

 

 義理母だって今は辛い筈だ。私が少しでも義理母の力にならなくてはいけない。

 

 義理母が喜べばいいのだが、今回のお見舞い品に私は無難に箱詰めされたプリザーブドフラワーを選んで持って来た。

 

 私は義理母のベッドの側にそれを置くと、義理母の側に近寄り何も言わずにギュッと抱きしめる。

 

 

「どうしたんだい、急に」

「…なんでもない」

「そうかい、この間のレース、頑張ったみたいだね」

 

 

 そう告げる義理母は抱きしめて来た私の頭を優しく何度も撫でてくれる。

 

 今は一線から退いた義理母は私に対して、こんなところに来ないでトレーニングをしろなんて言わなかった。

 

 それは、義理母自身が私に対して後ろめたい気持ちがあったからかもしれない、だけど、私は義理母からそんな風に怒鳴って欲しかった。

 

 義理母を抱きしめる私は震える声でこう話をし始める。

 

 

「…必ず…、私が必ず三冠を取ってみせますから…だから、だから…戻って来てください、絶対」

「アフ…、お前…それは…」

「無理なんて言わせませんっ! 私はっ! 貴女に見てもらいたいんですっ! 私のトレーナーは貴女だけなんですっ!」

 

 

 私は義理母を抱きしめたまま、震える声でそう告げた。

 

 姉弟子と義理母に見てもらいたい、貴女達に育ててもらった私が勝つところを、遠山厩舎の集大成は間違いじゃなかったってところをみんなに証明したい。

 

 そして、私がそれを1番に届けたいのは親でもありトレーナーである義理母なのだ。

 

 すると、義理母は抱きしめてくる私の肩をそっと掴むとゆっくり引き離し、優しい眼差しでこう話をし始める。

 

 

「話は聞いているよ。お前、トレーナーを付けないで走っているようじゃないか」

「私には要りません…」

「アフ、そうはいかん」

 

 

 義理母の眼差しは真っ直ぐに私を真剣に見据えたままそう話を続ける。

 

 それは、私の母として、そして、トレーナーとしての義理母の心から私を思っての言葉なのだったのだろう。

 

 確かにその通りだ。ナリタブライアン先輩やライスシャワー先輩からもそれは言われた。トレーナーも付けずに練習を行えば、いつか、私の足が壊れてしまうだろうと。

 

 言っている事はわかる。だが、私の目標を達成するにはそれくらい必死でやらなくてはならないのもまた事実なのだ。

 

 だが、義理母はそんな私の心情を見透かしたかのようにこう話をし始めた。

 

 

「他のトレーナーにトレーニングを見てもらえ、お前のトレーニング方法じゃ、いつか負ける」

「それは…っ!」

「ハードなトレーニング管理が独自でできるわけがなかろうが、バカタレ。 その道のプロはあの学園には揃うておる」

 

 

 その義理母の言葉に私は言い返すことが出来ずに思わず視線を逸らす。

 

 わかってはいたのだ自分でも、先輩達から言われて自覚していた部分は多少はあった。

 

 ただ、私は認めたくなかっただけなのだ。

 

 チームスピカの併走にも、チームリギルとの合同練習もしたことは確かにある。

 

 だが、これから先、私が勝ちに行くにはどうすべきなのか、それは、私自身がよく理解していた。

 

 

「…私は…」

「見せてくれるんだろう? 私に三冠ウマ娘を」

「…っ!?」

 

 

 私は義理母の言葉に思わず涙腺が熱くなる。

 

 そうだ、見せてあげたいのだ。元気な義理母と姉弟子に、私はこれだけ成長したんだと見せてやりたいのだ。

 

 そして、また、共にターフを駆けたいと願っている。

 

 思わず涙が溢れ出てくる中、私はそれを慌てて拭い、何事も無いように振る舞う。いつもいつも泣いていたのでは義理母も良くならない、これは義理母がレースに帰ってくるまで取っておくべきだろう。

 

 あの場所に義理母もミホノブルボンの姉弟子も、二人は必ず戻ってくると私は信じているから。

 

 

「はいっ!」

 

 

 私は涙を拭って、笑顔を浮かべて義理母の言葉に応えた。

 

 それは、久方ぶりの心からの笑顔だったと思う。

 

 私のすべき事はわかっている。今、私がしなくちゃいけないのはレースを勝つ為に最善を尽くすことだ。

 

 いつも、義理母と姉弟子がやっていたように一生懸命になって身体を仕上げる事。

 

 義理母は私に言った。三冠ウマ娘を見たいと。

 

 だったら私がやるべき事はもう一つしかない…。

 

 

 

 義理母の見舞いから翌日。

 

 私はシンボリルドルフ会長と生徒会室で対面していた。テーブルに置かれている紅茶を啜っていたルドルフ会長は私の目をジッと見つめるとゆっくりとそれを置く。

 

 ルドルフ会長は何故、私がここに来ているのか既に悟っているようだった。

 

 会長は笑みを浮かべると懐かしそうに、私にこう話をし始める。

 

 

「君が最初にトレセン学園に来た時も、私にこんな風に対面していたな」

「…そうでしたかね」

「あぁ、まさかあんなに緊張していた君がこんな問題児だとはあの時は思いもしてはいなかったがな」

 

 

 ルドルフ会長は一つ一つ思い出すように優しい表情を浮かべたまま私にそう語る。

 

 そう言われると、何も言えない。確かに私は義理母やルドルフ会長にはかなりお世話になったと思う。

 

 特に問題児として、私は好き勝手にしていたし、生真面目なルドルフ会長からはかなりお説教とタンコブを浴びせられた記憶がある。

 

 私は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、テーブルにある紅茶をスッと口に運んだ。

 

 今まで、先輩達に甘えていた日々、楽しかった思い出、そして、必死に走って鍛えるトレーニングの毎日。

 

 だが、それらの日々を送れていたのは会長とライスシャワー先輩と義理母、そして、ミホノブルボンの姉弟子が居てくれたからだ。

 

 私が何故、ルドルフ会長の元にやって来たのか、それは、病室で交わした義理母との約束を果たすためだ。

 

 ルドルフ会長は真っ直ぐに私を見据えたまま、こう語り出す。

 

 

「私と同じ皇帝の名を持つ君だからこそ言っておこう。彼のトレーニングは厳しいぞ」

「…えぇ、平気です。厳しいのには、慣れてますから」

 

 

 真っ直ぐに瞳を見つめてくるルドルフ会長に私は笑みを浮かべたまま、静かにそう告げた。

 

 皇帝を支えた伝説。

 

 それは、ルドルフ会長一人ではもしかすると成し得なかった7冠という未だに破られる事の無い記録。

 

 私が伝説を超えて、もっと強くなるにはそれしか無いと思うに至った。

 

 皇帝を鍛えし、トレーニングトレーナー、義理母という最高のトレーナーを欠いた私はその方の力が必要不可欠だった。

 

 その私の表情を見ていたルドルフ会長は肩を竦める。覚悟に満ちたその眼差しを見れば何を言っても揺らがないだろうという確信があったからだ。

 

 

「わかった、私から話しておこう、オカさんにな…」

「…ありがとうございます」

 

 

 その言葉を聞いた私は、深々とルドルフ会長に頭を下げた。

 

 皇帝の名を持つ彼女を支えたトレーニングトレーナー、それが、私がルドルフ会長に申し出た願いだった。

 

 オカさんの愛称で呼ばれるトレーニングトレーナーはトレセン学園の中でも随一のトレーニングトレーナーである。

 

 確かにチームトレーナーの東条ハナさんかスピカのトレーナーさんに一度はお願いしようかと私は悩んだ。

 

 だが、オハナさんはネオちゃんのトレーナーであるし、スピカのトレーナーさんは私には優し過ぎるのではないかと思いとどまるに至った。

 

 そして、私が白羽の矢を立てたのが、シンボリルドルフ会長を皇帝と呼ばれるまでにした名トレーニングトレーナーなのである。

 

 紅茶を啜るルドルフ会長はクスリと笑みを浮かべると満足げに私にこう語りはじめた。

 

 

「これも何かの縁かな…」

「奇しくもですけどね」

「君の才能は私は転入してきた時から買っているよ、君なら…見せてくれるかもしれないね」

 

 

 そう告げるルドルフ会長は遠い眼差しで、窓から外を見つめていた。

 

 あの日、勝ったジャパンカップ、世界の強豪達を退けてルドルフ会長は優勝を果たした。

 

 もしかするとルドルフ会長は私には夢の続きを期待しているのかもしれない、私が世界最高峰のレースで皇帝という名を轟かせることを。

 

 期待をしてくれている事は嬉しいが、私はまだ重賞を圧勝したとはいえ3戦しか走っていないウマ娘だ。

 

 その事を踏まえた上で、期待を寄せてくれるルドルフ会長に私はこう話をする。

 

 

「私はこれからもっと強くなります」

「あぁ、楽しみにしてる。私の可愛い後輩だからな」

 

 

 そう告げるルドルフ会長は私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 こうして、私は義理母との約束を果たすために新たにトレーニングトレーナーを迎えて、G1レース朝日杯FSに向けてトレーニングに励むことに。

 

 生徒会室を後にした私は静かに廊下を歩いて自分の寮へと戻る最中だった。

 

 その道中、見知った顔の先輩とふとすれ違う。

 

 それは、鼻にシャドーロールを付けたナリタブライアン先輩だった。

 

 すれ違った私とブライアン先輩は足を止めて互いに背を向けたまま、会話をしはじめた。

 

 

「良い顔付きになったな、アフ、強者の顔だ。吹っ切れたか?」

「気のせいですよ」

「フッ…、そうか」

 

 

 そう言って、背を向けたまま、互いに笑みを浮かべるナリタブライアン先輩と私。

 

 可愛がっていた後輩の成長は素直に先輩として嬉しいのかもしれない、ナリタブライアン先輩は特に可愛がってくれましからね。

 

 それに、ナリタブライアン先輩が言ったようにトレーニングトレーナーも私は付けることにしましたし、これでなんの憂いも無い筈だ。

 

 ブライアン先輩と他愛の無い話を終えた私は、軽く頭を下げると振り返らないままスタスタと足を進めようとする。

 

 すると、振り返らない私にブライアン先輩は一言、声を上げてこう言葉をかけてきた。

 

 

「今夜はちゃんと待ってるぞ」

 

 

 その言葉に思わず驚いたようにビクッと身体を硬直させて、慌てて振り返る私。

 

 な、なんであの人はそんな恥ずかしい事を平然と廊下で言うんですかね…、全く。

 

 他のウマ娘の方が聞いていたら、変な誤解を受けるというのに、気にする素振りが皆無なのが逆に清々しく感じる。

 

 そんな私の反応を面白がってか、ブライアン先輩はさらに話を続け始めた。

 

 

「お前の肌が恋しくて仕方ないんだ。ぬいぐるみが居ないとな。私はこう見えて寂しがり屋なんだよ」

 

 

 そう言って、一方的に私になんの躊躇もなく添い寝に誘ってくるナリタブライアン先輩。

 

 聞く人が聞けば変な誤解を招くような言動ばかり、聞いていた私も頭を抱えて左右に首を振るしかありませんでした。ナリタブライアン先輩らしいといえばらしいんですけどね。

 

 そんな私の気持ちなぞ知らんとばかりに、ブライアン先輩はプラプラと手を挙げたまま、去っていく。

 

 呆れたようにため息を吐いた私は肩を竦めるとその背中を見送った。

 

 見送るブライアン先輩の背を見つめる私の顔からは思わず笑みが溢れていた。

 

 私も自分の目的地に向かって今日から新たに歩みを始める。

 

 

 そう、今日から新たに始まるのだ。

 

 義理母と姉弟子、そして、ライスシャワー先輩との日々を取り戻すための戦いが。

 

 その過程で例え、修羅となろうとも構わない。

 

 ファンから嫌われようと孤独となっても私はきっと諦めずに走り続けるだろう。

 

 

 それが、王者だと私は知っているのだから、だから、私は私の王道を征く。

 

 

 顔も知らない親が名付けてくれた皇帝という名前に恥じぬように。



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強者への道

 

 

 

 生徒会室。

 

 ここは、先程、私と会長が話していた部屋、その部屋で紅茶を飲んでいる会長は静かに書類に目を通しながら、生徒会の仕事に勤しんでいた。

 

 私との話で仕事が滞っていたのだろう。黙々と彼女は書類の一つ一つに目を通しながら必要な書類にはペンでサインをしていく。

 

 壁に寄りかかり、そんな仕事に勤しんでいるルドルフ会長を静かに見つめるウマ娘が一人。

 

 彼女は私とすれ違ったあと、この生徒会室を訪れていた。

 

 チームリギルの一員であり、ルドルフ会長と同じく三冠ウマ娘の称号を持つ怪物。

 

 鼻に特徴的なシャドーロールを付けた彼女は笑みを浮かべたまま、仕事をするルドルフ会長にこう話をし始める。

 

 

「よかったのか?」

「何がだ?」

 

 

 書類に目を通すルドルフ会長は訪ねてきた彼女に素っ気なく答えた。

 

 ルドルフ会長には彼女が生徒会室を訪れた要件は大体わかっている。それは、私にトレーナーを紹介した事だ。

 

 シャドーロールを付けたルドルフ会長と同じく三冠ウマ娘のナリタブライアン先輩はそんな会長の言葉に肩を竦めた。

 

 それは、ルドルフ会長が何故そうしたのかを理解していたからだろう。つまり、わかっている上で彼女に問いかけたのである。

 

 ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべたまま、ルドルフ会長にこう語り始めた。

 

 

「強者が増えるのは嬉しい事だ。会長が紹介しないなら私がミナさんをあいつに紹介してたとこだよ」

「フッ…お前らしいな」

「あぁ、そりゃ期待もするさ、WDTに三冠ウマ娘が揃い踏みしたら面白いだろう?」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべたままルドルフ会長に告げるナリタブライアン先輩。

 

 強者の出現、それは、この怪物達が蠢くトレセン学園では実に有り難い事であった。

 

 10年に一人の逸材、それはなかなか現れるものではない、彼女達にとってはそんな逸材が台頭してくれることは見た事もない好敵手に巡り合う事ができるという好機でもある。

 

 歴代で未だに5人、しかし、そのたった5人という三冠ウマ娘が近年から増える気配が漂っていた。

 

 

 魔王、アフトクラトラス。

 

 英雄、ディープインパクト。

 

 金色の暴君と呼ばれる謎のウマ娘。

 

 

 彼女達の話は今や、トレセン学園のみならず、至るところで話に上がってきている。

 

 何故、そんな噂がトレセン学園や地方のレースで上がっているのか、それにはある訳があったのである。

 

 何故なら、それに呼応するかのように最近ではこんな話が持ち上がるようになっていたからだ。

 

 それは、彼女達が三冠を取り、三冠ウマ娘の名を刻んだ時、歴代の三冠ウマ娘の集結がWDTであり得るのではないかという話だ。

 

 ナリタブライアン先輩はその話を聞いて非常に心を高ぶらせていた。

 

 歴代のレジェンド、三冠ウマ娘の集結によるWDT(ウィンターズドリームトロフィー)。

 

 世代の壁を超えたこの夢の共演はウマ娘ファンにはたまらない一大イベントだ。

 

 歴代の三冠ウマ娘が激突するレースに日本が熱狂しないわけがない、まさに夢の祭典であり、強者が集うその舞台に心が踊らないウマ娘がいないわけがないのだ。

 

 

 だが、それも通過点に過ぎない。

 

 

 実は、本来の目的はこの三冠ウマ娘が集結するWDTだけではないのである。

 

 それを超えたレースが世界では注目の的になりつつある。それは、歴代でも類を見ない世界を巻き込んだ夢の祭典だ。

 

 ナリタブライアン先輩は笑みを浮かべて、ゆっくりとこう語り始めた。

 

 

「そして…、それが終われば…」

「WWDTだろう? 私もそれが1番の楽しみだよ」

 

 

 だが、ナリタブライアン先輩の言葉を遮るようにルドルフ会長が嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 そう、三冠ウマ娘を迎えたWDTを超えた、さらに盛大なレースの話が持ち上がっているのである。

 

 それが、シンボリルドルフ会長が口に出したWWDT(ワールドウィンターズドリームトロフィー)だ。

 

 世界各国の最強の三冠ウマ娘だけでなく最強のウマ娘達が世界各国から世代を問わず集結するドリームマッチ。

 

 世代の枠を超えダート、ターフ問わない猛者たちがそのレースの為に集結する。

 

 セクレタリアト、ラフィアン、ニジンスキー、ミルリーフ、ラムタラ、ダンシングブレーヴ、シガー、シーバードなど、名を挙げればキリがない。

 

 そんな化け物達が集結するWWDTの為に集結する歴代の日本の三冠ウマ娘達。

 

 これに、三冠ウマ娘のシンボリルドルフ会長とナリタブライアン先輩が燃えないはずがなかった。

 

 

「ミスターシービー先輩とはコンタクトが取れてる。セントライト先輩、シンザン先輩も問題なく出場意思があるという旨を頂いた」

「フッ…そうか…楽しみだな」

 

 

 シンボリルドルフ会長の言葉にナリタブライアン先輩は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 ウマ娘と生まれたからには、世界最強のウマ娘を目指したい。

 

 その飽くなき欲求はこのトレセン学園ならどこまでも満たしてくれる。それは、シンボリルドルフ会長もナリタブライアン先輩も一緒であった。

 

 覚悟を決めたアフトクラトラスはこれから先どんどん力をつけてくるだろう。

 

 可愛がっている後輩だが、勝負には上も下もない、強く、さらに強くなって、自分達と同じステージに立ってもらわなくては困る。

 

 日本の三冠ウマ娘という称号はそれだけ、重い称号なのだ。

 

 

 

 

 さて、密かにそんな大きな話が動いている事も知らない私だが、ルドルフ会長から紹介されたオカさんと呼ばれるトレーナーさんと顔合わせの為に今はトレーニングの為のレース場に来ていた。

 

 オカさんが来るのを待つ間、私はひたすらターフの練習場を我武者羅に駆けている真っ最中である。

 

 朝日杯を控えている私に余裕などはない、ただひたすらに毎日強くなる事だけを今は考えている。

 

 そんな中、私はふと、誰かからの視線を感じた。

 

 レース場を一周した後に私はその視線が気になって、ゆっくりと走っていた足を緩め、タオルで汗をぬぐいながらこう告げる。

 

 

「ジッと見られるとやり辛いんですけどね」

「ほぉ…、いい走りだな」

 

 

 そう言って、私の側に近づいてくるトレセン学園指定のトレーナージャージを着た男性。

 

 しかし、私は朝日杯を控えていてこの時、割と気が張っていて、あまり、そういった言葉もいい気分で素直に受け取る事が出来なかった。

 

 私はジト目を向けながら、素っ気ない表情を浮かべて彼にこう話をし始めた。

 

 

「なんの御用でしょうか?」

「おいおい、トレーニングトレーナーだよ、君のな」

「…へっ?」

 

 

 この時、私はかなり間の抜けた声をこぼしたと自分でも思う。

 

 さりげなく近づいて来た彼の言葉に度肝を抜かされたからだ。

 

 そう、何を隠そう彼が会長が言っていた、トレーニングトレーナーなのである。

 

 とはいえ、あまりにも思っていたのと違う方だったので、私も流石に違うだろうとばかりに思い込んでいたのである。

 

 彼は笑みを浮かべたまま、私の頭をポンポンと叩くとこう話をし始める。

 

 

「話は聞いたぞ、お前さんのハードトレーニングの話をな」

「…えっ? あ、いや…まぁ…」

「今日からはしっかりと管理してやる、安心しろ」

 

 

 そう言って、私に告げるトレーニングトレーナーのオカさんは満面の笑みを浮かべていた。

 

 トレーニングトレーナーとしての彼の腕前はルドルフ会長からもよく聞いている。

 

 早速、私の頭を撫でる彼はゆっくりと私の足と身体つきを目視で眺めるとしばらくして、ため息を吐き呆れたようにこう告げ始めた。

 

 

「よし…それじゃ、まずはお前さんには休みが必要だな」

「…はい…?」

「筋肉が痙攣を起こしとるだろう。連日のハードトレーニングはダメだ、一度、身体の筋肉を休ませる必要がある」

 

 

 彼は真剣な眼差しで私の肩を掴み、そう告げた。

 

 私にとってみればこれくらいのハードトレーニングはいつも朝飯前に行っている事で大したことはないものだ。

 

 それをいきなり休めと言われて、ハイそうですかとやすやすと答えるわけにはいかない。

 

 私はミホノブルボンの姉弟子と義理母のトレーニングを間近で見ているのだから尚更だ。こんなものは屁でもないのである。

 

 呆れたように私はため息を吐くと、彼に向かってこう告げ始めた。

 

 

「…悪いですが、それは無理な話ですね。私には朝日杯を勝つ為に休む暇も惜しいのですよ」

「そうか、それで?」

「ですから、休むなんて選択肢は…」

「話にならんな、無事是名馬という基本も守れないんじゃ勝てるレースも勝てん」

 

 

 そう告げる彼の言葉に私は思わず頭にカチンと来る。

 

 義理母のやり方が違うというのか? それは私には聞き捨てならない言葉であった。

 

 鍛えて鍛え抜いてその果てに栄光があると私は義理母とミホノブルボンの姉弟子、そして、ライスシャワー先輩から教わった。

 

 それを言われては黙っているわけにはいかない、私は彼に向かってこう話をし始める。

 

 

「これが私のやり方です。私の生き方です。これで強くなると義理母に誓ったんですよ」

「なるほどな、だが、それはそれ、これはこれだ」

「それはどういう意味ですか?」

 

 

 私はトレーニングトレーナーに向かいジト目を向けながらそう問いかける。

 

 多分、大概失礼な態度だとは自分でも思ってはいる。だが、私には私のルーツがあり、それに私も誇りを持っているのだ。

 

 義理母と姉弟子との日々が私をより強くしてくれている。だからこそ、トレーニングトレーナーの提案に私は納得できていなかったのだと思う。

 

 すると、彼は私に向かいこう優しく語りかけてきた。

 

 

「メリハリが大事だ。ハードトレーニングは大いに結構、だが、身体を休める事によってその質はより高いものになる事もある」

「……それは…」

「走りに雑さが入ればそれは良さを殺す。自身の良さを引き出す為に身体を全力で休ませろ、そして、トレーニングを積み重ねた方が無駄を省き、より洗練した走りができるようになるはずだ」

 

 

 彼は真剣な眼差しで私に訴えかけるようにそう告げてきた。

 

 長年に渡り、様々なウマ娘のトレーニングトレーナーを務めてきた慧眼からのアドバイス。

 

 確かに私は坂路を限りなく登り、身体をいじめにいじめ抜いていた。そこにはもちろん休息はなく己の意思だけでやってきたトレーニング方法だ。

 

 オカさんからお説教を受けた私はシュンとなり、耳と尻尾がタランと垂れ下がる。

 

 間違いなく、正しいことを言われているそんな気がした、確かにそういった観点から自分のトレーニングを見たことはなかった。

 

 勝つことだけを考えて、ただただ我武者羅にトレーニングして身体を鍛えて駆けるだけではレースに勝てない事もある。

 

 義理母も独自で厳しいトレーニングをしても管理してくれる人間が居なければいずれ負けると。

 

 つまり、義理母が言いたかったのはこういうことだったのだろうか。

 

 姉弟子と義理母といた時はサボる方法を考えたり、スピカに逃げ込んだりしていたし、お風呂も毎回入って疲れを取っていたから、そういった意味では休みを取れていたのかもしれない。

 

 最近では、連日夜通しで坂路を駆け上がったりしていたし、義理母が組んでくれたトレーニング量をオーバーするトレーニングを自ら進んで行っていた事も事実だ。

 

 このトレーニングトレーナーは私の走りを一目見てすぐに把握してしまった。

 

 やはり、この人はすごい人だなと、私は思わず感心してしまう。まだまだ、私はどうやら考えが至らなかったようだ。

 

 私は笑みを浮かべると肩を竦めて、新たなトレーニングトレーナーに向かいこう話をし始める。

 

 

「わかりました、マスター。今日は休むことにします」

「そうか! …よかったよかった」

「ふふっ、…それと、今日から不束者ですがよろしくお願いします」

「おうともさ」

 

 

 そう言って、私はトレーニングトレーナーと固い握手を交わした。

 

 もちろん、私のトレーナーは義理母だけ、そこは見失ってはいない。

 

 しかし、その義理母の念願を叶える為には彼の協力が間違いなく必要不可欠だと感じた。

 

 義理母の約束の為、私はトレーニングトレーナーである彼と三冠を取ることを固く心に誓った。

 

 

 

 それから、翌日。

 

 私はオカさんの言う通りに休暇を取って、ゆっくりと休むことにした。

 

 久方ぶりの休み、とはいえ、やはりトレーニングを積んでいたので違和感がありすぎてこれはこれで困る。

 

 昨夜はちなみにブライアン先輩の部屋で久方ぶりに寝ることにしていた。

 

 ブライアン先輩はやたらと喜んでいたが、相変わらず私を抱いたまま寝るので胸が顔に押し付けられて寝苦しかった。

 

 まぁ、以前では当たり前に寝ていたので別に慣れだとは思う。

 

 私が居なくて寂しいと言われたら、彼女の後輩として応えてあげるべきだと思っての行動だ。

 

 そして翌朝には、私は自分の部屋に戻ってきたわけである。

 

 何をしようか迷うところではあるものの、のんびりと久方ぶりに自分の部屋でくつろいでいた私はドンドンと扉を叩く音に反応して、寝間着のまま扉を開ける。

 

 

「はーい…」

「おはよう、アフちゃん…今日、良いかしら?」

 

 

 そう言って私が扉を開けるとそこに居たのは笑みを浮かべたメジロドーベル先輩だった。

 

 私が無茶なトレーニングをしている時に止めに入ってくれたり、心配をしてくれた信頼できる良き先輩だ。

 

 扉を開けて彼女の姿を見た私は笑みを浮かべたまま左右に首を振り、ため息を吐く。

 

 

 どうやら、久方ぶりの休日はのんびりできそうもないなと私は少しだけ、こうやって気にかけてくれる方の存在に密かに嬉しさを感じるのだった。



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チームの絆

 

 

 ショッピングモール。

 

 私がここにくるのも久しぶりなような気がしますね。

 

 最近はいろんな事が立て続けに起こって、私としても心の整理がつかないうちにトレーニング漬けの毎日を自らに課していましたから。

 

 プライベートな時間なんて、もちろんありません。

 

 月月火水木金金、これが今の私のスケジュールでしたし、もう、感覚が麻痺したのか、それがごく当たり前だと思っていました。

 

 新しいトレーニングトレーナーのオカさんの言葉はこんなトレーニングをしていた私を見抜いてだったんだろうなと今にして思います。

 

 ひたすら、トレーニングを積み重ねれば勝てるという事ではないと義理母にも言われましたからね。

 

 私はまだまだ、考えが浅はかで甘かったのだと自覚させられました。

 

 私の隣では、メジロドーベルさんが満面の笑みを浮かべて歩いています。

 

 

「アフちゃんは…買いたいものとかある? 服とか」

「えーっと…そうですね…」

 

 

 買いたい服は無いかとメジロドーベルさんから言われた私は顔を引きつらせます。

 

 女の子らしいお洒落なんて、ここ最近、全く考えた事なんてありませんでした。ほぼ毎日ジャージでしたからね、しかも、トレセン学園指定のジャージです。

 

 というよりなんで今更服買うの? と皆さんは思われてるかもしれませんね。

 

 この間、ショッピングモールにヒシアマ姉さんと来た時に買っておけば良かったじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

 

 というのも、これには当然、理由があった。

 

 

「今日はちゃんと温泉旅行に必要なものを買っておかなきゃね」

「はぁ…」

 

 

 そう、メジロドーベルさんから温泉旅行に誘われたからである。

 

 温泉旅行と言ってもピンと来ない、いや、お風呂は大好きなんですが、いきなり温泉旅行なんて言われても実感が湧きませんし。

 

 なお、この事は他言無用とのこと。

 

 ブライアン先輩がまた拗ねなければいいのですけどね。いやはや、変なところに気を使うのが面倒くさい。

 

 私としては何も考えず、ただ強くなるためのトレーニングを他のウマ娘の何倍もやりたいと思っているというのに…。

 

 しかし、トレーニングの時間だけをこなすばかりというのは効率的には良くないという事も私は理解している。

 

 たまにはこういう時間を設けるべきなのかもしれませんね。

 

 

「ほら! アフちゃん! これ! これなんか私似合うと思うよ!」

「…はぁ…」

「あ! このスカートなんかいいんじゃないっ! このショートパンツも可愛いしっ!」

 

 

 そう言って、どんどん私の元に服を持ってくるメジロドーベルさん。

 

 私の手元にはたくさんの服が積まれていく。いや、積まれるのは別にいいんですけどね、これは、私が着せ替え人形みたいにされるって事なんでしょうかね。

 

 もうジャージでいいじゃないですか。

 

 服を選んで持ってくるメジロドーベルさんはそれはもう楽しそうでした。もしかしたら、素の自分を私の前だから晒し出しているのかもしれませんけれど。

 

 私は顔を引きつらせながら彼女が服を持って来ては着替え、持って来ては着替えの繰り返しをする事になりました。

 

 着せ替え人形みたいになっていますね、はい。

 

 温泉旅行に行くだけだというのに何故にそんなにお洒落に気を使わなくてはならないのか疑問ですけれど、致し方ありませんね。

 

 ライスシャワー先輩も温泉行くと話を聞いたので、楽しみではあるのですけども。

 

 そして、最近では、知らぬ間に私に魔王というあだ名が付いたらしいです。

 

 魔王と聞くとなんだか、あまり、イメージは良くありませんけど、ラスボス的な感じですしカッコいいですが、私には仰々しい名前に思えて仕方ありません。

 

 そうして、ショッピングモールをメジロドーベルさんと歩いていた私は暫く服を選びたいと言ったメジロドーベルさんを待つためにショッピングモールのベンチに腰を下ろしていました。

 

 買った服がわりと多めだったので、肩が重い。

 

 荷物を降ろした私は軽く肩を回し、手を組んでグッと腰骨を伸ばす。

 

 

「はぁ…買い物ってこんなに疲れるものでしたかね」

 

 

 そう言って、伸ばしていた手を降ろしてため息を吐く私。

 

 すると、そんな私の目の前をふと、あるウマ娘が横切った。

 

 癖のある長い姉弟子と同じような栗毛の髪を見た途端、私は思わず目を見開いてその後ろ姿を見つめる。

 

 もしかしたら、姉弟子かもしれない、そう思ってしまった。

 

 気がつけば、私はそのウマ娘に話しかけていた。

 

 

「…あ…っ! あの…っ!」

「……ん…?」

 

 

 私の方に振り返る栗毛のウマ娘。

 

 荒々しく跳ねた癖毛の髪とマスクをつけ、いかにも不良少女といったパンクな格好のウマ娘は私の方を振り返ると首を傾げてくる。

 

 わかってはいた。こんなところに姉弟子がいない事くらい。

 

 だが、それでも、もしかしたらと私は思ってしまったのである。

 

 私は改めて人違いだと確信すると、少しだけ気落ちしたように彼女に対して、申し訳なさそうにこう話しはじめた。

 

 

「…すいません、人違いだったみたいです」

「そうか…」

 

 

 そう言って、踵を返してその場から立ち去っていく栗毛のウマ娘。

 

 振り返った彼女を一見して荒々しく感じたが、話してみると意外とそうでもなかった。人は見かけによりませんね。

 

 そんな中、買い物を終えて買い物袋を両手に持ったメジロドーベルさんが私の側へとやってくる。

 

 メジロドーベルさんは首を傾げたまま、栗毛のウマ娘の背中を真っ直ぐに見つめている私にこう問いかけ始めた。

 

 

「どうしたの? アフちゃん」

「いや、人違いでちょっとあの方に話しかけてしまったもので…」

「あー、あの娘は…」

「ん…? ご存知なんですか?」

「…まぁ、ちょっとね?」

 

 

 メジロドーベルさんは私に顔を引きつらせながらそう答える。なんだか、顔見知りのようだが、一体どういうことなのだろうか?

 

 気になった私はもう少し、メジロドーベルさんに今さっき話しかけたウマ娘について問いかけてみる事にした。

 

 

「メジロドーベルさんのお知り合いでしょうか?」

「…そんなところかしら、従姉妹みたいなものね」

「従姉妹…」

「そう、従姉妹。とは言ってもだいぶ離れてるんだけど…」

 

 

 そう言って、意味深な表情を浮かべるメジロドーベルさん。

 

 栗毛の顔見知り、あまり検討がつきませんね、メジロ家はマックイーンさんをはじめ、だいたいヤバい人達しか居ないイメージがあるんですけれども。

 

 私が思わず話しかけてしまったのも、何というか、彼女が纏っている威圧感のようなものがどこか姉弟子に似ているところがあったのが理由なんですがね。

 

 私と共に彼女の後ろ姿を見つめるメジロドーベルさんは私が話しかけた彼女についてこう語り始める。

 

 

オルフェーヴルっていうんだけどね、普段は大人しい娘なんだけど、レースの時は物凄く強くて荒々しい娘なの」

「…オル…フェーヴル…」

 

 

 私はメジロドーベルさんの言い放った言葉に思わず耳を疑った。

 

 その名も金色の暴君

 

 史実では英雄、ディープインパクト以来6年ぶり7頭目のクラシック三冠ウマ娘。

 

 そして、シャドーロールの怪物ナリタブライアン以来17年ぶり3頭目の3歳四冠ウマ娘となったとんでもない化け物である。

 

 メジロドーベルさんから話を聞いた私は話しかけた彼女が身に纏うそれに思わず納得してしまった。

 

 しかしながら、毎回、なんで私はこうも癖のあるウマ娘と縁があるのか、未だに疑問である。

 

 

「オルフェはまだデビューは少しばかり先なんだけど、身内の中じゃ逸材と言われてるわね」

「なるほどですね、納得です」

「普段はあんな感じで大人しいし、良い娘なんだけどねー…」

 

 

 そう言って、困ったような笑みを浮かべるメジロドーベルさん。

 

 彼女が何が言いたいのか理解している私は同情するように顔を引きつらせながら笑みを浮かべる。

 

 そう、オルフェーヴルは普段は大人しいのだ。普段は。

 

 ただし、その大人しい性格もレースになると事情が違うという。

 

 というのも、いつも彼女が愛用しているマスクがレースで飛翔すると豹変したようにギアが入り、物凄く荒々しいレースになるというのだ。

 

 ちなみに彼女がいつも肌身離さず身に付けているお気に入りのマスクの名前はイケさんというらしい。

 

 私はそれを聞いて思わず笑いそうになってしまったのはここだけの話である。

 

 

 さて、買い物を終えた私はメジロドーベルさんと共に買い物袋を持ちながら寮へと戻る事にしました。

 

 明日からは温泉旅行という事なので、いろいろと準備をしなくてはなりませんからね。

 

 とはいえ、何もトレーニングをしないという日があると何だか、違和感しかありません。

 

 キツいトレーニングを普段から毎日こなすのが日課みたいなものでしたし。

 

 エベレストの山くらいなら何事も無く完登できそうなくらいは坂路を登ってきたという自負は間違いなくある。

 

 そんな他愛のない事を考えていた私はキャリーバッグに荷物を積み込み旅行の準備を整えると一息入れた。

 

 

「さてと、準備はこんなもので大丈夫でしょうかね…」

 

 

 ウマ娘になってからの初めての温泉旅行。

 

 今まではトレーニングばかりの毎日を送り、最後に旅行に出かけたのはきっと姉弟子と義理母と一緒にドバイに行った時くらいだろうか。

 

 その時の写真は私は大事に小さな額に入れて部屋に飾っている。

 

 義理母の見舞いには何度も病院に足を運んでいるし、きっと、来年には義理母も退院して姉弟子も帰ってきて前のような毎日が送れるようになるはずだ。

 

 私は今はそう信じるしかなかった。

 

 それなのに温泉旅行なんてしてて良いのだろうかと思いもするが、トレーニングトレーナーの指示であるならばそれを受け入れるしかない。

 

 翌日、キャリーバッグを引く私は寮の部屋の鍵をしっかりと閉めて部屋を後にした。

 

 寮から出ると、そこで私を待っていたのは…。

 

 

「おせーぞ、アフ公」

「さあ、早く行くっすよ!」

「久しぶりね、温泉旅行なんて」

 

 

 チームアンタレスの先輩方だった。

 

 もちろん、そこにはメイセイオペラ先輩やライスシャワー先輩、そして、メジロドーベルさんも居る。

 

 そう、実はこの温泉旅行はチームメンバーが私のためにわざわざ企画してくれたものだったのである。

 

 

「皆さん…なんで…」

 

 

 私は思わず、チームメンバー全員が居ることに目を丸くせずにはいられなかった。

 

 それは、てっきり、メジロドーベルさんが私に気を使って誘ってくれた旅行だと思っていたからだ。

 

 だが、実際は違っていたのである。

 

 姉弟子と義理母の一件があって以来、豹変して気の狂ったようなトレーニングを毎日行う私。

 

 実は、そんな私の姿を目の当たりにしていた彼女達が私の事を考えて皆で計画していた事だった。

 

 アグネスタキオン先輩は優しく笑みを浮かべながら、私の肩をポンと叩きこう話をし始める。

 

 

「同じチームメンバーだろう? …苦しい時や辛い時は支え合うのは当然だ」

「…タキオン先輩…」

「そうよ、アフちゃん、私達が居るんだから頼ってくれて良いんだからね」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は優しく私の手を握りしめながら笑みを浮かべていた。

 

 私はその言葉に思わず目頭が熱くなる。

 

 こんなに優しい先輩達に心配してもらえるなんて、有り難いのだろうと。

 

 私は涙を目に浮かべたまま笑みを浮かべて、静かに頷いた。

 

 てっきり、一人きりになったと思っていたけれど、私を気にかけてくれる方がたくさんいる。

 

 何故か少しだけ、肩の荷が下りたようなそんな気がした。

 

 私達はその後、バスに乗り込むとチームアンタレス全員が乗ったバスは温泉旅行に向けて出発した。

 

 温泉旅行に向かうバスの中、私の隣にはライスシャワー先輩が座り、バスに揺られながら、こんな話を私にし始めた。

 

 

「アフちゃん、良い先輩でしょう? アンタレスの先輩達は」

「…えぇ、まさかこんな事を考えてくれてるなんて思いもしませんでしたよ」

 

 

 私は笑みを浮かべて隣に座るライスシャワー先輩にそう告げる。

 

 考えてみれば、バンブーメモリー先輩もライスシャワー先輩もメジロドーベルさん、そして、同じチームでないにもかかわらず、ナリタブライアン先輩もまた、私の事を心配して、いつも声を掛けて来てくれていた。

 

 姉弟子が菊花賞で負けて何も私に言わないままで姿を消したあの日から、私はずっと、入院した義理母の事や勝ち続けなければいけないというプレッシャーの中で懸命に足掻くことしか頭になかった。

 

 元のように笑って、馬鹿して、怒られて、そんな自分を押し殺して義理母の望む強いウマ娘になるという目標の為に修羅になろうという決意を固めるまでに思い至っていたのである。

 

 だけど、新しいトレーニングトレーナーから体を大切にしろと諭され、チームメンバーから私はこうして目を掛けてもらっている。

 

 そこには素直な感謝の気持ちしかなかった。

 

 

「ライスシャワー先輩」

「…ん?」

「…ありがとう…ございます」

 

 

 私はその感謝の気持ちをしっかりと言葉でライスシャワー先輩に伝えた。

 

 もちろん、勝つ為に自らを追い込む鬼になる事は今後も私はやめる事は出来ないだろうとは思う。

 

 だけど、少しだけ、自分の事を改めて見つめ直してみようと私は密かに心の中に留めておこうとそう感じたのだった



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温泉ロード

 

 

 チームアンタレスでの温泉旅行。

 

 トレーニングトレーナーになったオカさんから休暇を言い渡された私はアンタレスの皆さんと旅館に向けてバスに乗り、出発していた。

 

 その道中、パーキングエリアに立ち寄ったバスから降りた私はタキオン先輩に向かってこんな話を持ちかけていた。

 

 

「あ、荷物だけ積んどいてください。私はここから走りで行くんで、とりあえず行き先までの地図だけくだされば大丈夫です」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 

 そう、それは、敢えてバスを降りて走って旅館まで行くという話だ。

 

 道さえわかれば後はどうにでもなる。別に今日中に着けば問題無いのだから、全然余裕だと私は思っている。

 

 既にジャージに着替えている私に死角はない、準備体操をしながら、ゴキリッゴキリッと軽く首の骨を鳴らしていた。

 

 タキオン先輩は私の言葉に呆れたように頭を抑えて左右に首を振っている。

 

 え? 私が知っているアンタレス式の慰安旅行ってこんなのばかりだった気がするんですけどね?

 

 すると、ライスシャワー先輩も笑みを浮かべながらジャージ姿で私の隣にスッと現れた。

 

 

「あら? アフちゃんも同じ事考えてたのね?」

「えぇ、そりゃもう、アンタレスなら当然でしょう」

「非科学的すぎるぞ、お前達」

 

 

 脳筋とはこの事を言うんでしょうね、多分。

 

 やる気満々の私とライスシャワー先輩の言葉にタキオン先輩は深いため息を吐いた。

 

 何キロあるかは知りませんけど、多分、普段走っている坂路ほどはないでしょう。私とライスシャワー先輩なら余裕ですね。

 

 そんな感じで、軽くライスシャワー先輩と拳を突き合わせる私、やはり、長い月日、共にトレーニングを積んできた仲ですから意気投合してしまいますよね。

 

 昔、豊臣秀吉が中国大返しなんてしたとかいう話も聞いたことがありますし、たかだか旅館までの距離なんて屁でもありません。

 

 大和魂とかいう根性さえあれば、大概のものはどうにでもなります。

 

 なんなら、2トントラック引きながらアメリカ横断でも北米横断でもしてやりますよ。

 

 秋のシーズン最中ですから、休暇とはいえ身体を鍛えておかねば鈍りますからね。妥協はしません、それが、アンタレス式です。

 

 そんな感じで私とライスシャワー先輩が旅館まで走るとか言い出したものだから、それをバスの中から聞いていたサクラバクシンオー先輩やバンブーメモリー先輩、メイセイオペラ先輩もまた嬉々としてジャージに着替え、バスから降りてきた。

 

 彼女達も叩き上げのウマ娘、アンタレス式とはなんなのかを理解している。

 

 他のチームより過酷な努力をし、己を磨き鍛えあげるというのが、チームアンタレスだ。

 

 それは姉弟子と義理母がこのチームで築き上げたものと言っても過言ではない。

 

 

「さぁて、それじゃ久々にやりますか」

「距離は結構ありそうっすね」

「旅館はどごさあるかなぁ?」

 

 

 そう言って笑みを浮かべながら、ジャージに着替えた彼女達は私達と並んでストレッチを始めていた。

 

 そんな最中、ジャージに着替えたメジロドーベルさんも私の側にやってくると肩をポンと叩いて満面の笑みでこう語り始める。

 

 

「やっとアフちゃんらしさが出てきたんじゃない? ね?」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 

 そのメジロドーベルさんの言葉に私も笑みを浮かべながら頷き応える。

 

 意気揚々と準備体操をする私、ここからはガチだ。誰が1番先に旅館まで着くのかが勝負。

 

 荷物を積んだ私はタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩が見守る中、走る構えを取る。私はもちろん、いつものように姿勢を低くしたクラウチングスタートの構えだ。

 

 そして、タキオン先輩が手を降ろした瞬間…。

 

 

「スタートッ!」

 

 

 ガツンと地面を蹴り上げ、一斉にアンタレスの面々は旅館に向かいスタートを切った。

 

 皆、目は本気モード、手加減無しのガチンコの勝負である。

 

 皆に並んだ私は足の回転を上げてリードを取りに行く、得意の先行策で、一気に旅館まで先頭でぶっち切るためだ。

 

 だが、忘れてはいけない、ここにいるアンタレスのメンバーは私が今まで戦ってきた相手とは経験も地力も違う。

 

 私の背後のすぐ側にはサクラバクシンオー先輩とライスシャワー先輩の二人がキッチリとマークを付けてきた。

 

 ナカヤマフェスタ先輩は駆け出した私達の後ろ姿を見ながら苦笑いを浮かべている。

 

 

「あーあ、あれはマジだな、スタート切った瞬間、全員の目の色変えやがった」

「あぁ、気迫が漲っていたな、全く、レースでもないのに、なにをやってるんだか」

 

 

 バスに戻るタキオン先輩もナカヤマフェスタ先輩同様に本気で旅館まで駆け出した私達に対して呆れたように肩をすくめていた。

 

 その通り、手加減無しの本気の駆け合い。

 

 私がチラリと背後を振り返れば、眼光が光る追撃者達が私を追い抜かんと虎視眈々と迫って来ている。

 

 これは、物凄いプレッシャー、先頭を取った私も顔を思わず引き攣りそうになる。

 

 

「私達が離せると思ったのかしら?」

「優等生の私が指導してあげますよ、せっかくの機会ですから」

 

 

 そう言って、いつの間にか、私に並んだライスシャワー先輩とサクラバクシンオー先輩の二人は私の耳元で優しく囁いてくる。

 

 私はゾクゾクッと背筋が身震いしてしまった。そんな色っぽい声で囁かれると私としてもやり辛いんですけど。

 

 そんな中、私達3人を一気に追い抜く影が二つ。

 

 バンブーメモリー先輩とメジロドーベルさんの二人だ。耳元で囁かれて気が抜けて足の速度を思わず緩めた瞬間に一気に二人が前に出ることを許してしまった。

 

 私達をぶち抜いた二人は笑みを浮かべたまま、私の方に振り返って、まるで、煽るように話し始める。

 

 

「油断大敵っすねー、甘い甘い」

「先行を取ったから勝つわけじゃないのよ? アフちゃん」

 

 

 二人から掛けられる言葉に私は思わずムッとした表情を浮かべた。

 

 ぐうの音も出ない、確かにその通りだ。完全に油断をしていた。バンブーメモリー先輩もメジロドーベルさんもG1ウマ娘、実力は折り紙つきの曲者だ。

 

 そして、サクラバクシンオー先輩とライスシャワー先輩も先頭を取りに行った二人に対して、追いつくように脚のギアを上げはじめた。

 

 これは気を引き締めないとやばい。

 

 先頭を取られた私はそう感じた。本気の眼差し、本気の駆け合いならば、気を引き締め直さないと一気に持っていかれる。

 

 私も目の色を変える。負けるのは嫌いだ。

 

 どんなことであれ、勝負に勝ちたいと思うのはウマ娘として生まれた私の使命のようなものだ。

 

 誰が相手だろうと、どんなに尊敬している者達であろうと勝ちを譲る気持ちは微塵も持ち合わせてはいない。

 

 

「ふっ…! スゥー……! はぁっ!」

 

 

 足を一旦緩めた私は深呼吸を入れて、肺に十分な酸素を取り込むと一気に末脚を炸裂させる。

 

 皆の前には私の先行押し切りしか見せていなかったが、いい機会ですからトレーニングを積み上げてきた私が編み出した新しい走りを見せて上げましょう。

 

 後続からの私の追い込み一気駆けというやつを。

 

 姿勢をゆっくりと低くする私はそのまま、前のめりになる様な形で脚をグングンと回転させ一気に加速する。

 

 黒い旋風が吹き荒れる。

 

 まるで、地を這うような低姿勢から急加速した私はすぐに間合いをドンドンと詰めていき私は四人の姿をしっかりと目で捉えた。

 

 4人に並んだ私は一気に中を割って、最後方から駆け上がる。

 

 これが私が編み出した本気の走り、アフトクラトラス流の激走だ。

 

 小さな身体を最小限に屈める事で空気抵抗を無くし、脚の負担を減らし、さらに、スリップストリームを用いる事で空気抵抗をより効率良く最低限にまで抑える必勝走法。

 

 今の今までコンプレックスと思っていた私の小さな身体はこの走りを完成させるのに適した最高の身体だった。

 

 

「なっ…」

「…そんなっ! あそこから盛り返すなんて!」

 

 

 当然、一気に駆け上がってきた私を目の当たりにしたメジロドーベルさんやライスシャワー先輩達は度肝を抜かされたような表情を浮かべていた。

 

 四人を抜き去った私は一気に先頭に躍り出る。

 

 この勝負、貰った。

 

 気がつけば長い距離を駆けており、もう旅館までの距離もそんなに遠くはない。

 

 このまま押し切れば、私の勝ちは揺るがないだろう。少なくとも、この時はそう感じていた。

 

 まだ、レースでも見せた事が無いこの走りを使うことになったのは誤算だが、この面子相手に手加減など失礼に値する。

 

 だからこそ、私はこの走りを敢えて皆の前でまだ未完成ながらも披露したのだ。

 

 だが、その確信に至るのは早かった。

 

 そう、ただ一人、この場に居ないウマ娘が後方でその時を待っていたのである。

 

 

 その時とは、走っていた地面が土に変わるその瞬間。

 

 

 彼女は私が予想だにしていない死角から一気に加速して、すぐ横に現れた。

 

 

「気を抜くにはまだ早え、おらの本気ば見せみせでねぇべ」

 

 

 そう言って、地面がダートに入った途端、急加速で間合いを詰めてきたのは東北の英雄だった。

 

 メイセイオペラさん、その人である。

 

 海外のダートウマ娘に勝つべく、彼女もまたアンタレスに来てからというもの徹底的にダートでの走りを磨きに磨き上げて来た。

 

 全ては海外ウマ娘に勝つ為のトレーニング、その内容は私達が日頃行っているトレーニングのものと大差が無いほど過酷なものであった。

 

 チームアンタレスの中でもダートに関しては彼女の右に出る者は居ない。

 

 だからこそ、地面が変わったこの瞬間に彼女は勝負を仕掛けに来たのである。

 

 旅館までの距離はそこまで無い、慌てて私は必死になって隣に現れたメイセイオペラさんから逃れようと脚に力を入れる。

 

 だが、離れない、いや、むしろ間合いを詰めて来ているのはメイセイオペラさんの方だった。

 

 地方ダートでその名を轟かしたのは伊達ではない、地方だからといってレベルが低いわけでは無いのだ。

 

 時に、地方のレース場は怪物を作る事だってある。

 

 イナリワン、ハイセイコー、そして、芦毛の怪物オグリキャップ。

 

 彼女達の実力は地方で叩き上げられ昇華されたもの。

 

 メイセイオペラ先輩もダートを駆けるウマ娘として、英雄とまで言われている。

 

 強くないわけがなかった。そして、ダートで鍛えに鍛えられた彼女の脚は最早世界に挑戦できるほどの力強いものにまでなっている。

 

 一方、私や他の四人はメイセイオペラ先輩ほどダートの走り方には慣れていない。

 

 唯一、バンブーメモリー先輩くらいがダートの走行経験がそれなりにあるくらいだろうか、私達がそれぞれ力を出し尽くすまで、メイセイオペラ先輩は静かに待っていたのである。

 

 旅館まで残り僅か、私も力を振り絞ってメイセイオペラ先輩に追いつこうと足掻くがその差はだんだんと開いていく。

 

 旅館の前ではバスで移動し、先回りしているタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩が私達の到着を玄関先で待って居てくれていた。

 

 そして、最終的に旅館に一番乗りを果たしたウマ娘は…。

 

 

「おーっ! メイセイオペラが1着かぁ!」

「はぁ…はぁ…、ちょっとぎま耐えた甲斐があっだよ! まさか、おらが1着取れるたぁどでんしたわぁ」

 

 

 そう言って、メイセイオペラ先輩は晴れやかな笑みを浮かべて息を切らしながらナカヤマフェスタ先輩に告げる。

 

 とはいえ、メイセイオペラ先輩もこのメンバー相手に最後にダート路になったとはいえ、一杯だったようだ。

 

 最後の最後にメイセイオペラ先輩に差された私は思わず表情を険しくして、息を切らしながら歯を噛み締める。

 

 ただ単純に悔しかった。もうちょっとで勝てるところまでレースを運んでいけてたはずなのに。

 

 これが本番なら、これは目も当てられないだろう。

 

 トレーニングはたくさん積み上げてきたと思っていたのに、自分に何が足りなかったのか、それだけが自分の中で引っかかっていた。

 

 私はレースで負ける訳にはいかないのに、こんな風にメイセイオペラ先輩に最後に差されていたんじゃ次のG1レース、朝日杯FSも危うい。

 

 だが、そんな私の表情を見ていたタキオン先輩は飄々とした物腰で何事もなかったかのように肩をポンと叩いてくるとこう告げてくる。

 

 

「さ、丁度みんな良い汗を流したところだし温泉に入るとしよう、せっかくの旅行なんだしな」

 

 

 そう言って、優しく笑みを浮かべるタキオン先輩。

 

 息を切らしている私の側に同じように汗を流しながら肩で息をしているメジロドーベルさんが近寄ってくる。

 

 そして、汗を拭いながらメジロドーベルさんは満面の笑みを浮かべて私の手を掴むと旅館に足を踏み入れながらこう告げてきた

 

 

「さ、アフちゃん、つまんない事考えないで温泉行きましょう温泉!」

「?! ちょっとっ!? ドーベルさん!」

 

 

 メジロドーベルさんに手を引かれ先導されるようにして旅館に足を踏み入れる私の後を微笑ましく見守りながら後に続くアンタレスの皆さん。

 

 つまらない事とは失敬な! 負ければ悔しいのは当たり前ですっ!

 

 G1レースを控える私としては、例え旅館までの競争とはいえ見過ごせぬ敗北経験となりましたし、これでは姉弟子と義理母に合わす顔がありません。

 

 そう、ですから私としてはこの敗北を糧に更なる邁進をしてトレーニングを積まねばと思うに至りましてね。

 

 こんな風に温泉に浸かる暇があれば、坂路トレーニングをしなくてはと思う次第でして。

 

 

「はーい、アフちゃん背中流すわよー」

「あっ…! ちょっと…そこはっ…!…んっ…」

 

 

 という風な私の心情とは裏腹に、メジロドーベルさんから温泉に引きずり込まれた私は抵抗する間も無くこうして背中を流して頂いている真っ最中です。

 

 メジロドーベルさんが洗ってくれる手が何故だかいやらしいのは気のせいですかね? いや、気のせいな訳がない。

 

 確信犯ですね、間違いない、私の勘がそう言っています。

 

 そして、真面目に今の今まで私が話していた事はなんだったのか。

 

 せっかく、私が修羅ウーマンになり掛けていたというのに雰囲気ぶち壊しも良いところですよ本当に。

 

 

 しかし、お風呂好きの私は温泉という誘惑には勝てなかったようです(即堕ち)。



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温泉休暇

 

 

 アンタレスの温泉旅行で即堕ちしてしまった私。

 

 ダークサイドどころか温泉で身も心も浄化され、マスコットサイドに引きずり戻された感が否めません。

 

 デフォルトがこれだから致し方ないですよね、先週までシリアスキャラ的な感じだったのにどうしてこうなった。

 

 そう、全ては温泉の仕業なんです。

 

 

「立直!」

「あー! マジかよー! お前また立直かっ!」

 

 

 そんなわけで、私が皆さんと麻雀をやっているのも温泉の仕業なんですね、はい。

 

 なんか深刻な話してるより、明るい方が私らしいですからね、皆さんもこちらの方がお好きでしょう? ええ、私も明るい方が大好きです。

 

 魔王とか呼ばれてる私は多分、ヒール的な立ち位置ですしね!

 

 やったね! ライス先輩! 仲間がふえるよ!

 

 ちなみに増えたヒール仲間というのが私という、なんとも言えない感じ、あだ名が魔王ですからね致し方ないですね。

 

 卓を囲んで麻雀するウマ娘にロクな奴は居ませんよ、私は言うほど強くないですけども。

 

 

「アフ、それロン」

「ほああああああ!?」

「対々和だ。んー…ハネ満だな」

 

 

 そう言って、私の捨て牌を拾ってくるナカヤマフェスタ先輩。

 

 何ということだ。さっきから狙い撃ちされてばかりではないですか!

 

 そして、点棒が尽きた私は呆然と卓を見つめる。なんでこの人達麻雀も強いんですかね、私も自信あったのに、これではカモではないですか。

 

 点棒が無くなり、これで旅館での麻雀も終了ですか、早かったですね…。

 

 とでも言うと思ったかぁ! 甘いわぁ!

 

 

「ちくしょー! 点棒の代わりにコイツ賭けたるわー!」

「んなっ!? お前! それブラジャーじゃねぇかっ!」

「ぶっ…!」

 

 

 己の胸に手を突っ込み、付けていたブラジャーをバンッと卓に叩きつける私に突っ込むナカヤマフェスタ先輩。

 

 メジロドーベルさんは私の凶行に鼻血を吹き出して歓喜してました。

 

 ブラジャーを外した私の胸はたゆんと元気よく弾みます。

 

 そして、メジロドーベルさんの目の色が変わりました。なんか怖い。

 

 

「…うふふふ、これはもしや、勝ち続ければアフちゃんを…うへへ」

「いや本当に怖いんですけど」

 

 

 手をワキワキさせながら、詰め寄ってくるメジロドーベルさんに私はドン引きしながら顔をひきつらせる。

 

 この展開はナリタブライアン先輩達とよくある事なんですけど、ここまで迫られる事はなかったのでどんな顔をして良いかわかりません。

 

 ほぼ全裸でナリタブライアン先輩とは添い寝はした事はあるんですけどね、何というか、それでもほにゃららみたいなことにはなってはいませんし、胸とかは寝てる間に揉んだり揉まれたりはしましたけども。

 

 メジロドーベルさんはほら、目がマジなのでコイツはやべーぜと、私の頭の中の警報が鳴っております。

 

 私の身体をどうするつもりかはわかりませんが、非常に危ない匂いがプンプンしてやがるぜ。

 

 

「さぁ! やるわよ…っ! さぁ!」

「あっはい」

 

 

 何か背筋がざわ…ざわ…してるのは多分気のせいですかね?

 

 仕方なく立直棒の代わりにブラジャーを卓に叩きつけた私はストンっと着席しました。

 

 要は負けなければ良い話なんですよ、レースもそうですしね、ウマ娘ならこんな勝負事には強くなくてはいけません。

 

 しかし残念ながら、私は比較的こういった勝負事にはからっきし弱いようでして、残念ながら勝てないんですよねー、なんでや。

 

 これは私の今履いているパンツが飛んでいくのに何巡くらいですかねー(他人事)。

 

 私は先輩達と卓を囲みながらそんな事を冷静に考えるのでした。

 

 

 それから、しばらくして。

 

 アンタレスの身内での麻雀が終了し、私の身柄はある先輩に身請けされる事になりました。

 

 あ、ちなみに賭けた私のパンツやブラジャーは目の色変えたメジロドーベルさんが全部持っていってしまいました。

 

 あの怒涛の上がりには鬼気迫るものがありましたね、まあ、温泉ですし私は浴衣なので、そこまでは問題なかったんじゃないかと思います。

 

 ただし、失ったパンツとブラジャーはもう私の元には戻って来ないんじゃないでしょうかね、そんな気はしていました。

 

 さて、あとが無くなった私はもちろんいつも通り自分の身を立直棒に見立てるという暴挙に出たわけなのですが、案の定、轟沈。

 

 幸運というべきなのかどうかはわかりませんが、最終的にライスシャワー先輩にロンを直撃させられました。

 

 という事で、今晩、私はライスシャワー先輩に回収されるという事になったわけですね。

 

 メジロドーベルさんが絶望で打ちひしがれているようでしたが、どうでもいいんで明日には私の下着を返して欲しいなと思います(切実)。

 

 なんで毎回こうなっちゃうんでしょうね。

 

 浴衣の下はほぼ全裸、確かに浴衣の下には下着は付けないとは聞きますがこれはこれで落ち着きませんよね。

 

 

「アフ…お前、なんてもんをぶら下げてんだ」

「私だって嫌ですよ、これ邪魔ですし」

 

 

 そう言って、胸をジト目で見つめてくるナカヤマフェスタ先輩に顔をひきつらせながらそう応える私。

 

 私の胸は下着付けてないと凶暴化するので本当にタチが悪いです。好きでこんなにおっきくなったんじゃないんですけどね。

 

 とはいえ、ライスシャワー先輩と添い寝をするのはかなり久々かもしれませんね。

 

 今の今までナリタブライアン先輩達の部屋で寝泊まりすることが多かったですし、こうして先輩達と絆を深め合う機会も最近はなかなかなかったですから新鮮でした。

 

 ライスシャワー先輩はクスッと笑みを浮かべながら私にこう話をしはじめる。

 

 

「寝相が悪くて服がはだけない様に注意しとかなきゃね、アフちゃん」

「うぐ…、わ、わかってますよ」

 

 

 寝相が悪くて裸を晒すなんて事になれば嫁には間違いなく行けなくなるでしょうけどね。

 

 そもそも私自身が嫁入りする気が皆無なのでどうでもいい事なんですけども、ライスシャワー先輩には迷惑を掛けたくないですし、そこはしっかりしとかねばいけませんね。

 

 すでに浴衣の下が裸の時点でしっかりなんてしてませんけど(白目)。

 

 そして、メジロドーベルさんの目つきがものすごく肉食系感があるのが気になりますね、これが噂に聞く野獣の眼光というやつでしょうか。

 

 ちなみにメジロ家の人達って肉あげたら食べそうな人達ばかりなんですよね、肉食のウマ娘って聞いたことないですけどね。

 

 あのオグリ先輩ですらベジタリアンなのに不思議だなぁ(遠い眼差し)。

 

 しばらくすると、バンブーメモリー先輩が何やら小さなラケットの様なものをこちらにやってきた。

 

 温泉、小さなラケットと来れば察しのいい方はすでに分かっているかもしれませんね。

 

 

「おーい! これこれー! 卓球のラケット借りてきたっすよー!」

「おっ! 卓球かぁ!」

「…ほほう」

 

 

 そう、バンブーメモリー先輩がなんと卓球の道具を借りてきてくれたのである。

 

 温泉といえば卓球、そして、風呂上がりの一杯、これが定番ですからね、卓球をやらないで温泉は語れないと、かの有名なニーチェも言っていました(大嘘)。

 

 ピンポン玉の魔術師というあだ名を自称している私としては卓球ならば負ける気はしませんしね。

 

 フッ…軽く揉んでやりますか。

 

 いや、自分の胸の事ではないです。

 

 

「面白いですね、受けて立ちましょう」

「さっき麻雀で焼き鳥になったお前が言うと負けフラグにしか聞こえないんだが」

 

 

 ドヤ顔でバンブーメモリー先輩に言い放つ私に容赦ない一言を投げかけるナカヤマフェスタ先輩。

 

 そこは敢えてスルーして欲しかったんですけどね、悲しいなぁ。

 

 けれど、私もそんな気はしてましたのでこれには何にも言えませんね。むしろ、なんでドヤ顔してんだお前と言われるレベルですしね。

 

 マスコット臭とチョロさが滲み出ていますね、シリアスな私はどこ行ってしまったんでしょうかね。

 

 という事で卓球対決、私はピンポン玉を高く上げて華麗なサーブを決め…。

 

 

「そいっ!」

「うわっ! ちょっと! そこ狙いは卑怯ですよっ!」

 

 

 見事にナカヤマフェスタ先輩に胸元にリターンを返されてしまいました。

 

 私の胸元を狙うなどなんて卑怯なっ! これではピンポン玉が挟まって見えないではないですかっ!

 

 私はたゆんと弾む胸元に手を突っ込み、挟まったピンポン玉を取り出します。

 

 下着があればこんな事にはならないというのに…。

 

 ん? 待てよ、私このままだとポロりしてしまうんじゃないでしょうか?

 

 カメラを構えているメジロドーベルさんを横目に私は思わず危惧してしまいます。それは卓球ですからね、今さっきのでもだいぶ危なかった様な気がします。

 

 親方! 胸元にピンポン玉が!

 

 流石にこのままはしたない姿を皆の前に晒すわけにはいきません、私は胸元を隠すように浴衣を着なおし、コホンと咳払いをするとこう告げ始めた。

 

 

「ふっ…命拾いしましたね。私がブラジャーを着けていればコールド勝ちは余裕だったものを」

「そもそもなんでノーブラのままで卓球しようと思ったんだお前は」

 

 

 ナカヤマフェスタ先輩の的確なツッコミ。

 

 確かにその通りなんですよね、なんで下着着けてない浴衣で卓球をそもそもしようと思ったんでしょうね私は。

 

 ナリタブライアン先輩の悪いとこが感染ってしまったのかもしれない、あの人も見られる事に関して全く無関心ですからね。

 

 ヒシアマ姉さんも同じくですけど、あの人達同様、私にはどうやら女子力というものが欠如しているようです。

 

 

「さてと、ならライスシャワーやるかい?」

「えっ? 私? 卓球そんなに強くないんだけどなぁ…」

 

 

 そう言いながら、私から卓球のラケットを受け取りつつ苦笑いを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 ナカヤマフェスタ先輩とライスシャワー先輩の卓球対決かぁ、私がクソザコだったのでこれは楽しみですね。

 

 とはいえ、ライスシャワー先輩は普段は大人しくて大天使ですから、卓球の腕もそこそこ強いくらいでしょうし、いい具合に観てて楽しい試合が期待できるんじゃないでしょうかね。

 

 私はそんな事を考えながら、ラケットを構えるライスシャワー先輩をほっこりとした表情で見つめていました。

 

 しかし、私が思っていた以上に予想外の方向に事が進んでしまいます。

 

 サーブの構えを取るライスシャワー先輩はにこやかな笑みを浮かべピンポン玉を宙に浮かします。

 

 

「いくよー!」

「おー! いいぞいつでもこい!」

 

 

 そう言いながら、ナカヤマフェスタ先輩もラケットをすかさず構え、ライスシャワー先輩に合図を送る。

 

 

 しかしながら、次の瞬間。

 

 

 風が吹いたかと思うと、ライスシャワー先輩が放ったピンポン玉は切り裂くかのようにテーブルをバウンドし、ラケットを構えているナカヤマフェスタ先輩の頬を信じられない速さで掠めていきました。

 

 これには、ナカヤマフェスタ先輩も目を疑っていました。

 

 観戦していた私やタキオン先輩達も目をまん丸くするしかありません。

 

 

「あー…力入れすぎちゃったかもゴメンね」

「あっ、そ、そういう時もあるから、う、うん」

 

 

 あまりの出来事に声が裏返ったまま告げるナカヤマフェスタ先輩。

 

 ライスシャワー先輩はにこやかに笑みを浮かべたまま手慣れた様子でラケットをクルクルと回しながら申し訳なさそうに謝っていた。

 

 そんな様子を眺めていたタキオン先輩は冷静な口調で冷や汗を流しながらこう呟く。

 

 

「…やばい、あいつガチ勢だぞ」

「ですね、あれはガチですね」

 

 

 タキオン先輩の言葉に同調するように頷く私。

 

 ガチ以外でもなんでもない、本気も本気のサーブだった。サーブ打つ時にあの人、眼光が光りましたからね。

 

 ナカヤマフェスタ先輩も仰天してましたからね、私も同じ立場なら目が点になってますよ。

 

 あんなのが私の胸元に飛んできたら抉れちゃうだろうなぁ(こなみ)。

 

 鍛えられた筋肉が爆発するとこうなっちゃうわけですね、ここに姉弟子が居たらラケット壊しちゃうんだろうなとか考えてしまいました。

 

 それからライスシャワー先輩の独壇場。

 

 ナカヤマフェスタ先輩は言わずもがな秒殺。

 

 その後に続いてサクラバクシンオー先輩も果敢に挑んでいましたが、ライスシャワー先輩にコテンパンにやられてしまいました。

 

 

 こんな感じで、おかげ様で私はチームアンタレスの方々と楽しい温泉旅行を満喫する事ができた。

 

 最近は気負ってばかりでしたけど、周りを見渡せば私のことを考えてくれてる方々ばかりだったという事に改めて気づかされた。

 

 温泉旅行からの帰りのバスの中、メジロドーベルさんは外の景色を見つめている私に笑みを浮かべてこう問いかけて来る。

 

 

「どうだった? 温泉旅行」

 

 

 その言葉に私はニコリと笑みを浮かべ、迷わずこう答えた。

 

 

「非常に楽しい休暇になりました」

 

 

 この数日、今まで気づかなかった事にも気づかされた貴重な休暇になったと思う。

 

 私の秋の戦いはこれから、新しいトレーニングトレーナーを迎え、心機一転してレースに臨む事ができる。

 

 姉弟子と義理母の悲願を胸に私は初のG1勝利に向けて、バスの中で気持ちを切り替えるのだった。



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動画デビュー

 

 

 休暇も開けて、私もG1朝日杯に向けてようやく動き始めた。

 

 トレーニングトレーナーのオカさんからのアドバイスを受けながら、アンタレス式のトレーニングを行います。

 

 坂路につぐ坂路、そして、筋力増強トレーニング、これは、義理母と姉弟子がいた時からずっと変えずに行っている事だ。

 

 坂路を走り切った私は息を切らしながら足の調子を確認する。

 

 問題はない、休暇を挟んだので不安なところはあったが、むしろ、脚が少し軽くなったようにすら感じる。

 

 

「はぁ……はぁ……、ふぅ…」

「脚は問題ないようだな」

 

 

 すると、そんな私にオカさんが優しく笑みを浮かべたまま、肩にポンと手を置いて告げてきた。

 

 やはり、この人は流石だなと思う、私の些細な動きだけで調子を見極める眼力はトレーニングトレーナーをしている中でも随一だと言わざる得ない。

 

 流石はシンボリルドルフ会長のトレーニングトレーナーを務めている事だけはある。

 

 

「えぇ、上々ですね」

「あぁ、前回よりも足の切れ味が上がってきてるな良い傾向だ、あと走り方だが…」

 

 

 そう言って、オカさんは私に具体的な走りをレクチャーし始めた。

 

 第三者からの視点で、なおかつ、ベテランのトレーニングトレーナーとしての分析から何が走りのロスに繋がっているのかを私にわかりやすく明確にオカさんは教えてくれる。

 

 修正する箇所や走りの乱れがどの地点で見られるのかを的確に指摘してくれるので本当にやりやすい。

 

 私が今回出走する朝日杯、そのレベルは言わずもがな高い。

 

 有力候補はエイシンチャンプことシンチャン、チームリギルの期待の新星、ネオユニヴァースことネオちゃん。

 

 そして、私、アフトクラトラスの3人が優勝候補に名を連ねている。

 

 うーんこの、私が優勝候補に挙げられるのは嬉しいのですが、反面、ノーマークの方がやりやすかったんですけどね。

 

 トレーニングを終えて、お昼になったので、私はズルズルと中華そばを啜りながらそんな事を考えていました。

 

 目の前ではオグリ先輩が黙々とご飯を口に運んでいます。いつもながらよく食べるなと感心するばかりです。

 

 それを見て癒されるのもまた一興、オグリ先輩は可愛いなぁ。

 

 とそんな風に昼休みを私が満喫している最中の事だった。

 

 

「よぉ、アフアフ、ちょいと時間あるかい?」

「ないです」

「そうかそうかー! ゴルシちゃん大好き! 愛してるから沢山時間あるよだなんて可愛い奴だなー! よかったよかった!」

「一言も言ってないんだよなぁ…」

 

 

 そう言って、サムズアップしながら私の肩を叩いて満面の笑みを浮かべたゴルシちゃんが背後に現れた!

 

 そして、私の話を全く聞いていない、そう言ったかと思うと私はゴルシちゃんに制服をズルズル引きずられながら食堂から拉致されてしまった。

 

 耳に何か詰まってるんですかね? これがいわゆる馬耳東風というやつですか、これはひどい。

 

 ゴルシちゃんから引き摺られた私はそのまま何故かラジオの放送スタジオのような場所にまで連れてこられる。

 

 

「いやー、私さ! ちょっと動画配信やりはじめたんだけどな! 丁度、ゲストに困ってたんだよ! 助かるわー!」

「…はい?」

「はいはい、良いから座って座って」

 

 

 そう言って、わけのわからないまま、私はゴルシちゃんから肩を掴まれて無理矢理椅子に座らされる。

 

 ゲスト? 動画配信? 何を言っているのかこの娘は。

 

 しかし、私の疑問は知らぬとばかりに満面の笑みの頭がぶっ飛んでいるゴルシちゃんはこう告げてきた。

 

 

「というわけで、アフ公、お前人気あるからゲスト出演してくれ」

「何を言っているのか、まるでわけがわからんぞ!」

 

 

 肩をポンと叩いてくるゴルシちゃんに青筋を立て声を上げる私。

 

 食堂からいきなり拉致られて動画配信するからゲストになれといきなり言われたらそりゃそうなりますとも。

 

 何故、私をゲストに選んだのか…、そして、人気があるとは一体どういう事なんでしょうかね?

 

 魔王とかポンコツとかマスコットとかアホの子とか、胸に栄養が偏ってるとか普段から散々な言われようの私が人気があるとかどうしてそうなるのか。

 

 おかしいですね、私はライスシャワー先輩同様、ヒールな扱いな筈なんですけどね?

 

 さて、そんな話はさておき、ゴルシちゃんから無理矢理椅子に座らされた私はこうしてラジオに出演する事となりました。

 

 オンエアじゃねーよ、私は帰るぞ! お前!

 

 あっ! いつのまにか椅子に身体がロープで固定されてる!

 

 そんなこんなで、まるで流れるようにゴルシちゃんの動画配信が始まってしまった。

 

 

「さて、みんなーはろはろー! ゴルシちゃんだよー! 今日はーなんとゲストを呼んできたのだー! パチパチー!」

「呼んだんじゃなくて拉致なんですけども」

「まあまあ、細かい事は気にしなさんなー、みんな誰だと思う?」

 

 

 そう言ってゴルシちゃんは怪しげな笑みを浮かべて動画を見ている視聴者達に問いかける。

 

 ちなみにこれはリアルタイムで配信されているようだ。なんで今日に限ってリアルタイムで配信してんですかねこの人。

 

 尚、動画にはいろんなコメントが流れている模様、その様子はこちらからも確認ができる。

 

 察しのいい人は「なんだかそこはかとないポンコツ臭がする」とか「チョロそう」とかコメントしていた。

 

 好き勝手言いよってからに、しかし、否定はできないですよねぇ、自覚はあるので(悲しみ)。

 

 そして、ゴルシちゃんは今回の動画配信に呼んだゲストである私の名前を挙げる。

 

 

「そう! アフトクラトラスでーす! はーいパチパチー」

「紹介が棒読みやないかいっ!」

「まぁ、細かい事は気にしなさんな」

 

 

 そう言って、雑なゲスト紹介をするゴルシちゃん、動画配信に巻き込まれた私の身にもなって欲しいものだ。

 

 ただでさえ、ウイニングライブでも目立つのは嫌だというのに!

 

 と言いつつも私のセンター率がかなり高いんですけども本当に何故だろう。

 

 そして、コメント覧だが、私の名前が出た途端にお祭り騒ぎだった。

 

 特に頻繁に見かけたのが『やっぱりヤベー奴だった』というコメントが目立ってました。

 

 いや、ヤベー奴ってなんだよ、私の事か? いやいやー、ゴルシちゃんの事ですよねー?

 

 他には『アフちゃん可愛い』だとか、『我らがマスコット』とか『癖ウマ界の女王』など好き勝手に書かれていましたね。

 

 言われ慣れてるんで、というか自覚はあるんで今更なんですけど、私よりやばい奴はアンタレスにゴロゴロ居るんだよなぁ…(悲しみ)。

 

 目の前にいるゴルシちゃんもヤバイと言ったら別の意味でヤバイんですけどね、ぶっ飛んでる的な意味で。

 

 

「それじゃ気を取り直して! アフに対する質問コーナー行ってみようか! 今回はコメントから出すぞよ!」

「…はぁ、質問コーナーですか…」

「よし! これにするか!」

 

 

 そう言って、ゴルシちゃんはコメント覧から視聴者が抱く私に対する質問について、適当に選ぶ。

 

 そして、コメントをじっくり読んだのち、口に出しながら私に聞こえるように読み上げはじめた。

 

 

「なになに? アフちゃんの胸の感度は良いのでしょうか? 私、気になります! by黒ワンコ、だそうだ」

「ん? それちょっと気になる名前ですね」

「まあまあ、それでどうなのさー?」

「どうって言われましても」

 

 

 そう言って問い詰めてくるゴルシちゃんに私は顔をひきつらせる。

 

 どう答えろというのだ一体、胸の感度なんて今の今まで気にした事なんて微塵もなかったわ!

 

 それが知りたいというその人も凄い人だなと私は思う、なんか、ネームが気になりますけども。

 

 仕方ないので私は今までの経験を踏まえて無難に答えることにした。

 

 

「良いんじゃないですかね? 多分、よく仲間内じゃ私は弄られてますし」

「ほほぅ」

「その中には貴女も入ってるんですけどね…」

 

 

 興味深そうに声を上げるゴルシちゃんに対し、顔をひきつらせながら青筋を立て笑みを浮かべる私。

 

 何感心しとんねん、ほんまにお前もやぞ。

 

 コメント覧はこの私の話した事実に大盛り上がりであった。紳士が基本多いからね、致し方ないね。

 

 私のそんな表情を見たゴルシちゃんは面白がるようにニヤニヤとなんだか腹立つ笑みを浮かべたまま次の質問へと移り始める。

 

 

「では第2問、なんで貴女は小さいのにそんなにヤンチャで武闘派なんですか? 気品が無いと思います byエンペラーさん」

「さっきからこれぜったい身内ですよね? ハンドルネームバレバレなんですけど?」

 

 

 最早隠す気が無いのか、身内感半端ない質問が飛び交っている事に私は苦笑いを浮かべるしか無い。

 

 というか直接聞きに来たらええやん、なんで質問コーナーにぶち込んできたし! 普段の腹いせかなんかですかね!

 

 まあ、しかしながら、確信を得てるわけではありませんしね、憶測で物事を判断するのは良くありませんから。

 

 私はコホンと咳払いをするとその質問に答え始める。

 

 

「えー…それは若さゆえの過ちといいますか、私も未熟でしたゆえ、ヤンチャもしましたよ、盗んだバイクで走り出すくらいのテンションでしたので」

「なるほどなー、それはなんとなくわかるなー」

「ですが、私はあくまでもテンションだけですからね、えぇ今となっては仏のアフちゃんですから」

「いや、魔王って呼ばれてんぞお前」

 

 

 そう言って、自信満々に質問に答えていた私に対して鋭い突っ込みを入れてくるゴルシちゃん。

 

 余計なことを言いよってからに、私のイメージが台無しじゃないですか、何という事を言うのですか貴女。

 

 私は仏のアフちゃんなんです、ん? でも仏のアフちゃんって私、故人になってませんかね? アレ?

 

 まあ、いっか、とりあえずそんなところです。魔王なんて誰が付けたんでしょうね全くもう。

 

 さて、2問目の質問を終えたゴルシちゃんは私に対して次の質問を話しはじめた。

 

 

「第3問、アフはなんでそんなに抱き心地が良いんですか? 柔らかくて気持ちが良いです byナリブ海の海賊」

「…何やってんですか先輩」

 

 

 そう言って、私は最早冷静な口調でそう突っ込むしか無かった、ハンドルネームが分かり易過ぎて本当に困るんですけど。

 

 抱き心地良いとか知ってるのはそれこそ身内だけですからね、ナリブ海ってそれは無理がありますよ。

 

 誰かは予想できますけどね、誰とは言いませんけど。

 

 私はコホンと咳払いをすると深いため息を吐きその質問に対してこう話をしはじめた。

 

 

「身体がちっこいからですかね…、柔らかいのはもうお察しの通りですよ、毎回、鷲掴みしてるんだからわかるでしょ」

「おー…なるほどなぁ、それが原因かやっぱり」

「えぇ、ですからゴルシちゃんも抱き心地良いんじゃないですか?」

「ん? 私か? どうだろうなぁ」

「どうでしょうねぇ?」

 

 

 そう言って、意味深な発言をしながらニコニコと笑みを浮かべ見つめ合う私とゴルシちゃん。

 

 真実は闇の中ですね、私が柔らかいのは弾力性のある筋肉があるからかもしれませんけどね。

 

 まあ、皆さんのテンションが上がる回答は出来たんじゃないですかね? コングラチュレーション。

 

 気を取り直して次の質問に行くとしましょうかね、時間的に次でラストになるのかな? 多分。

 

 ゴルシちゃんはコホンと一息咳き込むと、最後の質問を私に投げかけはじめる。

 

 

「第4問、アフちゃんはファンの事は好きですか? それとも嫌いですか? by米雨さん」

「…え? ファン?」

「ほうほう、ちなみに私は大好きだぞ」

 

 

 そう言って、ゴルシちゃんから投げかけられた質問に私は思わずキョトンと目を丸くしてしまう。

 

 ファンの事が好きか嫌いか、と言われれば嫌いではないが、ライスシャワー先輩の件もあって好きだとは明言し難い部分がある。

 

 どちらかといえば普通といったところだろうか? たしかに私を応援してくれる人達は大好きで良くしてあげたいとは常々思っている。

 

 しばらく悩んだのち、私はゴルシちゃんにこう答えた。

 

 

「好きですよ? えぇ、私やチームを応援してくれるファンは大好きですとも」

「ま、当然だな」

「えぇ、アフちゃん愛してるなんて言ってくれる人は本当に好きですねー、私も愛してますよー」

「こういうところで、さりげなく人気取りをしてくるところが本当マスコット感あるよなお前」

 

 

 そう言って苦笑いを浮かべるゴルシちゃん。

 

 コメント覧を見てみると「嫁に来い」だの「トレセンのポンコツマスコット」だの好き勝手な事が書かれていました。

 

 流石にアフちゃんママァというコメントが見えた時は背中に悪寒がゾクゾクと走りましたけどね、やめなさい、私はママにはなりません。

 

 乳がデカいんだからママになるんだよ! じゃないです。なりません。

 

 最後の質問がまさか、ファンの事について聞かれるとは予想外でしたけど、たまにはこういうファンとの質疑応答も面白いかもしれませんね。

 

 そうして、一通り質問が終わったところでゴルシちゃんはにこやかな笑みを浮かべながら進行を進める。

 

 

「 今回はお前に対して色んな質問が出てきたなぁ、さて! じゃあ次のコーナー行ってみよう!」

「まだ続くんですかこれっ!」

 

 

 質問コーナー終わったし、出番は終わりかなーと思っていたら、どうやら、まだゴルシちゃんの動画配信は続くようです。

 

 ゲストとは…(哲学。

 



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G1に向けて

 

 

 ゴルシちゃんの動画配信に付き合う事になった私ことアフトクラトラスですが、前回に引き続き私は彼女の余興に付き合う事に。

 

 続いてのコーナーはやはり、私に関した事でした。

 

 まあ、私がゲストなので致し方ないんですが、うーん、この扱いである。

 

 すると、直ぐにゴルシちゃんはこんな話題を私に振り始めた。

 

 

「次のコーナーだけど、アフ公、もうすぐ朝日杯じゃん?」

「まぁ、はい…、そうですね」

「それじゃそれに関する意気込みってぇ奴を聞かせてもらえるかい?」

 

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら私にそう告げてくるゴルシちゃん。

 

 朝日杯、私が初めて挑戦するG1レース。

 

 それは、いよいよ、私が姉弟子が歩んできた道を辿る事が出来るという事。

 

 名だたる強豪たちがG1という栄光を掴み取るためにシノギを削り合う、私もまた、ライバル達と激突する事になるのだ。

 

 そこには私が抱いている思いがあった。

 

 

「…私は、姉弟子ができなかった夢を引き継ぐ使命があります」

「………」

「姉弟子に代わって三冠を達成するという、目標が私にはあります。そして、欧州に渡り、三冠を取るという私の夢があります」

 

 

 今、私は多分、みんなから夢物語だろうだとか、思われていることだろう。

 

 だけど、この絵空事は小さい時から今、入院している義理母から聞かされてきた大きな夢だった。

 

 私もウマ娘と生まれたからには行けるところまで行きたい、見たことがない世界まで走っていきたい。

 

 義理母と姉弟子から受け継いだ願いを、希望を、夢を抱いて私はレースを走るつもりだ。

 

 その話を聞いたゴルシちゃんは笑みを浮かべる。

 

 

「じゃあ最後にこの話を聞いているライバル達に最後に一言」

 

 

 私の覚悟を聞いたゴルシちゃんはこれ以上、聞く事はないと悟ったのか、最後の締めに私にそう問いかける。

 

 私の世代にも名だたるライバル達がいる。

 

 私の夢を叶えるなら、願いを叶えるなら彼女達を皆倒さなければならない。

 

 逃げるつもりは毛頭ない、真っ向から勝負してねじ伏せる。それが、私が私らしく、そして憧れた人が私に示してくれた事だから。

 

 あの人達に恥じないように、私もまた強くなる。今よりずっと、そしてこれからも。

 

 ライバルは同世代のゼンノロブロイ、ネオユニヴァース、エイシンチャンプだけじゃない。

 

 下の世代、そして、海外にひしめく怪物達もまた私のライバルだ。

 

 私は今の私よりも強い奴を倒しに行く。

 

 ゴルシちゃんから問いかけられた私は迷いなく力強くこう告げた。

 

 

「私は逃げも隠れもしません、全員倒して頂きを取りに行きます。どんなに強いウマ娘だろうがねじ伏せて勝つだけです、ですから、これを見ているウマ娘はいつでも私に挑戦しにきてください」

 

 

 私は迷いなくそう告げた。

 

 私が私らしく走るために、そして、自分の逃げ道をなくすため敢えて啖呵を切ってみせた。

 

 傲慢ではない、自分の力を過信しているわけでもない、まだまだ、私は強くならなくてはいけない。

 

 姉弟子のように、努力を重ね、力でねじ伏せる。

 

 積み重ねたものは嘘はつかない、私はそれを嫌というほど教えられた。どんな相手だろうと上も下もないのだ。

 

 喧嘩に身分の上下無し、レースとはすなわち、実力がものをいう私達の戦場なのである。

 

 

「私は勝ちに行きます。それが、ナリタブライアン先輩でもシンボリルドルフ先輩だろうとどんな相手だろうと実力でねじ伏せます」

「ほほぅ、言うねぇ」

「貴女も例外じゃないですよ、ゴルシちゃん?」

 

 

 そう告げる私はにっこりと笑みを浮かべたまま、目の前に座るゴルシちゃんに向かい告げる。

 

 レースの勝者は常に一人、私は敗者になるつもりは微塵もないし、おそらく、それは他のウマ娘達もそうだろう。

 

 誰もが勝ちたいと思っている。なら、他よりも違う努力を積み重ねていくしかないのだ。

 

 血が滲む努力さえ、秀でた才能には劣る事だってある。

 

 私は天才なんかじゃない、周りを見ればもっとすごい才能の持ち主達がゴロゴロいる。世界に目を向ければ、神に愛されたような才能を持ったウマ娘達もいる。

 

 そのウマ娘達をねじ伏せるだけの実力を私は身につけたい、もっと、強くなりたい。

 

 それだけの飢えが今の私の原動力だ。

 

 

「ほうほう、私と走りたいのかい?」

「機会があればですけどね、ですが、今は目の前の事で手一杯ですよ」

 

 

 そう言って、私は苦笑いを浮かべたまま肩を竦めた。

 

 ファンの皆は私がマスコット感溢れるアホな事やポンコツな姿をたくさん見ているので、その印象が強いかもしれません。

 

 ですが、私の本質は先ほど述べたような勝利と己の力を追い求めている餓鬼なのです。

 

 だから、私のことを魔王と言っているのはもしかするとそこの本質に気がついている方々なのかもしれませんね。

 

 しかしながら、ゴルシちゃんは人がせっかく真面目な話をしているというのに、ニヤニヤしながら手をワキワキと怪しく動かしこんな話をしてきます。

 

 

「胸のところもいっぱいいっぱいみたいだしなぁ、どれ、私が軽くしてやるぞ?」

「それ貴女が揉みたいだけでしょう!?」

 

 

 私は咄嗟に胸を隠して後退る。

 

 揉んだら軽くなるなんて話は当然聞いたことがない、というか、軽くなるどころか大きくなるのではなかろうか?

 

 そんな私の心配を他所にゴルシちゃんは手をワキワキしながら間合いを詰めてくる。

 

 

「さぁ! そのデカイのを差し出すんだ!! ア〜フ〜!」

「ぎゃああああぁ〜〜〜!!」

 

 

 動画配信の画面は私の悲鳴と共にブラックアウトしてしまいました。

 

 その後の惨状につきましては…、まぁ、その…皆さまのご想像におまかせします。

 

 皆さんは得意ですよね? 私は皆さんがそういう事に関してプロだとお聞きしました(適当)。

 

 大方、想像通りかと思われます。配信されなくて良かったと思うばかりです。

 

 

 

 さて、そんな訳で、気を取り直して、私は再びトレーニングを再開しました。

 

 私の併せに付き合ってくれる先輩方には感謝しかありませんね、チームメイトというのはこういう時は本当にありがたいと思います。

 

 朝日杯に向けて、妥協は無い、必ず優勝して義理母に私がG1を勝ったという証を見せてやります。

 

 

「アフ、仕上がって来てるな、新走法は?」

「えぇ…、ぼちぼちですかね、まだ本番で使えるかどうかはわかりませんが…」

 

 

 息を切らしながら、併せを終えたナカヤマフェスタ先輩の言葉に顔をひきつらせ答える私。

 

 本当にこればかりはやってみなければわからない、私の力がどれほど通用するのかは走りの中しか証明できない。

 

 だが、やるべき事は分かっている。それは、何が何でも勝つ事だ。

 

 だから、全力で悔いなく走りきる。自分が持つ実力を出し切って蹴散らしてみせる。

 

 さて、もう一周走るとしますか、タイヤの量は二倍くらい増やした方が良いですね。

 

 

「お前さんばんえいに鞍替えするつもりか?」

「えっ!? やっぱりコンクリートの方が良かったですかね!」

「そういう事じゃないんだよなー…」

 

 

 そう言って、慌てたように目を丸くする私にツッコミを入れるナカヤマフェスタ先輩。

 

 足腰鍛えるのにはこれが良いと古事記にも書いてありますよ! おかしい、何故、可哀想な娘を見るような眼差しを私は向けられているんでしょうかね? コレガワカラナイ。

 

 こうして、私はコンクリートに重しを変えて、改めてコースを走る事にしました。よーし、このまま坂路も走るぞー!

 

 そして、コンクリートの重しを付けて私が走っていると横を通り過ぎる一つの影が…。

 

 おや、あの最速の機能美はもしかして。

 

 

「あ、サイレンススズカさんだ」

 

 

 そう、それは私と同じように芝のコースでトレーニングをしているサイレンススズカさんだった。

 

 同じとは言っても、コンクリート引きずって走ってるのは私くらいですけどね、普通のウマ娘は、まず、しないでしょうから。

 

 サイレンススズカさんといえば、異次元の逃走者という逃げの戦法を得意とするかなりの実力者。

 

 その実力は、グラスワンダー先輩やエルコンドルパサー先輩よりもあるとも言われている。

 

 中距離のレースでは無類の強さを誇るとんでもなく強いウマ娘である。私が前にお世話になったチームスピカ所属のウマ娘だ。

 

 さて、そんなサイレンススズカさんが横を通過していったわけなんですけど、当然ながら、私の姿が視界に入るわけです。

 

 コンクリートの重しを引きずって、隣のコースを走る私を二度見するサイレンススズカさん。

 

 私は笑みを浮かべて、そんなスズカさんにフリフリと手を振ってあげます。

 

 スズカさんは信じられないような表情を浮かべると、一周コースを回った後に私の元へやって来ました。

 

 

「ちょっとっ!? アフちゃんっ!」

「あっ…! もう一周走って来られたんですか、早いですね」

「いや、そうじゃなくて…! それは…」

 

 

 そう言って、私の後ろに括り付けられたコンクリートを指差して問いかけてくるサイレンススズカさん。

 

 私は指摘してくるスズカさんが指差している方に振り返り、引きずっているコンクリートを目視で確認すると、改めてスズカさんの方に振り返って首を傾げる。

 

 

「コンクリートですが」

「いや、コンクリートって…あのね…?」

「凄いですよ、このコンクリート、物凄く重いんですよ!」

「でしょうね…、いや、そうじゃなくて…、普通はコンクリートをコースで引いたりしないんじゃないかな…」

 

 

 目をキラキラさせて答える私に困惑した様子でそう告げるサイレンススズカさん。

 

 私はそんなスズカさんの言葉にキョトンとしたまま、後ろに括り付けたコンクリートを暫しの間、見つめる。

 

 タイヤよりも重いですし、足腰にも相当負荷がかかって良い感じに足の筋肉が悲鳴をあげてるのにそんなわけがないでしょう。

 

 私は笑みを浮かべたまま、サイレンススズカに向き直るとこう話をし始めた。

 

 

「またまたぁ〜、そんな事はないでしょう! だってコンクリートですよ!」

「うん、何がだってなのか、わたしにはよく分からないかな」

 

 

 サイレンススズカさんはそう言うと私の肩をポンと叩いてくる。

 

 その眼差しは、とりあえずそのコンクリートは外しておきなさいと訴えかけてくるような眼差しでした。

 

 コンクリートを外すなんてとんでもない、こんなに良い感じに引けているというのに!

 

 坂路もこれを使えば、足がきっとすんごい事になることは間違いないです。それを外すなんて、私にはちょっと理解しかねます。

 

 続いて、スズカさんは優しい眼差しで私を見つめた後、真剣な表情でこう話をしはじめた。

 

 

「コンクリートはダメです」

「ダメですか…」

「ダメです。併せには付き合ってあげますからやめましょう、皆さん見たらドン引きしますから、それ」

「よしんば、私がコンクリートの量を減らしたとしても…?」

「ダメです」

 

 

 そう言って、コンクリートを推す私に念を押してくるサイレンススズカさん。

 

 おかしい、こんな事は許されない。

 

 まさか、コンクリート禁止令が出るなんて、とはいえ、トレセン学園でコンクリートを引いてトレーニングするウマ娘って多分、前代未聞だとは思いますけどね。

 

 そして、私の手足には今なお、めちゃめちゃ重たいバンドとかを付けています。

 

 外して地面に投げると陥没すると言っていたアレです。そんなものを普段から身につけている身とすれば平気だと思うんですけど、サイレンススズカさんがそこまで言うのであればやめるのが得策かもしれませんね。

 

 

 その後、致し方なくコンクリートの重しを外した私は、併せでサイレンススズカさんと走る事になりました。

 

 逃げの戦法は姉弟子が使っていたので、なんだか懐かしかったですね。

 

 姉弟子が今どこで何をしているのかはわかりませんが、少なくとも朝日杯では吉報が届けれるように最善を尽くしたいと思っています。

 

 ほら、そう考えるとやっぱりコンクリートですよねやっぱり。

 

 そんな事を考えながら、私はオカさんから新走法の改善のアドバイスを聴き、サイレンススズカさんの協力のもと、その走り方について試行錯誤を繰り返す事にするのでした。

 

 

 皆さんも道端でコンクリートを引きずりながら歩く際には気をつけましょうね。私みたいに止められるかもしれませんので。

 

 



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朝日杯前日

 

 朝日杯を2日後に控え。

 

 私は現在、ナリタブライアン先輩のベッドの上で目を覚ました。

 

 相変わらずガッチリホールドが掛かってますね、主に私の胸のあたりにチョークスリーパーかな?

 

 そんな中、ナリタブライアン先輩も目を覚ました様子で私の耳元に彼女の吐息がかかる。

 

 ひゃあ、ゾクゾクするんじゃあ〜。

 

 そして、そんなナリタブライアン先輩から一言。

 

 

「なぁ、アフ…」

「なんですか?」

「ニャンニャンしよう」

「しません、なんですかニャンニャンって」

 

 

 そう告げた私はズビシッと背後から囁いてくるナリタブライアン先輩の頭に軽く裏拳でチョップを入れる。

 

 ニャンニャンとは一体、教えてウィ◯ぺディ◯先生。

 

 ニャンニャンとは、昭和くらいに流行ったアイドルグループ…ではないです。

 

 意味深でしょうね、話の流れからして、さて、意味深とは、私は知りませんね(すっとぼけ)。

 

 最近、私に対するセクハラが凄く過激になってきている気がします。

 

 この間は動画配信中にゴルシちゃんに襲われますし、犯人はわかりませんが何故か、私の下着が減っていたりしますし、ナリタブライアン先輩からはナチュラルに胸触られますからね。

 

 これは由々しき事態である。誠に遺憾である、ぷんぷん。

 

 最近、巷では私のことをマスコットだとかアホの娘だとか、癖強ウマ娘とか散々な言われようですからね。

 

 小さくて可愛いと言われるのにも最近慣れてきました。あと、だいたい、おっぱい言われるのも慣れました。こいつはやべーぜ。

 

 

「ニャンニャンってなんだろうな、私もよくわからん」

「私もわかりませんけども? 何故言ったんですかね? ニャンニャン」

 

 

 適当な事を言うナリタブライアン先輩にそう告げる私。

 

 ニャンニャンという言葉の語源は遥か昔、メソポタミアの地から始まる(大嘘)。

 

 まあ、詰まる話が、安西先生、セクハラしたいです、という事でしょう。

 

 私なりの解釈ですけれども、多分、大体あってると思います。

 

 おっぱ◯ばっかり掴みよってからに!

 

 それからしばらくして、ムクリとナリタブライアン先輩のベッドから起き上がった私はいよいよ、近づいてくる朝日杯に向けて、コンディションを整えるトレーニングを行うことにしました。

 

 朝日杯まで時間はありませんからね、やるべきことは全てやっておかねばなりません。

 

 

「アフ〜まだ〜」

「アホ言ってないで起きますよ、さぁ! ハリー! ハリー!」

 

 

 嫌々と起きるのを嫌がるナリタブライアン先輩のお尻を叩いて無理矢理起こす私。

 

 私の胸をつかんだ罪は重いのです。いっつも引っ掴まれてますけどね。

 

 そう、今日はナリタブライアン先輩とレース前の併せをする予定なのです。

 

 駄々こねるブライアン先輩には困ったものですね、もう。

 

 しばらくしてブライアン先輩が渋々起きてきたのを見計らい、私は準備運動をしてコースに出ます。

 

 今日は新走法を完全に完成させねばなりませんからね。

 

 朝早くから準備運動をして、しっかりと身体に負担が掛からないようにしておかねば。

 

 私はペタンとお尻を地面に付けると股割りをしっかりと行い、身体をぐいっと伸ばします。

 

 この柔軟性も姉弟子と義理母との日々のトレーニングの積み重ねで身に付けたものですけどね。

 

 

「お前は色々と柔らかいなぁアフ」

「どこ見て言ってます?」

 

 

 地面に押し付けて潰れる胸をまじまじと見ながら感想を述べるナリタブライアン先輩にツッコミを入れる私。

 

 全く解せない、おっぱいより見るところあるでしょうが。

 

 私のジト目に目を逸らしながらすっとぼけるナリタブライアン先輩。

 

 尻と胸が柔らかいですって? やかましいわ!

 

 さて、気を取り直して、ここからは真面目に行きましょう。いや、普段から真面目にやってますけどね私は。

 

 

「さてアフ、お前の新走法とやらを見せて貰おうか?」

「ビビって腰抜かさないでくださいよ?」

「ふっ、それは楽しみだな」

 

 

 私独自のクラウチングスタイルでスタートをきる体勢を整える。横では準備体操を終えたナリタブライアン先輩が静かに走る体勢を整えていた。

 

 いざ走るとなると、やはり、この人は目の色が変わる。だからこそ、強者と呼ばれているのだろうと私は納得してしまった。

 

 そして、地面を一斉に蹴り上げ、加速する。

 

 真横に走るブライアン先輩を横目に見ながら私は顔をひきつらせた。

 

 

(ロケットスタート切ったつもりなのに、なんでついてくるんですか! この人!?)

 

 

 スタートは先行得意とする私の十八番。

 

 それにもかかわらず、差しであるはずのナリタブライアン先輩は何事もないかのように私の足に合わせてスタートを切ってきた。

 

 足の回転速度を上げてみるが、ナリタブライアン先輩は何事もないかのようにそれについてくる。

 

 何というか、併せを行なっている感覚がいつも、行なっていた姉弟子の姿と被ってしまう。

 

 そう、これこそが強者の走りなのだ。

 

 

「おいどうしたアフ? こんなもんじゃあ無いんだろ?」

「貴女も変態ですね、本当!」

「お褒めに預かり光栄だな、行かないなら私が先に行くぞ?」

「行かせると思ってますか?」

 

 

 私を置き去りにしようと足の回転スピードを上げたナリタブライアン先輩に食らいつくように私もスピードを上げて並ぶ。

 

 簡単に行かせるわけにはいかないし、それは、私のプライドが許さない。

 

 そろそろ、一周を終えるくらいですし、出すならこのタイミングですね。

 

 残り400mの表記を横目で見た私は足に力を込める。

 

 そして、前に屈むような体制をとり、小さな身体を生かして空気抵抗を最大限にまで落とし込む。

 

 編み出した新走法である。

 

 ナリタブライアン先輩にどこまで通用するかはわかりませんが、残りラストスパートで仕掛けるなら問題無い筈だ。

 

 ドンッ! と地面を蹴り上げた私の身体はみるみる加速していく。

 

 前がかりに身体を縮めて走っているので、ビュンビュンと風を切る音が耳に聞こえてくる。

 

 

(それが例の走り方か…だが)

 

 

 だが、残り400mのナリタブライアン先輩の脚は化け物じみて凄まじい。

 

 目がギラリと光ったかと思うと、凄まじい勢いで私の後を追撃してきた。

 

 これが、ナリタブライアン先輩が持つ強さの秘訣である特有の差し技である。

 

 背後から追尾してくるナリタブライアン先輩のプレッシャーは本当におっかない、私はまっすぐに前を見て、敢えてそちらに視線を向けないようにしていた。

 

 残り100m…50mとゴールへの間合いが詰まっていく。

 

 ゴール直前、私は更に脚に力を入れて一気に突っ切ろうと踏ん張りをきかせる。

 

 そして、ゴールを決めるその直前、私の横目に見えたのは見慣れた白いシャドーロールだった。

 

 おそらくは数センチくらいだろう。だが、その僅かな差、ナリタブライアン先輩が私より優っていた。

 

 ゴールを駆け抜けた私は肩で息をしながら、顔をしかめる。

 

 

「…くっ…うっ…、あとちょっとの差だったのにっ…はぁ…はぁ…」

「はぁ…はぁ…、惜しかったな、最後は少しばかりヒヤッとはしたが、詰めが甘い」

 

 

 ナリタブライアン先輩は肩で息をし、中腰の姿勢の私の背中をポンと撫でながら笑みを浮かべそう告げる。

 

 単純に悔しかった。悔しかったが、それ以上に走り方に手ごたえは感じた。

 

 あと数センチ、脚の爆発力が加わりさえすればナリタブライアン先輩とて私を差し切るには至らなかっただろうと思う。

 

 そして、私の走りについて後ろから見ていたナリタブライアン先輩は私にアドバイスをくれた。

 

 

「体の重心がブレ気味だな、後は最後の加速、地面に脚がついた時にもっと力を込めた方がいい、蹴る力が軽い」

「…なるほど」

「直線で良い脚で走れてるんだから、詰めはそこだな、特に前がかりで風の抵抗を減らすのは良い選択だと思ったよ、後ろから走っている私もやり辛かったからな」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩はニコリと優しい笑みを浮かべていた。

 

 スリップストリームという現象をレースでは利用するウマ娘がいる。ナリタブライアン先輩もその一人だ。

 

 特に、ナリタブライアン先輩は差しの戦法に回る事で、前を走るウマ娘を利用し空気の抵抗を最大限にまで軽減させるという走りがスリップストリームでは基本的な走り方であると話してくれた。

 

 だが、私の場合、身長が低い上に身体を縮めて空気抵抗をなくす事で背後から迫るウマ娘にとってはその分、空気抵抗を受ける事になり、身体に負荷が掛かるらしい。

 

 

「最後の直線まで、お前の背後についたら上手いようにはなかなか差し戦法のウマ娘は走れんだろうな」

「ナリタブライアン先輩には負けましたけどね」

「あの走りが未だ未完成だからこそだろう。完全に完成したら抜けるかどうか怪しいな」

 

 

 ブライアン先輩はそう言うとニコリと笑みを浮かべて私の頭をポンと優しく撫でてくれた。

 

 未完成だが、完成系は見えてきている。朝日杯になれば、きっと完成するはずだ。

 

 しかしながら、ナリタブライアン先輩は何故私のトレーニングに付き合ってくれるのでしょうか?

 

 その事に関して、ブライアン先輩は私にこんな話をしてくださいました。

 

 

「朝日杯は私が初めて勝ったG1レースだ。お前の事は気に入っているし、好きだからな、だから、お前にも朝日杯を勝って欲しい、それだけだよ」

「それは有り難い話ですね、後輩思いの優しい先輩に恵まれて私は幸せ者です」

 

 

 そう言って、ナリタブライアン先輩に答える私。

 

 ナリタブライアン先輩は思い出すように私の言葉に笑みを浮かべ話を続ける。

 

 

「ふふっ、…お前の姉弟子であるミホノブルボンも勝ったレースだからな。姉には負けるな。妹として同じ立場の私なりのお前への激励だ」

「ありがたく受け取っておきます」

「よし、なら、トレーニングを続けるか、ミナさんとオカさんを呼んでこよう。トレーニングトレーナーに見てもらった方がより良いトレーニングができるだろうしな」

「はいっ!」

 

 

 それから、私はナリタブライアン先輩と共に朝日杯に向けてのトレーニングを始めました。

 

 途中、メジロドーベルさんが差し入れをしてくださったり、ヒシアマ姉さんが茶々を入れにきたりといろんな方が来てくれました。

 

 気がつけば、何時間も何時間も朝日杯に向けて走り、調整を行い、それにナリタブライアン先輩だけではなくアンタレスの皆さんも交代で併走に付き合ってくれた。

 

 

 そして、いよいよ朝日杯前日を迎える。

 

 テレビの中継が入る中、私は記者会見の為に横にトレーニングトレーナーであるオカさんと共にインタビューを受ける。

 

 ちなみに私の格好はジャージである。

 

 他のウマ娘は気合いを入れて勝負服で来ていますが、私は敢えてジャージできました。

 

 勝負服と履いてくる勝負パンツは当日で間に合いますしね、当日までのお楽しみです。

 

 私が着る勝負服には、義理母が作ってくれた思いが詰まっていますから、こんな場所で着るものではないと私が勝手にそう思っただけなんですけども。

 

 その隣にはエイシンチャンプ、チームリギルのネオちゃんことネオユニヴァース、そして、サクラプレジデントがそれぞれ、別個でインタビューを受けていた。

 

 特に警戒すべきと言われているのは調子が良いエイシンチャンプ、彼女の爆発的な脚は強力だ

 

 周りを見渡して彼女たちの姿を確認した私に早速、記者から質問が飛んでくる。

 

 

「さて、未だ無敗のアフトクラトラスさんっ! 今回のレースへの意気込みを聞かせてくださいっ!」

「そうですね、いつも通りに走るだけですかね」

「いつも通り…ですか?」

「えぇ、どんな相手だろうが、どんな強いウマ娘が居ようが、私には関係ありませんからね、勝者は常に一人、それが、勝負の世界ですから」

 

 

 私は静かにそう告げる。

 

 別に意気込みというほどのものは無い、入れ込みすぎて空回りする方が良く無いとオカさんからは言われたし、私もそう思う。

 

 すると、私のインタビューを隣で聞いていたエイシンチャンプはほくそ笑むと私の方へ向くとこんな話をし始めた。

 

 

「同感ね、無敗…、なるほど、なら私が貴女にとって初の黒星になるかもですね」

「…さぁ? どうでしょうかね?」

 

 

 火花を散らす私とエイシンチャンプさん、

 

 エイシンチャンプさんは青が特徴の丈が短いスカートの勝負服に赤い髪留めに長くて綺麗な鹿毛の髪を左に流している勝ち気なつり目の美人ですが、そんなことは私には関係ありません。

 

 というか、身長高くて羨ましいとか思って無いです。チクショーめ。

 

 互いに負けず嫌いな性格ですから、こうなるのは当たり前ですよね。

 

 

「二人とも盛り上がってるとこ悪いんだけど、1着は私が貰うわよ」

「…ネオちゃん」

「アフちゃん、貴女の事は好きだけど、それとこれとは話が別。譲れないものがあるわ」

 

 

 そう告げるネオちゃんことネオユニヴァースはギラついた眼差しで私の事をジッと見据えて来た。

 

 要はメンチを切ってきたのである。

 

 私も負けじと、顔をコツンとネオちゃんに引っ付けて見据える。まさに一触即発といったところだろう。

 

 周りに緊張感が漂う。まるで格闘技の緊迫した記者会見のようだ。

 

 あれ? これ、レースの記者会見でしたよね? なんでこんなことになってるんでしょう?

 

 私がふと、そんなつまらないことを考えていたその時だった。

 

 気が抜けたようにチュっという音が辺りに響き渡る。

 

 なんと、メンチを切っていたはずのネオちゃんが何を思ったのか接吻を仕掛けてきたのだ。

 

 私は思わずその行動に顔を真っ赤にして吹き出してしまい、ゴホゴホと咽せる。

 

 

「な、なななななっ! 何すんですかっ!」

「隙ありー、やっぱりチョロいなーアフちゃんはさー」

「もー! ネオちゃん、せっかくいい感じになってたのに台無しじゃんかー!」

 

 

 そうネオちゃんに告げるエイシンチャンプことシンチャン。

 

 つまる話、要は茶番である。

 

 緊張感とはなんだったのか、レース前にライバル心を煽るはずがこれではシンチャンが言うように色々台無しである。

 

 そんな私達の様子を見ながら、サクラプレジデントはゲラゲラと笑いながら私達に近づいてくる。

 

 

「あはははは! そりゃー! そんな身長差あったらキスくらいしたくなるよねー! わかるわかるー」

「なんじゃとー! ワレェ! 誰がちっこいねん! 」

「だって頑張ってつま先立ちしてるアフちゃんが可愛いものだからさー」

 

 

 ネオちゃんは私の頭を撫でながらそう告げる。

 

 なんだかんだ言っても、同じクラスで私達は同期だ。互いにリスペクトし合っているし、よく話もする。

 

 そういうわけで、私はクラスでもよくみんなからはこんな扱いを受けているのである。なんもかんもあの白いあんちくしょうが悪いですね。

 

 身長差と私の固定されてしまったキャラ付けは変えれ無いんですね、悲しいなぁ(悲壮感)。

 

 

「では、皆さま、最後に仲良く記念撮影をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あ! ほら! 記念撮影だってっ! アフちゃん! ほらセンター来てほら!」

「ピースしようピース!」

「修学旅行かっ!!」

 

 

 私の突っ込みも虚しく、記者さんが写真撮影が始める。

 

 なんでこうなるのかなー、おかしいなー、さっきまでのやりとりはなんだったのかなー。

 

 とはいえ、茶番とはいえど、先程のやりとりは多分、みんな内に秘めている本音も入っていることは間違いない。

 

 誰もが勝ちたいと思っている。私は少なくとも皆の野心がうっすらと今回の記者会見を通して見えた。

 

 特にネオちゃんは、身体つきが以前に比べて格段に逞しくなったような気がする。外見的な意味だけでなくしなやかで綺麗な脚を見ればわかる。

 

 私を倒すため、自分を追い込んできたのだろう。

 

 カシャリというシャッターの音と共に笑顔で写る私達。

 

 修学旅行のような奇妙な写真撮影とはなってしまったが、その笑顔の下で一人一人が煮え滾る闘争心を潜ませているのは言うまでもない。

 

 と思いたいです(願望)。



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朝日杯FS

 朝日杯当日。

 

 私は首の骨をボキリ、ボキリと鳴らしながらナリタブライアン先輩のベッドから起きると朝日が差している窓を開ける。

 

 日差しが眩しく差し込む中、いよいよ、今日、私のG1初挑戦がはじまるのだ。

 

 緊張していないかと言われれば、正直、している。前日はよく眠れないだろうなと私も思っていました。

 

 そう思ってはいたんですけど、ナリタブライアン先輩のハグと、身長差によって私の顔面を塞ぐような力強く押し付けられたおっぱいに窒息しかけ気を失ってしまいました。

 

 まさか、あんな風に落とされるとは…たまげたなぁ…。おかげで熟睡できましたけど、というより気絶させられたというのがこの場合は正しいでしょうかね。

 

 

「よし! 今日は勝つぞ! …あ、ついでにですが、願掛けに寝てるヒシアマ姉さんのでも揉んで拝んでおきましょうかね、腹いせに」

 

 

 そう独り言を呟く私は寝ているヒシアマ姉さんの豊満なそれをムニムニと二、三回ほど揉んでパンパンッ! と手を叩くと神社のお参りをするように拝む。

 

 寝ているヒシアマ姉さんは『うーん…、寄るなぁ…カメハメ〜…』とか呟いてましたけどね、カメハメってなんでしょうかね?

 

 まあ、大方、私は予想はついてますけども、有名人ですしね、あの方はいろんな意味で、キングですし。

 

 

 さて、その後、私はひとまずジャージに着替えると、調整のためにレース場のコースを重石を手足につけたまま軽くランニングする。

 

 正直、ガチでこれ付けたまま走ってラップタイムがどれくらいか見ておきたいのですが、そんなことをしては本末転倒しちゃうかもしれませんからね。

 

 私がこの身体になって初めてのG1レースですし、やれることは全てやってはおきたいんですけど、そういうわけにもいきませんしね。

 

 

「はぁ…はぁ…、ふぅ…」

「…調子はどうだ? アフ?」

「ん…?」

 

 

 すると、コースを走っていたところで聞き覚えのある声が掛かり、呼吸を整えていた私はそちらへと振り返る。

 

 そこには、腕を組んだ制服姿のシンボリルドルフ生徒会長が微笑みながらこちらを見つめている姿があった。

 

 私は照れ臭そうに頬を掻きながらコンディションを聞いてきたルドルフ会長にこう言葉を返す。

 

 

「えぇ…、特には問題は無いですかね」

「そうか、それなら良かった。オカさんからは話はよく聞いてるよ」

「そうでしたか…」

「あぁ、初のG1はやはり緊張するか?」

 

 

 ニコリと笑みを浮かべて私に告げるルドルフ会長、どうやら、私の事はお見通しのようだ。

 

 ルドルフ会長からそう言われた私は先程まで走っていたレース場を見つめると、ゆっくりとこう語り始める。

 

 それは、私がこの朝日杯に向けて、どんな思いでトレーニングを積んできたのかという事だ。

 

 

「そうですね、それは緊張もしますよ。義理母との約束を果たさないといけないですし、私の夢を叶えたいという一心で今日という日を自分ができる精一杯のトレーニングを積んで待っていたんですから」

「そうか」

「えぇ、…いつも姉弟子の背中を見ていた私でしたけど、だけど、あの人と胸を張って並んで走りたいという気持ちは今でも変わりませんから」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長に微笑む私。

 

 私のウマ娘としての人生は遠山厩舎から始まっている。私の走りは義理母から教わり、姉弟子の背中を追い続けるところから始まった。

 

 今では魔王などと大層な名前を貰って、G1でもたくさんのファンのみんなが私の背中を押してくれている。

 

 そして、アンタレスの仲間たちも私のために、私を支えてくれるために色んなことをしてくれた。

 

 

 ーーーーーだから私は…。

 

 

 

 ◇

 

 

 朝日杯が始まる。

 

 さまざまな力自慢のウマ娘が集うG1レース、その中で私は静かに自分の勝負服に着替え、靴紐を静かに結んでいた。

 

 チームリギル。

 

 生徒会長、シンボリルドルフを始めとして、エルコンドルパサー先輩やマイラーの絶対王者タイキシャトル、シャドーロールの怪物、ナリタブライアン先輩という名だたるG1ウマ娘がこのチームには所属している。

 

 そんな中、私がチームトレーナーのオハナさんから声をかけてもらったのはチームアンタレスにアフちゃんが所属を決めた少し後であった。

 

 

『…貴女がネオユニヴァースね、走りを見せてもらったけど、良い脚を持ってるわね、どう? ウチのチームに来ないかしら?』

『リギルにですか?』

『そうよ』

 

 

 私はその言葉に思わず顔を顰めた。

 

 なぜなら、私は知っていたからだ。チームリギルのチームトレーナーは本当はアンタレスに入ったアフトクラトラスをチームに入れたがっていた事を。

 

 その気持ちはわかる。同期である私もアフちゃんの走りを目の当たりにしたことがあったが、あれは怪物じみた凄まじい走りだった。

 

 同じ同期の中でもズバ抜けて強かったのだ。彼女の底知れぬ強さに私は驚かされた。

 

 それだけではない、同じく同期であるゼンノロブロイの走りにも私は可能性を感じた。

 

 こんなに強いウマ娘が二人もいる。そんな中でリギルのトレーナーが私に声をかけてくる理由が理解できなかった。

 

 

『…正直に話せば、ゼンノロブロイもアフトクラトラスもチームに入れるつもりだったんだけど、生憎、振られてしまってね』

『…なるほど、そのスペアというわけですか』

 

 

 私はそのリギルのチームトレーナーの話に肩を竦めてほくそ笑んだ。

 

 そう、私は二人のスペア、ようは代わりとしてチームに誘われたのだと、この時は思っていた。

 

 冗談ではない、私にもプライドというものがあると、そんな理由で名門チームに入れられても微塵も嬉しいとは思わなかったし、入りたいとも思っていなかった。

 

 だが、チームトレーナー、オハナさんから掛けられた言葉は私の予想を裏切るものだった。

 

 

『いいや、違う、私は「三人」とも私のチームに欲しかったのよ』

『…えっ?』

 

 

 そう告げるオハナさんの言葉に私は目を丸くするしかなかった。

 

 三人とも欲しかったと言われれば、そうなるのは当たり前だ。

 

 来年のクラシックを戦う者達を三人も同じチームに欲しがる理由がわからなかった。しかし、オハナさんは私にこんな話をしてくれた。

 

 

『全員に外国人トレーナーをつけ、来年のクラシックは…フランス。そして、アフトクラトラスには日本のクラシック、欧州の大レース、ゼンノロブロイにはアイルランドで行われるレースへ挑戦させるつもりだったわ』

『…それは…』

『けど、それも今となっては夢物語ね…』

 

 

 そう言って、肩を竦めるリギルのトレーナー。

 

 彼女は私達全員に可能性を見て、そうさせたいと思ってくれていたのだ。世界へ挑戦させるという道を作ってくれようとしていた。

 

 そして、オハナさんは私の手を握りしめて、真っ直ぐ目を見つめてこう言ってくれた。

 

 

『貴女には可能性がある。その可能性を私が引き出してあげるわ』

『可能…性…』

 

 

 その言葉に私は心を打たれた。

 

 それから、私がこのリギルに入る決定的な理由となったのはチームリギルのトレーナーの後ろから現れた一人のトレーニングトレーナーとの出会いだった。

 

 彼は私の肩を力強くポンと叩くと笑みを浮かべこう言ってくれた。

 

 

『私も、アナタのチカラになります』

 

 

 そう、それが、私のウマ娘としての人生を大きく左右する事になるミルさんとの出会いだった。

 

 

 そして、今、私はある大きな壁に挑もうとしている。

 

 同期であるアフトクラトラス、彼女との直接対決だ。

 

 私は負ける気は無かった。そのためにチーム内でオーバーワークと言われてもそのトレーニングを止めることはしなかった。

 

 トレーニングトレーナーもそんな私に付き合ってくれた。私を勝たせようと、海外で学んださまざまなウマ娘の走り方について教えてくれた。

 

 だから、私はアフトクラトラスという強者を今日負かしてみせる、必ず。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 朝日杯のパドック。

 

 さまざまなウマ娘がこの日のために鍛え抜いた身体をファンの前に披露する瞬間である。

 

 観客席からは、来年のクラシックの中心になるであろう新星を見さだめるべく、皆がこぞって身を乗り出してその様子を見守っていた。

 

 

「えー、ではパドックの様子です。朝日杯を迎える事になりました。天気は曇り空ですが、芝は良好です」

 

 

 残念ながら、今回の実況は毎度お馴染み、ブルーアイランドさんではなく、サンタクロースさんです。

 

 最近では短距離実況バクシンオーという名前で呼ばれるそうですが、二つ名を持つなんてすごいですよね、本当、いろんな意味で(意味深)

 

 さて、話を戻して、そんなパドックですが、早速盛り上がりを見せています。

 

 

「3枠5番、エイシンチャンプ」

 

 

 エイシンチャンプちゃんの名前が呼ばれ、その身体をお披露目するチャンプちゃん。

 

 観客席から驚いたような声が上がる。確かに鍛え抜かれた良い身体であった。これはレースにも期待が持てるだろう。

 

 そう、それはあくまで私とネオちゃんがいなければの話だが。

 

 

「さて、3枠5番エイシンチャンプ、仕上がりは十分でしょうか、打倒アフトクラトラスを掲げて鍛えてきました。今回も意外性のある走りで魅せてくれるのか! 疾風のような走りに期待しましょう」

 

 

 そう告げる実況の言葉に周りも期待感を膨らませる。

 

 青が特徴のドレスのような上着にチューブトップ、丈が短いスカートの勝負服に赤い髪留めに長くて綺麗な鹿毛の髪。

 

 会場はそんな彼女の姿を見てより一層盛り上がりを見せた。

 

 そう、皆が期待しているのはヒールを倒すヒーローの姿なのだ。その点、私はかなりヒールだと思う、ヒールっぽくないと言われますけどね。

 

 続いてはこちらも期待のウマ娘、サクラプレジデントちゃん、華々しく笑顔を振りまいての登場。

 

 

「1枠2番サクラプレジデント、こちらも今回の走りには大いに期待が持てるでしょう、要注意すべきはアフトクラトラスを始めとした三人と言われていましたが、冬の季節に咲くサクラ吹雪を我々に魅せてくれるやもしれません」

 

 

 ピンクが特徴の綺麗な勝負服に身を包み、癖のあるショートの鹿毛の髪にピンク髪留めを付けたサクラプレジデントちゃんに観客席からは歓声が送られる。

 

 こちらも期待のウマ娘、私を含めた三人が今日の主役だと言われているが、サクラプレジデントちゃんも十分な実力を兼ね備えている。油断はできない。

 

 そして、いよいよ、朝日杯での2番人気を誇るウマ娘の登場。

 

 会場はざわつき始め、そのウマ娘の登場を今か今かと待ちわびていた。

 

 

「さぁ、おまたせしました。打倒アフトクラトラスの大将格、踏みしめる脚は逞しくターフに映えます、海外のトレーニングトレーナーと共に鍛え抜かれたその身体、鹿毛の綺麗な長い髪と共に、その眼には闘志が揺れております4枠7番、ネオユニヴァースっ!」

 

 

 その瞬間、会場はワッと揺れた。

 

 鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その勝負服は黄色のシャツに黒のパーカー、赤のスカートという格好であった。

 

 その素質は今まさに開花しようとしている。

 

 鍛え抜かれたその足に、闘志が溢れてでる眼からは気迫が前面に出ていた。

 

 

 そして、いよいよ私の出番が回って来た。

 

 

「さて、皆さまおまたせしました。今日の朝日杯FS、1番人気の登場です。今やクラシック大本命とまで言われておりますその実力、歴代の中でも凄まじい強さで勝ち上がってきました。漆黒の魔王が、満を期して今、私達の目の前に降臨します。2枠4番アフトクラトラスですっ!」

 

 

 私は会場に向けて脚を動かし、レースへと向かう。

 

 そして、登場した私に先程まで、大盛り上がりをしていた会場の観客達は私の姿を見た瞬間に静まり返った。

 

 漆黒のマントを身に纏った私に皆が釘付けになっている。

 

 そして、レース場に脚を踏み入れた私はそのマントを勢いよく引き剥がすとそれを力強く片手で掲げた。

 

 

「マントを脱いだアフトクラトラスッ! マントをそのまま掲げておりますッ! 掲げてられているマントの裏生地には…っ!なんと…!」

 

 

 そこに書かれていたのは、いや、私が書いたのは決意の表れだった。

 

 そう、この先に向けた自分へのプレッシャーだ。

 

 

「王道制覇の四文字が書かれておりますッ! これは大それたデモンストレーションだッ!」

 

 

 私のデモンストレーションに会場は一気に湧いた。やることが派手だねぇとかゴルシちゃんあたりに言われてそうですね。

 

 まあ、記者さんたちにも美味しいでしょう? こういうのは、私ならいくらでもやってあげますとも。

 

 そして、皆さんには私の勝負服の初披露ということになりますかね、いやー長かったですね、本当。

 

 デモンストレーションを終えた私はマントを再び身に纏う

 

 

 漆黒のマントの下は黒のノースリーブベストにへそ出しの白シャツと青のスカーフ、スカートは姉弟子が履いていた色違いの青が特徴のスカートです。鎖の付いたアクセサリーが付いています。

 

 そして、皇帝っぽく青の手袋にマントの両肩には肩章が付いている。

 

 これが私が義理母に作って貰った勝負服です。

 

 肩章が付いてても、何というか、世紀末の肩パットにしか私見えないんですけど、気のせいですかね?

 

 変なところに貴族性なんて出すから(悲しみ。

 

 しかも、胸が自己主張激しいんでね、胸あたりもパッツンパッツンかもしれません、とは思ってたのですが、着た感じ、フィットしてますし、走る分にはなんら問題なさそうです。

 

 勝負パンツもしっかり履いてきました(ドヤ顔。

 

 

「鍛え抜かれた身体ッ! 会場からは大歓声が上がっておりますッ! 普段とのギャップが激しいですがッその眼には闘志が満ち溢れております!魔王アフトクラトラスが今姿を見せましたッ!」

 

 

 魔王という言葉に沸き起こる歓声、なんで1番人気なんか取れたのか私も不思議です。はい。

 

 それに、コートに肩章付いてますけど肩パットにしか見えん、何ということだ。

 

 登場した私を見た観客席はざわつき始める。まあ、私のこんな格好を見ればそうなるでしょうね。

 

 馬子にも衣装とか言わないでください、聞こえてますからね。

 

 

 パドックを終えてゲートに向かう私はゆっくりと待ち構える三人の目をジッと見据える。

 

 ここからは、冗談抜きのガチンコ勝負だ。

 

 私が今まで積み上げてきたものを全力でぶつけて勝負する、誰にも負けるつもりは無い。

 

 こうして、パドックが無事に終わり、一同がゲートに集結する。

 

 果たして、朝日杯を勝つのはどのウマ娘か、いよいよレース開始のファンファーレが鳴り響こうとしていた。



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スパルタの皇帝

 

 

 朝日杯のゲートに入り、私は呼吸を整える。

 

 勝負は常に真剣勝負、勝者は一人、そして、今日のレースはいつものレースとは違い、G1級の実力者が雁首そろえて集結している大レースだ。

 

 油断すればやられる、自分がこれまで積み上げてきたものをこのレースで全力でぶつけないといけない。

 

 ファンファーレが鳴り響く中、ゲートの位置についた私は深い深呼吸をする。

 

 

「さあ、各ウマ娘、ゲートインが完了しました。そして、振り上げられた旗が今…」

 

 

 私は走る体勢を整え、いつものように地面に手をつき、クラウチングスタートの構えを取る。

 

 ゲートが開いた瞬間、必ず前を取りに行く。

 

 スタートダッシュを決めるのは得意中の得意、なんの心配もない、今までのレースと変わらず走るだけだ。

 

 

「スタート致しましたっ! 先頭を取りに行ったのはやはりこのウマ娘っ! アフトクラトラス!見事なスタートダッシュを決めてきました」

 

 

 先行を取れれば、レースのペースもコントロールしやすい、しかし、私の横からスッと並ぶようにエイシンチャンプちゃんが出てくる。

 

 やはり、ここから勝負に来たかと私は笑みを浮かべた。

 

 朝日杯の距離は1600m、先に立ったウマ娘が有利なのは当たり前の話だ。先行争いもそれなりに激しくなる事は予想できていた。

 

 

「アフちゃん、簡単には行かせないよ」

「…私のスタートにすかさず対応してくるなんて流石ですね」

「伊達に研究してないからね」

 

 

 さらに、背後にチラリと視線を向けるとそこにはネオユニヴァースがしっかりとついてきている。

 

 そのネオちゃんに追従するのはサクラプレジデント、だが、マークは完全に私に向いていた。

 

 私は顔を顰め、思わず舌打ちをしてしまう。

 

 走り辛いったらない、私は一応、逃げウマ娘を逃げさせて背後に控えて体力を温存しているのだが、抜け出す際にこうもマークされていては勝負に行った際に交わされてしまう。

 

 差し返せば問題無いのだろうが、1番人気というだけで、彼女達に限らずほかのウマ娘達も私を警戒している事だろう。

 

 

(これなら大外からぶん回して一気に突っ走るしかないか…)

 

 

 私は冷静に今の状況を打破する策を思案する。

 

 外にさえ出ればあとは迷わず突っ走るだけで良い、残りが少なくなるにつれてだんだんと全体の走るペースが上がっていく。

 

 と、残り600mを過ぎた辺りで状況は一変し始めた。

 

 スッと抜け出し始めたのは…。

 

 

「おっとここでペースが上がってきたエイシンチャンプ! ここぞとばかりにやってくる! それに続いてネオユニヴァースもきた!」

 

 

 一気にカーブで加速し始める二人、そして、サクラプレジデントも一気に差を詰めてくる。

 

 私の前を三人が走る、残りは500mを切った。

 

 咄嗟に私もギアを切り替える。このままだと三人の駆け合いだ、差し切らないとマズイ。

 

 

「さあ来た! さあ来た! アフトクラトラスがやってきたっ! 凄い勢いで先頭を追う! 間に合うか! 間に合うのかっ!」

 

 

 しかし、差はなかなか埋まらない。

 

 上手い具合にスリップストリームを使っている上にギアも一段階上にまで上げているのに三人の走りが遠く感じる。

 

 勝負を賭けに行くタイミングを見誤ったのか? いや、そんなことはないはずだ。ならば、何故こんなにも遠く感じるのだろう。

 

 それに残り400mまで足を普通は溜める筈…。

 

 私はそこまで考えると、頭によぎった嫌な予想が脳内を過ぎる。

 

 

(…まさかっ…! 先に仕掛けて私を差しの展開にしたのは…っ!)

 

 

 そう、それは、紛れもなくオハナさんの入れ知恵だったのだろう。

 

 私が先行で走るレースを分析した結果、ある事に彼女達は気がついていたのだ。

 

 それは、今までのレースは残り600mまでには私が必ず先頭を取っていたという事である。

 

 私は足をセーブして、余裕を持って勝ってきたわけだが、残念なことに私はこれまでこの距離から足を全て使い切った走りをしていなかったわけだ。

 

 余裕勝ちだから良い勝ち方なわけではない。

 

 逆に言うなら逆境の時の走りを今までできてこれなかったのだ。

 

 

(やばい…やばいやばいっ!)

 

 

 私もこれには思わず焦りを感じてしまう。

 

 残りは少ない、三人との距離はまだある。大外を回ってはみたがスリップストリームが無くなった分、向かい風が当たりこれでは差は詰めれない。

 

 そして、ゴールとの距離はだんだんと縮まっていく。

 

 このままでは、間違いなく負けてしまうだろうことは容易に想像できる。

 

 なんとかしないと、なんとか、でもどうすればいい?

 

 直面したことがない壁に私は動揺するしかない、なんとかして打開策を打たないと、だが、私には今、走ることが精一杯だった、

 

 最後の直線だというのに、何をやっているのだろうか、自分は。

 

 

「くそッ…! もっと! もっと走らないとッ!」

 

 

 そうやって自分に言い聞かせてはみるものの、私は思わずこの状況に心が折れかけていた。

 

 義理母との約束? 姉弟子を超える?

 

 なんだ、この体たらくな走りは、自分が努力を積み重ねた結果がこれなのか。

 

 

「…こんな…結果…」

 

 

 あぁ…、やはり、そうか。

 

 自分は姉弟子とは違うのだ。

 

 努力して義理母から鍛えられた姉弟子は才能の塊だったのだと、私は思う。

 

 それに比べて私はどうだろう、少しばかり勝ったからといって周りから期待をされて、蓋を開けてみれば大したことない凡才。

 

 こんな強者ばかりが集まるレースでぶつけた実力がこんなものなのか…。

 

 走っていた私は思わず下を向きそうになる。

 

 そんな時だった、私の耳に聞き覚えのある声が入ってくる。

 

 

「…前を見なさいッ! アフちゃんッ! まだ貴女の全部を出してないでしょうッ!」

「!?」

 

 

 咄嗟に私は頭を上げ、その声の元へと視線を移す。

 

 そこには真剣な眼差しでこちらを真っ直ぐに見つめてくる小さな漆黒の鬼の姿があった。

 

 そして、彼女の姿を見た私は思い出す。

 

 小さな身体のライスシャワー先輩がどれだけの努力を積み重ねて、あの姉弟子と戦ってきたのかを。

 

 何度も負けて、立ち上がってきたあの姿を私は覚えている。

 

 

「レースはまだ終わってないわッ!」

 

 

 ライスシャワー先輩は声を張り上げ、私に向かいそう告げた。

 

 それに便乗するように観客席からナカヤマフェスタ先輩やバンブーメモリー、サクラバクシンオー先輩が身を乗り出すようにしてこちらに声を上げてくる。

 

 

「ラストスパートだっ!」

「捲れェッ!!」

「貴女ならやれるわッ!」

 

 

 そのアンタレスの仲間達の姿を見た私は再び目に光が戻る。

 

 そうだ、何故、諦めようとしていたのだろう。

 

 私が積み上げてきたもの、走ってきた道のり、ライスシャワー先輩達と切磋琢磨してきた日々はとてつもなく濃いものだった。

 

 義理母と姉弟子と積んできた特訓は死ぬほどキツいものだった。

 

 それを、ここで否定されてしまうのか?

 

 全て出し切らずに、何も出来ずに私は負けを敗北した姿を義理母に見せるのか?

 

 いいや、違う、頑張るのは今だ。

 

 死にものぐるいで努力してきたものを全て出し切ってしまうのは今なのだ。

 

 

「あああああッ!! うああああッ!!」

 

 

 私は気合いを入れ直すように声を張り上げて足を更に前へ前へと加速させていく。

 

 私がこのレースに向けて特訓し、なんども走り、試行錯誤して編み出した新しい形。

 

 身体を小さく、素早く、前のめりにして、一気に、真っ直ぐに、一直線に何も考えず今まで持っていた脚を一気に解放する。

 

 リギルの観客席でヒシアマゾンの隣で座っていたナリタブライアンはその走りを見て、その場から思わず立ち上がる。

 

 

「…そうだっ! その走りだッ! アフッ」

 

 

 そう告げる握りしめた彼女の拳には力が込もっていた。

 

 それは、目の前で開花する才能が芽吹く瞬間を前にして滾る血潮が疼いたのかもしれない。

 

 アフトクラトラス新走法、それは、彼女が己にスパルタを課した結晶体。

 

 地が爆ぜたかと思うと、這うように一気に先頭で争っていた三人の姿がみるみるうちに縮まっていく。

 

 

「…んなっ! させるかァ!?」

「クッソォ!」

 

 

 サクラプレジデントとエイシンチャンプの二人はそれに食らいつこうと地面を強く踏みしめるが、既に完成したアフトクラトラスの新走法を前にして成す術なく並ばれる。

 

 そして、気がつけばあっという間に抜かれていた。

 

 

「は、速いッ!」

「もうっ無理〜…!」

 

 

 だが、それでも、そのアフトクラトラスに抗おうとする一人のウマ娘がいた。

 

 抜かれまいと食らいつく最後の一人。

 

 そう、同期の好敵手であるネオユニヴァースだ。彼女は息を切らせながらも死にものぐるいでアフトクラトラスを抜かせまいとしていた。

 

 

「抜かせ…ないッ…! 勝つんだァ!」

 

 

 ネオユニヴァースは隣まで迫るアフトクラトラスを横目に見ながら最後のスパートに限界を超えまいと足を動かす。

 

 ここまで、オハナさんがお膳立てをしてくれたのだ。勝たねばならない、勝って、応えたい。

 

 だが、ネオユニヴァースの隣まで加速したアフトクラトラスが並んだ時だった。

 

 まるで、静止したような中で、一言だけ、私はネオユニヴァースに向けて静かに話をし始める。

 

 

「……いや…」

 

 

 私はゴールを真っ直ぐに見据える。

 

 今、はっきりと私には勝ち筋が見えてしまっていた。

 

 冴え渡るような頭の中で隣を走るネオユニヴァースに私ははっきりとした口調でこう告げる。

 

 

「…私には更に上がある…ッ!」

 

 

 次の瞬間、バンッという力強く地面を蹴る音と共に私は一気に並んでいたネオユニヴァースを引き剥がした。

 

 まさに、大捲り、一気に加速した足は止まらない。

 

 残り距離50mに差し掛かったところで、私と三人には明確な差が開いていた。

 

 そして、その速度は衰えるどころか更に上がっていく。

 

 加速した私はそのまま何も考えず、風を切るように一気にゴールを突き抜けるようにして完走していった。

 

 

「抜いたァー! 速い速いッ! 何という捲りだァー! アフトクラトラスッ! 今、1着でゴールインッ! スパルタの皇帝が最後の最後でとんでもない走りを見せつけてきましたァ!」

 

 

 これには実況席も大盛り上がりを見せ、会場はどよめいていた。

 

 当初はあからさまに差が詰まらない状況にこれはアフトクラトラスが負けるかもしれないと観客達は思っていたのだ。

 

 それが、あり得ないような走りで先頭との差を一気に詰めたかと思うと置き去りにしてしまった。

 

 

「朝日杯FS! 勝ったのはアフトクラトラスですっ!」

 

 

 実況席の声が辺りに響き渡る。

 

 すると、観客席からは拍手がだんだんと沸き起こってくる。

 

 息を切らし、膝に手を付いていた私は顔を上げると拍手を惜しみなく送ってくれる観客席にと視線を向ける。

 

 鳴り止まない心臓の音と共にずっと得たいと思っていたG1勝利者へ送られる賞賛。

 

 冴え渡るような頭には何も今入って来なかった、だけども、私はこれだけは感じることができた。

 

 

 走るのが楽しいと。

 

 

 それは今まで感じたことはなかった感覚かもしれない、辛い中で得られた勝利というものがより一層嬉しく感じられた。

 

 紛れもなく今までで1番楽しいレースだった。

 

 ギリギリまで、諦めずに走ってよかったと私は心の中からそう思う、きっとこれが、いつも姉弟子が見ていた景色なんだ

 

 私の目の前には何故か背中が見える。その背中はいつも私が追いかけていた背中だった。

 

 大きかった姉弟子の背中、私にはその背中との距離がようやく少しだけ縮まったような気がした。



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G1 ウイニングライブ

 

 

 朝日杯後、私はネオちゃん達と面と向かってしっかりと話をした。

 

 それは、私がこのレースを通じて大きく成長することができた感謝と互いに全力を尽くして戦った健闘を讃えるためだ。

 

 私と握手を交わしたネオちゃんは悔いが無さそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

「……やっぱり、アフちゃんは強いね」

「ネオちゃん…」

「後悔はないわ、最善を期して貴女に負けたんですもの。でも、次は必ず勝ってみせるわ」

 

 

 2着にゴールを決めたネオちゃんは私の手を力強く握りしめてくる。

 

 彼女の悔しさは、力強く握りしめてくる手を通じて感じた。きっと彼女はこれからもっと強くなるだろうと私は思う。

 

 ネオちゃんが密かに悔し涙を流していた事も私はわかっている。

 

 それは、私は身近で流していた人をいつも見ていたからだ。

 

 それでも、ライバルの勝利を祝福してあげるのは全力で戦った証だ。

 

 だから、私はネオちゃんがこれから先、侮る事が出来ないライバルであると確信を持って言い切れる。

 

 エイシンチャンプちゃんやサクラプレジデントちゃんも同じだ。

 

 きっとこの先、この二人も悔しさをバネにもっと強くなるだろうと私は思う。

 

 油断ができない好敵手達、私は彼女達に負けないようにもっと強くならないといけないなと改めて感じた。

 

 そして、レース場に流れ込んでくるアンタレスの方々。

 

 皆さんは私を取り囲むと満面の笑みで勝利を祝福してくださいました。

 

 

「よくやったー! お前もこれでG1ウマ娘だ!」

「ハラハラさせやがって! このー!」

「ふむ、あそこからの走りは見事だったな、実に興味深い」

「あはは、ありがとうございます」

 

 

 先輩達から揉みくちゃにされながら抱きしめられる私はそう言って顔を引きつらせます。

 

 そして、私のG1勝利がよほど嬉しかったのか、メジロドーベルさんは泣きながら喜んでくださいました。

 

 

「アフちゃんが勝てて良かったぁ…」

「もう、泣かないでくださいよ…」

「だって! アフちゃん頑張ってたから…」

 

 

 そう言って、涙を流してくれるメジロドーベルさんに私は頭を撫でてあげながら、目元をハンカチで拭って上げます。

 

 私ったらなんて紳士なんでしょう!

 

 身長差がありますのでつま先立ちなのがアレですけどね、クソがッ!

 

 淑女ですからね、私は。

 

 違います、変態的な意味の淑女ではありません、ちゃんとした淑女です。

 

 

「ほら、お客さんに挨拶してこい」

「はいッ」

 

 

 そして、アグネスタキオン先輩から促されて、背後を振り返った私は湧き上がる歓声に笑みを浮かべて手を振る。

 

 応援してくれた皆さんには感謝しかありませんね、私は一人で走っていたんじゃないと改めて気づかされたような気がします。

 

 G1初勝利、義理母にもこの事を伝えてあげねばなりませんね。

 

 そんな中、観客席から聞き覚えのある声が私に向かって飛んできた。

 

 

「おーい! アフー! この後ウイニングライブだぞーッ!」

「…………、…ファッ!?」

 

 

 そう、その声の主はナリタブライアン先輩である。

 

 そして、私はすっかり忘れていたウイニングライブについて彼女の言葉でハッ! っと思い出した。

 

 そうだった、ウイニングライブの事を私は全く失念していました。

 

 ウイニングライブ、やはりやらなくてはいけないですよねー、やらないと怒られますからねールドルフ会長から。

 

 もう前科はたくさんありますので今更なんですけど。

 

 

「…ネオちゃん、シンちゃん、サクちゃん、ちょっといいかな?」

 

 

 だが、私はただでは転びません。

 

 やれと言われればやりますよ、伊達に何故かセンター率が高いんですからね。

 

 とはいえ、久方ぶりのウイニングライブ、最近、1着取ってもウイニングライブは放棄気味でしたからね、私。

 

 しかし、復活した今となってはなんでもやってやります、ファンの人達は私の勇姿を見たくて仕方ないでしょうから。

 

 私はその期待に応えなければなりませんね! だって私はウマ娘なんですから!

 

 ウマ娘であってアイドルではないです。はい。

 

 アイドルとは?(哲学)。

 

 私が思うアイドルとは、ステージを木から作ったり、土の知識が豊富だったり、基本、必要な物は自作する人達だと思っています。

 

 最近、死体から始めるアイドルも流行っているとか。

 

 アイドルの形も人それぞれですからね、私はウマ娘ですけど。

 

 私はウマ娘ですけど、歌って踊れるウマ娘なんですね。

 

 ウイニングライブ? 上等ですよ! やってやろーじゃねぇかこのやろー!(杉谷感)。

 

 ヒダリテデウテヤと言われれば、私は敢えてバットを逆さまに持ってミギテデウッテやります。

 

 悪巧みを企む私はその後、ウイニングライブ会場へ三人を連れて入場しました。

 

 ヒラヒラでキャピキャピな格好で歌って踊る可愛いアイドル?

 

 そんな事はうちは知らん! なんば言いようとか! くらわしたるわ!

 

 

 

 ライブ会場で意味深な前奏曲のBGMが流れてくる中、私はマイクを使って口上を述べ始める。

 

 サイリウムの光に囲まれているステージ、観客のボルテージは最高潮。

 

 これは盛り上げてあげなくては(使命感)。

 

 

「行くとこまでいくぜェ…お前らァ!?今夜ァ…狂乱麗舞だからよォ…」

 

 

 バンッという音と同時にスポットライトが会場にいる私達に当たる。

 

 そこには、喧嘩上等の特攻服を身に纏っている異様なウマ娘の集団の姿があった。

 

 ようはレディースの格好である。これには会場に来ていた人達も !? という感じで硬直してしまっている。

 

 

「ブッ込んでいくんで夜露死苦ッ!」

 

 

 そして、流れてくる曲と共にギターが鳴り響く。

 

 私は特攻服を身に纏ったまま、背後で同じく特攻服を身に纏っているネオちゃん達と共に歌って踊る。

 

 ほら! 今までに比べたらちゃんとやっているでしょう? え? 違うそうじゃないですって?

 

 だってワクワクするじゃないですか!

 

 ノリと勢いって私、大切だと思うんですよね、とはいえ、私はいろんな意味でぶっちぎってますけど。

 

 会場は大盛り上がりを見せる。

 

 言えない事も言えないこんな世の中じゃやっぱりはっきりと言える時に言っておくべきですよね。

 

 

 アフズン…。

 

 

 ちなみにこの後、私は“不運”(ハードラック)と“踊”(ダンス)っちまってしまうのは言うまでもないでしょう。

 

 ゴルシちゃんも大爆笑してましたし、何故か、よく見てみるとテンション上がったマックイーン先輩がノリノリで最前列に来ていました。

 

 お嬢様と言いつつ、絶対この人元ヤンですよ! だって目つきと気合いが違いますもん!

 

 しかしながら、私は抜け目がありませんので、ちゃんと身につけている鉢巻にはメジロマックイーン雄羽園死隊と書いてますから。

 

 異様な盛り上がりを見せた私のG1初勝利のライブはこうして無事に終わりを迎えることができました。

 

 後にルドルフ会長から呼び出され、「何、上等キメてんだゴラァ」と怒られはしましたが、後悔はしてないです(たんこぶ作った感)。

 

 ルドルフ会長がヒシアマゾン先輩にオウ!!“バール”持って来い!!って言われた時は、すかさず土下座しましたけどね。

 

 ライブ終了後、ゴルシちゃんは嬉々として、特攻服を着た私の元にやってきました。

 

 もちろん、ゴルシちゃんだけではありません、気が荒々しいウマ娘達からはこの特攻服が何故かウケが良かったようで、皆さんが押しかけてきました。

 

 

「おぉ! アフ! その特攻服カッコいいじゃねーか! 私のもあるか?」

「…えっ!? あ、はぁ、まぁ、作れますけど…」

「うお! マジかよ! 俺のも頼めるかな! アフ先輩ッ!」

「おい! アフー! 私のも頼むよ!!」

 

 

 こうして、ライブ終了後の特攻服の大量発注により、一気に特攻服を私が作ることになりました。

 

 なんだこのヤンキーウマ娘達は…(困惑)。

 

 なるほど、これがツッパリハイスクールロックンロールちゃんですか…(白目)。

 

 メジロ家の人達を始め、エアシャカールちゃんやナカヤマフェスタ先輩、バンブーメモリー先輩やウォッカちゃん、メジロドーベルさん、そして、何故かナリタブライアン先輩まで来るものだからびっくりですよ、ちゃっかりオルフェちゃんも居ましたし。

 

 やばい、不良ウマ娘しか居ない…、なんで私の周りにはこう癖が強いウマ娘ばかりがやって来るんですかね?

 

 愚連隊でも作るのかな?(すっとぼけ)。

 

 ワイルドサイドの友達しか居ない事に戦慄を覚えるしかないですね。

 

 トレセン鈴蘭学園…うっ…! 頭が…っ!

 

 だいたい、この原因は私という、はい、全部、私のせいです、すいませんルドルフ会長、反省してますん!(あやふや)。

 

 さて、こうして、私のG1初勝利もこうして無事に幕を閉じることができました。

 

 ライブ終了後、私はアンタレスの皆さんから迎えられ勝利を分かち合います。

 

 

「よくあそこから捲ったな! すげーよ! お前!」

「やっぱり私達の応援のおかげっスね! 気合いが違うっスよ! 気合いが!」

「あはは…、ありがとうございます」

 

 

 照れ臭そうに頭を掻きながら、二人に対して感謝を述べる私。

 

 正直、勝てるかどうかわかりませんでしたし、あの時、私の背中を押してくれたのはアンタレスの方々の掛け声でした。

 

 私は自分の未熟さをレースを通して学びましたし、これからもっと強くなれるという確信も持てました。

 

 そんな中、私の元にライスシャワー先輩がやってくる。

 

 

「…アフちゃん、おめでとう」

「…ありがとうございます」

 

 

 そう言って、満面の笑みで私に告げるライスシャワー先輩。

 

 その眼差しは優しく私を真っ直ぐに見据えていました、ライスシャワー先輩の檄に私はあの時どれだけ救われた事か。

 

 ミホノブルボンの姉弟子にも、見せてあげたかったですけどね、きっと喜んでくれたのだろうなと私は思います。

 

 後で義理母にもしっかりと報告しないといけませんしね。

 

 

「それと…」

「はい?」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は軽くデコピンの構えを取ると私の額を軽く指で弾いた。

 

 私は思わずそれに対して目を丸くし、額をとっさに押さえる。

 

 

「あいちゃっ!」

「アフちゃん、おイタしすぎよ? もう。…嫌いじゃないんだけどね?」

 

 

 私にデコピンをしてきたライスシャワー先輩は笑みを浮かべる。

 

 そして、周りからはそんな私の姿を見てアンタレスの皆からは笑い声が上がっていた。

 

 まあ、私らしいといえば、私らしいんですけど、もう、ルドルフ会長からいつもお叱りを受けるのがご褒美みたいな感じになってますからね。

 

 オカさんはそんな私とルドルフ会長のやり取りを微笑ましく見たりしてますから、それで良いんですかっ! トレーニングトレーナー!

 

 ナリタブライアン先輩からは大絶賛でした、「もっと強くなれ」という言葉をありがたく頂戴しましたね。

 

 

 それから、私は祝勝会を皆さんから上げてもらうことなりました。

 

 私のトレーニングに付き合ってくれたみんなやチームメイト、そして、レースで共に競い合った好敵手達と共に開いた祝勝会はとても充実していて忘れられないものとなりました。

 

 次の目標は年が明けて、来年のクラシック皐月賞。

 

 それが終われば、日本ダービー、そして、いよいよ海外へと勝負をしに行く事になります。

 

 来年から本当の勝負が始まりますね、もっと頑張らないといけないと私は改めてそう思うのでした。



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アフトクラトラスの冬の過ごし方

 

 

 朝日杯が終わり、2日後。

 

 無事に説教を受けはしましたがウイニングライブも終わり、私もひと段落つくことができました。

 

 ふむ、私としても姉弟子が勝った朝日杯を勝てて鼻が高いです。

 

 そんなわけで、私は今、炬燵を引っ張り出して部屋でぬくぬくと温まっています。

 

 いやー、炬燵に置いているみかんが美味い!

 

 

「アフちゃーん、トレーニングに行くわよ」

 

 

 そう言って私が炬燵でぬくぬくとしている最中でした。

 

 バシンッ! と勢いよく扉が開いたかと思うと満面の笑みを浮かべているライスシャワー先輩の姿が。

 

 現れたライスシャワー先輩の顔を目を丸くして見つめる私。

 

 そして、炬燵から窓の外を見てみると、ゴォッ! という音と共に吹雪のような雪が降り注いでいる光景が目に入ってきました。

 

 ん? トレーニング? この吹雪の中で?

 

 いやいや、それは流石に冗談でしょう? だって豪雪ですよ? 私、凍死しちゃいます。

 

 しかしながら、視線を再び戻すと何故かライスシャワー先輩は嬉々として目を輝かせています。

 

 

「寒い中の坂、鍛えるには持って来いだわ、スタミナもつくし…、私も来年の天皇賞に向けて走らなきゃいけないしね」

「…うん、そうですね」

「だからアフちゃん、行くわよ」

「………」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉を聞いた瞬間にまるで亀のように炬燵の中に身体をすっぽりと入れて隠れます。

 

 嫌だー! 寒いの嫌いー! 私は冬眠するんです!

 

 これが炬燵の魔力でしょうか、私のだらしの無い部分が解放されていくような感覚でした。

 

 それから、ライスシャワー先輩と暫しの格闘の後、炬燵から引っ張り出された私は無理矢理ジャージに着替えさせられ、極寒の豪雪のレース場に引きずり出される事となりました。

 

 ビュー、という凄まじい吹雪が吹き荒れている中、私の側頭部を中心に雪が積もっていきます。

 

 そんな中、ライスシャワー先輩は私にあるものを手渡しできました。

 

 

「はい、この重しはアフちゃんの分ね? 繋ぐところにはしっかりと毛皮でコーティングしてあるわ」

「…OH…」

 

 

 手渡されたそれは、囚人などが足につける鉄球の重しでした。

 

 んー、私の勘違いでなければいいのですが、ここは確か日本ですよね?

 

 私はいつからシベリア送りにされてしまったのでしょうか?

 

 木を…木を数えなきゃ…!(使命感)。

 

 しかしながら、このトレーニング、驚くなかれ、去年も姉弟子達とやったとライスシャワー先輩は嬉々として語ってくれます。

 

 うん、極寒など、確かにあの人達には関係ないですもんね?

 

 皆さまは伝説のバイオレットステークスはご存知でしょうか?

 

 今はアレより物凄い豪雪だと思ってください、やばい、前が見えねぇ。

 

 とはいえ、私も出てきた以上は走るしかありません、やだなぁ走りたくないですね、寒いですし。

 

 暑いのは好きなんですが、私は寒いのは大の苦手なんですよね。

 

 ん? 胸にたくさん脂肪ある癖に軟弱な事を言うなですって? やかましいわ!

 

 というわけで、私は重石を引きずりながら懸命に坂を駆け上がります。空気が乾燥しているので息が上がるのもいつもより早い気がしますね。

 

 

「はぁ…はぁ…、これはしんどいですね」

「ふぅ…、アフちゃんはまだまだ鍛え方が足りないわね」

「うぐっ…」

 

 

 顔面に募る雪を払いながらライスシャワー先輩の厳しいお言葉に私はぐうの音も出ない。

 

 確かに、スタミナ不足なところも先日のレースで痛感した。

 

 最後の追い込みで新走法を使いなんとか捲ったものの、来年のレースを考えれば不安が残るような内容でした。

 

 今回のトレーニングはそんな私にはぴったりのトレーニングなのかもしれませんね。

 

 

「アフちゃん、とりあえずコンクリートの重しのバンドを腰に付けておくわね

「…えっ?」

 

 

 何がとりあえずなのかはわかりませんが、私が物思いにふけっていると、腰にコンクリの重しを付けたバンドをいつのまにかライスシャワー先輩から巻かれていました。

 

 んー、流石はアンタレス、姉弟子と義理母が居なくともこれですか、素晴らしい(白目)。

 

 戸惑いながらもそれを受け入れてしまう私も私なんですけどね。

 

 私は押しに弱いから致し方ないです。ちょろいわけではありません、決して(小声)。

 

 こうして、私は豪雪吹き荒れている中、ライスシャワー先輩と共に坂路をアホみたいな重石を付けて登るトレーニングに励むことになりました。

 

 思いこんだら試練の道を行くがウマ娘のど根性。

 

 炬燵の事など、それからしばらくしてすっかりと忘れてしまいました。

 

 それから、湯気が立ち上るまでトレーニングし尽くした私とライスシャワー先輩はクタクタになりながら寮へと帰宅。

 

 帰ってきた直後、トレーニングトレーナーをしていたオカさんもこれには本気でドン引きしていました。

 

 

「…この雪の中でトレーニングは流石にせんだろう、お前達」

「ですよねー」

 

 

 ですが、これがアンタレスの伝統らしいので致し方ないですね。

 

 私も染まってますので、おかしいが普通になってしまいました。

 

 やばい、禁断症状が…、トレーニング…、トレーニングしなきゃ…身体が震えてきやがるっ!?

 

 ちなみに年明けはこれ付けて富士山に登るとライスシャワー先輩が言っていましたので、私はもう色々と悟っています。

 

 私とライスシャワー先輩の頭部には雪が積もってすんごい事になってました。

 

 皆さん、これが、噂の冷凍ウマ娘ですよ、ちなみにレンチン不可です。悲しいなぁ。

 

 

 それから、私達は翌日、WDTの中継をチームメンバー全員で見ることにしました。

 

 私、最初、WDTってダブル童◯の略かと思ってたんですけどね、そう言ったら、顔を真っ赤にしたシンボリルドルフ会長からまたお説教を食らってしまいました。

 

 どうやら私の心は汚れきってしまっているらしいです。

 

 まあ、確かに男性のファンに言い値でエロ本売っている場所を教えてあげるのは私くらいなものですからね。

 

 そんな事もあって、私の新しい渾名がファンに広まりつつありました。

 

 その名も魔性の青鹿毛です。

 

 うーん? メジロラモーヌ先輩かな? と私は最初は思っていたんですが、どうやら違うようで、なんでも、童◯殺すウーマンという意味らしいです。

 

 私はどうやら無自覚で童◯を殺しているみたいです、何という事だ。

 

 そんな不名誉な渾名がつけられている私の話はさておき、WDTの話に戻るとしましょう。

 

 今回はシンボリルドルフ会長とナリタブライアン先輩、そして、オグリキャップ先輩の三人に注目が集まるレースとなりました。

 

 とはいえ、スペちゃん先輩やサイレンススズカ先輩など名だたるウマ娘もこのレースに出場しているみたいですし、結果はわかりませんね。

 

 ゲートインが完了し、旗が上がります、そして、それが振り下ろされた途端、ゲートが一気に解放され、一斉にウマ娘がスタートしました。

 

 本来ならば、このWDTにはミホノブルボンの姉弟子も参加するように招待状を送られてきたのですが、休学届をトレセン学園に提出しているので今回は出走を取り消される事になりました。

 

 一方でライスシャワー先輩もまた今回のレースを辞退しています。理由は自分が納得する実績を積めてないということからでした。

 

 二人がこのレースで走るところを私は見たかったですけどね、残念です。

 

 

「おい! ラスト直線行くぞ!」

「先頭はスズカちゃんね…」

 

 

 ナカヤマフェスタ先輩の言葉にライスシャワー先輩は先頭に立っているウマ娘の名前を述べる。

 

 ラストの直線、最後は意地と意地のぶつかり合いだ。

 

 凄まじい速さで追い上げていくウマ娘達、やはり、皆、末脚は恐ろしいほどの才能を持っているウマ娘ばかりである。

 

 そして、今回のWDTの結果ですが、勝ったのは…。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

 なんと、ナリタブライアン先輩でした。

 

 最後の直線で信じられない爆発力を見せつけ、ごぼう抜きし、ルドルフ会長と競合いながらもそのままゴールイン。

 

 私もまだまだ進化し続けているんだぞとばかりにヒーローインタビューではやたら私の名前を挙げてきました。

 

 私の名前3回くらい呼んでましたからね、テレビ越しでもぶっちゃけ恥ずかしかったです。

 

 私のこと好きすぎでしょう、隣に座っているメジロドーベルさんがハイライトのない眼差しで見つめてくる私の身にもなってください。

 

 朝日杯終わってから、ネオちゃんとシンちゃんを始末すると荒ぶっていた彼女を腰を引っ掴んで宥めるの大変だったんですから。

 

 

 まぁ、そんな感じで、朝日杯を勝った私は慌ただしい毎日を送りながらも楽しく過ごしています。

 

 今月末には表彰式もあるみたいなので、ドレスを着て出席だとか。

 

 それも買いに行かないといけないんですよね。

 

 今年は割と忙しい年末年始となりそうです。

 

 朝日杯を終えて、一応、義理母には報告に行きました。

 

 体調の方はあまりよろしくはなかったようでしたが、それでも私が朝日杯を勝ってきたことを本当に嬉しがってくれました。

 

 

「良くやったね、見ていたよ、いい走りじゃないか」

「義理母のおかげですよ…」

「…お前さんの実力さね」

 

 

 そう言って、義理母は私を撫でて、褒めてくださいました。

 

 具合が悪い中でも、私の身を案じてくれて病室から懸命に声援を送っていたと担当の看護師さんから聞いた時は本当に嬉しかったです。

 

 思わず、涙が出そうになってこっそりと目元を拭ったのはここだけの話ですけどね。

 

 来年こそは、きっと義理母も元気になって戻って来てくれるに違いありません。

 

 私はそう願っています、私の勝ちが少しでも義理母の元気につながってくれたら良いと心の底から思いました。

 

 

 それと、明日はクリスマスパーティーがありますので楽しみですね。

 

 略してクリパ、こう聞くとクリソツパーマの略にしか聞こえないから不思議です。

 

 ちなみにクリスマスでも関係ないですね、パーティー前でもウチはトレーニングしますから、なんでも重石とプレゼントを大量に載せたサンタのソリをみんなで引っ張って坂を登るらしいです。

 

 走れソリよ〜風のように〜私の身体は〜軋む軋む〜。

 

 変な音が鳴らないことを願います、オカさんが無茶しないように見ていてくれるらしいのでそこだけは安心ですね。

 

 皆さんもクリスマスを楽しくお過ごし下さい、良ければ私と一緒に極寒の中、ソリを引いて過ごしましょう。

 

 

 応募お待ちしています(不気味な笑み)。



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年末受賞式(パーティー)

 

 記念すべき私の初授賞式。

 

 朝日杯での功績が認められ、なんと、私は現在、年間受賞者が受けられるパーティーに参加しております。

 

 テンション上がりますよねー、にんじんジュースが美味い!

 

 でも、ドレスがエッチなのはダメだと思います。メジロドーベルさんに選んでもらったのは軽率じゃった。

 

 私のはVネックに濃い青が特徴のエンパイア・ウエストが特徴のドレスです。

 

 白い長手袋なんかも付けてます。

 

 やっばい、セレブ感ありますね、私、田舎の芋ウマ娘だったんですけど。

 

 お尻のラインから胸にかけてくっきりとした青く煌びやかなドレスなんですけど、胸元は空いてるわ太ももはドレスの間から見えるわでなんだか落ち着きませんね。

 

 

「アフちゃん先輩ー! 先輩も来てたんですかっ!」

「おー、スカーレットちゃんじゃないですか! …相変わらず元気そうですね」

「…先輩、どこ見て言ってます?」

 

 

 ドレスの谷間からバルンバルンと弾む胸をガン見しながら告げる私にジト目で告げてくるスカーレットちゃん。

 

 ハロースカーレットボインちゃん今日も元気だね、たゆんたゆんだね! え? 私? 絶好調だよ、いろんな意味でな!

 

 お前もやろがいという突っ込みがどこからか聞こえてきますが、多分、気のせいですね、私の奴は無駄に元気が良いですから、身長に行け身長に。

 

 目線が胸の位置にあるから仕方ないんですよね、私としては非常に不本意なんですよ本当に。

 

 そんな私の顔を見ながら、ドレス姿のダイワスカーレットちゃんはにこやかな笑顔でこんな話を振ってくる。

 

 

「朝日杯、先輩凄かったですね! 本当に! あそこからの一気の捲り! 痺れましたよ! あーあ! 私もあんな走りがしたいなー」

「えへへー、そんなに褒めて何が欲しいんですか? 人参くらいしか持ってないですけど」

「なんでこの会場に人参持って来てるんですか?」

「オグリ先輩の餌付け用です」

 

 

 そう言って、私はダイワスカーレットちゃんにドレスの太ももに巻きつけてある人参をスパイ映画みたく取り出して見せる。

 

 ダイワスカーレットちゃんはそれを見て若干引いていました。なんでや、ちょっとセクシーでカッコエエやないか。

 

 それはさておき、と私は気を取り直してコホンと咳払いをする。

 

 

「実は私もスカーレットちゃんとウオッカちゃんのレースは拝見してたんですよね」

「!? …えっ! 本当ですか! それ!」

「それはもちろんですよ、参考になりますから」

 

 

 他のウマ娘のレース振りは私自身、勉強になりますからね、もちろん、拝見する時はします。

 

 ただのトレーニング馬鹿というわけではありません、トレーニング馬鹿という部分に関しては間違ってはいませんけどね。

 

 スカーレットちゃんは目を輝かせながら、私にこう問いかけてくる。

 

 

「どうでした! 私のレース!」

「はい、ウオッカちゃんとスカーレットちゃんのブルマは最高ですね、特にお尻が最高だと思いました」

「……先輩…」

 

 

 お尻を急に両手で押さえて冷めた眼差しで私を見つめてくるスカーレットちゃん。

 

 あれー? 正直に話したんですけどね、ブルマ姿の二人の姿可愛かったですし、勝負服姿ももちろん可愛いんですけど。

 

 まあ、冗談はさておき、確かに差しという戦法に関しては二人の走りを参考にさせていただいた部分は多々あります。

 

 スピカでの共同練習の甲斐はありましたね、新走法に関しても取り入れる部分はたくさんありましたから。

 

 

「…まあ、真面目な話をすれば、脚の使い方や走法は実に参考にはさせてもらいましたね、助かりましたよ」

「本当ですか! それは良かったです!」

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 私はそう言って、にこやかな笑みを浮かべ、持っていたニンジンジュースのグラスを軽く掲げるとクイッと飲み干す。

 

 うーん、キャロット味、これが癖になるんですよね、基本、ニンジンジュースしか飲んでないんですけども。

 

 そんな雑談をしている中、私の背後から忍び寄る白い影。

 

 そして、背後から忍び寄ったそれはドレスの上から私の胸を乱暴に両手で鷲掴みにしてきました。

 

 

「アフ〜! お前〜何話してんだ〜! この〜!」

「ほわぁ〜〜!?」

 

 

 いきなりの奇襲に私も思わずびっくりしてしまい普段出さないような声を上げてしまいます。

 

 そう、犯人は白いあんちくしょう、ゴールドシップちゃんです。

 

 馬鹿野郎、お前! びっくりするじゃろがい!

 

 まあ、いつもこんな感じに戯れてくるので、慣れてるっちゃ慣れてるんですけども、こういきなり来られるとね。

 

 ゴルシちゃんは好きですし、可愛いから許しますけど。

 

 振り返った私は慌てて顔を真っ赤にしながら私の胸を鷲掴みにしているゴルシちゃんの手をはたき落とします。

 

 

「こんのばかたれっ! ほんのこてひったまがっどっ! ないば考えちょるんかっ! もーっ!」

「何故に方言になった?」

 

 

 顔を真っ赤にして取り乱す私の方言に冷静な突っ込みを返してくるゴルシちゃん。

 

 私は冷静さを欠いてしまったようだ、いかんいかん、何故か薩摩言葉で返してしまった。

 

 ゴルシちゃんとスカーレットちゃんは私の発した言葉が理解できずにキョトンとしている様子でした。

 

 いきなり胸を掴まれたんじゃ仕方なか、そげんこつ、おいは知らん。

 

 さて、気を取り直した私はため息を吐くとゴルシちゃんにジト目を向ける。

 

 

「いきなり胸を掴むのはダメです。次やったらゴルシちゃんのそのでっかい胸を一日中こねくり回す刑に処します」

「…はははは! おいおいそりゃー」

「嘘、だと思いますか? 私にはその『覚悟』があります。やると言ったらやりますよ、人前であろうとなんであろうと摘まみますし問答無用で悶絶させてやります」

「ごめんなさい、もうしません」

 

 

 私のガチの眼差しを見て、流石のゴルシちゃんもこれには悪いと思ったのかすかさず頭を下げてきました。

 

 いえいえ、謝る必要は皆無なんですよ? えぇ、私は単にそうするだけなので、ギブアンドテイクです。

 

 やってやるぞ! 徹底的にな!

 

 きっとこの時の私は彫りが深くなって、凄味が増していたと思います。背後に効果音も出ていたかもしれませんね。

 

 さて、お二人のコーディネートを見てみましょう!

 

 ゴルシちゃんは胸が強調されている赤いストラップレスドレス、スカーレットちゃんはこれまた胸が強調される青が特徴のXラインのドレスを着ています。

 

 この二人見たら、胸がない人が、なんだこの野郎と喧嘩売りそう(こなみ)。

 

 さて、そんなアホなやり取りを私達が繰り広げていると遠くから、綺麗なドレス姿のスペシャルウィーク先輩とサイレンススズカ先輩がグラスを片手にやって来ました。

 

 ドレスアップしたお二人は実に可愛いと思いますね。

 

 スペ先輩は白いっぽいピンク色をしたバルーンシルエットのパーティードレス、そして、スズカ先輩は翠色が特徴のAラインドレスを着ていらっしゃいました。

 

 胸がAラインとか言ったらぶっ飛ばされるのでやめましょうね? 絶対に言ってはいけません、いいね?

 

 さて、話は戻しますが、こちらにやって来たお二人は笑みを浮かべながら私に話しかけて来ます。

 

 

「あー! アフちゃん! 久しぶり! 元気だった!」

「おー、スペ先輩! お久しぶりですっ! 出産おめでとうございます!」

「私何も産んでないよっ!?」

 

 

 いきなりの私のボケに盛大に驚いてくれるスペ先輩、やっぱり素直なところはほんとに可愛いですね。

 

 私ですか? …はい、もちろん素直ですよ? そう、時折ですけども(目逸らし)。

 

 私だって素直な時だってありましたよ、…スピカのスペ先輩とは比較にならないほど調教された際にね…(嘘)。

 

 こんなに私と皆さんの間で意識の差があるとは思わなかった…!

 

 おっと霧が濃くなってきましたね、いけない、いけない。

 

 そんな中、ドレス姿のスズカ先輩は私の側に近寄るとパシンッと両頬を引っ掴み、そのまま持ち上げてきました。

 

 いきなりの出来事に目をまん丸にした私は宙ぶらりんのままです。

 

 

「…アフちゃん、無茶なトレーニングはダメって言ったわよね?」

「ひゃふっ!? まっひぇくだひゃい!? ひょひぇひゃへふへ!」

「言ったわよね?」

「…ひゃい」

 

 

 スズカ先輩からにっこりと満面の笑みを向けられて迫られた私はそう返事を返すしかありませんでした。

 

 アンタレスですから、実際、致し方ない部分はあるんですけどね。

 

 スズカ先輩としては大きな怪我をした身として私の事を案じて下さっているんでしょうけれども。

 

 それを聞いたスズカ先輩はゆっくりと私を地面に降ろすと改めてこう話しをし始める。

 

 

「聞いたわよ? 吹雪の中、重石を積んだソリを引いて坂路を登ったって、しかも、その前はまたコンクリートを引いて登ったんでしょう?」

「あ、はい、そうなんですが、私は炬燵に入っていたところをライス先輩に誘われてですね…、と言いつつもガッツリ乗り気で行きました。後悔はしてません」

「スズカー、アンタレスだから仕方ねーよ、それはー」

 

 

 そう言って、言い切ってしまう私の言葉にゴルシちゃんは納得したように頷き、フォローしてくれる。

 

 うん、アンタレスだから仕方ないのである。この一言で尽きてしまうから本当にびっくりですよね。

 

 それを聞いたスズカ先輩も何かに気がついたようにハッとした表情を浮かべると私に申し訳なさそうにこう話しをし始める。

 

 

「…あっ、そうね…、確かに他所のチームの方針に私が口を出すのはお門違いだったわ、ごめんなさい」

「いえ、私はスズカ先輩のそんなとこは好きですから、私のことを心配してくださってるんですよね、分かりますよ」

「アフちゃん…」

「そうだよね! スズカさんは後輩想いで、私もたくさん助けられたからその気持ちすっごくわかる!」

 

 

 スペ先輩は私の言葉に同調するように頷き、スズカ先輩に笑いかけます。

 

 確かに、こんな風に支えてくれる先輩がいると頼もしいですし、安心できますよね、スピカにとってはそれはきっとスズカ先輩なんでしょう。

 

 改めて私に向き直ったスズカ先輩はニコリと笑みを浮かべると手を握りこう告げてきた。

 

 

「朝日杯、優勝おめでとう! アフちゃん! まだちゃんと言えてなかったから、今日、ちゃんと言えてよかったわ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 そう言って、私は手を握って祝ってくれるスズカ先輩に素直にお礼を述べる。

 

 スズカ先輩は併走に付き合ってくれたりしてくださいましたし、私の朝日杯に向けたトレーニングに一役買っていただいきましたからね。

 

 こうやって祝ってくれるのは、やはり、素直に嬉しいです。

 

 しばらくして、私達が話し込んでいると次はライスシャワー先輩とメジロドーベルさんの二人がこちらにやってきました。

 

 

「どうも、アフちゃんがいつもお世話になってます」

「アフちゃん、やっぱりドレス似合うわね」

 

 

 そう言って、スズカ先輩の前に行き、頭を下げるライスシャワー先輩と私のドレスの感想を述べるメジロドーベルさん。

 

 この二人もこのパーティーにはアンタレス代表として招待を受けていました。

 

 アンタレスからは、後はタイキシャトル先輩とスプリンターズSで激闘を繰り広げたサクラバクシンオー先輩がパーティーに出席しています。

 

 ライスシャワー先輩はIラインの黒いロングドレスに全体的に落ち着いた感じの雰囲気があるドレスですね。

 

 メジロドーベル先輩はスラリと生足が見える色気ある金と黒が特徴のストラップレスミニドレスを着ていました。

 

 場面は戻り、ライス先輩から頭を下げられたスズカ先輩は慌てた様子で左右に首を振りながら笑顔を浮かべこう告げる。

 

 

「い、いえ!? 私は何も…」

「お話は伺っています。先日はありがとうございました」

「こちらこそ、ライスシャワーさん、私も良いトレーニングができましたから」

 

 

 スズカ先輩はそう言ってお礼を告げるライスシャワー先輩に笑みを浮かべた。

 

 二人がこうして仲睦まじく話をする姿を見ることができるなんて誰が予想できたでしょうかね。

 

 なんだかほっこりしてしまいます。

 

 そう、現実では決してお目にかかることができない組み合わせ、これは貴重な一場面が観れたのではないでしょうか?

 

 皆さん、私に感謝してくださいね? えっへん!

 

 さて、そんな私ですが、今、現在、珍妙な空気感が漂う空間に居ました。

 

 

「ドーベルじゃんかー! ひっさしぶりじゃーん!」

「げぇ、アンタも一緒かぁ…マックイーンは?」

「お? 呼ぶかい? おーい! マックイーンッ! ちょっと来いよー!」

「あ、いや、わざわざ呼ばなくても良いんだけど…」

 

 

 そう、なんと癖ウマ娘が総本家、メジロ家が集うこの場に私が居るのは非常に場違いな気がしてならないんですよね。

 

 そして、ゴルシちゃんは食事を楽しんでいるマックイーン先輩を無理矢理引きずって連れてくる始末ですし。

 

 全くもってマイペース、それが、ゴルシちゃんの良いところでもあるんですけど。

 

 あれ? よく考えたら癖ウマ娘が集結しつつありませんかね? これ?

 

 どうやら、年末のパーティーでの話はまだまだ続きそうですね。

 



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年間授賞式 その2

 

 

 

 さて、前回、受賞式典のパーティーに呼ばれた私でしたが、なんと今、場違いな場所に居ます。

 

 というのは、前回の話を見てくれた方ならわかると思います。はい、メジロ家の癖ウマ娘に包囲されてしまいました。

 

 ボスケテ…ボスケテ…。

 

 私は笑みを浮かべながらも、尻尾はタランと垂れ下がり冷や汗が止まらねぇじぇ…。

 

 

「はぁ…何かと思えば、メジロドーベルではありませんか…」

「マックイーン、久しぶりね」

「それと…、アフさん?」

「ひゃい! マックイーンパイセン!」

「…何故、貴女はいつも私を見ると怖がるのかしら…」

 

 

 そう言って首を傾げるメジロマックイーンさん。

 

 貴女の胸に手を当てて考えてみてください、私は知っていますよ? 前回のウイニングライブの後、最後の最後に特攻服を恥じらいながら頼みに来た貴女の姿をしっかり見てますので。

 

 隠したヤンキー魂は見せない元ヤンお嬢様…、きっと部屋の本棚には少女漫画でカモフラージュして、裏にはビーバッ◯ハイスクールとかク◯ーズとか特◯の拓とかがビッシリと詰まっているに違いありません。

 

 なお、当の元凶であるゴルシちゃんはニコニコとしながら、私の姿を眺めている模様。

 

 何という事をしてくれたのでしょう! 毎回ですけどね!

 

 

「ほら、マックイーンパイセンは来年も天皇賞春連覇ブッ込むって聞いたんですけど…」

「あの…ぶっ込むっていうよりかは…。まぁ確かに私は連覇を狙っていますわ、偉大なメジロ家の名を継ぐ者としては当然ですわね」

 

 

 鼻高々に私にそう宣言してくるメジロマックイーン先輩。

 

 はい、メジロ家は偉大ですものね、えぇ、よく存じておりますとも、いろんな意味で化け物が生まれる名家ですもんね。

 

 私はいつも絡まれてるからわかるんです。

 

 特に白いやつにはセクハラをよくされてますからね、全く。

 

 私はマックイーン先輩に話を続ける。

 

 

「天皇賞と言えば、歴史がG1の中でも、1番長いレースですよね。何せ天皇陛下がご覧になられるレースですし」

「そうですわね、私も優勝して陛下からお言葉を授かった時は感無量でしたわ」

「古くは701年から始まっているウマ娘のレースですけども、その中でもやはり、天皇賞を取るのはウマ娘として誉れですからね」

 

 

 しかも、それを二連覇しているというところを見ればマックイーン先輩の凄さがわかるというものだ。

 

 天皇賞春は菊花賞よりも距離があり、歴史もある。3200メートルの距離で行われ、足に自慢のあるステイヤーがぶつかり合うレースだ。

 

 来年、この芦毛の名優とライスシャワー先輩が戦う事になると考えただけでもドキドキしてしまう。

 

 そんな中、私と話をしていたマックイーンを見ていたメジロドーベルさんはため息を吐くとこんな話をし始める。

 

 

「まぁ、今は表面的にはお嬢様気取ってるみたいだけどさ、貴女、前までは素行がすこぶる悪くてじゃじゃウマ娘で有名だったじゃないの?」

「んな!? ちょ、ちょっと!? メジロドーベル! 何をカミングアウトして…」

「あ、やっぱりそうですよね、すこぶるヤバイ元ヤンウマ娘なのは私も存じてました」

「わー! わー! 何をおっしゃっているんでしょうかねー! わたくしには何のことだかわかりませんわー!」

 

 

 私とメジロドーベルさんの爆弾発言を取り消させるように大声をわざと上げて遮り始めるマックイーン先輩。

 

 いや、サンデーサイレンスとかいうアメリカのヤバイヤンキーとマブダチなんでしょう?そりゃ知ってますとも。

 

 そして、貴女の列伝を知らないわけがありませんね、特攻服を先日、私のところに貰いに来たの知っていますからね。

 

 悪そうな奴は大体友達ってマックイーン先輩、雰囲気と背中で語ってますもんね、トレーナーにプロレス技掛けますもんね貴女。

 

 私は満面の笑みを浮かべながら、マックイーン先輩の肩をポンと叩く。

 

 

「知ってる方は知ってるんじゃないですかね、私はマックイーン先輩がそうだろうと思ってましたから! どんまい!」

「…腹パンしますわよ?」

「ごめんなさい、ボディはダメです、私弱いんです」

 

 

 笑みを浮かべたマックイーン先輩から拳を鳴らされたまま告げられた私はすかさず頭を下げました。

 

 多分、ゲロッちゃいます、腹筋には自信はありますけどこの人のパンチは人を宙に浮かすぐらい強烈な気がしてなりません。

 

 目が怖いよー怖いよー。

 

 そんな会話を私とメジロマックイーン先輩が繰り広げている最中でした。

 

 頭の上からポヨンと何か柔らかいものが当たってきます。そして、不意を突かれガッチリホールドされました。

 

 あすなろ抱きというやつですね。

 

 

「よう、アフ、可愛いドレス着てるな」

「…なーんで後ろから抱きつくんですかね…ナリタブライアン先輩」

「そりゃ、お前さんが私の可愛いヌイグルミだからだろう、な? 何も問題は無いだろう?」

 

 

 何が、な? なのかはわかりませんが、私を抱きしめているナリタブライアン先輩は上機嫌でそう告げてきました。

 

 そりゃ、居ますよね? だって今年のWDT優勝したウマ娘ですし、シャドーロールの怪物は誰しもが知っている名前ですもの。

 

 やだ、カッコいい、惚れちゃいそう!

 

 と、普通の女性なら今の状況でそうなるでしょうが、真正面からブライアン先輩の全裸を何回も見て、寝床を一緒にしている私からしてみれば屁でもないシチュエーションなわけですね。

 

 ドレス着ているからか、いつもよりは綺麗には見えますけど、中身は変わってないですね。

 

 

「ほら、ブライアン、背後から抱きつくなどみっともないぞ?」

「姉貴、せっかくのパーティーだ。たまには羽を伸ばさないとな、それに、アフは私のヌイグルミだぞ?」

「はぁ…お前という奴は…」

「いいぞーもっと言ってやってくださいお姉さん」

 

 

 私はそう言って、ナリタブライアン先輩からあすなろ抱きされた状態で呆れた様子で告げるビワハヤヒデ先輩を援護する。

 

 怪物姉妹ももちろん、このパーティーに揃い踏みだ。

 

 ビワハヤヒデとナリタブライアン、この姉妹対決はウマ娘ファンなら是非とも見たいと望まれている組み合わせ。

 

 もしかすると、私と姉弟子との対決も見たいと思われている方もいらっしゃるかもしれませんね?

 

 肝心の姉弟子は今、行方をくらませてますけども、表彰式は見届けたかったなと思います。

 

 今年の年度代表ウマ娘に選ばれてましたからね。

 

 しかしながら、ビワハヤヒデ先輩とナリタブライアン先輩、やはり、二人揃うと雰囲気からして違うなとは思いますね。

 

 二人ともお洒落なドレスでコーディネートされていて、とてもお綺麗でした。

 

 シャドーロール付けてる方が私を抱きしめてなければですけども、いろいろ台無しですよ、ほんと。

 

 ビワハヤヒデ先輩は援護する私の顔をジッと暫し見つめると、首を傾げながら話をし始める。

 

 

「このちんちくりんが朝日杯を優勝した魔王だとはな、未だに信じがたいが…」

「誰がちんちくりんやねん」

 

 

 私にかける第一声がそれですか、確かに身長はちっさいですけども!

 

 非常に遺憾である。遺憾って言葉非常に便利ですよね、遺憾と言いつつも特に何もしないのが最近の流行りだと聞きました。

 

 そして、私をあすなろ抱きしているナリタブライアン先輩はそんなビワハヤヒデ先輩にジト目を向けています。

 

 これはイカン、パーティーで私を巡って姉妹喧嘩はやめてくだちい。

 

 

「姉貴」

「なんだ?」

「アフはやらないぞ、これは私のだ」

「誰も取らんわ!」

 

 

 私を隠すようにして告げるナリタブライアン先輩に突っ込みを入れるビワハヤヒデ先輩。

 

 うん、私の扱いがもうね、涙が出ますよ。

 

 ナリタブライアン先輩にぎゅっと抱きしめられている私は最早、何も言えませんでした。ほら見ろよ、メジロ家の皆さんがポカンとしてらっしゃるぞ。

 

 ゴルシちゃんが若干、不機嫌そうなんですけども、この原因作ったんアンタやで?

 

 そんな中、メジロドーベルさんはハイライトのない眼差しでゆっくりと私を抱きしめているナリタブライアン先輩に近寄るとポンと肩を叩いてこう告げ始める。

 

 

「ナリタブライアン先輩、ちょっと表出ましょうか? 丁度、話をつけたいと思ってたとこなんですよ」

「ん? 話か? 手短にな? 私は朝日杯を頑張ったアフを愛でるのに忙しいんだ」

「ちょっと待って! 火にガソリンを注がないで! 爆発するからっ!」

 

 

 私はそう言って、すかさず、ナリタブライアン先輩に突っ込みを入れる。

 

 ナリタブライアン先輩、奴の目を見ろ、あれはヤバい奴の目ですぜ。

 

 ダメです、私は見たことがあるんです、テレビで一回見たことありました、なんか、ナイスなボートで流れていくアニメでしたね、えぇ。

 

 楽しいパーティー会場を仁義なき闘いにしてはなりません(戒め)。

 

 私も良く、シンボリルドルフ生徒会長の着火した怒りの火に液体化したニトログリセリンぶっかけるような事ばかりしてますけど、いい事になった覚えがありませんからね。

 

 

「まぁまぁまぁ、私のために争わないでください、せっかくのパーティーなんですから」

「そうだぞ、ブライアン、アフのやつ困ってんじゃないか」

「…!? ヒシアマ姉さーん!」

「のわ!?」

 

 

 私は柔らかい身体を使い、軟体脱出を試みて、そのまま現れたヒシアマゾン姉さんの元に駆け寄るとそのまま抱きつく。

 

 そして、ヒシアマ姉さんの背後に隠れると彼女を盾にしたままジト目をメジロドーベルさんとナリタブライアン先輩に向けた。

 

 何が悲しくて、私がこんな目に合わなきゃないんだ。私はどんな手を使っても逃げてやるぞ!

 

 そう、ここに今都合よく来たヒシアマ姉さんを利用してでもな(下衆)。

 

 そんな策を私が考えていると、これまたゴルシちゃんとは違った芦毛のウマ娘が大盛りに盛られた料理皿を持って声をかけてきた。

 

 

「…んぐっ! …なんだアフじゃないか、何をしてるんだ?」

「お、おい、アフ! なんなんだよ急に!」

「見ての通りです、オグリ先輩、ヒシアマ姉さんを盾にしています」

「ちょっと待てェェ!? お前ェ!」

 

 

 そう言って、現れたモグモグとご飯を頬張っているオグリキャップ先輩に何事もないように告げる私。

 

 ヒシアマ姉さんはそんな私の発言に思わず声を荒げて突っ込みを入れてくる。

 

 なんとかして生きねば(必死)。

 

 そんな中、ヒシアマ姉さんに迫る三人、メジロドーベルさんとナリタブライアン先輩、それにゴルシちゃんである。

 

 

「決めたー、アフは私の相方だ。お前らには渡さねー」

「それは違うな、私のヌイグルミだぞ?」

「なぁに言ってんのかしら? ウチのチームの可愛い後輩なんだけど?」

「待て待て! 私は無関係だぞ!なんで近寄ってくるんだ! アフ! 早くいけ! お前!」

「嫌です」

 

 

 だんだんとヒシアマ姉さんと私に間合いを詰めてくる三人。

 

 ヒシアマ姉さんは早く離れろと告げるが私は即答で返してやった。

 

 この面倒な状況で逃げろだなんてそんな殺生な…、私はまだ死にたくないんです。

 

 そんな中、ヒシアマ姉さんを盾にしていた私の肩にポンと綺麗な手が置かれる。

 

 あれ? 背中に妙な寒気が…、おかしいですね? 暖房効いているはずなんだけどなぁ…。

 

 私はゆっくりと背後を振り返ります、そこには満面の笑みでワイングラスを片手に目が笑っていないシンボリルドルフ生徒会長のお姿がありました。

 

 あとはもう、お察しの通りです。鋭い眼光の生徒会長に敵うウマ娘は居ませんね、はい。

 

 

「お前達、何か問題か?」

「「「いえ、何もありません」」」

 

 

 息がぴったりとあった返答。

 

 そこから、私達は大人しくみんなで仲良くテーブルを囲んで表彰式まで料理をいただきました。

 

 ルドルフ会長を交えてですけどね。

 

 私ですか? 主犯としてルドルフ会長の側で料理をいただきました。すぐそばにいるテイオーちゃんが唯一の癒しでしたけどね。

 

 

「アフチャーン、相変わらず問題児だね」

「今回は私は悪くないのになー、あれー?」

 

 

 こういう時、日頃の行いが出るんでしょうね。

 

 テイオーちゃんから隣で肩をポンポンと叩かれながら、料理を口に頬張る私は常々そう思うのでした。

 

 それから、しばらくして表彰式がはじまります。

 

 表彰式は滞りなく進み、私は今年の新人賞を受賞することができました。

 

 来年のクラシック、私に対するマークはキツくなるでしょうが、頑張らないといけませんね。




私なりの皆さんへのクリスマスプレゼントです(大嘘)。


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謹賀新年 トレセン学園フルマラソン

 

 

 

 年が明けて、翌年元日。

 

 さて、私は現在このクソ寒い中、箱根の山の麓に来ています。

 

 あ、遅れましたが、皆さん、明けましておめでとうございます。

 

 さて、では話を戻しましょう、その理由はというと?

 

 

 まあ、毎年恒例行事であるウマ娘の駅伝レースですね。

 

 そのトレセン学園主催の駅伝に私が狩り出された訳ですが、当然、コースは上り坂のある第五区間です。

 

 坂路を何千と登っている私にしてみれば屁でもないコースなのですが、一言だけ、物申したい。

 

 もの凄く寒いです。私、寒いの苦手なんですよね…。

 

 

「なんで私がマラソンなんかに…」

「おいおい、頼むぜアフ? お前さんに私達のスイーツが掛かってるんだからな?」

「えー…」

 

 

 ナカヤマフェスタ先輩の説得に私はジト目を思わず向けます。

 

 今回のレースは通称、TTG駅伝という変わった形での催しものです。

 

 最終の第七区間では、『天馬』の異名を持つ、トウショウボーイ先輩、『流星の貴公子』ことテンポイント先輩、そして、『緑の刺客』グリーングラス先輩の三人がレースの締めを行います。

 

 どの先輩達も偉大なレジェンドばかりです、そんなレジェンドに手渡すタスキを私が運ぶなんて恐れ多いですよね。

 

 そして、肝心な私の対戦相手なのですけども、これまたヤバい人達なのです。

 

 私があまり走りに乗り気でないというのも、その事があるからですね。

 

 まず、この間、メジロドーベルさんと私が買い物に出かけた時のことを皆さんは覚えているでしょうか?

 

 その時に私が姉弟子に間違えて出会ったウマ娘が居ましたよね?

 

 そう、レースになると気性が一気に変わり、お気に入りのマスクことイケさんを振り落とすとリミッターが外れる怪物ウマ娘。

 

 綺麗な栗色の髪はまさにターフに映える事でしょう。

 

 別名、『金色の暴君』フランス語では『金細工師』の名を持つ若き天才。

 

 メジロ家の血を継承する未来を担う三冠ウマ娘候補、その名も、『オルフェーヴル』です。

 

 マスクを被り、一見して大人しそうに見えますが、見た目に騙されてはいけません、キレたらヤバイんです。

 

 

「…何…?」

「…いえいえ!? 何でもないですよー!? 今日は互いに楽しみましょう! ね!」

「…ん…」

 

 

 そう言って、オルフェーヴルちゃんは冷や汗を垂らしている私の言葉に静かに頷いて答えてくれます。

 

 はい、日常的には本当に大人しい娘だと思います。

 

 あと、良い娘です。私も娯楽とはいえど、まさか、この娘と走る事になるとは思いもしませんでした。

 

 そして、その反対側に私が視線を向けてみると…?

 

 

「…ふぅ…、よし…足の調子は良さそうね…」

 

 

 綺麗な鹿毛の髪をサラリと背後に靡かせ、軽くストレッチがてら、足を伸ばしている美人がそこに居ました。

 

 観た者を惹き付けるような綺麗な立ち姿。

 

 そして、吸い込まれるような水色の瞳の奥には静かに闘志が漲っています。

 

 瞳の輝きに衝撃を受け、また多くの人々に強い衝撃を与えるウマ娘になって欲しいという思いから彼女の名前は記憶に残るような名前となりました。

 

 

 別名、『英雄』

 

 

 走る姿はまるで羽を広げて羽ばたくように走る事から、天を駆けているようだと噂されている若き、三冠ウマ娘候補。

 

 その名は、『ディープインパクト』。

 

 そう、私と走る二人はトレセン学園始まって以来の秀才、天才と言われている三冠ウマ娘候補の二人なのです。

 

 あれ? 私は場違いなんじゃなかろうか?

 

 娯楽の意味を込めたこの催しなのですが、どうやら、それとは別に若いウマ娘の育成に関しても同時に行うことができるとトレセン学園の運営側が企画したメンバーらしいです。

 

 小柄な身体のディープインパクトちゃんはストレッチをしながら私の方をジッと見つめてきてます。

 

 ヤバイよ、ヤバイよー。

 

 何というか、運営側は何をもってして、このメンバーをこの配置に集めたのか本当に私は涙が出てきそうですよ。

 

 確かに、私もG1朝日杯を先日勝った実績はあります。

 

 ですが、今、私の横にいるディープインパクトちゃんもオルフェーヴルちゃんも、未だにG1レースを走っていないながらも、G1を勝った実力あるウマ娘を併走で蹴散らしたという話を私は耳にした事がありました。

 

 そんな、イケイケドンドンなウマ娘と私が走るとなると骨が折れるどころではありません。

 

 これ、娯楽の範囲やないで? ガチにやらなアカンやつやで?

 

 という具合に私は当日になって、レース相手を目の当たりにして戦慄するほかありませんでした。

 

 ディープインパクトとオルフェーヴルとマラソンして、先頭でタスキを繋げだなんて、どんだけ鬼畜なんでしょうね。

 

 ちなみに、レースメンバーの編成を弄っているのは生徒会の方々です。

 

 つまり、これは明らかにルドルフ会長とナリタブライアン先輩が仕組んだ組み合わせという事に他なりません。

 

 粉バナナ! 私を陥れるために仕組んだバナナ!

 

 今の季節はバナナよりみかんなんですけどね、話が逸れてしまいましたけども。

 

 という事で、私はこの二人と走らないといけません、これは、私も本気モードにならないといけないとダメかもしれませんね。

 

 しばらくして、どうやって私がペース配分をしようかと考えていた矢先でした。

 

 

「…こうして、お話するのは初めてかしら…アフトクラトラス先輩…?」

「…ん…、そうですね…貴女は」

「ディープインパクトです。先輩」

 

 

 そう言って、柔らかな表情を浮かべ、私に話しかけてくる綺麗な鹿毛の美人ウマ娘、ディープインパクト。

 

 互いに話には聞いてはいたが、オルフェーヴルちゃんを含めて私達は初対面だ。

 

 しばらく、ディープインパクトと目を見つめ合っていた私は名乗ってきた彼女に静かに口を開く。

 

 

「貴女が『英雄』と言われている事は存じていますよ、名前もね」

「…そうでしたか」

「えぇ、オルフェーヴルちゃんも、2度ほどお会いしましたものね」

「…そうだったか…?」

「えぇ、ショッピングモールと売店で」

 

 

 そう私が告げるとオルフェーヴルちゃんはしばらく考えた後、おぉ! と声を零し、思い出したのか納得したように手をポンと叩く。

 

 あの時の出来事は私は忘れもしません、とはいえ、姉弟子の姿があの時、たまたま重なってしまっただけなんですけれども。

 

 私はそんなオルフェーヴルちゃんの反応を見て思わず笑みを浮かべたまま、こう話を続ける。

 

 

「まぁ、なんにせよ、私は貴女達に前を譲るつもりはありませんけどね」

「!? …、随分な自信ですね」

「…私の前を走るってのか?」

「えぇ、そう言ったんです、私は生憎と負けず嫌いな性格でしてね、貴女達もそうじゃないですか?」

 

 

 私は挑発的な口調で煽るようにして彼女達に告げる。

 

 負けるつもりはない、これはウマ娘として、何より、私としての積み重ねてきた様々な思いを胸に抱いての言葉だ。

 

 これは、私からの挑戦状である。

 

 二人の実力がどれくらいのものかは私も判断しかねるが、二人が三冠ウマ娘になれるだけのポテンシャルを秘めている怪物という点においては間違いないだろう、ならば、全力で挑ませてもらわなくてはいけない。

 

 すると、ディープインパクトちゃんは何がおかしかったのかクスクスと笑顔を浮かべて、私にグイッと間合いを詰めてくるとこう告げ始める。

 

 

「相変わらず面白い人ね、貴女は…」

「…む…な、なんですか」

「『魔王』と『英雄』だなんて、よく出来た話だとは思わないかしら?」

 

 

 そう言って、色っぽく私の耳元で囁くようにして呟いてくるディープインパクトちゃん。

 

 この娘、私がなんと呼ばれているかわかっている上で煽ってきてますね。

 

 RPGではよくある話で魔王を倒すために英雄が立ち上がるという話、なるほど、私がつまりはその魔王だと言いたいという事なんでしょうかね。

 

 すると、オルフェーヴルちゃんはそんな私とディープインパクトちゃんの間を仲裁するように入ると付けていたマスクを外す。

 

 そして、人が変わったような凶暴な眼差しを見せつけてくると、先ほどの大人しそうな一面とは裏腹に刺々しい彼女の変貌ぶりが露わになった。

 

 

「なぁ、二人で話を勝手に進めてんじゃねーぞ、おい。私の前を走ろうなんて身の程知らずなんだよ」

「なんですって?」

「聞こえなかったか? 英雄様、私の前を走るなんて身の程を弁えてねぇって言ってんだ」

 

 

 そう言って、凶暴性のある表情を露わにするオルフェーヴルに対して、不機嫌そうに彼女を睨みつけるディープインパクト。

 

 私との間を邪魔するなとばかりにディープインパクトちゃんは目の前のオルフェーヴルちゃんに対して一歩も引こうとはしません。

 

 互いに負けず嫌いなのかもしれませんね。

 

 すると、オルフェーヴルちゃんは私の方にも鋭い眼光を向けてきます。

 

 

「あんたもだ。アフト……なんちゃら

「覚えてないんですね、名前呼びにくいならアフちゃんでいいですよ」

 

 

 私の名前を覚えてらっしゃらないオルフェーヴルちゃんにそう告げる私。

 

 名前呼びにくいですもんね! えぇ! 分かりますよ!(涙目)。

 

 別に悔しくなんてないですとも、というより以前、特攻服を売ってあげたのに何故覚えていないのか。

 

 はっ! まさか、私のキャラが薄いのでは!

 

 これは、濃くしなくては(使命感)。

 

 濃くした結果ルドルフ会長から怒られるのは目に見えて分かりますけどね。

 

 ため息を吐く私は肩を竦めながら、二人に告げる。

 

 

「まあ、今回はエンタメ色が強いですし、公式戦でもありませんからね、気楽にやりましょう」

「……そう…、でも私は貴女に負けたくないわ」

「同感だ。こんなちっちゃいちんちくりんな奴に負けたくねーな」

「…一応、先輩なんですよ? 君達? ん? ぶっ飛ばしますよ? 誰がちんちくりんじゃコラァ!」

「どうどう! 落ち着けアフ!」

 

 

 そう言って、私が飛びかかろうとした途端に後ろから苦笑いを浮かべたナカヤマフェスタ先輩が羽交い締めしてくる。

 

 もう許さん! 死ぬか!消えるか!!土下座してでも生き延びるのか!! 選べい!!

 

 アフちゃんデストロイヤーかましてやる! 先輩としての威厳を見せんばあかんのじゃー! 離せい!

 

 私がこんな風にぷんすこ怒っている最中、ナカヤマフェスタ先輩はオルフェーヴルに対してこう告げ始める。

 

 

「義理の妹ながら、相変わらず、マスク外すと癖の強い奴だな、お前は」

「余計なお世話だ、クソ姉貴!」

「はぁ、とりあえず、お前はマスクを着けろマスクを」

 

 

 そう言って私の羽交い締めを解いたナカヤマフェスタ先輩はため息を吐くとオルフェーヴルが振り落とした、イケさんというマスクを拾うとそれをオルフェーヴルに着けてやる。

 

 すると、先ほどの凶暴性はどこへやら、目元がトロンとしたオルフェーヴルは落ち着いた物腰に変わり、その口調もやんわりしたものへと変わる。

 

 

「…世話をかけた…ありがとう」

「ウッソだろお前ッ!?」

 

 

 そのあまりの変貌振りに私もこの反応である。

 

 先ほどまで、中指立てるほど荒ぶっていたにも関わらず、この落ち着きようである。腑に落ちな過ぎて涙が出ますよ。

 

 そして、そんな声を上げている私と、マスクを装着したオルフェーヴルちゃんは何故か無言の握手とハグをしてきました。

 

 これはどう反応すれば良いのか、まるでわけがわからんぞ!?

 

 イケさんを外してはいけない(戒め)。

 

 さて、そんな最中、ディープインパクトちゃんは私を見つめたまま笑みを浮かべるとゆっくりと語り始める。

 

 

「私は貴女の実力は認めているわ、貴女と走る機会は来年になりそうだけれど、私は貴女と今日、走る事が出来て嬉しいの」

「…今更言っても遅いです、私はもうぷんぷん丸です」

「ふふふ、本当よ、…それじゃ互いに悔いが無い走りをしましょう」

 

 

 そう告げるディープインパクトちゃんは踵を返すと私に背を向け、歩き去ってゆく、その立ち去る姿も綺麗で様になっていました。

 

 でもなんか、後ろ姿から彼女の様子を見ているとどうにも悦に浸っているようにも見えるんですよねー、気のせいでしょうかね?

 

 とはいえ、私はこのオルフェーヴルとディープインパクトを相手にして、次の走者にタスキを繋がなくてはいけませんからね、気を引き締めてないと間違いなくやられます。

 

 現在、第3区間ではアグネスタキオン先輩とフジキセキ先輩、ウオッカちゃんがしのぎを削りあっています。

 

 奇しくも、リギル、スピカ、アンタレスの三チームですね。

 

 いやー、今更ながらやっぱりおかしいと思いますねー。

 

 ナリタブライアン先輩やシンボリルドルフ会長、テイオーちゃんやスペ先輩、スズカ先輩、グラスワンダー先輩やエルコンドルパサー先輩などのチーム所属のウマ娘を出すなら分かります。

 

 ディープインパクトちゃんもオルフェーヴルちゃんもどこのチームですらないというね?

 

 しかも、まだ、公式戦走ってないのではないでしょうか?

 

 インチキッ…! 助っ人インチキッ…! ノーカンッ! ノーカンッ!

 

 まあ、有能なウマ娘を育てるという名目は分からなくは無いですけども。

 

 私より適任がいると思うんですよね、クライ一族とか、特に良いんじゃ無いですかね?(ゲス顔)。

 

 

「さあ! 第3区から今、第4区にタスキが渡りました! 先頭はサイレンススズカ! ちょっと遅れてグラスワンダー! メジロドーベルと続きます!」

 

 

 …あ、これ、あかん奴や。

 

 待ってくだちい、第5区に入るまでに先頭取ってないと、私、ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃんを差さないといけなくなるんですけど?

 

 待って! それはいくらなんでも私でも無理や!

 

 この二人とも半端ないって! だってめっちゃ二人とも加速すんもん! そんなんできひんやん普通! できるなら言っといて…、いや、この場合言わなくても分かりますね、はい。

 

 第4区のウマ娘ももうしばらくしたら姿が見えてくる事でしょう。

 

 さて、私もそろそろ走る準備をしなくてはなりませんね。

 

 クラウチングスタートでロケットスタートしなきゃ(使命感)。

 

 私は準備を整えて、手足に付けている重石をガチャリガチャリと外すと、地面に投げます。

 

 そして、重石で陥没する地面を他所に準備体操、腰、脚、腕を重点的に伸ばして、軽く汗を流し、体勢を整えます。

 

 コースには既に気合いが入ったオルフェーヴルちゃんとディープインパクトちゃん二人の姿がありました。

 

 私は彼女達に並ぶようにして、体勢を低くしたまま一人だけクラウチングスタートの構えを取ります。

 

 そして、背後からだんだんと聞こえてくる無数の足音。

 

 いよいよ、TTG駅伝激戦の第5区の火蓋が切って落とされようとしていました。



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運命の第5区間

 

 

 

 運命の第5区間。

 

 私はクラウチングスタートの姿勢から背後から迫り来るメジロドーベルさんからタスキが渡るのを静かに待つ。

 

 相手がサイレンススズカ先輩にグラスワンダー先輩となると、これはメジロドーベルさんでも苦戦するのは致し方ないだろう。

 

 最悪なシナリオとはなってしまいましたが、これはこれで戦いようはあります。

 

 ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃん相手にやるだけのことをやるだけですからね、私は。

 

 

「今! サイレンススズカからオルフェーヴルにタスキが手渡されました! 続いてグラスワンダーからタスキを受け取ったディープインパクトが今スタートを切りました!」

 

 

 ビュンと風を切る音と共に凄まじいスタートダッシュを切る二人。

 

 やはり、速い、私は思わず目を細めその後ろ姿を静かに見守ります。

 

 確かに差は多少はついてしまうでしょう、その事はもう覚悟済みです。私は少し遅れてやってきたメジロドーベルさんからタスキを受け取ります。

 

 

「ごめんなさい! アフちゃん! 少し遅くなったわ!」

「…大丈夫、すぐに追いつきます」

「…えっ?」

 

 

 タスキを受け取る私の返答に目を丸くするメジロドーベルさん。

 

 タスキを受け取った私は腰を低く落として、身体全体の筋力とバネを使って、勢いよくバンッとスタートを切ります。

 

 これには、会場も大盛り上がり、実況席に座るアナウンサーは声を張り上げる。

 

 

「アフトクラトラス凄まじいスタートダッシュだぁ! 何という速さでしょうか! 出遅れのはずがもうすぐに二人に並んでしまいましたぁ!」

 

 

 私のスタートダッシュの速さに舌を巻くアナウンサーさん。

 

 しかしながら、当然でしょう。私は今まで新走法の完成だけにトレーニングを費やしていた訳ではありません。

 

 それこそ、身体に重石を付け、地獄のようなトレーニングを己に課してきました。

 

 特に私の持ち味である先行型に必要なスタートなら有り得ない数の回数を行なってきています。

 

 そして、坂路の道ならば、私の力は十二分に発揮できるという訳です。

 

 

「スパルタの皇帝! 本領発揮かっ! グングン坂を駆け上がる! 脚色は衰えません! それどころか生き生きしているように見えます!」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子と越えてきた坂に比べれば、なんと簡単な坂路だろうか。

 

 ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃんを横目に出遅れた筈の私はあっという間にリードを取る事に成功しました。

 

 先行は取れた、あとは最後に貯めている脚を一気に解放して爆走するだけです。

 

 

「…ハァ…ハァ…、やっぱり凄いわね…」

「……ぐっ…」

 

 

 私の走りに二人は思わず顔を顰めていました。

 

 彼女達にもプライドがあります。坂路とはいえど、私に抜かれた事が癪に触るのも致し方ないというもの。

 

 私は後ろを一瞬だけ確認しつつも、すぐに前に向き直り第5区間の山坂道を黙々と駆け上がってゆく。

 

 平地なら本当にヤバかったかもわかりませんね、ですが、坂路である以上は私の領域です。

 

 

「先行をぶん取る形で前に行きますアフトクラトラス! さあ、坂もいよいよ終わりに差し掛かります」

 

 

 そして、坂の下り、普通なら加速をするべきではなく、脚を温存しながら気をつけて走るべきはこの下りなのです。

 

 登りは確かにキツイですが、本来、足に負荷が掛かるのはこの下り坂、ここをどう捌くかが、勝負の分かれ目と言っていいでしょう。

 

 その点において私は問題はありません、熟知していますので、問題は後ろを走る二人ですが…。

 

 

「……ハァ…ハァ…」

「フッ……フッ……」

 

 

 二人ともやはり、素晴らしいウマ娘ですね。

 

 天性の才能とは恐ろしいものです。下り坂、私との差を一気に詰めれるチャンスと捉えずにしっかりと控えてきました。

 

 本来ならどちらかにこの下り坂で脚を消耗して欲しかったところでしたけれど、これは、最後の平地が勝負どころになりそうですね。

 

 実況アナウンサーは冷静な言葉遣いでそんな私達の駆け引きを実況してくださいます。

 

 

「さぁ、冷静にアフトクラトラスとの間を取る後続二人、下りでは仕掛けようとはしません」

 

 

 私は二人を警戒しつつも、下り坂を先頭で走ります。

 

 そして、下り坂も終わり、平地に脚を踏み入れた私はそのままのスピードを保ったまま、第6区間に待ち構えているナリタブライアン先輩に向けて駆けます。

 

 なんとしてもこのタスキは先頭で渡しておきたいところ、ナリタブライアン先輩は今回、特別にミホノブルボン先輩の代わりにランナーを受けてくださったんですから。

 

 その恩義に報いらなければなりませんからね。

 

 私がそんな事を考えている中、第6区間ではそのナリタブライアン先輩と早くも火花を散らしている先輩が居ました。

 

 そう、ディープインパクトちゃんからタスキを受け取る予定のウマ娘。

 

 皇帝、シンボリルドルフ生徒会長です。

 

 

「ブライアン、まさか、お前とこうして走る事になるとはな」

「フッ…WDTの雪辱戦か?」

「…ふふ、まあ、そんなところか、どちらにしろ楽しみだよ」

 

 

 他愛のない話をしながら笑みを浮かべる二人。

 

 そんな二人に対し、フワリと黒毛の髪を揺らして現れるもう一人のランナー。

 

 雰囲気、威圧感共に引けを取らないカリスマ性を兼ね備えている彼女は

 

 二人の間に割って入る彼女は静かにこう告げる。

 

 

「意気込むのは結構だが、二人とも、今回は私が勝たせてもらうよ」

「…まさか、お前さんが出てくるとは思っていなかったよ」

「来年、やり合うウマ娘のランを間近で見ておきたいと思うのは自然なことでしょう? 生徒会長殿」

「相変わらずだなお前は…シンボリクリスエス」

 

 

 そう言って、シンボリルドルフ生徒会長は肩を竦め苦笑いを浮かべる。

 

 シンボリルドルフ生徒会長と同じく、シンボリの名を冠するウマ娘。

 

 長い黒鹿毛の髪を緑と白のピンで留めて、スラリとした長くて美しい脚線美に鍛えられたグラマラスな身体、勝気な目つきの綺麗な美人。

 

 それが、二人に引けをとらない圧倒的な雰囲気と威圧感を醸し出す黒鹿毛の怪物、シンボリクリスエスその人である。

 

 本来史実なら、G1レース4勝、天皇賞、有馬記念も制した実績とポテンシャルを併せ持つ彼女は紛れもなくルドルフ会長やナリタブライアン先輩とも引けを取らない実力者だ。

 

 そして、彼女は今年、あるウマ娘に対し、注目をしていた。

 

 それは、去年の朝日杯FSを制した超新星である青鹿毛のウマ娘、スパルタの皇帝という名を冠する彼女との戦いをシンボリクリスエスは覚悟していたのだ。

 

 その名は、アフトクラトラス。

 

 普段は愛らしさと無邪気さを垣間見せているそのウマ娘の本気となった実力をシンボリクリスエスは目の当たりにした。

 

 だからこそ、今回、この駅伝レースに参加したのである。

 

 それは、アフトクラトラスの実力をその目で改めて見極めるためでもあった。

 

 

「アフの奴は強いぞ? クリスエス」

「ふふっ…重々承知よ、そんなこと」

「愚問だったか」

 

 

 そう言って肩を竦めるナリタブライアン。

 

 今、第5区を走っているウマ娘達は、とてつもない実力を秘めた三冠候補達だ。

 

 そのことを考えれば、クリスエスとて、アフトクラトラスの実力を見誤ろう筈がない。

 

 そして、そんな三冠ウマ娘候補である彼女達がやってくる最後の直線に3人は視線を向ける。

 

 アナウンサーもいよいよ最後の第5区間の直線に差し掛かる場面にテンションを上げて声を荒げていた。

 

 

「さぁ! 最後の直線に差し掛かって先頭はアフトクラトラス! アフトクラトラスです! 今、姿が見えました!」

 

 

 そう、先頭は依然変わりなく私だ。

 

 だが、私もこの時ばかりは余裕が無かった。何故なら、背後から迫り来る二人の姿を背中で感じていたからだ。

 

 そして、この直線に入って、彼女達がその実力の真価を見せてくるだろうと私は予見していた。

 

 私の背後から追走するディープインパクトは微かな笑みを浮かべると静かに身体を前屈みにしはじめる。

 

 

「やはり強いですね…、アフトクラトラス先輩。ですが…」

 

 

 前屈みになったディープインパクトは真っ直ぐに私の背中を捉えていた。

 

 それは、彼女が得意とする走り方の構え、腕を広げ、風を切る彼女本来の走りだ。

 

 そして、ディープインパクトは次の瞬間、信じられないような末脚を炸裂させて、一気に加速する。

 

 

「…”勝つ”のは私です」

 

 

 まるで、空を飛翔するかのように腕を背後に流し、本領を発揮して一気に私との差を詰めてくるディープインパクト。

 

 これには会場も大盛り上がり、実況アナウンサーはバン! と机を叩くと前のめりに声を張り上げる。

 

 

「ディープインパクト! ディープインパクトが、今、翼を広げました! 凄まじい速さで追い上げていく! お…、だが…?」

 

 

 実況アナウンサーは同じく、私をディープインパクトと共に追走していたオルフェーヴルに視線を向ける。

 

 何やら、先ほどと彼女の異なっている様子に違和感を感じているようであった。

 

 それもそのはず、先ほど、ディープインパクトと共に並ぶ形で走っていた筈の彼女の口元、そこには…。

 

 

「テメェだけ行かせるわけねェだろうがァ!」

 

 

 彼女のお気に入りのマスクのイケさん姿が無かったのだから。

 

 ディープインパクトが一気に加速した影響を受けておそらくは外れたのだろう。

 

 マスクという箍が外れた彼女の狂暴性が、レースという環境の中で一気に爆発する。

 

 翼を広げたディープインパクトに一気に並ぶように地面を蹴り上げグングンと加速するオルフェーヴルの末脚は驚異の一言であった。

 

 

「金色の暴君! ここで参戦ッ! ディープインパクトと共に風を切り裂き! 先頭を走るアフトクラトラスに襲いかかる!」

 

 

 力強く駆ける彼女達は一気に私との差を詰めてくると共にそのまま追い抜かんとする。

 

 だが、私とて、その事を予想していなかった訳ではない、二人が一気にやってきた今、私もまた本気を出さざる得ない。

 

 そう、編み出した私の新走法、私は生憎と負けず嫌いな性格でしてね、彼女達にみすみす勝ちを譲る気は更々ないんですよ。

 

 姿勢を低くし、体勢を整える私の姿に実況アナウンサーは声を張り上げる

 

 

「おっと!アフトクラトラス!ここで身体を低く保ちました!…これは間違いありません!」

 

 

 姿勢を低く保った私はそのまま前のめりになるように地面を這うようにして一気に加速する。

 

 末脚を炸裂させるのはディープインパクトやオルフェーヴルだけの特技ではありません。

 

 私もまた持っているんですよ、姉弟子や義理母仕込みの一気に爆発する脚をね。

 

 

「青き魔王! ここに降臨! スパルタの皇帝が英雄と悪魔を迎え撃たんと今、その底力を発揮致しました! 」

 

 

 アナウンサーの実況もここに来て更に会場を盛り上げようと感情を込めて声を上げる。

 

 地を這う魔王と、天を飛ぶ英雄。

 

 そして、爆速暴君と金色の暴君。

 

 皆が見たかった光景がそこにはあった。凄まじい三冠ウマ娘候補である3人の戦いを見て、誰しもが思う。

 

 この駅伝レースは娯楽という範疇を超えて、伝説的な光景でないかと。

 

 

「魔王と英雄ッ! そして、暴君対決ッ! さぁ来た! さぁ来た! 果たしてどのウマ娘が勝つのでしょうか!」

 

 

 私の隣に二人が並ぶ。

 

 一糸乱れず、一直線に並んだ私達は誰も先頭を譲ろうとはしない。

 

 それは、それぞれのプライドが許さなかった。

 

 私達の誰もが勝利を欲している。強いウマ娘にただ勝ちたいという欲求に飢えている。

 

 飢餓感をそれぞれ抱いた私達の勝負は互いに一歩も譲らない激闘となるのは目に見えて明らかであった。

 

 

「三人とも譲らないッ! 譲りませんッ! 速い速い速いッ! 何という速さでしょうか! 大接戦だ! 大接戦ッ! 大接戦ッ!ドゴーンッ!」

 

 

 そして、私達はなだれ込むようにしてゴールに突っ込む。

 

 同時の入り、これにはアナウンサーもなんと言って良いか分からず、テンションを上げすぎたせいで語彙力を失ってしまったようだ。

 

 そして、私達は持っていたタスキを第6区間のルドルフ会長達にほぼ同時のタイミングで手渡す事になった。

 

 なったのですが、私の方は少々、おかしな事になっていまして…。

 

 

「よしこい! アフ!」

「ちょっ…!? なんで抱きしめる構えなんですかぁ!?」

 

 

 両手を広げて待ち構えているナリタブライアン先輩に私は思わず突っ込みを入れる。

 

 なんでや! 走る体勢で受け取るやろ!

 

 普通は違います、ルドルフ会長達をみてください、走る構えを取っているでしょう?

 

 何故に抱き留めようと思ったのかは謎なのですが、私はそのままナリタブライアン先輩の胸元に突進する形で抱きとめられました。

 

 そして、せっかく同着で着いたのもつかの間、走り出したルドルフ会長達との差が開いてしまいました。

 

 抱きとめられた私は背中をバン! とブライアン先輩から叩かれると笑みを浮かべてこう告げられる。

 

 

「後は任せろ!」

「ハァ…ハァ…、い、いいからはよスタートしてくださひ…」

「応っ!」

 

 

 そして、私からタスキを受け取ったナリタブライアン先輩はサムズアップして走り始める。

 

 まぁ、ナリタブライアン先輩の走りは差しだからスタート関係ないといえばそうなんでしょうけどね!

 

 いや、それでもおかしい!

 

 せっかく私が同着で入ったのに! 意味がないでしょうが!? 相手見てくださいよ! ルドルフ会長と…あれは…。

 

 

「ハァ…ゼェ…あれは…、まさか…、シンボリ…クリスエス先輩…」

 

 

 駆け出していく背中を見て私は思わず声を零す。

 

 見間違うあろう筈がない、あの後ろ姿は間違いなくそうだろう。

 

 黒鹿毛の綺麗で艶のある髪、そして、あの髪留めを見ればわかる。

 

 走り出した彼女はこちらを少し振り返って、私の方に視線を向けると笑みを浮かべていたように見えた。

 

 私はその時思わず察した。

 

 

「くそっ…しまった…っ!」

 

 

 なるほど、見られていたわけだ、さっきの二人とのレースを。

 

 思わず、感情的に声に出してしまった私は顔をしかめる。

 

 彼女のその笑みの意味を察してしまい、私はこのレースで本気を出した事を内心、後悔する。

 

 己の手の内を彼女の目前で晒してしまった。

 

 来年、いずれ、なんらかの形でぶつかるであろうウマ娘、その彼女に私は全力を見せてしまった。

 

 だが、私は二人の怪物との激闘の影響で息を切らしながら、中腰で駆ける彼女の背中を見つめる事しか出来なかった。



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新年からの合同強化合宿

 

 

 

 さて、私が走った年始のTTGフルマラソンですが、結果を述べますと今回はトウショウボーイさんのチームが優勝しました。

 

 天馬という名の通りの走り、もちろん、グリーングラス先輩やテンポイント先輩とはゴールギリギリまでの競り合いとなり、どの方が優勝してもおかしくはありませんでした。

 

 私としても健闘したと思いますし、闘志を燃やした先輩方の走りを見て、感動させられました。

 

 しかしながら、今年戦う事になるだろうシンボリクリスエス先輩に手の内を明かしてしまったのは我ながら失敗だったと反省しています。

 

 とはいえ、ライバルランナーであったあの二人相手に手加減する余裕なんてあるわけ無いんですよね。

 

 走った後、ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃんは私のもとに来るとそれぞれ、こう言い残していきました。

 

 

『いずれ、貴方を倒しに行くわ、必ずね、だからクラシックは勝ってくださいね楽しみにしてますよ』

『次はぜってー、お前達を倒す! 私の前は絶対走らせねぇ』

 

 

 それぞれ、好き勝手に私にそう言って来ました。

 

 うん、別に負けたわけじゃないんですけどめちゃくちゃ闘争心が凄かったです。

 

 スイーツ食べたかったですけどね、私はこう見えて甘党なので、でも、テンポイント先輩のあの走りを見たらもういいかなとは思ってしまいました。

 

 元気に駆ける彼女の姿が観れただけでも、フルマラソンに出た甲斐があったというものですね。

 

 

 それから、私は今、義理母のお見舞いで病院に来ています。

 

 

「母さん、調子はどうですか…?」

「あぁ、お前さんの顔見て、少し楽になったね」

「それは良かったです」

 

 

 そう言って、義理母に笑みを浮かべる私。

 

 身体の方はひとまず大丈夫そうだ。だが、やはり、元気が無いなと私は感じてしまう。

 

 今年は私のクラシック戦がいよいよ始まる。

 

 私が勝てばきっと義理母も喜んでくれる筈ですから、私も気合が入りますよ。

 

 すると、義理母は何かを思い出したかのように私にこう告げ始める。

 

 

「あ、そういえば、ミホノブルボンがこの間、見舞いに来てくれたよ、元気そうだったぞ」

「!?…姉弟子がですかっ!?」

「あぁ、そうさね、今、アイツは海外遠征中だよ。…ふふっ、今年はBCターフに出るそうだ、海外に戦線を移すために学校に休学届けを出したと言っていたな」

 

 

 そう告げる義理母はミホノブルボンの姉弟子の話をするととても嬉しそうでした。

 

 それを聞いた私も思わず顔が綻んでしまいます。姉弟子は走るのをやめたわけではなかったということがとても嬉しかったんだと思います。

 

 それどころか新たな挑戦をし、道を自らの手で切り開いていこうとしていました。私達に何も告げなかった事はちょっとお説教が必要だと思いますけどね。

 

 義理母の見舞いにもこうして定期的に来ているみたいですし、私が今年、海外に出ることになれば、向こうで姉弟子に会えるかもしれません。

 

 もし、会えたのなら、その時はいっぱい怒って、いっぱい甘えようかと思います。

 

 見舞いを終えた私はパシンっと両頬を叩いて義理母に一礼すると踵を返して、病室の扉に向かいます。

 

 

「義理母」

「なんだい?」

「私も、姉弟子もこれからです。だから、早く治して帰ってきてください」

 

 

 背を向けたまま、義理母にそう告げた私はそのまま病室を後にしました。

 

 心機一転、年も新たに私も頑張らねばと強く思いました。もっとトレーニングを積んで、義理母にも姉弟子にも恥ずかしくないウマ娘に成長しなければ。

 

 私が病室を出ると、そこには、メジロドーベルさんが背中を壁に預けるように寄りかかり私の事を待ってくださっていました。

 

 

「…終わったのアフちゃん? もういいの?」

「はい、もう大丈夫です」

 

 

 私はにこりと笑みを浮かべて、待ってくれていたメジロドーベルさんにそう答える。

 

 新たな覚悟も固まりましたし、私としても今後が非常にモチベーションが上がりっぱなしですね。

 

 早く帰ってトレーニングしたくなってきましたよ。

 

 

「ふふっ、上機嫌ねアフちゃん」

「そりゃそうですよ!義理母も元気そうでしたし、姉弟子も頑張ってたし! 私も頑張らないと!」

 

 

 私はメジロドーベルさんの方を向いて笑顔でそう答える。

 

 ん? 今、私、なんだか詠唱を唱えてしまったような気がするんですけど気のせいですかね?

 

 なんだか妙に静かですし、いやー、まさかね? こんな事で見覚えがあるような展開にはならないでしょう。

 

 

「それじゃ帰って特訓ね!」

「えぇ!」

 

 

 そう告げるメジロドーベルさんの言葉に力強く頷く私。

 

 そうだ。私が今まで積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。これからも私や姉弟子が立ち止まらないかぎり道は続く。

 

 外では、バンブーメモリー先輩が手を振って待ってくださってました。

 

 私はゆっくりとメジロドーベルさんと病院を出ます。すると…。

 

 

「ぐわっ!」

 

 

 キキーッ! という音と共に現れる黒塗りの車。

 

 そして、バタンとドアが開く音と共に中からマスクを付けたウマ娘数人が現れるとたくさんの人参を投擲してきます、そして、その一つがバンブーメモリー先輩の頭部に直撃。

 

 突然の出来事に私もメジロドーベルさんも目をまん丸くします。

 

 私は咄嗟に身を呈して、飛来してくる人参からメジロドーベルさんを庇い、背中に無数の人参を投げつけられました。

 

 

「アフちゃん?何やってるの!? アフちゃん!」

「ぐっ!うわあぁぁ〜!」

「グハァ!」

「ちょっ!? スカーレット!?」

 

 

 私は咄嗟にノーコンに関わらず、人参を投げ返し、その一つがたまたまマスクを付けたウマ娘の額に直撃させ撃退する事が出来ました。

 

 というか、スカーレット言っちゃってますからね、もう、身元バレバレですからね。

 

 もうここまで来たら振り切るしかない、人参を背中に何個も投げつけられた私はわざとらしくこう話し始める。

 

 

「はぁはぁはぁ……。なんですか…、結構当たるじゃないですか…ふっ…」

「あ…アフちゃん!」

「…なんて声出してるんですか…、ドーベルさん…」

「だって!だって! 人参がこんなに…」

 

 

 このメジロドーベルさん、察してくれたのか、まさかの私達の茶番にノリノリである。

 

 そして、流れてくる謎のBGM、病院から出てくるときになんとなくデジャヴ的な何かを感じたんですけども、まさか、こんな茶番を引き起こしてしまうとは。

 

 背中に無数の人参が投げつけられた私はわざとらしくフラフラとその場から立ち上がるとメジロドーベルさんにこう告げる。

 

 

「私はチームアンタレスのマスコット、アフトクラトラスですよ。こんくれぇなんてこたぁねぇです…」

「そんな…私なんかのために!」

「先輩を守るのは私の仕事ですから…!」

 

 

 私はそう告げる笑みを浮かべ、メジロドーベルさんに答える。

 

 今思えば、私はいろんな茶番劇をしてきました。文化祭だったり、レースでのウイニングライブではっちゃけたり。

 

 なので、このくらいなんてことはないのです。最早、マスコットならではの宿命なのかもしれません。

 

 嘘です。私、割とノリノリで全部やってました。

 

 こんなことやってばかりだから癖ウマ娘なんて言われるんでしょうけどね。

 

 

「良いから行きますよ!…坂路が待ってるんです…それに…」

 

 

 姉弟子、やっと分かったんです。私には(ネタウマ娘として)たどりつく場所なんていらないんですね。

 

 ただ(右斜め上に)進み続けるだけでいい。(ネタに振り切って)止まんないかぎり、(私のマスコットとしての)道は続く。

 

 私はフラフラとした足取りで歩き始めます。背中に無数の人参を受けたせいで致命傷になってしまってな(嘘)。あと、人参って投げつけられると微妙に痛いです。

 

 私は思わず、この間、シンボリルドルフ生徒会長から呼び出されて正座させられたことを薄っすらと思い出します。

 

 

『謝ってもゆるさんぞ』

『えぇ、わかってます』

『少しは反省しろ』

 

 

 反省という二文字が全くない私に呆れたように首を振るルドルフ会長。

 

 仕方ありません、それが、私なんですよ、病院の目の前でまたアホなことしてるって事でこれはまた呼び出されそうな気はしてます。

 

 そして、しばらく歩き終えた私は心の叫びをあげました。

 

 

「私は止まんないですから! 貴女達が止まん無いかぎり、その先に私はいますよ!」

 

 

 全てやりきった私は病院の前でわざとらしくそう告げるとパタリと倒れます。

 

 希望の花は病院の前にも咲くんですね、はい。

 

 パタリと倒れた私は人差し指を真っ直ぐに伸ばして静かに皆さんにこう告げました。

 

 

「だからよ、止まるんじゃないですよ…」

 

 

 私のこの行動は多分、いろんな意味で語り継がれそうな気がします。

 

 G1ウマ娘が何かアホな茶番劇を病院前でやっているという意味でですけども。ついに、この私も死に芸を取得してしまいましたか、レパートリーは増える一方です。

 

 その後、地面に伏している私の元に襲撃してきた三人のマスクを付けたヒットマンがやってきます。

 

 

「よし! スカーレット! ウオッカ! やっておしまい!」

「「アイアイサー!」」

「アフちゃんが攫われたっ!」

 

 

 そして、病院から出てきた私は茶番劇を経てそのまま謎の三人衆に拉致られてしまいました。

 

 メジロドーベルさんもノリノリでそれを見送っているあたり、多分、彼女達の正体に気づいてるんでしょうけどね。

 

 がっつり名前言ってますもんね、ウオッカ、スカーレットって言っちゃってますもんね。

 

 車の運転はもちろん、スピカのトレーナーさんです。

 

 スピカのトレーナーさんは呆れたように頭を抱えて左右に首を振りながらスピカの三人にこう告げ始める。

 

 

「おい、ゴルシ、お前さぁ、あの茶番って必要あったか? 普通に乗せればよかっただろう」

「コイツなら絶対茶番に乗ってくるって思ってた」

「なんだその妙な信頼は…」

 

 

 またまた拉致った私の頭をポンポンと撫でながらドヤ顔で告げるゴールドシップに呆れたようにため息を吐くスピカのトレーナー。

 

 実はこれについては前々から話は上がってまして、スピカの合宿に私がついて行くという話ですね。今回、私はスピカの合宿に同伴してクラシック戦に向けた熱血トレーニングを積む予定だったのです。

 

 ですので、わざとらしくあんな茶番をしなくとも、普通に連れて行ってもらえばなんの問題もなかったわけですね、はい。

 

 黒塗りの車に関しては完全なレンタカーで、トレセン学園からお借りしたものらしく、後で返しに行くみたいです。

 

 そんなこんなで、トレセン学園に再び帰ってきた私はチームスピカの皆さんと合流し、これから合宿を行う羽目になりました。

 

 スピカのトレーナーさんと一緒にオカさんも同伴してくださるそうなので安心ですね。

 

 私はクラシックのG1をもちろん、勝ち取りたい!ので、この合宿はバリバリのスパルタトレーニングをするつもりです。

 

 ギリギリの生き様を皆さまの目に叩きつけてやりますよ。

 

 

「というわけで、皆さんこのコンダラを引き引きして合宿所を目指しましょう!」

「うそでしょ…」

 

 

 私はニコニコ笑顔で、そして、スズカさんは信じられないといったご様子でそのコンダラを見つつ言葉を発します。

 

 何を仰いますか、私は嘘なんかつきませんよ! ネタムーブはたくさんしますけども!

 

 ジョーク的なしょうもない嘘なんかはたまについたりはしますけどねHAHAHA!

 

 さて、本気でコンダラを引いて合宿所を目指そうとする私。

 

 そんな私を見てドン引きするスズカさんですが、もちろん有志も居ます。

 

 

「アフちゃん! 私もコンダラ引くよ!」

「スペちゃん!?」

「ちょっ!? スペ先輩! 正気ですか!」

「私、お母ちゃんと一緒に昔引いたことあるんだ! 足腰鍛えられて良いトレーニングになるんだよね!」

 

 

 私と共にコンダラを引きはじめるスペ先輩に突っ込みを入れるスズカさんとスカーレットちゃん達。

 

 スペ先輩はやっぱり素直で可愛いなぁ、よくわかっていらっしゃる。

 

 そして、努力家なんですよね、私ほどではありませんけど、スペ先輩は多分、アンタレスに来て地獄のトレーニングをしても生き残れそうな才能を持っていらっしゃいます。

 

 他の皆さんはやる気なさそうですけど、まあ、見ててください、私の腕の見せ所です。

 

 

「ふーん、皆さんやらないんですねー、そうですかー、このままだとテイオーちゃんはルドルフ会長にいつまでも勝てませんね」

「んなっ…!」

「スズカさんもいつまでもそんなんじゃまた足やっちゃうんじゃ無いんですかー? 怪我しちゃいますよ? あと胸が育ちません」

「…は?」

「後輩二人に関しては意外と闘争心も大したことないんですねぇ、強いて言うなら良い所は触りごたえの良さそうな胸と尻だけですか」

「なにぃ!?」

「ちょっとぉ!聞き捨てならないわよ!」

 

 

 私の煽りにカチンと来た彼女達は目をギラつかせて言い返してきます。

 

 ふふ、煽りなら私におまかせあれ! 伊達にルドルフ会長から説教ばかり食らっていたわけではありませんからね。

 

 しかしながら、スズカさんの反応がマジ切れっぽくてちょっとちびりそうになりました。胸のことに触れてしまったからでしょうかね。

 

 さて、問題は高飛車そうなマックイーンさんとゴルシちゃんをどうやる気にさせるかですけど…。

 

 

「え? メジロ家ってコンダラ引かないんですか? ほぇー、名家って言っても大したこと無いんですね! 近いうちに没落しそうだ!

「あぁ? 何ですって?」

「マックイーンさん素が出てます、素が…」

「良いですわよ、そこまで言うなら乗ってあげますわ! このポンコツ娘ッ!」

 

 

 意外とチョロかったです。うん、私と同じくチョロそうだなと思ってましたけど、すぐにマックイーンさんは乗ってきました。

 

 ぶっちゃけすぎたのかちょっと素で切れてるような気もしますけど気のせいですね。

 

 私、合宿所についたらスズカさんとマックイーンさんに締められそうな気がしてきました。

 

 続いてゴルシちゃんをどう釣るかですけども。

 

 

「ゴルシちゃん、コンダラ引いて先に私よりゴールできたら、私を一日中好きにして良いですよ」

「よし乗った!」

 

 

 こう言ったら秒で乗ってきてくれました。

 

 おい、ちょっと待て、なんでこう言った途端に真面目な顔でコンダラを引く事になんの躊躇もなくなるんですかね?

 

 自分で言っといてなんですが、背中に悪寒が走ります。

 

 負けたらどんな目に遭わされるのか…、自分で自分を追い込んでいくスタイル。

 

 なんだかゾクゾクしちゃいますよ、あ、マゾではないです(必死)。あくまでもトレーニング的な意味ですけどね!

 

 そして、軽トラに乗っているスピカのトレーナーさんは笑顔でサムズアップすると私達にこう告げてくる。

 

 

「それじゃ俺は先に行ってるからな! サボるなよー!」

「「「上等じゃー! 」」」

 

 

 そうして、合宿開幕と同時に私達は各自、重いコンダラを引いて合宿所を目指す事になりました。

 

 チームスピカとの合同合宿、どれだけきついトレーニングができるのか楽しみですね!

 

 私がしごかれてきた遠山式の真髄をこの合宿で出して、役に立てればなと思います。

 

 何人か、死に体になりそう?

 

 きっと気のせいです。慣れればなんとでもなりますから、えぇ、地獄のフルメタルジャケットはこれからですよ!



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スピカ合宿!

 

 

 

 はい、皆さんこんにちは、コンダラを引き引きしていますアフトクラトラスです。

 

 いやー、コンダラって良いですよね! 何が良いかって? めちゃくちゃ重いとことか! 身体が良い具合に悲鳴をあげるとことか!

 

 阿鼻叫喚としてるスピカの皆さんを見るとことか! 最高ですね! クソ野郎ですいません、あ、私、ウマ娘でした。

 

 

「スカーレット二等兵! なんだその体たらくは! その無駄に自己主張の激しい胸はただの脂肪か! 揉みしだかれたくなければ足を動かせぇ!」

「…ひ、ひゃい…」

「ウオッカ二等兵! 貴様! なんだその触り心地が良さそうな尻は! 飾りかッ! 気合いを入れんかッ! ぶっ叩きますよ!」

「ぜぇ…ぜぇ…ち、ちくしょうがあああ!」

「良い気合いだ! まだ半分もいってないがな! さあ、早く来い! 先は長いぞー!」

 

 

 こうして私はスピカの皆さんに罵声を浴びせながら意気揚々と士気をあげ、コンダラを引いて合宿所を目指しています。

 

 これが、遠山式トレーニング、ミホノブルボンの姉弟子仕込み軍隊仕様の掛け声です。

 

 まさか、私が言う立場になるとは思ってもみませんでしたけどね、あ、アンタレスでは日常茶飯事です。

 

 アンタレスでの叩き上げのウマ娘達は一通り罵声を浴びられた超絶レンジャー仕様の変態ウマ娘ばかりですので悪しからず。

 

 メジロドーベルさんなんかは私からの罵声を喜んでる節もあるくらいですからね。

 

 

「スズカ軍曹! お前の根性はそんなものか! 胸が痛いな! 板だけになッ!」

「…コロス…」

「さあ、私はここですよ! コンダラを引いてかかってこい! どうした? 怖いのか?」

「野郎ぶっ殺してやるゥ!!」

「待ってスズカさん! キャラが怖くなってるから! いつもの優しいスズカさんに戻って!」

 

 

 凄い勢いで、私の元までコンダラを引いて迫ってくるスズカさん。スペ先輩の制止を他所に鬼気迫る殺気である。

 

 これだよこれ! こういうのが欲しかったんですよ! …やばい、これ、私、本気で殺されてしまう。

 

 カメラは止めてはダメですよ! そのままですよ!

 

 そして、スズカさんに殺されまいと私のコンダラを引くスピードも自然と上がるわけですね。

 

 自ら首を締めて追い込んでいくスタイル、そして私の身体にはめちゃくちゃ重い重石が手足に付いています。

 

 うん、手足が千切れりゅのぉぉ!おほー!

 

 そんな中、コンダラを欠伸をしながら平然と引くウマ娘が一人、そうゴルシちゃんである。

 

 コンダラをまるで軽々しく引いてしまうこの脚力は本当に化け物じみていると思います。

 

 そして、マックイーン先輩も同様に割と他の方々よりも涼しい顔でコンダラを引いていました。

 

 やっぱり腕っ節がやばい人はやばいですね。私も若干ドン引きしちゃいました。

 

 

「アフ〜、約束だぞ〜私が勝ったら好き放題だからな〜」

「ハッ! 絶対負けたりなんかしませんけどね! べー!」

「はっはっはっ! マックイーン見てろよ? あの顔、今日の夜には涙目にしてやるからなぁ!」

「あら? それは面白そうですわね、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

 

 鼻で笑った私の言葉にカチンと来たのかマックイーン先輩までノリノリで乗って来やがりました。

 

 安易に挑発しすぎたかも…。いやー、でも私が負けるなんてこたぁ無いですけどね、年季が違いますよ! 年季が!

 

 1番、きつそうにしてるのは、やっぱりテイオーちゃんですね、予想通りといいますか、スパルタじみたこんなトレーニングは彼女はしたことがなかったでしょうからね。

 

 なので、私は敢えてテイオーちゃんは無理に煽ろうとはしませんでした。だって可愛いんですもの、私には無理です。

 

 

「待ってよぉ〜みんなぁ〜〜」

「テイオーさんは自分のペースで大丈夫ですからねー」

「うへぇ〜」

 

 

 何かあったら、私が会長からぶっ殺されちゃいますから。

 

 テイオーちゃんは護らねば(本部感)、前回、死に芸を身につけておいてよかったと思います、つまり、また私が希望の花を咲かせる事になるって事なんでしょうけどね。

 

 だからといって皆さん、変な銀髪っぽい前髪を私の髪に生やさないでくださいね、素材なんてねーです。

 

 

「ど根性ー!」

「スペ軍曹は流石ですねー! いやー、私もやり甲斐があるってもんですよッ!」

 

 

 私は後続でついてくるスペ先輩に賞賛の声を送ります。

 

 努力、友情、勝利! これこそが王道ですよね! 特にウマ娘にとっては必須とも言えます。

 

 幾多のライバル達、様々な経験と自分との戦いを超えて、きっと強くなっていくのです。

 

 さて、そして、嬉々としてコンダラを引き引きして合宿所を目指していたわけなんですけど、結果としてどうなったのか?

 

 うん、私ってフラグを立てるのがほんとに得意なんだなって我ながら思います。

 

 なんでしょうね、いやー、普段から? 坂路を馬鹿みたいに走ってるし? コンダラとか余裕だし? まあ、スピカの皆さんなら別に重石を手足に付けてても勝てるっしょ!

 

 みたいな余裕をかましていたんですけどね、正直、私、調子に乗ってたと思います。

 

 あのね、ゴルシちゃんの末脚の爆発力とマックイーンさんのアホみたいな耐久力をね、視野に入れてなかったんですね。

 

 あ、その結果、どうなったかというと。

 

 

「あはははは! お前の身体は私達のものだぁー!」

「ぎゃあああああ!!」

 

 

 最後の最後に捲られて、尻やら胸やら身体中を弄られ、やられたい放題にされる事となりました。

 

 今も背後から服の中をゴルシちゃんから弄られて好き放題にされています。

 

 胸を揺らされるわ、パンツ越しに尻は鷲掴みにされるわで私はされるがままです。オマケにマックイーンさんまでそこに加わってくるものだから手のつけようがありません。

 

 

「あら〜、貴女、やっぱり胸は大きいですわね! ん〜、リボンとか尻尾に付けるとさらに可愛いかもしれませんわ」

「おっ! 良いね!」

「…ゴールドシップ、後でその娘、私に貸して頂戴? …ちょっと試したい技があるの」

「ん? スズカもか! 良いぞ!良いぞ! なんたって今日はコイツを好き勝手に出来るからな!」

「ぴゃー! ご、ご勘弁をー!」

 

 

 即堕ちアフちゃん、絶賛弄られ中です。

 

 その昔、誰かが言いました。撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだと、私は特に何も考えずに煽ったおかげでこんな風になっちゃっているわけですね。

 

 コンダラ引きに負けた以上は意味深な目に合おうが、全裸にひん剥かれようが、どうしようもないわけです。

 

 自分が墓穴掘ってしまったわけですからね、なんてこった。

 

 スズカさんは拳の骨と首の骨を鳴らしています。あ、私明日まで生きてるでしょうかね?

 

 居酒屋に飲みに行くそこのお父さん、もし、馬刺しが出ることがあれば私の事を思い出してみてください。

 

 多分、それが私かもしれません。

 

 

「今夜は安眠できると思わないことですわね」

「ふふふ、たくさん弄り回してヒーヒー言わしてやるからな、あ、動画にあげたら視聴率上がるかもしれん」

 

 

 そう言いながら口元を釣り上げ、笑みを浮かべながら手をワキワキさせるゴルシちゃん。

 

 私はその光景に頼り甲斐がある後輩2人に助け船を求めるべく、プライドやら何やらを全てかなぐり捨てて縋り付く。

 

 え? プライド? 私にそもそもそんなものないですよ?

 

 助かるならそんなものそこらへんに投げ捨てます、私の手のひらは360度、クルックルで有名ですので(ゲス)。

 

 ということで、私はすかさず2人に涙目で助けを請います。

 

 先輩の威厳とは一体(哲学)。

 

 

「やだぁ! やだぁ! スカーレットちゃん、ウオッカちゃん! お助けを…!」

「…私、胸、脂肪とか言われましたしねー」

「あたしも、尻揉むとか言われたからなー」

「きゃん!?」

 

 

 そう言いながら、さりげなく私の右胸と左尻を鷲掴みにしてくる2人の後輩。

 

 だからといってなぜ私のを掴むのか、これには私も思わず変な声が出てしまいました。

 

 皆さん、セクハラしていいのはされていい覚悟がある人だけなんです。

 

 んなことはないですね、誰だそんなアホなこと言ってるのは!

 

 そんな中、自分の放った言葉により自業自得となった私の側にやってきたのは天使の笑顔を浮かべているスペ先輩でした。

 

 

「ほら、あんましアフちゃんを弄ったら可哀想ではないですかっ! 皆さん!」

「す、スペ先輩…」

「アフちゃんが可愛いのはわかりましたから、とりあえず、私が一旦お預かりしておきます!」

「どうしてそうなる」

 

 

 そう言いながら、ビシッとスペ先輩に突っ込みを入れる私。

 

 違うのだ、そうではないのだ、スペ先輩。

 

 耳をぴこぴこさせて、これだ! と言わんばかりにドヤ顔しているところ申し訳ないんですけど、まず、私の扱いのところに注目してみましょう!

 

 それって根本的な解決になってませんよね?(ミスト感)。

 

 はい、霧が出てまいりましたよ、馬券を握りしめるおいちゃん達はこの事をバイオレットステークス状態と言います。

 

 そんな中、スピカのトレーナーさんは手をパンパンと叩くと呆れた様子でこう話し始める。

 

 

「ハイハイ! お前達! まだトレーニングは始まったばっかりだぞー! 次は筋力トレーニングだ!」

「ですってよ! さあ! 皆さん張り切っていきましょう!」

 

 

 そう言いながら、嬉々として筋力トレーニングを行おうとする私。

 

 いやー、わかっているではないですか、スピカのトレーナーさん何キロから始めるんですか?

 

 腕立ての時には当然ながら重石を背中に乗せてやるんですよね!

 

 目をキラキラさせながら真っ直ぐにスピカのトレーナーを見つめる私、すると、スピカのトレーナーさんは私の肩を叩くとこう告げ始める。

 

 

「ただしアフトクラトラス、お前は重しを減らしてトレーニングしなさい」

「…えー…」

「えーじゃない、お前、手足にそんなもの引っさげたままコンダラ引いてここまで来るとかぶっ飛びすぎだ!」

 

 

 そう言いながら、私の手首に付いているバンドを軽く引き剥がすスピカのトレーナーさん。

 

 そして、私の手首から引き離された重石が地面に接触した瞬間、ズドーンと凄まじい音を立てて落下する。

 

 重石が落下した場所の地面は凄まじい砂埃を立ててかなり陥没していました。

 

 その光景にスピカの皆さんは口を開けてポカンとしていました。

 

 あれ? なぜそんな顔をされるのですか? これくらい、ウチでは日常茶飯事なんですけれども。

 

 それから、スピカのトレーナーさんは頭を掻き毟りながら話を続けるように私のシャツを軽く捲る。

 

 

「それとだな…」

「きゃん! えっち!」

「えっち! …じゃない! お前よぉ、なんだこいつはっ!」

 

 

 そう言いながら、私の服下に隠れていながら、ギチギチと凄い音を立てている鋼色のバネの装着物を見つけ、スピカのトレーナーさんは呆れ返っていました。

 

 あれ? ご存知ではない?

 

 皆さん、これが、今、巷で流行りの超優秀な強制筋力増強装備、義理母が名付けたその名も大ダービーウマ娘養成ギプスですよ。

 

 なんと、身体を動かすたびにギチギチと筋肉に負担が掛かるという鬼畜仕様です。

 

 ライスシャワー先輩とかミホノブルボン先輩とか割と愛用していましたけどね?

 

 

「大ダービーウマ娘養成ギプスです」

「アホかッ!」

「これ付けてる間は私の筋力落ちちゃうんですよねー」

 

 

 それは、当たり前である。

 

 盛大にスピカのトレーナーさんから突っ込みを入れられていますね、はい。

 

 余談ですが、ミホノブルボン先輩はトレーニングのし過ぎで一度この養成ギプスを破壊したことがありました。

 

 よって、破壊まで行き着いていない私はまだまだという事なんでね、いずれはトレーニングのし過ぎで破壊できるくらいにはなりたいなとは思っています。

 

 そんな中、これには流石にスピカの皆さんもドン引きしていました。

 

 

「え…? アフちゃん、それ付けてた上に重石を手足に引っ付けてコンダラ引いてあの速さだったの?」

「ん? あぁ、そうですね。…我ながらまだまだだと痛感させられました」

「えっ?」

「んっ?」

 

 

 私の言葉に可笑しいと言わんばかりに目を丸くして聞き返してくるスペ先輩。

 

 スズカ先輩は頭が痛くなってきたのか、片手で頭を抱えたまま、顔をしかめると私に向かい改めて聞き返してくる。

 

 

「ん? ちょっと待って? アフちゃん、貴女コンダラ引いて確か2番目に着いたわよね」

「えぇ、誠に残念ながら、最後にゴルシちゃんに捲られてしまいました…悔しい限りです」

「結構接戦……でしたよね? アフ先輩…」

「でしたかねー」

 

 

 首を傾げたまま、スズカ先輩に便乗して聞き返してくるスカーレットちゃんに思い出すように告げる私。

 

 うん、まあ、そうでしたけど、私の力不足でしたからね。

 

 こうなってしまうのも致し方ないとは思ってはいたんですけど、煽った上で負けたのだからそれは自業自得というものです。

 

 そんな私の言葉を聞いて、その場が一気に凍りつく。

 

 それからしばらくして、皆さんの口から出た第一声がこちら。

 

 

「頭が可笑しいでしょう!! 」

「ウマ娘ですか貴女!?」

「ちょっとこの娘、頭のネジが…というか身体が…」

 

 

 この言われようである。

 

 何故だ! 私の何が間違っていたというのですか!?

 

 いや、かなりいい感じのトレーニング方法でしょう! 義理母直伝ですよ! この画期的な鬼畜装備の数々。

 

 スピカのトレーナーさんは呆れたようにため息を吐くと私に向かいこう告げ始めた。

 

 

「…お前のこれ、オカさんもドン引きして心配してるって聞いてるからな? …いや、それはやばいって本当に」

「トレーニングを止められるウマ娘とは一体…」

「それ、アンタレスの一部とお前さんくらいだよ」

 

 

 そう言いながら、左右に首を振り、私を諭すようにしてくるスピカのトレーナーさん。

 

 スピカのトレーナーさん、もっと早くに私に言っておけば良かったですね、もうね、私も頭が可笑しいなとわかっているんですけど、身体がそれに慣れ過ぎて感覚が最早麻痺してるんですよ私の場合。

 

 これ付けたままウイニングライブはしますし、踊りますし、筋トレしますし、坂路は登りますしね。

 

 体重は減る一方で、身体にはムチムチで健康的な筋肉ばかりが増えていきます。

 

 胸はもちろん、硬い大胸筋ではなく弾力性のある脂肪なんですけども、ここは鍛えても筋肉にはならなんだ。

 

 それから私は、結局、駄々をこねてこれら全てを身につけたまま筋力トレーニングをする事を無理矢理了承させました。

 

 これが、義理母流です。

 

 ちなみにスピカの皆さんは私に対して物凄く優しく接してくれるようになりました。

 

 何故だかわかりませんけど、その生暖かい眼差しと優しさに違和感を感じざる得ません。

 

 

「まあ、強く生きろ! アフ!…いや、少し休めお前は」

「え? どっちなんですか?」

 

 

 変にゴルシちゃんにまで慰められる始末。

 

 後輩2人、私が以前、なんで悲鳴をあげたかこれで理解したでしょう?

 

 次の機会にはは皆さんでアンタレスの義理母式トレーニングをしてみましょうか?

 

 本気で死人が出るかもしれませんけど、きっと大丈夫です。死なない程度には設定はされていますので(瀕死にならないとは言っていない)。

 

 皆さんもよければ、次の機会にご一緒してはいかがでしょう?

 

 アンタレス地獄トレーニングツアー、体重は3日で15キロ以上は軽く落ちます。ダイエットにはオススメです。

 

 ついでに地獄もたまに見えますし、はたまた極楽浄土も見えることもあります。

 

 天にも昇る心地良さ、皆さんの参加心からお待ちしています(ゲス顔)。



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合宿の夜

 

 スピカでの合宿の夜。

 

 日が暮れ真っ暗な夜の中、すでに皆さんが宿舎に引き上げていったにもかかわらず今だに私は外に居ました。

 

 というのも、丁度いい裏山を見つけ、いい感じの坂路があったのでひたすらそこを駆け上がっては降りての繰り返しを行なっている最中です。

 

 

「ハァ…ハァ…、778本目ッ!…」

 

 

 ドンッ! と脚に力を込めて一気に坂路を駆け上がる。

 

 今日は合宿所までコンダラを引いてきてクタクタなどという柔な鍛え方は私はしていません。

 

 次はなんたって、クラシックの前哨戦があって、すぐに皐月賞です。

 

 鍛えれる時に鍛えておかねば後悔しちゃいますからね。

 

 そんな中、私が坂を下り終えたところで1人の男性が私に声を掛けてきた。

 

 

「もうそのくらいにしておきなさい」

「ハァ…ハァ…オカさん…?」

「全く、目を離したらすぐこれだ。言っただろう? 身体が基本だとな」

 

 

 そう言いながら、トレーニングトレーナーであるオカさんは汗を流している私の肩にそっとタオルを掛けてくれた。

 

 私はため息を吐くと仕方がないといった具合に息を整えて、近くに置いてあった飲料水に口をつける。

 

 飲料水を飲んだ私は改めてオカさんの方に向き直ると口を開きこう話し始めた。

 

 

「…トレーニングしてないと落ち着かないんです、すいません」

「焦りか?」

「…まぁ、そうかもしれないですね」

 

 

 私はトレーニングトレーナーであるオカさんの鋭い指摘に困ったような表情を浮かべ、引きつった笑みを浮かべながら肩を竦める。

 

 正直、その通りだ。

 

 私はあのTTG駅伝で走り出したシンボリクリスエス先輩の背中を目の当たりにした。

 

 そして、彼女は私の新走法や実力をあの駅伝で推し量っていたはずである。

 

 彼女とやりあうのはきっとクラシックが終わり、有馬記念となることだろう。しかし、私自身、今の実力でシンボリクリスエス先輩を打ち負かせる自信はまだ無い。

 

 

「さあ、今日はもう上がりだ。風呂に入って寝ろ、明日も早いぞ」

「私としては夜通しでも辞さないのですが…」

「それ以上、駄々をこねるならスズカにも言ってもらった方が良いか…」

「すいませんすぐやめます」

 

 

 私は手のひらを返したようにすぐに走る体勢をやめてオカさんに駆け寄ります。

 

 この間、スズカさんに言われたばかりだというのにこのことを言われたらなんて怒られる事か。

 

 私としてもそんなことで怒られるのは非常に不本意である。

 

 それから宿舎に帰りまして、私は皆さんと食卓を囲みながらご飯を食べます。

 

 

「ここのご飯美味しいですね! スズカさん!」

「スペちゃん…相変わらずね」

「ですねー、そんなんだからウエストキツくなるんですよ」

「ギクッ!」

「…ですが、身体にギプス着けて重しを手足に付けて食後にこのブルボンブートキャンプをやれば、あら不思議! 貴女の理想のボディが…」

「アフちゃん?」

「すいませんもう黙ります、尻尾掴まないで…」

 

 

 私の尻尾をガシッと掴み顔は笑っているが目が笑っていないスズカさんの言葉に冷や汗が流れ出てきます。

 

 怖いよー、怖いよー。

 

 スズカさんは普段は大天使なんですけど、ライスシャワー先輩と一緒である一定のラインを越えるとおっかなくなります。

 

 過度なトレーニングはすんなと暗に言われているわけですからね、私はそれに従うまでです。

 

 

「ふふふ、可愛い後輩ですこと」

「お、マックイーン、ようやくアフの可愛さに気づいたか、こいつちっさいし本当めちゃくちゃ可愛いんだよー! ずるいよなー」

 

 

 マックイーン先輩とゴルシちゃんからそう言われる私。

 

 ちっさいのは余計じゃい! 伸びないんじゃ!

 

 高い本棚なんかぴょんぴょんしても上の本が取れないし、棚から物を出す時も梯子使わないと取れないんですよ!

 

 

「あぁー、わかります、アフちゃん先輩癒されますよね〜、可愛い可愛い」

「むぎゅっ!?」

 

 

 そう言いながら、私の頭を激しくハグしてくるダスカちゃん。

 

 どことは言わないですけど、顔に当たる母性がやばいです、これはママと言いたくなりますわ、すごいバブみを感じます。

 

 まあ、どちらかといえば、私も母性が高い方なんでしょうけどね、どことは言わないですけど敢えてね。

 

 とはいえ、私的には幸せなのですが、このままだとダスカちゃんの胸に溺れて死んでしまうので私は彼女の胸の間からひょっこりと顔を出します。

 

 

「ぷはっ! 食事中なんですよ、もー」

「あ、ごめんなさい」

「…ま、許してあげますけどね、可愛い後輩には私は寛大なので」

 

 

 そして、私の株もさりげなくにあげておくスタイル。

 

 こんな可愛い後輩を叱れるわけがないじゃないですか、まあ、道を示すために叱咤するのはあるかもしれませんが、別に悪いことはしてませんしね。

 

 むしろ、私個人としては良いことです。

 

 

「何事もほどほどにですね、我ながら良いこと言いましたよ、今」

「お前が言うな」

「はいそうですね、ごめんなさい」

 

 

 私の会心の一言はばっさりとオカさんから切られてしまいました。

 

 いや、ぐうの音も出ないのでね、見事な一撃です。私から真っ先に出たのが謝罪の言葉だった事から察してください。

 

 まさか、言葉のアゾット剣で背中から刺されるとは、そんな私とオカさんとのやりとりを見て愉悦に浸っているスペちゃん達を見ていると顔をひきつらせるしかありませんね。

 

 

「そういえばさ、アフちゃん今日はどの部屋に泊まるの? 私とスズカさんの部屋?」

「そうですね、私は特殊な訓練を受けてますのでそこら辺の土の上で寝袋でも構いませんけれども」

「あの、ここ軍隊じゃないからね? アフちゃん」

 

 

 スズカさんの優しくも引き攣った笑顔からの言葉に満面の笑みを浮かべながら、自信満々に答えた私の言葉はザックリと切られる。

 

 え? 最初、軍隊みたいなノリだったじゃないですか! あれはなんだったんですか!

 

 てっきり、私は軍隊じみたきついトレーニングばかりするものだと思ってましたので。

 

 あ、ちなみにアンタレスでも土の上で寝るなんて訓練は行なっていませんのであしからず、私が勝手に言ってるだけです。

 

 

「それじゃアフは私の部屋だな」

「それは嫌です」

「えー、なんでだよー」

「ゴルシちゃん絶対寝てくれませんもん、私が寝ようとしたらなんかちょっかいかけてきそうですし」

「あちゃーお見通しだったかー」

「おい」

 

 

 やる気だったんかい、お前、私はジャスタウェイちゃんじゃないんですよ!

 

 なんでそんなことに付き合わなければならないんですかね、絶対嫌です、安眠妨害は万死に値します。

 

 ちなみにゴルシちゃんはジャスタウェイちゃんにいつもそんなことをしているとトレセンでは有名な話です。

 

 名マイラーになんてことを…。

 

 さて、話を戻しますが、実は私の部屋は手違いで用意できなかったみたいなんですよね。

 

 まあ、合宿に参加したのも割と急でしたし、オカさんの部屋が確保できていただけでもよかったです。

 

 というわけで誰かと相部屋になるみたいな話なんですが、ベッドが足りてないみたいな話なので私は寝袋の提案をしたわけです。

 

 さて、そんなことを言っていると私をハグしたまま上機嫌に尻尾を揺らしているダスカちゃんがこんな提案をしてきました。

 

 

「なら私と一緒に寝ましょうよ! アフちゃん先輩!」

「えー…」

「いいじゃないですか! ほら! アフちゃん先輩からパパの匂いがしますし!」

「ダスカちゃん…、それ多分、タキオン先輩の匂いですよ? 私のじゃないんですが…」

「細かい話は良いんですよ! ね!」

 

 

 そう言いながら、頬ずりしてくるダスカちゃんにめんどくさそうな表情が思わず出てしまう私。

 

 絶対、朝起きたら窒息しかけとるやつやぞそれ。

 

 私は既にブライアン先輩で体感済みですからね、ダスカちゃん、自分の胸に手を当てて揉んでみてください、それに沈められたら私は朝生きている自信がありません。

 

 という訳で、私はダスカちゃんの腕からするっと抜けるとテクテクと歩いていき、ウオッカちゃんの肩をポンと叩く。

 

 

「寝るなら私はウオッカちゃんと一緒の部屋で寝ますよ」

「え!? オレとですか!?」

「寝るならテイオーちゃんかウオッカちゃんが1番良いかなって思って、なんか安心というか安パイと言いますか」

「ホント!? ボクは全然良いよ!」

 

 

 そう言いながら、喜んだようにはしゃぐテイオー先輩。

 

 まあ、テイオーちゃんに関してはルドルフ先輩のことがありますのでそこは信頼できると私が個人的に思っているだけですけども。

 

 スペ先輩と寝ようと考えはしたんですけど、スペ先輩はなんだか寝相が悪そうだという大変失礼なことを考えてしまいました。

 

 あと、スズカさんとの相部屋の空気感を壊したくないなーという個人的な思いからです。

 

 スズカさんと一緒に寝るとなるとこれまた気を遣いすぎて伸び伸び寝れないかなーとか勝手に思い込んでるだけですけどね、良い匂いはしそうだとは思いますけども。

 

 ゴルシちゃんは論外、マックイーンさんは怖い、ダスカちゃんはおっぱい。

 

 となると、あとは気を遣わなくても良さそうなテイオーちゃんとウオッカちゃんが無難かなという結論に至った次第です。

 

 まあ、こんなことを長々と考えてはいたんですけど、ぶっちゃけ誰とでも一緒に寝る分には構いませんけどね。

 

 流石に朝起きたらウオッカちゃんの尻で窒息させられるとかいうことはないでしょう(恐怖)。

 

 

「まあ、じゃあ今日はウオッカちゃんのベッドて一緒に寝ます。ダスカちゃんは明日で最終日前にはテイオーちゃんで」

「なあなあ! 私とは!」

「ないです」

「えー! そりゃないぜーアフー」

「あーもー、わかりましたよ! じゃあトレセン学園に帰ってからですね!」

「ホントか! 約束だかんな!」

 

 

 そう言いながら、迫るゴルシちゃんに根負けした私は面倒臭そうにそう告げます。

 

 たかだか夜に一緒に寝るだけというのに! 抱き枕にされる私の身にもなってください、ブライアン先輩で慣れましたけどもね。

 

 というわけで、1日目はウオッカちゃんの部屋に泊まる事になりました。

 

 ベッドはもちろん共有です、大丈夫、私はいびきかいたりして煩くないので。

 

 

「なぁ、アフちゃん先輩…」

「ん? 何ですか?」

「狭くないですか?」

「私は身体ちっこいですから平気…ってなに言わせるんですか」

 

 

 そう言いながら、ウオッカちゃんと背中合わせに寝る私はノリ突っ込みを入れます。

 

 まあ、実際、狭くはないですね、私的には幅は取りませんし、邪魔なら私は床で寝ることも辞さないですけども。

 

 するとしばらくして、ウオッカちゃんは私の方にクルリと振り返りジーッと私の背中に視線を向けてきます。

 

 なんかゾワゾワするー! 背中がゾワゾワするー!

 

 人の視線ってたまに気になりますよね、背中合わせで良かったじゃないですか。

 

 そして、ウオッカちゃんは背中を向ける私に向かいこう問いかけて来ました。

 

 

「なあ、アフちゃん先輩」

「ん? なんですか?」

「あの…ハグしたまま寝ても良いか?」

「……………」

 

 

 まさかのウオッカちゃんの言葉に私はなんと答えるべきか思わず躊躇してしまいました。

 

 ダメとは言い辛いですけども、良いと言うのもなんというか負けた感があってなんとも言えません。

 

 しばらく考え込む私は静かな沈黙の後に苦笑いを浮かべたまま背後で照れ臭そうにモジモジして悶絶しているウオッカちゃんにこう告げます。

 

 

「…えっと…、好きにしてください」

「!? な、なら! する!」

「あ、はい」

 

 

 抱き心地に定評のある私。

 

 ぬいぐるみ歴はもはや半年以上あるのかな? そんくらいのベテランですよ、もう背後からハグされるのにも慣れっこです。

 

 というか、私ってそんなに抱き着きたくなるようなサイズですかね、いや、実際にお願いされてるんだからそうなんでしょうけど。

 

 これ、私の分身を人形にして売ったら儲かるんじゃないでしょうか…。

 

 ビジネスの香りがプンプンと漂って参りました。

 

 そんな感じで最初の合宿の日は過ぎていきます。

 

 さて、私は果たして皐月賞までにもっと強くなる事が出来るのでしょうか?

 

 

 なんだか不安になりつつも、この合宿を通してみなさんの良いところを少しでも盗んで成長しようと志すのでした。



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頂上の光景

 

 

 皆さん、こんにちはアフトクラトラスです。

 

 スピカの皆さんとの合宿は順調に進み、私としても身になることや勉強になることばかりです。

 

 坂路を走り、筋力トレーニングをし、ただひたすらにまだ見ぬ強敵とのレースを想定しながら鍛える事だけに専念できるとはなんと恵まれた環境でしょうか。

 

 お風呂もありますしね、私としてはもう言うこと無しです。

 

 スピカの皆さんはどことなく疲れてきているみたいですけどね。

 

 私はアンタレス式がデフォルトなのでむしろ楽な方だと感じるくらいですけど、まあ、なので個人的にこっそりトレーニングしていたりしています。

 

 見つかったら怒られちゃうんで。

 

 さて、話を戻すとしましょう、そんなこんなで私はスピカの皆さんとの合宿を乗り越え、そして、最終日を迎えることとなりました。

 

 え? トレーニングシーンはどうしたですって?

 

 やだなー、ただの地獄絵図ですよ? 私が張り切るばかりにですけども。

 

 でも楽しいこともたくさんありましたし、割と充実した合宿だったと思います。

 

 まあ、連日添い寝したウオッカちゃんやテイオーちゃん、そして、ダスカちゃんから抱き枕にされた挙句、朝起きたら私の胸が鷲掴みにされていたのはびっくりしましたけども。

 

 朝起きたら背後から鷲掴みですもんね、もっとあすなろ抱きとかあっただろうと、私は言いたかったです。

 

 

「…もう無理…足が動かない…」

「やっと…やっと終わる…」

 

 

 最終日に来て死に体になっているスペ先輩やダスカちゃん達。

 

 まあ、死線は何回も繰り返してればそのうち慣れますよ、私が言うんだから間違いないです。

 

 私がスピカのトレーナーさんに遠山式の中でも選りすぐりのドきついトレーニングを紹介したんですけど、何故かその中でも比較的に軽いトレーニングを選ばれたんですよね今回。

 

 それでこれです、うーん、道のりは長いですねー。

 

 スピカのトレーナーさんが私が紹介したトレーニングメニューを見て顔を引きつらせていたのには何とも言えない気持ちになりました。

 

 

「比較的にトレーニング的には楽じゃなかったですか? 今回」

「…貴女、本気で言ってますの?」

「え? そうですが?」

「アンタレスやっぱり頭おかしいわ」

 

 

 無情なまでのウオッカちゃんからの一言。

 

 しかしながら、悲しいかな否定できないんですよね、割と自覚があるので。

 

 私としても無理にアンタレス式の中でも選りすぐりのきついトレーニングをしないで、アンタレスの中でも相当な軽めのトレーニングにしたことに関しては何も言うつもりはありませんしね。

 

 私の押し付けで才能あるスピカの方に潰れてもらっては寝覚めが悪いですから。

 

 人それぞれ、合うトレーニング法がそれぞれあると思うんですよ、私。

 

 なので、それで筋肉痛になっている皆様の気持ちはよくわかります。頭おかしいですもんね、私は幼少期から泣きながらやりましたから。

 

 

「…アフは元気だよなぁ…」

「そうですかね?」

「…アフちゃん先輩、今回は本当に化け物だと思いました」

「失敬な! 朝起きたら幸せそうに私の胸を揉んでたくせに!」

 

 

 ダスカちゃんの一言にそう言いながらプンスカと怒る私。

 

 あんなにしておいてまあ失礼な! ちなみに私は寝るときには下着をつけない派です。後はわかりますね?

 

 んな事はとりあえず置いといて、まあ、なんやかんやでスピカの皆さんにとってはかなり地獄だった合宿の最終日です。

 

 最終日のトレーニングメニューはこちらになります。

 

 

「さあ、最後ですよ! 皆さん! 地獄の軽トラック引き、ワクワク裏山道ハイキングですね」

「……軽トラック…!?」

「無理無理!?」

 

 

 軽トラックと聞いた途端にこれである。

 

 えー、でもそんなにはキツくないとは思うんですけどね、私なんてギプスに重しは手足に付けてますし。

 

 皆さんはちなみに2人一組で坂を登る予定なんですけど、私は一人で軽トラを引いて坂を駆け上がる予定です。

 

 これで何が鍛えられるかというと、まず、強靭な足腰が付きます、次に末脚の爆発力、そして、何より根性です。

 

 ラグビーやアメフト選手もビックリ、まあ、軽トラくらいならウマ娘なら引くなんて楽勝でしょう(暴論)。

 

 

「…まあ、そういうことだ、最後だお前ら! 気合い入れてけ!」

「トレーナーさん…」

「いや、違うんだスペ…、俺も頑張ってこいつに言い聞かせたんだ…、それで100歩譲ってこれだ察してくれ」

「これ以上の何かがあったんですか!? それ!」

 

 

 そう言いながら、私を指し示すトレーナーさんの言葉に唖然とするスペ先輩。

 

 そりゃまあ、たくさんありますとも! えぇ、だって軽トラックを二人で引いて山道走って裏山の頂上目指すだけですもの、物足りないと思ってしまいます。

 

 私は一人で軽トラを引くんですけどね。

 

 そして、軽トラックがずらりと並んだ場所にテクテクと歩いていく私は荒縄の結び方を確認すると皆さんの方に振り返ります。

 

 満面のサムズアップ、ただ、みんな相変わらず顔は死んでました。

 

 そこで、私はここに来てあるものを皆さんに渡していきます。

 

 

「はい! これを飲めばきっとやり遂げられます!」

「…これって…」

「炭酸抜きニンジンコーラです」

 

 

 ほう、たいしたものですね(自分で褒める)。

 

 炭酸を抜いたコーラはエネルギーの効率がきわめて高いらしくレース直前に愛飲するマラソンランナーもいるくらいです。

 

 生憎ですが、特大タッパのニンジンおじやとバナナはありませんでしたけどね。

 

 

「これは一体…」

「漫画本見て参考にしました」

 

 

 尻尾をフリフリと左右に揺らしながら上機嫌に答える私。

 

 皆に差し入れをいれてあげる心使い、プライスレスです。これで皆さんも頑張れることでしょう!

 

 よーし! 気合い入ってきたー!!

 

 もっと熱くなれよ! どうして諦めるんだよそこで! もっと魂燃やしていけよ!

 

 一番になるって言っただろ? あの山のように日本一になるって言っただろ!お前昔を思い出せよ! 今日からお前は富士山だ!

 

 はい、富士山は登りません。

 

 でも、気合いとど根性でなんとかなります。さあ! 皆さん! 頑張って軽トラック引いて山を登りましょう!

 

 というわけで、地獄のワクワクハイキングが始まりました。

 

 皆さんはヒィヒィ言いながら軽トラックを引き引きしています。コンダラ引いた時よりも軽いから大丈夫大丈夫。

 

 

「はひぃ…死ぬ…死んじゃう…」

「本気になれば自分が変わる!! 本気になれば全てが変わる!! さあ皆さん!!本気になって!! 頑張っていきましょう!!!」

「なんかアフちゃん暑苦しくなってない?」

 

 

 そこに壁があるならぶち壊して進むかよじ登るしかないのです。

 

 そうして、成長していくものなんですね。

 

 ほら、身体が軽くなって来たでしょう? もう何も怖くない。

 

 軽くなったついでに首から上がグッバイしたらダメです、それはやりすぎです。というわけで限界を超えましょう。

 

 うまくいけばなんか気合い入れた衝撃で、オーラを身に纏って自分の髪が金髪だったり青になったりするようになるかもしれませんよ?

 

 ほら、オラ、ワクワクして来たでしょう?

 

 きっと、仲間である緑の人から“お前がいるから地球が危ないんだ”と言われた主人公みたいになれますよ。

 

 まあ、そんなことはないんですけども。

 

 

「歌を歌えば意外と苦しくないかもしれませんよ? とりあえず走れマキ◯オーのアナウンサーの台詞だけめちゃくちゃ早口で歌いましょうか」

「…はあ…はあ…それは…無理…」

「死ねと言ってるのかしら?」

 

 

 私の提案は即座に却下されました。マックイーン先輩が怖い笑みを浮かべてこちらを睨んで来なさる。

 

 べ、別に怖くねーし!(ガクブル)。

 

 さて、ぶっちぎりでびびっていますけど、気を取り直して、軽トラックを引いたまま坂をひたすら登る私達。

 

 トレーナーさんは心配そうにオカさんと車でゆっくりと追尾しながら苦笑いを浮かべていた。

 

 これは、スピカ史上、もっとも地獄と言える合宿となった。その原因は言わずもがな、平然と楽しそうに軽トラックを一人で引いて坂を登っている蒼い暴君のせいである。

 

 つまりは私のせいですね、そういったことを含めてトレーナーさんとしても気が気でないんでしょうけど。

 

 大丈夫、身体のあちこちの筋肉がぶっ壊れて全身が翌日プルプルするだけですから、私なんて何回も死に体になってますからね。

 

 

「遠山式はやっぱりやばいですねぇ…オカさん」

「そうだなぁ」

 

 

 もう、オカさんも私に呆れた様子で左右に首を振る始末、トレセン学園の誇る名トレーニングトレーナーを呆れさせるのって多分、姉弟子と私とライスシャワー先輩達くらいじゃないですかね?

 

 それから、山を登ること数時間あまり。

 

 山頂にようやく到達することができました。その時には皆さんはもうボロボロでしたが、なんとかやりきることができて感無量です。

 

 

「ハァ…ハァ…つ、着いた…」

「きっつぅ…もう無理…歩けねぇ…」

 

 

 山頂の駐車場付近に寝転がるダスカちゃんとウオッカちゃんの二人。

 

 軽トラックに結んである荒縄を外し、他の皆さんも地べたに寝転がります。

 

 よく頑張りました。たいしたものですね、死にかけてますけども。

 

 私は汗を拭うと二人の肩をぐいっと支えて立たせてあげます。

 

 

「さ、山頂までもうひと頑張りです! 皆さんも早く!」

 

 

 そう言いながら、私は皆さんに立ち上がるように促します。

 

 皆さんはボロボロの身体をゆっくりと起こして私の後についてきてくれます。

 

 そりゃもう疲れてますから、ブーブーとゴルシちゃんやマックイーンさんから文句が聞こえてきますけどスルーです。

 

 気持ちはわかりますけどね? ゆっくりさせろやってことなんでしょうけれど。

 

 私は皆さんに見せたいものがありました。そう、それは、ここまで合宿に耐え抜いてきた皆さんだからこそ見せたかった光景です。

 

 山を少しばかり登れば、すぐに山頂が見えてきます。

 

 

「さあ、これが皆さんが頑張った成果です!」

 

 

 振り返り、山頂に到達した私は肩を支えていた二人から離れると満面の笑みを浮かべながら後からついてきた皆さんに告げます。

 

 勢いよく風が吹き抜けて、髪を揺らす中、皆さんはゆっくりとその景色を見るため歩みを進めました。

 

 そして…。

 

 

「おぉー!?」

「すっごーい!」

 

 

 そこに広がっていたのは、街を一望できる開けた光景でした。

 

 頂上から見る光景、私が皆さんに見てもらいたかったのはこの素晴らしく広がる街並みの光景です。

 

 もう、日が暮れ始め、周りが暗くなりつつなる中で見えてくる夜景。

 

 頑張った皆さんには是非、この光景を目に焼き付けていてほしかった。バカは高いところが好き? それは私が馬鹿という事ですか! 確かにウマ娘ですけどね!

 

 ウマ娘は厳しい勝負の世界でライバル達と常にしのぎを削り合わなければなりません。

 

 時には挫折し、走ることも夢を見ることも諦めてしまいそうになるかもしれません。

 

 私もきっとこれから先、そんなことに見舞われてしまうでしょう。

 

 だからこそ、頂上に登る、やりきる事の達成感をより皆さんに感じてほしかった。

 

 坂を登っている際、ついつい頂上に登ってしまいたまたま見つけた場所なんですけどね。

 

 こうして、皆さんと合宿の最終日にトレーニングをやり終えた私は共に夜景を満喫するのでした。

 

 

「ちなみにあの軽トラ、お前らどうすんの?」

「「「あっ…」」」

 

 

 そして、夜景を満喫している私達に水を差すスピカトレーナーからの一言。

 

 帰るまでが遠足です。

 

 はい、もちろん、軽トラは持って帰りましたよ、流石に帰りはオカさんとトレーナーさんで乗ってですけども。

 

 さすがにあんだけボロボロの皆さんに押して帰れというのはあまりに酷だと思ったんでね。

 

 嘘です。私は押して帰ると言ったら怒られました。

 

 何事もほどほどにですね、皆さんも過度なトレーニングは身体に悪いので気をつけてください。

 

 あれ? ブーメラン突き刺さってる?

 

 こうして、私のスピカでの合宿は無事に終了を迎えることとなりました。

 

 次はいよいよ、クラシック前哨戦、弥生賞が待ち構えています。

 

 強力なライバル達を私は退ける事ができるのかまだ不安ではありますが、全力を尽すだけですね。



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クラシック開幕前

 

 

 

 弥生賞まで、二週間あまり。

 

 合宿から帰ってきた私は仕上げの為にいつも通りハードなトレーニングをこなしていました。

 

 帰ってきて早々に涙ながらにブライアン先輩に抱きつかれたのにはびっくりしましたけどね、そんなに私が恋しかったのか…(恐怖)。

 

 でもまあ、必要とされる分には悪い気はしないです。

 

 私も少し寂しいなとは感じることはありましたので、こうして再びトレセン学園の皆さんと顔を合わせるとなんだか落ち着きますね。

 

 そして、ブライアン先輩と同様に私がしばし留守にしている間になんだか拗らせた人が約1名。

 

 宿舎の増築が終わり、今年から私と同じ部屋になった鹿毛ロングのクールビューティーな美少女ウマ娘さんである。

 

 

「ねぇアフちゃん?」

「なんですか? ドーベルさん?」

「アフちゃんをめちゃくちゃにしたい」

「何言ってんですか貴女」

 

 

 割と真顔でそんなことを言ってくるもんだから私も思わず真顔でそう返すしかなかったです。

 

 私がいない間に何かに目覚めたとでも言うのでしょうかね? いや、割とその兆候は以前からあったんですけども。

 

 メジロドーベルさんは頬を染めたまま、さらに続けるようにこう語りはじめた。

 

 

「アフちゃんの抱き心地が恋しくて…」

「抱き心地…ほんと、私はなんなんですかね…」

「うーん、それを語るには原稿用紙が百枚以上いるかしらね」

「どんな超大作作るつもりですか」

 

 

 禁断症状? それはおかしい、私は何か危険なドラ◯グかなんかですかね? あと、ドーベルさん、超大作小説を作るのはやめてください、売れませんから。

 

 え? ド◯ラですって? やかましいわ!

 

 まあ、そんな感じで取り乱して、目がハートになっているようで息遣いが荒いメジロドーベル先輩を宥める私。

 

 気を取り直して、そんな訳がわからない出来事もありつつも私は順調に弥生賞に向けてコンディションを上げつつありました。

 

 弥生賞ではきっとまたネオちゃんが立ち塞がってくるでしょうしね。

 

 気を引き締めておかねば足元掬われてしまいます。

 

 と、私はそう思っていたのですが、私は彼女が所属するチームリギルのトレーナーであるオハナさんから信じられない話を耳にしました。

 

 

「ネオユニヴァースは…弥生賞には出ない」

「…え?」

 

 

 トレーニング前、準備体操をしていた私の側で、オハナさんはそう呟きました。

 

 その意図はわかりません、ですが、もしかすると私が今1番ライバル視しているウマ娘について忠告する意味で教えてくれたのかもしれないですね。

 

 オハナさんは眼鏡を軽く上に指で上げると続けるようにして私にこう話してきました。

 

 

「あいつは今頃フランス入りしていることだろう」

「ふ、フランスっ!? なんでまた…」

「私の勧めでな、ほら」

 

 

 そう言って、柔軟体操をしていた私はオハナさんから今朝の朝刊を受け取る。

 

 新聞が読めるウマ娘、なんかカッコいいですよね? まあ、それはさておき。

 

 そこには大見出しでキャリーバッグを引いて空港でインタビューを受けているネオちゃんの写真がデカデカと載ってました。

 

 

「朝日杯の前に重賞レースを勝っていたおかげで向こうの重賞レースにも出れる。それに、朝日杯2着と実績は申し分ない」

「…ほほぅ…なるほど…」

「彼女は貴女にリベンジしたがってたみたいだけどね」

 

 

 オハナさんは肩をすくめて私にそう告げる。

 

 私だってそうだ、ネオユニヴァースちゃんのことだから皐月賞で雪辱を晴らしてくると思っていた矢先にフランスに遠征、確かに彼女には優秀なトレーニングトレーナーがついてはいるが…。

 

 そして、その時、私の脳裏にはあることが過ぎった。そう、海外の地を知るトレーニングトレーナーに欧州へのコミュニケーション能力の高さが光るネオユニヴァース。

 

 そこから導き出される答えは一つだった。

 

 

「もしや…、目的はフランス2000ギニーですか?」

「…勘が鋭いのね」

「…しか考えつきませんよ、この時期にフランス遠征なんて」

 

 

 私の言葉を否定せずに笑みを浮かべているオハナさん、それは、すなわち肯定ととって良いだろう。

 

 フランス2000ギニー、ロンシャンレース場1600mの直線を走り、最速を競い合うG1のマイルレースだ。

 

 では、なぜ、マイルレースなんかにネオユニヴァースちゃんが出るのか?

 

 本来ならば、彼女はマイルではなく中距離から長距離が主戦場だろう。

 

 それは、フランス2000ギニーというレースの特殊性にあった。

 

 

「フランス三冠レースを獲りに行く気ですね?」

「えぇ、そうよ」

 

 

 そう、フランス2000ギニーとは、フランスで行われるフランス三冠レースの最初の登竜門だからである。

 

 フランスだけではない、アイルランド、イギリスでも同様に三冠レースはこのマイル戦から入る。

 

 そこには海外の中でもより力をつけた猛者達がズラリと集結しており、勝つのは非常に困難だと言わざる得ない。

 

 

「なるほど…、確かにネオユニヴァースちゃんの脚質を考えればこその選択ですね」

「えぇ、そうよ、あの娘に菊花賞は長すぎるわ」

「最終戦のパリ大賞典は2400m、確かにネオユニヴァースちゃんの射程圏内ですものね…ですが…」

 

 

 私はそこで表情を曇らせた。確かにいい選択肢だと思いますし、私はむしろ賛成ですしネオちゃんを応援したいとも思っています。

 

 ですが、私にはある海外のウマ娘の影がうっすらと脳裏にあった。

 

 それはアイルランドが生んだ化け物、このウマ娘を制することができなければまず厳しい戦いになると言わざる得ない。

 

 その名は…。

 

 

「…フランスダービーには、おそらく、あのダラカニが出てきますよ」

「…そうね…」

 

 

 私の一言にオハナさんもその表情を曇らせた。

 

『ダラカニ』、史実では生涯勝利数9戦8勝、そのうち、あの凱旋門賞を含んだG1レース4勝をあげた化け物だ。

 

 なお、私達の同世代にはアメリカにもう一人、ダートでキチガイじみた強さを誇るウマ娘もいることをここに付け加えておこう。

 

 よりにもよってあのダラカニを相手にフランスダービーを獲らなくてはいけないというのはネオユニヴァースちゃんにとってみれば相当ハードルが高いと言わざる得ない。

 

 海外遠征も今回が初、朝日杯以前にネオちゃんが渡ったという話を私は聞いたことがない。

 

 言うならば、相手はアイルランドのナリタブライアンと言えるだろう。

 

 彼女の姉、デイラミも化け物じみて強かった事で知られている。

 

 私も欧州三冠を狙うのであれば彼女とはいずれぶつかることとなるでしょう。

 

 今年は有馬でシンボリクリスエス先輩と、そして、凱旋門ではダラカニを相手取り、蹴ちらさなくてはいけない。

 

 

「今年は荒れますね」

「えぇ、間違いないわね、今年の貴女達の下の世代には怪物、そして、同期にも化け物揃いよ、…それに、貴女、大事なことを忘れてるんじゃないかしら?」

「…え?」

「ゼンノロブロイよ」

 

 

 オハナさんは鋭い眼差しを私に向ける。

 

 そう、ゼンノロブロイことゼンちゃん、彼女はG1と成ったホープフルステークス(史実ではこの頃G1ではない)で、6身差の大勝。

 

 その実力は下手をすれば、今はネオちゃん以上と言っても過言ではないだろう。

 

 中距離から長い距離に特化したその脚は菊花賞でかなりの脅威になるはずだ。

 

 

「確かに、ステイヤー脚質、ゼンちゃんの脚は脅威ですからね」

「…えぇそうね」

「それに、下にはキングカメハメハ、ハーツクライ、ダンスインザムード、ダイワメジャー…怪物ばかりですね…、そして、その下の世代には…」

「ディープインパクトね」

 

 

 オハナさんの言葉に私は静かに頷いた。

 

 あの英雄と呼ばれるディープインパクト、駅伝でしのぎを削りあった彼女の姿を私は思い返す。

 

 凛とした佇まい、そして、秘めたる圧倒的な才覚は絶対的なものだった。

 

 金色の暴君、オルフェーヴルと共に彼女達はいわゆる天才と呼ばれている部類のウマ娘だ。そういう星の下に生まれた者たちなのだろう。

 

 とはいえ、ディープインパクトはやたらと私を意識していたように見えましたね、やっぱり魔王なんて名前が付いてるからでしょうか。

 

 ん、待てよ、ダラカニと同世代という事はだ。

 

 

「…ゴーストザッパー、プライドと同じ世代かぁ…私はぁ…」

 

 

 私は現時点でわかっている海外の有力なウマ娘達に頭を抱える。

 

 というか、上の世代にはハイシャパラルも居るじゃないか。

 

 ダート遠征予定のメイセイオペラ先輩もそうだけど、今年の凱旋門賞が鬼畜仕様すぎて泣けてきますよ。

 

 勝てんぞ、これは、鍛えてなければもう勝てる気がしませんね全く。

 

 私が今、話をしているハイシャパラルというウマ娘とは、史実では生涯戦績13戦10勝を上げ、その内、G1勝利数は6勝、さらに、ブリーダーズカップターフを2度も勝っているとんでもない化け物だ。

 

 おそらくはシンボリクリスエス先輩と五分かそれ以上の実力を誇るウマ娘と言って良いだろう。

 

 彼女の名前の由来は「樫の高木の密林」というところから取られている。

 

 

「イギリスダービーか、フランスダービーか…動向次第ですね」

「そうだな…、それに今年はクリスエスも凱旋門賞に出る予定だそうだ」

「…はっ?…う、嘘でしょう!?」

 

 

 おい、誰だよ、今年、欧州三冠獲りに行くとかほざいていた馬鹿は。

 

 え? じゃあなんですか? ハイシャパラルとプライドだけでなく、ダラカニとクリスエス先輩を相手に私は凱旋門賞を勝たなきゃならんのですか?

 

 勝てる気がしないのはきっと気のせいではないですね、こいつはヤベーぜ。

 

 メイセイオペラ先輩も大概ですけどね、未だにダートに君臨しているアゼリとゴーストザッパーとかいう変態どもとやりあわないといけないんですから。

 

 三国志でわかりやすい例えを言いましょうか?

 

 戦った事ない文官がいきなり武器持たされて呂布と関羽と張飛に挑まされるようなものですね。

 

 確かにメイセイオペラ先輩はかなり強くなりましたよ、いくつもの勝利数を重ねて、去年のユニコーンS、ダービーグランプリ、スーパーダートダービー、帝王賞を勝ち、東京大賞典も勝利、さらに、今年はフェブラリーSに向けて身体を仕上げにかかっていますからね。

 

 そりゃもう、地獄に耐える日々を歯を食いしばりながら進んでしていますから。

 

 今年に入って強力なライバルが姿を現しました、そう、アブクマポーロさんです。

 

 彼女がなかなかの難敵らしいですが、メイセイオペラさんはフェブラリーSの後に海外へ、ペガサスワールドCに出る予定です。

 

 なので、アブクマポーロさんと顔合わせをするのは夏から秋にかけてだという話でした。

 

 地方のウマ娘が海外を制するか否か…。

 

 ですが、彼女が戦うであろう面子を見るだけで背筋が凍りつきそうです。

 

 そして、私自身も走る相手を見て背筋が凍りつきました。

 

 ブザケルナ! ブザケルナ! バカヤロー!(涙顔で顔芸)。

 

 

「…ま、まあ? やるしかないですね? 余裕でやってやりますよ?」

「声が震えてるぞ?」

「武者震いってやつですよ」

 

 

 私の様子に呆れたように肩をすくめるオハナさん。

 

 私の気持ちをおそらく察してくれたのだろう、何にも言えないというくらい気の毒そうな眼差しを私に向けていました。

 

 ですよね、私もそう思いますもん。

 

 そんな中、私の肩をポンと叩いてくるウマ娘が居ました。

 

 

「いえーい! アフたん元気にしてるー?」

「!? …なんだデジタルさんですか」

「いえーす!」

 

 

 そう言いながら、準備体操をしていた私の背後からハグしてくるこのウマ娘。

 

 栗毛の跳ねた特徴的な髪に赤いリボン、そして、私とおんなじくらいちっこい身長を持つこの娘こそ、アグネスデジタルその娘である。

 

 はい、皆さん大好きアグデジさんです。

 

 アグネスデジタルすこなんだ! みたいな顔文字が出てきてもよろしいですよ? この人変態ですけどね。

 

 チームリギルに加入したアグネスデジタルさんはダートもターフもいける二刀流のウマ娘です。

 

 男性も女性もいける二刀流というわけでは…、いや、もしかしたらいけるタイプの二刀流かもわかりませんね、はい。

 

 さあ、そんな猫なで声で私に頬ずりをしてくるアグネスデジタルさんなんですけど、私は面倒臭そうな表情を浮かべていました。

 

 

「ねぇ、アフたん」

「なんですか? アグデジさん」

「アフたんをめちゃくちゃにしたい」

「朝もどっかの誰かから聞きましたよそれ」

 

 

 そう言うとアグデジさんは目を丸くしながら私の言葉に信じられないといった表情を浮かべます。デジャヴですね、こんなデジャヴあってたまるか!

 

 アグデジさん、変態が自分一人だと思わないことですね。

 

 あそこの物陰を見てみてくださいよ、木の陰からジッと私を見つめているクールビューティーなウマ娘がいるでしょう?

 

 きっと私がそうしてしまったんだなぁ、と私はたまに自己嫌悪に陥りそうになります。

 

 嫉妬の眼差しが痛い。

 

 そんな眼差しを背中に受けつつ、準備体操が終わった私は弥生賞に向けた最後の仕上げに取り掛かるのでした。

 

 

 私、皐月賞勝ったら国外逃亡するんだ(白目)。



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激闘のクラシック編
弥生賞


 

 

 

 私が今まで積み上げてきたものは正しかったのか?

 

 いつも私は自問自答し、くる日もくる日も坂を登り続けてきた。

 

 それは、私を目指していた人を目指して。

 

 それは、私を鍛えてくれた親愛なる育ての親に夢を見てほしくて。

 

 私はもう一人の自分と常に戦いながら、ひたすらに身体を鍛え上げる事に夢中になって私は走り続けた。

 

 走り抜けた先にはどんな光景が待っているのか、私は懸命にそれを追い求めた。

 

 そうして、私はいよいよその時を迎えようとしている。

 

 クラシック第一弾、皐月賞。

 

 その前哨戦、弥生賞の幕が今開けようとしていた。

 

 

 

 レース場控え室。

 

 私は静かに自分が今まで身につけてきた重い重石を外していきます。

 

 身体に常に負荷を掛け、鍛えて鍛え上げた身体。

 

 ガチャンという音と共に私は身に纏っていた大ダービー養成ギプスを外します。

 

 大ダービー養成ギプスを外し、下着姿になった私は深い深呼吸とし、酸素を身体に多く取り込み呼吸を整えます。

 

 この大ダービー養成ギプスはもう使うことはきっとないでしょう。

 

 身体に十分な負荷を掛けましたし、全身のバネとインナーマッスルは身体についたと思います。

 

 鏡に立つ私は自分の身体を改めて見つめ直します。

 

 あれ? なんかモチモチしてそうなんですけど? あれだけ絞ったはずなのに。

 

 主に太ももとか胸とかお尻とか。

 

 いや、逆にそこにいっちゃった可能性もありますかね、私は自分の触り心地が良い尻を自分で確かめつつ顔を引きつらせました。

 

 ウエストはベストですね、おへそのラインなんてきっと人差し指で撫でたくなるような綺麗さだと思いますし我ながらですが。

 

 今日は新しく買った黒と白のストライプの下着なんですけど、まあ、問題ありますまい。

 

 こいつは新しい勝負下着とします。

 

 

「ふむ、我ながら良い身体になったと思いますね」

 

 

 一見、モチモチしてるように見えますが走る時には強靭な筋肉になりますからね。

 

 ボンキュボンに見せかけた巧妙な筋肉、ウマ娘として生まれたからなんでしょうけどね。

 

 じゃないと私とライス先輩、姉弟子なんてプレデターと張り合ったり、元コマンドーの筋肉モリモリマッチョウーマンの変態、もしくは筋肉の祭典、エクスべ◯タブルズになっている事間違いなしですよ。

 

 鏡で我ながら確認したくなる身体です。

 

 それからしばらくして、気配を感じた私はツカツカと扉の近くにまで歩いて行くと扉を開きます。

 

 

「で、なんで貴女達は扉に耳を当ててスタンバッてるんですかね」

「あいたっ!」

「あぐっ!」

 

 

 そう言って、私が下着姿のまま扉を開くとそこには雪崩れ込むようにして控え室に入ってくるお馬鹿さん達二人の姿が。

 

 アグネスデジタルちゃんとメジロドーベルさんのお二人ですね。

 

 何やってんですかね、二人とも、私の控え室に耳を当てたりなんかして。

 

 顔を上げたメジロドーベルさんは鼻血を垂らしてますからね、もー、仕方ない人ですね。

 

 

「あ、アフちゃん!? なんて格好…っ!?」

「あー、別にどうせ控え室なんてウマ娘しか来ませんしね、はい、鼻血出てますよー、顔を上げてくださいねー」

「ふがっ!?」

 

 

 騒がしいのでティッシュでドーベルさんの鼻を摘まみ上げる私。

 

 私はブラジャーとパンツ一丁の姿で何してるんでしょうね、しかもレース前というね。

 

 既に起き上がっているアグネスデジタルさんはニマニマした表情を浮かべながら私の事を舐め回すように見てきます。

 

 なんだねその目は、まるで中年のおっさんのような眼差しじゃないですかね。

 

 

「なんですか?」

「アフたん痴女説!! 胸熱ッ!?」

 

 

 そう言いながら目をキラキラさせるアグデジさん。

 

 そう言われてもナリタブライアン先輩とヒシアマ姉さんの部屋で全裸で寝てたことなんてザラですし。

 

 裸にひん剥かれた(自滅した)のがそもそも原因なんですけど、あと、痴女じゃねーです。ちょっと雑なだけですいろいろと。

 

 というか二人ともいつの間に意気投合してるんですかね?

 

 

「私は激励しにきたんだけどたまたま、そこで出くわしちゃってね」

「いやー、私としてもアフたんの激励と聞けばそれはもう行くしかないでしょ!」

「アフたん言うな、あと、激励する人はあんな風に扉の前で耳をピトピトさせませんから普通は」

 

 

 そうか、普通ではありませんでしたね(自己完結)。

 

 あ、私は当然、普通ではないです、私がこんなんだから変態をまた生み出してしまったんですね、業が深い。

 

 レース前に何やってんですかねーもう。

 

 クラシック前哨戦を前にして私は頭が痛くなりそうですよ、未だに下着姿のままですけども、流石にちょっと寒くなりました。

 

 

「アフたんそんなものぶら下げてー、その格好はやばいよー、こんなんファンが見たら昏倒者が続出だよー」

「下から持ち上げるな、下から。 というか着替えますので出てくれませんかね?」

 

 

 たゆんたゆんと背後から胸をさり気なく揉んでくるアグデジさんにジト目を向けながらそう告げる私。

 

 私は掛けてある体操着に手を伸ばし、袖を通して着替え始める。

 

 私としては胸揉まれようが下着姿を見られようが全然気にしないタイプですからね、はい、雑ですねごめんなさい。

 

 

「アフちゃんそんな隙だらけだからブライアン先輩やゴルシから目をつけられるのよ」

「ドーベルさん? でっかいブーメランぶっ刺さってますよ?」

 

 

 着替え中の私を見つめながら心配そうに告げるドーベルさんに容赦ない一言。

 

 このアフトクラトラスッ! 容赦せんッ!

 

 というか着替えにくいので早く出てくれませんかね? 鼻血また出かけてますよドーベルさん。

 

 というわけで私は二人を控え室から叩き出すととりあえず体操着に着替えて髪の毛をサラリと靡かせます。

 

 

「やっぱり体操着似合うわねー、アフちゃん」

「気合い入りますからね、これ着ると」

「クラシック前哨戦だからね、強いウマ娘ばかりだから油断大敵だよ」

 

 

 そう言って、私に真剣な眼差しを向けて告げるアグデジさん。

 

 さっきまで私にセクハラしていた人とは思えないですね、確かに油断は禁物です、フランスにネオユニヴァースちゃんが行ったとはいえ、まだ、有力なウマ娘達が居ますから。

 

 私は思わず武者震いといいますか、尻尾も元気よくフリフリと左右に揺れています。

 

 私が控え室から出ると通路には私に親しみ深い先輩方がチームの垣根を越えて激励に来てくれていました。

 

 

「いよいよだな、アフ」

「ここから、クラシック本番だぞ」

 

 

 腕を組むブライアン先輩と期待感を私に寄せ、にこやかに微笑むシンボリルドルフ先輩。

 

 

「みっともねーレースすんなよなー」

「アフ! かましてこい!」

 

 

 いつものように姉御肌なヒシアマ姉さんに法被を着て商売衣装を身に纏うゴールドシップ。

 

 

「アフ! みせてやれ! お前の実力!」

「アフ! 気合いば入れて! けっぱってこい!」

 

 

 そして、義理母のトレーニングで同じ汗水垂らしたバンブーメモリー先輩に地方から今や世界にまで挑戦せんとしているメイセイオペラ先輩。

 

 

「アフ、負けるんじゃねーぜ」

「科学的にも君の圧勝は必然だろうが、応援してるよ、アフ」

「アフ先輩! 頑張って!」

「俺たちも応援してるからさ!」

 

 

 ナカヤマフェスタ先輩やアグネスタキオン先輩。

 

 それに、私が合宿で共に走ったスピカのダイワスカーレットちゃんにウォッカちゃんまで駆けつけてくれた。

 

 たかだか、G2レースに大袈裟ですけどね、クラシック第一弾というわけでもないというのに皆さん私を心配しすぎです。

 

 

「アフちゃん、貴女ならきっと大丈夫」

「そうそう! スズカさんや私たちとあれだけ走り込んだんだし!」

「きっと勝てる!僕も保証するよ! アフちゃん!」

 

 

 サイレンスズカ先輩、スペシャルウィーク先輩、トウカイテイオー先輩からの心強いエール、私としても非常に嬉しいですし、頼もしいです。

 

 うん…。いや、そうなんですけどね?

 

 いや待って、あと何人居るんですか? 激励人数あと何人居るんですかね? ちょっと多過ぎじゃないですかね?

 

 あれです、誕生日パーティーで派手に祝ってくれるのはいいですけど、一日ズレてる感が半端ないんですけども。

 

 どんだけ心配性なんですか皆さん、私のこと気にかけ過ぎです。

 

 

「ヘイ! ゴーホーム! 激励はかなり嬉しいんですけど! たかだかG2レースに通路に来過ぎですから! ほら! 他の皆さん困惑してるじゃないですかッ!」

「「あ…」」

「とりあえず観客席に戻りましょう…、私は大丈夫ですから、ね?」

 

 

 そう言って、私が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、皆さんに告げると周りを見渡し、気づいた皆さんは顔をひきつらせる。

 

 G1レースではありません、G2レースです、そりゃ、そうなりますよね、通路塞いでるのほぼほぼG1実績のあるトレセンの中でも有名なウマ娘ばかりですもんね。

 

 私の一言で顔をひきつらせた皆さんは尻尾をたらんと垂らしながら渋々、観客席へ戻って行く。

 

 うん、皆さんの激励自体は嬉しかったんですよ確かに。

 

 でもね、通路で端から申し訳なさそうに息を殺してね? レース場に向かうライバルのウマ娘達の姿を見てたら居た堪れないじゃないですか。

 

 私としましてもそれは流石に不本意ですので、これは致し方ないと言わざる得ません。

 

 来るなら今度、私が凱旋門賞に殴り込む時に来てください、その時が一番、心が折れそうだと思うので。

 

 

「はははは、アフ、いつも通りみたいで安心したぞ! 入れ込み過ぎてるんじゃないかと思って皆にお願いしたんだがな、いらぬ心配だったか」

「……貴方の仕業でしたか…全く…」

 

 

 そう言って、私は呆れたように肩を竦め、通路の先で待っていたオカさんからの言葉に溜息を吐く。

 

 わざわざそんな気遣いをしてくれなくても大丈夫だというのに、むしろ、応援に来てくれた皆さんに申し訳ありませんでしたよ。

 

 とはいえ、肩に入っていた余計な力を抜くのには役に立ったとは思います。

 

 オカさんは満面の笑みを浮かべたまま、私の背中をパンッ! と叩くと一言、こう告げてきます。

 

 

「さあ、行ってこい」

「えぇ、任せてください勝ってきます」

 

 

 そうして、気を取り直した私はゴキリッと首の骨を鳴らしてレース場に足を踏み入れる。

 

 強化ギプスを身につけて、さらには重石を手足に身につけた上での過酷なトレーニング。

 

 自らの身体に課したその厳しいトレーニングの数々はきっと嘘はつきません、勝利に飢え、貪欲にライバルを蹴散らすだけです。

 

 私の横顔を一目見たオカさんは意味深な笑みを浮かべていました。

 

 

 クラシック前哨戦、弥生賞。

 

 

 私はそのレースを勝ち取るため、ゆっくりとターフを踏みしめ、芝の感触を感じながらゲートへと歩みはじめるのでした。



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心臓破りの坂

 

 

 

 クラシック前哨戦弥生賞。

 

 ゲートインを終えた私はいつものようにクラウチングスタートの構えを取り、静かにゲートが開くのを待ちます。

 

 あー、この試合前の緊張感堪らないですねー。

 

 意識するのはやはり、スタートダッシュ、これに成功するか否かで試合の展開がガラリと変わりますしね。

 

 私は静かに姿勢を低くする。

 

 パン! という音と共にゲートが勢いよく開いた。

 

 私は足に力を込め、いつものようにロケットスタートを決める。

 

 いつものように先行取り、私の周りには私をマークしようと徹底しているウマ娘達の姿があった。

 

 

「今回のレース、いつものように簡単に勝てると思わないでねっ!」

「…へぇ…、なるほど…」

 

 

 確かにこう囲まれてはレースはし辛い。

 

 並大抵のウマ娘ではこの状況を打破するのは厳しいだろう。

 

 ペースは乱される上に抜け出しにくく、戦い辛いレース展開だ。

 

 

 だが、それはもう、私は経験済みだ。

 

 

 しかもG1という大舞台でね。

 

 だからですかね、私は静かに状況を把握すると澄み切った頭の中でこの状況を打破する算段を組み立てる。

 

 一度受けた洗礼を顧みずに何も策を練って来ないのは愚者がする事です。

 

 失敗をするのはいい、ようは失敗して何を学ぶのかが大切なのだ。

 

 

(右に寄せて一気に抜けるか…)

 

 

 そうして、私は右に身体を寄せて、一気に内から囲まれている状況を打破しようと試みる。

 

 だが、それに気づいたウマ娘達は私の進路を阻もうとそれに合わせてくる。

 

 しかしながら、私はその様子を見て内心でほくそ笑んだ。

 

 実にわかりやすい、見え見えなのだ。私にマークを集中しているからだろうが、まんまと掛かってくれた。

 

 

「…とでも言うと思ったかーっ! 甘いわーっ!」

「ガッ…っ! ご、強引にっ!」

 

 

 右に寄せてくる集団の僅かなズレを察知した私は一気に身体を左外側にぶつけると、そのままぶち抜いた。

 

 これには全員、驚愕の表情を浮かべている。

 

 私が小柄だから身体をぶつけて来ない綺麗なレースをするとでも思いましたかね?

 

 そんなことはちゃんちゃらおかしな話ですよ、必要ならダーティーなやり方だって取ります。

 

 それに、鍛えた私の身体に敵うとでも思いましたかね? ならば、ダンベルで60kgを片手で難なく上げれるほど筋肉鍛えてないとキツイと思います、はい。

 

 今ぶつかったウマ娘の表情と吹き飛んだ距離を見れば、一目瞭然だとは思いますけども。

 

 流石に私が全力でぶつかったら、あのウマ娘、レース外にぶっ飛んで競争中止になってしまうので加減はしましたけどね、勿論。

 

 とはいえ、これで進路は確保、私はグングンと速度を上げ順位を上げていく。

 

 そんな中、観客席では…。

 

 

「あのアフちゃんにぶつかったウマ娘、コロス!!」

「落ち着いて! ドーベルちゃん!」

 

 

 アグデジさんから羽交い締めされているドーベルさんの姿があった。

 

 何やってんですかね、あの人は…。

 

 というか、ぶつかったのは私の方なんですけども、逆にブチ切れられても致し方ないのでは? とか思ったりしています。

 

 進路を確保して、先頭付近に躍り出た私は澄み切った頭でさらに体内時計でペース配分を確認する。

 

 多少のズレはあるが、今のところ問題はない。

 

 残り800m付近に差し掛かり、全体のペースも押し上がるように上がっていく。

 

 だが、忘れてはいけない、ここは中山レース場。

 

 心臓破りの坂と呼ばれる高低差のある坂が待ち構えているレース場だ。

 

 当然、皆、この心臓破りの坂で苦戦を強いられる事となる。

 

 だが、それに関して私は全くもって気にも留めない脚力を有している。

 

 いや、むしろ、坂こそ、私本来の力を発揮できる主戦場なのである。

 

 

「さあ! 中山の坂! 高低差がありキツイことで知られておりますが! おぉと! 3番手! アフトクラトラス! 加速していくッ! むしろ生き生きとしているッ! これはどうした事かっ!」

 

 

 炸裂するような脚で地面を蹴り出し、どんどん坂を推進していく私の姿に会場ではどよめきが沸き起こる。

 

 きっと、この現象はあのミホノブルボンの姉弟子以来だろう。

 

 キッツイ坂を嬉しそうに伸び伸びと登るのって私たちくらいですもんね、こんな坂を駆け上がるなんてわけないです。

 

 なんでかと言われれば、皆さんはもうご存知の通りかと思います。あんなもんしょっちゅう登っていたら、それはねぇ?

 

 そう、この状況は私にとってみれば水を得た魚、私は魚類ではないんですけども。

 

 だが、それに食らいつかんとしてくるウマ娘も中にはいる。

 

 当然だ、なんといっても実力者ばかりが集うこのレース、それなりにプライドを持ち合わせているウマ娘が勢ぞろいしている。

 

 

「後続も負けてはいられないと釣られて上がってくるっ! 上がってくるがこれはどうかっ! 苦しそうにも見えますッ! 心臓破りの坂はやはり鬼門だッ!」

 

 

 まあ、無理について来ようとするウマ娘も中にはいるわけですけども、私とは違って坂は走り慣れてないこともあって苦戦してるみたいですけどね。

 

 心臓破りの坂を越えれば後は直線のみ。

 

 さあ、ここからが勝負、私は既に4角先頭に躍り出ているので後はゴールまでぶち抜くだけだ。

 

 

「アフトクラトラス先頭ッ! さあ残り400m! 後続はどうだッ! これは苦しいかッ! これは苦しいかッ!」

 

 

 私との差はかなり離れてしまっている。

 

 心臓破りの坂がやはり堪えたのだろう、皆は脚に力が上手く入っていないように思えた。

 

 一方で私はむしろ、坂を越えて直線に入った事でうまい具合に力を抜く事が出来ており、更に加速している。

 

 おほ〜走るの楽しいのぉ〜。

 

 一言で言えばそんな感じです。なるほど、あれだけキツイ練習をこなしてきた甲斐があったというものですね。

 

 それから、私は先頭でゴールイン。

 

 

「先頭! アフトクラトラスゴールインッ! 脚を余してこの強さッ! 今年のクラシックの主役は私だと言わんばかりの余裕ッ! これが日本の至宝ッ! 世界よこれがスパルタの皇帝だッ!」

 

 

 そう言って、私のことを持ち上げてくる実況アナウンサー。

 

 やめて! その謳い文句はやめてッ! 私死んじゃう! 何世界にさりげなく喧嘩売ってんですかッ!

 

 今の私なんて秒殺モノですよ、国内だから無双しているだけですからね! しかも、ゼンちゃんとネオちゃん居ないですし。

 

 下手に意識させないで、私のアンチも増えちゃいますから、ほら、アフトクラトラス、あれ調子乗ってて嫌いなんだよねーとか言われちゃいますから!

 

 私はあくまでマスコット枠でいいのです。みんなから愛される感じので、まあ、別に私は周りの評価なんて微塵も興味ないですけどね。

 

 うん、よくよく考えたらぶっちゃけ嫌われても大丈夫でしたわ、私、ブーイングされたら観客を煽った上で中指を立てて返すようなキャラでしたわ。

 

 まあ、そんな訳で一着でゴールイン、弥生賞は難なく勝つ事が出来ました。

 

 

「ふう…、まあ、こんなもんですかね」

 

 

 正直な話、私の脚は有り余ってます。

 

 というのも、菊花賞の芝3000mをバッチリと走りきるための対策として相当な走り込みと坂路、アホみたいなトレーニングしていた訳ですからね。

 

 今や、私は恐らく最悪でもフランスのカドラン賞なら普通に走り切って勝つ自信があります。

 

 ちなみにカドラン賞の距離は4000mです。

 

 めっちゃ長いですねー、いやー、こんなん走れんの? って距離です、頭おかしい。

 

 ちなみに一番長いレースでグランドナショナルというものがあります。これが、7000mの障害物レースですね。

 

 私としては10000mくらいは目安に走れるようにならないといけないなと思っています。

 

 なんだ、私の方が頭がおかしかったか、勝ったな(謎の自信)。

 

 そして、レースが終わり試合後の通路で皆さんが祝福するために待ってくださってました。

 

 

「アフちゃんおめでとう!」

「とりあえず前哨戦は難なくだな」

 

 

 レース後にこうやって賞賛して頂けるのは嬉しい限りですね。

 

 レース場に続く通路で待ち構えてくれる皆さんの暖かさに私は思わずほっこりとしてしまいます。

 

 そして、わざわざ出迎えてくれる皆さんに私は満面の笑みで応えます。

 

 

「えぇ、中山のレース場はやはり私には合ってるみたいですね、むしろ、坂はもっと急かと思ってました」

「なかなかキツイんだぞ? あの心臓破りの坂」

「そうなんですか?」

 

 

 ほーん、みたいな感じで受け答えする私に顔を見合わせている皆さんはやっぱり頭がおかしかったかと諦めたように肩を竦ませる。

 

 なんでや、姉弟子もそんな感じやったやろ!

 

 そんな中、ジーッと私の胸を見つめてくるスペ先輩が不思議そうにこう問いかけてきます。

 

 

「こんなでっかいものぶら下げてるのに凄いねアフちゃん、坂登る時すんごい揺れてたし」

「なるほど、最後の直線じゃないのに異様に盛り上がってたのはそのせいか」

 

 

 私はスペ先輩の言葉にがっくりと項垂れる。

 

 皆さん、ちょっと欲に忠実過ぎです。私の胸しか見てないじゃないですかー、やだー。

 

 しかしながら、私の場合、こればっかりは致し方ないんですよね、好きでこうなったわけではありませんので。

 

 そんな話で少しばかりがっくりとしていた私なんですけども、しばらくして、ナリタブライアン先輩が私にこう告げてくる。

 

 

「どうでもいいが、アフ、お前、今日ウイニングライブのセンターだぞ」

「あ…」

 

 

 そう、すっかり忘れていましたウイニングライブ。

 

 致し方ないので私は渋々準備を始めます。

 

 これもウマ娘の仕事なのでね、ていうか、毎回思うんですが、皆さんなんで可愛いステージ衣装ばっかり着るんでしょう。

 

 まあ、私も着るんですけどね! ですが、私はいつも趣向を変える事で有名なウマ娘。

 

 ライブ会場に登場した私はイキリ感が半端ない格好をしたまま登場。

 

 今の私はアフトクラトラスではありません、その名もアフザエルです。

 

 

「ヘイ! エブリワン! 盛り上がっていきましょ!」

 

 

 会場は何故か大盛り上がり、なんと言いますか、ダンスや歌を鍛えに鍛えまくった私は一足飛びでそっちに飛んじゃったみたいです。

 

 ランニングマンは勿論、キレキレのダンスに会場からは黄色い声が上がります。

 

 最近、こんな事ばっかりやってるせいで私のファンに女性ファンがやたらと増えてきました。

 

 それに振り回される他のウマ娘達は大変だろうとは思います。

 

 シンチャンとかプレジデントちゃんとかは私の性格を理解してるのでノリノリでやってくれるんですけどね。

 

 初登壇のスズノマーチちゃんなんかは、戸惑った様子で『えっ!? 嘘でしょ!? こんなん踊んの!?』みたいな感じで愕然としてましたからね。

 

 ほら、そんなことはいいからランニングマンするんだよ、あくしろよ(にっこり)。

 

 修行が足りないですね、アスリートたるもの身体にギプス付けたり重石を手足に付けてウイニングライブやってたらこれくらい軽くできるようになりますよ。

 

 シンチャンは最近、私に聞いて重石を手足に付けるようにしたみたいですけどね。

 

 こうしてライブは大盛況。

 

 でも皆さん、私が薄着になるたび乗り出すように盛り上がるのはやめましょう、危ないですからね。

 

 

 こうして、私はウイニングライブでまた適当に盛大なやらかして、ルドルフ会長から翌日、説教をされることになるのでした。

 

 



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トレセン学園の伝説達

令和になりかけで初の投稿。

これが令和、初投稿にしといて下さいお願いします!なんでもしますから!(意味深)。

ではどうぞ


 

 

 クラシック前哨戦、弥生賞も無事に終わり。

 

 翌日、私はベッドから上半身を起こして起き上がる。

 

 自身の豊満な胸がたゆんと弾む中、シーツに身を包んだだけで胸当ての下着を着けずに寝ていた私は気怠そうに頭をガシガシと乱雑に掻く。

 

 あ、下は履いてますよ? 脱いでるのは上だけです。だから、パンツとパジャマの上だけといったラフな格好で寝ていたわけですね、要するに。

 

 うわ、雑な格好、と思われていることでしょう。

 

 女子校に行ってみたらわかりますよ、あそこはチンパンジーの巣窟ですから。

 

 トレセン学園で学校通っている私が言うんだから間違いない、まあ、皆さん私みたいに雑ではないですけどね。

 

 適当な言い訳つけてみました。

 

 だって、上のブラ着けてると寝苦しいんですもん。

 

 

「ふぁぁ…、あー良い朝だなー…もっかい寝よ」

「そうか、なら私もそうしようかな?」

 

 

 そう言いながら、私の背後から耳元で囁いてくるナリタブライアン先輩の声に思わず悪寒が走る。

 

 ゾクゾクってなりましたよ! ゾクゾクって!

 

 しかしながら、胡座をかいて座っている私は冷静な口調でこう呟く。

 

 

「よし起きよう! 走らねば!」

「まあ待て、そう焦るな、昨日レースに出たばかりだろうお前」

「ほうあっ!?」

 

 

 勢いよく立ち上がろうとするところを私は捕まってしまった!

 

 背後からガッチリと腕を回され、これは逃げれそうにないですね、はい。

 

 そう言いながら、ベッドに押し倒された私はブライアン先輩と見つめ合うような形になっています。

 

 しかも、互いに薄着というね? これ、ヒシアマ姉さんに見られたら変な誤解されるやつやぞ。

 

 

「まあ、今日は私とゆっくりするのも良いじゃないか、ちょっと付き合え、アフ」

「えぇー…」

「本当に可愛ヤツだなぁお前はー」

「ふぎゃああああ!?」

 

 

 そう言いながら乱雑に頬ずりしてハグしてくるブライアン先輩に悲鳴を上げる私。

 

 目を擦りながら起きてきたヒシアマ姉さんもいつもの事かと言わんばかりに溜息を吐きながら着替え始めている。

 

 私の胸を乱暴にもにゅもにゅと鷲掴みにされるのももういつものこと、というこの現状。おかしいと思います!

 

 息を切らしながら、肌けた格好の私はベットから飛び出すとヒシアマ姉さんの腰にしがみ付く。

 

 

「うぉ!? おい!? なんで私の腰にしがみ付くんだお前!」

「はぁ…はぁ…に、逃がしませんよ、ヒシアマ姉さん! 私を見捨てたりなんかさせませんからねぇ!」

「やめろー! おまっ! 手の位置をどんどん上げてくるなっ! …ひゃんっ! やめ…っ!」

 

 

 そうして、私の背後から迫るブライアン先輩に引き摺られ、二人仲良くベッドに引きずり込まれる。

 

 数時間後、上機嫌のブライアン先輩を他所に疲れ切った表情をした私とヒシアマ姉さんは食堂の机の上で伏していた。

 

 なんだかブライアン先輩の肌がツヤツヤしているのはきっと気のせいである。

 

 なんででしょうね? 私とヒシアマ姉さんはこんなに疲れているというのに。

 

 その事実を知る者は当事者である私たちだけの秘密というわけだ。

 

 

「お前、ほんとそういうとこだぞ」

「…ごめんなさい、でも後悔はしてません」

「もうこの馬鹿嫌い」

 

 

 ヒシアマ姉さんは呆れたようにそう呟くと不満げな表情を浮かべていた。

 

 巻き込んでしまい、申し訳ないと思っている。思ってませんけれども。

 

 

「アッフさぁ…、なんでお前はこう毎回私を巻き込むかなぁ」

「なんですか、そのやきうのおねえちゃんみたいな呼び方…」

「んな事はどうでもいいんだよ」

 

 

 そう言いながら、ジト目を向けてくるヒシアマ姉さん、頬を膨らませていじけてますアピールしてるのがちょっと可愛い。

 

 サンキューアッフ! フォーエバーアッフ!

 

 うん、なんか違和感しかないのでやめておきましょう、やきうのおねえちゃんじゃなくて私はそもそもウマ娘のおねえちゃんですからね。

 

 

「いやー、今日は良い日になりそうだ」

「そうか、よかったなーブライアン」

「この後、アフと一緒に出かけるしな、楽しいこと尽しだ、なぁ?」

「なぁと言われましても私、今初めて聞いたんですがそれは…」

 

 

 唐突にぶっ飛んでくるいきなりのスケジュール。

 

 私の事は御構い無しですもんね、はい、まあ、別に予定は無かったのでなんの問題も無いんですけども。

 

 私の尻尾みてください、やる気なしにしなしなになってますよ。

 

 色も艶も良いという噂の私の自慢の尻尾なのに、どうしてこうなった。

 

 

「ヒシアマ姉さん…」

「私はパスだぞ、ルドルフ会長から呼ばれてんだ、そんな捨てられた子犬みたいな眼差しで見てもダメだぞ」

「そんな〜…」

 

 

 私の身代わりが逃走してしまいました。ガッデム!

 

 頼れるヒシアマ姉さんが居なくなるなんてなんてことだ!

 

 ブライアン先輩はノリノリな様子ですし、断る理由も特にはないので別にいいんですけどね。

 

 それで、私は仕方なく、その後ブライアン先輩とトレセン学園の校門で私服で待ち合わせし、合流することにしました

 

 

「…で、何する予定なんですか?」

「まあ待て、もうすぐ姉貴が来る」

「ハヤヒデさんがですか?」

「あぁ」

 

 

 そう言って、私の問いかけに答えるブライアン先輩は校舎の方を見つめる。

 

 あら、まさか、ビワハヤヒデさんも一緒だとはこれは予想外でしたね。

 

 どこに行くかも聞いてないのであれなんですけども、一体行き先は何処に行くつもりなんでしょうかね?

 

 しばらくすると、校舎から私服に着替えたビワハヤヒデさんがゆっくりとこちらに歩いてきます。

 

 

「遅いぞ、姉貴」

「いや、すまんすまん、ちょっと野暮用でな、では行くか」

「あのー…一体どこへ」

 

 

 私の問いかけに顔を見合わせる二人。

 

 するとビワハヤヒデ先輩首をかしげるとブライアン先輩にこう告げる。

 

 

「なんだお前、教えてなかったのか?」

「まあな、着いてから説明した方が早いと思ってな」

「お前ってやつは…」

 

 

 ブライアン先輩の返答に呆れたようにため息を吐くビワハヤヒデ先輩。

 

 全くです、わけわかめですよ、一体何処に行くつもりなのか私にわかりやすく説明してほしいと思うばかりです、もっと言ったれ! ビワハヤヒデ先輩!

 

 すると、ビワハヤヒデ先輩は私の方に振り返るとゆっくりと話をし始める。

 

 

「すまなかったな、今から行くのは伝説のウマ娘達が居るトレセン学園の分校だ」

「はえ? えっ…!? そ、それ制服の方が良かったんじゃ…」

「トレセンの分校で系列の雰囲気は大学みたいなものだからな、私服でも別に良いんだよ」

「トレーニングウェアは勿論お前の分も持って来てるから安心しろ、アフ」

 

 

 そう言いながら、笑みを浮かべ告げるブライアン先輩。

 

 ブライアン先輩の言葉で歴代のレジェンドウマ娘達がいる校舎、またなんでそんなとこに行こうと思ったのか合点がいきました。

 

 なるほど、だからビワハヤヒデ先輩もやたらと荷物があるなと思っていたらそういうことだったわけですね。

 

 

「私と姉貴、ルドルフ会長なんかはたまに世話になったりするな、ライスやブルボンの奴も去年は遠山さんと行ったんじゃないか?」

「え? そうだったんですか?」

「まあ、トレーニングトレーナーもあちらに赴いて指導しておられる方もいらっしゃる事もあるからな」

「施設設備は完全に一級品ばかり取り揃えた日本が誇るトレセン学園の分校だよ」

 

 

 そう言いながら、私に告げるビワハヤヒデ先輩は満面の笑みを浮かべていた。

 

 その話を聞けば、その分校がいかにすごい場所かがよくわかる。

 

 ルドルフ会長をはじめ、G1ウマ娘は必ずと言って良いほど訪れるトレセンの分校はトレセン学園との深い繋がりがあり、また、実際にトレーニングをしに行き、レベルアップのきっかけにもなるという。

 

 しかし、気になるというのはその歴代のレジェンドウマ娘がどなたになるのかという話なのだが。

 

 すると、ビワハヤヒデ先輩はその分校にいるウマ娘の名前を挙げはじめる。

 

 

「伝説のウマ娘がどなた達か? …うーん、そうだなぁ例えば、ミスターシービー先輩が有名だな、トレセン学園の前生徒会長でもあったし、ルドルフ会長とはよく凌ぎを削りあった仲と聞いた」

「それに、ミホシンザン先輩、そうだな、最近じゃスズカの奴がキーストン先輩に指導して頂いたって話を聞いたな」

「それに、この間、駅伝で何名か来てらしただろう」

「…あ、そういえば…」

 

 

 そう言いながら、私はふと、駅伝大会でTTGが揃い踏みしていた事を思い出す。

 

『天馬』トウショウボーイ、『流星の貴公子』ことテンポイント、『緑の刺客』グリーングラス。

 

 彼女達は全員、現在、そちらの分校に所属していらっしゃる歴代の中でも有名なウマ娘達だ。

 

 ビワハヤヒデ先輩は、名簿もあるぞ、と私に自分のスマートフォンを手渡し、名簿が載ってある資料を渡してくれた。

 

 

「…カブトシロー、クリフジ、ダイコーター、タケホープ、ハイセイコー、エリモジョージ、カブラヤオー、テスコガビー、ハクタイセイ…。す、凄いメンツばかりですねこの学校」

「セントライト先輩、トキノミノル先輩、クモハタ先輩など、まあ、挙げればキリがないな」

「実力も折り紙つきばかりだよ、エリモジョージ先輩とカブトシロー先輩はお前と気が合いそうだな」

「そう言うことを言うのはやめなされ」

 

 

 カラカラと笑いながら告げるブライアン先輩に間髪入れずに真顔で答える私。

 

 癖が強いウマ娘ばっかりじゃないですか、まあ、確かにゴルシちゃんなんかに好かれる傾向にはあるんですけど癖ウマ娘と気があう私は頭がおかしいと思われるではないですか。

 

 もう既に遅いですって? うん、知ってました(諦め)。

 

 ブライアン先輩は一通り笑い終えた後、私に続けるようにこう語りはじめる。

 

 

「で、お前も弥生賞に勝って次はいよいよクラシック本番だろう? 一度、あそこでトレーニングを積んだ方が良い経験になるかなと思ってな」

「な、なるほど…」

「基本的に在籍している方は最上位クラスのウマ娘ばかりだからな」

 

 

 それをビワハヤヒデ先輩から聞いた私は思わず修羅の国を思い出してしまう。

 

 ブライアン先輩は笑みを浮かべながら楽しそうに拳と掌を突き合わせる。

 

 

「今から手合わせできるのが楽しみで仕方ないな」

「さいですか」

 

 

 何というか私としてはそんなレジェンドばかりだと恐縮しちゃいますけどね。

 

 彼女達の実績を知っている分、ほんと化け物ウマ娘ばかりだと思います。

 

 ひと昔前なんて、それこそ今のようにトレセン学園みたいに設備が整っていなかったわけですから、その時代を駆け抜けたウマ娘達がどれだけ凄い人達なのかという話ですよ。

 

 ビワハヤヒデ先輩は私の肩をポンと叩くと笑みを浮かべて気を遣ってくれたのか嬉しそうに告げる。

 

 

「まあ、胸を借りるつもりで行くといい、あまり身構えたところで仕方ないしな」

「…は、はい」

 

 

 胸を借りる(意味深)。

 

 何という便利な言葉なんでしょう、そして、いやらしさも含んでるという。

 

 ふと、視線を落としてたゆんと弾む自分の胸を見てみる私、果たして胸を借りる必要性があるんでしょうかね。

 

 強気的発言ではないです、物理的な意味でですね。

 

 こうして、私はブライアン先輩とビワハヤヒデ先輩と共にトレセン学園の分校に向かうことになるのでした。

 

 果たしてどんな方達がいらっしゃるんでしょうね?

 

 お土産買わなくて良かったのかな…。



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伝説の超癖ウマ娘達

 

 

 トレセン学園、分校。

 

 

「ほぇ〜…めっちゃでかい」

 

 

 間の抜けたような声を溢す私はそう呟きながら校舎を見上げる。

 

 話には聞いていたが、一眼見て、めっちゃ綺麗な校舎でした。

 

 規模はトレセン学園よりもデカく、私はつい、金持ってんなーとか内心呟く。

 

 流石はレジェンドウマ娘達が通う学校といったところでしょうか、というかこれ、どう見ても大学っぽいんですよね雰囲気。

 

 そんな中、ハヤヒデさんが私の方を見て一言。

 

 

「ふむ、確かにデカイな」

「だろ? 姉貴。だから抱き心地が最高なんだ」

「身長に似合わず凶悪なモノを持っている、これは強いわけだ」

「あの、どこ見て言ってます? 二人とも」

 

 

 姉妹揃って、私の弾む胸を見ながら一言。

 

 いや、確かにデカイとは自分でも思いますけどもね、このタイミングで言いますかね。

 

 しかも、興味深そうに見つめてくるものだからなんとも言えない感じになってしまいました。解せぬ。

 

 てか、分校の前に来てこんな事やっとる場合かぁー!

 

 私はブライアン先輩に近づくとジト目を向けて見上げます。

 

 するとハヤヒデさんはコホンと咳払いし、気を取り直したようにこう話をし始める。

 

 

「…ま、まあ、話は逸れてしまったが、ここがトレセン学園の分校だ」

「見ての通り、綺麗な校舎だろう? なぁ、アフ?」

「わかりましたから抱きつかないでくださいよ、もう」

 

 

 そう言って、ジト目を向けている私に御構い無しに抱きついて頬ずりしてくるブライアン先輩。

 

 胸をワシワシしないで、揺らさないで(切実)。

 

 そんなこんなで校舎へ足を踏み入れた私達でしたが、まあ、綺麗な校舎ですよ。

 

 中庭には噴水がありますし、購買も充実していました。後でたこ焼き食べよう。

 

 そして、ウマ娘達がトレーニングを行っているグラウンドでは至る所でトレーニングウェアを着たウマ娘達が居ます。

 

 それも名だたるウマ娘ばかりですね。

 

 

「やあ、ブライアン、来てたのか?」

「えぇ、テンポイント先輩、今日はよろしくお願いします」

「ふふ、やめてよ、堅苦しいのは僕は苦手なんだから」

 

 

 そう言って、ブライアン先輩に話しかけてきたのは流星の貴公子ことテンポイント先輩だ。

 

 綺麗な栗毛の髪を束ね、可愛らしい容姿に気品さが滲み出ており、また、滴るように頬に汗が付いている。

 

 流石は流星の貴公子だけあって物凄く可愛らしい顔立ちをしたウマ娘の方でした。

 

 しかも、スタイルも良いというね、やはり伝説のウマ娘は違うなぁ(こなみ)。

 

 そんな中、テンポイント先輩の後ろからズイっと現れる一人のウマ娘が…。

 

 

「よぉ、ブライアン、今日は新顔連れてきたのかよ?」

「エリモジョージさん」

「おっ、そのちっこいのが噂のアフトクラトラスか? …はっはーん、こりゃゴルシの奴も気にいるわけだ」

「ぴぃ!?」

 

 

 そう言ってニコニコしながらエリモジョージさんは私に近づいて来ます。

 

 見た目はバリバリのヤンキーウマ娘です。やべぇよやべぇよ…。

 

 鹿毛の綺麗な髪と鋭い目つき、そして、凛とした美人だけども、圧がやばいですはい。

 

 ですが、その瞳は何故か優しく暖かいものでした。彼女は私の肩をガシッと掴むとニコニコ笑みを浮かべながらこう告げてきます。

 

 

「カブトシローの奴にも教えてやんねーとなっ! 聞いてるぜ? お前さんの話はよくな」

「あ、あははははは…」

「あたしもお前さんみたいなのは嫌いじゃないんでね、皐月賞、勝つんだろ? あたしらが教えられる事ならお前さんに全部やるよ」

 

 

 そう言って、エリモジョージさんは私に告げてきました。

 

 正直、めちゃくちゃ最初は怖かったんですけど、意外にも良い人すぎて私びっくりしていますわ。

 

 人は見た目によらないんですねー、ブライアン先輩もですけども。

 

 

「準備してグラウンドに来な、待ってるよ」

 

 

 そう言って、乱雑に私の頭を撫でるとテンポイント先輩と共に立ち去っていくエリモジョージさん。

 

 そんな中、ブライアン先輩は私の横に並び、ゆっくりと口を開き始める。

 

 

「よかったな、アフ」

「えぇ、良い人で良かったです」

「…ふっ、あの人はあぁ見えて面倒見が良いからなぁ、気まぐれだけど」

「そうなんですか?」

 

 

 そう言って、私はブライアン先輩とビワハヤヒデ先輩と共に更衣室に向かい歩き始める。

 

 すると、ビワハヤヒデ先輩はゆっくりと私に向かい語りはじめる。

 

 

「…テンポイント先輩やエリモジョージ先輩は、あぁ見えて、いろんな困難を乗り越えてきたんだよ」

「そうだな、姉貴の言う通りだ」

「そうなんですか?」

「あぁ…、それは本人達から教えてもらえ、私が話すのも筋違いだろうからな」

 

 

 そして、トレーニングウェアを身につける私はビワハヤヒデ先輩の言葉に首を傾げる。

 

 確かにトレセン学園でレジェンドと呼ばれている方々だ。それこそ、伝説的な逸話もたくさんあることだろう。

 

 私はエリモジョージさんが待つグラウンドへとやって来る。

 

 広々としたグラウンドは綺麗に整地してあり、ちゃんと坂やダートまで全て揃った設備がある。

 

 流石はトレセン学園の分校といったところだろう。

 

 待っていたエリモジョージさんの横には黒鹿毛の綺麗な長髪、そして、新聞を広げているこれまたバチッと鋭い目つきの怖そうなウマ娘が立っていた。

 

 ヤンキー多過ぎィン! 怖いわ! いや、見た目に囚われてはいけないですね。

 

 すると、私の姿を見つけたエリモジョージさんがニコニコとしながらそのウマ娘に私のことを紹介し始める。

 

 

「ほら、カブトシロー、テメェの2代目だぞ」

「あん?」

「ど、どうもー…」

「このドチビがか?」

 

 

 私に降りかかってくる第一声がこれである。

 

 これには私も思わず苦笑い、いやー、先輩ですからね、私とて無礼な態度なんか取れないですよはい。

 

 すると新聞を読んでいたカブトシローさんはため息を吐くとエリモジョージさんにこう一言。

 

 

「わりぃがよ、餓鬼の子守すんなら俺ァ帰るぜ? そんなに暇じゃないんでな」

「まあまあ、そう言わず、私としてもお二人に是非教えていただきたいなと…」

「テメェに言ってんじゃねーよドチビ、お前さんに魔王とか付けた馬鹿は目が節穴なんじゃねーのか? なぁ、ジョージもういいか?」

「…おいおい、カブトシロー、そりゃあんまりじゃ…」

 

 

 そう言って、明らかに喧嘩腰のカブトシローさんは私の態度を見て明らかに面白くない奴を連れてくんなとばかりにエリモジョージさんを睨む。

 

 ふーん、なるほど、なるほど。

 

 人には触れてはいけない暴発ラインというものがあります。

 

 よーし、よくここまで啖呵を切ってくれたものですね、ここまでくれば、さすがの私もプッチンプリンですよ。

 

 私の好きな言葉を今ここで皆様に送りましょう。

 

『喧嘩に身分の上下なし』です。

 

 ブチッと来た私はドスの利いた声で早足でカブトシローさんの元に近づいて行くと首襟を掴んでごつんと頭突きを交えてメンチを切ります。

 

 

「おう、ちょっと待たんかいワレェ!」

「あ? なんだコラ」

「こっちが下手に出てりゃ良い気になり腐りよってのぉ、今すぐしばきまわしたるわァ!? ゴラァ」

 

 

 何故か関西弁が出てきて難波の金融道みたいな言葉遣いでカブトシローさんに迫る私。

 

 その瞬間、分校のグラウンドの温度が氷点下まで下がり切ってしまう。走っていた数人は顔面蒼白である。

 

 こんなことになれば当たり前である。

 

 しかしながら、エリモジョージさんは一人、面白そうに笑いながらその光景を眺めていました。

 

 なんか、グラウンドの一箇所だけVシネマが始まってますね、はい。フレンズのみんなー集まれ〜!今から血生臭い殴り合いの時間だぞー!

 

 殺し合いという名のな! 多分、記憶が飛ぶまで殴ればきっと全て丸く収まりますよ。

 

 

「は、ははははははっ…!! 良いねェ!」

「あ? 何笑っとるんじゃワレ」

「合格だよ…。やるじゃねぇか、お前」

 

 

 そう言って、カブトシローさんは襟を掴んでいる私の手を掴むと笑みを浮かべ、それからそっと引き離す。

 

 そして、改めて私の方に向き直ると改めて嬉しそうにしながらこう話しをしはじめた。

 

 

「悪いな、試すようなことしてよ。俺の渾名、『魔王』って渾名を使ってる奴がどんな奴なのか、隠し事無しに見たかったもんでちょっと煽っちまった。すまん」

「別に今からしばきあいでも私は構いませんが?」

「…それも面白そうな誘いだけどよ、皐月賞前だろ? お前さん。俺も馬鹿じゃない」

 

 

 そう言って、一転して私の肩をポンと叩いて来るカブトシローさん。

 

 ブチギレていた私もこれには気が削がれてしまいため息を吐くと不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

 せっかく一発ぐらいぶん殴ってスッキリしようと思っていたのに肩透かしもいいところである。

 

 エリモジョージさんは笑いながら私を見ながらカブトシローさんとこう話しをしはじめた。

 

 

「癖が強いっちゃ聞いてたけど、あんな啖呵を切れるとはな、ブライアンの奴も気に入るわけだ」

「俺相手にあんだけの事が出来る奴なんてそうそう居ないしな、面白いよお前さん」

「…なんか疲れましたわ、何にもしてないのに」

 

 

 呆れたように感心する二人の言葉に深いため息を吐く私。

 

 聞いた話によると本質を見抜くためにわざわざ芝居をして、煽ってきたらしい。

 

 根性が無いウマ娘か気合いが入っているウマ娘かどうか見極めるためだそうだ。

 

 言うの遅かったらほんとに容赦なくぶん殴ってたところでしたよ。私の剛腕で殴るとどうなるか? みなさんならご想像がつくかと思います。

 

 この二人、グルでやってやがりましたわ、ほんと冗談じゃ無ければ殺し合いも辞さなかった勢いだったんですけどね。

 

 私のおもくそ鍛え抜かれた剛腕によるボディブローが発揮できなくて残念です。

 

 分厚いコンクリートの壁くらいなら易々と破壊できる自信があるんですけどね。嘘です、イキリました、普通に手を痛めて悶絶してのたうちまわると思います。コンクリートはちょっと厳しいですね(悲しみ)。

 

 上機嫌の二人はニコニコしながらこう話しを続ける

 

 

「まあ、あたしらがどんだけあんたに教えれるかはわかんないけど、走り方や勝ち方を盗んでいってくれよ」

「レース中に舐めた事する奴の黙らせ方も教えてやるよ」

「…はぁ、よろしくお願いします」

 

 

 こうして、私はこのヤンキーウマ娘であり、伝説のウマ娘であるお二人から指導を受けることとなりました。

 

 ど根性とかそんなちゃっちなものじゃあないです。

 

 これが、私じゃなくてメジロドーベルさんやゴルシちゃん、ステゴさんだったら大乱闘不可避でしたよほんとに。

 

 それをわかった上でやっていたみたいですけどね。

 

 

 しかし、皐月賞でこの二人から教わったことを実践したら競走中止になるのではないでしょうか?(危惧)。

 

 

 そんな危機感を感じつつ、私はお二人から気合いの入った指導を受けるのでした。



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気まぐれジョージ

令和一発目の投稿です。
これからも末永くよろしくおねがいします。


 

 

 

 今日も元気にドカンを決めたら長ラン背負ったウマ娘!

 

 はい、皆さんアフトクラトラスです。

 

 長ランもドカンも着てないし、履いていませんけども先輩ヤンキーウマ娘達からレースの戦い方を指南して頂きました。

 

 

『いいか? あのな? 寄せてくる奴がいるだろう? そんときゃな、手を振るフリをしてこう右フックを脇腹に突き刺すんだよ』

『目潰しはバレないようにやるのがコツだな、まず、後続の奴に向かって土を蹴り上げるんだが…』

『えっ? 何? 格闘技の試合の話ですか?』

 

 

 私は二人の話に耳を思わず疑いました。

 

 これはあかん(危機感)。

 

 喧嘩のやり方っていうか提示してくることがいちいちダーティーすぎる、私がルドルフ先輩に怒られるわっ!

 

 汚ねぇとかそんなレベルじゃ無いですよ! アカンて。

 

 まあ、私がそういうと二人は首を傾げていましたがなんもおかしく無いです。

 

 とまあ、そんなことはありましたけど、ちゃんとした指導も受けさせていただきました。

 

 そんなこんなで特訓が終わった私はグテーとしながらプカプカといつものように大浴場の風呂にて浮かんでいました。

 

 しかも、分校には露天風呂があるんですよ!

 

 てな訳で、露天風呂の浴槽で浮かんでいるんですけども。

 

 

「ほげぇ…なんか別の意味でちかれた」

 

 

 いやー、夜空が綺麗だなー(白目)。

 

 お風呂大好きな私としては何という素晴らしい学校なんでしょうか。設備は凄い、飯は美味い、風呂は最高。

 

 こんなん即堕ちものですよ、もう堕ちてますけどね。

 

 そんな中、露天風呂を私が堪能しているとガラリと戸が開く音が聞こえてきます。

 

 

「おー、アフ公、ここにいやがったか」

「ファッ!?」

「水くせーじゃねぇか! せっかく特訓してやったんだからよ、ちょっとはあたしと裸の付き合いくらいしよーや、なぁ?」

 

 

 そう言って現れたのは普段は結んでいる髪を解いたエリモジョージ先輩でした。

 

 裸の付き合いとは(意味深)。

 

 い、いやらしい意味では無いとは思いますよ? えぇ!

 

 まあ、普段はブライアン先輩と風呂やら添い寝やらで付き合いって意味じゃたくさんしてるんですけどね私。

 

 というか、なんでこう、皆さん前を隠さないんですかね、確かにウマ娘同士かもしれませんけど少しは恥じらいを持って欲しいものです。

 

 そんな事を私が考えていると私の側に近寄ってきたエリモジョージ先輩はいきなり背後からむんずっ! と私の両胸を鷲掴みにして一言。

 

 

「お前、すごいもん持ってやがんな! 手が沈むし、すっごい柔らけーぞこれ!」

「にゃあああっ!? な、何すんですかー!?」

 

 

 まさかの奇襲にジタバタする私。

 

 いやー離してー! ニャメロン! 私の胸を揉みしだくんじゃあない!

 

 私の側に近寄るなああああああ!

 

 とい言いつつも抵抗できずされるがままの私なんですけども、しかしながら、先っぽを刺激するのはやめて!!

 

 ケラケラと笑うエリモジョージ先輩はひとしきり私で遊んだ後、吐息を溢し私の隣に座る。

 

 

「ふぃー、いやーいいもん持ってんなお前」

「ぜぇ…ぜぇ…、も、もうお嫁にいけない…」

 

 

 私は息を溢しながら胸を庇いつつ涙目で呟く。

 

 嫁の貰い手は無いから安心しろですって? 確かにそうですね、嫁になる気は無いんですけどそもそも。

 

 しばらくして呼吸を整えた私はため息を吐き、気を取り直して湯に浸かる。

 

 

「全くとんでもない目に遭いましたよ」

「ははははは!! まあ、これも経験だ!」

「胸は揉まれ慣れてるんですがそれは…」

 

 

 経験も何もあったもんじゃないですね、またデカくなったらどうすんですか本当に。

 

 ケラケラと笑うエリモジョージ先輩にジト目を向ける私、ブライアン先輩やら他のウマ娘もなんですが、私の胸をなんだと思ってるんですかね。

 

 あ、クッション枕? クッション枕ですか、確かに寝やすそうですもんね、ってやかましいわ。

 

 そんな中、隣にいるエリモジョージ先輩は露天風呂から見える夜空を見上げながらこんな問いかけを私にしてきました。

 

 その表情はうって変わりどこか真面目な表情です。

 

 

「なぁ、アフ公、お前、()()()()()に走ってんだ?」

「…はい?」

「いいから聞かせろよ」

 

 

 そう言って、私に話すように急かすエリモジョージ先輩。

 

 私はその言葉にしばらく考え込む。

 

 私が走る理由、それは、やはり義理母と姉弟子の存在が大きいと言わざる得ない。

 

 義理母は姉弟子の背中に夢を見ていた。そして、姉弟子の背中に私も夢を見ていたのだ。

 

 だが、それは夢半ばで叶う事は出来なかった。私はその姿を見て、思ったのだ、義理母の示した道は間違いなんかじゃないんだと、あの日流した姉弟子の涙は私の涙なんだと。

 

 だから、私は世界を取りに行く事に決めた。

 

 無理だ、できっこない、バカな事言ってる、現実を見ろと多くの人は言うだろう。笑う者もいるだろう。

 

 けれど、私はそうは思わない、ウマ娘に生まれたからには夢を見て何が悪いと言うのだ。

 

 否定からは何も生まれません、誰もがいろんな可能性を秘めています。

 

 ウマ娘に限った事ではない、生を受けたのなら自分の夢に向かって努力し、真っ直ぐに頑張れば報われる。

 

 必ず報われるとは言いません、だけど、報われた人は絶対に積み重ねてきているのです。

 

 その積み重ねは決して無駄にはなりません、私はそう思っています。

 

 私はそのことを踏まえ、言葉にしてエリモジョージ先輩に語りながらこう締めくくります。

 

 

「私は自分の為、そして、私を育て、見守り、助けてくれた皆さんの為に走ります」

 

 

 私は真っ直ぐにエリモジョージ先輩の目を見つめて迷いなく告げます。

 

 それは、私が走る一番の理由だと思っていますし、これからも変わらないだろうなと思ったからです。

 

 ミホノブルボンに見たみんなの夢は終わりなんかじゃない、なぜならば、夢は甦るものだからです。

 

 私が皆さんが見た夢の続きを背負って走ります。

 

 エリモジョージ先輩はそれを聞くと満足そうに微笑む。

 

 

「そっか…()()()()

「えっ…?」

「夢を背負うってのは重たいよな」

 

 

 そう言って、エリモジョージは困ったような顔をしながら笑っていました。

 

 それからエリモジョージ先輩は私に対して、ポツリポツリと夜空を見上げながら、口を開き始めます。

 

 

「…ちょっとした昔話なんだけどな」

 

 

 エリモジョージ先輩のその表情は儚げな表情でした。

 

 懐かしむように、そして、同時に悲しげな表情を浮かべてエリモジョージ先輩はそのことを私に語ってくれました。

 

 

 エリモジョージさんは同じ出身の厩舎のウマ娘達と所謂、私達と同じようにアンタレスみたいなチームを作っていました。

 

 同じ志し、そして、切磋琢磨する仲間であり心から自分の事を支えてくれる仲が良いチームメイトだったとエリモジョージ先輩は当時のことを語ります。

 

 

『よし! おめーら! 次のレースもあたしが一番取ってやるからよく見ときな!』

『よっ! 流石は姉御!』

『いやー、うちの番長はやっぱり気合いが違うねー!』

『はっはっはー! 何言ってんだ! あたしらがこのチームを日本一のチームにすんだろうが! おまえらも次のレースはちゃんと勝ってくんだぞ!』

 

 

 仲間内でそう言いながらワイワイと盛り上がっていたと語るエリモジョージ先輩。

 

 昔ながらの仲間達とエリモジョージ先輩は大層、仲がよかったと言っていました。

 

 納得できないレースをして荒れていた時も、道を示してくれた仲間達だった。

 

 そして、エリモジョージ先輩も仲間達が自分に夢を抱き、同時に目指す目標であるかのように頑張る姿にいつも力を貰っていた。

 

 時には喧嘩もすることもあった。

 

 しかし、それでいても家族のように親しい友人達だった。

 

 

「…やんちゃもたくさんしてきたけどよ、あたしはあいつらと一緒に居れてとても居心地が良かったんだよ」

「はは、良いお仲間さんに恵まれたんですね」

「ーーー…あぁ、最高の奴らさ」

 

 

 エリモジョージ先輩は笑みを浮かべながら、私に迷わずそう告げる。

 

 振り返れば仲間達と見た夢の跡がある。

 

 共に走る仲間達、一緒に強くなろうと誓い合った友、彼女達の存在がエリモジョージ先輩の中でいかに大きなものだったか私にはよくわかった。

 

 私もまた、仲間から支えられて助けられたからだ。

 

 エリモジョージ先輩がレースに勝った時にはみんなで馬鹿みたいに騒いでいたそうだ。

 

 それだけ、いるだけで楽しい仲間達だった。

 

 

『あぁ! テメェ! 俺のニンジンケーキ!』

『まあまあ、良いじゃないっすかー姉御』

『このやろー吐きやがれコラー!』

『ぬわぁ! 姉御! ちょっ! 揺らさないで!』

『ほらほら揉めなさんな、代わりのケーキはあるから』

 

 

 たくさんの思い出がそこにはある。

 

 帰る場所が、待ってくれる仲間達がエリモジョージ先輩にはあったのだ。

 

 トレセン学園で腫れ物扱いされていた自分でも受け入れてくれる奴等がいてくれた。

 

 そして、自分が頑張れたのもきっと彼女達のおかげだったとエリモジョージ先輩は語る。

 

 

 だが、そんな日々は急に終わりを告げることとなった。

 

 

 それは、負けが続き荒れていたエリモジョージ先輩が宿舎に帰ってきた日の事だった。

 

 トレセン学園のトレーナーから休養を言い渡されたエリモジョージ先輩は機嫌がすこぶる悪かったと言う。

 

 

『…姉御、次頑張りゃ良いじゃねぇっすか』

『うっせーな! テメェに何がわかるってんだよっ!』

『そりゃわかりますよ! どんだけ姉御と一緒にいると思ってんスカ!』

『んだと! このやろー!』

『落ち着いてっ!』

 

 

 激しい口論になったとエリモジョージ先輩は語る。そのことを話す、エリモジョージ先輩は悔しそうに下唇を噛みしめるかのように話をしていた。

 

 その時は自分勝手にレースをしていたとエリモジョージ先輩は語る。

 

 己が勝つことでチームは自然と強くなるし、何より、自分が世界の中心だとエリモジョージ先輩は思っていた。

 

 仲間達の存在が当たり前になっていた。

 

 

『そんなかっこ悪い姉御なんて見たくないッスよ!』

『…んだと、もういっぺん…っ!』

『姉御は私らの目標なんっスよ!』

『!?』

 

 

 その時、エリモジョージ先輩は気づいたのだという。

 

 仲間達がどんな風にして、自分の背中を見ているのか、自分自身の姿を見てくれていたのかをこの時にエリモジョージ先輩は教えてもらったと語る。

 

 涙目になりながら、全力で自分にぶつかってくれた。

 

 エリモジョージ先輩はその姿を見て、仲間達の有り難みを改めて実感した。

 

 

『そうだな…あたしが…間違ってたよ…』

『姉御…』

『…次は…次は勝つ! だからよ、お前ら、あたしのレース楽しみにしとけよ!』

『…へへっ! そうこなくっちゃ』

 

 

 いつものように気合いを入れて立ち直らせてくれた仲間達。

 

 エリモジョージ先輩は次のレースこそは必ず期待に応えてやると心に決めていた。

 

 それは、自分だけでなく、仲間達の思いを背負って自分は走っているんだと気づいたから…。

 

 仲間達の支えも夢も全部背負って走ると決めていた。

 

 その姿を仲間達に見て貰おうと思っていた。

 

 次はG1の勝利を取ってきて、仲間達と馬鹿みたいに大騒ぎして、そして、きっと皆んなで日本一のチームを作っていくんだとエリモジョージ先輩は信じて疑ってなかった。

 

 

 

 

 ーーーー…だが、その矢先の事だった。

 

 目の前に広がる紅蓮、それは、エリモジョージ先輩から全てを一瞬にして奪い去ってしまった。

 

 

『…おい、…なんだよ…これ』

 

 

 エリモジョージ先輩の目の前には火の手が上がる宿舎が広がっていた。

 

 辛うじて、一階で寝ていたエリモジョージ先輩は気づきすぐに外に救出される事ができた。

 

 だが、仲間達はまだ宿舎の部屋に取り残されたままである。

 

 何人かの仲間達は無事に助かったものの、まだ中には何人ものウマ娘が取り残されていた。

 

 助け出されたエリモジョージは居ても立っても居られず、その燃え盛る宿舎へと向かおうとするが。

 

 

『待て! 君っ! 何をするつもりだっ!』

『離しやがれっ! まだ、まだ中に仲間が居るんだよっ! あいつらがっ!あたしの仲間がっ!』

『無茶を言うなっ! もう火の手が上がってしまっている! あれでは助からないッ!』

『君も火傷してるだろうッ! 大人しくしろッ!』

『ふざけんなぁあああ! 離せぇぇぇ!』

 

 

 

 エリモジョージ先輩はその時のことを鮮明に覚えているという。

 

 火傷を身体に負いながら、とめどなく溢れ出る涙を流し、仲間達を助けたいと願っていた。

 

 だが、何もかもが手遅れだった。

 

 後はただ、呆然と燃えゆく宿舎を眺め、涙を流して見つめるだけだったという。

 

 そして、エリモジョージ先輩はその日に誓った誓いがあるという。

 

 

「…あたしはあいつらに助けてもらっておきながら何にも返せず終いだった。だけどな、だけど、あたしは託されたあいつらの夢を背負ったつもりでいたんだ」

 

 

 エリモジョージ先輩は亡くなる前の仲間達が掛けてくれた言葉一つ一つを思い出すようにして私に語る。

 

 火災から火傷を負ったエリモジョージ先輩は長期に渡る過酷なリハビリを行なったという。

 

 長期の間、レースやトレーニングから離れた自分が前のような走りができるとは限らない、それをわかっておきながら、エリモジョージ先輩はそれでも過酷なリハビリに取り組んだ。

 

 ただ、ひたすらに意地だった。

 

 自分の為だけじゃない、仲間達の為にエリモジョージ先輩は必死になった。

 

 その身体を突き動かしていたのは死んでもなお、背中を押してくれる仲間達の支えだったのだ。

 

 

 そして、エリモジョージ先輩は長い沈黙を破り、レースになんとか入賞を果たして、G1、天皇賞春への切符を手に入れる事に成功する。

 

 

 その天皇賞春、仲間の思いを背負ったエリモジョージ先輩は積み重ねた厳しいトレーニングの末についに、仲間達への恩返しをすることができたのだと。

 

 レースに勝ったエリモジョージ先輩は涙を流しながら、思わず天を仰ぎ拳を突き上げたと語ってくれた。

 

 

『見てるかっ!天国の仲間たちっ! 私はお前たちの分まで走ったぞっ!勝ったのはエリモジョージです! 何もないえりもに春を告げた!』

 

 

 失意の中で、エリモジョージ先輩は失った仲間達の為に己の全てをかけた。

 

 話をするそのエリモジョージ先輩の顔は儚げで悲しそうな表情を浮かべているのを私はなんとも言えない表情で見つめる。

 

 

「あれが、本当の恩返しになったかわかんねーけどな…今となっては」

 

 

 涙するほど嬉しかったG1勝利、苦難を乗り越えてエリモジョージ先輩が得た栄光。

 

 だが、今でもエリモジョージ先輩は時々思うという、あれが、仲間達に本当の意味で恩返しになったのだろうかと。

 

 その言葉に私は夜空を見上げながら、エリモジョージ先輩にこう告げます。

 

 

「…どうでしょうね…でも、私がエリモジョージ先輩と同じチームメイトなら…」

「チームメイトなら…?」

 

 

 そこで間を置くようにエリモジョージ先輩の目を見つめる私。

 

 私が、エリモジョージ先輩と同じチームメイトならば…、きっと当たり前のように言うことだろう。

 

 仲間達の為に、思いを背負って走ったエリモジョージ先輩は誇りであると思います。

 

 

「チームメイトなら、自慢の姉御だって言うと思います」

 

 

 私は笑みを浮かべ、エリモジョージ先輩に迷わずそう告げました。

 

 すると、エリモジョージ先輩は目を丸くしてしばらくの間、こちらを見つめてきます。

 

 そして、吹き出すように笑い始めると上機嫌に隣に座る私の頭を乱暴にガシガシと撫でてきました。

 

 

「ははっ! …そうかい、なら良いんだけどな!」

 

 

 そう言って、露天風呂から立ち上がるエリモジョージ先輩はそのまま私に背を向けたまま戸を開き立ち去っていきます。

 

 そんな中、背を向けていたエリモジョージ先輩はふと私の方へとジッと視線を向け、意味深な笑みを浮かべ立ち去っていきました。

 

 私はそんなエリモジョージ先輩の行動に首を傾げます。

 

 大浴場から着替えて外に出たエリモジョージ先輩は、ふと、空を見上げます。

 

 その日の夜空は綺麗な星空が見える良い夜でした。

 

 

「…今日はやたら良い月が見えるな」

 

 

 夜空を見上げているエリモジョージ先輩は意味深な笑みを浮かべる。

 

 それは、少しだけ昔の事を思い出してしまい感傷に浸ったからかもしれない。

 

 だが、少なくとも、エリモジョージ先輩は自身の心の内が少しだけ、軽くなったなとなんとなく思うのだった。



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決裂

 

 

 さて、一晩トレセン学園の分校に泊まった後。

 

 翌日、現在、私は分校のグラウンドに来ています。

 

 グラウンドでは見慣れた先輩を分校のレジェンドの方が指導しています。

 しかもお二人ともめちゃくちゃ美人なんでね、そりゃもう目立ちますよ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「ワキちゃん、休憩入れようか?」

「……い、いえ! 先輩! まだ私は走れます」

「……うーん、でも足のリズムが乱れて来てるから……あまり無理しても古傷が痛むかもしれないわ」

「……うっ……、はい……」

 

 

 そう言って、指導しているウマ娘を宥めるように告げる綺麗な鹿毛の美人さん。

 

 長い鹿毛の髪は艶があり、儚げさがどことなく漂うその姿は心惹かれるように魅力的に見えます。

 

 二人が並んでいると本当の姉妹のように見えますね。いやー、華がありますよ。

 

 私はお二人に近づいていくと声を掛けます。

 

 

「スズカさんも来てらしたんですね」

「……!? ……あ、アフちゃん」

「あら、ワキちゃんの知り合い?」

「はい、この娘は私の後輩でアフトクラトラスです」

「はじめまして、随分可愛らしい後輩ね」

 

 

 そう言うとクスクスと笑う鹿毛の美人さん。

 

 その一連の仕草に心打たれたように思わずドキッとしてしまいました。まさか、これが恋? 

 

 いや、ウマ娘同士ですからね、流石にね? 違いますよね? 大丈夫だよね、私。

 

 私の方をニコニコしながら見つめてくる美人さん、あまり見ないで! 私溶けちゃうっ! 目からビーム出てくるわけではないですけど。

 

 

「私の名前はキーストン、たまにこうやってワキちゃんの指導をしてるの」

「ワキちゃん?」

「それは、私の愛称ね、幼少期によくそう呼ばれていたから……」

「なるほど……、脇フェチの方が喜ぶからワキちゃんってわけじゃなかった訳ですね」

「アフちゃん?」

「……ごめんなさい、なんでもないです」

 

 

 スズカさんからガシっと右胸を掴まれ圧を掛けられ間合いを詰められた私は思わず冷や汗を垂らしながら目線を逸らし謝る。

 

 キーストン先輩は有名ですね、超特急の名で知られるウマ娘です。まあ、詳しい話はおいおいしていけたらなと思います。

 

 胸を捥ぐぞと言わんばかりのスズカ先輩の圧に背筋が冷え冷えですよ。

 

 やめなされ……やめなされ……。

 

 

「……ほ、ほら、ジョ、ジョークですよ! 私なりの愛情表現というか何というか……」

「……愛?」

「え、えぇ、はい、そうです!」

「そうなの、なら許してあげます」

 

 

 そう言うと、スズカさんは何故か上機嫌で私の掴んでいた胸をパッと離します。

 

 んー? 何故、上機嫌? 何故私は許されたのか、コレガワカラナイ。

 

 そんな中、キーストン先輩は面白そうに私とスズカさんのやり取りを生暖かい眼差しで見つめていました。

 

 

「仲が良いのね、二人とも」

「ふふ、後輩ですので、ちょっと残念な娘なんですけど」

 

 

 残念な娘って言われた。

 

 残念って事はないでしょう!? えっ! 私、残念な娘だったの!? 確かに雑なところはありますけども!? 

 

 

「そう……、ねぇアフちゃん?」

「はい、なんでしょうキーストンさん」

「よかったら一緒に併走とトレーニングしないかしら? せっかくだから」

「是非」

 

 

 アイヤー! 私は思わずキーストンさんを前にして拳と手のひらを突き合わせる。

 

 これは遥か昔から伝わる一子相伝の拳法の礼で天帰掌というやつですね。

 

 今日は走るには天気(天帰)がいい、なんちって。

 

 ん? 待てよ、私、こんな事したら下手なトレーニングするものなら天に召されるという事になるのではないでしょうか? 

 

 それはやばい(恐怖)。

 

 

「じゃあ、やりましょうか。私達が逃げるからしっかりとマークしてきなさい」

「なるほど、わかりました」

「これで、アフちゃんも立派なストーカーね」

「人を犯罪者に仕立てるのはやめてください、というか私はむしろされてる方なんですがそれは……」

 

 

 悪戯気味の笑みを浮かべ告げるスズカ先輩の言葉に苦笑いを浮かべる私。

 

 という事は、逃げ切りしている二人を捕まえればすなわちセクハラを合法的に行えるという解釈でいいって事ですよね!(違います)。

 

 そう考えた私はスズカさんの胸をジッと見つめる。

 

 

「ん? どうしたの?」

「いえ、何も……」

 

 

 悲しいかな、スズカさんの胸は真っ平らでした。

 

 いや、真っ平らというわけでもなく微かな膨らみはあるんですけど、キーストンさんのを見ると余計にその……。

 

 おっとこれ以上はいけない、翌日、私が湾岸に浮かんでしまいます。

 

 

「それじゃ行くわよ」

 

 

 勢いよくスタートを切るキーストンさん、それに続くようにスズカさんも私を一目見て笑みを浮かべるとスタートを切る。

 

 追いついてみなさいなと言わんばかりの挑発。

 

 やってやろうじゃねぇかこのヤロー! 

 

 見ててください! 遠山監督! 愛弟子! アフトクラトラス! 行きます! 

 

 なお、私のメンタルは.231の模様。

 

 そこ、クソ雑魚じゃんとか言わないで! 

 

 そんなこんなで私は二人の後を追いかけるようにスタートを切りました。

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 私は現在、二人との駆けあいを終えて地面にうつ伏せになって転がっています。

 

 カテナカッタ……。

 

 無理や! あんなん無理や! だってめっちゃ超特急やったもん! そんなん無理やもん! 

 

 まあ、私はあいも変わらず手足にクソ重たい重石付けてるんですけどね、後ちょっとで捕まえれそうだったのになぁ。

 

 

「ほら、アフちゃんだらしないから起きなさい!」

「ひゃん! お、お尻をぶっ叩かないで!」

 

 

 あふん、なんか良い音が鳴りました。

 

 スズカさんはなんか手の感触を確認するように自らの手を見つめると柔らかいと呟いてました。

 

 柔らかいのか、私のお尻。

 

 すると、キーストンさんはにっこりと微笑んだまま私にこう告げてくる。

 

 

「……皐月賞はさっき走った2000m、どうだった? 走った感想は」

 

 

 そう言って、走った感想を求めてくるキーストンさん。

 

 どうと言われてもなんと言ったら良いか……、捕まりきれなかったことを考えると詰めが甘いのかなとは感じました。

 

 

「背中、とても遠く感じましたね、お二人とも」

「あら、でも最後は競りにきてたわよ?」

「……んー……、まだ、ブライアン先輩に言われた軸がブレてるなと個人的には感じましたね、軸の筋力を更に鍛えないとと思いました」

 

 

 皐月賞に向けた課題を見つけるに至りました。

 

 まだまだ伸び代がたくさんあるということですね、私は、身長を見ても明らかだと思います。

 

 え? 身長はもう伸びないから諦めて、ですって、なんでや! 私の身長まだ伸び盛りやろ! 

 

 でも伸びてないんですよね最近、悲しいなぁ。

 

 慰めて、銀河の果てまで(涙)。

 

 

「あ、アフちゃん、そう言えば、ライスシャワーちゃんも来てるわよ?」

「え?」

「専属トレーナーのマトさんと見かけたわ、何というか……鬼気迫るような感じだったけど……」

 

 

 スズカさんの言葉に目を丸くする私。

 

 ライスシャワー先輩もこの分校に来ていたとは思いませんでしたね、いや、最近、凄い厳しいトレーニングをしているとは聞いてはいました。

 

 何かに取り憑かれたように、ひたすらに身体をいじめ抜いているらしいです。

 

 私は口を開き、何故、ライスシャワー先輩がそこまでしてトレーニングを行うのか思い当たる出来事を口に出す。

 

 

「天皇賞……春……」

「対マックイーンの特訓かしらね……」

 

 

 スズカさんは私のつぶやきに対し、静かに呟く。

 

 王者メジロマックイーン、日本の中でも長年の歴史ある天皇賞の春を連覇しているチームスピカの名ステイヤーである。

 

 そして、今年、怒涛の三連覇を賭けて、天皇賞春への挑戦を明言した。

 

 その王者、メジロマックイーンに挑戦すべく声を上げたのが、我がアンタレスの誇る関東の刺客、ライスシャワー先輩である。

 

 お二人の話を聞いていた私は静かに呟く。

 

 

「連日の厳しいトレーニングを積んでるとは聞いていました……」

「会って……なかったの?」

「はい、完全に最近はシャットダウンしてましたね、ライスシャワー先輩の方が……ですが……、私は何度か会おうとはしてたんですけど」

 

 

 私はそう言って、困ったような笑みを浮かべスズカさんにそう答えた。

 

 ライスシャワー先輩の現状は私も把握していません。

 

 すると、さっきまで笑みを浮かべていたキーストンさんは真顔になり、静かな眼差しで私を見つめたままこう告げてきます。

 

 

「なら観に行きましょうか、彼女の様子を」

「……えっ?」

「貴女も見とくといいわ、天皇賞春を勝ち取るためにあの娘がどんな事をしているかを……ね」

 

 

 意味深なセリフを吐く、キーストンさん。

 

 私はその言葉に唖然としたまま目を丸くする。

 

 ライスシャワー先輩の事はよく理解しているという自覚は私にはある。きっと過酷なトレーニングをしていると思っていました。

 

 しかし、キーストンさんの表情から私は疑問に感じました。

 

 アンタレスでは当たり前に行われているスパルタトレーニング、それは、私もこなした事がありますし、理解もできています。

 

 だが、私がキーストンさんに案内されて、ライスシャワー先輩のトレーニングを目の当たりにしたそれは、想像絶する姿でした。

 

 

「……ぜぇ……ヒュゥ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

 そこに居たのは、痩せ細り、身体を絞りに絞りきっているライスシャワー先輩の変わりきった姿でした。

 

 しかも、マトさんはそれを見てもなお、毅然とした態度でその姿を眺めています。

 

 

「ライスシャワーッ! まだだ! もっと走るぞ!」

「……はぁ……ぜぇ……、は……はい……」

「もう限界だ、やめさせよう! ライスシャワー、休めお前……っ!」

「いいや、ダメだッ!」

「おいっ!」

 

 

 ライスシャワー先輩の変わりきった姿を見て、スズカさんは口元を押さえて愕然としていました。

 

 私もまた、その姿に目を見開いて言葉が出てきません。

 

 なんで、そんな身体になっているのか……、明らかに上限を振り切っているオーバートレーニングをしているのは見て明らかです。

 

 だが、マトさんは鬼と化してました。

 

 そして、そのトレーニングを受けるライスシャワー先輩もまるで幽鬼のように走ろうとしています。

 

 

「メジロマックイーン……ッ! ……はぁ……はぁ……、必ず……差す……刺すッ! ……差すッ!」

「そうだ、お前にはまだ強くなる、走れる! もっと走れる!」

「……ああああああああッ!!」

「マジかよ……おい」

 

 

 そのライスシャワー先輩の姿に愕然としている短髪の鹿毛のウマ娘。

 

 彼女はそのライスシャワー先輩の放つ圧に後ずさりするばかり、なぜなら、このトレーニングを始めてもう膨大の数をこなしているからだ。

 

 呆然としているそのウマ娘を置き去りに再び駆け始めるライスシャワー先輩。

 

 

「ダイコーター……、もうどれくらいやってるの」

「……ありえねーよ……もう日を跨いで走ってやがんだよ……それだけじゃねぇ、馬鹿みたいな筋力トレーニングと減量をしてやがるっ! アイツッ!」

「!? なんですって!」

「私は止めようと何回も言ってたんだ、だけど……」

 

 

 そこから、鹿毛の短髪の伝説のウマ娘の一人であるダイコーター先輩は話すことをやめた。

 

 ダイコーター先輩はキーストン先輩としのぎを削りあった伝説的なウマ娘の一人だ。菊花賞ではキーストン先輩を破った実力派のウマ娘でもある。

 

 そのウマ娘でさえ、あの姿のライスシャワー先輩に言葉を失っていた。

 

 あの姿は何かが取り憑いているとしか思えなかった。マトさんもまた、その姿を見てもなお毅然としている。

 

 私は震える声でマトさんに摑みかかる。

 

 

「……と、止めないと……あ、あのままじゃライスシャワー先輩が……」

「ダメだ! 手出しは許さん」

「ですけど!」

「……アイツが選んだことだ、アイツがマックイーンに勝つにはッ! これしかない」

 

 

 私は目を見据えて告げるマトさんの真剣な眼差しに言葉を失った。

 

 私は走るライスシャワー先輩に視線をむける。

 

 ライスシャワー先輩は走ることを止める気配が全くなかった。その眼には研ぎ澄まされ、何かを悟っているようなものさえ感じる。

 

 そして、コースを回ってきたライスシャワー先輩はゆっくりと口を開き私に告げる。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……アフちゃん……」

「ライスシャワー先輩……、も、もう……」

「……まだ……まだよ……もっと……もっと! もっと走らないと……あの娘には勝てないッ! だから……」

 

 

 ライスシャワー先輩はヘロヘロの中、私の肩をガシリと掴んで顔を近づけてくる。

 

 私はその眼に思わず恐怖を感じてしまいました。

 

 常軌を逸している。その目の中には狂気を感じました。

 

 

「邪魔をしないでッ! ……今、邪魔されたら、私、何するかわからないから」

「!? ……ッ」

 

 

 私はライスシャワー先輩の力強く漆黒の眼差しと圧に絶句する。

 

 そんな私の顔を見ていたマトさんは悲しげな表情を浮かべて、静かに頷く。

 

 それは、最早、何者の言葉を聞く気はないというライスシャワー先輩の決意に他ならなかった。

 

 漆黒の鬼、まさしくその言葉通りであると言わざる得ない。

 

 

「……狂ってる……」

 

 

 スズカさんが溢した言葉。

 

 だが、私も今回ばかりはそう思うほかなかった、最早、過酷を通り越し、狂気の沙汰になっている。

 

 そして、私はその姿を見て改めて思った。

 

 殺意を持っているあのライスシャワー先輩の姿がきっと、正しいあり方なのだと。

 

 だが、私には同時に怒りが湧いてきた。

 

 

「……私は……私には過酷なトレーニングをすることをやめさせて、貴女はそうやって! そうやって自分を追い込むつもりですかッ!」

「……!?」

「納得できませんッ! ライスシャワー先輩ッ!」

 

 

 そう言って、私は声を上げる。

 

 私はトレーニングトレーナーを付けてもちろん、過酷なトレーニングを課しているが制限を設けられている。

 

 だが、ライスシャワー先輩は以前、私が過酷なトレーニングを課していた時に止めに来た。

 

 これでは、私を止める理由に納得がいかない。

 

 しかし、足を止めたライスシャワー先輩は立ち止まると私の方を見てこう告げ始める。

 

 

「……私と貴女の持ち合わせている才能は違うわ……アフちゃん」

「そんな事で納得できると……」

「あるのよ! 関係がっ! 」

 

 

 ライスシャワー先輩は怒鳴るようにしてまっすぐに私を見つめ告げてくる。

 

 そして、自分と私との違いをライスシャワー先輩はゆっくりと語り始めた。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……。天皇賞春は3200m、さらに、国内でもっとも歴史があり、距離が長い過酷なレースだわ……マックイーンに勝つには……ステイヤーとして全てを削ぎ落とす必要があるの……」

「だからって……」

「……私だって……本来なら……、こんな無茶なトレーニングなんか望んでいないわ……、でも、しなきゃ勝てないの……天皇賞はッ!」

 

 

 私の目を真っ直ぐに見て、力強く、ライスシャワー先輩は告げる。

 

 痩せこけ、明らかにオーバートレーニングをしているのがわかる顔色を目の当たりにして、その本気度がわかる。

 

 過酷な長距離レースを勝つにはそれ相応の覚悟と努力が必要とされるのだ。

 

 

「貴女は……、こんな無茶はしてはダメよ……」

「……いやです」

「アフちゃん!」

「そう言うとわかっていて! 私と会うことを敢えて避けていたんでしょう! ライスシャワー先輩は!」

 

 

 そう言うと、私は真っ直ぐにライスシャワー先輩を見据える。

 

 ライスシャワー先輩はわかっていた。

 

 きっと、この過酷なトレーニングをしている姿を見て、私がそのトレーニングを良しとし更に己を追い込むであろうと。

 

 だが、それは、私のウマ娘としての人生を棒に振らせてしまうかもしれないという懸念がライスシャワー先輩にはあったのだろう。

 

 

「言ったはずです、ライスシャワー先輩、私は貴女と姉弟子を超えると」

「……そうよっ! だけどそれはッ!」

「私は今、はっきりとわかりました。こんなものを付けてトレーニングしているだけでは足りないと、今、貴女が自覚させてくれましたよ」

 

 

 そう言うと、私は手足に付けていたリストバンドの一つを投げ捨てる。

 

 そして、地面に触れるとともに陥没するリストバンド、それを見ていたダイコーター先輩とキーストン先輩は驚いたように目を見開く。

 

 

「……私は義理母の弟子です、貴女のおかげで目が覚めました、ありがとうございます」

「アフちゃんッ」

 

 

 スズカさんに呼び止められますが、私は背を向けて早足でその場から静かに立ち去って行きます。

 

 私の中では、まだ足りないという悔しさが湧き出てきました。

 

 今のままではダメだと、自分はもっともっと過酷な環境に身を置かないといけない。

 

 例え、命を削ろうとも、身を削ろうとも、レースに勝つために今以上にもっともっと凄まじいトレーニングを積み重ねなければならない。

 

 ライスシャワー先輩は言っていました。例え泥を啜ろうとも何をしようとも勝つと言っていました。

 

 私には覚悟が足りてなかったということです。

 

 静かに荷物をまとめて、トレセン学園の分校を後にする私。

 

 気がつけば、私の目にもまた、ライスシャワー先輩同様に狂気が根付いていた。

 



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己の壁

 

 高度がある山地。

 

 トレセン学園に帰った私は荷物をまとめて、この地にまできました。

 

 空気が薄く、走るにはもってこいの場所でしょう。

 

 今回はトレーナーのオカさんももちろん、私がお願いして同行してくれています。

 

 準備運動をしている私は一週間後に迫る皐月賞のためにこの地にまで来ました。

 

 

「さて、どういう心境の変化か、聞かせてもらえるか? アフ」

「何がですか?」

 

 

 オカさんの言葉に淡々と問いかける私。

 

 私はいつものように手足につけている重石の具合を確認するように手で弄っていた。

 

 

「何やら、いつも以上に意気込んでいるようでな? ……分校でライスシャワーにでもあったか?」

 

 

 オカさんの言葉に私は振り返ると静かに彼の目を見つめます。

 

 何故、それがバレたのか驚きはしません。

 

 オカさんの慧眼は素晴らしいですからね、なんせシンボリルドルフ先輩の専属トレーナーだった方なんですから。

 

 オカさんは私の反応を見て面白そうに鼻で笑うとこう言葉を紡ぎ始める。

 

 

「お前さんに気合いを入れるには良い刺激になっただろ」

「えぇ、おかげさまで」

「少しばかり入れ込むかなとも思っていたけど、こうして、私を呼んだのは少しばかり成長したかな」

 

 

 オカさんはそう言うと立ち上がった私の肩をポンと叩いてきます。

 

 あの時、私はあの人が死にものぐるいで天皇賞を戦うために身体と魂を削っているのに、私は一体何をしていたんだと己に怒りを感じました。

 

 だからこそ、こうしてオカさんを連れて今日、この場所に皆に何も知らせずにやって来ています。

 

 これから、皐月賞まで、この場所で私は身体と軸、スタミナ、そして、新走法の完成に全力を尽くすつもりです。

 

 私はオカさんの方へと真っ直ぐに視線を向けると静かにこう告げます。

 

 

「一番人気はいりません、一着が欲しいです」

「なら、両方手に入れたら良い、お前さんなら簡単だろう?」

「誰に向かって言ってます? 当たり前です」

「なら見せてもらうとしようか」

 

 

 こうして、私の長い一週間はスタートした。

 

 日中、全てをトレーニングと筋力トレーニングに費やす日々。

 

 濃密で身体の限界ギリギリを更に越えるトレーニングメニューの繰り返しだ。酸素が薄いので肺にいつも以上に負荷が掛かる。

 

 身体には重石を巻きつけ、ひたすらに坂を登り、降る。

 

 それが、アンタレス式の地獄メニューだ。

 

 いつも義理母に言われていたトレーニングメニュー、更に、そこに私はオカさんから教わったトレーニングメニューを取り入れた。

 

 体幹も重点的に鍛えに鍛えています、軸がしっかりとしていれば決してレースでもブレたりはしないはずですからね。

 

 その計り知れないキツさを誇るメニューは私が想像していたよりも遥かに身体に負荷が掛かりました。

 

 

「オェェェッ! ゲホ……ゲホ……!」

 

 

 トイレで吐いたのなんて、いつ振りでしょうかね。

 

 義理母が居た時は頻繁に吐いていたんですけど、それでも、全く吐かなくなって久しいんですがね。

 

 そんな私が、トイレで胃の中のものを全て出し切る程にトレーニングは過酷なものとなりました。

 

 何故、こんな過酷なメニューを許したのか、オカさんは宿舎で私にこう話してくれました。

 

 

「お前さんはやめろと言ったところで聞かんだろう、なら、より強くするために、効率的で更にキツくするメニューにするしかあるまい」

 

 

 当初はトレーニングを甘く見積もるのではないかと勘ぐっていた私の度肝を抜いてくるような話でした。

 

 オカさんは一流トレーナーとして、私により強くなるようにむしろ逆に厳しく当たってくれたのです。

 

 それは、義理母から聞いた私の話を元にオカさんが選択した決断でした。

 

 

「仮に、お前さんのウマ娘としての人生が短くなったとしてもそれはお前さんの選択だ、私にはどうにもできんよ」

「……ありがとうございます」

 

 

 私はオカさんのその言葉に笑みを浮かべ感謝の言葉を述べる。

 

 確かに、身を削り、魂も削り、身体をいじめ抜けば、きっとオカさんが言う通り無茶で自分のウマ娘としてのキャリアを削る行為だと思われるだろう。

 

 オカさんは間を置くとしばらくして、こう告げはじめる。

 

 

「良いことを教えてやろう、アフ。王者は常に一人、時には情を捨てさり、ただ勝つことを要求される、お前が目指す道というのはそういう道だ」

「…………」

「私はな、ルドルフにレースを教えてもらったよ、皇帝という名はそれだけ重い称号であり、誇りだ」

 

 

 オカさんは私を真っ直ぐに見据えてそう話してくれた。

 

 情を捨て、ただ勝利だけを求められる。それはレースという世界において皆がそう思い期待しているのだ。

 

 だからこそ、オカさんは私を見つめたままこう問いかける。

 

 

「非情になれないなら、お前さんはそこまでよ」

「……言ってくれますね」

「遠山さんを師と仰いでいるなら尚更のことだ」

 

 

 オカさんは静かな声色で私にそう告げる。

 

 時に冷徹に、そして、毅然として振舞うことを勝者は要求される。

 

 地位や名誉を手に入れるため、皆が死にものぐるいで立ち向かうのを蹴ちらさなくてはならない。

 

 私は冷静な口調でオカさんにこう告げる。

 

 

「確かに、オカさんの言う通り、私は雑魚に構っている暇はないのですからね」

「不遜だな」

「でも必要なんでしょう? ならやりますよ、私は」

 

 

 才能という言葉が嫌いだ。

 

 私は姉弟子とライスシャワー先輩を間近で見てきてそう思いました。

 

 悔しかったのはライスシャワー先輩から私に才能があると言われたことだ。

 

 私は姉弟子とライスシャワー先輩と変わらないと思っていたのにその言葉がただ痛かった。

 

 

「……山の坂を軽く登ってきます」

「なら身体の限界まで、走って来なさい」

「言われずとも」

 

 

 オカさんの言葉に私は静かに頷いた。

 

 今まで、四桁だの三桁だの、走る量を決めていましたが私は今は身体の限界まで走るように心がけている。

 

 ぶっ倒れてもオカさんが私を回収してくれますからね。

 

 

「はぁ……はぁ……ゲホ! ゲホ!」

 

 

 私は減量用のパーカーと服装を身に纏い、山の坂を登りながら再び降る。

 

 これをひたすら繰り返し、さらに、合宿所に戻れば筋力トレーニングを際限無く行います。

 

 

「ふっ……ふっ……」

 

 

 呼吸を整えて、素早く坂を駆け上がる私。

 

 雲ゆきが悪くなり、雨が降って来ますがあまり関係ないですね。

 

 足場が悪くなろうが、逆に私にとってみれば足場が悪い場所を走るトレーニングになります。

 

 最近、この山の周辺では目を光らせたすごい速さで山を駆け巡る魔物が現れるという話が出て来ているらしいです。

 

 そんなものがいるなら、私も会ってみたいものですけどね。

 

 山の中は余計なものもなく集中力が研ぎ澄まされるので、やはり、私としても実に恵まれた環境で走れているという実感を得れます。

 

 あと、一週間、皐月賞までに身体を完璧に仕上げる。

 

 中腰になった私は深呼吸をし、再び途方もない距離を見据えて、身体がボロボロになり限界を迎えるまで、山をひたすら走りはじめるのでした。

 

 

 

 一方その頃、私がオカさんと山に向かう三日ほど前。

 

 空港では騒ぎが起きていました。

 

 たくさんの記者がそのウマ娘の帰国を待ち構えるようにカメラを持っていました。

 

 そして、出口からキャリーバッグを持ってそのウマ娘がいよいよ姿を見せる。

 

 

「あ、来たぞ!」

「早く行け! 早く!」

 

 

 それは、昨年、日本でのG1クラシック二冠を達成したウマ娘。

 

 数ヶ月の間、海を越え、戦いの場を外に移し結果を残し帰ってきた。

 

 自分を見つめ直す為、新たな挑戦のために彼女は海を渡り、栄光を引っさげて帰ってきた。

 

 鍛え抜かれた身体、海外でもその姿から、サイボーグと呼ばれ一目置かれているウマ娘、姉弟子、ミホノブルボンだ。

 

 

「ミホノブルボンさん! お帰りなさい! フューチェリティS、先日のドバイターフ、見事でした!」

「今回の帰国理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 すぐに彼女に近づいて、取材を試みようとする取材陣。

 

 だが、帰国したばかりのミホノブルボンの姉弟子は嫌悪感が混じった視線で彼らを見つめるとスタスタと足を進める。

 

 

「その話はまた今度、簡単に言うと休暇です」

「次はチャンピオンズマイルという話ですが」

 

 

 スパルタの風の凱旋。日本の記者達はこぞって取材しようと躍起になっていた。

 

 だが、当の姉弟子はというとその取材を煩わしく感じ、軽くあしらうように振り切る。

 

 別に取材をして欲しくて走っていたわけでもない、今回は自分の妹弟子が走る皐月賞を見にわざわざ帰国したに過ぎないのである。

 

 

(……本当は……、貴女の天皇賞も見たかったんですけどね、ライスシャワー……)

 

 

 皐月賞が終わってすぐに、一週間後にはチャンピオンズマイルに姉弟子は出らなくてはならない。

 

 アジアマイル王、現在、姉弟子は路線をマイルに変えて短距離でのレースを主戦場においている。

 

 また、中距離レースも視野に入れており、もちろん、それにはフランスのロンシャンレース場で行われる凱旋門賞を視野に入れている。

 

 さらには、プリンスオブウェールズS、BCターフとレースのローテーションを考えていたところであった。

 

 まだ、確定では無いため日程に折り合いをつけて修正する腹づもりではあるが、姉弟子は確実に海外のメディアからも注目を集めている。

 

 

「どうせ、安田記念には帰国します、詳しい話はそこで多少なりとお話しますよ、では失礼」

 

 

 姉弟子はそう言うと車に荷物を載せると、そのまま、車に乗り込む。

 

 トレセン学園に休学届けを出しているため、顔を出しにも行かなくてはいけない。

 

 何より、自分がいない間に妹弟子がどれだけ成長したのかもこの目で確かめてみたかった。

 

 それに、義理母にも近況を報告しに行かなくてはならないだろう。

 

 すると、隣にいた姉弟子の付き人が先程の記者達への対応についてこう問いかける。

 

 

「取材をあんな風に断ってよかったので?」

「えぇ、別に構いません。……私の盟友の偉業をこんな風に批判して書く人達の取材なんて受ける気もさらさら起きませんからね」

 

 

 そう言うと、姉弟子は付き人の方に随分と前に出た新聞を渡す。

 

 そこに書かれていたのは天皇賞へと挑む、ライスシャワー先輩への批判の言葉だった。

 

 ミホノブルボンの姉弟子の三冠を阻んだ時もライスシャワー先輩は多方面から言われもない中傷を受けていた事を姉弟子は知っていた。

 

 その上で、彼らの取材を受ける気は全くなかったのである。

 

 ウマ娘の本分は走り、レースに勝つ事、死に物狂いで積み重ねた努力を批判する人間に協力する必要など無いというのがこの時の姉弟子の考えであった。

 

 姉弟子は話を切り上げ、他の話題を付き人に問いかける。

 

 

「それより義理母のいる病院は……」

「はい、今向かっているところです」

「……それは良かった、ありがとうございます」

 

 

 入院してから見舞いをしに行く機会もなかった上に、何より、病院からもいろんな話を聞いている。

 

 それに、出迎えにきてくれなかった妹弟子の様子も気にかかる。

 

 皐月賞も近いので出迎えに来なかった事自体は特に問題は無いのだが、何も告げずに海外へと行った自分の事をどう思っているのか、そこが気がかりであった。

 

 

「……会うのが少し、不安……ですね」

 

 

 義理母の事を気にかけ、静かに呟く姉弟子を乗せた車はそのまま病院へと走っていく。

 

 車から外を見れば、桃色の桜の花が広がるように散る光景が目に入ってくる。

 

 久しぶりにミホノブルボンが帰国した日本は綺麗な桜が咲き、散りゆく季節であった。

 



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炎の皐月賞前日

※クリードの特訓用BGM推奨(Lord Knows Fighting Stronger)


 

 

 病院。

 

 義理母の見舞いに訪れたミホノブルボン先輩は悲しげな表情を浮かべたまま、見舞いのために持ってきた花を立てかけます。

 

 いつも檄を飛ばし、鍛えてくれた鬼のようで暖かな母はベッドの上で迎えました。

 

 身体は痩せていて、ミホノブルボンの姉弟子は手をそっと添えるように義理母に話しかけます。

 

 

「ただいま帰りました、お母さん」

「お帰り、頑張って来たみたいだね、見たよレース……とはいっても録画だがね」

「……ありがとう……ございます……」

 

 

 義理母の言葉に噛みしめるように震える声でお礼を述べるミホノブルボンの姉弟子。

 

 痩せ細った義理母の姿、それは、ミホノブルボンの姉弟子にとってはかなりショックな光景でした。

 

 ミホノブルボン先輩はベッドの横で力強く握り拳を作っていました。それは、こんな義理母の姿を見て自分がしてあげられることがレースに勝つくらいしかない事への歯痒さからでした。

 

 そんなミホノブルボンの姉弟子の手をそっと握った義理母は笑みを浮かべてこう告げる。

 

 

「見事な走りだったよ、流石、私が鍛えたことだけはある」

「……お母さん……、……妹弟子もきっと頑張ってます、ですから」

「……わかっておるわ、あいつもよくやってるよ」

 

 

 義理母はミホノブルボンの姉弟子の言葉に頷き答える。

 

 ミホノブルボンの姉弟子はその言葉に嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 桜が舞う季節、クラシックの足音がだんだんと近づいてくる。

 

 姉弟子は自分の意思を継ぎ、義理母の夢を背負う小さく、元気で明るかった可愛い妹弟子が桜舞う中山レース場を走る姿を思い浮かべるのでした。

 

 

 

 合宿を行なっている山の麓。

 

 皐月賞まであと二日、私は最終的な仕上げに取り掛かっていました。

 

 自身のコンディションを上げつつ、莫大な量のトレーニングをするという追い込み、ひたすら走り、身体を鍛えて、鍛えて、鍛えまくるのです。

 

 

「ほぅ、こりゃたまげた……」

「……ふぅ……ふぅ……」

 

 

 オカさんは私の仕上がっていく身体と走りを見ながら感心するような声を上げる。

 

 私の身体は絞りに絞って、無駄のない筋力と走ることに特化した身体になってきていました。

 

 走り終わった私はオカさんから飲料水とタオルを受け取ると身体を拭きながら深呼吸し、呼吸を整えます。

 

 

「以前よりもさらに身体が出来上がってきてるな? ……私が見た中でも群を抜いて良い脚と筋力だ」

「……そうですか」

「なんだ、素っ気ないな、これでも褒めてるつもりだぞ? アフ」

 

 

 そう言いながら、オカさんは腕を組んだまま満足気に私に告げる。

 

 身体が出来上がってきている、ということはすなわちまだまだ質を向上できるという事。

 

 まだ足りない、まだ、私には足りていないのだ全て。

 

 今はもう勝つことしか頭に無い、周りの評価など後からついてくる。私の望むものを勝ち取るには全て結果で示すしかない。

 

 

「……随分と殺気立ってるな」

「クラシックのレース前です、ピリピリするのは当たり前ですよ」

 

 

 ライバルを蹴散らし、勝つのは1人のみ。

 

 そこに同情などは必要ない、皐月賞を制するのは自分だけだ、あとは有象無象だけ。

 

 サクラプレジデント、エイシンチャンプも出てくるだろうが知ったことではない。

 

 1着は私が貰う。

 

 どんな相手だろうと、立ち塞がるのならねじ伏せなくてはならない。

 

 確かに強敵には違いないだろう、だが、私はそれでも勝ちにいくために身体を絞る。

 

 飲料水を乱雑に投げ捨てる私は静かな声色でオカさんにこう告げる。

 

 

「話は終わりですか? なら、筋力トレーニングをしたいのですが」

「あまり無理をせんようにな」

 

 

 オカさんからの一言に背を向けたまま、私は軽く手を挙げて応える。

 

 義理母が見る皐月賞で私の走りを見せる。

 

 ライスシャワー先輩が教えてくれた勝つ為の飢餓、私は自分のすべき事を改めて自覚させてもらった。

 

 私は重たいハンマーを片手に引きずり、タイヤの前までやってくる。

 

 

「がああああぁぁぁ!!」

 

 

 腰を入れてハンマーを振り下ろす、私は声を張り上げ己を奮起させる。何度も何度も声を張り上げてひたすら振り下ろしては上げる。

 

 腰が悲鳴を上げはじめる、足腰に力がだんだん入りにくくなる。

 

 私はそれでもやめない、体勢を持ち直して、何回も何回も繰り返す。

 

 呼吸が荒れはじめれば深呼吸をして、整えればいい、右腕が痙攣がおきはじめれば、左腕に力を込めて振り下ろしを再開する。

 

 それが終われば鉄棒にぶら下がり、懸垂を繰り返す。

 

 

「ふっ……ふっ……! ふっ……ふっ……!」

 

 

 汗が身体から垂れ落ち、身体が悲鳴をあげるが私は決してやめない。

 

 重力に逆らい、手に血豆が出来れば治療し、手にバンテージを巻いて続ける。

 

 何十、何百、何千、私は三桁を過ぎたあたりでもう数を数えるのはやめた。

 

 身体の限界が来るまで何回も何回も、永遠に繰り返す。

 

 身体を絞り、絞って、ひたすら最善を目指すために。

 

 何のためにこんな苦しい思いをするのか。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「さあ走れ走れ! お前の力はそんなものか?」

 

 

 何のために私は自ら自分を追い込むのか。

 

 激しい雨に打たれて、それでも走る足は止めない。

 

 地位や名誉のために走るのか? 

 

 いいや、ちがう。

 

 ライスシャワー先輩に対抗心が出たからか? 

 

 いいや、ちがう。

 

 G1を勝ち、皆からちやほやされて、満足感に浸るためにこんなに苦しいことをしているのか? 

 

 いいや、違う。

 

 では、何のために私はこんな苦しい思いをしてまで、身体を虐めて、レースに勝つ事を望んでいるんだろう。

 

 

「もっとだ! もっと速度を上げろ! まだだ! いいぞ! そのまま!」

「はっ……! はっ……! はっ……!」

 

 

 義理母の夢を叶える為に、ミホノブルボンの姉弟子の無念を叶える為。

 

 いいや、違う。

 

 それだけじゃ無い、私の根本にあるものではない、それは、理由の一つでしかないのだ。

 

 私は勝ちたい、私の夢はなんなのか? 

 

 それは、誰も見たことがないような世界一のウマ娘になるためだ。

 

 その先に何があるかはわからない。

 

 夢を叶えた先の事は何にも考えてはいない。

 

 だが、一つだけ言える事がある。

 

 私がこうして、自ら身を削って走っているのは夢を叶える為だということだ。

 

 支えてくれている皆がいる。応援してくれるファンや仲間がいる。

 

 

「あともう少しだ! いけ!」

「うああああああっ……!」

 

 

 両足が悲鳴をあげる、だが、それがむしろ心地よい。

 

 血が滲むような努力を私はアンタレスの先輩達からたくさん見せてもらった。

 

 そうでもしなければ勝てないと皆がわかっているからだ。

 

 ウマ娘として、私がこの先、どれだけのレースを走れるのか、まだ、わからない。

 

 私は賢いウマ娘ではないものですからね……。

 

 

「着いたぞ」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 息を切らしながら私は中腰になり、静かにオカさんの言葉に耳を傾ける。

 

 多重な負荷のある凄まじい連続のトレーニング、そのどれもが、私の全身の身体の限界以上を叩き出すものばかりでした。

 

 酸素の薄い、山の中で私は我武者羅にひたすらレースのためだけに自らを追い込み抜きました。

 

 そして、最終日の今日、私はそれをやり切り、今、山の頂上付近まで辿り着くことができました。

 

 そこからは、日が昇る光景が私の目に入ってきます。

 

 私は込み上げてくる感情を爆発させて叫びました。

 

 

「私の目指す場所はここだああああああああ!!」

 

 

 私は大声で叫び声を上げて天に向かい両手を突き上げました。

 

 突き通した集大成、私とオカさんとで成し遂げた地獄のトレーニング。

 

 きっと、これは私だけだと成し得ることができなかった事だ。

 

 側で見守ってくれたオカさんはそんな私の姿を嬉しそうに見つめてくれていた。

 

 

 

 そして、いよいよ、その時はやってくる。

 

 

 

 

 皐月賞前日。

 

 記者会見の場に私はオカさんから連れられてやってきた。

 

 本来なら、三日間くらい前に行うものですが、私が合宿を行い身体を仕上げに入っていたので今日という日になったというわけです。

 

 私はいつものように勝負服に身を包んだまま、記者会見に入ります。

 

 記者に囲まれた私は早速、質問攻めにあいました。

 

 

「アフトクラトラスさん! 明日の皐月賞ですが意気込みのほどは……」

「……別にいつも通りですね」

 

 

 私の思わぬ返答に困惑する記者、普段とは違う雰囲気を察したのかざわざわと記者達は慌ただしくなる。

 

 別にナイーブになっているわけでもなく、別段、話す必要性を感じなかったのでそうコメントしただけである、他意はないです。

 

 気を取り直して、他の記者が私にマイクを向けて、次の質問に入る。

 

 

「えー、アフトクラトラスさん? 体の小さな貴女の走りでは皐月賞は厳しいという意見もあるのですが、それはどういう風に思われてるんでしょうかね?」

「……どうも思いませんし、周りの意見なんてどうでも良いので、以上です」

 

 

 私はため息を吐き、質問してきた記者に淡々とそう告げる。

 

 人の身体のことに対し、レースに結びつけてこんな事を聞いてくる記者の質問、しかも明らかに煽りが入ってたので私は無慈悲にそう告げました。

 

 だいたい予想できますけどね、多分、ライスシャワー先輩の事を特にバッシングしていた記事を出していた会社の記者だということは即座に理解しました。

 

 そして、続くように別の記者からこんな質問が飛んでくる。

 

 

「伝統あるクラシックレースですが、一番人気であるアフトクラトラスさん、今どんな心境なんでしょうか?」

「そうですね、別に、人気にもあまり興味がないです。あるとすれば皐月賞の勝利です」

 

 

 私の一言にどよめく記者達。

 

 サニーブライアンさんもびっくりのビックマウスぶり、というより、別にウマ娘であればクラシックの皐月賞で勝ちたいと思うのは自然な事です。

 

 そして、記者達は次の質問を投げかけはじめます。

 

 

「アフトクラトラスさんといえば、やはり、ウイニングライブですが今回はどんな……」

「すいませんが、レースの事だけ考えているのでライブの事は全く考えていません」

 

 

 私は静かな声色でそう告げる。

 

 いつもよりも鬼気迫るような雰囲気の中での私の言葉に思わず困ったような表情を浮かべている質問した記者。

 

 和やかな記者会見になると大人数が思っていたのだろうが、完全に今の私は記者泣かせだと思います。

 

 そんな中、こんな質問が私に飛んできます。

 

 

「貴女が皐月賞の勝利したいと強く思う理由はやはり、遠山トレーナーと昨年、優勝したミホノブルボンさんを意識してでしょうか?」

 

 

 私はその質問を聞いて思わず目を丸くした。まさか、義理母と姉弟子の話を持ち出してくるとは思いませんでした。

 

 しかも、割と鋭い。

 

 質問を飛ばしてきたのはとある女性記者だった。しかし、その眼には私の口から聞きたいと言わんばかりの強い意志を感じた。

 

 私はその記者の質問に思わず笑みが溢れました。

 

 

「良い質問ですね、確かに以前までは私が勝ちたいと強く願う動機、原動力という意味ではその通りですね……ですが……」

 

 

 私はそこで一旦言葉を区切る。

 

 それは、ただの一つの動機に過ぎない、私は気付かされた、私が目指すべき場所と夢を。

 

 私は真っ直ぐに記者を見据えたままこう言葉を告げはじめる。

 

 

「今は私自身の夢の為に、世界一のウマ娘になる為に走りたいと思っています。だから、私は皐月賞の為に最善を尽くして身体を鍛えてきました」

 

 

 私は女性記者に笑みを浮かべたまま、ゆっくりとそう告げました。

 

 誰かのために走るのも、願いを背負い走るのももちろんだが、私がこんな風にキツい思いをしてまで叶えたかったのは私自身が走る事が好きだからだ。

 

 だから、誰にも負けたくないと強く思っている。

 

 質問に答える私の言葉に質問した記者は頭を下げてお礼を述べてきます。

 

 私は深呼吸をすると、静かな声色で記者達にこう告げます。

 

 

「今日の記者会見はおしまいです、私の走りは明日、見せます。では」

 

 

 私はそう一言告げると、記者達を背に立ち去っていく。

 

 出来ることは全てやった。

 

 身体を絞り、自分の限界を超えて皐月賞の為に鍛えてきた。

 

 それは、姉弟子や義理母の夢、思い、願いもたしかにあっただろう。もちろん、それも背負って走るつもりだ。

 

 だが、これは、私のウマ娘としての人生でもあるのだ、だから、私はそれも全部ひっくるめて背負っていく。

 

 私の目標の為に、私自身の夢を叶えるために私は走る。



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静まる皐月賞

 

 皐月賞当日。

 

 会場は凄い観客で満員状態でした。私の記者会見の効果かはどうかわかりませんけど。

 

 啖呵を切った以上、私は私の出来る精一杯の走りをするだけです。

 

 控え室にいる私は下着姿で静かに自分自身の姿を鏡を見つめます。

 

 部屋には誰も入れないようにオカさんに頼んであるので問題はないでしょう。

 

 深呼吸する私は瞳を閉じる。

 

 

「……大丈夫、大丈夫、私のやるべき事は全部やった」

 

 

 独り言のように呟き、真っ直ぐに鏡を見つめなおす。

 

 限界を超えて鍛えた身体、しなやかな白い肌に脚、血豆ができて潰れ、バンテージを巻いた両手。

 

 私のすべき事をやった集大成を今日、皆に見せる時が来た。

 

 勝負服を取り、着替えはじめる。

 

 この勝負服はG1レースのためにだけ着ることが出来る特別な服だ。

 

 長い靴下を履いて、椅子に腰掛けたまま特注のシューズの靴紐を結び、履き替える。

 

 ピリピリとしたレース前の雰囲気。

 

 朝日杯とはまた違う、クラシックという舞台。

 

 ミホノブルボンの姉弟子もライスシャワー先輩もこの空気を知っている筈だ。

 

 プレッシャーが押し寄せるようで、でも、それでも何故か心地が良い。

 

 

「よし! やるぞッ!」

 

 

 フンスッ! と気合いをいれた私は控え室の扉を開くとレース場まで続く通路に足を踏み出す。

 

 そこにはトレーニングトレーナーのオカさんが腕を組んで待っていてくれていた。

 

 オカさんは笑みを浮かべたまま、私にこう告げる。

 

 

「準備はいいみたいだな?」

「えぇ、調子は良いです」

「よろしい、なら、全力で走ってこい」

 

 

 バンッと力強く私の背中を叩き押してくれるオカさんの手。

 

 私はぎゅっとバンテージを巻いた拳を握りしめ、通路を軽く駆け足で抜けていく。

 

 そして、パドックの会場の裏に立つと黒いマントをスタッフから受け取り、それを身に纏った。

 

 いつも、大舞台で身に纏う黒いマント、私のために義理母が用意してくれたマントだ。

 

 朝日杯で披露したそのマントを身につけて、私は開いたパドックのステージに足を踏み入れる。

 

 

「2枠4番! アフトクラトラス!」

 

 

 名前が読み上げられ、盛り上がりを見せる中山レース場のパドックに躍り出る私。

 

 私の姿を見た会場の人々はさらに盛り上がりを見せる。そんな中、私は身に纏っていた黒いマントを脱ぎ捨てるようにして姿をあらわにした。

 

 会場からは、私のその姿に思わず驚きの声があちらこちらで上がる。

 

 

「綺麗な脚だ……、凄い鍛えてるなありゃ……」

「相変わらずなんつー身体してんだ、すげぇな、おい」

「髪と尻尾が物凄く艶やかね」

 

 

 私の凛とした登場に会場は釘付けになっている。

 

 注目されるのは朝日杯やウイニングライブで慣れたと思っていたんですけど、この驚きようは予想外でしたね、なんだかむず痒いです。

 

 私はそのまま観客席の方々に向かって何度かお辞儀をすると、ターンし、無事に何事も無くパドックを終えます。

 

 

「アフのやつ、きっちり仕上げてきたな」

「……連れて行った甲斐があったか」

「ん? ブライアン、なんか言ったか?」

「いや、なんでも無いさ」

 

 

 そんな私を見て嬉しそうに笑みを浮かべ呟いているブライアン先輩に首を傾げるヒシアマゾン先輩。

 

 パドックを終えた私はそのまま、皐月賞のゲートまでテクテクと歩いていきます。

 

 観客席から、男性客だけでなく、女性客からも黄色い声が私に投げかけられました。

 

 

「アフちゃーん! 頑張ってー!」

「あ! こっち向いてくれたー! きゃー! 可愛いー!」

「もう抱きしめたいくらいちっさいっ!」

 

 

 何故かそんな彼女達の反応に対して、集中していた私は軽く会釈してゲートに向かいます。

 

 きっと彼女達には悪気はないんですよ、はい、まあ、私も応援してもらえて嬉しいんですけどね。

 

 私はボキリと首の骨を鳴らしながら右腕をグルグルと回しつつ、皐月賞のゲートに入る。

 

 そして、いつものように腰をかがめてクラウチングスタートの構えに入った。

 

 

「……ははっ! なんなのその構え! めっちゃダサいんだけどっ!」

「…………」

「何よ? 無視決め込もうってわけ?」

 

 

 そう言って、何やら隣のウマ娘が私に突っかかってきているが相手にしない。

 

 何故なら相手にするだけ無駄だと思っているからですね、私は既に頭を切り替え、スタートをいかにして素早く切るかという事に集中しています。

 

 

「ねぇ、ちょっと」

「何よ! ちょっと今……」

「五月蝿いから黙っててくれないかしら? レースに集中する気が無いなら出口はあっちよ三下さん」

 

 

 すると、その隣にいたエイシンチャンプちゃんことシンちゃんが強烈な一言と満面の笑みを浮かべ私に突っかかっていた彼女に無慈悲に告げた。

 

 そう、今はもう戦場の真っ只中、勝負は既に始まっているのだ。

 

 そうともわからず勘違いしているウマ娘にこうして出ていくように促すだけ、シンちゃんは優しいのかもしれませんね。

 

 シンちゃんの鋭い眼光で怯んだウマ娘はそれからだんまりと口を閉じてしまった。

 

 私はチラリとだけ視線をシンちゃんに向ける。

 

 シンちゃんもまた、先日の朝日杯の屈辱を晴らすべく、体を仕上げてきているはずだ。

 

 もちろん、手抜きなどできないし、するつもりもない。

 

 私はこのレースに全力を尽くすだけだ。

 

 そして、その時は近づいてくる。

 

 鳴り響くファンファーレ、満員の観客達の盛大な拍手と合いの手。

 

 私は思考を研ぎ澄まし、ただ真っ直ぐに開かれるであろうゲートを真っ直ぐに見つめていた。

 

 

「各ウマ娘、ゲートイン完了しました。そして……今ッ! スタートですッ!」

 

 

 パンッ! という音と同時に開くゲート。

 

 脚に力を込めた私は勢いよくゲートから飛び出ると好スタートを決めた。

 

 

「さあ、先頭を取りに行くのはどのウマ娘か! あっと、早速一番人気アフトクラトラス最高のスタートを切りました! 好位を取ります」

 

 

 私は早速、戦法通りに好位をキープ。

 

 後ろにはぴったりとサクラプレジデント、エイシンチャンプの2人が付いてきます。

 

 予想通りと言ったところでしょうかね、一番人気でなおかつ、朝日杯を勝った私をマークするのは定石でしょうし、私が同じ立場なら迷わずそうします。

 

 ライスシャワー先輩も……きっと彼女達のような心境でいつもミホノブルボンの姉弟子の背を見つめていたんでしょうね。

 

 ですが、私は彼女達に手を抜く事は一切しません、全力で潰しに行きます。

 

 

「……はぁ……はぁ……すごいロケットスタートね……アフちゃん」

「ふっ……ふっ……予想通りだけどね」

 

 

 サクラプレジデントとエイシンチャンプの2人はそう呟くと笑みを浮かべる。

 

 だからこそ、倒し甲斐があるというもの。

 

 未だ無敗、自分が彼女に黒星という証を刻めるなら、それに勝る勲章はないだろう。

 

 だったら、全力で潰しにかかる。アフトクラトラスというウマ娘を倒した証はそれだけで今や価値があるものだ。

 

 そんな始まったばかりの皐月賞を見守る、あらゆる伝説を打ち立てた1人のウマ娘が通路に背を預けるように立っていた。

 

 そして、私を皐月賞に送り出した1人のトレーニングトレーナーはゆっくりと話しかけます。

 

 

「見に来てたのか、ルドルフ」

「オカさん……、えぇ、少し気になりまして」

「そうかい」

 

 

 そう言って、伝説的なウマ娘であるルドルフ会長の言葉に満足気に瞳を閉じたまま笑みを浮かべる名トレーニングトレーナーのオカさん。

 

 2人は数々のレースを共に乗り越えてきた盟友であり、戦友でもある。

 

 ルドルフといえばオカさん、それくらい絶大な信頼関係がある2人は今でもまだ切っても切れない絆で繋がっていた。

 

 

「……アイツは強いぞ、今や手がつけられん程にな、私も手を焼いていて困ってるよ」

「オカさんもでしたか、すいません」

「いやはや、やはり強いウマ娘ってやつは一筋縄ではいかんやつばかりで困ったもんだよ、お前さんもだがな」

「あははは……反論しようがないですね」

 

 

 困ったような表情を浮かべて、オカさんの言葉に肩をすくめるシンボリルドルフ生徒会長。

 

 彼女自身、昔からたくさんの迷惑をかけてきた事実があるためにオカさんには何とも言えない後ろめたさがあった。

 

 気を取り直しレースを見つめるルドルフ会長は続けるようにこう語り出す。

 

 

「……しかしながら、アフのやつ、だいぶ出てきましたね」

「王者の風格がかね?」

「はい、見てれば分かりますよ、雰囲気が以前とは全然違う、圧がありますね、まるで……」

「本物の魔王のようさね」

 

 

 そう呟くオカさんの言葉に目を見開くルドルフ会長。

 

 レースの雰囲気を見ていれば、歴代、歴戦のウマ娘ならすぐに気づく、アフトクラトラスの持つ風格。

 

 研ぎ澄まされた身体、鍛えに鍛え抜いたという裏付けのあるバックボーン。

 

 それに加えて元々ある天性の才能、努力する天才ほど恐ろしいものはない、さらに、それに付け加えるなら継続して自ら己を追い込むことができる継続力がある。

 

 慢心せず、自らの限界を常に超えてさらに上へ上へと邁進しようとする強い意志は群を抜いてアフトクラトラスは高いことをオカさんは理解していた。

 

 そんな彼女が、王者として、さらに、怪物としての領域に踏み込み風格を身につけることなど当然であるとオカさんは分かっている。

 

 

「ありゃもう、今の同世代には敵がおらん、強いて言えばネオユニヴァースかゼンノロブロイがどれだけ伸びるかもよるだろうが、後はもう有象無象よ」

「そこまで言い切りますか」

「あぁ、言い切れる、お前さんやナリタブライアン、オグリキャップと走らせても十分通用するだろうて……、とはいえ、アイツはまだまだこれからもっと伸びるだろうがな」

 

 

 オカさんは真っ直ぐにレースを見つめながら、ルドルフ会長に笑みを浮かべて告げる。

 

 アフトクラトラスには伸び代はまだまだある。さらに、鍛え抜けばこれから先、どれだけでも凄いレベルに到達できるだろうポテンシャルを秘めている。

 

 オカさんはレースから視線を外すと真っ直ぐにルドルフ会長に向き、真剣な表情のまま、彼女にこう告げる。

 

 

「高みの見物を決め込むような余裕はないぞ? やるべき事をやらねばお前さんでも抜かれかねんからな」

「………………」

 

 

 ルドルフ会長はその言葉を告げるオカさんの目を真っ直ぐに見据える。

 

 その言葉が、冗談ではなく本気で言っていると理解しているからだ。

 

 長年のパートナーであるトレーニングトレーナーであるオカさんが言うのであればそうなのだろう。

 

 ルドルフ会長は静かに瞳を閉じると、背を預けていた壁から身体を離し、踵を返すとレース場に背を向けたまま静かに立ち去るようにして歩き出す。

 

 

 

 そして、私が走る皐月賞のレースはいよいよ残り800mまでゴールが迫っていた。

 

 既に、順位は入れ替わり、先頭には私が踊り出る形で前に出てきている。

 

 

「さあ、残り400m付近! アフトクラトラス先頭! このまま押し切れるか! 後続はどうだ!」

 

 

 ここから、一気に後続のウマ娘達がスパートをかけてきている気配を背中で感じる。

 

 しかし、私の頭の中はやけに冷静でした。

 

 誰が来ようが関係ない、私は私の走りを通し切るだけだけです。

 

 私はゴール目掛け、脚に力を込め、体勢をどんどんと低くしていくと脚の回転力を上げていき、加速を上げます。

 

 

「ぐぅ……!」

「スリップストリームが使えないッ!?」

 

 

 私を追撃してくるウマ娘は驚愕する事でしょう。

 

 差しの為に溜めた脚が風の抵抗により半減させられるこの現象に戸惑っているみたいでした。

 

 スリップストリームが意味をなさない、そして、身体に風が当たり、上手いようにレースが運べない状況になれば尚更。

 

 

 これが私の新走法、遠山式スパルタ走法です。

 

 

 地を這うように、黒い風が駆け抜ける姿に会場のファンは目を疑った。

 

 小さいながらも、駆け抜けるそれは、風格すら感じさせられる。

 

 身体は小さくとも、力強く地面を駆ける。

 

 どこまでも際限無く伸びる脚、その疾風は瞬きをする間にあっという間に駆け抜けてしまう。

 

 その疾風があっという間にゴールを決めた時には会場は静まり返っていた。

 

 何が起きたのか、後続から来るウマ娘達がスローに見えてしまうほど、圧倒的な爆発力に言葉を失うファン。

 

 

「……い、1着……、1着はアフトクラトラスです……!」

 

 

 実況席のアナウンサーですらこの現象についていけない。

 

 会場が盛り上がったのは、その実況が聴こえてから約15秒も後のことであった。

 

 深く深呼吸して空を見上げ佇む私。

 

 その後、振り返るとワッと割れんばかりに盛り上がった会場に向かって静かに頭を下げお辞儀をして応えるのでした。

 



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アフチャンネル

 

 

 クラシック第一弾、皐月賞勝利。

 

 私はようやく安堵したように肩を落とす。

 

 緊張してなかったと言えば嘘になる。いくら鍛えたとは言っても周りにいるのはG1級のウマ娘ばかり、足元を掬われてもおかしくない面子ばかりだ。

 

 そんな中、無事に勝てたことは幸いです。

 

 

「よし、次のレースに向けて練習を……」

「アフトクラトラスさん、ウイニングライブスタンバイお願いします」

「帰ります」

「ダメに決まってんだろ、お前」

 

 

 そう言って、そそくさと帰ろうとした私はがっしりと肩をヒシアマ姉さんに掴まれ止められました。

 

 しかも、追撃するかのようにその背後からいきなり……。

 

 

「はいドーン!」

「!?!? ひゃあっ!?」

 

 

 私の勝負服のスカートが捲られました。

 

 幸いにもレース場でなくバックヤードでの出来事だったのでファンや皆様にパンツを見られなかったのが救いでしたね。

 

 私は勝負服のスカートを抑えて、とっさに振り返る。

 

 

「な、なにすんですかっ!?」

水色と白の縞々か……予想通りだったなー」

 

 

 そこに居たのは首を傾げながら私のパンツの柄を何の躊躇もなく口に出す白いあんちくしょう。

 

 ゴールドシップが悩ましい表情を浮かべて立っていました。

 

 予想通りって私のパンツの柄を何予想してるんですかね、この人。

 

 

「いやー、アフ、凄かったなぁーお前ー」

「にゃぁぁぁ!? スリスリすんなー! 久々に会ったらこれなんですからもう……」

 

 

 私は鬱陶しそうにゴルシちゃんを引き離しながら表情を曇らせます。

 

 悪堕ちはどうしたんだお前ですって?

 

 やだなー、悪堕ちなんてするわけないじゃないですかー、あれは試合前でナーバスになってただけですよ。

 

 まあ、締めるところは締める、締めないところはなんか緩い、それが、アフちゃんクオリティなので、悪堕ちなんてしてないんだからね!(ビクンビクン!)。

 

 ライスシャワー先輩に後でお礼を言っておかなくてはいけませんね。

 

 レース前に喝が入ったのはあの人のおかげでしたから、じゃなかったら、きっと私は今日、これだけの走りはできてなかったと思います。

 

 さて、次は大事なダービーですからね、切り替えなきゃ。

 

 

「それはそうとアフ」

「……ほぇ?」

「ウイニングライブ行ってこい、じゃなきゃまたルドルフ会長がカンカンだぞ」

 

 

 そう言って、現れたナリタブライアン先輩は呆れたようにため息を吐くと私に告げる。

 

 ウイニングライブですかー、あったな、そんなのも……。

 

 やんなきゃダメっすか、そうですか、仕方ない、やりますか、最近全然、歌って踊ってないですけども。

 

 

「じゃあ適当にイージードゥダンス! って踊ってきても良いですか?」(わざとならスルーしてください)

「ダメに決まってんだろ」

「ぐぬぬ……」

 

 

 致し方なしに私はそのまま着替えてウイニングライブに向かいます。

 

 流石にG1のレースで勝ってウイニングライブをブッチなんてことはできませんからね、G2なら良いってわけでもないんですけども、前はやりましたけどね、私。

 

 なんやかんやでライブの会場のカーテンが上がり、会場には観客席に多くの人達がズラリと押しかけていました。

 

 いやー人気者はつらいですねー。

 

 G1第一弾、今日は真面目に久方ぶりにやりましょうかね。

 

 というわけで、ステージに躍り出た私はマイクを握りしめて笑顔を振りまきながら曲に合わせて踊ります。

 

 バックダンサーにはシンちゃんとサクラプレジデントさんの2人です。

 

 安心して背中を任せられるお二人ですね。

 

 

「私がいつか〜♪」

 

 

 私の歌に合わせてくれる2人。

 

 よくよく考えたら、レース後にライブって結構きつい気はするんですよね毎回。

 

 真面目に歌って踊る私の姿に何故かポカンとしている皆さん。

 

 え? 予想外だった? 普通に歌って踊るのは予想外だったんですかね? いつもより盛り上がっても良いのよ? 

 

 誰だよ、真面目にやれって言ってた人、あ、ルドルフ会長でしたね……。

 

 なんで真面目にやる方が滑ってるんですよね、これはいかん。

 

 心なしかシンちゃんとサクラプレジデントちゃんは楽しそうに歌って踊っていますけれども私の反骨精神がここでやれと轟叫んでいます。

 

 そして、いよいよ私の中の変なスイッチが入ってしまいました。

 

 

「……って! やってられっかー!」

「!?」

「!!!?」

 

 

 曲の途中でいきなり出てきた私の声にピタリと踊りが止まる後ろの2人。

 

 そして、同時にざわついていた会場もシーンと静まりかえります。

 

 それから、私はプロレスラーのマイクパフォーマンスばりにこんなことを話し始める。

 

 いつのまにかBGMもそれっぽいものに変更し、会場は騒然としていました。

 

 打ち合わせ通りですね、多分、裏で話をつけていたゴルシちゃんがやってくれたのでしょう。

 

 今回はこのストロングスタイルでいきます。

 

 

「皆さんッ! 元気ですかァーッ!」

「…………」

「元気があればなんでもできるッ! どうもッアフトクラトラスですッ! 今日はね、私が勝った記念にねッ! 皆さんにこの言葉を送りたいと思いますッ!」

 

 

 返事がない客さんを無視して、マイクパフォーマンスを続ける私。

 

 背後からはファイッ! ファイッ! という声と共に闘魂に溢れたBGMが流れている。

 

 マイクを握りしめた私はゆっくりと語るように皆さんに言葉を送りはじめた。

 

 

「この道をゆけばどうなるものか……危ぶむなかれ!」

 

 

 顎を妙にしゃくりながらそれっぽく語り出す私に騒然とし始める会場。

 

 皆さん、これが私流というやつです。残念だったな、普通のライブで終わると思いましたか? 甘いわー! 

 

 語り出す私は締めに入る。

 

 

「危ぶめば道はなし、踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ行けばわかるさっ! ありがとうーっ!」

 

 

 速報、アフトクラトラスのウイニングライブと思ったらだいぶ昔のプロレスリングだったの巻。

 

 顎をしゃくりながらそんなセリフを私が言う中、先程とはうってかわり会場は何故か大盛り上がりをみせる。

 

 しゃあオラ! やんぞこらッ! やれんのか! オイッ! 

 

 

「しゃあオラ! タココラ! 歌うぞコラッ!」

「アフちゃんッ!? それ違う人だから!」

 

 

 サクラプレジデントちゃんの制止をぶっちぎりそこから私の曲が急に変わり、盛り上がるラップ曲に変わる。

 

 ユーロビート調の曲に急に変わりあたふたするシンちゃんとサクラプレジデントちゃんの2人。

 

 しっかりついてこいよー! 行くぞー! 

 

 

「HEY♪ YO!♪」

 

 

 そこからは、通称アフちゃん劇場が開幕しました。

 

 ラップ曲に合わせて早口でラップに合わせて踊りながら、パーリーピーポーを盛り上げるお仕事です。

 

 ラップ調の曲になるのでダンスも必然的に激しくてなんかすんごいものになります。

 

 それに付いてくるシンちゃんとサクラプレジデントちゃんはさすがですけどね。

 

 通称、ファンの間では私のライブはぶっ飛んだライブという事で別の意味で人気があるそうです。

 

 これが、新規開拓の秘訣ですね、エンターテイメントにはサプライズは大事ですからね。

 

 

「hey!♪ hands UP!♪」

 

 

 ライブ会場は軽く海外のクラブばりの盛り上がりを見せます。

 

 私はそれに合わせてブレイクダンスだったり、超高等なダンスを次々と繰り広げて会場を盛り上げます。

 

 そんな中、裏でDJを担当してくれているのは言わずもがなゴールドシップちゃんです。

 

 ほんと、あの娘なんでもできるな、まさか、DJもできるとは予想外でしたよ。

 

 そんなこんなで異様な大盛り上がりを見せた私の皐月賞のウイニングライブは無事に成功を収めました。

 

 真面目にしようとはしたんですよ、最初だけですけど。

 

 それはほら、やっぱり皆さんの期待を裏切ってはいけないじゃないですか。

 

 だから、いつも通りネタに突っ走りました。後悔はしていません、はい。

 

 ライブも終わり、引き上げた私は一息つくと一仕事終えた実感を噛み締めます。

 

 

「アフトクラトラスー、ルドルフ会長が呼んでたぞー」

「……ぼへぇ!?」

 

 

 と思っていた矢先にこれである。

 

 はい、わかっております。いつものパターンですね、うん、知ってました。

 

 でもね、私は頑張ってお客さんを盛り上げたと思うんですよ、だからね、ルドルフ会長も多少は目を瞑ってくれるかなーって……。

 

 という幻想は木っ端微塵に砕かれましたね。

 

 みっちりお説教を食らいました。真面目にやりなさいと拳骨されました。いつものやつです。

 

 さて、そんな訳なんで皐月賞を終えたんですけども。

 

 

「ってな感じだったんですが皆さん、どうでしょう?」

 

 

 と私は現在進行形で撮っている生中継の動画配信チャンネルを使ってユーザーの皆さんに問いかけます。

 

 実はこれ、ゴルシちゃんが別チャンネルで私に持ちかけてきたチャンネルなんですよね。

 

 なんでもリアルタイムで皆さんからのレスポンスが返ってくる動画チャンネルだとか。

 

 付いたチャンネル名がアフチャンネル。

 

 なんか語呂がいいのでそのまま引き受けた動画配信なんですね、放送内容は主に私の事とか面白い事とかを中心に色んな動画をあげる予定です。

 

 今は現状報告なんですけどね。

 

 

『芝生えるwww』

『ウマ娘の枠に囚われない癖ウマ娘』

『ポンコツマスコット界隈のレジェンド』

 

 

 などという反応が返って来ました。

 

 なんですか、そんなに褒めても何もあげませんけどね。

 

 強いて言うなら、私ならではだからこその芸当なんですよ。

 

 アフチャンネルの住民は私の事をよく理解しています、流石ですねものが違いますよ。

 

 

「次はダービーも取りますからね、楽しみにしていてください、おっと、そろそろランニング行かなきゃ……」

 

 

 私は部屋にかけてある時計を見ながらそう呟く。

 

 ダンベル持って走って走って、またダービーまでに身体を仕上げなきゃいけませんからね、私に休息はないのですよ。

 

 

『ファッ!?』

『ランニング……』

『もう身体鍛えてんのかよ』

『アスリートなんやから、そらそうよ』

『パンツください(迫真』

 

 

 そんな感じで私の言葉に騒然とする生中継動画のコメント。

 

 おい、最後のやつ、さりげなくパンツを要求してくるんじゃない、たまに下着が無くなっちゃってたりして困ってるんですからね、私。

 

 身につける下着が無くなっちゃうでしょうが! ノーパンで走れというんですか! そら無理ですよ。

 

 

「私のパンツはやれん、だが、このヒシアマ姉さんのブラジャーならやろう、100万から!」

 

 

 そう言って私は背後からプランとヒシアマ姉さんから拝借したブラジャーを提示する私。

 

 健全な紳士諸君なら黙っていないでしょう。

 

 トレーニングセール開催! さあ張った張った! 

 

 

『ほう……言い値で買おう』

『草』

『500万!』

『600万!』

 

 

 どんどん値段が釣りあがっていくヒシアマ姉さんのブラジャー。

 

 おうふ、ノリで言っただけなのに、凄いことになって来ました。

 

 手が震えてきやがったじぇ……。なんでこんな値上がりしてんの!資本主義怖すぎるわ! まさしく札束の戦争! もっと使い道があるでしょうに!

 

 そうして、最終的な値段がこの値段です。

 

 

『8000万!』

『決まったな』

『これもう普通に家買えるんじゃね?』

『大草原不可避』

 

 

 なんとついた値段は8000万円でした。

 

 こんなブラジャー一つになんでそんな値段が付いてるんですかね、皆さん変態過ぎで草が生えますよ本当。

 

 私は動揺を隠せないまま、震えた声でこう話しを続けます。

 

 

「で、では後日送らせていただきまひゅっ!?」

 

 

 そう言って震える手でブラジャーをじっと見つめる私。

 

 信じられるか? この布切れが8000万円ですよ、なんじゃそら! 札束でぶっ叩くにも限度があるわ! 

 

 そうして、動揺を隠せない私を見てコメントが再び賑わいます。

 

 

『アフちゃんが一番ビビってて草』

『アフちゃんのブラジャーをおまけに付けるとどうなるんだろう?』

『二倍の額を払うぞ、当たり前なんだよなぁ……』

『札束で振るう酷い暴力を見た』

 

 

 コメント欄でもこの始末。

 

 私のブラジャー高すぎィ! なんでそんな値段が付いちゃってるんですかね! 

 

 絶対ろくな使われ方されないぞ……わかんないですけども。

 

 こうして、なんやかんやで落札されたヒシアマ姉さんのブラジャーは後日、お金の振込と共に速達で郵送しました。

 

 重課金って怖いですね……人間の欲の闇を垣間見た気がします。

 

 もちろん、そのお金の半分はヒシアマ姉さんに差し上げました。何というか……、その、罪悪感に苛まれてですけどね。

 

 

「ちょっ!? アフ! なんだこのお金! 」

「な、なんかいろいろありまして……はい」

 

 

 真実は伏せておきましょう、時として知らないことが幸せな事もあります。

 

 新品のシューズの代金とかなんか色んなものに使ってもらえたらな、なんて思いながら私は苦笑いを浮かべるばかりでした。

 

 次はいよいよ、天皇賞、春。

 

 ライスシャワー先輩とマックイーン先輩が激突。

 

 波乱万丈の一週間が再び幕を開けようとしていました。



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再会

 

 

 

 そのウマ娘はライバルの背中を追った。

 

 ひたすら、戦い、何度も負けても諦めなかった。

 

 同世代の彼女を越えたい、ただ一心にそれだけを望み、日々を全て走る事に注ぎ込んだ。

 

 身体を削り、魂を削った。

 

 そして、彼女は淀に舞う刺客となった。

 

 己を高め、例え、その結果が自分が皆から嫌われようともその歩みを止めようとはしなかった。

 

 そこには彼女の譲れないプライドがあったのだ。

 

 

 

 静かな夜。

 

 そんな夜に凌ぎを削りあったライバルと私は改めて見つめ合う形で再会した。

 

 共に鍛え、共に切磋琢磨し、互いに高めあったライバル。

 

 そして、彼女は私のかけがえのない友人でもある。

 

 

「……随分と窶れましたね……、ライスシャワー」

 

 

 そんな私を見て、いつも追いかけていた友人は心配そうに告げてきた。

 

 その背中は今や、世界へと行ってしまった。

 

 靡く栗毛の髪、鍛えに鍛え抜かれた完璧な身体、完全無欠と賞賛される我が愛しのライバルは私の前に今立っている。

 

 

「……ブルボンちゃん……」

「随分、無茶なトレーニングで身体を絞っているみたいですね」

 

 

 彼女はなんとも言えない表情を浮かべながら私にそう告げてきます。

 

 久方ぶりにあった旧友が、窶れた姿なんて見れば致し方ないのかもしれない……。私はそんなブルボンちゃんの心境を察して肩をすくめると笑みを浮かべ応えてあげる。

 

 

「これでも足りるかどうか……」

「マックイーンは……強いですからね」

「えぇ……本当に……」

 

 

 私のその言葉に静かに頷くミホノブルボンちゃん。

 

 ステイヤーの戦いは過酷、長い距離を走りきるスタミナは当たり前でその上で終盤に振り切る瞬発力、そして、根性が必須。

 

 そんな過酷なレースに挑む私を心配する所は本当にブルボンちゃんらしいと思う。

 

 

「帰ってきてたんだね……」

「えぇ、一区切り付きましたし義理母も貴女達の事も心配でしたから」

「ふふ、アフちゃんの事も気掛かりだったんでしょう?」

「もちろん」

 

 

 ブルボンちゃんはそう言って、肩を竦めながら答える。

 

 特にアフちゃんは問題児というか、ほっとけない娘だから尚更、ブルボンちゃんは気に掛かってたんじゃないかと私は思った。

 

 私はブルボンちゃんのその言葉に思わず笑みが溢れる。

 

 それは、アフちゃんには私だけでなくブルボンちゃんも必要だと思っていたからだ。

 

 例え、血の繋がりが無くとも共に深い絆で結ばれている家族、そんな、家族が居ないのはアフちゃんにも寂しかったに違いない。

 

 私ももちろん、そう思っていた。

 

 

「ライスシャワー……」

「ん? なに? ブルボンちゃん?」

 

 

 名前を呼ぶブルボンちゃんに私は笑みを浮かべて応える。

 

 すると、ブルボンちゃんは私の身体をそっと抱き寄せると優しく頭を撫でてきた。

 

 いきなりの出来事に私も思わず目を丸くする。

 

 

「あまり……無理しないでください……、貴女も私にとっても妹弟子にとっても大切な家族です」

「…………」

「私は大切な友人がきっと天皇賞を勝つって信じています。……だって私を倒したウマ娘なんですから」

 

 

 抱き寄せてきたブルボンちゃんは優しい声色で何度も私の頭を撫でてくる。

 

 そこには私に対する信頼と愛情が込もっていた。心地良くて、去年まで互いに火花を散らして戦ったあの時の事が信じられない。

 

 いや、互いに認め合っているからこそかもしれない、私はブルボンちゃんのその暖かな心に救われた気がした。

 

 

「……うん、頑張る、だから応援して」

「私も妹弟子も全力で応援しますよ、だからきっと勝ってきてください」

 

 

 ブルボンちゃんはそう言って私の頭を優しく何度も撫でてくれた。

 

 背中を押してくれる人がいる。

 

 それだけで、私は十分に強くなれる、そう、いくらでも強くなれる。改めて、そう思った。

 

 

 

 

 皐月賞も無事に終わり、動画配信チャンネルその名もアフチャンネルを始めた今日この頃。

 

 はい、皆さん大好きアフトクラトラスですよー、はーいパチパチ。

 

 そんな私が今なにをしてるかですって? まあ、見てください、ゴルシちゃんと決闘の最中なんですから。

 

 しかも見てください、場所はなんとグラウンド! 走りながら決闘してるんですよ。

 

 これが、最近流行りというランニングデュエル! というやつです。えっ? 違う? 細かいことはええんやで。

 

 キングはエンターテイナーでなければならない! 

 

 

「ヒャーハハハハハハハ! 踊れゴルシィ! 死のダンスを!」

「アフ、お前ハジけすぎだろ」

 

 

 だが、奴はハジけた。

 

 はい、という事でまたもや変な意味で私は闇落ちしていました。

 

 今の私の気分はチームサティスファクションのリーダーですからね、嘘です、アンタレスです。

 

 

「私のハンドレスコンボは無敵です!」

「はい、私のターンな、こうしてああしてこうしてほい」

「……こんなんじゃ……満足できねぇぜ……」

 

 

 この間なんと3分くらい。

 

 私はゴルシちゃんからボコボコにされ、おっ◯いまで掴まれるダイレクトアタックを受けました。

 

 なんでや! おっ◯い関係ないやろ! 

 

 ちなみに今、動画配信しながら走ってますからね、なんと器用なことでしょう。ある意味体幹鍛えられるから良いんですけどね。

 

 ちなみにこのお手製の私が持ってるデュエルディスクは普段付けてた重しと同じ重量というね。

 

 

「はい、私の勝ちだな」

 

 

 やれやれといった具合に肩をすくめるゴルシちゃん。

 

 ちくしょう! カード頑張って集めて作ったのに! こんなの酷いよ! あんまりだよ! 

 

 どういう事だ! まるで意味がわからんぞ! 

 

 そんな訳でデュエルで完敗した私は落ち込んだように項垂れたまま、駄々をこねるように叫ぶ。

 

 

「ハルトォォォォォォ!!」

「誰だよ」

 

 

 知りません、なんとなく叫んでみただけです。

 

 私ってからっきしこういうゲームって苦手なんですよね、闇には染まりやすいんですけどね、毛色的にも物理的にも心理的にも。

 

 闇というビッグウェーブを乗りこなすウマ娘、それが私です。

 

 乗るしかねぇ、このビッグウェーブに。

 

 

『許さねぇ! ドンサ◯ザンドォォォ!』

『はいはい、儂のせい儂のせい』

『コイツはウマ娘の「アフトクラトラス」、伝説の癖ウマ娘さ!』

『ふーん……伝説って?』

『ああ!』

『意味もなく叫ぶアフちゃんは嫌いだ……』

 

 

 動画のコメントもこんな風に賑わってました。

 

 そして、何故か最後に嫌われる私。

 

 なんでや、まあ、ネタなんですけどね、とはいえ、何故こうもネタが通じるんでしょうこの人達。

 

 ライスシャワー先輩の天皇賞が控えてるというのに何やってるんでしょうかね、私。

 

 

「良い絵が撮れたんでまあ、良しとしますか」

「ほんと、ときどき迷走するよなーお前は」

「ときどきというか、しょっちゅうしてますけどね」

 

 

 名付けて迷子のアフちゃん。

 

 毎度、迷走してますけど何というか、これが私なんで致し方ないですね。

 

 みんなも好きでしょう? だから問題ないんですよ(暴論)。

 

 カードゲームをしたのは何年振りでしたかね? 随分、昔だったような気がします。

 

 

「さてと、お遊びはこれくらいにして、トレーニングしますかね」

「ん? お前、この間、皐月賞走ったばかりだろ?」

「次は日本ダービーですよ、余裕かましてる時間は無いです」

 

 

 私はため息を吐くと実況を打ち切り、肩を竦めながらゴルシちゃんに答える。

 

 所謂、ファンサービスというやつですね、彼らもファンサービスを喜んでいるに違いありません

 

 君も私のファンになったのかな?(煽り)。

 

 

「モグモグ……ん? なんだアフじゃないか?」

「んお? ……あ、オグリ先輩!」

「ゴルシと2人で何をやってるんだこんなところで」

 

 

 そう言って、先程まで走っていたレース場にニンジンコロッケを頬張りながら上機嫌に耳をぴこぴこさせているオグリキャップ先輩から声を掛けられる私。

 

 何をやっているかと言われると……、うーん、何やってんでしょうね私。

 

 強いて言うなら走りながらカードゲームをしていたと答えるべきなんでしょうけれども。

 

 

「人気取りに走ってました」

「お前は何事も隠さず直球で言うなぁ……」

 

 

 全く動じる事のない私の一言に感心するように呟きながらコロッケを頬張るオグリ先輩。

 

 すると、何かを思い出したようにポンと手を叩くと続けるようにこう語り出す。

 

 

「あ、そうそう、ブライアンのやつがお前探していたぞ?」

「ほえ? ブライアン先輩がですか?」

「あぁ、なんでもお前の海外遠征の件について話があるそうだ」

 

 

 オグリ先輩はそう言うと、手持ちに持っていたコロッケを全て食べきり頷く。

 

 ブライアン先輩から海外遠征についての話? 

 

 どういう事だろう、日本ダービーが終わり次第、欧州に渡るとは以前から話していたがこのタイミングでとなるとなんだか気になる。

 

 ブライアン先輩も何度か海外のG1レースに出てるから、多分、もしかしたらそのアドバイスか何かだろう。

 

 すると、オグリ先輩はジッと私を見据えながらこう告げはじめる。

 

 

「おい、アフ、私からも一言言っておくぞ、海外の……しかも三冠G1レースに出るなら覚悟しておいた方が良い」

「…………」

「あそこは日本とは別次元だ、詳しい話はブライアンからでも聞くといい、ではな」

 

 

 そう言うと、コロッケを頬張りながら上機嫌に尻尾をフリフリさせて去っていくオグリ先輩。

 

 別次元……、レベルは確かに高いですし、私も重々承知していますけれど、改めて言われるとなんだか身構えてしまいますよね。

 

 それから私はゴルシちゃんと撮影道具を片付けた後、改めてブライアン先輩の所へ足を運ぶ事にした。

 

 話によるとブライアン先輩は中庭にいるらしい、しばらく歩いた後、中庭にブライアン先輩の姿を見つける。

 

 

「ブライアン先輩ー、何ですか? ……用……っ……て……」

 

 

 しかし、私が中庭にいるブライアン先輩に声を掛けようとしたその時だった。

 

 ブライアン先輩の隣に立つ栗毛の見慣れた髪が視界に入ってくる。

 

 凛とした横顔に、冷静な眼差しと落ち着いている物腰、そして、彼女が持つ雰囲気を私は知っている。

 

 そして、2人は深刻そうな面持ちで何やら話し込んでいるようだった。

 

 

「……それは、不味いな」

「えぇ、私も聞いた時には耳を疑いました……まさか、フランスダービーでないなんて……」

「当てが外れたか、……これはどうしたもんか」

 

 

 私は深刻な表情を浮かべている2人の姿に違和感を感じながら、恐る恐る近づいていく。

 

 半年……、半年だ。姿を消してようやく帰ってきたその人の名前をゆっくりと口に出して私は呼ぶ。

 

 

「……姉……弟子……?」

「……っ!? ……アフ!?」

 

 

 私の姿を見たブライアン先輩は驚いたような表情を浮かべている。

 

 まさか、このタイミングで私に見つかるとは思ってもみなかったようなそんな驚き方だ。

 

 すると、その呼び声に反応するかのようにピクンと耳を動かした栗毛のウマ娘はゆっくりと口を開き始める。

 

 

「……妹弟子……ですか」

「……っ! 姉弟子っ!」

 

 

 私は思わずその場から駆け出して、姉弟子に抱きついた。

 

 もう会えないかと思った。

 

 義理母が病に倒れ、そして、姉弟子も消えてしまって、私はどうしたらいいかわからなくなってしまった。

 

 こうしてまた会える事が出来て私は堪えていたものが胸の底から溢れ出そうになっていた。

 

 色々言いたいことが山ほどある。だけど、それ以上にこうして目の前に立っている姿を見て心底安心している自分がいた。

 

 

「馬鹿っ!? なんで何にも言わず居なくなっちゃったんですかっ!!」

「……随分と心配をかけてしまいましたね」

「……っ! 本当にっ……! 本当にもう……! 会えないかもって……っ!」

 

 

 私は涙を流しながら、何度も握りこぶしで姉弟子の胸を叩く。

 

 何にも連絡を寄こさず、唯一知ったのはトレセン学園に出された休学届けだけ、そんなのもう二度と帰ってこないかと思うじゃないですか。

 

 あのレースの後だから尚更、私はそう思ってましたし、やり場のない思いをレースにぶつけ、周りが見えなくなってしまったんですから。

 

 そんな私の心の内を察したのか、姉弟子は優しい表情を浮かべ、私の頭を何度も撫でながら抱きしめてくる。

 

 

「……心配、かけてしまいましたねごめんなさい」

「もうっ!! ……ぐすっ……、もう勝手にどっかに行ってしまわないでくださいっ!」

 

 

 姉弟子にそう告げる私は落ち着くまで、しばらくの間、ずっと姉弟子から撫でてもらいました。

 

 これには、ブライアン先輩もやれやれと肩を竦めて笑みを浮かべています。

 

 そうして、しばらくして落ち着いた私はそっと姉弟子から離れると目元をぬぐいます。

 

 改めて、気を取り直し、私は先程まで話していたことについて2人に問いかけました。

 

 

「それで、ぐすっ……、一体、2人とも深刻な顔で何の話をしていたんですか?」

 

 

 鼻をすすりながら、先程まで何やら話し込んでいた事について問いかける私。

 

 確か、フランスとか言っていたのは聞こえていましたけれど、それ以外は全くと言っていいほど何もわからない。

 

 すると、その私の言葉を聞いた2人は互いにしばらくの間見つめ合うと、ゆっくりとブライアン先輩の方から私に語り始めた。

 

 

「あー……その事なんだがな……実は……」

 

 

 そう言って、言い辛そうに視線をそらすブライアン先輩。

 

 なんだろう? 私に関係する事なのかな? 

 

 意味深な台詞のオグリキャップ先輩の言葉がふと頭を過る。

 

 すると、姉弟子がブライアン先輩の代わりに私に向かいゆっくりとその事について語り始めた。

 

 

「……貴女、イギリスダービーに出ると言っていましたよね? 妹弟子」

「んあ? ……えぇ、まあ、その予定ですけれど……でも、日本ダービーに勝った後の話ですよ?」

「……なるほど、それは……」

 

 

 そう言うと、姉弟子はチラりとブライアン先輩の方に視線を見せる。

 

 ブライアン先輩は頭を抱えるようにして、静かに姉弟子に頷いた。

 

 そのブライアン先輩の反応を見た姉弟子は改めて私に向き直るとゆっくりとこう告げ始める。

 

 

「……アイルランドの怪物、ダラカニがフランスダービーではなく、イギリスダービーに出ると表明しました」

「……は?」

「言った通りです、イギリスダービーに出ると表明しました。つまりは……、貴女がイギリスで戦う相手はアイルランドの至宝です」

 

 

 姉弟子は真っ直ぐに私の目を見据えながらそう告げた。

 

 あの、ダラカニがイギリスダービーに出る? 

 

 いや、走り慣れているフランスの地をあえて蹴る意味がよくわからない。

 

 何故、わざわざイギリスダービーに出るのだろうか、だが、その理由はいくら考えても思いつかなかった。

 

 

「ちょっ!? ちょっと待ってください! 何でわざわざイギリスになんて……」

「理由はわからない、だが、実際にこうして奴が出る事を決めたんだ」

「……この調子だともしかするとキングジョージも出るかもしれないですね」

 

 

 そう告げる姉弟子は表情を曇らせる。

 

 ダラカニの実力は折り紙つきだ。私も良く知っている。

 

 アイルランドの至宝であり、フランスの地でその足に磨きをかけて成り上がった怪物。

 

 姉であるデイラミと共に怪物姉妹としてその名を轟かせた。

 

 

「私もデビュー前に何回か海外に呼ばれて併走でやり合った事はあるんだがな、……あれは相当なもんだぞ」

「……ブライアン先輩……」

「なんなら一回負かされた、……そのくらい強い」

 

 

 デビュー前にして、ブライアン先輩を一度負かすほどの実力を持っていた。

 

 その事実は紛れもなく、彼女が天才である証明に他ならない、私も併走ならブライアン先輩と何度かやり合った事があるからわかる。

 

 

「……日本ダービーもそうですが、ダービーには魔物が住んでいます、くれぐれも油断は決してしないのが賢明です」

「……そう、ですね……」

 

 

 姉弟子の一言にまるで現実味が無いような感覚に私は陥っていた。

 

 ダラカニとイギリスダービーを賭けて走る。

 

 怪物と戦わねばいけないというプレッシャー、もちろん、何者であろうが負ければそれまでの話だ。

 

 ならば、受けて立つしかないだろう。

 

 

「……早いか、遅いかの違いです。いずれにしろ凱旋門賞でやりあう事になるのは間違いなかったですからね」

「ま、それはそうだな」

 

 

 ブライアン先輩は私の言葉に肩を竦めて答える。

 

 鬼門となったイギリスダービー、なんにしろ、やるべき事をやらねば負けてしまうのは間違いない。

 

 そんな私に姉弟子は仕方ないとばかりにため息を吐くと笑みを浮かべこう告げてきます。

 

 

「久々に貴女のトレーニングを見てあげましょうか、どれだけ鍛えたか見てあげます」

「うぇ!?」

「まさか、私が居ない間に手を抜いていたわけでも無いでしょう? 義理母も私も貴女をそんな風に鍛えていたわけではありませんしね」

 

 

 お、おうふ、確かにそうなんですけども。

 

 地獄のようなトレーニングの日々がフラッシュバックしてきます。とはいえ、私自身、相当、自分を追い込んできたと思うんですがなんでか身構えてしまいますね。

 

 

「お、お手柔らかにお願いしま……」

「ふふ、寝言は寝てから言うべきですよ」

 

 

 こうして、姉弟子から両耳を引っ掴まれた私はそのまま拉致される事に。

 

 いやぁ、懐かしいなぁと思いつつもこの後の地獄のトレーニングを想像するだけで背筋が凍りつきそうでした。

 

 追伸、寝てからではなく死んでから寝言を言いそうです。



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帰還

 

 翌朝。

 

 ベッドの中で何やらモゾモゾと動く小さな身体、そう私です。

 

 いやー昨日は疲れましたわー、筋肉痛がすんごいです、足がプルプルすりゅのー!(震え声)

 

 足がプルえすぎて語彙力もプルって来やがりましたよ、あふん。

 

 

「うぐー……」

 

 

 私は脹脛らへんをさすりながら目をゆっくりと開けます。

 

 筋肉痛はほんと慣れませんよね、夜中に足攣るのは本当にやめて欲しいです。

 

 そして、眠りから覚めて、ゆっくりと瞼を開けた私は同時に戦慄します。

 

 

「おはよう♪ アフちゃん」

「…………」

 

 

 目の前に居たのはなんと半裸のメジロドーベルさんでした。

 

 なんで上着てないんですかねぇ? あれー? 私、昨日、ブライアン先輩の部屋で寝てたはずなんだけどなー、あれー? 

 

 しかも、ガッシリハグされてた気がするんですけどなんで私の隣にドーベルさんが居るんでしょう? 

 

 なんか事後っぽい雰囲気醸し出してますけども、可笑しいなー。

 

 

「アフちゃんの寝顔可愛かったわよ♪」

「とりあえず服を着ましょう、何が起こったんですか? 私の身に一体何が?」

「ふふふ、それはね? 夜中にアフちゃんの寝床に……」

「待って、もう大体把握出来た気がします」

 

 

 私は手を差し出しながらメジロドーベルさんを制する。

 

 なるほど、ブライアン先輩の部屋から私は誘拐されたわけですね、しかも、寝てる間に、あのハグされてる私をよくもまあ拉致出来たものだと感心します。

 

 ここ、よく見渡せばメジロドーベルさんの部屋ですしね。

 

 

「……私を脱がしている意味は……」

「え? 互いの肌を通して体温を感じたかったからに決まってるじゃない」

「さも当然みたいに言う事じゃないですけどね? 当たり前みたいに言ってますけども!」

 

 

 ドーベルさんと同じく上半身裸にされている私は軽くチョップをして突っ込みを入れる。

 

 下はパンツだけにされてんじゃあないですか、私の可愛いパジャマはどこ行った!? 

 

 あのクマさんパジャマお気に入りなんですよ! 

 

 良い値段で買えた可愛いパジャマなんですよ! 

 

 それを脱がすなんて! なんてことを! ……ん? でもよくよく考えたらブライアン先輩達と賭け事してしょっちゅう脱いでんな私。

 

 なるほど、道理で最初、なんかスースーするなと違和感を感じなかったわけだ。

 

 アフチャン・ザ・バーバリアンと化している気がします。

 

 よし、棍棒作るしかねぇなこれ、まあ、そんなアホな考えは一旦置いておくとして。

 

 

「……よし、じゃあ起きて着替えなきゃ……」

「まあまあ、アフちゃんそんなに焦らないで? ね?」

「にょわぁ!?」

 

 

 立ち上がろうとした私はへんな声を上げると肩を掴んできたメジロドーベルさんからベッドに引きづり込まれる。

 

 やべぇよやべぇよ……。

 

 メジロドーベルさんと至近距離でメンチ切りあっているこの状況、あ、見つめ合っているですね、あ、はい。

 

 この間のヤンキー先輩達のせいでへんな言い方しちゃいましたよ、全く。

 

 目と目が合う〜、瞬間す……。

 

 いや、何言ってんだ私! そんなに見つめないで溶けちゃう! 

 

 

「いやー! こんなところに居たら死んじゃうー!」

「まあまあまあまあ」

「まあまあまあって何がまあまあなんですかっ! 私は起きるぞお前!」

「静かにしないとお口、ディープインパクトして塞ぐわよ?」

「…………」

 

 

 お口ディープインパクトするとは(哲学)。

 

 ディープインパクトさんが聞いたらどんな顔するんでしょうね、オブラートに包んだ表現にしたんでしょうけど。

 

 え? ディープインパクトさんにディープインパクトする? 

 

 一体何を言ってるんですかね? 

 

 心臓にAEDでも当てるのかな?(すっとぼけ)。

 

 

「……アフちゃんに最近会えなくて、寂しかったんだから……たまにはね?」

「……うぐ……っ、そ、そんな顔で言わないでくださいよ……」

「もう、たくさん心配したんだからね……」

 

 

 そう言って、メジロドーベルさんは私を抱き寄せると頭を撫でてきます。

 

 感動的ですね、メジロドーベルさんの優しさに私も感無量ですよ、こんな心遣いをされて嬉しくないわけがありません。

 

 そう、半裸でなければね、なんかやばい絵面なんですよ、悲しいなぁ。

 

 あ、そう言えば言われてましたっけ。

 

 私、隙だらけというか穴だらけだからすぐに押しに弱いって……、こういうとこやぞ! アフトクラトラス! 

 

 激流に身を任せ同化する……これぞ柔の拳!

 

 あ、私のおっ◯が柔らかいという意味ではないです、はい、柔らかいですけどね。

 

 いや、そんなことを言うとる場合か。

 

 

「あひゅい!? 弄らないで!?」

「あ〜……柔らかい〜……」

 

 

 私を弄りながら悦に浸るドーベルさん。

 

 やめろー! 言ったそばから揉むんじゃあない! 

 

 あ! 下はあかんて、アウトですって!

 

 このままじゃやられる! その時、アフに不思議なことが起こった! 

 

 

「とう!」

「あっ……!」

「はっはっは! 黙ってやられる私ではありませんよ! グラウンドでのトレーニングが私を呼んでます! さらば!」

 

 

 そう言って、素早くベッドから飛び出した私はなんとシャツとパンツのみという格好で部屋を飛び出しました。

 

 辛うじて飛び出す時に、上を羽織るものがあって助かりましたけどなかったらパンツのみで廊下を疾走する羽目になるところでしたよ。

 

 流石にこの胸のデカイのを晒しながら走るのは抵抗がありますし。

 

 私のブラジャーは一体どこだ! 

 

 

「アフ!? お前、なんて格好で……!?」

「おぉ! フジキセキ先輩! 良いところに!」

「いや、タイミング的に良く無いだろどう見ても」

 

 

 私の格好に頬を赤くしたフジキセキ先輩にバッタリと廊下で出くわしてしまいました。

 

 ふむ、私的には助け船が来たくらいには感じているのですがね。

 

 だってこの格好ですよ、いい加減なんか着たいです。

 

 

「とりあえず……部屋に戻れお前」

「いや、自分の部屋に拉致されたんですよね」

「どういう状況なんだお前は…」

「毎度、深刻な拉致問題に晒されている私に一体何を言ってるんですか!」

「なんでさも当然のように言うのか……」

 

 

 私は頭を抱えているフジキセキ先輩に必死に告げる。

 

 なんでや、頭抱えたいのはこっちやぞ! なんで私、パンツとシャツだけとかいう意味わからない格好になっとんねん! 

 

 そういえば私、まともに最近、自室で寝れてない気がしますね、基本、ナリタブライアン先輩に抱き枕にされてるから致し方ないんですけど。

 

 

「……お前、ただでさえデカイんだから胸くらいは下着は付けておけよ……」

「だって寝返り打つと寝苦しいじゃないですか」

「この無駄な脂肪め」

「鍛えてるんですけどね、触ってる通りです」

 

 

 おかしいなー、胸筋付いてもいいはずなのになんでこんなにポヨポヨしてるんでしょうね。

 

 何気なく忌々しげに私の右胸を鷲掴みにしてくるフジキセキ先輩に肩を竦めながら困ったような表情で私は告げます。

 

 ふむ、全くその通りです。

 

 

「まぁ、それはいいが……ミホノブルボンのやつがお前を探してたぞ?」

「ほえ? 私をですか?」

「あぁ、ライスシャワーの天皇賞、近いんだろう? その併走をするからと言っていたがな」

「……! それは、急いで行かないとですね!」

「あぁ、でもその格好でグラウンドに出るなよ? 痴女ウマ娘って言われるぞ」

「わかってますよ」

 

 

 フジキセキ先輩の言葉に苦笑いを浮かべ、そう答える私。

 

 とりあえず自室に帰って身支度をしてグラウンドに行かなくてはですね。

 

 下着また消えてなければ良いですけども……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それから自室で着替えた私はいつものように練習着に着替えてグラウンドへ。

 

 そこでは既に併走しているミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の姿がありました。

 

 二人は真剣な眼差しで互いに並びながら走っています。

 

 

「……相変わらずだなぁ……」

 

 

 グラウンドに出た私はそんな二人の姿を目の当たりにして思わず笑みをこぼしてしまいました。

 

 あの二人が走っている姿を見るのが懐かしくて、いつも当たり前のように見ていた光景なのにもう随分と前のことのように思えてしまいます。

 

 

 

 そんな二人の姿を眺めていた私の肩にポンと誰かが手を置いてくる。

 

 背後をゆっくりと振り返る私。

 

 何というか、その手は暖かくて懐かしい感じがした。

 

 優しさがあって、私にとって、その手はかけがえのないもののように感じてしまう、いや、身体が直感的にそうだと訴えてきた。

 

 

「……ふっ……、あの二人が走る姿をまたこの目で見れるなんて、長生きはしてみるもんだね」

 

 

 そこには、優しい笑みを浮かべている一人のトレーナーが立っていた。

 

 私はその人の姿を見て言葉を失う。

 

 なんで、この場所にこの人が居るのか。

 

 どうして、私の横にいるのか、理解が追いつかなかった。

 

 いや、それ以上に胸の奥から熱いものが込み上げてくるようなものさえ感じる。

 

 気がつけば、私は自然と頬から涙が溢れ出ていた。

 

 私の居場所がまた帰って来てくれたようなそんな安心感さえ、感じてしまう。

 

 そのトレーナーの視線の先にはミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の二人が写っている

 

 私は震える声でその人の名前を呼んだ。

 

 

「……お母……さん?」

 

 

 そう呟く私の隣に立つトレーナーは笑みを浮かべて乱暴に頭を撫でてきた。

 

 いつものような元気な姿、私はもう二度とこんな姿が見れないと思っていた。

 

 ここにいるはずがない人がそこに立っている。

 

 いつか帰ってくるという約束。

 

 あの人が目の前に立っているという現実に私は思わず言葉が震えていた。

 

 

 トレーナーとしての復帰は絶望的だろう。

 

 

 医者からはそういう話を私は聞いていた。

 

 そして、私はその言葉を聞いて絶望感を胸に抱きながらも毎日もがいて走り、トレーニングに身を置いて振り払ってきた。

 

 皆に明るく振る舞う中、私は義理母のことを思い、そして、姉弟子のことを思いこのトレセン学園でチームの皆と向き合ってきた。

 

 そして、そんな私の目の前に信じられないものが写っている。

 

 ある程度、覚悟していたつもりだった。

 

 だからこそ、私は懸念があった。

 

 それはその大事な人が無理して病院を抜け出してきたのではないかという考えだ。

 

 

「でもお母さん……身体は……」

「大事な娘達を残して簡単に私が死ねるか……遅れたが、こうして帰ってきたんだよ」

 

 

 私はその言葉に目を丸くする。

 

 義理母は問題ないとばかりに私の顔を見つめながら力強く頷く。

 

 そんな中、私の背後からゆっくりとこんな声が聞こえてきた。

 

 

「お師匠様の言う事は本当よ、アフトクラトラス、ちゃんと医者からは許可を得ているわ」

 

 

 そう言って現れたのは花束を抱えているオハナさんの姿だった。

 

 その表情は実に嬉しそうな顔をしている。まるで、めでたいと言わんばかりに明るい表情であった。

 

 オハナさんは花束を義理母に送りながら続けるように語り始める。

 

 

「ご退院おめでとうございます」

「こりゃ、わざわざすまんな」

「いえ、摘出手術に薬、ご闘病は大変でしたでしょう。よく頑張られたと思います。復帰されて私も嬉しいです」

 

 

 そう言って、オハナさんから差し出された花束を受け取る義理母。

 

 私が知っている史実、それならばと前までは思わず身構えていた。

 

 だけど、今、目の前で起こっている事はなんだろうか? 私は今、奇跡を目の当たりにしているんじゃないんでしょうか。

 

 サイレンススズカ先輩が走れないと言われた大怪我から奇跡の復活を遂げた出来事。

 

 私の頭の中でふとその姿が蘇ってきた。

 

 私は勘違いをしていたのかもしれない、姉弟子が負けた菊花賞を見て運命は変えられないものだと思い込んでいた事もある。

 

 だけど、違うんだ。

 

 きっと運命は自分で切り開くものなんだ。

 

 気がつけば、私の頬からは溢れでるように涙が次々と頬を伝って流れ出ていた。

 

 

「……うっ……ぐす……っ……」

「はぁ、泣き虫だなお前は相変わらず」

 

 

 そう言うと、義理母は優しく私を抱きしめてくれた。

 

 なんの言葉も出てこなかった。

 

 ただ、もう戻って来ないと思っていた場所がまたここにできたことがひたすら嬉しかっただけなのだ。

 

 私の家族、父も母も居ない私にとっての唯一の家族。

 

 一度、バラバラになったものが元に戻ってくれたことが嬉しくないわけがなかった。

 

 ライスシャワー先輩も、ミホノブルボン先輩も、そして、義理母も居る。

 

 必死にひた隠していたものが、流れ出てくるみたいに次から次へと頬から流れ落ちてきた。

 

 私は抱きしめてくれる義理母の温かな身体を抱きしめながら、静かにこう告げる。

 

 

「…………おかえりなさい」

 

 

 私の言葉に静かに頷く義理母。

 

 義理母も姉弟子も皆に向けた言葉だ。

 

 そんな義理母と私の姿を併走を止めて、遠目から眺めているミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩。

 

 二人は優しい笑みを浮かべ、そんな私達を見守るように優しく見つめていた。



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THE WINNER

 

 

 93年、天皇賞(春)。

 

 極限まで削ぎ落とした身体に鬼が宿る。

 

 王者メジロマックイーンの三連覇を阻んだ漆黒のステイヤー。

 

 悪役(ヒール)か、英雄(ヒーロー)か、悪夢か、奇跡か。

 

 そのウマ娘の名は……。

 

 

 

 

 天皇賞(春)。

 

 歴史が長く、伝統あるクラシックレース。

 

 このレースに挑む小さき黒い刺客が居た。

 

 サイボーグミホノブルボンに何度も挑み、敗北してもなお、諦めずに戦い抜いた末にG1という栄光を手に入れたウマ娘。

 

 だが、皆は彼女をそれでも認めようとはしなかった。

 

 しかし、彼女はそれでも己のプライドにかけて、どんなに苦しくても、キツくても、投げ出したくなっても、毎日、走り続けた。

 

 雨の日も雪の日も走り続けた、それは、自分自身がウマ娘として誇りを持っていたからだ。

 

 皆から嫌われても、アンタレスの仲間達、友人や可愛い後輩が支えてくれた。

 

 彼女が彼女らしく今日まで頑張ってこれたのは彼女達の存在があったからだ。

 

 後悔しないレースをしよう。今まで積み上げてきた事を全て出し切ろう。

 

 彼女、ライスシャワーは静かに瞼を閉じたまま深い深呼吸をする。

 

 

「……ふぅ……」

 

 

 対するはステイヤーの絶対王者。

 

 この伝統ある天皇賞を昨年も勝ち、二連覇を成し遂げた怪物。

 

 ステイヤーという土俵であれば、もはや、他の追従を許さない、そんな怪物に挑む為に彼女は身体を鍛えに鍛え、徹底的に身体を苛め抜き削ぎ落としてきた。

 

 その目には執念が宿っている。

 

 必ず勝つ、勝つ為に全てをトレーニングに捧げてきた。

 

 

「……メジロマックイーン……」

 

 

 淀の刺客が今、目覚める。

 

 自分のトレーニングトレーナーから鍛えてもらった身体。

 

 アンタレスの皆から支えてもらい、可愛い後輩や友に応援してもらいここまで来た。

 

 そして、自分が持つウマ娘としてのプライドを賭けて、鬼となった彼女はゆっくりとレース場に続くゲートを歩いていく。

 

 その背中からは漆黒のオーラが漂い出ているような錯覚さえ、感じてしまうほどであった。

 

 

 

 天皇賞が行われる京都レース場は天気にも恵まれ、よく晴れた良い天気であった。

 

 私、アフトクラトラスも姉弟子ミホノブルボンと共に観客席に座り、ライスシャワー先輩がレース場に現れるのを今か今かと心待ちにしている。

 

 義理母も姉弟子も帰ってきたチームアンタレス。そんな、二人がいない間、チームの皆と共に私を支えてくれた大事な先輩。

 

 私の敬愛すべき先輩であるライスシャワー先輩の晴れ舞台。

 

 このレースでライスシャワー先輩はあのマックイーン先輩と激突する。

 

 ステイヤーの絶対王者に挑む先輩を私は見届けなくてはいけない。

 

 

「緊張しますね、やっぱり……」

「えぇ、そうね」

「大丈夫でしょうか、ライスシャワー先輩」

 

 

 真剣な表情を浮かべているミホノブルボン先輩に不安げに問いかける私。

 

 ライスシャワー先輩が勝つ為に必死にトレーニングを積んできた事は知っています。

 

 だけど、相手はあのメジロマックイーン先輩、ステイヤーの中でも随一に強く、気高く、そして、底力がある相手だ。

 

 ただのお嬢様なんかでは断じてない、その静かな物腰の奥に潜む凶暴な闘志を私は何より知っている。

 

 

「……今日は本気のメジロマックイーンを見れるかもしれませんね」

「本気の……マックイーン先輩……」

「二連覇を成し遂げた時もまだ彼女は余力を残していましたから」

 

 

 私はその姉弟子の言葉に思わず固唾を飲み込む。

 

 そして、観客席から真っ直ぐにメジロマックイーン先輩に視線を向けた。

 

 いつものように凛々しい立ち姿で勝負服に身を包んでいる彼女、だが、その目は三連覇に向けての闘志を剥き出しにしていました。

 

 物凄い気迫、それだけ、天皇賞を勝つという称号は重いという事がわかります。

 

 日本の中で一番、距離が長いG1レース。

 

 そして、日本で施行されるウマ娘の競走では最高の格付けとなるGIの中でも、長い歴史と伝統を持つレース。

 

 それが、この天皇賞(春)だ。

 

 

「2枠3番! ライスシャワー!」

 

 

 そして、そのレースの会場のパドック、まだ会場入りしていなかったライスシャワー先輩がいよいよ、姿を見せる。

 

 勝負服に身を包み、真剣な眼差しで皆の前に現れたライスシャワー先輩はゆっくりとそのマントを脱ぎ捨てた。

 

 それと同時にレース場に現れたライスシャワー先輩に観客席からはどよめきが起きる。

 

 

「うぉ……やばいぞ、あの身体」

「身体小さいのにあんなに絞って走れんのかよ」

「明らかにあれオーバートレーニングしてるだろ」

 

 

 観客席に座る人達から次々と不安な声が上がる。

 

 だが、この時、誰もライスシャワー先輩の事など微塵も気にはしていなかった。

 

 何故なら、メジロマックイーンという絶対的な王者が勝つだろうと信じて疑わなかったからだ。

 

 メジロマックイーンの三連覇を見に来ている。そういう観客達が大半だったのである。

 

 そんな観客達の反応を横目に見ながら、私は声を張り上げてパドックの壇上から降りていくライスシャワー先輩に声を上げる。

 

 

「ライスシャワー先輩! 頑張ってください! 私、勝つって信じてますっ!」

 

 

 そう声を掛けた瞬間、私の声が届いていたのか驚いたような表情を浮かべているライスシャワー先輩。

 

 そして、手を振る私の姿を見つけるとグッと力強く胸元で小さくガッツポーズをして頷いて応えてくれた。

 

 それからしばらくして、アンタレスの他のチームメイト達からもライスシャワー先輩に向けてのエールが送られる。

 

 

「根性ですよっ! ライスシャワー先輩!」

「君の差しは合理的だ、きっと上手くいく」

「ライスシャワー、お前さんの勝負強さ見せてやんな」

「応援してるから全力でなっ!」

 

 

 ライスシャワー先輩に向けて後押しする言葉を掛けるバンブーメモリー先輩、アグネスタキオン先輩、ナカヤマフェスタ先輩、メイセイオペラ先輩達。

 

 アンタレスの皆が、レースを走るライスシャワー先輩に向けて言葉を贈る。

 

 一緒のチームで共に切磋琢磨した仲間だからこそ、ライスシャワー先輩を皆応援しているのだ。

 

 そして、ゲートインする前にライスシャワー先輩は一番、お世話になった人達の元へ向かう。

 

 

「……マトさん」

「大丈夫だ、お前ならやれる」

「私のとこの娘を蹴散らしてみせたんだ。……見せてやりな、ライスシャワー、お前さんの走りを」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩に激励を贈るマトさんとその隣に居る義理母。

 

 二人とも、ライスシャワー先輩の事を信じて疑わなかった。なぜならば、ずっと側で見てきたからだ。

 

 特にマトさんはライスシャワー先輩をよく理解している理解者だ。その人がくれる言葉が心強くないわけが無い。

 

 ライスシャワー先輩は笑みを浮かべ力強く頷くと最後に観客席に座るミホノブルボンの姉弟子へと視線を向ける。

 

 そして、互いに理解しているように頷き、背を返すとそのままゲートに向かって駆けて行った。

 

 

 一方、そんな私達の一連のやりとりを見ていたメジロマックイーン先輩は同じくゲートインの前にスピカの皆のところに居た。

 

 そして、そんな私達のやりとりを見ていたスピカのトレーナーはメジロマックイーンに向けてこう言葉を贈る。

 

 

「油断しないようにな、マックイーン。特にライスシャワーには用心しておけ」

「……ふふ、貴方も気づきましたか?」

 

 

 そう言って、マックイーン先輩はライスシャワー先輩の姿を見て表情を曇らせるスピカのトレーナーに笑みを浮かべながら告げる。

 

 そんな二人のやりとりを見ていた他のメンバーは首を傾げていた。

 

 普通に考えればあんなに身体を絞ってまともにレースになるはずがないとそう思ったからだ。

 

 案の定、スピカのトレーナーの言葉にゴルシちゃんは思った事を口に出して告げ始めた。

 

 

「えー! おいおい! マジかよ! あんなに小さくてガリガリなんだぜ? マックイーンなら勝てるだろ?」

「違うゴルシ、あれはただのガリガリなんて生易しいもんじゃない」

 

 

 そう言って、スピカのトレーナーは静かにライスシャワー先輩に視線を向けながらゴルシちゃんに告げる。

 

 スピカのトレーナーはいくつものウマ娘を見てきた実績があり、自身はウマ娘を見る目は特に自信があると自負している。

 

 それに、恐らく、長年、トレーニングトレーナーやウマ娘を見てきた者であればライスシャワーの身体つきを見ればわかる。

 

 あれはただ、身体を絞っただけではない、無駄なものを切り捨て、このレースにまで徹底的に改造したものだ。

 

 あれだけの身体にする為にどれだけのトレーニングを費やしたのか、それを考えるだけで背筋が凍りつきそうになるほどの仕上がり、それが、今のライスシャワーである。

 

 

「トレーナーさん……、でもあれってオーバートレーニングをし過ぎたからなんじゃないんですか?」

「いや、スズカ、あれは完全にステイヤーとしての走りを視野に入れた完全な仕上がりだ。……わかってるな、マックイーン?」

「えぇ、それはもう、彼女が会場に入った時から気づいていましたわ」

 

 

 そう言って、マックイーンは笑みを浮かべたまま、スピカのトレーナーに向けて頷き応える。

 

 メジロマックイーンはその事をよく理解していた。

 

 あのミホノブルボンを下したウマ娘、昨年の菊花賞を見た時にライスシャワーの持つ本来の脚質にメジロマックイーンは気がついていない筈がない。

 

 完全なステイヤーとして、自分の前に立ち塞がる淀の刺客。

 

 漆黒のウマ娘の力強く不気味に輝く眼光を見ればよくわかる。あれは、警戒すべき好敵手であるという事を。

 

 だが、それでも……。

 

 

「私の王座を奪わせる気は微塵もありません、彼女の挑戦を真っ向から叩き潰してあげますわ」

 

 

 同じくステイヤーのウマ娘としてのプライドにかけて、彼女に負けられない。

 

 自身の三連覇という記録がかかったレース、誰にも邪魔をさせるつもりはない。

 

 立ち塞がるのならば薙ぎ倒すまで、ようやく現れてくれた好敵手となり得る生粋のステイヤー、これにワクワクしない訳がない。

 

 

「よし、なら行ってこい!」

「がんばれよ! マックイーン!」

「ちゃんと見てるからね! しっかり勝ってきなさいよ!」

「マックイーンさん! がんばですよ! 最後はど根性ってお母ちゃんが言ってました!」

「……気をつけてね、きっと勝てるわ」

「オメーなら三連覇、やれるよ! 行ってこい!」

「勝ってきてよね! マックイーン! 頑張れ!」

 

 

 スピカのメンバーは皆、メジロマックイーン先輩に声を掛けて激励の言葉をそれぞれ送ります。

 

 マックイーン先輩はそんな皆の顔を見て、力強く頷くと拳を握りしめ、胸元に置き深く深呼吸をし、目を見開くと覚悟を決めたようにこう告げました。

 

 

「それじゃ行ってきます」

 

 

 そうして、踵を返してゲートへと駆けて行くマックイーン先輩。

 

 それぞれ、負けられない思いがある。

 

 互いのプライド、思い、そして、夢を乗せて

 

 日本の中で一番格式高く、誉ある春の盾をかけて今、ウマ娘達が激突する。

 

 

 日本最強のステイヤーを決める戦い、天皇賞(春)の火蓋が今切って落とされようとしていた。



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巡り会う天皇賞

 

 

 いよいよ、天皇賞の幕があがる。

 

 席に着き、ミホノブルボン先輩と共にレース開始を待つ私。

 

 静かにレース開始を待つだけでしたが、そんな時、観客席がざわつき始めたのに気がついた。

 

 その理由は観客達の反応からすぐにわかりました。

 

 

「おい、あれ見ろよ!」

「チームミルファクだろあれ」

「すげーなあのメンバー」

 

 

 そう口々に語る観客席に座る人達。

 

 チームミルファクとは比較的に新しく新設されたウマ娘のチーム。

 

 まあ、天皇賞ですから、レースくらいはどのチームも見にくるのは当然ですよ、何を騒いでいるのか。

 

 普通はそう思うでしょう? 私もそう思います。

 

 しかしながら、それは、時と場合によります、この場合は観客達が驚くのも無理ないなとは思いました。

 

 チームミルファクそのメンバーはチームリギル、チームアンタレスに匹敵するほどのメンバーを兼ね備えているチームだ。

 

 そこに所属するウマ娘達は別名、天を駆けるウマ娘と呼ばれている。

 

 そして、そのメンバーといえば……。

 

 

「おい、あれ、マイルの皇帝ニホンピロウイナーだぞ」

「あれってトロットサンダーじゃない?」

「それにダンスインザダークもいる!」

 

 

 そう、英雄という名前に負けないくらいの実績を積み上げてきているウマ娘ばかりなのです。

 

 その姿には気品すら感じます。まあ、うちのメンバーも化け物じみてはいるんですけどね。

 

 賑わっている観客達は次々とミルファクのメンバーの名前を挙げる。

 

 

「シンボリクリスエス! クリスエスだ!」

「クロフネか、やっぱ雰囲気凄いな」

「あれ……キングカメハメハだ……」

「うわ! シーザリオ! アメリカ遠征から帰ってきたのかよ!」

「……ゼンノロブロイじゃん……すげぇ」

 

 

 この錚々たるメンバーである。

 

 一同が集まればリギルやスピカに負けず劣らず圧巻の一言、もちろん、中距離から長距離、マイルまで優秀な人材が集まっているのである。

 

 そして、極め付けはこの人。

 

 

「おい……あれ……」

「おいおい嘘だろ、あれって」

「マジかよ、あのメンバーの中にいるって事はミルファクに入る予定なのか」

 

 

 小柄な身体ながら、長くて美しい綺麗な鹿毛の髪をサラリと背後に靡かせるウマ娘。

 

 そう、彼女の強さは既に周りに知れ渡っている。

 

 英雄の称号を持つ、深き衝撃。

 

 

「ディープインパクトだ……」

「きゃあー! 綺麗な髪〜!」

 

 

 そう、ディープインパクトである。

 

 会場は既にディープインパクトという存在に浮足立ったような状態だ。

 

 名だたるチームが勢ぞろいするのはなんの不思議もありませんが、確かにこれは圧巻ですよね、わかります。

 

 そして、さらにその向こう側からはまた凄いメンツを引き連れた集団がやってきてます。

 

 

「……おい、あれ……」

「プロキオンだ……、うわぁ……」

 

 

 チームプロキオン、ミルファクと同じく比較的新しい部類に入る新設チームではありますが、その面子は同じように凄いの一言に尽きます。

 

 リギル、スピカ、アンタレスの三チームは確かに今まではトレセン学園で注目されるチームではありましたが、その環境は変わりつつあります。

 

 新しい風の到来というやつでしょうかね。

 

 

「ミスターシービーだ」

「ロードカナロア、ジャスタウェイ、ハーツクライ、それにブエナビスタ! 」

「カネヒキリまで……」

「ヴィクトワールピサだぞ」

「タニノギムレット……」

「デュランダル! かっけー!」

「ドリームジャーニー……、イカすなぁ」

 

 

 風を切り、ミスターシービーさんを先頭に力ある若い名だたるウマ娘が歩いている姿が見える。

 

 確か、ミスターシービーさんもニホンピロウイナーさんも一線を一度退いたと聞いていた筈ですけど、何故、こちらの本校に帰ってきているんでしょう。

 

 ナリタブライアン先輩とシンボリルドルフ生徒会長が何やら動いているという話を聞いていましたからこのことだったんでしょうかね? よくわかりませんけども。

 

 そして、プロキオンの方にもまた、周りの方々が一段と目を惹くウマ娘が居ました。

 

 

「おい、あれ、オルフェーヴルじゃねぇか?」

「金色の暴君はプロキオンか……」

「えげつない面子だなこっちも」

 

 

 そう、まるで、ミルファクに対抗するようにこちらも既にオルフェーヴルをプロキオンは勧誘し、取り込んでいた。

 

 それに、プロキオンにはドリームジャーニーも所属していますから多分、その関係上、オルフェちゃんは所属しているんでしょう。

 

 姉妹揃っての所属と考えれば納得ですね。

 

 私もそうだったので、よく理解できます。

 

 そして、アンタレス、スピカ、ミルファク、プロキオンとチームが一堂にこのレース場に集まる中、遅れて来るようにリギルの方々が姿を現しました。

 

 そんな様子を見ていた私は思わず表情を曇らせて隣にいた姉弟子にこう問いかけます。

 

 

「なんていうか……レース前にレース場の観客席が凄いことになってますね」

「あれだけ揃えばそうでしょうね」

 

 

 姉弟子は関係ないと言わんばかりに興味がなさそうに私に告げる。

 

 まあ、アンタレスは叩き上げが基本ですからね、別に強い面子がいようが倍走って力をつけてねじ伏せるスタンスですし。

 

 ゼンちゃんがまさか、ディープインパクトちゃんと同じチームなのは驚きましたけどね。

 

 とはいえ、三冠ウマ娘候補が私除いて二人、さらに、リギルのルドルフ会長、ナリタブライアン先輩、プロキオンのシービー先輩を入れると計5人も集結しています。

 

 まあ、シンザン先輩やセントライト先輩がここに居れば歴代三冠ウマ娘が総集結という凄い絵面になるんですけどね。

 

 史実を知っている私からしたら卒倒ものです。なんだこのヤバい人達。

 

 鉢合わせした各チームはそれぞれの席に着席する。

 

 そして、その席は奇しくも近く、まあ、学園に関係するウマ娘の観客席がたまたま近いことなんて珍しくもないんですけどね。

 

 でもね、私、思うんです。

 

 空気的にあれは近くに座らせたらいけないんじゃないかって。

 

 だってね? 何というか闘争心がバチバチといいますか。

 

 良い例えをするなら、敵対するライバルチームを隣り合わせに座らせているようなそんな感じです。

 

 見てみてくださいよ、あそこだけなんだから空気感が違いますから。

 

 そして、何故だかピリピリと張り詰めた空気の中、声を上げたのはシンボリルドルフ生徒会長でした。

 

 

「シービー先輩、お久しぶりですね」

「あら、ルドルフじゃない? 貴女達も天皇賞の観戦」

「えぇ、天皇賞は伝統あるG1レースですからね」

 

 

 そう言って、笑顔でミスターシービー先輩に話しかけるルドルフ会長。

 

 だが、ミスターシービー先輩はそんなルドルフ会長にこんな話を懐かしむように語り始める。

 

 その口調はどこか、棘があるようなそんな話し方であった。

 

 

「懐かしいわねぇ……ねぇ、ルドルフ、私と貴女が最後にやり合ったのもこの天皇賞だったわね」

「…………えぇ、そうでしたね……」

「まさか、貴女とこうして並んで天皇賞を見ることになるなんてね」

「…………」

 

 

 そう言って、意味深にルドルフ会長に語るシービー先輩。

 

 そんな中、ルドルフ会長は静かにその言葉を聞いて、それに対して返答をしようとはしなかった。

 

 三冠ウマ娘が激突した天皇賞での対決、あの時の結末をルドルフ会長は知っていたからだ。

 

 すると、ミスターシービー先輩はルドルフ会長にこう告げはじめる。

 

 

「貴女の才能は大したものだわ、……貴女はどうかは知らないけれど私はあの日の天皇賞で貴女から味わった挫折、悔しさは忘れもしない」

「……そうですか」

「あの後、怪我をして、引退を医者からもトレーナーからも勧められたわ、だけど、私はこうして帰ってこれた」

 

 

 そう淡々と語るミスターシービー先輩。

 

 その手には握り拳が出来ており、力強く握りしめている。言葉にも力が入り、ルドルフ会長に笑顔を見せてはいるものの内心は闘志で溢れていた。

 

 三冠ウマ娘、その称号を得ながらもルドルフ会長の力に及ばないウマ娘、そう呼ばれてきた。

 

 悔しくないはずがない、だが、その悔しさをバネにしても、結局はルドルフ会長に最後まで勝つことはなかった。

 

 怪我をして、挫折し、長い期間、分校でリハビリを行ってきた。そして、その期間を埋めるべく体も作り上げてきた。

 

 そして、シービー先輩はまたトレセン学園に戻ってきたのだ。

 

 あの時の雪辱をいつか晴らさんとせんために。

 

 

「……貴女には感謝しているわ、本校に戻れるように根回ししてくれてね」

「当たり前ですよ、それくらいは」

 

 

 そう言って、肩を竦めるルドルフ会長。

 

 ミスターシービー先輩をトレセン学園本校にもどしたのせたのはルドルフ会長がナリタブライアン先輩と協力し、根回しを行なったためだ。

 

 その理由は、最強のウマ娘を決める誰もまだ見たことの無い夢の11R、WDTの為である。

 

 あの伝説の三冠ウマ娘、シンザン先輩も今はこの場にはいないが現在、トレセン学園本校に在籍中だ。

 

 ルドルフ会長の根回しをしてもらったシービー先輩は続けるようにこう話し出した。

 

 

「ふふ、でもまぁ……、貴女に挫折を与えるのはもしかすると私の役目じゃないかもしれないけどね」

「…………」

「……よく覚えておくといいわよ、金色の暴君って名前をね?」

 

 

 ミスターシービー先輩は沈黙するルドルフ会長はまるで確信を持っているかのように告げる。

 

 火花を散らすようなやり取り、何というか場外乱闘とでも言うのですかね、これは。

 

 プロレスとかでよく見るやつやぞ、これ。

 

 あー巻き込まれたくないなー、やだなー。

 

 だが、そんな二人の会話を聞いていた一人のウマ娘が一言、彼女達にこう告げる。

 

 

「……ふふ、お二人とも何か勘違いをしているんじゃないんですか? まだ、お二人はご自身が頂点でいると思っているんですかね?」

「…… 君は……」

「ディープインパクトですよ、会長」

 

 

 そう言って、肩を竦めるディープインパクトちゃん。

 

 あの二人の会話に入って行くなんて勇気あるなー、私なら無理ですね、やっぱりディープインパクトちゃんは凄いです、はい。

 

 それから、ディープインパクトちゃんは話していた二人に対して面と向かい話しをし始める。

 

 

「既にわかっているんじゃないですか? ルドルフ会長。私、そして、……あそこに座るアフトクラトラス先輩に倒されるんじゃないかと…思ってらっしゃるのではないですか?」

「ファッ!?」

 

 

 唐突に名前を挙げられた私は変な声が思わず出てしまう。

 

 なんだ! 流れ弾が変なところから飛んできたぞ! どういった流れでそうなった! 

 

 変な声を上げた私に皆の注目が集まる。やめて! 見ないで! 私溶けちゃう! 

 

 そんな私の様子を見て、ルドルフ会長は意味深な笑みを浮かべます。

 

 なんだその仕方ないみたいな、いや、やめてください、その悟ったような表情は。

 

 

「アッフ、お前かぁ……」

「まぁ、 アッフなら色んな意味でもう会長は超えてるな、怒りも何度通り越したことか……」

「なんで私そんな扱いなんですかっ!?」

 

 

 そう言って、ジト目を向けてくるヒシアマゾン先輩と呆れたように肩を竦めるエアグルーヴ先輩。

 

 ……うん、でも否定できないな、でも私をアッフって呼ぶ呼び方流行ってるんでしょうかね? 

 

 そんな越え方は嫌だった、既に時お寿司なんですけどね。

 

 そういや、お寿司最近食べてないな私。

 

 そして、変な声を上げる私の顔を見たルドルフ会長はクスッと笑みを浮かべるとディープインパクトちゃんにこう語り始める。

 

 

「それも仕方ないかもしれないな……だが……」

 

 

 笑みを浮かべていたルドルフ会長は言葉を区切るとディープインパクトちゃんの目を真っ直ぐに見据える。

 

 そして、一変して真剣な表情を浮かべ、ディープインパクトちゃんにこう告げた。

 

 

「私をそう簡単に倒せると思わないことだ、アフもお前にも私は負ける気は微塵もないよ」

「……っ、……ふふ、そうでなくてはこの学園に入った甲斐がないですからね」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長の返答に満足気に笑みを浮かべるディープインパクトちゃん。

 

 そんな中、今まで二人の会話を腕を組んだまま黙って聞いていたシャドーロールの怪物はゆっくりと口を開く。

 

 

「なんにしろ、三冠ウマ娘だけで開催するWDT……いや、SWDT(スーパーウィンターズドリームトロフィー)で白黒はっきりつければいいさ」

 

 

 確かにナリタブライアン先輩の言う通りですね、普段からそんな風に真面目ならいいのに(小声)。

 

 その前には有馬記念もありますし、冬のレースは大レースが大賑わいです。

 

 とはいえ、今回はこの天皇賞(春)、春のクラシックの中でも大レースの一つを皆さん見にきているわけですからね、という訳でもっと仲良くしましょうよ、必要ならたこ焼き焼いてあげますからね? ね? 

 

 

「……それはいいですが、皆さんレースが始まりますよ」

 

 

 そう言って、そんな風に盛り上がる皆さんを他所に冷静な口調気に告げるミホノブルボン先輩。

 

 流石、姉弟子! 私にできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ! 

 

 その言葉に皆は静かに席に着くとレースの開始を静かに待つ。

 

 レース前のファンファーレが会場に鳴り響くと観客達の合いの手が入り、会場を盛り上げる。

 

 

「さあ、昨年のレースからファンはミホノブルボンとメジロマックイーンとの対決を見たいと思っていましたが、今日この場にいるのは名優メジロマックイーン、今年はあのミホノブルボンの三冠を阻んだライスシャワー、そして、力をつけてきたマチカネタンホイザなど、実力者ばかりとなっております」

 

 

 各自、ゲート入りしたウマ娘を見ながら実況はその様子を語る。

 

 ライスシャワー先輩の姿が電光掲示板に映し出されるが、どうやら見る限り落ち着いた様子。

 

 私はその姿を見て少しホッとしました。

 

 実況はスギさんと呼ばれるベテランの実況の方、なんだか、聞いていると安心感がありますね。

 

 

「さあ、いよいよ天皇賞春の発走です」

 

 

 そして、そのレースの火蓋が切って落とされる。

 

 パァンという音と共に一斉に開くゲート、その音と共に足に力を込めたウマ娘達が一斉に飛び出る。

 

 

「さぁ、15人が今ゆっくりと飛び出しました。早くも9番メジロパーマーが行きます、あぁ、外からメジロマックイーン、メジロマックイーンも行きます」

 

 

 先頭を取ったのはメジロパーマー先輩。

 

 逃げの戦法に対してマックイーン先輩は先行で走るような感じでしょうか、ライスシャワー先輩は無理に行こうとしている気配はありませんでした。

 

 足を溜める戦法なのでしょう、ライスシャワー先輩はしっかりと控えています。

 

 

 いよいよ始まった天皇賞春、序盤はレースは長距離レースらしいゆっくりとした立ち上がりを見せていた。

 



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淀に舞う刺客

 

 

 

 天皇賞はゆっくりとしたスタートから始まった。

 

 というのも致し方ない、なんせ距離は3200mという長距離だ。どうやっても長い距離を走り切るにはスタミナを温存する必要がある。

 

 ライスシャワー先輩は中盤あたりからマックイーン先輩の背中を真っ直ぐに見据えていた。

 

 捉えるにはまだ早い、出来るだけ脚を溜め、一気に差し切る。

 

 それが、ライスシャワー先輩の得意な走り、そして、私も姉弟子もそのことは一番理解していた。

 

 

「……ライスシャワー先輩、冷静ですね」

「そうですね」

 

 

 ミホノブルボン先輩は静かに駆けるライスシャワー先輩を儚げな表情を浮かべ見つめる。

 

 それは、ライスシャワー先輩を見てどこか遠い場所を思い浮かべているようだった。

 

 そして、ミホノブルボン先輩は私にゆっくりと語りはじめる。

 

 

「妹弟子、……貴女は彼女がこのレースのシミュレーションをどれくらいしたと思いますか?」

「え?」

 

 

 私は姉弟子のその言葉に目を丸くして呆気に取られた表情を浮かべる。

 

 シミュレーション……、確かにライスシャワー先輩はこの天皇賞のために相当なトレーニングをしてきたことを知ってはいる。

 

 だが、そんな事を姉弟子から聞かれるとは予想もしていませんでした。

 

 

「……彼女は……、アンタレスに入る前からこのレースのシミュレーションを何度もしてきました。 それこそ、何千、いや、もしかすると何万も……」

「……!? そ、そんな前から!?」

「えぇ、もちろんです」

 

 

 姉弟子は迷いなくそう私に言い切る。

 

 それは、ライスシャワー先輩が自分の脚質をよりずっと前から理解していたからに他ならない。

 

 だが、それにしてもそんな前からなんて私は知らなかった。

 

 天皇賞春、このレースを何故、そんな前から、私はその事についての疑問を拭い去れない。

 

 すると、姉弟子はゆっくりと語り始める。

 

 

「知っていたんですよ、自分の脚質、そして、自分の事を……。……だから、私は……彼女と並んで走りたかった、いや、走れるように……ほんとはなりたかったんです」

「……姉弟子……」

「わかっていたんです。脚質や身体つきから私と彼女は走る場所が違うことは……。……だけど……、共に駆けてきた、切磋琢磨をした仲間とずっとライバルでいたい……そう思うじゃないですか」

 

 

 そう告げる姉弟子の顔はとても寂しそうな顔をしていました。

 

 だからこそ、菊花賞で姉弟子はライスシャワー先輩に勝ちたかったのかもしれません、距離なんて努力次第で埋めれると証明したかった。

 

 きっとそうであるなら、姉弟子もマイルに転向せずにライスシャワー先輩が本気で走れる天皇賞でぶつかる事だってできた。

 

 しかしながら、菊花賞を走った後に姉弟子は足の多大な負荷の為、しばらくの間、休養を余儀なくされたと語りました。

 

 距離を伸ばす為に無理な努力を積み重ねた代償。

 

 ステイヤーという土俵にライスシャワー先輩と共に立つ為に行ったトレーニングが裏目となってしまった。

 

 

「出来ることなら、ライスシャワーとまた天皇賞で戦いたかったと思っています。……悔しいですね……本当に……」

 

 

 姉弟子はそう言うと、ニコリと私に微笑みかけてきた。

 

 天皇賞でまた共に駆けたい。

 

 確かに、きっと私も姉弟子と同じ立場ならそう思います。だって、一緒に走ってきたライバルなら隣で走りたいと思うじゃないですか。

 

 私は姉弟子の右足を見て、悲しげな表情を浮かべます。

 

 足首に痛々しく巻かれたテーピング、きっとまだ、その時の代償が癒えてないんでしょう。

 

 だけど、ミホノブルボンの姉弟子は路線をマイルに変えてトレーニングと調整を行い、走る事をやめるという事はしませんでした。

 

 それは、義理母の為です。

 

 私も同じように、いつか返ってきてくれる義理母の為に走りました。

 

 そして、義理母は帰って来てくれました。

 

 だから、次はライスシャワー先輩が頑張る番、私はミホノブルボンの姉弟子の目を見つめたままこう告げます。

 

 

「姉弟子……、だったら尚更、見届けましょう! ライスシャワー先輩の走りを」

「妹弟子……」

「だって、ライスシャワー先輩は姉弟子のライバルですよ! 私は信じてます! 私の中でミホノブルボンとライスシャワーは最強で最高のウマ娘だって!」

 

 

 私は隣で座る姉弟子の手を握り力強くそう告げた。

 

 私がずっと見続けてきたのは、姉弟子とライスシャワー先輩の背中だった。

 

 高みを目指して、自分は才能が無いと言い聞かせながらも、ルドルフ会長を超えるようなウマ娘を目指してひたすらひたむきに努力をし続けた姉弟子。

 

 何度も、何度も姉弟子に負かされても決して折れずにただ超える為に駆け続け、懸命に努力を積み重ね菊花賞でその努力を証明して見せたライスシャワー先輩。

 

 その二人が私の家族であった事は最大の誇りだ。

 

 

「さあ、折り返し、正面には各ウマ娘がやってきます」

 

 

 そして、私達の目の前を天皇賞を駆けるウマ娘達が通過する。

 

 まるで、その時だけゆっくりと時間が流れるようだった。

 

 黒鹿毛の髪がふわりと揺れる。一瞬だけ、ほんの一瞬だけれど、その時、わかった。

 

 こちらを見つめてくる綺麗なその瞳が私と姉弟子の姿をしっかりと見ていた事を。

 

 そして、その視線と目が合った瞬間、天皇賞を駆ける淀の刺客、ライスシャワー先輩がこちらを見て頷いてくれた事を私と姉弟子は目を見て理解した。

 

 

「えぇ、あの娘は……強いですからね」

 

 

 心配するな。

 

 あの目は確かにそう訴えていた。

 

 身体と魂を削り、絞り、鍛え抜いた身体、その身体には確かにライスシャワー先輩が血の滲むような努力を積み重ねた跡がある。

 

 勝利を掴むために鬼となり、この淀の地に足を踏み入れた。

 

 

「先頭はやはりマックイーン! これは、三連覇なるか!」

 

 

 残り1000m、ライスシャワー先輩は静かに息を潜めてその時を待つ。

 

 彼女の眼差しはしっかりとメジロマックイーンの背中を捉えていた。

 

 ズルズルと先頭を走っていたメジロパーマーがだんだんと足が鈍くなり、入れ替わるようにマックイーンが先頭に躍り出る。

 

 それを横目にライスシャワー先輩は静かにメジロマックイーンの背中を見つめた。

 

 ぴったりと張り付いているその姿は鬼気迫るような雰囲気が漂っている。

 

 最後の最後まで、あの背中を追ってやると彼女は意気込む。

 

 チリチリとした緊迫感が会場に漂い始めた。

 

 そう、勝負は残り400mになってからだ。

 

 

「……しっかりと付いてきてますわね……」

 

 

 メジロマックイーンは顔をしかめる。

 

 背後から迫る黒い影、決して彼女も侮っているわけではなかった。

 

 背後から迫る軍団の中にいてもなお、その目はしっかりと自分を捉えて離さない。

 

 まるで、心臓を鷲掴みにされているようなそんなプレッシャーを感じる。

 

 迫り来る黒い死神、不気味に鎌を振り上げたそれが迫ってきているような気分だ。

 

 

「……くっ……! ここではなさいと!」

 

 

 出来るだけ差を空けておかねばやばい。

 

 直感的にマックイーンはそう思った。だが、いくら足を早めても離れる気配は皆無。

 

 メジロマックイーンは完全に黒いヒットマンに捉えられていた。

 

 そして、いよいよ、残り後400m地点……。

 

 その瞬間であった、背後から迫る黒い影はゆらりと身体を揺らすと一気に加速する。

 

 

「さあ! マックイーンの独走になるか! 外から! 外からライスシャワー! 外からライスシャワー!」

 

 

 積み重ね積み重ねて、培ったもの全てを爆発させる。

 

 それは、そんなライスシャワー先輩の気持ちが入った凄まじい走りであった。

 

 会場にどよめきが起こる。ここにきて苦しそうな表情を浮かべているメジロマックイーン先輩の表情が見えたからだ。

 

 

「今年だけもう一度頑張れマックイーン! しかしライスシャワーだ!」

 

 

 互いに譲れないプライド。

 

 鬼気迫るライスシャワー先輩を横目に見るメジロマックイーン先輩。

 

 そして、その時、彼女は全てを悟る。

 

 

(何故!! なんで!! 貴女に!!)

 

 

 勝ちの道筋が全て奪われていた。

 

 メジロマックイーン先輩は外からグングンと伸びていくライスシャワー先輩にその事を突きつけられた。

 

 名誉ある三連覇。そのためにマックイーン先輩も努力を積み重ねてきた。

 

 だが、それが及ばなかった時の絶望感は計り知れない。

 

 そう、ライスシャワー先輩が積み重ねてきたその血の滲むようなトレーニングは遥かに想像絶するものであった。

 

 それが、メジロマックイーン先輩が積み重ねてきたものを上回っただけなのだ。

 

 

 そして……、決着の時。

 

 

 ビュンッ! と風を切るように加速したライスシャワー先輩は鋭い脚でそのままゴールを突き抜けていった。

 

 

「やはりライスシャワー! ライスシャワーだ! 昨年の菊花賞でもミホノブルボンの三冠を阻んだライスシャワーだ! ライスシャワー! 今、1着でゴールイン!」

 

 

 ゴールを先頭で駆けていくライスシャワー先輩。

 

 天皇賞春という大舞台で、ライスシャワー先輩は舞った。

 

 淀の刺客、その名にふさわしい見事な差し足に会場はどよめいたままだ。

 

 だが、彼らはメジロマックイーンの三連覇を見届けにきていた人達、そんな中、2着でゴールインしたマックイーンは地面に崩れるようにして膝をつく。

 

 

「……はぁ……はぁ……、……負け……私の……」

 

 

 言葉が出てこなかった。

 

 彼女のプライドが負けを受け入れられずにいた。

 

 確かに見事なライスシャワー先輩の走りであった、だが、そのメジロマックイーン先輩の心境とまた会場にいる皆も同じであったのだ。

 

 ミホノブルボンの三冠を阻み、次はメジロマックイーンの三連覇までも……! 

 

 楽しみにして見にきた大記録、それを目の前で潰された。

 

 

「うわぁぁぁん! あのウマ娘! 大っ嫌いだぁ!」

 

 

 その時だった、会場に来ていた一人の小さな女の子の声が会場に響き渡る。

 

 それを、あやすようにする母親。

 

 だが、会場に来ていた皆はそんな子供の泣き声に同調するように忌々しくこんな罵倒を投げ始めた。

 

 

「あのウマ娘、ほんと空気読めねーよな」

「ミホノブルボンの記録だけじゃなくてマックイーンの記録をぶち壊すなんてとんだ悪者だぜ」

 

 

 冷めたような口調で、心にもないような言葉を次々と発する観客達。

 

 私はその発せられた彼らの言葉に絶句した。

 

 何故、あの走りを見てそんな言葉が口から出てくるのか理解ができなかった。

 

 私は握り拳を作り、その場から立ち上がるとその観客に向かって駆け出そうとする。

 

 だが、その時だった。

 

 私を制するようにミホノブルボン先輩が肩を掴んでくる。

 

 

「……やめなさい妹弟子」

「身内があんな風に言われて黙っていられませんよ!」

 

 

 ミホノブルボン先輩の制止に対して私は怒りが込もった静かな声色で告げる。

 

 それに同調するように会場のあちこちからブーイングが飛び出しはじめた。

 

 それを見た私はミホノブルボン先輩に向き直るとこう告げる。

 

 

「こんな事されてもですか! 黙って見逃せと!?」

「そうです」

「ライスシャワー先輩がどれだけの思いで……!」

 

 

 私はそう言葉に出そうとしてやめた。

 

 そう、私もわかっているのだ。単に見に来ている観客達は何も知らない事を。

 

 だから、心にもないような言葉が出る。

 

 あの天皇賞を走り切るのにどれだけ大変な努力が背景にあるかなんて彼らには関係ないのだ。

 

 目の前でメジロマックイーンに勝ったあのウマ娘は自分達の見たかった大記録をぶち壊した悪人でしかない。

 

 そんな捉え方しかできないのである。

 

 

「ふざけんな!」

「マックイーンの記録見に来たんだぞ! こっちは!」

 

 

 会場でヒートアップした客の心無い言葉。

 

 会場に向かって息を整えてお辞儀をするライスシャワー先輩に向かってそれは容赦なく投げかけられていた。

 

 私はミホノブルボン先輩の手を振り切るとターフに出るとお辞儀をしているライスシャワー先輩の元へと向かう。

 

 

「あ、あのバカッ……!」

 

 

 その私の姿が視界に入ったヒシアマゾン先輩は身を乗り出して声を上げる。

 

 だが、駆けた私は会場に向かいお辞儀をしているライスシャワー先輩の元に近寄るとブーイングをしてくる観客達を睨みつける。

 

 

「お、おい、なんだ? あのウマ娘?」

「アフトクラトラスじゃないか?」

 

 

 急に現れた私の姿にどよめく会場。

 

 それに、ライスシャワー先輩もまた突然現れ側に来た私に目を丸くしていた。

 

 

「はぁ……はぁ……アフちゃん……? 」

「……ライスシャワー先輩……」

 

 

 私は静かにその名前を呼ぶと笑みを浮かべる。

 

 周りは記録を見に来た、メジロマックイーンの勇姿を見に来た。そうかもしれない、だけど、私には全く関係ない。

 

 私は笑みを浮かべたままこう告げる。

 

 

「見事な走りでした。流石自慢の先輩ですっ!」

「……アフちゃん……いや……あの……」

「あの人達がどう言おうがどうでもいいです。私はとても感動しました」

 

 

 私の言葉に静かに笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 私はゴールを駆け抜けたライスシャワー先輩がただ誇らしいし、それを貶すような、自分勝手な感情をぶつけてくる観客は許せないだけなのだ。

 

 私は観客席にいる皆に向き直ると啖呵を切るようにしてこう告げる。

 

 

「この人に文句があるなら私が受けますよ、なんなら殴り合いでもなんでもやってやりますから今、この場で前に出てきてください」

「アフちゃん! ちょっと……」

「ライス先輩の代わりに喧嘩買ってあげるって言ってんですよ、ほら、かかって来いや」

 

 

 星◯監督、見ていてください! 

 

 アフトクラトラス! やってやります! 

 

 中◯時代の貴方の大乱闘は素晴らしかったですね、はい。

 

 そんな感じで煽るように観客達に告げる私はクイクイと手招きするように挑発する。

 

 

「オラー! かかってこんかー! 口だけかお前らー! 3200m走る事も出来ない奴がでかい口叩いてんじゃねーぞこの野郎!」

 

 

 私の啖呵に静まり返る会場。

 

 その眼差しはヤバイウマ娘を見るような眼差しでした。

 

 まあ、概ね合ってるんですけどね、私、実際ヤバイウマ娘ですし、最近、自覚がちょっとだけ出てきました。

 

 いい具合にヘイトが私に集まってんじゃないですかね? 

 

 よし、なら拳で語り合うのが手っ取り早いですよ。

 

 そんな中、私の背後から迫る目を光らせた怖い人がやってきました。

 

 

「何をしとるんだお前は!」

「ぎゃん!」

 

 

 スパンッといい音が私の後頭部で鳴り響く。

 

 そして、まるで猫をつかむように首根っこを掴まれる私。

 

 そこに立っていたのは、言うまでもなくルドルフ会長、その人である。

 

 なんでや! 私なんも悪いことしてへんやろ! 

 

 そんな中、観客席にいたエアグルーヴ先輩は頭を抱えるようにして呆れたようにこう呟く。

 

 

「……観客に向かって喧嘩売るウマ娘なんて前代未聞だぞ……」

「まあ、アフだからなぁ……、流石はアンタレスの暴れウマ娘だ」

「感心してる場合かブライアン」

 

 

 私を鎮圧した会長を見ながらケラケラと笑うブライアン先輩にため息をつきながら告げるエアグルーヴ先輩。

 

 絶賛嫌われにいくスタイルを突っ走る私の姿は同じウマ娘ならば考えられないだろう。

 

 ですけど私、プロレスならヒールが大好きなんですよね、だから、別に嫌われようが何しようがむしろ有難いというね? 

 

 というか、そちらの方がカッコいいじゃないですか、まあ、この場合はそうではないんですけどね。

 

 間違っていることは声を上げて間違っていると言える、そんな納得した生き方を私はしたいんです。

 

 

「……皆さんうちの生徒がとんだ失礼をしまし……」

「てめーら! そんなに記録が見たきゃ見せてやるよ! 私が凱旋門取ってきたるから黙って見とけ馬鹿野郎!

「ちょっ!? お前!」

「それなら文句ねぇだろうが! こらぁ!」

 

 

 ルドルフ会長から羽交い締めされた私はそう喚きながら観客達に向かって中指を立てる。

 

 どよめく会場、だけど言ってしまった以上は仕方がない、そのまま突っ走るしかないですね。

 

 やってやろうじゃねぇかこの野郎! 

 

 ヤバイ面子の凱旋門? 関係無いから!(帝◯魂)。

 

 

「お前ら見とけよ! 絶対やってやっからな!」

「アフ、それより無敗で三冠取れよな!」

 

 

 そんな中、また観客の1人が私を煽るように告げてくる。

 

 無敗で三冠? ただでさえ凱旋門取ってくるって言ってんのに何言ってんですかこの人。

 

 私は呆れたように肩を竦めるとその観客に向かって声を上げる。

 

 

「なんだよなんだよ! 挑発ですか! そんな挑発に私が乗るわけないでしょ! ただでさえ凱旋門走らないといけないんですから!」

「…………」

 

 

 そう告げる私の言葉に冷めたように静まり返る会場。

 

 なんだやっぱり口だけか、ライスシャワーと同じチームとはいえ大したことねーな。

 

 そんな感情が見え透いているようでした。

 

 心なしか、バカにされたような眼差しを向けられているような気がします。

 

 なので、余計に私は腹が立ったのでこう言ってやりました。

 

 

「やってやろうじゃねぇか! この野郎!」

 

 

 その瞬間、会場から爆笑が起きます。

 

 ルドルフ会長から羽交い締めにされて荒ぶる私。

 

 そんな私は困った表情を浮かべているライスシャワー先輩から宥められます。

 

 

「アフちゃん? ね? とりあえず、ほら落ち着いて、ね?」

「うがあああああ!」

 

 

 いつのまにか、ライスシャワー先輩に向けられていたヘイトは何処へやら。

 

 それは何故か私に対する無茶振りに変換される事となりました。

 

 なんでそうなったんや……、あ、私が変に啖呵切っちゃったせいですね、これ。

 

 

「お前ら! 絶対後でライス先輩のウイニングライブ見にこいよ! 来なかったら尻にタイキックしてやっからな!」

 

 

 最後までそう喚く私はその後、エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩から両脇を抱えられ、その場から退場させられていく。

 

 おかしい、ついさっきまでかっこよく先輩を庇う後輩の図だった筈なのになんでこんな扱いになってしまってるんでしょうかね。

 

 コレガワカラナイ。

 

 

 

 

 その後、2人からレース場に続く入場ゲートの通路まで連行された私は自分が口走ってしまった事に思わず頭を抱えてしまう。

 

 

「……あぁ……私は何を口走ったんだろう……」

「馬鹿だろお前」

 

 

 ヒシアマゾン先輩からの冷静な突っ込み。

 

 膝から崩れ落ちている私に容赦ない一言が入ります。はい、私もわかっていますとも、何言ってしまったんでしょうね、私は。

 

 アホかな? 無敗で三冠取ってやるとか。

 

 まあ、言ってしまった事は仕方ないんですけど。

 

 

「……アフ……お前という奴は……本当に……」

「会長、深呼吸してください、深呼吸」

「いや、もう一周回って冷静だ……」

 

 

 そんな中、怒りと呆れをはるかに通り越してしまったルドルフ会長が非常に疲れたような表情を浮かべて頭を抱えていた。

 

 会場にいた観客達を煽り、喧嘩を売ったかと思えばライスシャワーに向けられていたヘイトを全て受け止め異様だった雰囲気を全部、期待に変えた。

 

 そんな事を目の前でやられてしまってはルドルフ会長も怒るに怒れない。

 

 むしろ自爆している私に逆に同情しているような眼差しさえ向けてくる始末である。

 

 そんな中、私の側に近寄ってくる1人のウマ娘。

 

 

「本当にもう」

「あいたっ!」

 

 

 コツンとそのウマ娘、今回の主役であるライスシャワー先輩からデコを指で弾かれる私。

 

 ぷくっと頬を膨らませているライス先輩が天使すぎて辛いです……。ツライングしそう、サードのエラー。

 

 そんなライス先輩の顔を見て私はちょっと涙目になりながらデコをさすり彼女の顔を見つめます。

 

 

「気持ちは嬉しかったわ……けど、あんな無茶するアフちゃんは見たくなかったなっ」

「……うぐっ……で、でも……でも……」

「わかってる、でもね、私も嫌われるのには慣れてるの、私のせいで傷つくアフちゃんは見たくはないわ」

 

 

 そう言って、私の頭を何度も撫でてくるライス先輩。

 

 きっと、ミホノブルボン先輩もライス先輩と同じようなことを思っていたのでしょう。

 

 だから私を止めるように割り込んだ、それは理解はできるんですけど。

 

 

「気がつけば、いてもたってもいられず身体が勝手に動いていました……」

「などと容疑者は供述しており……」

「ヒシアマ姉さん、犯罪者扱いは勘弁してください……」

 

 

 なんか目線にモザイクかかってるような気がするんですけど、気のせいですよね? 

 

 私のそんな言葉を聞いたライス先輩はニコリと笑みを浮かべると優しく私の頭を撫で、こう告げてきます。

 

 

「みんなが期待するようなウマ娘に私はきっとなるから、だから今はこれでいいの、アフちゃんありがとう」

 

 

 そう告げるライス先輩は私の頭から頬にそっと手を移して、添えるように優しく撫でてくれました。

 

 私はそんなライス先輩の表情を見て思わずシュンと尻尾と耳が元気なく垂れ下がってしまいます。

 

 何か余計なお世話だったのかもしれません。

 

 そんな中、私とライス先輩の元に見慣れた栗毛の髪を靡かせるウマ娘がやってきます。

 

 彼女はライスシャワー先輩の側に近寄るとそっと肩に手を置きました。

 

 

「おめでとうございます、ライスシャワー」

「ブルボンちゃん……」

 

 

 その言葉に反応するように笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 確かに終わった後に一悶着あったにせよ、勝ったのはライスシャワー先輩です。素直なミホノブルボン先輩の言葉はライスシャワー先輩には一番の労いの言葉になったのかもしれません。

 

 すると、姉弟子は私や周りにいるウマ娘達の顔を見渡しながらこう告げる。

 

 

「少し、時間を頂けますか?」

 

 

 自分とライスシャワーを2人きりにしてほしい。

 

 そういったお願いが私達に対して姉弟子から出てきた。

 

 私やヒシアマ姉さん、そして、エアグルーヴ先輩やルドルフ会長は顔を見合わせると静かに頷く。

 

 それから、私達は姉弟子とライスシャワー先輩を2人きりにしてその場から立ち去った。

 

 どんな話をしていたのだろう。

 

 その話を知る者は当事者である2人だけだ。

 

 ライバルであり莫逆の友、ライスシャワー先輩と姉弟子はそんな間柄だ、だからこそ、2人で話したい事はたくさんあるだろう。

 

 

 G1レース、天皇賞春。

 

 

 その激闘を制し、盾を持つ勝者に輝いたのは、淀に舞う黒い刺客であり、私の親愛なる先輩、ライスシャワーだった。



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新たな誓い

 

 

 

 天皇賞が終わって。

 

 先程まで、大人数でいた通路には人払いをした2人のウマ娘しかいない。

 

 天皇賞を勝ったライスシャワー先輩、そして、そのライバルであるミホノブルボンの姉弟子だ。

 

 ライスシャワー先輩と2人きりになった姉弟子はこんな話をし始める。

 

 

「ライスシャワー、貴女はこちらには来ないのですか?」

「えっ……?」

 

 

 ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩の言葉に呆気にとられたような表情を浮かべる。

 

 海外のレース、それは日本で行われるウマ娘のレースよりも遥かにレベルが高く、怪物達がひしめき合う魔境である。

 

 そこへ行くという事を考えたことがなかったライスシャワー先輩にとって、姉弟子の言葉は衝撃的だった。

 

 だが、同時に考える、今の自分の力量を。

 

 

「まだ、日本にいるみんなは私のことを認めてくれてないわ……、そんな状態で行くのはまだ……」

「そうですか……」

「でも、認められたら走りたい、海外でも走ってみたいと思うの」

 

 

 ライスシャワー先輩はニコリとミホノブルボンの姉弟子に微笑みかけながら告げる。

 

 その言葉を聞いたミホノブルボンの姉弟子はライスシャワー先輩の言葉に納得したように頷き口を開いた。

 

 

「……来年、ブリーダーズカップ・ターフ、ライスシャワー、貴女とその場で私はまた勝負がしたい」

「……え……?」

「世界最高峰のレースの一つ、私はその場所で貴女と走りたいと思っています」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子はライスシャワー先輩の手を握りしめて力強く頷く。

 

 ブリーダーズカップ・ターフ。

 

 それは、1984年に創設されたアメリカ主催のウマ娘達のレースの祭典である。

 

 アメリカはダート主戦の為にクラシックよりはランクは下がるものの、それでも名だたる世界のウマ娘がこぞってその名誉を得ようと集う一大レースだ。

 

 

「貴女との決着はまだ着いてるなんて私は思ってません、何度でも、何回でも、私は貴女と戦いたい、貴女と私のレースを世界中の人たちに見て欲しいんです」

「ブルボンちゃん……」

「距離は2400m、日本ダービーと同じです。私もこの足を完治させて、マイルからクラシックに絶対に復活してみせますですから、貴女も……」

 

 

 そうミホノブルボンの姉弟子が告げる前にライスシャワー先輩は手を取り嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 ライバルからの挑戦状、そして、海外レースへの誘い、これが嬉しくないわけがない。

 

 ライスシャワー先輩は力強く頷くとミホノブルボンの姉弟子にこう告げる。

 

 

「うん! 絶対に行く! きっと行くわ! 私もブルボンちゃんと走りたい!」

「……ライスシャワー……」

「私も頑張るわ、だからブルボンちゃんも負けないで」

「……っ! はいっ!」

 

 

 ライスシャワー先輩の返事を聞いたミホノブルボンの姉弟子は嬉しそうに頷く。

 

 改めて交わした誓い、2人にとっての新たな目標ができた瞬間であった。

 

 そんな中、2人の元にあるウマ娘がやってくる。

 

 芦毛の髪を揺らしながら、今回の天皇賞で雪辱を味わったメジロマックイーン先輩その人だ。

 

 

「面白い話をしていらっしゃるわね?」

「……マックイーンさん……」

「ライスシャワーさん、素晴らしいレースでしたわ……、今回は私の完敗です」

 

 

 そう言って、メジロマックイーン先輩はライスシャワー先輩の手を握り笑みを浮かべる。

 

 三連覇という記録、それを目前で打ち破られてもなお、メジロマックイーンは清々しいほどにライスシャワー先輩のレースを賞賛していた。

 

 その身に纏う風格はあいも変わらず、王者に恥じない立ち振る舞いである。

 

 そして、握手をライスシャワー先輩と交わしたメジロマックイーン先輩はミホノブルボンの姉弟子に視線を向けると真面目な表情でこう告げる。

 

 

「私とて、このままやられっぱなしというのは気が済みませんわ、今回は負けましたけどリベンジをしたいと思っていますの、ミホノブルボンさん? ……私もブリーダーズカップ・ターフ、参戦させていただきますわ」

「……!?」

「……メジロマックイーンさん……も……ですか?」

 

 

 メジロマックイーンがブリーダーズカップ・ターフに参戦する。

 

 その宣言に2人は思わず度肝を抜かされた。

 

 まさか、有利なステイヤーという路線から2400mのレースを彼女が選んでくるなんて思ってもいなかったからだ。

 

 しかし、メジロマックイーンは笑みを浮かべて2人に話を続ける。

 

 

「あら? 私こう見えても2200mの宝塚記念、G2で2400mレースの京都大賞典を勝ってますのよ、……3000m以下だからと侮ってもらっては困りますわ」

 

 

 メジロマックイーンは何も問題はないと言わんばかりに2人に告げる。

 

 確かに、メジロマックイーンが得意とするのは長距離だ。だが、実際に3000m以下のレースでも勝てる力量は兼ね備えている。

 

 ライスシャワー先輩にリベンジがしたい。

 

 メジロマックイーンは既に先のことを見越し切り替えた上でミホノブルボンの姉弟子と同じくライスシャワー先輩に挑戦状を叩きつけたのである。

 

 メジロマックイーンは誇り高いのだ、自分が背負っている家系、そして、期待してくれたチームメイトや自分自身の名誉のためにも自分を負かしたライスシャワー先輩に勝ちたいと思っていた。

 

 ライスシャワー先輩とて、それは重々理解している。だからこそ、メジロマックイーン先輩に向き直ると笑みを浮かべ迷いなくこう告げた。

 

 

「受けて立ちますよ、マックイーンさん」

「ふふ、……まさか、この2人と走ることになるとは思いませんでしたね」

「あら? 怖気付いたのかしら?」

「……まさか? ……貴女を倒せると聞くだけで足が疼きますよ」

 

 

 強い相手がいればいるほど燃えるもの。

 

 プライド高いウマ娘達は皆そうなのだ。皆が常に目指しているところは誰よりも早いウマ娘になること。

 

 天皇賞春を終えて、三人はいつか戦うべき目指す場所を立て、そこに向かうべく別々の道を歩み始める。

 

 交わる場所は同じ、決戦の地はアメリカへ。

 

 

 

 それから、二日後。

 

 私ことアフトクラトラスは何してるかと言いますと、はい、地獄のようなトレーニングを積み重ねている真っ最中です。

 

 というのも、先日の発言ですね? デカデカと記事に載っちゃってました。

 

『アフトクラトラス! 無敗三冠! 凱旋門奪取宣言!』という記事ですね。

 

 これ書いた人◯ねばいいのに。これだからマスメディアは……。

 

 とか思ってたら今朝のニュースになっていましたからこれまたびっくりですよ。

 

 これだからマスメディアは……(2回目)。

 

 しかも、ニュースで思いっきり観客に向かって喧嘩売ってる私の映像ががっつり流れていたわけですよ。

 

 まあ、そんなわけで言った以上はやれよな? 絶対やれよな? みたいなプレッシャーの元、義理母とオカさんにトレーナーについてもらい地獄のトレーニングをしている真っ最中です。

 

 

「おらぁ! アフトクラトラス! タイム落ちてきとるぞ! ペース上げんかぁ!」

「顔上げろ! 顔!」

「……はいっ!」

 

 

 坂を尋常じゃない速さで駆け上がっては降り、筋トレは徹底的な下半身強化に当てられる。

 

 トレーニングジムでひたすら一心不乱に筋力トレーニングをしている私の姿に周りいたウマ娘からもこんな声が上がった。

 

 

「うわぁ……アフ先輩凄いわね……」

「鬼気迫るというか、身体から湯気が出てるし……」

 

 

 もはやオーバーヒートとかそんなレベルじゃないですね、多分、今のトレーニングはトレーナーが2人いることによってやばいレベルのトレーニングになっています。

 

 うん、みんなドン引きしてて悲しいなぁ、もっとフレンドリーに接してくれていいのに。

 

 まあ、この状況なら無理ですね(諦め)。

 

 

「アフ頑張ってるなー」

「ハァ……ハァ……ブライアン先輩?」

「ほら、これでも飲んで水分補給しとけ」

 

 

 そう言って、私にニンジン飲料を渡してくるブライアン先輩。

 

 ひゃあ! 美味いー! 体に染みるじぇこれは! 

 

 タオルで汗をぬぐいながらニンジンジュースを堪能する私、そんな私の側に腰を下ろしたブライアン先輩はゆっくりと口を開く。

 

 

「なぁ、アフ、お前、凱旋門走ったのちに菊花賞も走るんだよな?」

「……? そうですよ?」

「悪いことは言わん、やめとけ」

 

 

 隣に座るブライアン先輩は珍しく真剣な眼差しで私に告げてきた。

 

 凱旋門奪取宣言、無敗三冠をやるなら別に同年である必要は確かに無いだろう。

 

 だが、私は今年取ると決めていた。自分の状態はよくわかっているつもりだし、何より挑戦を諦めたく無いと思っていたからだ。

 

 ブライアン先輩から忠告を受けた私は静かにこう問いかける。

 

 

「何故ですか?」

「身体への負担が膨大にかかるからだ。考えてもみろ、凱旋門賞は2400m、そして、菊花賞は3000mという長距離だ、……下手をするとお前……」

 

 

 そこで、ブライアン先輩は言葉を切った。

 

 私の走りをブライアン先輩は間近で見てきている。私の今の走り、終盤で炸裂させる地を這う走りは身体への負担が膨大にかかる。

 

 そうなれば、その走りを駆使して戦う大レースがこれだけ続けばその負担も計り知れないものになることは明白であった。

 

 下手をすれば、取り返しのつかないことになり得る。

 

 それは私も重々承知していることだった。

 

 

「……えぇ……わかってますよ」

「……そうか、わかった上でもお前は……」

「そうです、私、約束しちゃいましたからね、皆に」

 

 

 言ったことは守らないと。

 

 私はブライアン先輩に笑顔を浮かべて迷いなくそう告げた。

 

 身体と魂を削る走り、それが私の走りだ。

 

 ウマ娘として私はやりたいように生きるし、何より、応援してくれている皆の期待に応えたい。

 

 

「お前がそう言うなら私はお前を応援するだけだ、今年は無理かもしれないがWDT、夢の11R、お前と走りたいんだから無理するなよ」

「へっへーん、誰に言ってますか?」

 

 

 ブライアン先輩に撫でられながら、私は笑顔を浮かべてそれに答える。

 

 無理かどうかなんてやってみないとわかんないんですから、だったら私は挑戦する方を選びますね! 

 

 まあ、まずは目の前の日本ダービーですけども。

 

 

「あぁ、そうだ、この機会に日本ダービーの走り方を教えといてやろう、ちょっとこの後時間あるか?」

「……? えぇ、もちろん、私も是非聞きたいです」

「そうか、それじゃトレーニングが終わったらミーティングルームの前に来てくれ」

「はいっ」

 

 

 それから私は日本ダービーに向けたトレーニングをひたすらこなした後にミーティングルームでブライアン先輩から日本ダービーについての走り方について教授してもらった。

 

 こういった情報はありがたいですよね、実際に走った事がないわけですし、コースの分析とかペースの分配とか勉強になります。

 

 しっかりと頭に叩き込んでおかないと損です。

 

 

 天皇賞春が終わり、次は私の日本ダービー。

 

 

 世界へ挑戦するために必要な第一歩、そして、日本中が注目する大レース。

 

 そんな大レースに向けて、私はもう動き出していた。



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アフトクラトラスの災難 その2

 

 

 

 皆さんはクレイジーサイコレズという言葉をご存知だろうか? 

 

 はい、まあ、私も聞いたことはあるくらいでそんな人は居ないよねーくらいに思っていました。

 

 それはあくまで造語で、こんなもんに当てはまる人ってツチノコを見つけるより難しいですよ。

 

 

「アフちゃん! 今日お弁当作ってきたんだけど一緒に食べない?」

「……あ、ありがとうございます」

 

 

 そう、だからこうして弁当を作って来てもらうからといってその人がそうだとは限らないのだ。

 

 満面の笑みで弁当を差し出してくるメジロドーベルさんに私は笑みを浮かべながら受け取ります。

 

 しかしあれです。

 

 同じウマ娘同士なのにこうして手作り弁当を作ってもらうという状況はなんなんでしょうね? 

 

 いや、これは善意からだと思うことにしましょう。

 

 

「パクっ……んむぅ、美味しい!」

「ほんと! 良かったぁ」

 

 

 味も申し分ないです。物凄くおいちい。

 

 そして、私達は今、食堂で食事を取っているんですけども正面には相変わらずオグリ先輩がモキュモキュと大量のご飯を並べて食べています。

 

 オグリさんは何故か手を止め、ジーッと美味しそうにドーベルさんのお弁当を食べる私を人差し指を唇に添えて物欲しそうに見つめてきていました。

 

 口元からよだれ垂れてますよ、でも可愛いから許しますけどね、明日からこの娘、持ち帰って飼っていい?(酷い)。

 

 

「……あの、オグリさん? どうしました?」

「おいしそう……」

「ですよねー」

 

 

 そんな目をキラキラさせて見てきたら嫌でも分かりますよ、メジロドーベルさんの手作りお弁当ですからね。

 

 そんな中、隣にいたメジロドーベルさんはオグリさんに向かってこう告げる。

 

 

「これはアフちゃんに作ったものだからね? ね? オグリさん」

「……一口……一口だけ……」

「まあまあ、ドーベルさん」

 

 

 そう言って、オグリさんにお弁当をあげまいとするドーベルさんを宥める私。

 

 いっぱい食べるオグリさんは私は好きなんで食べさせてあげたいんですよね(甘やかし)。

 

 ほら、みてください、オグリさんシュンとしちゃってますよ、可愛そうに。

 

 んー、でも、ドーベルさんの前という事もありますからね、何かしら交換条件なら問題ないかも……。

 

 もしかしたら、この課題なら諦めてくれるかもしれませんしね。

 

 

「まあ〜オグリさんがどうしても一口食べたいならですね〜そうですね〜」

「!?」

 

 

 そう言って悪巧みしているような笑みを浮かべる私。

 

 私の話を聞いてヨダレを垂らしてガタッと身を乗り出すオグリさん、私は思わずハンカチを取り出してオグリさんの口元を拭いてあげる。

 

 それを見ていたドーベルさんは良いなぁと物欲しそうな目を私に向けてきます。

 

 違うんです、身体が反射的に動いちゃうんですよ。

 

 そうだなー、条件って何が良いでしょうかね? 

 

 まあ、適当に言っておきますか、別にあげない訳じゃないですし。

 

 

「そうですね、私にディープキスしてくれたらお弁当をちょっと分けてあげますよ」

「!?」

 

 

 その瞬間、ガタリッとドーベルさんが身を乗り出してきたような気がしましたけれど多分気のせいですよね? 

 

 まあ、流石にディープキスは言い過ぎでしたね、というか、冗談ですけどね。

 

 というわけで、私はケラケラ笑いながらこんな風にオグリさんに告げます。

 

 

「なーんて冗談ですよ! 冗談! じゃあオグリさんに……」

「良いぞ」

「……はえ……?」

 

 

 そう言ってオグリさんは席を立つとツカツカと私の方に歩いてくる。

 

 そして、私の肩をがっしりと掴み、腰に手を回すとそこから一気に顔を近づけてきた。

 

 この一連の動作に無駄がなく、全く迷いが無かった事から私は全く反応できなかった。

 

 

「はむっ」

「……んむぅ!?」

 

 

 オグリさんからの大胆なキスだった。

 

 キスをしてきたオグリさんは舌も絡めてきますし、なんか頭の中がぐるぐる掻き回されているようなそんな変な感覚でした。

 

 ビクンビクンと私の身体が無意識のうちに敏感に反応する。

 

 これはダメなやつだ! これはあかんやつや! 

 

 冗談だったのに……こんな、こんな事って……。

 

 一言で言うならば濃厚、そして、周りのウマ娘達は顔を真っ赤にしながら指の間からその光景を眺めているだけだった。

 

 キスをされてる当事者の私なんですけど、一言で言いましょう。

 

 アフトクラトラス堕つ。

 

 そんなワードが頭によぎった。というか、私堕ちすぎじゃないですかね(いろんな意味で)。

 

 しばらくして、私の唇からゆっくりと顔を離すオグリさん。

 

 離れていく口元からは糸が引いてました。

 

 

「……どうだ? これで良いか? 弁当をくれ」

「……ハァ……ハァ……、なんで貴女迷いなく……あぅ……」

 

 

 目がトロンとしてる私はそう呟くとガクンと膝から崩れ落ちるように力尽きました。

 

 なんかしゅごい(語彙力)。

 

 わかりました。弁当のため、要は食べ物に関してはオグリさんにはなんの躊躇いも迷いもなく行えるんですね。

 

 私が完全に見誤ってました。

 

 足腰に力が入らなくった私はポーッとしながらただただ呆然としていました。

 

 何というか、余計なことを言ってしまったなと、なんか、その……まさかこんなことになるなんて(錯乱)。

 

 そして、私が力無くヘタレ込む私。

 

 呆然としていると、いつのまにかメジロドーベルさんが前に立っていました。

 

 放心状態なんでね、いつの間に! って感じですよ。

 

 メジロドーベルさんは何やらボソリと呟いていました。

 

 

「……上書きしなきゃ……」

「……はい?」

 

 

 そして、次の瞬間。

 

 私の眼前にドーベルさんの顔がありました。あっという間に間合いを詰められた私は呆気にとられたままです。

 

 

「はむっ……」

「ちょっとまっ……!? んんっ……!?」

 

 

 私を勢いよく押し倒すドーベルさん。

 

 周りのウマ娘は何やら歓声なのか悲鳴なのかよくわからない声を上げて喜んでいる様子でした。

 

 そして、ここで実況の青島バクシンオーさんから一言。

 

 

『メジロドーベル差したぁ! 迷いなく差しました! まだ伸びる! まだ伸びる! これにはアフトクラトラス撃沈です!』

『いやー、今回のレースも波乱万丈でしたね』

 

 

 うん、刺さってますね口元にディープインパクトされてますから。

 

 ブチューとメジロドーベルさんから接吻を受けた私はその後ジタバタしていましたが、舌を絡めたりしたせいで次第に力が抜けていき、出荷される前のマグロみたいになってしまいました。

 

 それから、満足したメジロドーベルさんは口元からゆっくりと顔を離していきます。

 

 そこに残っていたのは目からハイライトが完全に消失した私の顔でした。

 

 なんか事後みたいな顔になってます。

 

 

「衛生兵! 衛生兵!」

「ちょっ!? アフちゃん先輩大丈夫ですか!?」

 

 

 そのまま担架に積まれる私。

 

 ドナドナ〜が流れてきますね〜、あーあの星綺麗だなー彗星かなー? 

 

 あ、ありのままに今起こったことを話すぜ! オグリさんからディープキスされたかと思ったらドーベルさんからも接吻されていた! 

 

 な、何を言っているかわからねーと思うが私も頭がどうにかなりそうだった。

 

 というか頭がおかしくなりました。あ、元から? ってやかましいわ。

 

 そんなわけで、2人から壮絶なディープキスをされた私はそこからしばらく立ち直るのに3日くらいかかりました。

 

 ちなみに私のお弁当はオグリさんが完食されたようです。

 

 あれ? もしかしたらオグリさん私を食べようとしたんじゃないんですかね……(恐怖)。

 

 

 今回学んだことは、人をからかうのもほどほどにしておきましょうという事です。皆さんも気をつけてください。

 

 アフちゃんとのお約束です。

 

 

 さて、そんな事があってそれからどうしたかというと。

 

 日本ダービーに向けて、バリバリの最終調整中です。

 

 なんか先日凄いことがあったような気がしますけどきっと気のせいですね。いや、気のせいです。みんな、いいね? 

 

 記憶にないのであれはなかったことと一緒です。

 

 

「足上げろ! 足!」

「軸がよれてきとるぞ!」

「はいっ!」

 

 

 丸太を引きずりながら坂路を登る私。

 

 厳しいの言葉が飛び交う中、懸命に足を動かしグングンと坂を駆け上がります。

 

 日本ダービーは運の要素が確かにありますが、だからといって実力が関係ないわけではありません。

 

 最終調整の前日には仮想のコースチェック、これまでの日本ダービーの走り方、そして、勝つために必要なポイントを的確に抑えてきました。

 

 やはり、今のところ警戒すべきはエイシンチャンプちゃんとサクラプレジデントちゃんでしょうかね、あの瞬発力は侮れませんし何より前回の皐月賞での結果を踏まえ私を警戒しているはずですから。

 

 それらを踏まえた結果、義理母とオカさんが出した答えはこれでした。

 

 

「日本ダービーは……差しでいく」

「……差し……ですか?」

「あぁ、そうだ」

 

 

 差し足を使った走り、それは今まで、先行で押し切りぶっちぎってた私には意外すぎる戦法でした。

 

 意外、ですが、確かに裏をかくという意味では差しは有効な戦術ではあります。

 

 これまでのレースであまり試したことがないという点を考えなければの話ですけれども。

 

 オカさんは義理母の話を補足するようになぜその選択に踏み切ったのか私に説明をし始める。

 

 

「本来、お前の走りは確かに先行向けだが、差し足も一級品だ。終盤に溜めて一気にごぼう抜きも不可能ではない」

「……うーん……」

「今回はむしろ、先行の方が不利だろうな、警戒されている分、ペースを乱される場合がある。終盤に中団から一気に外出て仕掛けた方が無難だ」

 

 

 オカさんの言葉に義理母も静かに頷く。

 

 確かに、坂路は瞬発力を鍛える効果もある。ギアのチェンジに関して言えばアンタレス以上に鍛えているところは少ないだろう。

 

 差し足の走りについても私は以前からナリタブライアン先輩にレクチャーしてもらっていたし、走りが自在であればあるほど相手も対応がしずらい。

 

 

「わかりました、やりましょう」

 

 

 私は考えた末、日本ダービーは差しの戦法で戦うことに決めた。

 

 ただ、この策が上手くいくとは限らない、日本ダービーは荒れる事も多いと聞くレースだ。

 

 撃沈するリスクも高いが、それを克服しなければ世界で戦う事もまた夢となってしまうだろう。

 

 ミホノブルボンの姉弟子も勝ったのだ。私もそれに続かなければ。

 

 こうして、私は日本ダービーの最終調整を徹底し、やれることは全てやり尽くすことにした。

 

 

 日本中が注目する日本ダービー。

 

 

 その、栄光を掴むために集結する強敵達を迎え撃つ覚悟を固め、私はいよいよ、その日を迎えようとしていた。



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新入生とダービーの前日

 

 

 

 

 やあ、こんにちは、君が噂の転入生だね。

 

 私が生徒会長のシンボリルドルフだ。

 

 トレセン学園は初めてだろうから私がいろいろと話をしてあげよう。

 

 ん? アフトクラトラスについて知りたいだって? 

 

 あの問題児について知りたいなんて君も変わっているな……、あれが憧れの先輩というのもちょっとな……。

 

 ん? い、いや、別に馬鹿にしているという事では無いんだ。

 

 確かにあれは一癖も二癖もあるポンコツなんだが、実力は……間違いなく、いや疑いようのない怪物だ。

 

 それ故にアレに憧れてこのトレセン学園に入ってくるウマ娘が最近多くてね。

 

 あぁ、君もあいつのレースに刺激されて入った口か、レースと私生活じゃ全然違うぞあいつは。

 

 アフトクラトラスの事をもっと教えて欲しいだって?

 

 ……そうだな、んー、一言で説明するのは非常に難しいんだがな。

 

 長くなるが、それでもいいのなら、話してやろう。

 

 まず、アフトクラトラスは君が知っている通りとんでもない実力を秘めたウマ娘だ。

 

 素行は非常に問題があるがな。

 

 だが、それを踏まえてもレースでは決して手を抜かない真面目なウマ娘であることは間違いないだろう。

 

 私生活ではやたらと周りのウマ娘達に可愛がられていて、本人もそれは歓迎している節がある。

 

 普通ならあれだけの実力があるのならば、尖っていて、近寄りがたいような雰囲気があってもおかしくは無いのだがな……。

 

 アフトクラトラスにはそれは無いんだよ。

 

 入学した頃のサイレンススズカやブライアン、そして私なんかは特にそうだった。

 

 他のウマ娘にも目にもくれず、己が足を高めライバル達を倒し、誰よりも速くなる事を目標にして日々過ごしていたんだ。

 

 だが、アフトクラトラスは違う。

 

 見知らぬウマ娘が併走に誘ってもあいつは快く引き受けるんだ。

 

 何故だかわかるか? 普通なら格下と思う相手の誘い、普通なら自分の為にならないからと断るだろう? 

 

 それはな、あいつが所属しているチームがそうだからだ。

 

 叩き上げのエキスパートがズラリと揃っている精鋭チーム、アンタレス。

 

 そう、自分より実力が劣っていようともあいつには関係ないんだよ。

 

 要は己が課しているトレーニングについて来る根性や精神力があるかどうかで判断しているんだ。

 

 あいつの姉弟子であるミホノブルボンがそうであるようにトレーニング次第で強くなれると思っているから、見限る事は決してない。

 

 実力を付けるために地獄のトレーニングをこなして己のライバルとしてのウマ娘になり得るのか、そこを見ているんだよ。

 

 一見、この行動は非常に優しいと思うだろう?

 

 だがな、あいつとの現実の実力差を目の当たりにし、アンタレスの苛烈なトレーニングに耐え抜ける精神力を持ったウマ娘は限りなく少ない。

 

 もしかすると、まだ、突き放す行動の方が優しいのかもしれない。

 

 トレセン学園の中でもチームアンタレスはずば抜けてスパルタだ。

 

 その事を把握している実力のないウマ娘はアフトクラトラスには無闇にトレーニングを持ちかけたりはしない。

 

 ただし、これだけは伝えておくが、もし君がアンタレスのトレーニングを耐え抜く事ができる精神力と根性があるならば、間違いなくG1ウマ娘としてこのトレセン学園で名を残す事が出来るだろう。

 

 努力する者を見捨てないという意味では彼女は非常に優しく手を差し伸べてくれる良き先輩になり得ると私は思っているよ。

 

 アレには散々手を焼かされているがね、それでも、私にとっても可愛い後輩だ。

 

 元々から才能がある天才が凄まじい努力を積み重ねているのだから、アレはもう手がつけられんよ。

 

 あいつを超えたいと思っているのであればこれだけは言っておくぞ、生半可な覚悟や努力じゃアフトクラトラスには決して勝てないとな。

 

 私か? ……さあ、走ってみなければわからないが私は負ける気はさらさらないよ。

 

 君もこのトレセン学園の門を叩き、入ったのならば、覚悟を決めた方が良い。

 

 こちらの領域に来たいのであれば、これまでの概念を全て捨て去り、常識が外れるほどの血の滲むような努力を積み重ねる覚悟をね。

 

 もっとも、君に才能があるのならば話は別だがな。

 

 ちょっと意地悪な事を言ってしまったかな?

 

 だが、話した通り、例え、才能がなくともこの学園ではそれを開花させる場所はある。

 

 涙を流し、田舎に帰る事を選択するか、それとも戦う強い意志を持ってこの学園で実力を身につけて走りぬくのか選択するのは君次第だ。

 

 だから、私は生徒会長として君の転入を歓迎するよ、期待しているから存分にウマ娘としての実力を発揮してくれ。

 

 あぁ、そうだ、もうすぐ日本ダービーがある。

 

 よければ君も見ていくといい、私の話を聞いて君の憧れているアフトクラトラスの走る姿がまた違って見えてくるはずだ。

 

 

 

 日本ダービー前日。

 

 私の周りには人だかりができていた。

 

 それはそうだろう、何しろ未だ無敗、そして、前回の天皇賞春ではライスシャワー先輩を庇った上に、自分の口から無敗三冠、凱旋門奪取を宣言したのだからマスコミ達にとっては私は良い取材対象だ。

 

 そして、言うまでもなくこれまでの圧倒的戦績から一番人気、日本中が注目する日本ダービーでのこの人気の高さがより私への取材を加熱させていた。

 

 その対象で私ですが、まあ、非常に鬱陶しく感じていましたね、期待されているのはわかりますけど、別にマスコミの為に走っているわけでもなんでも無いわけですから。

 

 

「アフトクラトラスさん! 今回のレースへの意気込みを聞かせてくださいっ!」

「んー、別に普通ですかね、特には無いです」

「あのー、写真を撮りたいのでこちらを向いてもらっても……」

「嫌です」

 

 

 めんどくさそうに手をひらひらとさせてあっちへ行けと言わんばかりの仕草をする私。

 

 レース前でナーバスになっているのもありますけど、マスコミって基本、私信用してないんですよね。

 

 ゴマすりみたいに近寄って平気で裏切るような記事を世の中にばら撒く人達なので。

 

 ミホノブルボン先輩も同じように言っていましたしね、ライスシャワー先輩に対する記事を書いた新聞記者なんかは特に信用してません。

 

 というか、あの天皇賞春後、ライスシャワー先輩批判するような記事を書いた新聞社は全部、私の取材を出禁にしてやりました。

 

 

「では、アフトクラトラスさん、今回のレースですが、徹底的なマークが予想されるのですが、何か秘策はあるのでしょうか?」

「んー、良い質問ですね。ですが、それ言っちゃうとネタバレになっちゃうんでレースを見て判断してもらえればなと」

 

 

 そう言って肩を竦めながら私は記者の質問に答える。

 

 教えてあげたいんですけど流石にね? それ話しちゃうと相手も対策組んできちゃうんで意味なくなっちゃいますから。

 

 すると、しばらくして他の記者さんからこんな質問が飛んでくる。

 

 

「アフトクラトラスさん、このレース後、海外遠征の話が上がっているのですが本当でしょうか?」

「このレース次第ですね、今はお答えしかねます。今はこのレースに集中しているので」

「警戒しているウマ娘は居ますか?」

「……警戒ですか? ……そりゃ居ますよ、もちろん日本ダービーに出てくる全員です」

 

 

 私は淡々と記者から飛んでくる質問に答える。

 

 日本ダービーに出てくるウマ娘は全員くせ者ばかりだ、そんな中、警戒すべきウマ娘は全員に決まっている。

 

 何が起きるかわからないのが日本ダービー、警戒すべきは特定のウマ娘だけでなく、全員だ。

 

 

「アフトクラトラスさん、ゼンノロブロイ、ネオユニヴァースのお二人は現在、海の向こうに遠征に行きましたがそれについてはどう思われているでしょうか?」

「別にどうも思わないですね、強いて言えば2人とも私の親友なので海外のウマ娘を蹴散らして欲しいなとは思っていますよ」

 

 

 私は笑みを浮かべて質問してきた記者に答える。

 

 そう、ゼンちゃんも天皇賞春が終わってから日本ダービーを選択せずにすぐに海の向こう側へと行ってしまった。

 

 だが、その選択は私は間違っているとは思わない、海外で勝つのが難しいと言われている中、挑戦する意志を見せたゼンちゃんを私はリスペクトしている。

 

 

「いやぁ……しかし、記者の間では貴女との対決を避けたという話が……」

「憶測で物事を語らない方が良いですよ? 海外のウマ娘を蹴散らしてさらに強くなって私と戦うという選択肢を選んだという捉え方もできますよね? 少なくとも私はそう思っています」

 

 

 苦笑いを浮かべながらそんな言葉を発した記者に対して私は真顔で蔑んだような眼差しを向け容赦ない言葉をぶつけた。

 

 事実でない事を誇張して憶測で話すなど私には許しがたい事だ。

 

 しかも、私が好きな2人のことをそんな風に言われて黙っていることなんてできるはずもない。

 

 うん、というわけで、そんな言葉を発したあの新聞記者は後で名前聞いて出禁ですね。

 

 

「私は私のできる走りを精一杯するだけです。どんな結果になっても後悔しない走りをしたいと思います。それでは、これで記者会見を終わりたいと思います、では」

 

 

 そう言って、私は無理やり記者会見を終了し、スタスタと会場を後にする。

 

 ちゃんとした質問をしてくれる記者には真摯に受け答えしますし、しっかりした記事を書いてくれる新聞社は懇意にはしてあげます。

 

 それ以外は雑に扱いますね、というかそもそも相手にしませんし、出禁にしますから関係ないんですけど。

 

 姉弟子もアンタレスのチームメンバーも皆が皆、同じような感じなので、私達は揃って記者泣かせチームなんて呼ばれてます。

 

 まあ、勝手に泣いてる記者がアレなだけなんですけどね、まずは自分の普段の言動や行為を省みて欲しいなと思います。

 

 

「相変わらず厳しいなぁ、お前の記者会見」

「マスコミは基本信用しないんですよ、私」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな」

 

 

 ヒシアマゾン先輩の言葉に答える私に肩を竦めながら苦笑いを浮かべるブライアン先輩。

 

 本業は走りとレース、それ以外の事には関心が無いに等しいのでね。

 

 ゼンちゃんとネオちゃんが頑張っているんだから尚更気合いが入りますよ、2人の後をすぐに追えるように日本ダービーは勝たないといけません。

 

 それに、チームアンタレスのみんなもミホノブルボン先輩をはじめ、既に何人か向こうでレースに出たという話も聞きましたから私としてもモチベーションが今物凄く高いんです。

 

 

「そういや、聞いた話だけど今回、新入生が全員、日本ダービー見にくるって話だぞ」

「ほう、それは面白い話を聞いたな」

「それならなおさら気合いを入れて走らないといけませんね」

 

 

 ヒシアマゾン先輩の言葉に首をゴキリと軽く鳴らして答える私。

 

 とはいえ、やってきた事を全て出し切るだけなんですけどね今回。

 

 ナリタブライアン先輩との日本ダービーのシミュレーションも何度もしましたし、差し足を鍛えるために徹底した瞬発力強化も行いましたから。

 

 万全の状態に身体もいつも通りに仕上げてきたのでね、早くレースが待ち遠しいですよほんとに。

 

 

 こうして、日本ダービーの前日はゆっくりと過ぎていく。

 

 最終的な調整もしっかりとし、盤石にした今、私は多くの観客達が待つ運命の日本ダービー当日を迎えることとなった。



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一生に一度の栄冠

 

 

 

 日本ダービー当日。

 

 会場には多くの観客で賑わっていた。

 

 日本ダービー、それは観客を熱狂の渦へと誘う祭典。

 

 そのレースは全てのウマ娘が必ず目指す誇りある栄冠。

 

 日本中がそのレースを心待ちにしている。

 

 培われた歴史、伝統、そして、強き者達によるプライドが激突する。

 

 

「……アフ、そろそろ行くぞ、覚悟はできてるのか?」

 

 

 控え室でその時を待つ私も例外ではない。

 

 高ぶる感情が抑えきれないでいる。いつも遠くから眺めるだけだったあの場所、声を張り上げ応援する立場だった私。

 

 だが、今日は違う。

 

 このレース、あの見ているだけだった憧れの日本ダービーを熱く盛り上げるのは私だ。

 

 

「……いつでも良いです……」

 

 

 頭からタオルを被り、アップを済ませている私は勝負服に身を包んだまま義理母にそう告げる。

 

 いつでも準備はできている。走りたくて走りたくてたまらない。

 

 この日本ダービーというレースはそれだけの価値があるレースなのだ。

 

 このレースに勝てれば死んでも良いというトレーナーが居た。

 

 このレースを勝つために燃え尽きたウマ娘が居た。

 

 魂を燃やし、自分の限界を出し尽くして戦うレース、それがこの日本ダービーである。

 

 一生に一度の栄光、誰もがそれを手に入れたいがために走る。

 

 私は義理母に連れられ、日本ダービーへと続く通路をゆっくりと歩く。

 

 無敗の三冠に向けた第二冠目、それを手に入れるために積み重ねてきたものを全部今日ぶつける。

 

 そして、会場には私の入場のアナウンスが流れ、その名前を聞いた会場は大盛り上がりを見せていた。

 

 

「続きまして! 3枠5番アフトクラトラス!」

「さあ、いよいよ来ました! この日本ダービー栄えある1番人気の登場です」

 

 

 実況に入るアナウンサーも語気を強める。

 

 本日の注目株、この日本ダービーで1番人気を獲得し、その脚は既に日本の至宝とまで絶賛されているウマ娘。

 

 会場の熱気は既に最高潮に達していました。

 

 

「朝日杯1着! 皐月賞1着! 未だ無敗、そして無敗三冠宣言、凱旋門制覇を言い放ってみせた漆黒の皇帝が今日本ダービーに降り立ちます! 」

 

 

 私はゆっくりとパドック会場に入るとマントを剥ぎ取り、勝負服と仕上げてきた身体を皆の前に披露する。

 

 絞りきった無駄の無い筋肉、そんな凝縮されている筋肉を感じさせない柔軟な身体つきと軸が定まっている大樹が根をはっているかのような体幹。

 

 そして、綺麗で透き通るような綺麗な水色の瞳は力強く輝いていた。

 

 艶やかな尻尾と髪は靡く度にターフにより映える。

 

 

「おっと! アフトクラトラス! 脱いだマントを片手に高く掲げております! 裏地に何か書いてありますが! あれは……」

 

 

 そこに掲げていた文字は私が以前から掲げていたスローガンのようなものです。

 

 まあ、私がこんな風なサプライズをすることは皆さん周知なんでしょうけどね。

 

 

「完全制覇! 完全制覇の四文字です! やはり宣言通り! クラシックの無敗三冠を高々と掲げております!」

 

 

 自ら追い込んでいくスタイル(白目)。

 

 こんなことしちゃう私に会場は大盛り上がりです。確かにカッコいいけれどもいよいよ逃げ道がなくなってきた感があります。

 

 文字、マスコット登場にしとけば良かったですかね? もう遅いですが(悲しみ)。

 

 

「アフちゃん可愛いー!」

「良いぞー! ポンコツ娘ー! もっとやれー!」

「がんばえー!」

 

 

 観客達の中からも私を応援してくれるファンからの声援が飛んでくる。

 

 え? そこはカッコいいではないの? 可愛いなの? しかもポンコツ娘なんて言われてるんですけど私。

 

 ポンコツ……確かにポンコツですけれども。

 

 これが普段の行いが返ってきた結果か、悲しいなぁ、もちろん頑張りますけどね。

 

 

「さあ、それでは各ウマ娘が出揃いました、やはり注目はアフトクラトラス、無敗三冠と凱旋門奪取を宣言したことで注目はより高まっています」

 

 

 ゲートへ向かって歩いていく私の姿が会場の大画面で映し出される。

 

 観客達からの歓声、期待は膨らむばかり。

 

 とはいえ、私はそんな中でも落ち着いていました。

 

 何故なら私は皆に支えられてこの場所に立っているからです。変に気負う事も特に考えてもいませんし、私は姉弟子やライスシャワー先輩のように積み上げてきたものを出し切るまでです。

 

 

「さてと、いっちょやりますか」

 

 

 頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直す。

 

 これから始まるのは一生に一度の栄光を掴むための戦い。

 

 全てのホースマンが、トレーナーが、そしてウマ娘なら誰しもが勝利を望み、力の限りをぶつけ合うレース。

 

 

「各ウマ娘、既に臨戦態勢に入っております、会場ではゲート入り前にも関わらずヒリついた空気が漂っているようです」

 

 

 実況アナウンサーも異様な会場の雰囲気に思わずそう声を上げてしまう。

 

 そんな中、会場に来ているルドルフ会長は腕を組んだまま冷静な口調で隣にいるウマ娘に話をし始める。

 

 

「どうだ? この雰囲気は日本ダービーならではのこの空気、そして、このレースで栄光をつかめるのはたったの1人だけだ」

 

 

 ルドルフ会長は誇らしげに隣のウマ娘に語る。

 

 ルドルフ会長もかつてあの舞台で走った事がある。その会長が会場の熱気を見て懐かしむような表情を浮かべていた。

 

 それだけ、この日本ダービーにはたくさんのウマ娘が思い入れがあるのだ。

 

 今や、海外でも日本のウマ娘が注目されつつある。ダービーを取ったウマ娘というだけでその価値は相当なものだ。

 

 

「アフトクラトラス先輩は……」

「あぁ、アレだな、……あの馬鹿はまた目立つようなことばかりして……」

 

 

 ルドルフ会長は私の盛大なデモンストレーションに呆れたように頭を抱えていました。

 

 確かにウマ娘たるもの人気は大事なのではあるが、私はどうやらやり過ぎる傾向があるようです。

 

 まあ、それを楽しんでくれる人もいるのもまた事実なんですけどね。

 

 

「でもやっぱりカッコいいなぁ……、あと可愛いっ!」

「君の感性は大丈夫なのか? ドゥラメンテ?」

 

 

 アフトクラトラスを見て、ポニーテールの鹿毛の髪を揺らしながら嬉しそうに笑顔を見せ悦に浸っている隣のウマ娘に苦笑いを浮かべながら告げるルドルフ会長。

 

 ドゥラメンテ

 

 新入生の中でもかなりの実力を秘めたウマ娘で以前からチームリギルに強く勧誘を勧められている彼女。

 

 だが、彼女は首を縦に振る事はなかった。

 

 何故ならば、彼女には憧れているウマ娘が居たからだ。そう、そのウマ娘こそ、今ダービーを走らんとしているアフトクラトラス。

 

 自由奔放、それでいて観客や周りを巻き込むほどの問題児、とはいえ、その愛らしさから皆から可愛がられているアフトクラトラスだが、その実力は紛れもなく超怪物級。

 

 そんなウマ娘のレースを長らく観客席から見ていたドゥラメンテは彼女に対して憧れを抱き、このトレセン学園にやってきたのである。

 

 

「あの馬鹿が、まさかこんな優秀なウマ娘を影響させてしまうとはな……」

 

 

 これにはルドルフ会長も頭を抱える。

 

 一方でそんな事を知りもしない私は準備体操をしながら、レースが始まるのを今か今かと待っていました。

 

 ペターンと身体を柔軟させながら屈伸や動的運動を軽く入れて身体をほぐします。

 

 色々柔らかいとか言われてるのはこれが理由なんでしょうけどね。メンタルも柔らかいとか言わないで! 

 

 

「さあ、各ウマ娘、準備が整いました日本ダービー、ファンファーレです」

 

 

 響けファンファーレ〜、なんとかかんとか。

 

 うん、真面目に歌詞を覚えてないので忘れちゃいましたけどね。

 

 日本ダービーのファンファーレが会場に鳴り響きます。鉄火場となっている会場からは合いの手が入り異様な盛り上がりを見せている。

 

 いよいよ日本ダービーの幕が切って落とされる。

 

 そして、ゲートインが済んだウマ娘達が一斉に構えをとり始め、私もいつも通りにクラウチングスタートの体勢を取りその時を待っていました。

 

 隣にはシンちゃん、サクラプレジデントちゃんの2人。

 

 もちろん、私はそのことは了承済みです。警戒されている事でしょう。

 

 

「さあ、注目される日本ダービーが……、今、スタート致しました! さあ、先頭を争いには……おぉと! これはどうした! 出ない! 前に出てこないぞアフトクラトラス!」

 

 

 良好なスタートをいつも通り切った私ですが、いつものように先行を取ると思われていた走りではない事に会場はどよめきます。

 

 これには周りのウマ娘達もざわつき始めました。

 

 

「先行を捨ててきた!?」

「っ…! 中団控えだなんてっ!」

 

 

 私を警戒してきたであろうシンちゃんやサクラプレジデントちゃんはこの私の意表を突いた行動に慌てた様子でした。

 

 それはそうでしょう、私も予想を裏切られるようなこんな不意をつかれた走りをされたのでは流石に走り辛いと思います。

 

 私を警戒していたのならば尚更です。

 

 オカさんと義理母の策はある意味成ったとも言えるでしょう。

 

 ペースを乱された何人かのウマ娘はひとまず私にペースを慌てて合わせるようにして歩調を合わせてきます。

 

 

(計画通りですね、ここまでは)

 

 

 わざわざ私のペースに合わせなくてもいいでしょうに皆さんは相当、私を警戒しているんですね。

 

 お陰でレースはやりやすい状況にはなってはいるんですけども。

 

 問題は……この後なんですよね。

 

 

「おっと、これはどうしたことか! アフトクラトラスを前に行かせまいと完全に取り囲むような状態になっております! これは流石にキツイか!」

 

 

 そう、中団に控えている分、私を取り囲み易いんですよ。

 

 進路妨害とは言いませんが、これでは抜け道がなく残りの距離で末脚を炸裂し辛いでしょう。

 

 しかも、私自身も差しの戦法はそんなに取った覚えはない、先行で押し切った勝ち方をしてきた。

 

 

「さあ! 残りがだんだん少なくなって参りました! 距離は残り半分程度! アフトクラトラスは果たして上がってこれるのでしょうか!」

 

 

 私の現在の状況に実況アナウンサーも不安なコメントを発する。

 

 それを会場から眺めているチームリギルは静かにレースの状況を分析しながら、私の置かれている状況について話をしていた。

 

 

「……あれは捲るのキツイんじゃないか?」

「だな、アフと言えどあれだけガチガチにやられると正直キツイぞ」

 

 

 中団に控えて脚を溜めている私を遠目から観察しているエアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩は表情を曇らせる。

 

 普段から自分達のように追い込みや差し足に自信があるならまだしも、ぶっつけ本番であの戦法は中々にリスキーだ。

 

 しかも、状況が状況だけにアフトクラトラスの差しと末脚がどれだけ伸びてくるのか未知数。

 

 だが、そんな二人の意見に対して、静かに腕を組み眺めているナリタブライアン先輩は静かにこう語り出す。

 

 

「いや、逆だ、むしろ理想的だぞ、この状況」

「はぁ? いや、どう見ても囲まれてんじゃねーかよ」

「よく見てみろ」

 

 

 ナリタブライアン先輩はそう言って、首を傾げるヒシアマゾン先輩に軽く首を動かして私のいる中団を指し示す。

 

 そして、その中団をしばらく眺めていたエアグルーヴ先輩は何かに気がついたのか目を見開くと声を上げた。

 

 

「……!? 中団の包囲網が乱れてきてる!?」

 

 

 そう、よく見てみると私の周りを取り囲むように走っていた周りの歩調にズレが生じてきているのだ。

 

 何故、そうなってきたのか、それはやはり、不意をついた私の戦法が効いてきているのだろう。

 

 リギルと同じく、同じチームメイトとして応援しにきているアンタレスのアグネスタキオン先輩は皆にこう解説する。

 

 

「つまり、アフのペースに合わせた事で自分達のペース配分が上手くいってないんだよ彼女達は」

「……そうか、あいつのペースだとどうしても途中からハイペースな走りになるから……」

「前で走ってたウマ娘も苦しゅうなってこわって(疲れて)きとるなぁ」

「あれだけトレーニングしているあの娘をずっと捉えとくなんて芸当、中々できるもんじゃないわ」

 

 

 アグネスタキオン先輩の言葉に頷きながら、それぞれ私の置かれている状況が好転しつつあることを確信していた。

 

 とはいえ、まだ不安はある、私に差し切るだけの足があるかどうかは皆も確信できてはいない。

 

 それだけに早めから仕掛けて行こうとしない私に皆はやきもきしているようであった。

 

 

 そして、いよいよ迫り来る残り800mの表記。

 

 

 レースもいよいよ大詰めを迎えようとしている。レースが動き出すのはここからだ。

 

 未だに中団から抜け出そうと動き出さない私に注目が集まる。

 

 果たして、この日本ダービーの栄冠は誰が手に入れるのか。



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二つの背中

 

 

 

 残り800mの表記が目に飛び込んでくる。

 

 そこから私はギアを1段階上げることにした、幸いにも活路は既に開けつつある。

 

 小さな身体を巧みに使い、包囲されていた私はその間を縫うようにスルスルっと抜けていく。

 

 

「……やばっ……!」

「ハァ……ハァ……! クソ! 行かれた!」

 

 

 息を切らしているウマ娘の一人が表情を曇らせそう呟く。

 

 ここから前からバテてきたウマ娘がズルズルと下がっていく。

 

 私のペースに無理やり合わせて急かして走った結果、ペースが乱れてしまったんでしょうね。

 

 ゆっくりというよりもかなりハイペース、これだと足への負担がかなり大きいはずだ。

 

 そんな中、日本ダービーを眺めている一人のトレーニングトレーナーは笑みを浮かべこう呟く。

 

 

「ほう、こりゃいい戦法だね」

「……先輩らしいレースではないですがね」

「この場合はいつもと違うやり方のように見えてるだけさ、本質は変わってないよ」

 

 

 そう呟くトレーニングトレーナーは笑みを浮かべたまま、確信をもって隣にいる小さな英雄に告げる。

 

 彼は数多くの強いウマ娘をたくさん見てきた、彼が話す言葉には確信がある。強いウマ娘が走ってきた日本ダービーをこれまで何度も見てきた。

 

 小さな英雄は隣にいるトレーニングトレーナーの顔を横目に見ながらこんな問いを投げかけた。

 

 

「貴方から見て、先輩はどうですか?」

「んー、強いね、かなり強い、実力も相当なもんだよ、是非ともウチのチームに来て欲しいし僕が直接見てあげたいくらいさ」

「……大絶賛ですね」

 

 

 自分から聞いておいて少しばかりムスッとした表情を浮かべる英雄、だが、それでもそのトレーニングトレーナーは真っ直ぐにレースに目を向けたままだ。

 

 それだけ、見入っていた。小さな身体であれだけの身のこなし、頭一つ飛び抜けているという次元ではない。

 

 アフトクラトラスというウマ娘が持つ価値がどれほどのものなのか、トレーニングトレーナーとして長年見ていれば嫌でもわかる。

 

 

「残り600m! アフトクラトラス! スルスルっと上がってきた!」

 

 

 先頭との距離を詰めていく。

 

 溜めた脚は爆発するのは今か今かと私を急かしているようだった。

 

 ペース配分は完璧、視界も良好。

 

 舞台は整っている。後は私の走りを全て最後にぶつけてしまうだけだ。

 

 

「さあ! 残り400m! おぉと! アフトクラトラス更に上がる! グングンとスピードを上げていく! 先頭が逃げるがどうか! 逃げ切れるのか!」

 

 

 残り400m、ここまで来たらもう良いだろう。

 

 ギアを更に上げる。そして、姿勢を低くし脚に渾身の力を込めて一気に加速する。

 

 外に完全に出れた今なら関係ない。一気に解放して前を取りに行く、先頭はすでに捉えている。

 

 

「アフトクラトラスの末脚炸裂!? なんだこの伸びは!? 今! 先頭と並んで置き去りにしました!」

 

 

 まだだ、ギアはまだ2段階しかあげていない。

 

 次のギアに切り替える。更に脚に力を入れて加速し、突き抜けていく。

 

 私のギアは最大5段階まである、3段階に上げるタイミングは少しばかり遅かったかもしれませんね。

 

 並んだウマ娘を置き去りにした私はさらに加速、その差を広げていく。

 

 

「アフトクラトラス差し切った! いや! 差はまだ開く! まだ開く! なんだこのウマ娘は!」

 

 

 パン! っと私が力強く地面を蹴る音が響くたび、背後からの圧はドンドン遠ざかるような気がした。

 

 もはや、前には誰も走ってはいない。

 

 開けた視界、目の前に迫るのはゴールだけだ、身体に入れていた力は自然と4段階までギアを上げてしまっていた。

 

 その走りを目の当たりにしていた小さな英雄は目を見開き、隣にいたトレーニングトレーナーは笑みを浮かべ嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 

「……まさしく魔王に相応しい強さだね」

 

 

 ポツリとそのトレーニングトレーナーは呟く。

 

 それは日本ダービーを見に来ていた全観客がそう思った。

 

 あんなウマ娘が居ていいのか? あんなウマ娘に誰が勝てるのか? 

 

 圧倒的な差に観客全員が愕然とし、先程まで熱気が渦巻いていた会場がサァーと静まり返る。

 

 ゴールを突き抜けていった蒼き漆黒の魔王は会場を黙らせ、見入ってしまうくらいの圧倒的な強さだった。

 

 

「い、今! 今ゴールイン! レースレコードを大幅に更新致しました! 凄まじい強さ! 何という強さだ! 二冠達成! 世界の凱旋門征服に向け! 魔王がその実力をまざまざと我々に見せつけてくれました!」

 

 

 一瞬、言葉に詰まった実況だったが、その言葉が自然と口に出てしまった。

 

 そして、その実況が終わり、しばらくして会場からは大歓声が湧き上がりました。

 

 激震が走るような一気なごぼう抜き、それだけでなく、抜いた後もかなり余力を残したままおそるべき速さで後続を置き去りにしてゴールを掻っ攫ってしまった。

 

 何身差離れているのかわからないが、その強さは本物であった。

 

 圧倒的な強さで日本ダービーを制圧してしまう私の姿に会場からは拍手と歓声が鳴り止まない。

 

 そんな私の姿を遠目に見ていた小さな英雄は拳を強く握りしめて言葉を発する。

 

 

「……確かに……タケさんが言うようにとんでもなく強いです……」

「わかるかいディープ、今のお前では歯が立たたないよ」

「えぇ、……経験もトレーニング量も及びませんね、初めてです、私が心の底から敵わないと感じたウマ娘は……」

 

 

 トレーナーからの言葉を噛みしめるように英雄、ディープインパクトは真っ直ぐにゴールを駆け抜けていった私の背中を見つめる。

 

 以前、走った年末年始のマラソンはあくまでも娯楽の域を出ないもの。

 

 確かにあの時、アフトクラトラスには多少なりと肩を並べ走り勝てるかもしれないという手ごたえを感じた。

 

 だが、今の走りを見た限りあの時みた走りとはまるで次元が違う走りになっている。

 

 タケさんと呼ばれるトレーニングトレーナーはディープちゃんからのその言葉を聞いて静かに頷く。

 

 本人が自覚している以上は多く語る必要はないだろうと思ったからだ。

 

 サイレンススズカ、スーパークリーク、オグリキャップ、メジロマックイーン、そして、スペシャルウィーク。

 

 様々なウマ娘のトレーニングトレーナーを務めてきたが、あれほどまでの逸材は探してもまずいない。

 

 先行戦法も差し戦法も難なく熟せる。

 

 なら逃げ戦法を彼女が取ればどれだけ逃げ切れるのだろうか?

 

 考えただけでも背筋が凍りつくだろう。追い込みに賭けてくるウマ娘には絶望しかない。

 

 

「アレに勝つには相当な覚悟が要るよ? ディープ」

「できてないとでも?」

「……愚問だったね」

 

 

 そう呟くトレーニングトレーナーは肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

 

 正直いって、あのウマ娘、アフトクラトラスのトレーニングトレーナーをお願いしてやらせてもらいたい。

 

 しかしながら、既に彼女にはもう超一流のトレーニングトレーナーとトレーナーが二人付いている。

 

 

「……これだったら早めに声をかけておくべきだったかなぁ」

「何がですか?」

「いいや、独り言だよ」

 

 

 あのトレーニングトレーナーであれば、確かにアフトクラトラスの今回のレースも納得である。

 

 とはいえ、自分とて、あんなレースを見せつけられては黙ってはいられない。

 

 ディープインパクトと共に会場を後にするトレーニングトレーナーは密かに心の中でこう思う。

 

 自分が鍛えたウマ娘であの魔王を倒してみたいと。

 

 

 

 日本ダービー決着。

 

 ゴール後、曇り空を見上げ一息入れる私。

 

 レースでの高揚が抑えきれない、曇り空を見上げる私はゆっくりと視線を落として観客席に視線を向ける。

 

 満足のいく走りができたと思う、初めての差しの戦法がこれだけハマってくれるとは思いもしませんでした。

 

 アドレナリンが頭から出て、身体が熱い、ですが、このやりきった感覚はとても心地良かった。

 

 すると、そんな私に……。

 

 

「すげー! めっちゃカッコ良かったぞアフトクラトラス!」

「キャー! アフちゃーん!」

「強すぎだろォ!」

 

 

 観客席からは大歓声が耳をつんざくような飛んできます。

 

 ぴぃ!? こ、怖い!? 皆なんでそんなに迫真なんですか!? 

 

 驚きのあまりビクンッ! と尻尾と耳が跳ね上がる私ですが、しばらくして苦笑いを浮かべたまま小さく手を振り返しました。

 

 会場の収容人数19万人くらいですよ? その人達から一気に歓声が上がるんですからそりゃもうびっくりですよ。

 

 

「アフちゃーん! こっち見てー!」

「サンキューアッフ!」

 

 

 うん、でもまあ、悪くないですね。

 

 日本ダービーを勝ててこうして皆さんから労いの言葉を貰えるのは嬉しいです。ライスシャワー先輩が勝った時にもあげてくださいよとつい野暮なことを考えてしまいましたけれども。

 

 すると、レース場に乱入してくるウマ娘達がいました。

 

 彼女達は嬉しそうに私を取り囲むともみくちゃにしてきます。

 

 

「アフ! おめでとう!」

「アフちゃん! よくやったわ」

「まあ、私は勝つ確率は相当高いと踏んでいたがね、おめでとう」

「けっぱったなぁ!」

「凄かったわよ! 自慢の後輩っ!」

 

 

 そう言って、乱入してきたのはチームアンタレスの皆さんです。

 

 メジロドーベルさんなんか嬉しさが先走ったのか私の首元に抱きついてきている始末。

 

 自分達が勝ったように喜んでくれる皆さんの反応に私も思わず動揺してしまいます。

 

 めでたいんですけどね、ありがたいですねこうして祝福されるというのは。

 

 すると、その背後からゆっくりと現れたのは今回、私のトレーニングに付き合ってくれたナリタブライアン先輩と、オグリキャップ先輩、そしてなんと、ルドルフ先輩だった。

 

 おうふ、ルドルフ先輩まで来てくれるとは、また私のお説教かな? 

 

 まず、口を開いたのはシンボリルドルフ先輩でした。

 

 

「おめでとうアフ、素晴らしい走りだった」

「……いえ、そんな」

「なんだ、珍しくしおらしいな」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長からの言葉になんと返していいかわからない私をからかってくるのはオグリキャップ先輩。

 

 いや、正直、この間ゴルシと悪戯でひっそりとラブレターを会長の机に置いてた事がバレたのかと思って。

 

 書かれていた文を知りたいですか? 私の達筆でア◯ルが弱そう(小並)です。

 

 はい、その一文だけですね、度胸試しというか自殺行為なんですけども。

 

 そんな中、私はとりあえずそれらしく振舞うことにしました。流れって大切だと思うんです。

 

 

「いや、……ちょっと実感がないというか……」

「なんにしろ、大したものだ」

 

 

 そう言って、私の肩を掴んで胸元に抱き寄せてくるナリタブライアン先輩。

 

 くしゃくしゃと乱暴に撫でてきますが、それはどこか心地良かったです。

 

 そして、三人から祝福された後、その背後からゆっくりとやってくる栗毛のウマ娘。

 

 その横には私を支えてくれた小さな黒鹿毛の髪を揺らすウマ娘が居ました

 

 私がずっと追い求めてきた、そして、私はずっと背中をいつも見て走ってきた。

 

 彼女達は私に近寄ると迷いなくぎゅっと抱きしめてくる。

 

 

「……良くやりましたね、妹弟子」

「アフちゃんおめでとう」

 

 

 そう、姉弟子、ミホノブルボンとライスシャワー先輩である。

 

 私を祝福してくれる姉弟子とライスシャワー先輩は優しく何度も何度も撫でてそう言ってくれました。

 

 そんな二人の行動に戸惑いながらも、時間が経つに連れ私は静かにその二人からの祝福を素直に受けました。

 

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 

 二人からの心からの祝福。

 

 それは同時に追うばかりだった私がもう、既に二人と並び走れるレベルまで成長していた証でもありました。

 

 もう追うばかりじゃない、今度は私も共に二人と駆ける事ができるんだ。

 

 日本ダービーが終わって私が1番嬉しかった事はそれが確信に変わった事だった。

 



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人がウマ娘を愛すように…

 日本ダービーのウイニングライブ。

 

 私は19万人の観客席にいる皆さんの前で歌を歌わなければならない。

 

 だが、自然と緊張はなかった。

 

 普段からふざけて歌うウイニングライブだが、今回は少しばかり事情が違う。

 

 一生に一度の栄冠、日本ダービー。

 

 そのレースに全てをかけて来たウマ娘がいる。

 

 そのレースを勝つためだけに死ぬほど努力したウマ娘もいた事だろう。

 

 だからこそ、普通ならば皆に楽しんでもらうウイニングライブだが、今回、私はそんな皆さん、ライバル達の事を思い歌を歌いたいと思っていた。

 

 

「アフトクラトラスさん、出番です」

「はい」

 

 

 私はいつもと違い、淑やかな服に身を包みマイクを片手にたった一人だけで19万人の観客の前に姿を現わす。

 

 そして、私はゆっくりと伴奏が流れてくる中、それに耳を傾けて静かに瞼を閉じる。

 

 ここまでくるのにたくさんの事があった。

 

 それは、全て私が成長するための糧になってくれた。

 

 

「──どうか〜♪」

 

 

 私はゆっくりと口を開き歌を歌い始める。

 

 今まで聞いた事がない私の綺麗な歌声に会場はシンっと静まり返る。

 

 私には両親がいなかった。

 

 母の代わりになってくれたのは厳しい義理母だった。

 

 寂しかった事もあった。

 

 親の顔を知らなかったでも、私はそれでも十分に満たされていた。

 

 義理母は私にありったけの愛情を注いで育ててくれたからだ。

 

 デビューして、姉弟子とライスシャワー先輩の背中を追う毎日。

 

 挫けそうになり、何度も何度も逃げ出したくなる事もあったし、逃げ出した。

 

 だけど、それでも、最後に困難に立ち向かう事を教えてくれたのは大切な家族の二人が走る姿だった。

 

 

「どうか来てほしい〜水際まで来てほしい〜♪」

 

 

 違う環境でも私はもしかしたら活躍できていたかもしれない。

 

 だけど、デビューからこうしてここまで大切なことを学ばせてくれて成長させてくれたのは紛れも無く義理母と姉弟子達だ。

 

 毎日、毎日、雨の日も雪の日も暑い日もいつも走ってきた坂路。

 

 走る事を教えてくれた、必死に努力し続けることを教えてくれたのは義理母と姉弟子、ライスシャワー先輩の三人でした。

 

 

「我慢がいつか実を結び〜♪」

 

 

 そして、努力が実を結ぶ事を教えてくれたのも彼女達です。

 

 返せないものをたくさん頂きました、だから、私はこの場に立っていられるんだと思います。

 

 他の観客の皆さんも知ってほしい。

 

 私達ウマ娘は決して一人だけで、戦っているわけじゃないんだと。

 

 たくさんの支えがあって、涙があって、努力があって、いろんな人の思いがあってレースに挑んでいるという事を知ってほしい。

 

 そう思って、私は静かに熱唱しました。感情を込めて少しでもその事がみんなに知ってもらえたらなと思い。

 

 天皇賞で、懸命に努力を積み重ねたライスシャワー先輩に浴びせられた言葉。

 

 今後、そんな言葉をウマ娘のみんなに浴びせないようにしてほしいと思い、私は歌に乗せてその思いを訴えかけるように歌いました。

 

 

「君と好きな人が百年続きますように〜♪」

 

 

 私の歌声に会場は聞き入るように静まり返っていました。

 

 そんな、私の思いが通じたのか、涙を流す日本ダービーに出たエイシンチャンプちゃんの姿も見えました。

 

 ライスシャワー先輩は私の声に自然と耳を傾けて、涙を流し、真っ直ぐに眼差しを向けてきます。

 

 そう、みんなたくさんの思いを抱いてレースに臨んでいる。

 

 トレーニングトレーナーもトレーナーも私達も皆が毎日、毎日、汗を流し、切磋琢磨して時にはぶつかり合いながらも心からレースに勝ちたいと思って戦っているんです。

 

 私の真面目な歌声に当初は戸惑っていた観客達でしたが、全て歌い切ると私は静かに頭を下げてお辞儀をしました。

 

 本来なら3着のウマ娘までがステージに立ち、歌うところを二人に無理を言って、皆に伝えたい事があると歌わせてもらった。

 

 賑やかなライブを期待していた皆さんの期待を裏切るような事をしてしまったなとは思いましたが、私はそれでも今回、この場を借りて義理母、姉弟子、ライスシャワー先輩、皆さんにお礼と、そして、私達がどんな風にしてここまで成長できたのかを知ってもらいたかった。

 

 ライブが終わった瞬間、会場からは割れんばかりの拍手が響き渡ります。

 

 

「凄いぞ! アフ! 綺麗な歌声だった!」

「真面目にやれるじゃねーか! ……感動したぞ!」

 

 

 私の歌声を褒めてくれるファン達からは拍手と共に温かい声援が飛んできます。

 

 涙を流している方はきっと私が今回、こうして歌を歌った意味を理解している方々なんでしょうね。

 

 いや、意味を理解していなかったとしてもきっと心に何か残ってくれたのだと思います。

 

 ウマ娘として走る私達は決して楽な道のりを歩んでいるわけではありません。

 

 勝てないウマ娘は涙を流しながらトレセン学園を後にする娘ももちろんいます。

 

 私はそんな娘達に君には”才能がなかったから仕方がない”という冷たい言葉で突き放したりなんかしたくはありません。

 

 見える範囲でもいい、私の姉弟子のように必死に坂を走って、懸命に頑張ればその才能はいつか開花すると信じています。

 

 今の私があるのもきっとその事が大きいと思ってます。

 

 だから、私は出来るだけ見える範囲でもいいのでたくさんの娘達を導いてあげたいと心から思ってます。

 

 ゆっくりでもいい、それでも、きっと懸命にやった事はきっと報われます。

 

 

 

 ウイニングライブが終わり、私はゆっくりと会場を後にします。

 

 会場に続く通路には、ルドルフ会長が壁に寄りかかって待ち構えていました。

 

 これはいつも通りお説教かな? と思わず肩を竦めて苦笑いが込み上げてくる。

 

 すると、私の姿を見たルドルフ会長はいつもとは違い、穏やかな笑顔を浮かべ出迎えてくれました。

 

 そして、私に向かい一言こう告げます。

 

 

「……良いウイニングライブだった」

「……ん? ……」

「なんだその間抜け面は……、良いライブだったと言ったんだ。珍しくな」

 

 

 ルドルフ会長は私の間の抜けた表情に呆れたようにため息を吐く。

 

 普段からこれだけ真面目にやってくれたら良いのにと言いたげでした。何を言ってますか、悪ふざけも割と真面目にやってます(タチが悪い)。

 

 だが、今回、私が歌った歌を聞いていたルドルフ会長は私にこう話しを続けます。

 

 

「皆の思いを代弁して、ファンに届けようとしたんだろう、良い歌だった」

「……ありがとうございます」

「正直、感動したよ、お前があんな歌が歌えるなんて思ってもみなかった」

 

 

 まさかのルドルフ会長大絶賛にこれには私もなんと答えるべきか迷いますね。

 

 普段が普段だけにあれなんですけど、今日は日本ダービーでしたからね、流石にこのレースだけはそんな事はできません。

 

 特にウマ娘をもっと理解して欲しいと私は思っていましたから、良い機会になったと思ってます。

 

 すると、ルドルフ会長はだが、と言葉を区切り、一枚の紙切れを私の前に見せてきます。

 

 

「それと、これとは話は別だがな? ……後で生徒会室に来るように」

「……あっ……」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長が私に見せてきたのはゴルシと共にやった悪戯のラブレターの紙切れである。

 

 や、やはりバレていた!? クッソ! 今回はウイニングライブ大絶賛だったから怒られないと思ってたのに! 

 

 ……仕方ないですね、甘んじて説教を受け入れましょう。

 

 私に説教するということはつまり、図星という事では……? いや、これ以上推測する事は生命の危機に直面する事になるのでやめておきましょう。

 

 そして、立ち去っていったルドルフ会長の背中を見送った私は一仕事終えたとようやく一息入れます。

 

 うん、まあ、日本ダービーの後だから正直疲れてたんですけどね。

 

 本気を出しきってないとはいえ、舞台が舞台でしたので。

 

 よし、寮に帰ってゆっくり休みますか、今日は熟睡出来そう……。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 ……とその時だった、なんだか胸の辺りに違和感を感じたのは。

 

 そして、同時に足にも一瞬、力が入らなくなった。

 

 私は少し驚いたような表情を浮かべながらもすぐに収まったそれに、ふと、首をかしげる。

 

 何だったのか、今のなんとも言えない感覚。

 

 うん、やっぱり疲れてるんでしょうかね。

 

 今日はゆっくりと休みを取って身体を調整しておかないと。

 

 そして、会場から出た私は出迎えにきた奴に思わず引きつった笑みを浮かべる

 

 

「よう、アフ! お疲れー!」

「げぇ!? ゴルシちゃん!?」

「げぇ! とはなんだ! げぇ! とは! 祝いに来てやったんだぞー! ……ほれ」

 

 

 そう言って、目の前に現れたゴルシちゃんは私に何かを手渡してきます。

 

 それを受け取る私、なんと、意外にもゴルシちゃんから差し入れを受けるとは思いもしませんでした。

 

 受け取ったものを見てみるとなんと栄養ドリンク、気をきかせてこんなものをくれるとは。

 

 

「……次、海外行くんだろ? ハードなスケジュールになって来るだろうから疲れが取れるようにって思ってな」

「……ゴルシちゃん……」

「バーカ、お前、私の大事な相方なんだからな! なんかあった時はいつでも助けになるぜ」

 

 

 そう言って、ゴルシちゃんは私にそう告げるとバンバン! と肩を叩いてきます。

 

 私の歌を聞いてかなんでか優しくなってるような気もしないわけではない、うむ、案外、真面目に歌うのもたまには悪くないですね。

 

 次はイギリスダービー、日本ダービーと同じように向こうでは相当なレベルが高いレースです。

 

 今日のように勝てる確証はありません。

 

 そして、そのレベルも段違いでしょう。海外のウマ娘と激突する事になる初めてのレースでもあります。

 

 無敗の三冠制覇、凱旋門賞奪取。

 

 皆とも約束しましたから絶対にやり遂げてみせないと! 

 

 

「あ、ゴルシちゃん、そう言えば後で会長が生徒会室に来るようにですって」

「あちゃー、バレたかー!」

「私もいけると思ったんですけどねー、くそー」

 

 

 まあ、その前にルドルフ会長のお説教を甘んじて受けなきゃいけないんですけどね。

 

 その後、私はゴルシちゃんと共に小一時間くらいルドルフ会長からお説教を食らうことになるのですがそれは別の話。

 

 身体の違和感は少し気にはかかりますが、まあ、まだ気にする段階ではないただの立ちくらみだと思います。

 

 海外に行くまでにしっかりと調整をして身体を調子を整えておかないとですね! 

 

 私はひとまず控え室で着替えを終えて、寮へとゴルシちゃんと共に向かうことにしました。

 

 まあ、祝勝会はまた後日ですね、今日は疲れてますし、身体を休めるのが先です。

 

 

「アフちゃん」

 

 

 と、私はゴルシちゃんとそんな談話をしながら寮に向かう最中でした。

 

 私の名前を呼び、引き留めてきたのは黒鹿毛の髪を靡かせる小さな先輩の姿でした。

 

 ゴルシちゃんは先に行ってるぞ、と呼び止められた私を置いて先に行ってしまいます。

 

 私は呼び止めてきた先輩、ライスシャワー先輩に向き直ると笑みを浮かべたままゆっくりとこう告げます。

 

 

「……ライブ聞いてくれましたか?」

「……うん、すっごく良いライブだった……、それと、ありがとう」

「それはこちらのセリフですよ、ライスシャワー先輩」

 

 

 私はライスシャワー先輩に迷いなくそう告げた。

 

 ライブの歌の意味を汲み取ってくれたライスシャワー先輩、私は皐月賞の前、頑張るライスシャワー先輩の姿に喝を入れてもらった。

 

 でも、あれは私が理解していなかったのだ。

 

 ライスシャワー先輩は無理する必要があった。ステイヤーとしての身体作りのためにああいったトレーニングをせざる得なかったのである。

 

 それなのに私は強くライスシャワー先輩に当たってしまったと思う。

 

 そして、無理したトレーニング方法にオカさんを付き合わせてしまった。

 

 正直、その事は二人に申し訳ないと思っている。

 

 だが、あの時、私は焦ってしまっていたのだ、ライスシャワー先輩がまた遠いところに行ってしまうんじゃないかと。

 

 見えていた背中がまた遠くなるんじゃないかと思って、勝手に自分を追い込んでしまっていた。

 

 だから、ちゃんとライスシャワー先輩には謝りたかったし、今まで支えてきてくれたお礼を伝えたかった。

 

 

「本当はそういったことを……面と向かってこうして言うべきなんでしょうけど……ごめんなさい、私、不器用で……」

「ううん、十分伝わった、そして、あの歌を私の為に歌ってくれたのもわかった」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩は私との間合いを詰めるとそっと頬に手を添えてくる。

 

 やはり、敵わないなと思った。私のことをよく理解してくれている。

 

 大変な時も辛かった時期も、ライスシャワー先輩は私を気にかけてくれた。

 

 私が今日こうして日本ダービーが取れたのはライスシャワー先輩が居てくれたから。

 

 ライスシャワー先輩だけじゃない、アンタレスの皆さん、義理母、姉弟子、私を支えてくれたのは皆だった。

 

 だから、私は改めて思う、私が走る理由は……。

 

 エリモジョージ先輩が言ってくれたようにそんな皆の為、背中を押してくれる皆の為に楽しませて走る。

 

 私は頬を撫でてくれるライスシャワー先輩の手をそっと握りしめると真っ直ぐにこう告げました。

 

 

「きっと次も勝ってみせます」

 

 

 ライスシャワー先輩はそんな私の返答に満足したように静かに頷く。

 

 ファンの皆さんにも今日の私のライブでの思いが少しでも伝わってほしいですね。

 

 こうして、無事に栄冠を得ることのできた私の日本ダービーは幕を閉じるのでした。



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人気者アフちゃん

 

 

 日本ダービーが終わって。

 

 私の元にある仕事の依頼が舞い込んできた。

 

 というのも次はいよいよ海外進出、姉弟子と共にアメリカに渡る予定なのですけども、日本ダービーの祝勝会もまだ終わってない中で私にもう仕事が来ているのはびっくりなんですけどね。

 

 

「写真集の販売ですか?」

「はい! 是非アフさんの肉体美を載せた写真集を出したいと思いまして」

「えー……」

 

 

 目をキラキラさせている、学園の事務を担当している駿川たづなさんからの言葉にドン引きする私。

 

 私の写真集なんて誰が欲しがるんだろう。皆さん欲しいですか? 

 

 そんな乗り気じゃない私にたづなさんは笑みを浮かべたままこう話しを続ける。

 

 

「引き締まってる身体とグラマラスなボディ! 絶対売れますよ! しかも、アフさんは女性からも人気が高いですし……」

「……そうですかね……」

「はい! それに新規のお客さんを呼ぶにも良い機会だと思うので」

 

 

 たづなさんはノリノリで私にそう言って資料を渡してくる。

 

 うん、まぁ、しかしながらルドルフ会長からも直々にお願いされたんで断り辛いんですよね。

 

 そんな風に私が資料に目を通していると背後からガシッと肩を組んでくる先輩が居ました。

 

 

「よう! アフ! 何してるんだ?」

「あ、ヒシアマ姉さん」

 

 

 そう言って、ヒシアマ姉さんと共にひょっこりと顔を出してきた。

 

 その背後からはシャドーロールの怪物、ナリタブライアン先輩は懐かしそうな表情を浮かべながら現れる。

 

 

「……写真集か……、あぁ、私もそういえば日本ダービーを取った時にそんな事もしたな」

「はいっ! アフちゃんのグッズも人気ですからね!」

 

 

 上機嫌にナリタブライアン先輩に答えるたづなさん。

 

 ウマ娘の写真集……、確かにナリタブライアン先輩やルドルフ会長なんかは人気も高いですから売れそうな気はしますけどね。

 

 オグオグことオグリキャップ先輩なんかもたくさん食べる姿が可愛いということからグルメ雑誌の表紙にもなった事がありますし。

 

 そんな事を考えていた私は何か閃いたのかピコン! と耳が上に跳ねると、たづなさんにこう告げる。

 

 

「あ、じゃあ、ヒシアマ姉さんと一緒ならやりますよ? 写真集」

「おいちょっと待て、なんでいきなり私を巻き込むんだお前は……」

 

 

 そう言って、私の肩をガシッと掴んでくるヒシアマ姉さん。

 

 だって、私よりヒシアマ姉さんのビキニ水着の写真の方が人気出ますって、特に青少年は喜ぶと思います。

 

 だって私のそんな写真見ても喜ばないですよ、皆さん、良い身体してる姉弟子とかライスシャワー先輩とかの方が需要ありますってば。

 

 

「ほほう、なら私も一緒に写真に出てやるぞ? それなら良いだろう?」

「え、えぇ、構いませんけど……」

「ちょっとブライアン! 何言ってんだよ!?」

 

 

 なんとそこにナリタブライアン先輩も乱入。

 

 おうふ、なんだか凄いことになってきましたよ、良かったですね、皆さん、ナリタブライアン先輩とヒシアマ姉さんのハッピーセットですよ。

 

 私はあれです、せいぜいポテトの一つくらいの価値くらいしかありませんから。

 

 え? むしろメインハンバーガーですって? またまた。

 

 

「私の写真集なんか誰が欲しがるんでしょう、もの好きな人もいるんですね」

「まあ、よくパドックでいつもあんだけ驚かれててそんな事が言えるなお前……」

「ひゃん!! ちょっとっ! ん……っ!?」

 

 

 そう言って、私の身体をまじまじと見ながらくびれのあたりから胸の辺りまで確認するように触ってくるヒシアマゾン先輩。

 

 まあ、坂路をアホみたいに走ってはいますし、身体は徹底して作っているんですけどね……。

 

 

「まあ、これもファンサービスのようなものだ、それに普通に練習風景とか、そんな感じの写真だろう」

「え? 水着写真とか普通にありますよ? グラビア写真みたいなものもして欲しいとクライアントさんから要望がありましたので」

「……うわぁ……」

 

 

 私はたづなさんの笑顔から出てくる一言に顔をひきつらせる。

 

 いやいや、“大丈夫ですよ! カメラマンやスタッフは全員女性なので!”と言われてもですね……。

 

 まあ、この言葉には流石にブライアン先輩とヒシアマゾン先輩も苦笑いを浮かべていた。

 

 そりゃまあ、トレセン学園の運営費に貢献して欲しいと言われれば協力せざる得ないんですけども。

 

 

「仕方ない、一肌脱ぐか」

「わ、私は別にいいだろう!」

「私のことを棚に上げてそれはダメですよーヒシアマ姉さんも良い身体してるじゃないですかー」

「ひぁあ!? 揉むんじゃねー!」

 

 

 そう言って、先程のお返しをする私。

 

 やられたらやり返す、倍返しだ! という話は置いておいて、お二人が私の写真撮影に付き合ってくださるのは心強いですね。

 

 というか、やっぱりヒシアマ姉さんのは柔らかくて良いなぁ、やばい、思考が変態な親父みたいになってる。

 

 しばらくヒシアマ姉さんを弄っていた私は体を離すと再びたづなさんに向き直る。

 

 

「それで撮影はいつから……」

「もちろん、今からです♪」

「うぇ!?」

 

 

 準備がいいのかどうなのか、そんな満面な笑みで言われるとは思ってもみませんでした。

 

 顔を見合わせる私達三人、これ、もう承諾する前提で話を進めてましたよね!? 

 

 こうなったら致し方ありません、というわけで私達はたづなさんに率いられて写真撮影を行う現場に移動する事となりました。

 

 

 

 それから数時間後。

 

 私達はプールサイドで水着に着替え、女性カメラマンさんから色んなポーズをお願いされたりしています。

 

 ぐぬぬ、不本意とはいえ、これも人気取りとトレセン学園に協力するためやむ負えません。

 

 

「はーい、それじゃヒシアマゾンさんと抱き合う感じで、寄せてもらって、はい」

 

 

 寄せる? 寄せるって何処を? 胸をか! 

 

 私とヒシアマ姉さんはカメラマンさんからの要望通りに抱き合う形で胸を付け合わせている。

 

 何やらアシスタントの人の鼻息が荒いような気もするんですけど大丈夫なんでしょうかね? 女性みたいですけども。

 

 一方、ビキニ姿で豊満な胸を付け合わせているヒシアマ姉さんと私はヒソヒソ声でこんな話を繰り広げている。

 

 

「おい、もうちょい右に寄れよ」

「そんなこと言ってもー」

 

 

 気持ちは分かりますよ? うん。

 

 グラビアやってる人達ってこうしてみると大変なんだなって思います。

 

 青少年の皆、ちゃんと感謝するんだぞ。

 

 なんなら、神棚に掲げてもバチは当たらないから、私の写真集は特に。

 

 ヒシアマ姉さんとのツーショット写真が終われば次はナリタブライアン先輩とのツーショット。

 

 次は一緒に寝転びながら身体を密着させるという写真だ。

 

 これはあれだね、普段が普段だからもう慣れてるといいますか、割と自然体といいますか。

 

 こんな時にブライアン先輩のヌイグルミとなっていたことがいい方向に働くとは思いもよらなんだ。

 

 

「良いですねー、こっち見て下さーい」

 

 

 そして、写真を撮る際、ブライアン先輩はサービスだと言わんばかりに私の頬に軽く接吻をする。

 

 カメラマンはいい写真が撮れたとご満悦の様子だった。

 

 それから、同じような写真を何枚か撮った後、場所は練習場に移る。

 

 私のトレーニング風景や走る姿を写真に収めるためだ。

 

 まずは、ヒシアマ姉さんと併走する時の写真から撮る。

 

 

「うおりゃあああ!」

「ヒシアマ姉さん! 写真撮影! 写真撮影だからこれ!」

 

 

 だが、火のついたヒシアマ姉さんが走る間にヒートアップしすぎて全力疾走しはじめた為、面倒な事に。

 

 仕方がないので静止する為にヒシアマ姉さんを止めるしかないですね、ついでにお灸を据えないと。

 

 そういうわけで私は追いかけたヒシアマ姉さんを捕まえると尻を揉んで鎮圧しました。

 

 

「ん……っ!? ば、ばか!? わかった! わかったから!? 尻から手を離せぇ!? 」

「ぜぇ……ぜぇ……全くもう何やってんですかー」

 

 

 その戯れ合う写真をカメラマンは逃さずパシャりとしっかりと収める。

 

 抜け目ない、流石はプロのカメラマン。

 

 アシスタントの娘はなんだか悦に浸っているようでした。あれ? よく見たらあの髪色、アグデジちゃんなんじゃね? 

 

 それから次はナリタブライアン先輩との併走、ここは真面目な写真をしっかりと何枚かカメラに収めてもらう。

 

 立ち姿を保ったままの姿や、勝負服で互いに見つめ合いながら駆ける姿など、色んな角度からさまざまな写真を撮ってもらいました。

 

 

 そして、最後に私の単独写真。

 

 

 もちろん水着を着た際に撮った写真もあるんですけど、シャツ姿の写真とかチャイナドレスを着た写真、メイド服を着た写真などを撮ります。

 

 それから、練習着を着ての真剣な姿、トレーニングジムで筋力トレーニングに勤しむ姿などの日常的な写真を織り込みつつ、私の駆ける姿を中心に写真を撮ってもらいました。

 

 ナリタブライアン先輩やヒシアマゾン先輩に協力してもらった写真集、出来上がりが楽しみですね。

 

 ここまで苦労したんだから諭吉さんをたくさん稼いでもらわないと(ゲス顔)。

 

 そのあとは私の破天荒さを載せたいということだったんでやきうのお姉ちゃんになったり不良の格好したり、なんかそんなバラエティ色が濃い写真をたくさん撮りました。

 

 そんでもって今、写真撮影が終わりぐったりしているところです。

 

 

「あー、ちかれた……」

「おつかれアッフ」

 

 

 そう言って、肩をポンと叩いてくるのはエアグルーヴ先輩。

 

 今回の仕事はシンボリルドルフ会長の公認の仕事なので、直々にお願いされましたし、まあ、たづなさんが紹介してくる時点でそうなんですけどね、やらざる得ないですよね、やり切ってやりましたけど。

 

 まあ、こうして無事に一仕事終えましたし、お小遣いもちょっと貰えたので、新しいシューズとか服とか買いましょうかね今度。

 

 そんな事を考えながら生徒会室でお茶を啜る私、今日はついでに海外遠征の為の学校手続きも終わらせましたし、これで、ひと段落つきましたね。

 

 すると、生徒会室の扉をノックする音が響く。

 

 

「すいませーん! アフちゃん居ますか?」

「ん?」

 

 

 私の名前が挙がり、扉の方へと視線を向ける。

 

 生徒会室の扉が開き現れたのは元気印の笑顔を浮かべている短い黒鹿毛の髪をした少女、スペピッピことスペシャルウィークさんでした。

 

 私は首を傾げながら訪ねてきたスペシャルウィークさんにこう問いかける。

 

 

「スペピッピ、どうしたんですか?」

「名前がまた新しいのに!? あ、いや、それはいいんですけども……」

「後輩からスペピッピ呼びは良いのかお前……」

 

 

 エアグルーヴ先輩からの冷静なツッコミ。

 

 え? エアグルーヴ先輩もエアピッピって呼ばれたいんですか? うん、なんか空気抜けてるような名前だなそれ。

 

 一方、スペシャルウィークさんは”可愛いから許します”と器のデカさを見せつけてきました。いやー、懐がデカイ先輩は違いますね。

 

 え? 私は胸がデカイからおんなじようなもんだですって? やかましいわ!! 

 

 まあ、スペピッピの以前の呼び名が太腹ウィークさんとかお願いマッスルした方がいい先輩とかド天然記念物先輩とか呼んでましたからね私。

 

 それに比べたらマシですよ、スペちゃんだから許された、スズカさんなら私、粛正されますからね。

 

 皆さん胸に対する毒舌と弄りは用量を用法を守って正しくぶちかましましょう。お姉さんとの約束ですよ? 

 

 さて、話が逸れましたが要件を聞きましょうかね。

 

 

「どうされましたか?」

「うん! あのね! 私のダイエットを手伝って欲しいんだけど……」

 

 

 ほう、ダイエットとな。

 

 これは恐らく、昨晩、体重計に乗って悲鳴を上げたに違いありませんね、スペ先輩のお腹周りを摘んでみる。

 

 うん、プニッてしてて柔らかかった、こりゃいかんぞ(白目)。

 

 というか女の子として体重維持とか、そういう事にもうちょっと関心もって欲しいなぁ、私はホラ、環境が環境なんでそんな事気にしなくてもガリガリ削られちゃいますから逆に食えって言われます。

 

 オグオグさん? あぁ、あの人は特殊です。体重増えない上に調整は自身でうまくできる人ですからね。

 

 ご飯どこに行ってんだろ……。

 

 

「うーん……、私でよければ。……まあ、サイドチェストできるくらいにはなんとかできると思いますけど」

「そこまで望んでないんですけど!?」

 

 

 私のまさかの返答にびっくりしたような声を上げるスペピッピ。

 

 ゴリゴリマッチョなスペちゃん、うん、合成写真感が半端じゃない。まあ、早い話がアンタレスの練習すれば3日で20キロ位は軽く落ちるんですけどね。

 

 仕方がない、ここは私が一肌脱ぎますか、ほんと最近脱いでばかりだな私。

 

 こうして、今日から私とスペシャルウィークさんの肉体改造計画が始まるのでした。

 

 まあ、海外に遠征行くまでの間だけなんですけどね。



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ダイエット大作戦

 

 

 

 スペピッピのダイエット大作戦始まるよー! みんな〜集まれー! 

 

 はい、というわけでスペ先輩のダイエットに付き合う事になった私なんですけども、やっぱり一人で教えるのもアレなんでもう一人助っ人を呼んできました。

 

 さて、誰を呼んできたかと言うと、我らがトレセン学園の誇る癒し枠、食べたご飯が行方不明、アイドルウマ娘。

 

 

「おい、アフ、なんで私が呼ばれたんだ?」

「だってオグオグさんたくさんご飯を食べてもスタイル良いじゃないですか、その秘訣を教えてもらおうと思いまして」

「オグオグ……」

 

 

 私の付けたあだ名に意味深に呟くオグオグことオグリキャップさん。

 

 オグオグ可愛いじゃないですか、いいでしょう? オグオグで。

 

 というわけ呼んだのはみんな大好きオグリキャップさんです。人参で一本釣りしてあげましたよ。

 

 

「よろしくお願いします!」

「はい、ではですね、スペ先輩ダイエット大作戦を決行するにあたり三箇条を決めたいと思います」

「へ? 三箇条?」

「はい、三箇条です。ダイエットとは本来厳しく険しい道、身体を改造するなら強い意志がなければなりません」

 

 

 そう言って、私はビシッとスペ先輩に忠告するように告げる。

 

 無理のないダイエットが1番理想的ですし、何より継続することが大事です。

 

 身体を作り変える為に命懸けでダイエットする人も世の中にはいるわけですからね、だからこそ、決まり事はあって損はないです。

 

 さて、その事を伝えたのち、私は早速スペ先輩に条件を発表します。

 

 

「第1条、辛くても逃げ出さない事」

「……は、はい!」

「まあ、当たり前だな」

 

 

 逃げ出してはダイエットをする事自体が本末転倒ですからね、納得するように頷くオグリキャップ先輩。

 

 私は二人が頷いた事で話を続ける。

 

 

「第2条、食事は規則正しく摂り、炭水化物を食べ過ぎない、おやつ厳禁」

「お、おやつダメなんですか!?」

「おい、それはキツイだろう」

「おやつはダメです。ですが、間食は朝昼夜含め五食まで許可しますよ、炭水化物は不可ですけどね」

「あ、それならまぁ……」

 

 

 そう言って、納得したように頷くスペ先輩とオグリキャップ先輩の二人。

 

 うん、でもまあ、炭水化物を摂りすぎは本当に良くないんでね。

 

 身体を作るには別に炭水化物を食べるのは良いんですが食べ過ぎは良くないのでバランスよく食べるのがコツです。

 

 よし、気を取り直しで三条目行ってみましょう。

 

 

「そして、第3条! ……死なないように

「ん? ちょっと待ってください、最後だけなんだか不穏なワードが聞こえたような……」

「いや、スペ、幻聴じゃないぞ、間違いなく言っていたぞ

 

 

 とりあえず、ダイエットがあまりに地獄でも生きる事を諦めないで。

 

 慣れれば、ほら、なんともなくなりますから、バンブーメモリー先輩がそうでしたし、アンタレスで指導を受けるウマ娘が通る道みたいなもんです。

 

 タキオンさんとかナカヤマフェスタ先輩のような例外はいますけれども。

 

 

「さあ、ではやりましょうか、オグリキャップ先輩もサポートしてくれますし」

「が、頑張ります!」

 

 

 気合いの入ったいい返事をくれるスペ先輩。

 

 うむ、やる気は良し! ならば、私もそれに応えてあげないとですね! 

 

 私は満面の笑みを浮かべてスペ先輩にサムズアップしながら無慈悲な一言を告げる。

 

 

「よし、では最初に軽く動的運動をして、坂路を500本程度走るところからスタートですね」

「……は?」

 

 

 そう言って、気合いを入れていたスペ先輩が私が放った一言に完全に固まってしまいました。

 

 うん、大丈夫大丈夫、最初はそんなもんですから。

 

 ようこそ地獄へ、これから始まるのはアンタレス軍隊式トレーニング入門編です。

 

 そこからはスペ先輩の熾烈なダイエット生活が幕を開けることになりました。

 

 では皆さんにアンタレス式になったスペ先輩のスケジュールをここで紹介しましょう。

 

 

 午前 5:00 起床。

 

 まずは実際にアンタレス式を体感してもらう為、昨晩は私の部屋で寝てもらう事にしました。

 

 あ、メジロドーベルさんには事情を話して別室に移動してもらって私がドーベルさんのベッドをお借りしてます。

 

 最初は嫌がっていたドーベルさんでしたが私が寝ると言うと掌を返したように許可してくれました。なんでだろ? 

 

 まあ、それはさておき、気持ちよく寝ているスペ先輩を私は叩き起こします

 

 

「さあ、朝ですよー、起きてください」

「ふにゃあ!?」

 

 

 午前 5:30 朝食。

 

 朝食は練習もあるので程よく、そして、毎日筋肉を作るためのタンパク質を忘れないように摂ります。

 

 

「はい、プロテイン飲んでくださいねー」

「うん、飲みやすい!」

 

 

 身体作りにも便利なんですよねプロテイン。

 

 ゴリゴリマッチョな人が飲むイメージがあるとは思いますが、そうではなく、一流アスリートの人も好んでよく飲まれているんですよ。

 

 ですので、この場合はスペ先輩の身体を作るためですね、ちなみに味はニンジン味です。

 

 

 午前 6:00 坂路。

 

 午前の坂路トレーニング、ここから約半日を全て坂路トレーニングに費やします。アンタレスといえば坂路、もう鉄板ですね、むしろ、中山の坂がクソ雑魚程度にしか感じなくなりますよ、このサイボーグ専用坂路を登っていれば。

 

 慣れてくれば負荷を入れたトレーニングにし更に過酷さを増したものにしましょう。

 

 

「は、はひ……」

「はいはい! ペースアップペースアップ! 千本行きませんよ! そんなペースじゃ!」

 

 

 私の場合はピーク時は午前3時とか、4時に起きてハイペースで走って坂路トレーニングを早めて行う事が多いのでまだこれは良心的な方ですね。

 

 まあ、またはスケジュールを変更して坂路の数を増やしたりとか筋力トレーニングとかの調整をしてますけれど、スペ先輩の場合はダイエットなのでこのくらいのトレーニングが良い案配だと思います。

 

 

 午後 12:00 昼食。

 

 

「はい、食べてください」

「……うぷっ……」

「……これは確かに地獄だな正に……」

 

 

 顔色が悪いスペ先輩に顔をひきつらせるオグリキャップ先輩。

 

 クタクタの身体にエネルギー補給、身体はちゃんと労わらないといけませんからね、食事は大事です。

 

 さあ、食べるんだ、食べたらまだ後半日あるんですからね。

 

 

 午後 12:30 日替わり地獄のトレーニング。

 

 

 なんと、午前中の坂路は前座でした! ここからは日替わり地獄のトレーニングです。

 

 まあ、トレーニング内容は色々あるんですけど、皆さんはもうある程度ご存知だと思うんで説明は割愛しますね。

 

 アンタレスの場合は全日地獄のトレーニングなんて日もたまにあります。うん、頭がおかしいなぁ(白目)。

 

 

 午後 3:00 アンタレス式筋力トレーニング。

 

 

「さあ、気合い入れて! もう一回! そう! 体幹大事ですからね! 体幹!」

「……死ぬ……、死んじゃう……」

 

 

 げっそりとしているスペ先輩を励ましながら指導する私、周りのウマ娘達は相変わらずドン引きしてました。

 

 入門編という事で全体的にはだいぶ軽くしているんですけどね、なんでだろ? 

 

 

 午後 6:00 アンタレス式併走トレーニング。

 

 

 はい、3時間くらい身体を鍛え抜いたら次はいよいよ大詰め、ナイターで併走トレーニングを行います。

 

 まあ、これも場合によっては地獄の坂路トレーニングになったりしますけどね、普通に。

 

 

「……アフちゃん……足が……足が……」

「無理しないようにしてください、きつかったら休みながらでも構いませんので」

 

 

 午後 8:00 夜食。

 

 併走トレーニングを終えたらすぐに夜食を食べます。エネルギー補給! 

 

 え? これで終わりでないの、ですって? はい、終わりではありません。

 

 あまりの練習の過酷さに食欲無いからとスペ先輩は言ってましたが関係ありません、無理やり胃にぶち込ませます。

 

 

 午後 8:30 ナイター坂路。

 

 夜食で食べた食事をここで消費します。

 

 一日で走る坂路の数が異様ですね、何回走ってるんでしょうね?

 

 でもアンタレスでは普通なんですよ(白目)。

 

 

「スペ先輩、大丈夫ですか……?」

「……う……私は誰……ここは……」

 

 

 そこからなんとか、走り終えてようやく1日の全体トレーニングが終了といった具合です。

 

 本来なら追い込みのナイターのトレーニングなんで、全力でゴリゴリやるのが当たり前なんですが、スペ先輩にそれやるともうなんていうか……。私の良心が無理でした。

 

 

 21:30 お風呂 (私の場合23時に入る事も)。

 

 

 はい、流石に切り上げてスペ先輩を休ませる事にしました。

 

 アンタレス入門編でこれだと、流石にこれを続けろとは言えないですね。

 

 ちょっと考えてスケジュール組み直さないといけなさそうです。

 

 

「あー……筋肉痛が……足が腕が動かない……」

「……お前、あんなトレーニングいつもしてるのか……」

「まあ、今日のは入門編なんですけども……」

「あれで入門編!? ウソだろオイ!?」

 

 

 一緒に湯船に浸かるオグリキャップ先輩は私の返答に信じられないといった表情を浮かべている。

 

 だって私、このトレセン学園に来た時、姉弟子とライスシャワー先輩になんて言われたか知ってますか? 

 

 坂路を千本休憩なしで走るぞですよ? 

 

 スペ先輩に課したノルマは基本的に500本って言いましたが、半分の250本にしましたし……。

 

 でもまあ、アンタレスと他所とじゃやっぱり環境が違いますし、私も無理ないトレーニングを考えてあげなきゃですね。

 

 

「うーん……明日は姉弟子にも見てもらった方が良いかもです」

「……明日、動けないような気がするんだけどアフちゃん……」

「私なんてその状態で引き摺り出されて走らされましたから、それに、今日みたいなトレーニングはしませんので安心してくだい」

 

 

 まあ、手っ取り早いのはアンタレスのトレーニングを身につければ一発で痩せるんですけど、流石に可愛そうなので……。

 

 というわけで、スペ先輩のダイエット大作戦は少しばかり路線を変更することにしました。

 

 姉弟子となら……いや、むしろ姉弟子を呼ぶともっと悪化するような……。

 

 うん、ちょっと保留しておきましょう、とりあえずダイエットにアンタレス式はやめといた方が良いですね。

 

 

「スペ先輩が無理なく、身体をもっと絞る方法を考えましょう」

「……今日みたいなので無いのなら……だいぶ助かるなぁ……ぶくぶくぶく……」

「しっかりしろ! スペ! よし! 今日は早く寝よう! な!」

 

 

 湯船に沈んでいくスペ先輩をそう言いながら支えるようにサポートするオグリキャップ先輩。

 

 ちなみにその後、風呂場にある体重計に乗ったスペちゃんは今日一日で削ぎ落とされた体重に仰天したそうな。

 

 はい、まあ、そりゃそうですよね、ちなみにアンタレス式のガチだとその倍以上体重が減りますから。

 

 それからは自由時間、のちに就寝だけです。

 

 まあ、身体がボロボロなんでね、多分、スペ先輩は寝るだけになると思います

 

 ちなみに部屋に帰ったスペ先輩の有様を見たスズカ先輩が驚愕して、翌日からスペ先輩のダイエットに同行する事となりました。

 

 

 まずはスペ先輩ダイエット大作戦、初日。

 

 

 私とオグリ先輩はスペ先輩の大幅な体重減量に私達は成功するのでした。

 

 ちなみにその後、スズカ先輩にこっぴどく怒られたのは言うまでもない、はい、今回は反省しています。

 

 ついでにG1レースに向けたトレーニングにもなったと思うんでスペ先輩には一石二鳥ですね。

 

 



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ダイエット大作戦 その2(結果にコミット)

 

 さて、ダイエット大作戦二日目。

 

 今後の方針として大幅な軌道修正をして、スペ先輩が身体を絞りやすくなるメニューとスケジュールを考えました。

 

 うむ、これを見ればスペ先輩も私に感謝するに違いありません! 

 

 

サンキューアッフ! フォーエバーアッフ! と拝んでくれるに違いありませんね。

 

 

 やっぱり私って頭いいなぁ、天才とは私みたいなウマ娘のことを言うのですよ多分。

 

 さて、そんな自画自賛はさておき、修正したメニューを早速、スペピッピに見せてあげましょう。

 

 

「どうですか? スペ先輩」

「うーん……昨日よりは……」

「昨日が異常過ぎたんだよ」

 

 

 そう言って、ため息を吐くオグリキャップ先輩。

 

 うん、なんも言えねぇ……。

 

 確かによくよく考えたらあのトレーニング量とスケジュールは他のチームではあり得ないようなスケジュールですもんね。

 

 

「ふっ……私も反省して改善をしたのですよ、若さゆえの過ちってやつです」

過ちが詰まったデカイ胸が付いて歩いているような奴が何を言っているんだ?」

「せめて服着て歩いているにしましょう? そこは!?」

 

 

 自信ありげに告げる私にオグリ先輩から痛烈な一言。

 

 過ちがおっぱい付いてるとかあんまりだ! 確かにそうなんだけど! ぐうの音も出ないんですけども! 

 

 え? 私が胸が大きいのってそういうこと? ぶっ飛んだ事しすぎたから? 

 

 エチエチの実の能力者みたいな言い方には大変、遺憾の意があります、私は露出狂ではありませんし、あ、でも寝るとき最近服着てないや。

 

 

「でもこれならやれそうかも……」

「私も同じ経験がありますからね、初心に返って良いダイエット方を考え抜いたのですよ、えへん」

「最初から初心に帰ればよかったんじゃないのか?」

「こ、細かいことは言いっこなしです!」

 

 

 オグオグさんからの一言に顔をひきつらせて答える私。

 

 私とて日々、成長してるのですよ! そこ、身長は成長してないとか言わない。

 

 身長は伸びないんや……。

 

 

「では気を取り直して、早速取り掛かりましょう、まずはレース場を走るところからですね、動的運動しましょう」

 

 

 そう言って、私はスペ先輩とオグリ先輩と共に並んで動的運動を開始する。

 

 うむ、これが普通のトレーニングなんですよね、なんかムズムズするのはきっと気のせいに違いありません。

 

 ……コンクリ持って来ようかな……。

 

 それから、動的運動が終わったら続いてレース場を走る。

 

 

「ねぇ、アフちゃん?」

「なんですか?」

「……うん、スペ、言いたいことはわかるぞ」

 

 

 二人とも私と横に並んで走る中、ジッと視線を私に向けてくる。

 

 皆まで言うな、自覚はあるんですよ。

 

 でもね、私もねこればっかりはね、なんの手の施しようも無いのでね。

 

 

「アフちゃん身長ちっさくて可愛いですよね」

「なんだとこのやろう」

「うん、でもまあ、それでファンが付いてきてるからなお前の場合は」

 

 

 うん、まあ、そうなんですけども。

 

 おっきなお友達から小さな友達までみんなから何故か人気あるんですよね、しかも何故か女性まで。

 

 寝る子は育つと言いますが、アンタレスのスケジュールを改めて見るとこれは育ちませんわ。

 

 だけど、一箇所だけは育っているのは何故? 教えてエ◯い人。

 

 さて、そんな身長差を弄られた私ですがひとまずレース場のランニングを終えるとスペ先輩と共に次のメニューに移ります。

 

 

「いやー、ダイエットってこんなに楽でいいんですかね……」

「え? 割と距離は走った気はするけど?」

「うーん……なんていうかこう……ね?」

 

 

 平和なトレーニング、普通はそうなんですよ普通はね。

 

 久方ぶりの普通のトレーニングに戸惑ってしまっていると言いますか、うん、私はこれ参加しない方が良いかもしれない、なんか、身体が落ち着きませんからね。

 

 気を取り直して、私ができる事をやろう。そうだ、まずは食の改善からだ! 

 

 という事で、今日は私が二人にお昼ご飯を振舞ってあげる事にしました。

 

 いやー、ご飯を作るのも久方ぶりですね、だいたい食堂があるのでご飯はそこで済ませられるんですけどもたまにはね? 

 

 エプロンを付けた私はフライパンをクルリと回すと料理に取り掛かります。

 

 その間、お二人は併走でサイボーグ専用坂路を登っています。

 

 

「さてと、じゃあ、パパッと作っちゃいますかね」

 

 

 髪留めで髪を束ね、早速調理に取り掛かる私。

 

 あ、場所は家庭科室を借りています。家庭科室なんてあったのはびっくりでしたけど。

 

 炭水化物を抜いた食事で出来るだけ油を使わない料理にしないと、あと、あの二人たくさん食べるから大量に作らないとなぁ……。

 

 上機嫌に尻尾をフリフリさせながらそんな事を考えていた私はまな板に向かい包丁で食材を切る。

 

 私のエプロン姿なんて貴重ですよ? ほら、皆さん拝んで拝んで。

 

 久々の料理、腕を思う存分振るわねば! 懐かしいなぁ、義理母と二人で生活をしている時はいつもこうしてご飯を作ってましたっけ? 

 

 今回は腹ペコさんが二人いるので余計に気合いが入りますね、炊事なら幾千もしてきた甲斐があったというものですよ。

 

 

「るんるんるん♪」

「……アフちゃんが料理をしてるですと!?」

「……アグデジ先輩、背後から人のスカートをさも当然のように捲らないでください」

 

 

 そう言って、上機嫌で料理をしていたのもつかの間、背後から現れたアグデジ先輩からスカートを捲られている私は手を止め、冷静に告げる。

 

 なんですか? ゴルシちゃんといい、最近は私のスカートを捲るのが流行りになっているんですか? 誰だそんなものを流行らせたのは!! 

 

 冷静な口調で告げる私が背後に振り返るとニマァと笑みを浮かべたアグデジさんが私に一言。

 

 

今日はピンクなんだね」

「新しく買ったんですよ、紛失した分をね!」

 

 

 何故かもってた下着が消失するから仕方ないでしょうが! 

 

 なんで消えちゃうんだろ? 謎は深まるばかり、まあ、最近はちょっとはマシにはなっていて下着が一気に減る事は無くなりましたけども。

 

 私のお気に入りの縞パン達を盗んだら本当に容赦せんぞ! あれ、一応、勝負下着なんで、しかも割と金かかったんですよね。

 

 まあ、私の下着事情はこの際どうでも良いとして、早く料理を作らなきゃ(使命感)。

 

 

「いい匂いがしますねー」

「まあ私の料理ですからね! そらそうよ!」

 

 

 ふんす! と自己主張の激しい胸を張る私。

 

 私がガサツでアホでポンコツで女の子らしくないですって? とんでもない、こう見えて女子力めちゃくちゃ高いんですからね。

 

 まあ、高いと言ってもヒシアマ姉さんよりはですけども、あ、いや、ヒシアマ姉さん可愛いから女子力高いのか? 

 

 女子力とは一体なんだろう? わからなくなってきたぞい。

 

 さて、それから数分の後、私は二人に作った大量の料理を机に並べ終えます。

 

 

「なんか物凄い量なんだけど!? え!? これ誰が食べるの!?」

 

 

 アグデジさんからの当然の反応。

 

 だってあの二人ですよ? こんくらいは食べますよ。でも、カロリーや栄養バランスはちゃんと考えてますしダイエット食ですからね。

 

 そうして、作り終えた私は椅子に腰掛けフゥと一息入れる。

 

 作るのも大変でしたけど並べるのも大変ですね、こんな量。

 

 さて、それからしばらくして、二人の大飯食らい達がやってきます。

 

 

「いい匂い〜!!」

「……ご飯……ご飯だ……」

 

 

 家庭科室に目をキラキラさせたスペピッピとヨダレを垂らしているオグオグ先輩が襲来! 

 

 さあ、かかってこいや! こちとら万全の準備で迎え撃つ覚悟はできてるんじゃ! 

 

 私の作った自信ありの料理、さて、君たちに食べ尽くせるかな? 

 

 

「すごーい! これ全部アフちゃんが作ったの?」

「そりゃそうですよ、学食じゃやっぱりカロリーや脂質が多いですからね」

「いただきます」

 

 

 そう言って、私の作ったご飯に向かい一心不乱に手を合わせるオグオグ先輩、迷いが一切無いですね、目がガチだ。

 

 上機嫌なスペピッピ先輩も続くように手を合わせて早速料理に手をつけ始める。

 

 

「どうですか? 味は?」

 

 

 勢いよく食べ始めた二人に私は味はどうか問いかけた。

 

 まあ、力作ですからね、当然美味しいでしょう、伊達に料理歴を歩んではいないですよ、私。

 

 さあ、味はどうなんですかね? 返答は……。

 

 

「ハムハムハムハムハム」

「モグモグモグモグモグ」

「……聞いちゃいねぇ……」

 

 

 と思いきや、私の言葉をガンスルーする二人はとにかく箸を動かし目の前に広がる食材をパクパクと口に突っ込んでいく。

 

 うん、まあ、確かにトレーニング後ですし、お腹減るのもわかりますけどね。

 

 みるみる減っていく食料、ダイエット食なんでいくら食べても大丈夫といえば大丈夫なんですけど壮観ですね。

 

 こんな風に作ったご飯を美味しく食べてもらえるとなんだか嬉しいです。

 

 

「アフちゃん! 美味しい! 凄く美味しいよ!」

「それは良かったです」

 

 

 スペ先輩の言葉にそう言って笑顔を浮かべる私。

 

 作った甲斐があったというものですね、うん、ダイエットで初日からちょっと無茶させちゃったからそのお詫びも込めたつもりだったんですけども。

 

 そうして、食べ始めてからなんと30分足らず。

 

 二人は大量の食事を完食してしまいました。凄いなー、私、10人前くらいの気持ちで作ったんですけどね。

 

 そして、食べ終えたオグリさんは口元を拭うと真顔になり私に一言。

 

 

アフ、結婚してくれ

「真顔で何言ってるんですか貴女は」

 

 

 相変わらず現金だなとか思いつつ、スペちゃんとアグデジさんから笑いが起こる。

 

 真顔で言われましたからね、いやいや、結婚って女の子同士でどうやってするんですかね? 

 

 ご飯くらいならいつでも作ってあげるというのに、でも、次回からは有料ですよ? オグリさん。

 

 さて、昼食もしっかりとりましたし続きですよ! ダイエットの続き! エネルギーチャージは十分でしょう? なんせ、私がご飯を手作りで作ってあげたんですからね。

 

 私は食器を全て片した後、二人を連れて午後のダイエットトレーニングへと戻りました。

 

 

 こうして、スペちゃんのダイエット大作戦を数日行い、その結果は当然ながら反映されていきます。

 

 みるみる減っていくスペちゃんの体脂肪率、ついでにオグオグさんも下がっていく。

 

 そしてついに……! 

 

 

「アフちゃん! やったよ! やったあ! 20キロ近く体重が落ちたよ!」

「おー……凄いじゃないですか!」

「ウエスト周りとかホラ! スッキリしてる!」

 

 

 そう言って、晴れやかな表情を浮かべているスペ先輩。

 

 まあ、初日から13キロ近く一気に体重落ちましたからね、あとは筋トレとか食事の改善で一気にガタンですよ。

 

 うむ、良かった良かった頑張った甲斐がありましたね。

 

 ちなみにオグリ先輩も一気に体重が落ちるとともに筋肉量が付いたらしい、何故か物凄く感謝された。

 

 それがきっかけで私がトレセン学園にてダイエットのマエストロという謎のあだ名が付き、ダイエットを懇願するウマ娘達が殺到するのはまた別の話。

 

 スペ先輩のダイエット大作戦はこうして、無事に成功を収めることができたのでした。

 

 

 今日から君も理想のボディを手に入れよう! 

 



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アフチャンネル! その2

 

 

 

 さあ! 始まりましたアフチャンネル! 

 

 まあね、皆さんとこうしてね、なかなか腰を置いて話す機会なんてなかなかないもので、もうすぐ私、海渡っちゃうんで今のうちに配信しとかなきゃと思い至った次第です。

 

 

「さて、こんばんは〜皆さん、アッフだよ!」

 

 

 そう言って笑顔を振りまきながら私は皆さんに媚びを売る(直球)。

 

 来週にはお金が入ってくるな! 間違いない! 

 

 とまあ、そんな事はないんですけどね、そんな私に対して皆さんはというと? 

 

 

『出た! 曰く付きのウマ娘!』

『アッフさぁ……』

『相変わらずで安心した』

 

 

 なんか凄い言われようでした。普段の行いを顧みたら致し方ないんですけどね。

 

 なんでや! 激励くらいあってもええやろ! もっと先日のレース褒めてくれてええやろ!

 

 そんな中、私はコホンと切り替えるように咳を入れると話をし始める。

 

 

「まあね、最近、配信できてなかったんでね、今、配信をしてるんですけども、……なんちゅーか特に企画決めてないんですよねー」

 

 

 うん、そう、何しようか特に決めずに見切り発車。

 

 私、あまりこういうのやったことないですからね、走る事が本業ですし。

 

 あと、ウイニングライブだいたい雑ですしおすし。

 

 

『ゲームでもしたら?』

『えっ? アッフ脱衣ゲームするん?』

『コスプレキボンヌ』

『とりあえず脱ごうか』

 

「お前ら欲に忠実すぎや! 普通、女の子のパンツなんて8千万で落札なんてしませんからね!」

 

 

 そう言って、私の服を何故か脱がそうとしてくる皆さんに吠える。

 

 変態が多すぎなんですよ! 大体ね、女の子に普通に脱げとか言いませんからね。

 

 せめてこうね? もうちょいオブラートに言いましょうよ、皆さん紳士なんですから。

 

 

「とりあえず……ゲームですか、インドアな趣味って私あんまし、してなかったですからね」

 

 

 そう言って、私は配信をそっちのけでゴソゴソと何か漁ってみる。うん、とりあえずそんな案も出るかなって思って一応、ゲームを用意してはいたんですけども。

 

 大体トレーニングばっかりですからね、私の場合は。

 

 なんだろうなぁ、私、FPSとかあまり残虐なゲームはしたくはないんですよね(建前)。

 

 だって私、か弱い女の子ですよ? 人殺しのゲームなんてそんなとてもとても。

 

 

「うーん、この間、これやって殺しすぎちゃったからなぁ……」

 

『草』

『wwwwww』

『容赦なさすぎワロタ』

 

 

 ヘッドショットって決まると楽しいですよね!

 

 はい、という事でバンバンやりすぎちゃったんで気が引けちゃうんですよね。

 

 軍隊式トレーニングすると身についちゃうのかな? 

 

 てな訳で、ゲーム実況を希望という事なので今回はこのゲームをすることにしました。

 

 

「恋愛ゲームしましょうか、これとか」

 

『きらメモかぁ……』

『懐かしいなオイ』

 

 

 うん、視聴者さんも割と気乗りしてくれてる模様。

 

 きらきらメモリアルという恋愛ゲームをやってみることにしました。

 

 しかも最新作です。いやー、恋愛ゲームなんていつぶりかな? 

 

 ゲームは簡単です、ヒロインが爆弾持ってくるんでそれを解除しつつ、攻略して落としていくというゲームですね。

 

 

「さて、遊ぶとしますか、名前はそうですね……。……メイトリクス大佐で」

 

『こ れ は ひ ど い www』

『死体しか残らなそう(こなみ)』

『ヒロインがターミネートされるぞw』

 

 

 鋼みたいに強い主人公じゃないですか? 

 

 うん、我ながら良い名前をチョイスしたと思います。

 

 もはや高校生やないやないか! というツッコミは無しですよ。

 

 さて、こうして、私が操るメイトリクス大佐の学園生活がスタートした。

 

 

『ねえ、メイトリクス大佐はどんな部活に入るの?』

 

 

 早速のイベント。

 

 幼馴染から何の部活に入るのか訪ねられるという定番イベントですね。

 

 メイトリクス大佐に何部に入るか聞くのか……(困惑)。

 

 

「とりあえず、そうですね……皆さん何部が良いと思います?」

 

『エクスペン◯ブルズじゃね?』

『何その部活楽しそう』

『元グリーンベレーの俺に勝てるもんか!』

 

 

 最早、高校生が入る部活すらないというね。

 

 皆さんはワイワイと盛り上がりながら何の部活に入るのか話し合う。

 

 敢えてここは敢えてボディビルダー部って言っておきましょうかね? 

 

 なんと、このゲームは部活動名が決めれるらしい。

 

 

『コマンドー部隊に入ろうと思ってる』

『へぇ! そうなんだ! 凄い!』

 

 

 見てくださいこのシュールなやり取り。

 

 お前の幼馴染、コマンドー部隊やぞ! それでええんか!? 選択したの私だけども! 

 

 私はこのゲームの展開に一言。

 

 

「高校にコマンドー部隊がある学校ってなんなんですかね」

 

『とんでもねぇ! 待ってたんだ』

『もー、アフったら古いんだ!』

 

 

 それから、私はゲームのシナリオを進めていく。

 

 ヒロインにモテるには主人公を強化しなければならない。

 

 私はコマンドー部隊に入った主人公を鍛えまくり、成長させる事にした。

 

 それは厳しい訓練の日々だった、ヒロインをデートに誘う事を封印し、ひたすら部活と筋トレに励む日々。

 

 そして、その成果を見せる時が来た。

 

 

『俺の言う通りにしろ』

『だめよ、7時半に空手の稽古があるの。付き合えないわ』

『今日は休め!』

 

 

「なんつーデートの誘い方だこれ……」

 

 

 筋肉モリモリマッチョマンの変態と化した主人公がこれです。

 

 こんな風にしたの私だけども。

 

 皆さんはこの展開を観て多いに賑わっていた。

 

 まあ、これどう観ても恋愛ゲームじゃないですもんね、金曜洋画ですよ。

 

 

『容疑者は男性、190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ』

『一体何が始まるんです?』

『大惨事大戦だ』

『死体が増えそう(こなみ』

 

 

 こうして、ゲームのシナリオを進めて行くこと数時間。

 

 いよいよ、修学旅行! ヒロインとの恋愛イベントが待ってます、流石に修学旅行のイベントは普通になるでしょう。

 

 私はゲームのシナリオを進めつつ、そんな期待を胸に抱いていた。

 

 だが、なんと、修学旅行先は強制的に何故かバル・ベルデになってました。どういう事なの……。

 

 

『いたぞぉ、いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉ!』

『出て来いクソッタレエエ! 化け物めぇ、チキショー!!』

 

 

 ヒロインがクッソ重そうな機関銃を振り回してるんですがそれは……。

 

 宇宙人が何故か修学旅行先に現れ次々とクラスメイト達がやられる中、主人公達は宇宙人を倒すために奮起する。

 

 そして、修学旅行先が派手に爆発。

 

 誰ですか! このゲーム作った人! 

 

 天才じゃないですかね? 突っ込みどころ満載ですよ。

 

 それからしばらくして、ヒロインとの最後の告白のシーン。

 

 告白の場所はなんと溶鉱炉。

 

 未来から来たとんでもなく強い機械人間を相手に主人公とヒロイン達が奮闘する。

 

 そして、ついに感動の告白シーン。

 

 

『人間が泣く気持ちが分かった。俺は泣く事はできないが』

『メイトリクス大佐……』

 

 

「いや、普通の高校生の筈なんだけど……」

 

 

 なんと、主人公がアンドロイドだった事が判明。

 

 ショットガンで撃たれても全然平気だからなんかおかしいなとは思ってたんだけど、そんな中、主人公が頭からICチップをヒロインに渡す。

 

 そして、溶鉱炉の中へと親指を立てながらどんどんと沈んでいった。

 

 

『アイルビーバック』

 

 

「いやいやいや! 主人公死ぬの!? カッコいいけども! キラキラしてないでしょ!」

 

『デデンデンデデン! デデンデンデデン!』

『こうなると思ったわ』

 

 

 そして、そんな告白シーンを経て、ヒロインと結ばれた主人公。

 

 結ばれてるん? いや、結ばれてる要素ありましたかね? 私、見てないんですけども、それよりも告白シーンがあれで良いの? 何を告白したの? アレ? 

 

 そして、アイルビーバックした主人公はいよいよ感動のラストへと向かう。

 

 学校にある幻の樹の下で同級生であるベネットがヒロインを人質に取り待ち構えていたのである。

 

 

『来いよベネット! 銃なんて捨ててかかって来い!』

『ブッ殺してやる! ガキなんて必要ねぇ! イッヒッヒッヒ。ガキにはもう用はねぇ! アハハハハ……ハジキも必要ねぇやぁハハハ……誰がテメェなんか! テメェなんかこわかネェェェ! 野郎ぶっ殺してやぁぁぁる!』

 

 

 こうしてベネットとの死闘を繰り広げた主人公は樹の下で第三次世界大戦を勃発させた。

 

 なんか壮絶な筋肉大乱闘があったものの、無事にベネットを倒した主人公。

 

 学校なんだよね? どうなってんだこの学校! 

 

 助けられたヒロインは颯爽と現れた主人公にキリッとした表情を浮かべて一言。

 

 

『もう一度コマンドー部隊を編成したい、君さえ戻ってくれれば』

『今日が最後です』

 

 

 そう言いながら笑みを浮かべて、答えるメイトリクス大佐。

 

 そんな中、残念そうな表情を浮かべているヒロインは続けてこう話す。

 

 

『また会おうメイトリクス』

『もう会うことはないでしょう』

 

 

 そして、エンディングが流れ、スタッフロールへと変わる。

 

 え? 待って? これ、振ったよね? ヒロイン振ったよね? バッドエンドじゃないのこれ? 

 

 あと主人公掘り深くなってない? 私が鍛え過ぎちゃったからこうなったの!? 何このゲーム! 

 

 

『いやー、名作だった』

『やっぱり最高だな』

『こんなの恋愛ゲームじゃないわ! ただのコマンドーよ!』

『だったら漕げばいいだろ!』

『草』

 

 

 私は一体なんのゲームをしてきたんでしょうね? 

 

 さ、最近の恋愛ゲームって怖いなぁ……、というか、これは果たして恋愛ゲームと言っていいのだろうか……。

 

 この手の恋愛ゲームをするときにはちゃんとした名前にしなきゃと思うのでした。

 

 

「は、はい、というわけでですね、このゲームは……なんも……言えねぇ……」

 

 

『筋肉ばっかりでしたね』

『草』

『恋愛ゲームと言ったな? アレは嘘だ』

『うわああああああ!』

 

 

 阿鼻叫喚とする皆さん。

 

 うん、私も嫌だわあんな青春、なんで仮想恋愛でもあんな恋愛シミュレーションしなきゃならんのだ。

 

 しかしながら、皆さんなんやかんや楽しんだらしく満足したようだ。

 

 筋肉モリモリマッチョマンの変態って凄い、改めてそう思った(こなみ)。

 

 気がつけば、視聴者数がとんでもないことに、皆さんよっぽど好きなんですねー私のこと(天狗)。

 

 

「よーし、それじゃ気を取り直して次は何にしましょうか?」

 

『アフちゃんの話が聞きたい』

『まあ、せっかくだしな』

『おっぱいおっぱい』

 

 

 うん? 私の話が聞きたいですと? 特に話すことなんてないんだけども。

 

 まあ、マスコミに対しては私、塩対応で知られてますからね、私のことが知りたいというのはなんとなくわからんでもないですけど。

 

 あと最後のやつは私の胸しか見てないだろ、本音がでとるぞ、こら。

 

 

「うーん、何から話しましょうかね? ……そうだなー、じゃあ、これまでルドルフ会長に怒られた悪戯について話しましょうかね」

 

 

『自ら墓穴を掘りに行くのか(困惑)』

『草』

『アッフろくなことやってなさ過ぎw』

 

 

 はい、という事でゴルシと組んで仕掛けた悪戯についてダラダラと語り始める私。

 

 アナ◯が弱そうとかハート付きの手紙で送ったり、ウイニングライブでのやんちゃな出来事とかそんなのを話しました。

 

 まあ、一部の皆さんはご存知かと思いますが、我ながら振り返ってみるとよくやったなと感心します。

 

 

「まあ、私は可愛がられてますからね、えっへん、……ん? こんな時間に誰でしょう?」

 

 

『とポンコツマスコットが申しております』

『アフ殿がまた怒られておるぞー!』

『……消される……消される……』

 

 

 それからしばらくして、激おこプンプン丸のルドルフ会長のお怒りと私の悲鳴が動画実況に入ってくるのは数分後のことでした。

 

 何があったかはお察しください。

 

 てか、ルドルフ会長、なんでアフチャンネル見てるんですか! おかしいですよ! もっとやる事あるでしょう!? 

 

 鬼! 悪魔! くっころ!

 

 そして、気がつけば、私はタンコブを作ってちょこんと皆さんの前で正座してこう告げます。

 

 

「……はい、というわけでね今日はここまでです、うぅ……やられた……」

 

『ワロタw』

『次の企画は決まったな、ルドルフ会長の下着を競り市にかけよう(名案)』

『草生え散らかしますよ』

 

「そんなのバレたら私が本当に殺されるわ!?」

 

 

 とんでもない企画が皆さんの中から出てくるものですね、いや、それはやばいですって! 

 

 というか、これルドルフ会長見てますからね? それ書いた人消されちゃいますよ? 

 

 あの人怒らせたら本当に怖いんですから。

 

 まあ、私は慣れてますけど(すっとぼけ)。

 

 こうして、アフチャンネルは大盛況で幕を閉じました。

 

 次ちゃんとやるときは企画考えとかなきゃですね。



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海外G1編
海外遠征


 

 

 みんなー! パスポートは持ったかー! 

 

 はい、皆さん大好きアフトクラトラスです。さて、いよいよ海外に私が渡るときが来たみたいですね。

 

 私は一度ドバイに行ってますからね、はい、なんの問題もありません。ちゃんと手続きを済ませてパスポートはちゃんとありますし。

 

 でもなぁ、皆に会えなくなるのは寂しいなぁ、ノリが良い人達ばかりですし。

 

 

「アフ、行くぞー」

「早く来い」

「はいはーい」

 

 

 アンタレスの皆さんから呼ばれて旅行バッグを引きながら合流する私。

 

 頑張ってくるよ! グッバイ日本! フォーエバー日本! アイルビーバック日本! 

 

 行く前にナリタブライアン先輩から駄々こねられたのはいささか面倒くさかったですけどね、あの人はもう……。

 

 

『やだ! 私も行くぞ!』

『いやいや、やだって……』

『私も行くぞ! 半年以上お前がいない生活なんて耐えれそうに無い! ついでに海外G1も取る!』

『えー……』

 

 

 海外G1レースがついで扱いですか。

 

 というか、ブライアン先輩いつからこんなポンコツみたいな面を見せるようになったんですかね? 

 

 私に甘えて来ているだけかもしれませんけども、あ、添い寝はもう慣れました。ぬいぐるみ役が完全に定着しちゃいましたね。

 

 私の寝床には必ずウマ娘が寝ています。

 

 たまに全裸同士や下着姿同士で寝ていることもしばしばあるので慣れました。

 

 かといって如何わしい事とかは特にしてないんですけどね。

 

 残念だったな、私はまだ生娘だよ!

 

 あ、違うわ、ウマ娘だったわ。

 

 

「妹弟子……、わかってると思いますが……」

「えぇ、もちろんです、気を引き締めて……」

「違います、飛行機の中では重しを付けっぱなしにしてはいけないという話です」

「……あっ、そういうこと」

 

 

 という事で致し方なく手足の重石を外した私はそれを近くにいる職員の方に渡すが、それがえらい事になった。

 

 なんと、職員がその重さに耐えきれず重しを持ち運ぶ事が出来なかったのである。

 

 しまったなぁ、つい癖で寮で外してくるの忘れてましたよ。

 

 感覚的にはアレです、家にスマートフォン忘れて来ちゃったな的な感覚。

 

 もー私ってばうっかりさんなんですから。

 

 そんな私でしたが、義理母は私の顔を見つめるとこう問いかけてくる。

 

 

「アフ、体の調子はどうだ?」

「どうって? いつも通りピンピンしてますよ!」

「……そうか、なら良い」

 

 

 義理母からの言葉に首をかしげる私。

 

 珍しいですね、義理母がそんな事を聞いてくるなんて、身体の調子は特には問題無いです。

 

 あれから胸の痛みもありませんし、フラつきとかもなかったですから。

 

 

「アフはやっぱり落ち着くなぁ……」

「あーっ! ちょっと! 先輩! 何馴れ馴れしくしてるんですかっー!」

「んぁ?」

 

 

 そう言って通常運転で肩を組んでくるナリタブライアン先輩に声を上げるメジロドーベル先輩。

 

 私からマイナスイオンでも出てるんですかね? 落ち着くって何? ぬいぐるみだから? あ、ちなみに私の胸の柔らかさが人をダメにするソファと同じくらいあるとか言われました。

 

 別に嬉しく無いわ! なんだよ! その例え!

 

 おかげさまでワイワイと相変わらず周りは騒がしい、もう慣れましたけどね、慣れちゃダメなんですけども。

 

 全くもう、私のレースをしに行くだけなんですから仲良くしてほしいものです。

 

 やめて! 私のために争わないで!(棒読み)。

 

 

「アフちゃん♪ 今日は席隣同士で座りましょう、良いわね?」

「アッハイ」

 

 

 顔がめちゃくちゃ近いですドーベルさん!

 

 あ、でも良い匂い、すごいフローラルな香りがするぅ(杉田並感)。

 

 という事で、私は半ば強引にメジロドーベルさんの横に着席、うーん、この。

 

 ちなみに身体に付けてた重石は職員さんが無事に預かってくれることになりました。凶器だなんて心外な! 確かにめちゃくちゃ重いですけどね、うん、あれ付けたまま殴られたり蹴られたりしたら凶器だな確かに(白目)。

 

 まあ、なんにせよ、話は逸れましたが飛行機に乗るのも久しぶりですねー、ドバイに行った時以来でしょうか? なんにしても次のレースは気を引き締めないと。

 

 

 

 

 イギリス。エプソムダウンズ。

 

 ここ、エプソムダウンズにて、一人のウマ娘がイギリスダービーが行われるであろうこの地で調整を行なっていた。

 

 広い芝の上をまるで切り裂くように駆けるその姿は惚れ惚れするほど美しく、長く束ねられた綺麗な黒と白が入り混じる芦毛の長髪はターフに映えるようであった。

 

 そんな彼女を遠目に静かに見守るウマ娘、同じく青いカチューシャをし、芦毛の短髪に黒いメッシュが入った特徴的な髪をした彼女は建物に身体を預けたままチラリとストップウォッチのタイムを確認する。

 

 

「……2秒短縮か、まあまあね」

 

 

 彼女はそう呟くと、走り終えた黒と白が混じる芦毛の長髪を束ねているウマ娘に近づいていく。

 

 短縮できていたとはいえど納得できる出来ではない、そんな雰囲気を醸し出している彼女の顔を見た黒と白が混じる芦毛の長髪をしたウマ娘は肩を竦めて引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「デイラミの姉者、言いたいことはわかってるよ」

「……そう、なら特段私から言うことは無いわよ」

 

 

 そう言うとデイラミと呼ばれたウマ娘は静かにストップウォッチを芦毛の長髪を束ねているウマ娘へと投げる。

 

 彼女は渡されたストップウォッチのタイムを確認すると『やっぱりね』と呟くとそれをデイラミに投げ返した。

 

 

 デイラミ。

 

 アイルランドが誇る最強ウマ娘である。

 

 そのG1勝利数は7勝、その中には世界から集まる悪鬼羅刹達がひしめき合うブリーダーズカップターフやキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス が含まれている。

 

 G1勝利数、7勝と言えば日本のシンボリルドルフと並ぶほどの記録である。

 

 とはいえ、国内での7勝というわけでは無いが、それでもG1レースを7つも勝利し、世界のウマ娘と渡り合っている彼女の強さは誰もが尊敬し、崇めるものであった。

 

 そして、そんな偉大な姉を持ち、今現在、その姉デイラミをトレーニングに付き合わせている彼女こそ、アイルランドでデイラミと共に最強姉妹と呼ばれているアフトクラトラスが戦う事になるであろう怪物であった。

 

 

 緑の髪留めで束ねた黒と白が入り混じる芦毛の長髪、黒く澄んだ眼差し、そして、ジーンズのショートパンツから真っ直ぐに伸びるしなやかで健康的な肢体は色気を醸し出していた。

 

 ナリタブライアンと同じく白いシャドーロールを鼻につけ、胸元を強調するようなヘソ出しの黒いチューブトップは観客を大いに賑わす事だろう。

 

 彼女こそ、デイラミの妹、怪物ダラカニである。

 

 

「イギリスダービー、行けそう?」

「さぁ、走ってみないことにはなんともね、ただ、今の調子だとちょっと不安かな」

「そうね、私もそう思うわ」

 

 

 秒数を短縮してもなお、本調子では無い。

 

 本来の走りを知っているからこその言葉であった。

 

 正直言って、今の調子でもイギリスダービーを勝てる自信はある。だが、それでも妥協はしない、もっとクオリティの高い走りを追求する。

 

 だからこそ、自分達が怪物と言われている事を二人はよく理解していた。

 

 

「アフトクラトラスかしらね? 確か」

「……あぁ、日本から来るウマ娘、最近、話題になってたね」

「どう思う? あのウマ娘、私もレースは録画してあるものを見たのだけれど」

 

 

 そう言って、小さく首を傾けてダラカニに問いかけるデイラミ。

 

 今、イギリスダービーで注目されているウマ娘、ダラカニと同じく無敗のままこのレースに参加するであろう日本のウマ娘。

 

 その強さはすでに知れ渡っており、ダラカニとの直接対決には大いに注目が集まっていた。

 

 だが、ダラカニはため息を吐くと肩を竦めてデイラミにこう告げる。

 

 

「眼中に無いかな、録画した走りも見たし、色々と話を聞いたりしたけれど、あれなら私の相手に足らないと思う」

「……へぇ、どうしてかしら?」

「非効率な練習とトレーニング、走り方、見ていて勿体ないと感じたよ。トレーナーは果たして無能なのかな? と思わず思ってしまったね、……ただの有象無象の一人だと思う」

 

 

 そう言って辛辣な言葉を連ねるダラカニ。

 

 負ける気は微塵もしなかった。非効率な練習、そして、根性や鍛えて強くなるという妄信、どれもが鼻で笑ってしまいたくなるようなものばかりだ。

 

 鍛えて強くする? 違う、元から強いのが普通なのだ。

 

 自身に挑んでくる雑魚は幾らでも見てきたが、どれも取るに足らない者達ばかりであった。

 

 フランスダービーに出なかったのも、あのネオユニヴァースを模擬戦を兼ねた併走でコテンパンにし、その手ごたえの無さに失望したからに他ならない。

 

 まあ、きっと彼女ならばフランスダービーくらいなら取れるだろう、ただし、自分が居ないレベルが落ちたフランスダービーだが。

 

 

「ま、実際見て見なきゃわからないところではあるけどね? ……確か凱旋門取るって言ってるんだっけ? 彼女」

「そうらしいわね」

「ちゃんちゃらおかしな話だねぇ……、凱旋門の敷居の高さを理解してないと見えるなぁ……」

 

 

 そう呟くダラカニは背筋を伸ばしながら深呼吸を入れる。

 

 凱旋門賞はそれこそ、タガが外れた怪物達が集う、世界の1番を決めるレースである。それに挑む資格があるのは本物だけ。

 

 ダラカニはアフトクラトラスを本物であると全く認めていなかった。

 

 現在、アメリカで活躍しているミホノブルボンの義理の妹という事もあって多少なり期待を寄せてはいるつもりなのだが、少なくとも情報を集め、見たり聞いた限りでは期待に添えないだろうとしか思えない。

 

 そんなウマ娘には早めに引導を渡してやるのがせめてもの情けだろう。

 

 

「日本なら私達と張り合えるのは唯一、ビワハヤヒデ姉妹くらいでしょうね」

「あっはっはっ! あの程度で張り合えるとは私は思えないけどねぇ!」

 

 

 デイラミの言葉に笑い声を上げて小馬鹿にするように告げるダラカニ。

 

 自分達が最強、自分達こそが最強。

 

 そのそぶり、言動はまさしくエゴの塊であった。

 

 だが、海外の幾千、幾万の実力あるウマ娘達を相手に勝ち続けるということはそれだけ自我が強くなければ成し得ないのかもしれない。

 

 

「まあ、長い付き合いになるかもしれないからさ、軽くコテンパンにしてやることにするよ」

「気は抜かない事ね、今の調子の貴女なら負けてしまうかもしれないわよ?」

「そうならないように万全のコンディションに仕上げるよ、安心しときなよ姉者」

 

 

 デイラミにそう言い聞かせるダラカニは肩をポンと叩き笑みを浮かべる。

 

 慢心と侮りは違う、格下相手だろうと関係はない。

 

 やるべき事はしっかりとしておくのが一流というものだ。確かに取るに足らない相手であったとしても自分の走りには妥協はない。

 

 日本のウマ娘がどんなレベルであったとしても、自分には関係ない事だ。

 

 

 そして、怪物姉妹は再び、コンディションを整える為のトレーニングを再開させる。

 

 天才はいる。才能というものに愛されたウマ娘達は大勢いる。

 

 その天才を倒せるのは、もしかすると、同じく才能に愛されている天才じゃなければならないのかもしれない。

 



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邂逅

 

 

 

 やっほー! アッフだよ!(唐突)。

 

 はい、というわけでね、着きましたよイギリス。

 

 ひゃー、外人の人がいっぱいだー、しゅごい、これがイギリスですか。

 

 あ、ちなみに私達が今いるのはロンドンです。ベイカーストリートとかちょっと行ったりしてみたかったんですよね。

 

 日本食以外の食べ物なんかもこの機会に食べたいなーなんて思ったり。

 

 ふふん、海外ということで、私服も気合い入れましたからね今回はね! 

 

 外国ってこともあって、ジーンズのショートパンツ! そして、ヘソ出しTシャツ!上に軽く赤いシャツを羽織ってみました。

 

 

「アフ、大胆な格好だなお前」

「えへへー、可愛いでしょうこの服」

「というか、悩殺するような格好なんだが」

 

 

 そう言って、苦笑いを浮かべるナリタブライアン先輩。

 

 悩殺は流石に言い過ぎですよー、確かにちょっと露出は多いかもですけども。

 

 アフちゃんも海外仕様というわけです。

 

 

「まあ、こんくらいなら問題ないですよ、たまにはスカート以外も履きたかったですし」

「まあ、確かに機動性は良さそうだな」

 

 

 そう言って、尻尾をフリフリしながら上機嫌に答える私、ふふん、我ながら良い買い物をしたものです、えぇ。

 

 後、イギリスは個人的に好きです。

 

 まあ、フランスやスペインとかも好きなんですけどね。

 

 なんでかって? あの田舎感というかカントリー感があるのが好きなんですよ。

 

 私、人混みが苦手なんですよねこう見えて。

 

 だから、私が地方が大好きなのはそういうところです。

 

 私が血気盛んなのはあれです、将来は修羅の国、福岡で余生を過ごしたいなーって思っているからですね、はい。

 

 東京よりも埼玉、千葉、群馬、茨城の方が好きです。

 

 あんなところに人詰め込んだらだめですよ。

 

 まあ、大阪も人多いですけど人はあったかいんで人情に溢れてる街ですからね。

 

 名古屋も串カツが美味しいです。あと色んなものが大盛りなのが好き。

 

 なので、トレセン学園は北海道に作るべきだと思います。

 

 東京も確かに色んな場所があって便利なんですけどね、私はトレセンの寮だから良いんですけど東京はあれです、人がおおすぎ内。

 

 あんな人口密集地帯とか息が詰まりますね、それだけ人口がいればね…、私が田舎っぺなだけですね、都会より自然が大好き、だってウマ娘だもの。

 

 てな話をオグリ先輩とメイセイオペラ先輩にしたら頷いて共感してくれた挙句ハグしてくれました。

 

 では、今日本で1番熱いところはどこ?

 

 正解は佐賀です。嘘です、ごめんなさい。

 

 強いて言えば、ゾンビのアイドルグループとか、ガタリンピックとか……まあ、そこはゾンビのアイドルグループさんが色々紹介してくれると思います。

 

 やっぱり、地方は最高だと思います。この際、首都、北海道にしたら良いのに、土地1番デカイですし、人も密集しませんしね。

 

 まあ、私は住みやすくて人が暖かくてそれなりに便利な街に住みたいなというだけです。

 

 なので、イギリスは良いなーって、ほら、フットボール熱も凄いですし地方愛に溢れてる国だなって感じるので。

 

 さて、話を戻しましょうか、という訳で私達は下宿先に移動。

 

 とは言ってもホテルなんですけどね、ここからさらに調整のため荷物を置いてそそくさと準備してトレーニング場に向かいます。

 

 

「さてと、それじゃ早速、調整に移りましょうかね」

「そうですね、妹弟子、私のトレーニングについてこれますか?」

「愚問ですよ、姉弟子」

 

 

 準備体操をしながらそう言って、互いに笑みをこぼす私と姉弟子。

 

 こうして二人でトレーニングするのも久方振りですね。ライスシャワー先輩は次のレースがあるので日本に残っていますけれど、やはり、姉弟子とのトレーニングはしっくり来ます。

 

 見よ、この二人揃ってのこの柔軟性! 

 

 ペターンと地面に足を全開にして体もペタリんこ、いやはや、こう言うときにはやはり日頃の成果が出ますな。

 

 

「ぬーん……」

「アッフ、お前体柔らかすぎだよな、ほんと、なんでそんな体勢ができるんだか……」

 

 

 変な掛け声と共にあり得ない方向にストレッチをする私にツッコミを入れるブライアン先輩。

 

 怪我しない秘訣は柔軟性ですからね、特に私は柔軟性がある筋肉が多くついているのでこんな体勢も可能なのですよ。

 

 ただし、私の身体は反面、感度も良いのが難点なのですぐ即堕ちします。

 

 だからあまり敏感なところは刺激しないでくださいね? ……するなよ、絶対するなよ! 

 

 

「さて、では海外のターフに慣れるところから始めましょうか」

「……なんか、日本と感触が違いますね」

 

 

 準備体操が終わり、姉弟子の言葉を聞いて改めて、芝を確認する私。

 

 なんか踏み応えがあるというか、足を取られそうというかなんとも言えない感覚ですね。

 

 そんな中、私の背後から現れる鬼が一人。

 

 このプレッシャーは一体……! 心なしかゴゴゴゴゴッという擬音が聞こえてきそうです。

 

 怖いよー背後向きたくないよー。

 

 うん、何が立っているのか、すでに察しがついているんですけどね? 

 

 冷や汗が背中にたらりと流れます。フラッシュバックする走馬灯の数々。

 

 

「さて、アフ、ブルボン、久々の師弟揃ってのトレーニングだが、覚悟はいいだろうな?」

「も、ももももも勿論ですっ! わ、私とて、伊達に己を追い込んでいませんかららららら」

「声が震えてるぞアフ?」

 

 

 私の返答に冷静にツッコミを入れるナリタブライアン先輩。

 

 こ、怖くなんてないんだからね! か、勘違いしないでよね! ね! 

 

 義理母からケツを叩かれる日々がまたこうして幕を開けるんですねー、私のお尻が叩きごたえがあるとか言ってるやつは正直に前に出なさい。

 

 

「では、早速はじめるがまずは……──」

「……へぇ、貴女がアフトクラトラス?」

 

 

 トレーニングの準備が整い姉弟子と私が義理母の前で話を聞いている最中であった。

 

 どこからか声が聞こえて来ると共に私はそちらへと振り返る。すると、そこに居たのは異様な雰囲気を醸し出している二人のウマ娘達であった。

 

 長く束ねられた綺麗な黒と白が入り混じる芦毛の長髪、透き通るような白い素肌が見える露出が高いジーンズのショートパンツ、色気を醸し出している黒のチューブトップの上から白いシャツを着崩すように羽織っていた。

 

 まるで、モデルのように綺麗な人だなーというのが私の第一印象だ。

 

 

「……ダラカニ……」

「……えっ!? だ、ダラカニさんなんですか!? この人がっ!?」

 

 

 義理母が呟いた言葉に驚くように声を上げる私、いや、確かに雰囲気はあったが、まさかダラカニさんがこんな綺麗な方だとは思いもしませんでした。

 

 めちゃくちゃ美人です。びっくりです、あと、格好がものすごくその……色っぽすぎる。

 

 

「……録画で見た通りね、本当に小さいわね貴女」

 

 

 だが、そんな美人からでた私への第一声は辛辣な言葉でした。

 

 その言葉を聞いた私は思わず固まってしまいます。なんだ、この人、会って間もないというのにいきなり。

 

 カチンとは来ましたけど、まあ、小さい可愛いとかは良く皆さんから言われ慣れてるんでこれくらいならなんの問題もないです。

 

 だが、二言目からはちょっと事情が違ってきた。

 

 

「私がこんなのとレース? はっ! ジョークがキツイわよねー……」

「……は?」

「貴女達バカみたいなトレーニングばかりしてるんでしょう? そこのトレーナーと一緒にさ、イギリスまできて見苦しいと思わないのかしら?」

 

 

 煽ってきよったのですよ、しかも割とガチ目に、これには流石に私もカチンと来てしまいました。

 

 しかし、ダラカニは笑みを浮かべたまま、そんな私の表情の変化を目の当たりにして、こう告げてきます。

 

 

「なんなら今、ここで貴女に併走して現実を教えてあげましょうか? ……本来ウマ娘っていうものがどういった意味を持つ存在なのかっていうのをね」

 

 

 私は優しいから、と付け足して笑い声を上げるダラカニ、プライドの塊というか、何というかここまで言うからにはよほど自信があるのだろう。

 

 表情を曇らせたら私はその提案、つまりは喧嘩ですね、買ってやることにしました。

 

 上等だこの野郎と、急に現れてなんだこの野郎ってなったわけですよ。

 

 

「その喧嘩買いましたよ、レース場に出ろコラ」

「おい! アフ!」

 

 

 一度闘志が付けば、止まりません、義理母が制そうとしてきましたが、私は問題ないと親指を立てて応えます。

 

 レース前、しかもこちらに来たばかりですが、こんな奴に負けてたまるか。

 

 相手があの天下のダラカニでもナンボのもんじゃいという気持ちでした。

 

 ウマ娘たるもの、走りで黙らせるのが手っ取り早い、そう思ったわけです。

 

 すると、姉弟子はもう片方のダラカニの付き添いで来ていた青いカチューシャをし、ジーンズと白いキャミソールを身に纏う芦毛の短髪に黒いメッシュが入った特徴的な髪をしたデイラミに話しかける。

 

 

「……どういうつもりですか」

「どうもこうも見ての通りよ、あの娘が聞こうとしなかったものでね」

「どうせ、レースで走ることになるんですからここで妹弟子とあの娘を走らせる必要性があるとは思えません」

 

 

 姉弟子はそう言って、真っ直ぐにデイラミを見据えながら告げる。

 

 だが、デイラミはそんな姉弟子の言葉に肩をすくめると笑みを浮かべたまま、ゆっくりと語りはじめた。

 

 

「それが共に走るに値するウマ娘ならね、貴女も海を渡って受けたでしょう? ……洗礼というやつを」

 

 

 そう言って、意味深な言葉を姉弟子に投げかけるデイラミさん。

 

 姉弟子はその言葉に静かに視線を逸らすと沈黙する。そう、あれは自分がアメリカに来たばかりだった。

 

 そこで待っていたのは、燃えるように赤い髪をしたウマ娘であった。彼女はアメリカの生ける伝説、そう、アメリカに住む人間が知らないほどに有名なウマ娘だ。

 

 その名はビッグ・レッド、彼女はアメリカの主流とするダートレースならば全てのウマ娘の頂点に君臨するウマ娘であった。

 

 

「……嫌なことを思い出させてくれますね」

 

 

 姉弟子は静かにそう呟く、握る拳には力がこもっていた。

 

 姉弟子が受けたのはそのビッグ・レッドからの鮮烈な歓迎だった。何故ならば、主流としているダートではなく、なんとターフでミホノブルボンの姉弟子は彼女に完敗したのである。

 

 ターフならば負けるはずがない、そう確信していた、だが、彼女はそんなミホノブルボンの姉弟子を突き放すような圧倒的な強さを持っていたのである。

 

 これが、世界の強さだと、まざまざと見せつけられるような気分だった。

 

 世界には自分のようなウマ娘はごまんといる。

 

 小さな島国で最強を謳うのはなんと愚かだと、彼女から姉弟子は実力という形で突きつけられた。

 

 ビッグ・レッド、その名はセクレタリアト。

 

 赤い栗毛の絶対王者はアメリカ遠征に意気込むミホノブルボンの姉弟子の前に立ち塞がる巨大な壁だった。

 

 

「……まあ、貴女のその後の活躍はそれが大きかったんでしょうけど」

「…………」

「あの娘にも必要でしょう? 自分が今から挑もうとしているものがどういうものか、という事はね?」

 

 

 姉弟子にそう語るデイラミは笑みを浮かべ、静かに併走をこれから行う私とダラカニの方へと視線を移す。

 

 最強のウマ娘を目指すということがどういうことか。

 

 そこには多大な積み重ねは勿論、精神力、いや、全ての能力が高い者でなければならない。

 

 その中のほんの一握りが、最強への頂に登れる。

 

 私は隣にいるダラカニへと視線を向ける。

 

 このウマ娘は私が倒すべきウマ娘だ。この先に立ち塞がる障壁だ。

 

 静かに身構える私とダラカニの二人、そして、その火蓋が……切られた。



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世界の頂

 

 

 イギリス、エプソム競馬場。

 

 ここにあるウマ娘が一人、誰もいないレース場を静かに見つめていた。

 

 満員となるこの晴れの舞台、静かにその舞台を見つめる彼女の横顔は惚れ惚れするほど美しく整っていた。

 

 栗毛の綺麗な癖のあるセミロングの髪が風に揺れ、この世の者とは思えないほどの言葉に言い表すことのできない雰囲気を醸し出している。

 

 彼女を言い表すならば、まるで彫像のよう、素晴らしく綺麗な芸術品だ。

 

 白いワンピースに透き通るような水色の瞳、そこに映るのはただただ綺麗な絵となる聖女のようなウマ娘の姿であった。

 

 

「……シーバードここに居たのか、少し気が早いんじゃ無いのか?」

 

 

 すると、そんな彼女の元にあるウマ娘がやってくる。

 

 気の強そうな眼差し、鹿毛の短い髪に背は小さく、それでいて異様なまでに悪巧みを考えてそうな八重歯が目立つ。

 

 一言で言うと、アフトクラトラスにどこか似通った雰囲気を醸し出しているウマ娘だ。

 

 その証拠に身体の一部の部分では自己主張が激しい。

 

 ワンピースを着た彼女は名前を呼んだウマ娘の顔を見ると思わずクスリッと笑みを溢した。

 

 

「そういう貴女こそ、何をしているのかしら? リボー」

「ははっ、そりゃまあ、お前さんと同じだよ」

「まあ、変なとこで似た者同士ね!」

 

 

 そう言いながらシーバードと呼ばれたウマ娘は嬉しそうに手を叩き、にこやかな笑顔を浮かべて告げた。

 

 この二人、シーバードとリボー。

 

 言うまでも無いだろう、今ある全てのウマ娘、あらゆるウマ娘の中でも頂点に位置するウマ娘達である。

 

 

 シーバード。

 

 英ダービーを本気を出さず勝ち、史上最高級のメンバーが揃った凱旋門賞も圧倒的な強さで制覇した20世紀世界最強のウマ娘である。

 

 その強さは圧巻の一言、全世界の中でも彼女が1番であると言わしめ認めさせたウマ娘。

 

 今いるあらゆるウマ娘達の中でも、頂点に位置するまさしく最強を誇るウマ娘なのである。

 

 

 リボー。

 

 圧勝に次ぐ圧勝で凱旋門賞2連覇・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS制覇など生涯戦績16戦全勝の成績を残した伊国の誇る最強のウマ娘。

 

 シーバード、セクレタリアトと続き、選ばれた世界ウマ娘、トップスリーの一人である。

 

 その強さは戦績を見れば明らかだろう、未だに負けはなく、これから先も負けるつもりは無い、それが、この最強ウマ娘、リボーなのである。

 

 

 世界の頂点、まさしく頂。

 

 

 この二人が集まる事を見ることなど滅多に無い、だが、二人がこうして集まったのには当然ながら理由があった。

 

 

「なんとなく久々に来てみたくなっちゃってね」

「ほーん、私はこのレース場にはあんまし思い入れはないんだけど、来週のレースが気になってなぁ、まあ、お前がいるって聞いたのもあるけど」

 

 

 そう言いながら、シーバードの横にリボーはゆっくりと腰を下ろす。

 

 イギリスダービー、これには各国の名だたるウマ娘達がやってくる。それだけ、イギリスという地はウマ娘の歴史が長い国なのだ。

 

 伝統のレースに集まる強豪達の中にはもちろんシーバードやリボーのような怪物もいる。リボーが来週のイギリスダービーを気にするのも致し方ないだろう。

 

 しかし、それだけではないだろうとシーバードは首を小さく傾げるとリボーにこう問いかけた。

 

 

「あら、私に何か用なの?」

「はっ! すっとぼけんなよ、知ってる癖に」

 

 

 そう言いながら、リボーはケケケと笑いをこぼしながらシーバードを見つめる。

 

 互いに視線を交わせばよくわかる。リボーはシーバードに目で語っていた。早く、世界の頂を自分に譲り渡せと。

 

 だが、一方でそんなリボーの言葉にシーバードはクスリッと笑みを浮かべる。

 

 

「それならまずは貴女、セクレタリアトを倒すのが先ではなくて?」

「まどろっこしいのが嫌いなもんでねぇ」

「ふふ、貴女らしいわね、でもダメ、今の私はね来週のイギリスダービーが楽しみでそんな気分では無いのよ」

 

 

 そう告げるシーバードはにこやかにリボーに答えた。

 

 今の二人の絵図を見るとまるで天使と悪魔のようにも見える。

 

 シーバードの言葉にやる気を削がれたリボーは肩を竦めると仕方ないとばかりに彼女の隣にドカリと腰を落ち着ける。

 

 シーバードはそんなリボーの姿に目を丸くしながら変わらずにニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 

「なんだよ、ジロジロ見やがって」

「うふふ、ごめんなさい、つい。やっぱり似てるなぁって思って」

「はあ? 似てる? 私が? 誰にだよ」

 

 

 唐突にシーバードから投げかけられた言葉に不機嫌そうに告げるリボー。

 

 似てるなどとんでもない、自分は唯我独尊、ただ一人、誰かに似るなど言われると気分が悪い。

 

 シーバードの言葉に眉をひそめるリボーだったが、そんな彼女を他所にレース場に視線を移したシーバードは続けるように語りはじめた。

 

 

「……日本から来る、小さなウマ娘に貴女がそっくりなのよ」

 

 

 シーバードはなんの躊躇もなくそうリボーに言い切った。

 

 雰囲気、性格、身体つき、似通っているウマ娘、しかも、日本のダービーを制し、はるばるこの地にやってくる。

 

 実に面白そうだなとシーバードは思った。

 

 彼女ならなり得るだろうか? 自分を満たす為の存在に。

 

 リボー、セクレタリアト、確かに彼女達は強い、そして、実力のあるウマ娘達だ。

 

 自分達に匹敵するウマ娘が出てくれるのは大歓迎である。そうでなくてはむしろ面白くない。

 

 天使のようなシーバードの内側はどこまでも貪欲で、さらなる強者を求めているのだった。

 

 

 

 一方、エプソムタウンのトレーニング場。

 

 私とダラカニは共にスタートを切り、互いに譲らない走りを繰り広げていた。

 

 身体の差はあれど、それはさして問題にはならない、だが、慣れない芝の感覚がどうにも私の中で引っかかって仕方なかった。

 

 思うように加速できていない気がするのだ、地面を蹴り込んでいるのに足を取られたような感覚がする。

 

 

「クッソ……!」

「あら? 随分と走り辛そうね?」

「うっさいっ!」

 

 

 私は忌々しそうに隣に居るダラカニを睨む。

 

 確かに強い、当たり前だ、相手はあのダラカニである。

 

 私の記憶が正しければ、彼女は相当な実力を保持している怪物だ。今まで戦ってきたウマ娘達に比較しても誰よりも強い。

 

 

「そんな調子じゃ私には勝てないわね?」

 

 

 あーうっさいうっさい! 

 

 隣で走るダラカニの煽りにいちいち気にしていては致し方ないのであるが、いちいち癇に障る。

 

 だが、彼女はそんな私にゆっくりとこう語りはじめた。

 

 

「ねぇ? 知ってるかしら? 周りから強いと言われるウマ娘は3つに分けられるの」

「……ハァ……ハァ……」

 

 

 私は余裕を持って語りはじめるダラカニに首を傾げる。

 

 何を急に語りはじめるのか? そもそも、チームのエースだなんてなんのこったって話ですよこちらからしてみれば。

 

 付き合ってられるかと話を無視する私にダラカニは続けてこう語りはじめる。

 

 

「強さを求めるウマ娘、プライドに生きるウマ娘、そして……状況が読めるウマ娘よ……、貴女は果たしてどのウマ娘なんでしょうね?」

 

 

 すると、そこでダラカニさんの身体がブレた事に私は気がついた。

 

 身体がブレる、というのは普通、あまりレースならばよくない兆候だ。それは、タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩のレースを見ていればわかるだろう。

 

 身体をブラせばそれだけのタイムロスが生じてしまうのである。

 

 だが、今回はどこか違っていた。そう、ダラカニは明らかにあの時とはまるで様子が違うブレ方だ。

 

 彼女は身体の上半身を反らしたかと思うとそこから……。

 

 

「シッ……!?」

「……はぁっ!?」

 

 

 グンッと一気に加速した。

 

 まるでロデオみたいな動き、いや、上半身を後ろに引いて一気に反動をつける事で加速しているが身体の軸は全くブレてない。

 

 ドンっと加速すると、私と既に一身差離れていました。なんつー脚力してるんだあの人。

 

 

「くっそが!」

 

 

 私も負けじと対抗して身体を屈ませギアを上げます。

 

 ですが、やはり差はなかなか縮まらない、というか上手く加速できていないそんな気がしました。

 

 感触でわかります、芝に踏み込めてる感覚がどこか薄いんですよ。

 

 

「……へぇ、それが貴女の走り……」

 

 

 ダラカニは背後から迫る私に頬を吊り上げる。

 

 面白い、素直にダラカニはそう思った。

 

 慣れない芝に足を取られ、思うように走れていないのは見ていれば明らかだ。しかし、それでも心を折る事なくこうして食らいついてくる。

 

 プライドからか、それとも、アフトクラトラス自身が持っている才能か定かではない。

 

 定かでは無いが、しかし、異様な伸び脚は鬼気迫るプレッシャーをダラカニに感じさせた。

 

 負けてたまるか、こんな奴に。

 

 

「確かに凄い伸び脚、賞賛に値するわ……。でもね……」

 

 

 食らいつく私を見て余裕のある笑みを浮かべるダラカニ。

 

 そして、次の瞬間、彼女の後ろ足が爆ぜたかと思うと一気に加速が上がる。

 

 これ以上、離されるのは不味い! 

 

 ギアをすかさず上げる私だったが、それでも差が縮まる気配はなかった。

 

 そして、併走はその平行線を辿り……。

 

 

「ゴール……、しょ、勝者……ダラカニ!」

 

 

 私は彼女を追い越せないままそのままゴールすることとなった。

 

 息を切らし、中腰になる私は愕然とした。

 

 いや、負けるとは微塵も思っていなかった。間違いなく私の方が彼女よりも練習をしている、積み重ねたものが違うはず。

 

 なのに、何故抜けなかった? ギアも上げた、最後は一気に抜けていけるはずだったのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……、なんで……っ! クソッ!」

「はぁ……はぁ……。何故か? 決まってるでしょう? それが力の差だからよ」

 

 

 息を切らしている私を見てダラカニは静かに告げる。とはいえ、彼女も肩で息をしているようで余裕とはいかない。

 

 それでも、これが力の差だとレースで結果を示したダラカニはアフトクラトラスに言い切ってみせた。

 

 

「……努力や根性で勝てるほどレースは簡単では無いのよ、そこの無能なトレーナーに伝えておきなさい、早く日本へ帰れってね」

「……ッ! この! クソ……ッ!」

「……ッ! やめろアフ!」

 

 

 ダラカニに殴りかかろうとした私をすかさず止めに入るナリタブライアン先輩。

 

 私を馬鹿にするのはまだいい、貶すのも別にいいだろう。

 

 だけど、実の親と慕っている義理母の悪口だけは絶対に許さない、一発ぶん殴らないと気が済まないのだ。

 

 だが、そんな私に向かって義理母は一言こう告げる。

 

 

「落ち着かんかッ! この馬鹿者がっ!!」

 

 

 その瞬間、周りは一気にシーンっと静まり返った。

 

 義理母は取り押さえられている私を静かに見据える。その眼で義理母が私に何を伝えたいのかは大まかに察することができた。

 

 ウマ娘のレースは実力の世界、それで、こうしてダラカニに負けたお前に何も言う資格はない。

 

 私は義理母から視線を背けるとブライアン先輩から掴まれている手を振りほどき、スタスタと早足でその場から去っていく。

 

 

「あら? どこに行くの……」

「……これ以上、アイツに関わるんなら私が相手になるが?」

「わぁ、怖い。……それも面白そうね?」

 

 

 静かに告げるブライアンの言葉におどけたように馬鹿にした口調で話すダラカニ。

 

 しかし、そんなダラカニの肩を背後から掴み真剣な眼差しを浮かべるデイラミは制するように彼女にこう告げる。

 

 

「今日はもう良いでしょう」

「えー……? 姉者そりゃないわよ、折角気に入らない奴らを二人も倒せる機会があるのに」

「良いから行くわよ」

 

 

 そう言って、デイラミから制止を受けたダラカニは舌打ちをすると仕方ないと肩を竦め、身体を翻して立ち去っていく。

 

 そんな彼女の背中を眺めていたブライアンは厳しい表情を浮かべ、アフトクラトラスとダラカニの併走を思い返した。

 

 あの走り、あれが、アイルランドの天才姉妹の妹、ダラカニの実力。

 

 正直言って、戦慄した。ワザと上体を後ろに下げ一気に加速するあの走りは見たことがない。

 

 ギアを上げたアフトクラトラスを近づけない粘り強さ、地力もかなりのものだった。

 

 確かにアフトクラトラスは海外の芝にまだ慣れておらず、上手く加速に乗れない様子ではあったもののこのようなレース展開になるとは思いもよらなかった。

 

 

「イギリスダービー……荒れるかもしれんな」

「……えぇ、あれが世界の走りの一端です」

 

 

 ナリタブライアンとミホノブルボンは立ち去っていくデイラミとダラカニの二人の背中を静かに見つめる。

 

 そして、立ち去って行くダラカニとデイラミの二人もまた、今日のレースについて話をしていた。

 

 アフトクラトラス、イギリスダービーであたる相手。

 

 その相手と併走とはいえ、挑発して共に走ることができた。そして、同時に新たな発見もすることができたのだ。

 

 デイラミは今日の収穫をダラカニに問いかける。

 

 

「どうだった?」

「……見ての通りだよ姉者、なかなか危なかったさ」

 

 

 問いかけられたダラカニは冷や汗を垂らしながらデイラミに告げる。

 

 余裕は保っているが、なかなかに危うい相手だった。

 

 正直、強がってブライアン相手に啖呵を切ってはいたものの、あのまま走っていたら多分、余力が足りずブライアンに負けていたことだろう。

 

 正直、侮っていた。あの身長であれだけの走りで迫ってくるとは予想だにしていなかった。

 

 

「じゃあ、決まりね……やることはわかっているんでしょう?」

「えぇ、レースまでには完全に捻り潰せるくらいに仕上げるわ……あのチビ……」

 

 

 ギリっと歯を噛みしめるように忌々しく告げるダラカニ。

 

 許しがたいが、認めざるを得なかった。

 

 確かにあのウマ娘には才能がある。力が出し切れなかったところを見てもまだあれ以上の余力は持っている筈だ。

 

 今回は勝ちはしたが本番はそうとは限らない。

 

 その証拠に足も軽く痙攣を起こしている。自分にここまでさせたあのウマ娘をこのまま迎え撃つなど愚の骨頂だ。

 

 

「今回のイギリスダービーは楽しめそうね……」

 

 

 彼女の様子を横目で見つめていたデイラミはほくそ笑みながらそう告げる。

 

 二人は日本から渡ってきた小さき挑戦者の認識を改め、全力でイギリスダービーへ臨むことを決意するのだった。

 

 

 イギリスの地で出会った初めての壁。

 

 

 私、アフトクラトラスにとって、このレースは苦い思い出と共に、負ける悔しさを痛感させてくれた出来事でした。



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悔しさをバネに

 

 

 

 

 レースの後、不機嫌な表情を浮かべた私は怒りのぶつけ先が無く、近くにあった小屋の壁を思いっきり蹴り上げていた。

 

 物に当たるのは良くないのは知っています。

 

 本当ならあんにゃろうに一発グーパンしたかった。

 

 

「くそッ! ……負けた、あんなのに負けるなんて!」

 

 

 そう、私の力足らずがそもそもの原因だ。

 

 ここまで公式戦無敗、確かに凄いことだ。

 

 だが、自分の走りが思い通りにいかないとあんな風に負けてしまった。差を縮めることが出来なかった。

 

 芝が言い訳になんてなるわけがない、そんなのは二の次だ。

 

 私自身の実力、それがあれだっただけの話。

 

 

「あの……アフちゃん、大丈夫?」

 

 

 そう言って、私の背後から恐る恐る心配そうに声をかけてくるウマ娘。

 

 メジロドーベルさんだ。

 

 私はハッ! っとしたように後ろを振り返ると笑顔を浮かべたままこう話し出す。

 

 

「……い、いえ、すいません……少しばかり気が立っていたもので」

「ううん、いいの、アフちゃんの気持ち、私もわかるから」

 

 

 メジロドーベルさんは優しげな笑みを浮かべたまま、私の手をそっと握る。

 

 私の気持ち……、うん、はらわたが煮えくり返る思いです。誠に遺憾である、遺憾の意です。これはいかん。

 

 ムスッとしてる私にドーベルさんは慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。なんかわかりませんが溶けそう。

 

 私は落ち込んだようにこう語り出す。

 

 

「……私の力足らずです……。……義理母に合わす顔がありません……」

 

 

 私は視線を逸らしながら絞り出すように声を震わせてそう語る。耳と尻尾はシュン……と項垂れてしまっていた。

 

 義理母の全てを否定されて、私は結果でもそれを訂正させる事が出来なかった。

 

 世界との壁、それを痛感した。

 

 併走してなければ分からなかっただろう、自分の力量、そして、今までに走った事のないターフの感触を把握出来なかったに違いない。

 

 

「うん……わかるよ、私も悔しい思いしたことあるから……」

「ドーベルさん……」

「でも、今日は本番じゃない、でしょ? 見返してやるチャンスはまだあるわ」

 

 

 ドーベルさんの言葉に私は目を見開く。

 

 そう、負けで終わりではない、負けた事こそ、価値があるのだ。

 

 悔しさ、己の力の足りなさを実感できた。

 

 何故負けたのか、どうすれば強くなれるのかもっと突き詰める事の出来るきっかけができた。

 

 

「それじゃ戻りましょ」

 

 

 そう言って、メジロドーベルさんは私の手を引いて姉弟子達の元に戻るよう促してくる。

 

 うん、やっぱりドーベルさんの手はあったかいなぁ……。

 

 ほら、みんなが大好きなヒヒ^~ンな展開ですよ、喜びなさい。え? もっと過激なのキボンヌですって? 

 

 普段から私の下着姿とか見ているんだから別に今更でしょう。というか半裸とか見てるじゃないですか、まあ、私が気にしてないだけですけども。

 

 そして、戻って早々なのですが。

 

 

「アフトクラトラスゥ! なんだあの走りはぁ! 鍛え直しだ! 来い!」

「ぴゃああああああ!?」

 

 

 首根っこを引っ掴まれて義理母からずるずると引き摺られて特訓に駆り出される事になりました。

 

 うん、知ってた。というかそのつもりだったんですけど何というかトラウマが……(ガクブル)。

 

 ほら、巨乳JKウマ娘が半泣きで助けを求めてますよ、誰か助けろ、いや、助けてください、なんでもしますから!(必死)。

 

 

「さあ! 走れ! 休んでる暇はないぞ!」

「イエスマムッ!」

 

 

 私はそこから、義理母にみっちりとしごかれました。

 

 まあ、練習内容は割愛します。何故ならば! もう皆さんはどんな練習をしてるかご存知の通りだからです! 

 

 芝に慣れるのも目的なんですけどね、ひたすら走ればそのうち慣れる、これは、かなり効果的だと思います。

 

 走りなれてない芝はやっぱり感触が違うのでね、あのアンポンタンをぶっ倒すにはやっぱり数をこなすのが1番です。

 

 

「……うん、タイムもだんだん良くなって来たな」

「いやいや、まだまだですよ、もっと短縮できます」

 

 

 走った後のタイムを計ってくれているナリタブライアン先輩は私のその言葉を聞いてニコリと笑みを溢す。

 

 向上心、これが何より大切です。

 

 非効率、合理的ではない、数より質、確かにそれもそうだろう。

 

 私はそれは重々承知です。ですから、私は質が高く、合理的なトレーニングをしつつ莫大な数をこなしているのです。

 

 あれ? 莫大な数をこなす時点で効率的ではないのでは? と思われました? 

 

 大丈夫です、私はタフですからね、何回戦でもバッチコイですよ(意味深)。

 

 

「妹弟子、併走しましょうか、まずはギアをどんどん上げていきましょう」

「ハァ……ハァ……、はい!」

 

 

 姉弟子との併走はやはり、身体に馴染みますね。

 

 本来の力を出しても問題ないのがやはり大きいです。とはいえ、もちろん身体には負荷を掛けてやるわけなんですけども。

 

 それから私は日が暮れるまでみっちりとトレーニングをこなすのでした。

 

 

 日が暮れて、ロンドンの街。

 

 地獄のトレーニングを終えた私はメジロドーベルさんと共に街を歩いていました。少しだけの自由時間ですが、せっかくロンドンに来たので気分転換にという感じでこうして観光をしているわけです。

 

 ロンドンの街並みはやはり良いものですねー、ワクワクします。

 

 まずはやはり、バッキンガム宮殿ですよね! それに、ビッグ・ベン! 

 

 なんかビッグ・ベンって聞くと魔術師が居そうだなーとか思っちゃいます。ロマンがありますよね。

 

 

「……んー、これがフィッシュ&チップス……」

 

 

 そして、何より初の本場のフィッシュ&チップスを食べれたことには感動しました。

 

 イギリスってメシマズみたいなイメージがあったんですけどね、意外といけます。モグモグ。

 

 それからセントポール大聖堂に、タワーブリッジ! 

 

 ロンドン・アイは外せません! 

 

 行きたいとこがたくさんありすぎて困るなー、うん、満喫したい(願望)。

 

 てな具合で、メジロドーベルさんといろんなところを見て回って、色々と楽しんでいたわけなんですけども当然、ナンパされました。

 

 

「ヘイ!」

「ほぇ……?」

 

 

 外国人の人に声をいきなりかけられた時はびっくりしましたけどね。

 

 しかも、外国人の方ってイケメンが多いじゃないですか、何故かカフェにいたドーベルさんと私が声を掛けられたわけですけど私英語はさっぱりでして(ポンコツ)。

 

 代わりにメジロドーベルさんが通訳してくれました。なんで英語できるんだろ? あ、そういえばメジロ家のお嬢様でしたね。

 

 話を聞くとなんとこの外国人のお二人、オックスフォード大学とケンブリッジ大学の学生さんだったことが判明しました。

 

 道理で爽やかなイケメンな筈ですよ。

 

 

「……ウマ娘に興味があるんですって、少し話したいそうだけどどうする? アフちゃん?」

「せっかくですから、良ければ話を聞きたいですね」

 

 

 というわけで大学生のお二人とお話をすることに。

 

 オックスフォードとケンブリッジってどんだけ頭良いんだろうこの人達。

 

 しかも、かなり紳士的というね、さすがイギリス、紳士な人が多い国です。

 

 まあ、私は英語はさっぱりだったんで通訳はドーベルさんにお願いしたんですけども、名前はそれぞれジョンとルーカスというらしいです。

 

 なんか頭の良い話と為になる話を二人と交わしながら、私達の話もそれとなく話しつつ次第に打ち解けました。

 

 それから、二人とフレンドになりました。

 

 その後、連絡先を交換したのちに別れることに、いやー、外国に来るとこういう出会いがあるから面白いですよね。

 

 後で聞いたんですけど、メジロドーベルさん曰く、私はめっちゃジョンに口説かれていたらしい。

 

 言葉がさっぱりだったんで、わかんなかったんですけども、そういや、それっぽい単語も言ってたような気がします。

 

 メジロドーベルさんは釘を刺しておいたと言ってましたけど何言ったんだろうなぁ。

 

 ロンドンにもケモナーって居るんですね。

 

 

「さあ、アフちゃん帰りましょ♪」

「え? あ、うん」

 

 

 そう言って、上機嫌に私に腕を絡めてくるドーベルさん。

 

 まさか、恋人とか言ってないでしょうね? この人。そんなこと言ったら貴女、私がそっち系の人って思われるじゃないですか! 

 

 いや、確かに好きですけどね? うーん、でも私はナチュラルな筈だから……うーん。

 

 

 私はしばらく考え込んでいたが、思考が停止したので考えるのをやめた。

 

 

 

 

【ウマ娘】アフちゃん応援死隊スレ

 

 

455:名無しに代わりまして観客がお送りします

アフちゃんの新聞見たか? なんだか不安なんだが……

 

 

456:名無しに代わりまして観客がお送りします。

アフちゃんのレースは毎回不安だろJK(主にウイニングライブ)。

 

 

457:名無しに代わりまして観客がお送りします。

前回のレースは安心だったゾ^~

 

 

458:名無しに代わりまして観客がお送りします。

ウイニングライブ弾けてない、やり直し(無慈悲)

 

 

459:名無しに代わりまして観客がお送りします

なんでや! アフちゃん歌上手かったやろ! 

 

 

460:名無しに代わりまして観客がお送りします。

アフちゃんの魅力は破天荒さだから……(悲しみ)

 

 

461:名無しに代わりまして観客がお送りします。

アフちゃんの魅力。

 1、ロリ巨乳

 2、すごくつおい

 3、ポンコツマスコット

 

 

462:名無しに代わりましてブライアンがお送りします。

それを挙げるなら作文用紙50枚は必要だろうが覚悟はいいか? 

 

 

463:名無しに代わりまして観客がお送りします。

!? 

 

 

464:名無しに代わりまして観客がお送りします。

!? 

 

 

465:名無しに代わりまして観客がお送りします。

草www

 

 

466:名無しに代わりまして観客がお送りします。

あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ! アフちゃんの魅力を語り始めたらナリタブライアンが降臨した! な、何を言っているのか(ry

 

 

467:名無しに代わりましてドーベルがお送りします。

はっ? 作文用紙50枚程度? 私なら小説にしてベストセラーにするけどね。

 

 

468:名無しに代わりまして観客がお送りします。

ファッ!? 

 

 

469:名無しに代わりまして観客がお送りします。

G1ウマ娘のお二人がこんなところで何やってるんですかねぇ……(呆れ)。

 

 

470:アフちゃんがお送りします。

……やめなされ……やめなされ……。

 

 

471:名無しに代わりまして観客がお送りします。

そして、最終的に本人が降臨してて草。

 

 

 

 この後、このスレは何故かお祭り騒ぎになりました。

 

 私の話題で何故こうなるのか、軽く開いてみっか、久しぶりにってウマ娘の板を開いて私のスレを見てみたらなんでこんなことになってんの? 

 

 ちなみにたまに私がこうして降臨するのでこの板の住人はみんな優しい。

 

 ごめんね、みんな、悪気はないんですよこの二人……、ただちょっとアレなだけなんで、え? 私が言うなって? そうですね(白目)。

 

 それから、私のスレで愛に満ち溢れた意味不明な大乱闘が勃発し、なんか訳がわからないうちに収束した。

 

 うん、アフちゃんねるは更新できないので、お詫びに近々皆さんの話し相手になってあげましょう。

 

 今回の件も含めてですけども(吐血)。



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英国優駿

 

 

 

 イギリスダービー前日。

 

 私はあれからずっと、義理母と姉弟子とともに鍛えに鍛え抜いた。

 

 ダラカニに見せつけられた敗北、海外流の洗礼。

 

 それらを踏まえた上で何が自分に足りないのかを考えた。

 

 ただハードなトレーニングをこなしていれば強くなる訳じゃない、その為の目的、段階を踏まえてレベルを上げなければ成長には繋がらない。

 

 私はあの時のレースを見直して、さらに、自分に足りないところを徹底的に改善するように意識した。

 

 

「ギアの段階を更に向上させて、7速まで上げるとは……考えましたね、義理母」

「ふん、単純な話だ。地に足をつかせるならばしっかりと踏み抜く力を身につけておけば良い話、足を馴染ませれば自然と力も入るようになる」

 

 

 五段階のギアを七段階まで引き上げ、走る速度を上げる。

 

 こうする事によって本来なら走り辛かった芝も次第に克服することができ、なおかつ、更なる加速も見込める。

 

 ただし、その代償ももちろんある。

 

 

「身体への負担は大きいがな……あまり、乗り気にはならん手だ」

 

 

 義理母は顔を顰めて、隣にいる姉弟子に語る。

 

 私の「地を這う走り」も、本来、身体に大きな負荷がかかる走りだ。あまり、身体への負担をかけずに軽減したいところだが、イギリスダービー、キングジョージ、凱旋門という大レースを前にしてそんな悠長な事は言ってられない。

 

 

「ハァ……ハァ……」

「アフ、今日はこのくらいにしとこう」

「いえ、後もうちょっと……」

「ダービー前日だ、無理をするとパフォーマンスが落ちる。身体を休めるのも大切だ」

 

 

 ブライアン先輩はそう言うと中腰になって呼吸を整える私の頭を優しく撫でてきます。

 

 確かにその通りです。身体に無茶をさせすぎては本末転倒、雪辱戦もあったもんじゃないですからね。

 

 あの美人さんめ、ちょっと身長が高いからと調子に乗りよってからに、別に身長で負けてるからとかスタイルが羨ましいとか思ってないし! 悔しくないもん! 

 

 今の流行は私やヒシアマ姉さんみたいな、身長低くてスタイルが良い抱き心地が良い体型が理想的だもんね、この野郎。

 

 

「まあ、なんにしろ、明日のレース展開はわからんからな……」

「強いウマ娘ばかりですしね」

 

 

 レベルが格段に上がるレースではなかなか勝つことは難しい。

 

 その通りだ、私が走るレースはこれから先、強いウマ娘、それもG1級の怪物達しか出てこない。

 

 そんな怪物達を力でねじ伏せ、自分の勝利を切り開くにはその覚悟と代償が必要。

 

 私にはわかっている。これが本当に正しい走りなのかと言われれば、決して正しいものではない事くらい。

 

 だけど、私はずっと信じてきた。

 

 義理母を姉弟子を……そして、ライスシャワー先輩を。

 

 あの人達の背中を見てきたから今の私がある。きっと、ここまで、私が来ることはなかったとも思う。

 

 

「……ッ……」

 

 

 そして、そんな中、私はふと、定期的に訪れるあの謎の現象に陥った。

 

 ガクンッと力が入らず急に足が下がる現象である。呼吸をゆっくりと整えれば自然と治る現象であるが、いかんせん身体に違和感を感じてしまうものだ。

 

 だが、そんな事を言っても仕方ないし、別に負担が掛かる走りの反動だと思えばそこまで気にするものでもない。

 

 ここまで来て、余計なことを言って三冠レースがおじゃんなんて笑えない。

 

 

「……? どうしたアフ?」

「……い、いえ! ちょっと疲れが溜まってたみたいです! 足が軽く痙攣してるみたいで」

「……そうか、珍しいな……クールダウンはしっかりしとけよ?」

 

 

 ギアを無理に上げているし、そういうこともあるだろう。

 

 ナリタブライアン先輩は笑顔を浮かべ答える私にそう思ったに違いありません。

 

 うん、それは間違いなくそうです。ギアを上げた反動はかなり来てますからね、それを選んだのも私です。

 

 しかし、ナリタブライアン先輩は私をしばらくジッと見つめると静かな声色でこう話し始める。

 

 

「……無理はするな、絶対にだ……」

「何言ってるんですか、無理なんてしてませんよ」

「それなら良いんだ、……明日のイギリスダービー、頑張るんだぞ」

 

 

 ナリタブライアン先輩は優しい眼差しをしながら私の頭を優しく撫でそう告げてくる。

 

 ……もしかしたら、何かしら察していたのかもしれませんね。

 

 私の事をどれだけ知っているかはわかりませんけれども、少なくとも見抜いているような気はしていました。

 

 

「ぬふー……イギリスのベッドってふかふかだなぁー」

 

 

 私は言葉に甘えて寝室にあるベッドにヘッドダイビング。

 

 海外のホテルのベッドって柔らかいですよねー、ふかふかするー。

 

 安眠間違い無し、今日もがんばりましたし、明日に備えて寝ないと。

 

 

「……反動……か……」

 

 

 私はベットに寝転がりながら、スッと自分の足を優しく撫でる。

 

 この子にはかなり無理を強いて来たのは自覚しています。よく、私について来てくれているものだと感心するくらいです。

 

 絶え間ないハードワーク、鍛えに鍛えた身体。

 

 だが、そのトレーニングは諸刃の剣でもあります。

 

 私は自分の走りに誇りを持って走っていますが、身体のことを今のいままで労ってきた事はあまりありませんでした。

 

 

「……無茶させちゃってごめんね」

 

 

 思わず、そんな言葉が口から出てしまいます。

 

 強靭な筋肉をつけるためにたくさん痛めつけ、悲鳴を上げさせて来た身体。

 

 食事は意識してなるべく改善してますが、やはりそれでも身体の筋肉に無理を強いているのは変わりありません。

 

 

「明日は頑張るからね、一緒に頑張ろう」

 

 

 自分に言い聞かせるように、足を優しく撫でた後、布団を被る私。

 

 私と共に頑張ってきた相棒。

 

 たまにはこうして愛でてあげないと可哀想ですからね。

 

 それに七速による必殺の走り、これにも新たに名前を付けました。

 

 名付けてアフちゃんストライド。

 

 等速ストライドのパクリとか言わないでください、大丈夫です、ちゃんとオリジナルですから。

 

 明日はきっと皆さんが驚くようなレースをお見せしてみせます。

 

 

 

 翌日、イギリスダービー当日。

 

 たくさんのウマ娘がこの試合を見に各国から集まってきます。

 

 もちろん、ウマ娘だけではありません、地元の方はもちろんのこと、様々な国から名だたるウマ娘達を一目見ようと大勢のファンが押し寄せます。

 

 そんな中、行われるパドック。会場はすごい盛り上がりを見せていました。

 

 

 一方、こちらは控室。

 

 私は勝負服に着替えながら、静かに精神統一をします。

 

 ここからは、人外魔鏡の領域。

 

 強者しかいない世界、時として、ウマ娘としての限界を超える事を求められる厳しい世界。

 

 ポテンシャルが高いウマ娘は当たり前、私が対峙する相手はそんな方ばかりです。

 

 自然と緊張はありません、あるのは自信とプライド。

 

 私はチャンピオンになる為に海を渡り、このレースに挑むのだ。

 

 

「よし!」

 

 

 バシッと平手を両頬に叩きつけて気合いを入れ直す私。

 

 海外仕様にした、私の勝負服、日本のウマ娘として、私は胸を張り、正々堂々と立ち向かう。

 

 そんな中、会場は1番人気のウマ娘、ダラカニがパドックで皆さんの前にその姿を現していた。

 

 

「……ワンダフォー……」

「Oh……アメージンッ!」

 

 

 その美しい身体に会場は見惚れ、彼女の逞しい姿に息をのんだ。

 

 完璧な調整、完璧なトレーニング、完璧な強さ。

 

 全てを兼ね備えている事が一眼見てわかる。これが、アイルランドの至宝、唯一無二の強さ。

 

 パリのトップモデルを見ているような錯覚さえ感じさせるその立ち振る舞いはすぐに会場の人々の心を掴んだ。

 

 そんなダラカニを観客席から見つめるウマ娘達がいる。

 

 そう、イギリスダービーを見に集まった、世界で最強を成すウマ娘達である。

 

 

「……素晴らしい仕上がりね」

「ありゃ決まりかもなぁ」

 

 

 そう言いながら、世界ランク1位のウマ娘、シーバードに笑いながら告げる世界ランク3位のウマ娘、リボー。

 

 だが、そんなリボーにシーバードは肩を竦めるとこう告げる。

 

 

「あら? まだレースも始まってないのに早計でなくて?」

「見りゃわかるだろうよ、他のやつと目が明らかに違う、クリスキンとアラムシャーくらいか? それでも厳しいと思うがな」

 

 

 はっきりとした言葉でそう告げるリボー。

 

 実力があるウマ娘、クリスキン、アラムシャーの2人は仕上がりはあの中ではかなり出来てはいたが、このダラカニのそれに比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 

 今日は間違いなく、ダラカニ、そう言い切れてしまうほど、他を圧倒していた。

 

 だが、そんなリボーの言葉に異を唱えるウマ娘が現れる。

 

 

「おいおいおい、そりゃシーバード姉さんが言うようにまだ早いんじゃないのかい? リボーの姉さん」

「あん?」

「あら?」

 

 

 そう言って会話に割り込んできたウマ娘に眉をひそめるリボーと笑みを浮かべるシーバード。

 

 そこに居たのは、いかにもアメリカンギャングを感じさせるようなスカジャンと短パンのダメージジーンズという格好をした露出の高い格好に、髪の左側をドレッドで編み込んだ青鹿毛のウマ娘。

 

 彼女は日本のウマ娘が出るという事で日本の知人を連れてアメリカからわざわざこのイギリスダービーを見にきたのである。

 

 

「サンデーサイレンスじゃない? わざわざアメリカから?」

「まぁな、セクレタリアトの姉御から誘われてよ、コイツを連れて見にきたわけ、あ、イージーゴアの野郎も来てるよ」

 

 

 そう言って、親指で後ろを刺しながらドカリと椅子に座るサンデーサイレンス。

 

 皆さんはこの名前に馴染みが深い事だろう。

 

 そう、あの、サンデーサイレンスである

 

 アメリカ三冠のうち二冠(ケンタッキーダービー、プリークネスステークス)、さらにブリーダーズ・クラシックを勝つなどG1を6勝する活躍を見せ、エクリプス賞年度代表馬に選ばれたのは有名な話である。

 

 また、日本のウマ娘達の礎の一つを築き上げたのも彼女だ。

 

 その縁から、日本とアメリカを行き来する彼女はあるウマ娘を連れて今回、イギリスダービーの観戦に訪れた訳である。

 

 サンデーサイレンスが指す指先、そちらに視線を向けるシーバードとリボー。

 

 そこに居たのは、お馴染みのチームスピカに所属する芦毛の名優、メジロマックイーンの姿がそこにあった。

 

 彼女は忌々しそうに青筋を立てながら、乱雑な紹介をするサンデーサイレンスにこう告げる。

 

 

「相変わらず貴女は! なんでそんなに雑なんですの!!」

「別に良いだろうが、お前もちょっと前まで私と変わらない感じだったくせにさー」

「貴女ねぇ!?」

 

 

 そう言って、痴話喧嘩をし始めるメジロマックイーンとサンデーサイレンスの2人。

 

 アフトクラトラスの試合を見に行くからと、半ば強引にイギリスまで拉致られてサンデーサイレンスに連れてこられたマックイーン。

 

 確かにレースは見たかったのだが、世界的なウマ娘達に対してあの紹介の仕方はあんまりだと憤慨するのは当たり前だ。

 

 

「よろしくね、マックイーン」

「でだ? 話は戻るがよ、なんでわかんねーんだサンデー」

「そりぁ……」

「レースは何があるかわからんからな」

 

 

 そう言って、サンデーサイレンスの言葉を遮るようにして現れたのは猛々しい赤が入り混じる栗毛のウマ娘。

 

 スラリとした逞しい身体に抜群のスタイル、そして、自己主張の激しい胸。

 

 ダイナマイトボディというのはこういう身体付きのことをいうのだろう、そして、鋭く綺麗に澄んだ綺麗な瞳と端正な顔つきは見た者を惹きつける。

 

 赤いライダースジャケットに白いチューブトップ、黒いタイトスカートで現れた彼女は笑みを浮かべてシーバードの隣に座った。

 

 

「あら、セクレタリアト、今きたの?」

「ついさっきだ、道が混んでてな」

「姉御ー、私のセリフ取らないでくれよぉ」

 

 

 シーバードにつぐ、世界ランク第2位、アメリカの誇るウマ娘、セクレタリアト。

 

 その異様な雰囲気は圧巻の一言に尽きる。

 

 だが、リボーは偉そうに腕を組み、シーバードの隣に座るセクレタリアトに向かって意地悪な笑みを浮かべたままこう告げた。

 

 

「とか言って、どうせいつもの大食いだろ? 口元にケチャップ付いてるぞ」

「……むっ……」

 

 

 リボーから指摘されたセクレタリアトは図星なのか慌てて口元を拭いて誤魔化す。

 

 こんな軽い会話を繰り広げてはいるが、ここにいる三人は世界トップスリー、もちろんそれだけではない、マックイーンが周りを見渡せば名前を知っているウマ娘ばかりである。

 

 明らかに自分は場違いなのでは? 思わずそう感じてしまうほどの壮観な光景だ。

 

 そんな中、パドックは滞りなく進む。

 

 会場は先程のダラカニの話題で持ちきりだ。

 

 だが、そんな中、空気が一変する。

 

 

「アフトクラトラス!」

 

 

 それは、もう1人の注目を集めているウマ娘の名前が挙がったからだ。

 

 会場はシーンと静まり返る、そして、私はゆっくりと会場に足を進めた。

 

 そして、身に纏っていた白いマントを取ると、中腰に構えて手を前に差し出す。

 

 会場はそんな私の奇怪な行動に戸惑っているようであった。

 

 まるで、着物のような勝負服、髪には髪飾りが付いており、それが、イギリスという地では異質な和を醸し出していた。

 

 どこからか、桜が舞うようにパドックのステージに立つ私に降りかかる。

 

 そんな中、静まり返る会場で私は中腰のまま、真っ直ぐファンの皆さんを見つめ、向かいこう告げる。

 

 

「お控ぇなすって!」

 

 

 ドンっと、身構えている私に一斉に視線が集まってくる。

 

 引き締まった綺麗な身体つき、そして、色艶やかな和服姿の勝負服、それに皆、目を奪われていた。

 

 深呼吸を入れた私はゆっくりとそのまま口上を述べはじめる。

 

 

「あっしは生まれも育ちも日本、ならず者のウマ娘として育ち、長らく闘争、競争の中に身を置いて参りましたが、姉妹達の助けにより己の真に挑むべきものを諭され、恥ずかしながらこの地に参った次第でございやす」

 

 

 私の中腰からの口上に静まり返る会場。

 

 それでも真っ直ぐに、私はあるウマ娘を見据えたまま言葉を続ける。

 

 

「全ての競争、闘争において、存分に力を振るわせていただきたく思いやす、日本のウマ娘が1人、アフトクラトラスと申します」

 

 

 私はそう言って静かに会場に頭を下げる。

 

 すると、先程まで静まり返っていたはずの会場は割れんばかりの大声援が上がった。

 

 私の仁義を切る口上を見て、周りの観客達の興奮が止まらない。

 

 

「クレイジーッ! ジャパニーズ! ヤクザガールッ!」

「oh……! オーマイガッ!」

 

 

 日本からヤク◯なウマ娘が来た! ジャパニーズマフィアウマ娘が来た! 

 

 しかも、かなりの実力があるウマ娘、パドックで見たあの体つきを見れば見た人はすぐにわかる、このウマ娘は只者ではないと。

 

 会場が賑わい、盛り上がる。

 

 

(あのおバカは……ッ! 全く)

 

 

 そんな、派手で破天荒なアフトクラトラスの登場に思わずメジロマックイーンは頭痛がした。

 

 品位もクソもあったものではない、名だたるウマ娘達が集まる世界の大舞台で何をしているのだと声高に叫びたかった。

 

 アフトクラトラスは3番人気、ダラカニ、アラムシャーといった強いウマ娘よりも期待値は低い。

 

 別にそれは良い、全てはレースで証明すれば良い話だ。

 

 相変わらずのアフトクラトラスの破天荒ぶりに、頭を抱えているマックイーン。

 

 だが、そんなマックイーンとは裏腹に、ほかのウマ娘達は彼女の口上に対して興味深そうな反応を示していた。

 

 そんな、私の派手な登場を見届けていたリボーは面白い物を見つけたとばかりに意味深な笑みを浮かべる。

 

 

「……ワリィ、さっきの訂正するわ、……こりゃおもしれーレースになる」

 

 

 それは確信であった。

 

 ダラカニ、一強と思っていたが、存外、そんなことも無さそうだと。

 

 あのウマ娘が身に纏う雰囲気は、確かに何かが違っている。

 

 あの啖呵を切るウマ娘の実力はまだわからないが、身体つきを見ればおのずと測れるものだ。

 

 そこにいる世界の実力者達はそのリボーの言葉に納得したように頷いていた。

 

 

 世界的なウマ娘達が注目するイギリスダービー。

 

 その勝負は既に始まっていた。



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強者への挑戦

 

 

 

 イギリスダービーのゲートインがいよいよ始まる。

 

 ほぇー、スラリとしたボンキュボンな身体のウマ娘ばかりだ。私を見ろ、身長が小さくて埋もれてるぞ。

 

 でもインパクトは負けてないもんね! 

 

 ほら、この和服仕様の勝負服も可愛いでしょう? ちょっとスカートの丈が短いのでパンツが見えそうな気はするんですけどそこは愛嬌というやつです。

 

 私のパンツを見たいなんて人はいないでしょうけどね? 多分。

 

 いや、でもいるのかな……私の写真集売り上げ伸びてるって聞いてるし、私のパンツを巡って戦争は起きないで欲しいと思うばかりです。

 

 ほらほらー、皆さん、見たいのなら見せてあげますよー(スカートヒラヒラ)。

 

 なんて嘘ですけどね、見せませんけどね! (謎の挑発)。

 

 はい、これ以上したらこの間みたいに後ろからやられそうだからやめときましょう。

 

 そんな中、私はレース前に柔軟をはじめます。

 

 身体の柔らかさなら誰にも負けませんからね、ほらペターンですよ、バレエ選手みたいでしょう? 

 

 ……誰だ今力士みたいとか言った人、怒らないから出てきなさい、私みたいな乙女に何という言い草ですか。

 

 自分で乙女とか言ってて死にたくなってきました。

 

 そんな中、レースを繰り広げたダラカニさんが私の元へとやってきます。

 

 

「ふーん、随分身体仕上げてきたみたいね?」

「なんだおめぇ、そんなのオラの勝手だろう、ぶっ飛ばすぞ」

「なっ! 口悪ッ!」

 

 

 悟空なまりでいきなり話しかけてきたダラカニさんに暴言をぶつける私。

 

 レース前だからね、ピリピリしているのも仕方ないです。冗談なんですけどもね。

 

 最近、悟空検定一級(自称)を取得したのでね、私のネタのレパートリーがまた増えてしまいました。

 

 私は一体どこへ向かうのでしょう(遠い目)。

 

 

「てのは冗談です。この間あんだけやられたらね、流石に私も気合いが入りますよ、今日は貴女に勝つ気なんでね」

「へぇ……勝つ気……ね」

 

 

 まあ、こっからは真面目です。

 

 ダラカニさんは私の返答に笑みを浮かべます。そうで無くては面白くないし、張り合いもない。

 

 ダラカニさんは私の目を見ながらこう告げます。

 

 

「荷物をまとめて帰る……と思ってたんだけどね、存外、面白い目つきになったじゃない貴女」

「私が? ……はっ、冗談。私、負けず嫌いなんですよ、こう見えてね。問題児なんで」

 

 

 私はダラカニさんの目を真っ直ぐ見合いながら、言い切る。

 

 型にハマるのが嫌いな私が、負けて言われた通りに帰るなんてプライドが許しませんよ。

 

 やるならとことんまでやってやるぞ、ここまで来たら誰が相手だろうと関係ない、私の横を走るウマ娘は全て敵です。

 

 

「……こう見えてって、見た通りでしょ」

「なんだとこのやろう」

 

 

 真面目で名高い私が問題児だと! 

 

 なんて言い草だ、これは誠に遺憾である。見た目から問題児とか、そんな私はもう歩くアホじゃないですか! 

 

 誰ですか、アホって言った人、怒らないから出てきなさい、頭突きしてあげます(こういう所)。

 

 

「まあ、良いけど……結果は脚で見せてもらう、貴女が勝つか私が勝つか……単純でしょう?」

「盛り上がってるとこ悪いねー、いつからこのレースがあんたら2人だけのレースになったんだい?」

 

 

 そう言って、話に割り込んでくるウマ娘。

 

 その髪色は艶やかな鹿毛のショートカット、勝気なつり目に右は綺麗に編み込まれている。

 

 ダービートライアルSを1着で勝ち、かなりの実力を秘めたウマ娘、私は直感的に感じた。このウマ娘は間違いなく強いと。

 

 そう、そのウマ娘の名はアラムシャー、ダラカニと同じくアイルランド出身のウマ娘である。

 

 

「勘違いすんなよ? あんたらだけで盛り上がるほど、このダービーは甘くない」

「……ふん、言うじゃない」

「そこのチビ、お前もだ。ダラカニばかり見てても勝てねーよ」

 

 

 そう告げるアラムシャーさんは私を見据える。

 

 アラムシャー、史実ならこのウマ娘はこのダラカニをアイルランドダービーで負かしたウマ娘だ。その秘めたる実力は測ることはできない。

 

 私の背筋に嫌な汗が流れてくる。危なかった、確かにダラカニさんだけに囚われていて本質が見えていなかった。

 

 そう、これはイギリスダービー。

 

 あらゆる強者がこの場には揃っている。誰が勝つかわからない戦いだ。

 

 皐月賞、ダービーを勝ったとはいえ、今回のレースはそれらの比ではない。

 

 

「さて、喋りは終わりだ、口でなく行動で結果を示せよ」

 

 

 そう告げたアラムシャーさんはゆっくりと踵を返すとゲートへと歩いてゆく。

 

 ダラカニさんもそんなアラムシャーさんを見送った後、私へ振り返ると不敵な笑みを浮かべた。

 

 それは自分が微塵も負けると思っていない、強者のオーラすら感じさせる。

 

 

「……アラムシャーにも貴女にも、前を走らせる気は無いわよ、来るなら全力で来なさい」

 

 

 力強く、地面を蹴り、そう告げて立ち去っていくダラカニさん。

 

 気品を感じるが、その中には煮えたぎる情熱と執念を感じさせられた。

 

 お高く止まってるんじゃない、あれはそんな生やさしいものではない、どんな事をしようが勝つ、そんな貪欲さ、プライドの高さが滲み出ている。そんな気がした。

 

 

「あんにゃろう、纏めてぶっ倒してやる」

 

 

 絶対くっ! 殺せ! って言わせてやる。

 

 ぐへへへ、プライドが高いウマ娘が素直じゃねえかぁ、云々。

 

 え? 私が言う方になるんやで? ですって、生憎、私は姫騎士属性はないのでそれはルドルフ会長に代わって貰いますね(外道)。

 

 はあ、アホなこと考えてないでレースに集中しなくては。

 

 ……真面目な話をすると、私が使えるギアは7段階、しかも、その中でも6速と7速は限界値を引き上げた末に完成させた諸刃の剣だ。

 

 できれば、5段階で何とか押し切りたい。

 

 ……そんな甘い相手じゃないことは承知していますけどね、私の身体が負担にどれだけ耐えれるかにもよります。

 

 

 そして、いよいよゲートイン。

 

 皆がイギリスダービーという称号を手にする為に血眼になって激突する。

 

 

「いよいよか……イギリスダービー」

「…………」

「義理母? どうかしましたか?」

 

 

 ゲートインを終えたアフトクラトラスを含めた名だたるウマ娘を眺め、沈黙する義理母に訪ねる姉弟子。

 

 そんな中、義理母はゲートで構えるアフトクラトラスを見つめたまま、訪ねてくるミホノブルボンの姉弟子にこう話をし始める。

 

 

「願わくば……」

 

 

 ゲートが一斉に開き、各ウマ娘がスタートを切る。

 

 クラウチングスタートから瞬発的に前に飛び出す私、ダラカニ、アラムシャーも譲らないとばかりに私に歩調を合わせるかのように飛び出す。

 

 観客達から歓声が上がる。

 

 イギリスダービーのスタート、そして、そんな観客達の期待を背負ったウマ娘達はターフを駆ける。

 

 

「……7速は使わんで欲しいものだ……」

「……えっ?」

 

 

 義理母から飛び出た言葉に間の抜けた言葉を溢すミホノブルボンの姉弟子。

 

 アフトクラトラスの走る姿を見つめている義理母の表情は何故か痛ましい我が娘を見るような眼差しであった。

 

 その表情と言葉を聞いたナリタブライアン先輩は義理母に問いかける。

 

 

「それは何故……」

「言ったはずだ、アレは身体に負担をかける走りだと……、正直な話、私はギアを上げること自体反対していた」

 

 

 勝つ為に7速までアフトクラトラスのギアを引き出したのは義理母である。

 

 だが、義理母は最初、ギアを上げること自体を反対していた。アフトクラトラスが編み出した「地を這う走り」、現在、その走りは確実にアフトクラトラスの身体を蝕んでいる。

 

 その走りは限界値だった5速でも、かなりの負担を強いる走りだ。

 

 本来なら、もっと地を這う走り自体を改善した走りに変えなくてはいけない。

 

 だが、今回、その時間は取れなかった。

 

 苦肉の策として、7速までギアを上げるという事にした。

 

 全ては欧州に蠢く怪物達を倒す為、アフトクラトラスは悪魔と取り引きをしたのである。

 

 

「……アフの最近の身体の異変、原因はそれか……」

「そんなことをすれば! いずれ大事になりますよ!!」

 

 

 納得した言葉を溢すナリタブライアン先輩、そして、抗議するように義理母に詰め寄るアグネスタキオン先輩。

 

 アグネスタキオン先輩は医術に関しても少しばかり知識を齧っているからこそ知っている。

 

 その道がいずれどういうものになるかという事を。

 

 だが、義理母はそんなアグネスタキオン先輩を見つめたまま静かに頷く。

 

 

「そうだ、このまま走らせればいずれアイツが辿り着く先は目に見えておる、だが、今のハードなスケジュールでフォームの改善に取り組めば奴の走り自体を壊しかねない」

 

 

 アフトクラトラスの走りは完成間近になっている。

 

 走り方、身体の使い方、全てが染み込んでいるのだ。一からの走るフォームを改善したとしても、世界レベルの走りを繰り出せるかと言われれば非常に厳しいと言わざる得ない。

 

 それだけ、今のアフトクラトラスが積み重ねてきた走りは価値があるものなのだ。

 

 

「……アイツが選んだ走りがそれだったのだ、あんな風にしているが、ファンの皆の期待に応えよう、チームの皆の為に走ろう、そういう責任感が強いウマ娘なんだよ」

 

 

 そんな、覚悟を決めた我が娘の走りを否定できるだろうか。

 

 ウマ娘として、生を受けたからには誰よりも早く強く、逞しくなりたいと願う自分の娘の願いを無碍になんて出来なかった。

 

 問題児で、ポンコツで馬鹿なことをして、怒られて、そんなウマ娘がアフトクラトラスである。

 

 だが、それ以上に誇り高い。

 

 

「たくさんの思いを背負ったウマ娘は強い、それはお前も皆も理解しておるだろう」

 

 

 その義理母の言葉にミホノブルボンの姉弟子も皆も沈黙した。

 

 夢のために全力で駆ける。それは、自分1人だけじゃない。

 

 画面を通して、日本にいるファン達はアフトクラトラスを応援している。トレセン学園に居る仲間達も固唾を飲んで見守っている筈だ。

 

 だからこそ、何がなんでも勝ってやるんだとアフトクラトラスは誓っている。

 

 その覚悟を言葉だけじゃなくて行動で示しているのだ。

 

 

「先頭はアラムシャー、続いてダラカニ、アフトクラトラスは3番手! 日本の至宝は我々に何を見せてくれるんでしょうか!」

 

 

 日本の実況者を通じて、皆は走る1人のウマ娘に期待を寄せている。

 

 遥かな強さを、まだ強くなれる、これ以上の才能をアフトクラトラスは秘めているのだと。

 

 日本で見せた強さを見せてくれ、日本のダービーを取って見せたウマ娘の底力を証明してくれとただただ、応援している。

 

 なら、期待に応えなきゃ、私じゃない。

 

 期待に応えてこそのウマ娘だ。自分の夢のために勝つ為にただ、この前を走る強いウマ娘をなぎ倒す為に私は走るのだ。

 

 

「さあ、そろそろレースも終盤に差し掛かるところですが、順位が変わらない! かなりのハイペースです! これはどうなるかわかりません」

 

 

 私は真っ直ぐに駆ける2人のウマ娘の背中を見つめる。

 

 ハイペース、これなら前もかなり負担になっているはずだ。私の先行のポジションを警戒しすぎている。

 

 ギアは3段階まで上げた、まだ4段階まで上げるには早い。

 

 堪えろ、ここが我慢時だ。

 

 

 私は自分に言い聞かせる。焦る必要はない、勝負は一瞬で蹴りがつく。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……、勝負は400m!!」

 

 

 私は足に力を込める。

 

 あの2人に勝つにはそれしかない。コーナーで内を突いて一気に差を詰めて、ギアを上げる。

 

 上手くいけば、それで、並ぶことができるはずだ。

 

 ハイペースだが、これくらいのペース配分くらいならば問題はない、次第に距離も狭まってきている。

 

 この走りは、ライスシャワー先輩を参考にした走り方だ。あの人が積み重ねてきた姿を目の当たりにして、私は学ばせてもらった。

 

 

 狙いを済ませた私は、その時が来るのを静かに待つ。

 

 

 欧州1冠、イギリスダービーを勝つ為に。

 



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決着

 

 

 

 イギリスダービーはいよいよ、ラストスパートを迎えようとしていた。

 

 先頭はアラムシャー、2番手にダラカニ、そして、私という順番で進んでいる。

 

 人気のウマ娘が三人、先頭近く、これは最後までわからない。

 

 その距離は残り六百メートル。

 

 しかし、私の目の前には依然として2人のウマ娘が先頭を取り、私を簡単に前にいかせまいとしていた。

 

 先行で差すとはいえ、かなりのハイペースとなった今回のレース、体力の消耗も激しい。

 

 

(右ならッ!)

「甘いッ!」

 

 

 右に出ようとした私だったが、動きが読まれている。

 

 ダラカニさんは一筋縄ではいかない、しかも、私を警戒しながらも先頭を取ったアラムシャーさんを差す為の算段もあるようだ。

 

 もう4速、それでもまだ背中は遠い。

 

 距離は600を切り、400に差し掛かろうとしている。

 

 

「ならさらに外なら!」

「無駄無駄!」

 

 

 私の進路を読み、先に先にと先手を取ってくるダラカニさん。

 

 走りづらいったらない、抜け出すどころから並ばせないように巧妙に仕掛けてくる。

 

 流石は天才と言われるだけはある。

 

 私は苦々しい表情を浮かべた。ただただ苛立ちが募る。

 

 身体をうまくズラしてもついてくる、外へ外へと逃しても合わせてくる。

 

 私は隙があればと虎視眈々と抜くタイミングを伺っているが、単純にダラカニさんは上手い、付け入る隙というのを一切見せなかった。

 

 とはいえ、このまま走っていてもジリ貧になるのは間違い無いのだ。

 

 隙ができないなら強引にでも打ち破るしかない。

 

 私がただただ外ばかりに広がっていると思ったら大間違いだ。

 

 

「ぬぁぁぁ!! ここだぁ!」

「!? 何ですって!」

 

 

 外がダメなら、内から抉るべし! 

 

 すぐに気づいたダラカニさんが内を消そうとしてきますがもう遅い。

 

 内から抉るように加速した私はそのままダラカニさんを弾き飛ばす。

 

 ダラカニさんは表情を歪め、身体をぶらした。

 

 このロスを見落とすほど私は甘くはない、私はダラカニさんと並ぶ。

 

 

『今、ダラカニと並びましたアフトクラトラス! だが、先頭は依然としてアラムシャー! 距離は……400mに差し掛かる!』

 

 

 実況の声に盛り上がる観客席。

 

 デットヒートまでもうすぐ、そして、先頭は注目のウマ娘の三人。

 

 足の速さは先程よりも上がる、さあ、残りはどんどんと無くなる、どうする? 

 

 そんな期待を胸に抱き、皆が注目するのはダラカニでも、先頭を走るアラムシャーでもない。

 

 無理矢理、道を作った1人の日本から来たウマ娘、アフトクラトラスである。

 

 人気は2人よりもないが、そこが見えない気配があった。何かやってくれる、何か起こしてくれる、レースを見ていた観客達はアフトクラトラスが走る姿にそんな力強さを感じていた。

 

 だが、もう、400m、まず先手を取ったのはダラカニだった。

 

 

『ダラカニ! ここで加速! アラムシャーに迫る! 釣られてアフトクラトラスが上がる! だが間に合うのか! どうだ! 残り300m!」

 

 

 残り300m、それを聞いた私は腰を完全に落とし切り、速度のギアを上げる。

 

 5速、以前ならこれで一杯、そして、加えて地を這う走りをここで繰り出した。

 

 先程までの速度とは段違いの速さで一気にダラカニとアラムシャーとの間合いを詰める。

 

 この間とは全く違う、とダラカニは感じた。

 

 異様なまでの伸び、えげつない速さで間合いを詰められる力強さ、しかも、これは全力足りえてない。

 

 

『迫る! 魔王が迫る! 今! 日本が誇る魔王が世界を震撼させます! 地を這う怪物が並ぶ! 今並んだ! どうだ! これは! 押し切るか!』

 

 

 実況にも力が篭る、ダラカニもアラムシャーも並ぶ私を見て表情を歪めた。

 

 もはや、2人も一杯、だが、私はまだギアを5速しか入れてないのだ。

 

 まだ伸びる、伸ばせる、私の足はさらに加速する。小さな身体が二人のウマ娘を置いてきぼりにしたのは100mを切ったところだった。

 

 6速までギアを上げた。

 

 

「行かすか!」

「取らせないわ!」

 

 

 私に合わせるように速度を上げる二人。

 

 一杯にもかかわらず、そこから上げるなんて、やはり世界のウマ娘は違うなと笑みが溢れる。

 

 だが、差は次第に出てきた。速度を上げた二人も私の速度に驚きが隠せない。

 

 

「なっ……まだあがるのかッ!!」

「これ以上は……ッ!」

 

 

 自分達の限界値の上をさらに上回る速度。

 

 アフトクラトラスが叩き出すのはそんな度肝を抜く足の回転速度だ。

 

 一週間前とは全く別人、ダラカニは思わず唇を噛み切る。

 

 

「ふざけるなァ!」

 

 

 日本のウマ娘如きが、イギリスの伝統的なダービーを勝つ? 

 

 こんな事が許せるはずがない、いや、許せない、私のプライドが許さない。

 

 ダラカニは食らいつこうと足掻く、足がここで砕けても構わない、アフトクラトラスにだけはダービーを取らせてたまるか。

 

 そんな彼女に私は冷たい眼差しを向け、静かにこう告げる。

 

 

「お前は所詮、そのレベルだよ」

 

 

 その瞬間、ダラカニの表情が愕然としたものに変わった。同時に怒りが湧き出てきているようだった。

 

 それはそうだろう、アフトクラトラスは一度負かした相手だ。負けるなんて微塵も思わなかった。

 

 何故だ、なんで勝てない、一週間前、確かにこのウマ娘に私は勝ったのだ。

 

 そんなウマ娘が何故、私を見下している。

 

 私が何故コイツの後ろで走っているんだ、ふざけるな、こんな事が許せるか。

 

 

「アフトクラトラスゥ!」

 

 

 気がつけば恨みにも聞こえる声をダラカニは溢していた。

 

 お前さえいなければ、こんなレース、私が1着で勝てたのに。

 

 イギリスダービーという栄光を日本という国のウマ娘如きに奪われる。

 

 こんな屈辱はダラカニにとってありえない事だった。

 

 

「へっ! ざまみろ」

 

 

 二人をぶち抜いた私はダラカニに中指を立ててそのまま真っ直ぐにゴールを見据える。

 

 私は回転数を上げた足で地面を蹴り上げる力をさらに上げた。

 

 身体が軋みを上げる、だが、構わない、これでも私の一杯では無い。

 

 一気に加速した瞬間、観客席から大歓声がこだました。

 

 ある者は頭を押さえ絶叫し、目の前の信じられない光景に世界のウマ娘達も仰天した。

 

 

『アフトクラトラス! アフトクラトラス先頭! 信じられません! 信じられない! このウマ娘、どこまで強いのか! アラムシャーを抜き、世界のダラカニを引き離していきます!』

 

 

 世界の壁は高い、確かにそうだろう。

 

 だからぶち壊す力をつけてきた。死ぬ気で今まで義理母と走ってきた。

 

 無茶だと言われるトレーニングをずっとしてきたのは、全ては人外になる為だ。

 

 私はウマ娘という枠組みを既に外している異端児である。

 

 厳しいトレーニング、ありえないほどの練習量、それを経て、強者とは極みに達するのだ。

 

 ゴールをぶっちぎった私は力強く拳を上げる。

 

 その瞬間、観客席からは拍手と大歓声が木霊した。

 

 

『アフトクラトラス! 今、1着でゴールイン! 日本に続きイギリスのダービーまでも制覇! このウマ娘はどこまで強いのか!?』

 

 

 日本の第六天魔王、ここにあり! 

 

 実況からその言葉が木霊した結果、中継されているトレセン学園や日本のファン達はお祭り騒ぎになっていた。

 

 日英ダービー制覇、あの怪物の三冠目はなんと本場イギリスのダービーである。

 

 渋谷のスクランブル交差点では大騒ぎとなっていた。

 

 レースを終えた私はゆっくりと深呼吸をして呼吸を整える。

 

 走った足は燃えるように熱くなっていた。

 

 私の側にすぐにオカさんが駆け寄るようにやってくる。

 

 

「大丈夫か? アフ?」

「えぇ、なんとか……しかし、結構しんどかったですね」

「お前が7速まで行ったらとひやひやしたぞ……、調子はどうだ」

 

 

 私にそう言って、心配そうに問いかけてくるオカさん。

 

 ですが、そんなオカさんに対して私はサムズアップをしながら苦笑いを浮かべる。

 

 かなり神経をすり減らすレースでした、特に後半のダラカニさんとの駆け引きは一瞬迷いましたからね。

 

 6速に一気に切り替えて置き去りにするか、4速のまま、強引に並ぶか。

 

 私は今回、後者を選びました。いや、本当に後者を選んどいてよかった。

 

 そうでなければ最後の直線で7速を使わざる得なかったですからね。

 

 アフちゃんストライドとかふざけた名前つけてますけど本気で身体の負担がやばいんです。

 

 長ければ長いほど、余計に身体に負荷が掛かるので本当に7速は使いたくなかったんでね、6速で仕留め切れて助かった。

 

 そして、呼吸を整えている中、私を真っ直ぐダラカニさんが睨むように見てきました。

 

 しかし、彼女はすぐに視線を外し静かに立ち去っていきます。

 

 デイラミさんはそんなダラカニさんに近寄るとこう声を掛けていました。

 

 

「……お疲れ様」

「……帰る」

「……ウイニングライブは?」

 

 

 デイラミさんのその言葉にイライラが頂点に達していたダラカニは強い口調でこう話をし始めた。

 

 自分のプライドが許さなかった。

 

 日本のウマ娘にイギリスダービーを渡したという事実が、今まで見下していた日本のウマ娘という存在に負けた自分の至らなさが許せなかった。

 

 なら、やる事は一つだけだ、そいつらを倒せる力をつければ良い。

 

 

「そんなものやってる暇があるなら今から走るわ! ……次は誰にも負けないようにね!」

 

 

 苛立ちが篭っている口調だったが、ダラカニは認めていた。

 

 確かにアフトクラトラスは強かった。

 

 だからこそ、負けた事が何よりも悔しかった。一度負かした相手に負けるほど悔しいものはない。

 

 ダラカニはデイラミと共に会場をすぐに後にしてしまった。

 

 そんな中、レースが終わったと共に私の元へ皆さんが一気に駆け寄ってきました。

 

 

「アフ! よくやったな! おめでとう!」

「すげぇ……すげぇぞ! お前!」

「流石ね! アフちゃん!」

「特訓の甲斐があったな!」

 

 

 一週間でよくぞここまで、皆が口々にしたのはその言葉だった。

 

 海外のターフに順応するには時間がかかる。それを私は一週間で克服し、さらには、7速まで速度を上げるアフちゃんストライドを身につけるに至った。

 

 ギリギリのせめぎ合いもあり、ハラハラするレース展開だったが、蓋を開けてみればアフトクラトラスの順応力と本来の力強さを存分に発揮したレースになった。

 

 観客席からはプリティリトルレディーとか聞こえてますけど気のせいですね、リトルって私のことか? オォン!(汚い)。

 

 何はともあれ、こうして1着で勝てたのは嬉しい誤算ですね、えぇ。

 

 

「ところでさ? 海外のウイニングライブって英語で歌うんだけど、アフちゃん大丈夫?」

「……えっ……?」

 

 

 私はメジロドーベルさんのトンデモ発言にきょとんとする。

 

 いや、聞いてない聞いてない、え? 英語で歌うんですか? 私、トリリンガルマスコットとか言ってますけど、基本、日本の地方方言だけですからね。

 

 英語? フランス語? スペイン語? 

 

 え? 何それ、食べれんの? ってレベルですよ、そんなん勉強する訳ないですやん。

 

 こんな事は許されない、そうか、私は英語で歌わなきゃいけないのか。

 

 頑張って覚えよう、暗記すればワンチャン……。

 

 無理だよん、そんなんできへんよ! 

 

 

「ん? どうしたんだアフ?」

「あふっ!?」

 

 

 ナリタブライアンさんから肩を叩かれて思わず変な声が出ちゃいました。

 

 はっ! 思い出すんだ! 私! なんか日本人でも英語喋れないけどそれっぽい事言ってた人はたくさんいたはず! 

 

 ロバートとか! ルーとか! なんかその辺の人達! 

 

 いや、あかーん! あの人達の英語は英語じゃないから! 

 

 これはおもろい! 傑作や! 学食食い過ぎた! とか言ってる人の英語とか本場の人に通用するわけがない。

 

 学食食い過ぎたってなんもおもろないやんけ。

 

 そんな感じで私はウイニングライブに臨む事になりました。

 

 な、なんとかしないと、足が震えてきやがった。誰か、たちけて……。



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アフチャンネル その3

 

 

 イギリスダービーのウイニングライブ。

 

 さて、肝心のウイニングライブなんですけども私は英語がクソザコナメクジなので、どうしようか悩みました。

 

 クソザコナメクジなのは最初から? うるせー! はんぺんでビンタするぞ!(憤怒)。

 

 それでですね、私はどうしようか迷ったわけですよ。

 

 またソーラン節で誤魔化すのか、ですが、やはりそれもまた違うなと。

 

 そんでもって出した結果がですね、あ、そうだ、資本主義国家のウマ娘ばっかりじゃん、それならどうせだし真っ赤にしよう。

 

 という事で私が取った手段がですね。

 

 

「ラースツヴェターリ♪」

 

 

 はい、真っ赤な足音が聞こえる曲を歌うことにしました。

 

 なんかウラーとか聞こえてきますが気のせいですね、私、ヨシフおじさんに粛正されそう(こなみ)。

 

 私に同志たちから歓声が上がる。革命の時は近いですね。

 

 え? 私? 別に資本主義の犬ですよ? 

 

 赤くないです、ただ、なんとなくこの歌をチョイスしただけです。

 

 三ヶ国語はむりだったのでロシア語で頑張ってみました。みんな拍手! 

 

 ただ、皆さん何故か顔を引きつってらっしゃる、なんか一人だけ目をキラキラさせているウマ娘さんがいらっしゃるんですけども。

 

 

「ナヴェリーグカチューシャ♪」

 

 

 何故かちょいちょい合いの手が入ってきます。

 

 共産主義者だぞ! みんな囲め! なんかウラーとか言ってる人はだいたいそうだってなんか言ってた! 

 

 え、私を囲む? 何故? やだなぁ同志諸君、私は健全な資本主義者ですよ、格好見てくださいよ、バチバチの日本仕様ですよ。

 

 なのになんでこの歌をチョイスしたというね。

 

 だってイギリスダービーのウイニングライブ二本立てですもん、無理だもん、持ち歌歌い切ったらネタ切れになるもん。

 

 あだ名がアフーシャになりそう(こなみ)。

 

 無駄に流暢なのがまた観客達にウケがいいから困ったものである。

 

 そんなこんなで大盛況、私やるやん、みんなもっと褒めてええんやで。

 

 

「アッフは相変わらずだなぁ……」

 

 

 私のライブを見ながら呆れたように呟くブライアン先輩。

 

 私の行動を普段から目の当たりにしていればこんな事をするのは皆わかっていたわけです。流石だなぁ(反省してない)。

 

 そんな感じで二曲目、二曲目は場所がイギリスというわけで、それに合わせた曲を歌いたいなと思い、この曲をチョイスしました。

 

 

「You have come to 〜」

 

 

 これは何故か奇跡的に覚えてたんですけどね。

 

 別名、ゴールドシップの歌(沈没船)。オラ、イギリス、お前達の有名な沈没船の歌だぞ、泣けよ。

 

 先頭に行って両手を広げてもええんやで、助かる保証はしないけどな、イギリスといったらタイ◯ニックやろ、よっしゃ! イギリスのウマ娘と欧州のウマ娘、私が沈没させたようなもんだから歌ったろ。

 

 というナチュラルに煽りが入った気持ちでこの曲をチョイスしました、これは酷い。

 

 だって、私、あとタイムトゥセイグッバイくらいしか歌えないですもん。

 

 グッバイアッフ……ってやかましいわ! 

 

 しかしながら、いざウイニングライブが終わってみると称賛の嵐でした。

 

 真面目には歌ったけどね、歌のチョイスはナチュラルにディスってたのよ? 良いのそれで? 良いんですかね? 

 

 気づいていた人は身内の人達は何人か気づいていました。

 

 やっぱり長年おったら気付くんやなって、ウイニングライブは大盛況だったし、別にいーじゃん、すげーじゃん。

 

 ライブを終えた私は天使のような笑顔を浮かべて会場を後にします。

 

 自分で天使とか言っちゃってる私どう思います? え? 死んだが良い? なんだと、こんにゃくでビンタするぞこのやろう。

 

 さて、そんなわけで、無事にイギリスダービーを制した私はこの喜びをみんなと分かち合いたいなと思い動画配信をすることにしました、パチパチー。

 

 

「はい、と言うわけでですね無事にダービー勝ってきたぞ! どうだー!」

 

『アッフええぞー!』

『相変わらず可愛い』

『見てたぞー! おめでとう!』

『勝負服がエッッッ! やったな』

 

 

 皆さん、優しいなぁ、私の周りみんな厳しいから暖かい言葉は嬉しいですね。

 

 ふふん、頑張ったからね、皆さんもっと私を褒めてくれてええんやで。

 

 確かにスカート丈短かったですもんね、今回、パンツ見えるかと思いました。え? 履いてない? 

 

 いや、履いてましたからちゃんと、私、下半身露出狂ではないですよ、全く。

 

 まあ、前回といい、今回といいパンチが足りないウイニングライブしたんで不完全燃焼ですね。

 

 

「さて、久しぶりの配信なんですけど、今日はホラーゲームでもやりましょうかね、怖いの苦手ですけど」

 

『アッフがホラーやるってよ』

『幽霊にも喧嘩売りそうなウマ娘』

『もはや走る姿がホラー』

『ホラーがお笑いになる模様』

 

 

 私のホラーゲーム実況に言いたい放題な皆さん。

 

 ゲーム機、イギリスにまで持ってきといてよかったなー、しばらく休みがあるんでゆっくり実況できますね。

 

 今日はね、とりあえず買ってきたホラーゲームがあるんですよ(ゴソゴソ)。

 

 

「じゃあ、やりますね、零というゲームですね、うわぁドキドキします」

 

『尻尾ぶんぶん振ってるアフちゃん可愛い』

『どんな絶叫するんだろう』

『アッフのポンコツプレイに期待』

 

 

 さて、みんなゲームやってくぞー! オラー! 

 

 私がゲームを進めているとまずはチュートリアルから始まります。

 

 うん、なるほどなるほど、そうやって操作するんだな、これは楽勝ですね! 幽霊がなんぼのもんじゃ! 

 

 

「さあ、アフちゃんのRTA始まるよー! オラオラ〜! 幽霊出てこいやー!」

 

『アフちゃんがイキリ始めた』

『元からこんな感じ』

『イキリアフ』

『ルドルフ会長から怒られそう(こなみ)』

 

 

 というかデフォルトなんですよね、私の場合、まあ、見てれば分かりますよ。

 

 見ていてください! 遠山監督! ウマ娘! アッフやってやります! 

 

 怖がらせようとしてるみたいですけどね! 私にはわかりますよ! 幽霊軍団の野郎の敗北の原因がね! 

 

 そう、それは私だ! と思ってた時期もありました。

 

 

「……ぴぃ!? な、なんですかこれ! うわぁ……ぎゃああああっ!? 背後になんかいるぅぅ!!」

 

『逃げるんだアッフ!』

『アッフ、黄金バットを出すんだ!』

『帝◯魂!』

『ダメみたいですね』

『チキンメンタル』

 

 

 私の心臓に悪い演出ばかり、もうやだお家に帰る(クソ雑魚)。

 

 黄金バットあるなら欲しいです、やだ、怖いもん、こいつ物理効くんですかね? 

 

 幽霊から攻撃されてる私はとりあえず反撃に出るけど、怖すぎて上手く操作できない。

 

 

「ああああああ!! ボタン間違えた! どうしよ! どうしよう! 誰か助けてぇ!! ぴぎゃあ!」

 

『クソ雑魚アフちゃん』

『怖がるアフちゃん可愛い』

『右からくるぞ! 気を付けろ!』

『今いくぞ! 待ってろ!』

 

 

 皆さん、私の絶叫に満足する中、私は懸命に幽霊を撃退します。

 

 あー怖かった、ん? 今、誰か来るとか言ってませんでしたっけ? 

 

 まあ、気のせいでしょう、気を取り直してゲームを進めましょうかね、ふぅ、手汗がしゅごい。

 

 すると、私の部屋の扉がバン! と開いた。

 

 

「アフ! 大丈夫か! 私が来たぞ!」

「どわぁ!? ブライアン先輩!! なんで凸して来てるんですか!?」

 

『草』

『良かったなアフ、援軍だぞ』

『マジで来てて草生える』

『あら^~』

 

 

 ホラーに怖がってる中、何故かナリタブライアン先輩が来て焦る私。

 

 いや、心臓止まるかと思ったわ! ホラーゲームよりびっくりしましたよ! 

 

 というか私の実況、何見てるんですかね、私は呆れたように大丈夫ですと告げるとブライアン先輩を部屋から追い出した。

 

 

「すいません、なんかありましたけど、気を取り直してやりましょうかね」

 

『艦長! 第二波! 来ます!』

『おっと誰か来るみたいだぞ?』

『黒い影が……』

『パターン青! メジロドーベルです!』

 

「来なくていいです(真顔)」

 

 

 というわけでなんか乱入予告があったので予防線を張っておきました。じゃないとまた来ますからね、第二波はもうええねん。

 

 というか、メジロドーベルさん使徒扱いですか、いや、まあ、天使みたいな人ですけどね? 

 

 心なしか、扉の間から視線を感じますが、まさかね? いや、来てないですよね?

 

 グダグダになりましたが、気を取り直して、ホラーゲームを進めていきます。

 

 うーん、怖いなぁ……、怖いの私こんなに苦手だったっけ? 

 

 しかしながら、慣れって怖いですね。

 

 

「オラ! ピースするんだよ! ほらほらー、かかって来い! あ、そっちはだめ! 待って! あびゃー!!」

 

『アフちゃんが死んだ!』

『このヒトデマン!』

『ヘァ!!』

『アフちゃんは海産物だったのか……(困惑)』

『青いしな、髪』

 

 

 何故か、ゲームオーバーした私がヒトデマン扱いになってました、なんでや。

 

 まあ、見ての通り、幽霊にもビビらなくなりました。幽霊? 関係ないから! 

 

 私はズンズン進んで、慣れた手つきで幽霊を撃退していきます。どうだ! 見たか! この野郎! 

 

 

「大体幽霊ってなんであんな髪が無駄に長いんですかね? 見とけよ今日そのクソ長い髪な……刈り取ってやるよ! 今日! 

 

『草』

『心なしか片手にバリカンが見えるぞ』

『草生える』

『アフらしいなw』

『ヒダリテデウテヤ』

 

 

 なんか心なしか、ホラーのはずなのにギャグ臭がするBGMが流れてくるような気がします。

 

 続いて幽霊が来るが、操作に慣れた私が華麗に撃退。

 

 いやー、私に立ち向かうなんて百年早いわ! いや、百年は経ってるのかな? 幽霊だから。

 

 私はゲーム画面に向かい幽霊に向かい挑発します。

 

 

「幽霊! のらせてくれるぜ!」

 

『なお、さっきまで涙目だった模様』

『煽りよるw』

『調子乗りアフちゃんすこ』

『あれ? 野球ゲームかな?』

 

 

 だが、そんな私の調子も長く持ちませんでした。

 

 出てくる幽霊達にコテンパンにやられちゃったからですね、ゲームオーバーと復活を繰り返しながらとりあえず最後までいきました。

 

 そして、いよいよエンディング、私のメンタルがクソ雑魚すぎたので涙目になりながらですけども。

 

 

「……お、終わったぁ……怖かったよぅ……」

 

『よしよし』

『強がるアフちゃんすこ』

『やっぱりダメだったか……』

『草』

『レースとのギャップがw』

『涙目アフちゃん可愛い』

 

 

 私とて怖いものは怖いんですよ。

 

 そんなわけで、無事にゲーム実況が終わった私はゲーム実況を終えます。

 

 そして、改めて、画面に向き合うと正座をして笑みを浮かべながらこう話し始める。

 

 一言、皆さんに話をしたかった事があったからだ。

 

 

「皆さん、応援、ありがとうございました。おかげでイギリスダービーを勝つ事ができました」

 

『アッフ……』

『当たり前だよなぁ!』

『次はキングジョージだろ! 応援するぞ!』

『アフちゃん! 頑張って!』

『何があっても俺らは味方だぞ!』

 

 

 そう言って、温かい言葉を皆さんから頂く私。

 

 苦しい時、逆境の時こそ、皆さんの声が後押ししてくれている。その場にいなくても、私には届いてます。

 

 次はキングジョージ、そして、凱旋門賞、菊花賞です。

 

 どれも楽な戦いではありません、だけど力の限り頑張ろうと思っています。

 

 

「これからも、不束者ですが、よろしくお願いします」

 

『任せろ!』

『アフちゃん頑張れ!』

『勝てよ!』

 

 

 私にはたくさんの激励の言葉が送られて来ます。

 

 おかげで視聴者数もものすごい数になりましたね、古参の方も新参の方も皆温かいです。

 

 これは、頑張らないといけませんね、どんな事があっても皆の期待に応えないと。

 

 こうして動画の配信を終えた私は改めてそう誓うのでした。

 

 

 



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襲来する後輩(自称)

 

 

 イギリスダービーからしばらくして。

 

 私はいつものようにトレーニングをし、来るべきキングジョージと凱旋門に向けての準備を着実に行っていた。

 

 相変わらず義理母の扱きは容赦ないです。7速を使いこなせるようにしないといけないのは理解してますが、さらにハードになった気がするなぁ。

 

 

「ぬふぅー……足が痛いよー、ヒシアマ姉さんにセクハラしたいよー、お風呂入りたいよー」

 

 

 私はグデーとしながら、ベットに倒れる。

 

 きついから仕方ないね、私はなんにも悪くない。むしろ頑張ってるから褒めてたも。

 

 尻尾をふりふりしながら、ベットに横になる私は深いため息を吐く。身体の疲労はかなりきてますしね。

 

 姉弟子はあれです、あの人はサイボーグなんでいくら練習しても大丈夫なんですよ。

 

 私はポンコツマスコットなのでこの通りです。あふん。

 

 

「頑張るしかないな、よし、またランニング行くか!」

 

 

 そうして、私はベットから跳ね起きるとランニングウェアに着替える。

 

 とりあえず、イギリスの島一周目指して頑張ろう! 無理だけど! 

 

 そうして、外に出ようとした私でしたが、扉を開けて泊まっているホテルの角を曲がろうとした時でした。

 

 

「あいたっ!」

「おうふ」

 

 

 角で見知らぬウマ娘と衝突してしまいました。

 

 なんか、ポヨンって今なったけど、見なかった事にしてください。…そうだよ、私の胸が弾んだ音だよ! 悪いか! 

 

 おかげで怪我は無かったんですけど、見知らぬウマ娘を胸で押し倒してしまいました。

 

 すまぬ、私が悪いんじゃないんだ、無駄に育ったこの胸が悪いんだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「……は、はい、すごく柔らかかったので……」

「そうか……、柔らかかったですか」

 

 

 その返答に私はなんとも言えない表情になる。

 

 見知らぬウマ娘、ポニーテールの荒々しい鹿毛の髪に澄んだ瑠璃色の瞳、そして、気の強そうな目つきをしたそのウマ娘は私を見上げるようにして差し伸べた手を掴む。

 

 そして、顔を上げて私の顔を見た途端に彼女は目を輝かせると、ガシッと手をつかんできました。

 

 な、何事じゃ! 討ち入りか!? 

 

 私はあまりの出来事に思わず焦りました。え? えっ? なんで両手で手を握られてるの私。

 

 

「あ、アフちゃん先輩じゃないですか!! まさかこんなところで会えるなんて!?」

「ほわぁ!?」

「わ、わわ! 感動的です!! いつもアフチャンネル見てます! うわぁ、手があったかいなぁ」

 

 

 なんだこいつ! メジロドーベルさんと同じ匂いがしますよ! 

 

 ふわぁ!? またド変態が増えたのか!(酷い)。あ、そうだ(唐突)警察に連絡しよう(確信)。

 

 もう私の周り、なんか変なウマ娘の包囲網ができてるんですってば! 

 

 いや、嬉しいのは嬉しいんですけどね、そんな熱い眼差しを向けないで、私溶けちゃう、真夏のアイスクリームみたいになっちゃう。

 

 そんな中、私の手をつかんでいるウマ娘の背後から聞き覚えのあるお嬢様の声が聞こえてきた。

 

 

「もう! ドゥラメンテ! 勝手に散策しては駄目だと……あら?」

「あ、ヤンキー先輩だ」

「誰がヤンキーですの!?」

 

 

 そう言って、顔を見た途端の私の第一声がヤンキー先輩というかなり失礼な言葉を浴びせるこの人。

 

 みんな大好きメジロマックイーン先輩、その人である。

 

 いや、ヤンキーなのは、私、間違ってないと思うんですよ、はい。

 

 だってあれじゃん、イギリスダービー観に来てたの私知ってますし。

 

 しかも、お隣にズッ友のサンデーサイレンスとかいうとんでもヤンキー連れてたじゃないですか、貴女。

 

 

「いや、それは……、あの娘がですね……」

「いやもう無理ですって、この間、貴女のとこのトレーナーから貴女からロメロスペシャルされたって聞きましたから」

「もぉおお!! なんで余計なことを話すんですのぉ!」

 

 

 そう言って、頭を抱えるメジロマックイーン先輩。

 

 しかも、貴女、この間、特攻服買ったじゃないですか、変装してて、バレないとでも思ったんですかね? いや、私、普通にわかりましたよ、周りにいた皆さんもですけど。

 

 そんな、まだある突っ込みを言うべきか言わないべきか迷いましたけど、これ以上、刺激すると腹パンされそうだからやめときました。

 

 私はまだ死にとうない、はいはい、お嬢様お嬢様(煽る)。

 

 さて、話は戻るんですけども……。

 

 

「えっ!? 貴女、ドゥラメンテなんですか!!」

「ん? あ、はい、そうですよー」

 

 

 そう言いながら、私の手をスリスリしてヘブン状態になっているドゥラメンテちゃん。

 

 いや、もう離しなさいよ、なんでそんなに嬉しそうにいつまでもスリスリしてるんですか。

 

 私はとりあえずジト目を向けながら手を離すと、ドゥラメンテちゃんはあっ、と声をこぼして名残り惜しむような目を向けてくる。

 

 そんな目をしても駄目なものは駄目です。

 

 

「……それで、マックイーンさんはわかるんですけど貴女が何故ここに……」

「それは……」

「はい! 私がマックイーンさんにお願いして連れてきて貰いました!」

 

 

 そう言って、元気はつらつに手を挙げて答えるドゥラメンテちゃん。

 

 うん、可愛いけど、なんだこいつあざといぞ。

 

 え? 私もあざといですって? うるせぇ! ちくわでぶんなぐるぞ! 

 

 まあ、可愛いということですね、後輩って属性はズルイと思います。あ、私もついてましたね後輩属性(今更)。

 

 私に先輩(ハート)と呼ばれたい人、手をあげてください、呼んで差し上げましょう。

 

 私の場合、その後、アイス奢れ(真顔)とせびるまでがテンプレですけどね。

 

 

「そうでしたか、また、私のレースを見たいなんて変わってますね?」

「ウイニングライブもバッチリです! 今までの全部見てます! 10回以上見直しました!」

「黒歴史を頭に焼きつけとるんかい!」

 

 

 私は思わず頭を抱えた。

 

 中学生の時、あいたたたたなノートをクラスメイトの目の前で音読される気分、翌日学校に来れなくなりますよね普通。

 

 ふと今までのウイニングライブを振り返れば、ほら、私のウイニングライブってまともなの何にもないんですよ、ねーよそんなもん。

 

 うまぴょい伝説をブライアン先輩と歌った時くらいしか記憶に無いです。

 

 ブライアン先輩のうまぴょいは可愛かった(こなみ)。

 

 普段あんなんだからギャップがね、ルドルフ会長もするからびっくり、普段のキャラ考えなさいよと私は思いました。

 

 そうルドルフ会長本人にからかい半分で言ったらタンコブができました。やっぱり恥ずかしかったんやなって。

 

 まあ、話を戻しましょうか。

 

 

「私、全部好きです! アフちゃん先輩の下着も買ったんですよ!」

「ぬあー! それ! 私のパンツ! どこから出回ったんですかそれー!」

 

 

 消えた私のパンツの一つを何故かドゥラメンテちゃんが持っていたという七不思議。

 

 それと、ついでにブラジャーも持っていたらしい、どこの誰だ! こんな事をしたのは! 

 

 まあ! 私もヒシアマゾン先輩のパンツをオークションにかけたから人の事言えないんだけどね! 

 

 あんな馬鹿げた値段するパンツなら大英博物館に展示されてそう(こなみ)。

 

 いや、今はそんな事はどうでもいい!(酷い)。

 

 私の水色の花柄が入ったパンツがドゥラメンテちゃんの手にある事が問題なんです。

 

 ホテルの廊下で普段、履いてるパンツを開示される事ほど恥ずかしいものはないですよ。

 

 

「と、とりあえずしまって! それ!」

「ふーん、貴女そんなの履くのね」

「見るなぁ! この! ……えい! 貴女もそんな大したパンツ履いてないじゃないですか!」

「きゃああああ! なんでスカートを捲ってるんですか貴女はぁ!」

 

 

 そう言って、ドゥラメンテちゃんが持っていた私のパンツを観察していたメジロマックイーンさんのスカートを捲る私。

 

 パンツを見ていいのは見せる覚悟のあるやつだけだ(意味深)。

 

 誰だこんな変態みたいな名言作ったやつ、剣で心臓ぶっ刺されてしまえ。

 

 ちなみにマックイーンさんのパンツは黒でした。頑張った感がある黒でしたね。

 

 

「はぁ……はぁ……、あぁ、なんか疲れた」

「……もう……貴女は……本当に……!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら息を切らせる私とマックイーンさん。

 

 一方、元凶のドゥラメンテちゃんはケロっとしている。こいつはいつか大物になるで、間違いない。

 

 とりあえずランニングウェアを着直した私はコホンと咳払いするとドゥラメンテちゃんにこう告げる。

 

 

「私は今からランニングがありますから、とりあえず部屋に帰りなさい」

「ら、ランニングですか!?」

「おい、私のパンツをグシャっとすんな!! それ早く仕舞いなさい!」

 

 

 そう言って、何故かランニングと聞くだけで力を込めて私のパンツをグシャっとするドゥラメンテちゃんに声を上げる。

 

 そう言われたドゥラメンテちゃんはポケットに私のパンツを仕舞うと改めて私に向き直る。

 

 何事もないように私のパンツをよくポケットに仕舞えるなと思う、普通さ、返すじゃん? 

 

 あ、そのパンツ、もう君にあげるよ、もうどうでもいいや。

 

 ドゥラメンテちゃんはしばらくして目をキラキラさせたまま、私にこう言い迫ってきた。

 

 

「私も是非お供します! いえ! させてください!」

「お……おう、別に構いませんけど……」

「やったー!」

 

 

 そう言って、ぴょんぴょんとその場で喜びをあらわにするドゥラメンテちゃん。

 

 貴女の背後見てみなよ、マックイーンさんゲンナリしてるよ、疲れたみたいになってます。

 

 全く誰のせいだ、こんな酷い事になったのは。

 

 あ、私が、マックイーンさんのスカートを捲ったのも一因だって? はい、否定できませんね、スカートで私の前に立つのが悪いです。

 

 大丈夫、私も良くされますから、しばらくしたら慣れます。

 

 最近、アフちゃんセクハラ慣れしたねって巷で良く言われてるんで。

 

 慣れたら駄目なんですけどね普通。

 

 

「よーし! なら、アフちゃん先輩! ちょっと待っててください! 弟子一号! ドゥラメンテ! 行きます!」

「なんか君、帝◯魂も付いてきた?」

 

 

 恐ろしい自称弟子が出てきたものだと私は思った。

 

 あかん、私に憧れる後輩がまともなはずがなかった。

 

 いや、私がまともじゃないからな、そりゃそうなるな、当たり前だよ。

 

 ルドルフ会長! 何故、彼女を止めなかったんですか! あいつはヤベーからやめとけって! 

 

 そして、付け加えるなら入ってるチームも頭のネジぶっ飛んでる人達だぞって言っておいてくださいよ! 

 

 ライスシャワー先輩も、姉弟子、タキオン先輩、バクシンオー先輩、バンブー先輩、メイセイオペラ先輩、ナカヤマフェスタ先輩と私を含めまともな先輩誰もいないんだぞって!(酷い)。

 

 え? ドゥラメンテちゃんもその部類に入るから問題ないって話、もしかして。

 

 

「よし行きましょう!」

「………………」

 

 

 ランニングウェアに意気揚々と着替えてきたドゥラメンテちゃんを前にして私はなんも言えなくなってしまった。

 

 だって目がめっちゃキラキラしてるもの、助けを求めるようにマックイーン先輩に視線を送ると、何故か親指で首切る仕草をされた後、下に向けられました。

 

 そして、私に向かって中指立てて立ち去ってしまいます。あの人、本当にお嬢様ですか? 

 

 そういうわけで、私はこのドゥラメンテちゃんとランニングに行く事に。

 

 尻尾をぶんぶんと横に振り目をキラキラさせているドゥラメンテちゃんを横目に見ながら私はクソでかいため息を吐くしかありませんでした。

 



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私の弟子

 

 

 

 私の弟子を自称するウマ娘、ドゥラメンテ。

 

 まあ、皆さんはもうご存知かも知れませんね、かのキタサンブラックを二度も負かした怪物、それがこの娘です。

 

 私はいま、そんな娘と共にランニングをしている最中です。

 

 まあ、軽く汗流す時もあっても良いと思うんでね。

 

 

「アフちゃん先輩! ダービーもそうなんですけど! 朝日杯や皐月賞での激走は本当に凄くて!」

「うん、……あ、うん、そ、そうだね」

 

 

 苦笑いを浮かべながら熱弁する彼女に若干、引く私。

 

 いやね? わかるんですよ、何というか戸惑いの方が強いといいますかね? 

 

 うん、でもなるほど、この娘はなかなかクセが強いですね、だから私なのか、納得しちゃいましたよ。

 

 

「アフちゃん先輩?」

「ん?」

「ところで、私達、今どこ走ってるんですかね」

 

 

 そう言いながら、ドゥラメンテちゃんはわざとらしくおでこに手を当てたままキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 ん? どこ走ってるかですって? 

 

 そんなん私が知るわけないやん、その証拠にさっきから変な冷や汗が出てますからね。

 

 うん、そうです、道に迷いました。

 

 

「うーんこの……」

「ほぇ? ……どうしたんです?」

「いや、我ながら自分のポンコツ具合を今更思い出しまして」

 

 

 そうでしたね、私ポンコツでしたわ。

 

 自分で言うのもなんですけどね、まあでも、走ってきた道戻れば良いからへーきへーき! 

 

 そんな中、ドゥラメンテちゃんは目をキラキラさせながら私を見つめてきます。

 

 

「アフちゃん先輩! そんなとこも可愛いです!」

「どこがやねん!」

 

 

 うん、なんかズレてますねこの娘も。

 

 アッフは思う、なんで私の周りはこんな感じのウマ娘しかいないんだろうと。

 

 みんなトレセン学園のウマ娘は基本どっか大事なネジが外れてるウマ娘ばっかりなんですよね、だから強いんでしょうけど。

 

 

「迷子とかいつ以来だろう」

「アフちゃん先輩ご安心を! なんとスマートフォン! 私持ってきてるんで!」

「おぉ! でかしました!」

 

 

 なんだこの娘、使える娘ではないですか。

 

 ふむ、よろしい、ならば私のそばで弟子になるのを良しとしましょう! 

 

 え? 私の方が使えないって? なんだこのやろう。

 

 あーでも、姉弟子もこんな感じなんでしょうかね? うーん、気持ちがわかるなー、妹ができたみたいな。

 

 長女、姉弟子、次女、私、三女、ドゥラちゃん。

 

 ……なんだこの三姉妹、癖しかないぞ。

 

 

「アフちゃん先輩! わかりました! 現在地!」

「どれどれ……? ……英語表記でよくわかりませんが、なるほど、私達の居る場所はここらへんなんですね」

 

 

 なるほどわかりませんがわかりました。

 

 私、英語を勉強した方がよろしいですね、間違い無いわ、だって、ドーベルさんがいないとわけわかめなんだもの。

 

 ついに本当の意味で私もトリリンガルマスコットになるのかー、感慨深いですね、まだ勉強の『べ』もしてませんけども。

 

 となりにいるドゥラメンテちゃんはなんだか楽しそうだ、だって尻尾ぶんぶん振ってるもの。

 

 

「じゃあ、帰り道もわかったことですし! 早く戻りましょう!」

「せやな」

 

 

 サンキュードゥッラ。

 

 こうして道に迷った私はドゥラメンテちゃんをあてにして、帰ることにしました。

 

 迷子とかいつ以来だろうね、うん。

 

 私がランニングしながらそんなことを考えているとドゥラメンテちゃんはこんな質問を私に投げかけはじめる。

 

 

「アフちゃん先輩、あの……質問があるんですけど」

「ほえ? また改まってなんです?」

 

 

 ドゥラメンテちゃんに首を傾げながらそう問いかける私。

 

 なんだろう質問って、私に答えられるのなんてやばい筋トレのやり方とか頭おかしくなるトレーニングとか、後、身体の絞り方くらいですけど。

 

 あ、それとヒシアマ姉さんの下着の種類と、知り合いのウマ娘のバストサイズくらいかな? 

 

 全然使い物にならん知識ばかりじゃないですか、なんてこった。

 

 

「じ、実は……その……どうやったらアフちゃん先輩みたいになれるのかなって……」

「え? 私みたいになりたいの?」

 

 

 そう言いながら、モジモジするドゥラメンテちゃん。

 

 そうだなー、私みたいになりたいのかー、いやー、ロクな事にならんぞ絶対。

 

 ルドルフ会長からは怒られるし、公衆の面前でコスプレさせられるし、胸はしょっちゅう揉まれるし、セクハラされるし、アホみたいなトレーニングを毎日しなきゃならんし。

 

 ブライアン先輩にしといた方が良い気がするんですけどね、なぜよりにもよって私なのだ。

 

 ……まあ、なりたいと思うのは自由なので、そうですね、強いて言えば。

 

 

「そうですねー、まず手始めにルドルフ会長に面と向かってお尻弱そうって言うところからですね」

「な、なるほど、それに一体どんな意味が……」

「死を覚悟する度胸がつきます」

 

 

 私でもあんまり言わないような事を後輩に教えると言うね。

 

 ドゥラメンテちゃんからもお尻が弱いなんて言われたらルドルフ会長、いよいよ泣きますよ。

 

 いや、この場合、私に飛び火するのか、またお説教かぁ、壊れるなぁ。

 

 

「なるほど! 度胸がついて勝負強くなるわけですね!」

「そういう事ですね、流石、弟子一号」

 

 

 そんなわけないです。度胸は確かにつきますけどね。

 

 まあ、肝っ玉が太くなるって意味では間違ってないとは思いますけど、ただし、学校からは問題児認定されますよ、間違いなくね。

 

 私なんて異端児なんて呼ばれてますからね、麒麟児の間違いでは? 

 

 まあ、冗談はこの辺にしておきましょうかね。

 

 

「まあ、真面目な話をしますが、……単純に強いウマ娘になりたいって事ですか?」

「……ぁ……は、はい、もちろんそれもですけど……」

 

 

 しばらくペースを上げて走っていた私はそう問いかけるとタオルで汗を拭いながら、ゆっくりと足を止める。

 

 強いウマ娘になりたい、というのであれば正直、私である必要はない。

 

 それこそ、単純に強いというウマ娘ならば、トレセン学園にもたくさんの凄まじい実績を持ったウマ娘は山ほどいる。

 

 ルドルフ会長もG1を7勝してますからね、本来なら私みたいな事を言っちゃダメな人なんですよ、私はもう振り切っちゃってますけどね。

 

 

「……単に強くなりたいならば、チームリギルが良いでしょう。わざわざアンタレスに来る事はありません」

「!!? ……ち! 違います! もちろん強くなりたいですけど! 私が憧れているのはアフちゃん先輩で……」

 

 

 ドゥラメンテちゃんは慌てた様子で私にそう告げます。

 

 しかしながら、ドゥラメンテちゃんには才能がある。アンタレスでなくてもそれはきっと開花するはずだ。

 

 私に憧れる、ということが一体どんな意味なのか、できれば、可愛い後輩に悲しく苦しい思いはして欲しくないというのが私の本心だ。

 

 

「……地獄を見ることになりますよ? ウマ娘としてのタガを外す覚悟は貴女にあるんですか?」

 

 

 要するに、やれんのか! オイ! って事です。

 

 まあ、こればかりは私もなんも言えません、結局は本人次第なんですよね。

 

 強くなるために、死ぬ覚悟を決めれるのか、アンタレスの皆様は既に覚悟を決めてる方ばかりですからね。

 

 

「……も、もちろんですっ!!」

「ふむ……なら、義理母にまずは練習をつけてもらいなさい、話はそれからです」

 

 

 私はそう告げると再び足を動かし、ドゥラメンテと共にホテルに戻るように走ります。

 

 何日もつか見ものですね、入門だけでもかなりの実力を持ったウマ娘ですら絶叫するというのに。

 

 何にせよ、ドゥラメンテちゃんが潰れてしまわないようにしなくてはいけませんね。

 

 

「なら! それさえクリアしたら良いんですね! わっかりました! なら、アフちゃん先輩! もし私がクリアしたらハグしてください!」

「は?」

 

 

 私はドゥラメンテちゃんの言葉に思わずポカンとしてしまう。

 

 え? ハグ? ハグってあのハグですよね? 

 

 なんでどうしてそうなったんでしょう? おっかしーなー、私さっきまで真面目な話をしてたつもりだったんですけどね。

 

 

「は、ハグ?」

「はい! アフちゃん先輩をハグして寝るとすごく良いって聞きました!」

 

 

 え? それって、ハグして寝てって言っとるんか? 

 

 嘘やろ! そんなん聞いてない! てか誰ですかまた余計なことを吹き込んだ人は!! 

 

 白いウマ娘かブライアン先輩か……、言っても心当たりが多すぎて困るんですけど。

 

 

「あ! 後アフちゃん先輩!」

「次はなんです?」

「充電切れました!」

「うっそだろお前!!」

 

 

 ハグの次は地図が無くなったぞ! 私の脳処理が追いつかない! なんですかこの展開は! 

 

 ランニングの前に私のパンツは一つなくなり、そして、ハグはせびられ、道に迷って見ていた地図が消えました。

 

 そして、挙句に私達は迷える子羊となったのです。ウマ娘だけど。

 

 

「でも方向的には多分あっちであってます」

「雑ゥ!」

 

 

 絶対、めんどくさいからこっちで合ってるやろ、みたいな感じで言ってますよこの娘。

 

 雑スギィ! なんだろう姿が重なるぞ! 一体どんな奴に……あ、私だったわ。

 

 なんだ、この娘も似たもの同士か、ナカーマ。

 

 というわけで無事にホテルに帰ることができました。通話するものは今度から海外の外に出る時には持ち歩こうと思います。

 

 ほら、スラム街とか、治安が良い場所だけとは限りませんからね。

 

 

「帰ったらトレーニングです。死ぬ気でやりなさい、いや、死ぬけど、物理的に」

「はい! 師匠!」

 

 

 私の言葉に元気よく答えるドゥラメンテちゃん。

 

 素直な娘って可愛いですよね、え? 私は捻くれすぎですって? 否定できないんだなこれが。

 

 でも、皆さんの事が好きなのは本当ですよ? 感謝してます。本当ですよ? 嘘じゃないですからね? ね? 

 

 まあ、なんにしろ、この娘の成長が楽しみです。

 

 私も……いつまで元気に走る事ができるかわかりませんからね。

 

 こうして、憧れてくれる後輩ができるだけでも嬉しいです。

 

 



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海外での生活

 

 凱旋門の道へ。

 

 海外遠征をしている私は徹底的に海外仕様に身体を鍛え抜きました。

 

 まずは、芝に慣れるというのが第一、そして、その次に、私が取り組んだのはフォームの改善です。

 

 身体に負担が掛かる走りを少しでも軽減する為に、これにも精力的に取り組みました。

 

 万全な状態で全力で戦う土台を作る。これこそが、厳しい海外のスケジュールと日本の最後の一冠、菊花賞を取るために必要だと思ったからです。

 

 そして、来るべきキングジョージを獲るためにギアの切り替えにも取り組みました。

 

 

「身体の軸をもう少し重点的に鍛えるべきだな」

「……はい!」

 

 

 トレーニングトレーナーのオカさんの指導の元、私は体幹の改造により力を入れました。

 

 姿勢を低くする私の地を這う走りは身体全体に負担がのしかかります。それを軽減するにはやはり、丈夫な体幹による中和が必要だとオカさんは教えてくれました。

 

 後はギアですね、足のギアをどれだけ高いレベルに引き上げる事ができるかという点です。

 

 私がやるべき走りは理解しています。

 

 

「タイムは上々、うむ、これなら問題なかろう」

「はぁ……はぁ……」

 

 

 もはや、トップアスリートとして、私の名は日本だけで無く、世界でも広まっています。

 

 妥協は許されません、私にはその責任がある……みたいです。

 

 まあ、私は私が走りたいから走るだけなんですけどね、責任とか、期待だとか他人の評価だとかはどうだって良いです。

 

 ただ、目的は一つ、誰にも負けたくない、それだけです。

 

 

「様になって来たな」

「えぇ、遠山さん、だいぶ良くなってきましたよこれは楽しみです」

 

 

 トレーナーの二人はそう満足げに話をする。

 

 教えるべきは全て授けた。後はアフトクラトラス次第、ここからの境地は二人も目の当たりにしたことがない領域に成長しつつある。

 

 海外の一流のウマ娘に一切引けを取らない完璧な強さ、もう、その領域にアフトクラトラスは至りつつあった。

 

 

「……何というか、寂しいものですね」

「嬉しい反面、ですね……」

「これならキングジョージは問題なく勝てるかと……、ただ」

「鬼門は凱旋門か……」

 

 

 義理母は顔を険しくして、オカさんの言葉に耳を傾ける。

 

 凱旋門賞、それは実力を持つ化け物達が集う頂点を証明するためのレースと言っても過言ではない。

 

 アフトクラトラスの実力に疑いようはない、きっと勝つ、そう思ってはいる。

 

 だが、凱旋門賞はそんなに甘いレースではない。

 

 何故ならば、未だ、日本のウマ娘が凱旋門を勝った事が無いからである。

 

 

「……日本からは、ミルファクからあのシンボリクリスエスが出てくるそうだ」

「ハイシャパラルも変わりなく出る予定ですね、それとダラカニ……、……ハードなレースになるでしょうきっと」

 

 

 オカさんの言葉に静かに頷く義理母。

 

 タフなレースになる。それこそ、アフトクラトラスは全力を尽くさねばならないだろう。

 

 きっと7速を使わざる得ない、いや、それを使わずして勝てるような連中ではない。

 

 

「……キングジョージ次第で最悪、凱旋門は棄権を視野に入れておこう……。でなければ」

「アフトクラトラスが壊れる危険性がありますか」

 

 

 義理母はオカさんの言葉に沈黙した。それは、暗に肯定しているという事である。

 

 長年、トレーナーをしていて気づかないわけがなかった。アフトクラトラスが抱えているものに。

 

 何かしら、身体に異変をきたしつつある。確実だが、それはアフトクラトラスの身体を蝕みつつあった。

 

 出来るだけ負担を減らすようにはしてはいるが、こればかりは完治をさせる事は厳しいと言わざる得ない。

 

 

「足……と心臓か……、負担が来てるみたいですね」

「無理に休ませるとコンディションが崩れてしまうからな、……難しいとこだ」

 

 

 私の走る姿を見ながらそう呟く義理母。

 

 適度に負担がかからないように無理なトレーニングはできるだけ避けつつしてはいるが、こればかりは二人は医師ではないため、詳細はわからない。

 

 

「なんにしろ、まずはキングジョージから……だ」

 

 

 義理母は数日後に控えたレースについてオカさんに告げる。

 

 アフトクラトラスの限界値、7速はまだ目の当たりにはしていない。

 

 だが、イギリスダービーで見せたまるで日本刀のような切り裂くような追い上げは鳥肌が立つような凄まじい走りであった。

 

 

「ぬーん」

「うわ!? アフ先輩身体柔らかすぎ!」

 

 

 トレーニングを終えてストレッチをする私に驚いたように声を上げるドゥラちゃん。

 

 私のストレッチ見ると毎回、同じ感想が出るんですよねー、股割りしたらこんくらいできるよドゥラちゃん。

 

 ペターンとストレッチを続ける私にドゥラちゃんは目をキラキラさせる。そんな中、私達に近づいてくるシャドーロールの怪物さんが……。

 

 

「ようアフ、ん? 見かけない顔だな?」

「あ、ブライアン先輩」

「どうも」

 

 

 そう言いながら、ニコニコと笑顔を見せて、ナリタブライアン先輩に軽く会釈するドゥラちゃん。

 

 おや? 顔合わせはこれが初めてでしたっけ? 

 

 にぱっと笑顔を浮かべたドゥラちゃんはブライアン先輩に敬礼しながら元気よく自己紹介を始める。

 

 

「はじめまして! 私ドゥラメンテって言います! アフちゃん先輩の一番弟子です!」

「何? アフお前、いつの間に弟子など……」

「なんかできちゃいました」

 

 

 私はブライアン先輩にさも当然かのように告げる。

 

 できちゃったものは仕方ない、うん、なんかできちゃったんだもん、子供ができちゃったみたいなノリみたいな感じですけど。

 

 元気よくて可愛くて良い娘でしょう? そして、あざといですからね、この娘。

 

 

「あ、お近づきの印に……」

「お、なんだ? 名刺か?」

「いえ、メイド服着たアフちゃん先輩の写真です」

「ちょっと待てぇ!? なんでそんなもの持ってるんですかぁ!?」

 

 

 私のメイド服の写真だと! それ、学園祭とレースの時にたこ焼き売って回った時に着てたやつじゃないですか! 

 

 てか、なんで持ってるんですか? え? おかしいですよね! 

 

 しかも、胸がパッツンパッツンな奴だから、これ胸のボタンが吹き飛んだときのメイド服だ! 

 

 なお、それを受け取ったブライアン先輩、さりげなく胸元に仕舞った模様。

 

 

「うん、良い後輩だな」

「えへん!」

「えへんじゃないが」

 

 

 本人の目の前で本人の恥ずかしい写真をなんの躊躇なく取り引きするこの人達はなんなんでしょうね。

 

 ドゥラちゃん、そこは胸張るとこじゃないです、はい。

 

 あと、ブライアン先輩、ホクホクしたような顔しないでください。

 

 さて、そんなやりとりはさて置き、トレーニングの続きをしなくてはですね。

 

 私は軽く腕を伸ばしながら、ブライアン先輩にこう告げる。

 

 

「今日の併走はペースを上げてください」

「ん? 構わんが大丈夫なのか?」

「えぇ、キングジョージも近いですからね、最終調整に向けての追い込みです」

 

 

 私はブライアン先輩に問題ないと言い切る。

 

 なりふり構ってられませんからね、がんばるぞ、フンスフンス! 

 

 とりあえず、やれる調整はやっておかないと、相手が相手ですし、油断は一切できません。

 

 ワイヤーで綱渡りしてるようなもんですよ、私より強いウマ娘はまだたくさん海外には居るでしょうからね。

 

 すぐに追い抜いてやりますけども。

 

 それからはブライアン先輩と付きっきりで併走トレーニングに勤しみました。

 

 やっぱりブライアン先輩は強いですね、うん。

 

 ブライアン先輩も8月に海外G1レースに出るみたいなので一石二鳥というわけですよ。

 

 

「ブライアン先輩はインターナショナルSでしたよね」

「あぁ、強敵とされるウマ娘も出るレースだな」

 

 

 私は併走しながら、冷静な口調でブライアン先輩と話をする。

 

 一筋縄ではいかないレースになる事は間違いない。

 

 ブライアン先輩は肩を竦めながら、何事もないかのようにこう話を続ける。

 

 

「それくらいは覚悟の上だ。だから外に来た、強いウマ娘を倒すためにな」

「私についてくる方便だとばかり思ってましたけど」

「まあ、2割ほどそれもある、が、そうでなくても私は海を渡っていたさ」

 

 

 そう言って、フッと軽く笑みを浮かべるブライアン先輩、本当かいな。

 

 私は疑いのジト目をブライアン先輩に向ける。まあ、疑っても仕方ないんだけども。

 

 あ、私は海外においても相変わらずブライアン先輩のぬいぐるみです。もう私を卒業して欲しいんだけどなぁ、そろそろ。

 

 

「相手に不足なしだ、派手に勝ってやるから心配するな」

「まあ、前哨戦は私が勝ってきてあげますよ」

「ははっ、言うようになったじゃないか」

 

 

 私の返答にご機嫌なブライアン先輩。

 

 先輩のレース前に景気付けって大切ですからね、その前にブライアン先輩は重賞レースが控えてるんですけども。

 

 ブライアン先輩の実力なら問題ないでしょう、だって日本が誇るシャドーロールの怪物ですよ? 余裕余裕! ……多分。

 

 

 それから、私はキングジョージに向けての最終調整を来るべき日に向けて徹底的に行いました。

 

 時にアフチャンネルで告知したり、トレーニングしたり、アフチャンネルであざとい集客告知を挟んだり、トレーニングしたり、アフチャンネルで皆さんに媚びうったりしましたけどなんの問題もありません。

 

 みんな喜んでるから良いんです、無用な詮索は無しです良いね? 

 

 こうして、私は日々逞しく、厳しい海外の地で順調に適応していくのでした。

 

 

 適応って言うと、なんか爬虫類みたいで変な気分なんですけどね。

 

 そして、練習終わりには可愛い弟子がニコニコしながらタオルを嬉しそうに持ってきてくれます。

 

 

「はい! 師匠! タオルです!」

「あ、ありがとう、ドゥラちゃん」

 

 

 ドゥラちゃんに渡されたタオルで汗を拭う私。

 

 そんな中、こんなあざとい後輩をこの人が見逃すはずが無いですね? 

 

 はい、笑みを浮かべてますが目が笑っていないメジロドーベルさんがスポーツ飲料を片手に持って登場です。

 

 なんかピリピリしてますよ? あっれー? おかしいなぁ。

 

 

「あらあら、そこに居るちんちくりんなウマ娘は誰かしらね?」

「え? アフちゃん先輩のことですか?」

「あのさぁ……」

 

 

 確かにちんちくりんとは言われますけども、飛んできた弾を華麗に私に直撃させるとはこの娘、図太過ぎィ! 

 

 ちんちくりんとは失礼な! 私、こうみえてもダービーウマ娘なんですよ! しかも、日英のね! 

 

 え? でも根本は変わらない? 

 

 

「違うわよ! アフちゃんじゃなくて貴方よ貴女!」

「ほぇ?」

「ほぇ、……ってドゥラちゃん……」

 

 

 可愛い、こいつキョトンとして首傾げてやがる。絶対狙ってやってるでしょう! この娘! 

 

 メジロドーベルさんはご立腹。

 

 それはそうだ、私にちんちくりんなんて言い切るなんて大したもんですよ、私のことを理解してるドーベルさんのナックルパートが飛んできますよ! 

 

 

「アフちゃんはね! ちんちくりんじゃなくてちょっとお馬鹿でアホなだけなの!」

「ちょっと、なんのフォローにもなって無いんですがそれは……」

 

 

 ぐふぅ! アゾット剣で背中を刺された! おのれマーボー! 謀ったな! 愉悦じゃねぇよアホちん! 

 

 メジロドーベルさんの無情な一撃に吐血しそうになる私、まさか、上乗せされるなんて誰が予想できようか。

 

 そんな中、ドゥラちゃんはドーベルさんの言葉に納得したようにポンと手を叩く。

 

 

「あぁ! なるほど! アフちゃん先輩は全部知識がおっぱいにいっちゃったんですね! 納得です!」

「そうよ!」

「なんて納得の仕方をしてるんですか! そうよ! じゃないです!」

 

 

 二言返事で何返してるんですか! ドーベルさん! 

 

 あれ? 私、サンドバッグなってないですか? 大丈夫? メンタルがボコボコにされてる気がするんですけど。

 

 最近、頑張って英語覚えてるんですけど、最近覚えた英語はふぁっきゅーって英語なんですけどね、使いどきはわかります、今です。

 

 I'm gonna fuckin' kill you!! 

 

 汚ねぇ英語を最近覚えてどうすんだって話なんですけどね。

 

 こいつらなんてファッカー共だ、とんでもないぜ。

 

 あ、私も含まれます? さいですか……。

 

 こうして、何やら二人はどうやらレースでケリをつける事になりました。

 

 その間の私に対するメンタルダメージはどうしてくれようか……本当に。

 

 これが、動画配信者になってしまった者の末路ですか、悲しいなぁ……。



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KGVI & QES

あけましておめでとうございます。今年一発目の投稿です。


 

 

 キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。

 

 名誉あるこのレースの格付けは最高格のG1に序されている。イギリス国内の平地競走としてはダービー、チャンピオンステークスに次いで、125万ポンドを出す高額賞金競走で、ヨーロッパを代表する中長距離の競走のひとつである。

 

 中長距離の競走としては一流ウマ娘がクラシック距離、2400mで対戦する凱旋門、ダービーに並ぶヨーロッパの最高峰レースとされている。

 

 さて、KGVI & QESと略される事も多いこのレースなのだが、皆さんには正式名称を知っていただきたいと思い、この度、こうしてお知らせしております。

 

 私の心遣いです。えへん。

 

 レースの歴史は古く、1946年の9月にできたキングジョージステークスを1951年に時期をずらしてクイーンエリザベスステークスと統合して出来たレースがこのレースになります。

 

 歴代でこのレースを優勝したウマ娘としては、皆さんがご存知でしょう。

 

 シーバード、セクレタリアトと共に世界最強の三人の一角「イル・ピッコロ」の愛称で知られるリボー。

 

 かの有名な「炎のようなウマ娘」と呼ばれた、13戦11勝の「ファイアーガール」ことニジンスキー。

 

 世界第8位、「ミドルディスタンスマスター」ミルリーフ、「踊るインディアン戦士」ダンシングブレーヴ、「神童」ラムタラ。

 

 などなど、挙げるとキリがないんで、ざっと見ただけでもなんだこの変態メンバーという具合に化け物ばっかりがズラリと雁首揃えてあります。

 

 ふぇぇ……怖いよぉ……。

 

 なんだこれ、本当に化け物ばっかりじゃないですか、なんで、私、こんなレースに出てるんだろ。

 

 

「会場は大盛り上がりだな」

「……えぇ、緊張しかしないですよ、もう」

 

 

 私は控え室で目頭を指で押さえていた。

 

 目眩がしそうなんですけども、まあ、ダービーの時も緊張はしましたが、あれはあくまでも私と同世代のウマ娘しかいなかったからまだよかったんですよ。

 

 今回は先輩達、つまりは最前線でG1を取りあってる魑魅魍魎を相手にしなきゃならないんでね、それは私とて吐きそうにもなります。

 

 メンタルはかなり鍛えたつもりなんですけどね、海外のウマ娘のレベルは頭おかしいのが居ますから、レースした桁が3桁とか普通にありそうですもんね。

 

 

「……さてと、私からは特に言うことはない、……遠山トレーナーとオカさんは既に会場入りしている」

「……はい……」

「後はお前自身との戦いだ、やった事を全てぶつけてこい」

 

 

 目の前に立っているブライアン先輩はそう告げると私の肩をポンと叩き控え室から出て行く。

 

 控え室には私一人、いや、むしろ、皆は気を使ってこうして、私を一人きりにしてくれたのだ。

 

 レース前にスイッチを切り替えたいと思っていたので非常にありがたいですけどね。

 

 私は目頭を押さえたまま静かに精神統一をします。

 

 今回のレースも強敵がずらりと居ます。

 

 特に注意すべきは、スラマニとアラムシャーだろう。

 

 一度勝ったとはいえ、警戒されるのは間違いないです。しかも、私は今回、なんと1番人気。

 

 前回のダービーの勝利がきっかけなんでしょうが、1番人気は1番人気でプレッシャーがかかるというものです。

 

 何故なら、当然、勝つと思われているから、これにつきます。

 

 あのレースは余裕そうに見えて、レースの展開自体はかなり苦しかった展開でしたからね、アラムシャーとダラカニを二人相手に立ち回るのは非常に心臓に悪かったですよ。

 

 物理的にも悪かったんですけどね、なかなか気が抜けないレースでした。

 

 あ、ちなみに海外では私は「イル・ピッコロの再来」なんて呼ばれてます。

 

 誰がチビじゃ! こんちくしょうめ! 

 

 側から見たら今の私、考える人っぽい、どうでも良いんですけど。

 

 

「よし!」

 

 

 私はパンパンと顔を叩き立ち上がる。

 

 さあ! いざ行かん! キングジョージへ! 

 

 ……と、その前にやる事があるんですけどね、とりあえず私は携帯端末を取り出すとあるウマ娘達に連絡。

 

 しばらくして、私の控え室のドアがノックされ、2人のウマ娘が入ってくる。

 

 

「アフちゃん先輩! 来ましたよ!」

「どうしたの? アフちゃん」

 

 

 そう言って、私が呼び出したのは何事かとばかりに問いかけてくる2人。

 

 うん、さっきまで意気込んでたんだよね、私。

 

 いよいよレースだとばかりにスイッチも切り替えてたつもりだったんだ。

 

 ですが、ここでメジロドーベルさんとドゥラちゃんを召喚! 

 

 

「あのー……とても恥ずかしいのですが……」

 

 

 そう言って、私は2人の前で言いずらそうに顔を赤くしながらモジモジする。

 

 いや、まあ、その大変言いづらく恥ずかしい事なんですけども、なんで今頃気づいたのかなーって我ながら思います。

 

 まさかね、胸の晒を巻いてないなんてね。

 

 さっき気づきました。私はね、基本、レース前には巻いとかないと胸がね……。

 

 

「えっと……晒を巻くの手伝って貰えませんか?」

「!? なるほど! そういうわけでしたか!」

「……はぁ……アフちゃん……」

 

 

 巻いてなかったのかとばかりに頭を抱えるドーベル先輩。

 

 ごめんなさい、忘れてたんですよ。

 

 ほら、私はね、胸がおっきいから毎回晒を巻いてないと大変な事になるんです。いうならば、ボクサーが試合前にバンテージ巻くようなものですよ。

 

 

「んしょ……んしょ、じゃあちょっと手伝ってください」

 

 

 上着を脱ぎ脱ぎしながら2人に告げる私。

 

 上着を脱いだ途端に一緒にたゆんと揺れる私の胸が目に入ってくる。……毎度のことながら本当にこいつになんでこんなに栄養いってんでしょうね。

 

 スズカさんが見たら目が死んでそうです。それか、蔑んだ眼差しを向けられそう。

 

 一方、ドゥラちゃんは目をキラキラさせながら、興奮気味に私に近づいて胸を持ち上げてきます。

 

 

「うわぁ! アフちゃん先輩の改めて見るとおっきい! 柔らかい!」

「これこれ、玩具じゃないですよ?」

 

 

 たゆんたゆんと揺らしてくるドゥラちゃんに困ったような表情を浮かべる私。

 

 苦笑いを浮かべるしかないですね、私だって困ってるんですよ、こう言ってはなんですけど、スズカさんが羨ましいです。

 

 ポヨンポヨンと揺れる自分の胸を見てるとなんだか悲しくなるのはなんですかね。

 

 

「……なるほど話はわかったわ、あ、アフちゃん」

「鼻血でてますドーベルさん」

 

 

 私はジト目を向けながら、晒を手に持つドーベルさんに告げます。

 

 ドゥラちゃんなんて見てください、遠慮なしに私の胸に顔を埋めてますからね、何しに来たんだお前。

 

 とりあえず、締めすぎない程度に巻いてもらいたいのです。解けてもダメなんですけども。

 

 

「……はぁ、ママの懐かしい暖かさが……」

「良いから早よ巻け」

「あいてッ」

 

 

 ズビシッとドゥラちゃんの頭にチョップを入れる私、このままにしてたら吸われそうでしたしね、何がとは言いませんけど。

 

 ドゥラちゃんはプクーと頬を膨らませると渋々私のバストサイズを測り始める。

 

 まあ、サイズはあまり以前よりも変わってないはずです。あまりでかいとあれですしね、萎んではないでしょうけれども。

 

 

「うーん、やっぱりおっきい……とりあえず巻きますよー」

「うん、お願い」

「ドゥラちゃん、いつでも良いわ」

 

 

 というわけで2人に協力してもらい晒を巻きます。

 

 私は両手で胸を支えなきゃならんので、塞がっちゃうんですよね、そうしとかないとズレちゃいますから。

 

 ある程度、巻き巻きすると大丈夫なんですけどね。

 

 

「ひゃあ!? ちょ、ちょっと優しく……んっ!」

「強めにしとかないと」

「そうなんだけど、……うー……」

 

 

 クソめんどくさいです、ちくしょうめ! 

 

 夢と希望が詰まってるとか上手いこと言ってもダメです。こんなものは脂肪の塊なんですよ、あ、筋肉ももちろんついてますけどね。

 

 いやー、最初から巻いとけって話ですよね、反省しています。次からはそうしよう。

 

 

「おぉ、すごい弾力性だ」

「……うん、確かにこれは……、アフちゃん……」

「……何も言わんでください……」

 

 

 ドーベルさんの言葉に私もこれには苦笑い。

 

 こいつ、おてんば過ぎるな、全く誰に似たんだか、え? 私に似てるって? 自分の子供じゃないんだから(憤怒)。

 

 特に下乳が凄いとかドゥラちゃんが口走ってますけど、スルーです、スルー、なんだよ下乳が凄いって、確かにわかりますけどね! 

 

 

「よし、とりあえずこんなものですかね」

「十分ね」

「確認の為に何故揺らすのか」

 

 

 私の胸をしたからユサユサと揺らして晒を確認するドゥラちゃんとドーベルさんにジト目を向けながら告げる。

 

 晒が解けないかの確認なんでしょうけど、愉悦感に浸ってる感じがありますからね、この2人。

 

 私はとりあえずその上から下着をつけて、勝負服の上着を着る。

 

 

「まあ、こんなもんですか、うん」

 

 

 ちゃんとフィットしているのを確認して、私はふぅとため息を吐く。

 

 レース前だというのにバタバタですよ、まあ、私らしいと言えばそうなんですけども。

 

 さて、準備が整いましたし、いざ出陣。

 

 

「頑張ってくださいね! アフちゃん先輩!」

「アフちゃんなら大丈夫、勝てるわ」

 

 

 2人に見送られながら控え室を後にする私。

 

 スイッチはもう切り替わってます。さて、後はレースで勝つだけですね。

 

 やってやろうじゃねーか! ってノリで大体やれてましたから、多分、今回もやれる筈です。

 

 杉神様にお願いしとかなきゃ、御供物はレインボーバットで良いですね。

 

 私を呼ぶ声が聞こえる、パドックの舞台に誘う声だ。

 

 私は頬を叩いて待っている観客達の前に勢いよく姿を現した。

 

 

「お、アフだ、出てきたな」

「凄い人気だね、あの娘」

 

 

 アグネスタキオン先輩は私が出てきた途端に盛り上がる会場を見渡しながらそう呟く。

 

 確かに辺りの客は1番人気である私を見た途端に口笛を鳴らしたり声を張り上げたりしていた。ここまで人気になる日本のウマ娘も珍しいだろう。

 

 というのも、やはり、前回のイギリスダービーの私の破天荒ぶりとダラカニを破った事が人気に拍車をかけているのは間違いないだろう。

 

 最近、アフチャンネルの登録者数がすごい事になってるんですよね、あ、皆さんちなみにチャンネル登録よろしくお願いしますね。

 

 してくれた方にはもれなく抽選で私の写真集を差し上げます。……うん、特に私から皆さんにあげれるものってそれくらいしかないですからね、申し訳ない。

 

 他に欲しいものがあれば要望は聞きます(叶えるとは言っていない)。

 

 

「ヘーイ! センキューセンキュー!」

 

 

 私はニコニコしながら笑顔を振りまき皆に手を振る。

 

 サムライガールとかヤクザガールとかクレイジーとか聞こえてきますけどね、なんだその扱い、実況はハーデスとか言ってるし。

 

 ハーデスさんは魔王でなく冥王なんですが……それは……。

 

 でも、人気があるのは悪くはないですね、飛び交う英語は何言ってるかわからんけども。

 

 気を取り直して、私は真顔になりマントを脱いで勝負服を披露する。

 

 ここ最近まで絞りに絞った身体、このレースにはもちろん油断をせずに全てをかけて調整してきた。

 

 後はレースに勝つだけだ。

 



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血の洗礼

 

 

 

 レース場には、イギリスダービーで戦ったアラムシャーさんをはじめとした猛者達がゲート前に集まっています。

 

 パドックでお見かけしたんですけど、やはり皆さん強そうですね、そりゃそうか、G1ウマ娘ばかりですもんね、しかも、名が知れた。

 

 フッ……かく言う私も実はG1ウマ娘でしてね……。

 

 え? 知ってるって? ……言ってみたかっただけですよ! 

 

 

「んしょ……、うん、身体のコンディションは良いみたいですね」

 

 

 軽くその場でぴょんぴょんと跳ねてみて調子を確認する私。

 

 身体が軽い! こんなの初めて! もう何も怖くない! 

 

 とか言ったら大ボカしそうだから言いませんけどね、まあ、でも身体は軽いです。調整しっかりしといてよかった。

 

 

「さて、と、警戒すべきはやはりアラムシャーさんですね……、ダービーでは3着でしたが……」

 

 

 今回はさらにパワーアップしてきてるかもしれない。

 

 

 なんかレース前にいろいろありましたけど、ようやくスタート位置。

 

 キングジョージの幕が切って落とされようとしています。

 

 とはいえ、油断できるレースではありません、アラムシャーさんの動向に注意しながらレースを進めなきゃいけないですね。

 

 

「はぁー……」

 

 

 全身の力を抜いてクラウチングスタートの構えをとる私。

 

 あ、クソでかため息ではありませんよ? 深呼吸です(迫真)。

 

 いつも通りですね、変わらぬ絵面で申し訳ない。

 

 足に無駄な力が入りすぎるとあれです、スタートダッシュがおかしくなっちゃいますからね。程よく力を入れるのが基本です。

 

 静まり返る会場、レース開始の合図をその場にいる全員が待つ。

 

 

 というかね、レース前にさ、久方ぶりにあったアラムシャーさんね。

 

 レース前に私をブッつぶすだの、ぶっ殺すだのめちゃくちゃ言ってたんですよ。

 

 久しぶりに会って、私は思いました。なんだこいつ。

 

 うん、それしか出てきませんよ、総合格闘技するんじゃないんですよ? レースなんですよ? 

 

 なんで物騒なワードが出てきてるのか、コレガワカラナイ。

 

 蝶野ビンタしますよ、全く。

 

 とか考えてたら、いきなりパン! とゲートが開きました。

 

 

「あっ!? やばっ!?」

 

 

 出遅れちった、ごめんちゃい。

 

 私は後続に続くように慌ててスタートを切ります。まあ、でも大きな誤差ではないのでヘーキヘーキ。

 

 ……うん、鬼のような形相の義理母の顔が思い浮かびました。平気ではないね、ぶち殺されますね後でね(涙目)。

 

 変なこと考えてたら失敗してしまった。集中しなくちゃダメですね。

 

 

「あの馬鹿者ッ!」

「……あー、出遅れたか」

 

 

 はい、トレーナー二人も激おこです。

 

 当たり前だよなぁ? ごめんなさい! 許してください! なんでもしますから! 

 

 これにはブライアン先輩やミホノブルボンの姉弟子も頭を抱えていた。

 

 いや、慢心していたわけではないですよ? 集中を切らしていたのは私が悪いんですけども。

 

 そこからはなんとか挽回して、順位を上げ、先行定位置を確保しました。

 

 ふぃー危なし、危なし。

 

 言ってる場合じゃないですけどね。

 

 皆さんからアフタラ・ビスタされるところでしたよ、アフちゃんだけに。

 

 え? アスタラ・ビスタですって? 

 

 ええねん、意味が伝われば、問題ないでしょう、そういう事です。アフタラ・ビスタこれは流行る。

 

 

「……っと、んな事考えてる場合じゃないか……」

 

 

 私は足のギアを一つ上げ、上位につける。

 

 G1レースでやらかしたら普通は巻き返し効かないってのが常識ですけどね、私は生憎、普通という形からはみ出た存在なんで。

 

 皆さん、お忘れですか? 私の本質はポンコツなんですよ(えっへん)。

 

 別に胸を張る事ではないですけどね、張る胸があるから仕方ない。

 

 

「……ぐっ!? なんだこいつッ!」

「あんだけ出遅れてた癖にッ! とんでもない変態だわッ!」

 

 

 この言われようである。

 

 追いついただけで変態呼ばわり、やばい、アグデジさんが頭をよぎります。ナカーマじゃないよ、尊し尊し言ってないですから私。

 

 あ、いや、確かにウマ娘の皆さんには変態じみた事はしてましたけどね、はい。

 

 なんだ同類じゃん! 私は変態だった(新事実)。

 

 

『さあ、残り1200mを切りました、アフトクラトラス4番手あたりでしょうか、そのすぐ前にはマークするようにアラムシャーが控えています』

 

 

 日本では、生中継でKGVI & QESが放送されていた。

 

 そのレースの行方をトレセン学園の生徒たちは静かに見守っている。

 

 KGVI & QESに挑戦する日本の魔王、これを勝てば次はいよいよ、欧州最高峰、三冠レースの締め、凱旋門賞が控えている。

 

 イギリスダービーに引き続き、二冠目のビックタイトル獲得、しかも、そのレースが歴史あるKGVI & QES、このレースに勝つ名誉だけでもものすごい価値がある。

 

 残りは八百、私はペースを上げた。

 

 すると、必然的にアラムシャーさんもペースを上げ、私を抜かすまいとしてくる。

 

 あちゃー、これは相当、警戒されてますね。

 

 

「テメェは前にはいかせねーよ!」

「……うぐっ! 小癪な!」

 

 

 最初からアラムシャーさんの前につけとけばこんな事にはならなんだ。

 

 私の自業自得なんですけどね、うひゃあ、煽られる煽られる。

 

 ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち? をされたみたいな心境です。

 

 うるせー! おっぱい揉むぞこの野郎。

 

 そんなこんなで残り六百メートル。

 

 

「たくっ! あーしゃらくさい!」

 

 

 私は強引にアラムシャーさんの間を抜こうとする。

 

 だが、その時だった。

 

 私は自分の頭に何やら硬いものが直撃した感触を感じた。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 そう、肘である。振りかぶった見事に故意的な肘打ちだった。

 

 並ばれそうになったアラムシャーさんが私のおでこに見事な肘打ちをかましてきたのである。私は衝撃で頭を退けぞった。

 

 

「はっはー! ヒットッ!」

 

 

 私のデコは切れて、血が出てきた。

 

 笑い声を上げるアラムシャーさん、不思議ですよね? 私の中で何かがブチ切れるような音がした。

 

 不思議ですよね、ある程度のラインを越えてブチ切れると、かえって冷静になるもんなんですよ。

 

 私は左から流れてくる血で左目が見え辛くなり、死角になってしまいました。

 

 

『あぁと!? アフトクラトラスッ! 流血! 接触の際、流血しています! 大丈夫かっ!』

 

 

 それは傍から見ても明らかな肘打ちだった。

 

 だが、それくらいでレースは当然、止まるわけがありません。

 

 観客席にいたメジロドーベルさんは……。いやもう、言わずもがなですよ、かなり大激怒しているようでした。

 

 

「あんのダボがァー! うちのアフちゃんにぬぁんて真似をォ」

「姉さん落ち着いて! 落ち着いて!」

 

 

 そして、それを宥めるドゥラメンテちゃん、さらにこれにはナリタブライアン先輩も眉を潜めていた。

 

 だが、これは反則になり得ると言い切れるのかと言われればそうとは言い切れない。

 

 ナリタブライアンとて、アフトクラトラスが直面している場面と同じような経験はある。勝つ為に手段を選ばないアラムシャーの走りには逆に感心する部分もあった。

 

 だが、あれは明らかに故意だ、だからこそ、腹は立つ。

 

 

「小賢しい真似を……」

「……まあ、でもあの娘がやられっぱなしとは考えられませんけどね」

 

 

 一方でナリタブライアンの苦言に対して隣にいるミホノブルボンの姉弟子は至って冷静な口調で話していた。

 

 そう、レースに汚い手段を使う輩もいるのは当然だ。

 

 だが、アフトクラトラスというウマ娘を義理の妹として長い間見てきたからこそわかる事もある。

 

 

「……まあ……な」

 

 

 ナリタブライアンはミホノブルボンの言葉に納得したように頷いた。

 

 アフトクラトラスというウマ娘の本質。

 

 それは、やられっぱなしでは終わらないウマ娘という点だ。

 

 やられたら、それこそ、倍にしてやり返す、闘争心も抜きん出て荒い。

 

 流血如きで、アレは止まらない、そういう確信は私を知ってる皆さんの中では当然あった。

 

 私は軽く左手で血を拭うと、もう一度、アラムシャーさんに並びに行きます。

 

 さて、残り五百メートル。

 

 

「テメェ! しつけーんだよっ!」

「……」

「もっぱつやられと……うぐっ!」

 

 

 次はアラムシャーさんの表情が曇りました。

 

 案の定、肘打ちをもう一回私に向かって放とうと振りかざしてきた。

 

 なので、それを予測し、屈んで、上手く交わして、カウンターを合わせるように後ろから左フックを『故意でない』ように見せかけてボディに向けてかましてやりました。

 

 アラムシャーさんもまさか、私が脇腹に向かってグーパン入れてくるとは思っていなかった様子。

 

 やりましたよ! カブトシロー師匠! エリモ師匠! 

 

 直伝役に立ちましたわ! 綺麗に決まった。

 

 そして、アラムシャーさんが左に寄れた隙を私は見逃さない。

 

 私は這うようにして、残り四百メートルでアラムシャーさんを抜き、先頭のウマ娘を射程圏内に入れました。

 

 

『さあ! 残り四百メートルどうだっ! 逃げ切れるかッ! おっと! ここで来た! 来ました! アフトクラトラスッ! 続いてアラムシャーも上がってくるッ』

 

 

 ざまぁ!! ボディ……効いたかな? 早めのフック♪(煽り)。

 

 抜いた今ならもはやこっちの土俵ですけどね、私はギアを容赦なく上げてやりました。

 

 先頭との差は縮まり、残り二百メートル。

 

 

『さあ抜いた! 抜いた! アフトクラトラス先頭! アフトクラトラス先頭! 出遅れたのを感じさせないこの強さ! 残り五十!』

 

 

 先頭を取り切った私は、そのまま地を這う走りで後続を引き離す。

 

 私の間合いには最早誰も残ってはいません。

 

 芝に血がポタリポタリと滴り落ちますが、もう気にせず一気にゲートを駆け抜けます。

 

 

『堂々二冠達成ッ! アフトクラトラス! 1着ゴールイン! なんとG1レース5冠目を無敗で制覇しましたッ! 何という強さッ!』

 

 

 圧巻の無敗で欧州二冠目制覇。

 

 出遅れ、妨害や怪我などのアクシデントがありながらも力押しでの圧勝劇に会場は騒然とした。

 

 単純に強い、しかも、あれは恐らく全力でない事は観客席にいたファンの目から見ても明らかだった。

 

 ゲートを走り抜けた私はピースサインを上に掲げる。

 

 

 これが、欧州二冠目、血を流しながらももぎ取った称号。

 

 てか、血で左が全く見えんのだけど、あと貧血気味でフラフラする。

 

 とりあえず、やったぜ! 

 

 私はすぐにやってきた医療班の方から止血をするようにタオルを渡され、それで切れた部分を抑える。

 

 

 こうして、私が挑戦した二冠目、KGVI & QESは最高の結果で幕を閉じた。

 

 ウイニングライブどうしよう……、あ、今回もしかしたら出なくてもいいかも! ラッキー! 

 

 サンキューアラムシャー! グッバイアラムシャー! 

 

 私の代わりに歌って踊っててください、え? 血は止まるから問題ない? そんなー!



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最後の壁

 

 

 誰かが言った。

 

 王者は孤独であると。

 

 それは、例えだとか揶揄だとか、そんな事ではなく、本当に物理的にも精神的にもそうなっていくのが普通なのである。

 

 まあ、私は別に王者でもなんでもないんで関係ないんですけどね(すっとぼけ)。

 

 何故なら、私には支えてくれる仲間や姉妹、そして、義理母達がいるからだ。

 

 だから、孤独じゃないと胸を張って言える。

 

 

「どうだ? 頭の具合は?」

「元々馬鹿だったのは悪化してないか?」

「煽りが辛辣すぎィ!」

 

 

 ブライアン先輩と並んで日本からやって来てくれたルドルフ先輩からの辛辣な一言に突っ込む私。

 

 これ以上、馬鹿になったら救いようがないぞって眼差しをこちらに向けないでください、胸が痛いです。

 

 キングジョージの勝利祝いと、次が三冠が掛かった凱旋門ということでやって来てくれたみたいです。

 

 煽りは酷いですけどね、うん。

 

 

「大事にならなくてよかったな」

「んふっ……! ……あ、頭を撫でたからと言ってごまかされませんからね!」

 

 

 ぷんすこ怒ってる私を撫でてごまかすルドルフ会長。

 

 へ、こんなんで許すほど私はチョロくなんてないんですからね! 寿司くらい奢って貰わなきゃな! 

 

 嘘です許します。私、心が広いので。

 

 

「しかしながら結構深かったな、傷」

「えぇ、でもまぁ、レース後はアラムシャーさんも謝りに来てくれたので」

「フッ……律儀だな」

 

 

 レース故、致し方ない事もある。

 

 競い合うからこそ、そういう事だってあり得るし、というか私も仕返しましたからね。

 

 やられたらやり返す、報復はしちゃダメってのは詭弁でしかないですからね、私はやってやります。

 

 だからアラムシャーさんには別に悪意とかないです。むしろ、リスペクトしてますよ。

 

 

「……たく、相変わらずだよなぁ、お前はさぁ」

「ヒシアマ姉さん!」

「のわぁ!? おまっ! いきなり飛び付いてくんなよ!? 傷口開くぞっ!」

 

 

 そして、私に嬉しいサプライズ。

 

 モフモフしたいヒシアマ姉さんもなんとイギリスにまで来てくれたのだ! やったー! 

 

 そりゃもう飛びつきますよ、そのおっきなお餅で私を癒してください。

 

 自前のがある? ……これ、自分で埋もれないんですよね、そんなおっぱいに価値は無い(悲しみ)。

 

 私と同等かそれ以上のものを持つヒシアマ姉さんのだから良いのです。

 

 

「……ヒシアマ姉さんにセクハラ出来ず、歯痒い毎日を送ってました……シクシク」

「どんな毎日だそれ」

 

 

 そうですね、強いて言えばむしろ周りからされる日々でした。

 

 新たにドゥラちゃんも加わりましたしね、嫌な毎日だな、よく考えてみたら。

 

 フラストレーションも溜まるというものですよ、海外とか慣れない地だと余計にですね。

 

 

「なんだ、私にすれば良いじゃないか」

「……うーん、何というか……まあ……はい」

「そうよ! 私もいるじゃない!」

 

 

 そう言って、名乗りを上げるブライアン先輩とメジロドーベル先輩。

 

 いや、貴女達は何というか抵抗がなさすぎてこう、やり甲斐がないと言うか逆に襲われそうなんでね。

 

 嫌がるヒシアマ姉さんだからこそ良いんですよ、あと、私と身長が一緒くらいですし、可愛い。

 

 

「……二人にはいつも甘えてますから、なんだかこれ以上は悪い気がして」

「……アフ……」

「そんな事、気にしなくて良いんだぞ?」

 

 

 私はヒシアマ姉さんにハグしたまま苦笑いを浮かべて二人にそう告げる。

 

 方便含むちょっと本当の事も織り交ぜてます。

 

 メジロドーベルさんには膝枕とかもしてもらったりしてますし、ブライアン先輩には本当、いろいろな面でお世話になってますから。

 

 これ以上求めたら罰当たりかなって。

 

 ルドルフ会長に関しては頷いてますけど、撫でるよりゲンコツのことしか思いうかばねぇ……。助けていただいているので感謝はもちろんしてますけどね。

 

 大体は私が悪いんですけども。

 

 

「ヒシアマ姉さんにはヒシアマ姉さんにしかない癒しがあるんでね、ほら、胸からマイナスイオン出てますから」

「どんな身体だ私の身体は!?」

 

 

 こうやってツッコミを入れてくれるのもいいんですよね。

 

 やっぱり可愛いなぁヒシアマ姉さんは。

 

 あ、もちろん、皆さん可愛いですけどね、私にもアグデジさんが乗り移ってきたかな? 

 

 

「うん、傷口は安静にしとけば問題ないだろう」

「安静にしとけばな」

「安静という言葉が似合わないウマ娘に言っても聞くかどうか……」

 

 

 私がまるで暴れん坊将軍みたいな言い方。

 

 デーンデーンデーンってなんか聞こえてきましたよ、暴れん坊なのは胸だけにしろとかかなり酷いと思うんですよね。

 

 別に暴れん坊ってわけでも無いんですけども。

 

 

「てかウイニングライブどうすんだよ?」

「二日ズラしてもらってるんだろ?」

 

 

 ブライアン先輩とヒシアマ姉さんが真っ直ぐに見つめながらそう問いかけてくる。

 

 実は、私、シャイですのでお断りしよっかなぁって、えへへ。

 

 人前で歌うの恥ずかしいんです。

 

 ほら、私、怪我もしてますし、おデコがパックリいってますし、傷は塞がってますけれど。

 

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

 そう私が言おうとした途端、笑顔だったルドルフ会長の目がキュピーンと光ったような気がした。

 

 姉弟子も私をジト目で見つめてくる。まさか、アンタレスの看板背負っておいて歌わないとか言うつもりか? と言わんばかりの視線だ。

 

 あっ……、あの、そんな事は無いですよ? ……ぐすん。

 

 

「歌いますとも!! アッフの歌は世界一ですからね! キングジョージですものね! えぇ!」

「テンパリ過ぎてもう自分でアッフとか言っちゃってるぞこいつ

 

 

 そして、呆れたようにヒシアマ姉さんのツッコミが私に入る。

 

 仕方ない、歌うしか無いか、私のファンが待ってますしね、私は行きたく無いんですけども。

 

 働きたく無いでござる。

 

 

「大丈夫ですよ! アフちゃん先輩! 私もバックヤードでスタンバッテますから!」

「なんだその無駄な配慮は」

 

 

 ドゥラちゃんからの肩ポンサムズアップに顔をひきつらせる私。

 

 目をキラキラさせるんじゃない、私の邪の心が浄化させられちゃいますから。

 

 後輩からの無駄な援護射撃までくるともう逃げ場なんてないようなものです。

 

 あーあ、でかいレースに勝っちゃったばかりに、あーあ。こんな事言ってたら負けたウマ娘達から袋叩きにされそう(小並)。

 

 ごめんなさい、もう言いませんゆるしてくだしあ! 

 

 

「アフたん可愛いよぉ〜……ハァハァ……」

「なんでアグデジさんもいるんですかね……」

 

 

 私の背後からスカートを何も躊躇なくめくったままハァハァ言ってるアグデジさん。

 

 この人が来てるのはちょっと私にはわかりません。

 

 あと堂々とスカートを捲るな、パンツ見えるでしょうが。あれ? これデジャブ? 

 

 

「いい縞々だね!」

「どこから突っ込んだら良いのか……」

 

 

 前言撤回、私多分、この人ほど変態では無いと思います(戒め)。

 

 人のパンツを毎回こうして確認するような変態にはなりたくないです。

 

 えぇ、私のパンツは縞パンですよ? なんだ、文句あんのか! 

 

 

「とりあえず私のパンツをいちいち確認しないでくださいッ!」

「えー……」

「なんでいやそうな顔するのかわからんぞマジで」

 

 

 アグデジさんの反応に青筋が思わず立ってしまう。

 

 私の方がおかしいんですか? いいえ、絶対そうだとは思いません! 

 

 いつもはおかしな事ばかりしてますけどね! 

 

 

「まあまあ、アフたん、とりあえずおめでとう!」

「うん、それがまず一番だと思うんですがそれは、あとアフたん言うな」

「はい! 祝いにハグしてあげるー!」

「鼻血! 鼻血!」

 

 

 鼻血を垂らしながらご満悦の様子のアグデジ先輩に待ったをかける私。

 

 服が血だらけになってしまうわ! 

 

 あー尊い尊いとか言ってる場合じゃないですよ、ほら鼻にワタでも突っ込んで。

 

 ……女の子の鼻の穴にワタを突っ込むなんて初めての体験かもしれない(新感覚)。

 

 

「アフちゃんはウチのチームなんだからそんな気安くハグなんてさせないわよ」

「むぐっ」

「そうだぞ、ちゃんと許可をとってもらおうか」

 

 

 そう言って、私を両脇からハグしてくるドーベルさんとブライアン先輩。

 

 ん? 今、ブライアン先輩なんて言いましたっけ? 

 

 

「えっ? ブライアン先輩はリギルなんじゃ……」

「気持ちはアンタレスだ」

 

 

 なんだそのめちゃくちゃな言い分は! オハナさん泣きますよ! 

 

 2人のおっぱいに挟まれているのはこの際どうでも良いんですけど。

 

 気持ちがアンタレスってなんて便利な言葉でしょう、いっそウチ来ます? 死にますよ? 主にトレーニングのえげつなさで。

 

 

「てゆーか、なんでアグデジさんはイギリスへ?」

「ほぇ?」

 

 

 そう訊ねると首を可愛らしく傾げるアグデジさん。

 

 すると、ムフフと意味深な笑みを浮かべ、私に向かいこう告げてきた。

 

 

「もちろん! 取材だよー、今年の有明で出すアッフの本の!」

「ぬぁ!?」

「あ、夏の分はもう書いたから次は冬の分なんだけどね!」

 

 

 有明……夏……、あっ(察し)。

 

 おまっ! お前! そういう事か! 通りでやたらとスカートを捲ると思ったらそういう事か! 

 

 いや! 広告的にええやんとかやないですって! 私、有明の絶対王者になるつもりはないんですよ! 

 

 とんでもない事を聞いてしまったなぁ……(悲しみ)。

 

 

「ちなみにお値段は?」

「うーんとねー」

「そこ! 値段を聞くな! 値段を!」

 

 

 アグデジさんに本の値段を訊ねるドゥラメンテちゃんに待ったをかける私。

 

 ドーベルさんとブライアン先輩も興味深そうに耳を傾けてるんじゃないよ! 

 

 もうやだこの人たち……、私、失踪しようかな……。

 

 まあ、多分、すぐに見つけられてしまうんでしょうけどね。悲しいなぁ……。

 

 

 すると、ルドルフ会長がコホンと咳払いをし、一旦、場を締める。

 

 ルドルフ会長に視線が集まる皆の衆、そうだね、変に騒いで私みたいに怒られたくないもんね皆。

 

 

「とはいえ、まずは欧州二冠達成だな、おめでとうアフ」

「はい、ありがとうございます」

「これは私からの祝勝の差し入れだ、納めてくれ」

 

 

 そう言うとルドルフ会長は私に何か手渡してくる。

 

 ん? これは……なんか見たことあるような気がするのだけど。

 

 赤い布に紋章が入ったマント、あ、これ確かルドルフ会長が勝負服につけてるやつじゃ……。

 

 

「私の外套だ」

「いやいやいや! こんなの頂けない……」

「受け取ってくれ」

 

 

 ルドルフ会長は真っ直ぐに私を見据えたままにっこりと笑みを浮かべる。

 

 こんな大胆な品を譲って貰うなんて、しかも私なんかに……。

 

 いくらKGVI & QESを勝ったとはいえ気が引けてしまう。

 

 これを受け取るという事がどういう意味なのか、馬鹿な私にだってわかる。

 

 それは、背負うという事だ。

 

 日本中のウマ娘の期待を一身に背負わなければいけないという事なのだ。

 

 少しばかりそれを前にして考える私。

 

 私はこれを受け取るに値するようなウマ娘ではない。

 

 これは、本来ならトウカイテイオーちゃんが会長から貰うものだ。

 

 凱旋門を前にこれを受け取るのは流石の私でも……。

 

 

「……ルドルフ会長……あの」

「迷うなアフ」

 

 

 私は断ろうと口を開いた途端、ナリタブライアン先輩が遮るようにそう告げた。

 

 その目には先程までとはうってかわり、真剣な眼差しを私に向けていた。

 

 ルドルフ会長から受け取れと、その資格があるとブライアン先輩の目は訴えていた。

 

 そして、ルドルフ会長は未だに迷っている私にこう告げる。

 

 

「Eclipse first, the rest nowhere……」

「……え……?」

「我が校のモットーでありスローガンだ、アフ、お前は今、それを体現している。だからこそ受け取れ」

 

 

 トレセン学園の全ウマ娘が目指す強さ。

 

 誰も追いつけない強さと、誰もが羨むような頂、そして、その領域までもう手を伸ばせば届くところまで来ている。

 

 アフトクラトラスというウマ娘は血を吐くような積み重ねを毎日繰り返してきた。

 

 限界を超え、さらに苦難を乗り越えてここまで来た。

 

 

「わかりました……では、慎んで頂きます」

「うん、良い顔つきになったな」

 

 

 赤い外套を手渡してくるルドルフ会長から笑みを浮かべ、そう告げられる私。

 

 手に置くと、改めてその重さがわかる。物理的にというわけではない、精神的にという意味でだ。

 

 これまで勝ってきた私に皆が期待するのは常勝。

 

 勝って当たり前、凱旋門では勝つ事しか許されてはいない。

 

 今までふざけてごまかしてきましたけど、ここまでくると流石に現実を見てしまいますよね。

 

 

「勝て、アフ、これまで日本のウマ娘が誰もなし得なかった宿願を果たしてこい」

「そのつもりです」

 

 

 私はルドルフ会長の言葉に静かにうなずいた。

 

 これまで、たくさんの日本のウマ娘がそのレースを勝つ事を夢見てきた。

 

 世界で一番と称されるウマ娘ならば、その称号を得たくて仕方ない。

 

 だが、未だ誰も、誰一人としてその高みには手が届くに至らなかった。

 

 アンタレスのナカヤマフェスタ先輩も、リギルのエルコンドルパサーさんも数々の英雄達がそのレースに挑み、そして散っていった。

 

 私が挑もうとしている最後の一冠はそういうレースだ。

 

 前人未到の到達点、まさに、勝てば日本のウマ娘としては快挙である。

 

 間違いなく、凱旋門では私よりも経験を積み、かなりの戦績を作った化け物達が蠢いている。

 

 並の相手では無いし、KGVI & QESよりも厳しい戦いが待ち受けている事だろう。

 

 今日だって楽なレースというわけではない、一歩でも間違えば負けていても不思議ではないレースだ。

 

 レースに絶対はないのだから。

 

 

「後はお前が得意な気合いと根性だけだ」

「アンタレスのお家芸だしな」

「失敬な、大和魂が籠った非常に効率的なトレーニングと言ってもらいたいですけどね」

 

 

 ルドルフ会長とナリタブライアン先輩の言葉に異を唱える方が一人。

 

 先程から、席を少しばかり外していたミホノブルボンの姉弟子はタイミングよく扉の向こうから現れ戻ってくると早々にそう告げてきた。

 

 姉弟子の手にはDVDのディスクがある。

 

 それを軽く掲げている姉弟子は私に静かにこう告げた。

 

 

「……シンボリクリスエス、ハイシャパラル、そしてダラカニのレースが入ったDVDです」

「えっ…これって…」

「これくらいは姉として当然です」

 

 

 そう告げた姉弟子は私にディスクが入ったパッケージを手渡してくる。

 

 わざわざ、私のためにこんなものまで用意してくれるなんて。姉弟子は私に近寄ると優しく肩を叩いてきた。

 

 私は思わず目頭が熱くなる。それの意味をなんとなく理解できたからだ

 

 

「……最後の一冠、勝ちなさい。私が出来なかった三冠、貴女ならきっと取れる」

 

 

 私は姉弟子の言葉に私は目を押さえたまま静かに頷いた。

 

 あの日、姉弟子が負け、義理母と共に望んだ三冠という栄光を掴む事は叶わなかった。

 

 涙を流している姉弟子の背中を私はあの日から忘れた事なんてない。

 

 三冠というレースは一生に一度の挑戦、そして、私はそれを二つも得ようと足掻いている最中だ。

 

 それは、姉弟子が取れなかった分と、そして、私の分。

 

 

「ありがとうございます。…絶対に勝ちますから、見届けてください!」

 

 

 私は軽く目を拭うと、そのDVDを受け取り力強く頷いた。

 

 私と姉弟子には見えない絆がある。それは、血の繋がりなんて眼に見えるものなんかじゃない。

 

 積み上げてきた日々の中で、確かに私は姉弟子からバトンを受け取ることが出来た。

 

 欧州三冠ラストレース、凱旋門賞まで約三ヶ月。

 

 私の全力を出し尽くすため、並々ならぬ覚悟を持ってこのレースに挑む事を改めて決心した。

 



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アフチャンネル その4

 

 

 KGVI & QESから数日。

 

 私は再び、ひたすら毎日トレーニングの日々になりました。

 

 ……とはいえ、ただただトレーニングするだけでは今までと変化がありません。

 

 なので、凱旋門賞に向けては少し変わったアプローチをすることにしました。

 

 

「アッフ、ほらペース上げろ! ペース!」

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 

 私の隣にはヒシアマ姉さん。

 

 そう、追い込み、追い込みの練習を取り入れる事にしたのです。とはいえ、やはり慣れない追い込みという戦法に悪戦苦闘中なんですけどね。

 

 シービーさんとヒシアマ姉さん、やっぱ頭おかしいんやなって(暴言)。

 

 クソ雑魚ナメクジの私はやっぱりただのポンコツチビウマ娘だったんだなと思い知らされましたよ。

 

 今のモチベーションと言えば、前を走るヒシアマ姉さんの胸を鷲掴みにするという執念だけです。

 

 やっぱり私はど変態だった(知ってた)。

 

 

 ということでお前ら配信すっぞ!(唐突)。

 

 

「いえーい、アッフだよ♪」

 

 

『これがイギリスダービー勝つんだもんなぁ』

『もうだめみたいですね』

『性の喜びを知ってそう(こなみ)』

 

 

 この言われようである。最後は私がビッチとでもいいたいのか。

 

 完全に風評被害なんだよなぁ……だってまだ私は処……げふんげふん。

 

 大体、あれですよ、アグデジさんが出した本の一部が流出したせいでこんな事になってしまってるんですよ! 

 

 私はまだ清らかな身体なんです! 何という言われようか! 誠に遺憾である(ぷんすこ! 

 

 

 コホン……、処●を拗らすとこんなことになるんでね、良い子はこんな風になっちゃだめです、お姉さんとのお約束だぞ♪ 

 

 

「はい、私はまだ処……げふんげふんなんですけどね、じゃあ今日もゲームやってくぞい! がんばるぞい!」

 

 

『あざとい』

『あざとさの権化』

『媚びてる媚びてる〜』

『アッフの知能はおっぱいに全部吸われてるから仕方ないね』

 

 

 え? 私炎上してませんよね? こんなボロクソ言われて泣きたい(嘘)。

 

 はい、気を取り直していきましょうかね、今日はね、なんとゾンビシューティングゲームをやりたいなと思います。

 

 ゾンビ好きでしょう? 皆さん。

 

 

「今日はね、リスナーの皆を撃ち殺すゲームをしていきたいと思います」

 

 

『俺達ゾンビ扱いで草』

『なるほど、アッフを合法的に押し倒せるゲームな訳ですね』

『俺、今日からゾンビに転職するわ』

『天才かよ』

 

 

 そう、このゲーム、実はキャラメイクができるのでキャラクターは私の格好を丸々反映させてるんですね。

 

 リスナーの皆さんはゾンビ呼ばわりでも嬉々としてるのに狂気を感じます。もうだめかもしれんね(目逸らし)。

 

 そして、今回はリスナー参加型のゲーム、リスナーさんはゾンビ役として私の前に立ちはだかります。

 

 リスナーVS私。

 

 まあ、当然、私が勝つんですけどね(フラグ)。

 

 リスナーがゾンビなら私は撃ち殺すしかないのでとりあえずハンドガンでパンパン殺っていきます。

 

 

「FPSで鍛えた私の洞察力には手も足もでまい、わはは」

 

 

『メディック! メディーック!』

『あとは任せろ! ぐはっ!』

『クソ! おっぱいが目の前にあるというのに!』

『……ふっ……アッフの生足はお前らに託したぜ……』

『ジョニー! 死ぬなー!』

 

 

 ゾンビに自らを重ねる視聴者に草生え散らかしますよ。

 

 オラオラ、鉛玉ぶち込んでやるよ、尻を出せ(無情)。

 

 Mの人は喜びそうですよね、知らんけど。

 

 とか言ってる間に目の前にいるゾンビは倒しちゃいました。

 

 うん、ゲームの中だけどちょっとスカート丈短くしすぎたかもわからんね、私の好みに合わせてみたんだけども。

 

 コケたらパンツ見えるぞこれ。

 

 

「クソ雑魚ナメクジな私にやられて悔しいでしょうねぇ……げへへ」

 

 

『おーい! 皆ー! サッカーしようぜ!』

『ボールはアッフな!』

 

 

「ぬあ!? 背後から奇襲だとぉ!」

 

 

 ちなみに視聴者=ゾンビの数になっている。

 

 私の視聴者はちなみにもうすぐ400万人行くか行かないかといった具合。

 

 あとはわかるな? 400万対私一人という構図な訳である。あれ? これ、新手のいじめかな? 

 

 皆、どうやら私を裸にひん剥きたいらしい。

 

 だが、私もただではやられませんよ! やらせはせん! やらせはせんぞ! 

 

 

「おらー! やられてたまるかー!」

 

 

『あ! 今おっぱいにかすった!』

『いける! (いけるとは言っていない)』

 

 

 くっ……流石に変態400万人のゾンビを私一人で捌くのにも限界がある。

 

 誰かたちけて、このままじゃ私、襲われちゃう。

 

 そんな時だった、なんと、私に襲い掛からんとしたゾンビ達が急に目の前でミンチになっていきます。

 

 なんだ、何が起きたんだ? 

 

 

「oh……これは酷い、人がゴミのようだ、あ、人じゃなくてゾンビでしたね」

 

 

『アッフおくち悪い』

『おくちが悪いのはデフォルトやで』

『アッフのは基本、アホの娘だからね』

 

 

 酷い、私だって気を使って丁寧にメイドみたいな言葉遣いぐらいできますよ。

 

 それはそれで気持ち悪すぎて鳥肌立ったって? フライパン投げつけんぞコラ! 

 

 とはいえ、窮地を救ってくれたお方にお礼を言わなくては、私はそう思い、助っ人の方へと視点を向けます。

 

 

「……随分と楽しそうですね」

「………………」

 

 

『姉 弟 子 降 臨』

『あーあ、見つかっちゃった』

『俺は知らないぞー』

 

 

 後ろを向けば、デェェェェン! とばかりに重装備した姉弟子の姿をしたキャラクターが立っていました。

 

 うん、ていうかね、姉弟子ですね。

 

 元コマンドーだとばかりにね、もう外見がそのまんまですね、私はそれを見て固まりました。

 

 ト、トレーニングはしたんですよ! もちろん! しっかりとこなしたんですよ! ええ! 

 

 

「あっ……あっ……、ち、違うんですっ……姉弟子! 私は悪くないんですっ! 悪いのはこのゾンビ達なんですっ!」

 

 

『あ、責任転嫁しはじめたぞこのポンコツ』

『せんせー! アフちゃんが嘘ついてまーす!』

『姉弟子! この娘、さっきまでゲームでイキってましたよ!』

 

 

 あっ! また余計なことを言って! 

 

 だ、だって、ウマ娘としてみんなと触れ合う機会があった方が良いじゃないですか! 私だってたまには遊びたいもん! 

 

 皆とこうしてゲームとかしたいんだもん! 息抜きないとパンクしちゃうんだもん! 

 

 ずっとトレーニングばっかりで、私の唯一の息抜きがこれだけだったんですよ……。

 

 

「……ほう……、……妹弟子、何か言うことは?」

「ぐすっ……うっ……うっ……、私が悪いですっ……ごめんなさいっ……」

 

 

『速報、アッフガチ泣き』

『そら(凱旋門前にこんな事してたら) そう(なる)よ』

『泣き顔のアッフめちゃくちゃ可愛い』

 

 

 私、リアルでもコントローラー握りながらガチ泣きしてます。

 

 うん、私が今回は全面的に悪いんです。

 

 前回、ルドルフ先輩からあんな外套まで貰った上に意気揚々と次回の凱旋門賞は勝ちまーす! みたいなS●AP細胞的なノリで言ってしまったにも関わらずこんな風にゲームしていたわけですからね。

 

 そりゃ、怒られるよ、当たり前ですよ。

 

 でも、ピンチに律儀に助けてくれる姉弟子。

 

 

「はぁ……、仕方ないですね、少しだけ付き合ってあげます、終わったらレースのDVD観ながら打ち合わせですよ」

「!? 姉弟子大好き! いや、大しゅき!」

 

 

『草』

『姉 弟 子 参 戦 !』

『なーんでみんなアッフに甘いんですかねぇ……』

 

 

 そう言って、姉弟子がまさかの参戦。

 

 皆さん本当に私に甘いのはなんででしょうね? というか、多分、視聴者皆さんが厳しすぎるんではないでしょうか? ん? どうなんだね? チミィ。

 

 ……いや、よくよく考えたら、姉弟子や義理母に関しては全然甘くないわ……、むしろ何度か死にかけてるのを考えると全然甘くないんだよなぁ……。

 

 視聴者の皆、もっと私に優しくしても良いのよ? 

 

 

『アッフは甘えさせるとすぐ調子に乗るから』

『冗談はおっぱいだけにしとけ』

『裸にひん剥いてから考えてやろう』

 

 

 まさかのこの返しである。私のチャンネルの視聴者が鬼畜しかいない件について。

 

 私、泣くぞ、ほんとに泣くぞ! いや、さっき泣いたばっかりだけども! 

 

 そんな中、姉弟子は容赦無用とばかりに次々とゾンビとなった私のチャンネルの視聴者を重装備で屠殺している。

 

 なんか、その、もうちょっと容赦はしてあげてほしいな、なんて……、ほら、私のチャンネルの視聴者ですし。

 

 ……これは、チャンネル登録者数減るな……そんな気がしてきた。

 

 

「これは勝てる気がしてきたンゴ」

 

 

『おっ、Jか?』

『アッフさぁ……』

『そういうとこやぞ』

 

 

 えー! なんですか! その意味深なコメントは! 

 

 べ、別に良いじゃないですか! たまに暇な時覗いてだだけですし! 狙ってたわけじゃないですよ? 

 

 だから、やきうのお姉ちゃんとか言わないで! 私はウマのお姉ちゃんなんです! 

 

 とか言っている間にゾンビを次々と倒す私。

 

 しかしながら、そんな私よりも姉弟子がやばい、何がやばいかって? いや、もうゴリゴリゾンビを屠殺してるからですね。

 

 いい感じで例えましょうか? ターミネーターがゾンビ狩ってる感じです。なんだこの絵面。

 

 

『アッフの姉弟子やばすぎワロタ』

『キル数えげつないんだが……』

『もうあいつ一人で良いんじゃないかな……』

 

 

 みんなもそう思いますか? 私もそう思います。

 

 全く無駄がないんですよね、ガチでネイビーSE●LDsみたいな感じ、いや、元コマンドーでしたね、大佐だよ。

 

 さっきまでゲーム内の私を裸にひん剥くやら、パンツを脱がすやらと息巻いていたプレイヤーが意気消沈としてきました。

 

 あれれー? おかしいなぁ? まだたくさんいるんですけどね(390万人)。

 

 あれー? どうしたのかなー? (イキリ)

 

 みんなー早くこっちにおいでよー(煽り)。

 

 とはいえ、時間制限なので、残りは10分程度なんですけども。

 

 流石にコマンドーには勝てる気はしませんか、うん、私も勝てる気しませんもの、その気持ちはわかる。

 

 

『アッフだけなら勝てたなー』

『ポンコツだしな』

『唐突にイキリはじめたアッフ』

『なお、本人はクソ雑魚の模様』

 

 

 うん、否定はできないんだよなぁ、正直あの数はやべーってなってましたから。

 

 私だって勝ちたい、誰だってそうでしょう? 勝てば良いんです! 過程や手段などどうでも良いのだー! 

 

 勝者は一人、このアフトクラトラスよっ! 

 

 

『脱がないのでアッフのファンやめます』

『うーん、この……』

 

「あっ……あっ……あっ……、ご、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。 本当に最初は私と皆とだけでガチでやるつもりだったんだよ?」

 

『許 す』

『は? 誰だよアッフのファンやめるとか言ったやつ、血祭りだわ』

『この掌返しである』

 

 

 私の声を聞いてすぐに掌返しをするファン。

 

 ん? いや、待てよ? なんか、どっかで見た事があるIDだぞ? んー、これ、前に確かメジロドーベルさんのPCで見かけたような気が……。

 

 それに、もう一つのIDも以前、私の実況で乱入してきた人のIDに完全に一致しているような……。

 

 いやーまさかね、そんな事はないでしょう? ……無いですよね? 

 

 

 そんなこんなしているうちに時間制限まで到達。

 

 筋肉要塞と化した私の周辺には大量のリスナー、もといゾンビ達の死体が転がってました。

 

 時間制限が来たのちに私はマシンガンを肩に担ぐ姉弟子に恐る恐るこう問いかける。

 

 

「あの……姉弟子……生き残りはいますか?」

「いいえ、死体だけです」

 

 

 まあ、周りゾンビだらけですしね、死体しかないもんね、むしろ。

 

 でもよかったです。私のアバターちゃんがあられもない姿にされないで、下手したら修正入れなきゃいけなくなりますからね。

 

 下手すりゃバンですよバン。それだけは勘弁してほしいものです。

 

 

「はい、というわけでね、今回はこれにて終了です。……ふっ、敗北を知りたい」

 

 

『そうやってすぐフラグ建てる』

『まるで成長していない』

『アッフはすぐ堕ちるから心配だ』

 

 

 そう言って、リスナーさんからは称賛というよりかは呆れの方が強いコメントが飛んできます。

 

 ……ひ、否定できない……、う、うん、確かにそうなんだけども、もっとこう、オブラートにね? 

 

 この後、まあ、また現実という名の過酷なトレーニングやら研究やらが待ち受けているのは重々承知なんですよ。

 

 あぁ、楽しかったなぁ、久々のゲーム。

 

 私は、実況を終えて、ヘッドホンを地面に置きながらしみじみとそう呟く。

 

 ふと、私の頬からは儚く涙がホロリ、うん、わかってるんだこのあとどうなるかくらい。

 

 後ろで開く扉とDVDを片手にやってくる総キル数10万以上とかいう化け物じみた記録をゲームで叩き出した姉弟子の気配を感じながら、心の中でしみじみとそう思うのでした。

 

 私よりも姉弟子の方がゲーム実況向いてるんじゃないかな? 

 

 そして、凱旋門の前に命の灯火が消えちゃいそうな気がするんですが、きっと気のせいですよね?



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遅れたライブ

 

 

 

 大体セクハラしてくるやつは身内ばっかり。

 

 はい、こんにちは皆のアイドルアッフです。

 

 なんか開幕、ユーチューバーみたいな挨拶になっちゃいましたけど、まあ、私は今や人気配信ウマ娘として脚光を浴びてるしだいであります。

 

 なので、多少目を瞑ってくれたら嬉しいなぁとか思ったり。

 

 さて、そんな私ですが、あいも変わらずトレーニング漬けの毎日です。

 

 トレーニングして、トレーニングして、とにかくトレーニングしまくる。

 

 ひたすら走り、筋トレし、慣れない追い込みを試しながらトラックをかける。

 

 まあ、最後の直線のバネを鍛えるにはこれしかないんですけども、毎日毎日、脚がバチバチになるまで走るのでかなりきついです。

 

 

「……あー、やっば……右足痙攣してる……」

「!? アフちゃん先輩!」

 

 

 不調に気がついたドゥラメンテちゃんはすぐさま私の元に駆け寄ってきてくれた。

 

 レースが明けたとはいえ、まだ、体全体の疲労は抜けきっていない。

 

 それで連日トレーニングしてたもんだから見ての通りです。やっぱり身体にも限界ってあるんやね。

 

 私、今まで限界なんて無いって思ってましたし。

 

 アンタレスは基本そう(白目。

 

 

「……うむ、今日は終わりだアフ、しっかり足を休めておけ」

「いえ、これくらいなんとも」

「疲労骨折などしたら本末転倒だ、ドゥラメンテ医務室に連れてってやれ」

「はい」

 

 

 そう言って、私に強制的に休むよう促してくる義理母。

 

 まあ、そりゃそうですよね……。足やってしまったらほんとに元も子もありませんから。

 

 私を担ぎ上げるドゥラメンテちゃん、おい、持つとこ違うだろ、胸を持ち上げるんじゃない。

 

 ドゥラメンテちゃんの手によってフニュっと変形する自分の胸に顔を引きつらせる私。

 

 

「重い……アフちゃん先輩……」

「なんて失礼な! 私痩せましたからね! こら! 女の子に1番言っちゃだめなセリフだぞそれ!」

 

 

 しかも、胸というね、いや、私も肩凝るからよくわかるんだけども! 解せぬ! 

 

 てなわけで、私の練習がしばらく休みになったわけなんですけども。

 

 タイミングよく、振替のキングジョージのウイニングライブが被っていましてね、仕方ないのでこれを機にやっちゃいましょうという感じになりました。

 

 いやーまさかツケがこのタイミングで返ってくるなんてね、もう無くていいじゃんウイニングライブ。

 

 え? でも皆も私のライブが見たい? 可愛いアッフが歌う姿が見たいですって? 

 

 もーしょうがないなー、せっかくだから歌ってあげますよー、特別ですからねー? (うざい奴)。

 

 

 

 てなわけで、キングジョージの振り替えライブ当日。

 

 真っ暗な会場にはたくさんのお客さんが詰めかけていました。

 

 私のライブによくまあ、こんな人が……。

 

 人気配信者というのも大きかったのかもしれませんけどね。

 

 会場には満員のお客さん、そして、カウントダウンが始まる。

 

 

『3……2……1』

 

 

 そして、深呼吸した私は何故かアイドルみたいな格好ではなくヒップホップみたいな格好をしています。

 

 え? 皆さん、私が普通のウイニングライブすると思いました? 

 

 最近、ちょっと真面目にやってましたけど、基本ふざけるのが私ですよ? やだなぁ、お忘れですか? 

 

 ぐへへ、これはまたルドルフ会長に怒られちゃいますな。

 

 

『DJアッフ! レディゴー』

 

 

 その瞬間、ライブ会場に爆音が鳴り響く。

 

 よっしゃ! 早速、ディスってやるぜー! うえーい。

 

 マイクを握りしめた私は華麗にサングラスをつけたまま会場に飛び出すとノリノリのラップを皆の前で披露し始める。

 

 

「へいYO! 頭のおかしなアッフが来たぞ! ウイニングライブは二の次、三の次! 待たせたお前ら一言言うぞ! 私の前では皆、雑魚同然! yeh♪」

 

 

 会場はクラブミュージックが流れ、観客達は狂ったように声を上げる。

 

 あ、最近、私、DJも勉強してましてね、この曲も私が作りました。すげーだろ、やっぱり私は天才だな(自画自賛)。

 

 マイクを握りしめた私はラップ調の早口で歌を盛り上げる。

 

 

「負けてぇ奴は前に出ろ♪ 後ろのテメェは眼中にねぇ! 凱旋門は無謀すぎ? ハッ! 凱旋門で凱旋上等♪」

 

 

 私のいかしたラップに盛り上がる会場。

 

 イカしてるのかどうかはどうかは知りませんけど、多分、ウイニングライブでこんな事をするのは私ぐらいかと思います。

 

 ルドルフ会長は頭を抑えてました。そりゃそうなるわな、うん、知ってた。

 

 ドゥラメンテちゃんは目をキラキラさせてます。あ、ちなみにこれは私の単独ライブです。

 

 

「誰が出てきても負ける気しねぇ♪ GII、GIカンケーねー♪ 私の前ではクソ雑魚レース♪ 他はただの敗北者じゃけぇ♪ ちなみに私もクソ雑魚じゃ♪」

 

 

 うん、あんだけイキってて、実は私もクソ雑魚ナメクジという落ち。

 

 でも、私、基本ポンコツなんでね、そんな私に勝てないなんてどんな気持ち? ねぇどんな気持ち? みたいな煽りを入れてみました。

 

 私のライブを見てゲラゲラ笑うヒシアマ姉さん。

 

 まあ、ぶっちゃけ啖呵切ってますからね、このライブ、これで凱旋門負けたら洒落ならんでマジで。

 

 私も歌ってて、アカン、と感じてます。自分で自分を追い込んでくスタイル(お馬鹿)。

 

 

「常に狙われるぜ私の貞操♪ 毎回、守るぜ私の栄光♪ 天上天下唯我独尊♪ 天上突き抜けアッフが最強♪」

 

 

 会場が大盛り上がりする中、一度バンッとここで曲が途切れる。

 

 はい、こんな感じのイントロです。これは盛り上がったやろ(確信)。

 

 

 てなわけで次の曲を歌うわけなんだけど。

 

 あ、ちなみに私は短いホットパンツにスカジャンというヒップホップ女子みたいな格好なんでね。

 

 いったん一呼吸入れておこうそうしよう。

 

 てなわけ、マイクを持った私は皆の前で声を上げる。

 

 

「皆ー盛り上がってるかー! アッフだよ♪」

 

 

 そう言うと会場からは、大歓声が上がる。

 

 中には「ポンコツ良いぞー」、とか「やっぱりアッフだった」とかなんか聞こえてきますが、私のライブに何を期待してたんだ君達。

 

 マイクを握る私は皆にこう告げる。

 

 

「はい、と言うわけでね私は他のウマ娘とは違って破天荒だから、これはしゃあない、ちなみに私は陰キャなんで悪しからず、パリピ怖いっピ」

 

 

 そう言うと会場から笑いが溢れる。

 

「嘘こけー」とか、私に対するヤジがすごい来ます。

 

 うん、嘘じゃないんだなこれが。

 

 うん、というわけで次の歌いってみようかな、皆温まってるみたいだし、私、あまり無理はできないんだけど。

 

 

「じゃあ、せっかくなんで会場に居るルドルフ会長に向かってニジウラセブン歌います! オラーいくぞー!」

 

 

 その瞬間、会場が爆笑の渦に包まれた。

 

 ルドルフ会長は額に青筋を立てていました。ヒシアマ姉さんは笑い転げてますし、ブライアン先輩も口元を押さえて笑うのを堪えていました。

 

 エアグルーヴ先輩は笑いを堪えるあまりプルプルしちゃってます。可愛い。

 

 うん、隣にブチ切れ寸前のルドルフ会長がいるもんね、笑ったら殺されるわ。

 

 そして、私は敢えて火に油を注いでいくスタイル。

 

 ルドルフ会長からあとで締められるだろうけどもう関係ないですね。

 

 へっ、てめぇなんて怖くねぇ! (声が震えてる)。

 

 そんなこんなで曲が始まり歌い始める私。

 

 

「口ずさむメロディーが♪ 思い出させてくれる♪ (back in the days)♪」

 

 

 ここで、皆さんに歌うコツを教えておきましょう。

 

 敢えて口元を突き出すようにして、煽る対象に向かい、手をつかったボディランゲージで歌うように心がけましょう。

 

 対象に向かってバーカバーカという感情を見せるためですね。できるだけ煽っていくのが大切です。

 

 多分、かつてこれほどまでにトレセン学園の生徒会長を煽るウマ娘はいなかったんじゃないでしょうかね? 多分、私くらいです。

 

 

「……あの馬鹿は必ず締める」

 

 

 笑顔のまま、そう告げるルドルフ会長の静かな殺気に笑っていたヒシアマ姉さん含め、周りの温度が氷点下まで下がった。

 

 毎回、ルドルフ会長から怒られるのがわかっているのに何故やるのかと言われても、エンタメなんでと答える私の芸人魂、讃えて欲しいものですね。

 

 トレセン学園の生徒会? 関係ないから! (煽り)。

 

 

「あの頃のように! 光りはなつ少年のハート♪」

 

 

 今回はタンコブじゃ済まないかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、ルドルフ会長に怒られるであろう恐怖を楽しみつつ、会場を盛り上げる私。

 

 多分、私、ここまでくるとマゾだと思う。だって、ルドルフ会長から大切な外套を譲り受けた上でのこれですからね。

 

 でもね、私の根本って基本変わらないと思うんです。だから仕方ないね、諦めてください。

 

 この後、怒られてる最中にまた目の前で敢えて歌ってみようかしら(馬鹿)。

 

 皆は私みたいな事をしてはだめですよ、本当に毎回タンコブができるので。

 

 私はそれでも辞めないという馬鹿なだけなので、皆さんはやめておきましょう、うん、でも、私はそれでもやめないですけどね。

 

 こんな事してるから癖ウマ娘なんて呼ばれるわけなんですけども、鋼のメンタルと言えば聞こえはいいですがただの馬鹿です。

 

 

 その後、ライブは大盛況で終わりました。

 

 笑顔で帰っていく観客達、うん、良い仕事したわ。

 

 さて、私も帰ろう、会長にバレないようにしないとぶち殺されます。

 

 そうは問屋が卸さないわけですね、まあ、コソコソと帰ろうとしたんですが、当然、見つかってしまいました。

 

 肩をポンと掴まれる私、ゴゴゴという圧が背後から聞こえます。

 

 

「アフ? どこに行くんだ?」

 

 

 私は口から血を流しながら終わったわーという表情を浮かべていました。

 

 どうせ怒られるならはっちゃけようとしたツケですね、うん、反省はしていない、多分、またやる(馬鹿)。

 

 

「あの……ちょっとトイレに……」

「そうか、じゃあ問題ないな、ちょっとこい」

「んぎゃあああああああ!」

 

 

 そう言われてルドルフ会長から引きずられていく私。

 

 行き先はお説教部屋です。うん、知ってた、でも後悔はしていない(キリッ)。

 

 この後、私は地獄を見ることになりました。

 

 皆さん、ルドルフ会長を煽ったり、ルドルフ会長に毎回怒られるのには慣れないようにしましょう。

 

 私みたいになりますからね、ちなみに周りからのウケは良いのでやめるつもりはないですけど。

 

 ここまで、突き抜ければ私みたいになると良いです。オススメはしませんけどね。

 

 こうして、私のキングジョージでのウイニングライブは幕を閉じ、無事に一区切りつける事ができました。

 

 無事じゃないですけどね(死体)。




※訂正、アンケートで凱旋門は走るんだよになってますが、凱旋門をとっとと走るんだよに訂正です。なんか日本語おかしくなってましたね、申し訳ない

追記:なお、次回からアフチャンネルでのアッフへの質問も感想で受け付けてますのでアッフに質問したい人はどうぞ、感想で質問ください(質問は感想の中からランダムでアッフが選びます)


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凱旋門賞

 

 

 

 さて、凱旋門賞まであと一週間。

 

 私は最後の追い込み、あと記者会見が待ち受けてます。

 

 追い込みに関してはもういつも通りなので特に言うことは無いです。

 

 凱旋門の最後の直線を後は攻略できるかどうか、それだけだと思います。

 

 

「あふん」

「もー、アフちゃん先輩、またこんなに脱ぎ散らかしてー」

 

 

 下着姿でベッドにバタンキューする私にそう言って私の着替えをそそくさと回収するドゥラメンテちゃん。

 

 あー……、今なら女の子が下着姿で部屋を彷徨き回る理由がわかる気がするー。

 

 だってこの格好めちゃくちゃ楽だもん。

 

 だらしなさが滲み出てる。まるで、ダメな仕事終わりのOLみたいだ。

 

 そんな姿の私をドゥラメンテちゃんがジト目で見つめてくる。

 

 

「……早く服着ないとそのお尻に顔を埋めますよ」

「へっ! やれるもんならやってみろー」

 

 

 そう言いながらわざとらしくお尻をベッドの上でフリフリと振り挑発する私。

 

 そんな私のお尻を凝視し、履いている水色のパンツに注目するドゥラメンテちゃん。

 

 うん、あの……そんなに見られると恥ずかしいんですけど。

 

 

「では、遠慮なく」

「ファッ!?」

 

 

 そう言って、私の尻尾をガシッと掴むとそのまま私のお尻に顔を突っ込んでくるドゥラメンテちゃん。

 

 あ、私、これどっかで見たことあるわ、えーと、どこだっけな? あ! そうだ! 

 

 犬がよく新しい犬に会った時にするやつ! って冷静に考えとる場合か! 

 

 ていうか私、そもそもウマ娘なんだけども。

 

 尻尾を掴まれた上にドゥラメンテちゃんから顔を尻に埋められた私の背筋は飛び上がる。

 

 

「ひゃあっ!? ……っん……! だ、ダメっ! 尻尾は掴んだらっ! ……あんっ!」

「むふーっ、あふひぇんぱいおひりもやはらかい」

「ひゃあっ! 変なとこに息掛かってる! 掛かってるからっ!」

 

 

 あひゃー! 挑発しすぎたなり! 背筋がゾクゾクするのー! おほー! 

 

 そんなアホな事を言ってる場合じゃないな、本気でやばくなってきた。尻尾は敏感だし、ウマ娘にとっては性感帯も同然なのだ。

 

 前に悪戯でルドルフ先輩の尻尾を掴んだ時は……うん、可愛い声上げてましたね、後でマジ切れされましたけども。

 

 しかもこいつ、私のSiriを揉んできてやがる。へい! Siri! そこ敏感だからヤメテッ! 

 

 しばらくドゥラメンテちゃんから弄ばれた後、私はシクシクと泣きながらベッドの端に体操座りする。

 

 

「ぐすっぐすっ……うえーん、もうお婿に行けない……」

「それを言うなら嫁でしょ? 大丈夫ですアフちゃん先輩には嫁の貰い手なんてありませんから」

「辛辣すぎワロエナイ」

 

 

 後輩が私に厳しい件について、しかも心なしかドゥラメンテちゃんなんかツヤツヤしているような気がする。

 

 なんだそのご満悦みたいな表情は、顔面にパイ投げつけるぞ! 

 

 おい! パイ食わねぇか! 

 

 おい誰だ、お前には新郎の服よりウェディングドレスが似合うとか言ったやつ! 怒らないから出てきなさい! 

 

 ……新郎の服着たブライアン先輩とドーベル先輩を想像しちまったじゃないか、どうしてくれる。

 

 しかも心なしかそれが似合ってるからなんとも言えない。

 

 

「さて、アホやってないでレースのDVD見ますよー」

「むぅー……はぁい」

 

 

 私は後輩に促され、仕方なく欠伸をしながらテレビの前へ。

 

 さてさて、どんな走りかしっかり分析しとかなければですね、まずはハイシャパラルさんから。

 

 印象的だったのはそのしなやかな脚だろう、キリッとした美しい顔立ちはもちろんなんだけど、『樫の高木の密林』と言う渾名に恥じないくらいに金色じみた鹿毛の髪がターフに映えていた。

 

 風を切るようなその差し脚は戦慄するほど美しかった。

 

 眠気が一気にぶっ飛んだ、なんだこの差し脚は……! 私は嫌な冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 

 完成形の差し脚、理想的な姿だと言っても過言ではない。

 

 

「……早っ! これやばいですよね……」

「ハイシャパラルさんのあの脚力は異常だと思います、勝てる気がしないですねー」

 

 

 ドゥラメンテちゃんから見てもそう感じるならきっとそうなんでしょう。

 

 私もそう思う、勝てるとか言ってた馬鹿はどこのどいつだ。

 

 それでもって、次に目を通したのはシンボリクリスエスさんですね。

 

 あらー、エゲツない、なんだこの脚。

 

 こちらもまた差し脚なんですけども、勝てる気が全然しませんでしたね。

 

 どうやって二人に勝てばええんやろうか。

 

 

「見といて良かったですね、じゃなきゃボコボコにやられてたかもわかりませんし」

「これで戦略が練れますね、さて、じゃあ、スタートなんですけど」

 

 

 そう言って、私はドゥラメンテちゃんと共に戦略を練る事にしました。

 

 うん、勝てる気はしないけど、この二人とあとダラカニさんが控えてますからね、どうにかして攻略法を考えつかなくては。

 

 戦法はある程度固まってはいるんですよ、先行で走って逃げるのではなく、今回は追い込みでごぼう抜きするといった感じです。

 

 なので、ヒシアマ姉さんに協力も仰ぎましたし、その練習も重ねてきたつもりです。しかしながら、それだけやってれば勝てるほど、凱旋門は甘くはありません。

 

 厳しい戦いになるのは間違い無いですけどね、どうしたもんか。

 

 

「アフ先輩? 明日のトレーニングどうします?」

「そうですね、闇雲に鍛えても仕方ないかなとは感じました、なのでちょっと絞ってやってみようかなとは考えてます」

「なるほど」

 

 

 私の言葉に頷くドゥラメンテちゃん。

 

 うん、ぶっちゃけ、ひたすら坂登ったり走ったりするのは変わらないんだけど、それだけだと凱旋門は取れないですよね、それに対してまた一工夫加えないといけないのは間違い無いでしょう。

 

 一筋縄ではいかない相手がズラリといるわけですからね。世界からG1ウマ娘達がやってくるわけですからこれをどう倒すのかを考えておかなければなりません

 

 G1クラスがゴロゴロいる事には変わりないのも事実、ならば、同じようにG1クラスのウマ娘とのトレーニングを通して何かしら身につけておかないと。

 

 

「とりあえず、ブライアン先輩とかに頼んで併走しながら、仮想ハイシャパラルをやってみるしかないですよね」

「ハイシャパラルさんとシンボリクリスエスさんかぁ……」

 

 

 ドゥラメンテちゃんは顔をしかめながら再び、DVDの映像を凝視する。

 

 この二人の走りとダラカニをどう攻略するかが鍵ですしね、それくらいはわかってますよ、私とてね。

 

 イギリスに来たばかりの時の洗礼を忘れた事はありません、あれから私はだいぶ危機感を抱くようになりましたから。

 

 そして、DVDを眺めていたドゥラメンテちゃんも理解したのだろう、世界で活躍するウマ娘がどれほどのレベルなのかという事を。

 

 私とてね、ただそれに圧倒されるわけではありません。

 

 やれる事は全て出し切るつもりです。

 

 

 

 それから、トレーニングを積み重ね、ついに凱旋門賞前日の記者会見の日がやってきた。

 

 様々なところでG1クラスのウマ娘達が様々な国の記者にインタビューを受けている。この凱旋門は世界最高峰と言っても過言ではないレース、それに対する期待も皆大きい。

 

 そして私もまた、周りを記者に囲まれながら、今回のレースについてのインタビューを受けている最中である。

 

 

「アフトクラトラスさん! 三冠に向けた意気込みをお聞かせください!」

「はい、……やれる事は全てやりました、後は出し切るだけです」

「やはり、ライバルはハイシャパラル、ダラカニ、シンボリクリスエスでしょうか?」

 

 

 興奮した記者は次々とマイクを向けては質問を投げかけてくる。

 

 一流のウマ娘達ばかりの中、今回の凱旋門賞、なんと私が1番人気です。それがどういうことを意味するか、よく分かりますよね。

 

 1番人気というのは勝って当たり前を要求されるプレッシャーを常に持ち、それと戦わなくてはいけないのです。それは、私とて例外ではありません。

 

 インタビューしてくる記者達には悪いんですが、少しナーバスになっています。なるほど、姉弟子が背負ってたプレッシャーが今ならよく分かりますね。

 

 いや、確かに気持ちはわからんでもないが、今は少しピリピリしてますので質問攻めは控えてほしいんですけどね。

 

 私はため息を吐きながらそれらの質問に適度に答えていく。

 

 そんな中、記者たちを押し分け、1人のウマ娘が私の前にやってきた。

 

 

「はぁい、アフちゃん。年末のマラソン以来かしらね?」

「貴女は……」

 

 

 私の前に現れたのは同じく日本から来たG1ウマ娘、シンボリクリスエスその人である。

 

 障害レースも良し、平地を走っても良し。

 

 国内G1レースを勝ちまくり、そして今回、私と同じように凱旋門にやってきた強者である。

 

 その圧倒的な強さは説明するまでもないだろう、間違いなく怪物級の大物である彼女がわざわざ私の元にやってきた。

 

 もちろん、彼女は凱旋門賞で走るライバルである。

 

 しばらく睨み合った後、ゆっくりと私は口を開いた。

 

 

「あの時よりも、私、強くなってますよ? クリスエス先輩」

「ふふっ、それはたのしみねぇ、でもまぁ……」

 

 

 腰まである黒鹿毛の綺麗で艶のある髪を靡かせ、余裕ある上品な言葉遣いで私の耳元にそっと口を近づける。

 

 そして、意味深な笑みを浮かべると静かな声色で忠告するようにこう告げた。

 

 

「……ハイシャパラルを倒すのはこの私よ、貴女じゃないわ」

「……ッ!」

 

 

 私はその言葉を聞いてクリスエス先輩を睨んだ。

 

 それは、彼女の目を通して訴えかけてきているのがよくわかった。お前など相手にしてる暇はないというメッセージが込められている。

 

 思わず私は拳を握りしめる。

 

 そして、踵を返したクリスエス先輩は飄々とした様子で私の元から去っていった。

 

 

「あの……アフトクラトラスさん」

「悪いですが、記者会見はこれで終わりです、すいません」

 

 

 記者からの質問に答えきれてないが、私はこの記者会見を早々に打ち切る事にした。

 

 とはいえ、明日になれば結果はわかる。だからこそ、抱えているプレッシャーは大きくなっていく。

 

 早く帰ってすこしでもトレーニングを積んでおきたい。私は早足で会場から立ち去ろうと思っていた。

 

 そして、そんな私を待ち構えていたのは。

 

 

「ヘイ、君が、アフトクラトラスかい?」

 

 

 金色じみた鹿毛の髪を靡かせる『樫の高木の密林』の異名を持つウマ娘だった。

 

 彼女は私をジッと見つめ、やがてこちらに足を進めてくる。

 

 これが、私と強敵、ハイシャパラルさんとの初めての邂逅だった。



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凱旋門への覚悟

皆さま、アンケートありがとうございます!

アフチャンネルが凱旋門に迫ってて笑いましたw アフチャンネル…人気なんやね、これは凱旋門が終わったやらないと(使命感)。
※なお、アフチャンネルの質問は感想欄で受けております。追記に質問したい質問などを書いてアフちゃんにぶつけてください。

前置きが長くなりましたが、どうぞ


 

 

 金色じみた鹿毛の髪を靡かせる『樫の高木の密林』の異名を持つウマ娘。

 

 肩にかかるほどの綺麗な鹿毛の髪に吸い込まれそうな水色の瞳は真っ直ぐに私の方を見つめている。

 

 

「はじめましてかな? 聞いてた通りお人形さんみたいに可愛いね」

「……どうも」

 

 

 ハイシャパラルさんのその言葉に軽く頭を下げて答える私。

 

 2番人気のハイシャパラルさん、だが、正直、今回の人気投票に関してはさしたる差は全く無い、私もシンボリクリスエスさん、ダラカニ、そして、このハイシャパラルさんも実績から考えれば誰が1番人気になってもおかしくはないのだ。

 

 だが、その中でも私が1番人気に選ばれた事実は変わりはしない、そうなれば他のウマ娘達が警戒するのはなんの不思議もないだろう。

 

 

「今回、君と走るのが楽しみでね、ほら、ここ最近、少し退屈してたからさ」

「……退屈、ですか?」

「そうそう、でもやっぱり凱旋門はいいなぁ、強いウマ娘が集まるこのレースは楽しいよ」

 

 

 そう言って、ハイシャパラルさんはゆっくりと私に近づいてくる

 

 そして、何故かいつの間にか壁側に寄せられる私、それを見ていたハイシャパラルさんは勢いよく壁に手をついて顔を近づけてくる。

 

 なんと、私、ハイシャパラルさんに壁ドンされました、ひぇ、顔が近い。

 

 そして、顎をくいっと持ち上げられると耳元でゆっくりと私にこう語り出す。

 

 

「君には以前から個人的に興味があったんだ……。だから、少し賭けをしないかい?」

「えっ……?」

「君、案外、好きだろう? こういうのは。それとも私と賭けをするのは怖いのかな?」

 

 

 挑発的で色っぽい言葉遣いで私にそう問いかけてくるハイシャパラルさん。

 

 ひゃーイケメン、普通のウマ娘とか女の子ならここらで堕ちちゃうんでしょうけれど、生憎私ですからね。

 

 私はうーんと顎に手を置いて何かを考えるような仕草を取ると、ハイシャパラルさんにこう告げる。

 

 

「ほほぅ、ギャンブルならば何度も全裸になっている私に勝負を挑むとは面白い」

「それは胸を張って言うことではないけどね」

 

 

 私のキリッとした表情からの返しに顔を引きつらせるハイシャパラルさん。

 

 何度負けて裸にひん剥かれた事か、多分、トレセン学園で私以上にセクハラされ、私以上に服を脱ぎ、私以上に乳を揉まれたウマ娘は居ませんよ。

 

 凄い、トリプルでやばいですよねよくよく考えたら、パンツの行方不明率もトレセン学園一位です。

 

 

「では、単刀直入に言おうか? 私が勝ったら君をウチのチームに引き入れたい」

「え? 私をですか?」

「是非とも私のフィアンセになって欲しいんだ」

「いやいや、普通パートナーでしょ」

 

 

 皆さんに悲報です。なんとこの人、やばい人だった。

 

 なるほど、海外では同性愛に関して寛容だとは聞いてましたけどここまでド直球に言われたのは始めてでしたね。

 

 あれ? これ、対決する相手間違えてませんか? ブライアン先輩とかドーベル先輩の方が適任なのではないだろうか。

 

 凱旋門を前にシリアスで張り詰めた空気が一変、なんと求婚されるの巻、なるほど、私がウェディングドレス云々とか話してたせいかこれ。

 

 ハイシャパラルさんはニッコリと笑ったまま、まるで王子様のような立ち振る舞いで私にこう告げ始める。

 

 

「いやはや、なんせ君はあのダラカニを一度破ったと聞いてね? ……今、全世界のトレーナー達がこぞって君に注目してるんだよ、リトルプリンセス」

「プリンセス……お、おぅ……」

 

 

 まさか、私がお姫様と呼ばれる日が来ようとは思いもよらなかったな。あれ? これってもしかして私、口説かれてる? 

 

 なるほど、なんとなく、ハイシャパラルさんが言わんとしてる事はわかりました。

 

 つまりは引き抜きですかね、……こんな事、以前もどっかであったような気もしますけど。

 

 

「引き抜きの話なら私は……」

「一つ忠告しておこうか、このまま君があのチームに居るのなら、いつか絶対に壊れる」

「ッ……! ど、どうして……!」

「どうして? それは君が一番理解しているんじゃないのかい」

 

 

 私の言葉を遮るように真剣な眼差しで見つめてくるハイシャパラルさん。

 

 私はその問いかけに思わず口を噤んだ。何故なら、ハイシャパラルさんが言わんとしてる事の意味は大体理解しているからだ。

 

 ハイシャパラルさんはそんな私に対して言葉を続ける。

 

 

「君は最早、至宝なんだよアフトクラトラス。私は君の全てのレースのビデオを見た、素晴らしいし感動した事さえある、まるで、あの人の再来かと思ったよ。だけどね……」

 

 

 ハイシャパラルさんは改めて私の肩をポンと叩くと悲しげな表情を浮かべていた。

 

 一体なぜ、ハイシャパラルさんがここまで私の事を気にかけてくれるのかよくわからなかった。

 

 ハイシャパラルさんはゆっくりと口を開き語り始める。

 

 

「君はあの人に迫る……いや、越えれる事ができる才能があるんだ。だからこそ、ウチに来て欲しいあの人の後継として、我がチームにね……」

「えっと……それは」

「私が勝ったら来てもらう、我がチームの中で唯一無二、最強を誇るウマ娘、リボーさんの後継者として」

 

 

 それだけ告げると、ハイシャパラルは踵を返して私の前から立ち去っていった。

 

 は? 私が? 誰の後継者だって? 

 

 いや、まさかね、今、リボーって言いませんでしたかね、ハイシャパラルさん。って事はあのリボーさんと同じチームって事!? 

 

 しかも、目が本気でした。あれは、本当に私の身体の事を思い、告げている眼差しでしたね。

 

 なんでその事をハイシャパラルさんが見抜いていたのかは不思議でしたが、まさか、ここまで買われてるとは思いもしませんでした。

 

 すると、その会話を聞いていたあるウマ娘が私の元へとやってくる。

 

 長く束ねられた綺麗な黒と白が入り混じる芦毛の長髪、透き通るような白い素肌が見える露出が高いジーンズのショートパンツ。

 

 だが、その目は以前、私が出会った時よりも荒々しく、勝ちに飢えている者のような獰猛な眼差しであった。

 

 

「……イギリスダービー以来ね」

「ダラカニ……さん」

 

 

 そう、彼女の名はダラカニ、私が出てくるまでこの世代で最強と謳われていたウマ娘である。

 

 だが、以前のような余裕さは全く無かった、私を見るその眼差しは前回の雪辱を一気に拭い去り、全力で叩き潰さんとする恐ろしい眼差しだった。

 

 イギリスダービーまで、ダラカニは自分が負ける事は絶対に無いと信じて来た。それを打ち崩した代償を払ってもらう、そう心の内に秘めて彼女はこの日を迎えたのである。

 

 

「ハイシャパラル、シンボリクリスエス、そして、アンタ……私が纏めて潰してやるから覚悟しときなさい。……以前の私と思わない事ね」

 

 

 気迫のこもった私に対する宣戦布告、ダラカニさんはそれ以上、多くは語らなかった。

 

 その事はレースで証明して見せる、真の強者とは多くを語る事なく行動で示すとばかりの態度である。

 

 私は立ち去っていくダラカニさんの背中を見ながら、以前とは異なる彼女の体つきにも気がついていた。おそらく、あの敗北で私は余計なものを目覚めさせてしまったのかもしれない。

 

 この三人のウマ娘、おそらく、欧州で走ったどのレースよりも高く強大な障害になるに違いない。

 

 

「……凱旋門……か……」

 

 

 私は明日のレースの難しさを改めて認識させられました。

 

 幾つもの日本のウマ娘達が挑み散っていったレース、そして、未だに誰もが成し遂げられない偉業。

 

 ウマ娘として生まれたからには目指すべき世界最強という頂、その頂に手が届くレース。

 

 そして、同時に欧州三冠の最後のレース。

 

 それに勝つには身を切る思いで、全身全霊を持って挑まなくてはならないであろう事を私はこの時、覚悟しつつあった。

 

 

 そして、迎えた凱旋門賞当日。

 

 会場は満杯、そして、世界各国からこのレースを見ようとあらゆるウマ娘達が会場に足を運んだ。

 

 無敗、世界最強、世界最速、世界最長などなど。

 

 その世界で一番を極めたウマ娘達が一同に集まり注目するこのレース。そんなレースの一番人気に私は皆から推された。

 

 

「アフトクラトラス! アフトクラトラスが今登場致しました。物凄い歓声です!」

 

 

 私の登場に皆が湧く、これまでに負けた事の無い至高のウマ娘、中には私を無敗のウマ娘である怪物、リボーの再来としている人々もいる。

 

 だが、それは関係ない、私は私だ。

 

 今、踏み締めている凱旋門のターフの上にいるのは誰でもない、私なのだ。

 

 大歓声の中、私は静かに歩き、まっすぐに凱旋門のゲートを見つめる。

 

 ついにここまで来た、死ぬほどの練習を耐え抜き、姉弟子やライスシャワー先輩の背中を追い続けていた毎日。

 

 だけど、今は。

 

 

「アフちゃん先輩頑張れー!」

 

 

 後輩にその背中を見せる番になった。

 

 張り上げるように私に声をかけてくるドゥラメンテちゃんの言葉は届いてる。そして、私を支えてくれた皆の声だって届いてる。

 

 負けるな、勝ってこい、お前なら絶対やれる。

 

 どれだけ、心強いだろう、私が背負っていたものと一緒に背中を押してくれる、そんな気がした。

 

 

「さあ、凱旋門賞! やはり、注目はアフトクラトラスでしょう! 欧州三冠ラストレース! 立ち塞がるは日欧米の中でも選りすぐりのG1ウマ娘達です! 日本の至宝は今日、その頂に届くのでしょうか!」

 

 

 凱旋門を中継しているテレビの実況の言葉に固唾を飲んで見守る日本の全国民。

 

 そして、世界中のウマ娘やその関係者達。

 

 ずっと昔に夢を与えられていた私は、今、間違いなく夢を与える側になっていた。

 

 私はゲートに向かって歩きながら、シンボリルドルフ生徒会長から譲り受けた外套を握りしめた。

 

 Eclipse first, the rest nowhere (唯一抜きん出て、並ぶ者なし)。

 

 この言葉とこの外套をルドルフ生徒会長から譲り受けたからには私には責任がある。

 

 いつも問題児として、怒られては来たが、それでもルドルフ生徒会長は私にこれを預けた。

 

 トレセン学園の皆の夢と思いも背負って欲しいという願い。

 

 ならば、それに応えなければ私じゃないだろう。

 

 運命の凱旋門のゲート、私は静かにそこに足を踏み入れる。

 

 レース開始を後は待つだけ、皆は静かに各々スタートを待つ。

 

 私はいつものようにクラウチングスタートの構えを取り、その時を静かに待った。

 

 ファンファーレが鳴り響き、静まり返る会場、そして……。

 

 

 目の前の夢へと続くゲートが今開いた。

 



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凱旋門の読み合い

 

 

 凱旋門賞のスタートは荒れた。

 

 先行を取ろうと、様々なウマ娘が入り乱れる形で乱戦のようになっていたのである。

 

 うわぁ……私、今回、追い込みにしといてよかったなと改めてそう思った。

 

 おそらくは一番人気の私を警戒しての戦略だったんだろうが、当てが外れて残念でしたね。

 

 あんな中に私が居たらいくら私とはいえ、ひとたまりもなかっただろう事は容易に想像できる。思わず冷や汗が出てしまった。

 

 

「へぇ……先行を捨てたのか……」

 

 

 ハイシャパラルさんはニヤリと私が背後にいる姿を見て笑みを溢す。

 

 本来得意とする走りを捨て、追い込みにシフトした走り。それは、レースの展開次第では博打にも近い走り方だ。

 

 下手をすればそのまま上がれずに終わることだってザラにある。

 

 そんな中でアフトクラトラスは追い込みを選択してきた。先日といい、完全に博打だらけである。

 

 アフトクラトラス、どれだけの走りができるのか楽しみだ。

 

 ハイシャパラルは笑みを浮かべ、今は静かに差すには絶好のポジションを確保しに動く。

 

 何はともあれ、全ては残り400mで決まる。

 

 

(アフトクラトラスは追い込み、ハイシャパラルは差し……ね……)

 

 

 シンボリクリスエスもまた、他のライバルを牽制しつつ、アフトクラトラスの取った追い込みという戦法に視線を向けていた。

 

 自分とやり合うのは結局、ハイシャパラルとなる。そういう確信は彼女にはある。

 

 ただ、未知数なのはダラカニとアフトクラトラスの二人だ。

 

 あの二人に関しては今回が初めての対戦レース、冷静に見てもあの二人がハイシャパラルと自分を含めて飛び抜けてやばいことは理解していた。

 

 警戒はしているつもりではあるが、背後にポジションを取られてはそうそう観察もできそうに無い。

 

 ダラカニに関してはアフトクラトラスではなく自分の後ろにぴったりと付いている。

 

 追い込みの戦法を取るアフトクラトラスをマークするのはあまりにリスキーだと判断したのだろう。

 

 

「……私をマークしてへばらなきゃいいけどね」

「…………」

 

 

 クリスエスの呟きが聞こえてるかどうかは定かでは無いが、ダラカニは無言でそれに応える。

 

 ダラカニには当初、アフトクラトラスを完全マークし、最終的に背後から差すという計画があった。

 

 先行でなら、ピッタリと張り付くつもりであったのだが、アフトクラトラスは最後方に位置を取っている。

 

 当初の計画に狂いが生じた、だが、逆に前の位置で現在、アフトクラトラスをマークするという方向で計画を修正したのである。

 

 アフトクラトラスが勝負に動いたと同時に仕掛ける。

 

 これが、このレースを攻略するにあたり最善だと判断した。

 

 だから今はシンボリクリスエスを牽制しつつ、ハイシャパラルを視界に入れることができ、アフトクラトラスのポジションを確認できる場所に居る。

 

 おそらく、位置的には一番良い位置を取れたのでは無いかとダラカニは判断していた。

 

 そして、それはまさにそうである。

 

 

「ダラカニ、良いポジションで牽制しております、これは良い位置だ」

 

 

 外部から見たポジションでも、このままレースが進めばダラカニで決まるのもおかしくは無いというのが会場のウマ娘やトレーナー達が見た感想であった。

 

 しかし、アフトクラトラス、ハイシャパラル、シンボリクリスエスはそうは思ってはいない。

 

 そして、それは、義理母を含めた他の一部のトレーナー達も勘付いていた。

 

 

「これは難しいレースになるぞ……」

「ペースをハイシャパラルが上げましたね」

「あぁ……」

 

 

 そう、ハイシャパラルがペースを上げ始め、背後から底上げしてきたのだ。

 

 もちろん、それについていこうと無茶な走りをするウマ娘は潰れていくのは必然だ。

 

 ペースが変われば、走り方も変わってくる。

 

 早々にハイシャパラルが他のウマ娘に対して揺さぶりをかけてきたのである。

 

 

「……あーあ、皆ひっかかっちゃって……、少し考えればわかるでしょう、あのくらい」

「…………」

 

 

 だが、差しで控えてる二人は動じなかった。そして、最後方で走ってる私もそれは一緒です。

 

 問題は先頭との距離が大事ですからね、序盤から揺さぶりをかけてきたとしても大事なのは自分の走りを崩さない事。

 

 その点においては私はもう出来てますからね、さて、そろそろ、上がっていきましょうかね。

 

 

「おっと最後方だったアフトクラトラスがスルスルと縫うように上がっていく、中段から抜ける形で現在、先行の方に位置を取りました、これはどういう事でしょうか」

 

 

 アナウンサーの方が実況で私の様子についてコメントする。

 

 うん、追い込みと思ってました? 終盤まで? いやいやまさか、あくまで私が序盤から先行を取りにいかなかったのはスタートが荒れるのを見越してたからに過ぎません。

 

 私が今上がってきたきっかけはハイシャパラルさんが上手く他のウマ娘を揺さぶってくれた事です。

 

 正直、最悪ゴリ押しで行くつもりでしたが非常に運が良かった、スルスルッとスムーズに崩れた群の中を抜けられたんで変に妨害されずに済みましたからね。

 

 ダラカニちゃんもその証拠に私の背後に張り付き始めてます。

 

 流石にもう大勢が整ってしまったので、ハイシャパラルさんの揺さぶりに応じて無かったですが、私のいきなりの先行取りには不意を突かれていた様子でした。

 

 なので、完全マークとはいかず、ダラカニちゃんの前方には私との間に一人ウマ娘を挟む形で走る事になってしまいました。

 

 これは悔しいでしょうねぇ。

 

 

「だからついでにクリスエスさんも背後に控えてればいいものを……」

「……ふふっ、そんなに甘くいくわけないでしょ?」

 

 

 だけど、私もしてやられて悔しかった。

 

 シンボリクリスエスさんが勘付いて私に並ぶようにして先行まで上がってきたのである。

 

 クリスエスさんはそのまま足を溜めると踏んでいましたけど、そうは問屋が許さなかったですね。

 

 完全にペースの読み合いですね。

 

 誰が抜け出してくるのかわからないし、それがレース全体に大きな影響を与えるのは間違い無いです。

 

 これでは私も下手に仕掛けられませんね、とはいえ、先行は何事もなく取れたんですけども。

 

 ゴールまでの道のりはまだ長いです。

 

 どうにかして、この状況を打破する何かを考えなきゃならないです。

 

 

「んで? このまま行くつもり?」

「さあ? どうでしょうね」

 

 

 クリスエス先輩の言葉に笑みを溢しつつ、そう答える私。

 

 ポジションは私の本来得意とする位置になりました。

 

 実はギアもひっそりと変えています。いきなり変えたら警戒されますからね、ゆっくりとペースを先程よりかは上げています。

 

 後続にはすぐ側にクリスエス先輩が居て、ちょっと前にはハイシャパラルさんが居る。

 

 これはまたやり辛いポジションになったかなとは思いますが、やれない事はなさそうですね。

 

 

「レースの展開が序盤からコロコロと変わっていきます凱旋門賞、半分を切りました」

 

 

 残り半分、だが、序盤から中盤にかけてすでに高度な読み合いが繰り広げられている。

 

 一つでも、対応が違えば大惨事だ。

 

 それだけの実力があるウマ娘が揃っているし、私もその事は重々理解している。

 

 これまで走ったどのレースよりも攻略難易度が高い、それがこのレースである。

 

 

(追い込みに関して言えば成功と言えましたけどね、おかげで今は苦労せず先行まで上がって来れましたし)

 

 

 レースの展開にも今のところ恵まれている。

 

 問題は最後の直線に入る手前で前にいるハイシャパラルをどれだけ早く捕まえられるかが勝負の分かれ目になってくるだろう。

 

 なんせ、私の背後には化け物が二人、目をギラつかせて虎視眈々と私をマークしてますからね。

 

 悪寒が走るどころの話ではありません、ミホノブルボンの姉弟子はいつもライスシャワー先輩の恐ろしいプレッシャーにいつも晒されていたんだなと思うと本当に尊敬できますよ。

 

 私は気を引き締め直して、集中し直す。

 

 余計な事を考え過ぎない様にしておかないといけないですね。

 

 私は私だ、この凱旋門の主役なのだから、しっかりと目の前のレースに集中しておかないと。

 

 

 先行に位置どりをした私の目の前には残り800mの表記が目に飛び込んでくる。

 

 さて、そろそろ、ここらへんから仕掛けていくとしますかね。

 

 私は力を込めている脚にチラッと視線を向けると大きく息を吸い込んだ。



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積み重ねた努力の果てに

 

 凱旋門も凄まじい読み合いからいよいよ残り800mに差し掛かる。

 

 この地点まで来れば、他のウマ娘達も痺れを切らして次々と動き出してもおかしくない距離だ。

 

 仕掛けのタイミングを今か、今かと待ち構えているライバル達。

 

 誰かが動き出せば、一気に流れが変わる。

 

 

「誰だ……動くのは」

「ここがターニングポイントだからな」

 

 

 ルドルフ会長もナリタブライアン先輩も冷や汗を垂らしながら、レースを緊張の面持ちで見守っていた。

 

 ここの仕掛けの一瞬でほぼ決まる、前にいるのはハイシャパラル、このまま抜け出してくれば背後は差し切るのにかなり苦戦するだろう。

 

 だが、動いたのはハイシャパラルでもダラカニでも私でもない。

 

 仕掛けたのは同じく日の丸を背負い海を渡ってきたシンボリクリスエスさんでした。

 

 眼の色が変わったのが、側にいた私にはすぐに分かりました。

 

 思わず鳥肌が立ちます、あれが、シンボリクリスエスさんの本気への切り替え。

 

 バシュンっとまるで消えるようにウマ娘達の間を縫ってすぐにハイシャパラルさんに並びました。

 

 

(……仕掛けるか? いや、まだ早いッ!)

 

 

 シンボリクリスエスさんが上がったんですが、私はそれに釣られず上がろうとはしませんでした。

 

 違う、この場面じゃない、ここで仕掛ければ、おそらく力負けして最後まで伸びきることが出来なくなる。

 

 まだ、まだだ、残り600mの表記が眼に飛び込んできます。

 

 

「アフトクラトラスまだ仕掛けないッ! シンボリクリスエスはハイシャパラルに並ぶ! 先頭は僅かにまだハイシャパラルッ!」

 

 

 レースを上げるタイミングはすぐに来る。

 

 焦るな、ギアを入れるタイミングを損なえば終わりだ。

 

 私は静かにその時を待つ。ならば、何を待っているのか? 

 

 皆はわからないでいる、だけど、私にはわかる、このレースの流れというものが手を取るように感じる。

 

 今までなら絶対にそんな事はなかったが、今の私にはそれがわかった。

 

 そして、私が感じるそれは、もうじき、皆も分かる事だろう。

 

 

「アフッ! 何故上がらないんだあいつ⁉︎」

「早く上がらなきゃ置いていかれるわッ!」

 

 

 テレビ越しで声を上げるゴールドシップちゃんとサイレンススズカ先輩。

 

 明らかに先頭はラストスパートの構えをとっている。早く仕掛けないと手遅れになるというのは誰が見ても明らかだった。

 

 それはレース場に来ているオカさんと姉弟子も感じていた。

 

 このままだと手遅れになってしまう、何を考えているんだと。

 

 だが、その中で唯一、私を平常心のまま見守る人物が居た。

 

 

「おっとここでダラカニも流石に動いたッ! 先頭のシンボリクリスエスッ! ハイシャパラルに迫るッ!」

 

 

 だが、ダラカニからしてみればこれは不本意な選択だ。

 

 何故なら、完全にマークしていた私が未だに動き出そうとしてなかったからである。

 

 彼女は苛ついた表情を浮かべ、内心で思わず舌打ちをしていた。

 

 

(チィッ‼︎ あのドチビッ! 結局動きやがらなかったっ! だが、このまま付き合うわけにはいかないわ‼︎)

 

 

 そう、本来なら、動くはずだと踏んでいたアフトクラトラスがあまりにも仕掛けないので流石に動かざるえなくなったのだ。

 

 これは、ダラカニにとっては大きな誤算である。

 

 本来なら三人を射程圏内に収めておきたかったのだが、ハイシャパラル、シンボリクリスエスとてかなりの実力を持ったウマ娘であることは彼女も重々把握している。

 

 だから、このまま捨て置くわけにはいかなくなった。

 

 残り400m差し掛かり地点、私はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 そして、そんな私の姿を遠目で見ていた人物は確信したように頷き笑みを浮かべる。

 

 

「行ってこい、アフ、お前なら勝てる」

 

 

 それは、長らくずっと私の隣で見守ってくれていた義理母であった。

 

 私は脚に力を入れると、徐々にギアを上げていき加速していく。

 

 私が仕掛けなかったのはこのための布石だ。前を見れば、三人の姿が入ってきている。

 

 私にとって完璧なシチュエーションだった。何度も何度もこの光景を私はこれまで思い描いてこの一週間過ごしてきた。

 

 それを出すのは今だ、今しかない。

 

 実況者も思わず席から立ち上がり、食い入るようにレースを見ながら声を張り上げた。

 

 

「アフトクラトラス動く! ここに来てアフトクラトラスが動きました! 

 だが、差はどうだ! いや、これは凄まじい速さだッ!」

 

 

 ここが、勝負どころだ! 全力を出し切る場面だ。

 

 グングン加速する私は姿勢を低くし、得意としているフォームに切り替える。

 

 釣られずに先行で控えていた甲斐があった。これが、私の走り、私がずっと背中を追い続けていた二人の走りだ。

 

 三冠を取ってこいと背中を押してくれた姉弟子、どんなに逆境でも決して勝つ事を諦めなかったライスシャワー先輩。

 

 私の今はあの二人が居てくれたからこそ、出来たものだ。

 

 だから、私は二人に見せたい、私は貴女達の背中を越えたんだと。

 

 

「アフトクラトラスッ! 地を這う走りッ! 速い速い速いッ! 三人にもう並びそうですっ!」

 

 

 実況者も周りにいる観客達もその光景に盛大に湧いた。

 

 差を一気に縮めるその地力、そして、私がこれまで培ってきた全てをここでぶつける。

 

 残り200m、人気上位ウマ娘の四人は完全に横並びになった。

 

 ピリピリとヒリつく会場は大盛り上がりだ。誰が一体ここで抜けてくるのか。

 

 

「おっと! ハイシャパラルが抜けるか! いや! 三人がすぐに並ぶ! これはどうだ! 誰が行くのかッ!」

 

 

 残り100m、私はさらにギアを上げる事にした。

 

 風を切るように徐々に三人を引き離すように上がる私、だが、それでも他の三人は負けじと食らいついてくる。

 

 やはり、強い、完全に抜けれると確信があったのに彼女達はそれを上回ってくる。

 

 

「強いッ!」

「あそこでまだ食らいついて来んのかよあいつらッ!」

 

 

 アグネスタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩も思わず身を乗り出す。

 

 あの場面で更に私に食らいつくように差を詰める三人の粘り強さは驚異的だった、異様なプレッシャーを背中に感じる。

 

 まるで、とてつもない何か大きな怪物から逃げているような気分になる。

 

 

「大丈夫、アフちゃんならきっと……」

 

 

 レースを見守っているメジロドーベルさんはそう呟いた。

 

 今までそばにいたからわかる、私がどれだけの苦難を乗り越えてきたのか、メジロドーベルは知っていた。

 

 こんな事、何度も味わってきた事だ。今回ばかりの話なんかじゃない。

 

 きっと、この三人なら誰が勝ってもおかしくはないだろう。

 

 そう、この場に私がいなければの話だけどね。

 

 

「アフトクラトラス! アフトクラトラスが僅かに抜けてきた! 抜けてきた! 強い強い! 他の三人も負けじと食いつくがどうだ!」

 

 

 ギアを限界近くまでもう上げてしまっている。

 

 これ以上はデッドゾーンに近い、だけど、もう迷うまでも無い、ここで振り切らないと勝負がつけられないですからね。

 

 私は空気を大きく吸い込むと、地面を更に深く踏み込んだ。

 

 ガツンッと、飛び出るように身体が三人を引き離す。

 

 

「あああああああああああぁぁぁ‼︎」

 

 

 身体の能力を極限まで引き上げた。私の全力全開である。

 

 他の三人は更に上がる私のスピードに目を見開いた。

 

 この場面で更に上がある。そんな馬鹿な話はない、ハイシャパラル、シンボリクリスエス、そして、ダラカニの三人からしてみれば、これ以上無いトップスピードだ。

 

 アフトクラトラスの僅かに見える背中を見た三人は食らいつこうと足掻くが、もはや、ここまでくるともう勝負は見えていた。

 

 

「際どい! 三人が迫るッ! 僅かにアフトクラトラス! 行くか! 行くのかッ! い、今! アフトクラトラスがゲートを抜けたァッ‼︎

 アフトクラトラスゥ‼︎ 前代未聞の欧州三冠達成ィィィ‼︎ 世界よ! 見よ! これが日本の誇る最強の魔王だァ!」

 

 

 その瞬間、会場は一気に爆発したかのように全員が立ち上がり、歓声をあげた。

 

 私はゴールを駆け抜けた瞬間、空気が微かに止まったように感じた。私は思わず、ゴールを駆け抜けてしばらく歩いた後にその場にペタンッと尻餅をつく。

 

 呼吸が荒々しく、意識が朦朧としていた。

 

 大きく深呼吸して呼吸を整える私、すると、レースを見守っていた観客席スタンドへとふと視線を向けた。

 

 そこには見たことが無いような大歓声で湧いている、観客席の姿があった。

 

 

「やりやがった! やりやがったぞあいつ!」

「うわああああ‼︎ アフちゃん先輩ぃぃぃ!」

 

 

 大号泣しながら私の名前を叫び涙を流しながら抱き合うヒシアマ姉さんとドゥラメンテちゃんの二人。

 

 日本の各地では、その光景に皆が釘付けになり、中には涙する者さえいた。

 

 私はまだ実感が感じられないでいた。

 

 レースは果たして、どうなったのか? 駆け抜けた結果、誰が勝利を手にしたのか。

 

 私にはその時の状況が全く飲み込めてなかった。

 

 そして、私の元に駆け寄ってくるトレセン学園の皆の姿が見える。

 

 それで、彼女達から抱きつかれた瞬間に私はこのまるで夢のような光景が、現実だとようやく悟る事ができた。

 

 涙を流しながら抱きしめてくるブライアン先輩とルドルフ先輩の二人。

 

 

「よくやった! よくやったぞっ!」

「散々、問題児だった癖に! よくここまでッ!」

 

 

 日本のウマ娘達が何度も何度も挑戦して破れていったこの舞台で偉業を成した事はどのウマ娘達にとってもとてつもない意味を持つ。

 

 成す事が出来ない唯一無二の偉業を私は成してみせたのだ。

 

 ずっと死ぬ思いで走ってきた毎日。

 

 挫折は数え切れないほどたくさんあり、心も何度も折れかけた。

 

 何度も何度も陰で涙を流した事かわからない。

 

 姉弟子が負けた、あの瞬間、そして、ライス先輩が皆から言われも無い誹謗中傷を浴びせられた天皇賞。

 

 私はあの二人の背中を見てここまで来れた。

 

 辛い日々を乗り越えて、あの日思い描いた夢を追いかけ続けて、今がある。

 

 私の頭の中に走馬灯のようにその日々が蘇ってくる。

 

 それから、私の前にミホノブルボンの姉弟子とライス先輩の二人がゆっくりとやってくる。

 

 そして、二人はゆっくりと私の事を抱きしめると涙を流しながら何度も頭を撫でてきた。

 

 

「アフ……、これまでよく頑張ったな。お前は私達の」

「……自慢の後輩よ、アフちゃん……!」

 

 

 二人は身体を震わせながら涙声で私にそう告げてきた。

 

 普段は絶対に涙を流さない、姉弟子が涙を流していた。

 

 どんなに苦しくても弱さを見せないライス先輩が嬉しさのあまり、大粒の涙を流していた。

 

 二人のその言葉に私も思わず堪えていたものが全て吹き出そうになる。

 

 

「うあああぁ‼︎ あああああぁぁ‼︎」

 

 

 私の目からは溢れんばかりの涙が溢れ出てきた。

 

 私は抱きしめてくれた二人の身体をギュッと抱きしめる。

 

 それからは、人目を気にせず、全てが報われた気がして決壊したように次から次へと涙が溢れ出てきた。

 

 そんな私を皆は取り囲んで優しく迎えてくれた。

 

 そして、大画面の電光掲示板には大々的に紛れもない事実が流れてくる。

 

 

 フランス、ロンシャンレース場。

 

 凱旋門賞、一着。

 

 アフトクラトラス。

 

 



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アフチャンネル その5

 

 

 さて、凱旋門賞一着を無事にとることが出来ました。様々な苦難がありましたが、それらを乗り越えて掴んだ栄光というものはやはり格別ですよね。

 

 そんな、凱旋門をなんとか勝った私なんですけども、ウイニングライブは大々的にやるという事で後日という事になりました。

 

 となれば、さあ、私がやる事は一つですよね? 

 

 そうです、皆さんに事後報告です。

 

 

「やっほー! アッフだよっ!」

 

『おめでとうー! アッフー!』

『最高だぞお前!』

『日本ウマ娘の誇りッ!』

『キボウノハナー』

 

「ちょっと待て、私撃たれとるやないかい」

 

 

 冷静にコメント欄にツッコミを入れる私。

 

 凱旋門賞の勝った夜ですよ、今日は疲れてるだろうからって事で祝勝会は明日する事になりました。

 

 おそらくはウイニングライブは明後日になるんじゃないですかね? 流石にあれだけの激闘の後に踊らせたりしたら身体に負担が掛かってしまいますからね。

 

 ギリギリのやり取りの中で全力を出し切ったんで私も流石に踊る気力というのはありませんでしたから、流石にウイニングライブで怪我したらそれこそ本末転倒という事になってしまいます。

 

 なので、この配慮に関しては非常にナイスな配慮だと思っています。

 

 

「あの後は大賑わいでしてね、大変でしたよ」

 

 

 うん、大賑わいでしたね。

 

 皆さん大はしゃぎでしたから、私の勝利を祝ってくれたのは素直に嬉しかったですけどね。

 

 ドーベルさんは号泣でしたし、というか基本的に皆さん泣きながら喜んでくれました。ブライアン先輩は抱きついてきますし、ヒシアマ姉さんは私をこれでもかとばかりに抱きしめてくれました。

 

 あと、ヒシアマ姉さんの胸はとても柔らかかったですね、うん、やっぱりあの胸は至高です。

 

 それにしても、嬉し泣きってやっぱり良いものですね。

 

 

「という事で、今日は気分を切り替えてアッフの質問コーナーというものをやっていきたいと思います。

 ていうか、皆さん、今更私に聞きたい事とか無いでしょう? スリーサイズとかパンツの色とか知ってる仲ですし」

 

『草』

『日付けからして、今日は水色だな』

『まあ、あんだけ薄い本が出回ればね』

『今年はお世話になりました』

 

 

 皆さん、聞きましたか? 自分がオカズにされる気持ちってかなり複雑ですよね。

 

 いや、わかるんですよ? 気持ちはよくわかります。

 

 私にだってかつて、はるか昔に同じような環境になった事がありますから。

 

 とはいえ、なんの躊躇なく本人に言い切るこの人達ってなんなんでしょうね。

 

 私のグラビア雑誌は現段階で既に各国で1205万部以上売れてるらしいです。

 

 いやー、もはや、世界の思春期男子達からは崇められる存在ですよ。

 

 たづなさんからは興奮気味に第二弾を是非よろしくお願いしますと鼻息荒く言われてしまいました。

 

 全く、私の周りには変態なウマ娘か変態な男性しか寄って来ないぜ! 

 

 私自身が変態なんでどうでもいいですけどね、スタンド使いがスタンド使いを引き寄せるみたいな現象だと思ってもらえれば良いです。

 

 

「まあ、気を取り直して。質問コーナー行ってみましょう!」

 

『のりこめー^ ^』

『わぁい』

『パフパフ〜』

 

 

 パフパフとか言ってる奴の言葉がなんか気になりますが、ここは敢えてスルーしときましょうかね。

 

 そう敢えてね、触れたら触れたで図に乗りそうですから。

 

 私は時に厳しいのです。普段は皆に甘々だけどね! えっ? 甘くない? そ、そんなことは無いよ? 多分。

 

 

「そんじゃ読み上げるよーペンネーム、ディアデラさんからの質問です。

 深夜にドーベルの部屋に逝くのと実験中のタキオンの被験者になるどっちを配信しますか? ですって」

 

『究 極 の 二 択』

『 審 判 の 時 』

『基本的にこの選択肢はアッフ死ぬやろwww』

 

 

 おうふ、初手からまたえげつない質問が飛んで来ましたね。

 

 なんと答えるべきだろう? というか逝くの字が違うんじゃ無いですかね? やらしい文字になっているんですけど、私、なんかタキオンさんとドーベルさんから変態プレイでも強要されるんですか? 

 

 全く、皆、脳内がピンクなんだからそうですね、なんと答えるべきだろう。

 

 

「えっと……、あ、あの……! ど、ドーベルさんかなぁ? 私、痛いのは嫌なので……」

 

『ほう、詳しい話を聞こうか』

『おい、この名前、本人だろwww』

『草』

『誰だ炎上中の家にガソリン投下した奴www』

『ひぇ!』

 

 

 うわ、めんどくせぇ事になった! 

 

 私が咄嗟に思ったのがそういう事である。いや、見る限り面倒くさいでしょう。誰だよ、あの凶暴なクレイジーサイコレズ起こした奴は。

 

 最初のコメントで興味津々になってる人は間違いなく本人です。

 

 皆、よくこんなガソリンを火事現場に投下できましたね、卒倒ものですよ本当。

 

 

「あー、はいはい次いきましょう次。身の危険を感じましたので次いきます」

 

『チキン』

『いや、あれは俺でもこえーよ』

『ガチなんだよなぁ』

『いつかアッフが服乱れて泣きながら配信してても驚かない』

 

 

 うーん、なんだろうその事後。

 

 私、取り返しのつかない事になってませんかね? いや、やめてくださいよ、本当、洒落になんないですからね。

 

 気を取り直して、次の質問に行ってみましょうか、じゃないと私の精神がもたない気がする。目にハイライトが無い私なんて見たく無いでしょう? 

 

 見たいとか言った人は本当鬼畜さんです。私、そんな意地悪な人は嫌いです、いいね? 

 

 さて、続いて来た質問はこちらです。

 

 

「アッフは週何回一人で…………。はい飛ばします」

 

『おぉい!』

『絶対ロクな事書いてないゾ』

『一体何が書いてあったんだ』

 

 

 読めるかこんなもん! 週何回一人で慰めてるんですかとか平気で書いてんだぞ! 

 

 女の子にする質問ちゃうぞこれ! 私でもびっくりするわ! 

 

 いや、私の場合はシークレットで、大体、ブライアン先輩とか色んな人と添い寝してるんだから察しがつくでしょう? 敢えて言わないけども。

 

 あ、私は処〇なんで安心してください、そこは大丈夫です。何が大丈夫なのかは知りませんけども。

 

 

「次ィ! アフちゃん大好きチュッチュさんからです。

 もう名前からしてやべーなおい。しかも差出人女性ですよこれ」

 

『やばい鳥肌立った』

『アフちゃんの魔性さがマッハ』

『女すら陥落させるビッチ』

『ウマ娘って変態ばっかなんすね』

 

 

 私が読み上げる手紙にドン引きする視聴者さん達。

 

 いや、ドン引きしたいのは私だわ、まともな手紙はないのかね? 変態しかいないですよ、私のファンは。

 

 おかしくないですか? 欧州三冠取った無敗の日本最強のウマ娘ですよ? 

 

 そんな私にこの仕打ち、泣けてくるぜ。

 

 

「えーと? アフちゃんに質問です。タイプの女性を教えてください、あとどんなプレイが喜びますか? 詳しく教えてくれたら私が身体の隅々まで調教しちゃうぞ☆。……ですって」

 

『草』

『もうだめみたいですね』

『風評被害が酷いw』

『これはひどい』

『自分、涙良いですか?』

 

 

 いや泣きたいのは私だよ、何がどうなったら女の子からこんな凄い手紙が飛んで来るんですかね、びっくりだよ。

 

 私を調教したい(意味深)とか、マジやばみと思うんですけど、私はこれを読んだ瞬間、戦慄しましたね。

 

 どうやら私はウマ娘と女の子に好かれる星の元に生まれてしまったらしい。

 

 なんか、誰か言ってましたっけ? 

 

 アフちゃんを見てるだけで何というかめちゃくちゃにしたくなるような衝動に襲われちゃうとか。

 

 どんな衝動だよ、新手の雛〇沢症候群かな? 

 

 

「えーとね、私ぃ、優しくしてくれるのが良いなぁ……。ぎゅーってしてくれたりとかぁ、撫で撫でしてくれるとかぁ」

 

『うわ』

『うわ、きっつ!』

『ないわー』

『媚び杉内』

 

「ぶっ殺すぞてめーら」

 

 

 コメントに辛辣な言葉を連ねている視聴者さん達に青筋を立ててキレる私。

 

 いや、お前、私のキャラじゃないのはわかってんだよ! じゃないとやっでらんないでしょうが! 普通に考えて! 

 

 凱旋門勝ったウマになんたる暴言か、ひれ伏せ愚民共、私が踏んでやりますから。

 

 

「次のお便り行くぞー。えーとですね、ペンネーム、わーいさんからです。なになに……。

 ねぇねぇ! アフちゃん! 僕と走ろうよ! いつ空いてる? ねぇ! いつ日本に帰ってくるの! 僕と一緒に並走しようよ! アーフちゃん! お願ーい! なんでもするからさ! 僕と走ろうよぉ! 待ってるからね! 絶対だからね! 僕、楽しみにしてるからね! 僕、カイチョーとアフちゃんと走りたいんだ! 僕の事アフちゃんも好きだよね? なら走ろうよ! 僕も大好きだよ! 

 ですって新手の僕僕詐欺かな?」

 

『コピペかな?』

『メンヘラワロタw』

『なんだこれはたまげたなぁ』

 

 

 うん、文章となんか雰囲気で誰が書いたのかはなんとなくわかる。

 

 せめて主語いれーや、誰かわからんでしょうが! これだと! いや、もうわかるけども! 

 

 テイオーちゃん、お願いだから、私も好きだからこんなやばいお便り送って来ないで……。私のファンやばい奴しかいないとしか思われないからさ、もういろいろ手遅れだけど。

 

 目にハイライトが無くなってこれ書いてるテイオーちゃん想像したら寒気がした。

 

 

「さて、続いての手紙に行ってみましょうか、次のお便りはこちら! 静かな日曜日さんです! 

 なになに? つい、最近、海外から私の元に私の等身大フィギュアとか言って鉄板を送りつけてきた後輩がいます。

 日本に帰ってきたら吊るし上げようと思うんですが、そこでお便り読んでる髪が青鹿毛の奴覚えとけよ。ですって」

 

『あっ……(察し』

『何しとんねんw』

『アッフwww』

『草』

 

「……に、日本に帰るのはあと一年後くらいにしよっかなぁ……」

 

 

 私は声を震わせながら目を逸らし、そんな事を口走る。

 

 いやいや、無理無理、帰ったら殺されますもん私。まさか、ギャグと思って作ってみた荷物が勝手に静かな日曜日さん宛にいってるなんて思いもしませんでしたもの。

 

 誰だよ送った奴! 絶対、悪意あるだろ! いや、たしかに郵便物みたいにして適当にそこら辺に置いてた私が悪いんだけども。

 

 私は顔を真っ青にしながら、ひたすら日本に帰るのが今日の配信で嫌になりました。

 

 もう、ハイシャパラルさんに頼んで海外に永住しようかな。

 

 

 そんなこんなで、凱旋門後の初のアフチャンネルは笑いと恐怖とドン引きが渦巻きながら配信を終えるのでした。

 

 



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伝えたい歌

 

 

 

 さあ、皆さまお待ちかねウイニングライブのお時間がやって来ましたよー! 

 

 私の歌とか需要あんのかね、ない気しかしないんだけども。

 

 いや、流石に凱旋門のウイニングライブだからね、真面目にやらないと私消されちゃいます。

 

 なんだったら、その場で裸にひん剥かれてもおかしくないですからね。

 

 

「帰りたい、帰国しましょう」

「ダメに決まってます。ほら、行きなさい」

「姉弟子ー! 一緒に歌ってくださいよぉ」

 

 

 やだやだーと駄々をこねる私。

 

 だって、私だけだと基本、やらかししかしませんしね、きっとこれは私とペアで歌う人がいないからいけないんだという結論に至りました。

 

 そんな私が駄々をこねている中、誰かが私の胸をムニっと背後から鷲掴みにする。

 

 

「ひゃあっ⁉︎ ちょ、ちょっと‼︎」

「あぁ〜気持ちいい〜……。やっぱり先輩の身体は柔らかいです〜」

 

 

 揉み揉みと私の胸を容赦なく揉むドゥラメンテちゃんは悦に浸っていた。

 

 私も胸は敏感なので思わず背筋がビクンと反応してしまいます。皆最近触りすぎではないかね、私の胸。

 

 私の胸をなんの遠慮もなく揉んでくるなんてこの娘も随分と図太くなりましたね、全く、誰の後輩だ! 

 

 あ、私でしたっけ? そう言えばそうでした。

 

 

「そしてパンツは薄いピンクと……」

「私は今までこんな堂々とセクハラしてくる後輩に会った事がありません」

「良かったですね、巡り合えましたよ」

「何も嬉しくないんだが」

 

 

 肩をぽんとしながら私のスカートを摘み上げ、パンツを覗いてくるドゥラメンテちゃんに顔を引きつらせる私。

 

 どうしてこんな風に育ってしまったんだろう。

 

 最初はあんなに私をリスペクトしてくれたはずなのに、おかしいなぁ。

 

 あ、そうだ、良いこと思いついた。

 

 

「よし、君に決めたっ!」

「はい?」

「お前もライブで歌うんだよ、あくしろよ」

「え、えぇ⁉︎」

 

 

 えーじゃない、決まった事だ諦めたまえ。

 

 私だってな、何故か関係ないサクラバクシンオーさんのスプリンターズステークスのウイニングライブを歌わされた事があるんだぞ! 

 

 それに比べたらなんて事は無い、無名の私がG1の席で単独ライブした時に比べたらな! 

 

 日頃、私にセクハラしてるんだからこれくらいして当たり前である。パンツ見学料みたいなもんだ、私のパンツはタダではない。

 

 だって、ネットで流出してるのなんて何百万円とかしますからね今。

 

 ちなみに落札者は毎回おんなじ名前という恐怖、誰が落札してるのかは大体知ってますけど。

 

 

「なんで私が凱旋門のウイニングライブなんかに! 無理です! 無理!」

「無理という言葉はアンタレスにはないのですよ、ドゥラちゃん」

「そ、それは先輩達だけですよぅ……!」

 

 

 何を言うか、私だってな、何回か死んでるんだよもう。

 

 何度、三途の川を渡った事か、その度に義理母から首根っこ引っ掴まれて連れ戻されてきたんだぞ。

 

 でも、出来れば死後にまで来ないで欲しいと思う、せめて安らかに死なせて欲しいじゃん? 

 

 

「そういうわけで、準備しろい! 歌う曲は決めてるんですよ一応ですけど」

「えー……」

「良いんですよこういうのは適当で、振り付けわかんないならソーラン節でも踊ってればいいですから」

「先輩、よくそれで会長から怒られませんでしたね」

 

 

 いや、普通に怒られたんですが? 何か? 

 

 いやもう、怒られるのにビビっていたら何も出来ませんからね、私なんてほぼ毎回怒られてますし、ウイニングライブ。

 

 前回なんて調子こきすぎて煽ってましたからゲンコツが4つぐらい炸裂しましたよ、解せぬ。

 

 

「まあ、なんにしろ楽しめばええねん、細かい事は後でどうとでもなります」

「な、なるほど」

 

 

 という事で、ドゥラちゃんとコラボが決まりましたーパチパチー。

 

 適当に言いくるめればこんなもんよ、さて、歌う曲ですが、もう決まってるとお話しましたよね? 

 

 あ、大丈夫です、今回はおふざけはなしでいきますから。流石に凱旋門のウイニングライブでふざけたりなんかしたら殺されるどころの話じゃ済みませんからね。

 

 冷静に考えてここは普通にやるのが無難というやつです。

 

 さて、そのライブのその全貌をお見せしましょう! 

 

 

 

 ライブ会場はお客さんで大賑わい状態。

 

 私とドゥラちゃんはすでに衣装に着替えて、万全の状態です。

 

 毎回思うんですけど、私の衣装って本当、いろいろ露出高いですよね、いや、別にいいんですけど、可愛い衣装なんでね。

 

 皆、ペンライトを持って今か今かと私が来るのを待っています。いやーこれだけお客さん入ってくれると暴れ甲斐がありますよね。

 

 凄まじい音が鳴ったと思いきや、私が会場のど真ん中からゆっくりと現れます。

 

 

「Rise 空には太陽が〜♪ Force あなたには強さが 似合う♪」

 

 

 そして、背中合わせで現れたドゥラちゃんもマイクを握りしめたまま声を振り絞り歌いはじめます。

 

 そう、私といえばやきう、やきうと言えば私、これ以上ぴったりな曲ってないと思うんですよね。

 

 そして、会場は盛り上がり始めました。

 

 

「Days 涙は夢をみて♪ Stage 未来を描いては 掴む♪」

「世界中 風さえ在るのなら♪ どこまでも ぼくらは飛べると誓い合う♪」

「絆〜が見えた♪」

「見えた〜♪」

 

 

 瞬間、爆音のようなものが炸裂し、会場から火花が巻き起こる。

 

 会場の皆は私達の歌に合わせてノリノリでした。お、嫌いじゃないぞ、ノリのいい客はいい客だ。

 

 クルクル回り始めるお客さんに合わせて、私達も声を張り上げます。

 

 これも演出ですから、会場の観客達はテンションマックスでペンライトを振り回していました。

 

 

「ダイアモンドから 夢を放つペ〜ル〜セ〜ウ〜ス♪ まだ見ぬチカラを その瞳に秘〜めて〜♪」

「光の翼が 虹をかけてゆく Field of dreams♪ 輝くあなたを信じてる〜♪」

 

 

 観客達は私達の声に酔いしれたように歓声をあげていた。

 

 オタ芸をする人達まで出てくるのでびっくりですよね、ちなみにオタ芸って失敗すると靭帯をやるそうなので、皆さんは気をつけてくださいね? 

 

 私達の魂込めた歌声聞けぇ、そう! 乙女は強くなくっちゃね! 

 

 

「「帝◯ 魂〜♪」」

「え⁉︎ そんな歌詞あったかオイ!」

 

 

 そして、アドリブも入れていくスタイル。

 

 すかさず、私達のアドリブにツッコミを入れてくるヒシアマ姉さん。

 

 いや、ないですよ、だってアドリブですもの、勝手にアレンジしてみました。

 

 私を舐めちゃいかんよ、そんな普通に歌うわけないでしょ、怒られますよ! 私のファン達から! 

 

 大体、まじめを私に求めてはダメですね、ウイニングライブこそ、ネタに走らなくちゃダメなんですから。

 

 それから、私は自前のイメージソングを歌いつつ、最後に歌いたかった曲に入ることにしました。

 

 先程から一緒に歌ってくれていたドゥラちゃんは察してくれたのか、私に手を振りながら、ステージの外へと消えていきます。

 

 実は凱旋門を勝った時に、これだけは歌で伝えたいと思った曲があります。

 

 これは、私を支えてくれた方々に捧げる歌です。

 

 流石にこれは真面目に歌います。

 

 

「聞いてください、影踏み

 

 

 すると、背後から流れてくる曲がしんみりとしたものに変わっていく。

 

 先程まで盛り上がっていた会場も私の雰囲気を察してくれたのか、シンと静まりかえってくれました。

 

 うん、歌いやすいですね、皆さんの協力に感謝です。

 

 私はマイクを握りしめてゆっくりと歌いはじめた。

 

 

「卒業し〜たら〜♪ じぐざぐの前髪♪ 少し揃え♪ ママからの手紙で、2回泣きそ〜うになった♪」

 

 

 私の静かな歌い出しにシンと静まり返る会場。

 

 マイクを握りしめた私は笑みを浮かべたまま、姉弟子や義理母達を見渡し、瞳を瞑る。

 

 思い出すのは苦しい日々、挫折した毎日の事。

 

 義理母が病気になり、姉弟子は私の前から消えたあの日。

 

 私を救ってくれたのは皆だった。

 

 それから、足掻いて、また皆が一つになって私を支えてくれました。

 

 

「嘘でも天の川で〜♪ 一年一度の約束したい〜♪」

 

 

 私を「良い状態で走らせたい」とオカさんは話していました。

 

 義理母は私を最後まで信じてくれました。

 

 ライスシャワー先輩と姉弟子は私に背中を見せていつも走ってくれました。

 

 

「いないときも頑張れたことが〜♪ 今になって自信になって〜♪」

 

 

 私の目からは歌いながら自然と涙が出て来ています

 

 それは、その日々を乗り越えて来たのは自分一人の力じゃないことを理解しているからだ。

 

 義理母や姉弟子は私の歌を聞きながら、静かに涙を流していた。

 

 

「気づいてみたら〜♪ たくさんの人に〜♪ 囲まれてた♪ 君が僕を信じてる〜♪」

 

 

 私はここまで皆のおかげで成長する事が出来た。

 

 だからこそ、私は皆に感謝したいと思ってます。

 

 義理母や姉弟子が消えた後、皆が支えてくれて自暴自棄にならずここまで頑張れたのは感謝しかありません。

 

 凱旋門に勝てたのは夢のような気持ちでした。

 

 

「突然夢、が醒めて〜♪ 迷子のきもちで悲しくなった〜♪」

 

 

 ブライアン先輩は並走に付き合ってくれました。

 

 ドーベル先輩は私の悩みをいつも聞いてくれました。

 

 ルドルフ先輩は私に勝者というものと義務を教えてくれました。

 

 ゴルシちゃんはいつも私を気にかけて励ましてくれました。

 

 他の皆も私の為にそれぞれ、いろんなことを学ばせてくれました。

 

 

「いつの間にか〜大きくなっても♪ 僕よりうんと〜幸せがいい〜♪」

 

 

 私が大きく成長したのは一人の力だけじゃありません。

 

 血の滲むような努力と皆の支えがあったからです。

 

 だからこそ、私はこの曲を皆が揃って見てくれてるこの場で歌に乗せて伝えたかった。

 

 

「いつからずっと強くて弱いの♪ 君は知ってて〜♪ 同じ空みてくれてたの〜♪」

 

 

 私の歌を聞いて、静まりかえった会場からは割れんばかりの拍手が響き渡ります。

 

 静かに私は頭を下げて皆に一礼しました。

 

 この曲は思いを込めた曲です。私が大事な時にしか歌わないと決めていた曲でした。

 

 しばらく、拍手に包まれる中、私はゆっくりと会場を後にしました。

 

 

 



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秋のG1開幕
帰国して


 

 

 さて、ウイニングライブも無事終わった訳なんですけど、皆、私の歌に大号泣ですよ。

 

 いや、あの、そんなに泣かれるとは思ってませんでした。確かに私も感情が色々こみ上げながら歌ってましたけれども。

 

 初めてじゃ無いですかね、私のウイニングライブでスタンディングオベーションなんて、大抵は何というか爆笑の渦なんですけど。

 

 てなわけで帰って来ました日本。

 

 

「ただいまー! アイルビーバック!」

「お帰りアフちゃん、死ぬ覚悟は出来てるのかしら」

「笑顔でその第一声は勘弁してくだしあ!」

 

 

 満面の笑みで出迎えてくれたのは目が笑っていないスズカさんでした。

 

 いや、怖すぎて泣きそうなんだが、そもそも原因は私なんですけどね。

 

 でもさ、ほら凱旋門勝ってきたわけだからもっと褒めてほしいじゃないですか、皆、私をもっとチヤホヤしてください。

 

 

「ご、ごめんなさい! スズカさん! 違うんです! あれはですね! 焼肉パーティーをする為の鉄板でしてね!」

「何! 焼肉だと! なら更に焼きそばを焼いても良いのか!」

「どっから湧いて出たんですかオグオグ⁉︎」

 

 

 トレセン学園帰ってきて早々にこれですよ。

 

 そう、私は今、ワイワイと皆から歓迎を受けている真っ最中です。

 

 今や、私を知らないウマ娘なんていないんじゃないんですかね。もし知らない奴がいれば間違いなくそいつはモグリです。

 

 

「よし、誰か知らねーけどヨーロッパに帰って良いぞ」

「なんだとこの野郎」

 

 

 とか言ってたら早速白いあんちくしょうが笑顔で煽ってきました。

 

 せっかく私が凱旋門勝って来たのにこの仕打ちってあんまりだよ! もっと褒めて皆デレデレしてくれるって思ってたのに! 

 

 チヤホヤされて、えへへ、となる筈の私のプランがそもそも台無しじゃないですか。

 

 

「だってお前、甘やかしたら調子乗るじゃん」

「それより奥で少しお話ししましょうか?」

「あっ……あっ……! スズカさん待って! ヘッドロックは締まる⁉︎ あ、それに微かに胸の感触が……」

「ん?」

「無い」

 

 

 ヘッドロックしたまま、奥の部屋に消えていきバタンと扉を閉めるスズカさん。

 

 その後、ヘッドロックされた私はスズカさんから奥の部屋に連れて行かれ、もう、口に出せないほどすごい事をされました。

 

 外にいたウマ娘曰く、すごい悲鳴が聞こえたとかなんとか。

 

 その後、ボロボロにされた私はシクシク泣きながらスペちゃんから頭と背中を優しく摩って貰いました。

 

 

「うっ……うっ……」

「よしよし、怖かったねぇ」

「だって……無かったんだもん」

「そうだねぇ、無いもんねぇ」

「お前、本当にぶっ殺されるぞ。あと、スペもやめとけな? スズカ泣くぞ」

 

 

 スペちゃんに慰められている私を見ながら呆れたようにため息を吐くゴルシちゃん。

 

 凄いよね、癖ウマ娘と名高いあのゴルシちゃんからため息を吐かせるなんてよっぽどだと思うんだけども。

 

 はい、では気を取り直して、私は改めてトレセン学園に帰ってきました。

 

 帰ってきて、早々にこれなんですけども。

 

 

「あー……久々の学食は落ち着きますね」

「ハムハムハム」

「うん、やっぱりオグオグさんは癒しです」

 

 

 ご飯を一心不乱に頬張るオグリンを見ながらほっこりとする私。

 

 この光景を見るとトレセン学園に帰ってきたんやなって実感が湧きます。

 

 帰ってきた時は賑やかに歓迎してくれるんやろなぁ、ワクテカとか思ってたんですけどね、現実は厳しいです、やっぱり。

 

 すると私の胸をジーと見つめていたオグオグさんから一言。

 

 

「……スイカが食べたくなってきたな」

「どこ見て言ってます?」

 

 

 私の胸がスイカに見えたと、そう言いたいんですかねこの人。

 

 まあ、確かにデカいですけど、自分で言うのもなんなんですがね。頭と身長に栄養がいって欲しいなって思うばかりです。はい。

 

 さて、トレセン学園で何か変化が無かったの? って思っているそこの貴方。

 

 ありましたよ、めちゃくちゃね。いやはや、数時間前なんて大変だったんですから。

 

 

『アフちゃん先輩! 凄かったですっ!』

『あ、あの! 先輩! 付き合ってください!』

『抱いて!』

『サインください!』

『あー可愛いすぎっ! もう食べちゃいたい!』

『好きです! アフちゃん先輩!』

 

 

 などなど、もう揉みくちゃにされました。

 

 女の子にこんなに言い寄られるとは思いませんでしたね、というか女の子同士なのに良いのかね君達はそれで。

 

 ウマ娘達を含め女性ファンが増えるのは良い事だ。

 

 私のファンって基本変態しかいませんけども。

 

 

「やっほーアッフだよ!」

 

「わー! アフちゃんだー!」

「可愛いー!」

「綺麗ー! 尻尾ツヤツヤー」

 

「あ、馬鹿! 尻尾は握ったらダメですよ! 敏感なんですから!」

 

 

 ですから、こんな純粋な子供達のファンができたのは本当に嬉しいですね。

 

 でもね、特に小さい男子小学生諸君、君達が中学生や高校生になった時、私を見る目が純粋なそれじゃなくなるのは悲しく思うよ。

 

 なんもかんも私の事をやらしく描く作者やたづなさんみたいな汚い大人が悪い。

 

 まあ、アグデジさんも悪いんですけども。

 

 そんなわけで私も色々とファンサービスをこなして来たわけですよ。

 

 

「カクカクウマウマだったわけなんですよ、オグオグさん、大変でしょう?」

「ムシャムシャムシャムシャ」

「食ってばっかじゃねーか、おい」

 

 

 いや、オグリキャップさんならそれも致し方ないんですけど、絶対聞いてないなこの人。

 

 私がこれだけ一生懸命にどれだけ大変だったか熱弁したというのに、あんまりです。

 

 しかしながら、オグリキャップさんなら仕方ない。マスコットでアイドルウマ娘ですからね、何しても許されるんです。

 

 あれ? 私と大きく違ってるぞー? おかしいなぁ。

 

 

「おーい、アフ公、私のチャンネルやるから早く来いよ」

「えぇ……」

「お前をデビューさせてやったのは私だろう? このおたんこなす。良いから来いって」

 

 

 そんな感じで、ゴルシちゃんのパカちゅーなんとかってチャンネルにも呼ばれて息つく暇もないですね、本当。

 

 もうちょっと海外で過ごせば良かったかな? 地中海あたりでバカンスしていた方が良かったかもわからんね。

 

 さて、ひとしきり色んなウマ娘やファン達から振り回された私なんですけど、ようやく一息つけるようになり、トレセン学園の中庭にあるベンチに腰掛けて大きなため息を吐いておりました。

 

 

「はぁ……」

 

 

 空はあんなに青いのに私の心の安寧は何処へやら。

 

 お前も青いやんけと言われると、まあそうなんですけどね、いや、空って自由やん? 素晴らしいやん? 

 

 そんな中、ぽけーっと私が空を見上げているととある男性が私に声を掛けてきた。

 

 

「ここ、座っても良いかい?」

「ん? あぁ、別に構いませんよ」

「良かった、それじゃ遠慮なく」

 

 

 そう言って彼はにっこりと笑うと私の横に腰をおろし、一息つくようにため息を吐いた。

 

 何というか、どこかで見たことあるような方なんですよね? 何処だったかな、何というか忘れたくても忘れられない様な人な気がするんだけど。

 

 すると、彼は中庭を見つめたまま、私に話しをし始める。

 

 

「凱旋門賞、凄かったね。久しぶりに鳥肌が立ったよ」

「あぁ、貴方も見ていたんですか」

「そりゃもう、……僕にとってもあそこは夢の舞台だからね」

 

 

 彼は隣に座る私に嬉しそうに笑みを浮かべながらそう告げる。

 

 そりゃそうだ、誰だって凱旋門賞は夢の舞台だろう。日本のウマ娘に関わる誰もがあそこを制覇する為に血の滲む様な努力を積み重ねてきている。

 

 いや、きっとそれは日本だけではない世界のどのウマ娘だってそうだ。

 

 

「……実を言うと君が勝った時、嬉しかったんだけども少し複雑な気持ちだったな」

「あら? それは残念でしたね」

「あはは、本当にね。僕が見ているウマ娘に是非勝たせてあげたかったレースだったからね」

 

 

 彼は困ったような表情を浮かべながら、私にそう告げてくる。

 

 うん、そりゃすまんかった。私みたいなのが勝ってしまったのはなんか申し訳ないなとは思っていますよ。

 

 その分、死ぬ思いは何度もしましたけどね、地獄を見続けたので勝てたレースでもあります。ギリギリの勝負でしたけれど。

 

 

「さて、そろそろお邪魔みたいだから行こうかな」

「……ちょっと貴方、名前は?」

「あぁ、そうだったね、えーとね」

 

 

 そう言いながら何やら考えるような仕草をする男性。

 

 しばらくすると、彼は私の方へと向き直り、何やら暖かな眼差しをむけてくる。

 

 そんな目で見つめられたらなんだか照れてしまいますよね。

 

 

「皆からはタケさんって呼ばれてるよ」

「え⁉︎」

 

 

 私は思わず変な声が出てしまった。

 

 トレセン学園の中でもレジェンド級のトレーニングトレーナー。

 

 いや、嘘でしょ、そんなんあり得へんやろ。

 

 多分、G1ウマ娘の中で彼から指導を受けてないウマ娘はかなり少ないんじゃなかろうか、それくらい、素晴らしいトレーナーで有名である。

 

 ウマ娘を見る眼は一級品、海外のウマ娘からもかなりの信用を置かれているトレーナーだ。

 

 

「ディープインパクトが君を倒したがっててね。来年の有馬記念、そこで決着を着けたいらしい」

「……ディープインパクト……」

「あぁ、僕も彼女に最近付きっきりでね。英雄対魔王の最終決戦には……申し分ないだろう?」

 

 

 タケさんは私に笑みを浮かべたまま、静かにそう告げてくる。

 

 来年の有馬記念、確かにディープインパクトちゃんが本格的にクラシックに参戦する年だし、きっと私とぶつかるのならばそのレースが1番良いだろう。

 

 これは、いわゆる果たし状というやつなんだと思う。まさか、レジェンドと呼ばれるトレーニングトレーナーから私に直接言われるとは思いもしませんでしたがね。

 

 

「受けて立ちましょう。良いですよ」

「君ならそう言うと思っていたよ」

 

 

 タケさんは私の返答に満足する様に笑っていた。

 

 売られた喧嘩は買う主義なんでね、まあ、彼女とは以前の年末年始のレースからの約束もありますし、それを果たすなら良い機会でしょう。

 

 私は約束は守ります、必ずね。

 

 その後、言いたいことを私に言うだけ言ったタケさんは手のひらをヒラヒラとさせながら、その場から立ち去っていく。

 

 そして、それから私の元にトレーニングウェアを着た姉弟子が現れました。

 

 

「……トレーニングの時間です。行きますよ妹弟子」

「えぇ、今行きます」

 

 

 ベンチから立ち上がった私はそう告げる姉弟子の後からついていくようにその場を後にする。

 

 何にしても、次の菊花賞をまず勝つことが優先だ。

 

 凱旋門賞の祝いはかなりしてもらったし、もう、次のレースに頭を切り替えておくべきだろう。

 

 私は新たにできた目標に静かに闘志を燃やしつつ地獄のトレーニングに向かうのだった。




いきなり唐突なアンケート。


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わーい

 

 さて、翌日、私はスピカの皆さんのところに居た。

 

 理由としてはテイオーちゃんに並走を頼まれたからですね。

 

 ほら、テイオーちゃんはルドルフ会長は忙しくて、なかなか構って貰えないみたいなので白羽の矢が立ったのが私というわけです。

 

 

「アフちゃん! アフちゃん! 手紙読んでくれたんだ! 嬉しいなぁ!」

「近いですよ、テイオーちゃん」

「えへへ、だって嬉しいんだもん」

 

 

 そう言いながら、私の頬に顔を擦り擦りしてくるテイオーちゃん。

 

 可愛いし、なんかいい匂いがしますね。こうみるとやっぱり天使なんやなって思いました。

 

 テイオーちゃんの背後にはあのルドルフ会長がいるんで変なことはできません。私はこんな純粋で可愛いウマ娘を汚す事なんてできないッ! 

 

 

「もう……。読みましたけど手紙には主語をつけてくださいテイオーちゃん」

「えーなんでぇ? 僕の率直な気持ちを純粋に書いただけだよ?」

「何というか、読んでたらやばいメンヘラの人の文章読んでるみたいでしたからね、人によっては恐怖しますから」

「メンヘラ? ラーメンのペラペラしたやつのこと?」

「違います」

 

 

 そんなキラキラした眼差しで私を見ないで、溶けちゃうから。

 

 それから、えへへと言いながら私にやたらと甘えるように胸元に顔を埋めてくるテイオーちゃん。

 

 あれ? 私の記憶が間違っていなければ、テイオーちゃんって私より先輩じゃありませんでしたかね? 

 

 

「アフちゃんの胸元気持ちいいなぁ、フワフワしてるみたい」

「そうですか?」

「うん! ずぅーとギュッてしてられるよ」

 

 

 満面の笑みでそう告げてくるテイオーちゃん。

 

 やばい、可愛すぎる。私はそんな彼女の頭を思わず撫で撫でしてあげていました。

 

 これが天使か、天使って本当に居たんですね、私の母性がやばい、というか、母性とかあったんですね私に。

 

 おいこら、そこ、ママと呼ぶんじゃない。

 

 

「お! お前ら今から並走するんか? ウチも混ぜてーや!」

「おっ?」

 

 

 そんな時、私達に声をかけてくるウマ娘さんが居ました。

 

 白くて同じく私くらいの身長のウマ娘ちゃんです。この小ささと白さを見れば私はすぐに誰だかわかりました。

 

 タマモクロスさんです。オグオグさんと同期の芦毛のウマ娘ちゃんです。

 

 

「せやかて工藤」

「誰が工藤やねん! ちゃうわ! むしろウチは関西やろ! あと、あんな関西弁はむしろエセやで」

「ホンマか工藤」

「だからタマモクロスいうとるやろ!」

 

 

 スパンッと私の頭にどこから出したのかタマモクロスちゃんのハリセンが直撃する。

 

 流石、本場のナニワ魂、私の場合はな◯J魂なので全然違いますけどね。

 

 いやぁ、やっぱりヒシアマ姉さん以外に突っ込む人がいるとなんだか嬉しいですね。最近は私が突っ込む事が多かったので。

 

 

「いやー、良いツッコミしてますねぇ、姉さん。是非是非、一緒に走りましょう」

「はぁー……。はぁー……。初対面からこれかいな、ホンマキツイで」

「じゃあ、テイオーちゃんもそれで良いですかね?」

「うん! むしろ僕は大人数で走る方が好きだから大歓迎だよ!」

 

 

 そう言いながら私にギュッと抱きついてくるテイオーちゃん。

 

 可愛いすぎて鼻血出そう、こんな可愛いウマ娘のバックにあのルドルフ会長がいるのが信じられませんよ。

 

 あの人、いっつも私にゲンコツ落とすんですよ、全くもっと私を大切にすべきですね。

 

 お詫びにパンツよこしたら許してやる。

 

 私の下着が海外遠征の際、また紛失してしまいましたからね、サイズは教えてやるから買ってきて欲しいものです。

 

 

「とりあえず走ろうか、重しは何キロ付けます?」

「いや、付けへんでええやろ」

「ちなみに最高で180kとかありますけど」

「アホかっ! 足がもげてまうわ!」

 

 

 地面が凹むんですよね、凄くない? 

 

 誰でしょうね、こんなアホな重りつけて走るウマ娘って、あぁ、私ならこれくらいの重りしょっちゅうつけてますよ、つまりアホです。

 

 流石に最近はしてませんけどね、タマモクロスちゃんやテイオーちゃんにこれを付けろとは言えません。

 

 付けない理由は身体にかなり負担が掛かるし故障したら大変だからです。当たり前だよなぁ? 

 

 

「しっかし、すごい身体しとるやん。どないしたらそんな綺麗な身体になるんやろなぁ」

「……えっち」

「なっ……! ちゃ、ちゃうわ! 変な意味や無いっちゅうねん! この淫ウマ娘!」

「んなぁ⁉︎ だ、誰が万年発情淫乱ウマ娘ですか! 言い過ぎですよ!」

「そこまで言うてへんわっ! ぼけ!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら身体を隠す私に同じく顔を赤くしながら声を上げるタマモクロスちゃん。

 

 髪の毛見てください、私、青色なんですよ、誰が淫乱ピンクですか、全く失礼な。

 

 確かにたまにヒシアマ姉さんとかにセクハラしたりはしますけどね、どちらかというと淫ウマ娘は私の周りにいるウマ娘だと思います。

 

 私は淫ウマ娘製造機みたいですので、あれ? なんか自分で言ってて悲しくなってきた。 

 

 

「さて、それじゃいきますよー」

「あー待ってよアフちゃん!」

「あ、待てい! いきなりスタートは卑怯や!」

 

 

 こうして、私は終日、テイオーちゃんとタマモクロスちゃんとで並走をしました。

 

 たまにはこんな風に走るのも悪く無いですね、身体もスッキリしますし、何より楽しいですから。

 

 それから、私は色々と挨拶回りに行く事に、ほら、エリモジョージさんとカブトシローさんとかにもお世話になりましたからね。

 

 

「おー! アフ! おめでとうっ! 凱旋門よくやったな!」

「欧州三冠かっ! 大したもんじゃねぇかよ!」

「あはは、頑張りました、えへん」

 

 

 そう言いながら私の背中をポンポンと叩くカブトシローさん。

 

 二人とも自分の事のように喜んでくれました。

 

 まあ、お二人のアドバイスのおかげでキングジョージは勝てましたしね、あれが無ければ私もやられっぱなしだったかもしれませんし。

 

 

「お前、また胸おっきくなったか? おい」

「お、大きくなってませんよ! あ……んっ……! ちょっと、揉まないでっ」

「これはやべーな、気持ちいい」

 

 

 私の胸を片方ずつ興味深そうに揉んでくるお二人。

 

 いや、大きさは変わりませんよ、いつも通りです。メイショウドトウさんの方があると思いますしね。

 

 私はヒシアマ姉さんといい勝負です。あと、エロさなら日焼けしているヒシアマ姉さんの方が上だと思います。

 

 だからこそ私は思う、私じゃなくてもっとヒシアマ姉さんの本を出した方が売れるんやぞ。

 

 そんな事はどうでもいいんですけどね。

 

 

「うん? それで今日は何を聞きにきたんだ?」

「それなんですけどね、実は……菊花賞についてなんですけど」

「へぇ、菊花か。懐かしいな、3000mだったろ確か」

「はい」

 

 

 そう、本題は菊花賞についてお二人に聞きたいことがあったのである。

 

 菊花賞、日本の三冠クラシックレースの最後のレース。これは距離が3000mという結構な長い距離を走らなくてはならないレースだ。

 

 そのレースでは真の実力が試されると言っても過言では無い。

 

 話によると私の同期であるネオユニヴァース、ネオちゃんとゼンノロブロイ、ゼンちゃんの二人が海外から帰ってくるのだそうで。

 

 しかも、何と二人とも三冠ひっさげて帰ってくるというから驚きだ。

 

 

「なるほどな、フランスとアイルランドの三冠を取って帰ってくると」

「そうなんですよッ! 次の菊花賞でその三冠取った二人とやり合わないといけなくなりまして」

「そりゃやべーな、今年どんなレベルのレースになってんだ菊花賞」

 

 

 私の言葉に思わず顔を引きつらせるエリモジョージ先輩とカブトシロー先輩。

 

 いや、本当ですよ、かつて、こんな出来事が日本で起きた事があったでしょうか? 

 

 フランスとアイルランドの三冠ウマ娘、そして、欧州の三冠を取った私との対決という馬鹿げた出来事なんてね、普通あり得ませんよ。

 

 

「こりゃ、凱旋門で浮かれてる場合じゃ無いな」

「調整、手伝ってやるよ。多少だがな」

「⁉︎……本当ですか! 助かります!」

 

 

 こうして、私はお二人の力を借りて多少なり菊花賞の走り方や戦い方をレクチャーしていただく事になりました。

 

 菊花賞って距離は長いですから持久力を念入りに付けなくてはいけませんからね。

 

 あ、そうだ、持久力といえば一人いましたね、ウチのチームに最強のステイヤーの先輩が。

 

 あの方にも長い距離の戦い方について教えてもらった方が良さそうな気がしてきました。

 

 こうして、私は既に菊花賞に向けて動き出しています。

 

 力をつけてきた同期との対決。

 

 私の同期の娘達って基本的に皆、良い娘達ばかりなんですけどね。

 

 中にはカチンと来る娘も居ますけど、そういうのは大抵雑魚なんで相手にしてません。

 

 大体、裏でこそこ言ってたり、負け犬の遠吠えみたいな事をする連中ほど大したウマ娘では無いんでね。

 

 喧嘩売るなら買いますけどね、もちろん私は抵抗するで! 拳で! (イキリ)。

 

 

「アフちゃん先輩、一人で何やってるんですか?」

「ん? あぁ、ほら、ポージング的な?」

「お風呂上がりに鏡の前でそんな下着姿だと風邪引きますよ?」

 

 

 尻尾をフリフリしながら、鏡の前で拳を突き合わせていた私に苦笑いを浮かべながら告げてくるドゥラちゃん。

 

 いやん、下着姿でこんなところ見られるなんて恥ずかしい。私の肉体美をまた後輩の目に晒してしまいましたか、何という罪深いウマ娘なんでしょうね私。

 

 いかん、なんか今、自分で言っててナルシストっぽかったですね、多分、録音して聞き直してみたらめっちゃ気持ち悪いやつのそれだぞこれ。

 

 私はコホンと咳払いすると顔を少し赤くしながら恥ずかしさを誤魔化すべく、ドゥラちゃんにこう話し出す。

 

 

「良いですか? ドゥラちゃん。これはパドックの練習です、皆さんの前でどれだけカッコいいポージングを決めるかというのを意識してやっていたのですよ」

「なんか、ボディビルダーみたいでしたよ」

「キレてるよキレてるよって言ってれば良いんです。とりあえず」

「ボディビルダーですよねそれ」

 

 

 私の言葉に冷静にツッコミを入れてくるドゥラちゃん。

 

 まあ、見た感じキレてないんですけどね、私の太ももとかむしろ肉付きが良いですし、胸とかお尻とかもボンキュボンなんで。

 

 腹筋もスラってしてるんでバキバキ割れてるってわけでも無いからね、私はどちらかというとグラビアモデルみたいな体型なんです。

 

 どうしてあの鍛え方でこうなったのか、教えてほしい。奇しくも姉弟子も同じような体型なんでなんとも言えないんですけども。

 

 こんな感じで日本に帰ってきた私の菊花賞に向けた戦いは始まるのでした。




アンケート開始しました。
とりあえずこの中にはいねぇ!(ドンッ! という方にはリクエストという形で感想の方で希望のウマ娘ちゃんを挙げてくだされば助かります(五人しか入れれなかった)。


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最速の機能美なデート

皆さま、アンケートありがとうございます!
ご要望にお応えして今回はスズカ回です!




 

 

 さて、こんにちは皆さんアフトクラトラスです。

 

 私は現在、何をしてるのかというとサイレンススズカさんと買い物に来ています。

 

 というのも、ことの経緯を話すと一時間くらい前に戻るんですけども。

 

 

「……え? 買い物?」

「えぇ、実は下着の買い足しと服を買いに行きたくて」

 

 

 首を傾げるスズカさんにそう告げる私。

 

 後は、アフちゃんねるに使うカメラとかも新しく新調したかったというのもあります。

 

 凱旋門勝ったしね、これくらいのご褒美があってもバチは当たらないでしょう。

 

 

「それで何故私に?」

「いやー、私の選ぶ下着を見ながら恥ずかしそうに胸を隠すスズカさんを見たい……。

 あたたたたっ⁉︎ 嘘! 嘘ですッ! アイアンクローはやめて! 頭取れちゃうッ!」

「ふーん……」

 

 

 私にジト目を向けながら容赦なくアイアンクローをしてくるスズカさん。

 

 冷めた眼でまるで汚物を見るような視線を向けてきます。いやん、なんだかゾクゾクしちゃう。

 

 それは嘘ですけどね、頭がかち割れますよ。足がプラーンと地面についていない私を見て察してください。

 

 

「う……うっ……。皆さん忙しそうだから……ぐすっ……付き添ってくれる人が居なかったんです」

「あら、そうなの? ごめんなさい、てっきり私への当て付けかと」

「そんな事しませんよぅ……」

「いや、ウイニングライブでルドルフ会長を堂々と煽る貴女にそう言われてもね……」

 

 

 うん、そうだ、説得力は皆無だな、疑っても致し方ないでしょう。

 

 私の評判を聞けばこいつはやべー奴だって誰しもなると思います。私は特にそうですね、こんなやばい奴から凱旋門取られたフランスさん、ドンマイ(煽り)。

 

 という訳でなんやかんやありましたが、スズカさんとお買い物に行く事になりました。

 

 私服のスズカさんも可愛いですよね、白いノースリーブスブラウスに緑のスカート。

 

 シンプルですが、スラッとしたスズカさんのその格好は絵になりますね、めちゃくちゃ可愛い、最高。

 

 

「可愛いですね! スズカさん!」

「うふふ、ありがとう、アフちゃんも……何というか物凄く色っぽくて可愛いわね」

「そうですかね?」

 

 

 そう言いながら私は首を傾げ改めて自分の格好を見る。

 

 青いジーンズの短パンに黒の肩出しのトップスって格好なんですけども、そこまで露出は多い方じゃない気はするんです。

 

 いや、多い方なのかな? よくわからないや。

 

 

「アフちゃん自体がアレだから仕方ないのだけれど」

「アレってなんですか、アレって! 私だって好きでおっきくなった訳じゃあないんだぞ!」

 

 

 プンスカとマジマジと自己主張が激しい私の胸を見つめるスズカさんに突っ込む私。

 

 だって、このファッションだってヒシアマ姉さんをモデルに着てる服なんですけどね。

 

 ヒシアマ姉さんの格好は普段から露出が多くてえっちだと思っていたが、それを参考にした私がそうなるのは必然だったという事か! 

 

 くっ、何という落とし穴だ。胸のサイズが近いからと参考にした私がアホなだけでしたね。

 

 

「良いと思うわ、似合ってるしね……。うん」

「スズカさん、無言で私の右胸を鷲掴みにするのはやめてください。

 ギリギリいってる⁉︎ 痛っ! いたたたた!」

 

 

 ねじ切る様に私の右胸を捻るスズカさん。

 

 だ、ダメっ! 捥げちゃう! 違うんです! スズカさん最速の機能美(笑)だから別に問題無いじゃないですかッ! 

 

 ほら、走りにはこんなもの不用なわけですし! 

 

 

「わ、私はスズカさんのスタイルの方が好きなんですッ! 

 弄りも羨ましいからしていただけで、私はスズカさんのスタイルが羨ましかっただけなんですっ!」

「へぇ……」

「本当ですよっ⁉︎ 嘘じゃ無いですからっ! スズカさんって抱きしめたくなるじゃないですかッ」

 

 

 右胸を鷲掴みにされている私は必死になりながらそう告げる。

 

 嘘はついていない、実際そう思っていますし、私の胸ならいつでも貸しますよ。

 

 あ、捥いでもらった方がむしろ良いのかな? 

 

 

「……そんな事言っても今更……」

「可愛いです! それが羨ましいのです! スラッとしてて美人! これほどまでに素晴らしいものがあるでしょうか? いや無い」

「そんな、でも色気はアフちゃんの方が……」

「私のファンには変態しかいませんがそれでもよろしいか?」

「いや、確かにそれなら納得ね」

 

 

 魔性の青鹿毛なんて言われて、ど変態なファンやウマ娘ホイホイなんて言われている私の迫真の言葉にスズカさんは視線を逸らしながら答える。

 

 こっちを見なさい、私の眼を、せめて同情の眼差しは欲しいんですよ。

 

 

「それより行きましょう? あ、そう言えば最近見つけた美味しいケーキ屋があってね?」

「わぁ! 本当ですかっ! やたー!」

 

 

 私はスズカさんの言葉に眼を輝かせながらそう告げる。

 

 ウマ娘になってよかった事、それはスイーツを大好きと言っても何にも咎められる事がない事ですね。

 

 私、甘いもの大好きなんですよ、あ、ちなみにいくら食べても太りません、体質とかそういうのでは無いです。

 

 理由はわかるな? 皆は察しがつくだろうがその通りだ。

 

 私は早速、スズカさんとケーキ屋でケーキを食べることにしました。

 

 スズカさんはニンジンスペシャルケーキ、私はロイヤルハチミツチーズケーキというケーキです。

 

 

「わぁ美味しそうー!」

「うふふ、それは良かった。あ、そうだ、アフちゃん、よかったら食べさせ合いっこしない?」

「え! あーんしてくれるんですかっ!」

「えぇ、もちろん! ……アフちゃんもしてくれる?」

 

 

 そう言いながら、少し恥ずかしそうに顔を赤くして言ってくるスズカさん。

 

 可愛すぎかよ、なんか、久しぶりに女子女子してることをしてる様な気がします。私、女の子っぽい事は最近あまりしてなかった様な気がしますしね。

 

 女子とはなんだ? とか思っていたくらいですから最近。

 

 

「はいっ! もちろんッ! えと……、じゃあ、私から……はい、あーん」

「あーん」

 

 

 パクッと顔を突き出してケーキを食べるスズカさん。

 

 眼を閉じて食べる姿がもう素晴らしい、なんだ、キスしてみたいな感じの食べ方でした。

 

 これはいかんよ、私も思わずドキドキしてしまいます。男の人なら即落ち案件ですね。

 

 それから、満面の笑みを浮かべるスズカさんは頬を押さえながらケーキを食べた感想を私に告げてきます。

 

 

「ん〜……! おいしい!」

「本当ですか! 良かった」

「じゃあ、次はアフちゃんの番ね」

 

 

 そう言いながら、スズカさんは私にフォークで刺した自分のケーキのひと部分を差し出してきます。

 

 私もスズカさん同様、眼を瞑りながら口を開けてゆっくりとケーキを口に運びました。

 

 

「あーん、あむっ!」

「どう?」

「あまぁい、幸せぇ〜」

「良かったぁ、じゃあ、もう一回ね? 次は私からいくよ」

 

 

 そう言いながら、満面の笑みを浮かべてまたケーキを刺したフォークを差し出してくるスズカさん。

 

 私は先程同様に眼を瞑りながら、ゆっくりと口を開けます。

 

 すると、眼を瞑った矢先、私の頬に何やらチュッという音が聞こえてきました。

 

 私は驚いた様に思わず眼を開けて、その出来事に眼をまん丸くします。

 

 

「ほぇ⁉︎」

「うふふ、残念。今のはフェイントでした」

「今、ほ、ほっぺにチューしました?」

「当たりよ、そんな無防備な顔してるから隙だらけだったわ」

 

 

 そう言いながら、クスクスと笑うスズカさん。

 

 不意打ちとは卑怯な、ほ、ほっぺにチューなんて大胆すぎるでしょう! 

 

 私はこう見えてもウブなんですよ、まあ、確かに不意を突かれてオグリさんから唇をディープインパクトされましたけども。

 

 

「この調子じゃ、貴女、唇にしても気づかなかったでしょうね」

「そ、そんな事ありませんよッ!」

「じゃあ、試しにしてみる?」

 

 

 そう言いながら、色っぽい声色で机に頬杖をついたまま問いかけてくるスズカさん。

 

 そんな言い方は卑怯です。美少女とキスしてみるなんて言われたらそりゃ誰だってしたいって言うじゃ無いですか。

 

 スズカさんみたいな、儚げな美人が色っぽく言うのがミソです。

 

 ライスシャワー先輩とスズカさんからキスしようって言われたら私は断れません。無理です、欲望に負けてしまいます。

 

 まあ、多分、ブライアン先輩や他のウマ娘ちゃん達も然りなんですけどね。ダメだ、私は押しには免疫無くてよわよわですわ。

 

 

「えと……その、ひ、人目もありますし……その……」

「じゃあ、人目が無いとこなら良いの?」

「そ、そう言うことではなくて……あう」

 

 

 耳元で意味深に話してくるスズカさんにタジタジの私。

 

 顔を真っ赤にしながら視線を逸らし、尻尾をただフリフリしている。色っぽい声でそんな風に言わないで欲しい。

 

 すると、スズカさんはクスクスと笑いながら私にこう告げてくる。

 

 

「ふふ、なんてね。冗談よ、アフちゃん」

「もー……。ドキドキしちゃったじゃないですか」

「あら? じゃあ本当に人目の無いとこに行く?」

「……意地悪です……」

 

 

 プクッとスズカさんの言葉に照れ隠しをするように視線を逸らしながらそう告げる私。

 

 この大人びた対応、慣れてやがりますぜ。

 

 スペちゃんとか純粋だから、スズカさんにいつも主導権握られてそうですよね。私でも握れますもの。

 

 適当な事言っておけば、スペちゃん先輩はきっとなんでもしてくれると思います。下手したらパンツもくれる事でしょう、自慢では無いですがあの人は私並みにチョロいので。

 

 

「じゃあ、次は買い物にいきましょうか。まずは服から見てみるのも良いかも」

「そうですね」

「アフちゃんに合う服、見繕ってあげるわ」

 

 

 そう言いながら、ニコッと笑みを溢すスズカさん。

 

 それは、私色に染めてあげるという遠回しの示唆なんだろうか。そうか、私は今からスズカさんのチョイスした好みの服を着させられるのか。

 

 

「スズカさんに染められちゃうんですね……私」

「可愛くしてあげるわよ」

「うぅ、ブライアン先輩、ドーベル先輩。どうやら私はスズカさんの女にされてしまうみたいです」

 

 

 そう言いながら、わざとらしくオロロとふざけた様な泣きの演技をする私。

 

 全く、困ったものです。私も罪な女になったものだな。

 

 いや、罪な女っていうか悪いことしかしてないんですけどね、物理的に。そういう野暮な突っ込みは無しです。

 

 

「ん? 服だけじゃご不満かしら?」

「……それは……えと、その……」

「ふふ、本当、アフちゃんはからかい甲斐があるわね」

 

 

 そう言いながら、クスクスと笑うスズカさん。

 

 この野郎、私を挑発するなんてなんてやつだ! 挑発して怒られるのは私の十八番だというのに! 

 

 私はスズカさんの色っぽいからかいに真っ赤になりながら、思わずモジモジとなってしまう。

 

 

「行動力があるのに隙だらけ、自分からグイグイ行くように見えて、実は押しには弱い」

「ぐぬぬ」

「可愛い後輩ね、皆が可愛がるのも納得だわ」

 

 

 そう言いながら、私を真っ直ぐに見つめてくるスズカさん。

 

 そんな面と向かって可愛いとかやめて欲しいですよ、照れてしまいます。

 

 褒められるのには慣れてないのでね、大体、普段から飛んでくるのは罵声とかセクハラとかそんなんばっかでしたし。

 

 

「……あ、あそこの看板」

「ん?」

「いえ、ふとスズカさんの服装みていたら同じだなぁって」

 

 

 その瞬間、私の顔面にスズカさんのアイアンクローが無言で飛んできた。

 

 一矢報いたつもりでしたが、白と緑の看板が目に入って来たものでつい口走ってしまいました。

 

 照れ隠しみたいなものですが、その後、私が悲鳴を上げてギブアップしたのは言うまでもない。

 

 もちろん、スズカさんにはすぐに謝りました。優しいのですぐに許してくれましたけどね。

 

 懐が違いますよ、なお胸は皆まで言うんじゃあ無い、また、私の前頭部が悲鳴を上げてしまうだろう。

 

 それから、私はスズカさんと二人でそんなやり取りを繰り返しながらショッピングを楽しみました。




次回はライスちゃん回になるかも?(意味深)(未定)


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逃げ切りシスターズ!

 

 

 やあ! 良い子のみんなこんにちはーアッフだよ! 

 

 最近、菊花賞に向けてようやくエンジンが掛かってきた真っ最中です。また地獄のトレーニングの毎日ですよ。

 

 私に安息の時はいつ訪れてくれるのか(遠い目)。

 

 さて、私は現在ある探し物をしている真っ最中である。

 

 そして、そんな私を後ろから首を傾げながら、ライスシャワー先輩は見つめていた。

 

 

「あれー? 無いなー、どこだろう?」

「アフちゃん何探してるの?」

 

 

 尻尾をフリフリしている私のお尻を見つめながらそう問いかけてくるライスシャワー先輩。

 

 ライスシャワーの視線の先には水色の縞々のパンツがひょっこりと顔を出している。

 

 そして、呆れたようにため息を吐くと私のお尻の上らへんのスカートの裾にそっと手を伸ばしてきた。

 

 

「ひゃあ⁉︎」

「アフちゃん、下着が見えてるわよ。女の子なんだから気をつけなきゃ」

 

 

 そう、物を探して深いところにばかり見ていたものだからスカートが捲れていた事に気がつきませんでした。

 

 背後から見たら、パンツが見えてたのか私。

 

 ライスシャワー先輩が直してくれなかったら大恥かいてたところでしたね、そういうところにも気を配らなきゃならないって大変です。

 

 

「……ところでパンツ見ました?」

「うん、あれだけお尻を丸出しにしてればね」

「恥ずかしいッ!」

 

 

 私は顔を赤くしながら両手で顔を抑える。

 

 いや、恥じらいくらい私にもありますからね。

 

 お尻を丸出しでパンツまで見られたらそりゃ恥ずかしいですよ。

 

 

「良いお尻してるわね、日頃の坂路特訓の成果かしら?」

「……ライス先輩、そこはノーコメントで」

「冗談よ」

 

 

 そう言いながら、私の頭を撫でてくるライスシャワー先輩。

 

 そんな風に撫でられては私もなんも言えません、だって相手がライス先輩ですからね、天使に異議を唱えるなんて恐れ多い。

 

 

「それより、アフちゃん何を探していたの?」

「あー、実は今日の午後にライブを頼まれまして……たづなさんから」

「なるほどね、たづなさんはトレセンの広報もしてるから納得だわ」

 

 

 私の言葉に納得したように頷くライス先輩。

 

 そう、なんと私はたづなさんからライブを頼まれていたのです。

 

 日本の皆さんの中には私の凱旋門でのウイングライブを聞けなかった方もいるので、たづなさんから生のウイニングライブを皆に聞かせてあげて欲しいとお願いされたものですから、流石にね? 

 

 

「それで、ライブに使うマイクを無くしたみたいで……」

「マイク?」

「えぇ、装着するタイプのやつなんですが」

 

 

 ライス先輩の言葉にコクリと頷き答える私。

 

 ライブ中は歌うだけでなく踊ったりするので装着型のマイクを使うんですけどね。

 

 これが非常に使い勝手がよろしいんですよ。

 

 

「それなら、よかったら私の貸してあげるわ」

「えっ!」

「可愛い後輩が困ってるんだものこれくらい当然よ」

 

 

 そう言いながらニコリと微笑んでくるライス先輩。

 

 おぉ、天使はここにいたのですね。何というかライスシャワー先輩からオーラが見えますよ。

 

 そんな事を考えていた私にライスシャワー先輩は続けてこんな問いを投げかけてきた。

 

 

「しかしこの時期にライブ?」

「えぇ、最近、姉弟子が逃げ切りシスターズなるものを結成したらしくて」

「あぁ、あのユニットね……確か、ファル子ちゃんが決起人の……」

「そうそう、その逃げ切りシスターズです」

 

 

 スズカさんもなんやかんやで巻き込まれる形で参加してるみたいですけどね、逃げ切りシスターズ。

 

 私も逃げ切れるものなら逃げ切りたいものですよ色々と。

 

 しかし、うまぴょいからは逃げれませんでしたし、大体、私捕まってしまうんですよね。

 

 逃げるという選択肢が元からなかったらしい、なんてこった。

 

 

「ていうか、私と姉弟子、ガチのシスター(義理)なんですけども」

「あら? 言われてみればそうね?」

「私の姉がこれ以上増えるのは断固として認めんぞ! 妹なら許可しますがね! スズカさんの事をお姉ちゃんだなんて恐れ多い」

 

 

 とんでもない、姉より胸が優れた妹なんて存在しちゃダメだとばかりに私が消されちゃうかもしれないじゃないですか。

 

 まあ、スズカさんは優しいのでそんな事はないとは思いますけどね。

 

 ただ、私みたいな問題児を妹には抱えたくはないんじゃなかろうかとは思います。

 

 

「まあ、何にしてもライブに誘われたからにはいつもお世話になっているので出なきゃいけないじゃないですか……」

「まあ、アフちゃんはそういう立ち位置だから」

 

 

 そう言いながら顔を引きつらせるライスシャワー先輩。

 

 自分の立ち位置はそういえばトレセンのマスコットの一人でしたね。主にお色気要因ですけども。

 

 ヒシアマ姉さんとドトウさんに私みたいな抱き合わせセットのような立ち位置、かなり複雑ですね、はい、胸がおっきいくらいですけど、共通点。

 

 

「ぐぬぬ……、しかしながら普段からお世話になっている分、断れません……」

「アフちゃんは従順ね」

「ドMではないですよ?」

 

 

 そう、これは致し方ない事なのだ。

 

 私だって不本意ですよ、そもそも私、先行差しなので逃げではありませんしね。

 

 はい、というわけで、その後、私は衣装に着替えてトレセン学園のライブ会場へと足を運びました。

 

 そこでは、すでにライブが始まっていて大盛り上がりの真っ最中です。

 

 

「一人ぼっちのクリスマスからも逃げ切り」

「逃げ切り」

「逃げ切りー」

 

 

 可愛い決めポーズをしながら、息ぴったりで歌う三人のウマ娘。

 

 無表情でマイクを持つ姉弟子を見て、失礼ながら思わず吹きそうになってしまいました。

 

 スズカさんも満面の笑みを浮かべながらノリノリで歌っています。

 

 

「甘あまスイーツ。カロリーからも逃げきれ」

「逃げ切れ」

「逃げ切れー」

 

 

 しかし歌詞が何というかね、いや、きっと、それから逃れられるのはオグオグさんくらいですよ。

 

 スペピッピ先輩とか腹回りに結構ついちゃいますからね。

 

 突っ込んじゃダメなやつですね、ごめんなさい。

 

 スズカさん、姉弟子ー、ファル子ちゃん可愛よー! わー! (棒読み)。

 

 

「夢を追い現実から逃・げ・切・れ! we are 逃げ切り⭐︎シスターズ!」

 

 

 瞬間、ライブ会場は大盛り上がりになりました。

 

 あれ? 私、もしかして要らない娘なんじゃないですかね? なんで私呼ばれたんじゃろうか。

 

 ちなみに私がまともに歌えるのはウマぴょい伝説くらいしか歌詞覚えてないんだけども。

 

 あ、あと、私の曲だけですね、ほかの曲はあまり歌った事は無いんです、実は。

 

 

「皆ー! 盛り上がってるー?」

「「おぉー!」」

「ありがとうー! 実はね! 今日はスペシャルゲストを呼んでるんだよー!」

 

 

 という感じでMCをやり始めたファル子ちゃんの一言に会場はざわめき始める。

 

 へー、スペシャルゲストかー、誰なんだろうね。

 

 なんだかワクワクしてきましたよ、楽しみだなぁ。

 

 

「その名も! 欧州三冠ウマ娘で、凱旋門賞を勝った凄いゲスト! その名は!」

 

 

 へー、凄いなぁ、ゲストのウマ娘さんって凱旋門賞勝ったんですね。

 

 あんなクソやばい面子ばっかりのレースに勝つなんてどんな気狂ったウマ娘なんでしょう? 

 

 よっぽど頭がおかしなウマ娘なんやろなぁ。

 

 

「アフトクラトラスちゃんです!」

 

 

 すると、観客に混じって、観客席に座っていた私に唐突にスポットライトが当たる。

 

 え? ゲストは相当、頭がおかしなウマ娘とか散々言ってたのにまさかのブーメランでした? 

 

 嘘だぁ! こんなの何かの陰謀に決まっています! 私以上にまともなウマ娘なんていませんよ! 

 

 ちなみに観客席に私が紛れていた事に驚きを隠せない観客達は歓声を上げながら、私の出現に目を丸めていました。

 

 とりあえず、マイクを取り出した私はスポットライトが当てられている中で指差してくるファル子ちゃんに向かって一言。

 

 

「多分、人違いですね」

「いや、そのアホそうな面構えは間違い無くウチの妹弟子です」

「えぇ、犯罪者予備軍みたいな青鹿毛は見間違いようがないものね」

「二人とも指摘が辛辣すぎィ⁉︎」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子とスズカさんから浴びせられる辛辣な言葉に私も思わず泣きそうですよ。

 

 会場からは笑い声が上がります。世界よ見よ、これが凱旋門賞を勝った私に対する扱いですよ、涙が出てくるぜ。

 

 仕方ないので、私はため息を吐くとゆっくりとステージに上がる。

 

 

「どっこいしょうきち」

「……アフちゃん、それはちょっと」

「どこの年寄りですか貴女は」

 

 

 私のへんな掛け声に頭を抱えるスズカさんと姉弟子。

 

 別にええやん! 言ってみたかっただけだもん! 年寄り臭いとか言うなよ! 

 

 そんな私の姿を見ていたライスシャワー先輩がステージ横からスッと現れる。

 

 

「もう、アフちゃん。ちゃんとしなきゃダメじゃ無い」

「うぉ! ライスシャワーだ!」

「まさか、ライスちゃんも歌うのか⁉︎」

 

 

 私を見かねて登場したライスシャワー先輩に会場にいた皆は揃って声を上げる。

 

 なんだよ、私が登場した時より反応が良いじゃ無いですか。もっと私を崇めなさい、なんなら貢ぎなさいよ。

 

 はい、というわけでですね、ライスシャワー先輩も一緒にステージで歌ってくれることになりました。皆さん拍手。

 

 

「じゃあ! 皆盛り上がっていくよー!」

「次はぴょいっと♪ はれるや!」

 

 

 そう言って、曲に合わせて歌い始めるスズカさんとミホノブルボンの姉弟子。

 

 そして、ライスシャワー先輩と私もそれに合わせて踊り始め、歌を歌い始めます。

 

 

「タッタカツッタカぴょいっと駆けちゃおう♪」

「HEY! かけちゃYO!」

「パッパラパッパせーのでスタート♪」

「スタートで躓いた感情♪ いつから参上SEY♪」

 

 

 そして、何故か私は曲にラップ調でリミックスを入れていくというスタイル。

 

 それから、私の謎のソロラップがちょいちょい入りながら皆、息のあった踊りと歌を披露します。

 

 なんか途中からユーロビートみたいになってしまいましたが多分大丈夫でしょう。

 

 ただ、ライブ後、トレノで坂を超スピードで降る人が出ないか不安ですね。さすがにそんな人は居ませんかね? 

 

 あ、マルゼンスキーさん、ただし貴女はダメです。

 

 理由はわかるな? そのでかい胸に手を当てて考えてください。

 

 助手席に座るたづなさんの泣き顔が思い浮かぶでしょう? つまりそう言う事だ。

 

 さて、話は逸れてしまいましたが、こうして、私達が入った逃げ切りシスターズのライブは大反響を巻き起こしたまま幕を閉じるのでした。

 

 ちなみに私はこの後、勝手に歌詞を改変するなとルドルフ会長から怒られたのは言うまでもない。




アニメ、うまよんもよろしくです。


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アフチャンネル その6

 

 

 菊花賞に向けての追い込み時期に差し掛かり。

 

 私は朝早くからランニングに出かけていました。とはいえ、全身に重しを付けてのランニングですけどね。

 

 最近、厳しいんですが、義理母も私の体を気遣ってか、あまり無茶な追い込みをしなくなってきました。

 

 なので、これは自主的にって感じですけどね。

 

 

「ふっ……ふっ……」

 

 

 身体に久々に重し付けて走るとやはりくるものがありますね。

 

 とはいえ、止めるつもりはないんですけども。

 

 だって私の同期が二人とも三冠ウマ娘ですからね、今年の菊花賞は頭がおかしいレベルなんだよなぁ。

 

 

「アフちゃん先輩! 早いですよぉ〜」

「これこれ、こんくらいで根を上げていたらすぐに負けちゃいますよ?」

 

 

 そして、私の背後からついてくるのはドゥラメンテちゃん。

 

 私や姉弟子のようなウマ娘になるのならこのくらいで弱音を吐いていたらなれません。

 

 私なんて入学当初から号泣しながら坂を死ぬほど走ったわけですからね。

 

 次第と普通の感覚というものが損なわれてきてからが本番なんですから、とはいえ、これでも無茶するなと念を押されてセーブしている方なんですけどね。

 

 

「アフちゃん先輩頭おかしい」

「え? いずれ貴女もそうなりますよ?」

「絶対嫌ですけどっ!?」

 

 

 そう言いながら、左右に首を振るドゥラメンテちゃん。

 

 嫌と言われましても次第にそうなるんだよなぁ、私もそんな感じでしたし。

 

 何、お前もいずれ、卍◯とかできるようになるから心配するな、私は使えないけども、だってウマ娘ですし。

 

 某少年雑誌では努力・友情・勝利が鉄板なんですが、アンタレスでは努力・努力・勝利はオマケですからね。

 

 鉄板とはなんだったのか、陰キャラぼっちの私には関係ない話だったようです。

 

 おい、そこ、誰が淫キャですか、失礼な。

 

 

「まあ、何にしても私は菊花賞があるのでね、あまり手抜いた特訓なんかはできないんです」

「いやぁ、まぁ、そうなんですけど……」

 

 

 なんですか、そのジト目は。

 

 えぇ、そうですよ! そんなこと言いながら影では動画配信とかしてますよ! 

 

 別に良いじゃないですかっ! 人気あるんですよアフちゃんねる! 

 

 私の事を一目見ようと皆さん見てくれてるんですから! 人気者なんですからね! 私! 

 

 

「というかアフちゃん先輩の動画配信のマシュマロってなかなか凄いのばかりですよね」

「あん? 私の胸がデカいマシュマロみたいだと? 言うじゃあないですか」

「違いますよ、質問のお便りのことですっ!」

 

 

 そう言いながら、詰めてきた私に慌てて訂正する様に告げるドゥラメンテちゃん。

 

 マシュマロとか言われてもわからんて、思わず胸の事かと思っちゃったじゃないですか。

 

 私、そういったことに関しては最近非常にデリケートなんですよ。? 

 

 やれ西瓜だの、やれビックハンバーガーだの、散々、弄られてきたわけですからね。子供から柔らかーい、お餅みたーいと言われた時にはなんて顔したら良いかわからなかったんだぞ。

 

 私は何にも悪くない、なのに、スズカさんから私の一部分だけは異様に敵視されているのにも最近悲しくなりましたからね。

 

 憎しみからは何も生まれない、皆、いいね? 

 

 

「ほら、後輩と遊んでないで本腰入れてやらないとアフちゃん」

「うへぇ……」

「菊花賞は長距離レースなんだから走り込みはたくさんしなきゃでしょ」

 

 

 そう言いながら、私のほっぺを人差し指でグリグリしてくるメジロドーベル先輩。

 

 とはいえ、遥かに人並み以上には走り込みはしているとは思うんですけどね、3000mというのはそれだけ距離が長いですから確かに相当な走り込みは必要だとは思うんですけど。

 

 

「私もG1レースがあるしね」

「あー、エリ女ですか?」

「そう、エリザベス女王杯」

「ほえー……先輩達二人ともG1レースですかぁ、大変ですねぇ」

 

 

 そう言いながら、興味深々に私達の話を聞いて尻尾をフリフリしているドゥラメンテちゃん。

 

 メジロドーベルさんも以前と比べてより凛々しくなったといいますか、やはり、アンタレスでのトレーニングはハードなんですけどその分、一皮剥けますからね。

 

 あ、私や姉弟子のように頭がおかしくなるのはごく一部のウマ娘だけです。

 

 私の場合は義理母から育てられた時からそんな感じだったんで。

 

 そんなわけで、午前中にトレーニングを終えた私は現在、生配信をし始めたわけなんですけど。

 

 

「やっほー! アッフだよ!」

 

『アッフさぁ……』

『草』

『菊花賞もうすぐだぞお前』

 

「うぐっ⁉︎ ……べ、別にサボってるわけじゃねーし! 午前中ちゃんとトレーニングしましたからね! 私!」

 

 

 視聴者さん達からはこの反応である。

 

 なんだよ、私とお話ししたくなかったんですか! 全く! 私だってこうして皆のためにこんな風に配信の枠とってあげてるんですからね! 

 

 視聴者からはへたれのアッフとか言われています。酷い言われようだ。

 

 

「ふっ、今日は皆驚け、なんとコラボ配信なんですよ! どうですか! えへん!」

 

『お?』

『アッフにしては趣向を変えてきたな』

『ゲスト誰だろう(wktk』

 

 

 ふふん、皆、ゲストと聞いて興味深々みたいですね。

 

 まあ、度々、乱入みたいな形でたまにいろんなウマ娘が来たことはありましたけど、本格的なゲスト出演はまだなかったですからね。

 

 

「はい、というわけでメジロドーベルさんです」

「やっほーこんにちはー」

 

『わお』

『ドーベルパイセンッ!』

『ふつくしい』

 

 

 そりゃそうですよ、だってメジロドーベル先輩ですからね。

 

 メジロ家のご令嬢でそりゃもう、名門一家の出ですし。まあ、私の記憶じゃ没落した貴……げふんげふん。

 

 いや、なんでもありません、あれは嫌な出来事でしたね。仕方ないです、時代の流れというのは悲しいものですね、はい。

 

 

「アフちゃんに頼まれてね、それで? 何したら良いのかしら?」

「えーと、特には考えてなかったんですけど、一緒に料理でも作ろうかなって」

「愛の共同作業というやつね」

「愛かどうかはさておき、共同作業ですね」

 

 

 ここはウン、ととりあえず頷いて答えておく。

 

 まあ、共同作業なのは間違いないですけどね。皆に嫌がらせのように飯テロしたかったのが動機なんですけども。

 

 こういうところが残念とか私は言われてるんだろうけどね、だが、私は謝らない。

 

 

「さて、じゃあ、今日はカロリー少なめの料理に挑戦してみましょうか」

「あら? 本格的ね」

 

『アッフの手作り料理か』

『いよいよ嫁入りが見えてきたな』

『ママ……』

 

「まあ、ダイエット食事については定評のある私ですからね」

 

 

 スペピッピの減量にも一役買った料理の腕前を披露する日が来てしまうとはね。

 

 ふふふ、腕が鳴りますよ、さて、ではまず最初に使うのはササミのお肉ですね。

 

 ウマなのに、肉を使う。矛盾しているとか言わないで、私達こう見えて雑食なんで、ニンジン大好きですけども。

 

 

「まず、ササミ肉を切ります」

「はい」

「次にニンジンですね、こちらを細めに切っていっていい感じにするんですよ」

 

 

 私は包丁を巧みに扱いながらにこやかに笑みを浮かべ説明しながら料理を作り始める。

 

 いい感じというのはフィーリングですんで、まあ、おおよそこんな感じです。

 

 次にフライパンにいれて、卵を加えて軽くごま油と味付けを施します。

 

 

「はい、一品め。ニンジンのササミしりしりです」

「簡単に作ったわね」

「次行きますよー、じゃあ、ドーベルさんこの魚さん捌いて貰えますか?」

「ん?」

 

 

 そう言って私が渡したのは仕入れてきたいい具合の大きさのアジ。

 

 ちなみに活きはかなりいい、まだ、ぴちぴちと動いている新鮮なものである。

 

 すると、メジロドーベルさんは包丁を持つと、アジの脳天に目掛けてスコンッ! と突き刺した。

 

 ビクッ! と身体を硬直させたアジはそのまま帰らぬ魚さんへ。その間、メジロドーベルさんの目にハイライトはありませんでした。

 

 

「魚はちゃんと締めないとね」

「あ……は、はい」

 

『ひぇ……』

『クレイジーサイコドーベル……』

『一切迷いがなかったな』

『俺らも……いやなんでもない』

 

 

 うん、恐怖を感じました。

 

 私も思わず身体が固まりましたもの、普通に怖いです。その後、何ごともなかったかのようにアジを捌いていくドーベルさん。

 

 手慣れた手つきでお魚さんが解体されていく様は素晴らしいのひとことに尽きました。

 

 いやはや、促したのは私とはいえ軽く罪悪感さえ感じてきます。

 

 

「刺身の出来上がりね」

「あとは、ニンジンの炊き込みご飯ができるのでそれを加えて完成です」

 

 

 お米は玄米とニンジン、それと出汁を使った炊き込みご飯。

 

 いやはや、少し手が込んでしまいましたけど、これだけ料理が並べば壮観ですよね。

 

 あ、写真撮って後で上げておきましょう。

 

 

「アフちゃん、エプロン姿可愛いわよねぇ」

「ん? そうですか?」

「うん、背後から抱きつきたくなるもの、こうやって」

「わっ……!」

 

 

 そう言いながら、ギュッと背後から抱きついてくるメジロドーベルさん。

 

 何というか、そんな風にいきなり抱きつかれてもびっくりするんですよね、いや、まんざらでもないんですけど。

 

 

『あら^〜』

『アッフ配信でイチャイチャするの巻』

『ふぅ……』

 

 

 私達の仲睦まじい光景に和む視聴者さん達。

 

 ドーベル先輩とは同じチームですし、元から仲は良いですからね。

 

 

「でもそのTシャツはどうかと思う」

「な! なんでですかっ⁉︎ 可愛いじゃないですかこれ!」

 

『センスを疑う』

『アッフだからなぁ……』

『女子力があるようで(ないです)』

 

 

 私のTシャツに容赦ない評価が下される。

 

 おかしい、『あふん』て書かれてるこのTシャツ、なかなか良いセンスしてると思うんですけどね、シンプルですし。

 

 アフちゃんだけにちなんで、あふんって非常に語呂も良くて良いと思うんですけど。

 

 

「まあ、アフちゃんが可愛いからどうでもいいんだけどねそんなこと」

「んむぅ〜〜すりすりしないでぇ」

 

 

 私にそう言いながら頬をスリスリと擦り合わせてくるドーベルさん。

 

 視聴者さんが喜んでいるから別に良いか、私としても別に満更でもないですし。

 

 その後、私達は一緒に作った料理を食べながら楽しく談笑させていただきました。

 

 食事もレースに勝つには必要なものですからね、皆さんも生活を変えるならまず食事から変えてみるのも良いかもです。

 



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菊花賞前日

 

 

 

 菊花賞。

 

 距離3000mというこの過酷な距離のレース、その歴史は古く、前は京都農林省賞典四歳呼馬と呼ばれていたレースである。

 

 クラシック三冠競走の最終戦として行われ、皐月賞は「最も速いウマ娘が勝つ」、東京優駿 (日本ダービー)は「最も運のあるウマ娘が勝つ」と呼ばれるのに対し、本競走はスピードとスタミナを兼ね備え、2度の坂越えと3000mの長丁場を克服することが求められることから「最も強いウマ娘が勝つ」と称されている。

 

 つまりは、この菊花賞を制した者こそが、現世代で最強のウマ娘を名乗ることが許されるのだ。

 

 そして、その優勝筆頭と呼ばれているウマ娘が三人、他の国にて三冠をひっさげ凱旋という形で集結することとなった。

 

 

「ゼンノロブロイさん! 今回のレースではどのような走りを……」

「特には。やれる事を全て出し切るだけですね」

 

 

 特に注目されているのが、ここ最近で本格化してきたゼンノロブロイことゼンちゃんだろう。

 

 アイルランド三冠、最後のアイリッシュセントレジャーでは圧倒的な力で地元のウマ娘達をねじ伏せ、強さを見せつけたウマ娘。

 

 ディープインパクトと同じチーム、チームミルファクに所属しており、その実力は日を追うごとに更に大きく成長を遂げていた。

 

 

「悪いけれど、今、うちのゼンノロブロイは菊花賞の前で少しナーバスになってるの。あまり長時間の取材は遠慮して貰えるかしら?」

「あ……、す、すいません」

「ニホンピロウイナーさん、ですがこんな大レースの前でそれは……」

「何か?」

「い、いえ……」

 

 

 そう言いながら、しつこく食い下がろうとする記者を一言だけで黙らせるニホンピロウイナーさん。

 

 1600m以下のレースで敵はなしと言われているほどの強さを誇り、「マイルの皇帝」の異名を持つ彼女は現在、サクラバクシンオー先輩、タイキシャトル先輩、そして、新星のロードカナロアと現在、短距離の覇権を巡り争いを繰り広げている強者である。

 

 

「まあまあ、記者さんも仕事だからさぁ。そうカリカリしなさんなよピロちゃん」

「……その呼び方はやめなさいって言ったでしょう、トロット」

「まあ、ウイナー先輩の言葉にも一理ありますがね」

 

 

 そう言いながら現れたのは、「雷帝」の異名を持つ短距離のスペシャリスト、跳ねた金髪の髪の毛が特徴的なトロットサンダー。

 

 そして、その背後からは漆黒の髪に異様な威圧感を放つウマ娘、クロフネが現れた。

 

 会場はいきなりのメンバーの出現におぉ、とどよめくように驚きの声を上げる。

 

 

「……もういいですか? 私、読みたい本があるので」

「あ、ちょっ……! まだ聞きたい事が⁉︎」

「やれやれ……」

 

 

 スタスタと立ち去っていくゼンノロブロイに呆然とする記者達。

 

 そんな彼らを遠目に眺めていた私は思った。

 

 うん、その気持ちはわかる。

 

 でもね、ゼンちゃんはきっと悪気は無いんだよ、本当に本が読みたいだけだと思う。

 

 ゴルシから絡まれていて、ゼンちゃんに助けを求めてスルーされてきた私が言うんだから間違いない。

 

 何度、見捨てられてきた事か、その度にその後図書室で何事もなかったようにコーヒーを飲みながら読書に浸るゼンちゃんを目撃してなんとも言えない気持ちになったよ、私は。

 

 

「ゼンちゃんは相変わらずだなぁ」

「あ! アフトクラトラスさん! レースの意気込みを……」

「あ、うち、そういうのやってないんで」

 

 

 まあ、かくいう私もこんな感じですからね。

 

 ほら見てください記者さん達の顔が引きつってますよ! 

 

 うん、流石にゼンちゃんに断られた上に私にあしらわれたんじゃなんだか可哀想ですね。

 

 

「はいはい、そんなに顔引きつらせないでくださいよ、冗談です。答えてあげますからちょっとだけですけど」

「ちょっとだけ!?」

「あ、相変わらず厳しいですよぉアフトクラトラスさん」

 

 

 そう言いながら、苦笑いを浮かべる記者の言葉に周りからは笑いが起きる。

 

 はい、この人達は比較的にまともな記事を書いてくれる人達なので多少なりはインタビューに乗ってあげています。

 

 あ、ロクでもない記事しか書かない人や失礼な記者は会社ごと出禁にしていますので悪しからず。

 

 そんな人達が私の名前を一言でも載せようものならね、もう、やるところまでやるくらいあるので。

 

 

「では、質問どうぞ」

「それでは、アフトクラトラスさん。レースへの意気込みを聞かせてもらえますか?」

「意気込みですか……うーん」

「はい!」

 

 

 そう言いながら私に迫る記者団。

 

 うーん、意気込みも何も特にはないんですけどね、そうだなぁ、強いて言えば。

 

 

「1着は取るんで、ウイニングライブは誰か他の人にやってもらいたいですかね」

「おぉ!」

「まさかの勝利宣言ですか!」

「いえ、単に歌って踊るのがめんどくさいだけで……」

 

 

 そう言い切ろうとした途端、背中に悪寒が走った。

 

 身体が言っている、背後は見てはいけないと。

 

 多分、今、私の背後には恐ろしい何かがいますね、長年の経験からわかるんだなこれが。

 

 ろくな経験値積んで無いですね、はい。

 

 その日 アッフは思い出した。ルドルフ会長の怒髪天に触れたらどうなるかの恐怖を……。

 

 

「ア〜フ〜ト〜ク〜ラ〜ト〜ラ〜スゥ〜」

「はい! という訳でね! 記者会見は終了です! 私は自分の人生が終了するかもしれませんのですぐに立ち去りますね!」

「あっ……! アフトクラトラスさぁん!?」

 

 

 ダッシュでビュンとその場から逃走を謀る私に背後から猛追してくるルドルフ会長。

 

 ぴぃ! 怖いっぴ! 

 

 ウイニングライブをサボるなんて堂々とマスコミの人達の前で明言すれば、そりゃ怒られますわ。

 

 その後、抵抗虚しく捕まった私はルドルフ会長からお説教を受けたのは言うまでもない。

 

 多分、トレセン学園でルドルフ会長に1番怒られてるのは私じゃないだろうか。

 

 

「ネオユニヴァースさん、ライバル二人に対して一言お願いできますでしょうか?」

「ん? あぁ、アフちゃんはあの感じだからねぇ。別にどうって事は無いよ」

「いや、ですけど、雪辱戦にもなる訳ですし……」

「あぁ……。そう言えばそうだったかな?」

 

 

 そう言いながら、ネオちゃんはルドルフ会長から追われている私を横目で見ながら肩を竦めて記者に答える。

 

 唯一、負けた相手、ネオユニヴァースのキャリアに泥をつけたウマ娘。

 

 それが、欧州の地で海外の名だたるウマ娘達を蹴散らし、再び日本の地に戻ってきた。

 

 だが、ネオユニヴァースとて、それに甘んじていた訳では無い。

 

 フランスという地で死に物狂いでそのウマ娘にリベンジする為に全てを費やしてきた。

 

 ルドルフ会長から逃げる私とネオちゃんの視線が交差する。

 

 そして、その瞬間、私は何故か空気が止まるような感覚を感じた。

 

 それから、瞳を閉じたネオちゃんは記者団にこう語り始める。

 

 

「……アイルランド三冠のゼンノロブロイ、欧州三冠のアフトクラトラス。同期であるこの二人とは菊花賞で白黒はっきりさせます。後は菊花賞で実際に私達のレースを観て貰えばわかるでしょう。以上です、アデュー」

「あっ……!」

 

 

 そう言いながら、踵を返し記者団の前から立ち去っていくネオちゃん。

 

 私を含め三者三様にそれぞれの思いを抱きながら、来るべき決戦、菊花賞に向けて静かな闘志を燃やしていた。

 

 同期だからこそ、負けられない戦いがそこにはある。

 

 私とて、その気持ちに嘘偽りは無い。

 

 ルドルフ会長から怒られた後、夜、私は一人で静かにトレセン学園の屋上で夜空を見上げていた。

 

 

「……菊花賞……か……」

 

 

 およそ、一年前、姉弟子がライスシャワー先輩に阻まれなし得なかった最終レース。

 

 あの日の事は鮮明に覚えている。

 

 姉弟子なら、きっと三冠を取るだろうと信じていた。だが、それを積み重ねてきた努力で覆したライスシャワー先輩。

 

 あの二人が激突した日本での最後のレース。

 

 

「……妹弟子、こんなところに居たのですか」

 

 

 夜空を一人で見上げていた私の背後から聞こえて来る聴き慣れた声。

 

 私は振り返り、その声の主の顔を真っ直ぐに見つめる。

 

 そこには、いつも背中を見ていた見慣れたウマ娘の姿があった。

 

 

「……姉弟子」

「こんなところで黄昏てるなんてらしくないですね」

 

 

 そう言いながら、姉弟子はそっと私の隣に腰を下ろしながら微笑みかけて来る。

 

 記者会見では、おちゃらけていたように振る舞っていたものの、やはり、この人はどうやら私の事はお見通しみたいだったようですね。

 

 それはそうか、身内ですしね。

 

 

「……ちょっと考え事してましてね」

「そうですか、まぁ、どんな事を考えていたのかは大体想像がつきますが」

 

 

 そう言いながら、私の隣に座った姉弟子もまた夜空を見上げる。

 

 暫しの間、私と姉弟子の間に沈黙が流れる。

 

 別に言葉を交わさなくても、なんとなく、姉弟子が私に伝えたい事は理解できていた。

 

 いつも共に凄まじいトレーニングを積んできたからこそわかるものがあります。

 

 

「……気負い過ぎないように」

「…………」

「貴女は貴女らしく走ればいい、ただそれだけです」

 

 

 姉弟子は私にそう告げると優しく頭を抱えるように抱きしめてくる。

 

 少しだけ、私はそれに驚いたが、静かに瞳を閉じるとその言葉にゆっくりと首を小さく傾け頷いて応えた。

 

 次のレースは大きな意味があるレースだ。

 

 だからこそ、プレッシャーはある。1番人気という大きな期待と姉弟子が叶えられなかった日本での三冠を獲るという渇望。

 

 姉弟子が敗れ、ライスシャワー先輩が勝った菊花賞。

 

 私は妹弟子として、そして、ライスシャワー先輩の後輩としてそのレースに応える為に走らなくてはいけない。

 

 夜空に輝く月の下で静かに私は闘志を燃やしながら姉弟子と共に過ごすのでした。



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実力の菊花賞

 

 

 菊花賞当日。

 

 私は朝から軽く汗を流していた。

 

 それは、走り慣れたミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩と共に何度も駆けた急な坂道。

 

 サイボーグ専用坂路と言われたこの坂を私は何千回以上も、いや、もしかしたらもう万回以上も登って登って、ひたすら登って走り抜いてきた。

 

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 

 自分を追い詰めて、限界まで毎日死にものぐるいで走って、積み重ねてきた努力とトレーニング。

 

 きっとこの積み重ねがなかったら私は凱旋門でも勝つ事なんてできなかった筈だ。

 

 

「仕上がりは順調そうだな」

「えぇ」

 

 

 義理母の言葉に私は振り返り笑みを浮かべてそう答える。

 

 もはや、何も言う必要は無い、見つめてくる義理母の眼差しはそう私に語りかけていた。

 

 私は肩にタオルを巻くと汗を拭きながらため息を吐く。

 

 

「当日なのにあまり追い込みしすぎるのは良く無いわよアフちゃん」

「……あ、ライス先輩」

「まあ、それはこいつもよくわかっておるだろ」

「そうなんですが、アフちゃんは目を離すとすぐ無茶しますから」

「うぐっ……」

 

 

 ライス先輩の言葉に顔を引きつらせる私。

 

 な、何も言えねぇ、実際その通りですしね。まあ、流石に今日はレース前に無茶な走り方なんてしませんけども。

 

 

「今日の勝負下着はなんですか?」

「えーとね、今日は黒の……って何言わせんですか」

 

 

 ヒョコッとライス先輩の背後から現れたおバカな後輩のドゥラちゃんにジト目を向ける私。

 

 勝負下着なんて聞いてどうすんだって話なんですけどね、正直、縞パンと悩みましたけどこっちにしました。

 

 皆さんのリクエストがあるんならそっちを履いてみても良いかもしれませんがね。今度『アフちゃんねる』でアンケートでもしてみましょうかね。

 

 

「さてと、じゃあ軽く後は流しますか」

「並走なら付き合いますよー」

「お、気が利くな後輩」

「えへへ、もっと褒めても良いんですよ先輩」

 

 

 そう良いながら擦り寄ってくるドゥラメンテちゃん。

 

 うん、あざとい、このあざとさは私譲りだな、間違いない。え? 違う? 

 

 私だってね、皆からよくチヤホヤされるんですよ? あざとさくらい兼ね備えてますとも! 意図的に媚びますし。

 

 あ、ぶりっ子みたいな事をするってわけじゃないですよ? そんな事しても頭おかしくなったんか自分とか言われちゃうんで私の場合。

 

 この扱いの差である。普段の行いを省みたら仕方ない事なんですけどね。

 

 

「さて、それじゃ最後の調整だ。並走いくぞ、ライス、ちょっと付き合ってもらえんか?」

「はい、それくらいお安い御用です」

 

 

 そう言って、私との並走を買って出てくれるライス先輩。

 

 もうその優しさが大好き、本当結婚して欲しいくらいですよ。ライス先輩は可愛い、皆、いいね? 

 

 こんな天使、探してもなかなか居ませんよ? ライスシャワー教に入信するなら今がチャンスです。

 

 ミホノブルボン教は多分、筋肉モリモリになりたい人にはおすすめです。うん、入りたくないな、そんな宗教。

 

 あ、ちなみにアフ教は変態しかいない気がするから却下でお願いします。

 

 

 京都レース場。

 

 満員の観客席には、私や他の二人のレースを一目見ようと多くの観客達が詰めよっていた。

 

 まあ、私の勇姿が見たい人達ばっかりでしょうけどね、ごめんなさい調子に乗りました。

 

 

「わー緊張するなー(棒)」

 

 

 会場を見渡しながら適当な言葉を呟く私。

 

 緊張はしてますよ、多少はね。まあ、もう吹っ切れちゃってるんですけども。

 

 そりゃ凱旋門走ってればね、菊花賞で緊張しまくるなんてことはないです。

 

 私、心臓だけには自信あるんですよ、私の普段の行動がそれを物語っています。主にタンコブが頭にできてますけども。

 

 

「あ、アッフだぁ!」

「シッ! ダメよ! あんなウマ娘見ちゃ!」

 

 

 見てください、今までの悪行がこんな親子の会話まで生み出してしまう。

 

 なんでや、私そんなされる事してへんやん。

 

 そして、その声に振り返る私、そこには即席でそんなやり取りをしているゴルシちゃんとドゥラちゃんの姿があった。

 

 律儀にも親子のコスプレしているあたり手が込んでやがるなこいつら。

 

 

「私を街で見かけるヤバい人みたいな扱いをするのはやめてくださいよ」

「え? ヤバいウマ娘じゃないんですか?」

「そりゃお前、私の口からヤバいウマ娘なんて言わせるなんて大したもんだよ」

 

 

 そう言いながら顔を見合わせるゴルシちゃんとドゥラちゃんの二人。

 

 こいつら、いつのまにこんなに仲良くなりやがったんだ一体。

 

 すると、ゴルシちゃんは私のたわわを背後から両手で持ち上げると悪そうな笑みを浮かべながら手を動かして弄り始めた。

 

 

「こーんな凶悪なものぶら下げてさ!」

「ぴゃあッ!」

「揺れる揺れる! こりゃ大変だ!」

 

 

 なんてヤローだ、信じられない、いきなり私の胸を好き勝手にしやがって。

 

 上下左右に揺らされる私のたわわを間近で見ていたドゥラちゃんはなんか目をキラキラさせてますしね! 

 

 こいつらレース前に何やってんだ本当に。

 

 

「揺らすのやめいッ!」

「あいた!」

 

 

 すかさず振り向いて、スコンッ! と良い音で拳骨をゴルシちゃんに落とす私。

 

 人の胸を玩具みたいに扱いよってからに! 

 

 私は胸を両手で隠しながら、後退りジト目をゴルシちゃんに向けます。

 

 

「ほら、緊張は解れたろ?」

「……解し方が雑すぎでしょ⁉︎」

 

 

 私の胸を見ながら手をワキワキとさせているゴルシちゃんに声を上げる私。

 

 G1のレース前だというのにこれである。

 

 いつも通りといえばいつも通りなんですけどね! なんだか、釈然としないのは何故でしょうね! 

 

 

「ふと思った、何故皆、私にセクハラするんですかね?」

「お前は一回、鏡を見てみた方が良いぞ、そういう事だ」

「どういう事なんだそれ⁉︎」

 

 

 そんな、遠回しにいやらしい身体付きしてるお前が悪いと言われたとて。

 

 私も好きでこんな身体になったわけじゃないんですけど、後輩からも胸を揉まれるわスカート捲られてパンツを見られるのが当たり前みたいになりつつある現状をどうにかしたい。

 

 助平な人が周りに多すぎるのも考えものですね、気持ちはわかるんですけども。

 

 

「あー、もう! もう時間ですから! ほら散った散った! 観客席に戻ってどうぞ!」

「あーあ、アッフもっと弄りたかったなぁ」

「先輩! ファイトッ!」

「本当に思っとんのかお前」

 

 

 私は手をヒラヒラしながら立ち去っていくドゥラちゃんにジト目を向けながらそう告げる。

 

 さて、気を取り直して、私は改めて今日共に駆ける二人に視線を向けた。

 

 そう、それはネオユニヴァースとゼンノロブロイの二人である。

 

 二人は全く動じてる様子もなく落ち着いているようだった。それはそうか、まあ、欧州で戦い抜いてきた二人だしな。

 

 私を含め、二人とも三冠というタイトルを引っ提げてこの菊花賞に合わせてきた。

 

 

(まあ、ネオちゃんは雪辱戦になるんだろうけどね……)

 

 

 レース前、私は二人に話しかけたりはしなかった。

 

 それは、言葉にしなくても理解しているからだ。誰が1番かは走ればわかる事、そして、その距離は3000mという長い距離で証明される。

 

 私とは視線を合わさなかったが、並々ならない雰囲気を見に纏っている事はよくわかった。

 

 ネオユニヴァースだけではない、ゼンノロブロイも同じくそうだった。

 

 同世代の二人の事だ、私の事を意識しないわけが無い、だからこそ、対等になるためにわざわざ同じように欧州に渡り結果を残してきたのである。

 

 私の影響もあったのだろうが、彼女達が並々ならぬ努力を積み重ねてきた事は理解できる。

 

 だって、私も同じような口ですからね。

 

 それに菊花賞は実力を発揮するレースとまで言われている。

 

 まぐれも何もない、真の実力、長い距離を制して実力を示すウマ娘が一体誰なのか、証明してやりたいと私を含め皆思っているはずだ。

 

 賑わう会場にアナウンサーの声が響き渡る。

 

 

「さあ、晴天で迎える事ができました京都レース場。場内は既に欧州で活躍した三人の三冠のウマ娘を見らんと満員で埋め尽くされております。

 実力の菊花と呼ばれております、菊花賞、果たしてどのウマ娘が勝つのでしょうか」

 

 

 会場からは止むことがない声援が沸き起こり、レース開始を今か今かと待っている。

 

 私は冷静にゲート前で準備体操をしながら、去年の菊花賞を思い出していた。

 

 姉弟子がライスシャワー先輩に負け、三冠を逃したレースの事だ。

 

 確かに、私は欧州の地で三冠という称号を得て帰ってきた。姉弟子が取りたかった三冠を異国の地で達成したのだ。

 

 だが、真の三冠とは、この菊花を取った時に初めて証明される。私が姉弟子の代わりに三冠ウマ娘になったという事を。

 

 

「1番人気はやはり、アフトクラトラスか」

「三冠の中でも、やはり欧州三冠というのは相当な価値があるからな」

「凱旋門賞を勝った前人未到のウマ娘、お手並み拝見ね」

「………………」

 

 

 そう言いながら、会場の観客席から熱視線を送ってくる他チームのメンバー達。

 

 その面々の中にはディープインパクト、オルフェーヴル、そして、日本を代表するウマ娘達の眼差しが向けられていた。

 

 私が今、身につけている外套はルドルフ会長から貰った外套だ。

 

 トレセン学園の生徒会長であり、皇帝の名を持つルドルフ会長からこれを譲り受けた意味を理解できない私ではない。

 

 

「……さて、それじゃ勝ってきますかね」

 

 

 深く息を吐いた私はそう呟くとその場から立ち上がって、ゲートに向かう。

 

 私の横に並ぶのは数あるレースを勝ち抜き、選ばれ抜いた精鋭のウマ娘達。

 

 油断をすれば、すぐにやられてしまうだろう。もちろん、私は油断をするつもりは微塵もないですけどね。

 

 ファンファーレが会場に鳴り響く中、私はゆっくりと飛び出す体勢、クラウチングスタートの構えを整えはじめる。

 

 

「さあ、ウマ娘達が全員体制が整いました。そして、今、菊花賞の幕が切って落とされますッ!」

 

 

 勢いよく、目の前で開けるゲート。

 

 私は足に力を込めて勢いよくそのゲートから飛び出した。

 

 いよいよ、日本での三冠ウマ娘決定戦、菊花賞の幕が切って落とされようとしていた。



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刻まれた伝説

 

 

 スタートした菊花賞。

 

 距離は3000mという今まで私がレースでは走った事がない未体験な距離。

 

 最初はやはり、ここは先行を取るのがベターな選択だろう、幸いにも今回はスタートダッシュにも成功してますからね。

 

 

「先行にはやはり素晴らしいスタートを切ったアフトクラトラスが付けています」

「素晴らしい位置取りですね」

 

 

 司会者の方々は口々にそう語る。

 

 スタートダッシュは上々、この調子で押し切って行けたら一番良いんだけど。

 

 私はチラリと後ろを振り返り後続を確認する。そこにはやはり控えるようにして、私に照準を定めてきてる二人の視線があった。

 

 私の尻をそんなに熱心に見られると走りづらいんですけどね本当。

 

 

(やれやれ、これは一筋縄じゃいかないか)

 

 

 つよつよな二人相手だと骨が折れますよね。

 

 まあ、私とて黙ってやられるわけにはいきませんが。

 

 何にしても、勝負を仕掛けるのは向こうから仕掛けてきた時ですかね。

 

 先行からいきなり仕掛けても、ジリ貧になってしまうのがオチですしおすし。

 

 こちとら筋肉モリモリマッチョウーマンの変態と毎日のように坂走ってんだ、差されて負けるなんて笑われてしまいますよ。

 

 

「いやはや、あれに比べたら3000mなんて普通に持ちますよね」

 

 

 多分、体感で軽く毎日3000m以上は走り込んでますからね、しかも坂。

 

 なお、身体には常に重しが付いてる模様。

 

 はい、ただの頭がおかしなやつですね、今に始まった事じゃ無いんですけど。

 

 

「差しにくるなら外からかな、多分」

 

 

 私は小さな声でそう予想する。

 

 インでもできないことはないが、いかんせん密度が多くこれでは差しに転ずるのはなかなか至難の業だ。

 

 大外から一気に勝負をかけてきそうだなと私は素直にそう思った。

 

 

「さあ、各ウマ娘、ホームストレッチを抜けて二周目に差し掛かる。先行にはピタリと魔王アフトクラトラスが付けています、定位置を確保。それを警戒するように背後からはゼンノロブロイとネオユニヴァースが追従し、背後から迫る」

 

 

 背後からやはり、ずっと私を警戒してる模様。

 

 注目されると警戒されるのは仕方ないですね、まあ、今更なんでどうも思いませんが。

 

 私を背後からジッと観察していたゼンノロブロイちゃんはこの状況について、こんな風に考えていた。

 

 

(レースの展開次第だけど、仕掛けるならコースに入る前、つまり600mからがベストかな)

 

 

 そう、私の持久力を考慮した上で仕掛けるならそのタイミングがベストだと結論付けた。

 

 そんなゼンちゃんの考えは大体予想がつく、私も多分、彼女ならそのくらいで仕掛けでくるだろうと踏んでいた。

 

 ステイヤーとして、警戒すべきはじわりじわりと間を詰めてくる追走力にある。

 

 ライスシャワー先輩がそう言ってました。はい、完全に受け売りですけども何か? 

 

 

「………………」

 

 

 問題はネオちゃんだろう、ひたすらに私をマークしてきているがいかんせん不気味さが滲み出ている。

 

 ひぇ、怖いよお母さん! 目にハイライトがないよう! 

 

 ガチで目がやばい人って目の当たりにするとドン引きしますよね、うん、今の私がそんな感じです。

 

 身の危険を感じた(小並感)。

 

 

「……ってアホな事ずっと言ってるわけにはいきませんね」

 

 

 私は少しばかり足に力を入れて、加速し、先頭との距離を詰めようと動く。

 

 だが、その時だ。私の動きに合わせたようにスッとネオちゃんが横に並ぶとそのまま一気に横を通過していった。

 

 その光景に私は思わず目を見開く。

 

 

「……なっ!?」

「…………」

 

 

 まだ、ゴールまではかなりの距離がある。

 

 仕掛けるにはまだ早いし、このタイミングで前に上がってくるなんて最後の直線での足にも響いてくる筈だ。

 

 だが、ネオちゃんはそれでも迷いなく私を抜いて前に行くのは何かしら確信があるからだ。

 

 目に迷いがない、これは何か策を巡らせているに違いないと私はそう感じた。

 

 

「おっと、ここでネオユニヴァースが先に動く! スルスルっと前に上がり、前にプレッシャーをかけにいっているがどうだ? アフトクラトラスはここでは動かない!」

 

 

 だが、私はその策を見極める為に敢えて動かなかった。

 

 早めに前付けしてきたなら、動くべきはここじゃない。

 

 もっと先、600mの付近、レースを左右するのは間違いなくこの距離だろう。

 

 何故なら後ろにはゼンちゃんが控えている。下手に今動き出そうものなら、ネオちゃんを捉えることが出来たとしても後ろで足を溜めてるゼンちゃんに差されてしまうリスクが高くなる。

 

 きっと、ネオちゃんの狙いの一つとしてはこれだろう。なるほど、これはだいぶやり辛くしてきましたね。

 

 後ろはゼンちゃん、前はネオちゃんか……。

 

 

「得意な走りで勝負してきましたねー、本当、二人とも流石だな」

 

 

 私は走りながら笑みを浮かべる。

 

 私を倒すために二人は困難な海外に挑戦し、そして勝って帰ってきた。

 

 それは打倒私の為、二人はこの菊花賞にて世代最強に終止符を打たんと虎視眈々と力を貯めてきたのである。

 

 

「けど……ッ!」

 

 

 それを甘んじて受け入れる気なんて私は端からない。

 

 アフトクラトラスとして、私はすでに凱旋門で上の世代とぶつかり、勝利をもぎ取ってきた。

 

 だからこそのプライドがある。世界一の称号を得たからにはそれなりの代償がある事くらい私は知っているのだ。

 

 600m付近、私はここで動き始めた。

 

 プレッシャーを掛けるようにピッタリとネオちゃんの背後に張り付く。

 

 

「上手いッ!」

「スリップストリームかっ!」

 

 

 物体の真後ろ近辺では前方で空気を押しのけた分気圧が下がっており、そこでは空気の渦が発生し周りの空気や物体などを吸引する効果を生むほか、空気抵抗も通常より低下した状態となっている。

 

 これがスリップストリーム、そう、体の小さな私が得意とする走りだ。

 

 前からのプレッシャーをチャンスに変えていく、菊花賞だからこそ、このスリップストリームによって足の負担を少しでも軽減させておくのは最良の手だと私は考えた。

 

 最後の直線に差し掛かる手前、私は一気にネオちゃんとの間を詰めていく。

 

 

「おっと! アフトクラトラスここで動く! だが、背後からゼンノロブロイが一気にやってきた! 先頭にはネオユニヴァースが躍り出る!」

 

 

 主役は揃った。

 

 私を含めた二人は真っ直ぐにゴールだけを見据えていた。

 

 身体から湧き上がる闘志が胸を焦がす。よくぞここまで鍛え上げたものだと感心するほどだ。

 

 

「アフトクラトラス、ゼンノロブロイ、ネオユニヴァースが並んだ! だが、僅かにゼンノロブロイが有利か! 伸びていく!」

 

 

 距離3000m、この距離を克服するのは並大抵の努力では埋まらない。

 

 ステイヤーとして長距離適性があるゼンノロブロイが有利なことは鼻からわかっていたことだ。

 

 だが、並大抵の努力なんて既に私は克服している。

 

 

「……ふっ!」

「ぐっ! この……!」

 

 

 私は後ろ足に力を入れてグンと加速する。

 

 そして、姿勢を低くし、体勢を整える。そう地を這う走りだ。

 

 私が編み出した私だけの走り、それが、この地を這う走りである。

 

 

「アフトクラトラス伸びるッ! ゼンノロブロイ苦しそうだッ! だが、ネオユニヴァースも食らいつくッ! これはわからないッ!」

 

 

 残り二百メートル、ジリジリとながらも二人は私に負けじと食らい付いてくる。

 

 強い、確かに普通なら、普通のウマ娘ならこの二人にはきっと勝てなかっただろう。

 

 多分、スピカやリギルといったチームで鍛えた私ならもしかしたら今のこの二人には負けていたかもしれない。

 

 それくらい強い、この二人はそれだけの強さをこの一年で身につけてきた。

 

 全ては私を倒すためだけにだ。

 

 執念の結実。

 

 だが、私もそれは一緒の事、海外の頂点に挑む為に血の滲む様な努力を積み重ねてきた。

 

 それが例え自分の身体を蝕もうとも、そうなるとわかっていたとしても私は突き進んだ。

 

 覚悟を決めて私は走る事に向き合っている。

 

 

「……うぉらあああああああああ!!」

「……!? なっ!」

「馬鹿なッ!」

 

 

 引き金を引いたかの様にガツンと私は力強く地面を蹴り上げた。

 

 3000mのラストスパート、それを目の当たりにした二人は思わず目を見開く。

 

 一撃でゴールまで突き進む私の姿に観客席で座っていた観客達は思わず立ち上がった。

 

 皆はこの力強さを目の当たりにした瞬間に理解したのだ。

 

 だれが、このレースの王であるかという事を。

 

 

「……あ、アフトクラトラスッ! 一気に引き離すッ! 力強い走りだッ! 伸びる伸びる!」

 

 

 魔王と言われた私を皆はこの日瞼に焼き付ける事になるだろう。

 

 観客席にいる皆は息を呑みその光景を見つめる。そのウマ娘が前人未到の伝説を打ち立てるという期待を抱いて。

 

 実況者は思わず身を乗り出し声を荒げながら叫び声を上げた。

 

 

「ミホノブルボンがなしえなかった三冠制覇ッ! 妹は大丈夫! 妹は大丈夫だッ! 妹弟子は大丈夫だッ! 力強く三冠へッ! 今! アフトクラトラスがゴールに向かって伸びていくッ!」

 

 

 ゴールがクリアに見えた。

 

 私の周りの歓声がピタリと止まる。

 

 これが私の走りだ。誰にも止められない私だけの走り、ウマ娘として積み上げてきた努力の結晶。

 

 そして、二人を置き去りにした私は一気にゴールを駆け抜けていった。

 

 

「アフトクラトラスッ! 一着ゥ!! 三冠達成ッ!! 世界を制したウマ娘がッ! 日本も制したッ! これが魔王! アフトクラトラスだァ! 前人未到のダブル三冠制覇ァッ!」

 

 

 割れんばかりの歓声が上がる中、ゴールを私は静かに立ち止まる。

 

 そして、静かに拳を高々に上に突き上げた。

 

 常に絶対的な強者として君臨しているウマ娘達が世界にはたくさんいる。

 

 それは、走る距離や場所によって様々だ。

 

 だが、私はその中でも三冠と呼ばれるレースを自分の力でねじ伏せて勝ち取った。

 

 

「勝ったぞおらぁぁああああああ!!」

 

 

 大歓喜で湧き上がる観客席に向かって吠える私。

 

 誰かが無理と言った欧州と日本のダブル三冠制覇という偉業を打ち立てたウマ娘。

 

 才能だけではきっと私はここまでたどり着く事はなかっただろう。

 

 そして、自分一人だけでもなし得る事はきっとできなかった。

 

 前人未到のダブル三冠制覇。

 

 この日、日本にいるウマ娘達は思い知る事になった。

 

 日本で最強のウマ娘が誰かという事を。



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菊花の茜の空

 

 

 

 菊花賞が終わって、ウイニングライブ。

 

 レース後、案の定、私は皆にもみくちゃにされました。

 

 涙ながらに駆け寄って来たり、発狂して喜んで飛んできたりとまあ、賑やかなことこの上ないですよ。

 

 大体、予想通りなんですけどね。いつものことです。

 

 

「アッフ! 流石だ!」

「自慢の後輩だよっ!」

「本当、おめでとう!」

 

 

 いやはや、皆、はしゃぎてワロタ、確かに嬉しいのはわかるんですがねほんと。

 

 私の事好きすぎ問題、いや、気持ちは本当嬉しいのだけれど愛が重いんじゃあ

 

 ナリタブライアン先輩は抱きついてきて頬擦りしてくるし、メジロドーベル先輩なんて号泣しながら手を握ってくる始末。

 

 

「アフちゃん、ぼんどうにぃよがっだぁ〜」

「どぉわぁ! ドーベルさん! 顔! 顔!」

 

 

 おうふ、女の子がしてはいけないような顔になってて草しか生えんのだが。

 

 送られる祝福の言葉が嬉しい限りですね。素直な気持ちでこの言葉は受け取っておくべきでしょう。

 

 私としても頑張って走った甲斐があったというものです。

 

 

「アフちゃん先輩! ほんっと最高の先輩ですっ!」

「ドゥラちゃん……」

「次は私の番ですからね! ね!」

 

 

 ドゥラちゃんはそう言いながら、私の手を握りしめてぴょんぴょんしてました。

 

 あぁ〜可愛いんじゃ〜、この娘は誰にもやらんぞいいな! 

 

 あざといんですけどね、本当あざといんですけど。

 

 まあ、私を持ち上げてくるドゥラちゃんはさておき。

 

 今回、勝てた最後の一冠、菊花賞はあくまでも自分の中である意味区切りとなったレースになったかと思います。

 

 私や義理母、姉弟子、そして、ライス先輩にもいろいろと思い入れがあるレースでしたからね。

 

 

「ふふふ、おめでとうアフちゃん」

「ライス先輩……」

「お揃いだね、嬉しいよ本当」

 

 

 ライス先輩は私を暖かい眼差しで見つめたまま、そう告げる。

 

 そのライス先輩の言葉に私は笑みを浮かべながら、静かに頷いた。

 

 しかしながら、やはり3000mという距離はかなりしんどいレースだったと振り返って思います。

 

 実力のあるウマ娘が勝つ菊花賞、実力の証明が出来たとはいえ、私とて余裕があった訳ではありません。

 

 いや、むしろギリギリだったかも、それだけ今回のレースは非常に難しいレースでした。

 

 

「アフちゃん」

「アッフー」

「!? ……ゼンちゃん、ネオちゃん」

 

 

 それから、私を倒さんと挑んできた同期の二人は晴れやかな顔つきで私の元に来てくれました。

 

 その顔は全てを出し切ったような表情で私は思わず目を丸くします。

 

 そんな中、手を差し伸べてきたゼンちゃんはゆっくりと口を開きます。

 

 

「本当に強かった、おめでとうアフちゃん」

「ゼンちゃん……」

「本当本当! あんな走りを見せられたんじゃね、完敗だヨ」

 

 

 そう言いながら、ゼンちゃんに同調しつつ笑みを浮かべるネオちゃん。

 

 いや、本当に二人とも手強くなっていて正直私も驚いた。

 

 私を倒すために困難な道を選んだ二人、海外で三冠という称号を提げて挑んできた怪物達だ。

 

 下手をすれば、私もやられていたかもしれない。

 

 揺さぶりやその鍛え抜かれた脚も見事としか言いようがなかった。

 

 

「次は負けないからね」

「私もだ」

「……いつでも待ってますよ」

 

 

 私は笑みを浮かべながら、純粋に勝利を祝ってくれる二人の言葉にそう応える。

 

 きっとこの二人はまた強くなるんだろうなと思う。

 

 また挑んできたその時には、また容赦なく走らせてもらいたいものだ。

 

 それからしばらくして、私は観客席にいる人達にも視線を向ける。

 

 そこには、私を出迎えるようにファンの人達からも暖かい声援が飛んで来た。

 

 

「アッフすげーぞ!」

「マジでやりやがった!」

「おめでとう〜! アフちゃん!」

 

 

 こんだけ褒められたら私も天狗になって良いですよね。

 

 おらおら、すげーだろ、私の実力見たか! みたいな感じになっても良いですよね? 

 

 まあ、調子に乗ると大概鼻っ柱をへし折られるのがテンプレなんですけども。

 

 

「私は約束は守るからな! ほら見たか! 凱旋門も取ったんだぞー!」

 

 

 私はそう言いながら、観客達に笑顔で告げます。

 

 忘れてませんよ? ライス先輩が勝った天皇賞でブーイングして来た観客達の事を。

 

 今後一切、これでそいつらを黙らせる口実ができたな。

 

 おうおう、世界一のウマ娘が愛してる先輩のウマ娘にブーイングするなんていい度胸してんねー。

 

 世界中のウマ娘敵に回すぞ? お? お? 

 

 みたいな感じで煽り散らかすこともできますな。

 

 日欧三冠制覇した超凶悪なウマ娘に変なこと言ってくる観客なんているとは思いませんけど。

 

 まあ、私を黙らしたかったらセクレタリアトさんレベルかルドルフ先輩レベルになってから出直してこいという話ですよ。

 

 とはいえ、観客にいる人達は私を素直に祝福してくれる人がたくさんいて助かります。

 

 アンチが少しくらい湧いてもいいのよ? だったら私は抵抗するで! 拳で! 

 

 さて、そんな私なんですが、今現在、ウイニングライブでステージに上がっている真っ最中です。

 

 

「イェーイ! 皆! 元気にやってるかい! アッフだぞ!」

 

 

 マイクを掴んでそう言いながら会場を湧かせる私。

 

 私のライブに来ている人達はいつも開けてびっくり玉手箱状態ですからね、きっとワクワクしながらライブを楽しみにしていたに違いないです。

 

 そんな期待に応えてあげるのが私の役目なんでね。

 

 

「じゃあ一曲目からいくぞぉ!」

 

 

 そう言いながら、私はライブを盛り上げながら歌を歌い始める。

 

 基本的にウイニングライブはこんな感じですからね。

 

 私はゆっくりとマイクを握りしめたまま、ウイニングライブでいつも通りダンスを派手に踊りながら要所で盆踊りなどを入れて笑いを取りに行きます。

 

 そうして、ライブで一通り歌を歌い終わり、いよいよ締めの曲。

 

 私の周りにいたウマ娘達は全員バックヤードに帰り、私だけステージに取り残されます。

 

 そして、代わりに現れたのはドラム等の楽器を携えたゼンちゃんとネオちゃん。

 

 楽器を弾けるウマ娘って新しいですよね。

 

 歌って踊れるだけでウマ娘がやっていけると思うなよ! 最近は多芸になってんだからな! 

 

 はい、大体私のせいなんですけどね。

 

 私はギターを持ち、ゆっくりと弾き始めながら歌を歌いはじめます。

 

 

「夕べの月の〜♪ 一昨日の残りの〜♪ 春の匂い〜で目が覚める〜♪」

 

 

 菊花賞、そのレースにはたくさんの人の思いが乗っています。

 

 私の姉弟子も例外ではありません、そして、それはきっと背後にいる二人もそうでしょう。

 

 だからこそ、私はこの歌をファンとそんなウマ娘達に送りたいと思いました。

 

 

「私の好きなぁ〜♪ スニーカーで通う〜♪ トレセンに続く〜桜並木♪」

 

 

 私の歌を聞いてる人達は静かにその曲に耳を傾けてくれます。

 

 基本的に私が歌う歌は誰にも縛られない自由な歌が多いですからね。

 

 でも、真面目に皆に送りたいと思った曲を選んで歌っているつもりです。

 

 

「耳の先では四月の虫の唄が〜♪ 心を奮わすように奏でるから〜♪」

 

 

 世界に渡り、私は強者達を倒してきました。

 

 ですが私が一番、因縁があったのはきっとこの菊花賞だったと思います。

 

 姉弟子もライス先輩も、そして、義理母にもこのレースはある意味ターニングポイントでした。

 

 もちろん私にとっても。

 

 

「茜空に〜♪ 舞う花びらの中〜♪ 夢だけを信じて駆け抜けろ〜♪」

 

 

 レースに勝つためだけに走り続けるウマ娘達。

 

 最初は私もきつい練習をするのが嫌いで嫌いで仕方ありませんでした。

 

 ですが、私には仲間もいて、家族が居て一人で戦っている訳ではなかった。

 

 どんなきつい事でも乗り越えて積み重ねて今があります。

 

 

「瞳には未来が輝いている〜♪ そうアフだから〜♪」

 

 

 私の歌に皆は静かに目を瞑りながら耳を傾けてくれています。

 

 菊花賞だからこそ、私はこの曲が一番良いと思いました。

 

 未来を見据えさせてくれるきっかけを作ってくれたレースに感謝を込めて歌を歌います。

 

 

「………………」

「……マスター」

 

 

 私の歌を聞いていた義理母は目を押さえ、静かに涙を拭う。

 

 それを見ていたミホノブルボンの姉弟子は静かに笑みを浮かべて肩にそっと手を乗せます。

 

 そして、義理母は涙声になりながら姉弟子にゆっくりとこう告げます。

 

 

「……長生きは……するもんだねぇ」

「……!? ……そう……ですねっ……」

 

 

 その義理母の言葉を聞いた姉弟子もまた、目から涙を流して静かに頷きます。

 

 自分の果たせなかった三冠という夢を代わりに義理母に見せてあげた妹弟子のアフトクラトラス。

 

 姉弟子は自分のその意思を継いで、私がこうして叶えてくれた事が嬉しくて仕方がなかった。

 

 

「私の分まで走ってくれましたから……」

「あぁ……、立派な走りだった」

 

 

 姉弟子の言葉にそう言いながら頷く義理母。

 

 二人はウイニングライブでギターを弾きながら歌を歌っている私を真っ直ぐに見つめる。

 

 私はそんな二人のやり取りを他所に、必死に声を張り上げながら歌を歌い続けていた。

 

 

「茜空に〜♪ 舞う花びらの中〜♪ 夢だけを信じて駆け抜けろ〜♪」

 

 

 長い夢の中に私はまだいる。

 

 一度は命を落とした私がこうして皆に愛されて、この場にいられているのはきっと当たり前なんかじゃない。

 

 その事に感謝しながら毎日を生きていきたい。

 

 

「瞳とは未来そのものだから〜♪ 輝かせて♪」

 

 

 ウマ娘には皆それぞれ物語がある。

 

 私の物語はまだ、終わりなんかじゃない。きっとこれからも続いていくと思う。

 

 だから、誰にも負けないようにもっと強いウマ娘になってやる。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 そう思っていた矢先の事だった。私の胸に急激な痛みが走ったのは。

 

 だが、今はライブ中である。皆が見ている前で下手な事は出来ない。私は滲み出る脂汗を拭いながらマイクを握りしめて最後まで歌を歌い切った。

 

 今までに無い痛みが身体の中を駆け巡っているようなそんな感覚だった。

 

 そして、脂汗をかいたまま私は笑顔を浮かべたまま、皆の前でお辞儀をする。

 

 

「ありがとうッ! また来いよな! 諭吉置いていけぇ! うえーい!」

 

 

 そう憎まれ口を言いながら、ゆっくりとステージの裏へと消えていく私。

 

 無事になんとかライブを終わらせる事ができたし問題ないでしょう。

 

 ステージから退場する私に会場からは止むことのない拍手が送られてくる。

 

 ウイニングライブを見届けてくれたチームメイトにも満面の笑みを浮かべたまま、私は手を振りその場から早足で出て行く。

 

 だが、この時の私は全く考えもしていなかった。

 

 自分の体で起きているある異変に。



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魔王の軌跡
代償


 

 

 

 日欧三冠制覇。

 

 この偉業はその日のうちに日本中、いや、世界中にすぐに広まった。

 

 アフトクラトラスという名のウマ娘がどれだけ凄いウマ娘であるのか、その達成難易度から見ても異次元の強さである事は誰もがわかる。

 

 姉弟子であるミホノブルボン、そして、現最強と言われていたシンボリルドルフをも越えたウマ娘。

 

 その強さに皆は圧倒されるしかなかった。

 

 その代償からは目を逸らしたままで。

 

 

「……アフトクラトラスさん」

「はい」

 

 

 ここは、ウマ娘が通う専門の病院である。

 

 医者は神妙な面持ちで私を見つめてくる。その顔を見て私は何かを察したように目を瞑る。

 

 三冠制覇を成し遂げた私は数日後、この病院に運ばれてくる事になった。

 

 理由はレース終了後のウイニングライブでの出来事である。

 

 

「あー、今回もまたルドルフ先輩から怒られますかねぇ」

「まぁたあんなふざけたライブしてたんじゃ、そりゃ怒られるわ! 馬鹿かよお前!」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、ライブが終わりゲラゲラ笑いながら出迎えてくれたゴルシちゃん。

 

 私はゴルシちゃんにいつも通りに笑顔を向けながら、水分補給として飲んでいた飲料水を手渡そうとしていました。

 

 

「ほら、外で皆お前のこと待ってるぞ、アフ、ダブル三冠ウマ娘を一眼見たいってな!」

「…………えぇ」

「おい、随分と歯切れ悪そうな返事……」

 

 

 そして、次の瞬間、私の手から手渡そうとした飲料水がするりと抜け落ちて、その場でバタンッと意識を失うように倒れました。

 

 それを見た途端、ゴルシちゃんは顔を真っ青にしながら目を見開きます。

 

 身体に力が入らない、というよりも激痛が身体に走りました。

 

 

「……おい、おい! アフ! おい! 誰かッ! 誰か呼んで来てくれ! アフがッ!」

「どうした!?」

「わかんねぇ! わかんねぇよ! 急に倒れてっ!」

「何!?」

 

 

 そこからは良く覚えていない。

 

 気がついたら病院のベッドの上で目を覚ましました。そして、それを私はただの疲労だと思いこんでいたんですけどね。

 

 そういう風に思い込もうと思っていたんですが、私の目の前の医者の人はなんだか、神妙な顔してるし。そんな顔されたらなんかあると普通は思うじゃないですか。

 

 

「心臓、脚部にかなり負荷が掛かってます。結構、身体に無理させていたのではないですか?」

「……えっと」

「……危ういです。しばらく安静にしてください。もしくは最悪引退を視野に入れてね、このままだと命を落としますよ」

 

 

 医者は真っ直ぐに私を見据えたままそう言い切る。

 

 医者が言うにはもはや身体が悲鳴を上げているという、このままだと、いずれにしろ私の身体は壊れてしまうというのが見解だった。

 

 既にその兆候は見られているらしい。いや、私にもそれに関しては海外にいる時からずっと感じていた事ではあった。

 

 だけど、私はそれに向き合おうとはしてなかった。現実逃避と言われればそうだろう、無理を通した結果がこれだ。

 

 

「……何を馬鹿なことを、そんな事……」

「予後不良という言葉を……聞いた事は?」

 

 

 私がその言葉を発する前に医師は真剣な眼差しで私にそう問いかけてきた。

 

 私はその医師から発せられた言葉に背筋が凍りつくような感覚に襲われる。

 

 聞き覚えがないわけがなかった。私が前世で目の当たりにした光景が正しければつまりはそういう事なんだろう。

 

 

「……そのリスクが……」

「高いです、だからこそ貴女には尚更これ以上の無理はしないで欲しいのですよ」

 

 

 医者の眼は悲しそうな色をしていた。

 

 私に同情しているのかもしれないし、まあ、きっと誰もがそうなって然るべきだろう。

 

 これだけの才能がありながら、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えてしまったウマ娘。

 

 告げるのも正直、戸惑ってしまうような事を医師である彼女は言わなくてはいけない。

 

 

「……薬は出しておきます。心臓の負担を和らげるものと、脚のケアに使える塗り薬です。しばらくはレースを控えてください」

「………………」

「本来なら、引退して安静にした方が吉なのですがね、貴女の立場上、それも今は難しいでしょう」

 

 

 医者はそう告げると私を真っ直ぐに見つめてくる。

 

 私はその医師の言葉に静かに俯いたまま、力強く拳を握りしめた。

 

 走りたいのに走れない、こんなもどかしい事があるだろうか。

 

 私の立場を考慮して、敢えて強く忠告してこないところを見ると、このお医者さんも私の事を色々と考えてくれているのだろうけれど。

 

 

「一応、身内の方々には私の方から周知はしておきます」

「……はい」

 

 

 女医さんって色っぽいですよね。

 

 いや、まあ、正直、こんなジョークぐらい言っとかないと気が持ちそうにないんで。 

 

 まさか、自分の身体そんな事になってるなんて思いもよらなんだ。

 

 それから、処方箋を貰った私は病院を後にしました。

 

 まあ、私も安静にすることと通院することは約束させられたんですがね、いやはや、無理をしすぎちゃいましたかね、ちょっと。

 

 

「アフっ!」

「大丈夫なのか、お前……」

 

 

 そして、病院から出迎えるようにやって来るトレセン学園の皆様方。

 

 大丈夫と、本当なら言ってのけたいところではあるんですがね。

 

 ミホノブルボンの姉弟子は暗い表情を浮かべて、私の側に近寄ると力強く抱きしめてきます。

 

 

「ごめんなさい、アフ」

 

 

 その言葉を聞いた私は静かに瞳を閉じます。

 

 違います、姉弟子が悪いのではない。

 

 この道を選んだのは紛れもなく私です。

 

 無敗の日欧三冠制覇、その過酷さはわかっていながら、私はそれでも自分で選んで挑戦したに過ぎません。

 

 私は抱きしめてくる姉弟子の髪にそっと手を置くと笑みを浮かべたままこう告げます。

 

 

「別に走れなくなった訳じゃありません、少し休めば、またきっと走れるようになりますから」

「……妹弟子」

「だから、皆さんもそんな暗い顔をしないでください、まだ、祝勝会もしてないんですからね」

 

 

 私は精一杯の作り笑いをして皆にそう告げた。

 

 本当は私だって嫌だ、しばらく走れなくなる事は辛いし、身体の負担なんて知るかって思いたい。

 

 だけれど、今は耐え時なんだろう。きっとそのうち私も走れるようになる筈だから、それまではしばらくは羽を休めないといけないのかもしれません。

 

 

「アフ、安心しろ! 天皇賞とジャパンCや有馬記念は代わりに私が取ってきてやる!」

「……ブライアンさん」

「アフちゃん私もよ! 次のエリ女は私が必ず勝ってくるから!」

 

 

 そう言いながら、ブライアン先輩やメジロドーベル先輩は私を励ましてきます。

 

 私の代わりに走って勝ってくる。この言葉は本当に救われたような気持ちになりました。

 

 涙を流しながら、二人の後ろから現れたドゥラちゃんも私にこう告げてきます。

 

 

「アフちゃん先輩! 私……! 私もッ! ぐすっ……! 頑張りますからッ!」

「ドゥラちゃん……ありがとう」

 

 

 私の言葉にドゥラちゃんは左右に首を振ります。

 

 私の抱えた爆弾、本来なら入院して安静にしなくてはいけないところをお医者さんが気を遣ってくれて通院にしてくれたんです。

 

 ちゃんと治さないといけませんね。

 

 

「アフちゃん」

「……ライス先輩」

「次は私が見せる番だね」

 

 

 そう言いながら、ライス先輩は私の手をギュッと握ってくれました。

 

 皆が私の思いを背負って走ってくれる。その事が本当に嬉しくて仕方がなかった。

 

 静かに自分の瞳から涙が出てくるのがわかった。

 

 

「あ、あれ……? 私、こんなに涙脆くなりましたかね?」

「………………馬鹿」

 

 

 それから、私は静かに抱き寄せられたミホノブルボン先輩の胸に抱き寄せられ、優しく何度も撫でられました。

 

 それから、その瞳から自然と出てくる涙を流しながら、ミホノブルボン先輩の胸の中で静かに泣きます。

 

 どうして、これからだったのに。

 

 ようやく、世界で一番のウマ娘になったのにこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。

 

 

「ぐすっ……。うっ……、うぅ……!!」

 

 

 私は静かに涙を流しながら、悔しさで胸がいっぱいでした。

 

 まだ、果たさなきゃいけない約束も果たしていないのに、これからもっと頑張って走っていたかったのに。

 

 色んな感情がぐるぐると心の内に回って仕方がありませんでした。

 

 

 

 それから数日後。

 

 私はボーっとサイボーグ坂路を登るドゥラちゃんを眺めていました。

 

 姉弟子は再び海外へ、そして、ブライアン先輩やドーベルさんは各自レースの調整へ。

 

 皆さんそれぞれ越えるべき目標がありますものね。

 

 

「……はぁ」

 

 

 私は澄み渡る青空を見上げながら寝転びます。

 

 日欧三冠を取ってから、すっぽりと何か心の中に空洞ができてしまった感覚です。

 

 いや、それだけじゃない。私の身体の事もあって何もできないこの現状が歯痒くて仕方ないのだ。

 

 虚無というのだろうか、頑張りたくても頑張れないこの状況は本当にフラストレーションしか溜まりません。

 

 安静から程遠いトレーニングばかりしてましたからね今まで。

 

 なるほどな、医者が引退しろと勧告したのはこの為でしたか。

 

 絶対的な強さを持ったウマ娘として、このまま一線を退いた方が私のため。

 

 そういう事だったかもしれませんね。

 

 

「辛いなぁ……」

 

 

 私は静かに一人で呟きながら深いため息を吐きます。

 

 ドゥラちゃんが頑張ると言っていましたが、多分、それは再来年の事になるでしょうからね。なんにしてもまだ、彼女はこれから鍛えていく発展途上ですし。

 

 それに、今年の朝日杯は誰が走るのかはもうわかっていますしね。

 

 

「随分と、余裕そうですね先輩」

「んあ?」

「日欧と三冠を取ったからという余裕ですか?」

 

 

 私は煽るようにいきなり声をかけてきたウマ娘にゆっくり顔を向ける。

 

 そこには綺麗な鹿毛の長い髪を靡かせるウマ娘が立っていました。

 

 彼女の名は言わずともわかります。私と同じく小柄でそして、巷では英雄だと言われているウマ娘。

 

 そう、ディープインパクトです。

 

 

「まさか? 私との約束、忘れた訳じゃないですよね?」

「……はぁ」

「なんですか、そのため息は」

 

 

 そう言いながら、ディープちゃんは私の反応にムッとした表情を浮かべる。

 

 いや、そもそももう走る事を止められているのに練習とかレースとか近々で走れる訳ないやろって話。

 

 まあ、後、それにもう一つ。

 

 

「……G1のレースは取ったんですか? 貴女」

「……ッ!」

「私に挑戦するならば、それ相応の戦果を残してから出直してきなさい。青二才」

 

 

 そう、まだ朝日杯も取って無いようなディープちゃんには私は微塵も興味がない。

 

 おそらくはこんな風に煽らなくても彼女なら普通に勝ってしまうでしょうけどね。

 

 ルドルフ会長の前で大口を叩いていたけれど、あくまでも次世代の中では最大の才能を持った天才という認識でしかない。

 

 まあ、今年行ったマラソン大会での記録なんかを見たら、普通のウマ娘なんて足元にも及ばない程の恐ろしい記録を叩き出してるんですがね。

 

 

「言われなくても、そのうち突きつけてあげますよッ!」

「楽しみにしてるよ、せいぜい足元をしっかりみとかないと掬われちゃいますからね?」

 

 

 今はまだ、花開いていないディープインパクト。

 

 だが、私はそれでも気づいている。以前よりも凄く力強くなった身体つきを。

 

 相当なトレーニングをタケさんと積んでいるんだろう。あれでは、ディープちゃんと同期のウマ娘達が可哀想だな。

 

 私は立ち去っていくディープちゃんの逞しくなった後ろ姿を見ながら改めてそう思った。

 

 来年にはどうなっているかわからないだろう。

 

 

「来年……ね……」

 

 

 年が明けたとして、来年、私はどうしたらいいんだろう? 

 

 果たして走れないままの現状を受け入れるしかないのだろうか。

 

 もういっそのこと引退して動画配信者にでもなるかな? 

 

 いや、わかってる。本当はそんな事なんて望んでいないんだ。

 

 私はターフで走りたいし、もっと強いウマ娘と戦いたい。きっと、海の向こうではもっと私より強いウマ娘がいる事は知っている。

 

 日本でさえ、ブライアン先輩やルドルフ先輩をまだ負かしてさえいない。

 

 ディープちゃんにあんな風に言った癖に自分だって日本一かどうかなんてまだわかんない状態だ。

 

 

「アフちゃん先輩〜! ちゃんと見てます〜?」

「あ、う、うん見てるよ!」

「じゃあ、アドバイスくださいよぉ〜」

「ごめんごめん! うーんとね、まず走り方なんだけど……」

 

 

 無理をして走れない状態になるよりは今からしっかり治しておけば大丈夫な筈だ。

 

 また、来年になって、その時に考えたらいいだろう。

 

 それまでは、今、自分が出来ることを精一杯やってチームの皆に貢献する方がきっと大切だ。

 

 

 それから、私は日が暗くなるまでドゥラちゃんのトレーニングに付き合ってあげる事にした。

 



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鍛えて、強くする

 

 

 

 日欧ダブル三冠達成の祝勝会。

 

 この日はたくさんのウマ娘がこの祝勝会に参加してくれました。

 

 私が達成した偉業は、日本にいるどのウマ娘、トレーナーにも誇らしい偉業でした。

 

 皆はパーティーで盛り上がりながら、ワイワイとにんじんジュースやら料理やらを食べています。

 

 ですが、主役の私はというと、会場には行かずに、トレセンのサイボーグ坂路から夜空を眺めていました。

 

 私の原点、この場所で私は欧州と日本で三冠をとる事ができたんだ。

 

 

「…………」

 

 

 静かな夜の空をひとりで眺める私。

 

 冬は綺麗な星空が見えていいですね、ちょっと肌寒いですけども。

 

 最近、こうして、考え込む事が増えてきたように感じます。今更なんですがね。

 

 すると、そんな私の背後からゆっくりとある人物が私の側に寄ってきた。

 

 

「主役がこんなところで何してるんだい?」

 

 

 そう言いながら、サイボーグ坂路にやってきたのは義理母だ。

 

 義理母はあの日、医者から私の体についての話を聞いてそれからずっと私に走る事もトレーニングする事も禁止させた。

 

 それは私の身体を思っての事なんだろう、それは充分理解している。

 

 義理母はゆっくりと私の隣に近寄ってくると、笑みを浮かべたままゆっくりと話をしはじめる。

 

 

「……身体の事、すまなかったね」

「……義理母……」

「ワシはトレーナーとして、もっとお前の身体に目をかけてやるべきだった。本当にすまん」

 

 

 そう言いながら、義理母はゆっくりと私の頭を抱き寄せて撫でてくれました。

 

 いや、それは私もわかっている。義理母は何も悪くなんてないんだ。

 

 本当なら、弱っている身体を押してまで私のめちゃくちゃな目標に付き合う必要なんて無かった。

 

 それを無理にまで治してこうして、私の三冠を見届けてくれたんだ。

 

 

「……義理母」

「……ワシの我儘にお前を付き合わせてしまった。人生の最後にお前がどこまで行くかを見届けておきたかったんだ」

 

 

 私はその言葉に思わず胸が熱くなる。

 

 義理母の身体が治ったのではない、義理母も私と一緒に戦っていたのだ。

 

 義理母は真っ直ぐに私の方を見ると静かにこう告げる。

 

 

「……ガンが再発した。今度は取り除くのは不可能だそうだ」

 

 

 一時は手術して、摘出は成功したが他の場所に転移していた。

 

 おそらくはそういう事だろう、きっと義理母もそれがわかっていたが、私には今まで黙っていたのだ。

 

 理由はわかっている。私が三冠に挑む間、私を動揺させないためだろう。

 

 そんな弱音は一言も言わず、義理母は最後まで私に付き合ってくれた。

 

 自分の娘がどれだけのウマ娘になるのかを見届ける為に。

 

 

「ワシは多分、来年の春の桜を見ることはもうできないだろう」

「…………」

「だが、最後の最後に良い夢をお前さんに見せてもらった……」

 

 

 そう言いながら、義理母は何度も私の頭を撫でて優しくそう告げる。

 

 私の目からは止めどなく涙が溢れ出てきて、止まりませんでした。

 

 これまで、ずっと厳しいトレーニングばかりをしてきて、こんな言葉を義理母からは掛けてもらえることなんてなかった。

 

 でも、その厳しさに愛があった事は私は誰よりも知っています。

 

 

「ワシの夢をも越えて叶えてくれた。ブルボンもお前さんもワシにとって最高のウマ娘だ」

 

 

 義理母は優しくそう告げる。

 

 私の夢をどこまでも厳しく応援してくれた義理母、だけれど、それに応えたくて、私も姉弟子も必死で毎日走った。

 

 きっと姉弟子もこの事を知っていたのだろう。きっと同じくらい辛かっただろうに。

 

 こんな状態の義理母を置いて、海外に戻るのがどれだけ辛いか私にも理解できる。

 

 

「……はいっ……。はいっ……ぐすっ……!」

「辛かっただろうになぁ、よう頑張ったお前さんは」

 

 

 吐き捨てた弱音は数知れず。吐いた血反吐は無数にある。

 

 だけど、頑張れたのは義理母が見ていてくれたからだ。姉弟子が隣で走ってくれていたからだ。

 

 死ぬとわかっていた身体を無理矢理治療して、手術までした義理母。

 

 そこまでして、義理母は最後まで私のレースをこの眼で見届ける事にこだわった。

 

 死ぬ運命を私のためだけに先延ばしにしてくれたのである。

 

 

「……あぁ、本当。悔いの無い人生にしてもらったわい」

 

 

 そう言いながら、義理母は静かに涙を流していた。

 

 母親も父親も知らない私には義理母だけが唯一の母親だった。

 

 確かに厳しい母親だったし、よく叱られもした。だけど、それ以上に私達のことを愛して接してくれたと思う。

 

 どんな風になっても、私は義理母から教えてもらった事は忘れない。

 

 

「泣くな、アフトクラトラス」

「無理ですっ……! いや、嫌だお母さんっ!」

「いずれ子は親から離れていくもんじゃろうて、ん?」

 

 

 もう大丈夫だと思っていたのに、私の走りだけじゃなくて義理母の命まで持っていってしまうのか。

 

 こんな残酷な事があっていいのだろうか、私は止まらない涙を流しながら義理母の胸の中でずっと泣いていた。

 

 

 

 それから、私は義理母と過ごす時間を大切にする事にしました。

 

 もちろん、ミホノブルボンの姉弟子も海外レースが落ち着いてからは12月からこちらに帰って来てくれて、家族で過ごす時間が以前よりも増えたような気がします。

 

 

「今年の年間最優秀ウマ娘は海外、日本問わずに貴女でしょうね」

「そうですかね?」

「そうでしょう、愛三冠、仏三冠のウマ娘を菊花で倒したんです。実質的に貴女は今、世界最強のウマ娘と言っても過言ではありません」

 

 

 そう言いながら、コタツで蜜柑を剥くミホノブルボンの姉弟子。

 

 そして、剥き終わった蜜柑を皿に乗せるとゆっくりとベットで横になる義理母の元へと持っていく。

 

 それを受け取った義理母は笑顔を浮かべながら姉弟子にこう告げた。

 

 

「すまんな、ブルボン」

「良いんです、お母さん謝らないでください。体調はどうですか?」

「おかげさまでな、お前達二人が居てくれるから元気が出る」

 

 

 義理母のその言葉にミホノブルボンの姉弟子は笑みを浮かべる。

 

 私はそんな義理母の姿を見ながら、胸が苦しくなった。

 

 身体が以前よりも痩せて、前よりも覇気がなくなってしまっている様に感じる。食事も徐々にだが、喉を通らなくなってきているそうだ。

 

 

「お母さん、何かしたい事とかあったらなんでも言ってくださいね?」

「ん?」

「だって、この時間をもっと大切にしたいから」

 

 

 そう言いながら、私もコタツから出るとベットで横になっている義理母の側に寄りながら笑みを浮かべる。

 

 限られた時間はそんなに無い。

 

 当たり前だと思っていたそれはいつ目の前から無くなるのかわからないのだ。

 

 だからこそ、義理母が出来るだけ悔いがない様にしてあげたい。

 

 しばらく考えた後に義理母はゆっくりと口を開くと私にこう告げてきた。

 

 

「そうさな、強いて言えば……」

「言えば?」

 

 

 一通り考えた後に義理母は満面の笑みを浮かべながら私と姉弟子にこう告げ始めた。

 

 それは、二人を育ててきた義理母が一番見たかった光景かもしれない。

 

 生きている限りの中で、これだけは目に焼き付けておきたい事。

 

 

「お前達が年間表彰式に並んでいるところを目に焼き付けておきたいね」

「…………」

「義理母……」

 

 

 そう、それは私とブルボンの姉弟子が揃ってトレセン学園の年間授賞式で表彰される姿だ。

 

 私とブルボン先輩は互いに顔を見合わせると静かに頷く。

 

 義理母が見たいと言うのであれば、それは、私達も見届けて欲しい。

 

 貴女が残してくれた私達が、生きた証だから。

 

 それから、私と姉弟子は無理をして頭を下げて年間授賞式に義理母を出席する様にトレセン学園に取り合ってもらい車椅子での出席を許可してもらった。

 

 

 

 それから、12月の年間授賞式。

 

 晴れやかなドレス姿のウマ娘達がズラりと揃う中、会場には人が溢れていた。

 

 G1ウマ娘が勢揃いするこの年間行事にはやはり、さまざまな報道関係者もやってくるし、偉い人もたくさん足を運ぶ。

 

 それは日本だけでなく海外の関係者もそうだ。

 

 賑やかな会場はしばらくして、静まり返る。

 

 それから、一人づつ次々と年間授与されるウマ娘達が名前を呼ばれていきはじめた。

 

 

「短距離部門! チームアンタレス! サクラバクシンオー!」

「おー!!」

「流石! バクシンオー先輩!」

 

 

 私達は表彰される仲間を表彰台へ送り出しながら、笑顔で拍手で祝福する。

 

 次々と名前を呼ばれる中で、次世代。つまり、来年期待のルーキーとしてディープインパクトもまた表彰台に上がっていた。

 

 

「欧州マイル部門。チームアンタレス、ミホノブルボン!」

「ステイヤー部門。チームアンタレス、ライスシャワー!」

 

 

 そして、この二人も当然ながら、名前が呼ばれて壇上に上がる。

 

 ライスシャワー先輩に関しては天皇賞(春)を制覇して、さらにステイヤーズステークスなども勝利。

 

 日本の中での長距離レースならばメジロマックイーンさんとライスシャワー先輩が二強だろう。

 

 ミホノブルボンの姉弟子はフューチャリティS、ドバイターフ、チャンピオンズマイル、安田記念などを制覇。

 

 それからは、海外のG1のマイルレースを荒らしに荒らしまくり、欧州でのマイル部門で一位を取ってしまった。

 

 相変わらず化け物である。

 

 

「シニア部門! チームリギル。ナリタブライアン!」

「シニアティアラ部門! チームアンタレス! メジロドーベル!」

 

 

 それから、この二人も同じく授与。

 

 私との約束を守り、ナリタブライアン先輩は海外のレースはもちろんのこと、天皇賞(秋)、ジャパンC、有馬記念を勝ちシニア三冠を達成。

 

 同じく、メジロドーベル先輩はエリザベス女王杯を勝ったのももちろんだが、それまでにあったティアラ部門のレースもことごとく勝っている。

 

 活躍を見れば、リギルとアンタレスが今年かなりの戦績を叩き出していることは目に見えて明らかであった。

 

 この年間授与はトレセン学園でも日本でもかなりの注目度を誇る行事だ。

 

 去年はなんやかんやで私も上がりましたがね。

 

 そして、最後に年間最優秀ウマ娘の名前の発表がされる。

 

 

「年間最優秀ウマ娘。チームアンタレス。アフトクラトラス!」

 

 

 私の名前が呼ばれて、席から立ち上がる私。

 

 同時に周りからは割れんばかりの拍手が降り注ぐように贈られた。

 

 私はゆっくりと表彰台の中央に立たされて、メダルと二つのトロフィーを贈られる。

 

 それは、欧州三冠と日本三冠の記念トロフィーである。この年間授賞式には海外のトレーナーやウマ娘も足を運ぶ事は珍しくはない。

 

 

「どうぞ、ミホノブルボンさんとアフトクラトラスさんは中央にお並びください」

 

 

 それから、私と姉弟子は中央で揃って並ばされ、周りからは盛大な拍手が贈られる。

 

 姉妹がこうして恐るべき戦果を出して、年間授賞式に参加するのは非常に稀だ。

 

 強いて言えば、以前ならビワハヤヒデとナリタブライアン先輩が並んだくらいだろうか? 

 

 何にしても、こういった風に堂々とトロフィーを引っ提げた私と姉弟子の姿はどうやらかなり絵になるらしい。

 

 

「では、今年の最優秀トレーナーを発表します。遠山トレーナーです! どうか皆様! 盛大な拍手でお迎えください!」

 

 

 それから、呼ばれたのは私達の義理母の名前であった。

 

 私と姉弟子の元に義理母は笑顔を浮かべたまま、車椅子をスピカのトレーナーさんに押してもらい、リギルの東条トレーナーが付き添ってくれていた。

 

 壇上に上がった義理母はゆっくりと私達の姿を見ると優しい笑みを浮かべて、目に涙を浮かべていた。

 

 それから、司会者からマイクを手渡された義理母は一言言って欲しいと言う事でゆっくりと口を開き話し始める。

 

 

「……えー、皆さま、本日はこの様な場所にお招き頂きありがとうございます」

 

 

 義理母の言葉に静まり返る会場。

 

 最優秀トレーナー、今までその様な称号とは無縁なスパルタトレーニングを突き通してきた義理母。

 

 だが、義理母が歩んだ道は積み重ねてきた事はこうして華が開いた。

 

 義理母はそんな自分が歩んだトレーナーとしての道について皆に語り始める。

 

 

「私の信条は皆様、ご存知の通りでしょうが『鍛えて、強くする』これが私の信条です。確かにこれまで、私についてこれなかったウマ娘もたくさん居ます。

 ですが、ここに居るアンタレスの面々、そして、真ん中に居る二人は私の信条を信じついてきてくれました」

 

 

 義理母の言葉に皆は静かに耳を傾けながら頷く。

 

 そして、私と姉弟子は眼から出てくる涙を静かに拭いながら、義理母の言葉を黙って聞いていました。

 

 辛いトレーニングも、積み重ねたものも、全ては義理母の教えから始まった。

 

 

「否定もされました。笑われもしました。馬鹿にされた事もあるでしょう。

 ですが、私はどんなに弱くても、今、勝てないウマ娘が居たとしても、この信条を信じてくれるウマ娘がいるのならば、相応に応えてやりたいと思い己の信条を曲げず貫いてきました」

 

 

 闘病で苦しむ身体で力強くスピーチをする義理母の言葉はその場にいるトレーナーやウマ娘達の胸を熱くする。

 

 それから、義理母は満面の笑みを浮かべながら締め括るようにこう告げた。

 

 

「私は厳しいトレーナーではありましたが、同時に愛情も注いできたつもりです。

 真の才能とは努力と継続力です、皆様、各々やり方はあるでしょうが、どうか、自分の信条を曲げず貫き通してください。

 そして、その信条を信じてついて来てくれるウマ娘に寄り添って愛を持って接してください」

 

 

 義理母の言葉はこれまで歩んできた自分の人生を振り返るような力強いスピーチでした。

 

 悔いなく歩んできた己の人生の生き様を皆に示す様なそんなスピーチだった。

 

 私と姉弟子は涙を流しながら、その言葉をずっしりと心で受けとってました。

 

 スピーチを話していた義理母のその背中は私達にはとても大きく見えました。

 

 

「本日はご清聴頂き、どうもありがとうございました。私からは以上です」

 

 

 静かに頭を下げる義理母に会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

 闘病を経て現場に復帰した不屈のトレーナー、その力強いトレーナーの最後になるであろうスピーチ。

 

 どれだけ否定され、愚か者と言われようとも信念を貫いたプロフェッショナルがそこに居た。

 

 

 年間授賞式が終わり、それから年が明けて、1月。

 

 寒い寒い雪が降るなか、私達の義理母は眠るようにこの世を去った。

 

 最後に私と姉弟子、アンタレスのチームメイト達が見届けた義理母の顔はとても満足そうに笑っている様に見えた。

 

 

 その日、私は雪が降る中、義理母と過ごした坂路で涙を流しながら、独りで涙が枯れ果てるまで泣きじゃくっていた。

 



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己の夢と背負う想い

 

 

 

 義理母が亡くなってからしばらくして。

 

 私は廃人になったように、目が虚になったままターフに座り込んでいました。

 

 走ることもできず、一緒に駆けてきたトレーナーも今はもう居ない。

 

 その現実が受け止められずに、私の中は空っぽになってしまった。

 

 

「………………」

 

 

 私の目の前には、次のレースに向けて駆けるウマ娘の姿がある。

 

 そこにはトレーナーがいて、幸せそうな顔を浮かべるウマ娘の姿。

 

 その姿に私は義理母の姿を重ねてしまいます。

 

 あれだけ嫌いだった厳しいトレーニング、だけど、そこには確かに愛がありました。

 

 

「……アフちゃん?」

「………………」

 

 

 そう言って、声をかけてきてくれたのはライスシャワー先輩でした。

 

 去年のステイヤー部門では一位になり、今年はマックイーンを倒した事もあって、天皇賞春の連覇をかけて走る予定です。

 

 そんな彼女は、厳しいトレーニングを終えた後に私が心配でこうして様子をいつも見にきてくれます。

 

 

「隣、座るね?」

「………………」

 

 

 目にハイライトが無い私の隣にそう言いながら、ゆっくりと腰を下ろすライス先輩。

 

 私はそれを黙って受け入れます。最早、何かを考えることさえもやめて、思考停止しているようになっていました。

 

 彼女はゆっくりと私の頭を撫でながら、静かな声色で語り始めます。

 

 

「アフちゃん、私ね、ようやく皆に認められるようになったんだ」

「………………」

「頑張れって、前とは違って皆が応援してくれるようになったんだよ」

 

 

 ライス先輩は笑って私の頭を何度も撫でる。

 

 ライス先輩は皆からヒールだとか、悪役だとか散々言われてましたが、私はライス先輩の血の滲むような努力を知っている。

 

 ようやくそれが、皆に伝わるようになってきた事をライス先輩は誇らしげに私に語ってくれた。

 

 その言葉を黙ったまま聞いている私にライス先輩は続けてこう話はじめる。

 

 

「アフちゃんは何のために走ってたの?」

「…………私は……」

「私はね、皆の期待に応えたいし、アフちゃんやアンタレスの皆の気持ちを背負って走るつもりだよ」

 

 

 そう言い切るライス先輩の言葉に私は思わず目を見開く。

 

 義理母は常々言っていた。レースは自分一人だけで走っているわけでは無いと。

 

 皆が見守ってくれていて、それが力になって走る意義に繋がると。

 

 私は今まで、義理母やブルボンの姉弟子の思いと己に課した約束の為に駆けていた。

 

 それを果たした今の私にライス先輩の言葉は心に沁みた。

 

 

「……でも私は……」

「わかってる。だから、私がアフちゃんの分まで走る。今はどんなに苦しくったって私は走るのはやめないよ、だから、アフちゃんも一緒に戦って?」

 

 

 そう言って、そっと手を置いてくるライス先輩。

 

 暖かな手のひらの温もりを感じながら、私の瞳から自然と涙が溢れてきます。

 

 自分の身体の事、義理母の事、いろんなことが重なって、私は今までないくらいにぽっかりと心に穴が空いていました。

 

 それをライス先輩が埋めてくれたようなそんな気がしたのです。

 

 

「ブルボンちゃんも海外で待つって言ってくれたもの、私もそれに応えなきゃね」

「BCですか」

「うん、私は勝って今年はそこに行くっ! だってブルボンちゃんと走りたいもの」

 

 

 力強く頷くライス先輩の声に私は思わず笑みが溢れた。

 

 ブルボン先輩も義理母が亡くなってからは落ち込んで居たが、何かを決めたような顔つきで葬式後にはすぐに海外へとまた飛んでいってしまった。

 

 全てはウマ娘として、義理母に恥じないような生き方をする為にだ。

 

 

「ブルボンちゃんは既にコジマトレーナーと共に海を渡ったわ、私も約束を果たさなきゃね」

「ライス先輩……」

「アフちゃん、貴女は貴女の夢を叶える為に走りなさい」

 

 

 ライス先輩は私の頭を撫でながら言い聞かせるように告げる。

 

 私の夢? 私の夢って何でしたっけ。

 

 世界最強のウマ娘になる事? それとも、誰よりも人気があるウマ娘になる事? 

 

 いや、どれも違う、私の夢はずっと前から決まっていた。

 

 遥かな、夢の11Rを目指していたんだ。

 

 私はずっと、姉弟子の遠い背中を追いかけ、ライス先輩のウマ娘としての誇り高い姿にひたすら憧れていた。

 

 

「……私は、もっと強くなりたい」

「それは、何故?」

「だって、まだ、私は倒してない強い人達がたくさん居ますから」

 

 

 私は首を傾げるライス先輩に向かい静かにそう告げた。

 

 そうだ、私には倒さなきゃいけない人達がまだいる、越えなきゃいけない人達がまだ居るんだ。

 

 こんな場所で、クヨクヨ悩んでも仕方ない事は分かっていた事じゃないですか。

 

 

「うん、いい顔になった」

「えへへ」

「私も勝つからね天皇賞」

 

 

 そう言い切るライス先輩、私は彼女の言葉に心が救われた気がしました。

 

 それからというもの、ライス先輩はマトさんと共に厳しいトレーニングに入りました。

 

 毎日のように飛ぶ激にライス先輩は必死に応えるように駆けます。

 

 そして、私もまた、そんな天皇賞に向けて頑張るライス先輩を応援すべく助言をします。

 

 

「ライス先輩、残り600mでフォームが崩れたままでしたよ」

「なるほどね、ありがとう」

 

 

 走り方のチェックや、スタートの切り方など、言い始めたらキリがありませんが、気づいた事はなんでも報告しました。

 

 今の私にできるのはこんな事くらいですからね。

 

 出来ることなら並走などをしてあげたいところなんですけど、それを代わりにしてくれる人達が居ました。

 

 

「私がやるよ、並走は任せろ」

「私もよ、ちょうど空いてるしね」

「アフよぉ〜水クセェじゃねぇか、一枚噛ませろよ」

「皆……」

 

 

 ブライアン先輩やドーベルさん、そして、ゴルシちゃんまで、幅広い人達がライス先輩を応援する為に駆けつけてくれました。

 

 もちろん、アンタレスのメンバー達だってそうです。

 

 トレーナーはオカさんが引き継いで指導していたアンタレス、そのアンタレスの皆はライス先輩の為に全面的に協力してくれたのです。

 

 

「学級委員ですから! 任せなさい!」

「トレーニングは合理的にやるのが一番だよ、モルモット君」

「しょうがね、私も協力すんべさ」

「はっ……! 勝負師の腕がなるぜ」

 

 

 バクシンオー先輩は瞬発力、タキオン先輩は厳しいトレーニングをより合理的にしてくれました。

 

 メイセイオペラ先輩はダート並走を快く引き受けてくださり、ナカヤマフェスタ先輩は勝負の仕掛け方のトレーニングに。

 

 皆が皆、ライスシャワー先輩の為に一つに団結し、背中を後押ししてくれます。

 

 

「ライスシャワー! 残り300!」

「はいっ!」

 

 

 マトさんもこの申し出を快諾してくれて、皆でライスシャワー先輩の天皇賞連覇に向けて一丸となって取り組みました。

 

 皆の思いを背負って走る。

 

 その鬼気迫るライスシャワー先輩のトレーニング姿に私は改めて、その大切さに気づかされた気がします。

 

 

「アフちゃん、今のタイムは?」

「良かったです! 1秒短縮しました!」

「やった!」

 

 

 華やかな笑顔で喜びライスシャワー先輩。

 

 天皇賞春の二連覇。

 

 その偉業は並大抵の努力じゃ成し遂げる事など出来ない。

 

 ライスシャワー先輩はこれまでその積み重ねでG1を獲った努力の人だ。ミホノブルボンの姉弟子を倒したのもそうだが、並々ならぬ努力が実を結んだ結果だろう。

 

 

「次! スピード行くぞ! バクシンオー! 並走お願い出来るか?」

「はい! 喜んで!」

 

 

 そして、今、ライスシャワー先輩に足りないものもこうして補えるトレーニングが皆さんのお陰でできています。

 

 瞬発力にスピード。サイボーグ坂路以外でもこの部分を本番さながらに補っていかないと、天皇賞の長いレースでスタートや勝負所を間違えれば致命傷になりかねませんからね。

 

 そして、天皇賞春に向けて特訓する事数週間。

 

 私は自ら走れないながらも、ライスシャワー先輩にしてあげる事は全てしてあげた。

 

 今まで応援してもらっていた分、私もライスシャワー先輩の力になりたいと心からそう思ったからだ。

 

 迎えた天皇賞春の当日、ライスシャワー先輩は私にこう言った。

 

 

「ありがとうアフちゃん、貴女の想い確かに受け取ったわ」

「ライスシャワー先輩……」

「私ね、貴女やブルボンちゃんが羨ましかった」

 

 

 そう言いながら、レース会場に続く通路の中でライスシャワー先輩は真っ直ぐ私を見つめたままそう告げる。

 

 羨ましかった、その言葉を聞いた私は目を丸くする。

 

 私に羨ましがる要素なんて無いような気がするんですけどね。

 

 

「皆から愛されるウマ娘。貴女もブルボンちゃんもそうだったから」

「そんな……ライス先輩だって」

「私は違うわ、ヒールと呼ばれて皆からは後ろ指を刺されてたから」

 

 

 そう言いながら、ライス先輩は小さな笑みを浮かべる。

 

 勝利を求められるウマ娘とそうでないウマ娘。

 

 観客や第三者はそれまでの努力や過程を知らない、知らないからこそ、好き勝手な言葉を並べて否定する。

 

 だけど、ライス先輩はそれにずっと抗って戦ってきたのだ。

 

 

「でもね、私は私。これまでやってきた事をこのレースでぶつけるわ」

「………………」

「だから見ててアフちゃんっ!」

 

 

 そう言って、覚悟を決めたような顔つきになったライスシャワー先輩はゆっくりとレース場に足を向けて歩き始める。

 

 全く、何を今更、私はずっと見ていましたよライスシャワー先輩の背中を。

 

 私の駆ける理由を作ってくれた人なんだから。

 

 静かに会場に向かうライスシャワー先輩の背中を見届けた私は踵を返して、観客席へと向かい歩いていく。

 

 ライスシャワー先輩が挑む、2度目の天皇賞春。

 

 その熱気は最高潮まで達していた。

 

 

「アフ、ライスシャワーはどうだった?」

「えぇ、凄い気合い入ってましたよ」

「私達も協力した甲斐があったというものだな」

 

 

 そう言いながら、頷くナリタブライアン先輩。

 

 ここにいる皆はライスシャワー先輩の為に、そして、走れない私の思いを背負い走るウマ娘達ばかりだ。

 

 もちろん、チームメイトもそうなのだが、チーム関係なく積極的に関わってくれた人達もいてくれた。

 

 走れない私の思いも皆が背負ってくれている。

 

 長い間、ずっとこれまでも皆は私と一緒に走ってくれていた。

 

 だから、私もライスシャワー先輩が勝つところをちゃんと見届けるんだ。

 

 割れんばかりの拍手が飛び交う中、会場に入ってきたライスシャワー先輩は堂々としていて、私にはその姿がとても眩しく見えて仕方がなかった。

 

 今日の主役、それは紛れもなく彼女だから。



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思いを背負った天皇賞・春

 

 

 ライスシャワー先輩の二度目の天皇賞・春。

 

 ステイヤーの脚質を持ったライスシャワー先輩の積み重ねた強さを存分に発揮するには最高の舞台です。

 

 全員が準備運動とパドックを終えて、スタートラインに立つ。

 

 もちろん、ライスシャワー先輩もその中にいた。

 

 

「さあ、春の訪れ。今年もこのレースがやってきました天皇賞春、今年はどんなレースを魅せてくれるのでしょうか、今、全員ゲートインです」

 

 

 スタートラインに並ぶウマ娘達は一斉にスタートを待つ。

 

 ファンファーレが響き渡る中、ライスシャワー先輩は静かに大きく深呼吸をして、ゲートが開くのを待っていた。

 

 凄い集中力、このレースにかける気持ちは人一倍だからこそ、その意気込みがすごい事は理解できた。

 

 

「さあ、今スタートです!」

 

 

 バンッ! という音と共に開くゲート。

 

 ライスシャワー先輩はいつも通りに前につけようと勢いよくゲートから飛び出た。

 

 それを見た実況は声を上げる。

 

 

「ライスシャワー先頭。先頭からいく」

 

 

 スタートからの先行取り。

 

 それを目の当たりにした私は目を見開く。完璧なコース取りだった。

 

 ですが、差しに回っている今回、注目のウマ娘がもう一人。

 

 

「ステージチャンプが控えております。さて、ステイヤーとして完成された走りを見せてくれるのでしょうか」

 

 

 そう、ステージチャンプさんだ。

 

 ステイヤーとして、実績も上げてこの天皇賞・春に名乗りを上げたウマ娘。

 

 先行をいくライスシャワー先輩をきっちりとマークした走りは見事だと褒めるほかない。

 

 

「意気込みすぎか? ライスの奴」

「あれは先行というか逃げに近いですね」

 

 

 ナリタブライアン先輩の言葉に頷く私。

 

 逃げに近い走り、気づけばライスシャワー先輩が先頭に躍り出ている。天皇賞・春の距離は3200m

 

 そんな長い距離を逃げ切るなんて並大抵のスタミナじゃ難しい。

 

 ホームストレッチを周り、いまだに先頭はライスシャワー先輩。

 

 後ろからのプレッシャーも凄いだろう、そんな中、よくやっていると思います。

 

 

「中団が動き出したな」

「えぇ」

 

 

 しかし、それを黙って見過ごすほど他のウマ娘達も甘くはない。

 

 一気に中団が押し上げにかかってくる。差しの体勢を整える為だろう。

 

 ライスシャワー先輩もそれをチラリと見て表情を曇らせていた。

 

 

「さあ! 最後の直線! 先頭はライスシャワー! ライスシャワーです! だが、中団から抜け出してくる! どうだ!」

 

 

 かなり危ない賭けだ。普段なら前方のウマ娘の影に隠れるスリップストリームも使っていなかった為に体力の消費もある。

 

 この直線勝負でどれだけ粘れるのか、それが勝負の分かれ目だろう。

 

 必死で駆けるライスシャワー先輩。

 

 その姿は美しく、思わず身体が震えてしまいます。

 

 走れない自分の代わりに必ず勝つから。

 

 その思いを背負って駆けるライスシャワー先輩の姿に自然と涙が流れてきます。

 

 先頭は譲らずライスシャワー先輩、私はその姿を見て声を張り上げた。

 

 

「ライス先輩行けぇ!!」

「そのままいけっ!」

 

 

 だが、後続もやってくる。ステージチャンプさんだ。

 

 ライスシャワー先輩を差さんと、外から強襲、一気に間合いを詰めてくる。

 

 残りは僅かの距離、だが、大丈夫、ライスシャワー先輩なら必ず勝てるッ! 

 

 

「ライスシャワー先頭! だが、ステージチャンプが迫るッ! どうだっ! これは際どいか! どうだぁ!」

 

 

 一気にゴールを駆け抜ける二人。

 

 だが、僅かにほんの僅かにライスシャワー先輩の身体がゴールをきるのが早かった。

 

 私はそれを見て、嫌な汗が流れる。

 

 ステージチャンプさんが最後の最後で完全に捉えていたようなそんな気がした。

 

 もうちょっと距離があれば、あれは完全に差されていただろう。

 

 だが、僅かに……今回は僅かにライスシャワー先輩が逃げ切ったと思う。

 

 

「やったやったライスシャワーです! メジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいる事でしょう!」

 

 

 その瞬間、会場からは割れんばかりの大歓声が巻き起こります。

 

 今の今まで、ヒールだと言われていたライスシャワー先輩が観客にいる人達から勝利を歓迎された瞬間でした。

 

 ライスシャワー先輩に向かい、観客達は称賛の声を投げかけます。

 

 

「すげーぞ! ライスシャワー!」

「かっこよかったぞぉ!」

 

 

 これまで、ヒールとして扱われ、レースにも出たくないと思った事もあったライスシャワー先輩。

 

 その言葉を投げかけられた瞬間、ライスシャワー先輩の瞳からは大粒の涙が溢れ出てきます。

 

 長かった、三年間。どれだけ、嫌われようとも記録破りと罵られようとも彼女は前だけ向いてずっと走ってきました。

 

 

「……あ、……ありがとぅっ! ござひます……ッ!」

 

 

 ライスシャワー先輩は会場にいる人達に涙を流しながら頭を下げてお礼を述べた。

 

 それを見ていた私も思わず、瞳から涙が溢れ出て、気づけば目元を押さえていました。

 

 ずっと、皆から認められたいと願っていたライスシャワー先輩の夢、それが叶った事が本当に自分の事のように嬉しかったから。

 

 マックイーン先輩をライスシャワー先輩が負かしたあの日。

 

 ブーイングを受けて悲しげな顔をしていた彼女の顔を私は知っています。

 

 

「……うっ……! ふぐっ……! よかった……! 本当に良かった……っ!」

「泣きすぎだ馬鹿」

 

 

 そう言って、目元を押さえながら号泣する私の頭を優しく撫でるブライアン先輩。

 

 私の思いと共に、ライスシャワー先輩は駆けてくれた。

 

 共に笑い、共にきつい義理母の練習にも、マトさんの練習も乗り越えてきたかけがえのない人。

 

 そんな人が勝って夢を叶える姿を見て、涙が出ないわけがありませんでした。

 

 それから、ライスシャワー先輩はウイニングライブを行い、観客達に向かい、綺麗な歌声で素晴らしい歌を届けてくれました。

 

 私も歌を歌うライスシャワー先輩の幸せそうな顔を見て、とても嬉しかったです。

 

 それから、ライスシャワー先輩の勝利を祝しての祝勝会ももちろんありました。

 

 

「おめでとうライスゥ! 二連覇なんて大したもんだぞ!」

「ありがとう、皆のおかげだよ」

「今回の天皇賞春で人気もかなり出てきて、今後も楽しみね!」

 

 

 美味しいご飯を食べながら、ワイワイと皆で盛り上がり、ライスシャワー先輩の勝利を祝います。

 

 本当に皆から認められるまで長い道のりでしたが、私も自分の事のように嬉しかった。

 

 ライスシャワー先輩もこれを機に、ブルボン先輩が待つBCに行けるというものですよ。

 

 

「これでとりあえずは海外レースにも……」

「あ、えっとね、その事なんだけど……」

 

 

 ライスシャワー先輩はそう言うとにんじんジュースを机にゆっくりと置きながら、私の言葉を遮る。

 

 天皇賞二連覇、これだけでも十分な実績なのに、別に海外レースに行くものだとばかり私は思っていたんだけども。

 

 すると、ライスシャワー先輩はゆっくりと口を開きこう告げ始める。

 

 

「私、次は宝塚記念に出ようと思うの」

「え?」

「お、おい、ちょっと待てよ、天皇賞春を走ったばかりだぞお前」

 

 

 皆もライスシャワー先輩の言葉に目を見開いていた。

 

 宝塚記念、それは人気投票によって出走が決まるレース。そこにはかなり実力のあるウマ娘が勢揃いしている。

 

 だが、私はその言葉に悪寒がした。いや、宝塚記念を走るのは悪いことなんかじゃない。

 

 それとは別の何か、私は直感的にそれがダメだと本能的に思ってしまったのだ。

 

 

「ライス先輩、それはやめましょう? わざわざ宝塚記念を走らなくても……」

「皆がようやく私を応援してくれるようになってくれたんだもの、私はそれに応えたいの」

「ですが……」

 

 

 私はそれ以上、ライスシャワー先輩に何かを言うことを躊躇った。

 

 確かにライスシャワー先輩の気持ちもわかる。宝塚記念は多くの人気のあるウマ娘達が集まる。

 

 その人達と戦いたいって言うのは納得できるし、ようやく皆から認められて推されてるのなら走りたいと思うのは普通だ。

 

 

「わかり……ました」

「うん、ありがとうアフちゃん。きっと勝つからっ!」

 

 

 そう言って、今まで以上に嬉しそうな笑顔を見せるライスシャワー先輩に私は思わず頬を緩める。

 

 そんな顔をされたら、走らないでくださいなんて言えるわけ無いじゃないですか。

 

 私やファンの為に走るというライスシャワー先輩のその気持ちを私は止める事なんてできなかった。

 

 

「なんたって淀の刺客だからね! ライスシャワーは!」

「そうだな、しかし疲れは大丈夫なのか?」

「それは……、うんちょっと疲れてるけど大丈夫」

 

 

 アグネスタキオン先輩の声に笑みを浮かべつつそう答えるライスシャワー先輩。

 

 それから、しばらくして、スピカの人達も祝勝会に顔出しをしにやって来てくれました。

 

 特にメジロマックイーン先輩は嬉しそうにライスシャワー先輩の手を握りながら満面の笑みを浮かべていました。

 

 

「おめでとう! ライスシャワー!」

「えへへ、ありがとうございますマックイーンさん」

「見事な走りでしたわ! 流石ねっ!」

 

 

 前回の天皇賞では共にライバルとして戦った仲だからこそわかるあのレースの苛烈さ。

 

 それを乗り越え、二連覇を達成したライスシャワー先輩、その成果は努力の結実だ。

 

 その事をトレセン学園にいる皆は知っている。ライスシャワー先輩は私にとって今も変わらず憧れの先輩なのだ。

 

 

「さあ、今日は楽しみましょう? 貴女とはいろいろ話したい事もあったのよ」

「え? ……あ、あの……私あまり話は得意じゃなくて」

 

 

 ライスシャワー先輩は苦笑いしながら、マックイーン先輩にそう告げる。

 

 まあ、私とかブルボンの姉弟子とかは長年トレーニングを一緒にやってきた戦友というところもありますからね。

 

 ライスシャワー先輩は割とコミュ障です。そんなところが可愛かったりするんですけども。

 

 かつて、一人称が『ライス』と言ってたのをマトさんや義理母から『私』にせいと怒られた事から、無理矢理私になったとかいう話を聞いた時には思わず笑ってしまいましたね。

 

 まあ、話は逸れてしまいましたが、マックイーン先輩から絡まれてるそれはヤンキーから連れ出されるか弱い少女に見えるのはきっと気のせいではないでしょう。

 

 ウチの可愛い先輩をカツアゲしないでくださいマックイーンさん。

 

 多分、そんなことを言ったら私が怒られそうなんで敢えて黙っておきます。

 

 

「良いから良いから」

「ひぇ〜」

 

 

 そう言いながら、マックイーン先輩に連れて行かれるライスシャワー先輩を微笑ましく笑いながら見届ける皆。

 

 私もそんな嬉しそうな二人を見て思わず頬が緩んでしまいます。

 

 この時はまだ、私は気付いてはいませんでした。

 

 ライスシャワー先輩に及んでいるその変化に。

 

 まさか、私のウマ娘としての生き方を大きく変えた、あの出来事が起きるなんてこの時は思いもしていなかったのです。



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宝塚の雨

 

 

 

 

 あれから、宝塚記念に向けてライスシャワー先輩のトレーニングが始まりました。

 

 天皇賞・春が終わったというのにファンの期待に応えるために出ることを決めた宝塚記念。

 

 私もそんなライスシャワー先輩の力添えができればとサポートをしながら、彼女のトレーニングに付き添いました。

 

 

「ライス先輩、ちょっと休みましょう?」

「はぁ……はぁ……。ありがとうアフちゃん」

 

 

 流石に3200mという距離のレースを走った後だけに疲労が見えます。

 

 この状態で果たして、宝塚を走るのは本当に吉なんでしょうか。

 

 私はタオルと飲料水をライス先輩に渡してゆっくりと隣に腰を下ろします。

 

 

「ライス先輩、なんでそこまでするんですか?」

「……ん?」

「別に休んでも良いんですよ、そんな無理をしてまで出るレースなんかじゃないじゃないですか」

 

 

 私は飲料水を飲むライスシャワー先輩にそう告げる。

 

 そう、別に走らなくてもライスシャワー先輩は十分に頑張った。

 

 次は秋のレースに向けて調整すれば良い話なのだ。わざわざ、宝塚記念にそこまで拘る理由がよくわからない。

 

 すると、飲料水を飲み終えたライス先輩はゆっくりと口を開きこう告げ始める。

 

 

「……アフちゃんの走りを見ちゃったからかな」

「私の?」

「うん、アフちゃんの」

 

 

 そう言って、笑顔を浮かべるライスシャワー先輩。

 

 私の走りを見たから、それが理由と言い切るライス先輩だが、何故、それが宝塚記念に拘る理由なのかイマイチ理解できない。

 

 そんな私にライス先輩は話を続ける。

 

 

「アフちゃんはね、約束を必ず守るでしょう?」

「……え?」

「そう、私が天皇賞でマックイーンさんに勝った時。アフちゃんは私を庇ってくれた。ファンの人達と喧嘩してまでね」

 

 

 ライスシャワー先輩は遠くを見ながら思い出すように淡々と話す。

 

 天皇賞・春を初めてライスシャワー先輩が勝った時、彼女に送られたのは賞賛ではなくブーイングに近いような言葉だった。

 

 私はそれが許せなかったし、だからこそ、咄嗟に啖呵をきるように凱旋門を取ると言い放ってしまった。

 

 

「あの言い放った約束をアフちゃんは果たしてくれた。ファンだけじゃない、私の想いまで背負ってくれて」

「それは……。あれは勢いで……」

「それでも私は嬉しかったんだ。アフちゃんのおかげで私も認めさせてやるんだって思えたの」

 

 

 そう言って満面の笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 今回の天皇賞・春でそのファン達を含め皆にその実力を認めさせたライスシャワー先輩。

 

 今まで勝つ事を期待されていなかったウマ娘がようやく勝つ事を望まれるようになった。

 

 ライスシャワー先輩はその期待に応えたい、皆がようやく自分に勝って欲しいレースに推してくれている。

 

 走る理由はライスシャワー先輩にとってそれだけでよかったのだ。

 

 

「次も必ず勝って期待に応えてみせるっ! そして、ブルボンちゃんとアメリカで……!」

「ライス先輩……」

「私は負けないよ、アフちゃんの為にも皆の為にも」

 

 

 ライスシャワー先輩はそう覚悟を決めた眼差しで言い切って見せた。

 

 私はその言葉に何も言い返すことなんてできない。

 

 ウマ娘として生まれたからには、勝ちたいと誰しも思う、誰よりも速く、誰よりも強くなりたいと願う。

 

 義理母もよく言っていた。だからこそ、私達は血の滲むようなトレーニングをいつもしてきたのだ。

 

 

「……付き合いますよ、ライス先輩」

「アフちゃん……」

「だって、私はそんなライス先輩が大好きですから」

 

 

 大好きなライスシャワー先輩。

 

 ミホノブルボンの姉弟子と同じように家族の様に私は思っている。彼女達が居たから私は強くなれた。

 

 私の目標であり、今もなお、それは変わらない。

 

 

「うん! さぁーて! がんばるぞっ!」

「はい!」

 

 

 その場から立ち上がるライスシャワー先輩に私も笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

 来るべき宝塚記念、それに向けて、しっかりとトレーニングを積む為に。

 

 

 

 それから、数週間後。

 

 ライスシャワー先輩は来るべき宝塚記念を迎える事ができた。

 

 人気はなんと驚く事に一番人気である。

 

 数々のウマ娘を抑えて、ライスシャワー先輩がこの年の宝塚記念の一位に選ばれたのだ。

 

 

「凄いじゃないですかっ! ライスシャワー先輩!」

「流石! 天皇賞二連覇は伊達じゃないですね!」

「ふふ、ありがとう、ドゥラちゃん、アフちゃん」

 

 

 私達は当日を迎えたライスシャワー先輩に嬉しそうにそう告げた。

 

 ライスシャワー先輩の実力をこうして皆が認めてくれた事が何よりも嬉しかった。

 

 自慢の先輩、私も誇らしく思う。

 

 

「じゃあ、そろそろ時間だから……行くね」

「はい!」

「頑張れよー! ライスシャワー!」

「頑張ってくださいねっ!」

 

 

 アンタレスの皆も、宝塚記念に選出されたライスシャワー先輩を快く送り出す様に声を掛ける。

 

 同じチームで苦楽を共にしたからこそ、ライスシャワー先輩の努力を皆が理解している。

 

 だからこそ、皆はライスシャワー先輩が宝塚で勝つ事を祈っていた。

 

 

「アフちゃん」

「はい?」

 

 

 そう言って、手招きしてくるライスシャワー先輩。

 

 私は首を傾げながら、ゆっくりとライスシャワー先輩に近寄る。

 

 すると、ライスシャワー先輩は私におでこをコツンとくっつけて、嬉しそうに笑いながらこう告げてきた。

 

 

「勝ってくるねっ!」

「……はいっ!」

 

 

 ライスシャワー先輩のその言葉に笑顔で答える私。

 

 ライスシャワー先輩なら必ず宝塚記念を勝ってくれる。だって、あれだけ練習してトレーニングしてきたんですからね。

 

 きっと人一倍、このレースにかける想いは強い筈だ。

 

 ファンの期待と想いも背負って走るって言ってましたからね。

 

 それから、ライスシャワー先輩を見送った後、私は観客席の最前列から宝塚記念を皆と並んで共に見守る事にした。

 

 スタートが揃い、ファンファーレが鳴り響く。

 

 ゲートに入ったウマ娘達が一斉に走る体勢を整えた。

 

 

「16番ライスシャワー、今回宝塚記念で1番人気に推されております。さあ、今回、その期待に応える事ができるのでしょうか、各ウマ娘。体制が整いました」

 

 

 そして、バンッ! という音と共に一斉に開くゲート。

 

 ライスシャワー先輩はいつも通りに勢いよく飛び出し、素晴らしい位置取りを見せつけてくれます。

 

 それを見た私達は互いにガッツポーズをします。これなら良いレース運びができそうだ。

 

 

「よしっ! 上手い!」

「これなら、良いペースで走れるわ!」

「ええ!」

 

 

 メジロドーベル先輩の言葉に頷く私。

 

 スタートはバクシンオー先輩とかなり練習してましたからね! ライスシャワー先輩は! 

 

 短距離を得意とするウマ娘はスタートが勝負です。その事から基本的にスタートを意識しているバクシンオー先輩との瞬発力をつけるトレーニングが見事に生かされてましたね。

 

 それからは、順当なレース運びでライスシャワー先輩も好位置をキープしていました。

 

 

「よし、このまま最終コーナーさえいければ」

 

 

 勝てる、間違いなくライスシャワー先輩の力強い伸び足ならきっと先頭を捉えられる筈。

 

 私はその事を確信していました。

 

 きっと、レースを走っていたライスシャワー先輩もそう思っていたに違いありません。

 

 

 

 

(……これなら、きっと!)

 

 

 ファンの期待に応える事ができる。

 

 私は観客席で観ている皆をふと、見ながらそう思っていた。

 

 身体を壊して、走れなくなったアフちゃんの想いも皆の想いも背負って、勝って見せるんだとそう思ってこの宝塚記念に挑んだ。

 

 天皇賞を勝って、ようやく皆に認められた。

 

 だから、その期待に私は応えたいって。

 

 そう、思っていたその時だった。

 

 第3コーナー、私はそこでスピードを上げるべく力を足に込めた。

 

 しかし、力が入らない。そして、次第に地面が近くなっていく感覚に襲われた。

 

 崩れ落ちていく膝、身体が言うことを聞かない。

 

 なんで、私はまだ……。

 

 

 

 その光景を観客席から、目の当たりにした私は全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。

 

 その瞬間、会場から悲鳴が上がる。

 

 

「おっと! ライスシャワー! ライスシャワーどうしたっ! ラ……ライスシャワーッ! ライスシャワーに故障発生ッ!」

 

 

 会場に響き渡るアナウンサーの声、その場に居た全員が一気に凍りついた。

 

 ライスシャワー先輩が故障、その言葉を聞いた途端に既に私の身体は動き出していた。

 

 そんなのはダメだッ! だって! ライスシャワー先輩は姉弟子とアメリカで戦うと言ってたんだっ! 

 

 私は思わず身体を乗り出して、気がつけばレース会場に乗り込んでいた。

 

 様子がおかしくなったライスシャワー先輩は第3コーナー付近で転倒し、二転三転と転がるとそのまま倒れてしまった。

 

 

「アフッ!」

「アフちゃんッ!」

 

 

 私は皆の静止を振り切り、なりふり構わずライスシャワー先輩の元へ走る。

 

 走るなと言われていたが関係ない、そんな事は今の私には関係なかった。私は眼から出てくる涙を拭きとりながら、一心不乱に走る。

 

 私は頭が真っ白になったまま全力でレース中に倒れたライスシャワー先輩の元へと駆けた。

 

 

「早く担架を持ってこいッ! おい! 私は会長のとこにすぐに行くッ!」

「……あっ……あぁ……!」

「ドーベルッ! しっかりしろっ!」

 

 

 目の前で起きた事故にメジロドーベルさんは動揺して、顔が真っ青になっています。

 

 大画面にはライスシャワー先輩の様子が映し出されており、その痛々しい光景に皆言葉を失っていました。

 

 だが、このまま何もしなければより最悪な事態を招く事になる。すぐに動いたのはタキオン先輩とナリタブライアン先輩でした。

 

 

「私が容体を見てくるッ」

「すまんタキオン! 頼んだッ!」

 

 

 あまりの出来事に会場は騒然となった会場。

 

 見たことのない様な混乱と騒めき、レースを見ていたルドルフ会長もそのあまりにも凄惨な光景に言葉を失っている。

 

 すぐにライスシャワー先輩の元にたどり着いた私は、ライスシャワー先輩の小さな身体に手を添えて声を掛ける。

 

 

「ライス先輩ッ! 先輩ッ!」

「……アフ……ちゃん?」

「えぇ! そう……! そうですよっ! ……っ!」

 

 

 血が頭から出て、小さく声を上げる痛々しいライスシャワー先輩に私は涙を流しながら頷く。

 

 こんな小さな身体であれだけ頑張って来たのにどうしてこんな……。

 

 目から出てくる涙が止まらない、胸が締め付けられるように痛い。

 

 

「……大丈夫ですから……ね?」

「れ、……レース、走らないと……」

「ライス先輩!? だめです! 今動いたらッ!」

 

 

 そして、それでもなお、走ろうと起き上がろうとするライスシャワー先輩を私は静止する。

 

 血も出てるし、身体はボロボロ、これ以上走るなんて到底できるわけが無い。流血もしているしこれ以上は危ない事は目に見えて明らかだった。

 

 それでもなお、ライスシャワー先輩は宝塚のゴールを目指さんとしていた。それは、応援してくれる皆に応えるため。

 

 自分を信じてくれた。仲間たちやファンの為に最後まで走ろうと足掻いていたのだ。

 

 

「お願いですッ! お願いだからっ……」

「アフちゃん……」

 

 

 私はそんな気高いライスシャワー先輩の小さな身体を優しく抱きしめます。

 

 これ以上、走らないように、もう、こんなになってまで駆けないように私は優しくライスシャワー先輩を抱きしめました。

 

 それから、ライスシャワー先輩は意識を手放すように静かに目を閉じます。

 

 そこに、タキオン先輩が駆けつけ、ライスシャワー先輩の容体を確認しはじめました。

 

 タキオン先輩は非常に深刻な表情を浮かべ、こう告げて来ます。

 

 

「これはかなりヤバいな……」

「ライス先輩はっ! ライス先輩助かりますよねっ!」

「………………」

 

 

 タキオン先輩から返って来たのは沈黙だった。

 

 私は涙を流しながら、必死に縋り付くようにタキオン先輩に何度もお願いする様に声を上げます。

 

 

「お願いですっ! お願いですから……っ! ライス先輩を助けてくださいッ……うぅっ……」

「アフ……」

 

 

 タキオン先輩は私の姿を見て悲しげな表情を浮かべていました。

 

 そして、タキオン先輩はすぐさま横たわるライスシャワー先輩に近寄るとゆっくりと持ち歩いている器具を取り出す。

 

 見た限りでは医療器具のようだ。

 

 

「とりあえず応急処置だけだ。すぐに救急車が来る」

 

 

 そう言って、タキオン先輩は止血を含めてライスシャワー先輩にその場で治療をしはじめた。

 

 脚を含めた治療のようだが、正直どこまで効果があるかわからないというのがタキオン先輩からの意見であった。

 

 レース会場は慌ただしい様子で観客達は信じられない様なものを見たように唖然としていた。

 

 中にはライスシャワー先輩の痛々しい姿を見て号泣している者さえいる。

 

 

「……救急車を呼んできたッ! 早く乗せるぞ!」

 

 

 そう言って、血相を変えて飛んできたナリタブライアン先輩は応急処置を施すタキオン先輩にそう告げる。

 

 担架に乗せられたライスシャワー先輩は意識が無いまま、ゆっくりと救急車へ乗せられた。

 

 私もその救急車に同席し、ナリタブライアン先輩もタキオン先輩も一緒に乗ってくれました。

 

 

「大丈夫だ、アフ。きっとライスは大丈夫だから」

「……うっ……うぅ……うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 私は隣に座るナリタブライアン先輩の胸の中で大粒の涙を流しながら、声を上げた。

 

 何故、皆のために想いを背負って走ったはずのライス先輩がこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 

 あまりにも残酷すぎる。言葉にできない。

 

 

「こんな怪我までして、走ろうとするなんて……っ。……馬鹿野郎ッ」

 

 

 ナリタブライアン先輩も力なく横たわり酸素マスクをつけているライスシャワー先輩に涙を流しながらそう告げる。

 

 意識がないライスシャワー先輩はそれから、病院に運ばれてすぐに緊急手術を行う事になった。

 

 宝塚記念、ライスシャワー先輩が運び出された後のそのレース会場では、このようなアナウンスが流れる。

 

 

「16番……。ライスシャワー、故障発生につき競争中止です、もう一度、皆様にお知らせ致します。

 16番ライスシャワー、故障発生につき競争中止となりました……」

 

 

 会場に響き渡るその声に皆は静かに沈黙していた。

 

 彼女を知るウマ娘はその光景に言葉を失い、また、同時に悲しむ者もたくさん居た。

 

 レース場には恐らく、ライスシャワー先輩の血の跡がターフに刻まれるように残っている。

 

 淀の刺客、ライスシャワー。

 

 彼女の悲報はこの日、日本中を駆け巡った。



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悲雨と決意

 

 

 

 ライスシャワー先輩が運ばれた集中治療室の前。

 

 私は茫然としたまま、抜け殻のようになっていた。

 

 ライスシャワー先輩が宝塚記念を走る前に見せてくれた笑顔が頭から離れない。

 

 そして、その集中治療室の前にはアンタレスの皆がライスシャワー先輩の無事を祈って待機をしていた。

 

 

「……はぁ……はぁ……ライスさんはっ!」

「…………」

 

 

 やってきたメジロマックイーンさんは血相を変えて集中治療室の前にいる人達に問いかける。

 

 集中治療室の前にいるのは、ライスシャワー先輩と馴染みが深い人たちばかりだ。

 

 すると、ナリタブライアン先輩はゆっくりと立ち上がり、静かな声色でこう告げはじめた。

 

 

「まだ治療中だ。……だが、怪我は」

「かなり深刻、だった」

「……ッ!」

 

 

 その言葉を聞いて言葉を失ったように涙を流しながら口元を押さえるマックイーン先輩。

 

 ここにいる誰しもが、ライスシャワー先輩の事を知っている。彼女がどんなウマ娘だったのか理解している。

 

 だからこそ、皆、彼女がまた元気で姿を現してくれる事を願っているのだ。

 

 しばらくして、病室から医者が出てくる。

 

 アンタレスの皆は立ち上がり、私は医者に近寄るとこう問いかけた。

 

 

「ライス先輩は……」

「………………」

 

 

 医師から返って来たのは沈黙だった。

 

 あの大事故に大怪我、普通なら命を落としてもおかしくはない。

 

 辛うじて、病院まで持ったのは私とタキオン先輩の応急処置があったからだ。

 

 手術を行った医師はしばらくして大きな深呼吸をすると、私達に向かいゆっくりと口を開き話しをしはじめる。

 

 

「……命は助かりました……ただ……」

「……ただ?」

「意識が戻りません、頭を強く打ったからでしょうが。……それに脚は」

 

 

 その言葉を聞いて私はその場でドサリと崩れ落ちる。

 

 命は無事だった、それは幸いでした。ですが、意識が戻らず、気を失ったままの昏睡状態。

 

 そして、脚は骨折していて、その損傷も大変だったという事であった。

 

 医者が言うにはいつ意識が戻るかもわからない上に復帰は非常に難しくなるというのが見解だ。

 

 

「……アフ……」

「………………」

 

 

 私の頭の中では、レースの前に向けてくれたライスシャワー先輩の笑顔がずっと頭から離れなかった。

 

 あんなに努力したのに、どうして、こんな目にライスシャワー先輩が遭わなくてはいけないのか。

 

 私は静かに肩を震わせて己の拳を力強く握りしめる。

 

 悔しくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 それから、治療を終えたライスシャワー先輩は病室へ移され、静かに目を瞑っている。

 

 病室には、アンタレスをはじめ、スピカの皆やリギル、そして、マックイーン先輩が居た。

 

 変わり果てたライスシャワー先輩に寄り添うようにそっと手を握るマックイーン先輩。

 

 

「私とブルボンさんとの決着……、まだついてないでしょう……」

 

 

 そう言いながら、寝ているライスシャワー先輩の頬をそっと撫でるメジロマックイーン先輩。

 

 その眼からは静かに涙が溢れ出ていた。

 

 そして、病室へ慌てたように入ってきたのはトレーナーのマトさんだった。

 

 彼は息を切らしながら、ゆっくりと横になっているライスシャワー先輩に近寄っていく。

 

 

「はぁ……はぁ……ライス……お前……」

「マトさん……」

 

 

 力なくフラフラと歩くマトさんはドサリとベットの横に膝をつくと大粒の涙を流しながら手を握る。

 

 そう、マトさんにとってライスシャワー先輩は戦友だった。

 

 トレーナーとして厳しく接してきたが、義理母と同じようにマトさんもライスシャワー先輩に愛情を持って指導していた。

 

 マトさんにとってはライスシャワー先輩は大事な娘のようなものだ。

 

 そして、辛い時も勝てない時も寄り添って、共に勝利を目指した戦友だ。

 

 

「なんて顔で寝てやがるっ……うぅ……!」

 

 

 マトさんが手を握り涙を流すその光景を目の当たりにした皆が顔を逸らし、ライスシャワー先輩を思い涙を流していた。

 

 誰もがライスシャワー先輩を応援していた。

 

 ヒールと言われようとも、いつか皆に認めてもらうのだとひたすら努力する姿を皆見ていたから。

 

 血を滲むような努力を積み重ね、マトさんと挑んだ天皇賞春。

 

 マックイーンさんを倒すためだけに2人は一心不乱にトレーニングを積み重ねた。

 

 その事がマトさんにとってはかけがえのない誇りでもあったのだ。

 

 

 それから、しばらくして、手術を行った医師からは最早、予後不良として安楽死をさせるという提案も出てきた。

 

 

「お気の毒ですが……。この方法が……」

「……ッ!」

 

 

 私はその瞬間、その医師に掴みかかった。

 

 安楽死させるなんて絶対に許さない、私は断固としてそれに反対だった。

 

 ウマ娘として走れなくなり、このまま意識を覚さなければと考えればと思ったのだろうが、私からしてみたらそんな事知った事じゃない。

 

 それを目の当たりにしていたウマ娘達は私を羽交い締めにして静止させる。

 

 

「アフちゃんッ!」

「ふざけんなァ! 指一本でも触れてみろッ! ぶっ飛ばしてやるッ!」

 

 

 涙を流しながら、私は声を荒げて医者にそう言い放つ。

 

 ライスシャワー先輩を死なすなんて絶対に許さない。

 

 私のこの抗議を聞いていた皆も同様にライスシャワー先輩の安楽死に関して、全員反対してくれた。

 

 だって、まだ寝ているだけだから。

 

 きっと、ライスシャワー先輩は起きてきてくれるって私は信じているから。

 

 それは、ここにいる皆だってそうだ。

 

 目が覚めないライスシャワー先輩、周りにいる皆は、今回の宝塚の出来事にそれぞれ、心に深い傷を負っていた。

 

 

 それから、数日後。

 

 日本ではライスシャワー先輩の話題で持ちきりでした。

 

 魔の第3コーナーで起きた悲劇、この出来事はすぐさまある人の元にも届けられる事になった。

 

 それは、海外でレースを繰り広げていたミホノブルボンの姉弟子です。

 

 ライスシャワー先輩の悲報を海外のレース場で聞いた姉弟子は唖然とした表情を浮かべ、電話から聞こえてくる話に耳を傾けていた。

 

 

「……な、何を馬鹿な……。そんな事……」

「おい、ブルボンどうした?」

 

 

 そんな、焦燥しきっているミホノブルボンの姉弟子に声をかけるコジマトレーナー。

 

 だが、その声はもはや、姉弟子の耳には届いていなかった。

 

 ライスシャワー先輩と過ごした時間は姉弟子にとって特別だ。盟友でもあり、家族、そんな彼女の悲報は姉弟子にはあまりにも衝撃的だった。

 

 

「……帰国します」

「おい! ブルボン……! 何があったんだ!」

「ライスシャワーが……っ。 宝塚記念で故障を……っ!」

「なんだと!?」

 

 

 涙を流しながら、震える声でそう告げる姉弟子の言葉に驚きの声を上げるコジマトレーナー。

 

 急遽、決まっていた海外のG1レースを取りやめて、姉弟子はすぐに帰国する事にしました。

 

 すぐに帰国したミホノブルボンの姉弟子はその足でライスシャワー先輩が運ばれた病室に向かいました。

 

 そこには、ベッドの上で静かに眠るライスシャワー先輩が横たわっています。

 

 

「ライス……シャワー……」

 

 

 ドサリと持って来たバッグを地面に落として茫然とする姉弟子。

 

 目の前にいるかつて自分を倒したはずの強敵、そして、親愛なる友人の変わり果てた姿に言葉を失っていました。

 

 病室でライスシャワー先輩に寄り添う私は涙を目に浮かべながらやってきた姉弟子にこう告げます。

 

 

「……姉弟子……ライス先輩は……」

「……っ」

 

 

 その言葉で全てを察したミホノブルボンの姉弟子はフラフラとした足取りでライスシャワー先輩が横たわるベッドに手をつきます。

 

 よほど急いで帰ってきたのでしょう、身体も疲れているはずなのにも関わらず、ミホノブルボンの姉弟子は訴えかけるようにライスシャワー先輩に声を上げます。

 

 

「こんなところでっ……なんで寝ているんですかっ……貴女はッ」

 

 

 溢れ出る涙を流しながら縋るようにライスシャワー先輩に告げるミホノブルボンの姉弟子。

 

 菊花賞で負けたあの日から、いつか、ライスシャワー先輩ともう一度戦いたいと願い、誓いを立てたはずなのに。

 

 

「……私との約束もまだ果たしていないでしょうっ! この馬鹿ッ!」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子は悔しさからか、下唇を噛み締め、大粒の涙をこぼしていました。

 

 義理母が亡くなり、私の身体の異変があり、そして、今回はライスシャワー先輩が……。

 

 あまりにも残酷で、自分の家族が次々と自分の周りから居なくなっていく。

 

 それは、ミホノブルボンの姉弟子にとって、己の魂を削られるような思いであった。

 

 私は静かにその場から立ち上がるとゆっくりと病室の扉を開いてその場を後にする。

 

 今はあの2人だけにした方が良いとそう思ったからだ。

 

 

 

 それから、私は雨が降る中、病院から少し離れた桜が散る並木道を歩く。

 

 この並木道は私がトレセン学院に転入したばかりの時によくライスシャワー先輩とランニングしたコースだ。

 

 そう言えば、雨といえば、大雪が降る日にトレーニングしにも行きましたね。

 

 あの時は雪だらけになって、馬鹿かってオカさんに言われましたっけ。

 

 そんな懐かしいことをふと、私は思い返す。

 

 

「……ライスシャワー先輩……」

 

 

 私は自然と静かに愛すべき先輩の名前を口にだした。

 

 彼女は私に言った。私の想いもファンの想いも皆の想いを背負って走ると。

 

 だからこそ、転倒してもなお、走るのを止めようとはしなかった。

 

 それだけ、彼女は勝ちたいと思い、自分だけで無く皆の喜ぶ顔を見たいと心から願っていたんだ。

 

 走れない私の代わりにライスシャワー先輩は走ってくれた。

 

 だったら次は……。

 

 

「……私が……。私がライスシャワー先輩の分まで走らないと」

 

 

 意識を覚さない、ライスシャワー先輩の分まで私が走る。

 

 ライスシャワー先輩もきっと、今、戦っている筈だ。

 

 だったら、私はその分も走って、ライスシャワー先輩の想いを引き継ぎたい。

 

 そして、私は、私自身の約束を果たさなくちゃいけない。

 

 私はライスシャワー先輩の自慢の後輩だから。

 

 

「…………」

 

 

 私はライスシャワー先輩を思いながら、雨の中が降る中、ずぶ濡れになりながらゆっくりと歩く。

 

 ずっと、私の側にいてくれた人の為に私は駆ける。

 

 ライスシャワー先輩がもし、目を覚まして起きた時に私が勝っている姿を見て喜んでるところが見たいから。

 

 私は諦めたりなんかしない、きっとライスシャワー先輩は目を覚ましてくれる。

 

 

「見ていてください……。義理母、ライスシャワー先輩……」

 

 

 私は静かな声色で覚悟を決めたようにそう呟く。

 

 この日、私は決心を固めた。

 

 全ては、皆の想いとライスシャワー先輩、そして、己の約束を果たす為に再び駆ける事を、いつか、ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩に勝つまでは私は負けない。

 

 私はここに居ると、ライスシャワー先輩に教えてあげるんだ。

 

 私は雨の中をゆっくりと歩きながら、トレセン学院へと帰っていく。

 

 止むことなく降り注ぐその雨はまるで、皆の心の中のように私には思えた。

 

 

 その日、雨の中を歩いていく1人のウマ娘の姿が、ウマ娘達の間で目撃された。

 

 そのウマ娘の周りには、何か鬼気迫るような黒い何かが渦巻いていたという話であった。

 



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魔王として

 

 

 

 

 それから、私はあくる日もトレーニングに励んだ。

 

 そう、再びレースに勝ち、自分を証明する為に。

 

 医師からは止められている。だが、それ以上に私には走るべき意味を見つけだしてしまった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 まずは、手始めに天皇賞・秋。

 

 秋の盾を取りに行く、その為に今から身体を作って備えておかないといけない。

 

 その天皇賞・秋に向けてのトレーニングやこれから先のトレーニングについて、専属のトレーナーが私には必要だった。

 

 だから、私はオカさんを無理矢理、強引に説得してお願いした。

 

 勿論、これは、当然の如くオカさんは私が走ることに関して反対だった。

 

 馬鹿げていると、ライスシャワーの事があったからといって、お前は少しばかり感情的になっているのだとも言われた。

 

 確かにそうかもしれない、だけど、私には譲れないものがあった。

 

 

「……栄光の為に」

「……なんだと」

「私は勝つ事しか考えていません。ライスシャワー先輩の為、そして、自分の為に私は命を賭して走ります」

 

 

 私は真っ直ぐにオカさんの目を見つめてそう言い切った。

 

 勝つ事で見える景色がある。それを教えてくれたのは義理母であり、ルドルフ会長であり、そして、世界で戦ってきた猛者達やライバル達だ。

 

 私は常に勝ってきた。これは、慢心なんかじゃない、私は勝つ為に生まれてきたからだ。

 

 ルドルフ会長もナリタブライアン先輩もそうだ、これまでの三冠を制覇してきたウマ娘達は常に勝者として生きてきた。

 

 その為に走る理由が私にはある。

 

 義理母が亡くなったあの日から、私はずっと考えてきた。

 

 走ることをやめた今の私とずっと自問自答を繰り返してきたのだ。

 

 

「それだけの覚悟を決めてきたのか?」

「はい」

「その道を行けば引き返せないぞ、それでもか?」

「はいッ!」

 

 

 私は強い眼差しでオカさんの目を見つめたまま、力強く頷いた。

 

 どんなウマ娘が相手だろうが薙ぎ倒す、必ず勝ち続けると私は決めた。

 

 決めたからにはそれを口だけで終わらせるつもりなんてない。何故なら、私は交わした約束は必ず守ってきたから。

 

 オカさんは表情を曇らせながら、しばらく考え込む。

 

 

「……通院だけはしろ、それが条件だ」

「!? ……なら!」

「あぁ、お前さんのトレーニングに付き合ってやる」

 

 

 オカさんの言葉に私は目を見開き、思わず笑みが溢れる。

 

 オカさんも今の私のトレーニングを指導する事に様々な葛藤がある中で、承諾してくれた。

 

 本当なら、私のトレーニングを無理矢理でもさせずに止めるところだというのに。

 

 それは、きっとオカさんが止めても私は勝手に一人でトレーニングをして、レースに出てしまうと感じたからなんだろうけれど。

 

 

「指導するからにはビシバシ行くぞ」

「はいっ!」

 

 

 そこから、私はオカさんをトレーナーに迎えて秋に向けてトレーニングを積み重ねることにした。

 

 凱旋門を取った時の状態に完全に戻す為に効率よく無駄のないトレーニングに取り組んだ。

 

 身体に負荷をかけすぎてオーバートレーニングにならないようにしながらも、そのオカさんからの指導はかなりハードな内容。

 

 義理母のトレーニングにアレンジを加えて、さらに洗練したものを私は秋まで行った。

 

 

 

 それから数ヶ月後。

 

 秋のG1シーズン、この時期、私は再び邁進する事になる。

 

 まずは手始めにと決めた天皇賞・秋。

 

 圧倒的一番人気で推される中、対抗のウマ娘にはゼンノロブロイちゃんとダンスインザムードさん。

 

 身体を秋までに仕上げてきた私はこの二人を相手に復帰戦として、圧倒的な強さを見せつける事になる。

 

 

「アフトクラトラス先頭ッ! アフトクラトラス先頭ッ! その差は3身差ッ! 強い! 後続も食い下がるがどうだッ!」

 

 

 天皇賞・秋の舞台で観客達の前を物凄い勢いで駆けていく私。

 

 その姿を目の当たりにしていた観客達は何も言葉が出て来なかった。

 

 強い、その言葉に尽きる。他に表現する言葉が見つからない。

 

 

「ゼンノロブロイが詰めてくる! だがアフトクラトラスがさらに離したッ! 今ゴールイン! 他のウマ娘を一切寄せ付けない強さッ! 魔王の再始動だァ!」

 

 

 レースを勝った私は、それから、観客席にいる人達にお礼のように静かに頭を下げると足速にその場から立ち去っていく。

 

 勝った後のウイニングライブは私は行わず、他のウマ娘を代役として出てもらう事にした。

 

 別にウイニングライブに出たくないわけじゃない、私も皆の前で感謝は伝えたい気持ちはある。

 

 今まではふざけて、ウイニングライブなんかをして私も楽しんでた部分はありましたが、今回はそういう訳にはいかなくなってしまった。

 

 

「身体の調子はどうだ?」

「えぇ、問題ありません」

 

 

 私はオカさんに脚の状態や身体の状態を確認しながら、笑みを浮かべそう告げる。

 

 身体の負担を出来るだけ減らす為、ウイニングライブを切ることをオカさんと相談して決めた。

 

 次のレースを勝つ事に視野を向けて、その為に私はそこに力を注ぎ込む事にしたのだ。

 

 その事を理解しているのは一部の関係者と身内だけ、仲のいい人達もそうですけどね。

 

 一般の方からしてみたら、ウイニングライブに出てこない私をふざけんなって思う人も中にはいるかもしれませんけど。

 

 

「……お前が選んだ道だ」

「えぇ」

「引き返すか?」

「何を今更」

 

 

 私はオカさんの言葉に苦笑いを浮かべてそう告げる。

 

 レースに勝って当然、私はもはやそういう立場だ。

 

 私が勝つ事を面白くないと思う人もいるでしょう。

 

 だって、私が勝ってもウイニングライブに出てこないですからね。

 

 私が再び走る事を決めた時も周りからは大反対を受けました。

 

 当たり前ですよね、身体に何かあったらと考えたら私も止めます。

 

 ですが、覚悟を決めた私の姿を見たドゥラちゃん、ドーベルさんやブライアン先輩、そして、ブルボンの姉弟子も私をそれ以上、反対することはありませんでした。

 

 それは、私が止まらないという事を皆、察したからでしょう。

 

 

 それから、私は秋のシーズンのG1を三連勝で飾り、シニア三冠を達成。

 

 絶対的な強さを示した私を彼らは次第にこう呼ぶようになってきました。

 

 慈悲の無い魔王だと。

 

 確かに強すぎるウマ娘がいれば、レースが退屈だと思われても致し方ないかもしれません。

 

 その強さから、以前は凱旋門を勝った日本の誇りという立場から、次第にそういう風な悪役的な立場に代わっていったのです。

 

 

「……ぐっ……うっ……」

「大丈夫か? 薬を飲め」

 

 

 私はレースや練習後にこうして病院から頂いた薬を飲みながら、何とかやり過ごしてきました。

 

 オカさんとの約束通り、病院にはちゃんと通院だけはしています。合間を縫ってですけどね。

 

 秋のシーズンが始まり、天皇賞・秋を走る前、私はあるニュースを目の当たりにしていた。

 

 それは今年の三冠レースについてだ。三冠レースを取るというのはそれだけでもかなりの価値がある。

 

 皐月賞、ダービー、菊花賞。

 

 私も走ったこの三冠を成し遂げたウマ娘、ルドルフ会長やナリタブライアン先輩、そして、これまでの歴代のウマ娘達もこの偉業を成し遂げたのは一握りしかいない。

 

 

「……やはりディープインパクトが三冠ウマ娘か」

「でしょうね」

 

 

 私はわかっていたとばかりに薬を飲んだ後に水を流し込んだコップを机に置きながら、そのオカさんの言葉に笑みを溢す。

 

 英雄、ディープインパクト。三冠達成。魔王を倒す英雄になり得るか? 

 

 これが、私が見たニュースの見出しでした。良くも悪くも私はどうやら、完全な悪役になってしまったみたいですね。

 

 

 秋と冬のシーズンが終わり、次は春に向けて私はオカさんとトレーニングへ。

 

 天皇賞・秋、ジャパンC、有馬記念。

 

 そのどれもを勝ち、春の三冠だけでなく年間無敗を目指して、私は再び始動しはじめました。

 

 ですが、私は悪役としての地位がどうやら固まってしまったようで。

 

 G2のレースを出ようものなら普通に勝ちますし、皆は次第に私が勝つのが当たり前という風になっていました。

 

 つまらないレースだとも言われましたかね。

 

 ですが、私はそれでも走る事をやめようとはしなかった。

 

 

「……ライスシャワー先輩、私、また勝ちましたよ。しかも大阪杯。凄いでしょう?」

 

 

 寝ているライスシャワー先輩にそう告げる私。

 

 いつの間にか、私もライスシャワー先輩と同じように気がつけばヒールになっていました。

 

 お揃いですね、なんか、それが少しだけ嬉しかったりします。

 

 もう、あの宝塚から1年以上経とうとしていましたが、まだライスシャワー先輩は目覚めません。

 

 私や他の人達がこうして見舞いやお花を変えに来てあげてはいますが、いつものようにライスシャワー先輩は目を瞑ったままでした。

 

 

「……ライスシャワー先輩、私ね、今年、宝塚記念走るんですよ」

「………………」

 

 

 目を瞑っているライスシャワー先輩からは沈黙しか返ってこない。

 

 それはわかりきっている事だ。姉弟子も海外レースから帰ってきては、こうしてライスシャワー先輩に言い聞かせてあげていましたしね。

 

 私は続けるようにライスシャワー先輩の耳元で笑みを浮かべながらこう告げる。

 

 

「ライスシャワー先輩が取りたかった宝塚記念、私が代わりにとってきますから……。だから、見ていてください」

 

 

 一年という月日を跨いで、私はライスシャワー先輩の為に宝塚記念を走る。

 

 確かに周りのウマ娘達は強いウマ娘ばかりだろう。だけど、私は負けるつもりはない。

 

 その言葉が聞こえていたかはわからない。

 

 だが、その話を目を瞑ったまま聞いていたライスシャワー先輩の目には一筋の涙が溢れでていた。

 

 

 

 それから、見舞いを終えた私はライスシャワー先輩の病室を後にして、外へと出る。

 

 ライスシャワー先輩は一応、トレセン学園のウマ娘の専門病棟に移された。

 

 だから、だいぶ見舞いにも行きやすくなって私としても助かっています。

 

 しばらく廊下を歩いていると、私の目の前にあるウマ娘の姿が目に入ってきた。

 

 

「……ドゥラちゃん」

「…………」

 

 

 それは、私の後輩であるドゥラメンテちゃんだ。

 

 秋のシニア三冠を達成してから、周りにいた人達との距離を置くようにした。

 

 理由としては、私がヒールや悪役として世間から言われるようになったからだろう。

 

 私の側にいると悪評がもしかしたら、仲の良い人達にまで広がるかもしれないとそう考えたからだ。

 

 

「……お話、できますか?」

「……悪いけど私は今から……」

「お願いです」

 

 

 ドゥラちゃんは真剣な眼差しで私を見つめながらそう告げてくる。

 

 その眼差しを見た私は仕方がないとため息を吐いた。ドゥラちゃんの目を見ればわかるが私が頷くまできっと立ち塞がるだろうと思ったからだ。

 

 トレーニングがあるからと断ろうとしたんですがね、どうやら、それは見通されていたみたいです。

 

 それから、私は場所を移して、久方ぶりにドゥラちゃんと話すことにした。



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本心を隠して

 

 

 

 

 私はドゥラちゃんに連れられ、馴染みのあるトレセン学園のグラウンドに居ました。

 

 静かに他のウマ娘が走る姿を眺めながら、私は呼び出したドゥラちゃんに視線を向けます。

 

 

「それで話とは? なんですか」

「…………」

 

 

 ドゥラちゃんは真っ直ぐに私の眼を見つめながらしばらく沈黙する。

 

 彼女も随分と力をつけてきたなと感心していました。つい先日も、彼女が重賞競走を勝ったという話は耳にしていましたからね。

 

 これから先、彼女はもっと伸びるでしょう。なんたって私の愛弟子なんですから。

 

 すると、ドゥラちゃんは真っ直ぐ私を見つめたまま目に涙を浮かべこう告げ始めます。

 

 

「もうっ……。走るのをやめてくださいッ……」

「…………貴女……」

「私が勝ったら! 走るのをやめてくださいッ! 先輩っ!」

 

 

 ドゥラちゃんは震える声で私にそう告げてくる。

 

 瞳からは涙が溢れ出てきていて、私はその眼を見てズキリと心が痛みました。

 

 彼女がそう言う理由はわかっている。その言葉は何度も他の親しい人達からも言われましたからね。

 

 だが、もう私も止まるわけにはいかない。

 

 だからこそ、今、私はその人達と距離まで置いてひたすらにレースに勝つ事にこだわって走っている。

 

 私は涙を浮かべて訴えてくるドゥラちゃんのその言葉を素直に頷く事はできなかった。

 

 

「貴女が私に勝てるとでも?」

「……1000m! 勝ったら宝塚もそしてそれ以降のレースもキャンセルして貰います!」

 

 

 私の眼を真っ直ぐに見つめながら、私にそう告げてくるドゥラメンテちゃん

 

 それを見た私はドゥラちゃんの勝負に乗ってあげる事にした。1000mのレースで勝負することを。

 

 その話を聞いたギャラリー達はすぐにそのレースを一目見ようと様々なところから集まってきた。

 

 

「今からドゥラメンテとアフトクラトラスさんが勝負するんだって!」

「本当!? 見に行かないと!」

「…………」

 

 

 その会話がたまたま読書をしていたディープインパクトの耳に入る。

 

 アフトクラトラスとの勝負、この言葉を聞いて彼女はそれが気になりグラウンドに足を運ぶ事にした。

 

 どういう経緯かはわからないが、ドゥラメンテとアフトクラトラスが走るというのは聞き捨てならない。

 

 グラウンドに出たディープインパクトは静かにアフトクラトラスとドゥラメンテの姿を見つめる。

 

 

 ドゥラちゃんから勝負を仕掛けられた私は軽く準備運動を終えて、ドゥラちゃんに問いかける。

 

 ギャラリーも増えてきたし、あまり、長引かせたくなかったからだ。

 

 

「……準備はいいですか?」

「……はいっ!」

 

 

 それから、私とドゥラちゃんはスタートラインについて走る構えを取る。

 

 私はいつも通りのクラウチングスタート、そして、ドゥラちゃんはスタンディングスタートだ。

 

 そして、号令と共にドゥラちゃんと駆け出す私。

 

 背後からついてくるドゥラちゃんでしたが、私はすぐに加速する。

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 

 ドゥラちゃんはすぐに置いていかれ、私とは気がつけば5身差もついていました。

 

 それから、圧勝で私のゴールイン。ギャラリーにいたウマ娘達も当たり前だろうと言わんばかりにため息を吐きます。

 

 ドゥラちゃんは膝に手をつきながら息を整えていました。

 

 私は静かな声色でゆっくりとドゥラちゃんにこう告げました。

 

 

「満足、しましたか?」

「……はぁ……はぁ……まだっ! まだ!」

「ふぅ……ドゥラメンテ、貴女……」

「勝負は一回って言ってませんからっ!」

 

 

 そう告げるドゥラメンテちゃんは私の顔を涙目になりながら真っ直ぐに見つめてくる。

 

 どうやら、折れる気は全くないみたいですね。

 

 私は深いため息を吐くと、仕方ないと肩を竦めて彼女に向かいこう告げる。

 

 

「良いでしょう、気が済むまで付き合ってあげます」

「…………望むとこだ!」

 

 

 それからは、一方的な勝負になりました。

 

 ドゥラメンテちゃんは何度も何度も私に挑み、それから、何度も負かされました。

 

 それでも、ドゥラちゃんは私との勝負をやめようとはしませんでした。

 

 

「あぅ……!」

 

 

 転けてボロボロになっても私の後ろを何度も追走し、その度に負ける。

 

 それを見ていたギャラリー達も一方的なその勝負に気が抜けたように一人、また一人とどこかへと行ってしまいます。

 

 そうして、気がつけば一人を除いて、ギャラリーはほとんど居なくなってしまいました。

 

 それを未だに遠目で見ているのは、アンタレスのメンバーや身内の人達ばかりだ。

 

 そして、ギャラリーがあらかた居なくなり、夕方に差し掛かる頃には、ドゥラちゃんは泥だらけになっていました。

 

 

「……まだ、まだだ……」

「……もうやめなさい」

「はぁ……はぁ……。嫌だッ!」

 

 

 ドゥラちゃんは息を切らして涙を流しながら、その場で膝をついて私にそう告げる。

 

 何故、そこまでして、私に勝てないのはわかりきっている筈なのに何でここまで走ろうとするのだろうか。

 

 その場から立ち上がるドゥラちゃんはおそらくはもう限界だ。 

 

 脚が痙攣を起こしている、これ以上は走らない方が良い。

 

 だけど、それ以上にドゥラちゃんの意思は固かった。何がそこまで彼女を突き動かすのか。

 

 ドゥラちゃんは震える声で涙を流しながら、声を上げる。

 

 

「だってッ! 止めないとアフちゃん先輩がッ! 遠くにいっちゃうから……っ!」

「……ッ!」

 

 

 その言葉を聞いた私は眼を見開く。

 

 ドゥラちゃんはボロボロになった身体で涙を流しながら震える声で私に訴えるようにそう告げる。

 

 何度も挑んでくるドゥラちゃんの姿に私は心が苦しくなった。

 

 

「もう……」

「もう走らなくて良い」

 

 

 私がそう言って、制する前にドゥラちゃんの前に現れ、肩を掴んで制したのは私が見慣れた人物だった。

 

 青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体。

 

 彼女は私を見据えると、静かな声色でこう告げてくる。

 

 

「……私が代わりにこの人を倒しますから、貴女はもう走らなくて良いですよ」

「……何のつもりですか」

「それはこちらのセリフです先輩」

 

 

 そう言って、私の目の前に現れたのはディープインパクト。

 

 その言葉を聞いて力尽きるように気絶して寄りかかるドゥラちゃん。

 

 その身体を支えたまま、私を見据えて静かな声色で話を続ける。

 

 

「……次の宝塚記念、出るんですよね?」

「それが?」

「そうですか、ならそこで私と今度こそ戦ってくれますよね? 先輩」

 

 

 ディープインパクトちゃんは静かながら燃えたぎる闘志を全面に出して、そう告げる。

 

 私に挑戦するなら、それ相応のものを用意してこいと私は前にディープちゃんに告げた。

 

 そして、ディープちゃんは三冠を獲り、その資格を得て私の前に立ち塞がろうとしている。

 

 私はその言葉を聞いて真っ直ぐにディープちゃんを見据えたままこう言い放った。

 

 

「良いでしょう、今度の宝塚記念。相手になります」

「…………」

「死ぬ気でかかってきなさい」

 

 

 私はそう告げると踵を返してその場から立ち去っていく。

 

 まさか、宝塚に彼女が出てくるとは思いもしませんでしたが、良いでしょう。

 

 どんなウマ娘が相手だろうと私がやる事は変わりません。

 

 ただ、唯一、心配なのは……。

 

 

「………………」

 

 

 私はチラリとディープに身体を預けたまま眠るドゥラちゃんを見る。

 

 あの娘のことだけが、気掛かりで仕方がありません。

 

 あんな無茶までして私を止めようとするなんて思いもしませんでした。私も心を鬼にして、彼女を何度も負かしてしまうのは心が痛かった。

 

 私は聞こえない程の小さな声でこう呟く。

 

 

「……ごめんね」

 

 

 ドゥラちゃんの気持ちを私は知ってる。

 

 だけど、私はもう決めたのだこの道を貫き通すと、今更、後戻りなんてできない。

 

 ドゥラちゃんの身体を心配しながら、ディープちゃんにドゥラちゃんを預けて、私は足速にその場から立ち去った。

 

 

 

 トレセン学園の生徒会室。

 

 そこから、グラウンドで行われていた二人の勝負を生徒会長のシンボリルドルフは眺めていた。

 

 ライスシャワーの宝塚記念の事故、あの日を境にアフトクラトラスはすっかり変わってしまった。

 

 

「……アフの奴が気になるか?」

「そういうお前はどうなんだブライアン」

 

 

 腕を組んだまま、壁に寄りかかるブライアンにルドルフは静かな声色でそう問いかける。

 

 そのルドルフの言葉にナリタブライアンは静かに視線を下に落とす。それはもちろん、ずっと気にかけていたに決まっている。

 

 彼女が海を渡り、凱旋門賞を勝ち、ともに喜びを分かち合った時のことは鮮明に覚えているし、そして、その優しさも知っている。

 

 ライスシャワーが宝塚記念で故障したあの日から、ナリタブライアンはアフトクラトラスと会う機会が減っていた。

 

 いや、意図的に向こうが避けてきていると言って良いだろう。理由はわかっている、だからこそ彼女を遠目から見守ってやることしか今はできないでいた。

 

 それは、ルドルフに対しても同じだった。

 

 

「まあ、お察しの通りだ」

「あぁ……」

「アイツは馬鹿だから……」

 

 

 ブライアンはそう言うと言葉に詰まっていた。

 

 ルドルフはブライアンが言わんとしてる事は理解できた。確かにアフトクラトラスは馬鹿だ。

 

 馬鹿でお調子者で、そして、明るい奴だ。

 

 いつも怒られては皆を笑わせて、それでいて人一倍優しい不器用なウマ娘だ。

 

 だからこそ、皆、アフトクラトラスというウマ娘を好きになったのだ。

 

 

「あれは言っても多分止まらんさ」

「……そうだな」

 

 

 互いに三冠ウマ娘という立場だからこそわかる重圧がある。

 

 それに相応しいウマ娘になろうと足掻いているのはよくわかる。そして、責任感を持って、それ相応にたち振る舞っている事も二人には理解できていた。

 

 ナリタブライアンはアフトクラトラスと側にいる時間が長かったから、その事はよく知っている。

 

 

「だからかな……私は何もあいつに言えなかったよ」

「…………」

 

 

 きっと、他のアンタレスの面々もそうだ。

 

 ゴールドシップもメジロドーベルだってそう、このトレセン学園でアフトクラトラスに関わりを持っているウマ娘達は彼女がそういうウマ娘だと知っていた。

 

 

「ふぅ、もうすぐ宝塚記念か……」

 

 

 深いため息を吐いて、そう言いながら、カレンダーをチラリと見るルドルフ会長。

 

 もうすぐ、グランプリ宝塚記念の開催時期が迫っている。

 

 今年はどんなレースになるのか、二人は静かにグラウンドから立ち去っていく小柄の魔王の姿を見ながらそう思った。



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宝塚の決戦

 

 

 

 

 2006年、宝塚記念。

 

 誰もが望んだ、魔王と英雄との激突。

 

 奇跡が生んだ二人による壮絶なデットヒート。

 

 残り直線200m。

 

 その勝負を制したのは……。

 

 

 

 

 春のグランプリ、宝塚記念。

 

 丁度、一年以上前、同じ日に私の思いを背負って走ってくれたウマ娘がいた。

 

 今もなお、眠りにつく彼女の思いを背負って私はこのレースに望む。

 

 

「……必ず勝つ」

 

 

 レース場に続く道を漆黒の皇帝の服を着て私は歩く。

 

 その道の先に何があるかはわからない、だけど、向かうと決めたからには最後まで突き通す。

 

 春の三冠、私はその称号を取る事しか頭に無い。

 

 

 レース場は割れんばかりの歓声で溢れかえっていた。

 

 それはそうだろう、今回の目玉は何と言っても、三冠対決。

 

『英雄』と呼ばれたディープインパクト。

 

『魔王』と呼ばれたアフトクラトラスとの対決。

 

 この対戦カードに燃えない者達などいなかった。

 

 会場はあの菊花賞以来の超満員、この二人の対決を見ようと色んな場所から皆が足を運んだ。

 

 魔王VS英雄。URAはそう銘打ち、世界中のウマ娘達はこのレースに注目していた。

 

 

「3枠4番! アフトクラトラス!」

「5枠6番! ディープインパクト!」

 

 

 レース前、私はディープちゃんと共に並んで写真撮影をすることになった。

 

 無敗の日欧三冠をとった凱旋門賞ウマ娘。

 

 そして、もう一人は奇跡に最も近いウマ娘。

 

 この二人が並んだ姿に皆は歓喜していた。今や日本中の誰もが憧れるウマ娘、それが、私とディープインパクトだからだ。

 

 だが、正直、私はあまり写真に撮られるのは好きではない。

 

 

「はぁ……」

「随分と嫌そうですね」

「写真はあまり良い思い出はなくてね」

 

 

 私は察してくるディープインパクトにそう答える。

 

 思い返せば、ブライアン先輩やヒシアマゾン先輩とグラビアとかの写真も撮ったりしたっけな。

 

 まあ、そんな事は今はどうでもいいんだけど。

 

 それから、写真撮影を終えた私は宝塚記念に臨むべく現在に至るわけである。

 

 準備運動や柔軟はしっかりとしているし、特には問題は無い。

 

 レースの前に薬も飲んできた。後は、走って勝つだけである。

 

 宝塚記念、ゲートの前に立つ前にあの日のことがふと頭の中で過った。

 

 

『アフちゃん! 勝ってくるね!』

 

 

 それは、ライスシャワー先輩の笑顔だ。

 

 あの日、笑っていたあの人は今、ベッドの上で目を瞑ったまま。

 

 それでも、いつか、私は彼女は目を覚ましてくれるって信じている。

 

 だから、この宝塚記念は必ず勝つ、ライスシャワー先輩だけじゃない、私の為にも。

 

 

「さぁ、今年もやってきました宝塚記念。栄えある20人のウマ娘による競争が始まります。

 今年の注目は何と言ってもこの二人、アフトクラトラスとディープインパクトです。さて、宝塚記念を勝ち、栄光を掴むのは誰か」

 

 

 会場にいる観客達は今か今かと宝塚記念のゲートが開くのを待つ。

 

 ゲートに入った私は深い深呼吸をし、呼吸を整えるとゆっくりとクラウチングスタートの構えをとり、その時を待つ。

 

 鳴り響くファンファーレ、そして、一気にゲート全体に緊張感が増す。

 

 暫しの沈黙の後、バンッ! という音と共にゲートが一斉に開き、ウマ娘全員がスタートを切る。

 

 ドンッと後脚に力を込めて、私は飛び出した。

 

 

「さあ! 始まりました宝塚記念! 先ずは先頭争いですが、やはりバランスオブゲームが先頭を取りに行きます」

 

 

 このレースにはダイワメジャー、カンパニー、ハットトリック、コスモバルクなどそれなりに名の知れたウマ娘がズラリと揃っている。

 

 だが、私にはそんな事は関係ない、敵はただ一人、ディープインパクトだけだ。

 

 そのディープインパクトは中団、私を完全にマークするように追従している。

 

 

「これは珍しい、アフトクラトラス。先行気味ですがやや控えた様子、脚をためる作戦か。その後ろからはピッタリとディープインパクトがつけています」

 

 

 私はディープインパクトの作戦を把握しながらも、私を差しに来るだろうと踏んでいた。

 

 だからこそ、好位置を取っての控えた先行策にしたのである。

 

 決着はおそらく、最終直線になるだろうと思っていましたからね。

 

 レースは滞りなく進み、それを見ていた観客席にいるアンタレスの皆やルドルフ会長達は静かに見守っていた。

 

 

 レース開始から、しばらくして。

 

 控えた先行スタートでの好位置をキープしているアフトクラトラスを見ていたナリタブライアンは納得したように声を溢す。

 

 

「上手いな、位置取り。あれならディープが仕掛けてきてもすぐに反応できる」

「……そうね、上手いわ」

 

 

 メジロドーベルもブライアン同様にアフトクラトラスのとった策に感心した。

 

 海外に行った時から積み重ねてきた走り、海外の芝に慣れるのにも時間がかかったが、それでも、結果を残したアフトクラトラス。

 

 その蓄積された経験と勝負勘はおそらく、あの宝塚記念で走っているウマ娘達にはない、それはディープインパクトとて同じだ。

 

 

「さあ、1000mを通過、ここからの展開はどうか!」

 

 

 実況は声を張り上げ、1000m通過を周知する。

 

 ここから一気にレースの展開も早くなってくる。各ウマ娘はラストスパートにかけて、一気に間合いを詰めるからだ。

 

 

 

 私はラスト1000mあたりで一気に前の方との間合いを詰めはじめる。

 

 それに釣られるようにして全体も動き始めた。

 

 やれやれ、どうやら皆、私が動き出すのを待っていたのか、やっぱり。

 

 そうして、脚に力を入れようとした途端、私の背中に悪寒が走った。

 

 

「…………行かないなら、先に行きますよ」

 

 

 それは、最終コーナーに入る前だった。

 

 私に並んだかと思いきや耳元で囁き、そのまま一気に仕掛けてきたウマ娘が一人いた。

 

 青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、そう、ディープインパクトである。

 

 最終コーナーから仕掛けてくるのは予想外だったな! 

 

 私もそれに釣られて、前に行かせないようにディープの横を並走する。

 

 

「最終コーナー! 仕掛けたのはディープインパクト! いや! だが、アフトクラトラスも併せて上がってくるっ!」

 

 

 エンジンが互いにかかり、次々とウマ娘をごぼう抜きしていく私とディープインパクトちゃん。

 

 前から思ってはいたが、すごい脚である。

 

 名前通り、すごい衝撃だ。だが、それだけじゃない。皐月、ダービー、菊花を獲れたのはさらに上があるからだ

 

 最後の直線、ディープインパクトちゃんはその構えをとる。

 

 

「今! ディープが翼を広げた! 最後の直線に入りディープインパクト! 翼を広げゴールへ向かうッ!」

 

 

 それを出してきたという事は私もある程度本気を出さなくちゃいけないだろう。

 

 コーナリングを最小に押さえ、スリップストリームで空気抵抗を無くして、スタミナの消費は極限まで落とした。

 

 存分に見せてやる。これが、義理母とオカさんと共に作り上げた世界を制した走りだ。

 

 

「あ、アフトクラトラスッ! あの構えはッ! 

 地を這う走りだァ! 凱旋門賞を制した地を這う走り! グングンとディープインパクトに迫るッ! まさに天と地の激突だっ!」

 

 

 グンッと、身体が一気に加速してディープインパクトに並ぶ私。

 

 ディープインパクトちゃん、たしかに強かった。

 

 翼を広げた貴女は今まで戦ってきたウマ娘達よりも秘めたポテンシャルがある。三冠を獲るだけの実力はあったのだろう。

 

 だが、それでも……。

 

 

「……私の勝ちだ、ディープインパクト」

「……ッ!?」

 

 

 それは、残り200mだった。

 

 ディープインパクトと並んだ私はギアを上げ脚に力を入れて加速する。

 

 その加速力はディープインパクトが体験した事のない様な加速の仕方だった。

 

 差しである方のディープインパクトの方が、先行策を取ったアフトクラトラスよりも脚は溜めていた筈だ。

 

 それにも関わらず、ここにきての爆発的なアフトクラトラスの加速。

 

 だが、ディープインパクトとて、これを黙ってやらせるわけにはいかない。

 

 

「い……かせるかぁっ!!」

「!?」

 

 

 私はそのディープインパクトの加速を見て目を見開く。

 

 まさか、更に食らいついてくるとは思いもよらなかった。

 

 両者一歩も引かない展開に実況席のアナウンサーは席を立ち上がり、叫び声をあげる。

 

 

「なおもアフトクラトラスに食らいつくディープインパクトォ! 残り100m! どうだッ! 捉えるかッ!」

 

 

 正直言って、驚いた。以前にも増して強くなっている事に。

 

 だが、それでも、私は冷静に隣に追いついてくるディープインパクトに視線を向ける。

 

 たしかに強い、並大抵のウマ娘では歯が立たない事も頷ける。

 

 三冠を取ったウマ娘なだけはあるだろう。

 

 だが……。

 

 

「……残念だったね」

「……なッ!」

 

 

 私は脚のギアを更に切り替え、力強く地面を蹴り上げる。

 

 急加速した私のそのスピードを目の当たりにしたディープインパクトは顔が蒼白になる。

 

 まだ、速度が上があるのかという絶望感。詰めた距離があっという間に開いていく。

 

 急加速した私との差は一瞬で1身差もついていた。

 

 

「……け! 決着ゥ! アフトクラトラスが抜けた! 抜けた! ディープが追いつけないッ! ディープが食らい付けないッ! 今! アフトクラトラスッ先頭でゴールインッ! 何という強さだァァ!!」

 

 

 私はゴールを一気に駆け抜けて、静かに大きなため息を吐く。

 

 そして、2着でゴールしたディープインパクトちゃんはその場で膝を突くと地面に力強く拳を叩きつけ、悔しさを露わにしていた。

 

 

「くそッ! なんで勝てないのッ!!」

 

 

 全力を出して挑んだ。トレーナーと共に仕上がりもこれ以上なくしてきたのだろう。

 

 だが、届かない、世界の頂には未だ。

 

 その事がディープインパクトの前に立ち塞がった。しかし、なんと言おうがこれが、現実だ。

 

 私はディープインパクトちゃんのそばに近寄ると静かな声色でこう告げる。

 

 

「教えてあげましょうか? ディープ」

「……ッ」

「……貴女がまだ弱いからです」

 

 

 私はバッサリとディープインパクトちゃんに向かい、そう告げた。

 

 覚悟も足りなければ、経験も浅い。

 

 世界も知らないウマ娘に負けてやるほど、私は甘くはない。

 

 世界に渡ってまで、三冠を取り、挑んできたウマ娘達を私は知っている。その同期達ですら、未だ私に敵わないというのに容易く勝てるなんて思わない方が良い。

 

 

「出直してきなさい、ディープインパクト」

「……ぐっ……。アフトクラトラスゥ!」

 

 

 そう言って、私はその場から踵を返して立ち去っていく。

 

 宝塚記念、ライスシャワー先輩の為にもしっかりと勝ちを挙げる事ができて、私はとりあえず胸を撫で下ろします。

 

 少なくとも、仇は取れた筈だ。

 

 私は観客席に向かい一礼し、スタスタとそのまま控室に戻ろうとしたところ、おい、とオカさんに呼び止められます。

 

 私は深いため息を吐くと、こう問いかけます。

 

 

「……オカさん、なんですか?」

「グランプリを勝ったんだ。今日くらい観客達にお礼を述べてもバチはあたるまいよ」

 

 

 私の手を掴むオカさんは真剣な眼差しで私にそう告げてくる。

 

 確かに私は今まで、G1レースを勝ったとしてもウイニングライブをせずに控えていた。

 

 それは身体の事があったからだ。だが、それに関してトレーナーのオカさんからのこの提案。

 

 私は深いため息をついて肩を竦める。

 

 

「ライブをしろと?」

「あぁ、普段はしてないのだから、お前を推してくれた方を含めてこれだけお客さんも来とるんだしな」

 

 

 私はオカさんから言われて会場を見渡す。

 

 確かにこれだけのお客さんがレース場にくる事はそうそう無いだろう。

 

 オカさんからここまで言われたら、断る事なんて出来ませんしね。

 

 まあ、ライブの一回や二回したところで身体を壊すほどヤワな鍛え方なんてしてませんし。

 

 私は仕方ないと言った具合に肩を竦めると、静かにオカさんの言葉に頷いて同意した。

 

 

「……オカさんから言われたんじゃ、仕方ないですね。わかりましたよ」

「よし、良い娘だ」

 

 

 そう言って、私の事を褒めるオカさん。

 

 まあ、私もせっかく宝塚記念に推してくれたファンに応えずにいるのもなんだか後味が悪いですからね。

 

 私はそれから、オカさんから手を離され静かにウイニングライブの準備をしに控え室に戻る事にした。

 

 宝塚記念を走った阪神レース場には、未だに現実を受け止められないディープインパクトが蹲ったまま、静かに涙を流していた。

 

 



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誓いと約束

※アフがライブで歌っている曲はゲーム内で好きな曲を当て嵌めてください。




 

 

 

 レース後、私の周りには記者の方々が集まって来ていた。

 

 聞きたい事はわかっている。ディープインパクトとの対決についてと勝利者インタビューだろう。

 

 マイクとカメラを向けられ、記者は質問を投げかけてくる。

 

 

「アフトクラトラスさん! ディープインパクトさんとの一騎討ち見事でした! ご感想は?」

「えぇ、まあ、無事に勝てて良かったなと思います」

 

 

 記者からの質問に淡々と答える私。

 

 走る前からディープインパクトとの一騎討ちになるだろうとは思ってはいましたからね、正直、あの面子の中なら彼女が群を抜いた実力を持っている事は明らかでしたし。

 

 それから、記者はさらに私にこう告げてくる

 

 

「残り200mからの伸び! 見事でしたね!」

「後ろからマークされていたのは感じてましたから、脚を溜めることに専念しました」

「なるほど! 流石は凱旋門を勝ったウマ娘です! 素晴らしい戦略でしたね!」

 

 

 そう言いながら、私を称賛する記者達。

 

 残り200mでの駆け合いの中で、ディープインパクトがあそこまで食い下がってくるのは予想外ではありましたけどね。間違いなく、以前よりも実力をつけてきていたのは明らかだ。

 

 彼女と戦ったのは年末年始のマラソン以来だが、あの勝負駆けは正直言って背筋が一瞬だけ凍りついた。

 

 今回、勝てたのは彼女の経験値不足と実力不足、だが、その二つとも次やりあう時にはどうなっているか全くわからないだろう。

 

 それに、今、私を取材しているこの記者達。

 

 本当は彼らが望んでいたのは私の勝ちでは無い、ディープインパクトが私を倒すところだろう。

 

 そんな事はわかりきっている。何度もG1を当たり前に勝つウマ娘よりも挑んでくる挑戦者が勝つところを見たいと思う感情は私も理解できる。

 

 だからこそ、私はあまりこの勝利者インタビューには興味が無かった。

 

 それに、この後に生憎だけど、予定もできてしまいましたからね。

 

 

「悪いですが、この後ウイニングライブがありますので」

「え!?」

「き、今日、歌われるのですか?」

「そうですが、何か?」

 

 

 その瞬間、記者達の間で騒めきが起きた。

 

 これまで、ウイニングライブをせずにとっとと引き上げていたわけですからそうなっても仕方ないですけどね。

 

 それには事情がいろいろあったわけなんですけど、彼らはその事情が何か知らないわけですから。

 

 

「これはスクープだな!」

「明日の見出しは決まりだッ!」

 

 

 そう言いながら、鼻息を荒くする記者達。

 

 もはや、勝利者インタビューというよりもそちらに関心がいってしまっていた。

 

 兎にも角にも、彼らにネタが提供出来て何よりだと思う。

 

 

「ではこれで」

「あ、ちょっと! アフトクラトラスさーん!」

 

 

 そう言いながら、一礼してその場からスタスタと立ち去っていく私。

 

 そう言われてみれば、私のウイニングライブに関しては毎回話題になっていましたしね、彼らとしては今回もそれを期待してるのでしょう。

 

 生憎ですが、私はその期待には今回は応えられそうには無いんですがね。

 

 

 

 ウイニングライブ。

 

 ステージには立たないと思っていましたが、また、こうやって立つ日が来ようとは。

 

 前だったら、ふざけてやるウイニングライブでしたが、まあ、これだけのお客さんの前でそれをする余裕も私には無い。

 

 だから、普段通りのウイニングライブ。

 

 私の個性を出すのは少しばかり無理がありますからね。

 

 

「…………」

「何か言いたげですね」

 

 

 私はスタンバイを終えて隣にいるディープインパクトにそう告げる。

 

 まあ、今回の宝塚で実力差を見せたので何か思うのも致し方ないとは思いますが。

 

 私は肩を竦めるとディープインパクトにこう告げる。

 

 

「まあ、ライブが終わったら聞いてあげますよ」

「……ッ!」

 

 

 ディープインパクトは私のその言葉に下唇を噛み締めて睨んでくる。

 

 よほど、プライドが傷ついたのだろうなとは思ったが、何にしても今回は私の勝ちだ。

 

 ウイニングライブではそんなところをお客さんに見せるわけにはいかない。

 

 レースはレース、既に宝塚記念での決着は着いたのだから。

 

 

 曲の間奏が入り、私達はステージに上がる。

 

 真ん中には私、右にはディープインパクト、左にはナリタセンチュリーちゃん。

 

 そして、ステージの周りにはそのほかのウマ娘達がバックダンサーとして参加している。

 

 ここ最近まで、このウイニングライブのセンターポジションをだいぶ蔑ろにしてきたわけなんですが、まさか、今回また、私がセンターで歌う羽目になるとはね。

 

 ほかのG1レースでは二着のウマ娘達が私の代わりにセンターを勤めてくれていたわけなんですが、感謝しかありませんよ、本当に。

 

 そして、私はセンターポジションで口を開き歌を歌い始める。

 

 

「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」

 

 

 キレのあるダンスで踊り、声を張り上げる。

 

 意外とブランクがあると思いましたが、案外いけるもんですね。

 

 悪ふざけしてた時期もありましたが、基本、私は全部のダンスを踊れます。

 

 まあ、ちょい前まで、自分のウイニングライブではより激しいダンスとか全然踊ってましたからこれくらいは余裕なんですがね。

 

 会長から嫌というほど仕込まれたのが懐かしい。

 

 

「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」

 

 

 気のせいか、ディープちゃんが歌に感情を乗せてきてるような気がする。

 

 私はそれを笑みで返しながら、歌を続ける。

 

 ウイニングライブはいい気持ちの発散場所にはなるのかもしれませんね。

 

 

「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜〜♪」

 

 

 そうして、私は自然な声で真っ直ぐにディープインパクトを見据える。

 

 そのディープインパクトから視線を外した私はそのまま歌を続ける。

 

 

「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜♪」

 

 

 それから、歌はサビに入り、観客席にいる人達は盛り上がりを見せる。

 

 私は声を張り上げて、感情を乗せて歌を歌う。

 

 まともにウイニングライブをすることになるなんて今まで考えたこともありませんでしたがね、身体の事を考えれば仕方ないでしょう。

 

 

「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

 

 

 声を張り上げ、ダンスを踊りながら歌う。

 

 まともに歌とダンスを踊るのは久しぶりすぎて笑いが出てきますね本当に、まあ、無理して踊る事なんてできなかったんですが。

 

 毎回思うんですが、ステージに予算をかけ過ぎだと思うんですけどね。

 

 そのおかげでここまで盛り上がる訳なんですけども。

 

 観客にいる人達は私達のダンスや歌に合わせてペンライトを振ってくれています。

 

 

「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜♪」

 

 

 目指す場所、私にとってのその場所はきっと、あの二人と同じ景色の場所。

 

 共に笑い、共に苦しみ、そして共に勝利を分かち合った家族。

 

 そして、その背中を私は追い続けてきた。いつかあの二人を倒すとそう心に決めて。

 

 だけど、その場所には………。

 

 

「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」

 

 

 私がこの先、迷わず私が選んだこの道を駆け抜けた先に一体何が待ち受けているかはわかりません。

 

 ただ、私は止まる事は無い、どんな事があろうとそれが私が選んだ道だから。

 

 頂点にいるという事はそれだけの責任があるという事なのだ。

 

 

「〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」

「〜〜〜〜〜〜♪」

 

 

 私は真っ直ぐに観客席を見つめて真剣な眼差しで歌う。

 

 私の今までのウイニングライブを見ていた人達からしてみれば一体どうしたんだろうと思ってるかもしれませんね。

 

 私らしく無いウイニングライブ、だが、それでも私は皆の為にこの場所で歌う。

 

 

「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

 

 

 最後に全員で声を張り上げ、ステージの音と共にライトが消えて締め括られる。 

 

 拍手が送られる中、私はライブが終わり観客達に一礼をする。

 

 最後まで聞いていてくれましたからね、私の普通のウイニングライブを。完全なパフォーマンスとは言い難いですが、それでも聞いてくれた人達には感謝しかありません。

 

 それから、しばらくして、ステージにいるウマ娘達が引き上げ始め、私も便乗する様に去ろうとしていました。

 

 

 

 だが、物事はそんな単純に進まない。

 

 マイクを口元につけていたディープインパクトは立ち去ろうとした私に向かい声を張り上げた。

 

 

「待ってくださいっ!」

 

 

 ステージの奥へと消えようとしていた私は声をかけてきたディープインパクトのその声に足をピタリと止める。

 

 マイクを付けているため、響き渡るディープインパクトの声に会場にいる人々は戸惑いを隠せないでいた。

 

 こんな事は前代未聞だ。

 

 歌い終わったウマ娘がステージの上で呼び止めるなんて事は今までにないだろう。

 

 私はゆっくりとディープインパクトの方に振り返る。

 

 

「なんですか」

「……今年の有馬記念」

「……何?」

 

 

 私はディープインパクトが指を私に向けながら真っ直ぐにそう告げてくる事に首を傾げる。

 

 そして、ディープインパクトのその瞳には涙が浮かんでいた。

 

 私はその言葉に向き合うように身体をディープインパクトの方に向ける。それは、こちらを真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳の中に並々ならぬ決意を感じたからだ。

 

 

「凱旋門賞を取ってきます! そして、もう一度! 有馬記念で勝負だッ! アフトクラトラスッ!」

「……ッ!?」

 

 

 私はそのディープインパクトの言葉に目を見開いた。

 

 リベンジ宣言、しかもこんな大観衆の目の前で堂々とするというのはなかなか度胸がいる事。

 

 だが、それを聞いた私は思わず胸が熱くなってしまった。

 

 そう言えば、私もライスシャワー先輩が勝った天皇賞で観客に向かってそんな啖呵を切りましたかね。

 

 私はその時の姿をディープインパクトに重ねてしまいました。

 

 その言葉を聞いた私は笑みを浮かべます。

 

 

「……良いでしょう。受けて立ちます」

 

 

 その言葉に観客達は騒めき始める。

 

 凱旋門賞を勝ち、アフトクラトラスへ再び挑むと言い切るディープインパクト。

 

 レースを見る限り、力の差は歴然だった。

 

 ディープインパクトでもアフトクラトラスには敵わないとそう皆は諦めていた。

 

 だが、ディープインパクトは諦めていなかったのだ。アフトクラトラスを倒す事を。

 

 必ず、自分がアフトクラトラスを破るんだと彼女もまた覚悟を決めたのである。

 

 観客達は大盛り上がりで声を張り上げそのディープインパクトのリベンジ宣言に歓喜した。

 

 ステージの上で私とディープインパクトとの視線の先が重なる。

 

 その瞳に映るのは互いの姿。好敵手と認めた者だった。

 

 

 英雄と魔王、二人の運命はこうして今、交差した。

 

 

 

 



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深い衝撃と決意

 

 

 

 宝塚記念が終わった後に。

 

 ディープインパクトは凱旋門に向けてトレーナーのタケさんと共にトレーニングを続けていた。

 

 走り込みを終え、息を切らすディープインパクト。

 

 彼女の頭には昨日のアフトクラトラスとのやり取りが鮮明にあった。

 

 

「……はぁ……はぁ」

 

 

 毎日の走る量も増やして、更に脚力の強化を図りつつ、持久力もつける。

 

 今はこれが一番良い方法であると思ってやってはいるものの、いかんせん手応えがない。

 

 果たして、こんなトレーニングであのアフトクラトラスに勝てるのだろうか。

 

 そんなディープの不安を見抜いていたかのようにトレーナーのタケさんはゆっくりと口を開く。

 

 

「だから言ったろう、君が挑むには早計だってな」

 

 

 わかりきっていたかのようにそう答えるタケさんの言葉にディープは何も反論できなかった。

 

 事実、宝塚記念では負けて、無様な姿を晒してしまった。

 

 あれ以上の屈辱は今まで味わった事がなかった。

 

 アフトクラトラスとの宝塚での対決、現在の力量差をまざまざと見せつけられる結果となったのはディープインパクトのプライドを深く傷つけた。

 

 タケさんはため息を吐くと、ディープインパクトに向かいこう告げてくる。

 

 

「でだ、まあ、僕の見立てじゃ今の君のままじゃ勝てないと踏んだ。だからこそ、少しばかりやり方を変えることにした」

 

 

 トレーナーのタケさんはディープインパクトに簡単にそう話す。

 

 確かに今までの指導ならば、きっとディープインパクトはG1レースをいくつも勝つ事ができるだろう。

 

 それは海外のレースでもきっとそうだ。凱旋門でも良い勝負ができると思う。

 

 だが、それだけではアフトクラトラスには届かない。

 

 

「はぁ……はぁ……やり方……?」

「あぁ、そうだ」

 

 

 そう言って、タケさんは静かに頷くと、声を上げてある人物に声を掛ける。

 

 その人物を見た途端、ディープは目を見開いた。

 

 それは、あのアフトクラトラスと同じチームであり、海外に遠征を行っているウマ娘だったからだ。

 

 サングラスをかけていた彼女はそれを取ると真っ直ぐにディープインパクトを見据える。

 

 

「はじめましてでしょうか、ディープインパクト」

「……貴女は」

「先日は私の妹弟子が世話になったそうで」

 

 

 綺麗な長い栗毛の髪色をしたウマ娘。

 

 しなやかな身体と思いきや、圧倒的な筋肉量。それに、力強い眼。

 

 皐月賞、日本ダービーを獲り。更に現在では海外のマイルレースを走り勝ちを上げ続けている怪物。

 

 そして、アフトクラトラスの姉弟子であり、今もなお尊敬しているウマ娘。

 

 スパルタの風、ミホノブルボン、その人であった。

 

 ミホノブルボンはディープインパクトにゆっくりと近寄っていくと、静かな声色でこう告げてくる。

 

 

「タケさんからサポートを頼まれましてね、まあ、私も乗る気ではありませんでしたが、なんでも有馬記念でもう一度、妹弟子に挑むとか?」

 

 

 ミホノブルボンは息を切らしているディープインパクトに近寄りながら、静かに声色でそう問いかける。

 

 ディープインパクトはそんなミホノブルボンに表情を曇らせながらこう問いかけた。

 

 

「……はぁ……はぁ、だったらなんですか」

「そんなぬるいトレーニングじゃ天地がひっくり返っても無理ですよ」

 

 

 そう言って、息を切らしているディープインパクトになんの躊躇無く言ってのけるミホノブルボン。

 

 その言葉にディープインパクトは顔を更に顰める。

 

 トレーニング量も増やして走っているという中でそれがぬるいと言われればそうなってもいた仕方ないだろう。

 

 そして、それを肯定するように、その通りだ、という言葉が飛んでくる。

 

 その声の主の方へ振り返る一同、そこには、一人の男性トレーナーが居た

 

 

「よう、この子か? お前さんが言っていたのは」

「マトさん……ご無沙汰してます。はい、そうです」

「そうかそうか」

 

 

 マトさんと言われたそのトレーナーもまた、ディープインパクトの為にタケさんが呼んだ一人である。

 

 今現在行っているディープインパクトのトレーニングがぬるいと感じた二人、それは正鵠を得ている。

 

 なぜならば、彼らはずっとアフトクラトラスというウマ娘がこれまでどんなトレーニングを積み重ねてきたのか知っているからだ。

 

 その上で、ディープインパクトが現在のトレーニングをしたとしてもその差は広がると感じとった。

 

 

「お前さんの面倒を頼まれてな、まあ、俺は海外遠征までの期間限定だが」

「…………」

 

 

 その言葉にディープインパクトは静かに黙り込む。

 

 アフトクラトラスに今のままでは勝てないと言われ、彼女としてもこのまま引き下がるわけにはいかない。

 

 三冠ウマ娘としてのプライドもある。強者として、アフトクラトラスに勝ちたいという気持ちもある。

 

 

「貴女に問いましょうか、ディープインパクト。……地獄を見る覚悟が貴女にありますか?」

 

 

 黙るディープインパクトにミホノブルボンは静かな声色でそう問いかけた。

 

 アフトクラトラスは命を賭す覚悟で走っている。そのアフトクラトラスに勝つ為に地獄を耐える覚悟すら無ければ勝つ事すら出来ない。

 

 まさに死ぬ気で鍛えて、鍛えて、鍛え抜いてこそ、その勝ち筋が見えるという事だ。

 

 

「……やります、それであの人に勝てるなら」

「……よろしい」

 

 

 ディープインパクトの答えにミホノブルボンは笑みを浮かべて頷いた。

 

 今回のこの件、これはもちろん、ミホノブルボンにもマトさんにも考えがあっての事だ。

 

 それは、言わずもがな、アフトクラトラスの身体の事である。あのままでずっと走り続ければいつか彼女は限界を迎える事は明白だ。

 

 その前にディープインパクトにあの娘を止めてもらう必要があるとミホノブルボンは考えていたのだ。

 

 だが、その話をディープインパクトにするつもりはミホノブルボンもマトさんも全くなかった。

 

 それは、ウマ娘としての彼女達の誇りを傷つけてしまうと思ったからである。

 

 

「死ぬ気でついてこい、ビシバシいくぞ」

「はいっ!」

 

 

 そこから、ディープインパクトへの二人からの地獄の指導が行われる事になった。

 

 今は亡き、遠山試子の遠山式トレーニング。

 

 まさに、常軌を逸した超スパルタのトレーニングだ。

 

 それを更に洗練させ、更に効率的に手を加えていったものを二人はディープインパクトに指導する事になった。

 

 

「……はぁ……! はぁ……!」

「そんなものかっ! まだ足りんッ! ミホノブルボンから置いていかれとるぞッ!」

 

 

 マトさんの檄が坂路に木霊する。

 

 ここは、トレセン学園ではなく遠山厩舎、つまり、アフトクラトラスとミホノブルボンの実家である。

 

 ここにはトレセン学園にあるサイボーグ専用坂路と同等のものが用意されている。

 

 サイボーグ坂路はアフトクラトラスやアンタレスのメンバーがよく使う為、ミホノブルボンの許可の元、この場所を使わせてもらう事にしたのだ。

 

 

「ゲホッ……! ゲホッ……!」

「まだ500本ですよ、もうバテましたか?」

「……はぁ……はぁ、こんなの……まともじゃ……」

「アフトクラトラスはニ、三倍くらい普通に走りますよ?」

「!?」

 

 

 そのミホノブルボンの言葉にディープインパクトは目を見開く。

 

 500本走って未だに涼しい顔をしているミホノブルボンも大概規格外に化け物だが、アフトクラトラスはその三倍と聞いて、本当に自分と同じウマ娘なのかと思った。

 

 それを遠目で眺めている二人のトレーナーはディープインパクトやアフトクラトラスについて話していた。

 

 

「……なかなか根性あるな、あの娘」

「いい娘でしょう」

「あぁ、あれはまだ伸びる。鍛え方次第だがな」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべるマトさん。

 

 そして、その言葉を聞いて嬉しそうにタケさんは笑みを溢す。

 

 それから、タケさんは例の件について、マトさんに問いかけはじめた。

 

 

「どうですか? あの娘の具合は……」

「ライスか?」

「えぇ……。まだ目を覚まさないと聞きましたが」

 

 

 そう言って、静かな声色で悲しげに告げるタケさん。

 

 その言葉を聞いたマトさんは、空を見上げると思い出すように、ライスシャワーの近況について話をし始める。

 

 

「そうさな……。アフトクラトラスが毎日のように見舞いに来とるらしい」

「…………」

「いつ目を覚ますかもわからんのに毎日な、まぁ、俺もなんだが」

 

 

 自嘲する様に笑みを浮かべるマトさんの言葉にタケさんは悲しげな表情を浮かべた。

 

 悲劇の宝塚。

 

 あの日以来、ライスシャワーの走りを見ることが出来なくなり、毎日が灰色になったように感じた。

 

 他のウマ娘の指導をするが、マトさんはイマイチ気持ちが入らず。苦難の日々が続いていたのだ。

 

 そんな中、今回、タケさんからこのように声をかけて貰い、改めてライスシャワーの為に出来ることとして、ディープインパクトの指導を引き受ける事にした。

 

 全ては、彼女達がまた笑い合えるような日々が送れるようにと。

 

 

「……凱旋門、勝てますかねディープは」

「勝てる。いや、勝てるようにするのがお前さんだろう?」

「はは、そう言われると耳が痛い」

 

 

 そう言って、互いに軽く笑い合うトレーナー二人。

 

 アフトクラトラスもきっとこうしている内にも更に力をつけてきている。

 

 凱旋門を勝つのは必須、勝つ事ができなければ同じ土俵にいつまでも立てない。

 

 

「……よし! あと200本!」

「……はぁ……はぁ……」

 

 

 その事はディープインパクト本人もよく自覚していた。

 

 アフトクラトラスのこれまで積み重ねてきた努力、そして、その執念、覚悟。

 

 それらを、ミホノブルボンとマトさんから受けるトレーニングを通して身にしみて感じる。

 

 そして、そのトレーニングの中で、彼女はもう一人のトレーナーの姿を感じることができた。

 

 それは、このトレーニングを考えた人だろうか。

 

 聞こえるはずの無い、厳しい檄。

 

 まるで、それは今、必死で坂を上がる自分を後押ししてくれているように感じた。

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 叫び声で気合いを込めて、何度も上がる坂路。死にものぐるいで前を走るミホノブルボンにディープインパクトは食らいつくようについていく。

 

 アフトクラトラスも通った道、そんな道の半ばで諦める何てことはディープインパクトのプライドが許さなかった。

 

 来るべき凱旋門賞までの時間は限られている。そして、アフトクラトラスとの再戦にも時間はない。

 

 自分の全身全霊を込めて、与えられたトレーニングを直向きに熟す。

 

 

 アフトクラトラス、彼女と同じ景色を見る為に。



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約束に向かって

 

 

 

 秋のG1。

 

 私は今年、春シニア三冠、そして、秋のシニア三冠の年間無敗記録を目指しつつ、トレーニングに励んでいた。

 

 流石に宝塚記念を走った後はゆっくり休みましたけどね。

 

 なんやかんやで天皇賞春も走ったので、身体的にもだいぶガタが来ていたみたいですし。

 

 薬と通院はしているが、まあ、だいぶ無茶している気はしています。

 

 この二つをしたからと言って治るものでもありませんからね。

 

 

「……ライスシャワー先輩」

 

 

 私は今日も彼女の見舞いに来ていました。

 

 理由は宝塚記念のトロフィーを渡すためです。あの日、勝てなかった宝塚記念、私が代わりに勝ってきましたからね。

 

 枕元の机の上にトロフィーをそっと置くと、椅子に座り、ライスシャワー先輩に私は話しかけます。

 

 

「勝ちましたよ……宝塚記念。私ね、ライスシャワー先輩の笑顔が走る前に浮かんだんです。必ず勝ってくるねって」

 

 

 私は声を震わせながら、寝ているライスシャワー先輩に告げる。

 

 わかっている。こんな事話しても聞いてるかどうかなんてわかりはしない。

 

 だけど、私はずっと彼女が目を覚ますのを待っていた。いつか、目を覚まして、いつものように走れるようになると。

 

 医者は安楽死を提案してきたが、絶対にそんな事はさせまいと私は抗ってきた。

 

 

「私、頑張りましたよね……?」 

 

 

 そう言って寝たきりのライスシャワー先輩に問いかける私。

 

 当然、返答は返って来ない、それが、当たり前だった。いつも私が一方的にライスシャワー先輩に語りかけているだけだから。

 

 寝ているライスシャワー先輩の顔をジッと見つめたまま、私は話を続けます。

 

 

「……あの時のライス先輩の気持ち、今なら私もちょっとだけわかる気がします」

 

 

 それは、私の出るレースが私が勝つからつまらないという人達がいるからだ。

 

 あの日、宝塚記念で私に勝って欲しいと願ってくれたファンも居てくれただろう。

 

 だけど、ため息を吐いて会場を後にするファンもいた事も事実だ。マスメディアもまるで、私を打倒するのが正義だと言わんばかりの煽り方をする連中もいる。

 

 

「……気にも止めやしてないんですがね。私はそんな一部の人達のために走ってなんていないんで……」

 

 

 そう、私はそんな小さな理由で走っているわけじゃ無い。

 

 嫌われようが何だろうが、私は私の道を行くだけだ。それは、栄光と勝利、そして、強者としてのプライド。

 

 ウマ娘と生まれたからには勝ちつづける事が正義、負けるのは許されない。

 

 

「重圧というか、別に気にしてなかったですが……ディープインパクトちゃんのあの差しには正直、一瞬背筋が凍りつきましたよ」

 

 

 私は思いますようにその名前を口にする。

 

 ディープインパクト、その名前の通りにあの凄まじい差し足は才能の塊であった。

 

 奇跡に近いと言われるだけあって、あの走りには驚かされた。

 

 とはいえ、未だ未熟の域は出ていませんでしたがね、経験次第じゃ有馬はどうなるかわからない。

 

 

「……ライス先輩。私の走り、最後まで見届けて欲しいんです。……だから、起きてください」

 

 

 私はそう言って、ライス先輩の手を握りながら静かに涙を流す。

 

 もう、あの日から1年以上経つ、ずっと毎日通い詰めて、ライス先輩が口を開いてくれるのを私は待っていた。

 

 大好きな先輩だから、私の思いまで背負って走ってくれた先輩だから、私のこれからをその目で見届けて欲しい、そう思っていた。

 

 私の涙がそっとライス先輩の手に当たる。

 

 

「……ア……フ……ちゃん……」

「……え?」

 

 

 私はその聞こえてきた言葉に目を見開いた。

 

 そこには、朦朧とした意識の中、目をゆっくりと開いたライスシャワー先輩の姿があった。

 

 私は目から涙が溢れ出てくる。そして、ライスシャワー先輩に抱きついた。

 

 ライスシャワー先輩はそんな大泣きする私の手を強く握り返しながら、大泣きする私の頭を何度も撫でてくれた。

 

 

「もうっ……もう目を覚さないかってっ……! よかったぁ……! 良かったよぉ……っ!」

 

 

 その私の泣き声を聞いて、看護師達が慌ててやってくる。

 

 そして、目を覚ましたライスシャワー先輩を見て彼女達は慌てた様子で担当医を呼んでくると言って駆け出して行った。

 

 一年以上の時を経て、ライスシャワー先輩は深い闇の底からようやく帰ってきてくれた。

 

 その知らせは、大勢のウマ娘達の耳に入り、皆はこの知らせに歓喜した。

 

 

 

 

 それから、しばらくして。

 

 意識を戻したライスシャワー先輩は担当医から脚の状態について話を聞く事になった。

 

 復帰をするにはかなりの困難が伴うという話だ。正直、治る保証もできない上に治ったとしても以前と同じように走れるとも限らない。

 

 

「本来なら引退だ。もう走る必要もないんですよ」

「……はい」

「それでも、やるのかい?」

 

 

 医者は神妙な面持ちでライスシャワー先輩にそう問いかける。

 

 生死の境を彷徨い、もはや、走る事すらトラウマになってもおかしくない事故にあったのだ。そう言われても仕方ないだろう。

 

 だが、ライスシャワー先輩は強い眼差しで医者を見つめるとしっかりとした口調でこう告げた。

 

 

「私には約束がありますから」

「……約束?」

「そうです、私の大切な人との約束です。

 ……私の大事な後輩がずっと約束を守って来たのに私が破るなんてかっこ悪いでしょ? 先生」

 

 

 そう言って、晴れやかな笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 約束、それはメジロマックイーンさんと姉弟子との誓い。

 

 アメリカの地で再び3人で戦おうと決めた約束、それを果たせないまま、引退をするなんてライスシャワー先輩には考えられなかった。どんなにそれが、困難な道であっても最後まで抗うと心に決めていたのだ。

 

 

「……リハビリは過酷ですよ?」

「過酷なのには慣れてますから」

 

 

 医者の言葉にライスシャワー先輩は何の躊躇もなくそう言ってのけた。

 

 どんなに困難で過酷な道のりであろうと、ライスシャワー先輩は努力で乗り越えて来た。

 

 今更どんなリハビリをやろうがそれを耐え抜く自信がライスシャワー先輩にはある。

 

 それを聞いた医者は笑みを浮かべながら静かに頷くのであった。

 

 

 

 来るべき、秋のシニア三冠制覇。

 

 そして、有馬記念に向けて私はオカさんとトレーニングを積み重ねていた。

 

 ライスシャワー先輩が目を覚ました事で、私は更に力を貰ったように感じる。

 

 

「はぁ……はぁ……タイムは?」

「うん、縮んでいるな」

「よしっ!」

 

 

 2500m、この距離のタイムの短縮。

 

 全力を出さずともこのタイムを短縮していけば、更に早くタイムを叩き出せるようになる筈。

 

 そうオカさんと相談した私はそのトレーニングに励んでいた。

 

 もう、凱旋門賞の時期が近づいて来ている。恐らく、ディープインパクトは現地入りして海外の芝に脚を慣らしている頃だろうか。

 

 そんな私を車椅子に座っているライスシャワー先輩は遠目で見ていた。

 

 隣には彼女の車椅子を押すためにドゥラちゃんが側にいる。

 

 

「ライスシャワー先輩……。なんで止めないんですか?」

「何が?」

「アフちゃん先輩の事です……」

 

 

 車椅子に座るライスシャワー先輩にドゥラちゃんは悲しげな表情を浮かべてそう告げる。

 

 しかしながら、ライスシャワー先輩は左右に首を振るとドゥラちゃんに向かいこう話をし始めた。

 

 

「アフちゃんには話したわ、けどね、あの娘は言ったの。ライス先輩の為だけじゃなくて自分の約束を守るためだって」

「約……束……?」

「そう、約束。有馬記念で再戦を申し込んできたディープインパクトとの約束よ」

 

 

 ライスシャワー先輩は儚げな笑みを浮かべたまま、ドゥラちゃんにそう告げる。

 

 私は約束は必ず守ってきた。それは、ファンに対してもそうだし、勝負についてもそうだ。

 

 あれだけ、完膚なきまでに叩きのめしたにも関わらずディープインパクトは私に再戦を申し込んできた。

 

 それに応えなければならないという使命感、私の立場で這い上がって来ると宣言した者との約束を反故にするなど考えられなかった。

 

 それは、私もディープインパクトちゃんに敬意を表しているからだ。

 

 

「少なくとも、少しは肩の荷が降りてくれたのならいいのだけど……。アフちゃんがあぁなったのは私の責任でもあると思うから……」

「ライス先輩……」

「私も……約束を果たさなきゃね」

 

 

 そう言って、ドゥラちゃんに微笑みかけるライスシャワー先輩。

 

 私の身体のことを知った上でその決意をライスシャワー先輩は汲み取ってくれた。

 

 だが、いずれにしろこのまま放っておけないのも事実だ。

 

 

「何ができるかわからないけど、アフちゃんは私がバックアップするつもり……こんな身体だけどね」

「ライスシャワー先輩……」

「だから、ドゥラちゃんも応援してあげて? あの娘の事を」

 

 

 ライスシャワー先輩からそう言われたドゥラちゃんは力強く頷く。

 

 秋のシニア三冠と年間無敗記録。

 

 この記録に挑もうとしている私の旅路をドゥラちゃんもライスシャワー先輩も見届けてくれる。

 

 どこまで頑張れるかは正直、わかりません。

 

 今も薬を飲んで、通院までして体に鞭を打って走っているのだから。

 

 秋の天皇賞、ジャパンカップ、そして、有馬記念。

 

 どれも簡単に勝てるようなレースじゃない事くらい私も理解している。

 

 

「はああああああ!!」

 

 

 だけど、私はそれでも駆ける。

 

 一つの約束を果たすために、私に挑むと言ったウマ娘の挑戦を受けるために。

 

 今度は私自身の為、ウマ娘として、私が生きている意義を見せつけるために。

 

 

 

 それから、季節は巡り秋。

 

 秋の天皇賞、私はもちろん1番人気に推されていた。

 

 一方で海外レース凱旋門賞では、ディープインパクトが一番人気に推され出ていた。

 

 テレビの向こう側に映っていた彼女の姿は以前とはまるで別人のように洗練されていて、鬼気迫るようなものを感じた。

 

 そして、始まった凱旋門賞は最後のラストスパート、ディープインパクトが先頭に躍り出る。

 

 

「ディープが! 今! 世界制覇に向けて翼を広げました! 後続も追い縋るが抜けて来るッ! 強いッ! 強いッ! ハリケーンラン迫る! だが寄せ付けないッ! ディープインパクト! 行くかっ!」

 

 

 ディープインパクトの走りはそれはもう凄まじいという一言に尽きます。

 

 執念、かなり強い執念が籠った走りでした。後続のウマ娘もそのディープのスピードには誰も追いつけない。

 

 才能が開花したと表現すべきでしょうかね、その強さは世界を驚かせるに値する強さでした。

 

 

「すげーな、ディープインパクトッ!」

「なんて速さ……」

 

 

 それを目の当たりにしていたウオッカちゃんもダイワスカーレットちゃんもそのディープインパクトの走りに声が溢れる。

 

 憧れすら追いつかない、海外のウマ娘をも圧倒したその強さは皆を戦慄させた。

 

 だが、それを見ていた私は逆に有馬記念が楽しみになって仕方がありませんでした。

 

 強くなったディープインパクト、姉弟子がサポートに付いていると聞いていましたからね、それでこそ倒し甲斐があるというものです。

 

 私は天皇賞・秋に続く通路の途中でふと、その事を思い出しながら笑みを溢します。

 

 そして、私が通路から出てレース場に出るとお馴染みのアナウンスが会場内に木霊しました。

 

 

「4枠5番! さあ、主役の登場ッ! 今日も勝ってしまうのでしょうかアフトクラトラス! 一番人気ですッ!」

 

 

 当たり前のように推される一番人気。

 

 私はそれに応えるように今日もターフを駆ける。誰が何と言おうと私は私らしく走るだけだからだ。

 

 何故なら、凱旋門賞を勝ったディープインパクトと戦うのに、こんな場所で立ち止まっていられないから。

 

 ライスシャワー先輩も復帰に向けて戦っている。だから、私も力の限り走り続けて、交わした約束を必ず果たしてみせる。

 

 今日も私を祝福するように歓喜の声が会場に響き渡っていた。

 



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感謝と餞別

 

 

 季節がまた巡り秋から冬へと移り変わる。

 

 木々に残った葉っぱが散り始め、もうすぐ、季節をまた跨ごうとしていた11月の後半。

 

 私は秋の天皇賞を勝ち、そして、ジャパンカップで海外のウマ娘達を迎え撃った。

 

 

「アフトクラトラス先頭ッ! 残り400m! 強いッ! 強すぎるぞアフトクラトラスッ! 皇帝は未だ健在ッ! ヴィジャボードが食い下がるが追いつけないっ! この強さッ! どこまで強いのかッ! 今、他を寄せ付けずゴールインッ!」

 

 

 魔王アフトクラトラス、世界を圧巻。

 

 世界のウマ娘達も私という存在が倒すべき目標と再認識することになったジャパンカップ。

 

 私は日本だけでなく、世界からも一目置かれ、世界一のウマ娘になるにはアフトクラトラスを倒さなくてはいけないとまで言われていた。

 

 そして、私の無敗記録も伸びて18になった。

 

 これまで勝ってきたG1は朝日杯、皐月賞、ダービー、菊花賞、イギリスダービー、キングジョージ、凱旋門賞、大阪杯、天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋、ジャパンカップ、そして、有馬記念。

 

 15個のG1を勝ち取ってきた。

 

 デビュー戦からOP戦をこなし、東京スポーツ杯を勝ち、そして挑んだG1路線。

 

 これまで、さまざまなことが立ち塞がってはそれを乗り越えて今まで駆け抜けてきた。

 

 

「……アフトクラトラスさん」

「……はい」

 

 

 私は真っ直ぐにこちらを見つめて来る医者の瞳を見つめる。

 

 栄光と挫折、姉弟子の菊花賞での敗北。己を蝕む爆弾と義理母との死別、ライスシャワー先輩の宝塚記念での事故。

 

 これまでさまざまな事があった。

 

 そして、私はたった一つの約束を果たす為に今、勝ち続けている。

 

 

「……とても、有馬記念を走れる身体ではないです。仮に走っても……」

 

 

 そう言って言葉を区切るお医者さん。

 

 ずっと通院していた私の身体を検診してくれて、薬も出してくれて、協力してもらいました。

 

 きっと、彼女からしてみればここで私に止まって欲しいでしょうね。

 

 医者として、それは正しいです。

 

 ですが、私は彼女にこう告げます。

 

 

「走ります」

「馬鹿なッ! もうあなたの身体はとうに限界を越えてるんですよッ!」

 

 

 医者は私の返答に声をあげてそう告げて来る。

 

 医者にそう言い切る私の眼には迷いはなかった。

 

 後悔はしたくない。ディープインパクトが有馬記念で待っている。走る理由はそれだけで十分だった。

 

 これまでしてきた約束を私は破った事はない。口に出した事もちゃんと成し遂げてきた。

 

 

「……最後に……なるかもしれないんですよ?」

「…………」

「良いんですか?」

 

 

 医者のその言葉に私は言葉に詰まる。

 

 本当は嫌だって言いたい、だけど、私はいずれにしろ今後走れるかどうかさえわからないのだ。

 

 有馬記念、その有馬記念で私が勝つ事を望んでくれるファンの人達がいる。

 

 ヒールと言われながらも愚直に走り抜けた先輩の背中を私はずっと見てこれまで走ってきた。

 

 死ぬような努力を積み重ね、それを糧に強くなった義理の姉が私には居た。

 

 だから、私が皆に見せなくちゃいけないのはそんな人達を見て強くなった私の姿だ。

 

 

「やります、有馬記念」

「おい、アフ……お前」

「後悔だけはしたくありません。この先、どんなレースがあろうとこのレースだけは、ディープインパクトとの約束は譲れない」

 

 

 それを支えに私はこれまで身体を奮い立たせて頑張ってきた。

 

 私のその瞳を見たオカさんは静かに瞳を閉じる。果たしてこのまま私を有馬記念に出して良いものかどうか。

 

 だが、オカさんは私の瞳と覚悟を見て、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「……わかった。だが、ここまでだ。ラストランだぞ」

「……わかってます」

 

 

 ここに来て限界を更に超えろっていう義理母の格言がふと頭を過ぎりました。

 

 限界はとうに超えてしまっているかもしれません。

 

 だけど、ウマ娘として、無敗のウマ娘としてのプライドがどうしても身体を突き動かして仕方がなかった。

 

 相手はあのディープインパクト。

 

 奇跡に近いウマ娘と呼ばれた英雄が私を倒す為に努力して、血反吐を吐いて凱旋門賞を獲って帰ってきた。

 

 ならば、私もそれに全力で応えてやらなくてはいけない。

 

 

 

 私は久しぶりに動画撮影をする事にした。

 

 今までアフチャンネルをやって来ませんでしたからね。事情はいろいろとありましたが、とてもそんな余裕はありませんでしたから。

 

 いつもなら、ワイワイと皆とゲームしながら、楽しみながら、私が馬鹿してよく突っ込まれていた動画配信。

 

 きっかけはそういえばゴルシちゃんでしたかね。

 

 

「皆さん、お久しぶりです。アフトクラトラスです」

 

 

 もしかしたら。もう誰も私の配信には来ないかもしれない。

 

 そう思って久々につけた配信。

 

 ですが、しばらくするとたくさんの人からのコメントが私の目に飛び込んできます。

 

 

『アッフ……!』

『久々だな! おい!』

『待たせやがって!』

『いろいろあったんだってな、話は聞いたぞ』

 

 

 コメント欄に来てくれた人達は暖かく私を迎え入れてくれました。

 

 凱旋門賞を走った時も、彼らの声は間違いなく私の力になったと思います。

 

 私は思わず笑みを溢しながら静かに口を開きます。

 

 

「すいません、心配をおかけして」

 

『ええんやで』

『うん、大変だったなアッフ』

『顔が見れて感謝』

 

 

 きっと彼らは私の為に会場まで足を運んでくれていたのでしょう。

 

 私がどんな状況になっているかもきっと話を聞いていたに違いありません。でも、私は知っています。

 

 彼らが、私のレースに毎回、毎回、応援をしに来ている事も。下手したら凱旋門賞まで応援にしに来てくれた人も居ました。

 

 だからこそ、私は覚悟を決めてゆっくりと口を開く。

 

 

「今日は皆さんに大事なお話があります」

 

『ん……?』

『なんだなんだ?』

『……なんか意味深だな』

 

 

 私の言葉に皆が一斉に耳を傾ける。

 

 前からめちゃくちゃふざけて配信していたはずの私の雰囲気や言動からいろいろ察した人もいるでしょう。

 

 きっと、この配信を見に来ているウマ娘達もいるかもしれません。

 

 だからこそ、私は包み隠さず彼らに向かって話をし始めた。

 

 

「この配信がもしかすると……私の最後の配信になるかもしれません」

 

『……え?』

『は?』

『嘘だろ……オイ』

 

 

 私の言葉に一斉に言葉を失うコメント欄。

 

 これまで、ふざけた配信ばかりしてきて、配信の途中にルドルフ会長から怒られたり、ブライアン先輩が乱入してきたりいろいろありました。

 

 楽しく皆さんとワイワイと接する事ができたと思います。

 

 距離が縮まったようなそんな気さえしました。

 

 だけど、私はこれまで通りこの場所でこうやって配信できるかどうかわかりません。

 

 だからこそ、今日、来てくれた皆さんに挨拶をしておかねばと思っていた。

 

 ずっと私を支えてくれたファンの皆さんに。

 

 

「次の有馬記念、良かったら応援しに来てください。

 ……なんていうか、こう、配信ができないかもって言っておいて都合の良い話って思うかもしれません」

 

『アフちゃん……』

『馬鹿野郎! 行くぞお前!』

『何言ってんだ! 行くに決まってんだろ!』

『そうだ! 勝ってこいよッ!』

 

 

 そう言って、皆は私の背中を推してくれるようなコメントを残していく。

 

 私の瞳からは涙が出てきました。事情も何も知らないのに、もう配信が見れなくなるかもしれないと言っているのに彼らは何も聞かずに応援すると言い切る。

 

 その言葉になんだか、力をもらえたような気がしました。

 

 

「ありがとう……、皆さん」

 

『泣かないで』

『そうだぞ、勝った後に泣け』

『ディープインパクト、倒してこいよ!』

 

 

 私はその言葉に笑顔を浮かべて力強く頷く。

 

 きっと私の配信を見にきている視聴者はこんな私の姿なんて見たくはなかっただろう。

 

 本当ならもっと明るく元気にゲーム実況したり、皆でワイワイするところなんかを見たかっなんだろうなって思う。

 

 だが、これは私なりのケジメだ。

 

 これから、有馬記念を走るという事はそういう事なんだ。

 

 

「皆さん、次は有馬記念で会いましょう、私の走りを見届けてください」

 

『当たり前だ!』

『期待してるぞ!』

『アッフ! またな!』

 

 

 そう言って、私は自分の配信を切る。

 

 いろいろな事を本当は皆に話してやりたかった。もちろん自分の今の身体の事を含めて。

 

 だけど、それがディープの耳に入り、私達の全力の勝負に水を差したくはなかった。

 

 有馬記念は必ず勝ってみせる。

 

 義理母に教えてもらったこれまでの事を出しきって、必ず勝つ。

 

 

 それから、私は有馬記念までのトレーニングに励む事にした。

 

 これまでやって来たこと、それを出し切るためのトレーニング。

 

 身体がどうのこうのなんて関係ない、手を抜いたトレーニングなんかしない、勝つ為のトレーニングだ。

 

 そんな中、私は廊下で見慣れた顔とすれ違う。

 

 私はその人物に何も言わないまま通り過ぎようとしていた。

 

 

「おい、アフ」

「………………」

「有馬、行くんだってなお前、話……聞いたぞ」

 

 

 それは、私が倒れた時に側にいたウマ娘。

 

 そう、ゴルシちゃんです。彼女は通り過ぎた私に静かな口調でそう告げてきます。

 

 当然ですよね、彼女は私が倒れた際、側にいて私の病気のことも全て知っているんですから。

 

 だからこそ、接触を控えていましたし、私は会おうともしませんでした。

 

 ですが、彼女はそんな私に向かいこう告げて来る。

 

 

「走るなら、中途半端な走りはすんじゃねぇぞ」

「……当然でしょ」

「だよな、お前はそういう奴だ」

 

 

 ゴルシちゃんは私の返答に満足げに頷く。

 

 ゴルシちゃんも最初は私が走ることには大反対していた。当然だ、目の前で胸を押さえて倒れた私を見たら普通はそうなって然るべきだろう。

 

 だが、ゴルシちゃんは有馬記念を走ることを良しとしてくれた。きっと彼女の事だ、私の先日の配信も見ていたに違いない。

 

 

「ほら、これ……」

「……ん?」

「餞別だ……。ラストランなんだろ」

 

 

 私はそのゴルシちゃんの言葉に目を丸くする。

 

 有馬記念、確かに走るとは言ったが、私は一言もラストランだなんて言った覚えはない。

 

 きっと、ゴルシちゃんは私を見てそう察したのだろう。だからこそ、今まで振り回した相棒にこうして餞別を渡してくれたのだ。

 

 

「これは……」

「トレセン学園で一番美味いたこ焼きを焼く事ができるやつに相応しいたこ焼き屋バッジだ。お前に一番似合ってたろ?」

 

 

 そう言って、ニカッと明るい笑顔を私に向けてくるゴルシちゃん。

 

 そう言えば、よくゴルシちゃんとたこ焼きを売って回ったっけな。G1のレースで先輩達が走る中、何してたんでしょうねほんと。

 

 でも、あれはあれで楽しかった。私はその事をきっかけにゴルシちゃんからファンの大切さを教えてもらった事もある。

 

 

「……これ、付けて走るよ、ありがとう」

「気にすんな! あと、それとな! アフ!」

 

 

 そう言って、ゴルシちゃんは言いそびれたとばかりに私を引き止める。

 

 まだ何か言いたいことでもあるのだろうか、そんな事を思いながら首を傾げると、しばらく間をおいた後にゴルシちゃんは私にこう言い放つ。

 

 

「ラストランなんてつまらねぇ事いうなよ。

 ……有馬で勝ってよぉ、また、お前が元気で走るとこ私に見せろ」

 

 

 そう告げるゴルシちゃんの言葉に私は目を見開く。

 

 これまで、私が馬鹿やることに付き合ってくれた親友、それがゴルシちゃんだったと思う。だからこそ、その言葉は何より嬉しかった。

 

 私はそのゴルシちゃんの言葉に返答を返さないまま静かに頷き踵を返すとその場から立ち去る。

 

 

「……がんばれよ」

 

 

 立ち去っていく背中越しに微かにそう言葉が聞こえた。

 

 だけど、私は振り返らずにその場を後にする。

 

 秋のシニア三冠の最終戦、有馬記念に向けての最終調整。

 

 私は全てに区切りをつけ、挑んでくるディープインパクトを迎え撃つべく、再び坂路を駆ける。

 

 義理母と姉弟子、そして、ライスシャワー先輩と走った坂路を懸命にただひたすらに駆けた。

 



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皆からの想い

 

 

 

 有馬記念、当日。

 

 この日、レース会場のチケットはいつも通り完売していた。

 

 有馬記念当日の朝、私は少しばかり早く起きて軽くランニングをしていました。

 

 完全な気晴らしで、こうでもしないと落ち着けないからだ。

 

 雪が降る中、私は白い息を吐きながら黙々と走る。

 

 そんな中、信号で私はピタリと止まった。赤信号を走って渡るのは危ないですからね。

 

 

「ランニング、一緒に良いかしら」

「………………」

 

 

 そう言って、私の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 私がその声の方に視線を向けるとそこに居たのは、いつも私の側にいてくれたメジロドーベルさんだ。

 

 ドーベルさんは私の事をかなり心配してくれていた。

 

 倒れた時も、ライスシャワー先輩が故障して目が覚めなかった時も、そして海外遠征の時も彼女はいつも私の事を気遣ってくれた。

 

 彼女が居てくれたから私はこれまで頑張れたのだと思う。

 

 

「えぇ、もちろん」

「ありがとうアフちゃん」

 

 

 ドーベルさんはそう言って笑みを浮かべる。

 

 そして、反対側には更に私のスポーツウェアの裾を軽く引っ張ってくる可愛いウマ娘がいました。

 

 それは、私の走りを見て私について回るようになった可愛い後輩、ドゥラメンテちゃんです。

 

 

「……私も良いですか?」

「…………」

 

 

 その言葉を聞いて私は笑みを浮かべて黙って頷きます。

 

 別に軽く汗を流すだけの気を紛らわす為のランニングでしたから、人数が増えたとて、特に問題はありません。

 

 それに、二人がなんで私についてきたいのかもよく理解していますからね。

 

 

「……それで、何か言いたい事でも」

「ううん、ただ一緒に走りたかっただけ」

「私もです」

 

 

 ランニングをしながらそんな会話をする私と二人。

 

 有馬記念を走ると決めてから、今に至るまで私は黙々とトレーニングに励んでいた。

 

 多分、そうした中でドゥラちゃんは私を止める為に力量を知っていながらも何度も挑んできました。

 

 本当はあの事について、私はドゥラちゃんに謝りたかった。

 

 

「ドゥラちゃん、あの時は……」

「良いんです、謝らないでください」

 

 

 ドゥラちゃんは私がそれを言葉にする前にそれを遮った。

 

 なんの事を言っているのか、わかっているからだろう。そして、それでもなお止まろうとしなかった事をドゥラちゃんは責めなかった。

 

 私が今の状態でどれだけの覚悟を持って走っているのか理解していたからだ。

 

 それはメジロドーベルさんも理解していた。

 

 そして、トレセン学園につき、ランニングも終わりを迎える。

 

 そんな中、メジロドーベルさんとドゥラちゃんの二人は足を止めると息を切らしながら、声を張り上げて私にこう告げる。

 

 

「有馬記念、頑張って! アフちゃん!」

「私達は応援してますからッ!」

 

 

 その唐突な言葉に目を丸くする私。

 

 いきなりそんな事を言われるなんて思いもしていませんでした。

 

 それから二人は、互いに顔を見合わせると私にあるものを手渡してくる。

 

 

「良かったらこれ付けてください」

「私とドゥラちゃんの名前が入った鉢巻、気合い入るでしょ?」

 

 

 それは、白い鉢巻。そこにはドゥラちゃんの名前とメジロドーベルさんの名前が書いてあった。

 

 一人で走らせやしない、孤独で走らせたりなんて絶対にしない。

 

 そんな強い意志が感じられた。きっとそれは、ゴルシちゃんからもらった、たこ焼きバッジもそうだ。

 

 私はそれを受け取ると静かに頷く。

 

 

「えぇ、絶対に付けます。二人ともありがとう」

 

 

 宝塚記念を走る前にライスシャワー先輩は言った。

 

 私の想いも皆の想いも背負って走ると、だったら私だって皆の想いを背負って走る。

 

 こうして、想いが籠ったものがあれば、私も皆と一緒に駆ける事ができる。

 

 

「……ありがとう!」

 

 

 私は満面の笑みで二人にそうお礼を述べる。

 

 その後、二人と別れた私は有馬記念に向けての準備をして寮を出た。

 

 寮を出た頃には外には白い雪が静かに降り注いでいる。

 

 寮から出てしばらく歩くと、そこで車を用意したオカさんが私を待ってくれていた。

 

 

「冷えるだろう? 乗りなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 そうお礼を述べて、オカさんの車に乗り込む私。走って会場にいく事もできたが、レース前という事でオカさんが気を回してくれたのだろう。

 

 それから私はオカさんが運転してくれる車に乗って有馬記念の会場へ共に向かう。

 

 会場に着くと、まだ、開いてから間もないというのにかなりのお客さんが詰めよってきていた。

 

 会場の外にはポスターが貼ってある。

 

 魔王VS英雄、二度目の対決と銘打たれたポスター。

 

 冷たい雪がしんしんと降る中で、熱を感じられるポスターに会場に来ていた皆は胸を熱くした。

 

 

「凄い熱気だな」

「そうですね」

 

 

 オカさんの言葉に私は相槌を打つように頷く。

 

 その熱気のある光景に私は懐かしさを感じる。

 

 それは、いつの頃の記憶だっただろうか、もう思い出せない。

 

 私は車から降りると、荷物を持って控え室に向かって歩き始める。

 

 その控え室へと続く道中、私を待ち構えていたかのように壁に背を預けたまま瞳を瞑り腕を組むウマ娘が居た。

 

 その姿を見た私は思わず笑みを浮かべる。

 

 

「出迎えですか……? ブライアン先輩」

「…………そんなとこだ」

 

 

 そこに居たのは、長いこと私を可愛がってくれたナリタブライアン先輩だった。

 

 彼女は私がこの道を通る事を知った上で待っていたのだろう。

 

 そう言えば、ナリタブライアン先輩も有馬記念は何回か走った事があったんでしたっけ。

 

 ブライアン先輩は背を壁から離すと、ゆっくりと私に近づいて私の鼻先にシールのようなものを貼り付けてきた。

 

 シャドーロール、それはブライアン先輩が付けていたのと同じもの。

 

 それを付けたブライアン先輩は笑みを浮かべたまま私にこう告げてくる。

 

 

「私からの御守りだ。会長からはもう貰ってるだろう?」

「……えぇ」

 

 

 私はいきなり付けられたシャドーロールに驚きはしたものの、ブライアン先輩の言葉に頷き応える。

 

 ルドルフ会長からは既に外套を頂いている。これと共に私はこれまで駆けてきた。

 

 ブライアン先輩は私の顔を見ると静かに頷きこう告げてくる。

 

 

「私からは言う事は特に無い、良い顔つきになったなアフ」

「……はい!」

 

 

 おそらく、今の私は色々と吹っ切れたような顔をしている事だろう。

 

 今はただただ、有馬記念で走る事に集中している。そこで待つ一人のウマ娘を倒す為に。

 

 私はブライアン先輩から貰ったシャドーロールが付いた鼻を軽く擦る。

 

 ブライアン先輩とお揃いというのは、なんだか照れ臭くはあるが、確かに御守りとして、あるだけで少しだけ心強く感じる。

 

 それぞれ、皆から貰った想いが詰まった物。

 

 私はそれを快く受け取る。受け取って、それと共に今日は駆ける。

 

 

「行ってこいアフ」

「はい、行ってきます」

 

 

 私はブライアン先輩から受け取ったシャドーロールを鼻に付けて、そのまま控室へ入ります。

 

 そして、自分の荷物を下ろすと、そこからシューズや自分の勝負服を取り出して着替える。

 

 今までとは違ったデザインの勝負服。

 

 青と黒、私の色に染まった服だ。これは、今は亡き義理母が最後に私にくれた勝負服。

 

 今日、この日のために私はこの服を持って来た。

 

 私はその服に腕を通し、鏡を見ながら衣装を確認する。

 

 

「似合っていますね、妹弟子」

「……姉弟子」

 

 

 そして、その衣装の感想を言う前に控え室に入ってきたミホノブルボンの姉弟子にその感想を言われた。

 

 姉弟子はディープインパクトについて行き、彼女を鍛えに鍛え抜いた。

 

 全ては私の事を思ってのことだろう。

 

 私をディープインパクトに止めてもらう為、きっとマトさんも同じような気持ちで動いていた事は察する事ができる。

 

 私もその事は重々承知している。それに、むしろ彼女をあそこまで成長させてくれて感謝しているくらいだ。

 

 

「その衣装、マスターと一緒に作った甲斐がありました」

「……姉弟子もこれを?」

「えぇ、そうです」

 

 

 そう言って、姉弟子は笑みを浮かべながら私の肩にポンと手を乗せてきます。

 

 その手は震えていました。それは、私の身体の事を姉弟子も知っているからでしょう。

 

 本当は走らせたくなんてない、走らせたらまた、ライスシャワーのようになってしまうのではないだろうか。

 

 そんな想いが姉弟子にあった。

 

 

「……アフ……走らなくても良いんですよ」

「姉弟子……」

「無理に走らなくても貴女は充分頑張ったではないですか」

 

 

 姉弟子の震えた声に私は何にも応える事ができない。

 

 もしかしたら、そうなるかもしれない。だけど、私にはそれ以上に走る意味がある。

 

 姉弟子を悲しませたくない気持ちもある。

 

 けれどもそれ以上にディープインパクトとの約束を果たさなければならないという使命感が私にはあった。

 

 だから、私は振り返り、姉弟子の身体を優しく抱きしめた。

 

 

「ごめんなさい姉弟子、私の我儘です」

「……行くのですか?」

「はい、勝つ為に走ります」

 

 

 姉弟子を抱きしめたまま私は迷わずそう告げる。

 

 これまで一緒に越えてきた苦難の数々、そして、追い求めてきた背中。

 

 涙を流しながら、何度も登った坂路。

 

 次から次へとボロボロになっていく、たくさんのシューズ。

 

 それら全てはこの時のためだったのだと私は思います。

 

 姉弟子は私に抱きしめられたまま、私の言葉を聞いて静かに涙を流していました。

 

 

 レース場に続く道を私はゆっくりと歩いて行きます。

 

 通路の先から漂ってくる芝の匂い、そして、大きな歓声。そのどれもが、私の気持ちを昂らせます。

 

 そして、その通路を抜けた先には。

 

 

「………………」

 

 

 静かに私を待ち構えるように一人のウマ娘が待っていました。

 

 彼女は真っ直ぐに私を見つめ、私も同様に彼女を真っ直ぐに見据える。

 

 青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体。

 

 いや、その小柄だった身体は以前よりも鍛え抜かれたしなやかな身体に変貌している。

 

 私にはわかる。あれは並々ならぬトレーニングを重ねたからこそ出来上がる身体だ。

 

 そして、極め付けはあの鬼気迫るような眼。

 

 その瞳は私を倒す事だけを考えている。

 

 以前、ライスシャワー先輩がミホノブルボンの姉弟子に向けていたのと同じ目だ。

 

 私はそんなディープインパクトの顔つきを見て思わず笑みが溢れる。

 

 

 魔王と英雄の二回目の激突。

 

 激闘の有馬記念の火蓋が今切って落とされようとしていた。

 



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雪を越えて

 

 

 

 有馬記念。

 

 寒い冬の寒空の下だというのにその場所だけは熱い熱気が渦巻いている。

 

 アフトクラトラスとディープインパクト。

 

 この二人の二度目の激突。

 

 互いに凱旋門を勝ち、そして、世界を制した二人がこの有馬記念でまたぶつかり合う。

 

 

「……全力でいかせてもらいます」

「受けて立ちますよ」

 

 

 バチバチと既に火蓋が互いに飛び散る私とディープインパクトちゃん。

 

 この日のために私は駆けてきた。

 

 リベンジすると約束して、ディープインパクトは凱旋門を獲って私の前に立った。

 

 姉弟子とマトさんからの厳しいトレーニングを耐え抜いて、こうして、また戦えるとは本当に感謝しかない。

 

 会場全体には実況アナウンサーの声が響き渡る。

 

 

「さぁ、雪が降っております中山レース場。超満席で迎えた本日ですが、やはり注目はこの二人でしょう」

 

 

 それから、中継カメラから写される私とディープインパクトの姿。

 

 レース前だというのに見つめ合ってバチバチと火花を散らしている光景に会場はさらに盛り上がります。

 

 

「魔王、アフトクラトラス。英雄、ディープインパクトとの二度目の決戦。前回の宝塚記念では魔王に屈したディープインパクトでしたが、なんと凱旋門賞を勝ち獲りこの有馬記念で再び彼女の前に立ちリベンジに挑みます」

「いやぁ、凄まじい執念ですね」

「はい、これはもはや宿命と言っても過言ではないですね」

 

 

 私とディープインパクトとの二度目の対決。

 

 宝塚記念では私が勝ち、ディープインパクトはその時改めて強い挫折を味わった。

 

 それをバネに歯を食いしばり、リベンジを糧に凄まじいトレーニングを積み重ねて凱旋門を勝ち、私へ再び挑戦状を叩きつけた。

 

 世界を知り、努力を知った彼女はこれまで戦ってきたウマ娘の中でもかなりの強敵だ。

 

 だが、それでも、私は負けるわけにはいかない。

 

 互いに暫し見つめ合った後、私とディープインパクトは踵を返してゲートへと向かう。

 

 

「さあ、有馬記念のファンファーレです」

 

 

 高々に鳴り響くファンファーレ。

 

 会場からは、それに呼応する様に観客達から声が上がる。

 

 深呼吸をして、ゲートでその時をひたすら待つウマ娘達。私も静かに瞳を閉じて集中し、いつものようにクラウチングスタートの構えをとる。

 

 後悔しないレースをする。命をかけて、全てのレースを私は勝ってきた。

 

 途中で倒れる可能性だってあった。

 

 それでも乗り越えて、この場所に辿り着いたんだ。

 

 耳を澄ませば、ドクンッドクンッと鳴る自分の心臓の音が聞こえてくる。

 

 まるで、周り全体に研ぎ澄まされた神経が行き渡る様なそんな不思議な感覚だった。

 

 そして、その空気を打ち壊す様に、バンッ! という音と共に目の前にある運命のゲートの扉が開いた。

 

 

「今ッ! 有馬記念スタートしましたッ! さあ! 見事なスタートを決めたのはアフトクラトラスとディープインパクトの二人!」

 

 

 スタートを決めたのはやはり、私とディープインパクトでした。

 

 綺麗なスタートを決めて、先行を取りにいく私にぴったりと合わせてくる。

 

 ギリギリのスタート、ゲートが開いてからの一瞬のロケットスタートに会場からは驚いたように声が上がる。

 

 

「上手いっ!」

「めちゃくちゃ際どかったぞッ!」

 

 

 そのスタートの速さに声を上げるタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩の二人。

 

 ゲートが開くと同時の素早いスタート。

 

 さらに言うなら、位置取りも両者完璧な位置につけている。

 

 意識しながらの駆け引き、ディープは私をマークしながらもペースを乱す事なくついてきている。

 

 私はそのディープインパクトの姿に冷や汗を流します。

 

 

「……成長しましたね」

「当然です」

 

 

 私についてきながらも、余裕の表情を浮かべるディープインパクト。

 

 ほぼほぼ、真横に近い位置で私に対して物凄いプレッシャーを放ってきている。

 

 だが、そんな事で私はペースを崩したりなんかしない。集中力はかなり研ぎ澄まされていて、調子も悪くない。

 

 

「アフちゃん先輩、コーナリングに無駄がねぇ」

「しかも、逃げのウマ娘の背中にピッタリと付けてスリップストリーム……凄すぎるわ」

 

 

 私の姿を遠目に見ていたスピカのウオッカちゃんとダイワスカーレットちゃんはそう声を溢す。

 

 無駄のないコーナリングは足の負担と心臓の負担を軽減するため、私が考え抜いた末に身につけた技術だ。

 

 心臓と足の負担を減らす為にオカさんの助言の元、必死にこの技を身体に身につけた。

 

 脚をためて、一気に押し切るには最適な走りとも言える。

 

 コーナリングやスリップストリームについては普通にできるウマ娘も私以外にも居るでしょう。

 

 二人が関心しているのは私の場合はディープインパクトを警戒しながらも、それをさも当然のようにやりきっている事だ。

 

 

「序盤から注目の二人ですが見事なコース取りでレースは進んでいきます有馬記念」

 

 

 実況席のアナウンサーは私達二人の駆け引きを見ながらそう告げる。

 

 周りのウマ娘ももちろん警戒はしなくてはいけないが、他は見るなとばかりにこうマークされてはね。

 

 雪の降る中山レース場を駆ける中、私は静かに昔の事を思い出していた。

 

 それは、義理母との思い出、トレセン学園に行く前に私は有馬記念についての話を義理母に聞いたことがあった。

 

 

『有馬記念?』

『はい、そうです! 強いウマ娘がたくさん集まる凄いレースですよね!!』

 

 

 私の話を聞いていた義理母は興味深そうに何か考えながらゆっくりと口を開き始める。

 

 有馬記念、それは名優達が駆け抜けるグランプリ。

 

 私はそのレースでたくさんの感動を貰った事を思い出す。大勢の観客が居て、たくさんのウマ娘達が見ていて皆がその舞台に胸を熱くする。

 

 そんな舞台に私は憧れた。

 

 

『有馬記念な、そうさな。ワシはブルボンもお前もその舞台にきっと立てると思うておるがな」

『私が?』

『それはそうだろう、何の為に毎日こんなキツいトレーニングをしとるんだお前は』

 

 

 そう言いながらため息を吐く義理母。

 

 まあ、キツいトレーニングしてるのは確かにそうなんですけども、流石に私がその舞台に立っている姿なんて想像出来なかった。

 

 何やら頭を悩ませている私に義理母は苦笑いを浮かべるとゆっくりこう告げる。

 

 

『今はまだわからんでいい。いずれわかる』

『……わかるって?』

 

 

 すると、義理母は夢物語を言い聞かせてくれ流ようにゆっくりと口を開き語りはじめた。

 

 私はその義理母の話に黙って耳を傾ける。

 

 

『その舞台ではな、見渡す限り満員のお客さんがお前の事を見にきとるんだ。これが、日本で一番、いや、世界で一番強いウマ娘かっ! とな』

『おぉ!!』

 

 

 私は義理母の話に目をキラキラさせながら声を上げる。

 

 流石に世界一は言い過ぎだろとその時は思っていました。私なんて、まだまだ全然未熟なクソ雑魚ナメクジでしたからね。

 

 だけど、そこにはロマンがあった。夢物語かもしれないけど、嬉しそうに語る義理母の顔を私は鮮明に覚えている。

 

 

『そして、その時……お前のすぐ側には』

 

 

 私はその言葉を鮮明に覚えている。

 

 私の側にいる者、満員の会場と仲間達が見守る中、私に立ち塞がってきた唯一の存在。

 

 宝塚記念でぶつかり、私は力で彼女をねじ伏せて見せた。その挫折を経て海を越え更に強くなった彼女には尊敬すら感じる。

 

 約束通りに凱旋門を勝ち、私の前に立ち塞がった彼女は眼をギラつかせて、勝利に飢えていた。

 

 

「最大のライバルがいる……ね」

 

 

 私は己が呟いた言葉に思わず笑みを溢す。

 

 義理母がかつて話していた事が本当にそうなったのもなんだかおかしいが、実際に彼女は私のそばにいる。

 

 

「随分と余裕ですねッ……! 何がおかしいんですか?」

「いや、昔をちょっと思い出してね」

「はっ! そうですか!」

 

 

 互いに息を切らしながら、軽口を叩く私とディープインパクト。

 

 皆の前で中途半端な走りをするつもりは毛頭ない。この強敵を私は全力で迎え撃つつもりだ。

 

 義理母から教わったこの走りで、私は勝ってみせる。

 

 息を整える私は通過する1000mの標識に改めて気を引き締めた。

 

 

 

 それを遠目で見ているナリタブライアンはアフトクラトラスの走りを見て、悲しげな表情を浮かべていた。

 

 行ってこいと、勝ってこいと押した彼女の背中。

 

 覚悟を決めた彼女の姿は誰よりも誇り高く、気高かった。

 

 ナリタブライアンは隣にいる生徒会長であるルドルフにこう告げる。

 

 

「……会長、何かあったら……」

「あぁ、直ぐに動けるように配置はしておいた。安心しろブライアン」

「……すまない、助かる」

 

 

 ナリタブライアンは隣に立ちながら有馬記念のレースを静かに見守る生徒会長のルドルフにお礼を述べる。

 

 有馬記念、そして、立ち塞がるライバル。

 

 ルドルフにはそれに覚えがある。かつて、自分と張り合った一人のウマ娘、その人は自分より先に三冠を獲った凄いウマ娘だった。

 

 そのウマ娘との直接対決。天が与えた二人の三冠ウマ娘の戦いに会場は湧いた。

 

 それだけじゃない、そのウマ娘のライバルと言われていたウマ娘にルドルフは負けたことがある。

 

 あの時の悔しさは何とも言えないものがあった。

 

 挫折を知ったジャパンカップ。

 

 そして、火花を散らせた有馬記念、天皇賞・春、あの時のことは鮮明に覚えている。

 

 

「……あの二人を見てると懐かしく感じるよミスターシービー先輩、そして、カツラギエース先輩の事を思い出す」

「……ふっ、二人とも強かったからな」

「あぁ、本当にな。あの二人は強かった」

 

 

 ルドルフは昔の事を思い返しながらブライアンにそう告げる。

 

 ブライアンとて、そういうライバル達は居る。サクラローレルとマヤノトップガン、この二人がそれに当てはまるだろう。

 

 だが、ブライアンはその二人のおかげで更に自分が強くなったと感じた。

 

 

「アフには……。己を重ねすぎたのかもしれない」

「……心配するな私もだ」

 

 

 そう言いながら、申し訳なさそうに話すブライアンにルドルフはそう告げる。

 

 ミホノブルボンの義理の妹として期待され、その名前からスパルタの皇帝と呼ばれた。

 

 無敗の魔王、アフトクラトラス。

 

 気づかない内に自分が同じ立場ならこの有馬記念をどうしていただろうと二人は考えていた。

 

 答えは決まっている。自分達が彼女と同じ立場でも走る事をきっと選んでいた。

 

 

 雪の降るこの有馬できっと走る事を選んでいたに違いない。

 

 

 だから、アフトクラトラスが走るこのレースが二人には、より幻想的で言い表すことができないほど美しく見えた。



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繋がる心

 

 

 有馬記念を静かに見守るスピカのトレーナーはアフトクラトラスとディープインパクトを見て感心していた。

 

 あれほどまでに成長を遂げたウマ娘を見たことがない。

 

 三冠を勝ち無敗のまま凱旋門を制して欧州まで征服した魔王。

 

 片や三冠を勝ち獲り、アフトクラトラスに負けたもののそれをバネに凱旋門を勝利した英雄。

 

 トレーナー人生の中であれほどまでのウマ娘に自分は育てる自信があるだろうか。

 

 

「すげーな、やっぱり……。遠山さんもあのお二人も」

 

 

 アフトクラトラスとディープインパクトのトレーナーに思わずスピカのトレーナーは尊敬の言葉が溢れてしまう。

 

 死してなお、これほどのウマ娘を残せる遠山トレーナーの偉大さがよりこの有馬を通してわかる。

 

 あの主役のウマ娘二人が繰り広げる超高度な駆け引き、そして、圧倒的な存在感。

 

 

「俺もまだまだだな……」

「トレーナーさん?」

「あぁ、スペすまないな……気にすんな」

 

 

 思わず涙が出そうになった眼を擦り、そう言いながら誤魔化すスピカのトレーナー。

 

 だからこそ、スピカのトレーナーはこう思った。

 

 今日のレースを決して忘れないようにしようと、スピカのトレーナーはこのレースは必ず伝説になるとそう感じていた。

 

 

 ミホノブルボンから車椅子を押してもらい、ライスシャワーは有馬記念を観に来ていた。

 

 本当なら病院から見ることも出来たが、アフトクラトラスが言った『最後まで見届けて欲しい』という言葉を守る為にわざわざ中山レース場まで足を運んだのである。

 

 それは、テレビ越しなんかじゃきっとわからないとそう思っていたからだ。

 

 

「ライス、寒くないですか?」

「ううん、大丈夫」

「病院でも良かったのではなくて?」

 

 

 会場にわざわざ足を運んだライスシャワーにマックイーンは気を使うようにそう問いかける。

 

 だが、ライスシャワーは左右に首を振り、マックイーンに対してこう告げはじめた。

 

 

「家族の……晴れ舞台だから、私の代わりに頑張ってくれたアフちゃんを最後まで見届けたいの」

「ライス……」

「きっとアフちゃんは勝つ、でしょう? ブルボンちゃん」

 

 

 そう言いながら、車椅子を押すブルボンに笑顔で問いかけるライスシャワー。

 

 ミホノブルボンは複雑な表情を浮かべながらも、懸命に走るアフトクラトラスの姿を真っ直ぐに見つめる。

 

 本当なら、もう走るのをやめて欲しい。

 

 もう、大事な誰かが傷つくところなんて見たくない、見たくないはずなのに気づけばその姿を見て応援している自分がいる。

 

 自慢の妹弟子、愛しているからこそ彼女を助けたいと心の底からそう思っていた。

 

 

「そうですね……。アフは……」

「ブルボンちゃん?」

 

 

 声を震わせるブルボンに首を傾げる二人。

 

 ブルボンはそのまま、自分の眼から溢れてくる涙を抑えるように手で両目を隠した。

 

 アフトクラトラスは自分の思いも背負って、三冠に挑んだ。それだけじゃない、今はいろんな人の色んな思いを背負って走っている。

 

 

「……本当に強くなったんです……。だから……」

 

 

 いつも、トレーニングでは涙を流しながら、坂路を走るのを嫌がった。

 

 キツい練習から何度も逃げ出した事だってあった。

 

 だけど、それでも歯を食いしばり、血の滲むような努力を積み重ねて、自分を慕ってくれた妹弟子が頑張ってる姿をミホノブルボンは知っている。

 

 

「わかるよ……ブルボンちゃん」

 

 

 その言葉を聞いていたライスシャワーもまた、同じような心情でアフトクラトラスのレースを見守っている。

 

 自分の身体の事はきっとアフトクラトラスがよく理解している筈だ。

 

 だけど、彼女は期待にも交わした約束にも必ず応えてくれた。

 

 だから、いつか3人で同じレースで走りたいと思っていた。

 

 そんな、遥かな、夢の11Rを見るために、アフトクラトラスはこれまでどれだけのものを背負ってきたのだろうか。

 

 それはレースを見守っているメジロドーベルもドゥラメンテだってそうだ。

 

 

「……やっぱりかっこいいなぁ」

 

 

 懸命に走るアフトクラトラスの姿を見て、ドゥラメンテはそう声を溢す。

 

 あの日、ダービーで目に焼きついた彼女の走り。

 

 朝日杯、皐月賞をテレビで見て、こんな強いウマ娘になりたいと思った。

 

 確かに癖が強いって言われていて、なんで、彼女に憧れるようになったんだって他のウマ娘達からも言われた。

 

 魔王だの、無慈悲だとかたくさん言われていたのをドゥラメンテは知っている。

 

 だけど、懸命にいつもトレーニングを積み重ね、たくさんの試練を彼女が乗り越えてきた事を知っている。

 

 だから、好きになった。憧れて良かったと心の底からそう思う。

 

 

「頑張れ……! アフちゃん先輩……! 頑張れ……!」

 

 

 涙を浮かべ、祈るように手を握る。

 

 無事に駆けて欲しい、また、いつものような笑顔を自分に向けて欲しい。

 

 メジロドーベルはそんな隣で祈るドゥラメンテを見ながら笑みを浮かべる

 

 これまでアフトクラトラスの側に居て、本当に彼女の色んなことが知れた。

 

 たくさんの葛藤、そして、悩み。

 

 メジロドーベルは知っている。アフトクラトラスはウマ娘として崇められるような崇高なウマ娘なんかじゃない。

 

 魔王だとか、スパルタの皇帝だとか、関係なんて無いんだ。

 

 彼女は自分達と同じように悩み、苦しんだ事もたくさんあった。

 

 

「……凄いね、アフちゃん。こんなに愛されて」

 

 

 周りを見渡せばそんなアフトクラトラスとディープインパクトを応援する声で溢れている。

 

 ここまで来るのにどれだけの覚悟を彼女はしたのだろうか。

 

 だけど、ここにいる皆は知っているはずなのだ。アフトクラトラスがどんなウマ娘なのか。

 

 馬鹿でおちゃらけていて、だけど、努力家で人一倍責任感が強いそんなウマ娘。

 

 いつも、生徒会長のルドルフからは怒られてばかりのそんな愛らしいウマ娘が彼女なんだ。

 

 

「アフちゃん……! お願い神様……っ!」

 

 

 どうか、あの娘を勝たせてあげて欲しい。

 

 どんだけ魔王だとか無敗のウマ娘だとか持ち上げられていても、アンタレスにいる皆にとっても自分にとってもアフトクラトラスはアフトクラトラスなのだ。

 

 大切なウマ娘、そこに居てくれるだけで皆を明るくしてくれる太陽みたいなウマ娘。

 

 だから、彼女が勝つことを今はひたすらに願うしかできない。

 

 

 

 残り800m付近に差し掛かってきた。

 

 最終コーナーが見えて来る。私は深呼吸を入れて脚に集中する。

 

 勝負駆けはここだ。一気に間を詰めて追い抜き、ゴール。

 

 ここを一気に抜き去れば、後は直進だけだ。もうそこには私以外誰もいない。

 

 だが、それを遠目に見ていたオカさんは違っていた。

 

 ガタリとその場から立ち上がると冷や汗を流す。

 

 

(……違うっ! まだ早い! 身体を考えればそこじゃ無いぞ! アフッ!)

 

 

 オカさんが言う通り、仕掛けるには早いことは私も重々承知だ。

 

 だが、このままでディープインパクトを交わしきれるのかと言われれば、私には自信が無い。

 

 ならば、私は私の直感を信じるだけだ。

 

 

「おっと! アフトクラトラス! ペースアップして最終コーナーに差し掛かかろうとしていますッ! 早い仕掛けかッ!」

 

 

 体勢を低くして、体勢を整えて一気に加速する。

 

 ズンッと地面を蹴り上げた私は急加速して、先頭にいるウマ娘を交わして先頭に躍り出た。

 

 だが、ディープインパクトもそれを直感的に予期していたのか、私に合わせてペースを合わせて、一気に翼を広げた。

 

 

「アフトクラトラスの地を這う走りが炸裂ッ! ディープも翼を広げたッ! これはどうだッ! まだ最終コーナーを抜けていないぞッ!」

 

 

 これで押し切って、そのまま勝ちだ。

 

 私はそう確信していた。このペース配分でここまで来れたのだ。いつもの必勝パターン、最後の直線に入ればこのまま……。

 

 急加速し始めた私達に会場はいっきに盛り上がる。

 

 だが、その時だった。

 

 ドクンッと私の心臓の音が高鳴り、脚が痙攣をしはじめた。急激な胸の痛みに私は表情を曇らせる。

 

 

「……!? おっと!? これはどうしたことかアフトクラトラスッ! どんどんと失速していくッ……!」

 

 

 会場はその光景に目を見開き騒めき始めた。

 

 どうした事か、私の身体がみるみると失速し、まるで、その輝きがいっきに失われたようだった。

 

 それを目の当たりにしていた会場の皆からは悲鳴が上がる。

 

 

「あぁ! 何という事だッ! アフトクラトラスの走りがッ先程とは別人のようだッ! どうしたんでしょうかっ!」

 

 

 私はズルズルと失速していき、それを目の当たりにしていたウマ娘達も戦慄した。

 

 この時誰もが思った事だろう、まさかと。

 

 身体に力が入らずにズルズルと抜かれていく私、気がつけば中盤あたりまで引き下がっていた。

 

 それを目の当たりにしたディープインパクトは驚いた表情を浮かべる。

 

 

「……先輩、まさか……っ!」

 

 

 こんな状況でも、私の身体に何が起きているのかすぐに彼女は理解した。

 

 これまで、幾人のウマ娘が走ってきた中山レース場、その場所で私の身体はついに悲鳴を上げたのである。

 

 

 

 

 実況アナウンサーのその言葉を聞いたナリタブライアンは生徒会長のルドルフにこう告げる。

 

 

「会長っ! すぐに救急車の手配をッ!」

「あぁ、わかってる!」

 

 

 すぐさま手配をかけるルドルフ会長。

 

 だが、ナリタブライアンはそんな状況でも走り続けようとするアフトクラトラスを見て顔を曇らせた。

 

 ボロボロになりながらも、走る事をまだ止めようとしない。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 走るのを止めに入るべきだろう。本当ならば。

 

 だけど、その姿を見てブライアンはアフトクラトラスが走るのを止めるなと言っているように思えた。

 

 どんな事をしても最後まで走り切ると、しかし、そんな事を言っている場合じゃない。

 

 ナリタブライアンはその場からすぐに走り出すと有馬記念の観客席の先頭へ向かった。

 

 

 中山レース場の会場からは悲鳴が上がった。

 

 アフトクラトラスを応援しにきていたファンは彼女のその姿を見て戦慄する。

 

 まさかと、最悪な事態が脳裏に過ぎった。

 

 

「アフちゃんは……、病気なのか……?」

「え?」

「……だってあんな走り見た事無いぞ」

 

 

 観客の一人がそう呟く。

 

 あんなアフトクラトラスを今まで誰一人として見たことがなかった。

 

 まるで、翼をもがれたように苦しむ鷹のように、もう、あの鋭い走りでは無い。

 

 そして、皆は同時にこう思った。

 

 アフトクラトラスは終わったのかと、魔王は既に身体が限界であったのかと悟ったのだ。

 

 

「アフトクラトラスもこれまでか……」

「あぁ……そんな」

 

 

 アフトクラトラスの走りを見てきたファン達からは悲しみの声が上がる。

 

 アンタレスにいる皆も、アフトクラトラスと仲の良いウマ娘達も、アフトクラトラスの身体を知っているが故にその観客達の絶望したような声に何も反論する事はできなかった。

 

 アフトクラトラスの無敗伝説の終焉。

 

 そこにいる皆はその事を悟ってしまった。たった一人を除いては。

 

 

「終わってなんかないッ!!」

 

 

 彼女の声に皆は一斉に耳を傾ける。

 

 涙を流し、どれだけの人がアフトクラトラスというウマ娘がこれ以上走れないと思っていたとしても、彼女は違った。

 

 アフトクラトラスに憧れて背中を追い続けている彼女は信じていたのだ。

 

 

「こんなもんじゃない……! こんなもんじゃないんだッ! アフちゃん先輩の走りはッ! 

 あのダービーも凱旋門も! 皆さんは忘れたって言うんですかッ! 

 あんなに強いウマ娘を捩じ伏せて! アフちゃん先輩は約束を守ってきたんですっ! 伝説はまだ終わってなんていないッ!」

 

 

 涙を流しながらそう訴えかけるドゥラメンテ。

 

 諦めかけていた会場にいるファン達に強く言い切る。何故、一番頑張っている自分の先輩の背中を押そうとしないのかと。

 

 無敗のウマ娘と言われて、後ろ指を刺される事だってあった筈だ。

 

 それでも、彼女は誇り高くターフを駆けた。今もなお、諦めずに走ろうとしている。

 

 それを黙って聞いていた、ゴールドシップはツカツカとドゥラメンテへと歩いて行く。

 

 

「ちょっ……! ゴールドシップさん!?」

「行かせてやれ」

 

 

 呼び止めようとしたスペシャルウィークにそう告げるスピカのトレーナー。

 

 何か考えがあってのことだと、すぐに彼は察していた。

 

 スピカにいる面々もアフトクラトラスとの繋がりは深い、ダイワスカーレットもウォッカも、スペシャルウィークもサイレンススズカも。

 

 その中でも特にゴールドシップはアフトクラトラスとはかなり仲が良かった。

 

 だからこそ彼女しかわからない事がある。

 

 

「その通りだ馬鹿野郎どもッ!」

 

 

 ゴールドシップはドゥラメンテの側に近寄ると観客席に向かい罵倒の言葉を吐いた。

 

 無理だとかもう走れないとか、外野がとやかく言っているが当の本人は今も戦っている。

 

 どんだけ痛みを伴っていても、まだ顔を下げていない。

 

 ゴールドシップは声を張り上げて、皆に話を続ける。

 

 

「そうさっ! 確かにアイツは病気だッ! 医者からは走るのだって無理だろうって言われてやがるッ! だけどな、あの馬鹿はそんな事知るかって突っ張って身体を張って走ってんだ! そんなアイツを応援出来んのは誰だよッ! 私らだけだろうが!」

 

 

 そう、どんな風になってもそれは変わらない。

 

 一緒に思いを背負って走っている。

 

 どんなになってもそれは変わらない、勝手に終わったつもりになってるんじゃ無いとゴールドシップは皆に言い切ってみせた。

 

 すると、観客席にいたウマ娘の皆からは声が上がり始める。

 

 

「そうだッ! アフちゃん先輩はこんなもんじゃ無いッ!」

「言われなくともわかってるってぇの!」

 

 

 アフトクラトラスがそんくらいで終わらないウマ娘だって皆が知っている。

 

 どれだけの困難に見舞われても決して顔を下げなかったウマ娘。

 

 観客席にいた観客達も顔を見合わせると声を張り上げてそれに同調する。

 

 

「あたりめーだッ!」

「こんな事でアフちゃんが負けるかッ!」

「癖しかない上に世界一馬鹿なウマ娘だぞ!」

「そうだそうだ!」

 

 

 会場にいる皆はアフトクラトラスの事を知っている。

 

 馬鹿で、癖が強くて、観客にも喧嘩を売るような無法者みたいなウマ娘。

 

 だけど、責任感が強くて優しくて、愛らしさがある、それがアフトクラトラスというウマ娘だ。

 

 そんなウマ娘を誰もが愛して尊敬していた。

 

 会場が一体になったように『アッフ!』という掛け声を張り上げる。

 

 その光景はまさに信じられないような光景だった。会場が一体になって一人のウマ娘の名前を呼んでいるのだ。

 

 会場の先頭にやってきたブライアンはその会場の雰囲気に言葉を失う。

 

 

「これは一体……!」

 

 

 会場にいる人達誰もがその名を口にする。

 

 アフトクラトラスというウマ娘の名前を誰もが呼んだ。

 

 その圧巻の光景に思わず鳥肌が立つ、これが、これこそが有馬記念。

 

 

「凄い……」

「アフ……。貴女……」

 

 

 もう、彼女が走る姿を直視できないと思っていたライスシャワーもミホノブルボンもこの雰囲気に言葉を失う。

 

 これだけの人々の心を動かせれる、そんなウマ娘になったのだと、二人はその光景に唖然とさせられた。

 

 それだけ、彼女は望まれていた。

 

 そこに居たのは魔王という言葉で片付けられるようなウマ娘なんかじゃない。

 

 海を渡り、挑戦し、世界に日本のウマ娘の存在を示したもう一人の英雄の姿がそこにはあった。



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ゴールの果てに

 

 

 

 

 雪の降る中、私は痛む心臓を押さえて、それでも足を止めようとはしなかった。

 

 まだだ、まだ、終わってなんていないんだと。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 周りには私を驚いたように見つめるウマ娘の姿があった。

 

 まるで、私がもう走る事ができないみたいな、そんな表情。そんな彼女達の表情を見て私は色々と察してしまう。

 

 そうか、私の身体がもう限界って事だったのか。

 

 

「はは……なんて様なんでしょうね……」

 

 

 有馬記念に走ると決めて、ディープインパクトを倒すためにたくさんのトレーニングを積んだ。

 

 その結果がこれか、自業自得なんでしょうね、きっと。

 

 だけど、負けたくない、まだ、私は走れるんだって示したい。

 

 

「悔しいなぁ……」

 

 

 ポツリと小さく私は胸を押さえたままその場でつぶやく。

 

 だって、これまで頑張って来たことを何もこの有馬記念にぶつけられてないのだから。

 

 ディープインパクトは約束を果たして、私を迎えてくれたというのに、なんて様だ。

 

 もう、走らなくても良いというレース前に姉弟子から言われた言葉を私は思い出す。

 

 そっか、私はもう走らなくても……。

 

 

『……そんなウマ娘だったか? ワシの育てたウマ娘は』

 

 

 ふと、私の耳に聞こえるはずの無い言葉が聞こえた。

 

 私は慌てて左右に首を振るが、そこには誰もいない、私の周りには同じようにゴールを目指してひたすら駆けるウマ娘達だけだ。

 

 そう、私はこんなところで諦めるようなウマ娘なんかじゃなかった筈だ。

 

 だけど、こんな状態で勝てるのか、あのディープインパクトに。

 

 その時だった。私の耳にその声は確かに届いていた。

 

 それは有馬記念の会場から鳴り響く『アッフ!』という大声援。

 

 まるで、会場全体が私を待っているかのようなその声援に私は思わず顔を上げた。

 

 

『その舞台では、見渡す限り満員のお客さんがお前の事を見にきとるんだ。これが、日本で一番、いや、世界で一番強いウマ娘かっ! とな』

 

 

 私はその時、義理母の言葉を思い出した。

 

 世界一のウマ娘を皆、見にきている。このウマ娘を応援する為に皆が駆けつけてくれる。

 

 一人で走るレースは無いと義理母は私に教えてくれた。

 

 ライバルが、皆が、私を強くしてくれる。

 

 どんなに辛い状況でも、私はその度に何度だって立ち上がって走ってこれた! 

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 私は己を奮い立たせるようにその場で大声を張り上げる。

 

 そして、力の入らなかった脚に力が戻るのを肌で感じた。

 

 心臓が脚がなんだというのだ。私はここにいる。この場所で走っているんだ。

 

 皆が私のことを待ってくれているんだ。だから、まだ、走れる、頑張れる! 戦える! 

 

 ドンッと力を入れた私は一気に加速して、改めて駆け出した。

 

 

「!? ……あ、アフトクラトラス!! アフトクラトラス物凄い脚だッ! 何という事か! 先程まで中団まで下がっていたというのにみるみるうちに先頭まで迫っていくッ!」

 

 

 私の急激な加速に他のウマ娘達は戦慄した。

 

 次から次へと抜き去っていくその姿はまさに突風のようであった。

 

 もはや、誰にも止めることが出来ないそのスピードは一気に背中を突き抜けていく。

 

 迫る中山の坂を私は何も考えずに全力で駆ける。

 

 サイボーグ坂路を何千、何万回も駆け抜けてきた。こんな坂がなんだというのだ。

 

 

「うああああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 叫び声と共に一気に駆け上がる坂。

 

 そのスピードは坂の土を蹴るたびにみるみると加速していく、これが、私が義理母から泣くまで走らされた坂路を駆けた積み重ねだ。

 

 その私の様子に実況アナウンサーもその場から立ち上がった。

 

 

「アフトクラトラスッ! 鬼の様な形相で先頭ディープインパクトにまで迫るッ! すごいッ! 凄すぎるぞッ!」

 

 

 そんな私の走りを見ていた会場の皆は震えていた。

 

 凄まじい追い上げ、もう無理だ、追いつけないと誰もが感じたあの瞬間を吹き飛ばすかの様なその走りは誰もが釘付けになった。

 

 激走という言葉がこれほど似合うウマ娘はいないだろう、誰もがそう思った。

 

 

 

 

 観客席にいる一人の男性。

 

 彼はアフトクラトラスの熱烈なファンであった。

 

 アフちゃんねるは欠かさず見ているし、あの、アフトクラトラスの最後の放送を見届けた一人でもある。

 

 

「凄い……すげーよ、アッフ……。お前こんなになっても……」

 

 

 彼の眼からは涙が止まらなかった。

 

 アフトクラトラスというウマ娘がポンコツで愛らしいマスコットだという事はよく知っている。

 

 ファンの一人として、最初に彼女を見た時はただの馬鹿でそれでいて癖が強くて、憎めない、そんなウマ娘だった。

 

 周りがなんと言おうと、彼はずっとアフトクラトラスを追い続けていた。

 

 それは、彼だけじゃ無い、他にもたくさんのファンがアフトクラトラスのその走りに鳥肌が立った。

 

 思いを背負い、自分達の声援に応えんと一度は身体が限界を迎えたアフトクラトラス。

 

 それを乗り越え、今彼女は約束を果たさんとしている。

 

 

「頑張れっ! アッフ!」

「勝てるぞッ! こんなもんじゃ無いだろッ!」

「いけーっ! 差せッ! 差せるぞッ!」

「もうちょっとだ!」

 

 

 彼が周りを見渡せば、周りにいるファン達もアフトクラトラスに声をおくっている。

 

 彼女が走る姿は自分だけじゃ無い、周りの人の心を動かすほど、凄い走りなんだ。

 

 今まで応援して、彼女のファンでいてよかったと彼は心の底からそう思った。

 

 彼は今日のために作ってきたアフトクラトラスの旗を掲げ、涙を流しながら力の限り叫ぶ。

 

 

「いけーッ! アフトクラトラスゥ!!」

 

 

 世界一のウマ娘と描かれたそれは、雪の降る中山レース場によく映えた。

 

 彼は声を上げながらそれを振り、アフトクラトラスを最後まで鼓舞する。

 

 負けるなと、勝ってこいと彼女の背中を押すのだ。

 

 

 

 中山レース場、残り100m。

 

 加速した私は一気に他のウマ娘達を捲り、グングンとディープインパクトへと迫る。

 

 残りは少ない、だが、まだこれからが勝負だ。

 

 

「あ、アフトクラトラスッ! アフトクラトラスがディープインパクトに並んで来ますッ! なんという事だ! あの絶望的な距離から一気に並びかけてきたッ!」

 

 

 そのスピードに乗った私は追いついたディープインパクトを横目で見る。

 

 そして、ディープインパクトもまた、私が来た事を察してか、笑みを浮かべていた。

 

 当然だと、私が来る事が最初からわかっていたかの様にディープインパクトは笑みを浮かべながら並走する私に向かいこう告げてきた。

 

 

「遅いですよ! 先輩ッ!」

「待たせましたね! 後輩ッ!」

 

 

 そうして、そんなディープインパクトに私も笑いながらそう告げます。

 

 怒涛のレース展開に会場のボルテージは最高潮まで達していました。

 

 ディープインパクトのコールとアフトクラトラスのコールがぶつかり合い、遂にその時を迎えます。

 

 

「宝塚から今年二度目の激突ッ! もうスタンドは総立ちだァァ!!」

 

 

 ボルテージが上がる会場に呼応する様に実況アナウンサーもその場から立ち上がると声を張り上げる。

 

 会場が声援で一気に揺れる。両者の二度目の激突、これが伝説になる事を誰もが理解しているからだ。

 

 

「誰もこの一騎打ちに文句はないッ! 有馬記念残り100mッ! 

 この世紀の一戦を見逃すな!

 

 

 

 ゴール目掛けて爆走する私とディープインパクト。

 

 他には誰もいない、ここまでくればあとはどちらが速いか、それだけだ。

 

 私は脚に力を入れて、最後100mに向け、一気に加速する。

 

 

「行かせないッ!」

「……ッ!」

 

 

 だが、ディープインパクトも食らいつく。

 

 両者、一歩も譲らない展開に会場は盛り上がる。スピードに乗った両者を隔てるものはもはや何もない。

 

 誰もが、手を握り祈る。どうか、この時間が永遠に続きます様にと。

 

 だが、それはいずれ終わりが来るものだ。

 

 

「アフトクラトラス伸びるがディープインパクトが食らいつくッ! もうわからないッ! 両者譲らないッ! 譲らないぞッ!」

 

 

 互いに積み上げ出来たものがぶつかり合う。

 

 ディープインパクトも私も、互いに積み上げてきたものを全て出し尽くす様にぶつかり合った。

 

 海を渡り、そして、日本のこの地、このレースで再戦を誓い、その誓いを私達は果たした。

 

 

「アフトクラトラスかッ! ディープインパクトかッ! アフトクラトラスかッ! ディープインパクトが来るッ! アフトクラトラスがまた並ぶッ! 横一線だッ! 横一線ッ!」

 

 

 声を張り上げるアナウンサーの叫び。

 

 私もディープインパクトも譲らなかった。負けたくないという一心で。

 

 そんな私達の姿を見ていた観客達は食い入る様に勝負の行方を見守る。

 

 ある、名トレーナーが遺したこんな格言があった。

 

 鍛えて最強ウマ娘を作る。

 

 最強は元から最強、それはそうかもしれない。

 

 だが、そんな存在も何もしないままでずっとその場にいれるのかと言われれば否だ。

 

 なぜならば、その存在を越える為に裏では血の滲む様な努力をする者が必ずいるからだ。

 

 

「アフちゃん先輩……っ!」

 

 

 最強である以上は、その背中を必ず誰か見ている。

 

 己の背中を見つめる後輩か、それともライバルか、ファンなのか、それはわからない。

 

 だが、それら積み上げてきたものは必ずレースで現れる。だからこそ、ウマ娘である彼女達はその明日を信じて毎日駆けるのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 周りの空気が止まったような気がした。

 

 私は今までに無いくらいにギアを上げて、最後の最後にディープインパクトまで迫った。

 

 私はこれまで積み上げてきたものを全て出し切れただろうか? 

 

 誰かの為に走るのか? 己の為に走るのか? 

 

 何の為に走るのかなんて、もう考えてなんかいない、ただ、一つ、今はだった一つだけの思いが私を突き動かしている。

 

『勝ちたい』という純粋な思いだけだ。

 

 皆が気づかせてくれた。皆の思いが私をここまで走らせてくれた。

 

 だから、私はありったけを出しきったんだ。

 

 

「今! ゴールインッ! 有馬記念ッ! ほぼ同時に今ッ! ディープインパクトとアフトクラトラスがゴールを切りましたッ!」

 

 

 私はゴールを駆け抜けたと共にその声を聞いた。

 

 観客席に座る観客達からは大きな声援が湧き起こる。

 

 あぁ、私は最後まで走り切ったんだとそう思った。

 

 ゴールを抜けた先に見える降り注ぐ雪が私にはすごく幻想的に見えた。

 

 ゴールを突き抜けてから、私はしばらくしてフラフラとおぼつかない足取りで歩く。

 

 そして、それからしばらくして私は力が抜けた様に失速していく、そんな中、私を見つめる観客席にいる人達の姿が見えた。

 

 彼等は私に拍手を送りながら皆、涙を流していた。

 

 これまで、ずっと思っていた。私は彼等が居て皆がいて走れていた。

 

 だから、私は自然と、この言葉が口に出たんだ。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 私はそう言葉を発するとゆっくりとその場に倒れ伏した。

 

 倒れ伏す私の横を多くのウマ娘が通っていく、倒れた中山のレース場に積もる雪はとても冷たかった。

 

 だけど、走り切った私の身体はとても熱く、心地よい気持ちだ。私はそんな中、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 レースを駆け抜けたディープインパクトとアフトクラトラス。

 

 どっちも譲らないデッドヒートの中、ゴールはほぼ横一線に並んでゴールインをした。

 

 その光景に周りは騒めく、まさか、こんな結末になるとは誰が予想できただろうか。

 

 

「勝負はッ!」

 

 

 ディープインパクトは慌てて電光掲示板を見つめる。

 

 だが、しばらく経てども判定中のランプがついたままで着順が決まる様子はない。

 

 そんな中、周りの観客達も騒めく中でディープインパクトはふと、己が駆けてきた道を振り返る。

 

 そこには……。

 

 

「え……?」

 

 

 ディープインパクトは目の前に映る光景に唖然とした声が溢れた。

 

 その眼に入ってきたのはフラフラとよろけながら歩くアフトクラトラスの姿があった。

 

 その姿を見た彼女は言葉を失う。

 

 それは、観客席にいたアンタレスの面々もだ。

 

 ドゥラメンテは力なく歩くアフトクラトラスを見て堪えていた涙が一気に溢れ出てきていた。

 

 

「アフちゃん先輩は……。もう……っ!」

 

 

 ドサリッという乾いた音が辺りに響く。

 

 それは、アフトクラトラスがその場で倒れた音だった。

 

 周りにいた全員がその光景に言葉を失った。まるで、力尽きた様に倒れた彼女のその姿に。

 

 実況席にいたアナウンサーは声を張り上げる。

 

 

「……あ、アフトクラトラス……! アフトクラトラスが転倒しましたッ! なんという事だッ! なんという事でしょうッ! これは……大丈夫でしょうかッ!」

 

 

 ディープインパクトは頭が真っ白になった。

 

 雪が降り注ぐ中、アフトクラトラスの頭にその雪が静かに積もってゆく。

 

 すぐに会場を飛び越えたナリタブライアンがすぐさまアフトクラトラスの身体に駆け寄った。

 

 

「……アフ! おいしっかりしろッ! アフッ!」

「…………」

 

 

 だが、アフトクラトラスから返って来たのは沈黙だけだった。

 

 周りの観客達はその姿に言葉が出て来なかった。

 

 こんな状態であんな凄いレースを繰り広げていたのかと、最後の直線のあの脚は彼等の脳裏にしっかりと焼き付いていた。

 

 アグネスタキオンはすぐさまレース場に入るとアフトクラトラスの側に寄り心臓の音を聞く。

 

 すると、彼女は顔色を変えて慌てたように声を張り上げた。

 

 

「救護班を早くッ! AEDだッ! 早くしろッ!」

 

 

 中山レース場はその言葉を聞いて騒めき始めた。

 

 アフトクラトラスが一刻も争う状態になっている。その事をその場にいた全員が把握したのだ。

 

 すぐに救急車がやってくると、アフトクラトラスの顔に酸素マスクがつけられた。

 

 ディープインパクトはそんな彼女の姿を見て、拳を握りしめる。

 

 

「……なんで……」

 

 

 その言葉が自然と出ていた。

 

 こんな状態になってまで、なんで私との勝負を選んだのだと。

 

 こんな決着なんて、望んでなんていない。

 

 電光掲示板には、判定結果が出ていた。

 

 長い判定が続き、その結果が表示される。

 

 

 ディープインパクト、アフトクラトラス同着。

 

 

 同時の入賞、入った時には二人ともタイム相違なく、ピッタリにゴールを走り抜いたのだ。

 

 アフトクラトラスは走り抜いてみせたのである。あの絶望的な状況から、最後まで諦めずに。

 

 それから、しばらくして、会場からはディープインパクトとアフトクラトラスの名前を呼ぶ声がずっと鳴り響き渡った。

 

 雪の降る中山レース場。

 

 そのレース場でディープインパクトは鳴り響くコールが降り注ぐ中、一人、拳を握りしめて涙を流すのだった。



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皆の待つ場所へ

 

 

 澄み渡る青空の下、私はレース会場に立っていた。

 

 周りにはたくさんの観客達が楽しそうに今日のレースについて話している。

 

 私はなんで自分がこんなところにいるのか、わからなかった。

 

 あ、違う、そうだ、今日は確かG1レースがあるんだった。

 

 確か、私はそのレースを観る為にここに来たんだ。

 

 今日は好きなウマ娘のラストランだったかな。

 

 そんな中、私がレース場を歩いているとある親子の会話がふと耳に入ってきた。

 

 

「ねぇ、お父さん! どんなウマ娘が1番強くてかっこよかったの?」

 

 

 それは、子供のふとした疑問だった。

 

 最強のウマ娘はどのウマ娘か、1番早くて強くてカッコいいウマ娘は、どんなウマ娘なのか。

 

 そう、皆が思う素朴な疑問だろう。私はふと、足を止めてその親子の会話を聞く事にした。

 

 

「そうだなぁ、キーストンだろ? あ、ルドルフも強かったなぁ! サクラスターオーも良い! いや、ナリタブライアンも好きだ! シャドーロールがかっこいいしなっ!」

「へぇ!! 他には他には?」

 

 

 子供は目を輝かせて、凄いウマ娘達を語る父親に食い付く様にそう問いかける。

 

 うん、皆、かっこよくて強いウマ娘ばかりだ。

 

 その中にはライスシャワーやミホノブルボンの名前も挙がる。当然だろう、だって私の自慢の家族なんだから。

 

 そう、彼女達は強くてかっこよくて優しくて、いつも私を支えてくれた。

 

 私は知っている。きっと、その挙がる名前に私の名前は決して入っていない事を。

 

 だから、私は足早にその場から立ち去ろうとした。

 

 

「だけどな! やっぱり1番はアフトクラトラスだろっ!」

「……!?」

 

 

 私はその挙がる事が無いだろうと思っていた名前にピタリと足を止めた。

 

 何故、私の名前があがるのか分からなかった。

 

 ディープインパクト、オルフェーヴル、ナリタブライアン、シンボリルドルフ。

 

 この名前が挙がるのは理解できる。それなら、海外には凄い馬だってたくさん居るはずだ。

 

 なのに、どうして、彼の口から私の名前が出たのだろうか、私は不思議で仕方なかった。

 

 それから、彼はゆっくりと話をし始めた。

 

 

「それじゃ、教えてやろう。アフトクラトラスという名前のウマ娘についての話を」

 

 

 それから、彼は自分の娘に私についてのエピソードを面白おかしく話をし始めた。

 

 癖が強くて、たくさんの人を困らせた事。

 

 努力家で人一倍たくさんの努力をして来た事。

 

 海を渡り、多くの強敵達と戦ってきた事。

 

 その語られる話がまるで、英雄譚の様に彼は自分の娘に語り聞かせる。

 

 多くの苦悩、挫折、そして、栄光。

 

 それから、いろんな人から愛されていた事を彼は自分の娘に言い聞かせる様に語った。

 

 

「凄ーい!」

「そうだろ? 俺が1番好きなウマ娘なんだよ」

 

 

 娘に満面の笑顔を向けながら語る彼。

 

 私はそんな二人のやりとりを見ながら、思わず自然と涙が頬から流れ落ちるのを感じた。

 

 そっか、私が今まで積み重ねてきたのは間違いなんかじゃなかったんだってそう思えた。

 

 親から子供へ、語り継がれる様なウマ娘に私はなれたんだとそう感じた。

 

 

 

 場面は切り替わり、辺り一面に草原が広がっていた。

 

 そこには、ポツンと一人で私がその場に立っている。

 

 懐かしい光景だった。この光景は確か、私の実家、義理母と過ごした家の近くの光景だ。

 

 

「……アフ」

 

 

 ふと、私を呼ぶ声がして、私は後ろを振り返る。

 

 そこには、笑顔を浮かべている義理母の姿があった。

 

 私はそんな義理母にゆっくりと向き直ります。

 

 そう、これまで、私が悔いなく走って来れたのは間違いなく義理母のおかげでしたから。

 

 私はそんな義理母と向き直りながら、今まで語れなかった事をゆっくりと話し始めました。

 

 

 

 ウマ娘専用病院。

 

 急患として運び込まれたアフトクラトラスはかなり危険な状態でこの場所に緊急搬送された。

 

 一刻の猶予もない中で、心臓についての手術と足の骨折もあり、予断を許さない状況だ。

 

 外では深刻な表情を浮かべた医師がライスシャワーとミホノブルボンの二人にこう告げている。

 

 

「……ご家族の方ですか?」

「はい、そうです」

「そうですか……。お覚悟をしておいてください、かなり危険な状態です」

 

 

 その言葉を聞いたミホノブルボンは拳を震わせながら、目に涙を浮かべる。

 

 そして、それを聞いていたナリタブライアンはフラフラと疲れ切った様子でその場から立ち上がり外へと歩いていく。

 

 アフトクラトラスのその状況に皆が悲しみでいっぱいだった。

 

 

「クソッ! ……あの時、無理矢理でも走らせるのを止めるべきだった……ッ!」

 

 

 ブライアンは拳を病院の壁に叩きつけて、声を震わせながらそう呟く。

 

 あの姿に自分もまた見入ってしまった。誇り高く駆けるアフトクラトラスを見てナリタブライアンは美しいと感じてしまった。

 

 己を重ねて、走り切らせたいと思ってしまった。こうなったのはきっと自分の責任だと彼女は己を責める。

 

 失速したあの時に、アフトクラトラスを止めていれば、きっと。

 

 今となってはたらればの話だが、それでも、ブライアンはそう思わずにはいられなかった。

 

 静かに流れ出る涙をブライアンは拭う、そんな彼女の姿を見ていたヒシアマゾンは何も声を掛ける事ができなかった。

 

 その病院のエントランスにはアフトクラトラスに関係があるウマ娘達が皆集まってきている。

 

 スピカもリギルもそれ以外のチームも全員だ。

 

 そこにはもちろん、ディープインパクトの姿もあった。

 

 日本の至宝、有馬に散る。

 

 この記事が出回ったのはすぐのことだ。

 

 アフトクラトラスの悲しい知らせはすぐさま海を越えて世界中に広まった。

 

 

「……アフちゃん先輩っ……うぅ!」

「泣かないで……私だって……」

 

 

 ドゥラメンテもメジロドーベルの二人も涙を流して、アフトクラトラスの無事を願っていた。

 

 助かる見込みは少ないと言われている。

 

 それでも、ここにいる皆は誰もがアフトクラトラスの帰りを待っていた。

 

 まだ、有馬から彼女は帰ってきてないんだと、誰もがそう信じて。

 

 ゴールドシップは病院のエントランスで静かにアフトクラトラスが落としたたこ焼き屋バッジを見つめていた。

 

 

「……ゴールドシップ……あの……」

「マックイーン、今は一人にしてやれ」

 

 

 そう言って、声をかけようとしたマックイーンをスピカのトレーナーは呼び止める。

 

 それは、彼女の心情を理解していたからだろう。

 

 有馬記念を最後まで走り抜いた親友、アフトクラトラス。彼女の勇姿はあのレースを見ていた全ての人々の目に焼き付いて離れなかった。

 

 

「かっこつけやがって……。本当馬鹿だよな、お前」

 

 

 誰にも見られない中、ゴールドシップは1人声を震わせながらそう呟く。

 

 そして、ポタリっと確かにそのバッジに透明な滴が落ちた。

 

 泥だらけになったたこ焼き屋のバッジ、それに、透明の水がポタリと落ちたのだ。

 

 そんなゴールドシップの背中を見て、スピカの皆はアフトクラトラスを思い出す。

 

 共に合宿をして、無茶なトレーニングも一緒にした事もあった。

 

 

「アフちゃん……」

「アフちゃん先輩、大丈夫だよね……」

 

 

 あんな無邪気で優しくて、それでいて、強いウマ娘。

 

 皆が誰もが憧れるウマ娘の無事を祈っていた。

 

 彼女は本当は魔王なんて柄じゃない。

 

 いつも、笑顔で破天荒な事をして馬鹿をして怒られて、皆から愛される、そんなウマ娘。

 

 そして、その強さに皆が憧れた。

 

 いつか、あんなウマ娘になりたいと誰もがそう思っていたのだ。

 

 生徒会長のシンボリルドルフは静かに泥だらけになった外套を見つめる。

 

 

「…………お前の勇姿、確かに見届けたぞアフトクラトラス」

 

 

 スパルタの皇帝と呼ばれた自分と異なるもう一人の皇帝。

 

 魔王なんて呼ばれていたとしても、彼女の姿は多くの人々の心を動かし、そして、多くの感動を与えてくれた。

 

 あの有馬記念はきっとこの先、多くの人々から語り継がれる事になるだろう。

 

 ルドルフは静かに病院の外を見つめる。

 

 今夜は綺麗な満月が、夜を明るく照らしていた。

 

 

 

 私は今、青空が広がる草原でもう会う事がないと思っていた人の前に立っている。

 

 義理母、私を愛をもって導いてくれた人だ。

 

 私は、これまでの事を、義理母が居なくなってからの話を義理母に話した。

 

 ライスシャワー先輩の事、自分の事、そして、約束を果たすために歩んだその道のりを。

 

 義理母に全てを話し終えて、義理母はそんな私の言葉を聞いてこう返してくる。

 

 

「……それで? お前は満足したのかい?」

「……私は……」

 

 

 果たして、満足したのでしょうかね。

 

 悔いなく走り切った有馬記念、あの状況で出せる私の全てをぶつけたと思います。

 

 皆が私を応援してくれて、私もそれに応えて走り抜きました。

 

 ディープインパクトとの約束もちゃんと果たせたと思いますしね。

 

 だが、どうしてかわからないが私はなんだか引っかかっていた。

 

 果たして、本当にそうなのだろうかと。

 

 だからだろうか、私は義理母に向かい自然とこんな言葉がポロリと溢れてしまいました。

 

 

「……どうでしょうね」

「ほう?」

「わからないんです。私は……やり切ったのかなってまだわからないんですよ」

 

 

 周りの人達はきっと私を褒め称えてくれるかもしれない。

 

 有馬記念を最後まで走り切って、あれだけのレースを繰り広げたウマ娘だと語り継いでくれるかもしれないです。

 

 私の話を黙って聞いていた義理母はそんな私の手をそっと握ってきました。

 

 

「それはな、まだお前さんが走りたいと思っとるんだ」

「……え?」

「皆がお前の事を愛してくれている。

 ワシが育てたウマ娘はただ強いだけのウマ娘じゃない、そうだろう?」

 

 

 義理母は優しい声色で私にそう告げてくる。

 

 皆が私の事を愛してくれている。それは、有馬記念で走っている時に痛いほど伝わった。

 

 私がまだ走りたいと思っているだなんて、何でわかったんでしょうね義理母は。

 

 すると、義理母はゆっくりと話を続けはじめた。

 

 

「さっき話してくれた事だがな、お前はそんな事で満足する様なウマ娘じゃなかろうて。

 世界一のウマ娘? ハッ、欧州三冠や凱旋門だけでそれを名乗れるほど世界は弱かったか?」

「それは……」

「周りが世界一だの騒ぎ立てとるだけではないのか? ルドルフやブライアンは倒したのかい? 

 リボー、シーバード、セクレタリアト、コイツらをお前は倒したのかい、アフトクラトラス」

 

 

 義理母は真剣な眼差しで私にそう告げる。

 

 世界一のウマ娘、確かに私がそう名乗るにはまだまだ足りない事が多かった様な気がします。

 

 なんなら、まだ、姉弟子であるミホノブルボンでさえ、私は倒してないのですから。

 

 すると、義理母は私をゆっくりと抱き寄せると優しい言葉でこう告げる。

 

 

「……本当なら、ゆっくり休めとワシもお前に言ってやりたい。だがな、アフトクラトラス、それ以上にお前の帰りを待ってくれている人達がたくさんおるんだろう」

「…………」

「だから、お前はこちらに来るな……。お前にはお前にしかできない事がまだたくさんある」

 

 

 義理母は何度も何度も私の頭を撫でながら優しい言葉でそう告げてきた。

 

 私はその言葉に静かに涙を溢します。

 

 気がつけば、どこからともなく、私の名前を呼ぶ声が微かだが聞こえてきました。

 

 あぁ、そうか、私はまだ、全てやり切って無いんだな。

 

 私は義理母に抱きしめられたまま、こう静かに告げる。

 

 

「お母さん、私はまだ生きても良いのかな……」

「ばかもん、……当たり前だ」

 

 

 そして、私は抱きしめていた義理母から身体を離されると真っ直ぐに見つめられる。

 

 もう、行きなさい、その眼からはそんな意思が感じられた。

 

 言葉には出さなかったが、義理母はきっとそう言ったに違いないと私はそう思う。

 

 義理母から離れた私は踵を返すとゆっくりと振り返りただ一言だけ、最後に一言だけ、名残惜しそうにこう告げた。

 

 

「……行ってくるねお母さん」

 

 

 義理母は私のその言葉に静かに頷く。

 

 懸命に私を助けてくれようとしてくれている人達がいる。

 

 私の帰りを涙を流しながら、祈り、待ち焦がれている人達がいる。

 

 だって、私は世界一のウマ娘だから、そんな人達の期待に応えてあげないといけないですものね。

 

 そうして、私は果てしない草原を駆け出した。

 

 きっとこの先に待っている人達がいると、そう信じて。



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IF 史実ルート

 

 

 

 ウマ娘専用病院。

 

 アフトクラトラスの眠るような顔を見ながら、姉弟子であるミホノブルボンは拳を握りしめていた。

 

 その手をライスシャワーは優しく握る。

 

 それは、ライスシャワーもミホノブルボンと同じ気持ちだった。

 

 何故、こんな風になってしまったのか、どこで間違えたのか。

 

 

「馬鹿ですよね、本当……。なんで逝ってしまったのですか……?」

「……うん……」

「私達と……走るんでしょう? ……どうして」

 

 

 そう口に出すミホノブルボンの声は震えていた。

 

 約束を果たす事ももうできない、共に努力する事も、競い合う事、喜びを分かち合うことも何も出来やしない。

 

 義理母を亡くして、私まで亡くしたミホノブルボンの姉弟子の心はもう、壊れかけていた。

 

 サイボーグと言われて、感情が読み取れないと言われていた彼女は泣き崩れて、ライスシャワーに抱きつきながら号泣した。

 

 

「……あああああぁぁぁぁ……! うあぁぁぁぁぁ!!」

「……ブルボンちゃん……辛いよねっ……私もっ」

 

 

 ミホノブルボンを抱きしめたまま、ライスシャワーも静かに涙を流す。

 

 苦楽も共にしてきた愛すべき家族。

 

 どこまでも優しくて、それでいてヤンチャなウマ娘だった。だからこそ、皆に愛されてやまないウマ娘だったのだ。

 

 アフトクラトラスが亡くなったニュースは日本中を悲しみに包んだ。

 

 

 

 悲劇の有馬記念。

 

 人々はアフトクラトラスとディープインパクトが駆けたレースをそう呼んだ。

 

 無敗のウマ娘、日本の至宝とまで言われたウマ娘をその日、亡くしたからだ。

 

 

「……アフちゃん……、なんで……」

 

 

 メジロドーベルはアフトクラトラスが眠る墓の前で絶望したように俯いていた。

 

 こうなる事は知っていた。知っていたはずなのに止める事ができなかった。

 

 あの日、有馬が終わりゆっくりと倒れる彼女の姿が瞼から離れなくて仕方ない。

 

 アフトクラトラスの墓の周りには、そんなメジロドーベルと同様に彼女の死を受け入れられない者たちがいた。

 

 特にディープインパクトはアフトクラトラスの死に相当なショックを受けていた。

 

 彼女が死んだのは自分のせいじゃないかと何度も己を責めた。

 

 あんな約束を、誓いを交わしたから……彼女は。

 

 

「……ごめんなさい……。ごめんなさいッ!」

「ディープ……」

「わた……私がッ……約束なんてしたから……っ。先輩にっ……あんな事が……!」

 

 

 涙を流すディープインパクトにナリタブライアンはゆっくりと近寄り抱きしめる。

 

 それは、自分とて同じことだ。アフトクラトラスを助けるために出来ることはたくさんあったはずなのに。

 

 あの日、あの時、異変があった時にすぐに止めていれば彼女はきっとまた隣で笑っていたかもしれない。

 

 

「……お前は悪くないディープ、それならば私も同罪だ……」

「…………ッ」

「あの時に止めていればと何度後悔したかわからない。……それでもアフとお前が駆ける有馬を止めれなかったんだ」

 

 

 二人のあんな走りを目の当たりにしたら、止めれるわけがない。

 

 異変があった時に諦めない彼女の姿がナリタブライアンの中にはずっと生き続けてる。

 

 有馬から帰ってこなかったアフトクラトラス、彼女の姿はどこまでも誇り高かった。

 

 

「……アフっ……、私はお前がいないと……」

 

 

 生きるのが苦しい、心臓を締め付けられる。

 

 同じ境遇からアフトクラトラスにブライアンは自分を重ねていた。

 

 それでも、彼女は己の道を貫き通して逝ったのだ。

 

 納得したいができない、まだ、信じられないから、いろんな思い出が走馬灯のように皆の頭に駆け巡る。

 

 その日は、まるで皆の心に雨が降っているかのように空も泣いていた。

 

 

 

 それから、数日後。

 

 一人のウマ娘がアフトクラトラスの墓を訪れていた。

 

 そのウマ娘の名前はドゥラメンテである。

 

 彼女は未だに現実を受け止められないでいた。

 

 アフトクラトラスが目の前から居なくなって遠くに行ってしまった事がずっと信じられない。

 

 

「……アフちゃん先輩……私ね……先輩みたいなウマ娘になりたかったんです」

 

 

 あのダービーも凱旋門も菊花賞も全てがドゥラメンテにはキラキラして見えた。

 

 アフトクラトラスというウマ娘にはそれだけ人を惹きつける何かがあったのだ。

 

 アフトクラトラスというウマ娘はドゥラメンテにとっての目標だった。

 

 きっと、それはドゥラメンテだけじゃない、他のウマ娘にとってもアフトクラトラスというウマ娘の存在は希望だった。

 

 

「私が……、次は私が貴女の意思を継ぎます。皆が貴女の事を忘れないように……」

 

 

 ドゥラメンテは涙を流しながら、アフトクラトラスの墓の前でそう誓う。

 

 きっと、アフトクラトラスというウマ娘は皆の記憶から永遠に消える事は無い。

 

 泥だらけだった、ドゥラメンテの名前とメジロドーベルの名前が入った鉢巻を着けて彼女は有馬記念を走ってくれた。

 

 だから、今度は彼女の名前を鉢巻に刻んで、そして、彼女が付けていた外套を着けて走り抜ける。

 

 

「私の走りを見ててください、アフちゃん先輩」

 

 

 これが、後に狂気のウマ娘と呼ばれるドゥラメンテの軌跡の始まりだった。

 

 彼女のレースはその破天荒ぶりから、アフトクラトラスの再来と呼ばれるようになるのは先の話である。

 

 いくつものG1レースを走り抜けた彼女の姿を見た人々はその姿をいつも、あの有馬を駆け抜けたアフトクラトラスに重ねていた。

 

 

 あの有馬記念から、数年後。

 

 アフトクラトラスの功績を讃え、彼女の名前を冠したレースが開催される事になった。

 

 G1アフトクラトラス記念。

 

 亡くなったアフトクラトラスが残した幾つものG1勝利はもはや、誰にも超えることのできない伝説と化した。

 

 そんなアフトクラトラスの名を冠したこのレースでは、日本のみならず海外からも参加するウマ娘が数多くいたという。

 

 

「……凄いな、アフのやつ。こんなに愛されていたんだな」

「それはそうさ、あいつ以上に人に愛されてやまないウマ娘はいないだろう」

 

 

 アフトクラトラス記念を見つめるルドルフの横でナリタブライアンは懐かしそうにそう呟く。

 

 そんなアフトクラトラス記念で、焼きそばを売って回るのはゴールドシップだった。

 

 このレースを見にきた人に楽しんで帰って欲しい、それは、このレースの名前にもなった自分の親友がきっとそう望んでいると思っていたから。

 

 

「……ふぅ、アフ、お前のレース凄い盛り上がりだぜ?」

 

 

 アフトクラトラス記念で走るウマ娘に向かい観客達は声をあげて応援する。

 

 ウマ娘の背中を押すように彼らは今日もそのレースを見守るのだ。

 

 そこには、必ず面影が見える。

 

 有馬記念で走った、アフトクラトラスがゴールを駆け抜けていく姿がたとえ見えなくても彼らの目には見えていた。

 

 誇り高く、最後まで有馬を駆け抜けた英雄。

 

 魔王とまで言われた一人のウマ娘は、英雄として、彼らの記憶の中で永遠に生き続ける。

 

 

 季節が巡り、春になり新しい新入生や転入生達がトレセン学園へとやってくる。

 

 生徒会長のシンボリルドルフは新入生や転入生に必ずある話をした。

 

 

「君は、アフトクラトラスというウマ娘の話を聞いたことはあるかい?」

「いえ、ないです!」

「そうか、じゃあ、教えてあげよう。世界一馬鹿でそして愛されていたウマ娘の話を」

 

 

 こうして、アフトクラトラスというウマ娘は皆から語り継がれていく。

 

 どんなに時が経とうとも、アフトクラトラスが刻んだ軌跡はずっと皆から愛される英雄譚となっていった。

 

 さまざまな困難や苦労、そして、栄光。

 

 約束を果たすために己の命を賭け、駆けたウマ娘。

 

 そして、最後に彼女と戦ったディープインパクトは海を渡り、今では世界にその名を轟かせている。

 

 ある記者が彼女にこう訊ねた。

 

 

「貴女が尊敬するウマ娘は誰ですか?」

 

 

 ディープインパクトは決まってこう答えた。

 

 それは、有馬記念よりも前からずっと抱いていた気持ち、いつか彼女を越えたいとずっと望んでいた。

 

 だが、それはもう叶わない、だからこそ、彼女はディープインパクトの中でずっと生きつづけていた。

 

 

「アフトクラトラス、彼女以上に私の憧れのウマ娘は居ません」

 

 

 アフトクラトラスこそが、今でもなお、永遠に尊敬すべき先輩であり、ウマ娘であると。

 

 

 

 中山レース場にはアフトクラトラスの慰霊碑が置かれている。

 

 その慰霊碑には、年間で数万人という観客が手を合わせに訪れる。

 

 そこには『鍛えて強くなった最強のウマ娘』という肩書きが刻まれていた。

 

 アフトクラトラスの墓の隣には、彼女を鍛えたであろうトレーナーの名が刻まれている。

 

 

「ブルボンちゃん、そろそろ行こっか」

「そうですね」

 

 

 毎年、ライスシャワーとミホノブルボンの二人は必ず墓参りへ訪れていた。

 

 自分がG1を走る日、楽しいことや悲しいこと、辛いことがあった日、それを話しにこの場所を訪れる。

 

 二人が自分達を見守ってくれているとそう信じているから。

 

 

「……いってくるね、アフちゃん」

「アメリカへ」

 

 

 アメリカの地に渡る報告をしに二人はやってきていた。

 

 再びアメリカの地で走ろうと交わした約束。

 

 その約束をようやく果たす事ができるという報告をアフトクラトラスに話すべく墓を訪れていたのである。

 

 アメリカでライスシャワーとミホノブルボン、そして、メジロマックイーンの3人で世界最高峰のBCターフを戦う。

 

 

「応援してね、アフちゃん」

 

 

 二人は手を合わせ終わると、墓から立ち去っていく。

 

 メジロドーベルはアフトクラトラスの意思を継ぎ、アンタレスの新人ウマ娘の指導に当たっている。

 

 鍛えて、強くする。この信条を無くさないように後輩達へとそれを受け継がせていた。

 

 

「あと500本! 追加!」

「ひぇー!!」

 

 

 サイボーグ坂路では、今日もウマ娘の悲鳴が木霊している。

 

 だけど、そのトレーニングを耐え切り、遠山式をやり切ったウマ娘は必ず栄光を手にする事ができるとトレセン学園では噂になっていた。

 

 メジロドーベルはいつも、自分の教え子のレースの前に中山にあるアフトクラトラスの慰霊碑の前で手を合わせる。

 

 

「また、G1を獲らせてね、アフちゃん!」

 

 

 アフトクラトラスが見守ってくれている。

 

 そう信じて、今日も彼女は教え子をレースへ向かわせる。

 

 季節が巡り、桜が舞う季節がやってくる。

 

 トレセン学園へ入ってくるあるウマ娘が居た。

 

 生徒会長であるルドルフと対面した彼女は笑みを浮かべながら、迷わずこう言い切る。

 

 

「私はアフトクラトラスさんみたいなウマ娘になりたいです」

 

 

 アフトクラトラスはそう言われる伝説になった。

 

 ルドルフ会長はそのウマ娘の言葉に満面の笑みを浮かべながら頷く。

 

 アフトクラトラス、彼女の歩んだ生き様は永遠に人々から愛されていた。



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明日を照らして

 

 

 どれだけの期間、私は寝ていたのだろう。

 

 私が目を覚ますと、そこは、綺麗な病室だった。

 

 口元には酸素マスクをつけられていて、私のベッドの周りにはブライアン先輩やブルボンの姉弟子をはじめ、ライスシャワー先輩、ドゥラちゃんにメジロドーベルさんとたくさんの人達がいた。

 

 アンタレス、リギル、スピカの皆もディープちゃんもルドルフ会長も皆だ。

 

 個室の病室にこれだけの人数が居たら本当びっくりですよね。

 

 ドゥラちゃん、ライスシャワー先輩、姉弟子なんて、ずっと私の手を握ったまま寝てますし。

 

 皆、毎日、来てくれてたのかな、私の様子を見に。

 

 

「……んあ」

 

 

 すると、何かを感じ取ったのか寝ていたゴルシちゃんがゆっくりと瞼を開ける。

 

 寝起きの彼女が周りを確認する様に左右に首を振る。

 

 そして、彼女がそれに気づいたのはすぐの事だった。

 

 私の意識が戻り、笑みを浮かべている姿を確認した彼女は目を見開く。

 

 

「アフ……」

「はい……、なんですか……?」

 

 

 酸素マスク越しに聞こえる私の返答にゴルシちゃんはゆっくりと涙を流します。

 

 それは、待ち侘びた帰りだったんだろう、長い有馬記念の道のりを私は帰ってきた。

 

 何気ない会話、その会話すら、もうできないと思っていた。

 

 それが、叶っている奇跡をすぐに皆に教えなければならないとゴルシちゃんは思ったのでしょう。

 

 そして、彼女は病院だというのに声をあげて、皆を叩き起こす。

 

 

「起きろーー!! お前らッ!! 馬鹿が起きたぞォォォ!」

 

 

 そう言って、周りに声を掛けるゴルシちゃん。

 

 第一声が馬鹿が起きたって酷くない? え? 酷くない? なんだって起きて早々私こんな扱いなんですかね。解せぬ。

 

 まあ、喜んでくれてますし、私は身体がこんなんなんでそこまで突っ込む気持ちにもなれないんですけども。

 

 その、ゴルシちゃんの大声を聞いて目を覚ました皆は私の目を開けた姿を見て涙を浮かべていた。

 

 

「アフちゃんッ!」

「先輩ッ!」

「うおっ!?」

 

 

 そして、起きた私にまず抱きついてきたのは手を握っていたドーベルさんとドゥラちゃん。

 

 ずっと心配してくれたみたいでしたからね、この二人は。

 

 有馬記念でも、爆弾を抱えて走る私の姿は不安でしょうがなかったでしょう。

 

 号泣しながら抱きついてきた二人を私は優しく何度も撫でてあげます。

 

 

「お帰りッ! お帰りなさいっ!」

「もうどこにも行かないでくださいッ!」

「……ごめんね、心配をかけましたね」

 

 

 二人のその言葉に私は謝りながら頭を撫でてそう告げる。

 

 話を聞けば、もう年も明けてかれこれ一ヶ月近く、私はずっと寝たきりで意識がない状態が続いていたらしい。

 

 ただ、今回、幸運にも命が助かったのはオカさんが私に約束した通院と薬が私の生存率を上げてくれていたそうだ。

 

 ちょっとした積み重ねだが、こんな積み重ねでも続けていれば、やがて結果はいい方向に向いてくれる。

 

 その事が改めて今回、身に沁みました。

 

 

「妹弟子……」

「アフちゃん」

 

 

 そして、私の名前を涙を浮かべながら呼ぶ二人。

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子、二人は私の顔を見て嬉しそうに笑みを浮かべていました。

 

 私は静かに頷きながら、二人に笑みを返します。

 

 

「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

 

 

 私の言葉に二人は頷きながら、周りにいたウマ娘達も涙を拭う人、号泣する人、拍手をしながら涙を流す人など多くの人が私の帰りを歓迎してくれました。

 

 散々、心配かけてきましたからね。私と親しい人は特になんですけど。

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子にも心配たくさん掛けちゃいましたからね。

 

 ブライアン先輩は目覚めた私にひたすら謝ってました。

 

 

「すまなかった、アフッ……私がっ……」

「ブライアン先輩は何も悪くないんですよ」

 

 

 そんな、泣きついてくるブライアン先輩に私は優しく撫でながらそう言ってあげました。

 

 ブライアン先輩は何も悪くなんてない、悪いとしたら約束を果たすために走る事を選択した私だろう。

 

 むしろ、レースを止めないでくれて感謝すらしています。

 

 お陰で私は彼女との約束も果たす事が出来ましたからね。

 

 皆との再会を喜びながら、私はふと、義理母から言われたことが脳裏によぎる。

 

 私の事を待ってくれている人達がいる。

 

 

(ありがとう……。義理母)

 

 

 私はこの場所に帰るように促してくれた義理母に心の中で感謝を述べた。

 

 待ってくれていた人達の期待に応えられた事がきっとこれまでで1番嬉しかったかもしれない。

 

 ふと、そんな事を思いながら私はこの瞬間を噛み締めました。

 

 

 

 それから、数日後。

 

 意識を覚ました私は精密検査を行う事になりました。

 

 足も疲労骨折していたみたいでしたからね。松葉杖をつきながら、病院の廊下を歩く私。

 

 そんな私の前に一人のウマ娘が立ち塞がります。

 

 顔を上げて、その娘の顔を私はゆっくりと確認する。

 

 

「ディープちゃん……?」

「…………」

 

 

 そこに立っていたのは、あの有馬記念で壮絶な一騎討ちをしたディープインパクトでした。

 

 彼女は私の問いかけに無言で答えます。

 

 そして、早足で私のところに近寄ってくると彼女は私の胸ぐらを掴んできました。

 

 胸ぐらを掴んできたディープインパクトの顔には涙が浮かんでいます。

 

 彼女は震える声で私に向かいこう告げてきました。

 

 

「……なんでッ! こんな風になる必要があったんですかッ!」

「…………ッ!」

「私はッ! 望んでなんてないっ! 貴女のそんな姿なんて望んでなかったんです……っ」

 

 

 彼女は涙を流しながら私にそう訴えかけてきます。

 

 約束を果たすために、無理を押してまで走った私がこんな風になる事をディープインパクトは望んでなんていなかった。

 

 彼女は私を越えるために全力でトレーニングに励んできたに違いない。

 

 海を渡り、凱旋門まで獲り、私の前に立とうとした。

 

 辛い事もキツいトレーニングも私との誓いがあったからこれまで乗り越えられてきた。

 

 

「私の憧れの先輩だったんですっ……! だから……っ」

 

 

 だから、私を越えたかったんだとディープインパクトは語る。

 

 真っ向勝負で私というウマ娘を倒したかった。

 

 宝塚で負けた時、改めて彼女は私を倒す事を目標にして、毎日毎日、走り続けた。

 

 どれだけ、私が頑張ってきたのかを姉弟子から聞かされながら、それでも、それを越えるための努力を積み重ねてきた。

 

 だから、私は彼女のその頑張りに報いたいと思ったんだ。

 

 私は胸ぐらを掴んだまま涙を流すディープインパクトの頭をそっと撫でると胸元に抱き寄せる。

 

 

「……えぇ、わかってます」

「…………」

「だから、貴女に応えたかったんです。全力で貴女と真っ向から私も戦いたかったんです」

 

 

 ディープインパクトもきっと私が有馬記念を走り切って倒れた時、動揺したに違いない。

 

 自分のせいで、私が倒れてしまったんじゃないかときっと己を責めたに違いありません。

 

 だけど、それは違う、全ては私が選んだ事。

 

 一度負けたくらいで首を下に下げない、そんなディープインパクトと真っ向から戦いたいと心の底から思ったから私は走ったんだ。

 

 

「ごめんなさい、私の我儘のせいで……傷つけてしまいましたね」

「…………ッ!」

「強くなりました、本当に……。私と同じ景色を見れるくらい貴女は強くなりましたよ」

 

 

 私はディープインパクトを抱き締めたまま、優しい声でそう彼女に言ってあげた。

 

 本当に強くなった。私がこれまで戦ってきたウマ娘も皆、強敵ばかりでしたがディープインパクトは私に迫るくらい強く、いや、もしかすると私よりも強くなってきたのかもしれない。

 

 でも、彼女の存在が私をまた強くしてくれました。これからも、きっと、私も彼女ももっと速く走れる。

 

 私の言葉を聞いたディープインパクトは大声で私の胸元で涙を流し号泣する。

 

 そんな、彼女を私は笑みを浮かべながら泣き止むまで抱き締めてあげた。

 

 

 

 それから、私は精密検査を受けて医者の前に座る。

 

 一ヶ月、生死の狭間を彷徨いながら、助かる見込みが少ない中で無事に生還を果たした私。

 

 そんな奇跡的な復活に医者はカルテを見て、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……心臓の爆弾ですが、手術により取り除く事ができました。後は回復を待つだけでしょう」

「本当ですか!?」

「えぇ、本当によかったです」

 

 

 医者は満面の笑みを浮かべ私にそう話す。

 

 奇跡的な回復、本来なら助かる見込みも少なく、成功率的には50%以下になる手術で私の心臓の爆弾を取り除く事に成功したという話であった。

 

 特に運ばれてきた時に緊急に行った難しい手術だったらしい。

 

 本当、助かったのは義理母のおかげだったのかもしれませんね。

 

 医者はしばらくすると表情を少しだけ曇らせ、私に話を続けはじめる。

 

 

「ですが、疲労骨折の方も含め以前のように走れるようになるとは、正直わかりません」

「…………」

「……引退は……考えていませんか?」

 

 

 私にそう問いかけてくる医師はこれから安静にしてゆっくり休み、走らない事を私に勧めてきた。

 

 ですが、私はそんな医師の言葉に笑みを浮かべる。

 

 引退? 大人しくした方が良い? 

 

 私がそんな大人しいウマ娘に見えるんですかね、そう、私は皆から言われていますから。

 

 世界一の馬鹿で癖が強いウマ娘だってね。

 

 私は笑みを浮かべたまま、当然のように医師に向かいこう告げる。

 

 

「いえ、走るつもりですよ、これからも、この先も」

「……そうですか」

 

 

 医師は私のその返答にやっぱりと言った具合に困ったような笑みを浮かべていた。

 

 そう、私はまだ走れる。きっと走れるようになる。

 

 皆が応援してくれる限り、私はずっと走っていられる。

 

 義理母が皆が私の背中を押してくれているんだから応えなきゃ、無敗の三冠ウマ娘じゃないですもんね。

 

 どんな厳しいトレーニングだって、義理母と姉弟子とライスシャワー先輩とアンタレスの皆と越えてこれた。

 

 これから先、どんなにキツい事だって私は乗り越えていけると信じている。

 

 

 

 それから、私の長いリハビリ生活がスタートした。

 

 リハビリも私一人だけじゃない、だって、隣にはライスシャワー先輩が居ますからね。

 

 私はライス先輩と共にまた走れるように復帰戦を目指してそれからずっとリハビリのトレーニングに励んだ。

 

 

 そして、それから数ヶ月後のある日。

 

 この日、私はある人の元を訪れていた。それは、私の我儘に付き合ってくれたトレーナーだ。

 

 彼は私の義理母の眠る墓の前で手を合わせ、静かに目を瞑っている。

 

 

「こんなところで何をしてるんですか?」

「………………」

 

 

 私の問いかけに答える事なく、手を合わせたまま目を瞑るトレーナー。

 

 そう、私をあの有馬記念まで指導してくれたオカさんである。

 

 病院にいた私のお花をいつも替えに来てくれていたとお医者さんからずっと聞いていましたが、私が意識を取り戻してから彼が私の元を訪れる事はありませんでした。

 

 理由はわかっています。合わせる顔がなかったとかそういう理由なんでしょうきっと。

 

 有馬記念まで、彼は私の病気のことを知りながらも走る事に協力してくれました。

 

 あぁなるだろう事はきっと予期していたのだと思います。だけど、彼は私をずっと支えてくれていました。

 

 彼は手を合わせたまま、ゆっくりと私にこう話し始める。

 

 

「……遠山さんに顔向けできなかったんだがな、大事な娘を走らせてあんな風にしちまったんだ。当然だ」

「…………」

「だからこうやって、墓に詫びを入れにきておったんだ……せめての」

「罪滅ぼしとか言うのはやめてください」

 

 

 私はそう言って、オカさんが言おうとした言葉を遮る。

 

 オカさんは何も悪くなんてない、誰も何も悪くはないのだ。きっと私が彼に罪悪感を与えてしまっていたんだろう。

 

 だからこそ、それは間違いであるとオカさんに私は伝えたかった。

 

 あぁなる事を選択したのは私、せめて、力尽きるならばターフの上でと、走る事を決めたのは私なのだ。

 

 ブライアン先輩もディープインパクトもオカさんも誰も悪くない。

 

 だから、本当に謝らなくてはいけないのはきっと私。

 

 

「あれは、私の我儘だったんです。付き合わせてすみませんでした、オカさん」

「…………」

「だから、オカさんは何も悪くありません」

 

 

 きっと、オカさんもあの時の私の気持ちを尊重してくれたんでしょう。

 

 私が勝ちたいと強く望んだから、約束を果たすために命すら賭けて走りたいと言い切ったから付き合ってくれたんだ。

 

 今思えば、オカさんのおかげで私はあそこまで走る事ができたと言っていい。

 

 

「……はっ、ルドルフにもお前さんにも俺は教わってばかりだな本当」

「オカさん……」

「……本当は今日、この場所でケジメをつけに来たつもりだった。今日はその報告を遠山さんにしに来たんだよ」

 

 

 それは、きっとオカさんがトレーナーを辞めるということだろう。

 

 心臓に爆弾を抱えた私を走らせた事を義理母に詫びて、その責任を負うつもりだったらしい。

 

 だが、私はそんな事は一切望んでなんていない、むしろ感謝している。オカさんは私の命を守ってくれた優秀なトレーナーだ。

 

 

「……私のトレーナー、続けてくれるんでしょう?」

「……何言ってんだお前……足もまだ……」

「こんなもの、すぐに完治させますよ」

 

 

 私は迷わずオカさんにそう言い放つ。

 

 そう、医者が周りがなんと言おうとも絶対に治してまたターフを駆けてみせる。

 

 義理母にまだ、走りたいと言ってのけたのだ。だからこそ、まだまだ私は駆けたい。

 

 オカさんは真っ直ぐに私の眼を見つめる。

 

 トレーナーとして、本来ならあの時、私を止めるべきだった。

 

 一流のトレーナーなら、絶対に自分が担当しているウマ娘を走らせるべきじゃなかっただろう。

 

 それでも、私の気持ちを汲んで走らせてくれたオカさんは周りがなんと言おうと超一流の私のトレーナーだ。

 

 

「……ハァ、またルドルフの奴にどやされるなぁ」

「大丈夫です、私なんてしょっちゅうどやされてますから」

「お前さんは自業自得だろう。当たり前だ」

 

 

 そう言って、互いに笑う私とオカさん。

 

 ルドルフ会長が繋げてくれた縁、最初こそ義理母以外のトレーナーなんてと思っていたが、今の私には間違いなくこの人が必要だ。

 

 この先も倒さなくてはいけない強敵がいる。そんな彼女達を倒すために今よりも私は強くなりたい。

 

 今はこんな身体だけど、私には支えてくれるファンと仲間達がたくさんいるから。

 

 

 だから、私はライス先輩と共に戻るのだ。あの皆が待つターフへ。



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月日を越えて

 

 

 

 あの有馬から約数ヶ月。

 

 かなりの時間が経ち、私もライスシャワー先輩もリハビリを続けて回復してきた頃。

 

 トレセン学園にあるウマ娘専門病院は慌ただしくなっていた。

 

 その理由は明白であった。

 

 

「先生! またアフちゃんが脱走しましたッ!」

「……またかぁ」

 

 

 そう、私が病院から毎回のように脱走を繰り返していたからだ。

 

 病院なんていたら気が滅入ってしまいますからね。

 

 いや、私はたしかに病人というか怪我人ではあるんですけども。

 

 こうして、病院から脱走を繰り広げる私に他の看護婦やお医者さんは頭を抱えていたわけだが。

 

 当の私はというと? 

 

 

「こちらアッフ、阪神レース場に潜入した。ミッションを開始する」

 

 

 見慣れない段ボールが阪神レース場にちょこんと一つ置いてあるが、これが私である。

 

 段ボール迷彩はさすがですね、きっと誰にも気付かれていないに違いありません。

 

 悲しきかな、尻尾までは隠せなかったので段ボールからはみ出てしまっていますが、そこは愛嬌です。

 

 段ボールを被ったまま、阪神レース場のレース会場まで行く私。

 

 確か、今日は宝塚記念があるんでしたっけね。

 

 うむ、G1か、素晴らしいではありませんか。

 

 私は段ボールで移動しながら会場内へ侵入する。

 

 なんか、さっきからやたらと視線を感じる気がするが、きっと気のせいですよね? 

 

 

 

 会場は多くの観客で賑わっていた。

 

 それはそうだろう、今回の宝塚記念には有名なG1ウマ娘が走るのだから。

 

 しかし、ルドルフ会長が今回走るのなんて珍しいですよね? 

 

 満員の観客が見つめる中、レースはやはりルドルフ会長が先頭のままレースを走り抜けていた。

 

 

「シンボリルドルフ先頭! シンボリルドルフこれは強いッ! 今、一着でゴールイン!」

 

 

 皇帝はやはり強かった。会場の皆は感心したようにルドルフ会長に拍手を送る。

 

 さて、そろそろ私の出番だな。私はニシシと笑みを浮かべたまま、レース場に段ボール姿で紛れ込む。

 

 そして、会場に突如として現れた見慣れない段ボールに会場にいる観客達はざわめき始めた。

 

 

「なんだあの段ボール……」

「尻尾生えてるぞ」

「あんなウマ娘居たか?」

 

 

 皆はいきなり現れた動く段ボールに驚いたような声をあげていた。

 

 まあ、普通にそうなりますよね、そうです、私だよ。

 

 私はモゾモゾと移動しながら、観客達の前に向かう。

 

 その段ボールが動く姿に会場にいたウマ娘達も騒然としていた。

 

 その正体を見抜いていた一人を除いては。

 

 

「あの馬鹿……」

 

 

 ルドルフ会長は青筋を立てて、頭を押さえてその段ボールを見つめている。

 

 しばらくして、私が入った段ボールは観客達の前に止まり、動きを止めた。

 

 観客達はその奇妙な段ボールに全員釘付けになる。

 

 そして、全員から視線が集まったその時だった。

 

 私は段ボールを跳ね除け、姿を現す。

 

 そう、病院のパジャマ姿と眼帯を着けてキメ顔をしながら皆にこう言った。

 

 

「待たせたなッ!」

 

 

 その瞬間、会場は大歓喜と大爆笑に包まれた。

 

 それはそうだろう、あの有馬記念以来、私は人前に顔を晒していなかった。

 

 ぶっ倒れた私の姿しか観客達は知らないわけなんだが、こうして、いきなり現れた私の姿に思わず涙するファンまで居た。

 

 どうですか、なかなかのサプライズでしょうこれ。

 

 

「ビックアフ! ビックアフじゃないかッ!」

「何やってんだアイツ!」

「いやぁ、本当! アッフは変わらんなぁ!」

 

 

 すまんな、シャドーモセスまで出張に行ってたんや、皆、許せ。

 

 まあ、ちょっと前まで意識不明の重体だったんですけどね、ほら、こんな感じで元気な姿を見た方が皆も喜ぶかと思って。

 

 しばらくすると、背後から懐かしい圧を感じる。

 

 そこには仁王立ちしたルドルフ会長が立っていた。

 

 

「アフ〜〜、病院抜け出して何をしてるんだ? お前」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 

 次の瞬間、ゴチンッという音と共にルドルフ会長の石頭の頭突きが私の頭に炸裂する。

 

 これはひどい、こちとら病人やぞ! 頭にたんこぶが出来ました。解せぬ。

 

 それから、私はズルズルとルドルフ会長から引き摺られていくわけなんですが、その光景を見ていた観客達は大爆笑していました。

 

 いつものような光景、この姿が皆が待っていたアフトクラトラスの姿だ。

 

 

「お前はぁ〜〜!! また皆に心配かける気か!」

「ぎゃ〜〜! が、眼帯を引っ張らないでぇ! や、ヤメロォー!」

 

 

 そう言って、宝塚記念の会場でエアグルーヴ先輩から眼帯を引っ張られる私。

 

 パチンッ! とカッコつけて付けた眼帯を引っ張られて目にダメージを受ける。

 

 これ地味に痛いんですよね、私の復帰戦はまだまだ先だというのに勝手なことをしたらこれは残当なのは当たり前なんですけども。

 

 

「元気になったと思ったらこれだもんなぁ、お前」

「おー! これはヒシアマ姉さんッ! 元気にしてましたかッ!」

「どこ見て挨拶してんだお前は」

 

 

 そう言って、軽く頭をスパンと叩いてくるヒシアマ姉さん。

 

 どこってそりゃ乳上様に決まっているではないですか、ハロー元気にしてたかい、私のお気に入りの枕さん。

 

 私はヒシアマ姉さんに久々に抱きつきながら、その感触を確かめる。よし、相変わらずこの柔らかさは素晴らしい。

 

 

「というかお前、今日はライスシャワーとリハビリだろう」

「あ、忘れてました、ていうかまどろっこしいんでサイボーグ坂路走りたいんですが」

「おい、馬鹿やめろ」

 

 

 私がこうやってサイボーグ坂路を走ろうとすると皆さん羽交い締めにしてくるんですよね。

 

 おい、なんでじゃ、復帰戦に向けてべつに走らなきゃあかんでしょう! 離せー! 

 

 まあ、医者曰く、まだダメみたいですからね無理なトレーニングは。

 

 次したら息の根止めるぞって忠告受けました。本当に医者かいな。

 

 すると、ナリタブライアン先輩は私の側に近寄るとゆっくりと抱きしめてきた。

 

 

「……無理はするな、アフ。焦らなくてもレースは逃げんさ」

「んなこたぁ知ってます! でもですね」

「もうあんな思いはしたくないんだよ」

 

 

 ブライアン先輩のその言葉に私はハッとなって、口を閉じます。

 

 そうですね、皆、辛い思いをさせてしまいましたから、もう、私に無理を絶対にさせたくないって気持ちはわかります。

 

 私は抱きしめてきたブライアン先輩の背中を摩りながら優しくこう告げます。

 

 

「……大丈夫ですよ、もう何処にもいきませんから」

「あぁ、頼む……」

「ちょっと過保護過ぎやしませんかね?」

 

 

 私は苦笑いを浮かべながらそう告げるが、皆は一同に首を左右に振っていた。

 

 なんてこったい、私の味方は誰もいなかった。

 

 皆も私の事が心配で仕方なかったらしい、病院から抜け出してきたのも本当はルドルフ会長も激おこぷんぷん丸だとか。

 

 いや、ルドルフ会長はいつも悪戯して激怒ぷんぷん丸にしてるからこの際どうでもいいんですけど(良くない)。

 

 すると、背後から私の名前を呼ぶ一人のウマ娘が居ました。

 

 

「アフ! 貴女何してるんですかっ」

「ギクッ」

 

 

 そう、その声の主は何を隠そう姉弟子です。

 

 そういえば、宝塚記念見にきてるって言ってましたっけ、やっべー忘れてました。

 

 せっかく私がスニーキングムーブをかましていたというのに、これでは、本末転倒ですね。

 

 

「ほら、帰りますよ」

「あーー! 待ってぇ! やだー!」

 

 

 ズルズルとパジャマを引き摺られながら、会場から姉弟子に連れ出される私。

 

 そんな微笑ましい光景に皆は笑いを溢していた。

 

 相変わらずだなと、まあ、あの時の私を見ていた彼女達からしたらようやく帰ってきたと思っているかもしれませんね。

 

 

 

 それから大体、1ヶ月くらいが経った頃。

 

 私はライスシャワー先輩と復帰戦を目指してサイボーグ坂を登っていました。

 

 リハビリもある程度、完了しましたしね。

 

 次はついにレースに向けての調整です。

 

 

「はぁ……はぁ……。やっぱりブランクあるとキツイですね」

「そうね、また本数増やさないと」

「間違いないです」

 

 

 ライスシャワー先輩の言葉に笑顔で答える私。

 

 懐かしいかな、マトさんが指導についてくれるおかげで檄が飛んできますし、トレーニングにも身が入ります。

 

 後は、なんかモデルの仕事がぶち込まれてました。

 

 おい、誰だこんな仕事入れたやつは。

 

 話を聞くとなんとたづなさんでした。たづなさんマジ抜け目ないんだが、おい! 

 

 

「ゴールドシチーさーん、アフトクラトラスさん視線ください!」

「こ、こうですか?」

「アフ、あんたそれメンチ切ってる」

 

 

 ゴールドシチーさんの指摘に笑いが溢れる現場。

 

 なんだと! 視線くれ言うたやん! 

 

 メンチ切ってるだなんて酷い! これでもこちとら真面目にやっとるんだぞ! ぷんすこ! 

 

 そんな感じで写真撮影も終わり、また、私は復帰戦に向けてトレーニングを積み重ねる。

 

 

 夏を経て、季節は巡り秋。

 

 ライスシャワー先輩も私も共に足の調子は良くなり、ようやっと、復帰戦が決まりました。

 

 しかも、同じ日にね本当に長かったですが、この時間は本当に嬉しかった。

 

 ただ、一言物申したい。

 

 

「ていうか、私の復帰戦がG1天皇賞秋ってどうなってんですか本当!」

「まあまあ」

「アッフなら多分勝てるだろお前」

「そういうとこやぞゴルシお前!」

 

 

 レースを提案したのはなんとゴルシちゃん。

 

 アフならG1くらいが復帰戦にちょうどいいとか、マジでふざけんなと思いました。

 

 まあ、でもライスシャワー先輩もなんやかんやで通常レースを走るみたいなんでね。

 

 私もそんな気持ちで走ろうかなと、え? 一着じゃないとダメ? あ、そうですか。

 

 控え室には私とライスシャワー先輩の様子を見ようとたくさんのウマ娘が駆けつけてくれた。

 

 

「アフちゃん、頑張って!」

「ありがとう、スズカさん」

「アフちゃん先輩無理はダメですよ?」

「スカーレットちゃんもありがとう」

 

 

 皆から心配されてばかりだな私。

 

 まあ、それはそっか、散々心配かけちゃってましたからね。

 

 ドーベルさんとドゥラちゃんなんて四六時中私のそばから離れようとしませんでしたし。

 

 病院から抜け出すたびに怒られてました。二人からお説教です。

 

 それから、レースに向かう為に私とライスシャワー先輩は準備を終えて、控え室から出る。

 

 長いレース場に向かう通路で私はライスシャワー先輩の手を握りながら大きく深呼吸する。

 

 

「緊張してる?」

「ライスシャワー先輩の手を握ってるからドキドキしてるだけです」

「……ふふ、そういうことにしとくね」

 

 

 私とライスシャワー先輩はレースに続く通路をゆっくりと歩み始める。

 

 さまざまな困難が立ち塞がったこの数年、たくさんの人から支えられてようやくこの場所にたどり着いた。

 

 また、あのターフで走ることができる。

 

 私はようやく、この場所に帰ってこれたんだ。大事な人と共に。



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遥かな、夢の11Rへ

 

 

 

 さあ、天皇賞秋も終わった訳ですが、これは天皇賞秋を走る数日前の事。

 

 私にはある指令がルドルフ会長から下されていた。

 

 まあ、察しのいい人ならすぐに気付くかもしれませんね。

 

 そうウイニングライブです。

 

 

「お前、有馬の時も歌えてなかったからな、その分も歌うんだぞ」

「そんな借金みたいな……」

「いや、普通だ馬鹿者」

 

 

 そうですね、私、かなりG1取ってましたけど、身体の事もあってかあんましウイニングライブをしてなかったんですよね。

 

 そんでもって、ルドルフ会長からは当然のようにやるよな? という風に圧がかかっているわけです。

 

 まあ、やんなきゃならないでしょうね。

 

 ファンには散々迷惑をかけてきたわけですから。

 

 

「仕方ないですね、わかりましたよ」

「振り付けはちゃんと覚えるんだぞ、ソーラン節とか阿波踊りとかしたら拳骨だからな」

「私の頭をなんだと思ってるんですかっ!?」

 

 

 これは酷い、これが凱旋門勝ってきたウマ娘に対する扱いなんでしょうか。

 

 こいつは泣けるぜ、まあ、ルドルフ会長にはいつも迷惑というか怒らせてばかりですからたまには言うことを聞いてあげるとしましょうかね。

 

 そんなこんなで、ウイニングライブをレース後に開く事になりました。

 

 ファンに公式で顔を出すのはこれが初めてになるかもしれません。

 

 まあ、病院から抜け出しては顔出ししてたんですがね、最近では不定期に出没するアフトクラトラスを探せみたいなコーナーがテレビで出来たとかなんとか。

 

 でもね、ほら、もう完治しましたし、いちいちこそこそしなくても良くなりましたから私は。

 

 ウイニングライブかぁ、仕方ないやるしかないか。

 

 

 

 そんなこんなで、こんなやりとりがあったのが数日前、そして、今、私は身内を含め有馬記念を走ったメンバーと共にカーテンが開くのを待っている

 

 ウイニングライブをする為に振り付けくらい覚えるのなんて朝飯前ですよ。

 

 センターには私が立たされております、手が掴まれていて逃げれません、なんてこったい。

 

 イントロと共に会場からは声が上がる。

 

 

 手拍子と共に一斉に声を上げる皆。

 

 会場からは盛り上がるような声が聞こえてきます。そんなに楽しみだったか皆の衆。

 

 そして、カーテンが上がると共に私も歌を歌い始める。

 

 

「待たせたなー!」

 

 

 それから、私は皆と共に踊りながら、楽しそうに歌を歌う。

 

 隣にはライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子がいて、私のことをよく知る人達がバックダンサーや歌を歌ってくれている。

 

 

「やっとみんな会えたね〜♪」

「 Don’t stop! No,don’t stop ’til finish♪」

 

 

 私が歌って踊る姿に皆は笑みを浮かべながら合いの手を入れてくれます。

 

 皆の笑顔が見れて、私も嬉しい限りですよ、いやはや、待たせてしまいましたね本当。

 

 そして、流石私のファンですよ、一体感が素晴らしい。

 

 

「アンタレス〜♪ふぁい♪」

「オー!」

「ファイ!」

「オー!」

 

 

 まあ、リアルの掛け声はこんな可愛くなんてないんですがね。

 

 罵声が飛び交っています、皆さんは誤解しないように、アンタレス〜なんていう前に走れの檄が飛んできます。

 

 とりあえず、野暮なツッコミは無しでいきましょう。

 

 私は歌いながら慣れた振り付けで踊ります。

 

 そして、ライスシャワー先輩のパートに入る。

 

 

「もう、ドキドキもトキメキも♪ 抑えられないたまんない〜♪」

「熱いハラハラが止まらなぁい ♪」

 

 

 そして、私は復帰までに覚えた振り付けを踊り始める。

 

 というかライスシャワー先輩の声が天使すぎて脳死しそう、本当、生きてくれて良かった。

 

 私がメインのパートへ、声を張り上げながら歌を歌う。

 

 

「皆と走り競いゴール目指し♪ 遥か響け届けMUSIC♪」

 

 

 私の中で、義理母と過ごした日々がフラッシュバックする。

 

 そう、トレセンに来てからたくさんの人達から支えられて走ってきた。

 

 だから、私はこれまで走って来れた。これからも走ることができる。

 

 

「ずっとずっとずっとずっと想い♪ 夢がきっと叶うなら〜♪」

「あの日二人に感じた何かを信じて〜♪」

 

 

 いつか見た、あの夢の11Rまで、私は走り続ける。

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子、そして、皆が私の側にいるから。

 

 私はライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子の顔を見ながらサビを思いっきり歌う。

 

 

「春も夏も秋も冬も超え願い焦がれ走れ〜♪ Ah 勝利へ〜♪」

 

 

 サビの最後を声高に歌い切る私。

 

 振り付けもバッチリ皆に合わせましたからね。普段からちゃんとやろうと思えばやれる娘なんですよ私はね。

 

 そらね、皆も私に会いたかったでしょうから締めるところはしっかり締めますよ。

 

 

「 Don’t stop! No,don’t stop ’til finish♪」

 

 

 バン! という音と共にフラッシュがステージを照らす。

 

 中央にいる私の名前とライスシャワー先輩を呼ぶ声があちらこちらから聞こえてくる。

 

 それから、会場からは溢れんばかりの拍手喝采が皆から送られてきた。

 

 

 

 しばらくして、会場は静かにライトが落ちる。暗転した会場はゆっくりと静まりかえった。

 

 私はマイクを付け直し、スタンバイする。

 

 前回の有馬の分と今回のこれは天皇賞秋の分だ。立て続けに2曲とかやるやんと誰か褒めてくだちい。

 

 そして、私にライトが当たり、ゆっくりと私は歌い始める。

 

 

「ここで今輝きたい〜♪ 」

 

 

 私の声と共に周りにライトが当たり、辺りを照らす。

 

 音楽が流れ始め、ライトに照らされたライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子、そして、ドゥラメンテちゃんが続けて歌い始める。

 

 

「叶えたい未来へ〜♪ 走り出そう夢は続いてく〜♪」

 

 

 三人と共に私は笑顔を振りまきながら歌って踊る。

 

 ウイニングライブの振り付けって可愛い振り付け多いですよねー、本当。

 

 今回も私は真面目に歌っています。はい、真面目です。雰囲気ぶち壊したりはしないです。

 

 だって、ファンの皆さんには心配かけましたからね今回はそのお詫びでも有りますから。

 

 

「ライバルがいるほど頑張れるよ〜♪ いつか手にしたい♪ 真剣勝負の栄光♪」

 

 

 私達の歌声に合わせて会場の皆も合いの手を入れてくれる。

 

 凄い一体感を感じる、風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私たちのほうに。

 

 いや、風は吹いてませんね、強いて言えばファン達からの熱気が凄いです。

 

 本当、喉乾いてきますよね。

 

 

「どんな時でも笑い合えるよ〜♪ 君の心に繋がるシンパシー♪」

 

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子は笑い合いながら楽しく歌っている。

 

 なんだか、そんな二人を見るとほっこりしちゃいますよね。

 

 

「遠く離れてしまう時でも〜♪ いつまでも変わらないトキメキがあるから〜♪」

「勝利を目指して♪」

 

 

 バンッとステージからタイミングよく爆音が鳴り、クラッカーから出た紙吹雪が辺りに舞う。

 

 私は教えられた振り付けを踊り、声を張り上げる。

 

 サビですからね、締めないといけませんから。

 

 

「ここで今輝きたい〜♪ いつかは憧れも君も越えていくよ♪」

 

 

 私はライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子を見ながらそう歌う。

 

 二人は嬉しそうに笑いながら、それに頷いて応えてくれた。

 

 いつか越えていく憧れの存在、きっとそれはドゥラちゃんにとっての私でもあるんでしょうからね。

 

 

「step by step ♪ もう止められない〜♪ specialな勝負で駆け抜けよう〜♪ キミと紡いでく〜♪」

 

 

 私の歌声に皆は静まり返ります。

 

 しばらくして、音楽が鳴り止み、私は姉弟子とライスシャワー先輩、そして、ドゥラちゃんとお客さんに向かって頭を下げる。

 

 これまでの道のりは、大変な道のりばかりでした。

 

 ですが、皆さんやアンタレスの仲間たち、そして、家族とともに私はこの場所に帰って来れた。

 

 いつか、私のようになりたいと思ってくれるウマ娘がこの会場のどこかにいるかもしれません。

 

 そんな、彼女達の力に私はなりたいと思います。

 

 

 こうして、私とライスシャワー先輩の復帰後のウイニングライブは大盛況で終わりを迎えることが出来た。

 

 

 

 

 あれから、数ヶ月の時が過ぎ、また季節は巡り春がやってくる。

 

 新入生のウマ娘が今年もたくさんやってきて、多くのトレセンのチームが優秀な生徒に声をかけていく時期がやってきた。

 

 オープンキャンパス、私はふと、そんな時期にいろんな場所を気まぐれに出歩いていた。

 

 そんな時だった、一人のウマ娘が私の側に駆け寄ってくる。

 

 

「あ、あの!?」

「ん……?」

 

 

 私は声をかけてきたウマ娘の方にゆっくりと振り返る。

 

 そこに居たのは私と同じような青鹿毛の髪色をしたウマ娘だった。彼女は目を輝かせながら私をジッと見つめてくる。

 

 オープンキャンパスの新入生ですかね、私は彼女に視線を合わせるとにっこりと笑みを浮かべこう問いかける。

 

 

「どうしたの? 迷子ですか?」

「あ、えと、違います……! わ、私! 貴女に逢いにきたんですっ!」

「私に?」

 

 

 彼女はそう告げると勢いよく首を縦に振る。

 

 なんだこの娘、めちゃくちゃ可愛いんだが、ルドルフ会長、すいません、誘拐してもいいですか? 

 

 おっと、いかんいかん、これでは私もあの変態なウマ娘達の仲間入りをしてしまうではないですか。

 

 私は首を傾げたまま彼女にこう問いかける。

 

 

「貴女の名前は?」

「えっと私の名前は……」

 

 

 そう問いかけられたウマ娘は恥ずかしそうに視線を逸らしながら顔を赤くしていた。

 

 私に逢いにきたというこの娘もきっと、この先、私よりももしかしたら強くなるかもしれませんね。

 

 世代は移り変わりゆく、それでも変わらないものがきっとあるはずだ。

 

 

「き、キズナです!」

「キズナちゃんか、いい名前だね」

 

 

 私はその名前を聞いて、笑みを浮かべる。

 

 それから、私はその娘を連れてトレセン学園を案内してあげた。

 

 いつかは憧れの人を越えていきたい、そんな気持ちで皆はこの学園へやってくる。

 

 キズナと名乗ったその女の子は満面の笑みを浮かべて私にこう言った。

 

 

「私! アフトクラトラスさんみたいになりたくてここに来たんです!」

 

 

 こうして、また、新しいウマ娘達がトレセン学園を賑わせる。

 

 私は彼女のその言葉に笑顔が自然と溢れてきた。

 

 私に憧れて来てくれる娘がまさか居てくれるなんて思いもしませんでしたよ。

 

 いつか、この娘もきっと、私の尊敬するウマ娘達のようになれると、私は彼女を見てそう確信した。

 

 

 拝啓、義理母へ。

 

 どうやら、私は皆から憧れられるようなウマ娘になれたみたいです。

 

 これから先も、きっといろいろあるとは思いますが、皆と力を合わせて乗り越えていきます。

 

 私も世界一のウマ娘を目指して、走りますからどうか見守っていてください。

 

 アフトクラトラスより。

 

 





これまで読んでいただきありがとうございました。
作品としましては、アフちゃんの物語は一旦完結になります。

一応、次話も投稿する予定ですが、新章として投下します。番外編やその後の話としてお楽しみください。

応援していただき、ありがとうございました。


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三冠ウマ娘八番勝負編
SWDT開幕


 

 

 

 SWDT、別名、三冠ウマ娘八番勝負。

 

 日本で最強のウマ娘達が集結し、互いに鎬を削り合う一大競走。

 

 三冠ウマ娘が集結し、日本で最強のウマ娘を決めるこのレースは各ウマ娘がそれぞれ駆け、勝敗を決める。

 

 己が最強だと証明する為に来た化け物達である。

 

 

 戦場のセントライト。

 

 神馬シンザン。

 

 天衣無縫ミスターシービー。

 

 永遠なる皇帝シンボリルドルフ。

 

 シャドーロールの怪物ナリタブライアン。

 

 英雄ディープインパクト。

 

 金色の暴君オルフェーヴル。

 

 魔王アフトクラトラス。

 

 

 揃いしは、最強の三冠ウマ娘達。

 

 名だたる強敵達を捻じ伏せ、君臨した者達、そして、このウマ娘達はその最強という名を手にする為、激突せんとしていた。

 

 

 レース内容はガチンコの一対一の対決レース

 

 

 最強のウマ娘達がそれぞれ激突する。この一大イベントに日本中、いや、世界中が熱狂していた。

 

 これまで、日本最強のウマ娘が誰なのか、証明されてはいない、果たして、それは三冠を取ったウマ娘だけなのか? 

 

 否、そうではない、三冠ウマ娘でなくとも彼女達に比類する実績を積んだウマ娘は日本には存在している。

 

 だが、そうであっても、ただ一度しか得ることができない三冠というチャンスをものにしてきた彼女達にはその後も恐るべき戦果を挙げてきた者たちがいる。

 

 だからこそ、日本中はこのウマ娘達の対決に胸を躍らせないわけにはいかなかった。

 

 

「……フッ……、来年は桜花、オークス、秋華の三冠ウマ娘の対決か、考えたな」

「まあな、普通のレースとは少し趣向を変えてみたんだ」

 

 

 そう言って、ブライアンの言葉に肩を竦めるルドルフ会長。

 

 これは、アフトクラトラスが欧州で三冠を制した後に発表することにしていたレースだ。

 

 誰も取ることが叶わなかった凱旋門賞、それを日本のウマ娘が強敵達を打ち破り勝ち取ってきた。

 

 ならば、そのウマ娘に挑戦したいと、大人気なくシンボリルドルフは思い、この大会の開催に至ったわけである。

 

 そして、嬉しそうに笑顔を浮かべているブライアンを真っ直ぐに見つめてこう問いかけた。

 

 

「満足してくれたか? ブライアン」

「……あぁ……、満足もなにも血が滾って仕方ないッ」

 

 

 シャドーロールの怪物、ナリタブライアンはそう告げるとグシャリとSWDTの広告が入った紙を握りつぶした。

 

 望むは強敵との死闘、レース場にて散るならば本望とばかりの勢いだった。

 

 ずっと待ち望んでいた勝負、ただのレースなどではない、強者達と己のプライドをもって激突することができるこのレースにはそれだけの意義があった。

 

 アフトクラトラスを倒す、それは最早、日本にいるウマ娘には名誉ある唯一無二の価値がある事だ。

 

 確かに未熟な面はあるが、あの境地までよくぞ至ってくれたと凱旋門をアフトクラトラスが勝った時にブライアンは思った。

 

 彼女には自分の全てを教え込んだつもりだ。

 

 だからこそ、倒す価値がある。日本中にいるウマ娘達が今、一番闘いたいウマ娘と最高の舞台でやりあえる。

 

 

「奇遇だな、私もだよ、……シービー先輩とはもう一度戦いたいと思っていたからな」

「フッ……シンザン先輩にセントライト先輩……2人ともレースの名になるくらいに偉大な先輩方と走れるなんて光栄だな……」

 

 

 まさしく最高の祭典。

 

 それが、この三冠ウマ娘八番勝負である。

 

 レース全てが手汗握る対決、勝者の宿命を背負った者たちが日本で一番の三冠ウマ娘を決めるレースなのだ。

 

 どのウマ娘が優勝しても不思議ではない、それだけの実力を兼ね備えた者達が集まるのだから当然のことだ。

 

 そして、それは復帰してからしばらく経った私の元にもその知らせはすぐに飛んできた。

 

 

「果たし状……って……いつの時代のやり方ですかね、全く」

 

 

 果たし状と書かれた手紙を開きながらため息を吐く私。

 

 文字的にシンボリルドルフ会長なんでしょうけどね、こんな文字、あの人なら嬉々として書きそうですし。

 

 書かれていた内容は……言わずもがなです。皆さんもご存知の通り、SWDTへの招待状でした。

 

 つまり、三冠ウマ娘八番勝負のお誘いですね。

 

 

「……三冠ウマ娘の決闘形式レース……ね」

 

 

 私はその内容に目を通しながら笑みを浮かべる。

 

 なるほど、ブライアン先輩が以前から楽しそうに話していたわけだ。

 

 これに胸を躍らせないウマ娘がいようか、私とて例外ではない。

 

 凱旋門を勝ったとはいえど、まだ国内には強敵達が蠢いている。今、日本は人外魔境の聖地に変わりつつあるのだ。

 

 修羅蠢く国、それが今の日本にいるウマ娘達である。

 

 その中でも悪鬼羅刹のような強さを持つウマ娘達が一堂に集まり、命を燃やし、激闘を繰り広げる。

 

 これほど心躍る事が他にあるだろうか。

 

 

「ははっ……」

 

 

 私は自然と笑いが溢れた。

 

 そう、私もまた、その修羅の一員であり、また悪鬼羅刹の類の者だからだ。

 

 強くなるためだけにいろいろなものを犠牲にしてきた私からすれば願ってもない申し出である。

 

 まさしく、年を締めくくる一大決戦、勝つのは優勝したウマ娘のみ。

 

 選ばれし八人のウマ娘による日本を震撼させる対決。

 

 

「……これは……すごいな」

「なんつーメンツだ……、どいつもやばい奴ばかりじゃねーかよ」

 

 

 ナリタブライアンからそのチラシを受け取ったエアグルーヴとヒシアマゾンの2人は顔を青ざめさせた。

 

 セントライト、シンザン、ミスターシービー、アフトクラトラス、ディープインパクトとオルフェーヴル。

 

 どのウマ娘ももはや世界を相手どり、走れる連中ばかりだ。

 

 

「アフの奴が復帰してG1レース早速とったしな、タイミング的には良いのかもしれんが」

「というか、これタイマン勝負だろ? くっそぉ! 私も走りてぇ!」

 

 

 来年には、ティアラ三冠ウマ娘が集った八番勝負も開催予定というのだから、ヒシアマゾンからしてもこのレースに参加したくて仕方なかった。

 

 一年に一度のこの一大イベントは瞬く間に日本中や世界中に知れ渡る。

 

 もちろん、この開催には明確な意図があった。

 

 ルドルフはエアグルーヴとヒシアマゾンに向けてこう告げる。

 

 

「これはな、世界戦に向けての選抜レースだ」

「世界戦ですか?」

「そうだ、プロキオン、ミルファク、リギル、スピカ、そして、アンタレスを含めた全チームの中でも選りすぐりを選ぶためのな」

 

 

 ルドルフの言葉に顔を見合わせるエアグルーヴとヒシアマゾン。

 

 選抜レースはわかったが、なぜそんな事をする必要があるんだろうか? 

 

 ヒシアマゾンは首を傾げたままルドルフに向かいこう問いかけた。

 

 

「なんだって、そんな事を」

「……総力戦だからな、海外勢が日本に渡ってくる。シーバード、セクレタリアト、トレヴ、ダンシングブレーヴ、サンデーサイレンス、ブラックキャビア、そして、リボー」

「おい!? それって!」

「世界最強のウマ娘がこの日本に来るという事だ」

 

 

 その言葉に生徒会室に居た皆は鳥肌が立った。

 

 全世界の最強のウマ娘達が集結する。その理由は明確だ。

 

 ディープインパクトとアフトクラトラス、この二人が凱旋門を獲り、アフトクラトラスに関しては欧州の三冠を獲ったからだ。

 

 だからこそ、早急に決める必要があった。

 

 期間は四年以内、それ以内に日本にいるあらゆるチーム、あらゆるウマ娘を選抜して最強のウマ娘達を集めなければならなかったのである。

 

 

「いや……。はは、スケールがデカ過ぎて……」

「なんつーワクワクする展開だよそりゃ!」

 

 

 だからこその三冠ウマ娘八番勝負。

 

 来年は三冠ティアラ部門、そして、再来年はマイルと短距離部門。

 

 最後の年はダートと長距離部門。

 

 この四年間をかけて、選抜した日本最強のメンバーを集結させて海外勢を迎え撃つ。

 

 これが、SWDT、ウマ娘八番勝負というわけだ。

 

 厳選した実績のある者を選定するこの勝負においては、最強のウマ娘を迎え撃つだけの技量を兼ね備えていなければならない。

 

 

「まぁ、正直な話だが、三冠ウマ娘は全員、出場させるつもりなんだが、私やアフ、ディープ、ブライアン、オルフェ、シービー先輩、シンザン先輩に関しては力量を測りたいと思っていたからな、いい機会だと思ってね」

「……いやぁ、それはもうなんていうか」

「ドリームチームも良いところだぞ本当」

 

 

 最強のウマ娘を集わせて戦わせる。

 

 これほど心躍る催しはないが、それにしても規模があまりにも凄すぎて、話を聞いただけでは、スッキリしない。

 

 それから、しばらくして、ルドルフは笑みを浮かべたまま皆に周知する。

 

 

「今年の有馬記念の後、一週間後の開催だ。トレセン学園含めマスメディアへの周知を頼んだぞ」

 

 

 こうして、長い期間を設けてSWDTの開催が決定した。

 

 四年後、名だたる世界中のウマ娘が海を渡り、日本という地へやってくる。

 

 最強のウマ娘よ集えという報は瞬く間に日本中に広まっていった。

 

 

 

 そのSWDTの開幕決定から二年後。

 

 大体、私が復帰戦を終えてから二年後に本格的に開幕するという事でそのチラシがトレセン学園全体で配布された。

 

 そのチラシを目にしたキズナとドゥラメンテは目を輝かせながら、声を上げる。

 

 

「凄すぎて言葉にできませんよ!」

「アフちゃん先輩出るんですかこれ!」

 

 

 そう言って、私に迫るように問いかけてくる二人、顔が近いんですけども。

 

 私はご飯を食べながら、二人に対してある物を手渡す。

 

 それは、SWDTへの招待状、というより強制的な参加状だ。まあ、私は端から参加する気でしたからね。

 

 

「ちょうど良い機会だと思いましてね、ルドルフ会長やブライアン先輩とやりあえるんで」

「わぁ! すごい!」

「アフちゃん先輩流石です!」

 

 

 可愛い後輩二人が褒め称えてくる中、ご飯を食べてるわけなんですがめっちゃ食べづらい。

 

 周りからは羨望の眼差しで見られて来るわけですし、めちゃくちゃ面倒くさい訳ですよ、参加しますけどね、もちろん。

 

 しばらくして、私の元にあるウマ娘が一人やってくる。

 

 

「先輩、空いてます? ここ」

「なんで貴女このタイミングで来るんですか」

 

 

 そう言って、私の前に現れたのはディープインパクトです。

 

 タイミング的にも周りが騒ぎはじめた時にディープインパクトなんかが来たら、そらもう大騒ぎですよ。

 

 ただでさえ、最近、私に関してめちゃくちゃファンが増えて来たというのに。

 

 彼女は私の返答を聞かずして、ここ座りますね、と一言だけ言うと隣に座ってきた。

 

 

「ディープインパクト先輩、なんですかいきなり」

「あら、ドゥラメンテ、先日は朝日杯おめでとう」

「あ、ありがとうございます。じゃなくてぇ!?」

 

 

 ドゥラメンテはスルッと話を交わしてくるディープインパクトにツッコミを入れる。

 

 そう、先日ドゥラメンテちゃんは朝日杯を制覇、そして、キズナちゃんは去年転入して来てから、既にダービーを取ったみたいで。

 

 いやはや、優秀なウマ娘に囲まれて私は嬉しい限りですよ。

 

 アンタレスの練習にも、しっかりとついて来てますからね二人とも。

 

 

「まあ、それはともかくとして、聞きましたか? SWDTの話」

「ああ、ウマ娘八番勝負でしょう?」

「えぇ、これでまた先輩にリベンジができる訳なんですが」

 

 

 そう言って、満面の笑みを浮かべるディープインパクト。

 

 いやいや待て待て、またリベンジする気かよ、もうお腹一杯なんですよディープインパクトと走るのはね。

 

 あんだけ壮絶にやりあってまだ足りぬと申すか。

 

 

「貴女、私のこと好きすぎでしょう、有馬でやりあったでしょうが」

「だってあれ、アフ先輩万全じゃなかったじゃないですか、だからノーカンです」

 

 

 そう言って、プイッと顔を逸らすディープインパクト。

 

 可愛すぎかよ、そんな顔してもめんどくさいもんは面倒臭いんだがね。

 

 そんな話を繰り広げていると、そこに割り込むようにマスクをしたウマ娘が一人やってきた。

 

 

「……空いてる?」

「げぇ! オルフェーヴル!?」

 

 

 呂布が出る並みに声が出てしまった。いや、可愛いから良いんだけども。

 

 その背後からはひょっこりとゴールドシップが顔を出して来ている。連れて来たのはお前かい。

 

 

「よすよす! オルフェが話に交ざりたそうにしてたからよぉ! アフいいだろぉ! 席!」

「なんでご飯食べるだけでこんなに人が集まるんですかね」

 

 

 まあ、私がこう言っても当然ながら話を聞かないんですけどね。

 

 ゴルシちゃんは座るぞと一言だけ言うと、オルフェーヴルと共に席に座ってきた。

 

 一言だけ、皆さんに断りを入れておこう、こいつらメジロ家の人達だからね、こんなバチクソヤンキーみたいな世紀末感ありますけど。

 

 おい、誰かマックイーン先輩呼んでこい! 一言文句言ってやる! 

 

 すると、マスクを外したオルフェーヴルは私とディープインパクトに向かって話しはじめた。

 

 

「おい、私を外しておもしれぇ話してんじゃねぇか? ウマ娘八番勝負で私を除いて勝負できると思ってんのか? お?」

「近い近い」

 

 

 顔が近いオルフェーヴルに苦笑いを浮かべながらそう告げる私。

 

 いや、話は聞いたけれども別に誰が誰と当たるとかまだ決まって無いですからね。

 

 タイマン勝負とだけ聞いてます。てか、マスク外すと豹変しすぎだからオルフェちゃん。

 

 私はそっとマスクを口元に直してあげます。

 

 はい、ちゃんとイケさん付けてください貴女は。

 

 

「……アフ先輩と勝負したい」

「という話みたいだぞ」

「最初からそう言わんかい、あんな啖呵切る必要ないでしょうが」

 

 

 私はそう言いながら苦笑いを浮かべる。

 

 ほら見てみなさい、ドゥラちゃんとキズナちゃんが怖がってるでしょうが、ワイルドサイドの友達に慣れてないんだよ二人とも! 

 

 ディープインパクトはマイペースにお茶飲んでますし、なんなのこの空間。

 

 そんなこんなで決まったSWDTに向けて、各自、想いをそれぞれ私にぶつけてくる二人。

 

 私はそんな二人から迫られて、なんだか疲れたようにため息を吐くしかありませんでした。

 



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集結する猛者

 

 

 戦場のセントライト。

 

 彼女にとってのレースは戦場、大型戦車とも言われた強者は現在、トレセン学園の分校で汗を流していた。

 

 鍛え抜かれた身体に、時代錯誤軍服。

 

 綺麗な黒鹿毛のショートヘアの彼女は鋭い眼光を光らせながらバーベルを上げていた。

 

 だが、誰もそれに何も言うことはない、それは彼女が強者だと知っているからだ。

 

 

「ふっ……ふっ……」

「おうおう、随分と追い込んでんね姉御」

 

 

 そう言って、背後から現れたのは五冠のウマ娘。

 

 神のウマ娘と呼ばれている彼女はお気に入りのナタをクルクルと回しながら、笑みを浮かべていた。

 

 神と呼ばれているウマ娘、シンザン。

 

 鹿毛の髪を結んでいる彼女は明らかに異様な存在感を放っていた。

 

 

「ふぅ……、まあな、シンザンのとこにも来たのか? ルドルフの奴から」

「まあねぇい。私から引き継いだ生徒会を上手く回してくれてるようで嬉しい限りだけど」

「先輩を巻き込むとは、なかなかどうしてあいつもだいぶ肝が据わっているな」

「満更でもないくせにぃ」

 

 

 そう言いながら、セントライトの言葉に笑みを浮かべてそう告げるシンザン。

 

 シンザン、彼女は同年に三冠はもちろん、天皇賞と有馬を取ってみせたことから彼女は神のウマ娘と呼ばれ、ルドルフが来るまでは『シンザンを越えろ』というのが日本ウマ娘にとっての宿命とさえ言われていた。

 

 セントライト、彼女はそれこそ戦火の真っ只中で産まれた。

 

 その中で三冠を走り切ってみせたウマ娘、それが、彼女セントライトである。彼女が未だに軍服を着ているのはそのことを忘れないためだ。

 

 

「さて、それじゃ久しぶりに行くかトレセン学園へ」

「久方ぶりの古巣かー、どんな風になってるかねぃ」

「さあな、でもまぁ……面白い後輩達がたくさん居るだろうよ」

 

 

 タオルを首に巻きながら笑みを浮かべ、シンザンにそう答えるセントライト。

 

 今のトレセン学園にいる彼女達には知らない物語がある。

 

 歴史を遡れば無敗のウマ娘がいた時代、そして、今のように全てが揃っていないような過酷な時代が昔にはあった。

 

 その時代を駆け抜けた猛者達、その猛者達が集うのがこのトレセン学園の分校だ。

 

 世界に挑むべく、歴戦の強者がトレセン学園へ向かう。

 

 

 はい、皆さんお元気ですか、アフトクラトラスです。

 

 私はとても元気です。強いて言えば、今現在私がTシャツと下着姿でいることでしょうかね? 

 

 Tシャツにはにんじん侍参上と書いてあります、所謂クソダサTシャツです。こんなんいつ買ったか忘れてしまいました。

 

 まあ、いつものスタイルですね、この格好にある程度慣れてしまいました。

 

 

「アフ! なんだもう起きてたのか?」

「そらそうですよ、今日からSWDTに向けて坂走るんですから、というか抱きつかないでください歯磨いてるのに」

 

 

 寝癖がついたまま歯を磨いている私を背後から抱きしめてくるブライアン先輩にそう告げる私。

 

 もうね、ブライアン先輩もそうなんですけど、ゴルシにドーベルさんとか姉弟子、ライスシャワー先輩に関してもやたら最近、スキンシップが激しいんですよね。

 

 まあ、前の一件から仲のいい人達は皆そうなってしまってるんですが、やたらと抱きついてきます。

 

 

「アッフと走れるのが楽しみだなぁ」

「ん〜〜頬擦りしないで、歯が磨きにくいですぅ」

 

 

 私は慣れてしまっているのか感覚がバグっているのか、そんなことは気にも留めなくなってしまっていました。

 

 いや、本当はダメなのよ? でも、ほら、私は皆さんに心配かけちゃった立場ですからねぇ、何も言えねぇ。

 

 すると、私とブライアン先輩の耳にある放送が入ってくる。

 

 

「ナリタブライアン、アフトクラトラス、ディープインパクト、オルフェーヴルは生徒会室に来るように」

 

 

 そう、声の主はシンボリルドルフ会長だ。

 

 大方、SWDTについての話なんだろう。ふむ、呼び出しと聞くと悪寒が走るのはきっと気のせいではない。

 

 何度呼び出し食らって説教されてきたか、まあ、私はほとんど真面目に聞いてないんですけどね。

 

 

「だとさ、準備していくぞアフ」

「えー、私、坂登るのに忙しいから無理って適当に言ってくださいよぅ」

「別に言っても良いが、どうなるかはわかるな?」

「ですよねー、行きます」

 

 

 そう言って、にっこり笑ってくるブライアン先輩に苦笑いで返す私。

 

 はい、お説教か拳骨かわかりませんけどそんなところですかね。

 

 頭が痛くなるのは勘弁願いたいものです。

 

 腹いせに呑気に寝ているヒシアマ姉さんの胸を揉んで、とりあえず支度して私はブライアン先輩と生徒会室に向かうことにした。

 

 

 

 トレセン学園の生徒会室。

 

 呼ばれたナリタブライアン先輩と私は扉を開き中へと入る。

 

 そこには、ディープインパクト、オルフェーヴル、そして、ミスターシービー先輩とルドルフ会長が待っていた。

 

 ミスターシービー先輩、緑が特徴の勝負服に大人びた長いウェーブがかった黒鹿毛が美しいウマ娘である。

 

 いやあ、色っぽいお姉さんって素敵やん。

 

 あ、マルゼンスキーさんはちょっと古いギャル語使いすぎておばちゃん感出てますけども。

 

 きっとこれ言ったら私締められるんだろうな。

 

 さて、話を戻すが、皆、どうやらルドルフ会長から呼び出されたらしい。

 

 まさかここまできて、私達に焼きそばパン買ってこいよとか言わないですよね、マックイーン先輩じゃないですし。

 

 まあ、マックイーン先輩から焼きそばパンを買ってこいとか言われたことありませんけど(風評被害)。

 

 すると、シービー先輩はため息を吐いて呼び出したルドルフ会長にこう問いかける。

 

 

「それで? ルドルフ、私達を呼んだ理由は?」

「あぁ、シービー先輩、その事なんだが……」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長が本題に入ろうとしたその時だった。

 

 バンッと音を立てて生徒会室の扉を蹴破るようにして入ってくるとんでもないウマ娘が現れた。

 

 その場にいる一同はその光景に目を丸くするが、シービー先輩は何やら納得したように、あぁ、なるほどね、と一言だけ言葉を溢す。

 

 

「シンザン先輩……、扉を蹴るのはやめてください……」

「おー、るっどるふー! 相変わらず堅物だねぃ! 元気にしとるか! 皆の衆!」

「……ここも変わってないな」

 

 

 そう言って、入ってきたシンザンと呼んだウマ娘に頭を抱えるルドルフ会長。

 

 あのルドルフ会長が破天荒ムーブを許すだと!? なんと羨まし……、いや、けしからんやつだ! 

 

 許さんぞ! 私がやったら絶対締められちゃいますもの! 師匠って呼びたいこの人! 

 

 まあ、名前聞いただけで誰かすぐにわかりましたがね。

 

 気を取り直したようにこほんと咳払いするとルドルフ会長はゆっくりとこう告げる。

 

 

「皆に紹介しよう……。シンザン先輩とセントライト先輩だ」

「こんにちわー、元生徒会長のシンザンだぞぉ、悪い子はいねぇかーみたいなね」

「ナタを持ってれば誰でも怖いだろ、お前」

 

 

 そう言って、シンザン先輩に突っ込みを入れるセントライト先輩。

 

 綺麗な軍服がかっこよすぎて泣ける。これは敬礼ものですわ。なんというか義理母と同じ匂いを感じてしまうんですよねこの人。

 

 月月火水木金金とか普通に言いそうですもの。

 

 セントライト先輩とブルボン先輩が合わさり最強に見える。あかん、悪寒が走ってしまった。

 

 シンザン先輩がナタ持って悪い子と聞いてきたのには戦慄しましたけどね、思わずやべーってなりました。

 

 

「シービーも久しぶりだねぃ! 相変わらず美人で可愛くてお姉さん嬉しいよぉ」

「分校ではお世話になりました、ご無沙汰です」

「あぁ、二人とも元気そうで何よりだ」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長やシービー先輩と再会を喜ぶ二人。

 

 そりゃそうか、この二人がトレセン学園で既に活躍されてたお二人ですもんね。なんなら、1番上はセントライト先輩だし。

 

 セントライト先輩は懐かしそうに昔を思い出しながら、こう呟く。

 

 

「懐かしいな……。この生徒会室が本土決戦作戦室という名前だった時が」

「ちょっと待ってください、どこのバトルフィールドですかねそれ」

 

 

 とんでもないセントライト先輩の呟きにツッコミを入れる私。

 

 セントライト先輩、まさかのFPSプレイヤーだった説が浮上。

 

 なんであろうが敵兵は全て米兵であるとか、敵の潜水艦を発見とか、太平洋の嵐とかなんかそんな事を連呼するんですかね。

 

 まあ、見た目が軍服なんでね、しかも似合っているという、なんか個人的には胸熱なんですけども。

 

 

「まあ、冗談はさておきだ。米欧との本土決戦があると聞いて馳せ参じた次第なんだが……」

「ルドルフ会長、アンタなんて伝えたんだ本当に」

「いや、言葉通りだったんだが……」

 

 

 ナリタブライアン先輩から呆れた表情で問いかけられたルドルフ会長は困った顔を浮かべる。

 

 嘘は言っていない、概ねその通りである。

 

 セントライト先輩は頭の中が軍事なんで仕方ないという事にしておきましょう。ルドルフ会長、きっと貴女は悪くないです。

 

 そんな中、シンザン先輩はジッとディープインパクトと私の方を見つめながら興味深そうな笑みを浮かべていました。

 

 

「聞いたよぉ、君達が欧州の連中に一泡吹かせたんだって?」

「あ……はい」

「まぁ、そうなんですかね」

「そっかそっかぁ、凄いねぇ! 心強い後輩だよぉ本当に」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべているシンザン先輩。

 

 だけど、私もディープインパクトもわかっているこの人の強さを。

 

 ナタの切れ味、神ウマ娘シンザン。

 

 その強さはシンボリルドルフ会長が現れるまで語り継がれた伝説となっていた。

 

 ルドルフ会長もその伝説を越えるために死に物狂いにトレーニングを重ね三冠を得たのだ。

 

 その伝説を前にして、武者震いしないわけがない。

 

 

「まあ、私は誰が相手でもかまわないけどねぃ、なぁ、ルドルフ会長?」

「もう……。その、呼び方は……」

「呼び捨ての方が良かったかぃ?」

 

 

 そう言って、ケラケラと笑うシンザン先輩にあのルドルフ会長がタジタジになっている。

 

 まあ、ルドルフ会長の憧れだった人ならなんとなく理解はできますけどね。そのカリスマ性が私にも欲しいくらいだ。

 

 あ、無理ですか、すいません、なんでもないです。

 

 そこから、仕切り直しだと言わんばかりにルドルフ会長はこう話をし始めた。

 

 

「それでは、SWDTについての話なんだが……」

 

 

 そこからは、ちゃんとした打ち合わせに入った。

 

 対戦カードの決め方、ルールなどの周知に加えて当日の控室の場所やスケジュールなど、それをルドルフ会長は私達に伝えていく。

 

 そんな中、ルドルフ会長はとんでもないことをぶち込んできた。

 

 

「それでは当日のオープニングセレモニーのウイニングライブはアフトクラトラスにお願いする事にする」

「……へ?」

 

 

 ボケーっと適当に話を聞いていた私もこれには度肝を抜かされた。

 

 いやいやいや、ちょっと待ていッ! この面子でオープニングのライブが私はおかしいでしょう! なんでじゃあ! 

 

 私は咄嗟に近くにいたオルフェちゃんを前にやり、ルドルフ会長にこう告げる。

 

 

「ほら! 会長! ここは最年少のオルフェちゃんに華を持たせましょうよッ! 私はおかしいですって!」

「……やだ」

「ちょっとオルフェちゃん!?」

 

 

 後輩からの反逆、なんだよ、ルドルフ会長とかシービー先輩とかめっちゃシンザン先輩を尊敬してるのに何故、私の後輩は皆こうなのだ。

 

 毎回、背後から私にナイフをぶっ刺してくるスタイルなんですかね、これが人徳か、解せぬ。

 

 すると、ルドルフ会長は左右に首を振ると私にこう告げてきます。

 

 

「お前はウイニングライブ散々しなかったのだからそれはそうだろう」

「だな」

「異議なし」

「とりあえずセンターだねぃ」

「何か分からんが頼んだ」

「頼みましたよ先輩」

「……よろしく」

「待って!? 味方が誰もいないんだがッ!」

 

 

 後輩先輩含めて、この私の扱い。

 

 三冠ウマ娘に味方はいなかった、悲しいかな私がセンターでしかも一人で歌う事になりました。

 

 ちなみにルドルフ会長から釘を刺されたんですがSWDTの開幕という事でふざけたら本当に絞め殺すと脅されております。

 

 まあね、日本中も世界中も注目してますものね。

 

 こうして、私は開幕のライブをオンリーで務める事に。

 

 誰か諭吉寄越せ、時給貰う案件だぞこれ! 

 

 仕方ない……、やるしかないのかな。

 

 私は深いため息を吐きながら、生徒会室を後にするのだった。

 



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拍手喝采の開演

 

 

 

 SWDTに向けての練習。

 

 私はキズナちゃんとドゥラちゃんと共に坂路を駆け上がりながら、いつものように遠山式のトレーニングに励んでいた。

 

 まあ、面倒なことに開幕式のウイニングライブを頼まれたんでその振り付けやら練習もしなきゃいけないんですがね。

 

 こればかりは仕方ない、もう決まった事ですし。

 

 

「よし、二人ともペース上げますよ」

「は、はいっ!」

「ひぇ〜〜」

 

 

 相変わらずキズナちゃんはまだこのスパルタ遠山式には慣れてない様子。

 

 まあ、最初の頃は私もそうでしたからね、よかったですね、義理母いたらこれプラス罵声ですから。

 

 オカさんは優しく見守ってくれるだけですからね、本当優しい限りですよ。

 

 ちなみにキズナちゃんのトレーニングはタケさんが見てくれています。

 

 

「しかし、まあ、アフトクラトラスはいいウマ娘ですねオカさん」

「ん?」

「僕にも指導させて欲しいものですよ」

 

 

 そう言いながら、私達のトレーニングを見ながら雑談する二人。

 

 なんか、私の方見ながら話してるんで気になるんですがね。

 

 だが、オカさんはその言葉に大声で笑いながら、タケさんに向かってこう告げ始める。

 

 

「あれは相当な癖があるぞ? ディープの方がかなり楽だと思うがな」

「あはは、そう言われると何にも言えないですね。そこも彼女の魅力では?」

「違いない」

 

 

 おい、聞こえてんぞ、そこの二人。

 

 いや、否定はできんのだが、もうちょい言い方ってもんがあるでしょうが。

 

 癖しかないとは、最近は随分丸くなったと言われてるんですよ私。

 

 それから、二人は何やら他の話をし始めた。

 

 これに関してはトレーニングに集中して聞こえて来なかったので、私は首を傾げる。

 

 とりあえず、私は一通りドゥラちゃんとキズナちゃんと共にトレーニングを終えるとオカさんのとこへと戻った。

 

 

「なんの話してるんですか?」

「ん? あぁ、お前をSWDT期間中しばらくまた他のチームでトレーニングさせようかって話だ」

「おい、勝手に話を進めとるやないかい」

 

 

 話を聞いてみると、オカさんはタケさんと話し合った結果、しばらく違うチームでトレーニングさせる事で新たに刺激を与えるのはどうだという提案をしてきたらしい。

 

 遠山式トレーニングを毎回こなしているばかりでは、確かに地力は上がるが、他の面でも他のチームでのトレーニングが私をより成長させれるのではないかと互いに感じたとの事。

 

 まあ、確かにそう言われてみれば、それはそれで悪い提案ではない気はするが。

 

 問題は私がどこのチームに行くかにもよるだろう。

 

 

「で? どこのチームに行くんです?」

「そうだな、まずは……ミルファクなんてどうだ?」

「ミルファクって言ったら……、確かディープちゃんの……」

 

 

 そう答えた私にオカさんは静かに頷く。

 

 チームミルファク、ディープインパクトちゃんをはじめとしたマイルの皇帝ニホンピロウイナーが率いる新鋭のエース級のウマ娘が多く所属するチームだ。

 

 もちろん、ディープインパクトだけじゃない。そこには、シーザリオ、キングカメハメハ、クロフネ、雷帝トロットサンダー、ダンスインザダークなど名前を挙げればやばい面子がずらりと揃っている。

 

 特に最近はジェンティルドンナという天才がチームに入ったという話は有名だ。

 

 

「まあ、向こうさんのトレーナーにはさっき話はつけておいたから心配するな」

「いや、あの人はほぼ全チームに話が通るでしょう」

「違いないな」

 

 

 私の冷静な突っ込みに笑い声を上げるオカさん。

 

 まあ、大抵のチームには顔が利きますからねオカさんとあの人は、本当すごい人達ですよ。

 

 すると、話を聞いていたドゥラちゃんとキズナちゃんが側までやってきて抗議し始めます。

 

 

「えー! アフちゃん先輩! 私達はぁ!」

「置いてきぼりですかっ!?」

「こらこら、お前達は他のレースに向けての調整があるだろう」

 

 

 ブーブー文句を言うドゥラちゃんとキズナちゃんに困ったように顔を引き攣らせるオカさん。

 

 まあ、私はオカさんの言う通り、新しい環境に身を置いて色々と学ぶことも多いかもしれないですからね。

 

 私の親愛なるブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩もSWDTまでには帰ってくるとは言っていましたし、それまでは、色んなチームを渡り歩くのは面白いかもしれません。

 

 

「そうですね、ちょっと色んなチームを渡り歩いてみます」

「よし、わかった話はつけておこう」

 

 

 こうして、私はしばらくの間、アンタレスではなく違うチームを渡り歩く事に決まりました。

 

 とはいえ、義理母が居たらきっとこんな感じでチームを渡り歩くなんて考えてもいなかったでしょうからね。

 

 これもある意味良い変化だと思います。

 

 

 

 それから数日後、私はチームミルファクに訪れていました。

 

 綺麗な部室には、わざわざ私を紹介しようとチームミーティングをニホンピロウイナーさんが開いてくれました。

 

 マイル、スプリントでは敵なしとまで言われた別名『マイルの皇帝』。

 

 綺麗な黒鹿毛の髪のショートヘアの彼女は嬉しそうに私を歓迎してくれた。

 

 

「いらっしゃい! アフトクラトラス!」

「あ、はい」

「皆、紹介するわね! 今日から期間限定だけどうちの所属になるアフトクラトラスちゃんよ」

 

 

 そう言うと皆から拍手が巻き起こる。

 

 うむ、どうやら歓迎されているようで何より、特にゼンちゃんとディープインパクトはなんだか嬉しそうにしていた。

 

 ああ見えてわかりやすいんですよね、二人とも。

 

 すると、胸が豊満で独特な髪型をしたウマ娘、キングカメハメハさんがゆったりとした声でこう問いかけてくる。

 

 

「この子が噂のアフちゃんかしらぁ? ふふっ、アマゾンちゃんが言ってた通りの娘ねぇ」

 

 

 なんとなく眼がハートに見えるのは気のせいだろうか、気のせいだと思いたい、なんだか悪寒が。

 

 ヒシアマ姉さんがやたらとスキンシップが多くてまとわりついてくると嘆いていたこの人があのキンカメさんです。

 

 とはいえ、この人も化け物みたいに強いですからね、いやはや、恐ろしい。

 

 

「僕は歓迎するよ、ようこそミルファクへお嬢さん」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 そう言いながら、青毛の綺麗な髪を束ねて、私の手を握り男装した格好で手の甲にキスをしてくるキザなウマ娘。

 

 彼女の名はシーザリオ。

 

 ジャッパニィィィィィズ! スーパースタァァァァァ! セィッザァァァァリオォォォォォオ! とは彼女の事である。

 

 現地人の人もお墨付きのその強さ、セーザリオではありませんシーザリオさんです。皆さん、お間違い無く。

 

 あとは、ジェンティルドンナちゃんですが、彼女は気品が良さそうに紅茶を飲みながら鹿毛の髪を靡かせて堂々と座って居ます。

 

 まあ、二つ名が貴婦人ですからね、そりゃそっか。

 

 強すぎて別名、鬼貴婦人って名前なんですけどね。

 

 

「ご機嫌よう、アフトクラトラス先輩」

 

 

 おう、先輩を前にしてもこの優雅さである。

 

 凄いなミルファク、ここもなかなか個性的なウマ娘の集まりだと感じました。

 

 うむ、私はここでしばらくやっていけるか不安ですね、皆、多分良い人達だとは思います、そう信じたい(願望。

 

 こうして、私のチームをいろいろと渡り歩きながら、成長する日々が始まりを告げるのでした。

 

 

 

 SWDT開幕式。

 

 この日、私が開幕式をするという事もあってたくさんの人がステージを訪れていた。

 

 まあ、私のウイニングライブなんて記者が新聞に載せるくらいのスクープになるみたいですからね。

 

 これもうまぴょいから私が逃げていた弊害か、解せぬ。

 

 

「ていうか、胸が溢れそうなんですがこの衣装」

 

 

 そう言って、用意された蒼が特徴の肩が見える着物に丈が短い袴型のようなスカートを摘みながら感想を述べる私。

 

 作った人相当の変態さんですね、色々、フェチズムが垣間見えてる。

 

 私は見るのは大好きなんですがまさか着させられる羽目になるとは思いませんでしたよ。

 

 

「似合ってる似合ってる」

「うん、これは凄い色っぽいわね! 素敵!」

「鼻血拭いてくださいドーベルさん」

 

 

 棒読みで頷くナリタブライアン先輩と鼻血を垂らして親指を立ててくるメジロドーベルさんに顔を引きつらせる私。

 

 はあ、全くもう、面倒ったらないですよ。

 

 開幕式という事で、歌う歌は私が選んでいいという事でしたから、ちゃんとしたやつは選んできましたけどね。

 

 

 

 

 間奏が終わり、爆音が鳴る。

 

 私はすぐさまスタンバイに入った。

 

 さてと、それじゃセンターとしてちゃんと仕事しますかね。

 

 それから、ゆっくりとカーテンが開き着物衣装を着た私がゆっくり歌を歌いはじめる。

 

 バックには今回レースの為に作られたPVが流れていた。

 

 

「十あまり二つ〜今日超えて〜♪ 果ては夢か幻か〜♪」

 

 

 私の歌うイントロに会場は静まり返る。

 

 綺麗な歌声がステージを中心に広がっていった。皆が私の姿を見て、唖然としている。

 

 

「さあさ、今宵お聞かせ給うのは〜♪ 修羅と〜♪ 散る物語〜♪」

 

 

 その瞬間、テンポアップする曲に会場は盛り上がる。

 

 私の後ろを踊るのは七人の三冠ウマ娘達。

 

 何が凄いかって、この曲をチョイスして振り付けをすぐに覚える後ろの三冠ウマ娘達ですよ。

 

 流石は三冠ウマ娘なだけあるわ、皆。

 

 私も叩き込まれたんですけどね、センター用の振り付け。やろうと思えばやれるんです。

 

 

「浅き夢見し〜♪ うたた寝の中で〜♪ 人の定めはかくも♪ 果敢無きもの〜♪」

 

 

 曲に合わせて綺麗な踊りを披露するバックの皆さん。

 

 私もセンターとして、そんな皆に応えるように綺麗な歌声を出すように努めた。

 

 会場にいるウマ娘達はその姿に息をのむ。

 

 

「己が刀〜八つ花〜♪ 相容れぬは赦すまじ〜♪」

 

 

 私は真剣な表情で声を張り上げ歌を歌う。

 

 ここまできたら普通に歌いますよ。なんて言っても偉大な先輩がバックダンサーをやってくださっているわけですからね、私オンリーなら話は別ですが。

 

 今までウイニングライブを好き勝手歌ってきたわけですから、私だってセンターを今回任せてもらった責任がある訳ですし。

 

 

「この世はうたかた〜♪ 流るるままに〜♪」

 

 

 サビに入る前に私の背後のPVが切り替わる。その映像に皆は釘付けになった。

 

 

 三冠ウマ娘八番勝負。

 

 いざ、開演! 

 

 

 そこには、大きな文字で力強くそう記されていた。

 

 会場の観客達はそのPVが流れた瞬間にボルテージが最高潮に達する。

 

 バン! という激しい音と共にステージに火花が上がると同時に私は喉に力を入れて声を張り上げる。

 

 

「十あまり二つ酔いもせず♪ 見るは夢か幻か♪ さあさ誰も彼もが手を叩く〜♪」

 

 

 PVには、サビと共に各三冠ウマ娘の姿が映し出される。それぞれの名が映し出されると共に盛り上がる会場の観客達。

 

 会場にいる皆はそれと共にそのウマ娘の名前を叫んだ。彼女達が名付けられた異名と二つ名は人々が尊敬と畏敬の念を込めて付けたものだ。

 

 

 戦場のセントライト。

 

 神馬シンザン。

 

 天衣無縫ミスターシービー。

 

 永遠なる皇帝シンボリルドルフ。

 

 シャドーロールの怪物ナリタブライアン。

 

 英雄ディープインパクト。

 

 金色の暴君オルフェーヴル。

 

 魔王アフトクラトラス。

 

 

 最強の三冠ウマ娘を決める八番勝負、その開幕に胸が躍らないファンなどいない。

 

 

「あなうつくし仇桜〜♪」

 

 

 まさしく、夢の対決。

 

 それを見にきていたウマ娘達は全員、鳥肌が立つのがよくわかった。

 

 これが、ウマ娘八番勝負の舞台、誰もが憧れるウマ娘達が集う夢の祭典。

 

 

「夜明けに散るとも〜知れず〜♪」

 

 

 私が歌い切ると共に最後の締めの踊りに入る。

 

 バックの三冠ウマ娘の皆さんも素晴らしいキレのある踊りを披露してくださいました。

 

 歌は私がソロで全部歌い切ったんですがね、私は最後に背中を見せてポーズを決める。

 

 会場からは割れんばかりの拍手喝采が私達に向けてやむことなく送られた。

 



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復活!アフちゃんねる!

 

 

 

 さて、開幕式を終えて、数日後。

 

 私はある事をしていた。

 

 というのも皆も心待ちにしていただろう、私の趣味を再開させるためだ。

 

 その趣味とはゴルシちゃんがきっかけで始まったものなんですけども、日課になってしまったもの。

 

 そう、アフちゃんねるの復活である。

 

 

「あ、あー、お久しぶりですっ! 皆さん! アッフだよ!」

 

『アッフ来た!』

『アフちゃんねる! 復活したのか!』

『待ってたぞ!』

 

 

 アフちゃんねるを開くのもかなりの期間空いてしまいましたがね。

 

 あの有馬の前に皆に最後だと言っておきながら、こうして、帰ってきたんですが、皆は温かく迎え入れてくれました。

 

 本当、アフちゃんねるに来てくれてる人達は大好きです。

 

 

「えへへ……。恥ずかしながら帰ってきちゃいました」

 

『ええんやで』

『楽しみが帰ってきた……助かる』

『もうどこにも行かないで……』

『心配したんだぞ……お前』

 

 

 そう言いながら、私の安否を喜んでくれる皆さん。

 

 そうですよね、配信をやめるって言って、有馬記念に応援しに来てくれた彼らの前で倒れ、私は生死の境を彷徨いましたから。

 

 かなり心配をかけてしまったと正直なところ申し訳なさも感じていた。

 

 

「もうどこにも行かないから大丈夫、ありがとう皆さん」

 

『アッフ……』

『本当にな』

『もう無理するんじゃ無いぞ』

 

 

 皆は私の笑顔にそう言いながら、心配するようなコメントをしてくる。

 

 いかんいかん、一発目の配信からこんなしんみりなんて私らしくも無い。皆を楽しませてなんぼでしょう私は。

 

 さて、気を取り直して、私はあるゲームを取り出した。

 

 

「というわけで、しんみりした空気をぶち壊すためにとりあえずゲームやりますね」

 

『草』

『切り替えが早すぎて芝しか生えん』

『やはりアッフはアッフだったか……』

『まあ、これでこそだけどな』

 

 

 ご納得頂けて、嬉しい限りですね。

 

 そう、これが私なのだ。さて、今回やっていくゲームは何が良いんやろうなぁ。

 

 私は尻尾をふりふりしながら何か面白いゲームが無いか探す。

 

 ホラゲ、恋愛ゲーム、FPSはやりましたからね、次は何が良いだろう? 

 

 

「98ウマ娘? お、これにしましょうか」

 

『あ……(察し』

『それはあかん』

『またなんつーものを選んだんや……』

 

 

 皆からの反応はさまざま、え? これそんなやばいゲームだったんですかね? 

 

 なんか見ると、ウマ娘をモデルにしたスポーツゲームって書いてありますけども、面白そうだなとか思いましたよ素直に。

 

 早速ゲームをつけてみる。

 

 あのちょっと前のレトロ感があって良い感じじゃないですか。

 

 しかもウマ娘が出てくるゲームとかちょっとテンション上がってしまいますよ。

 

 ハード機器はちょっと前のやつを使ってますけどね。

 

 だが、私はゲームが始まりその冒頭を見て改めてゲームのチョイスをミスったなとその時すぐに察した。

 

 

 2098年。

 

 URAはある決断を下した。

 

 それは、『走法の自由化』。

 

 ウマ娘の創造性を尊重するその決定が……。

 

 ターフを魔境へと変えた。

 

 

 そこからはもう色々と酷かった。

 

 それはあまりにもスポーツゲームというには先を走りすぎていたのである。

 

 

「おい! ちょっと待てぇ! なんで横に横転しながら走ってんの!?」

 

『プ ロ ペ ラ 走 法!』

『ア フ や っ て み ろ』

『ちょっとプロペラ回しまーす』

 

 

 無理だろ、なんで横に回りながら走ってるんですかね!? おい、誰だこのゲーム開発したやつは! 物理法則完全無視じゃねーか! 

 

 そのゲームを見た途端目を疑った。

 

 こんなレースしたら普通に大怪我するわ! 私でもこんな走り方せんわ! 

 

 だが、これだけならまだ良かった。いや、よくはないんだけど、この時すでに。

 

 次々と現れる独特な走法に私はもう目を疑った。

 

 

「ボクシング走法……。いや前に進んでないが……」

 

『草』

『手じゃなくて足使え』

『これがウマ娘のゲームですか?』

 

 

 そんなわけあるか、こんなウマ娘居たら逆に怖いんだが。

 

 まだ、私のクラウチングスタートが可愛く見えるレベルである。どうしよう突っ込みが追いつかんぞ。

 

 このゲーム開発した人、どんな気持ちで開発したんでしょうね。

 

 

「コサックダンス走法、クッソ足早くて草しか生えんのだが」

 

『レコード叩き出してて草』

『こ れ が 魔 境 』

『は し っ て み ろ』

 

「無理に決まっとるだろ! アホか!」

 

 

 コサックダンスしながらどうしてそんなに早く走れるんですか、教えて偉い先生。

 

 いやいや、とんでもないゲームを見つけてしまったようですね私は。

 

 このゲームはレジェンドになりますよ、本当。

 

 色んな意味でよくこんなゲームを許可したなトレセン学園。ルドルフ会長が見たら泣くぞ。

 

 

「トランスフォーム走法、いや、トランスフォームする間に出遅れてるんだが」

 

『あれはNASAの最終兵器……、完成していたのか』

『おい、今、120億円が紙屑と化したぞ』

『ゴルシかな?』

 

 

 派手な走法で見事に出遅れたウマ娘に思わずツッコミを入れたくなる。

 

 何故その走法にしたんだ。出遅れるのわかりきってるだろ、普通に。

 

 まあ、そんなこんなでとんでもない走法が次から次へと飛び出してくる事に困惑が隠せません。

 

 よくこんなゲーム作れたな! 本当凄いですよある意味な! 

 

 

「獲れたて鮮魚走法……なんかピチピチしてる」

 

『これで走れてるから凄いよな』

『今年も鮮度が良いな』

『マグロ、始まります』

 

 

 もはや、突っ込むのが疲れてくるレベル。

 

 いや、走法の自由化とかそういうレベルじゃないと思う。

 

 皆がスタンディング走法してる中、クラウチングスタートをしている私が言うのもなんなんだけどさ、これは酷いて。

 

 こんなん見たら、ルドルフ会長卒倒するわ。

 

 

「なんか、くるくる回りはじめた」

 

『これが……全国……!』

『クソ! 身体が持つのか! 持ってくれ!』

『来いよ……お前の命受け止めてやるッ!』

『この走りで……決めようというのか……!』

『あいつならやれる……!』

 

 

 コメント欄ではなんか、くるくる回りじめたプレイヤーキャラに合わせるかのように厨二くさいセリフが流れはじめた。

 

 おい、二番目のお前、それ、私リアルでそれやったからマジでやめろ! そのセリフは私に効くッ! 

 

 ていうか、本当に前に、私は己の命燃やしたばっかりだぞ、マジで洒落にならんからな! こんなふざけた走法と一緒とかヤバいだろ! 

 

 だが、いつまで経っても走る気配がないので私から一言。

 

 

「はよ走れ」

 

『どうでもいいから走れ』

『走れ』

『とにかくゲートから出ろ』

『お前らwwwww』

 

 

 とりあえず、そんなこんなでカオスなゲーム、98ウマ娘をやりながら私は久々に皆と盛り上がった。

 

 いや、このゲーム作った人、URAから怒られますよ、なんつーもの作ったんかと。

 

 でも嫌いじゃない、こんな風にぶっ飛んだ事をやってみたいものですね、多分、やったら周りがブチ切れるのでできませんけども。

 

 真面目なレースでふざけ倒して負けていい立場でもないですからね私の場合は、無敗記録はずっと継続しているわけですし、義理母の手前、レースに関しては私はかなり真面目ですから。

 

 さて、ゲームを終えて、久々にはなりますが、お馴染みのアフちゃんの質問コーナーにしましょうかね。

 

 

「さて、今日の質問はですねー。どれどれ? ペンネーム究極生命体さんからのご質問です。ん? 石仮面でも被ったのかな? 

 ドゥラメンテとディープインパクト、どちらが一番可愛い後輩と考えてますか? ですって」

 

『カーズ様! カーズ様じゃないか!』

『え? ディープインパクトだろ』

『ドゥラちゃんは天使』

『大穴のキズナという可能性も……』

 

 

 そう言って、コメント欄ではなんか今にも三国志が始まりそうな勢いでした。

 

 うむ、これは難しい、なんか変な言葉選んだら私の身に危険が及ぶ気がする。

 

 頼むからヤンデレ化だけは勘弁してくれ(必死。

 

 

「そ、そうですねー、二人とも大好きですから私はね? 選べないなーあはは」

 

『ギルティ』

『お疲れ様アッフ』

『葬式には花添えてやるぞ』

『カーナーシーミノー』

 

「おい、ついこの間、私、生死の境を彷徨ったばっかやぞ! また死にかけるのは勘弁して!」

 

 

 コメント欄の辛辣な突っ込みにそう声を上げる私。

 

 いやはや、皆私を好きすぎてなんか怖いんですよね、最近は特にやたらと過保護ですし。

 

 姉弟子とライスシャワー先輩まで過保護ですからね、やれやれ。

 

 

「さて、じゃあ気を取り直して次の質問です! ペンネーム、グレンフォートさんからの質問です。ぽんこつカワイイアフちゃんさんの一晩抱き枕権は何処で手に入りますか? らしいです」

 

『お、アッフも抱き枕デビューか』

『言い値で買おう』

『抱き枕アッフは胸熱』

 

 

 私の抱き枕ねー、たづなさんとか密かに作ってそうなんですよね本当。

 

 私自身が抱き枕にされる事が多いんでね、いやはや、これも私が可愛いのが罪か、何という事か可愛いよりカッコいいと言われたかった。

 

 おかしいんだよなぁ、あれー? 私ってかっこいいよね? 皆。

 

 

「多分、URAで売ってあるかも? 誰か手作りしてそうですけどね」

 

『つまり諭吉を出せと』

『これがパパ活ですか』

『アッフお前って奴は……』

 

「おい、語弊があるぞお前ら! やめろ!」

 

 

 私がそんな金の亡者みたいに言わないでください。

 

 別に私はお金なんてもう微塵も興味ないんですよ! 全くもう、なんて視聴者だ! 

 

 類は友を呼ぶ、あ、そういうことですね、はい、つまり私も同類でしたか、これはすまんかったな。

 

 

「はい、では最後の質問行きましょうかね。

 ペンネーム深い衝撃さんからです。ん? どっかで見たことあるぞこれ?」

 

『あっ……(察し』

『アッフさぁ……』

『相変わらず身内からで草』

 

 

 うん、皆が言わんとしてることはわかる。

 

 おい、三冠ウマ娘、こんな配信を見に油売ってんじゃないよ! 何してるんですか一体! 

 

 久方ぶりの配信だというのに突っ込みどころが多すぎて芝しか生えんのだが、どうしたものか。

 

 

「なになに? アフさんは何でそんなに皆に愛されてるんですか、秘訣を教えてくださいですって」

 

『愛されてる……?』

『あーうん』

『ソウダネー』

『はいはい、可愛い可愛い』

 

 

 そう言って、私のまともな質問に適当に返すコメント欄。

 

 そんなこと言って、皆、私の事が大好きなのは知ってますからね、そうですね、まともな質問にどう答えるべきか。

 

 やはりここは一つ、真剣に答えてあげましょうかね? 

 

 

「やっぱり、ルドルフ会長を煽り散らかすくらいの度胸をつけるのがコツですかね」

 

『アフトクラトラス、後で生徒会室に来るように』

『草』

『会長wwww何やってんですかwwww』

 

「ちょ!? ルドルフ会長見てたんですか! えー! ちょっと待ってぇ!」

 

 

 こうして、私の久方ぶりのアフちゃんねるは幕を閉じました。

 

 この後、ルドルフ会長から怒られたのは言うまでもありません。

 

 というか、毎回、こんな感じでアフちゃんねるやるたびに身内が多分枠見てるんですよね。

 

 まさか、配信をして、呼び出されるとは思わなんだ。とほほ。

 



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皇帝対神

 

 

 

 ウマ娘八番勝負一戦目。

 

 満員の中山レース場、そのレース場には今日のレースを見逃すまいと多くの観客が詰め寄っていた。

 

 本日の試合、三冠レースを見るために。

 

 

「さあ、本日は晴天となりました中山レース場ですが、会場は満員。三冠ウマ娘の直接対決を目の当たりにしようと多くの人が集まってきております」

 

 

 最強同士、今の今まで誰もが思った事があるだろう。日本最強のウマ娘は誰か。

 

 その始まりを告げるのはやはりこの二人であった。

 

 実況席に座るアナウンサーは声を張り上げ、その名を呼ぶ。

 

 

「獲ったG1は7冠、新たな伝説を作り上げたトレセン学園の皇帝、彼女の走りは果たして神にも通じるのかシンボリルドルフの登場です」

 

 

 バンッという炸裂音と共にレース場までひかれたレッドカーペットを優雅に歩いていくシンボリルドルフ会長。

 

 その美しい姿に皆は思わず見惚れてしまう。

 

 毎回のように私に拳骨を炸裂させてる人とはまるで別人のようだ。

 

 特設ステージの壇上に上がるルドルフ会長に会場からは盛大な拍手が送られる。

 

 そして、そのルドルフ会長と駆ける次に中山レース場に現れたウマ娘は。

 

 

「それは伝説の始まり。その伝説が故に神のウマ娘とまで言われたウマ娘の登場です。ナタの切れ味と呼ばれた伝説を今日、我々は目撃する事になるのでしょうか? 神バ シンザンの登場です!」

 

 

 レッドカーペットの上をそのカリスマはただ普通に歩いていた。

 

 だが、その会場に来ていたどのウマ娘もその姿を見た途端にこう思った。

 

 神はいると。

 

 そして、その神と呼ばれたウマ娘は神秘を感じさせる白い巫女服の勝負服を身に纏い真っ直ぐにシンボリルドルフ会長を見据えていた。

 

 先日のように明るいあの陽気なシンザン先輩の面影は一切ない。

 

 その眼は冗談抜きで鳥肌が立つような熱を帯びていた。

 

 これが、伝説のウマ娘、シンザン。

 

 ルドルフ会長もそのシンザン先輩の姿を見て思わず震えているように見えた。

 

 いや、あれはおそらく武者震いというやつだろう。彼女の口元は笑みを浮かべていた。

 

 

「あれが、シンザン……」

「元生徒会長であり、ルドルフ会長が追い求めたウマ娘ですね」

 

 

 シンザンを超えろ。

 

 この言葉をルドルフ会長はずっと聞かされてきた。

 

 ルドルフ会長が現れるまでこの伝説を超えるものは誰一人としていないとまで言われてきたのだ。

 

 そして、ルドルフ会長はシンザン先輩を超えたとまで、周りに認めさせた。

 

 その圧倒的な強さを見せつけて。

 

 シンザン先輩は特設ステージに上がり、ゆっくりとルドルフ会長の隣に立つと口を開く。

 

 

「こいつを着るのも久々だねぃ」

「よくお似合いですよ」

「ありがとよぉ、さて、ルドルフよお前さんには一言言いたくてねぃ」

 

 

 そう言って、言葉を溜めるシンザン先輩。

 

 ルドルフ会長も何かを告げようとする彼女の顔を見るためにまっすぐに見つめ返す。

 

 そのシンザン先輩が向けた眼を見て、既に勝負が始まっている事をルドルフはすぐさま悟った。

 

 ここにいるのは普段の陽気なシンザンなんかじゃない。

 

 神バ シンザン、伝説となり語り継がれるウマ娘のその眼はもはや殺気を醸し出してるに等しいものがあった。

 

 トレセン学園にルドルフ会長が入る前。

 

 そのレースはまさしくやるかやられるかに等しいほど、激しいレースが当たり前の時代だった。

 

 本当にレースで命を落としたウマ娘だって中にはいる。

 

 そんな時代を駆け抜けたウマ娘の一人、それがシンザン先輩だ。

 

 

「……死ぬ気でかかってきな、手抜いたら承知しねぇぞ」

「……当たり前ですよ」

 

 

 そんなことは百も承知だと言わんばかりにルドルフ会長もシンザン先輩に圧をかける。

 

 互いの間合いで、バチバチに火花を散らすルドルフ会長とシンザン先輩。

 

 あんなルドルフ会長の飢えた獣みたいな眼を見るのなんて、私、初めてですよ。

 

 その雰囲気に思わず悪寒さえ感じます。

 

 互いのプライドを賭けての激突、その雰囲気に会場に見にきていた者たちがむしろ圧倒されます。

 

 シンザン先輩とルドルフ会長はゆっくりとゲートまで歩いていく。

 

 

「ウマ娘八番勝負一戦目! シンボリルドルフ対シンザン! いざ尋常に構え!」

 

 

 号令と共にゲートで構えるルドルフ会長とシンザン先輩。

 

 互いに闘志は煮えたぎっていた。

 

 どちらが強いか、ただそれだけ。このレースにいるのは二人だけである。

 

 かつて、遥か古のウマ娘のレースの始まりがあった。

 

 それが今のウマ娘のレースの原型であり元祖。

 

 平安時代、天皇陛下の御前で競わせた競せウマ娘。

 

 これが、ウマ娘の発祥のレースだと言われている。

 

 

「始めっ!」

 

 

 そして、その遥か昔に今戻ったのだ。

 

 多くのウマ娘の中から誰が速いかではなく、どちらが速いかを競う単純なレースに。

 

 ゲートが開くと共に超高速で飛び出す二人。

 

 三冠ウマ娘八番勝負の火蓋が切られたのである。

 

 先行を走るのはルドルフ会長。

 

 その背後から、静かにシンザン先輩が控えている。

 

 

「凄いスタートだ……」

「シンザン先輩のプレッシャーが……」

 

 

 そう言葉を溢すのはサイレンススズカ先輩だ。

 

 スズカ先輩は逃げを得意とする戦法を得意としている。前方で畳み掛けるレース展開が多い。

 

 だが、そのスズカ先輩でさえ、シンザン先輩の放つそのプレッシャーに戦慄した。

 

 どんな小賢しい真似をしようとも必ず差す。

 

 シンザン先輩のスタイルは多くのレースで逃げ馬を後方から見る形で先行し、一気に差し切るというスタイルだ。

 

 この場合、ルドルフ会長はシンザン先輩よりも前に出ている。シンザン先輩には絶好の獲物だった。

 

 

「ルドルフ? お前さん逃げなんてできたのかねぃ? え?」

「……ぐっ」

 

 

 シンザン先輩の見事なスタートに釣られて、ルドルフ会長は前に出過ぎた。

 

 こうなるとペースを維持して、最後で押し切るしかないが、このシンザン先輩のプレッシャーを背後に感じながらペース維持など至難の業だろう。

 

 シンザン先輩はこう見えて緻密な戦略家だったのだ。

 

 

「だが、このまま押し切るしかない。下手にペースを落とせば足に負担がかかるだけだからな」

「……ゴール前で伸びなくなりますしね」

「あぁ、そうだ」

 

 

 ルドルフ会長の走る姿を見て、ナリタブライアンと私はそう感じていた。

 

 非常に走りづらいに違いない、走りづらいということはそれだけ体力を消費するという事。

 

 私とナリタブライアン先輩はすぐにそれを直感で感じた。

 

 これは、何か手を打たないとルドルフ会長はやられるだろうと。

 

 

「……シンザン先輩」

「……ん?」

「……悪いですが勝たせてもらいますこの勝負ッ!」

 

 

 その瞬間、ドンッと力強く地面を蹴り上げたルドルフ会長が一気にシンザン先輩との差を開きはじめた。

 

 そう、ルドルフ会長はこの状況を打開するためにある手段をとったのだ。

 

 それは、完全に振り切ること、ペースを上げるか落とすか、どちらかに完全に振り切ってしまう。

 

 残り1000m、ルドルフ会長は勝負に出たのだ。

 

 

「ルドルフ会長が逃げにッ!?」

「しかもなんて速さッ!」

 

 

 掛かっているとも思われるそのペースに会場にいた全員がざわつく。

 

 確かにこのままだと、ルドルフ会長が差されるのは時間の問題だった。最初の駆け引きではシンザン先輩が上手。

 

 元生徒会長を務めていただけあって、シンザン先輩はかなりの切れ者だ。そんなシンザン先輩を倒すには予想を反した走りを展開するほかない。

 

 

「……ッ!? やってくれるねぃ! ルドルフッ!」

 

 

 ルドルフ会長を追撃するようにシンザン先輩もペースを上げる。

 

 いくら、自慢の差し足だろうが、差が開きすぎては逃げ切られてしまう。それだけはシンザン先輩も避けたかった。

 

 だが、これはルドルフ会長の狙い通りだ。

 

 二人の駆け引きはまさしく一進一退と言って良いだろう。

 

 

「逃げに振り切ったか! 会長!」

「でもあのペースはッ!」

 

 

 かなりのハイペースに急にレースが切り替わるということは相当な疲労を伴う。

 

 最後の直線でどれだけ粘れるか、これが勝負の別れ目だろう。

 

 最終直線、先頭はシンボリルドルフ会長がハイペースでやってくる。

 

 

「先頭はシンボリルドルフ! シンボリルドルフです! ですが、背後からシンザンが迫る! これは互いに凄い脚だ!」

 

 

 風を切り、駆けるルドルフ会長。

 

 だが、直線になった瞬間にシンザン先輩の目つきが一気に変わった。

 

 ルドルフ会長はこれまで以上に物凄いプレッシャーを背中で感じ取る。

 

 何か恐ろしいものが迫り来るようなそんな威圧感だ。

 

 

「シンザンッ迫る! シンザンのナタの脚だッ! 

 まるで、ゆっくりと切り裂くようにルドルフに迫るぞシンザンッ!」

 

 

 これはやばいと私は咄嗟に血の気が引いていくのを感じた。

 

 ルドルフ会長の逃げ足で一気に押し切る戦術は見事、それも多分、複数のウマ娘がこの場にいればハマっていたかもしれない。

 

 ただ、相手はあのシンザン先輩だ。

 

 もっとも得意な戦法を封じられたルドルフ会長には今の状況はかなり不利。

 

 

「ルドルフッ粘れるか! シンザン迫るッ! シンザンが迫るッ! これはどうだッ! 逃げ切れるか!」

 

 

 声を荒げて実況者はその場で立ち上がる。

 

 ルドルフかシンザンか、果たしてどちらが勝つのか。

 

 息を飲む駆け引き、生徒会長と元生徒会長の壮絶なバトルはデッドヒートを迎える。

 

 

「うああああああああああああああ!」

「がぁあああああああああああああ!」

 

 

 互いに叫び声を上げて、身体に気合いを入れる。

 

 脚に全力で力を入れて中山の坂を駆け上がり、超速の駆け合いになった。

 

 会場はどちらが勝つのかもうわからない。

 

 

「シンザンが上がるッ! ルドルフが粘るッ! だが、シンザンかッ!」

 

 

 三冠ウマ娘同士の一試合目。

 

 新旧生徒会長対決、互いにトレセン学園の看板を背負うもの同士のこの対決は物凄い盛り上がりを見せた。

 

 そして、最後の直線を制したのは。

 

 

「これは僅かにシンザンだッ! 凄い凄いッ! ルドルフ差し返そうと伸びるが僅かにシンザンだッ! シンザンッ! 今差し切ってゴールインッ!」

 

 

 シンザン先輩だった。

 

 最後の直線でルドルフ会長は伸び切ったところを完全に差された。

 

 道中の体力消費が響いたのもそうだが、慣れない戦法、背後からのプレッシャーなど敗戦の理由はたくさんあるだろう。

 

 ただ、単純にこのレースを話すのであれば、七冠を獲り、絶対的な強さを誇るルドルフ会長を追い詰めたシンザン先輩の戦略が今回、見事にハマったのである。

 

 ただ、勝ったシンザン先輩もそれが余裕であったかと言われるとそういうわけではない。

 

 レース後、シンザン先輩は息を切らせて仰向けのままターフに寝転んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……。あー危なかったぁ! なんて脚しとるんだぃお前さんはぁ」

「はぁ……はぁ……お見事です」

「何を言っとるんだぃ、ギリギリさねぃ。仕掛けがあと少し遅かったら差しきれんかった」

 

 

 息を切らしながら、そう告げるシンザン先輩に笑みを溢すルドルフ会長。

 

 まさか、道中に逃げに振り切るという選択肢を選んだのはシンザン先輩も誤算だったのだろう。

 

 ペースを乱され、本来溜めておくはずだった脚をアレで消費させられた。

 

 皇帝シンボリルドルフの走りはシンザン先輩を追い詰めるには充分だったのである。

 

 

「……リベンジしても?」

「いつでもかかってくるといいねぃ」

 

 

 そう告げるシンザン先輩の手を握りながら、ルドルフ会長は満面の笑みを浮かべる。

 

 互いの素晴らしい走りに会場からは惜しまれることなく拍手が送られた。

 

 ナタの切れ味、その脚を目の当たりにした私もブライアン先輩も苦笑いを浮かべる。

 

 

「アレはなかなかに手強いな」

「あはは、勝てますかね?」

「……自信がないな」

 

 

 まさか、ルドルフ会長が負けるなんて微塵も思ってませんでしたからね、私もナリタブライアン先輩も。

 

 なんやかんやで押し切れると思っていましたから、あんな、鋭い差し足が炸裂するなんて予想外ですよ。

 

 ルドルフ会長の実力を考えれば、おそらくシンザン先輩には勝てると踏んでたんですけどね私は。

 

 そして、拍手で会場が満たされる中、約一名、それを面白くなさそうに見てるウマ娘が一人いた。

 

 それはミスターシービー先輩である。

 

 

「……なんで負けてるのよ」

 

 

 ギリッと力強く歯を噛み締める彼女の呟きはその場にいた誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 三冠ウマ娘八番勝負一回戦。

 

 シンボリルドルフ対シンザン。

 

 新旧生徒会長対決。

 

 その勝負はシンザン先輩に軍配が上がる結果となった。



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燻る炎

 

 

 

 それは、少しだけ昔の話。

 

 私はレース場である光景を手汗を握りながら、見届けていた。

 

 それは、まだ私が幼い頃の話だ。

 

 菊花賞、幼い私はそのレースを見て感動した。

 

 それは、ずっと長い間現れなかった三冠ウマ娘が誕生した瞬間を目の当たりにしたからだ。

 

 

「シンザンだ! シンザンッ! 今! シンザンが一着でゴールインッ! 新たな三冠ウマ娘の誕生だァ!」

「わぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 それは、シンザン先輩だった。

 

 その姿はとてもかっこよくて、私はそのトロフィーを掲げるシンザン先輩の姿がとても眩しく見えた。

 

 いつか、私もあんな風になってみたい! 

 

 三冠ウマ娘になって、キラキラと輝きたいんだってその時に決めた。

 

 

「私ね! 絶対! 三冠ウマ娘になって! 日本一のウマ娘になるんだっ!」

 

 

 あのシンザン先輩みたいに、私も輝きたい。

 

 カッコいい先輩みたいになりたいとずっと心の中に秘めて、その為に血が滲むような努力だって惜しまなかった。

 

 強くなって、日本一のウマ娘になるんだ。

 

 いつか、シンザン先輩よりももっと凄いウマ娘になるんだと心に決めて、私はチームの誰よりも毎日トレーニングに励んだ。

 

 たくさんの挫折を越えて、歯を食いしばった。

 

 ずっと私は努力した。目指すはあのシンザン先輩を超えることだったからだ。

 

 あのレース場にいた憧れの先輩を超えてやると胸に野望を秘めて。

 

 そして、私はその努力の末に掴んだんだ。

 

 

「ミスターシービー! 三冠達成! シンザン以来の三冠ウマ娘の誕生ですッ!」

 

 

 シンザン先輩以来の三冠ウマ娘。

 

 皆は私を褒め称えてくれた。

 

 私を皆は見てくれていた。よく頑張ったなと、そこまでよくぞ鍛え抜いたなと。

 

 三冠を獲り、日本一のウマ娘へ。

 

 私はシンザン先輩を超える第一歩を掴んで、先に待つ栄光を掴み取り、皆が憧れるようなウマ娘になれるとずっと信じていた。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 それは何故か? 神様は時に残酷な事をする。

 

 私が三冠を獲った翌年に彼女は現れた。

 

 同じく三冠を獲り、そのウマ娘は私の前に幾度も立ち塞がってきた。

 

 その名はシンボリルドルフ。

 

『永遠なる皇帝』と呼ばれた彼女は私が血の滲むような努力をしてまで得たいと足掻いたものをあっさりと全て奪い去ってしまった。

 

 人々は言う、ルドルフが現れてシンザンをようやく超えたのだと。

 

 

「いやー、やっぱりルドルフが強かったな!」

「ミスターシービーは三冠ウマ娘だが……ルドルフに比べるとなぁ……」

「まあ、残念だが、シービーではやはりシンザンを超えたとは言えないなぁ……」

 

 

 私はその言葉を聞いて、深く傷ついた。

 

 何故、これだけ努力してもあの背中に届かないのか。

 

 才能が違うから? 私の方が弱いから、ただそれだけの理由だけなのか? 

 

 私はその言葉を周りから言われたくなくて、ずっとルドルフを倒す事を目標にしてきた。

 

 

 あの日、憧れたシンザン先輩を超えたと思っていたのはただの幻想だと思われたくなかったからだ。

 

 だが、直接対決が叶った二度の対決は不甲斐ない結果に終わった。

 

 

「あの娘と私ッ! 何が違うって言うのよッ!」

 

 

 突きつけられた現実に私は歯を食いしばった。

 

 どれだけのトレーニングを積み重ねても才能という壁だけは埋まらない。

 

 それを、私は思い知らされたような気がした。だけど私は認めたくなかった。

 

 

「……うああああああぁぁぁ!!」

 

 

 雨の降る中、悔しさのあまりに私は涙を流した日さえある。

 

 だけど、きっといつの日かルドルフを倒すのだと私は誓った。

 

 そして、ありったけを注ぎ込んだ最後の天皇賞春。

 

 私はルドルフの背中すら、見ることさえできなかった。

 

 負荷をかけすぎて、骨膜炎を発症してしまったからだ。

 

 走る事さえもう無理だろうと医者からは言われた。

 

 努力を積み重ねた結果がこれだった。

 

 私が追い求めていた、憧れていたあのレース場で見たシンザン先輩の幻影すら、届く事さえ叶わなかった。

 

 だからといって、私は諦めなかった。

 

 怪我なんて治してやると、息巻いた。

 

 それからしばらくして私は怪我を治してトレセン学園の分校から本校に復帰したのである。

 

 だが、私は以前のように走れるか不安だった。

 

 長い期間のリハビリがあり、かなりのブランクがあったからだ。

 

 

 自分はルドルフよりも天才なんかじゃなかった。ただの凡才だったんだ。

 

 その事実を受け止めるのが怖くて、認めたくなかった。

 

 

 ライスシャワーがマックイーンを倒した天皇賞春で、私はルドルフに対してリベンジすると息巻いていたが正直言って怖かった。

 

 もう、彼女には私は敵わないんじゃないかと負けを認めつつあったからだ。

 

 だけど、その考えはあるレースを見て、私のその考えは一気に変わった。

 

 それは、あの有馬記念である。

 

 

「あ、アフトクラトラスッ! アフトクラトラスがディープインパクトに並んで来ますッ! なんという事だ! あの絶望的な距離から一気に並びかけてきたッ!」

 

 

 私はそれを見て、心が震えた。

 

 ディープインパクト、英雄と呼ばれている三冠ウマ娘。

 

 そのウマ娘はまさしく、あの時のルドルフのように大衆から望まれるような強いウマ娘だった。

 

 一方でアフトクラトラスは、魔王と呼ばれ、あまりの強さからヒールのような扱いをされていたウマ娘だ。

 

 まるで、あの時の私の姿が彼女に重なった。

 

 

「いけ……勝てっ! 勝て! アフトクラトラスッ!」

 

 

 私は自然と溢れてくる涙を流し、気づけばそう言葉に出していた。

 

 一個下に自分を凌駕する存在が居たとしても、彼女は一歩たりとも退かなかった。

 

 己の命すら投げ捨ててまで、挑戦者と真っ向から全力で戦っていた。

 

 それなら、私はなんなのだろう? 

 

 ただの負け犬か? ルドルフに負けたままで永遠にルドルフよりも劣った情けない三冠ウマ娘としてずっと生きていくのか。

 

 私が幼い日に見たあの夢を実現させる為にこれまで頑張って来たんじゃないのか。

 

 

「アフトクラトラスとディープインパクト! 今! ゴールイン!」

 

 

 最後まで諦めないその姿は私の背中を押してくれた。

 

 以前のように走れるかどうかわからない? 脚が動けば走れるのだからそんなものは関係ない。

 

 なら以前よりも速く走れるようになるだけだ。

 

 そんな大事な事を私は後輩から教えてもらった。

 

 

「はぁ……はぁ……あと三本ッ!」

 

 

 だからこそ、前以上にトレーニングに励んだ。いつかその時が来るとそう信じて。

 

 人が見てないところで、私は追い求める夢の為にただ、何も考えないままひたすら駆けた。

 

 憧れのウマ娘を追いかけていたあの頃のように。

 

 そして、三冠ウマ娘八番勝負の招待が私に来た時に私は好機だと思った。

 

 今度こそ、私を証明してみせるのだと。

 

 だと言うのに、私が倒すと決めていたシンボリルドルフはシンザン先輩に負けた。

 

 

「……何負けてんのよっ」

 

 

 私はそれがひたすら悔しかった。

 

 確かに紙一重だっただろう、だが、それでも私は許せなかった。

 

 私のプライドが傷つけられたとそう思ったからだ。

 

 そんな中、ルドルフはシンザン先輩と互いの健闘を称え合っている。

 

 ふざけるなと私は怒りが沸いてきた。

 

 私がずっと抱いていた気持ち、ルドルフを負かしてやるんだと思っていたのに私以外のウマ娘に負けるところなど見たくはなかった。

 

 私を負かしたウマ娘がそんな風に終わって言いわけがないだろう。

 

 

「…………帰るわ」

「し、シービーさん!? どうし……」

「トレーニングするの、私は認めない! あんなレースなんて、絶対に!」

 

 

 絶対に負けてなるものかと逆に闘志がついた。

 

 憧れの先輩を超えることを目標に私は走ってきた。だから、私は絶対に負けたりなんてしたくない。

 

 シンボリルドルフを超えてやる。そして、シンザン先輩だって超えてやるのだ。

 

 ずっと待ってた、またとない機会。

 

 足掻いて足掻いて、足掻き続けて、周りから何を言われても追いかけてきた背中を私は越えていく、絶対に。

 

 絶望のどん底にいた中から私は這い上がってきたんだ。

 

 前の私とは違うという事を証明して見せる。

 

 

 

 

 こんにちは、アフトクラトラスです。

 

 はい、先日レースを見た私ですが、今日はあるウマ娘と共に併走してる最中です。

 

 そう、そのウマ娘とはテイオーちゃんですね。

 

 

「はぁ……はぁ……アフちゃーん! 速いね! やっぱり!」

「そうですかね?」

 

 

 私もまだ万全じゃないという事で、身体の調整にテイオーちゃんが付き合ってくれると進んで言ってくれましてそれでこうして走っているわけなんですけども。

 

 テイオーちゃんも一時期三回も怪我したことがあるということで私の事を気にかけてくれたのかもしれませんね。

 

 あ、でも、ドクターストップかかったテイオーちゃんとは違って私はストップかかっても知るかとばかりに振り切ってしまったんですがね。

 

 

「でも……」

「ん?」

「やっぱり以前よりキレが……、まだ本調子じゃないんだねアフちゃん」

 

 

 そう言って、悲しげな表情を浮かべるテイオーちゃん。

 

 それは私も自覚がある。よくあの時の天皇賞秋を勝てたなと思いましたもの。

 

 万全とはいえない身体で、果たして三冠ウマ娘を相手に私がどれだけ戦えるだろうか。

 

 

「でもね! アフちゃん! 僕は信じてるから!」

「ふふ、ありがとう、テイオーちゃん」

 

 

 手を握って、私に告げるテイオーちゃんに私はお礼を述べる。

 

 前みたいに走れなくなるなんて言葉は私はどうだっていい。

 

 人はそう言うだろう。だけど、私はそれよりも速くなれると信じているから。

 

 だから、私は負けたくない、信じている皆に負ける姿なんて見せたくはない。

 

 それはプレッシャーに感じる時はある。

 

 だけど、私は好きだから走っている。だから、これからもずっと走り続けるつもりだ。誰が相手だろうと。

 

 

「ねぇアフちゃん、この後時間ある?」

「ん? なんでですか?」

「デートしようよっ! 最近ね、シューズもそろそろ替え時だって思ってたからさぁ!」

 

 

 まさかのテイオーちゃんからのデートのお誘いに目を丸くする私。

 

 気分転換にということでしたが、まあ、テイオーちゃんが気を遣ってくれているんでしょうね。

 

 テイオーちゃんに私が変なことを吹き込んだとか言われてルドルフ会長からしばかれないか心配ですけどね。

 

 ふむ、悪寒が気のせいと思いたいがなんでしょうね、このプレッシャー。

 

 その後、私は練習を切り上げてテイオーちゃんとお出かけすることにしました。



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合間の休日

 

 

 

 テイオーちゃんと街に繰り出した私はいろんなところを引っ張り回された。

 

 無邪気で元気が良いですよね、テイオーちゃん。

 

 そんな彼女の姿を見て、私は笑みを溢す。

 

 

「お姉さん! これ3個貰うね!」

 

 

 そう言って、テイオーちゃんは私の分のにんじんクレープを今買いに行ってくれている。

 

 あー癒しなんじゃあ、何であんなに元気印なんでしょうねテイオーちゃん。

 

 可愛いって素敵やん。

 

 すると、ベンチで座っている横にあるウマ娘が何やら当然のように腰掛けてきた。

 

 なんだ、誰だよー、せっかく癒しを眺めていたのに。

 

 ふと、視線を横にやるとそこに居たのは満面の笑みを浮かべたあの人だった。

 

 

「何してるんだ? アフトクラトラス?」

「げぇ! ルドルフ会長!?」

 

 

 思わずげぇとか言ってしまいました。

 

 だって、大体呼び出されると怒られてばかりですもの、ルドルフ会長は怒ると怖いです。ちなみに私は怒らせるのは得意ですからね(ドヤ顔。

 

 何度、頭にたんこぶ作った事やら。

 

 

「げぇとはなんだ、げぇとは」

「あ、ごめんなさい、つい先日悪戯でとっちめられたばかりなんで」

「それはお前の自業自得だろう」

 

 

 グゥの音もでないど正論である。それはそうだ。

 

 まあね、ルドルフ会長はこう見えて私には甘いですからね、うん、優しいんですよ? 

 

 すると、会長はゆっくりと話をし始めた。

 

 

「……先日は不甲斐ないレースを見せてしまったな」

「不甲斐ないだなんて」

「いや、負けた。それが事実だ」

 

 

 そう言って、深いため息を吐く会長。

 

 あの状況で最善の手をルドルフ会長は打ったと思う。あれ以上を求めるのであれば、それは、レース開始時のスタートから始まる話だろう。

 

 あんな好スタートを決めて、シンザン先輩が先頭を取りにいかないなんて、予想できるもんじゃない。

 

 私だってきっとルドルフ会長と同じならそう戦法をとったに違いありません。

 

 

「あれ? カイチョーじゃん! 来てくれたんだ!?」

「やあ、テイオー」

「なんかいつの間に居ました」

「うん、だって僕が呼んだんだもん」

「お前が呼んだんかいっ!」

 

 

 クレープをハムハムしながら、当たり前の様にそう告げてくるテイオーちゃん

 

 心臓に悪いんだが! いや、会長が隣に座った際に私の時間が一瞬停止したぞおい。

 

 生徒会の業務は確かにSWDTがある期間はないと言ってましたっけ、確か。

 

 私もまさか、こんなところでばったりと会うなんて思いもしなかったですからね。

 

 

「じゃあ僕、カイチョーとアフちゃんの間に座るねっ!」

「おい、テイオー」

「ちょっ! また強引な……」

 

 

 そう言って、嬉しそうに私とルドルフ会長の間にクレープを持ったまま座ってくるテイオーちゃん。

 

 うむ、まあ、可愛いから許してあげましょう。

 

 そんなニコニコしながら来られたらね、私はテイオーちゃんには甘いのです。トレーニングでは別ですけどね。

 

 私とルドルフ会長に挟まれてるテイオーちゃん、なるほど、これが皇帝サンドイッチか、新しいな。

 

 

「前回のレースは残念だったけど、気にしないでよカイチョー。僕はカイチョーが1番強いって思ってるからさっ!」

「テイオー……」

「え? テイオーちゃん? 私は? ねえ、私は?」

「アフちゃんはねー……。んー、多分強い」

「おい、多分ってなんだ、おい」

 

 

 充分強いだろうが、なんだこいつは仕方ないみたいな感じの反応は! 

 

 尊敬の念が感じられんぞ、どういう事だ。

 

 うん、自分の行動を顧みたらまあ、仕方ないけども、なんか煮え切らんな! 

 

 だが、可愛いから許す。可愛いって素敵ですねなんでも許されますもの。

 

 私は許されない事が多いのは何故だろう? 日頃の行いですかね。

 

 

「ふふ、ありがとう二人とも少しだけ元気が出た」

「それなら良かった、あ、そうだクレープ二人のも買ってきたんだから食べてよ」

「んぐっ! くひぃにふっもうふぁ!」

 

 

 そう言って、私の口にクレープを突っ込んでくるテイオーちゃん。

 

 私の扱いが雑になってきてるような気がするんだが、きっとそれは気のせいではないだろう。

 

 私は口に突っ込まれたクレープをモグモグする。

 

 おう、これはなかなか美味しい、いいチョイスをするではないかテイオーちゃん。

 

 

「しかしアフは私を全く警戒しないな?」

「ん?」

「トレセン学園の皆は私を警戒するんだが、お前だけはむしろ何というか……」

「煽り散らかしてる感じですか?」

「おい」

「ごめんなさい嘘です」

 

 

 私の言葉にピキッと青筋を立てるルドルフ会長。

 

 嘘ですよーやだなー、会長が好きだからに決まってるからじゃないですかー。

 

 愛ですよ愛、全く怒ったら怖いんだからこの人。

 

 まあ、私の場合はどんな人が相手だろうが関係ないですからね、警戒してないことはないです、だって私の場合は、ほら、いつもルドルフ会長をからかって怒られてますんで。

 

 

「そりゃ私はルドルフ会長をなんだかんだ言って好きですからね、ね、ルナちゃん」

「おい、何で私の幼少期の名前を知ってるんだお前」

「え! 会長ってルナちゃんって名前だったんだ! 可愛いー!」

「テイオーまで……。やめないか」

「そうだぞ、ハマノちゃん」

「何で僕の幼少期のあだ名知ってるの!?」

 

 

 そう言って、私の口から飛び出す言葉にビックリするテイオーちゃん。

 

 幼少名がハマノテイオーとか日焼けしてそうなんですよね、せめて、ミナミノテイオーとかにして欲しかったなと。

 

 いや、待てよもしかしたら横浜のテイオーという可能性もありますねぇ。

 

 あ、これはこれであかん、テイオーちゃんが闇金になってしまう。

 

 取り立てが怖いぞー、でもサングラスかけたテイオーちゃん想像したらなんか可愛かったから良し。

 

 

「まあ、私は皆さんの幼名を密かに知ってますからね、ね、ルナちゃん」

「おい」

「すいません、マジトーンはやめてください怖いですルドルフ会長」

 

 

 拳をぽきりと鳴らしたところで私は慌ててルドルフ会長に弁解する。

 

 そんなんだから皆さん怖いとか言うんですよ、ルナちゃん、これだからルナちゃんは本当怖いんだから。

 

 心の中ではいくらでもルナちゃん言っても怒らないですからね、にしし。

 

 

「じゃあ、とりあえずカイチョー! アフちゃん! 買い物付き合ってよ!」

「別に構わないが……何を買うんだ?」

「んーとね、シューズとぉ、あとは服とか?」

「あ、そういえば、私もそろそろ足につける新しい数十キロの重りを買おうと思って……」

「それは買わないよ」

 

 

 そう言って満面の笑みを浮かべてくるテイオーちゃん。

 

 なんでや! 私なんていつも義理母や姉弟子と行くときは基本的にダンベルとかバーベルとか買ってたんですよ! 

 

 それくらい普通では無いですか! え? 違うって? そうなんですか、教えて偉い人。

 

 なるほど、今日は女子女子する日でしたか、すまんな、最近、女子力という女子力は宇宙の遥か彼方に置いてきてしまいまして、もはや存在していませんでした。

 

 

「まあ、アフちゃんに似合う服も見繕ってあげるから、ほら! 早く早くぅ!」

「あ! ちょっ!?」

「はあ、全く仕方ないな……」

 

 

 テイオーちゃんに背中に押されながら、ショッピングモールに向かう私。

 

 とりあえず今日はテイオーちゃんに付き合ってあげるとしますかね。

 

 私も気分転換したかったですし、とはいえ、ルドルフ会長がついてくるのはとんだ誤算ではありましたけど。

 

 テイオーちゃんときゃっきゃできるという私のプランは崩壊しました。

 

 

「アフちゃん! これとかどう? 似合いそうだけど?」

「え? これめっちゃ胸元開いてないです?」

「ふむ、風紀的にはあまり良くないな」

「なるほど、じゃあ、この背中空いてるやつとかは?」

「基本、胸が見えるんですがそれは」

 

 

 横から胸がっつり見えるぞそれ、いやいや、ダメダメそんなの着たら痴女扱いですよ私。

 

 よし、もっと普通の服にしましょう。たしかに可愛いですけど、こんなん着たら私の身に明日何が起こるかわかったもんじゃない。

 

 もっと可愛いのあるでしょ、たしかにタイキシャトルさんとかマルゼンさんとかは露出多めですけども。

 

 という事でとりあえず私は試着室へ。

 

 

「どうですか?」

「可愛いー! 良いじゃんアフちゃん!」

「うむ、だが……うーん」

 

 

 私の格好を見て何やら悩んでるルドルフ会長。

 

 ちなみに私が着てるのはデニムのパンツにトレーナーというごくごく普通の格好です。

 

 いや、露出も少ないですし、風紀的には問題無さそうなんですけど。

 

 

「そうだな……、存在自体が風紀に引っかかるから何着ても一緒だな」

「おい、ちょっと待ってください不本意な扱いなんですけどそれ!」

 

 

 辛辣なルドルフ会長の評価に声を上げる私。

 

 ほう、言うではないですか会長、私を怒らせてしまったようだな。歩く風紀違反なんてあだ名を付けるとは良い度胸ではないですか。

 

 とりあえず私は適当な服を持ってくると会長に向かいこう告げる。

 

 

「じゃあ会長着てみてくださいよ、ほらほら」

「お前……、これ、また露出が高そうな服を」

「会長が着ると気品がある感じになるんでしょ? ね?」

 

 

 そう言って私は会長に服を手渡す。

 

 ふふん、生足スリットが出るチャイナ服なんざ誰が着ても風紀を乱すに決まっています。

 

 へへへ、着終わった途端にルドルフ会長を煽り散らかしてやるぜ。

 

 服を着替えたルドルフ会長が中から出てくる。

 

 

「ど、どうだ? その……これ脚が……」

「今まで散々煽ってすいませんでした。ふともも舐めても良いですか?」

「アフちゃん!?」

 

 

 私から出てくる言葉にびっくりしたように驚く。

 

 なんだ、テイオーちゃんこんな素晴らしいふとももを前にして舐めちゃダメとか何考えてるんですか。

 

 その後、制止をされた私は冷静さを取り戻し大きく深呼吸する。

 

 続いて、テイオーちゃんが着衣室へ。

 

 ほう、これ以上を見せてくれるというのか感謝。

 

 

「えへへ、どうかな? 似合ってる?」

「ルドルフ会長、この娘しばらく誘拐しますね」

「おい、ちょっと待て」

 

 

 出てきたメイド服のテイオーちゃんを見た途端、真顔でルドルフ会長にそう告げる私だったが、同じくルドルフ会長から止められてしまった。

 

 なんだよ、二人とも、私とは大違いではありませんか! 

 

 こんなことは許されない、私なんて服着て歩いたら風紀乱すなんて言われんのやぞ! 

 

 

 そんな感じで、二人と私は楽しく買い物をしながら過ごしました。

 

 可愛い子の可愛い服とか犯罪だと思うんですよね。

 

 ルドルフ会長もこれで少しは元気出てくれたら良いんですけど。

 

 私としても楽しい休日を過ごせたと思います。

 

 

 復帰して間もないですから、今後、私ももっと頑張って本来の調子に戻していかないとですね。

 

 



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強敵との再会

 

 

 

 

 いやぁ、先日の買い物楽しかったですね。

 

 あ、どうもアフトクラトラスです。

 

 紛失した下着も補充しましたし、新しい服も買いましたし、シューズも買い替えましたから。

 

 

「ふぅ……。やっぱり坂路は脚にきますね……」

 

 

 重しをつけたまま、サイボーグ坂路を走り終え汗を拭う私。

 

 すると、私の背後からこちらに向かい駆けてくる足音が聞こえてきます。

 

 ん? なんでしょう? 

 

 

「アフちゃん先輩ーー!!」

「あっふっ!?」

 

 

 ゴフッという言葉の代わりに自分の名前を吹き出す私。

 

 突っ込んできたのは言わずもがな、ドゥラメンテことドゥラちゃんです。最近、私に対する愛情表現がバイオレンスになってきてませんかね? 

 

 弾丸の如きスピードで飛んできた彼女に思わず変な声がでちまいました。

 

 

「もうっ! 全くっ! なんで私を置いて他のチームなんか行っちゃってるんですかぁー!」

「だああああ!? 胸を揉むな胸を!?」

 

 

 私に抱きついてきたドゥラちゃんはそう言いながら私の胸を揉んできます。

 

 なんて後輩だ。最近スキンシップが激しすぎる! 容赦なく先輩の胸を揉んでくる後輩なんてこの娘くらいのものですよ。

 

 そんな私の事などお構いなしに頬擦りしてくるドゥラちゃん。

 

 ドゥラちゃんの背後から申し訳なさそうにキズナちゃんがやってきた。

 

 

「もうっ! ドゥラちゃん! ダメだって、アフちゃん先輩ごめんなさい!」

「あははは……、大丈夫慣れてますから」

 

 

 そう言いながら苦笑いを浮かべてキズナちゃんに答える私。

 

 キズナちゃんが良い娘すぎて生きるのが辛い、というか、まあ、今日は調整で走っていたわけなんですけどね。

 

 午後からはシンボリクリスエスさんと並走する予定が入っています。

 

 

「私を連れて行ってください! お供ですっ!」

「顔が近い近い」

 

 

 ふんすっ! と迫り来るドゥラちゃんに顔を引き攣らせながら苦笑いを浮かべる私。

 

 そんな鬼退治に連れていってもらうみたいなノリで迫られましても困るんですけどね。

 

 キズナちゃんはなんどもすいませんと私に謝り倒して来ます。

 

 まともな娘が近くにいるとこんな感じなんですね、なるほど助かる。

 

 

「全く相変わらずですわね貴女は」

「この声は……」

 

 

 ドゥラちゃんに押し倒されている中、ため息を吐いて現れたのはヤンキー系お嬢様。

 

 そう、メジロマックイーンパイセンその人である。

 

 腕を組みながら現れたメジロマックイーン先輩に私は真顔で一言。

 

 

「いつまでその無理あるお嬢様キャラでいくつもりですか」

「相変わらず失礼ね! 貴女は!」

 

 

 そう言って、声を上げるメジロマックイーンパイセン。

 

 いろいろと隠す事が難しくなって来たと思いますけどね、メッキが剥がれてきたぞ、うん。

 

 マックイーン先輩の家って一応、豪邸みたいですけどね、メジロ家よりも華麗なる一族やスカーレット一族、薔薇一族とかの方がお嬢様感が凄いんですよね。

 

 だから、あんな華麗なる乳をぶら下げてるんだよダスカちゃんは! 先祖譲りの我儘ボディをな! 

 

 あ、私ですか? ただの叩き上げです、はい。

 

 

「今日は後輩二人とトレーニングですの?」

「そうですの」

「…………」

 

 

 私の返しに無言で拳を鳴らしはじめるマックイーンパイセン。

 

 私は速攻で謝りました。お嬢様じゃないよ、この人、番長だよ。たまに垣間見せる怖い雰囲気がそれを物語っています。

 

 私は知っている。前に私がウイニングライブ後に配布した特攻服を嬉々として買っていたマックイーン先輩の姿を。

 

 お嬢様、貴女も充分こっち側ですよ。

 

 ようこそ、癖ウマ娘の世界へ。

 

 

「コホン、まあ、今日はそんな事より貴女にお客が来てたから連れてきたの」

「お客?」

「私の事だろ? ヘイ、クレイジーガール元気にしてたか?」

 

 

 そう言って現れたのはクレイジーなウマ娘だ。

 

 いや、なんでこの人連れてきたんだってレベルです。マックイーンさん、この人は私に会わせたらいかんでしょう。

 

 スカジャンと短パンのダメージジーンズという格好をした露出の高い格好に、髪の左側をドレッドで編み込んだ青鹿毛。

 

 そう、癖ウマ娘といったらまずこの人が最初に挙がるほどの破天荒なウマ娘。

 

 

「さ、サンデーサイレンスさん!?」

「よう、まあ、私は付き添いだけどな客ってのは……」

 

 

 そう言って、背後を振り返るサンデーサイレンスさん。

 

 そこに居たのは、数年前に私が戦った1人のウマ娘だった。

 

 プライドが高くて、私に海外の洗礼を浴びせたウマ娘。

 

 長く束ねられた綺麗な黒と白が入り交じる芦毛の長髪は忘れる事なんてできるわけがない。

 

 

「ダラカニさん?」

「…………」

 

 

 そう、あのダラカニである。

 

 海外でやり合ったウマ娘であり、今のところ並走で唯一、私を負かしたウマ娘だ。

 

 彼女はしばらく沈黙した後、ツカツカと私の元に足を進めてくる。

 

 そして、私の顔にバシンと強烈なビンタをかますと涙を浮かべながらこう声を張り上げた。

 

 

「……この馬鹿ッ! 何考えてたの!!」

「はえ!?」

「はえ、じゃないわよッ! ……なんであんなになるまで走ったのッ!」

 

 

 そう言って、声を張り上げるダラカニさん。

 

 彼女が言っているのはおそらく、有馬記念のことだろう。

 

 当然、私があの日、レース後に生死の境を彷徨ったことは世界に知れ渡っていた。

 

 ダラカニさんは涙を浮かべたまま、私を力強く抱きしめてくる。

 

 

「生きてくれて良かったッ……。本当に……良かったッ!」

 

 

 もし、居なくなってしまったらリベンジも共に走る事も出来なくなってしまう。

 

 だからこそ、ダラカニさんは私のことを心配してくれていたのかもしれない。

 

 ほら、ビンタされたのはアレだから、海外ドラマとか見てみてください、海外の人ってバイオレンスな感情表現が多いんですよ。

 

 HAHAHA! マイケル! 面白いジョークだぜッ! 

 

 みたいな感じですしね、まあ、仕方ない。

 

 ダラカニさんもデレ期みたいですね。これはギャップ萌えというやつでは? 

 

 

「ダラカニがお前のことが心配だったらしくてな、ここにいるマックイーンにお願いしたんだよ」

「やるやん、マックイーンパイセン」

「貴女はどの目線で話してますの?」

 

 

 最近になって思うんですが、マックイーンさんはギャグ路線に強いですよね。

 

 お嬢様と言いつつヤンキーをたまに垣間見せていくスタイル、正直好きです。サンデーサイレンスとメジロマックイーンが並び最強に見える。まあ、この2人に関してはマブダチというかヒャッハー仲間ですからね。

 

 この2人は世紀末マックスハートみたいな、怖すぎて死ねるわ。

 

 マックイーンさんは下着も黒でしたからね、いやはや、お嬢様は変にそういうとこは上品なんですね。

 

 

「それよりも、アフちゃん先輩! SWDTへの調整でしょう! 早く走りましょう!」

「何? トレーニング中だったの貴女? ならせっかくだから私も交ぜなさいよ」

「お、面白そうだな! なら私らも付き合うぜ、なぁ、マックイーン」

「なんで私も巻き込まれてますの!?」

 

 

 サンデーサイレンスから強制的にトレーニングに巻き込まれるマックイーン先輩は顔を引き攣らせながらそう告げる。

 

 まあ、マックイーン先輩ですからね、それは仕方ないですね。

 

 マックイーン先輩はほんといじり甲斐がある先輩ですよ、まあ、私も同じようなものですが。

 

 癖ウマ娘の宿命という事でしょう、諦めてくださいとしか言いようがありませんね。

 

 そんな他愛のない事も考えながら、私は久々にあった強敵との再会を喜びつつ、SWDTに向けてトレーニングに励むのでした。

 

 

 

 トレセン学園のとあるトレーニング施設。

 

 そこで、1人のウマ娘がひたすらトレーニングに励んでいた。

 

 鬼気迫るようなその壮絶な姿に周りにいるウマ娘達は顔を引き攣らせている。

 

 

「シービー、それまでにしといた方が……」

「足りない」

 

 

 ひたすらに汗を流すその姿にプロキオンのチームメンバーの1人であるドリームジャーニーが止めに入るが、彼女はそれを断る。

 

 足りない、三冠ウマ娘達を倒すにはこんな努力じゃきっと足りない。

 

 自分にできる精一杯以上で励まなければ、きっと次に走るセントライトを倒す事なんてできない。

 

 戦場のセントライト。

 

 彼女の強さはよく分校で目の当たりにしていた。

 

 あの人を超えるにはもっとトレーニングをしないと。

 

 

「よう、まだやってるのか?」

「あ、ヨシナガトレーナー」

「はい、止めはしたんですが……」

 

 

 過剰なオーバートレーニング、ひたすらにそれを積み重ねるシービーの姿は危うくもある。

 

 こうなったのはおそらく、先日のルドルフとシンザンとのレースが原因だろう事はすぐにシービーのトレーニングトレーナーであるヨシナガは理解した。

 

 とはいえ、このままにしておくのもきっと良くないだろう。

 

 

「おい、シービー」

「はぁ……はぁ……。なんです? トレーナー」

 

 

 走り終えたシービーに近づくヨシナガトレーナー。

 

 すると、彼はシービーの目を真っ直ぐに見つめながらゆっくりとこう告げ始める。

 

 

「明日から、アンタレスに行ってこい」

「!?」

「ト、トレーナー!? 正気ですか!?」

 

 

 ヨシナガトレーナーの一言に驚愕するプロキオンのメンバー達。

 

 チームアンタレス、そのトレーニング内容は凄まじいの一言に尽きる。

 

 前トレーナーである遠山トレーナーの意思を引き継ぎ、そのトレーニングはスパルタである事は広くトレセン学園で知られている。

 

 特に今、チーム全体のトレーニングを見ているマトさんはあのライスシャワーを鍛え抜いたトレーナーで有名だ。

 

 

「鍛えて強くする、お前に必要なのはきっとそれなんだろう」

「…………」

「シービー、三冠ウマ娘としての誇りを取り戻してこい」

 

 

 そう告げるヨシナガトレーナーの言葉にシービーは静かに頷く。

 

 それはトレーナーとして、彼女が何を求めているのか理解しているからだ。

 

 勝利への飢え、渇望。

 

 三冠ウマ娘としてのプライドを懸けて、ミスターシービーは全力で立ち向かおうとしている。

 

 

「望むところです」

 

 

 ミスターシービーは力強い眼差しをヨシナガトレーナーに向けてそう答える。

 

 三冠ウマ娘として、おそらくルドルフと戦える機会はこれが最後になるかもしれない。

 

 自分はルドルフに劣る三冠ウマ娘なんかじゃない、それを証明してみせる。

 

 

 ミスターシービーは来たる対決に向けて己の限界を越える事を心に決めて、茨の道を突き進む覚悟を決めた。



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最強を目指して

 

 

 速報です、アンタレスになんと三冠ウマ娘が来ました。

 

 私もチームミルファクとの合同練習から帰って来てから知らされたんでびっくりしましたけどね。

 

 ダラカニちゃんも日本を観光するって言ってどっかいっちゃいましたし、なんだか、凄い周りが慌ただしい感じがして落ち着きません。

 

 

「今日からどうぞよろしくお願いします」

 

 

 そう言いながら頭を下げてくるのはあのミスターシービー先輩です。

 

 わざわざうちのチームに来るというのはよほどの理由がありそうですけども。

 

 アンタレスは今でもスパルタトレーニングでトレセン学園では有名ですからね。

 

 

「ようこそ、地獄へ」

「マトさん、トレーニングを見るのは私ですか?」

「あぁ、いつも通りのメニューをこなして後は俺が見る。頼めるかライス」

 

 

 腕を組みそうライスシャワー先輩に告げるマトさん。

 

 姉弟子もライスシャワー先輩も今年はアメリカに渡り、G1レースを走る予定ですからね、この人達の地獄のトレーニングに皆は今付き合わされてる感じです。

 

 私ですか? 2人から禁止令が出ています。まあ、あの有馬の一件から物凄く過保護になってしまいましてね。

 

 代わりにオカさんが私のトレーニングトレーナーを務めてくれていますからなんの問題もないんですけど。

 

 構って貰えなくて寂しいなぁとか思ったりしてます、ぐすん。

 

 

「じゃあ、手始めにトレーニング行きましょう! シービーさん!」

「……えぇ」

 

 

 拍子抜けみたいな感じで答えるシービーさんですが、彼女はまだ知らない。

 

 アンタレスがどんなトレーニングを普段からしているのかという事を。

 

 いつも通り、サイボーグ坂路についたライスシャワー先輩は満面の笑みを浮かべたまま、シービーさんにこう告げる。

 

 

「とりあえず軽く500本くらいかな? 走りますね、この坂」

「……は?」

 

 

 シービーさんはライスシャワー先輩の言葉に唖然とする。

 

 中山の坂よりも急勾配なサイボーグ坂路、それを手始めに500本。

 

 まあ、軽い準備運動ですね! 

 

 え? 頭が相変わらずおかしいですって? あはは、またまたぁ、これくらい普通ですって! 

 

 さて、軽く坂路を500本走ったら、ようやくそこから本トレーニングです。

 

 

「はぁ……はぁ……。さ、流石はアンタレス……」

「さあ、次行くね」

「ちょ……!」

 

 

 だが、ライスシャワー先輩は容赦ない。

 

 間髪入れずミスターシービー先輩にそう告げると坂を難なく駆け上がっていく。

 

 それは、ライスシャワー先輩が生粋の叩き上げのウマ娘だからだ。

 

 誰よりも走り、誰よりも己に厳しい。

 

 ミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩はそういう先輩達であるということはずっと前からわかっていたことですからね。

 

 

「さあさあ、あと何本持ちますかねぇ」

「何を他人事みたいに言ってるんですか? 貴女はこっちですよ」

「あるぇ?」

 

 

 そう言って、私はミホノブルボンの姉弟子から首根っこを引っ掴まれてレース場に連れて行かれる。

 

 私も病み上がりとはいえ、調子を上げていかないといけない時期に来てますからね。

 

 そうなるのは致し方ありません。まあ、私はハードトレーニングには慣れてますからね。

 

 慣れるものじゃないんですけども。

 

 

「ほらほらッ! 最近鈍ってたんじゃないですか?」

「まさか! むしろうずうずしてましたよッ!」

 

 

 ドクターストップ食らってましたからね、トレーニングしすぎちゃダメだって。

 

 ですが、解禁となれば私とて容赦なくトレーニングに打ち込めるというわけです。

 

 モンハンでもあるでしょう、狩猟解禁って。

 

 解禁されたらそりゃもうね、暴れ散らかしますよね! あ、今度、アフちゃんねるでモンハンしようかな? 

 

 まあ、それはそれとして、私は随分前から姉弟子に言いたいことがあった。

 

 

「ところで姉弟子」

「ん……? なんですか?」

「あのエチエチな勝負服はいつになったら変えるんですかね?」

「………………」

 

 

 姉弟子はその私の言葉を聞いて静かに私に近づいてくる。

 

 いや、だってあれは機能美とかそんなん無しにして、胸は強調されてるし下なんてもうね、水着やんみたいな格好じゃないですか。

 

 そして、姉弟子は私の頭をガシッと掴むと顔を近づけてきた。

 

 

「あの勝負服がそんなにいやらしく見えているのは貴女に邪の心があるからです」

「え? 今更? 私、昔から邪な心しかないですよ? 姉弟子」

 

 

 姉弟子に片手で頭を掴まれ足が地につかず、プラーンとなったままそう告げる私。

 

 こんな風にされるのも久々かもしれません、懐かしいなこれ。

 

 まあ、あれです、アグデジちゃんじゃないですけどやはり同性とて見てしまうものは見てしまうんですね。

 

 

「……新しい勝負服を考えないといけないですかね」

「そのスタイルであれはいかんですよ」

「妹弟子、その足腰立たないようにしてあげましょうか?」

「お、追い込みは勘弁してください」

 

 

 キランと姉弟子の目が光ったのでそれ以上言うのはやめておきました。

 

 多分、怒らせると一番怖いのはこの人かもしれませんね、まあ、私は散々隣で走ってきたわけなんですけども。

 

 すると暫くして、私の後輩2人も私と姉弟子の背後から息を切らしながらやってきた。

 

 

「はぁ……はぁ……お二人とも速すぎですよぉ」

「……はぁ……はぁ……疲れた……」

 

 

 2人とも息を切らしながらそう私に告げてきます。

 

 ふむ、2人ともまだまだ鍛え方が足りないね。そんなんじゃ来年のG1戦線も戦っていけないぞ。

 

 そんな中、ライスシャワー先輩とトレーニングを積むシービー先輩に視線を向ける。

 

 

「姉弟子から見てどうですか? シービー先輩は」

「ん?」

「いや、なぜウチのチームに来たのかなって」

 

 

 そう、わざわざウチのチームに来る理由がわからない。

 

 多分、シービー先輩のチームにはあのヨシナガトレーナーが居ますし、わざわざこちらに来なくてもきっと良いトレーニングを積めるはず。

 

 三冠を取る実力を兼ね備えた強いウマ娘がここに来るというのはどういった意図があるのか単に気になった。

 

 

「そうですね、おそらくは執念……でしょうか」

「執念?」

「貴女、ルドルフ会長とシービー先輩との仲は知ってますか?」

「えっと……。少しだけなら」

 

 

 ブルボンの姉弟子からそう言われて首を捻りながら私は答える。

 

 ルドルフ会長とミスターシービー先輩。

 

 互いに三冠ウマ娘でありながら、そこにはなんとも言い表すことができない関係性があるように思える。

 

 言うならば……。

 

 

「一言で言えば、私とライスのような関係に近いでしょうか、いや、貴女とディープインパクトの方が当てはまりますね」

「ほう」

 

 

 それは興味深い、まあ、シービー先輩の事は私もよく存じてはいましたけどね。

 

 同じ化け物じみた後輩が一つ下にいると苦労するものです。

 

 ならどうするか? 単純な話です、自分がより化け物になれば良い、そういう話なのだ。

 

 血を滲む努力を積み重ね、限界を超え続け、修羅になった先に次元を超えた圧倒的な強さがある。

 

 それは、才能という言葉だけじゃない。

 

 ミホノブルボンの姉弟子もライスシャワー先輩もそうして強くなった。

 

 だから、私も才能は積み重ねた努力でねじ伏せられると信じている。義理母もそう言っていましたからね。

 

 

「まあ、私も次の対戦相手がね」

「そうですね、貴女。次はオルフェーヴルと対戦でしょう?」

「そうなんですよねぇ」

 

 

 いやはや、強い後輩に好かれるというのはなんともし難い。

 

 オルフェーヴル、通称、金色の暴君。

 

 モンハン好きな皆さんにわかりやすく言うと凶暴化したディアブロスみたいな? 

 

 そんなん怖すぎて笑えないんですが、まあ、次の対戦相手が彼女という事でね、私も顔を引き攣らせるしか無いというね。

 

 

「まあ、やんちゃな後輩にお灸を据えるのも先輩の役目ですかね」

「……よく言いますね」

「うぐ、い、いつも私はお灸を据えられてるんで」

 

 

 そう、主にルドルフ先輩とか姉弟子とかからよくお灸を据えられていますからね。

 

 別に挑んでくる後輩がいてくれるのはありがたいんですけどね。

 

 私としてはブライアン先輩とルドルフ先輩を負かしてやりたいと思っていますから。

 

 勝負となればガチです。情けも容赦も一切するつもりは微塵もありません。

 

 

「さて、それじゃ、そんな貴女を本調子に早くしないとですね」

「……そうですね」

「さらに詰めますよ、ついてきなさい」

「うへぇ……!? せ、先輩達まだ走るんですかっ!」

「……し、死んじゃう」

 

 

 私達のハードトレーニングに涙目になる後輩2人。

 

 いやはや、懐かしいですね、だが、2人とも諦めろこれがアンタレスだ。

 

 まずは、三冠ウマ娘オルフェーヴルをねじ伏せる事。

 

 私も明確な目標が決まり、ハードなそのトレーニングに身が入りました。

 

 

 

 一方、その頃、私のトレーニングとは別のところでも、ある2人のウマ娘が相対していました。

 

 1人は私とも親しく、私の事をいつも抱き枕にしてくる先輩。

 

 そう、シャドーロールの怪物、ナリタブライアン先輩です。

 

 もう片方は、あの有馬記念で私と同着し、凱旋門賞を制覇した日本の英雄。

 

 生意気ながらも、最近、私の事が大好きムーヴをかますようになってきたディープインパクト。

 

 とんでもない紹介をしてますが、事実その通りなんでご容赦ください。

 

 

「ナリタブライアン先輩、次戦、どうやら私は貴女と走る事になりそうです」

「へぇ、お前が私とか、それは面白いな」

「そうですね、退屈せずに済みそうです」

 

 

 ナリタブライアン先輩の言葉に不敵に笑みを浮かべるディープインパクト。

 

 互いにその実力はわかっている。

 

 かつて、周りが弱すぎてトレセン学園すら辞めようかと考えていたナリタブライアン先輩。

 

 だが、こうして、彼女の目の前には自分を脅かす存在が当然のように立ち塞がってくる。

 

 アフトクラトラスもディープインパクトもオルフェーヴルもそうだ。

 

 自分が強いと信じて疑わない、己より強者を常に求めて飢えているウマ娘達だ。

 

 

「アフ先輩を倒すのは私です、だから、私は貴女を負かしてもう一度あの人に挑みます」

「へぇ、だったらお前は私になら勝てると思っているのか?」

「えぇ、私は勝つつもりです」

 

 

 ナリタブライアン先輩はそのディープインパクトの言葉を聞いて嬉しそうに笑っていた。

 

 才能云々の話なんかじゃない、どれだけその才能に自惚れずに強さを求めるのか、きっとそれが、このSWDTの勝敗を決める。

 

 ディープインパクトの姿を見て思ったのは、今にも履き潰れそうなシューズだ。

 

 ボロボロになったそれを見たナリタブライアン先輩はすぐに彼女がそれを口だけで終わらせないようにしている事を悟る。

 

 

「必ず貴女を倒す」

「面白い、受けて立つ」

 

 

 ディープインパクトの啖呵を切る言葉にナリタブライアン先輩は力強く頷いた。

 

 自分も彼女に負けてはいられない、私が認めたディープインパクトというウマ娘の挑戦を受けたナリタブライアン先輩はより気が引き締まった気がした。

 

 SWDTのレースを巡ってそれぞれの想いが交錯する。

 

 誰しもが己が一番強いと証明すべく、血の滲むようなトレーニングに身を投じていった。



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新ユニット結成!

 

 

 さあ、レースに向けてきっついトレーニングを積み重ねてきた私なんですけどもなんか今日は呼び出しを食らいました。

 

 というのも呼び出されたのはたづなさんからです。

 

 まあ、この人が関わっているというのはつまりそういう事なんでしょうけど。

 

 

「なんでタイシンさんも居るんです?」

「ん? なんかしんないけど呼ばれた」

 

 

 私とちょうど良い視線の持ち主、小さくて可愛いこのウマ娘はBNWの一角であるナリタタイシンさんです。

 

 身体が小さくて可愛いという事で知られています。可哀想に私の身長を分けてあげたいくらいですよ。

 

 と、思ったら身長が変わらないという事実、ちくしょうめ! どこに栄養いってんだこら! 

 

 

「あー! アフちゃんとタイシンちゃんだ! 2人とも呼ばれたの?」

「あり? マヤちーも呼ばれたんですか?」

「そうだよぉ、なんかぁ、マヤに大事なお話があるって言ってたからきたの」

「……なんなんだこの面子」

 

 

 そう言って頭を抱えるナリタタイシンさん。

 

 私達の前に現れたのはちょっと幼さがあるマヤノトップガンちゃん、通称、マヤちーだ。

 

 身長が小さくあざといことで知られている。ふっ、そのあざとさ私は嫌いじゃないぜ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいいですが、身長が同じくらいなんでなんだか落ち着きますね、だって、スパクリさんとかアケボノさんとか一緒にいると私チビ扱いされますから。

 

 そして、部屋に入った私達を待ち受けていたのは。

 

 

「おー! 来たか皆の衆! 待ってたぞ!」

「理事長じゃないですか、ちすちす!」

「おい、理事長に対してお前……」

「あはは、相変わらずだな! アフトクラトラス!」

 

 

 そう言いながら嬉しそうに笑う理事長。

 

 秋川やよい理事長、通称ちびっ子理事長である。

 

 なんか、いつも変な扇子を持っていますけど気になるんですよねぇ。

 

 天晴れってなんやねん、そこは熱盛りにして欲しかったと思います。

 

 何故かたまに激熱扇子が登場しますが、皆さんは見かけたことありますかね? 

 

 

「あら、来ましたか、三人とも」

「あ、たづなさん、どもども」

 

 

 ニコニコしながら手を振ってくるたづなさんに私も手を振り返す。

 

 たづなさんって丸の内OLみたいな感じで良いですよねぇ、しかも美人ですから。

 

 なんかオカさんもたづなさんと話すだけで何故か体力が回復するって言ってましたしね、癒しって素敵だと思います。

 

 まあ、私に対してはたまに欲望剥き出しでグラビア雑誌のお願いしてきますけども。

 

 すると、理事長は私達に向かいゆっくりとこう告げ始める。

 

 

「うむ、お前達を呼んだのは他でもない、トレセン学園の広告の為に一肌脱いで貰おうと思ってな!」

「ほう、それは興味深い」

「そうだろう! そうだろう! そう、君達三人でユニットを組んで貰う! その名もこれだ!」

 

 

 バン! と私達の前に何やらホワイトボードを出して書いてあるものを理事長は元気よく発表しはじめる。

 

 そこに書いてあったのは……。

 

 

「パワフルリトルシスターズ?」

「そうだ!」

「おい、ちょっとまて、リトルってなんだリトルって」

 

 

 そう言って名前にリトルが入っていることに早速反応したのはナリタタイシンさんである。

 

 察しの良い人はお気づきかもしれないが、この身長小さなウマ娘が集められたというのはつまり今回のユニットはそういう事だろう。

 

 これにはマヤちーも私もナリタタイシンさんも誠に遺憾である。

 

 

「はい! 解散! 帰宅入ります! お疲れさんっしたぁー!」

「はーい、ねぇねぇ、マヤお腹減ってきちゃったからアフちゃんドーナッツ食べいこー」

「はぁ無駄足だったか」

「ちょっ!? ちょっと待て! お前達ぃ!」

 

 

 そう言って、ズザーと扉を塞ぐように立ち塞がってくる秋川理事長。

 

 いや、終わりですよ、なんもないんです諦めてください。

 

 身長が小さいユニットとかざけんなぁ! 嫌がらせじゃねーか! 吊し上げますよ本当! 

 

 こちとら毎日牛乳飲んでまだ成長期だからって言い聞かせとんのだぞ! 許さん! 

 

 

「トレセン学園の広告の為! 頼む折れてくれ! お願いだ!」

「おいこら、秋川理事長、私達をちび呼ばわりとか言う前に鏡を見たんか己は」

「君達の気持ちはわかっているっ! いつも隣にたづながいる私の身にもなれ!」

「……確かにそれは同情の余地はあるな」

 

 

 そう言いながら、血の涙を流している理事長に私達は互いに顔を見合わせなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 タイシンさんは肩を竦め、私は仕方ないと左右に首を振る。

 

 そんな私達のやり取りをほっこりした表情で眺めているたづなさん。

 

 理事長も可哀想に、こんなモデルみたいなナイスバディのお姉さんがいつも隣にいるなんて、さぞ、身長をたくさん弄られてきた事だろう。

 

 

「てか、理事長がセンターすれば良いんじゃないですかね?」

「理事長である私を歌わせようとするとは、とんでもないウマ娘だな君は、というか誰得だ」

 

 

 そう言いながら深いため息を吐く理事長。

 

 ナリタタイシンさんもマヤちーと私もまあ、ここまで血の涙を流しながらお願いしてくる理事長を無下にすることもできないですね。

 

 とはいえ、解せぬ、身長も胸も小さいタイシンさんなんて激おこですよ。

 

 これを口に出すと多分、グーパン飛んでくるんでやめておきましょう。

 

 

「はぁ、仕方ないわね、全く……」

「え? タイシンさんやるんですか? まさか」

「しょうがないでしょ、ここまで言われたら」

 

 

 ちびを受け入れるだなんて、なんて懐が大きいんだタイシンさん。

 

 今まで、なんで勝負服のジーンズ破れてるのにまだ穿いてんのなんて思っててすいませんでした。

 

 しかし、ユニット名、これだけは変えてもらいたい。

 

 

「じゃあ、せめて名前変えましょうよユニット名」

「よし、じゃあわかった。抱き枕ユニオンシスターズという名前はどうだろう?」

「……おい、抱き枕って……」

「まあ、少しはマシですね少しは」

「えー、マヤ抱き枕にされちゃうのー?」

 

 

 そして、改名して私達のユニット名は抱き枕ユニオンシスターズという名前になりました。

 

 抱き枕にちょうどいいというのはなんとも言えないものはありますが、まあ、リトルシスターズよりはましかと思います。

 

 というか、そもそもシスターズってなんやねん、なんで姉妹扱いなんですか、私、姉弟子が居るんですけど。

 

 

「じゃあ、せめて抱き枕ユニオンガールズにしましょう、まだマシです」

「よし決まりだなッ!」

 

 

 理事長は私の言葉に頷き、こうしてユニット名が決まった。

 

 その名も抱き枕ユニオンガールズ、なんだこのクソダサい名前のユニットは。

 

 自分で付けておいてなんだが、恥ずかしくなってきましたよ。

 

 ナリタタイシンさんもなんとも言えない表情を浮かべています。それはそうだ。

 

 

「よし! それじゃセンターはアフトクラトラス! 頼んだぞ!」

「まぁ! 抱き枕代表ですね! アフちゃん!」

「おい! たづなさん貴女楽しんでるでしょう!」

 

 

 嬉しそうに笑うたづなさんにそうツッコミを入れる私。

 

 最近、貴女ショップ店員して、私のグッズをこっそり売ってるの知ってるんですからね! 

 

 そういうわけで、私、ナリタタイシンさん、マヤちーの三人で抱き枕ユニオンガールズが出来上がりました。

 

 

 そして、私は2人と共にライブをやる事になった訳なんですけど。

 

 観客席から送られてきた言葉には涙が出てきましたよ本当。

 

 

「ちっさくて可愛いー!」

「お持ち帰りしたいー!」

「きゃー! アフちゃーん! タイシン〜! マヤちゃーん!」

 

 

 これである。小さくて可愛いである。

 

 しかも女性人気が跳ね上がっております、抱き枕ユニオンガールズの抱き枕は高額で売られる始末。

 

 リアルに抱き枕にされている私の身にもなって欲しいですね全く。

 

 私がステージに上がっている間に見慣れたシャドーロールとか、ドーベルさんとかいた気がしましたがもはや、突っ込む気にもなれませんでした。

 

 

「それでは聞いてください、『抱きしめて! climax!』 ……なんだこの曲名ッ!」

 

 

 顔を引き攣らせながら曲名を叫ぶ私。

 

 なんだ、『抱きしめて! climax!』って

 

 こんなん抱き枕にしてください、言うてるもんでしょうが! 

 

 タイシンさんも私のツッコミに頭を左右に振りながらもちゃんと楽しそうに歌ってくれました。

 

 マヤちーは歌うの元々好きですからね、楽しそうに歌っています。

 

 何というかこの、己に刃を突きつけるような所業は……。

 

 例えるなら、貧乳の人が貧乳の歌を歌うようなものだぞ! 

 

 あ、すいませんスズカさん、貴女の事じゃないです。スズカさんはほら、鉄板なんで! 

 

 

 それから、一通りライブを終えた私達はトレセン学園の食堂で神妙な面持ちで頭を抱えていました。

 

 計一名は呑気に楽しそうにニンジンパフェを食べていますがね。

 

 

「……タイシンさん」

「なんだアフ……」

「どうしたら身長大きくなりますかね……」

 

 

 それは、心の中から出た悲痛の叫びであった。

 

 タイシンさんもこれにはなんと言えば良いかわからずに頭を抱えていました。

 

 抱き枕ユニオンガールズ、別名ちびっ子同盟。

 

 そう言われるのも時間の問題だろう、タイシンさんも私もこれには遺憾しかない。

 

 

「……明日から頑張って牛乳飲むか……」

「……私、牛乳飲んでも胸がおっきくなるだけなんですけど……」

「おい、表に出ろ。私の胸を見て喧嘩売ってんだろお前」

 

 

 ピキッと青筋を立てながら、にこやかな笑顔でそう告げてくるナリタタイシンさん。

 

 体も小さく、胸も小さい、何という事でしょう。

 

 こんな事言ったらいよいよタイシンさんがキレちゃいますのでやめておきます。

 

 

「はぁ……」

「とりあえずライブの打ち上げという事で、ニンジンジュースでも飲んで忘れましょう」

「そうだよぉ! 2人とも! 早くメニュー決めてよー! マヤお腹すいちゃったー!」

 

 

 そう言いながら無邪気な笑みを浮かべるマヤちゃん。

 

 何というか、純粋って素晴らしいですね、とりあえず、私とタイシンさんは身長をどうやって今後伸ばしていくのかを互いに考えながら、マヤちゃんとライブの打ち上げを楽しむのでした。

 

 そんな私達の姿を物陰から覗く1人のウマ娘。

 

 

「抱き枕ユニオンガールズ……! また強力なライバルが現れたわね! けど! ファル子負けないからっ!」

 

 

 そう言いながら、私達を変にライバル視してるこの娘はウマドルのスマートファルコンちゃんです。

 

 多分、ガチでトレーニングしさえすれば、ダート最強になれるようなそんなウマ娘ちゃん。

 

 アメリカに海外遠征すれば億単位のお金を稼ぐことができる化け物アイドルです。

 

 

「これは逃げ切りシスターズを招集しなくてはいけないみたいねっ! 待ってなさい! 抱き枕ユニオンガールズッ!」

 

 

 なんか、変にライバル視をし始めているファル子ちゃんをよそに私達は食堂で楽しく打ち上げをするのでした。

 

 後日、何を血迷ったか、ファル子ちゃんがアイドルバトルとかを仕掛けてくるのはまた別のお話。

 

 

 



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天衣無縫と戦乙女

 

 

 

 その強さに皆が憧れを抱いた。

 

 青鹿毛の髪を靡かせて、G1という大舞台をまるで凱旋するように勝ち続ける魔王。

 

 やがて、その魔王は皆から恐れられるようになった。

 

 私の同期であるウマ娘達も皆が口を揃えて言う。

 

 アフトクラトラスという魔王には勝てないと。

 

 

「ハッ……、逆だろうがバ鹿どもが」

 

 

 だが、私は違う。

 

 先輩だろうがとんでもない魔王だとか関係ない。

 

 逆に越えるべき壁が大きくなって立ち塞がるんならぶち壊したくなる。

 

 ディープインパクトだろうが、アフトクラトラスだろうが関係ない。

 

 全力を出しても壊れない相手、そんな好敵手に出会えてワクワクしている。

 

 私はお気に入りのマスクを口元につけると、ゆっくりとその場から立ち上がる。

 

 

「……さて、走るかな」

 

 

 二面性を持つウマ娘。

 

 凶暴さを内に秘めつつも、その才能は計り知れない暴君。

 

 彼女と並走したウマ娘達は口々にこう話す。

 

 力の差をまざまざと見せつけられたと。

 

 絶対的な強者、それがこのウマ娘、オルフェーヴルという金色の暴君なのだ。

 

 

 

 さて、一方、その頃私はというと。

 

 ナリタブライアン先輩からレーストラックに呼び出されていました。

 

 はい、理由はよくわかっていないんですけどね。

 

 はて、なんで呼び出されたんだろう? 

 

 

「アフ……」

「はい、なんですか?」

「お前、最後の追い込みだろう? なら、私に付き合えよ」

 

 

 イケメンの誘い文句みたいにそう告げてくるナリタブライアン先輩。

 

 そして、肩を組まれる私はブライアン先輩の顔をジト目を向けながら見つめます。

 

 

「えー……、だって私ブライアン先輩とも走るんですよ?」

「そん時はそん時だろ? 良いじゃないか、私はお前と走りたいんだ」

「私の事好きすぎでしょう、ちょっと」

 

 

 夜は週何回かは一緒に寝てますし、何かといえばすぐ抱き締めてきますしね。

 

 最近はSWDTもありますからなるべく控えるようにしてたんですけど、当の本人はこれですから。

 

 まあ、私もブライアン先輩の事は好きですけどね、とはいえ、やはり、戦う相手と並走するのはどうかと思う。

 

 

「何言ってるんですか。SWDTで走る相手と追い込みなんて出来るわけないでしょう」

「む……、ブルボンか」

「そんな顔してもダメなものはダメです」

 

 

 そう言って、私とブライアン先輩との並走を遮ったのはブルボンの姉弟子だ。

 

 まあ、それはそうですよねー。

 

 でも最近、ブライアン先輩が寂しがってるのを知っているので私からは何にも言えねぇ。

 

 あの有の一件から私に対する周りの愛で方が異常になってきたんですよね。

 

 正直、怖いです。助けて義理母。

 

 

「別に二週間後だから構わないだろう、私もディープインパクトとの決戦が近いし参考になると思ってだな」

「言い分は理解できますが……、対戦相手の手の内を知ればそれはそれで互いに対策が練れてしまう、それは真剣勝負に水を差すんじゃないでしょうか」

「むぅ……確かにそれはそうだが」

 

 

 ブライアン先輩もブルボンの姉弟子からの言葉に頬を膨らませながらそう告げる。

 

 拗ねてるブライアン先輩が可愛いから、私だけなら多分オーケーしちゃってましたねーこれは、危ない危ない。

 

 

「明日はシービー先輩が走りますしね」

「ほう、どうなんだ? 仕上がりは」

「それはもう、なんたってアンタレス式ですから」

 

 

 そう言って、微笑むブルボンの姉弟子。

 

 うん、その言葉だけでシービー先輩が相当鍛えられたのは理解できました。

 

 やっぱり義理母の鬼みたいなトレーニングは凄いですね。

 

 私もその1人なんですけども。

 

 

「兎にも角にも妹弟子もレースがありますからね、ほら行きますよ」

「あ、はい」

 

 

 そう言いながら、私の手を引いてサイボーグ坂路へと向かう姉弟子。

 

 そんなアフトクラトラスの後ろ姿をナリタブライアン先輩はジッと見つめる。

 

 逞しくなった後ろ姿。

 

 あの伝説の有記念からアフトクラトラスは以前のように走れるかどうかわからない。

 

 だが、彼女はきっとそんな困難も越えてきっと自分に挑んでくるだろう。

 

 

「待ってるぞ、アフトクラトラス」

 

 

 ずっと側で彼女を見てきたからこそわかる。

 

 まだ、アフトクラトラスは強くなる。だからこそ、自分もさらに強くなってみせる。

 

 SWDTだけじゃない、世界のウマ娘を倒すために。

 

 

 

 

 SWDT2戦目。

 

 会場には変わらず多くの観客が詰めかけていた。

 

 そんなレースの前に、ミスターシービーは今までトレーニングに付き合ってくれたライスシャワー先輩とマトさんに頭を下げていた。

 

 

「ありがとうございます。今日まで厳しく指導していただき前よりも強くなった気がします」

 

 

 頭を下げてお礼を述べるシービー先輩のその言葉にマトさんは笑みを浮かべる。

 

 彼女の足掻きを側で見ていた。

 

 たとえボロボロになっても何度も立ち上がり、練習に食らいつこうと必死になっていた。

 

 プライドも何もかもを捨て、みっともなかろうが泥まみれになろうが、それでも彼女は折れなかった。

 

 

「勝ってこい、シービー」

「はいッ」

「頑張って!」

 

 

 彼女はライスシャワー先輩の言葉に静かに頷くと踵を返す。

 

 それを見送る2人、会場まで向かうその背中には、間違いなく鬼が宿っていた。

 

 全ては宿敵を倒すために。

 

 挫折を乗り越えて、倒さなくてはいけない相手がいる。

 

 

「シンボリルドルフ……。見てなさい、これが私の走り、私だけの走り」

 

 

 今、天衣無縫と呼ばれたウマ娘の新たな挑戦が始まる。

 

 対するは、日本のウマ娘の史上初のクラシック三冠ウマ娘となった伝説。

 

 彼女こそが、日本ウマ娘の原点。

 

 その脳裏には、かつての記憶が蘇る。

 

 大日本帝国と呼ばれていた波乱の時代を駆け抜けたウマ娘。

 

 トレセン学園がまだ小さい頃、彼女はその礎を創り上げてきたのだ。

 

 

「……時間か」

 

 

 そのウマ娘の名はセントライト。

 

 戦場のセントライトと呼ばれたウマ娘。

 

 軍刀を地面につけたまま、瞑想していた彼女はゆっくりと目を開くとそう呟いた。

 

 当時は軍ウマ娘育成の為に、文字通り国に命を捧げてきた。

 

 陸軍で鍛えられたその脚でいくつもの勝利を重ねてきた。

 

 だから、彼女にとって、レースとは戦なのである。

 

 

「……さて、後輩とやらの強さを見せてもらおうか」

 

 

 静かにそう呟くセントライトはゆっくりと立ち上がる。

 

 今もなお、鍛錬は欠かさず行ってきた。

 

 軍隊式の地獄のようなトレーニング、それが身についている彼女はそれが日課になっていたのだ。

 

 勝負服の軍服と勲章はそんな彼女の強さを物語っている。

 

 レース会場に向き合って歩み始めるセントライト。

 

 

 彼女達を待っていたかのように、姿を見せた2人のウマ娘に会場は沸きあがった。

 

 日本の三冠ウマ娘同士が激突する夢の舞台、それがSWDT。

 

 ナイターにより、ライトで照らされた特設レース場は異様な雰囲気を放っている

 

 そんな中、マイクを握りしめるアナウンサーは声高に宣言しはじめた。

 

 

「日本で最強のウマ娘が見たいかッ!」

「オォォォォォ────!!!」

「よろしいッ! 今宵ぶつかるのはこの三冠ウマ娘だッ!」

 

 

 弾けるような爆音と共に、入場ゲートがライトアップされる。

 

 そこから現れるのは、勝負服に身を包んだ1人のウマ娘。

 

 アナウンサーは静まり返る会場で熱烈に紹介をしはじめる。

 

 

「かつて、その走りはタブーだとされていた。だが、彼女はそのタブーですら間違いであると私達に証明してくれたのだッ! 常識を覆すのはいつでもこのウマ娘だッ! 今宵も天衣無縫を私達に見せてくれるのか! ミスターシービー!」

 

 

 凛として現れたミスターシービー先輩の姿に会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

 そう、常識を覆すウマ娘、それが彼女である。

 

 彼女の醸す常識に縛られない雰囲気は、不思議なカリスマ性があります。

 

 あと、あれです、非常にナイスバディです。あれは素晴らしい。

 

 それから、しばらくして、逆のゲートがライトアップされる。

 

 

「かつて、この国に起きた波乱。戦の最中、彼女はこの国で君臨した最初の三冠ウマ娘。まさに、存在こそが伝説と言われているッ! 全ての日本ウマ娘の中の始祖! 彼女がトレセン学園を作り上げて、今なお、語り継がれている! 戦場を駆けた戦乙女! 戦場のセントライトだッ! 全員敬礼ッ!」

 

 

 弾けるような爆音と共に軍服に身を包んだセントライト先輩が会場へと足を踏み入れる。

 

 軍歌が流れると共に、セントライトに会場にいるファンからは最敬礼が送られていた。

 

 その姿はカリスマに溢れている。今宵、皆が彼女がどんな走りをするのか注目していた。

 

 彼女はどの位置からレースを進めることが出来る、差しも先行も追い込みも、おそらく、逃げもだ。

 

 

「……私は負ける気はないぞ、後輩」

「言ってくれますね」

 

 

 顔を合わせる2人、変幻自在対決。

 

 どちらが勝つのか予想がつかない、どんな走りをするのかもだ。

 

 だが、会場にいる者達は理解している。

 

 2人とも、次元が違う化け物同士であるということをだ。

 

 SWDT二回戦、ミスターシービーVSセントライト。

 

 しばらく見つめあった2人はレース準備のためにゲートに足を進め、それぞれの位置に就く。

 

 鳴り響くファンファーレ、さらにヒートアップする会場。

 

 

 その会場が静まり返ると同時に、レースの幕は切って落とされた。



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鬼の末脚

 

 

 変幻自在勝負。

 

 天衣無縫のミスターシービーと初代三冠ウマ娘のセントライトの勝負はそう銘打たれた。

 

 互いに自在な脚を持つもの同士、そして、三冠という称号を持つ者同士の対決。

 

 ゲートが開き、まず飛び出てきたのは……。

 

 

「!?」

「……くっ!」

 

 

 ほぼ同時だった。

 

 スタートから、最初の位置取りの場所まで全く同じ。

 

 その結果、二人の身体は激しく激突した。弾け飛んだ二人は再び目を合わせるとポジションを競り合うように肩をぶつけ合う。

 

 

「いきなりバチバチじゃん!」

「ポジション取りからやりあってるな」

 

 

 初手からの攻防に思わず声を上げるシチーさんとブライアン先輩。

 

 いきなりやりますね、互いに狙いは同じだったということでしょうか。

 

 互いに睨み合いながら駆ける二人を見ながら、アナウンサーは声を張り上げる。

 

 

「これは出だしから白熱したポジション争い! 先輩後輩関係ないとばかりに互いに一歩も譲りませんッ!」

 

 

 最初からバチバチでやり合い二人に観客席は盛り上がる。

 

 当の本人たちはその歓声と同様に同じような強敵と共に走れる事に歓喜していた。

 

 セントライトは思う、戦後からこれまでよくぞ強い後輩が出てきたものだと。

 

 ミスターシービーは感じる。

 

 これが、トレセン学園の黎明期、最初の三冠ウマ娘の強さかと。

 

 互いに語らずとも走りで理解した。

 

 それを見ていた私も震える。

 

 走りを見ればその積み上げてきたものがわかる。

 

 それは、今は亡き義理母から聞いていたけれど、ようやくその意味がわかったような気がした。

 

 

「互いに相手に隙を見せない……」

「紙一重だな」

 

 

 ポジション取りはレース運びにおいて非常に重要だ。

 

 それは、仕掛けるタイミングやゴールまでのペース配分に大きく関わってくるからである。

 

 だが、互いにこのままというわけにはいかない。

 

 セントライトは笑みを浮かべながら、静かな声色でミスターシービーにこう告げる。

 

 

「大したもんだ、よくぞここまで鍛え上げてきた」

「…………」

「だがな、貴様に勝利を譲るつもりはないぞ私はなッ!」

 

 

 次の瞬間、ガツンと地面を蹴り上げたセントライトは一気に加速してミスターシービーの前へと躍り出る。

 

 そうセントライトは敢えてポジションをミスターシービーに譲り渡したのだ。

 

 

「前へ出たっ!」

「押し切るつもりですね」

 

 

 ポジションを敢えて譲り、先行策へと切り替える。

 

 セントライト先輩のその対応力に私達は思わず声が出てしまいました。

 

 普通なら、あのままプレッシャーをかけ続けたほうが有効的かもしれないのに先行にすぐさま走りを切り替えた。

 

 

「グングン離していくセントライト! すごい速さだ! だが、シービーは動かない! 差が広がるぞ!」

 

 

 実況が言っているように差はどんどん広がっていく。

 

 だが、シービー先輩は動こうとはしなかった。その差を無理に縮めようとはしなかったのである。

 

 とはいえ、差が広がり過ぎればもはや追いつくのは不可能に近くなるだろう。

 

 

「いくら凄い末脚があるからといってもあれは……」

 

 

 気づいた時には、8身差もついていた。

 

 こんなに離れていたら、シービー先輩でも追いつくのは非常に厳しいとしか思えない。

 

 こんな距離から、果たして捲ることなんてできるんだろうか、しかも、セントライト先輩相手に。

 

 だが、その光景を見ていたウマ娘の一人はその走りの完成度に驚いていた。

 

 それは、同じように追い込みを得意とするウマ娘だ。

 

 彼女はミスターシービー先輩の走りをよく知っていた。それは、彼女がミスターシービー先輩を目標にしていたからである。

 

 ゆっくりと口を開いた彼女、ヒシアマゾン先輩は私に向かいこう告げる。

 

 

「……わかってねぇなアフ」

「……え?」

「あれで良い、あれで良いんだよシービー先輩は」

 

 

 そう告げるヒシアマゾン先輩の目は輝いていた。

 

 あれは彼女が追い込みという戦術を志すきっかけになったレース。

 

 ミスターシービー先輩が走った最後の三冠レース、菊花賞。

 

 そう、あの菊花賞こそ、彼女の走りの完成形に近い形。誰もが予想だにしない走りを繰り広げたレースである。

 

 皇帝シンボリルドルフに比べられた彼女、だが、敗北を知り、屈辱を与えられてもなお、彼女は誇り高いプライドを持ち続けた。

 

 そして、過ぎ去る第三コーナー、ミスターシービー先輩の目に炎が灯ったのはその時だった。

 

 スタンドにいる全員がその場で立ち上がる。

 

 まさか、この場所、この瞬間で仕掛けるとは誰も予想だにしていなかったからだ。

 

 

「ミ……! ミスターシービー! すさまじい速さで上がっていく! なんだ! なんだあれは! 驚異的なスピードで上がっていきます! セントライトにグングンと迫るッ!」

 

 

 この走りこそ、ミスターシービー先輩の真価。

 

 追い込みから一気に突き上がる、すさまじい末脚。

 

 それを見た私は戦慄しました。あの場所から一気に駆け上がっていくその脚力の強さに。

 

 きっとそれは以前よりも更に洗練されている走り、後方から迫り来るその走りを見て私も思わず全身から鳥肌が立つのがわかった。

 

 

数年前の菊花賞。

 

そのウマ娘は、タブーを犯した。

 

最後方から、上りで一気に先頭に出る。

 

そうか、タブーは人が作るものにすぎない。

 

そのウマ娘の名は……

 

 

 第三コーナーは本来なら仕掛けるような場所ではないとずっと言われてきました。

 

 その常識をぶち壊したのは紛れもなく、ミスターシービーというウマ娘。

 

 人が決めた常識を破壊して、それを超えていく。

 

 誰が、私がもうシンボリルドルフに敵わないと決めた。

 

 そんな限界は自分の手で壊す、今までだってそうしてきた。

 

 追い込みという戦術で三冠を制した、紛れもない怪物、それがミスターシービーというウマ娘なのだ。

 

 

「ミスターシービー迫るッ! セントライト苦しいか! 凄い気迫だ! 鬼気迫る勢いです!」

 

 

 先行策をとっていたセントライト先輩もこれには驚愕するしかなかった。

 

 序盤からあれだけの差をつけたのにも関わらず、ミスターシービーの凄まじい追い上げには恐怖すら感じる。

 

 尋常ではない伸び、圧倒的なプレッシャー。

 

 それは今まで、彼女が体験したことがないような走りだった。

 

 

「面白いッ! こいっ! 受けて立つッ!」

 

 

 セントライト先輩は目を輝かせて、迫り来るミスターシービー先輩にそう告げる。

 

 これが、三冠ウマ娘同士の戦い。

 

 本来なら戦う機会も無く、こんな好敵手と共に走る事なんてなかった。

 

 互いの全力とプライドをかけて、天衣無縫と戦場のウマ娘が激突する。

 

 鬼気迫るミスターシービーのプレッシャーを受けながらも、セントライトは冷静に状況を見ていた。

 

 あれだけの距離を一気に詰めてきた末脚も限界というものがあるはず。

 

 しかも、早めの仕掛けというなら尚更だ。

 

 セントライトも無闇矢鱈に差を広げていたわけではない、レースを考え、脚力が残るようには調整して駆けていた。

 

 

「激突する両者ッ! すさまじいスパートだッ! 

 セントライトが僅かに前に出ているがどうだッ!」

 

 

 粘るセントライト先輩。

 

 三冠という称号は決して軽くはない。

 

 互いに勝ちたいというただ一つの目標の為に二人は意地をぶつけ合い、戦う。

 

 ヒシアマゾン先輩はそのシービー先輩の姿に心が震えた。

 

 追い込みという戦術はリスクが高い走りだ。

 

 差すウマ娘よりも最後方からレースの展開を作らないといけない。

 

 だからこそ、追い込みを主戦とするウマ娘自体少ない。

 

 だが、そんな追い込みというあえてリスクのある走りを極めて、三冠という称号をミスターシービーは成し遂げた。

 

 皆は言う、シンボリルドルフの方がミスターシービーよりも強かったと。

 

 皇帝と比較され続けた三冠ウマ娘。

 

 だが、彼女もまた、追い込みという戦い方に魅せられたウマ娘達から憧れられるような怪物なのだ。

 

 そんな彼女が、再び、挑戦する為に己の走りを進化させた。

 

 その姿を見た観客席にいるシンボリルドルフ会長は全身から鳥肌が立つのを感じた。

 

 

「……シービー先輩……ッ 貴女はっ」

 

 

 疾風の様に駆ける二人のウマ娘。

 

 脚に力を込めたミスターシービーは思い出す。

 

 自分の為にハードなトレーニングに付き合ってくれたアンタレスのウマ娘達を。

 

 そして、自分を慕ってついてきてくれたプロキオンの後輩達の事を。

 

 だからこそ負けられない、自分のプライドがそれを許さない。

 

 もっと速く走れる。もっと強くなれる。

 

 

「これがッ! 今の私のッ! 全力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 炸裂した末脚が、もう1段階炸裂する。

 

 これが、ミスターシービーが編み出した新たな走り。

 

 第二、鬼の末脚。

 

 散々、走ったサイボーグ坂路を通してこの末脚の完成に至った。最後の最後に驚異的に伸びる必殺の末脚である。

 

 この末脚には流石のセントライト先輩も度肝を抜いた。

 

 

「なん……ッ! ……だと!」

 

 

 序盤にあれだけの差を縮めてくるだけでなく、更に伸びるその脚は予想だにしなかった。

 

 凄まじい脚力で並んだミスターシービーは次の瞬間には、セントライトを僅かに交わし、先頭に躍り出る。

 

 その瞳には鬼が宿っていた。これが、新たに身につけたミスターシービー先輩だけの走り。

 

 これには実況も思わず立ち上がり、声を張り上げその名を呼んだ。

 

 

「ミスターシービーだッ! ミスターシービー!! 凄い末脚だッ! 何という事だッ! あの距離から捲りました! そして、今! ゴールインッ!」

 

 

 先頭を切り、捲り切ったミスターシービー先輩は上を見上げる。

 

 凄まじい走りであった。会場に来ていた皆もその光景を見て唖然とするしかなかった。

 

 ミスターシービーとは、あれほどのものだったのかと。

 

 

「1着はミスターシービー! SWDT第二戦目を制したのはッ! ミスターシービーです!」

 

 

 そして、その名が会場に響き渡ると同時に割れんばかりの拍手がミスターシービー先輩に送られた。

 

 さらに強く、今よりも更に。

 

 かつて、屈辱を味わったからこそ、挫折があったからこそ、ミスターシービーは更に強くなれた。

 

 だからこそ、レースを終えた彼女は観客席にいるシンボリルドルフ会長へ視線を向ける。

 

 互いに交差する視線。

 

 シンボリルドルフ会長とミスターシービー先輩の因縁。

 

 その因縁の炎は静かに再び燃え始めたのをその場にいた私達は肌で感じました。



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HOLIDAYS

 

 

 

 SWDTの二戦目が終わって。

 

 残るは後、6戦なんですけども。私も次戦に向けて走っている最中でございます。

 

 まあ、ミスターシービーさんからあんなレース見せられたんじゃおちおち休んでなんていられないですからね。

 

 

「アフちゃんせんぱーい!」

「おうふ」

「ちょっとドゥラちゃん」

 

 

 そんな私について回るのはドゥラちゃんとキズナちゃんである。

 

 チームに戻ってからというもの二人とも私にべったりだ。ドゥラちゃんに関しては私に頬擦りしながら先輩、先輩と名前を呼んで甘えてくる始末である。

 

 キズナちゃんはそのストッパーみたいなものですけどね。

 

 いやはや、いつからこんな甘えん坊になったんでしょうか。

 

 

「あ! ドゥラちゃんとキズナ先輩だ!」

「あり? キタちゃんとサトノちゃんじゃん」

「ん?」

 

 

 そう言いながら、近づいて来たのはおそらくドゥラちゃんと同級生のウマ娘だろう。

 

 真っ黒な鹿毛の髪にお人形さんみたいな瞼に顔立ちのウマ娘だった。

 

 隣にいるサトノちゃんも愛らしい顔つきに綺麗な鹿毛の長い髪にひし形のメッシュが入っていて、とても可愛らしいウマ娘だ。

 

 この2人の名前はキタサンブラックとサトノダイヤモンドといいます。私もドゥラちゃんからちょくちょく話は聞いていましたからね、もちろん名前は覚えていますよ。

 

 2人は私達の側に寄ってくると話をし始める。

 

 

「あ、もしかしてトレーニング中だった?」

「うん! トレーニング中!!」

「えぇ……、私にはなんだか背後から抱きついてる様に見えるんだけど」

 

 

 サトノちゃん、概ねその通りだぞ。もっと言ってやってください。

 

 最近、やたらと甘えてくるムーブが凄いんですよこの娘。

 

 すると、抱きついている相手が私だと気づいたのか、ゆっくりとキタちゃんがこう問いかけてきた。

 

 

「……もしかして、アフトクラトラス先輩?」

「そうだよ? アフちゃん先輩!」

「えぇ!? ちょ! ちょっと!? 凱旋門賞ウマ娘のお方になんでそんな風に抱きついてるの!?」

「あわわわわわ!?」

 

 

 2人とも慌てすぎて可愛い、そこまで驚かんでも。

 

 私の事をリスペクトしてくれるのは嬉しいのだけれど、そんな畏まられると私も困りますからね。

 

 さて、ここは先輩として優しく気遣ってあげなくては。

 

 

「2人ともそんなに緊張しなくても良いんですよ?」

「そうだよ! アフちゃん先輩は基本ポンコツマスコットなんだから」

「おい」

 

 

 ちょっと威厳見せたろかなと思った途端これですよ、まあ、日頃の行いのせいだとは思いますけどね! ちくしょうめ! 

 

 そんな私とドゥラちゃんのやりとりを見ていたキズナちゃんは大きなため息を吐くとこう告げ始める。

 

 

「もう、ドゥラちゃん。確かにそうだけどもっと言い方があるでしょ?」

「あ、ごめん! 他に思いつかなくて……例えば?」

「例えば……」

 

 

 そう言って、私の顔をじっと見つめてくるキズナちゃん。

 

 そうだ、私の威厳を守るため言ってあげてください、これぞ私だってな! 

 

 キズナちゃんはしばらく考えた後にキタちゃんとサトノちゃんにこう告げる。

 

 

「そう例えるなら愛らしくて可愛い抱き枕です!」

「んー、マスコットからどう変わったの? ねえ、どこら辺が変わったのかな?」

 

 

 私は満面の笑みを浮かべながらガシッとキズナちゃんの肩を掴む。

 

 確かに最近、抱き枕ユニオンガールズとかいう名前で活動してるから否定はできないんだけども違う、そうじゃ無いんだ。

 

 それを見ていたキタちゃんとサトノちゃんは顔を引き攣らせていた。

 

 あかん、怖い先輩と思われてしまうじゃ無いか! 

 

 

「2人とも初めましてかな? アフトクラトラスって言います。そんなに畏まらなくていいからね?」

「え……でも」

「スピカでは、太ももを触ってくるトレーナーとアフトクラトラスには気をつけろってマックイーンさんとゴルシさんが……」

「うぉい! ちょっと待てい!」

 

 

 私は顔を引き攣らせている2人のとんでもない発言に思わず声が出てしまった。

 

 いやいや待て待て、私よりやばいウマ娘なんてたくさんいるぞ! その話してた2人が特にそうだ! 

 

 なんだったら被害受けてる方だぞ私は、どうしてこうなった。

 

 慌ててツッコミを入れる私に思わず笑いをこぼす2人。

 

 

「えへへ、冗談ですっ! アフちゃん先輩は本当に凄く尊敬してますよ!」

「そーですよ! だってドゥラちゃんの憧れの先輩ですもんね!」

「でへへへへ」

 

 

 なんでそこでドゥラちゃんが恥ずかしそうに照れてるのか謎なんですけども、むしろ、恥ずかしいのは普通私では無いでしょうか。

 

 そんな惚気話するようなノリでなんか照れてるドゥラちゃんを他所にキズナちゃんがそっと耳に口を近づけて話をし始める。

 

 

「先輩、先輩」

「ん?」

「ドーベル先輩が見てます! ドーベル先輩!」

 

 

 そう言いながら、私が恐る恐る後ろを振り返ると満面の笑みをしたままこちらを見つめてくるメジロドーベルさんがいました。

 

 はい、わかってます。そうですよね! トレーニングサボって何油売ってるのかって圧ですよね! 

 

 後は嫉妬も交わり最強に見える。久方ぶりに背筋が凍りついちゃったなぁ、もう。

 

 

「よ、よーし! ついでだしぃ! 君たちいい機会だ! トレーニングに付き合いたまえ!」

「え!?」

「あ、いや、私達アンタレス式のトレーニングはちょっと……」

「ちょっと悲鳴が上がるくらいだから大丈夫! 多分!」

「トレーニングで悲鳴が上がるんですか!?」

 

 

 え? むしろ上がらないトレーニングとかあるんですか? 

 

 ドゥラちゃんもキズナちゃんも一度は号泣しながら泣き叫びながらトレーニングした事ありましたよ? もちろん私もですけど。

 

 サイボーグ坂路で悲鳴が上がらなくなるとようやく入門ってレベルですからね、アンタレスは。

 

 

「ささっ! 時間がない! 早くしないと背後にいる怖いお姉さんから追い込みかけられますよっ! さあハリー! ハリー!」

「えぇ!?」

「さあ走れー!」

 

 

 こうして、ノリと勢いでキタちゃんとサトノちゃんを巻き込んだ私は勢いよく駆け始める。

 

 そこからトータルして12時間ほどトレーニングを重ねて、2人が瀕死の状態になったのは言うまでもない。

 

 ドゥラちゃんやキズナちゃんも未だにこのトレーニングをしんどいと言ってるくらいですからね、よかったね! これで君たちもまた強くなれたよ。

 

 

 それから、数日後。

 

 私はイベントを盛り上げるためのライブを行う事になりました。

 

 というのも、SWDTを盛り上げるために私がライブをしろというルドルフ会長の御達しです。

 

 まあ、そこでなんで私かというと、煽る能力は群を抜いて高いだろとかいう凄い理由だったりします。

 

 確かに得意ですがその認識は解せませんよ! 本当! 

 

 

「はーい、皆アッフだぞ!」

 

 

 そして、こんな私も今ではちゃんとアイドルしている始末ですよ。

 

 初期の頃なら考えられない変わり様ですよね、大丈夫、私もそう思っていますから。

 

 会場からは激しいアッフコールが鳴り響いてます、傍にはブライアン先輩とディープちゃんがいます。

 

 2人とも衣装が眩しいですねぇ、私の代わりにセンターやってもいいんですよ? 

 

 

「それじゃ歌うぞ! HOLIDAYS!」

 

 

 マイクを握る私は楽しそうに笑顔を浮かべながら歌を歌い始める。

 

 最近、トレセンライブは真面目にやってるんですよ? ルドルフ会長からも毎回言われてますし、ほら、やっぱり私って今ではトレセン学園の顔みたいなとこもありますから。

 

 まあ、嘘なんですけどね! 私が大人しくなるわけないでしょ! 

 

 ネタは毎回挟んでます(キリッ)。

 

 

「LA TA TA! LA TA TA! SHA LA LA! Let's enjoy the HOLIDAYS♪」

 

 

 歌と共に踊り始める私。

 

 振り付けもバッチリ覚えましたからね、この曲を歌ってると休みの日だなってなります。

 

 元気が出る歌って素敵ですよね。

 

 

「LA TA TA! LA TA TA! SHA LA LA! Let's enjoy the HOLIDAYS♪」

 

 

 ディープちゃんとナリタブライアン先輩も私に合わせて歌を歌ってくれます。

 

 会場の皆も楽しそうに、それに合わせて手を振ってくれました。

 

 昔はソーラン節しか踊らなかった私もこんなふうに可愛く踊れるようになったんだなってしみじみ思います。

 

 毎回、ウイニングライブを踊る娘達からは1人だけ世界観が違うってよく言われたもんですよ。

 

 

「What d'you want? どんなことがおこりそうかな♪ ヘビーな荷物持たず〜♪ スタッカートでそれゆけ♪ What d'you want? いったいなにがはじまりそうかな♪」

 

 

 るんるんで歌いながら、私はブライアン先輩と背中合わせになります。

 

 何かするたびに歓声が上がるのは毎度びっくりするんですけどね。

 

 あと、ブライアン先輩の距離感が心なしか近いです。やめて! ここ公衆の面前ですからね! 

 

 苦笑いを浮かべながら私はいよいよサビに入ります。

 

 

「指折り数え待ちに待った〜HOLIDAYS♪ 今日の太陽 燦々 SUNNY DAYS〜♪ 虹より高く飛べる気がした〜RAINY DAYS♪ 

 

 今日は待ってた〜COLORFUL HOLIDAYS♪」

 

 

 サビを歌い切ると同時に観客席の皆さんから、私やディープちゃん、ブライアン先輩の名前を呼ぶ歓声が上がります。

 

 明るい歌でレースを盛り上げるのも私達ウマ娘の役目ですからね。

 

 さて、皆も満足したし次の曲を歌うとしますか。

 

 

「皆、ありがとう! 次の曲に行くよー!」

 

 

 その言葉に反応する様に声を上げる会場の皆。

 

 え? 私が普通に歌うだけで終わるって? そんなわけないでしょう。

 

 ちゃんと用意してますよ、とっておきのネタをね! 

 

 私はサングラスをかけはじめ、用意していたギターを手に取ると声高く叫ぶ。

 

 

「行くぞオラー! ウルトラソウッ!」

 

 

 ギュイーンというギターと共に声を張り上げて歌い始める私。

 

 ちなみに、ディープちゃんとナリタブライアン先輩はポカンとしていた当たり前である。

 

 すると、ここにきて白い乱入者が、そうギターを携えたGORUSHIちゃんである。

 

 

「夢じゃないあれもこれも〜♪ その手でドアを開けましょう〜♪」

 

 

 ポカンとしているのは2人だけではありません。

 

 遠目で見ていたシンボリルドルフ生徒会長もあまりの突然の出来事に唖然としていた。

 

 今まで普通にライブをしていたはずの私が急にネタに走るとは予想だにしていなかったからだろう。

 

 ちなみに観客達も急に変わった音楽のジャンルにポカンとせざるえなかった。

 

 これがアフちゃんクオリティである。

 

 

「そして輝くウルトラソウッ!」

 

 

 しかしながら、ハァイ! という相槌をこれでもしてくれるのはさすがは鍛えられた私のファン達と言えるでしょう。

 

 ちなみにこの後、ルドルフ会長がブチ切れて追いかけてきました。

 

 私はライブが終わったと同時にすぐにGORUSHIちゃんと共にそのライブ会場から逃走します。いやぁ、本当いつものことながら背筋が凍るぜ全く! 

 

 なお、ルドルフ会長からその日の晩まで追いかけられ、正座をさせられたのは言うまでもありません

 

 



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アフちゃんねる その8

 

 

 

 

 さて、次の試合に向けてトレーニングを積み重ねている私なんですけどもいつも通り配信の方も頑張っています。

 

 というのも、最近、忙しくてアフちゃんねるをしてなかったんでね、たまには息抜きしないと私もパンクしちゃいますよ。

 

 まあ、基本好き勝手やってるんですけども。

 

 

「アッフだぞ! 皆お待たせ!」

 

『来たか! アッフ!』

『毎週の楽しみ』

『今日は水色の縞々だな』

 

 

 皆さん私のことを待ち侘びていたとばかりにコメントしてくれます。

 

 最後の人に関してはなんで私のパンツを知ってるんでしょうね、最近はスパッツを穿いているので絶対わからないと思ってたんですけど。

 

 

「はい、という事でね、この間ライブやったんですけど案の定会長から怒られた訳ですが、もう一回ちゃんとやれとのことで後日またライブすることになったんですよね」

 

『草』

『当たり前だよなぁ』

『盛り上がりはしたからいいんじゃないの?』

 

「だよねぇ! ほんとにねー! だって私ですよ? 私!」

 

 

 そう言いながら同意を求めるように配信でドヤ顔をする私。

 

 胸張ることではないのに、こんな風に言い切る辺りが多分、私がアホとか癖しかないと言われる所以なんでしょうけども。

 

 さて、そういうわけで気を取り直して配信に戻ります。

 

 

「はい、という事で今日は皆さんとアニメでも見ようかなって思います」

 

『お、アニメ鑑賞か』

『いいな』

『何見るんだ?』

 

「まあ、待て皆の衆、実は今日はゲストを呼んでるんですよ」

 

 

 フフフ、アニメをボッチで鑑賞しながら配信ってなんか寂しいでしょう? 

 

 今日はその為にある人に声をかけておいたのです。

 

 ふふ、抜かりがない私のことをもっと褒め称えるがいい! 

 

 べ、別に寂しかった訳じゃないんですからね! 勘違いしないでくださいね! 

 

 

「という事で来てくれましたゴールドシチーさんです」

「……どうも」

 

 

 そう言ってぶっきらぼうに返事を返すゴールドシチーさん。

 

 スタイル抜群の金色がかった尾花栗毛の髪をした美人ウマ娘で、ジーンズの短パンから覗く美脚が本当に素晴らしいですね。

 

 はい、という事でアニメ鑑賞とは程遠そうな陽キャなお姉さんを連れてきてみました。

 

 

「で? 何見るの? アフ助」

「えーとですね、今日はちょっといろんな男性が喜びそうなものを見ようと思いまして」

「へー、よくわかんないけど」

 

 

 私の返答に首を傾げるシチーさん。

 

 それはそうですよね、男性がよく見るアニメなんて女の子は普通は見ませんし、マックスハートな可愛い女の子が出るアニメとかなら見るかもしれないですけど。

 

 という事で、2人で鑑賞を開始。

 

 

『……げる……。捧げる』

『……グリフ◯ース!』

 

「うわ……!」

「めちゃくちゃグロくないこれ?」

 

 

 私達が最初に見たのはでかい鉄塊の剣を振り回しながら、魔物たちを狩る狂戦士のお話。

 

 なんか、今の今まで凄い中世的な話だったのにいきなりグロテスクなシーンが入って私とゴールドシチーさんはドン引きしてました。

 

 流石に映像は流せないので、鑑賞してる私達の反応を動画で映してる感じです。

 

 というか普通に18禁だろって思うシーンまであってワロタ。

 

 ゴールドシチーさんと気まずい空気が流れてしまっただろう! どうしてくれる! 

 

 

『ワージッ! パーパパパパパッパパッパパー!』

『よりによってチョイスそれかいw』

『これはあかん(アカン)』

 

 

 私だってこんなグロテスクなんて思ってませんでしたよ! あとそういうシーンがあるなんてな! 

 

 よし気を取り直して別のやつ見ましょう。

 

 これとか良さげじゃないですか? 国民的ロボットアニメ。

 

 私の芸の幅を広がせた機動性の高い国民的ロボットアニメですよ。

 

 これならそんなシーンなんてないはずです。

 

 そして、ゴールドシチーさんと再び鑑賞。

 

 

「マ◯ーダさん……っ、うっ……」

「めちゃくちゃ良かったわね、続きないの?」

「私の嫁がぁ!」

「いつからあんたの嫁になったのよ」

 

『草』

『いやぁ、あのシーンは泣けるよね』

『アッフのめり込みすぎw』

 

 

 よくあるよね、正ヒロインよりなんか美人なサブヒロインの方に目がいっちゃうのって。

 

 でも、ヒロインはこの人で良かったじゃないですか! どうして退場させたんですか! 許さんぞ! と思っていたんですけど、中の人がはっちゃけたこれまでのあらすじを説明してきて思わず噴き出してしまいました。

 

 そんなこんなで私とゴールドシチーさんはこのロボットアニメにのめり込む事に。

 

 団長が死ぬとか、あと、第一話でヒロインに殺害予告するとかネタしかない話ばかりでしたけど奥深いものがありました。

 

 ゴールドシチーさんも意外といけるという事には驚きましたけどね。

 

 人は見かけによらないものです。私、ゴールドシチーさんはめちゃくちゃギャルだと思ってましたもの。人気雑誌モデルですしね。

 

 そして、私達は最新作にまで手を出してしまいました。

 

 いやはや、やはり面白いですね。日本のアニメって、優れた文化ですよ。

 

 

「皆さん地球は大切にしましょうね」

「今度、私コスプレしてみようかな?」

「えー! 私もやりたいです!」

 

『シチーさんのコスプレ絶対やばい』

『見たい!』

『楽しみだなぁそれは』

『アッフもやるのか?』

 

 

 ゴールドシチーさんの言葉に騒ぎ出すコメント欄。

 

 私だってコスプレの一つや二つしてみたいですよ、この間服買いにいったら服着て歩くだけで風紀乱すみたいなこと言われましたし。

 

 ん? 待てよそう考えるとコスプレするとさらに風紀を乱すのでは? 

 

 まあ、いっか、私の前に風紀なんてあってないようなものですからね。

 

 私がいるのに風紀なんて正せると思うなよ! 

 

 こう言うと不良ウマ娘みたいになるんでやめときましょう後で何言われるかわかりませんからね。

 

 

「じゃあ、衣装作らなきゃね、あとウィッグ」

「なかなか本格的ですね」

 

『次回はコスプレ回か』

『アッフは大丈夫か心配だ』

『多分ロクなコスプレしないぞ』

 

 

 失礼な、私だって純粋にコスプレくらいしてやりますよ! 

 

 そんなこんなで、ロボットアニメを見終わった私とシチーさんは配信を終えました。

 

 続きは後日、改めてシチーさんと一緒に見ることに。

 

 シチーさんも新しい趣味が増えて楽しかったと言ってくださいましたのでやった甲斐がありましたね。

 

 

「また皆さんにはおすすめの作品とか聞くかもしれませんがその時は頼みました」

 

『任せろ』

『めっちゃいい作品教えるわ』

『アニメ鑑賞配信ってのもなかなかいいな』

 

 

 そして、皆さんからもかなりの好評を得られたみたいで何よりです。

 

 ほら、意図せず宣伝にもなりますからね、日夜頑張っていらっしゃるクリエイターの方々の助けに少しでもなったらいいんですけども。

 

 

 

 さて、それから後日。

 

 私は前回やらかしたライブの埋め合わせをするようにルドルフ会長から詰められてまたもやライブをすることに。

 

 そんな振替ライブなんてしなくてもいい気はするんですけどね。

 

 ヘタな事を言えばまた締められかねませんから言いませんけど。

 

 今日はゴールドシチーさんとまた続きを見ようと思っていたのにとんだ災難というやつです。まあ、自分が蒔いた種なんですけどね。

 

 しかし皆さん、考えてください。

 

 私がはいそうですかと、ルドルフ会長から詰められて普通にライブなんてすると思いますか? 

 

 言うならば、私はライブのテロリストですよ。

 

 前科なんて数知れず、その度に怒られては逃げ、たんこぶを頭にたくさんつくってきました。

 

 

 皆さんには概ね好評なんですけどね、解せぬ。

 

 

 まあ、私はやはりその皆さんの期待に応えなければいけない訳ですよ。

 

 普通にライブをするならこんなとこにいる訳がないんです。

 

 ルドルフ会長、読みが甘いですよ。

 

 そう思いますよね? 皆さん。

 

 私はライブ前に配信をしながら皆さんにそう問いかけていました。

 

 ライブのテロリストとして言わねばいけない事があります! 

 

 そう、間違っているのは私をライブに立たせる人達なのです! 

 

 嘘です、ごめんなさい。全ては私が面白がっているだけなんですけどね。

 

 さて、仕込みは終わりました。後は合図を待つだけです。

 

 すると、ライブ会場に大きな音声が流れはじめました。

 

 

『やってみせろよアフティー!』

「なんとでもなるはずだ!」

『ポンコツマスコットだとぉ!』

 

 

 そこから私はライブに殴り込みをかけるように不思議な踊りをしながら登場。

 

 会場は爆笑の渦に包まれました。

 

 これは名付けてトレセン学園に反省を促す踊りです。

 

 私は歌いながらその奇妙な踊りをライブで披露してやりました。

 

 

「鳴らない言葉をもう一度描いて〜♪ 赤色に染まる時間を過ぎ去れば〜♪」

 

 

 この不思議な踊りと歌で皆さんの目を釘付けにしてやりますよ。

 

 これが、ライブテロリスト、アフティーの生き様です! 

 

 この光景を見ていたルドルフ会長は満面の笑みを浮かべながら拳を鳴らしていますがそんなことはお構いなしです。

 

 私のバックダンサーをしに来ていたウマ娘2人はポカンとしながら私の踊りを見つめるだけでした。

 

 

『やっちゃいなよ! そんなライブなんか!』

 

 

 おい、火に油を注ぐとはなかなか鬼畜ではありませんか。

 

 ルドルフ会長は私のアフティーダンスによってすでに怒りの臨界点を突破していると言うのに、さらに追い込みをかけるなんて鬼かな? 

 

 やってみろ、と凄みを増して迫ってくるルドルフ会長を想像すると背筋が凍りつきそうでした。

 

 もしや、むしろこれは自分に反省を促すダンスなのでは? 

 

 このライブ終了後、私の不思議な踊りはネット拡散やMAD素材なんかに使われるようになりました。

 

 良かったですね、会長、トレセン学園の顔として広く皆さんに私達について知れ渡らせる事ができましたよ。

 

 ちなみに私がこのライブやってる間は怒髪天でしたからね、あー怖い怖い。

 

 なお、ライブが終了して間もなくルドルフ会長に拉致られた私はきっついお灸を据えられました。

 

 私の頭にいつも通りたんこぶが乗っていたのは言うまでもない。

 



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坂を登れ

 

 

 

 レースに向けての最終調整。

 

 ライブとか配信とか諸々やってきましたけど、やることはやっています。

 

 サイボーグ坂路を黙々と走る私は最後の追い込みをしていました。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 とはいえ、やはりテイオーちゃんから指摘を受けた通り、以前よりもキレがない様に自分でも感じます。

 

 長らくブランクがありますからね、これでは本番で7速を使うのは到底無理でしょう。

 

 使ったとして、また身体に過度な負担を強いてしまうのは避けられませんからね。

 

 

「アフちゃん先輩、少し休みましょう?」

「いえ、まだ……」

「先輩ダメです」

 

 

 私がまた追い込みをかけようとしたところ、ドゥラちゃんが肩を掴んで泣き出しそうな顔をこちらに向けてきます。

 

 そんな顔をしないでくださいよ、それだと、走れないじゃないですか。

 

 以前のことがあってから、ドゥラちゃんもそうなんですけどキズナちゃんまでいつも止めに入ってくるんですよね。

 

 流石に後輩を悲しませるのは本意ではありませんし、無茶は周りから止められていますので無理はしない様には最近は心がけているつもりです。

 

 

「はぁ……。わかりましたよ今日はここまでにしますか」

「はい! あ、じゃあ、晩御飯食べに行きましょ!」

「結構遅くなっちゃいましたね」

 

 

 いつものことながら、ライトが当たってナイターでトレーニングしていたとはいえ辺りは真っ暗です。

 

 トレーニングにそれだけ熱が入っていたということなんでしょうけどね。

 

 私達はシャワーを浴び終えた後、校舎の食堂に向かいながら雑談をしていた。

 

 

「そういえば、アフちゃん先輩。この間のライブテロで、なんかアフティーが流行ってるみたいですよ?」

「ほへ?」

「そうですよ、それでこの間またルドルフ会長から怒られたんでしょ? もー」

 

 

 そう言いながら、ドゥラちゃんの言葉に乗っかるようにしてジト目をこちらに向けながら告げるキズナちゃん。

 

 そんなん仕方ないですやん! 皆が期待の眼差しを向けてくるんですよ! やるしかないでしょ! 

 

 やってみせろよ! アフティーだなんて私には最高の煽りでしょうが! 

 

 応えるしかない、私の中のリトルアッフがそう言ってました。仕方ないね。

 

 

「まあ、そんなことはさておき。足の具合はどんな感じですか?」

「んー……、調子は出ないですかね……」

「大丈夫なんですか……今週末ですよ」

 

 

 それは、オルフェーヴルとの対決の事だろう。

 

 私だってわかってはいる。万全じゃない状態で三冠ウマ娘とやり合うのにこのままじゃ良くない。

 

 さて、どうしたものか。

 

 

「……明日はリミッター外しますか」

「確かにそれも手ですが、もっといい方法があります」

「!? ……姉弟子!?」

 

 

 話しながら歩いていると、壁に寄り掛かった姉弟子が私達を待ち構えていました。

 

 もっといい方法があるですと、何というか、姉弟子からそう言われるとなんだか嫌な予感しかしないんですけど。

 

 

「……仮にも貴女はアンタレスの看板を背負っているのですから、走るのなら生半可な走りなんてさせません、義理母ともそう誓いましたからね」

「うぐっ……」

「まさか、今更ひ弱な事を言ったりしませんよね妹弟子」

 

 

 姉弟子はそう言いながら満面の笑みを浮かべている。

 

 見てください、姉弟子の笑みから溢れ出す圧にキズナちゃんとドゥラちゃんの顔が真っ青になっていますよ。

 

 まあ、アンタレスで一番厳しいのは姉弟子ですからね仕方ないですね、二人ともトラウマになってるじゃないですか。

 

 要するに姉弟子が言いたいのは、ここにぃ! ハードトレーニングひよってる奴なんているぅ? いねーよなぁ! ということでしょう。

 

 これは卍の人達も裸足で逃げ出す展開なのでは? 

 

 

「や、やるしかないですね……」

「よろしい、なら今すぐ身支度しなさいすぐに出ますよ」

「……えっ!? 今から!?」

「もちろん。 あ、ちなみに走りで行きますから軽装にしておきなさい、私はもう準備できてますから校門で待っていますね」

 

 

 そう言いながら、踵を返す姉弟子。

 

 あまりの突然の出来事に私も思わずポカンとしてしまう。

 

 今から移動するとか、もう夜ですけど! キズナちゃんとドゥラちゃんも血の気が引いたように顔面が蒼白になっている。

 

 そうだね、今日もなかなかハードな内容だったもんねトレーニング。

 

 だけどね、こんなん日常茶飯事だったんですよ、義理母がいた時は。

 

 いや、もっとすごかったですかね。

 

 

 そこから、姉弟子と合流した私達はずっと走りっぱなしで県を跨ぎ、私達はある場所までやってきました。

 

 なんとついた場所は栃木県、また随分遠くまで来たものです。

 

 キズナちゃんとドゥラちゃんは道中の姉弟子の追い込みでヘトヘトになっています。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「死んじゃう……もう無理……」

 

 

 そう言いながら道端にもかかわらず路上でぶっ倒れる二人。

 

 わかるよ、私も良く姉弟子からは涙目にさせられましたもの。

 

 さて、そんな私達がやってきた栃木県なんですけども、目の前にあるのはクッソ長そうな山道でした。

 

 

「あの……姉弟子ここは……」

「いろは坂です」

 

 

 姉弟子は準備体操をしながら涼しげな表情でそう私に答える。

 

 そう、私達がやってきたのはなんと国道120号の坂道いろは坂。

 

 まさかのいろは坂に私も思わず目がまんまるくなります。いや、いろは坂までわざわざ走りで行くのもどうかと思うんですけど。

 

 

「貴女にはここで今日からトレーニングを積んでもらいます」

 

 

 ほう、このクッソ曲がりくねった坂でトレーニングをすると、走り屋の聖地じゃないですかここ。

 

 真顔でそんな事言われましても、私としてもいきなりいろは坂を走るなんて思いもしませんでしたからね。

 

 

「なるほど、ちょっとハチロク買ってきていいですか?」

「何言ってるんですか、走りですよ」

「ですよねー」

 

 

 有無を言わせないのがアンタレス式。

 

 はい、知ってました。何年このチームにいると思ってるんですか、もう慣れましたよ(絶望)。

 

 いや、場違いでしょ、ここは豆腐屋が走る坂ですよ。

 

 ハチロク誰か持ってこい、あ、GTRでもいいですよ。

 

 私はまだいいんです、慣れてますから、ただ、背後の後輩二人を見てください顔面が蒼白になっていますよ。

 

 

「アフちゃん先輩嘘ですよねっ! 何時間も走りっぱなしなんですよっ!?」

「冗談ですよねっ! ねっ!」

 

 

 涙ながらに私に抱きついて懇願してくる二人。

 

 諦めてください、これが現実です。

 

 あとどさくさに紛れてさりげなく私の胸を揉むな。

 

 わかってるんだぞお前達。いつからそんなさりげなくセクハラが上手くなってるんですか。

 

 ドーベルさんですか、ドーベルさんの入れ知恵ですね! 

 

 いや、もしかしたらナリタブライアン先輩かもしれない、いかんな、最近、疑心暗鬼になりつつある。

 

 だって気づいたら箪笥からパンツやブラジャーが消えるのが日常茶飯事ですよ、そら疑心暗鬼にもなりますて。

 

 私ははぁ、と大きくため息をつくとゆっくりと姉弟子の方を見る。

 

 あ、ダメだあれ、もう完全にサイボーグスイッチ入っちゃってます。あぁなったらもう諦めるしかありません。

 

 

「二人とも気合いを入れなさい」

「そんなっ!」

「アフちゃん先輩〜」

 

 

 そんな甘い話なんてないんですよ。これがアンタレス式ですからね。

 

 しかしながら、最近割とハードなトレーニングをしてたような気もするんですけど全然甘かったらしい。

 

 なんというか、姉弟子とライスシャワー先輩が練習とかに参加すると空気が変わるんですよ。

 

 何人かは今日は命日かと呟く始末ですしね。

 

 ドーベルさんとか私もだいぶ厳しくやってるつもりなんですが、二人からしたら甘いという事なんでしょう。

 

 だから頭おかしいって言われるんですよ! もう慣れましたけどね! ちなみに私達はクッソ重い重りつけてここまで走ってきてるんですけどね。

 

 軽装とは一体……。

 

 涙ながらに訴えてくる二人にヨシヨシと仕方なしに私は頭を撫でてあげる。

 

 おい、さりげなく私の胸を揺らすな、二人とも。

 

 姉弟子はそんな私達を見ながらこう告げてくる。

 

 

「ちなみに今日はもう一人呼んであります」

 

 

 まさかのもう一人、このいろは坂まで呼んであるという展開。

 

 いや、こんな坂まで一体どんな変わり者のウマ娘が来るというのですか。

 

 しばらくすると、姉弟子は遠方に向かって手を振る。

 

 ものすごいスピードでやってくる真っ赤なそれは、ユーロビートをガンガン鳴らし、慣性ドリフトをかましながら私達の前にやってきた。

 

 

「やっふぅぅぅ! お姉さん登場〜!」

 

 

 そう、やってきたのは真っ赤なランボルギーニ・カウンタック。

 

 そして乗っているのはマルゼンスキー先輩その人である。助手席には死に体になったたづなさんが乗っています。

 

 大方、マルゼンスキーさんから付き合わされたんでしょうね。

 

 可愛そうにと思っていたら、車から出てたづなさんは綺麗な虹を口から吐き出していました……oh……。

 

 そんなたづなさんをスルーする形で姉弟子は私に話を続けます。

 

 

「これから貴女には私と、このマルゼンスキーさんのランボルギーニとこのいろは坂を走ってもらいます。もちろん重りつきで」

「なんですと!?」

「もちろん、勝てるまで何度でも、私達に勝てないようじゃ三冠ウマ娘……、いや、世界最高峰のウマ娘達に勝つ事なんてできません」

 

 

 そう言いながら、真っ直ぐ私の瞳を見つめてくる姉弟子。

 

 いやいや、まてまて、ランボルギーニと姉弟子に重りつけて坂で勝てってそらだいぶやばいですよ! 勝てるかぁ! そんなもん! 

 

 しかしながら冗談ですよねと聞き返してみれば真顔で真っ直ぐこちらを見てくるあたり本気なんだろうなとすぐに諦めました。

 

 なるほど、サイボーグ坂路もだいぶ急勾配ですけどいろは坂もかなりきついぞこれ。

 

 

「あーもう! やったりますよ! こんちくしょうめ!」

「ウソでしょ!?」

 

 

 私の返答に正気かこいつとばかりの眼差しを向けてくるキズナちゃん。

 

 キズナちゃん、これがアンタレスだ。覚えておけ、無理はぶち破るためにあるんですよ。

 

 ランボルギーニに勝ってやろうやんけ! 峠で誰が最強か教えてやらぁ! 

 

 峠あんまり走った事ないんですけどね。

 

 いや、私も正直帰りたいです。なんで栃木までこんな事しにきてんですか私。

 

 こうして、次戦に向けて私達の地獄のような追い込みトレーニングは開始されました。

 

 

 あと、今更ですがたづなさんの背中、誰がさすってあげてください。



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襲来

 

 

 いろは坂でのトレーニング。

 

 さて、このいろは坂だが、走り屋がよく走る事で有名だ。

 

 まさに走り屋の聖地といってもいいかもしれない。

 

 

「くっ……な、なんだあのランボルギーニッ! どこ走ってやがるッ! この俺がッ!」

 

 

 そして、そのいろは坂にはある噂が流れていた。

 

 それは、赤いランボルギーニ・カウンタック、それが現れてからというものこのいろは坂では幾人の走り屋がそのランボルギーニに置き去りにされていたのだ。

 

 それから、もう一つ、彼らの目にはとんでもない光景が広がっていた。

 

 

「ぬがあああああああああ」

「はああああああああああ」

「な、なんだとォ!?」

 

 

 それはなんと生身で走る二人のウマ娘の姿である。

 

 そう、もはや車にすら乗っていない二人がなんと凄まじい速さで走るランボルギーニを追走しているのだ。

 

 ありえない、しかも、ものすごく速い。

 

 

「生身だとォ! 舐めてんじゃねーよ! いかすかよォ!」

 

 

 だが、差が詰まらない、こちらはGTRだというのにランボルギーニだけでなく、生身のウマ娘二人からかわされる。

 

 だが、目の前を駆ける二人はそんな事は関係ないといった具合にカーブでかわし、直線の坂をかけていく。

 

 

「登りは負けましたけど! 下りならァァ!」

「行かせませんッ!」

 

 

 姉弟子が凄まじい角度で曲がっていくのに必死についていく私。

 

 こころなしかうまぴょい伝説の曲とテロップが流れてきてるのは気のせいでしょうか。

 

 おい、誰だショートムービー撮ってるやつ、アフちゃん怒らないから出てきなさい。

 

 おかしいな、ここは普通かっこいいユーロビートが流れてくるのが普通なんではないでしょうか? 

 

 目を凝らしてみると、ゴール付近で後輩二人が楽しそうに歌っています。

 

 セルフうまぴょい伝説やめーや、誰も望んでないて! 

 

 だが、やはり、下りでもランボルギーニを抜けませんか。

 

 雰囲気がユーロビートに戻ってきたところで私は次のコーナリングを見据える。

 

 

「姉弟子ィ! お先!」

「甘いッ!」

「うぎゃっ!?」

 

 

 あーと! アフちゃん選手吹っ飛ばされたー! 

 

 姉弟子フィジカル強すぎてワロタで工藤。

 

 抜けると思ったらこれですもんね、ほんとにつよつよですよ姉弟子は。

 

 思わず肋の骨がないなったと思いました。

 

 

「アフちゃん先輩ー!」

「がんばれ! がんばれ!」

 

 

 能天気に私を応援してくる後輩二人。

 

 他人事のようにしてるがお前達も走らすからな! いやほんとこれきついんですってば。

 

 そんな風な事を考える余裕なんてないんですがね、姉弟子相手じゃ気を抜くなんてとでもじゃないができないですよ。

 

 こうなったら抜くなら最後のコーナーしか無い! 

 

 私は足に力を入れて力強く踏み出す。

 

 持ってくれ! 私のハチロク! (脚)。

 

 そんな中、私と姉弟子のレースを見ていた野次馬の一人が口を開く。

 

 

「ミホノブルボンが頭だッ!」

「インかアウトかッ!」

 

 

 インは無理やりねじ込もうとしたがダメだった。

 

 なら、必然的に抜くとしたらそこしかない。

 

 外を目一杯ぶん回してッ! 一気に姉弟子と並んでやるッ! 

 

 

「うおおおおりゃああああああ」

 

 

 カーブを曲がった先にはランボルギーニも見えてるッ! 

 

 外から一気に二人とも抜いたらァ! 

 

 私は足に力を入れてギアをフルに引き上げる。この走りは封印していましたが、しのごの言って勝てるほど甘くは無い。

 

 

「アウトだとォォォォ!」

「ラインがクロスするぞ!」

 

 

 バチバチと火花を散らしながら慣性ドリフト! 

 

 しかし、スポーツカーと並走するウマ娘なんてかつていたでしょうか。

 

 私と姉弟子くらいのもんだな! 多分! 

 

 姉弟子とランボルギーニを抜いた私はラストスパートに入る。そう、地を這う走りだ。

 

 リミッター外さなきゃ無理です。

 

 カーブで抜いても、直線で抜き返されちゃいますからね。

 

 

「ぬあああああああああ!!」

「ちぃッ! 行かせませんッ!」

「ッ……! これなら走った方が早いわねッ!」

 

 

 そう言ってなんとマルゼンスキーさんがランボルギーニを乗り捨てて参戦。

 

 いや待て待て、ランボルギーニを道中に乗り捨てるな、隣で座ってたたづなさんが慌ててハンドル握って操作してたから良かったものを。

 

 最後の直線坂、私と姉弟子、そして、マルゼン先輩は横一線に並ぶ。

 

 

「うああああああああああ!」

 

 

 私は声を張り上げて、足に力を込めた。

 

 

 

 丁度、同時刻。

 

 スカジャンと短パンのダメージジーンズという格好をした露出の高い格好に、髪の左側をドレッドで編み込んだ青鹿毛のウマ娘は静かに空港のベンチに座ったまま目を瞑っていた。

 

 その隣には、どこか落ち着かない様子であたりを見渡す緑の髪留めで束ねた黒と白が入り交じる芦毛の長髪のウマ娘の姿があった。

 

 

「落ち着けよ、ダラカニ」

「そんなの無理に決まってるでしょう! あー! なんで来るのを先に言ってくれないんですか本当!」

「そら、姫様の気分次第で日程も変わるだろうさ、いつものことだろ?」

「そうですけどッ!」

 

 

 そう言って声を荒げる黒と白が入り交じる芦毛の長髪のウマ娘であるダラカニに肩をすくめながら諦めろと諭すように告げる髪の左側をドレッドで編み込んだ青鹿毛のウマ娘、サンデーサイレンス。

 

 彼女達が今空港に来ているのには当然理由があった。

 

 それは、現在、ダラカニも所属している世界でも名を轟かせている最強チームの3チームが急遽来日することになったからだ。

 

 

「お、噂をすればなんとやらだ。来たぞ、姫様達だ」

「what’s !?」

 

 

 思わずサンデーサイレンスの言葉に目を丸くさせるダラカニ。

 

 そこには、栗毛の綺麗な癖のあるセミロングの髪白いワンピースに透き通るような水色の瞳のウマ娘を筆頭にズラリと世界の名だたるウマ娘達がキャリーケースを持って歩いてきているではないか。

 

 もちろん、そこには、ダラカニの姉であるデイラミの姿もあった。

 

 

「シーバードの姉さん長旅お疲れさん。あと、セクレタリアトの姉さんも」

「ほんとよぉ、わざわざプライベートジェットまで使って来ちゃったわよぉ、大変だったわ」

 

 

 そう言って、先頭にいるシーバードと呼ばれたウマ娘はニコニコと笑いながらサンデーサイレンスにそう告げた。

 

 

 世界最強のウマ娘、一位、シーバード。

 

 彼女を知らないウマ娘は今のところ誰一人としていない。

 

 歴代最強のウマ娘が集う凱旋門賞で他を寄せつけずにねじ伏せた彼女の強さを目の当たりにした者達。まさしく彼女こそが世界最強だと確信している。

 

 彼女に追従するように率いられている面々も誰もが聞いたことがある様なウマ娘ばかりだ。

 

 

「サンデーさん、先にいってたんなら連絡くださいよ」

「そう拗ねんなよ、ファラオ。別に良いじゃねーか、私に馴染みある国なんだよ日本ってのは、ダチもいるしな」

「全く」

 

 

 そう言いながら肩をすくめる金装飾のイヤリングやネックレスをした褐色の短髪のウマ娘。

 

 彼女の名はアメリカンファラオという。11戦9勝の勝率を誇り。アメリカクラシック三冠とブリーダーズカップ・クラシックと定義されるグランドスラムを史上初めて達成したウマ娘として知られている。

 

 彼女が所属しているチームは世界最強の第二位、セクレタリアトの率いるチームだ。

 

 

「あれ? リボーさんは?」

「何、いつものことだ。来てそうそう勝手にどっかに行ってしまったよ」

「もぉー! あの人はほんとにぃー!!」

 

 

 そう言って、『樫の高木の密林』の異名を持つウマ娘ハイシャパラルの言葉に頭を抱えるのは癖っ毛が強い長い長髪を青いヘッドバンドで止めている鹿毛のウマ娘。

 

 彼女の名はハリケーンラン、海外遠征中のディープインパクトと幾度もやり合った事があるウマ娘だ。

 

 現在、怒涛の重賞、G1五連勝中のノリにノッてるウマ娘である。

 

 そんな彼女だが、チームリーダーであるリボーからはいつも振り回されっぱなしという苦労人でもあった。

 

 

「相変わらずだな、リボーは」

「毎度、振り回されるこちらの身にもなって欲しいんですけども」

「まぁ、ウチのリーダーも大概だと思うがね」

「なんだと? それはどういう意味だサンデー!」

「ってイージーゴアが言ってましたー」

「んなぁ!? あんた! 何嘘っぱち言ってんの!? ファッキンサンデー!」

 

 

 そう言いながら、サンデーサイレンスのホラに食い掛かるように声をあげる長い赤みがかった栗毛の髪を束ねた勝気なウマ娘。

 

 彼女の名はイージーゴア、サンデーサイレンスとは鎬を削りあっている永遠のライバルである。

 

 なんだかんだで彼女達の付き合いは長い、こんなふうに戯れあっているのももはやチームメイトの皆からしてみれば見慣れた光景だ。

 

 

「さて、茶番はホテルに着いてからね、まずはトレセン学園の理事長に挨拶しないと」

「挨拶……ですか?」

「そうよぉ」

 

 

 そう言いながらにっこりと満面の笑みを浮かべるシーバード。

 

 そして、彼女は自分のチームメイトである黒鹿毛のウマ娘に肩に手を置く。

 

 長くて綺麗な黒髪、異様な雰囲気を醸し出していて物静かな彼女は手を置いたシーバードの方に視線を向ける。

 

 白と黒、対照的な色の彼女達の姿はどこか絵になっていた。

 

 

「日本のウマ娘達を根こそぎ屠りに来たってね? ねぇ、ブラックキャビア」

「………………」

 

 

 ブラックキャビアと呼ばれた彼女はそのシーバードの言葉に応えるかのように静かに頷いた。

 

 25戦25勝無敗。

 

 その圧倒的な勝率を誇るスプリンター。黒い真珠と呼ばれる彼女の強さは誰もが知っている。

 

 前回はスプリンターズステークスを回避したことで日本に来訪する事はなかったが今回はチームに帯同する形で来日。

 

 ブラックキャビアもアメリカンファラオもそうだが、普通なら彼女達が日本に来訪することなど、ほとんど無いのだ。

 

 理由はただ一つ、凱旋門賞での二度に渡る日本ウマ娘への敗北が理由である。

 

 要約すると、大体、アフトクラトラスとディープインパクトのせいと言い切っても良いだろう。

 

 彼女達からしたら、とりあえずカチコミに来たくらいのノリと勢いなのだ。

 

 世界一強いシーバードやリボーが気分屋だから仕方ないとはいえ、付き合わされる海外ウマ娘達も仕方ないとばかりに日本に来るしかなかった。

 

 凱旋門取られて、ひよってるやついるぅ? いねーよなぁ! とリボーから言われたら、行くしか無いというのはハイシャパラル談である。

 

 サンデーサイレンスをはじめ、海外のウマ娘達も血の気が多いウマ娘がたくさんいる。

 

 その中で、そんな風に煽ればそうなってしまうのも仕方ないだろう。

 

 来年の海外ウマ娘と日本ウマ娘の決戦の為、約3年間、彼女達は滞在するつもりであった。

 

 

「今回はフランケルもいるんだから、短距離に関しては問題ないんじゃないんですか姫?」

「……それもそうね! さあ! こんなとこで話し込むのはやめましょう! さっさとホテルに行って早くジャパニーズスシ食べに行きましょ! ニンジンスシ食べたいわ!」

「なんだそれは! 私も連れて行けシーバード!」

「セクレタリアトさん……ほんと食べ物には目がないんですから……」

 

 

 そう言いながら、呆れたようにため息を吐くアメリカンファラオ。

 

 世界最高峰の三チームが来日、この衝撃は瞬く間に日本中に知れ渡った。

 

 なお、この来日が知れ渡った理由がトレセン学園の近場にある、ウマ娘専門の寿司屋が壊滅した事が理由であったことは言うまでもない。



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第3戦前日

 SWDT、ウマ娘八番勝負、第三戦目。

 

 シャドーロールの怪物ナリタブライアン。

 

 英雄、ディープインパクト。

 

 試合当日だというのにこの二人の対決を前に会場は何処か落ち着かない感じである。

 

 その理由は、このレースが始まる1日前に遡る。

 

 

「ナリタブライアンさん! こちら見てください!」

「はいはい……たく、面倒だな」

 

 

 レース前日の記者会見。

 

 ナリタブライアン先輩とディープインパクトちゃんの二人は記者に囲まれながら、インタビューに応じていた。

 

 もちろん、記者達含めた皆が明日の三冠ウマ娘同士の対決に胸を躍らせていて、そのための記者会見だったのは言うまでもないだろう。

 

 

「ディープインパクトカッコいいなぁ、やっぱり」

「流石は英雄って感じだよな」

 

 

 静かにナリタブライアン先輩と並んで写真を撮られるディープちゃん。

 

 だが、そんな記者会見の最中、その出来事は起こった。

 

 気の強そうな眼差し、刺々しい鹿毛の短い髪のウマ娘が記者達を蹴散らすように掻き分けながら、そんな二人の前に現れたのだ。

 

 異様な雰囲気を醸し出す彼女に記者達も思わず道を空けてしまう。

 

 彼女は可愛らしい八重歯を見せながら、記者会見をしているナリタブライアン先輩とディープインパクトちゃんをジッと眺めると近くにいる記者にこう問いかける。

 

 

「なぁなぁ、そこのお前さん、聞きてーんだけどよ、明日こいつらが走るのか?」

「え? そらそうですよ、というかいきなりなんですか貴女は……」

「ほーん、なるほどなぁ。なーんだ、アフトクラトラスじゃねーのか、つまんねーなぁー」

「は?」

 

 

 そう言う彼女はため息を吐くと左右に首を振る。

 

 それを眼前で聞いていたナリタブライアンとディープインパクトの二人は眉間に皺を寄せた。

 

 いきなり来て、何という物言いをするウマ娘なのかと。

 

 それは当然だ。彼女達からしてみればこのSWDTは三冠ウマ娘同士が戦うレースであり、それこそ、互いに三冠ウマ娘としてのプライドがある。

 

 それをいきなり馬鹿にされたような言われ方をすれば頭にくるのは道理だ。

 

 ディープインパクトは嫌悪感を露わにしながらゆっくりと口を開く。

 

 

「貴女誰ですか、こっちは今ピリピリしてるんです。引っ込んでてください」

「はっ……。おもしれぇこと言うじゃねぇか、威勢がいいのは嫌いじゃないぜ?」

「おい、ディープインパクト」

 

 

 ナリタブライアン先輩は突っかかるディープインパクトを宥める。

 

 だが、ディープインパクトを見据えている彼女は笑みを浮かべたまま、静かに話を続けはじめた。

 

 

「流石はディープインパクトってとこか、シーバードの奴が気にいるわけだぜ」

「なんだと?」

「……試しに私と走ってみるか? ん?」

 

 

 その瞬間、目の前に現れたウマ娘の身に纏う空気が一変した。

 

 背筋の凍るような眼差し、それでいて、周りから醸し出される黒い何か。

 

 それを肌で感じたディープインパクトも思わず目を見開く、このウマ娘は普通のウマ娘でない事を悟ったからだ。

 

 そして、記者会見に来ていた記者の一人がそのウマ娘の事を思い出す。

 

 そう、背は小さく、それでいて異様なまで風格と特徴的な八重歯。

 

 16戦16勝無敗、世界最高峰のレース凱旋門賞を連覇し、その圧倒的な強さから『イルピッコロ』と呼ばれているウマ娘。

 

 ブライアン先輩とディープインパクトの目の前にいる彼女はまさに生ける伝説だ。

 

 

「……お、おい、彼女! ……り、リボーじゃないかっ!?」

「あん?」

「リボーだって!? なんだってこんなとこに!?」

 

 

 騒ぎ出す記者達。

 

 リボーが日本に来るなんて事は今までなかった。

 

 しかも、こんな記者会見の場に殴り込みのような形で現れて場を乱しまくっている。

 

 これは大スクープだとばかりに彼らは騒ぎ立て、盛り上がっていた。

 

 そんな最中、リボーと呼ばれたウマ娘は肩をすくめながら、ナリタブライアンとディープインパクトに話を続けはじめる。

 

 

「そういうわけだ。まあ、私に挑むってんなら走ってやらん事もないぞ? 明日のレースが走れなくなるかもしれないけどな」

「……甘く見られたもんですね」

「売られた喧嘩は買わないとな、私も正直、ここまで言われたんじゃ黙ってられない」

 

 

 そう言って、リボーの挑発にやる気になり始める二人。

 

 レース前の記者会見だというのにこんな事になるのは前代未聞だ。

 

 一触即発の状態、その光景を眺めていた記者達も思わず固唾を飲んでそれをただただ見守るだけだ。

 

 だが、リボーから売られた挑発に乗ろうとした二人に対してそこに待ったがかかる。

 

 

「そこまでッ!」

 

 

 思わずその場にいた全員がその声の主の方へと振り返る。

 

 そこには、凛とした姿で腕を組みながら歩いてくる皇帝、シンボリルドルフの姿があった。

 

 そして、その背後には欠伸をしながら歩いてくる栗毛の綺麗な癖のあるセミロングの髪に白いワンピースを着た美しい聖女のようなウマ娘の姿があった。

 

 彼女はゆっくりと口を開き、話し始める。

 

 

「ほら、リボーちゃんダメよぉ。勝手な事しちゃ」

「別にテメーには関係ねぇだろシーバード」

「郷に入れば郷に従えって言葉があるでしょ? おバカさん」

「誰が馬鹿だコラァ!」

 

 

 そう言って、煽っているシーバードはクスクスと笑いながらリボーに告げると、彼女から煽られたリボーはそちらに食ってかかる。

 

 そんなリボーに対してニコニコとどこ吹く風といった具合のシーバード。

 

 その姿は周りの記者達やブライアン達からはやんちゃしてる子供を見守るように見えた。

 

 それから、リボーは深いため息を吐くと舌打ちをする。

 

 それは、シーバードが止めに入った事でやる気がなくなってしまったからだ。

 

 

「チッ……、興が醒めた。帰るわ」

 

 

 それだけ言い残し、リボーは舌打ちをすると踵を返しその場から立ち去っていった。

 

 シーバードはゆっくりとナリタブライアン先輩とディープインパクトに軽く頭を下げ、こう話をし始めた。

 

 

「ごめんなさいねぇ、あの娘は昔から、あーだから、気にしないで?」

 

 

 シーバードの言葉だが、二人ともモヤモヤした感情は収まり切れてない。

 

 まるで、自分達が眼中に無いようなリボーの発言は特にプライドが高い二人には、癪に触って仕方がなかった。

 

 そんな二人にシーバードは肩をすくめながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

「彼女、アフトクラトラスに御執心なのよ」

「何? おい、それはどういう意味だ」

「なんですかそれ」

 

 

 シーバードの言葉に顔を顰めるナリタブライアン。

 

 そして、尊敬するアフトクラトラスの名前を聞いて、食いつくように聞き返すディープインパクト。

 

 何故、アフトクラトラスの名前が上がるのか、そんなナリタブライアンにシーバードは笑みを浮かべながら楽しそうに語り始めた。

 

 

「あら? 言葉の意味よ。まどろっこしいの嫌いだから単刀直入に言うと、リボーはあの娘を引き抜きに来たの。まぁ、私はディープちゃんを引き抜きに来たんだけどね」

「……なんだと!?」

「ちょっと待ってください」

 

 

 シーバードの一言に先程まで黙って聞いていたルドルフも彼女の言葉に顔を曇らせる。

 

 それはそうだ。今は三冠ウマ娘同士が戦うSWDTの最中、そんな大事な時期にそんな話をされたのでは黙って聞いておく事などできないだろう。

 

 ルドルフはアフトクラトラスとディープインパクトに関しての話を初めて聞いたのか、顔色を変えてすぐさまシーバードに問いかけた。

 

 

「我が校の生徒を引き抜くというのはあまりにも横暴ではありませんか? どういうつもりなんです」

「……それを、私に言わせるつもり?」

 

 

 そう言って、シーバードは静かな声色でルドルフに向かい告げる。

 

 シーバードの雰囲気が一変し、周りにいた記者達もルドルフ達も息を呑んだ。

 

 何故、今回、自分達がこの日本という国まで赴いたのか、それはアフトクラトラスとディープインパクトという存在が非常に世界にとって欠けてはならないウマ娘であるからだ。

 

 それを踏まえた上でシーバードは続けるように話をし始めた。

 

 

「アフトクラトラスとディープインパクトの有記念、あのレースは世界中のウマ娘達が見ていたわ。……下手をしたらアフトクラトラスが死んでいたかもしれない。あれだけの才能を失いかけたのよ」

 

 

 シーバードは語気を強めてルドルフにそう告げる。

 

 アフトクラトラスというウマ娘の強さや才能は海外レースで彼女と走ったどのウマ娘達も知っている。

 

 シーバードのその言葉にルドルフもナリタブライアンも何も言えなかった。

 

 生死を彷徨った彼女の姿を目の当たりにして、アフトクラトラスがそうなってしまったのは自分達にもその責任があったと思っていたからだ。

 

 もっと早くに気づいて彼女を宥める事もできたかもしれない。

 

 だが、それが自分達にはできなかった。

 

 いや、おそらくしようとしても、きっとあの時の彼女の強い意志を曲げる事は出来なかっただろう。

 

 

「それだけでは無いわ、彼女が有まで受けた扱い、魔王だとか散々悪者にしたてようとしてたみたいね? これが、彼女を取り巻く現状でしょう?」

「……それは」

 

 

 冷たい眼差しをシーバードから向けられた記者達は視線を逸らしながら言い澱む。

 

 それからシーバードは深いため息を吐くとルドルフの方に向き直り、話を続け始めた。

 

 

「だから、潰される前にディープインパクトとアフトクラトラスをこちらで保護しようと思っただけよ、ついでに日本のウマ娘を潰しに来たって話だけどね」

 

 

 シーバードを真っ直ぐに見据えるルドルフ。

 

 散々な言われよう、ルドルフもそんなシーバードの言葉に思わず拳を握りしめる。

 

 ついでに潰しに来た。そんな風に見られているのが非常に腹立たしくなったからだ。

 

 そんなに日本のウマ娘は甘くは無い、皆、日頃から今日より強くなろうと懸命に努力を積み重ねているウマ娘ばかりだ。

 

 それから、反論しようとルドルフが口を開き始めるが、それを遮るかのように何者かがルドルフとシーバードの間に割って入ってきた。

 

 綺麗で澄んだ瞳を向ける青いリボンに鹿毛の長く美しい髪のウマ娘。

 

 英雄と言われているそのウマ娘はジッとシーバードを見つめたまま、口を開いた。

 

 

「さっきから黙って聞いていれば、引き抜くなんて勝手なことばかり」

「お、おい! ディープインパクト」

 

 

 シーバードにバッサリと言い放つディープインパクト。

 

 そもそも、自分を引き抜くだのと勝手に話を進められるのも癪に障ったが、あまりにも日本のウマ娘に対しての言い草が気に入らなかった。

 

 ディープインパクトは知っている。

 

 努力を積み重ねたウマ娘達の強さが決して海外のウマ娘達に引けを取らないという事を。

 

 

「日本のウマ娘が弱いかどうか、走ればわかるでしょう? 凱旋門賞で私やアフ先輩が勝ったのを見れば一目瞭然じゃないですか?」

「待て待て」

 

 

 シーバードを煽るようなディープインパクトの言い草にブライアンもこれには苦笑いを浮かべる。

 

 そうは言いつつも内心ではよく言った、もっと言ってやれとナリタブライアンは思っていた。

 

 特にアフトクラトラスを引き抜くなんて事をさせるわけにはいかない、彼女はブライアンにとってもディープインパクトにとっても、そして、皆にとっても大切なウマ娘なのだ。

 

 シーバードは肩をすくめると困ったように笑いながらディープインパクトにこう告げる。

 

 

「別に私は日本のウマ娘が弱いだなんて言ってないわよ? だから、最強のメンバーをわざわざ揃えて来たんじゃない」

 

 

 そう言いながら肩をすくめるシーバード。

 

 だが、そんなシーバードに対して、ディープインパクトは鼻で笑うと物怖じせずに口を開く。

 

 

「へぇ、最強ですか? じゃあ、私達がその人達を倒せば日本のウマ娘が最強って事になりますよね」

「ふふ、そういう事かしらね?」

 

 

 ディープインパクトの棘のある言葉に余裕のある笑みを浮かべるシーバード。

 

 G1レースの数も海外は日本に比べてかなり多い、そして、その広さの分だけ選りすぐりのウマ娘達がそのG1レースを駆ける。

 

 猛者達が削り合い、そして、勝ち上がって来た者達、それが、世界ランカーのウマ娘達のいるチームに集っている訳だ。

 

 シーバードはルドルフ会長にウインクをすると踵を返し、背を向けたままディープインパクトとナリタブライアン、そして、周りにいる記者達にこう言い放つ。

 

 

「なんにしても、来年の日本のG1レースには全員出させるつもりだから〜、楽しんでね! それじゃ、ルドルフ会長お昼ご飯食べに行きましょ、日本食って美味しいものばかりだから楽しみだわ」

「……貴女という人は焚き付けるだけ焚き付けて。……はぁ」

「二人とも明日のレース、楽しみにしてるわ! 頑張ってね」

 

 

 そう言いながら、ルドルフ会長の手を引っ張りその場から立ち去っていくシーバード。

 

 残されたブライアンとディープインパクトはそんなシーバードの背中を見ながら思った。

 

 絶対に負けたくないと、海外ウマ娘か何か知らないが決してアフトクラトラスは連れて行かせない。

 

 そんな事がトレセン学園であっている一方で、当の私はと言うと。

 

 

「へっくちっ!!」

 

 

 呑気にくしゃみをしていた。

 

 海外ウマ娘の襲来など微塵も考えていなかったですからね。

 

 むしろ、自分のコンディションを上げる事に集中してたからあまり興味がなかったっていうのもありますけど。

 

 ちなみに私の周りには死に体になって横たわっているキズナちゃんとドゥラちゃんが居ます。

 

 起きるんだよ! おら! 

 

 そんなんじゃ地上最強のウマ娘になれませんよ! 

 

 

「はいはい! 行きますよほら!」

「……ひ、ひぃ……」

「坂怖い坂怖い坂怖い坂怖い」

 

 

 横たわり目に光がないまま呟くキズナちゃん。

 

 まあ、気持ちはわかります。私もそうでしたからね。

 

 坂がトラウマになる気持ちはわかります。けどね、背後で姉弟子が仁王立ちして待ってるんですよ。

 

 ぶっちゃけ私も帰りたいです。

 

 いつまでこの坂走るんだろ。

 

 それから、朝から晩まで坂を登り降りしたのち、満身創痍になりながら私達は無事トレセン学園へと帰還することができました。

 

 

「アフちゃん先輩抱っこー」

「アフちゃん先輩おんぶー」

「はいはい、甘えない甘えない」

 

 

 そう言いながら抱きついてくる二人に苦笑いをしながら、纏わりつかれる私。

 

 こちとらドゥラちゃん達の倍トレーニングしてるのにね、おかしいですよね。

 

 抱っこしてあげてるドゥラちゃんは私の胸元に顔面をすりすりしてきますし、お前ほんとに疲れとんのか。

 

 二人を抱えてトレセン学園に帰還するってのもトレーニングになるから別にいいんですけどね。

 

 私達がトレセン学園に帰還したのはもう日が暮れた頃でした。

 

 次のSWDTまでの調整もできましたし、あとはコンディションを上げていくだけです。

 

 こんなんしてたら走る前に力尽きそうですよねー。

 

 さて、帰ったら絶対にすぐお風呂入ろうと、二人を抱えている私は決心するのだった。



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英雄VS怪物

 

 

 さて、先日、クタクタになりながら後輩二人を抱っこやおんぶをして無事にトレセン学園に帰還した私ですけど、帰って来てからなんか大変でした。

 

 海外ウマ娘さん達がどうやら来訪したみたいです。

 

 なんか他人事みたいに私は話していますけど、どうやら私を海外に引き抜きたいとかどうとかで先日のSWDTの記者会見は大波乱だったとか。

 

 私がいないところでの出来事ですけど、なんと、私当事者ですからね。

 

 なんで私のいないところで私のことで盛り上がってんだ! おかしいでしょ! 

 

 まあ、そんなすったもんだがいろいろあったんですけど、いよいよSWDTも3戦目です。

 

 当日の対戦相手はこの二人

 

 ナリタブライアン先輩とディープインパクトちゃん。

 

 SWDT3戦目にして、ついに、この二人が激突する。

 

 二人のことはよく知ってます。私の事を気にかけてくれる二人だ。

 

 ディープインパクトちゃんに関しては私の背中をずっと追いかけて来てくれている可愛い後輩。

 

 ナリタブライアン先輩は私の事をずっと気に入ってくれている大好きな先輩。

 

 どちらも負けてほしく無いなと思いつつも、二人とも頑張って欲しいという複雑な心境です。

 

 そんなレース前だと言うのに。

 

 

「ブライアン先輩〜離してくださいよ〜これからレースでしょう?」

「やだ」

「やだじゃないです、やだじゃ、子供ですか貴女は!?」

 

 

 私はブライアン先輩からギュッとハグをされて逃げれません。

 

 周りから見られたら恥ずかしいでしょう。けど、ハグしている当人はご満悦のようです。

 

 巷ではこれをアフぴょいしているというらしいです。

 

 アフぴょいって言葉を作ったのはキズナちゃんとドゥラちゃんの後輩コンビなんですけどね、なんで動詞を作ったんやお前達。

 

 

「よし! 充電完了!!」

「あ……はい」

 

 

 なんだこの切り替えの早さ。

 

 早すぎて唖然としちゃいましたよ。

 

 すると、ブライアン先輩は私のことをじっと見つめると、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながらゆっくりと話をし始めた。

 

 それは、今までブライアン先輩が私に見せたことがないような表情だった。

 

 

「……アフ、お前、トレセン学園や私達の事は好きか?」

「なんですか? 急に」

「…………」

 

 

 私の問いに無言で応えるブライアン先輩。

 

 彼女のその表情から、私は何かを感じとった。

 

 それは、自分をまるで責めているような表情に見えました。

 

 そんなの決まっています。

 

 

「好きに決まってるじゃないですか、何言ってるんですか」

「痛ッ……デコピン!?」

 

 

 私から受けたデコピンに呆気に取られるナリタブライアン先輩。

 

 昨日、合宿から帰ったばかりだってのに、そんなしけた先輩の面なんて私は見たくないですからね、しかも勝負前でしょう? 

 

 そもそも、トレセン学園にいる皆さんからこれだけ愛されてるのに嫌いになる要素なんてあるわけないじゃないですか。

 

 強いて言えば、私の下着がすぐに無くなるとか練習が馬鹿みたいにとんでもないとかそんくらいですよ。

 

 

「有での事とか、私のことに関して責任を感じてるなら筋違いです。あれは私の自業自得ですからね」

「…………」

「自分の事は自分で決める。そんな事は生きてれば当たり前の事です。わかったら行ってください先輩」

 

 

 そう言ってバシンとナリタブライアン先輩の背中を叩いて私は彼女を送り出す。

 

 ナリタブライアン先輩はその言葉を聞いて安心したように鼻で笑うと、顔つきが一気に変わった。

 

 スイッチがいい具合に入りましたかね。

 

 

「ありがとうアフ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

 

 私はそんなナリタブライアン先輩を笑みを浮かべて見送ります。

 

 なんだろう、この絵面、いろいろと思うところはありますけどまあ、気合いが入ってくれたのならいいです。

 

 おい、誰が会社出勤を見送る奥さんだ! 言った奴出てこい! 

 

 そんなわけで、ナリタブライアン先輩を見送った私は観客席でちょこんと座り観戦へ。

 

 観客席はたくさんの人で埋まっていますねー、凄い盛り上がりだな。

 

 

「先輩、あれディープインパクトさんですよね?」

「うん」

「さっきからこちらをジーっと見てますよ」

 

 

 うん、気づかないようにしてたのにドゥラちゃんわざわざありがとう。

 

 熱い視線がこちらに向いてるのは気づいてました。なんだよ、こっち見んなよ、何か言いたいことでもあるんですか。

 

 いや、理由はわかってるんです。

 

 先日の出来事はブライアン先輩とかルドルフ先輩から聞いていましたからね。

 

 私がいないところで私の争奪戦が勃発していると。

 

 私の身体は一つだというのに皆で引っ張り合わないで! 

 

 海外まで引っ張られるのはご勘弁願いたいんですけど本当。

 

 

「ただでさえ貴女達で頭が痛いというのに……もう」

「なッ!? ドゥラちゃんはそうかもしれないですけど私は違いますよ!」

「あー! そうやって裏切るのは良くないんだぞキズナちゃん!」

 

 

 わちゃわちゃしている後輩二人の姿に改めてため息が出る私。

 

 仕方ないからディープちゃんに私はヒラヒラと手を振ってあげます。

 

 わかりましたから、ちゃんと見ときますから安心してください。

 

 それが伝わったかどうかは知りませんけど、ディープちゃんは軽く笑みを浮かべてゲートに向かい走っていく。

 

 どうやら満足してくれたようだ。なんだこれ。

 

 

「先輩方って私の扱い大変だったんだろうなぁ……多分、今も大変なんだろうけど」

「何悟ったような事言ってるんですか?」

「今も現在進行形で問題児ですよアフ先輩」

「なんだとこのやろう」

 

 

 二人の連携攻撃に思わずカチンと来る私。

 

 いや、でも先日やらかしたばかりなんで何も言えない、何だったらこの二人よりも問題行動してるんじゃないでしょうかね、私。

 

 自覚がありながらも己を貫き通す、うむ、我ながらカッコいい。

 

 おい、そこ、相変わらずアホとか言わない、聞こえてますからね。

 

 アフだけにって、やかましいわ! 

 

 

「貴女達、始まるわよ、戯れてないでレースに集中しなさい?」

「はーい」

「すいません」

 

 

 そう言ってドーベルさんから注意を受けた二人は素直に従う。

 

 ドーベルさんも義理母が居なくなってからよくアンタレスを纏めてくれています。

 

 姉弟子やライスシャワー先輩も頼り甲斐はあるんですが、やっぱり、不在の時などもありますし、常にチームを見てくれる人がいてくれるはありがたいです。

 

 え? 私ですか? 私が纏めるチームなんてとんでもないことになるに決まってるじゃないですかーやだなー。

 

 多分、ルドルフ会長の胃に穴がバチバチ空いちゃいますよ。

 

 ゲートの前で軽く準備体操をしながら、視線を交差させるナリタブライアン先輩とディープインパクトちゃん。

 

 おー、二人ともバチバチ火花散らしてますねー。いいぞー! もっとやれ! 

 

 これぞ野次ウマ精神、ウマ娘だけにな! 今、我ながら上手いこと言った気がするぞ。え? 気のせいですか? そうですか。

 

 そんな最中、私は肩を叩かれました。

 

 

「何してんだ? アフ」

「あれ? ゴルシちゃん。そりゃ今からレース観戦を……」

 

 

 そして、私が振り返った先には満面の笑みを浮かべたゴルシちゃんがいました。

 

 手には何故か、チアガールのコスとなんかわからんが焼きそばを持っています。

 

 おい、なんだその笑顔の圧は……。

 

 

たこ焼き担当、頼んだぞ」

「………………」

 

 

 私はゴルシちゃんのその一言に思わず顔を引き攣らせます。

 

 おい! おかしいだろ! なんでまた私たこ焼き売らないといけないんですか! 

 

 しかもそれ、スカート丈は短いわ、胸のサイズは合ってないわで大変だった衣装じゃないですか。

 

 まあ、スカート丈に関しては今は下はスパッツ穿いてるからいいとして、胸のサイズはちゃんと合わせてるんでしょうね! 

 

 キズナちゃんもドゥラちゃんも目を輝かせながら口を合わせ可愛いとか言ってるんじゃないよ。

 

 

「安心しろーお前達の分もあるぞー」

「本当ですかー!」

「やったー!」

 

 

 そして、この二人、なんとノリノリである。

 

 流石は一筋縄ではいかない我が後輩達である。これも私の指導の賜物だな(白目)、だめだ、頭痛くなってきた。

 

 助けてフジキセキ先輩、最近、勝負服の胸ばかり見てますけど助けて。

 

 あの人、意外とあるんですよね。正直、最初見た時は感動しました。

 

 まあ、そんな事はどうでもいいんですけど。

 

 

「ほら行くぞー」

「やだやだー! レースを普通に見たいんですー!」

 

 

 といった感じに意思は関係ないとばかりにゴルシちゃんから更衣室へ引き摺られていく私。

 

 キズナちゃんとドゥラちゃんはなんだか楽しそうにそんな私の後からついて来ます。

 

 二人の大事なレース前だというのになんでこんな事に! 

 

 それからしばらくして、更衣室から出て来た私は自分が着たチアガールの衣装を確かめる。

 

 前のチャックが閉まらずに下から胸が見えてます。

 

 おい、こんな衣装見たことあるぞ、神を喰らえとか言っていたゲームで、かわいいヒロインがこんな衣装してたな! おい! 

 

 

「……なんでこれ、胸が下から見える仕様なんですか」

「いや、お前の胸がデカすぎるだけだ。普通だぞ、ほれ」

 

 

 そう言って指差す先には可愛い後輩二人の姿が。

 

 なんか普通に衣装着てるじゃないですか、しかも似合ってるし、悔しい。

 

 そして、チアガールの衣装を着た二人は私の格好をまじまじと見つめるとそれぞれ口を開いて感想を述べ始めた。

 

 

「アフちゃん先輩やっぱりアレですね、敵いませんよ本当に超可愛いです!」

「凄い、下から見えてるよ! ドゥラちゃん!」

「え! 本当だ! 眼福眼福!」

 

 

 私のチア衣装を見てはしゃぐ後輩二人。

 

 二人は揃って私の胸の南半球に向かって手を合わせて合掌している始末である。

 

 流石にこのまま会場でたこ焼きを売るわけにはいかないので、ひとまず、いつもブライアン先輩が付けているような晒しでなんとか隠す事に。

 

 こんなん着ていたら本当いつか警察に連れてかれますよ。

 

 

「よし! 売るぞ! 野郎どもー!」

「おー!」

「たくさん売るぞー!」

「……皆女の子なんだけどね」

 

 

 私の冷静なツッコミは軽く流され、意気揚々とたこ焼きと焼きそばを抱えて観客席へ向かう私達。

 

 そもそも私達って何しに来たんでしたっけ? 

 

 レース見るためだった筈なのになー、あれれー? おっかしいぞー。

 

 そんな最中、レース会場ではいよいよディープちゃんとナリタブライアン先輩のレースが始まろうとしていました。

 

 

「両者! 構え!」

 

 

 主審の一言で会場の空気が止まり、静かな時が流れる。

 

 SWDT、三冠ウマ娘八番勝負、第3戦目。

 

 英雄ディープインパクト対シャドーロールの怪物ナリタブライアン。

 

 そのレースの火蓋が今……。

 

 

「始めッ!」

 

 

 勢いよく開いたゲートと共に切られた。

 

 ゲートが開いた途端に顔つきが一気に豹変し、飛び出す二人の姿に会場からは歓喜の声が上がる。

 

 二人の三冠ウマ娘が繰り広げるレースに観客達は大きな期待感を抱きながら釘付けになるのだった。



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迅雷風烈

 

 

 前回の遥かな、夢の11Rを見るために! 

 

 いよいよ始まったディープインパクトちゃんとナリタブライアン先輩との三冠ウマ娘同士のレース! 

 

 私達の中でも緊張が張り詰める中、いよいよゲートが開いてレーススタート! 

 

 どっちにも負けてほしくない私の割とどうでもいい乙女心を他所にゴルシちゃんに拉致られてたこ焼きを作ることになった私達。

 

 とんでもなくあざとい格好をさせられた私は後輩二人と共にたこ焼きを売る事になりました。

 

 なんでこうなったの! 

 

 そんな最中、私のたこ焼きは皆から何故か相変わらず好評! 

 

 そして、デッドヒートしそうなSWDTのレース! もうどっちが勝つの!? 

 

 お願い! 負けないで、ディープインパクトちゃん! ナリタブライアン先輩! 

 

 二人が今ここで負けちゃったら私やルドルフ先輩との約束はどうなっちゃうの? 

 

 ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、きっと私と戦えるんだから! 

 

 次回! アフトクラトラス死す! デュエルスタンバイ! 

 

 

 はい、そんなこんなで前回の回想なのか次回予告なのか訳の分からない茶番はここまでにしておきましょう。

 

 前回の回想なのに私が死んでるやないか、誰だこんな回想考えた奴! ちょっと出てこい! お前かゴルシ! 

 

 さて、そんなこんなで始まったSWDTの第三戦は互いに見事なスタートダッシュが決まってのスタートとなった。

 

 先行を取るのはディープインパクトちゃん。

 

 まあ、ディープちゃんは逃げもできる脚質ですからね。

 

 意外と器用なんですよねーあの娘。

 

 

「これは面白いレースになりそうですね」

「そうですね」

「いやはや、展開が読めませんよ」

 

 

 そう言いながら私の胸を下から揺らすドゥラちゃんとキズナちゃん。

 

 おいお前たち、早くたこ焼き売ってこんかい。

 

 なんで揃いも揃って私の胸を下から揺らしてんだこいつら。

 

 まあ、可愛い後輩に愛されてるのは嬉しい限りなんですけどね、私に対する依存が高い気がします。

 

 しかしながら、後ろにナリタブライアン先輩をつけるという事は相当リスキーだと思いますけどね。

 

 

「……確か、トレーニングトレーナーはタケさんでしたか、逃げならディープちゃんも慣れているんでしょう……ですが……」

 

 

 鬼気迫るようにピッタリとディープちゃんの背後に迫るナリタブライアン先輩の姿に私は顔を引き攣らせます。

 

 あれを経験したらわかるんですけど、めっちゃ怖いんですよね。

 

 まず、引き剥がせる気が全くしません。

 

 

「……体力を削られる分、不利なのはディープちゃんでしょうね」

 

 

 遠目から見てもわかるし、私もナリタブライアン先輩と走った事があるからわかります。

 

 ですが、ディープちゃんもかなり強いのも事実です。

 

 二人の実力は正直計りかねてます。どちらが勝ってもおかしくないですからね。

 

 

「アフちゃん先輩、ディープインパクト先輩、凄い綺麗なフォームですね」

 

 

 キズナちゃんはディープインパクトちゃんの綺麗で無駄のないフォームに感心する。

 

 道中のペース配分は後半に重要になってくる。

 

 後半に脚をためるための工夫を考えて、走り方の改善をかなり重ねたんでしょうね。

 

 すると、ドヤ顔で私の隣にいたドゥラちゃんが口を開いた。

 

 

「そりゃ、かつて暗黒面に堕ちたアフちゃん先輩を倒すために凄いトレーニング積んでたんだよ? あの時のアフちゃん先輩凄かったんだからキズナちゃん」

「え! それ本当! ドゥラちゃん! アフちゃん先輩って手から電撃出せてたの!?」

「待て待て、出せるかぁ! そんなもん!」

 

 

 自慢げに話すドゥラちゃんの言葉に目を輝かせるキズナちゃん。そして、そんなお馬鹿な後輩二人に私は待ったをかけます。

 

 誰が暗黒面に堕ちたですか! いや、確かにあん時はいろいろあって魔王とか言われてましたけども! 暗黒面とかどこの銀河系の話ですか!

 

 あと、真っ赤なライトセイバーとか持ってませんからね私。

 

 ウマ娘だけにホースと共にあれってか、やかましいわ。

 

 けどまあ、当時は魔王VS英雄とか言われてましたし、そんな風に思われていても仕方ないのかな。

 

 大体、あんなタコみたいな真っ黒な被り物被ってシュコーシュコーなんて私やってないですからね! 

 

 しかし、ドゥラちゃんは冗談をひとしきり言い終えると真面目な表情を浮かべながらこう話す。

 

 

「けど、あの時のアフちゃん先輩を倒す為にそれこそアンタレス式に加えて相当なトレーニングしてましたからね、ディープインパクト先輩は」

「ひぇ……」

「血反吐吐くくらいトレーニングしてたと思いますよ」

 

 

 ディープちゃんの走りを見ながら真剣に語るドゥラちゃんに思わず小さく悲鳴をあげるキズナちゃん。

 

 普段からアンタレス式のトレーニング積んでたらどんだけキツイかわかりますからね。

 

 そんな中、焼きそばを売っていたゴルシちゃんがひょっこり現れると一言。

 

 

「じゃあ、アフが暗黒面なら私はジェ◯イだな!」

「え?」

「大丈夫、ゴルシちゃんそれは一番ない」

「なんだとこのやろう」

 

 

 私は冷静な口調でドヤ顔のゴルシちゃんに容赦なく言い放つ。

 

 しかしながら私の即答にカチンと来たみたいですね。

 

 どちらかと言うと貴女達は戦闘民族でしょう。

 

 貴女とマックイーン先輩とオルフェちゃんは特にそう。

 

 メジロ一族なんて、あんなのトレセン学園のマンダ◯リアンかサ◯ヤ人ですからね。

 

 ほんと誰ですか、名家とか言い始めた人達、とんでもないですよ、あの人達は基本、戦闘民族ですから。

 

 そんな私はゴルシちゃんから、腹いせとばかりに背後から胸を鷲掴みにされます。

 

 

「そんな生意気な事いう胸はこいつかー!」

「んなぁ!? ば、馬鹿! 背後から掴むなっ! この服ただでさえアレなのに!? ……んっ!」

 

 

 溢れる溢れる! やめないか! 何ですぐゴルシちゃんは胸を揉むんですかね! 

 

 ドゥラちゃんとキズナちゃんはそれを見て感心したように、おー! と声をあげている始末。

 

 レースが落ち着いて見れたもんじゃないです。ただでさえたこ焼きを売りながら見てるってのに。

 

 大体、生意気言う胸ってなんですか、胸が喋るわけないでしょうが! 

 

 

「あ、レースが動きそうですよ?」

 

 

 そんなわちゃわちゃしている私達を他所にレースに目を向けていたキズナちゃんがそう呟く。

 

 ナリタブライアン先輩は静かにそれでいて淡々とディープインパクトちゃんに追従している。

 

 ナリタブライアン先輩とも走った事があるからよくわかります。また、あの人強くなってる。

 

 

「風の抵抗を最低限に走るあのスタイル、やっぱり恐ろしいですね」

「なんていうか、凄い威圧感を感じます」

「うん」

 

 

 ナリタブライアン先輩は凄まじくキレる末脚を持っている。

 

 それこそ、土壇場で根こそぎレースをひっくり返すような末脚だ。

 

 異様な威圧感、そして、その雰囲気はまるで天皇賞春のライスシャワー先輩の姿が重なる。

 

 多分、ナリタブライアン先輩も相当なトレーニングを積んできたんだろう。

 

 私は知っている。ナリタブライアン先輩も持っているのだ。

 

 私と同じものを。

 

 

「……多分そろそろギアチェンジしますよ」

「……え?」

 

 

 間の抜けた声を上げたのは私の隣にいたドゥラちゃん。

 

 私は一度、そのギアチェンジを一度見せてもらったことがある。

 

 スピードが急に切り替わるそれは、多分、重ねたトレーニングによって手にしたものだろう。

 

 あのギアチェンジを見た時は私も思わず度肝を抜かされましたからね。

 

 変幻自在に自足速度を変えられるというのはかなりの技術が必要になりますから。

 

 私も義理母から檄飛ばされて、泣きながら覚えました。

 

 

 会場の空気が次第に重くなっていく。

 

 それからしばらくして、先に動いたのは案の定、ナリタブライアン先輩だったようだ。

 

 ギアが切り替わるのが遠目で見てもわかった。

 

 普通はディープインパクトちゃんから仕掛けるのを待ってから動きに合わせるのが定石なんですがね、多分これは。

 

 

 

 

 

 

(……揺さぶりですか……。凄いプレッシャー)

 

 

 レースを駆ける私は冷や汗を掻きながら、背後から迫るナリタブライアン先輩に視線を何度か向けていた。

 

 引き剥がそうかと、何度かペースを変えたりしてもピッタリと張り付いてくる。

 

 これだけの圧力は有記念で追い上げてきたアフトクラトラス先輩以来だ。

 

 それだけ、ナリタブライアンというウマ娘が相当な強さだという事だろう。

 

 同じ三冠ウマ娘として、尊敬に値する。

 

 

(走ってみるまで分かりませんでしたがね……)

 

 

 全力のアフトクラトラス先輩と走った事がある私でも、背後から迫るナリタブライアン先輩の実力をまだ計り切れていない。

 

 どれだけの足を溜めているのか、どのタイミングで加速してくるのか。

 

 逃げが不利な事はわかった上で今回、逃げに回ったが、こんなプレッシャーを背後からずっと受けていたんじゃレースを作るどころの話じゃない。

 

 なんとか、今はペースを保ちながら、ギリギリで駆け引きしている状態だ。

 

 

「……流石はディープインパクトか、アフの奴とやり合っただけはあるな!」

「……どうもッ!」

 

 

 並ぼうとナリタブライアン先輩ペースを上げれば、私も合わせて上げる。

 

 これが揺さぶりって事は理解している。

 

 だが、前に行かせてしまえば、勢いがついてそのまま私が抜き去られるのは明白だ。

 

 だから、今は揺さぶりであっても敢えて乗る。揺さぶるにしてもナリタブライアン先輩もその分の体力は消耗している筈なのだ。

 

 

(……我慢合戦といったところですかね!)

 

 

 前にアフ先輩から聞いたことがあった。

 

 ナリタブライアン先輩を背後に背負うと凄まじく走りづらいと。

 

 あのアフ先輩さえ、並走で負かされた事があると話していたくらいだ。

 

 しかも、今回は本番、ナリタブライアン先輩は本気で私を負かしに来ている。

 

 背中から迫る異様なプレッシャーがそれを物語っているし、何にしてもナリタブライアン先輩の揺さぶりに対して何もしない訳にはいかない。

 

 レース巧者ぶりに思わず私も身体に力が入る。

 

 

(……だけどッ!)

 

 

 私とて、あれから成長してないわけじゃない。

 

 ナリタブライアン先輩は強い、多分、こんなに背後に圧を感じたのはアフ先輩以来だ。

 

 だが、私はあの時の宝塚記念からアフ先輩に近づくために死に物狂いでトレーニングをしてきたんだ。

 

 血反吐が出るほどに積み重ねたそれは決して裏切らないと背中でアフ先輩は語ってくれた。

 

 だから……。

 

 

「だからもうッ! 誰にも負けないッ!」

「……なんだと!?」

 

 

 ガツンと凄まじい地面が爆ぜるような踏み込み。

 

 その瞬間、会場の空気が一変した。

 

 いや、一番驚いたのはナリタブライアン先輩だろう。このタイミングでの急加速、表記はまだ800mも残っているというのにだ。

 

 ナリタブライアン先輩もそれに引っ張られるように足に力を込めた。

 

 

「面白いッ! 乗ってやるよッ!」

 

 

 続いて加速するナリタブライアン先輩。

 

 二人の対決はいよいよ最終局面へ、果たして勝つのは英雄かそれともシャドーロールの怪物か。

 

 会場に来ていた観客達は声を張り上げ、その決着に胸を躍らせていた。

 

 



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激走の行方

 

 

 

 急転直下で動き出したSWDT3回戦。

 

 いきなりのディープインパクトの仕掛けにすぐさま反応するナリタブライアン。

 

 二人の差はあまり無い、互いに余力が有り余っている状況だろう。

 

 先頭を走るディープインパクトを追撃するナリタブライアン。

 

 この構図に観客達が盛り上がらないわけがなかった。

 

 

「ディープ先輩凄い加速力ッ……!」

「並のウマ娘なら二歩目で千切れてしまいますよ! あんなの!?」

 

 

 異次元の加速力、これこそがディープインパクトの真骨頂。

 

 何者も寄せ付けることのない急加速は対応するにも一苦労する。驚くべきはこれがまだ本気ではないということ。

 

 私はディープちゃんと走った事があるからわかる。彼女が本気を出す時はその両翼が開いた時だ。

 

 その瞬間、その加速力がもう一段上がり、風を切り裂く。

 

 天翔けるウマ娘とはまさしく彼女の姿を指していると言っても過言ではない。

 

 

「ディープインパクトちゃんの走りは天を駆ける走り、だけど……」

 

 

 だが、後ろを駆けるナリタブライアン先輩の末脚の凄さを私は知っている。

 

 彼女の本気の走りは地を割く様に走るその剛脚だ。

 

 初動から一気に間合いを詰めて限界値まで速度を振り切らせる。

 

 その本気の姿はまさに、地を割る走り。

 

 地を這う私とは非常に相性が悪そうな走り方をしてくるんですよね。

 

 そして、ゴールが射程圏内に迫ってくる残り400mの地点。

 

 もはや互いに隠し玉はなしとばかりに、視線をぶつけ合うと、二人はいよいよ本領を全開で発揮し始めた。

 

 

「ここでッ!」

「仕留めるッ!」

 

 

 ガツンと互いに身体をぶつけ合うディープインパクトちゃんとナリタブライアン先輩。

 

 その間合いは全くなかった、完全な横並び状態である。

 

 こうなったら、もう小細工なんかは一切ない単純な脚力にものを言わせた殴り合いである。

 

 

「基本的にこの形になりますねやっぱり」

「ディープ先輩が優勢……っ!」

 

 

 いや、一見したら頭ひとつディープインパクトが有利に見えるだろう。

 

 だが、私はナリタブライアン先輩の走りをよく知っている。

 

 あれは、あえて前に行かせてるのだ。

 

 そう、ナリタブライアン先輩の真骨頂、それは直線で伸びる異様な末脚。

 

 

「そろそろ行きますよ、ブライアン先輩」

「……え?」

 

 

 間の抜けたキズナちゃんの声が溢れた瞬間。

 

 レース場の雰囲気がガラッと変わった。

 

 鋭く、切れ味の良い刃物、彼女の末脚はそう表現してもなんら違和感などなかった。

 

 

「ナリタブライアンの剛脚炸裂ッ!! さらに地面が割れたような音を立てるッ!?」

 

 

 グンッとさらに加速したナリタブライアン先輩に思わずディープインパクトちゃんは目を見開く。

 

 側面から増大するプレッシャー、それは、私と走った時に感じたものと同等かそれ以上のもの。

 

 これが、三冠を勝ち取ったウマ娘だけが身に纏う強者の覇気。

 

 

「私とてそれを持ち合わせていますッ!!」

 

 

 ディープちゃんが腰を低くして構える。

 

 両手を広げ、まさしく羽ばたくような構え、これが彼女の本気。

 

 ディープインパクトの天を駆ける走りだ。

 

 

「ディープインパクトが今ッ! 翼を広げましたッ! さぁ! 残り50mッ! 勝つのはどっちだッ!」

 

 

 隣で並走するナリタブライアン先輩の圧を跳ね返すディープインパクトちゃん。

 

 一瞬でも隙を見せればすぐに置いていかれる。

 

 互いに三冠という称号を得たもの同士、数多くの修羅場を越えて、数多くの強敵たちと戦ってきた。

 

 日本で一番強いウマ娘は誰なのか。

 

 己の横で走るのはその中の1人、化け物じみた強さで畏怖と尊敬を得た怪物だ。

 

 

「絶対にィ勝つゥ!」

「うおおおおおお!!」

 

 

 最後の追い込みでお互いに雄叫びをあげる両者。

 

 怒涛のデッドヒートに会場に来ていた全員が食い入るようにレースに釘付けになった。

 

 天空を舞い、地を割るウマ娘。

 

 その2人の決着は……。

 

 

「僅かにディープインパクトッ!? ディープインパクト体勢有利かッ! 際どいぞッ!」

 

 

 ほぼ同時にゴールになだれ込んだ。

 

 だが、ゴール直前、僅かにナリタブライアン先輩は身体をブラしてしまった。

 

 それが、僅かながら紙一重の差を生んだ。ディープインパクトちゃんがほんの少しだけ、体勢が有利に傾いたのだ。

 

 

「ディ、ディープインパクト! ディープインパクト一着! SWDT3回戦を制したのはなんとディープインパクトですッ!」

 

 

 

 ギリギリの勝負を制したのはディープインパクトでした。

 

 勝因は多分、ナリタブライアン先輩の最後のヨレでしょう。あれが少しだけディープインパクトちゃんを有利にしましたね。

 

 会場の観客達は皆、両者に惜しみない拍手を送る。

 

 勝ったディープインパクトちゃんも膝に手を当て、体力を使い果たしたとばかりに肩で息をしていました。

 

 それだけ、ナリタブライアン先輩が強かったということでしょう。

 

 あのプレッシャーを受けながら、ナリタブライアン先輩に勝つなんて凄い娘です。

 

 私でも、ブライアン先輩には並走で何度か負かされたことがあるというのに。

 

 後輩の成長が見れてなんだか嬉しいですね、素直に。

 

 まあ、負けるつもりはないんですけどね。

 

 私の方が勝ち越してるし! べ、別に焦ってねーし! 

 

 

「アフちゃん先輩、変な汗出てますよ?」

「ば、ばばば!? んなワケないでしょう! ほら! 撤収ですよ! 貴女達! 撤収!」

「えー、ウイニングライブ見ましょうよー」

「どちらにしろこんな破廉恥な格好で見に行けるワケないでしょ!」

 

 

 そう言いながらパッツンパッツンな自分のチアガールコスを指差して、ドゥラちゃん達に告げる。

 

 ウイニングライブなんて茶番を見とる場合かー! 走るんだよー! 

 

 ただでさえ本調子でないというのに、次のレース私が走らないといけないんですからね。

 

 海外のウマ娘がカチコミに来てるみたいですし、恥ずかしい走りなんてできないですから。

 

 そんな風に考えていた次の瞬間。

 

 私の胸元からバツンッという嫌な音が聞こえてきた。

 

 

「あ……」

「おや?」

「んなぁ!?」

 

 

 怒髪天になった、某北◯神拳伝承者みたく胸元がぱっくり開いた光景にドゥラちゃん達も目をまん丸にし、私も思わず表情が強張る。

 

 そして、それを見ていた会場からはオー! と何やら盛り上がるような声が上がってきていた。

 

 おい、これ前もどっかで見たことあるぞ! ふざけんなー! 

 

 私は胸元を見てくる観客達に向かい、顔を真っ赤にしながらすかさず手元にあるたこ焼きを投げつける。

 

 

「見てんじゃないよー! この変態どもがー!」

 

 

 せっかくのディープインパクトとナリタブライアン先輩のレースだというのにこんなオチは許されない! 

 

 ゴルシ! おい! お前のせいだぞ! 

 

 そんなゴールドシップは観客に紛れて何やらカシャカシャしてますしね! 

 

 そんな観客席での茶番劇を他所に、レース場では肩で息をしているディープインパクトが静かに呟く。

 

 

「あ、……危なかった。本当に……、あと少し詰められたら……」

 

 

 冷や汗を流しながらそう呟くディープインパクト。

 

 ほんの紙一重の差だった。

 

 余力を出すタイミングを僅かでもミスっていたら間違いなく差されていただろう。

 

 ナリタブライアンというウマ娘はそれほどまでに強かった。

 

 その証拠に、肩で息をしているディープインパクトとは裏腹にナリタブライアン先輩は飄々としたようにフゥーと大きなため息を吐くだけだ。

 

 このレースが下手をするとナリタブライアン先輩にとって不完全燃焼の可能性だって全然あり得る。

 

 すると、ナリタブライアン先輩はゆっくりとディープインパクトの元へと歩み寄り手を差し出してくる。

 

 

「見事な走りだった。私の負けだ」

「……よく言いますよ……。地力では私が負けてます、多分」

「さぁ……けど、結果は結果だ」

 

 

 そう言いながら差し出してくるナリタブライアン先輩の手をディープインパクトは握る。

 

 走り終えてヘトヘトなディープインパクトと表情を変えないナリタブライアン先輩。

 

 この図を見れば、どちらが果たして勝ったのかわからなくなる。

 

 すると、ナリタブライアン先輩はゆっくりとディープインパクトの耳元で静かにこう告げた。

 

 

「負け惜しみを言うなら……、多分、3000m以上なら私が勝っていたかもな? 2身差で」

「!?」

「……次またリベンジさせてくれ」

 

 

 そう言いながら笑みを浮かべるナリタブライアン先輩にディープインパクトは表情を曇らせる。

 

 3000m以上、確かにその距離はディープインパクトも走れなくはないが、ナリタブライアン先輩が言うようにそれだけの距離が今回あったならば間違いなく負けている。

 

 それは、ディープインパクトが自身がよく自覚していた。

 

 

「……まだまだ、強くならなくちゃいけないですね」

 

 

 自然とディープインパクトの口元に笑みが溢れた。

 

 彼女の視線の先には観客席でギャーギャーと騒いでいる青鹿毛の髪をしたポンコツマスコットこと彼女の姿が映っていた。ディープ視点なのに一人称がブレている

 

 打倒、アフトクラトラス。

 

 日本のウマ娘ならば、彼女を倒さない限り日本一のウマ娘は名乗れない。

 

 

「…………」

 

 

 あんな風に普段こそふざけているとはいえ、レースになればまるで別人。

 

 そんな表裏一体な顔が私にあることをディープインパクトはよく知っている。

 

 自分が今まで走ったことがないような猛者と戦えるSWDT、ナリタブライアン先輩との戦いを制したからといって決して慢心などはできない。

 

 克服しなければいけない課題が新しく見つかる。つまりこのSWDTは走る者にとって大きく成長する機会だ。

 

 ディープインパクトは静かにそのことを理解し、拳を握りしめ、会場の皆に向かい深々と頭を下げた。

 

 こうして、凄まじい激走を繰り広げたSWDT3回戦はディープインパクトの辛勝という形で幕を下ろすのだった。



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レースに向けて

 

 

 

 

 

 SWDT3回戦が終わって。

 

 はい、いよいよ次は私の出番ってわけなんですけども、なんと相手はあの金色の暴君って言うんだからもう大変ですよ。

 

 そんな私は先日レース場でたこ焼きを売って回りながら胸を晒すという恥ずかしい姿を晒してしまいました。

 

 もう慣れてますけどね。

 

 

「アッフー負けたぞー悔しぃー!」

「もー! 胸に顔押し付けてぐりぐりしないで! 鼻水とかついちゃうでしょー!」

 

 

 そう言いながら私の胸に顔を埋めてくるナリタブライアン先輩に苦笑いを浮かべる。

 

 仕方ないってちゃ仕方ないんですけど、毎度のことながら胸を貸すってこういうことじゃないと思うんですよね。

 

 

「やっぱり柔らかいなー、癒される……」

「柔らかいなーちゃうねん、揺らさないで」

 

 

 たゆんたゆんと私の胸を揺らしてくるナリタブライアン先輩に私は思わず顔を引き攣らせて青筋を立てる。

 

 わかってるんですかね、私とも走るんですよ貴女、三冠ウマ娘がこんなんでいいんですか! 

 

 え、お前も大差ないやんけですって? 

 

 それは否定できませんね、確かに毎回ルドルフ会長に怒られてますし、でもそれとこれとは話は別です、いいね? 

 

 さて、気を取り直してですが、SWDTの三回戦も終わり、私は次戦に備えて特訓中でございました。

 

 そらもう、毎日、坂路坂路坂路ですよ。

 

 これが遠山流特訓術といっても過言ではありません、つい最近では赤城山登りましたかね。

 

 巷では高速で坂を登る胸デカウマ娘が有名になっているとか、基本胸しか見てませんねほんと

 

 そんな中、たまたますれ違ったウマ娘達の話が耳に入ってきました。

 

 

「次戦はオルフェーヴルとアッフかぁ……」

「荒れそうだねー」

 

 

 もはや、私の呼び名がアッフになっている件について。

 

 トレセン学園にいるウマ娘達はもはや私を愛称で呼ぶという、おい、凱旋門ウマ娘の威厳はどこいったんだ一体。

 

 そんなことはどうでもいいんですが話す通り次戦はオルフェちゃんです。

 

 彼女とはマラソン以来ですかね、走るのは。

 

 だが、先程のウマ娘達が話す通り一つの懸念がそのレースに関しては集まっていました。

 

 そう、言わずもがな、私もオルフェーヴルも超ド級の癖ウマ娘だからです。

 

 場合によっては血の雨が降るぞなんて言われている始末。

 

 私を一体なんだと思ってるんですか! 失敬な! ぷんすこ! 

 

 

「お前は前科ありまくりだからな」

「ゴールドシップに並ぶほどの偉業だぞ」

「めっちゃ嬉しくない!」

 

 

 ナリタブライアン先輩とヒシアマ姉さんから口を揃えてこう言われちゃう私ってなんなんでしょうね。

 

 それからしばらくして、私はレース場で調整に入ることに、まあ、やる事はいつも通りのハードなトレーニングですがね。

 

 そんな私の走る姿を神妙な顔で見つめる白いウマ娘。

 

 彼女は私が走る姿を見ながら腕を組み何かを悟ったように呟き始める。

 

 

「それは胸というにはあまりにも大きすぎた。大きく、柔らかく、丸く、そして、大雑把すぎた。それは、まさに抱き枕だった」

 

 

 ちょっとそこ、真剣に坂を駆けあがっている人の胸を某ダークファンタジー漫画みたく言わないで貰っていいだろうか。

 

 大雑把ってなんですか!! 形はちゃんとしてますからね! 失礼な! 

 

 しかも、抱き枕で扱いである、解せぬ。

 

 そんなゴルシちゃんの呟きを他所に私はサイボーグ坂路を激走中でした。

 

 

「ハァ……ハァ……、全く! こちとら坂路アホみたいに走ってるってのに!」

「アフ先輩隙ありぃ!」

「甘いわァ!」

「なっ……! か、慣性ドリフトッ!!」

 

 

 赤城山だけでなく秋名まで走った私の足を舐めるなよ! 

 

 ドゥラちゃんやキズナちゃんに前を走らせるほど私は甘くは無い! 

 

 こちとら4WDのGTR相手に走ったりしとったんだからなぁ! 今考えたらだいぶ頭おかしいと思うんですがねそれは。

 

 そう、そんなさまざまな坂路を走り、勝ってきたんです、坂路最速は私に決まって……。

 

 

「まだまだ甘いですよ、妹弟子」

「ゲェ!? 姉弟子っ!?」

 

 

 そこから私を捲るようにしてひょっこりと顔を出したのはポーカーフェイスの姉弟子。

 

 そして、私の内側からはなんと。

 

 

「アフちゃん、油断大敵だよ?」

「ら、ライス先輩!?」

 

 

 なんと、ライスシャワー先輩が強襲。

 

 心なしか目が光って見えるのは多分気のせいでは無いでしょう。

 

 BGMにユーロビートが流れてきてる気がします。多分、これは気のせいではないはず。

 

 内側から現れたライスシャワー先輩から心なしか殺気を感じます、何故!? 

 

 

「坂路最速は私達を倒さないとあげないよ」

「かかってきなさい」

「上等です! 負けてたまるかぁ!」

 

 

 私は自分の脚に力を込めて更にペースを上げます。

 

 やっぱりなんやかんやで、このお2人と走るのが一番コンディションが整うんですよね。

 

 というわけで、サイボーグ坂路を激走して超追い込みをかけます。

 

 ずっと前は2人の後ろ姿を見ていた私ですが、今はもう2人と並んで走る事ができる。

 

 幾多の困難を越えて、ボロボロになりながら走り抜けてきたこれまで。

 

 サイボーグ坂路を駆け抜けた後、私は静かに息を整えながら空を見上げた。

 

 

(…………戻ってきましたかね)

 

 

 それは、自分の身体がようやく完全に近い形になりつつあるという実感。

 

 頭の中から溢れ出るエンドルフィンが全身を駆け巡っていくこの感覚。

 

 紙一重のレースを全て勝ってきたのは、これまで積み上げてきた途方もない努力があったからだ。

 

 

「へぇ……ようやくって感じか」

 

 

 そんな私の姿を遠目から眺めている1人のウマ娘がいた。

 

 鋭い眼差しに荒々しい鹿毛の短い髪、異様な空気感を身に纏う彼女は静かに笑みを浮かべていた。

 

 自分と同じような身長で、自分と同じように無敗。

 

 その得てきたG1の称号はどれも価値があるものだった。

 

 

「……そうじゃなきゃ、面白くねぇよな? アフトクラトラス」

 

 

 彼女は静かに必死で坂路を駆ける私を見ながらそう呟いた。

 

 彼女は知っている。私がどんなウマ娘かという事を。

 

 それは、アフトクラトラスという私の全ての原点、オリジン。

 

 ウマ娘として生を受け、そして、両親がいなかった私が本当は何者であるのか、それを、この最強のウマ娘の一角と言われているリボーは知っていた。

 

 アフトクラトラス、その名はギリシャ語で皇帝という意味を持つ。

 

 

「……お前と走るのが楽しみだぜ」

 

 

 その出会いが、私の全てを知る事になるとはこの時は考えもしませんでした。

 

 静かに意味深な言葉を呟いたリボーはその場から立ち去っていきます。

 

 

 

 さて、トレーニングが終わった私は日課の配信をしていました。

 

 アフちゃんねるも登録者数が増えて嬉しい限りですね。

 

 今日も私の分身、ヴァーチャルアッフを使って皆に媚を売っています。こういうのが人気に繋がりますからね。

 

 

「やっほーアッフだよ!」

 

『ヒャッハー! 新鮮なアフちゃんねるだ』

『パンツをよこせぇ!』

『胸を揉ませろォ!』

 

「なんだこの世紀末なコメント欄は」

 

 

 私に対するセクハラが凄い、見たことありますか? こんな配信者のコメント欄。

 

 核でも私のチャンネルに打ち込まれたんですかね。

 

 どうやらなかなか質が高い変態紳士達が集まってくるチャンネルになったみたいです。どうしてこうなった。

 

 

「気を取り直して、今日はマシュマロ読みますよ、全く本当に!」

 

 

『マシュマロ(アフちゃんの胸)』

『マシュマロ(アフちゃんの尻)』

『マシュマロ(アフちゃんの太もも)』

 

 

「なんだこの無駄な団結力は!? おかしいでしょ!」

 

 

 よく訓練されたリスナー達で草しか生えませんよ。

 

 いつからこんな風になってしまったのか、あかん、泣けてきた。

 

 コメント欄からのセクハラを他所に私は大きくため息を吐いて、とりあえずマシュマロを読むことにしました。

 

 

「えーと、ネームはアグ時計さんからですね。

 

 アフちゃんがライブでうまぴょいしてくれません、なんでうまぴょいしてくれないんですか? ですって」

 

 

『そうだそうだー!』

『うまぴょいが足りない』

『胸しか揺れてない』

『これは残当』

 

 

「なんだお前達まで、そんなに私にうまぴょいして欲しいのか! 大体なんですかうまぴょいって! 下手したら隠語じゃねーか!」

 

 

 私はバシンッとマシュマロを地面に叩きつけながら叫ぶ。

 

 いや、うまぴょい伝説ってなんかキャピキャピしてるじゃないですか、私が歌うと媚び度が高いなーとか思ったり、え? もう手遅れ? 

 

 うーん、まあ、多分、歌う機会は多分そのうちあると思うんでその時に歌いますし、踊ります。

 

 うまぴょい。

 

 

「うまぴょい」

 

 

『頭に手を当てて何してるんですか?』

『すごくアホの子に見える』

『可愛い』

『これは媚びてる』

 

 

「ざけんなー! やれ言うたの自分らやないかい!」

 

 

 ちょっとしたファンサで頭に手を当ててうまぴょいしてみたらこの言い草ですよ。

 

 なんだよ、私の扱い、涙が出てきますよ。皆、私を涙目にして楽しいか! 

 

 いや、腹パンしたいかどうかは聞いてないです。その振り上げた拳は下ろして、ステイ。

 

 

「……気を取り直して次行きましょうか……、ニックネーム、ドミニクゼンスキーさんからです。

『おい、別れの言葉は無しか?』ですって」

 

 

『草』

『誰だ、スポーツカーからドヤ顔で顔出してるやつ』

『キメ顔に違いない』

『そういや最近、秋名山と赤城山、妙義に坂走るウマ娘が出るって聞いたぜ』

 

 

「ギクッ」

 

 

 コメント欄で出た最近山道に出る走り屋みたいなウマ娘の話題に私は思わず冷や汗を垂らしながら視線を逸らす。

 

 すいません、それ実は私なんですよ、最近また走り込んでるんでもしかしたら正体がバレてるかもしれない。

 

 私はわざとらしく咳払いをするとカッコいいBGMを流しながら誤魔化すようにキメ顔で口を開く。

 

 

「フルスピードで走るのが私の人生だった……。だからお前達と私は兄弟だった、お前達もそうだったから」

 

 

『オーオーオーオー』

『トゥルルルールール』

『なんだこのコメント欄』

『アッフの場合はフルスピードで走りすぎなんだよなぁ』

『お前、人生フルスピードで駆け抜けるところだっただろ、いい加減にしろ』

 

 

 最後のコメントに関してはグゥの音も出ない。

 

 いやそうなんですけどね、あの時はフルスピードというかブレーキぶっ壊れてましたから、チキンレースもクソもないという。

 

 そう言えば、私って本当の姉妹とか家族とかって居るんですかね? 

 

 考えたことないですけど。

 

 きっと、どっかに居るのかもなー私の親族、従兄弟とか。

 

 そう考えると私と同様に癖が強そうな気がするのは気のせいですかね? 自分で癖が強いって言っててなんだか悲しくなってきた。

 

 

 オルフェーヴルとのレースを控えた私はリスナーさん達と楽しい時間を過ごすのでした。

 

 ちなみにこの後、引き摺り出されてまた坂路を走らされたのは言うまでもない。

 



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大遅刻

 

 

 さて、オルフェちゃんとの試合が近い中、私はあるウマ娘に呼ばれてトレセン学園のグラウンドに居ます。

 

 そのウマ娘というのは白い頭がちょっと飛んでいるウマ娘ゴルシちゃんです。

 

 

「おいお前、今失礼な事考えてなかったか?」

「いや、何も考えてませんよ、そんなーやだなー」

 

 

 私は視線を逸らしながらそう告げる。

 

 お前、今まで私にしてきたことを考えてみろ、胸はいつも揉んでくるわ、たこ焼きは売らせてくるわ、悪巧みを一緒に考えるわ挙げるとろくな事が無いぞ。

 

 まあ、そんなゴルシちゃんですが、多分、仮想オルフェーヴルとするならば彼女がなんとなく適役だと思いお願いしたわけです。

 

 

「オルフェーヴルのやつはいかんせん気が荒いからなぁ」

「そう貴女と一緒でね」

「どの口が言ってんだこのアホ、お前、会長に怒られてる回数ダントツ1位だからな」

「なん……だと……」

「私よりも癖が強いって皆口揃えて言ってんぞ」

 

 

 そう言って、欠伸をするゴルシちゃん。

 

 ば、馬鹿な、凱旋門賞を取り、魔王と恐れられたこの私がゴルシちゃんよりも癖が強いですと。

 

 何かの間違いですよ! 私、レースは真面目に走ってましたからね! 

 

 

「まあ、基本的にはお前は今じゃ色んな方面から要注意人物だしな、諦めろ」

「そんなっ!?」

「てか今更だろ、そのデカい胸に手を当てて考えてみろ」

 

 

 ぐぬぬ、なんて言い草だ。これは誠に遺憾であるぞ! 

 

 よし、そこまで言うなら手を当てて思い返してみようじゃないか! 

 

 私は自分の胸に手を当てて目を瞑ってこれまでの事を振り返ってみる。

 

 

「どうだった?」

「うん、柔らかいですね」

「そんなことは皆知ってんだよ」

 

 

 自分の胸に手を当てて考えて考えてみたが、柔らかいだけだった。

 

 思い当たる節がありすぎて考えるの自体を放棄しました。そんな過去のことアッフわかんない。

 

 皆、前を向いてポジティブに行きましょう、そう、私は過去を振り返らないウマ娘なんです。

 

 

「まあ、そうだなぁ、オルフェーヴルの対策ってならまず右のストレートを強化しないとな」

「ん?」

 

 

 あれ? 聞き間違えかな? 右ストレートって言いましたかね今。

 

 私は首を思わず傾げてしまう、うーんおかしいぞ、私はレースについてのアドバイスとか、あとは走り方について今日ゴルシちゃんを呼んだはずなんですけど

 

 

「あとはゴール付近でのラッシュをどうやって叩き込むのかが勝負の行方を左右するぞ」

「私が一緒に走るのは地下格闘場の格闘士か何かですか?」

 

 

 聞いた事ないわ! アホなんか! どこの世界にグーパンで殴り合うウマ娘のレースがあるんですか! 

 

 気性が荒いにも程がありますよ! 私も人の事言えないですけど! 

 

 ですが、ゴルシちゃんは確信を持って私に満面の笑みを浮かべながらこう告げてくる。

 

 

「互いに頭がプッツンしてるウマ娘が並走すんだから血の雨くらい降るだろ、多分そうなるぞ」

「えぇ……」

 

 

 私は思わずこのゴルシちゃんの言葉に顔を引きつらせる。

 

 つまり、オルフェーヴルとゴール直前でグーパンの応酬があると、ボクシングの試合かな? 

 

 そんなレース見たことないんですけど、ゴール前にどっちか意識飛びませんかねそれ。

 

 

「まあ、冗談はさておき、タフな試合になるんは間違いないな、身体のぶつけ合いは間違い無くあるぞ、プッツンしたオルフェーヴルは強引に身体ぶつけて来やがるからな、まあ、私なら逆に弾き飛ばしてやるけど」

「そういや貴女この間、レースで誰か吹っ飛ばしてましたよね?」

「あぁ、ジェンティルドンナだろ? あのバカ、タックルしてきやがってさー、逆に跳ね返してやった。オルフェにもタックルしたって言ってたっけなーそういや」

 

 

 

 ご愁傷さまジェンティルドンナさん、貴婦人というかタックラーになっていませんか? ラグビー部ですかね? 

 

 オルフェーヴルがよろけるタックルをものともしないなんてやっぱりゴルシちゃんは頭がおかしいんやなって。

 

 え? お前が言うなですって? なんだとこの野郎。

 

 

「ゴルシ、やっぱりお前がナンバーワンだ」

「何言ってんだ、お前もだぞ♪」

「嫌だー! 離せー! 私は癖ウマ娘を卒業するんだー!」

「大丈夫大丈夫、オルフェくらいならぶっ飛ばせるからよ!」

 

 

 聞いた相手が悪かった、もうなんて言うかダメな気がする。

 

 勝つ勝たないとかじゃなくて趣旨がぶっ飛ばすぶっ飛ばさないになってますからね、まるで意味がわからんぞ! 

 

 まーた、私病院行きですか、その時は誰が私を優しく看護して欲しいものですよ、スーパークリークさん! 君に決めた! 

 

 

「ほんじゃ走るぞー」

「…………」

 

 

 ズルズルとゴルシちゃんから襟を掴まれてレース場に引き摺られていく私。

 

 そこから、私はゴルシちゃんからトレーニングを受けることになった。

 

 

「よーし! それじゃまずは紐走りだな」

「紐走り?」

「アフ、お前あんまり追い込みしたことないだろ? とりあえず紐で身体括るから私の走りについてきな」

 

 

 そう言って、屈伸をするゴルシちゃん。

 

 私はそんなゴルシちゃんを横目に見ながら準備運動をしつつ、身体をペターンと地面に引っ付ける。

 

 だが、私は横目に見ていたゴルシちゃんの表情を見て少しだけ驚いた。

 

 その眼差しは真剣そのものだったからだ、ふざけ倒していた先程とは違い何やらスイッチ入ったみたいです。

 

 そんな中、ゴルシちゃんは笑みを浮かべ、私に静かにこう告げる。

 

 

「お前に見せてやるよ、掟破りのゴルシワープってやつをな」

「はい?」

「行くぞー! ついてきやがれい!」

「あっふっ!?」

 

 

 そう言って、いきなり走り始めるゴルシちゃん

 

 あだだだだだだ! バカバカバカ! 引きずっとんねん! 

 

 見ろ見ろ! まだストレッチ中だったでしょうが私! 

 

 あ、ちなみに皆さんに言うの忘れてましたが、これ最終調整です。

 

 

「ったくっ!? めちゃくちゃなんですから!」

「はっはー、あの体勢からよく持ち直しやがったな!」

「うっさいわ! アホ!」

 

 

 パンッと地面を蹴り上げてすぐに走る体勢に入り、並走を開始する私はそう言いながらゴルシちゃんに悪態を吐く。

 

 しかしながら重りをつけてる私を軽々と引き摺るなんて、なんて脚力と腕力してるんですかこの娘は……。

 

 相変わらずとんでもないですね。

 

 

「じゃあ、行くぞ……、これ、あんまし他のやつには見せた事無いけどな」

「ほぇ」

 

 

 次の瞬間、何かがゴルシちゃんの足元で爆発するような音が聞こえました。

 

 そこから、私はグンッ! とゴルシちゃんから強引に引っ張られます。

 

 それは、私が今まで体験した事がない急加速でした。

 

 

(な……!? なんですかこの末脚ッ!?)

 

 

 これまで、何度かゴルシちゃんのレースを見たことはありました。

 

 ですが、これほどまでの急加速は見た事がありません。

 

 私はほぼほぼこの時点で確信しました。

 

 こいつ、普段のレースを『本気』で走って無かったなと。

 

 それほどまでに異常な末脚だった。

 

 

「奥の手って奴ですか!」

 

 

 これには私もスイッチを入れるしかありませんでした。

 

 こんな走りを間近で見せられたんじゃ黙ってられないでしょう、というか、私の最終調整ですしねこの並走。

 

 

「へっ! やるじゃねーかアフ」

「こちとらG1で化け物とやり合ってきたんですよ! 当たり前じゃあ!」

 

 

 クソがよ! なんでレース前にこんなガチめに走らないといけないんですか! 

 

 これは背後からルドルフ会長のマシュマロを掴んで揉み上げるのレベルの所業ですよ。

 

 ちなみにこの間やったら頭にグーパンを食らいました、マシュマロはめっちゃ柔らかかったです。

 

 

「ラストスパートだぞ! ついてこいよ!」

「逆に置いていかれないでくださいよ!」

 

 

 ドンッと互いに急加速する私とゴルシちゃん。

 

 その息はピッタリでした、なんだろう、ゴルシちゃんと息ぴったりってなんだかアレなんですけどね。

 

 

「おっしゃあー!」

「ぬあー!」

 

 

 こうしてなんやかんやありながら、最終的な追い込みは非常に良いものになりました。

 

 かなり雑な追い込み方なような気もしますが、アンタレス式だから何も問題ないよね! 

 

 

 そんなこんなで迎えたレース当日。

 

 不安そうな表情を浮かべたルドルフ会長は私の登場をハラハラした心境で待っていました。

 

 

「あいつまたなんかやらかさないか? 大丈夫か? ブライアン? 今日は海外の名だたるウマ娘達も見に来てるんだが」

「大丈夫だルドルフ、心配するな」

 

 

 そう言って、心配そうな表情を浮かべているルドルフを安心させるように告げるブライアン。

 

 ブライアンがそう言うなら多分、大丈夫なんだろう、なんせ、アフトクラトラスと一緒にいる時間は長いのだから。

 

 ルドルフはとりあえず腕を組んだまま大きく一息つく。

 

 

「あいつは間違いなくやらかす」

「おい! 全く安心出来ないぞ! それは!?」

 

 

 悲しいかな、ブライアンの言葉はルドルフの安心を木っ端微塵にするものだった。

 

 これではションボリルドルフである。ルナちゃんファイト! 

 

 そんな皆の心配をよそに私はと言うと。

 

 

「……寝過ごした」

 

 

 盛大な寝坊をかましていた。

 

 あかん、昨日夜遅くまでFPS配信をしていたらこんな時間に起きてしまった。

 

 ち、違うんです。あまりに興奮しちゃって寝れなかったから魔が差してやっちゃったんです。

 

 うむ、これは間に合いそうにないな。

 

 冷静になった私はもう1回布団を被り……。

 

 

「アフちゃん!? 何してんの一体!!」

「ヴェ!?」

 

 

 メジロドーベルさんに叩き起されました。

 

 そらもうドーベルさんは激おこプンプン丸です。

 

 今ではアンタレスの総指導をしてますからね、看板の私がこの有様ですから。

 

 

「早く着替える! なんだったら裸にひん剥いて会場に連れていくわよ!」

「ひぃ!? は、早く着替えますです!」

 

 

 私は慌ててバタバタと着替えを行い全力疾走で会場に向かう羽目になりました。

 

 なんもかんも夜更かしさせるゲームが悪い。

 

 そういう訳で私はしばらくゲーム禁止令が出ました。解せぬ。

 

 その後、遅れて会場入りしてルドルフ会長から大激怒を食らったのはいうまでもない。



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開戦の狼煙

 

 

 

 レース会場の一角。

 

 そこでは、海外から来たウマ娘がVIP席の様な場所で集団で座り、アフトクラトラスのレースを一目見ようと集まっていた。

 

 もちろん、ディープインパクトやルドルフ達のレースも彼女達はずっとここで観戦しているわけだが。

 

 

「アフトクラトラスが遅刻ですって?」

「あははははは! アイツはやっぱり面白ぇな本当!」

 

 

 アフトクラトラスの遅刻の報告が彼女達の耳に入りざわついていた。

 

 こんな会場に人が集まっている中、盛大に遅刻をしてくるウマ娘なんて聞いた事が無い。

 

 そんなアフトクラトラスの話にイラついていたのはこの海外ウマ娘である。

 

 

「あんのアホがァ! 私はあんなバ鹿に負けたのか! あー!! 悔しいッ!」

「お、落ち着けダラカニ」

 

 

 そう、アフトクラトラスと二度に渡り走り勝負したダラカニである。

 

 ダラカニは正直、アフトクラトラスの実力に関しては認めている。

 

 認めてはいるが、あのウマ娘の破天荒加減と無茶にはちょっとばかりやきもきしていた。

 

 凱旋門を獲り、そして、自国の三冠を獲り未だに無敗。

 

 そのG1勝利数は最早伝説の域にまで達そうとしている。

 

 そんな国を代表するようなウマ娘が素行に難ありのアホだという事がダラカニには非常に腹立たしかった。

 

 

「まあ、そんなこと言い始めたら私とかどうなんだよ」

「私らも大概だからなぁ」

「うむ」

「貴女達の話はしてないでしょ! あー! 本当に! なんでこうなるのかしら!」

 

 

 そう言いながら頷くサンデーサイレンスを初めとした海外ウマ娘達の反応に頭を抱えるダラカニ。

 

 海外のウマ娘達も素行に難ありのウマ娘達は確かに沢山多くいるため、なんとも言えない、というか、大半がエゴの塊の問題児軍団である。

 

 そんな最中、リボーは嬉しそうに笑いながらシーバードにこう告げる。

 

 

「なぁ、このレースが終わったらいよいよ始めるんだよな? シーバード」

「まあね、とりあえず準備しとかなきゃね」

「おーおー遂にはじめんのかい姫様」

 

 

 中央に鎮座する世界の絶対王者、シーバードの一言に嬉しそうに笑うサンデーサイレンス。

 

 そう、この三冠ウマ娘のレースは始まりに過ぎない。

 

 彼女達にとってみれば、それは、ただの前座。

 

 シーバードは笑みを浮かべたまま口を開く。

 

 

「この国の最強は全部頂くわ」

 

 

 日本のウマ娘達からの全ての王座強奪。

 

 今日はそのきっかけになる日だと、シーバードも含め全ての名だたる海外ウマ娘達はそう決めていた。

 

 アメリカンファラオ、ダンシングブレーブ、ブラックキャビア、シーザスターズ、アフォームド、カーリン、デイラミ、マンノウォー、シアトルスルー、フランケル。

 

 それだけでなく、その他の海外ウマ娘達は嬉しそうに笑みを浮かべ、血をたぎらせていた。

 

 召集がかかった全ての海外ウマ娘達は凄まじい雰囲気を醸し出しながら目を光らせる。

 

 いよいよ、この国で走ることができるのかと。

 

 

「よくもまぁ、こんな面子に声を掛けたもんだ、オールスターじゃねぇか」

「その方がワクワクするでしょ? ほら、日本のウマ娘達が力足らずでもあなた達のバトルで盛り上がるじゃない?」

「普通はこんな面子が国に乗り込んできたら卒倒もんだけどな」

 

 

 海外の怪物オールスター達を改めて見たサンデーサイレンスは肩をすくめる。

 

 なんだったら自分は日本側についてやりたいくらいだとも思った。こんな連中相手に走るとなるとどれだけの凄いウマ娘を日本中からかき集めてこないといけなくなるのか。

 

 すると会場の盛り上がりに気がついたシーバードが笑みを浮かべて静かに呟く。

 

 

「あら、ようやく来たわねちびっ子が……」

「ったく……ようやくかよ。……ん? なんかあいつ頭にコブできてないか?」 

 

 

 たんこぶを携えてゲートから出てきたのは何を隠そう今日の主役であるアフトクラトラスである。

 

 ずいぶん遅刻をしていたみたいだが、何故か頭にたんこぶを乗せているようだった。

 

 

 

 さて、ようやく会場入りした私ですが、ルドルフ会長からこってり絞られ、頭にげんこつをいつもの様に受けました。

 

 たまには、なでなでしてくれていいではないですか、だからルナちゃんはお尻が弱いとか言われるんですよ! 

 

 あ、1番言ってるのは私でしたか、それはすまんかった。

 

 まあ、遅れた私が悪いんですけどね! 

 

 オルフェちゃんは腕を組んだままこちらを真っ直ぐ見つめ、静かな声色でこう告げてきた。

 

 

「……舐めてるんですか先輩」

「あー……ごめんごめん、まあ、ぶっちゃけ舐めてる」

「………………」

 

 

 私からの容赦ない一言に顔を歪めるオルフェちゃん。

 

 舐めてるって言えばそうだし、否定しようがないですからね、遅れてきてますから私。

 

 喧嘩腰できてるならこちらもそう応えないと呑まれちゃいますからね、わざわざ、遅刻くらいで恐縮するのがバ鹿らしいですし。

 

 すると、マスクを外したオルフェちゃんがメンチを切りながら凶悪な表情を浮かべ、私へガンを飛ばすようにデコを突き合わせてきました。

 

 

「そうか、なら遠慮なくぶっ飛ばせるなぁ! 先輩よォ!」

「やれるもんならやってみろや小娘がァ」

 

 

 それに触発された私も一歩も引かず瞳孔を開かせてデコをオルフェちゃんに突き合わせる。

 

 その様はもはやレースを行う二人とは思えない様なやりとりだ。

 

 思わずこれには苦笑いを浮かべたルドルフ会長とナリタブライアン先輩が乱入し仲裁に入る。

 

 

「お前達、当たり前だが格闘技の試合じゃないんだぞ」

「喧嘩は御法度だ。レースを中断させたいのか?」

 

 

 ピリピリした空気が会場に流れる。

 

 ぐぬぬ、いやしかしですよ、私とオルフェちゃんですよ? 荒れないわけがないじゃないですか! 

 

 そんな中、ナリタブライアン先輩は何か悟った様に私とオルフェちゃんの手を握るとそれを何故かそっと私の胸に置いてくる

 

 

「まあまあ、これでも揉んで落ち着け」

「ちょっと、私の胸なんですが、自分の胸なんですけど」

 

 

 何故私の胸なんですかね、普通、キレてる相手に対して自分の胸差し出すやつなんていますか? 

 

 おい、ブライアン先輩、貴女も立派なものつけてるでしょう、普通そっちでしょうが、おかしいぞ! 

 

 そんな中、オルフェちゃんは私の胸を揉んだ後にスンッと何か悟った様な表情を浮かべていた。

 

 

「すごくおちついた」

「だろう?」

「なんでだよ!!」

 

 

 え? 何? 私の胸からマイナスイオンでも出てるんですか? 

 

 あれですか、人をダメにするソファと同等の能力があったと? いやそれはおかしい。

 

 そんな私たちのやりとりを見ていたルドルフ会長がすごく頭が痛いと頭を押さえながら左右に首を振っている。

 

 奇遇ですね会長、私も頭が痛いです。

 

 

「なんか揉めてたみたいだけど……」

「オルフェーヴルがアッフの胸触った瞬間、会場が静かになったぞ、なんでだ?」

 

 

 わからん、私にもなんでそうなったのか全くわからん。

 

 ルドルフ会長に至ってはもう静かになればなんでも良いやといった具合ですしね。

 

 胸を生贄にされた私は愕然とした様子で片手で自分の胸に手を当てたまま棒立ちするしかありませんでした。

 

 

「よし、落ち着いたところでゲートに入れお前達」

「……はい」

「…………なんだろう、この……なんだろう」

 

 

 なんとも言えないこの気持ちはなんだろう。

 

 戦闘モードだったのに頭から冷水が入ったタライを叩き込まれた様な気持ちはなんでしょうか。

 

 ションボリしている私の尻尾を見ればこの惨状がよくわかると思います。

 

 とはいえ、もうレースも始まるし切り替えて走らないと。

 

 そう切り替えた私は静かにゲート前へ移動すると軽くストレッチを行いそのままゲート入りすることにした。

 

 

 

 

 そんな私達の姿を見ていた海外のウマ娘達は静かに沈黙したのちにダラカニの方へそっと視線を向ける。

 

 

「本当にあれに負けたのかお前……」

「いや、なんて言うか……その……」

 

 

 可哀想な娘を見るような眼差しをダンシングブレーブやラムタラから向けられるダラカニ。

 

 それを聞かれたダラカニは静かに立ち上がると、どこでそんなものを調達してきたのか、木製のバットを片手にどこかへと早足で向かいはじめる。

 

 それを見たイージーゴアとハリケーンランがすかさず止めに入った。

 

 

「待って、ダラカニ!? そのバット持ってどこ行くつもり! ステイッ! ステイッ!」

「ダラカニの姉さん待ってッ! 早まっちゃダメですってば!」

 

 

 そう言いながら、すぐにでもバットを持ってレースに殴り込みに行かんとするダラカニの腰にしがみついて静止する。

 

 ダラカニにしたらあんなアホなウマ娘に2回も負けていることが屈辱であり、羞恥でしかなかった。

 

 この間の有記念を見て感動したと思いきやこれである。

 

 自分が尊敬するウマ娘達が何人も見に来ているというのにこれでは生き恥だ。

 

 

「離しなさぁい! あいつを消して私も死ぬ!」

「ちょっとッ!? 落ち着いて!?」

「アフトクラトラスゥ!! もう許さない!」

 

 

 どっかのヤンデレみたいなセリフを吐くダラカニ。

 

 そんな取り乱すダラカニを抑える海外ウマ娘達。

 

 ワイワイガヤガヤとそんな取り乱す彼女を他所に静かにレース会場を眺めている海外のウマ娘達がいた。

 

 そう、シーバードをはじめとしたトップのウマ娘達である。

 

 そんな中、腕を組んだまま席に座っているリボーは隣に座るセクレタリアトにこう話し始めた。

 

 

「……あの脚、だいぶ仕上がってやがるなあいつ」

「……ん? アフトクラトラスか?」

「あぁ、見りゃわかるさ、相当走り込んできたんだろうぜ、しかも平地で走ったような筋肉のつき方はしてねーな」

 

 

 リボーの言葉に静かに頷くセクレタリアト。

 

 彼女達はもはや先程までの珍事などは全く気にしていなかった。

 

 その視線はゲート入りしたアフトクラトラスとオルフェーヴルに向けられていた。

 

 三冠ウマ娘、彼女達はそう呼ばれている。

 

 三冠レースは海外にもあるが、その三冠を取るということはかなりの実力と運を兼ね備えてなければ成すことができない称号だ。

 

 

「オルフェーヴルってウマ娘……。あれも相当面白いウマ娘だな、サンデーに少し似てる気がするが……」

「まあ、確かにそんな気はすっけどなァありゃ見てて面白い」

「特に気が荒いとことかな」

 

 

 そう言いながら、リボーとセクレタリアトの二人は笑いを溢す。

 

 あれらが、自分達に挑んでくると考えるだけで心が躍る。

 

 彼女達は常に強敵との戦いに飢えている。強くなりたいと常に思い、そして、気高いプライドをこの場にいる全員が持っている。

 

 才能に恵まれ、更にその才能に磨きをかけてきた猛者達。

 

 そんな自分達を満足させてくれる存在がこの小さな島国にいるということがとても喜ばしかった。

 

 ゲート入りしたアフトクラトラスとオルフェーヴルの二人の準備が終わったのを遠目で確認するとリボーは静かにこう呟く。

 

 

「……ゲート開くぜ」

 

 

 リボーの呟きと共にバンッ! という音とともに開くゲート。

 

 その瞬間、二人のウマ娘が勢いよく飛び出して身体を思いっきりぶつけ合う。

 

 先程までの珍事が嘘のようなレースの展開に会場は一斉にどよめいた。

 

 SWDT4回戦。

 

 アフトクラトラスとオルフェーヴルとの一騎打ちの火蓋が切られた。



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波乱の幕開け

 

 

 

 スタートは案の定身体のぶつけ合いから始まりました。

 

 体格差から言えば私の方が不利でしょう、オルフェちゃんの身体つきからして吹き飛ばされるのが私だと会場の皆が思ったはずです。

 

 

「ぐっ……」

「……ぐぬっ!」

 

 

 ですが、私はよれないどころかバチバチでオルフェちゃんに自ら身体をぶつけにいきます。

 

 こんなところでよろけるようなヤワな鍛え方なんてしてきてませんからね。

 

 互いに顔を歪めるオルフェちゃんと私。

 

 

「すげぇなアフ、体格差のあるオルフェーヴル相手に1歩も引いてねぇ」

「私の鍛え方の成果だな」

 

 

 そう言いながら、腕を組み頷くゴルシちゃん。

 

 確かに、実際に走っている私としてはその実感はあった。

 

 実践に近い形でゴルシちゃんからタックルを受けながら並走をしていたおかげか、オルフェちゃんのタックルに関してはなんともない。

 

 そんな私の様子をゴルシちゃんの隣で眺めているドーベルさんはこう続ける

 

 

「アフちゃんは元々体幹が凄く強いし強靭なのよ、アンタレス式……いや、アンタレス式の中でもハードな遠山式トレーニングを積んできてるわ、並大抵な体当たりじゃびくともしないわよ」

「それに加えて私の実践が加わってって事だな? よーし! アッフ! オルフェのやつぶっ飛ばしてこーい!」

 

 

 そう、元々ある遠山式軍隊トレーニングを重ねた私にはそもそもラフな体当たりなどは全然意味をなさない。

 

 実際、海外遠征でもキングジョージを走る際にアラムシャーさんから洗礼を受けましたからね。

 

 アレはマジで痛かった。血が出ましたし、やり返しましたけど。

 

 殴り合いならこちとら引けをとりませんよ。

 

 

「やっぱり凄い……、あれでよれないなんて」

「舐めんな後輩、こんくらいしょっちゅうある事だ、それと、早くそのマスク取らないと私には勝てませんよ」

「………………」

 

 

 そう言いながら、私は横目にオルフェちゃんを見ながら告げる。

 

 するとオルフェちゃんはニヤリと笑みを浮かべるとマスクを手に掴んでそれを思いっきり上へと投げた。

 

 彼女は凶悪な笑みを浮かべたまま、並走する私にこう告げる。

 

 

「上等だよ! とことんやろうぜ先輩!」

「はっ! かかってこいよ! 生意気な後輩がッ!」

 

 

 そう言って、私はドンッと足に力を入れてオルフェちゃんの先手を取る。

 

 背後からの方が私を倒しやすいでしょう? なら、いいハンデになるでしょうこれがね。

 

 あと、投げられたマスク、すまんかった。

 

 私がオルフェちゃんを煽ったばっかりに、なんか知りませんがとある方がオルフェちゃんから振り落とされて飛翔してる光景が目に浮かびます。

 

 

「先手はアフがいったか!!」

「こりゃおもしろいねい」

 

 

 レースの展開に声を上げるルドルフ会長。

 

 その隣で腕を組みながら眺めているシンザン先輩は面白くなってきたと笑みを浮かべていた。

 

 コース取りからして、互いに安定した距離感に収まったこの状況、再びぶつかり合うとすればそれはおそらく直線だ。

 

 1000m、800mと表記が過ぎていく。

 

 さて、復帰戦の天皇賞以来ですからね、足の調子が果たしていいものかどうか。

 

 有記念のあの出来事から、私が前のような走りに戻すまで相当なリハビリとトレーニングを積んできました。

 

 以前のように走れるかわからないと言われたこの足がどれくらいなものか。

 

 

「頼みましたよッ! 相棒ッ!」

 

 

 そう言って私は自分の足を軽く叩く。

 

 表記が600m地点、私はここで仕掛けることにした。

 

 足に思いっきり力を入れて、酸素を肺に一気に取り込む。

 

 ドンッ! と力を入れて地面に脚をたたきつけたその瞬間。

 

 

「今から走り比べか? 待ってたぜぇ」

 

 

 私の隣にはそう囁いてくるオルフェーヴルちゃんの姿があった。

 

 私は思わず目を見開く、いつの間に並ばれていたのかと。

 

 いや、それよりも私が仕掛ける前に彼女はもう動き出していた。

 

 

「……マジかよアイツ」

「なんて脚してやがる、さっきまで……」

 

 

 二、三身差あった距離を一瞬で詰めてくるそのオルフェーヴルの瞬発力にその会場にいた全ウマ娘が驚いた。

 

 私だって例外ではない、それなりに差を広げていたつもりだったが、このプレッシャーには思わず冷や汗が出た。

 

 超スピードの豪脚、私は表情を歪め、一気に引き剥がすため加速する。

 

 

「おっとアフトクラトラス! 一瞬にしてオルフェーヴルに並ばれた! まだ直線ではありませんが一気にレースが動きそうです!」

 

 

 四の五の言っている暇はない、多分、一気にギアを上げていかないとそのままぶち抜かれてしまう。

 

 差を開くならコーナーッ! 散々、曲がりがキツい色んな山の坂を全力疾走で駆け上がったのだ、ここでその本領を発揮するべきだろう。

 

 

「アフトクラトラスッ! 身体を低く構えたこれは……!」

 

 

 私の走る構えに会場が一気にどよめく。

 

 そう、それは私が勝負を決めに行く時に常に取る走る構えだからだ。

 

 その名は地を這う走り、これまで幾多のG1を制してきたこの走りが出ると皆がそう思っていた。

 

 

「……来るぞ、あれだ」

「アフトクラトラスの走りだな」

 

 

 次の瞬間、600m過ぎから炸裂音と共に私の身体が急加速する。

 

 それに合わせてオルフェーヴルもまた、一気に速度を上げて食らいついてきた。

 

 その光景に会場は大盛り上がりである。ラストスパート、300mが過ぎ最後の直線での一騎打ち。

 

 

「アフトクラトラス先頭! アフトクラトラス先頭ッ! だが、オルフェーヴル凄まじい追い上げだ!! ……いや!! オルフェーヴル走り方を変えたぞッ!? あの走りはなんだッ!」

 

 

 オルフェちゃんの走り方が変わった事に会場はどよめいた。

 

 その走り方は私の地を這う走りに近いがそうでは無い。

 

 金色の暴君の真骨頂、これが、三冠を獲り全てを薙ぎ倒してきたオルフェーヴルだからこそ可能な荒々しくも精密な走りであった。

 

 金細工師の走り、それがこのオルフェーヴルに名付けられた走りだった。

 

 

「……ぐっ……!」

「はっはーッ! アンタを越えるぜアフトクラトラスゥ!!」

 

 

 凄まじいプレッシャーと追い上げに私も表情を曇らせる。

 

 正直、オルフェーヴルの底は計り知れない、常識的な考え方やペース配分なんてのはこの娘に当てはまらないのは分かっていた事だ。

 

 そんなことはどうだっていい、それよりも私は楽しかった。

 

 こんな風に自分に食らいついてくる強敵にあえて。

 

 私は思わず笑みを浮かべる。

 

 私の底が分からないのはきっと向こうだって同じだ、そんなものぶち壊すためにあるのだから。

 

 そう義理母に私は教えられてきた。

 

 

「舐めるなよ後輩、お前にはまだ早いよ」

「……んだと……」

 

 

 私に並びかけたオルフェちゃんに私は静かにそう告げる。

 

 そして、私はこの時に一気にリミッターを外すことにした。オルフェちゃんの力がそれに値すると感じたからだ。

 

 ギアの6速、私は躊躇なくその領域まで一気に足に力を込めた。

 

 爆発したような音と共に私は一気にオルフェちゃんを引き剥がす。

 

 

「あ、アフトクラトラスの末脚炸裂ゥ!! 凄まじい音を立てオルフェーヴルを引き剥がしにかかるッ! オルフェーヴルも必死に食らいつくがどうだっ間に合うかっ!」

 

 

 残り50mで勝敗は決した。

 

 オルフェちゃんと私の距離は一気に離れ一瞬にして私の身体はゴールを駆け抜けて行った。

 

 

「1着ゴールしたのはアフトクラトラスッ! 凄まじい速さだァ! 魔王の帰還ッ! オルフェーヴルの走りを寄せ付けないッ! これが魔王アフトクラトラスだァ!」

 

 

 私はその瞬間、拳を上に掲げる。

 

 会場からは割れんばかりの歓声と拍手喝采が飛び交った。

 

 オルフェちゃんのあの末脚には正直焦りました、ですが、そんなものはそもそも関係ありません。

 

 幾多の強敵を私は今日という日まで何人とねじ伏せて来ました。

 

 

 海外のG1でイギリスダービーと凱旋門で二度にわたり戦ったダラカニ。

 

 そして、キングジョージで殴り合ったアラムシャー。

 

 凱旋門で激闘を繰り広げたハイシャパラル、そして、シンボリクリスエス。

 

 海外でG1で三冠を取り、私に菊花賞で再び挑んで来たネオユニヴァースとゼンノロブロイ。

 

 そして、有記念で死闘を繰り広げた後輩のディープインパクト。

 

 

 私を倒さんとたくさんの猛者達との戦いを繰り広げてきました。

 

 どの誰もがG1レースを数多く勝ち、怪物や化け物と呼ばれるようなウマ娘達ばかりです。

 

 その私を倒すには、まだ、オルフェちゃんでは経験と地力の差があります。

 

 私は静かに膝に手を着いて息を整えるオルフェちゃんに近寄ると静かにこう告げます。

 

 

「……貴方はまだ強くなれます、正直、恐怖を感じました」

「……世辞なら辞めろ」

 

 

 オルフェちゃんは下を向いて私にそう告げてきます。

 

 そのオルフェちゃんの目から涙が出ていた事に私は気づいていましたが、敢えて気づかない振りをしました。

 

 彼女にもプライドがありますからね、理解できます。

 

 歓声を上げる観客席に視線を向けたまま、私はオルフェちゃんにこう続ける。

 

 

「そもそも世辞なんて言う柄じゃないですよ、……凱旋門、獲ってから出直してきなさい」

「……次はぶっ倒してやる、覚えとけ」

 

 

 私はオルフェちゃんのその一言に笑みを浮かべます。

 

 そうでなくては面白くない、しかし、ディープちゃんといいオルフェちゃんといいクソ生意気である。

 

 お前、胸揉ませてやっただろ金とるぞ。

 

 そんな生意気な後輩ですけどなんか可愛いんですよね、やっぱり私は何か目覚めているのではなかろうか? 

 

 さて、私達のレースが終わり、会場からは温かい拍手が鳴り響いていますが、そんな最中、会場にアナウンスが流れます。

 

 

「ここで、皆様にご連絡がございます。

 この後、海外ウマ娘と日本ウマ娘との合同レースを予定しております、引き続きご着席したまま自走のレースをお楽しみください」

「……合同レース?」

 

 

 私は思わずそのアナウンスに首を傾げる。

 

 なんだってそんな話は聞いていませんでしたからね。

 

 しかもこの合同レース、ルドルフ会長も把握していなかったのか、何やら驚いたような表情を浮かべていました。

 

 何やらきな臭い匂いがしてますが、私とオルフェちゃんのレースの後に誰がこんなレースを予定したんでしょうかね。

 

 

「おい、会長、これはどういう……」

「いや、私も初めて聞いた……、これは理事長が秘密裏に承諾したことかもしれない」

 

 

 そう、おそらく理事長にシーバードが提案したレースであることは間違いない。

 

 だが、もう決まったレースだ。

 

 そのレースに果たして誰が出るのか、どんなレースなのか。

 

 そんな中、ルドルフやブライアンの元に紙が届く、そこには出走するメンバーが表記されていた。

 

 

「短距離、マイル、中距離、長距離、ダートの5部門か」

「タマモクロス、オグリキャップ、スペシャルウィークにスズカ、こちらは全部G1級のウマ娘が走るみたいだな」

 

 

 そこには各部門のエキスパートであるG1級のウマ娘の名前が載っている。

 

 そして、なによりも驚いたのは合同レースに出る海外ウマ娘の面子だ。

 

 二人の側で出走表を見たエアグルーヴはワナワナと震えながらそれを見つめている。

 

 

「なんだ……これは……」

 

 

 エアグルーヴはその名前を目にした瞬間に言葉を失った。

 

 そこに書いてあるのは世界的に有名で幾つものG1を重ねてきた化け物ばかりだ。

 

 

「ニジンスキー、ブラックキャビア、マンノウォー、ルアー、オペラハウス、シーザスターズ、フランケル、ダンシングブレーヴ、セクレタリアト、リボー、シーバード……その他のウマ娘も全部レジェンド級の怪物ばかりじゃないか……」

「オールスターってわけか……ハハ……これは驚いたな」

 

 

 ブライアンはエアグルーヴから挙げられる名前を聞いて冷や汗が止まらなかった。

 

 それだけ世界中のウマ娘が日本のウマ娘に本気という事、そうさせたのは間違いなくディープインパクトとアフトクラトラスの二人だ。

 

 いずれは来ると思っていた海外ウマ娘の襲来、先に向こうが痺れを切らして仕掛けてきた。

 

 それに備えるための三冠ウマ娘の対戦レースだったのだが。

 

 

「これは……少しばかり予定を変えないといけないかもな」

「同感だ」

 

 

 向こうがこうして仕掛けた上で手の内や力の内を見せてくれるのは願ってもない事だ。

 

 生徒会のメンバーはこの合同レースを静観することに決めた。

 

 一方で、三冠レースを終えた私はというと。

 

 

「え? ウイニングライブないなったんですか? あれー? んー? どういうことー?」

 

 

 何がなんやら全く分からず混乱していた。

 

 もうわけがわからんです、オルフェちゃんはそそくさと引き上げてますし、なんか話聞くとウイニングライブも無くなったらしいですし。

 

 

「よーし行くぞー、ポンコツー」

「えー!? 私レース勝ったんですけど!? ちょっと!? なんですかこの扱い!?」

 

 

 ゴルシちゃんから回収されていく私。

 

 とりあえずジタバタしてますが強引に襟を掴まれてズルズルと引き摺られていきます。

 

 SWDT4回戦、勝者、アフトクラトラス。

 

 そんな勝利の余韻に浸る間も無くトレセン学園を揺るがす衝撃的な出来事がこの日巻き起こるとは私は思いもしませんでした。



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世界頂上決戦編
怪物達


 

 

 

 海外ウマ娘と日本ウマ娘の合同レース。

 

 この選抜に選ばれた日本のウマ娘はどのウマ娘もG1級のウマ娘ばかりだ。

 

 そんな中、選抜に選ばれず、さほど活躍もしていない観客席にいたウマ娘達が通路脇で集まっている

 

 彼女達は海外のウマ娘襲来に面白くないと思っているウマ娘だ。

 

 先程までアフトクラトラスとオルフェーヴルのレースを観戦していた彼女達は通路脇でつまらなさそうにこんな会話を繰り広げていた。

 

 

「海外ウマ娘だっけー、なーんか鼻につくよね、日本のウマ娘の方が断然強いに決まってるでしょ? だってフジキセキ先輩とかオペラオー先輩とかが走るんだよ」

「だよねぇ、なんていうの? あんま興味ないんだけどさー、どうせディープインパクトやアフちゃんに負けた連中じゃん? 大した事ないって絶対」

 

 

 そう言いながら、ケラケラと海外ウマ娘をネタにして笑い合うとあるウマ娘二人組。

 

 海外ウマ娘か何かしらないが、どうせ大した事なんてない、ジャパンカップでさえ、日本総大将であるスペシャルウィークに負ける様な奴らだ。

 

 きっと日本のG1級のウマ娘達がねじ伏せてくれるだろう。

 

 だが、その二人はすぐにその考えを改める事になる。

 

 

「でさー、今度行くカフェなんだけど……」

「………………」

「ん? どうしたの?」

 

 

 先程まで話していたウマ娘がまるで硬直したように固まる様子を見て、もう一人がそう問いかけるが返事がない。

 

 その目は何やら恐ろしいものを見たかのように恐怖で震えていた。

 

 そんな彼女の視線の先に彼女もまた視線を向ける。

 

 そこには悪鬼羅刹の様な凄まじい雰囲気を醸し出す異様な一団があった。

 

 彼女達は硬直したまま動けない、まるで、龍か何かに蛙が睨まれたような状態だ。

 

 

「……どきなさい雑魚共、邪魔よ」

「ひ、ひぃ……!?」

「す、すいません! すいません!」

 

 

 すぐさま、その集団を率いる先頭のウマ娘の一言に恐怖し、道を開けるウマ娘達。

 

 そう、その集団の先頭を行くのは世界一位に君臨する絶対的ウマ娘、シーバード。

 

 彼女から出される威圧感は先程まで海外のウマ娘を馬鹿にしていた彼女達を絶望のどん底まで突き落とした。

 

 こんなウマ娘に勝てるわけがない、そう理解させるのに彼女と走る必要すらなかった。

 

 

「言われてんねー姫、舐められてるよ私ら」

「雑魚の戯言に興味はないわ、走りを見せれば自ずと黙るわよ」

「そりゃそうだ」

 

 

 シーバードのその一言に頷くリボー。

 

 その会話を聞いていた海外ウマ娘の全員に静かに闘志がつく。

 

 それから、シーバードを先頭に会場通路を歩いて行く海外ウマ娘達、彼女達とすれ違ったウマ娘達はトラウマになったように口々にこう語る。

 

 あんなウマ娘達に勝てるはずが無いと。

 

 

 

 一方で会場では、先に日本のウマ娘達が彼女達が現れるのを静かに待っていた。

 

 中距離・長距離部門ではスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイローの黄金世代をはじめ、サイレンススズカ、テイエムオペラオー、タマモクロス、オグリキャップ、スーパークリーク、マヤノトップガン、サクラローレル、ウイニングチケット、ヒシアマゾン、エアグルーヴといったG1級のウマ娘に召集がかけられた。

 

 短距離・マイル部門では、マイルではサクラバクシンオー、デュランダル、トロットサンダー、ニシノフラワー、フラワーパーク等。

 

 ダート部門では、スマートファルコン、コパノリッキー、メイセイオペラ、ホクトベガ等が選抜に選ばれている。

 

 どのウマ娘もかなり強力な面子で揃えられ中には年間最優秀ウマ娘に選ばれている者まで招集している。

 

 

「集められてる人達皆さん凄い方ばかりですね! なんだかワクワクしてきました!」

「へっ……! 海外ウマ娘か何か知らねーがタイマンでぶっ潰してやるぜ!」

 

 

 楽しそうに笑うスペシャルウィークと拳を掌に叩きつけながら不敵に笑うヒシアマゾン。

 

 ここにいる誰もが、海外ウマ娘と走れる事を楽しみに待ちわびていた。

 

 そう、彼女達が現れるまでは。

 

 しばらくして、会場に待ちわびた海外ウマ娘達が姿を見せると、その浮いていた気持ちは一気に離散した。

 

 

「今、会場に海外から来たウマ娘達が現れました! 世界ランク一位、王者シーバードを筆頭に入場致します!」

 

 

 その姿を見たその場にいたウマ娘全員が血の気が一気に引いていくのを感じた。

 

 圧倒的な威圧感、レース前からこんなプレッシャーは今まで感じた事がないものだ。

 

 そのプレッシャーは先頭を率いるウマ娘からだけじゃ無い、海外ウマ娘一人一人から発せられている。

 

 この威圧感に何人かは既視感があった。そうこの身に纏う威圧感は……。

 

 

「……アフやブライアンがマジになった時に感じるやつだな……」

「……それも全員、なんてプレッシャー……」

 

 

 そう、海外ウマ娘達一人一人が放つそれは三冠ウマ娘や圧倒的な強者がのみが持つプレッシャー。

 

 もちろん、それだけじゃ無いことは理解できる。

 

 ここにいる海外ウマ娘達が全員怪物級の化け物ばかりであるという事は日本のウマ娘達はすぐに理解できた。

 

 G1勝利数が全員2桁近く勝っている化け物達、中にはアフトクラトラス同様に未だ無敗を誇るウマ娘さえいる。

 

 

「今日は胸を借りるつもりで走るわね、よろしくね日本のウマ娘の皆さん」

「あ……あぁ、よろしく頼む」

 

 

 そう言いながら、シーバードから差し出された手を代表してエアグルーヴが握り返す。

 

 だが、握手をしてすぐにシーバードの目つきが変わった事を彼女は見逃さなかった。

 

 日本のウマ娘なんかに全く胸を借りるつもりはない、全て捻り潰す。

 

 そんな気持ちが籠った握手だとエアグルーヴは感じた。

 

 手を握っただけだというのにエアグルーヴの頬を冷や汗が伝る。

 

 

 それから、しばらくして海外ウマ娘と日本ウマ娘の合同レースが行われた。

 

 その勝敗はというと、もはや語るまでもないだろう。

 

 

「さ、サイレンススズカが捕まったッ! サイレンススズカが捕まったッ! 隣には凄まじい速さでリボーがやって来るッ! 抜いた抜いたッ! オペラオー追うが追いつかないッ!」

 

 

 中距離はリボーを筆頭にダンシングブレーブ、デイラミやダラカニの最強姉妹やドバイミレミアムなどから圧倒的力でねじ伏せられ。

 

 

「セクレタリアト先頭ッ! 何身差あるでしょうかッ! 等速ストライド炸裂ッ! 日本のダートウマ娘が置いてきぼりにされていますッ! 2位、5位までも海外ウマ娘が独占ですッ! なんて強さだッ!」

 

 

 ダートはセクレタリアトを筆頭にシアトルスルー、アメリカンファラオなど米国三冠ウマ娘達が日本のダートウマ娘を蹂躙。

 

 

「セイウンスカイ逃げで先頭が取れない! スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダー! 完全に抑え込まれています! オグリキャップも表情が険しいっ! 有馬記念と同じ2500m長距離部門も厳しいかッ! シーバードが強すぎるッ! ああっ! 外からハリケーンランとザガルヴァが強襲してきますッ! ノヴェリストも来たッ! ジーザスターズが続きます!」

 

 

 長距離部門ではシーバードを筆頭に凱旋門を走った猛者達が凄まじい追い上げや差しを見せつけ、惨敗させられた。

 

 

 短距離やマイルはタイキシャトル、サクラバクシンオーをはじめ、強力な陣営で走ったものの、ブラックキャビア、ルアー、フランケルをはじめとした短距離特化型の化け物達に連敗に次ぐ連敗。

 

 

 ヒシアマゾン、エアグルーヴ、ダイワスカーレット、ウオッカなどのシニアティアラ部門で活躍したウマ娘達もトレヴ、モンジュー、ゴルディコヴァ、ホーリックスなどのティアラでもシニアでも関係なくG1を勝ち取ってきたウマ娘相手に全く歯が立たなかった。

 

 

 もはや、海外ウマ娘と日本のウマ娘の合同レースは海外ウマ娘からの一方的な蹂躙と言って相違ない結果で終わった。

 

 そんな様子を静かに眺めていたルドルフとシンザンは心を痛めていたし、あまりの海外ウマ娘の強さに絶望していた。

 

 あの面子には今の自分達でも勝つことができないとすぐに悟ったからだ。

 

 

「……正直言って、勝てるビジョンが浮かばない……強すぎる……」

「どうしたもんかねぇ……」

「姉貴と走ったウイニングチケットやタイシンでさえあんだけボロボロにやられてるとなるとな……」

 

 

 特に世界トップ3が圧巻だった。

 

 ダート部門に関してはもはや目が当てられないほど酷い有様だ。

 

 米国はダートウマ娘の本場、その賞金は想像を絶するようなものまである。こうなってしまうのは残念ながらわかりきっていたことだった。

 

 今回、日本のG1ウマ娘も秘密兵器として何人かはレースを避けさせたが、それでもこれでは全く海外勢に歯が立たないだろう。

 

 

「なんにしろ時間がいる……あいつらを倒すためには不足してるのは時間だろう」

「ブライアンそれは同感だねい」

「多分、これは断言できるが、今のアフやディープインパクトでもあの面子に勝てるかわからない、いや、負ける確率の方がおそらく高い、それくらい力の差がある」

 

 

 次元が違う強さを持つウマ娘。

 

 異次元を超える走りができるスズカならば、もしかすると逃げ切れるのではないかと淡い可能性を感じていたが、海外化け物のようなウマ娘達にとってみれば、その異次元が当たり前だった。

 

 マイルも全く歯が立たなかった、日本が誇る三人の短距離のスペシャリストを入れたが、ブラックキャビアとフランケル、ワイズダンらに敗れた。

 

 

「モーリスとロードカナロアとジャスタウェイ、ニホンピロウイナーを外しといて正解だったねい、こいつらがやられたんじゃもう短距離とマイルじゃ勝てないよ」

「バクシンオーとタイキシャトルはこれくらいじゃへこたれんさ、それなりに健闘できてた、次は勝ってくれる」

 

 

 観客席へ視線を向けると絶望に満ちた観客達の顔が見えた。

 

 海外のウマ娘達は凄いということは観客達も知っている。

 

 サッカーで例えるのであれば銀河系軍団が日本にやってくるようなそんな感覚だ。

 

 それでも、自分達が愛してやまない日本のウマ娘達ならば、そんな海外ウマ娘に対して一矢報いてくれるとそう思っていた。

 

 結果は見ての通り、日本の各部門のウマ娘の惨敗である。

 

 だが、ルドルフはこの敗北が意味があることだと捉えていた。

 

 

「この敗北は始まりに過ぎない、ここからが私達の戦いだ」

 

 

 まだ世界は遠いと把握できた。

 

 だが、この差を埋めるための時間は作ることはできる。

 

 世界の頂に届いた二人のウマ娘がこの日本にいる。ならば、その領域のさらに向こう側へ他の日本のウマ娘達も踏み入れることができるはずだ。

 

 ルドルフはそう確信していた。

 

 そんな中、レースを終えたデイラミがウイニングチケットとナリタタイシンにゆっくりと近寄るとその場で疲れ果てたように座る二人にこう言い放つ。

 

 

「……弱い、このレベルか……、これではビワハヤヒデの底が知れるわね……」

「……なんだと……」

「日本にはブライアンの姉がいると聞いて楽しみにしてたけど、……姉にも関わらずこのレベルのウマ娘に負けるなんてね……。妹より才能が無いとは情けない」

 

 

 そう言いながら、デイラミは静かにその場で踵を返す。

 

 ウイニングチケットはそのデイラミの言葉が癪に触った。

 

 BMWと呼ばれ、ウイニングチケット、ナリタタイシン、ビワハヤヒデは三人は切磋琢磨した仲だ。

 

 親友であり切磋琢磨しクラシックを共に戦ったライバル、そんな親友を馬鹿にしてきたデイラミが許せなかった。

 

 

「待てよッ! 取り消せよ! 今の言葉ッ!」

「おい、やめとけ」

 

 

 だが、そんなウイニングチケットをタイシンが制する。

 

 それは、彼女達に対して自分達が手も足も出ずに負けたからだ。

 

 少なくとも、ビワハヤヒデがデイラミからそう言われたのは自分達の力の無さが原因だ。

 

 タイシンは歯を食いしばり、拳を握りしめたままデイラミの目を睨みつけ、こう告げる。

 

 

「ハヤヒデはお前が思ってるより強いよ」

「…………そう」

「……私らだって次はアンタに負けないよ、絶対強くなって負かしてやるッ」

 

 

 それだけ聞くとデイラミは不敵に笑いウイニングチケットとタイシンに背を向ける。

 

 それは、彼女達がこれだけボロボロにされでもまだ心が折れていないことにデイラミが感服したからだ。

 

 それから、レース会場では先程まで圧倒的な強さを見せつけた海外ウマ娘達がズラリと並んでいる。

 

 その中心には、それらを率いていたシーバードでがいた。

 

 彼女はマイクを持つと日本のファンに向かいこう宣誓する。

 

 

「皆様、こんばんは、私達のレースはエンジョイしてくれたかしら? 来年から三年間、私達はこの日本のG1レースに全て出場する予定です」

 

 

 会場はそのシーバードの一言にざわめき立つ。

 

 それはつまり、主要なG1レースはあのメンバーが全て出て来るということ、あるウマ娘はそのシーバードの言葉を聞いて唖然とした。

 

 

「……そんな……、こんな奴らに敵うわけないじゃ無いか……」

「無理だよ……」

 

 

 そう、それが意味することは来年、G1を勝つことを目標にしていた日本のウマ娘が彼女達を相手にしなければいけないという事。

 

 G1勝利を望み、練習に励んでいた彼女達を絶望に叩き落とすには充分な言葉だ。

 

 日本のG1をいくつも勝ち取ったウマ娘が歯が立たなかった相手、そんな怪物達に自分達が果たして勝てるのか。

 

 最後にシーバードからマイクを受け取ったリボーはそんな彼女達を含んだ会場の観客席へ向かいこう告げた。

 

 

「日本のウマ娘共、全員覚悟しろよ?」

 

 

 その笑みはまさに悪魔のような笑みであった。

 

 絶対的な自信と実力、彼女の一言に会場はざわめく、これは海外ウマ娘から日本のウマ娘に向けての明確な宣戦布告であった。

 

 波乱に満ちた海外ウマ娘と日本ウマとの最初の激突。

 

 これを皮切りに、日本のウマ娘達はかつて無いほどの激動の年を迎える事になる。



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世界戦選抜

 

 

 

 翌日の記事にはデカデカとこう書かれていた。

 

 日本のウマ娘、海外勢に惨敗。

 

 日本と海外ウマ娘のエキシビションの合同レースとはいえ、あれだけの実力差を見せられれば惨敗と書かれても仕方ないだろう。

 

 だが、まだ皆心が折れたわけじゃ無い、これからが本番だと会長のシンボリルドルフはそう確信していた。

 

 彼女は翌日のこの記事が出てからトレセン学園のG1級のウマ娘を全員集めた。

 

 それは再来年に向けた壮大な準備を行うためだ。

 

 

「知っての通り、海外ウマ娘達とのエキシビション、そして、宣戦布告があった。予定は前倒しにはなるが今日を持って八番勝負は取りやめ、全G1ウマ娘の強化合宿を一年半を通して行う」

 

 

 それは、ルドルフ、シンザンを含めた生徒会が出した一年間の期間をつけた壮大な強化合宿だ。

 

 その期間は一年半、この間に日本のウマ娘は全員強化合宿を行う。

 

 

「強化合宿だが、選抜に選ばれた君達には専属のレジェンドトレーナーがつく、どの方々も名が知れた君達全員に馴染みが深いトレーナーばかりだ」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長の隣から現れたのはオカさんである。

 

 トレセン学園始まって以来の海外ウマ娘という予期せぬ怪物達の襲来に彼等が全G1ウマ娘達を強くするために立ち上がった。

 

 そう、それはつまり、地獄の一年半の幕開けを意味する。

 

 

「ルドルフから聞いての通りだ。我々が全力で君達をサポートする、死ぬ思いをする事になるだろうが、世界頂上決戦に望むという気持ちで一年半のトレーニングに励んで欲しい」

 

 

 レジェンドトレーナーの言葉に全員が元気よく、ハイ! という返事を返した。

 

 先日の一件が悔しいと思わないウマ娘など一人もいない、なんとか、海外ウマ娘達に一矢報いたいと思うウマ娘ばかりだ。

 

 

 そんな中、私はというとそんな事があったのかー、くらいに聞いていた。

 

 だって回収されてすぐにマッサージとかしてましたからね、何が起こったのかは新聞見てようやく把握したくらいです。

 

 

 それからしばらくして、世界戦に向けたチームについてルドルフ会長が話をはじめた。

 

 

「世界を相手に戦うには、強力な個性と実力が必要とされる。……まずは世界に立ち向かうために特殊な対世界ウマ娘用のチームを作ることに決めた。その先駆けとして一つ目のチームのリーダーに任命したのは彼女だ」

 

 

 そう言って、ルドルフ会長はその世界の決戦に向けたチームの一つを発表する。

 

 そこに現れたのは漆黒のウマ娘だった、彼女は漆黒の髪を靡かせながら選抜メンバーの前に立つ。

 

 そして、彼女の名前をルドルフ会長はゆっくりと皆に告げた。

 

 

「黄金旅程、いや、ステイゴールド、彼女が一つ目のチームのリーダーだ。そして、マックイーンが副リーダーをしてもらうッ!」

「はっ?」

 

 

 突然の任命に間の抜けた声をこぼすメジロマックイーンさん。

 

 いや、それはそうだ、見てみなさいよ、リーダーステイゴールドからの副リーダーがメジロマックイーンさんですよ。

 

 私はこの時点で何かを察してしまった。物凄い嫌な予感がする。

 

 

「チームメンバーを発表する。ゴールドシップ! ナカヤマフェスタ! ラニ! ドリームジャーニー! そして、オルフェーヴルだ!」

 

 

 その瞬間、その場にいた選抜メンバー全員から血の気が引いた。

 

 指定暴力団、ステマ組の出来上がりである。

 

 気性と素行がめちゃくちゃ悪そうな連中のチームに入れられるマックイーン先輩には同情せざるを得ない。

 

 どうしてこんなチームを作ったんだ言え! 

 

 

「か、会長、メンバーを間違えているのではなくて?」

「いやあってるぞ、最終兵器としてこのチーム構想は考えていた」

「なんでわたくしがこのチームの副リーダーなんですの!?」

 

 

 ごもっともである。マックイーン先輩はこれは怒っていい案件だ。

 

 約一名、なんか違う気はするが、多分それは気にしたら負けだと思いました。あのチームまとめるトレーナー地獄ですよ一年半。

 

 だが、しかし、意外性では多分群を抜いている、なんだったら海外ウマ娘を素手でボコボコにできるような人達ではなかろうか。

 

 そういう勝負では無い気がするんですけどね、なんにしろチームアルコルが出来上がりました。

 

 チームアルコルは北斗七星の側で輝く星だそうです。それはもう死兆星ではなかろうか。

 

 

「チームアルコルには先陣を切ってもらいたいと思っている。一年半、頼むから問題を起こさずしっかりとトレーニングを積んでくれ」

「…………」

 

 

 マックイーンさんは言葉が出ず口をパクパクさせていた。

 

 それはそうである、なんでよりによってこのチームなのかと思いたくなるだろう。多分、下手したら私もあそこにぶち込まれたかもしれん(恐怖)。

 

 続いては、ビワハヤヒデさんとナリタブライアン先輩の姉妹チームだ。

 

 こちらはミナさんがトレーナーを勤め、一年半トレーニングを積むとのこと、なぜ姉妹かというと

 

 

「……姉貴、私らならやれる」

「あ、あぁ……。そうだな」

 

 

 デイラミ、ダラカニの最強姉妹に対する為の選抜であった。

 

 あの二人を倒せるのは私とブルボンの姉弟子かこの二人しかいない。

 

 だけど、私は別の相手がいる。その名は前から聞いていた。

 

 そう、私が倒すべき相手、それは、世界第3位、リボーだ。

 

 

「アフトクラトラスは私と一緒にオカさんとトレーニングだ。

 

 ミホノブルボンはセクレタリアト戦、ライスシャワーはステイヤー対決でマックイーン、ハーツクライと共にイェーツと戦ってもらう」

「はい」

 

 

 私は返事を返し、ライスシャワー先輩とブルボン先輩も静かに頷く。

 

 次々と読み上げられていく選抜メンバー、ダートの部門は特に強化必須という事で彼らを加え、さらに東條ハナトレーナーとダート戦専用にシラさんというレジェンドトレーナーを迎え入れる事にした。

 

 

「イナリワン、クロフネ、カネヒキリ、ゴールドアリュール、ヴァーミリアン、エスポワールシチー、メイセイオペラ、スマートファルコン、トランセンド、ホッコータルマエ、コパノリッキー、ホクトベガ、ラニ、ヴィクトワールピサ、このメンバーがダートのベストメンバーだ。米国三冠ウマ娘達を倒せるのはお前達だけだ頼んだぞ」

「はい!」

「やるしかないねっ!」

 

 

 日本における最大ダート最大選抜メンバー。

 

 日本でのダートの精鋭達を限界まで集めた。

 

 先日は海外ウマ娘達に蹂躙されたが、今回は本気のメンバーを厳選した上でさらに猛トレーニングを行う。

 

 世界レベルを獲れるレベルまでの調整だが、このメンバーが果たしてどれほど通用するのか。

 

 

「そして、ティアラ部門だが、エアグルーヴ、ヒシアマゾン、ウオッカ、ダイワスカーレット、メジロドーベル、……それから、ジェンティルドンナ! アーモンドアイ! ブエナビスタ! レッドディザイア! シーザリオ! メジロラモーヌ! アパパネ! リスグラシュー! このメンバーが日本におけるティアラ選抜チームだ」

「はい!!」

「やっべぇな……燃えてきたぜッ!」

 

 

 ティアラ部門では新旧混ぜ合わせた上で海外でのG1勝利経験もあるメンバーを集めた。

 

 特にジェンティルドンナ、シーザリオ、ブエナビスタ、メジロラモーヌの四人はかなりの実力を兼ね備え、メジロドーベルは今やアンタレスの統括をしている。

 

 これらのメンバーなら海外勢にも引けをとらないだろう、もちろん、誰もがシニア、ティアラ関係なくG1を勝てる面子だ。

 

 

「それから、中距離部門。こちらはサイレンススズカ、エイシンフラッシュ、ウイニングチケット、シンボリクリスエス、エルコンドルパサー、ナリタタイシン、キングカメハメハ、グラスワンダー、アグネスデジタル、ドゥラメンテ、キズナ、ミホシンザン、トウカイテイオー、エピファネイア、そして、フランス三冠を獲ったネオユニヴァースこれが今回のベストメンバーだ」

 

 

 中距離部門だが、こちらもかなりの実力者揃いだ。

 

 だが、解せないのはここに入っていない二人、その二人について、ルドルフ会長はゆっくりと口を開く。

 

 

「フジキセキとアグネスタキオン、お前達はラムタラと戦って貰う、無敗の天才対決だ。燃えるだろう?」

「さて、どうかな」

「まあ、それも一興さ」

 

 

 フジキセキとアグネスタキオンは神のウマ娘と呼ばれる天才ウマ娘、ラムタラとの直接対決へ。

 

 確かにあのウマ娘に対抗できるとすればこの二人しかいないだろう、タキオンさんに関しては大丈夫かなって思いますが。

 

 超光速の粒子の本気が見れるかもしれません。

 

 

「長距離部門だが、ゴールドシップ、キタサンブラック、セイウンスカイ、スペシャルウィーク、ステイゴールド、ダンスインザダーク、サクラローレル、メジロブライト、マヤノトップガン、タマモクロス、オグリキャップ、スーパークリーク、テイエムオペラオー、ギュスターヴクライ、フェノーメノ、そして、アイルランド三冠を獲ったゼンノロブロイこれがベストメンバーだ」

 

 

 長距離部門ではこの面子、ゴールドシップをはじめ意外性を入れつつ、長距離を得意とするG1ウマ娘を選抜した。

 

 長距離のレースならば、期待が持てるメンバーだ。

 

 海外のレースは最大で4000mの超長距離のG1レースなんかもあると聞くが、海外ウマ娘との地力の差をどこまで埋めれるかは彼女達次第だろう。

 

 

「次にマイルだが、ニホンピロウイナー、タイキシャトル、トロットサンダー、ノースフライト、ジャスタウェイ、バンブーメモリー、デュランダル、ヤマニンゼファー、ダイワメジャー、ラインクラフト、カンパニー、そして、モーリス! これがマイル選抜メンバーだ」

 

 

 マイルは1600〜1800m、そのレースで海外勢を脅かせるのはこのメンバーだけだろう。

 

 問題はフランケルとワイズダンをどう攻略するかだろう、この2人さえ倒せればマイル戦線は日本ウマ娘が勝つことができるはずだ。

 

 

「続いては短距離部門だが……、サクラバクシンオー、フラワーパーク、ニシノフラワー、カレンチャン、ダイタクヤマト、エアジハード、グランアレグリア、ハットトリック、シーキングザパール、レッドファルクス、そして、龍王、ロードカナロア、これがベストメンバーだ」

 

 

 そう話すルドルフ会長の口はどこか重かった。

 

 それもそのはず、立ちはだかるは25戦25勝無敗の内、G1で15勝を挙げている怪物、ブラックキャビアを倒さなくてはいけないのだから。

 

 正直言って、シーバード並みに攻略の糸口を見つけるのが難しい難敵である。フランケルやワイズダンもそうだが、こちらも恐ろしく強い。

 

 だが、一年半の期間でマイル・短距離のメンバーが覚醒することだってある筈だ。今はそう信じるしか無い。

 

 それから、最後に三冠ウマ娘達だが。

 

 

「私はディープインパクトとシンザン先輩と共に世界一位シーバードに挑む、セントライトさん、オルフェーヴル、ミスターシービー先輩の三人はミホノブルボンと共に世界二位のセクレタリアトと戦ってもらいます。そして、アフトクラトラスお前は最終戦、世界三位リボーとの直接対決だ、他の海外ウマ娘もいるだろうがいけるな?」

 

 

 そう言って私に問いかけてくるルドルフ先輩に私は静かに頷く。

 

 私のみリボーとの単騎決戦に挑まなければいけないが、はなっから海外遠征で周りに海外ウマ娘がいる中で揉まれ慣れている。

 

 周りがアウェーだろうが私にしてみればどうということはない。

 

 

「以上が世界戦に向けた選抜メンバーになる。皆、一年半は各トレーナーの元、各自トレーニングを積み重ねてくれ」

 

 

 こうして、この日からトレセン学園の世界選抜メンバーの猛特訓が幕を開ける事になりました。

 

 期限は一年半、この一年半の間に皆が大きく成長し、海外ウマ娘を打倒できるレベルにならなくてはいけない。

 

 私はオカさんの元、ルドルフ会長とともに打倒海外ウマ娘を掲げ、地獄のトレーニングに励むことになりました。



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閑話 番外編 貴方はアフトクラトラスのトレーナーです

 

 

 

 

 トレセン学園のレース場。

 

 トレーナーである貴女はあるウマ娘の走る姿に目が釘付けになった。

 

 青鹿毛の綺麗な髪をしたそのウマ娘はどこか愛らしく、それでいて物凄いスピードでコースを駆けていく。

 

 しばらくすると走り終えた彼女はずっと見ていた貴方の方へやってきた。

 

 

「ちょっと、さっきからじろじろ見てるんですか、変態さんですか、貴方」

 

 

 何故か彼女は貴方が部外者だと勘違いしていたらしい。

 

 貴方は誤解を解くために自分がトレーナーであることを彼女に話した。

 

 

「へー、貴方が姉弟子が話していたアンタレスの新しいトレーナーですか」

 

 

 そうだと貴方は首を縦に振る

 

 貴方はチームの引き継ぎでこのトレセン学園に来て今日からアンタレスのトレーナーに任命されたのである

 

 しかし、目の前にいる青鹿毛のウマ娘は何というか癖が強そうだ。

 

 しかも、デカい。

 

 どことは言わないが彼女の一部分は非常に自己主張が激しかった、まあ、性格も自己主張が激しいのだろうが、何というか、貴方の第一印象はアホっぽいウマ娘だなと思った。

 

 

「ふむ、貴方は義理母から気に入られた理由はよくわかりませんが私のトレーナーになったからにはビシバシいきますからね! 覚悟していてください!」

 

 

 いや、それはこちらのセリフなんだがと言いたいところだが、ふんす! とドヤ顔をしているアフトクラトラスを見ていると貴方はなんだかどうでもよく感じてしまい深いため息をついた。

 

 しかしながら、こんな小柄なウマ娘が果たしてどのくらいのウマ娘なのか、まだ計りかねている。

 

 本番のレースではどのくらい活躍できるのか、見てみないことにはわからない。

 

 

 当のアフトクラトラス本人はすぐにトレーニングに戻る、と言うと元気よく勾配が急な坂路を走り回っている。

 

 その坂路というのも貴方が今まで見たことないような急な坂路だ。

 

 名をサイボーグ坂路というらしい、聞いた話によると遠山トレーナーがトレセン学園に無理やり作らせた専用の坂路だという。

 

 

「おらあああああああああ」

 

 

 全力でその坂路を駆ける彼女の姿を眺める貴方はその馬鹿げた脚力に驚いた。

 

 凄い勢いで坂を登っていくちっこいウマ娘。

 

 まあ、一部分に関しては大きいのだが、それにしても信じられないようなスピードで駆けていく彼女の姿には圧倒された。

 

 トレーニング後、彼女は軽く水分補給をしながら貴方に近寄ってきた。

 

 

「ま、ざっとこんなもんです、あ、トレーニングメニューですけど、アンタレスのスケジュールはこれですよ」

 

 

 そう言って、アフトクラトラスが渡してきたのはアンタレスのトレーニングメニューだ。

 

 そのメニュー内容に目を通した瞬間、貴方は度肝を抜いた。

 

 一言で言うなら頭がおかしくなりそうだった。

 

 アンタレスの片鱗を見たとかじゃない、もっと恐ろしい何かを見てしまったようなそんな感覚である。

 

 そんな貴方はこう感じた。このウマ娘を護らねばと。

 

 

「え? 今日は休め? 何言ってんですか今からコンクリを……はい? 土方じゃないんだからですって? いや、そうですけど。あっ……ちょ!? 何してるんですかっ!?」

 

 

 貴方はアフトクラトラスの身体を抱き抱えると、すぐさまその場から彼女を引き剥がす事にした。

 

 こんなところにいては彼女がまた過度なトレーニングに走るかわからない。

 

 こういう時は強硬手段が一番だ。この手に限る。

 

 コマンドーの大佐並みの圧でアフトクラトラスを休ませる。いや、おそらく貴方はもう大佐かもしれない

 

 アフトクラトラスを抱っこして誘拐した貴方はひとまず、ダンスルームへ移動した。

 

 

「なんですかもう! 誘拐なんて慣れてますけど、いきなりびっくりするじゃないですか!」

 

 

 誘拐に慣れてるというアフトクラトラスの反論もどうかと思うが、まあ何にしろ彼女をあのとんでも坂から遠ざけれたのは我ながらいい仕事をしたと思った。

 

 彼女は相変わらずぷんぷんと怒っているが怖いというよりも怒り方が可愛いという感じだ。

 

 身体がちっさいのもあるんだろうが、ちょこまかと動くこのウマ娘には何か不思議な愛らしさというものが感じられる。

 

 

「そんでどうすんですか、え? トレーニングメニューを見直す? 義理母と一緒に? 別に今のままでも……あーはいはい、わかりましたからそんなに顔詰めてこないでください暑苦しい」

 

 

 そう言いながらプイっと顔を背けるアフトクラトラスに貴方は苦笑いを浮かべる。

 

 頑張り屋なのは良いことだが、頑張りすぎるのは良くない。

 

 あなたの師匠であるタケトレーナーやオカトレーナーがよく言っていた言葉だ。

 

 さて、とりあえずトレーニングメニューからの見直しから必要だろう。

 

 

「全く、義理母が言ってましたよ? あいつなら私を全レースで一着にできるって。ホンマかいなって思わず思いましたけど、甘々ですし」

 

 

 君のチーム自体がスパルタ過ぎるんだとすかさず貴方はアフトクラトラスにツッコミを入れる。

 

 アフトクラトラスのこんな小さな身体のどこにそんな馬力があるのか不思議で仕方ないと貴方は思った。

 

 何か秘密があるのだろうか……。

 

 

「何、人の胸をマジマジ見てんですかこの変態」

 

 

 そう思っていた矢先、ジト目でアフトクラトラスから貴方はそう指摘された。

 

 別にそういうつもりはなかったのだが、視線がどうも自己主張が激しい彼女の胸へいってしまっていたらしい。

 

 さて、トレーニングの見直しだが、改めて見ても物凄いトレーニング量だと貴方はスケジュール表を見ながら感じた。

 

 どうしたらこんなメニューを一日で熟るのだろうか、もはや理解の域を越えている。

 

 

「トレーナーもアンタレス式トレーニング一緒にしますか? 半泣きになりますよ?」

 

 

 そう言って、恐ろしい事を満面の笑みでさらりと言ってくるアフトクラトラス。

 

 普通にオーバーワークのトレーニングである、普通のウマ娘だったら間違いなくぶっ倒れそうなメニュー内容だ、それを勧めてくるのはアホの極みでしかない。

 

 こんなメニューを普通に勧めてくるなと、貴方は軽くチョップをアフトクラトラスに入れる。

 

 

「あー! DVですよ! DV! これは許されない案件だ! 頭パッカーンなったらどうすんですか!! え? 元々何も入ってないから大丈夫ですって? ぶっ飛ばしますよこの変態トレーナー!」

 

 

 この気性の荒さである。いやはや、ゴールドシップ並みに癖が強いとは聞いてはいたが、貴方はこのアフトクラトラスの扱いには苦労しそうだと肩をすくめてため息を吐くしかない。

 

 小さな身体でぷんすこ! と怒っているアフトクラトラスに貴方は、適当なご褒美で釣りながら宥めつつ軽く扱う、こういうときはこの手に限る。

 

 内心チョロいと思ったのはここだけの話だ。

 

 それから数ヶ月、貴方はアフトクラトラスのトレーナーとして、彼女を支え、朝日杯と皐月賞を制覇。

 

 深夜帯に何やら自室で彼女がワチャワチャ配信している事をのぞけば、素晴らしい戦績である。

 

 G1優勝できなかったら、遠山トレーナーとアフトクラトラスからめちゃくちゃキレられるので必死でスケジュールを管理しながら彼女を支えている貴方は立派である。

 

 そんな最中、アフトクラトラスからこんな話を貴方は振られた。

 

 

「レースのローテーション見せてくださいよ。

 

 ……はぁ!? なんでこんなクソローテになってんですかっ! え? 義理母の指示? いやいや、死にますよ? え? これ私死ぬの?」

 

 

 皐月賞が終わってからの欧州三冠プランのめちゃくちゃなハードローテーションを見せた時は激しく抗議。

 

 元々、涙目になりながら遠山トレーナーからの地獄の練習を避けてきたアフトクラトラスを宥めつつこれまで上手くやってきたのだが、まあ、案の定、レースプランを見たアフトクラトラスが取り乱していた。

 

 貴方は大丈夫大丈夫と、軽くアフトクラトラスの肩をぽんぽんしながら告げる。

 

 

「あんだけアホみたいなトレーニングしてて、君は強いから勝てるでしょうって? おい、それは最初の頃に私を心配していた貴方のセリフとは思えないんだが、ちょっと、最近諦めてきてませんか? アンタレスだから仕方ない? いやそうですけど、勘弁してくださいよ……」

 

 

 ここなしかアフトクラトラスの背中に哀愁が漂っている。

 

 貴方はとりあえずアフトクラトラスを撫でて誤魔化すことにした。まあ、アフトクラトラスはチョロいので撫でて褒めておけばどんなトレーニングでも耐えれると遠山トレーナーが言っていたので大丈夫だろう。

 

 それから、トレーニングしては走り、鍛えて、二人三脚で貴方はアフトクラトラスの管理を行なっていった。

 

 日々成長していく彼女の姿には驚かされてばかりだ。

 

 アンタレス式のトレーニング方法にも手を加えて、変わらず内容ハードではあるもののアフトクラトラスの体に負担を少なくしていくような形で貴方はトレーニングを進める工夫をした。

 

 

 それからしばらくして、天皇賞・春での出来事だ。

 

 何とレース後、アフトクラトラスが乱入して観客に向かって喧嘩を売っていた。

 

 どうやらマックイーンの三連覇を阻んだライスシャワーへ対するブーイングが気に入らなかったらしい、確かに気持ちはわかるあれは聞いてて良いものではなかった。

 

 それならまだいい、しかしながら……。

 

 

「凱旋門とってきてやるよ馬鹿野郎! かかってこいやぁこのやろー!」

 

 

 何と凱旋門をとってきてやる宣言、これには貴方も頭を抱えるしかなかった。

 

 すぐに羽交い締めして、アフトクラトラスを回収した貴方は彼女に説教をした。

 

 なお、全く聞いているそぶりは無かった模様。

 

 ルドルフ会長からアフトクラトラスが拳骨を受けていたが、まあ仕方ないと肩をすくめるしかなかった。

 

 それから、日本ダービーを制したアフトクラトラスは無敗で二冠達成、この出来事に日本のメディアもファンも大盛り上がりであった。

 

 

 その勢いのまま海外遠征へ、ダラカニという強大なライバルがいたもののそこからイギリスダービーとキングジョージを制覇。

 

 そして、成長したアフトクラトラスがついに宣言通り凱旋門を取った。日本のウマ娘の初の快挙だそうだ。

 

 貴方は自分の事のようにこの事を喜んだ。辛い時もアフトクラトラスに寄り添い、彼女の苦悩をよく理解していたからこそ、彼女が輝いた姿がとても嬉しく感じた。

 

 だが、それよりも貴方が気になったのはアフトクラトラスの身体だろう。

 

 何やら深刻な爆弾を抱えているようであったが、トレーナーとしてこれを見過ごすわけにはいかない。

 

 

「……菊花賞を回避? ……何を言ってるんですか貴方……ここまできてそんなことできるわけないでしょ?」

 

 

 貴方は必死にアフトクラトラスを呼び止めるが、それでも彼女の意思は固かった。

 

 笑みを浮かべながら、応えてくるアフトクラトラスに貴方は何も言えなかった。

 

 本来ならここで止めるべきだろうと判断すべきだが、日欧のダブル三冠という偉業を成し遂げるには断固たる決意というものがいる。

 

 

 貴方はアフトクラトラスのトレーナーだ。

 

 

 この先の決断をどうするかは、貴方次第だろう。



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月夜の邂逅

 

 

 

 さて、あの選抜発表があってから二日が経ちました。

 

 私はというと、ファンの皆さんが戸惑っている事だろうと察して配信をすることにしました。

 

 そう、アフちゃんねるです! 

 

 登録者数はいまや鰻登り! まあ、なんたって前回の三冠ウマ娘とのタイマンレースに勝ちましたからね! 

 

 ウイニングライブはないなったんですが、それもこれも海外ネキ達が悪い。

 

 

「はい、という事で久々に配信します。やほやほ! 皆、アフちゃんだよー!」

 

『うわ出た!』

『はよ走れ』

『何してんだ坂行ってこい』

『本当にこの娘、海外勢に勝ったのかね?』

 

「久々の配信なのにこの言われよう、涙が出ますよ」

 

 

 そう、海外勢のせいで私のチャンネルも見ての通りです。

 

 もう、あんなとんでもメンバー引き連れて普通に殴り込みに来るかね? 私はのんびり配信したいというのに……。

 

 よりにもよって、世界第3位のリボーさんとタイマン張らないといけなくなっちゃったんだから、もう泣きそうですよ。

 

 

「海外勢の人達マジでしたもの、アレはやばいですって普通あんな引き連れてきます? そんなんできひんやん普通! シーバードさん半端ないって! もうー!」

 

『草』

『そら、先に仕掛けたのはこっちだしな』

『お礼参りって事でしょ』

『ディープとアッフはちゃんと勝ってきてください』

 

「何という無茶振り、もう少し労って」

 

 

 皆は私をもうちょっと甘やかすべきだと思う、私の非常にリスナーの筈なのに厳しいのはなぜだろう。

 

 はい、私の普段の行いですね、自覚はあります。正直すまんかった。

 

 まあ、気を取り直して今日の配信の内容ですけども。

 

 

「さて! それじゃ今日は……! ……義理母との思い出話でもしましょうかね? たまには」

 

『おー!』

『遠山トレーナーか……』

『めちゃくちゃ厳しかったって聞いてたよ』

 

 

 そう言って、私の話を聞いていたリスナーさん達は興味津々でそうコメントを残してくれる。

 

 そう、厳しかった。だけど、そこには愛情もあって、私にはかけがえのない家族であり母親だった。

 

 私は実の母も父も知らないし、自分の生い立ちがどうだったかはよくわかっていない。

 

 

「義理母は厳しかったですよー? めちゃくちゃ坂路を走らせるし、身体を鍛えて鍛えて強くして勝たせるって信条の人でしたから、小さい時から私は厩舎の裏山を走らされてましたけど、涙流しながら駆けてましたから」

 

『うわぁ……』

『それは末恐ろしい』

『自分なら逃げてる』

 

「でしょう? けど、義理母はちゃんとご褒美もくれていたので飴と鞭の使い方がほんとうまかったんですよね」

 

 

 小さい頃の私は義理母がくれるご褒美が嬉しくてきつかったけど頑張れました。

 

 ちゃんとやり遂げると褒めてくれるのも嬉しかったですから。

 

 厳しいだけだと潰れてしまうという事を義理母はよく理解していたのです。

 

 もちろん、無茶なトレーニングはありましたが、体調を見極める眼もちゃんと持ち合わせていましたからね、そういう時は私を休ませてくれていました。

 

 

「よく話してくれていた義理母の夢、それは姉弟子もですが、ずっと叶えてあげたいって思っていました。……私の走る理由は多分、最初は義理母を喜ばせたい、お母さんの夢を叶えてあげたいって思って走ってたんだと思います」

 

『……深いなぁ』

『自分の為じゃなくて母のためか』

『アッフの強さの理由はそこかな? もしかして』

 

「ですかねー? あんまり考えたことはないんですけど、少なくとも私利私欲で走るとかはあんま考えたことは無いのかも? 多分……」

 

 

 あるとしたら、あのディープちゃんと走った有記念くらいでしょうか? 

 

 あれも、ライスシャワー先輩の分まで走るという気持ちとディープちゃんとの約束を果たしたいという気持ちがあって、我が儘を言って走ったレースなので自分の為にと言われるとなんだかピンとはあまりきませんね、よくよく考えれば自分も出たいと思っていたのであれは自分の為かもしれない。

 

 三冠は義理母の為、常に勝っているのは後からついてきた結果くらいにしか今のところ考えていません。

 

 

「そんなわけで、トレセンに来る前から私は義理母からスパルタな育成をさせられていて、それはもう皆さんの想像を絶すると思います」

 

『具体的には?』

『想像を絶するってどんな感じなんかな? 恐怖しか感じんわ』

『重りつけたりとかかな?』

 

「えっとですね……」

 

 

 そこから私は義理母と行った凄まじいトレーニングについて皆さんに話した。

 

 時には、厩舎の裏手にある悪路の坂路を合計で、もはや数えていないですが幾千、幾万と駆け上がり。

 

 トレーニングの終わりには怪我の予防にと引きちぎれるかと思うようなガッツリとしたクールダウンとストレッチ。

 

 流れる川での水泳なんかもしましたかね、バタフライとかで。

 

 あとは、コンクリートの塊やめちゃくちゃ重いバカでかいタイヤなんかも引きながら坂路を登ったりとか。

 

 悪天候の時の慣らしなんかもしてましたかね。

 

 まあ、他にもたくさん例はあげましたが、挙げるとキリがないので、そんな感じのメニューを小さい時からいっぱいしてきました。

 

 

「まあ、他にもたくさんあるんですけど、こんなもんですかね?」

 

『一体何を目指してたんだ(困惑)』

『ハード過ぎて草』

『地上最強でも目指してたのかな?』

 

 

 コメント欄の皆さんもこれにはドン引きしてました。

 

 アンタレスに入る前からこれだったので、トレセン学園に入ってようやく解放されたと思った矢先また地獄が始まったみたいになりましたよね。

 

 アッフは目の前が真っ暗になりました。泣けるぜ本当。

 

 

「……けど、そんな義理母が私は大好きでした。今でも愛してます、姉弟子もライスシャワー先輩もね、あの二人は私にとって唯一の家族みたいなものですから」

 

『そうだよね……』

『アッフの生い立ち聞けてなんか泣けた』

『いつもはポンコツなのにな』

 

「おい、いつもポンコツとは何事だ、おい!」

 

 

 最後のリスナーのコメントに一瞬だけしんみりした空気に草が生える。

 

 大事な人がそばにいてくれる有り難みは私はよくわかります。

 

 だから、私はその人達の為なら命だって張れる。

 

 

「よし、良い時間ですし、トレーニングに行ってきましょうかね! じゃあ皆さん! 乙アフ!」

 

『乙アフ!』

『お疲れ様ー』

『頑張れアッフ、海外の奴らなんかに負けるな!』

 

 

 私はそう言って配信を切るとランニングウェアに着替えてナイターのトレーニングに出かける。

 

 外は暗くなってはいるが、別段、私は目が良いのであまり気にはなりません。

 

 まあ、本来ならドゥラちゃんとキズナちゃんを誘ってあげたいところですが、あの二人はメジロドーベルさんから、昼間しこたましごかれてましたからね、流石に気を使いました。

 

 

「あまり遠出をするのもあれですから今日はサイボーグ坂路で走りますかね」

 

 

 私はそう呟きながらサイボーグ坂路まで軽く慣らしで走る。

 

 今日は珍しく雲もあまりなく綺麗な満月が照らしてくれていました。

 

 すると、私の目の前に小さなウマ娘の姿がゆっくりと現れます。

 

 気の強そうな眼差し、刺々しい鹿毛の短い髪のウマ娘でした。

 

 雰囲気はどこか普通のウマ娘でないことは察しましたが、私は静かに彼女の横を素通りしようとしました。

 

 すると、彼女は私にすれ違いざまに静かにこう呟きます。

 

 

「アフトクラトラス、お前には私と同じ血が流れてる」

 

 

 それを聞いた私は目を見開いてゆっくりと足を止めました。

 

 そして、静かに呟いたウマ娘に向き直ります。

 

 特徴的な八重歯を見せながら笑みを浮かべるそのウマ娘を私は知っている。

 

 そう、海外勢を引き連れてきた一人、世界第3位にランクされているが、その能力は世界一位のシーバードと相違ないウマ娘。

 

 いまだに無敗を誇るイタリアが誇る至宝、リボーその人だ。

 

 

「何の用ですか、今からトレーニングなんですが」

「言った通りだが? お前には私と同じ血が流れてるってな」

「意味がわかりません」

 

 

 私は急に呼び止めてきたリボーに対して顔を顰めながらそう告げる。

 

 リボーと同じ血が流れている? それは果たしてどういう意味なのか。

 

 私は物心つくときから日本にいましたし、自分は日本のウマ娘であると思っています。

 

 

「まあ、お前と私は親戚って事だな、従姉妹みたいなもんだよ」

「だからなんです?」

「……お前の本当の親も知ってるって事だな」

 

 

 私はそうリボーから言われて余計に苛立ちました。

 

 家族は義理母と姉弟子、そしてライスシャワー先輩だけだ、そんな事をいきなり現れて言われても私からしたらいい迷惑です。

 

 もはや、実の親だとか私の生まれがどうだとか、そんな事には興味がありませんしね。

 

 

「まぁ、こういうのは走ったが早いか? んで、どうだい? 今から3本ほど1600m走らねーか私と」

「話が見えませんけど……」

「まあまあ、走りゃわかる、そういうもんだろ? 私らウマ娘ってのはさ」

 

 

 そう言って、懐かしそうに私を見てくるリボーの目は何故か優しかった。

 

 そういう風に言われたんじゃ私も無碍に断るわけにもいきません。

 

 私は深いため息を吐いて視線を横に向けたまま、静かにこう告げる。

 

 

「……3本ですよ」

「おう、それじゃ場所移動すっか」

 

 

 そう言って、私はリボーと共にトレセン学園のトラックへと移動した。

 

 走る長さは1600m、ちょうどマイルのレースと同じくらいの距離だ。

 

 まあ、マイルくらいの距離ならたかだか3本走るくらいどうということはない。

 

 

「ちなみに真剣勝負だ、手抜きは無しだぜ?」

「わかってますよ」

 

 

 そう告げるリボーと共にスタートラインに立つ私。

 

 そこから位置についてヨーイドンッ! で私はリボーと共にかける。

 

 世界3位か何か知らないが、私とて凱旋門も勝ったし日欧三冠をとった上で未だ無敗だ。

 

 リボーとの簡単なこのレースに負ける気はさらさらなかった。

 

 そう、全く負ける気はなかった。だからこそ本気で走った。

 

 しかし、それにもかかわらずだ……。

 

 

「ハァ……ハァ……!?」

 

 

 私の前を走る彼女の背中がすごく遠く感じた。

 

 圧倒的な強さだった。地を這う走りですら間合いを詰めることすらできない。

 

 いや、むしろ、リボーもまた私と同じ構えで走っていた。

 

 リボーと私の身体の大きさは同じ、そして、同じ走り方、これはどういう事なのか全く理解できない。

 

 理解できない内に私は三本ともリボーに全敗した。

 

 

「……まあ、こんなもんだろ」

「ハァ……ハァ……」

「ダラカニが負けたのも理解できるな、確かにアレよりかは、お前は強いよアフトクラトラス」

 

 

 そう告げるリボーは多少息は切らしているがそれでも余裕というものを感じられた。

 

 私は初めて、勝てるビジョンが浮かばないと心の底からそう思った。

 

 リボーというウマ娘の力量がこれまで走ったどのウマ娘にも当てはまらない。

 

 

「……アフトクラトラス、ギリシャ語で皇帝って意味だろ」

「……だからなんだってんですか……」

「そんな大層な名をお前は付けられた。そうなる宿命だと願いを込めてな」

 

 

 リボーは静かに私を見つめながらそう告げる。

 

 私を見つめるその眼はどこか悲しげであった。

 

 私にはその意味は理解できない、なんだってそんな目で見つめられなくちゃいけないのか。

 

 

「……お前の実の母親はもうこの世にはいねぇよ」

「……っ!?」

「ただ、お前の事はずっと私に話してくれていたんだ、アフトクラトラス」

 

 

 私の実の母の事を語るリボーに私は目を見開いた。

 

 顔も名前も知らない私の母、そんな母親の事を語るリボーに私も動揺が隠せないでいた。

 

 だったら、なんで私は日本にいるんだ。私を一人だけ義理母に預けたのは何か事情があったのか……。

 

 

「まあ、続きは……お前が私の前に立てるくらい強くなったら話してやる。強くなれアフトクラトラス、私を楽しませるくらいにな」

「…………ッ!」

「お前が強くなるのを私は楽しみにしてる」

 

 

 そう告げて、静かにその場から立ち去っていくリボー。

 

 リボーと対戦する前にあれだけボコボコにされたんじゃなんにも言えませんね。

 

 死ぬほど鍛えた身体、死に物狂いで毎日励んだトレーニング。

 

 だけど、リボーの背中は遠かった。

 

 あの実力差を埋めるには前みたいな期間じゃ全然足りない。

 

 

「……あんたは私が絶対倒す」

 

 

 ルドルフ会長が言っていた一年半、この期間にもっと今より強くならなくちゃいけない。

 

 誰よりも速く、誰よりも強く。

 

 今まで以上のやり方で、怪我をした以前よりも遥かに強く。

 

 そうでなくてはあのレベルのウマ娘を倒す事なんてできない。

 

 これまで以上に私は固い意志を固める、自分の母の事を聞く為、そして、自分自身のことを知るために。

 

 私は自分の為に走る事をこの日決意した。



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予想を越えた大誤算

 

 

 

 

【ウマ娘】アフちゃん応援死隊スレ【208芝目】

 

 

 300:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 海外勢ネキ達強すぎて芝しか生えん

 

 

 301:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 大丈夫、ウイニングライブの破天荒ぶりならアッフが勝ってる

 

 

 302:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 あと胸のサイズ

 

 

 303:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 太もものムチムチ具合

 

 

 304:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 お尻のマシュマロ具合

 

 

 305:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 太もものムチムチ具合ならキタちゃんもムチムチやぞ! 

 

 

 306:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 なるほど、これは日本勢圧勝ですね

 

 

 307:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 なんの勝負なんですかねぇ……(困惑)

 

 

 308:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 まあ、まだ走っていない面子と三冠ウマ娘達が走ってどうなるかだろうな

 

 

 309:名無しに代わりまして観客がお送りします。

 追加でサクラスターオーとクリフジが出るって話聞いた? 

 

 

 310: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 え? それマ? 

 

 

 311: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 長距離とシニアティアラ部門だってよ、まあ、強い日本のウマ娘が来るのはいい事だ

 

 

 312: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 それでも化け物揃いなんですけどね相手(恐怖)

 

 

 313: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 ならこっちはおとわっかで対抗するか! 

 

 

 314: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 それは気持ち良過ぎだろ

 

 

 315: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 アッフにおとわっかをやらせれば勝てる

 

 

 316: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 おい、やめとけ、あいつならウイニングライブでやりかねんぞ

 

 

 317: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 ルドルフ会長が怒りのあまりぶっ倒れてしまう

 

 

 318: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 あの曲をライブで歌うとかイカれ具合がヤバいぞ

 

 

 319: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 というか、チームアルコルってヤバいチームができたらしい

 

 

 320: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 あ……(察し)

 

 

 321: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 チーム世紀末はちょっと……。

 

 

 322: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 メンバー見たけどヒャッハーしかいねぇ……(恐怖)

 

 

 323: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 皆、食料と水はちゃんと隠しとけよ(忠告)

 

 

 324: 名無しに代わりましてサンデーがお送りします。

 お? なんだそのチーム! 面白そうだな! 

 

 

 325: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 あ……(察し)

 

 

 326: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 これは(アカン)

 

 

 327: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 リーダーがステゴさんで副リーダーがマックイーンのチームだぞ、面子はもう破天荒な連中ばっかの問題児軍団だとか

 

 

 328: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 ば……! 聞いた奴のお前名前みろ! 名前……! 

 

 

 329: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 ……あ(察し)

 

 

 330:名無しに代わりましてサンデーがお送りします。

 えー! なんだそのチーム! 面白そうだから私も参戦してくるわー! ありがとな! お前ら! 

 

 

 331: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 海外ネキがなんでここにおるんやw

 

 

 332: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 ヤバいよ……ヤバいよ……。

 

 

 333: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 うん、死人が出るな(白目)

 

 

 334: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 SSネキ参戦は聞いてないって! あんた海外勢でしょうが!? 

 

 

 335: 名無しに代わりまして観客がお送りします。

 常識では計れないこともあるんだな……。

 

 

 

 私のスレではこんなことが起きていた。

 

 私もトレーニング終わりにチラリとこれを見て思わず二度目してしまった。

 

 いや、参戦するのがサクラスターオーさんとクリフジさんが追加って話も驚いたんですが、それ以上にこのスレに紛れてるサンデーって人なんですけれども。

 

 いやいや、あの米国二冠取ったマックイーンさんのマブダチなわけがないですよね? 

 

 まさか、私のスレなんかに来るわけが無いですし、本人降臨がそうそうあってたまるかって話ですよ。

 

 私はこの時までそう思っていました。

 

 そうこの時まではね。

 

 

 

 海外勢の泊まっている寮。

 

 ここでは、広々とした高級感ある食堂に加えて、海外ウマ娘を出迎える為に最上級のグレードの施設が数多く配備されている。

 

 そんな寮でティータイムを楽しんでいるのは世界第一位のウマ娘、シーバードだ。

 

 

「ふぅ……やはりイギリスの最上級の紅茶は美味いわね、エクセレント」

「そうか? 私はコーヒーが一番好きだがな」

「そもそも紅茶飲まねーし私は」

「……ぐっ、……まあ人それぞれ好みはありますから」

 

 

 シーバードはコーヒー派のセクレタリアトとそんなのに微塵も興味が無さそうなリボーからの返答に顔を引き攣らせる。

 

 纏まりがないと言えばそれまでだが、彼女達はそれぞれ強烈な個性でより集まったメンバーばかりだ。

 

 それゆえに纏まりというよりも各個人が圧倒的な実力を兼ね備えている。だからこそ、強い。

 

 その事はシーバードがよく理解していた。

 

 まあ、自分達、海外勢の実力は前回のレースで日本中に知らしめることはできたし、来年からの日本のG1戦線には海外のウマ娘達が全員参戦する。

 

 完膚なきまでに日本のウマ娘達を叩き潰して、アフトクラトラスとディープインパクトをこちらに引き抜くという算段だ。

 

 完璧なプラン、もう自分達の勝利はもらったようなものだ。

 

 

「うーん……いい香り、癒されるわぁ……」

 

 

 そう言いながら、紅茶を口に含むシーバード。

 

 だが、次の瞬間、シーバード達のいる部屋に慌てた様子でバン! と扉を開けてハリケーンランが乱入してきた。

 

 

「ひ、姫ー!? た、大変です!」

「何、どうした? そんなに慌てて」

 

 

 紅茶を飲んでいるシーバードの代わりにそう訊ねるセクレタリアト。

 

 紅茶を飲んでいるシーバードはというとどうせ大した事ではないだろうというふうに考えていた。

 

 こちららの布陣は磐石、立ち塞がるような障害も問題も大したものではないだろうと思っていたのである。

 

 

「サンデーサイレンスが謀反ですッ! 日本に馴染みがあるウマ娘を引き連れて日本側につくそうですッ!」

「ブフォッ!?」

 

 

 そのハリケーンランの一言にシーバードは口に含んでいた紅茶を吹き出した。

 

 いやいやちょっとまて、そんな話は聞いていない。

 

 海外勢から裏切りが発生するとかどんな状況だとシーバードは思った。

 

 こちとらオールスターを引き連れて来日したというのに、その何名かが日本側につくとか、意味がわからな過ぎてどうにかなりそうだった。

 

 

「な、何ですってぇ!?」

「あははははははははッ! あいつおもしれーなやっぱ!」

「……はぁ、イージーゴアがまたキレるなこれは……」

 

 

 取り乱すシーバード、笑うリボーと思わず頭を抱えるセクレタリアト。

 

 各自それぞれの感情があるにしても、仲間内でまさかの謀反には全員が度肝を抜かされた。

 

 だが、サンデーサイレンスならやりかねない、そう思う確信が彼女達にはあった。

 

 そもそも、サンデーサイレンス自体は日本に馴染みが深いウマ娘である事は彼女達も知っている。

 

 世話になった日本側についてもなんらおかしな事はないのだが。

 

 

「……ほ、他には……」

「トニービンさんとスノーフェアリー、エネイブルのやつがついてきましたね……後は数名」

「…………」

「ひ、姫! お気を確かにッ!?」

 

 

 頭を抱えて仰反るシーバードをそう言いながら支えるハリケーンラン。

 

 個性的なメンバーを集め過ぎたのが仇となったのか、まさかの展開にリボーは腹を抱えて笑っていた。

 

 さて、海外勢側でそんな事があっているとはこの時思いもしてなかったのですが、チームアルコルでは早速、話題の人がやってきていた。

 

 

「マックイーン! 久しぶり! 元気してた?」

「…………」

 

 

 そう言いながら、ニコニコ顔で現れたサンデーサイレンスにマックイーンはもう固まっていた。

 

 そんなマックイーンにゴールドシップは首を傾げながらこう訊ねる。

 

 

「なんだマックイーン知り合いか?」

「ここに出てこれるような人物じゃなかった。私はもう死ぬまでこんなやつと関わらないって思ってましたわ」

 

 

 そう言いながら、ニッコニコで手を振るサンデーサイレンスに顔を引き攣らせながらゴールドシップに告げるマックイーン。

 

 ただでさえ、チームアルコルの評判はものすごくアレであった。

 

 現に現在もトレーニングはしているが、もういう事を聞かない特攻ウマ娘Aチームみたいなメンバーで構成されているが故、伝説級のトレーナーがなんと三人も駆り出されるという始末。

 

 それでなんとか、マックイーンが檄を飛ばして皆もトレーニングをしているという状況なのによりによってサンデーサイレンス襲来である。

 

 

「面白い事やってんじゃーんマックイーン! 私も混ぜてよぉ、なあなあ〜」

「えぇい!? なんで貴女がいますの!! 海外勢でしょ!! 貴女は!!」

「そら、マックイーンの為なら日本側につくに決まってんだろぉ? 当たり前だよなぁ?」

「お、こいつ、わかってやがる!」

「だろぉ? こいつに言ってやってくれよ」

 

 

 これにはゴルシもなんか面白いことになってきたとばかりに便乗していた。

 

 そんなゴルシとサンデーサイレンスが打ち解けるにはそんなに時間はかからなかった。癖ウマ娘は癖ウマ娘と惹かれ合うという格言でもあるのだろうか? 

 

 和気藹々とすぐにチームアルコルに合流したサンデーサイレンスを見た伝説のトレーナー達は戦慄したという。

 

 これはその内の二人、ウチトレーナーとイケトレーナーの証言である。

 

 

「いや……本当、自分達死ぬのかなって思いましたね、えぇ……」

「言うこと聞かない奴らばっかりですからね、本当、毎日死ぬ思いでしたよ」

 

 

 もはや、問題児軍団を集めた真骨頂みたいなチームが出来上がってしまった。

 

 サンデーサイレンスはとりあえずゴールドシップとステイゴールド、マックイーンと共に扱うようにした、マックイーンはあくまでも制する役だが、日を重ねるごとに彼女もまた気性がだんだんと荒くなるのを身に染みて感じたというのは彼ら談である。

 

 ルドルフ会長もサンデーサイレンス襲来には戦慄していたが、日本勢にとってみれば追い風だと快くチーム参加を承諾したとか。

 

 

 そんな話を聞いていた私は静かに自分の携帯端末でスレ内容を確認する。

 

 

「SNSって怖ぇ……。わ、私は何も見ていない」

 

 

 余談だが、後日、私の掲示板でのやり取りを発見され、ルドルフ会長を含む生徒会から呼び出されたのはここだけの話である。

 

 

 



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姉妹として

 

 

 

 一年半という期間を設けた世界選抜戦に向けて。

 

 日本の全チームが一丸となり、凄まじいトレーニングを各自積んでいた。

 

 最強姉妹対決、こう銘打たれたポスターを前にビワハヤヒデは静かに佇んでいた。

 

 

「……姉か……」

 

 

 彼女が佇んでいるのには理由がある。

 

 それは、ビワハヤヒデと走ることになるだろう今までで最強のウマ娘、その名をデイラミ。

 

 21戦11勝、その殆どがG1戦というまさしく化け物だ、その中には世界最高峰の凱旋門賞と同じくらいのレース、BCターフ、キングジョージまで彼女は勝っている。

 

 しかも、この間のレースではウイニングチケット、ナリタタイシンの二人を相手に全く寄せ付けない強さを見せつけてきた。

 

 こんな化け物に果たして私が敵うのだろうか

 

 

「こんなところで何してるんです?」

「……ん? いや、ちょっとな……」

「考え事ですか?」

 

 

 そう言いながら、ビワハヤヒデに声をかけて来たのはミホノブルボンだ。

 

 アフトクラトラスの姉弟子であり、今では海外レースで実績を上げ続けているウマ娘。

 

 ビワハヤヒデの顔を見たブルボンは少し笑みを浮かべるとこう告げて来た。

 

 

「ハヤヒデ、少し話しましょうか」

「……話ですか」

「貴女が考えてることについて、ですよ」

 

 

 そう言いながらブルボンと私は場所を移す。

 

 ビワハヤヒデはトレセン学園の中庭にあるベンチに座り、静かに私は空を見上げた。

 

 今日はやけに晴れた心地よい天気であった。

 

 暫しの沈黙の後に話を切り出したのはブルボンの方からだった。

 

 

「……デイラミと自分の事で悩んでいるのでしょう」

「……鋭いな」

「見ればわかりますよ」

 

 

 そう言いながら、ビワハヤヒデの返答に笑みをこぼすブルボン。

 

 凄い実力を持った相手と三冠ウマ娘、ナリタブライアンの姉としてのプレッシャー。

 

 この二つが重くビワハヤヒデにはのし掛かる。

 

 それは、ミホノブルボンにもよく理解ができる。

 

 妹弟子であるアフトクラトラス、彼女はミホノブルボンの代わりに義理の母の夢を叶え、さらに、世界最高峰のレース、凱旋門賞まで制覇した。

 

 だからこそ、ビワハヤヒデが何に悩んでいるのか深く理解することができた。

 

 

「……凄い妹を持つと姉は大変だな」

「そうですか?」

「あぁ……君だってそうだろう?」

 

 

 そう言いながらブルボンに問いかけるビワハヤヒデ。

 

 だが、ブルボンは左右に首を振りそれを否定する。

 

 そして、静かにビワハヤヒデに向いこうつげはじめた。

 

 

「なら、妹より強くなればいい、血反吐吐いても身体が悲鳴を上げても私は強く在り続けます」

「…………」

「私より凄い偉業を確かにアフは成し遂げました。ですが、私はあの娘より自分が弱いだとか劣っているだなんて思ったことはありません、それは貴女もでしょう、ハヤヒデ」

 

 

 そのブルボンの言葉にビワハヤヒデはハッと目を見開く。

 

 確かに自分が今までブライアンに負けているだなんて微塵も思ったことはなかった。

 

 もちろん、三冠を取り、最近では海外レースもブライアンが勝った事もビワハヤヒデは知っている。

 

 それでも、ビワハヤヒデは彼女の前では強い姉であろうとした。

 

 

「……だが、タイシンもチケットもデイラミに負けた、そんな奴に私が果たして勝てるのか……」

「そんなもの走らなくては分からないでしょう」

「……見ればわかるさ」

 

 

 そう言いながら、ビワハヤヒデは先日のレースを思い返す。

 

 ビワハヤヒデと鎬を削り、そしてクラシックを戦ったライバルである二人、その彼女達ですらデイラミには歯が立たなかった。

 

 そんな彼女達の代わりに自分が勝てるのか、ビワハヤヒデはその不安が拭えないでいた。

 

 ビワハヤヒデのその様子を見て、ミホノブルボンはゆっくりと口を開く。

 

 

「勢いの皐月賞、運のダービー、そして、実力の菊花賞」

「…………」

「貴女は実力の菊花をその手に掴んだ。あの二人とクラシックを最後まで走り抜いて。……私が獲れなかった菊花賞を獲ったんですよ」

 

 

 ビワハヤヒデの瞳を真っ直ぐに見つめたままそう告げるミホノブルボン。

 

 ビワハヤヒデには確固たる実力がある。

 

 それは、菊花賞もだが、宝塚記念、そして、3200mの長さを誇る天皇賞も彼女は勝った。

 

 だからこそ、ミホノブルボンには確信があった。彼女ならば、ナリタブライアンと共にあのデイラミとダラカニの最強姉妹に勝てると。

 

 

「……正直、貴女とアフの奴で走るべきだと思っていた。貴女もアフも凄いウマ娘だからだ」

「…………」

「だがッ! ウイニングチケットとタイシンが負けた相手をみすみす譲るわけにはいかないッ! 私は私だ! ブライアンと必ず勝つッ!」

 

 

 ビワハヤヒデはどこか覚悟を決めたようにはっきりとそう言い切る。

 

 その目には先程とは違い闘志が漲っていた。

 

 あの二人と走ったクラシック戦線の時のように、ナリタブライアンへ背中を見せたようにビワハヤヒデには偉大な姉としての誇りを取り戻していた。

 

 

「……吹っ切れたみたいですね」

 

 

 それを見たミホノブルボンはそう確信する。

 

 敵は圧倒的な海外の怪物達、それを例えるなら古代のテルモピュライの戦いのようなものだ。

 

 強大な敵と戦うには圧倒的なトレーニング量とモチベーションが必要になる。

 

 戦う心がなければ、海外ウマ娘には勝てない。

 

 

「ハヤヒデ、よければ私と共に遠山式トレーニングをやる覚悟はありますか?」

「……何?」

「今の貴女ならそれを熟す覚悟だってあるはずです。違いますか?」

 

 

 そう問いかけられたビワハヤヒデは静かに考える。

 

 アンタレスでも随一のハードさを誇る遠山式トレーニングメニューである。

 

 今は亡き遠山トレーナーが発案した『鍛えて、強くする』をもとに構成され、アフトクラトラス、ミホノブルボン、ライスシャワー、メジロドーベル、ドゥラメンテ、キズナの六人が普段から行っている常軌を逸したトレーニングメニューだ。

 

 今では優秀なトレセン学園のトレーナー達からさまざまな手を加えられ、より効率よく負荷が掛かるトレーニングメニューとなっている。

 

 

「……まさしく、修羅に入る覚悟だな……良いだろう」

「死ぬ気でこの一年半、頑張りましょう」

 

 

 そう告げるミホノブルボンの言葉に静かに頷くビワハヤヒデ。

 

 そんな二人のやりとりを物陰で壁に身体を預けたままこっそりと聞いていた一人のウマ娘が居た。

 

 彼女は物陰から少しだけビワハヤヒデの顔へ視線を向けるとしばらくして、静かに笑みを浮かべる。

 

 

「……姉貴を誘おうと思ったが、私が出るまでもなかったな」

 

 

 そう、物陰から話を聞いていたのはビワハヤヒデと姉妹であるナリタブライアンだ。

 

 最強姉妹対決という事で彼女自身はミナトレーナーと共に熾烈なトレーニングに日々明け暮れていた。

 

 だが、姉であるビワハヤヒデが気掛かりであったためこうして様子を見に来たという訳である。

 

 デイラミとダラカニという姉妹を相手に気落ちしていないか心配だったがそれも無用の心配だったようだ。

 

 

「……さて……、アフの奴でも誘ってトレーニングするか、確か今日は生徒会に呼ばれてたっけな?」

 

 

 ナリタブライアンはそう呟くとその場からゆっくりと離れる。

 

 姉も覚悟を決めて、修羅になる道を選んだ。

 

 ならば、自分も相応の覚悟を持って一年半後の対決に臨まないといけないだろう

 

 姉、ビワハヤヒデと共に挑む最強姉妹対決。

 

 

「……絶対に勝つぞ、姉貴」

 

 

 後悔だけはないようにしたい、自分の全力をこの一年半に注ぎ込む。

 

 ナリタブライアンはひっそりと静かな闘志を胸にその場を後にした。

 

 

 

 

 海外ウマ娘との対決に向けて各ウマ娘がそれぞれの想いを胸に秘めていた。

 

 それは、アフトクラトラスも例外ではない。

 

 

「お前……」

「いや! 今回私悪くないでしょ!? 掲示板がやったんだ! 私は悪くねぇ!」

「と容疑者は申しており……」

「だからヒシアマ姉さん!? 私にモザイクかけないでくださいよ! ちょっと!?」

 

 

 と思いたいところである。

 

 我らがアフトクラトラスは現在生徒会へ呼び出しを食らいこのようにサンデーサイレンスの件について生徒会メンバーから弄られていた。

 

 正直な話、今回アフトクラトラスが完全にとばっちりなのは全員周知の事実。

 

 今回は別件もあり彼女を呼び出したのである。

 

 

「さて、茶番はさておき、話というのはドゥラメンテとキズナの事だ」

「……それを先に言ってくださいよ」

「お前は普段が普段だからな、たまにはこうして釘を差しておかないとまたやらかすだろう」

「……ルナちゃん……」

「なんだ、拳骨されたいのか?」

「なんでもないです」

 

 

 そう言いながらニッコリ笑顔で拳を鳴らすルドルフにすぐに視線を逸らして誤魔化すアフトクラトラス。

 

 ルドルフ会長は深いため息を吐くと本題について話し始める。

 

 

「アフ、お前は私とオカさんとでこれから集中的に遠山式を含めて熾烈なトレーニングを行う、つまり、二人を見る時間が減るという事だ」

「ほうほう」

「しかし、二人も海外ウマ娘との対決には出てもらわないといけない。よって、お前の代理にキングカメハメハとレジェンドトレーナーであるアンカツトレーナーに見てもらう事にした」

 

 

 そう告げるルドルフの言葉にアフトクラトラスは静かに頷く。

 

 確かにアフトクラトラスとルドルフはそれぞれ、リボーとシーバードという海外ウマ娘の中でも別格のウマ娘と戦わないといけない。

 

 それには過酷でハードなトレーニングに集中し、力をつける必要がある。

 

 

「……わかりました、そこはお任せします。二人とも駄々捏ねそうですけどね」

「後輩に好かれてるな?」

「甘えられてるだけです」

 

 

 二人の事を思い出しながらそう苦笑いを浮かべ、ルドルフに答えるアフトクラトラス。

 

 一年半という期間、どれだけ各個人のレベルを上げていけるのか、それが、勝敗の行方を左右することに繋がる。

 

 それに、アフトクラトラスにはリボーとの因縁があった。

 

 それは、彼女自身の出自をリボーが知っているから。

 

 少なからず、今の状況を幸せだと感じているアフトクラトラスからすれば、多少なり気にはなる事だ。

 

 自分が何者であるのかようやくわかる事ができるきっかけができた。

 

 

「ルドルフ会長、私は死ぬ気でやりますよ? ついて来れますか?」

「誰に向かって言ってるんだ? 当たり前だ」

 

 

 そう言いながら、互いに笑みを浮かべるアフトクラトラスとルドルフ。

 

 三冠ウマ娘勝負でシンザンに負けたあの日から、ルドルフには地獄を見る覚悟はとうにできていた。

 

 日本のウマ娘の意地をかけた勝負の一年半の始まりである。



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再び見れた夢

 

 

 

 ダート部門。

 

 海外ウマ娘と戦うには鬼門とされているこちらだが、サンデーサイレンスをはじめ海外勢で謀反を行ったウマ娘が加わり、なんとかそれなりに戦える面子を揃える事ができた。

 

 特に期待されているのが、カネヒキリ、クロフネ、スマートファルコン、ラニ、ホクトベガの5人である。

 

 カネヒキリは砂のディープインパクトと呼ばれ、日本のダートではめっぽう強い。

 

 そして、クロフネはダートでは海外勢に劣らず圧巻の走りができる。

 

 スマートファルコンはダートの逃げがハマればかなりの期待が持てるウマ娘だ。

 

 ラニは……、砂のステイゴールドと呼ばれるくらい気性に難がかなりあるが、海外のG1にも何度も挑んだことがあり、G2ではあるがUAEダービーを制している。

 

 ホクトベガは言うまでもないだろう、こちらは日本のG1戦を芝でもダートでも制しており、海外遠征では残念ながら怪我があったが、それでも、海外勢との戦いは経験がある猛者だ。

 

 そして、最後の一人は言わずもがなサンデーサイレンス。

 

 米国二冠を獲り、海外G1で6勝を上げたまさしく怪物。その破天荒ぶりや逸話から日本でも数多くのファンを抱えている。

 

 なお、マックイーンと仲が良すぎて2人ともできているのではないかとまことしやかに囁かれているのはここだけの話である。

 

 ダート戦線はこれから先、成長が一番期待できる部門となるだろう。

 

 

 それから、マイル部門。

 

 こちらはマイルの皇帝ニホンピロウイナー、ジャスタウェイを加えて、モーリス、タイキシャトル、ラインクラフト、カンパニーとマイルに関してプロフェッショナルを揃えた磐石の布陣だ。

 

 とはいえ、やはり相手があのフランケル。

 

 あと一押し、マイルのスペシャリストが欲しいところだが……。

 

 

「さて、お待たせしちゃったかな諸君」

「やほやほー」

「貴女達は!?」

「私が呼んでおいたのよ、マイル戦には彼女がいるでしょう? ねぇ、ユタカオー、ニッポーテイオー」

 

 

 そう、ニホンピロウイナーが声を掛けたこのウマ娘こそ、マイル戦の追加ウマ娘、ニッポーテイオーとサクラユタカオーである。

 

 正直、史上最強のマイラーと名高いフランケル相手にどれだけやれるかはわからないが、連携して戦えば勝ち筋はあるはずだ。

 

 鍵を握るのはタイキシャトルとモーリス、そして、ニホンピロウイナーの三人。

 

 この三人がフランケルと戦える状況を作るのが一番の方法だ。

 

 

「私らが活路を見出す、タイキ、モーリス、貴女達二人がフランケルに挑めるように全力を尽くすわ、貴女達は思う存分戦いなさい」

「ウイナーさん……」

「伊達にチームリーダーを長年してないわよ、任せておきなさい、今日からはその為に全力でトレーニングよ」

 

 

 そう言いながら、まとめ役のニホンピロウイナーの一言に日本のマイラーウマ娘達は元気よく声を上げた。

 

 海外勢が日本に殴り込みに来た。普通ならば恐縮してしまうような状況だろう。

 

 

 

 だが、逆に言えば世界最高峰のウマ娘と日本でレースができる。

 

 それは、日本のどのウマ娘にとっても晴れ舞台でもあった。

 

 そんな晴れ舞台に賭けるウマ娘だっている。

 

 

 

 

 それは、今回、長距離部門で追加召集されたサクラスターオーもその一人だ。

 

 長い時を経て、彼女は再びターフへと帰ってきた。

 

 軽くアップを終えた彼女は静かに空を見上げる。

 

 

「…………一年半か」

 

 

 一年半という期間、与えられたその期間での大きな成長。

 

 長距離部門に抜擢された彼女にはある決意があった。

 

 それは、必ず日本のウマ娘を勝たせる事、彼女自身、このレースに賭ける思いは強かった。

 

 

「足の調子はどう? スターオー」

「……キーストンさん、えぇ、悪くないですよ」

 

 

 そう言いながら、現れたキーストンに笑みを浮かべるスターオー。

 

 キーストンは中距離部門でサニーブライアンと共に新たに加わったウマ娘だ。

 

 その理由としては、サイレンススズカのレベルアップと中距離戦線の強化の為、総力戦となる今回のレースには彼女達の追加の召集は必須であった。

 

 顔を合わせる二人は静かに話を始める。

 

 

「……長い間、本当に長い間、レースに出れませんでしたから、嬉しいです、今回、こんな晴れ舞台に呼んでもらえて」

「そうね……、私にもわかるわその気持ちは……」

 

 

 海外に挑むようなレースに出れる機会なんてもう無いと思っていた。

 

 菊の季節に桜が満開、そう言ってもらえたのはいつだっただろうか。

 

 サクラスターオーが走ったグランプリレース、有記念。

 

 レースが終わった時、彼女の脚が動かなくなっていた。

 

 走りたいと願っても走れないもどかしさ、もう医者からは二度と走ることはできないだろうと言われていた。

 

 だが、サクラスターオーは帰ってきた。

 

 ファン達から貰ったたくさんの折り鶴を貰い、勇気を貰って、この日本のウマ娘達が一丸とならないといけない時期に。

 

 

「貴女に声をかけて良かった、私も同じようにもう立ち直れなくなった時もあったけど、たくさんの応援とトレーナーが支えてくれたから……」

「キーストンさん……」

「スズカは、私と重ねちゃうのよね……、似たもの同士って事かしら?」

 

 

 そう言いながら、クスッと笑うキーストン。

 

 栗毛の超特急、キーストン。

 

 25戦18勝を挙げたウマ娘であり、サイレンススズカと同じ逃げの戦法でクラシックを戦い抜いたウマ娘である。

 

 その勝利数の中にはダービーまであったほど、彼女は走る事が大好きだった。

 

 だが、彼女は阪神大賞典のレース中に故障した。

 

 優しく接してくれたトレーナーの希望に応えられなかった悔しい思い。

 

 医者から告げられたのは引退勧告だった。

 

 過酷なリハビリをしても以前のように走れるかわからない。

 

 そう言われた時、彼女の頭は真っ白になった。

 

 その事を語るキーストンの口調は重く、サクラスターオーは静かに彼女の話に耳を傾けている。

 

 

「けどね、スズカが見せてくれたの、無理だとか、ダメだとか、走れないとか、そんな事は関係なしにもう一度、ターフで走るんだって頑張る姿を」

「……そうですね」

「だから、彼女がまたターフで走る姿を見て私もまた走りたいと頑張れた、勇気をもらえたわ」

 

 

 その姿はスターオーも見ていたからキーストンの話はよくわかる。

 

 ドン底に居た時、サクラスターオーが見たのは明るく元気に復帰する事だけを考えてリハビリに励む青鹿毛の小さなウマ娘の背中だった。

 

 同じように有記念で緊急搬送されたアフトクラトラス。

 

 生死の境まで彷徨った彼女が共にリハビリに励んでいたのは宝塚記念で倒れた淀の刺客であるライスシャワーであった。

 

 なんでそんな風に頑張れるのか、ウマ娘としてもう走る事が出来ないと言われていたのに。

 

 だけど、二人がまた元気にターフで走る姿を見て彼女の世界が変わった。

 

 二人の姿に涙が溢れて止まらなかった。

 

 その話をキーストンにした後、スターオーは話を続ける。

 

 

「私ももう一度、走りたいって心の底から思いました。きっとまた走れるんだって、諦めかけていた心に光を灯してくれたんです」

「じゃあ、次は勝たないとね! 前回のレースでスズカが少し気落ちしてたみたいだから、私がお尻軽く叩いとかないと」

「ははっ、お手柔らかにしてあげてくださいよ」

 

 

 もう二度と走る事が出来ないターフを走る事ができるという喜び。

 

 さらには、こうして、自分達ができなかった事に挑めるという環境。

 

 世界へ挑戦できるなんて何と幸せな状況なんだろうか、二人からしてみれば、今の状況が本当に夢のように思えて仕方なかった。

 

 

「じゃあ、私はこれからライスシャワーとトレーニングがあるので」

「えぇ、頑張ってスターオー、私もスズカと皆で絶対勝ってみせるわ」

「本番が楽しみですね!」

 

 

 そう言いながら、キーストンに背を向けて元気よく駆けていくサクラスターオー。

 

 キーストンもまた背を向けて、それぞれの部門のチームの元へと戻っていく。

 

 いろいろな思いが海外ウマ娘との頂上決戦に向けて募っていた。

 

 

 

 

 アグネスタキオンとフジキセキ。

 

 この二人もまた、天才として語り継がれ、未だに無敗でいるウマ娘達だ。

 

 そんな、二人が走るのは神のウマ娘と呼ばれているラムタラ。

 

 並走しているタキオンはフジキセキにこう語り始める。

 

 

「……うむ、正直なところ、彼女にどう勝つのか考えものだな……」

「ダービー、キングジョージ、凱旋門と無敗で制覇、最短の欧州三冠ウマ娘か……」

「さて、それを私達が倒せば実質、私達が欧州三冠ウマ娘より強いという事になるなッ」

「ははっ……! それは胸が躍る話だッ!」

 

 

 ガツンとスピードを上げるタキオンと共に合わせるように急加速するフジキセキ。

 

 天才VS神。

 

 お互いに無敗同士で4戦4勝。

 

 走ったレースを見れば確かにラムタラの凄さはよくわかるが、この舞台でしか実現できないだろう対決、二人が燃えないはずがなかった。

 

 

「ハァ……ハァ……割と本気かい?」

「だからこうして……ハァ……ハァ……、効率よくハードなトレーニングをしているのだろう?」

「いや本当にキツイな……」

「正直引きこもって研究してたい……」

 

 

 そう言いながら、駆ける二人。

 

 皆が皆、それぞれ与えられた相手を想定し、それに向けてひたすら切磋琢磨する環境。

 

 そして、各レジェンドトレーナー達から受ける妥協を許さず徹底したトレーニング。

 

 チーム全体で選抜に選ばれていないウマ娘も全力でサポートに回っている。

 

 トレセン学園は今まで以上に活気があるのは間違いがなかった。

 

 かつて挑んだ事の無い場所に向けて、それぞれの思いを乗せた一年半。

 

 皆が一丸となり、それぞれの才能が覚醒し、開花していく。

 

 

 世界頂上決戦。

 

 SWDTワールドシリーズ開催まであと一年とニヶ月。

 

 



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修練の日々

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフ。

 

 夏、日差しが差し込む中、彼女は目を瞑りながら瞑想を行っていた。

 

 満を持して挑んだ三冠ウマ娘対決。

 

 彼女はその舞台で残念ながらシンザンに負けた。

 

 その事を踏まえ考え、己の肉体と走りに限界を感じ、悩みぬいた結果。

 

 彼女がたどり着いた結果は感謝であった。

 

 自分自身を育ててくれた皆とトレーナー、そして、支えてくれた多くのファンへの限りなく大きな恩。

 

 それを返すためにどうすれば良いのか、そう思い至った結果。

 

 辿り着いた答えがアフトクラトラスとハードなトレーニングを後の一日5000回、感謝のスパートダッシュであった。

 

 気を整え、拝み、祈り、構えて、走る。

 

 この一連の行動を行うにあたり、当初は10秒ほどかかっていた。

 

 これを終わらせるために日は明け、走り終えれば倒れるようにその場で寝る。

 

 起きればまたアフトクラトラスとのハードトレーニング、5000回のスパートダッシュ、そして、また倒れる様に寝る。

 

 山の奥地、自然に囲まれた地でひたすら、雑念を取り払い、毎日駆け続けた。

 

 

 半年を過ぎた頃、ルドルフはここで異変に気づく。

 

 5000回、スパートダッシュを終えたのに夜が明けていない。

 

 ここにきて、シンボリルドルフ、開花の時を迎える。

 

 ダッシュ5000回、3時間を切る。

 

 代わりにこの環境を用意してくれたトレーナーへ感謝する時間が増えた。

 

 そして、アフトクラトラスと共にトレーニングに入る時。

 

 シンボリルドルフのスパートダッシュは……。

 

 音を置き去りにした。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですか今のダッシュ……」

 

 

 当事者である私は目の前で凄まじい速さで加速するルドルフ会長に言葉を失った。

 

 音を置き去りにするスパートダッシュ。

 

 こんなダッシュを残り僅か、400mで出されたりしたら正直、追いつける気がしない。

 

 シンボリルドルフ会長が新たに

 

 

「百式走法、皇帝神威と……私は名付けた」

 

 

 そう静かに語るルドルフ会長には以前にも増して威厳や空気感が全く違っていた。

 

 一体、どれほどの修練を積めばこれほどの気迫を纏えるというのか。

 

 流石はルドルフ会長というべきだ。

 

 ルドルフ会長は自分で自分の殻を破って見せたのだ。

 

 己を見つめ直し、更に強くなるために。

 

 

「アフ、お前はどうなんだ?」

「ふっ……愚問ですね」

 

 

 私は問いかけてくるルドルフ会長にドヤ顔をする。

 

 そう、私もまた新たな極地へとたどり着いたのです。

 

 その名をナンバーズギア。

 

 6しか上げれなかったギアを9にまでひき上げれるようにしました。

 

 凄いでしょう、三段回まで上げれるように成長したのです。

 

 しかも、ギアの段階を最高速度まで二段階踏まえることにより無理に最高速度まで叩き出していたギア6から二段階挟む事で身体への負担を軽減させることに成功しました。

 

 

 一気に加速し、スピードに乗るギア1。

 

 スピードを維持しつつ、足を抑えるギア2。

 

 コーナリングでのスピードを維持するギア3。

 

 上り坂での急加速を可能にするギア4。

 

 下り坂に適したスピードと脚力を維持するギア5。

 

 ドライブと緩急をつけて相手の合間を抜くギア6。

 

 最終コーナーからの急加速へ移るギア7。

 

 急加速から最高到達速度まで徐々に上げていくギア8。

 

 空気抵抗を最大限にまで切り離した地を這う走り、押し切りを決めるギア9。

 

 

 これが、新たに私が身につけたナンバーズギアです。

 

 これまでは6から8までが無く、一気に9ギアまで上げていたやり方でした。

 

 強引に自分の限界点を毎回こじ開けるやり方は諸刃の剣、身体への相当な負担がかかり、有マまでに私の身体がボロボロになっていました。

 

 400mから徐々にギア6からギア9まで上げていきゴールへ。

 

 こうする事で完全な勝利の方程式が出来上がるという訳です。

 

 

「まあ、私はギアを使い分けなきゃいけないんですけど、そうじゃない化け物みたいなウマ娘も居ますからね」

「……セクレタリアトか」

「はい、あの人の等速ストライドはギアを全く変えずに最初から最後まで最高速です」

 

 

 私は世界第2位のセクレタリアトさんを例えに出しながらそうルドルフ会長に説明する。

 

 最初から最後まで最高速度、変わらない速さでグングンと後続は引き離されていく。

 

 彼女に勝てるとすれば、逃げで先方に立ち、彼女と変わらない速度で走り抜けるようなウマ娘じゃないと無理だ。

 

 しかも、彼女の最高速度を常に上回っていないといけない。

 

 

「そんな事が可能なウマ娘なんているのか……?」

「わかりません、まあ、だからこそ私は全く違う方法を取らせていただいたんですけどね、これなら最後だけならセクレタリアトさんの最高速度を上回れると思います」

 

 

 そう、最後の勝負の直線で打ち抜く。

 

 この走りならそれでセクレタリアトでさえも打ち破る事が可能かもしれない。

 

 多分。自信ないですけど。

 

 最高速度を保ち続けるウマ娘を負かすなんて想像つきませんしね、そもそも。

 

 それに……。

 

 

「ふっ……ずいぶんと強気だな?」

「当たり前です、じゃないとリボーには勝てませんからね」

 

 

 そう、私の標的はあくまでリボー。

 

 彼女に勝つのが私の役目であり、私の宿敵ですからね。

 

 どうやって彼女に勝つのか、それしか私は今考えていません。

 

 強いて言えば、セクレタリアトさんの等速ストライドを唯一破れるかもしれないとすれば、それは。

 

 

「……もしかしたら姉弟子ならあるいは……」

「……ミホノブルボンか?」

「えぇ、可能性があるとするならという話ですがね」

 

 

 等速ストライドを破るとすれば、逃げが決まり、セクレタリアトさんの最高速度を常に保ち続ける。

 

 こんな芸当ができるのは姉弟子をおいて他に考えられません。

 

 だが、それでも世界第2位を誇るセクレタリアトは底が知れない。

 

 

「けど、私の姉弟子ですよ? 姉が妹の私にカッコいい背中見せてくれないとねやっぱり」

「簡単に言う、相手は世界だぞ?」

「関係ないですよーそんなもん」

 

 

 私はそう言いながら笑みを浮かべる。

 

 それだけ姉弟子達ならやってくれると信頼していますからね。

 

 きっとライスシャワー先輩もステイヤーで勝ってくれます。

 

 だって二人とも、私がずっと追いかけてきた背中だから。

 

 

「そう言えば、お前の目標はセクレタリアトではなかったか?」

「あー……、言っていましたねそう言えば」

「良いのか? 憧れのウマ娘が負けるのは?」

 

 

 そう言いながら、私に問いかけてくるルドルフ会長。

 

 よくまあ、私が転入した時のことなんて覚えていましたね。

 

 セクレタリアトに姉弟子が勝って欲しい? 

 

 そんな事、答えなんて決まっています。

 

 

「私の憧れはこのトレセン学園に入ってから姉弟子とライスシャワー先輩の二人です、私はあの二人の背中を見て走ってましたから」

「……そうか」

 

 

 そう、私の憧れはあの二人だ。

 

 たくさん傷つき、たくさん苦悩し、足掻いて、なお、共に分かち合いながら切磋琢磨してきた二人の背中。

 

 血が繋がってなくてもあの二人は私にとっては姉だ。

 

 

「さて、あの二人がどうなっているか楽しみだな」

 

 

 

 一方、その頃。

 

 姉弟子とライスシャワー先輩のトレーニングは壮絶なものとなっていました。

 

 ライスシャワー先輩はマトさんと共にマックイーンさんを倒した天皇賞春まで以上の追い込みを行っています。

 

 

「ライスシャワーッ!! もっとだッ! もっと追い込めるぞッ!」

「はいッ! ハァ……ハァ……」

 

 

 遠山式以上の強烈な筋力トレーニングと追い込み。

 

 ライスシャワー先輩の身体からは最早、黒い何かが滲み出ており、時折、それが死神に見えるようになっていました。

 

 積みに積み重ねた執念。

 

 それは、ライバルであり、親友でもあるミホノブルボンと常に凌ぎを削りあったからだ。

 

 

 そして、そんなライスシャワー先輩の姿を見てミホノブルボン先輩が燃えないわけが無かった。

 

 サイボーグ坂路をひたすら駆け上がるその姿には何かが取り憑いたような気迫さえ感じられた。

 

 

「……ハァ……ハァ……、ミ、ミホノブルボン……」

 

 

 声をかけようと顔を上げるビワハヤヒデ先輩。

 

 だが、その顔を見た途端に彼女の血の気が引いた。

 

 サイボーグ坂路を幾千も駆け上がれどまだその身に纏う空気には研ぎ澄まされた何かがあった。

 

 そして、それは信じられないような姿に見えて来る。

 

 

(……な、なんだ……もう一人……ミホノブルボンの隣にもう一人誰か居る)

 

 

 そう、それは見えるはずの無い姿。

 

 姉弟子を叱咤激励する、見える筈の無いトレーナーの姿がビワハヤヒデ先輩には確かに見えた。

 

 かつて、ミホノブルボンと二人三脚で三冠を戦った遠山トレーナーの姿だ。

 

 あり得る筈の無いその光景にビワハヤヒデ先輩は目を疑った。

 

 

「……何か? ……まだまだ行きますよ、ハヤヒデ」

「…………」

 

 

 ビワハヤヒデ先輩はゴクリと思わず唾を飲み込む。

 

 遠山式トレーニングの真骨頂がミホノブルボンの姉弟子を通して垣間見えた気がした。

 

 凄まじい鍛錬と、厳しいトレーニングを積み重ねた者にしか見えない境地。

 

 

「……もう、誰も家族を失ったりしない」

「ミホノブルボン……」

「アフは私の家族です。あの子を守る為に私もライスも己の命さえ削る覚悟はとっくにできています」

 

 

 そう、ミホノブルボンの姉弟子もライスシャワー先輩も覚悟を決めていた。

 

 例え差し違えたとしても、私を海外勢には絶対に渡さないという覚悟。

 

 

「どんなことを言われても、どんな風に思われたとしても、彼女は私と同じ遠山式……いや、今は亡き遠山トレーナーの愛娘。それを否定なんてさせないッ! 奪わせやしないッ!」

「ブルボン……」

「ハヤヒデ、貴女もそうでしょう! 姉として姉妹としてッ! 譲れない誇りがあるでしょう!」

 

 

 その言葉にビワハヤヒデ先輩は強く頷く。

 

 そうだ、死んでも守るべきものがある。命に変えても譲れない誇りがある。

 

 そうして、自分達は強くなってきた。

 

 走ることに全てを費やしてきた。そして、それを全力でぶつけられる相手がいる。

 

 

「何本でもかかってこいッ!」

「その意気ですッ!」

 

 

 そうして、ブルボンの姉弟子とハヤヒデ先輩は力を込めてサイボーグ坂路を駆け上がる。

 

 無我夢中に必死に、そうしていく中で感覚がだんだんと研ぎ澄まされていくのが二人にはわかった。

 

 

 世界頂上決戦。

 

 SWDTワールドシリーズ開催まであと一年。

 



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山籠り

 

 

 

 こんにちは! 皆さん! 

 

 アフトクラトラスです! 

 

 さて、海外勢との激闘を控えている私達ですが、まあ、海外勢のすったもんだがあり、こちらに勝ち筋が若干見えてきたかなーと思い始めた今日この頃。

 

 私はというと、相変わらずルドルフ会長と厳しいトレーニングに励んでおりました。

 

 

「……なんで坐禅なんですか?」

「お前には落ち着きが無いからな、これも立派なトレーニングだ」

 

 

 おうふ、ど正論すぎて草しか生えません。

 

 私に足りないもの、それは精神的な落ち着き。

 

 うん、煩悩の塊みたいな私には全く無理な話な気がしますけどね。

 

 おい、誰が歩く煩悩製造マシーンだ。

 

 言ったやつ出てこい、私の胸しか見てねーだろ! 

 

 いや、脚も尻も見てるとか聞いて無いです(呆れ)。

 

 うむ、私より私の周りのウマ娘も数名坐禅した方がいいのでは無いでしょうかね、誰とは敢えて言いませんけども。

 

 

「雑念ッ!!」

「あっふぅ!?」

 

 

 バシンッと肩に警策を振り下ろされ変な声が出てしまいました。

 

 いかん、雑念が……っ!! 無心になれ私! そうだ! 頭の中でゴルシちゃんを数えよう! 

 

 ……ダメだッ! 複数のゴルシちゃんから私がおもちゃにされる絵面が見えたッ! 

 

 再びバシンッと私の肩に警策が打ち込まれる。

 

 そもそもなんで増やしちゃいけないやつを脳内で増やしてんだ私。

 

 

「……お前には雑念しかないのか」

「……面目ない」

 

 

 呆れたように隣からルドルフ会長からジト目を向けられ私も思わず顔を引き攣らせる。

 

 集中力を鍛えるためのこのトレーニング、なるほど、かなり奥が深いですね。

 

 ちょっと! 私が浅はかすぎるとか言わないでくださいよ! 

 

 そんなこんなで肩をバンバン叩かれた後に私が向かったのは滝でした。

 

 

「まさか……」

「そうだ、滝に打たれてこい」

 

 

 という感じにオカさんから滝行専用の装束を渡される私。

 

 下着ですか? 当然つけていません、無駄にでかい胸を持つ私に滝行ですよ? 

 

 あとは皆さんならわかりますね。

 

 ものすごい量の滝が容赦なく私の胸部を叩きつけてくるんですよ。

 

 多分、アグデジちゃんやドーベルさんがいたら鼻から大出血ものだったろうな。

 

 

「……うごごごごごごご!」

 

 

 まさか滝行までやらされるとは思っても見ませんでした。

 

 だが、普段からしている遠山式トレーニングという苦行をしている私からしてみればまだまだやれますけどね。

 

 とはいえ、違うベクトルでちゃんと苦行にはなっています。

 

 あれ? 私、寺に出家するんでしたっけ? 

 

 そんなこんなで、煩悩を削ぎ落とした私はルドルフ会長と共にハードなトレーニングの日々を送っています。

 

 これが一年続きますからね、普通のウマ娘なら多分脱走したりとかしてもおかしくないと思いますよ。

 

 まあ、こんな苦行をしたからと言って私の根本が変わる事は無いんですけどね。

 

 

 一方、その頃。

 

 

 私達が居ない間に、日本のG1戦線は大きな変貌を遂げていました。

 

 そう、海外ウマ娘達による圧勝に次ぐ圧勝。

 

 短距離、中距離、長距離、そして、ダート。

 

 全てのレースにおいて海外ウマ娘達がズラリと名前を連ねていました。

 

 

「アメリカンファラオまたも一着! 日本のダートはアメリカ勢が席巻しています! 先日はゼニヤッタ、ゴーストザッパー! シアトルスルーがそれぞれレースを制しています! この流れは果たしていつ止まるのかッ!」

 

 

 ダート戦線は最早敵なし。

 

 特に本場ダートレースの三冠があるアメリカ勢の強さが際立っていた。

 

 セクレタリアト以外でもダートにおいては伝説的な強さを持つウマ娘が何人も控えている。

 

 

 そして、クラシック戦線、芝のレースには……。

 

 

「ザガルヴァ! 圧勝ですっ!」

「ダンシングヴレーブ! やはりダンシングヴレーブかッ!」

「ハイシャパラルッ! 強いッ!」

 

 

 欧州猛者達が最早、最強を決めんとひしめき合っていた。

 

 日本勢を寄せ付けない強さ、格の違いをまざまざと日本のウマ娘達は見せつけられた。

 

 後に日本ウマ娘達に暗黒の一年と語り継がれる事になるこの一年は他の日本ウマ娘達にはとても悔しい一年になりました。

 

 

「……クッソォ!!」

「海外ウマ娘、また海外ウマ娘、G1はどれも海外ウマ娘ばかりだな」

「ほんとに悔しいよねぇ……」

 

 

 現状の日本ウマ娘の連敗を話題に上げるのはチームカノープスの面々だ。

 

 ツインターボ、イクノディクタス、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザの四人が所属している。

 

 G1のみならず重賞まで海外ウマ娘から荒らされに荒らされているこの状況に彼女達はほどほど参っていた。

 

 

「ターボの逃げもあっさり潰されちゃうからね……」

「戦績や実力がテイオー並みかそれ以上の連中しか出てきてないからな」

「全員がG1を勝った事があって当たり前、そんなウマ娘達ばかりですからねぇ」

 

 

 そう言いながら、タンホイザとイクノディクタスの話を聞きつつお手上げとばかりに深いため息を吐くカノープスのトレーナー。

 

 トレセン学園に入学しているウマ娘、中央レースに出てくるウマ娘はそれなりに実力があるウマ娘が揃っており、それこそ日本からの精鋭を揃えていると言っても過言ではない。

 

 だが、海外のウマ娘達は規模感が違う。

 

 日本という小さな島国に比べ、アメリカは大陸中、ヨーロッパは欧州全域にオーストラリア大陸という広大な土地から選ばれた修羅達がこちらに乗り込んで来ているのだ。

 

 その規模は最早、ジャパンカップなどの比ではない。

 

 ダートに関しては地方の開催が多くなる日本に比べ、向こうはアメリカ全土から本場のダートスペシャリストを揃えてきている。

 

 クラシックに関しては未だ無敗のウマ娘なんてゴロゴロ転がっている始末だ。

 

 

「……世界のレベルってあんな高いんだって思い知らされちゃうよね」

「こうなったきっかけは多分、アフトクラトラスとディープインパクトの二人なんだろうがな」

「……あんの問題児ウマ娘かぁ……」

 

 

 そう言いながらイクノディクタスの言葉に頭を抱えるナイスネイチャ。

 

 ディープインパクトはわかるが、アフトクラトラスの名前が出た途端、思わず頭を抱えたくなってしまった。

 

 それだけ、アフトクラトラスの海外での振る舞いは有名であったからだ。

 

 

 その1、海外でウイニングライブははっちゃけるし、何故か人気になる。

 

 その2、渡航早々に実績ある海外ウマ娘に喧嘩を売る。

 

 その3、海外の主要レースを荒らしに荒らしまくり欧州三冠をかっさらう。

 

 その4、そのままの勢いで自国三冠レースを勝ち、日本の評価を右肩上がりへ。

 

 その5、そのせいで後輩のディープインパクトが息巻いて、アフトクラトラスと同じように欧州レースを荒らしに荒らす。

 

 その6、海外ウマ娘達をブチ切れ(本気に)させる。

 

 

 以上のことが重なり重なった結果の今である。

 

 確かに日本のウマ娘達の評価を海外の皆に知らしめ上げたのは評価できるが、その結果自分達が割を食ってるわけだからたまったものではない。

 

 

「これを機に私達も強くなったらいいんじゃなーい? せっかく海外ウマ娘と戦えるんだしさぁ」

「いや、だけどさぁ……力の差が……」

「だって彼女達をどれか倒せば私達、G1級のウマ娘ってことになるじゃん」

 

 

 そう言いながら、ふんす! と目をキラキラさせるマチカネタンホイザ。

 

 確かに彼女の言う事も一理ある、仮に自分達のチームから重賞勝者が出るようならそれはもう大金星。

 

 チームの評価もうなぎのぼりで入部者も増えるのは間違いないだろう。

 

 

「という事で、今からむしゃしぎょー! 山に籠って特訓するしかないね!」

「いやいや……山に修行って……そんな少年漫画じゃないんだから」

「おー! 修行かー! ターボがもっと早くなってしまうなー! 待ってろよ! 海外ウマ娘共ー!」

「……話聞いてないし」

 

 

 そう言いながら、チーム全体で合宿をする勢いにげっそりとするナイスネイチャ。

 

 ツインターボやマチカネタンホイザは何故かやる気に満ち溢れているものだから最早止めれそうもないだろう。

 

 そんなカノープスの状況を知らない私はというと……。

 

 

「……くしゅんっ!! あ〜……山籠りで滝行なんて、少年漫画かなんかですか全く」

 

 

 ずぶ濡れになった白装束が胸にベタベタに張り付いてくしゃみが出てしまっていました。

 

 まあ、青少年の皆にはちょっと刺激が強すぎる有様になっているのは言うまでもありません。

 

 

「……アフ、トレーニングに入るぞ」

「ようやっとですか、ちょっと着替えるんで待っててください」

 

 

 髪の毛を滝で濡らしていた私は、滝行から待ってくれていたオカさんに呆れたように肩をすくめるとそう告げる。

 

 それから、再び私はルドルフ会長と海外ウマ娘達に向けたアンタレス式のハードトレーニングへと移ります。

 

 オカさんの指導の元、アンタレス式に改良に改良を加えた超効率な過負荷トレーニングは怪我をする心配は無いもののそれこそ並みのウマ娘が行えば嘔吐必須のハードトレーニング。

 

 私はいつも通りそれに加えて身体に重りとギブスを着けてトレーニングを行います。

 

 

「アフちゃんやっほー!」

「…………」

 

 

 そうしてトレーニングに入ろうとしようとした矢先、ニッコニコで現れたのは無邪気なテイオーちゃんなのでした。

 

 なんでここにいるの、この子。

 

 こちとら今から地獄みてーなトレーニングするんだぞ。

 

 

「あのー……会長?」

「あぁ、私が呼んだんだ。二人だけでトレーニングなんてズルいと駄々を捏ねていたもんでな」

「会長ェ……」

 

 

 相変わらずテイオーちゃんに甘いんだからこの人は、とはいえ、まあ、来たからには私達のトレーニングに加わるって事なんでしょうかね。

 

 なお、本人はやる気の様子。

 

 そんなテイオーちゃんを横目に見ながらルドルフ会長は補足するように今回彼女を呼んだ理由を私に語り始めた。

 

 

「……テイオーは柔軟性があるが、その分デリケートだ。脚の繋ぎが柔らかすぎる」

「ほほう」

「だが、お前は身体が柔らかいがかなり頑丈だ。まあ、過度な負荷をかける事を日頃から行なっているからだろうがテイオーにはお前の体質を身に付けさせてやりたいんだ」

 

 

 うむ、話はなんとなくわかりました。

 

 要は私の柔軟性がありつつも怪我がしづらい体質を身につけさせるためにテイオーちゃんもハードトレーニングに参加させるって事ですね。

 

 まあ、日頃からあんな頭がおかしい遠山式トレーニングなんて積み重ねてたらそら身体も関節も頑丈になりますよ。

 

 試しに私はテイオーちゃんの前で軽くストレッチをしてみてあげた。

 

 

「ぬーん」

「アフちゃん柔らかっ!? 凄いね! そんな身体が地面にペタンってなるなんて!」

「股割りも柔軟も多分、力士さんがやるようなレベルでいつもしてますからね、食事も気をつけてますし」

「なるほど、だからそんな風にアフちゃんはダイナマイトボディになったのかぁ……勉強になるなぁ」

「テイオー違うぞ、こいつ自体が爆発物だ

 

 

 おい、ルドルフ会長それはどういう意味ですか。

 

 まるで私が危険物みたいな感じになるでしょうが! おかしいでしょう! 

 

 テイオーちゃんもなるほどと納得しないでください、いつもこんな扱いばかりで泣けてきますよほんとに。

 

 

「よし! せっかく会長とアフちゃんとトレーニングが出来るんだし! ぜぇーたいもっと強くなってやる!」

「……その言葉をゲロ吐きながら言えますかねぇ」

「……え?」

 

 

 私の意味深な言葉に目を点にするテイオーちゃん。

 

 なんだ、会長から聞いてないのか、これは可哀想だ。

 

 まあ、私と共にトレーニングするという事はつまるところそういう事なんですけどね。

 

 何人のウマ娘がそう意気込んで三日後に号泣しながら私から逃げた事か……。

 

 テイオーちゃんなら大丈夫だと思いますけどね。

 

 私はそっとルドルフ会長の耳元でこう問いかける。

 

 

「……海外勢との戦いに備えてですか? かなりハードなレースになりますから怪我のリスクはかなり高くなりますしね」

「……察しが良いな、そうだ」

「だと思いました」

 

 

 これまでなら、テイオーちゃんを遠目から見守っているルドルフ会長だが、海外勢のレベルを鑑みての決断だった。

 

 このままテイオーちゃんを海外勢とぶつければ怪我をするリスクはかなり高まるだろう。

 

 私でさえ、海外遠征では肘鉄は食らうわ殴り合いになりかけるわとバチバチでやりあった機会もありましたからね。

 

 それならば、仕方がない、テイオーちゃんには地獄を見てもらう事にしましょう。

 

 私は優しい笑みを浮かべて、テイオーちゃんの肩をポンと叩く。

 

 

「……死ぬなよ、グッドラック!」

「……来たの間違いだったかな」

 

 

 私の満面の笑みに嫌そうに顔を引き攣らせるテイオーちゃん。

 

 ズバリその通りです。自分から地獄の釜に飛び込むとはな。

 

 モン◯ンで例えるなら20匹のミラボ◯アスとアル◯トリオンを一度に相手するハンターみたいなものですよ。

 

 安置無いなってるやん。

 

 この後、山にテイオーちゃんの絶叫が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 オラ! はちみー飲むんだよ! 飲んだらまだ走れんだろう! という無茶振りをした私は何も悪くない。

 

 こうしてテイオーちゃんも加わって、私とルドルフ会長は来たるべき日に備え、ひたすらに山を駆けるのでした。




この度、ルルイブ・ロキソリン様より、アフちゃんの絵を書いていただきましたので、紹介させていただければと思います。

学園祭時のアフちゃん。

メイド服

【挿絵表示】

執事服

【挿絵表示】


書いて頂いた立ち絵

【挿絵表示】


以上になります。
こちらに関しては以前書いて頂いたRAEL様の絵と共にキャラ紹介とメイド服と執事服に関してはその話のところにイメージ画としてありがたく使わせて頂ければと思います。

この度は絵を描いて頂き、本当にありがとうございました。


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おぼろげな記憶

 

 

 

 

 静かな夢の中で、私はふと、記憶の奥底にある情景を目にしていた。

 

 そこは、白い病院だった。

 

 ほのかに暖かい風が窓から吹き抜ける中、私の頭を優しく撫でてくれる手。

 

 その人が誰かは分からない、だけれどもその手には暖かみが確かにあった。

 

 ふと、扉が開く音が聞こえる。

 

 そして、聞こえて来たのは私の事をいつも愛情を持って檄を飛ばしてくれた義理母の声だった。

 

 

「……名前は決まったのかい?」

 

 

 その人はその言葉に柔らかな笑みを浮かべ、静かに頷く。

 

 そして、義理母はどこか悲しそうな眼差しを私に向けていた。

 

 そんな義理母から視線を私に向けた名前もわからないその人はゆっくりと語る。

 

 

「アフトクラトラス……。この子の名前です」

「ギリシャ語で皇帝か、少々大それた名前じゃないかい?」

 

 

 そう言いながら義理母はフッと優しい笑みをこぼしていた。

 

 だが、私を撫でるその人は左右に首を振る。

 

 それは、きっとその名前に込めた想いがあったからだろう。

 

 

「……この子なら……それに相応しいウマ娘にきっとなれる筈です。貴女が見てくれるのでしょう?」

「……はっ! ……私に鍛えられて音を上げそうだがね」

「ふふ、それくらい厳しくないと強くならないでしょうから」

 

 

 その人の言葉に義理母は思わず笑みをこぼす。

 

 義理母と話すこの人は一体誰なのか、私には思い出せない。

 

 きっと、記憶の奥底に本当に眠っていた記憶なのだろう。

 

 義理母はその人の顔を見つめながらこう語り出す。

 

 

「……難儀な世の中だね……」

「仕方ないです……それがこの子の為ですから」

 

 

 そう言いながら、その人は悲しげに窓の外を見つめる。

 

 深刻そうに重く語るその言葉に義理母は深いため息をついていた。

 

 そこには、やはり親子を引き離すという事に対する罪悪感もあったのだろう

 

 

 

「それで本当にいいのかい?」

「……申し訳ありません、こんな事お願いして……」

「言うまでもないよ、……気にするな」

 

 

 義理母はその人の肩にそっと手を置くと優しく頷いた。

 

 その人の顔はよくわからない、だが、彼女の眼からは透明の滴が流れ落ちていた。

 

 

 

 ふと、私はそこで目を覚ました。

 

 いつの頃の事だったか、たまにこうしてぼんやりと夢で見てしまう。

 

 

「……ふあぁ……」

 

 

 私の朝は早い。

 

 普段から時間びっしりに詰め込んだトレーニングタスクをこなさないといけないので仕方ないんですが。

 

 私の胸元を見ると気持ちよさそうに私の胸元に顔を埋めてるウマ娘がいます。

 

 いつの間に紛れ込んできたんだこの人。

 

 

「……むふぅ……まんじゅうやわらかぁい……」

「誰の胸が饅頭だ、おい」

 

 

 軽くテイオーちゃんの頭をパシンと叩く私。

 

 人の胸をぷよぷよと持ち上げよってからに、いっつも一緒に寝たウマ娘はこうですよ、後輩2人、特にお前達だぞ。

 

 あの2人は元気してるんでしょうかね、なんというか、親心といいますか、やはり、少しばかり心配ではあります。

 

 姉弟子が私の事をいつも考えてる気持ちがよく分かりますね。

 

 

「ほら、走りますよ! 気合い入れて! 起きてください!」

「ぶへっ」

 

 

 今日見た夢に関しては気にはなりますが、とりあえずおいといて、私はテイオーちゃんと共に早速トレーニングへ。

 

 テイオーちゃんをつよつよにして、頑丈で柔らかい身体作りをしてあげないといけませんしね、会長からも言われましたし。

 

 

「とりあえず手始めにこの丸太を担いで登りますよ」

「ま、丸太!?」

 

 

 そう言って、ドンッとバカでかい丸太をテイオーちゃんの前に置く私。

 

 ちなみに私はギプス付きなので悪しからず、前回死にかけたあの戒めどこいったんだというツッコミは野暮ってもんですよ。

 

 鍛えないと強くなんないから仕方ないです。今は亡き義理母もそう言ってました。

 

 しかし、テイオーちゃんは左右に激しく首を振る。

 

 

「無理無理無理!? こんなの担いで登るなんて正気じゃないよう!?」

「そら頭いかれてないと海外ウマ娘となんてやりあえないですからね」

「……いや、海外のウマ娘でもこんなトレーニングしないと思うけど」

 

 

 それはそう、こんなことやるのはアンタレスくらいなもんですから。

 

 そこの君、アンタレスに入らないか? 

 

 アンタレスはいいぞ、至高の領域に近い。

 

 毎日阿鼻叫喚としたトレーニング、意味のわからないタイトトレーニング、筋肉が悲鳴をあげるのはたまらないぞ? 

 

 どうだ? 最高だろう! 君もアンタレスに入ろう! 

 

 こう言うと晴れ晴れとした表情で『断る!』と新入生から言われるんですよね〜。

 

 せっかく、コスプレまでして、カッコいいポーズまで取りながら勧誘したのに解せぬ。

 

 この一件から私は新入生を勧誘するのに向いてない、このアホが、なんて皆から言われてしまいまいました。なんでだよ。

 

 まあ、そんなことはさておき、駄々をこねるテイオーちゃんに私から一言。

 

 

「丸太かコンクリートか選べ、さぁ」

「……ま、丸太で」

 

 

 究極の選択、慈悲は無い。

 

 なんだよぉ〜、こんな時のためにクッソ重い鉄球まで用意してたのに無駄になってしまったではないですか。

 

 仕方ない、私が使いましょう。勿体無いですし。

 

 

「アフちゃん頭大丈夫?」

「私が頭が大丈夫かどうかですって? そらもう大丈夫に決まって……」

「ごめん、元からおかしかったね、聞いた僕がバカだった」

「よし、そこになおれ、軽トラックに身体結びつけてやるから」

 

 

 私はテイオーちゃんに満面の笑みを浮かべて告げる。

 

 おい! 誰が元々頭が残念な子だ! お尻ペンペンしますよ! 

 

 え? なんで皆さん目を逸らすんですか? こっちを見なさい、アフちゃん怒らないから。

 

 

「全く、お前達は朝から元気だな」

「あ、カイチョー!」

「あ! お尻が弱そうな人だ!」

「なんだ朝から引きちぎられたいのか? アフ」

「引きちぎるってどこをっ!?」

 

 

 私の胸をですか!? やめてくださいよ、ただでさえスズカさんに会うたびに毎回引きちぎられそうになるんですから!! 

 

 やーい鉄板ーって煽った日にはノーモーションで顔面にグーパンチですからね。

 

 私じゃなきゃ見逃しちゃうね(なお直撃)。

 

 

「今から山登りか……、無理は……いや、多少の無理もしないとだな、なんせ時間がない」

「か、カイチョー……」

「私も私で今からオカさんと追い込みだ、お前がこちらに来ても多分、ボロボロになるだけだぞ」

 

 

 そう言いながら、ルドルフ会長は片手から重しを外すと軽く地面に投げる。

 

 会長が投げたそれは凄い音を立てて地面にめり込んだ。

 

 あー、あれ、私があげたやつ付けてたんですね、どうりで最近拳が重いと思いましたよ。

 

 てか待ってください、そんなの付けて私の頭に拳骨してたんですか! 

 

 頭がもっとバカになったらどうしてくれるんですか! 

 

 もし、拳骨されたらキタちゃんのムチムチの太ももに頭を乗せて癒してもらおう、そうしよう。

 

 代わりに私の太ももで膝枕してやるからそれでいいでしょう、等価交換です。

 

 

「では、丸太は持ちましたね! 行きますよ!」

「なんでそんなに軽々と!? あーもうっ! わかったよー!」

 

 

 今からこれで吸血鬼を倒す! 

 

 これくらいの勢いが必要ですよテイオーちゃん! 

 

 一方その頃、私達がいる山の宿舎、もとい秘境の寺にはある一行がやってきていました。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……さ、酸素薄過ぎ、本当にこんな場所でトレーニングなんてできるの?」

「……登るだけで死にそうになるな」

 

 

 そうカノープス御一行です。

 

 私達がトレーニングを行なっている山、標高もかなり高く、酸素も薄いのでハードトレーニングの負荷も通常の二倍行えるという好立地なのです。

 

 なので、普通のウマ娘なら、まあ、こんな場所でトレーニングなんて普通は考えません。

 

 そう! 普通のウマ娘ならね! 

 

 大丈夫です。私達は普通のウマ娘から外枠に飛び出ちゃってるウマ娘なので、何の問題もないんです。

 

 おいそこ、わかってたとか言わない。

 

 

「おや、珍しいお客さんだ、君達は確か……?」

「!?」

「えっ!? か、かか会長!?」

 

 

 そんな彼女達を見つけたのはルドルフ会長その人です。

 

 なんとルドルフ会長は一度見た人の顔は忘れないという特技を持っているんですね、あとおまけにめっちゃ寒い親父ギャグのレパートリーもいくつか持ってるんですけども。

 

 まあ、私の顔は嫌という程見ているので会長は忘れたくても絶対忘れないと思いますけどね。

 

 てなわけで、そんなルドルフ会長から見つかったカノープスの面々でしたが、会長はそんなカノープスの皆さんに嬉しそうな顔でこう話し始めた。

 

 

「もしかして君たちもトレーニングをしにこの山に来たのか?」

「あ……ま、まあ、はい」

「良い志じゃないか! どうだろう? 良ければ私達のトレーニングに参加しないか?」

 

 

 その提案を受ければ待ち受けているのは地獄。

 

 そんなことはこの時の彼女達は知る由もなかった。

 

 まさか、ルドルフ会長が提案している共同トレーニングが常軌を逸したアンタレス式であることを誰が予想できるだろうか? 

 

 以前のトレーニングから逃げていた私だったら身の危険を察知してすぐさま断りを入れているところですよ。

 

 私も成長したんだなぁ、としみじみ思います。

 

 

「君達のやる気に感動したッ! 今日から共に汗を流す仲間として! 共に邁進しよう!」

「え、あ、あのー……」

「今からオカさんとの追い込みだ! さあ着いてこい!」

 

 

 そして、私が入学してからわかりませんが、なぜか話をスルーするルドルフ会長。

 

 多分、ルドルフ会長がこうなってしまったのは私のせいかもしれません、すまんなカノープスの皆さん。

 

 この後、標高が高い山での凄まじい追い込みに死に体になったカノープスの面々が倒れていた姿を見て、トレーニングから帰ってきた私とテイオーちゃんが運んだのは言うまでもない。



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時満ちる

 

 

 

 

 

 私は強くなりたい。

 

 そう思って、頑張ってトレーニングに励んで、何度も何度もG1レースに挑んだ。

 

 その度立ち塞がるのは才能を持った化け物みたいなウマ娘ばっかりだ。

 

 何が私と違うんだろう? 

 

 そう考えるたび、いつからか自分には彼女達みたいな才能がないと考えるようになった。

 

 諦めて、割り切ってしまった方が楽だと思ったからだ。

 

 だけど、商店街の皆はそんな私の事をいつも応援してくれていた。

 

 応援してくれる人達がいる。

 

 でも、その人達の期待に応える事ができない。

 

 私はいつのまにかそんな自分に嫌気がさしていたんだ。

 

 

「……ハァ……ハァ……」

「はい次行きますよ、次」

 

 

 平然としたようにハードなトレーニングをこなしてるこの化け物みたいなウマ娘を前にして私はさらに愕然とせざる得なかった。

 

 アフトクラトラス。

 

 それこそ才能が一流の上にトレーニングは一切妥協しないウマ娘。

 

 いや、それどころかどのチームよりも恐ろしい練習量をこなしている。

 

 あのテイオーですら、もうへばるくらいに凄いトレーニングを淡々と当たり前のようにこなしている。

 

 

「……うっ……! キツい……けどッ!」

「お?」

 

 

 だけど、私は死にものぐるいでこのウマ娘に食らいついていた。

 

 理由はわからない、なんでこんな風に頑張れるのかよくわからなかった。

 

 そんな私の姿を見て、アフトクラトラスは何故か優しい眼差しをいつも向けてきていた。

 

 その意図はわからない。だけど、私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 カノープスのチームメンバー達を巻き込んだトレーニングが一通り終わり、私は寺の階段に腰を下ろしていました。

 

 まあ、トレーニングとしては上々でしょうかね、相変わらずハードではあるんですけど。

 

 

「……ねぇ、ちょっといい?」

「んあ?」

 

 

 そんな私に背後から声をかけてくるウマ娘がいました。

 

 そう、彼女の名前はナイスネイチャさん。

 

 カノープスに所属するウマ娘です。

 

 彼女のことはちょくちょく話に聞いてたりするんですけどね、まあ、なんというか、頑張り屋さんなんで彼女。

 

 そんなナイスネイチャさんは隣に座ると私を見つめながらゆっくりこう話はじめる。

 

 

「やっぱり凄いね……、貴女。全然違う……、私と違う世界を見てる」

「……そうですかね?」

「……だってあんなトレーニングいつもしてるんでしょ?」

「まあ、海外のウマ娘をボコボコに返り討ちにしたいですからね」

「言い方が……」

 

 

 私の言い方に苦笑いを浮かべるナイスネイチャさん。

 

 まあ、強いて言えば、義理母の意思がそこにあるからで、多分、ライス先輩やミホノブルボン先輩も同じくらいヤバいトレーニングしてそうな気がしますけどね今頃。

 

 私はナイスネイチャさんにゆっくりと話し始める。

 

 

「明日、走って死んでもいいって考えるほどトレーニングや練習を重ねる、レースは一期一会ですからね。そこに才能なんてちょっとの要素なんです。ネイチャさん、実は努力をするっていうのも才能の一つなんですよ」

「……いや、でも私は武器なんて無いし……」

「え? 武器なんて作れば良く無いですか? 別に末脚だろうが逃げだろうが誰にも負けないくらいトレーニングすりゃ、身につきますよそんなもん」

 

 

 私はそう言いながら、平然とナイスネイチャさんに答える。

 

 極みに極めればそれは武器となり、最強の必殺技になり得る。

 

 どれだけその技にあらゆるものをつぎ込めるか、そういう意味じゃ、私的には化け物に化けそうだなって思うのはツインターボさんですかね。

 

 ウチのトレーニング積んでれば、持久力が落ちない化け物じみた大逃げの逃げ足が身につく訳ですから。

 

 逃げに関する走り方に慣れてる分、多分、軽くG1の勝利する山を築けそうなくらいには化けると思います。

 

 

「私は良くやっていると思いますよ、皆さん。普通のウマ娘なら逃げ出しますから、夜逃げなりなんなりしてね」

「いやまぁ……あのトレーニングはねぇ……」

「つまる話が皆さんG1ウマ娘になるだけの才能は元から兼ね備えてるってワケです」

 

 

 では何が足りないのか? なぜ、これまでG1ウマ娘の背中に届かなかったのか。

 

 私は真っ直ぐにナイスネイチャさんのそばに顔を近づけて瞳を見つめながら厳しい口調でゆっくりと語り始めます。

 

 

「貴女達に足りないものは……努力と勝つための覚悟です。G1ウマ娘を目指す上で揺るがない覚悟、死ぬほどの努力、命を削り己の魂すら差し出す程の気持ち」

「…………ッ」

「背負う期待と想いと積み上げた努力、そして、覚悟、これが揃った時、貴女の前には誰も走っていませんよ」

 

 

 私はそう言い切る。

 

 それは、ネイチャさんにはきっとそれができると思っているからだ。

 

 ネイチャさんだけでは無い、カノープスの皆、きっと悔しい思いをこれまで積み重ねて来たはずだ。

 

 いつしか目指していた場所が憧れになっている。

 

 違う、彼女達は憧れで終わらせたくなんて無い筈なのだ。

 

 天才達と自分達は違うと割り切るなど、そんなものは早すぎる。

 

 

「鍛えて、強くする。私の大事な人がいつも言っていました。真の才能とは努力と継続力だと。

 だからこそ、それを持ってる貴女は……いや、貴女達は強くなれる、貴女はどうなりたいのですか?」

「……私は……」

 

 

 ナイスネイチャさんは私の問いかけに拳を強く握りしめる。

 

 三着、四着、その度に悔しくて涙を流して拳を握り締めて叫んで悔しさを紛らわせていた。

 

 勝ちたくないわけがない、皆の期待に応えたい、自分が皆から憧れだと言われたい。

 

 

「とりあえず、手始めに一緒に海外からきたネキ達をボコボコにしてやりましょう。話はそれからです、ルドルフ会長を見てくださいよ、もうやる気まんまんなんですから!」

「いきなりスケールがデカいんですけど……」

 

 

 けど、何故だかわからないが、ナイスネイチャには不思議と安心感があった。

 

 アフトクラトラスというとんでもないウマ娘について行きさえすれば、自ずと道がひらけてくるんじゃ無いだろうかと。

 

 欧州三冠を制し、国内三冠を制し、未だ無敗。

 

 そして、ついには伝説級のウマ娘達相手に一歩も引くことなく、返り討ちにしてやると息巻くこのウマ娘について行けば。

 

 ナイスネイチャは密かに己の中にある闘志を静かに燃やしていた。

 

 

 

 そこからは、地獄の日々の始まりであった。

 

 次の日もその次の日も止むことのない、ハードなトレーニングの日々。

 

 ナイスネイチャは共にトレーニングに励むトウカイテイオーとチームメイト達と共に必死にアフトクラトラスとシンボリルドルフの常軌を逸脱したトレーニングに食らいついた。

 

 身体が悲鳴をあげ、倒れるように毎日のトレーニングを終える。

 

 そんな日々を繰り返していくうちに次第に彼女達には強大なバックボーンが生まれつつあった。

 

 これほどまでに自分達よりトレーニングをしているウマ娘は果たしているのだろうか? 

 

 いや、多分、常軌を逸しているこんなトレーニングをしているウマ娘なんてそうはいないはずだ。

 

 それが、自分の中で自信に変わっていくのを感じた。

 

 

「ふぅ〜……」

 

 

 唯一、癒しがあるとすれば温泉が宿に備え付けてあった事だろう。

 

 皆、死んだように毎回この温泉で疲れを癒している。いや、温泉くらい入らないと、もはや、やってられないくらいだ。

 

 やばいトレーニングもそうだが、最近、改めて私が驚いた事がもう一つある。

 

 それが、この……。

 

 

「おや? お先ですかネイチャさん」

「…………」

 

 

 アフトクラトラスの自己主張の激しい胸だ。

 

 正直、私もびっくりしている。初対面から大きいなとは思ってはいたが、温泉に入る際にその大きさは予想の遥か上を超えていた。

 

 私も思わず自分の胸と彼女の胸を見比べるくらいのレベルである。

 

 そのくせ、スタイルはものすごくバランスがとれていて、グラマラスといった具合に謎の色気がある。

 

 魔性の青鹿毛なんて呼ばれているのにも納得がいってしまった。女性のファンも多いはずである。

 

 

「……デカい」

「人の胸マジマジと見つめて何言ってんですか」

 

 

 たゆんと揺れる目の前の胸に私は釘付けになる。

 

 胸が喋ってる、そう思った。

 

 やはり、アフトクラトラスくらいになると身体からスケールが違うのか。

 

 そんな中、アフトクラトラスは私にこう問いかけてきた

 

 

「どうです? トレーニングは……」

「うん、死ねる、いや、なんで私、生きてるのかなって思う時があるわ、ほんと」

「即答ですね」

 

 

 私の返答にでしょうねとばかりに答えるアフトクラトラス。

 

 だが、同時に自分が強くなってきている手ごたえを感じてるのは確かだ。

 

 カノープスのチーム全体でも、かなりレベルが上がった気がする。

 

 

「……ありがとう」

「ん?」

「私、絶対にG1獲るから……」

 

 

 そう私はアフトクラトラスに言い切った。

 

 それを聞いた彼女は何も言わずに静かに笑っていた。

 

 死ぬ気で必死になることを私はアフトクラトラスから教えてもらった気がする。

 

 ここまで常軌を逸したトレーニングなんて今までやってこなかった。

 

 必死に食らいついて、もがいて、足掻いてばかりだいた気がする。

 

 月明かりが照らす露天風呂の中で私は静かにレースへの熱い思いを静かに募らせていった。

 

 

 

 それから季節は巡り、各選抜のウマ娘達はそれぞれトレーニングの日々を過ごしていった。

 

 晴れの日も、雨の日も、時には雪が降り注ぐ日も。

 

 それぞれの想いを胸に自分達ができる精一杯のトレーニングと切磋琢磨を行い、その日に備えた。

 

 

 そして、時は過ぎ……。

 

 

「さあ! 今年から遂に始まります! その名もWDS! ワールドドリームシリーズ! 昨年日本で猛威を振るった選抜海外ウマ娘と選抜日本ウマとの世紀のッ! 直接対決ですッ!」

 

 

 遂に、アフトクラトラス含む日本代表のウマ娘達は海外ウマ娘達との全面対決の日を迎えることになった。



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波瀾万丈な開会式

 

 

 

 WDS、通称、ワールドドリームシリーズ。

 

 世界ウマ娘選抜VS日本ウマ娘選抜。

 

 日本で行われるレースに沿って、プラスαで行われる海外ウマ娘と日本ウマ娘との合同レースシーズン。

 

 スプリンター、マイラー、クラシック、ステイヤー、ダートの五部門からなるこのシリーズレースはまさに総力戦と言っても過言ではないだろう。

 

 

「日本ウマ娘選抜ッ! 入場ッ!」

 

 

 凄まじい盛り上がりの中、私を含めた日本ウマ娘選抜のメンバーが次々と入場していく。

 

 いや、なんで私が先頭なのか分からないんですけども。

 

 どうも、日本代表といえばお前だろ、はよ先頭行けとばかりに皆からケツを蹴っ飛ばされたアフトクラトラスです。

 

 こちとら、この日のためにズタボロになるようなトレーニング積んできとんのやぞ! いたわれよ! 優しくちて! 

 

 まあ、そんな感じで入場したわけなんですけど。

 

 

「見てみろよ、あの面構え」

「おそらく、遠山式トレーニングの地獄を乗り越えた奴らだ。面構えが違う」

 

 

 

 この有様である。

 

 義理母よ、貴女のトレーニングは今もなお畏怖の対象として恐れられていますよ。

 

 いや、誇らしいのかなんなのやら、おかげで私は今日も今日とて頭がおかしい奴ら扱いを受けております。

 

 え? 頭がおかしいのは元々ですって? 

 

 別にそれで強くなってんだから良いでしょうが! 

 

 そんなアホみたいなことを私が考えている中、対面した海外勢筆頭の世界第一位、シーバードさんが口を開きます。

 

 

「……随分と皆さん顔つきが変わられたようで?」

 

 

 紅茶を片手に余裕ある表情でそう告げてくるシーバードさん。

 

 やはり、王者の貫禄があるというところでしょうかね。

 

 そんな中、シーバードさんに対面するように立つ我らが会長は一言、ドぎつい言葉を投げかけた。

 

 

「まあ、お陰様で一部、思わぬ新戦力が入ってくれたみたいで助かりましたよ、ありがとうございます、シーバードさん」

 

 

 ルドルフ会長のその一言によく言ったとばかりに盛り上がる日本のウマ娘達。

 

 思わずこれにはシーバードさんも顔を引き攣らせ青筋が浮かび上がる。

 

 なお、さらに煽るようにその合力したウマ娘からシーバードさんへ一言。

 

 

「よー! 姫ー! 元気してたかー?」

「おいゴラァ!? ファッキンサンデー!! お前帰ってきたらわかってんだろうなァ! アァ!?」

「どうどう、姫、ステイ! 落ち着いて! キャラがぶち壊れてますって!?」

 

 

 どうやら癖が強いウマ娘に振り回されるのは世界も日本もそんなに変わらないらしい。

 

 乱心したシーバードさんを羽交い締めにして落ち着かせているハリケーランさんの姿に、苦笑いしか出てきません。

 

 そんな中、急遽、爆発音と共にやたらと派手な衣装に身を包んだ異様な軍団が改造されたバギーやバイクと共に現れる。

 

 それはまさに世紀末。

 

 私、初めて見ましたよ、あんなトゲトゲの肩パッドをつけた衣装なんてあったんですね。

 

 その軍団の登場に思わず観客席の実況から声が上がります。

 

 

「こ、これは何という事だ! ここにきて日本勢から荒くれ者集団の襲撃だぁー!!」

 

 

 はい、皆さまは大体想像がつくと思います。

 

 そう、我らが最終海外決戦兵器軍団のご到着でございます。

 

 これが日本が誇るメジロ一族の本気だぞ、皆さん一応お嬢様家系なのをお忘れなく。

 

 

「ヒャッハー!!」

「おいおい! イキのいい海外のいいとこのお嬢様だぁー!」

「オラ! ありったけの有金と人参全部置いてけよーゴラァ」

 

 

 皆さん、これが日本が誇るお嬢様です(二回目)。

 

 おかしいな、目が曇っているんでしょうかね、私。

 

 登場からものの数秒で海外勢の人にカツアゲを敢行しているイカれたお嬢様の軍団がいるって聞いたんですけど、それってマジ? 

 

 マジなんだなぁこれが。

 

 マックイーン先輩、どうしたんですか、何があったんですか。

 

 見てください、これを間近で目撃したサトノダイヤモンドちゃんが泡吹いて気絶しかけてますよ。

 

 そんなクソヤバそうな木刀なんてどっから持ってきたんですか。

 

 あと、ゴルシちゃん、その釘がたくさんついてる木製バットは手作りですか、手が込んでますね。

 

 

「おうおう! うちらの縄張りに喧嘩売るなんざいい度胸してるのーお姉ちゃん達ー」

「私らが居ないG1でご苦労さん! 随分暴れてたみたいだけどそれって意味ないからー! お疲れー!」

 

 

 サングラスかけたステゴさんとゴルシちゃんのこの生き生きした立ち回りを見てください。

 

 貴女達、ウマ娘だよな? どうした? ん? 何があったんだい君達は? 

 

 そんなチンピラみたいな煽り方して、殴り合いが始まってしまいますよ。

 

 違うの、これそういう番組じゃ無いんですよ。

 

 そんな中、海外勢も負けてないとばかりにすごい人らが彼女らの前にやってきました。

 

 

「あぁ? やんのかゴラァ」

「ファッキンジャパニーズウマガール」

 

 

 指をパキパキさせながら出てきたのは気性があれで札付きでかなりやばいと噂のナスルーラさんとノーザンダンサーさんである。

 

 やめてください、殴り合いはやめてくだされ! 血の雨が降ってしまいます! やめてくだされ! 

 

 そこにサンデーサイレンスさんが煽るようにこう一言。

 

 

「ちーっす! あれぇ? びびってんのかー? どうしたどうした? 随分余裕が無いんじゃねーの? あー! 私がこっちついちゃったから焦っちゃってんのかー? なーなー! 今どんな気持ち? ねぇ? どんな気持ち?」

「野郎! ぶっ◯してやらァァ!」

「待って! イージーゴア! おちついて!?」

 

 

 まさにカオスである。

 

 ルドルフ会長の顔を見ると何か悟ったような表情を浮かべていた。

 

 あ、これはもう諦めている顔ですね、長く一緒にいたら大体わかります。

 

 さて、じゃあ、そんなアルコルの状況を眺めているであろう副リーダーのマックイーンさんはというとなんかもうどうでもいいやとばかりにやさぐれた表情を浮かべていました。

 

 そして、そのままトゲトゲ肩パッドをつけたマックイーンさんは魔改造されたヒャッハー車の上で人参をポリポリと齧っていました。

 

 おい、副リーダーだろなんとかしろ! 

 

 あんたはそれでいいのか! ツッコミが誰もおらんなってもうたやないか。

 

 

「お! 殴り合いか! ワクワクするな! 久々に暴れっかー!」

「おい! 誰かリボーを止めろ!! こいつマジでやるぞ!」

「待て待て待て! あかんて! 姉御!」

 

 

 腕をグルングルンしてるリボーを全力で止めに入る海外ウマ娘達。

 

 あんたは海外勢率いるトップ3でしょうが! 何やってんねん! 

 

 まあ、気性の荒さは海外勢も負けず劣らずでしたね、これ、レース中に殴り合いにならないか不安で仕方ないんですがそれは。

 

 

「はいはーい、じゃあ茶番はこれくらいにして落ち着きましょうかー?」

 

 

 そう言いながら手をぱんぱんと叩いてその場を収めたのはアメリカンファラオさん。

 

 流石は米三冠ウマ娘といったところでしょうか、その一言に皆は一斉に静まり返りました。

 

 そして、そのシーバードに続くように腕を組んだまま静かにことの顛末を見ていたセクレタリアトがゆっくりと口を開いた。

 

 

「……実力はレースで示せ、それが全てだ」

 

 

 その一言にその場にいた全員が思わずそのオーラに圧倒される。

 

 ふざけたとしても、やはり、世界最強格のセクレタリアトさんから漂う雰囲気はそれだけでその場を制するだけの凄みがあった。

 

 まあ、事のきっかけは世界一位のシーバードさん、貴女なんですけどね。よしんばこんなんでも世界一位です。大丈夫かいな。

 

 制されるような言葉に肩をすくめるリボーは口を尖らせながらつまらなさそうにこう呟く。

 

 

「……そもそも姫がきっかけじゃねーか、あーあーツマンネー」

「そこ! なんか言った!!」

「なんも言ってませーん、バーカ」

「おいコラ、今バカって言ったな? バカって言ったよな! はっきり!」

 

 

 そう言いながらベーと下を出すリボーに拳をプルプルと振るわせるシーバードさん。

 

 威厳とはなんなんだろう、今度、グー◯ル先生に聞いてみよう。

 

 しかしながら、何というかこう、子供かいな、ほんとに癖が強い人達ばっかりなんでしょうね海外ウマ娘達は。

 

 まあ、そんなこんなで丸く収まったみたいで、顔合わせ、もとい、WDSの開会式は進行していきます。

 

 そんな中、ニコニコ顔で私の方に近づいてくる白いあんちくしょうが1人。

 

 

「アッフの分も一応作っといたぞ♪」

「着ません、なんで作ってきてんですか……。

 ……って! これ布面積少なっ!? こんなん着たら私痴女扱いされるでしょうがッ!」

「今さら何言ってんだお前」

 

 

 さも当然のように告げてくるゴルシちゃんに思わず拳がプルプルしてしまいました。

 

 なんで私は毎度そういう扱いなんですかね、お色気担当ならヒシアマ姐さんとか、ドトウさんとかたくさんいるでしょうが。

 

 そんな中、本日、再会した2人の後輩から私に一言。

 

 

「絶対似合いますよ! アフちゃん先輩!」

「いやー、私見たいなー。アフちゃん先輩の素晴らしい世紀末衣装……ぐへへへ」

「お巡りさんすいません、でっかい絆創膏持ってきてくれませんかー? 後輩2人くらいつつめるくらいの」

 

 

 しばらく見ない間に成長したんかなと思ったらこれですよ。

 

 ドゥラちゃんとキズナちゃんの教育をどこで間違えてしまったんでしょうか、教えてください義理母。

 

 なんだか、私よりメジロドーベルさんに寄ってきた自分の後輩達に危機感を覚えます。

 

 こうして、私は遠い目をしながらはちゃめちゃなWDTの開会式を終えるのでした。

 



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