Decipit exemplar vitiis imitabile (ハゲテラス)
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0 サブタイトル未定

イビルアイから過去の自分(キーノ・ファスリス・インベルン)


 年月は周りの人間が思っているほど早く過ぎ去り、その時間感覚は当人にしか分からない。
 同じ時間を共有する仲間が欲しいと思ったこともあっけれど、今のところ殆どが死んでしまった。――これから死ぬ予定の者、種族や職業(クラス)などの特殊技術(スキル)の恩恵で不死性を得た者もごくわずかだが居るが――
 定命にある者の運命であるかのように――

「………」

 漆黒に近い暗い空間を迷うことなく歩く者は――『イビルアイ』と呼ばれる魔法詠唱者(マジック・キャスター)にしてリ・エスティーゼ王国に在籍するアダマンタイト級冒険者――女性だけのパーティ『蒼の薔薇』の一人――であった。
 水滴が落ちる音を聞きつつ前に進む。
 二百年ほど前に立ち去った()()()()隠れ家。
 当時はまだ頭の回らない状態だっただけに今現在どうなっているのか確認するのが怖い。――一応、今時分の自分には怖いものが存在する。
 恐怖を感じない種族だというのに矛盾した感覚は気持ち悪さを覚えるのだが――
 致し方ない。様々な経験が今の自分を形成している。その過程において新たな感覚を覚えてしまう事は()()()()()()()()()の事態、かもしれない。
 例外というものは予定調和をいつも崩してくるものだ。

◇ ◆ ◇


 イビルアイは頭を覆うように身に付けている黒いローブから零れる金色の髪の毛をいじる。
 長い年月の間にボロボロに朽ちて消える事無く存在してくれた髪。
 炎に炙れば簡単に燃えて無くなるのだが、黙っていれば意外と丈夫な事に驚かされる。
 ――手入れは欠かさない。けれども、(おろそ)かにしがちだ。
 女性として。人間的に振舞う上でも身だしなみは大事である。

「………」

 一般人であれば先を見通す事が困難な暗い中を平然と進めるのは暗闇を見通す魔法とマジックアイテム、それと()()的な恩恵が無ければ壁などにぶつかったりするところだ。――イビルアイは()()()()も満たしているので平然としていられる。
 真昼のように――とは言いがたいが見ている景色はとても明るい。
 人の気配が一切無い洞窟に一人黙々と進んでいく。
 昔は大勢が暮らしていた――わけはない筈だ――ような事も僅かな期間でもあったのかもしれない。
 詳しい事は分からないけれど何人かは利用していた筈だ。
 風の噂などでは討伐依頼か何かで内部に侵入してきた冒険者によって()()()()()()が壊滅したとか、しないとか。
 放置していたイビルアイにとって気にする程の価値も無い――のだが、僅かばかりの罪悪感はあった。
 遠い昔に置いたっきりにしていた厄介なアイテムのその後の末路とか。

◇ ◆ ◇


 今から二百年とも三百年とも思われる昔――
 イビルアイ自身は正確な年月はとうに思い出せないのだが、確かにそれくらい昔の出来事だったのはおぼろげながら思い出せる。
 かつて大切な友人と旅をしていた――筈の淡い出来事の欠片。
 自分がまだ『キーノ・ファスリス・インベルン』と名乗っていた頃だ。

(……まだイビルアイになる前の小娘(キーノ)だった頃……か……)

 自身が身に付けている白い仮面をさする。それには額部分に赤い宝石がはまっていた。
 世間体を気にして顔を隠すようになったが、仲間内では結構見せている自身の顔――
 過ごした期間を悟らせない少女の(かんばせ)が今もある。
 死人のように白い肌で妖しく光る赤い瞳。油断すれば漏れ出る牙。――牙は簡単には表に出ない。それほど長くないのが幸運だった。

(当時の記憶が実に曖昧で困るのだが……。良い想い出は都合よく脚色されるもの……。それはそれで困った事態だ)

 頭に水滴を受けつつイビルアイは苦笑する。
 落ち着いた時期に自伝でも書こうかと思っていた時、はっきりとした過去を思い出せないことに気付いてひどく落胆したものだ。
 空想と現実の区別が付かない時期というものは実に都合が悪い。
 自分は何の為に生きているのか。その最も大事な時期の事を思い出せないのであれば滑稽以外の何ものでもない。

(ぼんやりしていた時期に(おこな)った様々な出来事が後世で様々な弊害を生んでいる……。というのは理解した)

 だからこそ過去を振り返りたくないのとちゃんと振り返って記録をしたためたい気持ちが(せめ)ぎあった。
 自分にとって大事な事が確かにあったはずなのだ、と自分に言い聞かせる為に――
 今のイビルアイを形作る上で避けては通れない過去と向き合う時期に来ていた。それなのにぼんやりしか思い出せないのでは意味が無い。
 同じ時代を生きていたであろう友人など――居ないに等しいほど――ごく少数。
 更には自分が物心つく前に付き合っていた人物のことを思い出せなくては後の物語にも影響が出てしまう。
 ある日突然に自分が生まれたわけではない。
 何かがあって今の自分にたどり着けなければならない。
 そうでなければ自身が歩んだ道の前半が幻想に消えてしまう。それは()()()()()()()と思った。

◇ ◆ ◇


 時々独り言を呟きつつ洞窟の最下層にたどり着いたイビルアイ。
 深さ的にはそれほどの距離は無いのだが、ここは一般人がおいそれと侵入できない隠れ家だ。
 まず入り口は重い棺桶で蓋をしている。物理的な破壊で障害を取り除けなくはないが後で塞ぐのが大変になる。

(……昔とあまり変わっていないな……)

 天井に繋がる柱状の鍾乳石が何本もあり、人工的な階段が自然物を冒涜している。
 階段は利用者の為に掘り進んだのだから仕方が無い。
 所々の人工物はここがいかにも秘密基地であるという証拠だ。
 円形に広がる場所には魔方陣が描かれている。多少、擦り切れているが何度も何者かが書いては消してを繰り返した跡が伺えた。
 イビルアイ本人は覚えていないのだが、何人かの人間と共に利用していたのかもしれない。
 奥に行けば集会場のような部屋が現われる。――そこには当主の為の石で作られた玉座や祭壇が設置してあるはずだ。――何者かが破壊していない限り。
 様々な儀式を執り(おこな)ったような気がするのだが――
 魔方陣の中央には特殊なアイテムを設置していた。――それが無いということは破壊されたか、何者かが持ち去ったと思われる。
 二百年ほど放置したアイテムがどれほどここにあったのか――、盗掘が早い段階ならば脅威とは言えない。逆にごく最近までここにあったのであれば相当な脅威になっている筈だ。――だが、この洞窟がある大都市『エ・ランテル』は今も変わらずに存在している。それはすなわち脅威となるアイテム『死の宝珠』の影響を受けていない事を意味する。
 負の想念を力に変える意思あるマジックアイテムだ。

「………」

 しばらく探してみたものの他の石ころと見分けが付かないアイテムなので魔法の恩恵があったとしても捜索は困難を極める。――呼びかけても何の反応も返って来なかった。
 無いのであれば仕方が無い。何処かで暴れていれば嫌でも自分の耳に入る筈だから、それまで放置してもいいか、と思うことにした。――案外、誰かが脅威と判断して破壊したか封印でもしているかもしれないので。

◇ ◆ ◇


 早々にマジックアイテムの捜索を諦めたイビルアイは洞窟の最奥に向かう。
 物静かな佇まいなので誰も居ないと判断する。
 この奥にあるのは儀式用の祭壇――。それと簡易的な玉座だが、それが今もあるのか――
 かつて()()の為に用意したであろう石造りの玉座――

「………」

 それは今も健在のようだ。そして、目的の玉座には誰も座っていない。
 当たり前のようで何者かが隠れ家として使っていることも考慮していた。
 何も無い事に喜び、同時に寂しさを感じた。
 前に暮らしていた時代から二百年近く経過している。それでもここだけは何も変わっていないと信じていた。
 だが、時代は残酷だ。
 時間経過と共に様々なものが朽ちていた。
 長い期間、湿気に晒されていた為に壁に掛けてあった調度品は腐り落ち、金属は錆び切っていた。その中で目新しいものは殆ど無い。
 金目のものは持ち去られていたり、何所かの泥の中に埋まっているのかもしれない。
 それらを探す気は無く、ただ真っ直ぐに玉座に向かう。そして、イビルアイはその椅子に座った。

◇ ◆ ◇


 今日が始めての事ではないけれど、何度か座っていた時代を思い出そうとした。けれどもやはりおぼろげなものしか浮かばない。
 確かに自分はこの地下空間の主であり、同時に誰かをこの玉座に座らせていた経験もある。

(この場所で私は何らかの組織の長に収まっていたのだろうか……。それとも単なるごっこ遊び? ……そんなことはない筈だが……)

 時代は残酷なものだ、と小さくつぶやくイビルアイ。
 かつてキーノと名乗っていた時代の事を殆ど思い出せないのは実に勿体ない、と。
 全てではないが――、それでも失った時間があるというのは残念極まりない。

(ここで自分が(おこな)ってきた事が後に悪しき組織に利用されていた。それこそが『ズーラーノーン』……)

 時代と共に名称が薄れ、それしか思い出せなくなった残りかす。
 それでも当時の自分には縋りたい一心の表れだったような気がする。
 最初に眷属にした者が後に大きな組織へと成長させ、今も別の拠点で悪巧みをしているかもしれない。そう思うと罪悪感が襲ってくる。
 そうだとしても悪の道に進んだ者の身代わりにはなりたくない。それは(おこな)った者の責任であり、作った者(イビルアイ)は早々に手を引いている。
 イビルアイは最初から最後まで責任を取るような善人ではないことを自覚している。

(……悪の組織の親玉はとっくの昔に居なくなっていた。そういう結論があっても組織として維持されていたのは……、何者かが()()()()()盟主を祭り上げて活動していたことに他ならない)

 名前も姿も分からない盟主を頂くズーラーノーン。
 その構成員は支持を集めて何を企んでいたのか、イビルアイには窺い知れない。
 置き土産として残したアンデッドモンスターがどういう使われ方をしたのか――それも興味は無いのだが――今となっては知る術もない。

◇ ◆ ◇


 誰も居ない空間を睥睨するイビルアイ。
 キーノとして活動していた期間のほうが遥かに長いけれど、半分以上はおぼろげな記憶に支配されている。
 自分が自分であると確定できた日より前――
 アンデッドモンスターである吸血鬼(ヴァンパイア)になる前の自分の人生の殆どは闇の中――

(とある国の哀れな姫君が邪悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)によって……。ではないな……。自らの生まれながらの異能(タレント)の暴走によって……)

 原因がなんであれ、国を一つ滅ぼした事実は変えられない。
 それから自暴自棄になって各地をさまよい続けた。
 その辺りの記憶がすっかり抜け落ちているようだ。

(……当時はやさぐれていた……のか。もっとお淑やかな少女であった……場合も……)

 だが、何があったのか曖昧である。そうイビルアイは苦笑しながら思った。
 玉座に座って仲間や部下達に命令していたのか、それとも単に一人で過ごしていたのか。
 いや、一人ではなかったはずだ。
 誰かと共に旅をしていた。

(……そう。大切な友人と共に……)

 聞く者の居ない洞窟の片隅で呟くイビルアイ。
 見つめる先には暗黒しか無い。
 ここには華々しさは皆無で、ひたすらに空虚だ。
 祭壇は何の為に設置したのか。
 殆どを思い出せない。
 脳が腐ってきたのか、それとも単に年を取ったとでも言うのか。
 老化しないアンデッドモンスターたる吸血鬼(ヴァンパイア)の自分が、と。
 生きながら死人である為に信仰系の魔法を苦手とするもある程度は生者と同じ事が出来る。そこが完全な死体と違う点だ。
 心臓こそ止まってはいるが、腐敗臭を振り撒いているわけではないし、多少の飲食に不都合は無い。
 血を欲する衝動が起きないのは死んでから吸血鬼(ヴァンパイア)になったわけではなく、特殊な条件によって得た――得てしまった特異体質のようなもの。
 ここ最近は本当に人間的な暮らしを送っている。更には恋煩(こいわずら)いまで起きた。
 人生は無駄に長くて退屈だと思っていたが、存外悪くはないと思えた。

◇ ◆ ◇


 様々な経験を得て――原点回帰の意味で――過去を振り返る事にしたイビルアイがかつて放置した拠点に舞い戻り、そこで見たのは伽藍堂の空間だった。
 かつて大勢の手下とも呼べぬ者達を従えていた――のかは定かではないが、確かに自分はここで何らかの活動をしていた。
 その主目的は果たして何だったのか――

(……普通に考えて私が盟主だよな……)

 悪名高い秘密組織を束ねる盟主――
 そういう風に祭り上げられた姿無き主――

 ズーラーノーンの盟主キーノ。

 前の名前を知る者は自分が知る限り、数人ほど。それも二百年以上も昔だ。――大半の時を偽名としてのイビルアイで過ごしてきた。
 普通の人間であれば生きている事が奇跡に近い。
 だからこそ盟主の情報を持つ者はごく限られてくる。
 名前だけを利用して組織運営していた者が居ても不思議はない。
 室内の様子を見る限り、壊滅させられていると思われ――イビルアイとしても何だか申し訳ない気持ちになってくる。
 自分が導いていれば悪の道に進まなかった、とは言わないが――
 間違った方向に進んで命を散らした者――者達に哀悼の意を捧げることくらいはしてやらなければ、その魂はきっと浮かばれない。
 もちろん、悪党に同情するわけではない。
 ――被害者の為のものだ。

◇ ◆ ◇


 祭壇の前で跪いて祈祷をささげる。これは仲間の祈りを見よう見真似で(おこな)っているだけのもの。
 自分は聖者ではなく、人も殺す冒険者だ。
 綺麗ごとだけで世渡り出来ないことを知るイビルアイである。

「………」

 見も知らぬ者達への祈りを――簡単にだが――済ませた後また玉座に座った。
 時間は今日の為に取っている。一週間でもこもれるが――果たして、それだけで何を得る事が出来るのか。
 かつての自分の情報を――
 イビルアイは秘密組織ズーラーノーンが拠点にしていた――大都市エ・ランテルにある共同墓地の霊廟の地下空間――場所で過去を振り返る試みを始めた。
 二百年とも三百年とも知れない長い時――
 それは人間では計り知れないもの。不死性のクリーチャーにとってはつい先日にも感じる長さに過ぎない。
 なまじ人間的思考が出来る者にとっては拷問にも匹敵するが――
 かつて『キーノ・ファスリス・インベルン』であった頃の自分の事について思い出せる事は驚くほど少ない。
 特殊な生まれながらの異能(タレント)の影響で記憶があやふやになっている為だと思われる。けれども、それでもいくつの断片は思い出せる。
 特徴的で刺激的で二度と忘れまいと誓ったことなどは――

◇ ◆ ◇


 事の起こりは不明だが――と、その前に――イビルアイは付けていた仮面を取り外し、天井を見上げる。
 漆黒に近い閉鎖された洞窟の天井。地下水が粒となって下に落ちる音が静かに聞こえる。
 この場所を最初に見つけたのは()()()だったのか。
 大事な事も忘れているのは如何(いかが)なものかと自分自身に呆れてしまう。

(……もう三百年近く……になるのか……)

 不死性の吸血鬼(ヴァンパイア)となって二百五十年。それからしばらく冒険者として活動して数年が過ぎた。
 ここ最近は怒涛の展開が続いて忙しさに悲鳴を上げる始末。――吸血鬼(ヴァンパイア)となったにもかかわらず、だ。
 忙しさの原因は長く不明だったが未知の高難度モンスターの出現によるものと推測している。
 それも今まで何処に潜んでいたのか分からないのがおかしいと思えるほどの凶悪で強力な者達――
 よく世界が滅びなかったと不思議に思ったほどだ。

(……全てはモモン様と……魔導王の活躍のお陰だが……)

 他人があれこれ詮索したりするけれど国を守ってくれた事は事実として受け止めねばならない。
 イビルアイとて完全に相手を信用していたわけではない。ただ、信じたくない事があるだけ。
 どんな人間にも裏があり、打算あり気で生活している。
 完全無欠の完璧超人など存在しない――。そう思って今まで生きてきた。
 モモンも例に漏れず、人には言えない過去などを持っているようだった。――いや、確実に持っている。
 だからそれを責める材料にはしない。
 それもまたその人の人生の表れなのだから。
 目蓋を閉じて過去への扉を開くイビルアイ。
 しばし思索の旅路に身を委ねる事にした。


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1 サブタイトル未定

 とある国に金髪碧眼のお姫様がおりました。――物語の開始にありがちなものだが、それでもイビルアイことキーノにとっては全ての始まりだ。
 平和に暮らしていた筈の日常は壊れ、気が付けば吸血鬼(ヴァンパイア)になっている自分。
 長い旅をしてきたようで思い出せない事がとても多い。

「君の名前は?」

 豪奢なローブを身にまとう存在が声をかけてきた。しかし、当時は何らかの原因でひどく知性が低下していた。それゆえに応答に不自由した。
 懸命に考えても混乱する頭では唸ることしかできなかった。

「……あぅあ……」

 最初はこんなものだった。
 それから随分と時間が経ち、相手もちゃんと待ってくれたようで質問に答えられた。

「なまえはきーの・ふぁすりす・いんべるん」

 つたない幼児の言葉に相手は安心したようだ。
 表情は窺えないが人当たりのよさそうな男性だと――感じたのも一瞬だ。
 自身もそうだが相手もアンデッドモンスター。
 その(かんばせ)に肉は無く、白磁のような頭蓋骨が露出していた。

「ここが何処なのか聞きたいのだが……。君はアンデッドのようだし……。困ったな……」

 周りは廃墟と化した建物しか無い。
 ここは廃棄された大都市『ガテンバーグ』――。人間の国であったが()()()きっかけにより壊滅して久しい。
 現在の三大国家が現われる前の時代――に存在していた人間の国の一つ――

「現地の情報を持っていそうにないけど……。一人で探索するよりはマシか……」

 骸骨の人物は独り言を何度も呟き、納得していく。その間、キーノはただ相手を見つめていた。
 自身が何者で何を目的としているのか分からなかった時代であった。

◇ ◆ ◇


 旅のお供としてついて行く事を了承したキーノは骸骨の顔を何度も見つめた。
 白骨死体が珍しいというよりは自身がアンデッドゆえに親近感が湧いて仕方が無い。
 物腰は柔らかく、言葉は割りと丁寧であり、好感の持てる人物だと感じた。
 名前は確か『サトル・スルシャーナ』といった。
 聞きなれない名前のためにこれが正しい名称なのか、当時は()()()分からなかった。
 アンデッドのサトルはとにかく凄いの一言に尽きる。
 魔法に精通しており、様々なことを教えてくれた。――しかし、キーノからは何も教えられなかった。何も知らず、何も覚えていないゆえに――
 全てでは無いとしても自分から言えるような情報が全くと言っていいほど無かった。

「……都市に生存者は無く、ただ動死体(ゾンビ)が徘徊するのみか……」
「……おおきなたたかいがあったからだとおもう」
「戦争か……。しかし、それで動死体(ゾンビ)が発生するというのは……」

 う~んと唸るサトル。
 博識の彼は度々、物思いに耽る。それをキーノは邪魔せずに眺めた。
 二人旅はその後も続き、他の国や都市に向かうこともあった。――その時は仮面を被って旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と付き人のような関係で各地を巡った。
 キーノ自身も友達が出来たような気分で嬉しくなっていた。
 自分の身に起きたことを忘れるくらい――

◇ ◆ ◇


 それから一年が過ぎようとしたある日、冒険者になろうとサトルが言い出した。
 いつまでも二人では寂しいと。
 それと他の仲間を入れて知識の幅を広げようと考えていたようで、キーノも反対しなかった。
 サトルは様々な魔法から人間に偽装し、パーティメンバーを募る。

「俺は魔法には自信があるけど戦士系は苦手なんだよな。せいぜい振りくらいしかできない」
「……それでパーティを組んで各地を回るの?」
「ここが何処なのか知る上で、な……。世界を知って、それから今後の身の振り方を考えようと思う。時間はたっぷりあるけれど……、人間社会はまだまだ未熟だから……」

 苦笑を浮かべる顔は人間のもの。
 偽装しているとはいえ――誰か――基にしているのか訪ねたい気持ちがあったが、それを知ってどうするのかという疑問により諦めた。
 変に知ってしまうとサトルの正体をどこかで喋ってしまうおそれがあるからだ。
 赤い瞳である自分も偽装しなければアンデッドモンスターだと看破されるというので、正体を隠蔽する指輪をサトルから借り受けた。
 姿は変えられないが魔法による探知などを阻害してくれるという。

「キーノもチームに参加すればよかったんじゃないか?」
「……私はどうも仲間として相応しくないというか……。ボロが出そうで……」

 それに仲間が流血した場合、吸血鬼(ヴァンパイア)としての特殊能力が勝手に発動するかもしれない。そうなればもう仲間として付き合う事は難しいと思っている。
 今のところ吸血衝動は起きていない。けれども胡坐(あぐら)はかけない。
 適度に食事を摂るように心がけている。――そのお陰か、飢えには苦しまずに済んでいる。

◇ ◆ ◇


 サトル・スルシャーナと呼ばれる男から様々なことを学び、キーノは魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての道を歩み始めた。力仕事が苦手だったこともあるし、魔法にとても興味があった。
 サトルが大抵の魔法の知識を持っていたことも幸運で、第五位階までの知識を早い段階から吸収する事が出来た。

「死の神スルシャーナと同じだと言われているけど……。いやいい、スルシャーナで」

 どうせ、サトルとしか呼ばれないし、と何やらサトルはがっかりしたようだ。――キーノは理由が分からなかった。
 随分と学習した筈なのだが、()()()()()()()()()()サトルはついぞ教えてくれなかった。

「その……死の神は実在のものなのか?」

 依頼の無い日にとある宿屋で質問を受けたキーノ。
 自分が知る限りの情報を互いに交換していく。
 サトルは大人で割りと大柄な人物。対するキーノはそこらの子供と遜色ない背格好だ。しかもアンデッドとなったので成長が――全く――見込めない。

「そうらしいね。八欲王に最後に殺された神様ってことになってる。姿は……サトルの姿()に特徴がよく似ている」
「……つまり死の支配者(オーバーロード)か……。今までそれに類するモンスターに出会った事がないな。せいぜい死の大魔法使い(エルダーリッチ)だ」

 この死の大魔法使い(エルダーリッチ)というモンスターは一般には最上位の危険な相手だと認識されている。
 ランクで言えば白金級以上。
 難度は六十から八十までと幅広い。
 キーノにとっては脅威でもサトルにとっては雑魚モンスター扱いされている。――実際、その通りなのだが――
 日銭を稼ぎつつ様々な情報を得て数年――。二人の旅はじつにのんびりしたものだった。
 仲間については検討だけされていたが本格的な始動はまだ少し後になる。

◇ ◆ ◇


 自分の事を多く忘れてしまったキーノだが、それでもサトルは構わないと言っていた。代わりに彼の事を色々と教えてもらう機会があり、そのお返しとして諜報員のような仕事を頑張った。
 姿の変わらない不死性のモンスターはいずれ人間の町では怪しまれる。それを避ける術を日々練っていた。
 キーノだけならば耐えられるのだが、サトルにまで迷惑をかける事になっては困る。――せっかく出来た友達であり、旅の供だ。
 そのせいもあって各地の都市で活躍するわけには行かなくなった。

「隠密行動において不都合はないが……。キーノは構わないのか?」
「この魔法詠唱者(マジック・キャスター)という職業は身を隠すには都合がいい。サトルも引退を考える時は魔法詠唱者(マジック・キャスター)として過ごせばいいよ」
「その時はそうさせてもらうよ」
「死の神スルシャーナはあらゆる死の体現者であり、畏敬すべき存在だ。だからこそ人々は信仰の対象としている。……国によっては存在を否定されていたりするけど」

 サトルは度々――もし推測通り、死の支配者(オーバーロード)であればそう簡単にくたばるわけはないのだが――独り言を呟いていたが伝説や伝承の中で語られているので真実は見えてこない。
 殺された。隠れた。消滅した。
 各説話の最期は様々な解釈で締めくくられている。

「取得している種族や職業(クラス)構成が気になるが……。それを退(しりぞ)ける八欲王とはとんでもない奴らだったんだな」

 数多の竜王(ドラゴンロード)を屠り、世界を――一時的とはいえ――征服した超越者(オーバーロード)達。
 そんなことが出来る存在はサトルの記憶では『世界王者(ワールドチャンピオン)』くらいではないかと推測していた。
 だが、仮にそうであったら疑問が残る。
 最上位()()()()()竜王(ドラゴンロード)ごときに敗北するのか、と。
 複数の敵との相対による補正が働いていたとしても負ける要素があるとは思えない。その根拠として各世界王者(ワールドチャンピオン)にはそれぞれ一撃必殺の職業(クラス)特殊技術(スキル)を持っている。
 自分の知る技は空間を直接切り裂き、範囲内に居るクリーチャーに大ダメージを与え続けるものだ。
 影響がしばらく残る為、まともに攻撃を受けてしまえば即死してもおかしくない。
 効果が一瞬の第十位階が劣化版として存在しているが、それとは比べるべくもない。

◇ ◆ ◇


 考えられる点として有力なのは八欲王の敵が()()()()であったというものだ。
 最強の敵は――やはり最強の力を持つ彼ら自身だ。
 仲間割れによる戦力ダウン――
 それでも最後に生き残りが居る筈だ。――その最後の一人に対して残る竜王(ドラゴンロード)が一斉攻撃を仕掛けた――というシナリオならば勝利の条件を満たすのか――
 推測しか出来ないし、今の世は彼ら(竜王)の勝利に終わっている――事になっている。

「……その戦いで多くの竜王(ドラゴンロード)が数を減らした……、という話に辻褄が合うのか……」
「全体の数は減っているのは確かだそうだよ。……戦いに参加していない竜王(ドラゴンロード)も居るそうだし」
(くだん)の八欲王が世界征服した時に作ったのが……」

 南方の砂漠地帯にある不可侵の国家『エリュエンティウ』がそうだと言われている。
 浮遊する都市とその真下にもう一つ都市がある二重国家。だが、その実体は遠く離れた国々には伝聞すらあまり伝わっておらず、謎の国家として有名だった。
 国家であるならば交流が少なくともあるはずなのだが、それが無い。
 その理由として国家を守護する存在が異常に強いこと。その守護者によって都市の情報は今まで漏れた事が無いと言われている。――もちろん例外もあり、侵入を許されたものがいくつか情報を持ち帰った事例があるので、かの国家の名前が後世に伝わっている。

「三十人近い屈強な守護者か……」

 サトルの知識で該当するのは高レベルNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だ。
 実際に観察してみないことには真実は明らかにはならない。何ごとも調査は必要だ。
 何の対策もせずに突入するのはバカのすること。――時には無謀な賭けに出ることもあるけれど――

「……調べたい事がたくさんあって退屈しない事は良いことだ」
「私もサトルと一緒に旅ができて楽しいよ」
「……それがいつまで続くのやら」

 キーノは不死性のモンスターだ。――サトルも同様だが。
 種族的な特性により実はキーノを大切に思えた事が少ない。――旅の供としているのだから努力は欠かしていない。
 単なる小動物を愛でる程度にしか愛情は無い――サトルの中では――と思っている。
 ちゃんと愛でて大切な仲間として迎えたいのに淡白な性格に自分自身嫌気が差す。
 もし、肉体のある人間であったら――例え吸血鬼(ヴァンパイア)であろうと可愛い娘が目の前に居るのだから大切に守ろうと『(おとこ)』を見せるべきだ、と力説しているところだ。
 それなのに()()()()()()()()()()為に色々と台無しになっている。――もちろん、自業自得なのだが。

◇ ◆ ◇


 アンデッドモンスター特有の精神抑制は喜怒哀楽全てに適応されている。
 心のそこから喜びたい気持ちも悲しみたい気持ちも一緒くたに――
 戦闘や人付き合いに対して役に立つこともあるけれど、誰かと分かち合いたい気持ちはサトルとて持っている。
 無理矢理な抑制は我がことながら呆れてしまう事態だ。

「……キーノは精神抑制は起きないのか?」
「んっ? そういう事はよく分からない」

 話ぶりでは喜びも悲しみも一般人と大差がないようだ。それはそれで羨ましい。
 同じアンデッドモンスターでも種族によって差があるようだ。
 本人が過去の記憶を失っているので詮索しても答えは出て来ないけれど――

「………」

 共に旅する仲間として迎え入れてモンスターの特徴という理由で切り捨てるのは非人間的だ。――外見などがモンスターだとしても心は()()人間だという自負がサトルにはあった。
 言葉で人間だと言い続けても現実問題としてアンデッドモンスターから脱却する事は出来ないのだが――

◇ ◆ ◇


 サトルはこの世界の住人ではない。
 ある時を境に迷い込んだ異邦人だ。――それも自らが作り上げた仮想分身(アバター)の姿のままで。
 キーノに言っても無駄だし、実は正体は何だ、と告げても意味があるようには感じない。
 仮に告げたとしよう。
 それ何って言われるのがオチだ。
 彼女は()()()()()()()()()ではない。かといってNPCでもない。

 異世界に転移した。

 言葉としては簡単だが、中身(本当の自分)ではないところが問題だった。
 自分の本当の姿は人間である。それを自宅に残したままの転移だ。――全く意味不明の状況だ。
 アバターがここにあって自由に動いているなら自宅の方はどうなっているのか。
 ――数年も過ぎているので既に餓死しているのか。それとも精神が分離しているので本体は本体で普通の生活を続けているのか。
 確認する術が無いから困っている。――本体が死んでいた場合、今の自分が仮に死んだ時にどうなるのか。――アンデッドモンスターだから平気というオチは安直過ぎる。
 少なくとも自分の本当の身体の状況を知りたくてたまらない。
 焦る気持ちは強制的に抑制される。そうするとしばらくはどうでもよくなる。――どうでもいいはずがないのに。

(焦る気持ちと戦い続けて何年も過ぎてしまった)

 手遅れなほどに――
 諦める事も一案だが、サトルの気がかりとしては同じ境遇に陥った者の存在――または有無――
 出来ればギルドメンバーが望ましい。――だが、多くが引退してしまっている。
 淡い希望を抱き続けるのも不毛だと理解している。けれども知り合いに合いたい。その気持ちは今も小さく燻っている。

◇ ◆ ◇


 活動拠点を北方の『アーグランド評議国』に置き、南方の広大な森林地帯に向かう依頼をこなしていく。
 自らが異形種である事を考慮し、バレても損害が少ない地域を選んだ結果だ。
 キーノも評議国内では素顔で徘徊できるとあって、精神的負担軽減のありがたみを知る。
 六大神が現役だった頃から存在している古い国の一つで何体かの竜王(ドラゴンロード)が治めている。

「そろそろ仲間を募りたいところだが……。どんなパーティがいいかな?」

 人間の姿のサトルは旅の供であるキーノに尋ねた。――出来るだけ仲間に意見を聞くように心がけてスキンシップに励んでいた。
 そうしないと今後の活動で不和を起こしやすいからだ。
 サトルは人付き合いに関して過敏なほどに神経質であった。

「凄い魔法が使えるのに……。細かいところがあるよね」
「……昔大勢の仲間を率いていたからな。それぞれの意見集約は俺の仕事だった。……ただそれだけのことさ」

 仲間内での喧嘩は日常茶飯事。お互いの矛を収める仕事は主にギルドマスターたるサトルの仕事――
 それを何年も続けていれば大抵の事は対処できる自信がついた。それでも出て行く仲間が現われると傷付くのだが――

「交渉は俺がやるが……、キーノはどうする? 参加しない事も選択の一つだぞ」
「……う~ん。まだ少し魔法の勉強がしたいな。……でも、強くならないと発展しないのも……」

 サトルとしては小さな女の子に血生臭い仕事をさせたくないだけだった。
 それが異形種であろうとも――
 口にすると恥ずかしくて強制的に精神が抑制されるので、黙っている。
 冷静になれば迂闊に言いそうになる事もある――だからこそ恥ずかしいので。

◇ ◆ ◇


 いざ仲間募集――といっても簡単に現われるわけは無い。というか簡単に現れては困る。
 有象無象の輩に用は無い。――サトルの基準に合格しない者は特に。
 大所帯でも困るが――最初は四人か五人から。――これは基本のパーティ数だ。

「俺のパーティに参加しようと思った動機は何です?」

 冒険者組合の一室を借りての『面接』が始まる。
 組合に申請すれば部屋を貸してもらえるので、早速利用するサトル。
 側で見ているキーノはサトルのやり方を不思議そうに眺めた。

(めんせつって何だろう?)

 あまり学の無いキーノにとってサトルの行動のほとんどが新鮮に映っていた。
 彼は今までの人生をどう過ごしていたのか、とても興味がある。しかし、個人の過去を詮索するのは冒険者としての規則に抵触する――気がする。
 人に言えない過去は誰にでもあるから。
 戦士職のはずのサトルは事務方の仕事がとてもよく似合う。冒険者以外でも充分に働き口が見つかるのではないかと思わせるほど。
 言葉も丁寧で人当たりも良い。
 住民達からも信頼を得ている。――亜人や異形種の多い国にしては珍しい人種だと噂されていた。
 実際、様々な種族に対して分け隔て無く接している。
 見かけは人間でも中身は骸骨のアンデッドモンスターだが――

◇ ◆ ◇


 一般的なアンデッドモンスターは生者を憎む存在、というのが世間での常識だ。――その中にキーノも含まれるが――
 それが表裏の無い、好感さえ抱かれる者がそう(不死者)だと誰が思うのか。――キーノもそれに関しては驚いている。
 どういう経緯を持ってアンデッドモンスターとして存在しているのか。それに関して色々と聞いた覚えがあるのだが、専門的な言葉が多かったので理解出来た事が()()()少ない。
 脳味噌が腐りかけているせいかと思ったほど自分の無知さに嫌気が差す。

「うちのメンバーに必要なのは簡単に死なないことです。……それと裏切らないこと」

 本当は後者が大事な事だとサトルは言っていた。それを後ろに回す意図はキーノには分からないが、彼なりに何か考えての事だと思われる。
 人当たりの良い人物にとって怖い事は裏切られること。嘘よりも重いという。

 常に疑心暗鬼のまま暮らしたくないから。

 そう言っていた事を思い出す。
 サトルにとって信頼に足る仲間の存在は何者よりも重いものという認識があり、それを求めてしまうから仲間が集まりにくい。
 既に二十人は追い返している。
 仲間の中にキーノが居る理由はどういうことなのか、聞いてみたいけれど怖いとも思う自分がいる。
 サトルが信頼できるから、ではなく自分がサトルに信頼されていない事を知るのが――
 茫然自失の自分を見つけて仲間に引き入れてくれた彼の信頼に応えたいという気持ちはある。――けれども実力が足りずに足を引っ張る結果にただただ辟易する。

◇ ◆ ◇


 ある日、何気なく尋ねてみた。
 自分はサトルの仲間としてどうなのか。――相応しいのか、という言葉は使わなかった。

「拾ったペットの面倒を見るようなものだ。……俺は自分が決めたことに最後まで責任を持ちたい……。ただそれだけだ」

 男らしい言葉なのだが、ペットという言葉がいまいち理解出来なかった。
 聞き慣れないだけなのか、彼独自の言葉なのか――

「……女の子を一人で放浪させたくない……が正しいか。お互い道に迷う者同士だ。助け合い精神で行こうと決めた」
「それだけ? サトルにとって私が利用価値のある人間だった……、ということはない?」
「仮に価値ある人物だとすれば良い拾い物をしたと嬉しがるところだ。キーノは優良物件として破格の待遇が必要な存在だ。それを手放す気は無いさ」

 人間に偽装した彼は笑顔で言った。
 これが本来(骸骨)の顔であれば全く表情が読めなくて困っている事態に陥る。
 そう考えれば表情の読めない相手に四苦八苦する自分が容易に想像できるというもの――

「あまり深読みして欲しくないのだが……。俺としては最初の出会いを大切にしたいだけだ」
「そうお?」

 最初の出会い――
 キーノにとって記憶が不鮮明の時代――
 何かがあって何かが起きた。その過程の殆どが曖昧に満ちている。
 おぼろげに覚えている事は何処かの都市を滅ぼす原因を作ったのが自分(キーノ)ということ。
 今はサトルのマジックアイテムのお陰で平気だが、吸血鬼(ヴァンパイア)であること。
 (サトル)との出会いは唐突だった。
 もしかして彼のせいで今の自分が形成されたのではないのか、と疑った事は――あるにはあるが――荒唐無稽すぎて納得できない。
 都市を滅ぼすようなアンデッドが冒険者をする理由に繋がらないためだ。
 実際、彼の目的は無いに等しい。――いや、あるにはある。

 この世界を知ること。

 もし、それが事実なら国を滅ぼす理由が無い。
 様々な魔法の実験がしたいから、の方が余程説得力がある。
 それら全てが欺瞞工作だというのであれば彼の真の目的とは何か――
 それを知る事がキーノにとって有益になるのか。
 未だに分からない事が多いキーノにとってサトルを疑う事はとても――有益とは思えなかった。

◇ ◆ ◇


 出会いからしばらくは目的を定めずに彷徨い、適度にモンスターを倒したり、サトルから色々な事を教えてもらう毎日だった。――だからこそ無益にしか思えない相手に知識を与える意味が分からない。
 戦力にするでもなく――
 話相手以上の関係にもなっていない。
 寝食を共に――飲食不要だが――し、色んな街を巡った。その日々は何かを利用するため――とは到底思えない。
 キーノの持っているアイテムの殆どはサトルのものだ。自分のものはせいぜい最初から身にまとっていた服装くらいだ。

「……そんな私がサトルを裏切ったら……きっと怒るよね?」
「当たり前だ」

 声は大きくなかったけれど、力強く言われた。――それだけで萎縮しそうになる。
 彼の怒りは冗談ではない事が窺えた。

「ま、まあ俺の方から裏切る事も……無いわけじゃないよな……。キーノを悲しませたい気持ちは無いぞ。……せっかく出来た……」

 後半は尻すぼみになって聞き取れなかったが、雰囲気的には恥ずかしがっているようだった。
 長く付き合ってきて彼の反応はだいたい分かるようになってきた。――それは喜ぶべきことなのか、それとも彼を特別だと思い始めているのか。
 後者だとしてキーノに何の得があるのか。
 彼女自身は()()世間を知らないために理解出来ない事柄が増えて混乱の極みだった。
 自分の事もままならないのにサトルの事をどうこう言う資格は無いなと苦笑するキーノ。

◇ ◆ ◇


 二人旅にも限界があると感じたのはキーノよりもサトルの方だったので、それを尋ねてみた。
 確かに人数が多ければ様々な事に対処し易い。その一貫かと思っていた。

「それもあるが……。自分を隠蔽する手段にしたいのさ」
「はっ?」

 サトルはとても賢い。キーノは知性が足りない。
 それを思い知らされるとぐうの音も出ない。――悔しい限りだ。
 いずれ賢くなって言い負かしたいとキーノは誓う。
 自分がチームを率いる時は指揮官職業(クラス)を得たいと――

「今は二人で俺がサトルという名前で活動している」
「うん」
「人数が多くなればチーム名で呼ばれるようになる」
「うん」

 生返事に対してサトルは不機嫌を現わすように唸った。しかし、キーノも他に言いようが無かったので仕方がない。
 理解しようとこちらも必死だ、と無言の反撃を試みるキーノ。
 口を固く結んで次の言葉を待つ。
 さあどうぞ、と手だけ前に出した。

「個人名からチーム名に移れば俺がメインで活動しなくて良くなる」

 今までサトル主体で活動してきた。それはつまり活躍すればする程サトルの知名度が高くなる。
 目立ちたい性格ならばそれでいい話だ。しかし、サトルは地味な活動を好む。
 高い身長や身体能力のせいで必然的に目立ってしまうけれど、それを抜きにしても活動に支障が出るような事は避けたいと思っていた。
 キーノとしては目立つことこそが冒険者としての責務と同義ではないかと言い返してみた。

「……いやまあ、それはそうなんだけど……。目立ちすぎると世間的に煩わしくなる。……あと、余計な敵が生まれやすいんだ」

 特に他の冒険者に疎まれたり、自分の知らない内に敵が出来ていたりとか。
 あくまで普通の冒険者として慎ましやかに生活したいのがサトルの願いだった。――中身が強大なアンデッドモンスターなのに――

「……時々サトルが分からなくなる。別に活躍して名を馳せてもいいんじゃないの?」
「……う~。メリット、デメリットがあるからなんとも言えん」

 一人で難しい事を考えている事は理解出来た。
 キーノはサトルの力になりたいのだが、どうすればいいのか分からない。
 人生の師であり、支えてくれる友人としてどんな言葉を掛ければいいのか――


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