Decipit exemplar vitiis imitabile (エンシェント・ワン)
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§000 ズーラーノーンの盟主

イビルアイから過去の自分(キーノ・ファスリス・インベルン)

 

 年月は周りの人間が思っているほど早く過ぎ去り、その時間感覚は当人にしか分からない。

 同じ時間を共有する仲間が欲しいと思ったこともあったけれど、今のところ殆どが死んでしまった。――これから死ぬ予定の者、種族や職業(クラス)などの特殊技術(スキル)の恩恵で不死性を得た者もごくわずかだが居るが――

 定命にある者の運命であるかのように――

 

「………」

 

 漆黒に近い暗い空間を迷うことなく歩く者は――『イビルアイ』と呼ばれる魔法詠唱者(マジック・キャスター)にしてリ・エスティーゼ王国に在籍するアダマンタイト級冒険者――女性だけのパーティ『蒼の薔薇』の一人――であった。

 水滴が落ちる音を聞きつつ前に進む。

 二百年ほど前に立ち去った()()()()隠れ家。

 当時はまだ頭の回らない状態だっただけに今現在どうなっているのか確認するのが怖い。――一応、今時分の自分には怖いものが存在する。

 恐怖を感じない種族だというのに矛盾した感覚は気持ち悪さを覚えるのだが――

 致し方ない。様々な経験が今の自分を形成している。その過程において新たな感覚を覚えてしまう事は()()()()()()()()()の事態、かもしれない。

 例外というものは予定調和をいつも崩してくるものだ。

 

◇ ◆ ◇

 

 イビルアイは頭を覆うように身に付けている黒いローブから零れる金色の髪の毛をいじる。

 長い年月の間にボロボロに朽ちて消える事無く存在してくれた髪。

 炎に炙れば簡単に燃えて無くなるのだが、黙っていれば意外と丈夫な事に驚かされる。

 ――手入れは欠かさない。けれども、(おろそ)かにしがちだ。

 女性として。人間的に振舞う上でも身だしなみは大事である。

 

「………」

 

 一般人であれば先を見通す事が困難な暗い中を平然と進めるのは暗闇を見通す魔法とマジックアイテム、それと()()的な恩恵が無ければ壁などにぶつかったりするところだ。――イビルアイは()()()()も満たしているので平然としていられる。

 真昼のように――とは言いがたいが見ている景色はとても明るい。

 人の気配が一切無い洞窟に一人黙々と進んでいく。

 昔は大勢が暮らしていた――わけはない筈だ――ような事も僅かな期間でもあったのかもしれない。

 詳しい事は分からないけれど何人かは利用していた筈だ。

 風の噂などでは討伐依頼か何かで内部に侵入してきた冒険者によって()()()()()()が壊滅したとか、しないとか。

 放置していたイビルアイにとって気にする程の価値も無い――のだが、僅かばかりの罪悪感はあった。

 遠い昔に置いたっきりにしていた厄介なアイテムのその後の末路とか。

 

◇ ◆ ◇

 

 今から二百年とも三百年とも思われる昔――

 イビルアイ自身は正確な年月はとうに思い出せないのだが、確かにそれくらい昔の出来事だったのはおぼろげながら思い出せる。

 かつて大切な友人と旅をしていた――筈の淡い出来事の欠片。

 自分がまだ『キーノ・ファスリス・インベルン』と名乗っていた頃だ。

 

(……まだイビルアイになる前の小娘(キーノ)だった頃……か……)

 

 自身が身に付けている白い仮面をさする。それには額部分に赤い宝石がはまっていた。

 世間体を気にして顔を隠すようになったが、仲間内では結構見せている自身の顔――

 過ごした期間を悟らせない少女の(かんばせ)が今もある。

 死人のように白い肌で妖しく光る赤い瞳。油断すれば漏れ出る牙。――牙は簡単には表に出ない。それほど長くないのが幸運だった。

 

(当時の記憶が実に曖昧で困るのだが……。良い想い出は都合よく脚色されるもの……。それはそれで困った事態だ)

 

 頭に水滴を受けつつイビルアイは苦笑する。

 落ち着いた時期に自伝でも書こうかと思っていた時、はっきりとした過去を思い出せないことに気付いてひどく落胆したものだ。

 空想と現実の区別が付かない時期というものは実に都合が悪い。

 自分は何の為に生きているのか。その最も大事な時期の事を思い出せないのであれば滑稽以外の何ものでもない。

 

(ぼんやりしていた時期に(おこな)った様々な出来事が後世で様々な弊害を生んでいる……。というのは理解した)

 

 だからこそ過去を振り返りたくないのとちゃんと振り返って記録をしたためたい気持ちが(せめ)ぎあった。

 自分にとって大事な事が確かにあったはずなのだ、と自分に言い聞かせる為に――

 今のイビルアイを形作る上で避けては通れない過去と向き合う時期に来ていた。それなのにぼんやりしか思い出せないのでは意味が無い。

 同じ時代を生きていたであろう友人など――居ないに等しいほど――ごく少数。

 更には自分が物心つく前に付き合っていた人物のことを思い出せなくては後の物語にも影響が出てしまう。

 ある日突然に自分が生まれたわけではない。

 何かがあって今の自分にたどり着けなければならない。

 そうでなければ自身が歩んだ道の前半が幻想に消えてしまう。それは()()()()()()()と思った。

 

◇ ◆ ◇

 

 時々独り言を呟きつつ洞窟の最下層にたどり着いたイビルアイ。

 深さ的にはそれほどの距離は無いのだが、ここは一般人がおいそれと侵入できない隠れ家だ。

 まず入り口は重い棺桶で蓋をしている。物理的な破壊で障害を取り除けなくはないが後で塞ぐのが大変になる。

 

(……昔とあまり変わっていないな……)

 

 天井に繋がる柱状の鍾乳石が何本もあり、人工的な階段が自然物を冒涜している。

 階段は利用者の為に掘り進んだのだから仕方が無い。

 所々の人工物はここがいかにも秘密基地であるという証拠だ。

 円形に広がる場所には魔方陣が描かれている。多少、擦り切れているが何度も何者かが書いては消してを繰り返した跡が伺えた。

 イビルアイ本人は覚えていないのだが、何人かの人間と共に利用していたのかもしれない。

 奥に行けば集会場のような部屋が現われる。――そこには当主の為の石で作られた玉座や祭壇が設置してあるはずだ。――何者かが破壊していない限り。

 様々な儀式を執り(おこな)ったような気がするのだが――

 魔方陣の中央には特殊なアイテムを設置していた。――それが無いということは破壊されたか、何者かが持ち去ったと思われる。

 二百年ほど放置したアイテムがどれほどここにあったのか――、盗掘が早い段階ならば脅威とは言えない。逆にごく最近までここにあったのであれば相当な脅威になっている筈だ。――だが、この洞窟がある大都市『エ・ランテル』は今も変わらずに存在している。それはすなわち脅威となるアイテム『死の宝珠』の影響を受けていない事を意味する。

 負の想念を力に変える意思あるマジックアイテムだ。

 

「………」

 

 しばらく探してみたものの他の石ころと見分けが付かないアイテムなので魔法の恩恵があったとしても捜索は困難を極める。――呼びかけても何の反応も返って来なかった。

 無いのであれば仕方が無い。何処かで暴れていれば嫌でも自分の耳に入る筈だから、それまで放置してもいいか、と思うことにした。――案外、誰かが脅威と判断して――

 

◇ ◆ ◇

 

 早々にマジックアイテムの捜索を諦めたイビルアイは洞窟の最奥に向かう。

 物静かな佇まいなので誰も居ないと判断する。

 この奥にあるのは儀式用の祭壇――。それと簡易的な玉座だが、それが今もあるのか――

 かつて()()の為に用意したであろう石造りの玉座――

 

「………」

 

 それは今も健在のようだ。そして、目的の玉座には誰も座っていない。

 当たり前のようで何者かが隠れ家として使っていることも考慮していた。

 何も無い事に喜び、同時に寂しさを感じた。

 前に暮らしていた時代から二百年近く経過している。それでもここだけは何も変わっていないと信じていた。

 だが、時代は残酷だ。

 時間経過と共に様々なものが朽ちていた。

 長い期間、湿気に晒されていた為に壁に掛けてあった調度品は腐り落ち、金属は錆び切っていた。その中で目新しいものは殆ど無い。

 金目のものは持ち去られていたり、何所かの泥の中に埋まっているのかもしれない。

 それらを探す気は無く、ただ真っ直ぐに玉座に向かう。そして、イビルアイはその椅子に座った。

 

◇ ◆ ◇

 

 今日が初めての事ではないけれど、何度か座っていた時代を思い出そうとした。けれどもやはりおぼろげなものしか浮かばない。

 確かに自分はこの地下空間の主であり、同時に誰かをこの玉座に座らせていた経験もある。

 

(この場所で私は何らかの組織の長に収まっていたのだろうか……。それとも単なるごっこ遊び? ……そんなことはない筈だが……)

 

 時代は残酷なものだ、と小さくつぶやくイビルアイ。

 かつてキーノと名乗っていた時代の事を殆ど思い出せないのは実に勿体ない、と。

 全てではないが――、それでも失った時間があるというのは残念極まりない。

 

(ここで自分が(おこな)ってきた事が後に悪しき組織に利用されていた。それこそが『ズーラーノーン』……)

 

 時代と共に名称が薄れ、それしか思い出せなくなった残りかす。

 それでも当時の自分には縋りたい一心の表れだったような気がする。

 最初に眷属にした者が後に大きな組織へと成長させ、今も別の拠点で悪巧みをしているかもしれない。そう思うと罪悪感が襲ってくる。

 そうだとしても悪の道に進んだ者の身代わりにはなりたくない。それは(おこな)った者の責任であり、作った者(イビルアイ)は早々に手を引いている。

 イビルアイは最初から最後まで責任を取るような善人ではないことを自覚している。

 

(……悪の組織の親玉はとっくの昔に居なくなっていた。そういう結論があっても組織として維持されていたのは……、何者かが()()()()()盟主を祭り上げて活動していたことに他ならない)

 

 名前も姿も分からない盟主を頂くズーラーノーン。

 その構成員は支持を集めて何を企んでいたのか、イビルアイには窺い知れない。

 置き土産として残したアンデッドモンスターがどういう使われ方をしたのか――それも興味は無いのだが――今となっては知る術もない。

 

◇ ◆ ◇

 

 誰も居ない空間を睥睨するイビルアイ。

 キーノとして活動していた期間のほうが遥かに長いけれど、半分以上はおぼろげな記憶に支配されている。

 自分が自分であると確定できた日より前――

 アンデッドモンスターである吸血鬼(ヴァンパイア)になる前の自分の人生の殆どは闇の中――

 

(とある国の哀れな姫君が邪悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)によって……。ではないな……。自らの生まれながらの異能(タレント)の暴走によって……)

 

 原因がなんであれ、国を一つ滅ぼした事実は変えられない。

 それから自暴自棄になって各地をさまよい続けた。

 その辺りの記憶がすっかり抜け落ちているようだ。

 

(……当時はやさぐれていた……のか。もっとお淑やかな少女であった……場合も……)

 

 だが、何があったのか曖昧である。そうイビルアイは苦笑しながら思った。

 玉座に座って仲間や部下達に命令していたのか、それとも単に一人で過ごしていたのか。

 いや、一人ではなかったはずだ。

 誰かと共に旅をしていた。

 

(……そう。大切な友人と共に……)

 

 聞く者の居ない洞窟の片隅で呟くイビルアイ。

 見つめる先には暗黒しか無い。

 ここには華々しさは皆無で、ひたすらに空虚だ。

 祭壇は何の為に設置したのか。

 殆どを思い出せない。

 脳が腐ってきたのか、それとも単に年を取ったとでも言うのか。

 老化しないアンデッドモンスターたる吸血鬼(ヴァンパイア)の自分が、と。

 生きながら死人である為に信仰系の魔法を苦手とするもある程度は生者と同じ事が出来る。そこが完全な死体と違う点だ。

 心臓こそ止まってはいるが、腐敗臭を振り撒いているわけではないし、多少の飲食に不都合は無い。

 血を欲する衝動が起きないのは死んでから吸血鬼(ヴァンパイア)になったわけではなく、特殊な条件によって得た――得てしまった特異体質のようなもの。

 ここ最近は本当に人間的な暮らしを送っている。更には恋煩(こいわずら)いまで起きた。

 人生は無駄に長くて退屈だと思っていたが、存外悪くはないと思えた。

 

◇ ◆ ◇

 

 様々な経験を得て――原点回帰の意味で――過去を振り返る事にしたイビルアイがかつて放置した拠点に舞い戻り、そこで見たのは伽藍堂の空間だった。

 かつて大勢の手下とも呼べぬ者達を従えていた――のかは定かではないが、確かに自分はここで何らかの活動をしていた。

 その主目的は果たして何だったのか――

 

(……普通に考えて私が盟主だよな……)

 

 悪名高い秘密組織を束ねる盟主――

 そういう風に祭り上げられた姿無き主――

 

 ズーラーノーンの盟主キーノ。

 

 前の名前を知る者は自分が知る限り、数人ほど。それも二百年以上も昔だ。――大半の時を偽名としてのイビルアイで過ごしてきた。

 普通の人間であれば生きている事が奇跡に近い。

 だからこそ盟主の情報を持つ者はごく限られてくる。

 名前だけを利用して組織運営していた者が居ても不思議はない。

 室内の様子を見る限り、壊滅させられていると思われ――イビルアイとしても何だか申し訳ない気持ちになってくる。

 自分が導いていれば悪の道に進まなかった、とは言わないが――

 間違った方向に進んで命を散らした者――者達に哀悼の意を捧げることくらいはしてやらなければ、その魂はきっと浮かばれない。

 もちろん、悪党に同情するわけではない。

 ――被害者の為のものだ。

 

◇ ◆ ◇

 

 祭壇の前で跪いて祈祷をささげる。これは仲間の祈りを見よう見真似で(おこな)っているだけのもの。

 自分は聖者ではなく、人も殺す冒険者だ。

 綺麗ごとだけで世渡り出来ないことを知るイビルアイである。

 

「………」

 

 見も知らぬ者達への祈りを――簡単にだが――済ませた後また玉座に座った。

 時間は今日の為に取っている。一週間でもこもれるが――果たして、それだけで何を得る事が出来るのか。

 かつての自分の情報を――

 イビルアイは秘密組織ズーラーノーンが拠点にしていた――大都市エ・ランテルにある共同墓地の霊廟の地下空間――場所で過去を振り返る試みを始めた。

 二百年とも三百年とも知れない長い時――

 それは人間では計り知れないもの。不死性のクリーチャーにとってはつい先日にも感じる長さに過ぎない。

 なまじ人間的思考が出来る者にとっては拷問にも匹敵するが――

 かつて『キーノ・ファスリス・インベルン』であった頃の自分の事について思い出せる事は驚くほど少ない。

 特殊な生まれながらの異能(タレント)の影響で記憶があやふやになっている為だと思われる。けれども、それでもいくつの断片は思い出せる。

 特徴的で刺激的で二度と忘れまいと誓ったことなどは――

 

◇ ◆ ◇

 

 事の起こりは不明だが――と、その前に――イビルアイは付けていた仮面を取り外し、天井を見上げる。

 漆黒に近い閉鎖された洞窟の天井。地下水が粒となって下に落ちる音が静かに聞こえる。

 この場所を最初に見つけたのは()()()だったのか。

 大事な事も忘れているのは如何(いかが)なものかと自分自身に呆れてしまう。

 

(……もう三百年近く……になるのか……)

 

 不死性の吸血鬼(ヴァンパイア)となって二百五十年。それからしばらく冒険者として活動して数年が過ぎた。

 ここ最近は怒涛の展開が続いて忙しさに悲鳴を上げる始末。――吸血鬼(ヴァンパイア)となったにもかかわらず、だ。

 忙しさの原因は長く不明だったが未知の高難度モンスターの出現によるものと推測している。

 それも今まで何処に潜んでいたのか分からないのがおかしいと思えるほどの凶悪で強力な者達――

 よく世界が滅びなかったと不思議に思ったほどだ。

 

(……全てはモモン様と……魔導王の活躍のお陰だが……)

 

 他人があれこれ詮索したりするけれど国を守ってくれた事は事実として受け止めねばならない。

 イビルアイとて完全に相手を信用していたわけではない。ただ、信じたくない事があるだけ。

 どんな人間にも裏があり、打算あり気で生活している。

 完全無欠の完璧超人など存在しない――。そう思って今まで生きてきた。

 モモンも例に漏れず、人には言えない過去などを持っているようだった。――いや、確実に持っている。

 だからそれを責める材料にはしない。

 それもまたその人の人生の表れなのだから。

 目蓋を閉じて過去への扉を開くイビルアイ。

 しばし思索の旅路に身を委ねる事にした。

 



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§001 キーノ・ファスリス・インベルン

 とある国に金髪碧眼のお姫様がおりました。――物語の開始にありがちなものだが、それでもイビルアイことキーノにとっては全ての始まりだ。

 平和に暮らしていた筈の日常は壊れ、気が付けば吸血鬼(ヴァンパイア)になっている自分。

 長い旅をしてきたようで思い出せない事がとても多い。

 

「君の名前は?」

 

 豪奢なローブを身にまとう存在が声をかけてきた。しかし、当時は何らかの原因でひどく知性が低下していた。それゆえに応答に不自由した。

 懸命に考えても混乱する頭では唸ることしかできなかった。

 

「……あぅあ……」

 

 最初はこんなものだった。

 それから随分と時間が経ち、相手もちゃんと待ってくれたようで質問に答えられた。

 

「なまえはきーの・ふぁすりす・いんべるん」

 

 つたない幼児の言葉に相手は安心したようだ。

 表情は窺えないが人当たりのよさそうな男性だと――感じたのも一瞬だ。

 自身もそうだが相手もアンデッドモンスター。

 その(かんばせ)に肉は無く、白磁のような頭蓋骨が露出していた。

 

「ここが何処なのか聞きたいのだが……。君はアンデッドのようだし……。困ったな……」

 

 周りは廃墟と化した建物しか無い。

 ここは廃棄された大都市『ガテンバーグ』――。人間の国であったが()()()きっかけにより壊滅して久しい。

 現在の三大国家が現われる前の時代――に存在していた人間の国の一つ――

 

「現地の情報を持っていそうにないけど……。一人で探索するよりはマシか……」

 

 骸骨の人物は独り言を何度も呟き、納得していく。その間、キーノはただ相手を見つめていた。

 自身が何者で何を目的としているのか分からなかった時代であった。

 

◇ ◆ ◇

 

 旅のお供としてついて行く事を了承したキーノは骸骨の顔を何度も見つめた。

 白骨死体が珍しいというよりは自身がアンデッドゆえに親近感が湧いて仕方が無い。

 物腰は柔らかく、言葉は割りと丁寧であり、好感の持てる人物だと感じた。

 名前は確か『サトル・スルシャーナ』といった。

 聞きなれない名前のためにこれが正しい名称なのか、当時は()()()分からなかった。

 アンデッドのサトルはとにかく凄いの一言に尽きる。

 魔法に精通しており、様々なことを教えてくれた。――しかし、キーノからは何も教えられなかった。何も知らず、何も覚えていないゆえに――

 全てでは無いとしても自分から言えるような情報が全くと言っていいほど無かった。

 

「……都市に生存者は無く、ただ動死体(ゾンビ)が徘徊するのみか……」

「……おおきなたたかいがあったからだとおもう」

「戦争か……。しかし、それで動死体(ゾンビ)が発生するというのは……」

 

 う~んと唸るサトル。

 博識の彼は度々、物思いに耽る。それをキーノは邪魔せずに眺めた。

 二人旅はその後も続き、他の国や都市に向かうこともあった。――その時は仮面を被って旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と付き人のような関係で各地を巡った。

 キーノ自身も友達が出来たような気分で嬉しくなっていた。

 自分の身に起きたことを忘れるくらい――

 

◇ ◆ ◇

 

 それから一年が過ぎようとしたある日、冒険者になろうとサトルが言い出した。

 いつまでも二人では寂しいと。

 それと他の仲間を入れて知識の幅を広げようと考えていたようで、キーノも反対しなかった。

 サトルは様々な魔法から人間に偽装し、パーティメンバーを募る。

 

「俺は魔法には自信があるけど戦士系は苦手なんだよな。せいぜい振りくらいしかできない」

「……それでパーティを組んで各地を回るの?」

「ここが何処なのか知る上で、な……。世界を知って、それから今後の身の振り方を考えようと思う。時間はたっぷりあるけれど……、人間社会はまだまだ未熟だから……」

 

 苦笑を浮かべる顔は人間のもの。

 偽装しているとはいえ――誰か――基にしているのか訪ねたい気持ちがあったが、それを知ってどうするのかという疑問により諦めた。

 変に知ってしまうとサトルの正体をどこかで喋ってしまうおそれがあるからだ。

 赤い瞳である自分も偽装しなければアンデッドモンスターだと看破されるというので、正体を隠蔽する指輪をサトルから借り受けた。

 姿は変えられないが魔法による探知などを阻害してくれるという。

 

「キーノもチームに参加すればよかったんじゃないか?」

「……私はどうも仲間として相応しくないというか……。ボロが出そうで……」

 

 それに仲間が流血した場合、吸血鬼(ヴァンパイア)としての特殊能力が勝手に発動するかもしれない。そうなればもう仲間として付き合う事は難しいと思っている。

 今のところ吸血衝動は起きていない。けれども胡坐(あぐら)はかけない。

 適度に食事を摂るように心がけている。――そのお陰か、飢えには苦しまずに済んでいる。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトル・スルシャーナと呼ばれる男から様々なことを学び、キーノは魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての道を歩み始めた。力仕事が苦手だったこともあるし、魔法にとても興味があった。

 サトルが大抵の魔法の知識を持っていたことも幸運で、第五位階までの知識を早い段階から吸収する事が出来た。

 

「死の神スルシャーナと同じだと言われているけど……。いやいい、スルシャーナで」

 

 どうせ、サトルとしか呼ばれないし、と何やらサトルはがっかりしたようだ。――キーノは理由が分からなかった。

 随分と学習した筈なのだが、()()()()()()()()()()サトルはついぞ教えてくれなかった。

 

「その……死の神は実在のものなのか?」

 

 依頼の無い日にとある宿屋で質問を受けたキーノ。

 自分が知る限りの情報を互いに交換していく。

 サトルは大人で割りと大柄な人物。対するキーノはそこらの子供と遜色ない背格好だ。しかもアンデッドとなったので成長が――全く――見込めない。

 

「そうらしいね。八欲王に最後に殺された神様ってことになってる。姿は……サトルの姿()に特徴がよく似ている」

「……つまり死の支配者(オーバーロード)か……。今までそれに類するモンスターに出会った事がないな。せいぜい死の大魔法使い(エルダーリッチ)だ」

 

 この死の大魔法使い(エルダーリッチ)というモンスターは一般には最上位の危険な相手だと認識されている。

 ランクで言えば白金級以上。

 難度は六十から八十までと幅広い。

 キーノにとっては脅威でもサトルにとっては雑魚モンスター扱いされている。――実際、その通りなのだが――

 日銭を稼ぎつつ様々な情報を得て数年――。二人の旅はじつにのんびりしたものだった。

 仲間については検討だけされていたが本格的な始動はまだ少し後になる。

 

◇ ◆ ◇

 

 自分の事を多く忘れてしまったキーノだが、それでもサトルは構わないと言っていた。代わりに彼の事を色々と教えてもらう機会があり、そのお返しとして諜報員のような仕事を頑張った。

 姿の変わらない不死性のモンスターはいずれ人間の町では怪しまれる。それを避ける術を日々練っていた。

 キーノだけならば耐えられるのだが、サトルにまで迷惑をかける事になっては困る。――せっかく出来た友達であり、旅の供だ。

 そのせいもあって各地の都市で活躍するわけには行かなくなった。

 

「隠密行動において不都合はないが……。キーノは構わないのか?」

「この魔法詠唱者(マジック・キャスター)という職業は身を隠すには都合がいい。サトルも引退を考える時は魔法詠唱者(マジック・キャスター)として過ごせばいいよ」

「その時はそうさせてもらうよ」

「死の神スルシャーナはあらゆる死の体現者であり、畏敬すべき存在だ。だからこそ人々は信仰の対象としている。……国によっては存在を否定されていたりするけど」

 

 サトルは度々――もし推測通り、死の支配者(オーバーロード)であればそう簡単にくたばるわけはないのだが――独り言を呟いていたが伝説や伝承の中で語られているので真実は見えてこない。

 殺された。隠れた。消滅した。

 各説話の最期は様々な解釈で締めくくられている。

 

「取得している種族や職業(クラス)構成が気になるが……。それを退(しりぞ)ける八欲王とはとんでもない奴らだったんだな」

 

 数多の竜王(ドラゴンロード)を屠り、世界を――一時的とはいえ――征服した超越者(オーバーロード)達。

 そんなことが出来る存在はサトルの記憶では『世界王者(ワールドチャンピオン)』くらいではないかと推測していた。

 だが、仮にそうであったら疑問が残る。

 最上位()()()()()竜王(ドラゴンロード)ごときに敗北するのか、と。

 複数の敵との相対による補正が働いていたとしても負ける要素があるとは思えない。その根拠として各世界王者(ワールドチャンピオン)にはそれぞれ一撃必殺の職業(クラス)特殊技術(スキル)を持っている。

 自分の知る技は空間を直接切り裂き、範囲内に居るクリーチャーに大ダメージを与え続けるものだ。

 影響がしばらく残る為、まともに攻撃を受けてしまえば即死してもおかしくない。

 効果が一瞬の第十位階が劣化版として存在しているが、それとは比べるべくもない。

 

◇ ◆ ◇

 

 考えられる点として有力なのは八欲王の敵が()()()()であったというものだ。

 最強の敵は――やはり最強の力を持つ彼ら自身だ。

 仲間割れによる戦力ダウン――

 それでも最後に生き残りが居る筈だ。――その最後の一人に対して残る竜王(ドラゴンロード)が一斉攻撃を仕掛けた――というシナリオならば勝利の条件を満たすのか――

 推測しか出来ないし、今の世は彼ら(竜王)の勝利に終わっている――事になっている。

 

「……その戦いで多くの竜王(ドラゴンロード)が数を減らした……、という話に辻褄が合うのか……」

「全体の数は減っているのは確かだそうだよ。……戦いに参加していない竜王(ドラゴンロード)も居るそうだし」

(くだん)の八欲王が世界征服した時に作ったのが……」

 

 南方の砂漠地帯にある不可侵の国家『エリュエンティウ』がそうだと言われている。

 浮遊する都市とその真下にもう一つ都市がある二重国家。だが、その実体は遠く離れた国々には伝聞すらあまり伝わっておらず、謎の国家として有名だった。

 国家であるならば交流が少なくともあるはずなのだが、それが無い。

 その理由として国家を守護する存在が異常に強いこと。その守護者によって都市の情報は今まで漏れた事が無いと言われている。――もちろん例外もあり、侵入を許されたものがいくつか情報を持ち帰った事例があるので、かの国家の名前が後世に伝わっている。

 

「三十人近い屈強な守護者か……」

 

 サトルの知識で該当するのは高レベルNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だ。

 実際に観察してみないことには真実は明らかにはならない。何ごとも調査は必要だ。

 何の対策もせずに突入するのはバカのすること。――時には無謀な賭けに出ることもあるけれど――

 

「……調べたい事がたくさんあって退屈しない事は良いことだ」

「私もサトルと一緒に旅ができて楽しいよ」

「……それがいつまで続くのやら」

 

 キーノは不死性のモンスターだ。――サトルも同様だが。

 種族的な特性により実はキーノを大切に思えた事が少ない。――旅の供としているのだから努力は欠かしていない。

 単なる小動物を愛でる程度にしか愛情は無い――サトルの中では――と思っている。

 ちゃんと愛でて大切な仲間として迎えたいのに淡白な性格に自分自身嫌気が差す。

 もし、肉体のある人間であったら――例え吸血鬼(ヴァンパイア)であろうと可愛い娘が目の前に居るのだから大切に守ろうと『(おとこ)』を見せるべきだ、と力説しているところだ。

 それなのに()()()()()()()()()()為に色々と台無しになっている。――もちろん、自業自得なのだが。

 

◇ ◆ ◇

 

 アンデッドモンスター特有の精神抑制は喜怒哀楽全てに適応されている。

 心の底から喜びたい気持ちも悲しみたい気持ちも一緒くたに――

 戦闘や人付き合いに対して役に立つこともあるけれど、誰かと分かち合いたい気持ちはサトルとて持っている。

 無理矢理な抑制は我がことながら呆れてしまう事態だ。

 

「……キーノは精神抑制は起きないのか?」

「んっ? そういう事はよく分からない」

 

 話ぶりでは喜びも悲しみも一般人と大差がないようだ。それはそれで羨ましい。

 同じアンデッドモンスターでも種族によって差があるようだ。

 本人が過去の記憶を失っているので詮索しても答えは出て来ないけれど――

 

「………」

 

 共に旅する仲間として迎え入れてモンスターの特徴という理由で切り捨てるのは非人間的だ。――外見などがモンスターだとしても心は()()人間だという自負がサトルにはあった。

 言葉で人間だと言い続けても現実問題としてアンデッドモンスターから脱却する事は出来ないのだが――

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルはこの世界の住人ではない。

 ある時を境に迷い込んだ異邦人だ。――それも自らが作り上げた仮想分身(アバター)の姿のままで。

 キーノに言っても無駄だし、実は正体は何だ、と告げても意味があるようには感じない。

 仮に告げたとしよう。

 それ何って言われるのがオチだ。

 彼女は()()()()()()()()()ではない。かといってNPCでもない。

 

 異世界に転移した。

 

 言葉としては簡単だが、中身(本当の自分)ではないところが問題だった。

 自分の本当の姿は人間である。それを自宅に残したままの転移だ。――全く意味不明の状況だ。

 アバターがここにあって自由に動いているなら自宅の方はどうなっているのか。

 ――数年も過ぎているので既に餓死しているのか。それとも精神が分離しているので本体は本体で普通の生活を続けているのか。

 確認する術が無いから困っている。――本体が死んでいた場合、今の自分が仮に死んだ時にどうなるのか。――アンデッドモンスターだから平気というオチは安直過ぎる。

 少なくとも自分の本当の身体の状況を知りたくてたまらない。

 焦る気持ちは強制的に抑制される。そうするとしばらくはどうでもよくなる。――どうでもいいはずがないのに。

 

(焦る気持ちと戦い続けて何年も過ぎてしまった)

 

 手遅れなほどに――

 諦める事も一案だが、サトルの気がかりとしては同じ境遇に陥った者の存在――または有無――

 出来ればギルドメンバーが望ましい。――だが、多くが引退してしまっている。

 淡い希望を抱き続けるのも不毛だと理解している。けれども知り合いに合いたい。その気持ちは今も小さく燻っている。

 

◇ ◆ ◇

 

 活動拠点を北方の『アーグランド評議国』に置き、南方の広大な森林地帯に向かう依頼をこなしていく。

 自らが異形種である事を考慮し、バレても損害が少ない地域を選んだ結果だ。

 キーノも評議国内では素顔で徘徊できるとあって、精神的負担軽減のありがたみを知る。

 六大神が現役だった頃から存在している古い国の一つで何体かの竜王(ドラゴンロード)が治めている。

 

「そろそろ仲間を募りたいところだが……。どんなパーティがいいかな?」

 

 人間の姿のサトルは旅の供であるキーノに尋ねた。――出来るだけ仲間に意見を聞くように心がけてスキンシップに励んでいた。

 そうしないと今後の活動で不和を起こしやすいからだ。

 サトルは人付き合いに関して過敏なほどに神経質であった。

 

「凄い魔法が使えるのに……。細かいところがあるよね」

「……昔大勢の仲間を率いていたからな。それぞれの意見集約は俺の仕事だった。……ただそれだけのことさ」

 

 仲間内での喧嘩は日常茶飯事。お互いの矛を収める仕事は主にギルドマスターたるサトルの仕事――

 それを何年も続けていれば大抵の事は対処できる自信がついた。それでも出て行く仲間が現われると傷付くのだが――

 

「交渉は俺がやるが……、キーノはどうする? 参加しない事も選択の一つだぞ」

「……う~ん。まだ少し魔法の勉強がしたいな。……でも、強くならないと発展しないのも……」

 

 サトルとしては小さな女の子に血生臭い仕事をさせたくないだけだった。

 それが異形種であろうとも――

 口にすると恥ずかしくて強制的に精神が抑制されるので、黙っている。

 冷静になれば迂闊に言いそうになる事もある――だからこそ恥ずかしいので。

 

◇ ◆ ◇

 

 いざ仲間募集――といっても簡単に現われるわけは無い。というか簡単に現れては困る。

 有象無象の輩に用は無い。――サトルの基準に合格しない者は特に。

 大所帯でも困るが――最初は四人か五人から。――これは基本のパーティ数だ。

 

「俺のパーティに参加しようと思った動機は何です?」

 

 冒険者組合の一室を借りての『面接』が始まる。

 組合に申請すれば部屋を貸してもらえるので、早速利用するサトル。

 側で見ているキーノはサトルのやり方を不思議そうに眺めた。

 

(めんせつって何だろう?)

 

 あまり学の無いキーノにとってサトルの行動のほとんどが新鮮に映っていた。

 彼は今までの人生をどう過ごしていたのか、とても興味がある。しかし、個人の過去を詮索するのは冒険者としての規則に抵触する――気がする。

 人に言えない過去は誰にでもあるから。

 戦士職のはずのサトルは事務方の仕事がとてもよく似合う。冒険者以外でも充分に働き口が見つかるのではないかと思わせるほど。

 言葉も丁寧で人当たりも良い。

 住民達からも信頼を得ている。――亜人や異形種の多い国にしては珍しい人種だと噂されていた。

 実際、様々な種族に対して分け隔て無く接している。

 見かけは人間でも中身は骸骨のアンデッドモンスターだが――

 

◇ ◆ ◇

 

 一般的なアンデッドモンスターは生者を憎む存在、というのが世間での常識だ。――その中にキーノも含まれるが――

 それが表裏の無い、好感さえ抱かれる者がそう(不死者)だと誰が思うのか。――キーノもそれに関しては驚いている。

 どういう経緯を持ってアンデッドモンスターとして存在しているのか。それに関して色々と聞いた覚えがあるのだが、専門的な言葉が多かったので理解出来た事が()()()少ない。

 脳味噌が腐りかけているせいかと思ったほど自分の無知さに嫌気が差す。

 

「うちのメンバーに必要なのは簡単に死なないことです。……それと裏切らないこと」

 

 本当は後者が大事な事だとサトルは言っていた。それを後ろに回す意図はキーノには分からないが、彼なりに何か考えての事だと思われる。

 人当たりの良い人物にとって怖い事は裏切られること。嘘よりも重いという。

 

 常に疑心暗鬼のまま暮らしたくないから。

 

 そう言っていた事を思い出す。

 サトルにとって信頼に足る仲間の存在は何者よりも重いものという認識があり、それを求めてしまうから仲間が集まりにくい。

 既に二十人は追い返している。

 仲間の中にキーノが居る理由はどういうことなのか、聞いてみたいけれど怖いとも思う自分がいる。

 サトルが信頼できるから、ではなく自分がサトルに信頼されていない事を知るのが――

 茫然自失の自分を見つけて仲間に引き入れてくれた彼の信頼に応えたいという気持ちはある。――けれども実力が足りずに足を引っ張る結果にただただ辟易する。

 

◇ ◆ ◇

 

 ある日、何気なく尋ねてみた。

 自分はサトルの仲間としてどうなのか。――相応しいのか、という言葉は使わなかった。

 

「拾ったペットの面倒を見るようなものだ。……俺は自分が決めたことに最後まで責任を持ちたい……。ただそれだけだ」

 

 男らしい言葉なのだが、ペットという言葉がいまいち理解出来なかった。

 聞き慣れないだけなのか、彼独自の言葉なのか――

 

「……女の子を一人で放浪させたくない……が正しいか。お互い道に迷う者同士だ。助け合い精神で行こうと決めた」

「それだけ? サトルにとって私が利用価値のある人間だった……、ということはない?」

「仮に価値ある人物だとすれば良い拾い物をしたと嬉しがるところだ。キーノは優良物件として破格の待遇が必要な存在だ。それを手放す気は無いさ」

 

 人間に偽装した彼は笑顔で言った。

 これが本来(骸骨)の顔であれば全く表情が読めなくて困っている事態に陥る。

 そう考えれば表情の読めない相手に四苦八苦する自分が容易に想像できるというもの――

 

「あまり深読みしてほしくないのだが……。俺としては最初の出会いを大切にしたいだけだ」

「そうお?」

 

 最初の出会い――

 キーノにとって記憶が不鮮明の時代――

 何かがあって何かが起きた。その過程の殆どが曖昧に満ちている。

 おぼろげに覚えている事は何処かの都市を滅ぼす原因を作ったのが自分(キーノ)ということ。

 今はサトルのマジックアイテムのお陰で平気だが、吸血鬼(ヴァンパイア)であること。

 (サトル)との出会いは唐突だった。

 もしかして彼のせいで今の自分が形成されたのではないのか、と疑った事は――あるにはあるが――荒唐無稽すぎて納得できない。

 都市を滅ぼすようなアンデッドが冒険者をする理由に繋がらないためだ。

 実際、彼の目的は無いに等しい。――いや、あるにはある。

 

 この世界を知ること。

 

 もし、それが事実なら国を滅ぼす理由が無い。

 様々な魔法の実験がしたいから、の方が余程説得力がある。

 それら全てが欺瞞工作だというのであれば彼の真の目的とは何か――

 それを知る事がキーノにとって有益になるのか。

 未だに分からない事が多いキーノにとってサトルを疑う事はとても――有益とは思えなかった。

 

◇ ◆ ◇

 

 出会いからしばらくは目的を定めずに彷徨い、適度にモンスターを倒したり、サトルから色々な事を教えてもらう毎日だった。――だからこそ無益にしか思えない相手に知識を与える意味が分からない。

 戦力にするでもなく――

 話相手以上の関係にもなっていない。

 寝食を共に――飲食不要だが――し、色んな街を巡った。その日々は何かを利用するため――とは到底思えない。

 キーノの持っているアイテムの殆どはサトルのものだ。自分のものはせいぜい最初から身にまとっていた服装くらいだ。

 

「……そんな私がサトルを裏切ったら……きっと怒るよね?」

「当たり前だ」

 

 声は大きくなかったけれど、力強く言われた。――それだけで萎縮しそうになる。

 彼の怒りは冗談ではない事が窺えた。

 

「ま、まあ俺の方から裏切る事も……無いわけじゃないよな……。キーノを悲しませたい気持ちは無いぞ。……せっかく出来た……」

 

 後半は尻すぼみになって聞き取れなかったが、雰囲気的には恥ずかしがっているようだった。

 長く付き合ってきて彼の反応はだいたい分かるようになってきた。――それは喜ぶべきことなのか、それとも彼を特別だと思い始めているのか。

 後者だとしてキーノに何の得があるのか。

 彼女自身は()()世間を知らないために理解出来ない事柄が増えて混乱の極みだった。

 自分の事もままならないのにサトルの事をどうこう言う資格は無いなと苦笑するキーノ。

 

◇ ◆ ◇

 

 二人旅にも限界があると感じたのはキーノよりもサトルの方だったので、それを尋ねてみた。

 確かに人数が多ければ様々な事に対処し易い。その一貫かと思っていた。

 

「それもあるが……。自分を隠蔽する手段にしたいのさ」

「はっ?」

 

 サトルはとても賢い。キーノは知性が足りない。

 それを思い知らされるとぐうの音も出ない。――悔しい限りだ。

 いずれ賢くなって言い負かしたいとキーノは誓う。

 自分がチームを率いる時は指揮官職業(クラス)を得たいと――

 

「今は二人で俺がサトルという名前で活動している」

「うん」

「人数が多くなればチーム名で呼ばれるようになる」

「うん」

 

 生返事に対してサトルは不機嫌を現わすように唸った。しかし、キーノも他に言いようが無かったので仕方がない。

 理解しようとこちらも必死だ、と無言の反撃を試みるキーノ。

 口を固く結んで次の言葉を待つ。

 さあどうぞ、と手だけ前に出した。

 

「個人名からチーム名に移れば俺がメインで活動しなくて良くなる」

 

 今までサトル主体で活動してきた。それはつまり活躍すればする程サトルの知名度が高くなる。

 目立ちたい性格ならばそれでいい話だ。しかし、サトルは地味な活動を好む。

 高い身長や身体能力のせいで必然的に目立ってしまうけれど、それを抜きにしても活動に支障が出るような事は避けたいと思っていた。

 キーノとしては目立つことこそが冒険者としての責務と同義ではないかと言い返してみた。

 

「……いやまあ、それはそうなんだけど……。目立ちすぎると世間的に煩わしくなる。……あと、余計な敵が生まれやすいんだ」

 

 特に他の冒険者に疎まれたり、自分の知らない内に敵が出来ていたりとか。

 あくまで普通の冒険者として慎ましやかに生活したいのがサトルの願いだった。――中身が強大なアンデッドモンスターなのに――

 

「……時々サトルが分からなくなる。別に活躍して名を馳せてもいいんじゃないの?」

「……う~。メリット、デメリットがあるからなんとも言えん」

 

 一人で難しい事を考えている事は理解出来た。

 キーノはサトルの力になりたいのだが、どうすればいいのか分からない。

 人生の師であり、支えてくれる友人としてどんな言葉を掛ければいいのか――

 



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§002 サトル・スルシャーナ

 キーノ・ファスリス・インベルンは述懐する。

 もし――一人であればとっくの昔にモンスター共に嬲られ、死んでいるか他の冒険者に討伐されている。

 知性が随分と戻っていても一人で彷徨い続け、あちこちで追われたり追い払われて討伐隊を差し向けられる事態もあったかもしれない。

 途方に暮れて盗賊まがいになっている事もありえたし、頭の悪さを漬け込まれて悪の道に引きずり込まれていたとしてもおかしくない。

 

 サトルという光明は自分にとってかけがえのないものだ。

 

 そう思えるほど、彼を大切だと思っている。

 その彼が何やら困っているのであれば力になりたいと思うのが普通だ。――いや、当たり前だ、が適切か――

 しかしながら自分は無知ゆえに良い案が浮かばない。

 言葉はちゃんと言えているし、世間並みの常識もしっかり持っていると自負している筈なのに――

 戦略とか対人関係の付き合い方とかに関してはまだまだ不十分だと認めざるを得ない。

 そこは彼の手腕に何度も助けられているのでよく理解していた。

 一人ではまだ何も出来ない小娘であると――

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノが苦悩している間もサトルは着々と計画を練っていく。

 一見すると彼女を(ないがし)ろにしているように映る。けれども彼とて他人の機微は――ある程度は――感じ取れている。

 言葉にしなければ伝わらない気持ちというものは知っている。恥ずかしい一念がある限り、彼女を困らせ続けるのではないかと思っている。

 相手は少女だが、仲間だ。それを忘れない為に適度に声はかけている。

 ただ、それがどうもちゃんと伝わっていない気がしてならない。

 ――当たり前だが、ゲーム以外の人付き合いの中で女性に対応する方法を苦手としている。

 恋人を作った経験が無い。あってもゲームの中の幻想だ。

 リアル彼女の付き合い方など知るわけがない。

 ――ギルドメンバーに女性陣が居なかったわけではない。その時は多くの仲間達が居たから苦難を乗り越えられた。――それと女性と言っても見掛けは異形種だ。

 

「今日もろくな奴が居なかった……」

「お疲れ様」

 

 何気ないキーノの言葉。聞く分にはとても耳に優しく届く。

 もう少し年齢が上であれば気軽な挨拶自体に抵抗を感じたり、他人行儀に戸惑うところだ。――極度の緊張の度に精神が抑制されると思うけれど――

 お互いにアンデッドモンスターなのに新鮮な気持ちでいられるのは不思議な気分だとサトルは思う。

 思えば彼女を見つけてから随分と経った。

 一緒に世界を知る旅を始めてから未だに他人扱いは失礼かな、と。

 精々が妹だ。恋人というには見掛けが酷過ぎる。特にサトル側は白骨死体だ。

 

「………」

 

 名前で呼び合える仲なのだから、これはこのままでもいいかもしれない。

 無理な背伸びは火種への()()()とも言える。

 

 だが、それをいつまで続けるつもりだ。

 

 そう問いかける自分が居る。

 悠久の時を生きるアンデッドに終わりなど実際には無いに等しい。

 その身が滅びるまで――

 キーノは特にそうだと言える。

 自分とは違い、本物のアンデッドモンスター――だと思うけれど――はこの先も生き続けなくてはならない。

 百年、千年先も。

 気の長い時の流れをまともな精神で過ごせるものなのか、とサトルは自分に尋ねてみた。答えは考えるまでもなく、無理だ。

 彼はまだまだ働き盛りの年代だ。急な老後は想定していない。

 いくら元の世界が生きるのに辛い所だとしても――

 

◇ ◆ ◇

 

 今の精神構造ならば案外平気かもしれない。けれども――けれども――けれども――

 何度否定してもはっきりしない答えが先に待っている。そして、それに手が届かない。

 キーノは学が無いからこそ先の将来に()()不安を覚えない。いや、知的レベルではあまり大差がない。

 サトルはゲームの知識だけは一般人を超えている、という程度だ。

 一般常識は彼女とそう変わらない。

 

「……キーノは冒険者以外で何かしたい事はあるのか?」

 

 面接をしないと決めた日の午前中に尋ねてみた。

 大事な事を聞く場合は何ものよりも優先されるべきだと判断した。

 安宿暮らしにすっかりと慣れきっていて二人で過ごすことに何の抵抗も感じなくなっている。――羞恥心という部分ではとてもありがたい雰囲気である。

 

「サトルと旅をする生活以外は……」

 

 う~ん、と唸るキーノ。

 二人っきりの時は素顔を晒す。

 成長しないとしても年齢で言えば成人に近いのではないかと。しかし、どれだけの時を過ごしたのか、ここしばらく分からなくなってきた。

 暦を調べれば早いのだが、知りたくない事実を知ってしまいそうで怖かった。

 何故かと言えば、時の感覚がどんどん薄れているからだ。

 時間に追われる定命の生き物ではないので。

 無限に近い時を自由に使えるアンデッドモンスターは不死の特性で時間感覚が狂うようだ。――といってもそう思い込んでいるだけかもしれない。

 

「知識は充分に得ただろう? もう俺に依存する必要は無いんだぞ」

「……サトル?」

 

 彼女はもう自分(サトル)と共に旅をする必要性は無い。ならば、自由に生きるべきだ。それが普通の流れだと思った。

 自分の個人的な感情で他者を束縛していいはずがない。

 

(俺はギルドマスターとして出来る事をするだけだ。そして、今までもそうしてきた)

 

 強い責任感がサトルの中で燃え上がる。

 しかし、それもアンデッドの特性で抑制されてしまう。

 

「……確かに……。依存しているのかもしれない。だけど……、私には他にあてが無い……。どこにも私の居場所なんか……」

「……少し言い過ぎた……。すまない」

 

 居場所はこれから自分で見つけろ、というテンプレートが浮かんだ。しかし、そんな事をすぐに出来るわけがないとサトル自身が否定する。

 同じ事をよく言われた経験則からだ。――いや、そういう言葉をよく聞くシチュエーションを知っているだけだ。

 無責任な言葉だとつくづく思った。それを自分が言うのは違うと思ったから謝る事にした。

 

 言えるわけが無い。そんな無責任な言葉など――

 

 しばし気まずい空気が流れる。それもまたサトルにとってはよく知る感覚だった。

 仲間内の不和では度々起きる。

 その解決策は簡単ではないし、慣れたいとも思わない。

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノを放り出して自分だけ先に進むのはどう考えても嫌な奴だと思う。

 もし、他人がそうしている場合は嫌悪感を抱く。

 たまたま見つけたから、という理由で連れ回して捨てるのは――

 

「………」

 

 何だ、このクソ野郎は。

 我が事ながら呆れてしまう。

 恋人ではないし、妹でもない。そうであっても、だ。

 旅の供に決めた相手を大事にしないのは如何なものか。

 押し付けられたわけではない。自分で連れて行くと決めたのだから。

 面接を中止して数日間、キーノと共に街を散策する日を送った。――ある程度の蓄えがあるから冒険者の仕事をしなくても問題は無い。

 

「……唸ってばかりだね」

 

 キーノの言葉にハッとして意識を現実に戻す。

 自分はどれくらい唸っていたのか。今はいつなのか忘れるほど自分と戦い続けていたようだ。――さすがに数ヶ月も経過はしていなかった。

 時間の感覚が元の世界と違うので、気を抜くと数年はあっさりと過ぎそうで怖い。

 

「サトルのお陰で一人でもなんとかやっていけるかもしれない。その時はちゃんとお別れを言うよ」

「……すまない」

 

 出会いは最初が肝心だ。それがどういうものであっても。

 話相手が居ないまま世界に打って出る事はサトルでも怖いと思う。――どれだけ様々な対策を講じられる実力があろうとも。

 言葉が通じる相手というのは何物にも換え難いものだ。それを勝手な都合で捨てることなど出来はしない。

 

◇ ◆ ◇

 

 頭を冷やすという意味でキーノと別れて活動する事を頭の片隅に置き、無心に彼女と散策を続けた。

 時には冒険者の依頼で気分を変える。――地味な仕事も嫌がらずに。

 人間に偽装しているせいか亜人や他の異形種に因縁をつけられる。――ここが人間の国ではないことを適時思い出させてくれるのでありがたい事ではある。

 人間が仕事をしてはいけない法律は無い。絶対数が少ないし、この手の国における人間という生き物は大抵が食料か奴隷だ。

 弱者の末路とも言える。

 サトルは実力があるので他の亜人達から一目置かれている特殊な事例だ。――そういう特殊な人間は他にも居るからこそサトルは評議国で生活する事が出来る。

 中身がアンデッドモンスターなので深刻な精神負担を抑制によって解決している。それもあってはた目からは肉体的、精神的に強靭な超人扱いを受ける。

 

 つまり充分に目立つ存在と化していた。

 

 宿屋に戻ってキーノの前に座ると盛大にため息を漏らすサトル。

 目立ちたくないのに、と愚痴を言う彼を慰める役割を担っている。

 

「……おっかしーな。普通に仕事しているだけなのに」

「こういう国で()()()()()こと自体、人間には凄いことなんだよ」

 

 しみじみと言うキーノ。

 彼女は見た目は人間だが種族的に吸血鬼(ヴァンパイア)であり、この国での待遇は割りと良い方であった。

 年齢的に若い部類で性格も傲慢な貴族風のいでたちではなく、見た目どおりの少女なので。

 

「異形種の国でもアンデッドモンスターが活動するのは難しいんだろう?」

 

 特に骸骨系は本来、知性が無いに等しい。

 特別な場合を除けば生物の天敵とも言える。その中にあってキーノは高い知能を有する種族の仲間だから受け入れられている。

 少し腐ってきたら討伐対象になる可能性が高いらしい。

 

「これは早いところチームを作るしかないね」

「そのようだ」

 

 サトルが仕事に出かける間、キーノは暇をもてあます。

 拠点にしている宿で日頃、街で買ってきた書物を読み漁っている。

 時には武具や魔法、様々な能力について学んだり、マジックアイテムの使い方を覚えていく。

 仕事に関しては役に立つ機会は無いのだが、サトルがちゃんと帰ってくる内は待っている事にした。

 

◇ ◆ ◇

 

 そんな生活を一ヶ月ほど続けたある日、サトルと共にモンスター退治の依頼を受けた。

 近隣を荒らす知性の乏しい亜人の討伐だ。

 野生の亜人は同じ亜人から敵視され、人間の国を襲うので評議国側も敵対意思が無い事を示す為に適度に間引くようにしていた。

 その辺りの政治的なやりとりはキーノ達には窺い知れない――

 

「山間部に数十匹の亜人が根城にしている、とのことだ。人食い大鬼(オーガ)とかだと思うが……」

「いざとなれば逃げる」

「よし」

 

 元気の良いキーノの言葉を聞いて頷くサトル。

 見た目は人間の男性だが、顔はずっと同じような気がする。それについて尋ねるのは無粋のような気がしたので黙っている事にした。

 戦士風の姿を好むサトルだが、仕事中は魔法も使うので臨機応変に戦闘形態を変えていく。

 一般的な冒険者は剣か魔法かのどちらかしか選ばない傾向にある。だからこそ、キーノの目にはサトルが輝いて見えていた。

 剣と魔法を自在に操る戦士の姿が――

 

◇ ◆ ◇

 

 今回の依頼で向かう事になった山間部の奥深くで敵と遭遇する。

 敵は小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)。それと再生能力に秀でた妖巨人(トロール)と呼ばれるモンスターだ。

 近隣ではありふれたモンスター達だが数で攻められると少人数のパーティでは敗走を強いられる。

 雑魚モンスターといえども数の暴力は侮れないものがある。

 

「……二十匹くらいか」

「二人ではきついと思うけど……。まずは遠距離から攻めるのか?」

「それぞれまばらに居るからな……。囮役が居ると厄介だ」

 

 視界の悪い森の中をじっと見つめたままサトルは戦況を分析する。

 彼はモンスターの位置がある程度分かる魔法か特殊技術(スキル)を使ったようだ。――キーノはまだ勉強中なので低位の攻撃魔法しか使えない。

 

「無理は禁物だ、キーノ」

「うん」

 

 彼女の言葉に満足し、頷くサトル。

 聞き分けのいい女の子は嫌いではない、とでも言いだけだ。

 実際、混戦が予想される中で冷静さを保っている事はとても大事だ。

 どんな現場であろうとも焦りは禁物である。

 

小鬼(ゴブリン)を任せる。俺は大物を駆逐しよう」

 

 そう言って駆け出すサトル。だが、その走法は荒々しいのにとても静かだった。

 まず手近に居た人食い大鬼(オーガ)を蹴散らす。――弾かれた小鬼(ゴブリン)をキーノが仕留めていく。

 ただし、一気に先行せず、一チームごと確実に――

 キーノの魔法詠唱に拠る音声で気づかれる事を考慮しての戦法だ。

 彼女に気づいたものは顔をどうしても向けざるを得ない。そこを無音のサトルが仕留めていく。

 確実に一体ずつ。無駄な攻撃をしないように。

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

「ギャギャ!」

 

 あまり小声だと魔法が発動しないので仕方が無いと思いつつ、敵に狙いを定めるキーノ。

 自分のダメージは小さければ自動で回復する。――これは吸血鬼(ヴァンパイア)としての恩恵だ。それと通常の治癒魔法を受けると――アンデッドなので――ダメージになってしまう。

 一撃で死なないものは小刀でトドメを刺す。

 そうして十五匹を超えたところで大物の討伐に移行する。

 見た目どおり――種族名の通りに――大きな身体を持つ妖巨人(トロール)人食い大鬼(オーガ)よりも好戦的で知性が高い。だからよく配下として彼ら(人食い大鬼)を連れている事が多い。

 

「……キーノの魔法も限界か」

「さすがに妖巨人(トロール)相手では……」

「……トドメをキーノにやらせたかったが……。手持ちの魔法が心許ないから……」

 

 再生能力に優れた妖巨人(トロール)は並みの冒険者では苦戦を強いられる。

 斬撃や殴打に強く、魔法も単なる魔法の矢(マジック・アロー)ではすぐに回復されてしまう。

 彼ら(妖巨人)を倒すには弱点を突くしかない。

 酸や炎のダメージを与えると再生能力が失われる。そこを狙うのが一般的だ。

 ――後は再生できないほど細かく切り刻むか潰しまくる。

 

「油を買っておけば良かったか?」

「いや……。森を燃やしては甚大な被害になる」

 

 モンスターを倒すことも大事だが、自然を守ることも大事だ――と、サトルは思っている。

 焼け野原ばかりでは生物の居ない死の世界のようになってしまう。それと薬草採取などが出来なくなるので他の冒険者や錬金術師(アルケミスト)達ががっかりする。

 ――ということで様々な分野かに迷惑をかける事をサトルは良しとしない。

 対外的にも悪い印象を受ける行動はするべきではないと考えていた。

 

◇ ◆ ◇

 

 もし、キーノだけならば妖巨人(トロール)討伐を中止して撤退するのが正しい。

 依頼は失敗に終わるかもしれない。それでも無謀に突入して様々な弊害を生むよりはマシだと思えば御の字ということもありえる。

 というよりキーノの冒険者ランクではまだ妖巨人(トロール)討伐は無茶だ。

 名声の為に命を散らすのは悪手――

 不死性といえども死なないわけではない。今のキーノでは生命力を使い切って滅びる可能性があったりする。

 

「周りの警備をお願いできますか、お姫様」

「了解だ、王子様」

 

 二つ返事で答えた彼女の期待に応えるべく、サトルは妖巨人(トロール)に突貫する。

 勝てる算段があるからこそ彼は武器を振るう。

 戦士ではなく魔法詠唱者(マジック・キャスター)が本職だが――

 妖巨人(トロール)ごときに遅れを取るほどサトルは弱くない。

 

(下手に高い位階魔法を使うのは費用対効果としては勿体ないのだが……。依頼を頓挫させるわけにはいかないからな)

 

 信用第一。小さな努力を怠れば大きな仕事が受注できなくなる可能性も決してゼロではない。

 無理して業務を遂行する義務は本来は無いのだけれど――

 男だから女の子の前でかっこつけたい――。ただそれだけだ。

 ご大層な理由があるわけではない。サトルは苦笑を滲ませつつ接敵していく。

 

(こういう気持ちは今もあるのに……。仲間にした者を大切に思う気持ちが育まないのはやはり……)

 

 非人間的だよな、と声無き愚痴を言いつつ剣と魔法を振るう。

 本職が魔法に偏っていても基礎能力がすば抜けて高いお陰でモンスターを難なく屠る事が出来た。

 

◇ ◆ ◇

 

 妖巨人(トロール)を切り刻み、肉片を叩き潰していく。

 一見すると荒々しく野蛮な行為なのだが、こうでもしないと再生されてしまうので仕方が無い。

 これが普通の人間パーティでも同じ事をする筈だ。

 

(気持ち悪い肉片を触りたくないが……。念のために移動させるか)

 

 落ち葉などをキーノと共に集めて肉片を(くる)んで見晴らしのいい場所に山と積む。

 作業が終わった後はサトルの手持ちの油をかけて火を放つ。――もちろん周りに燃え広がらないように気をつけて――

 

妖巨人(トロール)の始末はこれでいいとして……。まだ大物が控えているかもしれない」

「二人でここまでの戦闘はきついな」

 

 小さな身体だからか、それとも長時間の戦闘に不慣れな為か――

 キーノは疲労しないはずのアンデッドなのに疲れを見せていた。――ちなみにアンデッドなのは確実だ。キーノが指輪を装備する前に散々確認したので。

 

「少しでもランクを上げて良い宿に泊まる為だ」

「でも、そうなると目立つんだよね?」

 

 ランクが上がれば名声も上がる。それは至極、当然――

 失念していたわけではない。

 サトルは唸りつつも収入の待遇に気持ちを傾けていただけだ。

 何でもかんでも楽して高収入できるとは思っていない。時には苦渋の選択も視野に入れる。

 

◇ ◆ ◇

 

 辺りを調査し、新たな敵影が無い事を確認した後、しばしの小休止に入る。

 失った魔力を回復するには戦闘行為を停止して瞑想状態に入るのが効率的だと言われているので。

 今のキーノが扱える魔法は少ない。だからこそ強いモンスターをなんとか倒してもらいたかった。その為には倒す上で大事な敵との『相性』は避けては通れない。

 漠然とした感覚しか持っていない為に相手のステータスが確認出来ない状況は如何ともしがたい。

 

「……キーノはどういう系統に進めばいいのかな」

「んっ? 魔法のことか?」

 

 静かに佇んだままキーノは問い返してきた。

 

「炎系、氷系、雷系その他。無属性のままともいかないだろう」

「一般的なら炎と雷……正しくは火と電気の属性だそうだけど……。……酸を使えるわけでもないし。土属性はどうにも合わない気がする」

 

 攻撃魔法だけではなく、探査などの補助にも特化する事が出来る。

 治癒魔法は流石に想定していない。信仰系というより魔力系一択が無難だ。

 

「属性魔法に特化した職業(クラス)だと精霊術師(エレメンタリスト)か……」

 

 一系統の属性に特化した魔法を優先的に取得する事が出来る職業(クラス)で、次の属性が基本となる。

 (アース)(ウォーター)(ファイア)(エア)(グッド)(イビル)

 他にも細かい属性があるけれど――。例えば(アシッド)混沌(カオティック)恐怖(フィアー)(ライト)(ダークネス)秩序(ローフル)電気(エレクトリシティ)など。

 精霊術師(エレメンタリスト)として伸ばせる属性は基本的に一つだけ。そして、選択した属性は――他の物が取得した――同じ魔法であっても通常より強力になる。

 

「火の上位は溶岩。水は酸と冷気。風は電気系統。土は……なんだったかな。こちらも溶岩があって……植物? ……それと宝石系だったか」

「……宝石?」

 

 キーノは耳に興味深い単語が聞こえてきて全身の感覚が研ぎ澄まされたようになった。

 綺麗な石は大好きだ。もちろんマジックアイテムとても有用だが、とても高い。

 そんな印象を受けていた。――それとは別に身を飾る装飾品としても気になっている。

 

 女の子だから。

 

 中身は異形種かもしれないけれど心は人間のまま。欲深い一面があるのは否定しない。

 手持ちの仮面に付けている赤い宝石ももう少し綺麗なものに取り替えたいと思っていた。

 

「属性魔法といっても基本的な部分はどれも一緒だ。名前だけ違うものになったりするし」

「そ、そういうものか」

「迂闊に取得して使う段階になったら、見た目が全部『魔法の矢(マジック・アロー)』と一緒では面白くないだろう? ……戦略としては取ってもいいんだが……」

 

 見た目どころか与えるダメージに大した差が無かったりする。

 弱点を突ける点では不要なものと言い切れないけれど。

 それと低い位階よりは高位の魔法の方が派手さと威力があるものだ。

 サトルとしてはキーノに地味な魔法を覚えさせて悲しませるのは本意ではない。

 

「……攻撃系では火と雷が派手で目立つのは確かだ。だが、地味な物も侮れない」

「うん」

「決めるのはキーノだ。ただし」

 

 人差し指を立てたサトルが顔を近づける。

 彼の迫力に気圧される。

 

「自分に合わないと思ったものは選ばないほうがいい。……今の段階では試行錯誤して悩むしかないんだがな」

 

 見た目は戦士職のサトルが魔法について色々と講義する。それをキーノは一生徒として聞き耳を立てる。

 彼の役に立つ為でもあり、一人で活動する事になってもいいように――

 未熟な自分が周りの足を引っ張っては冒険者として続けるのが難しい。だからこそ必死に覚えようと務めた。

 



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§003 記憶操作(コントロール・アムネジア)

 『サトル・スルシャーナ』という男性は従者として連れている『キーノ・ファスリス・インベルン』の扱いについて本格的に考えなければならない時期に来たと考えるようになった。

 それは仲間を募ったり、依頼をこなして冒険者としての地位を強化している間中――ずっと考えていた事だ。

 邪魔になったわけではない。

 自分が彼女をどの程度の重要度だと思っているのか、それを検証する為に必要になったからだ。

 自分で見つけたものを自分でどうこうしようが他人にどうこう言われる筋合いは無い。

 そんな考えが常に自分の中で燻っていた。

 サトルにとって大切なものは別にある。そしてそれは今では永遠に失われてしまった――と思っても過言では無いくらいの喪失――

 その損失を埋める程の価値ある存在は未だに見当たらないし、見つけられていない。

 存在しないかもしれない。

 それはそれで当然と言えるほどなので仕方が無いのだが。

 

 それではまるで自分が酷い人間だと言わんばかりだ。

 

 もちろん自覚している。だが、気持ちは簡単には変えられないし、異形種のアバターの影響で風化するどころか、時間経過と共に失ったものへの渇望がどんどん強くなっているような気さえする。

 それはとても危険な事だと頭では分かっている。

 新しい世界に気持ちを切り替えなければ全てを失ってしまうほどに。

 

(……だが、どうすればいい)

 

 悶々とした鬱屈する気持ちを晴れさせる方法を。

 誰か教えてくれと大声で言いたい。

 けれども、ここは異世界だ。

 異邦人たるサトルの気持ちを理解出来るのは同じ世界からの来訪者くらいだ。

 宿屋で一人キーノの帰りを待っている間に()()姿()に戻る。

 白骨死体同然のクリーチャー『死の支配者(オーバーロード)』が今のサトルの本当の姿だ。

 肉体部分は一つたりとも存在しない。

 それでも喋ったり、動いたりする事に何の抵抗も感じない。

 睡眠と飲食不要。高ぶる精神は常に平常まで抑制される。

 空腹を感じないのでだれかれ構わず噛み付く厄介な事態には至っていないのが救いか――

 キーノであれば吸血衝動が起きるようなものだ。

 

(この世界にいつまで……)

 

 元世界に戻れば窮屈な仕事が待っている。解散した仲間と再会できる保証は無い。

 仮にあっても生き難い世界だ。幸せなどあるものか。

 それでもやはり戻るべきなのか――

 一年以上は確実に経過した。もし――現実世界の時間が止まったままならまだ――

 希望ばかり夢想しても結果が最悪ならばどうしようもない。

 そうであるならば少しでも明るい兆しを選ぶべきではないのか。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルは自問自答する日々を続けていた。もちろん答えは出ない。

 自分が納得するような答えは――

 都合のいい解答など出るわけがないのは分かっているけれど、それを待ち望んでしまうのは欲深い人間の心の(さが)だからか。

 元の世界に戻りたい、というよりは往復したい。それが出来れば何の悩みも抱かない。

 

(都合のいい事ばかり)

 

 自分の事ながら呆れてしまう。

 自暴自棄になりそうなものだがキーノの存在が良い抑制剤となっているお陰かもしれない。

 そんな彼女を自分は大事に思えないのだから困ってしまう。

 サトルは唸り続ける。

 確かに精神は平坦を維持している。だから、解消されたわけではない。

 燻りが残ったまま苦労は未だ消えず。

 こういう時は全て投げ出してみたくなるものだ。

 

(……そんな事を本当に出来るわけがない)

 

 ここまで慎重に行動し、積み上げた実績を捨てることなど――

 比較的自分は物を大事にするタイプだという自負があった。

 単なる貧乏性とも言うけれど。

 

(仲間が居なくなって随分と経つ。だから一人で居ることには慣れている)

 

 ゲームの後半はほぼソロ活動だ。

 賑やかだった時代はもう終わった。それをいつまでも引きずっていては精神的に不健康極まりない。

 そうだと分かっていながら未だに気持ちが燻っているのは異形種のアバターのせいなのか、それとも――

 答えの出ない問答を繰り返すのも気持ち的には悪いかもしれない。

 ある程度経ったらすっぱりと考えを切り替える訓練もしなければ。

 悩みを共有する仲間が居ないというのは辛いものだと思いつつキーノの帰りを待つ。

 

◇ ◆ ◇

 

 お互い飲食も睡眠も必要ないのだが野晒しの場所で野営するのも対外的に悪い気がした。特にキーノに対して。

 サトルは別にどこで過ごそうと関係ないのだが、肉体のある彼女はアンデッドだとしても風呂に入って身支度出来る存在だ。

 どういう経緯なのかは知らないが、何らかの能力の影響で不死性を得たのは事実だ。

 肉体的な損傷は見ている限りでは見つからないし、本人もケガとかはしていないと言っている。――ただし、心臓は完全に停止している、と本人は言っていた。

 それでも人間的に思考し、誰かの命令で動いているような気配が無いので自然発生型か、それとも自らが望んでアンデッドになった影響などが考えられる。

 ゲームの仕様では該当するようなものは思い至らないけれど。

 昼ごろに帰ってきたキーノは人間と同様に手を洗ったり、軽く水浴びしたりする。

 飲食については味が変化したりはせず、普通に食べる事が出来ている。――本人談。

 サトルの知っている文化(カルチャー)では血かワインばかり飲んでいる。

 

「心臓が止まっているのに臓器はちゃんと働くんだな」

 

 呼吸も必要としないので窒息する事が無い。ただし、口を塞がれれば魔法を唱える事が出来ないのは変わらない。

 発声だけはアンデッドと言えど必要不可欠な概念のようだ。

 

「そうだね。未消化のまま出てきたりはしないようだよ」

 

 ただ、栄養を摂取できているのかは不明――。いや、出来ているわけがない。

 成長が止まっているアンデッドなのだから。

 それでも飲食するのは吸血衝動を抑制する為だ。

 飢えに似た衝動ならば何かを口にしている状況を維持していればいいのでは、と考えて今まで続けている。そのお陰かは分からないけれど、吸血に関しては今まで何も問題は起きていない。

 睡眠に関しては瞑想して時間を潰す。

 精神を落ち着かせていけば時間は気にならなくなる、というのは本人の談だ。

 成長しないからこそ汗などはかかず、風呂に入ることも本当は必要ない――、筈なので体臭に関して返り血でも浴びない限りは臭くならない、と予想している。――全てサトルの予想に過ぎないし、確認する度胸もない。

 キーノに頼んで色々と実験する勇気があればもっと凄い活躍が出来る勇者になれる筈だ。それが出来ていれば――

 そう考えた時、ふと疑問が天啓のごとく現われた。

 

 遠慮する必要などどこにある。

 

 サトルの思考に割り込む邪悪な考え――

 しかし、それを否定する材料が無い。

 仲間ではない。赤の他人――。更には自分が見つけて供にしただけの存在だ。

 骸骨の肉体だから如何わしい事は無理だが――。これでも中身は()()()()()であると自負している。

 

◇ ◆ ◇

 

 葛藤というほどのものはない。

 サトルの中身は()()欲望が(まさ)っている。

 ()()()()()()ギルドに勝る重要事項は存在しない。

 依頼の無い日は勉強か瞑想で過ごすキーノを観察するサトル。

 昼間より夜間の方が活動的になれるけれど人間や亜人達の多くは昼間に活動する事が多い。そして、夜間の活動が必要になるにはまだ自分達は冒険者として未熟であった。

 瞑想の日までサトルは地味な活動とキーノに様々な事柄を教えていく。――本当は教わりたい立場だが、戦闘技術はサトルの方が熟達者だったので仕方が無い。

 長く共に旅をする仲間として近くに寄った程度で逃げられることはなく、わざと肩とか頭に触れても特に抗議は出なかった。――触れるといっても突き飛ばしたりする事ではない。

 随分と信用されているのだな、と改めて気付くサトル。だからといって裸を見せてもらえるとは思っていない。

 サトル側は骸骨なので風呂の使用に関しては色々と思うところがあり、どうしようか今も悩んでいた。

 汚れを除去する便利な魔法があるので、緊急性は感じなかった。

 ここ数日、気安い態度を演じてみて――あまりわざとらしく感じられない程度に――キーノとの距離を詰める。

 全ては実験の検証のため――

 (やま)しい気持ちはあるのだが卑猥な気持ちは無い。

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノは瞑想する時、ベッドに乗って壁に背を預けて胡坐をかく。そして、目蓋を閉じたら朝まで静かになる。――呼吸を必要としないので完全に沈黙してしまう。

 用件が無い限り、または声をかけるまでは微動だにしないほどだ。

 評議国では頭部を晒しているキーノだが、人間の国では頭をすっぽりと覆い、仮面で顔を隠す。

 それは今もって疎かにしない習慣のようなもの――

 迫害の経験があるのか――または失われた記憶の中で――、それだけは徹底して守り続けていた。

 そんなキーノにここしばらく差しさわりの無さそうな魔法を無詠唱でかけて様子を窺ってみた。

 アンデッド特有の『完全耐性』が通用するのかどうか。

 結果はちゃんと通用した。――正しくは完全耐性によって防がれた、だ。

 肉体の無いアンデッドと肉体のあるアンデッドの差異は本当に肉体の有無くらい――

 瞑想しているキーノの集中力はとても高く、余程強くでもない限り鼻や耳を触った程度では動じなかった。――さすがに胸とかは突付かない。

 そうして適度なスキンシップの効果を確かめるべく、瞑想する彼女に倣い、サトルもベッドの上に乗り壁に背中を預けて胡坐をかく。そして、キーノに両膝の上に乗るように言ってみた。

 両親を早くに亡くしたサトルにとっては大人の対応はよく理解していない。だが、知らないわけではない。

 様々な映像記録を思い出して試してみる事にした。

 父親が娘を膝に抱くように――

 

「え~。……恥ずかしいな」

「俺も瞑想するから……。それとも……隣りに並ぶほうがいいか?」

 

 無理に乗らなくてもいいか、と自分で納得した。出来れば乗ってほしい、という淡い期待を込めて。

 エロゲーは一通りプレイ済みだ。――アンデッド同士だからどうしようもないけれど。

 今回の目的はキーノの胸を触ろうとかは思っていない。というか未発達のままだし、もう少し巨乳であれば考えないことも無い。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルはアンデッドだから、というのを思い出したのか意外にも――仕方ないな、と呟きつつ――許可を出してくれた。

 時間をかけて好感度とか高めた甲斐がある、()()サトルは思った。

 ――姿は人間の男性に偽装したままだが――早速キーノの気が変わらないうちに膝上に乗るように膝を叩いてアピールする。

 日本人としては靴を脱ぐのが正しいのだが、この世界は欧米的で靴を履いたままベッドに乗るのが主流のようで、足が臭くならないものかと疑問に思うのだが、そこは色々と解決策があるらしい。

 水を浴びるだけでも長く時間をかけたり、靴を念入りに洗ったり――

 清潔にするところはちゃんとする。――場合によれば防臭剤で済ませることもあるとか。

 汗をかかないアンデッドの肉体だからキーノは服を着たままでも体臭が臭くならないらしい。女の子の身だしなみとして風呂にはちゃんと入るようにしている。というか風呂付きの宿をせがまれたからだ。

 もしサトルだけならば魔法で解決し、お金を節約するところだ。

 

「お邪魔します」

「どうぞ、遠慮なく」

 

 偽装しているので実際は骨の肉体である。

 キーノの柔らかい尻の感触が伝わってくるとしても股間は無反応。文字通り()()ので当たり前だ。だからというわけではないが、変な反応をしなくていい。

 少し座りにくそうにしながらサトルの膝上に乗るキーノ。その後、彼の胸に自身の背中を預ける。

 直に肋骨が当たる不思議な感触にキーノは苦笑する。

 

(本当に無警戒に身体を預けるとは……)

(サトルの身体に身を預けるようになるとは……。元々が骨だから枯れ木に触っているみたい。……折れないと思うけれど……)

 

 それぞれ似たような感情を抱き、しばし気まずさを感じる。だが、既に体勢は整った。いまさら拒否する気はどちらとも起きなかった。

 相手に伝える必要は無いのでキーノは精神を落ち着かせる為に瞑想に入る。

 

(瞑想に入ったのかな)

 

 と、思いつつ彼女の両肩を押さえるようにする。すると軽く頭が動いたのみで何も言い返してこなかった。

 それはつまり瞑想に入った合図だ。――その後、背後から抱き締めるような無粋な真似は当然しない。

 

◇ ◆ ◇

 

 無抵抗なキーノに対して失望はしない。そういう風に誘導し、餌にかかった程度の意識しか持たなかった。だからといって対抗策を説明する気にはならない。――次の機会を失う結果になるのは自明だから。

 淡白な気持ちになれる――この時ばかりは――アンデッドの身体に感謝する。そうでなければ赤面もので朝まで緊張しっぱなしになっているところだ。しかも当初の予定は当然ご破算。

 

(キーノには悪いが餌食になってもらおうか)

 

 さすがに一日で全てが済むとは思っていない。まずは軽い小手調べから。

 時間はたっぷりあるし、MP(マジックポイント)は彼女が想像している十倍以上保有している。

 それでも得られるものは少ないと頭の中で算盤(そろばん)を弾くように計算していく。

 言葉による誘導は意外と不得手な部分だが、卑猥にならないように気をつけつつ――

 社会人として――サラリーマン時代の交渉術を思い出しながら――

 

「……そのままの状態で過去を思い出してみてくれ。俺と出会う少し前の事を……」

「……少し前?」

「頭の中に映像……風景だけでもいい。……または……俺と出会った時の記憶とか、無理に遡る事はしなくていい」

 

 瞑想しつつサトルに言われるままキーノは過去を思い出そうとする。

 キーノが覚えているのはサトルと出会った時から、くらいだ。それより前はおぼろげで自分の名前くらいしか分かっていなかった。

 

(私は何処から来たのか……。キーノという自分が生まれた場所は……)

 

 サトルに言われなければ過去をじっくりと思い出すような事は無かったかもしれない。

 嫌な事から逃げてきた自分が今更――という思いがある。だが、いずれは過去と向き合わなければならない時が来る。

 自分という存在は自然発生したのか、それとも――

 

「………」

 

 深く集中している為にキーノが何も言わなくなった。それはそれで好都合なのでサトルは準備を整える。――といっても自分に活を入れるようなものだが。

 

◇ ◆ ◇

 

 この時の為に時間は作っている。宿屋の主人が邪魔にしに来る事も無い。

 本当の自分ならば興奮の息遣いで目の前の少女に気味悪がれるところだ。アンデッドなので呼吸を必要としない。それゆえにとても静かに過ごせる。

 

(それと心臓バクバクものに今は……ならないのはありがたい)

 

 気持ち的にはとても緊張している。あまりに酷いと強制的に抑制される。――それが今は頼もしい。

 それと羞恥心もあまり感じないので胸でも触らない限りは女性の身体の大部分は触れられそうだ。――服の上ならば、という条件がつく。

 サトルは静かになったキーノの側頭部を挟む様に指を当てる。

 少し乱れ気味の金髪。アンデッドになってから何度手入れしても綺麗にまとまらなくなったと言っていた。

 そんな髪を間近でじっくりと見る事は滅多にない事だ。

 かつての仲間達が作り上げたNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の中に見目麗しいクリーチャーが居たらしいが、仲間優先でほとんど見る事が無かった。それが今はとても悔やまれる。

 気がついた時は自分の拠点である『ナザリック地下大墳墓』は掻き消えていた。

 意識の間隙を突かれたように一瞬で世界が挿げ変わってしまった。

 思えば外に出なければ良かった、と今は後悔している。――それが正しかったかどうかは判断できないけれど。

 

(自分も過去と向き合う時がいずれは来るんだろうな。では、そろそろ始めるか)

 

 覚悟を決めたサトルはとある魔法を唱える。

 

 〈記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 第十位階の魔法で時間経過によってMPがどんどん減ってしまう燃費の悪さが玉に(きず)

 相手の過去を覗き見る事が出来るのだが、これがまた厄介な仕様となっていた。

 常に状態をリセットされるので今日はここまで、という保存機能が備わっていない。だから、毎回同じ時間だけ過去を辿る事になる。

 それを解決するには同意相手にある程度の過去を事前に用意してもらう必要がある。

 これが敵ならほぼ無理な話だ。

 キーノに頼んだのは信頼関係を築いたお陰だ。そうでなければ――赤の他人の言葉など聞くわけがないし、自分ならば決して従わない自身がある。――つい口がすべる事はあるけれど。

 

「………」

 

 視点は相手が見たものしか映さないので分からない部分が多くなるのは致し方ない。

 高い位階魔法によるMP減少は蛇口を捻るように激しいものとなっている。

 そう何度もかけ直せないので出来れば一回で済ませたい。

 記憶の本流を辿り、キーノという少女の人生が垣間見える。既に本人が覚えていないという領域に入っている。

 瞑想している彼女は多少の違和感しか感じていない。それどころか過去を覗かれている感触は無い筈だ。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルが見た範囲では何処かの貴族令嬢だった彼女が何らかの儀式の影響で今に至る。――端的に言えばそうなる。

 詳しい事は書面に書き残してからでないと何とも言えないのが正直な印象だった。

 生きとし生けるもの者は何かしら様々な秘密を抱えているものだ。それをいちいち尋ねて聞きだす事は難しい。

 

(……ありふれた不幸話か? 最近のことなのか昔の事なのか……)

 

 キーノは旅の目的を持っていない。昔の事だと割り切っているのであればサトルもどうしようもない。いや、どうにかしたいと思っているのか、という疑問がある。

 彼女が拘っていないのであればそれでいいはずだ。

 愛着が湧かないのだから、それで話は仕舞いだ。

 過去の探訪といっても映像の分析は得意ではないので一度や二度では理解するには至らない。しかし、時間は有限だとしても挑戦は何度でも出来る。

 それとこの魔法はただ記憶を覗き見るだけに留まらない。

 

(向かい合わせだったら可愛い顔を見つめていられる素敵な時間として過ごせたんだろうな)

 

 大人しいキーノの顔をじっくりと眺める事が出来る特権を自分は持っている。そして、それを有効活用できない自分は世の男性陣から見れば失笑ものだ。

 だが、頭では分かっていても精神の部分は実に淡白だ。

 思考はとても鮮明だが、自分の根底にある部分がクリーチャーに染まっている。またはそれこそが自分の本音とも言える。

 

 所詮、キーノはゲームのキャラクターだ。

 

 本当は違うのだが、そう思い込んでいる自分が居る。

 ここが異世界だから、ということもある。

 現実にこんなに可愛い女の子が目の前に居るシチュエーションなどあるわけがないと――

 映像を見ながら余計な雑念が入るのは如何ともしがたい。

 行けるところまで遡り、今回は諦める事にする。何度も繰り返せば色々と分かることもある。

 

(それとは別に俺の都合を押し付ける()()も考えておかなければな)

 

 見ず知らずの相手に気を許すなどサトルには到底出来ない事だ。そして、その精神は徹底されている。

 それはそれで非人間的だと感じるのだが、淡白なせいで改善しようがない。

 こんな生活をいつまで続けるつもりだ、という別の自分が叱責してくる。そして、その言葉にいずれは負ける気がする。

 おそらくその時が――

 



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§004 亡国の吸血姫

 のんびりとした二人だけの生活の合間に『キーノ・ファスリス・インベルン』の記憶について分析を始める『サトル・スルシャーナ』という男性。

 気が付いたら異世界に来てしまった異邦人の彼は先の見えない生活に不安を()()()()感じていた。

 本来ならば大慌てするところだが自身の肉体を構成するアバター(偽装分身)の性質のお陰で不安要素のほとんどは軽微に抑制されている。

 見た目はアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だが、心と感じ方は人間のまま。

 もちろん、常日頃からモンスターとしての性質が顕現しないか、不安に思うことも多少はある。

 今は見た目を人間の男性に偽装し、周りの目は騙せている。――一部の看破能力を持つ者には無意味だが。

 

(毎日の調査はさすがに無理か……。もう少し効率的に使えないものかね)

 

 愚痴を言いつつキーノの記憶を覗き見ては必要な事を書き記す。彼女には魔法の効果について説明していないし、単なる瞑想の一種としか言っていない。

 それと自分の記憶力はモンスターの恩恵なのか、短期的にはずば抜けて鮮明に覚えていられる。――都合の悪い事は忘れるようにしている。それが本当に効果が現れているのかは自信が無い。

 忘れた事を自覚できたら、それは忘れていないのではないか、と。

 毎回、キーノを抱き寄せている格好になるのも二人だけの時であれば平気になっているが、他人には見せられない。もちろん、恥ずかしいから。

 いずれは向かい合ってキスとかいかがわしい展開に持ち込むのがサトルの知っている文化(カルチャー)だ。

 そこは自身が白骨死体のアンデッドモンスターである為に欲望が暴発することが無いので、問題行動には発展していない。――そうでなければきっと、と思うことはある――

 見た目は十代ほどの小柄な少女であるキーノ。

 幼いゆえに異性と触れ合う事に()()抵抗を感じないのかもしれない。

 

 それはそれで好都合だ。

 

 サトルは今の状況を十全に活用する。

 それはそれとして無防備になっていくキーノは確かに可愛い娘だ。そう感じる心は今もある。だが、そこまでだ。

 おそらくその他大勢の女と一緒で、たまたま一緒に居るだけに過ぎない旅の道連れの一人――

 彼女だけが特別だ、と思うことは恐らくこれからも無い、と言えるかもしれない。

 

(永遠に一緒というわけにもいかないし、これから仲間を募らなければならない)

 

 だからこそ、他の仲間一人ひとりに対して同じだけ時間をかけていくのは非効率的で、面倒臭い。

 他人を理解する事はとても大事だと思ってはいるのだが、心の底まで仲間として付き合う気はこれっぽっちもありはしない。

 

◇ ◆ ◇

 

 覗き見る記憶は当人の視点のみしか映さないし、俯瞰して窺えないのが難点だ。それと見るだけで音声までは都合が付かない。

 尤も――、毎回状況がリセットされる魔法の仕様によって手間隙がかかるのも問題だった。

 分かった事と言えば貴族令嬢のキーノが悪の組織に攫われ、何らかの儀式に使われたところで異常事態が発生。そこから記憶が途切れ途切れとなっているが、モンスターや冒険者に追われる事態になり、後にサトルと出会うというもの。

 細かな会話まで聞いているとMPはすぐに無くなってしまう。時間的猶予を思えば雑な情報しか得られないのは致し方ない。

 

(……月並みな陰謀もの。ただ、それがいつの事なのかまでは分からない)

 

 見た目は少女だが、途方も無い年月が過ぎている事もありえる。

 現に彼女は一向に成長の兆しを見せていない。――アンデッドモンスターだから。

 

(そういうイベントキャラと出会った俺は正しく主人公だな。しかし、ここから彼女を使ってどんなクエストをこなせばクリアとなるんだ?)

 

 自分には帰るべき家があり、仕事がある。

 元の世界の時間が止まっている事はありえないとしても――。いや、そうであれば今更戻っても惨めな生活が待っているだけとも言える。

 かつての仲間と連絡を取ったところで――

 

(近代的な文化が無いところがもどかしい。ゲームだと思えば楽だ、というのは楽観視しすぎていないだろうか)

 

 せめてゲーム時代に仲間と作り上げた『ナザリック地下大墳墓』だけでも見つけたい。

 そこには(おびただ)しい宝と様々なアイテム類が貯蔵されている。それらを手に入れるのにどれだけの苦労をかけたことか。

 

 いや、そういうこだわりを捨てなければ――

 

 失ったものに固執していれば自分は先に進めない。

 この世界で生きる上で取捨選択は必須――

 

(俺は一人だ。キーノといつまでも一緒とも限らない。……供にするにはまだ多くの時間と経験が足りないだけだが)

 

 他人の人生を自分の都合で捻じ曲げていい理由になるのか。もし自分なら嫌だと言える。

 キーノ本人はいつまでも一緒に居て欲しいと願うかもしれないし、新たな恋に目覚めないとも限らない。

 自分は白骨化した骸骨だ。肉体を持つキーノは肉体を持つ誰かを選ぶべきだ。

 

◇ ◆ ◇

 

 一通りの情報を得た結果としてはサトルにキーノを救う理由が見当たらなかった。

 拘りが無いと実に無感動だ。これでは新たな仲間を得ても愛着など皆無――

 自分への失望しか得られない。

 それが分かった今は新たな可能性を追求すればいい。時は無限にある。

 ――という前向きに気持ちを切り替えられたらいいのだが、過去の想い出を引きずる自分には簡単には出来ない難題だ。

 それはそれとしてキーノの今後の扱いも考えなければならない。

 ある程度の実力を身に付けさせて二手に別れるか、それとも使い潰す方向に進むか、だ。

 

(言葉としては悪いのだが……。事情を知る存在は自分にとって邪魔であり、必要であるという……。この矛盾した気持ちをどう解決したものか……)

 

 サトルが苦悩している間、キーノは瞑想を日課として過ごしている。

 静かな暮らしは彼女にとっては日常であり、慌しい一日とは無縁であった。

 近代社会の事情を知らないお陰とも言える。

 

「……ちょっと休み過ぎたな」

「飲食を必要としないから蓄えはまだ充分だよ」

 

 朗らかな答えが返ってくると苦笑を覚えるサトル。

 これが今の自分の日常だ。

 元の世界なんて関係ない、という風に――

 

(……だが、俺には諦められない理由がある)

 

 違う世界から来た異邦人だから。

 元の世界に戻ろうと考えるのは自然だ。いや、自然の摂理だ。

 異物を許容するほどこの世界は寛容なのか、と疑問を覚える。――もし、寛容であれば疑念が解消される。しかしそれでも、往復できない以上はいつまでも留まるべきではない、気がする。

 

◇ ◆ ◇

 

 記憶の探訪を終えた後、サトルは今後の展望について考え始める。

 元の世界に戻るにせよ、この世界の情報を手に入れないことには始まらない。

 一番の懸念というか問題点は同じ境遇のプレイヤーが見当たらない事だ。

 

(仮に居たとしても同じように苦悩し、寿命で死んでいる可能性がある。不死性も同様に)

 

 現に不死性の自分が苦悩しているのだから他のプレイヤーとて同様に手段を手に入れる為に奔走する筈だ。

 この世界で一生を過ごすと決めた場合ならば手持ちのアイテムを譲ってもらうことも可能かもしれない。その時、強引な方法を取れば互いに良い結果にならないのは明らかだ。

 順当に味方に引き入れる事が望ましいが、説得材料が自分にはあまり無い。

 結局は自分の為の願望が強い。だとすれば相手側も同じだと言えないか、と。

 

(宝の持ち腐れ……。戻れない状況で自らの願望を丸出しにする理由はきっと短絡的な人間くらいだ)

 

 仲間が居ればサトルとてもう少し建設的な思考が出来たかもしれない。

 プレイヤー一人として何が出来て、何をすべきかを自分ひとりで考えて答えを出さなくてはならない。

 正直に言えば、頭は大して良くない。ゲーム的な思考だけが取り柄とも言える。

 そんな状態で自らが望む結果を出せるとは到底思えないし、幸せな展望も浮かばない。

 

(開き直って何かとんでもないことでも……、と思って高揚する感情は次から次へと抑制されるしな)

 

 いっそキーノの裸でも拝んでみるか、と思わないでもない。

 多少の性欲が刺激されるだけで不毛に終わる。いや、不毛しか残らない。

 それを残ると言うのは表現としては正しいのか怪しいが――

 

「サトルはいつも唸ってばかりだね」

 

 ベッドの上でいつもの儀式のように瞑想するキーノ。ここ数日は魔法を使わず、ただ膝に乗せている。

 彼女の言葉で現実に思考が戻る。

 深い思索に耽ると周りが闇に閉ざされるようだ。

 善ではなく悪に傾いたステータスだからか。良い考えに物事が動いてくれない。

 背後から見るキーノの金髪を軽く撫でる。――抱き締めるよりは簡単に出来る。ついでに耳にも触れる。

 適度に風呂に入っているせいか、骸骨の手だとしても触り心地の良い髪に安堵を覚える。

 女の子として身だしなみに気をつければ外に出しても恥ずかしくない存在となる。

 もし、腐りかけた死体のクリーチャーならもっと早期に見捨てていたかもしれない。

 吸血鬼(ヴァンパイア)というモンスターは数は少ないが存在は確認されている。その中でもキーノは異質だ。

 元々モンスターとして存在していたわけではなく、後付だ。

 一部の職業(クラス)は極めればモンスターそのものになったり、不死性を得たりする。それと似たような事をキーノは――この世界独自の特殊技術(スキル)のような『生まれながらの異能(タレント)』と呼ばれるものがある――取得しているようだ。

 本人に自覚が無いのは珍しいことではなく、気がついた時に生まれながらの異能(タレント)を得ている事が殆どだ。

 取得条件は様々だが、意図的に得る事は出来てない。またはその方法が知られていない。

 そのせいか、キーノは人間でありモンスターである。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルの知識で彼女を元の人間に戻せるかと言われれば『不明』と答える。

 そもそも生まれながらの異能(タレント)の知識が乏しい。

 可能性の話では有り得ない事もなさそうな気配は感じている。

 問題は彼女の実年齢だ。

 仮に人間に戻せるとしても一気に老化して、そのまま老衰しては無駄死にさせる事と同義になってしまう。

 人の尊厳を取り戻して息を引き取りたい、という願望でもあればいいが――

 キーノは今のところ自殺願望を持っていない。

 早く人間に戻りたい、という強い願望もない。

 

「朝日を浴びて消滅するような事が無ければ……、私は生きていたい」

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)は日光が弱点だ。だが、簡単に滅びるモンスターではない。

 弱体化するだけだ。

 日光の攻撃魔法が存在するので、それのことを危惧しているようだ。――教えたのはサトルだが。

 

「知性の足りないアンデッドモンスターであれば……、だが。キーノは知性を保てている。余程、状態の良い状況だったんだろう」

「このままだと腐ってくるかな?」

「年齢を経たアンデッドモンスターは強力になる、というのが通説だ。だから知識もより蓄えられる、と思う。脳みそのない骸骨(スケルトン)系だと怪しいかもしれないが……。それとて強力になれば知性を得る可能性がある」

 

 アンデッドモンスターと()()()()で脳味噌が腐ってくる、という仕様などは聞いた事が無い。――動死体(ゾンビ)系にでもならないかぎり。

 ゲーム的に言えば時間経過で肉体が損傷してはプレイヤーとして行動する事が難しくなる。それもあって首を傾げた。

 もし腐るならばモンスターではなく、()()()()()でなければ納得できない。それと外部から何らかの手段を講じない限り、異形種としての特性で守られるのでは、と考えている。――サトルは自ら選択して今の姿になっている。

 自然環境のアンデッドモンスターは元の世界には存在しない。これはあくまでゲームの知識での話だ。

 

「肉体的なペナルティが甚大であれば……。例えば知性が下がるとか。そういうのが無ければ……この先もっと賢くなる確率が高い」

「それは楽しみだ」

 

 賢くなるのであれば、とキーノは喜ぶ。

 人間の都市で生活するのが難しい事は理解している。だから無理は言わない。

 それとアンデッドモンスターになって数年は経過している筈だ。肉体的な腐敗は認められない。

 サトルの知識でも徐々に肉体崩壊が――自然に――起きる()()には覚えがない。

 

◇ ◆ ◇

 

 蘇生に関して実年齢が関わってくる場合は話が変わってくる。

 長寿の種族であれば二百年くらいはどうもしないが人間の場合は蘇生に失敗し、そのまま灰になる可能性がある。

 寿命経過が止まっていれば復活する可能性はあるけれど、それはあくまで希望的観測に過ぎない。

 信仰系を嗜んでいないとはいえ復活方法を()()()()()()()()()()()()

 

(キーノを復活させるメリットが俺にあるかどうか、だ)

 

 彼女を特別視できていない以上、今の段階では半々といったところだ。

 話相手としての価値はある。それと記憶を見せてもらった。

 少なからずの恩は感じている。

 現金な性格だと自覚しているが、つくづく嫌な野郎だなと我が事ながら辟易するサトル。

 

(肉体のある人間であったなら少しは前向きに努力したのかな。それとも乳首か……)

 

 何にしても如何わしい想像ばかり浮かぶこと請け合いだ。

 都合のいい魔法をたくさん持っている。それと自分は結構、如何わしい想像もできる。

 今はアンデッドモンスターの特性が働いて想定よりも感情が抑制されてしまっているので、至極淡白な状態になっている。

 そうでなければ膝を抱えたまま黙って一日を無駄にしたりはしない。

 

(……でも、結局は自分の目的の為に彼女を利用する事自体は変わらない)

 

 その内容に差異があるだけだ。

 手を伸ばせば届く位置に幼女(キーノ)が居る。

 肉体的な成長が見込めないのが残念な所だ。

 

◇ ◆ ◇

 

 真面目な男性として思考を切り替える。ここのところは淡白なアンデッドモンスターに感謝だ。

 キーノの問題は一先ず置いておくとして、次は何をすべきか。

 冒険者の仕事をしてランクを上げるか、少し遠出を計画するか。

 いや、仲間の募集が先だった。

 何ごとも中途半端になりがちで困ったな、と苦笑する。

 

(キーノが着いてくるのを邪魔だと感じれば……、俺はとことん嫌な奴だ。……だが、アンデッドの側面としては煩わしさを感じる事があるから……。この気持ちの葛藤にどこまで抗えるかが肝だな)

 

 人間であればキーノと共に行動する事に異を唱えたりはしない。――いや、アンデッドの側面を恐れる可能性も否定できない。

 それでも適切なアイテムを渡して今に至るし、吸血鬼(ヴァンパイア)としての側面は――今のところ――抑えられている。

 亜人は想定できないから無視するとして異形はとことん淡白だ。

 同種であれば仲間意識が持てるかもしれないし、孤独を愛するかもしれない。

 何にしても今すぐ手放す予定ではないとしても――

 

(この問題を片付けなければ仲間を募っても良い結果になるとは到底思えない)

 

 それでは駄目だ、と言う自分が居る。

 昔の仲間に拘りすぎている事は自覚しているが、それにしては酷い人間だ。――それが異形種としてのあり方ならば嫌悪感いっぱいだ。

 自分の仲間を大切に出来ない奴はそこらのクズと変わらないじゃないか、と。

 サトルは仲間を大事にしたい。けれども、疑り深い性格を拭いきれない。

 

「……頑張って働こう。考えても仕方がない」

 

 声に出して自分に活を入れる。

 自分は孤独を愛する孤高の戦士ではない。

 多くの仲間達と楽しく冒険がしたいだけの一プレイヤーだ。――かつてはそれだけが楽しみの冒険者だった。

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノも大事だが目的遂行も大事だ。

 この世界で自分が何処まで通じるのかを――

 サトルは仕事を休止し、冒険者組合にて情報収集しつつ仲間候補を探す。キーノには知識面で頑張ってもらう事にした。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)はとにかく知識が全てと言ってもいいくらいの職業(クラス)――。現地の知識収集は彼女に任せておけばいいだろうと判断する。

 流石に何でもかんでも自分ひとりで出来るわけではない。時間もそれ相応にかかる。

 分担作業は何かと便利だ。その点ではキーノの存在はとてもありがたいといえる。

 冒険者組合にて面接を開始するのだが、パーティ構成については考えていなかった。

 基本で行くか、奇を(てら)うか。

 目立つ行動を()()()()()()()()どちらでも構わない。

 

「面接の応募に応じてくれた理由は何ですか?」

 

 組合の一室を借りての面談。

 数をこなすごとに意外と自分は様になっているのでは、と思えてきた。

 商談と違い、失敗の多い仕事だ。成功を気にする必要が無い分、自分の気持ちで判断できるのだから気持ち的には楽だ。それとアンデッドであるがゆえのメリットとして相手が威圧しても精神的に動じない。

 もし、人間種であれば大柄な人物とかに恫喝されたら逃げ出す自信がある。

 本来のサトルとしての人格はそれほど大した人間ではないし、小心者に近い自信がある。少なくとも会社の上司に楯突く度胸は無い。――というかそんなことをしたら生きていけない社会だ。

 

「仲間になるのに理由が居るのか?」

「俺が貴方を信用して使う為です。基本的に諍いは勘弁してほしいので」

 

 打算無くして仲間にならない。それがこの世界の規則(ルール)であるならばどうしようもない。

 かつてのギルドは少なくとも弱者根性によって結束が硬かった。――諍いが無いとは言わないけれど。

 それと同等の基準を希望するわけではないが、やはり互いに信頼しあいたいものだと思った。

 全員が得体の知れない相手ならば一気に解散に追い込まれる事態も想定される。

 

◇ ◆ ◇

 

 一人二人と基準に合わない者を見送り、本日五人目の挑戦者を迎える。

 運がいい事に冒険者の人口は多く、ここ『アーグランド評議国』でも数万人規模が登録されていると聞く。

 それだけ人口が多い、というよりは敵が多いと見た方がいい。

 最強種たる(ドラゴン)が支配する国だが、彼らは自分で行動するほど活動的ではない。――彼らの敵が現われれば話は変わると思うけれど。

 長寿のクリーチャー特有ののんびりした風潮とも言える。

 短命の種族は生き急ぐ傾向にあるし、不死性は基本的に内に引きこもって惰眠をむさぼる。

 サトルもうっかりすれば数十年ものんびりと暮らしそうになる気持ちに何度かなりかけた。それだけ危機意識が欠如しているとも言える。

 

「仲間になるにはお主の信頼を勝ち取らねばならないのか」

「背中を預ける仲間とはそういうものでしょう?」

 

 危機意識が欠如しかけているのに仲間意識はしっかりと強く残っている。

 何らかの拘りだけは強く残るのが異形種の特性のひとつ、なのかもしれない。

 一般的なアンデッドモンスターは()()()生者を憎んでいる。しかも多くのクリーチャーに適応されている。

 単なる私怨ではない。――そういう()()を植えつけられている、ような気がする。

 

「最初から信頼がありそうな人物かどうか分からないですけど」

 

 それでも一定の基準を満たしてくれないとサトルは困る。

 最初から信頼厚い人物など居るわけがない。それでも雰囲気くらいは感じ取れると信じて面談を続けている。

 あえて無茶な要望を出し、相手がどのように反応するかで信用度が分かる。

 中には狡猾な者も居る。それもまた想定内だ。

 仲間を一番信用できない自分が判断するのだから。

 

◇ ◆ ◇

 

 かつてのギルドメンバーの半数近くはサトルが選んだ訳ではない。

 自分はギルドを創設したリーダーから引き継いだ。

 その人は偉大で、且つ強くて頼もしい存在だった。

 流石にそういう人に自分もなれるとは思わないが、仲間から信頼される人間にはなりたいなと思った。

 

(スパイを警戒した挙句、新たな仲間を得る事が出来なくなったのは誰のせいだったか)

 

 その当時はギルドランクを上げる事に皆が一生懸命になっていた華やかな時代だった。

 面談だけで全てがわかるわけではない。しかし、それでも分かる事がある。

 

 こいつは仲間の価値が無い。

 

 そう思わせる奴ばかりが現われる現状――

 種族的な特性か何かかと思うのだが、ゲーム時代よりシビアな状況にサトルは頭を悩ませていた。

 正直に言えば解決方法が分からない。

 今のままではキーノと二人っきり。というより彼女以外に適任が居ないという状況は望ましくない。

 これは少女と二人っきりだから、という事ではない。

 

(パーティを組むに当たって仲間同士の信頼関係は必須だ。……俺がリーダーをやるかどうかはまた別の話しだが)

 

 流れ的にはサトルがリーダーになるのはほぼ確定と言っても良い。

 最終的には別の者にやらせたい。――今の段階では自分が全てを決める立場なだけだ。

 要求水準は出来るだけ下げたくない。自分が望むパーティは簡単に瓦解してほしくない。いや、誰だってそう思うはずだ。

 



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