Blue Lord (アインズ・ウール・ゴウン魔導王)
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1話

「渡り人よ…汝何を求め、この地に来たりや?何故、門の先を見んとす?」

 

「未知を知りたいから…未だに解明されていない深淵を解き明かしてみたい…冒険がしたいから…だから、この伝説の地に来た」

 

「来るべき時か、未だ来たざるべき時か…我に知る術は無し…さりとて、汝求む深淵…我は止めはせぬ…汝、その心に従うべし」

 

「それは、この門を通って良いってこと?」

 

「我、その問に足る答を知らず…修験者が己が足にて行脚するが如く…汝自らさ迷い、道を探すべし…然らば、自と道が生まれてゆこう」

 

ラキュースは"覗きし者"の言葉を、ゆっくりと反復した。

すなわち、門を通るか通らないか…それは自分次第だということ。

 

そして目指す先は、霧の中のよう。故に迷いに迷って探し出さなければならないという忠告───しかしそこから自然と進むべき道は見えてくるという助言でもある。

 

ならばこそ、行かねばならない。

 

決して他人に悟られてはならない…私が"私"という存在を封じるという真の目的のためにも!!

 

さあ、いざ扉は開かれた…決して折れぬ心と愛剣を携え、伝説のk…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいラキュース」

 

 

 

「ふぎゃあ!!?」

 

 

 

「おい?ラキュース、大丈夫か?」

 

「何でもないわガガーラン!大丈夫!冥界の淵を越えた先に引っ張り込まれそうになっただけ…ああ!いや本当に何でもないから!」

 

「あ…ああ…分かった。けど何かあれば言えよ?」

 

「うん、ありがとうガガーランじゃお休みなさい!」

 

 

とあるこじんまりした古い宿屋。そこの一室では、太陽のような輝く金色の髪を持ち、翡翠のような美しい瞳のそして世の女性が羨むような美貌、そして無駄な肉は存在せず───しかし女性として恥ずかしくない母性の象徴を携えた肢体の持ち主である少女が1人いた。

 

 

 

ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 

 

 

彼女は彼女の祖国であり、現在も暮らしている国───リ・エスティーゼ王国という王政国家出身の貴族であった。

 

貴族は適齢の齢に差し掛かると、男児ならば王から授けられた所領の発展・維持や、国家の政への参加、非常時に置ける戦への参戦等とといった仕事を行うようになる。

 

女児ならば適齢に差し掛かると他領の貴族と婚姻を結び、嫁ぐ。

嫁いだ後は夫の子を身籠り、子育てや政を行う夫のサポートといった仕事が課せられる。

 

 

しかしラキュースは、そういったしがらみに巻かれるだけのガチガチの貴族生活を望まなかった。

 

というのも、貴族の仕事というのはそのような綺麗事のみでは回らないし、生き残れない。

理想の貴族像とは正反対を行くのが内実であり現実だからだ。

 

他者の功績や繁栄に実力の無い者達は"やれ姑息だ"、"やれ伝統を知らない"と陰口を叩き、妬み合う者同士で派閥を組み、革新的な意見を持つ貴族を保守的な貴族があの手この手で叩き潰す。

 

 

しかもこのリ・エスティーゼ王国は他の貴族社会とは一線を画す特徴まで兼ね備えている。

 

 

それは長年の安寧・平穏・停滞による膿が吹き溜まっているという、どうしようもなく情けない理由からくるものだった。

 

まず王国は派閥が真っ二つに分裂しているのだ。

 

 

片方は王の権力集中を狙う王閥派。長い年月を経る中で実権が衰えた王に再び権力を集め、昔の強かった王政に戻そうとする派閥の集まりである。

 

そしてもう片方は王の権力を削いで貴族───特に王国でも有数の実力を持つ6大貴族にとって都合の良い国家を目論む貴族派閥である。

 

こう言うと王の派閥が正義で貴族派閥が悪の構図なのだが、その内実は更に複雑かつややこしい。

 

 

ここらは省略するが、実は貴族の派閥割れ以上に致命的な病が王国に蔓延していた。

 

それは貴族の特権階級意識の異様な高さだ。

 

何せ貴族は8割方が税金は民草から搾り取れるだけ搾り取るものと考えており、増やすよりも取り立てるほうを優先している。

 

故に王国の中でも平民───取り分け農業に従事する民の生活は常に圧迫されていた。

いくら作物を育て、家畜を増やし、資産を蓄えてもそのことごとくが貴族の懐に収まるのだ。

 

取り分はマシな場所でも7:3、もはや末期レベルの貴族の所領では9:1も珍しくはない。

 

しかし民は逃げ出したり、納税を拒否は出来ない。理由は単純で、逃げ出したり、納税拒否は無意味だからだ。そんなことをすれば領主は逆らった民を処刑し、見せしめにする。

 

当然それを見た民は例え横暴な領主でも頭を下げて恭順するしかなく、そんな円環が続くうちに王国はほぼ末期状態に追いやられていた。

 

 

 

 

 

話が長くなったが、ラキュースはそういった貴族社会に嫌気が差していた。

 

そこである日、貴族の特権も身分も捨てて家を出奔───王国を含めたこの近隣の国々で職業の1つとなっている<冒険者>という仕事に就いたのだ。

 

それから何年もの間、冒険者として日々命を掛けてモンスター退治を続け、様々な出会いや艱難辛苦の果てに今の立ち位置に、"蒼の薔薇"という冒険者チームのリーダーという立場になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………までは良かったのだが代わりに彼女、ラキュースは特権階級意識のような悪辣な病よりはマシなのだが、それとは別次元に救いようのない病を発症していた。

 

彼女は突如扉を開けてきた仲間の女戦士の呼び掛けに慌てて隠した、所々が擦りきれた茶色い日記帳を取り出し、仲間が去ったのを確認してから中を開く。

 

ページというページ中に書かれていたのは様々な黒歴───ではなく彼女が想いを馳せつつも、叶わないだろうと思われる理想的な自分像の数々であった。

 

 

「んん…"魔族よ、私が居る限り、世界に滅びをもたらさせはせん!受けよ!偉大なりしドラゴンをも恐れさせた魔導師が遺せしスレイヤーの奥義!

 

<黄昏より暗きもの…血の流れよりも…>」

 

 

 

そして再び自分だけとなった部屋で、少女は竜を山ごと吹き飛ばせそうな呪文の羅列を初め、数分で頭を机に突っ伏した。

 

 

「…何が駄目なのかしら…どうやっても暗黒のパワーとか支配者みたいなのが取り憑かないし…予知夢やヴィジョンみたいな能力も降臨しないし…この間は詳しい悪魔が居ないかと思って召喚試したら処女狙いの悪魔が出ちゃうし…」

 

 

何やってんだあんた…。

 

 

「うーん…とりあえず寝ましょう。うん、きっと明日にはなにがしかの兆候とか気配みたいなのが…」

 

 

宿屋の一室…理想にひた走る少女の想いは留まる所を知らない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

<何故そう簡単に捨てられるんだ…ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろう!>

 

 

 

 

 

<スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン…>

 

 

 

 

 

 

<ひれ伏せ>

 

 

 

 

 

 

<そういえばギャップ萌えだったなタブラさん>

 

 

 

 

 

<はぁ…明日は4時起きか…>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中、ラキュースはふと目を覚ました。何かに呼ばれた気がしたからだ。

 

しかし何かに呼ばれたにしては感覚が曖昧だ。というより呼ばれたというか招かれた?いや、そもそも誰に?それにあの夢は?

 

 

ナザリック地下大墳墓

 

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン

 

ギャップ萌え

 

タブラさん?

 

4時起き

 

 

 

どれも聞いた事が無い単語や名前ばかりだ。

 

未だぼんやりとして思考が纏まらない頭を振りつつ、とりあえず顔を洗おうとベッドから足を下ろした。

 

と、そこでラキュースは自分の身体に違和感を覚えた。普段着…ではなく寝間着姿の自分だった筈が、何やらローブのような服を着ている。

 

辺りが暗いままなので手探りで身体を触る。

 

まず着ているのは間違いなくローブだ。マジックキャスター(魔法詠唱者)が着るような…それもさわり心地から多分超弩級の高級品…。

 

肩には何やら水晶を嵌め込んだような大きな装備。先が尖っているっぽい。

 

そして左手に持つ何か複雑な螺旋を描いているっぽい艶がある大きなスタッフ───先っぽには何か小さな宝石みたいなのが7つ埋め込まれている。

 

さて、逆に手や足には何も着けていない。

 

というか着ているローブ以外寝間着どころか下着類も消え失せていた。

 

しかも胸元が大きく開いた男性用のローブらしく、触れば自身の胸が隠されていないままであった。

 

 

「……っ!///」

 

 

誰も見ていないとはいえ咄嗟の羞恥心から左右に開いた部分を手繰り寄せて胸元を隠す。だが左手に持つスタッフは取り落としたりはしなかった。

 

もし落としていれば音が喧しく響き渡り、自分の仲間が何事かと見に来ていただろう…グッジョブ私!

 

だがまだ落ち着かない。何せローブの下は素っ裸そのものだからだ。

 

着ているローブは豪奢な飾りや装飾だけでなく着心地も一級だ。つまり肌触りが最高に良く、まるで磨き抜かれた大理石の如くスベスベしている。

 

お陰で隠した胸元やお尻、身体のあちこちがその柔らかでスベスベする布に包まれて、撫で回されるような感覚が止まらない。

 

動くたびに擦れるためにそんなつもりは無いのに、吐息が溢れ動悸が止まらない。

 

更にモジモジしてしまいながら股部分をキュッとした途端に布の一部がそこに挟まってしまった。

 

ラキュースとて冒険者や神官戦士、そして貴族令嬢である前に肉体をもて余しやすい年頃の娘である。

 

性的快感や肉体の交わりに全く興味が無い訳ではない。しかしそれまでは冒険者として血と泥にまみれた戦いを駆け抜けてきた中で、そういった煩悩にかまける暇は無かった。

 

それが今回の謎の寝間着と下着類消失&女神の羽衣も太刀打ち出来ないような超弩級の高級ローブの衣擦れによってムクムクと沸き立ち、ローブを股に挟んでしまった際に走った電流のような感覚も煩悩に拍車を掛けてしまった。

 

 

「ハァッ…ハァッ…」

 

 

ラキュースは沸き立つ煩悩にいけないと思いつつも魅惑的な誘惑にフラフラと誘われ、己が普段気にしなかった自らの肢体を慰めようと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待て…私の服でナニをしている?』

 

 

「ふぎゃあっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に脳内に響いた声に驚き、仲間の戦士が部屋に入ってきたときのように叫びを上げてしまった。

 

なお瞬時に頭に冷や水を浴びせられたような状況に、ラキュースは幸運にも肉体の疼きや煩悩の誘惑を綺麗に頭から弾き飛ばすことに成功していた。



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2話

※絶対注意


本作品はラキュースがヒロイン(ヒドイン)かつ、色々やらかしながら進む予定です。

・カップリングとして好みでは無い
・百合要素苦手
・下ネタ・エロ要素苦手
・お前の作品はクズ

こんな方が見たら多分発狂するくらい酷いので、そっとブラウザバックをお願い致します。


「ええと…その…すみませんでした…」

 

『いえ、別に……ああ、いや、次は気をつけてくれ…』

 

 

ラキュースと脳内に響く謎の声の人物は、現在ラキュースが使う宿屋の部屋にて対話を交わしていた。

 

といってもラキュースが椅子に座り、脳内に響く謎の声の人物と言葉を交わしているだけなので、端から見れば1人で質疑応答を繰り広げている珍妙な光景ではあるのだが…。

 

 

「ええと、まず私はアダマンタイト冒険者チーム"蒼の薔薇"のリーダーをしている、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します」

 

『私はモ……いや、アインズ・ウール・ゴウンと言う。一介のマジック・キャスター(魔法詠唱者)だ』

 

「アインズ・ウール・ゴウンさん…ですか?」

 

『ああ、そう…そう呼んでくれ』

 

「本名…ではないのでしょうか?」

 

 

ラキュースは貴族の教育を受ける中で、他者の顔色や口調・雰囲気から、相手が隠し事をしていたり虚言を口にしているかどうかを見抜く眼を養っていた。

 

その彼女の貴族・冒険者の両方を生きてきた中で鍛え抜かれた感覚は、自分の中のもう1人の存在の口調から、相手が本名を意図的に言わないようにしていると見抜いた。

 

 

『うむ…済まないが…』

 

(はっ…!私の馬鹿…!このような境遇の人?が本名を言いたくない理由なんて決まっているでしょう!)

 

「大丈夫です。言わずともご理解しました…きっと悲しい思い出がお有りなのですね…」

 

『え?』

 

「大丈夫ですから…私は貴方がそうと決めるまで、貴方の真の名を聞いたりはしません…」

 

 

 

 

訂正。

 

 

 

 

ラキュースの貴族・冒険者として両方を生きてきた眼は件の病に犯された残念なものであった。審美眼というか見抜く眼まじワロタwである。

 

 

『う…うむ…ありがたい(この世界に居るかどうか分からないとはいえ、万が一居たら"モモンガ"とかこっ恥ずかしいから咄嗟にギルド名名乗っただけなんだが…)』

 

 

 

そこで互いに話が脱線しかけたことに気付き、今一度話を互いの情報交換に戻して話し始めた。

 

 

「ところで、ひとつお聞きしたいのですが…」

 

『何だね?』

 

「今私が持っている杖なのですが…もしやこの杖の名前はスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンという名では無いでしょうか?」

 

『な…!何故、その武器の名を!?』

 

 

相手───アインズ・ウール・ゴウンの驚愕が混じる声にラキュースは慌てて弁明を入れた。

 

 

「い、いえ、すいません!先ほど見ていた夢の中でその名前が出てきたものでしたから!」

 

『夢?』

 

「はい…夢の中でナザリック地下大墳墓やスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンといった言葉が聞こえたんです。それで、もしかしたらと思って…」

 

『夢か…もしや意識の共有…いやしかし何の接点も無い者が…だが事実として…うぅむ…』

 

 

対話する相手───アインズ・ウール・ゴウンはラキュースが見た夢に対する考え事に没頭したのか、ブツブツと呟きながらラキュースとの会話をすっかり忘れている。

 

 

「あ…あの、アインズ・ウール・ゴウンさん?」

 

『もしや意識が一瞬途切れていた間に何かしらの…可能性としてはワールドアイテム………む?おっと済まない、つい考え込んでしまっていた』

 

「いえ、大丈夫です。ところで今後の事に関してお話したいのですが…」

 

『そうだな…原因は未だ不明だが、まずは今後の行動・目的を明確にしよう』

 

「ではまずお訊きしたいのですが、アインズ・ウール・ゴウンさんは…」

 

『その前にだが、アインドラ嬢』

 

「はい?」

 

『いちいちアインズ・ウール・ゴウンと呼ぶのは大変だろう。私の事はアインズと呼んでくれ』

 

「は…はい(え?それってもしかして、そういう?いえ、もしかしたら彼は知らないだけかも知れないわ!でも、見ず知らずの女性にファーストネームを読んでほしいなんて!)」

 

 

ラキュースの脳内では様々な絵物語や英雄潭で描かれていたような恋の話が自分をヒロインに見立てた妄想として膨らんでいき、ワタワタとしていた。

 

だがそんな事など露知らないアインズは、ラキュースに言葉を続けていく。

 

 

『それでまず、何か訊ねようとしていなかったかね?』

 

「はっ…!そ、そうでした。アインズさんは、私と同化しているのでしょうか?もしかしたら私から分離したり出来ますか?」

 

『分離か…確かに私はアインドラ嬢と重なっているが、こうして互いに意識が交わらずに対話出来るということは、互いに別れることも不可能では無い筈…ふむ…ならば善は急げだ。早速試してみよう』

 

「はい。ではアインズさん、お願いします」

 

『では…いや、その前に少し試したい実験が出来た。しばし身体を借りるぞ』

 

「え?」

 

 

ラキュースの返事を受けてアインズは互いの分離を試そうとしたが、ふと何かを思い付いたのか一応ラキュースに断りを入れるものの返事を待たずに急に少し力むような声を出してからラキュースの身体を動かし出した。

 

 

まず座っていた椅子から立ち上がると数歩歩いてから方向転換、両手を伸ばしたりぐるぐる回したりしたかと思えば、顔をペタペタ触ったりし始める。

 

予告なく急に自分の意思とは関係なく身体を動かされたラキュースは慌てる。

 

 

「え、これって一体?ちょっ…アインズさん!?」

 

『ふむ…やはり只単純に同化しているだけでなくこの身体の支配権も互いに持ち合わせているか……済まないアインドラ嬢、私が試したい事は終わった。今度こそ先ほどの分離を試してみよう』

 

「は…はい」

 

 

アインズの謝罪にラキュースが応じると、アインズは『よし、では…』と一呼吸置いてから何かをブツブツと呟きつつ、彼女との分離実験を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ラキュースの向かい部屋では、就寝前にラキュースの部屋を訪ねていた筋肉ムキムキの人間の男っぽい戦士(但しれっきとした女性)がその部屋の扉をノックする。

 

 

「なぁ、イビルアイ。起きているか?」

 

「どうしたガガーラン?何かあったか?」

 

 

時刻は深夜を周った頃、ラキュースが黒歴史ノートを読み返していた時に彼女の部屋に来ていた筋骨隆々の女戦士ガガーランは、ラキュースや自分と同じチームに所属する魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイの部屋を訪ねていた。

 

 

「いや、リーダー…ラキュースの事なんだが…」

 

「ラキュース?もしやまた"例のアレ"か?」

 

 

イビルアイの言う"例のアレ"とは、ラキュースが所有する伝説の魔剣・キリネイラムの事である。

 

イビルアイやガガーランは所有者ではないため詳しくは分からないのだが、普段のラキュースの言動や夜等に呟く呪文等から、キリネイラムの呪いだと彼女達は推察していた。

 

事実、ラキュースは夜など人目が無い場所でキリネイラムを構えながら「隙を晒した時、貴様の身体を乗っ取って魔剣の力を解放してやる」や「そうはさせない。例えこの身が引き裂かれようと…」といった決意の言葉、そして時折震える腕を必死に抑えながら「また影の侵食が…何時まで封印が続くか…」といったように漏らしていた。

 

 

 

イビルアイ曰く、魔剣という枠組みに当てはまる武器は総じて使用者や所有者におぞましい呪いや体力・精神の酷い消耗を強いるという。

 

過去にイビルアイが出会った赤い異国の鎧を纏った異形の戦士は、昔使っていた武器は自分が創り出した存在に譲ったからと、予備扱いだという呪いの剣(長く湾曲した太い刀身を持つ彼曰く"ムラマサのノダチ")を用いていた。

 

彼自身は全く何も不調が無いので普通に扱っていたが、イビルアイが試しにとアイテムの性能を調べる呪文を掛けてみたら、魔神相手に仲間と共に戦って勝利し生き延びてきたという自負とかプライドみたいなものが木っ端微塵に砕け散る勢いで血の気が引いた。

 

ムラマサのノダチは普通の人間や亜人が握った場合、まず刃に染み込んだ無数の血の怨念に精神を侵され発狂する。

 

次いで剣が持つ腐肉の呪い()で、抵抗(レジスト)出来るだけの能力や素質が無い場合、身体が皮膚から筋肉、内臓に至るまで溶け出し、巨大な一個の肉塊へと変貌する。

 

そしてその肉塊は特有の匂いを発して獣を呼び寄せ、獣らは肉塊の匂いに脳を刺激され肉を喰い漁るという。しかし肉塊へと変貌した者は死ぬことはなく、喰われた肉も復活する───すなわちその者は決して死ぬ事が出来ないまま獣らに喰われ続けるという責め苦を永久に繰り返すのだ。

 

 

唯一救われる方法は、そのムラマサのノダチを扱える者に斬られ、消滅することのみ。

 

 

イビルアイはあわや触る寸前だったのだ。

 

 

勿論その異形の戦士も自分が使っていた武器が触れた対象に呪いを無差別に振り撒くトンデモ品だったと分かると、何やら「もしかして箔付けのためのフレーバーテキストが実際に性能に…」と呟きながら、もう少し安全なやつにすると言って別の武器に取り替えていた。

 

最もその武器は武器でイビルアイがドン引きする程の「神殺し出来るんじゃねーの?」というくらいの切れ味を誇る自動辻斬り装置みたいな物だったが…。

 

 

 

そんな過去もあってか、イビルアイは魔剣という類いに関しては人一倍注意を払っていた。

 

キリネイラムはその武器のように無差別に呪いを振り撒いたりはしないが、使用者を乗っ取ろうとする意志が存在し、真の力が解放されれば街1つが滅びかねない危険な魔剣だとイビルアイは確信していた。

 

神官戦士たるラキュースは常にその呪いに対抗し続けているのだろう。今は精神力で保っているが、いずれは持たなくなる。

 

 

「早いうちに手を打たねば、ラキュースがキリネイラムに乗っ取られかねないからな…」

 

「ああ…さっき寝る前にリーダーの部屋を訪ねたんだが…っと、いや。それは置いといてだが、実はラキュースの部屋から物音や声がするんだ」

 

「物音や声が?」

 

「ああ。くぐもっていてきちんと聞き取れた訳じゃ無いんだが、もしかしたらと思ってな」

 

「確かに、いつ何があっても不思議ではない。万が一を考えておくのは普通だ。よし、私が行く。ガガーランはティアとティナを急ぎ呼んでくれ。事は一刻を争うかもしれない」

 

「おう、任せろ」

 

 

ラキュースとアインズの知らないところで、普段からのラキュースの言動が祟って、リーダーを救わんとする仲間達が慌ただしく動き出していた。

 

そして未だラキュースもアインズもそんな事態が進行しているとは露知らず、実験に邁進していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わってラキュースの寝室。

 

 

『おっ!上手く行ったぞ、アインドラ嬢!』

 

 

アインズは暫しの実験の後、漸くラキュースとの分離に成功していた。

 

なおアインズがラキュースの身体から分離して抜け出す際、ラキュースは何やらもどかしい感覚に身体を震わせていたのだが、アインズは気付かなかった。

 

 

「お…おめでとうございます…(何かしら…彼が私の身体から出たら、急になにか抱擁感や安心感みたいなものが消えてしまった感じ…何だか落ち着かないわね…)」

 

『とりあえずは、これで互いに別行動が出来るという証明が出来たな。ふむ…特に違和感も無い』

 

 

アインズはそう言いながら、改めてラキュースへと向き直り…

 

 

 

 

 

『あ…』

 

 

 

 

 

硬直した。

 

ついでに手に持っていた杖を見事に取り落とした。

 

 

ラキュースも自分から分離したアインズの姿を見て硬直している。

 

「ア…アインズさん?ですか?その姿は…」

 

『あ〜、そのだな…アインドラ嬢…君の姿だが…』

 

 

 

「え?」

『え?』

 

 

 

まずアインズはラキュースの言葉に声をあげ、視線を動かしながら自分の胴体や手を眺めてから、自分の顔を触り出す。

 

ラキュースはアインズの言葉に同じように反応してから、<永続の光(コンティニュアル・ライト)>を唱えて自分の姿を照らした。

 

 

そして互いに同時に叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

『俺、え?あれ…

(ほ…ほ…骨ーー!!?)』

「え?え?あれ、私…裸……い…いやあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

『(おぅっふ!!?いや、俺だって悲鳴あげたいよ骨とか怖いよ!…って…あれ、何か感情が急に……いや、とにかくまずは彼女を!)ア…アインドラ嬢、落ち着きたまえ、とにかくまず着るものか何かを…』

 

 

アインズは自分の骨の姿に悲鳴を上げて騒ぎそうになったが、突如として身体が緑に発光したかと思うと、冷静な判断力が戻ってきたのを感じた。

 

 

『(もしかしてアンデッドの沈静スキルによるものか?いや、とりあえず)…あれは…!』

 

 

そこでまずは裸になってしまったラキュースをどうにかしようと辺りを見渡せば、丁度近場のベッドのシーツを剥いでラキュースに渡そうとした。

 

しかし手に握ったシーツは、まるでティッシュを掴むように簡単に引き千切れてしまった。

 

 

『あれ?』

 

 

突然のことにアインズは精神がパニックに陥りそうになるが、再び身体が緑に発光して精神が沈静された。。そしてまた冷静に思考へと入る。

 

 

(もしかしてこの世界では100lvだと腕力やパワーが異常に強いのか?だからシーツが簡単に千切れて…だがそうなると彼女を傷付けないようにしなくてはいけないのか…貴重な情報源をうっかりミスで殺したなんて笑えないぞ…)

 

 

アインズは今度は慎重にもう1枚のほう、掛け布団を手に取りラキュースに掛けようとした。

だがラキュースは羞恥心や丸見えといった状況に錯乱しており、近寄ってきたアインズが掛け布団を被せようとした途端に、「身を纏う近場の布」という短絡的になった思考から咄嗟にアインズ(のローブ)に抱き付いてしまった。

 

そして身体を隠そうとそのローブを手繰り寄せれば、急に抱き付かれてローブを引っ張られた側になったアインズは再び精神がパニックになる。

 

 

『あ…アインドラ嬢、待て…!それは私のローブで布はこれを…!』

 

 

そして互いにすっちゃかめっちゃかやり取りで錯乱やらパニックやら沈静やらを繰り広げる中、アインズは床に垂れていたラキュースに被せようとしていた掛け布団をつい、うっかり踏んでしまった。

 

アインズは仰向けに転びそうになり、アインズのローブを掴んでいたラキュースもそれに引っ張られる形で倒れていく。

 

なおその際アインズはラキュースを咄嗟に抱きしめていたが、慎重な手加減のおかげでラキュースが潰されるといったことはなく、互いに抱き合ったまま床に勢いよく倒れ込んだ。

 

 

「きゃあ!!」

 

『うぉ!!』

 

 

なおアインズはというと、ラキュースを怪我させずに済んだという以外に、倒れ込んだ拍子の勢いで床がぶち抜けるなんて事態にならなくて良かったと無い胸を撫で下ろしていた。

 

なにせシーツをティッシュのように容易く千切ってしまう100lvのパワーだ。

 

全体重を掛けたまま勢い良く床に倒れ込めば、只分厚いだけの板張りの床は巨象がプラスチックを踏み抜くが如く玩具のように粉砕されていた可能性もあったのである。

 

そうなれば宿屋の階下は、裸のラキュースとアンデッドが密着して抱き合いながら落下してきたという事象とその組み合わせに阿鼻叫喚の絵図を引き起こしていただろう。

 

ともかく、アインズとラキュースは諸々のトラブルに発展することなく、互いに床に倒れ込んだというだけで終われた。

 

だが、同時に別のトラブルが迫ってもいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一方ラキュースの部屋の前では別の騒ぎが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「…!ラキュースの声だ!ガガーラン、ドアぶち破るぞ!」

 

「おう!」

 

 

ラキュースの部屋の外、イビルアイは蒼の薔薇のメンバーである女戦士ガガーランと双子の姉妹ティア、ティナを連れてラキュースの部屋をノックしようとしていたのだ。

 

常日頃のラキュースの言葉や、恐らくは呪いの類いが憑いている魔剣キリネイラムのこともあって、ラキュースの様子を見に来ていたのだ。

 

だがいざノックをしようと拳を作ったイビルアイの、とある秘密ゆえに人間と比べて非常に優れた聴覚が、防音が施された扉の内側から微かに聞こえたラキュースの悲鳴を捉えた。

魔剣の呪いか、はたまたラキュースの命を狙った刺客か、悲鳴の理由は分からないがラキュースが助けを必要としているのは間違いない。

 

イビルアイは大切な仲間であるラキュースを直ぐにでも救わんと、部屋の扉を力強くで蹴破る。

 

 

 

 

 

「ラキュース!!」

 

「ラキュース、無事か!?」

 

「「鬼ボス、生きてる?」」

 

 

 

 

イビルアイ、ガガーランにティアとティナが続いて部屋内に飛び込むと、室内で繰り広げられていた光景に絶句した。

 

部屋の中は明かりがないため暗いが、イビルアイらがいる廊下は灯された<永続の光(コンティニュアル・ライト)>で明るい。

そしてドアが破られたことで、その明かりは部屋の入口から中央部分までをそれなりの明るさで照らしている。

 

そして部屋の中央では、全裸のラキュースが豪奢な漆黒のローブを纏った身長2m半はあろうかというアンデッド───恐らくはエルダーリッチ───と共に密着した体勢で床に倒れ込んでいたのである。

 

エルダーリッチはラキュースの下敷きになるような形で彼女の身体を受け止めるように仰向けに、逆にラキュースはそのエルダーリッチを押し倒したかのような体勢である。

 

 

当然ながら普通に理解不能な光景だ。

 

自分らの冒険者チームのリーダーであり大切な仲間である神官戦士。

 

その彼女が全裸でエルダーリッチを床に押し倒して、その胸やら股を密着させながら抱き付いている。

 

仲間を救わんと飛び込んできたイビルアイらは、心の奥で熱くたぎっていたモノに冷や水どころか滝を浴びせられたかのような心境になっていた。

 

 

え?私ら何しに来たっけ?

 

 

リーダーの悲鳴が聞こえたから助けにきたんだよね、私ら?

 

 

したら当のリーダーがアンデッドを全裸で密着しながら淫卑に押し倒しているんですが?

 

 

 

 

 

詰まるところ"どっちらけ"である。

 

 

 

 

 

時間にして僅か数秒。

 

チベ○トスナギツネのような乾いた眼でリーダーの奇行を眺めていた魔法詠唱者と女戦士と双子のニンジャ。

 

しかし彼女達はふと何かを悟ったのか、暖かい笑みを浮かべて次々とリーダーたる神官戦士に声を掛けていく。

 

 

「ラキュース。私は貴女の望む未来を否定しない。だが、次はもう少し声を抑えろ」

 

「あ〜…何だ、リーダー…そのだな……俺は人の性癖をどうこうは言わねぇからよ…神官戦士がアンデッドに恋するのも自由だからよ…」

 

「鬼ボス、アンデッドよりは幼い少年をお勧めする。あの無垢な身体と年相応に小さな象徴を花開かせるのは至高の戯れ」

 

「鬼リーダー、アンデッドよりは美しい女性をお勧めする。豊かな母性の象徴も安産の象徴も神話の領域。例え貧しくとも美しい身体は神の創った芸術」

 

 

「「だから私と少年(女性)を愛でてまぐわりながら、木漏れ日溢れる森の奥、清らかな水が湧き出る泉の畔できゃっきゃきゃっきゃっ、うふふふふふ」」

 

 

 

 

「黙れガチレズとショタコン」

 

 

若干2名、話が下世話に推移していたのをイビルアイが黙らせる。

 

そしてラキュースへと近寄ると、未だエルダーリッチを押し倒したままの彼女の肩を優しく叩きながら言った。

 

 

 

 

 

「おめでとう。末永く幸せにな、ラキュース」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い、土下座するからせめて言い訳させて頂戴!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なおラキュースは仲間達の言葉に、必死の叫びを響かせるのであった。

 




【今後の予定】
蹂躙がオバロの魅力の1つだから、あえて今後は救済的な話で進めてみたい…。
なお悪人は蹂躙決定。


【ラキュース】
アニメ版のキャラデザがお気に入り。よく実ってるしね。

【童貞食いとガチレズとショタコン】
蒼薔薇のド変態カルテットを構成する連中(リーダーは勿論厨二病)。
この方々も色々やらかす予定。お巡りさんこっちです。


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3話

今回は微量のシリアス有り。


…カルネ村が遠いな〜…。


朝だ…。

 

 

ラキュースは寝不足でダルい身体を引き摺るようにベッドから起き上がる。

 

寝間着は無い(というか無くなってしまった)ので、シーツを身体に巻き付けてズリズリとベッドから這い出す。

 

身体が"まだ寝てたい"と我が儘をグズるが、今日は冒険者組合に顔を出さなければならない用事があるため、これ以上寝ている訳にはいかない。

 

 

 

……それもこれも、全て昨日の…というか時間は深夜を回ってたから日にち的には今日かしら…とにかくその時の諸々の騒動のせいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

………………

 

………

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳なの。決して私は男日照りを拗らせてでアンデッドに恋したとか、死体を愛でる性癖に目覚めた訳でもないのよ」

 

 

ラキュースは、部屋に突入してきて自分とアインズが抱き合う形で床に倒れ込んでいた場面を見て「ラキュースがアンデッドと結ばれた。おめでた(*゜▽゜)_□」な誤解をしたメンバーらに必死に事の経緯を説明していた。

 

 

「ラキュース。つまりお前はガガーランと話してから就寝後、深夜を回った辺りに起きたらそのアンデッドと一体化していて、寝間着もそいつのローブや装飾品に変わっていたと…」

 

「で、真っ裸なのに驚いてそのアンデッド…アインズさんとワタワタしていたら、アインズさんは自分が持ってきた布団踏んでコケて、たまたまローブを掴んでいたリーダーも一緒に床に倒れ…」

 

「鬼ボスがアンデッドとくんずほぐれつ愛を交わしていた濡れ場に…」

「私達が突入して絶頂直前の鬼リーダーの情事を発見したと…」

 

 

「ありがとうイビルアイ、ガガーラン。で、ティアとティナはどうしても私とアインズさんが愛し合ってたという事実にしたいみたいね…」

 

 

「鬼ボスがアンデッドと恋したという弱みをネタにすれば…」

「鬼リーダーに咎められた時に脅し…交渉の材料に出来る」

 

「「つまり我が世の春がくる!」」

 

 

「あんたたち双子揃って本当に最低ね…」

 

 

ラキュースは未だに自分をからかい続ける双子姉妹に頭痛を覚えながらどうしたものかと頭を抱える。

 

だがそんな空気を破ったのは、ラキュースの事情説明から今のところまで若干空気のような扱いを受けていたアインズであった。

 

 

『すまないが、良いだろうか?そろそろ私も君らに聞きたい事があるのだが』

 

「ふむ…確かにそのほうが我々にも有意義だな。おいティア・ティナ、そろそろラキュース弄りは終わりにしておけ」

 

「良いとこだったのに…」

「右に同じ…」

 

 

イビルアイの言葉に双子は頬を膨らませながら名残惜しそうに呟く。

 

少なくともイビルアイが止めなければ、ロクな発言をしなかったであろうことは想像するに難くない。

 

 

『……では、まず名乗りから始めよう。私はアインズ・ウール・ゴウン。ユグドラシルという世界で、とあるギルドを纏めて…』

 

「……っ!待ってくれ、ゴウンとやら!お前の…貴方の出身は"ユグドラシル"…そう言ったか…言いましたか…?」

 

『ああ、そうだが…』

 

 

アインズが情報交換の手始めとして名前を名乗り出したところ、その中で彼の出身だという"ユグドラシル"という単語に反応したのは、イビルアイであった。

 

メンバーは普段の冷静な彼女の態度の豹変と慣れない敬語で喋ろうとする姿勢、勢いよく椅子から立ち上がってしまうその驚きようから、アインズを含め一同は早速手掛かりが見つかったと理解した。

 

イビルアイはアインズの出身地を知っている。

 

アインズ自身、イビルアイが知っているのならばどのような手を用いても情報を聞き出すつもりである。

 

そうアインズが考えていると、ようやく驚きが収まったのか、椅子に座り直したイビルアイは息を吐いてからゆっくりと自分が知る部分を話し始めた。

 

 

「私は"ユグドラシル"に行ったことはありません。ですが、私が知るとある者達がそのユグドラシル出身だったのです」

 

「イビルアイ、それは…」

 

「いや、大丈夫だガガーラン。むしろこいつ…この方には包み隠さず話したほうが良いんだ」

 

「…分かった」

 

『その話、本当か?』

 

「そうだ…です。この世界には幾つもの逸話や伝説が残るのですが、その中の1つに<13英雄の伝説>という話があります。13英雄と言われてはいますが実際には異形種なども居て13人以上が居ました。私はその彼らと旅をしていた…ました。"魔神"と呼ばれる者らを倒すために。そして、その中にユグドラシルという世界出身の者が居ました」

 

 

イビルアイは時折出てしまう普段の口調を敬語に直しつつも自身が知る話をかい摘まみながら話していく。本来イビルアイはそういった知識をここまで正確に話そうとはしない。

 

理由は彼女の正体によるものだ。

何せ13英雄が実在したのは今から200年も前のこと。ならば何故見た目20歳にも満たないイビルアイが彼らを知っており、その内実まで語れるのか?

 

そうなると必然的に彼女の種族や彼女は何者かといった話に発展し、厄介な事態やトラブルになることは想像しやすい。

 

だからこそイビルアイが話す時にガガーランは止めようとしたのだが、イビルアイは語るべきだと話を続けた。

 

 

「その"魔神"とは、従属神のこと。従属神は己を創造した神に仕えていましたが、神が死ぬと従属神らは世界を滅ぼさんと暴れ始めた…ました。今から600年前、その"神"はこの世界にやってきて人類を救ったといいます。そして500年前、後に八欲王と呼ばれる神に匹敵する力をもつ者達がこの世界にやってきて、最後に残っていた"神"を殺し、あらゆる破壊と混乱を巻き起こし、世界を支配したと伝えられています」

 

 

イビルアイは更にアインズが理解しやすいよう、話を掘り下げて様々なことを語っていく。

 

 

アインズらが居るこのリ・エスティーゼ王国の下にはスレイン法国という宗教国家の領土がある。

 

スレイン法国は600年前、この世界に現れて生存競争に敗れ淘汰されようとしていた人類を救った"神"を崇めており、人間至上主義を掲げて異形はおろか人に害を為さない亜人すら排除の対象としていること。

 

そもそも人類はこの世界では底辺に位置する種族であり、この大陸の西ではリ・エスティーゼ王国やスレイン法国、リ・エスティーゼ王国の隣国であるバハルス帝国といったように人類種が国を作り生存圏を獲得しているが、逆に大陸中央では異形や亜人が国家を成しており、人類はそこでは家畜や食糧程度の価値でしかないこと。

 

だからこそスレイン法国はそんな人類を救った"神"を崇め、狂信的に人類を至上と掲げていること。

 

そしてスレイン法国が崇める六大神と呼ばれる神々───その神々は寿命が有り、1人だけを残して皆死んだ。

 

そして500年前、突如としてその神々に匹敵する力をもつ者達が現れた。彼らはその最後の"神"を殺し、世界を支配せんとあらゆる暴虐と破壊の限りを尽くしたが、最後にはその尽きることのない欲望によって互いの持つ宝を奪い合い、自滅したこと。

 

そして200年前、その六大神の従属神であった"えぬぴーしー"なる者達は唐突に世界に滅びをもたらさんと暴れ始めた。

恐らくは仕える神を失ったことによる虚無感と自暴自棄。

 

その"魔神"を討伐するべく、イビルアイは彼女の言う13英雄と共に旅をしたという。

 

イビルアイはそこで一度話を切ると、しばしの間を置いてからアインズに質問をした。

 

 

 

 

 

「ゴウン殿…貴方は"ぷれいやー"…なのだろうか?」

 

 

イビルアイが語った言葉に、アインズは無言になった。

 

ラキュースもガガーランもイビルアイの言わんとしていることに気付いたのか、神妙な顔でイビルアイの言葉に耳を傾ける。

 

普段ならば場の空気を読まずに茶化すのを楽しむティアとティナも、この時ばかりは話が国家を揺るがしかねないレベルのものだと理解してるのか、一切の茶々入れをしようとしない。

 

イビルアイはアインズをその六大神もしくは八欲王に連なる存在かと考えたのだ。

 

イビルアイの問いに対して、アインズは無言になっていた口をゆっくりと開いて、答えを返す。

 

 

 

 

『私は…』

 

 

 

 

 

………

 

………………

 

………………………

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

ラキュースはあの重苦しい雰囲気を思い出し、更には自分と一体化していたアインズという存在がどれだけ凄まじいものなのかを噛みしめていた。

 

 

 

『私は…プレイヤーだ。恐らくはその六大神や八欲王も私と同郷の出なのだろう。だが、少なくとも私はユグドラシルでは彼らの名を聞いたことはない』

 

 

アインズはそう言って骨の指のひとつに填めていた指輪を外すと、途端に部屋の中は沈黙に包まれた。

 

本当にそうなった訳ではないというのに、ラキュースらにはまるでその部屋だけが命を削る冷気に支配されたかの如く冷え込んだように感じ、目の前にいたアンデッドは相対するだけでその前に身を投げ出して赦しを乞うのが当たり前のように思わせるオーラを纏わせていた。

 

 

自分と同化していたのが、まさかの神話や寝物語で語られてきた神と同じ世界出身の、しかも凄まじい力を秘めた存在。

 

少なくともラキュースはこれまで熱心な六大神信仰を抱いたことはなかったが、あれだけの力を感じさせられては神話で語られてきたのは本当だったと信じざるを得ない。

 

もっとも王国や帝国は火・水・土・風を司る四大神信仰なので、そこに生命を意味する光を司る神と死を意味する闇を司る神を加えて信仰する法国とは、宗教者の関係は凄まじく険悪だと聞いている。

 

 

「これ…私達の手に負えるのかしら…」

 

 

ラキュースはそう頭を抱えつつ、自らが所属する王都の冒険者組合へ行くための身支度を整え出した。

 

 

 

 

 

………………………

 

………………

 

………

 

 

 

 

 

 

ラキュースが身支度を終えて階下へと降りてくると、窓際のラキュース達の専用テーブル(実際には声を潜めて話すには窓際が都合良かったためラキュースらが頻繁に利用しただけで専用では無いのだが、周りの客らが自然とそう認識してそこに座らなくなり、店側もそういう形で対応するようになったため、なし崩し的に蒼の薔薇専用テーブルになった)では、既に起きていたガガーランやイビルアイ、ティアとティナに加えて細身の若い男性が朝食を摂っていた。

 

 

 

…若い男性?

 

 

 

見馴れない男は身長は180cmほど。南方系の青年の顔立ちで黒髪をオールバックに固め、服は黒を基調として大小様々な装飾や十字を象った勲章のようなものを飾った服に同じく黒を基調として両脇に赤いラインが走るズボンと磨き抜かれた黒く艶を放つブーツ。

 

テーブル上には見たことの無い形の、額部分に髑髏の飾りが付いた帽子が置かれ、椅子には柄がアダマンタイトで装飾された一振りのサーベルが提げられたベルトが掛けられている。

 

そして当の本人は、席について手元の白パンを千切りながら非常に美味しそうに口に放り込み、時折オレンジジュースを流し込んでいる。

なお本人は気付いていないのだろうが、彼は周囲から非常に浮いた存在となっていた。

 

周りの客らは遠巻きに見ながらも、ざわめきや小声でのやり取りを交わしている。

 

当然だ。

 

あんな1つで国宝級の装備、しかも魔法の付与までされたそれをを爪先からてっぺんまで固めた人物がいれば、誰だって思わず二度見するし、噂だってする。

 

そこまできて、ラキュースはあれは誰なのか直ぐに理解出来た。

 

 

実際にラキュースがテーブルに近寄れば、その男は自分に気付くなり、手を軽く振って朝の挨拶をしてきた。

 

 

『おはようアインドラ嬢。済まないが、先に朝食を頂いているよ』

 

 

やはり、アインズであった。少なくとも今居るメンバーや知り合いの中でアインドラ嬢"と呼ぶのは彼しかいない。

 

というか昨日あんな重苦しい雰囲気を纏いながら、国家の根底に関わるような存在だと判明したり、そのとんでもない力の一端を肌で感じさせられたりしたというのに、何故彼を含めたガガーランやイビルアイらはのどかに朝食に興じているのか。

 

 

「おはようございます、アイ…」

 

『ああ、済まないがアインドラ嬢、少し言っておきたいことがある…声を落としてくれ』

 

「…(なんでしょうか?)」

 

 

アインズがラキュースの言葉を遮って声を潜めるように指示を出すと、ラキュースはもしや何か重大な話かとすぐに声を潜めてアインズに返答する。

 

 

『…(私の名前だが、公には秘密にして貰いたい。今後は偽名を名乗ろうと思っているので、君らにもそう呼んで貰いたい。ついてはダーク・ウォリアーという名が良いと思うのだが、どうかね?)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神話に語られるような存在で超常的な能力を秘めた、恐らくはラキュースがこれまで見た中で最強の名が相応しいアンデッド。

 

 

 

 

 

 

 

だがそのネーミングセンスは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでそのオーラと反比例するかの如く絶望的なまでに壊滅的センスであった…。



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4話

今回はちょいネタがごっちゃになった気がする。

ついでに何時もより短め。



この名前ならば問題ない。偽名としては良い部類に入るものだ。

 

 

そんな感じに自信満々に同意を求めるアインズに、アインズと共に朝食を摂っていた蒼の薔薇メンバーは先ほどの和気あいあいとした雰囲気から一転、酷く残念なものを見る目に変わっていた。

 

 

『…な…何か不味かったか…?』

 

 

当のアインズもその雰囲気の変わりように、自身の発言に何か不備があったかと慌てたようにラキュースらに呼び掛ける。

 

するとアインズの隣でエールを片手にしていたガガーランがアインズの機嫌を損ねないよう、どうにかオブラートに包んでアインズが提案した偽名に問題があると口を開く。

 

 

「なぁ、アインズよぉ…確かに偽名ってのは本名を隠すためのモノだから、別に特定の名前や自然な名前じゃなきゃいけないってことはねぇよ。だが少しばかり、ちょいとな…」

 

 

「アインズ、センスが壊滅的」

「アインズ、ジョークとしても壊滅的」

 

 

ついでにティアとティナは全くオブラートに包む気がないのか、剥き出しの刃でアインズの心を抉りに掛かっていった。

 

周りの者らのオブラートに包もうが包むまいが、アインズの精神をガリガリと削るネーミングセンスへの駄目出しに、アインズは堪らずに無言で顔を覆うと机に突っ伏す。

 

 

(…あれか…やっぱり俺のネーミングセンスって壊滅的なのか…?)

 

 

なおアインズが打ちのめされて、さめざめと己のセンスを悔やむ中、ラキュースはというと…

 

 

(ダーク・ウォリアー……最初は少し大げさな気がしたけれど、確かにアインズさんの衣装や黒髪ともマッチした良い名前の気がするわ…はっ!?もしかしてアインズさんはわざとそういった偽名を…?確か昔読んだ物語でも名誉欲にまみれた将軍に故郷を滅ぼされた騎士がわざとらしい大げさな偽名と功績で注目を集めて、将軍の自尊心を唆して誘きだすという話が…)

 

 

内心の思いというか妄想にまみれ出した予測でどんどん自分だけの世界を広げていた。

 

 

 

 

 

…………………………

 

………………

 

………

 

 

 

約数分後、ようやく心を持ち直したアインズを前に、ラキュースは先ほどのアインズを見ていて沸いた疑問をぶつけることにした。

 

 

要は、何故骨だけのアンデッド(そう言ったら、アインズから種族は"死の支配者(オーバーロード)"だと訂正された)なのに、食事が出来るのか…である。

 

するとアインズは、右手の親指に填めている指輪をラキュースに見せながら説明してくれた。

 

 

『ガガーランやイビルアイにはもう説明したのだが、この指輪は"人化の指輪(リング・オブ・ヒューマン)"というマジックアイテムで、かなり昔に手に入れた物なのだが特に使い道が無かったので肥やしになっていたのだ。だが今回は私の正体を隠す必要が出たため、引っ張り出したのだよ。効果はその名の通り異形種や亜人種の肉体そのものを人間に変化させるものだ。変化すれば私のようなアンデッドでも食事が出来るし、睡眠も取れる。もっともそれ以外は何の効果も持たないのだがな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?なにそれ…。

 

 

アインズの口から語られた国宝クラスのアイテムに、ラキュースは言葉を失ってしまう。

 

アインズの口振りから彼にとっては大した物では無いのだろうが、異形種や亜人種を人間に変化させられるアイテムなど、自分らからすれば神話に出てくるような品だ。

 

ラキュースは、改めてアインズの凄さに感嘆させられた。

 

 

「本当に貴方には驚かされるばかりね、アインズさん。私も蒼の薔薇のリーダーになる前から色々な人やアイテムを見てきたし、リーダーになってからはより貴重な品も見てきたつもりだったけれど、井の中の蛙だったようね」

 

『そ…そうか、アインドラ嬢(イベントでレアアイテム狙いの周回マラソンやってたらポンポン出た低アイテムなんだよな…)』

 

 

ラキュースはアインズの指輪をそう褒める。しかしアインズはラキュースの言葉に頷きつつも、レア度の低いアイテムをベタ褒めされて内心複雑であった。

 

 

「ところでアインズさん、私達は今日冒険者組合に顔を出さなければいけないのだけれど、貴方はどうする?」

 

 

そこまで来てから、ラキュースは話を切り替えた。今日は以前受けた仕事の依頼人から、新たな仕事の依頼を持ち掛けられているため、冒険者組合に行かなければならないのだ。

 

するとラキュースの問いに、アインズはパン籠から新しい白パンを取りながら返答を返してくる。

 

 

『私はこれといって用事は無いからな…今日は少しばかり辺りを散策しようかと思う』

 

「分かったわ、じゃあ私達とは別行動ね。そうね…夕方にまたこの宿屋で落ち合いましょう」

 

 

ラキュースとの予定のすり合わせが終わると、アインズは手に取っていた白パンを再び千切って口に放り込みながら、言葉を溢す。

 

 

 

『了解した。しかし、このパンは本当に美味しいな…こんな美味しい食事は生まれて初めてだ…フワフワで柔らかくて…そうだ、昔母さんが誕生日に作ってくれたっけ…』

 

 

と…そこでアインズの目から一滴の水が垂れたのにラキュースは気付いた。

 

 

「え?アインズさん…?」

 

 

アインズは涙を流しているのに気付いていないらしい。ラキュースらからすれば食べ馴れた普通の白パン、それを涙と共に昔を思い出しながら、美味しそうに味わい続けている。

 

 

『材料買ってきて、本に載ってた絵の見よう見まねで母さんが作ってくれたんだよな……美味しい…こんな美味しいパン…母さんと父さんにも食べて貰いたかったな…』

 

 

アインズのその言葉は、周囲を一変させた。

 

アインズは、ラキュース達や周りの客の存在を忘れ、奥底に秘めていた本心を晒け出したのだろう。

 

それを聞いていた客達は一斉に顔を覆ってテーブルに突っ伏した。

 

聞こえないように小さくすすり泣く客がいれば、目もとを手のひらで覆って無言で涙を流す客。

 

宿屋の主人やスタッフ達は裏口から出ていき、外からくぐもった泣き声が聞こえてくる。

 

どうやら愛嬌を持った黒髪の青年の泣き顔は、破壊力抜群の最終兵器だったらしい。なお彼らは、そこに加えてアインズの国宝クラスの凄まじい装備もあって「酷く貧しい家の出で、幼い頃に両親と死別し、今の地位に来るまで必死に生きてきた青年」という、微妙な合ってたり間違ってたりな設定が出来ていたりする。

 

とてつもない力を持つ、本来ならば生者を憎み命を奪わんとするアンデッドとは到底思えない光景に、ラキュースも自然と微笑みが溢れた。

 

まるで、腕っぷし自慢だけれど涙脆い純真無垢な子供を見守っている気分である。

 

事実面倒見の良い姉御肌なガガーランはウンウンと頷きながらアインズの頭を撫でているし、イビルアイはアインズに新しいパンを手渡してあげている。

 

ティアとティナは何やら震える手を押さえながら、

「「あれは男…大の男…少年(美少女)ではない…だから鎮まれ私の手…」」

と、心と葛藤していた。

 

ラキュースはアインズを慰めようと彼に近寄ると、口元に先ほどアインズが食べていたパンクズがついているのを見つけた。

 

 

(全く、本当に子供っぽいわね…)

 

 

ラキュースはそう内心呟きながら、アインズの口についていたパンクズを取ってあげた。そのままパンクズを自分の口に入れて飲み込んだ。

 

そこでラキュースは、自分を「お幸せに」みたいな目で見てくるメンバーにようやく気付いた。

 

ラキュースは何故自分がそういう目で見られているのか疑問に思い、何か変な事でもしたかしら?と順を追って思い出していく。

 

 

 

・朝起きて朝食を摂るアインズと会う

・彼としばし雑談して、彼がパンを食べてたら泣き出した

・言葉の端々から、死別した両親への愛情や思いによるもの(多分彼はアンデッドになる前は普通の人間だったのだろう)

・気付いたら彼の口元にパンクズがついてたから、取ってあげた

・それを自分で食べた

 

 

で、現在蒼の薔薇メンバーの温かく見守るような目に遭遇している。

 

そこまで順を追って思い出したラキュースは、最後のアインズの口元のパンクズを取ってあげた辺りで「あれ?」となる。

 

自分はアインズがまるで子供のようだと感じて、子供がするみたいにパンクズをつけていたから母親のような気持ちでパンクズを取ってあげたのだ。

 

食べたのはたまたまである。べつにこれといった意味はない。

 

だがそれを見ていた周りの蒼の薔薇メンバーにはどう映ったか?

 

 

 

・ラキュースがアインズに近寄った

・ラキュースがアインズの口元についていたパンクズを取ってあげた

・ラキュースがそのパンクズを自分で食べた

・"年頃の乙女"が今の一連の流れを行った

 

 

 

そこまで来て、ラキュースはボッ!!と顔を赤らめさせた。

 

 

「ち、違うのみんな///わ、私はそういったつもりじゃなくてね///!」

 

 

「ラキュース、やはりか」

 

「隠さなくたって良いってリーダー」

 

「鬼ボスの恋を応援する」

「だから私達の恋路を邪魔しないで欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだから話を聞いて頂戴!!!」

 

 

ラキュースは再び襲ってきた受難に、叫びをあげた。

 

唯一幸いなのは、周りの客達は未だにアインズの身の上話(半分妄想)で涙していて、ラキュースらの痴話騒ぎに気付かなかったことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当に美味しいな…』

 

 

なお当のアインズは騒ぎに気付かず、今は亡き母に思いを馳せながらパンを頬張っていた。

 




【人化の指輪<リング・オブ・ヒューマン>】

捏造アイテム。異形種・亜人種を人間種に変化させるアイテム。ユグドラシルでは姿は変化するものの、異形種では入れない街には結局入れないし、それ以外に効果も無いゴミアイテムに近い。
転移(ラキュースと同化)してからは、肉体変化のみならず精神も人間に戻る効果になった。故に食欲・睡眠欲・性欲も復活するため、アンデッドでも食事や睡眠が可能。ちなみに精神鎮静化も発動しなくなる。


【アインズの母親】
アインズこと鈴木悟の母親。作中の"誕生日に作ってくれたパン"は捏造。
もし原作で生きてたら、アインズは「現実世界に帰りたい」「未練がある」と言ったかもしれないと妄想。




※次回からようやくカルネ村編に突入します。
また、何時もながら駄文小説で申し訳ございません。


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5話

カルネ村編、始まりまーす。




カルネ村はリ・エスティーゼ王国の東、城塞都市エ・ランテルから徒歩2日。馬車ならば約1日ほどの場所に位置する開拓村である。

 

側にはトブの大森林と呼ばれる広大な森林地帯が広がっており、村人らは日々の農耕以外に、この森林から伐採した樹木や、森林の奥で採れる薬草を収入源としている。

 

言ってしまえば、何の変鉄も無い普通の開拓村だ。

 

だが、今日という日に限っては、この村に住まう者達は、己が不幸を嘆かずにはいられない筈だ。

 

時刻は夜明け前、このまま時が進めば村人達は何時ものように夜明け頃に起床し、長年続けてきた村の生活を始めるだろう。

 

しかし、この村は太陽が空に差し掛かると共に全滅するという未来が待ち受けている…。政治という名を借りた薄ら暗い陰謀の犠牲者として…。

 

 

村人はほとんどが虐殺され、村は灰塵に帰す…そうなるのがこの村と村人らの避け得ぬ運命───

 

 

 

…の筈だった。

 

 

だが、ある存在が何気無い行動からこの村を知ったことで、村人らの運命は大きく変わることになるとは、まだ誰も予想してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

エンリ・エモットは、このカルネ村に住む少女だ。容姿は特段優れた美しさを持っている訳ではなく、また特別な技能も持たない。

 

だが日々の農作業や薬草採取で太陽に当たり続けてくすんだ金の髪は彼女の誠実さを表したようである。

 

またその顔は愛嬌があり、母性の象徴は同じ年齢の少女らより豊かで、優しく微笑む彼女にハートをかっ拐われた年若い薬師がいたりする。

 

そんなエンリは、夜明けを迎えたカルネ村で、一抱えはある瓶(かめ)を両手で持ち、自分の日課である朝の水汲みに出ていた。

 

荒縄の先に付いた桶を井戸に放り込み、水を汲み上げ、瓶に溜めていく───それだけを聞くと簡単そうだが、これが意外と肉体作業なのだ。

 

(分かりにくい方で一戸建て住宅にお住まいの方は、2リットル天然水のペットボトルを3本くらい紐にくくりつけて2階に引き揚げる作業を繰り返してみると、大変さが分かる…多分)

 

エンリは額に玉の汗を浮かべながら繰り返し水を汲み上げ続ける。朝の朝食や衣類の洗濯など、水は必須である。

 

水汲みが終わったら水で更に重くなった瓶を両手で抱えて、自宅へと戻る。その頃には起きて農作業の準備をしていた父に朝の挨拶をしてから、朝食の準備をしていた母を手伝う。

 

朝食の準備が整った頃には家の裏で保存食用の魚の日干しをしていた妹のネムが戻るので、家族揃って食卓を囲む。

 

魚は大森林の近場を流れるそれなりの幅がある浅い川から獲れるものだ。内臓を取り出して血抜きしたそれを日当たりの良い場所で干し、冬や緊急時用の保存食にする。

 

朝食を終えたら、父は農作業へと赴く。母は家の掃除や作物を入れる袋を編んだり、昼食の準備。

 

自分と妹は採取した薬草をエ・ランテルへ出荷する分の仕分けと、村で使う分の仕分けの仕事がある。

 

こういった開拓村で暮らす人間は遊ぶ暇はほとんど無い。自分は勿論のこと、妹も基本的には仕事の毎日である。

 

何故なら日々の仕事が未来に直結するからだ。

 

開拓村は領主お抱えの村とは違い、災害や飢饉による援助や保証は無い。だからこそ常日頃から蓄えられるだけ財を蓄え、備えられるだけ備えるのだ。

 

それでも毎年の徴税や作物の不作等で残る財は微々たるものにしかならない。

それでも細々と続けていけば、将来的に子供達が成長して一族の血筋を残していくための手助けとなる。

 

 

 

 

農民とは、そうして生きて死んでいくものだった。

 

 

 

 

太陽が昼を回った頃、エンリは昼食の準備のために再び瓶を抱えて井戸に水汲みへと来ていた。

 

エンリは、その作業の途中ふと何やら鳥のざわめきが聞こえ、顔を上げた。

 

そして村の外側───エ・ランテルへと続く道の向こうからやってくる影を見つけた。

 

 

人数は30人くらいの集団…徒歩の者も居れば、馬に騎乗している者も居る。

 

 

エンリは最初こそ何の集団なのか分からずしばらく村へと歩いてくる彼らを見ていたが、ようやく目視で外観が分かる距離まで近付いてきた時、彼女は血の気が引くのを感じた。

 

リ・エスティーゼ王国の隣国に位置するバハルス帝国。その帝国の紋章が刻まれた鎧を纏った騎士達がこのカルネ村に近付いていたのである。

 

騎士達が剣を抜いて走り出すのと、エンリが村に危険を報せようと叫ぶのは同時であった。

 

そして何事かと表に出てきた村人達は、突如として襲いかかってきた帝国の騎士らによって虐殺の渦に叩き落とされたのである。

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

「……祭りか?」

 

 

そう鏡を前に呟いたのは、全身黒軍服に帽子姿の青年。

 

ラキュースらと別れて王都見物をしていたアインズであった。

 

もともとは王都見物のみの予定であったのだが、指に着けている装備の1つであるリング・オブ・サステナンス<疲労無効の指輪>の効果のせいで、疲れることなくサクサクと見物が終わってしまったのである。

 

 

……なお、見物が早々に終わってしまった一番の理由は王都にこれといって目を見張る観光名所のようなものが無いからであるが……。

 

 

だが合流予定の夕刻まではまだまだ時間があり、アインズとしてもまだ何かしら見るべきものがある筈と考えていた。

 

そこでアインズは

 

「ゲート<転移門>があるし、すぐ戻ってこられるし、大丈夫だろ」

 

と、蒼の薔薇との合流までは王都の外、ラキュースから聞いた城塞都市エ・ランテルを見物予定の中に入れたという訳である。

 

ただ問題は、アインズは王都しかこの世界の場所を知らないことであった。

アインズが使用出来る転移魔法である<ゲート(転移門)>は、リキャスト・タイム0、成功確率100%の魔法である。

 

だがこの<ゲート(転移門)>───使用するには本人が行きたい場所を知らないと使えないという欠点が存在した。

 

つまり"A"という場所から"B"の場所に転移する場合、使用者は"B"の場所を名前を知っているだけでなく、具体的な風景(広場だとか大通りだとか)を覚えておく必要があるのだ。

 

ユグドラシル時代は、一度行った場所は履歴や移動場所一覧に載ったため、コンソールから行きたい場所を選んで使えばそれで終了だったが、アインズがこの世界に転移してからは、そのシステムは"転移場所の風景を脳内記憶"しておくという法則に置き換えられてしまったらしい。

 

ならば、まず最初にすべきは転移先を知ることである。

 

アインズは一度ラキュース達が泊まっていた宿に戻ると、蒼の薔薇の関係者だと店主に伝えて部屋へと通してもらう(店主は今朝の一件でアインズをしっかり記憶に留めていた)。

 

部屋に籠ったアインズは誰も見ていないことを確認してから、懐の袋───ユグドラシル時代から使い続けてきた無限の背負い袋(インフィニティ・ハバサック)から幾つかの巻物(スクロール)を取り出した。

 

そしてアインズはそれを次々と展開させていく。

 

巻物(スクロール)の中身は、情報対策系の魔法であった。

 

アインズはユグドラシル時代、ギルドメンバーの"ぷにっと萌え"という男から、戦術や情報対策として様々な手解きを受けていた。

 

この世界に来てからも、その慎重深さはしっかりと身に付いていたのだ。

まだ自分を害する何者かが居ると決まった訳ではないが、それでも万が一を考えた場合、対策を万全にするに越したことはない。

 

ちなみに、蒼の薔薇との朝食時にも実はこっそり情報対策魔法で自分をメンバー共々守っていたりする(アインズは知らないが、もしこの世界のレベルの人間が蒼の薔薇の朝食時の風景を盗み見ようとしていた場合、その人間は凄まじい爆発のカウンター魔法に曝されただろう)

そうして情報対策を終えたアインズは、今度は袋から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)と呼ばれるアイテムを取り出す。

 

これもユグドラシル時代からアインズが使い続けてきたアイテムだ。

その名の通り遠くの場所や街等を遠隔視で見ることが可能である。

 

もっとも音や会話を聞き取ることは出来ず、建物の中を覗いたりすることも出来ないため、使い勝手が良いという訳ではないのだが……。

 

だが今回に関しては、それは問題ではなかった。アインズが知りたいのはあくまでもエ・ランテルの外観や風景であって、誰かしらの内緒の話や、子作りに勤しむ営みを見たい訳ではないのだ。

 

 

 

『さて……確かエ・ランテルはここから東だっけか……』

 

 

アインズはラキュースから教えられたエ・ランテルの方角を思いだしながら鏡を操作し始める。

 

 

「ん?……あれ…うわ、どうしたらいいんだこれ……」

 

 

アインズは操作を始めて早々に鏡と格闘する羽目になった。

 

あっちこっちに両手をワサワサ動かし、手首に捻りを入れたり、指先のみでいじったり、両手をグワッと開いて仰け反ってみたりと色々試すが、どれもいまいち。若干鏡の映す場所が動いただけである。

 

 

要は<鏡の使い方分からない助けて誰か>状態だ。

 

どうやら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)まで、ユグドラシルのシステムからこの世界の法則に移し変えられてしまったらしい。

 

ユグドラシル時代は指先で行きたい方向をクリックするだけで済んだのが、ヒント無しの謎解きゲームと化していた。

 

だがしばしの格闘ののち、両手を同時に左右に開く動作をした途端、鏡の映す場所がズームアップしたのだ。

 

 

「おっ!これはもしかして……」

 

 

今度は両手を左右から中央に戻すとズームアウトした。その流れで両手を使って操作すると移す場所の移動方法もようやく理解が出来た。

なんとか操作が分かったので、浪費した時間を取り戻すために早速周囲を観察しつつ鏡を動かしていく。

 

『おっと、エ・ランテル発見!……うわー、凄いな!まさに城塞都市だ!』

 

 

アインズは目当てのエ・ランテルを発見すると、その壮大な外観に目線が釘付けになる。

 

現実世界(リアル)では本や写真、ゲームでしかお目にかかれなかった中世の城塞都市が、鏡越しとはいえアインズの目の前に見えているのだ。

 

当然ながら年甲斐もなくアインズははしゃいでしまう。しかもアンデッドの時とは違い人間状態の今は楽しい感情が抑制されたりはしない。

 

本来はエ・ランテルの風景や位置を確認したら向かう予定であったが、アインズは"もう少し周りも見てたい"と思い、再び鏡を動かし出した。

 

 

『うん、なんだ?』

 

 

すると遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)がひとつの村を映し出すところで、アインズは村の様子に手を止める。

 

村では多数の人々が走り回ったりぶつかり合ったりしているようだが、見た感じ何かがおかしいとアインズは思う。

 

 

 

 

『祭りか?』

 

 

 

 

アインズは疑問を解消すべく、鏡を操作して村の風景を拡大した。

 

そこでは村人と思われる人々が次々と騎士の姿をした人間によって馬上から斬りつけられたり、別の騎士によって村の中央に集められたりしていた。

「……っ!(何だ、これ……虐殺じゃないか……!王国の兵士は誰も居ないのか!?)」

 

 

モモンガは内心で、虐殺される村人とそれを平然と行う騎士に嫌悪を催す。だがそれと同時に、とある事に驚いた。

 

 

『おかしい……人間の時だったらこんな光景見たら吐いた筈なのに……憤りや嫌悪を感じても、そういった感覚は起きない……』

 

 

恐らくだが、元の身体が人間ではなく骸骨(スケルトン)───種族は死の支配者(オーバーロード)だが、つまりは異形種になったことで精神も変化したと考えるのが妥当だろう。

 

今は指輪で人間化しているために憤りや嫌悪等の義憤を覚えるという面もあるが、同時にアンデッドの特性で極端な感情による身体の不調はカットされているのかもしれない。

 

 

そこまで考えてアインズは、もしかしたらあり得たかもしれない自分のとある未来に戦慄した。

 

 

(もし俺が只のアンデッドとして生きようなんて考えてたら……この指輪が無くて異形のアンデッドとして生き続けてたら……)

 

 

恐らくそれが現実であったならば、アインズは人間を下等生物のように扱う異形のアンデッドとなっていたかもしれない……。

 

只の実験動物・材料として見て、無関係な人間の人生を簡単に踏みにじるような存在になっていたかもしれなかった。

 

 

『良かった……そうなる前に気付けて……』

 

 

ラキュース達と出会えて、まだ短い時間ながら現実世界(リアル)では感じられなかった人との付き合いを楽しんだアインズは心に決めた。

 

 

 

"決してただ人の人生を踏みにじるアンデッドにだけはならない"と……。

 

 

そう決心したアインズは更に鏡を動かしていく。すると鏡はそれまで真上や斜め上から見る状態だったが、地面に接近すると今度は人や生き物のような目線で見られるようになった。

 

どうやら地面に着くと視認性を考慮して視界位置が変化するらしい。もしかしたら他の操作方法で、空中でも視界位置を変更出来るかもしれない。

 

そけでアインズは鏡の中に映る光景に、再び手を止めた。

 

そこでは父親らしき人物が手斧を持って、家族を逃がしているところであった。だが父親らしき人物は瞬く間に騎士に取り押さえられてしまう。

アインズはそこまではただ見ていたが、父親らしき人物が何かを呟くのを見て唐突に立ち上がる。

 

そして片手で無限の背負い袋(インフィニティ・ハバサック)から幾つかアイテムを取り出しながら、もう片手で<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

伝言相手はラキュースである。

 

 

<<ラキュース、聞こえるか?>>

 

<<え?アインズさん?この声は一体……>>

 

<<話は後だ。時間が無いから単刀直入に言う。エ・ランテル近郊の村が騎士に襲われている。だから俺はこれから村を救いに行く>><<え?アインズさん、ちょっと!>>

 

<<何か問題があれば俺が責任を取る。後は頼んだ!>>

 

<<だから待った……>>

 

 

アインズはラキュースに繋いだ<伝言(メッセージ)>で矢継ぎ早に状況と自分が取る行動を告げると、一方的に<伝言(メッセージ)>を切った。

 

 

 

『<ゲート(転移門)>!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

ラキュースは突然耳元に聞こえたアインズの言葉に状況を詳しく聞こうとしたがアインズは一方的に伝えることだけを伝えると、一方的に魔法を切ったらしい。

 

どうするべきかと思案するラキュースに、ガガーランが寄ってくる。

 

 

「おい、ラキュース。一体どうした?まさかアインズに告白でもされたかw?」

 

 

アインズとラキュースのやり取りを知らないガガーランは、カラカラと笑いながら冗談を飛ばす。

 

だがラキュースから返された言葉に、ガガーランは笑いを止めた。

 

 

「ガガーラン、アインズさんからだけれど……エ・ランテル近郊の村が襲われているらしいわ……」

 

「なに?」




【遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)】

操作方法は捏造。地面に着くと視界が水平になるのはアニメの描写から。
主人公が遠望の危機に気付くのに大変便利なお助けアイテム。




※あっちいったりこっちいったり、カルネ村が始まったりしますが、本作品はアインズ×ラキュースというラキュースヒロインな作品です。
なので時折イチャコラします。
アインズ様の側は純白の大口ゴリラか、死体愛好者の八つ目ウナギしか認めないという方は、低評価を叩き付けてから、お戻り下さい。


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6話

ようやくカルネ村を救えるよ……。


帝国の騎士達は容赦なく村人らを追い立て、無慈悲に斬り殺していく。

 

彼らは男も女も、老いも若きも関係無しに騎士達は剣を振るい、死神の如く村人らの命を刈り取ってゆくのだ。

 

 

その阿鼻叫喚の地獄の中を、エンリは必死に自宅まで走っていた。目的は家族の安否である。

 

父親と母親はまだ農作業に出ていなければ自宅に居る。妹のネムも一緒に居る筈である。

 

エンリはこの行動を愚行だとは思いつつも、足を止めることはしない。

 

本当なら生き延びる可能性の高い行動は、家族を探さず自分だけで逃げることだ。今ならばトブの大森林に逃げ込んで騎士らをやり過ごすことも出来るのだ。

 

だがエンリは、家族を見捨てられなかった。

 

産まれた時からずっと一緒に過ごしてきた家族を見捨てるのは、エンリにとっては死ぬよりも辛いことだったからだ。

だから帝国の騎士らが迫っていても、必死に自宅を目指して走り続ける。

 

何時もの慣れた筈の自宅までの距離が、今は非常に遠くに感じられてしまう。何故こんなに遠くに思えるのだろうか…。

 

そしてようやく自宅へと辿り着いたエンリは、まだ自宅が襲われていなかったことに、安堵の息を吐いてその場でへたり込みそうになった。

 

だがまだ危険は去っていないと気力で持ち直すと、ドアを開けて家の中に飛び込んだ。

 

 

「お父さん!お母さん!ネム!みんな無事!?」

 

 

そう叫ぶと、奥から父親が後ろに母親とネムを連れて出てきた。

 

 

「エンリ、どうした?」

 

 

父親の姿を見ると、無事だったことに安心した。だがエンリは、直ぐ様父親に今村に起きている事態を説明する。

 

それを聞いた父親はすぐに暖炉側にあった手斧を持ち出すと、エンリとネム、妻と共に自宅を出ることを決意した。

 

騎士が相手では、どれだけ村人が抵抗しようが無意味。ならば妻と娘らを安全な場所に逃がすのが最善だと考えたからだ。

 

だがいざ扉を開けて家の外に出た彼らを待っていたのは、鎧を着た下卑た顔の男と周りを囲む騎士達であった。

 

 

「お前ら、その小娘を捕まえろ!」

 

 

男の叫びに、エンリの父親は怒声と共に男に手斧を振りかぶりながら飛び掛かった。

 

目の前の男がエンリをどうしようとしているのかを理解したからだ。普通の父親が娘をそんな風に扱われると知れば、当然の行動である。

 

急に飛び掛かられたことと振りかぶられた手斧に驚いき、男はバランスを崩して倒れ込む。

エンリの父親はその状況を好機と見て、エンリに叫んだ。

 

 

「エンリ!母さんとネムと一緒に逃げろ!」

 

 

そう叫ばれたエンリはどうすべきか迷った。

自分達だけで逃げるということは、父を見捨てるということだ。

 

そうなれば、父は間違いなく騎士達に殺されてしまうだろう。

 

しかし、仮に自分や母がここに残ったとしても出来ることはないのが現実だ。抵抗する暇もなく斬り殺されてしまうだろう。

 

エンリは父を見捨てるという罪を恐れる心を必死に抑え、母とネムの手を強く握ると、森林へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

離れていくエンリ達の姿を見ながら、彼は「それで良いんだ……」と呟く。

 

家族を守るのが父親の務めである。

 

ならば今ここで騎士に斬り殺されてしまうとしても、エンリ達を逃がせるならば安いものだ。

 

自分が持っていた手斧は他の騎士に奪われてしまい、最後の意地を振り絞って目の前の男が娘を追えないようにと腰回りに力の限りにしがみついていたが、そろそろ限界だ。

 

 

「邪魔なんだよ!くたばれ、農民風情が!」

 

「貴様がくたばれ、下衆め!」

 

 

自分と揉み合う男が、腰から剣を抜いて振り上げながら叫ぶが、負けじと罵声を返す。

 

自分は死ぬ。唯一の心残りは家内と娘達だ。

 

家族は目の前の男のようなクズに慰みものにされて良いような人間ではない。だからこそ最期の瞬間まで家族が無事に逃げ切れるようにと祈った。

 

 

「死ぃ…ぶっへあぁぁ!?」

 

 

覚悟を決めた自分に、男の剣は振り下ろされなかった。代わりに目の前の男が、黒い服に身を包んだ謎の人物に奇妙な槍のような武器の柄でおもいきり殴り飛ばされていた。

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

王都の宿屋から<転移門(ゲート)>をくぐって村へと降り立ったアインズは、用意していたアイテムをすぐさま使用した。

 

見た目は小さなトランペットだが、普通のトランペットに付いているような部品は無く、非常にシンプルな作り───一般的にはビューグルと呼ばれる軍隊で使用されるラッパである。

 

アインズが口をつけて吹くと"プァーン"と単調なラッパ音が響き渡る。

 

同時に森の奥からガサガサと草木を掻き分ける音がして、数十人は優にいる黒い服に身を包んだ者達がアインズの前へと飛び出してきた。

 

 

 

<ヘッセン銃士隊の軍用ラッパ(ヘシアンズ・ビューグル)>

 

 

 

これはユグドラシルの大型アップデート『ヴァルキュリエの失墜』で追加された新たな職種(クラス)である銃士(ガンナー)を所持した傭兵部隊を召喚する楽器アイテムである。

 

使用すると、本来は街やフィールドにランダムに登場し、金貨を支払わなければ雇えない傭兵NPCであるヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)指揮官NPC1名+歩兵NPC30名が召喚され、倒されるまで召喚したプレイヤーに従うのだ。

 

この傭兵NPCは世界トップクラスの大国であった国が遥か昔に独立戦争を起こした際に、欧州のとある国から送り込まれた傭兵をモデルにした人間種NPCであり、銃士(ガンナー)と戦士(ファイター)の職種(クラス)を所持したキャラクターである。

 

召喚時の基本装備は威力の代わりに発射速度が低い前装式小銃(マスケット・ライフル)と銃剣(バヨネット)、ランダムな片手剣を所持しているが、プレイヤーが持つ武装を所持させることも可能な召喚NPCとなっている(ただし糞運営のお陰で、彼らが倒されると彼らに所持させていた武器やアイテムは消失するという最悪仕様)。

 

現状では既に村人らが襲われていて周囲に散らばっているため、アインズは広範囲をカバーするために、多数のNPCを時間無制限で召喚出来るアイテムとしてこのヘッセン傭兵隊の軍用ラッパ(ヘシアンズ・ビューグル)を選んだのである。

 

そして今、アインズの目の前にはそのヘッセン銃士隊のNPC達が森の奥から現れ、整列してアインズの命令を待っている。

 

50lv.の指揮官NPCと30lv.の歩兵NPC30人だが、アインズとしては最悪でも騎士らを足止めして村人達が逃げる時間を稼ぐ盾になってくれさえすれば良いと考えていた。

 

 

「我が領主(マイ・ロード)、ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)、御身の前に……」

 

『ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)よ、この村を襲う騎士達を倒せ。また出来る限り村人らを救え』

 

「はっ、承知致しました」

 

 

指揮官NPCはアインズの命令を受けると、配下のNPCに命じて直ぐ様村へと向かっていく。

 

 

(ひとまずはこれで安心だ。よし、俺もそろそろ村を守りに行かなくちゃ……あれ、何だ?急に身体が引っ張られて……!あれは一体何だ!?)

 

 

命令を下したアインズも、さぁいざ村を守りにと動きだそうとした途端、突然自身の身体の自由が効かなくなり、慌てる。

 

更には身体がまるで強力な磁石にでも引き寄せられるかのような感覚になり、何事かと背後を見れば、そこにあったのは先ほど自分が使った<転移門(ゲート)>によく似た円形状の揺らめくものだった。

 

だが<転移門(ゲート)>とは違い、円形状のそれは蒼い色であり、まるで波紋が広がる水面のように揺らめている。

 

 

『ぬおぉぉぉ!!?』

 

 

必死に引き摺り込まれまいと耐えるアインズだったが、円形状のそれは徐々にアインズを引き寄せ、ついにアインズは円形状のそれに飲み込まれてしまった。

 

そして円形状のそれはアインズを飲み込み終わると、ひときわ大きな波紋を広がらせて、消失したのだった。

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

王都にある冒険者組合。

 

その待合室にいたラキュースはアインズからの伝言を受け、村を救うべきか悩んでいた。

 

良識ある人間としてならば、当然村を襲う騎士を倒し、村人を救うのが当たり前の行動である。

 

 

だが、そこで問題になってくるのは、冒険者という立場であった。

 

 

ラキュース達が就いている冒険者という職には<国家間の争いに関わらない>という規約があった。

 

これは、「冒険者はあくまでモンスター退治の専門職であり、例えどのような主義主張を用いられようとも国の争いや戦いには関与せず、徴兵も受け付けない。同時に冒険者は自分の都合で戦や争いに加わったりもしない」というものであり、すなわち冒険者の身を守る規約でもあった。

 

このお陰で冒険者は国家に属しながらも貴族や王族の横槍を受けることなく、独立した立場を維持していた。

また、冒険者組合自体もこの決まりごとにより冒険者という武力になり得る人材を持ちながらも、国家に干渉されることの無い独立した組織として今日までやってこれているのだ。

 

だがいま村を襲っているのは野盗やモンスターではなく、"騎士"だと言う。

 

たまに盗賊なんかが良い防具や装備を持ってたりはするが、只の盗賊が全て統一された鎧兜を揃えるのは不可能だ。

 

何より普通盗賊は人通りの少ない街道や森林が近くにある道で獲物を待ち伏せ、商人率いるキャラバンや市民の馬車を狙い、少ない労力とリスクで略奪をすることを選ぶ。

 

そんな盗賊が日々の生活にも困窮する小さな農村───しかも開拓村を襲うのはまず有り得ない話だ。

 

国の締め付けや貴族による討伐を受け続けていて盗賊が手段を選んでいられる状況に無いなら話は変わるかもしれないが、現在のリ・エスティーゼ王国には盗賊退治に国力を割くような余裕は無い。貴族による討伐云々に至っては全体のうち1割もあれば良いくらいに有り得ないと断言出来る(というか自分で言ってて、王国の窮状に涙が出そうになった)。

 

そして王国には常備軍は存在しない。

 

つまり騎士ともなれば貴族お抱えの兵士しかいない。しかし、エ・ランテル及び近隣は貴族も口出し出来ない王家直轄の土地だ。

 

それに当代の王ランポッサⅢ世はかなりの穏健派であり、例え農民が粗相を起こしたとしても彼が村に騎士を差し向けて誅するとは考えられない。それも理由なき虐殺ならば尚更だ。

 

またいかに貴族派が王家の力を削ぎ落とそうと考えていても、王家直轄の地で騎士を使って村を破壊し村人を虐殺するのは極端すぎる。流石にそんな事をすればランポッサⅢ世も黙りはしないというのは理解出来る筈だ。

 

そこから導き出される答え───恐らくアインズの言う"騎士"とは、王国の隣に位置するバハルス帝国の兵士だと思われる。

つまり……村を襲うのがバハルス帝国騎士だとした場合、それを相手に冒険者たる自分が戦うのは、冒険者の「国家間の争いに関わらない」という規約を破る行為なのだ。

 

"冒険者は国の争いに関わらない"というこれまで続いてきた決めごとの中、自分が帝国騎士に刃を向ければアダマンタイト級冒険者がその決めごとを破ったことになる。

そうなれば、蒼の薔薇のメンバーのみならずあらゆる冒険者組合や冒険者仲間達にも迷惑が掛かる。

 

 

救いたいのに救えない。

 

 

そんな現実を前にしてやり場の無い思いがグルグルと頭と心に渦巻くが、どちらにせよ選ぶ選択肢は初めから1つしか……

 

 

 

「!!?」

 

 

 

そのとき突然、ラキュースは自分の身体に何かが入り込んでくるような感覚に襲われた。

 

何者かの魔法攻撃か呪いの類いかは分からないが、ラキュースは冒険者としての経験から咄嗟に対呪術用の抵抗魔法を発動させようとする。

 

だが身体に満ちていく感覚に、抵抗魔法を唱えようとした口を止める。

 

それは言い様の無い充足感であり、安心感であり、今ならば成せぬ事など無いと思えるほどの"力"が満ちていく感覚だ。

 

そして先ほどまで身に付けていた自身の装備である鎧の無垢な白雪(ヴァージン・スノー)の代わりに、先日の夜間に体験した、あの滑らかという言葉だけでは言い表せない感触が自らの身体を包み込む。

 

ラキュースは一応確認のためにと視線を下に向ければ、胸元がガバッと開いた漆黒のローブ。

 

傍らには例の黄金の杖"スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン"が倒れることなくフヨフヨと滞空しながら、その姿を威風堂々と見せている。

 

 

「もしかして、アインズさん……?」

 

 

この現象は2度目だが、現象が起こる原因はラキュースには1つしか思い浮かばない。

なので確認のために体内に憑いてるだろう人物に呼び掛けてみる。

 

 

『……む?ここは……俺は確かあの村で傭兵を召喚してから……急にあの蒼い門に……』

 

 

やはり、エ・ランテルを見に行くと言って今朝別行動を取り、先ほどそのエ・ランテルの側にある村を救いに行くと一方的に伝えてきたアインズであった。

 

 

「アインズさん?確か、村が襲われているから助けに行くとか言って……」

 

 

そのアインズがなぜ今この王都に戻ってきているのか?

というよりは何故自分の身体にまた入っているのか?

 

 

『ああ、その通りだ。私はあのあと村へと向かい、村人を救うために行こうとした。だが先ほどいきなり奇妙な蒼い門に引き寄せられて気付いたらアインドラ嬢の身体に……もしや私がアインドラ嬢の身体と同化した際に何らかのペナルティか制約が発生したのだろうか?何らかの特定条件を満たしてしまった場合、強制的に戻されるのか?』

 

 

ラキュースの疑問に答えたアインズは、途中から先日の時のように再び思考の海に浸ってブツブツと呟き出してしまう。

 

なおアインズが思考に入ってしまったため、置いてきぼりになったラキュースはというと……

 

 

("蒼い門に吸い込まれて"?なにそれ!?凄い格好良い!こう、神秘的な存在に課せられた抗えぬ縛りって、まさに伝説の物語に欠かせない設定よ!)

 

 

特定の患者に課せられた抗えぬ"病"により、脳内妄想を膨らませていた。

 

彼女の頭の中では神世の存在を身体に宿したダーク・ラキュースが世界のバランスを保つための制約に縛られながらも、神秘的な杖と魔剣キリネイラムを振り回しながら並み居る悪鬼や悪魔をバッタバッタ薙ぎ倒し、現世に復活した魔神を倒すべく人間の騎士やドワーフの戦士、エルフの王子やホビットの少年らとともに穢れた山へと旅立つ辺りまで加速していく。

 

なおラキュースの色々危ない妄想は、切り立った崖のような山を背に幾重にも城壁が張り巡らされた白い城塞で、兵士たちと共に数万の悪鬼の軍勢に立ち向かうシーンで一区切りがついたらしい。

 

 

(これはまた新しい物語が書けそうね。ああ……そんな凄まじい力や制約がある存在として冒険してみたいな〜……っと、そういえばアインズさんと話してる最中だったわ……)

 

 

ラキュースはこの新たな設定を自らのノートに書き込むことを決めた辺りで、アインズと話してる途中であったことを思いだし意識をそちらに戻す。

 

だがアインズは未だに件の自分を吸い込んだ門に関して究明に邁進していた。

 

もしかしたら人との会話途中でも謎の事象の解明や状況分析といったことをしてしまうのは、アインズという人物が元来持っている癖なのかもしれない。

 

圧倒的な力を持つ神の如き存在の予想外に人間性のあるクセにラキュースは──(先ほどまでのアインズとの会話の最中だということを忘れて思考していた己の妄想を棚に上げて)──クスッと笑う。

 

だがそこでラキュースはハタと気付く。

 

アインズは自分の身体にまた憑いてしまった原因を探ろうとしているが、確か彼はそもそも村を救おうとした辺りだった筈だ。

 

しかし彼はここに居る。

 

では村は今どうしているのか?

 

ラキュースは思考の海でブツブツ呟き続けるアインズに恐る恐る呼び掛けた。

 

 

「あの……アインズさん?ちょっと良いかしら?」

 

『もしや時間……距離的な制約による……ん?どうした、アインドラ嬢?』

 

「先ほど、村を救おうとした辺りで門に吸い込まれて、私の身体に憑いたのよね?つまり今村は……」

 

 

 

 

『あ……!!』

 

 

 

 

アインズは自身を吸い込んだ蒼い門に関して究明を進めんと思考に浸り切っていたために、すっかり村を救おうとしていたことを忘れていたらしい。

 

ラキュースと同化しているため、ラキュースからアインズの表情は見えないが(そもそも骨なので表情が見分けにくい)、それでも自分の身体の中の彼が色々と非常に焦っているという雰囲気は伝わってくる。

 

途中で彼はひとしきり焦ったためか急に冷静になったらしく、落ち着いた声で私に伝えてくる。

 

 

『すまなかったアインドラ嬢、少しばかり取り乱した。それで改めてだが、私は至急村を救いに向かいたい。しかし何故か分からぬが、私は昨日のように君の身体から離れる事が出来ないのだ。そこで頼みだが、このままで私と共に村を救いに行って貰いたい』

 

「アインズさん、すみません……そのことに関してですが……」

 

 

私はアインズさんに、冒険者としての根幹に関わる問題ゆえ、国家の争いに関わることは出来ないのだと告げようとした。

 

 

『さぁ、時間が惜しい!行くぞアインドラ嬢!<転移門(ゲート)>!』

「ちょ!?アインズさん、待って下さい!私は冒険者として国家の争いには関わることは出来な……」

 

 

しかしアインズさんの素早い行動に反論する暇も無く、私はアインズさんに強引に身体の主導権を取られてしまい、アインズさんが開いた<転移門(ゲート)>という漆黒の円形の空間に飛び込まされてしまったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なおラキュースは気付かなかったが、冷静になったように見えていた当のアインズ───実際にはアンデッドの鎮静化スキルと、村を直ぐに救いに行かなければというパニックが交互に発動しており、脳内が絶賛混乱中であった。



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祝! 3期祝いのグダ話

【グダ話という名のオバロ3期バンザイ話。ついでに軽いネタバレ】

※この後書きは原作既読の方向けのネタバレ回です。アニメの本編で起こることを軽くぼかしながらも蒼の薔薇メンバーが語り合います。原作を閲覧済みで何が起こるか知っている方、ネタバレ大丈夫な方以外は読まないほうがアニメを楽しめますので、ブラウザバックをお願い致します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインズ『祝!オーバーロード3期放送!』

 

 

ティア「アインズ今更すぎ」ティナ「アインズ遅すぎ」

 

 

アインズ『フハハハッ!我が威光を浴び、我が力に喝采するが良い!』

 

 

ティア「聞いてない」

ティナ「聞こえてない」

 

 

 

ラキュース「まぁまぁ、ティナもティアもせっかくだし皆で祝いましょう」

 

イビルアイ「2期のモモン様……格好良かった〜……」

 

ガガーラン「ああ、そういやイビルアイは王都でモモンにベタ惚れだったな。そういや、結局モモンの素顔や正体って誰も知らないんだっけか?」

ティア「見目麗しい女以外に興味は無い」

ティナ「ウブな美少年以外に興味は無い」

 

ラキュース「ティナとティアは平常運転ね……でも確かに、モモンさんの素顔を見たのって"漆黒の剣"メンバーだけなのよね。正体は不明なままだし」

 

ガガーラン「あと素顔を知ってるのはモモンのパートナーのナーベぐらいだろうな」

 

イビルアイ「うう……私があれだけ慕ってるのに、モモン様は気付いてくれない……」

 

 

ラキュース「とりあえずイビルアイはほっときましょう。でもあれだけ超常的な力を持った人なんて、そうホイホイいる訳無いわよね」

 

ガガーラン「もしかして中身はアインズだったりしてな」

 

 

ラキュース&ガガーラン「「…………………」」

 

 

 

アインズ『よし、今のうちに台本確認しとこう。確かヘッケランが俺の仲間に許可されたと騙って、俺がブチ切れるんだよな。よし……"糞がぁ!!"、いや……"糞があぁぁぁ!!"。うーん……何か違うな』

 

 

 

ラキュース「あはは、まさかそんな訳無いわよ!」

 

ガガーラン「だよな。俺らの知るアインズは魔法詠唱者だし、ラキュースと裸で抱き合うくらいはっちゃけた奴だしな」

 

ラキュース「ちょっと!あれは事故だって///!」

 

ガガーラン「照れるな、照れるな」

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

ラキュース「で、肝心の第3期だけど、原作未読のアニメ視聴組には初めから洗礼付きなのよね?」

 

ガガーラン「ああ、まず侵入者のワーカー全滅から入るな」

 

ラキュース「"倒してしまっても構わんのだろう"みたいな啖呵切りながら墳墓の衛兵に逆に倒されたチームが居たわよね」

 

ガガーラン「エルフ奴隷を酷使してた天才剣士(笑)は巨大モンスターにだっけか?」

 

ラキュース「異世界だと吸血鬼化したとある原作者からホモ設定付けられそうになった剣士さんに潰されたらしいわ」

 

ガガーラン「侵入者編で一番哀れみをが誘われない根っからのクズだから問題無いだろう」

 

ティア「"ク○ープ・ショー"みたくゴキブリの群れに喰われた連中」

ティナ「多分ここで最初の脱落者が予想される」

 

ラキュース「ああ、あれね……」

 

ガガーラン「あれは洗礼というか、完全にふるい落としだよな……おお怖ぇ」

 

ラキュース「"蒼い支配者"って話書いてる知り合いの作者は、"ネット"という情報網で存在を知った時、怖さ混じりにワクワクしながら閲覧したらしいわよ」

 

ガガーラン「うわ……わざわざ閲覧したのかよ……ひねくれた奴だな」

 

 

 

 

ラキュース「で、中盤はンフィーレア君とエンリちゃんが主役回よね。村を守るために色々奮闘するのよね?」

 

ガガーラン「ああ、あとはアインズが何かトブの大森林で色々やらかす予定らしいぜ」

 

ティナ「中盤では少年が出ると聞いたから楽しみにしてたのに詐欺だった」

 

ガガーラン「ハハ……確かに少年だけど、普通の美的感覚じゃ、ときめかねぇわな」

 

ティア「ガガーランは同系統の種族だから彼に嫁ぐとよい。それに多分ガガーランが好きなチェリー」

 

ガガーラン「俺は人間だ!つーかチェリーだとしても俺だってあれにはときめかねぇよ!」

 

 

 

 

ラキュース「で、最後は王国と帝国の戦争。そしてアインズさんの魔法が強すぎて虐殺になっちゃうのよねぇ……」

 

ガガーラン「ガゼフのおっさんもアインズに一騎打ちを申し込むしな」

 

ラキュース「私たちを取り巻く環境が変わっていく転換点になる部分だから、一番の見所ね」

 

ティア「喜劇もある」

ティナ「馬鹿王子が自画自賛した挙げ句カルネ村でやらかす」

 

ラキュース「それは喜劇ではないでしょう……でもあの馬k……私の親友のために全知性を母親のお腹に忘れてきてくれた王子は、貴族派で国を割る原因の一端だったし、八本指とも取引してたようなロクデナシだから、多分スッキリした人が多いと思うわ」

ガガーラン「本当、原作の王国って詰みの一歩手前まで来た末期国家だな……まあ、ランポッサ王の先代達から続く負の連鎖もあるからな」

 

 

ティア「鬼ボス……そろそろ時間」

ティナ「鬼リーダー……そろそろ締めて」

 

ラキュース「そうね。さて、ではBlueLordを閲覧の皆さん。いよいよ明日からオーバーロードⅢ放送が始まります。人によっては不快に感じる描写や結末であったり、救われない話もあったりしますが、それらもくるめて、最後までオーバーロードを楽しみましょう!!」

 



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第7話

平穏な開拓村であったカルネ村はこの日、村を襲撃してきた騎士によって阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

畑を耕し、狩猟を行い、慎ましく日々を過ごしていた村人らの日常は、国家というしがらみが生み出した陰謀の犠牲者となる運命。

 

しかし陰謀に関わった者は口を揃えて「これも運命。大の為の小」と宣い、村人らの運命を仕方無き事と歯牙にも掛けないのだ。

 

だが……運命とは非常に気紛れな物だということを彼等は忘れていた。いや、自らの生い立ちと与えられた役目の重大性を前に、彼等は増長していたのだ。

 

人間という枠組みの中で頂点に立つ力を有していた彼等は、いつしか自らを"人類の守護者"と呼び、人類で無い者を弾圧し始め、<正義>の名の下に自らを正当化したのだ。

そうして積み重ねてきた歴史と偉業が、彼等を肥えさせ、より増長させた。そしてそれは、肥え太っていたが故の驕りから来る失態であった。

 

 

故に運命は"彼"を呼び寄せた───いや、"神"にすがるしかなく、喚び寄せたのかもしれない。

 

もっとも、"人類の守護者"がその事実と重大さに気付いた時には、既に遅かったのだが……。

 

 

 

 

その手始めに、"神"の降臨はカルネ村を襲撃した騎士達にとって地獄をもたらすものとなった。

 

突如としてバハルス帝国の鎧を着た騎士達によって襲われたカルネ村は、少し前までは逃げ行く村人達が騎士の振るう剣で斬り殺される光景が繰り広げられていた。

 

だが今村人達の目の前で繰り広げられる光景は、森から現れた謎の武装集団による騎士達への逆襲であった。

 

 

狩るものが狩られる側になったのである。

 

 

突如として森から現れた彼らは、服装は黒を基調として袖や肩口に白や赤のラインが入っており、金のボタンが縦に一列に並ぶ上着を着た集団。

逆に下は両脇に黒いラインが縦に走る白地のズボンを着用し、黒革の高級そうなブーツを履いている。

 

口元は威圧の為なのか防塵の為なのか黒布で覆っており、頭には同じく黒地で作られた端々に白くラインが走る広角の三角帽を被り、肩には見たことの無い鉄の筒と木で作られた武器のような物を手にしている。

 

そして右の腰には、貴族でもまず手に入れられないような価値を感じさせる、威圧感を放つ黒鞘に納められたサーベルやレイピア、シャムシール等の片手剣を提げていた。

 

まるで物語の世界から抜け出してきたかのようなその集団は、現れるやいなや謎の新手に困惑した騎士達に手にした筒を構え、襲い掛かったのである。

 

彼らが手にした筒は金属同士が打ち付け合うような鈍い音を立てると、火と煙が筒先から破裂音とともに噴き出し、筒先が向けられていた騎士は胴体や頭を鎧兜ごと穿たれ、その命を散らしていく。

 

村人達は初めこそ得体の知れない武装集団に怯えていたが、その集団が村人には目もくれず騎士達を打ち倒していくのを見ていて、ようやく事態を理解すると喜びの声を上げた。

 

理由は分からないが、少なくとも彼ら──村人達は彼らの名前を知らないため暫定的に"黒服"と呼んだ──は自分達を救ってくれている。

 

勿論この手の集団は後から「村を助けた報酬を」と言うだろうが、村人達は命の恩人ならばと出来る限りの礼をするつもりであった。

 

 

そんな中、"黒服"の遠距離武器相手では守勢に回っても埒が開かないと判断した騎士達は、筒が弾ける合間を縫うように手にした剣を振りかざして彼らに向かって行く。

 

しかし"黒服"達は数人づつで固まり、彼らも騎士を近付けまいと筒先に取り付けられた細く鋭い槍を次々と騎士に向かって突き出すので、剣や盾しか持たない騎士は簡単に阻まれてしまう。

 

そして逆にその槍で突き伏せられるか、筒の後ろの柄で思い切り殴られ、倒れたところを倒されていく。

 

そして特定の集団への攻撃に固執してしまうと、別の"黒服"達によって背後から攻撃を受けてしまう。

 

今や騎士達は"黒服"を倒すどころか逆に次々と蹂躙され、その数は既に半数に減っいた。

 

 

 

 

「クソ!」

 

 

 

ロンデス・ディ・グランプは、この騎士達を率いる部隊の副官としてこの村の破壊に同行していた。

 

初めは順調に村人を追い立て、部下らに命じて今自分らがいる村の中央の広場へと集めさせた。

 

後は集めさせた村人を数人残して殺し、村を破壊して撤退する……それだけの任務の筈だったのが、突然現れた災難が自分らに降りかかったのだ。

 

トブの大森林と呼ばれる強大な魔獣が住まうと言われる森から現れたのは、黒い服を着た奇妙な武装集団であった。

 

初めは敵かどうかを見分けようと声を掛けたロンデスに、その集団の先頭の人間(他の人間と違い、勲章や金モールがあしらわれた装飾で身を飾っているため、恐らくはリーダー)は手にしていたものを投げてきたのだ。

 

幾度かバウンドして何かの飛沫を飛ばしながらロンデスの足元まできて止まったのは、人の頭───ロンデスの命で村人を追い回していた仲間のエリオンの頭部であった。

 

両目を抉られ、顔に細々とした切り傷がつけられ、鼻は折られている無残な死体……そしてよくよく見れば、エリオンはまるで絶叫したように大きく口を開けて表情を酷く歪めている。

 

それは、彼が"生きたまま"目を抉られ、顔を刻まれ、首を落とされたのだとロンデスが気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

エリオンの首を放り投げてきたのが相手による宣戦布告だと分かると同時に、冷や汗がドッと押し寄せ、血の気が引いた。

 

すると武装集団のリーダーはロンデスの辿り着いた結論に満足したのか、腰からサーベルを抜き放つと高々と切っ先を天に掲げ、それをロンデス達に向けて振り下ろした。

 

 

それは殺戮の合図。

 

 

リーダーの合図を受けた者達が手にしていた筒を統制された動きで構えると、ロンデスらに向ける。

 

そして響く破裂音と共に、戦闘が始まった。

 

敵の攻撃は飛び道具が主流らしく、一様に手にした筒をリーダーの命令で次々とこちらに撃ってきた。

 

始めこそ自分達はかなりの訓練を積んだ部隊だという自負があり、飛び道具を扱う兵種は総じて近接に難があるという常識に従って、敵の遠距離攻撃に怯まず味方が突撃し互いに近距離でぶつかり合った。

 

しかし敵の槍が付けられた筒と自分の剣を交えた瞬間に、まるで歴戦の戦士と新米の戦士が戦うように簡単にあしらわれてしまったのだ。

 

最初は敵の攻撃が飛び道具によるものと戦術の常識から気付くのが遅れたが、一度剣を交えた今だからこそロンデスは断言出来た。

 

今自分らと対峙している敵は、戦闘技術は1人1人が歴戦の戦士を越えた先───英雄の領域に踏み込めるような実力の持ち主だと。

 

何故そのような天性の才能を持った集団が存在し、何故この村に現れたのかという疑問は残るが、まずは生き残るために村人を盾に敵との距離を置いて離脱の算段を立てようとした。

 

だがいざ命令を下そうとした時、あの"馬鹿"がやらかしてくれた。

 

ベーリュース……自分と同じく法国の上流の家柄の出身で、ベーリュース家長男である。しかし血筋は受け継いでも、両親の持つ徳の高さまで受け継ぐのは失敗したらしい。

 

浪費癖が強く、女好きで箔付けのためだけに今回の作戦に参加したボンボンだ。剣の腕も弓の腕も持久力すら最低。プライドの高さだけならアゼルリシア山脈並である。

 

そんな男が指揮能力に長けている筈もなく、作戦が始まってからは味方の統率はロンデスが行っており、ベーリュースは攻撃命令を下すだけが仕事だった。

 

だがこの時に限って小心者だった筈のベーリュースは、謎の武装集団が自分達を余裕で越える実力の持ち主達だと気付いた途端に要らない気概を出して逃げずに、間違った命令を下してしまう。

 

 

「逃げるな!村人など放っておけ!出来るだけ距離を取れ!」

 

 

窮地にある時ほど中途半端な命令や間違った命令は致命的だというのに、ベーリュースはわざわざ盾に出来る村人を放置して、敵から距離を取れと命令を下してしまう。

 

更には敵の圧倒的な強さにどうするべきか混乱していた味方は、咄嗟に出た命令に従ってしまう。

 

結果として一方的に押し切られようとしていたロンデスらは、更に泥沼へと嵌まった。

 

ロンデスは舌打ちしながら直ぐ様味方に命令の撤回を飛ばし村人を人質にしようとしたが、村人を集めた祭りに使われる木組みの舞台には既に敵の何人かが村人を守るように回り込んでしまい、彼らを盾にしようとしたロンデスの計画は失敗となった。

 

しかも敵の持つ武器は遠距離や中距離を想定したと思われる飛び道具だが、生半可な弓やクロスボウでは足元にも及ばない威力を秘めていたのだ。

 

味方は盾で飛び道具を防ごうとするも、その飛び道具は鉄で作られ硬度を増す魔法が付与された盾を、風化した板を射ち抜くようにいとも簡単に貫通した。

 

そして鎧にすら風穴を空け、肉体にめり込むのだ。しかし飛び道具を受けた味方で即死出来た者は幸せかもしれない。

 

ロンデスの手前付近では脚や腕、脇腹など致命傷になりにくい部位を攻撃された味方が痛みに呻いたりすすり泣きをあげている。

 

それは恐らく意図したもの。

 

敵は敢えて的確に致命傷を与えず、直ぐに命に関わらない……しかし時間が立てば命を落とし、それまでには散々に痛みに悶え苦しませる手法を選んで攻撃してきている。

 

さらに最悪なことに敵の飛び道具が撃たれる度に、味方は距離を取ろうと戦列を徐々に後退させていたために、いつの間にか怪我を負った者は倒れたままロンデスらと、徐々に接近してくる敵の間に取り残される形になっていた。

 

既に息絶えた者を除けば、負傷した味方がまだ助けを求めている。そしてその悲痛な声に、まだ健在な味方が浮き足立ってしまっていた。

 

だが苦痛に喘ぐ味方の声に助けようと近寄れば、その味方が撃たれる。そしてまた助けを求める負傷者が増え、味方は「助けたい。しかしああなりたくない」と板挟みになる悪循環に陥っている。

 

 

だが、その敵による悪辣な戦法はまだ始まりであり、騎士達の災難は終わっていなかった。

 

 

"黒服"が現れた森から3mはあろうかという、分厚い刀身のフランベルジュと身体の半分を隠せるタワーシールドを構えた巨大な騎士のアンデッドが飛び出してきたからであった。

 

 

 

"ゴアァァァァ!!!"

 

 

 

地を揺るがすようなおぞましい咆哮が響き渡り、巨大な騎士アンデッドはズシャリ!ズシャリ!と重い足音を鳴らしながら近づいてくる。

 

ロンデスはその騎士アンデッドを知らないが、もし仮に名付けるとしたら「死の騎士」だろうか……。

 

自らが所属する国家にはそのようなアンデッドに対する様々な文献が遺されており、ロンデス自身そういったアンデッドの知識を万が一に備えて蓄えていたからだ。

 

だが知識は知識でしかなく、またロンデスは目の前に立つアンデッドのような存在を聞いた事が無かった。しかし現にその暴力の化身は目の前に存在し、いざその脅威が振るわれた時、ロンデスの手に有効な対策など存在しなかった。

 

「ひゃあぁぁぁ!!」

 

 

タガが外れたような甲高い声を響かせ、只でさえ圧倒的な戦力差を見せ付けてきた敵によって極限まで緊張していた味方の1人が、ついに「死の騎士」を前に恐怖に負けて剣を投げ捨てて逃げ出した。

 

それは許されない行為だ。こういった状況下で味方を置き去りにして逃げ出せば、他の味方も勢いに流されて逃げ出すなり浮き足立つなりして、戦線崩壊を招くからだ。

 

当然ながらロンデスは身勝手に敵前逃亡をした味方を生かしておくつもりは無かった。

 

そういった緊張の中で士気崩壊(モラル・ブレイク)を引き起こすような行為に走る輩は、後の任務でも仕出かしかねないからだ。

 

だがロンデスが動くどころか、それを他の味方が止める必要も無かった。

 

味方───逃げ出した男であるオーガスが動くことを許されたのはたった3歩だけ……「死の騎士」の動きは、その巨体からは想像出来ない程に素早く軽やかであった。

 

オーガスが逃げ出した途端に「死の騎士」はまるで霧のような素早さで彼に飛び掛かると、手にしたフランベルジュで彼の首を斬り落とし、流れる動きのまま刃の向きを切り替え、身体を縦に両断したのだ。

 

僅か一瞬の間に身体を十字に斬り裂かれ、内臓と脳をボタボタと溢しながら地面に倒れ込んだ"オーガスだったもの"に、味方は身動きを止めた。

 

 

"クウゥゥゥ……!"

 

 

「死の騎士」は、たった今殺したオーガスの血を浴びて、満足そうな唸りを上げている。人の血肉を浴びて喜悦に浸っているのだ。

 

 

「うおおお!!」

 

 

その中、仲間の1人であるリリク───気立ての良い、しかし酒癖の悪い男が勇気を振り絞って雄叫びを上げながら剣を振り上げて「死の騎士」に接近すると有らん限りの力で叩き付けた。

 

だがリリクの剣は「死の騎士」に傷を与えることなく、その強固な外皮を前に砕けた。しかし彼がそれを認識すると同時に、「死の騎士」は己に挑んだリリクをタワーシールドで殴り飛ばした。

 

リリクの身体が宙を舞い、どさりと地面に落ちる。だが、まだ彼には息があった。そこでロンデスは理解した。

 

「死の騎士」は己に挑む者を殺さずに弄ぶつもりだと……そして逃げる者には直ぐ様死を与えるのだと。

 

しかしそれも救いにはならない。すなわち答えは一つ、逃げる暇もなく死ぬまで弄ばれて朽ち果てるのが運命となるのだ。

 

そして「死の騎士」は、再びそのフランベルジュを哀れな犠牲者へと振り下ろし始めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

─少し前─

 

 

 

 

 

森の中でエンリは母親と妹とともに必死に帝国の騎士から逃げていたが、体力も持久力も人並みより上でしかない村人のエンリらは藪を掻き分けたり倒木を乗り越えたりする際にモタついてしまい、ついに騎士に追い付かれてしまった。

 

咄嗟に妹に手を伸ばそうと近付いてきた騎士の顔目掛けて拳を叩き込んだが、硬い兜に阻まれ手を怪我してしまい、血がポタポタ滴り落ちる。

 

しかし殴られた騎士は村人でしかないエンリに不意を突かれたとはいえ、顔に一撃を貰ったことにプライドを傷付けられたためか、エンリを刀の柄で力任せに殴り倒した。

 

頬に衝撃を受けて倒れたエンリは痛む頬を押さえながら頭を起こすと、騎士の1人が自分の母親を押し倒して服を破り捨てていた。

 

 

「止めて!お母さんに酷いことをしないで!」

 

 

騎士が母親を凌辱しようとしているのを見てエンリは叫ぶが、先ほどの騎士と別の騎士に2人がかりで地面に押し倒され、スカートと下着を破られてしまう。

 

騎士達は母親と自分を凌辱してから殺す気なのだとエンリは悟り必死に暴れるが、力自慢の男相手では無力さをまざまざと実感させられるだけであった。

 

 

(……何でこうなっちゃったんだろう……私達、何もしてないのに……お父さんもお母さんも、悪くないのに……)

 

 

エンリは己の不幸を嘆きながらも、もし神が居るならせめてネムだけは生き延びさせてほしいと思った。

 

そして騎士の凌辱が早く終わって、死ねることを祈りがなら瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

しかし、いつまで経ってもこの年まで守り通した貞操を奪われる痛みも、自身の身体をグチャグチャに凌辱される不快感も襲ってこない。

 

もはや抗うのは無意味と諦めていたエンリが騎士達は何をしているのかと目を開ければ、そこにはエンリから離れていくように後ずさる騎士の姿があった。

 

 

「なんだ、あれ……」

 

「し、知るか……!」

 

 

騎士はエンリ……ではなく、その背後を見て怯えているようだ。目の前の騎士を怯えさせる程の存在とは一体何か?

 

この状況下において、エンリは騎士に襲われ凌辱されそうになった悪夢のような状況に、諦観から来る一種の鎮静した精神状態に陥っていた。

 

簡単に言えば死を間近に感じて恐怖諸々一切合切を感じなくなっていたのだ。

 

ゆえに普段のエンリならば騎士が恐れるものが自分の背後に居ると理解した時点で、振り返ることなく妹と母親を連れて逃げ出していた筈だ。

 

ゆっくりと背後を振り返るエンリ。

 

そしてエンリの視線が向けられた先……そこには大きさが数mはあるだろう黒い何かが、まるでキャンバスに描かれた風景の真ん中だけを塗り潰したような形で蠢いていた。

 

そこからズルリと音を立てて抜け出してきたのは────

 

 

 

 

 

豪奢な漆黒のローブをまとい、左手には幾つもの蛇の彫刻がルビー・サファイア・エメラルド等といった色合いの磨き抜かれた宝玉をくわえた金色に輝く大きな杖。

 

そして惜し気もなく開かれたローブの胸元からは、エンリから見ても美術品と見紛うほどに均整の取れた豊かな乳白色の果実が2つ、"タユン"と揺れた。

 

そしてフードに包まれた顔は、無駄な肉が一切付いていない引き締まった出で立ちであり、幼い頃から農作業で日に焼かれてくすんだエンリの髪とは天と地ほどの差があるフワリとした金髪。

 

そしてそこから覗くエメラルドグリーンの宝石を彷彿とさせるパッチリと開いた2つの瞳は、凛然とした力強さを秘めた眼差しでエンリを犯そうとした騎士を睨み付けている。

 

(……よくよく見れば顔は羞恥のあまり火災でも起こしそうなくらい朱が指しており、それに耐えるように目元の端に雫を浮かべつつプルプルと震えているのだが、エンリにはそう見えていた)

 

 

『離れていなさい』

 

 

少女の口からはおおよそ少女のものとは思えない威厳に満ちた重厚な声が紡がれる。

 

すると騎士達は最初こそ得体の知れない黒い空間に怯えたものの、中から現れたその少女を見ると落ち着きを取り戻した。

 

 

「驚かせやがって、女かよ。おい、魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだが、俺達は作戦行動中なんだ。さっさと……」

 

「馬鹿かお前、あんな上玉の女を逃がす気かよ!どうせベーリュースの野郎がお楽しみの間、俺らに回される女なんてねぇんだ!だったらこの女で楽しまなきゃ損だろ!」

 

「……確かにな。女、悪いがさっきのは取り消しだ。俺らの作戦行動が終わるまで、付き合って貰うぜ。なに、抵抗しなけりゃ命は助けてやるよ」

 

 

騎士の片割れは目の前に現れたのが少女だと分かった瞬間から、己の欲望を満たす道具にすると決めていたらしく、仲間の言葉を遮って捲し立てる。

 

その言葉を受けて最初は少女を見逃そうとした騎士も考えを変えたらしい。

 

そして騎士は少女に警告をしながら剣を握っていないほうの手で少女に触れようとした。

 

だが最初に行動を起こしていたのは目の前のローブの少女であった。

 

突如として少女はビクン!と震えたかと思うと、僅かに恍惚とした表情を浮かべながら胸元を前に突き出す───そして次の瞬間、少女の身体から黒と蒼が入り交じったおぞましいオーラがその少女から吹き荒れる。

 

そしてズルリと音を立てて少女の身体から、先ほど少女が着ていたローブと杖で身を固めた、2mはあろうかというアンデッドが抜け出してきた。

 

 

「なっ!?」

 

 

騎士は慌てて少女から抜け出してきたアンデッドと距離を取ろうとしたが、それよりも早くアンデッドの皮膚も筋肉も無い骨の手が騎士の頭をわし掴み、持ち上げる。

 

そのまま、騎士が何かを言う前にアンデッドはわし掴みにした手をゆっくりと握り込んでいく。

 

メキメキと音を立てて騎士の被るバレル・ヘルムが握り潰されていき、中からくぐもった声で騎士が絶叫を響かせるが、アンデッドは容赦なく最期まで手を握りしめた。

 

バレル・ヘルムのスリットや首もとから血が噴き出すと、アンデッドは手を離した。ドシャリと音を立てて騎士は地面に落ちるが、もはや原型を留めないほどに握り潰されたバレル・ヘルムを見れば、騎士が死んだのは明白だ。

 

先ほど少女を逃がさず楽しもうと仲間に言っていた騎士は悲鳴を上げて尻餅を着くが、アンデッドは彼には見向きもせず今度はエンリの母親に覆い被さっていた騎士に歩みを進める。

 

その騎士はエンリの母親の髪を掴んで無理矢理起こすと、腰から剣を抜いてその首に押し付けた。

 

 

「く、来るなアンデッド!来たらこの女を……!」

 

 

しかし騎士の脅しを受けてもアンデッドは躊躇うことなく歩みを進め、片手を持ち上げると、一言だけ唱える。

 

 

『<心臓掌握(グラスプ・ハート)>』

 

 

アンデッドの呪文に呼応してその手に現れたのは、赤々とした脈打つ心臓。それを見ていた騎士の目の前でアンデッドはまるでトマトを握り締めるように心臓を潰した。

騎士は剣を取り落とすと、潰されたカエルのような鈍い呻き声を出して、後ろへと倒れ込んだ。

 

エンリはそこまで来て、自分らが助けられたのだと気付いた。そして騎士に殺されそうになっていた母親へと駆け寄る。

 

 

「お母さん!大丈夫?」

 

「大丈夫よエンリ、私は無事よ」

 

「お母さん、お姉ちゃん!」

 

 

そこに妹のネムも泣きながら寄ってきた。少なくとも母親も妹も無事だと分かると、諦めから感情が消えていたエンリに、ドっと涙と恐怖が押し寄せてきた。

 

 

だから泣いた。

 

 

母親とネムを抱き締めて、あらんかぎりの声で恐怖に泣き、そして家族の無事を喜んだ。

 

『ふむ……母子ともに助かったようで何よりだ。さて、母親と君は怪我をしているな。これを飲みたまえ、治癒の薬だ』

 

 

 

ひとしきり泣いて落ち着いたエンリ達に、先ほど自分達を救ってくれたアンデッドがそう言いながら近寄ってくる。

 

手には赤い液体が入った見事な細工の小瓶を2つ持っており、『さあ、飲みたまえ』と言って自分達に渡してきた。

 

しかし赤い薬を前にして、それを血だと思ってしまう。あとは勢いのまま、飲むから妹と母親を見逃してくれと恩人に叫んでしまった。

 

 

「貴様、我が主(マイ・ロード)に不敬な!その首叩き落とすぞ!」

 

その瞬間背後から凄まじい殺気と共に怒声が響き、首を竦めてしまう。

 

誰かと恐る恐る振り返ればいつの間に自分の背後に居たのか、装飾が幾つも着いた黒い服とズボン、磨き抜かれたブーツを履き、同じく黒い広角の三角帽を被った人が、腰に差したサーベルに手を掛けていた。

 

 

『ま、待て!物事には順序という物がある!武器を抜く必要は無い!』

 

「はっ、申し訳ございません我が主(マイ・ロード)。出過ぎた真似を致しました」

 

 

だがそれを見た目の前のアンデッドが止める。そして先ほどの小瓶を見せながら「これは毒や危険なものではない。ちゃんとした治癒の薬だ」と説明をしてくれた。

 

しかしいざ受け取ったものの、つい「もしかしたら」という不安からお母さんに眼を向けてしまった。するとお母さんが「恩人の好意を無にするのは失礼だ」と言って、薬を飲み干してしまう。するとその途端、お母さんの顔や腕にあった傷がまるで何事も無かったかのように綺麗に治ってしまったのだ。

 

自分もそれを見て覚悟を決めて薬を一気に飲み干すと、騎士に殴られた部分の痛みが嘘のように消えてしまった。何度か触ったり叩いたりするが、痛みは全くない。

 

信じられない光景にしばし唖然とするが、ようやく理性が現実に追い付くとまずは恩人である者に礼を言わねばと顔を向ける。

 

だが恩人のアンデッドと黒服の人が何かを話し合っていたので、話が終わるまでとりあえず待つことにした。

 

 

『どうした?……は無事か?ああ、なるほど……を知らせに……』

 

「はっ、その通りで御座います……は無事です。現在……このまま…現在…それでそこの騎士は……」

 

『そうだな……騎士は……しろ……必要はない』

 

 

そして一通り話し終えたのか、恩人のアンデッドはチラリと先ほど殺した2人目の騎士の死体に目を向けて何かを呟き出す。

 

その隣で黒服の人は背中に背負った物と似た、しかしそれよりも遥かに短く小さい鉄で出来た筒を取り出すと、カチカチと動かしてから生き残って放心していた騎士の頭目掛けて構えた。そして筒から何かが弾ける音と一緒に火花と煙が噴き出す。

 

騎士はその筒先から火花と煙が噴き出したと同時に兜が吹き飛んで、力が抜けたように地面にドウッと倒れて動かなくなった。

 

騎士は今の黒服の人によって殺されたのだろう。

 

その間、アンデッドはたった今死んだ騎士には目もくれず、何かを考えるように顎の骨に手を当てて呟いてから、片手を掲げる。

 

 

『<中位アンデッド作成・死の騎士(デス・ナイト)>』

 

 

アンデッドが呪文のような言葉を唱えると、2人目の騎士の死体の上に黒い靄のようなものが出現し、それがまとわりついていく。

 

すると先ほどまで死んでいた筈の騎士がまるで操り人形のようにガクガクとした動きで立ち上がり、口からドロリとした液体を吐き出した。

 

そして吐き出された液体は地面に落ちることなくジュルジュルと音を立てながら死体の身体をまんべんなく覆っていく。

 

直後、騎士の身体はメキメキと軋みを上げて膨れ上がり、体長はあっという間に2mを越える大きさへと変貌していく。手には巨大な剣と盾を構え、身体を覆う鎧の所々には血管のような赤い筋が通り絶えず脈動し、そして眼窩に覗く暗い穴には果てしない闇が広がっている。

 

余りの恐ろしさに、お礼を言おうとしていたのを忘れてしまい、とっさにお母さんの服にすがり付いてしまう。

 

 

『死の騎士(デス・ナイト)よ。村に向かい、ヘッセン銃士隊(ヘシアンズ)と共に騎士を倒せ』

 

 

"ゴアァァァァ!!"

 

 

命令を受けた騎士のアンデッドは凄まじい唸りを上げると、土煙を上げながら私達が暮らしている村の方角へと突き進んでいった。

 

 

『えー……盾になるモンスターが……いや、命令したの……だけどさ……まあ良いか……』

 

 

しかし何かが不満だったのか、召喚主であるアンデッドは村へと疾走していった騎士のアンデッドに対して何かぼやく。

 

そして目の前に居る恩人のアンデッド───私達親子を助けてくれた御方が私達の方へと改めて向き直ってくれた。

あの騎士のアンデッドを見てしまった恐怖がまだ残るが、震えを押さえながらまずお礼を述べた。

 

 

「わたくし達を助けて頂き、まことにありがとうございます。母と妹も、お陰で生き延びることが出来ました」

 

『気にするな。村が襲われていたから助けにきたまでだ。ところで、お前達は騎士に襲われた理由に心当たりはあるか?それともいきなり襲撃を受けたのか?』

 

「いえ……騎士に襲われる理由は全く心当たりはありません……強いて上げるとしたら、私達が王国民だからということぐらいですが、少なくとも私が知る限りでは今までこの付近まで帝国の騎士が侵攻してきた事はありませんでした」

 

『ふむ……話しに聞いたバハルス帝国か……だが確実とは言えないな……鎧兜を偽装で装備していた別の第3者という線も有り得る……ふむ、ひとまずそれは置いておこう』

 

 

その御方はそう言って話を一区切りすると、また幾つかの私達への質問の後、複数の呪文を唱えて飛び道具や攻撃魔法から身を守ってくれるという防御魔法を掛けてくれる。

 

また護身用だと言ってゴブリンを召喚出来るという角笛を私に渡して、更には先ほどの黒服の人を万が一に備えてと護衛につけてくれた。

 

一介の村人でしかない私達にわざわざこの御方は凄い価値を持つアイテムをくれ、身を守る術を与えてくれたことに、私は感動していた。

 

そして私とお母さん、妹で再度お礼を述べるとアインズ・ウール・ゴウン様は「問題無い。では私は村の様子を見に行く」と非常に謙虚になされていた。

 

改めて私はお母さんとネムを抱き締め、助かったことに安堵し、あの御方が居れば村もお父さんも救って下さると喜び合うのだった。

 

 

 

「ふふ……良いわよどうせ私なんか……いきなり連れてこられたと思ったら森の中で素っ裸で放置されて蚊帳の外……きっと私はそのうち<蒼の薔薇のリーダー>から<蒼の薔薇の痴女>って周りから認識されるのよ……」

 

 

 

とそこで、私はようやく一糸纏わぬ状態で地面に座り込み、ブツブツと壊れたように呟く女性に気付いた。

 

私は慌てて自分の上着を脱ぐと、その女性に掛けてあげる。

 

人目があるかもしれない所で上着を脱ぐなど少し女性としてみっともないかもしれないが、目の前の女性は裸だし、下に麻布のシャツを着ているから問題は無い。

そうして私は女性が落ち着くまでの間、お母さんとネムと一緒に代わる代わる事情を聞きながら励ますのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸いだったのは、カルネ村のエモット夫婦の娘であり長女であるエンリ・エモットは、機転が効く逞しい村娘であったことだろう。

 

少なくともアインズによってほぼ無理矢理に連れてこられたラキュースが森の中、裸体を晒しながら若干壊れかけていた原因は、間違いなくあのアインズ・ウール・ゴウンその人であった……。

 




次回でカルネ村を終わらせて次の話に移りたいです。早くアインズ様とラキュースのイチャコラや百合話交えながら進めたい……(じゃないと百合タグが詐欺になってしまう(-_-;))。


ちなみに皆さんがもし森で素っ裸放置されたラキュースを見つけたらどうするのか興味があったり無かったり……


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第8話

ガゼフ・ストロノーフはリ・エスティーゼ王国に仕える戦士であり、王国戦士団と呼ばれる部隊を国王より任されている男である。

 

元は王国領に住まう一介の農民であり、彼も他の農民同様に畑を耕し家畜を育て、いつかは年頃の村娘と結婚し子供をもうけて後継者とし、人生を生きていく筈だった。

 

しかし彼には、剣の才が秘められていた。村を訪れた吟遊詩人の謳う英雄譚を観て、両親が知る勇者の話を寝物語に聞き続けた彼はある日、剣を手にした。

 

農業の合間に木の枝をナイフで削って作った、不恰好な形の安っぽい木刀。

 

だが彼は嬉々として木刀を振り回し、物語の英雄になった気分で想像のモンスターと斬り結んだ。いつしか子供の英雄ごっこは、青年になる頃には国を守りたいという理想に、そして青年から男へと成長する頃には、理想は強靭な意志と剣の才に裏付けされた目的へと成長していた。それからは両親の許しを得て、村を出て武者修行の日々だ。

 

モンスターとの戦いで命を落としかけたことなどザラであり、油断から叩きのめされた経験だってある。

 

いつだったか白銀の鎧と兜ですっぽりと身体を纏った、赤いマントが目を引く騎士に慢心を指摘され、敗北した。

 

その凄まじいでは到底収まらない技術と不動の山の如き鋼のような胆力を垣間見せられた。

 

彼に弟子入りを懇願したが余裕が無いと断られた。代わりに「一度限りだが稽古を付けよう」と言われ、たった一度、たった一回の稽古だが、恐らく自分は愚か名を馳せた英雄ですら体験したことが無いような稽古を味わった。

 

だがそのお陰で、あの日から慢心を捨てられた。油断もなく、虚栄心も持とうとは思わなくなり、白銀の騎士が去り際に言った「誰かの為に振るう力は、時に自分の為だけに振るう力を凌駕する」という言葉を日々実感した。

 

技術の鋭さが増す中、遂には人々から英雄の領域に踏み込んだ数少ない人間だと言われるようになった。

 

 

 

しかし、光があれば影が差す。

 

 

 

このリ・エスティーゼ王国においては、貴族達はほとんどが揃ってガゼフという男を敵視していた。

 

貴族達は特権階級意識の高さ故に農民や平民を見下しており、そこからのし上がり国王の信頼する側近にまで至った英雄ガゼフという存在は彼らに敵意を抱かせるに十分であった。

 

しかもその英雄級の剣技や、ひたすらに実直で謙虚な性格ゆえガゼフは王国民や他国の人間からも尊敬されており、彼を貶す貴族達の評価は低いものになっていた。

 

そんな貴族達がガゼフを放置する筈もなく、彼らはついにとある裏取引によってガゼフを売り渡すことにした。

 

そして今、ガゼフは自らが率いる王国戦士団と共に馬を飛ばして村という村を駆け回っていた。

目的は最近王国の村を次々と襲っているというバハルス帝国の部隊の捕縛ないし排除である。

 

しかし野盗のような武装集団を相手にするならともかく、厳しい訓練を重ね魔法付加が施された装備を揃えているバハルス帝国の部隊を相手にするという任務において、陰謀を企てた貴族達はガゼフが王より託された"五宝物"と呼ばれる装備の持ち出しを禁じたのである。

 

曰く「帝国兵とはいえ、たかが村を襲う集団程度に王国の至宝を用いるなど侮辱である。しかも至宝を使わなければ勝てない程度の技量しかない人間が王の側近など不釣り合い」だとのこと。

 

そういった横槍もあり、ガゼフは通常の装備でこの任務に当たっていた。

ガゼフは内心で薄々、貴族派閥が何らかの策謀を張り巡らせて至宝の持ち出しを禁じたのだと気付いていた。

 

だからこそ、死地に踏み込むことになるかもしれない任務に部下を連れて行かなければならないのが、彼の良心を責める。

 

しかもここに辿り着くまでに既に襲われた幾つかの村の生き残りである人々を部下に命じて護送させて自分らは敵を追撃すべく先行していたために、初めは100人以上居た人員も減り続け、今は僅かに30人弱しか残っていない。

 

熟練した兵士がこれだけ減った状況で仮に敵が大部隊であった場合任務達成が不可能になり、救う者達を救えないかもしれないという予感に気が重くなる。

 

 

「戦士長、見えました!カルネ村です!」

 

 

そんな事を悶々と思考していたガゼフに副官が次の村が見えてきたと伝えてくれたため、直ぐに頭を切り替える。

 

前を見れば、うっすらと建物や櫓の輪郭が視界に入り込んでくる。見たところ、まだ村は襲われていないようである。

 

 

「戦士長、村は無事なようですが如何しますか?まだ他にも村はありますが……」

 

 

副官は無事であるカルネ村は通過して、他に襲われそうな村を目指すかと聞いてきている。

 

 

「副長!万が一の敵襲を考慮し、まずはカルネ村に向かう!全隊、駆け足!」

 

 

だがガゼフはカルネ村へ向かうと断言すると、他の兵に指示を出す。

 

それがガゼフ・ストロノーフという男だった。

 

彼は自分の手が届く限り救える者を救いたいと考え、困る者が居れば命を掛けてでも助けようとする───そんな人間であった。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

その頃、カルネ村では亡くなった村人の葬儀を終え、アインズが村長やラキュースを交えて報酬や村の今後の対策について話し合いを始めようとしていた。

 

森でエンリという村娘を助けたあと、アインズは村を救いに行く前にアンデッドであることを隠すため普段のローブに加えてガントレットとイベントで入手した"ガイ・フォークスの仮面《マスク・オブ・ガイ・フォークス》"という物を身に付けた。

(初めはクリスマスの日に一定時間ログインし続けることで強制的に入手させられる、モテない連中の血涙を代弁する"嫉妬マスク"で顔を隠そうとしたのだが、何故か何度やっても装備出来なかったため、別の仮面にしたのだ)。

 

それからヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》、死の騎士《デス・ナイト》と共に村を襲うバハルス帝国騎士を追い詰め、最終的に降伏に追い込むことが出来た。

 

そこで捕らえた生き残りの騎士の中で部隊の副官を務めているという男が居たので、彼から情報を得るべく尋問すると、アインズは「よりによってスレイン法国か……」となった。

 

彼らはバハルス帝国の騎士等ではなく、南のスレイン法国の偽装工作員だと身分を明かしたのだ。

 

目的はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺。

 

彼ら偽装工作員が王国の村を襲い被害を増やし、王国戦士長たるガゼフを誘き出す。

誘き出した後は村を次々と襲って回ることで彼らを休む間もなく追うガゼフらを疲弊させ、最終的に偽装工作員に追い付く頃合いに、待機している法国の特殊部隊が強襲しガゼフを殺害して王国の力を削ぐ。

 

だがそれ以上の情報をロンデスは持ち合わせてはいなかった。彼は作戦に関わるもののあくまでも末端の工作員として、必要以上の情報を与えられていなかったからだ。

 

アインズは結局王国戦士長暗殺によるスレイン法国が望むメリットや、具体的な陰謀に加担した者、自身に脅威になりそうなスレイン法国の人物といった一番欲しかった情報は得られず、今後の敵の出方を掴めないまま不安を残しつつも、村の進退も急務と捉えて村長らと話し合いに臨んでいた。

 

なおエンリを含めたアインズの正体を既に知る彼女達には、事前に<記憶操作《コントロール・アムネジア》>を掛けることで、アンデッドの姿の記憶を仮面で正体を隠したアインズの姿に入れ換える事で事なきを得た。

 

もっとも<記憶操作《コントロール・アムネジア》>は記憶の微細な調整が難しい上に膨大な魔力を消費してしまうという欠点が浮き彫りになったので、アインズはこの魔法の練習と魔力消費の対策を心の"重要課題項目"一覧に載せたのであった。

 

 

『さて、では始めましょうか』

 

「はい、ですがその前にまず、お礼を申し上げさせてください。本当にありがとうございます。あなた様が来てくださらなければ、村は破壊され、皆殺しにされていたことでしょう」

 

 

村長と村長の妻は深々と頭を下げながら丁寧にお礼をアインズに述べる。

 

 

『いえいえ、礼は大丈夫です。頭を上げて下さい』

 

「いえ!本当に感謝しております!その恩人への礼を蔑ろにしては、我々は自分が許せません!」

 

『あ……はい。んん!さて、村長もお忙しいでしょうから、話を進めていきましょう』

 

 

しかしそれを大丈夫だと言うアインズに、村長夫妻は更に頭を下げるという繰り返しになってしまい、このままでは話が始まらないと思ったアインズが少し強引に区切りをつけた。

 

 

『では報酬についてですが……』

 

 

アインズは村を救うにあたり、報酬を受け取るつもりはなかった。だがその旨をラキュースに伝えると、彼女から僅かでも報酬か報酬に当たる物を要求したほうが良いと言われたのだ。

 

アインズは日本人としての性か、自分の都合で助けた───しかも災難に巻き込まれたばかりの相手に報酬を要求するのは気が引けたが、ラキュース曰く「何も求めないと逆に信用されくなってしまう」らしい。

 

 

「ゴウン様と配下の方々様には皆感謝しております。ですので、村から集められる最大限のお支払いとして、銅貨3000枚程になると思われます」

 

(それって高いのか、低いのか?)

 

 

アインズは村長の言う銅貨3000枚という数が価値にして高いか低いかが分からず、沈黙してしまう。ユグドラシルでは資金管理のシンプル化の為に金貨しか実装されていなかったし、アインズは貨幣価値に詳しい専門家でもなかった。

 

だがアインズの沈黙を不満と捉えたのか、村長が慌てて弁明を始める。

 

 

「も、申し訳ございません!ゴウン様や配下様程の方となれば報酬としては微々たる額だということは承知しております!かの蒼の薔薇のお知り合いともなれば破格の報酬が必要とも理解しております!しかし今の村にはこれが精一杯の額でして、これ以上を一度にお支払いするとなれば村を維持するのが困難なのです!」

 

 

アインズが止める間もなく、村長は村を救ってくれた恩人の機嫌を損ねないよう、しかし村の維持が出来なくなるような事態を避けようと必死に頭を下げる。

 

 

「救われた身ながら勝手なお願いではありますが、これから先もゴウン様に報酬をお支払いして行きますので、分割という形でお願い致したいのです!」

 

 

トントン拍子に話がおかしな方向に進んでいることにアインズはどうしようかと必死に頭を捻る。

 

もともと報酬をせびる気はなかったので、適度な安い報酬で話を終わらせてそのまま村の復興や今後についての話に移るつもりだったのだが、この世界の通貨の具体的な価値を知らずラキュース達にも聞いていなかったアインズは村長から提示された額に沈黙してしまった。

 

銅貨3000枚という額が村にとって大金ならもっと少なくて良いと言えばいいし、村にとって大した支出でないならそれを受け取って終わりにする───だがいざそう言おうとした時、村長はアインズの沈黙を悪い意味に捉えてしまい、矢継ぎ早に弁解を始めてしまったのだ。

 

このままでは自分は義心ゆえに村を救った者から、村を救った事実を盾に金をむしり取る悪漢になってしまう。

 

だがそこで、ラキュースが困るアインズに助け船を出してくれた。

 

 

「村長、落ち着いて下さい。実は彼は報酬を必ず求めているという訳ではないのです」

 

「そ……それは一体?」

 

 

ラキュースの言葉に村長は落ち着きを取り戻し、"報酬を求めていない"という意味を問う。

 

するとラキュースがアインズに一瞬だがアイコンタクトを送ってきた。

それを見てアインズはラキュースの「落ち着かせたから、後はアインズさんがよろしく」という目配せだと気付く。

 

『村長、この際だから明かしますが、私はあくまでもこの村を救おうと来ただけなのです。報酬を求めたのはこの国の一般的なやり取りであると旅の途中で聞き及んだだけでして、法外な報酬を提示して村を苦しめたりするつもりはありません。私の配下に関しても報酬を無理にお支払いして頂く必要はありません』

 

「な……なんと、そのような……」

 

 

村長はアインズの真摯な言葉に嘘が含まれていないと理解すると同時に、驚愕する。

 

これだけの力と、国家に匹敵するだけの武力を備えた配下を引き連れている者が義心から村を救い、対価を求めて救った訳ではないという。

 

村長はリ・エスティーゼ王国という国に住まい、王に忠を誓っていた。

 

しかし忠を誓うのははっきりいって形式的なもの───残念ながら村長のみならず、リ・エスティーゼ王国の民の中には王という存在に過大な期待をしていなかった。

 

当然だ。かたや隣国の指導者は自分に逆らう貴族や商人に血生臭い粛清を行ったものの、それらは民の生活を向上させるきっかけでもあった。事実隣国は民を徴兵せずとも精強な騎士団を多く備え、税や義務も民の許容範囲に抑えている。

 

村長は村を纏める長として、常々王国の徴兵を快く思ってなかった。

 

徴兵されるのは働き盛りの男や青年だ。彼らが居なければ畑仕事も薬草採取も牧畜ですらままならない。

 

しかも徴兵されるのは決まって隣国───バハルス帝国と毎年戦を行う時だけだ。

 

すなわち死ぬか負傷が決まった徴兵。今までも多くの男や青年が駆り出されたが、無傷で生きて戻ってきた者より、二度と農業に従事出来ないような身体になって戻ってきた者が多い。

 

一番多いのは僅かばかりの見舞金が包まれた死亡通知書だ。死体はおろか遺品すら戻ることは希だ。

 

そんな長年の積み重なった不満や憤りもあったかもしれないが、少なくとも村長には、目の前のアインズという魔法詠唱者《マジックキャスター》に誠の王の風格というものを見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、報酬に関するやり取りを終えた後の村長との話し合いはとりあえずのところ、村では資産や食糧の備蓄は問題無いが、一番の問題は労働力だと言われた。

 

先の襲撃でカルネ村の人間の約半数が殺されてしまったのだ。しかも運の悪いことに働き盛りの若者や年頃の女性が多く含まれており、村長はこれから来る収穫時期や兵役期間に酷く不安を感じていた。

 

 

『ではこのまま村を維持するのは難しいと?』

 

「はい……労働に携わる人間を半分も失っては、例え凌いだとしても数年が限界です……」

 

 

アインズは村長の言葉に考え込む。確かに騎士から村を救いはしたが、やはり失った人間の穴というのは簡単に埋められる物ではないのだ。

 

鈴木悟として企業に勤めていた頃も、同僚が命を落としたりして人員不足になった時、彼らの穴を自分らが必死に残業や作業効率上昇に試行錯誤して埋めていた記憶がある。

 

そして穴埋めの人間を確保出来たとしても馴染むには時間が掛かるし、仮に犯罪者が流入して村でやらかしたなんてことになったら目も当てられない。

 

そこでアインズは、ふと自分が持つ蘇生アイテムを思い出した。

 

蘇生の短杖《ワンド・オブ・リザレクション》等を使えば死んだ村人を生き返らせる事が出来る。それにこれはユグドラシルではかなりの低価値のアイテムであったため、無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》にもかなりの量が収納されている。

 

だが村長にそれを言おうとしたところで、アインズはとある考えが頭に浮かび、口を閉じた。

 

隣のラキュースはアインズのその行動に何か違和感を感じたらしく、アインズを見つめている。

 

アインズは蘇生の短杖《ワンド・オブ・リザレクション》を使わない代わりに、代替案を村長に提示した。

 

 

『村長、労働力に関してですが、私の配下であるヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》をこの村に常駐させようと思います。必要であればお使い頂ければと……』

 

「よろしいのですか!?あ、いえ、ゴウン様のご厚意を疑ってはいませんが……」

 

『構いません。ですが彼らは農家《ファーマー》のスキル……経験といった物が無いため作物の育成等は不得手ですので、畑を耕したり狩りや村の防衛といった仕事が主になると思われますが……』

 

「いえいえ!それだけでも大変有難い!ありがとうございますゴウン様!これで当分は村を維持することが出来ます!」

 

 

 

 

こうして村長との対談を終えたアインズはまだ村長と話す事があるというラキュースを残し、村長宅を後にする。まずは自身が召喚したヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》に、この村に駐屯して村人らの生活や安全を守って欲しいという指示を伝えなければならない。

 

そして今のアインズにとって、最も重要な案件に対する決も出さなければならない。

 

新たな守りたい者と出会い、その者達もアインズという異形の者を受け入れてくれた。

だがこの世界には、そんな優しい者達を呑み込みかねない策略と陰謀が渦巻いている。

 

 

 

彼女達─────

 

 

 

"蒼の薔薇"をアインズは守りたい。己の愛したギルドの名前にかけて、どんな手段を用いようとも……。

 

しかしアインズは、鈴木悟として誓った筈だ……「決してただ人の人生を踏みにじるアンデッドにだけはならない」と……。

 

例え策略や陰謀を張り巡らし、他者を陥れる悪党であっても、彼らにも人生があり家族が居て、大切な物がある。

 

それを守りたい者が居るからと、片端から害虫を駆除するように始末してしまうのは許されないのでは無いだろうか?

 

中々出ない結論に思考を続けるアインズだったが、そこに遠くから声が聞こえてきた。

 

 

「……ィンズ様!アインズ様!」

 

 

声の主は、アインズが森で救った姉妹の姉であるエンリ・エモットであった。何事かとアインズは新たなトラブルかと予測したが、彼女は額に汗を浮かべながらアインズの前まで走ってくると、トラブルの報告ではなく、頭を下げて家族を救ってくれたことへのお礼を言い始めた。

 

彼女と妹、母親はアインズに森で救われ、父親もまたアインズが村に送り込んだヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》にギリギリの所で命を救われたとの事である。

 

おかげで家族を失うことなく、こうして一緒に居られるのはアインズのおかげだと彼女は何度も頭を下げてお礼を続ける。

 

そんなエンリに大丈夫だと言うアインズの堂々巡りが少し続いた後、アインズは自分の心では出せない問題を、少しばかりエンリに聞いてみた。

 

 

「……私は人を踏みにじりたいと思ったことはありません。ですが、もし私に力があって、もし家族に害を為そうとする人が居るなら、多分私は躊躇いながらもその人を殺します。今までは人殺しなんて許されないと思ってました。でも今回の一件でそう思ったんです……妹───ネムは今まで我が儘だけど自由奔放で活発な妹でした。でも襲撃を受けて、すっかり大人しくなっちゃったんです。さっきも無くなった人のお墓を掘っていましたけど、昔のネムなら親しい人が亡くなった時はワンワン泣いてました。でも、今は泣くことなく口をきつく結んで掘っていたんです……」

 

 

家族を守るためなら人殺しもするだろうと最初に述べたエンリの口からは、あの襲撃で昔と変わってしまった妹のことが次々と出てくる。

 

 

「あれは決して襲撃直後だから自分を抑えてるとかではありません。ネムはきっと、自分が我が儘だったから罰を受けたのだと考えてしまったんです。だからこれからは我が儘を言わず、大人しく暮らさなきゃと妹は考えているんです。私は例え家族が助かっても、妹をそんな風にしてしまったあの騎士を許せません……だから私は、私に力があるなら、私が守りたい者に手を出そうとする人を殺すでしょう……」

 

「ありがとう、エンリ。君のおかげで私も心を決めたよ」

「はい。私でお役に立てたのなら嬉しいです。ではこれで失礼します、アインズ様」

 

「ああ、それでは」

 

 

そうしてアインズがエンリと言葉を交わし終えたところで、丁度村長との話を終えたラキュースが村長宅から出て来ると、アインズを見つけて寄ってくる。

 

それを見ながらアインズは今一度、己の選んだ道に進むための覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

…………………

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズさん、さっき何かを村長に言おうとしてなかったかしら?」

 

 

村長との対話が終わり、瓦礫のひとつに腰掛けて村人とヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が村の復興をしているのを眺めるアインズに、ラキュースがそう言う。

 

服はアインズと一体化したことでいつぞやの寝間着のように消失したため、助けた村娘のエンリから借りた農民の普段着を着ているが、胸元の布地がきつく張って自己主張している。

 

ラキュースの問いに、アインズは先ほど村長との対談の際の内心を明かした。

 

そして何故そうしないのかといぶかしむラキュースに、少し冷徹ではあるが必要な事だと告げた。

 

 

『アインドラ嬢、私はパン1つで万人の腹を満たす奇跡を行える聖人ではない。そして私が持つ蘇生アイテムも有限だ。使い所は選びたい』

 

「アインズさん、それって……」

 

『そうだ。有限故に救える人数には限りがあり、仮に全てを使い救ったとしても、その後も死ぬ人間は出てくる。その時、救いを享受出来なかった人間の家族や親しい者は"何故"と言うだろう……私にその矛先が向くだけならば良いが、間違いなく救いを享受した人間にも向く……後は言わずもがなだ(まぁ、一番はこういったアイテムは基本的に蒼の薔薇のために温存したいからだが……)』

 

「そうね……全てを救うなんて驕りだったわ」

 

『そうだな……私とて凄まじい力を持つだけの存在だ。私の仲間が居たならば違うだろうが、私だけではまず無理だ。だからこそ私は人を救いはするつもりだが、矢鱈滅多に生き返らせるつもりはない……彼らは生きて死んでいった……それで終わりだ』

 

「もっと私に力があったら……ってのは駄目ね。簡単に命の生き死にを左右するなんて、人間が持つには分不相応だわ」

 

『おい、それは私への当て付けか?』

 

「あら、どうかしら?冒険者として国家の争いに関われない私を事情も聞かずに連れ出して森に裸で放置した神様にはもっと当て付けしたいのだけど」

 

『ぐむっ……』

 

「気付いてくれたのがエンリちゃん達で良かったわ。上着も貸してくれたしね。ほんと彼女達が口止めに応じてくれなかったら、危うく"蒼の薔薇のリーダーは露出狂の痴女"って噂が広まって実家からも絶縁されるところだったわ」

 

『………』

 

 

いつの間にか村人の蘇生云々からアインズの失態に話が推移しているのだが、正論を言われてぐうの音も出ないアインズは言葉に詰まってしまう。

 

確かに常識的に考えれば、他人の事情を考慮せず自分勝手に振り回し、放置して自分の目的達成に走ってしまうなど、社会人以前に一般人として許されないことだ。

 

アインズ自身村を救うために急いでいたとはいえ自分の身勝手な行動に後々気付き、反省から始まって自己嫌悪していた。

 

だが被害者の口から直々に言われるとアインズの心は更にザクザクと切り刻まれる。

 

すっかり意気消沈してしまった背中が煤けているアインズを見ていて、ラキュースは「仕返し成功」とペロリと舌を出していた。

 

ラキュースはこざっぱりした性格だ。まず基本的にこういった誰かの失態をネチネチと責めたりはしないし、当人が反省しているなら取り返しのつかない間違いでも無い限り許す。

 

だが森に裸で放置されたのは、流石のラキュースでも二言三言は意趣返ししたくなる仕打ちだった。

 

ただそろそろアインズが本格的に立ち直れなくなりそうな感じがしてきたので、ラキュースは話題を切り替える。

 

 

「ところでアインズさん、私が身に付けていた装備一式が貴方との同化で消えてしまったのだけど、どうすれば良いかしら?」

 

『あっ……』

 

 

 

ラキュースに言われて、そろそろ精神的に地に還りそうになっていたアインズは思考を取り戻す。

 

 

そうである。

 

 

アインズがこの世界に飛ばされ、ラキュースと同化してしまった際、ラキュースの着ていた寝間着が消失してしまったのである。

 

そして数時間前、アインズが突然王都に強制的に戻されて、冒険者組合に居たラキュースと同化したことで彼女が身に付けていた"無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》"を始めとした装備一式が消失してしまったのだ。

 

勿論魔剣キリネイラムも消失済みである。

 

当然ながらこのままではラキュースは冒険者稼業に戻るのは難しい。いや、彼女の実力はこの世界の水準なら文句無しに強者に位置付けられるのだが、それでも装備を全て失逸したというのは打撃である。

 

魔剣キリネイラム以外にも、遠距離操作による浮遊する剣群《フローティング・ソーズ》や、処女のみが着用出来る純潔を顕す無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》といった装備が英雄級の彼女の力を増させていたからだ。

 

アインズからすればスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを始めとした神器級《ゴッズ》装備を失うに等しい。

 

 

『……そうだった……すっかり忘れていた……』

 

「ちょっとアインズさん……どうするのこれ?私の持ち物が全部消えた上に、伝説の魔剣まで失ったのだけれど……」

 

 

アインズからすれば無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》も浮遊する剣群《フローティング・ソーズ》も下位の武具であり、魔剣キリネイラムも威力はそこそこあるがこれといった特殊効果を持たない大剣だ。

 

しかしユグドラシルで重度のアイテム・コレクターであったアインズは、装備というものが性能だけで決める物ではないと理解していた。

 

そこには理想があり、ロマンがあり、夢がある。だからプレイヤーの中には見た目やロマン重視で性能や効果を二の次にした装備で固めた者もいれば、思い入れ等の装備をぶら下げ続けていた者もいた。

 

アインズ自身、そうしたロマンや夢を持って己が召喚してカルネ村に駐屯させることにしたヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の装備を初期装備のままにしていたのだ(ユグドラシルでもマスケット銃にシンプルな片手剣という装備が服装にマッチしていると感じたプレイヤーは、基本的に連射よりも威力重視のマスケット銃や手数重視の片手剣を装備させるのが普通だった)。

 

それにあれらはユグドラシルでは下位であっても、この世界では破格の性能に分類される装備であり、また命を懸けて冒険者稼業をしてきたラキュースには自分の人生を語る思い入れのある品だ。

 

それを不可抗力とはいえ彼女の手から失わせてしまったアインズは、どうせ「低い性能だから」なんて暴言は決して言わない。

 

むしろ狼狽えながらも、どうにか彼女に償おうと考えつつ、無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》を漁り出していた。

 

 

『うぅむ……どうするか……しばし待ってくれアインドラ嬢。確か私の持ち物の中に伝説級《レジェンド》装備を幾つか放り込んで居た気がする。いや、君の思い入れのある品には劣るかもしれないが……』

 

 

だがアインズが何とかしようと代替品を探ろうとした時、向こうから村長が慌てて駆けよって来た。

 

慌てぶりを見るにかなり緊急の要件と見え、アインズはラキュースへの償いを込めた装備の見繕いを一旦中断して何事かと聞けば、村長曰く「武装して騎乗した集団がこの村に近付いてきている」との事だった。

 

 

『分かりました。万が一に備え、村の方々を倉庫に移動させて下さい。私は配下と共にその武装集団を迎えます。もし何かあれば彼らを何人か送りますので、直ぐに村から脱出をお願いします』

 

「は、はい。ゴウン様、どうかお気をつけて」

 

 

村長がそう言い離れていくのを見てから、アインズは隣にいるラキュースに告げた。

 

 

『アインドラ嬢、相手はもしかしたら法国の工作員が言っていた特殊部隊かもしれない。今の君は丸腰だし、代わりの装備を見繕う時間も無いので、本当に済まないが今は村人と共に隠れていてくれ』

 

「分かったわアインズさん。本当は私も戦うと言いたい所だけれど、肝心の装備が無いのでは足手纏いになるわね……装備はとても残念だけれど、永久の存在とて……じゃなくて物は物だから一応覚悟はしていたわ」

 

 

だから必ず後で良い装備を見繕ってね。

 

 

ラキュースはそう言うと、村人らと共に倉庫へと向かっていく。

 

そんなラキュースに、アインズは尊敬の眼差しを送っていた。こざっぱりした性格で必要以上に相手を責めず、気持ちを切り替えて生きていく。

 

そんな真っ直ぐな生き方をするラキュースに、アインズは羨ましさを感じて、また惚れてもいた。

 

故にアインズは、必ずラキュースに良い装備を渡そうと心に決めるのだった。

 

もっともラキュースはアインズから顔を背けて倉庫へと向かう間、己が理想を詰め込んだ厨二……ロマン装備の消失に膨雫の涙を流していた。

 

実際のところ夢が溢れる彼女だからこそ、装備を性能よりもロマンと理想重視で選んだと自覚していたりする。魔剣キリネイラムにも闇の力やら秘められた悪夢なんて存在しないと理解していた。

 

ただ漆黒の刃の中に色濃く練り込まれた蒼さと闇夜に輝く星のような装飾に見惚れて、その剣を愛剣として今日まで用いて、秘技も名付けたのだ。

 

しかし意味も無く指に着けたアーマーリングや、鎧に巻き付けた蒼薔薇を飾り付けた銀の蕀の蔦、そして魔剣キリネイラムは不可抗力の末、どこかへと旅立ってしまった。

 

それだけが、ラキュースに涙を流させていた……。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

 

アインズが死の騎士《デス・ナイト》、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》を木々の影や近場の民家に潜ませた上で出迎えたのは武装に統一性を持たない、各自なりのアレンジやカスタムを施した騎兵の集団であった。

 

良く言えば戦いを生き延びる中で自分に合った装備を纏う歴戦の戦士集団、悪く言えば統一性の見栄えや品を考えていない武装の纏まりが無い傭兵集団だ。

 

しかし鎧に刻印された紋章は、アインズがラキュースから教えられたリ・エスティーゼ王国のものであった。

 

彼らがリ・エスティーゼ王国の装備をした野盗や件の法国の特殊部隊という可能性もあるが、前者ならばさっさと襲ってきてる筈であり、後者ならば暗殺対象の王国戦士長が来ていない村に姿を表す筈が無い。

 

しかし万が一ということもある。アインズはいつでも隠れている彼らに命じて攻撃をさせられるように、合図の準備をする。

 

そんな中、騎兵集団の中から1人他の者よりも体格の良い、切り揃えた顎髭を生やした男が進み出てきた。

 

 

「私は、リ・エスティーゼ王国王国戦士団戦士長、ガゼフ・ストロノーフである!現在我々はこの一帯を荒らし回るバハルス帝国の部隊を追っているが、村の指導者はいるか?」

 

王国戦士団───ラキュースから聞かされた、リ・エスティーゼ王国の王ランポッサⅢ世の側に仕える王国戦士長が率いる精鋭部隊である。

 

しかし、まだ本人と決まった訳ではない。

 

 

『初めまして、王国戦士長殿、私はアインズ・ウール・ゴウンと申します。実はこの村が襲われているところに遭遇しまして、流石に見過ごせぬので村を襲っていた者達を制圧しました』

 

「……!それは誠か?」

 

『はい。ですが予想外に敵は抗戦の意志が強く、村の被害を抑えるために私も捕縛より撃滅を優先したため半数以上が死んだので、生き残りは10人にも満たないですがね』

 

 

 

これは嘘だ。

 

法国の工作部隊は死の騎士《デス・ナイト》が現れたあと、勝ち目無しと見て降伏しようとしていた。

 

しかしアインズはそれを銃士隊の1人からの伝言《メッセージ》で知りながらもスレイン法国の偽装騎士達がヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》と死の騎士《デス・ナイト》に包囲させ、他の騎士よりも装飾が付いた鎧の男を見せしめに死の騎士《デス・ナイト》に命じて狙わせた。

 

そして法国の工作部隊は死の騎士《デス・ナイト》にリーダーが殺されるのを見るや、完全に心が折れたために武器を捨て跪ついて許しを乞いだした。

 

後はヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》に命じて敵を捕らえ、件のロンデスという副隊長から情報を引き出したのである。

 

 

(なおリーダーことベーリュースの死に様は、死の騎士に殺されてゾンビになった味方に足を掴まれてビビって尻餅をついたところに死の騎士にフランベルジュを腹に突き立てられ、鋸を引くようにギコギコと日曜大工の木材代わり)

 

只でさえ戦意が潰れていたところに、人間が生きたまま身体を徐々に切断されていく苦痛に絶叫しながら死んでいくという光景を見せられては、抵抗どころか撤退する気力は残らなかったのである。また、村を襲った連中の生き残りはアインズの述べた人数とは違い、実際には10人以上居た。

 

戦士長に対して嘘を吐いた理由……それはアインズが、雲行きが怪しくなってきた国家間の謀略に対しての"備え"の必要性を感じていたからだ。

 

それは友好を結んだ蒼の薔薇の彼女達を守るためである。

 

鈴木悟という存在は、非常に我が儘だ。物心つく前から父を失い、目の前で命を落とした母を見てしまったが為に、その我が儘は人一倍強い。

 

そしてそれは、異形の精神の具現化とも言えるアンデッドとなったことでより強く、より固い執念にも似た意志に変貌していた。蒼の薔薇の前で見せた人化の指輪《リング・オブ・ヒューマン》で肉体と人間の心を一時期に取り戻したアインズだったが、それ以上にこの異世界にてアインズの身体となった異形の持つ心がエンリとのやり取りを経て、その人間の心で誓った『決してただ人の人生を踏みにじるアンデッドにだけはならない』という意志を嘲笑うかのように上回ったのである。

 

猛執的に守りたいと思ったものを命を掛けてでも守ろうとする死の支配者アインズは、その偽装騎士達に家族が居ようがどんな人生を歩んできたかなど考えもせず、ただただ邪魔なだけの蟲けら(敵)への情けよりも味方の命と安全を優先したのだ。

 

そこでアインズは実験を兼ねて生き残りから数人を選び出し、ラキュースや村人達に気付かれぬよう秘密裏に幾つかの実験を行ったのだ。

 

エンリ達に施した記憶操作《コントロール・アムネジア》の魔法。これはどの程度まで操作出来るのか?悪夢や残酷な記憶を植え付けたらどうなるか?また元の記憶を全く別人のように書き換えたら人格はどう変化するのか?

 

召喚したヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》はアインズのどのような命令にも忠実に従うのか?

彼らは大型アップデート【ヴァルキュリアの失墜】で追加されたNPCだが、最初は傭兵として雇えない普通の敵NPCとしてイベントの特定ステージにのみ出現した。

 

それをアインズ・ウール・ゴウンが、彼らを率いるイベントボス"ヘッドレス・ホースマン《首無し騎士》"を倒したことでイベントクリアとなり

「首魁を失い方々の体で散り散りになったヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が、傭兵として自らを売り込み始めた」

という設定で様々なワールドに傭兵NPCとして出現するようになったのだ。

 

 

その傭兵NPCとなったヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の公式設定には「命令ならば命乞いする敵を殺すこともいとわない」とあったが、この異世界に転移した今、その設定はどこまで通用するのか?

 

またアインズはイビルアイから聞いたこの世界における復活魔法を考慮しており、万が一復活させられても敵側に情報が漏れないよう記憶操作《コントロール・アムネジア》の被験者を含めた偽装騎士達をヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の実験で殺す前に記憶を根こそぎぐちゃぐちゃに壊していた。

 

もし仮にスレイン法国が情報を得るために彼らを甦らせたとしても、生き返るのは言葉はおろか善悪や倫理すら理解しない壊れた廃人である。

 

そうした実験と隠蔽工作の結果、生き残りは10人以下になったのであった(最もその生き残りも記憶が壊れた廃人だが……)。勿論アインズはその実験をばか正直に伝えたりはしない。敵は抵抗し、アインズが撃滅を優先し、彼らは10人以下しか生き残らなかった───それがアインズの言葉であり、この場において真実となったのである。

 

またアインズは生き残りの心が壊れていることに関しても、『戦いの緊張と恐怖に決壊したのだろう』で通すつもりであった。

 

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。このような状況ゆえ褒賞になる物は何も無いが、せめて礼を尽くさせて頂きたい」

 

 

しかしアインズの思惑や言葉の裏のどす黒く暗い真実を探るどころか疑うことすらせず、目の前の王国戦士長は馬から降りてそう告げると、アインズに深々と頭を下げたのだ。

 

ガゼフ・ストロノーフという男の行動に、驚きと共に偽装騎士達への嫌悪感に淀んでいたアインズは少しばかり好感を覚える。一応ラキュースから具体的な性格こそ聞いてはいたが、それがどこまで本当かは半信半疑であった。

 

人間の本性というのは得体が知れない。ましてや歪んだ貴族意識を持つ者が大半であるリ・エスティーゼ王国。

 

その特権階級の中で生きるガゼフという男が、表向きは小綺麗な皮を被って真面目を演じているだけという可能性は大いにあった。

 

しかしアインズはこの行動に、自分の疑いが間違っていたのだと実感した。

 

彼はラキュースが言うように、貴族のつまらない意地やプライドではなく、ただ真っ直ぐに人を見据え、正しいことには率先して頭を下げることもいとわない。

 

 

そんな存在だった。

 

 

『いえ、お気になさらず。私でなくとも戦える力を持つ良識ある者なら、襲われている村を見捨てはしないでしょう』

 

「そう言って頂けると、私も心のつかえが取れる。ところでゴウン殿、貴殿は何故仮面をしておられるのか?」

 

 

ガゼフの礼が済むと、今度はアインズの被っている仮面に話が移る。

 

 

(しまった……!仮面を着けている設定を考えていなかった……敵だった場合に全力で当たれるよう魔法詠唱者《マジックキャスター》で戦士長と会ったが、こういう質問を受けるなら人化の指輪《リング・オブ・ヒューマン》で例の人間姿に化けて会えば良かった…)

 

 

自分の選択ミスを後悔するが、今はどうにか仮面の意味を捻り出さなければならない。

 

 

『……この仮面は制御用のマジックアイテムです。私が召喚したアンデッドとの繋がりを強化するために着けているのです』

 

「アンデッドだと?」

 

 

戦士長の顔に僅かに警戒の色が宿る。この世界に住む生き物にとって、アンデッドとはトラブルの代名詞の1つだ。

 

アンデッドは生ける者を憎み、殺すことを目的に存在している。更にはアンデッドを使役する邪教集団すら裏で暗躍しているのだ。

 

そんなアンデッドを召喚し使役しているというアインズに、ガゼフが警戒するのも当然と言えた。

 

しかしアインズは構わず話を進める。

 

 

『はい、アンデッドです。私は召喚が特技の1つでして、時折アンデッドを喚び出して使役しています。今回も戦力強化のために喚び出して支配下に加えていました。今回は敵の正体が不明でしたので、万が一敵に特殊な技能持ちが居た場合を考慮して、この仮面を使いアンデッドとの繋がりを強化したのです』

 

 

アインズは一息の下に、仮面を着けている理由をつらつらと並べ立てた。即席で捻り出した理由としては、アインズの自己評価で80点は堅い。

 

 

「なるほど……では、仮面を取って頂けるかな?」

 

 

訂正───0点であった。

 

それはそうだ。仮面の理由に話が移れば、その下の素顔に話が派生するのはごく自然な流れだ。

 

 

 

「無礼な!アインズ様のお心の広さに付け込むなど、恥を知れ!」

 

 

 

いよいよ答えに窮したアインズだったが、仮面を取って欲しいというガゼフの要求に過敏に反応した者の乱入に、ガゼフ達の注意がそちらに向く。

 

乱入してきたのは、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーであった。

 

彼はアインズの指示に従い森林地帯でアインズが救った姉妹と母親の警護をしていた筈だが、いつの間にかこちらに来てアインズとガゼフの間に割って入ってきたのである。

更には腰のサーベルに手を掛けた状態で、ガゼフを威圧している。

 

アインズとしては助かったという思いと同時に、召喚したNPCの突発的な行動に慌てる。

 

いくら問い掛けが突っ込んだものだったとしても、ガゼフは国を守る者として正しいことをしているのだ。それに彼は王国の重要人物で、彼を害せば、アインズの立場は悪いものになってしまう。

 

今のところアインズにとって脅威もしくは苦戦するような敵は出てきていないが、もし仮にこの世界にアインズに並び立つか、その上を行く強者が居るのであれば、なるべく情報を漏らさずに、かつ下手に悪く目立つような行為は控えねばならない。

 

悪名を轟かすつもりがないのであれば、尚更だ。

 

アインズは、ガゼフの返答如何によっては抜刀し斬りかかるのも辞さないという雰囲気を纏うヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーに制止を掛けた。

 

 

『よせ、私は命令を下していない。抜刀は許さん』

 

 

アインズの制止を受けたリーダーはビクリと震えると、慌ててサーベルの柄から手を離して、アインズへと向き直り謝罪する。

 

 

「も、申し訳ございません我が主《マイロード》!出過ぎた真似を……どうか、この命で償いを……!」

 

 

そして急に謝罪から変わり命での償いを申し出ると、自らのサーベルを腰から外し、アインズへと膝をつくと恭しく両手で差し出してきた。

 

この行動にアインズは(骨しか無いが)痛む頭を抱えた。

 

召喚NPCの忠誠心が高過ぎるのだ。召喚した時から思っていたが、敬語や尊敬は当たり前。

村を襲う事態を収拾し終われば、アインズが歩けば常に2人が後方に控えてくっついてくる。

 

挙げ句行動を咎めたら「命で償いを」と来た。

 

トラブルを呼び寄せないように悪目立ちに注意しても、配下がこれでは別の意味で目立ってしまう。

アインズは召喚NPCに立場を隠すための演技の練習をさせようと心に決めつつ、サーベルを差し出しているヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》のリーダーに重々しい口調で告げる。

 

 

『よい、お前の全てを赦す。此度の失敗を学び、次に生かせ』

 

「はっ!」

 

 

彼は恭しく両手で差し出していたサーベルを下げると、立ち上がり戦士長へと向き直り、謝罪と共に頭を下げた。

 

 

『さて、戦士長殿。配下が申し訳ない。しかしそれは私への忠義ゆえの行為───どうかご理解を頂きたい』

 

「いや、これに関しては私が出過ぎた。今、大事なことはゴウン殿の素顔ではなく、ゴウン殿が村を救ったという事実だ」

 

 

ガゼフの潔い性格に、アインズの中での彼の好感度が再び上昇するが、まず彼に伝えなければならないことがあった。

 

 

『大丈夫です、戦士長殿。それよりは今はもっと差し迫った危機があります』

 

「差し迫った危機だと?」

 

『はい、この村を襲った連中の正体ですが……』

 

 

「戦士長!!」

 

 

「どうした、何事だ?」

 

「村の周囲に人影を数十人ほど視認!包囲するように距離を詰めております!」

 

 

 

 

 

『やはり来たか……さて、一体どうなることか……』

 

 

アインズの呟きは、物事が自分が考えている以上に厄介な方へと転がらないでほしいという、密かな願望を込めたものであった。



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第9話

トブの大森林の側に位置する開拓村、カルネ村。

 

その村の中でも最も大きい建物─────作物の貯蔵庫では、避難してきた多数の村人達が肩を寄せあい、迫りくる新たな危機に震えていた。

 

彼らにとってバハルス帝国の騎士達に偽装したスレイン法国の工作部隊による襲撃は、村に訪れる災禍の前触れでしかなかった。そして弱者は強者に奪われるのが当たり前のこの世界では、普通の開拓民でしかないカルネ村の人間に抵抗する術など無かった。

 

 

 

 

だが、そんな抵抗する術を持たず怯える村人に混じり、抗える力を持つ者達が村を救うべく行動を起こそうとしていた。

 

 

 

 

 

「法国の秘密部隊か……よもやスレイン法国にまで狙われていようとはな……」

 

 

王国戦士長ガゼフの苦笑混じりのボヤきにアインズは相槌を打ちながら、村を包囲しているスレイン法国の部隊員が傍らに控えさせている天使型のモンスターに注目していた。

 

 

(あれはやはり、ユグドラシルの炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》……だとすれば、勝ち目が薄いどころかヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》だけで勝てる相手だ……もしや、こちらの油断を誘おうとワザと低レベルモンスターを召喚しているのか?それともあれが最大戦力なのか?)

 

 

炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》は近距離攻撃主体の天使型モンスターであり、遠距離攻撃手段を持たない。

 

また魔法耐性を持つ代わりに物理耐性が低く通常物理攻撃が通じやすいため、物理攻撃及び遠距離攻撃を主体としたヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》にとっては格好の獲物でしかない。

 

 

「あの部隊は知っております、戦士長様。彼らは陽光聖典……亜人殲滅を主な任務としている法国の秘密部隊です」

 

 

スレイン法国の部隊を詳しくガゼフに説明したのは、村に居たラキュースである。彼女は法国の部隊来襲の報を受けたアインズとガゼフが村へと戻ってきた際に、村を包囲する者達の姿を見て敵の正体に気付いたのだ。

 

それがラキュースの口にした陽光聖典であった。

 

 

「……ゴウン殿、貴殿には既に村を救って頂いた恩がある。この上重ねて頼みをするのは申し訳ないのだが、今の我々では奴等を引き付けるのが精一杯だ。そこで、我々が囮となって法国の部隊を村から引き離す。貴殿にはラキュース殿と共に我々が村から完全に離れるまで、この村を守って頂きたい」

 

 

ガゼフの口から出たのは、自らを囮とした陽動作戦であった。

 

それは連日の追跡任務で疲弊した部隊では、法国が誇る秘密部隊を相手取るには不足であること。

また村を危険に晒さないようにするには、自分らが村を離れるのが最善であること。

 

アインズとしても、その陽光聖典が実力を隠すためにワザと低レベルモンスターを召喚している可能性を考えれば、敵の実力を図るべくガゼフをカナリアとして敵に突っ込ませたほうが安全かつ確実である。

 

村が襲われていた時は咄嗟に助けようと短絡的に行動を起こしてしまったが、本来アインズ───モモンガはかなり慎重な性格の持ち主である。

 

ユグドラシル時代、強さよりもロマンで構成した死の支配者《オーバーロード》を使いながら、彼は勝率5割をキープしていた。それは単純な強さではなく、相手の弱点や欠点等を入念に考慮しての頭脳戦によるものである。

 

そんな彼にとって本来短絡的な突発的行動は避けるものであり、冷静になった今のアインズは自身を越える強者が居る可能性を憂慮していた。

 

蒼の薔薇メンバーであるイビルアイから聞いた六大神や八欲王、十三英雄などのユグドラシルプレイヤーとおぼしき存在。そして自分がゲーム時代のアバターの姿と力を持ってこの世界に居るという状況から、もし自分と同じようにアバターの力を持ってこの世界に来たプレイヤーが居た場合、友好的なら良いが敵対的なプレイヤーであったら迂闊な行動は致命的だ。

 

故にアインズは好感を抱いてはいるが、より大事であるラキュースを守るべくガゼフには敵の実力を図るためのカナリアになって貰うことにした。

 

 

───最もカナリアとは言っても、"保険付き"で突っ込んでもらう予定だが……。

 

 

 

 

 

「しかし、それでは戦士長様が……」

 

『分かりました。戦士長が村から奴等を引き離す間、私とラキュースがここを守りましょう』

 

「アインズさん!?」

 

「感謝する」

 

 

ガゼフが囮となることに反対しようとしたラキュースはアインズがあっさりとガゼフの提案を受け入れたことに声を上げるが、アインズは構わずに話を進めていく。

 

 

『では、こちらをお持ち下さい。大した物ではありませんが、御守り代わりと思って頂ければ幸いです』

 

 

そう言ってアインズがガゼフに手渡したのは、騎士を模したと思われる白塗りの小さな彫像。

 

一見何の価値も無いような彫像だが、ガゼフは「貴殿からの贈り物なら有り難く頂こう」と彫像を懐にしまう。

 

その後、短い別れを告げたガゼフは部下と共に馬に騎乗し、村を包囲するスレイン法国の部隊へと向かっていった。

 

ラキュースは何故反対しなかったのか、何故加勢しないのかと言いたげにアインズに視線を向けてくるが、アインズとしては確実に村とラキュースを守るために、スレイン法国の部隊の実力を見極める必要があった。

 

だからといって、戦士長に本当に只のカナリアとして突っ込んでもらうつもりは毛頭無い。その為にわざわざあの彫像を手渡したのだ。

 

 

『さて、戦士長のあの装備とレベルなら、10分といったところかな……』

 

「?」

 

 

戦士長が見事包囲を突破すれば敵の実力はその程度だと分かるので良し。仮に戦士長が突破出来ず苦戦すれば10分後に渡した仕掛けが発動し、反撃が始まる。

 

出来ることなら戦士長が苦戦し、仕掛けが発動して反撃開始となる10分後が楽しみだと疑問符を浮かべるラキュースをよそに、不謹慎ながらアインズは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村を出て陽光聖典へと突撃するガゼフ率いる王国戦士団は、騎馬の突破力によって包囲を食い破るべくガゼフを鏃として駆け抜ける。

 

 

「突撃!奴等の腸を喰い千切ってやれぇ!」

 

"おおおおおお!!!!"

 

 

ガゼフの声に王国戦士団は掛け声で応えると、それぞれが武器を抜き放ち、敵へまっしぐらに駆けていく。

 

「来たぞ、やれ!」

 

「はっ!<恐怖《スケアー》>!」

 

「ぬぅ!?」

 

 

だがそれを見越していたのか、陽光聖典の1人が放った魔法により、ガゼフの馬がいななきを上げながら錯乱状態に陥ってしまい、騎乗するガゼフを振り落とそうと暴れ出してしまう。

 

 

「戦士長!」

 

「構うな!止まらずに走れ!行けぇ!」

 

 

何とか手綱を引いて馬を落ち着かせようとするガゼフだが、そこ目掛けて敵から別の魔法攻撃が襲いかかる。このままでは不味いと咄嗟の判断で馬から飛び降り、こちらを気に掛ける部下に行けと命令した。

 

そこへ襲いくる天使に対し、ガゼフは腰からバスタード・ソードを抜き放ち、天使の胴体目掛けて真一文字に斬り抜いた。

 

天使は胴体を両断され塵になるが、すぐ背後から新たな天使が襲いくる。再びバスタード・ソードを振るい天使に斬りつけるが、今度は直ぐに両断とは行かず天使の胴体の途中で刃の動きが止まる。

 

 

「うぉらあぁぁ!!」

 

 

だがガゼフはそこへ無理矢理に力を込めると、半ば押し込むように天使を両断した。

 

ガゼフは素晴らしい剣の技術を持つ英雄級の人物だ。しかし今ガゼフが使うのは何の魔化も施されていない普通のバスタードソードであり、天使の身体は生半可な鎧を越える硬さを持っている。当然ながら刃は刃零れする以上、どうやっても剣は切れ味が鈍っていくのだ。

 

そして天使モンスターは倒した端から召喚主が新たに喚びだすために徐々に体力を削られていく。その隙をつかれ、腕を斬られてしまった。

 

 

「がぁっ!?ぐ…うぅぅ!」

 

「どうした、ガゼフ・ストロノーフ?その程度で終わりか?」

 

「…まだまだぁ!武技<断ち切り>!」

 

 

そう叫び、武技を発動させるとバスタード・ソードを振るって天使の頭に叩きつける。武技により切れ味が増した剣は天使を頭から股まで縦に切断した。だが再び天使が召喚されて、戦列に加わったことで振り出しに戻ってしまう。

 

 

「まったく…魔法ってのはつくづく厄介なものだ」

 

 

そうボヤくが、現状は実に厳しいものだ。しかし部下を逃がせたのは幸運だ。敵は自分を目標としているためか、包囲網を抜けた戦士団の追撃はしなかった。

 

ならばここで自分が倒れても、彼らが王国の未来のために戦い続けてくれるだろう。それだけが進退に窮したガゼフに勇気を震い起こさせてくれた。

 

 

「哀れだなガゼフ。貴様はここで死ぬのだ。人類という種の存続の為の礎としてな」

 

「私は、リ・エスティーゼ王国戦士長!ガゼフ・ストロノーフ!貴様ら無頼の輩に負けてたまるかぁ!」

 

「無駄な足掻きだ。やれ」

 

 

男の命令とともに、天使が一塊になって向かってくる。しかし、そこへ掛け声と共に無数の矢が振り注いだ。

 

顔を向ければ、敵の包囲網を喰い破って脱出した筈の王国戦士団が馬上から口々に声を張り上げながらこちらへと疾走する光景があった。

 

 

 

"突撃ぃ!"

"我らは最期まで戦士長と共に!"

"槍折れ、刃失い、矢尽きるまでぇ!"

"王国戦士団万歳!"

 

 

 

「包囲網を抜けて脱出だと言ったというのに…まったく、自慢の馬鹿共だ!!」

 

 

 

こうまでされては、もう一働きせねばならないではないか!

 

そう心で叫び、バスタード・ソードを握りしめて未だに襲いくる天使の群れへと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

だが現実は非情である。

 

 

 

 

 

 

村を無事抜け出した部下達が救援に駆け付けてくれはしたが、多勢に無勢───10分と経たぬうちに無数に召喚される天使モンスターを前に自分を残して、部下はほとんどが戦闘不能になってしまった。

 

スレイン法国の狙いが自分であるからか戦闘不能になった部下はトドメを刺されることなく放置され、負傷のみで死んではいない。しかし今のままでは遅かれ早かれ助からないだろう。

 

そして今、自身もまた包囲を縮めてきたスレイン法国の部隊と真正面から向かい合い、彼らの隊長らしき男から「大人しく命を差し出せ」と言われた。

 

だがガゼフにとって、男を含めたスレイン法国の上層部は卑劣な手で無関係な民を巻き込むような悪漢共である。

そんな連中にくれてやる命は無いと再び剣を振るうが、疲労がピークに達していた上に、深くはないが浅くもない傷を幾つも負わされていた。そうした一瞬の隙を突かれ、天使の手にする光剣で脚を貫かれ、今まさに無様に地面に転がっている。

 

 

「貴様ら、このままでは私は終わらぬぞ…」

 

「ほざけ。羽根をもがれた虫に何が出来る」

 

「クッ!」

 

「ああ、安心しろ。貴様が死んだ後は貴様の部下も村の人間も後を追わせてやる。ああ、恨むなら愚かな自分を恨め。村を襲う連中など捨て置いて、安全な王城に籠っていれば死なずに済んだものをな」

 

「ふっ……愚かはどちらかな……?あの村を襲えば、地獄に逝くよりも後悔するぞ……」

 

「はっ!言うに欠いて、苦し紛れの戯れ言か!良いだろう、貴様を殺した後、村を潰しながらじっくりとその"地獄よりも後悔する相手"というのを探してやろう!天使を突撃させよ、ガゼフを殺せ!」

 

 

陽光聖典の隊長の命令の下、天使型モンスター2体が光剣を構え、猛スピードで突っ込んでくる。

 

ガゼフは、もはやここまでと剣を握る手から力を抜く。しかし最後の抵抗として、自身が死ぬその瞬間まで人類の守護者を称する者を睨む。

 

ここで朽ちるのは無念だが、ゴウン殿さえいれば例え陽光聖典が総掛かりで村に攻め込んだとしても、瞬く間に返り討ちだろう。

 

そしてついに天使型モンスターが目前に迫り、光剣が自身を貫く─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、自身を貫こうとしていた天使型モンスターが、自分の背後から突き出された2本の槍にそれぞれ貫かれた。

 

その向こう側では陽光聖典の隊長以下隊員達が驚愕の表情でこちらを見ている。見れば天使型モンスターの腹に刺さるのは、先端が鋭く尖るシンプルな───しかし奇妙な筒の先に取り付けられた槍。

 

そこからゆっくりと背後を振り返ったガゼフの目に映ったのは黒衣の服と三角帽を身に着け、標的を射抜かんが如く鋭く睨み付ける眼を持った、死を運ぶ者であった。

 

よく見渡せば同じ黒衣を纏う30人程の者達がガゼフの周りを防御するように、ある者は槍を取り付けた奇妙な筒を油断なく陽光聖典へ向けており、ある者は腰からサーベルよりも湾曲した刀身の剣を構え、ある者は黒い手のひらサイズの球形物体を手に握っている。

 

 

 

ガゼフはふと、村を出る時にアインズから"御守り"と言われて渡された騎士が彫られた彫像を腰のポーチから取り出した。

彫像にはうっすらとヒビが走っており、ガゼフが手にしたと同時に役目を終えたかのように硝子細工のように微細な欠片となって砕けて消える。

 

 

「なるほど……そういうことだったか」

 

 

ガゼフはあの彫像を御守りと渡してきたアインズを思い浮かべ、彼に感謝した。危険と知りながら囮の提案を反対することなく受け入れたのは、村々が襲われた原因が自分にあると気負っていた自分を気遣ってだ。

 

だが全く関わりの無い初対面の自分を見捨てることをせず、万が一に備えてわざわざ希少であろう転移系マジックアイテムの彫像を渡してくれた。

その効果によって、彼が引き連れていた従者の者達がこうして救援に駆け付けてくれたのだ。

 

あのとき見たのはゴウン殿の側に控えていた1人だけだったが、これだけの人数が駆けつけてきたことを考えるならば、恐らくは初めから村に潜んでいたに違いない。

 

潜んでいた理由は我々が敵対勢力だった場合に備えての伏兵。もし自分達が村を攻めようとする敵であった場合、村に潜んでいた彼らの待ち構える罠へと愚かにも飛び込む獲物となっていただろう。

 

 

「ハハッ……何とも恐ろしい御仁だ。一体何者なのやら」

 

 

実力も頭脳も従える配下すら底知れぬアインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者《マジックキャスター》には脱帽しかない。

 

しかし、ここまでしてもらいながら残る敵を彼ら任せにしてしまっては、民を守るべく任された王国戦士長として名が廃る。

何より少しでも良いから恩義を返さねばならない。

 

貫かれた脚に鞭を打って立ち上がり、剣をしっかりと握りながら未だに驚愕から抜けきっていない陽光聖典の隊員らを見据える。

 

それと同時に腹を槍で串刺しにされ弱っていた天使は、筒を握る黒衣の兵によって槍に貫かれたまま元々浮遊していた所より高く持ち上げられ、勢いよく一撃の下に地面に叩きつけられ消滅した。

 

それを見ていた陽光聖典の隊長は未だ混乱と驚愕から抜け出せずにいるも、突如として現れた黒衣の集団を敵勢を判断し部下に新たな命令を発する。

 

 

「前方集団を新たな敵と認識!動きに警戒しつつ、天使を倒された者は新たな天使を召喚せよ!掛かれ!」

 

 

陽光聖典の隊長の命令を皮切りに隊員らが動き出すと、合わせたようにガゼフの周りを防御していた黒衣の集団のリーダー───あの時のガゼフの非礼を咎め、抜刀しようとした男が部下に命令する。

 

 

「小隊、円周防御態勢を維持。別命あるまで攻撃は待機」

 

 

指示を受けた黒衣の集団が周りの防御を固める中、彼がこちらへと近付いてきた。

 

 

「御無事で何よりです、王国戦士長殿。アインズ様の御下命を受けて参りました。こちらは我が主《マイ・ロード》より託された下級治癒薬《マイナー・ヒーリング・ポーション》です。なお、我々は王国戦士長に加勢し戦うよう命ぜられております」

 

 

彼はそう言うと、腰のポーチから小瓶に入った赤いポーションを取り出して差し出してきた。

 

長いこと治癒のポーションには世話になってきたが、赤いポーションというのは初めて見る品である。本来治癒のポーションはその製造過程でどうしても青く変色してしまうと聞いた事があったが、小瓶の中にたゆたうポーションは鮮血とも比喩出来る赤い輝きを持っている。

 

偽物や毒ということは無いだろうが、未知のものを飲むのはやはり覚悟がいる。しかしいつまでも時間を掛ける訳にはいかないため、小瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。

 

意外にも赤いポーションはこれまで飲んできた青いポーションやその他のポーションとは違って、あの苦く喉に絡み付くような薬草独特の不味さは全く無く、むしろ高級果実酒のような豊潤な香りと奥深い味であった。

 

そしてポーションを飲み干すと同時に急激に身体中に熱が行き渡る感覚が広がり、先ほどまで身体を蝕んでいた痛みや疲労が瞬く間に消えていくを感じる。

 

 

「かたじけない。ゴウン殿には必ずや、この礼をさせて頂く」

 

「その話は後に致しましょう。それよりも……」

 

 

彼はそこで言葉を区切り私の持つ剣を一瞥すると、自らの背中に背負っていた両刃の両手剣を外して私に対して手渡してきたのだ。

 

 

"その剣ではまともに戦えないだろうから、使え"

 

 

そういうことなのだろう。今一度礼を述べて彼から両刃の剣を受け取ると、まずその軽さに驚いた。まるで薄っぺらい板で作った子供向けの玩具のように軽いのだ。

 

 

クレイモア────そう呼ばれる両刃の両手剣。

 

 

ガゼフの知るクレイモアは時折東方から来る亜人の傭兵などが携えているものであり、大概は歩兵を生業としている者が用いる武器だ。通常両手剣は剣の自重でもって敵を斬るが、このクレイモアは王国や帝国で使われる両手剣とは違ってその鋭い刃で撫で斬ることに特化している。

 

だが今ガゼフがその手に持つクレイモアは例え軽量化の魔法を込めたとしてもこうは行かないだろうと思われるほどの軽さを誇りながらも刀身と刃は本物であり、試しに振ってみれば軽くとも凄まじい切れ味を持つ剣だと感じ取れる。長いこと剣を振って生きてきたが、これ程の剣を握ったのは王から与えられている五宝物の1つである剃刀の刃《レイザー・エッジ》を除けば、初めてである。

 

 

「そろそろ頃合いですな。では始めると致しましょうか、戦士長殿」

 

「うむ」

 

 

再び戦うための態勢が整ったところで、陽光聖典が召喚した天使型モンスターが列を為して次々と突撃を開始してきた。

 

第2ラウンドの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員、天使を順次突撃させよ!敵に反撃の隙を与えてはならん!」

 

 

陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは部下に攻撃指示を出しつつも突如として現れた黒衣の集団を前に混乱していた。

 

自分が率いる陽光聖典の任務は、リ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺であった。その為に法国上層部は王国の腐敗した貴族連中に接触し、多額の賄賂を餌にガゼフが王から託されている至宝の全てを持ち出せないように工作した。

 

そして帝国の騎士に扮した工作部隊に村を次々と襲わせ、こうしてガゼフを誘き出し後は聖典の全戦力を以てガゼフを暗殺すれば任務は終わる筈だった。

 

しかしいざガゼフを追い詰めたという矢先に、突然何も居なかったガゼフの背後に謎の集団が出現したかと思えば、突撃させた天使2体がいとも簡単に動きを抑えられ消滅させられた。

 

ガゼフの配下の王国戦士団ではない。そして王国の特殊部隊という線もあり得ない。あのような部隊の存在など今まで確認されたことはなく、では情報秘匿かと言えば、王国に情報を厳重に秘匿するといった器用な真似は出来ない。

 

だがいくら考えても敵の正体は不明だ。当然ながら情報が少なさ過ぎる。

 

とにかく今は新たな敵を打ち倒し、ガゼフ暗殺を達成することである。仮に万が一、ガゼフ暗殺を達成出来ない場合は、部下を囮にしてでも脱出し法国上層部に彼らの情報を伝えるという目的だけでも成さねばならないだろう。

 

そう考えながらも、30人を優に越える部下が次々と突撃させていく天使達の勇姿を前にその選択肢が正に万が一でしか無いだろうと思える。

 

彼等は皆等しく第3位階魔法を扱える領域にまで達したエリートである。そして陽光聖典という組織そのものが、その第3位階魔法到達を入隊条件に指定するほど門戸は狭く、しかし故に強力な部隊編成を可能にしているのだ。

 

自分もまた第3位階を越える第4位階に到達した人間であり、その実力もあって陽光聖典の部隊を率いる隊長に任命されているのである。

そんな自分達にとって、この任務は達成困難ではない筈だ。

 

そう自負しながら改めて亀のように丸まって固まる敵に視線を移したところで、目の前で起こった光景に絶句した。

 

 

 

 

敵が構える木と鉄を合わせたような奇妙な武器が一斉に乾いた音を無数に響かせ、閃光と白い煙が両者の視界を遮ったのだ。

 

 

 

 

そして一拍遅れて、敵目掛けて突撃していた天使達が鋼鉄鎧にすら勝るその硬質かつ頑丈な頭や身体を砕かれて消滅した。

 

時間にして1分と経ってはいない……あまりにあっさりと行われた、あまりに衝撃的な初撃。

 

いくら装備を持ち出せなかったとはいえ、あの王国戦士長ガゼフが武技を用いなければ数体を斬り伏せるのにも苦労する召喚天使達が、謎の部隊のたった一撃で壊滅したのである。

 

部下が動揺しながらこちらに視線を向けてくるが、この状況で取れる手段など限られてくる。

 

 

「怯むな!天使を再度召喚せよ!手の空いている者は敵の攻撃に備えよ!急げ!」

 

 

脱出という手段は最期にと考え、任務を達成するべく部下に新たな天使を召喚しての再攻撃を命じる。

 

本来この天使を召喚する間というのは召喚主が無防備になる瞬間だ。そのために天使を召喚し終えた部下にはいつ敵が接近してきても問題無いように攻撃魔法の用意をさせていた。

 

しかし敵は接近するどころかこちらが天使を召喚する間、全く動こうとはしない。

 

 

"焦って動かずとも簡単に勝てる"

 

 

そう相手が言った訳ではないが、30体を越える天使を一撃で壊滅させるような力を持つ連中が、こちらが無防備になる瞬間だというのに行動しようとしない。

 

それは自分の自尊心や精鋭部隊たる陽光聖典を率いる自分という魔法詠唱者《マジックキャスター》に対しての侮辱であり、悪意に満ちた挑発でしかない。

 

 

(こ、虚仮にしやがって!)

 

 

必ずやあの余裕綽々な敵を粉砕して、ガゼフ暗殺の任務を成してやる!

 

そう怒りと決意を渦巻かせながら、天使を召喚し終えた部下に命じる。

 

 

「行け!全天使を突撃させよ!我らに刃向かう愚かな愚物共を神の名の下に殲滅しろ!!」

 

 

そうして再度敵目掛けて天使を突撃させていく。だが────

 

 

 

 

再びあの乾いた音とともに閃光が瞬き、白い煙が両者の視界を遮った。そして同じように天使達もまた、身体を打ち砕かれて消滅していく。

 

 

「あ……有り得ん!天使30体の一斉突撃だぞ!一体どんなカラクリだ!?」

 

 

理不尽な光景を前にしてそう叫ぶ。

 

そしてその時を待っていたとでも言うように、丸く固まっていた敵が左右に割れて、中央から暗殺の標的であるガゼフ・ストロノーフが姿を表す。

 

「ガゼフ……ストロノーフ……」

 

「今こそ好機!ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》、突撃!奴等の腸を───いや、奴等の全てを食い散らかしてやれ!」

 

「着剣!小隊、突撃《チャージ》!!」

 

 

ガゼフの号令に合わせて、奴の側に控えていた他の敵よりも装飾が付いた服を着る男の命令が下されると、敵の集団が木と鉄を合わせたような奇妙な武器に細い槍先を取り付けると、丸まった陣形を解いて次々とこちら目掛けて突撃を敢行してきた。

 

 

「な、何をしている!?総員天使を召喚せよ!敵の攻撃備えろ!急げぇ!!」

 

 

先ほどまでガゼフを守るように動かずに守勢に回っていた黒衣の敵部隊は、命令を受けた途端にガゼフと共に動きだし、"我こそが一番槍を"とばかりに先を争うように武器を構えて突撃してくるのだ。

 

 

たった30人の人間が突撃してくるだけだというのにその威圧感と勢いを前に、まるで彼らの背後から数百・数千の兵が続いて突撃してくるかのような錯覚をすら覚えさせられていた。

 

直ぐに敵の目的である接近しての近接戦闘、すなわち乱戦に持ち込ませまいと部下に命令を飛ばすが、その光景に部下達は未だ圧倒されていて、命令を聞いていない。

 

 

「何をしている!早く行動せんかぁ!」

 

 

怒声を発すると、ようやく部下達は目の前の敵の攻撃に思考を取り戻し、天使を召喚する者と攻撃魔法で敵の進撃を阻止せんとする者に分かれる。

 

 

<酸の槍《アシッド・アロー》!>、<炎の雨《ファイヤーレイン》!>、<衝撃波《ショック・ウェーブ》!>、<傷開き《オープン・ウーンズ》!>

 

魔法攻撃組が天使召喚が終わるまでの間敵を防がんと次々と魔法を放つが、疎らに放たれる魔法は突撃の為に分散している敵に有効打を与えられずにいる。

 

また仮に直撃コースだとしても、敵はまるでアダマンタイト級冒険者が見せるような軽い動きで魔法を避けてかわしながら、突撃を止めない。

 

しかも最悪なことに召喚した炎の上位天使《アークエンジェル・フレイム》を突撃させるも、敵はそれをものともしない。

 

一撃では天使も倒されはしないものの、数人掛かりでよってたかって攻撃されれば無意味だ。

 

 

 

 

「ちぃ!監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》!かかれ!」

 

 

 

対ガゼフ戦では微動だにしなかった全身鎧に身を包む天使が動き出した。

 

炎の使天使《アークエンジェル・フレイム》より強いこの天使が今まで動かなかった理由はその特殊能力に起因する。監視の権天使は視認する自軍構成員の防御能力を若干ながら引き上げるという能力を持つのだが、これは自分が動くと効果を失うのだ。

 

だがニグンは止まらずに魔法を避けながら我こそ殊勲をとばかりに突進する敵に動揺し、どうにか止めようと本来の用途とは違う目的で動かしたのだ。

 

だが黒衣の集団はトリッキーに動きながら監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》の降り下ろすメイスをかわしつつ次々と筒から何かを撃ち出し、剣や筒先の槍で監視の権天使を攻撃していく。

 

全身鎧の天使がその鎧を砕かれ、傷だらけになって身体を傾ける。

 

そこへこの機を逃すまいと上位天使や黒衣の集団の中を駆け抜ける1人の男。

 

 

 

「武技!"六光連斬"!!!」

 

 

 

監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》目掛けて放たれた男の武技───計6つの斬撃を同時に放つことが出来るガゼフ・ストロノーフの六光連斬は、弱った天使を慈悲なく斬り裂いた。

 

監視の権天使がガゼフはおろか只の1人も倒すことなく6つに斬り裂かれ、光の塵を撒き散らしながら消滅していく様に、部下達から呻き声が漏れる。

自分としても予想外と言わざるを得ない光景と憤りに歯ぎしりしてしまう。

 

確かに監視の権天使《プリンシパリティ・オブザベイション》は戦闘を得意とする天使ではないが、上位天使よりも高位である存在だ。神の国より喚び出したその高位天使が異教徒のような連中に簡単に滅ぼされたことに、怒りを感じない訳がない。

 

人類の守護者たるスレイン法国への冒涜、神々への冒涜、なにより神聖な使命を帯びた者たる自分───ニグン・グリッド・ルーインという使徒への冒涜だ。

 

だが連中はそんな自分の憤りなどお構い無く、既に消滅寸前の監視の権天使を最早脅威ではないと言わんばかりに尻目に、再びこちらへと押し寄せてきた。

 

 

 

「不味い!総員、後退!敵との距離を……」

 

「今だ!喰らいつけ!」

 

 

このままでは敵を阻止出来ないと部下に後退命令を下そうとしたが、時遅くガゼフを先頭に据えた黒衣の集団が体当たりのように自分達の隊列目掛けて突っ込んできた。

 

最前列に位置する隊員らがあの奇妙な武器に取り付けられた槍で刺突され、乾いた音と閃光・煙が武器から吹き出される度に力が抜けたように地面に倒れ付していき、まだ息のある者も剣で首を飛ばされる。

 

先頭を走るガゼフは最初に所持していた剣とは違う両手持ちの両刃剣を手に、まるで薪を割るかのように召喚された天使を頭から股まで縦に両断し、首を簡単にはね、数体纏めて次々と胴体を切断していく。

 

もはやこうなっては魔法詠唱者《マジックキャスター》の集団である自分らに近接戦闘での勝ち目はまず無い。だが方法が何も無い訳ではない。

 

 

 

神々の秘宝──────

 

 

 

神官長から万が一にと渡されていた最高位天使を召喚する秘宝を用いれば、魔法詠唱者《マジックキャスター》しかいないこの状況下でも確実に敵を討ち滅ぼし、勝てるだろう。

 

しかし問題は召喚に僅かだが時間が掛かることだ。この乱戦では召喚しようにも敵との距離が近すぎて、一瞬の間が命取りになる。ならば勝つのではなく、一番確実に自分が生き残れる方法を選択するなら、最期にと考えていた脱出の手段を取ることだ。

 

神聖な使命を帯びた使徒として一刻も早くこの情報を本国に伝えねばならない。ガゼフ暗殺の失敗に陽光聖典部隊の壊滅という失態は残るが、スレイン法国の敵になりえる存在を伝えるという功績と秘宝を無事に持ち帰ったという事実があれば悪評やマイナスイメージの払拭にはなるだろう。

 

そう打算するニグンは、"神聖な使命"を後ろ盾に乱戦の中ジリジリと身体を後ろに下がらせていく。

 

 

(悪く思うなよお前達、私は人類守護の使徒として無駄死にする訳には行かないのでな………ん?あれは一体なんだ?)

 

 

そんなニグンの目に、黒衣の集団と部下の隊員らが乱戦を行う背後より、凄まじい土煙をあげながらこちらへ地響きを鳴らしながら疾走してくる巨大な影が見えた。

 

 

 

 

"ゴアァァァァァ!!!"

 

 

 

 

「デ……デス・ナイト《死の騎士》だとおおぉ!!?」

 

 

 

その巨大な影がおぞましい咆哮を響かせるのと、ニグンの驚愕の声が響くのは同時であった。

 

六色聖典の一角を成す陽光聖典を率いるニグンは、スレイン法国の重要機密とされる書物や資料に目を通す機会が幾度もあり、アンデッドに関する資料も記憶に留めていた。

 

 

 

死の騎士《デス・ナイト》──────

 

 

 

極稀にカッツェ平野に出現する伝説級の騎士アンデッドであり、その刃は敵の鎧を容易く両断し、逆にその身に纏う鎧は敵の剣を容易く弾く。

 

死の騎士《デス・ナイト》の持つ剣で殺されたあらゆる生物は直ぐ様首を落とさなければ、従者の動死体《スクワイア・ゾンビ》となって甦り、それらが他の生物を襲っては食い殺し新たな従者の動死体を生み出し、その従者の動死体がまた………という様にねずみ算式に増えて行くのだ。

 

しかも仮に増えた従者の動死体を全て倒し切ったとしても、死の騎士そのものを倒さなければまた同じ事の繰り返し───いたちごっこである。

 

 

しかしなぜ死の騎士《デス・ナイト》がこんな辺鄙な、アンデッドの温床となる墓場でも戦場でもないような場所にいるのか?

 

疑問は沸くが、伝説級のアンデッドがこちら目掛けて突進してきている現状の前には無駄な思考だ。ここにいる部下も敵対する黒衣の集団やガゼフも、あの死の騎士《デス・ナイト》相手では間違いなく全滅する。そうなればガゼフ抹殺の任務は間接的にだが達成される。

 

そう決心すると、直ぐ様踵を返して乱戦に縺れる部下を盾にしつつ、全力で走り出した。仮にガゼフが死なずに生き延びたとしても、死の騎士が暴れてくれれば自分が逃げる時間くらいは稼いでくれるだろう。

 

 

 

「隊長!?」

 

 

 

自分が逃げ出したことに部下が驚きの声を上げるが、止まる気はない。スレイン法国の理念の為に部下の命よりも、まずは己の命が重要だ。

 

全力疾走しながら背後を振り返れば、死の騎士《デス・ナイト》を含めた敵はまだ追ってきてはいない。

 

 

 

これならば逃げ切れる!

 

 

 

そう確信して前方に視線を戻したとき、いきなり何か硬質な棒状の物が足首辺りに引っ掛かかった。

 

次いで身体が宙に浮く感覚を覚え、気付けば足という支えを失い宙に浮いた身体が落下していく中、雑草と小石の混じる赤茶色の地面が視界一杯に広がった。

 

 

「ぶべぇっ!!?」

 

 

一瞬のことに受け身を取る暇もなく、無防備な顔が地面に打ち付けられた。目がチカチカと点滅し、脳が揺れるような衝撃と同時に痛みが次々と襲ってくる。

 

歯が何本か折れたのか口を深く切ったのか、溢れる血が口内に錆のような味と匂いを満たし、堪らず口を開いて血を吐き出した。

 

 

「おい、敵を前に何時まで膝をついてんだい?あ、もしかして痛い?痛かった?大丈夫!大丈夫!硝子まみれのコンクリや腐乱死体で埋まった泥水よりはマシだからさ!顔に傷が増えただけで首から下が無くなった訳でもないからさ!」

 

 

痛みと不快さに呻く中、頭上から矢継ぎ早に浴びせられる飄々とした口調の声に誰だと見上げれば、口元を布で覆ったあの黒衣の連中の1人がニタニタとした目付きで自分を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主であるアインズ・ウール・ゴウンによって召喚されたヘッセン銃士隊の小隊兵士である"6番"は、小隊の中では唯一の女性であり、また非常に性格に難がある人間だと自覚があった。

 

言ってしまえば、自分が高い域の戦闘技術を持ってるとか、後ろ楯に強力な組織が居るとかで傲慢で強気な悪人をいたぶり、弄び、嬲り殺すのが趣味の変態であった。

 

そして今、そんな自分の目の前で地面にしこたま打ち付けた口元を押さえる傷顔の男がこちらを睨み付けている。

 

この手の連中は大好きな部類に入るのだ。こういう悪人が傲慢な態度を取り、罵倒してくるのが良い。自らの力や後ろ楯を振りかざし、自分の思惑通りに事を進めようと足掻くのは見ていて小気味良い。

 

もし目の前の傷顔の男が自分を満足させられる奴なら言うこと無しだ。だが残念ながら今回は遊ぶ余裕は無い。主であるアインズ様から早々に敵を倒せと命じられたからだ。

 

元々はアインズ様が敵の強さを見るために王国戦士長様をモルモット代わりにこのなんたら聖典とやらにぶつけたのだが、結果は"王国戦士団含めなんたら聖典は全く脅威にならず"となった。

 

王国戦士団は炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》程度にあっという間に蹴散らされ、王国戦士長様も"武技"とやらを使って数体を相手取るのも儘ならなかったのだ。

 

まあ、ひとまずは自分の趣味は後回しにしてアインズ様の貴重なお時間を浪費させるだけの連中はさっさと息の根を止めるに限る。

 

 

「さて、じゃあ時間も押してるのでくたばって頂きましょうかね」

 

「黙れ、異教徒の尖兵ごときが!最高位天使の威光にひれ伏すがいい!見よ、"威光の(ドミニオン……」

 

 

そう決めて傷顔の男が罵りのために口を開きつつ懐(ふところ)から何かを取り出そうとした瞬間、剣を握る手を振るいその手を斬り落とした。

 

 

「ギャアアア!手がぁ!手があぁぁ!!」

 

 

傷顔の男は懐(ふところ)に入れた手を手首ごと切断され、激痛に喚き転げ回る。その傍らには、青く澄んだ輝きを漂わせる荒い突起が隆起する水晶が転がっている。

 

拾い上げてみるとそれはユグドラシルにおいて魔封じの水晶と呼ばれる、モンスターを封じ込め任意に開放し味方として戦わせる召喚アイテムであった。

 

 

「あっぶな……ちょっとばかし油断してた。流石に魔封じの水晶を持ってたとは思わなかったよ。まあ、これ以外にも切り札が無いとは限らないから万が一を考えてさっさと首を落とそうかね」

 

 

そう即決すると、喚き転げ回る傷顔の男の首を落とすべく剣を構え、首もと目掛け一気に振り下ろした────

 

 

 

 

だが傷顔の男の首をはねようと振るった剣は別の角度から差し込まれたクレイモアに阻まれ、硬質な音を響かせるだけに終わった。

 

この不粋な横槍は誰の仕業かと顔を向ければ、あのガゼフ・ストロノーフとかいう王国戦士長が私の剣と傷顔の男の首の間にクレイモアを捩じ込み、首をはねる筈だった一撃を止めていたのである。

 

邪魔なクレイモアを振り払おうと剣を握る手に力を籠めるが、彼のレベルが私らヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士より若干上なのか、剣とクレイモアはガチガチと鍔競り合いの音を立てるのみで動かない。

 

 

 

「おうコラ、クソ……王国戦士長様、一体これは何の真似でしょうか?貴方の持つ武器が敵の命を救い、味方の手柄を奪うような所業に走っておるようですが?」

 

「理解の上だ。此度の助力にはゴウン殿にも貴方達にも大変感謝している。貴方方が殲滅の命を受けていることも隊長殿よりお聞きした」

 

「であれば……」

 

「だが誠に申し訳ないが今回の一件、裏にスレイン法国という強国が潜んでいる以上、王国の貴族達を納得させる為には証拠が必要だ。あの偽装騎士達では信用性に乏しい。それ故に法国の暗部を知る六色聖典の生き証人を連れて帰らねばならないのだ」

 

「それはアインズ様が御判断されること。貴方が決めるべきことでは……」

 

 

 

 

 

『よい、下がれ』

 

 

 

 

 

そんな一触即発の雰囲気の中、場を収める声が2人の背後から掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ……これは勝負あったな……』

 

「はっ。では如何致しますか、アインズ様?」

 

『そうだな。最初に話した通り、王国戦士長を救うとしようか。お前達ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》ならばあの程度の魔法詠唱者《マジックキャスター》集団に遅れは取るまい』

 

「かしこまりました。ではこれより王国戦士長様の救援に向かいます。して、敵の陽光聖典なる部隊ですが、殲滅という形でよろしいでしょうか?」

『そうだな……陽光聖典に関してはガゼフから特段要請が無い限りは殲滅で構わない』

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとスレイン法国特殊部隊陽光聖典の戦いの行方は決した。勝者は陽光聖典であったが、アインズにとっては勝者・敗者という結果だけに留まらず実に有意義な事実を確認出来た。

 

まずガゼフ・ストロノーフは非常に高い域の強さと技術を持つ戦士であり、炎の上位天使《アーク・エンジェル・フレイム》相手に使用した"武技"と呼ばれる特殊なスキルを用いれば、彼の従来のレベルを越えた強さを発揮する。

 

 

これはガゼフを遠隔視の鏡《ミラー・オブ・リモート・ビューイング》で観察していた時、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の中に居た暗殺者《アサシン》Lv.1のスキルを持つ兵士からガゼフが武技を用いた時に彼のレベルが僅かにだが上昇したという報告を受けて知った新事実だった(傭兵NPCであるヘッセン銃士隊の兵士は30レベルのうちガンナーLv.15とファイターLv.5、モンクLv.3のスキルを確定で所持しているが、残りの7レベルはランダムで様々なスキルを個別に取得している。なお召喚して雇うまではどんなスキルを取得しているかは分からないため、スキルによっては有用なNPCになる場合もあれば無用になる場合もあるので、ユグドラシルプレイヤーの不満の1つであった)

 

そして当のガゼフはこの世界にてLv.30を越える王国最強と周囲から呼ばれる強者に位置する人間ではあるが、ユグドラシルのカンストプレイヤーからすれば脅威にはならないという事実。

 

それはすなわち、ガゼフに肉薄すると言われる強者も含め、基本的にこの世界でアインズを害せる存在はさほど多くないと考えられる。勿論ユグドラシルプレイヤーへの警戒は未だするべきであり、害せる存在がさほど多くないという結論はすなわち一定数は居るという事でもある。

 

そして"武技"に関しても、調査や研究は重要事項だ。武技は使用者のレベルが日頃の鍛練や実戦を経て一定数割り当てられることで発動可能になる物なのか、それともレベルではなくスキルによるものか、もしくは単純にレベルが上がるごとに使える武技が増えるという事なのか?

それはアインズのようなカンストプレイヤーやユグドラシルNPCにも使用可能なのか?

 

もしそうだとすれば、アインズ自身を含めた味方をより効率的に強化でき、蒼の薔薇を外敵より守ることも簡単になるだろう。

 

 

(この辺りはラキュースやイビルアイにも協力して貰えれば捗るだろうな………おっ!ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が陽光聖典と当たったな………うん、やっぱりガゼフ相手には天使と召喚主の数で勝ったけどレベルが20くらいの魔法詠唱者《マジックキャスター》じゃあ前衛タイプのヘッセン銃士隊の小隊相手じゃ弱すぎるな。魔法も第3位階程度じゃ仮に当たっても微々たるダメージだぞ)

 

 

いくらヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》がトリッキーに動きながら陽光聖典目掛けて突進しているとしても、余りに当たらない魔法攻撃に、アインズはゲンナリしてしまう。

 

 

(あーあ、突っ込まれて陣形が崩れた。ん?あの隊長っぽい男、部下を見捨てて逃げ出したな………あっ、足引っ掛けられた……)

 

 

声は拾えないが、何やらヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士に足を引っ掛けられて顔面から転けた隊長らしき男は、その兵士と幾度かやり取りした後、懐から水晶を取り出したが、手を斬り落とされて水晶を奪われてしまう。

 

 

(あれは魔封じの水晶………やはりイビルアイから聞いた通りユグドラシルのアイテムをプレイヤーが遺しているのか………ん?)

 

 

丁度その辺りで、陽光聖典の隊長らしき男の首をはねようとした兵士の剣をガゼフが止め、互いに何かを話し出す。

 

声は聞こえずとも、殲滅という命令で動くヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が敵を殺そうとするのをガゼフが止めたということは、アインズにもその理由は何となくだが察しが付く。

 

 

(やっぱりガゼフは陽光聖典の捕虜を取ろうとするか………うん、あの兵士も退く気は無さそうだし、止めた方が良さそうだな)

 

 

『<転移門《ゲート》>』

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

…………………

 

…………

 

 

 

 

 

『よい、下がれ』

 

 

 

「あっ、アインズ様!?」

「ゴウン殿?」

 

 

アインズの制止にヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の兵士は驚きながらも膝をついて礼を示す。

 

 

『事前に隊長から通達されていた通り、王国戦士長殿の要請により陽光聖典の生き残りは捕虜として彼らに引き渡す。以上だ』

 

 

アインズの言葉に、その兵士は途端に驚愕の表情と共にダラダラと冷や汗を垂らし始めた。

 

 

「あ、あ〜………は、はい!そうですね、通達通りですね!はい、大変失礼致しました、アインズ様!」

 

『う………うむ、ではそのようにな(もしかして、この兵士、話を聞いてなかったのか?)』

 

 

アインズの予想は当たりである。ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》隊員"6番"は、隊長の通達を聞き流して作戦に入っていた。当人は早く戦いに入りたかったために、ウキウキ気分で上の空だったのである。

 

 

「く、そおおぉぉぉ!!」

 

 

だがそんな雰囲気の中、先ほどまで手を斬り落とされて呻いていた傷顔の男が、怒声を上げた。

 

アインズとガゼフ、隊員6番が目をやればその男が怒声と共に隊員6番目掛けて突っ込んで来たのである。これがアインズであったならば、男の体当たりを受けてもパッシブスキルの"上位物理無効化Ⅲ"によって1ミリも動くことなく、男の方が鉄壁に体当たりしたが如く弾かれて終わりだっただろう。

 

だがヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》の一般兵士はレベルが30を基礎としているため、使い続けてレベリングさせない限りはこの世界でもユグドラシルと同じように強さは変わらない。

 

そして傷顔の男───ニグンはその一般兵士と1レベル程度くらいしか変わらない実力者であったため、隊員6番はニグンの体当たりを受けて共に倒れ込んでしまった。

 

突然の事にアインズの思考が遅れ、ガゼフも慌ててニグンを拘束しようとするが、それよりいち早くニグンは隊員6番に奪われ、彼女が未だ手に持っていたアイテムを奪い返していた。

 

 

「フハハハッ、油断したな!貴様らは強いが、神の至宝の前では無力よ!見よ、最高位天使の威光と力を!!威光の使天使《ドミニオン・オーソリティー》!!!」

 

 

(なん……だと!?)

 

 

アインズは男の言葉と、叫ばれた名前に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガゼフは目の前の光景に、身動きが取れなかった。

 

光に包まれた水晶が砕けると同時に、首の無い、大きな体躯を持つ天使が夕焼けの広がる空を青く塗り潰すように降臨し、神々しさすら感じさせる光で地上を照らしながら翼を広げて自分らを見下ろす。

 

ガゼフはその天使の姿に、決して人が敵わぬ存在が居るのだと改めて思わされた。あの天使が手に持つ錫杖を振るだけで、自分らは木っ端のように吹き飛ぶだろうと理解させられる。

 

背後で黒衣の集団に負け、捕らえられようとしていた陽光聖典の隊員らが狂喜の歓声を上げて、天使を讃える賛美が聞こえる。

 

こうなっては勝ち目は無い。せめてゴウン殿と彼の部下の者達に村人と共に逃げ延びて貰わなければと、隣に佇む仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》に声を掛けようとした。

 

 

『これが、最高位天使だと………下らん………』

 

「なに!?」

 

 

だが仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は神々しさを放つ天使を前に、非常にうんざりとした言葉を放った。

 

 

『これが最高位天使?あまりに自信に満ちた発言をするものだから熾天使《セラフィム》クラスかと思えば………これが切り札だと?馬鹿らしい、一瞬でも脅威を感じたのが非常に馬鹿馬鹿しい』

 

「き…貴様………最高位天使を前に下らん戯れ言をほざくな!ならばその身を以て受けよ!人類が決して到達し得ない第7位階魔法の力の前に、消し炭と化すがいい!!」

 

『ギャアギャア喚くな。鬱陶しいぞ』

 

「威光の主天使《ドミニオン・オーソリティー》よ!<善なる極撃《ホーリー・スマイト》>を放て!」

 

 

ゴウン殿の呆れと不快げな言葉に、激昂した陽光聖典の隊長は最高位天使と呼んだモンスターに命令を下す。

 

すると命令を受けた最高位天使が左右の手で持つ黄金の杖《ロッド》が砕け、天へと登って行く。

 

 

 

 

そして光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

「どうだ!かの魔神をも一撃で葬った最高位天使の神聖なる一撃…は………」

 

 

だが降り注いだ光を見据えて意気揚々と叫んでいた陽光聖典の隊長の声は、目の前の光景に次第に尻すぼみになっていった。

 

 

『ふむ……これがダメージを負う感覚……痛みか』

 

 

ガゼフも仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》の放つその言葉に、絶句してしまう。

 

神話に語られる、法国の六大神と呼ばれた主神に付き従っていた従属神達───神の死後、その身を魔に堕とし"魔神"と呼ばれるようになった存在を一撃で葬ったという第7位階の攻撃魔法をその身に受けながら、彼は全く微動だにしていなかった。

 

 

「あ……有り得ん!有り得るか!魔神をも滅ぼした最高位天使の一撃を受けて無傷だなんて馬鹿げた事が有り得るか!クソ、威光の主天使《ドミニオン・オーソリティ》よ、もう一度<善なる極撃《ホーリー・スマイト》>を……」

 

『戯れ言は言い終わったかな?ではこちらの番といこうか、<暗黒の渦《ブラックホール》>』

 

 

有り得ないと半狂乱で必死に叫ぶ陽光聖典の隊長に対して、仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は片手をかざして呪文を詠唱し──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の空間が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もない虚空に突如現れた漆黒の渦としか形容出来ないそれは、まだ夕刻だというのにその茜色の空全てが塗り潰されたかのように辺りを暗く染め上げている。そして漆黒の渦は、その正面にいた天使を何の抵抗もさせることなく吸い込みだす。

 

渦に吸い込まれる天使の姿がグニャリと歪み、まるで竜巻に巻かれた布切れのようにあっという間に渦の中へと消えていった。

 

天使が消え、役目を終えた渦が消失すると、そこに残ったのは唖然とする陽光聖典達とガゼフ、その光景が当前の結果だとでも言うように微動だにしない仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》、そしてその光景を讃えて「アインズ様万歳!」と叫ぶ黒衣の集団であった。

 

その中、重い足音を響かせながら何かが歩いてくる。目を向ければ、魔法詠唱者《マジックキャスター》へと近付いていき、側に控えたのは先ほど暴れていた死の騎士《デス・ナイト》であった。

 

まさかあの狂暴そうなアンデッドをこの魔法詠唱者《マジックキャスター》は使役しているというのか?

 

その事実に気付いたのか、陽光聖典の隊長も身体を震わせている。

 

 

「…き、貴様は……一体何なのだ……?」

 

 

あらゆる常識を打ち崩され、もはや精も根も尽き果てたように項垂れる陽光聖典の隊長が呟いた。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン───貴様はその名だけ知れば十分だ。ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》よ、こいつらを捕らえろ」

 

そんな隊長にもう興味も関心も失せたとでも言うように仮面の魔法詠唱者《マジックキャスター》は言い捨てる。

 

そして懐に手を入れて何かを取り出そうとし始めた。途中、何かを見つけたのか身体を硬直させたが、すぐに何事も無かったかのように懐から金細工が施された赤い液体入りの小瓶を取りだし、黒衣の兵の1人にいくつか伝えながら小瓶を手渡す。

 

 

(これで終わったのか……それにしても、ゴウン殿は凄まじい力の持ち主だ。もし叶うならば、共に王国のために来て貰いたいものだな。もっとも、今の王国にかの御仁を惹き付けるものがあればだか………)

 

 

黒衣の集団が陽光聖典を捕らえていく中、ガゼフは事態の決着に安堵し、またアインズに王国の側に来て貰えないものかと、思案を馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽光聖典との戦いは、ヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》とアインズの参戦によりガゼフら王国側の勝利で幕を閉じた。

 

なお治療薬《ポーション》で斬り落とされた手の治療を施された陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーイン以下生き残りの隊員達は残らずヘッセン銃士隊により捕縛され、既にガゼフ達へと引き渡されている。彼らはこれから王都へと連行され、取り調べを受ける手筈だ。

 

村を襲った偽装騎士達は心が壊れてしまっているため証拠にはならないが、陽光聖典ならば有力な証言が得られれば、それを喋ったのがスレイン法国の六色聖典の1つという事実と合わせて、今回の一件に関わった貴族達を法のもと裁く事が出来るだろうとガゼフは語る。

 

 

「ではゴウン殿、此度の貴殿の活躍は必ずや王に報告させて頂く。これほどの功ならば近日中とは行かないが、そう遠くない内には王との謁見が叶うやもしれない。その際には招待を受けて頂ければ幸いだ」

 

『ええ、ではその日を楽しみにしております。戦士隊殿』

 

「では戦士長様、また王都でお会い致しましょう」

 

「うむ」

 

 

ガゼフはアインズ、ラキュースと別れを交わすと、村から借り受けた複数の荷馬車の荷台に生き残りの偽装騎士らと陽光聖典の隊員らを乗せ、カルネ村を離れていく。

 

彼らが丘の向こうへと消えていく頃まで見送っていたラキュースは、隣に佇むアインズへ呟いた。

 

 

「何とか終わりましたね……」

 

『ああ、だがこれで終わりではないだろう。村人の話に聞く限りでは、王は穏健だが決断力に欠けると聞く。その王が国を割る危険を犯してまで敵対貴族の削ぎおとしを実行するのか、何とも言えんな』

 

「私は王が正しい判断をされると思います。アインズさんが人々を救ったように、王もまた義と慈愛の心を持つ方ですから」

 

『それは盲信かもしれないぞ、アインドラ嬢。王も聖人も救世主も人は所詮人だ。過度な信頼と期待は破滅に繋がる』

 

「………かもしれません。ですが、私は王がこの国を愛する者の1人として民の為にも動くことを信じているのです」

 

『……アインドラ嬢がそう言うのであれば、私も信じてみるとするか……(リ・エスティーゼ王国の国王がどう動くかは分からないが、王を信じるとラキュースが言う以上、俺はそれを否定するような事はしたくない。ならば動けばそれで良し。動かなければその程度の人物だっただけのことで、改めて俺がラキュース達を守るだけの話だ)』

 

「ありがとうございます。アインズさん」

 

『礼には及ばない。さて、この村はヘッセン銃士隊《ヘシアンズ》が防備に当たる以上、当面の危険は無いだろう。我々も帰るとしようか』

 

「はい、アインズさん」

 

 

『そうだ、アインドラ嬢。帰る前にこれを渡しておこう。君の身を守る物だ』

 

「これは?」

 

『それは上級治療薬の大瓶《ボトル・オブ・グレーター・ヒーリング・ポーション》だ。それならば腕や脚が切断されたりするような大概の外傷も治療可能だ。万が一の御守りとして持っていて貰いたい』

 

「こんな希少なポーションの瓶を私に………ありがとうございます、アインズさん。これは大事に使わせて頂きます」

 

 

そんな素晴らしいポーションを御守り代わりにとくれるアインズさんには、本当に感謝しかない。これがあればこれから万が一があっても、蒼の薔薇のメンバーを守れる筈だ。

 

そしてまだ先になるかもしれないが、いずれはアインズさんを蒼の薔薇の仲間として、未知の冒険に出てみたいものである。

 

彼と共にあれば、どんな困難をも乗り越えられるだろう。少なくとも私はそう確信している。

 

 

『ああ、ところでなんだが、アインドラ嬢……実はだかな………』

 

「どうしました、アインズさん?」

 

 

御守りとしてポーションの瓶を渡してくれたアインズは、何やら自身がやらかした悪戯を親に怯えながら伝えようとする子供のように話し出す。

 

 

『実は……実はだな。君の装備についてだが……』

 

「私の装備?無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》のことですか?」

 

 

はて?消失した装備についてのこと……例の代わりになる装備に関する話だろうか?あれは実質互いに不可抗力によるものであり、ラキュースもそれについては許しているのだから、そこまで怯える必要は無い筈である。

 

 

『実は、君の無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》だがな……魔剣も含めて見つかったのだよ』

 

「!ほ、本当ですか!?」

 

 

アインズさんとの融合で失われたと思われていた装備が発見された。それは非常に嬉しい報告だ。しかし、ならばそれこそ怯えながら伝えようとする理由が分からない。

 

 

一体アインズさんは何を伝えたいのか?

 

 

『実はな……私の持つ装備に無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》というのがあってな………アインドラ嬢と融合した時に無くなった装備は、消失した訳ではなくその袋へと転送されていたのだ』

 

 

それってもし私とアインズさんが再び融合したとしても、装備は消えずにその魔道具に自動的に送られるという訳よね?

 

 

「アインズさん、もしかして無くなった装備が実際には無くなってなかったことを伝えたら怒ると思ってたりします?」

 

『あ、いや……それはだな……』

 

「私をそんなに器量の狭い女性だと思いましたか?そんな小さなことで怒ったりしませんよ。それに装備が無事だったのだから、素直に"良かった"でいいじゃないですか」

 

 

全く、偉人のような雰囲気と凄い力を持っていながら、本当に子供っぽいんだから……。まぁ、彼のそんなところも嫌いではないのだけれど。

 

 

『ああ、そうだな。装備は後で王都の宿に帰ったら渡すとしようか……いや、しかし良かった。装備や森に放置した事を更に怒られたらどう宥めようかと思案して贈り物に御守りとか考えていたが……』

 

「えっ?」

 

『あっ………!』

 

 

え?それってつまり、もしかしてあの治療薬って、怒られるのを想定して少しでも怒りを和らげようと渡したから?

 

それって………。

 

 

先ほどまで普通に接していたアインズに対し、沸々と熱い何かがせり上がって来る。

 

親切心ではなく怒りを和らげようとするための贈り物?それはあんまりじゃないかしら?

そもそも神様だろうがプレイヤーだろうが、アインズさんは少し女性への扱いを改めるべきではないだろうか?

 

人前で裸のまま放置したり、怒られたくないから贈り物でご機嫌伺いって!!

 

 

ラキュースは今、冒険者としてではなく、少し行き遅れ手前だが年頃の女性として怒りのボルテージがマグマのように煮えたぎっていく。

 

 

アインズさん…!

 

 

アインズさん……!!

 

 

アインズさん………!!!

 

 

 

 

 

そしてそれは、怒りの言葉と共に行動によってアインズに降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乙女の天誅ーーー!!!」

 

 

 

 

『ぐわあぁぁぁ!!?』

 

 

 

 

 

 

ラキュースの言葉と共にアインズに降り注いだのは、先ほどアインズがラキュースに渡した上級治療薬の大瓶《ボトル・オブ・グレーター・ヒーリング・ポーション》であった。

 

ラキュースのしなやかな肢体から繰り出された素晴らしい投球フォームによって一直線に飛ぶ瓶は、本音がバレたことにより焦りと緊張から精神安定化を繰り返していたアインズへと見事に命中。

 

アンデッドにとって毒となる治療薬《ポーション》───その上級の効能を持つ大瓶から溢れた多量のポーションは、死の支配者たるアインズにすらかなりのダメージをもたらした。

 

 

 

 

 

 

「アインズさんのバカァ!!乙女の天敵ぃ!!!」

 

 

 

『骨があぁぁぁ!!骨という骨にムスコに山葵を塗りたくられたような激烈な痛みがぁ!!』

 

 

 

 

 

 

 

ラキュースの叫びと、やられたこと無い筈なのに何やら的確な痛みの比喩を悲鳴に乗せる死の支配者《オーバーロード》の狂乱は、カルネ村の人々が集まってくるまで続くのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【同時刻─城塞都市エ・ランテル、商店街─】

 

 

 

 

「Danke sch・n(ダンケシェーン)!!毎度あぁりがとうございまぁしたぁ!!。またぁのご来店をぉ、お待ちしてぇおりまぁす!!」

 

 

やたらハイテンションな店主の言葉を受けて若干引きながら店を後にする剣士と野伏、森司祭と魔法詠唱者の4人組を見送ると、店主は店の扉に掛かる看板を<開店>から<閉店>にひっくり返し、店へと戻っていった。

 

 

「お仕事お疲れ様っす。ナルさん」

 

「貴女もお疲れ様ですシェルム」

 

 

先ほどまでハイテンションな接客をしていた金髪の店主は、少しばかり口調を大人しめにして労いの言葉を口にしながら近づいてきた赤髪の美しい女性店員と話し出す。

 

この2人組の男女は5年ほど前にこのエ・ランテルへ現れた旅の放浪者であった。しかし常人はおろか専門家すら赤子扱い出来る程の魔道具に関する技術と豊富な知識を持つ彼らは、エ・ランテルの都市長に手厚く歓迎され、この都市に店を構えることとなった。

 

金髪の好青年はナル・ファーレンダー・ゼンガーという名を名乗った。役者のような大袈裟で仰々しい態度は周りの人々には少々引かれているが、その整った顔立ちと精力的な身体つきはご婦人を魅了して止まないともっぱらの噂。

 

赤髪の美しい女性は名前をシェルム・ヴォルフと言い、ナルの店の店員として働いている。普段のニコニコとした人懐っこい笑みと健康的な浅黒い肌に吸い付きそうな質感のふくよかな胸元に男達は釘付けらしい。もっともしつこく迫った挙げ句襲おうとして彼女にボールを2つとも握り潰された暴漢の前列があってか、彼女を前に強気に出る男はいない模様。

 

 

彼らが構える店はミュートゥス・トーテンシェーデルという不思議な響きの名前であり、訪れる人々は度々その意味を尋ねるが、店主は意味深な笑みを浮かべるだけで決して教えはしなかった。

 

しかしその店で売られる武器・防具や魔道具は基本的な性能からして並の物を遥かにしのぐ逸品ばかりであり、またそれらは非常に良心的な値段で販売されていた。勿論それを妬む同業者や組合は居たが、相手はいつの間にかエ・ランテルの様々な住民に信頼されており、また都市長とも懇意と噂される店であったため、ただ指をくわえるしかなかった。

 

 

「さて、シェルム。私はまた情報収集のために店を留守にします。一応閉店はしましたが、もし誰かしらが訪ねてきた場合には、くれぐれもお客様へは丁寧に対応をお願いしますよ?」

 

「了解っす。しっかし、"人間"というのは本当に面白いっすねぇ〜。こんなゴミばっかりなのに"まさに神話の武器だ"とか"家宝に相応しい"とか……まぁゴミにはゴミがお似合いっすよねぇ〜」

 

「やれやれ……では頼みましたよ」

 

「了解っす!パン…じゃなくてナルさん!」

 

 

そしてこの2人組の噂の1つが、"誰か"を探しているということ。それがどのような人物なのかは誰もが知らない。だがエ・ランテルの住民の誰もが、その噂の人物以前に、彼らとという異物の正体に気付きはしなかった。

 

空が夕暮れから夜へと姿を変える頃、音もなく屋根へと飛び乗る店主の姿がグニャリと歪むと、服は鮮やかな黄が目立つ軍服へ、金髪は黒い制帽に、そして整った青年の顔は漆黒の闇が3つだけ浮かぶ、卵のような顔に変化していく。

 

そして決心に満ちた言葉を絞り出す。

 

 

 

 

「この地に迷い込み、はや5年が経ちました。しかし例え100年掛かろうと、必ずや貴方様を探し出してみせましょう。我が主よ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なるモモンガ様」

 



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幕間 〜ハリケーン〜

生きてますよ〜。


唐突だが、皆さんはハリケーンをご存知だろうか?言わずもがな、例の大国で起きる災害である。

 

では災害であるハリケーンに付けられる名称が、なぜ女性名なのか?

 

きっとそれは恐らく、怒り狂った女性の怒濤の罵声と説教の嵐の前に相手方の弁明・言い訳・謝罪は全てが虚しく吹き飛ばされる────そんな抗いようの無い状況が、全てを無差別に巻き込むハリケーンのようだからだろうと私は思う。

 

何故、今こんな話をしたのかって?

 

それは私が引き起こしたとある事件により、まさに現在進行形でそのハリケーンに巻き込まれているからに他ならない。

 

事の始まりは私がカルネ村での一件を終えて、ラキュースと共に王都へと帰還してからである。

まず初めて私がこの世界へと流れ着きラキュースと融合してしまった時、お互いの持つ装備が入れ替わっていたのだが、どうやらこの装備入れ替わりの現象は、装備の質によって起こる現象らしい。

 

例えば、ゲームによっては数ある鎧や武器に数値やゲージにより表示される性能差がある。良い装備ほど数値が高く、逆に悪い装備は数値が低くなり、場合によってはゲームのナビゲーションが現時点で装備している物よりも性能が高い物を画面に表示してくれたりもする。

 

この現象はそんな装備ランクによるものである。どうやら私とラキュースが融合した場合、何らかのシステムだか制約だかが働き彼女を守るべく、両者が持つ装備の中から最も高レベルの物が自動的にラキュースに装備されるのだ。

 

なお現時点で高レベルなのはアインズが纏うローブや指輪、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンであるため、ラキュースと融合した際にはそれらがラキュースが着る装備類と入れ替わり、ラキュースが身に付けていた装備はアインズが持つ無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》という物搬アイテムへと自動転送されるのだが、ここが今回の事件の原因となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

─少し前─

 

 

 

 

 

 

 

「はーっ!やることやったし、やっと帰れるわ!」

 

『済まなかった、アインドラ嬢。大分遅くなってしまったな』

 

 

スレイン法国の偽装帝国騎士によるカルネ村襲撃に、リ・エスティーゼ王国王国戦士長ガゼフとの出会いに、ガゼフ暗殺の刺客として差し向けられた六色聖典特殊部隊との戦闘という怒涛の出来事を片付けた後、アインズはラキュースと共に王都にある冒険者組合へと転移した。

 

目的は急に消えたラキュースを探しているであろう組合長の記憶改竄である。本来ラキュースは王都の冒険者組合に居る筈なのだ。応接室に居たアダマンタイト級冒険者のリーダーが急に居なくなれば、何か起こったと考え、探そうとするだろう。

 

冒険者に無関係なアインズのみなら問題無いが、ラキュースは紛うことなき冒険者組合の関係者だ。当然ながら冒険者が国家間のゴタゴタに関わり、あまつさえ首を突っ込んだなんて話が広まれば、周りの他の冒険者に迷惑が掛かり、ラキュースも只では済まない。

 

よって王都へと帰還するアインズがラキュースに最初に提案したのが、冒険者組合長の記憶改竄であり、組合長には周囲にラキュースの事を上手い具合にぼかして説明して貰うのだ。

 

そして今、アインズは組合長の記憶改竄を手早く済ませ、ラキュースと共に冒険者組合から王都の人気の無い裏路地に転移すると、徒歩で蒼の薔薇が宿泊する高級宿へ戻っていた。

 

 

(これで一段落か……記憶操作は偽装騎士で実験しておいたお陰で特に記憶に齟齬は生じていない。組合長の人格や記憶を崩壊させずに改竄が出来たし、組合長が要らぬ騒ぎを起こさないようアダマンタイト級冒険者の行方不明を隠していたのも有利に働いたしな)

 

 

記憶操作は非常に繊細さと慎重さを要する作業だ。下手に弄れば本人の本来の記憶と植え付けられた嘘の記憶の間に齟齬が生じ、そこから人格や行動がどう変化していくか予想がつかない。やりようによっては最悪、聖人君子レベルの温厚な人物が唐突に稀代の極悪殺人鬼化しかねない。

 

 

(これから機会があれば記憶操作は練習をするようにしておかないとな)

 

 

そうアインズが心で呟いていた辺りで、両者は目的の宿へとようやく辿り着いた。ラキュースとアインズが入口に近付けば、宿の入口に控える品の良い服装の使用人男性がこちらの姿を認めると、恭しく一礼をしてから扉を開いてくれる。

 

中へと入ってとある一角に目を向ければ、そこではほどよく酒が入って上機嫌に笑うガガーランにうんざりした雰囲気を漂わせているティアとティナ、そして我関せずとばかりに頬杖をつくイビルアイという何時ものメンバーが居た。

 

そこでガガーランがテーブルに近付いてくるラキュースとアインズに気付き、手を振って招き寄せる。

 

 

「よぉラキュース、アインズ!大分遅かったな!なんだ、2人して夜のお楽しみだったか?」

 

 

そしてテーブルについた2人に対して、開口一番セクハラ発言を放ってきた。どうやらかなり良い具合に酔っているらしい。

 

 

『ああ、ちょっとした野暮用でな……」

 

「おう、そうかそうか!そういう事にしておいてやるよ!」

 

「ガガーラン、野暮用の相手は件の聖典部隊よ」

 

「……悪酔いで聞いて良い話じゃ無いらしいな。イビルアイ……」

 

「もう魔法は展開した」

 

 

イビルアイはラキュースの言葉を察し、既に行動に移していた。ラキュースは礼を述べると、アインズと共にカルネ村との一件を話し出す。

 

 

 

スレイン法国の偽装騎士による村々の破壊。

ガゼフを狙った陽光聖典部隊の暗躍。

その暗殺阻止に加え、陽光聖典の生き残りはガゼフが連行したこと。

 

 

「なるほどな……ならば後は国王がそれをどう活用するかということだな」

 

 

イビルアイの言葉に頷く面々。事は冒険者が関わる範疇を越えている政治的な分野だ。例えアダマンタイト級冒険者でも軽々と口を出せる場ではない。

 

となれば願うは、国王ランポッサⅢ世が国を割るかもしれない荒療治を覚悟してでも今回の暗殺劇を仕組んだ敵対貴族を粛清し、王国の膿を少しでも絞り出すという決断をする事だ。

 

 

『よし、ではこの話題はひとまず国王の決断を待ってからとしようか。アインドラ嬢、次は君の装備に関してだが……』

 

「そうね。私の装備はアインズさんのマジックアイテムに収納されている筈だったわね」

 

『ああ、では皆、装備を取り出すからテーブルを空けてくれ』

 

 

 

 

これが悲劇を呼んだ……呼んでしまった……。

 

 

 

 

アインズが何も無い虚空に両手を伸ばすと、手から先が虚空に現れた空間へと沈み込む。そして数秒ののちアインズが引っ張り出した両手には、アインズとの同化で転送されていたラキュースの装備が全て載せられていた。

 

 

「おお、こいつは凄いな!一体どんなマジックアイテムなんだ?」

 

『これは無限の背負い袋《インフィニティ・ハバサック》。500kgまでならあらゆる武器・防具、物品を大きさ・形を問わずに運べるマジックアイテムだ。まぁ、重量制限があるのに"無限(インフィニティ)"なんて名前、一体誰が考えたのやらな』

 

 

見たことの無いマジックアイテムに食いつくガガーランに、アインズはアイテムの性能を教える。魔法詠唱者のイビルアイは勿論、ティアとティナも興味があるのか話を聞いている。

 

 

だがラキュースはアインズの両手に載っかる装備を見て、固まっていた。

 

 

無垢なる白雪《ヴァージン・スノー》やキリネイラム等は別段問題は無い。むしろ問題というか肝心なのは、背負い袋から取り出された装備の一番上に、ラキュースの"寝間着一式"が置かれているということだ。

 

 

『……嬢……ンドラ嬢……アインドラ嬢?何かあったかね?』

 

「あ?えっ、ご、ごめんなさいアインズさん!」

 

 

アインズのマジックアイテム談義が終わっていたのか、ラキュースは自身を呼ぶアインズの声で我に返った。

 

こちらを心配そうに覗き込む黒髪の青年に擬態するアインズと目が合い、とりあえずラキュースは現状が生み出しかねないトラブルを極力避けるべくアインズに言う。

 

 

「アインズさん、私の装備なんだけれど、返却してくれるのは嬉しいのよね……でも、あのね……」

 

『どうした?』

 

「とりあえずそれを一回仕舞ってほしいかな〜、なんて……」

 

『ん?何故だね?』

 

「あ……おい、アインズ。とりあえず一回装備を仕舞え」

 

 

疑問符を浮かべるアインズにどう言うべきかラキュースが迷っていると、ガガーランがその理由に気付いてアインズに単刀直入に指示する。

 

 

「アインズ、それは不味い。直ぐに仕舞うべき。そのままだと鬼リーダーの矜持とか世間体が八欲王時代になる」

「アインズ、不味いけど最高。複製するマジックアイテムがあるなら後でそれを複製して貰いたい。鬼ボスの使用済みはレア物」

 

「アインズ、悪いことは言わない。一回装備を全て直ぐに仕舞うんだ。お前は乙女に恥を掻かせる趣味は無いだろう?」

 

『皆、先ほどから一体何を言…っているん……だ………あっ…!』

 

 

周りの言葉に理解が及ばないと疑問を口にするアインズだったが、彼女らの視線が向けられる先、すなわちラキュースの装備一式に目線を移したことでようやく現状を理解した。

 

ラキュースの鎧や剣の上に置かれたとある品々……蒼の薔薇のリーダーがあの日アインズと初めて融合してしまった際に就寝のために着ていたのであろう、寝汗で湿ったネグリジェや下着がアインズの両手に載せられていた。

 

 

イビルアイの消音結界の魔法で声は周りに聞こえないが、当然ながら姿やそこにある光景は見えているのだ。宿でも噂の黒髪の青年が両手にラキュースの装備を持つという光景は直ぐに周りに知れ渡り、何事かと見ていた宿の宿泊者達。

 

そして周りから何かを言われた青年が視線を向けた先に、周りの客も興味からちらほらとだが視線を向けていたのだ。

 

 

そして宿泊者達は直視してしまった……。

 

 

青年の両手に載る女物のネグリジェや下着類を………蒼の薔薇のリーダーが装備する彼女の象徴とも言うべき"無垢なる白雪《ヴァージン・》"と一緒に載せられていることから、恐らくは当人のもの………それが面前で晒されてしまったのだ。

 

唖然とする客達は、この非常にデリケートかつ深刻なトラブルを引き起こしかねない状況にどう反応すべきなのか分からず固まっている。

 

そんな中、アインズが装備に混じるラキュースの下着を直視し、更にはうっすらとしたラキュースの残り香が漂いアインズの(無い筈なのに匂いを感じる)鼻腔をくすぐった事で、事態は最悪の展開へと至った。

 

 

 

 

『くぁwせdrftgyふじこlp!!?』

 

 

 

 

アインズは自身の脳内処理能力を越えた事態を前に奇声をあげ、咄嗟にそれらから手を離してしまった。

 

当然ながらレベル30程で英雄と呼ばれるこの世界では、レベル100のプレイヤーが力の差を考慮せず咄嗟に腕を離せばそれだけで風圧が起きる。

 

結果、アインズの手から離れた装備と下着は風圧により床に落ちずに宙を舞い、ばら蒔かれた────他の客達が座る席やテーブルへと………。

 

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 

『あ……いや……これは……その……』

「………///(プルプル)」

 

 

「「「「あ〜あ……」」」」

 

 

 

その場にいた宿泊客の間に沈黙が舞い降り、アインズはしどろもどろに言い訳を捻り出そうとし、ラキュースは顔を真っ赤にして羞恥に身体を震わせ、蒼の薔薇のメンバーは「やらかしたな」と言わんばかりにため息と共にそうボヤいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そして現在──

 

 

 

 

 

 

 

アダマンタイト級冒険者蒼の薔薇リーダーのラキュースの下着が宙を舞いばら蒔かれたという事件はあっという間に宿屋の宿泊者達の噂として広まり、その犯人というか原因は蒼の薔薇の庇護下に置かれている青年(アインズ)という事も相まって噂は当分消えそうにない。

よって今、アインズは蒼の薔薇メンバーが宿泊に使う部屋にて怒りの言葉をマシンガンの如く吐き出し続けるラキュースの前で正座し、各メンバーから冷たい眼差しを浴びていた。出会った当初は慣れない敬語を用いながらもアインズに対して例を失しないようにと気を付けていたイビルアイすら、敬語も敬称も付けることなく蔑みの態度を隠そうともしない。

 

 

『なあ、アインドラ嬢。そろそろ機嫌を直してくれな……』

 

「はい?"な・に・か"言いたい事でも?」

 

『……いえ……』

 

 

宥めの言葉すらハリケーンの前に撃沈した。

 

それから1時間、怒涛の如く押し寄せる怒りを纏う乙女を宥めるべく、アインズは世の同じ境遇の男達同様、虚しい奮闘することになったのは言うまでもなかった………。



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