城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない (ブロx)
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番外 Commonplace story

※注意。今回は番外編です。意味が分からない方や駄目な方は第1話へ進むかブラウザバック推奨です。


 【史の無い男】 無色④ 2/5
Not go down,remembered man
クリーチャー―ソルジャー・フィアー。
 あなたがコントロールしている土地一つにつき、このパーマネントは+0/+2の修正を受ける。場にワールド・エンチャントがある場合、史の無い男は打ち消されないし追放されない。

 ――瞳に映る大きな背中。赤子はそれだけを憶えている。








 

 

 

ある日の暮れ方の事。ワシはいつも通り日課をこなしていた。

 

 技の冴えはいつも通り。疲れていても好調でも、いつも通りの事を当たり前にこなす。それが人間というものだから。

 

「なあアンタ。顔見せてくれないか」

 

素っ頓狂な質問が聞こえてくる。これだから野蛮な人種は今も相手にしたくない。

 

「必要ないって思ってるだろうけどさ。一度くらいはしっかり見てみたい」

 

 こんなことを言って、頭の中ではワシをぶっ殺してやる事しか考えていない。口だけは陽気な人種を装っているが、本当こいつらは昔から変わってない。

 

殺してやろう今すぐに。

 

「アンタには家族とか恋人はいないのか。ちなみに俺にはいる。昔なじみの女だ、目が好いんだ。綺麗なペリドート色でな」

 

緑色ということらしい。では本当に美人なのだろう。

 

「そんな俺が知りたいのはアンタの家族の話だ。アンタの事じゃない。だったら少し位話せるだろう」

 

本当に素っ頓狂な奴。これほどの人種がすぐそこに居ると知れたのは久々だ。

 

「俺の昔なじみは本当ガキの頃から一緒でな。二人で足の速さをよく競争してた。いつもそしてアイツが勝っていた。こがね色の髪が、俺には女神に見えた」

 

 惚気話は聞くだけ時間の無駄だ。しかし耳を塞いでも聞こえる距離。

ワシはずっと帰っていない故郷の事を少し思い返しはじめていた。それがこの野蛮人の策略なのかとも思ったが、思い出には勝てなかった。

 

 

 ―――これは素晴らしく良いな。

 

 ―――良い。

 

 ―――上兄さんたちー。どのあたりが良いの?

 

 ―――分からんか。この重さと重心が最高なんだ。

 

 ―――私はもっと軽い方がいいなー、速い武器は重くなるから。

 

 ―――やはり分からん子だなお前は。二本持てるじゃないか。

 

 ―――二本持つ意味が分かんないんだってば。…そうでしょ?お兄ちゃん。

 

 

 気持ちの悪い話を思い出した。やはり昔を思い返すのは良くない。未熟だった頃の記憶なんて跡形消えてなくなればいい。

 

「最近、ずっと会えてないアイツの事ばかり思い出す。俺は会いたくなった。皆そうなのかも」

 

ぴくりと指が壁越しに動くついでに眼をやると、少量の気迫が匂ってきた。

 

「明日総攻撃する。明日で、戦は終わる。終わらせる。隊長がそう言っていた」

 

罠か。直感がそう囁く。しかしこの野郎の気迫には些かの嘘も無かった。

 

「てなわけでな。ちょっと話したくなった。敵とはいえ、アンタは勇士だ。敬意を表する」

 

 ・・・この国の言葉は難しい。はたして伝わってるかな。

野蛮人はそう言って気迫を消した。静かに歩き去る足には確かな敬意。ワシにはそんな音が聞こえていた。

 

 

 

 

 朝陽が昇った。と同時に戦の気配。ワシはいつも通り目に付く敵の眼球を潰した。と同時に後退。

 

 壁が吹き飛ぶ。雪崩れ込まれる。野蛮人の斧と人斬り刀。剣。そして鏃。

その全てを叩き潰し踏みつぶしたワシは間合いに入った敵の頭を得物でひとしきりぶん殴って地べたに這い蹲らせた。

 

 都度々零れる千切れる汚物。目障りな事この上ない幾何学模様。きっとお叱りを受けるなあと、ワシは思った。

 

「ーーーー!!!」

 

「ベルバルベルバルベルベルバルバル!」

 

「神聖うんこ」

 

「お、た、か、らああああああ!!!!!」

 

 意味不明な言葉を叫ぶ奴は殺しても殺さなくてもいい奴。ワシは殺す方を選んでいる。こいつらもご同様だろう。

 

「ーーー!!!」

 

 きっと今が全盛期。疲れ知らずに敵を打ち殺し、死体を蹴り飛ばす。山となる躯は敵を萎縮させる。何時も何度でも。

しかし急に目の前が真っ暗になる。大楯。卑劣な手段だ。しかし理に適う。感心して横に回避。

 

おっと横も真っ暗。後ろに回避。

ドンと背中を押される。聞くまでもなく敵の楯。

 

「ーーー!!!!!」

 

青ざめた敵の雄叫び。前後左右敵の楯。しんどい。でも薙ぎ払う。滅ぼす。吹き飛ばす。殺す。

 

全部出来なかった。

 

「ーーー!!!!!!」

 

五月蠅え、痛え。どけよ。触るなよ。ここはワシらの―――

 

 

 

あの子の家だ。

 

 

 

 

 

 



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第一部
第1話


 眼を開けると、そこは王様の前でした。
今作は主人公が獅子王陛下に召喚されてなんやかんやするお話です。六章ゼロからスタートで、裏テーマは『盲目たる信仰』。そんな妄想話です。ディバインセイバー!と迷わず出た方、爆炎剣。 誰も気にしないでしょうが、タイトルを今どきのちょい長めにしてみました。作者はナウいのです。ムフン。
 
 今作、ゲームFGOのネタバレがあります。そして死んでる奴が生きてたりとかストーリーがそもそもおかしいとか、え?誰こいつ?とか一杯です。許容出来ない方はブラウザバックをお願いします。獅子王陛下万歳。









 

 

 

 息を吸う。空気が旨い。身体が軽い。 

 

 眼を開けると、そこには金の麦穂が見えた。

 

 

「---選択せよ、我が兵(つわもの)」

 

? う、美しい・・・ッハ! 

 

「・・・・」

 

 あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ?

ここはあの世だと思って眼を開けたら我が王がいた。

 

「・・・・」

 

 何を言ってるんだと思ってるだろうが俺も何が起きたのかが分からない。頭がどうにかなりそうだ。死者蘇生だとか、催眠術だとかじゃあ断じてねー!

 

もっと恐ろしい王の威光を味わってるたった今!!

 

 ――想像してみて? 

ぬわああ疲れたもおおお!って死んだように眠って翌朝眼を開けたら眼の前に金髪!ペリドート色の瞳!え?太陽と槍の女神様?みたいな美しくて綺麗(重言でより強調)な御方が居たらどう思う? 怖いじゃん!

 

 知り合いでもびびるじゃん!とても言葉に出来ない!でもあなたに会えてほんとによかった。ラーラーーラアアア!

 

「・・・・それが貴様の。王に対する態度か。 分かった」

 

 漆黒の巌の声が天地を震わせる。 

え、何が分かったんだろう。俺まだ何も言ってないんだけど。

黒い甲冑を身に着けた苦労人気質風の男が、美しいコントラストといわんばかりに白く輝いている我が王に跪いた。

 

「王よ、この不届き者は王に対する反逆の意図が見て取れます。その証拠にこの態度、間違いありませぬ」

 

いや、多分俺貴方と同じ跪き方してると思う。

 

「・・・・」

 

「----」

 

 王と無言で顔を見合わせていると、何だか色々思い出してきた。

俺をタコつぼゲッソー(クラーケンの亜種)ぶっ殺す為にスーパーファイア連打してる時の眼で睨んでる黒甲冑のお人は、アグラヴェイン卿。

 ランスロット卿とギネヴィア妃の不倫を咎めたはいいものの、殺されちゃったお人だ。お懐かしい。

 

「---アグラヴェイン卿。下がるがよい」

 

「しかし陛下、」

 

「---私は下がれと言った」

 

「はっ・・・」

 

 アグラヴェイン卿のにらみつける。効果は抜群だ。タイプ一致、俺の精神に四倍ダメージ。

 

「---選べ、我が兵」

 

「・・・・」

 

 ぶつぶつ独り言を言うと異常者だが、心の中で言うのなら健常者だ。誰だってそうしてる。だからこれからもこうやって呟くとしよう。

 ―――我が王は俺に選択を迫っている。それは王の手足となってこの先報い無き戦いに身を投じるか、否か。

 

例えかつての仲間・同胞を手に掛けても、獣の如く最後まで動き続けられるか、否か。

 

「…………」

 

 俺の答えは決まっているので、少しだけ周りを見渡そうと思う。

見やれば哀愁感じさせる円卓の騎士達が、それはもう全員・・・て、いや何人かいないようだ。

 

あの方々なら納得だけど。

 

「………、…」

 

「・・・」

 

 俺は右膝を地面に着けて跪いたまま、左胸に手を当てて一礼する。

先程から異色の視線を感じているが、そこは華麗にスルー。ガレス卿は可愛・・・じゃない、見目麗しいが今重要なのは我が王のリアクションだ。

 

「---感謝しよう、我が兵。共に聖抜を成そうぞ」

 

よかった、伝わったみたいだ。相変わらずお美しいです我が王。

 

「・・・・・」

 

 しかしこの兜? 暑苦しくは無いけど視界が悪い。しかもさっきから声を出しているものの、反響して外まで聞こえてないみたいだし。

 

 俺の装備はフルプレートな鎧と兜に、背中にしょってるでっかい馬上槍。 なあにこれ?騎兵みてえじゃん。俺はただの城兵だよ。詳しく言うと、キャメロット城正門の警備についてたモブ兵Cって奴。 騎士の凱旋を皆と祝い、敵の接近をいち早く城内に伝え、飯炊きだって時にはやったよ。得意料理はバーンミート!(調味料無し)

 

「---アグラヴェイン」

 

「・・・は」

 

 凛とした我が王の声。気のせいか、鉄壁・アグラヴェイン卿の声と表情に僅かな硬さが生まれた。

 

「---日没だ。 騎士達をここに」

 

「いいえ。その必要は有りません、獅子王」

 

 眩しい太陽が失せると同時に、残りの円卓の騎士達が一堂に会した。 

突然だが、俺は日没が嫌いだ。ガウェイン卿が通常の三倍じゃなくなるからとかじゃあない。気分の問題。

 

「………兄さん達」

 

俺と趣味が合うのか、パーシヴァル卿とガレス卿の声は悲しく、そして儚げだった。

 

「我らは貴方と袂を別ちます」

 

ケイ卿とパーシヴァル卿が一歩、前へ出た。

 

「---そうか」

 

「俺の主は騎士王(あいつ)だけだ。 獅子王では無い、断じて」

 

剣の柄に右手を飛ばすサー・ケイ。相変わらず、恰幅のいいすごい漢だ。

 

「これが我らの忠義なれば」

 

 ガへリス卿達も剣を抜いた。 円卓同士での立ち合いが勃発する。いや、した。

あれ?今更だけど円卓の騎士じゃねえのに俺何でここにいるの?俺いらなくね?

 

「ぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 ってうわ! 俺と同じく一兵卒ですって兜に書いてある兵士達のエントリーだ!擬音的にはワラワラ。

・・・どうやら我が王は俺を含めたかつての自分の軍勢をも召喚・服従の是非を問うたらしい。

 

 こんな一兵卒までだよ!!? 正に大盤振る舞い。そんな所も素敵だ。

 

「憎しみも恨みも無い。 さらば、我が同胞」

 

 アグラヴェイン卿、モードレッド卿、トリスタン卿、ランスロット卿、ガレス卿、ガウェイン卿らが武器を抜き、かつての仲間達に突撃した。

 

その顔は異質なほど無表情に、笑顔に、悲痛に、覚悟に満ちていた。

 

「さらば!」

 

 そして槍衾ならぬ剣衾がついに俺にも。 皆途轍もない表情を浮かべているが、彼らは王の招集に応じた強者の中の強者(ツワモノ)。

 

やるからにはいつだって本気なのだ。 なので俺もその意志に応える。

 

「・・・!」

 

そこで問題だ。馬に乗ってもいないのに馬上槍でどうやってこの攻撃を躱すか?

 

 

 三択-ひとつだけ選びなさい。

 

答え①カッコいい鎧がチャーミングな一般兵Cな俺は突如反撃のアイデアが閃く。

 

答え②眩しくて美しくて見えない我が王が助けてくれる。

 

答え③無理。躱せない。 現実は非情である。

 

 

 ・・・俺がマルを付けたいのは勿論②だが、我が王はそこまで暇じゃあ無い筈。ここは答え①といこう。

 

「・・・・見事、だ」

 

 馬上槍(ランスとも言う)は無駄に大きくて無駄に長い。馬に乗ってなけりゃとてもじゃないが振ることも突く事もままならない。 そんな槍を、どうやって手足のように扱って相手の剣を捌いて薙ぎ払うか?

 

答えはそのまま。 手足を使う、これにつきる。点数は相手の断末魔。

 

「・・・―――」

 

 呼吸しながら爪先立ちになり、そこから急激に体重を無駄なく下方に落とすと、足で地面が割れる。そして前進。体重と重心が移動した際に生じるエネルギーを、手腕を連絡して槍に移す。すると俺の得物は夥しい速度を帯びる。 

 

 あとは槍の重さで相手の剣を全部弾いて無力化し、ついで首に柄を叩き込んで昏倒させる。

槍は武器の王様だよ、いつの時代も。・・・我が王には負けるけど。

 

「中々の槍働きだな、貴様」

 

「・・・」

 

 アグラヴェイン卿に、俺は会釈だけ行う。

この人が他人を褒める時は裏しかない時か、裏が全く無い時だからだ。

 

「だが。 何故止めをささない?」

 

「・・・・」

 

 やっぱり前者だった! その証拠に血で濡れた剣を俺の足元に突き刺している。

動けない。踏み出したら最期だよこれ、十死零生。

 

プランD、いわゆるピンチですね。

 

「王は命令を下された。敵は全て殺せと。 かつての同胞だろうと、例外は無い」

 

「・・・」

 

「先程の王への殊勝な態度で私を欺いたつもりか? 他の騎士達はともかく、見くびるな。王への反逆はこの私が断じて許さん」

 

 久々だ。これぞ『鉄』のアグラヴェイン。

この意志があるかぎり、アグラヴェイン卿は不倒なのだ。・・・なので、俺は槍を手放す。

 

「む」

 

「・・・・」

 

兜越しに目と目が合う感覚。俺はこのお方とは戦いたく無い。

 

「戦場で武器を手放すとはな」

 

「・・・」

 

「私でなければ、」

 

「・・・・」

 

「貴様は不様にそこで倒れていた」

 

 鉄の雷光が一閃。俺の後ろで兵卒達が倒れる音がする。一刹那遅ければ俺も彼らの仲間入りだっただろう。

そう、この益荒漢が剣を振るわなければ。

 

「・・・」

 

「無口な兵士だな。 が、悪くは無い」

 

 信用してくれたのか。剣を腰の鞘に納めるアグラヴェイン卿。

応とも、合言葉は『皆仲良く』です。 

 

「陛下の御為に、その槍を今後も振るえ」

 

「・・・」

 

頷く俺から、鉄の騎士は目を放さなかった。

 

 

 

 

 

 




かわる、変わる、変る。この世を回す獣が、奈落の裏から天上の面へと動き始めた。天地が軋み、人々は瞑る。世界が回れば、吹く風も変わる。昨日も、今日も、明日も。血潮に閉ざされて見えない。
だからこそ、切れぬ心を求めて。色褪せぬ忠を信じて。
次回『祝福』 
変わらぬ忠など、あるのか。



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第2話 祝福

次回予告がボトムズチックなのは作者の趣味です。予告集を目覚ましにして朝日を浴びるとむせる。モーニングコーヒーを飲んでもむせる。
でもおめめパッチリ!明日に繋がる今日ぐらいそっと無事に過ごしたいあなたにお勧めです。









 

 

 

「---騎士達よ。よくぞ我が元に集った」

 

「・・・・」

 

「---私は卿らに選択を与えた。それは私の元か私の外か。 結果、円卓同士での戦いとなった」

 

「・・・」

 

燦然と純銀に輝く我が王のお姿を、俺はずっと見続けていた。

 

 え?なんでお前円卓の騎士でもなんでもねえのに黙ってここに突っ立ってるのかって? 今は動いちゃいけない雰囲気雰囲気。

 

「---仲間同士で殺しあうなぞ、サーヴァントといえど狂気の沙汰。 だが、私には必要なことであった」

 

「・・・」

 

「---獅子王たるこの私に付き従う円卓の騎士達よ。卿らに我が祝福(ギフト)を授けたい。

それは何でも構わぬ。欲しい力を申してみよ。 今後はより一層、私の為に剣を振るうがよい」

 

「・・・・」

 

ん? 今なんでもって

 

「王よ、我が身には『不要』と存ずる」

 

 言ってませんね、申し訳有りませぬ我が王。そしてアグラヴェイン卿こちらを睨まないで下さい死んでしまいます。眼光で。 

 

・・・しかしながら『不要』とは。 流石は鉄の男、全霊ですな。

 

「獅子王よ。 我が身には、」

 

皆思い思いのギフトを述べ、我が王より頂いている。

 

『不夜』『暴走』『凄烈』『反転』。 

 

 べ、べつに羨ましくなんてないんだからね!?!? 我が王からモノをねだるなんて、そんな贅沢は明確な敵!

そう!!炭酸水を一気飲みしたらゲップが出るくらい確実な! 

 

「…わたしは、『不浄』を賜わりたく存じます」

 

 『不浄』。つまり汚いってこと。 可愛、げふんげふん!美しく格好良いガレス卿にしてはこれまた正反対な祝福。

 

「・・・・」

 

 これ以上汚れない為に、穢れそのものになるという事だろうか?なんという凄まじい決意か。

 

「・・・」

 

ガレス卿!貴方のその漆黒の意志と言動ッ!!俺は敬意を表するッ!

 

「………?」

 

あ、やべ目が合った。何か恥ずかしい。そそくさ!

 

「---ここに我がギフトは為された。来たる聖抜の為、卿らの注力に期待する」

 

王のお言葉に、俺達は皆一斉に頭を下げた。

 

「・・・」

 

 我が王の言うところによれば、聖抜を行うには広くて由緒ある土地が必要との事。つまり今後の目標は聖地の奪取だ。そこは何もしなくても人が集まってくるからね。

 

 聖なる場所(パワースポット)ってやつは、今そこで誰が何をしているのかはあまり重要視されない。 何故今そこが聖地と呼ばれているのかという歴史が力となっているからだ。

 

そう!簡単に言うと力こそがパワー! 

 

 現在聖地では十字軍、ディバイン・クルセイダーズ(以下DC)が押しくら饅頭してるようだが、ここでは我が王こそが正義だ!!!王に逆らうような輩は王の爪牙たる俺達が倒す! たとえ相手が地球防衛用人型機動兵器(究極ロボ)や、間接攻撃無効を持った憎いあんちくしょう(ブラックホールクラスター)を持ち出してこようとも、須らく一掃する。 ・・・・なんの話だって?例え話だよ。

 

「・・・」

 

 思考を落ち着かせる為、眼を瞑って深呼吸。全集中。ヒュウウウウ。

只でさえ万夫不当な豪傑の円卓の騎士達が、今や我が王のギフトによってお前こそ真の三國無双よみたいになってるんだから、我々が有象無象如きに後れを取るとは思わないけども。

 

 いかんせん情報が少ない。やるんであれば万全を期したい所だね。

 

「---貴公」

 

「・・・?」

 

 いつのまに円卓会議が終わったのか。

畏れ多くも我が王が、この俺の前におわす。しかも直に話しかけておられる!

 

「---私が最後に召喚した兵よ。望むのであれば、貴公にも我が祝福を授けよう」

 

「・・・・・」

 

 あ、やべえ。 何がやべえって目の前がやべえ。我が王が神々しすぎる事案が発生今現在。

 

神だ。

 

我が王は神であらせられる。人は神には勝てない、力の違いを見せつけられた。今までもこれからも。跪き、平伏する事しか出来ない。

 

「---無言とは。 要らぬのか?」

 

「・・・」

 

 アグラヴェイン卿が例の如くこちらをものすごい睨んでくる。

ははは無言とは。これは不敬ですな、王よ。処すべきかと処すべきかと。今すぐ。この私が。早速。弾指。 

 

 ・・・貴方様はもしやマハーカーラー様では? 怖すぎてご尊顔を拝謁することすら出来やしねえ。

 

「・・・、・・・」

 

 でもちょっと想像してごらんよ。自分の主がさ、比類なき力をお前にくれるって仰るんだぜ?

 

途轍もなく嬉しいじゃん。でもさ、これを受け取ってしまうと、俺は多分満足しちゃうと思うわけなんだよ。

 

―――ご褒美、ありがたき幸せ!末代までの宝とさせて頂きます!

 

 我が王の手足すなわち兵士たるものが、そんなすぐ満足しちゃって歩みを止めたら末代まで恥をさらすんじゃないか?

 

「・・・・」

 

 こんなんじゃ満足できねえぜ!俺の満足はこれからだ!!でも満足って?

 

ああ!

 

結論。俺は重厚な兜で包まれた頭を左右に振った。

 

「---貴公も『不要』というのだな。 分かった」

 

我が槍はとうの昔に王に捧げている。その栄誉以上の祝福なんて。

 

「…………、」

 

「テメエちょっとツラ貸せや」

 

 !? ガレス卿が養豚場の家畜を見るような目をしている。なんか目覚めそう。

そしてモードレッド卿、ツラでも何でも貸しますが俺は金持ってないです明日もないです。

 

 しかしそういえば、貴方とお話するの生前も含めてこれが初めてじゃないでしょうか、光栄です。兜を取ったそのお顔も凛々しくてとてもとても素敵ですね!

 

「ぁア?」

 

 ドシンという落下音。地に突き刺さる大剣。月光よりも白い銀光と赤色の万雷が、早く来いと俺を手招きした。

 

・・・・召喚されて早々俺はもう駄目かもしれない。

 

 

 

 

 

 




人は、戦場に何を求める。
ある者は、ただその日の誇りの為、剣を振るう。
ある者は、理想の為に己の手を死臭に染める。
またある者は、実りなき野心の為に愛と憎悪にまみれる。
足跡は汚れた大地を踏みならし、礎石となり、歴史となって常に過去を目指す。
次回『血潮』
人は歴史に逆らい、そして力尽きて風になる。




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第3話 血潮

何?FGOで今話題のあのオルタさんが出ない?よしここは一つ作者が悪者になって、沖田オルタさんが出るよう挑発してみましょうか。

君なんだか、剣王登龍剣とか言って宝具撃ちそうなグラだよな(笑)


本当カッコいい…!






 

 

 

「目障りなんだよテメエ。 オレと似たような反逆を父上にこきやがって、パチモン野郎。お陰でいい迷惑だ」

 

「・・・・」

 

 兵Cです。これから聖地攻略という名の着剣突撃(デデンデッデデンデン)が始まるっていうのに、俺はモードレッド卿に屋上もとい林裏へ連れていかれました。コワイ。

 

 否定しなくては。待って下さいサー・モードレッド。この私が我が王に反逆などするわけが!!

身振り手振り!!!

 

「―――――……」

 

この空気。ダメだこりゃ。

 

「…さっきから父上はテメエを目に掛けてる」

 

「・・・・」

 

 え?それマジですか?一般兵に対して我が王寛大過ぎるでしょう。流石に無いのでは。

 

「こちとらイの一番に召喚に応じてんだ。 テメエら兵卒どもが現われた時から全部見てんだよ。あの父上の言葉だ、兵共はそりゃあ従順だったぜ。木偶みてえにな」

 

 何と最初から全部ですか!?むむむ。それでは俺がとった行動は、傍から見れば目上に対する反逆のように見えたのでしょうか。ちょっと振りかえってみよう。王と俺の先程のやり取りを。

 

――褒美をやろう。

 

――・・・。(無言で首を横に振る)

 

――何故だな。

 

――・・・・。(言ってるんだけど声が相手に聞こえないので、実質無言)

 

 あ、やばいこれ獄門案件だ。斬首死体滅多斬り晒し首財産没収埋葬不可。

声が聞こえないというのは辛いですとか言ってられない。早急に汚名挽回せねば!

 

「・・・!」

 

 こんな自分のために、これ以上あなたの誤解は招きたくない。王の為にずっと働きたいんです!!

声くぐもってるけどどうか届いて下さい!俺の!マインド!!

 

「そんな兵卒達の中で唯一違う行動を見せたのは――――テメエだけ。 一体何が目的だ?」

 

「・・・・」

 

くそっ!じれってーな! かくなる上はこの兜ちょっと脱いで、

 

「――なぁ、言えよ」

 

 ・・・モードレッド卿の手に持つ銀剣の切っ先が、俺の兜の目の辺りに付けられる。ちょいと腕を押せば、俺の顔面は団子三兄弟。しかもこしあんついたあん団子。

 

「・・・・」

 

「………」

 

 誤解を解く為、俺は跪いて頭を地面にこすりつけ、両の手のひらをモードレッド卿に見せ広げる。え?槍?あいつはとうの昔に地面と寝てるよ。

だってアグラヴェイン卿とは違う種類の殺気がもうやばい。何がやばいって頭痛が痛い並にやばい。

 

 でも俺の頭が首という枷から離れて胴体と股間を目視で挨拶する前に、どうかこれだけは。

 

「・・・」

 

「…………」

 

 円卓の騎士の方々は俺みたいな一城兵(モブ)からしてみれば憧れの的で、畏敬の象徴だ。逆らうなんて考えられないし、下克上なんてもってのほか。それが騎士と兵士の絶対的な差だ。

 

 え?差別だ?心外ですな。 いえいえこれは区別ですよあなたとわたし、ほらほら字面からして違うでしょ。

 

「…それがテメエなりの誠意って奴か? 丸腰の野郎を斬るなんてオレの誇りが許さねえから今回は勘弁してやるが―――、」

 

利き腕である右の手のひらが、おもっくそ痛い。

 

「次は無えぞ。努々忘れんな」

 

「・・・」

 

 しっかりと頷く。 と同時に、俺の右手を踏み潰しているモードレッド卿の足がどかされた。 

鈍痛が止まない。指の骨が折れた・・・!!

 

しかし人間には、215本も骨があるのよ。1本ぐらい何よ!!! 

 

「………大丈夫ですか?」

 

「・・・・」

 

 暗い瞳と、それでいて感情を押し殺してそうな蚊の鳴く声が聞こえた。我が王の円卓の騎士・ガレス卿だ。

有り難くもこちらを慮って下さっている。

 

 俺は素早く居住まいを正した。敬愛する騎士様の前くらい、少しは格好をつけないと。

 

「…モードレッド卿に代わり、非礼を詫びます。あんな三下まがいな事をするのは、滅多に無いのですが」

 

 え?それにしては堂に入っていた様な気がしますが・・・。あ、俺の勘違いですかそうですか。

いや、それにしても三下って。ガレス卿はお顔に似合わず凄烈な御方のようで。

 

「…一つ、聞いてもいいですか?」

 

「・・・」

 

 俺は頷いた。円卓の騎士様がパンピー(モブ兵士)の俺に質問、だと・・・?

明日は槍が降りそう。つーか降る。だってこれから戦場に赴くのだし。

 

「あなたは何故、…王のギフトを『不要』に出来たのですか?」

 

「・・・・」

 

 おお、どうやらガレス卿は飽くなき闘争心を持っておられるようだ。ギフトがあれば、我が王の為にもっともっと力強く働く事が出来るのにと。そうおっしゃっているのだ。

 

正に騎士の中の騎士。

 

 ボーマン(美しい手)ってあだ名は、戦いで敵を殲滅しても尚綺麗であるという裂帛の意志と力の表れでありましたか!

 

「…答えて、ください」

 

「・・・」

 

 有無を言わさないガレス卿。 なので俺はさっきから地面と愛し合っている馬上槍をむんずと右手で掴み、そこの一際高い樹木に向かって思いっきり投擲した。手の痛さなんて、そんなの知った事じゃない。

 

「…………」

 

 声が聞こえないのであれば行動で示すまで。何故なら我が王の為に俺の槍は有る。

怪我なんて知らん。祝福なんて知らん。聖抜なんて知らん。

 

ただ我が王の敵を打ち倒す事のみにこそ、この体は生前から有るのだからして。

 

「・・・」

 

「…なるほど。あなたは迷わないのですね」

 

 俺の投げ槍がお気に召して下さったのか。俺を見つめるその暗い瞳には、一瞬だが眩しい光が見えた。・・・もしや感動して下さったのかな?

 自慢じゃありませんが俺は槍の扱いには少々覚えがありまして、

 

「己の価値は戦場にのみ有る。 あなたはそう言うのですね」

 

「・・・・」

 

 聞こえませんかそうですか。いいさいいさ、もう慣れたよ淋しくねえよ。・・・・何てことねえよ、これくらい平気だよ。

 

独り淋しくたって、俺は止まんねえからよ。 皆が止まらねえ限り、その先に俺は!!いるぞ!!

 

「……、もう陽が昇りましたか。この沸き立つ血潮の感覚こそ、わたしがここにいる証し。

かつての仲間を斬ってまで王に従うと決めたのなら、最後まで貫くまで。あなたの槍のように」

 

「・・・」

 

 顔を両手で覆うガレス卿。それはまるで過去を振りきるように、迷いを断ち斬るように。

――自身に止めを刺すように、その美しい手が陽光と共に引き剥がされた。

 

「戦いが、わたし達を待っている」

 

 頷く俺。確かあなたのギフトは『不浄』でしたか。ランスロット卿と間違えておいででは?

 

その証拠に獅子王の騎士が一人、サー・ガレスは『凄烈』な表情でこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




この果てしなく広がる太陽は、大地を遍く照らす為にあるとしたら。
今日という日が、明日の為に有るとしたら。
地獄は、この場所の後ろにあるはずだ。
そこはもう充分に見た。充分に。
例えここが無窮であろうとなかろうとも。
次回『獅子の円卓』
だが今日という日が、昨日の為に有るのだとしたら。





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第4話 獅子の円卓

今回から戦闘シーンが続きます。作者は口だけは達者なトーシローだなと思って頂ければ。そして分かる人にしか分からないネタも続きます。これはあれだなともし分かって頂けたなら、映画空飛ぶタイヤのあのシーンのように笑ってやって下さい。









 

 

 

 やあ、一般兵Cだよ。今ボクは古今東西人間の憧れの的、聖地の眼の前に来て実況生中継中。

 

 いや凄いですよ。ここを獲る為にうん百年単位で人物金が動くんだから。旅団超えて軍団規模で。

 

 憧憬の念がちょっと強すぎかなって思ったり思わなかったり。

過ぎたるは尚及ばざるがってね。

憧れは、理解から最も遠い感情だって事に気付いてからこそ本当の感情が始まるんだよ。

 

え?御託はいいからそれで生の感想はだって?

 

「・・・・」

 

「ほう、この恐怖の波に耐えられるのか。貴様は」

 

 ヒモ無しバンジーとか目じゃないほど超怖いです、今現在。

具体的に言うと前を進むアグラヴェイン卿の眼光が、若干弱くなるぐらいに。 

 

 まるで仄暗い底無し沼だ。人の六根どころか、命魂をも掴んで離さない。

この恐怖の波動は敵の重圧(プレッシャー)なのか。はたまた俺達の心が無意識に聖地に入るなと警告を出しているのか?

 

・・・。形容なんてとても出来ない。

 

「---聖地には偽の十字軍がいるが、この恐怖の波動はその首魁ただ一人の代物だろう」

 

 え、つまりこれって敵のボスがただ垂れ流してるだけの気配とか空気とかそういう類ってことですか?我がおう!!?

 

もしかして体臭とかそういう・・・

 

「---迷わず進め」

 

あ、はい。

 

 一歩一歩聖地に進むごとに、一般兵士=俺の同僚達が立ち止まる。酷い奴だと蹲って倒れ伏せてしまう始末。

 

 ・・・皆怖いのだ。 こんな見たことも聞いたことも無い敵の脅威が、敵の力が。

我が王に最期まで従うと決めたのに、その決断力をも濡らし染める、敵の恐怖が。

 

「・・・・」

 

 俺だって怖い。だって理解が出来ない。

恐怖の対義語は洞察とか何とからしいけど、この恐怖の主が一体何なのかが解らない。

 

「どうした?」

 

・・・え。アグラヴェイン卿?

 

「我らは何故ここにいる。我らの目的は何だ。我らの王は、どなただ」

 

「・・・」

 

「貴様らは所詮一兵卒。ゆえにそこで立ち止まり、震え上がっていろ。獅子王の円卓に、弱者は不要である」

 

 すると。アグラヴェイン卿をはじめ、円卓の騎士達の歩の速度が上がった。音を超え、人智を超え。そして迷いも、後悔も、恐怖も、慈悲も心も無い。

 

 為すべき事はただ王に付き従い、敵を蹂躙して聖都を造り上げるのみ。

 

「・・・」

 

 流石だ。 たとえ時代が違うとも、我が王の円卓はここに有り。

その気概、考えてみれば当然だった。彼らは皆、かつての仲間の死肉を喰らってでも王に尽くすと決めた獅子の爪牙。

 

 弱者にあらず。人にあらず。英霊にあらず。そして躊躇わず、愛も情けも涙も己の命すらも無い。

 

―――だから強い。

 

獣達が、今、聖地に突入した。

 

 

 

 

 

 

「ぁぁあああああああああーー!!!」

 

「・・・・」

 

 うわ、びっくりした。

武器を構える俺達の前に、叫喚といった風の兵士達が走ってきた。

ランスロット卿らが剣を振るい、それらを薙ぎ払って一掃する。

 

「ぁああああああああああぁ!!!!」

 

「ぬわああああぁああああああぬ!!!!」

 

 何だ何だ?ゲシュタルト崩壊という魔術の行使か? 奴ら、武器を持ってこちらに突進してくる。身なりからしてムスリム系の兵士達かな? でも西洋鎧を着た騎士っぽい奴らもチラホラいるね。

 

「・・・・」

 

 俺も槍を振るう。叩いて、薙ぎ倒して、仕舞いに突く。

武器持って突っ込んで来るのは別にいいんだけど、その先には我が王がいる。

 

 それは駄目だ。 不逞の輩が王に近寄るなど論外埒外だ。俺はそれを許せない。 

 

「ああああああああああ!!!」

 

「ぁあああああああああああわ!どけーーッッ!!!」

 

「・・・」

 

退くわけねえだろ。 

 

 ・・・・しかしこれ、何だ?何かおかしい。

こいつらみんな兵士なんだろうが、戦士が一人もいない。ここは戦場で、聖地には遠征軍と偽の十字軍がいると王はおっしゃっていたが。

 

 雪崩れ込んでくる兵士達。これではまるで、

 

「――敗走とは。悲しいですね、兵士諸君」

 

「・・・・」

 

あっちゃ。

 

「彼らは皆生きようとしているのです。この魔界のような聖地で、戦場で、我々の前で。 一体何が彼らをこうも駆り立てるのか?武勲をたてる為にいくさ場に来ているというのに、何故このような敗走という無様さを晒しているのか?」

 

「・・・・」

 

小首を傾げるトリスタン卿の妖弦が、鳴いた。

 

「生きたいのならば救ってあげなくては。――私は悲しい」

 

 俺は反射的に身体を地に伏せた。それと同時に、トリスタン卿の周囲に光が奔る。

生首が大気を赤く染め上げ、流血は大地を悉く濡らして殺風景な白いカンバスを絵画に変えた。

 

・・・なんて恐ろしい空気の矢じりだろう。鋭く、そして見えない。これこそ正に空気の刃(ビークスパイダー)。敵がZMCで武装していようとも多分無意味だろうけど。

 

この御方、俺はちょっと苦手だ。

 

「おや? 良い反応ですね、兵士君」

 

「・・・」

 

 俺は即座に敬礼し、立ち去ろうとする。敵味方問わずまた攻撃されたら堪らない。

なのでここは任せましたトリスタン卿。兵Cは逃げ出した。

 

「はて。 私は以前、いや生前、君を何処かで見た覚えが有るのですが。はて一体何処でしたかね?」

 

「・・・・」

 

しかし回り込まれてしまった!円卓の騎士様からは逃げられない!!

 

「そう、あれは確か我らが城の正門」

 

 そうですトリスタン卿。私はただの元城兵ですよ、正門担当でした。あの頃の貴方が奏でる音色は、とても心が安らいだものでしたよ。今はノーコメント。

 

「懐かしい城兵君。 久闊を叙する為一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

はははは、よろしいもよろしくないも無いんでしょう? 俺はやけくそ気味に頷いた。

 

「君は何の為に戦うのですか?」

 

「・・・」

 

「ぁあああああああああああああぁぁあ!どけえええ!!!!」

 

迫り来る敵に槍を叩きつける。王の為です、サー・トリスタン。

 

「君の心音は分かりやすいですね。しかし誰の為にではありません。――何の為にです」

 

「・・・」

 

・・・・。

 

「正義、友情、勝利、平和、愛。自由、真実、祖国などなど。戦う理由は人によって様々です。 しかし君は?」

 

「・・・」

 

槍で敵を払う。槍で敵を叩く、突く。

 

「―――アナタは?」

 

「・・・」

 

払う、払う、握って突く。

 

そのようにして敵を突いた槍を、トリスタン卿に見せる。

 

「――、・・・・ほお」

 

「・・・」

 

 妖弦が下ろされるのを確認し、俺は駆け出す。敵に向かって。

王の為に、働く為に。

 

「私は嬉しい」

 

 

 

 

 

 

 さて。おっかない騎士様のテリトリーから抜け出したぞと。敵は聖地の中心から全力で逃げてる様子だが、何故なんだろ。

 

「おい、どいてくれよッ!!!俺はもうあんなモンを見たくないんだ!!」

 

「あんたらに危害は加えない!!だからこっから外に出してくれ!!!」

 

「・・・」

 

 何か知ってるんだろうか。色々聞き出してみよう。

俺は指差した。あそこ(中心)には、一体何がいるんですか?

 

「嫌だッッ!振り向きたくも無い!!」

 

「ここは魔の国だ・・・・、あいつは化け物だ!」

 

「・・・・」

 

どういう事だ?君達は皆仲間同士じゃないのか?

 

「俺は聖地を獲ろうって頑張ろうとした。武勲をたててこの先ずっと腹一杯パンを食って生きていくんだって。正常だろ?俺は、・・・・俺達は正常なんだッッ!!!」

 

あ、そうかこいつらは遠征軍の兵士達か。

 

「知りたいなら行けば解かるさ!! 偽りの十字軍だと?あんなもんが軍なものかッ!!鉄で出来たブリキだ!!!」

 

「・・・・」

 

そう言って走り往こうとする兵士達。俺は即座にこの槍を、

 

「大丈夫ですか?」

 

 心臓を一刺し、二刺し。

即死だろう兵士二人を尻目に、俺はその御方に敬礼をした。

 

「ここは戦場です。武器を振るう以外に、王の為になる事はありませんよ」

 

「・・・」

 

はい、サー・ガレス。 俺は槍を振り上げて己を鼓舞した。 

 

「軒昂なところ申し訳ないのですが、我らが王が全部隊をお呼びです。参りましょう」

 

「・・・・」

 

 撤退命令?いや多分小休止かな。流石は我が王。

腹も減ってきた感もあるし、ここは僭越ながら一つ俺の得意料理でも。

 

「……、ここはまるで深淵ですね。闇夜のカラスで、辺り一面敷き詰められているような」

 

「・・・」

 

「そんな場所にずっと居ると、敵と味方、相手と自分すらも判らなくなってしまいそうです」

 

 手を見つめるガレス卿。真白な指と、真さらな手。

それ以外に何も知らないかのような。

 

 ―――汚い。

 

声が聞こえた。

 

 ――――洗わないと。

 

か細い、声が。

 

「ある日ふと気が付くと、私達こそが深淵であった。 なんて事にならないように気を付けましょうか」

 

 手で俺を促すサー・ガレス。まるで百鬼夜行の最終に向かってゆくように、俺達は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 




昨日の夜。全てを無くして誰かの涙に濡れていた。
今日の昼。命を的に、夢見る背中を目指してた。
明日の朝。ちゃちな己と、ちっぽけな忠義が無明の聖地で腕を振るう。
今いるここは、神と人間が造ったパンドラの箱。前と下を見なけりゃ何でも有る。
次回『亡国の魔人』
明後日?そんな先の事は分からない。






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第5話 亡国の魔人

 

 

 

 聖地に突入して早四日。

 

 中心部に難なく辿り着いた俺達と我が王であったが、未だ聖地を落とす事は出来ていなかった。

 

 生え抜きである円卓の騎士様方は総員突入し、俺を含めた兵士全部隊が防御も厭わず攻撃につぐ攻撃を敢行しているというのに。

 

・・・正直に言って、俺は楽勝だと思っていた。

 

「・・・・」

 

 だってそうだろう? こちらには我が王よりギフト(祝福)を賜った騎士様たちがいるのだ。

 たとえ相手が宇宙から隕石みてえに落下したってのに何故か落下地点には何もいなくて実は移動してた宇宙生物だろうと、負ける気がしないってもんだ。

 

 しかし王の手足である我々は攻めあぐね、敵の首魁にすら会えていない。これが現実。

 

「・・・・」

 

 一体どんな地獄変が眼前に広がっているのか。敵の恐怖に負けぬよう、俺は悪鬼滅殺の意志でもって敵地へ乗り込んだ。

 

 だが恐怖に濡れる聖地中心は地獄であるかと言えば、そうでもなかった。

 

 敵の兵士達は皆意気軒昂だし、誰かの死体の山が所狭しと充満しているわけでもない。そして死臭が酷いわけでも、夥しい血のりが聖なるこの大地を染めているわけでもなかった。

 

「・・・」

 

――ただ、ここには誰もいない。 

 

 俺はさっき敵の兵士達は皆意気軒昂だと呟いたが、それは動いているからだ。 こいつらは全員鉄で覆われていて、動いてはいる。・・・動いているだけ。成長はしないし、生きても死んでもいないのだろう。

 

 生きてもいないし死にもしないって事は、そいつは産まれてもいない者。ブリキ人形のように誰かの肉を貪り続けて、心臓を抉り己の足元に横たえて、動き続けた後は独りでに影も形も無くなるだけ。

 

「・・・・」

 

 俺達はそんな鉄で出来た怪物どもを相手に四日間戦い続けた。

ここから出してくれ!!と恐怖に濡れた敗走兵を斬り、際限なく湧き出てくる物言わぬ鉄の家の化生をずっとずっと殺し続けた。

 

「クソ…、こいつらどれだけいやがるんだ…」

 

モードレッド卿が大剣を肩に担ぎながら呟いた。

 

「疲れなんざ屁でもねえが、早急にここを獲らねえと父上が何と仰るかっ。――テメエら行くぞ!動ける奴はついて来いッ!!!」

 

「・・・」

 

 愚痴はここまで。

勿論俺も行きますモードレッド卿。敵は雑魚ですが、いかんせん数が多すぎますな。このままでは我が王の御許にまで接近を許すやも。

 

「鉄クズどもがッ!雑魚が群がってんじゃねえ!!!」

 

 赤雷に耀く剣が敵の大群を薙ぎ払う。ここに至って俺達一兵卒の仕事は、円卓の騎士の方々の後ろをカバーする事。

戦場はカバー命だからだ。・・・え?そんな事しなくても敵はクソ雑魚だろ?グゥレイトォッ数だけは多いぜって?

 

「・・・」

 

そんなこたあ全部過去形で言う台詞さ、勝った後で。

 

「―――クラレントを撃つ。 道を開けろ」

 

 言葉と共に、一瞬空と地面が光った。それはどこかで見た稲光。

俺は全力で横っ飛び中なので、モードレッド卿を見る事すら出来なかった。だって雷を目視してから避けろなんてそんなの無理無理無理無理・・・

 

「 クラレント―― 」

 

無理!

 

「 ブラッドアーサー!!! 」 

 

 本日最初の赤い落雷が、敵に向かって真っ逆さまに落ちていった。其の名を確か、我が麗しき父への叛逆。

 

「よっしゃあッ!もう一発いくぞ!! 死にたくない奴ァそのままどいてろ!」

 

 おっかねえ。でもこれこそモードレッド卿がモードレッド卿である証の宝具(パーソナルアート)。

 しかも『暴走』のギフトによってここ数日ポンポンポンポン休み無く撃てているなんて、そこに痺れる憧れる。

 

「埒が明いたぞ!敵を押し込み叩き潰せ!!」

 

 ランスロット卿が檄を飛ばす。この四日間の戦闘で、敵さん鉄人兵団の数が流石に少なくなってきた。よし、いけるぞ。

 

「・・・」

 

 このまま敵を皆殺してこの大地を我が王に捧げるのだ。それが我らの仕事だからだ。

俺達兵卒が武器を振り上げ己を鼓舞し、ランスロット卿とモードレッド卿が意気軒昂足を踏み出す。

 

 鉄の兵で満たされた聖地は俺達を歓迎した。

 

 そして空ろのような敵兵の後方に、それは現れた。

 

「・・・・」

 

「…………」

 

 そいつは馬に乗って、背が高く、頭巾をかぶり黒いマントを着ていた。

死んだ者達や鉄の兵を踏みつけながら、それはゆっくりと馬を進め、こちらが射掛けるいかなる矢も物ともしなかった。

 

 それは立ち止まり、微かな光を放つ長い剣を腰から抜く。そうすると、獅子の円卓にも敵にも等しなみに、非常な恐怖が全員を襲った。

 

「・・・」

 

 叫び声すら上げる事が出来ない見るも恐ろしい姿のその者に、俺は槍を向ける。・・・こいつが首魁だ。我が王に仇為す幽鬼の魔人だ。

 

 ――動け。

 

何故か足が動かない。獅子の爪牙である俺達兵士だけでなく、獣である騎士の方々すらも。

 

 ――動け。

 ――動け。

 ――動け。

 

―――動け。

 

 こいつはここで絶たねばならない。ここで滅しなければならない。敵は下馬し、ゆっくりとこちらに歩いて来ている。

 皆武器を抜いて構えている突きつけているというのに、魔人は指先一本でそれらをスイと動かして、進路を確保して進んで来ている。王に向かって。

 

触れた武器は、みな腐って崩れ落ちていた。

 

「ぉ、・・・ぉぉおおおおおおおおオ!!!!」

 

 その時、ランスロット卿が『凄烈』なる気を吹いた。射出する全身。迅る剣。迸る青光。

敵の肩口から脇腹にかけて斬り下ろすその速度たるや、逆にスロウに見えてくる程に澱みも無駄も雑念すらも無い。

   

「 ――アロンダイト、 」

 

 何故ならこの御方こそが円卓の騎士の中で最も強く、最も上手く剣を扱えるからだ。

 

「 オーバーロードッ!! 」

 

 ただ長物を振るだけという技術機構(システムオブアート)。それをしかるべき時にしかるべく為せる。

簡単な様で不可能に近いこれを現実の物とする事こそ、剣を使う者が夢想する完成の一つである。

 

 其の剣技の名を、縛鎖全断・過重湖光。 

サー・ランスロットは不可能という名の溝を現実という青い湖で満たしていた。

 

「・・・・」

 

 真っ二つだ。刃筋から溢れる極光は魔人を呑み込み、跡形も見えなくなる程に真っ青に掻き消えた。

ランスロット卿の剣技は天下一品。奴は斬撃を見る事すら出来ずにこの世から死んで、

 

【---お前達は死を見た事が無いのか、獣の御手足共よ?】 

 

ふいに足を引かれる。 

 

深く深く、影の底に水底に。

 

【---この我が国で】

 

 ・・・嘘だろ。古代悪魔のヴァリアブルスライサーみてえな斬撃を喰らったってのに、何でこいつピンピンしてんだ。

不可解だ、無敵なのか。こいつには誰も勝てないのか。

 

【---お前は負けたのだ、さ迷う獅子】

 

 魔人の言葉が恐怖という名の重圧で俺達全員に伸し掛かっている。今すぐ槍を突き刺さねば、あいつに。・・・・あの影に。

 

 心臓の音が、まだ俺がここにいる事を伝えてる。でも足が動かない。

俺の影が、俺を止めている。

 

【---人間の世界も、お前の世界も共に滅ぶのだ】

 

 魔人の痩せさらばえた手には、鋼の剣。顔には鋭い無慈悲な眼が燃えていた。

我が王に向かって。我が王に向かって。我が王に、剣を向けて。

 

「----」

 

【----】

 

 王も槍の穂先を敵に向けた。聖抜を行い、最果ての都を造る聖なる槍を。

・・・無言で視線を交わす両者。進み行く魔人はこの世の果てをも染めるつもりなのだろう。濡らすつもりなのだろう、この恐怖で。

 

そう・・・・・それは我が王であろうとも例外無く。

 

 鉄の魔人と聖なる君主が膠着した時を動かそうとした正にその時。

血潮が、この場の流れを破壊した。

 

「・・・なんと」

 

「君は・・・!」

 

 ランスロット卿とガウェイン卿が俺に眼と声を向ける。 貴方がたは円卓最強なんですから、止めは任せましたよ?

 

――あとは往くのみ。

 

 気付けとして膝裏に突き刺した馬上槍を患部から抜き、着剣ならぬ着槍。俺は魔人に向かって全力で突撃した。

 

 ―――我が槍に懸けて。王の為に。

 

 

 

 

 

 

 




かつて、あの重々しき歌に送られた戦士達。
祖国を守る誇りを厚い甲冑に包んだウォリアー達の、ここは墓場。
無数の僭主達の、ギラつく欲望に曝されて、聖地を地獄へ天国へ。駆け抜けて往く剣闘士。
魂無き獣達が、ただ己の主の為に激突する。
次回『バトルフィールド1273』
幽玄なる鬼から、兵士に熱い視線が突き刺さる。






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第6話 バトルフィールド1273

 

 

 

 ―――何故こうなってしまったのだろう。

 

剣を振るっていると、わたしはそんな事をつい考えてしまう。

 

「…ごめんなさい」

 

 助けてくれ、ここから出して欲しい、生きたい。

戦場でそんな声を聞くのは生前も含めて初めてではなかった。

 

 血の匂いに惹かれて戦う為、勝利の為。…などと言っても戦いの根本というのは須らく生きる為であるからだ。

 

 生きる為に逃げる。生きる為に策を弄す。生きる為に武器を執る。家族を、誰かを、そして自分を。

 

「…ごめんなさい」

 

 わたしは。 そんな人々を殺すのは初めての事だった。

逃げる人の背中を斬る事も、無言で命乞いをする誰かを刺す事も。

 

 ――これは自分で選んだ事だ、と言い聞かせて手を洗った一日目。

 

 ――わたしは獣だと、そう思い知ったのが二日目。この日から戦いのあと手を洗浄する事が日課になった。

 

 ――せめて彼らを忘れずにいようと想いながら剣を振るった三日目。手を見ないでの洗浄が得意になった。

 

 ――…何故こうなってしまったのだろう。初心に帰った四日目。  

  

「…、………」

 

 王の為にランスロット卿だってモードレッド卿だって、皆皆頑張っている。まずもって戦場とは血生臭いもの。無慈悲に見えるこれは、戦場ならば当然の事なのだ。

 

―――でも。

 

「…こんなにも汚いものだとは、わたしは知りませんでした」   

 

 散り往く者達に未練など。 ただ死臭にまみれた我が腕が、指がブリキのように剣を振るう。

ここがわたしの最期の戦なのだと、心に決めながら。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。………もう、」

 

 もう動けません。

 

 もう耐えられません。

 

 もう戦えません。

 

魔人の恐怖なんかよりも。わたしはわたしが怖くて堪らない。

 

【---お前は負けたのだ、さ迷う獅子】

 

【---人間の世界も、お前の世界も共に滅ぶのだ】

 

「………」

 

 魔人が現れた時。わたしには喜びの感情が生まれていた。この恐怖の中ならば、いかに獅子の円卓といえど容易には動けない。

 

 つまり命に代えて敵をここで食い留める事が出来れば、わたしは。

 

「…わたしは死ねる…」

 

 戦いの中で死に、仲間に看取られて死ぬ。誰かの消えない過去になれる。それは今のわたしにとっては上等な死に方。

 

「死ねる…っ」

 

 踏み越えてきた。自身で生み出してきた背中越しに見えるその未来。

わたしは土踏まずに力を込めた。

 

「・・・なんと」

 

「君は・・・!」

 

「………?」

 

先んじて、一人全身鎧の兵士がわたしの瞳に映った。その鎧の裏側、膝の裏からは赤い血が流れ出している。

 

 痛いだろうな。もう歩けないかもな。

 

 死ぬかもな。

 

羨ましい。

 

「……。 ?」

 

 兵士は槍の穂先をしかと魔人のような敵に付け、疾駆した。

他には何も見えないかのように。自分と他人の死骸も、その他の何もかもがハナから見つからないように。兵士が戦場を駆けていた。

 

「……。なんで?」

 

 怖くは無いのか。生きたくはないのか。王の為にもっと働きたいのではないのか。

―――迷いは無くとも、あなたには掛け替えのない命が有るのではないのか? 

 

「悲しいものですね、自己犠牲というのは」

 

「………」

 

 犠牲。………、犠牲?

 誰が? あの兵が? 何の為に?

 

槍のようにまっすぐなあの兵士が、誰の為に?

 

「………。――――ッッッ!!!!」

 

 土踏まずがミシリと軋み、大地を蹴り飛ばす。

最期の奉公を為す為、わたしは黒く炭となった指を剣の柄に走らせた。

 

 

 

 

 

 

 ―――我が槍に懸けて。王の為に。

駆け出す俺に、魔人が注意を向けた。王から俺に。もう一回言うよ? 

 

 王から、俺に。

 

「・・・なんと」

 

「君は・・・!」

 

それは時間にすれば瞬息の域だが、時間稼ぎにしては上出来すぎた。

 

「悲しいものですね、自己犠牲というのは」

 

 ははは、手厳しいですなトリスタン卿。ですが、これだけは譲れないのです。―――我が王に向けた害意、俺は決して許しはしない。

 

 トリスタン卿が音の矢を放つ。

それに斬り裂かれながらも、立ち塞がる幽鬼の魔人とその兵士達。生半なやり方ではどうにもならない、鉄でできた亡者。

 

「・・・」

 

 ――知った事じゃない。 

教えてやろう、生き死に自体が埒外な亡霊ども。

 

 死はここだ。

 

 俺達は王に召喚された最初から破滅を目指し、そしてこの世界に破滅を運ぶ。

死は全てを奪う。ならば俺は死の国の最果てへと進撃し、我が王と共に踏破するまで。

 

 俺達の死はここだ。俺の果てはここだ。そしてこの槍は我が王の物だ。

 

「・・・」

 

 槍は持ち主の障害全てを薙ぎ払い、刺し貫くが本分・役割。 さあ、亡霊に死を。騎士様に道を。我らが王に永久(とこしえ)を。

 

さあいざ往かん、我が王の兵として。

 

「………成る程。突撃一番槍ってか?―――兵卒如きがッ!騎士の真似事してんじゃねえ!!!」

 

モードレッド卿の怒髪声が聞こえる。

 

「父上第一の騎士は、―――このオレだけだッッ!!!!」

 

 そして追い抜かされる俺。格好つかねえなあやっぱり。

一番槍の誉れは『暴走』のモードレッド卿。

 

「そこで木偶の相手をしてな! 三下ッ!!!」

 

そんな豪気な所は相変わらずですね。本当、貴方には敵いません。

 

「・・・」

 

 モードレッド卿が、ランスロット卿が。獅子の円卓が敵の首魁へと激突する。

決定打は浴びせられないが、彼らは王の爪牙としてその歩みは二度と止めなかった。

 

「円卓の騎士といえど、無事では済まない。二人・・・・いや、更に犠牲となるか」

 

「・・・」

 

ガウェイン卿のお声。

 

「だがこの足が止まる事は無い。兵士である君がそうであるようにね。―――下がっていなさい。後は私達が片をつける」

 

 鞘から凄まじい熱気を孕んだ日輪が迸るのが見えた。これが太陽の騎士、サー・ガウェインの伝家の宝剣。一度抜き放てば人間は疎か、この世の森羅を陽炎へと変える焔を宿すとか。

 

 しかしながら残念ですが、その答えは不正解です。 犠牲なんて出しませんよ、我が王の為にも。

 

「・・・・!」

 

 突然だが、実は俺の目端は広い。

兜被ってるのに?とかは聞かない約束で。 それなりのやり方ってのがあるのだ。具体的な方法は秘伝。

 

 敵に負けないくらい虚ろで、ミイラのような幽鬼のような瞳をした騎士がモードレッド卿以上の速さで突っ込んでくるのを感じた。

 

なんという運動エネルギー。なんて捨て身。なんという決意。

 

 そして見た。もはや見る影も無い、その白い指を。

 

「な・・・ガレス卿!!! それは一体何の真似か!!?」

 

「ボーマンは下がってろ!!」

 

「………ごめんなさい。ごめんなさい。わたしは、こちらを選んだのに…」

 

 ここ数日での聖地の戦いは、血で血を洗う有り様だった。手は恐怖に穢れ、武器には黒い血がこびり付く。

それの洗浄に、あのお方は。ガレス卿は。

 

「もう耐えられません。もう戦えません。 ――そんな風に思ったわたしに、どうか、どうか」

 

炭化を選んでいた。

 

「愚かなわたしに、罰を与えて下さいませ…!」

 

 敵である幽鬼の魔人に胸を刺されながらも、その手で相手を拘束し続ける幽鬼の騎士。

この世に絶対なんて一つ二つしかないけど、俺は今それを感じた。

 

 ――絶対に離さない。  

 

「・・・みな邪魔をするな。私の職務だ」

 

そう、今がまさに勝機であった。

 

 腰の剣に手をかけるアグラヴェイン卿。

 

 それに先んじて一歩踏み出すガウェイン卿。

 

「・・・」

 

 申し訳ありませんが、速さが足りませぬ。

――絶対に合わせてみせるさ。

 

「!? てめえッッ!!!」

 

 モードレッド卿のお声。後が怖いが、物事の半分は運(タイミング)でありますれば。

 

「・・・」

 

「………」

 

 俺の持つ槍っていうのは結構長くて、そして意外に撓る。

地面に突き刺してその撓り、その反発力を使えば持ち主を持ち上げる事くらいは、理論上可能。(くわしくはkengo3ってゲームのOP参照)

 

 どんぴしゃ。

眼と眼が合う俺とガレス卿。 つまり俺は今、空中にいた。 

 

「…………」

 

後の半分は? とガレス卿の唇が動いた気がした。

 

「・・・」

 

運命です、サー・ガレス。

 

 

―――我流槍術 棒高跳

 

 

 空中から槍を、俺は敵目掛けて投げる。

勝機を取った。 これは投げ槍という運動エネルギー+高度という位置エネルギーの合算。

 

最・強。

 

 敵の幽鬼はガレス卿に眼を向けている。こちらは見ていない。

あ、いや、今見た。

 

【---我はリチャード一世。この我と獲物の間に入るとは愚か者めが】

 

今必殺の槍が敵の胸部に命中。

 

が、弾かれた。

 

【---人に我は倒せぬ。覚悟して死ぬがよい】

 

 視線が交錯しただけで、衝撃だけで俺は意識と身体が遥か彼方に吹き飛ばされた。俺達は王に召喚された故人、元人間。だから勝てないのか?・・・・やばい、耳からもう何もかもが聞こえない。視界も朦朧ときてる。

 

 今はただ痛いという感覚だけが俺を支配下に置いている。そんな中、どこかで誰かが嗤った気がした。

それは恐らくこちらを見つめる幽鬼だ。死を嗤う、無様を嗤う。

 

 足元に這い蹲っているだろう俺の槍には眼もくれずに。幽鬼が、幽鬼が、

 

・・・そう、幽鬼の騎士が。

 

「…お前こそ、」

 

【---?】

 

「お前こそわたしの主君と、わたしの敬愛する戦士達の間に立って邪魔をしている……」

 

 もう何も聞こえない中、俺は片目だけを何とか開く。そこには穢れを知らぬ、いや、穢れしか知らぬ白い指が、槍の中程をむんずと掴み、

 

「わたしはガレス。我が王の爪牙。――――わたしは、人間ではないッ!」

 

魔人の眼玉に、鋭い一撃を加えていた。

 

【ッ、-------】

 

 声にならない声が聖地を濡らした。

草木も砂も何もかも、生きている物も死んでいる物も。生きても死んでもいないモノも、その悉くを浸らせるだろう死の絶叫。

 

 最初から、ここには何も無かったのだ。

消え去る鉄の兵士達。恐怖の君主である幽鬼の魔人は、『不浄』のサー・ガレスが討ち取った。

 

 

 

 

 

 

 




現実を見た事が幻想なのか。理性の渇きが幻想を生むのか。
戦いの果てに理想を見るのが幻想にすぎない事は、兵士の誰もが歩いた通り道。
だがあの瞳の光が。この胸の鼓動が幻だとしたら。
そんな筈は無い。ならば、この世の全ては幻想に過ぎぬ。
では、眼の前にいるのは。
次回『桃源』
劇的なるものが相伴う。





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第7話 桃源

 以下、特に本編と何ら関係ない前書き。

巷では何十年ぶりかのブロリー復活で大興奮だそうで。かく言う作者もブロリストでして、嬉しい限りです。コンピューターが弾き出したデーターによりますと、宇宙全破壊レベルの方々がいっぱい居る超時空のブロリーならシャモ星どころか宇宙の2つか6つか全部軽くデデーンしてくれる筈です。楽しみですね。そうなったらラ=グースみたいだあ。
収拾つかなくなってきたのでここらで。

ドワォ!







 

 

 

 鉄色の敵が悉く消え、肩を落としながら俺は歩く。

太陽が産み落とす影を踏みしめ、真白な理性がこの現実を直視しろと伝えて来ては去る。

 

「・・・・」

 

 眼の前、僅かな一跨ぎ。それが出来ない戦場跡の中で俺は崩れ視る。過去には何の未練も無いという孤影を、白く塗り潰そうとして。

 

「…運命が味方したようですね。貴方が無事で良かった」

 

 逃避という名の独り言を終え、傍で倒れ伏せているガレス卿の胸からは止め処なく血潮が零れ落ちていた。

 

「・・・・」

 

もう止血をしても、恐らくは。

 

「………我が王を。どうか頼みま、」

 

「・・・」

 

俺はこの御方の白い手を掴む。しっかりと、両手で逃がす事無く。

 

「……、汚いですよ」

 

 首を振る。

あの時、俺はガレス卿の瞳を見た。決意の炎に燃え、炭と化した荒野の如き男の瞳を。必殺の意志を全身に込め、絶対の死に吶喊する騎士の姿を。

 

 口から出た言葉は、聞く人が聞けば己が道を貫けなかった者の弁であったが、しかし。

淡く消え往くこの御方が穢れているなんて事を、俺は信じていなかった。

 

「---それはまだ早いな。ガレス卿」

 

降ってきた。いや、降臨された神の言葉に、あらゆる俺が魅入られた。

 

「…!」

 

「・・・!?」

 

!? おお!おおおおお!!!

 

 

王!

 

 

「---私は獅子王。聖槍の担い手にしてヒトの守護者。私には、まだ卿が必要だ」

 

「……そんな、」

 

 我が王がガレス卿に手をかざすと、そこには出血なんて何それ痛いの?たちまち元気なサー・ガレスのお姿が!

 

 円卓の騎士様達は皆我が王が召喚したサーヴァントのようなもの。

つまり魔力的な何かを流し込むなぞ我が王には造作も無いこと!! だって何でも出来てこそ王様だよ治癒の術なんて朝パン焼く前の小麦前って事だよ!!!!

 

「…敵に勝つ為とはいえ、王と騎士達の前で軽挙妄動を犯した事は事実。 我が王よ、何ゆえですか」

 

 何故自分を助けたのかとガレス卿が問う。その瞳は恐怖に濡れ、口元は深く悔恨に湿っている。 

獅子たる王の臣下として、騎士として、先程の自分は誤っていたのではないか。

 

「---卿はかの魔人を打ち倒し、聖地はこの私の物となった。それはひとえに貴公ら騎士、兵達の働きによるものだ。礼を言うのならまだしも、卿らを責めるなど誰に出来ようか」

 

「………。勿体無き御言葉」

 

 いや羨ましいですな~我が王ベタ褒めじゃないですか~。流石はガレス卿。

今回は貴方のお陰で勝てたのですから、まあそれほどのものですよね。

 

「・・・」

 

「---アグラヴェイン」

 

「はッ」

 

「---私は聖槍起動の準備に入る。 兵達を休ませよ。無論、卿らもだ」

 

「有り難き御言葉。早々に」

 

 そう言って般若の如き面(おもて)を俺に振り向かせる鉄壁の益荒男。あれだけの戦闘の後だというのに、些かの疲労すら見せないとは。・・・・すごい漢だ。

 

「そこの貴様、そしてガレス卿」

 

「・・・」

 

「はい」

 

「我が王の命令だ、幕舎に入れ。・・・モードレッド卿はガレス卿の傷の具合を診よ。問題無いとは思うが、何事も念を入れるに越した事はない」

 

成る程、確かにそうですね。俺もそれに賛成で、

 

「あ?ヤなこった」

 

「・・・」

 

「・・・・」

 

 アグラヴェイン卿が、ゆっくりとした動きで片耳を揉んだ。――あ、それやると血行良くなって頭スッキリしますよね。俺も昔はよくやってました。

 

「何でオレがそんな事しなくちゃならねえんだ?そこの三下兵士にやらせりゃいいだろうが。 見た感じボーマンより元気そうだしよ?」

 

「・・・・」

 

 取り付く島が無いと判断したのか。アグラヴェイン卿が弱冠疲れた顔をガレス卿に向けた。

 

「?わたしは別に構いませんが」

 

「――成る程、分かった。 では貴様に頼もう」

 

「・・・」

 

 俺はしっかりと頷く。その間際、モードレッド卿が変な笑顔を見せたが、一体? 

 

「よお、頼んだぜ?」

 

ポンと肩を叩かれる。責任重大だぞって事かな。・・・あのモードレッド卿がこの俺に!

 

「シッカリな」

 

「・・・!」

 

 俺はコクコクと力強く頷いた。

――分かったぞ、これは試練だ!過去(生前)に打ち勝てという、試練と俺は受けとった。兵士の成長は・・・・未熟な過去に打ち勝つことだとな。

 

お任せあれ。

 

「……」  

 

「ガレス卿。今後の事があるので、後で私の所に来るように」

 

「はい」

 

 アグラヴェイン卿がいつもより三割増しでこちらを睨んで去っていく。心配しなくても万事不備無く行いますよ、任せて下さい。 俺はガレス卿と共に幕舎に入った。

 

「・・・」

 

 そこは敵の襲撃に備えている造りらしく、外からは覗かれる事も透けて見える事も無い重厚な幕舎だった。

 

・・・やっと人心地がついたって感じ。休息だ休息!これまでの戦い、ぶっちゃけすげえきつかったゾ。

 

 エール!エール! シードルも良いけどね。ホップだラガーだなんて蛮族の飲み物!悪い文明!

めっちゃ美味いらしいけど。

 

「……よいしょ」

 

 ガレス卿が椅子に座る。 さあ!鎧兜を取ってゆっくりとお話もとい傷の確認を致しましょう!!

今日一番の戦勲は間違いなくガレス卿に有り、そんな御方の介添えなんてこの兵C!感無量であります!

 

 ・・・いいかい?想像するまでも無いけど、長い死闘が終わった男同士ってのは友情が生まれるものなんだよ。

それは見えるんだけど見えないモノ。少なくとも俺は今それを感じてる。

 

 しかもあと一歩でガレス卿は王と皆の為に死ぬ所だった。だからそんな御方を労ってあげたいと思うのは兵士だろうが騎士様だろうが関係無しってもんだろうがよ。

 

さて。

 

「・・・・」

 

「? 貴方は取らないのですか?」

 

―――っえ、あれ。取れない。

 

「・・・・」

 

「………?」

 

 どうやっても兜が取れない。つーかさっきまで自分の声がくぐもって聞こえてたのに、それすら聞こえないんだけど。

 

首、ある。

 

喉は、ある。のに声が出ない。

 

「・・・・」

 

「…………」

 

 やばい。 この眼、こいつ私の想像以上に変な奴だと思われてる。

ガレス卿!違うんですよ!!円卓の騎士にしてかのサー・ガレスを無視するなんて、我が兵道に背くあるまじき事!

 

・・・どうやって意思疎通すりゃええねん。

 

あ。

 

「………、…」

 

 違うんですこれはただの愚痴でしてっ!て声出ないんだったならばテレパシー!! どうか届け!この想い! 

 

ゼアイズアリーズン!

 

「・・・」

 

「……っ」

 

 ・・・ガレス卿が、フイッとお顔を背けてしまわれた。

 

 おお兵Cよ、想いが届かないとは情けない。

――知ってるかな?奇跡って、起きないから奇跡っていうんですよ。 そして奇跡が起きなかった者は、ずっと呪われたまま。らしい。

 

俺の、罪は、重いッ!!!

 

「・・・・」

 

「ああ成る程。勝って兜の緒を締めよ、でしたか?流石は我が王の兵ですね」

 

見習わなければ、フンスっ!と両の拳を胸の前で握り締めるサー・ガレス。

 

「・・・・」

 

 ち―――違う。 違うのです!ガレス卿!!!俺はそんな出来た兵Cでは・・・・、―――あ?

 

「・・・・」

 

「?」

 

 あれれ?ついに頭だけじゃなく眼玉もおかしくなったのかな? ボーマン(戦場において一滴も血痕が付着しない白い手の意)な麗しの御方の胸に、見覚えの無いそれでいて緩やかな胸部装甲が見えるぞ?

 

先程この御方鎧脱いだ筈なんだけど。

 

おかしいな?おかしいぞ?

 

「・・・。・・・・」

 

「……」

 

 ・・・あ、よし解かった!俺はポンと掌に拳を叩き付けて納得させた。流石は円卓の騎士の御一角!常在戦場の心得ってやつで常に防具は身体に身に着けておられるのだ男らしい!正に男の中のおと、

 

「男だって言ったっけ、あたし」

 

「・・・・―――」

 

 どこかモードレッド卿に似た、くすっと笑うそのお顔があまりにも眩しくて。

 

 俺の意識はここで途絶えた。

 

―――ガレス卿、平にご容赦を。私は、知らなかったんです。

 

 

 

 

 

 




隔離の為の建設。保存の為の取捨。
歴史の最果てから、連綿と輝く誰かの正義。
ある者は悩み、ある者は気付き、ある者は自らに絶望する。
だが人間は絶える事なく続き、また、誰かが呟く。
「---汝は選ばれた。正しきヒトよ、入るが良い」
次回『ユートピア』
神も、ピリオドを打たせない。





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第8話 ユートピア

 今回でとりあえず一区切りです。次からは城兵Cがちゃんと城兵する話になると思います。ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。









 

 

 

「それにしてもこの兵士さん、もしかして――」

 

 倒れ伏せた兵士の傍。 わたしは痕すら無い自身の胸の傷を確認しながら、ある発想に至っていた。

 

「…厨房長?」

 

 かつての白亜の城・キャメロットに初めて登城した折、わたしはとある騎士の計らいで飯炊き人の一員になった事があった。そこには寡黙で、しかし手際の良い料理人が一人いたのを思い出す。

 

 その人は右も左も分からない新米のわたしに、調理のイロハと、それを食べる人間と如何に関わるべきかの仕方を教えてくれた。この兵士のように、行動で。

 

「厨房長は確か元正門の一般兵士だって聞いた事がある。…お懐かしいです。お久しぶりで、」

 

「よおガレス。邪魔して悪いが、その線はねえぜ?」

 

 声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには同僚とも妹ともいえる騎士がいた。 わたしは彼女にフイと手を振って挨拶をする。

 

「それはどういう事?モードレッド」

 

「この兵士が作った飯、お前食わなかっただろガレス。グリル何てモンじゃねえ出来の、焼けた肉だよ。…あの頃の飯はどれも似たり寄ったりだったが、たま~に出る厨房長の飯は特に美味かった。――そいつがあの厨房長の筈がねえよ」

 

「随分と饒舌ね。 いつも通りボーマンって呼んでくれていいのよ?」

 

「減らず口が出るみてえで安心したぜ。この兵士のお陰か?」

 

 ドッカと、椅子に座る騎士。何故か二人の時だと名前で呼んでくる彼女が、わたしは可愛く思っていた。

 

「どうかしら。……でも、妙ね。騎士であるなら女でも関係ないんだと行動で示す兵士だと思っていたのに、わたしの事を女性だと知らないなんて、こっちがびっくりしちゃった。バレバレだと思っていたけど」

 

「魅力が無いからじゃねえか」

 

「――。それもそうね、貴女は王と違って鎧兜をずっと着けていないと女だとばれるようなプリティフェイスだものね。あやかりたいわ」

 

「………――ぁア?」

 

「………」

 

ほらね?

 

「悪かったわ、モードレッド。ごめんなさい。 所でその口ぶりだと、貴女にはこの兵士さんが一体誰か知ってるっていうの?」

 

「知るわけあるかよ。ごまんといる兵士なんざ一々覚えていられるのは父上くらいだ。………ただ、」

 

 倒れている兵士を眺めながら、顎に手をやるモードレッド。ギフトの如き彼女には珍しい表情と仕草に、わたしは小さく嘆息した。

 

「こいつはあの城の正門に居た兵士なんだろうが、あんなデタラメな槍捌きをする奴をオレは見た事がねえ」

 

「………」

 

 それには同意だった。 槍を使う兵士も、鎧兜を着ている兵士もたくさん居たのが当時の我が城だが、わたしもこんな槍腕前の兵士を見た記憶が無かったのだ。

 

「何者かしら、…この真っ直ぐな兵士さん」

 

「まあ、この世界じゃあどうでもいい事だけどな。――父上の為に動いて、父上の目的の為にここに居て、父上の為に死ぬ。 そんな物だろ、オレ達なんて」

 

 忘れているだけで、わたし達は何処かでこの兵士を見た事があるのかもしれない。生前一緒に戦ったのかもしれない。……それは誉れだけれど、今はもう。

 

「そうね」

 

 幕舎を開けるわたし達。見える、光り輝く白い柱。

 

 獣は。誰も、過去を見ない。

 

 

 

 

 

 

「ひゃっは?、・・・ヒャッハー!!!!聖地の化け物どもが居なくなってるぞ!―――おお神よ!!恩寵を感謝致します! 今も昔もそして死後ッ変わらず我らに喝采を与え給ええ!!!!」

 

 ――人はすぐに忘れると誰かが言った。

自分の損得に関係の無い出来事と話を覚えようとしないと。 生きる無辜の人々にとって、聖地に居たあの鉄の魔人が消えた今、ここは彼らの変わらぬ信仰の総本山であり、

 

「だからッ!全部ぶんどれ!!!!」

 

「ヒャッハー!!!」

 

己を含めた全てが許される、聖なる土地だと。

 

「? 誰だありゃあ。えらい別嬪さんじゃあねえか!」

 

「おいおい鎧と兜付けてやがるぜ。もしも野郎だったら?」

 

「ご冗談、俺にはわかるぜ!だって男にはセンサーがあるからな!」

 

「でけえ槍と馬持ってやがんな、――やる気かよ!」

 

「君の着ている服と靴と馬と、槍が欲しい!」

 

「身体もよこせって言わねえのかい? ・・・HAハハハハハ!!!」 

 

 群がり、足を急かして突き進む。決して振り返る事は無く。

 

彼らが信じる神の御許へ。

 

「---地に増え、都市を作り、」

 

 ―――古伝に曰く、聖なる槍とは兇器ではないと云う。

其れは楔であり、錨であると。

 

 次いで曰く、其れは世界の表裏を繋ぐ白き光の柱。

この世の理想郷。 罪の無いヒトだけがそこに入る事を許されたと云う。

 

「---海を渡り、空を割いた」

 

 ・・・しかしここで、罪の無い者などこの世界に居るのか?と言う疑問が出る。人生何かしらやらかすのがヒトであるのだし、

 

まずもって生きる事自体が罪なのだと声高に述べる思想家もいる。

 

 そして、私は何の罪を犯さず今日まで生きてきたのです!と、金切りに主張する敬虔者もいる。

・・・そこでこの柱は、ヒトに一つの言葉を投げかけた。

 

決して振り向くな、と。

 

「---何の、為に……?」

 

 二つの古代都市を一瞬にして滅ぼした天の火の如く。人間だったあの日を捨て去り、王の聖槍が純白に瞬いた。

 

「---聖槍よ、果てを語れ」

 

シールサーティーン・デシジョンスタート。

 

 獅子の円卓サー・モードレッド 承認

 

 サー・ガウェイン 承認

 

 サー・ランスロット 承認

 

 サー・トリスタン 承認

 

 サー・アグラヴェイン 承認

 

 サー・ガレス 承認

 

何故なら我等は、獅子の爪と牙である。

 

「 ---ロンゴミニアド 」

 

 其の名を、最果てにて輝ける槍とヒトは伝える。

我を忘れて振り向いた罪人の一切合切を塩に変化させた光の柱。善良なヒトだけが、この光と一つとなる事が出来たと云う。

 

神話が今、再生された。

 

「・・・」

 

 ――理想郷にいるのは罪の無い正しき魂のみ。我が王よ、やはり貴女は眩しくて、見えない。

 

「・・・」

 

 あ、ごめん。今マジメな場面の途中だったね。いや~なんか昔(生前)ばっちゃに聞いた昔話を思い出しちゃった兵Cだよ。 

 そして今眼を覚ました所なんだけど、すごい光景だよこれは。

 

―――だって。だってさあッ。

 

「おお・・・ッ!」

 

「これは、我が懐かしき白亜の城!」

 

「実に素晴らしいですね。私は嬉しい」

 

「キャメロット城とは。 これはまた・・・」

 

「う、美しい…。 ハッ!?」

 

「………」

 

 ・・・・――感無量。 我が王の宝具開放と同時に現れたのは、懐かしき我らの居城そのものだった。豪華絢爛純白不動。

 

 まさかまたこのお城を王と皆で見る事が出来るなんて。

涙が出そう。視界が霞む。・・・・兜が脱げない事を、この時初めて俺は感謝した。

 

「---第一回目の聖抜及び、聖都の創造は成功だ。我が騎士達、我が同胞(はらから)」

 

「・・・」

 

 はい、我が王。ここ(聖都)に居るのは王と王に選ばれたヒトと、我等のみ。他は全部塩とでっかいクレーター。後には引けない世界ですな。

 

「---魔術王の行いによって人理は焼却された。 だが踏み止まれ。---踏み止まるのだ」

 

・・・。

 

「---人間の、勇気が挫けて。友を見捨てる日が来たのかもしれぬ。魔狼の時代が訪れ、盾が砕かれ、ヒトの時代が終わったのかもしれぬ。---だが、消え去りはしない」

 

・・・・。

 

「---今日は始まりの日だ。 かけがえの無い、全ての清きヒトの光に懸けて。踏み止まって始めるのだ。---我が爪牙達」

 

 一夜にして現れた白亜の聖都・キャメロット。吼える獅子の手足達。

その日俺達は本当の意味で、王の獣となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




眠りは質量の無い砂糖菓子。もろくも崩れて再びの楽園。
美しきかなこの城、この風景。我はまだ生きてあり。
止まない日差しに焼かれてむせて、具足の軋みに身を任せ、ここで生きるが宿命であれば、せめて望みはギラつく平穏。
次回『風来坊』
明日はきっと。風が一緒に歩いてくれる。





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第二部
第9話 風来坊


祝・FGO6章アニメ映画化。あの獅子王陛下をスクリーンで見れるわけですね、前後編たっぷりと。そしてつまり、・・・アッくんがついに実装されるという事でよろしいですね!?










 

 

 

 ―――熱い陽射し。 

蛇口から水がまっすぐ皿に注がれるように、光が俺達兵士を照らす。 

 

我が王に召喚されてから、何度この眩しい太陽を見た事だろう。

 

「・・・」

 

 俺はこの白亜の城・キャメロットの城兵という名誉職に就いた兵C、あらため城兵Cである。お前は西方方面担当だと、アグラヴェイン卿に命じられたのだ。

 

 曰く、この見渡す限りの荒野の遥か西にはとある王が住んでいるので、お前はそこに最も近い場所に居ろとの事。・・・・こんなむせる荒野の先に住んでる?只者じゃないな。

 

「・・・」

 

 ま、そんなのもう関係ないですけどね。上機嫌な俺は、王がおわす後方に向かって拝礼した。

 

 ―――このお城は城壁が円形に都市をぐるっと囲んでいる。

城下町は壁の内にあるのだ。おとぎ話にある、グランバニアの城に似てるかも。

 

 唯一の出入り口である正門が位置する北方方面にはガウェイン卿がおられるから、もしこの聖都を落とすとしたら南方かここにたむろする筈。

 

 搦め手は東方方面だが、あそこは文字通り断崖になっているし人里からかなり遠い。兵站面から鑑みてマイナスの方が大きいだろう。

 

 ・・・え?何でこの城を落とす事を不敬にも考えてるのかって?

守る側っていうのは、自分ならここをどう攻め落とすかを考えてるからこそ守れるのさ。まあ心配しなくても、この聖都は無敵だが。

 

 250億に1つの確率で正門及び城壁が越えられても、その後ろには砦がいくつかある。そこには所狭しと弓兵が詰めていて、一斉射で賊を討ち取れるって寸法よ。

 

 まるでグリュンワルダーの城みたいだあ。

ピクト人どもが根城にしていたかつての堅城を思い出して、俺は拳で空を突いた。地獄みてえな城だったなあ・・・。

(注釈:グリュンワルダー城=mount&bladeという名作ゲームに登場する、マップ地理的に重要な城。城攻め初心者にお薦めなので、兵が集まったら是非落とそうッ)

 

「・・・・」

 

 空は高く、ピューピュー身体を刺す風が運んできた毒電波を放り投げる。

まあつまり何が言いたいかって、ここ西方がフロントライン(最前線)にしてディフェンスライン(絶対防衛線)って事だ。

 

そう!俺はもはやただの一般兵Cではない! 俺は存在する!我が王の、城兵として。

 

「・・・」

 

 ――え?古巣(正門)にすら帰れなかった敗北者じゃけえ?第三艦橋勤務?体のいい厄介払いだろ?

 

・・・・よくないなぁ・・・こういうのは。

 

「た~~~す~~け~て~っ!!!」

 

「・・・・」

 

 さてここで気分転換に一句。 

朝もやに 耐えて久しく 昼の月。

 

 靄に隠れた朝陽を見ようと待っていたら、もう昼時。あつい太陽がぼやけてまんまるお月さんに見えてしまったよ。やべえ俺馬鹿みてえじゃん。

 

え?意味わかんない? 

 

「た~~す~~け~て~っ!!!」

 

「・・・」

 

まあ、あれよ。天の怪奇現象に会った!みたいな。

 

「たす~~け~て~っ!!!」

 

「・・・」

 

そう。つまり今の俺の心境を表すとそんな感じなのだ。

 

「ちょっとそこの兵隊さん! どうか私のお願い聞いて頂戴!?」

 

「・・・・」

 

 見下ろせば、ピンチと顔に書いてある女性がいた。

綺麗な黒髪の女性だなあ。変な冠かぶって、職業は何だろう。

 

 よし、ここで彼女の専門を当てる事が出来たら50点獲得だ。 何事も細かい楽しみを作る事が肝要だからね。

 

・・・歩き巫女さん?

 

「お願い聞いてくれたら良い事してあげるよ!? 伝説の砂漠の女傑ナボールみたいに!!」

 

ん? ん?

 

ん?正解?

 

「お~ね~が~~い~!!! トータとは逸れちゃうしっ、もうお腹がペコちゃんで喉がカラカラのお母さんのガラガラみたいになってるのーーっ!!助けてぇ!!!」

 

 もう死んでるって事ですか? 生憎ここにスコープ無いからちょっと分かんないですね。タチサレタチサリます。

 

「ぁ…………もう、……ダメ…」

 

 パタリという音が聞こえた。ここまで。おもっくそ地面に顔面強打した音だよあれ。 どうしよう。

 

「・・・・」

 

「――伝令。我らが王より、入城を許可せよとの由」

 

「・・・」

 

応じよう。

 

 

 

 

 

 

「ふ~っ! 食べた食べた!御馳走様!!」

 

「・・・」

 

――すごい・・・女性だ。

 

 あれだけあった料理を、ものの数分で全部平らげてしまうとは。ちなみに僭越ながら、食事は俺が作らせて頂きました。

 

「トータのお米は美味しいけど、一つの物をずっっと食べてると心に飽きが生じるからね。助かったわ!」

 

 この聖都には砂糖!コショウ!塩!!!お酢!などといった調味料が豊富にある。肉料理が駄目という事で俺の得意は披露出来なかったが、代わりに今回は芋料理をご提供。

 

 普通に作ればバーンポテトになったろう俺の料理も、フライになってより美味しく出来たと自負している。付け合せは緑黄色野菜で、胡麻ドレッシングも完備。青じそもね。

 

 ・・・今までこれらを作った事は無かったが、我が王に召喚された事で生前では知る事も出来なかった知識が湯水の如く湧いてくる。これぞ王の威光。芋は至高。 今度ガウェイン卿にもご提供してみたい。

 

 ――しかし。この人には果たして口に合っただろうか。だって俺味見できねえから。

 

「ん? 何?何?」

 

「・・・」

 

 ボディランゲージを敢行する。 コンセプトはですね、この『塩』なんですよ旅のお方。人類最強の発明は槍以外だと何ですか?という質問がもしあったら俺は『塩』と答える。

 

 これには厄払い・消毒・味付け・ミネラル・酒のつまみ・体温上昇等、人が生活する上で必要なもの全てが含まれているのだ。

 

 万病の元である砂糖とは違うのだよ砂糖とは! 具体的に言うと塩がグフカスタムで砂糖がフライマンタとかジム。

 

「ん~~?? ……ああ分かった!」

 

通じたかな?塩の良さが。

 

「お塩がνガンダムで、お砂糖がHi-νガンダムね!」

 

「・・・・」

 

戦争になる。閑話休題。

 

「お食事のところ失礼致します、旅のお方。 我が王が御呼びです、どうぞこちらへ」

 

「参りましょう!この玄奘三蔵、一飯の恩義は忘れないわ! 是非お礼をさせて頂戴っ!!」

 

「・・・」

 

 我が王の命令で食事を用意したが、俺の仕事はどうやらここまでのようだ。飯炊き城兵Cはクールに去るぜ。

 

後は頼みますガレス卿。

 

「あ!そうそう」

 

「・・・?」

 

背中をコンコンと手で叩かれる。え、いつの間に後ろに。俺達結構離れてましたよね?

 

「御飯、とっても美味しかったよ。 有り難うっ!」

 

「・・・」

 

 振り向けば、綺麗な笑顔。懐かしい。

 

俺達は別に物を食わなくても生きていける。

 

けどこれだから、飯炊きは止められない。

 

 

 

 

 

 




言うなれば運命共同体。
他人を頼り、味方を庇い、俺達は助け合う。
一人が誰かの為に、誰かが一人の為に。
だからこそ戦場で生き長らえた。
 ―――嘘を言うな!信仰に輝く無口な双眸が敵を嘲嗤う。
お前も、お前も、俺も!
王の為に死ね!!
次回『粛正騎士』
だからこそ。俺達は今も昔もあの御方の。






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第10話 粛正騎士

ほんわかする話を作ると、今度は熱い話を作りたくなるのはよくある話。そう、夢のクレヨン王国とか赤毛のアンのエンディングといったしっとり系の曲を聞くと、人はチェンゲのheatsを聞きたくなる物なのです。 ・・・無いな。










 

 

 

 ―――城兵Cの朝は早い。

 

 遅番の同僚に交代をボディランゲージで告げ、今日も今日とて城壁の上に立つ。周りの兵達は皆静かだ。私語は無く、程よい緊張感に包まれている。

 

いや、保たれている。

 

 ・・・それはまるで老舗温泉宿の、早朝一番風呂の風景美に似ていた。小波で揺れる水面をじっと眺めていると、永遠に湧く熱い湯気が鼻を通って俺達の肺と心を目覚めさせる。

 

 そして湯に映る太陽光は、俺達と同じく無言で赫奕と風景を照らし続けているのだ。

 

「・・・」

 

 ずっとここに居続けて、朝飯はなんだろうと想像を膨らませてみたり、何も考えずにこの湯に浸かって浸かって浸かり続けて湯治するのも良い。戦いは飽きたのさ。 

 

 まだ見ぬ第三の選択肢も含め、どれを選んでも俺達はきっと己を全うする事だろう。

 

「・・・」

 

―――そう。ここでは皆、粛々と己を正しく全うするのみなのだ。

 

 眼前を無言で睨み付ける、名も無き彼らに敬礼を。

故にか、王は彼らをこう呼んだ。

 

粛正騎士と。

 

「―――」

 

おはよう兵B、今日は冷えるな。ええ?

 

「―――」

 

 ボディランゲージが無視された。 気を取り直して無言の皆と一緒になって焼け野原を眺める。ちょっと空を見上げると、所々ひびが割れていた。

 

以前我が王が撃った聖槍の余波だ。

 

「・・・・」

 

 ところで先日、王が予言を下された。

 

 要約すると、近々あの空からここ聖都を壊す恐怖の大魔王が降りてきて、騎士の結束をスクラップアンドスクラップ。この世界全てをぶち壊すらしい。

 

ギドラ族でも来んの?鎧モスラ呼ばねーとやべえじゃん。

 

「――――」

 

 冗談はさておき、一体どんなやつが来るというのだろうか。

あの円卓の騎士の方々を全滅させ、我ら爪牙をも一捻りするほどの剛の者とは。

 

「・・・・」

 

時間ばかりが経過する。

 

 恐怖心。俺の心に恐怖心。

恐怖に震え慄いていると、ポンと肩を叩かれた。・・・・兵B?何?

 

「―――」

 

首をもぐジェスチャをする兵B。

 

「・・・」

 

 成る程、やるのは一度に一つずつってわけだな。

まるでハンターだ、負けらんねえな。俺はフンス!ッと両拳を胸の前に掲げた。

 

「――ええ」

 

!?キィエアアアアアアアア亜しゃべったアアアアアアアア!?!?

 

「――貴方は以前、キャメロット城正門の守護に当たっていたと聞きましたが」

 

「・・・・・・!?」

 

 え、ちょっと待って。何でこの人こんな流暢にしゃべれるの?

しかも甲冑にすっぽり覆われた小首を傾げないでほしいんだけど。かわいいから。

 

「言葉は使えた方が便利ですので。所で、一つ質問があるのですが」

 

「・・・・」

 

おっしゃるとおりです。って、質問?

 

「――私には。 いえ、私達には生前の記憶が薄ぼんやりとしかありません。最期まで王の為に戦った、――少なくともここ西方方面を守る我らは昔も今もそれだけの存在です。しかし、貴方はどうやら違う様子」

 

「・・・・」

 

 え?マジ?何で? 

俺が『C』だから?B。俺達は皆あの頃(生前)から続く仲間(運命共同体)だろうが。

 

「――獅子王陛下に召喚された一兵卒の中で、我らと同じ甲冑を着ている兵士達の中で、貴方だけが生前の記憶をしっかりと持っている。これには何か意味が有る筈だと、私は愚考する次第。

 ――その上でお聞きします。貴方の生前は、あの頃のキャメロットはどうでしたか?」

 

「・・・」

 

 あの頃か。え~?昔語りとかしちゃう? 

昔の事をしゃべってばかりいると自分しか満足できなくなるよ?決闘(デュエル)申し込まれちゃうよ。

 

もう遅い?

 

「・・・・」

 

 まあ敢えて問うなら答えもしよう。

家が家だからあの頃は槍ばっか振っててさあ、俺。騎士様達は皆輝いてて王は昔から女神様で。

 

 あとこうやって城壁に突っ立っていると、ごくごく稀に王がいらっしゃってね。

外を見つめて何も言わずに去って行くんだけど、王の風格っていうの?格好良いんだこれがまた。

 

 ・・・・!今と変わんねえじゃん。やったぜ。獅子王陛下がここに来ることは無いけど。

 

「――これは失礼、軽々に聞いてよいものではありませんでした。 許されよ」

 

「・・・」

 

 別にいいって事さ兵B。 俺達も王も、皆あの頃から変わっちゃいないんだから。

この城を、主を守る。ただそれだけでいいんだよ、兵士(俺達)なんてさ。

 

「――そろそろ交代の時間ですし、交代の後は鍛錬をお願いしても? 貴方の槍捌きには剣兵として眼を見張るものがある。ぜひお願いします」

 

「・・・」

 

 頷く俺。って、やばいやばい昔の想い出に入り浸ってしまった。 そんなもん、酒の席だけで充分だっての。今の俺は呑めないけど。

 

「――、噂をすれば。 下番の諸君、我々と同じく鍛錬を所望する者はいるか?」

 

「os gwelwch yn dda.(よろしく頼む!)」

 

「ago.(俺は鍛錬を行う!)」

 

「facio.(キャメロット魂を見せてやる!)」

 

「・・・・」

 

・・・・何だこいつら。

 

「――意気軒昂。流石は我ら西方の兵。 では頼みます」

 

 剣の柄をガシャと鳴らす兵B。引くに引けないので、俺は槍をその場で一回転させて己を鼓舞した。

 

・・・我々の聖都を守れ!

 

 

 

 

 

 

「――こう、ですか? むぅ、中々に疲れる」

 

「fessas.(衛生兵ーーー!)」

 

 それは異質な風景だった。

 

 鍛錬場の中で粛正騎士達が腕を伸ばし、足をやや肩幅のスタンスで膝を曲げて腰を落として佇んでいる。声が出ないので、勿論俺も。

 

「・・・」

 

「――え?次は走るのですか?」

 

脚が痛くて、これはもう満足に歩けないのでは?という位になったらひたすら走る。

 

「――あの。これは、貴方が生前、身に付けた鍛錬法、なのですか? 痛」

 

「・・・」

 

 こくりと頷く。

だって速く動くには何がいる?足だ。 足をずっと動かし続けるには何がいる?力だ。

 

力は何に作用する? 武器と身体だ。

 

 ・・・ここでの『力』とは筋力だったり重力とか持久力とか色々あるけど。今はドントシンク、フィール。

 

「・・・」

 

そして鍛錬場内を走り回って終わる。今日はここまで。

 

「――交代がまだ先で、良かった。これ、では、皆すぐには動けますまい」

 

 うーむ、試しに甲冑着ながらやってみたけど凄いな。生前は平服でやってたのに出来ちゃったよ、普通は出来ないよ死ぬよ。

 

 ・・・しかし成る程。俺達は王に召喚された兵士なんだから、生前とは違ってずっと元気百倍ってわけだな。怪我もしないし。 これで王の為にずっと鍛えて戦い続けてられるぞぅ。

 

「…あ!兵士くーん!」

 

「・・・?」

 

む? この声は。

 

「何してたの?お稽古?」

 

我が王の賓客、三蔵様だ。

 

 ・・・以前我が王と謁見なさった三蔵様は、気が済むまでこの聖都に居て良いと滞在を許可されたそうな。

 

「――これは玄奘三蔵様。 このような兵士の鍛錬場など、貴女様には面白みも何も無いでしょうに」

 

 綺麗な黒髪と肩が大気を優しく撫でながら、こちらに近寄る三蔵様。

兵Bが礼節を持って接するが、確かにここは貴女が来る程のものでもないですよ。

 

「稽古も立派なお務めの内でしょう?別に気にしないわ! …所でトータを見なかった?」

 

「――俵様は確か食堂にいらっしゃった筈ですが。逸れましたかな?」

 

「それが全っ然見つからないんだけどー!!兵士の皆は忙しそうだから、お師匠のあたしが探してあげているのに!!」

 

「・・・」

 

 この方は本当に場を和ませてくれるなあ。聖都がより聖都らしくなるってもんだ。

 

 ・・・しかしながら藤太様が?今後の為に迷子センターを作ったほうが良いかな。 もしもアグラヴェイン卿に会えたら伝えてみよう。

 

「ん~もうーっ! もう一回食堂に行ってみるわね!」

 

「――道中お気を付けて。玄奘三蔵様」

 

「兵士君たちも、身体に気をつけて稽古してね~!」

 

 ・・・速い、もうあんな所に。やはりあの方、只者ではない。

どんな鍛錬を課してきたのだろう。でもあれは稽古の果てというより、自然に培われた物だと見ているんだけれども。

 

「三蔵の肢に気が有るのか?」

 

「・・・」

 

ええ、まあ。

 

「一箇所を除いてあの御仁は全身が引き締まって居るが、あれは真だ。 お主は眼のつけ所が良いな!」

 

「・・・・」

 

 物陰からこちらをずっとチラチラ見てた貴方様には敵いませぬ。俺はゆっくりと、声の主に頭を下げた。

 

「――俵藤太様! これは気付かずご無礼を、」

 

「はは!良い良い。拙者がお主らの鍛錬を見ていたかっただけよ。 これでも武に身を置く者、どうにも血が騒いでしまってな」

 

 三蔵様の弟子(という事になっている)、俵藤太様。

世界を旅している三蔵様がこの城に入城されたすぐ後にここに辿り着いた、曰く旅の道連れ。

 

 このお方も我が王から滞在を許可された一人だ。偉丈夫で、気風のいい益荒男とは正にこの事。

 

「・・・」

 

「――左様でしたか」

 

「うむ。ところでお主ら、大陸の練功法に似た鍛練をしていたな。ここに居ては身体が鈍ってしまう所、明日から拙者も参加して良いか?」

 

「・・・」

 

貴方は賓客、是非もありませぬ。俺は何度も頷いた。

 

「忝い。 なに、お主らの邪魔はせぬから思う存分にやってくれて構わぬよ。鍛練は大勢でやった方が為になるのでな!」

 

「――これは賑やかになりますな、兵士殿!」

 

「・・・」

 

そうだな兵B。俺も何だか楽しくなってきたよ!他の皆は・・・?

 

「ago!(俺は鍛錬を行う!)」

 

おう!

 

「facio!(キャメロット魂を見せてやる!)」

 

「私も非番の時はここで鍛練をしても?」

 

万歳ァァァい!!! 勿論!ここは聖都、正しき者は誰も彼も寄っといで・・・・

 

「・・・・、―――」

 

「我が王の剣として。私も腕を磨かねばね、兵士君?」

 

 非番なのかマントを外し、服の上からでも解るその筋骨。

 

赫奕たる太陽を宿す大剣を小脇に、こちらを見やる忘れもしない騎士の瞳。サー・ガウェインその人は、朗らかにこちらを見て笑っていた。

 

 そしてこの時、茫然自失の俺と兵Bの心の声は一つとなる。

 

 

―――何でこんな所に、目上の御方ばっかり来るんだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 




誰が期するのか、誰が望んでいるのか。
満ちる物が満ち、撓む物が撓む。
溜められたエネルギーが破れた出口を求めて脈動する。
騎士道と忠義、悪心と野心、誇りと意地。
舞台が整い役者が揃えば、彼らだけの日常が始まる。
そして先頭を走るのは、いつも。
次回『ソルジャー』
報酬は塩と貨幣。あとは眼を瞑れば浮かび上がる。





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第11話 ソルジャー

 

 

 

「――しかしながら。これは好機なのでは?」

 

明くる日。鍛錬場に向かう途中、兵Bが俺に囁いた。

 

「・・・?」

 

「――円卓の、それも我らが城の正門を守る太陽の騎士様と共に鍛練。 これは我ら兵卒の更なるレベルアップに繋がるのではないですか?」

 

「・・・!」

 

 た、確かに。

 

 円卓の騎士の方々が鍛練している風景など、少なくとも俺は見た事が無い。しかも一緒に鍛練なんて以ての外。

 

俺は左掌に右拳をポンと叩き付けた。

 

兵B、中々の発想だ。

 

「――とは言え、騎士様に粗相があっては何をされるか分かりませぬ。噂ではトリスタン卿傍付きの粛正騎士が、正中線を頭から股間まで断たれて今も尚その数更新中だとか」

 

「・・・・」

 

えぇ・・・・。

 

「――王の為に敵と戦って死ぬべき我らが、お味方に殺される訳には参りません。職務怠慢と笑われます故」

 

「・・・」

 

ああ全くだ。

 

「――では兵士殿。今日より始まる鍛練の程は、どのように」

 

 鎧兜に覆われた兵Bの双眸が、真っ直ぐに俺を射抜く。

 

 それは全てを凍てつかせるドライ氷のように冷たく、だけどその身の中心に宿る熱はろうそくを燃やし尽くす火のように、唯一つの事を目指していた。

 

――そう、我らの職務は。

 

「・・・」

 

「――」 

 

 俺は立ち止まり、左隣りで心が激凍(ガキガキ)に燃えてる兵Bから正面に顔を向けた。

 

 そして背中に背負っている槍を真っ直ぐ前方に突き出して伸ばす。反らす事も動かす事もなく、ただ正面だけを目指して。

 

「・・・」

 

 俺達のやるべき事は変わらない。口も言葉も今は不要、ただ行動で示すのみ。

 

 我が王の手足であるなら動いて動いて尽くすだけ。それで死んでも、気にする事はない。眼を瞑れば全部過去の事だから。

 

「――、迷わず惑わず。肝に銘じます」

 

「・・・」

 

行くぞ! 

 

デッデッデデデデ(カーン)デデデデ!

 

「――鍛錬場に到着。 おお、既にガウェイン卿のお姿がありますぞ!」

 

 ああ。しかもにこやかに笑いながらこちらに歩いて来ていらっしゃる。晴れがましいBGMが似合いそうだ。

 

俺と兵Bは同時に敬礼した。

 

「やあ諸君、哨戒ご苦労。察するに西方は万全のようだね?」

 

「――この城に万全でない箇所等ございますまい。円卓の騎士様方が居られるのですから」

 

「・・・」

 

良い事言った、兵B。君がナンバーワンだ。

 

「今を保つのが我々の仕事だよ。 さて昨日は突然で申し訳なかったが、君達流の鍛練を教えて貰ってもいいかい?」

 

「・・・」

 

 ウキウキという音が聞こえてきそうなガウェイン卿のお顔を見ると、先程まで気負ってたのが馬鹿みたいに俺は感じた。

 

 では僭越ながらガウェイン卿にもご教授しましょう。

先ほど保つとおっしゃいましたが、まさにその通り。これは同じ姿勢を長く保つ事こそが肝要でしてね。

 

こんな風に・・・、

 

「・・・」

 

「成る程、こうですか。 一見するとただ空気椅子をしているだけだが、やってみると、中々。これは良い刺激になる」

 

 俺と同じ姿勢のガウェイン卿は朗らかに笑った。隣りを見やると、兵Bもまた同じ姿勢。

 

「おう、早速やっているな」

 

「――俵様」

 

「生身の肉体ではないとはいえ、鍛練による得難い刺激は身体にとって何よりの糧となる。拙者も続くぞ!」

 

「・・・」

 

 鍛練を続けていると、気付けば次第に人が集まって来ていた。

同僚である西方の粛正騎士が主のようだが、物珍しいからか他の兵達も見物に来ているようだ。

 

 別に秘伝であるわけで無し。

ここは鍛錬場だし、やりたい人見たい人はどうぞご自由に。

 

「ホイ!」

 

「俺は鍛練を行う!」

 

う、うん。

 

「我々西方の兵が、貴様ら南方の兵に負ける筈がない!」

 

「ポォーウ、強敵登場ダナ?」

 

「フン!ザコカ!」

 

「スコシハ歯応えノアルヘイシナノカ?」

 

「キャメロット魂を見せてやる!!」

 

「――へ、兵士殿。少し腰を浮かせるわけには、」

 

「・・・」

 

駄目です。俺は首を横に振った。

 

「――むぅぅぅウ!」

 

その裂帛の気迫で骨盤を意識して、兵B。

 

「ほう?もしやこれは・・・?」

 

「ガウェイン殿も気付かれたか」

 

「――んぬぅぅぅぅう!!」

 

「ココマデカ・・・!」

 

「鍛練ガイミスルモノ、コレガワカラナイ」

 

「衛生兵ー!!」

 

 下半身をガクガクさせながら、南方方面の兵士達はちょっと独特の空気を持っているみたいだな。東方と正門の方はどうなんだろう、ちょっと気になる。

 

「・・・」

 

「うん? 走りに行くのか?」

 

「――こぉぉぉぉおおお!!!」

 

一心不乱な兵Bの肩を、俺は叩く。

 

「――は、え?何でしょう?」

 

「・・・」

 

走る人のポーズ。

 

「――!、了解っ!!!」

 

「南方の、付いて来い!!」

 

「イクゾー!!」

 

「この状態で走ると。 ・・・成る程、動くという行為が普段どれだけ力を発揮しているのかが嫌でも解るな」

 

「ええ、本当に」

 

「・・・」

 

おお、流石は万夫不当の豪傑なお二方。もうコツを掴みましたか。

 

「兵士君。これはいつ頃思い付いたんだい?」

 

「・・・・」

 

 いつ頃?・・・さあ、いつでしたか。俺は首を横に振った。

少なくともキャメロット城の正門に就いた頃はやっていましたが。

 

俺とガウェイン卿は同時に駆け出した。

 

「これは私の独り言だから聞き流してほしい。 ――私は生前ある一族の話を耳にしていてね。槍を振るう事と創る事に並々ならぬ執着を抱いていたその一族は、ウェールズの片隅でひっそりと暮らしていたそうだ」

 

・・・・。

 

「効率よく、そして爆発的に槍を振るう事を第一とし、壊れずにそれを可能にする槍を創る古い一族」

 

「・・・」

 

「決して表舞台に出る事は無く、歴史の影でその一族、ローナルドは槍と共に生涯を全うしたと伝わる。 君は、もしや」

 

「・・・」

 

言われた通り話を聞き流し、ゴールである鍛錬場に帰った俺達は立ち止まった。

 

「――お、終わりですか? へ、兵士殿?」

 

「・・・」

 

「皆いい汗をかいたものだな。どれ、食事にするとしようか!腹が減ったものは付いて来い!」

 

「おおおお!!!」

 

「オオオオオ!!!」

 

「――はは、兵士殿の料理も頂きたいものですが」

 

息を整えた兵Bが話しかける。ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。

 

「ポテトはあるかい?」

 

「――無論です。ここは聖都、良いジャガイモが厨房にはありますぞ。ガウェイン卿」

 

「騎士たるもの、食事には気を付けねばね。大量のポテトとビネガー、ブレッド。そしてエールさえあれば私は充分だ。というか最高だ」

 

「――流石は円卓の騎士、サー・ガウェイン。ブリテンには無かった筈のジャガイモを何処かで食べた事があるのですね?」

 

「当然。ポテトは生前からの好物でね、・・・・え?」

 

「――え?」

 

「・・・・」

 

兵B、それ以上いけない。

 

 ガウェイン卿、懐かしいお話を聞かせて頂いた御礼に自分がフライドポテトをお作りしますから。

 

「・・・・。兵士君、心して答えてくれないか」

 

「・・・」

 

俺は頷いた。

 

「私達があの頃のブリテンで食べていたポテトは、マッシュポテトは、―――ジャガイモだよね?」

 

「・・・・」

 

 厨房に向かう。足は止まる事無く、ただ進み続けるのみ。

それが答えだった。

 

「兵士君?―――兵士君ッッッ!!!」

 

「――ガウェイン卿!?如何しましたかっ!!?」

 

「ポテトを! 誰か私にポテトを見せてくれ!!!」

 

「ガウェイン卿ご乱心! 腹が減っては何とやら!」

 

「ナゼコンナコトニナッタノカ、コレガワカラナイ!」

 

空腹ってのは怖いな。俺は厨房でジャガイモを細かく切り、塩をまぶした。

 

「おや、兵士さん。…わたしも小腹が空いたもので、一緒に調理をしても?」

 

「・・・」

 

 ガレス卿のエントリー。俺は頷いてジャガイモを手渡した。 よしよし、後はフライするだけだ。

 

「――!思い出しました、ガウェイン卿!我々が当時食べていた物は芋ではなく麦です!」

 

「そんな馬鹿な話があるものか! あれは紛れも無くポテト、ぐちゃっとして腹にたまるあれが麦な筈が!!」

 

「燕麦を潰して牛乳をかけて混ぜるとそんな感じになるのです!」

 

「それはオートミールではないか!!!」

 

「ガウェイン兄さ、…ガウェイン卿。先程から一体どうしたのですか?」

 

「ガレス卿!!ポテトはまだですか!?」

 

「出来ましたので持ってきましたが…」

 

「いだだきます!」

 

もっきゅもっきゅと食べるガウェイン卿。いっぱい食べる騎士が好き。

 

「こ、・・・これは!?」

 

「どうしました?」

 

「この、胃にどっしりと落ちて栄養と熱(カロリー)が全身に回る感覚・・・。 これがポテト?」

 

「ええ、あの頃のブリテンにはありませんでした。ここは正に聖都ですね」

 

「ではあれはポテト?いや、これがポテト?」

 

ガウェイン卿、ポテトフライ追加です。

 

「もっきゅもっきゅ。いや、味がそっくり? ハッ!やはりあの頃からポテトはポテト!」

 

 そろそろゲシュタルト崩壊するんでその位にしてください。

・・・? ガレス卿?

 

「…ガウェイン卿。この際なので教えてあげますが、」

 

「うん?」

 

もっきゅもっきゅ。

 

「卿の言うポテトは、これじゃないです!」

 

もっ、きゅ、・・・・・。

 

・・・・。

 

「――――」

 

「皿を地面に落とす事無く立ったまま気絶しておられる。 見事なり、サー・ガウェイン」

 

「・・・」

 

 ガウェイン卿、貴方がポテトと信じる食べ物がポテトです。

もうそれでいいのですよ。

 

「…わたし、何か悪い事を言いましたか?」

 

「――いえ。ガレス卿は、何も」

 

「・・・」

 

うんうん。

 

「そういえば明日は聖都が出来て三ヶ月、聖抜の日ですね。…兵士さん達は皆西方に?」

 

その通りです。

 

「――ええ」

 

「私はランスロット卿と共に聖都の外へ遊撃、及び砦の建築に出撃しますので立ち会えません。…なので我らが王と共にあれるヒトを、どうかよろしくお願いします」

 

「・・・」

 

お任せ下さい、ガレス卿。

 

「遥か西には太陽を冠する王がいます。そして山の民と王の予言。…お気をつけて」

 

「・・・」

 

 正門に向かって歩き去るサー・ガレス。

貴女もどうか武運を。胸に手を当て、俺は頭を下げ続けた。

 

 

 

 

 

 




不安と昇華、欺瞞と故意。
この世界に絡み合う脱出という方程式。
利己的に、時に利他的に。
それはまるで生存を懸けてせめぎ合う、1273年の出エジプト。
怯える魂がそっと呟く。
あいつもこいつも、俺の盾になればいい。
次回『聖都の門』
我を過ぐれば喜びの都あり。我より先に、造られた物は無い。






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第12話 聖都の門

 前書きのネタが無くなりました。なのでFGOと平成仮面ライダーを合わせた何か変なのを思いつきでやっていこうと思います。つまりこれ読む必要無いです。

 クウガ編

「・・・・」 
 準備も腹も決まった。あとは最後のレイシフトを命令するだけ。
というのに、彼にはそれがどうしても躊躇われた。
「―――。こんな寄り道はさせたくなかった」
「え?」
 時間神殿突入という時、彼は何故か変な声色で、全職員が見守る中で、人類最後のマスターの少年に声を掛ける。
「君には、・・・・もっと全うな青春だけ歩んで欲しかった」
 若く、前途溢れた少年。こちらの都合で人理修復という作業の連れにしてしまった少年。よかったのか、仕方なかったのか。
「ここまで君を付き合わせてしまって・・・」
 後悔も反省もしないと決めたのに。ただ彼は、ドクターロマンは久しぶりに、か細い声だけを出した。
「ありがとうございました」
「・・・・、?」
「オレ、良かったと思ってます。マスターになれて。だって、ドクターにダヴィンチちゃんに皆に。 マシュに会えたから」
「・・・・」
 握った拳の親指を天に向ける少年。それは奇しくも、『カルデア』全職員が同時に行った仕草だった。
「ぐだお君・・・」
『――藤丸立香! こういうのを知ってる?
これは古代ローマで、満足できる――納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草なのよ!!』
 亡き所長の仕草を真似る。そう、ドクターロマンもまた、『カルデア』の職員の一人なのだ。
「じゃあ見てて下さい。俺達の、レイシフト」
少年はコフィンに入る。それを見守る少女も同じく。
「最終グランドオーダー!!実証開始!!」
 漆黒に、紫に緑に青に赤。色彩に包まれるこの時を少年だけは知っている。怖くて震える身体も、それを噛み殺すこの痛みも。
ここがラスダン。ここがいつもの正念場。少年は相棒である盾の少女に声を掛ける前、そっと、帰る先である我が家を顧みた。
 ――愛の前に立つ限り、この盾と共にある限り。恐れる物は何も無い。
今までもこれからも、空がこの背中の後を押していた。









 

 

 

 

「もっきゅもっきゅ。 うーむ、このポテトのなんたる美味な事か。あの頃(生前)も今も、食べ物が美味しいのは何事にもかえ難い」

 

ある兵士が作ってくれたマッシュポテトを食べながら、私は自室で一人眼を閉じていた。

 

 これは最近気に入っているリラックスタイム。非番の時は大抵鍛練をしているのだが、こうして心身を落ち着かせるのも中々乙なもの。

 

 ・・・巷では私の事を様々な状況、地形から聖剣を発射する事が出来る金属で出来た二足歩行戦車だとか堅物の二足歩行ゴリラ(そのまんま)だとか言ってるらしいが、とんでもない。

 

中でも極めつけは、ガウェイン卿は歩兵と騎兵を繋ぐ歯車になる!まさに金属の歯車!!

 

とか何とかのたまう始末。

 

「エールは・・・・、今日は止めておきましょう」

 

私はただ日々を楽しく過ごしたいだけなのにね。

 

「何用かな?」

 

「――お休みのところ失礼致します、ガウェイン卿。 円卓の皆様がお呼びです。至急玉座までお越しください」

 

「承知しました」

 

 部屋の扉を開けた粛正騎士に答え、立ち上がる。

そう、騎士の余暇など生前から変わらず蚊の涙。ポテトを平らげ、私は足早に王の元へ向かった。

 

「・・・ガウェイン卿。やっと参られたか」

 

「これはこれは補佐官・アグラヴェイン卿。此度は何用ですか?」

 

「分かっておるだろうに。・・・本日は第三回の聖抜の日である。卿には変わらずの働きを期待すると、我が王は仰せだ」

 

 漆黒の甲冑を着た男。サー・アグラヴェインが額に堅牢なる堀を増やしながら、言霊で玉座の間を震わせた。

 

「前回と前々回は十名程度でしたが、今回は更に多くのヒトをこの聖都に招きたいものですね。私は悲しい」

 

「聖都の外の警護はオレが出張ってるから心配はいらねえぞ、ガウェイン。いくらゴリラビームをぶっぱしようが問題ねえってもんだ!」

 

破顔するモードレッド卿。成る程、それを見て私は確信した。

 

「・・・そうか。卿が噂の根源でしたか・・・・」

 

「何のこったよ?」

 

「別に何も。 ―――所で確認なのですが、ランスロット卿とガレス卿らの部隊を出撃させたのは砂漠の王に対する一手。合っていますか?」

 

「無論だ。来たる日のため邪魔者を極力殺ぐ事が、王の為に我らが為すべき全てである」

 

「しかしながら大胆な手ですね、聖都と砂漠の間に砦を築かせるとは。しかも彼の王が兵を差し向けたとしても、聖都からの援軍がいち早く到着できる絶妙な位置。流石は鉄のアグラヴェイン、抜け目が無い」

 

「だがそりゃあアレだろう?そこがイの一番に潰される確率が高いって事だ。 つまりランスロットとボーマンは撒き餌か、補佐官さんよ?」

 

「・・・」

 

 息を吸うように是とも否とも見えない顔を作る事。それこそ我が弟が『鉄』と云われる所以。

 

「・・・円卓の騎士を撒き餌なぞに使うものか。彼らは精鋭中の精鋭、砂漠の王に対するジョーカー。 撒き餌ならばそこらの兵士を使う」

 

「もし使うんならあの兵士がいいぜ。あいつ邪魔だろう?アグラヴェイン」

 

「貴方も人が悪い。わざわざ正門ではなく西方方面に就かせるとは。私は悲しい」

 

「・・・・。卿らは一体誰の事を言っている?」

 

おや珍しい。『鉄』に疑問という名の堀が出来るとは。

 

「槍を使う兵士君の事ですよ、アグラヴェイン卿。彼は生前我らが城の正門にいた兵。正門にいれば百人力となったでしょうに。 この際、彼を私の部下に推したいのですが?」

 

「ガウェインお前趣味悪いな!」

 

「ガウェイン卿に台詞を盗られてしまった。ああ、悲しくて指が独りでに動いてしまいます。私は悲しい」

 

「・・・・。卿らがあの無口な一兵卒をそこまで気にかけているとは驚きだ。 私とて騎士の要望には応えたいが、西方はこの聖都の要。ガレス卿らが出張っている以上、穴はこれ以上あけられぬ。却下だ」

 

「ならば致し方ありませんね」

 

「・・・余計な時間を食ったが、まもなく王が御起床なされる。 聖抜は必ず成功させなくてはならぬ大事。各員は配置に就け」

 

「了解」

 

「・・・モードレッド卿。貴様は、」

 

「わぁってるよ。 オレは聖都の外で好きにやらせてもらうぜ」

 

「くれぐれも、抜かりなくな」

 

「あいよ」

 

騎士達が各々玉座の間をあとにする。それは獣が獲物を獲りに行く行為に似ていた。

 

 

 

 

 

 

「―――さて」

 

 私の目の前、聖都正門は生前から変わらず山のように不動であった。ただここが開くと、鼠が一匹産まれるどころの騒ぎではないのも相変わらず。

 

 現に、配下である粛正騎士らが総員配置に就いて私の命令を今か今かと待っている。

閉じた正門の前に居る私の耳には、この門の向こう、恐らく集まっているだろう人々の声が聞こえていた。

 

 

『・・・・聖都に入れるかな?』

 

『せめてこの子だけでも入れてほしいけれど…』

 

『大丈夫。この子と君は、絶対に守ってみせるよ』

 

『……良人(あなた)』

 

『・・・親父、門に着いたぜ。大丈夫か?』

 

『親の心配より自分の心配をしたらどうだ?』

 

『へっ、口の減らねえジジイだ』

 

『お前の親だからな』

 

『邪魔だどけ!』

 

『おい、俺が先頭だろうが!!!』

 

『俺だバーカ!眼ぇ見えねえのか!?』

 

『ちょっと足踏まないでよ!!!』

 

『皆考えてる事は同じなんだから少しは察せよ。・・・失せろこの毒虫どもがッ!!!』

 

『お前が!お先に!失せろッッ!!!!』

 

 

「・・・・、『不夜』顕現。我は不滅の夜を踏破せし陽炎なり。 開門」

 

「――開門、開門、開門」

 

「――来るべき日。我らは粛々と全うすべし。正しきヒトと、我らが獅子王の御為に」

 

 正門が開く。

容赦も慈悲も無く、ただあるがままに。

 

「―――ようこそ皆さん。我らが白亜の城、キャメロットへ」

 

願わくは、多くのヒトがこちらに来れますように。

 

私は抜いた聖剣を両手で地面に突き刺しながら、そう願った。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 壁の上を歩き続ける。

 

西から北へ、この聖都の正門に向かって。

 

 様々な兵士が歩いただろう、誰かの足跡を辿りながら。城兵Cである俺には城壁の外、眼下にいる大勢のヒトが見えていた。

 

「・・・」

 

 とぼとぼ歩いていくヒト。肩を落としながら、足を弾ませながら。背中だけを見せ、息を詰め、足元だけをただ見つめながら。

 

案の定、皆正門に向かっているようだ。

 

 今日は月に一度訪れる、ここ聖都に入れる聖抜の日。今正門では、ガウェイン卿率いる軍勢が聖抜の準備を進めている。

 

「・・・」

 

 聖抜について簡単に説明すると、まずガウェイン卿がここに入りたいかと人々に問いを投げる。次に、では振り向くなと言葉を投げる。

 

そして我が王が登場し、人々の魂を見定める。

 

 選ばれたヒトであれば光り輝き、正門をくぐれる権利を得る。

それ以外は――、

 

「・・・・」

 

 おっと、もうすぐ非番タイムが終わって交代の時間だ。生前から無遅刻無欠勤が俺の取り柄。正門周りの様子が気になってこんな所まで散歩してしまったが、うーん、成る程ー。

 

「・・・」

 

 皆全員選ばれてほしいな。王のお傍に永遠に居続けて欲しい。

 

 

―――門があるぞ、あと少しだっ。

 

 

「・・・?」

 

 人々の話し声が、この耳に聞こえてくる。

戦士にとって耳は重要だ。経験上、眼が駄目でも耳が大丈夫なら何とかなる事を俺は知っていた。

 

持ち場に帰るまでの間、ちょっとだけ耳をそばだててみよう。

 

 

「・・・親父。本当に俺達はこんな場所に入れるのか?」

 

「当たり前だろう。噂じゃこの聖都は一晩で出来たって話だ。そんな事が出来るのは神様しかいない」

 

「仮に神様がここにおわすとして。 俺達を受け入れてくれる保証がどこにある?」

 

「何度も言ってるだろう。俺達人間の仕事は何が何でも日々を生きる事。 神様の仕事は?」

 

「・・・そんな人間を救う事」

 

「分かっているなら足を動かせ。自分の職務を全うしろ」

 

「――。・・・分かったよ」

 

「まあしかし、こんなにも人が多いとは俺も思わなかった。 どいつもこいつも死んだような眼付きをしてやがる。いっそそこらで野垂れ死んでくれてれば、もっと早く正門に着くのになあ?」

 

「野垂れ死にって・・・・」

 

「人の波ほど気持ち悪いものも無い。おっとごめんよとか言って背中を刺されるかもしれんし、金品をスられるかもしれない。良い事が無い」

 

「とりあえず親父が人間嫌いなのは解ったよ。だからその口閉じてて。 とか何とか言ってるうちに、門が見えてきた」

 

「・・・・」

 

「500人位いるかなあ。早く行こう」

 

「・・・・」

 

「もう話していいよ」

 

「息子に応えるのも大変だ」

 

「義務だろうがよ」

 

「お前が親に応えろよ」

 

「お互い様だろ」

 

 

 ―――そんな風景を、俺は城壁の上から弓兵と共に眺め続けていた。

父と息子か、たまにはこういうのも心温まるな。

 

「――西方の兵士殿」

 

「・・・」

 

「――ここは我ら正門の兵の持ち場。貴方は西方の城壁に戻られよ」

 

「・・・」

 

了解。

 

「――伝令。まもなく第三回・聖抜が始まるとの由。そしてアグラヴェイン卿より、全戦力は持ち場につけとの事」

 

「――コクマー2了解。 貴方も急ぎ戻られよ」

 

「・・・」

 

きわめて了解。俺は頷いた。

 

「――通達。選ばれたヒトは守護対象。それ以外は生かして帰す必要は無し」

 

「・・・」

 

我らが聖都に、一人でも多くヒトが入らん事を。俺はそう願い続ける。

 

 

 

 

 

 

「――砦建設の為に出ておられるランスロット卿、ガレス卿の部隊を除く聖都の全戦力が配置完了。 兵士殿、異常はありますか?」

 

「・・・」

 

兵Bに対して首を振る。

 

「――ここ西方からでは正門の出来事は分かりますまい。しかも正門担当の粛正騎士は選りすぐり。 今回我らは暇になりそうですな」

 

・・・暇なのも考え物だけど。

 

「――む。そうか、了解。 聞け西方の衆、今回選ばれたヒトは三名との通達だ。三名は無事正門を通過。――良かった」

 

「・・・」

 

もっと多いと思ってたんだけど。まあ、こればっかりは残念だね。

 

「――加えて命令。総員、武器構え」

 

「・・・」

 

 弓隊が矢を番え、剣と槍を持つ粛正騎士達が城壁を飛び下りる。勿論俺も。

 

膝を曲げて着地。武器を北方に向け、構える。

 

「――選ばれたヒト以外に、王の聖抜を見た生者は存命していてはならない。聖罰対象497名のうち、13名が西方方面に逃走。これは王命である、粛正せよ。繰り返す、これは王命である。――粛正せよ」

 

「・・・」

 

了解。

 

 見えてくる。全力で逃げ走る、ヒトヒトヒトが。なので俺達はその進路を塞いだ。

 

「――弓隊、自由射撃。動く物は全て殺せ」

 

 兵Bが号令を出すと同時に、聖都の城壁の上から矢が雨あられを通り過ぎてスコールの嵐のように飛んできた。

 

一切鏖殺と書いてあるんじゃないか?と思える矢の軍勢。貫かれるヒトの肉。

 

しかし矢が俺達兵士に当たる事だけは無かった。

 

「・・・・・てめえら。俺の親父を、殺したな」

 

「・・・」

 

 雨が通り過ぎた後のこと。

赤い雫が頬と脚を濡らし、膝に力を込めて立ち上がる一人の青年がいた。聖罰を生き残り、ここまで逃走し、今なお力強くこちらを睨み付けている。

 

「・・・・」

 

言い残すことは?

 

「恨むぞ。末代まで」

 

諒解。

 

 俺はこの男の側頭部、咽喉、心臓めがけて槍を振るった。

 

「――!! 兵士殿!」

 

 しかして兵Bの声と同時に食い留められる俺の槍。むう、誰かがいると思ったが、何奴。

 

「我等とてここまでの非道は行わぬ。 …それも然り、貴様らは人ではないようだな」

 

黒い肌、深紫色の服装。 お、お前は。

 

「獣畜生になど我が名を教える必要なし。煙に巻かれてもらおうか」

 

「・・・」

 

 あたり一面に白煙と黒煙が混成されたよく解らない煙が拡がる。

こ、これは何も見えない。うわーこれではもー追跡できないゾ。

 

「――西方の衆よ! 梯子をかけた、今は退け退け!!」

 

「・・・」

 

 瞬時に消え去るヒト達。くそー、今度来やがったら次こそ息の根を止めてやるぜ。俺と他の粛正騎士らは梯子を登り、城壁の上に辿り着いて嘆息した。

 

「――兵士殿」

 

「・・・」

 

・・・・兵B。

 

「――あの者は諦めませんぞ」

 

・・・。

 

「――四肢がもげようと歯が砕けようとも、必ずや本懐を遂げに来るでしょう。ここに」

 

「・・・」

 

だろうね。

 

「――アグラヴェイン卿には山の民が、しかも翁が来た為にヒトを一人取り逃がしたと報告しました。貴方の槍を難なく防いだアレは、間違いなくサーヴァント山の翁でしょう。――しかし、」

 

「・・・」

 

 あの御方の事だ、叱責は免れない。今にもここに来るだろう。

 

「――もっと貴方と鍛練をしていたかった。…残念です」

 

「・・・」

 

急にしおらしい事を言わないでほしいんだけど。かわいいから。

 

「我らが王命に背き、たかがヒト一人取り逃がした兵士は、・・・何処だ」

 

「・・・!!」

 

 手を上げる。勢いよく、そりゃあもう他に眼がいかない位に。

真実、俺だけが手心を加えての失態なのだから。

 

「来い、無能なる兵士。・・・貴様を西方に就かせたのは失敗だったな」

 

「・・・・」

 

申し訳ありませぬ、アグラヴェイン卿。

 

 鉄の漢と同じ色をした漆黒の鎖で身体を拘束されながら、俺は西方の城壁を後にした。

 

 

 

 

 




優しさとは強さの別名と心あれば皆嘯く。
そうかもしれない。
だが、優しさには失態がひっそりと寄り添う事を知るがいい。
先程の貴様がそれだ。死という罰則以外に何が要る?
仕組むも何もそれが結果。
ここは何処だ。言ってみろ。貴様は誰の為に武器を振るう!!!
次回『別離』
時に、慈悲の別名は何と言うのだろうか?




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第13話 別離

以下、本文になんら関係の無いしょうもない前書き。

星界シリーズ最新刊発売!!!
この目出度き日を生きて迎えられるとは正直思っていませんでしたぞ殿下ァ!突撃艦に乗りますんで我らが首都ラクファカール奪還の一番槍を担わせて下さい!下劣な人類統合体のアメンボ共を、平面宇宙を漂う塵にしてやらあな!!巡察艦ゴースロスのクルーとレクシュ百翔長(ボモワス)の無念を晴らす!!
 ・・・でも一番びっくりしたのはあの人の主計千翔長とかいう肩書きだったりする。









 

 

 

 ――西方の城壁を下り、城下町に向かう途中にそこはあった。

 

木造りの小さな台。ちょっとだけへこんだ地面。大剣(ツーハンデッドソード)。その傍には何かを晒すにちょうど良い獄門台。

 

 和洋折衷だあ。そうか、ここが俺の第二の死に場所。

 

「・・・何をもたもたしている。早くついて来い」

 

「・・・・」

 

 え、ここで俺の首が刎ねられるのでは?

遠く弾ける鉄の斬撃音(ドラム)が俺の最期の子守り歌なのでは、

 

「貴様が何を勘違いしているのかは知らんが、この都市で勝手な処刑が行われる事は無い。・・・現に、聖罰は正門の外で行われている」

 

「・・・」

 

た、確かに。

 

「そしてここ聖都で命令違反を犯した無能を処断するのは、たった御一方」

 

 聖都の中心に位置する王城。円卓の騎士の方々が居住し、あの御方がおわす場所。昔も今も俺が守るべき場所。

 

「・・・跪け。王の御前だ」

 

「・・・!?」

 

 範を示して跪く漆黒の騎士。城の入り口に、純白の輝きを纏った我らが主君が現れた。

 

「---私がこのような些事を行うのは意外か、我が兵」

 

「・・・」

 

「---騎士も兵士も何もかもが我が手足。ならば貴公らに処断を私が下すのは至極当然の事だろう」

 

「・・・・」

 

 右手を左胸に当てて跪き続ける俺。

う、動けない。だってこれつまり神明裁判って事でしょ?パチモンじゃなくてマジモンの。

 

 熱い鉄棒持たせる事も水に沈めさせる事もしない。いや、するまでもない。ただ言うだけだよ、神に向かって私は無罪ですと。正しくなければ殺される。

 

「---事情は知っている。聖罰の対象者を一人取り逃がしたと。しかしそこには山の翁の妨害があったそうだな、アグラヴェイン?」

 

「は、その通りです。・・・報告によればこの兵士が止めを刺そうとした折、サーヴァント山の翁の妨害に遭い奮戦むなしく取り逃がしたと」

 

「・・・」

 

兵Bなに盛ってるの?俺奮戦なんてしてないよ?

 

「---」

 

「陛下。相手がサーヴァントだとしても、王の粛正騎士らがアサシン風情に遅れをとるわけがありませぬ。負傷者を庇うなり何なりしていればまだしも、圧倒的有利な状況下での掃討戦、人一人取り逃がす事は職務怠慢以外の何者でも無いと愚考致します。・・・おおかた手でも抜いたのでしょう。 そんな半端者は、ここには必要ありませぬ」

 

「・・・」

 

 頭を下げ続ける。だってぐうの音も出ない。

王の獣である俺が、傍に誰かいるから妨害が来るかも→サーヴァントだったら勝つの難しい→ここ壁の外だし無理しなくても・・・。

 

 なんていう体たらくを晒してしまった。これが真実。

元正門の城兵たる俺がこのザマよ。申し開きの次第も無い、本当に。

 

「・・・」

 

跪いたまま両手を地に付けて、首を伸ばす。

 

「・・・そういう所は殊勝だな、無口な兵士」

 

 そっ首が大気に当たる感覚。カラッとした空気が久々で心地良い。

ここは王の御前で、俺の死に場所。上出来上出来。生前では叶わなかったなあ。

 

「---命は乞わぬのだな、我が兵」

 

「・・・」

 

「---つまりはアグラヴェイン卿の言う事が全てだというのだな。---我が兵ローナルド」

 

兵Bが色々盛っているので奮戦はしておりませんが、その通りです。我が王。

 

「・・・」

 

「---では処断を下す。面を上げよ」

 

 顔を上げ、目線を我が王に向ける。純銀の甲冑、金の麦穂の髪、ペリドート色の瞳。

片膝立ちになるその御姿が、閻魔の如く俺に指先を向ける。

 

・・・これにておさらばです、我が王。

 

「---死ぬほど吹き飛べ」

 

 言葉と同時に聖槍の煌きを感じた俺は、風を突き破って遠い彼方に旅立った。

 

 

 

 

 

 

「ローナルド? ・・・・陛下、今ローナルドとおっしゃいましたか?」

 

 ――獅子王の一撃を受けて聖都東方に吹き飛んだ兵士を見る事も無く。 サー・アグラヴェインは眼を見開いて、まるで地震や雷を初めて体験した人間のような表情で獅子王を見つめていた。

 

「---ほう、珍しい表情だなアグラヴェイン。卿のその顔、他の兄妹達が見ればそれに匹敵する顔を私に見せてくれる事だろう」

 

 反して獅子王は、無感情という言葉がこれほど似合う者はいないと百人が百人首肯するだろう表情をしていた。 無貌というよりかは静謐で、機械的というよりかは化け物染みていながら。

 

「・・・あのローナルドでよろしいのですか? 我らがキャメロット城の兵士の・・・?」

 

「---ああ。卿の記録通りのローナルドで間違いあるまい。生前他のあの一族の者を見た者は、私以外の円卓では古参の者しかいない」

 

「・・・・」

 

 サー・アグラヴェインは右手で軽く耳を揉んだ。こうすると血行が良くなって思考が気持ち明瞭になる。そう教えてくれたのはそのローナルドの者であったからだ。 そして感情を切り替える事にも適していると、今ここにいる『鉄の騎士』には解っていた。

 

「しかし何故です、陛下。何故あの者への刑罰が死罪ではないのですか」

 

 王に対して臣下に有っても良いが、無くても良いもの。それは理解だと鉄の騎士は思っている。

 

「---先程のあれが死罪以外の何だと言う、アグラヴェイン。私は指先から死の一撃を放った。生きていようと死んでいようと、これであの兵の罪は消えた。---卿は私の裁きに異を唱えるのか?」

 

「・・・それはありませぬ。 しかし、聖抜を見た者は生かしておく必要は無いと王はおっしゃった。かの兵士に罪が無くなったとしても、この事実は消えませぬ。・・・如何したものか」

 

そして無くてはならないもの、それは遵守だとも。

 

「---砦建築に出ているランスロット卿に、追討の指示を出すがよい。あの者ならばやり遂げよう」

 

「・・・・。成る程」

 

 全身が更に黒く塗り潰される感覚、殺意にも似た感情がサー・アグラヴェインを支配しようと鎌首をもたげる。

 だが、それを実感し制圧できないようでは『鉄』とも王の補佐官とも呼ばれていない。名実共に。

 

「---不服か?」

 

「まさか。 私は王の補佐官です。為すべき職務を為すまで」

 

「---励むがよい。そして西方の兵達には、私の裁定を一言一句逃さず伝えよ」

 

「畏まりました」

 

 歩き去る獅子王の背中が王城に消えるまで、サー・アグラヴェインは頭を下げ続けた。

 

「・・・。 東方の外壁までには至らなんだか。腐っても我が王の城兵よ」

 

 頭を上げた男が見つめる先は聖都東方。先程の無口な兵士が吹き飛ばされた方角だった。

 ―――この聖都の全戦力の中で彼の者を無下にする者はいない。兵士の正体が知れた今、鉄のアグラヴェインはそう考える。 嵩に懸かるとなると話は別だが、その確率は低いと予想もした。

 

「・・・そうか。ガウェインはこれを知っていたのか。しかしどうやって・・・・」

 

 新たな疑問が湧くが、すぐさまそれは些事であるとサー・アグラヴェインは断ずる。何故ならどこぞの完璧騎士と違い、あの兵士は絶対に王の手足となり続けると読んだからだ。

 王の為に己がやるべき事は山積みで、無駄な思考は職務の妨げになる。片耳を揉みながら鉄の騎士は、懐かしい時分(生前)を思い出してはそれを捨て去った。

 

「・・・前言は撤回だ、兵士」

 

 王の裁決を伝える為、騎士・アグラヴェインは足早に西方の城壁に向かった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・、」

 

 息を吐いて、吸う。どれくらい意識を失っていたのか。

というかここは聖都の外なのか遥か彼方なのか、俺はまだ槍を振るえるのか。

 

「・・・・」

 

眼を開ける。ここは何処だ?

 

「――よお兄ちゃん、おおっととちょっとお話しようじゃないか」

 

「・・・」

 

え。

 

「ここは何処だって雰囲気だから教えといてやるが。 ――地球へ、ようこそ」

 

粛正騎士に囲まれた!しかもずらっと!判ったここは―――、

 

「――俺たちゃ東方聖都労働者組合のモンだ」

 

「――アンタが王の一撃喰らってヤード単位で吹き飛んだって小耳に挟んだ。 まさか違うよな?」

 

「・・・」

 

 まだ、生きている。俺はすぐさま立ち上がり、辺りを確認。まるでマフィアみてえな東方方面の兵士達に向かって片手を上げて挨拶した。

 

「――無理するなよ。傷が癒えるまでここに居るといい」

 

「――しかし兄さん、やけに丈夫だな。確か西方方面の兵士だったか?」

 

「――西方の兵ってのはサイボーグみてえだな、腕が立つぜ!」

 

「――しかもよく見りゃアンタあの槍兵だろう? ここを獲る時に魔人リチャードに突っ込んでったあの!」

 

「・・・」

 

頷く。いかにも俺は西方の兵士だけど。

 

「――アンタの話はそれなりに有名だぜ、特にここ東方では。 アンタ自分のアダ名知ってるかい?ついこないだ迄は『鉄の兜』だったが、――今じゃ『鋼鉄マン』だってよ!ハハハッ!!あっちの方も鋼鉄並みかい? ヴァーハハハッハハ!!!」

 

「・・・」

 

・・・・。

 

「――おいおいそう怒るこたあ無えだろう? ちょっとしたマッスルジョークって奴さ。ここらの兵士なら誰でも使うぜ?」

 

「・・・・」

 

そ、そうなのか?ネタってのはよく分からないなあ。

 

「――我らが王の為に戦うんだ、名誉なこったよ?でもその過程で少しぐらい息抜きしたって悪かねえだろう? ――これは好奇心で聞くんだけどよ、城兵の仕事は古今東西どこだって同じだ。アンタは仕事上のストレスをどうやって解消してる?」

 

「・・・」

 

鍛練だ。 俺は槍の調子を確かめた。

 

「――、その槍爆弾詰まってねえよな?」

 

「・・・」

 

失礼な。

 

「――冗談だよ。 正反対の位置関係だが、お互いここを守る為に頑張ろうや。兵士殿?」

 

「・・・」

 

 よろしく。

俺と東方の兵士は手と手をバシンと叩き合わせた。

 

 

 

 

 

 

 




生き残った事が幸運とは言えない。
それは次の土壇場への誘いでもある。
ここは世界の最前線。焼け爛れた大地が助けを乞い、呻きと血を産み出し続ける。
奪い合い、せめぎ合い、勝者という枠を埋めなければと断末魔を星が叫ぶ。
次回『目指』
この爛れた大地とは丸いのか。





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第14話 目指

 読む必要が見つからないけど我慢できなかった、FGOと平成仮面ライダーを合わせた何か変なの第二弾。

 アギト編

 二人分の拳が宙を斬り、互いがぶつかる瞬間命の篝火と花を散らす。
これは所謂サシの勝負。人になった者と、人であり続ける者のぶつかり合い。姿形は見えないが、傍で見守る彼はずっと、胸を締め付けられていた。
 ・・・・頑張れッッ。
「人の、人生というヤツは―――」
 片方が倒れ失せる。片方が走り去る。敗者と勝者。
知らず、彼は両手をギュッと握って、勝者を鼓舞した。
「・・・らしくないな。貴様のそんなザマは」
「嬉しいからね。ぐだお君達なら、きっとこの先大丈夫さ」
 この場に残る、人になった者達。迫る光に吸い込まれそうになるその前に、二人は少し話がしてみたいと思った。
「私が消え、人理が修復されればあの者達がどうなるか。視る事も鑑る事も出来る貴様が、分からぬ筈あるまい。――あの者らは、カルデアはあの青き星から消え去るだろう。他ならぬ、同じ人に排斥されてな」
「あるいはそうかもしれない。・・・でも、そうならないかもしれない」
「――」
息を呑む。彼が浮かべるそれは、初めて見る表情であった。
「お前は人になったばかりだから、先輩のボクが教えてあげよう。生きている限り人は、彼らは進み続けるさ。地底だろうと異聞だろうと宇宙だろうと。何てったって無限の可能性を持っているからね。 現に、彼らはお前すら破った」
「その可能性が同族すら滅ぼしてきたのが人間だろうに。――綺麗事ばかり言う」
「だからこそ現実にしたいんだよ。・・・本当は綺麗事が良いんだから」
「――。では見続けてやろう。奴らが一体この先どうなるのか、お前のその遺言が正しいのか否か、人間とは何なのか。・・・もう一度だけ、この眼で」

「ああ。きっとボクたちが―――勝つさ」

 確信が彼の声を上ずらせ、またも表情を作る。それを指摘しようとしたが、迫る光の中に彼は耐え切れなかった。それを見聞きした元獣は、面白い顔を作って同じく光の中に消えていった。
 ・・・二人とも、正しく人が浮かべる顔をして。勝つのはきっと己だと、自分のまま変わった己を信じながら。











 

 

 

 久々に踏むここ聖都の土。正門から王城へと続いてる通り道。

 

流れる水路の音は心地よく、ここはもしかしなくても天国に違いない。

 

「――お久しゅうございます、ガレス卿。どうぞ玉座の間へ。 アグラヴェイン卿がお待ちです」

 

「ご苦労様です」

 

 呼吸する度に五体が満たされるこの芳香。これはリンゴだったかな。…ひと月離れただけで随分と懐かしい感覚に、わたしは少しだけ浸っていた。

 

「…補佐官殿にご報告申し上げます。 聖都と砂漠、及び北西の山との間に位置する砦が完成致しました。首尾は完璧です、我らが王の敵がどのような動きを見せようとも察知できましょう」

 

「・・・ご苦労。ガレス卿」

 

「ランスロット卿も是非労い下さい補佐官殿。…あのお方の指揮差配はまさに騎士の鑑。 砦の兵達は聖都に勝るとも劣らぬ意気軒昂ぶりです」

 

 ここ聖都を発って約ひと月が過ぎた頃。

獅子の円卓の一員であるわたしは聖都に戻り、報告を行っていた。相手は兄にして鉄の騎士であるこの人だ。

 

「・・・ランスロット卿には貴卿から伝えるがよろしい。あ奴はその方が喜ぶだろう」

 

「…分かりました。サー・アグラヴェイン」

 

 周囲に眼を配るに、どうやら王は眠っている御様子。他の騎士達もいない所を見ると各々忙しいようだ。

 

「・・・そして卿にも伝えておくが、賓客である玄奘三蔵がここを去る旨を表明した」

 

「! …なんと」

 

「我らが王は許しを与え、かの御仁は今日の午後には出て行く予定だ。・・・傲慢にもな」

 

 王に認められ滞在を許可されたにも拘らず、着の身着のまま旅の続きを始めると。

 …何と風来な方でしょうか。サヨナラがよく似合う。どうか良い旅を。

 

「他に何か報告はあるか、サー・ガレス」

 

「報告は以上です。…では我らが王の為わたしは持ち場に、砦にて職務を全う致します」

 

お辞儀を行い、頭を上げるわたし。

 

「―――待て。ガレス」

 

 それは絶妙なタイミングだった。

踵を返そうと足を動かす直前あるいはゼロ地点。まるで良い事でも有ったかのように、サー・アグラヴェインは簡単に言葉を投げた。

 

「サー・ランスロットに妙な動きは有ったか」

 

この表情。このやりとり。

 

そこに眼を向ける。

 

「……。おっしゃる意味が解りません」

 

「ここ聖都を離れ、砦建設の最中、あの騎士の中の騎士は何か変な動きを見せなかったのかと聞いている」

 

 サーヴァントとなってもこの人は変わらないなと、わたしは少しだけ思った。

 

「…、別段ありません」

 

「確かか?」

 

「無論です。ここは玉座、偽りなど申せましょうか。 補佐官殿はこの獅子の円卓の結束を疑っておいでなのですか?」

 

「・・・・、・・・。分かった」

 

 ゆっくりと瞑目しながら言葉を口にする鉄の騎士。

まずもって王よりギフトを賜った我ら円卓に、背信行為など出来るはずが無いのだけど。  

 

 先程からその事を目で訴えているのに、サー・アグラヴェインの顔にはずっとこう書いてあった。

 

 ―――昔と違い同情はできる。しかし、共感はできんな。

 

「・・・往け」

 

「…ではわたしはこれにて。アグラヴェイン卿」

 

 そうか成る程。最初からウォッチャーとしての役割を、このお方はわたしに望んでいるのか。

 

「王の為、今後も卿の奮闘に期待する」

 

 でも誰が見張りを見張るのか。

わたしは『不浄』のガレス。貴方の言いなりにはなりませんよ。

 

 

 

 

 

 

「――交代だ。ビナー1、ゆっくり休め」

 

「――、ああ」

 

「――休息を取りに行け!」

 

「――貴様は強くない」

 

「――、あとはよろしく頼む」

 

 視界いっぱいの荒野から歩き去り、私は西方の城壁から鍛錬場へと向かう。

 場内に入ると、珍しく鍛練をしている兵はあまりいない。今は誰かと話をしたくない気分だから、私には丁度良かった。

 

「――、―」

 

 足をやや肩幅、両腕を伸ばして腰を落とす。あとはこれをキープ。端から見ればひどく地味に映るだろう思うだろうこの鍛練を始めた一ヶ月前、同じく私はそう思っていた。 

 

「―――」

 

 …丁度その頃に、王の聖槍が王城から東へ奔った事があった。何でも罰則をある兵士に与えたという事だそうだ。

 

 それがあの兵士殿だという事に、気付かない西方の衆は誰もいなかった。

 

「――。走るか」

 

 脚の負荷もなんのその。

風を斬って駆け出す五体は手慣れという名の要領を得、まるで投槍のように澄みきっている。

 

 何かを教わったのならば、可能な限りその教えを全うするのみ。粛々と正しく。 気が付けば、もう交代の時間が押し迫る頃になっていた。

 

「――早く帰って来て下さいよ、兵士殿。まだ槍の振り方…教わってないんですから」

 

 颯爽と西の城壁に向かう私の脚。懐かしいあの痛みなど、とっくの昔に消え失せていた。

 

「――、交代だ。西方の衆、異常は無しだな?」

 

「――あ、どうも」

 

「――西部線異常なし」

 

「・・・・」

 

「――上番の者はこれより打ち合わせを行う。下番の者は休息を――――、を?」

 

「・・・」

 

 見覚えのある立ち姿。掴んだ槍を身体の中心にそっと置き、突端を地面について佇む姿勢。

 

「――……ヲ?」

 

「・・・・」

 

会釈する、懐かしいあの兵士。

 

「――お疲れさ、お疲れ様です。貴方の持ち場はいつものば、場所です。……一ヶ月ぶりでお忘れではありませんよ、ね。兵士、どのっ」

 

「・・・」

 

 …いけない、言葉が続かない。一体何なんだろうこれ。 

その時、私は傍にいる粛正騎士らにポンと肩を叩かれた。

 

「――貴様は強くない」

 

「――ビナー1、打ち合わせは五分後に行う」

 

「――兵士よ、よく帰ってきた。 ・・・それくらい仲間に言っても構わんだろう」

 

「――、皆の衆」

 

「・・・・」

 

 ――借りが出来ちまったな。 私は正面にいる、手持ち無沙汰な兵士殿を見る。これ以上この方の前で無様な姿は晒したくないので、私は手甲に包まれた拳をズイと突き出し、相手の拳を誘った。

 

「――生きて戻ってくるなどと、嬉しい誤算でしたぞ。…兵士殿」

 

 小さな金属音を立てる私達の拳(fist bump)。

次の交代の時こそ、槍の振り方を教えて貰う事を私は決心したのだった。

 

 

 

 

 

 

「――兵士よ、よく帰ったあ!!!」

 

「――俺も、お前も、お前もッ!防衛を行う!!!」

 

「・・・」

 

 やあ、城兵Cだよ。今まで利き腕が上がんなくてずっと聖都東方で養生してました。

 ・・・正直生きてもう一度この西方の城壁に帰ってこれるなんて思わなかったけど、今は元気元気です。

 

 そしてこちらを温かく迎えてくれる西方の同僚達に会釈をしながら、持ち場に就く。このあと兵Bに槍を教える事になってしまい、上手く出来るか正直心配だ。

 

「あ!…お~い!!そこの兵士くーんっ!!」

 

「・・・?」

 

 グルリグルリと両手両肩を回していると、可愛らしい声が俺を呼ぶ。

王の賓客である三蔵様だ。そういえば初対面時の印象が良かったからなのか、俺はこの方に気軽に話しかけられる。

 

 こっちはボディランゲージしか出来ない一般兵なのに。 ・・・高僧だからかな?

 

「よっと。 ここのお城は純白で良い所よね!あたし気に入ってるよ、ここ」

 

三蔵様に、俺はいつも通りお辞儀をする。

 

「・・・」

 

 純白で良い所? そうでしょうともそうでしょうとも。このお城を守る事が出来るのは兵士にとって名誉以外の何物でもありませぬ。

気に入って頂けて何よりです。

 

「……、でも残念。 ここから見える景色だけは、何とも言えない。…この世の果てだって思えてしまうもの」

 

「・・・」

 

 そう言って城壁の上から遠くを見つめる三蔵様は、何故かひどく似合わず儚げだった。

 

 ・・・ここが世界の果て? いいではないですか、それで。何か問題でも?ここには敵が居らず、敵を作らず、そして進むべき先が無いのだとしても。

 

王が居るのだから。

 

「―――兵士くんもそうだと思うけど、性分っていうのがあってね。あの荒野の、あの山の、あの砂漠の向こうには一体何が有るのか。

あたしはいつもこの足で探しているの。…我慢なんて出来ない。だからあたし、旅立つわ」

 

「・・・・」

 

 笑顔で告げる三蔵さん。負の感情など何のその。全くもって、その瞳には未来が見えていた。

 

 たとえこの世界が彼女の道を妨げる比類無き大欲界天狗道であろうとも、

 

彼女こそはその一切合切を走破し果ての果てまで無明を照らす、仏法僧(ランブリングプリースト)に他ならぬ。

 

「・・・」

 

思わず胸に手を当てる。

 

「あ、心配しないでね? ちゃあんと王様には許可を取ったから!トータは先に正門で待ってるわ!」

 

貴女の旅路に幸運を。

 

「・・・」

 

「じゃあ、…バイバイ。別れはあっさりしてなきゃね!」

 

 手を振る三蔵様に、俺もまた手を振った。

短い時間ではありましたが、貴女の事は嫌いではありませんでした。

 

――だから願う。もう二度と巡り合わせてくれるなよと。

 

「・・・・・」

 

今度逢った時は、敵同士。

 

 

 

 

 

 

 




人の運命を司るのは、神か偶然か。
それは時の回廊を巡る永遠の謎掛け。
だが、一人の兵士の運命を変えたのは、王と呼ばれたあの御仁。
かつてのこの城で駆け抜けた淡い物。それが今、聖都の外壁に甦る。
次回『漂う雲の下で』
遠い記憶の中から、あの日の王が微笑む。






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第15話 漂う雲の下で

 たまには真面目な前書きを。
今回で兵Cの本名が判明します。モブキャラに名前ついたらモブじゃなくなるんですが、主人公に名前を付けたい作者を許して下さい。
 
 拙作という変なSSを読んで下さる有り難い一騎当千の読者の方は、名前だけで兵Cのバックストーリーや元ネタまで読んでしまうかもですが、色々楽しんで頂ければ何よりです。









 

 

 

「よいのか?三蔵。今ならまだ聖都に戻れるが」

 

「法師に二言は無いわ。あたしはこの世界をもっと知りたいの。……、兵士くんに挨拶しなくてよかったの?トータ」

 

「あの兵士殿とはまた会う気がするのでな。挨拶はその時でも遅くはあるまい」

 

――恐らくは戦場で。という言葉を、俵藤太はあえて口にしなかった。

 

 聖都の正門を抜けた二人が、死んでいるとしか形容できない荒れた土を踏み、歩き続ける。弾力も恵みも無い不毛の大地にとっての唯一の慰めは、神の如く全てを照らす太陽だった。

 

「・・・・、白亜の聖都か。 あそこまで見事としか言いようが無い都市を見たのは初めてであった。できれば敵対はしたくないものよな」

 

「そうなったらその時はその時よ!」

 

「えっ、ああ、うむ。 しかし『騎士』というのはかくも荘厳なものだったのだなぁ。しかも剛健さなどは侍(さぶらひ)並みであった。西洋の武門とは何ときらびやかなものよ」

 

「あら。武士(もののふ)の血が騒いでいるのかしら? 兵士くん達との鍛錬といい、本当は武を競い合いたかったの?」

 

「そうかもしれん。・・・騎士と歩兵、武士と兵。馬に乗っているか乗っていないかが共通の違いと言えば身も蓋もないが、しかし彼らの纏う雰囲気はそのどちらでもなかったな」

 

「なあにそれ。騎士と武士、漢字が違うだけで意味合いは同じでしょ? 生きる事を定めて、老いる事を嫌い、病を避けて、死ぬ事を忘れない。武人なんて皆そうでしょ」

 

「まずもって彼らは生きる事を定めていない。獅子王の為に居るだけだ。苦諦など、獣の耳に念仏だろう」

 

「………。あの兵士くんも?」

 

「あの者は、・・・・そうだなぁ」

 

一拍置いて、武門・俵藤太は言葉を継いだ。

 

「迷わない武者を見たのは久方ぶりであった。この理想都市の最期がもし有るとすれば、彼の者が迷った時だけだろう。 ―――ところでお前さんは一体どちらに進んでおるのだ?」

 

「西!」

 

「理由は」

 

「砂漠越えよっ!」

 

「掛け言葉のつもりか?理由になっとらんわ!!」

 

「お弟子はね、お師匠様に絶対服従なの。理由なんて問う必要も暇もないの。ツベコベ言わずに行くわよ!」

 

「求道者とはかくも恐ろしいものだな、言葉が通じんとはッ!!」

 

「失礼な事を言うのね、トータっ!!!」

 

 ――旅路は進んでゆく。三蔵一行は、果たして望むものを見れるのだろうか。

 

 赫奕たる焦熱炎のような太陽は、彼らの歩みとその先を照らし続ける。流れる雲は、一度として旅人を翳さなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

 聖都鍛錬場の片隅で、槍を素振りする。

周囲にはちらほらと城兵達がいるが、皆自分の鍛練に夢中でこちらを見る者は誰もいなかった。 突くというよりかは斬る、叩きつけるように俺は槍を振るう。

 

 剣の素振りみたいだあ、俺もそう思う。しかしそうなってしまったのだ。

 

「・・・」

 

 小休止。 

――三蔵さんが此処を発ったあの日、約一ヶ月前にひょんな事から兵Bに槍の振り方を教えたのはいいが、今尚メキメキと兵Bは剣腕を上げている。

 

 槍と剣で一体どんな化学反応が起きたのか。 剣兵なんだから他に浮気するのは如何なものかと俺は思っていたが、これが分からない。

 

・・・しかし、

 

『――兵士たるもの。様々な武器の扱いを知っておかなければ、いざという時に困りますので。』

 

 とのこと。ビナー1という小隊長の地位にある兵Bはまさしく兵士の鑑だと俺は思う。だってBだし。

 

「・・・ッ」

 

 素振りを再開して百回ほどで終える。 生前俺が辿り着いた剣のような素振りを。

 

 ・・・・思い出すのもあれだが、昔は剣兵に憧れていた。

ご先祖様が剣士だったってのもあるが、槍の間合よりも刀剣の間合、遠間よりも近間の方が最初は好きだったからだ。

 

 『大事なのは間合い、そして退かぬ心だ』

 

 うちの家訓だが、これは剣を扱ってたご先祖様が言った言葉だそうな。

それは誰かから教わったのか。はたまた自分の言葉なのか。最早分からずじまいだが。

 

「・・・・」

 

 結論的に、俺に剣は無理だった。好きと仕事は必ずしも直結しないという事よ。

 身体のつくりがあれなのか何なのか、近間で打ち合うとどうも身体が固まって動けなくなってしまったのが昔(生前)の俺。

 

 剣士としてそれは致命だ。 だから俺は槍でしか、中間・遠間の間合でしか戦えなかった。 

・・・・え?では敵が近間(クロスレンジ)を選択してきた、またはその状況に陥ったらお前どうなるの?

 

「・・・」

 

 それを克服する為に生前の俺の稽古・鍛練はあったと言っても過言ではない。まあ、最終的に克服はできたよ。死んで我が王のサーヴァントとなった今、問題なしなのがいい証拠。

 

―――少し、辺りを見渡す。

 

 傍にある練習用の長剣を執る。だんびらで、鎧の上から敵を衝撃で撲殺する為に生まれましたと刀身に書いてある。 

 

 キョロキョロと周辺を確認。よし、今がチャンス。

 

「・・・!」

 

 ビョゥ、という小さな刃鳴が鍛錬場の一角に響く。 何度か素振りし、今度は仮想敵の木人に突進しながらこの剣を振るってみる。

 

 ――踏み込み。 気持ち骨盤をエイっと敵の方に入れて運動力を損なう事無く木人を切る。すると木人の首には凹み傷が出来、返す剣を頭部に突き入れた。

 

「・・・・」

 

 うーんドンピシャ。足腰腕の連動が申し分ない。思ったよりも中々いけた。

 これを機に初心である剣兵を目指してみてもいいかな?生前の憧れを死後に叶えるというのもどうかとは思うけど。

 

 ――剣を元あった場所に戻し、愛槍を手に執る。木人に向かって今度は槍で、先程と同じ事を行ってみる。

 

「・・・・ッ」

 

 ―――。悔しいけど、俺は槍兵なんだな。

槍の柄を握ったこの手の吸い付き具合といい、振りきった感覚といい、これ以外では満足感が全然違う。 これしか振らない家族も、槍も昔は嫌いだったのに。

 

「・・・・」

 

 俺は兵Bや円卓の騎士様のようにはなれない。 ずっとこの槍を振り続けて、鍛練し続けて、ここでも王の為に戦い続けるモブ兵C。羨ましくないと言えば嘘になるけども、悪い事なわけでもない。

 

 そんな一兵卒を鼓舞してくれたのか。 ガシャッと音が鳴る我が槍が、俺を見ていた。

 

「・・・」

 

 よし、いつもより8割り増し。やる気が出てきた。ちょっと早いけど交代に向かおう。 地面に転がった木屑と木人の頸部を片付け、俺は礼を行って鍛錬場を出た。

 

 

 

 

「――交代?では後を頼む!!!」

 

「・・・」

 

 夕陽が照らす黄昏色の雲の下、西の城壁から見える風景に人が増えてきた。俺は慣れ親しみながらそれを眺めて、もう聖日が来るのだなあと武者震いをする。

 

「・・・」

 

 そう。兵達と共に日々鍛練をして、ここ城壁に俺が立ち続けてついに半年が経ったのである。

 

思えばあっという間だったような、・・・長かったような。

 

 明日は月に一度の聖抜の日。

報告によれば聖都正門前には門をくぐらんとする人々が、過去に例を見ない程いっぱいな模様らしい。

 

 我が王と共に最果てに旅立つ人が多ければ多いほど、俺的には良いのだけど。

 

「・・・・」

 

 ―――恐らく、これが最後の聖抜だ。 

この聖都に居続ければそれが分かる。匂いとか空気とかで。 誰も言わないけど、皆薄々気が付いている筈。

 

つまりそれは、王との別れがもうすぐだという事。 

 

 王の爪牙である俺達は王と共には旅立てない。そうなっている。 王が淋しがらない様にしてほしいものだ。だってひとりぼっちは淋しいもんな。

 

「・・・・」

 

 自他共に神様みたいな存在になったとしても、孤独は誰かを殺す不治の病だって死んだ祖父さんが言っていた。 この人は家族の中で珍しく槍も剣も使っていて、昔の俺の憧れだった。だから俺もその言葉には同意なわけなんだよ。

 

 ・・・・え? て言ってるけどお前ボッチだろ?

よ、弱いからつるむんだよ。つるんだ所で弱えがな(涙声)。

 

「---兵士よ」

 

 ボッチとか強弱だとかそんなもんはな、己の足で立てねぇ奴が言い訳に使うのさ?

 

「・・・?」

 

「---軒昂そうだな。我が兵よ」

 

・・・・―――。

 

「・・・・・・」

 

眼を瞬き、横を向く。と我が王様が傍にいた。

 

 ここどこだっけ、あそうだ俺の持ち場だ城壁西だ。こんな所に王がいる訳が無いじゃあないか。

 

幻?これ幻?  

まやかすなぁあーッッ!!!!!!

 

――俺は潔く跪いた。

 

「---よい。面を上げよ」

 

「・・・」

 

「---」

 

 王は壁の上から城下町を静かに眺めていた。未来を見ているのか。将来を見据えているのか。 

 

 ――もう何も見えていないのか。

供の者も付けずに、たった御一人の我が王は夕陽を背にしている。そして何故か今、王と俺の傍には誰もいなかった。

 

「・・・」

 

「---」

 

 風に揺れる金の麦穂の髪。橙色の日輪が己の定めを打ち破る為に最期の力を振り絞ろうと輝く中、王の口が小さく開いた。

 

「---城壁の上から見える景色が、私は嫌いではなかった。---らしい」

 

・・・・。

 

「---人間は素晴らしい。白亜のキャメロットも円卓の騎士や兵士も、何もかもが人間の営みの中で誕生した。---私はそれを、失いたくはない。だからこの槍を今も手に執っている」

 

「・・・」

 

『我々は、同胞達の明日の為にこれを執った。だから―――』

『だから、多くの役割が必要なのだ。二人とも。』

 

――おや、懐かしい。

 

『このキャメロットが華やかなのは力で作ったものだからか?』

『違うだろう? ここは多くの人々の夢で出来たものだ。……いつかこんな理想の都を人間だけの手で作りたい。そういった願いでかろうじて成立しているものだ。だから卿のような騎士や、兵士が要る。』

 

「・・・」

 

脳裏に浮かぶあの日あの場所。

 

「---似合わぬか? どうやらこれは私の最後の感性らしい。我が身がヒトであった頃など、風に乗るあの浮雲のように消えていった。---畢竟、もはやこのような感慨が生まれる事は無いだろう。だがこれだけは、貴公に伝えておきたかった」

 

こんな、時間が。

 

『―――卿らの日々が充実したものであるなら私も嬉しい。日々を生きる糧になるというものだ。』

 

「・・・」

 

「---聖抜が終われば、ヒトは大丈夫だ。この私が衛り継ぐ」

 

 こんな時間が、あの頃にはありましたな。アーサー王陛下。

穏やかに微笑む王の姿を見て、俺は昔(生前)を思い出していた。

 

「---さて、もう時間だフスカル。---我が兵フスカル・ローナルド。合っていたか?」

 

「・・・」

 

 胸に手を当て、あの日と同じように深々と跪く。

私の名前を覚えていらっしゃるとは。有り難き幸せ。

 

どうか、貴女もどうか健勝で。

 

「---励むがよい」

 

「・・・」

 

 ゆっくりと漂う雲の下。 少しの間だけ、俺は王と共に聖都の中、荒野ではなく美しい城下町を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 




守る者と継ぎし者、そのどちらもが欲しい者。
刃を持たぬ者は、生きて往かれぬ無情の土地。
あらゆる正義が武装する聖なる都市。
ここは、存続を望む神が産み出された青き惑星の、パライゾ市。
白亜の都に染みついた聖の匂いに惹かれて、危険な奴らが集まって来る。
次回『IGNITE』
星見屋たちが飲む聖地のコーヒーは、苦い。





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第三部
第16話 IGNITE


 

 

 

 陽が上がり、陽が沈む。昔それは物悲しい事だとのたまうヤツがいた。

無駄な事言ってんじゃねえと、一笑する。それが誰も勝てない自然の摂理だろうがよと。 

 

………何とも懐かしい夢を見た。

 

「――モードレッド卿。ご起床ください」

 

「……、…ぁア?」

 

「――お休みのところ失礼致します。 まもなく陽が沈みますゆえ、ただちにここ聖都より出なければ王より罰が下りますが」

 

 身体の覚醒、と同時に目蓋を開ける。そこには見慣れた甲冑姿の粛正騎士(デク)がいた。

 

「………。ああそうだな」

 

 陽が沈めばここにいてはならない。 それが父上の命令だ。オレはそれに従い聖都の外から聖都を守る。父上の敵なら有象無象の区別無く、このオレの剣は許しはしない。

 

「出発するぜ。グズは置いていく」

 

「――了解。・・・・・・」

 

「? なんだテメエ。オレの顔になんか付いてるか?」

 

妙な間が空く。 眼前の木偶が珍しく武器を納め、此方を慮っていた。

 

「――これは失礼を。ただ先程、卿はうなされているように見えましたので。・・・何処か、お加減でも?」

 

「木偶のクセに気を遣いやがる。…なんでもねえよ。ただ少し、昔の事をな」

 

「――獅子の円卓といえど、卿は今生きておられます。夢を見ても不思議ではありますまい」

 

「………。お前は憶えてねえだろうが、円卓には騎士のクセに盾を持った野郎がいてな。それでいて妙に騎士道精神とやらが溢れていやがるから余計タチがわりい。……円卓が盤石だった頃。まあ、そんな夢だ」

 

「――・・・・」

 

「今この聖都は完璧だ。澱みも穢れも無い純白の覚醒都市。夜の闇に呑まれても、その色が染まる事はねえ。―――だからオレは、」

 

「――外で聖都を守ると?」

 

「分かってるじゃねえか」

 

 あの頃(生前)も今も、オレは城勤めが苦手だ。

はためく風を肌で聞き、大地の軋みと剣の感触を手足で味わって、喰らう。それが性に合っている。篭城は嫌いだ、あの最期の戦でもな。

 

「――私の知る叛逆の騎士、サー・モードレッドとはそういう御仁だと覚えております。あの頃も今も、卿は一陣の自由な風だと」

 

「ハ、抜かすじゃねえか。普段はモノも言わねえ木偶のクセによ。…気に入らねえな、昔を想い出す」

 

「――どうも。・・・しかし、そうですね。あの頃から直接卿につづいて戦った者も、私だけになってしまいました」

 

「…………?」

 

「――私は。・・・我々は叛逆の騎士と共に闘います。これからも、そして今までも。その為にここに集まったのです」

 

「……。 そういやいたな、テメエみてえな物好きどもが。だからあの丘で全滅するんだよ」

 

「――それは、武を執る者の宿命でしょう。前以外を見る暇がありませぬ」

 

「成る程、違いねえ。ただ駆け抜けるだけ、ってな。―――往くか?分隊長」

 

「日没20分前です。聖都正門へお出で下さい」

 

甲冑の具足音が大地をへこませ、心地いい風がオレ達を門の外まで運ぶ。

 

たむろする難民共を無視して、遊撃部隊は聖都を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ・・・正門前ではまもなく聖抜が行われるのだろうな。

 

 陽も暮れて、さやかな夜風に打たれている城兵Cである俺は、さっきから妙な感覚に身を奮わせていた。

 

「・・・・」

 

 今日は妙に懐かしい感覚に身を包まれるな。でも、別に問題は無いだろう。

あのガウェイン卿が門の守護(ゲートキーパー)をしておられるのだから、何事も起きる筈が無いさ。応ともさ。

 

・・・・しかし何か。何か気掛かりな事がありそうな。

 

「・・・」

 

 よし、ちょっくら正門付近に行ってみようか。なので俺は兵Bに腹が痛いジェスチャをする。 ちょっとだけ!すぐ戻るから!すぐすぐ!!兵B!!

 

「――え?おかしいですね。我等は獅子王陛下より召喚されたサーヴァントのようなモノ。腹痛など起こる筈が……?」

 

「・・・・」

 

 兵B痛いこれ腎臓かも分かんない!腹痛だと思って腹さすっても無駄なんだよ!腎臓をマッサージして温めないといけない時が稀によく有る!!

 

俺は屈んで背中、腰骨のすぐ上あたりをさする行動に出た。チラっ。

 

「――その位置は霊核がある場所の付近。これはいけませぬ!すぐに後方へ、ビナー1の名のもとに許可を出します!」

 

「・・・」

 

すまん、兵B。すぐに戻るぜ。

 

俺は城壁を下りて西から北、聖都正門に向かって移動を開始した。

 

「・・・・?」

 

 さて何事か。

正門に近づく度にドタドタ、というよりはガシャガシャという無駄の無い鎧具足音がひっきり無しに聞こえてきた。聖抜はもう始まっている筈。

 

え?まさか異常?ここで? ウッソだろ。 

 

「・・・」

 

「――西方方面・兵士殿。急ぎそこをどいて頂きたい。 我らは賊の迎撃の為、出撃中である」

 

 本気と書いてビンゴだった。正門担当粛正騎士の行列。

なので俺は急いで道を譲り、

 

「―――、何用か。貴殿の持ち場はここではない筈。急ぎ持ち場に戻られよ」

 

しれっと、列の最後尾に連なった。

 

「・・・」

 

 知っているとも。しかし申し訳ないが我慢できない性分なんでね、特に今日は。

 俺は槍の穂先の反対側を地面に数回打ち付けて、胸の中心をドンと拳で叩いた。

 

「――意気軒昂とは。 成る程、では共に参られよ」

 

「・・・」

 

やったぜ。

 

「――前線の報告によれば、賊は少数なれど戦い慣れているとか。相当な修羅場の数を潜った強者との事。各々抜かるな」

 

「・・・」

 

 ・・・場数?へ~。でもここを元々何処だと思ってんだよ?

もう半年も前の事になるが、ここには鉄のかたちをした悪魔が蠢いていたんだぜ?

 

 ―――肩を落とした鉄の背中が何処までも続く。

 

 穢れた血色の雨が容赦なく降り注ぎ、鎧までも溶かさんとする。

・・・息を詰め、足元だけを見詰め。ただひたすらに爛れた大地を踏み締める獅子の兵卒。

振り向けば、未練も無い過去がスロウモーションとなる。

遠く弾ける鉄のドラムが、地獄への道を急かせる。

 

 ―――だから噴き飛ばせ、この戦場を!!!!

 

「・・・」

 

 回想終わり。まあ、だいぶ盛ったけどその結果が今の俺達だろうがよ。 たとえ相手が何だろうとぶっとばしてみせるさ。今まで通り。

 

「――報告。敵発見。 正門前にて王に選ばれた人間の女性と、粛正騎士の近くに居る」

 

「・・・」

 

 なんと!王と共に往けるラッキーウーマンの近くにだって? 賊の魔の手に掛かる前に危険を脱して差し上げなければ!

 

「……めて、 やめて―――どうか、その子だけは!!!」

 

「・・・!」

 

 見えた! って、おや?

女性の近くにいるあの粛正騎士くん周り見てなくない?おいちょっとあぶな、

 

「・・・・・、」

 

「――・・・馬鹿な。我が子を、庇う、などと」

 

王に選ばれた女性が、粛正騎士の大剣の犠牲となった。

 

「ああ…ルシュド。…どうか……健康に、…善き毎日が、これからも…送れますよう……」

 

 我が子だろうか。抱きしめてうずくまる、王に選ばれたヒト。選ばれてた、選ばれていたんだ。あの人は王に。

 

「おかあさん、泣いてるの?・・・もう、泣き虫なんだから」

 

「……………。」

 

・・・・・。

 

「・・・おかあさん」

 

「――コクマー2より報告。一名、生命活動停止。自らの価値を計れぬモノに、聖都に入る資格はない。――報告、以上。 む?」

 

「・・・・・」

 

やあ、粛正騎士くん。

 

「――貴方は西方方面の。見ての通り、この母親が選ばれたのは何かの間違いだ。我らは任務を、下らぬこの山の民どもを引き続き処断致しま、」

 

「・・・・・」

 

「――ガッ」

 

 限られた、我が王と共に有れるヒトを。あの御方の傍に居てくれるヒトを。

 

正しい人を、

 

「――な・・・ッにを――ッッッッ!!!!!」

 

未熟にも殺したな?

 

「・・・・・」

 

そんなお前にはねえよ。任務も、今日も明日も明後日も。

 

永遠に。

 

「――――。」

 

 頭部を兜の上から叩き、くし刺し、時計回りに抉って反時計回りに抉り戻して槍を上空に振り切る。頭の無くなった躯は、仕事の邪魔なので左方に吹き飛ばして片付ける。

 

 お前は過ちを犯した。 ここ(聖都)には要らん。

 

「・・・」

 

「おかあさん? 誰、その人?おかあさんのトモダチ?」

 

 めでたい日にケチつけやがって。くだらねえ真似すんじゃねえ未熟者。・・・・時既にもう遅いけれども。

 

あ、この子供はどうやら選ばれなかったみたいだね。

 

「・・・」

 

「――え?」

 

 早く残りの選ばれしヒト達を無事に城へお連れしなければ。悲しいけど、ここ聖都なのよね。 俺は選ばれなかったモノに槍の穂先を向けて力を込めた。

 

――ん? 

 

おや?この音、

 

「う、わぁああああああああーーー!!!」

 

「・・・!」

 

 運動エネルギー満タン。鈍い衝撃。全速で突進し、俺を弾き飛ばす懐かしいシールドバッシュ。

この盾の使い方。この雰囲気、この視線。

 

「う…くぅ……!見えていたのに、わたし、…間に合いませんでしたっ」

 

この言葉。

 

「・・・」

 

―――盾使いとは。あの御方の真似かな?

 

「マシュ・キリエライト! 少年を保護しますっ!!!」

 

お嬢さん。

 

俺は大地を脚で思いきり踏み潰して震わせながら立ち上がり、敵に槍の穂先を向けた。

 

 

 

 

 

 




崩れ去る命。裏切れない無力。断ち切られる誰か。
その時、呻きを伴なって流される血。
人は、何故。
絆も愛も牙を飲み、涙を隠している。
血塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
次回『First Battle With Soldier』
あの槍は、心臓に向かう折れた針。






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第17話 First Battle With Soldier

 今回からうちのカルデア本格登場です。例によって変なので何なりと無視して下さい。作者的にカルデア側のテーマがRocksとかHeatsなんです。お許し下さい!
でもマシュはResolutionだと思ったり思わなかったり。










 

 

 

 ――何かを守る為には戦わなくてはならない。 

 

 昔教わったこの言葉を、わたしはいつも心にしまい込んでいる。

…怖くとも、私達はこれをやらなければならないのだと。 所長がそう教えてくれた。

 

 五つの特異点をしのぎ、今や六番目の特異点。

戦うのは怖いけど、この子供のような小さい命と人理を守る事はデミサーヴァント、シールダーであるわたしの使命。

 

「……―――」

 

 震える口元を押し殺し、敵である聖都の騎士を見詰める。

こちらは盾を前面に構えているというのに、わたしの正中線・心臓・肺・急所全てを狙うだろう長い槍の穂先は銃弾のように真っ直ぐで。 段平(だんびら)な刃部は突くだけが槍の専売特許では無いと如実に示していた。

 

「―――………」

 

 方針は。 敵を盾で押し潰し押し飛ばし、わたしの後ろにいる子供の安全を確保する。槍使い相手には間合を詰めるのがセオリー。 ……見たところ、あの槍には想定外になりえる細工・要素は無い。

 

 腰を落とした左半身、いえ、…一重身?の構で左手が前右手を後ろ。でも弱冠左手の握りが少し―――、

 

「―――ッ!!!」

 

 火槍(ハンド・ボンバード)の一撃かと思う程の速さだった。 敵の攻撃はまだやって来ないと頭の片隅で思った矢先、槍の一突きがこの盾を重く震わせる。

 

 ………この衝撃、一体どうやればこんな攻撃を繰り出せるのか。――いえ、無駄な思考は今は不要! わたしは盾を持つ腕と足に力を込め、槍を上方向に弾き飛ばした。

 

 勝機は、今。

地を蹴る足。明いた視界で見える、無防備な筈の敵の姿。

 

 ―――依然変わっていない槍の穂先の位置。遠い間合。でも槍使いにとってはそここそが必殺の間合だと、この肌が知っていた。

 

「あ、…れ?」

 

弾き飛んでいない?見切られた? 最初から?

 

「―――っ、……!!??」

 

こちらの方針も勝機も!?

 

 デミサーヴァントである私の思考回路に理解が及ぶ。

盾で弾き飛ばしたと思った敵の槍は、こちらの動きに合わせて上空に振り上げ、身体を後退していた。 あとは構え直した槍を無防備なわたしの急所に付けるだけ。

 

 …相手からしてみれば、盾を振り上げた格好の餌食が眼前にあるという寸法。その証拠に、いつでもお前を殺せるぞと槍の穂先が私に語っていた。

 

 ――さあ盾を構えろシールダー。でないと死ぬぞ?

お前も、お前の後ろのヒトの子も。お前の主も、すぐあとを追う事になるぞ?

 

早く。速く。はやく。

 

 居るんだろう?君にはマスターが。それで良いのかい?

ここでくたばるなんて盾持ちの名が泣くぞ?所長もドクターもダ・ヴィンチちゃんも。

 

…先輩達も、皆泣いて死にますよ?

 

「ッッッ―――!!!はァああああああああッ!!!!!」

 

 音を置き去りにしたわたしの盾。地にめり込み、守る為に構え直して駆け出すこの五体。 わたしはどうなってもいいけれど、先輩方は、皆は。

 

「マシュ・キリエライト!吶喊しますッ!!!」

 

死んでも護る。

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!!」 

 

「・・・」

 

 ――間合を図った渾身の槍の一振りで、俺と盾使いとの戦闘が始まった。

 

 槍、剣、弓、斧、杖。

世に武器は数あれど、それら全てをサシで食い留める事が出来るのは盾という得物のみ。

 

 ・・・厄介な事この上ない。

しかもこの盾ってやつ丸いんだもんよ。四角いのも有るには有るけど、この丸みは運動エネルギーを受け流す事に適しているのだ。

 

―――射る、斬る、突く、打つ。

 

 その全ては真っ直ぐ直線的なモノ。何故なら無駄があっては迅速な殺傷に支障をきたす。

特に槍はその傾向が強い。真っ直ぐという事は、エネルギーを逸らしやすいという事。

 

「・・・」

 

「あ、…れ?」

 

 だから長物を扱い、殺す者は間合を図る事を第一に学ぶ。え?それだけじゃ足りなかったら? そこは戦術と腕かな。

 

「…届かない。いえ、手応えが無い……? まるで雲の中を進んでいるみたいに――っ」

 

 俺は槍の穂先に盾が触れた瞬間、引いて、身体を大きく後退していた。

相手からしてみれば、注意して盾で攻撃を弾こうと受け流そうとした瞬間フッと重みが無くなるのは腹立たしい事だろう。

 

 盾持ち(Scuta)との戦いは消耗戦をするのが吉。

特にこんなデカくて重い丸盾の戦士を相手取るなら尚更。

 

「・・・」

 

「こ、のっ……!」

 

盾が浮く。それも存外に早く。

 

「あ…――ぐっ!?」

 

 未熟な盾持ちの足を薙ぐ。間合を図る為、大きく後退。槍を構える。

敵に変な顔をされる。・・・・眼を見開き、世界にはこんな敵がいるのかという風な表情。

 

「・・・」

 

 意外かな?そこらの一兵卒がこんなチマチマした動きをするのは。―――でもこれぐらい出来なきゃ、我らが城の正門には就けないよ。ここを何処だとお思いで?

 

 君もサーヴァント、戦う者の一人だろう。

眼前の敵の力が、決して自分以上ではないって心が無駄口叩くなら黙らせろ。

 

「でも。―――それでも、負けません…!!!」

 

 気を吹く瞳に睨まれる。それはまるで塩湖のように美しく澄んでいて、白く輝く炎を宿していた。

 

 使命に燃え、死に怯え、それでいて自分の生を度外視している眼だった。

 

「・・・・・」

 

そうか、戦う者ではなく。 ――この子、護る者か。

 

「その差が歴然でも、わたしはカルデアのっ。先輩のサーヴァントです!!!」

 

それは一人前の兵士のセリフだ。

 

「マシュー!!!」

 

「先輩ッ!?」

 

「・・・!」

 

 !!むむむ、援軍かな? 淡い赤色の髪がよく映える女の子が戦場(バトルフィールド)に躍り出た。

 

 お嬢さん、後方にいるだけだったなら積極的に手出ししなかったけど、ここに出て来るなら話は別だよ?

 

「・・・・・」

 

俺は槍の間合に赤毛の少女も入れた。敵は誰一人として、逃がさない。

 

「ここは退くよ!マシュ!」

 

「でもっ、難民の人達が!!」

 

「大丈夫っ!今ダ・ヴィンチちゃんと兄さんが―――」

 

 賊はもっと複数いるのか? 逃がすかッ!

しかし俺が足に力を込めたその瞬間、眩い閃光と音が迸った。

 

「・・・!!」

 

むう、何も見えない聞こえない。

 

「眼を閉じて口を開けたまえーーーー!!!」

 

 閃光が収まり、他の粛正騎士達と俺が前後不覚になっている時に現れる人影。

・・・・わざとらしいこのタイミング、中々の手練れと見た。 サーヴァントかな?

 

眼は咄嗟に瞑ったけど耳が痛え。

 

「マシュ!立香!」

 

「先輩! …申し訳ありません、このような体たらくを…っ」

 

「まだ生きてるっ。なら、次はある!!!マシュ!」

 

「その子を連れて逃げよう、マシュ!」

 

『囲みが薄い西から離脱してくれ!今ならまだ間に合う!』

 

 おお?今度は黒髪の少年ときたか。雰囲気的に兄妹かな?仲が良いのは感心だ。

 

「・・・」

 

 逃げようとする少年と少女が、チラと俺を見る。

・・・意外と良い眼をしてる。護られる者特有の、堅気の眼。

 

 ――でもこういう者達が気付かない内に偉業を成し遂げてたりする。ここを落とすとかね。知らぬは本人ばかりなり。

 

「・・・・・」

 

 気に入った。苦しみは与えないと約束しよう。 俺は身体を半身に直し、槍を振りかぶった。

 

『早く逃げなさいっ、3人とも!!』

 

「―――それは叶いません。貴方達は、ここで命を終えるのですから」

 

『ッ!? この騎士……!』

 

何とガウェイン卿のエントリーだ!死んだぜ?君ら。

 

「円卓の騎士、ガウェイン。正門の守護者として、貴方がたを処断します。―――兵士諸君よ、君達は左翼から敵を追い立てなさい」

 

「・・・」

 

了解。

 

「――了解」

 

「――了解」

 

「!! 先輩方はわたしの後ろにっ!」

 

「いいや、マシュも後ろだ。正面は、この万能の天才に任せ給え!」

 

『…太陽の騎士、サー・ガウェイン。 第二の聖剣(ガラティーン)の保持者!すなわち聖地の場所に有るこの聖都は、アーサー王とその騎士達の仕業って事ね!?』

 

「その通り。そして、さようならです。 異邦より訪れた人理の護り手よ」

 

 熱気がガウェイン卿の周囲に立ち昇る。それはこのお方が、伝家の宝剣を抜き放った合図だ。

 

「貴方がたは我らが獅子王の膝元で狼藉を働いた。・・・王は唯の一度の過ちも許しません。 ゆえに共存も、貴方がたの正義の行使も、もはや手遅れ。人理は純白の獅子王である我が王、アーサー王が救う。―――お覚悟を」

 

 『不夜』のギフトとは天候操作。

太陽の加護を終始得たガウェイン卿は、正しく晴れ男ってわけだ。にほんばれ。日差しが強くて、むせる。つまり無敵。

 

「―――そうはさせません」

 

「・・・・?」

 

 ガウェイン卿が聖剣を腰だめに構えて突進する、正にその時であった。 俺達の前にひょろりとした男が立ちふさがったのは。

 

「サー・ガウェインともあろう者が強い言葉を遣うなどと。 どうやら卿は驕っているようだ」

 

「ッ?―――き、貴公は。貴公は・・・!!!?」

 

「・・・・」

 

おぉ。

 

「私の知る太陽の騎士は、こんなものではなかった。・・・それに連なる兵も。―――貴方達はッ!ここまで外道に堕ちたのですかッッ!!!」

 

おおお!

 

おおおお!!

 

貴方様は!!!

 

「・・・・。今更出てきた所で、貴公には何も言う権利は無い。王の招集に応えなかった貴方には。 ――サー・べディヴィエールッ!!」

 

 お久しゅう、べディヴィエール卿。ご挨拶をしたい所ですが、得物は抜かないので?

 

「・・・」

 

「剣を摂れ、銀色の腕!(スイッチオン・アガートラム!)

我が忠を尽くす為、私は貴公らとは違う生き方をする!!!皆さん、助太刀致します!」

 

 ここは聖都で、俺達は獅子の兵卒。だったらこんな事も有るよね。

俺はガウェイン卿と共に、敵に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 




小さな偶然が全ての始まり。
芽生えた信念は行動を、行動は情熱を生み、情熱は願望を求める。
願望はやがて、愛に行きつく。
愛は全てに呵責なく干渉し、消えず想いを育む。
そして、集う想いは誰を討つ。
次回『残光』
必然たりえない偶然は無い。





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第18話 残光

 

 

 

 人は、いざという時必ず両手を使う生物である。

 

 左右二つの手腕に十本の指。運良くこれらを持って生まれた生き物は、効率を死ぬまで学んでいく。

 

 もちろん利き腕とか太さとか長短といった違いは如実に現れるが、それらを補って余りあるのが両手腕という利点。

 

「ォおおおおお!!!!」

 

「・・・!」

 

 粛正騎士を瞬く間に蹴散らし、光り輝く剣を片腕だけで振るう騎士を迎え撃つ。 ・・・いや、片腕そのものが光剣と化している騎士が、まるで不治の創痕を映す月影となって俺に襲い来ていた。

 

 ―――サー・べディヴィエール。別名、隻腕の騎士。 しかしながらこのべディヴィエール卿がそのように呼ばれた事を、生前俺はあまり耳にした事は無かった。卿の戦働きを見てそんな事を言ってしまえば、お前は腕二本付いてても眼玉は付いていないのかと笑われてしまうからだ。

 

 人は片腕だけで骨を断てるのか? それが出来るから彼は『サー』と呼ばれている。

 

 え?では一体何で補っているの? 俺には分からない。予想しかできない。

 

だからこそこのお方は円卓の騎士様、その最古参なのだ。

 

「・・・―――」

 

「・・・・・」

 

 口をつぐむサー・べディヴィエール。

言葉は不要か。俺の槍と騎士の剣先との刃鳴が散る。 一合、二合。そして打ち合ってこそ分かる、身体の使い方。

 

「・・・!」

 

「―――ッ!!!!」

 

 鈍い感覚。足が崩れる重い衝撃。 このお方、背面が異常に発達してると見た。あとこの呼気からして横隔膜とかその他諸々。

 

無駄がない。もの凄い。押される。

 

あ、やべ。

 

「・・・」

 

「―――ッ!!」

 

 クロスレンジ(近間)、インファイト(死地)。

槍を短く持って凌ぎきれるか。振り、払い、捌けるか。この人相手に。

 

「・・・・」

 

果たして出来るのか。

 

「――その槍捌き。堅実な手合いですね、貴方は」

 

 打ち合えた俺との間合を図り、構える剣と口で牽制するべディヴィエール卿。

近くにいるガウェイン卿は変な女性?サーヴァント達と戦っている。なので今の内に勝機を見つけなくては。

 

「先程の盾の少女との戦いといい、貴方を見ていると何故か懐かしい感慨が湧きます。槍捌きは我流と踏みましたが。 貴方は一体・・・?」

 

「・・・」

 

 そういえば最期に会ったのはフランスに行く前でしたな、べディヴィエール卿。今私は声が出ないので、不敬をお許しを。なのでここで私を殺してこの兜を取り去るがよろしい。

 

俺はかぶりを振った。

 

「・・・・。参る」

 

光腕がしずと動く。今が勝機か。ここは戦場、はたまた罠か?

 

「ルキウス君!申し訳ない!!円卓の騎士がそっちに――っ!」

 

臨機。 俺は一歩も動かなかった。

 

「――兵士君。彼は君には荷が勝つ相手だ、下がりなさい」

 

「・・・・?」

 

 熱い、じゃなくて。ガウェイン卿? もう敵を退けたのですか?

しかしここで下がればキャメロット城城兵の名折れ。しかも彼ら異邦者は我らが王の邪魔を為す不届き者共ですぞ?

 

 かつての仲間であるべディヴィエール卿がこちら側でないのは残念ですが、我らは我らの職務を全うすべきでは?

 

「・・・・」

 

「下がりなさい」

 

一騎当千。太陽の騎士は下がった俺の前で仁王立った。

 

「王の粛正騎士達を一蹴し、私のギフトの効力が十全に顕れていないとは。 サー・べディヴィエール、その力は一体?どこで?まさか本当にヌアザの腕というわけですか?」

 

「・・・さあどうでしょう」

 

 ! 言われてみるとそうですね。この人何で腕光ってんだろ。もっと輝けええ!とかは言わないと思うけど、シェルブリットバーストなのかな?はたまたレインボーなバーストかな?

 

今シリアスだから毒電波はあっち行け。

 

「どのようなモノであろうと、我が王と聖都への危害狼藉はこの私がさせません。――それはたとえ貴方でもだ、我が友よ」

 

「ルキウスさん!!こっちへ!!」

 

「・・・・」

 

敵の少女がべディヴィエール卿に手を伸ばす。

 

「この場は退かせて頂きます。・・・・然らば」

 

「・・・!!?」

 

 またも閃光と爆発。眼を開けると、そこには誰もいなかった。

ただあのお方の剣の残光が、俺達の胸に輝き続けている。

 

そう、まるで。

 

「あの光。 美しい」

 

「・・・」

 

まるで闇夜の烏を白く染める、星屑の光だった。

 

「・・・さて、兵士諸君は城に入りなさい。負傷者の手当てと、選ばれた人の警護を」

 

「――了解」

 

「・・・・」

 

むむむ?了解ですが追撃はよろしいのですか?ガウェイン卿。

 

「私は王へ報告に向かいます。誰か!」

 

「――は。ガウェイン卿。ケテル1ここに」

 

「・・・」

 

兵Cここに。

 

「今後は恐らくあの者達、反乱分子らを討伐するよう御下知が下るでしょう。 私はあの者達こそ予言にあった、この聖都を破砕する異分子と見ました。邪魔な草は刈らねばならない。迅速に、無駄なくただちにね」

 

「――了解」

 

「・・・」

 

了解。

 

「粛正騎士ケテル1、異分子討伐隊を編成しなさい。 他の者は持ち場へ、情報の共有を速やかに」

 

「――了解。討伐隊を編成します」

 

「・・・」

 

了解。では私は西方(持ち場)に戻ります。

 

「――待て、そこの西方兵士。 ガウェイン卿、この者はコクマー2を滅した者。その穴を埋めるため討伐隊に参加させるべきと具申致しますが、如何でしょうか?」

 

「・・・・」

 

 ゑ? そ、そうなっちゃいます?俺は全身を震わせた。

 

 ケテル1って、簡単に言うと粛正騎士のヤベー奴って意味だよ。

甲冑着てても分かるこのオーラ。 もしやあなた粛正じゃなくて整合騎士じゃない?心意使えますって身体に書いてない?

 

「――貴様が殺したコクマー2の穴は貴様が埋めよ。道理だろう?」

 

「・・・」

 

俺はこっくりと頷いた。

 

「待ちなさい。彼には他の任務がある為それは却下です、ケテル1」

 

「・・・・」

 

「――、承知」

 

 他の任務、ですか?ガウェイン卿。何だかルート分岐したような音が聞こえましたが・・・、幻聴ですかそうですか。

 

「考えてもみなさい。―――聖都が出来て既に半年。 あの反乱分子らに何の後ろ盾も無いと思いますか?この世界の何者かの尖兵だという可能性は、万に一つもないと?」

 

「・・・!」

 

! 成る程。 して、私は何をすればよいと?俺は命令を受ける為跪いた。

 

「戦の芽は、少しでも地上に出ていれば根こそぎ抜かなければなりません。無論確認した後にですが。 それゆえ君は西へ、砂漠の王の領域にて偵察任務を命じます」

 

「・・・」

 

了解。

 

「――何と。ガウェイン卿は此度の件、彼の王の手が加えられていると見たのですか?」

 

「いずれはぶつかる手合いです。可能性は低くは無いでしょう。――王の聖槍の起動まであと少し。何か一手を指してきても、おかしくはありません」

 

「――成る程・・・」

 

「これで彼の王の差し金と判明したならば、もはや互いに結んだ不可侵の盟は無いも同然。アグラヴェイン卿ならば必ずや我らが王の邪魔者を排除すべく動くでしょう。・・・いや、砦にいるガレス卿の部隊だけで事は足りるかもしれません」

 

「・・・」

 

 流石だァ。 誰だよガウェイン卿のことゴリラとか金属の歯車(聖剣搭載二足歩行戦車)だとか噂流した奴。対峙する前から怖えよ、戦わずして勝っちゃうよこの方。

 

「では各々、抜かりなく。 ・・・兵士君、西方の皆には私から伝えておくから、正式に任務が下るまでここ(正門)に居てくれたまえ。偵察隊の人員等はその時に」

 

「・・・」

 

 深く頭を下げる俺。ケテル1と話をして歩き去るガウェイン卿。

偵察とは腕がなるぜ。昔を思いださあ、ハハハッハ!

 

「――偵察隊には私も先程志願した。兵士よ、どうやらこれで同じ隊だな」

 

ハ?

 

「――貴様の槍捌きはかつての聖地攻略戦の時より見ていた。非常に興味深い。 過去の記憶など無い今の私の脳裏に、消えず残り続ける程。まるで個室の窓辺に映る三日月のようにな」

 

「・・・・」

 

 えぇ・・・? それほどでもないと思うけど。まあ、槍は武器の王様だからね。記憶に残っても仕方ない。所謂三日月の舞って奴。オーボエとトランペットのソロが魅力的。

 

勿論ジョークだよ?

 

「――兵士。ではよろしく頼むぞ」

 

「・・・」

 

 不安しかないけどそれはさておき。ケテル1と俺はがっしりと握手し、ガウェイン卿を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 




カルデアの手を逃れた兵士を待っていたのは、また地獄だった。
聖抜のあとに棲みついた羨望と任務。
聖なる暴力が生み出した、理想の居城。
悪徳と忠義、獣心と鉄心とを、コンクリートミキサーにかけて尚純化したここは、惑星地球のユートピア。
次回『編成』
次の話も、兵士と地獄に付き合ってもらう。





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第19話 編成

 

 

 

「――来たか」

 

 正門にて待つ事しばし。 俺の耳に、こちらに向かう粛正騎士達の具足音が聞こえてくる。

 それと同時にいつだったか聞いた事のある甲高い破砕音も、我が王がおわす聖都中心の王城より聞こえてきた。

 

 ・・・視線を動かすと、刹那ガウェイン卿が聖都東方に吹き飛んでいくのが見えた。おお、見よ。東方は赤く燃えている。

 

太陽の騎士である卿なら大丈夫かと思いますが、今すぐ再会はもう無理ですな。・・・どうかご無事で。

 

「・・・」

 

「――これで総勢7名か。偵察隊参加の命が下った強者達が、どうやら全員集まったようだな」

 

「・・・・」

 

「――オーイェイイェイイェ、ふざけんな。こんなのアリかよマジで契約違反だ!東方がツマんねえから一番良い仕事をって頼んだのにこんな野郎どもと一緒だなんてよ!!」

 

「――ああ。これじゃあまるでヤクの密売所だ」

 

「――トウホウトセイホウノヘイガ何故ココニ居るのか?コレガワカラナイ」

 

「――分からんのか?このたわけが」

 

「――あっ、どうも」

 

「・・・・」

 

「――頼もしい限りだな」

 

 どこが!?ねえどこが!?!? 

顔合わせの時点で一抹どころじゃねえ全くの不安しかねえよ!!

 

 何だこのパリピ共!!全身鎧の野郎がこんな会話してたら何事かと思うわ!

誰も彼も言葉が通じねえ方に賭けるわ!

 

そして何で兵Bがここにいるの?君ビナー1でしょ小隊長殿!?

 

「・・・・」

 

「――君がビナー1か。私はこの偵察隊の長、ケテル1だ。 ・・・敵地偵察は少数精鋭が基本。生半な者では務まらん。ゆえに君がガウェイン卿に見いだされたと聞いた。よろしく頼むぞ」

 

「――こちらこそよろしく頼む、ケテル1。 兵士殿、気を揉んでおられるようですが西方はビナー2に任せました。彼は優秀です。問題ないでしょう」

 

 

・・・・・城壁西方にて。

 

「俺は防衛を行う!!!」

 

「俺は防衛を行う!!!」

 

「俺は防衛を」

 

以下略。

 

 

「・・・・」

 

 思わずうろたえてしまった兵Cです。

城兵として召喚されたんだが砂漠横断偵察隊とかいう部隊に編成されてしまいました。

 

 これだけで軽い小説のタイトルになりそうで怖い。

タイトルが長すぎる読み物なんて語感だけでお腹いっぱいだよ。出来れば止めた方がいいよ。

 

 どの口が言ってんのかは分からないが、さて。 気を取り直して俺が所属する事になったこの部隊を見渡す。東西南北の城壁兵士で混成されたドリームチームと言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけ付け焼き刃感が否めない。

 

「・・・・」

 

「――隊長。我々はまず何をしろと?」

 

「――作戦は?」

 

東方の兵士達がケテル1に言葉を投げた。

 

「――偵察はスピードが命だ、馬を使って一日で済ませよう。 最短距離で西の砂漠に辿り着いて敵陣をつきとめ、獅子王陛下に仇なす者がいない事を確認して、我々のいた痕跡を残さず引き揚げる。 ――南方の。山の民にも見つからず、ここから砂漠到達への最短ルートは?」

 

「――ルートは一つダケ。コノ門を抜けて南城壁に辿り着いてから西へ向かう。・・・ただしヒドイ砂嵐ですよ隊長?」

 

「――行くしかないだろう」

 

「――獅子王陛下は我らに、敵軍情報の報告を期待しておる!!前進あるのみ!!!!」

 

「――東方以外の兵士ってのは皆でっかいネアンデルタール人みてえだな。噂どおりだ!」

 

「――イクゾー!!!!」

 

「・・・」

 

俺が悪かった、盛りすぎなこいつら負ける気がしない。

 

 ―――ケテル1が言うには先程円卓会議が行われ、我が王より正式に偵察の許可が下りたらしい。俺達は聖都を出て西の向こうのそのまた西へ。

 

 敵が何かしら軍事行動を起こしていないかの確認を行う為、砂漠とこちら側の狭間、通称燃焼回廊を通過する。

 

すなわち、スルーするのだ。もし何か言われたら、

 

「――? あ、どうも」

 

挨拶してやればいい。

 

 ・・・つまり見ての通り、これは挑発であり最悪威力偵察となる可能性大という事だ。

 

 ちなみに聖都正門を荒らした不逞の輩どもはランスロット卿が討伐の任に就いたらしい。

 

 今日か明日には、あの不届き者どもは死ぬか拿捕される。シャンパンでお祝いだ。 しかも最新の情報では、我らの砦のガレス卿らが山の民の頭目の一人を生け捕ったとか。

 

流石は円卓の騎士様だ。俺達も負けてられないな。

 

「――行くぞ、兵士達」

 

「・・・・、」

 

 しかし俺達これで晴れて城兵から偵察兵になっちまったってわけだ。

チェーンマイン振り回すケンプファーがカメラガン撃ちまくるザクフリッパーになったみたいなもんさ、詐欺だよ詐欺。とか言われないかな。問題ない?誰も気にしない?

 

 ・・・・正直この城から離れたくないのが俺の本音なんだが、仕事なら致し方ないね。俺はぐるりと槍を振って己を鼓舞した。

 

「――では状況を開始する。足となる馬はこの通り、アグラヴェイン卿より我ら全員に与えられた。総員、乗馬。 好きなウォーホース(軍馬)をひけ」

 

「――乗馬、了解」

 

「――乗馬、了解」

 

「――了解!」

 

「・・・」

 

了解。

 

「ブルッヒヒン」

 

「・・・・?」

 

 おお?馬なんて久々に乗るけどこれは佳い馬と見た。どうどう。 額に白い模様があるのがチャーミングだね、君は。

 

「ブルブルヒヒン(的盧といいます)」

 

「・・・」

 

――獅子王陛下の寄る辺に従い、汝の身は我が下に。我が命運は汝の蹄に。

 

「ブルッヒヒヒーン!(ならばこの運命、汝が槍に預けよう!)」

 

「・・・・」

 

 手綱に触れ、跨る。 何か声が聞こえたような聞こえないような。気のせいだよね?

 

「ブルブルル(気のせいですね)」

 

「・・・・――」

 

俺は明後日の方を向いた。

 

「――成すべき事は速攻だ。迅速で終わらせ聖都に帰還するぞ。 我らが獅子王陛下の御為に!」

 

「――おおおおおお!!!!」

 

「・・・・」

 

 い、いくぞー!!!!!!!

デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ! デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!!

 

 ・・・・俺達生きて帰ってこれると思うか。

 

不安しかない中、偵察隊は聖都を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――松明の明りが灯る中、石廊下の上を足音も出さずに歩く誰かの影。

 絶えて物言う事も無い、それが自分が生み出した物だと気付いて、わたしは目線を振り切り扉を開けた。

 

「ご苦労様です、皆さん」

 

「――総員円卓の騎士様に、敬礼」

 

「…外して下さい」

 

「――はッ!」

 

 

『太陽を冠する王よ。 ---貴公らがこの聖都に何もしなければ、我々は手を出さぬと約束しよう』

 

 ………あれは純白の聖都が出来て間もない時の事だった。

誰かと念話(テレパシー)でもしているのか。後ろ姿の王はわたしを五分ほど玉座で待たせた後、こちらに振り返ったのだ。

 

『---待たせたな。ガレス卿』

 

『勿体無き御言葉。 …王よ、わたしに何用でしょうか?』

 

『---無論王命だ、サー・ガレス。まだ少々先の事になるが、卿には聖都の西に砦を建設。そこの長になってもらいたい』

 

『承知致しました。して、その目的は』

 

『---解っている筈。今の卿ならば』

 

・・・・・。

 

『…山の民と、砂漠の王に対する牽制ですか。 表向きは』

 

『---流石は我が騎士。許す、裏の理由を申してみよ』

 

『……戦支度。かと』

 

 王はしばし沈黙した。ただ玲瓏なる玉座の間と此方を見詰めるペリドート色の瞳が、わたしを肯定していた。

 

『---ランスロット卿とモードレッド卿を、私は先程遊撃部隊に任命した。砦への兵員と武具、食糧の輸送、調達も無論兼ねている。---砦が出来次第、物資は貴卿の好きに使うがよかろう』

 

『……畏まりました、王よ。 ただ一つ、質問をよろしいでしょうか?』

 

『---許そう』

 

『………。何故、不浄のわたしなぞを?』

 

『---それが答えだ。サー・ガレス』

 

・・・・・。

 

『為すべき事を為します。―――我が王の為に』

 

『---励むがよい』

 

 ・・・玉座の間を退室したその数ヶ月後。

資材を持ったランスロット卿とわたしの部隊はこの砦の建設に着手。王命どおり、わたしは長としてこの砦の運営に勤しんでいた。

 

「―――そういえば、ここの名前をまだ決めていませんでしたね。何か良い案はありませんか? 可憐なる翁さん」

 

「…。………」

 

「相変わらずのだんまりとは頭が下がりますが、些か飽きましたね。ここの兵士達はあまりわたしと会話らしい会話をしてくれないですし。 なので貴女と是非話をしてみたいのです。――翁よ。山の民は、この先一体何を考えておいでなのですか?」

 

「…。………」

 

 髑髏の仮面を被り、うんともすんとも目線すら何も語らない女性。地に跪いた山の翁ハサンはここに捕らえられてからずっと、一向に埒が明かないまま。

 

なのでわたしは彼女の髪をさらりと撫でた。

 

「―――わたしは貴女に触れられます」

 

「…。……っ!?」

 

「わたしは獅子の円卓、『不浄』のガレス。我に害為すモノは何もかも受けつけません。ゆえに貴女の力も技も、ここでは無力。 こうしてボディランゲージでフレンドシップを示しているのですから、少しくらい一緒にお喋りしてもいいのではありませんか? 山の翁殿?」

 

「…。………、」

 

 髪と頭をポンポンと撫でる。

幼子に、ここが何処か一から教えるように。花を愛でるように。

 

そして幾分経った後、小花の花弁が開くような声が聞こえた。

 

「――――貴女は。人間ですか?」

 

「………」

 

「…。……私と同じ、なのですか?」

 

「違いますよ。この身は王の獣です」

 

「嘘。…。……だって貴女、私と同じ匂いがします」

 

仮面の下。哀れみの視線が、まっすぐにわたしを射抜いていた。

 

「――…。次はもっと有意義なお話をしましょう、アサシンさん。 今度は我が兄と共に」

 

「……っ!!」

 

 手を離し、伸ばした人差し指から白色の雷光を浴びせ気絶した翁を尻目に。わたしは地下尋問部屋を後にした。

 

「アグラヴェイン卿に連絡。翁は口を割らず。……ご助力を願うと」

 

「――了解」

 

「ああそれと。 砦の警戒レベルを上げなさい。勘ですが、じきにお客様が来るでしょう。歓迎の準備を怠らず」

 

「――ははッッ!」

 

煙立つ人差し指。中指、薬指。小指、そして最後に強い親。

 

五本指折り、わたしは待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 




何故にと問う。故にと答える。
だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなど無いのだ。
問いが剣か、答えが盾か。
果てしない打ち合いに散る火花。
その瞬間に刻まれる影にこそ、我々は潜む。
次回『熱砂の回廊』
飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつも罠。






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第20話 熱砂の回廊

 おかげさまで拙作は20話まで進みました。ここまでお読み頂き本当にありがとうございます。










 

 

 

 聖都南部より遥か西。荒廃した山脈の尾根を越えるとその境界線はあった。

 

 そう、砂漠と荒地のコントラスト。 地に伏せながら砂の粒一つ一つを見て取っても、まるで金剛石(ダイヤモンド)で敷き詰められてるとしか言いようのない、この世の物とは思えぬおぞましさと美しさの甘美な誘惑。

 

 ・・・あの宝石達に触れてみたい。が、今はここで偵察が第一。 太陽王と呼ばれる異国の王は、この地の果てに居を構えているのだ。

 

「・・・」

 

 うーむ、敵影なし。現在俺達偵察隊七名は敵地視察を目視にて敢行中。敵軍がたむろしてるとか何かしらの軍事行動も見受けられない。

 

「・・・・」

 

「――異常なし」

 

兵Bの声。・・・・どうやら取り越し苦労だったかな?

 

「――異常なし?タコが。敵地のすぐそばで軍事行動する奴がいるわけ無いだろうがッ」

 

「――しかし。ここで聖都へ帰還、報告しても任務完了ではある」

 

「――ダガ敵が今後ドウウゴクカ、コレガワカラナイ」

 

「ブルブルルゥ(何処までやれるのか?ただそれだけを私は知りたい)」

 

「――馬も我らも意気軒昂。隊長、ご指示を」

 

「――・・・ここを超えれば太陽王の領地となる。行くぞ」

 

「――、何だと?」

 

「・・・・」

 

 俺は思わずケテル1の顔を見つめる。

え?マジですか?誰がどう見てもこれ以上近づくのは危険です。もっとここらで情報を集めてからでも。

 

「――臆病者は付いて来なくてもよい」

 

「・・・」

 

 兜越しにケテル1との視線が交錯する。 隊長としての責務、皆の安全、聖都の利益。そして王への献身。それを強く感じる視線と言葉。

 

・・・仰せのままに、ボス。俺はゆっくりと頷いた。

 

「――では出発だ。五メートル間隔、音を立てるな」

 

「――相棒。弓矢(チェーンガン)をバッグから出しなよ」

 

 

 ―――様式美も終わったところで、さて。

砂漠へと足を踏み入れた浅はかな俺達を待っていたのは、嵐だった。

 

 宙を飛び交う砂の粒全てを照らす太陽光。その放射は俺達の眼球を熱く叩き。 甲冑が無ければ肌がどうなっていたか分からないほど斬り吹く風はまるで蹄鉄の様。

 

そんな嵐蹄の中を、俺達は進んでいた。

 

「・・・・、」

 

 熱い砂漠にむせる。 が、歩みは止めない俺達偵察隊。

しかし参った参った・・・。こんなひでえ砂漠は流石の俺も初めてだ。

 

「――総員停止。・・・・これ以上は進めんな。皆、ここで敵地を調査・観察する」

 

「――了解」

 

ここで隊とはぐれたら、間違いなく死ぬな。俺達は地に伏せた。

 

「――よお兵士殿。何か見えるかい?」

 

「・・・・」

 

 東方の。うーん、何か気配を感じるがいまいち・・・。

俺は頭をゆっくり左右に振った。

 

「――そっちもか。まあ俺もだけどよ。 しかしこの砂漠、何か創作意欲を催さねえか?例えば音楽とか!」

 

「・・・・?」

 

「――!ビナー1、南方の。これを見てくれ」

 

「――何だ?」

 

「――俺はどうやら生前多趣味だったみてえでよ、特に曲作りが好きなんだ。 いつまでも獅子王陛下とアグラヴェイン様に頭下げて音楽聴いてもらう俺様じゃないッ。――自分でアルバムを出す!ジャンルは・・・、ケルト農民のラップだ分かるか?」

 

「・・・・」

 

さ、さあ?ていうか君タフだね。粛正騎士(弓兵)だから3/6くらい?

 

 【東方方面―弓の粛正騎士】 無色④

Enforcement knight of the east side(bow) 

クリーチャー―組合員・レジェンド。トランプル。

 【聖都の獅子王】があなたの手札か場か墓地にある限り、あなたはレジェンドと付くパーマネントを何枚でもプレイできる。

『組合を舐めんじゃねえよ。』――東方聖都労働者組合員一同 

 

 

「――ちょっと聴いてみるか」

 

「・・・」

 

小さく頷く。別に構わんよ。上の毒電波は無視してね。

 

「――もう少し聴きたそうな顔(雰囲気)してもいいんじゃねえかっ?・・・まあいいや」

 

「――!魔力・酸素濃度78%。 気圧も通常の4倍?この砂漠一体どうなって、」

 

「――更にだビナー1。・・・あの方角の奥を見てみろ」

 

「――ブンツクツ、ブンツピツゥピ。ベボベボベボ、ハッハッッハッッッ!ゲリラ・スリラ・連れてってマニラ・口当たりいいのは?バニラ~。どれ?あれ?それ?そう! 言ぇるもんなら獅子王陛下に言えよ、さっさと出てけってな! ・・・・どう思う?」

 

「・・・!!」

 

 最高だよ、きっと大物になれる。 俺は無音で拍手した。ただの粛正騎士で終わってちゃ駄目だ。

 

「――、――マジかよ」

 

「――何なんだあれは……」

 

「――我々が可能性として考えていたのは、もっとミクロな軍事的行動だった。――だが、実際は見ての通りだ」

 

「――ケテル1。それでは………あれはまさか宇宙生物?」

 

「――イヤ。アレは恐らくスフィンクスの大軍だろう。ジンメンシシンノ神獣ダトカ。・・・見るノハハジメテダガ」

 

「――やっぱりそうか俺もずっと前からそう思ってたんだ!ヘヘ!――って、おい? 今あっち何か光ってな、」

 

 東方の彼が口から続きを吐く前に。

 

 彼の鉄兜の炸裂音が、俺の耳と眼に届いた。

 

 パァァンと空気を響かせて。

 

「――ッ、敵襲!!!円陣防御!!しかるのち後退!!」

 

「・・・!」

 

了解!!

 

「―――こんな所に入り込むとは。 獅子王の兵卒は礼も節度も恥も無いと見えるっ!!!」

 

「・・・・!?」

 

い、いつの間に。・・・この褐色肌の人何奴!?

 

「下郎めらに話す舌は持ちません。相応の惨めさで死ぬがいい!!!」

 

「・・・」

 

 やっぱり威力偵察になるじゃないですかーやだー!! 強行偵察ってレベルじゃねえぞ!しかも何か背後に黒いの浮かんでるし!

 

 俺達は東方の粛正騎士をズルズル引きずりながら後退し始めた。・・・死んでんじゃない? 生きてるよ。

 

 変な棒が飛んできて彼の頭に当たったのは見えたんだが。あ、これだ。・・・ひのきの棒か?いや、短槍? 敵影は見えなかったのに、一体誰がどこからどうやって―――。

 

「出ませいっ!」

 

「・・・・!?」

 

 うおお??何あのワラワラ飛んで来る黒いの!! もしかしなくても触ったら死ぬの?このお方シシガミ様なの?しかも女性の背後にうっすら鏡があるし。 どうやらあそこから出てきてるようだね!

 

「? ――お前、これが見えているのですか?」

 

「・・・・」

 

やっべ。

 

「――西方兵士!後退しろ!!」

 

「成る程。…数多の死線を潜ってきた兵(つわもの)と見ました。ですがここが貴方の、………この世界でのお前の死に場所です。覚悟は必要ありません、ただ委ねなさい。 私の鏡が見えたのなら――お前ももうお終いです」

 

 Are you ready?

女性の眼光と黒色の鏡がそう告げていた。

 

「・・・」

 

駄目です!!! 俺は一目散に駆け出した。

 

「無駄な事をっ!!!」

 

「――兵士殿!?」

 

 気絶した東方の兵士を皆に預け、一人囮となってジグザグに動く俺。

鏡から伸びる黒い何かが俺を捕らえようと迫るが、動きはそんなに速くない。間合を図れば少しはなんとかなる、かも。

 

問題はこの槍だ。効くかな?効くかな?試しに薙ぎ払ってみよう。

 

「千切れたあ!!?」

 

「・・・」

 

やったぜ。我が王万歳!!!

 

「冥界の可愛い死霊たちが……。こやつ一体何者!!!」

 

「――お待ちあれ!私は聖都・獅子王が兵卒ケテル1ッ! 貴女は砂漠の王国が守護者、ファラオ・ニトクリス殿とお見受けしたが如何に!!」

 

「・・・」

 

 おお。仁王立ちした隊長殿が砂漠の嵐蹄を引き裂かんとばかりに大声を出した。有り難い。

 

「…むむ。立場を弁えている者が少しはいるようですね。 ――その問いには答えぬわけにはいきません。いかにも、私がファラオ・ニトクリスです」

 

「――我らは聖都が主の使いとして参った! ニトクリス殿、聖都とそなたら砂漠の王国は不可侵の盟を結んでいる事は承知か!!」

 

「…何を言うかと思えば。無論、その事は承知です。その確認をする為に、お前達は我が領土を侵したのですか?」

 

「――領土に踏み入った事は謝罪する。が、貴女は誤解している。――実は先日、我らが聖都が賊に襲われたのだ。異邦から訪れし、星読みの者によって」

 

「……っ! それは真ですか?」

 

「――この世を跡形なく滅ぼすカルデアの者達である。ゆえ、我らはここへ通達と確認に参ったのだ。――ニトクリス殿。 砂漠の王は聖都襲撃をご存知なのか?もしや指図をしたのか?」

 

「さ、さあ…?」

 

「――さあ?」

 

・・・・・。

 

「私はただこの砂漠の守護を仰せつかった身なれば。 ファラオ・オジマンディアスの御心は、私には推し量る事すらできません。―――ただ、これだけは言えます。もしもファラオの手によって聖都襲撃が行われたとしたら、」

 

「・・・・」

 

「一撃で、一切合財に決着をつけることでしょう。 それが太陽王たる所以、神たるファラオの矜持です。…ゆえ、聖都襲撃に我らは関わっていないと断言できます」

 

「――成る程。貴君らがもし関わっていれば、既に聖都は無き物と。 ――その言葉、信ずる証拠は」

 

「異な事を。 …そちらの言う聖都襲撃を信じなければ始まらぬ話でしょう?この会話は」

 

「――。・・・・承知した」

 

「・・・」

 

 何か隠してるね、この綺麗な女性。まあ、見たところ軍勢が居るわけで無し。戦支度をしてる気配も無し証拠も無し。 今すぐ事を起こすわけではないと見るのが妥当かな。

 

「――貴君らを疑った事は詫びよう。・・・だが獅子王の手足たる我が部隊に損害を出した事、これはどう償って頂けるのか!!!」

 

「・・・!」

 

「………それは、」

 

 強気だなうちの隊長。偵察した時点で攻撃も同然なんだけど。・・・しかし生物的な損害が出てるのは我々のみだから、多少強気でもいいか。

 

「――我らは盟を結んだ貴国にも、異邦からの襲撃を急ぎ伝えに参った獅子王直轄の部隊である。この落とし前はどうつけて頂けるのか!! ――我らの盟、まさか反故にするつもりではあるまいな?」

 

「む、むむむむ……」

 

 おお!見事見事!すげえ屁理屈!こういう時はちょっと言い過ぎじゃない?ってぐらいが丁度いいからね!流石は聖都正門城兵粛正騎士・ケテル1! 

 

 昔(生前)を想い出す懐かしい啖呵。そういえば居たなあこういう強気な兵士。

 よし、あとは引いて押してのやり取りさ。イニシアチブは勿論こっち持ちで。

 

「………――分かりました。ニトクリスの名において、深くお詫び致しま、」

 

 

『―――よい。 ファラオたるものが軽々に詫びなどを口にするものではない。ファラオ・ニトクリス』

 

 

「――! 何と・・・」

 

「・・・・」

 

この声は。

 

『獅子王の配下よ。 ニトクリスは我が命令を守りそちらと交戦したまで。―――よって非はこの余に有るものである』

 

「――太陽王自らとは!これは頭が下がる・・・」

 

「御声のみとはいえ神王たるファラオの、砂漠の主の御前ですよ!平身低頭なさい!!」

 

「・・・」

 

 なんと砂漠の王のエントリーだ!

皆、ここはヒザをついてやり過ごす以外にないぜ。

 

『―――知ってのとおり余はファラオ、人の上に立つ者だ。そちらの人的被害、決して少なくはないと余は痛感している。

 よって余自ら聖都に赴き、正式な謝罪をしようと考えている。それで盟を結んだ獅子王の面目は保たれよう』

 

「――何と。我が王に対してそこまでして頂けるとは。流石は神王、賢明な判断です」

 

「…ファラオよ!何も御身がそこまでせずともっ! 代わりに私が参ります!!」

 

『よいと言っている。 ニトクリス、貴女は余を主と認め、公言もした。ならば余が出張るのは当然である。そうであろう?』

 

「………、それは」

 

「・・・・」

 

 何だか雲行きが怪しい気配。信用していいものかな。・・・あちらのトップが、こちら(聖都)にわざわざ来るだって?

 

『具体的な日取りは追って使者を使わせるゆえ、待たれるがよかろう』

 

「――感謝致します。必ずやその言葉我が王に伝えましょう。――失礼致します」

 

「・・・」

 

 ケテル1と同じく頭を下げる。まあ、今はそうするしかないよね。

気絶から戻った東方・粛正騎士を連れ、俺達はこの場から急いで立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「―――よいのですか。ファラオ・オジマンディアスよ」

 

『何も言うな、天空と冥界の神よ。この地は全て、我が領土なのだ』

 

 砂嵐の中でも地を照らし続ける太陽。それは今までただの一度も旅人と、彼の砂漠に影を落とした事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




砂漠という陸の海に、見え隠れする流砂という名の泥穴。
どうやら、眼下に浮かぶ謎の入り口の果ては厚く、重い。
我等の運命は神が遊ぶ双六だとしても、上がりまでは一天地六の賽の目次第。
鬼と出るか、蛇と出るか。
謎を掻きわく敵中横断。
次回『地平を喰らう手』
任務とは。あえて火中の栗を拾ってでも。






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第21話 地平を喰らう手(前編)

 思いのほか長くなったので今回は前後編に別けてみました。所でMTGのフレーバーテキストって何で全部すばらっなんでしょうね。好きこそ物の上手なれただの試行錯誤をば。


 【西方方面―剣の粛正騎士】無色③白① 4/6
Enforcement knight of the west side(sword) 
クリーチャー―軍人・レジェンド。
 【聖都の獅子王】があなたの手札か場か墓地にある限り、あなたはレジェンドと付くパーマネントを何枚でもプレイできる。
(白):このパーマネントをアンタップする。
『俺は攻撃を行う!』
『俺は防衛を行う!』
『敵が来たぞ!』
――兵士は言葉で自他を震わせ、それは伝播する。
 

 




 

 

 

『ローナルド殿。お願いがあります』

 

『―――?』

 

 かつてのキャメロット城正門に、その男はいた。俺はその人を射殺すよう睨み付け、威圧と声を掛ける。

 

今思えば、頼み事をする声では決してなかった。

 

『一度模擬戦闘をやって頂きたいのです』

 

『――』

 

『ローナルド殿の模擬戦闘の腕は正門で指折りだと聞きました。 是非薫陶を授けて頂きたいのです』

 

『―――?』

 

『何故? 私は貴方と同じく真にこの槍を王に捧げています。ですから我らが王を守る為、貴方の技を学ばせて下さい』

 

『―――』

 

 首を振り、歩き去る男。無視しているわけではないが、その表情には無理と書いてあった。

 

『戦うまでもないのですか、・・・俺には負ける筈がないと思ってるんですか?他人に自分の技を盗まれるのがそんなに怖いですかッッ!!!』

 

『―――』

 

歩き去る、苛つく背中。

 

『俺は諦めが悪いですよ、―――ローナルド殿ッ!』

 

 いけ好かないその背中を追い越し、手に持つ槍を鼻面に突き付ける。

殺されたって文句は言えない挑発行為。

 

先端を逸らされる俺の槍と、構えている男の槍。

 

『―――』

 

『やっと乗って頂けますか。・・・・――先輩ッッ!』

 

ずっと気に入らねえと思ってたそのツラ、地に這い蹲らせて踏んでやる。

 

 

 

 

 

 

「――ケテル1。起きろ」

 

「――・・・む。 何だ、サシの勝負は?」

 

「――寝ぼけているのか?少し休むから120秒後に起こせと言ったのは君だろう」

 

「――・・・・」

 

 意識が覚醒する。

砂漠と馬と、部下の姿。手慣れた自分の槍と、こちらを見つめるビナー1。

 

「――疲れているようだな。無理もない、今は南方の兵と兵士殿が見張りに付いている」

 

「――貴様は強くない」

 

「――そろそろホルモン剤を飲まなくちゃ」

 

「――んなもんよりもっと良いヤツがあるぜ?相棒」

 

 かぶりを振って得物を持ち直す。

妙な夢を見た気がしたが、もはや思い出せなかった。

 

「――・・・どうやらそのようだ。 すぐに出発しよう」

 

「――南方の。そして兵士殿。ケテル1が起きました、……聖都の方角はあちらですよね?」

 

「・・・」

 

指し示す兵士の指。見慣れない鎧の背中。

 

「――、むう」

 

矛盾だ。とても懐かしいと思うのは、何故なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・もしかしなくても迷ったのではないか?

 

 熱砂の出会いからの帰り道。

砂嵐は止んだものの、動き続ける兵Cである俺の眼には未だ果てしない砂漠が広がっていた。 腹時計的に、我々偵察隊はもうかれこれ48時間は移動し続けているものと思われるのだが・・・・。

 

「――おい相棒。ほら、一杯やれよ。故郷の聖都の味だ」

 

「――助かる。 ッぁあ、今の俺達の五臓六腑にも水分は染み渡るな」

 

水筒を手渡す東方の兵士達。いいな、気分的に俺も飲みたい。飲めないけど。

 

「・・・」

 

「――・・・ヤハリミョウダナ」

 

「――ケテル1。時間の感覚が変なのは私だけか? 我々は行きよりも帰りの方がこの砂漠を進んでいると思うのだが?」

 

「・・・・」

 

 間違ってないよ兵B。聖都への方角は合ってる筈だけども、俺達進んでいる感覚がしない。つまり・・・。

 

「――・・・確かに。今考えられるのは」

 

「――タイヨウオウノ罠、カ?」

 

「――こんな小賢しい罠を仕掛けるようなタマには思えなかったが・・・」

 

「――いっそ逆走してドンパチカチコミに行くか?その方が面倒がない」

 

「――貴様は強くない」

 

「――もういっぺん言ってみろよ西方の。てめえさっきからそれしか言えねえのか?東方を舐めんじゃねえぞ!!」

 

「――よせ! ・・・今一番懸念されるのは、我々が迷っている事ではない。我々が迷っている間に、聖都に何か起きたかだッ!!」

 

流石だァ隊長。俺もそう思うな。

 

「――しかしケテル1。 本当にこれでよかったのか?」

 

「――何がだビナー1」

 

「・・・・?」

 

兵Bが兜の下部、顎の場所に手を当てた。

 

「――これはあくまで私的な意見だが、獅子王陛下は太陽王を聖抜の邪魔と判断していない。即座に潰さず盟を結んでいるのがその証拠だ。 だがガレス卿らに砦を建設させたのは、――私には戦支度に見える」

 

「――何を言うかと思えば。盟を結んだとはいえ、相容れぬ敵である事に変わりはないだろう。それのどこがおかしい?」

 

「――そこがおかしいのだ。相容れぬ敵と判っているなら、獅子王陛下は一揉みに消し潰す筈。 ――ちょうど、白亜の聖都を御造りになられたあの時のように」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

「――今回の我々の偵察で、太陽王らに此方へ攻め入る用意は無いように見えた。 もしも聖都を落とすつもりならば何千、いや、万単位の兵が必要な筈。魔術的な何かを使用したとしても、そんな大人数をずっと隠しておけるわけが無い。 ――つまり一見、太陽王らは此度の反乱には加担しておらず『白』という事になる」

 

「――・・・・、」

 

「――そして彼奴のあの言葉。――直接、聖都に、私が来るという言葉。妙だとは思わないか?まるで投降だろう、それは」

 

「・・・・」

 

「――ビナー1。何が言いたい」

 

「――もしも投降ではないとしたら?」

 

・・・・・。

 

「――兵が見えなかったのは、太陽王自身がそれを必要無いほどに強いのだとしたら? サーヴァント・オジマンディアスは単体で、万の軍勢に匹敵するほどの力を持っているとしたら?」

 

「――まさか・・・」

 

「――我々はいいように利用されたのかもしれん」

 

「――ヌウ。コチラガワニ近寄ル口実ヲ与えてシマッタカ・・・?」

 

「・・・」

 

「――成る程面白い高説だ。 が、問題なかろう。敵がどれほど強くとも、我らが聖都は落ちん。円卓の騎士様、獅子王陛下、そして我ら。獅子の爪牙は朽ちる事も折れる事も無い!! ――来たならば叩き潰せばよいではないか。魔人リチャードの時のようにな!!」

 

「・・・・」

 

檄を飛ばすケテル1の声を聞き、俺は兵Bの肩を叩いた。

 

「――?…兵士殿?如何しましたか?」

 

「――俺も隊長にご同意だね。・・・ところでよ、一つ気になる事があるんだが」

 

「――何だ?東方の」

 

何か閃いたのか。東方の兵士は地面の砂漠を執拗に蹴りながら言った。

 

「――実はずっと気になってたんだ。・・・聖地を獲った戦の時、あの魔人はどうやってあんな数の鉄兵を生み出してたんだろうな?」

 

「――? 宝具だろう。あの桁違いの魔人には、それくらい可能と見るのが自然だ」

 

「・・・・・」

 

 俺は両手で強く握っていた馬の手綱を緩めながら、馬ごと兵Bの前に出た。ここからなら仲間全員をカバーできる。

 

「――いいや、アイツは魔力的な何かを使っている様子は無かったぜ。俺はこれでも弓の粛正騎士だ、そういう流れはちゃんと感じるさ。・・・でもよ?」

 

「――? 兵士殿?」

 

「・・・・・」

 

「――媒介物が、もし有ったとしたら?」

 

「――媒介?」

 

「――聖地中心は血で濡れていなかった。けど遠征軍どもは血だらけで、一目散に逃げ出してた。・・・あんな大人数が血を垂れ流してりゃ、色々ベッチャベチャになってた筈だろ?」

 

「――それは。 確かに」

 

「――つまりあの魔人は空気中だか地面だか、自分の領域に流れた血を媒介にして鉄の兵士を生み出してたんじゃないかと俺は思うんだ。原理は考えるだけ無駄だけどよ。 ――そして俺らは全身鎧だから滅多に血を流さない。だからあの地獄の四日目に、満を持してリチャードは俺達の前に姿を現した。・・・もう血が無いから」

 

「――。 つまり、まさかお前が言いたいのは――」

 

「――なあ。だから・・・・もしもだぜ?太陽王がさあ、」

 

「・・・・・」

 

兵B、皆の衆。振り向かず走れ。

 

「――この砂を媒介に兵を生み出せたら・・・・・やばくねえ?」

 

 

『お前のような勘のいい兵士は好きだぞ?余はな』

 

 

 

 



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第21話 地平を喰らう手(後編)

 

 

 

その時俺達偵察隊七名の胸に侵入したのは、間違いなく恐怖だった。

 

「――ッ!? 総員、駆けろ!!!」

 

 

『だが残念だ。お前たちはもう何処にも行けない』

 

 

「・・・」

 

 俺は馬を走らせ槍をグルングルンと振り回した。世界に響く不気味なほど荘厳な声と、突如現れた敵の兵を払う為に。 ・・・砂が手を、胴を形成し、足を作って頭が出来る。武具を身に着けギラリと光る眼光は、気付けばそこらじゅう辺り一面に広がっていた。

 

 まるで地平を喰らうように。 

目端を広げれば、我々の周囲は敵兵で溢れていた。

 

「――西方兵士! まさか、最初からこの砂漠は・・・・ッ!!?」

 

 

『太陽とは、何も天から降り注ぐだけの物ではない』

 

 

「・・・・・」

 

 この気配。まさかまたこんな場面に出くわすとは。アンタさんも桁外れ(魔人)ってわけかい。

 

『陽に照らされた大地は、砂は、須らく天に向かって照り返すものだろう?土も石も荒地も人も何もかも。照らされ、返す。すなわち太陽というのは天地そのものであり―――、』

 

・・・・・。

 

 

『ゆえこの太陽王たる余は、この世の全てなのだ』

 

 

「――ッ隊長!敵兵多数!かなりの数!!!」

 

「――かなりじゃ分からん!! 駆けつつ円陣を維持、防御ッ!」

 

「――にしても時間の問題だろう!!このままじゃ全滅だぞ!」 

 

「――聖都の方角は!?」

 

「・・・」

 

 俺は槍で皆に方角を指し示した。城兵であるこの俺が聖都の方角を間違える事は無い。

 

「・・・」

 

馬を走らせながら、俺は続けて敵共に槍を振るう。皆、殿(しんがり)は任せたまえ。

 

『やはりその兵士、ただの一兵卒ではないな。 あのニトクリスの鏡が見える事といい、この余の手の中で寸分の狂いなく自らの古巣を指し示すとは』

 

「・・・」

 

 やっぱり最初から視てた。どうりで話が早すぎると思ったんだよ。この砂漠に俺達が踏み入った時から・・・時既に遅かったか。

 

『許す。名乗れ、兵士。 戦の作法を余は存じているものである』

 

「・・・」

 

「――すまない西方兵士。敵兵を引き付けてくれ。 総員、囲みが薄い所へ全力突撃!吶喊ッ!!囲みを抜けるぞ!!」

 

「――馬鹿者が!兵士殿を見殺しに出来るものかっ!!!!」

 

「・・・」

 

 良いって事よ隊長殿。 さて声が出ないから名乗れないけど、俺の自己紹介はとっくにしてるよ王様。その証拠に、俺は槍の穂先を天空の太陽に向けていた。

 

『余は太陽王Ra-mes-ses(二世)。オジマンディアスとも、後世では呼ばれている』

 

「・・・・・」

 

俺を知りたきゃ、王に捧げたこの槍に聞きな。

 

『フッハハハハハハハハハハ!!』

 

 笑い声と共に迫り来る敵兵士。・・・これで喧嘩買ったし売っちゃった。的盧よ、すまないが共に戦ってくれ。

 

「ブルブルルブル(戦いとは、使えるもの全てを使わねば勝てないものです。出し惜しみは不要、我が蹄は貴方と共にある。存分に)」

 

「――イクゾー!!!!」

 

「――殿は多いほうが良い、俺も加わろう。西方の兵だけにいい格好はさせん」

 

「――ワガナハセイトナンポーウシュクセイキシ!押し通る!!!」

 

「――隊長ッ。ここからならガレス卿のいる砦が聖都よりも近い筈。 そこに向かうが最善だろう。無論我ら全員でな!――俺は攻撃を行うッ」

 

「――・・・・・」

 

「――兵士殿を捨て駒にしたとしても、この砂漠は全て彼の王の手中。戦力を分散する事は得策ではないっ!」

 

「――・・・・」

 

「――味方一人を捨て駒にして何が獅子の爪牙かっ!! 我ら全員が王の捨て駒とならずしてなんとする!!!」

 

「――俺は攻撃を行う!!!!」

 

「――・・・『撃滅の誓い』」

 

? ケテル1?

 

「――総員、兵器使用自由。互いに螺旋を描きつつ全速で後退。馬から振り落とされるな、隣りの者を全力でカバーせよ。これらは全て隊長命令だ、総員スキル発動。 絶対に死ぬな!!!!」

 

 その瞬間。円形に陣を敷いていた俺以外の獅子の爪牙達が、一斉に気を吹いた。

 

 

      討滅の誓い。撃滅の誓い。

  殲滅の誓い。        殲滅の誓い。

      討滅の誓い。討滅の誓い。    

 

 

「――我らは獅子王陛下が手足。我らのうち一人でも砂塵如きに死したとなっては、――王に顔向けできぬ。我々は覚醒都市・白亜の聖都が粛正騎士。 参れ、砂礫ども」

 

「――我らの勇気は、奴らの比ではない!」

 

一か八か。俺達の撤退戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「――ぐッ!!」

 

「――ぬあああああ!?」

 

 槍撃が敵兵の首を打ち砕き、私は残身(ざんしん)をする暇もなく次から次へと槍を振るう。部下の叫び声に、私は一層焦燥に駆られていた。

 

「――ビナー1!西方の! 無事かッ!?」

 

「――数が多いと流石に嫌になるな。昔(生前)を思い出すっ!」

 

「――ッ俺は攻撃をッ行う!!!」

 

「――西方兵士!貴様は無事か・・・、・・・?」

 

 兜の下に有る筈の我が眼を疑う。いつも見ていた兵士の槍が、奇妙に輝いて見えたのだ。

 

それは異質な光景だった。 

 

 それでいて彼の槍捌きがやけにスロウに見え、遅いというよりかは速すぎて、時間の感覚が曖昧になるような感覚だった。

 

「――・・・・あれは、」

 

そうだ思い出してきた。

 

 あれは確か生前、この身がケテル1と呼ばれる前。もっと身体に無駄な熱を持っていたあの頃に見た憶えがあった。

 

「――・・・・・」

 

 そうだそうだ。 いつもいけ好かない面構えで、そのクセ腕のある男がかつて正門に居た。

 私はどうにかしてこの槍捌きを真似ようと昼夜問わず鍛錬を、素振りをしていたのだ。

 

 ―――腰だ、膝だ、足だ。ああだ、こうだ。

 

 時より自分の見識を彼に述べると、決まって彼はただ首を横に振るのだ。

でもそれは『違う』という否定ではなく、自分の未熟な技を真似るなという意思表示で。

 

兵士然としたその姿に、私は。・・・俺は更に躍起になったものだった。

 

 

『お願いがあります。一度模擬戦闘をやって頂きたいのです』

 

 

「――ローナルド殿。 貴方は、我が師ローナルド殿なのか?」

 

「・・・」

 

 こちらを見向きもしない。いや、何処を見ているのか何処も見えていないのか。 ついに馬から下りて槍を振り続ける兵士は、ただ行動で示して見せていた。

 

あの頃から全く変わらずに。

 

「――私は粛正騎士ケテル1。王の爪牙。 ・・・そして、」

 

 スキル発動、三連重ねがけ。

撃滅の誓い撃滅の誓い撃滅の誓い。

 

「――槍技ッ、制裁の槍!!!」

 

「――ケテル1!?」

 

「――皆ッ、俺と西方兵士の槍が時間を稼ぐ! この間隙を駆け抜けろ!!!」

 

 檄を飛ばす。今度こそ。

ローナルド殿、今度こそ俺は貴方の技を得てみせる。

 

「・・・・」

 

「――ッ、はは」

 

『フランスから凱旋したら、もっと教えて貰いますよ?師匠』

 

 共に槍を振るう。

カムランで死んだ俺の本当の望みを胸に抱いて。・・・・思い出しました。俺は、貴方と一緒に最期まで闘いたかった。

 

「――ケテル1!! 突出するな!戻れなくなるぞ!!!」

 

「――・・・・・」

 

ビナー1。すまないが、もういいんだ。

 

「・・・」

 

 やっとだ。やっとなんだ。この男と、兜越しに眼と眼が合う感覚は。

戦場でのアイコンタクト。それは同じ間合で戦う者だけが持てる呼吸の一致。

 

「――貴方は今でも俺には負ける筈がないと思ってるんですか」

 

「・・・」

 

 砂から生まれる敵兵をまるで剣を持っているように払う、叩く、突く。 

錆を落とすのだ。もっと磨きをかけるのだ。でなければ追いつかん。

 

「・・・」

 

「――・・・ォオオッ!!!」

 

そうでなければ。この人には追いつけない。

 

「――ローナルド殿。貴方は・・・」

 

 時に合理的に、時に非合理に。

振るわれる妙な槍捌き。見覚えのない手練手管。・・・一体貴方はどれほどそれを振るい続けたのですか。

 

輝く空と軋む時空。ついに倒れる兵士殿。

 

叫び、敵の武器に斬られる俺の身体。

 

そして、

 

 

『---振り向くな』

 

 

天も地も焼き焦がす一撃。それが、今俺達の眼前に落ちていた。

 

『―――フハハハ!! 獅子王・・・ッッ!』

 

『---宣戦布告は受けとった。ゆえ今の貴様は邪魔だ、太陽王』

 

 ・・・閃光が迸り、再度落ちる我らが王の槍。あまりの明るさに一度目を瞑り、開けた瞬間そこに砂漠は跡形も無かった。

 

 そう。我々はとっくに、砂漠を抜けていたのだ。夢幻を覚まさせてくれた王の御声に改めて畏敬を。

 

『今は退こう。 だが余の国に侵入したその罪、万死に値する。その雁首みな揃えて待っているがいい。浮世をさ迷う女神よ!』

 

そう言って、太陽という名の荘厳なる王は去っていた。

 

『---我が爪牙達よ。 労おう、此度の偵察大儀であった』

 

「――。有り難き、お言葉・・・」

 

「――…兵士殿!起きて下さい、兵士殿…っ!」

 

「・・・・―――」

 

 起きない西方兵士殿。・・・おかしい、まるで昏睡ではないかこれは!よく見れば外傷は無いようだが。

 

『---我が兵を連れ、砦へ行け。ガレス卿のギフトならば助かろう』

 

「――ははッ!」

 

『---その後はガレス卿の指揮下に入るがよい。---皆充分に傷を癒し、我が元に帰還せよ。これは命令である』

 

「――は。王命、有り難くっ」

 

「――兵士殿は俺、・・・いや私の馬に乗せよう。ビナー1は兵士殿の馬を頼む」

 

「――心得た。南方の、手伝ってくれ」

 

「ブルブルヒヒヒン(しかし何故倒れたのでしょう?体力はまだ残っていた筈。王の槍撃と何か関係が?)」

 

「――偵察隊は仲間を見捨てねえ」

 

「――カラダニサワルゾ」

 

 そうこうして見えてくる聖都西方に位置する砦。サー・ガレスの居るその場所で、俺達は奇跡を見る事になる。

 

 

 

 

 

 




高い壁、厚い石。
穢れた血痕の一滴もこびり付かない、浄き城塁。
ここには、獅子王直属騎兵団特殊任務班X-1、遊撃部隊の精兵がたむろしている。
次回『アウターヘブン』
そして人々は、歩いて辿り着ける天国が隣りにあると信じていた。







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第22話 アウターヘブン

MTG風キャラ紹介です。何なりと無視、もといご覧下さい。

 【南方方面―剣の粛正騎士】無色④ 4/3
Enforcement knight of the south side(sword) 
クリーチャー―殿下・レジェンド。速攻。
 【聖都の獅子王】があなたの手札か場か墓地にある限り、あなたはレジェンドと付くパーマネントを何枚でもプレイできる。南方方面粛正騎士は召喚酔いに影響されない。
 ―――この聖都は世界の歪だ。遠からず誰かがこれを修正しに現れるだろう。たとえその者らに勝っても、我々は真の勝利を得られないのかもしれない。より悪い未来が待っているかもしれない。王の為に戦っても、犬死になのかもしれない。・・・しかし。
『カミトヒトノ差ガチカラノ差ダケナラバ!!カミノソンザイナド不要ラ!!!』
『…あの者達は皆優秀なのに何故標準語を話さないのだ?』
――聖都南方の兵達を見て。西方方面第2小隊隊長ビナー1の言葉。
 






 

 

 

―――そこは砦というよりは、地上要塞というべき造りであった。

 

「ようこそ我が砦へ。歓迎しますよ」

 

「――助かりました、ガレス卿」

 

 所々凹凸が目立つ小高い塁壁は上空から見れば星型を形成しており、ここより東方に位置する聖都とは真逆の造りである。 聖都と同じ円形にしなかったのは、主である獅子王がおわす場所に似せるなど獅子の円卓の矜持が許せなかったのか。はたまた前線基地(バトルフォート)であるならこれ以上の形は無いと判断を下したからなのか。

 

 いずれにせよ、銃砲火器が無い軍勢がここを落とす事は至難の技なのは間違いなかった。

 

 ・・・・ちなみに。

星型の要塞ってここ五稜郭かどこぞの宇宙要塞グランドキャスターじゃない?と思ったなら、ここが落ちたら全部お終いだという事は分かって頂けるかもしれません。

 

「――? ガレス卿?今何かおっしゃいましたか?」

 

「?いいえ何も。……話を戻しましょう。聞けば太陽王がついに我らに反旗を翻したとか。しかし心配は要りません。 聖都の戦力とこの砦の戦力とがあれば、問題は無いのですから」

 

「――そんなにも軍勢が集まっているのですか? こちらに来るときに少々見て取れましたが、何やら我らだけでなく元々この地に居たヒトも部隊に加わっているようでしたが」

 

「ええ、その通り。この世界のヒトも一枚岩ではないという事です。 …現状を打開したい、家族にもっと良い暮らしをさせたい、自分だけが助かりたい。ここは粛正騎士の数こそ聖都未満ですが、兵の数ならば引けをとりません」

 

「――脅威的ですな。しかしそのような大軍、如何にして兵站を?」

 

「定期的に聖都からの補給が届いています。モードレッド卿ら、遊撃部隊のおかげです」

 

「――恐れながら。 ヒトは大食らいです、それだけで賄えるとは到底・・・」

 

「……流石は王の粛正騎士。その通り、それらは全て備蓄分なのです」

 

「――備蓄、と言いますと?」

 

その時サー・ガレスが浮かべた表情は、どこか聖都の獅子王に似ていた。

 

「ここに居る者達は腹も空かず喉も渇かないのです。…わたしのギフト(祝福)ある限り」

 

「――何ですと?・・・失礼ガレス卿それは初耳ですが、」

 

「それ以上は貴方がたにも言えません。 ―――偵察ご苦労様でした、今は休息を取りなさい」

 

「――・・・はッ」

 

 敬礼し、ケテル1をはじめ退出する砂漠偵察隊の六名。サー・ガレスはこの場にいない最後の一名を慮り、やりかけの執務を頭から消した。

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

 眼を開けると、そこはどこか懐かしい石造りの壁と匂いだった。

ぉお?気絶していたのかな? なんだか前にもこんな事があったような。・・・ここは一体? ていうか何このベッド柔らか。

 

「――気がつきましたか、兵士殿」

 

「・・・・」

 

兵B!察するに隊は無事だったか。

 

「――ここはガレス卿とランスロット卿が指揮を取る砦内の一室です。 …我らは一時ガレス卿の指揮下に入り、休息。偵察隊七名全員で聖都に帰還し、太陽王との決戦に備えよとの王命です」

 

「・・・」

 

王命、了解。

 

「――兵士殿。私は先程ガレス卿とお会いしました。…一目見て、卿は以前とはまるで別人のような力を付けられたご様子。 それで私は、……なんと申しますか、あのお方が心配です」

 

「・・・・」

 

「それは有り難い事ですね。ここの兵達は、そんな心配も言葉も口にしませんから」

 

 音も無く開く部屋の扉。お懐かしいガレス卿のご登場である。

しかしはて?兵Bこのお方に別段おかしい所は無いが・・・・。

 

「! これは…。――出すぎた言葉、申し訳ありませんガレス卿」

 

「よいのです。 …わたしは王より賜ったギフトをトリスタン卿の次に長く使用していますから。あなたの知らぬ間に違う扉が開いたと思って頂ければ」

 

「――…はい」

 

「・・・」

 

「それにしてもお久しぶりですね、兵士さん。体調は如何ですか?砂漠の兵との戦で急に倒れたと聞きましたが」

 

「・・・」

 

 俺は五体満足健康第一を示す為、立ち上がって片腕を伸ばして曲げて最後にグイと目一杯伸ばした。

 

エイエイオー!ぶおおおおおーっ!!!ぶおおおおおおっ!!!

 

「相変わらずの軒昂ぶり。 …何だか最後に貴方達と会った日が、遠い昔の事のように思えてきます」

 

「・・・・」

 

「――ガレス卿。我々は貴方がた円卓の騎士様と王に忠を尽くすと決めた爪牙です。今我々は貴女の指揮下にある。何なりとお申し付け下さい」

 

「・・・」

 

兵Cです。何なりとお使い下さい。

 

「…ではその言葉に甘えましょう。 まもなくこちらにアグラヴェイン卿が来られます。貴方がたには地下室の警護をお願いしたいのですが」

 

「――了解。 何とこの砦に地下があるとは」

 

「意外ですか?この下には空洞が広がっているのです。そこには捕らえた捕虜達が収容されています。安易に盗られぬように」

 

「――成るほど、周到ですな」

 

ん?捕虜達?地下には山の翁以外にも誰かいるのかな?

 

「・・・・」

 

「――やはりガレス卿は捕虜の奪還がここに来ると思っておられるのですか?」

 

「間違いなく。 …では残りの偵察隊の方をここに呼んできて下さい。地下へ案内します」

 

 

 

 

 地下は地上と違って明かりが松明だけなので薄暗いが、不思議とカビ臭いとか汚いといった感覚は無かった。

 何かで清められていると言ったらいいのか、掃除が行き届いているのか。・・・ここは思いのほか綺麗だった。

 

「ここが地下室の出入り口です。中には山の翁がいますので、皆さんはここで警備をお願いします」

 

「――ッは。職務を全う致します」

 

「・・・」

 

任せて下さい。動くモノは全て殺します。

 

「兵士さん。ちょっとこちらへ」

 

「・・・・?」

 

 え、何だろう。伝説の武器でも見せてくれるのかな?配置に就いたケテル1や兵B達にお辞儀し、俺はガレス卿に付いていった。

 

「・・・」

 

「………、さて兵士さん。壮健ですか?」

 

「・・・・」

 

? ええまあ。俺は槍をクルリと回転した。不備無し。

 

「このような状況は久しぶりですね。…憶えてますか?貴方が急に倒れたのは以前聖地の幕舎でわたしと居た時。そして、今回」

 

「・・・・」

 

 実はガレス卿が聖都にいない折に私は職務を離れていた時期があったのですが、・・・・あれは王の一撃という明確な理由がありましたな。

 

「…そのどれもが王の聖槍が関係しています。宝具開放という共通点が。これは単なる偶然ですか?」

 

「・・・」

 

「………」

 

・・・・・。

 

俺は首を横に振った。

 

「―――分かりました。 さて兵士さん、実は間もなくここに敵がやってきます」

 

「・・・・!?」

 

「目的は一つ。ここに捕えてある山の翁、毒のハサンの奪還。 その後戦力を拡充し、聖都への大規模な反抗作戦を始めるつもりでしょう。

 ―――そんな事はさせません。たとえこの砦を破壊してでも、わたしは。わたしは王に身を捧げた獣なのです」

 

「・・・」

 

 それは私も同じです、ガレス卿。早く配置に就かねば。

しかし踏み出す俺の足に合わせて、ガレス卿は白い指を奥の通路に向けた。

 

「この先を行くと砦の正門に出られます。貴方はそのままここを脱出、聖都へ向かって下さい」

 

「・・・・」

 

逃げて生き恥を晒せと? 私は職務を全うします。

 

「止まりなさい。一兵卒」

 

「・・・・」

 

・・・ガレス卿?

 

「これは騎士の勘ですが、十中八九この砦は獲られるでしょう。…貴方がたの報告にあった太陽王の力は凄まじく、ここ数日反乱分子達の動きには無視できない何かがある。―――わたしはここで聖都へ向かう敵戦力の減退をはかります」

 

「・・・・」

 

それは私がここにいなくていい理由になってませんぞガレス卿。

 

「貴方は不思議な兵士さんです。 …懐かしいような、見覚えのないような。…まるで昔(生前)お世話になった厨房長を思い出します」

 

「・・・」

 

 厨房長?あの無口の?

料理上手いくせに俺の真似するなって言ったのに聞かなかったあいつですか?

 

「……、兵士さん。これは女の勘ですが、貴方はわたしよりも聖都に必要な兵です。 どうかご武運を」

 

「・・・・・」

 

聞けません、ガレス様。 俺は一歩も動かなかった。

 

「―――これは命令である。 聖都キャメロット西方方面兵士。我は獅子の円卓が一人、ガレス。背くは獅子王陛下に弓引く行為と心得よ」

 

「・・・・」

 

「貴方の馬はこの先に控えています。…佳い馬です、振り向かず駆けなさい」

 

「・・・・、・・・」

 

・・・・・・。

 

「もう逢う事は無いでしょう。さようなら。……兵士さんのおかげで、あたし。少しはこの世界で生きるのも楽しかった」

 

「・・・・」

 

「懐かしい頃を思い出させてくれてありがとう。正門のローナルドさん」

 

 

 

 

 

 

 ――カッポカッポと通路に響く蹄音。俺は愛馬に跨り、この道をただ無心で進んでいた。

 

「・・・・」

 

「ブルブルルルル(良いのですか?これで)」

 

「・・・・」

 

「ブル、ブルブルゥウ…(命令は古今東西絶対遵守です。それは貴方も誰もが歩いた通り道。馬の耳に念仏とお思いでしょうが、それでも私は尋ねます。…本当に、これで良いのですか?)」

 

「・・・・」

 

「ブルァア!ブルルブル!(偵察隊の仲間達とあの騎士を見捨て、命令だから聖都で一人王の為王の為ですか。 自分とそれ以外が全員死のうと、王さえ生きていれば大満足ですか。城兵フスカル・ローナルド。貴方はずっと…護る者ではなかったのですか?)」

 

「・・・」

 

「ブルヒヒヒン!!(私が蹄を預けた御仁は、そんな朽ち果てたノッポの古時計でしたか。なるほど確かに貴方らしい。………胸で何かが叫んでいるのに、気付かない振りして王の為に生きるが賢い生き方。 過程に出た犠牲は、致し方ない王の為と)」

 

「・・・・・」

 

「ブルゥール(ではどうぞ往かれるがよろしい。存分に本懐を遂げられよ。―――血潮を絶対零度で燃え尽くし、自分が自分で無くなる事に気付かぬほど没頭すればよろしい。それもまた良し)」

 

「・・・」

 

「ブルブルブル(だって他には何も。要らないのでしょう?)」

 

「・・・・・」

 

・・・我が馬よ。さっきからお前なに勘違いしてるんだ?

 

「ブル?(ひょ?)」

 

 君は知らないだろうが、我が王はな。俺達に全員で、我が元に、帰還せよと命じられたのだぞ?俺一人聖都に帰還出来るわけないだろう。

 

「………」

 

「・・・」

 

そうこうして砦の正門に出て、まず俺がした事といえば。

 

「?何だ貴様。 一体どこから湧いて出た!?」

 

「・・・」

 

「――!? 貴方はたしか聖都西方兵士殿。ガレス卿と共に地下の防備にあたっていた筈では!? そこは危険です!今この砦は山の民の攻撃を受けていて―――!」

 

「邪魔だ貴様ア!!!! 我らの邪魔はさせんぞ!!!」

 

「・・・」

 

的盧。君は砦の正門へ。

 

「ブルッブル(足が必要な折はいつでも。我が主)」

 

「・・・」

 

皆で聖都に凱旋する時はよろしく。

 

「ォォ!!!」

 

「・・・・・」

 

 気迫迫る黒い敵達。それに俺が槍を振るうと、俺の周囲にいた黒づくめの敵達は軒並み吹き飛んだ。・・・そうさ、俺は君に言われんでも分かってるのさ。

 

俺の使命は昔も今もただ一つ。ただ敵を殺し、護る。

 

「こやつッ粛正騎士か!」 

 

「たった一人で何が出来る!!」

 

「私の強みは、大勢の私がいることだ」

 

「お前の強みは?ミスターソルジャー?」

 

「・・・」

 

俺の強み?う~ん強いて挙げるなら、

 

「・・・・・」

 

王への忠心。それがここで燃えるなら。

 

「死ねッ!!!」

 

ただそれだけで何もいらねえんだよ。

 

 

 

 

 

 

「何だこいつは・・・?」

 

「何だあの槍捌きは」

 

「劣勢を、数を圧倒するスキルでも持っているのか?」

 

「乱戦の心得?いや違う」

 

「説明がつかん」

 

「まるでおとぎ話にある孤人要塞だな」

 

「…闇雲に立ち向かうな。我らが本分、忘れたか」

 

「誰にモノを言っている?」

 

「お前だが」

 

「誰だ?」

 

「私だ」

 

「私、私」

 

「・・・・・」

 

迫る槍の穂先。…呪腕の、時間稼ぎは任された。

 

 

 

 

 

 

「よし。無事で何よりだ、静謐の」

 

「長居は無用です、早く行きましょう先輩!」

 

「急ごうっ!」

 

 山の翁・静謐のハサンさんを何とか助け出したオレ達。意外な仲間も増えたし、後は皆でここから逃げるだけだ。・・・カルデアの一員として、人間として、オレ達はこの特異点を修復しなければ。

 

「…まあまあ。 そんな慌てずゆっくりしていけばいいではないですか。旧交を温めましょうよ」

 

「マシュっ!構えて!」

 

「・・・貴様。円卓の騎士か」

 

「! 貴女は………っ!?」

 

 立香が令呪をマシュに向け、補助の姿勢。対してオレの指(ガンド)は敵を指す。 そして盾が皆を護るように、不動の根を張った。

 

・・・そして敵の騎士は口を開き、

 

「獅子の円卓・『不浄』のガレス。 お見知りおきを、懐かしい貌のお嬢さん?」

 

 鎌も持っていないのに。――まるで白い神様みたいだと、オレは場違いにも思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




愛、望み、笑い、涙。
かつてこの胸に息づき、溢れていた物。
それらはある日焼かれて、一握りの炭となった。
炭は風に舞われて一周し、雷霆となった。
今、雷声が全てを呑み込み明かす。
怒りと哀しみと騎士の素顔が、天国の外側に晒される。
次回『Awkward Justice』
真白な落雷が、心に刺さる。





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第23話 Awkward Justice(前編)

 

 

 

 地下尋問部屋から廊下に出る為の出入り口は、重い鉄扉である。

 

 外敵を入れず捕虜を出さない為、造りは頑丈で開閉の際は多少音が出る。現に、部屋に侵入した異邦人・カルデアの者達は例に漏れず物音を立ててしまっていた。

 

 ・・・だが、しかし。 突如訪れた騎士は何ら音を立てず、トレーを片手で支えながらその扉を開閉した。

 

「・・・・腐っても円卓か」

 

「立ち話もなんですし、どうぞ。手製のホットミルクです」

 

「・・・敵の施しなぞ受けるか」

 

「毒なんて入ってませんよ。心外ですね」

 

「……頂きます」

 

「立香!?」

 

 盾持つ守護者と共に、サー・ガレスに近寄る女性。淡い赤色の髪をふわりと揺らしながらカルデアのマスターの一人、藤丸立香は温かいコップを手に取った。

 

「先輩、大丈夫です。ガレス卿が料理に一服盛るなんて有りえません。………?あれ?」

 

「その通り。そんな事をするくらいならこの剣で自ら喉を斬ります。 よくご存知で」

 

「……??」

 

ずずず~。

 

「立香、音」

 

「おいしい!ご馳走様でした!」

 

「ふふ、お粗末様です。…わたしが初めて習った料理がこのホットミルクでしてね、以来牛乳を扱った物にはちょっとした自信があるのです」

 

「兄さん達も飲んでみなよ!これ本当においしいよ!」

 

「・・・・貴様。一体何の真似だ」

 

 立香と同じく(こちらは無音だが)ホットミルクを飲むガレスが、珍しくコトリと。トレーにコップの足音を響かせた。

 

「一つ教えて頂きたいのですよ。――貴方達は、何故獅子王陛下に刃向かうのですか?」

 

「人理の為」

 

「成る程、模範解答です。 しかし皆様ご存知の通り、この世界はもう滅ぶことが決まっています。獅子王陛下はそれを良しとせず、何が何でもヒトを守護する事を決定された。――これのどこが悪いと?何故陛下の邪魔をなさるのです? 正しきヒトを護って何が悪い」

 

「護る・・・だと? 罪無き人を聖罰と称して殺しッ、自分達にとって都合の良い人間だけを選別するなど許されるかッ!!」

 

「万人が万人救われる筈が無いでしょう? 何時だって何処にだって選ばれなかった誰かはいます。―――そして、獅子王陛下は人々に聖抜を強制していない。むしろ城に選ばれるチャンスをお与えになっている。 知りませんでしたか?物事の半分は運ですよ」

 

「だからって、…殺すなんて駄目だよ!!」

 

「それは非道です!!!」

 

「非道でしかヒトを護れない状況なのですよ、ここは」

 

「・・・・・」

 

「貴方はどうお思いですか?異邦のマスターさん?」

 

 先程から黙ってガレスを見つめているのは三人。

カルデア側についさっき助けられ、仲間に加わった英霊・俵藤太。玄奘三蔵。そして立香の兄、黒髪の男性マスターである。

 

「兄さん」

 

「先輩」

 

「・・・、君はどう思ってるんだ?」

 

「どう?とは?」

 

「獅子王のやり方、どう思ってるんだ?」

 

「…正しいですよ」

 

「それは本当?」

 

「ええ」

 

「物事の半分は運。 この世界を見て、君はそんな言葉一つで片付けられるのか?」

 

「ええ」

 

「嘘ね。……私の眼は誤魔化せないわよ、ガレスちゃん」

 

『ガレスちゃん!?!?』

 

「ドクター、今は黙っていて下さい。 どういう事ですか?三蔵さん」

 

ガレスを強く見つめながら、三蔵は瞬き一つせずに言った。

 

「――…貴女、既にこっち側じゃないわね?」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「獅子王から貰ったっていうギフト、それのせいかしら。それとも無いはずの果てが有るこの世界の影響? ガレスちゃん。………貴女も獅子王も、もう英霊じゃないの?人としての心をとっくに亡くして、神様にでもなってしまったの?」

 

「……。 ―――フフ」

 

ガタリと。冷笑と共に、ガレスはトレーを地に置いた。

 

「勘のいいヒトは好きですが、少々観えすぎましたね。キャスターさん」

 

「…!?」

 

「心を亡くす? 何を今更。そんな物、獅子王にもわたしにも必要ないんですよ」

 

・・・・・。

 

「心があるから真実を見失い、保身と妥協を重ね、独り絶望という汚水(ドブ)に堕ちて終わる。ヒトの人生などそういう物。 …誰かを救いたいのなら、護りたいのならばそれを凌駕する事が第一。あの御方は、ついに御自身を超えられたのですよ」

 

「それは超えたとは言わないわ、ガレスちゃん。 辞めたって言うのよ」

 

「―――結構。それで誰かが救われるのなら」

 

『!? 円卓の騎士、戦闘体勢!構えてっ、みんな!!!』

 

カルデアの者達全員が構えると同時に、ガレスは全身をだらんと脱力した。

 

「――『不浄』開放。我に浄化は不要なり。 さあ、始めましょうか」

 

「敵・円卓の騎士サー・ガレス、来ますっ! マスター、指示を!」

 

 

 

 

 開戦は驚きと共に始まった。

腰に佩いた剣は抜かず、騎士は徒手空拳で立香達に突き進んだのだ。

 

『何だって!!?』

 

 それは武器など必要無いという侮りなのか、はたまた武器を持てぬほどに両手が黒く爛れているからなのか。

 

「拳!?円卓の騎士なのに!!」

 

「円卓にも色々な者がおるのだな・・・ッ」

 

 ・・・理由はさておき。 ギフトを持った円卓の騎士を相手に如何にして無事に逃げきるか。それこそが今のカルデア側の勝利条件であった。

 

「屈辱ですか? ならば我が剣、抜かせてみなさい」

 

「ガレスちゃん!貴女、間違ってるわ!!」

 

「…御託はわたしを倒してから存分に」

 

「もう!せっかくの可愛い顔がそんな無表情じゃ台無し!! マスター、ぶちのめすわよ!!」

 

「静謐の。 お前の力は、」

 

「…。…残念ですが。あの騎士は私の毒が効きません」

 

「・・・・何と」

 

「わたしが陛下より賜った祝福は『不浄』。我は一点の淀みも無い白い直線。 ――そしてわたしは、自身が護りたい者のみを護る者」

 

「それが騎士の言い分か!!!」

 

「何とでも。それが獅子の円卓の総意である!!!」

 

 ガレスの拳が地下のはらわたを抉り、瓦礫という名の血潮を撒き散らせる。

 沸き立つ土埃は刺激物となって鼻腔を刺し、立香達人間の放つ荒々しい吐息は今ここに獣がいるのだと十二分に理解した証拠であった。

 

「ふんッ!!」

 

「トータっ、大丈夫!?」

 

「要は相撲を一番という事だろう?ならば拙者に任せろッ!」

 

「―――……」

 

「応さあああぁぁぁあああああ!!???」

 

 カルデアのマスターの一人・藤丸ぐだおは今まで五つの特異点を英霊という人知を超えた者達と共に踏破し、経験した観察眼にて、新しく仲間になったアーチャー・俵藤太が見事投げ飛ばされた状況を見て取れた。

 

 ・・・まるで大型自動四輪車同士の衝突。

互いに手四つで正面からぶつかったと思いきや、俵藤太はガレスにその突進力を見事いなされたのだ。

 

 それは正真正銘受け流しの技巧。

合わさった右手と左手の力のベクトルが交互に絶妙なタイミングでオンオフを繰り返し、相手の力と重心、そして身体すら明後日の方向に投げ飛ばす業前(ワザマエ)。

 

 ・・・百聞は一見にしかず。

何だ簡単そうだなと見えるが、試しにやってみて初めて解る難しさ。  何故なら『術』(アーツ)とは、百人が百人同じ事をやっても上手く出来ないからそう呼ばれるのだ。

 

「ッッッフ!!」

 

「何て重い拳……っ。 技量もさる事ながら威力も想像以上とは…」

 

「マシュ!まともに受けないで!」

 

「――厨房に居た頃。剣も槍も振れなかったわたしは、単純な力の底上げと扱い方の鍛練しか出来ませんでした。……これらはその名残。この程度のわたしに勝てないようでは、ね」

 

「負けません!!!」

 

「そうこなくては!!!」

 

シールダーの盾とガレスの拳が、互いに火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

「――おい。無事か、ビナー1」

 

 開戦の号砲の如き戦闘音と誰かの声が、地下尋問部屋の外廊下で倒れている私を目覚めさせる。顔を起こすと、そこには生死を共にした仲間達がいた。

 

「――う、ん。 何とかな。他の者は?」

 

「――俺ら東方勢はぴんぴんしてるぜ」

 

「――衛生兵ー!!!」

 

「――ヌウアア!ココマデカ・・・・!」

 

「――皆無事のようだな。奴ら、止めを怠ったか?」

 

「――違う。恐らくこの砦を覆うガレス卿の力のお陰だろう」

 

「――? 兵士殿は?」

 

「――分からん。一体どこにいるのか・・・」

 

「――とにかくだケテル1隊長殿。今俺達のすべき事は二つに一つ。 すぐそこでドンパチしてるガレス卿に加勢して敵をブチのめすか、西方兵士殿と合流して敵を皆ブッとばすか」

 

「――・・・・いいや、第三の選択肢だ」

 

「――なに?」

 

ケテル1が顎で先を促した。

 

「――上に、地上に出るぞ。・・・ここはもう持ちそうにない」

 

「――ソノヨウダナ」

 

「――マジかよ!おいこんなトコで地割れ!!?」

 

「――階段へ急げ!!!」

 

 戦闘の余波がここまで凄まじいとは。

壁が、地が割れる音を聞きながら、私達は地下を後にした。

 

 

 

 

 

 



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第23話 Awkward Justice(後編)

 

 

 

 ―――サー・ガレスとカルデアとの戦いは地下尋問部屋だけに止まらず、天井をぶち割り岩壁を粉砕して地下から地上へ移動しながらの戦闘へと移行していた。

 

 マスター達はサーヴァントに補助や助言を出し、時折ガンドといったデバフ(debuff)を行ったが、ガレスには如何なる効果も受け付けなかった。

 

『何てこったッ!! ルキウス君がここにいてくれれば・・・!』

 

「あんな苦しそうなルキウスさんを、ここへ連れて往くわけにはいきませんっ」

 

「ドクター!所長!対処法は・・・!?」

 

『敵騎士の属性はセイバーのようだけれど、貴方達が戦ったガウェインやモードレッドのように特別ギフトでブーストしているわけでは無いわ。 バッドステータスは期待できないみたいだけど、こちらは数で圧倒してる。ジリ貧を狙いなさい!』

 

「了解!!マシュ、お願い!」

 

「真名、偽装登録。―――いけます」

 

「いいえ。させませんよ?」

 

 魔力を漲らせたシールダー、マシュ・キリエライト目掛けてガレスの拳が音速を超えて直進した。

 

「えいッ!!!」

 

「三蔵ちゃん!」

 

「拙者もいるぞッ!!」

 

「トータ!合わせて!!」

 

「応!!」

 

玄奘三蔵と俵藤太の掌底が、拳ごとガレスの身体を後方に吹き飛ばした。

 

「………」

 

「宝具、展開します!」

 

 マシュが盾を前線にて叩き付けると、光の壁がカルデアの者達全員を護るように包み込んだ。其の名を『人理の礎』。 

 

 ・・・デミサーヴァントであるが故に、擬似的に展開される彼女だけの宝具(パーソナルアート)。 ロード・カルデアスと所長達は呼ぶが、何か違うとマシュは人知れず思い続けていた。

 

「! これは凄い・・・、身体に力が!」

 

「…。このような宝具も有るのですね。暖かい…」

 

「今です!皆さん!」

 

「………それが貴女の。宝具ですか」

 

光を身に纏ったキャスター・玄奘三蔵の掌底が音を置き去りにし、

 

「そんなモノが………」

 

そして俵藤太の放った矢と、呪腕のハサンと静謐のハサンのダガーが。シールダーの盾が、

 

「その程度のモノが……」

 

ガレスの身体に深々と突き刺さった。

 

「え……?」

 

「―――足りませんよ。全く」

 

 まるで何事も無かったかのように。

『不浄』のガレスはマシュの耳元で呟くと、一息で小高い建物の屋根へ跳んだ。

 

「拍子抜けの皆さんをわざわざここ(地上)へ誘ったワケと、この世界で我らが獅子王陛下が定められた禁止事項をお教えしましょう。 まず一つ、聖都内での処刑行為。二つ、モードレッド卿に対する日没後の聖都への立ち入り。―――そして最後、」

 

 それは時間が止まったような瞬間だった。

屋根に仁王立ちするサー・ガレスが、おもむろに両の拳を広げ、手のひらを天の暗闇に向けてこう言ったのだ。

 

「『暴走』と『不浄』の祝福。双方屋内での完全顕現禁止」

 

「………、まさか」

 

「―――『不浄』顕現。我は不滅の穢れを浄化せし白き雷光」

 

 言葉が終わると、ガレスの白くなった十本の指は空を白ませた。

闇夜を照らす十のいかづちが指先から天に昇り、彼女の身体からもまた一本の白雷が空に向かって伸びた。

 

 ・・・そして合計十一本の雷霆が、さながら竜の息吹のように雲と闇を晴らして砦の空に白色の彩りをもたらした。

 

「…………――綺麗」

 

『惑わされないで、マシュっ。………こっちの計器の測定がヒトの英霊の域を超えてると出ているわ。 天の化粧すら塗り変えるなんて、何が不浄よっ!!』

 

しかしその絶景に、あらゆる生命が魅せられた。

 

「理解できなくて当然です。 ギフト(祝福)とは、王が我らに与えたもうた力。それがこの身に馴染めば馴染むほど我らは王に、―――神に近づく」

 

・・・・・。

 

「この我が力の事は同胞にも伝えていません。なので存分に、―――さあ始めましょうか」

 

 この時。

マシュ・キリエライトが咄嗟にマスター二人の頭上に盾を構えたのは、正に奇跡と言って差し支えないタイミングであった。

 

 一本の落雷が彼女の盾の丸みで流れて地面に消える、――が次の瞬間かるく十倍の量の雷が彼女たちの周囲に降り始めた。

 

「マシュッ!!」

 

「動かないで下さいっ!!先輩方!!!」

 

 一歩でも動けば、直撃する。…いやそもそもこのまま動かなければ大丈夫という保証も無い。それはこの場にいる人間が同時に思った事だった。

 

「―――考えた事はありませんか?皆さん。 何故世界は、昔も今もいつも何処も上手くいかないのかと」

 

「上手く?………っっ!!?」

 

 雷が降る。降り続ける。

そして雷霆を背にして尚白く光るガレスが、ヒトを見下しながら言葉を独り言のように口にした。

 

「皆を助けたいと思っても、それは無理と現実を見せ付けられる。だったら自分のこの腕で庇える誰かだけでも助けたい。 ―――それすら出来ないと誰かを諦め、自分だけが助かりたいと思い至って思考を停止する。それが人間です」

 

「……っく。何を…?」

 

落雷の量は増えに増え、咆哮する天の雷声はまるで一つの巨大生物を思わせた。

 

「―――生前のわたしは、ランスロット卿を何とか助けたかった。 あのお方には絶対何か理由がある。潔白の身で臨めば、騎士として応えてくれる筈と。そう信じて疑っていなかった」

 

「マシュ殿!この雷、ただの雷ではない! 触れればたちまち・・・ッ」

 

「待ってて皆!今あたしのこの拳で………――あぐ!!??」

 

「三蔵殿!」

 

「―――ギネヴィア様はお美しく聡明でした。わたしは、必ずや助けに来るだろうランスロット卿と共にあの方も救おうと思っていた。 でも皆、不可能でした」

 

「雷が地面で跳ねてる!危ない、マシュッ!!」

 

「動かないで下さい!マスター!」

 

「物事の半分は運命。全ては全部運と巡り合わせが悪いせいだ、と。

―――否、断じて否。あの時もっと力さえあれば、全部何とかなったのです。 この雷のように穢れも運命すらも塗り潰せる力があれば。―――だからわたしはあの日ギフトを受け入れ、王と共に今度は誰も彼も救うと決めた」

 

「ぐわああああ!!!!」

 

「呪腕さん!?」

 

「―――でも聖地奪取の戦は、わたしにそれすら不可能な事を教えてくれた。 死のうと思ったけど、あの兵士さんが頑張っているのだからもう少しだけ頑張ろうと思った。―――そして今、」

 

「ぅああああっ!!」

 

「静謐さん!!!」

 

「―――わたしはついに獅子王様と同じになった。 己を全うするだけの、ヒトを超えた獣に。やっと、やっと!やっと!!!」

 

・・・・・。

 

「―――もうわたしは諦めない。もうわたしは絶望しない出来ない。わたしはガレス!!! この手を穢したこと無いただの騎士として!!!わたしはわたしの正義を成し遂げる!!!今度は絶対に護ってみせる!!!!」

 

もう誰も、傷つきませんように。

 

「だから。―――邪魔な汚れは消え失せて下さい。この世ごとね」

 

 ・・・ガレスが白い指を眼下に向ける。

それは竜の化身となった雷霆が人間達を襲い来る合図。マシュの盾で防いでも、地や壁で跳ねるそれは雷竜の顎(アギト)となって立香達全員に直撃し続けた。

 

 ――その雷撃は大英雄だろうと誰であろうと、とても耐え切れる代物では無かった。

 

「………ぅああああ!!!!」

 

「――ッッッッーーー!!!」

 

「………っ!!!!……っ!」

 

 神鳴りをその身に受けた人間から、悲鳴など出るわけも無い。

それは生存方法を模索する為に脳が身体に命令を出した結果であり、一撃で身命の一切合財が終わる何かを食らえば、生存を模索する事は非効率で無駄な事である。

 

「・・・・」

 

「…………」

 

 ――人間の細胞・遺伝子が連綿と受け継いでいる、おぼえているこの真実。 弱者と無駄は淘汰され、種の保存という名の取捨選択の結果が我々(現人類)だという事は、心が理解出来ずとも周期的に生まれ替わっている約37兆2000億個の細胞は皆理解している。

 

 ―――だから。今受け入れれば、楽になる。現実を。

 

「嫌だ」

 

・・・・・・。

 

「オレは、辞めないッ」

 

「私は、諦めないっ!」

 

「―――、――何ですって?」

 

『不浄』のガレスの視線の先に、誰かが立ち上がる。

 

「・・・貴女は。歪んだ力だけに、魅入られてるッ」

 

「人を辞めて、本当にいいの?人を守れるのは、同じ側の人だけじゃ、ないの?……ガレス卿っ! …私達は、幾つもの特異点を旅してきた。そこでの人は、人のまま、何かを為し遂げようとしてたよ。頑張ってたよ!」

 

・・・・・最後まで。

 

「―――何故立ち上がれるのです。力の差は、十全に思い知った筈。貴女達はこのわたしには絶対に、」

 

「……ガレス卿!貴女は、間違ってるっ!」

 

「オレ達は、諦めないッ」

 

「私達は、やめたりなんてしない!」

 

最期まで。絶対に。

 

「せん、ぱい………っ!」

 

「……何ですか。それ。貴方達はゾンビか何かですか? …何で、何でそんなボロボロなのに。眼だけが―――」

 

「だって、決めたから」

 

「たとえ明日が来ないとしても、あの小さな手を取ったから!!!」

 

「……先輩っ!」

 

―――だから、絶対に。我々は負けない。

 

 

 

 

 ……その時を、わたしは今際の際でも鮮明に想い出せると分かった。

 

歯を食いしばって、血を流す膝になけなしの力を込めながら立ち上がる先輩方の姿を。

 

 同時に光が迸るこの円盾と、駆け抜ける風の芳香を。…降り続けている雷とは違う、月光のように神秘的で綺麗な光を。

 

「―――サーヴァント・セイバー。闘う意志と、召喚に応じて参上した」

 

「………」

 

 金の稲穂の髪。

どこか先輩に似ている、強い意志を秘めたエメラルド色の瞳がこちらを向く。

 

「―――問おう。貴方が私のマスターか」

 

 時が止まった夜天の霹靂の下。

わたしの胸の中の何かが、今動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




聖都と砂漠、カルデア、兵士、獅子王、円卓の騎士達。縺れた糸を縫って、神の手になる運命のシャトルが飛び交う。
流れ着いた特異点の地表に織りなされる、女神の企んだ紋様は何。
巨大なタピスタリーに描かれる一つのドラマ。
その時、騎士は叫んだ。我が王よ!と。
次回『Vector to the Heaven』
いよいよ、キャスティング完了。





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第24話 Vector to the Heaven

 

 

 

 ―――肌がざわつく感覚が止まない。

 

 

 砦の外にて、俺はアサシンの放つ漆黒色のダガーの群れを薙ぎ払い続けていた。

 足腰を使って時に回転し、時に沈み込む。重心含め『力』を最大限に利用し続ける事は、兵士の基本。

 

 ・・・個人同士の戦いの場合大抵はこれで何とかなる。だが誰が言った言葉だったか、――戦いは数だよ。 

 

 甲冑の至る所が敵の攻撃で軋むという音を聞きながら、俺は敵を殺すべく槍を振るっていた。

 

「・・・」

 

「―――生き汚い兵卒が」

 

「まだその武器を振るうか。たった一人で」

 

 無論。たとえ疲労で脚が動かせなくなっても、腸骨含め骨盤が動けば人体と重心は経験上勝手についていく。そして俺は獅子王陛下の爪牙。疲労など無い。

 

「気持ちの悪い」

 

「砦の兵どもは烏合の衆だが、中々どうしてお前は骨が有るらしい」

 

「英霊でもない只の兵士。お前は止まるという事を知らぬのか?」

 

「…やかましい。さっさとヤツの息の根を止めろザイード」

 

「フ。 では任されよう」

 

 漆黒の人影が華麗なステップを刻みながら俺の真後ろに移動する。初見だがその歩法の凄絶たるや、正に無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き。 なので俺はその美脚に自然と槍をぶつけた。

 

「ごっっはッ!!!」

 

「他愛ないなザイード」

 

「足首をくじいたアサシンなど不要だ」

 

「・・・」

 

 むう、さっきからずっと軽口を叩いてるがこいつら・・・強い。このままじゃジリ貧は必至。理想はこいつら全員叩き潰して兵B達と合流だったけど、どうしようか。

 

「・・・・」

 

 砦の者達はあっちこっちで戦っているし、援軍は期待できないかも。ていうか今気づいたけどこのアサシン達何人いるの?図体は十人十色だけど百人スミスかよ。空飛んで逃げるしかねえじゃん。

 

「・・・・」

 

 ・・・槍を振っても振っても肌が粟立ち、何故か不安と武者震いが募っていく。 砦で何かが起きようとしているのか?それともここにいたら危険だと本能が伝えてくれてるのか?

 

妙な虫の知らせを強く感じ、俺は槍の穂先をうわずらせた。

 

「…我ら相手に脇見とはな」

 

「もらった」

 

「・・・」

 

 真上からの滑空攻撃。 刹那見上げて対処してしまったら、その隙を突かれて終わる。左と右と斜めに二人ずつ。

 

あ・・・・やべ。

 

「何をしている。 もうへばったか」

 

 声と同時にアサシンのダガーに負けない黒色の鎖が、俺の周囲にいる暗殺者共をみな吹き飛ばした。

 

「・・・ガレスに呼ばれて来てみれば、既に戦端が開かれているとはな。 敵は山の民か」

 

 アグラヴェイン卿!!! 

来た!鉄の騎士来た!ありがとうございますこれで勝つる!!

 

「なるほど、大方ハサン奪還作戦といったところか。・・・ついて来い、無口な兵士。急ぎガレス卿と合流し今後の対策を練る。この敵共には構うな、所詮陽動だ」

 

「・・・」

 

了解! 俺とアグラヴェイン卿は同時に駆け出した。

 

「・・・・む?」

 

 砦の正門をくぐった瞬間、上空に三つ首竜みたいな形をした稲光が奔った。白い霹靂が雲を追い散らかしながらそこかしこに落ち続け、砦の深夜を青天の白夜へと変える。何これ超怖いんだけど。

 

・・・でもどこか、神々しいような。

 

「ガレスめ。・・・・よもやこれほどの力を隠していたとは。しかも神性特性すら得ている」

 

「・・・」

 

 何で分かるんだろうこのお方。

でも確かにこの落雷、どこか離宮みたいな厳かさが感じられますね。

 

「だがこれは良い。陛下の御為になるというものだ。 ガレスが奴ら反乱分子どもを消し炭にした機を見計らい、近づくぞ」

 

「・・・」

 

了解。これを前にしてはいかなる存在もたちまちお陀仏でしょうな。

 

「・・・・、―――む?」

 

 屋根下で雷宿りをしながらよく見れば、あれは三蔵様に藤太様。やはり貴女達は我が王の敵になりましたか。 だがまあ、あんなにガレス卿の白色雷の直撃をくらえばもう駄目でしょう。その証拠に、落雷がピタリと止んだ。

 

「・・・・・」

 

おさらばです。俺は王の敵を追い詰めるべく歩き出した。

 

「・・・・・・な、に――?」

 

「・・・・」

 

 聞こえたのは後方から黒騎士の呆然なる声。そして今までとは違う光がこの眼に見える。・・・・それはとても綺麗で、何処か我が王に似た聖を宿していた。

 

「あれは、・・・・誰だ」

 

 脳裏に消えない記憶が想いだされる。 

数多の会戦を不敗の二文字で完遂し、勝利という銘の剣でいつも俺達を鼓舞したあの光。卑王(憎いあんちくしょう)を斬り潰し、ウーサー様がいつも待望していた人知を超えるこの魔力と、再度落ちる雷すら斬り捨てるこの剣腕。

 

「・・・」

 

お懐かしい。

 

「そんな、事は。ありえん」

 

「・・・・」

 

「ありえんだろう?」

 

「・・・」

 

俺の一歩前に立つ黒い騎士が、独り声を上げる。

 

「――何故だ。 そんなにも我らが許せなかったのか。この死にかけた星にすら呼ばれ来るほどに。死にかけの異邦の人類にすら応えるほどに。・・・我らに誅を、下さなければと? そうなのですか騎士王よッ!!」

 

「・・・」

 

・・・・・。

 

「・・・どうする。このままでは全てが狂う。聖都は磐石だが、それはかのブリテン王が居るからだ。だがこの状況を見ろ。 ・・・・王が、この世界に、御二人。離反者が出るだろうか?否、獅子の円卓は歪まない。 しかし陛下が眼の前におられる以上、これを見て混乱が生じない可能性はゼロではない。ゆえ今取るべき行動は―――」

 

「・・・」

 

くいくい。耳を揉むボディランゲージを俺はする。

 

「――――。 それは、」

 

「・・・」

 

 貴方は昔もいつも難しく考え過ぎまする。

それは誰にも出来ない貴方だけの凄さですが、今は切り替えしが必要では?

 

「・・・」

 

「・・・・・」

 

耳を揉む『鉄』のサー・アグラヴェイン。

 

「―――命令だ、兵士。他の者らと共に敵を殲滅せよ」

 

「・・・」

 

はい。

 

「ただの一人も例外はない。我らが王は、聖都の獅子のみである」

 

「・・・」

 

了解。元より。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

――瞬きをする暇もなく、わたしはただただ見つめていた。

 

「久しいなサー・ガレス。変わりない様子で何より、と言いたいが。 どうやら卿は様変わりしてしまったようだ」

 

 風に覆われた聖剣が金色に輝きながら露わになる。 その綺麗な光を見て、わたしは瞬きをしようとして止めた。

 

「………」

 

「どうした。我らは戦場で出会ったのだ。騎士として、為すべき行動を為すがいい」

 

「………、…」

 

 何故。 という疑問が堂々巡りを繰り返す。考える事をやめてもまた巡る。我が意によって再び白雷が周囲に降り落ちるが、しかし。

 

眼前の騎士の王は手に持つ剣で異邦の者達全てを護っていた。

 

「……アーサー、様」

 

 今の我が王は獅子王陛下ただお一人。

だってガヘリス兄さんをケイ卿を、同胞を、数多の兵士を。鉄の魔人を殺してきたのは一体誰の為、何の為。

 

眼前の騎士王ではなく人間を辞めた獅子王を選んだのは、どこの誰?

 

「私はセイバーのサーヴァントだ、サー・ガレス。マスター達人間を護ると決め、この剣を手に執った一人の騎士だ」

 

「………」

 

「では貴公は?」

 

「わたし、…わたしは……」

 

 エメラルド色の綺麗な瞳はわたしを糾弾しているのか。問いかける眼前の騎士は、剣を右脇に構えた。

 

「―――参る」

 

「………」

 

 それはかつて円卓全ての騎士と兵士が憧れ、忠を尽くすと決めた騎士王アーサーの構(かまえ)だった。

 

わたしが模範とした、我が王の構だった。

 

「………。わたし、は」

 

 震える右掌が拳を造る。左はもう既に握り締めていた。

屋根の上から跳んで膝を曲げて着地。その間、我が眼は敵から離れなかった。

 

―――離せなかった。

 

「わたしは!!!!」

 

 利き手が剣の柄に飛ぶ。それと同時に、この胸から湧き立つ何かの温度が、わたしの喉を煮沸させ叫ばせる。―――そう、今だ。

 

この世界で名乗りを上げるべき時は、今しかなかった。

 

「わたしはロット王が子、円卓の騎士ガレス!! 我が主君獅子王アーサーの御為、貴女に決闘を申し込む!!!」

 

「―――」

 

構える騎士の王に、言葉は不要だった。

 

「この…戦いが……っっ!」

 

 剣を抜き放ってすぐさま右肩に担ぎ、まるで貴婦人がするように気持ち腰を捻る。それはちょうど眼前の敵・セイバーと相反する構だった。

 

………それがとても。 嬉しかった。

 

「この戦いが誉れ高き戦いである事!!!!!」

 

 ―――落雷は止み、生前よりも紫電よりも速く地を駆ける脚。そして切り間へと大きく踏み出す一歩の足。

 

「ォォォオオオォォオオオオオアア!!!!」

 

 それはセイバーとわたしの二人分。

己の体重と突進という運動エネルギーを合算した全力を、得物を振るという行いの全動力に充てる。

 

 ――違うのは『狙い』。 土踏まずを軋ませながら首と腰を捻じ切るように振るわれるわたしの剣は、的確にセイバーの首筋に向かい。

 

敵はわたしの脇下目掛けて斜めに剣を切り上げていた。

 

 ――その速度は我が間合と想像を僅かに凌駕しており、

わたしの剣が敵に届く前にこちらが切られる事は肌で感じ取れていた。

 

だからこの状況を覆さねばならない。

 

わたしが剣の英霊なのであれば。 

 

「―――ッッ!!!」

 

 わたしは剣を振り下ろした。敵の武器を粉々叩き折るように。

そして生じる互いの剣がぶつかって刃鳴散る反動反発を、更なる一撃を加える為の動力とし、わたしの手首がクルリと返る。

 

加速するスピード。切り上がる剣。

 

わたしは後の先という勝機を獲った。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

…雷が通り過ぎれば、晴れ間がやって来る。

 

 それは昔(生前)ブリテンでよく見た光景。まるで天使様が昇るはしごみたいで綺麗だと、わたしはこの光が今も昔も好きだった。

 

「―――」

 

「………」

 

 空を切った我が剣。

全身を沈み込ませ、片膝を地に着けながら左手のみで振り上げた騎士王の聖剣。それはわたしの胴体を斜めに切り、祓っていた。

 

「相変わらずの運体と運剣。 流石は我が王」

 

「―――騎士ガレス。貴女も」

 

 さらりと、音がする。

有るはずの無かった我が心が振り向いた事により、わたしの霊基が塩と化してゆく音。これが獅子王からギフトを頂いた上で反逆した獣の末路。 でも何故か、心と頭は清々しかった。

 

 もはや英霊の座に負けて帰るだけのこの身なれど、どうか。どうか身勝手ながら最期に暇乞いのお許しを。

 

『---許す。申すがよい、サー・ガレス』

 

「獅子王陛下。 貴女は、間違っている」

 

『---そうか』

 

「………」

 

もう何も聞こえない。自分の声も、誰の姿も何もかも。

 

「頑張って。皆さん、幸運を祈ります」

 

 ? 今わたしは何と言っただろう。

人が頷く気配を感じ。何故か少しだけ嬉しい気持ちと共に、わたしは雲散した。

 

 

 

 

 

 

 




始めから感じていた、心のどこかで。
強い憎しみの裏にある渇きを。
激しい闘志の底に潜む悲しみを。
…似たもの同士。
自分が自分である為に、捨ててきたものの数を数える。
声にならない声が聞こえてくる。
次回『仲間』
一足先に自由になった誰かの為に。





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第25話 仲間

【円卓のガレス】 白④ 5/3
Gareth of the Round Table
クリーチャー―円卓の騎士・レジェンド。
 プロテクション(黒) (このクリーチャーは黒のものに対してブロックされず、対象にならず、ダメージを与えられず、エンチャントされない。)
 キッカー・無色②(あなたがこの呪文を唱えるに際し、あなたは追加の無色②を支払ってもよい。)円卓のガレスがキッカーされた場合、このカードはプロテクション(すべて)の状態で戦場に出ると共に、これ以外の全クリーチャーに2点のダメージを与える。
 ――染まらず穢れず。悔やまず惜しまず。それが騎士。









 

 

 

 

 

 ・・・・あれは昔(生前)、俺が正門での仕事を終えて家に帰る時の事だった。

 

『新しく厨房に加わった新人の事でご相談が』

 

ローナルドさん。と、相変わらず硬派な声が俺を呼び止める。

 

『―――?』

 

何だよ藪から棒に。 俺はそいつに言った。

 

『あの者は大器です。厨房にのみ収まるとは到底思えません』

 

『――――?』

 

お前がそう言うなら間違いないんだろうけど。でも何でまたそれを俺に言う?

 

『貴方も是非一度ご覧になって下さい。ローナルドさん』

 

『―――?』

 

答えになってないぞ厨房長殿。・・・ちなみにその人を厨房に採用したのはどなただよ?

 

『サー・ケイ殿です』

 

『――――』

 

 ぬぬ?

となればまず裏があると見て間違いない。もしお前が言うその人に好機が訪れたら、邪魔しない方が良いだろう。適当に全部流れに任せ任せ。

 

『はい』

 

『――。―――?』

 

 ・・・て。お前何でわざわざ俺に意見を求めるわけ? 昔同じ部署に居たってだけで、今の貴方はこの城の兵糧を司る厨房長殿でしょ。私のような一兵卒に気安く話しかけられては、他者に示しがつかぬのでは?

 

『ご冗談を。 正門での仕事と貴方の料理は、私の人生に指針を授けて下さいました。死んでも忘れられません』

 

『――――』

 

 大げさな。俺が作ってた料理なんて雑なバーンミートとベチャベチャしてる麦だった何かぐらいだろうが。 

 

お前の料理がキャメロット城一番だよ。

 

『・・・・。そう言って頂けると腕によりを掛けたくなります』

 

『―――』

 

今夜は御馳走だ。  

 

『厨房長!探しましたよ!』

 

『―――?』

 

けたたましい足音が俺達の肌を撫でる。・・・むむ?君が噂の新人君?

 

『はい、初めまして!ガレスと申します!宜しくお願いしますね!!』

 

『・・・何か用か。ガレス』

 

『――――?』

 

 お前はもう何でこういつもぶっきらぼうなんだよ人生損するぞ。 ガレス君、こいつはこう見えて良い奴だから挫けないでね?

 

『はい、勿論です!!厨房長には料理の事や城の裏方など様々教わっています!感謝しております厨房長!!』

 

『・・・・』

 

『―――』

 

お前照れるなよ。大の男が一体誰に似たんだそれ。

 

『あのっ。………ところで、貴方は?』

 

『・・・ガレス。この人は私の先輩で、』

 

『―――』

 

 失礼まずは自己紹介を。王の下、これから長い付き合いになるのだし。俺はこの城の一兵卒、正門担当のローナルド。

 

『じゃあ正門のローナルドさんですね!改めて宜しくお願いします!』

 

『―――』

 

今の厨房には腕のいい頭がいるから、とても良い所だよ。こちらこそ宜しく。

 

『はいっ!これからのこの城の炊事は!お任せ下さいね!!』

 

 ―――頼もしい笑み。そして優しげな瞳の色。

こんな人間を見ると、この城の未来は明るいなと俺はいつも思っている。 兵士とはこんな人達と王を護る為にいるって、そう改めて思わせてくれるのだ。

 

『おいガレス。それで、用は何だ』

 

『…ああっ!?忘れてました厨房長! ホットミルクを作ったので是非味見をお願いしたいのです。習った通りに出来ていますか!!?』

 

『ホットミルクは奥が深いからな。・・・俺も、それを厨房で初めて習った』

 

 今は只の厨房兵。後のサー・ガレス様は、昔も今もとても好い御方だった。あの人は良い同僚だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・遠い思い出が脳裏に浮かび上がり、蝋燭を焦がす炎を吹き消すように俺は目を閉じる。

 

 初めて逢った時の出来事。心震えるあの日あの時。この目蓋を開けてしまえば何処かに消える、懐かしい過去。

 

とっくに慣れ親しんだ忘却の彼方を、俺は開いた目で直視した。

 

「・・・・ガレス」

 

「・・・」

 

アグラヴェイン卿はジッと、塩と光になって消えたガレス卿を見ていた。

 

「・・・砦の全部隊に通達。奴らを逃がすな。一人として、誰として例外無く打ち倒せ」

 

「・・・」

 

了解。俺は敵目掛けて全速で駆け出した。

 

「! マスター、下がって!」

 

「セイバーさんっ!! ……ええと、セイバーさんでいいのかな?」

 

「見ての通り。私はセイバーのサーヴァントです、マスター。ですから私の事はセイバーと」

 

「・・・」

 

お喋りとは余裕ですな。・・・流石は、

 

『この霊基………。ぐだーずっ!そのセイバーはあの誉れ高き騎士王よ! でもこんな土壇場で来てくれるなんて…』

 

「マジですか所長!!?」

 

「私は貴女達の闘う意志と不倒の心に共感し、召喚に応じました。我が剣と命運は貴女達と共にある。どうか存分に指示を」

 

「了解、よろしくセイバー!…でもまずここは一旦退くべきだと思うんだけど!」

 

「承知しました」

 

「セイバーさんっ! マシュ・キリエライト!援護します!」

 

「…? その盾は………」

 

「・・・」

 

のがさんぞ。

 

「!この敵……っ」

 

 俺は盾使いの女性の前に立ち塞がって槍を振るう。そして砦の粛正騎士達が続々と集結。異邦者どもを包囲しつつあった。

 

 ・・・しかし意外と数が少ない。

あの百人アサシンの陽動が功を奏しているのか。これ、まずいかも。

 

「敵騎士多数集結中…っ!! しかもこの敵は、たしか聖都正門で戦ったあの敵騎士です!マスター!」

 

「やっかいだね……」

 

「・・・」

 

 おや憶えてくれてたのか、敵ながら嬉しいね。でも俺は騎士なんてガラじゃないよ。いつぞやのお嬢さん?

 

「ハァァアアアアア!!!!!」

 

「マシュ!?」

 

「・・・・・」

 

 この戦はガレス卿の魂に送る我らのトーテン・グロッケ(とむらいの鐘)。響き渡る鉄の剣戟で創られるこのララバイ、あの方へどうか届きたまえ。

 

「わたしはシールダーです、マスター!! セイバーさんが加わった今、わたしが殿を務めるのは当然かと!!」

 

「確かにそうとも言えるけど……」

 

「・・・・」

 

 砦を震わせる盾と槍のぶちかまし。 ・・・おお?この短期間で随分腕を上げたと見える。足元のお留守がさっぱり消えているし、良い戦場に巡り合えたか。

 

「――絶対に。先輩方には、手出しさせません!!!」

 

「・・・」

 

 繰り出される盾の攻撃。

そのどれもが重く鋭く、俺を像に踏まれるアリの如くぶっ潰そうとする意思が感じ取れた。良い事でもあったのかな?

 

・・・なので俺は槍を下げて顔と身体を余所に向けた。

 

「……、―――っ!!!!」

 

そう。誰がどう見ても、今が好機。

 

「・・・? マシュッ!!」

 

 好機を逃さないシールドバッシュが、真っ直ぐ俺に向かって飛んで来る。その鋭さと激しさは、百人が百人眼で見ていなくても判る類の物。

 

そういう風になるよう仕組んでいる。

 

「・・・・・」

 

 なので敵よりも一拍早く、俺はクルリと回転した。

そして我が腕で盾を受け流して攻撃を躱すと、敵の真横に移動した俺は敵の首に槍を叩き込んだ。

 

「………っっ!!!」

 

「・・・・・」

 

―――卑怯。 と、誰かの口が呟く。真剣勝負の最中相手に背を向け武器を下ろす。なんて汚い騙し技と。

 

しかしこちらを振り向く、盾使いの顔はこう言っていた。

 

「…………」

 

「・・・! マシュ殿、三蔵殿達のお陰で埒が明きました!こちらに!」

 

―――そんな戦法もあるのか、と。

 

「・・・・・」

 

「…………」

 

「退散しますぞ、マシュ殿。長居は無用!!」

 

 山の翁の一人だろうか。

片腕を布で隠したアサシンが粛正騎士を蹴散らし、盾使いの隣りに立って声を上げる。・・・だがこいつは俺から視線を少しも逸らさなかった。

 

「………。はい」

 

 ―――空振り。

騙し討ちを狙った俺の攻撃は空のみを切っていた。この盾持ちは最初から解ってたようにしゃがみ込んで槍を躱し、更に大きく一歩跳んで俺の間合から逃れたのだ。

 

「・・・・・」

 

「…………」

 

 タイミングは完璧だった。

攻撃だけを考えている者ならば、致命傷を負う事は明々白々だったのに。

 

 ―――つまり。騙されたのは俺か。

 

 さっきまでの一辺倒な攻勢は最初から演技。その証拠にこの行動とこの間合。 跳ばずに一撃俺に加える事が出来たのは確実。

 

 ―――今の機、いつでもお前に一撃見舞う事は出来たぞ。この間の正門での戦いの意趣返しは、存分に果たしたぞ。と?

 

「・・・・・」

 

城兵たるこの俺を。 貴公騙せるようになったか。

 

「…………」

 

 ズリズリと後退し、そしてあっという間に撤退する反乱者集団。瞳を俺から逸らさない、隙もない盾も揺れない敵の姿が闇に消えた。

 

「――兵士殿!ご無事でしたか!」

 

俺が握る槍の端、石突が地面に触れる。そしてミシリと槍が鳴った。

 

「・・・砂漠偵察隊の七名だな? お前達は私と共に聖都へ帰還する。もたもたするな付いて来い」

 

「――了解。しかし奴らの追撃はよろしいのですか?アグラヴェイン卿」

 

俺は闇の先を見詰めながら、あの敵の見事な戦いを反芻する。

 

「・・・・先程王命が届いた。奴らの追撃は遊撃騎士・ランスロット卿に任せよと。この砦の今後もな」

 

―――たしか、名をマシュ・キリエライトと言っていたな。

 

あの眼差しこの名前。

 

「――了解。聖都へ帰還します」

 

「・・・・・」

 

二度と忘れない。

 

 

 

 

 

 

「マシュ。…一体どうしたの?」

 

 撤退途中の道すがら。

マスター・藤丸立香はいつもと様子が変なシールダーの手を握った。ここは未だ戦場であるとはいえ、いつも見ていた彼女の背中が先程一瞬白く光って見えたからだ。

 

「さっきの雰囲気、いつもと違うようにオレも見えたけど。・・・大丈夫?」

 

 立香の兄・藤丸ぐだおもシールダーの手を握る。そして彼女の顔を見詰めると、その瞳に小さな光が燃えていた。

 

「はい、わたしは大丈夫です。先輩方」

 

「それならいいんだけど……」

 

「マシュ。オレ達頼りないとは思うけど、独りで無茶はしないでくれ」

 

「はい!勿論、いつも存分に頼っています」

 

 マシュが優しく微笑む。そしてこの人達の為にも、強く今の想いを心に誓うのだった。―――今度こそ。そう、次こそ必ず。

 

「負けません」

 

あの槍に。あの兵士に。絶対負けない。応えたい。……応えたい?

 

「……、え?」

 

「大事ありませんか、マシュ」

 

セイバーが声を掛け、その手がシールダーの肩に触れた。

 

「貴女に敬意を。マスター達を護ったその手腕、見事でした」

 

「いえ、わたしなんて……。先輩方やセイバーさんに比べたらそんな…」

 

「私には眩しすぎるその盾は、正しく貴女の心に相応しい。だからこそ私はここに来れたのでしょう」

 

「・・・?」

 

「……え? それってどういう…」

 

 よく分からない言葉を口にするセイバーをマシュと藤丸達は見る。

そんな瞳から眼を逸らさず、セイバーのサーヴァントである騎士王は言葉を続けた。

 

「自身の心に従いなさい。マシュ、貴女にはそれが出来る」

 

 ――迷いも後悔も一切無いその足取り。頷くシールダーと共に、カルデアの異邦者達は夜道を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 




聖都という揺り籠の中を、ただ往く。
完璧な古城が見せているのは夢か、続きか。
獅子の愛が、女神の理想が、完璧な古城の中で極まれる。
兵士達は委ねた。自分だけの支配者に。
やがて破られるであろう、しばしの安息を。
次回『兵站』
彼らの最終章の幕が開く。





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第四部
第26話 兵站


 

 

 

 聖都でとれた瑞々しい果実を頬張りながら、オレは考える。

 

 何の為に自分はここに居るのか。命の使い所とは。

 

その答えは武者震いとなってオレの脳髄と全身を戦慄かせ、何処からか無限に湧き出す曇りなき喜びが我慢等するなと口を開かせる。

 

「………ハハ」

 

 そんな自分を何とか抑えようと、オレは咀嚼する歯に力を込めた。…漏れ出す歓声を、必死になって食い留めるように。

 

「まさかまたこんな日が来るとは。―――父上」

 

 オレは真理を見つけた。 

この世界は何という僥倖に満ち満ちた物であったのだ。 獅子王(父上)の為に剣を振るい、そして敵(父上)を切る事すらも出来るとは。

 

――幸福という言葉は今のオレの為にあるのだろう。

 

 誰も文句など言いはしない。

これこそが獅子王への絶対的な忠の顕れ。今の我らが王と定めた御方は、獅子王アーサーのみ。

 

たとえ敵が騎士王だろうと何であろうと全て我らの邪魔者だろう。そうだろう?

 

「――モードレッド卿。御命令の通り兵を集めましたが、我ら遊撃隊はこれから如何します?」

 

「いかがも甲賀もねえだろ、出撃だ。 オレ達は砂漠の奴らが聖都に襲来する時間を稼ぐ。時至れば獅子王は聖槍を起動し、最果てへ旅立つ。今から砦と聖都の間に陣を敷くぜ。命令は只一つ、眼に映る敵を全て殺せ」

 

「――了解」

 

「それと、もし騎士王が見えたら光の速さでオレに教えろ。オレが切る」

 

「――了解。元より」

 

 この間の戦で損失した粛正騎士達を補充したオレ達遊撃隊は、広がる砂漠を見据えながら馬を進める。――未来がこんなにも待ち遠しいと思うのは、ここに来て初めての事だった。

 

「剣の腕はオレが上だ。 だからあの日槍を使ったのでしょう?父上」

 

 

 

 

 

 

「ヒヒヒヒーン(お腹が空きました。食べ物を所望します)」 

 

・・・聖都西方の城壁を下り、馬小屋の前で見える聞こえる四本足。

 

「・・・」

 

 のどかなここ、聖都に戻れた事は城兵である俺にとって何より嬉しい事だった。どうやら馬も嬉しいようで、近寄るとこう無駄に声と尻尾を振り上げてくれる。

 

「ヒッヒッヒーン!(加工された食べ物が欲しいです。我が主、貴方の蹄が食物を所望ですよ?これは早急に解決すべき事案です!あ、人参は要りませんよ?)」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

「ブルッルヒヒルドルブ!(肉が喰いたいです。雑で所々焦げたビーフが。間違っても馬肉なんて与えないで下さいね!)」

 

「・・・・」

 

 どうしてこうなっちまったかなあ・・・。

あの偵察任務からずっと幻聴が聞こえるようになっちまうなんて、真面目に医務室に行こうかな。

 

「ブルブルブルル(医務室って。何かのギャグの話ですか?)」

 

死活問題の話だ。

 

「――おや?兵士殿。今日は鍛錬場には行かないので?」

 

「ブルブルブールヤリドヴィッヒ!!(ビナー1さんの期待の眼差し。…そして私の願望の尻尾振り!これは応えてあげるべきです。貴方のちょっといいトコ見てみたい!!是非貴方の超人雑料理を見せて下さい。そして早く飯を喰わせて下さい!)」

 

「・・・・」

 

「――ふふ。可愛い馬ですね、この子。尻尾をブンブン振って兵士殿にとても懐いている」

 

そうかなあ・・・。

 

「ブル~ブルゥ?(………あれもしかして。――出来ないんですかあ?)」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

やってやろうじゃねえかこの馬野郎!!!

 

「――え、兵士殿?そんな天を仰いで一体…」

 

「ブルブル!(私は牝馬ですよっ)」

 

そこまで言うなら眼に物見せてやらあ!よしちょっと待ってろや!!!

 

「・・・!」

 

のせられた俺は超特急で厨房に向かった。

 

「――…兵士殿にも困ったものですね。的盧さん?」

 

「ブルーブルブル(ビナー1さん、こんにち殺法)」

 

っておい君も聞こえるんかい。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 厨房がある兵站棟には常に粛正騎士が詰めている。 ここでは西の砦に運ぶ食糧・物資等の選別や運搬の指示を出しており、そして何より聖都に収容された正しき人達に対する衣食住関係も担当していた。

 

「――マルクト1。ガレス卿が身罷われましたが明日の砦への食糧輸送は、どのように」

 

「――もうこうなったらしょうがないだろうな。明日から輸送量を250キログラムに増やそう」

 

「――1回に?」

 

「――うん」  

 

 世界中の食糧が我が王の御業で無限に生まれるので、飢える心配も備蓄の心配も無いここは正に天国だろう。 

 

「――? 西方兵士殿。また料理ですか?」

 

「・・・」

 

頷く俺。勿論勿論。

 

「――兜取れなくて食べられないのに。いい加減飽きませんか?」

 

「・・・・」

 

 え。取れないって知っていたの? まあ兜も取らないで料理してたらそう思われるよね。

 

「・・・」

 

俺は首を横に振って厨房に入った。

 

 ―――よし、では俺こと城兵Cが生前より培ってきたワザマエを見せてやろう。これはクッキングタイムだ、オリョウリの話の時間って奴だ!!

 

「・・・」

 

 皆大好きバーンミートのコツまずその1、鉄板を用意します。

その2、いい感じの火力で鉄板を熱します。その3、そこに厚い肉を敷きます。

その4、塩を適当に振りかけます。コショウがあったら尚良いです。

 

 その5、頃合を見計らって肉を裏返します。そして5を繰り返します。生肉は見てくれは宝石みたいにキラキラ美しいですが、食ったら最期健康と食感がガルベッヂです。

 

なので終いにその6! 火を消して鉄板の余熱で肉をしっかりじっとり焼きます。

 

「・・・」

 

 ふふ、この音この匂い。そしてこの色。今も昔もウェルダンこそ至高の焼き方と俺は信仰している。レアだとかミディアムだとかはこの聖都には存在しないし俺の辞書にも無い。

 

だって食べる人がこの焼き肉を切った時、内部に赤い部分があったらどう思う? 

 

 ――これ生肉じゃん!!!コックこれバーンしてねえよ注文間違ってるよヒンシュクしか買わねえわ!!!

 

「・・・」

 

 食べる人の事を考えて料理とは作られる物。 宝石食べる奴が一体全体何処にいますか?

 

 ・・・・よし出来た、これぞ我が必殺の牛肉料理。え? 肉焼いただけのこれのどこが料理だよって? 

 

「・・・」

 

 あ、これ料理じゃないんだそうなんだ。で?それが何か問題? 

これは老若男女問わず、ガッシリ胃袋を掴めるんだぜ? 

 

 だって昔(生前)これを振舞った時は我が王含め皆無言でモグモグしてたもんよ。 まさに急所(胃袋)つかまれて参った降参ですってね。ぐうの音も出ないってそういう事よ。ハッハハハ!

 

おーい、飯が出来たぜ我が馬!!

 

「ブルブルヒヒヒン(ビナー1さん、知ってますか?名馬は三つの種類に分けられます)」

 

「――ほうほう」

 

「ブルッヒブルッヒブレイブリー(速さを求める奴。自分に忠を尽くす奴。乗り手の空気が読める奴。 この三つです)」

 

「――君は?」

 

「ブルゥ…(私は、勿論……)」

 

「・・・・」

 

 的盧お前本名ピクシーだったの?兵Bも付き合わなくていいのに。 ・・・じゃあこの飯は俺一人で食うとしよう。多めに作ったんだけどお話の邪魔しちゃ悪いし俺はクールにこの場を立ち去って――、

 

「――!?兵士殿お待ちを。食べます、食べますからちょっと待って下さ…っ!」

 

「ブルブルブルブル!!(そこで立ち去るとか馬心分かって無さすぎでしょう。私は牝ですがっ!)」

 

「・・・」

 

しょうがねえな。じゃあ皆で食べるとしよう。

 

「――話は聞かせてもらった。西方兵士殿、是非私も頂こう」

 

「――そういや偵察成功の宴をしてなかったな。兵士殿、俺達も参加するぜ?」

 

「――東方から野菜を持ってきた。付け合せには最適だ」

 

「――ジョウトウなヤキニクはヘイシヲシアワセニスル。少しは歯応えノアルニクナノカ?」

 

「――食べる準備をせよ!」

 

「・・・・」

 

 ――何だこいつらどこから湧きやがった。え?かつての偵察隊全員今非番なわけなの?そんなわけあるの?

 

「――冷めないうちに頂くぜ?兵士殿?」

 

「――・・・」

 

「・・・・」

 

 食べたいという欲求と視線を強く感じる。俺達腹など空かない筈なのだが。ま、まあせっかく作ったんだし召し上がれ。

 

「ブルブル!(頂きます)」

 

「――頂こう。 そういえば馬達も共にあの熱砂の戦いを駆け抜けた仲間だったか。・・・後でこの肉、我々の馬に持っていっても?」

 

「・・・」

 

勿論。俺は強く頷いた。

 

「――しかしいつ食べても懐かしい味だな」

 

「・・・・」

 

「――こうして皆と食を共にするのも良いものだ。なあ、ビナー1?」

 

「――ああそうだな。私の晩年はこういうのが少なかった」

 

「――何だビナー1殿。アンタ生前を思い出したのか?」

 

「――薄ぼんやりとだがな。自分が死んだ時の頃だ」

 

「――へえそうかい。確かにカムランの戦の頃は強行軍で飯もろくに食えなかったから、仲良しこよし一緒に食うなんざ無かったな」

 

「・・・・」

 

・・・・・・。

 

「――東方の。今は飯時だ」

 

「――あん? 何だよ西方の。飯が不味くなるってか?昔話なんざこういう時ぐらいじゃねえと出来ねえだろうが」

 

「――・・・・。分かった好きにしろ」

 

「――? んだよその態度。てめえら西方の衆はこんなんばっかだな感じわりい」

 

「――おい止せ」

 

「――ホド2、すまない。これは元々私が始めた話だ。 東方の衆を責めないでやってくれ」

 

「――・・・・。東方の、すまなかった」

 

「――ま、肉食ってる時に花咲かせる話でもなかったか。こちらこそ詫びるぜ」

 

「――イイニクダカラナ。舌ガマワルノモイタシカタナイコトダ」

 

「・・・・」

 

・・・・・・。

 

晩年か。

 

「――そういえば西方兵士殿。 間もなくトリスタン卿指揮の下で、大規模な山狩りが行われるとの事」

 

「――ランスロット卿も参加するというこの作戦。これであの反乱分子共も終わりだな」

 

「・・・・」

 

そうかな。奴ら簡単にくたばるとは思えないけども。

 

「――しかしヤブレカブレをオコスカモシレン。セイトニ来るカノウセイモナイトハ言えんな」

 

そうだな南方の。一瞬の油断が命取り。

 

「そうなれば遺骸を余さず残さず消し炭にするしかないでしょうね。それが王の為になるというものです」

 

「・・・」

 

 成る程、それは確かに。しかし俺には出撃命令は出なかったので、山狩り部隊には是非とも頑張ってほしい所ですな。

 

「――・・・・、」

 

「ありがとうございます。そのような激励の心音、心強さを得た私は千人力を発揮できそうです。ああ、これからこの弓で土に帰るだけの死体が増えるに増える。私は悲しい」

 

「・・・・」

 

 ・・・さて皆の衆、後片付けは俺がやっておくから今日はお疲れ様。解散。 解散だってばほらさっさと弦音が聞こえる前に早く。

 

「私にも肉を頂けますか? 久しぶりに食したくなりましたので」

 

 ええ勿論。料理はここから逃げませんし、それを作った者も逃げませぬゆえ。

 

「・・・」

 

「ふふふ、流石は元正門の城兵。貴方は今も昔も変わらず正直に生きている」

 

ははは、貴方様は違うのですか?

 

「はははははは」

 

 矢要らずの弓を肌身から離さない盲目の射手。サー・トリスタンは琥珀色の瞳をピタリとこちらに向け、口元だけに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




響く音矢、狙う鏃。こわばった指が、征矢を引く。
いつも仕損じない腕が弓弦をまわして虚しい音を立てた時、皮肉にも生の充足が心を震わせ、偽りの肉体に溢れる。
シューティング・ターゲット。
この危険なフィールド遊戯が、これこそがこの世に似合うのか。
次回『貫く星』
的を外せば、リスクが上がる。






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第27話 貫く星

二コラシカ美味しいです。







 

 

 

 この場にいる兵士と騎士が、ただ一人を除いて兜を少し持ち上げてモグモグと口を動かす。

 

食事とは誰にも邪魔されず速さも関係せず、ただ静かに行われる行為。

 

それは心身が自由で静かで豊かになり、時には考え事をするにも適している最良の日常行動でもあった。

 

「いやはやこれは何とも深い味わいか。 こう、噛み千切れるものなら噛み千切ってみろと言わんばかりの焼き具合(ウェルダン)が良い。正に焼肉ですね」

 

「・・・」

 

俺はこくこく頷いた。

 

いやいや流石はトリスタン卿。肉の良さを分かっていらっしゃる。

 

 これは顎も鍛えられますし、力強く噛む事で肉汁が口の中をダイレクトアタックするわけなんですよ。

 食べ応え、これこそが肉料理のグローバルスタンダード。え?雑? え?何だって?

 

「しかしながらこの塩っ濃い味付け。何か飲み物が欲しくなるのも道理ではありませんか?」

 

「・・・」

 

おっと。心音から何でも読み取る貴方に隠し事は出来ませんな。

 

「君は特に素直ですからね」

 

 それはどうもありがとうございます。

・・・しかしながら肉をしっかり噛んで味わっていると、口の中をサッパリさせたくなるのが常と言えば常。 水でも用意しましょうか?

 

「そこで。料理を振舞って頂いたお礼と言っては何ですが、酒を用意しました」

 

そう言ってトリスタン卿はごそりと何処からかグラスと酒瓶を取り出した。え、マジですか。

 

「皆さんもどうぞ」

 

「――感謝致します。ご相伴に預かりましょう」

 

「――その小ぶりなワイングラス。肉料理の後に果実酒とは定番ですが。 ――?それは火酒ですか?サー・トリスタン」

 

「いかにも。brandeviinと言うそうです」

 

「・・・・」

 

 我々全員分のグラスに、トリスタン卿の瞳と同じ琥珀色の液体が注がれる。

・・・・しかしお酒、ですか。今は非番ですが私酒盛りするのはちょっと・・・。

 

と言いますか私兜取れないので飲み食いできないんですが。

 

「ええ分かってます。だからこれを持って来たのです」

 

「・・・・?」

 

「――ありがとうございますトリスタン卿。では頂きます」

 

「申し訳ありませんが、まだ駄目ですよ。 焦らずお待ちなさい」

 

「――?」

 

 ケテル1がグラスをそっと持ち上げようとしたその時。

それを手で制したトリスタン卿はグラスの上に輪切りにしたレモンを置いて、更にその上に砂糖を盛って俺達に差し出した。

 

「・・・・」

 

 ・・・まるでグラスが山高帽をかぶった様な姿。 って、砂糖?塩じゃなくて万病のもと砂糖?レモンに合うのですか?これ。

 

「――・・・」

 

「――・・・・」

 

 怪訝な雰囲気。何だコレどうやって飲むのといった、周囲の気まずい空気。

しかし俺はめげない。トリスタン卿、これは一体どうやって飲むのですか?

 

「これはですね、まず砂糖をこぼさない様にしてレモンを口に入れて噛みます。その後に酒を一気に飲み干すのです」

 

「・・・」

 

す、すごい飲み方ですね。こんな酒があるとは・・・。

 

「――成る程。では一杯だけ」 

 

「ええ、それでこのショートドリンクは完成します。サッと飲めて、サッと気分が切り替わりますよ。 乾杯」

 

「――カンパイ」

 

「・・・」

 

 ・・・これって所謂カクテルタイプのようだけど、要は強い酒ストレート一気飲みって事ですよね。パンチ効いてそうだあ。

 

「――・・・。――・・・・・ッ!?」

 

 酸っぱいレモンと甘い砂糖を噛んだ後に来る火酒の風味。キツい、けれどむせるこの香りと熱い喉越しは中々どうして、悪くない。

 

兵B達の表情はそのように語っているように俺は見えた。

 

「――これは凄い。目覚めるような味わいですな」

 

「――感謝致します、サー・トリスタン」

 

「それは良かった」

 

「・・・・」

 

「――む? 失礼少し酔いが回ってきたようです。鍛錬場で汗を流してきます」

 

「――、私も」

 

「――コレニテ」

 

「――…、失礼致します」

 

「・・・」

 

 俺はそこのテーブルを指差し、グラスと皿を置いていくように促した。そして皆はぞろぞろとこの場を後にし、兵Bが最後に綺麗なお辞儀をした。

 

――そしてドタリと音がした。

 

「この酒は私が生前最後に口にした酒でしてね。 病床の私に気付け薬として、とある女性が飲ませてくれたのです」

 

「・・・・」

 

「いい酒でした。意識が朦朧として、言葉すら忘れたこの身をこちら側に戻してくれた程に。だから問う事が出来たのですよ。 帆は何色ですか、と」

 

「・・・・」

 

 トリスタン卿はレモンを口に含むと、グイと酒を飲み干した。倒れて眠った兵B達を見向きせず、ただただ俺を見詰めながら。

 

「――城兵君、以前私は問いました。君は何の為に戦っているのかと。 そして君はその槍を示した」

 

「・・・」

 

「王に捧げた槍。それは王に捧げた心。私は悲しい。 そのような物、もはや今の君には無いというのに」

 

「・・・」

 

「――貴方は死んだ。私も、この城に居る騎士も兵も皆死んだのです。ある者はあの丘で、ある者は世を捨てて何処かで、ある者はここで。そして今の私達は王の獣」

 

「・・・」

 

・・・・・。

 

「我々は何かを為さねばならないのです、城兵ローナルド。 生前のガレス卿のようなランスロット卿のような私のような愚と恥を犯してはならない。 ――そんな我々の前に騎士王が現れた。ゆえに今ここを出て、あのお方の為に武を振るうのもまた為すべき事だとは思いませんか?」

 

「・・・」

 

・・・、成る程。言われてみるとそうですね。

 

「そうです、貴方は充分獅子王に槍を捧げた。そしてこの世に召喚された我らが騎士王。――これを奇跡と言わず何が奇跡か。 かの王に、貴方は槍を捧げても良いのですよ?」

 

 俺が生前から捧げているこの槍は我が王の物。騎士王とて例外ではない。たしかに聞けば聞くほど、卿の言葉には一理ある。

 

「そう、なんらおかしくはない」

 

「・・・」

 

「私はこの後すぐさま山の民を掃討します。恐らく騎士王とも出会う事になる。 ――その時必ずや伝えましょう、貴方の意志を。貴方の忠義を。言葉無くとも今も昔もその胸を燃やしている、貴方の白く輝く炎を。この弓に懸けて」

 

「・・・」

 

 俺は槍を持ち上げる。生前から振るい続けているこれを。最期の最期まで振るい続けたこれを。何の為に誰の為に振るい続けたのか、これを。

 

「城兵君。さあ、貴方の答えを」

 

「・・・・・」

 

これが答えです、サー・トリスタン。

 

俺は槍で自分の胸を貫いた。

 

「――。・・・・」

 

「・・・」

 

 不動のまま見つめる。自ら眼を潰したこの方を。

眼を潰し心をひっくり返してでも最後まで獅子王に仕えると決めたこの方を。 そんな貴方の前でちっぽけな私の忠義を伝える等とてもとても。

 

「・・・・・、貴方は」

 

 だから行動して答えるのみ。

私は、私を召喚して下さった獅子王の為に戦います。私を採りたてて下さった王を忘れずに戦う。王の為に私はここを護り続けます、今も昔も。サー・トリスタン。

 

「・・・成る程。 ああ、成る程」

 

 ―――槍を引き抜き見えた血。痛いけど死ぬほどじゃない。だって俺は我が王に城兵として召喚されたのだし。 この血に誓います、トリスタン卿。

 

「・・・」

 

私の居場所はここだけです。

 

「――今日は良き日だ。君の変わらぬ想い、しかとこの胸に響きました。それに負けぬよう、私もこの弓を振るいましょう。私は戦場へと参ります」

 

「・・・」

 

いやあ、『反転』してでも現界し続ける貴方には敵いませんよ。

 

「城兵君、医務室へ行きなさい。これは獅子の円卓としての命令です。食器等は私が片付けます。ご武運を」

 

「・・・」

 

了解、貴方もどうか御武運を。 しっかりとお辞儀を行って、俺はこの場を後にした。

 

「―――聖都が出来て以来記念すべき百人目の背信者。君で達成する事が出来ず、安堵していますよ。私は嬉しい」

 

 

 

 

 

 

「――この医務室を訪れる兵がいるとは。西方兵士殿、貴方は好き者ですかな?」

 

「・・・」

 

 ・・・胸から血を流しながら歩いてここまで来たというのにこいつ何て言い草だ。俺は会釈しながら用意された椅子に座った。

 

「――王に召喚された我々は大抵怪我などしませんからな。故にここを利用する者など珍しく、つい。 ――どれどれ、うわ血がいっぱい」

 

「・・・・」

 

 これを落として聖都を汚すなんて事はしませんでしたよ。ねえちょっと、勝手にたまげてないで褒めて。

 

「――甲冑の上から何をくらえばこんな風になるんですか。破傷風にでもなったらどうするつもりです?」

 

「・・・」

 

だからここに来たんだよ。

 

「――はは、ホスピタルジョークはさておき。ここで寝ていれば治りますよ、良かったですね」

 

「・・・・」

 

俺はジッとこの粛正騎士を見詰めた。え、そんな事でいいの?なんか簡単すぎじゃない? 

 

「寝ればHPだのMPだの回復するでしょう?あれと同じですよ。ここを何処だとお思いです」

 

「・・・」

 

・・・聖都の医務室です。

 

「――獅子王陛下とアグラヴェイン卿にお願いして、ベッド部屋からは外が見えるようにしてあります。 さあ怪我人は寝た寝た。西方には私から伝えておきます」

 

「・・・」

 

おお、それはありがたい。俺は深くお辞儀した。

 

「――王の粛正騎士ゲブラー1の名に懸けて。私は私のやり方でここを守りますよ。 貴方と同じように、ローナルド殿」

 

 

 

 

 

 

 ・・・・その日の夜のこと。

寝付けず夜空を眺めていた俺は急に意識が遠くなった。かろうじて見えた空は流れる星の光でいっぱいになって、最後は氷みたいに夜の闇に溶けていった。

 

 それが王の聖槍だと分かった時。

俺の意識は今度こそ消え失せ、次に星が二つ流れる夢を見た。・・・天に昇る矢星と地に振り下ろされる神罰の落下星。双方の衝突と相殺。 そんな夢を。

 

 これぞまさに夜天光を貫く神妙なる流星一条。この世に双つと並ぶもの無き技の粋。

 

 ――もしも。

神を撃ち落とす日ってのが有るとすればこんな感じなのかなあと思って、俺は夢の中で手を叩き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




キャメロットへ。
あらゆる力が、あらゆる正義が、大いなる謎を秘めた白亜の城塞へと向かう。
キャメロットの天頂に住まうは神か、悪霊か。
謎は歴史の頁をひた捲り、奥付は次の戦を映し出す。
次回『絶対防衛線』
戦慄が核心へと誘う。





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第28話 絶対防衛線

 ひょんな事からテンションが上がったので以下語尾を変えてみました。
新サクラ大戦とかいうパワーワードほんと大好き絶対正義。黒鬼会五行衆を超える敵キャラとかラスボスとか超期待しちゃう絶対正義!

・・・帝国華撃団が言わないとパッとしないな。









 

 

 

 

 ――聖槍の一撃が弓兵一人の矢によって相殺された。その事実は獅子の円卓総員に伝播した。

 

「トリスタン卿、任務ご苦労様でした。しかし察するに叛乱者には逃げられましたか」

 

まさか、一体どこの誰が、どうやって。 

 

 ・・・といった風な意見がここ玉座の間で少しは口の端にのぼると思ったがしかし、我々獅子の爪牙は普段通り状況報告を行っていた。

 

「王よ、まことに申し訳ございません。 賜りし任務をこのトリスタン、全う出来ませんでした。なのでガウェイン卿、すぐさま私の首をその聖剣で切り落として下さいますよう」

 

「---止めよ。私が命じたのは山の民の撃滅であって、叛乱者の討滅ではない。---卿は見事任務を全うした」

 

「・・・何と。感謝致します、我らが獅子王よ」

 

 眼前におわす王の槍は、振るえば回避不能の文字通り神罰の一撃。それを相殺するなど神業でもなければ実現不可能。言うなれば自力で奇跡を起こす事に等しい。

 

 だがその槍撃は聖槍の一側面(つまり只のオマケ)でしかなく、本番真価はこれからだという事を我々は十二分に理解していた。

 

獅子の爪牙はうろたえないのだ。

 

「王よ。 ――何ゆえ集落に聖の槍撃を落としになられたのか」

 

 そして『凄烈』なる湖の騎士が王の御前でこんな事をのたまってしまうのも、私には想定内の事だった。

 

「・・・貴様。王の行動に異を唱えるか」

 

「異ではない。 そんな無意味な事をして何になるのですと、確認しているのだ補佐官殿」

 

「ああ、何という言葉か。敵であるなら皆殺さねばならないのに貴方もまた何時如何なる時も変わらない。ランスロット卿、私は悲しい」

 

 王の御前なので脱力している騎士トリスタンは、いつ何時でも弓弦を爪弾く事が出来る姿勢で口を開く。 それを一瞥し、我らが獅子王は細い首と視線を跪く騎士に向けた。

 

「トリスタン、弓を弾くのはお待ちなさい。 王が言葉をランスロット卿に」

 

「・・・・王よ。どうかッ」

 

「---面を上げよ、我が騎士。卿の問いに答えるならばそれは只の一つ、全ては必要なくなったからだ」

 

 ランスロット卿以外の獅子の円卓はこの時全く同じ思考をしていただろう。――まあそうだろうなと。

 

「必要、ない? そんな理由で、・・・・そのような理由でッ王は聖槍を使用したと言うのですか!!」

 

「---何を激高している?サー・ランスロット。山の民は今まで、これといって大規模な行動をしてこなかった。---だが先日の砦襲撃と異邦者カルデアとの繋がり、太陽王の動き。百人が百人見て、もはや看過する必要が無いのは明らかだろう。---だから落としたのだ」

 

「さりとて!!!集落一つ跡形なく潰される事は無用の筈ッ!! 聖槍に選ばれるべき正しき人を、その可能性ごとッ!王は自ら灰燼に帰したのですぞ!?」

 

「---それも同じ事だ。言ったであろう、全て必要無くなったと」

 

「なん・・・ですと?」

 

 ランスロット卿が目を見開いて王を見詰める。そんな表情を作れるのは、遊撃騎士として聖都の外にいる事が多かったからこそなのか。降って湧いた新鮮な感覚を切り捨て、今度は私が口を開いた。

 

「節目が来たのですよ、ランスロット卿。聖都が出来て半年、今や王の聖槍は最終段階に入りました。――つまりもう、此処に人は必要ないという事です」

 

「・・・・、まさか」

 

「---其れは全ての存在に与えられているが、買う事は出来ない。ヒトは往々にして其れを、無駄にし其れを惜しみ、其れに追われる。

 ---私が必要としていたのは其れだ。残すべき人の選抜、槍の起動準備、聖都の構築。今やその全てが最終工程となった。どのような敵がやってこようとも、たとえ冠位が全騎やってこようとも、我が槍はこの世を旅立てる。---首尾は万全であろう?アグラヴェイン」

 

「・・・は。各城壁方面には充分すぎる兵が陣を敷いており、特に弓兵は天空を漆黒で塗り潰す程の矢を射る事が常に可能です。加えてこの円形城壁は悪意ある者を通さぬ力が働き、何人たりとも陛下の道を妨げることは不可能と私は断言します」

 

「王よ、更に加えて現在遊撃騎士・モードレッド卿が西の砦の衆と共に太陽王の兵と交戦中。卿の活躍は目覚しく、遊撃部隊の任務である時間稼ぎは成功と言って良いでしょう」

 

「---アレはそういった戦が得意だ。それぐらい出来て当然だろう」

 

・・・王の言葉はどんな時でも嘘偽り、起伏も無かった。

 

「・・・・。 聖都各方面の概況ですが、正門がある北方方面はガウェイン卿がおりますゆえ問題は有りません。東方と南方にはトリスタン卿を配置する手筈です。二方面ですが、卿ならばやり遂げましょう。問題は西方です」

 

「・・・ええ、補佐官殿。本来ならばガレス卿に指揮を任せたかったのですが。―――残念です」

 

 円卓自慢の騎士にして我が妹、ガレスが敗れ去った事はアグラヴェイン卿より聞かされていた。その最後、その戦ぶりも。

 

あとは任せなさい。

 

「---続けよ、サー・アグラヴェイン」

 

「聖都にとって、砂漠に最も面している西方は絶対防衛線です。 敵は必然多くの兵を差し向けてくる事が予測できます。太陽王らの力は未知数であり、城壁を突破できる手段が全く無いとも限りません。・・・ここを突破されれば、聖都は裸同然です。その前に遊撃騎士・ランスロット卿を砂漠へ出陣させ、我が方の兵達の士気を極限にまで上げる。結果、王と聖都を難なく護る事が出来ましょう。 違わないな?サー・ランスロット」

 

「・・・・。無論」

 

 ランスロット卿は無表情を装いながらそう言った。私にはそのように見えたが真面目なランスロット卿の事、必ずや任務を果たすだろう。

 

「---サー・ランスロット。卿の働きに期待する」

 

「――はッ。では私はこれにて。 モードレッド卿と合流し大事を成します」

 

「---励むがよい」

 

「では獅子王よ、私は正門にて責務を全う致します。王の獣たる我らは、為すべき事を為すまで」

 

「・・・陛下。ここには何人たりとも近付けさせませぬ。私は、聖都西方にて指揮を執ります」

 

あの鉄の騎士が前線にとは。成る程これは負けられない。

 

「---全て卿らに任せよう。時を稼げ、我が爪牙達。---全て遠かった理想の郷(ユートピア)は、人の最果ては眼の前だ」

 

「ははッ!」

 

 ・・・もう二度とここに戻ってくる事は無い。

絶対の確信と、陽炎のように仄明るい今までの思い出がこの手を見つめさせ、

 

私は聖剣の柄頭を軽く叩いた。

 

 

 

 

 

 

 ―――王命を聞く兵士達は、皆意気軒昂だった。ある者は戦慄き、ある者は口から気を吹き、またある者は得物を強く握り締めて。

 

これが最終。これが今生最後の大見せ場。全ては獅子王陛下と仲間の為に。

 

「――聞いたな、西方の衆よ。王の御命令は以上だ。現時刻をもって北方も東方も南方も、我々もこれよりは最終臨戦態勢となる。各員抜かるな」

 

「・・・」

 

「――我々の聖都を守れ!!!」

 

「――了解!」

 

「・・・」

 

応とも。極めて了解。死が互いを別つまで。

 

「――今度は最期まで一緒だ。共に、ここで王と人の旅立ちを見送ろうぞ。我が戦友達」

 

「・・・」

 

勿論。

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「・・・」

 

 配置に就く兵士達。さて、俺も持ち場へ向かうとしよう。

医務室で休んだおかげですっかり体調が良くなったし、もはや負ける気がしないぜ。ふはははっはは。

 

「――兵士殿。よろしいですか」

 

「・・・・?」

 

? 兵Bが得物を手に持ちながら俺に話しかけてきた。

 

「――昨日の肉料理は本当に美味でした。改めて、作って頂きありがとうございます」

 

「・・・」

 

はは、いいってことよ。俺は手を左右に振った。

 

「――…私は、ここが好きです。王と騎士様と共にいられて、同僚と切磋琢磨できるこの西方が。かつての正門で私は生前働いておりましたが、やはりキャメロットは私にとって最上の居場所のようです」

 

「・・・・」

 

 俺もそう思うな。ここはパラダイスみたいな場所だよ。俺達兵士の家、全てを包み癒してくれる故郷。だから俺達はここを守るのさ。 

 

 ・・・・ん? ていうか待って。生前の君って正門担当だったの?俺と同僚?え、本当に?

 

「――……」

 

「・・・・」

 

居たかい? 君。俺は首を傾げて兵Bを見つめた。

 

「――…失礼、貴方の前だとどうも口が軽くなる。おしゃべりが過ぎたようです。職務を成し遂げましょう」

 

「・・・・」

 

 むう、思い出せん。当時はこんなフルプレートな鎧兜なんて皆つけていなかったしな。我が王と騎士様は別として。ちょっと顔見せてくれない?

 

「――……」

 

「・・・・」

 

 得物を持ちながら直視し合う俺達。これ立ち合いか何かかな? 傍から見ればそう捉えられるかもよこれ。

 

「――ではこれにて」

 

踵を返した兵Bがしずと歩き去る。うーん誰だったっけなあ・・・・。  

 意外と大きくない後ろ姿を見て物思いに沈もうとした時。

聖都の外、西の果てからゆっくりと迫り来る砂漠が眼に入り、俺は思考を閉じて奮起した。

 

 

 

 

 

 

「――最期の鍛錬を後でお願いしてみよう」

 

震える体の芯を深呼吸する事で、腑に落とす。

 

 西方方面第2小隊隊長・ビナー1。

王から賜ったこの名を私は気に入っているが、今でも王と対面したあの時を思い出すと体が震え出してしまう。

 

「――今更ながら。まさか本当に全兵士の名を憶えているとは。流石は獅子王陛下」

 

 

『---ビナー1。それが今の其方(そなた)の名だ』

 

『――は』

 

『---アグラヴェイン卿から既に聞いているとは思うが、其方は城壁西方小隊長の任に就く。1の名とはそういう意味だ。---何か質問はあるか?』

 

『――何一つございません。何処であろうとも、我が職務を全うするのみにて』

 

『---応えてみせよ。 西方には懐かしき其方の同僚が配置されている。我が兵士ビルギットよ、今生も励むがよい』

 

『――は。――…は?』

 

…誰ですその名前。いや、待て。それはたしか。

 

かつて私が。

 

『---合っていなかったか?それとも其方、生来の名の方が好かったか』

 

『――! …は、ははっ!!滅相もありませぬ!忘れていた我が身の名を教えて頂き、感謝しております』

 

 

「――…あの時から薄ぼんやりと。 だんだんと思い出されゆく記憶など、このビナー1には必要ない。今も昔も私は王の剣。……その筈だったのですが」

 

 …流す目線の先にはジッと西を見据える槍兵士。馬で疾駆するランスロット卿ら遊撃隊の姿と、ゆっくり近付く砂の海。

 

来るなら来い、返り討ちにしてやる。

 

「――獅子王陛下。もう今の私はその名ではありませんよ。 あの人に、また逢えましたから」

 

 そうこうして持ち回りで来た聖都で過ごす最期の休息時間。

私は鍛錬を願い出て、あの兵士からようやく一本を取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ここを去れば、誰かを護れぬとするなら、
大地に根を張る堅牢なる巨木となろう。
戦いの果てにしか我らに安らぎは来ないものなら、
心すら機械仕掛けの獣となろう。
それぞれの運命を担い、城兵達が昂然と顔を上げる。
次回『包囲』
放たれた矢は標的を射るか、地に溶けるか。





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第29話 包囲

城の攻防戦なんてやった事ないので今回はいつも以上に妄想増し増しです。それとBF1942要素がめいっぱい含まれています。ご注意下さい。












 

 

 

 漂う空気が速度と時間を手中に収めて風になる。風は頬を斬り、顔を覆い隠し、鼻と口に匂いを運ぶ。

 

呼吸をする度に味わうこの感触。いつもいつも、この只中に居たと肌が声もなく叫ぶ。

 

そう。この風、この肌触りこそ。

 

この匂いこそ。

 

今この時こそが。

 

「敵に情けを掛けるな。彼も我も、情けなど知らぬ奴腹だ」

 

「・・・」

 

 槍の石突をズンと地に叩き付ける。

弓隊が城壁の上下に陣取り、誰も彼も弓矢を手に持って敵を待ち構える。・・・瞬間移動でもするなら話は別だが、守る側である我々は基本的に城から打って出ない。

 

 戦いとはまず遠距離戦から始まるのが必定。

ならば矢を射掛ける事こそが戦の戦端であり、その為に全兵に弓矢を渡す事は基本だった。

 

「・・・・。来たか」

 

「・・・」

 

 そのようで。

鉄の騎士が歩きながら我らを鼓舞したその言葉と共に、砂が俺の視界を遮った。

 

 砂塵が脚を、胴を、首を。五体を形作りそれらはあっという間に眼下に広がる。広がり続ける。その数、脈拍一回でざっと二百、三百、千、三千、一万。

 

いやもっと。

 

「弓構え!!!合図と共に各個射撃。 動く者は全て殺せ」

 

「――委細了解。サー・アグラヴェイン」

 

「ここは何処だ。お前達はどなたの為に武器を振るう。我らの主は、何処におわす?・・・言え、叫べ、答えよ!!!!」

 

「・・・」

 

ここは聖都。俺の居場所。我が王が戻られる場所にして、騎士様達の故郷。

 

「――キャメロット!」

 

「――キャメロット!」

 

「――キャメロット!!!」

 

「――獅子王!」

 

「――獅子王!」

 

「――獅子王アーサー!!!」

 

「・・・敵は太陽王の配下だが元は砂。砂粒というモノは、数が多い。眼前の光景はただそれだけの事だ」

 

「・・・」

 

然り。数だけは多いぜ。

 

「吼えろ、此度の我らが敵はカスであると。我らが王の敵とは、ただの砂礫の屑の山だと!!!」

 

「――ォオおおおおおおおお!!!!!!」

 

「・・・・・!」

 

然り。然り。・・・だから然るに、一匹残らず粉微塵に。

 

「我らが王の敵を撃ち殺せ!!!!!!」

 

「――キルゼム!!!オール!!!!」

 

 合図と共に矢が一斉に放たれた。

怒涛とは正にこれ。疾風とは正にこれ。青天の空を漆黒の鏃で染め上げ、敵は武器を構える前に次々と射抜かれてゆく。

 

耳で音を拾えば、北方も南方も同じく矢を放って戦端を開いた模様。

 

「・・・」

 

 撃て、撃ち殺せ。俺も皆と同じく矢を撃つ。

弓矢なんて超久々だけど王に召喚されし我ら、皆一騎当千の兵士なれば。

 

「――ヷ!?」

 

「・・・・?」

 

 隣りに立っていた粛正騎士の顔面が、凹の形で潰れて仰向く。

?何だこれ。 驚いたのは別にそこじゃないけども。・・・敵兵は弓なんて構えてない筈なのに、どうやって遠距離戦をやってのけたのだ。敵は一体、何を我々に撃っているんだ?

 

「――ァァアアィイ!!!」

 

「――衛生兵ええええーーー!!!」

 

「――アアゥ」

 

「――アィィィ!」

 

 みるみる内に頭と顔を射抜かれる同僚達。なんという精度と貫通力か。しかし敵は一体・・・・? いや待て、これと似たような状況がたしか前にもあった筈。

 

「・・・・」

 

矢を番えて弓を引き絞り、敵を狙うその只中。―――見えた、あれは。

 

「――弓兵隊向けの標的がある!」

 

「――敵軍部隊を発見!」

 

「――敵の歩兵隊を発見!」

 

「――友軍の支援を要請する!」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

 ・・・間違いない。あれは砂漠偵察の折、東方粛正騎士を昏倒させた短槍の一撃。そうか、投げていたのか。

 

え?あんな遠くから? 

 

「――敵は手強すぎる!!」

 

「――我々は犠牲者を連れている!!」

 

「――敵が来たぞ!!!」

 

「――敵の投擲兵を発見!!」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「――敵の潜水艦を発見!!」

 

「――駄目だ!駄目だ!駄目だ!」

 

砂漠にんなモンあるかボケ。

 

「――アグラヴェイン卿。 敵は短槍を投げながら戦線を広げつつあります。さらに敵の投槍は我が方の弓よりも飛距離が出る模様。一体どうやって・・・・」

 

「――正門より伝令。ガウェイン卿、出陣。突出」

 

「・・・姿勢を低くしろ。歩兵隊はまだ動くな。敵の攻撃は古代の投槍器、アトラトルによるものだろう。 東方に伝令、弓隊の半数を西方に回せ」

 

「――了解!」

 

「急げよ。・・・敵は、カーリマンか」

 

「・・・」

 

 ―――投槍器・アトラトルという。 テコの原理かつ片手で遠距離戦を我が物に出来る、弓が出現する以前まで猛威を振るっていたと云われる兵器。そういえば昔、祖父さんが俺に教えてくれたな。間合の大切さもその時教わった。

 

 それはさておき遠距離戦は一進一退といった所。

城壁に敵が辿り着くのも時間の問題となりそうだ。定石通り敵は雲梯やらハシゴを持ち込んでいるようだけど、奴らこの壁を登る気か?

 

「・・・・」

 

 させるかよ。 

矢を射る、射続ける。攻城兵器を担う敵どもを優先して再起不能にしなくては。あ、外した。

 

「ハシゴを持つ敵を優先して射殺せ。数だけは多いようだが、ひるむな。矢を撃ち続けよ」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「歩兵隊は近接戦闘用意。敵に城壁を登らせるな。弓隊は散開、各個射撃」

 

「――了解!」 

 

「――我々の聖都を守れ!!!」

 

投げ槍が疾風のように舞い踊る中、ハシゴをかけようと敵が壁下に辿り着く。

 

 俺達は抜剣・抜槍。城壁に掛けられたハシゴを物理的に壊し、またはハシゴを登ってきた敵を一匹残らず根絶やしにする。

 

「ビナー1、左方が甘い。二個中隊を率いて往け。 第二弓隊は全隊構え、山なりに撃て」

 

「――了解」

 

 城壁後方の弓隊が壁を飛び超えるよう山なりに矢を放つ。射出の速度と落下の運動エネルギーが確実に敵兵を射貫き、その矢勢は敵を攻勢になど絶対に移らせなかった。

 

 ・・・アグラヴェイン卿の指示は的確だ。

この西方全ての空間を認識しているんじゃないかってレベルの差配、そして各城壁方面の情報を逐一収集する抜け目なさ。

 

 ・・・あれ?そういえば。 とかいう思考の無駄を、鉄の騎士は頭に浮かび上がる前に一切排除しているのだろう。力と手腕で。

 

「・・・」

 

相も変わらず頼もしい。

 

 そして俺達を鼓舞してくれるかのように、風色が変わった。空を逆巻き疾風のように嵐のように。

 

・・・聖都全域が突然の砂嵐の渦中に変わり、俺達は城壁の外が何も見えなくなった。

 

「・・・・」

 

え、何これ。

 

「――アグラヴェイン卿、これは一体。この状況下、この機に偶々砂嵐など。――おかしいとは思いませぬか」

 

「だから何だ? 砂風如きにひるむな。右方と正面はこのままを維持。足下に煮え油を浴びせかけろ、城壁を奴らに踏ませるな。弓兵は下を狙い撃て」

 

「――了解!」

 

「・・・」

 

了解。

 

「――! 敵機発見!!!」

 

「・・・何?」

 

「・・・・」

 

敵機? 人間が空を飛べるかよ。

 

「――スフィンクスだー!!!!」

 

「――危なーああああい!!!!」

 

 雄叫びと共に俺の足元を揺らす衝撃。 羽ばたく翼を持ち、粛正騎士を蹴り飛ばす四つ足の人面神獣・スフィンクスが俺達の眼前に降り立った。

 

「――ッッ! 歩兵!来てくれえええええッ!!!!」

 

 マジかよ。あいつら砂嵐の中飛べんのか。って、うおおお!!!敵兵がハシゴを登ってッ!!

 

俺は防衛を行う!!!

 

「・・・成る程。そういう事か」

 

「・・・・」

 

 ええ!?何ですかアグラヴェイン卿!? あと貴方指揮官なんですからもう少し後方に下がってください!

 

「妙だとは思っていたが、まさかな。この敵共、悪意といった意思がない。太陽王に何か細工でもされているのか、ただ敵を殺すだけのモノとはな。・・・このキャメロットにたかるだけはある」

 

「・・・」

 

 え、そうなんですか。成る程ですね。 でもこちとらそんな事どうだっていいんですよ。敵が何考えてようと、考えるだけの意思やら力やらが有ろうと無かろうと、・・・ここに土足で上がりやがった野郎は生かして帰さねえよ。

 

俺はスフィンクスの前脚にしがみ付いた。

 

「―――細工?ただ敵を殺すだけのモノ? …なんと愚かな。愚かな」

 

「! ・・・貴様は」

 

 短く持った槍をぶっ刺して抉って神獣の顔面へよじ登りながら。・・・俺はその時懐かしい怖気を感じた。

 

「我らは太陽王オジマンディアスの手足。我らが思い仰ぐは、善でも悪でも殺意でも愛でもなく、信のみ」

 

 鏡が見える。

暗く冷たい漆黒色の冥鏡が。そしてふわりと天空の隼のような女性が、俺達の城壁に降り立っていた。

 

「平伏し道を開けよ、俗人ども。我らは神兵。神王(ファラオ)を信仰し、神王の御心のままに事を為す神の兵団。 疾くそこを退きなさい、―――汝らは神の御前なり!!」

 

「・・・・」

 

「――・・・」

 

「――・・・」

 

・・・・・。

 

「………? どうしたのです耳が聞こえないのですか!汝らは神の御前にっ、」

 

「何処に退けと言っているのだ? 貴女は」

 

俺は槍で人面の鼻っ面をぶん殴り、首に刺して顔を掴んで引き倒す。

 

そこに粛正騎士達が群がり、人面獅子は拘束された。

 

「・・・貴女達は過ちを犯したのだ。神であれ何であれ、罰は受けてもらおう。ここは我らが王がおわすキャメロットなのだからな」

 

「――討滅の誓い」

 

「――撃滅の誓い」

 

「――殲滅の誓い」

 

「・・・・・」

 

 槍が、剣先が一斉に敵を。古きファラオ・ニトクリスに向けられた。

退くのは貴様らだ。おとぎ話のティルナノグへ、遥か西方の彼方へ失せやがれ。

 

ここは俺達の家だ。

 

「………成る程。我らに罰を与えると」

 

「歩兵着剣、突撃態勢」

 

「――着剣ッ!」

 

「…我らに罰を、与えるだと?」

 

「突撃」

 

古き神王は不届き、とだけ呟いた。少なくとも俺はそう聞こえた。

 

 

。鏡の屍。鏡の黒暗、てりなと扉。へ処此を怖恐

 

 

 ・・・しかしそれはおよそ、聖都に住む一切が聞いた事も見た事も無い、言葉と姿だった。

 

「 upnA,beN-aT-resejD 」

 

 煮え繰り返る腸の更に奥みたいな色。

冥い鏡が宝の典として、はっきりと俺達に道を指し示した。滅びろと、落ちろと。常しえの闇底に沈んで往けと。

 

それが定めだと。

 

「・・・・・」

 

「我らを愚弄したその罪、兵(つわもの)といえど許し難し。出ませい、この浮世から」

 

「それは此方の台詞だ」

 

突撃する兵卒。迫る死霊と神兵達。西方の戦は混沌を極めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




膨大な、あまりにも膨大なるエネルギーの放出。
城塞を突き抜ける極光。塵も残さず消え去る兵卒。
忘れられない伝説の彼方から、古代の剣が爆裂する。
陽光か、月光か、光芒か。
闘いの決着を意味するものは何か。
次回『Sword and Faith』
キャメロットの空が燃える。






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第30話 Sword and Faith

 【正門方面―剣の粛正騎士】無色③ 4/5
Enforcement knight of the main gate side(sword) 
クリーチャー―騎士・レジェンド・ホラー。
 【聖都の獅子王】があなたの手札か場か墓地にある限り、あなたはレジェンドと付くパーマネントを何枚でもプレイできる。
(1):このパーマネントはターン終了時まで+1/+1の修整を受ける。
 ――死は忠節をやめる理由にはならん。









 

 

 

 正門はいつにも増して静かだった。

 

 城壁の上から外を眺めてみれば、そこには人っ子一人どころか生き物の屍骸一つない炭色荒野(グランヴァニッシュ)。風もなく、誰かが残した足跡や残り香もない澄み切ったアトモスフィアが漂っていた。

 

「――ガウェイン卿。前方に砂、敵兵を視認」

 

「――加えて西方より伝令。ワレ会敵、開戦」

 

「弓の間合に敵が入り次第撃ち殺しなさい。 敵を城壁にへばり付かせてはなりません。全ては我らが王の為、一人残らずの殲滅を」

 

「――了解」

 

・・・先程までの静けさなど何処へやら。中空を埋め尽くす投げ槍と矢の応酬が始まった。

 

 火蓋を切り、宙で激しくぶつかり合うその戟音はまるで火花の連鎖光。常人がこれを見続ければ網膜にしっかと焼き付いて、自分で剥がす事はできなくなる。

 

 ・・・しかし我ら粛正を担う超常の騎士と兵卒。 ここ正門を炙る開戦の号火など、皆悉く掻き消してくれる。

 

「――西方のアグラヴェイン卿より伝令。敵は数多かれども烏合の衆。王命に従い滅殺継続(obliterate)。以上」

 

「――ガウェイン卿、敵は投槍による攻撃で各戦線に攻め入っています。加えて聖都西方を第一線、南方東方を第二線となす事で我らの連携を阻害せしめている模様」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

「――敵・投石部隊を視認。投石、来ます」

 

「避けなさい。あの程度の飛礫、我らがキャメロットが傷付く事はない」

 

「――回避了解」

 

 飛来する巨大な石。直撃するだろうそれを私は避けなかった。 避けるまでもなかった。・・・・そんな事よりも。

 

「――おおッ流石はガウェイン卿。石よりも尚硬いとはッ」

 

「――不動。正しく太陽の騎士・・・!」

 

「――遅れをとるな。奴らを殲滅せよ」

 

「――了解」

 

「・・・・。妙ですね」

 

意気軒昂な粛正騎士達に反して。戦場を俯瞰する私は何処か違和感を覚えていた。

 

「――?如何なさいましたか。ガウェイン卿」

 

「各方面からの情報を纏めると、一見敵は西方を主攻として各城壁に雪崩れ込んでいます。 聖都唯一の門があるここは特に堅牢。それゆえ他方を重点的に攻める事は、定石といえば定石。・・・しかし」

 

「――正門に対する敵兵が、いくら何でも少なすぎると?」

 

「その通り。そして未だあの異邦者達の発見情報もない。・・・すなわちこれは、」

 

私は剣を鞘から抜き、城壁に足をかけた。

 

「――ガウェイン卿!」

 

「門は閉じていなさい。何があろうとも開けてはなりません。 そう、たとえこれから何が起ころうとも」

 

「――・・・ははッ!!」

 

「良い返事ですケテル1。貴方は城壁右方にて迎撃を。 では、私は出撃します」

 

 城壁から跳んで着地。

まるで魚群のような敵兵が私という名のエサ目掛けて群がって来る。

 

「時間稼ぎ等させませんよ。―――その呼吸を乱す」

 

 私が剣を一文字に振ると、森羅を燃やす灼熱が発生した。まるで太陽のようなそれは地面も砂も何もかも、動けるモノは命すら。跡形すべなく燃え尽きる事を望んでいる。

 

 一振り、二振り十重二十重。 

無駄な力を足に込めず、骨盤にて前進しながら砂から生まれた敵兵を切り倒す。

 

 ―――上半身と下半身に両断された者、頭と胴体に別たれた者。

それすら燃え散り、後には何も残さない太陽は燦々と照り付いて我が道の埒を明け続ける。

 

「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣」

 

 正門前が我が熱剣によって落ち着きを取り戻す。 しかし敵を屠り悠々閉じた正門に私が戻ると、不意に砂と風が舞い始めた。

 

「・・・・これは」

 

「――ガウェイン卿!聖都全体を包む砂嵐です!加えてアグラヴェイン卿らが敵・サーヴァントと交戦に入ったとの由。 ――まずいです、これでは弓が意味を成しません!」

 

「落ち着いて敵を屠りなさい。我が命令は最初から何一つ変わっていません。 さあ復唱を」

 

「――はは! 我らは敵を屠りま」

 

・・・・・。

 

・・・・・。

 

「? どうしました。もう一度復唱を」

 

 城壁中央から頭を出して答えていた粛正騎士が、突如見えなくなった。この至近距離ならば砂嵐の中でも見えなくなる事は、まず無いというのに。

 

・・・・まさか。

 

「――・・・・・・」

 

「復唱を!」

 

「もらった!」

 

 城壁を見上げる私のこめかみに当たる何か。弾かれたそれに見向きせず、私は声の主に振り返った。

 

「OH!ゴリラモンドゥ!輝きのデストロイヤー!」

 

「一体全体何で出来ているんだ?君は」

 

「身体だけでなく脳みそまで筋肉で出来ているわけか?」

 

「円卓の騎士ならぬ円卓のゴリラ、というわけだ」

 

「・・・・。貴方達は」

 

「ゴリラに名乗る名前なぞ無い」

 

 短剣。

この砂嵐の中で寸分狂わずに、やかましいほど漆黒色のダガーが全方位から襲来する。 ――眼球、頸、耳、後頭部。瞬きせずに力む事でそれらを弾くと、私は聖剣をビョゥと振った。

 

「邪魔を。 山の翁なぞに我が剣を止められるものかッ」

 

 聖剣から発した陽風(フレア)が砂嵐ごと、敵ごと眼前を薙ぎ払う。

アサシンなど我ら超常の騎士の敵にあらず。この場で全て討滅せしめて御覧に入れよう。

 

私は剣を振り続けた。

 

「・・・・・」

 

 ――神伝、開眼と云う言葉がある。 

それらは東洋の言葉であるらしく、戦士が武器を振り続けていると時たま声が聞こえてきて、地方によっては聞いて損する事はまず無いのだという。

 

―――太陽の騎士よ。汝が闘う理由とは何か。

 

「愚問。全ては我らが獅子王の為」

 

しかし何と。 ここでは問い掛けてくるようだ。

 

―――汝が聖剣を執った理由は何か。

 

「我が道を貫く為」

 

―――では最期に問う。その道は果たして何処に続いている。

 

「我が故郷キャメロット」 

 

 砂塵と敵を切り払う。焔の如く我が身が燃え、陽炎のように孤影がユラと舞い続ける。我が忠義今度こそ、今この時こそ必ずや。

 

―――然れば。その道を示すがよい。

 

「貴方を切った後に、ね」

 

 自身の影に振り向き横薙ぎに叩っ切る。

しかしそこには誰もいなかった。周囲に敵影も残影もなく、そこにはただ私の影が一つこちらを見ていた。

 

―――全霊を。

 

 語る影が指し示す。見よ、見よ、前を見よ。振り返り見詰める先には純銀の鎧。金色の剣。静かなる聖緑の瞳がいざそこに。

 

「お久しぶりです。騎士王よ」

 

今もこの胸に仰ぐ、騎士の王がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「セイバー!あともう少しで正門だよ!」

 

「はい、共に駆け抜けましょう」

 

「絶対に獅子王に会うぞ!マシュ!!」

 

「了解。押し切ります、マスター!!」

 

 英霊と人間が、大地を走る。 心強い仲間この特異点の真実、やり遂げねばならない信念と目的。それら全てを胸に宿し、カルデアの者達は走っていた。

 

『・・・皆ッ!オジマンディアスの軍勢が先行してるけど、山の翁率いる連合軍も聖都を攻撃中だ!君たちは一直線に正門へ突撃、獅子王を目指してくれ!!』

 

「了解、ロマニ。お土産は期待してていいよ?」

 

『期待しないでここで待ってるよ、レオナルド!』

 

『初代山の翁も協力を受諾してくれた以上、今日でこの特異点と決着をつけなさい、ぐだーズ。………ところで正門の対処だけれど、』

 

「――お任せを。門はこの私が。メイガス」

 

『………』

 

「…本当に良いの?セイバー」

 

「聖都って貴女の家なんじゃ・・・」

 

「いいえ。違います、マスター」

 

「――はい。あの聖都は騎士達の故郷キャメロットではありません。酷似していますが、今なら解かります。わたしの胸が、霊基がずっとそう教え続けていました」

 

セイバーとシールダーが答える。次いで隻腕の騎士もまた首肯した。

 

『成る程…、貴女達が言うのなら間違いないわね』

 

『三蔵法師と俵藤太、そして新たに仲間になったサー・ランスロットと百貌のハサンは各自遊撃に向かった!・・・・頼んだぞ、皆!』

 

「了解!!」

 

 槍と弓矢が宙を飛び交い、具足の音と戦士達の声が嵐のようにこの世界を覆う。そこかしこで木霊する断末魔、投石の轟音、ひしゃげる何か。激突により軋む時空すらも覆い隠す砂の風。

 

―――駆け抜ける嵐。未来を掴むのは。

 

「お久しぶりです。騎士王よ」

 

 

 

 

 

 

「・・・一つだけ。騎士王よ一つだけ、この私に教えて頂きたいのですが」

 

「何か。サー・ガウェイン」

 

 瞳の色も力強さも、その五体に溢るる闘気すら。ありし日のまま輝く太陽の騎士がセイバーを見る。それは高貴なる戦士だけが放てる芳香。純粋なる剣気だった。

 

「あなたは何ゆえ今この地に現れたのです?」

 

「我が責務を全うする為」

 

「―――させません。 と申せば何とします?」

 

 立香たちはセイバーと共に素早く構えた。

同時に隻腕の騎士・べディヴィエールはありし日を想いながら、二人の騎士を見つめる。この目蓋は決して閉ざさないと誓って。

 

「一つだけと言った筈。サー・ガウェイン」

 

「これは無礼を。 どうもこのガウェイン、昂っているようです」

 

 セイバーの聖剣が月光の如く煌めいて聖都正門と城壁を照らす。サー・ガウェインは己の剣を地に刺して、閉じた正門を背にただただ前を見ていた。

 

「この門は正しき者にしか触れる事は出来ません。それでもやると? 今更来たあなたに、このキャメロットに剣の切っ先を向ける事が出来ると言うのですか?」

 

「無論。だから私はこの剣を今も手に執っている。それは貴方も同じ筈。………ガウェイン卿、我ら円卓の誇り、忘れたか」

 

「さてどうでしょう。・・・・・私は獅子王の爪牙、『不夜』の獣ですから」

 

 聖剣の柄に収まる太陽の放射熱が地を、人を、天を焦がす。うだる熱波は砂嵐すらも火の粉に変え、まるで中天の太陽が彼らのすぐ頭上に有るかのように。

 

―――いや、在った。

 

「では騎士王よ。あなたはこの聖都にとって、まこと我々獅子の円卓にとって敵となりました」

 

その証拠に聖剣ガラティーンが獣の手を離れ中空に飛んでいた。

 

そしてもう一つの聖剣は、今や大上段に構えられ。

 

「――この剣は太陽の映し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎」

 

「――束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流」

 

 承認・風王結界解除。

シールサーティーン・デシジョンスタート。

 

 サー・ケイ 承認

 

 サー・ガヘリス 承認

 

 サー・パロミデス 承認

 

 サー・ギャラハッド 承認

 

 サー・ランスロット 承認

 

 アーサー 承認

 

 溢れる月光が収束し、約束された勝利の剣は光の奔流へ。しかしもう一つの姉妹聖剣・転輪する勝利の剣は更に眩しい陽光へと変生した。

 

「 エクスカリバー・ 」

 

「 エクス――― 」

 

彼と彼女の髪色と同じ。金色の閃光が彼我に引導を渡さんと同時に大きく振り切った。

 

「 ガラティーン―――ッ!!! 」

 

「 カリバー――!!! 」

 

 拮抗する光と光。

かたや人を、かたや聖都を。後ろを護ると決めた騎士達が振り放つ聖なる剣の一撃は、周囲のありとあらゆる事物を呑み込んで奔る炎の波となった。

 

状況は目下勢力伯仲。乾坤一擲。

 

 ・・・しかし不滅の夜をも踏破せし陽炎の騎士は、右に振り抜いた己の剣を両手でしっかと握り直し。肩に担いでまるで貴婦人がするように気持ち腰を捻った。

 

「あれはガレス卿の――――」

 

そんな声が、彼には聞こえた。

 

「 転輪する勝利の剣ッ!!!!! 」

 

 ――再び振り抜かれる陽炎の剣身。舞い上がる焔は三千世界の有為転変、千古不易すらも絶対の真実に塗り潰さんとする『死』の耀き。 

 

勝機。・・・その証拠にサー・ガウェインは見た。

 

 眼前の騎士王が耀光に照らされ塗り変えらる様。それでもなお歯を食いしばり全身全霊見つめる眼光。今際の際とも言える悠久幽玄の中で、確かに太陽の騎士は。

 

 

『この戦いが誉れ高き戦いである事』

 

 

家族の声を、聞いた。

 

「 エクス―――! 」

 

光が見える。輝きが見える。・・・この心と身体と魂で。

 

 サー・ガレス 承認。

 

忘却など出来ない其れは。尊き眩い黄金の、

 

「 カリバーッッッ―――!!!!! 」

 

我が光。

 

 

 

 

 

 

「―――御見事でした」

 

「サー・ガウェイン。貴方も」

 

 ――幾つかの足音が背後を通り過ぎる音。

不様に倒れ伏して勝者を見送れぬ事がないように、開けた正門前で私は立ち続ける。

 

 懐かしい気配の盾持つ騎士、サーヴァント、かつての旧友、王。そして良い眼をしている人間達に対する敬意を胸に宿して。

 

「足どころか下半身が動かぬとは。二足歩行ゴリラの名が廃りますね」

 

 ・・・全霊の一撃だった。たとえこの世界を焼却してでも聖都を護ると決めた我が一振り。それを凌ぐ聖剣の光の、何と美しかった事か。

 

「―――ガウェイン。てめえ負けたのか」

 

「・・・・、」

 

もう眼が見えない。しかしこの声は忘れようもない。・・・ならば、

 

「貴女の道を、本懐を果たしなさい。あの騎士王ならば応えてくれる」

 

「うるせえ負け犬。オレが帰って来るまで保てなかったクセによ」

 

「・・・・。頑張りなさい」

 

返事の代わりに走り往く足音で答える誰か。

 

家族に幸あらんことを祈り、私は最期までここに立ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 




人の世の喜びも悲しみも、一瞬の星の瞬き。
―――万物流転。全てが時計仕掛けに仕組まれた、巨大なイルミネーションだとしたら。
底知れぬ光の中にしつらえられた、ただ一つの椅子に座り、
いつ果てるとも知れぬ無数の命の星雲を見続ける者。
それは誰か。
次回『ゴーデス』
それが、私の運命なら。






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第31話 ゴーデス

各城壁の概況。
サレンダーオアダーイ! フォーオナー! チャァァァァジ!









 

 

 

「――ぬああぁあああああ!!!!」

 

正門が弾け、その余波と衝撃で仰向けに倒れながら。私は周囲を確認した。

 

 聖都を構築していた石片、正門の欠片。倒れている同僚と我が愛槍。 視界から手に入るこれら情報状況を鑑み、すぐさま立ち上がるべきだと理解した私は咄嗟に声を上げた。

 

「――隊列!隊列を組みなおせッッ!!!」

 

「――・・・、ケテル1」

 

「――了解・・・ッ」

 

 膝を思い切り叩き、皆と同じように脚に千人力を込めて立ち上がる。見えない敵が近くにいるらしいが、それがどうした。

 

「――聖都の門は破られた。ガウェイン卿は討ち死にあそばされた。――・・・だからどうしたッ!!!!それがどうしたッ!!!!! 我らは我らの職務を全うせよ、我らが敵を撃ち滅ぼし!我らが王の敵を討ち滅ぼせ!!!」

 

「――、了解」

 

「――了解」

 

 粛正騎士総員が横隊を形成した。剣先と槍を敵前に。つま先眼光真っ直ぐに。 それはかつてキャメロットで仕事をした者達が、皆等しく習った突撃陣だった。

 

「――正しき人の為に!!」

 

「――王の為に!!!!」

 

我らの誓いを今ここに。

 

「――突撃(チャージ)!!!!!!」

 

正門跡から進撃して来た敵軍目掛けて、我らは一心不乱に突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 ―――これまずいかも。

城兵Cである俺は自身の聴覚といった感覚から、聖都のどこかが突破された事に気付いた。もしかして正門かな。なんかすんごい光が北方から迸ってたし。  

 

「・・・・」

 

 西方城壁で敵兵と亡霊どもを薙ぎ払いながら考える。 さっきから聖都を覆っている砂嵐は、聖都内部には入って来ていない。つまり敵が進入してきたらこちらは視界良好、逆に弓で一掃できる寸法だ。騎士王(セイバー)とて弓(アーチャー)には弱い筈。

 

 ――まずもって我々の勝利条件は敵を殲滅する事ではなく時間を稼ぐ事。全ては聖槍が完全起動すれば良いのだ。

 

「一歩も退くな。我らが敵を根絶やしにせよ」

 

「・・・」

 

 了解、アグラヴェイン卿。

俺は即死したのか倒れている粛正騎士達を一目見て、敵に吶喊した。

 

 有象無象の区別なく、私の死霊は許しはしないわ。みたいな感じでワラワラ迫る敵の化け物ども。こいつらを滅殺する為に必要な事とは?

 

 一、なるべく諦めない。

 二、なせば大抵なんとかなる。

 三、やめない勇気こそ強さ。

 

最後ネタ変わってんじゃん?何のこったよ。

 

「・・・」

 

俺は槍を鳴らしながら死霊を振り祓った。

 

「…その槍は一体……。いかに傲岸なる獅子王の兵といえど、可愛い死霊もとい我が宝具の開放すら耐え切るとは……っ」

 

 古のファラオがそう呟く。こっちはいっぱいいっぱいだけど兜っていいモンだよな。どんなに苦しくてもこっちの顔色が敵に見えないから。

 

「そしてその素早い槍の捌き。手練手管とはよく言ったもの――」

 

 敵は古のファラオであり大軍であるが、未だこの西方の城壁を一歩たりと越えさせる事は出来ていないしさせていない。よし、この調子この調子。耐えてみせるさ。

 

「敵の宝具は対軍のようだが、この程度ならばどの城壁も越えられまい。敵の万策尽かせてやれ・・・」

 

無論です、一匹残らず。

 

「・・・・・・、」

 

・・・・・。

 

「?・・・」

 

 む、どうしたんだろう。何だかアグラヴェイン卿がいつも以上に怪訝な顔をしておられる。何か気になる事でも?

 

「――アグラヴェイン卿。如何なさいましたか」

 

!剣持つビナー1の声。よかった無事だったか。

 

「・・・・先程から。聖都正門からの連絡が途絶している」

 

「――っ!」

 

「・・・・」

 

 成る程、卿は逐一伝令を飛ばして情報収集しておられましたからな。 しかし連絡が来ないというのはちょっと想定外。弓で一掃出来なかったのかな?それとも、

 

「・・・・すなわち。もはやこの戦、」

 

「――伝令!聖都正門第二防衛長ケテル1よりッ!!」

 

「――まさか」

 

「・・・言え」

 

「――正門破れり。防衛首将ガウェイン卿討死。ワレ残存兵力を纏め敵軍にあたるも、異邦者により損耗。突破を許す。聖都各方面の全戦力は、各個自らの任務を全うせよ。 ――以上」

 

「・・・」

 

了解。

 

「・・・ご苦労だった。持ち場に戻れ」

 

「――ははッ!」

 

「――なんですかそれは。…つまりどういう事ですか!!!」

 

「・・・」

 

 それは珍しい語気と姿だった。いつも冷静沈着な剣運びをするあのビナー1が、異常な闘気を迸らせて食ってかかったのだ。

 

 ビナー1。つまり正門の兵は任務を継続しますって事だよ。

たとえ守るべき門がぶっ壊されようと仲間と自分の死骸をそこかしこに晒そうと、最期まで戦うっていう意味だよ。

 

俺はビナー1の肩をパンと叩いた。

 

「――西方戦力の半数を正門方面に向かわせよ。出入口たる門から押し寄せる敵を正門の部隊と共に叩け。・・・聖槍起動までの時間稼ぎが我らの任務であり、ここ(西方)を放棄しなくては最早それがままならぬという事実を、」

 

「――理解出来ませぬ!!!西方は、未だ持ち堪えています!!!!」

 

「・・・・」

 

・・・・・。

 

肩をぎゅっと掴んだまま。俺は首を横に振った。

 

「――兵士殿!!?我々は負けてなどいません!!今度こそ貴方は、…我々は敗けるわけがないのです!!!!」

 

「・・・・・」

 

「話を聞け、ビナー1。・・・・我々騎士と兵卒は、ひとたび合戦の狼煙を上げれば最期まで務めを果たさなくてはならん。生前キャメロットの兵士だった貴様に解らぬわけがなかろうが」

 

「・・・」

 

 そうそう。俺達はまだここに居るし、負けてない。

俺達の敗北とは即ち王の聖槍起動が阻止される事。たとえ城の東西南北全てが突破されようとも、王が玉座におられれば我らの勝ち。それが絶対なんだよ。

 

「――……」

 

「・・・・」

 

・・・あれ? こんな感じの事、昔何処かで誰かと――。

 

「――。取り乱してしまい申し訳ありませぬ、アグラヴェイン卿。ここは私とビナー2、ホド2達の部隊で守護します。残りの戦力は正門に向かえ。 サー・アグラヴェイン、どうか最期までここはお任せを」

 

「私は玉座に向かう。・・・西方の雄姿、敵への手向けとするがいい」

 

「――了解」

 

「――了解!」

 

「――この位置を保て!!!」

 

「――了解!」

 

「――了解!」

 

「・・・」

 

 了解。さらばだビナー1、もう会う事は無いだろう。

俺はくるりと西方に背を向けた。ここでの城勤めは、割と良いものだったぜ。

 

「――フスカルさん」

 

「・・・・?」

 

ん?

 

「――また貴方と共に戦えて光栄でした。 …嬉しかった」

 

「・・・」

 

振り向かずに駆ける足。脳裏に浮かんだ誰かの顔。

 

綺麗なその面影を置き去りにして、俺は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

『ロイヤルガードだ! これがおそらく最後の粛正騎士になるだろう。皆ッ!あと少しだ!!』

 

「了解!」

 

「マスター、指示を願います!」

 

 目標である王城まであと一歩と迫った。

ここを凌げば恐らく玉座までノンストップで辿り着き、自らの務めを果たせるだろうと誰もが強く思っている。

 

―――だがこういう時。一体どんな顔をすれば良いのだろう。

 

「……! 先輩ッ!!?」

 

「立香!」

 

 神妙な顔をすればいいだろうか?

…ここで逢ったが百年目、みたいな感じの顔をすればいいか?いっその事泣いてみるか?

 

―――いやもしくは。いや或いは。

 

「よお。 また逢ったな」

 

「貴女は――…っ!!」

 

笑ってみるか?

 

「前に言った通り、正々堂々と不意打ちしに来てやったぜ。まさかこんなに早く王城まで辿り着くとはな。 ――流石は、父上」

 

「…サー・モードレッド」

 

 脱力した五体と仄かに握る銀剣が、剣体一致の境地を世に顕す。

不意打ちを狙って振るった先程の攻撃は聖剣によって防がれたが、なに。想定どころか都合すらも悪くない。

 

今生のオレという存在は、この時だけの為に有るんだからな。

 

「――モードレッド卿、周囲はお任せを。アーサー様に」

 

「………」

 

「――いえ。父君にアナタの本懐を!」

 

 分隊長達(デクども)が駆けだす。誰もオレ達の邪魔なんてさせないように。オレ達の闘いの余波を、受けないように。

 

「……ここは私が。マスター、ベディヴィエール、マシュ。先に行って下さい」

 

「・・・セイバー」

 

「待ってるからねっ!」

 

「獅子王は、必ず」

 

「はい!」

 

 王城へと駆け上がる音。こちらを見詰める忘れもできない騎士の相貌。エメラルドの瞳と大地踏みしめる足が、こちらの肌がヒリつく間合を作り出す。剣が鋭く砥がれるように。

 

…ずっと。

 

「ずっとこの時を待っていました。ずっと、ずっと、ずっと。剣を持つアナタと切り結べるこの時を。このクラレントをアナタの血で、――真紅に染め上げてやるこの時をなッ!!!!!!!!!!」

 

「………」

 

剣を右脇に構える騎士王と、両腕を横に広げて構えるオレ。

 

待ちに待ったこの楽園に、オレは帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

――我らの誓いを今ここに。

 

――突撃!

 

――正門跡から進撃して来た敵軍目掛けて、我らは一心不乱に突き進んだ。

 

――無論です。一匹残らず。

 

――この位置を保て!

 

――了解!

 

――さらばだビナー1、もう会う事は無いだろう。

 

――フスカルさん。

 

――今生のオレという存在は、この時だけの為に有るんだからな。

 

――待ちに待ったこの楽園に、オレは帰ってきた。

 

 

「---聖槍、圧縮」

 

最初から。そして今も聞こえている彼らの声、彼らの魂。

 

それはまるで瞬く星々。薫る外気。

 

望みを夢を。どうかこの手にと。

 

「---」

 

地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた愛しい子ら。正しき人よ、大切な者たちよ。

 

「---残念だ。おまえ達は、聖槍に選ばれない」

 

「それでもオレ達は。お前を倒すために来た!!」

 

玉座の扉を開け入ってきた者達。その者らは英霊の残滓たる我が身を討つという。

 

理由、知る必要も無し。

 

意志、量る必要も無し。

 

「---生存の過程において、魂は善悪に振れる。しかし振れる事無き魂が確かにいる。揺れず、知らず、迷わず、清いおまえたちがこの理想都市に。継がねばならない、残さねばならないおまえたちが確実に。---私は永遠に、永久に、この世の何処にも無い最果て(ユートピア)で見守ろう。衛り継ごう、おまえたちを」

 

意味、有る必要も無し。

 

「そんなの、ただの標本だ!!!」

 

「---そう思うか? 藤丸立香。遥かなカルデアより訪れし最後のマスターの片割れよ」

 

『…立香!獅子王の精神構造は完全に神霊化しているわ!話し合いによる解決は不可能…つまりもう、戦闘でその聖槍を破壊するしか道はないってことよ!!それでこの時代は元に戻る!』

 

「---短慮だな、オルガマリー・アニムスフィア。実に貴女らしい。だが結論は私も同じだ。---おまえもそう思うか、盾の騎士よ」

 

『・・・!』

 

「………。わたしは」

 

「---始まりが有るものには終わりが有る。だがここで終えてよいものなどは無い。正しきものならば尚更。マシュ・キリエライト、おまえならば私の理想が。最果てが幾分分かるのではないか?」

 

「―――………」

 

 白状すれば、それは興味だった。

是であろうと否であろうと、そのどれでも無かろうと。この盾持つヒトの答えはきっと何かが違うと、我が槍から伝わってきた。

 

 眼を伏せ答えを探すその姿。弱々しいその姿。---だが見上げたその表情には、白く輝く何かが。

 

「…自分が生きている限り、お母さんの人生は続くと顔をあげた人がいました」

 

『・・・・・』

 

「子供を助ける為に命を落とした人がいました。その事を嘆く人がいました。―――それでも生き続けると、顔をあげた人がいました!」

 

・・・・・。

 

「貴女の理想は標本(ユートピア)です。 私は、命とはその場限りのものではなく先に続いてゆくものだと。いつまでもいつまでも、多くのものが失われてもっ、広く広く繋がってゆくものなのだと!私はそう思います!!」

 

『―――マシュ』

 

「---そうか。 では些事は終わりだ、ドゥン・スタリオン」

 

玉座から立ち上がると同時に、眼下を見下ろす。

 

小高い位置。鐙の上。相変わらずの嵐の馬の上に、私は跨っていた。

 

「フルフルル(我が誉れ。我が王よ、命令を)」

 

「---薙ぎ払え」

 

「フルルル!!(--我が王よ。震慄させる威厳の御方、救われるべきを無償で救う絶対の王よ。 委細承知!!)」

 

「---我が加護を受け入れよ。ここが、お前達の最果ての地だ」

 

『敵、獅子王アーサーペンドラゴン!いや、もう違う!!・・・敵は女神。女神ロンゴミニアドだ!!』

 

『頼んだわよ!皆!』

 

「敵、女神ロンゴミニアド戦闘態勢!マスター、指示をお願いします!!!」

 

 

 

 

 

 

 




幾星霜を見た神が呼んでいる。
全地上を敵にして、我が槍にくだるべし。
我は与えん、常しえの安らぎを。
我は伝えん、悠久の輝きを。
神なる者の壮大なる視点。
人たる者の壮絶なる決意。
いま聖都に、決戦の火蓋が切られる。
次回『Never say never』
何かを捨てるか、全てを捨てるか。




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第32話 Never say never(前編)

 【円卓のガウェイン】 白③ 4/9
Gawain of the Round Table
クリーチャー―円卓の騎士・ゴリラ・レジェンド。
 プロテクション(黒) (このクリーチャーは黒のものに対してブロックされず、対象にならず、ダメージを与えられず、エンチャントされない。)
 瞬速(あなたはこの呪文を、あなたがインスタントを唱えられる時ならいつでも唱えてよい。)
 (1):クリーチャー1体を対象とする。円卓のガウェインはそれに1点のダメージを与える。
 (2):円卓のガウェインを再生する。
このクリーチャーは、あなたがコントロールしている土地の数だけ召喚コストが白①プラスされる。 
 
 ――『騎士とは何か?  いいでしょう、あなたはもうそれを知って良い歳です』
父ロットから長子ガウェインへ。兄から弟へ、そして妹へ。









 

 

 

「・・・」

 

 俺達城兵が崩れた正門周りに辿り着いた時、しかしそこでは粛正騎士が大活躍をしていた。

 

 山の民だろうそこかしこに倒れ伏せる人は、申し訳程度に武装して呆気なく血を吹いて倒れている。

 

 憎悪に満ちた顔、殺意に滾った顔、不思議と穏やかな顔。

戦時というのはいつだって人にこんな顔をさせる。血の匂いにむせて、付着した血痕が一体自分のなのか他人のなのかも判らなくなる。・・・そうしている内に、ふと満足感に似たこんな感情が生まれ始めてくる。

 

ああ、私はこれで楽になれる。

 

「・・・」

 

 そんなブラッドボーン(血液性啓蒙主義)を一息で吹き消し、耳をすませば現在お味方大活躍って所だ。 

 

聖都内での処刑行為は禁じられているけど、戦端が開いた時からここは戦中。王の名のもとに例外が適用されている。 ・・・敵は中々多いが、あの叛乱者どもがいないと見るとまさか奴ら王の所に?

 

粉微塵にしなきゃ。俺は使命感に駆られて王城へ駆けようとした。

 

「・・・」

 

「おう、遅かったではないか」

 

「兵士くん。久しぶりね」

 

 顔を向け、ぽっかり開いた正門跡地に、そのお二人は居た。

ゆっくりと馬から降り、こちらに歩くその姿は相変わらず絵画のように美しい。

 ・・・幾多の困難や苦悶、無理も無駄もこじ開けてきた。そうやって人生を全うしたと、その歩みと顔には映っている。

 

すなわちサーヴァント。すなわち、彼らは。

 

「トータと遊撃をしていたんだけど、もうお役御免みたいだしね」

 

「懐かしい顔に会いたくなってな。・・・いや、兜か?」

 

「兵士くんなら必ず正門(ここ)に来ると思ったけど、やっぱりねっ」

 

「・・・・・」

 

 いやあ、これはこれは三蔵様に俵様。お久しゅうございますなあ。ところで、何故得物を構えないので?

 

「していなかった挨拶をお主にしようと思っておってな。なに、―――今からでも遅くなかろう?」

 

ええ勿論。 俺はゆっくりと首を縦に振って槍の穂先を敵に向けた。

 

「聖都の武者よ。我らは人間を、カルデアのマスターを主とした。ゆえ、我らとここに留まってもらえまいか」

 

「・・・・・」

 

 出来ません。 王の許しなくこの地を踏んだ輩は滅ぼします。王城に向かった者達も悉く殺します。おどき下さい。

 

「・・・。まあ、無理よなあ」

 

「・・・・・」

 

はい。

 

「ふっは、――はははははは!」

 

「・・・・・」

 

ハハハハ。ハハハハハハー。

 

「ならば力尽くで」

 

「・・・・・」

 

押し通る。

 

俺が突進したと同時に、敵サーヴァント・俵藤太が腰の太刀を抜いた。

 

「トータ!援護は?」

 

「要らぬ。そこで待機しておれ」

 

 何もない空間から急に現れた拵え太刀を、下から上に抜剣した敵は俺の槍撃をかち上げた。鞘の内・反りに逆らう事なく音も無く。なんという技の冴えか。

 

「ぜぇああああああッ!!!」

 

 肩の上で両手に握りなおした太刀が俺の左頸部に叩き、こまれる前に槍を太刀の側面にぶつけていなす。同時に両者体当たり。

 

肩に運動エネルギーを集中させてブチかました為、密着する形になったが敵は俺の脚を蹴り払ってきた。 崩し、柔ら、組討ち、武家相撲。呼び方はよく知らないがこの態勢で?

 

俺は腹を前に出してグッと足で踏ん張った。

 

「腰の据わりは中々だが。下がお留守だな」

 

「・・・・」

 

下?俺の下半身はその程度では、 !――ぬおおおおぉおお!!?

 

一体何が。一体何故俺は、地に崩れ倒れようとしているのかうおおおおおッ。

 

「――さらば。その首頂戴する」

 

「・・・・・!」

 

 驚愕するだけで使えない脳みそとは別の方で、俺は理解した。

この敵は俺の爪先を踏みながら高速で俺の胸部、そして頭を押したのだ。下が留守と言ったのはわざとで、俺の意識をほんの少しでも上から逸らす為。俺の体を崩す為。

 

 ―――直立二足歩行生物ヒトは、二種類の方法で体の重心・バランスが崩れる。

両足を固定した状態で爪先から約30cmヘソを前に突き出す事。同じく、爪先から約60cm頭を前に突き出す事。これは後方に行っても同じ事である。(作者実験計測のため眉唾物)

 

「・・・」

 

 ・・・あ、だからお辞儀をする時は腰から曲げるんだ、じゃないと簡単に転ばせられるからってんな事知るか!!俺は今絶賛生命の危機だ!!!

 

 手を添えられた白刃が倒れる俺の鎧の隙間、俺の首に迫る。このままでは背中が地面に落下着地と同時に首が胴体と泣き別れ。しかし姿勢が崩れている今どうすれば。

 

「・・・・・ッ!!!」

 

「―――むうッ!?」

 

 刃が首に触れる、と思った瞬間。

俺は腰ごと身体をグルリと回転させた。 この場を凌ぎきるには力が必要な為、遠心力を発生させた俺は短く持った槍を敵の太刀と側頭部めがけてブン回す。

 

「・・・・」

 

 うつ伏せに倒れ転ぶ俺。すぐさま膝で思いっきり地を蹴って身体を奮起、死に間から離れて間合を図る。・・・敵は、

 

「――中々。いやしかし回転するとは命知らずだな。西洋の武は回転を大いに良しとするという噂は本当だったか?」

 

「・・・」

 

 さあどうでしょう。技術体系も何も有りませんでしたからな、あの時代は。俺は回転を重視しませんが、出来ると出来ないとじゃ大いに違うので。

 

・・・太刀を消した敵と我の間合は、やや遠間に近い中間。この状況でするべき行動は。

 

「ははッ。お主は依然無口なくせに分かりやすい。その闘気、その構え、その間合。 必殺を狙っているな?」

 

「・・・・・」

 

・・・・・。俺は槍を水平右肩に担いだ。

 

「良し。ならば吾(おれ)も取って置きを出さねばな」

 

 そう言うと敵はやおら弓を取り出して、矢を番えた。

引き絞り、終いが無いほど無限に引く。引いたからには一か八かの一天地六。貫き落つるは俺の臓か貴方の腑か。

 

「………」

 

三蔵様はジッと俺達を見ていて、粛正騎士達は周囲の不埒な敵どもと当たっている。

 

つまり今、

 

「――俵下野守藤太。一矢馳走」

 

俺達の勝負を遮る者は誰もいない。

 

「 八幡祈願・大妖射、」

 

「・・・・ッ!!??」

 

 その時の音は無く。感じたのは熱。

貫く刃の感覚と、激痛の感触。深く、深く、柄まで通れと剣が突き刺さる。

 

「―――てめえらは屑の集まりだ。俺の親父を殺しておいて、何でのうのうと生きてんだ?おい」

 

「! あなた……!!」

 

 神速であった。

俺の聴覚でも判らない程に気配なく鋭い一撃。短剣の一刺しが、俺の背中を深々と貫いていた。一体何者が?後ろを向いて・・・・いや、判った。

 

「こっちはてめえらを皆殺しにする為に来てんのに、なあ。―――何で堂々と決闘なんざしてるんだ?」

 

「・・・・」

 

君か。聖罰の生き残りの青年。やっぱりどんな手を使ってでもここに来ると思ったよ。

 

「…兵士くんっ!!!」

 

「俺は諦めねえ。仇を全員殺すまでな」

 

怨念と共に。俺の意識は急速に消えていった。

 

 

 

 

 

 

『---穏やかであれ』

 

『………!』

 

『・・・!』

 

 ――モニターから見える聞こえる神霊・ロンゴミニアドは声を出さずとも愛馬を自在に手繰る事が出来る。 

 

 それはこの神がランサーという霊基の枠から今まさに脱しようとしているからなのか、はたまたあの馬もまた聖槍にこびりついた英霊の残滓であるからか。

 

 死闘という名に相応しい戦を繰り広げる神と人との闘いを、モニターから見ている事しか出来ないカルデアのスタッフ一同は固唾を飲んで見守っていた。

 

「休むな!!! 私達の仕事を全うしなさい!ぐだーズへの魔力供給の現状は!?」

 

「!は、はいッ!! 供給量オールグリーン!実証も問題ありません!継続中!!」

 

「どうっっわ!!! シバが何枚かイかれましたあ!!」

 

「何枚かじゃ分からないわっ。迅速に確実に正確に報告してカバーしなさい!!!」

 

「了解ッ!!」

 

「まさかカルデア(ここ)まで魔力の波が届くなんて。敵は正真正銘の女神様ってわけか・・・」

 

 カルデアのDr.ロマニ・アーキマンは冷静に敵を分析し、その結果を現場の人間達にコンソールにて伝える。時たま出る独り言はご愛敬だが敵の情報や敵の霊基、バフ、デバフ、岡目八目勝機を伝える事もまた彼の仕事の一つである。

 

「ドクター!!!!」

 

「は、はいいいッ!余計な事言ってごめん所長!!」

 

「良い事を言ったわ。事実をありのまま述べる事は有ってしかるべきよ」

 

「・・・・、ありがとう?」

 

「どういたしまして。…でも正直このままじゃジリ貧ね。騎士王達はまだ戦闘中?」

 

「はい、騎士王はモードレッドと未だ交戦中です。俵藤太と玄奘三蔵は………、?」

 

「どうしたの。 もう敵を片づけて王城に向かってくれているのかしら?それとも別件?一体全体何がどうしたっていうのかしら?」

 

 圧がカルデア管制室全体にかかる。しかしそれは威圧というよりは根源的な圧力で、幼児が親に怒られて身が竦むような感覚に近かった。

 

「答えなさい。 ぐだーズ達の為にも、今すぐ正確に」

 

「い、いえ、その。 俵藤太が戦っている相手が、例の……」

 

「モニターを回して」

 

 コンマ数秒の後に、管制官が見ていた画面がカルデア所長専用モニターにも映った。データ上、敵は槍の粛正騎士。状況は弓対槍といった所。

 

「…いつ見ても気持ち悪いわね。何このバフ」

 

「槍の粛正騎士は、『撃滅の誓い』というスキルを持っている事が藤丸君達の戦闘データから分かっています。 でもこの敵は、」

 

「宝具威力とクリティカル発生率及び攻撃力防御力上昇。必中付与に…、クリティカル威力の向上。バーゲンセール担当の粛正騎士なわけ?こいつ」

 

 どう考えても妙だった。

これらは槍だけでなく剣と弓の粛正騎士のスキル効果。初めてマシュ達と戦った時も、このエネミーは同スキルを展開していた。発動の兆候も全く見せずに。

 

「スキルが常時開放系の敵なんじゃあないかな、マリー。粛正騎士はそこらのエネミーとは違うわけだし」

 

「…そうね。三蔵法師もいるし、この敵は二人に任せましょう。モニターありがとう、戻すわ」

 

「イエス!マリー!」

 

「……、ねえ。お願いだからそれ止めて」

 

「?何を言うんです。オルガマリー所長はレイシフトチームを指導した鬼教官じゃないですか!」

 

「それ少しの間だけだったでしょう。しかもあの時はその、ね、あれよ。……やけくそだったというか」

 

「・・・私が人理継続保障機関フィニス・カルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアである。話し掛けられた時以外は口を開くな。 口でクソたれる前と後に〝マリー〟と言いなさい。分かったかウジ虫」

 

「マリー、イエス、マリー」

 

「ふざけるな!大声出せ!!タマ落としたの!?」

 

「マリー!!イエス!!マリー!!」

 

「――止めなさい!!!仕事しなさい仕事を!!!」

 

「?やってますよ?」

 

「当たり前じゃないですか。小粋なジョークですよ、コフィンバイタルオールグリーンです」

 

「人をダシにするジョークは嫌われるわよ、ムニエル。次のボーナスを楽しみにしてなさい」

 

「・・・・。来年度が有ればですが」

 

「有るに決まってるでしょ。ここを何処だと思ってるの」

 

 コンソールを叩いて、レイシフトしている人間達の存在証明の率を上げる。ドクターと共に彼女が行う大事な仕事の一つは、ここで彼らを観測し続ける事。

 

 ――もう何処にも消させない、何処にも行かせない。私の職員はどこの誰にも。たとえ神にも。

 

「勝って帰ってきなさい。…信じてるわよ。ぐだーズ、マシュ」

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 Never say never(後編)

テンション上げ過ぎました。今更ですがご注意を。








 

 

「---立ち止まれ」

 

「はぁああああ!!!!」

 

 人知を超えた馬上槍の一閃が、受け止める盾ごと地球ごと穴を開けんとばかりに激突する。丸みを使って運動エネルギーを逸らすと、今度は馬の脚が強襲した。

 

 ――人馬一体。いや、神馬一体。

盾持ち(シールダー)、マシュ・キリエライトは理解した。一呼吸にも満たない刹那にこれらを行えるからこそ、この敵は槍の女神なのだと。

 

「サー・キリエライト!合わせて下さい!!」

 

「はいっ!!」

 

「---ほう?」

 

 ジグザグに、互いに交差しながら地を這うように疾走する。騎士ベディヴィエールとマシュは螺旋を描きながら大地を駆け抜け、間合に入った瞬間エックスの字になって互いの得物を一閃した。

 

「---見所はあるな」

 

その凄まじき攻撃は女神の跨る馬に直撃し、乗り手に声を洩らさせた。

 

「---ドゥン・スタリオン、下がれ」

 

「フルッ・・・ルル!(--承知。しかし私は、いついつでも出撃可能です我が王よ!)」

 

「---ご苦労であった。 時は充分に稼いだゆえ、あとは私が終わらせよう」

 

 神の馬は一鳴きすると、まるで靄のように消えていった。 

地に降り立つ槍の女神は静かに藤丸達人間を見て、掴む聖槍の光は刻一刻と輝きを増していく。まるで陽に照らされ昇り満ちゆく月のようにはち切れんばかりに。

 

「させない! マシュ!」

 

「はい!マスターっ!!」

 

 マスター・藤丸ぐだおが全体強化の礼装魔術を行使し、追撃を指示。『時』が彼らの味方ではない以上、常に先手先手を獲っていくしか勝機はないからだ。シールダーは体当たりを敢行した。

 

 ――ランス、すなわち馬上槍は一般的に馬に乗っていなければ無用の長物であると云われている。長大なそれは文字通り馬力が有れば十全に振るえるのであって、二足歩行の存在が扱える代物ではないと。

 

「………」

 

 マシュはそんな下馬評を心の底から否と断じた。

まずもって相手は槍の女神であるし、常軌を逸して新たな常識を敷くのが茶飯インシデント、むしろ役目ではと思っているから。

 

 そしてこれまでいくつもの特異点で、長槍を手足のように振るう戦士を見てきたからだ。無論ここも含めて。

 

「---」

 

「…………」

 

 疾走する。瞬きもせず。

今自分がいる場所こそ既に槍の間合。不動の敵が動く=攻撃が届く意味。

 

 この状況で後の先(カウンター)を獲る事は至難。戦いの主導権をこちらが握る為、相手の動きの兆候を見極めながら盾を構えて突進する。

 

「………っ」

 

 マシュは限界まで目蓋に力を込め、女神を見据えた。この目蓋は決して閉ざさないと誓って。――閉ざすのは勝った時。 

 

 盾と槍との間合が狭まる。際限なく。指呼と対話の間合も過ぎ去り斟酌の間へ。それさえ過ぎても敵は動かない。 しかるに、敵の狙いは後の先。

 

「………ッ!」

 

 そうはさせない。

マシュは気を吹いた。魔力ブースト・オーバードライブ。突進最後の一歩を飛ぶが如く大きく踏み込み、敵の間合と狙いを凌駕して勝つ算段。先の先の勝機(不意打ち)。

 

マシュは眼を敵から外す事なく突進した。

 

「また一撃ッ。やったぞ、マ――」

 

だから眼を疑った。これは幻覚、魔術の類かと。

 

「………。?」

 

神経系に作用する何かか。或いは脳に異常を見せる魔の類か。

 

―――いつ。

 

「---我が手に、」

 

―――いつ。一体いつ敵は姿を消したのだ?

 

「マシュっ! 頭っ!!!!」

 

答えは。

 

―――答えは。

 

「………!!?」

 

聞こえた声に寸分も違わず盾を頭上に回す。そこに答えはあった。灼熱の痛みを伴って。

 

「---我が手に収まる時だ。---人間」

 

「そん……、な…」

 

答えは明快にして異常。 不可能の一切を振り切って、女神ロンゴミニアドは空中にいた。

 

 ――飛翔である。

停止していた身体が音も兆候も無くマシュの頭上を飛び越え宙にて前転。防ぐ事に特化した盾持ちに対して真っ向から背中を切る不意打ち業がその正体。

 

二足歩行で、長大な槍を持つ者がまさかそんな、ありえない曲芸を行うなど誰にか判ろう。

 

 間合だの勝機だのを考えていた自分の頭こそ、これの前では狂気と言える。

 ――見上げ、ズタズタに切り裂かれた背中の痛みも忘れ、マシュは昼間に浮かぶ月を見る。其れは人鬼すらも通り超えた神仏だけが成せる業であった。

 

『――マシュっ!!!』

 

『バイタル不安定!デミサーヴァント・マシュの呼吸、動悸、血流が沈静しません!!』

 

『臨時魔力供給を急げ!』

 

『敵ロンゴミニアドの魔力余波でシステムに異常発生っ!!』

 

『なにい!?!?』 

 

『ここはプランBでいこう。 プランBは何だ?』

 

『あ?ねえよんなもん!』

 

「――応急手当!!」

 

 マスター・藤丸立香が礼装による回復魔術を発動した。マシュの傷は酷いが、辛うじて致命ではない。立香の声掛けが無ければそうなっていだろうが、そうはならなかった。伊達に五つの特異点を突破していない。

 

マシュはまだ闘える。

 

「――…どう、すれば。どうすればこの敵に………。 わたしはどうすれば…」

 

『マシュ・・・!?しっかりするんだ!!』

 

――心が折れていなければ。

 

 

 

 

 

 

「---聖槍、圧縮」

 

「・・・うあッ!」

 

「……あっぐ!!」

 

「皆さんッ!? はああぁああ!!!」

 

『ぐだーズっ!! 無事!!?』

 

「な、何とか……。 兄さん!?」

 

「くっ・・・そ・・・」

 

 戦場にいるのはサーヴァントだけでなく、マスターも一緒だ。だから充分気を付けなくてはならない。

 

 ・・・油断はしなかった。何とか転がって避けた筈だった。

でもそれは無理で、当たり所が悪かったのか血が止まらないし傷口はズタズタ。あの槍痛いなあ・・・くそ。マシュはこんなのを受け止めてたのか。

 

「――あ、…先輩。いけない、先輩を守らなきゃ。でも…血が。いっぱいわたしのせいで。でもあれに…どうやって……?わたしは、一体どうやって勝てば…」

 

 ・・・最近のマシュはメキメキと力と経験を積んでいた。多分それは分からなくてよかった実力の差を知る事が出来るくらいに。

 

「サー・キリエライト!心を、しっかり!!」

 

「---立ち止まれ」

 

「ぐ、ぬぅうううぅうッ!!!」

 

『・・・ベディヴィエール卿!』

 

 見た事も聞いた事も無い槍撃が縦横無尽にベディヴィエール卿を襲う。何とか凌いでいるけど、一人じゃ駄目だ。皆で立ち向かわないと。

 

『藤丸!無闇に動いたら危ないわ! その傷は深いのよ!?』

 

『コフィンの生命維持機能をもっと上げてくれ! もっとだ!!!』

 

『電力が足りない?だったら予備も使えばいいだろ!!!』

 

『了解ッ!!!』

 

 ――太腿の、内側かな。何だか嫌になるほど紅い血が見えてる。立香は無事だな。・・・だったら動かなきゃ、歩かなくちゃ。何とかしてマシュの元へ。

 

「・・・・マシュ」

 

「え…、……先輩?」

 

 やっと辿り着いた先の後輩は、何だかひどく懐かしい顔をしていた。あの日、初めてレイシフトをした日と同じ顔。

 

「わたし、――わたし。先輩を守るって決めたのに…。サーヴァントとして必ず守るって。 ―――思ったのに」

 

 盾の後ろにいたオレですら獅子王の威圧感と攻撃は怖かったし、生きた心地なんてしなかった。・・・・それじゃあ一体今までマシュはどれ程の恐怖と戦っていたんだろう?

 

「マシュ、大丈夫だよ。こんな傷なんて事無い・・・ッ!」

 

結論・マシュは強い。

 

「兄さん! 今は動かないで!」

 

「…先輩」

 

立香には悪いけど聞けない。今は動かないといけない時だから。

 

「――ガンドッ!」

 

「---、む。 ヒトにしては永いな、藤丸ぐだお。おまえのその傷は致命の筈だが」

 

「生憎頑丈なだけが取り柄なんだ」

 

「ぐだお殿!・・・、――これは」

 

「これは…? これは何だって言いたいのベディヴィエール卿!!」

 

おお、ガンドは獅子王にも効いた。これすごいな。・・・流石は、

 

「---間もなくこの世に別れを告げる今のおまえならば分かるだろう、藤丸ぐだお。---受け入れよ。見える筈だ、この最果てへの階(きざはし)が」

 

 マシュ達から眼を獅子王に向けると、彼女の後ろに白い漣が見えた。それは輝く渦のようにも見え、とても此の世の物とは思えなかった。

 

とても綺麗だった。

 

「・・・・」

 

「---解ったか。ならばもう何も考えるな。ヒトは得てして、考えるから不幸になる。人類最後のマスターのおまえですら例外ではない。---ただ愚直なまでに旅をしてきただろう事、今までの特異点はさぞ苦楽が傍に有った事だろう」

 

「・・・・」

 

「兄さん!?」

 

「先…輩?」

 

・・・・・。声が。もう声が一つしか聞こえない。

 

「---我が槍におまえは選ばれなかったが、おまえの往く先に安寧がある事を私は言祝ごう。間違いなく、おまえが生きた旅路は偉業であった。---大義だった」

 

「・・・・」

 

・・・・偉業。 そうか、偉業か。

 

「―――っ!」

 

 何かを叫びながらへたり込む妹が俺の眼を見つめる。

やったぞ立香。オレ達がやってきた事は無駄じゃなかったって、他ならぬ女神様は認めてくれるんだ。感慨深いな。

 

だってそれは絶対に、

 

「・・・それは、絶対に」

 

「---?」

 

血が流れ続ける箇所に掌を押し付けてオレは。

 

オレ達は。

 

「―――それは絶対に違う」

 

二本の足で立ち上がった。

 

 

 

 

「………、」

 

「それは絶対に違う。オレ達はまだ何もしてない。 人理も修復しちゃいないし、皆もこの世界も元に戻してない。・・・・それに」

 

後輩(マシュ)をこのままにして何処かに往く先輩が何処にいる? 

 

「――いるわけないだろ」

 

「---、」

 

「―――………」

 

その時、女神の。獅子王の顔が少し、

 

「---成る程。死に急ぐのならばするがよい。矜持やら自負やらヒトが己を満足させる為の物は須く、口に出してこそだ。だがそれで一体何が変わる?何を変える?」

 

「諦めない」

 

「---、何?」

 

―――少し、歪んだ。

 

「オレは諦めない」

 

歩く。

 

「オレは・・・ッ。諦めないッ!」

 

最果てに。女神に向かって歩く。

 

「………―――。 先輩」

 

「---何だ? それは。ある一定の条件下でヒトが出せる火事場の力か。そんなものに縋るから、ヒトは正しくある事が出来ない。死に往くおまえは今それが正しいと思っているのだろうが、それこそ違う。---異物だ。人間、それはただの歪で醜い魂の」

 

「笑いたければ笑えばいい。・・・馬鹿にされたって構わない」

 

『………』

 

・・・・・。

 

「貴女がもう人間より遥かに偉くて強くて長生きでも。・・・たとえ今にも、たとえ今世界の全てが滅んでも――ッ!!!」

 

「…………」

 

 ペリドット色の綺麗な瞳に向けて拳を伸ばす。・・・目前まで来た、女神ロンゴミニアドの視界を塞ぐようにしてオレは。

 

「オレはッ! オレ達は、絶対に諦めないッ!!!!!」

 

最後の礼装魔術を発動した。

 

「オーダー、チェンジ!!!」

 

 

 

 

 その瞬間。 

私はこの藤丸ぐだおがサーヴァントのマスターである理由を再認した。

 

「――東方の三博士。北欧の大神。知恵の果実」

 

 秘密の指示はこうだった。 玉座の間に入って戦闘になったら、あまり自分とは話さないでくれ。むしろ誰とも喋らないでくれ。 正直何を馬鹿なと思ったしこの天才にどの口が宣ってんだと思ったが。

 

『切り札は最後まで取っておかないと。・・・でしょ?ダ・ヴィンチちゃん』

 

「―――我が叡智、我が万能は、あらゆる叡智を凌駕する!!!!」

 

 まさかこの瞬間に。

敵間近のこの土壇場に自分を私(後方)とチェンジさせるなんて。まかり間違えば全てが終わる事を彼は分かっていたのか?

 

「兄さん! 『応急手当』!! ――そしてダ・ヴィンチちゃんに『緊急回避』!!!」

 

いや―――彼らか。

 

「・・・槍持ち相手にどうやって近づいたらいいか。 もう忘れているかもしれないけど人間はね、女神様。生きている間は闘う方法を考える生き物なんだ。切り札を肌身離さず、ね!!!」

 

「---!!?」

 

 突如現れたであろう私の掌に振るわれる槍が、あり得ない方に向かって空を切る。流石兄妹息ピッタリ。あとはこの万能の天才に任せたまえ。

 

 何故なら魔力完全充足充填距離ゼロで放たれるこの宝具は、たとえ神であろうと何であろうと耐えきれないと他ならぬ私(ウォモ・ウニヴェルサーレ)は確信しているからだ。

 

―――よくも。よくも私の友を傷付けたなこの女神。 

 

「 万能の人 ! 」

 

深遠八方、いわゆる八極(最果て)までぶっ飛ぶといいぜ。

 

 

 

 

 

 

…空の果てまで届きそうな大爆発が起こり、私は身体の芯まで震えて息を吐いた。

 

「成功だ!立香!やったぞ!」

 

「どういたしまして!でもその前に一発ぶん殴らせてね?」

 

小さくて鈍い音もしたが、何故かそれは心地良い音だった。

 

「ッ何で!?」

 

「パワハラ」

 

「お前それどの口がッ」

 

「せ、先輩方…っ?」

 

 聞きたい事が沢山あった。

礼装魔術はサーヴァント用の物ではないのかとか、マスターとサーヴァントは交代可能なんていつ知ったのか説明書を読んだのかとか。ダ・ヴィンチちゃんの事とか。

 

「マシュ!うちの家訓なんだけどさ、いつだって大事なのは間合いと退かない心らしいんだよ」

 

「……? え?」

 

「ベディヴィエール卿!力を貸してっ!! 獅子王に伝えなきゃ!今の私達に必要なのはそれでしょ!?」

 

「勝つ事は勿論大事だけど、その為には退かないで立ち向かわなくちゃいけない。オレ達はずっとマシュを見て、分かったんだ」

 

「諦めたらそこで試合終了だよ!!」

 

「・・・! はいッ!!!」

 

サー・ベディヴィエールが的を射た表情でわたしの横に立ち、光剣を携え前を見据えた。

 

「―――サー・キリエライト。私は獅子王に言わなければならない事があります。でもそれはあの方を打ち倒すことで出来うる事でも、勝つ事で為し遂げられる事でもなかったのです」

 

「………!」

 

 眼を見開き、光に照らされ煌く盾を見詰める。

…戦う事だけがわたしに出来る事なのか。『シールダー』のデミ・サーヴァントとは、それ以外必要ないモノなのか?

 

いつの間にか膝をついていた身体を起こし、わたしは立ち上がった。

 

「わたしは、シールダーです」

 

「うん」

 

「わたしは倒す者ではなく。この盾で先輩を、―――皆さんを護る!!!シールダーですっ!!!!!」

 

―――無心の叫びと共に、白光に輝く盾。わたしはこの眼に白く輝く炎を見た。

 

「---Sïona gairh,Daïsairé.」(聖槍、抜錨。)

 

 煙の向こう。 そこに向かって走る。この足でいつものように先頭に立ち、盾を構えて地を踏みしめる。

 

「---Soghi éïrach,Fadhl flare,Birautece scure,Rüarhéücl laiblatélach.」(地に増え、海を渡り、都市を作り、空を割いた。)

 

 …聞いた事も見た事もない言葉と音声が全身を震わせる。恐らくこれが槍の女神の正真正銘。 人知を超えた存在だけが知る古の、或いは遥か未来で使用される言語なのかもしれません。

 

「---Dainhr,laimi?」(何の、為に?)

 

 盾越しでも全身が千切れんばかりの力の奔流。

輝く槍は永遠に最果てを照らし、此の世なんて只の影法師でしかないのでしょう。

 

「---Sïona gairh éü,Lyge ablïarsace!!」(聖槍よ、果てを語れ!!)

 

「―――其れは全ての疵、全ての怨恨を癒す、我らが故郷」

 

でも諦めない。絶対に。必ず、わたしはあなたを。

 

「―――顕現せよッ!!!!」

 

「 ---Rhon gominyad. 」

 

「 ロード・キャメロット!!! 」

 

貴女も。

 

 

 

 

 

 

 




全ては、あの闇の中から始まった。
人は生まれ、人は死ぬ。
天に軌道があれば、人には運命がある。
肉親に逐われ、剣に導かれ、辿りゆく果ては何処。
だがこの命、求めるべきは貴方。
目指すべきは貴方。討つべきは貴方。
けどオレは、何?
次回『バックトゥパラダイス』
目も眩む剣戟の中を、騎士達が走る。





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第33話 バックトゥパラダイス

 

 

 

 振るわれる剣戟の量が増え、吐息の数とそれが千を超えた辺りで数えるのを止める。

 

 ずっとこの瞬間が続けばいいのに。 すんでの所でそんな気分に浸らせてくれないのが、この騎士王という剣士だった。

 

愉しいとはこれ。嬉しいとは、正にこれ。昔から、初めて会った時からずっと。

 

『参りました。陛下』

 

『……、―――』

 

『流石は騎士王であらせられる。無人の野を行くが如く、私の剣など歯牙にも掛けない』

 

『―――』

 

『陛下の剣に追いつけるようこのモードレッド、騎士としての職務と鍛錬に身をやつします。全ては我が王と、ブリテンの為に』

 

『――待て。貴公』

 

『? は』

 

 …生前キャメロットに登城した初日のこと。騎士としての武勇を示すという名目で、オレは王に手合わせを申し出た事がある。

 

まだ荒削りなオレの剣はあの日、騎士王に全く敵わなかったものだった。

 

『貴公、剣はどこで修めた』

 

『自然相手に修練を重ねた我流ゆえ、師はおりません。無作法お許しを』

 

『それは構わぬ。……しかし我流でこれほどか。 貴公は恐らく、私を含め円卓の誰をも凌ぐ騎士となるやもしれぬな』

 

『――御戯れを。我が剣は騎士王の為に振るわれる物。王を超えて何とします』

 

『違う。それは違うな、サー・モードレッド』

 

『?』

 

 初めての対話は心が弾み、剣も交えながらのそれは性に合っていたが、興奮で言葉が荒れないか気が気でなかったのを憶えている。

 

『我らの剣は民の為、国の為に振るわれる物だ。私などの為に振るわれるべきではない。断じて、そこを違えるな』

 

『――。は!肝に銘じます、アーサー王陛下』

 

『貴卿の尽力に期待する。……それともう一つ』

 

『? はい』

 

『機会があれば、今後は私が其方(そなた)に稽古をつけてやりたく思う。今の卿の剣は、やや粗野だ。無論其方が良いのであればだが』

 

…嬉しかった。

 

『…!! 有り難き幸せっ。このモードレッド、いついつでも準備は出来ております我が王よ』

 

『ならば―――これから少し良いか?』

 

『はいっ!! どうか宜しくお願い致します!!』

 

 ―――下げた頭を上げると、平素より少しだけ。

ほんの少しだけ柔らかく微笑む王が。ずっと話してみたかった父がそこに居たのを、オレはいつまでも憶えている。

 

 

 

 

「アナタは変わりませんね、父上」

 

「………」

 

 漂う風も、次元も切り裂く剣戟が何度も重なる。

必殺と言う名の刃鳴が散り、吐息が舞い、お前を切るという冷徹な意思だけがこのバトルフィールドを支配する。

 

一対一の決闘とは、古より皆こんな風。

 

「アナタはいつもそうだ。戦いとなれば相手に主導権を握らせないし、握らせたとしてもすぐに拍子抜けにさせる。―――あの丘の戦を除いてはね」

 

「……ッ!!!」

 

 魔力を更に放出した騎士王がオレの剣のリカッソ(刃の根元にある切れない部位)を掴んで来る。まさに神速の妙技。 だがオレはそんな王の腹を思いっきり蹴っ飛ばし、赤雷を剣身に纏わせた。

 

――硬えなあ、父上。流石に蹴りじゃあ殺しきれねえか。

 

「…!! 赤色の魔力放出。だがその出力は、其方の命の火が今にも消えるぞ。サー・モードレッド」

 

「だから何だと言うのです?それが、一体全体、全く、どうしたと言うのです父上? これはアナタと私のサシの勝負です。本気を出さねば騎士として失礼でしょう?違いますか?」

 

「………」

 

騎士の王は剣を脇に構え、静かに機を伺った。

 

「そうッ!!!騎士の王たるアナタがコレを否定出来る筈もない!!!……いつ如何なる時も全霊であれッ、どんな怨敵どんな相手であっても、民の為国の為に剣を振れ!!! それが我ら円卓の責務であるッ!!!アナタが言った言葉です、アーサー・ペンドラゴン陛下!!!」

 

「………」

 

 突撃。 時に片手で、時に両手で振るわれる十重二十重を優に超える剣閃の煌き。似通ったその全てが交叉につぐ交叉を超えて幾何学模様を宙に描いた時、

 

オレの眼には火が見えた。

 

「私は獅子王の御為、この聖都の為に剣を振るっています。王の配下としてそれは間違いではないし、今のアナタはここ聖都の敵ッ。この私を否定できるものならしてみればよろしいッ!!!」

 

 小さく、熱く。まるでウィルオウィスプのように永遠此の世をさ迷い続ける、ジャックが持つランタンのような蒼い火を。

 

「―――。貴公は、間違ってはいない」

 

「ハハッ!!!ようやっと飲み込めましたか父上!」

 

「貴公の炎は、間違いではない」

 

「炎? 抽象的な言葉を使うなどアナタにしてはらしくない!英霊になって、何ぞ心境の変化でもありましたか?」

 

「ああ。そうかもしれん」

 

闘いの最中だというのに。胸の辺りをそっと撫でながら、騎士王はこちらを見た。

 

「………?」

 

――この世界で初めて。こちら(オレ)を見てくれた気がした。

 

「モードレッド卿。貴公が駆け抜けた一生に、悔いはあるか」

 

「さあどうでしょう。 アナタには悔いしか無いのでしょうが」

 

「……以前であれば、そうであったのかもしれぬ。だが不思議な事に今は―――」

 

何も無いと。

 

生前からずっとずっと見続けている筈の騎士の王は、そう口にした。

 

「無い……? 円卓とブリテンのあの滅びを、その原因たる私が眼前にいるというのに、何も無いと?戯言にしても限度がありますぞ。父上」

 

 目蓋を閉じ、もう一度開かれるエメラルドの瞳。

綺麗な、でも只の一度も見た事の無いそれには嘘偽り無しと書いてあった。

 

――――。何だ、その眼は。

 

「私が選び、剣を執り駆け抜けた道。その過程で切り捨て、置き去りにしてきたものの為にも。―――その道が。今までの自分が、間違って無かったと信じている」

 

「…………。 お前―――誰だ?」

 

「私はアルトリア・ペンドラゴン。セイバーのサーヴァントであり、今は貴公の敵だ」

 

「……そんな眼を、オレは…、知らない………」

 

「そして今もこの聖剣を、光を掴み続ける者だ!」

 

「黙れッ!!!!!!!」

 

 成る程、合点がいった。父上の顔で父上が言うはずのない、アーサー王が考え付く筈のない言葉を垂れ流すコイツはつまり偽者だ。

 

煩わしい事この上なく、口から塵を吐き出すしかないゴミ溜めだ。

 

 …だってあの円卓の騎士王が。我が麗しの父がこんなにも蒼く輝く炎を、瞳に湛えられる筈が無いんだから。

 

「父上のガワを被ったパチモンが。父の剣を誰よりも見て聞いて、学んだオレの前でよくも。…よくもそんな女みてえな腑抜けたツラと言葉を抜かしてくれやがったなッ!!!!!!!!!!!」

 

「………」

 

眼前のパチモンが剣を上段に振りかぶった。こちらも全く同時に。

 

「ォォォォオオァァアアアア!!!!!!!」

 

合わせ鏡のような剛剣と剛剣が空中で火花を散らす。

 

 一撃で一切合財決着をつける。 それが我が父の剣でありオレの剣の一つだが、まさか性懲りも無くそれまで似せて合わせてくるとは。性懲りも無く、性懲りも無く。

 

「性…懲りも無く…ッッ!!!!!!」

 

 赤雷の魔力を放出し、大地を踏み潰しながら猛進して剣をぶん回す。

敵は緑風の魔力を纏わせ、五体を無駄なく使いながら猛進し剣を振るう。

 

 大地と全身を十二分に使う敵の動きに対してオレは跳躍し、空中で回転。パチモンの攻撃を受け流し、追撃へと移行した。

 

「オレに勝てるのは……、父上だけだッ!!!!」

 

 ――剛剣対剛剣。

この場合、勝負は一瞬でつく。攻め手の間隙を突けばいいからだ。だがオレは剛剣だけでなく防御堅牢なる頑剣と、敵刃を捌ききる技剣も取り入れている。

 

 敵の隙、敵の傾向、そして癖。

それらを一つ余さず捉えて切り殺す為には『剛剣』だけでは足りない。数多の引き出しを持って扱えてこそ剣は『万能』に至り、

 

あらゆる状況を想定してそれに打ち勝つ事が出来れば、オレの剣は『無敵』と成れる。生前ある時期にオレはその発想に至り、そういう鍛錬を積んでいた。

 

その為に、この闘いは長引いた。

 

「―――ストライク・エア!!!」

 

 疾風を纏った敵の刺突が、さながら閃光めいて邁進する。

どのような状況どのような相手であっても全霊を。戦士だけが放つ芳香、純粋なる闘気を漲らせた敵が来る。

 

 オレは剣と利き手を右から左にグルリと返す事で、体を捌く事でそれを受け流して突進。反撃。

 

クラレントの柄頭(ポンメル)をパチモンの顔面に突き入れた。

 

「っく…!」

 

「―――ッッッ!!!」

 

 敵の魔力放出が周囲全てを薙ぎ払うように放射されたが、オレは既に空中へ。敵の後背、死角を取っていた。

 

死ねよや。クソパチモン野郎。

 

「『暴走』顕現。――我は暴風、走る雷ッ!!!」

 

 氾濫するオレの魔力波が常を超え、空気中の荷電粒子をとらえて収束しながらクラレントへ。赤雷色に光る魔力はオレの剣をまるで砲身に変化させ、荷電粒子と魔力を一気に射ち出した。

 

「 我が麗しき父への叛逆!!! 」

 

 直撃、じゃない。勘が良いのかパチモン野郎はオレの宝具を躱していた。しゃらくせえ。が、そうこなきゃ面白くねえ。

 

「 我が麗しき父への叛逆!!! 」

 

オレの宝具如きで獅子王のキャメロットがブチ壊れる筈がない。

 

「 我が麗しき父への叛逆!!!! 」

 

まだ死んでねえな。塵と失せろよ、このゴミ箱が。

 

「 我が麗しき父への叛逆!!!!! 」

 

オレの視界から消えろ。この世界から失せろ。父の面影を、重ねさせるんじゃねえ。

 

「 我が―――麗しきッッ!」 

 

 体中の皮膚から蒸気が漏れ出す。 大気中の荷電粒子と魔力を収束させ続けた為に、過熱状態になったオレの身体が止めろと口から血を吐き出させた。…五月蝿え、黙ってろや人間じゃあるまいし。

 

「 父へ!!! 」

 

 これは闘いなんだよ。だから勝つ為の方法を、ここにいる間は考え続けなきゃならねえんだ。こんな奴にオレが、敗けるなんて有っちゃならねえんだ。

 

「 ―――エクス 」

 

そうだ、その言葉。その気配。

 

「 ―――カ、」

 

その兆候(宝具)。

 

それをずっと、待ってた。

 

「……ッッ!!!!!!!」

 

「――っ!?」

 

魔力放出脚部限定。音速も神速も超えて、誰も彼も時空も超える。

 

 この機だ。 剣のみではなく敵との距離、彼我の間合こそ心血を注いで把握するべき物であり勝つ為に必要な要素。

 

 何度も見せたオレの宝具のタイミング。

それを掴ませ、一撃必殺を使おうと思ったこの瞬間こそが我が勝機に他ならない。

 

「 クラレント・ 」

 

 敵の懐に潜り込む。大上段に振り上げた敵の懐へ。この距離ならばオレも相手も剣を振れないが、リカッソを片手で握り、もう片方の手を柄に添えればその限りではない。

 

すなわち。

 

擬似的な短剣と化したオレの剣は、最短距離で敵の首へと向かっていた。

 

「 ブラッドアーサー 」

 

勝つのは、オレだ。

 

血濡れの剣が敵に届いた。

 

 

 

 

 

 

『―――蹴りを使うな。それはあまりにも粗野だ』

 

――肉を断つ感覚。昔これを味わった時、何とも奇妙な感情が湧いたのを憶えている。

 

『しかしながら陛下。出来ると出来ないとではあまりにも違います。これが役に立つ時が必ずや有りましょう。…日々の鍛錬がそうさせると、私は思います』

 

――ああ何でだろう。何で、かなあ。

 

『む。…そうか? ならばいざという時にこそ、それは使われるべきだろうか』

 

『そうですとも、アーサー王陛下。どうぞ存分に』

 

『其方に使いたくはないがな』

 

『?何故です』

 

――こんな感情は二度目の事だった。

 

『鍛錬ではなく真剣勝負になってしまうだろう。其方とそんな事態には、なりたくないものだ』

 

 伸ばされた片足がオレの胸を押さえる。

広がった距離が、敵に届いたクラレントの剣先と間合を僅かに。だが遥か彼方に押しやって。

 

オレは首皮一枚のみを切り、空振りと同時に敵の聖剣が振り下ろされていた。

 

「――……」

 

「……――」

 

・・・・・。

 

「オレの敗けです、…父上」

 

…クソ。やっぱこの人相手にゃ、思い通りにはいかないもんだな。

 

「―――貴公との闘いは、今まで以上に死力を尽くさねばならなかった。 あの日、キャメロットの留守を任せた貴公を真っ向から相手取り、勝つには聖剣では足りぬだろう。私は其方を、ずっとそう想っていた」

 

・・・・・。

 

「ハハっ、やはりアナタ相手じゃ思い通りにはいきませなんだ」

 

「………」

 

「だって。 だって昔も今も。あなたに敗けたら、」

 

・・・・・。

 

「もっと悔しいもんだと思ってたぜ」

 

 

あの頃も。そして今も。

 

どれだけ経っても。

 

―――オレは貴方の。

 

 

 

 

 

 

 

 




何故、どうして戦う。
何故武器を向けあう。
ともに登った果て城で、互いの心の中を覗く。
そこには、荒涼たる視界の中、暗夜に武器を手に持ち振り翳す、戦士と己の姿があった。
次回『思い出』
死が互いを分かつとも。






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第34話 思い出

特に読む必要のない前回泣く泣く削ったNGもといモーさんの過去シーン。


「アーサー王は私が支える。君はそう言った……」
「―――?」
「ワタシに刃向かった罰だモードレッド…。その望みを、絶つ――!」
「??」
「 モゥドォレッドゥ! 」
「……! 母、上?」 
「何故君がキャメロット城の主、アーサー王と瓜二つなのか。何故顔を兜で隠し続けなければいけないのか?何故貴女には実の父親がいないのクァ!!」
「!?」
「その答えはただ一つ―――ハァ…っ!!!」
「母上っ!」
「モゥドォレッドゥ! 君が!!世界で初めて、――ワタシとアーサーの間に生まれた!実の娘だからだァァァァアッ!ヴァアハハハハハハハッ!!!!!」


 削って正解。











 

 

 

 終わらない。

 

 終わらせない。

 

 この槍を手にしている限り。

 

 

「我が王よ。今こそ、・・・今こそあなたにこの剣を」

 

「---、やめろ」

 

たとえ何に成ろうとも。ここに自分が居る限り。

 

「私は蔑まれるべき不忠者です。ですがこれだけは果たしたく思い、ここに馳せ参じました」

 

「---私に刃向かうな。 人間っ!!!」

 

「我が王よ。まことに―――まことに申し訳ございませんでした。 今度こそ、あなたにお返し致します」

 

 ---見覚えのない剣の柄が私の手に触れる。 その時頭に浮かんできたのは、あの丘の戦の日。

 

 忠節なる騎士に王としての命令を再三にわたって下し、全てが薄くぼやけて消える運命を、私は確かに感じていた。

 

「---……」

 

 そうだ。私は王になどなってはいけなかった。

もっと崇高で徳があり、神の如き者ならばもっと上手くやれた筈。…何故ならこの身がヒトであったからこそ民を苦しめ、実の子すら殺めたのだから。

 

私はあの時、剣を抜くべきではなかった。

 

 ――悔しさよりも怒りが。怒りよりも羞恥が心を濡らす。そして悠久ともいえるその時の中で、私は声を聞いた。

 

『--王よ。手を伸ばして下さい』

 

誰か傍にいるのか。目蓋が開かない為、私には何も見えなかった。

 

『私は貴女に死んでほしくない。もっと私と共に草原を駆け、そして貴女の思うとおりに生きてほしい』

 

『………』

 

何を馬鹿なと思った。

 

 祖国は滅ぶ。酷く惨く。

避けられぬその運命を導いた出来損ないの我が身なれば、疾くこの世から消えるが定め。…私は間違っていた。

 

『いいえ。ブリテンは滅びませぬ。 貴女が此の世に有る限り、貴女が私の手綱を引く限り!』

 

 何も見えない目蓋の裏から突如、感じる光。最果てをも照らすだろうその光には憶えがあった。

 

『手を伸ばし、この光と手綱を御執り下さい。どうか、どうか。--貴女のいない世界に、私は生き残りたくないのです』

 

王になるべきでなかったわたしに、これは手を伸ばせと言う。

 

光を掴めと。共にあろうと。

 

『………。分かった』

 

・・・・・。

 

『--他ならぬ我が愛馬に応えよう。ドゥン・スタリオン』

 

『ヒヒヒーン!!』

 

 それが全ての始まり。

ヒトを辞め、此の世をさ迷いながら私は神としての視点を得る事となる。…だが、それはもうここで終わりだ。

 

「--今までご苦労だった。ドゥン・スタリオン」

 

「フルルル・・・(我が王よ・・・)」

 

「--ゆるりと休むが良い。私もすぐそちらに往く」

 

「フルルル(貴女と共に居られて、私は幸せな馬でした)」

 

「--………ああ」

 

「フルルル!!(我が主アルトリア様。また何処かで。我が蹄は、いつも貴女だけの物である!!)」

 

 音も無く消え往く我が愛馬。光を失い黒ずむ聖槍。

ずっと共にあった旅の道連れの最期は、懐かしい程に胸が苦しいものだった。

 

 

 

 

 

 

「--カルデアの者達よ。其方らに伝えねばならぬ事がある。七つ目、最後の特異点についてだ」

 

 聖槍の女神となった事で手に入れた情報を伝える。…決して口にはすまいが、この者達なら必ずや人を衛り継いでゆけるだろうと信じて。

 

そして最期に、

 

『アーサー王、情報感謝致します。 ぐだーズにレオナルド、今帰還の用意をして、――え?』

 

「べディヴィエール卿!?…良かった!」

 

「・・・・これは。一体、何故私はまだここに」

 

「--。カルデアの者達よ」

 

『?待った。・・・・何だ、これ』

 

「ドクター?所長?一体何が……。 っ!?」

 

 世界が白み始め、全てが消失するまで後は時間の問題という時だった。―――それら全てが唐突に止み、この聖槍が再び光り始めたのは。

 

 

終わらない。

 

終わらせない。

 

まだ貴女は。まだこの城は落ちてなどいないと言うように。

 

 

「--。もうよいのだ」

 

否。

 

「--。カルデアの者達よ、最期にどうか頼む。あの者をとめてくれ。最早今の私では。………かつてのキャメロットで寝食を共にした者は誰も、叛逆の騎士以外誰もあの者に手は出せぬ」

 

「?獅子王さん?」

 

否。

 

否。否。否。

 

「王よ、これは一体。・・・何故私は」

 

『特異点が崩壊しない?これは一体・・・・っ!?』

 

「ッ! 立香!!構えろッ!!!!」

 

「--べディヴィエール卿がこの世界に来た時から。もう我らの時間は終わったのだ。…我が兵(つわもの)」

 

いいえ。

 

私がこの槍と共に有る限り、この城も貴女も負けていないのです。

 

 ―――キャメロット城円卓の間の扉が、音も無く開く。

この城を誰よりも知り得、誰よりもここで戦い続けた馴染み深い兵士を迎え入れるように。

 

「―――フスカル・ローナルドよ」

 

「・・・・・」

 

 ―――細かいひびだらけの鎧と兜を纏って、ぽつねんと。そこには独りの兵士が立っていた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

あー痛かった。サシの勝負の最中に背中から刺すなんてひでえよなあ。

 

「粛正騎士!!!」

 

「やはり。…貴方が」

 

『何だこれは!? 霊基の再臨――、じゃないッ!霊基そのものが変質している! ・・・皆!!惑わされるな!君たちの眼の前にいる何かは、粛正騎士なんかじゃないぞ!!!』

 

『……獅子王アルトリア。答えてほしいのだけれど』

 

「何か。オルガマリー・アニムスフィア」

 

「・・・・・」

 

 しかもここに来るまでにズタズタ切られるわ兜はひび割れるわ、碌な事がねえ。まあ、この程度で死んでたらキャメロット城城兵は名乗れないけども。・・・それに、

 

『アレは貴女が召喚した粛正騎士の原型。そうよね?』

 

「その通りだ」

 

「・・・・・」

 

 てめえら邪魔だ。

今すぐ我が王から離れろよ。最果てへの旅立ちは見送るもんだって昔から決まってんだろうが。

 

『…最初からおかしいと思ってたのよ。 識別も甲冑も同じ粛正騎士なのに、いつ使用したのかアレに掛かってるバフ効果は粛正騎士全種のもの。そんなデタラメ、絞り込める答えは一つ。―――アレは粛正騎士ではなく、粛正騎士がアレなのよ』

 

「・・・フスカル、殿?」

 

「・・・・・」

 

 おやおや? ああ、貴方様は何やら数奇な人生を送ったようですなあ。肉体が消えそうじゃないですか。 昔のよしみですしべディヴィエール卿、貴方そこに立ってて下さい。

 

邪魔者を殺してからゆるりと、互いに最期の会話を楽しみましょう?

 

「この世界の粛正騎士は、全員が生前私に仕えた兵達だ。しかしそのままでは敵に容易く蹴散らされる事は必至。だから彼らには雛型が必要だった。…神霊である我が恩恵を受けるに値する誰かの」

 

『そんな馬鹿な・・・・。直々に最高存在から? まさかこの兵士は、規格外(EX)の信仰の加護を?』

 

「成る程、・・・まだ私が消えぬのは貴方の仕業ですか。ローナルドのフスカル」

 

「べディヴィエール卿。あの敵を知ってるの?」

 

「・・・・はい。彼は私と古い付き合いの兵士です。キャメロットに我らが務め始めた当初は正門と厨房の兵を兼ね、どんなに忙しい時でも我らに料理を振舞ってくれました」

 

「・・・・・」

 

ああ、懐かしい話で。あの頃は皆に栄養をつけてあげたくて必死でした。

 

「初代厨房長ローナルド。ですがすぐに厨房を引退し、正門の守護のみに注力した。出世もせず只の一兵卒としてずっと」

 

『あの槍…。そしてローナルド? ―――まさかあれって』

 

「気付いたかい?マリー。 名前が分かるまでは半信半疑だったが、獅子王様。Ronaldと書くのかな?」

 

「―――いいや、メイガス。Rhonaldだ」

 

 背中に感じる視線。聞こえる声と呼吸。

モードレッド卿を打ち破った懐かしき騎士王を、見えずとも俺は耳で感知した。

 

「・・・・・」

 

「セイバー!無事で良かった!」

 

「……フスカル。久しいな」

 

はい。なので邪魔せんで下さいね?

 

「――成る程。伝説の習合ってわけか」

 

「ダ・ヴィンチちゃん?何か分かったの?」

 

「・・・・」

 

?伝説って?

 

「ああ。 聖槍ロンゴミニアドは、伝説によればロンの槍とも云われているんだ。でも『ロン』ってのは槍を意味する言葉で、そうすると槍の槍って事になる。変だろう? となると最も考えられるのは?」

 

「……。銅の剣みたいに、材質名?」

 

「いや、・・・振るった人の名前?」

 

「ご明察。 アーサー王が居た時代は中世初期、暗黒時代の真っ只中だ。同時代に凄い槍があったなんて話、時の流れで聖槍と一つに括られても無理はない。よって、彼の槍はロンゴミニアドの一側面なんだろう。現代のロンはronaldの短縮形だしね。丁度、アビゲイルをアビーって言う感じ」

 

『・・・待ってくれレオナルド!!それにしたって何でこのエネミーがそんな宝具じみた物を持っているんだ!? 今が人理焼却という危機的状況だからといっても、この兵士の霊基は奇妙だが英霊じゃあない!信仰も伝承もされてない宝具も持てない故人である事に変わりはないんだ!!』

 

「それは恐らく―――」

 

「文字に残らない記録です。ロマニ・アーキマン」

 

『・・・・まさか』

 

「憶え続けたのです。聖槍の如き凄まじき槍、槍を扱う一族(ローナルド)を」

 

「信仰せずとも忘れなかったのだ。なぜなら歴史は全て敗者と戦った勝者が紡ぐ物。口伝、お伽話、そして何より―――恐怖すら」

 

『当時のブリテン。アーサー王の死後イングランドを支配し始めたのは・・・!!』

 

「・・・・・」

 

 殺してやったよ? カムランでアーサー様が身を隠したのを見計らって、ハエみてえにたかって来る蛮族共をこいつで。だってこの城は俺達が、

 

『アングロ・サクソン。――そして北方ゲルマン・ノルド人!』

 

―――俺がずっと守ってるんだから。

 

「・・・・。キャメロットの、落城は。落城したと私が、風の噂で聞いたのは。・・・カムランの丘の戦の十一年後。まさか王よ、まさか・・・彼は・・・!」

 

「………彼はキャメロットが落城する最後の一兵になるまで戦い、その最後に死した兵士です」

 

「そして、先王ウーサーの代から仕える最後の一人だ」

 

「・・・・・」

 

ひび割れる兜。眩しい影。

 

白く光る我が槍(ロン)を、俺はいつも通り敵に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




求めても、求め得ぬもの。
望んでも、望み得ぬもの。
狂おしいまでの渇きが、叶わぬ思いが、殺意と闘志を生む。
心に地獄と天国を持つ人間だけが可能にする、不可思議なる合意が、壮烈なる信念を生む。
次回『この星空を覆い尽くす時まで』
流される己の血潮で、渇きを癒す。






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幕間 昔話

 ※注意。今回は拙作に登場するある人物の、読んでも読まなくても別に構わない設定という名の昔話です。しかも若干Mount&Blade風。
 キャラの妄想過去なんて想像だけでいい!くどい!長い!という方はブラウザバック推奨です。









 

 

 

 人里離れた山間の村に住む槍造りの一族。

 

 その少年は四人兄妹の三男として産まれた。

 

 

 父も母も兄達も槍が至上だと口を開くたんびに言う為、少年はどいつもこいつも頭がおかしいと子供心に思っていた。

 

 少年にとって唯一純粋に敬意を払えたのは年老いた祖父で、槍の一族=ローナルドの中で剣も扱えるその人がとても輝いて見えていた。

 

『男ってのはな、何でも出来ないと駄目なんだよ』

 

『料理も?』

 

『馬鹿たれ。当たり前だろう』

 

 祖父は少年に様々な事を教えてくれた。

槍を扱う事は誰かを護る為であり、我々一族はその事に命を賭けるのだと。――大事なのは間合い、そして退かぬ心を忘れるなと。

 

槍しか頭に無い両親や兄達とは違う祖父を、少年はこの村で唯一の大人に見えていた。

 

『何だ?お前も剣を扱いたいのか?』 

 

『うん。俺も、祖父ちゃんみたいになりたい』

 

『お前にゃ無理だ』

 

『何で』

 

祖父はズイと剣の切っ先を少年の眉間に近付けた。いつの間に抜剣したのか、少年には見えなかった。

 

『ほらな。お前さんはそういう人なんだ』

 

『・・・・・』

 

 少年は動けなかった。 

身体も頭も動く事を全て拒否したかのように真っ白になり、ただ時間だけが過ぎ続ける。

 

近間に相手の得物を許す=死だと、祖父に教わっていたのに。

 

『儂(ワシ)らは強靭な槍を造り、強靭に槍を扱う一族だ。お前は剣じゃなくて槍に選ばれているんだよ』

 

―――兄弟喧嘩は解決してくれるのに。時はそれを解決してはくれなかった。

 

『・・・やだ』

 

『まあ、いずれ分かるさ。ガキの頃のお前の父ちゃんもそうだったんだから』

 

 一心不乱の修業が始まった。 

得体の知れない感情が少年に剣と槍を持たせ、山と野を駆ける獣狩りの少年期。

 

 逆に獣に狩られそうになった日は数知れなかったが、剣で獣を狩れた日は一度も無かった。それを諦めた日も無かったが。

 

 

 

 

 ・・・・老衰で祖父が死んだ次の年の冬、少年には妹ができた。

コイツもどうせ槍狂いになるんだろうと思って適当に相手してやったのが幸いしたのか、妹は一番年の近い兄に懐いた。

 

『どうしてお兄ちゃんは剣ばかり振るの』 

 

『男は何でも出来なきゃ駄目だからだよ』

  

『でも槍の方が上手だよ?上兄さん達も褒めてたよ』

 

『え?本当? ・・・いやいや、あの人達と俺を一緒にするな!』     

 

 ――このままではいけない。少年は故郷の村を出ると決めた。 ここに居たんじゃ腐ってゆく。いつか、俺が俺でなくなる。

 

そう思った時、少年は若者になっていた。

 

 勝手な思い込みという名の偏執病(パラノイア)が心身を支配し、16歳を迎えた日に若者は村の柵を乗り越えた。

 

もう二度とここには戻らないと決め、後にそれは真実になった。

 

『お兄ちゃん。 …ここを出るんだね』

 

柵越しに聞こえた声が、若者の背と足を縫い付ける。

 

『とめるな。俺は絶対に剣で勝てるようになる』  

 

『誰に?』

 

『誰にじゃない。何にでも』

 

『…、死んじゃうよ』

 

『祖父ちゃんがいる。怖いものは無い』

 

『…もう帰ってこないの?』

 

『ああ。・・・この村は良い所だ、達者で暮らせよ』

 

『…うん』

 

一度も振り返らずに広い世界へ出た若者は、まず人攫いに襲われた。

 

『ガキ。てめえ歳は?』

 

『26だ。文句あるか』

 

『いい事教えてやろうか、ガキ。――嘘ってのはマシな嘘じゃねえと逆効果なんだぜ?』 

 

 色んな意味で襲われそうになった若者は人攫いの隙を見て逃げ出して、大都市のギルド街に辿り着いた。色んな物が死ぬかと思った。

 

『ジジイ、何でもするから金をくれ』

 

『ん?今なんでもするって言ったよね?』

 

『・・・訂正する。金になる仕事をくれ』

 

『てめえみたいなヒョロガリ棒っきれにやる仕事はねえよ。・・・と言いたい所だが、待ってな。一ついいのがある』

 

そう冗談めかして言うと、街の組合員は二つの油壺を持って来た。

 

『これを隣り街の商人ギルドまで運んでもらおうか。報酬はこれくらいだ』

 

『運び屋だあ?もっと割りの良い仕事はないのかよ』

 

『あ? てめえみてえな得体の知れない野郎に紹介してやるだけ、有り難いと思いやがれ!!』

 

 ブツクサ不満を道すがら言いながら、若者は仕事を全うした。途中野盗に何回か遭遇したが、戦えば品物が壊れるので逃げてやり過ごした。

 

若者は自分を幸運だと思った。別に感謝はしなかったが。

 

『完了だ』

 

『ああご苦労さん、また頼むぜ』

 

『・・・・なあ。この辺りで腕自慢が集まってる場所は無いか?』

 

『それならあの辺りだが。 何だてめえ命知らずか?やめときな』

 

『命要らずだ馬鹿野郎』

 

 若者は走った。そして眼に入った闘気と殺気を漲らせてる奴を片っ端から相手にしようとした。この剣でぶっ殺してやろうと思った。

 

『――なんだ小僧。お前、初心者か?』

 

『うるせえ。・・・んなわけないだろ切れよ』

 

『――身体つきも手の内も悪くない。だが何だその格好は。――剣突き付けられて、もう一歩も動けねえのか』

 

『うるせえ。切れよ、切ってみろよオラ!!!』

 

『――俺が言うのも何だが。命は粗末にするもんじゃねえぞ小僧』 

 

 ・・・・薄く。だが出血が致死量に達するだろうほど、若者は何度も何度も剣で切られた。歯噛みし、涙を殺し、世界と自分を呪いながら皮膚から流れる血を啜り飲み、元の自分の中に戻す。 

 

痛みを運ぶ夜風に耐えながら、伏した若者は血が止まるのを待った。

 

 ―――朦朧とする意識。砕かれた剣。流れる時間。

ふと顔を上げると、少しずつ霞んでは消えていく星々が見えた。 自分を死に誘っているのだろう星空。青ざめた血の空が、若者は初めて怖いと思った。

 

 そんな若者の顔を星光がそっと撫でた時。

若者は唯一残った槍を抱き寄せて立ち上がり、それを思いっきり振った。

 

『・・・・・』

 

 ・・・よく分からない感覚だった。 

剣ばかりで滅多に槍を振らない祖父の素振りが唐突に若者の脳裏に思い出され、その形通りに槍を振って振って振りまくった。 

 

塞がって間もない傷口が開き、血が槍を伝って地に落ちようとも若者は決して素振りを止めなかった。

 

 ―――夢を。 

ずっと抱いてきた剣を捨てる悲しみを、それは洗い流すようだった。

 

『そうか。・・・これだ』

 

・・・・・。

 

『槍を剣のように―――振ればいいんだ』

 

 

若者だった男は、今日が誕生日になった。

 

 

 

 

『誰だてめえ。何の用だ』

 

『金品を出せ。じゃねえと殺す』

 

『・・・てめえ、あの時のガキか』

 

『二度は言わねえぞ。人攫い』

 

汚い頭と腹を潰し、男は当面の金を手に入れた。

 

『よお、今回は油壺と小麦を三つずつだ。宜しく頼むぜ?運び屋』

 

『任せときな』

 

信頼と実績は実戦をこなす度に勝手に付いて来た。

 

『――そうか剣使いではなく。 お前は槍使いだったか』

 

『ああ』

 

『――あれから五年。極上の餌になったな、小僧』

 

『あんたもな』

 

そして男は剣を上手く使う奴を見ると、無性に叩きのめしたくなっていた。

 

『――お互い様か。・・・じゃあ、やろうや』

 

 男が人間相手に一対一で負けたのは、生涯ただ一度きり。少なくともそれはここではなかった。

 

 

 

 

 

 

 男が33歳になった時だった。

仕事帰りに焼肉をホットミルクでやりながら新築の自宅でくつろいでいると、不意に出入り口が音も無く開いた。

 

おっと復讐かな? 殺すか。と思いきや妙な丁寧さを感じたのでその線は消した。

 

『何だ小僧。俺に何か用か?』

 

 出てきたのは気に食わない笑みを浮かべる一人の若者だった。

・・・この邂逅がなければ男の将来は戦と血に酔った獣であったろうが、男は知る由も無い。

 

『アンタがあの運び屋だな?』

 

『あのかどうかは知らねえが。・・・仕事の依頼ならギルドの爺を尋ねな』

 

『俺と戦え』

 

『・・・・あ?』

 

 歳は20半ばくらい。上半身の肉の隆りが著しい。騎士かもしれない。 男は観察の手を止めずに答えた。

 

『腕試しなら他所でやれ。見ての通り俺は忙しい』

 

『暇だろう?なあアンタ強いんだろ? なあ、ローナルド?』

 

『・・・・・』

 

一族の名はこの街に来てから、一度も口にした事は無かった。

 

『――誰に聞いたその名前』

 

『アンタの知り合いさ、ローナルド』  

 

『今度そのクソったれな名前を言ったら口を縫い合わすぞ』

 

『おお怖い。じゃあそう呼ばれたくなかったら、俺と戦え』

 

『どこでやる?』

 

『表』

 

 その若者は人間離れした強さだった。 油断も疲労も無かった男はあっという間に敗北し、久方ぶりに地に這いつくばった。 

 

『――何、モンだてめえ・・・!ここらにこんな強え奴がいるなんて聞いた事ねえぞ・・・!!』

 

『流石だな。一人で運び屋しながら野盗やら異民族やらとも戦う男は、地力が違う。倒れても元気一杯だ』

 

『質問に答えろッ! てめえ誰だ。何で俺の名を知ってる!!』

 

『答えてやるよ?アンタが俺の配下になったらな』

 

『配下だあ・・・!?』

 

 登用試験は合格だ、と若者は続けた。

誰がなるかボケ、と反吐と一緒に言葉を吐き出したかったが身体に力が入らない。

 

 力強い剣の振り、下半身と重心の使い方が常人のそれじゃあない。若者の剣技は、男にとって初めて見る戦闘法だった。

 

――昔夢見てた剣士、正統なる騎士の剣使いだった。

 

『・・・・・。俺は今まで誰かの下になんぞ付いた事はねえ』

 

『だろうな。口汚いもんよ、アンタ』

 

『・・・・背中からてめえを槍で刺し殺すかもしれねえぞ?』

 

『それは無いだろう。アンタがそれを許さない』

 

『・・・、最後にもう一つ』

 

『うん?』

 

渾身の力を込めて膝立ちになった男は、左膝を立てて左胸に利き手を当てた。

 

『あなたの名前を教えてほしい。―――我が大将』

 

『勿論だ、運び屋』

 

笑みを浮かべ纏う雰囲気をがらりと変えて。若者は荘厳なる意志を瞳に湛えてこう言った。

 

『私はウーサー。ウーサー・ペンドラゴンである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 この星空を覆い尽くす時まで

 【円卓のモードレッド】 白③赤② 5/5
Mordred of the Round Table
クリーチャー―円卓の騎士・レジェンド。速攻。
 プロテクション(黒) (このクリーチャーは黒のものに対してブロックされず、対象にならず、ダメージを与えられず、エンチャントされない。)
 このパーマネントが戦闘で破壊された時、あなたは手札の全てを追放し、その枚数分のライフを失う。円卓のモードレッドは召喚酔いに影響されない。 
 
 ――『父上はいるか? オレの父上は最強なんだ!』









 

 

 

 故郷を出奔したばかりの頃。

俺は喧嘩をふっかけた剣士に何度も何度も切られ、寒さと悔しさで死にそうになった事があった。

 

 

 歯噛みし、嗚咽を殺し、世界と無力を呪いながら皮膚から流れる血を啜り飲み、元の自分の中に戻し続ける。 

 

・・・風の強い夜だった。痛みに耐えながら、あの日俺は血が止まるのを待っていた。

 

―――畜生。畜生。

 

 朦朧とする意識。流れる時間。ふと顔を上げると、少しずつ霞んでは見えなくなっていく星々が俺の眼に映った。

 

―――死ぬのか。

 

 俺を死に誘っているのだろう星空。今もはっきり憶えている、青ざめた血の空。・・・怖いものなんて無かった筈の俺は、その時初めて世界は怖いと思った。

 

―――畜生。畜生。

 

 俺は傍に落ちていた槍を抱き寄せて立ち上がり、それを思いっきり振った。 塞がって間もない傷口が開き、血が槍を伝って夥しく地に落ちようとも俺は振って振って振りまくった。

 

昔、祖父が教えてくれたように。

 

『・・・そうか。これだ。 ―――槍を剣のように、振ればいいんだ』

 

フスカル・ローナルドという人間は、この星空の下で生まれた。

 

 

 

 

 

 

 槍使いとして目覚めて何年かが経ち、ひょんな事で先王ウーサーと出会ってからの俺の人生は、楽しい事の連続だった。

 

『マーリンのバカはどこだッ!?!?』

 

『世界の果てに居る美女を口説くと言って海に向かいました。 ・・・あ!エクター殿ちょっと助けてくれ。ボードウィン殿がご乱心めされた』

 

『笑いながら言う事でもないでしょう? フスカル』

 

 今まで一人で仕事だ何だしていたからか、誰かと一緒に笑うとか行動するというのは意外と悪くなかった。 

 

そして誰かの為に振るう槍は、自分の為に振るってきたそれよりも心地が良かった。

 

『? マーリン、ウーサー様。如何なさいましたか?』

 

『・・・・、フスカル。最近異民の蛮族を引き連れてきた王、ヴォーティガーンは知っているな?』

 

『ヴォーティガーン?卑王と呼ばれてる人物ですな?』

 

『その通り。・・・奴はどうやら別格の強さだ。一体どうすれば殺せるものか。人間では、到底奴に太刀打ちが出来ぬのだ』

 

『え?マーリンでも宛てがえば良いのでは?』

 

『え?ボクかい?』

 

『――規格外(バケモン)には規格外(バケモン)をぶつけんだよ』

 

『もっと的確で頼りになる手を考えろ、フスカル』

 

『それもそうですな。マーリン殿、私は冗談は嫌いですが気にしないで下さい』

 

『ハハハ! マーリンVSヴォーティガーンか。興行収入が見込めるかもしれないね。ボクは絶対御免だが』

 

『・・・・・。全ては民の為だ。次代に殺してもらうか』

 

漆黒に笑うウーサー様を、この時の俺は頼もしく思っていた。

 

 

 

 

 

 

『ウーサー様。赤子がお産まれになりました』

 

『そうか。エクター、マーリン。もしも私に何かあれば・・・産まれた我が子を頼む』

 

『命に代えましても。ただ・・・・』

 

『どうした?何か問題か?エクター』

 

『いえ、母子共に問題はありません。 ただお世継ぎは女児なのです』

 

『? それがどうした?』

 

『・・・・』

 

 ウーサー様は子が無事に、そして卑王を討ち滅ぼせるほど強い因子を持って産まれればそれで良いと考えていた。万全を期したのだから、それだけで良かったのだと。

 

―――少なくともこの時は。

 

『うん?意外と可愛い顔だ。ほら、フスカル。お主も見てみよ。我が子だ』

 

『・・・お戯れを。私は一介の兵に過ぎません。それよりも奥方様に』

 

『それもそうだな』

 

 チラリと見えた赤子の顔は母親似に見えた。父親に似なくて良かったねと、俺は心の中でほっと笑った。

 

 

◇ 

 

 

『―――うーむ。赤ん坊は良いな。良い』

 

『・・・・はあ』

 

『こちらをジッと見てくる聖緑の瞳が何かこう、な。分かるだろう?モルガンも可愛いがやはり小さき子は格別可愛いものだ。そうは思わぬか?』

 

『まあ、・・・・はい』

 

 信じられない事だが父親の眼というのは今までのそれと全くの別物だ。 子が生まれると人間とはこんなに変わるものなのかと、この歳で俺は一つ学んでいた。

 

『そういえばお主は所帯を持たんのか』

 

『御大将を守る事が兵士の職務ですので』

 

『可愛くないなあ。いつもお主は』

 

貴方にだけは言われたくない。俺はこちらを静かに見つめる赤ん坊を横目に思った。

 

 

 

 

 ――赤子が生まれてからというもの、ウーサー様の顔色は日に日に悪くなっていった。・・・理由は分からない。

 

 栄養を付けて下さいよと得意の肉料理を振舞ったのだが、何故か変な顔をされた。俺には理解できなかった。

 

『――兵士、そこを退きなさい』 

 

『これはモルガン様。如何なさいましたか?』

 

『わたくしは妹を見に来たのです。 退きなさい』

 

『申し訳ございません、モルガン様。ウーサー様は誰も赤子に近付けさせるなと仰せでして。・・・ご理解下さい』 

 

『?何か問題があるか、兵士。将来ブリテン王となるわたくしの配下となる者をこのわたくしが見に来て、一体、何が、悪い?』

 

『申し訳ありませんが、我らが大将の御命令です』

 

『……。兵士、貴方お名前は?』

 

『フスカルと申します。モルガン様』

 

『そう、…フスカル。憶えておくわ、ローナルド。未来永劫』

 

 何で俺の名前ってそんなに流通してんの?名乗ってねえよな?

めんどくせえから今度から自分の事ローナルドって言おう。そうしよう。

 

綺麗すぎる眼差しを最後に、モルガン様は二度とここには立ち入らなかった。

 

 

 

 

 

 

『――フスカル。もう時間のようだ』

 

『・・・・』 

 

 その日。 

呼び出された俺がウーサー様の元へ向かうと、そこにかつての王はいなかった。・・・まるで伏した死人がしゃべるかのように、頬の痩せこけた我が大将は口を開いた。

 

『お主と出会って、かれこれ十五年か。・・・今まで楽しいものだったが、我が子達の将来を見ずに死ぬのは無念だ。そうは思わないか、フスカル』

 

『・・・・・』

 

 ―――信じられなかった。

あの日俺をぶっとばし、我が子を自分なりに愛しておられる我が王がまさかこんな。こんな間単に命を諦めてしまうとは。  

 

『あの子はエクターの所に預けた。奴ならば、立派にあの子を育てられるだろう。心配なのはモルガンだが、このブリテンを悪いようにはすまい。・・・しかしヴォーティガーンは強大だ。フスカル、もしお主がこの先暇なら、』

 

『・・・・・』

 

『どうか。我が子を手助けしてやってほしい』

 

 卑王を殺す事が第一。 それが以前までのウーサー王だった。

自分(人間)じゃ勝てない。ならば人外を世に生み出して殺してもらえばいい。俺の大将はそんな人だった。

 

『――分かりました』

 

そんな人が父親の眼をして死ぬ。子を愛する親としてこれからという所で、殺される。

 

そんな運命を誰が与えた。

 

『――貴方の仇を取ってから。貴方の子に尽くします』

 

果たして俺の言葉は聞けたのか。王は最期まで父だった。

 

 

 

 

 

 

【何だ? お前は?】

 

『・・・・・』

 

【何をしにここへ来た。仕官が望みか?】

 

 見たまえ、青ざめた血の空だ。

卑王ヴォーティガーンはいつか見上げた星の空を外套のように纏って、こちらの心臓を止める恐怖の声を出した。

 

『・・・俺はフスカル・ローナルド』

 

そして、俺はウーサー様と初めて会った時のような声が出た。 

 

『てめえを殺しに来た』 

 

【ただの人間風情が。儂(ワシ)を誰だと思っている?】

 

『憎いあんちくしょう』

 

【ハハハハハハハハ! 成る程その威勢その名前、槍(ロン)の一族か。変わらぬな。だが儂は忙しい身なのだ】 

 

『そうか。実はそれを解決できる良い考えが俺には有る。聞くかね?』

 

【ほう。何だ?】

 

俺は槍を持って突っ込んだ。あの日と同じ、こちらを死に誘う星空へ。

 

『今すぐてめえが死ねばいい』

 

 大事なのは間合い、そして退かぬ心だ。

・・・この反抗はこの先何度か続いたが、悲しいかな弱い俺は毎回叩きのめされ、ある日長い昏睡状態に陥った。

 

 そして起きたらアーサー王と名乗る騎士が台頭していて、俺はその御方の陣営に加わり最期まで槍腕を振るう事となる。

 

【ハハハ。―――なんでお前は儂に挑むんだ】

 

『てめえは我が王を殺しただろう』

 

【恥知らずめ、それは一体誰の事を言っておる?沢山いるので分からぬのだが?】

 

『ならその薄汚い命をもって。あの世で我が大将に侘び続けろ』

 

 ・・・生前、俺は心に誓った。

たとえどんな事をしても最期までペンドラゴンの家を守り抜く。敵の剣も槍も斧も弓矢の一発も当てさせねえ。ペンドラゴンに襲いかかる敵は全て俺が滅殺する。

 

・・・人間じゃ敵わないなら、化け物になってでも殺す。

 

『―――この星空を覆い尽くす時まで』

 

 

 

 

 

 

「………彼はキャメロットが落城する最後の一兵になるまで戦い、その最後に死した兵士です」

 

「そして、先王ウーサーの代から仕える最後の一人だ」

 

「・・・・・」

 

「……ねえ。つまり獅子王さん」

 

「・・・つまり、セイバー」

 

「ああ」

 

「…はい」

 

兜にひび割れが入る。ぴしりと。ばきりと。

 

「―――あの人。何歳?」

 

パカリと、割れた。間抜けな音を立てながら。

 

 

―――そこに居たのは老人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




敵の血潮で濡れた肩。地獄の部隊と人の言う。
聖都の天守に、古城の亡霊が蘇る。
グレインの河口、ログレスの都に、化け物と謳われたキャメロット城正門担当守兵隊。
情け無用、命無用の一兵卒。この命、金-89ソリドゥス也。
最も低価なワンマンアーミー。
次回『Final Battle With』
決戦、これを繰り返すが本能か。






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第36話 Final Battle With

 【家の人】 白黒赤青緑 
housecarl ソーサリー。
 全てのクリーチャーを破壊する。それらは再生できない。 

『我らは人として生き、人として死ぬ。誰もいない場所を守り続ける化け物になどならないように』 
 ――失われた、古ノルド人達のおとぎ話。









 

 

 

 

『・・・・おい。死んだか?』

 

『ええ、そのようです』

 

『本当か?心の臓は?』

 

『停止してます』

 

『腕と首は?』

 

『もぎました』

 

『足は?』

 

『骨を砕きました』

 

『血は?』

 

『赤いです』

 

 サクソン人の戦士達は深いため息を付いた。十一年にも及ぶ攻城戦が、ついに終結したからだ。 

 

彼らの敵であるこの城の兵達は小勢ながら皆手強く、兵糧の備蓄も充分あるのか決して心折れず戦っていた。

 

―――だが死んだ。殺した。一人残らず此の世から。

 

『残った敵兵は、いるかな』

 

『いないよ。・・・残ってたのはこいつ一人だ』

 

『え?―――それって、』

 

 ・・・城攻め最後の年。 

攻め手側の彼らはたった一人の敵兵と戦い大損害を出していた。玉座の間の前を陣取り、死体で出来たバリケードを作り、何を食ってるのか寝てるのか、彼らは一度も敵の不意を突ける事は出来なかった。

 

この城の兵士は、本物の化け物だった。

 

『気持ちを切り替えようぜ。玉座の間にはどんなお宝があるのか、ずっと気になってたからな』

 

『主君も上役もいねえのにこんだけ戦ってたんだ。さぞ多くの宝があるに違いねえ!』

 

『それだけが俺達の目的だったからな』

 

『さ、て~。 何があるかなっと・・・・・?』

 

彼らが玉座の間に入って見えた物。それは十一年間ずっと見たかった物。

 

果たしてそこには、

 

『――おい。 何もねえぞ』

 

『は?は? ―――・・・は?』

 

『・・・・・畜生』

 

 そこには宝など何も無かった。

がらんとした玉座の間。椅子とテーブルがあるくらいで、宝剣だ名槍だ金銀パールダイヤモンドだのは何もかも無く、有るとすれば無駄骨だけがそこらに転がっていた。

 

『俺は。―――俺達は、この、十一、年間いったい何の為にこんな化けモンと戦ってたんだよッッ!!!!!!!!!!』

 

激昂し、先ほど殺した死体を蹴る。

 

『この化け物野郎がッ!!!! 一丁前に兜なんぞ被りやがって!ずっとそのツラ拝んでみたかったんだよなあ!!!!!』

 

生首を覆っている兜を剥ぐ。

 

『騎士王がいた城なんだから絶対何かあると思ったのによ!! クソ!!!クソッ!!!クソッ!!!!!』

 

死してなお持っている槍を踏み砕く。

 

『何だこのツラ! ハハハ、見てみろよおい!!』

 

『ハハハハハハハハハハハハ!!!!―――このボロ雑巾がッ!!!!!』

 

『・・・・おい。やめねえか、もう死体だろ。体力の無駄だ』

 

それを見ていた一人の男が、仲間達を諌めた。

 

『あん? ・・・・ああ、お前確か北方出身だったよな』

 

『ああ』

 

『じゃあ知らねえか?これは俺達流の弔いなんだよ。 死体を蹴って嬲ってする埋葬法!!!』

 

『これまで俺らの仲間が何人死んだと思ってる? こんな化け物相手によお!!! おい!火だ!火ィ持って来い!!!』

 

『燃やせ燃やせッ!!』

 

『宝があると思ったから燃やさなかった事を感謝しろよこのバケモンが!!!!』

 

『・・・・。ああ、分かった』

 

 勇士は敵味方問わず敬意を表する。それがこの男の故郷に伝わる信仰だった。 仲間達は口々に罵るが、それは今まで味わい続けてきた恐怖の裏返し。それぐらいここの兵は強かった。勇ましい程に。

 

『・・・。せめて貴方がヴァルキュリアに選ばれ、かの地で蜜酒の杯を受けられん事を』

 

そう祈り、男はふと目に付いた大きなテーブルに手を伸ばした。

 

『? 随分大きなテーブルだな。周りの椅子の数は・・・・じゅうさ、ッ!?』

 

その時、夥しい殺気と一つの視線を背筋に感じた。

 

『ッ!!!』

 

 振り向き、眼を凝らし、火を付けようと準備をしている仲間以外に。 男はそこに人影が見えていた。

 

・・・忘れられるはずも無い。それは先程殺した城兵士、あの槍化け物だった。

 

『あ、――――な、何で・・・・』

 

 首は確かに切断したのに。

立ち上がり、こちらをぼうっと睨んでいる。一歩も動かないがしかし、その恐ろしい眼光には白く炎が燃えていた。

 

『エ、エイン―――、エインヘリヤルッ!!!』

 

『おい?どうしたってんだよお前?』

 

『ッ!? は、は!?』

 

『は?じゃねえよ。どうしたんだいきなり叫んで』

 

『あの化け物がッッ!!!』

 

『そこでバラバラになってんだろ。埋葬終了だ』

 

 ―――男が仲間に視線を移した後に眼を向き直すと、そこには何の影も形も無かった。 滅多切りにされた敵兵は地に倒れ、薪と一緒に火種へと変わろうとしている。

 

『心配すんなよ。化け物はこの城ごと跡形なく消し炭にしてやるさ』

 

『・・・・・、』

 

『その後は西に進もうぜ。ウェールズって最近は呼ばれてるらしい。何かあるぞ~? こいつは何か眠ってるぞ』

 

『イイ女がいてくれりゃあ最高だなあ!』

 

『ぬへへ!!』

 

・・・・・。

 

『・・・・・――あの、よ。実は俺十一年どころじゃなく、もう随分と女に会ってねえんだ』

 

『マジかよ。そりゃご愁傷様だ』

 

『昔馴染みの良い女が、故郷にいてな。そろそろ帰ってやらねえと俺の事忘れちまうかもしれねえ』

 

『おいおいそれを早く言えよ。イイ女は大事にしなきゃ駄目じゃねえか!ちなみに名前はなんてんだ?』

 

『ゲルダってんだ・・・なあ、この城は落とした事だし、女の所に帰ってもいいか?』

 

『勿論だぜ!だけどちゃんとこの隊に戻ってこいよ?お前の斧はピカイチだからよお!』

 

『当たり前だ。・・・戦利品も何もねえ城だったが、お前らとの思い出を忘れない為にこのテーブル持ってってもいいか?どうせ全部燃やすだけだろ?』

 

『ああいいぜ、そんなガラクタで良ければな』

 

『ありがとうよ』

 

 男は厳かにテーブルを手に取った。一応振り向くと、そこには死体だけだった。もう影は見えなかった。

 

『―――このテーブル。貴方はそんなにも護りたかったのか?』

 

・・・・・。

 

『この地は貴方のような勇士ばかりなのか? ・・・・俺は怖い』

 

 この気持ちを忘れずにいようと、男は己の魂と故郷の神族に誓った。

その甲斐あってか女の所に帰った男は末永く幸せに暮らし、戦場には二度と戻らなかった。

 

 ―――それ以外の者はウェールズにて槍を使う恐ろしい部族と戦い壊滅したのだが、それはまた別の話である。

 

『燃やせ燃やせ。早くしろよ!』

 

『ドゥンドゥンやろうじゃねえか!!』

 

『なあ。 この野郎たしか最期に何か言ってたよな?』

 

『名前じゃねえか?よく聞こえなかったが』

 

『お前耳ワリいな。ハスカル?ロンナルドだよ』

 

『お前も人の事言えねえじゃねえか!』

 

『ハハハハハ!おら火ぃつけんぞ!!』

 

『・・・・・』

 

 男はこの円いテーブルを護り続けた兵士の名前を生涯忘れず、故郷・ノルドの地の仲間と子孫に語ったそうな。

 

『―――これは大切に残します。 

さらば、勇士ハスカール』

 

【家の人】と、それは長い間忘れ去られぬ事となる。

 

 

 

 

 

 

 ―――そこに居たのは老人だった。

 

 真白髪に深い皺のある顔立ち。眉根を寄せて口は結び、骨と皮しかないのではと思わんばかりの首が逆に古強者の匂いを醸し出している。

 

・・・しかし眼光だけは、細く鋭く白く輝いていた。

 

「……。今のは」

 

「? マシュ?」

 

「やはり貴方か・・・フスカル」

 

「まさか老兵とはね」

 

「我が兵(つわもの)よ」

 

「・・・・・」

 

 兜が割れ落ち軽くなった首と頭を僅かに捻り、老兵は小さく息を吐いた。そしてゆっくりと吸って、今日の飯はなんだろとばかりにさり気なく周囲と間合を把握する。

 

それに気付けた者は獅子王と騎士王と――、

 

「……もういいでしょう」 

 

 マシュ・キリエライトは老兵の顔立ちをみて、堪らずに言った。

獅子王が聖剣を手にできた今、最早この特異点が終わる事は明々白々。・・・たとえ生前の老兵がロンの槍、つまり人々に信仰された聖槍へと習合された槍を扱った戦士だとしても、

 

 ――世界の表裏を繋ぎ止める槍・ロンゴミニアドを使用していたのは紛れも無くアーサー・ペンドラゴンただ一人。

 

「今の貴方は槍の権能を無理やり行使しているだけにすぎません。このままでは貴方の霊基、魂までも消えてしまいます…っ!」 

 

『マシュの言う通りよ。 英霊でなくとも、たとえ一側面のみであっても、その槍をこのまま使用し続けたら第二の獅子王の誕生になりかねないわ。恐らく今まで何かしらの兆候は有った筈。 ―――フスカル・ローナルド。人理を守ると決めた者の一人として、守り人である貴方には敬意を表します。ですがどうか、今を生きる私達の道を歩ませて。 …それとも貴方は神や化け物にでもなるつもり?』

 

「・・・・・」

 

 槍がしずと動く。無論、和平の意思表示などではない。

ひたり、ひたりと眼光が人知れず動き、狩りを行う猛禽類のように兵士が間合と狙いを定めている。

 

顔色は全く変えず、静かに。だが確実に誰も逃がさないと伝えるように。

 

「・・・マシュ。行くよ」

 

「…マシュ。これで、最後に」

 

「私も行くよ。もっちろん」

 

 藤丸兄妹とサーヴァント(ダ・ヴィンチちゃん)の眼が敵を捉え、間合を図る。 ・・・眼前の老兵が先程から足を動かさないのは、恐らく既に彼の間合に全員が入っているからだろう。

 

 逃がすつもりも戦うつもりも無いのなら、最初からここまで来るわけがない。敵の行動原理及び信念は動即滅、決即殺。死中活、意中人、腹中書、壷中天。

 

人間であるからこそ藤丸達はそう思った。

 

それを見てとって。

 

ほんの少し、老兵の眉根が上がった。

 

「フスカルさん。……なんで、」

 

 デミサーヴァントが震えながら口を開く。

・・・何故震えるのか。何故こんなにも胸が痛むのか。何故、こんなにもずっと、この円盾が泣くように軋むのか。 いない筈の彼女の中の誰かも、それは問いたかったのかもしれない。

 

「・・・・・」

 

「貴方は何故、そこまで?」

 

 

・・・・・。

 

 

「・・・・・主君は、ペンドラゴンのみ。二君には仕えん」

 

 

 パン、と音が鳴った。城兵の言葉と足が地を蹴った炸裂音。

 

 第六特異点最期の闘いが今、始まった。

 

 

 

 

 

 

  第36話 Final Battle With Huskarl

 

 

 

 

 

 

 

 ―――炸裂音と共に繰り出される槍の攻撃はマシュの盾を縦横無尽に揺らし、衝撃と恐怖を与えた。

 

 十重どころか∞とも思える槍の軌跡の数が脳の許容限界値を突破し、援護をしようと藤丸ぐだおはガンドを放とうとして動きを止めた。

 

「・・・・ッ!」

 

そうでなければ、この片腕は今頃此の世から失せていただろう。

 

「先輩っ!」

 

「機を待ってて、ぐだおくん。ちょっと彼、人外みたいだ」

 

 際限なき、何という槍捌き。何という広大な制空圏(槍の間合)。身動き一つ出来やしないとは正にこの事。人の形をした何かが、彼らの前で槍を振り続けている。

 

 ・・・地を鳴らし、たとえ海すらも叩き割り、空を断つ。生涯を武と共に生き、そして今も振るい続ける槍化け物が藤丸達には見えていた。

 

 ――しかしながら、妹の藤丸立香は疑問に思った。

今までの特異点で見てきたどの槍捌きとも違う、この兵士の槍の動きは一体なんなのか?

 

 ・・・長年槍を振るってきた年の功。いやいや、そんな事じゃ納得できない。根本的にこの槍兵は。―――この『槍』は他とは違うと立香は思った。

 

『!? マシュ、穂先を見ないで!敵の手元を見てっ!!!』

 

「え……?」

 

 防戦一方のマシュと立香が同時に声を漏らす。 

動く槍を見てから対処したのでは遅い、そんな当たり前の事をカルデア所長が伝えたわけではないからだ。

 

『…まさか暗黒時代にそんな物が。しかも鉄で出来た馬上槍でなんて……っ』

 

「・・・・・」

 

 老兵が金属音を鳴らしながら槍をうねらせ、穂先を手繰る。音は使い手の手元から生まれていた。 ―――妙だ。今まで短期戦ばかりで気にならなかったが、よくよく考えればそれはおかしい。

 

単に手の内を利かせただけではこんな音は出ない筈。竹刀ならまだしも。

 

 立香の兄も同時に疑問に思った。

しかし刹那、閃きが彼に微笑んで、妹と昔見た古い動画を脳裏に思い出させた。

 

すなわち、フスカル・ローナルドが辿り着いた槍とは。

 

「・・・まさかこれ―――『管槍(くだやり)』?」

 

「・・・・・」

 

爆烈なる足音がその答えだった。

 

 ―――キャメロット城に篭城してから十年目のある日、ふと老兵は考えた。

日々鍛錬している己の心身の最盛期とは無論死ぬ時である。しかし万が一という事もある。

 

人の心は老いる事は無い。 が、昔の自分に今の自分が負ける事がもしかして。

 

・・・兵士としてそんな事は堪えられない。

 

 何か解決策は無いかと玉座に迫る敵を打ち殺していたその時、槍を持つ手が敵の返り血で滑ってしまった。 ・・・運の良い事にそれは群を抜いたスピードで敵の喉笛に向かい、蛮族一人を突き殺す事に成功する。

 

 それを体験した老兵は何とかして今のを再現できないかと思考を巡らし、転がっている味方の死体から小さな筒を拾って槍に通してそのまま振るい続けた。

 

幸いな事に敵はいつも大勢、寝ても覚めても攻めてくるので練習には事欠かない。

 

技は呼吸をする度に磨かれた。

 

―――フスカル・ローナルド 88歳の時である。

 

『ただの装飾品じゃなかったのか・・・・!!』

 

「動画で見たことある!」

 

「左手の握りが少々変だと思っていましたが、まさかそんな物が……っ」

 

 ともあれ敵の種は割れた。

手強いが、あとは往くのみ。我らの為すべき事は何も変わらない。カルデア側の人間達がそう奮起した瞬間だった。

 

「・・・・・」

 

 一際、地面がバンと鳴り揺れる。

見事と言うように、お前達は決して弱く無いと言うように。だがしかしと言うように。

 

 ――だから何だ? という目付きを老兵はあえて見せた。

今まで我が槍の仕組みを理解した敵は多かったが、俺は負けなかった。それが何故か分かるか。

 

「……。ハァアアアアアア!!!!!」

 

 俺の最期は盾を持った蛮族どもに押し潰されながら、剣やら斧やらで滅多打ちにされて死んだ。痛いしとても疲れたが、俺は純粋な戦いで負けていない。俺はあの方以外に負けちゃいない。

 

卑怯者のサクソン人ども、愚劣畜生異民族どもめ。

 

 俺に勝てるのは我が大将だけだ。ペンドラゴンだけだ。

そして俺の忠が負け果てる事は、人理とやらが跡形無くなろうとも有りえない。

 

―――パッシブスキル『滅殺の誓い』・三連重ね掛け。

 

「・・・・・」

 

―――俺は城兵だからな。

 

「…。ァアアアアアッ!!!」

 

「・・・、ぉおおお!!!!」

 

「…、ぁああああ!!!!!」 

 

 マシュが気を吹いた。藤丸達マスターも同じく。

どんな時でも諦めない。それが彼らの信念だが敵はその信念を死ぬまで、いや、死んでも持ち続けている正真正銘の槍化物。ハスカールの語源になった者。

 

この闘気を前にしては、頭を垂れてしまいそうになる。それに負けぬ為の発声だった。

 

「ぅ、く――!!?」

 

「ダ・ヴィンチちゃん!!」

 

「・・・・・ッッッ!!!!!」

 

 ――雷声の如き呼吸と同時に炸裂音。 地が割れるような音と槍撃がキャスターのサーヴァントを打ちのめした。

 

 闘いの間ずっと鳴り続いているこれは老兵が繰り出す屈強な足踏みが発生原因だが、立香達とマシュは先程から耳がぐらんぐらんと根元から揺れていた。 

 

 ・・・デミサーヴァントは半分は人間である。

このままこの音を拾い続ければ、彼女ら三人は三半規管及び聴覚の異常すら引き起こすかもしれない。

 

『震脚…! あれで調子と血の流れを促進して自己の間合を生み、そして反響する音を耳で感知して他者との間合を図っているんだわ!――この兵士、眼に頼っていないっ!』 

 

「・・・・・」

 

 ―――人は自然に眼を瞑る事が出来る。鼻息も止める事が出来る。口も閉じる事が出来る。しかし、耳は何かで塞がなくてはならない。

 

すなわち人間とは、耳と頭脳を使って此の世に君臨できた生物である。

 

『平衡感覚が崩れるぞ!! みんな、耳を塞げ!!』

 

『駄目よ!そんな事は許しませんっ!! そんな事をしたら敵は期待に応えて槍を振るってくるわ。変幻かつ神速の管捌きと踏み込みとで。 ……それは眼で追えない恐ろしい速さの槍撃を、眼だけで何とかするという事よ!!!』

 

「―――彼は耳が良いというより耳が強い。 というわけだね、マリー。ならば!!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん! 『瞬間強化』!」

 

「 ウォモ・ウニヴェルサーレ ! 」

 

「・・・・・?」

 

「ひゅー!解剖してみたーい! 何で無事なの?」

 

「…ハァァアアアアアアっ!!!!!」

 

「マシュ!?」

 

「・・・・・ッ!」

 

 槍の軌跡が幾何学模様を宙に描き、盾の軌道が天地自然の隅々に曼荼羅を創り出す。 足の運びは体重を、腕の振りは発生した重心を運び、老兵とマシュの一撃は常を超えて必殺必倒の域に達していた。

 

 ・・・・しかしこの期に及んで、老兵は眼前の敵を驚異的と判断した。

こちらの槍撃を寸分の狂いなく同じ速度同じ間合で捌ききる、盾の守り人の凄まじさから。

 

「・・・・・」

 

―――、捕捉されている。

 

 瞬間的に相手よりも強い力を、速度を発揮したのならまだ解る。運と地力が微笑んでいるからだ。今だけは。

 

しかし間合の捕捉だけは、どんな者でも如何ともしがたい。

 

―――流石は盾の防人。まるで鏡相手に槍を振るっているかのよう。

 

 なので老兵はマシュ・キリエライトを難敵ではなく害敵と判断した。即ち、これ以上の生存は天地神明に懸けて許さないと。必ずやこの敵を屠り去り滅殺せんと。

 

「・・・・・」

 

「……………」

 

 疾くこの城から追い出す為に。

身体を弛緩させた老兵は槍の穂先を右肩後ろに回し、マシュから大きく距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何もかもが、炎の中に沈むとも。
微笑みかけた友情、芽生えかけた愛、秘密も、そしてあらゆる悪徳も燃えるとも。
全てが振り出しに戻った。
勝負とは、滾る魂を五体の隅々へと包んで、冷徹なる意志と共にただ前へ前へと往く行為。
一勝一敗。思い返せばこれで決着。
次回『白く輝く炎で』
城兵は、誰も愛を見ない。





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第37話 白く輝く炎で

 今更ですがネタバレするわけにもいかず、今までしょうも無い感想返しをしてしまい本当に申し訳ありませんでした。

 やっとここまで来る事が出来ました。
皆様のお陰でこの妄想話は次回で完結です。まさか完結に一年以上かかるとは思いませんでした。ここまで読んでくれた皆様、お気に入り登録をしてくれた皆様、感想を書いてくれた皆様、本当にありがとうございます。

 
皆様方に、天下無敵の幸運を!









 

 

 

 

「・・・・・」

 

「……………」

 

 老兵が槍を引いた。

無論のこと和平の意思表示などでは無い。大きく後ろに跳び、槍の穂先が地を這って、右肩水平に担ぐよう構えた事もまた同様。

 

「…………」

 

 マシュに対して槍の柄尻(石突)を左手で握り、槍の全長を見えなくして左足を前、右足を引く。右の手は柄に添えて真っすぐ後ろに伸ばすだけ。

 

この構えこそ彼が辿り着いた、真の戦闘体勢である。

 

マシュは大きく後ろに後退した。距離、メートルにして9か10か。

 

「……守るとは、――――ですか」

 

「・・・・・?」

 

 ―――これからマシュはこの槍と相争う。 

老兵と全能を駆使して闘い、或いは勝ち或いは敗れる。守りたい人の明日の為に、続かせたい人の理の為に。

 

 五つ、いや六つの特異点を経て、マシュは闘う事についてはもう疑いを持たなかった。 敵がたとえ古の戦場界を征覇した畏怖すべき古戦士(ハスカール)であろうとも、彼女こそはその戦場の常軌を逸して駆け走る盾守人(シールダー)に他ならぬ。

 

―――でも、分からない事は沢山ある。

 

「…フスカルさん。守るとは、一体何なのですか?」

 

「・・・・・」

 

 外敵の刃を命を賭して止める。それが守る事。

シールダーとしてのマシュはそう覚え始めている。―――それが自分のしたい事であり生きる事なのではないか、そう捉え始めてもいる。

 

でも所詮は自分の考える事だ、きっと違うのだろう。

 

 ―――だから聞きたかった。 

最後の勝負が始まるというのに、好奇心とも灼熱とも言えぬ何かが胸の奥の奥底で爆裂し、叫びたいほどに五体を小さく震えさせながら問いを投げた。

 

 ――自分なんかよりも長き時を闘いに、何かを誰かを守る事に人生を費やした城兵の心を、デミサーヴァントは知りたかった。

 

「見つける物だ」

 

「…え?」

 

「それは貴公が。・・・自分で見つけるものだ」

 

問答は終わり。話す舌なし。

 

優劣勝敗は武の神のみが知るところ。

 

聞こえた太い老声に、マシュ・キリエライトは一瞬だけ頭を垂れた。

 

それは騎士の礼儀であった。

 

 

 ―――そして。マシュが地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 一振りで勝つ。

 

疾走する白色の巨木を真っ向から見据え、老兵は心中に期した。

 

 二の槍などは無い。

 

一撃で仕留められなくとも次がある、などという考えで勝てる相手ではないのだ。

 

 一撃、必殺。

 

 実現するには間合を掴まねばならない。肉迫する盾兵の疾走を、捕捉しなければならない。・・・しかしそれこそが至難であった。

 

「・・・・・」

 

 盾兵は腕も、盾も上下左右に動かさず、こちらを覗き込む瞳も見えず、歩速を歩幅を一定にせず、だが一貫して疾走。 こちらの攻撃を防ぐ事に特化した防人に対して、果たして必殺を叩き込める間合を、掴みきれるか。

 

 少なくとも誰もがそれを成し遂げる事は出来てはいない。

それは疾走する盾兵がこの場に生存している事からも自明。

 

 ―――そう。 

 

盾持ち、その真の恐ろしさはここにある。

 

 盾を構える戦士を見た者の多くは、その壁とも言える防具で敵の攻撃を防ぎ、捌き、勝ちを得るのだと思い込むのであろう。

 

 だが、違う。 

盾使いは、今。こちらに迫る歩法から戦いが始まっている。これが既に勝ちなのだ。

 

 

 ・・・『一眼二足三胆四力』という言葉がある。

戦いに重要なのはまず眼、次に足、度胸、力である。と云う古のこの教えは、無論マシュと老兵にも当てはまっている。

 

 その証拠に未だ老兵は敵の眼を捉えられていなかった。

盾は持ち主の眼を顔を覆い隠し、こちらに意図を読ませない事に適している。

 

ならば足を見るか。

 

 ――人の足先は走る方向とイコールで繋がっている。

足が向いている先は身体が進む方向であり、必然そこを見れば相手の出方が判る。 がに股で歩いたり、足全体を横にして前進する事は無論可能であるが、こと疾走となると必ず足先は方向指示器のように進行方向を向く。(民明書房刊『足先大全』より)

 

 戦いとは相手の間合を捕捉する事が第一。

足は、文字通りその第一歩である。だからこそ老兵はマシュとの初戦で足を薙ぎ払う事に成功し、勝利できた。

  

 ―――だが真の盾持ちは、それすら巧妙に盾で隠した上で疾走する事が出来る。

 

 どのような攻撃が来ようとも止まる事読ませる事なく敵へと肉迫、攻防一体の盾による体当たり(シールドバッシュ)を敢行する。それこそが真髄。

 

「・・・・・」

 

しかるに、勝機は―――。

 

 

 

 

「……………」

 

 前髪に隠れた片目から、僅かな盾の隙間から敵を鑑みる。

空気の流れ、魔力の流れ、聴こえる音、皮膚から感じる闘気すら。マシュは老兵の間合を自分なりの解釈で捉えていた。 

 

 しかし果たして合っているのかいないのか。

槍を全く動かさない老兵の意図を、看破する事が出来るか。

 

勝機は―――。

 

 

 

 

 

 

勝機は。 

 

有るとするならば、一刹那。

 

 こちらが先手を控え続けた場合、相手はある段階で、手に持つ得物をいざという時の防御の為ではなく攻撃の為だけの物である、と意図を切り替える。

 

攻撃という行動に最終決定を下したその刹那。攻撃のゼロ地点。

 

 すなわちその瞬、先の勝機。

 

 さしもの敵も確実にその機に攻撃を叩き込まれれば、手も足も出まい。防ぐという事柄は既に脳内から無くなっている。咄嗟に飛び退く事も出来ないだろう。

 

 ―――そして我が全体重、全身全霊によって生み出される得物の速度でもってすれば必ずや勝利は明白。

 

「・・・・・」

 

「……………」

 

 ―――先の勝機に仕掛ければ勝てる。

彼(彼女)相手に、その勝機を掴む事さえ出来れば。

 

「・・・・・」

 

 戦士二人は両眼を限界まで開き、相手を見詰めた。この目蓋は決して閉ざさないと誓って。

 

 閉ざすのは勝った時。

 

 敗れた時は。 きっと、この人が閉ざしてくれるだろう。

 

「……………」

 

 間合が狭まる。際限なく。

指呼の間が対話の間に、対話の間が斟酌の間に。・・・それさえ過ぎて。

 

二人は互いの瞳の中に、己の姿を視認した。

 

「・・・――――ッ!!!!!!」

 

 老兵は気を吹いた。

右足を蹴りだし射出される全身。袈裟懸け、迅る槍刃。

何をしようともこの盾を、必ず敵を打ち倒す。昔(生前)何処かで見たようなこの盾を、敵を真っ向から撃ち潰す為に。

 

 ―――巧妙神速で振り下ろされる槍の柄は、掌中の管の中で回転し続け宙に螺旋を描き。槍の一撃は回転の遠心力と切り下ろしの落下エネルギー及び前進による体重移動力の相乗効果を合算、世に顕して、盾にぶつかると同時にその全てが爆発した。

 

そのように、シールダーは感じた。

 

「………っっ!!!!!!」

 

 防げた。しかし衝撃が盾と全身、どころか森羅万象をも浸透し足どころか足場までも震わせ全てを地に沈ませる。マシュは盾の上から殺されると心底思った。

 

 ―――そう、防がれる事など想定内。

 

 この槍技は敵を敵の得物ごと打つ事を第一想定とし、どのような武具防具の上からでも衝撃でもって確実に敵を押し切り撲殺する事を旨とする。

 

何故なら衝撃は打撃から生まれ、槍とは打撃武器である。

 

 フスカル・ローナルドが辿り着いた槍術の極限。

軟弱な敵も堅頑なる敵もその諸々一切区別無く滅ぼし殺す、心と身体に化け物を宿す事が出来る兵士(いくさびと)の執念だけが、この技を現実のものとした。

 

 

 たまらず、シールダーは盾を上げた。

 

 そこに見えたのは防いだ筈の、槍の穂先だった。

 

 

 

 

―――我流槍術 ロン・ギャミニアド

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

勝利する。

 

害敵に、勝利する。 

 

・・・フスカル・ローナルドは確信する。己はこの闘いに、勝利を収めたと。

 

 駆け抜けた生涯の中でも今ほど槍を振るえた事は無い。

理想形。そう、これは己が夢想し続けた最高の一振りであったと。

 

 ・・・後の先を取ろうとしても無駄である。その遥か前に、我が槍の穂先は管を通って無駄なく手元に引き戻っている。

 

全ては手遅れ。

 

 盾の守り人は死に。彼女のマスター達もその後を追うことになり。王に捧げたこの槍の血糊の一滴として最果てへの旅立ちを見納める事となる。

 

 ―――あとはこの槍を一突きすれば全ては終わる。

 

 堪らず、無様に、上にあげた円盾を滑るように槍が手元に引かれ、螺旋を描く穂先は敵の顔面を突く。

 

隙を生じぬ二段構えの我が得物。ゆえに打撃の槍と号する。

 

 

 目蓋を閉じていない老兵には見える筈だった。

為す術なく誰も守れず盾を上げ、呆然無様と書いてある盾の守り人の瞳が。

 

 守り人の瞳が。

 

 守り人の瞳が。

 

 瞳は、

 

 

 

 

 ――――何処だ?

 

 

 

 

 

 ・・・・双眸が露わになっている。老兵には見えない。

こちらだけを寸毫たりとも余さず逃さず見詰めている、白く輝く炎を宿した騎士の防人の瞳が、老兵には見えない。

 

――――誰だ。こいつは。

 

「 其れは全ての疵、全ての怨恨を癒す、我らが故郷 」

 

・・・・何だ。これは。

 

「 ―――顕現せよ 」

 

・・・・何なんだ。今見ているこれは。

 

懐かしい、これは。

 

 

「  いまは遥か理想の城  」

 

 

 

 

『アーサー王陛下。私を、この城の正門に就かせてほしいのです。貴女の居場所は私が守ります』

 

『良いだろう。其方が居るのなら安心だ、フスカル』

 

 

『フスカル。其方はボードウィン卿と親しいのか?』

 

『とんでもありません。先王時代からの古馴染みなだけです』

 

『……先王か』

 

『・・・。 はい』

 

『…フスカル。先王は、私のことを』

 

『・・・』

 

『―――いや、なんでもない。職務を続けよ』

 

『はッ』

 

 

『料理が出来た。お出ししろ』

 

『・・・、はい』

 

『?どうした』

 

『いえ何も。 ただ私ならもっと、と思っただけです』

 

『威勢が良い奴は嫌いじゃない。なら、次の厨房長はお前だな。俺は正門のみに集中する』

 

『・・・冗談はよして下さい。フスカルさん』

 

『俺は冗談が嫌いだ。知ってるだろ』

 

 

『私と模擬戦闘をやって頂きたいのです。ローナルド殿』

 

『また? こんな俺なんかの槍を学ぶ必要は無いよ』

 

『それを決めるのは私ですよ、師匠』

 

 

『――むう、何故ここまでの強さを手に入れられたのですか?師匠』

 

『忘れたよ。そんなもんは。 それよりもう手合わせ吹っ掛けてくんじゃねえぞ?』

 

『・・・・??』

 

『何言ってるの?頭大丈夫? みたいなツラしてんじゃねえよ』

 

『もう一本お願いします!!』

 

『・・・はいはい。ほんと、お前にゃ敵わねえよ』

 

 

『? おい、君!』

 

『はい?』

 

『急に呼び止めてすまない。・・・・君、どこかで俺と会った事はなかったかね?』

 

『いえ、それはありえませんが。……誰かと間違えているのではありませんか? フスカルさん』

 

『・・・・。申し訳ない、どうも君が俺の家族に似ててつい』

 

『そうですか』

 

『・・・・そうだよな、あいつももういい歳だもんな。こんな所に居るわけないしまずもってこの兵士、男だもんな。 随分華奢だけど』

 

『失礼な事をおっしゃいますね』

 

『! いやほんと申し訳ない。・・・ところで君は新顔かな?』

 

『はい。私はこのたび正門兵に加わった、ビルギットと申します』

 

『何だ直属の後輩ってわけか。よろしく頼むぜ』

 

『はい』

 

・・・・。

 

何だこれは。 俺は何を見せられてる。いや、何が俺に見せている。

 

『――よく聞け、てめえら。今日からオレがペンドラゴンの。この城の主アーサー王の後継者だ』

 

『・・・』

 

『篭城はオレの趣味じゃねえし、打って出なけりゃ騎士王には勝てやしねえ。このキャメロットの守備は任せたぜ?城兵ども』

 

『了解。御武運を』

 

『……。へっ、どっちのだか』

 

 

『―――もう駄目だ。この国はもう、何もかもお終いだ。最早この城は守る価値すらない』

 

『騎士王陛下は死んだ。モードレッド卿も、他の騎士の方々も』

 

『そんなことは有り得ない!!!』

 

『では我らは何の為にここに居るッ!?? 主なき兵士、主君なき城ほど滑稽な物もあるまい!!!』

 

『・・・・』

 

『ローナルド殿ッ!貴方の意見を聞こう!!』

 

『俺はここを守る。それが城兵の仕事だ』

 

『またこれだ・・・・!』

 

『あのジジイ耄碌してんのか・・・・ッ!?』

 

『馬鹿野郎っ、お前らローナルド殿の槍見たことねえのか!? とんでもねえぞ』

 

『…城を出たい奴は出ればいいだろう。ここは王と騎士様達の城であり、我らの家だ。ならば死守するのが務め』

 

『・・・ビルギット』

 

『お供します。フスカルさん』

 

『我々のキャメロットを守れ!!』

 

『俺は防衛を行う!!』

 

『正門の兵どもはこれだから始末に負えねえ!俺らは故郷に帰らせてもらうぜ!!』

 

・・・・・。

 

『ローナルド殿ぉ! あとは、後は任せましたぞッ!!』

 

『蛮族のハエどもがッッ!!!!!!』

 

『円卓の間だけは!あの場所だけはッッ!!!!!!!』

 

『・・・・・』

 

『絶対に足を踏み入れさせるな!!!!!!』

 

―――さっきから俺は。一体。

 

『・・・お前は全然老けないなあ、ビルギット。俺は兜つけてないとやってられないよ。こいつジジイだみたいなツラが気に入らねえ』

 

『……。この戦いが終わったら言いたい事があります。首を洗って待ってて下さい』

 

『ちょっと待って。お前それ意味分かって言ってる?』

 

―――止めやがれ。懐かしいなどと、これでは俺が俺で無くなって。

 

 ・・・?いや、逆だ。失った忘れてた何かが、正しく塞がっていくような治っていくような感覚、何だこれ何だ――これ。

 

『・・・やあ。残ったのは、君と俺だけだな』

 

・・・・・。

 

『この城がこの城である理由。それはアーサー様が居たからだ。ウーサー様とは似ても似つかない、とても玲瓏聡明に育ったものだあの方は。流石はペンドラゴン。流石はエクター殿と言った所』

 

・・・・。

 

『そのアーサー様が君をここに置いた。 昔、ギャラハッド卿は君をいたく気に入っていたが、俺も同感だね。だってこの部屋の名前もそうだ。 ―――円卓の間。我が王と騎士様が居た、キャメロットがキャメロットである理由』

 

・・・。

 

『俺はここを護る。この先たとえ誰もここに帰ってこなくとも、誰もが俺達を忘れてしまったとしても。・・・ワシが死のうとも』

 

―――。この胸から消え失せる事は、決してない。

 

『ごほん。 危ない危ない、気を抜くとすぐこれだ。本当に耄碌したかなあ、俺』

 

――。

 

『さて、そろそろ往くとしよう。誰も居なくなっちまったとしても、ワシは君を見れば思い出す。・・・たとえ死しても、理想の城はずっとここに有るんだからな』

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

そうか、これは。

 

「―――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)」

 

これは走馬灯でも、今際の際に見る夢でもなく。ただの城壁と正門。

 

「・・・・・・」

 

白く眩しい、忘れていた想い出か。

 

「・・・申し訳ありません、獅子王陛下」

 

―――槍が止まる。盾に触れる直前に。

 

「俺は諦めません。俺は負けません。・・・でも、でもこれだけは」

 

そう、このシールダーがこの城に来た時から。この盾を見た最初から、勝機は。

 

「・・・君を打つなんて・・・出来ないよ」

 

―――こぼれ落ちる城兵の槍。

 

―――塩と光に変わる身体。

 

「…私はシールダー、マシュ・キリエライト」

 

「・・・」

 

「私は貴方を忘れません」

 

「・・・ああ」

 

「この盾に。誓って」

 

「・・・ワシは城兵、フスカル・ローナルド」

 

全くもって。若い奴を見ると、どうもこう。伝えたくなる。

 

「・・・大事なのは間合い、そして」

 

「―――退かぬ心」

 

 眼を少し見開く。 マシュ・キリエライトと、そのマスター達人間が意中の言葉を繋いだから。遥か昔、子供の時分に祖父から教わった教えは、こんな所に生きていたから。

 

「・・・進め。それが人間だ」

 

城兵が露と消え始める。槍も具足も何もかも。

 

「そしてアーサー様。―――最後に一つだけ、伝えなければ」

 

「………」

 

この場にいる王達は黙して首肯した。

 

「貴女の父は最期まで。―――貴女を愛しておられた」

 

白く輝く炎を、消えない想いを胸だけに残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一つの城と、数多の兵士が、特異の闇を星となって流れた。
一瞬のその光の中に、人々が見たものは。
愛、戦い、運命。
今、全てが終わり。駆け抜ける信念。
今、全てが始まり、煌きの中に望みが生まれる。
最終回『It is everywhere you've ever been.』
遙かな城に、全てをかけて。






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最終話

 【聖都の獅子王】 白② 
Lion king of Holy city
ワールド・エンチャント。
 各プレイヤーはアップキープの開始時、そのプレイヤーが選んだ自パーマネントは場に出ているいずれかの土地のコピーとしてタップ状態で再び場に出る事を選んでもよい。聖都の獅子王が場にいる限り、それらは破壊されない。

――君がいたあらゆる場所。
 






 

 

 

 サー・アグラヴェインが階段をかけ上がると、そこには光に満ちた玉座の間と、彼が主君と仰ぐ王が居た。

 

「陛下・・・、御無事ですか」

 

「ああ。貴公は満身創痍だな」

 

 玉座の間を流血で汚すまいと、鉄の騎士は全身に力を込めた。

破れた血管は急速に収縮して出血が止まる。その時視界の片隅に見慣れた槍の欠片が見えたが、騎士は気にとめなかった。

 

「不埒者に、少々手こずりました。しかし倒れてなどいられませぬ。・・・まだまだやる事は、山積みで」

 

「…もう良い。ゆるりと休むが良い」

 

「御冗談とは流石陛下、全霊ですな。しかし現実が、ここまででも。私は最期の最期まで・・・、」

 

「許す。もう休め。 働きすぎなのが貴公の唯一の欠点だった」

 

「・・・・。 はは、まさか。貴方に比べれば、私など―――」

 

 

 

 

 

 

「勝ったか。この闘い、マスター達の勝利のようだぞ。三蔵」

 

「ええ、やったわね」

 

「おい離せ!俺は親父の仇をッ!!!」

 

「お主は眼を瞑っておれ。眼を開ければ、お主の父は近くにおるよ」

 

「冗談抜かすな!!!そんなことが有り得るか!」

 

 ワーギャー騒ぐ、せっかくの決闘を邪魔した青年を、アーチャー・俵藤太はその剛腕で押さえた。この特異点が修復されていくのを肌と霊基で感じ取った彼は、同時にかの兵士の敗北も悟っていた。

 

「それが有りえるかも!」

 

「・・・。なあ三蔵、お主こうなる事が分かっておったのか?」

 

「何が?」

 

「御仏の導きという奴よ。かの兵士の運命を。――違うか?」

 

「うーん、そうねえ……」

 

 キャスター・玄奘三蔵は少し逡巡すると、口を開いた。

短刀に刺されたあの兵士が、まるで何事も無かったように一目散に王城に向かって行ったのを最後に想い、そして迷い無く言った。

 

「兵士君の運命は分からないけど、きっとこうなるって思ってたわ。だってあの人、マシュちゃんの盾を懐かしそうに見てたものっ!ずっと!」

 

「・・・。あの兜の下が見えていたのか?」

 

「あったり前でしょ? あたしを誰だと思ってるのトータ!」

 

「―――流石はお師匠様だ。 ハハハハハ!」

 

次に逢った時はもう少し敬意を払おうか。英霊・俵藤太はそう思ったのだった。

 

 

 

◆ 

 

 

 

最終話 『It is everywhere you've ever been.』

 

 

「――おい。無事か、ビナー1」

 

「――……。ケテル1か」

 

「――・・・、もう終わりだな」

 

「――……ああ」

 

「――もう声は聞こえない。ローナルド師は、もうこの城には」

 

「――……あの人は、知らなかったのだろうな」

 

「――ああ。王からギフトを授けられた者と我ら粛正騎士に、心の声が聞こえていた事は最期まで知らなかっただろう」

 

「――あの人は本当、生前から変わらない」

 

「――・・・心と言動が一致している。偶にぽっと出る例え話には笑っていいものか困ったがな」

 

兜にひびが入る。それは今生の彼らの終わりの証。

 

「――…あの人はずっと、母から聞いた話の通りだった。毅然としながらも、時より童みたいな事をする」

 

「――男ってのはそういうもんだろう?」

 

「――。…そうみたいね」

 

 粛正騎士の兜が割れ落ちる。

全盛期、若く猛々しい、全ての兵士の顔が暖かい風光の祝福を受けた。

 

「・・・・お前、その顔」

 

「獅子王陛下、ありがとうございました。若い姿で現界させて頂いて。この姿であの人に、逢わせて頂けて」

 

 

 

 

『…もうこれだけになってしまいましたね。 フスカルさん』

 

『そうだな。ビルギット』

 

『なあに、もうすぐ王が帰ってこられる。生き残っている騎士様も。 帰る場所が無ければ誰も帰ってこられないのですから、正門兵たる我らは我らの仕事を』

 

『ビルギット!よく言ったァ!!』

 

『了解!』

 

『了解!』

 

『・・・。その事なんだが』

 

『?』

 

『お前ら、生きろ』

 

『………はあ?』

 

『何を言ってるんです?冗談きついですぜローナルド殿』

 

『俺は冗談が苦手だ』

 

『―――。 本気で言ってるんですか』

 

『実はこの円卓の間な、緊急の脱出口ってのが有るんだ。一回こっきりの使い捨てのな』

 

『そんな事は聞いてません』

 

『昔勝手に俺が作ったからな。・・・考えてもみろ、何も全員が全員ここで死ななくてもいいだろう?誰かが守り続ければいいんだから。そしてそれは俺だ。だって、ほら、俺は耄碌した老兵だから』

 

『言っていい事と悪い事の区別も出来ないくらいボケたんですかフスカルさん!!!!!』

 

『ツバ飛びすぎ・・・』

 

『死んだ戦友達を置いて逃げろと!? しかも一体どこへ行けばいいんですか!?!?ローナルド殿、俺たちの家はここですよ!!!!!』

 

『西に行け。そこに俺の故郷がある。俺の家族はもう死んでるだろうが、俺の名前と族長の父・オスカーの名を出せば悪いようにはしない筈だ。行け』

 

『・・・いかれてるッ!!!』

 

『誰かが生きて、王と騎士様方の話を後の世に伝えなきゃいけねえだろうが。それはお前らにしかできねえ仕事だ。よろしくどうぞ』

 

『・・・・そんな』

 

『――、フスカルさん』

 

『あん?』

 

『口が悪いのは、それが素だからですか?』

 

『まあね。育ちが悪いから』

 

『…私の母も、貴方と同じような人でしたよ』

 

『そりゃ光栄だ。何て名だ?』

 

『マリアといいます。年老いて私を産みましたが、ずっと綺麗な人でした』

 

『へ~、奇遇だな。俺の妹と同じ名前だ。もうずっと会ってねえが』

 

『剣がとても上手で、槍みたいに振るう人でした』

 

『そうかい、けど思い出話はまた逢った時でいいだろ。分かったから早く行け』

 

『―――大事なのは間合い、そして退かぬ心だ』

 

・・・・・。

 

『・・・・お前それ、』

 

『母から教わったこの教えと共に、私は伝え続けます。何処へ行っても、たとえ海の向こうに辿り着いても。…幾つになっても』

 

―――さようなら、伯父さん。私は強い人間です。決して貴方の事は忘れません。

 

「そして、私は弱い人間です。貴方の事は忘れられません」

 

 粛正騎士ビナー1。またの名を兵士ビルギット。

本名ブリジット・ローナルドはゆっくりと、この特異点と共に目蓋を閉じた。

 

あらゆる輝かしい想い出は、彼女をいつも包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・。

 

・・・・・。

 

・・・・・。

 

「・・・・」

 

 ?

ここ何処だ?暗い部屋だし、しかも程々に狭い。でも何か逆に落ち着くここは一体・・・・。

 

「やったっ、やったよわたし!」

 

「・・・・?」

 

「聖杯の力ってすごいなあ…。――城を守る誰か!来い!具体的にはわたしの聖域を部屋の前で護ってくれる誰か!!お願い!!!って念じたらちょっぱやでポンだよ! これで姫(わたし)はずっとここに引き篭もってられる……!」

 

「・・・・」

 

ゑ。あの、貴女は? 

 

「あれ? 無理くり召喚したから酔っちゃった?意識混濁とかしてない…?」

 

「いえ召喚酔いとかでは無く。・・・あ、声が」

 

「わ!渋い声! 生前は幸運が重なって意外と長生きしたタイプと見たよ!」

 

声が出た。何だかよく分からんけど嬉しい。

 

「どうかした?姫。そろそろ祭りを始めるわよ。 ……あらあなた新顔ね、名前は?」

 

「・・・フスカル・ローナルド。霊基種別はランサー?のようだが」

 

「よぅし、これでバッチリだね。じゃ、祭りを始めちゃおう!ずっとずうっと、永遠に終わらないくらいに!!!」

 

「それはさて置き、ようこそオールドマン。とりあえずこのカボチャの被り物とこの鎧具足を着て頂戴。それがここの城兵の正装よ」

 

「・・・分かった」

 

 なあにこれ。めっちゃごつい。めっちゃゴテゴテしてる。

あ、マイ槍はちゃんとあるね。・・・しかし何だか妙に懐かしい気がするなあ、この姿。こんな物は頭に被ったことないけど。

 

「なあ、教えてほしいんだが」

 

「うん?何かしら」

 

「ここは何処だ。というかアンタ誰だ」

 

「――後輩。私はあなたより先にこの城に来てるの。先輩に対する口の聞き方がなってないわよ? まあ、この怠け姫はどうでもいいけれど」

 

「ひどい!」

 

「・・・・。すいません先輩。どうか私に教えて頂きたいのですが、貴女達は誰で、ここは何処なのですか?」

 

「よく出来ました。私はメイガス・エイジス・エリザベート・チャンネル。メカエリチャンと呼んでくれて構わないわ」

 

「わたしは刑部姫。あなたを無理やり、ゴホン、召喚したマスターです。そしてここは姫(わたし)のお城」

 

「でも、ただの城じゃあないわ」

 

「・・・というと?」

 

眼前のマスターはやや引きつった顔で、先輩は嬉々とした顔で言った。

 

「ここは姫路城。我が麗しき、チェイテピラミッド姫路城よ!!!!!」

 

「――――」

 

 絶句した。 生前は色んな城を見てきたが、まさかそんな絶句物な色物があるなんて思いもよらねえ。

 

 城を枕に死んだからここに呼ばれたのか?

 

 城を守る事に起因して、ここに俺は来れたのか?

 

 だからこんな間抜けな顔を浮かべているのか?俺は?

 

―――もう分からん。でも今度は飯食えそうだし酒呑めそうだし、何だか楽しそうだ。 

 

?・・・今度って何だ?

 

 よし、もうこうなったら呟くしかないな。誰だってそうしてる。俺だってそうする。―――そして今回もきっと、きっと良い出会いが有るだろうと槍の女神様に祈願して。

 

 

 

 

「城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おしまい。




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