成り代わったのは白き罪人 (ミカヅキ)
しおりを挟む

設定

取り敢えず、主人公設定上げときます。


名前:黒羽千暁(ちあき)

※母‐千影(ちかげ)から一字もらった。

 

年齢:17歳

所属:江古田高校2年B組

 

容姿:やや紫紺(しこん)がかった青い目に、やや癖毛でウェーブがかったボブの黒髪。顔立ちは“黒羽快斗(かいと)”や工藤新一にそっくりで、コナンと並んだら姉弟疑惑がかかること必至。

 

身長:165cm

体重:50kg

※因みにDカップ。

 

特技:マジック、スポーツ全般

※“黒羽快斗(かいと)”とは異なり、スケートも得意だが、唯一泳げないのが弱点。幼い頃に海で溺れかかって以降、足の付かない深さだとパニックを起こす。その為、“漆黒の星(ブラックスター)”の一件では海に飛び込んだように見せかけてワイヤーで船の縁にぶら下がり、人気が無くなったところで船に上がって別人に変装し直した。

また、“黒羽快斗(かいと)”とは異なり魚も平気だが足の多い虫(特にクモやムカデなど)が嫌い。

 

性格:基本的にエンターテイナー気質。怪盗ではあるが人を傷付ける事は良しとせず、時には身を挺してコナンを助ける事もあり、“ハートフルな怪盗”と呼ばれた事もある。意外と負けず嫌い。好奇心旺盛だが、自身も秘密を抱える身である為、“仕事”が関わらない限り他人のプライベートや秘密に不用意に踏み入る事は無い。

 

ライバル:白馬(さぐる)、江戸川コナン(工藤新一)

※イギリスと日本を行き来している白馬より、コナンの方が厄介と認識。出逢ったのは白馬が先だが、“名探偵”と称するのは()()が戻る前からコナンのみ。また、白馬の方は紳士な為かそうそう過激な手は使わないものの、コナンには何度か痛い目に遭わせられている為、より警戒している。

しかし、根がお人好しなので時折手助けしてしまい、コナンからはたまに良いように使われている。

 

家族構成:母

※父は初代怪盗キッドであり、また東洋の魔術師とも(うた)われたマジシャン‐黒羽盗一。父を殺した組織が狙う、不老不死を与える伝説のビッグ・ジュエル“パンドラ”を探し、破壊する為に“怪盗キッド”として暗躍。

尚、母‐千景(ちかげ)は現在海外にいるが、“怪盗(ファントム)淑女(レディ)”の異名を持つ元女盗賊で、言うなれば怪盗のサラブレッド。

 

幼馴染(おさななじみ):中森青子

※原作とは異なり同性同士の為、姉妹のような間柄。

 

助手:寺井(じい)黄之助(こうのすけ)

※父‐盗一の元付き人で、現在は千暁(ちあき)の助手としてサポートに務める老人。61歳。“ブルー・パロット”という名のビリヤード場を経営しており、“怪盗キッド”としてのアジトにも活用されている。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章
覚醒


他の連載も滞っているのに、懲りずに他連載に手を出しました(汗)。いや、世の中があまりに安室さんフィーバーしているのでコナン読み返してみたらキッド沼に堕ちまして…。最初に好きになったコナンキャラがキッドだったもので…。







千暁(ちあき)!危ない!!」

「えっ?!」

 悲鳴のような幼馴染(おさななじみ)の声に、何事かと振り返ったのは良いが、今思い返してみると完全な悪手(あくしゅ)だったと言わざるを得ない。

 ドゴォッ!

「っ……!!」

 振り返った直後、額にサッカーボールが直撃し、その勢いのまま吹っ飛ばされる羽目になったのだから…。

「キャアアアア!黒羽さん?!」

千暁(ちあき)ぃっ―――――!!!」

 倒れ込んだ自分に悲鳴が上がったのを聞きながら、ぐわんぐわんと揺れる視界に意識を手放した。

 

 

 

 怪盗キッド

 

 中森警部

 

 “まじっく快斗(かいと)

 

 白馬(さぐる)

 

 江戸川コナン

 

 “インペリアル・イースターエッグ”

 

 工藤新一

 

 “ひまわり”

 

 鈴木次郎吉

 

 “名探偵コナン”

 

 そして、“黒羽快斗(かいと)”―――――――。

 

 

 衝撃で気を失ったらしい自分が目を覚ましたのは、保健室のベッドの上。サッカーボールが直撃した額には氷嚢(ひょうのう)が乗せられていた。誰かが運んでくれたらしい事に感謝しつつ、眠っている間に整理が付いたらしい()()()()()に、横になったまま頭を抱えた。

「転生したら“()し”になってましたって、どこの夢小説ですか………。」

 そんな展開、“支部”で飽きる程見たわ。

「ウッソでしょ―――………。」

 読む分にはおいしい。大好きな展開です、ありがとうございます!

 が、しかし…。自分がいざその立場に立たされれば、話は別である。

(自分がその立場になったら“()し”に会えないじゃないかっ………!!!)

 何を隠そう、コナンより赤井より安室(あむろ)よりもキッド()し。どうせ成り代わるならヒロインの青子ちゃんが良かった…。

 だが、()()を取り戻したと言っても“黒羽千暁(ちあき)”として生きてきた17年分の記憶もちゃんと残っている。ちょっと衝撃で取り乱したものの、流石(さすが)に17年生きてきた世界と家族、友人たちを二次元として見る事はもう出来ない。

 何より、既に自分は“怪盗キッド”を継いでいるし、父‐盗一を尊敬する気持ちもその(かたき)を討とうと誓った覚悟も、“パンドラ”を探し出し破壊するという決意にも揺らぎは無かった。

 前世の“()し”である“黒羽快斗(かいと)”がいないのは悲しいし、彼の居場所を奪ってしまったかのようで心苦しい気持ちもあるが、この世界の“怪盗キッド”は自分であるという自負もある。

 “やるべき事”は変わらない。

「あら?目が覚めたのね。気分はどう?」

 千暁(ちあき)が起きた事に気付いた保健医がシャッとカーテンを開けて顔を覗かせる。

「ちょっとおでこが痛いです……。」

「冷やしてはいたけと、赤くなってるわね…。場所が頭だし、今日はもう早退して念の為病院に行った方が良いわ。」

「今って何時間目ですか?」

 起き上がろうとした千暁(ちあき)を手で制し、氷嚢(ひょうのう)をどかしながら保険医が患部を確認する。

「ちょうどもうすぐ4時間目が終わる頃だから、昼休みになったら担任の先生に病院まで送ってもらいなさい。」

 本来なら保護者に連絡を入れるところだが、生憎(あいにく)と母子家庭で、その母も現在海外にいると知っている保険医が提案する。

「げ、2時間も寝てたのか……。」

 自分が気絶したのは1時間目の体育が終わった頃。確かに気絶してそれくらい目が覚めなかったのであれば、病院に行った方が良いかもしれない。

 キーンコーンカーンコーン…

「4時間目が終わったわね。担任の先生を呼んでくるついでに、あなたのクラスに行って荷物持ってきてあげるから、ちゃんと横になって待ってるのよ?」

「はーい…。」

 そのままカーテンを戻し、保健室を出て行ったらしい音を聞きながら軽く溜息を()く。

(まぁ、まだ今日だっただけマシだったかな……。)

 3日後に“キッド”として一仕事控えている以上、これが前日や当日だったらと思うとゾッとする。

「って、あれ……?今回の下見って…。」

 そこまで思考を巡らせたところで、ヒクリ、と頬が引き()るのが分かった。

「ベ、ベルツリー急行………。」

 90巻以上に及ぶ“名探偵コナン”の事件を全て覚えている訳ではもちろん、無い。しかし、“()し”である“怪盗キッド”が出演していた事件に関しては別である。誰が殺され、犯人だったかなど全く覚えていないが、“怪盗キッド”が“シェリー”こと宮野志保に変装して窮地(きゅうち)を脱した事は覚えている。

 いくら“正体”は異なるとは言っても、裏社会において悪名高き“黒の組織”の幹部と1対1(サシ)で対峙しなくてはならないかと思うと気が重い。おまけに、ちょっとでもしくじれば爆弾で吹っ飛ぶ危険もある。

(作戦変更…。)

 “怪盗キッド”が身代わりにならなくてはならないのは覆せない。しかし、正体を見破られる危険性を放置したまま捨て駒の(ごと)く扱われるのは我慢がならない。

 ならば、貸しを作るつもりでいっそこちらから協力を持ち掛けてやれば良い。

「待ってなさいよ“名探偵”…!」

 その顔に浮かぶのは、好敵手(ライバル)を出し抜かんと策を巡らせる怪盗の不敵な笑み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベルツリー急行編
貸し1つ


取り敢えずベルツリー急行編終了


 ―ベルツリー急行内―

 ブー、ブー…!

 ピッ

 コナンのポケットに入っていたスマホが振動し、真剣な、見ようにもよっては焦っているような顔でコナンがメールを開いた。

「ん?何か気になる事でもあるのか?」

 その様子を見た世良(せら)真純(ますみ)、否世良(せら)の姿を借りた千暁(ちあき)がコナンを覗き込む。

「あ、ううん…。ボクも火事の記事見てたんだけとまだ何もわかんなくて…。」

 さっと、スマホを隠しながらコナンが誤魔化(ごまか)す。

「なーんだ。ボクはてっきり…。《私をお探しなのかと思いましたよ。》」

 後半をキッドに扮する時に良く使う男のものへと変え、小声で(ささや)く。

「お、お前?!」

「《シー…。どうやら“名探偵”はお困りのご様子…。いかがです?()の仕事を邪魔しない、と確約してくださるのであれば手を貸す事も(やぶさ)かでありませんが…。》」

「っわーたよ…。その代わり、ちょっと体張ってもらうぜ…。」

 (いささ)か不本意そうな顔をしながらも、背に腹は代えられない、とばかりに了承するコナンの姿に主導権を握れた事への軽い優越感を味わいつつ、この後に(ひか)える本番一発勝負の脱出劇に気を引き締める。

「ちょっと耳貸せ……。」

 そこから説明されたのは、自身の()()と相違無かった。

「《承りました…。その代わり、条件をお忘れなく…。》」

「分かってるっての…。それより、本物の世良(せら)はどうしたんだよ……?」

「《ご心配無く…。本物の彼女には指1本触れておりませんよ…。私は出発の日時変更のメールをお送りしただけですから…。》」

「…なら良いけどよ………。」

「おい、何をこそこそしてんだよ?!さっさと行くぞ!」

「あ、うん!」

 小声でコソコソとやり取りする“世良(せら)”とコナンを見咎(みとが)めた小五郎に、瞬時に“世良(せら)”の()()を被り直し、立ち上がる。

「何でも無いよ。さ、容疑者を絞り込みに行こうか。」

 

 

 そして、容疑者の絞り込みが完了し、“眠りの小五郎”が全ての真相を暴いた後…。

 犯行現場でもある一等車である8号車のB室から廊下へと煙が流れ出る。

「ちょ、ちょっと何なの?この煙…。」

 すぐさま異変に気付いた乗客たちに、ダメ押しのように上がった一言。

「か、火事!?火事だ!!」

「「「「「え?」」」」」

「皆さん、前の車両に避難してください!!」

「「「うわああああああ!!!」」」

 パニックを起こして前の車両へと流れ込む乗客たちを見て、コナンが声を上げた。

「世良の姉ちゃんも早く!ボクはおじさんと一緒に行くから!!」

(目がさっさと行けって言ってるよ…。)

 内心顔を引き()らせつつ、“世良(せら)”として頷く。

「分かった。蘭くんたちも心配だから、ボクは先に行ってるよ!!」

 そして、そのまま乗客たちの流れに乗り、6号車まで走り、人目に付かないように乗客が避難した客室へと入り込んだ。

 ビリッ…!

 そのまま世良(せら)真純(ますみ)の仮面を()ぎ取り、備え付けの洗面台を使って手早く“宮野志保”のマスクを被り、ウィッグを合わせる。

 バサッ…!

 世良(せら)真純(ますみ)らしい服を脱ぎ捨てれば、その下に来ているのは女性らしいブラウスと白のパンツ。

 最後に鏡でチェックすれば…

(完璧…。)

 この間、約30秒。そして、元いた8号車へと走った。

「ゴホッ、ゴホッ…!」

 8号車のB室、指示されていた場所へと戻り、煙に咳き込むふりで声のトーンを調整する。

 そして後ろに気配を感じ取ったと同時に、その声はかけられた。

流石(さすが)ヘルエンジェルの娘さんだ…。良く似てらっしゃる…。初めまして…。バーボン…。これが僕のコードネームです…。」

(さて、いよいよ正念場…。)

 “安室(あむろ)透”を名乗る、“組織としての顔”を見せた男に向き直り、暴れる鼓動を(なだ)めるべく、気付かれないようにゆっくりと深呼吸する。

「このコードネーム聞き覚えがありませんか?君の両親や姉とは会った事があるんですが…。」

「ええ…。知ってるわよ…。お姉ちゃんの恋人の諸星(もろぼし)大とライバル関係にあった組織の一員…。お姉ちゃんの話だと、お互い毛嫌いしていたらしいけど…。」

 ブラウスの下に隠したスマホから伝えられる通りに言葉を紡ぐ。イヤホンも服に隠してあるし、髪が邪魔で見え辛い。変装技術も自分で言うのも何だが、完璧と自負している。

(後は、私の演技力…。)

「ええ…。僕の(にら)んでいた通り、あの男はFBIの犬でね…。組織を裏切った後、殺されたっていうのがどうにも信じ難くて…。あの男に変装し。あの男の関係者の周りをしばらくうろついて反応を見ていたんです…。お陰であの男が本当に死んでいる事が分かりましたけどね…。まぁ、変装させてくれたのは今回、僕の代わりにあの男に化けてくれた仲間ですが…。君がここへ現れたという事は、君に恐怖を与える効果は十分にあったようだ…。死んだあの男に成り済ませるのは君も良く知ってる彼女だけですから…。さぁ…。手を上げたまま移動しましょうか…。8号車の後ろの貨物車に…。」

 懐から取り出した拳銃を構える男から目を逸らさず、ゆっくりと後ろに下がる。

(ホントに警察官…?殺気が凄いんだけど……。)

 ともすると撃たれるんじゃないかというプレッシャーが重い。

 じりじりと下がりながら、そのプレッシャーに耐えているうちに、ドンッと背中が貨物車の扉にぶつかった。

「さぁ、その扉を開けてください…。その扉の向こうが貨物車です…。」

 ガラ…!

 男から目を離さないように、後ろ手で扉を開けている間に、男が懐を探る。

「ご心配無く…。僕は君を生かしたまま組織に連れ戻すつもりですから…。」

 そして、懐から取り出した()()を列車の連結部分へと置いた。

「爆弾でこの連結部分を破壊して…。その貨物車だけを切り離し、止まり次第ヘリでこの列車を追跡している仲間が君を回収するという段取りです。その間、君には少々気絶をしてもらいますけどね…。まぁ、大丈夫。扉から離れた位置に寝てもらいますので、爆発に巻き込まれる恐れは………。」

 そこで初めて、男から視線を外す。

 貨物車中に積まれている()()と、それを隠す為の布。見せ付けるように(めく)れば、()()(あら)わになった。

「大丈夫じゃないみたいよ。この貨物車の中、爆弾だらけみたいだし…。」

「!?」

「どうやら段取りに手違いがあったようね…。」

 本当に知らなかったらしく、一瞬目を見開いた男に少し安堵(あんど)する。

「仕方無い…。僕と一緒に来てもらいますか…。」

「悪いけど…。断るわ!」

 言うが早いか、素早く貨物車の扉を閉め、爆弾に紛れ込ませるようにして隠しておいたハングライダーを素早く装着し、列車が橋に差し掛かっている事を確認して飛び降りた。

 その数秒後、

 ドンッ!!!

 貨物車が爆発する。

「ギリギリセーフっと……!」

 やり切った達成感を抱えながら、バッとハングライダー開き、滑空姿勢に入った。

「さて、寺井(じい)ちゃんに迎えに来てもらわないとね…。」

 ビリッとマスクを()がし、ウィッグをポケットに突っ込みながら自身のスマホを取り出す。“名探偵”への連絡は、名古屋で気を()んでいるだろう寺井(じい)を安心させてからでも良い。

「これで()の仕事は少し楽だと良いんだけど…。」

 溜息が1つ、風に流れて消えた。

 

 

 




世良さんに変装したのは、コナンの近くにいても怪しまれない、尚且つコナンがやや世良を警戒しているのでそれ程親しくも無く、細かな癖などを把握しておらず成り代わり易かった為です。
原作では1人で行動した隙にベルモットに気絶させられましたが、千暁はずっとコナンと一緒にいたので無事でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄狸編
“鉄狸”


お待たせしました。第3話更新です。
長くなりそうだったので今回は分けました。

お気に入り登録、ご感想ありがとうございます。


 ブー、ブー、ブー、ブー

 朝食として(かじ)っていたトーストをカフェオレで流し込み、スマホを手に取る。

寺井(じい)ちゃん?こんな朝に……?」

 現在の時刻は7:10。早朝、という訳では無いもののこんな時間にメールでもLineでも無く電話を寄越すなんて、今までに無かった事である。平日のこの時間帯は登校前で何かとバタバタしている頃なので、普段の寺井(じい)であればメールにするのが常だった。これはかなりの急用か、と画面をタップし、耳に当てる。

「どうしたの?寺井(じい)ちゃん。何か急用?」

千暁(ちあき)お嬢様!ニュースをご覧になりましたか?!』

「ニュース?」

 泡を食ったような寺井(じい)の声に、キッチンからリビングへと移動してTVのリモコンを手に取った。

「何チャンネル?」

『どこでも構いません!早くニュースをご覧ください!!』

 説明する間も惜しい、とでも言った様子に取り()えず逆らわずにTVを付ける。

 《今回、怪盗キッドが狙うのは()の幕末の天才絡繰(からく)り師・三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)の最期の作品、難航不落(なんこうふらく)の大金庫、通称“鉄狸(てつたぬき)”です。所有者の鈴木次郎吉氏は、これまでにも自身の所有する宝石を使って怪盗キッドに挑戦状を提示してきましたが、今回は怪盗キッド自ら鈴木次郎吉氏に予告状を送り付けました。鈴木次郎吉氏は、これまでに名立たる盗賊たちを全て返り討ちにしてきた“鉄狸(てつたぬき)”を開けられるかどうかが楽しみ、とコメントしており………》

「………何コレ?」

 ニュースキャスターが朗々(ろうろう)と読み上げる全く身に覚えの無いニュースに、思わず通話中の寺井(じい)に問いかけた。

『や、やはりお(じょう)様ではないのですね?!』

「予告状出すなら一言相談してるよ。流石(さすが)に。」

 一体どこの偽者の仕業(しわざ)だ、と思わず眉を(ひそ)めた千暁(ちあき)だったが、ニュースに映し出された“怪盗キッド”からの予告状に、(ひらめ)くものを感じた。

「あ。」

『お嬢様?何か心当たりでも…?』

「あぁ、ううん…。取り()えず鈴木(てい)に行って調べて来るよ。何かの罠かもしれないし、1人で行って来るから寺井(じい)ちゃんは連絡だけすぐに取れるようにしといてくれる?」

『お(じょう)様お1人では危のうございます!やはりこの寺井(じい)めもご一緒に……!!』

「2人の方が逆に目立つってば。大丈夫、何かあったらすぐに逃げるから…。」

『しかし…!』

「大丈夫だってば。じゃ、後で連絡するね。」

 食い下がる寺井(じい)(なだ)め、通話を切る。

 そして、再度ニュースに目をやった。

「……これ、アレだ。犬が閉じ込められたヤツ………。」

 あの縦書きの(にせ)の予告状には見覚えがある。誤って“鉄狸(てつたぬき)”に愛犬‐ルパンを閉じ込めてしまった鈴木相談役が、自分(怪盗キッド)を呼び出す為にマスコミに公表した自作自演。

「仕方ないから一肌(ひとはだ)脱ぎますか……。()の怪盗紳士の名を冠する名犬を(ほう)っておくのも(しの)びないしね…。」

 まぁ、万が一“原作”とズレが生じていた時の事を考え、(わな)の可能性も視野に入れなくてはいけないが、その為にも鈴木邸に潜入せねばなるまい。

「さて、と…。メイドか使用人か……。それが問題かな。」

 メイドの方が立ち回りしやすいが、毎回変装姿が女というのも“名探偵”に何か(かん)付かれそうで怖い。それに、たまには男に変装した方が“怪盗キッド”=男と印象付け易いだろう。

「……今回は男で良いか。」

 

 ―――――――2日後。

 千暁(ちあき)は執事見習いとして鈴木邸の面接を受け、無事に採用される事に成功した。

(案外簡単に潜入出来たな…。)

 やはり“手を貸してくれ”のメッセージ通り、自分(怪盗キッド)の手を借りたかったのは本心だったのだろう。メイドたちの話ではここ数日、鈴木相談役は夕食を自室で済ませているらしいし、下げた食器からは皿が2枚消えている、と聞いている。

 そして、相談役の愛犬‐ルパンは使用人たちも知らない間に“入院中”。

 “原作”通り、不運にも“鉄狸(てつたぬき)”に飲み込まれてしまったのだろう。

 出来る事ならさっさと金庫を開けて出してやりたいが、鈴木相談役が用意した(にせ)の予告状に書かれていた“月が闇に呑まれる中”の一文のせいで、“怪盗キッド”が動くのは明日の新月の夜だと予測している者が多い。いや、より正確に言えば予告状そのものは偽物かもしれないが、それによって“本物の怪盗キッド”が来ると期待している者が多いのだ。

 例え偽物であろうと、1度“怪盗キッド”の名を(かん)した以上、それを(くつがえ)す事は自分(怪盗キッド)の美学に反する。

 幸い、“鉄狸(てつたぬき)”には空気穴になる隙間(すきま)が存在し、新鮮な水と(えさ)を差し入れる事が可能となっているのだから、後1日我慢してもらうとしよう。

 本番は明日の夜。

(まぁ、どーせ“名探偵”も来るんだろーけど……。)

 折角本番一発勝負の脱出劇の成功で、()()()()で邪魔をしない、という確約を得たというのに。長期連載作品の弊害(へいがい)か、時間帯がごっちゃになっていて読み辛い。

(てっきり、()は“赤面の人魚(ブラツシユマーメイド)”かと思ってたのに………。)

 まぁ、良い。今回は“人助け”。邪魔をされる(いわ)れは無いのだから。

 

 ――――――――――翌日、夕刻。

「お待ちしておりました。園子お嬢様。それから毛利小五郎様と毛利蘭様、そして江戸川コナン様でございますね?」

 案の(じょう)、連れ立ってやってきた好敵手(ライバル)千暁(ちあき)は何食わぬ顔で出迎えた。

 執事(しつじ)見習いに(ふん)した千暁(ちあき)を、園子はうっとりとした顔で見ていた。

「あの…、あなたは?見ない顔だけど……。」

「ちょ、ちょっと園子……。」

 (ほお)を赤らめながら尋ねる園子を、蘭が小声で「京極さんは良いの?!」と(たしな)める。

 それを微笑ましそうな顔で眺めるふりをしながら、「申し遅れました。」と礼儀正しく一礼した。

(わたくし)、先日から執事見習いとして参りました、瀬戸(せと)瑞貴(みずき)と申します。本日は旦那(だんな)様から皆さまをおもてなしするように(おお)せ付かりました。何なりとお申し付けくださいませ。」

 “瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”。今回、潜入するにあたって千暁(ちあき)が作り出したキャラクターである。字と性別こそ違えど、“原作”において“黒羽快斗(かいと)”が成りすましたメイドをオマージュし作り上げた。

 当然、容姿もそれに準ずるようにイメージしてある。

 やや()れ目に明るい茶髪、物腰は柔らかく常に柔和(にゅうわ)な笑みを絶やさない。

 ………作り上げてから気付いたが、肌の色が異なるだけでイメージが先日対峙したバーボンと被る。

(別に意識した訳じゃないんだけど…。)

 まぁ、顔立ちそのものを似せた訳では無いし、執事(しつじ)という職業そのものから見れば物腰(やわ)らかで柔和(にゅうわ)な笑み、というのも良くある特徴と言える。

 こういうのは如何(いか)に堂々と成り切るか、というのが肝心なのだから。どの道、あと数時間で()()()キャラクターなのだから、割り切って楽しんでしまおう。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「それでは、旦那(だんな)様の所へご案内いたします。どうぞこちらへ。」

 鈴木相談役の(もと)へとれ彼らを(いざな)うべく、邸の中へと促しながら(きびす)を返す。

 好敵手(ライバル)が今回の一件の真相に辿(たど)り着くのはいつだろうか、とその柔和(にゅうわ)な“仮面”の下で挑戦的な笑みを隠して――――――――。

 




瀬戸(せと)瑞貴(みずき)
“原作”で“黒羽快斗(かいと)”が変装したドジっ子メイド“瀬戸(せと)瑞紀(みずき)”のオマージュ。外見はそのまま男装させただけの為、垂れ目に明るい色の髪、物腰柔らかで柔和な笑み、と総合的にトリプルフェイスとイメージが被ったが、別に千暁(ちあき)が意図していた訳では無い。
ただし、本家ドジっ子メイドとは異なり執事見習いとして申し分無い能力を発揮しており、潜入2日目にして“気の利く新人”“見どころがある”と評判は上々。
イメージCVは中〇悠一さん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予告状

お待たせしました。白き罪人更新です。
そして、予想以上に長くなったので次回に続きます。
予定では前後編で終わらせるつもりだったのですが…(汗)。


「偽者かもしれない!?今回予告状を送ってきた怪盗キッドが!?」

「ええ。次郎吉おじ様はそう言ってたわ!ねぇ?」

 ここにきて知らされた事実に驚愕の声を上げた蘭に、園子が千暁(ちあき)―――否、執事(しつじ)見習いの“瀬戸(せと)”に同意を求めた。

「はい。今回送られてきた予告状に書かれていたイラストが、普段怪盗キッドの予告状に書かれているものと微妙に異なるという事で、恐らくキッドの名を(かた)る偽者の仕業(しわざ)だろう、と旦那(だんな)様は(おっしゃ)っておられました。」

 やや園子たちの方を振り返りながら、しれっと答える。

「送ったでしょ?その予告状の写メ!何か変じゃなかった?」

「え、ええ…。確かにいつものイラストとは違う感じがしたけど…。」

 園子と蘭のやり取りをよそに、コナンは難しい顔で考え込んでいた。

(まだ確証までには至っていないって事か……。)

 どうやら違和感を感じつつも、物事の核心には至っていないらしい。

(大丈夫?“名探偵”…。ボヤボヤしてたら、()()終わっちゃうよ……?)

 さて、自分(怪盗キッド)が目的を達するのが先か、“名探偵”が全てを見抜くのが先か。

 

旦那(だんな)様、園子お嬢様方をお連れ(いた)しました。」

「おお。ご苦労じゃったな。」

 鈴木相談役に一礼し、その(わき)に執事見習いの“瀬戸(せと)”としてそのまま控える。

 ()の大金庫“鉄狸(てつたぬき)”の鎮座(ちんざ)する部屋の前には、この邸の主である鈴木相談役と、部屋をぐるりと取り囲む機動隊。そして“怪盗キッド”の現場にはお馴染(なじ)みの中森警部。

「いいか!偽者かもしれないと思って気を抜くなよ!今夜は予告状にあった“月が闇に呑れる”新月の夜だ!金庫のある部屋の周りをしっかり固めるんだぞ!!」

「中森警部…。来てたのね…。」

 気合の入りまくった中森警部の号令に、小五郎が半ば呆れたような顔でそれを眺める。

「でも、何で部屋の周りなんだ?どーせなら部屋ん中の金庫の前で張り込んでりゃいいものを……。」

「無用だからじゃよ毛利探偵…。」

 中森警部の指示に疑問を(あら)わにする小五郎に、鈴木相談役がそれを否定する。

「え?」

「何なら見てみなさるか?(わし)の自慢の“鉄狸(てつたぬき)”を…。」

(まずは下見とシミュレーション…。)

 何食わぬ顔で相談役の後ろに控えながら、実際に金庫が鎮座(ちんざ)する部屋の防犯システムを把握すべく、自然な動作で部屋の中が良く見える位置へと移動した。

「ホォ~…。あれが難航不落(なんこうふらく)の大金庫ですか!見るからに開けるのは骨が折れそうですなァ…。」

(金庫以外に何も無いって事は、やっぱり部屋そのものが大きな(トラップ)…。)

 小五郎がコメントしている後ろで、部屋の中を確認した千暁(ちあき)が内心でシミュレーションを繰り返す。

「でも壁に()まってて、金庫っていうより金庫室みたい…。」

「そうじゃ…。中の広さは奥行き4m弱の約6(じょう)…。厚さ50cmの鉄板に囲まれた(はがね)の小部屋じゃよ!何しろ戦時中に子どもの頃の(わし)が、親と一緒に中に入って空襲を(しの)いだぐらいじゃからのォ!」

 蘭の呟きに、相談役が“鉄狸(てつたぬき)”の説明と共に思い出話を始めた。

「じゃあ、空気穴とかあるんだね…。」

「ああ…。中に設置された棚の上には小窓があり…、扉の下にはホレ!3cmぐらいの隙間もあるしのォ…。」

「でも、外に出る時誰に開けてもらったんですか?」

「中からは簡単に開けられるんじゃよ…。外からの開け方を知っているのはもう(わし)しかいなくなってしまったがな…。」

 コナンと蘭の疑問に答えながら、相談役が“鉄狸(てつたぬき)”の詳しい説明を続ける。

「んじゃあ、近くで見させてもらいましょうか!」

「待たれィ!」

 すぐにでも部屋に足を踏み入れようとした小五郎を相談役が制止する。

「確か、毛利探偵は煙草を吸われておりましたな?」

「え、ええ…。」

「1本拝借(はいしゃく)出来るかな?」

「じゃあ1本…。」

 相談役の求めに応じて自身の煙草(たばこ)を1本差し出した小五郎の手を、千暁(ちあき)の隣‐同じく相談役の後ろに控えていたボディーガード‐後藤善悟(ぜんご)が掴み、煙草(たばこ)を調べる。

「え?」

「ああ…。彼は先日雇ったボディーガードじゃ!無口じゃが頼りになるぞ!」

「そ、そうっスね…。」

 面食らう小五郎に、チェックの終わった煙草を受け取りながら相談役が紹介した。

「では失礼して…。」

 相談役が、受け取った煙草(たばこ)をピンッと部屋の中に弾く。

 ポトッと軽い音と共に煙草(たばこ)が床に落ちた瞬間、ゴゴゴ…と(にぶ)い音が響き始めた。

「な、何スか?この音…。」

「まぁ見ていなされ!」

 小五郎の疑問に鈴木相談役が返した時、ズオオオオッと床や天井、壁の全てが一瞬にして鉄格子(てつごうし)(おお)われる。

「い、一瞬にして鉄格子(てつごうし)が部屋を……。」

「重量センサーじゃよ!煙草(たばこ)1本の重さですら反応する!これでわかったじゃろ?彼奴(きゃつ)は金庫に近付く事さえ出来んという事が!!」

(また無駄に大掛かりな仕掛けを…。本当に助けて欲しいと思ってんのこの人………。)

 半ば呆然(ぼうぜん)と呟く小五郎に説明しながら、呵呵(かか)と笑う相談役に、あたかも仕掛(しか)けに驚いているように見せかけながら、内心で溜息を()いた。“名探偵”の様子を(うかが)えば、彼も若干呆れたような顔をしている。

秋津(あきつ)君!中に転がってる煙草を始末しておいてくれ!」

 防犯システムのスイッチを切りながら、相談役が(かたわ)らに控えていた相談役付きの使用人‐秋津(あきつ)益彦(ますひこ)に命じる。

「あ、でも…。中に入ったら今みたいに…、ガシャーンってなるんじゃ…?」

(たわ)け!スイッチは切っておる!今の内にさっさと片付けんか!!」

「あ、はい!」

 鈴木相談役の一喝(いっかつ)に、秋津(あきつ)が慌てて部屋に入り、煙草を拾った。

「―――――――ったく、彼も先日雇った新入りなんじゃが…。使えん奴じゃわい…。」

 キョドキョドと自信の無さ気な態度が余計にそう見せるのか、相談役が小五郎や中森警部たちにも聞こえるようにぼやく。

「あの―――…。この煙草は毛利さんにお返しした方が…?」

「馬鹿者!床に落ちた物を吸わせる気か!?さっさとゴミ箱にでも捨てて来んか!!」

「は、はいぃぃ!!」

 叱責(しっせき)を受けた秋津(あきつ)がダッシュでゴミ箱を探しに行くのを横目で見ながら、千暁(ちあき)が執事見習いの“瀬戸(せと)”として口を開く。

旦那(だんな)様。よろしければ毛利様に同じ銘柄(めいがら)のお煙草(たばこ)をご用意させていただきますが…?」

「おお!それが良い。頼んだぞ瀬戸(せと)君。」

「――――承りました。」

 気を()かせた執事見習いの一言に機嫌を直した相談役に、千暁(ちあき)が礼儀正しく一礼した直後、中森警部が口を開いた。

「用が済んだら扉の前から離れてくれませんかねぇ…。警備の邪魔なんで…。」

「フン!無駄じゃと言っておろうが!偽者なんじゃから!」

 相談役が中森警部と押し問答(もんどう)を繰り広げ、他の人間の注意が2人に向いている間に、相談役が閉じようとしている扉の隙間を()うようにして本物の予告状を投げ入れた。

 手首のスナップを()かせ、ちょうど部屋の中心に落ちるように計算して―――――――――。

「今夜は何もありゃせんよ!毛利探偵たちの出番も無いじゃろう。もちろん彼奴(きゃつ)の天敵と言われておる小童(こわっぱ)もな…。……まぁ、かと言ってすぐに帰れというのも何じゃし、せっかく我が邸に来たんじゃ。生憎(あいにく)(わし)は同席出来んが、夕食を馳走(ちそう)しよう。ゆっくりしていかれるが良い!」

「は、はぁ…。それじゃ、お言葉に甘えてご馳走(ちそう)になります…。」

 相談役の言葉に押されるようにして小五郎が招待を受ける。

「では、夕食までしばらくかかる。それまで(くつろ)がれるが良い。瀬戸(せと)君!毛利探偵たちを客間に案内(あない)してもてなしてくれ。」

(かしこ)まりました。――――――それでは皆様、こちらへどうぞ。」

 客間へと先導(せんどう)する“瀬戸(せと)”の後ろで、不意に中森警部が声を張り上げた。

「おいジイさん!!今すぐ防犯装置を切ってくれ!!」

「ん?」

「「「「え?」」」」

 何事かとたった今後にしたばかりの部屋を振り返る相談役と小五郎たちに、中森警部が続ける。

「部屋ん中に落ちてんだよ!!さっきは無かったカードが!!」

「何じゃとォ!?」

 その言葉に、相談役も急いで“鉄狸(てつたぬき)”が鎮座(ちんざ)する部屋を(のぞ)き込んだ。

 

 

『   月が闇に呑まれし今宵(こよい)

    希代(きたい)の天才が作り上げし芸術品たる

    難航不落(なんこうふらく)(たぬき)の腹を

    (あば)きに参上(いた)します。

                   怪盗(かいとう)キッド   』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルパン

お待たせしました。“鉄狸”編完結です。
ご感想、お気に入り登録ありがとうございます。



「良いか、者ども!!今日こそ奴を引っ捕えて、あの気障(きざ)(つら)()(づら)に変えてやるぞォォ!!!」

「「「「「「「オォ――――――――――ッ!!!!!!」」」」」」」

「フン!偽者相手に大騒ぎしおって…。」

 気合の入った中森警部率いる機動隊の(とき)の声に相談役が(どく)()く。

「本物だよ!確かに、最初の予告状は奴のマークもその文章もパチモン臭かったが…。恐らくあれはワシら警察をおちょくるただの洒落(しゃれ)…。金庫のある部屋にさっき置かれたこの予告状は…、(まぎ)れも無く奴の物だ!!これで偽者って言ってるあんたの方がおかしいだろ!?」

「まぁ、そうじゃとしても…。この大袈裟(おおげさ)な警備は不要じゃろう…。忘れたか?彼奴(きゃつ)(ねろ)うとるのは、あの伝説の絡繰(からく)り師‐三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)(こしら)えた、難航不落(なんこうふらく)の大金庫…“鉄狸(てつたぬき)”の扉を開ける事じゃ!!()じ開けようとする不埒(ふらち)(やから)退治(たいじ)する仕掛けが無数に張り(めぐ)らされており、唯一開け方を知る(わし)でさえ、誤って命を落としそうになるぐらいの曲者(くせもの)…。開けられる訳がなかろう!!」

(よく言う……。)

 中森警部の手を引かせる為とは言え、仮にも助けを求めてきたとは思えない言い(ぐさ)に内心で呆れる。

「だが、相手はあの月下(げっか)の奇術師‐怪盗キッドだぞ?例えどんな金庫だろーが、奴にかかればあっという間に…。」

「万が一、彼奴(きゃつ)にその才があったとしても、近付けやせんよ…。見せたじゃろ?“鉄狸(てつたぬき)”が置かれたあの部屋の防犯装置を!!彼奴(きゃつ)が部屋に1歩足を踏み入れたが最後…、床に()め込んだ重量センサーが作動し、たちまち鉄柵(てつさく)に囲まれて袋の(ねずみ)じゃわい!!」

(助けるの止めようかな……。)

 思わずそんな考えが頭を(よぎ)る位には相談役の言い(ぐさ)にイラっとしたが、気付かれないように深呼吸を繰り返して心を落ち着かせた。

(落ち着け私…。)

「しかしねぇ、現にキッドはその部屋の中にこの予告状を置いているじゃないか!!奴は用意してんだよ!あの装置を()(くぐ)る方法を!!」

 この状況だと、中森警部からの(みょう)な信頼が何故(なぜ)(うれ)しい。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「―――――って事はさー…。怪盗キッドがその予告状を置いた時…、ボクたちの側にいたって事だよね?」

「え?」

 コナンの突然の指摘に中森警部が振り返った。

「だって…、最初にあの部屋の扉を開けた時には何も無かったのに、次に開けた時には予告状があったんでしょ?その間、ボクたちずっと部屋の近くにいたよ?」

「あの重量センサーって、スイッチ切ってる時に置かれた物にはスイッチ入れても反応しないんスか?」

 コナンの指摘を受けて小五郎が相談役に確認する。

「ああ…。スイッチを入れた時の状態から重さがかかれば反応する仕組みじゃからのォ…。」

「…となると、スイッチを切っている間に置いたって事か…。」

「そー言えばおじ様、あの時スイッチ切ってたよね?」

 考え込む小五郎の隣で記憶を辿(たど)った園子が同意した。

「そうそう、私たちに重量センサーの性能を見せる為に部屋の中に煙草を投げ入れた後…。」

「その煙草を回収する為にスイッチを切って…。」

 同じく数分前の出来事を思い出そうとする蘭に続き、園子が再び口を開く。

「「あ――――――っ!!あの使用人さん、部屋に入って拾ってた!!」」

 女子2人の叫びに、その場にいた全員にその場面がフラッシュバックされる。

「あの野郎がキッドだったか!煙草を拾うフリをして、まんまと予告状を置きやがったな!!」

「でも、置けるのはあの使用人さんだけじゃないと思うよ!」

 客観的に見て最も疑わしい秋津(あきつ)に疑いをかける中森警部を、コナンが制止した。

「ずっと次郎吉おじさんの側にいたそのボディーガードのおじさんも…、次郎吉おじさんが扉を閉める隙を見て入れられるし!同じくあの時次郎吉おじさんの後ろにいた、執事見習いの瀬戸(せと)さんもカードを投げ入れる事は出来たと思うし…。それに3人とも最近雇われたみたいだから…。」

「つまり、キッドが変装してここに乗り込んできた可能性が高いって事だな…。」

 コナンの言葉にを小五郎がまとめる。

「よーし、あの使用人をここへ連れて来い!!顔を思いっ切り引っ張って…、変装してるかどうか確かめてやる!!まずは、お前からだ!!!」

()っ……!!」

 言うや否や思いっ切り頬を引っ張ってくる中森警部に千暁(ちあき)(うめ)く。

(()()を完成させといて良かった…。)

 内心で安堵(あんど)の溜息を()きながら…。

「何をするか!!(わし)が雇うた者はその時点で最早(もはや)家族同然じゃ!!警察と言えど勝手な振る舞いは許さぬぞ!!」

 中森警部の手を振り(ほど)きながら相談役が声を張り上げる。

「あ、いや…。しかしねぇ……。」

「どうしてもと言うのなら、キッドだという証を(わし)に見せてからにせィ!!」

 相談役と中森警部のやり取りの中、中森警部の手から解放された“瀬戸(せと)”が痛そうに頬に手を当てるのを見て、「まぁ、コイツは違うみたいだな…。」と小五郎が呟く。

「やだ!大丈夫?瀬戸(せと)さん?!」

 園子が心配そうな声を上げるのに(こた)え、手を離しながら顔をそちらに向けた。

「え、えぇ…。少々驚きましたが大丈夫です。」

 にっこりと微笑んで見せる瀬戸(せと)の頬が、指の跡もそのままに赤く色付いているのを確認し、コナンもまた“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”を“怪盗キッド”候補から外した―――――――――。

(いつまでも()()()が通じるとは思わないで欲しいな……。)

 仕掛けは、マスクの下に仕込んだ特殊な接着剤。

 人体に影響が出ないように、かと言って粘着力が弱くなり過ぎないように調整を(ほどこ)したそれは、千暁(ちあき)がその知識と頭脳をフルに使い、寺井(じい)と共に苦心(くしん)しながら仕上げた特別性。

 専用の中和剤を使わないと、決して()がせないように調整してある。

 これまでは、顔を引っ張られればすぐに変装を見破られてしまっていたが、そのデメリットをいつまでも放置しておく程自分(怪盗キッド)は甘くない。

 確かに、すぐに変装を解く事が出来ない事は1つのデメリットになり得るが、“見破られない変装”というメリットに比べれば有って無きに等しい。1度()えて顔を引っ張らせれば、その後は疑いと警戒の目を自身から外す事も可能となるのだから。

 今後、すぐに()がせるマスクと併用(へいよう)すれば、より(あざむ)き易くなる。

 現に今、小五郎や園子たちはもちろん好敵手(ライバル)でさえ完全に(だま)されてくれているのだから。(もっと)も、痛む(ほお)を押さえたフリで付けたチークの効果もあるのだろうが。

 自分(怪盗キッド)のマジックの腕を持ってすれば、引っ張られた事で頬が()れたように瞬時にメイクする事など造作も無い事である。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「とにかく、(わし)はこれから部屋で食事を()る!あまり大騒ぎするでないぞ!」

「くっそー、顔を引っ張りゃすぐわかるのに…。」

 ボディーガードの後藤を(ともな)って自室へと戻る相談役を、中森警部が(くや)し気に見送った。その様子を見ながら、不意に園子が口を開く。

「なーんか変よね、おじ様…。」

「え?」

 不思議そうな顔をする蘭に、尚も園子が言い(つの)る。

「だって、いつもは「あのコソ泥に目にものを見せてくれようぞ!」ってギラギラしてるのに…。今回は、偽者だから放っておけとか…、証拠が無いから調べるなとか…。もしかしておじ様がキッド様だったりして!」

「まさかぁ…。」

 女子2人のやり取りに、コナンもまた釈然(しゃくぜん)としない顔で考え込む。

 その様子を何食わぬ顔で見詰め、客間へと促した。

「それでは皆様、客間へご案内(いた)します。」

 

 

「こちらでございます。只今お茶と、毛利様にはお煙草をご用意させていただきますので、どうぞお(くつろ)ぎになってお待ちくださいませ。」

 コナンや小五郎たちを客間に通し、一礼して一旦退室する。

(さて、このままだと精々(かせ)げて5分…。)

 それ以上は客を放っておくのは不自然。だが、そろそろ相談役は夕食の時間である。

(来た…!)

「幸村さん。」

瀬戸(せと)さん。どうしました?」

 カートに夕食を乗せ、相談役の元へと運ぼうとしていたメイドの幸村を呼び止める。

「実は、先程旦那(だんな)様に呼ばれたのですが、園子お嬢様方にお茶をお出ししなければならず…。そのお夕食は私がお届けしますので、代わりにお嬢様方にお茶をお出ししていただけませんか?」

旦那(だんな)様から?わざわざ瀬戸(せと)さんをお呼びになるなんて、どんなご用かしら?」

 やや恰幅(かっぷく)の良い幸村がふっくらとした顔を傾げるが、ここ2日の間に“気の()く新人”として相談役の覚えもめでたい姿を見せていた為、申し出自体を疑ってはいない様子である。

「さぁ、私も詳しい事は…。ただ「手を貸してくれ」と言われただけですので…。」

 心当たりは無い、という顔を見せればそれ以上の疑問は無いようだった。

「わかりました。園子お嬢様たちのところへは私が行きますから、旦那(だんな)様のお夕食はお願いしますね。」

 元より気紛(きまぐ)()つアグレッシブな相談役である。少々突然の指示もいつもの事、と幸村はあっさりと“瀬戸(せと)”の申し出を了承した。

「お願いします。それと、毛利様に新しいお煙草(たばこ)を…。銘柄(めいがら)はワイルドセブンです。」

「ええ。任せてください。それじゃあ、そちらもよろしくお願いしますね。」

 互いに一礼してそれぞれの目的地へと向かう。

「手を貸してくれ」と助けを求めてきたのは相談役である為、全てが全て嘘という訳でもない。

 今日の夕食を運ぶ係の幸村は、この邸の中では古株(ふるかぶ)で信頼が厚い。反面、やや大雑把(おおざっぱ)な性格の為、ある程度筋が通っていれば追及はしないと踏んでいた。

 読みが当たって(うれ)しい限りである。

 表情に出さないように努めながら相談役の自室へとカートを運んだ。扉の前に立つボディーガードの後藤に軽く会釈(えしゃく)し、ノックする。

 コンコンコンッ!

旦那(だんな)様。お夕食をお持ち(いた)しました。」

「うむ。入れ。」

「失礼(いた)します。」

 相談役の許可を待ち、入室する。

「ん?瀬戸(せと)君、何故(なぜ)(ぬし)が…?毛利探偵たちをもてなすように言った(はず)だが……。」

 “瀬戸(せと)”の姿を見た途端、相談役が怪訝(けげん)そうな顔を見せた。

「お呼びと伺いましたので、途中で幸村さんに代わっていただきました。」

「別に呼んではおらんぞ。」

 (なお)()に落ちない様子の相談役に、()()()()()()を告げる。

「いえ、確かに「手を貸してくれ」と…。」

 その言葉に、相談役も()()と気付いた。

 そして、開いたままのドアとその側に立つ後藤に目をやる。

「あ、ああ……。そうじゃったそうじゃった!!」

 取り(つくろ)うように笑顔を見せ、立ち上がって扉の前に立つ“瀬戸(せと)”を促す。

「詳しい事は食べながらでも良いかの?ささ、こっちに運んでくれ!」

(かしこ)まりました。」

 礼儀正しく一礼して見せ、ごく自然な動作で扉を閉め、カートを押しながら相談役へと歩み寄った。

 相談役が示したテーブルに夕食を並べながら、扉の外までは聞こえないように小声で(ささや)く。

随分(ずいぶん)と大胆なお誘いでしたので、もしや罠かと思いましたよ…。」

「!やはりお(ぬし)……!!」

「シッ!あの優秀なボディーガード殿に聞こえてしまいますよ…?」

 “瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”のものとは異なる、“怪盗キッド”としての声に興奮しかける相談役を制止した。

「じ、実はお(ぬし)に恥を忍んで頼みがあるんじゃ……!」

「分かっていますよ…。私を呼ばざるを得なかった理由も、あなたが焦っておられる気持ちもね……。」

「な、何じゃと……?!」

 小声でやり取りしながらも、つい声が大きくなりかける相談役に再び人差し指を立てて見せる。

「泥棒は誰しもが()の“怪盗紳士”のファン…。“ルパン”の名を(かん)する名犬をいつまでもあんな所に閉じ込めておくのも忍びない……。お手伝いさせていただきますよ…。」

「お、おお…!そうか………!!」

 (わら)にも(すが)る思いで頼った“怪盗キッド”の言葉に、相談役の表情が一気に明るくなった。

「その為にもまずはあの部屋に行かなくてはなりません。私1人で行っても良いが、せっかく助け出した名犬に噛まれたくはありません。相談役もご一緒していただきたい……。」

「う、うむ…。しかし、どうやって……?」

「私は金庫を開けたら、そのまま窓から失礼しますのでこのままでも構わないでしょう…。入口で中森警部に止められるかもしれませんが、「あの金庫は複雑だから、1度や2度開けるところを見られても問題無い」とでも言い張ればよろしいのですよ……。あのボディーガード殿には「キッドが盗み見るかもしれないから入口を警戒しておいて欲しい」と言ってね…。ようは、私が“鉄狸(てつたぬき)”を開けようとしている間だけ誤魔化(ごまか)せれば良いんですから……。」

「な、なるほど…。」

 後は時間との勝負である。

「では、参りましょうか。」

「うむ。」

 いざ流れが決まれば、相談役の行動は早かった。

 扉を開けるや否や、扉の前に控えていた後藤に「これから“鉄狸(てつたぬき)”のチェックに行く。今日は運び出したいものもあるしの。」と言い置いてスタスタと先に行ってしまう。

(足早っ!)

「お、お待ちください!」

 “瀬戸(せと)”の声に戻しながら慌てて追いかけるが、早い。走っていないのにも関わらず、小走りでないと追い付けない程である。

「早く来んか、瀬戸(せと)君!お(ぬし)には手伝ってもらわねばならない事があるんじゃからの!!」

「は、はい!」

 相談役と執事(しつじ)見習いのやり取りに、状況が全く分からないながらも有能なボディーガードは黙って後を追った。

 ――――――――その後、相談役が気迫で中森警部の疑いを蹴散らし、無事に“鉄狸(てつたぬき)”の鎮座(ちんざ)する部屋へと入る事が出来た。

「頼んだぞ……!」

「お任せください…。5分で開けて見せますよ……。」

 外に聞こえないように小声で(たく)してくる相談役に頷き、(ふところ)から出したメモ用紙を“鉄狸(てつたぬき)”に張り付ける。

「危ないので、横にズレていてくださいね…。」

「ああ…。」

 相談役が窓際に寄ったのを確認し、“鉄狸(てつたぬき)”へと取り掛かった。

 キチ……キチ……

 貼り付けたメモ用紙に番号を書き込みながら、少しずつ慎重にダイヤルを合わせていく。

 キチッ…!

(良し…!)

 正しい番号によって、ダイヤルが開き鍵穴が現れる。ここまでくれば後は簡単だった。

「おお……!」

 それを見て、相談役も顔を輝かせた。

 再び(ふところ)に手を入れ、針金を2本とペンチを取り出す。ペンチで針金の先端を少し曲げ、調整して2本とも鍵穴に入れた。

 カコンッ……!

 小気味の良い音を立てた直後、ズズズ…と“鉄狸(てつたぬき)”が手前に盛り上がる。

「や、やったか……!」

 ガコンッ!!!

 重苦しい音と共に“鉄狸(てつたぬき)”の扉が上に跳ね上がった。

「ワンワンッ!」

「お、おぉルパン!無事じゃったか…!!」

 “鉄狸(てつたぬき)”から飛び出してきた愛犬‐ルパンの姿に、相談役が目を(うる)ませて駆け寄った。

 その姿を横目で見ながら、執事服を脱ぎ捨て、“怪盗キッド”としての()()となる。“瀬戸(せと)”のマスクとウィッグはそのままだが、“怪盗キッド”の声で(いとま)を告げた。

「それでは私の()()は終わりましたので、これでお(いとま)させていただきます。またいずれ、月下(げっか)(あわ)い光の中でお会いしましょう…。」

 面倒な相手(コナン)が出て来ないうちに退散させてもらうに限る。言うや否や窓から飛び降り、ハンググライダーで飛び立った千暁(ちあき)に、後ろから相談役が「ま、待て!」と呼び止めようとしている声が聞かれたが、振り返らずに飛ぶ。

「か、怪盗キッドだ――――――――!!!」

「お、追え追え―――――――――!!!」

 上手く風を捕まえる事に成功し、(やしき)を取り囲む機動隊が自分(怪盗キッド)の姿を捉えた声を聞きながら、そのまま高度を上げた―――――――。

 

 




・ワイルドセブン…小五郎さんの煙草がマイルド〇ブンという考察を目にした為、それをもじりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕の裏側

お待たせしました。
白き罪人更新です。
なんかいつのまにか、閲覧数がえらいことになってて驚きました。ランキング入りありがとうございます。

お気に入り登録、評価、ご感想ありがとうございます。


「怪盗キッドだ―――――――――!!!」

「追え―――――――――っ!!!!」

 不意に邸の外から聞こえてきた声に、運ばれてきた夕食に舌鼓(したつづみ)を打っていたコナンたちが弾かれたように立ち上がった。

「キッドが?!」

「キッド様?!」

 まずは“鉄狸(てつたぬき)”を確認しなければ、と大金庫が鎮座(ちんざ)する部屋へと走る。

 そこにいたのは、ちょうど大金庫の部屋から出て来た相談役と、先程までは姿が見えなかった相談役の愛犬‐ルパン。

「い、犬?!どこから……!?」

 怪盗キッド発見の声に、“鉄狸(てつたぬき)”の様子を確認すべく扉を開け放ったまま、中森警部が思わず(つぶや)く。

「あれ?ルパン君って入院してたんじゃ……?」

「い、いや…。実はのォ………。」

 コナンに遅れて数秒後に登場した園子の一言に、相談役がバツの悪そうな顔で事の発端(ほったん)を説明した。

 

「ハァア?!閉じ込めちまった犬を助ける為にキッドを呼び出したァ?!!」

「実はそうなんじゃ……。」

 相談役の説明に、その場の一同は開いた口が塞がらない。

「あんた、そんな事の為にマスコミを動かしたってのか?!」

「じゃから散々偽者じゃと言ったろうが…。それに、(わし)の可愛いルパンを“そんな事”とは何事じゃ!!!」

「あ、いや……。」

(オイオイ…。ハートフルにも程があんだろ……。)

 中森警部と相談役のやり取りの半眼で聞きながら、奴は国際指名手配犯という意識が薄いんじゃなかろうか、という想いがコナンの頭を(よぎ)った。

 仮にもICPO(インターポール)にも目を付けられているのに、あまりにもお人好し過ぎる。

流石(さすが)キッド様…!罠かもしれない中に1人乗り込んで、尚且つルパン君を助けるなんて素敵……!!」

 園子の目はもはやうっとりと(とろ)けそうである。

「いやぁ―――――…。彼奴(きゃつ)には礼をせねばなるまい…。まぁ。彼奴(きゃつ)の両の手に()っぱをかけた後になるがのォ!!」

 アッアッアッ!!!

 と高笑いする相談役に、その場に居合わせた一同は何とコメントしたものか(しば)し悩んだ。

「そ、そう言えばキッドって結局どうやって金庫の部屋に入ったのかな?」

 その場の空気を変えるべく放たれた蘭の疑問に、中森警部が()()()気付く。

「そ、そう言えばあの“瀬戸(せと)”って男はどうしたんだ?!」

 相談役と一緒に部屋に入った(はず)執事(しつじ)見習いが見当たらない事を言及(げんきゅう)した中森警部に、相談役が説明する。

「うむ…。それも当然……。何故(なぜ)なら、あの瀬戸(せと)君こそ怪盗キッドの正体……!!!」

「何ィ?!」

「しょ、正体って……。」

「あの瀬戸(せと)さんが怪盗キッドだったって言うの?!おじ様!!!」

 中森警部、蘭、園子の驚愕の声に、声に出さないまでも小五郎やコナンたちも驚きを(あら)わにしていた。

「バカな…!アイツは一遍(いっぺん)中森警部がチェックした(はず)………!!いや、その後で入れ替わったのか…?」

(入れ替わったのだとしたら、おれたちの側から離れた10分前後の間……。いや、代わりのメイドさんが来た時間を計算すれば、実際には2~3分しか無かった(はず)……。如何(いか)に“月下(げっか)の奇術師”と名高いアイツでもたったそれだけの時間で、この機動隊がうろうろしている邸の中で誰にも悟られずに入れ替われるもんなのか?いや…、まさか………?!)

 小五郎の推測にコナンが考え込む中、中森警部の声が響く。

「いや、あの男があんたたちを案内する為に姿を消してから再びワシたちの前に現れるまでの時間は5分も経っていない…。この厳重警戒の邸の中で誰にも気付かれる事無く入れ替わるのは難しいだろう…。まぁ、奴にとっては不可能では無いだろうが、奴が毛利探偵たちの前から姿を消し、相談役の前に現れるまでの時間は実質3分弱!しかし、自分の代わりにメイドさんに話を通していたとなると、誰とも顔を合わせていない時間は1分にも満たない(はず)だ……!!となると、奴は入れ替わったんじゃない…。恐らく、最初から執事見習いとしてこの邸に潜入していたんだ……!!!しかも、ワシが顔を思いっ切り引っ張っても変装が解けなかったという事は、恐らくはあの顔こそが奴の素顔……!!やけに若かったが、目元や口元だけをメイクして年齢を誤魔化(ごまか)す事なぞ、奴には造作も無いだろう………!!!!」

「ウッソ―――――――!!?」

 中森警部の推測に園子が黄色い声を上げた。

「でも、いくら何でも素顔でこんなところに来るかなぁ?」

「奴は変装の達人!奴程の変装技術があれば、例え素顔を知られたところで何の支障も無いという挑発だろう!!現に、奴はこれまでに何度もワシやワシの娘に変装して盗みを成功させている…!!!」

 無邪気なフリで上げた疑問の声も、中森警部によって一刀両断される。

 確かに筋は通るが、何か釈然(しゃくぜん)としない。

 そもそも、アイツ程のマジシャンが易々(やすやす)と手口の1つを(さら)すだろうか。如何(いか)に変装の名手(めいしゅ)と言えども、素顔が知られてはそこから素性(すじょう)が割り出される事にも繋がる。

 常に十手二十手先を読む“平成のアルセーヌ・ルパン”とも思えない。

 すっかり“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”=怪盗キッドの素顔説が定着しかかっているが、コナンにはそうは思えなかった。

 

 そう、全ては千暁(ちあき)の計算の内…。

 流石(さすが)にここまで上手くいくとは思わなかったが、普段千暁(ちあき)が“怪盗キッド”に(ふん)する際には“原作”の“黒羽快斗(かいと)”をイメージした男装をしている。しかし、マスクを使用しているとは言え元々自分の素顔をベースにした変装である為、何かがきっかけで関連付けられる可能性もある。

 ただでさえ、“パンドラ”を狙う組織は父‐黒羽盗一(とういち)が“怪盗キッド”である事を知っているのだ。いつ父が生きていたのではなく、娘である千暁(ちあき)が2代目を継いだ事に気付くとも限らない。

 おまけに、先日“名探偵”に貸しを作る為に、間接的とは言え()悪名(あくみょう)高き“黒の組織”を関わりを持つ事になってしまった。“黒羽快斗(かいと)”をイメージした=“工藤新一”と(うり)二つである事に、“黒の組織”が気付かないとも言い切れない以上、いつまでも固定したイメージを持ち続ける事は危険だった。

 仮に正体がバレ、狙われる事になったとしても自分(千暁)1人だけなら見付からないように隠れ、逃げ続ける自信はある。かつては()の女盗賊‐怪盗淑女(ファントム・レディ)として名を()せた母も恐らく大丈夫だろう。

 しかし、万が一幼馴染である青子やその家族である中森警部が狙われるような事態に発展した場合、守り切れる自信は無い。

 そこで新たな()として用意したのが“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”である。

 もちろん、それで完全に“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”の顔を“怪盗キッド”の素顔として誤認させられるとは思わない。この()自体もある程度使ったら変えるつもりだった。

 要は“怪盗キッド”=変装の名人=“常に変装”というイメージを固定化出来ればそれで良いのだ。今後しばらくの間は、別の変装をしてもその下に“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”の変装をするつもりでいる。

 仮に“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”=“素顔じゃない”とバレたとしても、接着剤の存在自体が分からなければ良いのだ。“破られない変装”は“怪盗キッド”の名を高めこそすれ、(おとし)める事はしない。

 ()えてすぐに()がれる変装と、接着剤使用の変装を(たく)みに使い分ければ、充分捜査陣を翻弄(ほんろう)する事は出来る。

 隣にいる人間が“怪盗キッド”かもしれない、という疑念は捜査陣のチームワークに小さな、しかし確かな(ひび)を入れる事になるだろう。自分の仲間を信じられない、という精神状態で捕まってやる程、自分(怪盗キッド)は甘くはないのだから…………。

 

 

 




“瀬戸瑞貴”が生まれた裏話でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絡繰箱編
“木神”


お待たせしました。本編更新です。
お気に入り登録、ご感想、評価ありがとうございます。

今回は導入部分。次回に続きます。


『   怪盗キッドに告ぐ。

    今宵(こよい)、鈴木大図書館にて世界最大の月長石(ムーンストーン)

    “月の記憶(ルナ・メモリア)”を展示する。

    なお、宝石は三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)絡繰(からくり)箱に入っており、

    (おが)みたくば自力で開けるか、開け方が書かれた紙を

    本図書館で探されたし。

                          鈴木財閥相談役 鈴木次郎吉   』

 

「“月の記憶(ルナ・メモリア)”?って確か……。」

 自室のパソコンで鈴木大図書館のホームページを開きながら、千暁(ちあき)が首を(ひね)る。

 世界最大の月長石(ムーンストーン)と“月の記憶(ルナ・メモリア)”という特徴的な名前には覚えがあった。

 数か月前、スリにスラれた大きな月長石(ムーンストーン)をスリ返し、持ち主の男性に返した事があった。その月長石(ムーンストーン)の名前が“月の記憶(ルナ・メモリア)”だった(はず)だ。

 そして、三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)絡繰(からくり)箱、そして鈴木相談役と言えば“原作”もしっかりと覚えている。

「どうしよっかな…。」

 “月の記憶(ルナ・メモリア)”が“パンドラ”でない事は既に分かっている。絡繰(からくり)箱も、持ち主が開けたいと切望している以上開けてやるのも(やぶさ)かではないが、鈴木相談役(がら)みである以上“名探偵”が来る事は明白。わざわざ自分(怪盗キッド)出張(でば)らなくとも、“名探偵”が必ず開ける方法を見付け出すだろう。

 ただ、気がかりな事が1つある。“パンドラ”を狙う組織の連中が“月の記憶(ルナ・メモリアル)”を狙って来ないとも限らない。これまでも、“名探偵”や中森警部たちは気付いていないが、鈴木相談役(がら)みの一件の時も組織の幹部であるスネークの姿はあった。

 盗み出した後すぐに返却していた事もあり、“パンドラ”では無いと早々に見切りを付けて姿を(くら)ませていたが、自分(怪盗キッド)が現れなければ強硬手段に出かねない。

 “月の記憶(ルナ・メモリア)”が“パンドラ”ではないと知らしめる為にも、1度大々的に絡繰(からくり)箱を開けて見せる必要があるが、流石(さすが)()の“絡繰(からくり)吉右衛門(きちえもん)”の傑作(けっさく)に挑むのであれば、せめて10分は欲しいところだ。

 鈴木大図書館では自分(怪盗キッド)(おび)き寄せる為に、“絡繰(からくり)箱にチャレンジ!!”と題して1人持ち時間5分で絡繰(からくり)箱を開けられるかどうか賞金を()けてのイベントを行っているようだが、初見(しょけん)での5分はかなり難しい。

 詳細までは流石(さすが)に記憶に無いが、鈴木相談役がえげつない罠を仕掛けていた(はず)であるし…。

(取り()えず下見かな……。)

 幸い、まだ朝の9時過ぎ。まずは一般客を装って下見をしても、夜までにはまだ時間がある。

 まずは寺井(じい)ちゃんに連絡して作戦を練らなくては……。

 溜息を1つ(こぼ)してスマホを手に取った。

 

 ―鈴木大図書館―

 適当に男子大学生風に変装し、千暁(ちあき)は今回の現場となる鈴木大図書館を訪れていた。

 絡繰(からくり)箱へのチャレンジの行列に並ぶ事1時間弱。

 (ようや)千暁(ちあき)の番になったのは11時になろうという時間。開けた者には100万円を進呈(しんてい)、とされているだけあって長蛇の列だった。

(なんか既に疲れた……。)

 まぁ、その1時間の間に防犯装置の仕組みは大体分かったのは僥倖(ぎょうこう)と言える。千暁(ちあき)の前の前に挑戦した男が悪乗りして絡繰(からくり)箱を持ち逃げしようとした際、鉄柵が落ちてきたのだ。

(本当、囲うの好きだなー………。)

 思わずポーカーフェイスを忘れて遠い目をしてしまったかもしれない。

 テーブルから離れた途端に落ちてきた鉄柵と、テーブルの下だけ他に比べてやけに大きなタイルを見れば仕掛けは(おの)ずと分かった。

 恐らくは重量センサー。“鉄狸(てつたぬき)”同様に。

 ただ、今回の場合は“鉄狸(てつたぬき)”の時とは違い、重量が増えた場合ではなく、重量が減った場合にセンサー反応するのだろう。

 しかし、その仕掛けもおおよそは想定済み。そして、その切り替えスイッチの場所も。

 そんなものより、何よりも千暁(ちあき)の興味を惹いたのは(ただ)1つ。

(流石(さすが)に、名高い“絡繰(からくり)吉右衛門(きちえもん)”の傑作(けっさく)…!私がこんなに手間取るなんて………!!!)

 ただの下見でありながら、千暁(ちあき)は耐え(がた)い胸の高鳴りを感じていた。

 IQ400とも称されるその頭脳は伊達では無い。1の事から100を知り、1000を悟る、その常人には計り知れない程の知力を()ってすれば、並みの鍵や金庫など、千暁(ちあき)にとっては何の障害にもならない。

 ()()鉄狸(てつたぬき)”でさえ、千暁(ちあき)にとってはさして難しい事では無かった。まぁ、時間が限られている分、多少のスリルはあったが……。

 しかし、今回の絡繰(からくり)箱“木神(もくじん)”は、これまでの鍵や金庫とはレベルが全く違う。

 およそ30cm×20cm四方の小さな箱の中に対し、仕組まれた仕掛けは恐らく20以上。(すで)に持ち時間5分のうち、3分以上が経過しているが、その内解除する事が出来たのはたったの6つ。

(やだ、ゾクゾクしてきた……!)

 思わず状況を忘れて解除にのめり込みそうになったところで、はっと現実に立ち戻る。

(って、それどころじゃなかった…。)

 ヤバイヤバイ、と瞬時に意識を切り替えた。

 防犯装置の仕掛けがだいたい分かった以上、その為の策もおおよそ練る事が出来た。一旦退いて、寺井(じい)と連絡を取るべきだろう。

 7つ目の仕掛けを外したところで、ちょうど5分経った。何食わぬ顔で解除した仕掛けを元に戻し、さも残念そうな顔を見せながら次の人間と交代する。

 日が暮れるまでの工程をシミュレーションしながら、メールで寺井(じい)に連絡を入れる為にスマホを手に取った。

 スマホを(いじ)りながら図書館の外に出ると、不意に(うなじ)が逆立つような感覚を覚える。

 はっ、と顔はスマホに固定しながら、目線のみ周囲を走らせると、図書館から約30m程離れたビルの屋上と、40m程離れた路地の影にそれぞれ人影を確認出来た。。

 この距離では顔や服装までは詳しく分からないが、黒い服と帽子を被っている事は見て取れる。

(スネイクとその部下か………。)

 今回は随分(ずいぶん)と距離が近い。これまでは、鈴木相談役が関わる現場では“眠りの小五郎”を危険視してか、直接現場から視認出来るような距離で待ち伏せる事は無かったにも関わらず、今回は姿を(さら)す危険を(おか)してまで現場近くに張り込むとは…。

 それだけ組織の連中も焦れている、という事だろう。

 まぁ、流石(さすが)に常人には気付かないラインは(わきま)えているのだろうが。

(でも、“名探偵”の目を誤魔化(ごまか)せるかな…。)

 お願いだから、余計な騒動を呼び起こさない為にも気付かれないで欲しい、と切実に願いながら、胸に沸々(ふつふつ)と湧き出る不安を感じ、千暁(ちあき)はその場を後にした。

 こういうのを“フラグ”って言うんだろうな、と半ば諦めにも似た思いを抱きながら………。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“交換日記”

お待たせしました。中編です。
お気に入り登録、評価、ご感想ありがとうございます。


 sideコナン

 ―2時間後、阿笠邸―

「――――――――ったく、またあのジイさんこんなのぶちかましてやんの…。」

 鈴木大図書館の、鈴木相談役による“怪盗キッド”への挑戦ホームページを眺めながら、コナンは呆れた声を出す。

 そんな様子を、阿笠邸の庭から、1羽の白い(はと)(とら)えていた。(はと)の足には、足環(あしわ)型に改造された小型カメラと集音器。

 

 side千暁(ちあき)

 その映像は、“怪盗キッド”のアジトの1つでもあるビリヤード場“ブルーパロット”の地下に送信されていた。

『ホラ!行くなら早くして!あなたも呼ばれてるんでしょ?“キッドキラー”だし…。』

『ああ…。さっき蘭からメールが来てたよ……。―――――って、あなたもって事は…。』

 千暁(ちあき)は、(はと)に取り付けたカメラの映像をチェックしながら、イヤホンから集音器の音を拾って“江戸川コナン”と“灰原哀”のやり取りを聞いていた。その背後で、“怪盗キッド”のアシスタントである寺井(じい)千暁(ちあき)の頼んだ“小道具”の仕上げに入っている。

(来るのは“名探偵”と灰原哀、阿笠博士、後は“眠りの小五郎”とその娘、それと鈴木財閥のご令嬢ってとこかな…。後は……。)

 本来、“名探偵コナン”には関わっていない(はず)のスネークたちの姿を視認した事で、何か()()が起きてはいないかと気を()んでいた千暁(ちあき)だったが、どうやら大きな異常事態は起こらなそうと踏んで胸を()で下ろした。

『ホォ――――――。三水(さみず)吉右衛門(きちえもん)ですか…。面白そうですね…。』

 そして、聞こえてきた“沖矢昴”の声にイヤホンを耳から外した。

 それから、(かたわ)らに置いていた小さなスイッチを押す。

 

 sideコナン

 ピピ…

 千暁(ちあき)がスイッチを押したと同時に、(はと)足環(あしわ)から(かす)かな電子音が鳴った。

 バサバサバサッ…………!!

 それに反応し、(はと)がその場から飛び立つ。

「「!」」

 その羽音に反応したのが、コナンと沖矢の2人。

 急いで窓に駆け寄るが、白い影が消えていくのがわずかに確認出来る程度だった。

「ちょっと、どうしたのよ?」

 急に不審な動きを見せた2人に灰原が(いぶか)し気な声を出すが、「いや、気のせいだったみてぇだ。」とコナンが誤魔化(ごまか)す。

 目だけは鋭く窓の外を(にら)みながら………。

 

 side千暁(ちあき)

(“名探偵”なら羽音に気付いたかもね…。)

 寺井(じい)が用意してくれたコーラを飲みながら、千暁(ちあき)が思案するが、別に気付かれたところで目的は達成した以上問題は無い、と意識を切り替える。

「出来ました、お(じょう)様。」

 寺井(じい)の声に顔を上げ、()()()の出来栄えに口角を上げる。

「完璧。さっすが寺井(じい)ちゃん♡」

 カタン、と椅子から立ち上がり、()()()を手に取った千暁(ちあき)に、寺井(じい)が心配そうに声をかけた。

「お嬢様…。今回は()()()()に加え、組織の連中も動いております。くれぐれもお気を付けを……!お嬢様の身にもしもの事があれば、この寺井(じい)、今は亡き盗一様の御霊前になんと申し上げればよろしいのか………!!!」

「大丈夫。無茶はしないから…。」

「し、しかし…!」

「相変わらず心配性なんだから……。そんなに心配しなくても、正面からやり合おうなんて考えて無いってば…。」

 そんなに心配されると、こっちも不安になっちゃうじゃない。

 唇を(とが)らせるように言い返す千暁(ちあき)に、寺井(じい)はそれでも尚不安そうだった。

「ですが、お嬢様……。」

「大丈夫だって!何かあったらすぐに連絡入れるから、バックアップよろしくね。」

 不安そうな寺井(じい)を何とか(なだ)め、再び鈴木大図書館に乗り込むべく変装の為にその場を後にする。

「さて、今日は誰に変装しようかな……。」

 普段変装に使っている服や小物類をしまい込み、クローゼット代わりに使っている部屋に移動しながら(はと)たちを使って集め、スマホに転送した鈴木相談役の関係者の映像を(なが)める。

 沖矢は入れ替わる隙が全く無いので無理。

 小五郎は現在風邪により絶不調。声色を変えたままわざと咳込むのは(のど)を痛める危険があるので、この場合は不適切。

 毛利蘭は“名探偵”の勘で見破られそう。そもそも彼女の背後に立つ勇気は無い。

 と、なれば………。

「………鈴木園子か、阿笠博士か………。」

 鈴木相談役により近付き易い事を考慮すれば、まぁ実質1択だろう。

 

 ―数時間後、鈴木大図書館―

 日が沈んだ後、千暁(ちあき)は再び()()にいた。

 昼間とは打って変わり、上品な老婦人に(ふん)した千暁(ちあき)は、タイミングを見計らって女子トイレへと移動していた。

 先程まで混んでいたが、(すで)に人影は(まば)ら。

 2つの個室が閉まっているが、後は洗面所に2人、それから隣接したパウダールームに1人。

 洗面所にいた2人組が出て行ったのを見届け、千暁(ちあき)が素早く動く。

「っ…?!」

 一瞬で距離を詰め、パウダールームで化粧していた1人‐鈴木園子の鼻と口をハンカチで(ふさ)ぐ。

 ハンカチに染み込ませていたクロロホルムにより、園子はものの数秒で眠りについた。

 ぐっすりと眠り込んだ園子を抱き上げ、空いている個室に運び込む。

(ちょっと顔貸してね…♡)

 クロロホルムを()がせる時間を調整した為、起きるのはおよそ2時間後といったところだろう。

 多少の誤差はあるかもしれないので、あまり時間をかけない方が良い。

 老婦人のマスクを()がし、“鈴木園子”のマスクに異常は無いかを手鏡でチェックする。更にその上から軽くメイクを施した。

 ウィッグを付け替えて軽く整え、靴も履き替える。

 最後に老婦人としてのブラウスとロングスカートを脱げば、その場を後に園子が着ているものと同じデザインのトップスとワンピース。

(良し…。)

 先程は人が入っていた個室も、既に出たようで周囲に人の気配は無い。

(今のうちに……。)

 個室の鍵をかけたまま、素早くドアと天井の間の隙間から外に出る。

 何食わぬ顔で洗面所の鏡で全身をチェックして、堂々と女子トイレを後にした。

「園子!随分(ずいぶん)遅かったじゃない。あれ?ちょっとメイクしてる?」

「さっきトイレでね♡だってキッド様が来るのよ!少しぐらいお洒落(しゃれ)しなきゃ!」

「だから遅かったのね……。」

 “園子”として答える千暁(ちあき)に、蘭とコナンが呆れた顔をしたのが分かる。

「例え来たとしても、あの防犯装置や絡繰(からくり)箱に(はば)まれて中の月長石(ムーンストーン)は盗れないんじゃないかしら?あの気障(きざ)な大泥棒さんでもね…。」

 灰原の言葉に、千暁(ちあき)は内心で笑みを(こぼ)す。

(それはどうかな………。)

 ちょっとした悪戯(いたずら)心で、一瞬だけ発した“怪盗キッド”としての気配に、“名探偵”が()()と反応した。

(さて、“名探偵”…。あなたはいつ気が付くかな……?)

 あくまでも“園子”としての表情を崩さないまま、絡繰(からくり)箱“木神(もくじん)”の開け方を記した紙を探すフリをして相談役の側を通り、防犯装置のスイッチをスリ盗り、寺井(じい)の作った偽物(にせもの)とすり替える。

(第一段階クリア。)

 怪しまれないように適当な本を手に取ってページを(めく)りながら、タイミングを計った。

「あの…、参考になるかどうか分かりませんが…。」

 10分程経った後、それまで鈴木相談役と警備について話をしていた、絡繰(からくり)箱の持ち主‐友寄(ともよせ)夫人が唐突(とうとつ)に切り出した。

「恥ずかしながら学生時代、私は主人と交換日記をしておりまして…、その日記がとても不思議だったんです。」

 そうして語られた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話に、“名探偵”が不敵な笑みを浮かべる。

(気付いたみたいだね、“名探偵”……。箱の本当の中身と、その開け方を記した紙の在処(ありか)に………。)

それを見た千暁(ちあき)もまた、内心で笑みを浮かべる。そして、“名探偵”の推理に耳を傾けながら()を待った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“月の記憶”

お待たせしました。
白き罪人更新です。
ご感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。

今回、ちょこっと急展開です…!


「何!?絡繰(からくり)箱の開け方が書いてある紙の在処(ありか)が分かっただと!?」

 コナンの耳打ちに、小五郎が図書館内にも関わらず声を張り上げた。周囲の一般客が何事かと視線を向け、慌て声のトーンを落とす。

「うん!みんなが一生懸命探してるのに…、どーしてその紙が見付からないのかもね!」

「コナン君、どういう事?」

 自信満々、と言わんばかりに堂々と告げるコナンに蘭が問いかける。

「あんた良い加減な事言ってんじゃないでしょうね?」

 千暁(ちあき)もまた、“園子”に成り切ってコナンを問い詰めた。

 そんな“園子”の反応は、コナンにも想定内だったらしく「じゃあ、手帳とペン貸してくれる?」と全く動じる事なく申し出た。

「これで良いかい?」

 沖矢(おきや)がコナンに手帳とペンを差し出した時、カチューシャに内蔵した骨伝導イヤホンから寺井(じい)(ささや)く声が聞こえてきた。

『お待たせ致しました、お嬢様……。』

(次は第2段階……。)

 笑みを(こら)え、腕を組みながら頬に手を当てて考え込むような仕草(しぐさ)を装い、カチューシャに仕込んだ骨伝導マイクを指先で2回ノックする。

 イエスなら2回。ノーなら3回。

 それが寺井(じい)と決めた合図だった。

『何秒後に………?』

 ノックを小さく5回。

 そして胸の内でゆっくりと5秒数える。

(1、2、3、4、5…!)

 それと同時に、相談役からスリ盗った防犯装置のスイッチを切った。

 その2秒後に再び寺井(じい)からの通信が入る。

『成功です、お嬢様…。後は手筈(てはず)通りに……。』

 再びノックを2回。

(これで第2段階もクリア……。)

 今回、千暁(ちあき)が立てた作戦は至極(しごく)単純なもの。

 千暁(ちあき)が鈴木相談役から防犯装置のスイッチをスリ盗り、寺井(じい)がその技術を駆使(くし)して精巧(せいこう)に作った偽の絡繰(からくり)箱と本物をスリ変える、というもの。

 寺井(じい)の合図で、千暁(ちあき)が防犯装置のスイッチを切り、寺井(じい)絡繰(からくり)箱をスリ変え、そして別の場所で落ち合う。

 寺井(じい)も老いたとは言えかつては“東洋の魔術師”として名を馳せた父の付き人を勤めた男である。すなわち、親子2代に渡る“怪盗キッド”のパートナーを長年勤めた猛者(もさ)。時には(おとり)を担う事もあった彼の手際は、並みのマジシャンよりも上を行く。防犯装置のスイッチさえ切ってしまえば、一般人の目を盗んで絡繰(からくり)箱をスリ変えるなど造作も無い事だった。

 絡繰(からくり)箱への挑戦が長蛇(ちょうだ)の列だったせいで、多少ヒヤヒヤさせられたがこの程度の遅れは誤差の範囲内である。

 後は寺井(じい)と合流して絡繰(からくり)箱を開けて“月の記憶(ルナ・メモリア)”を取り出し、再び絡繰(からくり)箱をスリ変えれば良い。

(さぁ、どうするの?“名探偵”……。今回は私の勝ちになるんじゃない……?)

 コナンの推理がいよいよ佳境(かきょう)に入ったのを聞きながら、内心でほくそ笑んだ。

「おばさんがぜーったいに(めく)らないページに(はさ)んであるんだよ!」

「でも、奥さんが嫌いな推理小説(ミステリー)怪奇(かいき)小説は…、(すばる)さんと哀ちゃんが調べてたよね?」

 コナンの断言に、蘭が疑問を返す。

「その本ならもう、おばさんが念入りに調べてるよ!紙を探すだけなら読まなくても良いからさ!」

「じゃあ、どんな本なのよ!勿体(もったい)付けずにさっさと教えなさいよ!」

 如何(いか)にも“鈴木園子”らしく言い(つの)れば、コナンが更に続けた。

「だからー、(めく)る必要の無いページがある本だよ!そのページを読んでも意味が無いっていうか…、そのページに書いてある事よりもっと良いものを教えてもらってるっていうか…。」

「料理本の…、“肉ジャガ”のページですね?」

 コナンのヒントに気付いた沖矢(おきや)に、コナンが「ピンポーン!」と笑顔で告げた。

「なるほど?ご主人の母親からレシピを直伝(じきでん)され…、尚且(なおか)つご主人がその味をとても気に入っているのなら(めく)る必要は無いわね…。それ以外の料理のページなら、さっきの見付からない仕掛けがしてあったとしても…、索引(さくいん)に書いてあるページ番号で探されたら見付かってしまうから……。」

 灰原の言葉に小五郎が相談役に問いかけた。

「料理本はどこに?」

「確か、あの辺の棚に(まと)めてあると思うたが……。」

 相談役が指差した本棚の付近の料理本を小五郎がごっそりと机に運ぶ。

「でも、料理本は数十冊はありますよ!?」

「1万冊の中の数十冊だ!しかも肉ジャガのページを調べるだけなら…、手分けすりゃ数分で……。」

 友寄(ともよせ)夫人が小五郎に忠告するが、小五郎の言う通り、索引(さくいん)で肉ジャガのページを探せばそう手間でも無い。

 この人数で探せばものの数分で見付かるだろう。

(まぁ、今も隠したままならの話だけどね………。)

 そう。“鈴木園子”としてこの部屋に入り、相談役から防犯装置のスイッチをスリ盗った直後、千暁(ちあき)が真っ先にした事は料理本を片っ端から調べる事。

 “怪盗キッド”が登場するストーリーはほとんど詳細まで覚えている。今回のこの絡繰(からくり)箱の一件も、重要な役割を担っていた料理本のトリックについてはちゃんと覚えていた。

(ちょっとズルいかもしれないけど、有効活用出来るものはさせてもらわなくちゃね……。)

 そうやって見付けた、開け方を記した紙は既に千暁(ちあき)が回収した。

 (もっと)も、肝心の開け方は見てはいないが。

 あの絡繰(からくり)箱は、千暁(ちあき)好奇心(こうきしん)を刺激し、興味を()いてくれる数少ない芸術品。

 出来れば自分の力で箱を開けたかった。

 何食わぬ顔で料理本のページを(めく)って紙を探すフリをしながら、絡繰(からくり)箱を開けるシミュレーションを繰り返す。

 

 ―――――――――そして数分後。

「んだよ、どこにもねーじゃねーか、紙なんて…!」

 見付からない紙に小五郎がイライラし始めた。

「そう言えば園子、さっき料理本何冊か見てなかった?」

「え?うん、見てたけど…。」

 思い出したように尋ねる蘭に、それがどうしたの?と言わんばかりの顔で返す。

「その時も見付からなかったの?紙。」

「やーね。見付けたら教えてるわよ。」

「でも、園子姉ちゃんが料理の本見るなんて珍しいね。」

 胡乱(うろん)気な眼差しで見て来るコナンに、“園子”として返した。

「失礼ね!私だってたまには料理の本くらい見るわよ…!」

「でも、珍しいのは確かよね。」

「……実は真さんが帰って来た時に手料理でも作ってあげたいと思ったのよ…。ずっと海外にいるから、和食が恋しくなるだろうと思って……。」

 不思議そうな顔でコナンに同調する蘭に、ウインクしながら耳打ちするように小声で(ささや)く。

「なんだ…、そういう事ね……。」

 2人で顔を見合わせてクスクスと笑えば、コナンやそのやり取りに注目していた沖矢(おきや)も一応筋の通った言い分に一先(ひとま)ず納得した。

(ホントに気付かないの?“名探偵”…。)

 悪魔のような狡猾(こうかつ)さ、とも称される宿敵(ライバル)にしては妙だ。

 それとも、気付いていて決定的な尻尾を掴むまで泳がせるつもりなのだろうか?

 千暁(ちあき)がそれとは分からない程度にコナンを注視するが、直後にバイブレーションに設定していたスマホが震えた。

 ブー、ブー、ブー…!

「……っ!ゴメン蘭!真さんから電話かかってきたからちょっと外すね……!!」

「いってらっしゃい。」

 スマホを見せながら(きびす)を返す千暁(ちあき)を蘭が見送る。

(ナイスタイミング…♡)

 小走りでその場を後にしながら、寺井(じい)との合流場所に急いだ。

 もちろん、この電話も“鈴木園子”の彼氏、“京極真”からでは無い。“鈴木園子”がより自然な形でその場から離れ、尚且(なおか)ある程度の時間戻って来なくても不自然では無いように装う必要があった為、絡繰(からくり)箱をスリ変えてから10分後に連絡を入れるように打ち合わせていたのだ。

 “鈴木園子”のスマホと同じ機種を用意し、寺井(じい)が用意したスマホの番号を一時的に“真さん♡”という表記で登録して………。

 

 人目に触れないように、素早く、()つ怪しまれないように堂々と合流場所であった資料室に入る。

 専門的な資料ばかり置いてあるこの部屋は、一般客の出入りがある程度規制されており、事前の申請が必要不可欠。入るにはスタッフルームに保管されている鍵が必要である為、スタッフと一緒でなければ本来は入れない。

 しかし、この程度の鍵ならば数秒あれば開ける事は可能。それは寺井(じい)とて同じ事。

 おまけに、今日は“怪盗キッド”の予告にスタッフも浮足立っている為、最低限のスタッフを残して他のスタッフは全員図書スペースにいる。

 一時的に身を隠すには最適の場所だった。

千暁(ちあき)お嬢様……!」

「お待たせ、寺井(じい)ちゃん。早速始めよ♡」

 “園子”に(ふん)しているとは言え、流石(さすが)に“怪盗キッド”の付き人。その気配を間違える事は無かった。その姿を見るなり、明らかにほっとした顔を見せた寺井(じい)にウインクしながら絡繰(からくり)箱を手に取った。

 7つ目までは既に攻略法が分かっている。

 不敵な笑みを浮かべながら、全神経を集中させながら絡繰(からくり)箱の罠を外し始めた千暁(ちあき)の邪魔をしないよう、寺井(じい)が静かにその姿を見守った。

 そして集中する事、およそ6分。

 カタカタ……

 カタン…

 カタッ………!

 軽やかな音を立て、絡繰(からくり)箱が一瞬沈黙した直後、不意に資料室に柔らかなオルゴールの音が響いた。

 ♪~♪♪~♪~♪♪♪

「“通りゃんせ”?……また意味深な曲を…。」

 有名な童謡が流れる、とは聞いていたが何でこの曲をチョイスしたのか。

「おお……!流石(さすが)でございます、お嬢様……!あの“カラクリ吉右衛門(きちえもん)”の傑作(けっさく)をこの短時間で……!」

「まぁ、今回は2回目だしね……。」

 感嘆(かんたん)して興奮した声を上げる寺井(じい)(なだ)めながら、中に収められていた月長石(ムーンストーン)月の記憶(ルナ・メモリア)”を取り出し、ポケットにしまう。

 そして、オルゴールを巻き直して仕掛けを最後の1つのみ元に戻し、先程回収しておいた、開け方を記した紙を“キッドカード”と共にテープで貼り付けた。

「じゃ、寺井(じい)ちゃん。後は任せて。」

「はい。お嬢様、くれぐれもお気を付けくださいませ…。」

「分かってる。無理はしないから…。」

 先に寺井(じい)を見送り、2分程待って資料室を出て再度施錠する。

 周囲に人影がいない事を確認して暗視スコープを付け、図書館内の全ての電気を消した。

「何だ?!」

「もしかして“怪盗キッド”!?」

 途端にざわつく客たちの間を素早く走り抜け、再び防犯装置のスイッチを切る。

 本物の絡繰(からくり)箱“木神(もくじん)”と、寺井(じい)の作った偽物を再びすり替え、偽物(にせもの)に辞書のカバーを被せて本棚へと隠した。棚に足を引っかけて勢いを付けて登り、1番上の棚に隠せばまず見付からない。後はほとぼりが冷めた頃に回収すれば良いのだ。

 音も無く着地し、最後に先程元に戻しておいた最後の仕掛けを解除する。

 ♪~♪♪~♪~♪♪♪

 図書館スペースの入口まで戻りながら、防犯装置のスイッチを入れて作動させた。

 ガシャン!

 図書館内に響いた音に、相談役がスタッフを怒鳴り付ける声が更に響いた。

「おい、何をしておる!?早く明かりを復旧させい!!」

 そして、複数人が絡繰(からくり)箱の元に走ってくる音が聞こえてきた。

(でも、もう遅いよ“名探偵”…。)

 そのまま静かに、しかし素早く図書スペースを出て暗視スコープを外す。その数秒後に電気が復旧したのを確認し、そのまま屋上へと足を進めた………。

 

 ガチャリ……。

 屋上への扉を開け、真ん中へと進み出る。

 チャラリ…

 ポケットから取り出した“月の記憶(ルナ・メモリア)”を月へと(かざ)した。

 既にパンドラでは無いと分かっているものの、周囲を張っているだろうスネイクたちに、“怪盗キッド”が確認している姿を見せなくてはいけない。

 (もっと)も、今はまだ“鈴木園子”の姿ではあるが…。既に階下の騒ぎは外の群衆にも伝わっているようだから、心配は無いだろう。

 そして、“月の記憶(ルナ・メモリア)”を再度ポケットにしまった時、開け放したままの扉から、追いかけてくる気配がある事に気付く。

 (あぁ…。それでこそ……。)

 思わず笑みが零れるのが分かった。

 扉に背を向けたまま()()()を待つ。

「キッド!!!!」

 その呼びかけにゆっくりと振り返った。

「これはこれは“名探偵”…。なかなか気付いてくださらないので、今回はもういらっしゃらないかと思いましたよ…。」

 “鈴木園子”の声のまま、クスクスと笑みを零す千暁(ちあき)にコナンが渋面(じゅうめん)を作る。

「いつまで園子の姿でいやがる…。さっさとその変装を解け!!」

「やれやれ……。全く…、《無粋(ぶすい)な方だ…。》」

 途中から“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”の声に切り替え、“鈴木園子”の変装を解く。

 バサリ、と夜風にマントを(なび)かせながら、シルクハットを整える千暁(ちあき)の姿は既に“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”の姿に変わっていた。

 本の一瞬の間に、顔や服装だけでなく骨格すら変えてしまったかのようなその変装に、コナンもまた顔付きを引き締めた。

「《折角の逢瀬(おうせ)だというのに、自分の要求ばかり通すようでは愛しの幼馴染殿に嫌われてしまいますよ……?》」

「余計なお世話だ、バーロー!!!さっさと宝石返してオレに捕まりやがれ!!!」

 真面目な顔しておちょくる千暁(ちあき)に、コナンが青筋を浮かべて怒鳴り付ける。

「《この宝石も私の求める物ではありませんでしたから、もちろんお返しさせていただきますが……。ここで捕まる訳にはいきませんね…。私にはやらねばならない事がある。》」

「“やらねばならない事”、だと……?オメーがコソドロなんてやってる理由か。」

「《おっと…!詮索(せんさく)はご遠慮いただきたい……。そんな事より…!?》」

 不意に感じ取った殺気に、本能的に千暁(ちあき)がその場を飛び退()く。

 チュイン…!

「キッド?!」

 コンクリートに響いた独特の音と、直前に現れた“赤い光”に、コナンが一拍遅れて事態を悟った。

「狙撃だと…?!どこから……??!」

 チュインッ…!

 チュイン………!!

 連続で響く跳弾の音と、ギリギリでそれを回避する千暁(ちあき)に、コナンは狙撃のポイントを探すべく視線を巡らせた。

 しかし、千暁(ちあき)が気付く。

 自分(怪盗キッド)を狙っていた(はず)のレーザーポインターが、コナンに狙いを定めた事に。

「《!?いけません、“名探偵”!伏せなさい!!!》」

 咄嗟にその小さな体を(すく)い上げ、腕に抱え込む。

 ――――――――直後、

 パシュッ……!!!

「っ……!!!!!」

 千暁(ちあき)の左肩に衝撃が走った―――――――――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

各々の領分

お待たせしました。白き罪人更新です。
今回はちょっと短め…。

お気に入り登録ありがとうございます。


「っ……!!!!!」

 (うめ)き声と、自身の体に回された腕に力が(こも)ったのを感じ取り、コナンは自らを(かば)った怪盗が撃たれた事を悟った。

 直後、コナンを抱えたまま、“怪盗キッド”が転がりながら出入り口の影に隠れる。

「キッド?!おい、大丈夫か?!!」

「《………動いてはいけません…。ここからなら、出入り口が死角になって狙撃出来ない…。》」

 “怪盗キッド”の身を案じて腕の中で暴れようとするコナンを更に力強く抱え込み、千暁(ちあき)がその動きを制した。

 意外にもしっかりとした声音(こわね)に、コナンもまたその抵抗を緩める。

「おい、傷は…?!」

「《ご心配無く……。(かす)り傷ですよ……。》」

 ポーカーフェイスを保ちながら、コナンが冷静になったのを確認してそっと彼を離す。傷口に触れないように患部を確認しつつ、左手を動かす。

(神経、筋肉に異常無し…。)

 そのままハンカチで傷口を縛り、止血した。

「!?何が(かす)り傷だよ……!結構な出血だぞ!?」

 白いハンカチが瞬く間に赤く染め上げられ、“怪盗キッド”の白い装束にもその染みを広げているののを確認したコナンが千暁(ちあき)を怒鳴り付けた。

「《二の腕を(かす)めただけです…。多少肉が(えぐ)られたので出血は派手ですが、骨や筋肉に異常はありませんよ……。》」

 そう。痛い事は痛いが、問題無く動かせるし後でキチンと処置すれば跡も目立たないだろう。この程度の傷、“怪盗キッド”を継いで以降、幾度(いくど)となく経験している。

 それよりも(コナン)をこの場から逃がさなくては…。

「………ヤケに冷静だなオメー…。狙われる心当たりがあるってのか…?」

「《…………私を狙っている者など星の数程おりますとも…。命を狙う者、私自身を利用しようとする者、私の盗んだ宝石を横取りしようとする者……。》」

 コナンの追及をはぐらかしつつ、周囲の気配を探った。一瞬。一瞬の隙を作り出せば突破出来る。

(6時の方向に120m…。それと4時の方向に100m……。)

「…とにかく、警察に通報して……。」

「《お止めなさい。奴らも切羽(せっぱ)詰まっていますからね…。元々手段を選ばない奴らです。下手をすれば死人が出ますよ…。》」

 スマホを取り出そうとしたコナンの手を押えながら止める。

「じゃあ、どうしろってんだ!!」

「《とにかく、隙を作りますから“名探偵”はその間に中に……。》」

「オレはって、オメーはどうする気だよ?(おとり)になる気か…?!」

 憤慨(ふんがい)したらしいコナンが、ガッ、と千暁(ちあき)の胸倉を(つか)む。

「《おかしな事を(おっしゃ)る…。(おとり)も何も、元々奴らの狙いはこの私…。これ以上一緒にいれば、あなただけでなくあなたの周囲も危なくなりますよ。あの幼馴染殿もね……。》」

「何だと……?!」

「《“名探偵”、一時(いっとき)の感情で目的を見誤ってはいけない…。ここから先は私の“領分”。あなたはこれ以上足を踏み入れるべきでは無いのだから。》」

「っ…!」

 一瞬、言葉に詰まったコナンの手をやんわりと外し、その小さな体を抱え上げた。

「!おい……?!」

「《サングラスは流石(さすが)に持ってはいませんよね…?》」

「あ、ああ…。ってか、下ろせよ。何する気だオメー。」

 怪我を(おもんばか)ってか暴れないものの、居心地(いごこち)が悪そうに身動(みじろ)ぎするコナンの眼鏡を取って手に持たせ、(ふところ)から取り出したサングラスをかけてやる。

「《ああ…。やはり大きいですね…。ズリ落ちないように、しっかり持っていてください。もし落ちそうになったら目を(つむ)ってくださいね。……下手をすれば失明(しつめい)しかねませんので。》」

「は?!」

 さらりと告げられた台詞(せりふ)に、コナンがぎょっとして千暁(ちあき)を振り(あお)ぐのが分かったが、そちらに構っている(ひま)は無かった。

 自身もサングラスをかけ、カウントを取る。

「《5、4、3…。》」

 3、のカウントで(ふところ)から取り出した閃光弾(せんこうだん)をヒュっと後方に向かって高く投げた。

「《2、1…!》」

 0、と(つぶや)くと同時に投げた閃光弾(せんこうだん)が、屋上の床に落ちる。そして、その衝撃でカッ!!!!と凄まじい光を放った。

 千暁(ちあき)が特別に調整した、直視すれば失明(しつめい)しかねない特別製である。

 幸い、ここは屋上であり地上の人々の視線からは外れる上に、この辺りのビルは紫外線対策の為に通常のガラスに比べて遮光(しゃこう)性のある窓ガラスを使用している。おまけに商業ビルでは無く、ほとんどが企業ビルであり勤務時間からは外れている為、実質的な被害は無い(はず)だ。

 しかし、スネイクたちが使っているライフルの暗視スコープは確実にお釈迦(しゃか)だろう。

 閃光弾(せんこうだん)の持続時間は約7秒。スネイクたちの視覚が回復するにはもう少しかかるだろうが、早くこの場から立ち去るべきである。

 千暁(ちあき)はコナンをしっかりと抱えたまま、身を隠していた屋上の出入り口の壁から身を(ひるがえ)した。

 そのまま、開け放ったままの出入り口に向かってコナンを放り投げる。

「イテッ!!……おいっ?!」

 バンッ!!!

 受け身を取り損ねたコナンが体勢を立て直す前に、扉を閉めて外側からストッパーを噛ませた。

(良し、後は………。)

 フェンスへと走り、その上へとよじ登る。

 そして、そのまま夜の空へと身を躍らせた。

 ヒュウウゥゥゥ……!!!

 ある程度勢いが付いたのを確認し、マントに仕込んだハンググライダーを開く。

 バッ…!!!!

 風に乗って滑空しながら、周囲の気配を探れば、案の定スネイクの部下らしき気配を(いく)つか感じ取った。

「《ちっ…!》」

 空中で銃撃されれば流石(さすが)()が悪い。

 カチッ!

 ウイィィ……ィン…!!

 念の為に仕込んでいたハンググライダーのプロペラを起動させ、高度を上げた。

「《ここまで上がれば大丈夫か……。》」

 高度を保ったまま滑空する事5分。現場からは大分離れる事が出来た。そろそろ高度を下げても大丈夫だろう。

 徐々に高度を下げれば、下は住宅街。

 人気(ひとけ)も無い。

(一旦降りても大丈夫かな……。)

 公園を見付け、その上を旋回しながらゆっくりと高度を下げる。

 バサッ……!

 ハンググライダーを(たた)み、トンッ…!と公園に降り立った。

 そのまま“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”のマスクを剥がし、キッドの衣装を脱いで私服に早変わりする。

(いっつ)っ……!!」

 気を緩めた途端、狙撃を受けて(えぐ)られた傷が痛んだ。

 改めて止血し直しながら、寺井(じい)に連絡する為にスマホを手に取った。

(怒るだろうな、寺井(じい)ちゃん…。)

 いや、それとも泣くかもしれない。

 あれだけ心配していたのを説き伏せた結果がコレだ。

 怒られるのは良いが、泣かれるのはちょっと困る。

 何しろ、千暁(ちあき)に何かあって寺井(じい)が泣く時には、ただひたすらに自分を責めるからである。「やはりお止めするべきだった」だの「盗一様に何と申し上げれば…。」だの「全てはこの寺井(じい)不手際(ふてぎわ)…」だのとさめざめと泣かれた挙句、千暁(ちあき)の事は一切責めずにしくしくと(なげ)かれては、いっそ感情的に怒ってくれた方が精神的に楽、というものだ。

 しばらくは自重した方が良いかもしれない、そんな事を考えながら寺井(じい)の番号をコールした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話
“しろきつみびと”のひみつ


“まじっく快斗”を知らない人の為に、“怪盗キッド”誕生の秘密を童話風にダイジェストでお送りします。

読まなくても今後のストーリーにさして不都合はありませんが、それでも良いという方のみどうぞ(笑)。


 ―――――――あるところに、おんなのこがいました。

 

 おんなのこは、びじんでほがらかなおかあさんと、かっこよくておちゃめなおとうさんの3にんでくらしていました。

 

 おんなのこは、おとうさんがだいすきでした。

 

 もちろん、おかあさんもだいすきでしたが、おんなのこにとっておとうさんは“トクベツ”だったのです。

 

 おんなのこのおとうさんは、とってもゆうめいなマジシャンでした。

 

 “とうようのまじゅつし”とよばれるほどのすごいマジシャンで、おんなのこがもっともっとちいさいころは、おとうさんはまほうつかいなのだ、とほんきでしんじていたほどです。

 

 おとうさんは、いつもおんなのこにマジックをおしえてくれました。トランプやハトをつかったマジックはもちろん、ものをだしたりけしたりするマジックをたくさん。

 

 おんなのこは、おとうさんがだいすきでした。

 

 “パパよりすごいマジシャンになる!”

 

 それがおんなのこのくちぐせでした。

 

 でも、おんなのこが9さいになったとき、とつぜんのじこでおとうさんはしんでしまったのです。それも、マジックのショーのまっさいちゅうに。

 

 おんなのこは、ショックでマジックができなくなりました。

 

 まいにち、まいにちないてばかりで、おかあさんも、おとうさんの“つきびと”のおじいさんも、となりのいえのおともだちもおんなのこをしんぱいしていました。

 

 それからながいつきひがすぎ、おんなのこはこうこうせいになっていました。

 

 おとうさんをなくしたショックもやわらぎ、マジックもひとにはみせませんが、ひとりでれんしゅうできるようになりました。

 

 そんなとき、おんなのこの16さいのたんじょうびのことです。

 

 おんなのこはじぶんのへやに、“ひみつのかくしべや”のいりぐちをみつけたのです。

 

 おんなのこは、だいすきなおとうさんの“ひみつ”をしりました。

 

 おとうさんは、“かいとうキッド”だったのです。

 

 “おとうさんのことをもっとしりたい”。そうかんがえたおんなのこは、2だいめ“かいとうキッド”になりました。

 

 しかし、それからすこしたったときのこと。

 

 おんなのこは“かいとうキッド”の“おしごと”をしているさいちゅうに、まっくろなふくをきた、こわいかおのおとこにころされそうになりました。

 

 そして、おんなのこはしってしまったのです。

 

 だいすきなおとうさんが、そのおとこたちにころされてしまっていたことに。

 

 おんなのこは“ふくしゅう”をちかいました。

 

 でも、おんなのこがてをよごすことは、きっとおとうさんがゆるさないでしょう。

 

 だから、きめたのです。

 

 そのおとこたちがねらっている“パンドラ”とよばれるほうせきを、おんなのこがさきにみつけてこわしてしまおうと。

 

 おんなのこは、きょうも“かいとうキッド”としてほうせきをぬすみます。

 

 だいすきな、だいすきなおとうさんの“かたき”をとるために……。

 

 

 

 

 




原作との相違点
・千暁が盗一の死後、ショックでしばらくマジックから遠ざかる。その為、家で練習はしてもキッドを継ぐまで、人前でマジックを披露する事はほとんど無かった。
・具体的に何月何日に隠し部屋に入ったのかの描写が無い為、切りよく誕生日に設定。
・原作で快斗がキッドを継いだのは高校2年生になってからだが、継いでから数ヵ月と考えると週何回犯行に及んでいるのか、という問題が出てくる為、1年は経過と想定。

ひらがなばっかりで読みにくくてすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好敵手との邂逅編
ストーカー


お待たせしました。白き罪人更新です。

ご感想、お気に入り登録ありがとうございます。

今回はオリジナル編の導入になります。


 キーンコーンカーンコーン…

「ふぁああ……。」

 鈴木大図書館の一件から一夜明け、5時限目の授業が終わった後、耐え切れずに欠伸(あくび)()らす。

 昨夜は寺井(じい)と合流した後、馴染(なじ)みの闇医者の元へと駆け込んだ為、手当を終えて帰宅したのは午前1時を回っていた。

 その後で食べ損ねた夕食の代わりに軽い夜食を摘み、シャワーを浴びた為、就寝したのは3時前。流石(さすが)に睡眠時間が3時間弱というのは眠くて仕方が無い。

 おまけに、処方された化膿(かのう)止めと鎮痛剤のせいで眠気は増している。

(まぁ、体育が無かったのは助かったけどさ……。)

 鎮痛剤が効いているのか多少はマシになったものの、ズクン、ズクンと鼓動に合わせて脈打つような痛みを発する左腕を目立たないように軽く(さす)り、次は自習なので睡眠時間に当てようと心に決める。

 (かす)っただけとは言え、銃創(じゅうそう)。多少なりとも肉を(えぐ)られてしまった為、痛い事は痛い。処置してもらったが、体育なんぞやった日には傷口が開くのは必至である。

 幸い、体育は月曜と金曜の週2回。今日は火曜日の為、後3日もすれば完治は無理でも多少は傷も()えるだろう。

 (ちな)みに、千暁(ちあき)懇意(こんい)にしている闇医者は、治療費はぼったくるものの腕は確かであり、患者の素性(すじょう)は詮索しないし口も堅い。念の為に、顔と名前は変えている為、万が一あの闇医者が摘発(てきはつ)されるような事になっても、そこから千暁(ちあき)素性(すじょう)がバレる事は無いだろう。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「ふぁ~あ…。」

「どうしたのよ千暁(ちあき)?今日は随分(ずいぶん)眠そうじゃない?」

 朝から(しき)りに欠伸(あくび)ばかりしている千暁(ちあき)に、幼馴染の青子(あおこ)(いぶか)し気に尋ねる。日頃規則正しい生活を心がけ、特に朝に強い千暁(ちあき)にしては珍しい姿だった為だ。

「ん~…。昨夜(ゆうべ)なかなか眠れなくて………。」

 欠伸(あくび)(にじ)んだ涙を(ぬぐ)いながら説明する千暁(ちあき)の目の下には、うっすらと(くま)が浮かんでいた。

「めっずらし~…。いつも早寝早起きの、小っちゃい子どもみたいな生活してる千暁(ちあき)が。」

 普段の千暁(ちあき)は、キッドの予告が無い限り夜の10時には寝ている。キッドの予告がある日でさえ、どんなに遅くとも日付を(また)ぐ前には寝れるように予告時間を調整しているのだから、今回の一件はかなり堪えていた。

「……良く見るとなんか顔色も悪いし、次は自習だから保健室で寝かせてもらえば?」

 揶揄(からか)うように笑っていた青子(あおこ)だったが、普段とは異なり反応の(にぶ)千暁(ちあき)に心配そうに保健室行きを勧めた。

「うん…。じゃ、そうする~…。」

 ふぁああ…。

 元よりそのつもりだった事もあり、青子(あおこ)の助言を断る事無く素直に受け入れた。

 欠伸(あくび)()らしながら、ガタリと立ち上がった千暁(ちあき)だったが、不意にばっ、と窓の外を振り返る。

(男……?)

 ねっとりと絡みつくような視線を感じ、振り返れば電柱の影に慌てて身を隠す男の姿を見付ける。

「ど、どうしたのよ?急に。」

「あ、ううん。なんでも無い……。」

 青子(あおこ)誤魔化(ごまか)しながら保健室に行く為に教室を出た。

(スネイクたち……?いや、それにしては……。)

 (みょう)素人(しろうと)臭い。それに、あの視線も殺気立っている、というよりはむしろ……。

 いや、と(かぶり)を振る。

(止めとこ……。下手に深く考えると精神衛生上良く無い…………。)

 何となく薄ら寒い思いがして、それ以上の思考をカットする。

 

 ―――――――――――それから1週間後。

 千暁(ちあき)は全身に立つ鳥肌を感じつつ、顔を引き()らせていた。

 自室の机に広げたのは、ポストから回収したばかりの手紙と同封されていた写真。

「……どうしようか…。」

 目の前に広がるのは、昨日1日の千暁(ちあき)の盗撮写真。

 この1週間の間、登下校の最中や外出時だけでなく、学校の教室でも感じていた視線は収まることを知らず、また、まさに視線を感じた瞬間を写した写真が1週間連続でポストに投函されていた。

 この1週間はある程度自衛していた事と、学校のトイレは道路に面しておらず、更衣室にもしっかりとブラインド式のカーテンが取り付けられている事で、盗撮されたのは教室や登下校の最中などの日常生活の場面のみだった事が幸いである。

 自宅に帰ればすぐにカーテンを閉めるようにしていたし、自宅の風呂もトイレも家の構造と庭の生垣のお陰で外から覗くのは不可能。プライベートな写真がほぼ撮られていないのは良いが、流石(さすが)に1週間も続くといい加減鬱陶(うっとう)しい上に気持ち悪い。

 おまけに毎回同封されている手紙が気持ち悪さに拍車をかけていた。

 どうやら送り主の中で、千暁(ちあき)は完全に恋人として妄想されているらしく、それに記されていた内容は完全にポルノ小説である。

「キッモ………。」

 (まぎ)れも無くストーカーの仕業(しわざ)だった。

 女子高生の1人暮らしは物騒だから、と母が渡米する際に自宅のセキュリティーを上げておいてくれて助かった。

 現在、千暁(ちあき)の自宅には、玄関の扉と門扉(もんぴ)に2重の電子ロックが付けてある。登録した指紋・掌紋(しょうもん)でないと開けられず、無理に開けようとした瞬間に契約しているセキュリティー会社と警察に連絡が行くようになっているのだ。

 また、セキュリティー会社に通報が行くと同時にスマホにメールで通知が届くように設定されている為、そのお陰で今のところは自宅に侵入されていないと確信出来ている。

 しかし、今のところは大丈夫でも気分は良くないし、このまま放置する訳にもいかない。

 1週間前に最初の手紙が投函された時点で警察には相談済みであり、自宅付近や学校周辺の見回りを強化してくれている。手紙も証拠品として提出して調べてくれてはいるが、指紋などは付いていない上に、手紙の消印は毎回異なり、都内のあちこちからポストに投函されているらしく、まだ容疑者を絞り込めていないらしいのが現状だ。

「こーゆーストーカー犯罪って後手に回りがちだしな~……。」

 だから世間からバッシングを受けるんだ、と言いたいのはやまやまだが、警察も暇では無い事は分かっている。

 いっそ自分で調べた方が速いか、とも思ったが自分でストーカーを突き止める女子高生、というのも一般人の(くく)りからは逸脱(いつだつ)していて警察から余計な目を付けられそうだし、何よりもこんな気持ち悪い思考の(やから)に自分から近付きたくは無い。

 と、なれば残りの選択肢は1つだが…。

「探偵に依頼しようにも、既に何件か門前払い喰らってるし………。」

 そう。まだ高校生の千暁(ちあき)では報酬がキチンと支払われるか、という点で(いちじる)しく不安を与えるらしく、ネットで調べて尋ねた探偵事務所では既に3件、門前払いを受けている。

 (いわ)く、保護者と一緒に来てくれ。

 まぁ、気持ちは理解出来る。それに、相手が未成年では契約を結ぶ際にも色々と面倒があるのだろう。

「ママはベガスだし、寺井(じい)ちゃんにまた心配かけるのもなぁ……。」

 それ以外となると、最も確実に依頼を受けてくれるのはクラスメイトの白馬(はくば)(さぐる)だろうか。

「でも、白馬(はくば)くんに頼むのも…。」

 解決してくれる事に不安も心配も無いが、まだ学生の白馬(はくば)では、解決しても彼が逆恨みされかねない。

 彼に万が一の事があっては本末転倒(ほんまつてんとう)である。

 学生相手でも依頼を受けてくれそうな探偵と言えば……。

「毛利探偵、かな………?」

 あそこには“名探偵”がいるので、出来れば頼りたくは無い。しかし、毛利小五郎ならば千暁(ちあき)と同じ年の娘‐蘭がいる。

 娘と同じ年頃、それも女子高生に付きまとうストーカー調査、となれば彼ならば受けてくれそうだった。

「背に腹は代えられない、か………。」

 チラリ、と時計を見ればまだ午後1時を少し過ぎたあたり。

 今日は教員たちの研究会があるらしく、午前中で授業が終わったのが幸いした。今から行けば、2時頃には毛利探偵事務所に着く。小学生の帰宅時間には少し早い為、上手くいけば“名探偵”と鉢合わせせずに済む。

 そうと決まれば、と千暁(ちあき)は着替える間も惜しんで鞄にこれまで届いた手紙と写真を突っ込むと、セーラー服のまま毛利探偵事務所へと向かった。

 

 

 




千暁(ちあき)は公式美形である新一及び快斗そっくりの容貌の為、美人さんです。
中身はわりとしょーもない事を考えていたり、ちょっと(こす)いというか悪知恵が働きますが……。
蘭と違って空手が得意、という女子力(物理)は持っていないので割と狙われがち。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

筆が乗っているうちにアップしときます…!


 コンコンコン……!

 毛利探偵事務所の扉を何度もノックするが、全く応答が無い。

 というよりも、

(人の気配が無い………?)

 もしや、別の依頼か何かで留守だろうか。

 だとすれば、日を改めるよりもやはり別の探偵を探した方が良いかもしれない。

(早いトコ引き上げないと、“名探偵”が帰ってくるだろうし……。)

 チラリ、と腕時計に目をやった瞬間である。

 トントントン、と軽い足音が聞こえ、危うくチベスナ顔になるところだった(もちろん、“怪盗キッド”のプライドにかけてポーカーフェイスを維持したが)。

「お姉さん、もしかして小五郎のおじさんに依頼に来た人?」

(出た――――――――――!!)

 思わず引き()りそうになった頬を必死に保ちつつ、あたかも「今気が付きました」と言わんばかりの表情を作って階段の方へと向き直った。

 

 コナンside

「じゃーなーコナン!」

「また明日ね―――!」

「さようなら――。」

「おー。それじゃ、また明日。」

 手を振りながらそれぞれの家に帰宅する少年探偵団の面々を見送り、コナンもまた居候(いそうろう)先である毛利宅へと帰った。

「あら、お帰りコナンくん。」

「ただいま、梓姉ちゃん。」

 ポアロの前を掃除していた看板娘の梓が笑顔でコナンを出迎えた。

「そう言えば、蘭ちゃんももう帰ってるみたいよ。」

「え、蘭姉ちゃんが?」

 掃き掃除をしながら告げられた言葉に、コナンが目を(またた)かせる。

「ええ。ついさっき掃除に出てきた時に、制服のスカートみたいなのがチラッと階段から見えたから。今日は早かったのね。」

「変だな…。蘭姉ちゃん、今日は部活の強化練習で遅くなるから晩御飯はポアロで食べてねって言ってたのに……。」

 何でも引退した3年生が受験の息抜き兼後輩の戦力強化、と称して顔を出すらしく、夕食分の弁当まで持って登校した(はず)である。

「あら?じゃあ、もしかして依頼に来た人かしら?今、毛利さんいないのよね……。」

「小五郎のおじさん、どこに行ったの?」

「具体的にどこ、とは聞いてないけど浮気調査の依頼が入ったから行って来るって言ってたわ。遅くなりそうならポアロに連絡を入れるから、先にコナンくんにご飯食べさせておいてくれって…。」

「そうなんだ。」

 わざわざ梓に自分(コナン)の夕食まで頼んで行った、という事は本当に仕事なのだろう。推理力はともかくとして、張り込みや尾行は昔取った杵柄(きねづか)で得意だから、浮気調査や素行調査に関してはコナンは小五郎を信頼していた。

 依頼人が来ているのならば、小五郎の留守について早く教えないといけないだろう、とコナンは階段を上がろうとしたが、思い直して梓に尋ねる。

「梓姉ちゃん、今日安室(あむろ)さんいる?」

「ええ、いるわよ。どうして?」

「もし急ぎの依頼だったら、安室(あむろ)さん紹介した方が良いかなって思って。」

「ああ、そうかもしれないわね。」

 表向きの職業である探偵業は真面目にこなしているようだし、本当に緊急性のある依頼ならその方が良いだろう。それに、自分(コナン)の推理が正しければ彼は“敵”では無い。

 ともあれ、まずは依頼人かどうかを確かめなくては。

「じゃ、ボクちょっと見て来るね!」

 トントントン、と軽やかに階段を昇れば、この辺りでは珍しいセーラー服を着た少女がいた。

 身長は163~167cm、やや癖毛なのかウェーブががったボブの黒髪に、スラリとした体つきで、横顔でも顔立ちが整っているのが分かる。

 少なくともこれまで蘭やコナン‐工藤新一の周囲では見た事の無い少女だった。3階の自宅では無く2階の探偵事務所の扉をノックしていたあたり、恐らく依頼人で間違い無い。

「お姉さん、もしかして小五郎のおじさんに依頼に来た人?」

 その問いかけに、少し驚いたような顔をしてコナンに向き直った少女の顔を見て、コナンは、工藤新一は少し驚いた。

(オレに似てる………?!)

 女子ならではの肌理(きめ)の細かい白い肌と、長い(まつげ)やほんのりと色付いた頬と唇、全体的に華奢(きゃしゃ)な線の細さなど細かい差異はあれど、その少女の顔は驚く程自分(コナン)に似ていたのだ。

「キミ、“キッドキラー”の……?」

 どこか凛とした響きを宿した声に、コナンがはっと我に返る。

「お姉さん、ボクの事知ってるの?」

「私、キッドファンだから…。キミ、良く新聞に載ってるし。」

 目線を合わせるように(かが)んでそう返す少女に、「そうなんだー。」と無難(ぶなん)な返事を返しながら、ついまじまじとその顔を見詰めてしまう。

(………父さん、まさか浮気してねーよな?)

 思わず思考が明後日(あさって)の方向に跳びかけたところで、少女の言葉に意識が引き戻された。

「毛利さんに依頼したかったんだけど、もしかして留守かな…?」

「!あ、うん。別の依頼が入っちゃったみたいで、今日は遅くなるかもって…。」

「そっか…。じゃあ、しょうがないね。ありがとう。それじゃあね。」

 そう言って立ち上がり、するりと横をすり抜けようとした少女の手首を(つか)み、慌てて止めた。

「待って!お姉さん!!」

 

 千暁(ちあき)side

「待って、お姉さん!!」

 パシッと右手首を(つか)まれ、表情は変えないものの内心焦る。

(バレた…?)

「えっと…?」

 何とかポーカーフェイスを維持したまま、どうしたの?と好敵手(コナン)を振り返った。

「お姉さん、困った事があったから小五郎のおじさんを訪ねてきたんでしょ?おじさんはいないけど、おじさんに弟子入りしている探偵さんが下の喫茶店(きっさてん)にいるんだ!取り()えず、話だけでもしていってよ!」

(ちょっとちょっと…。弟子入りしてる探偵ってまさか………!)

 やんわりとコナンの手を外しながら、体ごと向き直る。

 ――――――――そうしなければ、表面上はポーカーフェイスを保てていても心臓の鼓動で動揺がバレそうだったのだ。

「毛利さんって弟子がいたんだ?知らなかった。何ていう人?」

安室(あむろ)さんだよ!安室(あむろ)(とおる)さん。」

(はい、アウト―――――――!!!)

 ヤバイ、詰んだ。

 1日あればストーカーを突き止めてくれそうだが、同時に自分の正体がバレる危険がある。

 どうやって断ろうかと、千暁(ちあき)が「安室(あむろ)さんっていうんだ。」と無難(ぶなん)に返事を返す裏でその常人離れした頭脳をフル回転させていた、まさにその時。

「コナンくん?そこにいるのかい?」

「あ、安室(あむろ)さん。」

(ま、また出た…………!)

 思わず信じてもいない神に何か悪い事しましたか、と聞きそうになったが直後にあ、めちゃめちゃしてたわ(怪盗的な意味で)と思い直した。

 階段の下から顔を覗かせているのは、“黒の組織”のバーボン、私立探偵の安室(あむろ)(とおる)、公安の降谷(ふるや)(れい)の顔を持つニュータイプ、もといトリプルフェイスだった。

「ああ、彼女が梓さんの言っていた依頼人の方ですか?」

「うん。そうだよ!」

(止めて…!本人置いてけぼりにして話進めないで………!!)

 千暁(ちあき)の切実な心の叫びは、当然ながら届かない。

「初めまして。毛利先生の弟子で、探偵の安室(あむろ)と言います。」

「…黒羽千暁(ちあき)です。」

 わー、笑顔が(まぶ)し―――――。

 思わず現実逃避しかけながら、取り()えず挨拶(あいさつ)を返す。

「せっかく来ていただいたんですが、生憎(あいにく)毛利先生には別の依頼が入っていまして、戻りは何時になるか…。よろしければ(ぼく)がお話を伺わせていただきますが…?」

「………それじゃあ、よろしくお願いします…。」

 ここまで親切な申し出を受けておきながら断ったら、まず怪しまれる。

 今この場で出来るのは、素直にその申し出を受ける事だけだった。

 

 

 




流石に“名探偵”と公安のエース2人を相手取るのは分が悪い、という事で…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恐怖

お待たせしました。白き罪人更新です。
今回、ストーカー編解決です。
本来もっと引っ張る予定でしたが、途中からこれは誰得だろう、という疑問が沸いてきた為、サクッと終わらせました。
次回は後日談を挟みつつ、“怪盗キッド”編に戻る予定です。

評価、お気に入り登録ありがとうございます。


「ホー…。ストーカー、ですか。」

「はい。ちょうど1週間前から…。」

 小五郎の留守中に勝手に事務所に入る訳にはいかないから、と案内されたポアロの奥まったテーブル席で、千暁(ちあき)好敵手(ライバル)である“名探偵”と、恐ろしさで言えば同程度のトリプルフェイスと相対していた。

 目の前にはお代はいりませんから、と出された紅茶が置いてある。

 安室(あむろ)はともかくとして、見かけはただの小学生であるコナンが同席しているのはこの上無いシュールだが、1度言及(げんきゅう)した際に「えー?ボクも千暁(ちあき)姉ちゃんの力になりたいなぁ。」と無邪気なフリしてぬけぬけと言い放たれた為、それ以上突っ込むのは止めた。変に突いて(やぶ)から蛇を出すのはゴメンである。

 まずは依頼内容をお聞かせください、という安室(あむろ)の言葉に切り出すが、声が震えていないのが自分でも不思議な程緊張していた。

 傍目(はため)にはストーカーに怯えて不安がっている、ただの高校生に見えるだろうが、その(じつ)別の意味で心臓の鼓動が(うるさ)かった。自慢のポーカーフェイスも今日ばかりは多少自信が無いが、それが良い方向に解釈してくれる事を祈るばかりである。

(ああああああ…!心臓に悪い………!!)

 せめて1人ずつでお願い出来ないだろうか。まぁ、無理な相談だろうが……。

 というか、安室(あむろ)はバイト中では無かったのだろうか。

「具体的な被害についてお教えいただいても良いですか?あまり気分の良いものでは無いでしょうが……。」

「ここ1週間、ずっと視線を感じていて…。初めてその視線を感じたのがちょうど1週間前だったんですけど、その次の日に郵便ポストに手紙が………。」

 安室(あむろ)の問いに事の発端(ほったん)から話していく。

「手紙って?」

 コナンの質問にちょっと躊躇(ためら)ったものの、鞄からこの1週間の間に送られた手紙を取り出した。最初の3日分は証拠品として警察に提出したが、残りの3日分は手元に残していたのだ。

「………あんまり子どもに見せたいものでは無いんですけど……。」

 より正確に言えば子どもに、というより自分と同じ年頃の男性に、といった方が正しいが。

 そう言ってテーブルに広げられた手紙と写真に、コナンと安室(あむろ)の表情が引き締まった。

「これは……。」

 どれ1つとして目線の合っていない、一目で隠し撮りと分かる写真の数々と、1通につき5~6枚に渡るポルノ小説(まが)いの妄想(もうそう)(つづ)られた手紙に、2人とも事態の深刻さを悟った。

「最初に手紙が届いていた時点ですぐに警察には届け出て、登下校の時間なんかに見回りをしてもらってるんですけど…。」

「まだ手掛かりは掴めていない、と……?」

「はい。手紙も、都内のあちこちから出されているみたいで消印もバラバラで…。指紋なんかも残ってないみたいで……。」

「この手紙は1週間ずっと?」

 手紙と写真を検分するように手に取りながら、安室(あむろ)が確認する。

「はい、受け取った日の前日の手紙が…。最初の3日分は警察に提出したので、3日分しかありませんが、ここ1週間家に帰ったら必ずポストに入っているんです……。」

「手紙の他に、何か送られて来なかった?直接千暁(ちあき)姉ちゃんの家に来たりは?」

 手紙を見て顔を(しか)めながらコナンが尋ねる。

「気持ち悪いから、家に帰ったらすぐにカーテンを閉めるようにしてるから、私は見て無いな…。」

「ご自宅のセキュリティーはどうなっていますか?」

「玄関と裏口に監視カメラがあって、動くものに反応して前後20秒が自動で録画されます。後は、玄関と裏口の両方に、門扉とドアで指紋と掌紋認証の2重ロックが付いてて、登録した人間以外が開けようとすると、すぐに警察と契約した警備会社に通報されるように設定されています。窓も無理に開けようとすると同様に通報されて、登録したスマホに警告メールが届くようになってますから、無断で侵入は出来ないと思いますけど……。」

「厳重ですね。」

 思っていたよりもしっかりとしているセキュリティーに、安室(あむろ)が目を(みは)る。

「最近物騒ですし、母が用心に越した事は無いから、と…。」

「そうですか…。では、外出した際に誰かに後を付けられている、という事はありませんか?」

「視線は感じますけど、誰かに付けられてる、という感じはしないです。登下校中の写真も混ざってますけど、見回ってくれているお巡りさんも怪しい人は見た事無いらしくて…。私も、それらしい人を見たのは初日だけなんです。」

「姿を見たんですか?!」

 その言葉に安室(あむろ)が食い付き、コナンもまた身を乗り出した。

「1週間前にチラッと…。すぐに電柱の影に隠れてしまったので顔は見ていないんですが……。」

「他に何か覚えてる事ある?」

 コナンの問いに記憶を辿(たど)る。

「たぶん、そんなに体格が良い人ではないと思います。電柱の影にほとんど隠れてしまって良く見えなかったので……。後は、たぶん身長が175cm前後だと…。」

何故(なぜ)そうはっきりとした数字が?」

 千暁(ちあき)の推定した身長に、安室(あむろ)怪訝(けげん)そうな顔を見せた。

「その時隠れていた電柱には番地の看板が付いているんですけど、それがちょうど私の目線の高さと同じくらいなんです。チラッと見えた時にそれより頭1つ分位高かったので……。」

「なるほど………。」

 千暁(ちあき)の言葉に、安室(あむろ)が何やら考え込んだ。

「ねぇ、電話がかかって来たりとかはしてないの?」

 直前まで同様に考え込んでいたコナンが尋ねる。

「ウチは固定電話契約してないから…。やり取りはほとんどスマホかEメールなの。」

「今は固定電話を契約される方も少なくなってきているみたいですからね。」

 納得したような安室(あむろ)に伺いを立てる。

「あの…、依頼は引き受けてもらえるんでしょうか?」

「もちろん!お引き受けしますよ。」

「っ良かった…!」

 思わず頬が緩むのが分かった。どうやら、自分で思っていた以上に精神的な負荷がかかっていたらしい。

「でも、良いの?」

「え?」

 コナンの一言に思わず素の反応を返してしまう。

「だって、小五郎のおじさんに依頼しにわざわざ江古田から来たんでしょ?話だけでもって言って安室(あむろ)さんを紹介したのはボクだけど、“眠りの小五郎”じゃなくても良いのかなって。」

「ああ…。毛利さんに依頼しようと思ったのは、毛利さんなら引き受けてくれそうだって思っただけだから…。」

 特に偽る必要も無い為、素直に教える。

「引き受けてくれそう、とは…?」

「実は、この3日くらい探偵事務所を3件訪ねたんですが、どこも保護者同伴で来てほしいと門前払いされてしまって…。母は、今仕事の都合でラスベガスにいるので、急に帰国はやっぱり難しいらしくて……。毛利さんなら、私と同じ位の娘さんがいると聞いていたので引き受けてくれるんじゃないかと思って………。」

「なるほど…。」

 安室(あむろ)の疑問に答えれば、何か思う事があるのか渋い顔をしていた。

「お母さんがラスベガスにいるって事は、お父さんは?」

「っ…!」

 コナンの言葉に、咄嗟に言葉に詰まる。

「父は……、私がまだ小学生の時に亡くなったので、ウチは母子家庭なんです………。」

「あっ、ご、ごめんなさい…!」

 何気無いように装ったつもりでも、多少声が震えてしまい、コナンも千暁(ちあき)の地雷を踏んだ事に気付いたのだろう。思いっ切りヤベッという顔で即座に謝った。

「ううん、大丈夫。……なんか気を使わせてゴメンね。」

 その言葉は本心だった。

 しかし、少しずつ傷が()えてきているとは言え、父の死が千暁(ちあき)の心に深い傷を残したのもまた事実。

 暗くなってしまった空気を壊すように、安室(あむろ)が切り出した。

「それでは、依頼内容の確認ですが…。」

「あ、はい。」

 思わず姿勢を正して安室(あむろ)に視線を送る。

「ストーカーの正体を突き止める事と、その間の身辺警護という事でよろしいでしょうか?」

「え?身辺警護もしてもらえるんですか?!」

 うっかり素のリアクションで返してしまう。

(この人忙しいんじゃ……?)

「もちろんですよ。依頼人の身に何かあっては意味がありませんから。この写真を見る限り、恐らくは望遠レンズを使ったんだろうと思いますが、ストーカーは常にあなたを監視しているようです。身辺警護という形で(そば)にいた方が正体を突き止め易いでしょうから。」

(さ、流石(さすが)トリプルフェイス……。仮面の1つ1つに妥協が無い………。)

 思わず変なところに感心してしまった。

 “怪盗キッド”としての仕事はしばらく(ひか)えなくては、とも思ったが、たぶん情報収集には公安の部下も使っているだろうからそう長い期間にはならないだろう。

 今の千暁(ちあき)にとっては、何よりもまず、ストーカーへの生理的嫌悪感が勝っていた。

「それで、調査料なんですけど……。」

 引き受けてもらったならば、次に気になるのは料金である。後回しにしても仕方が無いので、率直に安室(あむろ)に尋ねた。

 探偵を雇うとなると、料金は決して安いものでは無い。拘束時間が長ければ長い程料金が上がるのが一般的だが、依頼先によっては追加料金がかかる事も多い。

「そうですね…。依頼によっては実際に調査にかかった時間で換算する場合もあるんですが、今回は完全成功報酬という形でいただきたいと思います。」

「完全成功報酬、ですか?」

「はい。ストーカーを突き止めて警察に突き出すなり、示談(じだん)になるなり、ストーカーから完全に解放された時点で依頼を完遂(かんすい)として調査を終了とさせていただきます。料金は7万でいかがでしょう?」

 警護込みで7万、というのは決して高くは無い。調査料の相場としては、1時間あたり4,000~5,000円程。長期間の調査では一気にそれが跳ね上がる。

 状況によっては数十万単位でかかる事も想定しており、母‐千影(ちかげ)からも、身の安全の為ならばいくらかかっても構わない、と許可をもらっていた為、安さに驚いた程だ。

 本業は公務員だから安いのか?と明後日の方向に意識を飛ばしつつも、力強く頷いた。

「それで大丈夫です。」

「高校生で7万円って大きいと思うけど、即答して大丈夫?」

 コナンが心配そうな顔で問うが、頷く。

「大丈夫。探偵さんにお願いする事に関してはママも知ってるし、何かあってからじゃ遅いからお金で解決出来るならそれで良いって。それに、7万なら相場より安い位だから……。」

「そうなんだ…。」

 7万って安いか?という顔をしているコナンだったが、依頼人(千暁)が納得している上に安室(あむろ)も深く頷いている為、それ以上の追及はしなかった。

(というか“名探偵”、探偵を名乗ってる割に料金相場については知らないんだ…?)

 いや、まだ高校生だから料金はとっていないのだろうが、将来的な事を考えれば把握しておいた方が良いのでは無いだろうか……。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 その後、細かい契約内容について確認し、連絡先を交換した。

 この時に誤算だったのは、何故(なぜ)かコナンとも連絡先を交換するハメになった事である。

(なんでだ………!)

 何が彼の興味を惹いたと言うのか。

「それでは、ご自宅までお送りしますから後30分程待っていただけますか?今日は15時までのシフトなので…。」

「えっ?!お仕事中だったんですか?!!」

 それで良いのかトリプルフェイス…。

 ――――――そして30分後。

「本来ならば車で送りたいところですが、ストーカーの動きがあるかを確かめたいのでバスでも構いませんか?」

「大丈夫です。来る時もそうでしたから。」

 江古田から米花まではバスで20分程である。

 バス停に向かって歩きながら、千暁(ちあき)安室(あむろ)に切り出した。

「1つ気になっていたんですが…。」

「何でしょう?」

「私の警護をしてくださる、というのはとても心強いんですが、それがきっかけでストーカーを刺激しないかどうかが心配で……。」

 ただでさえ気持ちの悪い妄想(もうそう)をしている相手である。その対象である千暁(ちあき)(そば)に男(それも滅多にお目にかかれないイケメン)がいる事で逆上しないかどうかが不安だった。

「実はそれも目的の1つなんですよ。」

「え?!」

 思わず立ち止まる。

「こういったストーカーの思考と行動は、だいたい予想が付きます。あの手紙のような妄想(もうそう)をしているのなら、その対象であるあなたの(そば)に男がいればまず間違い無く逆上するでしょう。そして恐らくは、あなたの(そば)から排除しようと動くでしょうね。」

「危ないじゃないですか!」

 いや、腕っ節が強いのは承知しているが、何もそこまで捨て身にならなくても良いのでは無いだろうか。

「僕なら大丈夫ですよ。それよりも、万が一あなたの方に行ってしまった場合が心配なので、当面は学校以外の外出はなるべく控えてください。買い物もしばらくは僕が付き添いますから。」

「は、はい…。」

 取り()えず、明日の登校時間に迎えに行くから、と時間を聞かれ答えていた時の事だった。

「?!」

「!」

 ねっとりとした、しかしこれまでとは異なり確実に殺気立った視線に、思わず後ろをバッと振り返った千暁(ちあき)を、安室(あむろ)が後ろに(かば)う形で前に出る。

 視線の10m程先にいたのは、明らかに挙動不審の男。

「……んで…、……ちゃ…は……ボクの………のハズ………!」

 ブツブツと何やら呟いている男の目は、長い前髪を通しても焦点が合っていないのが分かる。

 外見は一見して大学生風の若い男。服装もどこにでもいそうなTシャツとジーンズだが、その目と正気を失ったかのような言動が不気味だった。

 そして何よりも、その手に握られた金属バットがその異様さを強調する。

 ボコボコに(へこ)んだ金属バットの先端部分には、黒ずんだ染みのようなもの。

 ――――――――血の跡だった。

「ひっ………!」

「下がって…。」

 千暁(ちあき)を背後に(かば)ったまま、安室(あむろ)が小声で(ささや)く。

 スネイクたちと対峙した時とはまた違った恐怖と嫌悪感に、思わず息を呑んだ。

 サッと血の気が引くのが自分でも分かる。

(“仕事”の時は平気なのに………!)

 “怪盗キッド”としての“仮面”を被っている時は平気なのだ。自分の持つ能力を全て発揮出来るから。

 しかし、“黒羽千暁(ちあき)”は荒事(あらごと)とは一切縁の無い、普通の高校生である。例え撃退出来る(すべ)を持っていても、それを人前で発揮する訳にはいかない、という(かせ)そのものが千暁(ちあき)の恐怖を掻き立てた。

「ちあきちゃんからはなれろ………。」

 何か薬でも使用しているのか、呂律(ろれつ)の回っていない口調で男が呟く。

「ちあきちゃんから、はなれろよォオオオオオ!!!!」

 動かない安室(あむろ)に逆上した男が、絶叫と共に金属バットを振りかぶり安室(あむろ)へと殴りかかった。

「やっ…………!!!」

 明らかに正気ではない、常軌(じょうき)(いっ)した男の様子に、思わず恐怖から目を(つむ)ってしまう。

 ――――――――結論から言えば、全く心配する必要は無かったが。

 ドゴォッ……!

 直後に響いた(にぶ)い音に一瞬身を(すく)ませるが、固まっていた千暁(ちあき)を安心させるように声がかけられる。

「目を開けて大丈夫ですよ。」

 安室(あむろ)の声にゆっくりと目を開けると、ピンピンとしている安室(あむろ)と目が合った。

 そして、その足元にはあの男が(うつぶ)せで倒れている。

「どうやらこの男がストーカーだったようですね…。まさかこんなに早く行動を起こすとは思いませんでしたが…。」

 男の腕を背中で纏め、脱いだ自身の上着で縛り上げながら呆れたように呟く安室(あむろ)に、思わず全身の力が抜けてその場に座り込んでしまった。

「け、怪我が無くて良かったです……。」

 色々言いたい事はあったが、取り()えずそれだけ呟いた………。

 

 

 

 

 




・千暁が怖がっていた件について
本文中でもチラッと書きましたが、本来ならば千暁も素人の男を1人撃退するだけの術はあります。格闘技などをやっているわけではないので、マジックの応用やアイテムを利用しての技術ですが、それでスネイクたちと渡り合えているので決して弱い訳ではありません。
しかし、“怪盗キッド”とは異なり“黒羽千暁”はただの女子高生である為、そんな技術を持っている事を知られる訳にはいきません。千暁が1人であの場を何とかするのは技術的には可能でも、それをする訳にはいきませんでした。
出来るけどしてはいけない、というジレンマによって下手に対処出来ず、それが恐怖に繋がった訳です。

以上、蛇足の説明でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポアロ

お待たせしました。
白き罪人、本編の更新です。

今回は前回までの後日談。次回からまた“怪盗キッド”編に戻ります。
そろそろ白馬くん出したい…。


お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。


 コナンside

 ――――――――その依頼人‐黒羽千暁(ちあき)はどこにでもいる女子高生に思えた。

 しかし、どこか自分(探偵)の勘に訴えるものを感じたのもまた事実。

 “黒の組織”と対峙した時のようなプレッシャーや殺気の(たぐい)は感じない。むしろ、本質的には善人の部類だろう。

 自分でも何がこんなに引っかかっているのかは分からない。

 だが、それを無視するのも得策とも思えなかった。疑問を否定出来る程彼女の事を知っている訳でも無いのだから。

 だからこそ、ポアロでの安室(あむろ)の聴き取りに同席したのだ。黒羽千暁(ちあき)本人には怪訝(けげん)そうな顔をされ、「子どもが聞く話でもないよ?」とやんわりと席を外すように言われたものの、「えー?ボクも千暁(ちあき)姉ちゃんの力になりたいなぁ。」と無邪気なフリして誤魔化(ごまか)せば、一瞬何とも言えない顔をしたものの、それ以上追及する事は無かった。

 最初は自分に聞かれてはまずい話なのか、と穿(うが)った考えを抱いたものの、実際に話を聞けば1人の女性としての当たり前の感性、また小学生である自分に対しての配慮であったのだと思い知った。

(こりゃー普通の小学生には見せらんねェよな……。)

 あからさまに隠し撮りと分かる写真に、過激なポルノ(まが)いの妄想(もうそう)(つづ)られた手紙……。

 相談した相手が安室(あむろ)が若い男(それもかなりのイケメン)という事もあるのか、黒羽千暁(ちあき)の緊張は傍目(はため)にも分かった。

 年頃の少女にとっては、どこの誰かも分からない男に性欲の対象にされた挙句(あげく)、さらにそれを第三者に相談せざるを得ない、というのはかなりのストレスだろう。

 デリケートな依頼に踏み込んでしまった事を若干反省しつつも、こうなった以上は自分も出来る限りの事をするのが最低限の礼儀だろう、と安室(あむろ)と共に情報を引き出していった。

 その途中で、ついうっかり彼女の地雷を踏み抜いてしまった事に関しては、自分でもやらかしたと反省している。この強過ぎる好奇心のせいで度々危ない目にも()ってきたが、なかなか治らないのが困りものだった。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 その後、安室(あむろ)と黒羽千暁(ちあき)の間で細かい契約が交わされ、連絡先を交換した際に自分も便乗(びんじょう)した。

 流石(さすが)にそれには「コナンくんも?」と疑問に思ったようだったが、そこは小学生らしさを全面に出してゴリ押しさせてもらった。

 今後しばらくの間安室(あむろ)が警護に就くのであれば、ポアロに何度か来る事もあるだろうと踏み、その間に最初に彼女に対して感じた違和感を探っていけば良いと考えたからだったが、まさかその後にすぐにストーカーが捕まるとは流石(さすが)のコナンと言えど予想出来なかったのだ。

 

 千暁(ちあき)side

 あの後、通りすがりの通行人がすぐに警察を呼んでくれ、米花署の警官によってストーカーは連行されていった。

 てっきり千暁(ちあき)も一緒に警察に同行するのかとも思ったが、安室(あむろ)がざっと事情を話し、ストーカーに襲われた精神的負担を考慮して後日簡単な事情聴取のみを行う事となった。

 江古田署にストーカーについて相談していた事も大きかったらしく、後は米花署が江古田署に問い合わせて手紙や写真を出していたのがあの男かどうか慎重に調査するらしい。

 また、ストーカーを取り押さえたというのが安室(あむろ)という事もあって、後日の事情聴取には安室(あむろ)も一緒らしく、その他保護者が必要な場面ではラスベガスにいる母に変わって安室(あむろ)が同行してくれるという。

 ストーカーが捕まった以上、依頼は完遂(かんすい)したと思っていた千暁(ちあき)だったが、ストーカーへの処分が決まるまで(起訴(きそ)または示談(じだん)が確定するまで)依頼は継続し、警護も続けてくれるという事だった。極端な話、ストーカーの身内が逆恨みで千暁(ちあき)を狙わない、という保証も無かった為である。

 それには複雑な心境の千暁(ちあき)ではあったが、心強く思ったのも事実だった。

 あのストーカーはまともな思考の持ち主とも思えなかったのだから。

 ―――――――――そしてその後、結果としてストーカーの薬物使用が認められ、覚醒剤所持及び使用の件で再逮捕となった為、5日後には依頼は完遂(かんすい)となった。

 その間、安室(あむろ)千暁(ちあき)の送り迎えをしてくれたのだが、“白いスポーツカーのイケメン彼氏”という噂を否定するのに苦労した5日間でもあった。

 

 ――――――――5日後。

 安室(あむろ)への依頼料の振り込みも完了し、千暁(ちあき)は東都デパートで購入した焼き菓子の詰め合わせを持参してポアロに来ていた。

 何しろこの5日間、千暁(ちあき)の警護の為に安室(あむろ)のシフトを大分調整してくれたらしいので。それが一段落した以上、菓子折りの1つでも持って礼を言いに行くのが筋というものだろう。

 みなさんで召し上がってください、とでも言えば受け取ってもらい易いだろうし。

 一応安室(あむろ)の事を考慮して、1つ1つ個別包装されたものである(まぁ、公安である彼が口にするかは分からないが)。

 そしてやって来たポアロの店内で、思わず千暁(ちあき)は膝から崩れ落ちそうになった。

「あ!千暁(ちあき)姉ちゃん!!」

 千暁(ちあき)の姿を見付けるなり、あざとさ120%で駆け寄ってきた好敵手(ライバル)によって…。

(め、“名探偵”…なんでここに……!)

 見れば、コナンが駆け寄ってきた席には毛利蘭と鈴木園子、世良真純(ますみ)の姿があった。

 学校帰りにお茶ですか、そうですか…。

 そりゃ、自分も学校帰りに来たのだから、同じく高校生の彼女たちがこの時間にいても不思議は無い。毛利蘭の姿があれば、この“名探偵”がいても自然と言えた。

 一瞬ポアロに来た事を後悔しそうになったが、“怪盗キッド”の意地とプライドにかけてポーカーフェイスを維持する。

「こんにちは、コナンくん。」

「こんにちは!」

 何て白々しい会話…、と思いつつも表面上はにこやかに会話を続ける。今の自分はストーカーから解放されて晴ればれとしている女子高生、と暗示をかけながらではあったが。

「今日はどうしたの?安室(あむろ)さんは、今日はまだ来てないよ?」

「ああ、安室(あむろ)さんへの依頼は完遂(かんすい)してもらったから、今日は安室(あむろ)さんに会いに来た訳じゃないの。」

「じゃあ、どうして?」

 何でそんな興味津々なんだ。奥の席で“安室(あむろ)”の名にばっちり反応した女子高生3人組がこっちガン見してるじゃないか。

 そんな事を想いながら何食わぬ顔で事情を説明する。

安室(あむろ)さんが警護してくれてる間、安室(あむろ)さんのシフトかなり調整してくれたみたいで、ポアロの人たちにも迷惑かけちゃったみたいだからご挨拶(あいさつ)に来たの。」

「そーなんだー。」

 それからドアベルの音に反応してカウンターから出てきた梓に向き直る。

「すみません、今日はマスターさんはいらっしゃいますか?」

「ごめんなさい。今生憎(あいにく)町内会の会合に出ていて、今日はもう戻らない予定なんです。」

「そうですか…。それじゃあ、これをマスターさんにお渡しいただけますか?」

「えっと……?」

 東都デパートの袋から包装された箱(傍目(はため)にも菓子折りか何かだろうと分かる包み)を取り出して梓に差し出す千暁(ちあき)に、困惑したような目が向けられた。

「私、黒羽と言います。こちらでバイトされている安室(あむろ)さんにストーカー調査についての依頼をしてまして、その件で安室(あむろ)さんのシフトを大分調整してくださったと聞いたので…。依頼が一段落しましたので、ご迷惑をおかけしたお()びに……。これ、ポアロのみなさんで召し上がってください。」

「ああ!マスターから聞いてました…!安室(あむろ)さんに探偵の依頼が入ったから、シフト調整するって…。でも、安室(あむろ)さんのシフト調整はいつもの事ですからそんなに気にしなくて大丈夫ですよ?」

 千暁(ちあき)の説明に梓が納得した様子を見せるが、そこまでする程でも無い、とそっと菓子折りを押し返そうとする。

「いえ…。ご迷惑をおかけしたのは確かですし、安室(あむろ)さんが依頼を受けてくださったおかげで何事も無く解決しましたので……。」

「そうですか…?それじゃあ、お預かりします。わざわざ来てくださってすみません、ありがとうございます。」

 そうまで言われては断る方が失礼、と梓も受け取る。

 店の入口で店員と客がお互いに頭を下げる、という一見不思議な光景が繰り広げられたが、カランカラン♪とドアベルを鳴らして新たな客が入って来たのをきっかけにそれは終了した。

「あ、いらっしゃいませ―――!」

「それじゃあ、私はこれで失礼します…。」

 梓が慌てて客を案内しようとしたのを見て帰ろうした千暁(ちあき)だったが、それは止められた。

「あ、待ってよ千暁(ちあき)姉ちゃん!」

「コナンくん?」

 何故(なぜ)止める、“名探偵”―――――――!!!

 内心でシャウトしながら自身を呼び止めた“名探偵”を見下ろす。

「もう帰っちゃうの?もうちょっとお話しようよ。蘭姉ちゃん、毛利のおじさんの子どもにも紹介するからさ!」

 表面上はニコニコと無邪気に提案するコナンだったが、蘭よりもむしろ同じ高校生探偵である世良真純(ますみ)千暁(ちあき)を会わせ、世良がどんな反応をするのかが見たいと考えていた。

(絶対(ろく)な事考えてない………!)

 しかし、千暁(ちあき)もまたそれを敏感に察知する。

 これ以上ここにいるのは危険(自分にとって)、と判断し逃亡を図った。

「気持ちは嬉しいけど、もうすぐバスが来ちゃうから早く帰らないと……。暗くなってから帰るのはまだちょっと怖いし………。」

「そっかぁ…。」

 困ったように笑いつつもストーカーの件について匂わせれば、コナンも素直に引く。

「それじゃあ、また今度お話しようね!約束だよ?」

「…うん、また今度ね。」

(良し!言質(げんち)は取った…!)

(ヤバイ、言質(げんち)取られた…。)

 それぞれ正反対の事を考えつつ、帰る千暁(ちあき)をコナンが見送った。

「またね――――!千暁(ちあき)姉ちゃん!」

「またね―――――…。」

 見かけだけはたいへん可愛らしく手を振る好敵手(ライバル)に若干薄ら寒いものを感じながら、取り()えず女子高生らしく手を振り返す千暁(ちあき)だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀翼の奇術師編
“運命の宝石”


お待たせしました。
今回は“銀翼の奇術師”導入編です。
映画とどう変わっていくのかお楽しみに。

お気に入り登録、ご感想、誤字報告ありがとうございます。


『     Romeo(ロミオ)

      Juliet(ジュリエット)

      Victor(ビクター)

      Bravo(ブラボー)

      26の文字が飛び交う中

       “運命の宝石”を

      いただきに参上する。

                 怪盗キッド    』

 

 赤いバラの花束に予告状を添え、女優‐(まき)樹里(じゅり)のマンションのベランダへと置く。そしてそのまま、夜の空へと身を躍らせた。

 ヒュウウウウゥゥ………

 バッ、とハンググライダーを開き、そのまま滑空体勢に入る。

(さて、今回はどうなるかな………。)

 人目に付かないように高度を上げながら、今出したばかりの予告状へと思いを()せた。

 今回“怪盗キッド”が狙うのは女優の(まき)が所有するスターサファイア“運命の宝石”。

 最初は、偽物と分かっているものをわざわざ盗む気は無かった。

 しかし、連日舞台“ジョゼフィーヌ”の宣伝も兼ねて“運命の宝石”についてテレビで報道されており、中には“怪盗キッド”が狙うのでは?!と余計な(あお)り文句を使っているワイドショーもある。

 嫌な予感がして(まき)の周囲を調べてみたところ、案の定スネイクたちが“運命の宝石”について()ぎ回っているのが分かった。

 放置すればどんな手段に出るか分からない。

 (まき)や周囲の人間の安全の為にも、あれが“パンドラ”では無いと奴らに知らしめる必要があった。

 本来ならば、明日の千秋楽(せんしゅうらく)で盗む事が出来ればベストだが、予告状を出した以上、スネイクたちは明日自分(怪盗キッド)を狙って姿を現すだろう。

 そのまま前回のように狙撃、もしくは銃撃戦となる可能性がある以上、劇場での犯行は避けた方が良い。舞台のキャストや観客たちにもしもの事があっては遅いのだ。

 止む無くストーリー通りの予告状を出したものの、不安要素しか無かった。

(“名探偵”だけでも結構いっぱいいっぱいなんだけどな……。)

 “沖矢(すばる)”と“安室(あむろ)(とおる)”が参戦しない事を祈るばかりである。

 ―――――――――思わず()いた溜息は風に流れて消えた。

 

 ―“ブルーパロット”地下―

『成程…。これがキッドからの予告状ですか…。』

『はい…。今朝、自宅マンションのベランダに大きなバラの花束を添えて置いてあったんです…。』

『う~む…。』

「やっぱりこうなったか…。」

 (はと)に仕込んだカメラ越しに、毛利探偵事務所の様子をモニターで(うかが)いながら溜息を()く。

 たぶん、ここはストーリー通りになるんだろうな、と飼っている(はと)のうち1羽にカメラを仕込んで飛ばし、毛利探偵事務所を見張らせていたが案の定だった。

 トランプ銃の手入れを行いながらモニターを注視すれば、来ないで欲しいと思っていたうちの1人が同席している。

(やっぱり……?)

 せめて“沖矢”の方は来てくれるな、と祈りながら手入れを進めていた千暁(ちあき)(もと)に、寺井(じい)がココアを持って来た。

「どうぞ、お嬢様。」

「ありがと。」

 一旦手入れの手を止め、温かいココアを(すす)る。

千暁(ちあき)お嬢様…。やはり今回は手を引いた方がよろしいのでは?以前の傷がやっと塞がったばかりだというのに、今回は()()()()だけでなく“()()()()()もいるようですし……。」

 心配で心配で仕方無い、といった様子の寺井(じい)が進言する。

「今回は直接やり合う訳じゃないし…。放っとけば“組織”の連中が(まき)さんに何するか分かんないもん。」

 何か前にも似たようなシチュエーションで同じような会話をしたな、と思いながらココアを飲む。

「しかし、この寺井(じい)は心配で心配で…………!!」

「分かってる…。流石(さすが)に私もこの前ので()りたよ…。だから劇場でも函館(はこだて)の別荘でも無い、“空の密室”を舞台に選んだんだから…。」

 密室の中で“名探偵”と対峙しなくてはならない、という難易度は上がるが、“組織”の連中とやり合う事を考えれば1番周囲への巻き添えが少ないのが正直コレなのだ。

 基本的に()()は存在を秘匿(ひとく)しなくてはいけない為、不特定多数の人間の前に堂々と姿を現す事はほとんど無い。

 警察関係者や、あるいはその場で口封じが可能な少人数の人間に姿を見せた事はあるものの、基本的に一般人の目に触れないようにはしているらしかった。

 これが地上ならば、数百人単位の人間がいようとテロか何かに見せかけ、劇場に爆弾なりなんなりを仕掛けてその(すき)に、という恐れもあったが、流石(さすが)に下手をすれば自分たちごと墜落しかねない飛行機の中で事を起こしたりはしない(はず)だ。そんなリスキーな賭けに出るよりも、飛行機に乗る前か降りた後の方が確実且つ安全である。

 今回、“怪盗キッド”が予告状を送った事で劇場を囲んで待ち伏せる位の事はするだろうが、その場で“運命の宝石”を狙う事もまず、無い。

 “怪盗キッド”目当てのマスコミが多数いる中、顔を(さら)すどころか“組織”の存在を露見(ろけん)させかねない行動はしない(はず)。まぁ、自分(怪盗キッド)が姿を見せたならば、見せしめも兼ねてその始末を優先させる位の事はするだろうが。

 恐らく“怪盗キッド”がいつ現れても良いように(まき)の周辺を張りつつ、彼女の行く先々に先回りして彼女が1人になる、あるいは複数の人間が(そば)にいてもすぐに警察への通報が出来ないような機会を待つだろう。

 女優という職業柄人間関係も(はな)やかであり、1人で行動する事はほとんど無い上に、住んでいるマンションのセキュリティーもなかなかのもの。“怪盗キッド”のようにベランダから、というならともかく、正面からのセキュリティー突破は骨が折れるだろう(あくまでも()()にとっては、だが)。

 ()()(まき)を狙うなら、最も可能性が高いのは彼女の函館(はこだて)の別荘。彼女の別荘は他の別荘とはやや離れた場所にあり、周囲には何も無い自然の中。仮に何か事件が起きたとしても、それが発覚するまでには時間がかかる。

 まぁ、“名探偵”だけでなく安室(あむろ)も同行する可能性が跳ね上がった今、若干計画の見直しが必要になってきたが。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「ま、何にしても本番は明日…。今から心配してても身が()たないよ?寺井(じい)ちゃん。」

 ココアを飲みながらモニターを眺め、寺井(じい)(なだ)める。

「はぁ…。」

 まだ不安そうな寺井(じい)だったが、千暁(ちあき)の言っている事も(もっと)もである為、言葉をのみ込んだ。

『キッドが今夜その宝石を狙って来るのは間違いありません!!』

「残念…。今日じゃないんだな~…。」

 小五郎の断言に茶々を入れつつ、“名探偵”と同席している安室(あむろ)の様子を(うかが)った。

 どうやら暗号はまだ解けていないながらも、今夜狙って来る、という事に関しては疑っていないらしい。

(このまま(だま)されてくれれば楽なのに……。)

 まぁ、そう上手くいく(はず)が無いのだが………。

 さて、“組織”の連中が来ているかどうか今夜偵察(ていさつ)した方が良いだろうか。

 そんな事を考えながらココアを飲み干し、モニターの電源を切る。

 チケットが無ければ中には入れないし、周辺の様子だけ(うかが)おうか、と簡単に変装する為に、取り()えず服を見(つくろ)いに衣装部屋に入った。

 

 ――――――――――――午後6時、劇場“(そら)”。

 千暁(ちあき)は舞台“ジョゼフィーヌ”が上演される劇場“(そら)”にいた。

(何で私ここにいるんだろう…。)

 自分でもこの展開は想定していなかっただけに、思わず遠い目になる。

「どうしたのよ、千暁(ちあき)?変な顔して。せっかくお父さんが“ジョゼフィーヌ”のチケット(もら)ってきてくれたのに。」

 その様子を見(とが)めた青子(あおこ)千暁(ちあき)の顔を覗き込む。

「…何でもないって。開場まだかなって思っただけ。」

 良く考えればその可能性は気付けた(はず)だった。

 最近は鈴木相談役(がら)みの“仕事”が続いたせいでうっかりしていたが、青子(あおこ)が父親である中森警部に頼んで“怪盗キッド”が予告状を出した美術館や舞台に出入りする事は珍しい事では無い。

 そして千暁(ちあき)をそれに誘うのも珍しい事では無かった。何せ、このお陰でスムーズに下見を進められた事も1度や2度では無い。

 だから、今回の舞台のチケットを中森警部が愛娘(青子)その親友(千暁)の分を融通(ゆうずう)してもらっていたとしても不思議は無かったのである。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「そう?それなら良いんだけど…。それよりこのワンピースどう?おニューなの!」

 千暁(ちあき)の返事で気を取り直した青子(あおこ)がクルリ、とワンピースを見せるようように回転して見せる。淡いオレンジ色と薄い黄色、薄茶色のタータンチェックのワンピースは実際良く似合っていた。髪も一部だけを(まと)めて同じ生地で作ったシュシュで(くく)っている。

 大粒のパールを模したイヤリングと、足首丈のブーツもワンピースと合っていた。

「似合ってるよ。可愛いね。シュシュもお揃い?」

「うん!セットだったの!」

 夜に開演の舞台、という事もあって周囲の客もある程度フォーマルな服装が多いが、これなら浮く事も無いだろう。

 千暁(ちあき)自身、それを見越して黒いワンピースを着ている。シンプルだが、フワリと広がるスカートと腰のリボンが可愛らしいデザインのものだ。足元も同じようなデザインの、足首でリボンを結ぶタイプのパンプスを()いている。

 アクセントとして黒いレースの手袋と、アクセサリーに赤い宝石(もちろん偽物(イミテーション)だが)のピアスとペンダント。

 軽くだがメイクもしていた為、普段よりもグッと大人びて見えた。

千暁(ちあき)も可愛いね!そのワンピースどこで買ったの?パンプスも合ってて良い感じ!!」

「これ?ママが送ってきたヤツ。アメリカ(向こう)で見付けたんだって。」

「へぇ~。良いな、ちょっと大人っぽーい!」

 クルクルと千暁(ちあき)の周りを回りながらニコニコとベタ()めする青子(あおこ)に苦笑する。

「それよりおじさんは?チケットのお礼を言いたいんだけど…。」

「あ、いっけなーい!着いたら電話するように言われてたんだった!」

 そう言って(あわ)てて携帯を取り出す青子(あおこ)に首を傾げる。

(電話ったって中森警部(おじさん)仕事中なんじゃ……?)

 そんな事を考えている間に無事に中森に繋がったらしい。そのやり取りを何とはなしに聞いて待つ。

「うん。うん、分かった!それじゃ今から行くね!」

 そう言って電話を切り、携帯をしまった青子(あおこ)千暁(ちあき)を振り返る。

「おじさん、何て?」

「今、(まき)さんの楽屋にいるから、チケットのお礼を言いに来なさいって!」

「え?入って良いの?楽屋…。」

「今なら他にもお客さんいるから大丈夫って言ってたよ!」

「へぇ…。」

 そう言って千暁(ちあき)の腕を引っ張る青子(あおこ)を止める。

「待って!せっかく行くならもっと可愛くして行こ。メイクしたげるから。」

「え?でもお父さんたち待ってるよ?」

「任せて。そんなに濃くしないし、3分で終わらせるから。」

 善は急げ、と青子(あおこ)の背を押してトイレのパウダールームへと移動する。

 ―――――――そして5分後。宣言通りに3分で青子(あおこ)をメイクアップさせ、軽くダッシュして2分で楽屋に着いた。

「ここ?」

「そうみたい……。」

 コンコンコンッ………!

 ノックする千暁(ちあき)の後ろに青子(あおこ)が隠れる。

「何隠れてんのさ?」

「だって緊張するよ~…。」

『はい…。』

 ガチャ…

 応対したのは、眼鏡をかけたスーツの女性。(まき)の秘書‐矢口真佐代(まさよ)だった。

「ああ、あなたたちが中森警部の娘さんとそのお友達…?」

「はい。」

「どうぞ。お話は伺ってました。」

 話は既に通っていたらしく、すんなり中へと入れてくれる。

「おお、青子(あおこ)千暁(ちあき)ちゃんも!来たな。」

「あ、お父さん!」

 父親の姿を見付けた途端に心強くなったのか、千暁(ちあき)の背中から出てさっさと中森警部に走り寄る青子(あおこ)に苦笑し、自身も中に入ろうとした時だった。

「あれ?千暁(ちあき)姉ちゃん?!」

(そうだった、その可能性をすっかり忘れてた………!)

 本当に驚いた顔で千暁(ちあき)を見詰めて来る“好敵手(ライバル)”に、条件反射で引き()りそうになった頬を押し留め、笑顔をキープした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



お待たせしました。白き罪人更新です。

次回、いよいよ“怪盗キッド”登場。

誤字報告、お気に入り登録どうもありがとうございます。


千暁(ちあき)姉ちゃん、何でここに?」

「ん?何だ、君たち知り合いだったのか?」

 コナンの台詞(せりふ)に、中森が怪訝(けげん)そうな顔をした。

「前にちょっと……。」

 引き()りそうな顔を何とかキープしながら詳細を(にご)す。

 ストーカーの件は青子(あおこ)に口止めしていて中森には内緒だったのだ。中森は青子(あおこ)と仲の良い千暁(ちあき)の事も昔から可愛がってくれており、千暁(ちあき)の父である盗一(とういち)が死んでから彼女の父親代わりを自任しているところがある。

 これで青子(あおこ)千暁(ちあき)には過保護なところがあるので、余計な心配をさせそうだったので口裏を合わせて黙っていたのだが……。

「ちょっと?」

千暁(ちあき)姉ちゃんが小五郎のおじさんのところに依頼に来た時に…。」

「しっ―――――――――………!!!」

 余計な事を言うなと(あわ)てて口の軽い“好敵手(ライバル)”を制止する。

「依頼って、このちょび(ひげ)探偵にか?一体何を……?」

「まぁまぁ、それよりお父さん。チケットをくれた(まき)さんにお礼を言うのが先でしょ?」

「あ、ああ…。そうだな……。」

(ありがとう、ホンットありがとう青子(あおこ)………!)

 父親の性格を知り尽くしている青子(あおこ)が、本来の目的であった(まき)への挨拶(あいさつ)に中森の意識を戻す。

(まき)さん、ウチの娘の青子(あおこ)と幼馴染の千暁(ちあき)ちゃんです。」

 中森の(うなが)しに2人で(まき)(もと)へと歩み寄る。

「中森青子(あおこ)です!今日はチケットをどうもありがとうございました。こっちが幼馴染で親友の…。」

「黒羽千暁(ちあき)です。チケットをありがとうございました。この舞台、ぜひ観たいと思っていたんですけど高校生のお小遣いじゃ手が届かなかったので、すごく楽しみにしてました。」

「ああ…。良いのよ。ぜひ楽しんでちょうだい。」

 騒がしくなった楽屋の様子にか、一瞬(まゆ)(ひそ)めた(まき)だったが、そこは女優。取り(つくろ)うのは得意なようで、すぐに鷹揚(おうよう)に頷いて見せたあたり流石(さすが)と言える。

 だが、青子(あおこ)はその一瞬の違和感に気付いたらしい。(まき)が再び雑誌に目を落としたのを確認してから不安そうに千暁(ちあき)を見た。青子(あおこ)は天然だが人の感情には敏感なのだ。

 黙って口元に指を立て、“後で”と口の動きだけで伝えると千暁(ちあき)意図(いと)()んでコクリ、と頷いた。

 ペコリ、と(まき)に頭を下げてから青子(あおこ)を連れて中森警部の(もと)に戻る。

「ん?どうした、青子(あおこ)。」

 先程とは対照的に、若干顔を(くも)らせている娘を見咎(みとが)め中森が声をかけるが、「何でも無い…。」と気の無い声で返すばかりだった。

 問いかけるように千暁(ちあき)の顔を見れば苦笑するだけだった為、この場は任せようとそれ以上追及はしない。昔から、娘の事に関してはこの幼馴染の少女に任せておけば間違いは無いと信頼しているのだ。

「じゃあ、ワシはこれから仕事だからな…。青子(あおこ)千暁(ちあき)ちゃんも。帰る時は1度ワシに連絡してからタクシーを使うように。」

「「はーい。」」

 2人で“良い子の返事”を返し、これから警備の事で打ち合わせるらしい中森たちと小五郎を残し、楽屋を出る((ちな)みに安室(あむろ)は自分も残ると申し出ていたが、暗号は解けたと(みょう)に自信満々な小五郎に追いやられていた)。

「そういえば千暁(ちあき)姉ちゃん。」

「え?」

 楽屋から出るなり話しかけてきたコナンに、急に何だと思わず素で振り返る。

「中森警部ってもしかしてストーカーの事知らなかったの?さっきボクが言おうとしてた時に止めてたけど…。」

「お父さん、アレで昔から過保護なの。」

「中森のおじさん、昔から私の事も可愛がってくれてて……。」

千暁(ちあき)の事、もう1人の娘だと思ってるから、ストーカーされてるなんて知ったら絶対大騒ぎするもん。下手したら『ワシが捕まえてやる!』とか言い出しかねないから……。」

青子(あおこ)にも口止めお願いしてたの。」

 青子(あおこ)と2人での苦笑しながらの説明に、コナンも思わず何とも言えない顔になった。

「だから、安室(あむろ)さんが依頼を受けてくれた時はすごく安心したんです。ありがとうございました。」

 中森の過保護エピソードを苦笑しながら聞いていた安室(あむろ)に改めて先日の依頼についての礼を言えば、笑顔で返された。

「いえ。正式な報酬はいただきましたし…。梓さんに聞きましたがポアロにも来ていただいたみたいで、むしろ気を使わせてしまってすみませんでした。」

「こちらこそ、安室(あむろ)さんのお陰でケガも無く無事に解決しましたし…。」

 表面上はにこやかなやり取りを続ける千暁(ちあき)だったが、内心はそろそろ逃げ出したい気持ちで一杯である。“眠りの小五郎”はともかくとして、“好敵手(ライバル)”たる“名探偵”に“ゼロ”の切れ者、そして実力は未知数の高校生探偵がもう1人…。

(今回、ちょっと無理ゲーじゃない……?)

 安室(あむろ)の参戦により微妙なズレが生じたのか、少年探偵団と阿笠(あがさ)博士(はかせ)がいない。特に、“灰原(あい)”が不在である為か“沖矢(すばる)”がいないのは幸いだった。

 世良真純(ますみ)はこの際置いておいても、“平成のホームズ”に“公安”、更に“FBI”を相手取るなどゴメンである。

「ねぇ、がきんちょ。そろそろその()たち紹介してくれない?この前ポアロに来てた()でしょ?」

 安室(あむろ)とのやり取りを興味津々で(なが)めていた園子が、コナンに詰め寄る。

「あ、うん。」

 勢いに負けて頷くコナンだったが、千暁(ちあき)の事は知っていても青子(あおこ)とは初対面である。さて、どうしようかと見上げた視線に気付いた青子(あおこ)千暁(ちあき)(うなが)しながら自己紹介を始めた。

「中森警部の娘の青子(あおこ)です!江古田高校2年生なの。で、こっちが…。」

「黒羽千暁(ちあき)です。同じく江古田高校の2年生です。コナンくんとは、先日安室(あむろ)さんにストーカー調査の依頼をした時に知り合いました。」

「あ、毛利蘭です。毛利小五郎の娘の…。帝丹(ていたん)高校の2年生です。そしてこっちが…、」

「鈴木園子です。同じく帝丹(ていたん)高校の2年生。」

「世良真純(ますみ)。2人とはクラスメートなんだ。よろしくな!」

 黒いスラックスに白いカッターシャツ、ダークブラウンのベストといった出で立ちの世良がニッと笑うと一瞬ナンパでもされているのかと錯覚しそうだった。

 一瞬青子(あおこ)が世良に見惚(みとれ)るのを千暁(ちあき)は見逃さなかった。やはり世良を男と勘違いしているらしい。

 が、それも“名探偵”が再び口を開くまでだった。

「世良の姉ちゃんは高校生探偵なんだよ!」

「え?!女の子だったの??!」

青子(あおこ)!」

 ばっちり口に出してしまった青子(あおこ)(あわ)てて(たしな)める。

「ご、ごめんなさい!あんまりかっこよかったから………!!」

「はははは!気にしないでよ。良く間違えられるんだ。」

 フォロー出来ているのか微妙な台詞(せりふ)で弁解する青子(あおこ)に、世良もよくある事、と気にしない様子を見せた。

世良(せら)ちゃんはそこらの男よりもイケメンだもんね~。あたしたちも最初は間違えたもん。」

 微妙になりかけた空気を園子が変える。

 もとより世良は気にしていなかったものの、わたわたと取り乱しかけた青子(あおこ)だったが、カラリとした園子の様子に引っ張られて「よろしくね。」と笑顔を見せた。

 流石(さすが)財閥(ざいばつ)令嬢(れいじょう)といったところか、場を和ませて物事を円滑に進める手段を本能的に察しているらしい。

「さて、と…。開場まであと40分位あるし、お茶でもして待ってよっか?」

 劇場のスペース内にイートインの売店があった(はず)だ、と園子が提案した。

「黒羽さんたちも一緒にどう?」

「うん!行く行く♪」

(げっ…………!)

 笑顔で了承する青子(あおこ)に、思わず内心で(うめ)く。

 何となくある程度予想はしていたものの、この流れだと確実に…。

「あ、良いな~。ボクも行きたい!!」

(だよね~…。知ってた………。)

 そう。この“好敵手(ライバル)”が簡単に引き下がる訳が無かった。

「珍しいわね、がきんちょ。こういう時だいたい来ないのに。」

「だって~…。ボクもお腹空いちゃった~。それに千暁(ちあき)姉ちゃんとは、今度会った時にいっぱいお話しようねって約束したもん。ね!」

 園子の疑問に何食わぬ顔で答え、最後の「ね!」で、にーっこりと千暁(ちあき)(あお)ぎ見るコナンに「そうだね。」と頷いた。

 顔の筋肉を総動員させて笑顔をキープしていた為、(ほお)()りそうだったが。

安室(あむろ)さんはどう?」

「おや?僕も良いんですか?」

「むしろイケメンは大歓迎よ♡」

 園子の誘いで安室(あむろ)も同席する事となる。

(というか……。2人とも“怪盗キッド”捕まえに来たんじゃないの………?)

 女子会に交ざっている場合では無いと思うのだが。

(え、嘘?もしかして、もう暗号解けた?)

 映画では解読出来ていたのはギリギリのタイミングだったので油断していたのだが…。

 内心焦るが、表面上はポーカーフェイスを保つ。

 何食わぬ顔で会話を続けながら、万が一の場合を想定して複数の作戦を立てていく。

 

「ねぇ、青子(あおこ)姉ちゃん。」

「なあに?コナンくん。」

 それぞれ売店で購入した飲み物をイートインスペースに運び、席に着いたのを見計らってコナンが青子(あおこ)に切り出した。

「さっき(まき)さんに挨拶(あいさつ)してた時、何か不安そうな顔してたけどどうして?」

「あ、見てたの?」

「うん。ボクがいた位置からはね。ねぇ、どうして?」

「う~ん…。青子(あおこ)にも上手く説明出来ないんだけど……。」

 コナンの追及に、あくまでも感覚的なもので(とら)えていた青子(あおこ)が説明しあぐねて言葉を(にご)す。

 困ったように千暁(ちあき)を見詰める青子(あおこ)に苦笑し、代わりに説明した。

「さっき、私たちが楽屋に入らせてもらった時に(まき)さんが嫌そうな顔をしてたのに気付いた?」

「え?そうだった?」

「気付かなかったけど……。」

「ボクも見たよ。一瞬だったけど(まゆ)(ひそ)めてたね。」

「僕も見ました。すぐに取り(つくろ)ってましたが、確かに………。」

 蘭と園子は気付かなかったようだが、やはり探偵を自称するだけあった観察眼の鋭い世良と安室(あむろ)は気付いたらしい。

青子(あおこ)は昔から人の感情には敏感だから…。まぁ、(まき)さんは(くせ)の強い性格で業界じゃ有名らしいから、たぶんあれが彼女の本心なんだろうけど…。」

「良く知ってるね?」

 感心したように片眉を上げる世良に苦笑で返し、小声で続ける。

「ネットの掲示板は(すご)いですよ。一般的には大女優と呼ばれてるけど、性格は傲慢(ごうまん)でマネージャーや他のスタッフ、無名の俳優には高圧的で高飛車(たかびしゃ)だって…。(うわさ)じゃヘアメイクの人を付き人同然にこき使って、ハリウッドからの引き抜きを裏から手を回して潰したとか何とか……。」

 実際、今回の舞台もネットでだいぶ叩かれているのだ。

「ウッソ――――――――?!」

「でも、それって(うわさ)でしょう……?」

 園子が小声で叫び、蘭も穏やかでは無い(うわさ)(まゆ)(ひそ)めた。

「でも、火が無いところに煙は立たないって言うじゃないか。それに、さっきの楽屋での様子を見てるとあながちただの(うわさ)じゃないんじゃないか?」

「まぁ、芸能界で生き残るにはそれ位じゃないといけないんでしょう。」

 肩を(すく)めて見せた安室(あむろ)の言葉をしめに、話題は変わっていく。

 

 ―――――――――――その後は普通に女子高生らしい話題で盛り上がり、コナンは勢いに押されてほとんど千暁(ちあき)に話しかけられずに終わった為、それは千暁(ちあき)にとっては幸いだったと言える。

 主演女優にやや難ありだったものの、舞台自体も素晴らしいものだった。

 幕が下りきってから、中森と小五郎によって一悶着(ひともんちゃく)あったようだが……。

 

 そして、舞台は“怪盗キッド”に相応(ふさわ)しい“大空”へと移った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

865便

お待たせしました。白き罪人更新です。

誤字報告、評価、お気に入り登録ありがとうございます。

何か、評価とお気に入り登録数が短期間で伸びたな、と思ったら7月28日付けのランキングで4位でした。
どうもありがとうございます。


 ――――――――黒羽家、地下隠し部屋。

『良いかい、千暁(ちあき)…。マジシャンにとって、最も大切な心得を教えよう……。』

 灯りを付けると同時に、部屋の奥に設置されたジュークボックスが作動し、レコードに録音された、亡き父‐盗一(とういち)の声が流れ出す。

 ジュークボックスには複数のレコードが保管されており、どのレコードが流れるかは完全なランダムだったが、不思議とその時の千暁(ちあき)にとっていつも最善のアドバイスが流れた。

 いつものように、ジュークボックスの前に備えられた1人掛けのソファに座り、目を(つむ)って父の声に耳を澄ます。

『客に接する時、そこは決闘の場…。決して(おご)らず、(あなど)らず……。』

 父の低く甘い声が、千暁(ちあき)の心を落ち着かせる。

 元々甘い響きの声の持ち主の父だったが、母‐千影(ちかげ)と娘である千暁(ちあき)に対する時には、その声は殊更(ことさら)に甘く深く響いた。

 幼い頃はその膝に抱かれ、良くお気に入りの絵本を読み聞かせてもらっていたものである。どんなに怖い夢を見ても、嫌な事があっても、父の声はいつも千暁(ちあき)を落ち着かせたものだった。

『相手の心を見透かし、その肢体(したい)の先に全神経を集中して持てる技を尽くし…、(なお)()つ笑顔と気品を損なわず…。』

 並外れた知能と身体能力を持つ千暁(ちあき)とて、最初から何の不安も恐怖無く“仕事”をこなしてきた訳では無い。

 初めて父の秘密を知った日、“怪盗キッド”を継ぐと決意した日、初めてスネイクと対峙(たいじ)した日、そして“好敵手(ライバル)”たる“名探偵”との邂逅(かいこう)――――――――――…。

 不安に涙した日もあった。

 恐怖に震えた夜もあった。

 興奮で眠れずに迎えた朝も。

 そんな時は、決まってこの隠し部屋で父の声を聴いた。

 それだけで、どんなに心が乱れていても落ち着きを取り戻す事が出来たのだ。

 この時間は、“怪盗キッド”になる為の大切なルーティン。

 そして同時に、“黒羽千暁(ちあき)”に戻る為の儀式でもあった。

『いつ何時たりとも…、ポーカーフェイスを忘れるな…。………分かったかな?千暁(ちあき)……。』

「………分かってるよ、パパ……。」

 レコードの父の言葉に、目を(つむ)ったまま頷く。

 それと同時に、再生の終わったレコードが盤面(ばんめん)から外される。

 ゆっくりと開かれた紫紺(しこん)がかった青の瞳には、不敵な輝きが宿っていた―――――――。

 

 ――――――数時間後、羽田空港。

 千暁(ちあき)は函館の(まき)の別荘で行われる、舞台“ジョゼフィーヌ”の打ち上げに招待され、青子(あおこ)と共に羽田空港にいた。

「函館は雷雨みたいだね…。」

 空港内のテレビから流れる天気予報に、世良が呟く。

「あーあ…。せっかくめかし込んで来たのに、雨とはねぇ……。」

「ねぇ、千暁(ちあき)…。雷が飛行機に落ちちゃったりしない?」

 園子が不満気に呟く横で、青子(あおこ)千暁(ちあき)の袖を引っ張った。

「さぁ…。でも、欠航にならないって事は、プロの目から見て心配無いって事じゃない?」

 不安を(あお)らないように無難(ぶなん)な言葉を返しつつ、集まったメンバーを眺める。

 舞台“ジョゼフィーヌ”で(まき)と共演した俳優‐成沢(なるさわ)文二郎(ぶんじろう)、演出家も兼任していた(ばん)(とおる)(ばん)の妻で同じく女優‐田島天子(てんこ)(まき)のマネージャー‐矢口。

 そして、千暁(ちあき)青子(あおこ)ら同様に(まき)に招待されたのが、毛利小五郎とその娘‐蘭。そしてその親友‐園子と友人の世良。千暁(ちあき)の“好敵手(ライバル)”、江戸川コナン。

 正直なところ、このメンバーの中で何故(なぜ)自分が青子(あおこ)と共に打ち上げに招待されたのか、千暁(ちあき)には理解出来なかった。

 直接“運命の宝石”の警備に関わり、(なお)()つ著名人である小五郎とその娘の蘭、また鈴木財閥の令嬢である園子、その友人である世良までは分かる。このメンバーが揃えば、毛利家に預けられているコナンが同行するのも当然。

 しかし、青子(あおこ)千暁(ちあき)はあくまでもチケットを融通(ゆうずう)してもらっただけの一般人に過ぎない。

 確かに青子(あおこ)の父‐中森は今回の警備の最高責任者だったが、結果的に“運命の宝石”は無事だったとは言え、“怪盗キッド”を確保出来なかったばかりか危うく成沢(なるさわ)を誤認逮捕しかけるという失態を犯している。

 言っては何だが、(まき)は自己顕示欲(けんじよく)虚栄(きょえい)心がかなり強い。著名人を(はべ)らかし、自分の良いように振り回す事を一種のステータスのように振る舞っている節がある。

 彼女の言動は全て、自分にとって得になるかどうか、という一点にのみ重きを置いている。

 そんな彼女が、呼んでも何の得にもならない女子高生2人を打ち上げに呼び、自分の別荘に招待する、というのも妙な話だった。

(一体どうして……?)

 考えるが、心当たりは全く無い。

「それにしても、安室(あむろ)さんが来られなかったのは残念だったわ~…。」

「探偵の依頼が入っちゃったんだから、仕方無いわよ…。」

 溜息を()く園子に蘭が苦笑する。

 そのやり取りを眺めながら、内心安堵(あんど)の息を()いた。

(上手くいって良かった…。)

 “怪盗キッド”としての“仕事”の下調べの最中に手に入れた、いくつかの反社会派組織の情報を公安の複数人の捜査官のパソコンをハッキングして(まぎ)れ込ませておいたのだ。

 “ゼロ”である彼が出張る程の案件かどうかは判断が付かなかったので一種の賭けだったが、どうやら情報の裏取りと洗い出しに時間を()かねばならない程度のものだったらしい。

 流石(さすが)に“名探偵”と同時に相手取るには不安過ぎる相手である。上手く分散出来た事にほっとした。

 残る唯一の不安要素は、探偵としての実力がある意味未知数の世良真純(ますみ)のみ。

(いつも以上に気を引き締めていかないと危ないな…。)

 下手をすると足を(すく)われる可能性もある。

「いやあ、すみませんなぁ…。私らまで舞台の打ちあげにお招きいただいて…。」

「皆さんのお陰で宝石が無事だったんですから、当然の事ですわ!」

「そうそう、そんな事気にせずに函館を楽しみましょう…。」

 小五郎の謝辞(しゃじ)にマネージャーの矢口が答え、成沢(なるさわ)が続けた。

「それにしても、樹里(じゅり)の奴、遅いな…。」

「ホント…。」

 (まき)が未だに姿を見せない事に、(ばん)とその妻‐天子(てんこ)(いぶ)かし気な顔を見せた。

「すいません、今なつきさんにメイクしてもらってるんです…。駐車場の車の中で…。」

「メイクですか…。大女優ともなると大変なんスなぁ…。」

 矢口の説明に感心したような声を上げる小五郎だったが、それは(ばん)夫妻によって否定される。

「大変なのはなつきちゃんの方よ!」

「ああ、樹里(じゅり)にすっかり重宝(ちょうほう)がられて、付き人のような事までさせられてるからなぁ…。」

 その言葉を聞いて、世良が千暁(ちあき)の隣にそっと歩み寄って来た。

「どうやら、あの噂は本当みたいだね…。」

「そうみたい…。」

 ニヤッと笑いながら小声で(ささや)かれた言葉に、同じく小声で返している間に、ヘアメイクの酒井を従えた(まき)が現れた。

「ハ~イ!!お待たせ、皆さん!!」

「いやあ、今日は一段とお綺麗ですなあ!」

「どうも、毛利さん…。」

 鼻の下を伸ばすような小五郎の台詞(せりふ)に、サングラスを外しながら(まき)婉然(えんぜん)と答えた。

「全員揃ってるみたいね…。」

「いや、まだ新庄(しんじょう)君が…。」

 同じく“ジョゼフィーヌ”で共演していた俳優‐新庄(しんじょう)(いさお)がまだ来ていない、と(ばん)が答えるが、それはマネージャーの矢口によって答えられた。

「ああ、新庄(しんじょう)さんなら体調が悪いのでキャンセルすると今朝電話があったんです…。」

 それに最初に反応したのが天子(てんこ)だった。

「あら、そうなの…。残念ね樹里(じゅり)…。」

「…え?何が?」

「ううん、別に…。」

 ある種の()()を持たせた2人の会話に、芸能界の闇を垣間(かいま)見た気がして薄ら寒い思いを味わった千暁(ちあき)である。

(恐っ…!)

「あのう…、他の役者さん達は来ないんですか?」

「当たり前じゃないの。端役(はやく)の連中を呼んだって何のメリットも無いでしょ?」

 ニッコリと微笑む(まき)に、蘭と小五郎が言葉に詰まり、コナンが苦笑いした。

 その様子に、世良が再び千暁(ちあき)青子(あおこ)(ささや)く。

「イイ性格してるよ…。ホントに…。」

 千暁(ちあき)青子(あおこ)が黙って頷いた。

 

 一部を除いて微妙な空気になったが、一同は函館行きの飛行機‐スカイ・ジャパン865便へと乗り込んだ。

 コックピットのすぐ(そば)、2階席のスーパーシート。座席番号は左の窓からA席、B席、通路を挟んでJ席、K席となっている。

 つまり、

 A B| 通路 |J K 

 の順で席が並んでいる。

 千暁(ちあき)達の座席は、1Kが成沢(なるさわ)、2Bが(まき)、通路を挟んで2Jが天子(てんこ)、2Kが(ばん)。そして3Aが山口、3Bが酒井、通路を挟んで3Jがコナン、3Kが世良、4Aが青子(あおこ)、4Bが千暁(ちあき)、4Jが小五郎、5Aが蘭、5Bが園子だった。

 

 図解すると

 1A 2B| 通路 |1J 成沢(なるさわ)

 2A (まき)| 通路 |天子(てんこ) (ばん)

 山口 酒井| 通路 |コナン 世良

 青子(あおこ) 千暁(ちあき)| 通路 |小五郎 4K

 蘭 園子 | 通路 |5J 5K

 となる。その他は空席で完全な貸し切り状態だった。

「ホントに良いの?千暁(ちあき)。窓側替わってもらって。」

 元々4A、つまり窓側は千暁(ちあき)だったのを交換した為、青子(あおこ)が不思議そうな顔をする。

「良いよ。景色、見たいんでしょ?」

「へへ…!いつもありがと!!」

 いつも新幹線などで窓側に座りたがる青子(あおこ)なので、千暁(ちあき)が交換してやるのはいつもの事だが、青子(あおこ)から求められる前に自分から申し出るのは珍しい。

 その為、不思議そうな顔をしていた青子(あおこ)だったが、千暁(ちあき)があっさりと頷けば嬉しそうにはにかんだ。

(通路側の方が機内を把握し易いしね…。)

 これぞwinwin。

 何食わぬ顔でこれからの手順をシミュレーションしている時だった。

「どうしたのよ、蘭。さっきから振り返ってばっかりで…。」

 後ろの席で蘭が最後部の階段をしきりに気にしているようで、隣に座っていた園子が不思議そうな顔をしている。

「あ、ううん、何でもない…。」

 蘭が(かぶり)を振った直後、キャビンアテンダントが「いらっしゃいませ。」と新たな乗客を迎える声が聞こえた。

(貸し切りじゃないんだ…?)

 千暁(ちあき)が一瞬疑問を持つが、ほぼ同時に蘭が小声で「来た……!」と期待を込めた声を上げる。

「来たって誰が?」

「しっ!黙って…。」

 園子の問いかけを制止し、蘭が前に向き直った。

「どしたの?」

「しー…!」

 後ろのやり取りを耳にした青子(あおこ)が振り返るが、園子同様に蘭に制止される。

 直後、後方から歩いてきた女性がチケットの座席番号を確認しながら小五郎に声をかけた。

「あの、お隣の席……。」

「ああ、どうぞ……。」

 返事をしながら機内誌から顔を上げた小五郎が、その女性を見るなり驚愕の声を上げる。

「いっ!?英里(えり)っ?!」

「あ、あなた!!」

 そう。新たに入って来た乗客は小五郎の別居中の妻で蘭の母親‐妃英里(えり)だった。

(ああ、そういう事……。)

 そういえば、こんな展開が映画にあったかもしれない、と千暁(ちあき)が意識を“仕事”へと戻す。

 その後、小五郎が(まき)の隣、2Aへと移り、それぞれ離れた席へと座る事で落ち着いた。

『業務連絡です…。乗務員はドアモードを変更してください…。』

 機内に離陸間際のアナウンスが流れる。

 ふと、通路を挟んで斜め前の席に座っていたコナンの様子が変わった事に気付く。

 流石(さすが)に表情までは見えないが、その楽し気な、挑発的な気配から察する事が出来た。

(予告状の意味が分かったみたいだね…。)

 予告状の暗号が解けたタイミングは、映画とほぼ同じ。

 しかし、安心は出来ない。自分(千暁)青子(あおこ)ががいる時点で既に本来のストーリーからは外れている。

 少しでもしくじれば、“怪盗キッド”は一巻の終わり…。

(さぁ、始めましょうか“名探偵”…。私の奇術(マジック)とあなたの頭脳、どちらが上回るのか……。)

 既にいくつかの布石(ふせき)は打ってある。

 最後に笑うのは、一体どちらか…。

 上空1万フィートの密室で、“怪盗”と“探偵”の化かし合いが今、始まる―――――――…。

 

 

 




千暁の狡い作戦で、安室さんは不参加。
次回、世良ちゃんがどう動くのか!?それは作者にも分からない←


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命の分かれ道

お待たせしました。白き罪人更新です。

お気に入り登録、誤字報告どうもありがとうございます。

今回、ちょっと急展開です。


『皆様、本日もスカイ・ジャパン航空をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。この便の機長は大越(おおこし)、私は客室を担当致します進藤でございます。』

 アナウンスに、それまでつまらなそうに機内誌を眺めていた(まき)が顔を上げた。その様子をコナンが怪訝(けげん)そうな顔で見詰める。

「?どうかしたのか?コナンくん。」

「ううん、別に何でも無いよ…。」

 それを見咎(みとが)めた世良がコナンに尋ねるが、コナンは(かぶり)を振って誤魔化(ごまか)した。

 千暁(ちあき)もまた、席の関係で(まき)の姿は見えなかったものの、アナウンスとコナンの様子から大体の状況を察した。

(大越(おおこし)って確か…。)

 (まき)は元スカイ・ジャパンのキャビンアテンダントで、今日の機長である大越(おおこし)とも何度も仕事をした事がある(はず)である。

(あの人、サービス業向きには見えないけど……。)

 だからこそ女優に転向したのか、はたまた上手く外面を取り(つくろ)っていたのか…。

 しょうもない事を何とは無しに考えている間に、一同が乗った飛行機はいよいよ離陸態勢に入った。

 865便が滑走路を走り出し、機内のビデオスクリーンに移り変わる滑走路の様子が映し出される。

「見て見て千暁(ちあき)!凄い速いよ!!」

「完全に離陸しないうちにずっと外見てると酔うよ?」

 子どものようにはしゃぐ青子(あおこ)を、千暁(ちあき)が苦笑しながら(たしな)める。

 大型の旅客機だけあって揺れはそうでも無いが、その分窓の外を流れる景色は速く、みるみるうちに過ぎ去っていく。乗り物酔いし易い体質の人間なら、それだけで酔いそうな位だった。

「平気平気!」

 まぁ、青子(あおこ)はそんなに乗り物酔いする体質でも無いから大丈夫だろう。

 ニコニコと機嫌良く答える青子(あおこ)に、それ以上の追及はしなかった。

 ゴトリ、と微かな振動と共に機体が浮き上がり、上昇していく。

(さて、いよいよ……。)

 離陸時のGによって微妙に座席に体が押し付けられるのを感じながら、千暁(ちあき)は最後のシミュレーションを繰り返した……。

 

 機内に点灯していたシートベルトの着用ランプが消える。どうやら完全な水平飛行に切り替わったらしく、非常口の(そば)のジャンプシートに座っていたキャビンアテンダントが自らのシートベルトを外して立ち上がった。

 そのまま座席後方のギャレーへと向かって仕切りのカーテンをくぐるのを、首だけ振り返った状態で確認する。

「どうしたの?」

「ん?ちょっと(のど)乾いちゃって…。」

 機内サービスを待っていたのだ、と青子(あおこ)誤魔化(ごまか)す。

「そういえば、青子(あおこ)も何か飲みたくなってきたな~。」

「話には聞いてたけど、やっぱり機内って乾燥してるみたいだね。」

 乾燥を理由に(もっと)もらしい理由を答えれば、やはり(のど)の渇きを覚えていたらしい青子(あおこ)は納得した。

「仕方無いよ。一般的に飛行機が飛ぶ上空1万mは、気温-50℃の極寒の世界。機内を暖める為に、エンジンの高熱を利用してるんだけど、湿度を上げると外気と機内の温度差で結露が起こって、(さび)や配線故障の原因になっちゃうんだ。だから、結露による精密機器への悪影響を避ける為に、水分除去装置を使って飛行機内の湿度を10~20%程度になるように調整してるんだよ。」

「………コナンくん、難しい事知ってるよね…。」

(ホントに正体隠す気ある……?)

 青子(あおこ)とのやり取りを聞いて雑学を挟んでくる“好敵手(ライバル)”に、表面上は笑顔を保ったままだが思わず突っ込む。

「って、この前テレビでやってたから!!」

(誤魔化(ごまか)し方が雑だよ?“名探偵”……。)

 千暁(ちあき)の指摘に、わたわたと慌てて誤魔化(ごまか)すコナンに内心呆れた。

「ちっちゃいのに凄いね~!昔の千暁(ちあき)みたい!!」

(げっ……!)

 本心から感心したらしい青子(あおこ)が、今この場では全く嬉しくない爆弾を落とす。

「昔の千暁(ちあき)姉ちゃんって?」

 いつの間にかシートベルトを外して立ち上がったらしいコナンが、通路から千暁(ちあき)越しに青子(あおこ)へと問いかけた。

青子(あおこ)千暁(ちあき)が初めて()ったのも、今のコナンくん位の年だったんだけどねぇ~。その時から千暁(ちあき)ってば、すっごく頭が良くって!小学1年生の時に4桁の掛け算暗算したり、英語とフランス語もペラペラだったし、今のコナンくんみたいに色んな雑学知ってたんだよ!!」

「え?!ち、千暁(ちあき)姉ちゃん凄い頭良いんだね……。」

 普通の小学生ではあり得ないエピソードに、コナンが本気で驚くのが分かる。

 そう。その頃の千暁(ちあき)は、前世の記憶など当然無く、頭は良くても精神的には普通の小学生とほぼ変わらなかった為、何の惜し気も無くその天才的な頭脳を披露していた。

 小学校で習う範囲など既に完璧に頭に入っていた為、正直、学校へは友達と遊ぶ為に遊びに行っていたようなものだ。

 流石(さすが)に授業妨害を行う程子どもでは無かったものの、授業中はずっと寝ているか好きな本を読んでいる、という問題児だった。学校の教師から見れば扱い辛い事この上無かったに違いない。

 今考えると、歴代の担任の先生には申し訳無い事をしていたと思う。

 中学生になってもそれは変わらず、むしろ基本的な授業態度は高校生になった今も変わっていない。精々、堂々と寝るのでは無く、真面目に授業を受けるフリが劇的に上手くなった位の変化である。

 しかし反面、その頭脳を惜しげも無く(さら)していた為、誰も千暁(ちあき)と対等に付き合う事は出来ず、今も昔もまともな友人は青子(あおこ)位のものだった。

 高校に入ってからは多少取り(つくろ)う事も覚えた為、クラスメートとも親しくはなったが、プライベートで遊ぶ程の相手はまだいない。

 唯一例外として、同じくクラスメートの白馬(さぐる)だけは千暁(ちあき)とも対等に会話出来る相手ではあるが、男女の差もあってプライベートで親しく連絡を取り合う程の仲ではないのだ。

「だからコナンくんも今の友達は大切にね。あんまり知識ひけらかしても良い事無いよ。」

 興味津々に根掘り葉掘り聞きたそうな“好敵手(ライバル)”に、これまでの実体験をかいつまんで教えてやれば、「き、気を付けるね……。」とやや引いた表情で頷いた。

「あ、ほら機内サービス来たよ!(のど)乾いたって言ってたよね?!」

(逃げたな…。)

 ギャレーから出てきたキャビンアテンダントを指差し、そそくさと自身の席に戻ったコナンに半ば呆れつつも、カートを押してきたキャビンアテンダントに向き直る。

「洋菓子と和菓子、どちらになさいますか?」

「洋菓子お願いします。」

「あ、同じく洋菓子で!」

「お飲み物は何に致しましょう?」

「紅茶をお願いします。」

「ウーロン茶ください。」

「かしこまりました。」

 受け取った紅茶を1口飲み、マドレーヌを(かじ)りながら、ふと先程までの会話を思い起こした。

 もし、“好敵手(ライバル)”たる“名探偵”とお互いに素顔で最初に出()っていたなら、対等の立場で親しい友人になれたのかもしれない、と……。

(…何を考えているんだか……。)

 怪盗と探偵、それこそが自分たちの間にある唯一だろうに。

 自身の思考に思わず笑いながら、溜息を1つ()いて意識を切り替える。

「コーヒーを。お菓子はいらないわ。」

「かしこまりました。」

 キャビンアテンダントが(まき)にコーヒーを差し出している声を聞きながら、“時”を待つ。

千暁(ちあき)、ちょっと前ゴメンね。」

「ん?」

 不意に青子(あおこ)千暁(ちあき)の前を横切る。

「ちょっとトイレに行って来るね。」

「トイレなら前と後ろにあるみたいだけど…。」

 そんな話をしている間に、前のトイレへ入っていた成沢(なるさわ)と入れ替わりで(ばん)が入っていった為、必然的に青子(あおこ)は後ろのトイレへと向かった。

 ちょうどその様子を(まき)が見ており、トイレが塞がっている事を知ってむっとした顔で前へと向き直った。

(女優の割に顔に出過ぎ……。)

 内心苦笑しつつ、ゆったりと席に座り直す。

 数分して青子(あおこ)が戻ってきたのとほぼ同時に、前のトイレから成沢(なるさわ)が戻ってきた。それを見た(まき)がすぐに席を立つ。

 トイレに入った(まき)だったが、1分と経たないうちにすぐに出てきて自分の席へと戻った。

「ちょっと、真佐代(まさよ)さん。チョコレート…!」

 酒井がそれを見て隣の矢口を促す。

 直後、千暁(ちあき)たちの横をトレイにコーヒーとお菓子を2人分載せたキャビンアテンダントが通り過ぎる。そのままコックピットへと向かうキャビンアテンダントの後をつけるように(まき)が立ち上がり、コックピットへと続くカーテンを(くぐ)る。

「あれ?」

「ん?どうしたんだい?コナンくん。

(まき)さんがコックピットに入っちゃったんだ。」

「え?」

 コナンの言葉に、世良が立ち上がって前を見やる。コナンはその間に席を立ち、カーテンの隙間からコックピットを覗き込んでいた。

(まき)さんは元スカイ・ジャパンのキャビンアテンダントだからね。機長さんが知ってる人とかで挨拶(あいさつ)にでも行ったんじゃないかな。」

「へぇ、あの人、元CAだったんだ…。」

 千暁(ちあき)の解説に世良が納得した様子で腰を下ろす。

 その後、コナンが戻って来た直後に(まき)が戻って来た。

 それを見た矢口が立ち上がり、先程酒井に促されていたチョコレートの箱を差し出す。

(まき)さん。はい、チョコレート。」

「ありがとう。」

 箱の中の数種類のチョコレートの中から、1つを選び(まき)が口にする。

「毛利さんもいかがですか?」

「ああ、いただきます!」

 矢口が小五郎にもチョコレートを勧めている間に、(まき)は手に付いたココアパウダーを丁寧に()め取った。

 その途端、(まき)が苦しみ出す――――――――、事は無かった。

 映画では、(まき)はチョコレートを口にした直後に死ぬ運命にあったが、それを承知している千暁(ちあき)がそのままむざむざと死なせる(はず)も無い。

 予告状を出した直後、千暁(ちあき)は映画で(まき)を殺した張本人‐酒井なつきに会いに行ったのだ。もちろん、“怪盗キッド”として…。

 元々の酒井の殺意の発端(ほったん)となったのは、(まき)が酒井のハリウッドでメイクアップアーティストとして活躍する、という夢のきっかけを裏から手を回して潰した事にある。

 だからその証拠と、これまでに(まき)の横暴さの被害に()ってきた者たちの“声”をデータとして纏め、酒井に差し出したのだ。

 “手を汚すのではなく、世間に公表して味方を作る方が建設的ですよ。”

 “あなた程の腕を持つ“アーティスト”が、堕ちる必要はありません。”

 “あなたと同じような被害に()った方たちの為にも、立ち上がってください。”

 その言葉は、思い留まらせるだけの方便ではなく、千暁(ちあき)の本心からの言葉だった。

 それが伝わったのか、酒井は思い留まった。

 “そうね。あんな奴の為に一生を棒に振る事は無いんだわ。”

 そう言って笑った酒井は、まるで()き物が落ちたように晴れやかだった。

 その笑顔を見て、千暁(ちあき)もまた安堵したのだ。

 これでこの人は大丈夫だ、と――――――――。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 だから、千暁(ちあき)が待っていた“時”は、(まき)の死では無くチョコレートを食べるタイミング。

 矢口が差し出したチョコレートは、搭乗(とうじょう)前に千暁(ちあき)がスリ換えた物。

 全てに睡眠薬が仕込んである。

 効力は口にしてから2~3分後。持続性はさほど無く、30分程度で目覚めるように調整してあるが、その代わりに服薬してから5~20分前後は眠りが深くちょっとやそっとの事では目覚めない。

 (まき)同様にチョコレートを口にした小五郎が先程からビールを飲んでいるのは嬉しい誤算だった。これで小五郎まで眠ったとしても、真っ先に挙げられるのはアルコールによる影響である。

 アルコールを摂取している状態での睡眠薬の服薬は(いささ)か心配ではあるが、小五郎は“好敵手(ライバル)”によって日常的に麻酔を打たれているから、ある程度の耐性が出来ているので大丈夫だろう。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 そして、それからきっかり10分後。席を立ち、前のトイレへと進んだ。

 小五郎は腕を組んで大イビキをかき、(まき)は左肘を付けてもたれかかるような体勢を取り、右手は無造作にひじ掛けに置いている。

 その横を通り過ぎる一瞬の間に、右手の薬指から“運命の宝石”を抜き取り、代わりに精巧に作った偽物とスリ換えた。

 流石(さすが)に起きている状態でのスリ換えは本人に気付かれてしまうだろうが、熟睡している状態ならば問題は無い。

 まして、スリ換えた指輪は寺井(じい)が精巧に作り上げた、渾身の偽物(レプリカ)である。

 光りに(かざ)して注視すればキッドマークが浮き上がるようになっているものの、素人(しろうと)目には全く分からない。

 スリ換えるシーンも、時間にして1秒足らず。

 ずっと(まき)にか近付く者を警戒しているコナンや世良も、あの位置からでは千暁(ちあき)の体が邪魔でスリ換えるシーンそのものを見る事は出来なかった(はず)

(良し…。)

 スリ盗った“運命の宝石”を隠し、トイレを出る。

(後は乗り切るだけ…。)

 内心でほくそ笑みながらも、何食わぬ顔でそのまま席に戻った。

 これで後は無事に函館に着くのを待つだけ、と一息()いた時だった。

 後方からキャビンアテンダントの進藤の困惑した声が聞こえてきたのは。

「お客様、こちらはスーパーシートになりますのでチケットをお持ちでない方の出入りは……。きゃあっ!!!」

「「「!?」」」

 突然上がった悲鳴に、コナンと世良、そして千暁(ちあき)が全く同じタイミングで振り返った。

「おっと!動くなよ…。下手に動くとコイツの(のど)に穴が開くぜ……!」

 進藤を後ろから拘束し、その(もど)元にアイスピックのような物を突き付けた男が、声を張り上げる。

「余計な真似をするなよ…。コイツを殺したくなきゃな…。」

「な?!」

 コナンの息を呑む声に、千暁(ちあき)もまた事態を把握した。

(ハイジャック………?!)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“貸し”の清算

お待たせしました。
“銀翼の奇術師編”完結です。
ちょっと自分の中での消化不良感が否めないので、後々手直しするかも。…。

誤字報告、お気に入り登録、評価どうもありがとうございます。


「きゃあああああ!」

「なっ?!」

 千暁(ちあき)たちから数秒遅れて、他の人間も事態に気付き、園子が悲鳴を上げた。

「うるせェ!!!静かにしてろ!」

 怒鳴り付ける男に、スーパーシートに座る者たちの緊張が一気に高まる。

 蘭と世良、そしてコナンが男の隙を窺っているのが分かるが、その立ち振る舞いには一切の隙が無い。

 その間、千暁(ちあき)は予想外の事態に焦りながらも、事態を察すると同時に、周囲の気配を探っていた。

 これが犯罪組織による計画的なものであるならば、近くに仲間がいる(はず)だが…。

(たぶん、単独犯……。)

 周囲にいるのは一般人ばかりで、乱入してきた男の他に殺気立った気配などは感じない。

 男の身長はおよそ180cm前後。一見するとビジネスマンにも見えるかっちりとしたスーツ姿だが、ジャケットの上からでも鍛えられた体付きが分かる。

 年齢は恐らく30代前半。

 やや目付きが悪いものの、これと言って特徴の無い、集団に溶け込みやすい風貌をしている。

 しかし、ハイジャック犯の男が纏っている空気は、間違い無く裏社会の人間の()()だった。良く見れば、アイスピックのように見えるのは万年筆に擬態させた暗器である。

(スネイクの手下……?!でも、それにしては…。)

 一瞬、“怪盗キッド”を狙う“組織”の差し金かとも思ったが、ハイジャック犯の目を見て、嫌な予感が込み上げる。

 どこか(よど)んでいるのに、異様にギラギラとした光を宿している目…。

 自棄(やけ)になった人間の目だった。

(まさか………。)

 厄介な事に、手にしている暗器の他に、手荷物検査をどう誤魔化(ごまか)したのかは知らないが、拳銃を所持しているようで、足首に特徴的な膨らみが見られた。

 また、堂々と顔を(さら)しているという事は、捕まる事を恐れていない証。または()()()()()()()()()()()と考えているか、あるいは…。

「動くんじゃねェぞ?!この女を殺したくなかったら、黙って座ってやがれ!!」

 蘭と世良、コナンが男の隙を窺っているのが分かるが、キャビンアテンダントの進藤の(のど)元に突き付けられた暗器を気にして行動に移せないでいる。

 千暁(ちあき)もまた、不安がって(すが)り付いてくる青子(あおこ)の手を握ってやりながら、男の出方を伺っていた。

「良――――し。そのまま大人しくしてろよ…?」

 そのままコックピットの方へと進藤を拘束したまま歩いていく。

「開けろ。」

「で、出来ません!」

「開けろって言ってんだよ!」

「出来ません!っ痛……!!」

 (のど)元に暗器を突き付けられながらも、進藤は気丈(きじょう)にコックピットへのドアの開錠を求める男の要求を()ね付けた。それに腹を立てたハイジャック犯の男が、更に暗器を(のど)元に近付け、暗器の先端が進藤の首をわずかにだが傷付けた。

「ら、乱暴は()せ………!」

「うるせェって言ってんだよ!黙ってろ!!」

 その様子に、成沢(なるさわ)が声を張り上げるが、逆上しかかっているハイジャック犯には逆効果でしかなかった。

「開けろ…!殺されてェか………?!」

 その、尋常(じんじょう)でない男の様子に千暁(ちあき)は腹を(くく)った。

(仕方無い……。)

 このままでは死人が出る。

 “怪盗キッド”のステージを血で汚すなど、この自分のプライドが許さない。

 コックピットへ続くドアのしっかりと閉じられている事を確認し、千暁(ちあき)は立ち上がって愛用のトランプ銃を撃った。

 ポンッ……!

 カッ!

 男の顔スレスレにトランプが突き刺さった瞬間、

 プシュウゥゥゥ――――――――ッ!!!

 トランプに仕込まれた催眠ガスが噴き出す。

「な?!吸っちゃダメだ!鼻と口を押えて!!」

「!!?」

 咄嗟(とっさ)に叫んだコナンの忠告に間に合ったのは、隣に座っていた世良1人。

 ガスは瞬く間に2階のスーパーシート周辺に広がった。

 ズル…、ドサッ…!

 ハイジャック犯の男は、進藤を拘束したまま意識を飛ばし、床に崩れ落ちた。

 そして、それは他の乗客たちも同じ事。

 いち早くガスの発生に気付いたコナンと、その忠告に即座に従う事が出来た世良を除き、スーパーシートに座っていた全ての乗客たちが眠りに付いた。

 ほぼ同時に、スーパーシート周辺に充満していたガスが空調によって散っていく。

「《全く…。余計な邪魔が入ったものですね……。》」

 “瀬戸瑞貴”の声で独り()ちながら通路へと足を踏み出した千暁(ちあき)の頭上を、世良の回し蹴りが通過する。

「《やれやれ…。少々お転婆が過ぎるのでは?》」

「チッ……!」

 世良が攻撃の体勢に入った一瞬を見抜き、即座に屈んで(かわ)し、尚且つ側転とバク転を繰り返して瞬時に機体の後方へと下がって見せた千暁(ちあき)に、世良が舌打った。

「避けるな!」

「《無理を(おっしゃ)る…。そんな蹴りを受けたら無事では済まないでしょう?》」

 間髪入れずに第2撃に移ろうとする世良に警告する。

「《それ以上、近付かれない方がよろしいかと…。》」

「?!世良の姉ちゃん、危ない!下がって!!」

「!?」

 世良よりも低い目線であるが(ゆえ)に気付いたコナンが、世良を制止する。

「コナンくん…?どうして止めるんだい?!」

「良く見て!このまま突っ込んだら怪我するよ…!」

「?これは、ピアノ線……?!」

 コナンの言葉に、自身が今まさに突っ切ろうとしていた箇所を見直した世良が目を見開く。

 先程世良の蹴りを避け、後方に退避した際に、座席を利用する事で通路に張り巡らせたワイヤートラップである。丸いボタンが2つ重なったような形状のケースに収納させてあり、ボタン状の(ふた)を左右に引っ張ると巻き取られていたワイヤーが姿を現す仕掛けになっている。

 それを通路を横断させるように左右の座席にそれぞれ貼り付けたのだ。

「《ご安心を……。ピアノ線よりも太くしてありますから、切れる事はありませんよ…。ただ、少々(しび)れていただこうとしただけです……。》」

 このワイヤー、肌を傷付けるような事が無いように通常のピアノ線よりもやや太くしてある。そして、最大の仕掛けはワイヤーに触れる事で大人が動けなくなる程度の電流が流れる、スタンガン形式の一種のブービートラップだ。

「今の一瞬で良くこれだけの罠を張ったな……。」

 驚愕を通り越して半ば呆れた顔の世良が溜息を()く。

千暁(ちあき)姉ちゃんはどうした?」

 世良の目を気にしてか、わざわざ“姉ちゃん”呼びのコナンがギリギリと(にら)み付けながら問う。

「《もちろん、ご無事ですとも。ただ、悪天候の為に飛行機が2時間遅れる、と偽装メールを送らせていただいただけですから……。》」

「なら良いけどよ…。」

「それより、ここは高度1万フィートの密室…。どうやってここから逃げ出すつもりだい?」

 世良の言葉に、千暁(ちあき)はにっこりと笑みを返した。

「《そろそろ“貸し”を返していただこうかと…。》」

「“貸し”?」

「げ…。」

 心当たりは全くありません、といった様子の世良とは対照的に思い当たったコナンが(うめ)いた。

「《そこの小さな“名探偵”と、先日お約束したのですよ…。彼に協力する代わりに、1度は私の仕事を邪魔しない、とね…。》」

「そうなのかい?コナンくん。」

「うん…。この前のベルツリー急行でちょっと助けてもらって…。」

「あの時か!偽のメールでボクを騙した時!!……でも、助けてもらったって一体何をしたんだい?」

「ちょっとね……。」

 言葉を濁すコナンにちょっと首を傾げた世良だったが、「でも、ボクには関係無いけど?」と続ける。

「むしろ、この前の“借り”を返すにはちょうど良い機会だね…!」

 自身の顔と名前を勝手に使われた事に腹を立てていたらしい世良が好戦的に笑うが、千暁(ちあき)が肩を(すく)めて言い放った言葉にコナンと共に(きびす)を返した。

「《そうそう…。言い忘れていたのですが、このガスの効果は約5分程…。早くその男を拘束しないと、そろそろ目を覚ましてしまいますよ?》」

「「それを早く言え!!」」

 慌てて2人がかりでハイジャック犯を拘束しにかかるコナンと世良を尻目に、千暁(ちあき)は中央の非常ドアを開く。

 ボンッ!!

 ゴオォォオ……!!!

 激しい音を立てて非常ドアが吹っ飛び、機内に風が吹き荒れる。それと同時に、着ていたサマーセーターとジーンズを脱ぎ捨てた。

「キッド?!」

「何を?!」

 吹き荒れる風に、ハイジャック犯を拘束していたコナンと世良がハッと顔を上げ、“怪盗キッド”の衣装を纏った事に驚愕する。

「《それではまたいずれ…。月下の淡い光の(もと)でお会いしましょう……!》」

 言うや否や飛行機の外、高度1万フィートを超える上空へと身を躍らせる。

 ゴ、オォォオオオォオオオ…………!!!!

 そのまま自然落下に身を任せる事数十秒、眼下に北海道の街の灯りが見えたのを確認してハンググライダーを開く。

「取り()えず、適当な場所で降りて寺井(じい)ちゃんに連絡しなきゃ……。」

 流石(さすが)にこんな形でのエスケープは予想外だった。

 まぁ、“運命の宝石”自体は手に入れた後だったのが幸いだった。元より偽物とは分かっているが、“怪盗キッド”が1度盗むと宣言したものを盗めないのは沽券(こけん)に関わる。

 いつも通り中森警部に送り返す時に、ついでに“偽物”を“本物”と偽って公表した事についてマスコミにリークすれば良いだろう。酒井の告発の後押しくらいにはなるだろうから…。

 北海道の上空を滑空しながら、千暁(ちあき)は今後の算段を付けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕が下りた後で

お待たせしました。白き罪人更新です。

8月13日付けランキングで14位ありがとうございます。
ご感想、評価、誤字報告どうもありがとうございました。


 865便のハイジャック未遂から4日、学校から帰宅したコナンは珍しく少年探偵団たちとの集まりも無く、毛利家のリビングに寝転がってテレビを眺めていた。

『女優の牧樹里さんがモラルハラスメントで訴えられてから今日で3日。それを受け、次々と被害を訴える若手女優やスタイリストが続出し、芸能界に波紋を広げています。牧さんの所属事務所前には連日報道陣が詰めかけますが、未だ正式なコメントは無く、……』

 ピッ…!

『“怪盗キッド”により偽物と発覚した、牧樹里さんが所有する“運命の宝石”を鑑定した鑑定士が無資格である事が明らかになりました。安価な偽物を本物と偽って鑑定書を偽装し、値段を吊り上げ、その見返りに多額の報酬を得ていたとみられ、昨夜その鑑定士の自宅兼事務所に家宅捜索の手が……、』

 ピッ…!

『先日、スカイ・ジャパン865便をハイジャックしようとした男の素性が明らかになりました。』

 暇を持て余し、適当にザッピングしていたコナンの手が止まる。

 寝転がっていた体を起こし、テレビのボリュームを上げた。

『男の名前は土門(どもん)陽一郎。関東に大きな勢力を持つ指定暴力団“守門(すもん)組”の元構成員です。土門(どもん)容疑者はハイジャックを決行する2日前の夜に、“守門(すもん)組”と敵対関係にある同じく指定暴力団“誠信(せいしん)会”の構成員と口論になり、誤ってその構成員を殺害してしまった事を自供。その事態が発覚するのを恐れて逃亡していましたが、双方の暴力団から追われ、思い余ってハイジャックを決行したとの事です。土門(どもん)容疑者は、“逃げ切れるとは思っていなかった。どうせ殺されるなら多くの人間を道連れにして死のうと思っていた”と供述しているとの事で、ハイジャック完了後にパイロットたちを殺して飛行機を墜落させるつもりだった事を(ほの)めかしています。』

「オイオイ…。」

『警察は“誠信(せいしん)会”の構成員殺害について慎重に捜査を進め、裏が取れ次第、土門(どもん)容疑者を殺人の容疑で再逮捕する方針です。』

「なるほど…。それで()はわざわざあんな真似を……。」

 あの時、幼馴染で親友である中森青子すら(あざむ)く変装で、自分や世良にさえ悟られずに宝石を手にしていた“怪盗キッド”が自らの正体を知らしめる危険を(おか)してまで手を下した理由がやっと掴めた。

「相変わらず“ハートフル”な奴…。」

 あの時、好敵手(怪盗キッド)が行動を起こすのが後数分遅ければ、キャビンアテンダントの進藤は死んでいてもおかしくは無かった。仮に、進藤が土門(どもん)に屈してコックピットへのドアの鍵を開けてしまっていたならば、パイロットたちはもちろん乗客の命も無かっただろう。

 コナンが好敵手(怪盗キッド)にまた借りを作ってしまった、と内心苦々しく思っていると、ニュースキャスターが続けた。

土門(どもん)容疑者の行いによって緊張感が高まり、抗争も懸念されていた“守門(すもん)組”と“誠信(せいしん)会”ですが、土門(どもん)容疑者の逮捕により、その緊迫した状況は緩和に向かいつつあるとの事です。――――以上、斎藤がお伝えしました。』

 そこで画面がワイドショーのスタジオへと切り替わる。

 コメンテーターやゲストの女優などがあーだこーだと議論を交わす様子を数秒眺め、コナンはテレビを消した。

「あのヤロー、今度会ったら覚悟しとけよ…!」

 無理矢理にでも借りを返してとっ捕まえてやる…!

 コナンが内心で誓った、その同時刻―――――…。

 

「へっくち…!」

「どしたの?」

 掃除中に突然くしゃみをした千暁(ちあき)に、青子が驚いたように顔を向けた。

「ん~?わかんない。(ほこり)のせいかも。」

 すん、と軽く鼻を啜りながら()ちる千暁(ちあき)だったが、内心では(おのの)いていた。

(今、“名探偵”の声が聞こえた気が…。)

 ゾワリ、と嫌な予感に背筋が震えるが、気付かないフリをして青子に尋ねる。

「そう言えば青子、私の荷物ってまだ返してもらえないのかな?おじさん、何か言ってなかった?」

「あ、ゴメンわかんない。今日帰ってきたら聞いてみよっか?」

「お願いして良い?」

「オッケー!」

 865便に置き去りにした、“千暁(ちあき)”の荷物の事である。

 あの段階でのエスケープははっきり言って不本意だった為、荷物は全部置いてこざるを得なかったのだが、あの後に用意していた荷物が自宅から無くなった、と被害者のフリをして中森に相談したのだ。

 用意しておいた“キッドカード”を見せれば、中森は読み通りに“怪盗キッド”が千暁(ちあき)に成り代わる為に彼女の荷物を持ち出した、と判断してくれ、“怪盗キッド”の手がかりが無いかどうかを調べた後で全て返却する、と約束してくれた。

 見られて困る物は全て身に付けていた為、鞄に入っていたのは着替えの他は財布や携帯、化粧ポーチ位である。調べられてマズイ訳でも無いが、数日経つのに未だに1度も話題に出ていない。

 まぁ、中森も色々忙しい身であるのでまだ調べ終えていないのだろう、というのは想像が付く。そういう証拠品は得てして調べるのに時間がかかるものだろうから。

 しかし、“普通の高校生”なら何日も自分の荷物が返ってこなかったらまず話題に出す。

 わざわざ青子に尋ねたのはその為でもあるのだ。

「財布はまだしも、携帯が無いと色々不便で…。青子んちの電話借りてママには電話出来たから、心配はしてないと思うけど…。」

 駄目押しのように口にすれば、青子は「任せて!」と力強く頷いた。

「あれから4日経つもんね。お父さんせっついてみるから待ってて!」

 携帯が無いのはさぞかし不便だろう、と青子が頼もしく請け負ってくれたのを「よろしくね。」と微笑む。

(まぁ、“仕事用”の携帯は持ってるから支障はそれ程無いんだけどね…。)

 内心で舌を出しつつ、呟く。

 しかし、今時の女子高生の手元に携帯が無いのに文句の1つも言わないのは逆に怪しいので、それはそれ。これはこれ。

 イレギュラーな事態のせいで肉体的にはそうでも無いにしろ、精神的な疲れが後でどっと襲ってきた前回の“仕事”を思い返し、次の“仕事”は少し控えよう、と内心で決めた―――――…。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三世との邂逅編
屈辱と怒り


お待たせしました。白き罪人更新です。
今回から新章突入です。

以前質問にもあった“あの人”が登場。

お気に入り登録、評価、誤字報告ありがとうございます。


 満月が都心の空を彩る夜、月島川近くの宝石店では数十人の警官と野次馬、4台の装甲車がその近くを固め、物々しくも興奮と熱気に包まれていた。

「「「「「「キッド!キッド!キッド!」」」」」

「警部!全車配置に着きました!」

「うむ!」

 野次馬‐(もとい)キッドファンの声援の中、部下からの報告を受けた中森が頷く。

「「「「「「キッド!キッド!キッド!」」」」」

 キッドファンの興奮が最高潮に達した時――――――――。

「キャ――――――――ッ!!!キッド~~~~!!!!」

 宝石店の入ったビルの前のファンが黄色い声を上げる。

 中森がビルを見上げると、“怪盗キッド”が屋上の(ふち)に足をかけているのが見えた。

「キッド―――!頑張って―――――――っ!!」

「逃げて―――――――!!」

「手ェ振って――――――!!」

「こっち見てキッド―――――――!!」

 それを目にしたキッドファンの女性たち‐通称:キッドガールが一斉に騒ぎ出し、キープアウトのロープから身を乗り出す彼女たちを側の警官たちが必死で抑える。

「出たなキッド!全員配置に着け!!」

「「「「「「ハッ!!!」」」」」」

 中森の指示に警官たちが一斉に配置に着く。

 その様子を屋上から眼下に眺めながら、“怪盗キッド”が手にしたダイヤを掲げ、不敵に微笑む。

「フフ…。確かにダイヤは頂きました。」

「「「「「「キャアァアアアアッ!キッド――――――!!!」」」」」」

 一斉に上がったキッドガールの歓声を、数十m離れた場所で愛用のバイクに(もた)れかかりながら聞いていた千暁(ちあき)は、()()の“怪盗キッド”を見上げた。

「一体、何者………?」

 これまでの、有象無象の偽者たちとは明らかに格の違いを感じさせる身のこなし…。

 最近千暁(ちあき)が良く扮する“瀬戸(せと)瑞貴(みずき)”ではなく、以前良く扮していた“黒羽快斗(かいと)”であるという違いはあれど、その姿と声はまさしく“怪盗キッド”そのもの。

 盗みの手口も、付け焼き刃などではあり得ない“本職”の手際。

 その2つを併せ持つ相手など、業界広しと言えどもそう多くはない。

(まさか……!?)

 その中でも、わざわざ“怪盗キッド”に化けるなんて愉快犯的な事をやりそうな“大泥棒”に、1人だけ心当たりがあった。

「キッド捕獲作戦開始―――――!!」

 中森の指示で、指令車のオペレーターが「全車、タービンスタート!!」と無線機に叫ぶと同時に、4台の装甲車の天井が一斉に開き、巨大なタービンが現れる。

 ジェット機のような凄まじい轟音と共に、空気が一斉に吸い込まれ始めた。

 ビルを取り囲む4台のタービンを見下ろした“怪盗キッド”が、その純白のマントを(ひるがえ)して後ろに走る。

「キッドは西へ!」

「2号車、4号車、パターンBへ移行!」

 指令車のモニターにビル周辺の地図が映し出され、風の流れが表示された。2号車のタービンによって、街路樹が大きく揺れ始める。

 ビルの屋上からハンググライダーで飛び立った“怪盗キッド”だったが、その直後にサーチライトで照らし出され、ほぼ同時にタービンからの強力な突風に襲われる。

 下からの突風に、ハンググライダーは崩れ、身動き出来ないまま“怪盗キッド”が回転しながら上空へと舞い上がっていく。

 月島川の方向へと飛ばされていく“怪盗キッド”に、千暁(ちあき)もまたヘルメットを被り、愛車を発進させた。

 グォオオ…オン…!!!

 

 警官に発砲してその包囲網を抜け、月島川を屋形船で遡上(そじょう)していく“怪盗キッド”を苦い思いで橋の上から見下ろしつつ、逃走経路をシミュレートする。

 もし、あの“怪盗キッド”が千暁(ちあき)の想像通りであれば、恐らくは船を捨てて大通りに出るだろう。そして、先回りするべく裏通りに入ろうとハンドルを切り換えした時だった。

 ヴィイイイ……!!!

 ザアァアアア――――――!!!!

 唸るようなモーター音と共に、水面をかき分ける音が響く。

「?!」

 思わず千暁(ちあき)が振り返った時、

「待てぇ、キッド!!」

 月島川をスケートボードタイプの水上ジェットで遡上(そじょう)する“名探偵”が目の前を通過していくところだった。

「………とうとう水上まで制覇したんだ、“名探偵”…。」

 あの小さな体で、あの身体能力は一体何なんだ。

 (はた)から見れば“お前が言うな”というところだが、生憎(あいにく)ツッコんでくれる人間はいなかった。

 一刻も早く回り込まなくてはいけないのだが、一瞬放心してしまう。

 だが、いつまでも呆けている時間など無い。

 グオオオオ………ンン!!

 気を取り直して大通りへの最短ルートを爆走する。

 あのまま遡上(そじょう)していけば、川はT字に分かれている。その岸壁の先は大通りへと繋がる道路になっており、車に乗り換えるならそのタイミングだろうという確信があった。

 しかし、一瞬でも放心してしまった事が仇となり、千暁(ちあき)が大通りへと到着した時には、既に屋形船から白いアルファロメオに乗り換えた“怪盗キッド”と、水上ジェットをお馴染みのスケボーに変えた“名探偵”が派手なカーチェイスを繰り広げているところだった。

 これ以上近付いては気付かれる。

 仕方無くバイクを停止させ、裏道から大通りへと繋がる路地に身を潜ませ、150m程後方からオペラグラスで遠ざかるカーチェイスを眺める。

 スケボーで疾走しながらえげつない威力のサッカーボールを蹴り飛ばすコナンに、“公共の道路で迷惑な…”と内心冷や汗を流す。

 しかしその直後、アルファロメオから飛び出した人影に、千暁(ちあき)は自身の予想が正しかった事を悟った。

「でぃや―—――――っ!!!」

 という気合と共に、抜き放った日本刀で“名探偵”のスケボーを縦に真っ二つに斬り裂くなど、そんな芸当が出来る剣の達人など他にいない。

 辛くも地面に着地したもののバランスを崩し倒れ込み、また追跡手段を失った事で悔し気にアルファロメオを見送る“名探偵”の様子をオペラグラスで確認しつつ、千暁(ちあき)は確信する。

「13代目石川五右衛門(ごえもん)………。となると、あのキッドはやっぱり…。」

 この業界で知らぬ者無し。

 彼の“大怪盗”アルセーヌ・ルパンの孫にして、世紀の“大泥棒”。

 “ルパン三世”。

 彼の“大泥棒”が何故わざわざ“怪盗キッド”の名を(かた)り、姿を使ったのか。理由などもうどうでも良い。

「良くも“怪盗キッド”の名に傷を付けてくれたわね……!」

 千暁(ちあき)の、紫紺(しこん)がかった蒼い瞳が堪え難い怒りに燃える。

 これが“黒羽千暁(ちあき)”本人の名であれば、ここまでの怒りは覚えなかっただろう。だが、千暁(ちあき)にとって“怪盗キッド”は父の形見である。

 既に鬼籍に入ってしまった父の存在を感じる事が出来る、言わば父娘(おやこ)の絆そのもの。

 “怪盗キッド”は決して人を傷付けない。実弾入りの銃など(もっ)ての(ほか)

 それを勝手に名を(かた)った挙句に泥を塗り、華麗なる“ショー”を(けが)すような真似をしてくれるとは…。

 いくら相手が彼の“大泥棒”と言えども決して赦される事では無かった。

「見てなさい…。この屈辱、必ず返してあげる………!!!」

 激しい怒りをその瞳に宿し、いっそ恐ろしささえ感じさせる艶やかな微笑みを浮かべながら、千暁(ちあき)は“復讐”を誓った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

If Stories
IF Story


本編に煮詰まったのでIFストーリーを1つ…。
評価、お気に入り登録、ご感想ありがとうございます。

・黒羽家と工藤家はト〇とジェリーの関係(つまり仲が良い)。
・今回全く出て来ないけど、盗一さんは今日も元気にマジシャンとキッドの二足の草鞋。
・描写無いけど、千暁の前世の記憶はまだ戻って無い。
・千暁が2代目キッドじゃなくて2代目怪盗淑女(完全な義賊設定)。
・突然始まって突然終わる。
・矛盾点をスルー出来る人向け
・難しい事を考えずにライトに読んでください


「アホ、マヌケ、お調子者、目立ちたがり、ドジ、スカポンタン、えーっとそれから…。」

「………良い加減にしろよオメー、久しぶりに会ったってのに随分(ずいぶん)な言い草じゃねぇか…。」

 顔を合わせるなりボキャブラリー豊かに馬鹿(ばか)にしてくる昔馴染(なじ)みに、コナン‐工藤新一は思わず顔を引き()らせた。

 っつーか、スカポンタンって何だ。

 そんな疑問を綺麗に丸っと無視してくれた昔馴染(なじ)みは、更に続ける。

「ってか、前から思ってたんだけどさぁ…。新一って実は馬鹿でしょ?」

 心底馬鹿にし切った目で見降ろしてくる彼女‐黒羽千暁(ちあき)と、それを面白そうに眺めているだけの母に、コナンはがっくりと肩を落とした。

 昔からこの頭も要領(ようりょう)も良ければ(べん)が立つ彼女に、口で勝てた(ためし)は無いのだ。

「ったく、最近連絡も無いし新聞でもニュースでも見かけないと思ったら…。“好奇心(こうきしん)猫を殺す”って有名な格言(かくげん)を知らないの?」

「ちょっと待て……!母さん、一体コイツにどこまで(しゃべ)ったんだよ?!」

 つい、勢いに押されていたものの、よくよく考えるとなんでコイツはオレの正体を知ってんだ?!と今更疑問が()いてきた。

 思わず話を(さえぎ)り、コナンと千暁(ちあき)のやり取りをニヨニヨと(なが)めていた母‐有希子(ゆきこ)を振り返る。

「あら、千暁(ちあき)ちゃんったらどこまで知ってるの?」

 しかし、母までもパチクリと目を(またた)かせているのを確認し、空恐ろしい思いで再び千暁(ちあき)を振り仰いだ。

「私を誰だと思ってるの?」

 ふふん、とでも言いた気な千暁(ちあき)に、新一は何かもう、全てに負けた気持ちで返した。

「2代目怪盗(ファントム)淑女(レディ)様です……。」

 

 取り()えず時間も無いから言い訳は後で聞くから、としっかりぐっさりと(くぎ)を刺した2代目怪盗(ファントム)淑女(レディ)様は、その華麗なる変装術でもってしっかりと役目を(にな)ってくれた。

 すなわち、“宮野志保(しほ)”に(ふん)してバーボンをしっかりと(あざむ)いてくれたのだ。

 流石(さすが)の新一も、彼女がいる(はず)の貨物車が爆音と共に四散した時には全身の血が下がったが、そこは抜かりの無い天下の怪盗(ファントム)淑女(レディ)様である。保険として脱出用のハンググライダーを密かに隠し持っていたらしく、現役マジシャンもびっくりな脱出劇を実演してくれた。

 ―――――――そして、無事に工藤邸で合流。

 リビングにて(かお)り高い紅茶を振る舞われ、お疲れ様、無理言ってゴメンね♡と、有希子(ゆきこ)に好物のチョコレートの詰め合わせ(しかも1粒300円の、学生にはお高い有名ショコラブランドのチョコレートである)で(ねぎら)われ、早速(さっそく)その場で開封して舌鼓(したつづみ)を打ちながら、昔馴染(なじ)みへの追及(ついきゅう)を始めた。

「で?何か私に言う事無いの?新一。」

「……悪ィな無理言って。お陰で助かったぜ。」

「………27点。」

 もちろん、100点満点中だから。

 一先ず礼を言わねばなるまい、と口を開いたコナンを、千暁(ちあき)はバッサリと斬って捨てた。

「………えーと、せ、説明が後になっちまって悪かったな……?」

「49点。」

 どうやら求めている言葉はこれではないらしい、と頭をフル回転させながら言い直すが、どうやらこれも違うらしい。

「えーっと…。お、オメェが化けてくれた奴はオレが今関わってる事件の……。」

「12点。」

 今度は食い気味で採点された(しかも大幅に下がった)。

「新ちゃん、新ちゃん……。」

 表情に出さないようにしながらも、既に途方(とほう)に暮れているコナンに、この(にぶ)さは優作譲りね、と内心で溜息を()いた有希子(ゆきこ)がそっと小声でコナン(息子)を手招きする。

 こしょこしょこしょ、と耳元で千暁(ちあき)が怒っている理由を教えられたコナンの目がちょっと丸くなる。

「……………し、心配かけたみてぇだな。悪かった。」

「……悪かった?」

 それまで1粒300円の高級チョコレートをひょいパクと()まんでいた千暁(ちあき)が、そこで顔を上げギロリとコナンを(にら)み付けた。

「ご、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした!!!」

 その視線の鋭さに耐えかね、思わず敬語でガバリと頭を下げたコナンの旋毛(つむじ)を見下ろしながら、千暁(ちあき)が深い溜息を()いた。

「全く…。何度家に電話かけても出ないし、パソコンにメールしても開封した様子も無い!おまけに家に来てみても庭は草がボーボーで業者を呼んだ形跡も無いし……!優作おじさんたちに連絡を取ってみれば変に(にご)らせるし?いくら何でもおかしいと思って調べてみたら、学校にはいつの間にか休学届が出されてるわ、死亡説は流れてるわ……。半年以上も音沙汰(おとさた)無しで、心配するに決まってんでしょ?!」

「や、ホント悪ィ……。」

 そう言われてみれば、会う事こそ年に数回あれば良い方だが、メールや電話で何だかんだと連絡は取り合っていた。

 それが半年以上も音信不通ともなれば、いくら何でも不審に思うのは当然だった。

 千暁(ちあき)がこうも感情のままに声を荒げる事は珍しいが、それだけ心配をかけていたという事だろうから、甘んじて説教を受ける他無い。

「ホントにもう…!てっきり暴力団関係の事件にでも首突っ込んで口封じに殺されたんじゃないかと思ったんだから!」

「ははは…。」

(だいたい合ってやがる…。)

 意外と的を射ていた千暁(ちあき)の推察に、思わず乾いた笑いを(こぼ)したコナンだったが、次の言葉に思わず固まる。

「よりもによって()()“黒の組織”に関わったなんて…!ホント、馬っ鹿じゃないの!?」

「はっ……?って、ちょっと待て!何でオメーが黒ずくめの組織について知ってんだ?!」

 一瞬、千暁(ちあき)の言葉が理解出来ず、間抜けにもポカンと口を開けるという醜態(しゅうたい)(さら)してしまったが、コナンとしてはそんな事に構っている暇は無かった。

「答えろ千暁(ちあき)!」

 ガッと千暁(ちあき)の胸倉を取るが、あっさりと腕を外され、どんな技を使ったのかそのままソファーの上に(あお)向けにコロン、と転がされてしまった。

「何で知ってるかって…?何度も言うけど、私を一体誰だと思ってるの?」

 コナンをソファーに転がした代わりに立ち上がり、仁王立ちで上から見下ろす千暁(ちあき)に、その(りん)として冷涼(れいりょう)な気配に、思わずコナンも気圧(けお)される。

「…2代目…怪盗(ファントム)淑女(レディ)だろ……?」

 そう、平成になっても名高き、昭和の女二十面相とも(うた)われた大泥棒にして義賊。決して弱者からは盗まず、強者によって不当に搾取(さくしゅ)されたものを奪い返し、元の持ち主に返す民衆の味方。時には悪事の証拠を盗み出し、警察に送り付けて法の裁きを受けさせる。

 千暁(ちあき)が母である千影(ちかげ)から怪盗(ファントム)淑女(レディ)を継いだのは2年前の事。それを知った時には反対もしたが、千暁(ちあき)の“法では裁けない連中がいる”という言葉に、否定しきる事も出来ずに黙認せざるを得なかった。

 いくら常人離れした頭脳と身体能力を持つ千暁(ちあき)でも、怪盗(ファントム)淑女(レディ)を続けるのは一筋縄ではいかないだろう、と読んでいたからでもあったが、彼女の実力と才能は自分(コナン)の予想を(はる)かに越えていた。

 予想を裏切り、彼女は今も尚怪盗(ファントム)淑女(レディ)として君臨し続けている。そして、2年経った現在では裏社会にも根強いコネクションを持っているのだ。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

「わかってるじゃない。裏社会であれだけ影響力がある組織の事を私が知らないとでも思ってるの?」

 個人的な情報網も持ってるしね。

 そう言って呆れたような視線を送った千暁(ちあき)に、気まずそうに目線を泳がせたコナンだったが、次の言葉にぎょっとして視線を戻す。

「ったく、もっと早く言ってたら話は早かったのに……。」

「は?」

 一体どういう意味だと視線で訴えかけるコナンに、千暁(ちあき)はチラッと目線を送った。

「まぁ、もう手持ちの情報は既に取引に使っちゃったし?やっぱり日本人としては“お巡りさん”の味方をしないとね?」

 意味あり気な笑みと台詞(せりふ)に、コナンが口を開こうとした瞬間、千暁(ちあき)の目線が動いた。

「なーんの権利も無い、余計な仕事ばっかり増やす“余所者(よそもの)”に花を持たせようとは思えないしね…。」

 千暁(ちあき)のその言葉に、リビングの外に(たたず)んでいた気配がわずかに揺れた。

「おい、それどういう意味……?!」

 ボフン………!!!

 コナンが問いただそうと声を荒げた瞬間、千暁(ちあき)が煙幕を張る。

「なっ…?千暁(ちあき)……?!」

「じゃーね。チョコごちそうさま♡」

 その言葉を残し、煙幕が晴れたそこには中身が空になったチョコレートの空き箱のみが置かれていた――――――――。

 

 

 




ホントは公安(降谷さん)の協力者になった千暁とか、怪盗キッドじゃなくて怪盗淑女を追う白馬くんとのラブコメ(セイント〇ールパロ)とか書きたかったんですが、力尽きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF Story 2 

お待たせしました。
IFのの続きです。前回ちろっと匂わせた“お巡りさん”との関係が明らかになります。
たぶん、次回に続くとしたら“緋色の帰還”編ですね。



 勝手知ったる昔馴染みの家。千暁(ちあき)人気(ひとけ)の無い時間を見計らってそこに侵入していた。

 土日の昼過ぎ、住宅街のこの辺りは午後2時から4時頃までの間は極端に人通りが少なくなるのだ。

 本来の住人である昔馴染みも、その両親も、そしてその許可を得ている間借り人も現在は留守。

 両親は海外で、昔馴染みは小学校の同級生と隣人の博士と一緒にキャンプ。間借り人も隣人の少女の護衛でそれに同行している。

 そんな中、密かに工藤邸に侵入した千暁(ちあき)は極力物を動かさないように、そして寸分(たが)わずに元の位置に戻しながら家探しを行っていた。一切の痕跡(こんせき)を残さないよう、髪をキャップで完全に覆い、手袋を着け、靴をビニール袋で覆って足首で固定したその姿は、見ようによっては泥棒にも捜査官のようにも見える。

 千暁(ちあき)が探しているのは、“間借り人”の正体に繋がる物証。

 1番怪しんでいた洗面所には変装道具の(たぐい)は見当たらなかった。

 ならば、寝室もしくは書斎の2択。

 そう当たりを付けて忍び込んだ客用寝室の1室。ベッドの下には見当たらなかったが、枕を持ち上げれば拳銃が隠されていた。

(ビンゴ♡)

 “依頼人”から渡されたスマホで静かにその様子を撮影し、即座にメールで送る。シャッター音がしないのは助かるが、一応捜査用だというのにかなりの犯罪臭がするのは何故(なぜ)だろうか。

(いや、人の事は言えないんだけどさ……。)

 完全に非合法的な手段で忍び込んだ自分が言える事では無いが……。

 まぁ、それはそれ。これはこれ。

 依頼をこなしてとっとと撤収するべきである。

 いくらセキュリティーを無効化しても、人目についてしまったら何の意味も無い。

 本腰を入れて探せば、出るわ出るわ…。

 クローゼットの中に隠されたギターケースの中にはバラバラに分解されたライフル、そしてその(かたわ)らに置かれたポーチの中には予備のウィッグと変装用の化粧品。しかも、ウィッグには本人の物と思われる頭髪が残されていた。

(ラッキー…!)

 持参したビニール袋に入れて丁寧にしまい込む。

 本来なら指紋も採取したいところだが、流石(さすが)にこの場で行えば痕跡(こんせき)が残ってしまうし、物を持ち出しても気付かれる。

 残念だがそれは出来そうに無かった。

 写真に収めてメールで送った後、全てを元通りにしまい込む。

(次は、と………。)

 場所を書斎に移す。

 本来、この(やしき)の主人のものである机の上には、ノートパソコンが1台。

 手早く自身が持ち込んだモバイルパソコンと繋ぎ、ノートパソコンを起動させる。

 カシャカシャカシャ……!

 モバイルパソコンを操作し、自作のハッキングシステムを起動させれば、わずか2秒足らずでノートパソコンのパスワードが解除された。

(良し…!)

 そのままモバイルパソコンにUSBメモリを差し込み、ノートパソコンの全データのコピーを開始する。

 コピー終了までおよそ3分。

 その間に、書斎の中を探す。

 そして、机の引き出しから盗聴器の受信機を見付ける。

 電波の発信源を確かめれば隣家のリビングと寝室、地下の研究室に仕掛けられているようだ。

(はい、アウト――――――――♡)

 もちろんそれも写真に収め、メールで送信する。

(さて、と…。そろそろ撤収した方が良いかな……。)

 データのコピーも終わったようだ。

 そろそろ潮時だろう。

 ノートパソコンをシャットダウンし、モバイルパソコンとUSBメモリをしまい込む。

 最後に物の配置が元通りになっている事を確認して、そのまま工藤邸を後にした。

 

 カランカラン……♪

「いらっしゃいませ―――♪」

「いらっしゃいませ。」

 軽やかなドアベルの音と共に足を踏み入れたのはポアロ。

「お1人様ですか?」

「はい。」

 ただの店員として接してくる“依頼人”に、千暁(ちあき)も何食わぬ顔で返す。

「それでは、カウンターへどうぞ。」

 (うなが)されるままカウンター席へと座り、手渡されたメニューに目を通した。

 もう1人の店員である梓がカウンター越しに出してくれたお冷を1口飲み、注文する。

「日替わりケーキセットをアイスティーでお願いします。」

「はい、少々お待ちください。」

 笑顔で頷く梓や他の客に悟られぬように、指先でカウンターを軽く3回ノックした。

 ノック3回は渡す物がある、という合図。

 (ちな)みに4回は後で直接報告、5回はとりたてて収穫は無し、である。

 そしてその後は普通にケーキ(ベイクドチーズケーキだった)とアイスティーを堪能(たんのう)し、特に長居する事も無く伝票を手に席を立つ。

 それを見て、すかさず“依頼人”‐安室(あむろ)が自然な動きでレジに入る。

 財布から千円札を出す際に、他人には悟られないように例のUSBメモリをその下に忍ばせ、手渡した。

 USBメモリの感触を確かめて一瞬笑みを深めた安室(あむろ)だったが、そのままにっこりと営業スマイルを披露し、「1,000円お預かりします。」と精算を続ける。

「470円とレシートのお渡しです。ありがとうございました。」

「ありがとうございました―――――!」

 カランカラン…♪

 安室(あむろ)と梓の声を背中にポアロを出、そのまま足を止めないまま歩きながらお釣りとレシートを財布にしまう。

 そして、ポアロから充分離れた事を確信した後で、レシートに重ねられて渡されたメモに目を通した。

 “20時にいつもの場所で”

(了解…。)

 となると、一先(ひとま)ず自宅に戻って着替えを取って来なくてはいけないだろう、とこれからの予定をシミュレートしていく。

 ここから江古田の自宅まではバスを利用して30分程。

 …が、ちょうど良いバスが無ければもう少しかかるだろう。

 現在は午後4時。すなわち16時を少し過ぎたところ。20時、午後8時までは多少時間があるが、移動時間と準備等を考慮した場合、そこまで余裕がある訳でも無い。

(……バイク使お…。)

 たぶん、それが1番手っ取り早い。

 

 ――――――――4時間後、千暁(ちあき)はメイクとウィッグで軽い変装を施し、米花駅近くのとあるホテル内のバーにいた。

 自宅から駅までバイクを飛ばし、その後駅のトイレで着替えたのである。

 セミロングの亜麻色の髪に、背中の大きく開いた黒いワンピースにシルバーのピンヒール。耳には小粒だが本物のパールとダイヤモンドをあしらったゴールドのイヤリング。そして、胸元には同じデザインのペンダント。

 顔もよくよく見れば面影があるが、一見して千暁(ちあき)とは分からない程大人びている。

 服装とメイク、何よりもそのこなれた雰囲気も相まって、今の彼女を高校生と気付く者はいないだろう。

「お待たせしました。」

『遅かったじゃない。』

 20時からやや遅れて登場した安室(あむろ)()ねたように返すが、声まで変えているあたり芸が細かい。

「すみません。埋め合わせはしますから……。」

『ホントに~?』

「もちろんですよ。…場所を変えましょうか。下のレストランを予約しているんです。」

 そう言って千暁(ちあき)(うなが)し、会計を済ませる安室(あむろ)は実にスマートだった(バーで何も頼まないのは不自然この上無い為、口は付けていないが一応カシスオレンジを頼んでいた)。

 ―――――そして場所を移した中華料理店の個室で、盗聴器のチェックを終えた後。

 それまでの“仮面”を取っ払い、本題に入っていた。

「君のお陰で、僕の予想を確信に変える事が出来たよ。」

「いえいえ…。こちらも色々便宜(べんぎ)を図ってもらっていますから…。」

 そう。公安に協力する事と引き換えに、これまで千暁(ちあき)が行ってきた怪盗行為と、これから行う“仕事”は罪に問われない。

 これまで行ってきたのも、ほとんどが犯罪者の告発である為、被害届もほとんど提出されていない事から不問にされたのだ。超法規的措置ではあるが、罪に問うよりも引き込んだ方が有益と判断された為である。

「そうそう…。“チェック”をかけるつもりなら、1つアドバイスを……。」

「アドバイス?」

 実に嬉しそうに話す安室(あむろ)に釘を刺す。

「“あの居候(いそうろう)”を(かくま)っているのは、“平成のホームズ”だけではありません…。それよりも上手の“マイクロフト”と、茶目っ気たっぷりの“アイリーン”が一緒です。…まぁ、厳密に言うと関係性は異なりますけどね。3対1は卑怯じゃないかな、と思いまして。」

「……それは、“平成の女二十面相”が協力してくれる、という事かな?」

 キラッと目を光らせた安室(あむろ)に力強く頷いて見せる。

「お望みならば。………そもそも、私“平成のホームズ”たちにはまだちょっと怒ってるんですよね。」

「…と言うと?」

「だってそうでしょう?自分の実力を過信し過ぎて死にかけた挙句にあんな()()な目に()った癖に、まっっったく()りてないんですもん。………それに、“あの居候(いそうろう)”嫌いなんですよね。」

「へぇ?」

 “あの居候(いそうろう)”が嫌い、という1言に食い付いた安室(あむろ)が若干身を乗り出した。

「君、()()()と面識があったのかい?」

「直接は無いんですけどね…。私の()()が“あの居候(いそうろう)”に散々利用されて捨てられたんですよね。それに護衛目的とは言え、盗聴は犯罪でしょう?それも()()の女の子相手に。」

 千暁(ちあき)の言葉に、安室(あむろ)の笑みがより深くなった。

「……やはり君とは上手くやっていけそうだよ。」

「私もそう思います。」

 千暁(ちあき)もまた心からの笑みで返す。

 ――――――――その後、“作戦会議”は日付が変わる間際まで続いた。

 

 

 




某“赤い人”嫌いの2人が手を組んでアップを始めました。

………続くと良いな…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF Story 3

お待たせしました。IFバージョン更新です。
そして次回に続きます。

今回は、前回チラッと存在だけ匂わせていた“友人”のご登場。
IFなのでなんでもあり、という方だけお進みください。
一応、次回で経緯については説明する予定です。
今回主人公あんまり出ていない上に、安室さんの登場も中途半端ですが、導入部分なのでご了承ください(汗)。

お気に入り登録、評価ありがとうございます。
そして7月18日付けのランキング2位ありがとうございました。1桁台初めてだったので、思わず興奮しました(笑)。
誤字報告もどうもありがとうございます。


 ピンポーン…!

 夜の(とばり)が落ち、家々が暖かな光を灯す頃、とある住宅街に建つ(やしき)にチャイムの音が響いた。

 (やしき)内でテレビを観ながら(くつろ)いでいた男‐“沖矢(おきや)(すばる)”は、チャイムの音に立ち上がり、インターフォンを手に取る。

「はい…。」

『宅配便です!』

 宅配便との返答に玄関を開けた沖矢(おきや)だったが、そこに立っていた男に一瞬動きを止めた。

「こんばんは…。初めまして、安室(あむろ)(とおる)です…。」

「はぁ…。」

 宅配便業者とは思えない男‐安室(あむろ)挨拶(あいさつ)に、沖矢(おきや)が困惑した様子を見せるが、安室(あむろ)は構わず続けた。

「少し話をしたいんですが…、中に入っても構いませんか?」

「ええ…。あなた1人なら。申し訳ありませんが、外で待たれてるお連れの方たちはご遠慮願います。お出しするティーカップの数が、足りそうにないので…。」

 一旦は安室(あむろ)の言葉に了承した沖矢(おきや)だったが、安室(あむろ)の後方、門柱(もんちゅう)付近の気配(けはい)(くぎ)を刺した。

「気にしないでください。彼らは外で待つのが好きなので…。でも、あなたの返答や行動次第で全員お邪魔する羽目(はめ)になるかもしれませんけどね…。」

 しかし、安室(あむろ)は不敵な笑みで返す。

 ―――――――――そして、通されたリビングで安室(あむろ)は切り出した。「ミステリーはお好きですか?」と…。

「ええ、まあ…。」

 紅茶を出しながら頷く沖矢(おきや)に、安室(あむろ)が続ける。

「では、まずその話から…。まあ、単純な死体スリ替えトリックですけどね…。」

「ホォ―――――――…。ミステリーの定番ですね…。」

 沖矢(おきや)が対面に座るのを待ち、本題に入る。

「ある男が来葉(らいは)(とうげ)で頭を拳銃で撃たれ、その男の車ごと焼かれたんですが…。辛うじて焼け残ったその男の右手から採取された指紋が、生前その男が手に取ったというある少年の携帯電話に付着していた指紋と一致し、死んだのはその男と照明されたんです…。でも、(みょう)なんです。」

(みょう)とは?」

 安室(あむろ)の意味深な言葉に、沖矢(おきや)が尋ねる。マスク越しではあるが、その表情に変化はほとんど無い。

「その携帯に残っていた指紋ですよ…。その男はレフティ…、左利きなのに…、何故(なぜ)か携帯に付着していたのは右手の指紋だった…。変だと思いませんか?」

 表情こそ柔らかいままの安室(あむろ)だが、どこか詰問(きつもん)しているかのような雰囲気を徐々に強くしていった。

「携帯を取った時、偶然利き手が何かで塞がっていたからなんじゃ…。」

「…もしくは右手で取らざるを得なかったか…。」

「ほう、何故(なぜ)?」

 表面上は穏やかなやり取りの2人だったが、もし気配(けはい)に敏感な者がいれば気付いただろう。2人から発せられる()()が、一呼吸ごとにわずかずつ高まっていった事に。

「その携帯はね…。その男が手に取る前に別の男が拾っていて、その拾った男が右利きだったからですよ…。」

「別の男?」

「ええ…。実際には3人の男にその携帯を拾わせようとしていたようですけどね。さて、ここでクエッション…。最初に拾わせようとしたのは脂性(あぶらしょう)の太った男。次は首にギプスを付けた()せた男。そして最後にペースメーカーを()め込まれた老人。この3人の中で指紋が残っていたのは1人だけ…。誰だと思います?」

「………。2番目の()せた男ですね?何故(なぜ)なら最初の太った男が拾った時に付着した指紋は綺麗(きれい)()き取られてしまったから…。(あぶら)まみれの携帯を後の2人に拾わせるのは気が引けるでしょうしね…。3番目の老人は、携帯の電波でペースメーカーが不具合を起こすのを危惧(きぐ)して拾いすらしなかったってところでしょうか?」

「ええ…。」

 わずかな沈黙の後で見事に正解を導き出してみせた沖矢(おきや)に、安室(あむろ)が頷く。

「でも、()せた男の後にその問題の殺された男もその携帯を手にしたんですよね?だったらその男の指紋も…。」

「付かない工夫(くふう)をしていたとしたら?」

 沖矢(おきや)の疑問を(さえぎ)り、安室(あむろ)が続けた。

「恐らくその男はこうなる事を見越し…、あらかじめ指先にコーティングを(ほどこ)していたんでしょう…。接着剤やトップコート、乾けば透明になって一見して目立たないような物を使ってね……。」

「成程…。なかなか興味深いミステリーですが…。その撃たれたフリをした男、その後どうやってその場から立ち去ったんですか?」

「その男を撃った女とグルだったんでしょうから、恐らくその女の車にこっそり乗り込んで逃げたんでしょうね…。離れた場所でその様子を見ていた…、監視役の男の目を盗んでね…。」

「監視役がいたんですか…。」

「ええ…。監視役の男はまんまと(だま)されたって訳ですよ…。何しろ、撃たれた男は頭から血を()いて倒れたんですから…。」

 滔々(とうとう)と自身の推理を披露しながらも、安室(あむろ)の目は油断無く目の前に座る男を観察していた。その喉笛(のどぶえ)()み切らんと、虎視眈々(こしたんたん)と狩りの機会を(うかが)う獣のような眼差しで……。

 

 ――――――そして、(さかのぼ)る事数分前。工藤(てい)で2人の男が対峙(たいじ)を始めた頃、隣の阿笠(あがさ)(てい)を訪ねる2人の人影があった。

 ピーンポーン、ピーンポーン……!

「はいはい…!誰かな?」

 ドタドタと玄関に走り、ドアを開けたのはこの家の主たる阿笠(あがさ)博士(ひろし)

「夜分すみません。」

「君は……?」

 立っていたのは2人の女性。うち1人は、目深(まぶか)に被ったキャップと眼鏡で顔が良く分からないが、もう1人にはどこか見覚えがあった。

「お久しぶりです、阿笠(あがさ)博士(はかせ)。黒羽千暁(ちあき)です。昔、新一と一緒に良く遊んでもらったんですけど、覚えていらっしゃいますか?」

「お、おお…!千暁(ちあき)君か!!覚えとるぞ、いやぁ久しぶりじゃのう…!!!」

「良かった、覚えててもらって……!」

 千暁(ちあき)の名乗りに、昔の面影と成長した現在の姿が合致(がっち)し、阿笠(あがさ)が懐かしそうに笑う。

 千暁(ちあき)もまた、ニコニコと微笑んでいた。

「それでまた、今日は一体どうしたんじゃ?」

「突然ごめんなさい。でも、どうしても新一には内緒でお話したい事があって……。」

「ん?」

 悪戯(いたずら)っぽく、人差し指を口に当てて“しー♡”のポーズを取る千暁(ちあき)に首を傾げた阿笠(あがさ)だったが、「まぁ、こんな所で何じゃし。上がりなさい。」と2人を中へと(うなが)した。

「おーい、(あい)君。すまんがお客さんじゃ、お茶を()れてくれんか?」

「はいはい…。」

 リビングのソファでファッション誌を(なが)めていた(あい)だったが、阿笠(あがさ)の言葉にやれやれ、と立ち上がる。

「あ、お構いなく…。それよりも、彼女‐志保(しほ)さんにも同席していただきたいので…。」

「「?!」」

 立ち上がった(あい)を制止した千暁(ちあき)の言葉に、阿笠(あがさ)(あい)がバッと彼女を振り返った。

「ち、千暁(ちあき)君…?!急に何を言い出すんじゃ…?」

「あなた…。一体何者なの?!」

 笑って誤魔化(ごまか)そうとする阿笠(あがさ)に対し、詰問(きつもん)する(あい)に応えたのは、千暁(ちあき)ではなかった。

志保(しほ)…?」

「え…?」

 それまで、千暁(ちあき)の後ろに立ったまま黙っていたもう1人の女性が、不意に(あい)の本名を呼んだ。

志保(しほ)なのね……?」

「そ、の声…!嘘でしょ…?まさか………?!」

 そして、誰よりもその声に反応したのは(あい)‐否、宮野志保(しほ)

 志保(しほ)の反応に、その本名を呼んだ女性が自身の被ったキャップと、かけていた眼鏡をもどかし気に外す。

 現れたのは、短いが良く手入れされた艶やかな黒髪に、やや垂れ目がちな黒い瞳。普段、優し気でありながら強い光を宿すその瞳は、涙で(うる)んでいた。

「お、お姉ちゃん……?本当に、お姉ちゃんなの………?!」

 驚愕と期待、そしてもし違っていたらという不安で動けない志保(しほ)に、千暁(ちあき)が口を開いた。

「本人ですよ。正真正銘、あなたのお姉さん‐宮野明美さんです。……()わせるのが遅くなってごめんなさい。“黒の組織”が“シェリー”の捕縛を諦めていない以上、接触させるのは危険だったから……。」

 目を伏せられて告げられた言葉に、まだ大部分で理解が追い付かないながらも志保(しほ)は理解した。

 目の前にいるのは、正真正銘自身の姉であると。

 1度は(うしな)ったかと思っていた、唯一の家族が目の前にいるのだと。

「お姉ちゃんっ………!!!」

 理解したと同時に、志保(しほ)の目から涙が溢れ、視界が歪んだ。

 しかし、(なつ)かしい姉目がけ、勢い良く飛び付く。

志保(しほ)っ…………!!!

 飛び込んできた志保(しほ)を、屈んでしっかりと抱き留めた姉からは、(なつ)かしい姉の匂いがした。それを感じた途端、ますます涙が溢れ、姉の服にシミを作っていく。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……!()いたかったっ………!!!」

「ゴメンね、志保(しほ)…!辛い目にばっかり()わせて…、ゴメンねっ……………!!!」

 (ようや)く再会の叶った最愛の妹を固く抱き締めながら、明美もまた涙を(こぼ)した。

 状況の全く理解出来ない阿笠(あがさ)も、目の前の光景にもらい泣く。

 千暁(ちあき)もまた、思わず目頭が熱くなるのを感じながら、今頃起こっているだろう隣家での“化かし合い”と来葉(らいは)峠での“大捕り物”に思いを()せた。

 これで、自分(千暁)が出来る役回りはほとんど終わった。後は任せるだけである。

(降谷さん、後はお願いしますよ…?)

 ここが、あのいけ好かない(くま)男に一泡吹かせられるかの正念場(しょうねんば)だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もし、千暁と快斗が双子の兄妹だったら

本編でなくてすみません…。
ネタに詰まったのでちょっと息抜きにIFバージョンをアップします。
今回は、これまでに上げていたIFとはまた別の設定で、快斗が双子の兄として存在する世界。
“怪盗キッド”は快斗で、千暁は寺井と共にそのサポートに徹しています。基本的な性格やスペックは本編とさほど変わりありませんが、前世の記憶は無し。


“まじっく快斗”原作を知らない人にはやや不親切。
白馬に快斗の正体がバレたところから始まります。
突然始まって突然終わるので、何でも許せる人向け。
それでも良い方のみどうぞ…。


「転校生に正体がバレたかもしれない?」

 今夜の“仕事”への最終打ち合わせを行っていた最中(さなか)に放られた爆弾に、千暁(ちあき)が目を見開く。

「ああ…。まぁ、大丈夫だって!証拠なんざ残してねェし、疑いは1度晴らしてるしな!」

 心配する千暁(ちあき)をよそに、快斗は以前中森警部からの疑いを晴らした事を上げて楽観的に構え、「ケケケ…!」と笑っている。

(白馬(さぐる)…。厄介な相手ね………。)

 どんな方法で快斗=“怪盗キッド”と悟ったのかは定かでは無いが、“高校生探偵”という肩書は伊達では無いらしい。そして、その正体を明らかにする手段があるのだろう。

 でなければ、わざわざ“怪盗キッド”が予告を出した美術館に快斗を招待したりなどしないだろうから。

 しかし、厄介な事になった。

 例の“赤魔術”の“魔女”がわざわざ警告してくる位である。決して楽観視出来る状況では無いというのに、いまいち快斗には自覚が足りない。

 楽観的な片割れ(快斗)にヤキモキとしながら、この状況を打開するべく、思考を巡らせる。

(前の青子の遊園地デートの時とは、状況が違う……。青子は快斗を信じてくれているから、多少不自然な事があっても無意識に除外してくれてたけど、今回は完全に“怪盗キッド”が快斗だと確信されてる………。)

 やっぱり、“例の手”でいくべきか。

「快斗。」

「あ?」

 寺井(じい)が下調べで手に入れた美術館の見取り図を確認していた快斗が千暁(ちあき)の呼びかけで顔を上げる。

「美術館への招待、受けちゃったんでしょ?」

「おう。安心しろよ。オレ様にかかりゃー、あーんなヘボ探偵の1人や2人、誤魔化(ごまか)すのは訳無いぜ…!」

 ケケケ、と楽し気に笑う快斗に目を(すが)め、「そう…。」とだけ返した。

 これは何を言っても無駄だ、と早々に悟る。

 快斗はプライドが高い。

 IQ400とも言われる天才的頭脳に、超人的な身体能力。そしてアマチュアとは思えない程のマジシャンとしての才能…。

 これまで、いずれか1つの分野だけでも快斗に並び立てる者は同世代にはいなかった。

 片割れである千暁(ちあき)を除いては…。

 そして、この数ヶ月の間に(つちか)った、警察すら手玉に取ってきた怪盗としての実績。

 元々楽天家で調子に乗り易い気質は、それによって更に増長されてしまった。

 1度痛い目を見れば改めるだろうが、今回はそんな悠長な事は言っていられない。一歩間違えば即逮捕の危険性があるのだから。

(しょうがない“お兄ちゃん”なんだから……。)

 まぁ、それをサポートするのが(千暁)の役割なのだが…。

 内心で溜息を()きつつ、意識を切り替える。

 快斗の驚く顔を想像しつつ、今夜のシミュレーションを行う千暁(ちあき)の顔には、片割れである“怪盗キッド”そっくりの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 ――――――――その夜、大島美術館。

 時刻は“怪盗キッド”が犯行を予告した時間、午後9時の1分前。

 その場にいたのは、中森警部率いる警官達と高校生探偵の白馬(さぐる)、そしてこの場に招待された青子と“怪盗キッド”である快斗。

「警部、予告1分前です!」

「ウム!」

 警官の1人が中森警部に予告時間まで後わずかに迫っている事を告げる。

(よーし、そろそろキッドに変身するか…。)

「あれ?快斗、どこ行くの?」

 快斗がひっそりと宝石の展示してあるフロアから姿を消そうとした途端、目ざとくそれを見付けた青子が快斗に行き先を尋ねる。

「トイレだよ、トイレ!!」

「いってらっしゃーい!!」

 快斗の切り返しに頬を赤らめた青子が見送った直後、ガシャッ!と音を響かせて快斗の右手を白馬が手錠で拘束した。

「へ?」

「そうはさせないよ黒羽くん……。」

「な、何の真似(まね)だ!?」

 突然利き手を拘束された快斗が、自身を拘束した張本人である白馬に詰め寄る。

「フフフ…。もうネタは上がっているんだよ…。キッドの残した毛髪から、彼が高校生だという事が判明したのだよ。そして現役高校生のデータとキッドのデータを照らし合わせていくうちに…、ある名前が弾き出されたのだよ…。黒羽快斗、君の名がね!!」

「んな…、偶然だよ偶然……。」

 自信満々に言い切る白馬に、快斗が内心の動揺を押し殺したまま、ポーカーフェイスで否定する。

「フン、今に分かるさ…。怪盗キッドの予告時間になればね…。」

(くそぉ、何とかここから抜け出さなけりゃな…。)

 快斗が打開策を見出そうとした時だった。

「警部、時間です!!」

「え、もう…?」

 予告時間である午後9時になってしまった。

「よーし、者共抜かるなよ――――!!」

 中森の(げき)が飛び、快斗が思わず焦りを顔に出してしまった瞬間、

 プシュ――――――――――――――ッ!!!!

 突如(とつじょ)として宝石の展示ケースを中心に、煙幕が上がった。

「な、何だ…?!」

「何も見えない!!」

「ええい、慌てるな、奴だ!怪盗キッドだ!!」

 慌てる部下を中森が一喝(いっかつ)した直後だった。

「《フッ…!ハハハハハハ…!ご機嫌、中森警部…。そして白馬探偵…。》」

 煙幕が晴れ、展示ケースの上に“怪盗キッド”が現れた。

「何ぃ!?」

「そんな馬鹿な…!?」

 快斗と白馬が上げた驚愕の声が重なる。

「《予告通り、宝石は頂いて行きます。それでは、またいずれ、月下の淡い光の(もと)でお会いしましょう!!》」

 宝石を掲げ持った“怪盗キッド”がパチン!と指を鳴らすと同時に、館内の電気が一斉に消える。

「で、電気だ!早く電気を点けろ!!」

「く、暗くて何も…。」

「痛てて!!」

 急な暗闇に目が慣れていな中森始め、警官達の悲鳴が上がった。その直後、バタンッ!と何かが開くような音が響き、フロアに風が吹き込んだ。

「ま、窓だ…!奴を飛ばすな!!」

 中森の叫びから数秒後に電気が復旧したが、既に“怪盗キッド”は美術館から姿を消していた。

 開かれた2階の窓から、美術館から飛び去る“怪盗キッド”のハンググライダーが視認出来る。

「キッドを追え―――――!今日こそ絶対に逃がすな!!」

 中森の号令と共に、美術館内の警官が一斉にパトカーへと走り、追跡を開始する。

 その様子を、快斗と白馬が半ば呆然とした様子で見送っていた。

 

 ――――――1時間後、黒羽家。

「ただいま――――…。」

「おかえり、快斗。」

 まだ若干呆然とした様子で帰宅した快斗が見たのは、正体不明の“怪盗キッド”が盗んだ(はず)の宝石を(もてあそ)びながら快斗を出迎える片割れ(千暁)の姿だった。

千暁(ちあき)?!お、オメー、それ……!」

「フフフ…。《私のショーはいかがでしたか?》」

 クスクスと笑いながら、後半を快斗そっくりの声で尋ねる千暁(ちあき)に、快斗が叫ぶ。

「さっきのキッドはオメーだったのかよ?!」

「シ――――…。ご近所迷惑だよ…。青子に聞こえたらどうすんのさ?」

「ヤベッ…!」

 千暁(ちあき)の忠告に即座に口を押える快斗に溜息を()きながら、種明かしを行う。

「そ…。さっきの“怪盗キッド”は私。前に、青子に疑われた時に誤魔化(ごまか)すのに苦労したでしょ?あの時から考えてたの。“怪盗キッド”が2人いれば快斗のアリバイは成立するって。快斗に変装する事も考えたけど、青子の目を誤魔化(ごまか)すのはたぶん無理だし…。」

「だからって、そんな危ねェ真似(まね)をオメーにさせるなんて…!」

 心配そうに言い(つの)る快斗に苦笑しながら返す。

「それはこっちの台詞(せりふ)…。私だって心配なんだよ?大丈夫。私がやるのはあくまでもサポートだけ…。快斗を全力でサポートするのが私の仕事。でしょ?」

 にっこりと微笑む千暁(ちあき)に、こうなったら絶対に引かない、と悟った快斗が溜息を()いた。

「わあ―――――ったよ…。オメーに任せる…。そん代わり、絶対に無茶はするんじゃね――ぞ!」

「分かってるって。」

 その後、寺井(じい)の説得に2人で手を焼くのはまた別のお話……。

 

 

 




因みに、原作で快斗の代わりに“怪盗キッド”に扮した紅子は、千暁が身代わりになるつもりだという事を水晶玉で知ったので様子見のみに留まりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最新話
“怪盗キッド”のプライド


お待たせしました。白き罪人更新です。
今回の副題は“IQ400の本気”。本気でサブタイトルにしようかと悩みましたが、シリアスブレイクもいいとこなので自重しました。

さて、次回はいよいよ千暁の仕返しが始まります。今回はその導入です。


 ―――――翌朝、警視庁。

 昨夜のルパン三世によるダイヤ盗難事件の捜査会議が行われる中、千暁(ちあき)()()に紛れ込んでいた。

 適当な捜査員を眠らせ、用具入れに閉じ込めてトイレで入れ替わったのだ。

(濡れ衣は晴れたみたいだけど…。)

 既に警視庁の発表により、昨夜の“怪盗キッド”がルパン三世の変装である事は一般市民にも告知されていた。それにより“怪盗キッドの発砲”という汚名は晴れたが、今度は“怪盗キッドが名前と姿を使われた”という屈辱を知られた事になる。

 少しでもルパン三世の情報を得る為に捜査会議に紛れ込んだものの、そこでもたらされた情報は千暁(ちあき)の怒りを激しく煽った。

(わざわざ“怪盗キッド()”に化けたのもただのおふざけ…?ふざけないでよ…。)

 ともすると剣呑になりそうな表情をポーカーフェイスに保ちつつ、千暁(ちあき)はICPOからの“ゲスト”を見詰めた。

 トレンチコートとソフト帽に身を包んだ壮年の男。ICPO‐国際刑事警察機構に所属する、ただ1人のルパン三世専属捜査官、銭形幸一警部。

 そして、銭形が言うには今回ルパン三世が狙うのは“チェリーサファイア”と呼ばれる宝石。

 そしてその根拠は…

「メールが来た。」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 銭形の答えに、千暁(ちあき)を含めた一同が思わず目を丸くする。

「メ、メールが来るんですか?」

「来るよ。返信は出来んがな。」

 驚く目暮に銭形が自身の携帯を開いて見せた。

「見る?」

「見ます!」

「見たいです!」

 一斉に銭形の携帯に群がる刑事たちに(なら)い、千暁(ちあき)もその携帯を確認する。

「お~、絵文字!」

「とっつぁん、おひさ~、だって。」

「アドレス、フジコLOVEだって~!」

(アドレスが手に入るとは思わなかったな…。)

 思いがけない情報に、内心ほくそ笑みながらもそのアドレスを頭に叩き込む。

 本当にそのアドレスから送信されているが、妨害によりメールの返信が出来ないのか。

 或いはそのアドレスは単なるブラフなのか。

 どちらにしても、ネット上には痕跡が残る。わずかでも痕跡が残っているのなら、それを追う事は千暁(ちあき)にとって不可能では無い。

 上手くいけばハッキングでルパン三世の使う端末を特定し、そこから情報を抜き出す事も出来るだろう。

 大した情報は得られないと思っていたが、意外な収穫だった。それだけでも忍び込んだ成果があるというものだ。

(中森警部への“借り”もあるしね…。)

 ルパン三世のせいで月島がめちゃくちゃになってしまった為、指揮を執っていた中森は責任を取らされ現在謹慎中なのだ。

 お陰で青子も落ち込んでいた。その点でもルパン三世は許し難い。

 決意も新たにこれからの行動を決めながら、捜査会議が終わるのを待つ。

 

 ―――――黒羽家、千暁(ちあき)の自室。

「さて、どうしてやろうかな…。」

 自室のパソコンで、USBメモリにコピーしたデータを眺めながら千暁(ちあき)が策を練る。

 捜査会議終了後、何食わぬ顔で警視庁を出た千暁(ちあき)は、まず最初にいつもの“ブルーパロット”ではなく、都内に複数あるアジトの1つに向かった。

 いつ足が付いてもすぐに捨てる事が出来るように、最低限の設備しか無いそれらは、万が一があっても(るい)が及ばないように寺井(じい)や母の千影でさえ知らない。

 それらのアジトは、犯行前の下見や犯行後の小休憩に主に利用しているが、時折偽名と複数のIDを使って株取引などで怪しまれない程度に稼ぎ、怪盗としての資金にしているのだ。

 そして、そのうちの最も新しいアジト‐月ごとに更新を行う単身赴任者向けアパートの一室で、千暁(ちあき)は手に入れたルパン三世のアドレスを元に、ルパン三世の複数ある端末のうちの1つを突き止め、見事にハッキングを成功させた。

 流石(さすが)に、世界屈指の“大泥棒”と言われるだけあって端末のセキュリティーも並大抵のものでは無かったが、IQ400とも言われる千暁(ちあき)が本気を出せば、頭脳戦に限り不可能など無い。

 端末内のデータをそっくりコピーし、ルパン三世に気付かれないうちにハッキングを終了させた。所要時間はわずか4分足らず。海外の複数のサーバーを経由した為、仮にハッキングに気が付いても千暁(ちあき)までは辿り着けないだろう。

 念の為、ハッキングに使用したアジトももう廃棄した。元々長期出張者や単身赴任者向けの月ごとに更新するアパートである為、大家も急な退去には慣れているし、いちいち詮索もしてこない。

 荷物は残したままだが、個人的な物は一切置いていないし、アジトを後にする前に徹底的に掃除をしてきた為、証拠になりそうなものは髪の毛1本すら残さなかった。

 他のアジトも同じような形式のアパートがほとんどである為、万が一の場合はすぐに引き上げられるようにしているのだ。

 

 閑話休題(かんわきゅうだい)

 

 “チェリーサファイア”の秘密も、ルパン三世の真の目的も、そしてこれから狙うつもりの獲物も全てが分かった。何なら、ルパン三世の目的そのものを邪魔しても良かったのだが、下手をすれば()()()()()()()()()()()()に発展し兼ねないとなれば流石(さすが)に良心が咎める。仕返ししたいのはルパン三世だけなのだから、罪も無い一般人に被害が及ぶのは避けたい。

 ルパン三世の出した予告状の日付は明日。となると、近日中に全ての片を付けるつもりだろう。

(3日…、いやルパン三世が本気を出すなら2日もあれば十分……。)

 ()()()()のに1日、()()を刈り取るのに1日、といったところか。

 奪われたヴェスパニア鉱石を奪い返すのに、そこまでの時間はかけられないだろうから。

 世界の軍事的バランスをひっくり返しかねない、究極のステルス能力を秘めた鉱石。それが盗まれ、軍事国家に売り渡されようとしているとなれば一大事。

 一瞬、ルパン三世よりも先に盗んでしまおうか、という考えが全く無かったかと言えば嘘になる。ヴェスパニア鉱石があれば、今後の“仕事”は一層楽なものとなるだろう。

 しかし、千暁(ちあき)はその考えを即座に切り捨てた。

 あの鉱石は、下手をすれば第三次世界大戦を引き起こしかねない、危険な兵器にもなり得る。このまま一般的には知られる事の無いまま、そっとしておいた方が良い。

 世界の為にも、ヴェスパニアの国民たちの為にも。

 ルパン三世に任せれば、適切な方法で処分するに違い無い。

 あくまでもルパン三世の目的そのものは邪魔する事無く、しかし一泡吹かせてやる方法…。

「ちょっとねちっこいけど、まぁ良いか……。」

 

『    月が弓張りし夜

     (いにしえ)の逸話に語られし11番目の獣が

     3度目の咆哮(ほうこう)を上げる時

     “セレネの微笑み”を頂きに参上します。

                     怪盗キッド      

     PS.

     “紛い物”とは違う、本物の“ショー”をお魅せいたしましょう。   』

 ――――――――半日後、大阪府警に直接予告状を送り付けた千暁(ちあき)は、寺井(じい)と共に大阪にいた。「急にゴメンね、寺井(じい)ちゃん。」

 一先ず適当に変装し、老夫婦としてチェックインしたホテルの一室で、千暁(ちあき)寺井(じい)に詫びる。

「いいえ。“怪盗キッド”の名が(けが)されたとなれば、この寺井(じい)、黙っておる訳には参りません……!あの猿真似しか出来ないコソ泥に、目にもの見せてやりましょうぞお嬢様……!!!」

 詫びる千暁(ちあき)に鼻息も荒く寺井(じい)(かぶり)を振る。

 いつもなら急な計画には千暁(ちあき)を諫める立場である筈だが、今回の寺井(じい)はいつになく燃えていた。

 まぁ、それも無理も無い。

 “怪盗キッド”は、寺井(じい)が最も敬愛する奇術師(マジシャン)‐黒羽盗一が初代。今回のルパン三世の変装は盗一の名を(けが)したも同然の行為である。

 それは千暁(ちあき)も同じ事。

 世界情勢の安定の為にルパン三世の邪魔をする事は出来ない。

 しかし、泣き寝入りするなど“怪盗キッド”のプライドが許さない。

 せめてルパン三世に恥をかかせる位の事はしないと気が済まなかった。

 あの予告状はその表れ。

 暗に“お前の変装はその程度”“猿真似とは違う“芸術”を魅せてやる”という思いを込めているのだ。最後の1文にそれが十二分に表れている。

 そして、今回千暁(ちあき)が狙う“セレネの微笑み”は、およそ100カラットのムーンストーンが使われたブローチである。

 本来ならば“ビッグジュエル”専門の“怪盗キッド”が狙う獲物では無いが、“セレネの微笑み”はルパン三世が今回密かに盗もうと計画していた、歴史的にも大いに価値のある宝石だった。

 盗もうとしていた宝石を横取りされた挙句に、自分の変装を(おとし)められる。

 ルパン三世にとっては、否自身の“仕事”にプライドを持っている泥棒ならばさぞかし屈辱だろう。

 まして、最初に“怪盗キッド”の名に泥を塗ったのはルパン三世が先。それを更にやり返す事など出来まい。仮にやれば裏社会中の笑い者である。

「見てなさいよ…!絶対に赤ッ恥かかせてあげるんだから………!」

「その意気でございます、お嬢様!!!」

 決意も新たに、寺井(じい)と慌ただしく準備を始めた。

 

 




予告状を暗号風にしてみたんですが、意味が分かった方いらっしゃいますかね…?
一応、次回答え合わせあります。


PS.もっとがっつりルパンの邪魔とかさせようと思ったんですが、下手に邪魔するとコナン世界でガチに第三次世界大戦とか勃発しかねないので平和的?解決法に落ち着きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。